エセ料理人の革命的生活 (岸若まみず)
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第1話 俺と世界

インターネット小説で転生オリ主なんてジャンルが流行っていたのはご存知だろうか。

 

俺の前世では大流行していて、みんなこぞって超ハイスペックなオリ主を二次創作の主人公にして原作世界を引っ掻き回させていた。

 

どうも転生してきたこの世界でも流行っているようだが、俺はまだ小学生でこの世界のアニメや漫画にそこまで詳しいわけじゃないから二次創作というもの自体を楽しめずにいるのだ。

 

「お前もオリ主じゃないのか」って?そんな事は俺にもわからない。

 

どうも俺の知っている日本の1990年代辺りに転生したのだという事はわかった。

 

でも俺が今まで出会った人達には元の世界で知っていたゲームやアニメにいたような人はいないし、魔法も使えなきゃ超能力研究をしている学園都市もないのだ。

 

更に言えば俺は転生者でチート持ちといえども、よくものの話にあるような華のあるチートとは無縁だった。

 

頭の出来は前世と同じぐらい、つまり普通。

 

ルックスは塩顔系で十人並み、ついでに言えば座高が高い。

 

運動神経はクラスで真ん中より少し上ぐらいではあるが、クラスで1番運動が得意な奴だってサッカーのクラブチームの中じゃ補欠らしい。

 

聖剣も呼び出せなきゃ動物と喋れるわけでもなく、もちろん念動力も使えない。

 

そんな俺のチートは料理だった、ザ・地味チートだ。

 

異世界召喚物だと王様に城から追い出されて店を持つために四苦八苦しながら冒険者とかをやるタイプだな。

 

奇想天外な料理のアイデアがどんどん湧いてくるっていう漫画の主人公タイプの力じゃなくて、えげつないぐらい美味いカレーとかラーメンとかを作れるようになるってタイプ。

 

やっぱりちょっと地味だ。

 

でも金持ちのコックとかになれば一生食いっぱぐれる事はないと思うし、自分で自分の飯作っててもなんだかんだ幸せ。

 

俺はこの地味で使い勝手のいいチートを結構気に入っていた。

 

ちなみに名前もつけた。

 

『ゴールデンクィジーン』だ。

 

つまりは黄金比(ゴールデンレイシオ)の料理、金になる料理、純金と見まごうかのような料理、色々とかかっているわけだ。

 

この名前は二度と出てこないだろうから覚えなくてもいい。

 

まぁ名前をつけちゃうぐらい気に入ってるって事だ、俺はラッキーな転生をしたと思う。

 

 

 

そんな地味にチートな俺だが、家族はさらにとんでもなかった。

 

まさにチート全開の超一芸集団の集まりで、最初はこいつら全員頭おかしいって思ったね。

 

まず女子高生の姉は超絶美人の上にプロポーションも完璧。

 

結構でかい事務所に所属してるモデルらしい、電車乗る時に姉のポスターが貼ってあるとドキッとするね。

 

超綺麗だけどいわゆる家事のできない女だというのと、若干厨二病気味で友達が少ないのが欠点だ。

 

次に兄、兄貴はもう成人していて医者になるために医大に通っている。

 

顔は俺に似てて普通、海外なら10歳で大学卒業できるレベルで勉強ができるんだけど、どうにもバカでよく婆ちゃんにゲンコツを落とされてる。

 

最後の兄弟は妹、妹は生まれた時からの超フィジカルエリートで4歳の頃に俺のママチャリのフレームを素手で捻じ曲げた事がある。

 

たまーに俺を起こしに来る時に部屋の扉を粉々に粉砕したりするけど可愛いんだ、だって妹なんだもん。

 

そして父、入婿の父親はなんか凄い仕事をしていて超稼いでるっぽい、会うたびに小遣い10万とかくれる。

 

仕事の事は聞いても教えてくれないから聞かなくなった、たまに俺の飯を食いに来るぐらいでしか家に帰ってこない。

 

あとは母、なんかハリウッド映画の常連として世界中を飛び回るような役者やってる。

 

姉の遺伝子は完全に母から来てるなってぐらい綺麗で、ほとんど会った覚えがない。

 

俺を育てたのは婆ちゃんと兄姉だし、俺も姉も母親の料理を1回も食ったことがない、兄貴は食べたことがあるらしい。

 

最後に婆ちゃんだ。

 

婆ちゃんはなんか有名な芸能人で、昔に映画の主題歌を歌ってグラミー賞を取ったらしい。

 

めちゃくちゃ厳しくて人当たりがマジできっつい。

 

もう完全に老害だなって孫ながら思うんだけど、俺には感じられないカリスマってのがあって国民的人気らしい。

 

 

 

そしてまた俺の話に戻るんだが、俺は今婆ちゃんのマネージャーやら付き人みたいな事をやっている。

 

ちなみにまだ俺は小学6年生だ、しかも小3の頃からマネージャー見習いをやらされている。

 

理由は婆ちゃんが事務所から付けられる付き人やらマネージャーやらに細かいことで説教しまくったり怒りまくったりするせいで、婆ちゃんの付き人がだれもいなくなったからだ。

 

普通なら世間からいい顔されないはずなんだが、なんだか知らんが辞めた奴らがみんな出世するせいで美談っぽくなっているらしい、こないだテレビでやってた。

 

そんなことばっかりしてるからうちの婆ちゃんが増長するんだよ!!

 

 

 

 

 

「はい、はい。その日は15時入りだとちょっとキツいんで30分後ろにずらして頂いて……はい、ありがとうございます。はい、はーい失礼致します」

 

 

 

俺はまた婆ちゃんの楽屋で仕事の電話をしていた、いつまでたっても人気が衰える気配のない婆ちゃんには朝から晩までひっきりなしに電話が来る。

 

仕事の話ばっかりなら俺も良いように調整するんだけど、婆ちゃんの友達からのお誘いの電話なんかも多いから難しい。

 

「年食ってからの友達は大事にするんだぞ」とは前世の爺ちゃんも言ってたから俺だって強く言えず、結果カツカツのスケジュールで車手配して飯作ってと大忙しだ。

 

ちなみにもう学校には2週間ぐらい出ていない。

 

学校の先生なんか婆ちゃんの顔色窺って「いい社会勉強になる、いつでも学校を休めよ」とか言ってニコニコ俺を送り出しやがる。

 

 

 

「勘太郎、お茶入れてくれんかね」

 

「婆ちゃん明日の読読テレビの収録、高木さんと舞台見に行った後な。舞台終わったらすぐ動くからどっかでお茶するなら舞台の前にな」

 

「勘、お茶」

 

 

 

俺を激務に引きずり込んだ婆ちゃんはきちんと畳の上に正座してスペイン語の本を読んでいる。

 

色んな言葉できるようになって外人と友達になりたいんだそうだ、付き人的にはこれ以上友達を作らないでほしいんだが……

 

俺は婆ちゃんの外付け回路としてロシア語を勉強させられている。

 

前に婆ちゃんの事務所の社長に「こんな事付き人の仕事なんすか?」って聞いたら「私の若いころは君よりももっと頑張ったものだ」と言われた、全然信用出来ない。

 

 

 

幼稚園児のころに兄貴の中学の宿題の答えを答えたのが間違いだったかもしれない。

 

俺は転生者だから大学までの勉強ができるんであって、からくりを知らない婆ちゃんはあれ俺のことをできる子か何かと勘違いしたのかも。

 

それでもあまり良くない頭とはいえ前世の大学の第二外国語がロシア語だったからか、今世の俺は柔らかい頭とN○Kロシア語講座の力を借りてちょっとづつロシア語ができるようになっていた……

 

 

 

 

 

『ここが渋谷で……渋谷から南に向かえば六本木って聞いたぞ』

 

『パパ、誰かに聞こう』

 

『俺は英語も日本語も駄目なんだよな、アーニャできる?』

 

『英語ならすこし』

 

 

 

とかいう困った系のロシア語が聞こえたきたのは新宿で信号待ちで止まった車の中。

 

どっかで印刷してきたんだろう東京っぽい地図を持ったガチムチの外人のオッサンと、その娘なのか妹なのか、天使みたいに可愛い銀髪の女の子が顔ひっつけあって地図の上に指を走らせていた。

 

 

 

「止めな」

 

 

 

婆ちゃんがそう言ったかと思うと俺から荷物引ったくって、外人二人組の方を見て「行ってきな」って言う。

 

こうなると梃子でも動かない糞ババアだから、俺は諦めてさっさと車から降りた。

 

 

 

『あー、困って……ますか?』

 

 

 

俺が近づいて話しかけると、オッサンが物凄い勢いでガバッと俺の方を向いた。

 

 

 

『ロシア語わかりますか?』

 

『あー、ちょっぴり』

 

 

 

言いながら手でCの形を作る、ボディーランゲージはしゅごいだいじなのぉ~ってN○Kも言ってたしな。

 

 

 

『六本木行きたい、わかりますか?』

 

『あー、地下鉄、乗ります』

 

 

 

そう言ってメモ帳を破って、駅名と路線名を書く。

 

 

 

『こっち六本木、これ今いる新宿、これが路線です』

 

『ありがとう、六本木のお寿司、知ってますか?』

 

 

 

言いながら、携帯電話を取り出してブラウザで寿司屋のレビューかなんかのサイトを見せてくれた、なんとうちの家族がよく行く店だ。

 

どうやら2人は六本木に行きたいだけじゃなくて寿司屋に行きたいらしい。

 

ここでどっかに車を止めさせた婆ちゃんが合流してきた。

 

 

 

「何だって?」

 

「六本木の寿司屋行きたいんだって、高垣さんとこ」

 

「2人だけかい?」

 

『あなたと彼女だけ?』

 

『そうです』

 

 

 

オッサンは自分と横の天使を指で指して、ピースマークを作った。

 

 

 

「だって」

 

「乗っけてってあげよう」

 

 

 

俺も婆ちゃんがこう言う事はなんとなくわかっていた

 

 

 

『車、乗って行きますか?近いです』

 

『いいの?』

 

 

 

俺が言うと始めて天使が口を開いた、近くで聴くとマジで可憐すぎる声でやばい。

 

この子が日本で声優になったらアニメオタクが今の倍に増えるかもしれんぞ。

 

 

 

『いいのか?』

 

 

 

オッサンも聞くので、いいと答えて手で丸を作る。

 

そのまま皆で車乗って、六本木へ向かった。

 

車の中では婆ちゃんとオッサンの間の通訳をえっちらおっちらこなしながら、時々口を開く天使に和む。

 

寿司屋にはあっという間につき、なぜか婆ちゃんが「あたしらも食べていこう」なんて言い出して俺達も一緒に食べることになった。

 

寿司を食うのは別にいいんだが、「あんたが握った方が美味いよ」なんて言われて客である俺が寿司を握らされるのはどうにも理解できない。

 

そりゃ俺はチートがあるから何でもそつなく料理できるけど、寿司屋のオッサンのプライドも考えろと思う。

 

 

 

「いやー、ほんとに勘は料理が上手いよな。俺なんかもう寿司でもかなわねぇや」

 

「天災的な天才ですね」

 

 

 

なんで店主のオッサンまでカウンターに座ってんだよ!

 

お前はせめて卵焼いたり茶碗蒸し出したりしろよ!

 

寿司屋のオッサンどころかその娘の女子高生、楓ちゃんまで一緒になって俺に寿司を催促してくる始末だ。

 

 

 

『お寿司、おいし~』

 

 

 

ちょっと小さめに握った寿司を一生懸命頬張って笑顔でそう言ってくれる銀髪の天使だけが俺の癒やしだ。

 

いっぱい食べて大きくなるんだぞ。

 

 

 

「まぐはまぐろからお願いしようかしら」

 

 

 

俺と天使の癒し空間をお得意の下手な駄洒落で切り裂くのは、両目の色が違うオッドアイが特徴的な寿司屋の娘だった。

 

 

 

「トロを握るときはトロトロしちゃいけませんよ」

 

 

 

ふわっと広がった灰色のボブカットと左目の下の泣き黒子が色っぽくて可憐なんだけど、中身は小学生の頃から全く変わっていないような気がする。

 

いや、この完璧なルックスに完璧な性格だと近寄りがたいかも、ちょっと気の抜けた感じが楓さんのいい所なのかもしれないな。

 

 

 

「さーもーひとつ、サーモンをくださいな」

 

 

 

俺は彼女の口をぴたりと閉じておくために黙々と寿司を握った。

 

 

 

 

 

『ありがとう本当。国の寿司バーの100倍美味かったよ、板前ボーイ』

 

 

 

みんな満足するまで食べて寿司屋から出るとやけに感動した様子のオッサンからガシっとハグをされた。

 

くっせぇんだよオッサン、ハグなら天使と変わってくれ。

 

もう3、4日観光して回るらしいので、なんかあったら電話しろよと俺個人の電話番号を渡しておいた。

 

赤外線もついてないのかと最新機種のxPhone3GをDisられた気がしたが、赤外線の方がそのうちなくなるんだよ!




天使=アナスタシア
楓ちゃん=高垣楓


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第2話 飯屋きらり

その日は婆ちゃんの収録が長引いたので、俺は楽屋でモンハンをやっていたのだが。

 

いつの間にか消えもの室へと連れ出されていた。

 

料理を作る予定だった消えもの係が、他の収録先で渋滞に巻き込まれて帰ってこれないらしい。

 

 

 

「高峯ちばりさんの許可は取ってあるから、ねっねっ、お願いっ!このと〜り!」

 

 

 

と婆ちゃんのお気に入りの新人局アナ、川島瑞樹が言う。

 

俺の許可は取ってねーだろ!!

 

全国各地のあるあるネタを流す番組の収録らしく、今回は大阪名物の関西風すき焼きを作ることになった。

 

豊かな茶髪をポニーテールにした川島さんは、清楚な女子アナって感じで凄く美人なんだけど。

 

なんとなくヘタレ感と残念感が漂ってて、将来面白い独身のお姉さん枠になりそうな匂いがプンプンする。

 

 

 

「しかしすき焼きって大阪名物かぁ?だいたい大阪って名物店はあっても名物料理ってないよね」

 

「一理あるけど、ディレクターが決めたんだからしょうがないじゃない。まさか金龍ラーメンや蓬莱のアイスキャンデー出すわけにはいかないでしょう?もうたこ焼きとお好み焼きは使っちゃったし」

 

「どて焼きやかすうどんは?」

 

「あれも諸説あるのよね……論争を呼ぶものはなるべく避けるんだってさ」

 

「すき焼きも危ない線だと思うなぁ……」

 

 

 

言いながらも手は動いていて、あっという間に野菜を切り終えた。

 

あとは野菜と肉と餅の量に合わせた割り下を調整していく、関西風は割り下を具材に合わせるのだ。

 

わざわざすき焼きなんか作らなくても、粉物の味を濃くしてご飯に合うようにすれば大抵のものは大阪風になると思う。

 

調理しながら話していると、川島さんもしきりに頷いていた。

 

スタジオに出す時間から逆算して野菜を割り下で煮込み始める。

 

大阪の老舗、はむ菊から取り寄せた貫禄のある薄切り肉をさっと炙り、肉汁を鍋に加えておく。

 

あとは肉を出す前に鍋に入れるだけだ。

 

川島さんは弱火で煮られている鍋を覗き込んでニコニコ顔で甘い匂いを吸い込んでいる。

 

 

 

「美味しそうね〜!勘太郎君はほんとに料理上手いわよね、今度教えてもらおうかしら」

 

「いいけど、グラム単位で材料計ってもらうからめんどくさいと思うよ」

 

「あらあら、それじゃ私にはクックパッドの方がいいわね」

 

「ていうか川島さんは収録いいの?」

 

「あたしはちばりさん担当として居残りしてるだけだから」

 

「うちの祖母がご迷惑をおかけします……」

 

 

 

俺は笑顔の川島さんに深々と頭を下げた。

 

 

 

「すき焼き、味見します?」

 

「あら、いいのかしら?」

 

 

 

材料が多めにありますので……と言いながら、俺はさっさと賄いの調理を始めた。

 

ちょうど婆さんの収録が終わったので、料理を出した後はさっさと帰ったのだが。

 

後日テレビの放映を見たら、みんな血走った目で最後のひと舐めまですき焼きを奪い合っていた。

 

放送後にはむ菊の株が上がって店に行列ができたらしい、知らんけど。

 

 

 

それはそれとして、今日も料理だ。

 

1年ぐらい前から俺は婆ちゃんの言いつけで芸能界暗黒首脳会談みたいな集まりの料理番をやらされている。

 

俺自身は庶民料理しか作れないんだけどな。

 

他の料理人さん達が前菜なんかを作って、メインに俺の料理をオシャンティーに盛り付けるって形でなんとか回している。

 

料理業界はガチクソ体育会系なんだけど、ある程度まで上に来るとなんだかんだで味が全てだ。

 

反論は全部味で黙らせ、今日も俺は別にやりたくもない料理に汗を流していた。

 

だってこれやっても1円も貰えないんだもん!

 

 

 

カキフライにアボカドのタルタルソースを盛り付けて、素晴らしい美的感覚を持つ副料理人のチェックを受けて俺の料理は配膳された。

 

小学生の俺にまで味の感想を聞いてくるくそ真面目な前菜担当の料理人に、塩が6グラム足りないとか、胡椒の粒が細かすぎとか、卵がもう一日分古いといいとか言いがかりに近い感想を伝えていると暗黒会談のメンバーから呼び出しを受けてしまった。

 

いつもなら作ってさっさと帰っているのに、逃げそこなってしまったらしい。

 

 

 

「やあ、今日も素晴らしい味だったよ」

 

「非常にトレビアーンな味だったぞ、勘太郎少年よ」

 

「今日も美味しかったよ、勘ちゃん」

 

「素晴らしい料理だった、勘太郎。カキフライなんぞ10年は食べていなかったが、ああいう味の料理だったのだな。あの緑のソースはアボカドの他に何か個性的な味が混ざっていたような……いやいや言わんでもいい、そのうち突き止めるからまた食わせてくれ。それと……」

 

「お父様」

 

 

 

ほっとくと一人で一日中でも喋り続けてる芸能事務所経営者の美城のオッサンを、隣に座っていた美人のねーちゃんが止めた。

 

キリッとした若干ヅカっぽい顔で、ウェーブを描くゴージャスな黒髪を頭頂部で止めて後ろに流している。

 

ドレスも着慣れた感じで、いかにもいいとこのお嬢さんって風貌だ。

 

 

 

「ああ、今日こちらに呼んだのは他でもない、私の娘を紹介しようと思ってね」

 

「美城美船よ、よろしく」

 

 

 

娘さんが右手を差し出してくるので右手で握り返す。

 

温度の低い、女らしい手だった。

 

娘さんは手を握ったまま俺の顔を覗き込み、どこの店で務めてるの?と聞いてくる。

 

 

 

「務めてませんよ、俺は高峯ちばりの付き人ですから」

 

「まぁ、ではもし心境が変わったらご連絡下さい。是非我が家の……」

 

「美船、だめ、だめ」

 

 

 

美船さんが気がつくと、周りは出席者達の剣呑な視線にぐるりと囲まれていた。

 

 

 

「みーんな狙ってるから、はは」

 

 

 

美城のオッサンの呑気な声だけが部屋に響いた。

 

 

 

 

 

「腹減った〜、勘太郎なんか作ってくれよ」

 

 

 

夏休みなのに全然休めてない俺の貴重な休日に、俺は朝5時から兄貴に起こされていた。

 

 

 

「今帰ってきたの?」

 

「おお、朝までずーっと飲んでたんだ。なんか作ってくれよ〜」

 

 

 

と愚兄に揺さぶられ、俺は渋々ベッドから起き出した。

 

冷蔵庫の中に保存しておいた自作の角煮を包丁で細かく刻み、角煮の煮汁を薄めた汁をベースに卵で閉じてご飯の上に乗せた。

 

お手軽レシピ角煮卵丼だ。

 

できたそばから兄貴がリビングへ持っていって「うまそううまそう、いただきまーす!」

 

とがっつき始める。

 

兄貴は懐石でも牛丼でも同じテンションでうまっ!うまっ!最高にうまーっ!とウシジマ食いする人間だ。

 

多分白飯に塩かけて食っても幸せだろう。

 

そこに姉ののあが起きてきて、クールに「小盛り」とだけ言って座った、飯屋じゃねーんだぞ!

 

寝起きなのに髪の毛もメイクもバッチリな姉の分の飯を用意してると、妹のきらりが起きてきた。

 

口をもごもごさせながら小さな手で目を擦っている、可愛い。

 

「ラジオ体操……」とふにゅふにゅ言うので、緩やかにウェーブする茶色の髪をツインテールにくくってあげる。

 

そのまま寝ぼけた様子で家から出ていった。

 

車に轢かれないか心配だが、真のフィジカルエリートであるきらりならば当たった車の方が全損するだろう。

 

さて、今日は何をしようか。

 

 

 

幽☆遊☆白書を見終わったらもう一眠りしようと思っていたのだが、ちょうど終わった辺りで幼馴染の新田美波が遊びにきた。

 

近所に住んでいて幼稚園の頃からずっとクラスが一緒の美波は、俺の無二の親友と言ってもいいだろう。

 

男の友達もいるが、前世ほどはいない。

 

というのもこの世界、男の人口が少ないのだ。

 

数世代前から徐々に男が産まれづらくなってきていて、なんと今は男女比3:7のスーパー女余り世界になっている。

 

そのため欧米諸国はいち早く多夫多妻制に移行しており、日本も建前上は一夫一妻制ながらも通い婚的婚姻関係が普通になっている。

 

俺と美波にどういう気持ちがあろうとも、外から見れば関わりの濃さから美波は俺の第一婦人的な扱いを受ける事になる。

 

というか精通と共にやる事は済ませてしまったから言い訳もできない、若い身体には勝てなかった。

 

 

 

「今日はどこか行く?」

 

「うーん、釣りでも行くか」

 

 

 

その日は釣った魚をフライにして食べたりした。

 

くそっ!休日も結局料理じゃないか!

 

 

 

 

 

あっという間に中学生になった。

 

小学校、ほとんど行ってない気がする。

 

婆さんにくっついて料理したりスケジュール管理したり、料理したり、電話したり、謝ったり、料理したり、ロシア語の勉強したり、料理したりな。

 

あまりに評判が高まりすぎて俺を直接スカウトに来る金持ちや料理人がめちゃくちゃ増えた。

 

パーティーで料理をしてくれだのデリバリーをしろだの店を持たせてやるから娘と結婚しろだの、色々面倒くさい感じになってきた所で婆ちゃんから無茶振りが入った。

 

 

 

「勘や、中学入った祝いに店作ってあげよう」

 

「いや、いらない」

 

「どんな形でもいいから作んな、あんたこのままフラフラしてると酷い目に合うよ」

 

 

 

なんて言って飲食の開業で有名なコンサルを連れてきた、また俺の預かり知らぬ所で俺の予定が勝手に決まっていたらしい。

 

予算は青天井、駐車場を作るならどこに建ててもいい、なんて言われても普通に困る。

 

俺は前世じゃ責任逃れに熱心なリーマンだったし、学生時代のバイトも友達の実家に誘われて工事現場の棒振りばっかりやってた。

 

美食家でもなけりゃ意識も高くなかったんで、贅沢と言えば餃子の王将でビールをつけるぐらいのもんだったからな。

 

しばらく時間もらって部屋でうんうん考えてると、妹のきらりがゲームをやりに来た。

 

きらりがどうぶつの森をやっているのを眺めながら「きらりはどんなご飯が好き?」と聞いてみると。

 

「兄ちゃんのご飯が好きだにぃ」と嬉しい答えが帰ってきた。

 

 

 

「兄ちゃんのどんなご飯が好き?」

 

「にょわ……うーん、カレー!」

 

「カレーの他には?」

 

「ハンバーグ!あと餃子も好きだにぃ」

 

「兄ちゃんの店があったら食べに行きたい?」

 

 

 

きらりは家にいたら兄ちゃんが作ってくれるからいい、と言ってゲームに夢中になってしまった。

 

めんどくさいし、カレーとか出す店でいいや。

 

俺はめんどくさくなり、ごく普通の飯屋を作った。

 

 

 

飯屋『きらり』は3ヶ月の準備期間の後にひっそりとオープンした。

 

店員は5人、メニューはカレーだけだ。

 

そうそうたるオープニングメンバーを紹介しようか。

 

一人目は兄貴の友達で、大学に落ち続けて3年の口の悪い女。(20)

 

二人目は親父に頼まれたどっかのニートのオッサン。(28)

 

三人目は婆さんが連れてきた、小学生にラブレター渡して逮捕されたピュアな喪女。(20)

 

四人目は大学中退して起業した次の月にリーマン・ショックで全てを失った運が悪すぎる元女社長。(20)

 

五人目は普通に応募してきた近所に住んでたヒモのオッサン。(30)

 

俺の投げやりな店舗経営に巻き込んでもこれ以上人生が狂わない素敵な人材だ。

 

俺はこいつらを勝手にエクスペンダブルズと呼んでいた。

 

 

 

俺の店のカレーの作り方は非常にシンプルだ。

 

黄金レシピに則って、規定のサイズの食材を規定の大きさに切って、規定の重量から数グラム以内の誤差に収めて鍋に入れ、俺特製のカレースパイスと一緒に煮込む。

 

具材は玉ねぎ人参ジャガイモ、あと豚肉だ。

 

電子はかりがズラッと並ぶキッチンは、調理場というよりは製薬の現場みたいな感じになってしまったが仕方ないだろう。

 

こんなきっちり計って意味あるんですか?って不満も噴出したので、完璧に具材の量を測ったものと計らないものを両方作らせてみた。

 

エクスペンダブルズは不完全なカレーをうまいうまいと食べた後、黄金レシピのカレーを血走った目で腹がはちきれんばかりに貪り食っていた。

 

俺のフリーダムさに呆れ果てていたコンサルも、カレーを食った後は「絶対に成功しますよ!」と太鼓判を押して帰った。

 

 

 

オープンするまで隣家の人が飯屋ができる事に気付かなかったぐらい徹底して無宣伝だったので当然かもしれないが、オープン当日の昼は客が2人しか来なかった。

 

昼に来た客が夜に来て、友達を連れてきた。

 

次の日も来た、毎日来た。

 

オープンから1週間にして、店の周りは異様な雰囲気を醸し出していた。

 

8席あるカウンターと4つある4人がけのテーブルにはびっしりと人が座り、店の外には長い列が形成され、社員達は死人のような顔でカレーを作り続けている。

 

客の顔ぶれは様々だった。

 

男子高校生がカレーの大皿と並皿を2つ並べて心底幸せそうにかっこんでいたり。

 

ターバンを巻いた男が青ざめた顔で泣きながら豚肉のカレーを食べていたり。

 

しわくちゃのお婆さんがひとさじひとさじ拝むように食べていたり。

 

OLらしき4人組が沈黙のままに食べ、意味深な視線を通わせていたりした。

 

 

 

「この鍋で終わりです、この鍋で終わりです」

 

 

 

ニートがぼそぼそと言いながら、カウンターの上に設置したカウベルをカンカン鳴らした。

 

エクスペンダブルズの顔に喜色が浮かび、並んでいた客は最後尾辺りからばらけていった。

 

作れば作るだけ売れる状態だったが、5人で回すならばこれ以上は難しいという状況だった。

 

コンサルは「今すぐ2号店を出しましょう!」なんて鼻息荒く言っているが、そう上手くはいかないだろう。

 

今の状況でも店の維持費店員の給料、俺の小遣いを差っ引いて、内部留保を少し残して来年にはボーナスが夏冬出るかなってぐらいには儲かっている。

 

もう少し客足が落ち着いてから店員を増やしたりメニューを増やしたりしてみようなどと、この時は考えていた。

 

 

 

1人か2人は辞めるだろうな、と考えていたエクスペンダブルズがなかなかどうして1人も離脱者を出さずに続いていた。

 

ニートの親からは親父を通して感謝され。

ヒモのオッサンの飼い主は店の常連になり。

 

明らかに全員ジャンルの違う女三人は、お互いの家で女子会をしたり下の名前で呼び合うぐらい仲良くなっていた。

 

俺は基本的に味のチェックと調理の指導に当たり、たまに早朝に出て賄いを作ったり、姉貴ときらりにせがまれて作ったスッウィーツのあまりを差し入れたりしていた。

 

 

 

店を開いてからの3ヶ月、俺は学校行ったり婆ちゃんの付き人やったりで店にかかりっきりにはなれなかったのだが、その間に店はとんでもない事になっていたのだった。

 

 

 

「こないだ勘君のお店行ったけど、駅まで人が並んでて入れなかったよ」

 

 

 

そう美波に言われて異常さに気づいた。

 

明らかに店のキャパシティを遥かに超えた人数が開店前から並んでいるのだ。

 

呆然と列を眺めていると、色々と頭の痛い話が聞こえてくる。

 

 

 

「今日の主任は三船嬢だから間違いない」

 

「三船の味は若干濃い」

 

「本田さんとこの息子が1番バランスが取れてるだろ、カレーは芸術作品なんだ。繊細さのない料理人にはあの味は作れない」

 

 

 

1日ごとに調理主任を回していく方針を取っていたが、どうやらこの客たちは5人それぞれの味の違いを理解しているようだった。

 

たしかにショタコン三船の味付けは若干濃いし、ニート本田の味付けは俺のレシピに1番忠実だ。

 

つまりこいつらはそれがわかるぐらい毎日毎日食べ込んでるって事だ!あの油分の多いカレーを!

 

 

 

「そんなん全然わかんねーよ、お前らおかしいんじゃないか?」

 

「俺は週8で来てるからな、お前もまだまだ徳が足りんな……」

 

 

 

そう言って腹を叩くデブは昼も夜もうちの店に来ているらしい。

 

さすがに俺も客に対して少し悪いなっていう気持ちというか、仄かな責任感のようなものを感じ始めていた。

 

カレーもそう体に悪いメニューではないが、客の体のことを考えてもっと体に良いメニューをいくつか考えてみることにしたのだった。

 

 

 

最初に作ったのはポトフだ、大量の玉ねぎと大根人参に少なめのジャガイモ、厚切りベーコンとウインナーを加えて業務用圧力鍋で煮込んだ。

 

素材が溶けてしまうので、わざわざ2段階に分けて煮込みゴロゴロ感を出した自信作だ。

 

ふた鍋分作り、夜に出してみることにした。

 

 

 

「今日はポトフあるよ……」

 

 

 

ニートがぼそぼそ客に告げる。

 

 

 

「ポトフぅ?食ったことねぇやそんなもん、美味いの?」

 

「美味いス……」

 

「じゃ、もらおうかな」

 

「り……」

 

 

 

ニートの接客は独特だが、何気に客あしらいが上手い。

 

繊細な心と鬼瓦のような顔のギャップがいいという客も多い……らしい。

 

 

 

「うちのオーナーのポトフには玉ねぎ100個分が溶けてるよ」

 

「えー、それってめっちゃ臭そう〜やばくない?」

 

「カレーの方が臭いから大丈夫、ポトフは今日限定だよ」

 

「うーん、じゃあポトフで……」

 

 

 

ヒモはよく喋る喋り下手だ、程度の低すぎる冗談をよく言うが、相手の好き嫌いがはっきり別れるタイプだからある意味生きやすいのかも。

 

ポトフはほどほどに好評だった、鍋2つ分は1時間でなくなり、食えなかった連中が地団駄を踏んだらしい。

 

その後もシチューやらおでんやらロールキャベツやら、色々やってみたが総じて駄目。

 

大好評だが商売的に駄目なのだ、野菜を大量に使う料理なんかはカレーに比べて利益率が低すぎたり、手の込んだ料理は俺以外の人間には作れなかったりと、店では使えないものばかりだった。

 

たっぷり二月かけて決定した第二弾レギュラーメニューは、豚の角煮丼だった。

 

豚を縛って煮て切って盛って出すだけの簡単料理にうちの店のスタッフもニッコリだった。

 

煮汁にインカコーラやマスタードを入れたりしてちょっと風変わりな味にしてあるが、特になんの変哲もない普通の角煮と言ってもいいだろう。

 

材料費も安くて利益率が高い、俺は満足だ。

 

客の健康?

 

大人なんだから自己管理しろよ!!




消えもの=食べ物など、使うと消えるもの
高峯ちばり=オリキャラ、主人公の祖母
きらり=諸星きらり、原作では180cm超えの恵体
美城(父)=オリキャラ
美城美船=アニメに登場する美城常務
エクスペンダブルズ=消耗品軍団、シルベスター・スタローンの映画
美波=新田美波、原作では歩く何何
ニート本田=オリキャラ
ヒモ=オリキャラ


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第3話 文化的侵略

金には困ってないし、いい女もいるしで順風満帆に思えた2回目の人生だが、俺にとって非常に重要な物が欠けていた。

そう、音楽だ。

この世界は女が圧倒的に多いせいか、ボサノバみたいなやつとか西野カナみたいな音楽がめちゃくちゃ売れる。

逆にそれ以外売れないような状況で、男のバンドマンはフォークシンガーみたいな奴ばっかりだ。

ぶっちゃけて言うとここはビートルズもヤードバーズも存在しなかった世界らしい。

レスポールも存在しなくて、パールのドラムもない、もちろんIRON COBRAペダルもない。

ソウルミュージックやR&Bが世界的に大人気なのに、ヒップホップは存在自体していない。

つまり、俺から見ると音楽的に非常に歪な世界なのだ。

 

ちょうど最近、飯屋きらりの経営とよくわからんお偉いさんにデリバリー調理をして貰った小遣いで1000万円弱のあぶく銭が手に入ったところだ。

俺はこの中学2年の夏休みに世界に音楽の種を撒くことにした。

つまりこの世界に存在しないジャンルの音楽を発信して、音楽界を強引に撹拌しようというわけだ。

個人でCDを焼いてイベントで配るような楽曲と違い、何万枚も作って流通に乗せるような楽曲を作るのには様々な高いハードルがある。

音楽者達はそのハードルを腕や才覚、気の遠くなるような孤独な作業なんかで超えていくわけだ。

ちなみに俺は腕も才覚も根気もないので金とコネでハードルを超える事にした。

再現する音楽が明確に頭にあったから、俺の音楽制作は楽だ。

まずは美城のオッサンに相談したら「こいつ使っていいよ」と快く貸し出してくれた美城芸能の新入社員の武内君と一緒に秋葉原に行き、鼻歌で作曲できると話題のDTMソフトとノートパソコンなんかを買ってきた。

もう数年後なら、実用に耐えるスマホ用の鼻歌作曲アプリとかもリリースされていてもっともっと楽にやれたのだが今はこれしかないから仕方がない。

鼻歌でメロディやコーラスを入れ、かろうじてコードが弾けるだけのギターでバッキングを入れていく。

これで俺の仕事はほとんど終わり、後はプロの先生に作ってもらったトラックにケチをつけまくるだけだ。

 

「……いい曲になるよ、掛け値なしに」

「もうちょいギターにリバーブが欲しいんだけど」

「いえ、これでバランスが取れていると思います」

「もっと時代感がほしい、70年代の」

「70年代にこんな曲はないぞ」

「俺の中の70年代なんだ、とにかくドゥーワップはドライヴ感とキラキラ感が同時に出てないと駄目だ」

「……もう一度やってみようか」

「悪いね、何回も」

「一流と二流の差は想いの強さだ、気にする事はない」

 

961プロダクションの黒井社長の元にケータリングに行った時、世間話で音楽CDを作ってるって話をしたんだが。

そうしたら「何でも相談したまえよ」なんて言うから、曲の原型ができたから編曲家を紹介してくれと言ってみたんだ。

そうして紹介されたのが、90年代にヒットを飛ばしまくった超人気プロデューサー武田蒼一だったのだ。

この上ない人選だったが、予算が1000万じゃ完全に足りなくなってしまった。

武田P自身は黒井社長の紹介ということで泣いてくれて、1000万ちょうどで引き受けてくれ。

その他スタジオ代ミュージシャンのギャラ経費諸々を俺は婆ちゃんからの借金1000万で賄うことになった。

俺の楽しい夏休み計画はどこかへ消え、昼間は金持ち相手のケータリングで金を稼ぎ、夜はスタジオに篭ることになったのだった。

 

「いい皿うどんだった……掛け値なしに」

「ごちそうさまでした、高峯さん……」

昼は外で料理、夜もスタジオのちゃちなキッチンで料理だ。

少食で不健康な感じだった武田Pが俺の飯を食い始めてから血色が良くなってきたのがちょっと嬉しいが、状況は順調に混乱し始めていた。

はっきり言って最近の俺は自分の店すらほったらかしにして音楽制作に奔走している。

武田Pが曲を絶賛してくれて、これならギャラ半分でもいいからもっといいものにしたいとまで言ってくれたので俺も舞い上がってしまった。

当初出す予定だった4曲入りのEPの話はどこかへ行き、曲数は9曲に膨れ上がり、同様にかかる経費も大きく膨れ上がった。

今の予算でもなんとか完成までこぎつける事はできそうだが、実力あるボーカリストを呼ぶ金銭的余裕がないかもしれない。

最悪予算不足で今の俺と武内君の仮歌のままで間に合わせる事になるぞ!と飯を食いながら話していたら、武内君がまんざらでもなさそうに首の後ろを揉みながら「いや、それは……」なんて照れていた。

歌いたいのかよ!

 

夏休みも後半になり、ようやくオケ録りが終わった。

ここ数日の武田Pは当初のクールな姿勢をかなぐり捨てて、鬼気迫る様子でミュージシャンに指示を出していた。

俺の頭の中にあった前世の世界の天才たちの音楽をこっちの世界の天才が引きずり出してしゃぶりつくしたような楽曲たちは、元の曲からはまるで異質に洗練されたもので。

このCDを前世の世界に持ち込んだら億万長者になれるんだろうなぁなんて思いながら聴いていた。

最後の方はあまりに熱量の高い武田Pに誰も口出しできない場面が多く、天才の天才たる由縁をまざまざと見せつけられた数日間だった。

そしてついに金が底をつき、今日がスタジオを借りられる最終日だ。

「正直、婆ちゃんからこれ以上金を借りるのは無理だ。これが商売ならいくらでも貸してくれるだろうけど、完全に道楽だからな」

「一旦持ち帰って、資金を用意してからボーカルだけ録りましょうか?」

「うーん、それしかないよな実際」

俺は夏休み中のCD完成を半ば諦めかけていた。

「待て」

徹夜続きで胡乱な目つきの武田Pが言った。

「今レコーディングを止めてしまえば、この熱は失われてしまう……音楽は料理と同じだ、温め直しても同じものにはならない。スタジオは今日しか借りられない今、勘太郎と武内が歌うしかない」

「でも、素人の俺と武内君じゃクオリティが……」

「君はこのCD制作を道楽と言ったな、道楽ならばクオリティよりも熱量が大切なはずだ」

「そうだけどさ、やっぱこのトラックに見合うぐらいのボーカリストが……」

「空 気 な ど 読 む な」

武田Pが鬼のような形相で絞り出した言葉に、場の空気が凍った。

「これは君の楽曲だ、君が命を吹き込みたまえ」

殺気すら篭っているような武田Pの言葉に急き立てられて、俺と武内君はブースに入った。

「ワンテイクで決めろ、『シビれさせたのは誰?』からだ」

そこからは無我夢中だった。

こっちの世界の天才が異質に作り変えたトラックだからだろうか、仮歌を入れた時のようなバリー・マンのモノマネじゃなくて素の自分自身で歌えた気がした。

 

 

 

『〜♪』

 

 

ノリノリすぎて自分の声とは思えない歌がラジオから流れてくるのを聴いている。

正直言ってレコーディングした時の事はほとんど覚えていないが、武田Pの怒号と朝まで続いたリテイクの嵐と半泣きの武内君の顔だけはおぼろげに記憶している。

 

完成したCDを武内君を貸してくれたお礼を言うついでに美城のオッサンの所に持っていったら、CDを聴いたオッサンにそのままマネジメント契約を結ばされそうになったので慌てて婆ちゃんの事務所のお偉いさんを呼び出して交渉を変わってもらった。

歌謡曲と演歌が主体の婆ちゃんの個人事務所で出すには毛色が違いすぎるCDということで、結構な好条件で美城プロでマネジメントをしてもらうという事になり、ようやく開放された。

マネジメントと言っても俺は歌手として活動するつもりなんかないので、単にCDを売ってもらうってだけだ。

武内君にもお礼を渡せるぐらいには売れたらいいなと思いつつ、俺は1000万もの借金に気を重くしながら家へと帰った。

 

夏休みが終わった後も借金返済のために金持ちへのケータリングに精を出してた俺だが、ある日黒井社長に呼び出された。

「どういうことだね?勘太郎少年」

なんか怒ってるなーと思いながら、よくよく話を聞いてみると相談もなしに美城プロとマネジメント契約を結んだことが気に入らなかったらしい。

よく考えたらたしかに黒井さんには武田Pを紹介してもらったし、不義理をしてしまった。

謝りつつも所詮は売れないCD一枚作っただけで、僕は料理人なんで活動する気はないですよと話したのだが、黒井社長は訝しげにこちらを見るだけだった。

「何を言っておるのだね」

「へっ?えーっと……」

「テレビを見ていないのか君は?」

「最近は料理の方が忙しくて……」

黒井社長がクソでかいため息をつくと、秘書の方がなにやら新聞を渡してきた。

一面には俺と武内君と武田Pが黄金の大仏マスクを被って椅子にふんぞり返っているクソ寒いCDのジャケットと女性議員による男性秘書へのセクハラ事件の報道が……ってええっ!?

思わず二度見をしてしまったが、たしかに俺のCDのジャケット写真が掲載されていて『武田蒼一プロデュースの異色CD、異例の大ヒット』なんて書かれている。

「それは3日前の朝刊だ」と言いながら手渡された今朝の朝刊には『手に入らないCD社会現象に、品薄商法の疑いも』と書いてあった。

「美城の事務所は初回は三万枚プレスしたそうだが、海外展開も考えて追加で十万枚プレスするそうだな」

「はー、売れてるんですねー」

俺の前世の超天才達の楽曲が売れないわけがないという気持ちと、俺の歌った曲が売れてるのが信じられないという気持ちがないまぜになっていて気の利いた感想も言えなかった。

「その売れているCDをみすみす逃したとして、私が役員どもから槍玉にあげられそうになっているのだよ」

「あー、それは……」

ようやくなんだか黒井社長に悪いって気持ちが沸いてきた。

だとしても別に契約していたわけでもないし、特に気にするつもりもないけど。

「で、次回作をだ……」

「あ、そこらへんは美城のマネージャーと相談して頂けると……」

と適当に身をかわして退出した。

ちなみに美城のマネージャーは俺の希望で決まった武内君なのだった。




武内君=アニメのヒロイン、強面で大柄
ドゥーワップ=音楽のジャンル、この世界には存在しなかった
武田蒼一=アイドルマスターDSのキャラクター、音楽界のうるさ方
黒井社長=アイドルマスターSPのライバル役の961プロダクション社長、CV子安武人


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第4話 借金とバーベキュー

なにやら夏に作ったCDが売れているらしいが、どちらにせよ印税が入ってくるのは翌々月との事なので8桁借金マンの俺がかかずらっている余裕はないのだった。

 

味見以外でひさびさにゆっくり顔を見せた飯屋きらりでは「借金返すために奔走してるらしいけど店の金を使い込んでないか」とエクスペンダブルズから心配されてしまった。

会社を潰したとはいえ経営経験のある和久井女史はあんまり心配していないようだったが、もう受験勉強をしたくない三浪女子佐藤がナーバスになってるらしい。

ショタコン三船はなにやら個人的にも勉強してめきめき料理の腕を上げているらしく、和久井女史から「他の店に行かれないためにも固定で調理主任にするのもいいかもしれないわね」とアドバイスをされた。

逆に家庭の経済基盤が自分にない男たちは気楽なもんだ。

ニート本田には「中学生なのに借金してまでやりたい事があるのは凄い」と呑気に言われた、こいつは最近店の客といい仲になって結婚した。

親父さんから親父経由でまたお礼を言われたんだが、勝手に働いて勝手に更正してんだからこっちからすれば楽なもんだ。

ヒモ男は「僕も昔借金して中古のジレラを買ったことがあるよ、免許は取ったことないけどね」とかピントのズレた事をのたまっていた。

近頃は彼がヒモから脱却して経済的に安定したのはいいが、今度は逆に飼い主の方が情緒不安定になっているらしい。

男と女の事はほんとに複雑怪奇だ、俺も前世と今世で合計40年以上生きてるのに全く理解できる気配がない。

 

そんなエクスペンダブルズが働いている飯屋きらりも来月で開店一周年記念という事で、イベントをやることにした。

残業代を出して閉店後に残ってもらい、意見を交換したのだが。

和久井女史は「新メニューを増やした方がいいわ」と正統派。

佐藤は「ユニフォームをもっと可愛くした方がいい」と変化球。

三船は「子供向けメニューを作って、ファミリー層を呼び込みましょう」と欲望ダダ漏れ。

本田は「リピーター……多いス、還元するのにポイントカードとか……」と真っ当な事を言い。

ヒモは「関係ないけど店員増やしてもいいんじゃない?」とほんとに関係ない意見。

 

せっかくだから盛り込めるだけ盛り込んでみることにした。

まずは新メニューに唐揚げ丼を用意。

これはファミリー○マートのファミ○チキからヒントを得た。

前世で少しバイトした事があるが、ファミチ○キは冷凍したままフライヤーに放り込んで作るのだ。

つまり冷凍保存しておいた唐揚げを出す前に揚げて提供すれば、作り置きができて手間もかからず廃棄もない実にいいメニューだ。

なんなら冷食としてお持ち帰り販売してもいいかもしれない、味を整えるのは俺だからあんまり手広くやりたくはないけど。

なぜ唐揚げなのかというと、これはうちの姉が唐揚げ好きだからだ。

俺が休日に寝ていたりすると「……貴方、仕事をしなさい。私のために」とか言って飯を作らせるのだ。

何がいいかと聞くと「鶏肉も……熱油にさらされれば揚がってしまう。それでも信じる……?」とか言いつつポーズをとって俺が唐揚げを作るまで厨二病丸出しで絡んでくる。

これからは唐揚げが食いたい時はきらりに行ってもらえばすむ話だ。

 

ユニフォームに関しては、支給はするけど着用は自由という事にした。

可愛いユニフォームと言われても飯屋のキッチン用だからな、なかなかないし、あっても高いから気に入るものを個人で探して欲しい。

 

ポイントカードはすぐに業者に発注。

やたらとリピーターが多いから、1食1ポイントの50ポイントで交換制にした。

正直ポイントカードなんかなくても客は来るから、これはヘビーなきらりファンへのご褒美だ。

もちろんきらりファン向けだからグッズもきらりのグッズ。

地上に舞い降りた天使高峯きらり(12)の写真集と、サイン入り飯屋きらりTシャツ、オリジナル曲CDの中から選んで交換という事にした。

よくわからんがニート本田の言うことには意味不明すぎると話題になったそうで、後日ネットのニュースサイトに取り上げられていたそうだ。

別に客が欲しがらなくても俺が欲しいグッズだから問題はない。

 

あと店員を若干名募集すると店内に貼っておいた、新メニュー開始に伴って人員が足りなくなってきたのは事実だしな。

キッチンはかなり広めに作ってあるから調理人が増えても大丈夫だ。

面接はエクスペンダブルズのリーダー的存在である和久井女史に全て任せた。

 

子供向けメニューは保留だ、今でも四席のテーブルに相席させまくってるのにファミリー層が来ても座れる席がないしな。

第一うちの店内は何か知らんが客同士のロットバトルだか早食いバトルだかで殺気立ってる事が多いし、子供が来ても泣いて帰っちゃうかもしれない。

 

 

きらり一周年イベントの打ち合わせが片付けた俺は後の事をエクスペンダブルズに任せ、まだまだ残暑厳しい町を離れキャンプ場に向かっている。

幼馴染の高垣楓の運転する型落ちのフォレスターは、アホみたいに詰め込まれた荷物と4人の搭乗者をものともせず元気にアスファルトの上を疾走していた。

しょっちゅう高校をサボって出席日数ギリギリだった高垣家の楓さんも去年無事に高校を卒業して、かなりいいとこの大学に入学した。

先日、家と家の話し合いで俺との婚約が決まった彼女は上機嫌でステアを握っている。

前世の自由恋愛至上主義的な価値観からすると違和感があるのだが、今世の結婚は恋愛結婚よりも家と家の間で話がまとまる結婚が圧倒的に多いのだ。

なんせ男が少なすぎる上に法律的には重婚不可なので、恋愛結婚で嫁が増えると容易に女同士の殺し合いに発展してしまう。

そこで家と家の契約を通して結婚させ子供を増やす事により、これまで人口を維持してきていたわけだ。

自身が正妻となっても、家と家の事ならば熱した鉛を飲み込んだつもりで我慢すべしという教育が女の方にはされているらしい。

男への教育は前世とあまり変わりないのだが、自由恋愛の範疇なら誰とヤッてもいいけど、基本的に家と家の折り合いのつかない結婚は完全NGだ。

男はある意味最高に気楽で最高に融通が利かない立場なのだ。

 

ちなみに俺と美波とも楓さんとも、どっちも家と家の婚約だ。

美波の実母はプラント系超大手の幹部だし、楓の実家は明治の初めから続く老舗の寿司屋だ、家系的には俺の家が一番重みのない成り上がりなのだ。

子供の頃から知っている間柄だから正妻の美波と楓の間に確執は少なく、ゆくゆくは同棲してもいいという話にもなっているらしい。

男は完全ノータッチだ、そういうものなのだ。

今日はそんな俺と美波と楓と、楓の友達の千川さんでのキャンプだ。

千川さんは楓に連れて行かれてからずっときらりの大ファンらしい。

「ヘロイン中毒者がヘロインを注射するのが大好きなのと同じように、私もきらりのカレーを愛してるんです」とワイアードの記者のような事を言っている。

恐らく楓さんは俺が料理をすると言って連れてきたんだろう、楓さんと同い年の20歳が小学生のようにワクワクしている様子だ。

美波と楓は助手席と運転席で仲睦まじく学校の話をしていた。

 

昼前に浅い河が隣にあるタイプのキャンプ場に着いた。

女性陣にテントやらなにやらを任せ、俺は借りてきたバーベキューグリルに火を入れたりして料理の準備を始めていた。

色々とキャンプ場でやるのが面倒くさかったので下準備をした野菜を圧力鍋に入れたものを2つ作り、それをそのままクーラーボックスに入れてきたものを取り出した。

水をくわえて味を整えながらスパイスと小麦粉を入れて煮込み、その間にコストコで買ってきた巨大な豚のスペアリブをそのまま切らずに甘辛いソースをハケで塗りながらじっくりと焼いていく。

むわっと広がる肉の香りを嗅いだ女性陣に「味見してあげる」とちょっとづつ削り取られ若干小さくなった肉が焼きあがる頃には圧力鍋のカレーも完成した。

「そういえばお米がありませんね」と言う千川さんにニヤっと笑って見せながら、俺はおもむろにクーラーボックスから焼きそばを取り出した。

そうして福島県の名物料理、カレー焼きそばが完成する頃にはなぜか遠巻きにギャラリーの輪が出来上がっていた。

大きく切り分けたスペアリブを焼きそばの上に乗せ、カレーをかける時には「おお……」とか「ううっ……」とかギャラリーからうめき声が聞こえ。

それを女性陣ががっついて食べ始めると、小さなため息が沢山聞こえてきた。

俺は自分の分を取り分けてからギャラリーに「皿持ってきなよ!」と言い、その後は給餌マシーンとなった。

「ほんとにいいの?ほんとに?」

「これすごい美味しそうな匂いでたまらなかったのよ、ありがとう」

「金出しても食べたいレベルだよ~」

とか言いながらキャンプ場中の人間が並び、2鍋分のカレーも焼きそばもスペアリブも綺麗に完食された。

俺が用意がいいのは昔もこんな事があったからだ。

あの時最低限の材料しか持っていかずにBBQをやって、周囲の人間たちから殺意の篭った目を向けられながら食った飯は味がしなかった。

 

腹いっぱい食って、美波以外は酒も入った女性陣はテントとハンモックで爆睡を始めた。

俺はこれから晩飯の用意だ。

もうキャンプ場にいるほとんど全員が晩飯を俺に作らせるつもりで各人の持ち寄り食材を持って集まってきていた。

これももう慣れた、チートのせいだから仕方がないと割り切る事ができるようになったのは小学校の高学年になってからだろうか。

色んな肉と色んな野菜があつまってきたので、俺はどんな食材でも消費できる魔法のメニューである餃子を作ることにしたのだった。

「何でも買い物行ってくるよ!」と言ってくれたお姉さんに餃子の皮の買い占めを頼み、俺はとにかく高速で餃子の具を作っては鍋に詰めて各人のクーラーボックスに入れてもらっていく。

夏は普通に置いておくと夜まで保たないのが面倒だ。

クーラーボックスでもギリギリな食材もあるので、そういうのはぱぱっと料理にしてしまえば周りで酒盛りしている誰かしらが食べてくれる。

 

せっかくのキャンプだが1日中金にもならない料理をすることになった。

でも恐らく俺の役割は多分一生料理担当だろうし、こういう事で人から頼られるのが嫌いってわけでもない、色々な諦めは小学生のうちにつけたつもりだ。

それでも、それでもだ。

必死に料理してる目の前で酒を飲みながら爆音で音楽鳴らして踊られると、ちょっと思うところはある。

ちょっとだけね。

 

餃子はタネだけ作っておけばあとは包んで焼いたり茹でたりするだけだ。

昼間から17時過ぎまで延々肉や魚や野菜をみじん切りにし続けていた俺は、料理が出来る人にタネを渡してようやくお役御免となった。

各テントの前で餃子が焼かれ、皆でそれを少しづつ食べ歩く不思議な空間を見つめながら俺はかっぱらってきた酒を飲んでいた。

 

餃子は大好評だったらしい。

変わり種と言えるつみれ餃子やつくね餃子なんかも好評だったらしいが、俺のチートで味が破錠しないのをいい事に笑いながら作ったキムチあんこう餃子やスッポン南瓜餃子、野草と枝豆のベジタリアン餃子なんかも大好評のうちに完食されたらしい。

らしいというのは俺が途中から酒で記憶をなくしていたからで。

マジギレ気味の美波から聞く所によると半裸で千川さんを口説いたり、全裸で刀削麺を作って拍手喝采を浴びたり、それに気を良くしてよくわからない歌を熱唱したり、美波を強引にテントに連れ込んだ挙句何もしないで朝まで爆睡したりしていたらしい。

帰りの車内は地獄だった。

一言も喋らない美波と爆音で俺のCDをかけながら歌詞カードを無理やり駄洒落にしながら朗読する楓が後部座席に座っているのをチラチラ見ながら、なんだかちょっと色っぽい千川さんの助手席で縮こまりながら家まで帰った。

 




和久井女史=和久井留美、原作では元秘書アイドル
三浪の佐藤=佐藤心、原作では痛い人系アイドル
ショタコン美船=三船美優、原作では母性あふれるアイドル
千川ちひろ=原作ではお金を払えば実質無料でガチャを回させてくれる天使
ワイアードの記者=クリス・コーラー


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第5話 逃走と新人

武内君から焦った声で電話が来て1日が始まった。

「勘太郎さん、明日テレビに出られませんか?」

「出られません」

「そこをなんとかお願いしたいんです、お願いします」

「明日は体育の授業でマラソンがあるんでぇ~休めないっていうかぁ~」

「この間出したCDの反響が凄いんです、首に縄打ってでも引っ張ってくんのがお前の仕事だろって社内で無茶苦茶に言われてて……」

「メディアに露出したくないって言ったら、それでもいいよって言ってくれたから契約したんですけどぉ〜」

「それは契約書に書かれていませんので」

電話は切られた、大分切羽詰まってるらしいな。

そういえば数日前の学校の昼休みにも放送部が俺が歌ったビートルズの『抱きしめたい』を流してたなと思いながら、世界に俺の前世の音楽の種が撒かれた事を嬉しく感じていた。

 

 

 

 

 

もちろんテレビなんか出る気ないので、翌日の今日は学校サボって楓の実家の寿司屋で寝っ転がりながらテレビを見ていた。

昼営業は親父さんの手伝いで寿司握ったりして、常連さんに「よっ!二代目!」なんて言われちゃったりしてなかなか愉快な時間を過ごしていたのだが、楓の母がチャンネルを回した時に俺の心は凍りついた。

28時間テレビがやっていたのだが、画面の右上の方に『この後2時間後、「Not Enough」の「KTR」登場!』と書いてある。

Not Enoughは俺の出したCDで、KTRは俺がクレジットに出した名前だ。

登場しねーよ、と思いながらもバクバク拍動する心臓を抑えていたのだが、瞬間、寿司屋の玄関がバンバン叩かれた。

「誰でぇ、準備中って書いてあんのによ」と立ち上がる親父さんを横目に見ながら、俺は庭側のサッシを開けキティちゃんのスリッパのまま壁を乗り越えて逃げ出した。

と言っても行くところなんか限られている。

とりあえずタクシー拾って美波の家に転がり込んだ俺は、専業主夫のおじさんに心配されながらも汗を落とすためにお風呂をいただいていた。

おじさんには「だれか来たら僕は飯屋きらりへ行ったと言ってください」と言ってあるので、ある程度時間は稼げるはずだ。

風呂にそなえつけのテレビをつけてみると、右上には『この後1時間後、「Not Enough」の「KTR」登場!』と書いてあった。

あと1時間待てば企画終了で俺の逃げ切り勝ちだ。

安心しながら一息つき、風呂のちいさな窓を見上げると、窓から手がズボッ!と入ってきた。

大きな手だった、武内君の手だ。

俺は急いで服を着込み再び脱兎となった。

 

とにかく走りに走った俺は、体力が尽きかける前に見知らぬボロい文化住宅に駆け寄った。

一番手前の部屋を強くノックする、いない。

次の部屋を強くノックする、いない。

次の部屋はノックする前に、酔っ払った女が顔を出した。

「らーりぃ?新聞?うひはいらはいから」

俺はドアにつま先を突っ込んで無理やり押し入った。

「りょ、料理させてくんなっ!!」

ひるむ女の横をすり抜けると、もう一人いた女が出すには早いこたつで手酌で飲みながら28時間テレビを見ていた。

右上のテロップが『この後5時間後、EDに「Not Enough」の「KTR」登場!』に変化していた。

奴ら逃さねぇ気だ!!

「料理!料理だけしたら出て行くから!」と女に言うと、完全に酔っぱらってるのか「肉!肉!肉がいい!」とこたつで再び飲み始めた。

冷蔵庫に残っていた賞味期限の怪しい鶏肉と冷凍庫に入っていたガチガチの豚バラ肉のパックを取り出し、鶏肉は筍を混ぜてつくねにして、豚バラ肉はレンジで解凍をかけながら鍋の用意をする。

最低限の調味料だけを使って薄味に調整し、解凍の終わった豚バラ肉を味付けして桂剥きした大根で丸く包んで鍋に入れた。

肉の真ん中には棒状に切った筍も入れて食感を変えると共に強度を上げてある、寿司の大根巻きの肉版だ。

つくねも入れてひと煮立ちさせ、こたつの上に置くと「おおっ!鍋が降ってきた!」と酔っぱらい2人は嬉しそうに鍋をつつき始めた。

俺もしれっとこたつに入り、妙齢の酔っ払い2人が絡ませてくる汗ばんだ足の感触をしばし楽しんだ。

 

「でさー、巡査なんかもう人権ないって感じでさー」

見ためは中学生なのに今年23歳だというおまわりさんの片桐早苗さんの話を聞きながら「すごいねー中学生なんだー」と同じ事を言い続ける年齢不詳の童顔ジャージ女安部菜々さんのウザ絡みを受け流し続けている。

すでにテロップは『この後2時間後、EDに「Not Enough」の「KTR」登場!』に変わっていて。

ようやく逃げ切ったかな、と思った所で男の力強い手で両脇をガシっと掴まれた。

心臓が止まりそうなぐらい驚きながら上を見上げると、顔面蒼白で汗ダクダクの武内君が俺を見下ろしていた。

「勘太郎さんのあ、iPhoneの……クローンを……新田美波さんが作っていたので……ようやく捕まえる事ができました……」

俺は机の上に置きっぱなしのiPhoneを見て、武内君の顔を見た。

今度は逃げることができなさそうだ。

おまわりさんとジャージ女は俺によっかかって爆睡していた。

 

俺は角の丸い12弦のリッケンバッカーを持たされてステージ裏に立たされていた。

衣装合わせをする時間もなかったので、服装は28時間テレビのTシャツとアロハ柄の半ズボンにスタッフから借りたポンプフューリーだ。

武内君の情けで顔を隠すのにデストロイヤーのマスクだけはつけてもらえた。

「武内君も一緒に出るんだよね!?」と振り返ってみると、武内君は大の字になって失神していた。

9月とはいえこのクソ暑い中を1日中走り回ったんだ、当然の結果だった。

俺は『KTR!KTR!』と死にたくなるようなコールが響く中、シールドも繋がっていないギターを掻き鳴らしてビートルズの『抱きしめたい』を歌うことになったのだった……

 

 

 

顔から火が出そうなステージが終わり、リハも何もなしに歌った割には結構盛り上がったらしくて帰りには「次は特番組むから」なんて言われて家路についた。

酒飲みロリコンビの家にスマホを忘れてきたが、いいんだ。

俺はクローンの作れないAndroidに乗り換えるから……

 

 

 

 

 

酒でも飲んで忘れたい日は過ぎ去り、今日は酒飲みコンビの2人が閉店後の飯屋きらりに来店していた。

「いやー、あの鍋食べた時はただものじゃないと思ったんですよね~まさかレストランの店長さんとは……」

となぜか名札付きのエプロンドレスを着ている安部菜々さんが言い。

「こないだも言ったけど、あの時の事はないしょにしてね。酒飲んだ警官が男子中学生連れ込んだとかほんとやばいんだから」

と顔には似合ってないがボリューミーな身体にはとても合っているボディコン衣装を着た早苗さんがぶつぶつ言う。

部屋に忘れていったiPhoneから俺の自宅に連絡してきてくれたので、あの日のお礼も兼ねてご飯を御馳走することにしたのだ。

営業中は提供していない酒を二人にお酌し、焼き鳥を焼けるはしから出していく。

「うまっ!これどこの鳥よ?」

「ないしょだよ」

ほんとはスーパーの特売品だ。

「このつくねはほんと日本酒に合いますね〜」

「はい、とん平焼き」

「おおっ!酒呑み心がわかってるわね〜」

「いただきまーす」

 

「店長〜こっちもとん平焼き〜」

「この焼酎、ラベルがないけどどこのかしら?」

「ラベルがあるとくラベルからでは?」

今日はめったにない機会ということで、店員達も残って酒を飲んでいる。

男二人は酒を一杯飲んだところで嫁さん達が回収していった、夜遅くに男が深酒して帰るのは色々と危ないからな。

ここらへんは男女比のせいか前世とは逆だ。

俺のお目付け役としては楓がやってきて和久井さんと佐藤と同じテーブルで飲んでいる。

三船嬢はなにやら料理を勉強したいとかで俺の横で手伝いをしてくれている。

ちょいちょいメモを取っているようだが、俺のレシピは全部食べログ由来だぞ。

 

「浪人も二浪目からは周りの視線が違うので……」

「わかりますよ〜地下アイドルも3年目からは別ジャンル扱いですよ〜」

 

「それで親から資金を援助してもらって、起業した次の月にリーマンショックがきたの」

「企業を起業したのに職を失ってショックだったんですね」

「かと言って公務員も安泰とは言い難いのよね〜」

女達はいつの間にか全員カウンターに移動してきて、姦しく喋り続けていた。

 

「え〜、冷製めんたいパスタ」

もう何皿目かもわからない料理をカウンターに置くと、早苗さんの手がパスタの皿じゃなくて俺の手を握った。

ふにゃ〜っとした声でヨレヨレの抱きしめたいを1小節だけ歌って、早苗さんはニコニコ笑顔のまま気絶するように寝落ちした。

「完全に酔いつぶれてますね……」

ちょっとムスっとした楓が一発早苗さんの頭をはたいてから、冷製めんたいパスタを食べ始める。

「でさ〜」

と何事もなく話は再開され、俺もまた料理に戻るのだった。

 

深夜一時前の事だろうか。

俺と三船さんがデザートのワッフルを焼いていた時に菜々さんが大声をあげた。

「ええっ!?この店って服装自由なんですか!?」

「そうよぉ〜あらしもっと調理服が可愛くってもいいとおもうろよ……」

「はいはいはーい!店長!あたしここで働きたいですっ!」

「採用担当は和久井さん」

「採用!」

と和久井さんが即答しながらアスパラの肉巻きを挟んだ箸で菜々さんをビシッと指し示し、そのまま意識を失った。

後で片付けてみたら、この日は呑みも呑んだり11本、5人で買ってきた焼酎と日本酒をほとんど全部開けてしまっていた。

 

結局店員募集に応募してきたのは酔っ払いの菜々さんと、なぜかしれっと履歴書を持ってきた千川さんだけだった。

親にはOLをやっていると嘘をつきながら、派遣フリーター兼売れない地下アイドルをやっている事が判明した安部菜々さんはまさしくエクスペンダブルズにふさわしい人材だ。

一方千川ちひろさんは前途有望な二十歳で法学部な超高学歴大学生だ。

「大学を辞めてでも!」と意気込む彼女には申し訳ないが、俺が物言いをしてお断りさせてもらった。

あまりに食い下がるので「大学を卒業したらもう一度考える」とだけ言って勘弁してもらった。

あの人はグイグイ来すぎて正直怖い。

 

 

 

 

 

 

新しい人員を1人増やして行われた飯屋きらり1周年イベントは大盛況のうちに行われた。

 

初日に行われた高峯きらり嬢によるスピーチには従業員一同と常連客から熱い拍手が送られ、きらりは恥ずかしがってアルミのマイクスタンドを10回折り畳んで退屈な子供が遊んだあとのストローのようにしてしまった。

 

新メニュー唐揚げ丼はもちろん売れたが。

イベント限定メニューとして日替わりで出した辛さ10倍カレーやおでん系おでん定食やシチューうどんやソーセージの入ってないソーセージドリアや色付きロシアン餃子は予想の倍ほどに売れ、うちの姉以外からは大好評となった。

いつでも唐揚げが食えるぞとうちの姉に話したら「姉心がわかってない」と脇腹をつねられた、納得がいかない。

 

フリフリのエプロンドレスで自らを『ウサミン星人』と称して給仕をする安部菜々(2X)は皆から生暖かい目で見守られ。

菜々さんに当てられたのか腋丸出しの服で自らを『しゅがぁはぁと』と称してカレーを盛る佐藤心(21)は和久井さんに店に親を呼ばれて涙目になっていた。

 

ニート本田の考えたポイントカードはぼちぼちな勢いで飯屋きらりTシャツやマグカップと交換され、それらがなくなってから初めて高峯きらりグッズと交換された。

「きらりが将来アイドルにでもなったら激レアグッズだぞ」と客には言っていたが、皆「はは……」と愛想笑いをするだけだった。

 

小太り女子小学生の常連だけが「きらりちゃん可愛い〜」と言いながら嬉しそうに高峯きらり写真集を交換して帰った、いい子だったからきらりの歌のCDもあげた。

 

忙しくも充実した1ヶ月が過ぎ去り、俺は長い人生で初めての印税というものに対面することになるのだった。




抱きしめたい=I Want To Hold Your Hand
KTR=勘太郎
姉=高峯のあ
小太りの女子小学生=お菓子が好き


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第6話 地震

1回消しましたが、酒飲んでたら他人の意見なんか知ったこっちゃねぇって気持ちになってきたので再上げします
印税いっぱいもらった主人公がコンテナ船買って東日本大震災で俺TUEEEするオナニー話なんで読まなくてもいいです


印税の話で俺は美城の社長のオッサンに呼び出された。

無骨な不夜城といった風情の通称美城タワーの最上階の社長室ではなにやら汗をダラダラ流している武内君と、困ったような顔をしたおっさんが待っていた。

「君のギャラなんだけどさ、ちょっともうしばらく計算かかりそうなんなんだよね」

「とりあえず今まで売れた分だけでもいいんだけど」

「いや、CDなら別に問題ないんだけどさ」

「…………?」

「君は、契約書を書く時に『yaotubeにクロスフェードデモとI Want To Hold Your Handを丸々一曲上げて広告収入であぶく銭を儲けさせろ!』『全ての音楽配信サービスに登録しまくってくれ』と言ったな?」

「言いましたね」

「yaotubeの再生回数が20億回を超えていてね、これの決済がどうなるかわからんので支払いを待ってくれないか?」

「は?」

「クロスフェードデモの方が20億回再生されているのだよ、昨日は18億だったそうだ」

「はっ!?」

武内君は一言も話さないと思ったら白目を剥いて失禁していた。

後で聞いた話では、この時点で胃に大きな穴が開いていたらしい。

「君……はっきり言うよ。こと君の音楽の才能を鑑みると、君の料理の才能は音楽界に対する大きな損失となるかもしれない。いいかい、音楽1本で行くんだ、君は絶対にこっちの世界しかない!」

普段は飄々としている美城のオッサンのわめき声が遠くに聞こえた。

3人とも混乱していた。

この時事態を正確に掴めていたのは、国税局だけだったそうだ。

 

よくよく考えてみたら。

ビートルズ

バリー・マン

メタリカ

ニルヴァーナ

ディープ・パープル

マイケル・ジャクソン

AC/DC

パブリックエネミー

ハイヴス

がジャンルごと存在しなかった世界で同時に発掘されたわけだ。

俺にとってのホワイトアルバムで、ネヴァーマインドで、メタルマスターで、ブラックプラネットで、ハイタイムなアルバムが発売されたわけだ。

偽物とはいえ、衝撃は推して知るべしだろう。

海外どころか日本国内にすらCDが行き渡っていない状態なので、俺のCDが各ダウンロード配信サイトで過去最高のダウンロード数を叩き出しているらしい。

 

正直言って事態がある程度把握できた時点で俺は精神を病みかけた。

俺は『僕はビートルズ』がやりたかったわけじゃなくて、こっちの世界でもギターロックが聴きたかっただけだ。

このギターロックの流行らなかった世界に極上のギターロックをぶち込んで目を覚まさせてやるぜ、とか考えていた過去の自分の首を絞めてやりたかった。

俺はナーバスになって閉じこもる前に、きちんと親父に電話してフェンダー社を始めとしたエレキギターを発売している会社の株を買うように言っておいた。

シンセサイザーの影に隠れてすっかりマイナー楽器だったエレキギターだが、これだけ反響があれば絶対にギターロックをやりたがる奴が増えるから確実に値上がりする。

稼げるお金を逃すのは馬鹿を通り越して害悪だからな。

 

いろんな手続きを代理人に任せ、俺は家に閉じこもった。

いや、正確にはケータリングときらりと学校にいる時間以外は閉じこもった。

なんだかんだ言われて今月は印税が貰えなかったからだ。

代理人からも事態が収束してから纏めてもらった方が面倒がないと言われたので、俺はケータリングに出向いて目先の金のために料理を続けた。

閉じこもったと言いながら楓の大学についていってこっそり講義を聞いたり、うまくもない学食のラーメンを食べたりした。

美波の弟がギターを弾いてみたいというので、一緒にギターを買いに行って拙いハイウェイスターのギターソロを弾いてドヤ顔したりもした。

兄貴がフットサルの試合に出るというので付いていって、コート脇で電熱たこ焼き器でたこパをやったら選手が全員動けなくなるまで食ってしまい試合を崩壊させて怒られたりもした。

後から考えてみたら家に篭っていたのは2日か3日ほどで、その間も普通に新作のゲームをしていただけだった。

精神を病みそうなショックを受けたところで、多感な中学生の皮をかぶったオッサンの俺はあんまりブレなかったという事だ。

 

美城の社長と話してから一ヶ月もする頃には決済の済んだ金がガンガン口座に入ってきて、株で大いに儲けたらしい親父からも8桁万円の小遣いをもらった。

すぐに婆ちゃんに借金を返し、俺は自由の身になった、なれた気がした。

だが、俺は通帳に並ぶ11桁の数字に静かに狂わされていた。

 

12月の雪のちらつく日、俺は一生遊べるほど入ってきた金を使ってある会社を買った。

じっくり時間を使って詰めなくてはいけない部分も、時間がかかるのが当たり前の部分も、とにかく金に物を言わせて短時間でやらせた。

前世での後悔を取り戻せると知って血眼で走り回る俺は、周囲から見れば完全に金に狂ってイカれてたんだと思う。

いつでも俺の味方だった婆ちゃんにも親父にも真剣な顔で説教をされ、姉は泣きながら俺をなじった。

美波と楓は2人で俺と向き合って「何をしようとしてるのかわからないけど、精一杯支える」と言ってくれた、こっちに生まれて初めて涙が出た気がした。

説明する時間も、説得する話術もなかったから、俺はただ行動することしかできなかった。

学校にも10月から一度も行っていない。

美城の事務所から入ってくる仕事の話も「後で聞く」と先延ばしにし続けた。

武内君がストレスで入院したと聞いても時間を作って見舞いに行くことすらできなかった。

 

そうして、2011年の3月がやってきた。

 

3月11日。

俺は福島県沖に、タンカー1隻と物資を満載したコンテナ船1隻を待機させていた。

印税で買収したのは船を3隻だけ持っている小さな海運会社だ。

1隻はどうしても間に合わずに海外から帰ってこられなかった。

この会社を手に入れるのと船に満載するだけの物資を手に入れるのにここ数ヶ月かなり走り回った。

「それは無理ですよ」と何回言われたかわからない。

時間が足りなかったから、とにかく他の2倍も3倍も金を積んで何でもやらせた。

この日のために、飯屋きらり唯一の東北出身者の三船さんを料理主任兼副店長にするとかなんとか言って家族と親戚をこっちに呼ばせた。

怪しまれないように一応和久井さんを店長に任命し、彼女の家族も呼ばせて適当に祝賀会的な事をやらせておいた。

俺は挨拶だけして離れたが、今頃どちらの家族も臨時休業にした店で宴会をしているはずだ。

 

午後三時前、揺れが収まるのを待ってから美城タワーへと向かった。

落ちた物の片付けをしている社員達を横目で見ながら、社長室へと通される。

俺は前世に気仙沼に住む友達がいた。

中学からの仲で、大学まで一緒だった、奴が結婚した時はスピーチもやった。

「お前も早く結婚しろよ」なんて会うたびに言われていた。

そんな友達が住む気仙沼が津波と炎に包まれたってニュースを聞きながら、俺は動かなかった。

仕事があった。

あいつなら大丈夫だと思っていた。

周りにも東北の友人や家族を心配しながら仕事をしている人が沢山いた、みんな動かなかった。

仕事があったからだ。

自分一人行ったところで迷惑になるとも思っていたのかもしれない。

でも本当は皆ただ生活に困りたくなかったんだと思う。

コンビニで五千円寄付した。

後日使い込まれていた事を知った、そんなもんかと思った。

友達が死んだのを聞いた、そんなもんかと思った。

みんな友達や親戚が死んでいた。

そんなもんかと思ったのだ。

俺は同じ人生を2回生きても同じようにすると思っていた。

俺に出来ることなんて何もないと思っていた。

でも心の底ではそう思っていなかったのだろう、俺は転がり込んできた金で熱に浮かされたように動いた。

 

憔悴し切った様子の美城社長が社長室に入ってきた。

「あのさ、毎日呼び出しておいてほんとに申し訳ないんだけど今日のところは帰って……」

「福島県の沖にタンカーとコンテナ船を浮かべてあるんだ」

「むっ?」

「ロシアに運ぶつもりだった缶詰と水と雑貨と防寒具と、燃料だ」

「何だ?どういう事だ?」

「だから……2000トンの救援物資とタンカー1隻分の燃料の送り主と送り先欄が空いてるってんだよ!」

「…………」

社長はたっぷり10分間考え込んで「君、美船と結婚するか?」と言った。

 

結局物資は大物政治家3人の連名で3月11日の夜半に岩手の港へと届けられた。

崩壊していない港を探すのに手間取ったためだが、支援物資一番乗りとなった。

コンテナごとにきちんと細かく分別されて届けられた物資は、その後の支援物資の受け入れの基準となり、現場の混乱を大きく減らしたそうだ。

俺が美城社長に「素人からの無分別な支援物資は現場の混乱を招く」と力説しておいたからかもしれない。

 

後で周りの様々な人から「地震を知っていたのか?」と聞かれたが「東北産の食材が教えてくれた、俺も半信半疑だった」と電波な事を言うのが精一杯だった。

地震前に言っても一笑に付されていただろう、そこが俺の人間性の限界とも言えた。



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周囲の反応1

新年早々出張を二発食らったので、短い話で刻んでいきます


吉川 (36) 会社員の場合

 

会社の近くに飯屋ができた。

オシャレなカフェでもチェーンの牛丼屋でもない、まさに飯屋といった風情のアルミサッシの引き戸の入り口。

開店したばっかりなのにもう汚れている気がする赤い暖簾には子供が書いたような文字で『きらり』と入っている。

入り口横のメニュー表には『カレー』の文字のみ。

そういう店が大好きな課長に、お昼に営業一課のみんなと一緒に連れてこられてしまった。

「しかし、カレーだけってのはどうなってんだろうな」

そんな店に我々を連れてきた張本人の課長が行列に並びながら言う。

「よっぽど自信があるのかもしれませんよ、カレーの有名店から暖簾分けされたんじゃないんですかね」

「それならカレーショップとかなんとかカレーとかつけないか?大体カレーの有名店なんか聞いたこともないぞ」

「近頃は意外とありますって、何でもかんでも専門店化してんですから」

同僚たちのくっちゃべりを聞いていると、ようやく我々の番が来た。

先頭から順に食券を買って席に座らされ、FM放送のかかる店内で新人らしい店員が忙しく動き回るのを見ながら何ともなしにカレーを食べた。

 

その日の仕事は定時に終わった。

昼飯の後は誰一人カレーの話をしていないのに、なぜか全員一言も話さぬまま昼間の店へ向かっていた。

昼よりも明らかに伸びた行列に無言で並びながらカレーを待ち、FM放送を聞きながらカレーを食べた。

店から出て駅へ向かうと、会社の前で課長を含むうちの課の数人がたまっていた。

挨拶をしようと近づくと、課長に「美味かったよな」と聞かれ「美味しかったです」と答えた。

その後総務の若手が通りかかったので、彼らを伴ってもう一度飯屋に行った。

カレーは美味かった。

 

 

 

 

西野 (22) フリーターの場合

 

近所にコンビニがあるのは幸せだけど、電車で行ける場所に美味しい店があるのはもっと幸せだと思う。

今日はバイトを休みにしていたので、朝から近所の公園でラジオ体操に参加してきた。

そのまま公園の鉄棒で無意味に懸垂をしたりして身体をいじめ、3駅向こうの飯屋きらりに向かって歩きだした。

朝から水しか飲んでいない私はふらつく体をなんとか動かして、いつもの倍はある行列に潜り込んだ。

今日はきらり常連待望の新メニューお披露目の日、ネットでは今日は子供店長が調理するんじゃないかって話題になっていた。

前に並ぶ二人連れのお客さんもその話をしているみたいだ。

「癪だが、あの店長がいる時は味が別次元だから期待せざるを得ないんだよ」

「噂では中学生らしいけど、普通に昼間からいることあるよな」

「どうせ中学なんか行ってねぇだろ、あんな若いうちからあんだけ料理上手くて他に何か勉強する事あるか?」

「ムカつくけど、料理だけは本物だからな……」

「こないだ店まですげぇ美人に車運転させてたらしいぞ」

「マジかよ、くそっムカついて腹減ってきた……新メニューたいしたことなかったら掲示板でボロクソに叩いてやるからな」

子供店長の妬まれっぷりに若干引いていると、店員さんが注文を聞きに来た。

特別メニューが出る日はいつも開店前にこうやって聞きにくるのだ。

「今日は新メニューあるんだけどカレーとどっちにする?僕的には新メニュー結構アリかなって思うんだけど」

ヒョロヒョロしたチャラ男ことヒモさんが絶妙にウザい喋り方で聞いてくる。

男の店員さんは二人いるんだけど、お互いにニート君、ヒモ、と呼び合ってるから客もこっそりそう呼ぶようになった。

「新メニューって何ですか?」

「それ聞いちゃう?でも駄目、それ言っちゃうと店長が怒るから。僕は別にいいかなって思うんだけどね、店長若いから仕方ないよね。楽しみ邪魔しちゃ悪いからね」

「あっ……じゃあ新メニューの方、大盛りで」

ヒモさんは不敵に微笑みながら次の客へと移った。

 

新メニューは豚の角煮丼だった。

ホロホロになるまで煮込んだ豚が、謎の甘い汁のかかったご飯の上でとろけてこの世のものとは思えぬ美味しさだ。

麻婆豆腐丼を食べるときみたいにレンゲでかっこみ、味の染みた煮卵から今日限定の店長特製杏仁豆腐まで堪能した。

 

 

 

いくらでもいけちゃいそうなぐらい美味しかったけど、今日は新メニューは一杯でお願いしますってニートさんに言われて後ろ髪を引かれながらも店を出た。

きらりに来た日はいつも帰りが辛い……

私は大きくなったお腹を抱えて、三駅分の道のりを歩き出したのだった。



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周囲の反応2 「きらりの休日」

岡本 (28) 会社員

 

近所の贔屓にしてた飯屋が休みになった。

店の扉に「しばらくお休みを頂きます」と下手くそな字の書き付けが貼ってあったのだ。

あの子供の店長の字かな、なんて考えながら店の前を通り過ぎた。

 

仕事帰りにまた店の前を通ったのだが、電気の消えた店の前に眼鏡の太った男が立ち尽くしていた、よっぽどカレーが食べたかったんだな。

 

 

 

田村 (40) 主夫

 

近所の飯屋きらりが休みになってから二日。

今日も店の前に眼鏡のオッサンが立ち尽くしていた。

あのオッサンは昨日も同じように扉の前に立ってたぞ、どんだけカレーが食べたいんだろうか。

 

 

 

吉田 (21) 学生

 

俺の好きなカレー屋が休みになってから四日ぐらいたつ。

昨日も一昨日もカレーを食べたけど、水をかけたご飯を食べているような気分だった。

掲示板の情報では、店を閉めるときに店員のヒモさんがあの紙を貼り付けていったらしい。

「普通は日頃のご愛顧感謝します、いつまで休みを頂きますぐらい書くよな。」

「いやヒモなら書かないかも。」

みたいな話が続いていたが。

「今日も忠豚が店を守ってるぞ」

って書き込みがあってから、何人かがここ最近店の前に突っ立ってるらしい眼鏡の太った男の話をしていた。

俺は腹が減ってる、おっさんの話は結構だ、きらりが再開した時だけ教えてくれ。

 

 

 

立野 (44) 会社員

 

最近毎日飯屋きらりの前に開店時間から閉店時間まであぐらをかいて座っている男の人がいる。

時々友達らしき人達や、奥さんらしき女の人がスポーツドリンクを差し入れしてるのを見た、一体何やってるのかしらねぇ〜って近所の噂好きのおばさんが言ってた。

もう九月だけど、まだまだ暑いからな。

変な人ってのは出るもんだね。

 

 

 

西野 (22) フリーター

 

ここ最近、掲示板のきらりのスレッドが完全に忠豚メガ公を見守るスレになっている。

忠豚メガ公っていうのはお休みしてるきらりの前に陣取ってる太った眼鏡のおじさんで、店員の帰りを朝から晩まで待ってるらしい。

 

店の前で倒れたらアレだからって、有志が冷やかし半分にスポドリやおにぎりなんかを差し入れるオフ会を開いたらしい。

スポーツドリンクは受け取ってもらったらしいんだけど、食べ物は受け取らなかったんだって。

その時に「純度が下がる」ってメガ公が言ったらしいけど、面白すぎてスレッドのタイトルにも入ってしまった。

一方で「だんだん痩せてきてる、飯食ってないんじゃないか」なんて話も出だしてきて。

「休むだけで人を痩せさせる飯屋」なんて話題になってるけど、これで救急車なんか呼ばれたら洒落になんないよ、はやく再開しないかなぁ……

 

 

 

井岡 (20) 浪人生

 

塾に行こうとしたら、しばらく休んでた飯屋きらりに電気がついてたから今日は自主休講にした。

十一時開店で今は朝の八時だけど、三時間ぐらいは勉強しながら全然待っちゃう。

俺ぐらいこの飯屋の凄さをわかってる人間はいないだろうな、俺はこの店がオープンした日から週三で来てるんだ。

塾の友達とかにも勧めまくったし、彼女との初デートにもここを使った。

振られたけど味は大好評だったぞ。

日本史の一問一答を取り出した所で、眼鏡のオッサンがフラフラした足取りでやってきた。

めちゃくちゃ泣いててこいつなんかやべーよ、隣に並ばないでほしい。

後ろに並んでいく人達がオッサンの肩をポンって叩いて頷いていくのも意味不明だしめちゃくちゃ怖い、なんかきらりもよくわかんない店になっちゃったな……

 

カレーは美味かったけど、隣に座ったオッサンが「佐藤、佐藤……お前のカレー、こんなに美味かったんだな……お前がナンバーワンだ、お前がナンバーワンだよ……」ってブツブツ言ってるのが最高に怖かった。

予備校行って友達にきらりの再開を伝えたらもう一回並ぶ事になった。

あのオッサンはいなくなってて安心したよ。



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周囲の反応3 「Jの生まれた日」

私はその日、お父様から飯屋きらりのカウンター権というものを譲られた。

本当は何を置いてでも行きたい美食の祭典だとか、月に一度の食欲のメンテナンスだとか、あのカウンターに座るために僕がどれだけの事をしてきたのかだとか、熱く語られたが今一要点が掴めなかった。

父様の運転手に簡潔に説明させたところ、芸能界の会合でよく料理をしてくれる男の子の店で毎月開かれている食事会に行ってこいということらしい。

お父様はその日は結婚記念日の祝いにお母様とフランスへ行くから欠席せざるを得ないのだそうだ。

料理ぐらいいつでも食べられるのに何を大げさなと思いつつも、たまたまその日はなんの予定もなかったので出席することにした。

 

 

 

当日、前日に夜遅くまで仕事をして、しかも生理中だった私のコンディションは最悪だった。

化粧ののりは悪く、髪も纏まらず、ましてや食欲など少しもわかなかったので欠席しようかとも思ったが。

父から「絶対に欠席だけはしないでくれよ」と念押しの電話がかかってきたので渋々家を出た。

各駅停車の駅近くの猥雑な場所にある飯屋きらりに着くと、店の前で待っていた女性に店の隣の駐車場に案内される。

普段は車を入れずにお客さんが並ぶスペースとして使っているのだと後で聞いた。

 

 

 

店からは外からでもわかるぐらい異常な匂いがした。

野性味が溢れるというか、濃厚というか、シンプルに臭いというか。

顔をしかめながら車に鍵をかけていると、961プロダクションの黒井社長が銀髪の少女と765プロダクションの高木社長を伴ってやってきた。

 

 

「美城の娘か、親父はどうした?」

「美船ちゃん久しぶり、また綺麗になったね」

「ご無沙汰しております、父は所用で国外へ出ております」

「国外か……今日を逃すとは全く間抜けな男だ。私ならば不渡りを出してでも来るものを」

黒井社長は空を見上げてしみじみと言う。

「なにをそこまで」という私の疑問が顔に出てしまっていたのだろう、黒井社長は少々不愉快そうな顔をしていた。

 

 

「正直、理解しかねるといった顔だな」

「……だって、ここは普通の大衆料理屋じゃあありませんか」

「なるほど、君は勘太郎少年をあまり知らないんだな」

「料理が上手な事は知っていますよ」

「それは奴の一側面でしかない」

黒井社長の余裕たっぷりの言い方に、私は少し腹が立ってきていた。

「料理人にとってそれ以上の事があるんですか?」

「そこだ、その認識が間違っている」

「おっしゃる事がわかりかねますが」

「奴は料理人ではない」

 

自信満々に言う黒井社長には申し訳ないが、正直私には意味がわからなかった。

 

「料理がどれだけ上手くても奴の心根はプロではない、普通の中学生なのだよ」

「お金を貰って料理を作るのが料理人なのでは?」

「お金を貰って料理を作ることをなりわいにしている者は、少なくとも自分の意思で料理人という職を選び料理をしているだろう?」

「そうでしょうね」

「今の勘太郎少年は高峯ちばり女史に言いつけられて渋々この会を開いているだけなのだ、先のことはわからん」

「あれだけの才能があるならば、料理の道を選ぶと思いますけれど……」

 

私がそう言うと、黒井社長は深刻な顔で顎をさする。

 

「どうも勘太郎少年は今のところ料理を生業にしようとは思っておらんようでな。奴は以前にも『将来はエレキギターのピックアップを作りたい』などと言っていた、この店もいつまで存在するかわからんのだ」

「そうそう、勘太郎君の料理は今しか食べられないかもしれないよ」

 

私は面食らった。

あれだけの才能を持ちながら、それに全力で注力しない人間がいるなんて事が考えられなかったのだ。

 

「はぁ……なんとも、なんとも勿体ない話ですね」

「日高舞というアイドルもそうだったが。人間あまりにも才能がありすぎるって事は、本人にとってはつまらない事なのかもしれないね」

 

地面を見つめながら、肩を落とした高木社長が言った。

 

「おっとそうだ、すっかり忘れていたぞ……この子はうちの新しいスター候補だ。貴音、ご挨拶しなさい」

 

黒井社長が私の前に銀髪の少女を押し出してくる。

 

「四条貴音と申します、よろしくお見知りおきのほどを……」

 

綺麗に一礼した彼女にこちらも自己紹介を返す、妖精みたいに綺麗な子だ。

 

「今日はなにやら、これまで食べた事がないほどおいしい料理を振る舞って頂けるとの事で楽しみにしてまいりました……」

 

彼女のお腹がグーと鳴った。

 

 

 

 

芸能事務所の役員以上が私を含めて三人、そしてテレビ局のプロデューサー二人と年若い局アナ、日本では珍しいハリウッドの常連女優と、黒井社長の連れてきた四条貴音。

これで八人がけのカウンターがちょうど埋まり、皆思い思いに話をしている。

 

私は話にも参加することなく、小汚いプラスチックのコップに入った水にも手を付けず、黒いTシャツを着て頭にタオルを巻いた店員達が円陣を組むのをボーッと眺めていた。

 

「…………!!………………!」

「「「「「よろしくお願いします!」」」」」

 

大柄な男性がボソボソと何かを言ったあと、皆が掛け声をかけて円陣は終わった。

蒼い髪をショートカットにした真面目そうな女性が1番端の四条さんの席の前に立った。

右手のひらをカウンターの上にスッと出して歯切れのいい声で威勢よく言う。

 

「ニンニク入れますか!?」

 

一瞬考え込んだ四条さんに、勘太郎君がなぜか憮然とした顔で壁の張り紙を手の甲でトントン叩いた。

 

そこには『無料トッピングメニュー』と書いてあり。

野菜……マシ、マシマシ (ヘルシー)

ニンニク……マシ、マシマシ (パワーアップ)

背脂……マシ、マシマシ (甘くておいしい)

辛め(醤油)……後からでも頼めます

全マシ、全マシマシOK!

 

と続いていた。

 

最初の四条さんが「では、全マシマシでお願いします」と言ったため。

後の七人もなんとなくそれに続いてしまった事を、今心底後悔している。

大盛りのラーメンの器があり、まるでその上に蓋をするような形で大量のモヤシとキャベツが乗っていた。

正直言って見た目は完全に家畜の餌だ。

狂ったような盛りのそれと勘太郎君を交互に見てみたが、どうも量を減らして貰えそうにはなかった。

なぜか店員は全員腕を組んで横一列に並び、こちらを睨みつけて圧を飛ばしている。

四条さんの丼の中身ががすでに三分の一ほどなくなっていたのを二度見して、私も目の前の山を崩しにかかったのだった。

 

まず舌にきたのは薄味に慣れた私には辛い塩っ気、そして次に鼻を突き抜けたのが強烈な豚の匂いだ。

何が入っているのか全く想像もつかない濃い味のスープの上には完食させる気がないぐらいのモヤシとキャベツ、そして舌がバカになりそうな量のニンニクと、妙に甘い背脂。

はしたないのを覚悟で油まみれの野菜をかきこみ、少しだけ見えた麺を引きずりだした。

太い。

うどんのような太さの、コシが強すぎてもはや硬い麺。

それにスープを絡めて一気に啜る。

口の中では足し算に足し算を重ねた味の爆発が起こっていて、何を食べているのか全くわからない。

ただ噛みしめるごとに鼻から抜けていく濃厚なスープの匂いと、背脂の甘さが口に残って癖になる。

今まで食べてきたものの中で、間違いなく一番ジャンキーで、一番見た目の悪い食事だった。

何が美味かったのかもわからないまま、カウンターの八人は異常に美味い豚の餌を完食した。

完食してから思い出すのは減らない野菜と無限に湧いてくる麺、そして全マシマシをおかわりした四条さんの涼しげな顔だけだ。

 

はしたなく膨れた腹を抱えて、何も言えずに家に帰った。

 

二度と食べたくないと思っていたあのラーメンを、一週間後にもがき苦しむぐらい食べたくなる事も知らずに。



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周囲の反応4 「CDの話」

周囲の反応はもうネタがないのでとりあえずここらへんで一区切りとします、転勤が決まったのでゴタゴタしそうですが時間を見つけて投稿は続けたいと思います


木村夏樹 (13)中学生

 

夏の終わりに凄いアルバムが発売された。

全く聴いたことのないジャンルの曲がそれぞれ8曲、全部あんまり上手くない英語で歌われてる。

めったに音楽なんか聴かないパパが買ってきて「夏樹、これはすごいぞ」なんて聴かせてくれた。

一回も見たことないようなキラキラした目で「俺もギターかなんか始めてみようかな」って嬉しそうに語るパパと、なんだか急に同世代になったみたいに仲良くCDを聴いた。

パパはI Want Hold Your Handが好きみたいだけど、私はAbra Cadaberがとにかく好きだ。

一緒になって歌いたくなるような曲じゃないけれど、ギターとベースとドラムが絡み合いジェットエンジンになって、キレのあるボーカルを宇宙の彼方までぶっ飛ばしてくれる爽快感がいい。

ネットでは「○○のパクリ」だとか「英語下手すぎ」とか「纏まりなさすぎ」だとか色々言われてるみたいだけど、こんなアルバムを出されて満足できないなら一生文句だけ言って過ごすことになると思うな。

 

そのアルバム『Not Enough』が売れすぎて社会現象になる頃、パパがトレモロ付きの真っ黒なギターを買ってきた。

ほんとは赤いストラトキャスターかリッケンバッカーが欲しかったらしいけど売ってなかったらしい。

楽器屋ってもともとあんまりエレキギターが置いてないのに、あのCDが出てからは売れ行きが良くてなかなか手に入らないのだそうだ。

 

「夏樹も触っていいよ」って言ってもらえたのですごく嬉しい、学校から帰ったら毎日練習しようと思う。

 

 

 

高峯のあ (19)大学生

 

弟が大変なことになってるみたい。

普段から破天荒な祖母について回ったり、料理の腕を見込まれて店を出したりして忙しそうにしている彼だけど。

なにやら今年の夏休みはほとんど家に居着かなかった。

「男の夢を叶える」とか言いながら毎日毎日朝早くに出ていっては夜遅くにクタクタになってタクシーで帰ってきていた。

どうやら弟は音楽のCDを作っていたみたいで、発売日の二日前に「これ、俺のCD」と渡された。

ドンキホーテに売ってるような安いバラエティマスクを被った弟と仲間がふんぞり返っているふざけたジャケットだったわ。

一応中身も聴いたけれど、聞くに堪えない酷い内容だった。

世間では作曲能力を絶賛されているみたいだけれど、とても私の弟が作れるような曲じゃないもの。

どこかから借りてきた曲を楽しそうに歌っている彼を側で見ているだけなら楽しいだろうけれど、このCDの音源は武田蒼一氏の編曲力もあってとても歪なものに思える。

弟も大々的に自分の物として誇る気はないようで、名前を隠して逃げ回っているようだけど。

世間ってのはあなたの意思なんかこれっぽっちも重んじてはくれない勝手なものよ。

自分で作り出した苦労の種だもの、せいぜい苦労するといいわ。

 

それでも助けてくれって言ってきたらどうしようかしら……

 

一生私の好きなものを作ってくれるなら、考えなくもないわね。

 

 

 

川島瑞樹 (23)アナウンサー

 

ここのところ音楽雑誌を買いまくっている。

KTRの記事が載ってるものなら何でも買って、熱に浮かされたように読み込んでいる。

友達にはCDを二十枚買って布教しようとしたけど、みんな買っていたからそんな必要もなかった。

往年の音楽ファンからしても、流行りの曲を聴くだけのライト層からしても今年は特別な年になりそうだ。

世間はまさにKTRショックといった感じで、どこに行ってもあのアルバムの曲が流れているし。

楽器屋ではエレキギターなんてマイナーな楽器が売れに売れて仕方がないらしいし、来月にはギターマガジンっていう日本初のギター専門誌が発売されるそうだ。

 

そんな影響力絶大なKTRだけど、彼の情報自体はほとんど無いに等しいのがもどかしい。

メディアに全く露出しないばかりか、所属事務所の美城芸能の人間すら正体を知らないという徹底ぶり。

あまりに情報がなさすぎて美城にKTRをテレビに出してくれって嘆願書が毎日キロ単位で届いたり。

28時間テレビで歌わせろって署名活動が何万人もの人間を巻き込んで動いているそうだ。

ああ、一体どんな素敵な人なのかしら。

もし28時間テレビに出るなら、どんな手を使ってでも絶対に会いに行くわ。



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第7話 もぎ取れパズ○ラマネー

2017/4/1
大幅に改訂しました


支援物資の件で美城のオッサンから貰った金と、海運会社の株が爆上がりしてくれたおかげで、ここしばらくの散財で地を這う有様だった俺の預金も無事にV字回復することができた。

海運会社の方は俺の都合で散々振り回してしまったので、手放す前に挨拶がてら慰労会を開く事にした。

すでに世の中は自粛ムード1色になっていたので、表向きには全社会議ということにして社員達を集め。

手早くこれからの経営戦略の話や新しい役員陣営を発表、そのまま希望者は残って懇親会という形でブッフェ形式のパーティーをすることにした。

報道関係者以外なら家族でも友達でも誰でも連れてきていいと通達したので、四十人と少しの社員の三倍ほど人がいて、なかなかに賑やかだ。

料理はきらりスタッフの仕込んだカレーと俺が仕込んだ汁物、あとは楓の実家の寿司屋から職人を一人借りてきてカウンターで寿司を握ってもらった。

俺は鉄板焼きの設備を持ち込んでひたすら料理。

お好み焼き、もんじゃ、ステーキ、海鮮、焼きそばと手を変え品を変え材料のある限り作り続ける。

社員達も概ね満足していたようで、タイトなスーツがはちきれんばかりに食べまくった女性社員なんかもいて配膳に駆り出したきらりのスタッフ達も大忙しのようだった。

 

『勘太郎、久しぶり』

 

鉄板の上で白煙を上げるサイコロステーキチャーハンに自作のXO醤をかけ回す俺に、綺麗なロシア語で声がかかった。

顔を上げると、昔に渋谷で会ったロシアの天使、アナスタシアがニコニコ笑顔で立っていた。

 

『おーっ!!久しぶりアナスタシア。今日はなんでここに?』

『先月からママがこの会社で働いてるの。今日はパパも来てるよ、後で挨拶するって』

『そうなのか、じゃあこれからは日本にいるの?』

『そうだよ、どこか遊びに連れてってくれる?』

『東京で良かったら喜んで案内するよ』

『勘太郎、メールでお店やるって言ってたけどいつの間にかママのボスにもなってたんだね』

『それも今日で終わりさ、これからは料理屋をほどほどに経営して平穏に暮らすよ』

 

その後は社員たちの料理を作りながら、隣で嬉しそうに喋るアーニャを餌付けして有意義な時間を過ごし。

社員達が腹一杯になったところでワゴン一杯の手作りスイーツを出したら、女性社員達から怨嗟の声が上がったのであった。

 

今日は東京を案内すると約束したアナスタシアを連れ、美波と一緒に建設途中のスカイツリーを見に来ていた。

 

『おっきくて無骨な塔だね、これはなんのために作るの?』

「おおきい塔だね、なんのために作ってるの?と言ってる」

「これは電波塔になるのよ、完成したらまた一緒に見に来ようね」

『これはテレビ塔になんだって、完成したらまた見に来ようか?ってさ』

『いい、東京タワーの方が綺麗だと思う』

「東京タワーの方が好きだって」

「じゃあ東京タワーが見えるところでごはんを食べましょうか」

 

なんだか知らんが美波がやたらとアーニャを気に入って話しかけまくっていて、通訳の俺は大忙しだ。

楓はゼミの発表会が近いとかで仲間と集まって勉強しているらしい、頭のいい学校は忙しくて大変そうだ。

 

『勘太郎のお店行ってみたい』

「きらりに行ってみたいんだって」

「うーん……アーニャちゃんの教育にどうかしら?」

 

顎に手を置き眉をひそめて考え込んでいる。

お前はアーニャの母ちゃんかよ!

美波はあんまりきらりの客層が好きじゃないらしい、みんなやたらと目が血走ってるし、やたらとうるさいし、やたらと語りたがるからだそうだ。

まぁ良家のお嬢さんだからな。

店に出す前に一通り試食を頼んだメニューは美味しいって言ってたけど、あんまり店には寄り付かない。

美波の弟は逆にきらりが大好きだ、和久井店長情報によると毎週末に来てるらしいからな。

結局きらりはまた今度ということで、赤羽橋のイタ飯屋に行って帰った。

味は普通で値段は強気だったが、店から見える東京タワーにアーニャがご機嫌だったから、まぁ良しとしよう。

 

 

 

会社手放して身軽になった俺だが、久しぶりに学校に行ったら超絶面倒な事になっていた。

会社の事とか店の事とか、話す理由もないし話したらやばいことになるしで誰にも言ってなかったんだが。

情報が漏れるのは世の常で、噂が広まるのがカップラーメンの調理時間より早い時代だ。

即効で漏れて色々面白おかしく盛られた上に、アホ教師が俺が震災の折に救援物資を届けた話を美談として各クラスに触れ回ったらしい。

おかげで完全に動物園のパンダ状態で、元気有り余る中学生達から精神攻撃を食らいまくった上に完全にハブにされた。

教師のことは教育委員会にクレームを入れてやったが、逆に『うちの仕切りで講演をやれ、ボランティアで』って言われて諦めた。

 

二度目の人生だし、別に高校なんか行っても行かなくてもなんの問題ないって事もわかってたので。

周りが受験で忙しそうにしてる中、俺は毎日引きこもって本読んだりゲームしたり映画見たりして気ままに過ごしていた。

そうして二週間ほど過ごし、晩飯を食べたあと怠惰な姿勢でスマホを弄っていた俺はある事に気づいてしまった。

そう、今は2011年。

日本のゲームの形を決定的に変えてしまった風雲児、パ○ドラのリリース前年なのだ。

 

慌ててPCを立ち上げ、ガン○ーの株を買おうとした所でふと考えた。

俺の持つ膨大な資産を投入してアプリを作れば、あの巨大なソシャゲーマネーを横から根こそぎぶんどれるかもしれないという事をだ……

 

 

 

次の週、俺は東京のゲーム会社を格安で買収した。

元はカプコ○の下請けの下請けをしていた会社だったが、iOSの独自アプリ開発に舵をとったところでスタッフが一気に大量離脱して立ち行かなくなったらしい。

残ったのは更新したばかりの開発機材と四十代の社員四名だけだ。

俺はアプリ開発に意欲のあるプログラマーを超高待遇で50人ほど雇いまくって、パズ○ラもどきの開発を始めた。

とにかく待遇を良くしたのでアプリ開発の経験者が揃い、パズド○もどきはたったの1ヶ月で形になった。

 

なるべく家に帰らせたくなかったので朝昼晩と俺が料理をして、好きなおかずを投票で決めたりしてまず社員の胃袋をガッチリ掴んだ。

掴みすぎて入社してから2ヶ月で5キロ太った奴もいて、急遽会社の中にトレーニングルームを作ることになったりもした。

この時点では利益なんか1円も出ていないのだが、前の海運会社でもかなり儲けた事もあってうちの嫁さんたちはあまり心配していないのがありがたかった。

去年はみるみるうちに桁が減っていく預金通帳を見て精神的に不安定になったりもしていたからな。

一応税金分は残してあるんだが、それでも動く額が額だ、俺だって前世の記憶がなきゃ絶対につぎ込めないだろう。

 

よっぽど募集要項が魅力的だったのか、開発を始めてから2ヶ月もする頃には人材がガンガン集まってくるようになった。

そうなると俺も欲が出てきて、総合プロデューサーを立てて同じキャラクターや世界観を使って別のゲームも同時開発する事にした。

どうせこっから先はソシャゲーバブルだし、イケイケで行っても大丈夫だろう。

 

キャラクターやストーリーは誰でも楽しめるようにちゃんぽんになった。

まずキャラクターは独自性を廃した、偉人、擬人化、コラボの鉄板コースだ。

織田信長やスターリンを萌えキャラにしたり、タイガー戦車が女兵士になったり、流行ってるアニメの登場人物がお助けキャラとして登場する。

それらのユニットを編成して戦い、どこかで聞いたような世界の危機を廃して平和を取り戻す。

そういうまるで新鮮味のない設定のゲームを、5つの形で作った。

 

パズルでRPGをするゲーム。

正統派RPGスタイルのゲーム。

引っ張って操作する協力アクションゲーム。

リズムゲーム。

タワーディフェンス型のゲーム。

 

そしてこの5本全てでキャラデータを共有し、どのゲームでも同じキャラを育成できるようにしたのだ。

ガチャに対する圧倒的なお得さ、キャラを粗製乱造せずにすむ事、そしてゲームへの飽きにくさといった機能をすべて兼ね備えた画期的なシステムだ。

そして全てのゲームに位置情報サービスを組み込み、特定の場所に立ち寄る事によってキャラクターをゲットする事のできるシナリオをダウンロードできるようにした。

詰め込みすぎでバグが凄い事になってデバッガーとプログラマー達が泣きながら仕事していた。

残業のたびに豪華な夜食を作りまくってやったので、開発終期には営業の若い衆までがデバッグと称して会社に入り浸るようになっていたが。

 

開発は怒涛の早さで進み、会社の窓から見える銀杏の葉が綺麗に黄色くなる頃にはほとんど完成に近づいていた。

凝り性の総合プロデューサーに好き放題やらせていたせいか、作ったものを全部実装してみると1つのアプリが3ギガほどになってしまった。

容量16GBのスマホが普通の時代にそぐわないものになってしまったので、これの軽量化にまた時間を取られた。

それでもなんとか年末までに一人の離脱者も出さずに予定の80%の要素を実装し。

雪がふり始める頃にはおおよその完成にこぎつける事ができたのであった……

 

 

 

リリース予定の2012年1月1日に間に合ったので、全社員を集めて祝賀会兼忘年会をやった。

リリース前の事前登録者も物珍しさからか一万人を越えたのもあり、社員達も一安心できたようで酔いに酔っていた。

これまで低予算でしかゲームの開発をしたことがなかった30歳のプログラマーがプロジェクターに流れるうちのゲームのTVCMを見ながら「金があるっていいなぁ……」としみじみ呟いていた。

 

プロジェクターで映し出された画面ではイケメンの俳優が操作するスマホの中でハゲたガチムチのオッサンが「世界を救うのは君か?」と聞くのに、俳優の部屋のドアから登場キャラたちが「俺だ!」「私よ!」「いや俺が」と次々に入ってくるというよくわからないCMが流れている。

寸劇が終わり、画面の中央に『大覇道』とどデカくタイトルが浮かび上がると周りからは大きな拍手が起こり、俺は総合プロデューサーと頷きあいながらグラスを打ち合わせたのだった。

 

 

 

そして年は明け、俺はゲームどころじゃない状況に陥っていた。

 

「肝硬変かぁ」

「そうだよ、いくら酒やめろって言ったって聞きゃしないんだ。あんたなんとかおしよ」

 

今日はゲームのリリースイベントに行って、一日中声優のトークショーやタレントのゲームプレイの生配信を楽しむ予定だったんだが。

朝から婆さんに「人の生き死にのことだよ」なんて言われて無理やり車に乗せられて赤坂くんだりまで連れて来られていた。

 

「そんな酒の味も知らんようなガキに何ができる」

 

顔中に黄疸が浮いた爺さんが俺を睨みつけて、懐からスキットルを取り出してうちの婆さんにひったくられていた。

 

「酒より美味いもんをたらふく食わせてくれるっていうからわざわざ会ってやったんだ、お前みたいな若造なんかに……」

 

爺さんはステンレスのスキットルでうちの婆さんにぶん殴られていた。

妙に時代めいた屋敷の中の、やたらと高性能なシステムキッチンでとりあえず有り合わせの材料でコンソメスープを作ってやる。

酒ジジイはしかめっ面で鍋一杯のスープを飲み干して「まずいっ!!」と騒いでいたが、ご家族の方からはしきりに感謝の意を伝えられた。

どうもあの酒ジジイ、ここ2週間ほど酒以外一切口にしてなかったらしい。

 

「あんた、酒飲んだら孫は連れてこないよ」

 

と婆さんが言うと、そっぽを向きながら「もうこんでええわい!下手くそが!」と喚いていた。

あくる日の朝、俺は酒ジジイの主治医から肝臓にいい食材をリストアップしてもらっていた。

とにかくさっさと終わらせたかったので健康食品でも漢方でも何でも混ぜられるだけ混ぜて中華粥にした。

普通なら味がぶっ壊れて食えたもんじゃないはずだが、俺にかかればどんな組み合わせでも死ぬほど美味い料理にできる。

酒ジジイは「まずいっ!!」と言いながら鍋一杯の中華粥をかっこんでいた。

胃腸が丈夫な爺さんだな。

次の日からは面倒になってしまい、家で仕込んだクラムチャウダーとかちゃんことかを朝一で家に持っていくことにした。

爺さんが酒飲んでないかだけアルコールチェッカーで調べてさっさとお暇する。

うるさい爺さんだからな、いちいち相手していられないよ。

ご家族からの電話によると毎日食べすぎるぐらい食べているらしいし、大丈夫だろう。

ただ主治医によると食べ過ぎも問題だとの事なので、次からは小鍋で作ることにした。

 

結局のところ、肝硬変そのものへの治療法はない。

ただアルコールを飲ませない事が大切なので、アルコールの代わりに俺の料理に依存させているような状態だった。

爺さんの主治医は爺さんの回復に目を剥いていたが、体が少し回復したからってアルコール依存まで回復するわけではない。

俺はひとしきり頭を悩ませた後、お昼にやっていたドキュメンタリー仕立てのTVCMを見て妙案を思いついたのだった。

 

 

 

フリーズドライの野菜を片っ端から買ってきて、ミキサーにかけて粉末にしていく。

その粉末を混ぜ合わせ、味見しては作り直し、少しづつ少しづつ味を整えていく。

そう、俺が作っているのは青汁だ。

俺は脳内麻薬がドバドバ出る常習性のあるヤバい青汁を作り出して、アルコールの代わりに依存させようと画策していた。

俺の中のチートが「やれる」と囁いていた。

水を加えるとまた味が変わるため、電子計量器を片手に毎日毎日苦い粉末と戦った。

試飲のしすぎで俺の血液はサラサラになり。

なぜか痩せて腹筋が割れ、珍しく楓が大興奮していた。

途中でさすがに個人でやるのは限界があると悟って、楓の友達の千川さんの伝手で大学の研究所を紹介してもらった。

諸々の作業には俺のチートと研究機関の力があっても、試作品が完成するまでに3ヶ月の時間を要した。

試作品が出来る頃には美波はすでに高校生になっていた。

 

 

 

正月からサービスを開始したソーシャルゲーム『大覇道』は、順調にダウンロード数と課金額を伸ばしていた。

ありがたいことに美波の通う名門女子高でも流行ってるらしく、ゲームが苦手な美波も周りに合わせてやっているらしい。

普段は何でもできる美波が「勘君、これやって」とパズルゲームの『パズル アンド 大覇道』の高難易度ステージを持ってくるのが面白くて可愛かった。

きらりに顔を出したら、あの和久井女史までもがうちのゲームをプレイしていて「色んな猫ちゃんがいるんですよ」と楽しそうに話していた。

どうやら猫の軍隊を作っているらしい。

動物担当の社員が必死になって猫の品種ごとにキャラを20も30も作っていて「猫なんか一種類でいいんじゃないかな」と思っていたんだが、何でも刺さる人はいるもんだな。

 

うちの会社の収入源であるガチャも、正月、節分、バレンタイン、ひな祭り等のイベントを経て、今はGPS機能を使った大規模レイドイベントまで実装されているらしい。

俺はずっと野菜食ってたからよく知らないが、評判は上々だ。

湯水のごとくじゃぶじゃぶ回す奴らが日本中にいくらでもいるようで、スタッフが引くぐらい回されているらしい。

 

3ヶ月経った今、うちの後追いのゲームが発表されまくっているそうだが、クオリティを上げて物量で殴るうちのパワーにどこも太刀打ちできていないとか。

金の方も税理士の先生から慌てた様子で電話が来たぐらいには儲かっている。

「儲かったら儲かっただけ夏のボーナスに回ってくるつもりでいろ」と言っておいたので、社内の熱気は天井知らずに上がっていたのだった。

 

俺はというと、熱気に浮かれる社員達に試作品のヤバい青汁を飲ませまくっていた。

 

「うえっ!なんすかこれ!?羊のゲロ?」

「一言で言い表せない味だけど、バケツ一杯飲みたいです」

「うま……うま……うまもういっぱ……」

 

駆け付け三杯飲ませた社員の発言三連発だが、概ね全員こんな感じで好評だった。

ただ今の状態では少々下垂体が刺激されすぎな気がするので、プロテイン味の素スタック程度の効きにして味をもっと向上させることにした。

中身は九割野菜だし、健康には問題ないだろう。




ハゲたガチムチのオッサン = 大覇道……ダイ・ハード……ブルース・ウィリス


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第8話 アイドルマスタープロジェクト

転勤食らっててんやわんやでした。
第7話を改訂しましたが、大筋は変わっていません。



じわじわとアスファルトの温度が上がり始め、駅から会社まで少し歩く間にも背中に汗が吹き出すようなクソ暑い2012年5月半ばの事だ。

 

俺はある意味この世界に生まれて最大のカルチャーショックを受けていた。

 

「本当にモーニング娘○を知らないのか?」

「誰すかそれ」

「まーた社長の脳内世界が漏れだしたよ」

「あみーごは?鈴木○美だぞ?知らないのか?」

「知らねっす」

「あみあみならよく使いますけど」

「なんという事だ……」

 

ソーシャルゲーム『大覇道』の次の大規模イベントにアイドル投票イベントを提案して皆から怪訝な顔をされた俺は、巨大すぎる存在の不在に打ちのめされていた。

後で調べた事だが、そもそもこの世界にはつ○くが生まれていなかった。

げに恐るべし男女比偏差世界よ。

 

これまでよく調べなかった俺も悪いが、この世界には俺の知っているアイドルがほとんどいなかった。

キャンディーズが女性アイドルの火付け役というところまでは歴史が一緒なのだが。

その後にホリプロスカウトキャラバン等の人材発掘企画のほとんどが存在しなかったため、80年代の女性アイドル全盛期そのものが存在しない状況だった。

80年代終わりに日高舞というピンクレディーに影響されたタレントが再び『アイドル』を名乗り一躍有名になったが、活動開始から数年で結婚して引退したらしい。

そこから完全に主役を失った女性アイドルという文化はニッチでマニアックなものとなってしまい、今はアングラな文化として存在しているそうだ。

バブル末期で過剰に華やかだった日高舞のステージと比べ今の女性アイドルは独自のアーティスティックな方向に向かっているため、区別する意図と自虐が入り混じり『地下アイドル』と呼ばれているらしい。

そういえば安部菜々さんが地下アイドルがどうとかって言ってたな。

 

 

 

鳴かぬなら鳴かせてみせようではないが、女性アイドルの系譜が途切れてしまったならば新たに作ってしまえばいいだけの話なのだ。

俺は涼しい社長室に毎日篭り、最近毎週のように新譜が発表されているヘヴィメタル音楽を爆音で流し、宅配ピザをコーラで流し込みながら、ゲームとリアルを連動させた一大アイドルオーディション企画をでっち上げた。

その名も『アイドルマスタープロジェクト』俺以外の全社員が声を枯らせて反対した、悪夢の企画が動きだしたのだった。

 

このプロジェクトは要するに、現実の女性アイドルをゲームに出して、ゲームの中でどの女性アイドルのファンが一番強いのかを決めるというイベントだ。

これを自信満々で会議に提出したところ、非難轟々で吊るし上げられた。

 

「なんで現実でまで女アイドルを作る必要があるんですか!?ゲームキャラだけでいいじゃないですか!!」

「そもそもなんで男じゃなくて女のアイドルなんですか?女が歌って踊ってるとこなんか別に見たくないんですけど?」

「ていうかそんなイベント作ってる暇も組み込む隙間もないんですよ!あんたが毎月最低2回はイベント打てっていうからこっちは必死でやってんでしょうが!!5本あるから月に10回なんですよ!?わかってますか?」

「まあ待て、みなまで言うな」

 

俺は手を掲げてヒートアップした開発陣を留めた。

 

「今日は最後まで聞いてもらいますよ!!大体あんた偉そうな事自信満々で言う割にやることなすこと中途半端で雑なんだよ!!」

 

留められなかった。

 

 

 

総合プロデューサーから散々に説教された俺は、人がいないなら雇えばいいじゃないかと追加人員の大規模募集をかけた。

これは社内でも歓迎され、更には支払われたボーナスの額面が目くらましになった事もあり、俺は非難轟々のアイドルマスタープロジェクトをゴリ押しで進めることに成功したのだった。

 

アイドルといえば芸能事務所だろう。

そう思った俺は美城芸能と961プロダクション、そして一応765プロダクションに打診をかけた。

資本的には『美城>>>961>||超えられない壁||>765』だが、アイドルの資質は所属事務所で決まるものではないからな。

担当の社員の胃袋を鷲掴みにしてやりゃ交渉なんざチョロいもんだぜ、なんて考えながら。

ガチ目に仕込んだローストビーフを使ったサンドイッチや、家の近所のコーヒーショップに頼み込んで焙煎させてもらったお高いコナコーヒーを準備していると。

なぜか3社とも社長自らがやってきた。

 

「フン、ビデオゲーム屋を辞めて喫茶店でも開くのか?」

「いやぁいい匂いだね、どこの豆かな?」

「怖い怖い、先に胃袋を掴んどこうってハラだね。気をつけなくっちゃあな。」

 

出鼻をくじかれた形になったが、とりあえず先に食事を出してからのアイドルマスタープロジェクトのプレゼンとなった。

 

「つまり、終わった文化、マニア向けの文化と思われている女性アイドルの復権を狙うと同時に。若い世代に自分の応援するキャラクターと共に成長していく事を経験させ、これを新しい形のエンターテイメントとして定着させるのが目的なのであります。ここまでで何か質問のある方は……」

 

3人全員が手を上げた。

 

「では黒井社長からお願い致します」

「現実のアイドルと連動したゲームキャラで代理戦争というのもどうかと思うが。まずなぜ今女性アイドルなのかがわからん、普通に歌手か男性アイドルではいかんのか?」

「私が女とアイドルが好きだからです。では高木社長、お願い致します」

「現実のアイドルをゲームに連動させる意味はあるのかな?」

「全く興味のない事でも、ゲームに組み込まれると興味が湧くという層が少なからずいるためです。では美城社長、お願い致します」

「それは本末転倒じゃないのかい、君はゲーム会社の社長だろう?君の言い方だとこれはゲームの販促のための企画じゃなくて、ゲームで釣って君の趣味の女性アイドルに目を向けさせる企画に思えるんだけど?」

「多少の公私混同は認めます。では次に、黒井社長、お願い致します」

「はっきり言って成功するとはとても思えないのだが、何か勝算があるのかね?」

「ここに、去年人気が爆発したKTRという歌手の作曲したアイドルソングがあります。イベントで使用する予定のものが数曲、優勝者に歌ってもらう予定のものが1曲」

 

俺がCD-Rを持ち出すと、部屋の中の空気がザワっと揺らいだ。

俺が記憶の中から引っ張り出してパクってきた異世界の天才の曲、しかるべき編曲をすれば大当たり間違い無しのプラチナチケットだ。

 

「ということは、優勝者の所属事務所が優勝者用の曲をソロで発売ということでいいんだな?」

 

黒井社長の目が怖い、前のCDの事は相当腹に据えかねてたんだろうな。

 

「この事は公表し、広く応募を募るつもりでもあります。1ヶ月後に、ゲームキャラのモデルとなるアイドルのオーディションを行います」

 

6個の目がギラリと輝いたが、プロジェクトは転がり始めなかった。

 

 

 

「全然応募来ませんねぇ」

 

アイドルマスタープロジェクトのスタッフ、新入社員の千川ちひろさんがぼやいた。

彼女はこの間の人員募集に自作のアプリを引っさげていち早く応募してきたのだった、俺がゲーム会社を買ったのを知ってから少しづつ勉強していたらしい。

来年の4月までは学生なので契約的にはアルバイト社員だが、仕事内容はほとんど社長秘書みたいなものだ。

そして先ほどもちひろさんがぼやいていたように、アイドルマスタープロジェクトには今現在ほとんどエントリーがなかった。

歌手の中から30代、40代の応募はちらほらあったが、さすがに今回の企画では選考落ちとさせてもらった。

20代の地下アイドルも何人か応募してきたが、首から上が著しいポテンシャル不足の人や、リストバンドを外せない人、20年目の21歳の人など、こちらもパンチがありすぎて起用は不可能だった。

一応事前に打診した3つの事務所からは各2人づつアイドル候補生が参加決定していたが、せめて10人は欲しいと考えて期限ギリギリまで応募を待っているのだ。

総合パフォーマンストレーナーの4姉妹や衣装担当の企業さんからもせっつかれていて、先に決まった6人もすでに合同レッスンを始めている状態だった。

 

気だるい空気の室内に、ポコッという電子音が響いた。

メールだ。

 

「あっ、応募きました……けど、この人って……」

 

ちひろさんが添付のJPGファイルを開くと、画面一杯にドヤ顔でダブルピースを決めた飯屋きらりの安部菜々さんが写っていた。

なんともいえない空気が漂う室内に、もう一度ポコッという着信音が鳴った。

 

「あっ!もう一件……でも、これはぁ……」

 

ちひろさんが画面と俺の顔を交互に見ながら添付のJPGファイルを開くと、そこにはフリル満載のピンク衣装を着た超笑顔の川島瑞希アナウンサー(24)が写っていた。

 

「じゃあまず、年齢を教えてくれるかな?」

「ナナは17歳です」

「17歳?まだ学生なんだじゃあ」

「店員です」

「店員ですじゃねぇだろあんた、大体今年25歳だろ何が17歳だよ」

 

明らかに着慣れていないリクルートスーツを着た安部菜々さんは頭にコツンと自分の拳を当て、片目を閉じて小さく舌を出した。

ほとんどすっぴんに見える顔にも、ちらりと覗くうなじにも小さなシミ1つ見当たらない。

ポテンシャルは高いのだ、ポテンシャルは。

 

「あたしも25歳よ」

 

安部さんの隣に座るコンサバ系の装いをした川島瑞希さんが、不満げに唇を尖らせながら言った。

ジャケットを着ていないとこの人の腰の位置の高さがよくわかる。

隣の安部さんよりも10cm以上背が高いのに座高があまり変わらない、物凄くスタイルがいいのだ。

 

「瑞樹さんは年齢より、お仕事はどうされたんですか?」

「今年からフリーになったの、せっかくだから新しい事にチャレンジしてみようと思って」

「なるほど、それでご応募頂いたという事ですね。採用です」

 

川島さんなら文句なしだ。

 

「オーナー、あたしはどうですか?」

「採用」

「なんか素っ気なくないですか!?」

 

そんなことはない。

2人にはさっそく翌日のレッスンからプロジェクトに合流してもらう事になった。

 

 

 

「どうしてもあと2人欲しいんだよな……」

 

俺は応募の届かないメールボックスを見つめながら独りごちた。

アイドルマスタープロジェクトの全員でお披露目をした後は、10人のアイドルから5人ユニットを2つ作り紅白戦を行うつもりでいるのだ。

それでまずは5人に絞り、そこからまたイベントを行い1人に絞る。

これで1つのイベントを2回に分けて楽しめる。

3回ではくどすぎて、1回きりでは見送るファンもいるかもしれない。

ベストなのは2回だと、俺のゴーストが囁いていた。

不敵な笑みを浮かべる俺に、千川さんが声をかけた。

 

「社長、アイドル候補の女の子達が到着しましたよ」

「えっ?聞いてないけど」

「私が選んで呼んでおきました、日程的にこれ以上待てませんから」

 

たしかに日程的にはギリギリで、俺以外のスタッフは完全に8人で進める気になっていた。

 

「履歴書は見てないけど、どこの事務所の子?」

「フリーです、社長もよく知ってる方ですよ。入ってきてくださ〜い」

 

千川さんが間延びした声で言うと、社長室の扉を開けて2人の女性が入ってきた。

 

1人目は暗い茶髪のショートボブを内巻きにした女性で、挑発的な目は青と緑のオッドアイ、目元の泣きぼくろがセクシーだ。

見たことある。

今朝会社まで車で送ってもらった。

というかうちの嫁さんの高垣楓嬢だ。

 

2人目は癖の無い前髪を七三分けにした少女で、名門女学院の制服に収められた健康的な身体がえも言われぬ色気を発している。

見たことある。

昨日一緒に風呂入った。

というかうちの嫁さんの新田美波嬢だ。

 

「えぇ……マジで?」

 

千川さんは大マジです、と言いながら頷く。

たしかにヴィジュアル的にもポテンシャル的にもこれ以上ない人選だが、さすがに自分の嫁さんがアイドルになるというのは……

 

「ていうか既婚者なんだけど?」

「なにか問題でも?他にも3人既婚者がいますよ」

 

どうやらここにもカルチャーギャップがあるらしかった。

 

「2人はそれでいいの?」

「勘君困ってるって聞いたから、私なんかにアイドルが務まるかわからないけど……」

 

胸の前で小さな手を組み伏し目がちに言う美波だが、彼女ならば十分すぎるほど務まるだろう。

俺の前世にAK○なんかにこんな子がいたら好みすぎて遠征破産していたかもしれない。

 

「楓は?」

「これって、あなたが就職を世話してくれるという事ですよね?」

 

右目をパチンと閉じながら言う楓だが、そういえば酒が入った時に「就活したくない……」とぼやいていた。

彼女はいい大学に行っているし能力はあるが、酒を飲んで必修の授業はサボるし定期考査の日程を忘れていて単位を落とすしではっきり言って生活無能力者の類だ。

勤め人には正直向かないだろう、スケジュールを他人に管理されるような仕事の方が彼女にとってもいいのかもしれない。

もちろん、あくまで彼女が望むならだが。

別に俺は嫁さん2人が専業主婦でもなんとでもなるしな。

2人がいいのならともう一度確認を取り契約を済ませ、早速当日からレッスンに参加してもらうことになった。

 

 

 

翌日、ようやくプロジェクトが本格始動ということでスタッフ全員の顔合わせを行った。

一応、栄光あるアイドルマスタープロジェクトの面子を紹介しておこうか。

 

765プロダクションからは京都出身のクールなアイドル塩見周子(15)とピンクのジャージがキュートな佐久間まゆ(13)。

 

961プロダクションからはアメリカで飛び級したと噂の一ノ瀬志希(15)と14歳とは思えぬ色香で唇が艶めかしい速水奏(14)。

 

美城プロダクションからはハーフの金髪宮本フレデリカ(16)と髪の毛ピンクのヤンキー城ヶ崎美嘉(14)。

 

そしてフリーの川島瑞希(25)、安部菜々(25)、高垣楓(21)、新田美波(15)。

 

ちなみに塩見周子と一ノ瀬志希と宮本フレデリカは既婚者らしい、10人中5人も既婚者なんですねぇ……これもうわかんねぇな。

会議室にはそんなアイドル10人とそのプロデューサー、そして開発陣とトレーナー4姉妹が寿司詰めになっている。

 

「お待たせしてしまいましたが、その甲斐あってプロジェクトに一人も欠かすことのできないベストメンバーが揃いました。皆さん、この度は本当に参加していただいてありがとうございます」

 

俺が頭を下げると、スタッフと10人のアイドル達からは気のない拍手が起こり。

961のプロデューサーからは苦笑い。

765のプロデューサーからは素直な拍手。

そして美城から派遣されてきた盟友の武内君からは大きな舌打ちと「待たせたってレベルじゃねぇぞ……」という小声の抗議が届いた。

美城から来たアイドル2人は普段礼儀正しい武内Pの豹変を見てドン引きしている様子だった。

 

千川さんによるプロジェクトの概要の再説明があった後、アイドルのチーム分けの発表になった。

 

「まずはこの10人で1つのチームを作って1曲、そして次に5人で2チームを作り1曲づつ、最後に残った5人でそれぞれ同じ曲を1曲歌い、最後に残った1人がラスト1曲を歌って頂きます」

「つまり、皆様にはイベント終了までに都合4曲分を練習していただく事になります。8月初めにイベントが始まりますので余裕のないスケジュールになりますがご容赦ください」

 

有能総合プロデューサーと有能新入社員の千川さんに説明を任せ、俺はコーヒーや紅茶を入れたりお茶請けに朝から焼いたパウンドケーキを出したりしていた。

社員達は仕事で信用を掴み、俺は飯で胃袋を掴む、それがうちの会社のやり方だ。

事実俺が胃袋を掴んだ相手とはビジネスでも上手くいくことが多いらしい、総合プロデューサーが「もう社長は邪魔しないで料理だけしててください」なんて言うぐらいだしな。

 

「まず1つ目の5人組ユニット『Lipps』ですが、メンバーは一ノ瀬志希さん、城ヶ崎美嘉さん、速水奏さん、宮本フレデリカさん、塩見周子さんです。こちらはクールなヴィジュアルを活かした衣装と楽曲を用意しました」

 

Lippsは別名ヴィジュアルモンスターだ、顔が良くてクールなメンツを集めた……というよりは最初6人しかいなかったからとりあえずその中から5人決めた。

 

「次に2つ目の5人組ユニット『ゴールデン・サークル』ですが、メンバーは佐久間まゆさん、川島瑞樹さん、安部菜々さん、高垣楓さん、新田美波さんです。こちらはゴージャスでバラエティ豊かな衣装と楽曲を用意しました」

 

ゴールデンサークルは特に言うことがない、残りのメンバーの寄せ集めだ。

ポテンシャルは高いのだ、ポテンシャルは。

 

一応メンバーには事前に話は通してあったので特に質問も出ず会議は進み、いよいよ歌う楽曲の試聴の時間となった。

仮歌は超絶歌が上手いスタジオミュージシャンの木場女史に吹き込んでもらったが。

基本的にはアイドルソング、誰にでも歌える曲だ。

 

会議室のオーディオから全員で歌う予定の曲が流れ始めると765プロと961プロのプロデューサーは怪訝な顔をし、流れ終わる頃には部屋全体が困惑したムードになっていた。

 

「本当にこの曲を歌うの?……ですか?」

 

こわごわと手を上げたピンクの小悪魔城ヶ崎美嘉がそう言ったのを皮切りに、部屋の中がザワザワとした雑談の声で満たされる。

みんな困惑しきった顔だ。

 

「10人で歌う曲はこの2曲でいきます、僕を信じてください」

 

真剣な顔で言う俺を遮って、総合プロデューサーが「お手持ちの資料にも記載がありますように。この曲は一応KTR氏作曲、武田蒼一氏編曲ですので、ネームバリューだけでもかなりのセールスは見込めます」と説明を始め、なんだかんだと煙に巻きながら残りの曲の視聴も終わらせて皆を帰してしまった。

うーん、有能。

 

 

 

そこからはプロジェクトの女の子達はひたすらレッスンレッスンレッスンの日々だ。

俺は正月から開発を続けてきた青汁の最終調整をしながら、時々女の子達に差し入れを持っていったりしていた。

 

「社長さんって何者なんですか?」

 

そんなある日、スタジオへと差し入れにグルテンフリーの鳥ハムサンドイッチを持っていった俺は佐久間まゆに引き止められた。

 

「ゴールデン・サークルの他のメンバーは社長さんが集めてきたって聞いてるんですけど。皆さん元々素人やアマチュアなのに事務所に入ってる子よりよっぽど歌もダンスも上手いじゃないですか」

「別に俺が集めてきたわけじゃないよ」

 

勝手に集まってきたのと身内とで半々だ。

 

「でも社長さんのお知り合いだったんじゃないですか?みんな実は社長さんはどこかに芸能事務所持ってるんじゃないかって噂してましたよ」

「俺は元々飯屋やってたからさ、そこ関係で知り合いが多いんだよ」

「へぇ、レストランですかぁ〜、どんな店なんですか?」

 

佐久間さんは夢見がちな顔でオシャレな隠れ家的レストランを想像してるようだが、俺がやってるのは小汚い飯屋だからな。

和久井女史が店長になってからはちょっと装いがガーリィになったり椅子がパイプ椅子からスツールになったりと若干小汚さは薄れているらしいが、それでも拭いきれない漢臭がある店だ。

 

「ま、まぁカレーとかが名物になってるかな……」

「へぇ〜、こだわりのカレーなんですねぇ」

 

多分佐久間さんが想像してるのは小さなツボとかにカレーが入ってて、パンと五穀米が選べるようなやつだ。

もしくは皿にソースで絵が描いてあるようなやつ。

 

「カフェタイムとかはないんですかぁ?私一度行ってみたいです」

「お客さんが多いからドリンクは水か金麦だけかな、あんまり若い女性は来ないし……」

 

ちなみに金麦は店の外の自販機で売ってるやつだ。

 

「流行ってるお店なんですねぇ」

 

イマイチわかってなかったっぽいが、まぁ社交辞令だし実際に来ることはないだろう。

 

……と思っていたら、次の週ぐらいに佐久間さんがピンクのジャージの下に限定品の飯屋きらりTシャツを着ているのを発見した。

恐らく楓か美波に貰ったんだろうが、少なくとも店には行ったに違いない。

いつも甘い感じのピンクでフリフリな私服の佐久間さんがオッサンの聖地と化した飯屋きらりでカレーをかっこんでいるのは想像もつかないが……

 

 

 

Lippsの方のは少々近寄りがたいというか、美人に慣れた俺でも話しかけるのに躊躇してしまう雰囲気がある。

人妻も3人いるからな、不用意な発言をしてしまったら大変だ。

そんな中でも14歳の城ヶ崎美嘉だけは元気一杯で話しかけてくる。

 

「しゃちょー!ダイクエの次のアプデっていつなの?」

 

ダイクエとはうちで開発してる『大覇道クエスト』の略だ、正統派ファンタジーRPGの世界を主人公率いる冒険団が西へ東へ大活躍するゲームのことだ。

 

「毎月第一土曜と第三土曜だけど」

「そっちじゃなくてちょこちょこやってる小さいアプデの方!2章ボスのネクロマンサーの属性バグあったっしょ?あれの詫び石が来たら次のガチャ分が貯まるんだよね☆」

「ボスはすぐ修正されるから明日までには来るんじゃない?」

「えーっ、社長なのに詳しい時間わかんないの?」

「社長なんかそんなもんだよ」

「ぶーぶー」

 

城ヶ崎さんは不満気に去っていった。

彼女こそがまさにLippsの肝心要の潤滑油になっている……とトレーナーさんが言っていた。

なんかLippsの面子ってあんまり人の話とか聞かなさそうだしな。

無邪気で元気な城ヶ崎さんが会う人みんなに話しかけまくる事によってプロジェクト全体の雰囲気も良くなっている……らしい。

美波も「いい子だよ〜」と言っていた。

俺には雰囲気どうこうは正直全くわからん、みんな普通に仲良さそうに見えるが色々あるらしい、女の人間関係は複雑怪奇だ。

 

 

 

気の早い蝉時雨の中を社員達が半袖で出勤するようになった6月。

ようやく麻薬じみたヤバい青汁ことヤバ汁が完成した。

諸事情あって真夏まで発売を見送るが、すでに来年以降の農家との契約や今年発売する分の素材の加工は始まっている。

元々青汁を作っていた工場をそのまま買収したんだと凄腕エージェントが自慢げに言っていた。

ちなみに成分調整前のヤバ汁を飲ませ続けた件の爺さん、酒を飲まないどころか野菜にどハマりして家の庭に畑を作り始めたらしい、うちの婆さんに褒められた。

 

そんな婆さんだが「歌うまいんだからちょっと指導に来てくれよ」と軽く頼んでみたら早速次の日来てくれて。

みんなにさんざっぱら駄目出しした後に「うちの嫁っ子(楓)が一番上手いんじゃないかい?」と不和の種をぶちまけて帰っていった。

俺はヒヤヒヤしてたんだが、今はしわくちゃの婆とはいえ元大スター歌手の指導に皆それなりに感激したり感化されたりしたらしい、次の日からの稽古の熱がまるで違った。

 

10人できっちり歌いながらステップを踏めるように朝から晩までトレーナーに怒鳴られながら練習したり、声量の小さい佐久間さんを皆で鍛えたり。

それまで微妙に壁があったらしい5人と5人の間に共通の目標ができて、思いっきりガンガン本音でぶつかれるようになった感じだ。

チョモランマを見た大学生のように、グラミー賞歌手のうちの婆さんという巨大な存在を意識する事によって自分個人の小ささがわかったんだとか。

そうやって毎日顔つき合してのたうち回っているうちにそれなりに友情も芽生えたらしい。

美波の実家でホームパーティーも開いたりした。

もちろん料理は俺だ。

 

 

 

そうして熱すぎた初夏は過ぎ7月の末、アイドルマスターチームは富士山ロックフェスティバルのステージ裏で円陣を組んでいた。

 

「今日まで積んできたもの、全部出すわよ」

Lippsのリーダー速水奏。

 

「ようやく本番なんだね〜」

一度見聞きした事は忘れない一ノ瀬志希。

 

「フレちゃんもう汗かいちゃった」

マイペースな宮本フレデリカ。

 

「楽しもうね☆」

とにかく元気な城ヶ崎美嘉。

 

「京都はもっと暑いよ〜」

クールだが熱い塩見周子。

 

「お客さんみんな私の虜にしちゃうわよ〜!」

ゴールデン・サークルのリーダー川島瑞樹。

 

「大丈夫、大丈夫」

最年少ながら一番の伸びを見せた佐久間まゆ。

 

「うう、緊張で胃が……」

辛い練習中でも楽しそうな安部菜々。

 

「みんな、頑張ろうね」

ノースリーブの腋がエロい新田美波(人妻)。

 

「終わったら、ウヰスキーをスキーなだけ飲みましょうね」

無邪気な割にケツがエロい高垣楓(人妻)。

 

 

 

「尊い……」

そして俺の横でもうすでにボロ泣きしてる総合プロデューサーだ。

こいつは最初はプロジェクト自体にずーっと反対してたのに、途中からはどハマりして毎日スタジオに差し入れ持って行ってたからな。

娘さんがアイドル達と同じ年頃だからか変に感情移入してる奴の一人だ。

社内にはこいつみたいな奴が何人かいて、中には後でコンテンツにするって言って初日の顔合わせからずーっとハンディカムで撮影してる女もいる。

俺も最初から見てるから感動せんでもないが、さすがに横でタオルに顔を埋めてる総合プロデューサーがキモすぎて若干冷めている。

 

 

 

イケメン社員による会場への企画説明とゲームの宣伝が終わった所で、アイドルマスターチームがステージに出る。

静かな出だしのイントロが流れるが、ほとんどの客はスマホを弄ったり他のステージに行く相談をしていたりしてステージの方を見ていない。

そこに爆音で軽薄で鋭いシンセサイザーサウンドが鳴り響いた。

 

1曲目の『L○VEマシーン』だ。

 

アイドルたちが軽快なステップと共に入れ代わり立ち代わりステージの前に出てきて、ワンフレーズ歌っては戻っていく。

ともすればスカスカにも思えるほどシンプルな曲を、ダンスが、流し目が、白く揺らめく指先が、輝く笑顔が埋めていく。

他のステージに向かおうとしていたお客さん達もどんどんステージの方に来てくれて、歌に乗って踊りまくっている。

曲の最後にアドリブで宮本フレデリカが小さく「L○VEマシーン……」とタイトルを言ったところで、会場には空が割れんばかりの歓声が響いた。

 

メンバー達がそれぞれ投げキッスをしたり手を振ったりしながら舞台袖に帰って来て、俺や総合プロデューサーやスタッフたちにハイタッチをして通り過ぎていく。

Lippsは水分補給をしてそのままステージへとんぼ返り。

汗を拭うのもそこそこに、5人のための曲『Tulip』を歌いはじめた。

この曲とゴールデン・サークルが歌う事になる『Love∞Destiny』は俺が前世から持ってきた曲じゃない、この世界の才人が作った、真のこの世界の女性アイドルソングだ。

 

俺が本当に聴きたかったものだ。

俺は泣きじゃくる総合プロデューサーの隣でこの2曲を聴きながら、この夏1番の感動を感じていた。

 

 

 

富士山ロックフェスティバルの直後に各種動画配信サイトに各曲のショートバージョンのMVが配信され。

音ゲーの『大覇道スクランブルオーケストラ』内でも楽曲が配信され。

そして他4つの大覇道においても『Lipps』か『ゴールデン・サークル』どちらかの5人組ユニットと協力して攻略を行う限定イベントが配信された。

このイベントの成績、そしてどちらのユニットを選んだかによって勝負がつくというわけだ。

 

配信サイトのMVのコメント欄では。

『KTRとは作風が違いすぎるから絶対に名義貸し』派と『俺はKTRを信じるよ』派が仁義なき戦いを繰り広げていて、それがネットニュースに取り上げられていい宣伝になった。

同日に発売されたシングルもなんだかんだ売れてるらしい。

 

 

 

ゲーム内でのイベント期間は1週間、どっちが勝っても恨みっこなしだ。

アイドルマスタープロジェクトのスタッフ達は気が早いことに、もう1週間後の結果発表のネット生放送の準備をしている。

 

そうだ、どんな祭りでも終わりが来る。

だから人は短い祭りを力一杯楽しめるのだ。

しかし、今回ばかりはこの祭りの終わりを見ずにいたい……そんな気分だ。

窓の外には陽炎が揺れていた。




あみあみ = ホビー通販サイト
ゴールデン・サークル = ゴールデン・サークルのオーネット・コールマン から
木場女史 = 木場真奈美、原作では元スタジオボーカリストアイドル


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第9話 きらりのお客様感謝デーとシンデレラガール

もともと休日出勤が暇だったのでその空いた時間に書いていたのですが、休日出勤がなくなってしまってリズムが崩れました


縁側に放っておいたビーチサンダルが、溶けて踏石にへばりつくぐらい暑い8月。

 

別に握手券も投票用紙も入れていないのに、アイドルマスタープロジェクトの第1弾CDは発売から3日で完全に店頭から姿を消したらしい。

メンバーが開設したT○itterのアカウントもあっという間にフォロワーが6桁を越え、美波のアカウントには俺に対する殺害予告が3件も送られてきた、草。

『既婚メンバー○○の夫です、妻に粘着するのはやめてください』みたいなアカウントも沢山でてきて、まとめサイトの飯の種になっていた。

良くも悪くも話題になったせいか、大覇道全体のユーザー数もいきなり30%増え。

俺の企画を口を極めて罵っていた奴らは手のひらを回しすぎて腱鞘炎になり。

ここの会社ならどんな企画でも通ると思ったのか、暖めすぎて腐ったような無茶苦茶な企画を持ってくる奴が毎日列を成しているらしい。

この企画を初めて一番驚いたのは、あのクソ忙しい俺の親父が会社に来て「佐久間ちゃんのサイン貰えないかな、4枚」って言い出したことだ。

何やらオジサン方の間でもちょっと話題になってるらしいな。

 

さて、プレスだけを集めて行うつもりだった結果発表会だが、各業界から参加希望者が続出して予約していた狭い多目的ホールが満杯になった。

狭いステージの上でリリース済みの3曲を披露する女の子たちに、ネット中継は大盛り上がりだ。

 

『まゆー!!』

『まゆちゃーん!!』

 

Love∞Destinyを歌い終わり、最後までカメラに手を振っていた佐久間まゆにファンからの声援コメントが飛び続けている。

彼女と入れ替わりでうちのイケメン社員が舞台に出て進行を始める。

 

「それでは、えーお時間も差し迫ってまいりましたので。そろそろ結果の方をですね、結果発表させて頂きたいと思います」

 

生放送には『喋り下手すぎだろ』というコメントが流れまくっているが、こいつはジ○ニー○にいてもおかしくないレベルのイケメン野郎だ。

こういう時に使わずいつ使う、イケメンは全てに優先されるのだ。

 

「えー、沢山の……ですね、非常に沢山のユーザーの皆様から投票していただきましたのですが。これがなかなか、僅差でございまして」

 

総合プロデューサーが手をぐるぐる回している、もっと巻けということだ。

 

「えー、それでは発表させていただきます……」

 

会場が暗くなり、ドラムロールが流れる。

この間にアイドルたちはイケメンの後ろにユニットごとに分かれて並んでいる。

 

「勝ったのは!…………ゴールデン・サークル!!」

 

パッとついた照明がゴールデン・サークルの5人を照らす。

涙を抑えきれない佐久間まゆに、残りの4人が抱きついて頭を撫でたり背中を叩いたりしている。

 

正直俺はLippsが勝つと思っていたんだが。

意外や意外、佐久間まゆと新田美波の人気がとにかく物凄くて、僅差で正統派超美人グループLippsを打ち破って勝ってしまった。

 

ここからはLippsがステージ上でお礼なんかを言ってる間に、ゴールデン・サークルがお色直しをして新曲の披露だ。

 

城ヶ崎美嘉が「Lippsのみんなと歌えてぇ……本当に楽しかったです……!」と言いながら泣き崩れているのをメンバー達が囲み、総合プロデューサーが泣きながらそれを見ている。

舞台端から合図が来たので、総合プロデューサーの代わりに合図を出してイケメンを前に出させる。

仕事しろよこいつ!

 

「それでは、はっぴ、発表して頂きましょう!アイドルマスタープロジェクト、次の課題曲の『MUGO・ん…色っぽい』です」

軽快なギターのリフから始まったその曲は、まさに俺の前世の古いアイドルポップスそのものだ。

もちろん武田蒼一の編曲によってこの世界の色に染められてはいるが、どんな人間でも心の中の青春をくすぐられずにはいられない、そんな新鮮で純な曲に仕上がっている。

おっさんは純に弱いからな。

 

例のごとくアイドルたちが1人1人前に出てワンフレーズ歌っては後ろに下がっていく。

ステージ上を踊りながら立ち位置を変えてクルクル回るその動きは、ネットでは美少女回転寿司とか車懸りの陣とか言われているらしい。

ラストはもちろんみんなで前に出て来て合唱だが、基本的にこの曲は1人で歌うのに向いている、リリース版ではそれぞれの良さを噛み締めてほしいな。

なんて事を考えていたらイベントが終わっていて、記者達も三々五々帰った後だった。

どうも浸りすぎたらしい。

 

結果発表も新曲も話題になったが、同時に発表された青汁ピックアップガチャの話題でインターネットは騒然としているらしい。

青汁ピックアップガチャとは、結果発表イベントの翌日から発売された紙パックの青汁についたQRコードを3つ集めて引くものだ。

通常ガチャでは1個2円から1.17円する石を250個集めて回す、つまり1回だいたい500円。

それに比べて青汁ピックアップガチャは1本120円の青汁3本、つまり1回360円で回せる大変なご奉仕価格になっているのだ。

(ただしUR、SSRは出ない)

俺がゲーマーの皆に健康になってもらいたいと願いを込めて作ったヤバい美味さの青汁とお得なガチャ、これは品切れ間違いなしだ。

あとイベントシナリオでお助けキャラとして出てきた、アイドルマスタープロジェクトのキャラクター達が手に入るのもこのガチャだけ。

売れない理由がない。

さぁ……多々買うのだ……

 

『爺に青汁飲ませてガチャ回した』

『【悲報】 大覇道運営、頭がおかしい』

『青汁捨ててるやつ一口飲んでみろ』

インターネットの掲示板ではこういうスレッドが朝から乱立しているらしい、就業時間内だというのに社員が喜々として教えてくれた。

コンビニエンスストア各チェーンに納入された青汁は、全国的にほぼ瞬殺だったらしい。

紙パックの一部を透明にして、飲んだら反対の内側に印刷されたコードが見えるようになる仕組みだから転売屋も安心だ。

一応コンビニ側には箱で売るなと言っておいたが、恐らく守られないだろう。

というかコンビニ店員が箱ごと転売しているのを晒されて炎上していた、はっきり言って頑張って出荷する以上の対策は無理だ。

それ以前に真夏に要冷蔵のパックのジュースを箱ごと転売するってのはかなりヤバいと思うけどな、俺は知らねーぞ。

 

アイドル活動で忙しい安部菜々の代役というわけではないが、飯屋きらりには16歳女子高生の原田美世というバイトが入ってきた。

俺も一度顔を合わせたが、真っ赤に塗ったZXR250に乗っていた。

ザクホース付きの不思議バイクだ。

モーターのついたものを弄くり回すのが好きらしいが、同じぐらいきらりの飯も好きだからバイト先に選んだらしい。

 

そんな新メンバーが入った飯屋きらり、今日は毎月2回のお客様感謝デーだ。

これは別に客に感謝して値引きとかをするわけじゃない、こっちが勝手にサービスを考えて楽しむっていう行事だ。

内容的にはほとんど高校の文化祭の悪ふざけした飲食店みたいなものだ。

 

最初のお客様感謝デーは家庭飯屋きらりってコンセプトだった。

まず客席のド真ん中に椅子に座ったヒモがいて、入ってくる客に「今何時だと思ってるんだ!」と絡む。

それからエプロン姿の三船譲が「おかえり、肉じゃがあるけど食べる?昨日のカレーもあるけど」と注文を取り。

女子大生っぽいファッションの和久井女史が「あんたも馬鹿ね、父さんが寝てから帰ってきたら良かったのに」と料理を持っていき。

セーラー服を着た佐藤が「あたしはお兄ちゃんがご飯の時間に帰ってきてくれて嬉しいけどね」と水を持っていく。

なお女優は全員同い年だ。

寸劇には男女を別にしたり色んなバリエーションがあったらしいが、この時点では概ね客は困惑していた。

 

次にやったのが大阪飯屋きらりだ。

これは店内のテレビで吉本新喜劇を流し、トイレにはラジカセが置かれ爆音で六甲おろしがエンドレスリピート、そして店員がコテコテの関西弁で接客するというものだった。

「まいど!」「おおきに!」と明るく言う三船嬢にキュンと来た男性客も結構いたらしい。

お好み焼きライス定食とたこ焼きライス定食と串カツ定食はなかなかの人気を博した。

が、まだこの頃は客にも遠慮があった。

 

次のメイド飯屋きらりあたりから客の方もお客様感謝デーに慣れ始めた。

メイド飯屋に関しては特筆すべき点はない。

執事服を着たオッサン達とメイド服を着た女たちが白米の上にカレーで絵を描こうとしたり、正気とは思えないテンションで客と手遊びしたり、謎の不味いノンアルコールカクテルを出したり、客と一緒にポラロイドカメラで写真を撮ったりしたぐらいだ。

客達も掲示板で「次は何かな」みたいな話をしたり、行き損ねた奴が場を荒らしたりしだした。

 

その次、麺屋きらり飯屋。

この時俺はちょうど暇だったから、前日から本気で仕込んだ煮干しラーメンを出した。

凝ってたんだよな、社長どもの食事会用に二郎系とかも作って色々研究してたんだ。

店員達にもこの日のためだけに麺屋きらり飯屋のTシャツとタオルを作ったりして、いかにもなラーメン屋スタイルで接客したりした。

普段俺のガチ飯を食べてる店員達が食っても感動するレベルの味だったからか、一巡目の客が一口目を食べた瞬間店がザワついた。

後で『高校の文化祭に行ったら本場の北京ダックが出てきた感じ』と掲示板に書かれていたらしい。

『カレーの3倍美味かった』なんて言うやつもいて、来れなかった奴らは地団駄踏んで悔しがったそうな。

客の方も色んな意味で感謝デーから目が離せない感じになってきた頃だ。

 

そして次、宇宙飯屋きらり。

ヒモプロデュースの意味のわからん企画で。

みんなで銀色の服を着たり、片目に眼帯をつけた海賊の格好をしたり、耳を尖らせて道着みたいなのを着たりした。

着色料とか使って青いカレー作ったり、真っ赤なコーンポタージュを作って見た目で味がわからない感じにしたり、ダークマターとか言ってコーヒーを出したりした。

テレビでは全然関係ないスタート○ックが延々と流され、客の困惑を呼んだ。

他の感謝デー企画はどれも最低2回は続いたが、これだけは1回で打ち切りとなった。

 

その次、味っ○飯屋きらり。

ミス○ー味っ子のシチュエーションを模した茶番料理対決のあと、味皇役になった客達が「うーまーいーぞー!!」と言う安部菜々プロデュースの人気企画だ。

自分の料理と俺の料理を直接比べられた三船嬢はかなり落ち込んでいたが、こればっかりはしょうがない。

 

そして次が華麗なる飯屋きらりだ。

漫画『華○なる食卓』に出てくるカレーを片っ端からパクって作り、バイキング形式にした企画。

これも非常に人気で、味っ○飯屋きらりと交互に開催されてかなりの集客率を誇った。

 

そしてついにその次が今回の企画だ、ようやく今日の話に入れる。

今回はうちがやりたくてやる企画というわけではなく、どっかの社長の娘に『例のあれを作ってくれ』と100回ぐらい言われて渋々やる企画だ。

その名も『飯屋きらり 漢』。

要するに二郎系だ。

壁には例の文言が書かれた張り紙。

黒のTシャツに頭はタオル。

券売機には『漢』の一文字。

その横には『スイーツ(笑)』のボタンもあり、女性への配慮もバッチリだ。

せっかくだから青汁も『漢汁』として売ることにした。

 

どっかの社長の娘には開店前に来てもらって先に食わせて帰したんだが、引くぐらいがっついて食っていた。

クールなイメージの人なのに、あんなに豚骨の匂いをプンプンさせながら帰ってもいいんだろうか?

いや……満足してもらえたならそれでいいんだ、ある意味彼女のための企画だからな。

 

開店時間になって先頭客の太った眼鏡の男が入ってきた。

まず腕組みをして圧を飛ばす俺達を見て、券売機を見て、もう一度俺達を見た。

戸惑いながらも漢、汁、スイーツ(笑)のよくばりセットを買い、カウンターに座る。

和久井女史がビッと手を出し「ニンニク入れますか?」と聞くとやはり戸惑った様子を見せるので、ニートが壁の張り紙をトントンと叩く。

 

野菜……マシ、マシマシ (ヘルシー)

ニンニク……マシ、マシマシ (パワーアップ)

背脂……マシ、マシマシ (甘くておいしい)

辛め(醤油)……後からでも頼めます

全マシ、全マシマシOK!

 

客はそう書かれた紙を一瞥して「全マシマシ」と言った。

とりあえず1番多いのを頼むのは男の悲しい性なのかもしれんな。

続く客たちも全員全マシマシを頼み、地獄の時間が始まった。

 

カウンターのこちら側から全マシマシの威容が見えるにつれ、客の顔色が青ざめていくのがわかる。

初見殺しですまんな、食え。

 

ファーストロット5人の配膳が終わる頃には、他の客たちは全マシマシを頼まなくなっていた。

店内の客は皆様子見に徹している。

今の段階では誰の目にも麺どころかスープすら映っていないので、今提供されているものをラーメンだということも認識できていないかもしれない。

見た目は背脂の塊とニンニクが乗った大盛り茹で野菜だからな。

 

ファーストロッター達は何がなんだかよくわからないものを食わされているにも関わらず、すぐに箸が止まらなくなった。

匂い立つスープが食欲をかきたて、野菜に絡みつく背脂が無理矢理に口を開かせる。

野菜の下から顔を出した麺に驚いたり納得したりしながら一心不乱にすすり、青汁とラーメンのミスマッチに頭を抱え、スイーツ(笑)がただのホームランバーにしか見えない事に混乱し、限界以上に膨れた腹にふらつきながら帰っていった。

 

この日はさすがに2回以上列に並ぶ猛者はあんまりいなかったようだ。

 

きらりのイベントが終われば、今度はゲームの方のイベントだ。

2週間の準備期間の間に新しく出したCDはまた売り切れ、大覇道のユーザー数はまだまだ伸びた。

急遽アイドルマスターチームによるライブ企画が持ち上がったが、さすがに時間も持ち曲も足りないので秋か冬に持ち越す事になった。

総合プロデューサーは早速楽曲コンペに入っているらしいし、イベント第2弾をどうするのかということでも熱い議論が交わされているらしい。

 

残ったメンバー達はラジオやネット番組のゲストなんかをこなしながらも元気そうにやっている。

 

現場慣れしている川島瑞樹さんはもちろん、素人の楓や美波も堂々としたもので危なげなく仕事をこなしている。

 

美波と一緒に人気が爆熱した佐久間まゆは書き込み以外のTwi○terやエゴサーチを止められ、コンビニに行くときでも絶対にスタッフがついて回っている。

インターネットには13歳の少女が見るには下世話すぎる話題も多いし、男にモテる女というのは女からの当たりもキツい。

せめてこのイベントが終わって魔法が解けるまでは、無垢なお姫様のままでいてほしいと願わずにいられない。

 

安部菜々は掲示板に証拠付きでスレ立てをして各所から厳重注意を受けた。

大の大人がしょーもない事で怒られて泣きながら謝るのを見るのは辛い、しかも二重の意味で俺が雇い主だ。

物凄く申し訳ない気持ちになった。

 

1回戦で敗退したLippsのメンバーは全員で温泉旅行に行っているらしい、うちの社員もビデオカメラ引っ提げてついて行った。

 

とにかく会社中がアイドルマスターチームのファンという感じですごい熱気だ。

壁には誰かが撮ってきたのであろうメンバーとのツーショットチェキがバンバン貼ってあり、経費も出てないのにアイドルマスターの記事が載った雑誌が喫煙スペースのソファに積み上げられている。

 

「まるで大学のサークル棟ですねー」

 

とは千川さんの談だ。

無茶な残業をやらせてきたのは俺だから強くは言えんが、近頃我が社は明らかに箍が外れてきているように感じる。

総務部がある3階の男性トイレが女性社員の化粧室として占拠されたと陳情が上がってきていたし。(総務部が陳情を受け却下した)

食堂の壁際には会社が始まってからの少年ジャ○プや女性週刊誌が積み上げられてタワーになっていて、清掃から破棄するよう陳情が上がってきたし。(総務部が陳情を受け却下した)

外部の人間が出入りしない開発に至っては壁に勝手に穴を開けてハンモックを取り付けたり、誰かが持ち込んだミニバイクのエンジンがポート研磨途中で放置されていたりする。

屋上で勝手にバーベキューをやって室外機のパイプを踏んで傷つけた奴もいて、ビル管理部が躍起になって犯人を探している。

これは俺がやった。

とにかく浮かれに浮かれた高校生か大学生のような生活ぶりなわけだ、応接室の机が雀卓になっていたのを辞めさせただけでは綱紀粛正になんの効果も発揮されなかったらしい。

夏のイベントが終われば、ここらへんもしっかりと正していかねばなるまい。

 

 

 

さていよいよイベント開始だ、地獄の釜が開いた。

鯖管が悲鳴をあげ、開発が修正と戦い、仕事が手を離れた数人は有給を取って海外に旅立った。

それにしても、イベント開始当日からテレビで流れだした曲入りのCMの反響は絶大だ。

キャラ絵バージョン、実写バージョン、そして大物芸能人バージョンを全部30秒枠で流している。

正直こんな大盤振る舞いしていていいのか俺は心配だが、CMってのはイメージ戦略だからな。

安心安全ですよっていうお墨付きを買うようなもんだ、特に大物芸能人を使えばゲームで遊ぶ子ども達の親御さんも安心ってわけだ。

ローラースケートに乗った元祖男性アイドル達が踊り、ゴールデン・サークル達にバトンタッチして『行くぞ!アイドル新時代』ってコピーが出る安っぽいCMだが、まぁ受けている。

めちゃくちゃ受けている。

俺には理解できないぐらい流行っている。

 

理解できない事が次々に起き、俺はここでアイドルマスタープロジェクトが完全に俺の手から離れた事を感じた。

立ち上げたのは俺だが、後は彼女たちの魅力だけでも空高く飛んでいけるだろうという確信がある。

俺にできることは地上から彼女たちに情報を送ることと、有形無形の様々な支援をする事だけだ。

 

俺はここで手を離してしまったが、総合プロデューサーは違った。

高く飛び立つアイドルマスタープロジェクトに、気持ちが悪いぐらい全力で必死に食らいついていた。

 

「映画化です!」

「え?なんの映画?」

「アイドルマスターです、ドキュメンタリー映画。撮れ高は十分にあります」

「映画にする要素あった?」

「友情、努力、友情、勝利、友情、そして歌とダンス、映画にする要素しかないです、年末公開で予定してますので」

「あ、はい……」

 

映画化だそうだ。

総合プロデューサー曰く、自然な様子をカメラに収めるため企画終了までは映画化の事をアイドル達に伝えないようにとの事だ。

すげぇな、完全に事後承諾だったもの。

こんな会議ねーよ、まぁ総合プロデューサーがやるって言うならなんでもやらせようとは思ってるけどさ。

とにかく10月にライブ、年末に映画、来年にイベント第2弾を予定しているらしい。

各事務所にも打診はしてあり好感触とか。

本気で走りまくってるなこいつ。

一応燃え尽きないようにスタミナ料理を作ってやろうと思った8月の午後だった。

 

 

 

サーバーとファンを熱くしたイベントは無事に終わりを迎え、今日はついに悲喜交交の結果発表だ。

前回よりもキャパが広い会場を借りたが、やはり満員、当日にいきなりやってきて入れずに喚くマスコミもいたぐらいだ。

前回よりは幾分広いステージでLippsとゴールデン・サークルが持ち曲を披露した後、ゴールデン・サークルだけがステージの上に並んだ。

いつものグループ衣装じゃない、この日のために作ったお姫様のための特別なドレスだ。

ちなみにこの特注ドレスのアイデアは総合プロデューサーが出し、金は俺のポケットから出た。

 

川島瑞樹はクールな青のドレスに身を包み、不敵に会場を睥睨している。人前に出る事に一番慣れているのはこの人だ、これまでメンバーをよく引っ張ってくれた。

 

高垣楓は深い翠色のドレスを着て、決めポーズで直立不動だ。正直何着ても似合っちゃう人だからな、5人の中でもヴィジュアル面では完全に突出しているからある意味浮いている。

 

新田美波は所々に青のアクセントが入った純白のドレスでまるで花嫁衣装だ、姿を表した時に会場からどよめきが聞こえた。これは正直たまりませんよ、昨日は汚さないように苦労した。

 

安部菜々はうさ耳付きのオレンジと黄色の明るいドレス、腋が丸見えなのは24歳としてどうなんだろうか。楽しそうにカメラに向かってピースサインを出している、最年長の1人なのにこの人が一番の問題児だ。

 

佐久間まゆはイメージカラーのピンクから逸脱し、少し大人びたワインレッドのドレスだ。体のラインに沿ってゴールドのリボンが装飾され、正直ちょっと正月飾り感というか、目出度い感じに見える。でも決まりすぎないのも12歳等身大の彼女の魅力だろう。

 

5人の前にいつものイケメンが出てきて仕切りを始める。

 

「えー、大変ですね、名残は惜しいのですが結果のですね。発表の時間が来てしまいました。第1回をですね、え?はるか?はるかに?はるかにですね、凌ぐ投票率という事で大変白熱した企画になりました」

 

俺は総合プロデューサーから奪ったウルトラオレンジのオタク棒をグルグル回す、巻け巻け巻け!

 

「えー、巻くように言われておりますので、結果発表です」

 

ドラムロールが鳴り響く。

 

「第5位、得票率8%、高垣楓嬢!」

 

会場からは拍手が鳴り響き、前に出た楓がカーテシーでお辞儀をすると『楓さーん!!』『楓ー!!』と声が飛んだ。

この場に単なるファンはいないはずなんですけどねぇ……

身内以外の招待客はプレスと芸能関係者だけのはずだ。

 

「第4位、得票率11%、川島瑞樹嬢!」

 

拍手が鳴り響き、川島さんはドレスを見せびらかすようにクルッと一周回り、右足を引き右手を腹に当て左手を横に差し出した。

拍手と一緒に『瑞樹ちゃーん!』『川島ー!!』と声が飛ぶ、どうも熱心なやつがいるようだな。

 

「第3位、得票率15%、安部菜々嬢!」

 

安部菜々は拍手に包まれながら会場の色んな所にペコペコお辞儀をする。

『せーの……』『『『ウッサミーン!!』』』という声援に対しては照れくさそうに頭の上に手で耳を作って返している。

 

「そして第2位!」

 

これまでよりも長いドラムロールが鳴り響き、スポットが舞台上を駆け回る。

 

「得票率32%」

 

会場中が息を呑む。

 

「新田美波嬢!」

 

静まり返る会場の中を美波はモデル歩きでステージの前まで行き、臍下で指先を揃えて深々と綺麗なお辞儀をした。

そこで拍手が爆発し『美波ーっ!!』『ンミナミィーーッ!!』『ありがとーー!!!」という呼びかけの声がしばらく止まらなかった。

 

完全に客席が静かになり、佐久間まゆ以外のアイドル達が後ろにはけた後、また会場が暗くなった。

 

「それでは発表いたします。第1位、栄えある初代シンデレラガールは……得票率34%で佐久間まゆ嬢!」

 

会場が完全に明るくなり、呆然とする佐久間まゆをカメラのフラッシュとこの日1番の会場からの拍手が迎えた。

佐久間まゆの背中を他の4人が押し、ステージの前まで歩かせる。

タキシードを着た総合プロデューサーが出ていき、佐久間まゆの頭にティアラを飾った。

佐久間さんが慌ててお辞儀をすると頭からティアラが転げ落ち、それを総合プロデューサーが慌ててキャッチ、会場が爆笑に包まれた。

結局ティアラは総合プロデューサーが持って帰ってきた、マジモンのジュエリーで高いからな、後で落ち着いたらつけさせよう。

 

何やら佐久間さんがしどろもどろにスピーチをしていたようだが、俺は総合プロデューサーと段取りの話をしていて聞き損ねた。

 

舞台上は順調に進行し、シンデレラガールによる歌の時間となったようだ。

 

 

「それでは歌って頂きましょう、佐久間まゆ嬢で『魔法を信じるかい?』です」

 

 

元の世界のアメリカのバンドの古い曲だ。

簡単な英語の歌いやすい歌だが、佐久間さんは初めて触れる英語に四苦八苦していたな。

トレーナーさん達やゴールデン・サークルの皆に教わり、涙目になりながら発音の練習をしていたのを覚えている。

今じゃ堂々としたもんだ、子供の成長ってのは早すぎて面食らうよ。

 

 

「これまでずっと日本語でやってきて、いきなり英語?」という感じで会場は困惑していたが、佐久間さんの歌う映像が翌日のBBCで流れて世界中にその存在が知られたらしい。

 

Y○UTUBEに投稿されたテレビ映像の再生数もモリモリ回り、KTR人気の健在っぷりを示している……らしい、企画通すために名前使ったのは俺だけどあんまり考えたくない。

 

CD発売が決定した高木社長はホクホク顔で『うちも女性アイドル部門を設立するよ』とか言ってたが、ちょっと動きが遅い。

961と美城からは夏フェスの直後ぐらいに女性アイドル部門設立のお知らせが来ていたぞ、ここらへんの動きの早さが一流の一流たる所以なのかもな。

 

そんな美城の女性アイドル部門担当プロデューサーにされた武内君は、結果発表の後でティアラをつけた佐久間さんを囲んで皆で写真を撮るアイドルマスターチームを見て何かを考え込んでいた。

俺は彼の肩をポンポン叩きながら「これが歌の力、アイドルの力、そして笑顔の力だよ」なんてウザ絡みしていたが。

 

武内君は「笑顔の力……パワー・オブ・スマイル……ですか」とか真顔で言い出して返しに困った。

 

一緒にキャバクラ行ったときの三分の一ぐらいでもいいから仕事でもふざけてくれたらいいのに、仕事ではとことん真面目だからな。

そこも彼の魅力か、俺はこれからもどんどん彼を頼ろうと決意を新たにしたのであった。




巻け = 急げ
MUGO・ん…色っぽい = 88年発表の工藤静香の歌
銀色の服 = マーキュリー計画の宇宙服
片目に眼帯をつけた海賊 = 宇宙海賊キャプテンハーロック
耳を尖らせて道着 = マスター・ヨーダ
チェキ = 独自規格の写真が撮れる富士通のインスタントカメラの事であるが、アイドルやバンド文化の中ではそれでアーティストを撮影したものをグッズとして販売する事もある
魔法を信じるかい? = ニューヨークのバンドThe Lovin' SpoonfulのDo You Believe In Magic


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周囲の反応5 「李衣菜のロック・スタディ」

昨日宮城ライブのLV行ってきました、僕も現地でウェーブしたかった


多田李衣菜(12)

 

去年発売されたKTRのNot Enoughっていう凄いCDがある。

私は普段音楽とか聞かないんだけど、パパのAMGに乗ってるときラジオで流れてきた曲が凄く好きになった。

パパにお願いしたら、マランツだかツマランだかっていうCDプレイヤーごと買ってくれた。

 

毎日毎日そのCDを聴いてると、パパが「これもかっこいいよ」ってディランって人のCDを貸してくれたけど全然だめ。

 

「パパのCDは遅いし、このジャーッジャーッ!って音が入ってないから駄目」

「そうかぁ……でも李衣菜はエレキギターが好きなんだな」

 

パパは次の日「李衣菜、お土産」って言ってエレキギターを買ってきてくれた。

私は嬉しくなってパパに抱きついちゃったけど、手で押さえるところにドラゴンの絵が描いてあってちょっとダサい。

正直パパはロックのセンスがないと思う。

ほんとはリッケンバッカーとかフェンダーが良かったんだけど……

私は初心者だし、とりあえずこのポールリードとかってギターでいっぱい練習しようと思う。

でも練習っていってもピアノのお稽古と違って、エレキギターを教えてくれる先生なんていないし、周りにギターをやっている人もいない。

途方に暮れてたら、ママに「CDの歌手の人に『どうやってギターを練習しましたか?』って聞いてみたらどうかしら」って言われたからお手紙を書いた。

どこに送ったらいいかわからなかったからパパに相談したら「渡しておくよ」って言ってくれて安心した。

パパは頼りになるなぁ。

 

 

 

1週間ぐらいして、パパが返事のお手紙とCDを持って帰ってきてくれた。

手紙には女の人っぽい綺麗な字で「一緒に送ったCDのギターをよく聴いて、一音一音真似して弾いてごらん。CDと同じように弾けるまで頑張るんだ、CDが一番の先生だよ。頑張ってね」と書いてあった。

CDは物凄く速くて、ボーカルの人はだみ声で、ギターの音はシャリシャリいうぐらい前に出てて聴きやすかった。

私は学校から帰ったら毎日CDの真似をしてギターを弾くようになった。

 

3ヶ月ぐらい練習して、もう真似する所がなくなっちゃったってパパに言ったら「録音して先生に聞いてもらおうか」ってカウンタックでスタジオって所まで連れて行ってくれた。

でっかい音でギターが弾けて気持ちよかったな〜。

 

 

 

1週間ぐらいして、またKTRさんからお手紙が届いた。

 

「ギターがとても上手になりましたね。ギターが弾けるならベースも弾けるはず、ギターと同じようにロックにチャレンジしてみましょう」

 

今度のCDはラッパとかシンセサイザーとかが入ってたけど、ベースが凄く複雑で大人のロックって感じだった。

ママが「あらあら、名前が天気予報(ウェザー・リポート)だなんて可愛いわね」って言ってたけど、天気予報もロックなのかな?

パパがケンさんだかスミスさんだかって人から、エレキベースを買ってきてくれた。

重たいよ〜って言うと「ベースは重い方が音がいい事もあるんだよ」だって、ほんとかな?

 

 

 

3ヶ月ぐらい練習して「もう全部弾けるようになっちゃった」って言ったら、パパがコブラでこの前のスタジオに連れて行ってくれた。

スタジオのおじさんがベースを聴いて「中1とは思えない!!」ってびっくりしてた、人にびっくりされるのは楽しいな。

ジャコが好きなの?って聞かれたから「よくわかんない、このCDしか知らない」って言ったら、ダイヤが石とかなんとか言ってた。

大人の言うことは難しくてわかんないよ。

 

 

 

1週間ぐらいして、またまたKTRさんからお手紙が届いた。

 

「上達ぶりに大変驚いています、この分だと李衣菜さんがロックを体得する日も近そうですね。ギターとベースが弾けてドラムが叩けないのでは納まりが悪い、今度はドラムに挑戦してみましょう。ドラムはフレーズを覚えるのよりも同じ速さで叩けるようになるのが大切ですよ。ところでこの間から話題になっている大覇道というゲームはやりましたか?とても面白いですよ」

 

そういえばドラムの事ってあんまり意識したことがなかったかも。

パパがスーパーナチュラルっていうスピーカーから音が出るドラムを買ってきてくれたから、しばらく練習してみようと思う。

ゲームはクラスの男子が騒いでたやつかな?あんまり興味ないや。

 

 

 

3ヶ月ぐらい練習してたら、疲れて叩けなくなるまで叩いてもメトロノームの音とズレることがなくなってきた。

ドラムって覚えるフレーズが少ないから楽だな。

パパが毎日大喜びで分厚いギターを持ってきて、私のドラムに合わせて弾いて歌ってたから、先生にはそれを録音して送った。

パパは「プロの人に聴かれちゃうなんて恥ずかしいな」って照れてたけど、絶対嬉しいんだよ。

 

 

 

1週間ぐらいして、またKTRさんからお手紙が届いた。

 

「驚くほど正確なリズムで叩けるようになりましたね。スネアの粒も揃っていて大変丁寧なドラミングで感心しました。ところでギターと歌の人はプロの人かな?大変味わい深くていいですね、たいへんあじわいぶかくていいです。大事なことなので二回言いました、そのひとにとてもよかったとつたえてください。さて、ギターとベースとドラムを習得した李衣菜さんが次に挑戦してみるべきことはボーカルです。ロックといえば歌、歌が上手ければカラオケでも活躍間違いなしです。先生を紹介しますから、親御さんと相談してみてください」

 

次の日は土曜日だったから、さっそくパパがGT-Rで先生の所まで連れて行ってくれた。

先生は木場さんっていう21歳のかっこいいお姉さんで、最近までデトロイトでスタジオミュージシャンっていうのをしてたんだって。

 

木場さんと一緒に走り込みやストレッチをして、ボイストレーニングのやり方や細かいテクニックを教わった。

木場さんが練習の合間に踊りながら歌うのがカッコいいから、私もステップを真似してたら上手だねって驚かれちゃった。

色んなポップスを一緒に歌ったんだけど、3ヶ月ぐらい練習したら「これ以上やるなら真剣に声楽を学んだ方がいい」って言われて一旦レッスンは終わりになった。

 

今度はKTRさんのCDを私の演奏だけで録音して送った。

パパにも「コーラスとアコギはパパに任せなさい」って言われて。

ほんとはパパは下手だから嫌だったんだけど、大人になって許してあげた。

私ももう中学生なんだしね。

 

 

 

1週間ぐらいして、KTRさんからお手紙が来た。

 

「どうやらロックの技術を体得したようですね。演奏、とてもお上手でした。特にボーカルとコーラスはあじがあってよかったです。しかし、ロックとは時代と共に常に変化するもの。今世界で一番熱いロックとは……そう、何を隠そうアイドルです。今も李衣菜さんと同年代の女の子達が、次のロッククイーンになるために凌ぎを削って練習しています。よろしければ私が書いた紹介状を添付しましたので、親御さんとご相談の上で一度見学だけにでも行ってみてください」

 

アイドルかぁ、このあいだニュースでやってた奴だよね。

赤いドレスを着た私と同い年ぐらいの女の子が、スポットライトに照らされてKTRさんの曲を歌ってたのを覚えてる。

あんな風にキラキラするのが今のロックかぁ……

今までずっと1人でやってきたし、誰かと一緒にやってみるのって凄く楽しそう。

パパに話してみようっと。




AMG = メルセデス・ベンツのスポーツ系サブブランド
マランツ = アメリカのオーディオメーカー
ディラン = ボブ・ディラン、フォークの神様
ポールリード = ポール・リード・スミス、ギターメーカ、ドラゴンは限定生産
カウンタック = ランボルギーニ・カウンタック、スーパーカー
ケンさんだかスミスさんだか = ケン・スミス、エレクトリックベースのハイブランド
コブラ = シェルビー・コブラ、クラシックスポーツカー
ジャコ = ジャコ・パストリアス、ベーシスト
スーパーナチュラル = ローランドのVドラムに採用されている音源
GT-R = 日産のクーペ


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第10話 映画版アイドルマスター

これからはできるだけ一話あたり五千文字程度に割っていこうと思っています。読みにくいんで改行いじってみました、


熱狂の中にあった2012年の夏は過ぎ去り、これまた予定で山盛りの秋がやってきた。

 

アイドルマスターチームが様々な新曲を用意して挑んだ2日間のライブイベントは、もう大盛況超満員のアホみたいな規模で盛り上がった。

 

大覇道の人気キャラクター達の声優さんたちも駆けつけ、楽しく歌や掛け合いを披露してくれた。

 

非難轟々のプロジェクト会議の動画まで盛り込まれた、アイドルマスターのドキュメンタリー映画の予告編の公開も間に合った。

 

そちらも各所から大変な反響があったそうだ。

 

ちなみに各種動画は、千川さんが普段の俺を隠し撮りしていたものが提供されたらしい。

 

なんでそんなもん撮ってんだよ……

 

 

 

 

 

ライブの後すぐに第二弾メンバーの選考が始まった。

 

前回は待てども待てども全く応募が来なかったから、今回は早め早めに予定を立てたのである。

 

後に俺は逆の意味でこの時の選択に感謝する事になる、通常業務に支障をきたすレベルで応募が来たためだ。

 

アイドルを目指す女の子達には学生も多いため、俺達は日本各地をアイドル発掘のために回ることになった。

 

勿論、美城、961、765、その他の事務所も巻き込み、この先毎年続くことになる長い長い旅(キャラバン)が始まったのだった……

 

 

 

 

 

アイドルマスタープロジェクトのメンバー達が各種メディアで大きく取り上げられたからだろうか。

 

二匹目のドジョウを狙って次々と女性アイドル企画が立ち上がったり、各所でアイドル養成所なるものが乱立しているらしい。

 

企画はまだ何の中身もないふわっとしたものだし、養成所もこれまでにあったダンスやボーカルのスクールが片手間で始めたような所が大半だ。

 

しかし世の中では女性アイドルというものが、女の子が芸能人として立身出世するコースの一つとして完全に認められたようだった。

 

俺をハブにしまくった元同級生から「アイドルになりた〜い♡」なんてメールや「本当は高峯の事が好きだったの〜♡」みたいなジュリエットメールがガンガン届き、電話番号ごとメールアドレスを変える羽目になった。

 

美波が本気で憤慨して、ジモティーネットワークでぶちギレ金剛をかましたらしい。

 

普段お淑やかな女ほどキレた時は怖い、理由なく不機嫌な事がない女は理由があれば容赦がないのだなぁ……

 

 

そんな美波ちゃん(16)と楓ちゃん(22)の事務所の話でまた色々あった。

 

美城、961、765の三事務所から勧誘を受けたのだが、さすがに嫁さんが他所の会社の商品になると俺が困る。

 

そこで急遽別会社扱いで芸能部門を作り、そこの所属にしたのだ。

 

 

 

川島さんと安部菜々は美城に入った、会社の規模が一番でかいかららしい。

 

なんか今ビルもでっかいの作ってるしな。

 

美城さんとこの娘さんは海外支社にしばらく転勤らしい、多分帰ってきたらめちゃくちゃ出世するんだろう。

 

 

 

うちの会社はビルは建てないが会社の近くの銭湯を買った。

 

社員達が通ってた所なんだが、お母さんが病気して税金払えないっていうからうちで買い上げた。

 

福利厚生でもあるが、正直税金対策だ。

 

うちの会社専用にしてしまうとこれまで使っていた人が困るので、そのまま一般客にも利用を開放した。

 

バイトを雇ってもらい、営業時間だけこれまでの昼から夜までから夜から朝までに変えてもらった。

 

銭湯は徒歩三分ほどの近さなのもあって社員からはなかなか好評だ。

 

夜に風呂入って帰るやつ、朝風呂して帰るやつ、朝自転車で来て風呂入ってから仕事する奴など多様なライフスタイルにマッチしたらしい。

 

うちは完全なフレックスタイム制だし、なんなら成果が出てれば労働時間も週40時間を下回っても全く構わない会社だ。

 

しかし大覇道開発初期に長時間労働をさせるため居心地を良くしたせいなのか、ほとんどの社員はあまり家に帰りたがらない。

 

残ってゲームしたり麻雀したり、だべりながらテレビ見て煙草を吸ったり。

 

甚だしい者だと夕方飲みに行って夜帰ってきて朝まで仕事をしていたりする。

 

就業規則に飲酒禁止はないからな。

 

もっとも頭のいい奴らが多いので、規則を厳しくされないように一線は超えないようにしているらしい。

 

危ういバランスだが、個人的には今のところギリギリセーフだ。

 

 

 

 

 

ロシアの友達アナスタシアが親の転勤で北海道に引っ越すことになった。

 

先日12歳になった彼女はますます可憐さを増し、うちの美波を過剰に興奮させていた。

 

「アーニャちゃんに会えなくなるのはほんと寂しいよぉ」

 

『アナスタシアに会えなくなるのが寂しいって』

 

「あー、アーニャも〜ンミナミィ、寂しい」

 

最近はアナスタシアもちょっとづつ日本語を使うようになってきた。

 

学校はインターナショナルスクールに通っているらしいけど、そりゃ子供なら住んでる土地の言葉をどんどん覚えるわな。

 

「でも、また会える、ンミナミィがテレビいるので」

 

「ありがとうアーニャちゃん、またいつでも東京に来てね」

 

美波はこの間の第二回結果発表イベントにアナスタシアを招待した。

 

「美波凄く綺麗、アーニャも応援する」って言われて顔ふにゃふにゃにして喜んでたけど、親の転勤はしょうがないよな。

 

俺達はアナスタシア一家が飛行機に乗るのをしっかり見送った。

 

「北海道でも美波の活躍が見れるように、頑張ろうな」

 

「……うん」

 

なんて美波の肩を抱いていたら、放っておかれて拗ねた楓に思いっきり肩パンされた。

 

楓とアナスタシアも普通に仲がいいが、美波がアナスタシアを好きすぎるのだ。

 

 

 

楓といえば、この間楓の実家の寿司屋に行ったら店の奥に楓の絵入りのでっかい応援旗が飾ってあった。

 

親父さんは第一弾のCDから買いまくって客に配っていたらしい。

 

俺がアイドルマスターチーム全員のサインを持ってったら大喜びで一番目立つ所に飾ってくれた、楓効果で連日大入り満員らしいしな。

 

ただ楓は恥ずかしいらしくて、絶対に店の方に顔を出さなくなった。

 

俺はたまに楓に会いに行くついでに親父さんの手伝いで寿司を握るんだが。

 

楓もこれまではカウンターに座って大関飲みながら寿司食ってたのに、今は奥に引っ込んでお母さんと俺の寿司食いながらテレビ見てるからな。

 

俺は常連さんに「ゲーム屋の大将!」とか「アイドルの旦那!」とかからかわれながら寿司握ってるだけなのでなかなか寂しい。

 

最近楓もお母さんに料理を教わっているらしいが、駄目だしされたくないなんて言って全く食べさせてもらえない。

 

完璧超人な美波も唯一の苦手な物が料理だし、俺が嫁さんの手料理で晩酌できる日はまだまだ遠そうだ。

 

 

 

 

 

気分のいい秋はあっという間に過ぎ去り、襟をきゅっと寄せる冬が来た。

 

きらりでは謎の企画、ちゃんこ鍋喫茶が始まった。

 

メニューは普通の喫茶店なのだが、問答無用で絶対一席に一鍋つくのだ。

 

この日ばかりはお一人様のご利用が不可になり、店の外では一人客同士が「一緒に鍋食べませんか」と即席パーティーを作る様子が散見された。

 

ちゃんこ鍋は大絶賛だったが、回転率が悪すぎてこの企画は一日で終了した。

 

くそ寒い中何時間も待たされた最後尾近辺の客達は百円ライターの火に寄り集まり、温かいカレーの夢を見たのだった。

 

また一つきらりに幻の企画ができてしまった。

 

 

 

別の日にはニート本田の実の妹が店にやってきた。

 

たまに食べに来ていたらしいが、たまたまこれまで会わなかったのだ。

 

ショートカットの可愛らしい明るい女の子で。

 

「あたしなんかアイドルにどうよ?」とまだピカピカの冬の制服姿で俺にまとわりつくのを丁重にお断りし、手作りのいちごパンナコッタを食べさせた。

 

「あま〜」とニコニコ笑顔で言う彼女はなかなか爽やかでいい感じだと思うが、正直俺に人を見る目はないから何も決められない。

 

「オーディションやるから良かったら応募してね」と言うと。

 

ニート本田が「こいつ……甘えたなんで、アイドルなんか無理す」と妹さんの髪の毛をわしゃわしゃかき混ぜていた。

 

「やめろー!デブ!」と兄の腹を叩く妹さんに、休み時間のきらりがちょっとほっこりしたのだった。

 

 

 

ようやく出た冬のボーナスで大枚はたいて買った俺のピナレロのロードバイク。

 

フレーム重量は900gを切っている、カーボン製のスリムなかわい子ちゃんだ。

 

店から乗って帰り用意していたバイクタワーに仕舞うと、学校帰りのきらりがキラキラした目でバイクを見ていた。

 

「うっきゃー!なにこれなにこれ?超かっこいいにぃ」

 

「これはな、70万の自転車なのだよ」

 

「にょっわーっ!きらりのお小遣いの35倍、とーってもお高いにぃ☆」

 

「そうだろうそうだろう、考えられないぐらい軽いんだぞ」

 

「ほんとだにぃ、かっるーい☆」

 

いつの間にかきらりは小指一本でピナレロを持ち上げていた。

 

「き、きらり、バイクを戻しなさい!」

 

「え〜?兄ちゃん、きらり乗ってみちゃだめかな〜?」

 

「だ、だめだめ!な!70万だから!今日納車だから!兄ちゃんまだサイクルジャージに袖も通してないから」

 

「にょわ……ぜーったいこわさないから☆だめ?」

 

「…………」

 

上目遣いで見つめられた俺に、断る選択肢はなかった。

 

俺はきらりに新車のピナレロを明け渡し、椅子の高さを調整してやった。

 

といってもきらりは14歳ですでに170cmある、俺と身長自体は5センチほどしか変わらないのだ。

 

違うのは足の長さだ、俺は兄妹間のスタイルの違いを理不尽に感じながらシートを少しだけ高くした。

 

「兄ちゃんありがとにぃ」

 

きらりは軽やかに地面を蹴り、クランクを一回転させた。

 

一番軽いギアにしてあるにも関わらず、俺のピナレロはまるで空を飛ぶように軽快に前に飛び出す。

 

「うっきゃー!すっごーい☆かるーい」

 

きらりは無邪気な笑顔で家の前の道路をくるくる回り「ちょっと踏んでみるにぃ」と言った。

 

やばい!!

 

俺が止める間もなく『パァン!!』と物凄い破裂音がして。

 

まるでイリュージョンのように、俺のピナレロが、俺の70万が、俺の900gが、真っ黒い粉になって、サラサラと風に吹かれて寒空へと消えていった。

 

「ごめーん……」

 

とさすがにバツが悪そうなきらりに、半泣きで「け、怪我なかったか……」と答えながら、試合に負けた高校球児のように地面の粉をかき集める俺だった。

 

 

 

 

 

 

その後も社内でサバイバルゲームをやりだしたうちの会社の馬鹿どもをとうとう減給3ヶ月に処したり。

 

深夜の銭湯で壁をプロジェクターにして入浴映画会をやったりしていて。

 

気がつけば年末、映画の試写会の日がきていた。

 

俺は映画には全くタッチしていなかったが、何やら総合プロデューサーと広報が忙しく走り回っていたのは知っている。

 

 

 

「新進気鋭の凄い監督に編集をお願いしましたから、期待しててくださいよ」

 

鼻息荒く先頭を歩く総合プロデューサーに続いて劇場に入り、長々としたアイドル達の挨拶を聞いてようやく映画が始まった。

 

 

『最初は誰もが反対した』

 

なんてテロップがつけられた俺の映像が流れる、音楽を聞きながらパソコンを弄っているシーンだ。

 

明らかにマウスの動きがゲームのそれだ、シヴィ○イゼーションをやっているに違いない。

 

 

『こんな企画、絶対駄目だよ。この会社も終わりだね』

 

そう語る男性、モザイクが入って声が変わっているが総合プロデューサーなのが丸分かりだ。

 

ていうか今年の6月は異常に暑くて社内みんな半袖だったのに、普通にダウン着てるじゃん。

 

このシーン絶対最近撮った新録だよ。

 

 

『正直駄目だと思います、でも社長も中卒だしバカなのもしょうがないのかな』

 

と女性社員が語る。

 

これ千川さんじゃん、普通にマフラーつけてるし息が白いぞ、これも新録だろ。

 

 

『まぁアレだけど金払いはいいっていうか、最低そんぐらいは魅力がないと誰もついていきませんよね』

 

と作業着の男性が語る。

 

こいつ自販機のベンダーじゃん、服に思いっきりダイドー○リンコって書いてあるぞ。

 

新録の捏造素材しかないじゃねーか!

 

何がドキュメンタリーだ!!

 

 

 

映画は終始そんな調子で進み、結果的に「撮れ高は十分にあります」と言った総合プロデューサーの言葉は完全に嘘だったことになる。

 

それでもアイドルマスタープロジェクトの顔合わせや、アイドル達が四苦八苦しながら曲の練習をするところ、あとは城ヶ崎美嘉が物凄く無邪気にアニメのものまねをする場面などでは映画館に歓声や笑いが溢れた。

 

初お披露目の夏フェスからラストの佐久間さんの『魔法を信じるかい?』までは密度も疾走感もなかなかのもので、なんだかんだ感動してしまった。

 

俺も前半では馬鹿にされてたけど、中盤では「もしかしたら凄いのかも」みたいにフォローされてたしまぁいいか。

 

 

 

後日映画を見た姉から「あなた会社でもいじめられてるんじゃないの?」と心底心配された。

 

俺もなんか、ちょっといたたまれない気持ちになったよ。




ピナレロ = 自転車メーカー


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周囲の反応6 「がんばれたくみん きらきら道中 〜アタシがアイドルになった理由〜」

向井拓海 (15) 学生

 

毎年恒例の、世間では初日の出暴走なんて言われてる走りに先輩のFX(エフペケ)の尻に乗って参加した。

 

都内に入るまでは最高だったんだけど、いきなり名前も知らねぇ族がうちのチームの横っ腹に突っ込んできて戦争になった。

 

アタシは木刀でFX(エフペケ)から叩き落されて三人からタコ殴りにされちまった、ポリが来なかったら死んでたぜ。

 

咄嗟に植え込みの影に隠れてやり過ごしたんだが、動けるようになるまでに二、三時間かかった。

 

財布もパクられてたから必死で歩いて、途中で雪が降ってきやがって小汚ぇ銭湯の前でとうとう動けなくなってへたりこんだ。

 

体中痛ぇし、腹も減ったし、何より寒くてたまんねぇ。

 

人通りもないし、もしかしたら今年の初日の出は拝めねぇんじゃないかと思ってたら、銭湯の中からあの人が現れた。

 

 

 

最初はどうもぼーっとした顔の男だと思ったけど、今思えばあれが真に優しくて強い男の顔ってもんなんだろうな。

 

とにかくあの人が出てきて「族の姉ちゃん、冷えるから風呂入ってけ」ってアタシを銭湯に引きずり込んだ。

 

そのまま三つ編みの女に服脱がされて風呂に入れられた。

 

芯まで冷えてた体がだんだんじわ~っと暖かくなってきて、アタシはそのまま湯船で爆睡しちまったんだ。

 

 

 

しばらくしたらい〜い匂いで目が覚めて、ちょっと逆上せたまま服着て男湯の方に行った。

 

そこではあの人が目にも留まらぬ速さで餅ついてて、眩しい笑顔で「食うか?」って。

 

今思い出してもあの速さと力強さは尋常じゃなかった。

 

まさに男の中の男、漢のついた力餅だ。

 

七輪で焼いたそれを海苔で巻いて醤油つけて口に頬張ると、体の奥から力がどんどん湧いてくる。

 

米は甘くて、ほろっと優しい味がした。

 

何個食っても全然足りねぇ。

 

きな粉で食ったり砂糖醤油で食ったり、出て来る先から食ってたんだけど、なくなるたびに一瞬で餅が突き上がっていく。

 

あのヒョロッとした体のどこにそんな力があるのか、突いても突いても全く疲れた素振りを見せないあの漢らしい背中にあたしは一瞬でやられちまったのさ。

 

あたしがでっかい口開けてその様を見てると「食うか?」って今度は蒸し器からでっかい肉まんを差し出した。

 

もう手作りのそれの美味いのなんのって。

 

普段カップ麺とかファミレスの飯しか食ってないアタシには暖かくって嬉しくって、不覚にも涙がポロポロ溢れてきちまった。

 

その時銭湯の入り口から初詣帰りらしき和服の人達が入ってきて「社長がヤンキーを餌付けして泣かせてる!!」って大騒ぎになった。

 

アタシはこの人が社長だって言葉だけ聞きつけて、泣きながら「アタシを雇ってください!何でもやります!」って頭下げて直談判した。

 

この暖かくて大きな背中の人に一生ついて行きたい、そう思ったんだ。

 

そしたら社長は困った顔して「リ○ナビから応募して頂ければ……」って言って、まわりの社員たちから「冷てえ!」とか「さすがコミュ障!」とかからかわれてた。

 

その時はすげなく断られてショックだったけど、よく考えりゃあ当たり前の事だ。

 

あんな素晴らしい社長ならついて行きたいって人間は百や二百じゃきかねぇだろう。

 

あたしだけ横道からそいつらを出し抜いて社長の下についたんじゃあ道理が通らねぇ、女が廃るってもんだ。

 

 

 

 

 

アタシは正月が開けてすぐに、三年の秋ごろからずっと行ってなかった学校に行って、先生に頭下げてリク○ビってやつを教えてもらった。

 

先生も「あの向井がなぁ……」って嬉しそうだったけど、会社名を聞いた途端無口になった。

 

「お前、それ本気で言ってるのか?あたしをからかってるんじゃないんだよな」

 

なんて言うから、アタシはあの元旦の熱い社長の話をしたんだ。

 

そしたら先生は真剣な顔になった。

 

「向井、サギゲームスってのは今日本で一番勢いのあるゲーム会社だぞ。お前ゲームはするのか?」

 

「しねぇ」

 

「そうか。クラスの奴にでもいい、友達にでもいい、その会社の事を聞いてみろ。きっと知ってるはずだ」

 

そう言ったあと、先生はアタシに「その会社に入るなら、できればこの高校には入れんといかんぞ」ってパンフレットをくれた。

 

地区でも有名なガリ勉校で、アタシの頭じゃ逆立ちしたって無理なとこだ。

 

先生だってわかってるはずなのに「あたしは勉強ならいくらでも教えてやる」って言ってくれた。

 

「こんな事で諦めるようじゃ女が廃るってもんだ!族も今日限りで辞めだ!死ぬほど勉強してやるよ!!」

 

アタシの言葉に「そうか」って笑う先生に山みてぇな量の問題プリントを渡されて、家まで二往復して運んだ。

 

 

 

久しぶりに会ったクラスの奴らにビビられながら話を聞いたら、あの社長の作った『大覇道』ってゲームはクラスのほぼ全員がやってるらしい。

 

元のチームの仲間にも聞いたら「何回も誘ったのに、アタシはいいとか言ってたじゃん」と苦笑された。

 

仕方ねぇ、ゲームなんか興味なかったからな。

 

アタシの携帯は古いパカパカだからできねぇし、何より今は勉強だ!ゲームやってる場合じゃねぇ。

 

 

 

先生に貰ったプリントをわかんねぇとこ飛ばしながらやったら、半分以上わかんねぇとこだった。

 

それでも2日貫徹でやりきってわかんねぇとこを聞きに行ったら、先生に「帰って寝ろ」って言われた。

 

1日寝て聞きに行ったら「あたしは新婚なんだぞ」って愚痴りながら夜遅くまで教えてくれた。

 

一人でつっぱって生きてる気になってたけど、結局アタシは色んな人に支えてもらわなきゃ何にもできねぇんだなぁ……

 

 

 

 

 

それからは毎日毎日渡されたプリントをやり続けた。

 

先生は「学校に来い」なんて言わなかった、「どうせ無理」とも「意味ない」とも言わなかった。

 

ただわかんねぇところを何時間も何時間もわかるまで教えてくれた。

 

先生にだってやりてぇ事もあんだろうに、これがあたしの仕事だからって毎日毎日付き合ってくれて高校の相談にも乗ってくれた。

 

大人ってのにはこういう人もいるんだなと、さすがに狭すぎた自分の了見を恥じたぜ。

 

ずっと話してなかった親にも「高校行きてぇ」って話して、勉強し始めたことを伝えた。

 

あんなに冷たいと思ってた親も「お前がやる気なら、気が済むまでやりなさい」って応援してくれて。

 

今までのすれ違いも、全部あたしの一人相撲だったのかもしれないって気持ちになった。

 

話してみなきゃわかんない事ばっかりだ。

 

 

 

 

 

ニ月半ばになって、ようやく三年生になってから行ってなかった分の勉強が終わった。

 

仲間からすすめられた頭がシャキッとする青汁飲んで、毎日毎日朝から晩までプリントやって、わかんねぇとこが溜まったら先生に聞きに行く。

 

これまでの人生でこんなに勉強した事ってなかった。

 

先輩のFX(エフペケ)の尻から後ろ走ってくるゼファーにライダーキックかまして骨折した時より全然しんどいぜ。

 

先生には「ここから赤本をやって弱点を洗い出していく」って言われて、帰りに本屋で赤本ってやつを買った。

 

全然わかんねぇ、書いてある事の半分ぐらいしか理解できねぇ。

 

アタシは朝が来るまで赤本とタイマンはりつづけた。

 

 

 

 

 

親に受けてみなさいって言われた私立の入試もニ校ばかり受けた。

 

どっちも偏差値的には志望校より全然下だけど、前のアタシからしたらめちゃくちゃ頭のいい高校だ。

 

マークシート式のテストは初めてだったけど、三回見直したから落ちてても悔いはねぇ!

 

でも受かってたらいいけどな……

 

 

 

面接では族やってた事も、社長に惚れ込んでサギゲームスに入りたくて勉強し始めた事も全部ぶっちゃけた。

 

親不孝な事はしてきたかもしれねぇが、それを隠して手に入る物はいらねぇ!

 

アタシは直線番長だ!

 

何回転んでも、立ち上がってアクセル全開でぶっ飛ばしていくぜ!

 

 

 

結果的に、奇跡的に一校に受かってた。

 

伝統ある女子校で、うちの母親の出身校でもある。

 

後でわかった事だけど、この年は奇跡的に少しだけ定員割れだったらしい。

 

父さんと母さんは寿司を取ってお祝いしてくれた。

 

母さんは古い制服持ち出してきて「あなた入るかしら」ってアタシに着せようとしてきたけど、全然ダメだ、さすがに胸がきつすぎる。

 

親戚からも「良かったねぇ」って電話が沢山きた、今までほんとに心配かけてたんだなぁ。

 

 

 

学校に報告に行ったら、先生には「あんたこりゃマークシートの神が降りたね」と言われた。

 

先生はちょっとだけ泣いてた。

 

アタシも泣きそうだったけど、まだ本番の本命が終わってねぇ!!

涙はそれまでお預けだ、フルスロットルでいくぜ!

 

 

 

落ちた。

 

先生が苦笑しながら「そりゃお前内申点ないんだもの」と言って、初めて内申点というものを知った。

 

めちゃくちゃ悔しかったけど、社長に報告に行ったら「良かったじゃん」って手作りのオムライス食べさせてもらえた。

 

うおおおおー!!

 

社長ー!!

 

大学出て就職するまで待っててくださいねー!!

 

 

 

 

 

高校の古めかしいセーラー服に足首までの長いスカートなんて制服にもようやく慣れ、アタシはいつも居座っているドトールで勉強していた。

 

先生にも「早慶行きたいならこのまま三年まで毎日二時間勉強続けな!」って言われたしな。

 

「ここ、よろしいですか?」

 

それと社長に言われたプログラミングってのを覚えなきゃなんねぇ、大学出ただけで入れる会社じゃないって父さんも言ってたしな。

 

「少し、お話よろしいでしょうか?」

 

やる事がありすぎて時間が足りねぇ、族やってた頃はあんなに暇だったのによ。

 

「あの、すみません」

 

「ああっ!?」

 

気づいたら、同じテーブルにすげぇ迫力ある顔の男が座ってた。

 

「少しお話よろしいでしょうか?」

 

「見てわかんねぇのか?忙しいんだよ」

 

「アイドルに興味はありませんか?」

 

「なんだそりゃ!ねぇよ!」

 

アイドルってなんだ?

 

新興宗教か?

 

「そこらへんに女いっぱいいんだろ、相手してもらってこいよ」

 

「いえ、あなたにお願いしたいのです」

 

「は?なんで?」

 

「笑顔です」

 

「お前ラリってんの?」

 

想像以上にやべぇやつだった。

 

これはさすがにポリの世話になるしかねぇな。

 

あたしが入学祝いに買ってもらったスマホを取り出すと、さすがに男も慌て始めた。

 

「本当に怪しいものではないんです」

 

「あーあー、もういいから」

 

「その、サギゲームスのアイドルマスターという企画なんですが……」

 

「やるっ!!!」

 

 

 

あたしはアイドルになった。



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第11話 アイドル達の活躍

6/9 19:15
2000文字ほど追記して色々編集し直しました。


怒涛の2012年もようやく終わり、2013年がやってきた。

 

 

 

俺は元旦から会社近くの銭湯で餅つきだ。

 

家でつくと妹のきらりが張り切って臼を壊すし、狭い飯屋きらりでやるにはスペースが足りない。

 

ゲーム会社の方は今まさに正月イベントでフル回転だ、さすがに邪魔だろ。

 

俺が餅をつくとチートの関係で一瞬でつき終わるので、実家の分もきらりの分も、社員の分もどんどんついていく。

 

昨日家で婆ちゃんの出ている紅白を見ながら仕込んだ肉まんも、千川さんに任せて蒸して貰っている。

 

夜中にコーヒー買いに出たら初日の出暴走で転んだらしい暴走族の姉ちゃんがいたから風呂にいれてやった、正月から風邪ひくといかんからな。

 

正月休みはないけど正月気分で仕事したいっていう気合いの入った和装をした社員達や、出勤前に初詣に行ってきた社員達が朝飯を食いに続々集まってくる。

 

「こういう時は普通ケチらずおせちだよな」

 

とか文句垂れながらも食べる手は止まらない。

 

餅も肉まんも好評でどんどんなくなっていく。

 

だいたい皆集まったかなってところで、煮込んどいた雑煮に餅を入れて締めにした。

 

雑煮は東京風のすまし汁だが、雑煮は地域によって全く形が違うから気に入らないやつ用に汁粉も作っておいた。

 

結局みんな両方食べてたから、わざわざ気使った意味もなかったけどな。

 

プロボックスに積めるだけ持ち込んだ餅米は最終的に全部餅に変わり、社員やその家族の腹に収まった。

 

社員の親から「大変美味しいお餅を頂きましてありがとうございました」って丁寧なお礼状が届いたのには驚いたが、これだけ大好評ならこれから毎年やる事になりそうだな。

 

あと、「お年玉くれー!」と一部の社員に言われたが、お前らがよこせよ!16の俺に!

 

 

 

正月の昼からはきらりの社員達がそれぞれ顔を出した。

 

女三人組は振り袖でやってきた。

 

和久井女史は「あれがサギゲームス本社ね……」と会社の方を拝みながらサプチケ付きお正月スペシャルガチャ(三千円)を回し。

 

三船嬢は暖色の振り袖なのにまるで未亡人みたいな雰囲気で、俺に聞いた雑煮の作り方をメモっていた。

 

佐藤は和装なのになぜか頭がツインテールで。

 

「どうよオーナー?」とくるりと回って聞くのに曖昧な笑みを返すことしかできなかった。

 

安部菜々曰く最近の佐藤はアイドルに興味津々らしい。

 

先に言うが、俺に人事権はないぞ!

 

 

 

最近入ったバイトの原田美世は競技用マフラー付きのザクホース(ZXR250)で爆音を撒き散らしながらやってきた。

 

もっと早く来たら族の姉ちゃんがいて色々喋れたのにな。

 

こいつは和装じゃなくてシンプソンのジャケットだ、メットのせいで髪も変な癖がついている。

 

女子力はゼロだが不思議と愛嬌がある、こいつもアイドルをやったら意外といい線いくんじゃないだろうか……

 

いや、いかんな、最近美人を見ると全員アイドル候補に見える。

 

そういうのは武内くんに任せておこう。

 

原田はお年玉と餅をあげると「やったー!スプロケ買って帰ります!」と大喜びで走り去っていった。

 

 

 

ヒモは冬なのにクロックスのサンダルをはいて嫁さん連れで来た。

 

「今日もしかして寒い?」と震えながら言うヒモの脇を小突く奥さんは重装備だ。

 

「実は奥さんが妊娠してね、僕もパパになることになったよ」

 

「実は今二ヶ月で……」

 

とはにかむ奥さんに銭湯中から祝福の言葉が投げかけられた。

 

俺は「お身体に気をつけてくださいね」と言いながらヒモが持てるだけ餅を持たせた。

 

そうか、あいつが親父かぁ……

 

 

 

ニート本田は妹と嫁さん連れでやってきた。

 

嫁さんはちょっと小柄な可愛い感じの人だ、元々飯屋きらりの客だったそうな。

 

「あけましておめでとうございます……」

 

「おめでとー!しゃちょー!お年玉ちょーだい!」

 

妹がコロコロ笑いながら言うのを、本田がちょっと焦った様子でたしなめている。

 

俺が「来るかもな〜」と思って用意してあったぽち袋を渡すと。

 

「やったー!しゃちょー太っ腹じゃーん!」

 

と大喜びでくるくる回って礼を言った。

 

眩しい笑顔に「アイドルになったらほんとに人気でるかもな〜」と思いつつも、俺はやはり自分の鑑識眼を全く信用できない。

 

やりたい事とやれる事だけをするのが俺流だ。

 

もし彼女がほんとにアイドルをやりたいなら懇意の芸能事務所に任せよう。

 

 

 

ちなみにうちの嫁さん達は営業で三が日どころか一月半ばまで全国やテレビ局を回りまくっていた。

 

アイドルに一家団欒は難しい……

 

 

 

 

 

2月半ばのくそ寒い日の事だ。

 

俺は雪化粧に包まれた山をぼんやり眺めながら、大阪行きの新幹線に揺られていた。

 

婆さんからの指令で、急遽大阪の会合でコックをすることになったのだ。

 

局関係なので断るわけにもいかず、俺はアシスタントとして三船嬢と千川さんを連れてやってきていた。

 

千川さんは呼んでもないのになぜか駅で待っていて、新幹線の切符までしっかり用意していた……怖い。

 

普段ならアシスタントなんか使わず、一人で速攻で料理して速攻で帰るのだが。

 

今日は婆さんから「相手にナメられてるから本気でやんな」と言われているので本気の時の毒見役が必要だったのだ。

 

 

 

朝のうちに会場のホテルに着き、ホテルの人に買ってきてもらっておいた食材をチェックした。

 

なかなかいい食材だ、これは高峯の魔法がよくかかりそうだ。

 

作るのは一応フランス料理のコース。

 

婆さんがシェフに任せろと言ったのに、先方がフレンチのフルコースを指定してきたらしい。

 

わざわざ俺を指名しておいてそういう態度を取るとは……ムカつくからきっちり味で仕返しをしてやろう。

 

クックパッドでフレンチの作り方を調べながらいつものように作っていく、が、今日は本気だ。

 

普段目分量や程々でやっている項目をミリグラム単位で完璧にはかり、素材の水気を必要なだけ吸い取り、熱の入りも秒コンマ単位で調整する。

 

人に任せる部分は一つもない、全部の行程に俺のチートが入っている。

 

出来上がった瞬間から味が落ちるので、食事者達は全員席で待たせてある。

 

「何を作っとるんや!!頼む!食わしてくれ!!!」

 

「金ならいくらでもやる!中に入れろ!入れてくれ!!」

 

「こんな匂い嗅がされて我慢なんかできるか!!いいから入れろ!入れんか!!」

 

厨房の入口には匂いにつられた客達が押し寄せているらしい。

 

警備担当者が必死でドアの前を死守してくれている、勿論警備にも後で残った飯を食わしてやる約束をしたんだがな。

 

連れてきた二人の毒見役はギラついた目で料理を狙う料理人達から料理を守ってくれている。

 

料理人が一番怖いからな。

 

あいつら美味い料理を食ったり作ったりする事には禁じ手なんかないと思ってやがる、盗みギンバイ当たり前の奴らだ。

 

なので俺は味見の終わった料理からさっさと配膳用エレベーターで会場へ運ばせることにした。

 

 

 

まず三船嬢に前菜を味見させる。

 

咀嚼して飲み込んだ後、急に濃い顔になったか思うと「ゥンまあああ〜いっ!」と奇妙な声を上げて体をくねらせた。

 

なるほど、出来は上々だ。

 

俺はあんまり自分の味覚を信用していない、味は他人の反応で測るのだ。

 

次に、千川さんにスープを飲ませた。

 

天井を見上げながら「うまい〜〜っ!!」と声を上げ菩薩のような笑顔で固まる彼女を見て、俺はこれまた成功を確信した。

 

厨房の外の群衆もかなり数が増えてきたようだ、肉を焼きだしたからだな。

 

もはや人としての言葉が聞き取れなくなっていて、「あー」とか「うー」とかいう野太い声と泣いている女子供の声がかすかに聞こえてくる。

 

ほとんどゾンビ映画の立て篭もりシーンだ。

 

ふわふわした様子の三船嬢に白身魚のムニエルを食わす。

 

静かに咀嚼して飲み込み、しばらく腹のあたりを押さえて何かを堪えていたかと思うと。

 

「さかな

 

うま」

 

とひとこと言い、大の字になって白目を剥いてしまった。

 

うーむ、嫁入り前の娘さんに食わしていいものではなかったか……

 

白目を剥いてうわ言を呟く三船嬢の口にレモンピールを練り込んだシャーベットを突っ込むと、一瞬で目を覚まして「らずもね〜うめ〜!!」と毛を逆立たせてスーパー岩手人に変身してしまった。

 

どこからか『ジュワッ!ジュワッ!』という効果音が聞こえてきそうな勢いだ。

 

もう料理人達は完全にドン引きだ。

 

さっきまではなんとか料理を盗もうと俺に鼻息のかかりそうな距離にいたのに、今は完全に壁際に張り付いて恐怖に引きつった顔でこっちを見ている。

 

三船嬢の様子を間近で見ていてビビりまくって腰が引けている千川さんの口に、俺は無理やりシャトーブリアンを突っ込んだ。

 

千川さんは何も言わず、瞳を閉じたまましめやかに失○して失神した。

 

人が○を漏らすのを小学校以来始めて見た。

 

しかし、おかげで成果は上々だ、これで会場のアホどもも美食の極み、食の地獄を見ることになるだろう。

 

俺は千川さんの事を「チヒータァー!!でぇじょうぶか!」と介抱する三船嬢を尻目に次々と料理を送り込んでいった。

 

食事会場では一品ごとに凄まじい絶叫が響き、精神錯乱者や失神者、そして失禁者が続出したらしい。

 

この日以降、俺たち三人は無事そのホテルを出禁になったのだった。

 

 

 

 

 

あっという間に花香る四月が来た。

出会いの季節だ。

 

しかし我が社は今年の新卒採用数たったの一人、千川さんのみだ。

 

元々扱い的には社員と変わらなかったので新鮮味はないが、さすがに今の我が社には新卒採用をしている余裕がない。

 

千川さんには俺から個人的に入社祝い金と飯屋きらりで使える大盛り無料チケット1年分が送られた。

 

社内では千川さんは俺の話し相手兼秘書みたいな扱いになってるらしい。

 

一部の社員は失礼にも俺のカキタレ扱いしているが、そんな事実はない。

 

さすがに身近すぎて手は出せない。

 

日ごろからボディタッチが多かったり、誕生日にネクタイ貰ったりしたけど、社員からの親愛の情だと思っている……思いたい。

 

 

 

アイドル達は順調に世間に浸透し、冠番組もいくつか頂いた。

 

アイドルマスタープロジェクト以外のアイドル達もどんどん出てきていて、これからは戦国時代になりそうだ。

 

それでもセンセーションを巻き起こした10人の人気はこゆるぎもせず『オリジナルテン』と呼ばれているらしい。

 

 

 

世間では内巻きの髪型が大流行してるらしい、佐久間まゆ高垣楓効果だそうだ。

 

佐久間さんはこだわってるのかもしれないけど、楓の髪型は単なる天パだぞ。

 

 

 

佐久間まゆは名実ともに日本で一番有名な14歳になってしまい、とてつもなく忙しい毎日を送っているみたいだ。

 

歌もダンスも一番下手だったのにいきなり人気トップになってしまい、そのギャップに苦しんでいるようだ。

 

休みもなしに練習練習で心配だと有能トレーナー姉妹が言っていた。

 

CDの印税が凄いことになったので、郵便貯金じゃ間に合わなくなって初めて銀行に行ったそうだ。

 

この間ラジオで話しているところをたまたま聞いた、中学生らしいエピソードにほっこりだ。

 

あと時々飯屋きらりの行列に並んでいるところを激写されているらしい、店にサインも飾ってあったしな。

 

 

 

うちの嫁さんの高垣楓はあんまり仕事していない。

 

酒が飲める仕事ならやりたいかもって言っていたのだが。

 

「あんまり俺のいないとこで酒飲まないでくれ」

 

と言ったら顔真っ赤にして照れていた。

 

ということで彼女はアイドルマスターチーム全体での仕事メインだ。

 

雑誌のコラムも書く予定だったけど、マイペース過ぎて第一稿の時点で企画ごと没になった。

 

モデルの仕事は定期的に入ってきていて、彼女のお小遣い元になっているようだ。

 

 

 

 

宮本フレデリカは行きつけの古着屋や美容室なんかが大繁盛になっているそうだ。

 

彼女が雑誌やSNSで紹介した服なんかも絶対売り切れるそうで、オシャレ番長としての地位を確固たるものにしているらしい。

 

アイドルやモデルはファッションリーダーでもあるからな。

 

彼女の着こなしを真似した女が街に溢れているが、基本的に足の長さが足りてないように思う。

 

 

 

うちの嫁さんの新田美波はマルチな活躍を見せている。

 

なんてったってアイドルだ、人気投票第二位だからな。

 

立ってるだけで可愛いし、頭いいから高校生なのにトークも結構いけるのでテレビにひっぱりだこだ。

 

CMやってる制汗剤も売れまくってる、まぁ爽やかなCMだからな。

 

腋に制汗剤をふりかける様子がエロいと評判だ。

 

ドラマも映画も出演が決まっていて、今は放課後はスクールに通いながら演技の勉強をしている。

 

真面目だからな、料理はできないけど。

 

 

 

城ヶ崎美嘉はいろんな年代にファンが多くて、彼女の真似をしたギャル達も街に大分増えた。

 

前世の記憶よりは清楚寄りの、肌を焼かない奴らだ。

 

ホットパンツやパツパツのキャミソールが大変扇情的でよろしい、俺は好きだぞ。

 

彼女はスタバやオシャレな飯屋に行くたびに写真を投稿し、インスタグラムの覇者となっているらしい。

 

間違えて男との画像とかを上げてくれるなよ。

 

 

 

一ノ瀬志希はよくわからんが雑誌の企画で香水を自作して資○堂に売り込んだらしい。

 

これが売れてる、めちゃくちゃ売れてる。

 

うちの姉がつけていてびっくりしたぐらいだ。

 

金銭的にはシンデレラガール佐久間まゆより稼いでいる、海外でも香水が売れてるらしいからな。

 

ギフテッドって奴の動きは全く予想不可能だ。

 

 

 

塩見周子は可もなく不可もなく、ほどほどにアイドル生活を楽しんでいるようだ。

 

彼女は出演する番組もその他の仕事もできるだけ絞って、基本的には旦那さんとの生活を大切にしているそうだ。

 

飄々としているがメンタル的に安定していて、他のアイドル達の精神的な支えになってくれているらしい。

 

 

 

安部菜々と川島瑞樹は鎖から解き放たれた獣のように暴れまわっている。

 

二人共『二十代半ばだからアイドルとしての寿命が長くない』とか言って精力的にCDを出しライブをし。

 

片っ端からテレビに出まくって武内くんの評価を上げまくっているらしい。

 

二人共トーク力があるしキャラが濃いから使いやすいそうだ。

 

川島さんは古巣のテレビ局でも特集組まれたりして、故郷に錦を飾ったようだ。

 

ウサミンは「菜々は17歳なので軽いタバコしか吸ってません」と爆弾発言をして一応週刊誌に取り上げられたが、誰も相手にしなかった。

 

来年からも17歳で通すらしい、ギャラで「昔から欲しかったソアラを買った」と大威張りしていた。

 

 

 

 

速水奏は謎だ。

 

元々あんまり喋ったことないし。

 

CD出してるしテレビも出てるのは知ってるけど、俺は見たことがない。

 

961プロ的にはアーティスト志向というか、バラエティ番組とかには出さない感じらしい。

 

次のシンデレラガールを狙って虎視眈々と爪を研いでいるんじゃないかと思っている。

 

黒井のオッサンは異常に負けず嫌いだしな。

 

イベントの打ち上げでゲーム大会したら「私が勝つまでやめん!」とか言ってコントローラー離さなかったからな。

 

あとカラオケでもマイクを離したがらない。

 

 

 

そういえば佐久間まゆの『魔法を信じるかい?』が世界的に結構売れていて、また「KTRって結局誰なんだ?」って騒ぎになってるらしい。

 

俺のとこにも問い合わせが来まくってて一時期は電話が鳴りっぱなしだった。

 

5ヶ国語を喋れる千川さんが完全シャットダウンしてくれたけど、ますます千川さんに関する謎が深まった気がする。

 

個人的にはこのままフェードアウトしたいが……

 

961と美城のオッサン達的にはアイドルマスター第二弾でも俺が曲を出すのは既定路線のようだ。

 

出さんといったら出さんがな。

 

 

 

 

 

各事務所からアイドルマスタープロジェクトに自薦するアイドル達のリストが送られてきた。

 

バラエティ豊かすぎて、率直に言ってまとまりのない女性達がズラッと並んでいる。

 

俺はざっと目を通したが、さっさと総合プロデューサーに渡してしまった。

 

アイドルマスタープロジェクトはほとんど完全に俺の手を離れたと言ってもいい。

 

アイドルマスターをやりたいというプロデューサーは山ほどいるし、俺はその分何か別のことに挑戦すべきだと思ったのだ。

 

 

 

 

 

そして時は流れ紫陽花香る六月。

 

俺はアニメを作っていた。




PUBG面白すぎでは?


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周囲の反応7 「杏の皮算用」

前話17話、6/9 19:15 に2000文字ほど追記して色々編集し直しました


最近パパが仕事場を変えた。

 

「ヘッドハンティングされたんだ!」って嬉しそうに言ってたんだけど。

 

会社に行ってみたら社長が杏と同い年ぐらいの子供だったってショックを受けて、しばらくは生きる気力をなくした屍みたいになって毎日会社に行ってた。

 

「社長は理想の経営者だ」って嬉しそうにママに話してる日もあれば。

 

「あのガキ何にもわかっちゃねぇ」ってプリプリ怒ってる日もあった。

 

こんなめんどくさいオッサンと一緒に仕事してるなんて、社長君はずいぶんと頑張り屋さんなんだろうな。

 

杏には考えられないや。

 

でも学校に行かなくていいのは羨ましいかも……

 

 

 

年末になるとパパが家に全然帰ってこなくなった。

 

会社に着替えを持っていったママが言うことには会社全体が凄い熱気なんだって。

 

あと社長の作るご飯が、質素なのに今まで食べたことないぐらい美味しいってショックをうけてた。

 

「うちのママはメシウマだから」ってあんまり外にご飯食べに行かないパパも虜にされてるらしい。

 

「料理する気なくした」ってふてくされて宅配ピザを取るママを慰めるはめになった。

 

社長君は一体何者なのかな?

 

 

 

 

 

あんまり外食に行きたがらないパパが「杏がテスト頑張ったから」って汚い食堂に連れてきてくれた。

 

別にテスト頑張ってないし、こんな汚い飯屋でご飯食べたくないんだけどパパの顔を立てて喜んでおいた。

 

店は長蛇の列ができてて、なんかモテなさそうなお姉さん達と太ったお兄さん数人が「姫だ……」「姫よね……」と話している。

 

視線の先には背の高い女の子。

 

明るい栗色の毛が緩やかにウェーブしてて、やたらとカラフルな服によく似合ってる。

 

たしかに、ドレスなんか着たらお姫様みたいに綺麗だろうな。

 

ま、杏には関係ないけど。

 

 

 

カレーはちょっと考えられないぐらい美味しかった。

 

もともとカレーってカレーなだけで美味しいんだけど、この食堂のカレーはカレーの嫌なところが全部なくなってる。

 

雑味のない純なカレー、ストイックで、だからこそ作り手の顔が透けて見えるような逃げのない絶品カレーだ。

 

必死になってあぐあぐ食べてたら、さっき見た姫が隣のテーブルにいる事にふと気がついた。

 

姫はカレーじゃなくて、なんか肉の乗った丼と唐揚げの乗った丼をスプーンで交互に食べている。

 

うそっ!この店カレー以外にもあるの?

 

あるにしても、この店での貴重な一食にこのカレー以外を選ぶのが信じられない。

 

「パパ、ここはカレー以外のメニューって美味しいの?」

 

「美味しいぞ」

 

「美味しいよ」

 

「美味しいわよ」

 

「そ、そう……」

 

なぜかパパだけじゃなくてテーブルに座ってた人皆から返答が帰ってきた。

 

「杏は少食だからな、また来ようか?」

 

「うん、ママには内緒でね」

 

社長君にプライドをズタボロにされてから、ママは料理の勉強を頑張っているのだ。

 

こんな所で浮気してる事がバレたら殺されちゃうよ!パパ!

 

 

 

 

 

パパの開発したゲームがリリースされてしばらく経った。

 

杏も友達と一緒にイベント走って上位報酬貰うのに大忙しだ。

 

大覇道には五種類ゲームがあって、同じ大覇道シリーズ内でならキャラクターを共通で使える。

 

だからその時々過疎ってるゲームを狙って、上手いこと微課金で上位報酬をゲットしようとしているのだ、へへ。

 

今回のイベントは『桜の精霊大集合』ということで、女のキャラが報酬だから余計に競争率が低い。

 

みんなイケメンキャラ大好きだからね〜。

 

杏は性能がいいなら婆でもアメーバでも何でもよかろうなのだ。

 

正月の『ふんどし福男祭り』。

 

節分の『鬼ヶ島イケメトリカルパレード』。

 

ひな祭りの『イケメン五人囃子誘拐事件簿』。

 

ここらへんがイケメン推しだったせいで廃課金者達に全てを持っていかれたからね、こういう時に稼いどかないと。

 

ゲームのおかげで新しいクラスでも友達できたし、パパのおかげで幸先いいよ。

 

 

 

 

 

やけに蒸し暑い5月、パパが「給料上がった!社長最高!」って言ってたかと思うと。

 

その一週間後には「社長意味わかんない、転職するかも……」って言いだして家族みんなで戦々恐々としてた。

 

それからは「やるしかないか」、「やるか」、「いけるのでは?」、「もしかして」みたいに毎週言うことが変わるようになって、また「社長サイコー!一生ついてく」って言いだした。

 

パパを苦しめてる社長君の顔が見てみたいよって思ってググったんだけど。

 

震災の時に一番初めに救援物資届けたり、その後の物資の取扱法策定に関わった人だった。

 

え……?

 

なんでそんな人がゲーム会社やってんの?

 

 

 

その後もパパは「嫁さん二人も連れてきやがってよぉ、公私混同なんだよ!」と怒ったり。

 

「あんな歌売れるわけねーだろ!何がL○VEマシーンだ!」ってプリプリ怒ったり。

 

「でもあの子達に罪はない……」と悶えたり大変だった。

 

そんな情緒不安定なパパをママと一緒に宥めすかして会社に行かせてたら、八月のある日リビングに家族が集められた。

 

真剣な顔をするパパに、すわ転職かと身構えていると……パパはおもむろにブルーレイディスクをレコーダーに入れた。

 

テレビに映ったのは夏フェスのステージ。

 

めちゃくちゃキラキラした女の子達が並んで、ステップを踏みながら歌を歌っている。

 

「これが、ずっとパパが作っていたものだ」

 

パパは涙ぐみながら画面を見ている。

 

「お前、杏、申し訳ないが……俺はこの子たちの事も自分の娘だと思っている……」

 

ママも杏もポカーンだ。

 

キモオタ女がイケメンの事を「産みてぇ〜」って言うのと似てる気がするけど、本人的には真剣な話みたいだ。

 

いかに彼女達が頑張ったのか、どれだけの困難があったのかを涙ながらに語るパパの話はママも杏も聞いちゃいなかったが。

 

二人で目配せし合って、安堵の念を伝えあった。

 

あー、転職でまた引っ越しとかだったらどうしようかと思ったよ〜、小学校の頃に北海道からこっち来たばっかりなのにさ。

 

 

 

そんなドキドキ体験から三日ほど経った頃、世間の話題は全て彼女達に奪われていた。

 

テレビではYoutubeの彼女達のプロモが流され、その筋に詳しい著名人(何にでも詳しい)が解説を加えている。

 

ゲーム関係のブログなんかではキャラごとの性能や、女性アイドルのキャラクター達がプレイアブルとして配信されないかという事で議論が交わされている。

 

最初は変な曲だな〜って思った『L○VEマシーン』も聴けば聴くほど凄い曲に思えてきて、やっぱKTRって凄いわ状態だ。

 

ゲームのイベントの楽曲がCDになるのも凄いなと思うけど、そのCDがプレスした分だけ全部売れたのはもっと凄い。

 

クラスのみんなも、Lippsとゴールデン・サークルどっちに投票しようかって話で結構盛り上がってた。

 

ちなみに杏はパパのお気に入りの佐久間まゆがいるゴールデン・サークルにした。

 

な〜んかLippsは綺麗すぎるっていうか、高嶺の花っていうか……どっちも好きなんだけどね。

 

パパは「結果なんて見たくない!」って頭抱えてたけど。

 

杏はやっぱり、花は競い合うからこそ鮮やかに咲くんだと思うよ〜?

 

 

 

 

 

一回戦の結果はゴールデン・サークルの辛勝だった。

 

結果発表なんか見る気がなくても、Twit○erでみんなが実況してるんだから嫌でも様子がわかるっつーの。

 

ここ数日佐久間まゆと新田美波のファンアートがめちゃくちゃ描かれてて人気あるな〜って思ってたから、杏はゴールデン・サークルが勝つと思ってたよ。

 

でもなんか、杏の一歳下の佐久間まゆが嬉し泣きしてる所を見ると、杏も熱くならないわけでもないの……かも……

 

新しく発表された『MUGO・ん…色っぽい』に対しては掲示板で「KTRさすがに振り幅大きすぎだろ」ってツッコまれてた。

 

杏は『KTR=アラン・スミシー説』を推すね。

 

2000年代で一番売れたって言われてるあのアルバムも聴いたけど、さすがに一人で書いたとは思えないもん。

 

 

 

 

 

イベントの二回戦で誰に入れようかとも迷ったけど、青汁を飲むかどうかも相当迷った。

 

パパは「あれはヤバイから絶対に飲むな!」って言ってたし。

 

ママは「パパの言うこと聞きなさい」ときたもんだ。

 

でもアイドルマスターのキャラは欲しいしなぁと思ってたら、パパがバーコードだけ写真で送ってくれることになった。

 

会社で青汁だけ飲んでガチャを回さない人が沢山いるんだって。

 

ラッキー!

 

でもやっぱり青汁美味しいのかなぁ?

 

杏、気になります。

 

 

 

イベントの二回戦は川島瑞樹に入れた。

 

安部菜々もそうだけど、最年長組はめちゃくちゃ楽しそうなんだよね。

 

でも安部菜々のプロフィールが24歳(17歳)ってなってるのはなんだったんだろう、安部菜々ルートを選んだら種明かしがあったのかな?

 

 

 

それを見るために一時間前からパソコンに張り付いていた甲斐があって、二回戦の結果発表は最初から最後まで見ることができた。

 

下馬評通りと言えば下馬評通りな結果だったけど、優勝者が佐久間まゆなら誰も文句はないだろう。

 

新田美波が独身なら一位になれたのにって言ってる人もいるけど、既婚者で安心だから投票したって人のが多いと思う。

 

やっぱりなんだかんだ、結婚してる女性って家柄も人柄も信用できるしね。

 

自分が好きなコンテンツにスキャンダルが起きてほしくないっていうファンは多いから、杏もある程度気持ちはわかる。

 

おっと、佐久間まゆが歌うぞ。

 

この曲もKTRなんだ。

 

 

 

 

 

四分弱の間、Twitte○が静かになった。

 

杏のタイムラインだけだと思うけど、皆聴き入ってたんだろうな。

 

佐久間まゆのオーラは凄かった。

 

さっきまであんなにワタワタしてたのに、前奏が始まった瞬間目の奥に火が灯ったっていうか……

 

あんな杏とたいして変わんないようなちっさい身体でも、彼女はプロフェッショナルなんだな。

 

歌えるかどうかもわからない曲を、あんなに歌えるほど練習してたんだ……

 

ちょっと、感動。

 

パパがうるさく言うのもわかったかも。

 

 

 

それにしても『魔法を信じるかい?』ってタイトルはすごかったな。

 

KTRが彼女達にかけてきた魔法を、彼女達自身に問いかけさせたんだ。

 

同時に、日本中の人に彼女達が見せてきた魔法には、杏達側の信じる努力が必要なんだって事をカミングアウトしたんだよね。

 

アイドルはアイドルとファンの二人三脚で作っていくものなんだぞって、そう言いたかったんじゃないかな?

 

あれ?

 

杏の考えすぎ?

 

 

 

 

 

その後世界的にシンデレラガール佐久間まゆと、KTRの『魔法を信じるかい?』は騒がれてたんだけど。

 

正直杏は音楽としてどうこうとかよりも、もっと下世話な話が気になった。

 

佐久間まゆがラジオで言ったって話題になってたんだけど、印税が凄くて郵便貯金じゃ足りなくなったんだって。

 

えっ?

 

発売から数ヶ月で一千万以上稼いだの?

 

もしかしてアイドルってめちゃくちゃ儲かるんじゃあ……

 

バカ売れCDを三枚も出せば、後はカラオケで不労所得が……

 

アイドルマスターの第二弾、杏もどっかに食い込めないかなぁ……

 

 

 

 

 

まぁ、親がプロデューサーやってるからって簡単に食い込めるわけなんかなく。

 

あっという間に冬が来て、年越しだ。

 

ハロー2013年、グッバイフォーエバー2012年。

 

パパが正月から会社行ってお餅を貰ってきてくれた。

 

古風だねぇ〜、ま、食べるけどさ。

 

…………えっ?

 

なにこれ?

 

無限に食べれる。

 

美味すぎない?

 

これ、社長が作ったの?

 

社長サイコー!

 

パパが一生ついてくよ!!



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第12話 がんだむの話 上

ある日気づいた。

 

この世界にはガンダムがない。

 

というより、巨大ロボットアニメが手塚治虫以降ほとんど作られていないのだ。

 

逆にプリキュアとかの女の子向けアニメの系譜は前世の世界よりも遥かに充実している。

 

単純に男が少なくて女が多いのだ。

 

男の子向けアニメもハーレム系オタアニメやスポーツ系、ジャンプ系は前世と同じように存在している。

 

ハーレム系は国策も絡んでるらしい、前世よりも多角関係を取り扱った作品が多い。

 

政府も必死だ、必死で男女比3:7を維持してるわけだ。

 

 

 

別に俺だってガンダムにあんまり思い入れがあるわけじゃない。

 

中学校の頃に深夜のテレビで映画三部作を見て、友達に借りたGジェネレーションをやっただけだ。

 

でもなんとなく、巨大ロボットアニメがない世界を歪に感じる気持ちがあった。

 

前世じゃあ男の子供がメカに目覚めるきっかけになるのはたいてい車かロボットだったからな。

 

 

 

アイドルマスタープロジェクトが一段落した俺は気楽に考えた。

 

「金あるし、ガンダムのアニメ作れるんじゃね?」と。

 

この時の俺は、自分がガンダムをうろ覚えの映画とゲームでしか知らない事を大した問題だとは思っていなかった。

 

 

 

 

 

俺はワンマン社長だ。

 

「新規事業やります、君プロデューサーね」ができる立場だ。

 

これまで大きな失敗はしていない。

 

大博打のアイドルマスターも当たった。

 

だが俺は今、重役たちから雪隠詰めで説教を受けていた。

 

「年間予算の話はきちんとしましたね」

 

「あなたが始めたアイドルマスターで人員が全然いないんですよ」

 

「博打ばっかりやってられないんですよ、あなただけの会社じゃないんだから」

 

もうぐぅの音も出ない正論だ。

 

大方が俺が言い出したことなので何も言えない。

 

「予算限界ギリギリまで突っ込んでアイドルマスタープロジェクトを回せ!」とかイケイケで言ってたからな。

 

俺には実績と謎パワーはあってもカリスマや人徳は微塵もないから、こういう時に力んでも誰も付いてきてくれないのだ。

 

結局「しばらく会社休む!」とか小学生の子供のように稚拙な駄々をこねて、会社の社用車で飛び出した。

 

千川さんの運転でな。

 

 

 

さすがに会社に無茶を言い過ぎた。

 

俺もそこらへんは正直悪いと思っている。

 

無理無茶を通すには金と人が必要で、サギゲームスには金があっても人がなかなか増やせない。

 

それはわかる、新規事業ともなると人材確保は余計に難しいだろう。

 

 

 

となると、新しい会社を作ってしまった方が早いのでは?と今度はそう考え始めた。

 

サギゲームスはゲーム会社だ、アニメ好きも多いだろうがアニメを作りたいってほどのやつは少ないだろう。

 

だいたいあそこの社員は最近俺が何かやろうとすると「どんな小さな事でもまず会議に出してくださいよ!」と口うるさく止めるようになった。

 

どんな無茶を言っても「好きなようにゲームが作れて大金貰えるなんてサイコー!」って働いてくれたあいつらはもういないんだ……

 

 

 

そうだ、いないならもう一度そういう会社を作ればいいんだ。

 

俺はサギゲームスを買収した時、持ち株率が98%になるまで買ったので今は唸るほど金がある。

 

金があれば人の心も買えると前世の人も言っていた。

 

結局人心を金で賄い切れずに逮捕されたけどな。

 

 

 

善は急げと業界の内外に「アニメ映画の監督やりたいやつはいるか?」と訪ねて回った。

 

300人入れる貸し会議室が綺麗に埋まった。

 

今回は素人お断りで経験ありの人間だけを集めたのだが、皆凄い熱量だ。

 

持って来いとも言ってないのにみんなして謎の「俺が考えた最高のアニメ映画企画」を持ち寄ってきていた。

 

 

 

「人型ロボットが戦争するアニメを作りたい人は残ってください」

 

と言うと十人になった、さすがに悲しいぜ。

 

まぁここからは個別面談だ。

 

 

 

「戦争に善と悪はありますか?」

 

「あります!」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで半分減った。

 

 

 

「敵役がカッコいいアニメはどう思いますか?」

 

「私なら敵のメカは描きやすいように丸とか四角の簡単な形にしますね」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで残りは三人になった。

 

 

 

「感受性が強すぎて他人の心までわかってしまうようになった新人類がいるとして、その新人類はどのような葛藤を持つと思われますか?」

 

「世の中の汚さに押し潰されると思います」

 

「私は、悪事を働くかどうか迷うと思います」

 

「自分がホモであることを他の新人類に暴かれやしないか、いやいっそ暴いてほしいと悶々とした毎日を過ごすと思うわ」

 

 

 

「では最後に。捨て駒にされいいように扱われ続けてきた主人公たちが必死で戦争を終わらせた後。それでも世界は何も変わらず搾取と差別と戦争の渦の中だったならば、ラストとしてどういうシーンをもって来ますか」

 

「その中の小さな平和を描きます」

 

「私は、守れたものを振り返らせます」

 

「どこの世界にも、戦いの終わりなんてないわ。ずっと戦わせるの、ずっとね。」

 

「ありがとうございました、後日結果の方を郵送させて頂きます」

 

これで監督は決まりだ。

 

 

 

 

 

いよいよアニメ会社を作ろうと色々な先生方と綿密で濃厚な打ち合わせをしていた俺だが。

 

この日は久しぶりの休みだった。

 

たまには会社にも顔出すかとサギゲームスに行ったら「まだ家出から一ヶ月も経ってませんよ」と色んな社員に言われた。

 

もうちょっと心配しろよ!

 

会社には行っていなかったが千川さんが書類は持ってきてくれていたので仕事も溜まってない。

 

飯時までゆっくりして、料理でも作ってやるかと社長室のオーディオでアイドル関係の新譜を聴いていた。

 

婆さんから電話がかかってきた。

 

「近々若い女の子が二人行くから、料理教えてやんな」

 

嫌と言う間もなくドアが開いた。

 

「社長、お客様です……」

 

社員の顔が引きつっている。

 

いまきた、とだけ電話に返して、俺は客の二人に向き合った。

 

「財前時子よ、平民」

 

「日野茜っ!15歳です!ご飯の作り方教えてくださーいっ!」

 

「えーっと、財前さんだっけ、俺君に何かした?」

 

「あなたの作ったご自慢の豚の餌にうちの親戚がご執心なの、ホテルで転げ回ってお漏らしして喜んでたそうだけど」

 

「あぁ……大阪のホテルの人らかぁ。婆さんからは君たちに料理教えろって言われてるんだけど、君たちは俺には何してくれるの?」

 

俺だって暇じゃない、もう婆さん孝行とはいえロハで仕事すんのは辛い。

 

「いいから黙ってレシピでもお渡しなさい、愚物。あなたのような男とでも会話が成立する思うと、ちょっとしたホラーなのよね」

 

「私っ!勉強以外なら何でもしますよっ!!」

 

一方はすげぇ塩対応だし、一方はよりとてつもない感じだ、これ一旦帰ってもらおう。

 

「じゃあお二人にレシピ渡すんで、それで解散ということで……」

 

俺はクックパッドを印刷して封筒に入れて渡した。

 

「フン……」

 

と口の悪い方は礼も言わずに立ち去り。

 

「ありがとうございました!!!!」

 

声のでかい方はなぜかエレベーターを使わずに階段を駆け下りていった。

 

なんだったんだ……

 

 

 

 

 

赤羽にビルを買ってアニメ会社を作った。

 

資本金ドドンと十億円だ。

 

二十億ぐらい出そうかと思ったが、さすがに予算がありすぎても暴走するやつが出てくるだろう。

 

問題の人材だが……

 

動画マンに月手取り20万、プラス歩合で払うって応募をかけたら引くぐらい人が集まった。

 

原画コンテ演出進行営業も、一般企業並の待遇で募集すると監督曰く使える奴らがわらわら集まってくる。

 

「こんなにいると目移りしちゃうわねぇ、ね、社長?どこまでやっていいの?」

 

「監督全部決めていいぞ。この会社はお前とこの映画のための会社だから」

 

「社長……あたしに子供でも産ませる気?」

 

そんな気ねーよ!

 

 

 

採用はトントン拍子に進み、機材もサクッと調達が終わり。

 

俺のアニメ会社がついに始動した。

 

 

 

ホテルの大広間を借りて行った会社の立ち上げ式では料理を振る舞い。

 

「約束する。この映画に君達が尽力してくれるならば、君たちのために私が誠心誠意食事を作ろう。どうだね?」

 

「社長!一生ついていきます!」

 

目を輝かせて言う非社員の千川さんに続いて、残りの社員達も、それはいいなぁとか、たしかにこの料理はやばいぐらい美味いとか言って気を良くしたようだ。

 

やはり俺のチートは料理だ。

 

金を稼ぐにもこれ、人を使うにもこれ。

 

これは、この世界で一番いいチートだ!

 

いちばんすぐれたチートなんだ!!

 

おれにはこれしかないんだ!

 

だからこれがいちばんいいんだ!!

 

 

 

イケメンが顔で得をするように!

 

巨乳が乳で得をするように!

 

ボンボンが親の金で得をするように!

 

俺は何一つ恥じることなく料理で得をするのだ!!

 

 

 

この次の日から、俺は高峯の魔法をなんの出し惜しみもせずに料理を作った。

 

高級食材を揃え、丁寧に丁寧に下拵えをし、未発達な味蕾でも無理矢理に開花させるような強烈な料理だ。

 

これも全て社員全員の力を引き出して素晴らしいガンダム映画の完成を見るためだ。

 

こいつら全員、俺の料理以外では満足できないようにしてやる。

 

 

 

強烈な中毒性の赤い粥と漆黒のカレーを交互に食べさせ続けた結果。

 

三日もたたないうちに、社員達は俺の(料理の)ためなら何でもやるいかれた兵隊(バッド・カンパニー)になっていた。

 

 

 

蝉が墜落するいかれた暑さの八月。

 

各セクションの責任者を集めてガンダム制作会議が動き始めた。

 

司会進行の席には、サギゲームスから連絡員として送られてきた千川さんが立っている。

 

いきなり社外の人間が関わってるが、彼女が立ち上げからずーっと俺の周りにいたからだろうか。

 

皆千川さんのことを、純粋にこのアニメ会社の社員だと勘違いしているのだった。

 

なぜかセキュリティカードも発行されてるしな。

 

 

 

千川さんの口から、サイド7を発進したホワイトベースがルナツーに拒否され大気圏に突入し、ガルマ・ザビとの戦いを戦い抜く場面までが語られた。

 

「これって途中ですよね」

 

「売れたら続きを作る、話は最後まである」

 

「いきなり劇場版で大丈夫なんですか?」

 

「いける」

 

ほんとは劇場版の流れしか知らないんだが。

 

「キャラクターの設定、いくつか変更したいところがあるわ」

 

「テーマとロボットが変わらなきゃ、それはいいよ」

 

正直俺はザクが戦ってるシーンと名ゼリフはよく覚えてるが、人間関係の細かい機微まではとても思い出せないのだ。

 

そこらへんをこの世界の感覚で埋めてもらえれば若者受け間違いなしだろう。

 

 

 

そんな俺の語ったふわっとした設定は、俺以外の人間達によって更に魔改造を受けた。

 

「主人公は日系人じゃないと駄目ですよ」

 

とアフロのアムロ・レイはウェリントンの似合う癖毛の理系男子、安室礼二にされ。

 

「ミステリアスなキャラがいたほうがいいわ」

 

と巨漢リュウ・ホセイが長髪痩身の謎の男・竜にされてしまった。

 

フラウ・ボゥやセイラ・マス、ミライ・ヤシマに至っては亡き者にされそうになったが、さすがにそれは止めた。

 

どうせ俺の知る作中では誰ともくっつかんのだ。

 

ブライト・ノアはのっぽの大学生風の風貌から、たくましい筋肉とブルーの瞳を持った茶髪のリーゼント艦長にされてしまい。

 

ハヤト・コバヤシは身長190cmで柔道の達人兼砲撃の専門家にされ。

 

カイ・シデンに至っては最初は捕虜のジオン兵で、謎の男・竜の魅力に惚れ込んで連邦軍の仲間になった事にされてしまった。

 

 

 

もちろん全員超イケメンだ。

 

みんな盛り上がってくれているし、別にイケメンで悪い理由もないけどさ。

 

美味い飯食って会社の金で好みのイケメンがいっぱい出てくる映画を作る、こいつら楽しそうでいいな。

 

その後も何度も何度も打ち合わせが行われ、俺の知りうる限りのガンダムの知識を全員が共有した所でアニメの制作が始まった。

 

 

 

 

 

会社全体に火が入ったように動き出し、公開時期も決まっていないアニメのデータが一秒づつ出来上がっていく。

 

「最初からこんなに忙しくて大丈夫なのか?」

 

と監督に聞いたら。

 

「皆歩合給で稼ぎたいのよ。この現場、お給料めちゃくちゃいいから」

 

と言っていた、アニメ業界は大丈夫なのか?

 

 

 

ガンダムチームの原画が俺が一向にOKを出さないモビルスーツのカットに四苦八苦している頃、この間の女二人が再びやってきた。

 

「…………いくら欲しいのかしら?」

 

「帰る途中で封筒なくしちゃいました!」

 

相変わらずすげータカビーさと明るさだ。

 

だが、結局婆さんから来た話だから受けざるを得ない事なんだろう。

 

どうせだからクソ忙しいこの会社での料理も手伝わせてやろう、実地練習でスキルアップだ、理にもかなってる。

 

「俺はほんとは誰にも料理を教えたりしないんです」

 

「あら、もったいぶったこと」

 

「そこをなんとかお願いします!」

 

「でも今は会社が忙しいんで、俺の手伝いしてくれるなら教えます」

 

「…………あなた、それ本気で言ってるの?」

 

「お仕事ですか?何でもがんばりますよ!」

 

「もちろんです、働いて、作って、食って覚えてもらいます」

 

「はぁ〜あ…………わかったわ」

 

「作るのは自信ありませんけど、食べるのと動くのは自信ありますよ!ボンバー!」

 

何がボンバーだ。

 

ちょうどいいタイミングで婆さんから電話が来た、文句を言ってやろう。

 

「もしもし、婆さんか?あのな……」

 

『今日あの二人がもっかい行くらしいから、一応教えといてやるよ』

 

「何をだよ……」

 

『財前って方は名古屋の車屋の親戚だよ』

 

「それが?」

 

『あんたの好きなセリカジーテー作ってるとこだから教えてあげたんじゃないか、頼んだら残ってるのくれるんじゃないのかい?』

 

 

 

 

 

「は?え?ま?」

 

『あと日野ってのはトラック作ってるとこ、そんじゃあね』

 

「待って待って待って!」

 

電話は切れていた。

 

 

 

黄砂混じりの九月の風が、ボロの小窓をがたぴし鳴らし。

 

困惑する俺とセレブの弟子二人を、赤羽の黄色い太陽が妖しく照らしつけていた。




アイドル要素完全に無くして外伝扱いにしようと思ってた話なんですけど、この二人がどうしてもここでしか出せなくてナンバリングの12話ということになりました。

ウイルス性胃腸炎で死にかけました、皆様も生ものにはお気をつけて。


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第13話 がんだむの話 下

ガンダム編はこれで一段落です。


夏も終わりだというのに風が凪ぎ、東京中を蒸し焼きにするかのような暑さで太陽が照る九月終盤。

 

アニメ制作は無闇に快調だった。

 

監督のフランスとブラジルと日本の血を引くクォーター、ジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子は、ジャブジャブ予算を使ってロボットとイケメンがヌルヌル動きまくるカットを作らせ続け。

 

一般企業水準の給与を約束された作画マン達は、誰も急かしてないのに休日を返上してまで絵を描いた。

 

そんな中メシスタント兼出資者の俺は、使えない弟子二人を必死に使いながら飯を作っていた。

 

「その玉ねぎいつまでかかりますかね」

 

「すぐよ」

 

「そろそろ煮込み始めないと駄目なんで変わります」

 

「すぐって言ったのが聞こえなかったかしら?」

 

「十秒以内でできるならいいですよ」

 

「…………はい、どうぞ」

 

ちなみに今は財前さんに玉ねぎのスライスを任せていた。

 

 

 

料理修行を始めたのはいいのだが。

 

二人共包丁もほとんど握ったことがなかったので、一週間ぐらいずーっとジャガイモの皮むきをさせた。

 

どうせ俺の料理を覚えるのなんか無理だから、基礎だけでも覚えて帰ってもらおう作戦というわけだ。

 

二人共慣れない包丁で手を切りまくりで財前さんはマジ切れだった。

 

芋はフィッシュ・アンド・チップスにしたり肉じゃがにしたり、ポテトチップスにしたりしてきちんと消費したぞ。

 

女性社員達が「揚げ物は太る……」とか「炭水化物は太る……」とか言いながら結局男の分まで食うのはどこでも一緒だな。

 

 

 

ちなみに今日は松屋風牛丼だ。

 

クックパッドにあったから作ってみた。

 

財前さんは食べたことがないらしく「なぁに?この貧相な料理」と鼻で笑って小馬鹿にしていたが。

 

味見してからは美味いとも不味いとも貧相とも言わなくなった。

 

日野さんは「何杯でもいけますねっ!」と三杯おかわりした、コレステロールで死ぬぞ。

 

 

 

日野さんがガラーンゴローンと食堂の鐘を鳴らすと、会社中の亡者達が「めし……めし……」と怪しい足取りで集まってくる。

 

ガンダムという魔物と、金という魔物にダブルで精気を吸われた顔だ。

 

濃い目に味付けされた甘い汁を啜り、うす〜い肉とクタクタの玉ねぎと白く輝くコシヒカリを食べてようやく彼らは人間の顔に戻っていく。

 

アニメ制作というのは、こうまでも人間の死力を尽くさねばならないのか……俺は静かに彼らに手を合わせた。

 

 

 

 

 

俺はいつも人に料理を教える時、相手の作ったものと俺の作ったものを交互に食べさせて「かます」ことにしている。

 

それが一番わかりやすいし、目標も設定しやすいからだ。

 

「さて、これが財前さんの作ったカルパッチョと、俺の作ったカルパッチョです」

 

財前さんは嫌そうに自分の作ったカルパッチョを食べ、べっと舌を出した。

 

色味と匂いからして塩味が不必要に強いはずだ、塩が多くて油が少ない、魚も体温が移ってしまっている。

 

財前さんは自分のものよりも嫌そうに俺のカルパッチョを食べた、舌は出さなかった。

 

「まぁまぁね」

 

このお嬢さんはとにかくめちゃくちゃ気が強いので、俺も毎日毎日「かまし」て態度を変えてもらおうと頑張ってるわけだ。

 

「まぁまぁなら私が貰ってもいいですかっ!?」

 

皿の上の魚を日野さんが全部かっさらってしまった。

 

財前さんの不機嫌さがまた増した。

 

日野さんは馬鹿舌だから教える事は特にない。

 

大まかな美味しい美味しくないはわかるが、その先の細かい所が壊滅的なのだ。

 

その点では財前さんにはまだ素質があるとも言える。

 

俺のような料理人になるならば、ある程度の神経質さは必須だからだ。

 

電子はかりと頭痛と肩こりの友達になる必要があるからな。

 

 

 

 

 

「あなた絶対にこの役にぴったりよ、ね、ね、ちょっと読んでみるだけでいいから」

 

「その口から何か垂れ流すのは私の許可を得てからにして?」

 

ある日監督が財前さんを口説いている所を見つけた。

 

「あっ!社長!社長も説得してください、ジオン側の女士官を作ったんですけど財前さんがその役にぴったりなんです」

 

「そんな役追加されたの聞いてないぞ」

 

「まだ私の頭の中にしかないんで」

 

「ちゃんと会議通してからにしろ!」

 

まさか俺がこの台詞を言うことになるとはな。

 

「とにかく社長からも言ってくださいよ」

 

「嫌よ。あなたたちの作っているわけのわからないものに関わるなんて、まっぴらごめんだわ」

 

財前さんはアニメ自体をほとんど見たことがないようで、社員達が必死で描くロボットとイケメンを気味が悪そうな顔で見ていたな。

 

料理というものには、最低限の社交性が必要だ。

 

そういう意味では財前さんのためでもあるし、なにより彼女が困っている所は見ものだ、やらせよう。

 

「師匠命令です、やってあげてください」

 

「あらあら、料理しか能のない豚がずいぶんつけあがってしまったようね……」

 

俺はト○タのお客様サポートに電話をかけた。

 

『もしもし、社長呼んでいただけます?財前のお嬢様の事でお話があるんですけれど』

 

『お客様、困ります』

 

「くっ……わかったわよ!やればいいんでしょう!」

 

「やったー!じゃあじゃあこっちに来て、役について説明するわね」

 

こうして財前さんはドSのアンチエレニズム主義者として、地球人を鏖殺しまくる快楽殺人者の美人将校の役につき。

 

「時子さんだけ楽しそうな事してズルいです!私も弟子なのに〜!!」

 

と大声で騒ぎまくった日野さんは、なぜか財前さんの部下としてアニメに登場する事になった。

 

映画一作目のラスボスにすると監督は言っていたが、アムロこと安室礼二が母と会ってしんみりした後にこんな強烈なキャラが出てきて大丈夫なんだろうか……

 

 

 

 

 

俺はほとんどタッチしていないが、難航したらしい声優決めが終わった。

 

俺は765や美城から来る『アイドルを声優に使え』とか『主題歌をタイアップしろ』とかいう話をシャットダウンするので忙しかった。

 

安部菜々が「ナナもアニメ声優やりたいです!」と言ってきたのでオーディションに回したぐらいか。

 

「踊れなくても歌えなくても顔が悪くてもいいから、とにかく演技の上手いやつをとれ」

 

ときつく指示していた甲斐あってか、声優はなかなか手堅く豪華な面子になった。

 

というより洋画吹き替えの名優が勢揃いといった感じだ、よくオーディションに来てくれたな。

 

声優が揃ったことによってようやく予告映像に声がつき、メディアにも露出できるようになって一安心だ。

 

だが、物事はそう上手くいかないのであった。

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムの1stトレーラーに対して、世間の反応は冷ややかだった。

 

曰く、ロボットが嫌。

 

曰く、リアリティがない。

 

曰く、声優が地味。

 

ボロクソに叩かれるごとに、社内の士気はガタ落ちになっていった。

 

公開日も決まったのに公開予定の館数も物凄く少ない。

 

今のところ決まっているのはバ○ト9系列と、濃い映画ばかり流してるマニアックな館ぐらいだ。

 

「社長、ぶっちゃけやばいわよ」

 

と監督からも話があり、俺は大幅なテコ入れを決めたのであった。

 

 

 

といっても、俺にできる事は金を出すことと料理をすることぐらいだ。

 

金はすでに出した、ならば今度は料理だろう。

 

俺は中学の頃からコツコツ開発していた秘密のエスニック風スパイスを使うことにした。

 

中学の頃の俺はハッピーターンにめちゃくちゃハマっていた。

 

「この美味い粉を自作できないだろうか?」

 

そんな思惑から始まったハピ粉精製が時を経るごとに形を変え。

 

どこをどう間違ってか、何にかけても美味しい謎の万能スパイスとして結実したのだ。

 

俺はもっぱらサラダにかけていたが、兄貴は米にかけて食っていたし、姉は揚げ物にかけまくりだ。

 

きらりはインスタントラーメンの汁が見えないぐらいかけて、むせながら食べていた。

 

食に対して保守的な婆ちゃんですら、家から持ち出してロケ弁にかけて食ってたからな。

 

あまりに何にかけても美味すぎて体に悪いので、家族からの非難を受けつつ封印した過去があるものだ。

 

 

 

俺はこれをポテトチップスに練り込んで販売した。

 

名付けて『機動戦士ガンダムチップス うま味(あじ)スパイス味』だ。

 

味が二つついてダブルで美味い。

 

普通のポテチの八割程度しかない内容量に、まだ公開もされていない映画機動戦士ガンダムのカードがついて普通のポテチより50円高い悪魔のような商品だ。

 

「こんなん売れるわけないっすよ」

 

とアニメーター達に鼻で笑われたポテチだが、出荷から2日で在庫が消滅した。

 

凡百のポテチなど俺のポテチに比べれば……あえて言おう!カスであると!

 

美味すぎるポテチとして火がついたのはTwit○erだが、燃やしまくったのはY○uTuberだ。

 

幻のポテチを手に入れたという動画が投稿されまくり『謎のカードがついてますね、メーカーの方はこれいらないんで安くしてください』とのたまった奴の動画には低評価をくれてやった。

 

ポテチはガンダムカードのおまけだ!

 

テレビでも取り上げられだし『放送してやるから在庫あるだけタダでよこせ』と言ってきた制作会社には婆ちゃん経由でクレームを入れた。

 

普段めったに頼み事なんかしてこない961社長から『ポテトチップスを用意できんか?』と電話が来て驚いたりもした、身内から頼まれたんだろうか。

 

 

 

とにかくこうして社会現象になったおかげで、機動戦士ガンダムは知名度を爆上げしてトレーラーの再生回数も桁違いに増えたのだった。

 

だが公開館数は増えない、まぁそこは映画の内容でねじ伏せるしかないだろう。

 

 

 

ポテチの会社から何度か「ガンダム抜きで売らせてくれ」と打診があった。

 

なかなかムカついたので、これまた俺秘蔵のむやみに美味いカレー風スパイスも発売してやった。

 

もちろんガンダムチップスとしてだ。

 

両方のスパイスとも俺が味を見ながら作って卸してるし、繊細な配合をしているから類似品はそうそう出せないだろう。

 

俺は映画が終わってもガンダムチップスとして売り続けてやるぞ。

 

 

 

 

 

そういえば俺がアニメにかまけている間に二代目シンデレラガールが決定したらしい。

 

新人アイドルが山ほどいたらしいが、結局速水奏が一等賞をかっさらっていったとのことだ。

 

961のオッサンの悲願達成だな。

 

ただ俺は曲を作ってない。

 

今回は俺タッチしてないし約束もしてないもん。

 

Hotel Moonsideという曲を歌ってたけど、すげーいい曲だったから俺が関わらなくて正解だったと思う。

 

 

 

うちの嫁さんの新田美波嬢はまた二位だった。

 

一回目のアイドルマスタープロジェクトよりも投票率が50%ぐらいアップしてるらしいから、二位でも物凄いファンの数らしい。

 

学校で同級生とか一個下の子からも凄い人気で、美波お姉さまって呼ばれてるんだって。

 

俺がからかって「美波お姉さま〜」って言うと、箸を取り上げられて飯を全部美波の箸から食べさせられた。

 

漫画なんかでよくあるシチュエーションだけど、実際やると物凄い疲れるし、気を抜くと箸が口内に突き刺さる。

 

ありゃ一種の罰ゲームだ、美波にお姉さまとは二度と言わないようにしよう。

 

あと今年も俺に殺害予告がいっぱい来た、草。

 

 

 

楓は露出を控えてたから五位だったらしい、もう来年は企画自体出ないかもしれないそうだ。

 

モデル業も忙しいしな。

 

服のブランド作りたいなら金出すよって言ったけど、まるっきり興味ないみたいだ。

 

最近は料理にちょっと自信が出てきたのか、煮付けなんかを出してくれるようになった。

 

たまに生煮えだったり醤油が薄かったりするけど。

 

味じゃないんだ、愛情なんだよ。

 

美波ははなから全く料理する気ないみたいだけど、それもまた良しだ。

 

 

 

あと、正月に会ったヤンキーの姉ちゃんが美城からシンデレラプロジェクトに参加していた。

 

爆乳キャラとして結構人気になっていたらしく、総合順位は八位で大健闘だ。

 

俺が一回様子見に行ったときも「社長〜!」って寄ってきて色々話をしてくれた。

 

大学出たらうちの会社に入るために今からプログラミングを勉強してるらしい。

 

ええ子やん。

 

族も卒業して高校もちゃんと行ってるんだと。

 

ええ子やん。

 

しかし進学した高校が女子校でよかったな、共学なら体つきがエロすぎて大騒ぎになってるところだぞ。

 

 

 

 

 

俺がポテチ作りや弟子育成や色んなことに忙しくしていると、いつの間にか年が開けて2014年になった。

 

きらりも今年から高校生だ、兄貴と一緒に色々教え込んだが、きらりの行きたがってる私服の高校に受かるかどうかは五分五分というところだろう。

 

夏から冬までに異常な速さで作画を終えた機動戦士ガンダムは、いつのまにか撮影とアフレコまで完全終了していた。

 

今日はその試写会だ。

 

監督を信用して、と言いたいが正直公私ともに忙しくて途中のチェックにもろくに参加できなかった。

 

俺も完成品を見るのは初めてだ。

 

真っ暗闇の宇宙を赤い炎で切り裂いて、使い捨ての大型ブースターを背負ったシャア専用ザクがぶっ飛んでいく監督入魂のシーンから映画が始まった。

 

175mmの長距離無反動砲から次々に放たれる砲弾が三隻のサラミスを沈め、その爆炎を背に受けるシャア専用ザクのモノアイが怪しく蠢く。

 

その姿を映しながら「人類が増えすぎた人口を……」と、かの有名なナレーションが始まるのだった。

 

モビルスーツの部分は物凄く良かった、しかし人間ドラマの部分は見たことも聞いたこともない俺の知らないシーンの連発だった。

 

「これ、最初に言ってた話と全然違わないか?」

 

「色々盛り込みたい事が増えちゃって」

 

「あの、戦争に疲れ切って自分の存在意義を見失ったアムロが、自分の存在しない世界を夢に見るシーンって……」

 

「社長が前話してたのが面白かったから入れたの、社長のアイデアでしょ?」

 

「じゃあリュウ・ホセイが、飯屋の店員に『お前は医者になりたかったんだろう、六週間後に医者になる勉強をしてなきゃぶっ殺す。俺はお前を見張っているぞ』って拳銃突きつけて脅すシーンは……」

 

「かっこいいじゃない、社長のアイデアでしょ?」

 

俺のアイデアじゃねーよ!

 

他にも色んな名画のパロディがあって俺は顔面蒼白になった。

 

 

 

こういうレベルの名シーンが欲しいなって色々話したんだが、まさか全部そのままぶち込んでくるとは思わなかったぞ。

 

「監督、今から言うとこ削って……」

 

「高峯君、映画とても良かったよ!漫画映画、それもロボットなんてと思っていたが……なかなかどうして深い作品になってるじゃないか。2本目があるんだろう?ぜひ私にも応援させてくれよ」

 

とマシンガントークで絡んで来るのはエンタメ好きで知られる大物政治家だ。

 

「特に主人公が自分のいない世界の夢を見るのがよかったな、なんであのアイデアをこれまで誰も思いつかなかったんだろうね」

 

的確に俺の削りたい場所を褒めてきやがる。

 

その後も婆ちゃんが「孫が映画作った」って言って集めた各界の大物達に次々と削りたい場所を褒められ、俺は白旗を上げたのだった。

 

かくして名画キメラロボットイケメンアニメ映画、機動戦士ガンダムⅠは決まっていた公開館よりも五つだけ公開場所を増やし。

 

2014年3月に封切りされたのだった。



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第14話 高峯流のお家争い

お待たせいたしました


「あっ!この店です!

 

この店がですね、あの大人気スナック、ガンダムチップスの開発者。

 

そしてガンダムチップスの名前の由来である、映画機動戦士ガンダムの制作会社サンサーラの社長のお店なんですね。

 

社長の高峯氏はこのお店を中学生の頃にオープンしたとの事なんです。

 

残念ながら取材は一切NGとの事なので、並んでいらっしゃる方々にお話を聞いてみようと思います。

 

すいません、◯◯テレビのとくとく!という番組なんですけれど……」

 

 

 

アナウンサーから話しかけられた、眼鏡をかけた太った男は無言で店先の但し書きを指差した。

 

『撮影はご遠慮願います』と書いてある。

 

 

 

「はいっ!店内は撮影しませんので、今日は何時から並んでいらっしゃるんですか?」

 

「…………あんたらみたいなのが来ると純度が落ちるんだよ」

 

「……はぁ?純度ですか?」

 

 

 

困惑するアナウンサーと眼鏡の男が映るフレームに、数人の男が入ってきて眼鏡の男をなだめ始めた。

 

 

 

「吉崎さん、やめときなって……」

 

「メガ公やめとけよ」

 

「撮り終わったらどっか行くって」

 

 

 

なんと、この男が店員達がよく言っていた忠豚メガ公というあだ名の常連さんらしい。

 

 

 

「俺はな、カレーに命かけてんだ!ここのカレーと嫁と子供のために生きてんだよ!」

 

「はぁ……」

 

 

 

なぜか更に加熱するメガ公にアナウンサーはドン引きだ。

 

 

 

「まぁまぁ落ち着けって……」

 

「テレビ映ってるからさ……」

 

 

 

仲間達も引いてる。

 

 

 

「そ、それではそろそろお時間ですのでスタジオにカメラお返ししま〜す、こちら渋谷区にありますカレーショップきらり……」

 

「飯屋きらりだよ」

 

 

 

誰かの訂正の声とともにカメラはすぐにスタジオに切り替わり。

 

「なかなか強烈なファンがいる店ですね……」

 

とコメンテーターも苦笑い。

 

以上、うちの飯屋きらりに来た昼帯番組の取材だった。

 

 

 

 

 

2014年3月に公開された俺の会社の映画『機動戦士ガンダムⅠ』

 

その公開期間が一度も延長することなく終了した。

 

評判は上々、売上は死亡。

 

爆死じゃないだけマシといった状況だ。

 

制作上ではかなり気を使ったモビルスーツによるアクションだが、褒められるのは別の箇所ばかり。

 

リテイク出しまくってクオリティ上げて、喜んでるのはほとんど俺だけだ。

 

池袋だか秋葉原だかって名前の大学生1人からロボット描写に対する熱烈なお褒めの手紙が届いたぐらいか、正直あれは嬉しかった。

 

当初の目論見であった、男性へのロボットアニメの普及というのは完全に失敗。

 

女性ファンからの反応もほどほど、映画マニアからの評価はなかなか健闘してるって感じだ。

 

普通ならこんな微妙な映画は打ち切りだろうが、我が社的には辞める理由がない。

 

ガンダムチップスが死ぬほど売れまくっているからだ。

 

シールだけ抜き取られてチョコが捨てられたビックリマンと逆の現象が起きているらしく、ポテチだけ食べられておまけのガンダムカードは封すら切らずに捨てられているらしい。

 

それでも販売会社が他のポテチのラインを最小限にしてまで生産したという英断のおかげもあってか、俺の預金残高の桁が一つ増えた。

 

そしてポテチで出た利益を使って、ミリタリー系のプラモデルメーカーにガンダムのプラモデルを生産して貰ったが全く売れず。

 

俺の預金残高の桁が一つ減った。

 

とにかくガンダムチップスのおかげでガンダムは知名度最高にして人気微妙という不思議な状態に置かれている。

 

あくまで前向きに考えれば、というエクスキューズはつくが。

 

二作目を公開する前に一作目をテレビ公開するかネットで無料配信でもしてみれば、十分に勝負を狙えるポジションにいると言えるだろう。

 

ということで、機動戦士ガンダムⅡ制作決定だ。

 

半ば決まっていた事だが、俺は社員たちと改めて祝杯を上げたのだった。

 

作画マンの中には「この職場なくなったらまともに暮らしていけないっすよ!」と泣いているものもいた、どれだけ厳しいんだアニメ業界ってやつは!

 

 

 

 

 

四月、花ほころぶ出会いの季節だ。

 

きらりは無事に志望校に通り、毎日私服で楽しそうに学校に行っている。

 

バレー部とバスケ部から熱い勧誘を受けているらしいが、服のアレンジが好きなきらりは服飾同好会を作りたいらしい。

 

背が高い女性向けの服も金を出せば色々手に入るが、圧倒的にシンプルな物が多いからな。

 

きらりは昔からシンプルな服を自分で派手派手にアレンジして着ていたのだった。

 

ミシン針で手を縫いそうになり、逆に針が砕け散ってミシンがぶっ壊れた事もあったな。

 

そういう身体だからきらりは予防接種も打てないらしい、逆に病気になった所も見たことないけど。

 

そんな彼女はこの間飯屋きらりに学校の友達を連れてきた。

 

小学校から一緒の三村ちゃんと、高校から友達になったという同じクラスの子が来てくれたのだが。

 

聞いてびっくり、大覇道の総合プロデューサーの娘さんだった。

 

世間の狭さには驚くばかりだ。

 

『杏って、アイドルとかどうすかぁ?』と聞かれたので武内Pの名刺を渡しておいた。

 

「これは!」という子がいたら渡してくださいと美城芸能から箱で貰っていたものだ。

 

俺はもうあんまりアイドルマスター関係に関わる気がないので、結構便利に使わせてもらっている。

 

 

 

あとこの四月に、資格取得が趣味だと言って憚らないうちの嫁さん新田美波が簿記一級に合格したらしい。

 

学校の全校集会で表彰されたらしい。

 

俺は前世でもその手の資格はITパスポートと運転免許しか持っていなかったからイマイチ凄さがわからないが、凄いことなのだ。

 

美波は商工会議所から話を受けて簿記のナビゲーターとして仕事を貰い、今後日本中に彼女の写真入りのパンフレットが配られるそうだ。

 

話がデカくて良くわからないが、彼女は今後は税理士試験を受けるべく勉強を続けていくとのことだ。

 

 

 

楓は先々月に海外のファッションショーに参加して話題になった。

 

『エキゾチックな魅力』とか言ってスケスケな衣装を着させられるのかと思いきや、ボ・ディドリーのギターみたいな真四角のスーツを着させられたらしい。

 

評価は可もなく不可もなく、でも楓の実家の寿司屋では親父さんの手によってニュースサイトの写真が何倍にも引き伸ばされて飾られていた。

 

この仕事で楓のモデル専業計画が一歩進んだのは間違いないだろう。

 

日本で活動してるのに海外のコレクションに呼ばれたっていうのは結構な箔になるからな、うちの芸能事業部の営業パワーも侮れんものだ。

 

 

 

初代シンデレラガール佐久間まゆは楽曲リリースにライブに忙しく活動している。

 

無邪気だった彼女にも色気がでてきて、噂によると765プロで用意された男性プロデューサーにベッタリらしい。

 

恋愛禁止という世界でもないのでそれは問題にならないらしいが、問題は765プロ中の女がそのプロデューサーを狙っていることだ。

 

いつか血の雨が降る夜がくるかもしれないぞ。

 

 

 

二代目シンデレラガールの速水奏も今年高校生らしいが、その動きは謎に包まれている。

 

いきなりドラマ三本と映画二本に出演が決まったと話題になっていたが、はたしてそこまでスケジュールが空くのだろうか。

 

少なくとも入った高校には当分行けないに違いない。

 

彼女の演技を見たこともないが、恐らく黒井社長は今後彼女を女優として売り出していくつもりなんだろう。

 

 

 

 

 

七月、アニメ会社サンサーラの一周年記念パーティを行うことになった。

 

サギゲームスの宣伝用アニメーションを手がけた縁もあり、サギゲームス社員も結構な数が参加していた。

 

料理は飯屋きらりのスタッフと俺と自動車コンビで用意することになった。

 

なったのだが、それが良くなかったらしい。

 

 

 

「ポテトサラダも満足に作れないんですか?」

 

「何か文句でも?平民」

 

「私、一応あなたの姉弟子なんですけど?これ、皮を剥いてから茹でたでしょう?」

 

「別にあの男の弟子になったつもりもないんだけど……それを言うならあなたは雇われ、私は直弟子扱いでしょう。立っているステージが違うことがわからないのかしら?」

 

「私は少なくとも店の厨房を任されてるんですけど?あなたはオーナーにつきっきりで勉強していても基礎的な事すら学べてない。意識が低いんですよ」

 

「ああっ!?」

 

「何か申し開きでも?」

 

 

 

なぜか宴会料理を前に三船嬢と財前さんが大喧嘩を始めてしまった。

 

客達が「これもおいしいよ」とか「二人共料理上手いよ」とか微妙に気を使った事を言いながら順調にポテトサラダを食べていくのも気に入らないようで。

 

「後で作り直しますので」と冷たい声で言う三船嬢と、「こんな豚どもに上等な料理なんて必要ないのよ」と嘲笑う財前さんの間にまた火花が散った。

 

 

 

「ちょっと美優、やめなさいって……」

 

「美優さんちょっと落ち着いて……」

 

「僕はオーナー君の弟子っていうか、どちらかといえば兄貴的な所あるよね」

 

「あたしの料理も食べてくださーい!」

 

 

 

狼狽えながら止める和久井女史とニート、そして勝手な事をのたまうヒモ。

 

さらに勝手に作った梅昆布茶パスタを色んな人に薦めまくる日野さんの馬鹿デカい声が混ざり合い、順調に場のカオスさが加速していく。

 

 

 

「高峯流のお家争いじゃ~ん」

 

「身内の事だから恥ずかしいにぃ……」

 

「どっちの料理も美味しいのになぁ……」

 

 

 

と喋っているのは我が妹きらりとその友達の双葉杏、三村かな子の三人だ。

 

こいつらは今美城プロに所属している。

 

総合プロデューサーの娘である双葉杏が武内Pの名刺に電話した後、すぐに会うことになり。

 

その時にきらりとかな子に付き添ってもらったそうだ。

 

そのまま、なぜか付き添いの二人ごと武内君のお眼鏡にかない、熱心に口説かれてアイドル候補生となることに決めたらしい。

 

よくあるやつだ。

 

きらりも前からアイドルが踊ってるところをキラキラした目で見てたし、ほんとは二人にもデビュー願望があったのだろう。

 

といっても候補生までなら誰にでもなれると言ってもいい。

 

このアイドル戦国時代だ、各社候補生の育成には力を入れているが、物になるのはほんの数割なんだとか

 

とはいえ美城は超大手だから他の事務所よりチャンスも多けりゃレッスンの質もいい、一番マシと言っても過言じゃないだろう。

 

そんな事を考えてると、口喧嘩がヒートアップし切った二人がこっちに近づいてきた。

 

 

 

「じゃあオーナーに食べてもらって決めてもらいましょうか」

 

「あらあら、はっきりさせちゃっていいのかしら?私、一応気を使ったつもりだったんだけど?」

 

「私はちっちゃくて可愛いオーナーがピカピカの詰め襟を着てた頃から知ってるんです、あなたよりよっぽどオーナー好みの味のはずです」

 

「あたしのも~!ししょ~!あたしの料理も食べてください~!!」

 

「あの~、オーナー、食べてやってくださいます?」

 

「やだ」

 

 

 

和久井女史には悪いが全部雑な料理だ、舌に良くないんでね。

 

 

 

「ふざけんな~!」

 

「お前がちゃんとまとめろや~!!」

 

「クソ男~!美波様と別れろ!!アホ!」

 

「ロボットのリテイク出すなボケナス!!」

 

 

 

会場中からブーイングが飛んだ。

 

全然関係ない誹謗中傷も混ざってるじゃねぇか!

 

結局酔っ払ったアニメ監督ジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子に羽交い締めにされた俺は、三人の料理を口に詰め込まれることになるのだった。

 

 

 

 

 

2014年9月は長雨の多い月だった。

 

梅雨に降りそこねた雨が全部纏めて降ったような雨天模様が続いてヒヤヒヤしたが、日曜日の大安は前日から続けての快晴で一安心だった。

 

この日、俺と美波と楓の祝言が行われた。

 

披露宴は後日という事で、親族だけのひっそりとした結婚式だ。

 

先月18歳になった俺がずーっと二人の嫁さんを待たせていた事になるが、誕生日は弄れないんだからしょうがないだろう。

 

出席者は、うちの家族は兄貴と姉貴ときらり、そして婆さんと親父だ。

 

大女優の母親は結局来なかった。

 

電話には出たが「忙しいから欠席ということで」と言われただけだった。

 

結婚式も三三九度ぐらいまでは覚えているが、正直そこから先はずっと眠気と戦っていたような気がする。

 

前世を含めると俺も結構な年だ、もう集中力がもたない。

 

いや、それは昔からか。

 

とにかく厳かに式は執り行われ、俺と美波と楓は正式に家族になったのだった。

 

美波も楓もお互いに同居OKということで、実家の近所に三人のための家を新築した。

 

俺の要望で車が五台は停められるガレージ付きだ。

 

ようやく18歳なわけだしせっかくのVIP生活だ、高級車ぐらい乗り回さないとな。

 

とは思うものの、家と一緒に注文した高級車は受注生産のために六ヶ月待ち。

 

しばらくの間デカいガレージには社用車のプロボックスと、楓が嫁入り道具に貰ってきた型落ちのフォレスターだけが並んでいたのだった。




転勤多すぎるんで退職しようとしていたのですが、揉めに揉めて円満退職には二ヶ月か三ヶ月必要という事になりましたので投稿再開しました。
ただ以前よりペースは落ちますことはご容赦ください。


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第15話 戻したらくっつくかも

残暑もずいぶん落ち着いてきたが、私生活では色々と温かいままの2014年10月。

 

アニメ制作会社サンサーラの俺のオフィスに961プロの社長が訪ねてきた。

 

「君のところの次のアニメに出資してやろうと言っているのだ」

 

「いや~お陰様で儲かってますのでぇ、そういうのは……」

 

「じゃあうちのタレントを使わせてやろう、安くでいいぞ」

 

「あー、キャストも既に決まってるのでぇ……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………好きなんだよ」

 

「はぁ」

 

「うちの末っ子が好きなんだよ君のとこのアニメが、お菓子のカードも全部持ってるんだ」

 

「はぁ、そりゃありがとうございます」

 

「パパの会社、最後の名前出てくるやつに入ってなかったよって言われたんだよ」

 

「へぇ」

 

「…………」

 

「約束しちゃったとかですか」

 

「…………端の端の役とかでもいいんだが、なんとかならんか?うちのタレントならば誰でも出すぞ」

 

「あー、そういう事でしたら……うーん、なんとか調整してみます」

 

まぁ無茶振りには違いないが、黒井のオッサンとも長い付き合いだ。

 

子煩悩なパパの顔を立ててやるのもいいだろう。

 

 

 

それから1週間ほど。

 

役が決まったので黒井社長に連絡して、会談の席を設けた。

 

「今回は世話をかけたな、それで……誰を起用するのだ?四条貴音か、速水奏か?」

 

「いやー、実は主題歌を歌ってもらおうと思いまして……」

 

「そうか……そこまでして貰って悪いな」

 

ホッとした様子の黒井社長だが、そう簡単な話ではない。

 

「この曲です、お聴きください」

 

俺がスマホを操作すると、部屋に備え付けのオーディオからピアノで始まるイントロが流れ出した。

 

「男性ボーカルの曲か、うん、いい曲だ。うちのタレントだと……」

 

顔つきもにこやかに色々と考えている黒井社長、どうやら気に入って貰えたようで一安心だ。

 

「これを黒井社長に歌って頂きます」

 

「そうそう、私とか……んんっ!?」

 

黒井のオッサンはなぜか声だけは吹き替え声優並に良いからな。

 

「待て待て、そういう冗談は……」

 

「社長~お年頃の女の子を喜ばせるならご自分で主題歌歌うぐらいのインパクトがないと駄目っすよぉ~」

 

「いやいや」

 

「社長の美声に当て込んでこういう渋い曲を作ってきたんですから、ここは一つなんとかお願いしますよぉ~」

 

「いやいや、そういう話では……」

 

結局黒井社長はノリノリで『哀 戦士』を歌ってくれた。

 

元々出たがりで歌いたがりな人だからな。

 

やっぱり機動戦士ガンダムⅡの主題歌は『哀 戦士』じゃなきゃな。

 

こちらとしては渋い美声の歌の上手いオッサンにロハで歌わせられて大助かりだ。

 

もちろんおだてまくって、機動戦士ガンダムⅢでは『めぐりあい』を歌わせるつもりだ。

 

 

 

 

 

十二月、庭の芝生に初霜が降りた日の事だ。

 

買ったばかりの新居、そのリビングルームにただならぬ雰囲気が漂っていた。

 

「ですから、その……ですね。楽曲を、提供して頂きたいと思いまして」

 

「やだ」

 

武内君が屈辱感を全く隠そうともしない苦々しげな顔をして頭を下げるのを見ながら、俺は即答した。

 

最近とみにこういう話が増えた。

 

佐久間まゆのCDが売れに売れ続けて、CDとダウンロード販売を合わせて500万枚売れたからだろう。

 

このCD不況の世の中、出せば売れる俺の前世のヒット曲は嵐の中遠くに光る灯台のような存在なのだ。

 

KTRというインチキ作曲家の正体を知っている美城、961、765の社長達が菓子折り持って作曲を頼みに来たのもわからない話じゃない。

 

やらないけどね。

 

俺はもう新しい音楽の種を巻き終えたと思っているし、率直に言ってこっちの世界の音楽のファンなのだ。

 

これ以上手出しをする必要性を感じていないというわけだ。

 

やはり金があるというのはいい、やりたくない仕事にNOを突きつけられるからな。

 

武内君の方から、ドチッ!という巨大な舌打ちが聞こえた。

 

ん?

 

なんか態度おかしくない?

 

君僕に頼み事しに来てるんだよね?

 

というような事を視線に含ませながら、昨日の残り物のアゴ出汁の海苔茶漬を彼の前にスッと出す。

 

「大人しく何曲でも作っとけや……」

 

小さな声でブツブツ言いながら茶漬けを一気にかきこんだ武内君は机の上に、ドン!と封筒を叩きつけた。

 

強気な武内君にビビりながら封筒を開けてみると写真が一枚。

 

そこには18歳になった記念に武内君と美城社長に連れていってもらった高級ピンサロで、どえらい美人のおっぱいにむしゃぶりついている俺が写っていた。

 

「新婚」

 

武内君は勝ち誇った顔で一言だけ呟いた。

 

俺は無言でポケットからスマホを取り出して、あるムービーを流す。

 

そこには仕事の愚痴をぶちまけながらキャバクラ嬢の内腿をさする、赤ら顔の武内君が映っていた。

 

「アイドル事業部、総合プロデューサーやりたいって若者はいくらでもいるんじゃないの?」

 

俺が言うと、武内君は懐からまた何かを取り出そうとする。

 

俺はそれを制し、渋々ある提案を持ちかけた。

 

「サギゲームス主催でイベントをうつから、また楽曲争奪戦をやらないか?」

 

武内君は無言で懐から出しかけの封筒をチラチラ見せてくる。

 

「実は芸能各社から同じような事言われててさ、美城だけってわけには……ちょっとねぇ」

 

武内君は「奥さーん!!奥さーん!!」と家の奥に向かって叫びだした。

 

甘いな、武内君が来た時点で嫁さん二人には「ランチでも食べてきなよ」と金を渡して家から出してある。

 

「まぁ落ち着きなよ、俺もさ、何度もこうやって作曲なんて向いてないことに駆り出されるのは迷惑なんだ」

 

「…………」

 

「今度はアルバムだ」

 

「それなら、分割すれば……」

 

「あれ?自信ないの?社長と娘さんに言っとこうか?」

 

武内君はイラッとした様子で舌打ちひとつして貧乏ゆすりを始めた。

 

「正真正銘、これで最後だ」

 

部屋の壁にかけてあったソニックブルーのコロナドⅡを持って椅子に座る。

 

俺の前世の超モンスターバンド、ビートルズのハロー・グッバイを爪弾きながら歌い始める。

 

この曲は好きだった。

 

わかりやすいのが一等良かった。

 

俺はこの曲から洋楽にハマったんだ。

 

 

 

歌い終える頃には、武内君はすっかりやる気満々の顔になっていた。

 

俺が彼を買っている理由、それは彼も俺と同じぐらいの音楽ファンだっていうところだ。

 

やりましょう、とだけ言って彼は帰っていった。

 

 

 

 

 

アニメ制作会社サンサーラでは機動戦士ガンダムⅡ制作が終盤に入っていた。

 

来年二月に公開が決定している機動戦士ガンダムⅡは声入れまですでに終了していて、あとは細かい直しが残っているのみ。

 

その細かい直しを奪い合いながら、とにかく金のない社員たちは会社にタダ飯を食いにやってくるのだ。

 

「飯の心配がないのが一番嬉しいや」と言っていた社員がいたが、そいつは家賃未納で賃貸の部屋を追い出されて会社の床で寝ている。

 

飯どころか寝床まで会社頼みな奴が何人かいるのが悲しいやら逞しいやら。

 

前世なら若い女が会社の床を不法占拠して暮らすなんてことはありえなかったが、この世界じゃ若い女なんかどこで何やってたって誰も心配しない。

 

ある意味ではその気楽さが羨ましくなる。

 

俺はそんな生活は御免だが。

 

さて、この日の食事当番は財前さんだ。

 

最近は財前さん、日野さん、俺の三交代で食事作りを回している。

 

別に財前さんと日野さんが格段に料理が上手くなったとかそういうわけじゃない。

 

単純に俺が面倒になっただけだ。

 

整骨院みたいなもんだ、超上手な先生は五回に一回ぐらいしか施術してくれなくても、腕が良ければ患者は我慢するわけだ。

 

一応見れるときは二人の料理の味も見てるから問題はないだろう。

 

今日の料理は豚の生姜焼きだ。

 

味は普通、でもオッケー出しちゃう。

 

うちの社員は何作っても美味いとしか言わんしな、文句が出るのは量の事だけだ。

 

最初の頃は財前さんもパイとかキッシュとかテリーヌとかを一生懸命作っていたんだが、途中で諦めて簡単かつ大量に作れる料理に切り替えた。

 

日野さんなんかはずーっとネギ塩炒飯とか茸の炊き込みご飯とか鳥かつ丼とかのドカ飯系を作り続けていて、欠食社員達からは評判がいい。

 

財前さんが苦々しげな顔でガラーンゴローンと食堂の鐘を鳴らすと会社中の亡者達が集まってくる。

 

エコなんかそっちのけでガンガン暖房をかけているのでみんな薄着だ、うちはコンプラやCSRより社員還元メインの会社だからな。

 

中にはジャージにスリッパ履きで、ボサボサ頭をタオルで包んでいる奴もいる。

 

おい!実家にいるんじゃねーんだぞ!!

 

 

 

 

 

2015年1月1日、俺はサギゲームス近くの銭湯で毎年恒例の餅つきを行う事になった。

 

紅白で『魔法を信じるかい?』を歌う佐久間まゆを見てから、千川さんの運転するプロボックスで銭湯へやってきた。

 

銭湯の前には元ヤンアイドルの向井拓海が仁王立ちでスタンバっていて俺達を出迎えてくれた。

 

中に入ると女湯の方から姦しい笑い声が聞こえ、男湯の方でもテレビを見ながらビール飲んで「社長遅いっすよぉ~」なんてすっかりゴキゲンな社員達が待っていた。

 

普段夜更かしをしないらしい財前さんが不機嫌な目で俺を睨み、健康優良児の日野さんは床に突っ伏して爆睡していた。

 

今年はサギゲームスとサンサーラの社員が両方来ているので例年の倍餅を作らなければならないのだが、俺のチートの前には無意味だ。

 

餅米は前日から用意して仕込んであったので、臼を温めてからさっさと突いていく。

 

財前さんはどうやっても起きない日野さんに一発蹴りを入れてから、大量の餅米を次々蒸す作業に入った。

 

ここからは朝までノンストップだ。

 

できるはじから社員たちがどんどん食べていくのだが、俺が突くほうが早い。

 

満足した社員たちが冷ました餅をお土産に持って帰ったかと思うと、初詣帰りの社員が入ってきてはまた餅を食べていく。

 

向井拓海は餅に粉をつけたり色々と手伝いをしてくれ、なぜかニマニマ笑いながら餅を突く俺をずーっと見つめている。

 

朝になると飯屋きらりの社員たちや、仕事のないアイドルマスタープロジェクトのアイドル達も遊びに来てくれた。

 

ニート本田の妹も今年から高校生らしい、立派な身体つきに育ってくれてお兄さんはうれしいぞ。

 

お年玉をせびられたのでぽち袋をあげ、おまけで武内君の名刺もあげた。

 

ヒモの嫁さんは赤ん坊をベビーカーに乗せて連れてきていて、俺は慌ててヒモに「絶対に餅を赤ちゃんに食べさせるなよ」と念押しをすることになった。

 

あいつならやりかねんからな。

 

他にもアイドルマスター二期生の輿水幸子というアイドルが俺の所にやってきて。

 

「フフーン、かわいいボクにお年玉をくれてもいいんですよ」

 

と言われたのでぽち袋をあげたら、美城プロの武内君の後輩プロデューサーが凄い勢いで謝りにきたりもした。

 

別に俺より年下の子には全員お年玉をあげるつもりでいるからいいんだけどね。

 

その後もどうしても貧乏癖が抜けないサンサーラ社員たちが餅を吐くほど食べたり、風呂に入り貯めするとか言って逆上せてぶっ倒れたり。

 

朝の9時までたっぷり寝た日野さんが財前さんに屠殺場の豚を見るような目で見られたりと、例年よりもはるかに騒がしい1日になった。

 

正月番組の生放送があるので嫁さんたちはいなかったが。

 

入れ替わり立ち替わり色んな人が来てくれたので、全く寂しい正月ではないのだった。

 

 

 

 

 

 

二月、待ちに待っていた俺の車が届いた。

 

モスグリーンの車体にアイボリーのコブララインが入った、可愛い可愛いマスタングだ。

 

オールペンしたのとだいぶ足回りを弄ってもらったので納車に時間がかかったのだが、大満足の出来栄えだ。

 

縁石に擦っただけでアライメントが狂う?

 

それがどうした、金ならある。

 

普段使いしない俺ならいくらでも車屋に任せられるし、いくら金をかけても誤差の範疇だ。

 

道具としての面倒臭さよりも、こういう車を維持できる喜びの方が勝った俺だった。

 

「かっこい〜☆これ兄ちゃんの?」

 

ほらな、妹からも大評判だ。

 

「ね、ね、きらりも乗せて?」

 

もちろんだとも、助手席に乗りな。

 

「うっきゃー☆かっこいいにぃ」

 

きらり!この車は左ハンドルなんだ!助手席は逆だぞ!

 

ああっ!きらり!ステアリングに触っちゃダメだ!

 

「取れちゃった……ごめんにぃ」

 

大丈夫だ、大丈夫だからそれをそこに置くんだきらり。

 

「戻したらくっつくかも」

 

やめろーっ!!

 

ンギギギギギギギと凄い音が鳴り、10キロしか走ってないマスタングの車体がL999を抱き込んで曲がった。

 

あ、ああ……

 

「ごめんごめんごめ〜ん」

 

焦ったきらりが思いっきりステアリングを引くと、ベキッ!という音とともに車体から剥がれた。

 

「兄ちゃんごめんにぃ……」

 

……け、怪我なかったか?

 

とぎこちなく微笑み、俺はその夜ステアリングを抱いたまま泣いて眠ったのだった。

 




いよいよアニメ本編の開始時期が近づいてきました


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『酒騒動 序』『俺のオールド・インディアン』『アニメのおねいさん』

お待たせしました


『酒騒動 序』

 

美城美船 (31) 会社役員

 

 

ハリウッドに出向して早2年。

 

忙しくも充実した仕事漬けの日々は瞬く間に過ぎゆき、去年の末に予定されていた一時帰国は年をまたいでずれ込んだ。

 

昨日だってこなせばこなすほど増えるスケジュールをなんとか振り切り、本当にギリギリで飛行機に乗ることができたのだ。

 

飛行機から降りて空港から出ると、まつげが凍りつきそうなぐらい冷たく重い風が吹きすさんでいる。

 

この湿っぽい冷気、これこそがまさに日本の2月というものだろう。

 

帰ってきたのだ、私は。

 

 

 

停まっていたタクシーにスーツケースを押し込み、三軒茶屋のとある店に向かってもらう。

 

飯屋きらりのSNSコミュニティで話題になっていた店だ。

 

私の行きつけの店である飯屋きらりのイベントで一日だけ開店した、飯屋きらり 漢という幻の中華麺屋。

 

その味に惚れ込んだある男が、飯屋きらりの前に一ヶ月土下座をし続けたそうだ。

 

そうしてようやく教えてもらった作り方で研鑽を重ねオープンした店があるらしい、なんでも名前は『ドチャ盛りトロピカル』。

 

コミュニティのメンバー達によると、完成度は開店からこれまで時間をかけながらも徐々に上がっており、先が楽しみな味なのだとか。

 

飯屋きらり式のラーメンを世界ではじめて食べたうちの一人……

 

ある意味であのラーメンの産湯を飲んだ、この私が真贋を確かめる甲斐はありそうだ。

 

 

 

 

 

 

タクシーから降りると、午前10時半だというのにぽつぽつ人が並んでいる。

 

よしよし、最低限の味の強度は期待できそうだ。

 

独特の豚の香りを嗅いでいると飛行機で疲弊した体が食事を求め始め、お腹が小さく鳴る。

 

飯屋きらりに並んでいるのと同じような人種が自分の後ろにちらほら並び始めるのを見ながら、しばしか弱い二月の日差しを浴びていたのだった。

 

 

 

30分ほど待って入った店内は、良く言えば味のある感じ……率直に言えば小汚い。

 

開店からそう時間は経っていないはずだが……

壁は黄ばみ、貼ってある傾いた手書きメニューは埃じみていて触るとペタペタしそうだ。

 

フル回転の換気扇は軸がぶれているのか店内に重低音を響かせ、それを打ち消すかのような大音量でかけられたFMラジオからは軽薄なバイレファンキが流れていた。

 

黒のTシャツを着て頭にタオルを巻いた店員が元気な声で「ニンニク入れますか?」と聞いてまわっている。

 

普段ならば絶対に入ることのない種類の店だ。

 

ニンニク、ヤサイマシ、アブラマシマシ、カラメ、と注文をしてからは腕を組んで待った。

 

期待と不安が入り混じり、額に汗が浮かぶのが自覚できた。

 

 

 

ほどなくして出てきたラーメン、見た目は完全にきらりのそれだった。

 

丼から大きく上にはみ出して盛られたモヤシとキャベツ、上にはチョンと刻みにんにくが盛られている。

 

ごろりとしたチャーシューはホロとしてしっかりと柔らかい。

 

ひとつまみ持ち上げて口にした麺はムチとした食感で十分に味が染みている。

 

うむ、いいぞ。

 

ふと周りを見渡すと、皆口をつける前に野菜と麺をひっくり返している。

 

なるほど、野菜に味をつけると共に麺の伸びを防いでいるというわけか……天地返しと名付けよう。

 

先人に倣って天地返しを果たすと、茶色い海から黄金色の麺が姿を表した。

 

キャベツ、モヤシと一緒にかぶりつく。

 

塩、醤油、小麦の香りがふわりと鼻に抜け、にんにくがぴりりと舌を痺れさせる。

 

外は寒いが、寒いからこそ羹(あつもの)が美味い。

 

いい季節にやってきたものだ。

 

山盛りの化学調味料と豚のエキスが入り混じって奇跡的なバランスに凝縮されたオリジナルの風味には届かないものの、これは十分に美味い。

 

どだい、勘太郎君の料理と他の料理人の料理を比べるのが間違いなのだ。

 

彼の料理に比べれば三ツ星レストランのフルコースだって、少し値段の高いジャンクフードにすぎない。

 

 

 

あの時、あのラーメンを食べる前に黒井社長が言っていた「勘太郎少年は料理人ではない」という言葉を、最近になって時々思い出す。

 

もはやどれだけ立場のある人間が、どれだけの札束を積んでも、勘太郎君の料理を好きに食べることなどできないのだ。

 

今や彼自身が実業家になり、巨万の富を動かす立場になってしまった。

 

黒井社長の言うとおり、彼にとっては料理なんてものは人や金を動かす便利な道具にすぎなかったというわけだ。

 

私が生きているうちに本物のあのラーメンにもう一度出会える日は来ないかもしれない。

 

少しだけ憂鬱な気持ちになりながら、辛味と酸味のきいた塩汁を飲み干した。

 

完飲。

 

 

 

湧き上がるニンニク臭いゲップを噛み殺し、油で少しテカついた気がするクレドールを見ると時は午前11時30分。

 

どこかへ行こうか……いや、さすがに疲れた。

 

「先が楽しみな味だった」とSNSに書き込みながら、私は待たせていたタクシーを自宅へと走らせたのだった。

 

 

 

 

 

日本へ帰って来た次の日からパーティへと出席させられる事になるとは思わなかったが。

 

仕方がない、これも仕事のうちだ。

 

肩がレース仕立てになっている深翠色のドレスを着て会場へ行き、父と一緒に各界の要人に挨拶をして回る。

 

そのうちの一人と話していた時のことだ。

 

 

 

「ところで、例のアレはついに大台に乗りましたな」

 

「そのようですね、いやはやどこまで上がるのでしょうか」

 

「何のお話でしょうか?」

 

「そうか、お前は帰ってきたばかりで知らなかったかい。お酒だよ、お酒。貴重かもしれないお酒のオークションがあるんだよ」

 

「そうですよ、なんでもあの高嶺勘太郎氏が手ずから仕込んだお酒なんだとか」

 

「そんなものが……それは大変ですね」

 

 

 

と言いつつも、実感はない。

 

そこまで大騒ぎするようなものか、という気持ちが強い。

 

酒造りと料理はほとんど別ジャンルだ。

 

以前にもフランス料理シェフがぶどう作りから監修した白ワインというものを大枚叩いて買ったことがあるが、少し尖っただけの普通の酒だった。

 

 

 

「高嶺家の婚礼の引き出物用に極少数だけ作られたそうでして。新婦のあのアイドル、高垣楓さんの身内の造り酒屋で作ったそうなんですが。伝手のある方が聞いたところによると、なんでも五十本ほどしか瓶詰めしないで後は全部飲んでしまったんだとか……」

 

 

 

よく喋ることだ……

 

もっとも、美食家というものは兎角舌を使いたがるものなのだが。

 

その後もほうぼうで酒の話を聞かされた。

 

曰く、高嶺家の婚礼には本当の身内しか呼ばれていないため今後他のルートで手に入ることはないだろうとか。

 

曰く、高峰勘太郎がヤ○ーオークションで30年代のインディアン・スカウトを落札した時に嬉しさのあまり元の持ち主にプレゼントしたものだとか。

 

曰く、曰く、曰く。

 

たかが酒一本に日本の美食家達が大騒ぎだ。

 

高嶺勘太郎、全く罪作りな男だよ。

 

 

 

 

 

実家へ戻り、一息ついたところで父に呼び出された。

 

 

 

「今日のお酒の話だけどね」

 

「はあ」

 

「ここに一本あるんだよ」

 

「はっ?」

 

「武内が彼の結婚式に出席しててね、くれたんだ」

 

「それは……」

 

「今から飲むけど、一緒にどうかな?」

 

「も、もちろん!」

 

 

 

大騒ぎするようなことではないと思ったが、飲めるのならばもちろん飲みたい。

 

勘太郎君は料理界の神の手(ゴッドハンド)とまで呼ばれる料理人だ、彼の関わるものに不味いものなどないのだから。

 

 

 

「では、まずは冷やで」

 

 

 

うちの料理人が持ってきたぐい呑みに、父が瓶から直接酒を注ぐ。

 

味しかない毛筆で「高嶺」とだけ書かれたそっけない瓶だ。

 

しかし、王冠を開けた瞬間から感じるこの凄味はなんだ?

 

漏れ出た匂いが体を刺激し、無意識に喉がごくりと鳴った。

 

 

 

「では」

 

 

 

父がぐい呑みを向けるので、私も父に軽くぐい呑みを向け、一気に呷った。

 

水を飲んだのかと思うような癖のなさと、鼻に抜ける圧倒的な爽やかさ、そして後から来る濃厚な米の味。

 

凄まじい酒だ。

 

あまりの後味の良さに、私はしばし都会の喧騒を忘れ。

 

行ったこともない田園に金の稲穂が揺れる光景を幻視していた。

 

……武内はよくこんな酒を手放したな。

 

 

 

その後は料理人の作ったつまみで燗をした酒を楽しみ、物足りなくなって父の持っていた十四代を二人で開けてから眠りについた。

 

そこそこお酒を頂いたにも関わらず寝起きは快調で化粧のノリもいい、やはり美食は美容への早道だな。

 

ふと昨日の話が気になって、ヤ○ーオークションを覗いてみた。

 

「貰い物ですが、当方飲めませんので出品します。ネットにも情報なしの謎の酒、レア物かも?」という説明文でまさに昨日飲んだ高嶺が出品されている。

 

期間は後一日、金額は一千五百万に届こうかとしているところだった。

 

優越感と満足感の入り混じった感情を抱えたまま身支度をし、私は帰省してから二度目のドチャ盛りトロピカルへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

小ネタ 『俺のオールド・インディアン』

 

 

「ねぇ勘君、そのバイクで私もどこか連れてってくれる?」

 

「はぁ?この高貴なソロシートが見えないのかい?」

 

 

 

俺がそう言ってバラし中のインディアン・スカウトのサドルシートをトントンとつつくと、嫁さんの美波はハイライトの消えた目で真紅のガソリンタンクにトゥキックを入れた。

 

バコン!と景気のいい音が鳴り、カランカランとタンクは地面を転がっていく。

 

 

 

「えっ!ちょ!おまっ!」

 

「車もあるんだし、どこにも連れてってくれないならこんなバイクいらないんじゃない?」

 

 

 

ハイライトは消えっぱなしだ、この間俺の財布からキャバ嬢の名刺が見つかってからというもの、ずーっとこんな調子だ。

 

楽しく過ごしたのは間違いないが、付き合いだから仕方ないのに!

 

キャバクラだから健全なのに!

 

と言っても怒り狂う新妻どもに通じるはずもないので、俺は基本的には全面降伏するしかないのだった。

 

 

 

「いるいる!いるんだって!大体車は今代車じゃん」

 

「じゃあ私の席もつけてくれる?」

 

 

 

可愛く首を傾げて聞いてくるが、俺の都合など微塵も考えない言い草だ。

 

女は怖えぞぉ〜、結婚したら特にな。

 

 

 

「さすがにこのバイクにそれは……あっ!そうだ、美波も免許取ればいいじゃん」

 

 

 

俺もこれから教習通うんだし……と続けると、不機嫌そうだった美波は思案顔になった。

 

新田美波、姓が変わって高峯美波という女は、趣味は資格取得と言って憚らない資格マニアなのだ。

 

 

 

「そんでもっと可愛いハーレーとか買ってさ、ツーリング行こうよ"二人で"」

 

 

 

と言うと「うーん、車の免許もまだだし……そうしちゃおっかな?」と乗り気のご様子だ。

 

良かった、危機は脱した。

 

女に男の趣味を理解させるには、巻き込んでしまうしかないとサッカーチームの追っかけをしていた前世の上司が言っていた。

 

なにより美波は俺と二人っきりになれるシチュエーションを大事にしてくれる出来た嫁だ、きっと乗ってきてくれるだろうと思ったぜ。

 

複数人の嫁さんと仲良くやるコツは二人っきりの時間をなるべく取ることだと、5人も嫁さんがいる765プロの高木社長も言っていたしな。

 

もう一人の嫁さんの髙垣楓は基本的に酒が絡まない行事には不参加な女だ、バイクには興味あるまい。

 

そうして、俺と美波は夫婦で自動車教習所に通う事になったのだった。

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

『アニメのおねいさん』

 

 

アニメ会社サンサーラ。

 

業界最高の福利厚生と冗談としか思えない高賃金を誇る、昨今のアニメ業界の台風の目、一種のグラウンドゼロである。

 

アニメーターは老若男女を問わずこの会社を目指し、有能社員達の隔絶した実力の壁に阻まれ散っていく。

 

競合他社はこの空前絶後のホワイト企業の事を口を極めて罵りながら、水面下では業務提携をもちかけている。

 

アニメ会社にも関わらず、収入の九割をポテトチップスの売上に頼るその会社は、いつからか公然と『芋屋』と呼ばれるようになっていた……

 

 

 

そんな会社の昇進会議で、今まさに一人の女性が吊し上げを食らっていた。

 

 

 

「なぜ昇進したくないの」

 

「いや〜、そのぉ〜、コミケに行きたいっていうか。同人もやってるんで……っスね〜、あんまり仕事に時間を取られたくないっていうか……」

 

「あなた、わかってるの?社長は入社一年のあなたの実力を高く高く評価してるのよ?」

 

「それはありがたいんスけどぉ〜ちょっと荷が重いっていうかぁ……」

 

 

 

女性管理職達が彼女に詰問を続ける中、上座に座った年若い男性……この会社の社長が口を開いた。

 

 

 

「逆に考えるんだ」

 

「?」

 

「スケジュールが君を離さない?荒木くん、それは君がスケジュールに縛られているからだよ。逆に考えるんだ、『スケジュールは私が組む』と考えるんだ」

 

「……っ!それはっ……!」

 

「君が管理すれば、好きなときに好きなように休める。違うかい?」

 

「それは……そうっスね!考えた事もなかったっス!」

 

「じゃあ、昇進の辞令を快く受けてもらえるかな?」

 

「…………わかりました!やってみるっス!任せてください!」

 

「じゃあ、半年後にリリース予定のOVA、頼んだよ『荒木監督』」

 

「えっ?」

 

「吉川くん、監督のスケジュール切って」

 

「あー、こりゃ半年カンヅメっすね〜」

 

「ちょ、ちょっと待って……!」

 

「西野くん、監督をお連れして」

 

「地下にお部屋を作ってありますので」

 

「待ってくださいっス〜〜〜〜!!!!」

 

 

 

バダム!と会議室の扉は閉まり、廊下には飯時を知らせる鐘と、女性の悲鳴が小さく響いていた。

 

 

 

 

 

事の始まりは新監督荒木比奈が冬のコミックマーケットで出した一冊の同人誌だった。

 

その同人誌の内容は伏せておくことにするが、ページ埋めに使われた落書きの中に発端となった絵があった。

 

サンサーラが作ったロボットアニメ、機動戦士ガンダムのロボットをニ頭身にしたコロコロと丸っこい絵だ。

 

たまたまその本を買ったスタッフが、機動戦士ガンダムの監督であるジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子にその絵を見せ。

 

これは、と思った監督が社長に報告し。

 

目の色を変えた社長が「これを描いた漫画家を探せ!」と言ったら自社の社員だったというわけである。

 

かくして、『SDガンダム』と名付けられたそのデフォルメキャラ達を使った三十分のOVAが作られる事となったのだった。

 

 

 

「あだじなんがわるいごとじだんスがぁ〜」

 

 

 

泣きべそをかきながら地下の缶詰部屋でコンテを切り続ける荒木比奈の仕事は早かった。

 

元々仕事の早い社員として評判だったのだ。

 

その評価さえなければ、あるいは歴史が長く上が詰まっているような普通のアニメ会社であれば、平社員からいきなり監督などという大抜擢はなかっただろう。

 

型破りな社風と、彼女のデザインを限りなく高く評価した社長の強権が悲劇を生んだのだ。

 

そして、彼女の有能さがさらなる悲劇を呼んでしまうのだった……

 

 

 

 

 

「こうして、悲願のガンプラバトル初勝利を飾った中学生男子のセイント・イオリは、ますますこの世界の奥深さにのめり込んでいくのであった……ってとこで終わりっス」

 

「いいところで切ったね。この仮タイトルの『ガンダムビルドバトルファイターズ』ってのもいいじゃない」

 

「ガンプラとの出会い、組み立てと敗北、修行パートからのリベンジ、そして勝利。いやー詰め込みました、だいぶシナリオ叩きましたよ」

 

「荒木監督もこの間まで学生だったからかな、学園生活の描写が実にいいよ。気に入った」

 

 

 

社長が褒めると、監督もまんざらではない様子で照れながら頭をかいた。

 

 

 

「あたしも最初はガチの戦争書かされるのかと思ってヒヤヒヤしてましたけど、こういう仮想空間でバトルする学生スポ根物で良かったっス〜」

 

「このペースなら冬のコミケにも間に合うんじゃない?」

 

「そうなんスよ〜、自分でもびっくりするぐらいのペースで仕事が捌けたんで、同人の方もなんとか締め切りに間に合いそうっス」

 

「そうかそうか、じゃあ年明けたら二本目いけるね」

 

「えっ!?」

 

「だってまだ話の途中じゃない。安心してよ、また三十分だから」

 

「別に監督はあたしじゃなくても……」

 

「今回もスケジュールなんとかなったでしょ?次はもっと楽にできるようになるって、夏コミも出るんでしょ?」

 

「ええ、まぁ……その予定っスけど……」

 

「なんならスタッフ誌とかやってくれてもいいよ」

 

「えっ!?ほんとッスか!?」

 

「自分のと両方やってもいいじゃん、うちはノルマこなせば後なにやっててもいいんだからさ」

 

「えぇ〜いいんスかね〜、それならもっと頑張ろうかな〜」

 

「そうそう、その意気だよ。だから大覇道のTVアニメ終わったら、バトルビルドファイターズのTVアニメもお願いね」

 

「えっ!?はっ!?聞いてないっすよ〜〜〜〜〜!!!!!」

 

 

 

荒木監督の受難は続くのだった。



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第16話 My Generation

転職も上手く行ったので、今年中に完結できるぐらいのペースでガンガン書いていきます!


「……ということで、春から芸能プロダクション各社とタイアップをしまして、かなり大きなイベントをやろうと思います」

 

 

 

俺の華麗な企画説明が終わった後のサギゲームスの会議室は、夜の墓場のごとく静まり返っていた。

 

プロデューサー達は一言も発することなく互いに視線を交わしあい、頷きあっている。

 

寂しいじゃないか、俺にはわからない連帯感を共有しないでくれよ。

 

総合プロデューサーがペットボトルのお茶を逆さにして一気に飲みきると、それを合図にプロデューサー五人衆が勢い良く立ち上がった。

 

 

 

「いやいやいや、いきなり来て好き勝手言わないでくださいよ!」

 

「春はもう復刻イベと、社長が案出した桜前線捕獲大作戦でいっぱいいっぱいなんですけど」

 

「だいたいアニメも始まるでしょう、サンサーラも作画で関わってるんじゃないでしたっけ」

 

「率直に言って無理です」

 

「今月の私の残業代いくらか知ってますか?この足で労基署に駆け込みますよ」

 

 

 

やいやい言い続けるプロデューサー達を前に、俺は椅子に座ったまま机を指でコツコツ叩いていた。

 

彼らが喋り疲れて一息ついたところで、話を続けた。

 

 

 

「で、言いたいことはそれだけかな?」

 

「はぁ?」

 

「話聞いてました?」

 

「無理なものは無理なんですけど」

 

「これなーんだ」

 

 

 

俺はトートバッグから一枚のCDを取り出す。

 

ごくり……と誰かが唾を飲む音が聞こえた。

 

 

 

「それって、まさか……社長がコネのある人の……」

 

「そうだよ」

 

「あの、音楽の……」

 

「そうだよ」

 

「出せばトリプルミリオンは確実っていう……」

 

「それはどうかな」

 

「K……T……R……ですか……」

 

 

 

俺は部屋に据え付けられたミリヤードにCDを読み込ませ、再生ボタンを押した。

 

静寂を跳ね飛ばすような元気のいいギターリフと、手数の多いドラムの音が耳に飛び込んでくる。

 

加工を施した俺の眠たいボーカルにドライヴ感満点のプレジションベースが絡みつき、半ばヤケクソ気味な武内君のコーラスが合いの手を入れる。

 

老害どもは口を閉ざして座っていやがれと言わんばかりの、シンプルでメッセージ性抜群な歌詞が部屋中に響く。

 

イギリスはTHE WHOの超名曲「My Generation」だ。

 

早くもギラギラと目を輝かせ始めているプロデューサー達に大きな声で告げる。

 

 

 

「日本中のアイドルをかき集めて、勝ち抜きトーナメントをやる。優勝者にはKTR氏のアルバム一枚プレゼントだ」

 

「…………」

 

「イベント名は『アイドルマスター MY GENERATION』でいく、やりたい奴は?」

 

 

 

無言のままに五人全員が手を上げた。

 

 

 

 

 

バカっ寒い二月の夜19時。

 

俺はマスタングの代車のエブリィワゴンで楓と美波の買い物に付き合っていた。

 

 

 

「大根いっこと~、ごぼ天とちくわと~、たこさんもたくさん買いましょうね~」

 

「ええ……蛸ですか?海鮮系は牡蠣を入れるからそれでいいじゃないですか」

 

「おでんに牡蠣って合うのかしら?」

 

「うちのおでんにはいつも入ってましたよ」

 

「俺こだわりないからなんでもいいや、早く決めないとおでんは時間かかるぞ」

 

「待って待って勘君……そうそう、カマボコも鉄板よね。ああ、あと餃子巻きって売ってないのかな……」

 

「きちんと計画を練らないと練り物だらけになってしまうわ」

 

 

 

テレビを見ていた楓が急におでんを食べたいと騒ぎ出したので材料を買いにきたのだが、二人は案の定入れるもので揉めていた。

 

おでんというのは恐ろしく地域差があるものだ、揉めるのは至極当然の事だろう。

 

具はもちろん出汁の取り方に至るまで地域性がガッツリ出る食べ物だ、皆それぞれのお袋の味を持っている。

 

和歌山出身の母を持つ楓と、広島出身の母を持つ美波では食い違いが出て当然だった。

 

俺は自分の食べたい具材を足してさっさとレジへ向かう、付き合ってられんからな。

 

誰だって出されりゃ文句言いながらも食うんだから、さっさと作ってしまった方が早いのだ。

 

ちなみに俺にとってのお袋の味はセブンイレブンのおでんだ、母親なんか数えるほどしか会ったこともないからな。

 

噂によるとセブンのおでんは東京と大阪でごぼ天の味が全く違うらしい、いつか食べ比べをしてみたいものだ。

 

 

 

 

一生懸命走ってるのがよくわかる、直列3気筒のやかましいエンジン音を聞きながら家に戻る。

 

車から降りると働きもののセンサーライトが三人の白い息を照らして歓迎してくれた。

 

家に入ると嫁さん二人は小走りで炬燵に向かい、冷たい手足を温める。

 

俺はのたのたと調理場へ向かい、冷たい鍋を温める。

 

悲しいかな、俺はこの家の料理番なのだ。

 

凍えながらもチート全開で手早くおでんの種に下ごしらえをし、鍋を火にかけてから俺も炬燵へ向かった。

 

火を入れるのは30分ほどで、後は冷たい廊下で冷ますだけ。

 

おでんというのは奥が深いが、基本的には楽な料理なのだ。

 

出汁さえミスらなきゃ不味くなることがないからな。

 

 

 

「まーだかな~↑まーだかな~↑」

 

 

 

24歳の幼稚園児といった雰囲気の楓が炬燵の中で足をパタパタさせながらおでんの出来上がりを待っている。

 

一方で18歳の幼な妻である美波は非常に大人びたアンニュイな顔でスマホからブログを更新している。

 

色々な意味で対照的な二人だが、仲はいい。

 

ともすると俺なんかほったらかしで二人で遊びや仕事に向かうぐらいだ。

 

嫁さん同士の対立に頭を悩ませる男子が多い世の中で、なかなか稀有なケースだと思う。

 

初対面の人には姉妹と勘違いされたりして、そういう場合はなぜか三姉弟に見られ俺が弟扱いされてしまうのだった。

 

 

 

「これで大手を振っておでんを食べられますね」

 

 

 

楓が出来上がったおでんの鍋を前に何か言っている。

 

クタクタになった紅白蒲鉾を二切れほど取り、練辛子の入った出汁と一緒に口に入れる。

 

うーん、冬の味だ。

 

すかさず白米をかっこみ、また出汁を啜る。

 

米の甘さが引き立つ味だ、我ながらなかなか美味いおでんだと思う。

 

練り物好きの美波はちくわとごぼ天を器いっぱいに盛り、小さな茶碗に山盛りの白米を攻略にかかっている。

 

楓は一杯目から出汁割だ。

 

大根をあてにちびちびやっているその姿は女の形をしたオッサンにしか見えない。

 

テレビでは765プロの女性アイドルがやっている番組が流れていて、ゆうパックの箱の開け方を間違えたアイドルが顔面を打っている。

 

冬の一番寒い時期が過ぎていく。

 

 

 

「それでさ、二人とも」

 

 

 

俺は慎重に、そして真剣に切り出した。

 

 

 

「嫁さん増えるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、事の発端はいつでも祖母だ。

 

先月の初めに実家に呼び出された俺は、祖母に深々と頭を下げられた。

 

「ある女性を娶ってほしい」と。

 

俺が何も言わないうちに「どうしても孫にしたい、相手もあんたの事を憎からず思ってる」と続けられる。

 

婆ちゃんにしては珍しい、余裕のない感じだ。

 

 

 

俺がお婆ちゃんっ子だからというのを抜きにしても、俺はとにかくこの人には弱い。

 

色々と恩もある。

 

ある意味二周目の人生とはいえ……高峯ちばりという庇護者がなかったら、きっと今の俺はなかったはずだ。

 

もっと腐っていただろう。

 

なんせ一回死んでるんだ、そりゃあ無気力にもなるさ。

 

そんな俺を連れ回して、色んな人に会わせて、生まれつき持っていた物の大きさを教えてくれたい〜い女だ。

 

だから俺の答えは一つしかない。

 

 

 

「いいよ」

 

 

 

 

 

お見合いの席は料亭だった。

 

婆ちゃんがよく使うとこで、ここの料理長が新人だった頃に俺が軽く料理を教えた事もある。

 

スーツ着てじっと待ってたら、ドターンと襖が開いた。

 

 

 

「あ、あのっ、あのっ、あのっ、これっ、これっ、これ、サイン、サインくださいっ」

 

 

 

現れたのはエレキギターを手に持った、キョドりまくりの川島瑞樹だった。

 

 

 

「あれっ?勘太郎君……?KTRは?」

 

 

 

ま、だいたいわかった。

 

あの婆さんが川島さんをなんて言って連れてきたのかも、相手が俺を憎からず思ってるって話の真実もな。

 

これただのファンじゃねーか!!

 

LOVEとLIKEの違いだよ婆さん。

 

俺が指でチョイチョイと自分の顔を指差すと、聡い川島さんは一瞬で理解したようだ。

 

 

 

「え?あ、あ、ああ〜!!勘太郎がKTR!?単純すぎて気づかなかった!!え?でも本当?嘘でしょ?」

 

 

 

俺は川島さんからマッチングヘッドのテレキャスターを受け取って、ジミヘンコードを鳴らした。

 

 

 

 

チューニングはだいたい合っている。

 

 

 

「あたしあれ、あれ、バック・イン・ブラック、聴きたい、です」

 

 

 

完全に川島さんの言動が舞い上がったファンのそれだ。

 

AC/DCのBack in Blackがお好みらしい。

 

かの有名な、シンプルかつ完璧な世紀の名リフを弾き、目の前のたった一人の観客に叩きつけるようにして歌い始める。

 

川島さんはキラキラした目で「本物だぁ〜」とか言っている。

 

いつもの大人のお姉さん然とした態度は完全にどこかへ消え去り、もはやおっかけの少女のようだ。

 

正直かわいいと思うのは否定できない。

 

一曲歌い終わると、大げさに拍手をしたあとギターにサインを強請られ、汚い字でKTRと書き込んだ。

 

 

 

「ところで、あたしなんで呼ばれたの?」

 

 

 

ひとしきり騒いだ後で我に返ったらしい。

 

 

 

「なんか、お見合いらしいですよ」

 

「お見合い?…………あぁ」

 

 

 

お互いあの婆さんとの付き合いは長い、川島さんもすぐに腑に落ちたようだ。

 

 

 

「なんか、KTRと会えたら結婚するか?って言われて。会ってみなきゃわからないって言ったらここに連れてこられたのよね……」

 

「いつもいつも、祖母がご迷惑をおかけして申し訳ない」

 

 

 

俺は深々と頭を下げた。

 

 

 

「それで……結婚するの?」

 

「えっ?」

 

「あたしとは嫌?」

 

 

 

小首を傾げているが、断られるとは微塵も思っていない自信満々の表情だ。

 

 

 

「嫌っていうか……そりゃ川島さんは嫌いじゃないですけど、大丈夫なんですかそちらの家は?」

 

「うちの家はあたしが選んだ人ならどんな人でもいいって言ってるわよ」

 

「うちは婆ちゃんがどうしても川島さんを嫁に欲しいって言ってました」

 

「ふぅーん、勘太郎君自身はどう?」

 

「僕も異存はないです」

 

 

 

美人でスタイル良し、性格もかわいい、これで駄目ならそいつはアレなんだろう。

 

 

 

「へぇ〜、お姉さんと結婚したいんだぁ」

 

 

 

川島さんはなんだか嬉しそうな顔で下から覗き込んでくる、この人はほんとに自分の魅せ方をわかってるな。

 

 

 

「昔から気心も知れてますし、嫁さん達とも仲いいですから」

 

「そういう言い方ってロマンないぞ」

 

 

 

機嫌を損ねたのか、ジト目で見られた。

 

でも日本の歪んだ重婚社会において、そこが一番大事なところだからな。

 

俺は家内がギスギスするのは嫌だ。

 

 

 

「すいません」

 

「まぁいいけど……で、あたしも勘太郎君と結婚はオッケーなんだけど、一個だけお願いがあるの」

 

「なんすか?」

 

「あたしにも、あなたの曲を歌わせて!」

 

 

 

そうやって話は纏まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は現在に戻る。

 

 

 

「「は?」」

 

 

 

嫁さん二人の声がハモった。

 

 

 

「それはお婆様が決めたの?自分で引っかけたの?」

 

 

 

ハイライトの消えた目で問いかけてくる美波よりも、無言で菜箸を握っている楓の方が怖い。

 

 

 

「婆さんの決定だけど、最終的には俺が決めた」

 

「ふぅーん」

 

 

 

美波は過去最高の無表情だ。

 

 

 

「ついては、来週顔合わせを……」

 

「ここに呼んでください」

 

 

 

菜箸握りっぱなしの楓がテレビを見据えたまま言った。

 

 

 

「すぐに」

 

 

 

有無を言わさぬ迫力だった。

 

 

 

 

 

無言の三十分が過ぎ、玄関のチャイムが鳴る。

 

美波がなぜか土鍋の蓋を持ったまま玄関に行った。

 

 

 

沈黙の数秒間がまるで無限にも感じられ……

 

静寂を切り裂くように黄色い声が上がった。

 

菜箸を握ったままの楓も気になったのか玄関へ行き、玄関は更に姦しくなる。

 

肩を怒らせて出ていった美波は川島さんと腕を組んで帰ってきて、この日の酒は姉妹の固めの盃となったのであった。

 

 

 

 

 

翌週には両家が顔を合わせてトントン拍子で結納が済み。

 

 

月が変わる前には瑞希は家に越してきた。

 

第三婦人単体の結婚だからということで、慣習により大々的な披露宴は無し。

 

身内だけの結婚式が来月に行われるという事に決まった。

 

 

 

さて、そんな結婚にまつわるゴタゴタの中、瑞希がタレントとして美城に籍を置いたままというのもまずいということになった。

 

当然のように瑞希も俺の嫁さん専用事務所と化しているサギゲームス芸能部に移籍したのだが、それでまたひと騒動が起きた。

 

 

 

俺が各種週刊誌に叩かれまくったのである。

 

 

 

『アイドルを食い散らかす極悪成金社長の正体とは』

 

前の二人は嫁さんがアイドルになったのだ。

 

 

 

『無能社長の有能○ン○』

 

ドキュメンタリー(笑)映画が資料として挙げられていた。

 

 

 

『徹底予想!次に狙われるアイドルは?』

 

聞いたこともないヘレンというアイドルが最も狙われているらしかった。

 

 

 

『安部菜々との下町デートの写真を入手』

 

これは安部菜々がきらりで働いてた時の写真だ、「場末の飯屋で密会」と書かれていた。

 

 

 

好き放題書かれているが、なんだかんだで結構前から各所から叩かれてるし、今更という感じもあった。

 

これも有名税というやつだろう。

 

全く、美人の嫁さんをもらうと辛いぜ。




修羅場はもう書きません。

今年はキズナアイにドハマりしてました


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第17話 ホットケーキと迷子のシンデレラ

切りの良いところで投稿しておきます


機動戦士ガンダムⅡの公開がⅠに続いて延長なしのイマイチな結果で終わり、2015年は3月に突入した。

 

 

 

ジャブロー上空に爆音を撒き散らすウーファー10000個搭載の『ドゥーフシップ』と、V8熱核融合エンジン搭載のコアブースター『インターセプター』のチェイスは予告編で話題を呼んだ。

 

しかし結果はイマイチ、やはりまだマニアにしか受けていないといったところだ。

 

まぁスタジオ・ジブリだって初期作品の興行収入では赤字を出したりしている、俺はこの作品を長い目で見ることにしているんだ。

 

というわけで……『機動戦士ガンダムⅢ』、俺の独断で制作決定だ。

 

とはいえ儲けが出てないなら、金を何処かから稼ぐか借りるかしてこなきゃいけないのは道理だよな。

 

 

 

そういうことで、今月は我が社の金儲けのための新商品が出る月だ。

 

その名も「機動戦士ガンダム アッガイのホットケーキミックス」だ。

 

パッケージはホットケーキを積んで作ったかわいいアッガイのヘッドになっている。

 

女子高生が勘違いして買わないかな、という淡い期待をもってデザインされたものだ。

 

なぜホットケーキミックスなのかというと。

 

劇中でちょっとだけ出てくるというのもあるが、なぜか世間でホットケーキがパンケーキと呼ばれて大流行しているからというのが大きい。

 

うちはアニメ会社だ、ぶっちゃけ関連商品なんか儲かりゃなんでもいいのだ。

 

ガンダムチップスの売上を見てやる気満々の食品会社の担当の熱気に押され、俺もかなり真面目に作った。

 

これなら誰が作っても美味しいホットケーキになるはずだ。

 

世間からは「ポテトチップスの販促に映画を作ってる」と言われている我が社だが。

 

これはもうしょうがない、金があって困ることなどないからな。

 

儲けられるところで儲けないのは、バカか役人だけなのだ。

 

 

 

そういえば、昨年末に出したガンダムシリーズのOVA『ガンダムビルドバトルファイターズ』は、特に赤も黒もなくといった具合だった。

 

男子中学生のセイント・イオリがVR空間でガンプラを使ってするバトルである、名前もそのまんまの『ガンプラバトル』にのめり込んでいく学園ストーリーだ。

 

このアニメに出てくるSDガンダムのプラモデルを作って販売したところ、少しだけ売れた。

 

当然ながら型の代金はまるでペイできなかったので、またも会社の資産がグンッと減った。

 

しかし、この程度の赤はポテチマネーの前ではたいした赤ではないのだ。

 

金があるってのは心がおおらかになっていいよな。

 

二作目の制作も決定しているので、このOVAは早々に配信サイトへと流すことに決まった。

 

19歳の荒木比奈監督の今後の活躍に期待、というところだ。

 

 

 

 

 

さて、先月の半ばに各社へ打診を始めた『アイドルマスター MY GENERATION』だが、サギゲームスの担当者が腰を抜かすぐらいの食いつきがあった。

 

送ったところ全てから参加の返事がかえってきていて、まさに順風満帆。

 

更には把握していなかった小さい個人事務所などからも、ガンガン参加希望の電話が来ている。

 

アイドルと全く関係のないお笑い事務所や落語家の団体などからも連絡が来ていたが、そっちはさすがにお断りした。

 

 

 

未だに、まだ各社が何組のアイドルを出すのかも決まっていないような状況なのだが……

 

このままの勢いで行くと、たとえ一社一組の出場となっても予定されていたスケジュールにはとうてい収まりそうにない。

 

当初予定していた、大きな箱を2、3日借りてやる旧来の形のイベントで全てを賄う事は不可能だった。

 

そこで急遽我が社は、各地にある小さなライブハウスのスケジュールを押さえていった。

 

各地方の小さい箱でたくさん予選をやって、這い上がってきた奴らにドームの舞台で雌雄を決して貰おうというわけだ。

 

予選と本戦で二回もイベントを打てば十分だと甘い予定を立てていた我々は、この先長くに渡って人手不足と時間不足によるデスマーチに追い込まれることになるのだった。

 

 

 

 

 

うちの新妻となった川島瑞樹の「KTRの曲が歌いた〜い!」というおねだりに従って、渾身の一曲を用意した俺だったが。

 

ついでだから嫁さん三人組にこの曲で『アイドルマスター MY GENERATION』にも出場して貰おうと思っていたところ、総合プロデューサーから待ったがかかった。

 

 

 

「曲が良すぎます。その上女性アイドル界のオリジナル・テンが三人も入ってるんですよ、他の事務所が太刀打ちできませんから」

 

 

 

よく考えたらたしかにそうだ、八百長扱いされてもつまらんな。

 

総合プロデューサー判断で、この曲はイベントのオープニングセレモニーで発表することとなった。

 

 

 

嫁さんたちは毎日毎日、家の地下にある俺の自慢の音楽スタジオで練習を重ねている。

 

俺の大事なドラムセットやケトナーのアンプなんかは撤去されてガレージの隅へと追いやられ、壁には勝手に全面鏡が設置された。

 

トレーナー姉妹や木場女史、更には撮影のためにとサギゲームスの社員たちも出入りするようになり、女だらけで身の置き場がない。

 

俺は仕方なく会社へ行ったり、きらりへ行ったり、車校に通ったりして時間を潰していた、なんてこった!

 

 

 

 

 

そんなある日、車校終わりでぶらぶらしていた俺は桜の生えた公園のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。

 

会社に行くと仕事が待っていて、家に帰ると女達がやかましく、友人の類は皆受験の追い込みで忙しい。

 

どこに行く気もせず、年齢のせいで煙草も吸えず酒も飲めず、ただただボケーッとしていた。

 

すると、3月の気怠い風が聞いたことのある声を運んできた。

 

 

 

「あなた、学校は?」

 

「あの、そのぅ……」

 

 

 

ちらりと見ると、昔お世話になった片桐早苗さんが、婦警の格好で女子高生を職質していた。

 

 

 

「今日は創立記念日で、そのぉ……」

 

「どこの学校?電話して聞くから」

 

 

 

職質されている方にも見覚えがある、アイドルマスタープロジェクトの推薦書類に入っていた女の子だ。

 

さすがに名前までは覚えていないが。

 

暇を持て余しすぎて魔が差したのかもしれない、俺は懐かしい声と見た事のある顔にフラフラと引き寄せられていった。

 

「片桐さん、お久しぶりです」

 

「えっ?あ、ああっ、えーっと……」

 

「高峯です、ほら、料理屋の……」

 

「…………あ〜!!きらりの店長さん?ちょっと待ってね、いま仕事中で……」

 

「すいませんその子、僕が呼んだんですよ」

 

 

 

俺はそう言いながら、サギゲームス代表取締役社長の名刺を取り出して渡した。

 

 

 

「えっ!?あ、あぁ……これってあれ?あのアイドルのやつ?」

 

「そうなんですよ〜、ここしか時間取れなくて無理言っちゃって」

 

 

 

女の子は何がなんだかわからない様子だったけど、とりあえずコクコク頷いている。

 

学校に連絡されるのはまずいのだろう。

 

 

 

「じゃああなた芸能人だったの?」

 

「いえ、そのぉ……」

 

「その卵って感じでしょうか、すいませんねほんと」

 

「うーん、まぁそういう事なら……しかし、菜々から聞いてはいたけど、君も出世したわねぇ」

 

「色々いい出会いが重なりまして……おかげさまで店の方もまだ続けさせて頂けてます」

 

「あたしも時々行ってるわよ、留美とはよく飲むし」

 

 

 

それは初耳だ。

 

 

 

「それはどうもありがとうございます、どうぞこれからもご贔屓に」

 

「うんうん、苦しゅうないぞ。なんつって、あはは」

 

 

 

早苗さんは俺の名刺を物珍しそうに裏返したりした後、スーパーカブで走り去っていった。

 

 

 

「アイドルの子でしょ?余計な事しちゃった?」

 

 

 

女の子は少し俯いて、いえ……と答えた。

 

 

 

「俺はこういうものだけど、顔見たことあったから困ってるのかと思ってさ」

 

 

 

そう言いながら名刺を渡した。

 

 

 

「あ、いえ……助かりました、ありがとうございます……って!ええっ!?サ、サギゲームスって、アイマスのサギゲームスですか?」

 

「そうそう、そういやどこの事務所だったっけ?」

 

「事務所は……クビになっちゃって、今養成所なんです」

 

「あっ……そっかぁ」

 

 

 

気まずい。

 

 

 

「じゃあこれから養成所?」

 

「いえ、今日はなんとなく、養成所にも学校にも行く気がしなくて……」

 

 

 

暗い顔で自嘲気味に笑う彼女は、なにやら行き詰まっているようだ。

 

多分妹と同い年ぐらいであろう彼女の笑顔はどうにも辛そうで、なんとなく放っておく事ができなかった。

 

 

 

「あ〜、じゃあ、なんかの縁だし飯でも行く?」

 

「…………」

 

 

 

彼女は否定も肯定もせず、曖昧に笑うだけ。

 

俺はさっさとタクシーを止めて、彼女きらりに連れて行ったのだった。

 

 

 

 

 

「あうぅ……はぐっ……はぐはぐ」

 

 

 

休憩時間のきらりのカウンターで泣きながらカレーを食べる女子高生。

 

タクシーの中では思い詰めた顔でもしゃんとしてたんだが、店についてカレーを一口食べたら途端に号泣しだしたのだ。

 

すごい絵面だ、そしてその隣で俺は弱りきっていた。

 

 

 

「オーナー、何したんです?」

 

 

 

店の女どもが俺を責めたてる。

 

 

 

「何もしてねぇよ!なんか煮詰まってたみたいだから飯でも食わしてやろうと思って……」

 

「オーナー、新婚なんだからこういうのは良くないですよ」

 

「何もしてねーよ!少しは信じろよ!」

 

「美味しい、美味しいですぅ……」

 

 

 

宣材では輝かんばかりのスマイルが特徴的だった彼女の顔も、今では曇りきって見る影もない。

 

飯食いながら泣くのはかなりやられてる証拠だ。

 

 

 

「ご飯食べてなかったの?」

 

 

 

三船嬢が聞くと「朝ご飯は食べました……」との事。

 

女子高生は食って、泣いて、水飲んで、しばらくしたら落ち着いた。

 

 

 

「社長さんは……なぜ私なんかの事を知ってらしたんですか?」

 

「アイドルマスターの候補生に君が入ってたから、資料を読んだんだ」

 

「アイドルマスター……そう、アイドルマスターですよ!」

 

 

 

なんだか情緒不安定な子だ。

 

 

 

「あの選考に漏れた子は、全員養成所に戻されました。リリースです。みーんな私を置いて養成所を辞めちゃいました」

 

 

 

そんな状況になっていたのか……第一期なんか十人集めるのにも相当苦労したのにな。

 

 

 

「私は……私だけ、諦めが悪いんです。たとえ今は駄目でも、頑張れば……頑張っていさえすれば、いつか……って」

 

「そういうことってあるわよ」

 

 

 

女子高生の肩を抱く、小学生にラブレターを送って捕まった前科一犯の三船嬢。

 

悪いが、いくら頑張っても小学生と結婚できるようにはならんぞ。

 

 

 

湿っぽい雰囲気の中、きらりの扉が開いた。

 

 

 

「さっしいっれで〜す!いや〜仕事仕事で大変ですよぉ〜!これだから売れっ子アイドルってば……あれ?何かありました?」

 

 

 

伊勢丹の紙袋を持った間の悪い安部菜々を、きらりの面々が冷ややかに見つめていた。

 

 

 

「あ、安部菜々さんだぁ……!」

 

 

 

さっきまで泣きべそをかいていた女子高生が、三船嬢を弾き飛ばして立ち上がった。

 

 

 

「あのっ……!あのっ!ファン……ファンですっ!メルヘンデビュー!大好きです!」

 

「えへへ〜、ファンですかぁ〜、照れますねぇ〜、あ、どこかサインしましょうか?」

 

 

 

いそいそと鞄からサインペンを取り出す安部菜々、こいつはアイドル生活を全力で楽しんでるな。

 

 

 

「あの……その、これに、これにお願いします」

 

 

 

しどろもどろになりながら、女子高生は鞄から使い込まれた様子のBluetoothのスピーカーを取り出す。

 

 

 

「お名前はなんですかね?」

 

 

 

安部菜々が聞くと、女子高生は輝く笑顔で答えた。

 

 

 

「島村卯月です!!」




原作のような闇落ち卯月はないと思ってください


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『シンデレラプロジェクトの崩壊』『たくみんのケーキ屋さん』

さすがに今年度中に完結は無理そうです。
来年も腰を据えてやっていこうと思います。


『シンデレラプロジェクトの崩壊』

 

 

 

武内プロデューサーには自負があった。

 

新卒採用で美城芸能に入社して、この女社会の中で艱難辛苦に耐えてきた。

 

良いことも悪いこともあった、至らぬ自分への苛立ちも、虚無も、投げやりもあった。

 

高峯勘太郎の無茶振りに答え、病院送りにされた事もあった。

 

その甲斐あってか、この若さで女性アイドル事業の立ち上げから統括までを任された。

 

ひとつひとつ、確実に壁を超えてきた結果だと自負していた。

 

 

 

 

 

だが、いま目の前にいるのは役員だ。

 

越えられない壁が、あった。

 

 

 

「ふむ、宮本フレデリカ、鷺沢文香、城ヶ崎美嘉、安部菜々、橘ありす、赤城みりあ、緒方智絵里、あと、この渋谷凛って新人を貰おうか。本当は川島瑞樹も欲しかったが、寿退社ならば仕方があるまい。」

 

「お、お言葉ですが。貰おうとは……?」

 

「私の指揮する『プロジェクトクローネ』に参加してもらおう。残りのアイドルはこれまで通り、君にプロデュースを任せる」

 

「今仰られたアイドルはそれぞれユニットの基幹となる……!」

 

「好都合だ、ますます欲しい。いいアイドルを育ててくれたな、武内」

 

 

 

美城芸能の経営者一族である美城美船常務は鷹揚に頷き、目を落としていたファイルを閉じた。

 

そうして、「もう言うことはない」とばかりに顎をしゃくって退室を促した。

 

 

 

「し、失礼します……」

 

 

 

廊下を歩く足取りは、のたのたよろよろとしたオールドスクールなゾンビか、はたまた酔っぱらいのそれになり。

 

生気の抜け落ちた顔は、元々の表情の険しさも相まってますます人を寄せ付けないものとなっていた。

 

 

 

 

 

唐突に仲間を奪われたプロジェクトの女の子達に泣かれ、叩かれ、喚かれまくった翌日。

 

武内は桜の生えた公園で頭を抱えていた。

 

どう考えても『アイドルマスター MY GENERATION』の予選までに時間が足りない。

 

出場予定だったアイドルユニット達からは、精神的支柱でもあった主力アイドルが引き抜かれてしまった。

 

そのショックも冷めやらない今では残りのメンバーのメンタルケアも上手くいかず、レッスンの予定すら組めない。

 

ひとつひとつをこなしていくしかないのだが、ユニットはいくつもあるのだ。

 

本気かどうかはわからないが、辞めたいと零している娘までいた。

 

被害は甚大だった。

 

 

 

「ありがとうございます、わざわざ送って頂いて」

 

「あんな辺鄙なとこで放り出すわけないじゃん」

 

 

 

鈴の音のような暖かな声と、耳慣れた軽薄な声が武内の耳に届いた。

 

その声に惹かれて公園の外に出てみると、見慣れた顔があった。

 

 

 

「勘太郎さん」

 

 

 

武内が声をかけたのは、ほとんど無意識の事だった。

 

人間として信用はできないが、問題解決能力にだけは奇妙に長けたその男に、ただ縋りたかったのかもしれない。

 

 

 

「あれ?武内君じゃん。ちょうど電話しようと思ってたんだ」

 

 

 

自分を見つけた彼の胡散臭い笑顔を見ると、武内はやはり一抹の不安を覚えざるを得ないのであった。

 

 

 

 

 

武内が生きているのは生き馬の目を抜く芸能界だ。

 

同年代の気の置けない相手というのはやはり貴重なもので、いつもの何倍も舌が回っている気がした。

 

本人も自覚できないうちに、無理解な上層部への不満は重く、深く、そして濃く沈殿していたのだろう。

 

武内は息もつかせぬ勢いで、まさに今日受けた横暴な仕打ちを勘太郎へと打ち明けたのだった。

 

 

 

「そっかぁ、じゃあ美船さんは『アイドルマスター MY GENERATION』、本気で来るんだ」

 

「本気で行くのはもちろんいいのですが、それのせいでうちの部署はガタガタです。仲間を引き抜かれて、いっそアイドルを辞めようか、なんて事を言い出した子もいるぐらいです」

 

「なんですかそれ、ひどい……そんな覚悟でアイドルをやってるんですか?」

 

 

 

武内の言葉を聞いて、島村卯月は心底ショックを受けたという様子で言った。

 

 

 

「島村さん……でしたか。いえ、普段はそういった事はありません。うちの子達もただ動揺しただけで……」

 

「彼女さ、事務所クビになってからずーっと養成所で頑張ってるんだよ。同期もみんな辞めちゃったらしくてさ」

 

「そう……だったのですか……」

 

「いえ、私の諦めが悪いだけなんです……すみません、途中で口を挟んでしまいまして」

 

 

 

島村卯月は自分の茶色いローファーの先を見つめながら、そう言った。

 

 

 

「いえ、こちらこそ知らずとはいえ無神経な事を……」

 

 

 

武内も島村卯月と同じような姿勢で、気まずげに足元を睨んでいた。

 

 

 

「そんでさ、武内君のとこで彼女見てあげてくれない?」

 

 

 

明るい声でそう言った勘太郎が、武内の肩をポンと叩いた。

 

 

 

「え?いや、今はちょっとバタついてまして。先の事も……」

 

「そういう時こそ、ハングリーな新人が必要なんだって。倦怠感に飲み込まれつつあるプロジェクトに人事で活を入れるんだよ」

 

「はぁ……」

 

「泥にまみれたタレントは強いって、安部菜々を見てよぉ〜くわかってるでしょ?その点彼女はあの若さで泥まみれ、いや灰かぶりのシンデレラって所かな。とにかくリベンジムードでやる気満々、何回落ちても這い上がってきたタフさで明日からでも行けますよってな感じなんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「なぁ島村さん」

 

「はいっ!私、頑張ります!」

 

 

 

彼女は眩い笑顔で答えた。

 

 

 

「ええ、それはいいんですが……」

 

「あっ!そうだ、さっき皆で考えた自己紹介やってみたら?」

 

「わかりましたっ!」

 

 

 

制服の少女、島村卯月はスゥーッと大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「空前絶後のぉぉぉぉ!!!!

 

超絶怒涛のアイドル候補生!!!!」

 

 

 

木にとまっていた鳥たちが一斉に飛び立ち、武内は今日ここに来た自分の不幸を呪った。

 

 

 

「笑顔を愛し、笑顔に愛された女ぁー!!!!

 

アイドル、歌手、モデル、全てのキラキラの生みの親ぁー!!!!

 

そぉう!!

 

私こそはぁ!!!!

 

スマイリングゥゥゥゥ!!!!

 

島村ァァァァ!!!!」

 

 

 

完全にヤケクソとしか思えない絶叫と共に顔の横でダブルピースを決めた少女は、全方向に眩い笑顔を放ち。

 

公園には冷たい静寂が舞い降りた。

 

 

 

「え、笑顔は……認めます」

 

 

 

武内はそう返事をする事だけで精一杯だった。

 

 

 

「武内君が笑顔認めたら、もうぜんぶ認められたようなもんだよ。やったじゃん島村さん!」

 

「はいっ!」

 

 

 

二人は勝手に盛り上がっている。

 

 

 

「えっ、ちょ…………そ、それより!お知恵をお貸し願いたい事がありまして……」

 

「あー、これからのユニット編成の事でしょ」

 

「ええ、まぁ、はい……」

 

「そのために、彼女のハングリー精神が必要って話なんだよ。いいか?武内君よ」

 

「はい?」

 

 

 

勘太郎はいつもの自信満々の胡散臭い笑顔で武内の肩を叩いた。

 

 

 

「逆に考えるんだよ、立て直さなくっていい。どうせ時間も足りないんだから、全部まとめちまうんだ。いまアイドルは何人いる?」

 

「22人です」

 

「ちょっと少ないな、48人とは言わないまでも24人ぐらいは居た方がいいだろう。よし、それでだ。これからアイドルをもっと増やして、そのチームのレギュラー24席を奪い合わせるんだ」

 

「それは……」

 

「美船さんのユニットは美城のハイエンドなんだろ、ハイエンドに正攻法で勝つのは無理だ。いいか、常に危機感を持たせろ。そしてトップを決めるんだ。センターに立つものは一人だけ、ファンによる選挙でそれを決める」

 

「ファンによる選挙……ですか」

 

「そうだな、ユニット名は……美城芸能のある渋谷から取って『SBY24』だ、どう?」

 

「(ダサすぎてそれは)ないです」

 

 

 

武内Pは公園に来る前よりも重くなった頭を抱え、半ば押し付けられた島村卯月を連れて事務所へと帰っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

『たくみんのケーキ屋さん』

 

 

 

美城芸能の女性アイドル向井拓海は、机に置いたスマホを前に小一時間ほど悩み続けていた。

 

 

 

「うぅ〜どうしよ、いいのかなぁこんなことで電話して……社長も忙しいだろうし、いや、いやいや……アタシだけの事じゃないしな、クラスの皆の事でもあるから……あぁ〜いいやっ!かけちまえ!」

 

 

 

一念発起してスマホを手に取ると、ゲーム制作会社及びアニメ制作会社を経営する高峯勘太郎に電話をかけた。

 

三回コール音が鳴り「もしもし」と気の抜けた声が聞こえる。

 

 

 

「しゃ、社長!アタシ……です、向井拓海です。お久しぶりです!」

 

「おぉ、久しぶりじゃん。どうした?」

 

「あのっ、今度学校で新入生歓迎祭ってのがあって……ありまして。そんでクラスでケーキ屋をやる事になって……なったんです。それでですね、社長んとこのホットケーキミックスを使わせてもらおうと思ったんですけど、どこにも売ってなくて……ですね」

 

「あぁ〜アレか、OKOK、いいよいいよ。事務所の方に送っとくね」

 

「ホントですか?ありがとうございます!!あのっ、お金なんですけど……」

 

「あぁ、いいよいいよ。その分浮かせて打ち上げでパーッと使いなよ。」

 

「あっ、ありがとうございます!ゴチになります!それでですね、あのっ、当日23日なんですけど。ぜひお暇でしたらっ!学校の方にも」

 

「あぁ、ご招待ありがとう。都合がついたら顔出させてもらおうかな」

 

「ありがとうございます!ぜひお待ちしてます!」

 

 

 

その後もニ、三言葉を交わしてから電話を切った拓海は、スマホを抱いたままベッドに転がった。

 

 

 

「楽しみだなぁ、社長、来てくれるかな」

 

 

 

そのままクラスの新入生歓迎祭実行委員に連絡を忘れていた彼女は、三十分後にベッドでウトウトしていたところを電話で起こされることになるのだった。

 

 

 

 

 

「凄い量です!よく手に入りましたねっ!」

 

「へへっ、社長が送ってくれたんだよ」

 

「押忍!社長に感謝です!」

 

 

 

山と積まれた機動戦士ガンダム アッガイのホットケーキミックス入りの段ボールを前にして、向井拓海とクラスメイトの中野有香がそんな会話をしていた。

 

他のクラスメイト達は、美城プロから学校まで中身満杯の大量の段ボール箱を人海戦術で運んだ疲れでほとんどグロッキー状態だ。

 

 

 

「たくみんこれってさぁ、めっちゃ人気のやつでしょ?初日でいきなり全部売り切れて、そっから転売でしか売ってないってやつ」

 

 

 

はしたない格好で床に寝そべっている眼鏡の女子が、拓海に聞いた。

 

 

 

「らしいな、やっぱり社長は凄いぜ」

 

「そんなおじさんに頼っちゃっていいの〜?たくみんアイドルだし魔乳だしさぁ、後からエッチな接待要求されたりして〜」

 

 

 

机に突っ伏して毛先を弄る金髪の女子が、人の悪そうな笑みを浮かべて言った。

 

 

 

「バカ女!社長はそんな人じゃねぇし、おじさんでもねぇ!ウチらの一個上だぞ」

 

「えっ?そんな若いの?」

 

「ボンボンなんだね〜」

 

「いいなぁ〜若社長って、人生の勝者だよねぇ〜」

 

「クソ女ども!!ゴチャゴチャ言うならてめぇらには食わせねぇぞ!!」

 

 

 

険しい顔で拓海が吼えた。

 

 

 

「あっ!たくみんゴメンゴメン!」

 

「お願い許して、なんでもしますから!」

 

「ならさっさと明日の準備をしろ!」

 

 

 

女子達は慌てて立ち上がって模擬店の準備を始めたが、この日はほぼ全員が日が変わるまで作業をする事になったのだった。

 

 

 

 

 

新入生歓迎祭当日。

 

朝早くから、まだ開始時間も来ていないというのに拓海のクラスの模擬店の前には長蛇の列ができていた。

 

 

 

「いい加減にしねぇか!一体練習で何枚焼くんだよ!」

 

「だってみんなが並ぶから……」

 

「この匂いが暴力的すぎるよ〜、焼いてたら他のクラスどころか先生達まで集まってきちゃって……」

 

「散れっ!!散れっ!!お前ら!本番始まってから来い!」

 

 

 

拓海の一喝で渋々バラけた列だったが、その鋭い視線は焼かれているパンケーキからなかなか外れようとはしなかった。

 

 

 

 

 

午前九時、開校以来更新されていない古ぼけた放送設備が新入生歓迎祭の開始を告げた。

 

体育館では演劇が始まり、校門に面した運動場からはブラスバンド部の演奏が聴こえてくる。

 

しかし祭りにやってきた客たちは、どの催し物にも立ち寄らずに真っ直ぐ家庭科教室のケーキショップへと向かっていく。

 

十五分もした後には、まるで巣から甘いものへと一直線に列を成す蟻のごとく、校門から家庭科教室へと甘い匂いに誘われた客達の列が出来上がっていた。

 

 

 

朝から作ったホットケーキミックスを使ったタルトやパウンドケーキは早々に売り切れ。

 

今も暗幕で仕切られたバックヤードで女生徒たちが追加を作っているが、押し寄せる客の群れにはとても太刀打ちできそうにない。

 

事ここに至っては、すぐに作って出せるパンケーキに生クリームを乗せてソースをかけたものだけが生命線だった。

 

艶やかな髪をネットに詰め込んで、すっぴんのままマスクとビニール手袋をつけた今一インスタ映えしない女子高校生達は半べそでパンケーキを焼き続ける。

 

変に潤沢な在庫のせいもあってか、日が暮れるまでたっぷりと彼女たちの苦難は続いたのであった。

 

 

 

 

 

夜の学校全体が静かな熱気に満ちていた。

 

新入生歓迎祭は大盛況のうちに終わり、向井拓海率いる三年二組のケーキショップはその中でも全校一の人気となった。

 

片付けは翌日の午前中に時間を取って行われることになっていたが、少女達は誰一人帰ろうとはせずに家庭科室で喋り続けていた。

 

「結局うちらの分まで全部焼いちゃったね〜」

 

「しょうがないじゃん、客怖かったしさ」

 

 

 

少女は「ゾンビみたいじゃん」と言いながら手を前に出して笑っている。

 

 

 

「あたし1パック残してあるよ、自分用に」

 

 

 

ちゃっかりした眼鏡の少女は、カバンからアッガイの絵の描かれたそれをちらりと出した。

 

 

 

「卵も牛乳ももう全部ないっつーの」

 

「ていうかたくみん爆睡してんじゃん」

 

 

 

拓海は机に突っ伏して胸を枕に眠っていた。

 

 

 

「しょうがないよ、昨日から泊まってたもん」

 

「熱血だからな〜」

 

 

 

そんな中、スマホを弄っていた金髪のギャルが掠れた声で騒ぎ出した。

 

 

 

「ね!見て、このニュース!モヒナガが、ガンダムのホットケーキミックス生産中止にするって」

 

「嘘!なんかあったの?」

 

「ご高評につき生産中止……だって、な〜んだそりゃ。えっと、当初の予定よりも大幅に美味しすぎるため、製菓業界への影響を鑑みて生産を自粛することに決定いたしましたって……どういうこと?」

 

「美味すぎて茶店が潰れるってさ、くだんねぇ〜」

 

 

 

眼鏡の女子は脱力したといった様子で、隣の少女にしなだれかかった。

 

 

 

「でもほんとに潰れるじゃん、あんなん家で食べれたらさ」

 

「そりゃ〜そうなんだけどさぁ〜、もうちょ〜っと早く聞きたかったよね」

 

 

 

脱力したままの眼鏡の少女が言う。

 

 

 

「なんで?」

 

「そりゃあ…………」

 

「ねぇ…………」

 

 

 

金髪のギャルの問いに、利に聡い少女達が目を合わせた。

 

 

 

「「「一箱残しときゃ良かった〜!!!」」」

 

 

 

一日中アッガイのホットケーキミックスの脅威の売れ行きに振り回された少女達の、それは切なる叫びであった。




Fallout4 VRが楽しすぎて、休みの日もなかなか連邦から戻ってこれません。


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第18話 ゲーセン神話

お待たせしました。


「で、島村さんの様子はどうよ」

 

 

 

サギゲームスのオフィスで、俺は武内君と打ち合わせという名の雑談に興じていた。

 

 

 

「なんと言いますか、かなり情緒不安定……ですね」

 

 

 

千川さんが淹れてくれたブラジルサントスを飲みながら、武内君はいつもの癖で首の後ろをさすった。

 

 

 

「そんなん見てりゃわかったろうに、面接して落としてもよかったんだろ?」

 

「それは……あなたの推薦だからです」

 

 

 

武内君は首の後を押さえながら、鋭い目つきで俺を見ている。

 

 

 

「へぇ〜、俺って美城にそんな影響力あったんだっけ?」

 

「本田未央、双葉杏、向井拓海といった特大の玉が周りにいたのに、自分のプロダクションにも誘わず推薦もしなかったでしょう。そのあなたがわざわざ推薦するんですから、取って当然、というわけです」

 

「その割には、俺が島村さんを推薦した理由がわかんないって顔してるね」

 

「……そういうわけでは」

 

 

 

目線を落とし、肩をすくめる武内君。

 

 

 

「島村さんはさ、料理で言うところの塩なんだよね」

 

「塩、ですか……」

 

「ルサンチマンの塊で、泥臭くて、人の都合で振り回されて。体も心もポテンシャルは一般人とそう変わらないのに、超人達の間で必死にもがいてるわけ」

 

「はぁ」

 

「諦めたくても諦めきれない。その夢が後悔に変わるかどうかって瀬戸際で、まさに今必死に戦ってるわけ。それでさ、シンデレラプロジェクトにはその必死さが足りてない」

 

「これで我々も必死でやっているつもりなんですが……」

 

 

 

そう言う顔はいかにも苦々しげだ。

 

 

 

「状況が良すぎて気付いてないだけじゃない?業界最大手だろ?武内君も含めて、あそこにいる連中は全員人生の成功者なわけよ」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「全くそんな事あるのさ。塩っ気が全然足りてないね」

 

「…………」

 

「まぁ、放逐してもいいんだろうけどさ。よかったらもう少し付き合ってみなよ」

 

「はぁ……」

 

 

 

武内君は困惑した顔で首の後ろをさすりながら、黒のマークXに乗って去っていった。

 

まぁ、人間としての偏差値が80台の奴らに、偏差値50のどこまでも普通な島村さんや、平均割っちゃってる俺なんかの気持ちは理解できないだろう。

 

俺達普通以下の人間は頑張るだけで精一杯。

 

程々に頑張って結果を出すのが人間としての一流なら、俺達三流以下は結果なんか出なくても頑張ったって事実だけで祝杯もんだ。

 

そういう感覚がわかる人間がいないと駄目だ。

 

アイドルは芸術品じゃない、ファンの影響を受けて変わっていく揺らぎの中の存在なのだ。

 

 

 

 

 

「それにしても凄い量ですね」

 

「そうだよなぁ」

 

 

 

サギゲームスの災害用備蓄品保管室に山と積まれたそれは、紙箱でパッケージングされる前のガンダムホットケーキミックスだった。

 

この間これを独断で販売停止にしてくれたモヒナガに文句つけに行き、そのついでに引き上げてきたものだ。

 

裁判はできなかった。

 

モヒナガとの契約には穴があって、モヒナガが『売らない』分にはこちらから相手を訴える事ができないのだった。

 

出したら出しただけ売れる状態が常態化しすぎていて、最低出荷数について盛り込まなかったうちの先生の大ポカだ。

 

 

 

「社長、これどうしましょう?」

 

「俺にいい考えがある」

 

 

 

俺は千川さんに笑顔を返し、去年発足したサギゲームスのアーケードゲーム企画部に足を運んだ。

 

アーケードゲーム企画部では、来月より稼働予定のゲーム『サギゲー VS サンサーラ』のバランス調整が行われていた。

 

 

 

「あっ、社長。メールご覧になられました?基盤の方、滞りなく生産完了したとのことです」

 

 

 

手脂で曇りきったクラブマスターをかけた、年中スウェット着の開発主任が報告をしてくれる。

 

こいつは赤門卒で採用面接にスリッパで来た傑物だ。

 

 

 

 

「残念なお知らせがあります」

 

「へ?なんですか?」

 

「仕様変更だ!」

 

 

 

部屋中から悲鳴が沸き起こった。

 

 

 

「隠しボス増やせ!ユーザーが連勝してたら出るようにしろ!そんで、勝ったらレシート発行するようにコード書け!」

 

「ボスって、いきなりそんなん無理ですよぉ!これ3Dでトゥーンレンダしてんですから!」

 

「ガンシューティングのモデル使ってでっち上げろ、あっちは遅らせていい。同じエンジンだからいけるだろ」

 

「え、ええー……む、無茶苦茶だぁ……」

 

「とにかく来月に間に合わせろ、ボーナスはきちんとつけておく」

 

「細かい仕様はあとでお送りしますので……」

 

 

 

千川さんが小さく手を合わせて頭を下げてくれているのを横目に、部屋を出た。

 

さぁ、忙しくなるぞ。

 

マニアなお姉さん達や、そのサークルの殿達が集まる電気街。

 

そこから少し離れたビルの2階を居抜きで借りた。

 

以前はオーガニックなカフェだったらしいその物件、喫茶店ができる設備がそのまま残っていて条件は十分だ。

 

突貫だが潤沢に金をかけて内装工事を終わらせ、俺の持ってるアニメ会社サンサーラの料理番二人にケーキ作りとお茶入れの特訓を施した。

 

よし、これで準備は万端だ。

 

あとは現場が盛り上がってくれるかどうかだな。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

「ワニパイ来るぞ、ワニパイ来るぞ」

 

「わかってるって」

 

 

 

縁無し眼鏡の女が手慣れた操作でゲーム筐体のボタンを押すと、画面の中のキャラクターが大剣を持った黒騎士から仮面をかぶった赤い男に変わった。

 

 

 

『当たらなければどうということはない』

 

 

 

画面の中の男はそう言って半透明の無敵状態に変わる。

 

 

 

「あっ!早いって!」

 

『ワニザパイ!』

 

 

 

仮面の男に相対する化物は、左手のロケットランチャーとガトリングガンが混ざったような武器からミサイルを吐き出した。

 

それは半透明から通常状態に戻った仮面の男の足元に突き刺さり爆発し、満タンだった体力バーを全て削り取った。

 

 

 

「バカおまえバカ……ワニパイはワニで無敵取らなきゃ当たるんだって……」

 

「ならおめぇがやれよ!!」

 

 

 

縁無し眼鏡の女は怒りに顔を真っ赤にして台パンし、連れのお団子髪の女に怒鳴り散らす。

 

画面の中では体から棘を生やした隠しボスが『時間の浪費だったな』と勝利宣言をしていた。

 

ここ数日、ゲームセンターは荒れていた。

 

 

 

 

 

発端は稼働したばかりの『サギゲー VS サンサーラ』というゲームに隠しボスが見つかった事だ。

 

対人戦で5から10連勝すると『特別な乱入者です』というメッセージが出て、許可すると異常に強いボスとの戦闘が始まるのだ。

 

それだけならば単なるファンサービスの範疇だが。

 

その話が出た直後に巨大掲示板に書き込まれた、関係者を名乗る女の『勝てばレシートが出て特別な店に行ける』という書き込みが波乱を呼んだ。

 

筐体を確認すれば、確かに側面には見慣れないスリットがあった。

 

なにより開発元のサギゲームスの社長高嶺勘太郎は、今やテレビで見ない日がない女性アイドルのムーブメントを復活させ、ポテトチップスの売上だけで映画を3本作る常識外れの男だ。

 

『サギゲームスなら何があってもおかしくない』という、メーカーとユーザー間の不思議な信頼関係があったのだ。

 

 

 

「おっ!吉野家がコイン入れるぞ!」

 

「対戦中に吉野家の牛丼を食う舐めプをしながらも絶対に勝つ女、普段は死んでほしいけどこういう時は頼もしいな……」

 

「牛丼女さっさと負けろよな、あたし次やるから」

 

「おおっ!ゲームは上手いが性格が悪すぎて誰からもmix○の招待が貰えなかった女……チンパン加藤まで……」

 

「しゃあないな~、みんな下手くそやからな~、うちが出な誰も倒されへんのちゃうかな~」

 

「おおおっ!毎朝有名なカレー屋に並んでからゲーセンに来るニート、スパイシー高野だ!!」

 

「うちのゲーセンの強者勢揃いじゃねーか、これ今日中にクリアできるんじゃね」

 

「いやぁ……どうだろ?」

 

 

 

 

 

それから1週間、未だクリア者は出ていなかった。

 

筐体には『他店洩らし厳禁。ネット晒し厳禁。』と赤字で書かれたノートが括り付けられ、隠しボスであるペイトリアックの攻略情報が綿密に書き込まれている。

 

今日は稼働から2度目の土曜日だ。

 

店にある『サギゲー VS サンサーラ』の3台の筐体の周りには、朝から熱心なギャラリー達が詰めかけていた。

 

 

 

『ワニ「当たらなければどうということはない」ザパイ!』

 

「「「おおっ!」」」

 

 

 

今は稼働日からこのゲームをやりこんでいると噂の、コパ昇というプレイヤーが台に座っていた。

 

このゲームセンターにいる五人の四天王のうちの一人と言われている彼女の操作に澱みはなく。

 

画面の中では奇っ怪なヘルメットを被ったイケメンキャラが、隠しボスの即死技を華麗にかわしている。

 

 

 

「行けっ!行けっ!」

 

「頼むっ!やってくれっ!!」

 

 

 

コパ昇のあだ名の由来ともなった技。

 

この技だけで大会に優勝して周りを呆れさせた、屈弱キック、屈弱パンチからの昇竜拳コマンドが流れるように決まる。

 

 

 

「ウルコン!ウルコン!」

 

 

 

不敵に笑ったコパ昇が波動波動パンチを入力すると、画面の中のシャア・アズナブルが綺麗な敬礼をして言った。

 

 

 

『勝利の栄光を君に』

 

 

 

画面端から『ブッピガン』という音と共に巨大なピンクのロボットの腕が伸びてきて、握ったマシンガンを隠しボスに向けて斉射した。

 

しかし隠しボスはキャラクター3人分の体力を持つ化物で、そう簡単には倒れない。

 

 

 

『アイル ショウユー! ノーマーシー!』

 

 

 

ボスは斉射がやんで腕が引き戻されるのと同時にシャアに飛びかかり、右手で首を釣り上げて左手のマシンガンでシャアにとどめを刺した。

 

 

 

『認めたくないものだな、自分自身の……』

 

『安室、行きます』

 

 

 

シャアの代わりに素早く安室礼二が登場し、挨拶代わりの波動コマンドで放たれたハロが隠しボスに突き刺さる。

 

そのまま無言で行われた左手のマシンガン斉射で体力を7割削られながらも立弱パンチ、屈中パンチからの強竜巻コマンドでゲージを貯めていく。

 

『サギゲー VS サンサーラ』は3人選んだキャラを切り替えながら戦う、3 VS 3のゲームだ。

 

この試合ではすでにシャアともう1人のキャラは倒されているので、正真正銘安室が最後のキャラである。

 

しかし削りは順調で、隠しボスの体力はすでにあと1ゲージ分を割っていた。

 

波動を防御させたところに十八番の屈弱キック、屈弱パンチからの昇竜コマンドが繋がり、隠しボスが膝をついた。

 

 

 

『ナウ ディスィザ ファイ』

 

「ワニパイ来るぞ!」

 

『ワニ「相手がザクなら人間じゃないんだ!」ザパイ』

 

 

 

隠しボスのミサイルが飛ぶ前に、コパ昇の波動波動パンチが入力されていた。

 

コパ昇は筐体から手を離し、ハイライトに火をつける。

 

画面からは『ブッピガン』、『ピキュゥーン!』という気の抜けるSEと、『YOU WIN!!』という判定が聞こえてきた。

 

その瞬間ギャラリーが上げた雌叫びは、ゲームセンターの前の交差点の向こう側にまで届いたのだという。

 

 

 

 

 

「やっと客が来たと思ったら、冴えない子豚が四匹とはね」

 

 

 

コパ昇と三人の仲間達は、隠しボスに勝利したあと筐体から出てきたレシートに記されていた住所にやってきていた。

 

『4名様まで、特別な場所にご招待致します』と書かれた怪しさ満点のそれに従った理由は、ひとえにサギゲームスという会社に対しての奇妙な信頼感ゆえだった。

 

マップアプリに頼って辿り着いたのは、ゲームセンターから1キロほど離れたお洒落な雑居ビルの2階。

 

いかにも高級そうな黒塗りの扉には『勝者限定』の文字が金色で記されていた。

 

そしてインターホンを鳴らしてレシートを見せ、給仕服を着た超イケメンに「いらっしゃいませ、お嬢様方」と笑顔で対応され。

 

夢見心地で入店したら、奥にはコックコートを着た恐ろしくゴージャスで毒舌な美女がいたのだ。

 

美人局だ、と4人はその時真剣にそう思った。

 

 

 

「そんな所に突っ立ってないで、さっさと座りなさい。初回は無料にするように社長から言われてるから、さっさと注文して」

 

 

 

赤みがかった長い髪をさらりと肩に流した美女がつまらなさそうに言うのに従って、4人は震えながら窓際の席に座った。

 

 

 

これまでに座ったことのないフカフカな椅子にどぎまぎしながらメニューをめくると、そこにはケーキを主体とした一般的な喫茶店メニューが記されていた。

 

4人は大きく溜息をついて、脂ぎった額を近づけてクスクスと笑いあった。

 

 

 

「ひゃー焦った〜」

 

「絶対やばい店だと思ったって」

 

「マジで人が悪いよな勘太郎は」

 

「いやでも納得だよ、料理人だもんな社長」

 

 

 

そんな笑い合う4人の元にイケメン給仕がおしぼりを持ってやってきて、眩い笑顔で注文を聞く。

 

 

 

「お嬢様方、ご注文はいかが致しましょう?」

 

「ひゃいっ!あのっ、パンケーキと抹茶アイスのセットを……」

 

「お飲み物は何にされますか?」

 

「あの、お、お紅茶で……」

 

「本日のおすすめはダージリンになっておりますが……」

 

「そ、それでお願いします」

 

「お砂糖はいかがされますか?」

 

「あ、あのっ!アリアリで!」

 

「かしこまりました」

 

 

 

 

 

後の三人もそれぞれ注文を済ませ、お茶とケーキを待っていた。

 

これまで入った事もないような高級な内装の店に、学校なら学内1番クラスのイケメンによる接客に4人は完全に夢見心地だ。

 

 

 

「凄いいいとこだよね〜ここ」

 

「あんなイケメンがいるなら、味なんかどうだっていいから毎日通うよ」

 

「普通の喫茶店なんか行ったことないけど、普通に思えるぐらいの値段だしな」

 

「でもあのレシートがないと来れないんだろ、ウェイターが言ってたもんな」

 

「でもでも、隠しボス倒せば来れるって事じゃん」

 

「簡単に言うなよ、本気で難しいんだぞあれは」

 

「お願い〜神様仏様コパ昇様〜!」

 

「まぁあたしもまた来たいから頑張ってはみるけどさぁ……」

 

「やったぁ〜!」

 

「お待たせ致しました、お嬢様方」

 

 

 

話が弾んでいる所に、銀のワゴンを押したイケメンがやってきた。

 

流麗な手つきでケーキや紅茶をサーブするその佇まいに、つい4人はぼぉっと見とれてしまう。

 

 

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

 

 

4人の喪女のねとつく視線にも嫌な顔1つせず、プロ意識の高いウェイターはにこやかな顔のまま去っていった。

 

 

 

「いいよなぁ……」

 

「いい……」

 

「どんぐらい稼いだら、あんなイケメン雇えるんだろう」

 

「うちらじゃ4人分合わせても到底無理だよ」

 

「だよなぁ……んっ!!」

 

 

 

喋りながらいちごのショートケーキを口にしたでかい眼鏡の女は、目を見開いて絶句した。

 

 

 

「何?」

 

「美味しくなかった?」

 

「……めっっっちゃ美味い!!」

 

「うそ、マジで?」

 

 

 

続いて生チョコケーキを口にしたおでこの汚いポンパドールの女は、ポロポロ涙を流し始めた。

 

 

 

「うわっ!汚いなお前」

 

「何泣いてんだよ!情緒不安定か!」

 

「ちが、ちがう……こんな美味しいもの食べたことないから……」

 

「嘘だろ……?漫画かよ」

 

 

 

続いて生クリームロールを食べたコパ昇は、あまりの衝撃にフォークを取り落とした。

 

 

 

「カントリー○○ムの百倍の美味さ」

 

「語彙なさすぎだろ」

 

「だってケーキなんか誕生日に親が買ってくるぐらいじゃんか、あんま食べたことないからさ」

 

「いいな〜、あたしもケーキにすればよかった」

 

 

 

最後の1人、黒字に金文字で謎の英語が沢山書いてある服を着た女がパンケーキを雑に頬張り、目を閉じて完全に沈黙した。

 

 

 

「嘘だろおい、こいつ気絶でもしてんのか?」

 

「ほっぺつねってみろ」

 

「アイス食うぞおい」

 

 

 

その後も散々騒いで紅茶もお代わりして、ウェイターと記念撮影までしてゲームセンターへと帰った4人は、他のゲーマーたちから質問攻めに合い。

 

根掘り葉掘り全てを聞きだされたその情報は、瞬く間にネットの海を駆け巡ったのであった。

 

 

 

 

 

初夏の、爽やかな風そよぐある日の事だ。

 

まさに肉の塊、といった風貌のオーバーサイズの制服を着た女子が、冴えない風貌ながら清潔感ある制服男子を連れてゲームセンターへと入ってきた。

 

 

 

「なぁ、ほんとにあの噂の喫茶店連れてってくれんの?」

 

「余裕余裕、あたしゲーム超上手いから。海斗くんは安心して見ててよ」

 

「マジかよ〜、すげー難しいんだろ?」

 

「大丈夫大丈夫、もうカモだから任せといてよ」

 

「すっげ〜!!」

 

 

 

自信満々に豊満すぎてサイズ感がわからない胸を叩く女子に、純真な性格なのであろう海斗くんは素直な尊敬の視線を向けていた。

 

 

 

 

 

そう、これは喪女達のミソロジー。

 

ホットケーキミックスの処分のために作られた期間限定の喫茶店は、異常に美味いケーキが食べられるイケメンスポットとして有名になり。

 

その味の確かさとプレミアム感から、強者だけが使える入れ食いのデートスポットとしても猛威を奮ったのであった。

 

終わってみれば、たった3ヶ月間だけの営業だったのだが。

 

後に『黄金の3ヶ月間』とも呼ばれる、ゲームが上手いだけで喪女がモテる伝説の黄金期が始まったのであった。



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第19話 夏とアース

花粉が過ぎ去り、やっと一息な五月。

 

武内君の手で再編された美城芸能女性アイドル事業部は、POS25 (パワーオブスマイル トゥエンティーファイブ)として活動を開始した。

 

まだまだ一糸乱れぬパフォーマンスとはいかないが、センターの本田未央を中心に力を合わせて頑張っているようだ。

 

でも朝の情報番組の司会者に「学芸会のラインダンス」ってメタクソに言われてた、草。

 

25人のアイドルたちそれぞれにも仕事が割り振られているようだが、突出して仕事が多いのは多田李衣菜、向井拓海、島村卯月の三人のようだ。

 

 

 

ロックなアイドル多田李衣菜は、伝説のアーティスト『KTR』の弟子を公言して憚らない女として音楽番組に引っ張りだこだ。

 

教え子っていうか、雑な文通をしただけなのにな。

 

彼女は努力家で、楽器でもボーカルでも何でもそつなくこなすので音楽ファンからの人気が高い。

 

ちょっと常識抜けてるとこあるけど、良家のお嬢様ムードがビンビンに出てる稀有なタレントなんだそうだ。

 

使用ギターはデューセンバーグだ、渋い。

 

 

 

元ヤンキーアイドルの向井拓海は、熱血さと乳のデカさで男人気が凄い。

 

顔に似合わず普段から勉強する習慣があるらしいから、クイズ番組にレギュラー枠を持っているという意外な一面もある。

 

全然パソコンに向かっているイメージが沸かないが、趣味はプログラミング。

 

今はUnityでゲームを作ることを目的に勉強をしているらしく、そっち系の雑誌にも連載を持ってる。

 

アイドルじゃなきゃサギゲームスにデバッグのバイトに来てもらうのになぁ。

 

使用バイクはお父さんと共有のディオだ、家庭的。

 

 

 

そして問題児の島村卯月だ。

 

彼女は全ての仕事に全力で取り組みすぎるがあまり、完全にお笑い芸人枠に入ってしまっていた。

 

ドッキリの番組で渡っている途中の浮き橋が真っ二つに割れたのだが、彼女は春先の池を向こう岸まで泳いで渡ってしまった。

 

ドッキリだと思わなかったのか?と聞かれて「そこに池があったから」とズレた解答を返す彼女の目は完全にラリったグルグル目玉状態だったが、スタジオではウケていた。

 

その後も色んな番組に出ては期待値以上のリアクションを繰り出す彼女は、ちょっと変だけど物凄く頑張り屋の子として世間に認知されていた。

 

正直本当におかしくなりかけてた島村さんを知ってるこっちからすると、今のアイドルになれて嬉しすぎてラリラリの彼女は危なっかしくて見ていられない。

 

どうかこのまま何事もなく彼女の芸能生活が続いていくことを願わんばかりだ……

 

ちなみに使用スマホはパパとお揃いのiPhoneらしい、かわいい。

 

 

 

 

 

鉢植えのブーゲンビリアが花を咲かせた、とある木曜日の午後。

 

さっき食った出前の匂いが残るサンサーラの社長室で、俺は合成樹脂のハードケースに入ったプラモデルの金型達を眺めていた。

 

どうしてもこれを世に出したい、そういう思いでコツコツ業者に発注していたものだが、なかなか上手くいかないでいた。

 

 

 

「千川さん……どうしても売れないかな、ガンダムのプラモは」

 

「社長、残念ながらプラモデルは売れません」

 

「何か売り方がないだろうかね」

 

「プラモデルっていうのはどうしてもニッチな趣味ですから……」

 

「子供にも作りやすいスナップフィットなんだよ」

 

「社長、恐れながら。我が社のアニメはそもそも今の子供にウケる要素が希薄です」

 

「マジで!?ロマンスも、戦争もロボットもあるのに?」

 

「ロマンスって言っても、くっつきそうな相手が出てくるとどっちかすぐに死んじゃいますし。戦争もロボットも重いテーマも、子供よりマニアなシネフィル向きなものじゃないですか?」

 

「そうだったのか……」

 

 

 

じゃあなんで前世のガンダムはあんなにヒットしたんだろう?

 

 

 

「そんな今更な事で頭を抱えないでくださいよぉ〜」

 

「あっ!なら子供の好きそうなものと抱き合わせで売るのはどうかな?」

 

 

 

名案だ!

 

ファミコン時代の電気屋さんはそうやって売れない家電を売ったのだ。

 

 

 

「そういうアコギなことすると、ま〜たワイドショーで叩かれますよ?」

 

 

 

千川さんがその筋の人にはたまらないだろうジト目で俺を見る、やめてくれ。

 

 

 

「とにかく作ったからには世に出してその是非を問いたい、これはクリエイターとしてそんなに間違っていることかな?」

 

 

 

言いながら、俄然やる気が湧いてきた。

 

無理矢理にでも社会現象にしてやるからな。

 

 

 

「この場合、社長にクリエイターとして求められてるのはプラモデルのオマケの方だけですよ」

 

 

 

呆れ顔の千川さんには悪いが、俺は後悔する時はやってから後悔するタイプなのだ。

 

 

 

「まぁそう言わずに見てなよ、俺が日本中にガンダムのプラモデル旋風を巻き起こす所をさ……」

 

 

 

『サンサーラの唯一採算が取れてる部門』

 

『アニメを辞めれば天下を取れる部門』

 

などと言われているらしい、このアニメ制作会社で一番ヒエラルキーの高い食品開発部が、唸りを上げて動き始めた瞬間であった。

 

 

 

 

 

休みの日に、家のガレージでキャブレターを洗っていたときの事だ。

 

レッスンをしていたのだろう、汗だくのスケスケTシャツを着た瑞樹が俺の姉の高峯のあを連れてきた。

 

 

 

「お姉さん来てるわよ〜」

 

 

 

とだけ言って、彼女はさっさと地下のレッスン室へと引っ込んでいった。

 

瑞樹と姉とは年齢が四歳も違うし、これまであんまり会ったこともない二人だ。

 

微妙な雰囲気を感じるぜ……

 

 

 

「そんで姉ちゃんどうしたの?」

 

「星の光は、時をも超える……ならば、この輝きは……どうかしら」

 

 

 

相変わらず意味のわからん事を言いながら、姉がスマホの画面を見せてくる。

 

ハワイの物件情報だ。

 

 

 

「えっ……もしかして……億ションか?買ったの?」

 

 

 

フルフルと首を振る姉。

 

 

 

「買いたいってこと?」

 

「……面白そうじゃない?」

 

 

 

姉の趣味は天体観測だ、多分ハワイに腰を据えて滞在して星が見たいんだろう。

 

ああいうのって買ってからが大変なんだけど、わかってんのかな。

 

まぁ……仕事はちょうどいいのがあるから、やってもらったらいいか。

 

 

 

「じゃあサギゲームスで仕事紹介するから」

 

「…………」

 

 

 

お金はどうなのよ、といった表情で姉が俺の胸を小突く。

 

安心してくれ、当たりゃ一攫千金だ。

 

 

 

「そりゃ売り上げ次第だよ」

 

「仕事ね……いいわ」

 

 

 

姉はその後「たまには家にも顔を見せなさい」というような事を言って、美波達には顔も見せずに帰っていった。

 

 

 

翌々日の月曜日。

 

俺は姉の黄色いカレラに乗せられて、サギゲームスの企画第二部を訪れていた。

 

 

 

「ということで、うちの姉をボーカロイド第二弾に使いたい」

 

「はぁ、たしかに第一弾の鐘閣・麗音 (ジヨン・レーオン)は男声ですから、第二弾は女にすると決まってましたけども。社長の姉上とはいえ素人でしょう、使い物になるんですか?」

 

 

 

プラスチックが完全に白化したウェリントンをかけてパイポを咥えたチリ毛の女、通称ウェービーが怪訝な面持ちを隠さずに言った。

 

 

 

「ちょっと特殊なパーソナリティだけど、声は逆にボーカロイドにピッタリすぎて怖いぐらいだよ」

 

「ふぅむ、まぁ録るだけ録ってみましょうか……」

 

 

 

気難しそうな事を言っているが、こいつはオーディションの時連れてこられた男性声優を『全員採用にしたい』と言い切ったぐらいのガバガバさだからどうせすぐ採用だ。

 

俺は姉をプロジェクトチームに任せて社長室で仕事をしていたが、一時間ぐらいしたらプロジェクトリーダーのチリ毛が「彼女で行きますよ、キャラの見た目も彼女そのまんまにしちゃ駄目ですか?」と言ってきた。

 

稼ぎたいらしいからいいんじゃない?

 

こうしてトントン拍子に始まった女声ボーカロイドの制作だったが。

 

この後技術的な大問題が発覚し、男声ボーカロイド共々、発売はしばらく後のことになるのだった。

 

 

 

 

 

六月始め、梅雨の季節の真っ只中。

 

ここ一週間続いた雨がカラッと上がった今日は、『アイドルマスター MY GENERATION』の開幕特番が行われる日だ。

 

この長ったらしい名前のイベントは、俺の経営するサギゲームスが自社で運営管理を行うもので。

 

三ヶ月間かけて日本中総当りで決戦ライブを行い、九月に生き残った六組のアイドルがSSA (さいたまスーパーアリーナ)で雌雄を決するという馬鹿げた規模のお祭りだ。

 

だが、正直あんまり金にならん。

 

なんだかんだと赤は出ないと思うが、根本的に無理のある企画なので各所でのグッズの売れ行きに頼らざるを得ない所がある。

 

まぁうちの資産なら、このイベントを儲けなしで三回やっても倒産しないんだけどね。

 

九月に本戦があるということで。

 

俺が謎のトラックメーカー『ケンタウロス』として、今日のオープニング向けに用意したのも九月にちなんだ曲となった。

 

 

 

「え〜、皆様、たいへん長らくおま、おまたせいたしました……あの、これなんて?……あぁ……ただ、只今より、サギゲームス2015年夏の大感謝祭『アイドルマスター MY GENERATION』の開会式を行います」

 

 

 

我が社が誇るいつもの残念なイケメンが前口上を始めるが、会場の客はほとんど聞いていない。

 

事前に『サギゲームス所属のあのアイドル達が新ユニットを組んで参加者達を激励!?』と告知してあったので、会場には美波と楓と瑞樹の熱心なファンが数多く駆けつけていた。

 

瑞樹が移籍してからは三人とも練習練習でステージに立つこともなかったので、飢餓感を煽られていた客達は半狂乱といった様だ。

 

今もイケメンそっちのけで、まだ誰も立っていないステージに向かって叫んでいる。

 

 

 

『楓さ〜んっ!!』

 

『美波ーっ!!』

 

『瑞樹ちゃ〜ん!!』

 

『ンミナミィーーッ!!』

 

 

 

なんだか聞き覚えある声が聞こえたが、誰なのかは思い出せなかった。

 

 

 

「それでは、参加アイドル紹介の前に、これから熱き戦いへと赴くアイドル達への応援歌をうたっていたた……いたた……きましょう!サギゲームス所属!『ゴールデン・エイジ』の皆さんです!!」

 

 

 

バツン!と照明が落ち、ステージを照らすのはフットライトのみだ。

 

シューッとステージの奥側にスモークが焚かれ、幕が上がって三人の人影が見えてくる。

 

 

 

「会場のみんな!お待たせしちゃったかしら?」

 

 

 

瑞樹の声に会場からは怒号の様な歓声が響く、熱すぎてちょっと怖い。

 

バツン!とステージの上のネオン管に電気が灯る、サインは『THE GOLDEN AGE』だ。

 

 

 

「ずっとこんな歌が歌いたかったの。『September』、聴いてくれる?」

 

 

 

コンプ感高めのギターカッティングが始まり、三人がゆっくりと煙の中から歩み出てくる。

 

黄金のスパンコールが目に眩しいホットパンツの衣装に、白いファー、オレンジの差し色、そして七色に光るド派手なブーツ。

 

どうかしてるが、不思議とケバケバしくない。

 

三人の身に纏う天性のクールさが、衣装の頭の悪い派手さを底抜けな明るさへと変換していた。

 

センターの瑞樹が左右に足を投げ出し、腰に溜めを作り、背中をそらして人差し指を立てた右手を天に向ける。

 

まるでジョン・トラボルタだ。

 

ホーンセクションの多幸感を煽る音が鳴り響き、曲は盛り上がりを増していく。

 

サイドの二人が瑞樹に寄り添うように立ち、歌が始まった。

 

ファンキーでロマンチックな、明るい英詩を見事に歌い上げる瑞樹。

 

それをコーラスで支える他の二人、リードボーカルもセンターポジションも三人の中でくるくると交代して回っていく。

 

息もピッタリ、まさに三姉妹だ。

 

くぅ〜!

 

これは生バンドで見たかった〜!

 

 

 

 

 

「美城芸能所属、『Project:Krone』の皆様でした。どうぞ盛大なハクシュンを!」

 

『ウサミーン!!』

 

『美嘉ちゃーん!!』

 

『みりあママあ''あ''あ''あ''!!』

 

 

 

ハッ!

 

どうやら浸りすぎたらしい。

 

気づいた時には参加アイドル紹介の終盤だった……

 

俺は帰ってから嫁さんたちに「ボケーッとしててちゃんと見てなかったでしょう!」となじられる事になるのであった。

 

 

 

 

 

開けて翌日、この日は雨。

 

サギゲームスの社長室で俺が千川さんと一緒にミニ四駆の色塗りをしていたところに、広報の部長が血相を変えて転がり込んできた。

 

 

 

「社長っ!!今日発売の『September』が完売しました!!」

 

「えっ?めっちゃ作ったんじゃなかったっけ?」

 

 

 

びっくりしすぎて俺は筆を取り落とした。

 

 

 

「50万枚作りました!私のクビをかけて!」

 

 

 

そうだった、このバカは曲を聴いたあとすぐに『私の首をかけます!』と言い切ってCDの生産枚数を十倍にしたのだ。

 

偉い!ボーナスだ!

 

 

 

「え?ていうか全部売れたの?マジで?」

 

「それどころじゃないですよ!!世界中から注文が入ってます!!」

 

「洒落で作ったレコードは?ドーナツ盤のやつ」

 

「そっちも即完売です!千枚しか刷ってないんですから!!」

 

「えぇ…………」

 

 

 

このまま追加生産がなければ超プレミア盤間違いなしだろうな。

 

 

 

「あと、各所からあのケンタウロスとかいう作曲家は何者だと問い合わせが殺到してまして……」

 

「社長……ドンマイです」

 

 

 

 

千川さんが優しく俺の方を叩く。

 

 

 

「だからやりたくなかったんだよ〜!!!!」

 

 

 

俺は頭を抱えて天を見上げ。

 

『ゴールデン・エイジ』は一晩で伝説となった。

 

そして家に帰った俺は、楓が妊娠している事を知らされて白い灰になのだった。




種まき回だったので色々煮え切らない感じになってしまいました。



POS25 = AKB48をイメージ。

デューセンバーグ = ドイツの楽器メーカ、レトロな見た目のギターを販売している。

Unity = ゲームエンジン。

ディオ = ホンダのスクーター。

スナップフィット = 接着剤なしで組み立てられるプラモデルの製法。

シネフィル = 映画ファン、マニア。

ゴールデン・エイジ = Mott the HoopleのTHE GOLDEN AGE OF ROCK 'N' ROLL

September = Earth, Wind & Fireの曲、実は12月に9月の思い出を歌ったもの。

まるでジョン・トラボルタ = サタデーナイトフィーバー


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第20話 COIN

皆さん年度末はいかがでしたか?

僕は胃腸をボロボロにしながらも、月ノ美兎だけを心の支えになんとか乗り切ったのですが。

上司から「来年はさいたまとかどうや?」と言われてしまいました。

どうやらどこへ行っても転勤から逃げることはできなさそうです。


「ふーん、あんたがここのオーナー?……まあ、悪くないかな……」

 

 

 

俺の目の前にいるこの小生意気な女は、何やら最近売り出し中のアイドルらしい。

 

たまたまきらりに出てきてみれば、この客が『いつもと味が違う!』と騒ぎ出して俺が呼ばれたのだ。

 

 

 

「それで、何か不都合な点でもありましたか?」

 

「あたし、ここの店のオーナーに会ったら一回言ってみたいことがあったんだよね」

 

「はぁ」

 

「ここのカレー、1.5キロぐらい食べたとこからちょっとだけ苦味が出てくるんだけど、それをどう思って出してるのかなって?」

 

 

 

そんなに食うやついねーよと思って出してます。

 

和久井さんがそそくさとやってきて俺に耳打ちした。

 

 

 

「彼女うちの店の常連で、二つ名持ちなんです」

 

 

 

なんだそりゃ。

 

怪訝な顔をする俺に和久井女史が補足して言う。

 

 

 

「インターネットのうちの店のコミュニティでは、特徴がある客にみんなが面白がってあだ名をつけるんですよ。ちなみに、彼女は魔法のようにカレーを吸い込む様から『バキュームさん』と呼ばれてます」

 

 

 

最ッ低のあだ名だな。

 

別にいいけどねなんでも、こいつ以外にそんな量のカレー食う人いないだろうし。

 

 

 

「そんな量は食べた事がないのでわかりません」

 

 

 

俺が素直にそう言うと、渋谷凛とやらはふぅーんと鼻を鳴らして店を見回した。

 

 

 

「みんなも思ってるはずだよ、このカレーの先が見たいって。超大盛りの、その先にある味の深みをさ……」

 

 

 

俺が他の客を見回すと、みんな無言で首を横に振っている。

 

あの人どこの事務所?と小声で聞く俺に和久井女史が美城芸能ですと耳うちした。

 

電話して迎えに来てもらおう。

 

その後、営業先のさいたまから車飛ばして来た武内くんに引き取られるまで、渋谷凛はカレーについて喋りっぱなしだった。

 

「クールが売りのアイドルなんですよ」と和久井女史が言っていたが、絶対嘘だろ。

 

大食い売りのバラドルだろ!

 

 

 

 

 

梅雨真っ盛りの6月半ば、早くも庭石に苔が生えはじめた新築の我が家に婆さんがやってきた。

 

 

 

「まずはおめでとう」

 

 

 

そう言って楓の妊娠祝の紙袋を差し出す婆さんの顔は渋い。

 

 

 

「どうしたんだよ」

 

「あたしゃこんなこと言いたかないけどね、あんたいい加減に料理から逃げてるとどっかに攫われちまうよ」

 

「毎月きらりで食事会やってるじゃん」

 

「あれは芸能関係者で完結してるから、そっちで抑えられる分しか抑えられないんだよ。今度はあんたの腕に中東の石油成金が目ぇつけたって話だよ」

 

「げえっ!」

 

「あっちだってちゃんとした店で食えるもんなら、ちゃあんと食いに来るんだよ。あんたがそう頑なだから話がややこしくなるのさ」

 

「あー、うーん、なんか考えてみるよ」

 

「そうしな、あんたもこれから親になるんだからね!いつまでもフラフラと博打みたいな事してないで、ちゃあんと世の中と向き合いな!」

 

 

 

俺に痛烈な言葉を投げかけて、婆さんはさっさと帰っていった。

 

 

 

 

 

なんとも面倒くさいが、もともとチート(ずる)とは周りとの軋轢を生むものだ。

 

俺の料理を定期的に提供する方法……レストランにするか、ケータリングにするか、それともディナーショーのようにしてしまうか。

 

考えあぐねたので千川さんに相談してみると、すぐに気の利いた答えが返ってきた。

 

 

 

「社長、食事会の権利をオークションで売りましょう!月に一組か二組限定にしておけばプレミア感が出てお客さんも大満足ですよ」

 

 

 

さすがは千川さん、頼れる俺の知恵袋だ。

 

だがさすがにこの話は俺の個人的な事なので、今あるものとはまた別に会社を作った。

 

その名も株式会社『マッドナルド』だ。

 

まるでハンバーガーでも売ってそうな名前だが、この世界には類似の名前の企業は存在しないからオールオッケーだ。

 

天下の大企業サギゲームスと孤高のホワイト企業サンサーラが50%づつ株式を持っているので信用もグッド。

 

会社と言っても店を持つ気もないし、客に食いたいもの聞いてホテル借りて作って出すだけの簡単作業だ。

 

とはいえ片手間でできる仕事でもない、求人を出そうかと話していた所で、俺の隣から手が上がった。

 

 

 

「社長!私にやらせてください!」

 

 

 

ピョコっと背伸びして精一杯高く手を上げていたのは、俺の秘書の千川ちひろさんだった。

 

 

 

「この時のために、社長の料理をマネージメントする時のために、ずうっと準備してきました!」

 

「え、でも千川さんがいなくなったら困るんだけど……」

 

 

 

正直言ってこの有能な人が料理事業にかかりきりになってしまうと、俺の仕事が回らなくなる。

 

 

 

「サギゲームスとサンサーラの仕事の方は、もう総務部でも処理できるように仕組みを作ってあります。あとは簡単な引き継ぎだけで大丈夫です。後任の秘書にはサンサーラの後藤を……」

 

「いや、その……会社の方もそうなんだけど、千川さんがいないと俺個人が困るっていうか……」

 

 

 

仕事どころじゃない、なんでもかんでも千川さんにお任せでやってきたからな。

 

正直言ってまだまだ卒業の準備ができてなかった、がーんだな、出鼻をくじかれた。

 

 

 

「社長。その、業務上の必要がないのに、四六時中一緒にいてほしいとなってくると……もうビジネスの関係ではすみませんよ」

 

 

 

ずいっと近づいてくる千川さんの顔が真っ赤だ。

 

あっ、そういうことか……

 

口説いてるみたいになっちゃったな。

 

いや、実際問題俺は千川さんがいないと生きていけないんだよ。

 

 

 

「うん、一緒にいてください」

 

 

 

口から自然に言葉が出た。

 

握られたのが胃袋じゃなくてスケジュールだってのがちょっと情けないが、しょうがない。

 

俺はもう、これから千川さん以外の人が毎日側について回るなんて考えられない。

 

 

 

「社長っ!!」

 

 

 

感極まった千川さんに押し倒された。

 

唇を突き出して俺に迫る千川さんをなんとか押し止める。

 

 

 

「もうっ!どうして拒むんですか!」

 

「いま会議中だから!」

 

 

 

サギゲームスとサンサーラの役員のお姉様方が、床でもつれあう俺達を死んだ魚のような目で見ていた。

 

それからやや時間を置いて、俺と千川さんはその場の全員から気のない拍手で祝福されたのだった。

 

 

 

 

 

さて、俺とちひろの事だが。

 

家格が釣り合わないので婚姻関係というわけにはいかず、いわゆる一つの愛人関係というやつになった。

 

この世界の日本での家制度というやつはとことんシビアだ。

 

組む相手は慎重に慎重に選ぶ。

 

うちの家は金持ちだし、美波も楓も瑞樹もお嬢だ。

 

一方でちひろの家は若干貧乏寄りの中流家庭。

 

俺と高峯の家が良くても、俺の三人の嫁さんの実家が結婚を許さないというわけだ。

 

それでも一緒にいたくて愛人になるというわけだから、ある意味では一番愛のある関係とも言えなくはない。

 

実際自由に選べない嫁さんよりも、自分の選んだ愛人との家庭の方を大切にして家をあけっぱなしの男というのは結構多い。

 

うちの親父なんかもそうだしな。

 

幸いちひろはうちの嫁さん達全員から受け入れられていて、そのまま俺の家に住むことになった。

 

というか「ようやくか」とか「安心した」とか「肩の荷が降りた」とかちひろが言われてるあたり、嫁さん達にとっては彼女が愛人になるのは既定路線だったらしい。

 

ともかく、今月は二人も家族が増えたというわけだ。

 

めでたいぞ!!!! (やけくそ)

 

 

 

 

 

さて、時間は飛んで7月の半ばだ。

 

株式会社マッドナルドからオークションに出された1枚のコイン、通称マッドコインはほどほどの入札合戦の末に結構な値段で落札された。

 

これは俺に飯を作らせる権利が付随する金属製のコインで、割符として使うために全体の三分の一がカットされている。

 

落札者は石油王の代理人らしい。

 

どうでもいいが、石油王という言葉はどうにも現実味がない。

 

盗賊王とか冒険王とかそういう類の言葉と並べて考えてしまうからだろう。

 

俺もこのまま料理で稼げば料理王とか呼ばれるんだろうか。

 

 

 

「社長はネットで中卒王って呼ばれてますよ。多分若い中卒者の中で一番稼いでるからって」

 

 

 

俺の腕に絡みつきながら仕事をしているちひろが教えてくれた。

 

『オンの間は公私混同しないためにも、これまでと変わらず社長と呼びますから』と自分から言っておきながら、全く公私を分けられていない。

 

 

 

「それでこのクライアントからのリクエストなんですけれども……」

 

 

 

彼女は中東特有の謎文字で送られてきたメールを翻訳にもかけずに読み、スラスラと要点を紙に書き出してくれた。

 

 

 

「大まかに言うと、4人分のハラールの日本料理をお任せでって事らしいです」

 

 

 

ハラールといえば酒と豚が駄目なやつだ。

 

基本的にハラール専門店で仕込めば大丈夫なわけだから、比較的イージーなお題と言えるだろう。

 

懐石って言われなくてよかった。

 

懐石は料理単体で満足してもらえるように作るのは色々と面倒くさい。

 

あれは茶会の前に食べる料理だし、現代の意味でも格式高い軽食みたいなもんだからな。

 

体がでかい外国人にいきなり食べさせて満足させるのは難しい、伝統的であれば伝統的であるほど不思議な顔をされて辛いのだ。

 

前世で接待に使ったことがあるが、リクエストした本人が目に見えてションボリしてたからな。

 

店出てから行った丼物屋では大興奮で1000円の海鮮丼食ってたけどさ。

 

 

 

あの外人の嬉しそうな顔を思い浮かべながらメニューを決めたからなのかどうかはわからないが、石油王御一行に出したマグロカツ丼はそこそこ好評だった。

 

 

興奮して口の周りを米粒だらけにしながら、謎言語でなにかを喚いていた石油王の年若いご子息。

 

後からちひろに聞いたら『うちの国に来たらよ!お前!店持たしてやるぜ!お前!レストランやろうぜ!絶対来いよ!絶対!』と言ってたらしい。

 

行かねーよ。

 

 

 

マグロカツ丼出した瞬間、俺の事を石ころでも見るような目で見ていた石油王本人もご満悦だった。

 

奥さんになだめすかされて一口食べてからは丼に顔突っ込むようにして食べてたからな。

 

立派な髭が米の付きすぎで秋の稲穂みたいになってた。

 

帰りに親しげに俺の肩を叩いてなんか言ってたから、とりあえず曖昧に笑っておいたんだけども。

 

ちひろ曰く『なんかあったらうちの国に亡命しておいでよね』って言っていたらしい。

 

洒落にならんからやめてくれ。

 

偽造パスポートとか送ってくるなよ。

 

 

 

魚は嫌だってぐずりだした娘さんには、マグロカツ丼が駄目だったときのために用意していたものの中から天麩羅うどんを出した。

 

鈴の鳴るような可愛い声で、はっきり「Fuck'n cheep noodle」と言ってしかめっ面でフォークを握った彼女だが、一口食べてからはもう無我夢中だ。

 

アゴだしの汁までふぅふぅ言いながら飲みきって、ご満悦のえびす顔だ。

 

尻の青い小娘一人、手玉に取ることぐらいチョロいもんだ。

 

デザートにクリーム白玉ぜんざいを出して掌の上で転がしまくってやったわ。

 

 

 

一番食べたのは石油王の奥さん。

 

多分第一婦人とかなんだろうけど。

 

マグロカツ丼食って、うどん食って、寿司食って、天麩羅おかわりして、クリーム白玉ぜんざいを二人分食って帰った。

 

料理にはなんも言ってなかったけど帰りに10万円ぐらいチップくれた、ラッキー。

 

 

 

こんなチョロい仕事なら、もっと早くからやっとけば婆さんにとやかく言われる事もなかったのにな。

 

しかしこの一家がほうぼうで俺の話をして回ったおかげで、次の月からコインへの入札がとんでもないことになる事を、この時の俺は予想もできていなかったのだった。



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第21話 COIN TAKE2

NIのMASSIVEに自信ニキ、有料でも無料でもいいからプリセットのおすすめ教えてくだしあ……


うだるような熱気の七月。

 

都内某所のライブハウスのステージに、美城芸能シンデレラブロジェクトの25人が立った。

 

ソーシャルゲーム業界の最大手、サギゲームスの企画『アイドルマスター MY GENRATION』の予選が行われたためである。

 

相手は大阪から来たアイドルデュオ。

 

この日、地の利と人の利はシンデレラプロジェクトにあった。

 

が、蓋を開けてみれば得票差はわずか64の辛勝。

 

会場にはほとんど相手アイドルのファンはいなかったにも関わらずである。

 

投票が行われたライブ配信サービスの視聴者数は30000人、総投票数は16000票。

 

この状況を重く捉えた武内P及びアイドル達により、シンデレラプロジェクト緊急会議が開かれたのだった。

 

 

 

「私の失敗です」

 

 

 

武内Pの重く苦々しい声が会議室に響いた。

 

 

 

「臨機応変の末に、最初の形を忘れてしまいました……」

 

 

 

ゆっくりと頭を下げる武内Pに、向井拓海が聞いた。

 

 

 

「その最初の形ってのは具体的にどういうのだったんだよ?」

 

「皆さんの個性を引き出し、ユニットとして化学反応を起こして昇華させる、そういう計画でした」

 

「それって、今の形じゃだめなの?」

 

 

 

センターにしてリーダー、本田未央が真剣な顔で武内Pに聞く。

 

 

 

「2曲勝負のミニライブでは尺が足りません、とても一人一人の魅力を引き出す所までは……」

 

「でもこの大規模ユニット計画は高峯社長のアイデアなんだよね?杏、あの人がこれがいいって言ったからには必ず正解の形があると思うんだけどな」

 

 

 

ポテンシャルだけは誰にも負けない双葉杏が砕けた口調でそう言うと、会議室中から賛同が集まった。

 

 

 

「そうだ!社長の言うことに間違いがあるわけねぇ!」

 

「私も、しゃちょーがそう言ったなら必ず何か確信があったんだと思う」

 

 

 

高峯勘太郎の事になるとすぐに熱くなる向井拓海に続いて本田未央が肯定した。

 

 

 

「いや、あの人にそんな深い考えとかはないと思いますが……」

 

「そうそう、兄ちゃんいっつも適当だにぃ……」

 

 

 

否定する武内Pと高峯きらりだったが、アイドルたちは口々に「サギゲームスの社長だもんね」とか「今まで損したことない凄い人だってパパが言ってた」などと肯定ムードで話し始めてしまう。

 

 

 

「あのっ!」

 

 

 

喧騒を貫く声が上がった。

 

立ち上がっていたのは目玉グルグル状態の島村卯月だ。

 

 

 

「プロデューサーさんのお話を聞いていると、何も問題がないように感じるんですが?」

 

「え……?」

 

「短時間のアピールでも私達の個性と魅力がお客さんに伝われば何の問題もないって事ですよね?」

 

「それは……そうですが……」

 

「高峯勘太郎氏の博多講演会での言葉を借りて言いますが……『逆に考えるんです』」

 

「えっ??????」

 

「25人いてアピールが回らない、そう考えるのではなく……25種類のアピールのどれがお客さんにハマってもいい、そう考えるんです。高峯社長のアニメでも言ってました……『戦いは数』なんですよプロデューサーさん」

 

 

 

言いたいことだけを言って島村卯月はまた椅子に座った。

 

 

 

「おうっ!そうだ!ドズル・ザビはそう言ってた!」

 

「よくわかんないけど高峯社長ぐらい凄い人の言うことなら信憑性あるんじゃない?」

 

「えぇ……」

 

「ちょっとそれは……アニメの話だにぃ?」

 

 

 

ヒートアップする高峯勘太郎オタク達に武内Pと高峯きらりはドン引きだった。

 

 

 

「でもさぁ~前向きに考えたらそういう話になるんじゃない?」

 

「そうだよ!今日だって勝ったんじゃん!間違ってないよ!」

 

「森久保も……このままで行けたらなと……思います」

 

 

 

場の空気を味方につけた島村卯月は、コンコンコンと人差し指の甲で机を叩き、再び立ち上がった。

 

 

 

「あえてもう一度高峯勘太郎氏のアニメの言葉を借りて言います」

 

 

 

嫌な予感しかしなかった。

 

 

 

「ガンダムビルドバトルファイターズOVA1巻でガンプラバトルに勝てず男泣きしていたセイント・イオリに、ガンプラ部主将ホシフミが言いました……『手っ取り早く強くなるなら……合宿しかないわね!!』と!!」

 

「そうだ!」

 

「たしかにどっちにしろ力不足だもんね」

 

「合宿なんて部活みたいだね~」

 

「いやっ!それは……スケジュールもありますし……」

 

 

 

焦る武内Pに、島村卯月は畳み掛ける。

 

 

 

「勝ち犬になりたいなら!合宿しかありません!私達はアイドルとして、プロジェクトクローネみたいに名刀揃いってわけじゃありません!必死に二十五本の手裏剣を磨くしかないんです!」

 

「そうだ!そうだ!」

 

「向井さんちょっとうるさい……です……」

 

 

 

結局武内Pときらりの奮戦虚しく、会議は声の大きい親勘太郎派閥に乗っ取られ。

 

シンデレラプロジェクトの面々はスケジュールをぶっちぎって真夏の合宿へとなだれ込む事になるのだった。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

アニメ会社サンサーラの食品開発部がしばらく頑張って作ってた商品のサンプルが上がってきた。

 

前回のホットケーキのモヒナガで懲りたのか、今回はちゃんと金儲けを第一に考える企業をパートナーに選んだらしい。

 

また「美味すぎるから」とかわけのわからんこと言って勝手に生産中止されてもかなわんからな。

 

今回組んだ相手の社長さんは「商売敵全部叩き潰しましょう!」と豪語してるらしい、頼もしいぜ。

 

 

 

さて、肝心要の商品は……袋ラーメンだ。

 

一応醤油味。

 

海外で転売されても問題の起きないよう、パッケージに思いっきり豚と牛の絵を描くように指示した。

 

中身がわからないと色々問題もあるしな、味の素と同じ轍は踏まんぞ。

 

輸出の予定がなくても、今日び勝手に転売屋に輸出されて責任問われるまであるからな。

 

 

 

とりあえずサギゲームス社内で試食会をやってみることにした。

 

俺としては「こんなもんか」って味だけど、社員たちは物凄い勢いで食べている。

 

一応冷蔵庫に卵やカット野菜も用意したんだけど、そんなもんには目もくれず素のラーメンを奪い合う社員たち。

 

袋ラーメンを二袋も三袋も目の前で食べられると、見てるだけで胸焼けがしてくるな。

 

「親にも食べさせてやりたい……」って泣きながら言う社員がいたので、今度ファミリーデーやるから親連れてこいよとなだめた。

 

なんか思ってたより皆の反応がキモいな……

 

一応サンプルを知り合いに送って引き続き反応を見てみることにした。

 

ちゃんとラーメンが売れないとプラモデルも売れんからな。

 

 

 

 

 

2015年夏アニメとして始まった『大覇道 -The Animation-』は特に炎上するでもなく過大に評価されるでもない、穏当な滑り出しを見せた。

 

スタジオ初のTVアニメーションだが、中の人達は割と歴戦の勇士だから問題あるまい。

 

製作委員会方式を取っていないから内容は好き勝手できるし、そもそもアニメ単体で採算を取らなくていいから皆のびのびやっている。

 

俺の仕事は芸能事務所からのタイアップとかをシャットダウンしたぐらいだ、声は声のプロがやりゃいい。

 

 

 

アニメに合わせて大覇道シリーズ6つ目のアプリも発表された。

 

なんと今度の大覇道は捕獲アンド育成ゲームだ。

 

別に俺が親になるからってわけじゃないが、たまにはたま○っちやデジ○ンみたいなのもいいかなと思って上がってきた企画を通した。

 

スマホのカメラを使ってAR表示されるドラゴンを捕まえたり、拾ったりする卵から生まれるドラゴンを育てるってゲームなんだが。

 

GPSと連動させて地域ごとに存在するドラゴンの種類をいじった。

 

たとえば東京だとスタンダードな西洋ドラゴン、北海道では有毛のモコモコしたドラゴン、大阪だと猫耳のドラゴンがいるというわけだ。

 

その竜が2体揃えば卵を産むようになり、その卵はもちろん親の性質を受け継ぐ。

 

竜の卵は保存しておいてトレードができるから、人と交換して他地域のレアな竜の血筋を引き込む事ができるのだ。

 

このトレードだが、ネットワークじゃなくてGPS情報を介する、LINEのふるふるみたいな方式にしておいた。

 

強い竜を作りたいなら直接他の地方に行くか、他の地方の人に卵を貰うかしないといけない。

 

ぜひどんどん外出して、じゃんじゃん経済を回してほしい!

 

 

 

余談だがこのアプリを公開した翌週、飯屋きらりは久々に5日間の長期休暇をとった。

 

店長の和久井女史と料理主任の三船嬢が大阪に猫耳ドラゴンを捕まえに行ったらしい。

 

経済、回ってますね……

 

 

 

 

 

七月中旬、外にパンほっとけば勝手に蒸しパンになりそうな暑さだ。

 

俺は朝から録音された音声ファイルに歌を歌わせるボッカロイドの試作品のソフトを音楽家の武田蒼一氏に届けてきたところだ。

 

ちなみに男声と女声があって、女声はうちの姉の高峯のあが声優をやっていた。

 

サンプルに使いたいからって一曲頼んでたんだが、正直あんまりやる気なさそうな感じではあった。

 

適当に最近聴いてるロックの話とか、機材の話とかして武田Pの事務所を辞したのが13時ちょうど。

 

 

 

腹が……へった。

 

車は駅前に置いて、なにかかっこんで帰るかとアーケードに入った俺だったが、なかなかいい店が見つからない。

 

古風な喫茶店……ナポリタンやサンドイッチな気分じゃない。

 

カレー……昨日も試食したばかりだ。

 

フィリピン料理……ピンとこない。

 

寿司……混んでそうだ。

 

 

 

焦るんじゃない。

 

俺は腹が減っているだけなんだ。

 

腹が減って死にそうなんだ。

 

いかん、アーケードを抜けてしまった。

 

どこでもいい、めし屋はないのか。

 

ええいここだ!入っちまえ!

 

と入った先は紺ののれんに「めし さけ さかな」と書いてあった小さな店だ。

 

小汚くきしむ木椅子に座り、メニューを開く。

 

気難しそうなオヤジがグラスの水を持って出てきたが、そのグラスも小汚い。

 

 

 

「日替わり」

 

 

 

ハッキリ短く言った。

 

注文を聞き返されるのはやっかいだ。

 

 

 

「え?なんですって?」

 

 

 

こ、このオヤジ……まさかテレビを見ていて聞いてなかったのか?

 

 

 

「日替わり」

 

「日替わりね」

 

 

 

気安さと雑さを履き違えた接客態度に、俺のクソ店センサーはビンビンに反応していた。

 

 

 

「日替わりお待ち」

 

 

 

日替わりのメニューは白米、味噌汁に、生姜焼きとサラダ、そして漬物か。

 

まずは生姜焼きでライスを……なんだこれは?

 

甘い……どこまでも甘ったるい生姜焼きだ、これは焼肉のタレかなんかで炒めてるんじゃないか?

 

そしてご飯も炊いてから時間が経ったのか乾燥が進んでいる。

 

うっ!

 

味噌汁が……薄い……出汁も上手く出てない。

 

口直しに食べた漬物もコンビニ弁当レベルの品。

 

まごうこと無きハズレ店だ!

 

 

 

「ちょいーっす、出てくるよ~ん」

 

「おい里奈、お前もたまには手伝いやがれ」

 

「だってこんな店手伝ったってしょーがないじゃん、マッズいしさー」

 

 

 

どうやら娘さんが家から出ていこうとして揉めているらしい。

 

金髪に剃り込み入れて、眉毛も細い、ヤンキーの子だ。

 

 

 

「なにが不味いだぁ!これ見よがしによその店でバイトなんかしやがって!いっちょ前に親の飯にケチつけるんじゃねぇ!」

 

「だってそうじゃん、ね?お兄さん。無理して食べなくていいよ」

 

 

 

ヤンキーの里奈ちゃんが俺の方を見てウインクした。

 

 

 

「俺の飯は不味くねぇ、お前がおかしいんだ!里奈!」

 

「いやこれマズいっすよ」

 

 

 

ポロッと本音が出てしまった。

 

 

 

「なぁーにぃー?ならお前が作ってみやがれ!」

 

 

 

鬼のような形相のオヤジに胸ぐらを掴まれて、俺はやれやれとため息をついた。

 

 

 

 

 

「ヤバぽよ〜お兄さんめっちゃ料理上手かったね!」

 

「まぁね」

 

 

 

やってしまった、飯屋のオヤジを娘の前で飯でボコボコにしてしまった。

 

そそくさと店を出ると、出ていく途中だった里奈ちゃんも一緒についてきてしまった。

 

 

 

「あの人料理下手なの絶対認めないからさぁ、いい薬になったーみたいな。アタシが手伝おうとしても絶対料理やらせないかんね〜」

 

「君も料理できるの?」

 

「アタシは勉強中なかんじー?他の料理屋でバイトしてる的な?」

 

「ふぅーん」

 

「でねでねー、お兄さんがもしお店とかやってたらさぁー、アタシのこと見習いとかでいいから使って♪」

 

「え?えぇ……急にそんなこと言われてもなぁ」

 

「お願いお願い〜何でもするから♪アタシ、叩かれてもヘコまないタイプだしー☆厳しくてもいいよー」

 

 

 

ふざけた態度だけど、目だけはギラついていて真剣に見える。

 

飯屋きらりのバイトの原田美世も今20歳で来年就活だしな……一応和久井女史に聞いてみるか。

 

俺は車がかっこいいとか騒ぎまくる里奈ちゃんを乗せたマスタングで、一路きらりへと向かったのだった。

 

 

 

 

 

「採用」

 

 

 

ヤンキーギャルのリクルートは和久井女史の鶴の一声ですぐに決まった。

 

 

 

「やっぱり今のままの体制だと誰かが病気になったりしたら店が回りませんから、ちょうどアルバイトを増やしていこうと思ってたんですよ」

 

「がんばりまーす♪これでも案外マジメちゃんなんでー☆」

 

「店員にもお客にも変なのが多いけど、頑張るのよ」

 

 

 

ぐっと拳を握る和久井女史。

 

ひでぇ言いようだ。

 

とりあえずふじりなちゃんに電車賃渡して家に帰り、自分で作った生姜焼きを食べて眠った俺だった。




みんなの社長への評価。

武内P「やべーやつだけど一応友達」

きらり「色々アレな人だなと思うけど大事なお兄ちゃん」

未央「親戚のお兄ちゃん的な」

たくみん「神」

卯月「初めて自分を認めてくれて救いあげてくれた偉い人」

かな子「料理の神、友達の兄」

杏「ビジネスやべーやつ」

りーな「KTR紹介してほしい」

なつきち「ポテチうまい」

のの「たくみさんがうるさい」


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第22話 グルメダンジョン

ものすごい難産でした。

悩みだすと全く書けなくなる事がわかったので、次回からは2000文字ぐらいで早め早めに更新していく事にします。


「……この『アイドルマスターMy Generation』は、私達が対面した人生で最も大きなチャンスと言っていいでしょう。

 

KTRの……あの稀代の作曲家のラストアルバムを歌う、最後のチャンスなのです。

 

このチャンスを全国の女性アイドルが狙っています。

 

私達も、Project Kroneも、そしてあのシンデレラガール佐久間まゆさえも!!

 

つまり、やるならば今!!

 

青春をかけるならば今!!

 

命をかけるならば今なのです!!

 

一発逆転満塁ホームランのこの打席に立って、バットを振らない理由などありません!!

 

ならば成すべきことは1つだけ。

 

そう、特訓です!!

 

レッスンを!

 

一心不乱のレッスンを!!

 

そして!!

 

魔笛を歌った かのシカネーダーのように!!

 

私達も歴史に名を残すのです!!」

 

 

 

万雷の拍手が鳴り、合宿が始まってから毎朝同じ熱量で行われている島村卯月の演説が終わった。

 

最初はあまりに熱すぎる彼女に戸惑っていたメンバー達も、日を重ねるにつれ独特のムードに引っ張られていき。

 

今では立派な島村シンパとなっていた。

 

 

「やっぱりしまむーの朝の挨拶は気が引き締まるね」

 

「おお!さっそく走り込みだ!行くぞー!」

 

「朝からランニングはむぅ~りぃ〜」

 

「基礎練習、それもロックだよね」

 

「気合がみなぎってるぜ!行くぞだりー!」

 

 

 

「高峯さん、あなたのお兄さんは島村さんに一体どういう教育をしたんですか?」

 

「ほ、ほとんど話したことないって言ってたけどにぃ……」

 

「あんなアジテーターが天然に出来上がるはずはないのですが……将来マルチの販売員か何かになりそうで心配ですよ」

 

「し、心配なーいない、う、卯月ちゃんはいい子だから☆」

 

「なぜ目を逸らして言うんですか」

 

「そ、それよりぃ!今日兄ちゃんから差し入れが来るらしいにぃ、Pちゃん受け取りおにゃーしゃー☆きらりも走ってくるにぃ☆」

 

「あっ……本当に、本当に大丈夫なのでしょうか……」

 

プロデューサーに心配事は尽きないのであった。

 

 

 

その日の夜半。

 

仕事のメールを書き終えた武内Pは夜食に件の袋麺を作ろうとしていた。

 

 

 

「さて……」

 

 

 

鍋に適当に水を入れ、ガスコンロのスイッチをひねる。

 

横着をしてコンロに顔を近づけてタバコに火をつけながら、今日一日の事を思った。

 

武内Pの想像以上にアイドル達は真剣だった。

 

自分達で決めて自分達で動き、弛まぬ努力を続けている。

 

頭が下がる思いだ。

 

同時に、今の自分に対する不満の気持ちもじわじわと湧いてくる。

 

自分にも、アイドル達のためにもっと他にやれることがあるはずなのだ。

 

思考の海に沈みながら袋麺を茹でる。

 

袋から出した時点でもう美味そうだった麺が水を吸い込んで膨らみ、ふわっと立ち昇る湯気が武内Pの食欲を刺激した。

 

ぐぅ、と腹が鳴る。

 

単純すぎる自分の体に苦笑しながら食器を取り出す。

 

今日袋麺と一緒に高峯勘太郎から届けられた、アニメのキャラがプリントされた丼だ。

 

煮立った袋麺に粉スープを振り入れて混ぜると、暴力的な匂いが部屋中に立ち込めた。

 

鍋をひっくり返すようにして丼に盛り付け、パイプ椅子にドカッと座り、バキンと割り箸を割って思いっきり麺を掴んで一口!

 

コシのない麺だ。

 

その分スープの保持力は高く、喉を通るときに立ち上がった香りが強く鼻に抜けていく。

 

豚骨醤油のベースの中に、かすかに魚のような、香辛料のような、不思議な香りがする。

 

それを確かめたくてまた麺を、スープを口に入れる。

 

するとさっきとはまた違った香りが浮かんでくる。

 

深い、圧倒的に深い味だ。

 

どこまでも複雑なのに嫌な所が全くない。

 

まさに味の芸術、いや料理の文化財だ。

 

半ば放心しながらもこれを作り上げた友人の顔を思い浮かべる。

 

才能と人間性のあまりの乖離に、特に存在を信じてもいない神の悪戯を呪った。

 

 

 

綺麗に空になった丼の上に割り箸をカランと転がしたとき、炊事場の扉の向こうに光る瞳と目が合った。

 

ガバっと立ち上がり扉を開けると、そこにはアイドル達が勢揃いしていた。

 

ぐぅ、と誰かの腹が鳴る。

 

夜は長くなりそうだった。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

 

 

「勘君、この間の試食のラーメン、お母さんがすごく美味しかったって。部下の方にも大評判だったらしいよ」

 

「社長、黒井社長から試供品をもう少し送ってくれと催促の電話が来ました。それとアイドルの四条貴音さんから分厚い感想のお手紙が届いてます」

 

 

 

美波とちひろの二人に左右から挟まれた初期型フォレスターの後部座席で、俺は各所に送ったラーメンの試供品の反応を確認していた。

 

今日はサギゲームスが年単位で準備をしてきたレジャービル、大覇道グルメダンジョンのプレオープンの日なのだ。

 

 

 

大覇道グルメダンジョンについては、地上12階のビルを買い取って全階大覇道のアトラクションや飲食店にしたものだ。

 

ナンジャタウンを縦に伸ばしたような雑な企画だが、この企画のために役職を蹴って異動した者までいて社員達の士気は高かった。

 

一応流れとしては一階の冒険者ギルドで依頼を受け、様々なアトラクションをこなしていって景品や飲食店の割引券を貰うのがメインの楽しみ方らしい。

 

 

 

ビルの地下の駐車場に車を停め、グルメダンジョンのエントランスに向かうと見知った顔が集まっていた。

 

サギゲームスやサンサーラの社員はもとより、飯屋きらりの店員とその家族たち、そしてアイドルマスターの関係者達だ。

 

旦那連れの塩見周子や一ノ瀬志希が談笑をしていたり、765プロの人達を連れた佐久間まゆが男性プロデューサーの腕を引っ張っていたりする。

 

残念ながら妹のきらりや美城プロの面々は仕事だったり合宿だったりで来ていないが、かなり豪華なメンツになったと思う。

 

 

 

エントランスのスピーカーから大覇道のメインテーマが流れだし、イメージキャラクターであるブルースによる説明が始まった。

 

ハゲたムキムキのオッサンというキツいヴィジュアルのブルースが、マルチサイネージの超大画面に映し出されているのはなかなかの迫力だ。

 

でもキモいからやめさせよう。

 

一通り施設内の注意やポイントの貯め方、撮影した写真などの取り扱いを聞いてから解放された。

 

 

 

全員でエントランス隣の冒険者ギルドへ行き、眼帯を付けたイケメンギルドマスターから今日のクエストが書かれた用紙を受け取った。

 

各自でクエストをこなし、このクエスト用紙にコンパニオンたちが持つハンコを押してもらうのだ。

 

ちなみに今日俺が貰ったクエストはうさぎのキャラの悩みを聞くことと、海賊の宝の鍵の謎を解くこと、そして18時までにエントランスに戻ってくる事だ。

 

今日はプレオープンだから、だいたいみんなこんな感じのクエストだろう。

 

 

 

エントランスでみんなと別れて、嫁さん達と館内をうろつき回ってうさぎのキャラを探す。

 

限られたスペースながらも間仕切りと美術とちょっとした高低差をうまく利用していて、得体の知れない場所を探検している感じが上手く出ている。

 

特に2フロアぶち抜きで使った主人公達の乗る海賊船のエリアはなかなかのワクワク感で、子供達なら一日中大はしゃぎで走り回ってくれるだろう。

 

そうこうしているうちに、甲板の端にゲーム屈指の人気キャラと言われるピンク髪のうさぎキャラを見つけた。

 

近づいてみると、うさぎのお姉さんは沢山の招待客達に揉みくちゃにされて涙目になっている。

 

他のテーマパークのようにきぐるみのコンパニオンなら微笑ましく見えるのかもしれないが、うちのコンパニオンは生身。

 

傍から見ていると完全に事案だ。

 

うさぎのキャラの悩みのタネは聞かなくたって一目瞭然だった。

 

 

 

ほどほどに歩いた俺たちは、森林エリアのカフェで休むことにした。

 

観葉植物が所狭しと置かれた安易な内装だが、カフェ自体は有名店の暖簾分けに限りなく近い形とのことで頼んだ紅茶は美味かった。

 

妊婦の楓はさすがにちょっと疲れた様子で、胡桃入りのショコラタルトを食べている。

 

それでも嫁さんが4人もいる分、夫と妻の2人でなんでもしなければならない前世とは大変さが全く違う。

 

単純に荷物も増やせるし、ちょっとした段差なんかでも脇を2人で固めることができて安心だ。

 

妊婦を連れてきてわかったが、この施設のバリアフリー化にはまだまだ穴が多い。

 

冒険者ギルドで貰ったクエスト用紙にその事を書き付けておく。

 

 

 

「あなた、これで書いてください」

 

 

 

ちひろが横から羽ペンっぽいボールペンを差し出してきた。

 

 

 

「これ、売店で売ってるやつです。雰囲気出ますよね」

 

 

 

改善点を箇条書きにしてる所をスマホでパシャパシャ撮られる、頼むからSNSとかには上げないでくれよ。

 

 

 

「えっ!?駄目ですか……?」

 

 

 

スマホで口元を隠して上目遣いのちひろだが、いくら家族とはいえ書いてもらいたくないこともある。

 

今の段階で施設の事を変に書いてしまうと、昨今のインターネット情勢では簡単に燃え上がってしまうこと請け合いだ。

 

一応自分のスマホでちひろのSNSアカウントをチェックした。

 

 

 

『だぁが羽ペンでお仕事中♡真剣な顔がかっこいい٩(♡ε♡ )۶』

 

 

 

だぁて。

 

返信でも早速大学時代の友達から『だぁw』『だぁは草』と言われている。

 

死ぬほど恥ずかしいけど、まぁ俺が恥ずかしいだけだから何も言わないでおこう。

 

しかしちひろは愛が深いというか重いというか、初夜の時も「あなたの名前のタトゥーを入れていいですか?」とか言ってたからな。

 

しないけど、浮気とかしたら相手が刻まれて殺されたりしそうだ。

 

気をつけよう。

 

 

 

その後も色々なエリアを回ってコンパニオンから情報やはんこを貰ったり。

 

プロジェクションマッピングによるモンスター召喚バトルのアトラクションを楽しんだり。

 

クエスト用紙に地図を書き込みながら、龍の腹の中というコンセプトの迷路を踏破したりとなかなかに楽しんだ。

 

嫁さんたちもなんだかんだ大はしゃぎで、いい家族サービスになったと思う。

 

美波なんかは「オープンしたらまた友達と来たい」とまで言っていた。

 

俺はもういいや。

 

だって毎日毎日大覇道かガンダムなんだもん、自分で楽しむにはさすがにコンテンツとの距離が近すぎた。

 

 

 

 

 

18:00の集合時間ちょっと前にエントランスホールに帰ってみると、招待客たちが勢揃いしていた。

 

みんな売店で売っている冒険者の兜っぽい帽子をかぶったり、ケモミミカチューシャをつけたり、風船の剣や盾を持っている。

 

というよりそういうのを持ってないのは逆にうちの家族だけだ。

 

佐久間まゆとそのプロデューサーはお揃いの冒険者装備を着ているが、プロデューサーの首にだけ真紅のリボンが巻かれていた。

 

呪いの装備かな?

 

黒井社長は銀騎士っぽいコスプレグッズをフル装備して、961プロのアイドル達から若干距離を置かれている。

 

全力で楽しんでるなオッサン……

 

きらりの店員たちは、家族連れの者は家族サービスに精を出し、そうでないものはグループになって回ったようだった。

 

 

 

「オーナー、このドラゴンって……」

 

 

 

と大覇道のドラゴン育成ゲームの画面を出してくるのはきらり店長の和久井女史。

 

このゲームにドはまりして大阪まで遠征に行った彼氏募集中の26歳だ。

 

 

 

「このビル限定のやつだね」

 

「そうよね、私捕まえちゃっていいのかしら?」

 

「いいよいいよ、どうせ来週オープンだし」

 

 

 

やったっ!と小さくガッツポーズを決めている和久井女史を見ながら、車好きな原田美世とヤンキーの藤本里奈が「よかったね〜」「ぽよ〜」と頷きあっている。

 

きらりの料理長である三船嬢と佐藤はクエスト用紙にコンパニオンに撮ってもらったチェキなんかを貼り付けて色々書き込んでいる。

 

ちなみにクエスト用紙は綺麗に持ち帰るための筒や飾るための額なんかが売店で売っているので、ああいう楽しみ方はこちらの想定した通りのものでもある。

 

色んな事を書き込んで楽しんで、そのまま思い出にしてもらおうというわけだ。

 

そのため羽ペン付きのバインダーは配ってもいいと思ったのだが、リピーターがどれぐらいになるかまだ正確に読めないので売店で安く売ることになった。

 

 

 

時間が来て、また大画面に浮かぶハゲのブルースが出てきて本日のプレオープンは終了となった。

 

その後は最上階の大食堂で食事会だ。

 

この大覇道グルメダンジョンに入っているすべての店がメニューを担当した、今日だけの特別なコース料理が出てきた。

 

大覇道の人気キャラクターにちなんだ皿が次々と出てきて、客達は大満足している様子だった。

 

料理人達は自分の皿を直接俺のところに持ってきて、しきりに感想を聞かれた。

 

あんまり美味しくなかったけど、相手のメンツもあるし「色がいい」とか「素材がいい」とか「食べられる」とかやんわりと褒めることになり。

 

結局それが今日一日で一番疲れる時間となったのだった。




次は早めに書きます


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第23話 Power of Smile

こっから先は結構ハイスピードですよ(願望)


靴底が溶けそうなぐらい暑い2015年8月。

 

武内P、そしてセンター本田未央の率いるPOS25(パワーオブスマイル25)は『アイドルマスター MY GENERATION』の予選を順調に勝ち進んでいた。

 

7月後半の大阪での一戦は辛勝、8月はじめの仙台での一戦は圧勝。

 

強力なリーダーと密度の濃い練習で波に乗り始めた少女達は、ごく短い間に爆発的な成長を果たしていた。

 

2曲の持ち曲が彼女達のポテンシャルを十分に発揮できる出来栄えだった事も、にわかに高まる人気を後押しした。

 

釣瓶撃ちのように狂気のアピール合戦が繰り広げられる『Yes! Party Time!!』は「最高にうるさい」とSNS で話題になり。

 

島村卯月の狂気の籠もった歌唱が映える『BEYOND THE STARLIGHT』もじわじわとYouTubeの再生数を伸ばしていた。

 

そして今日、決勝進出の可否を分けるPOS25にとって最後の予選が行われようとしていた。

 

 

 

 

 

「しかし、あなたが予選を見に来るとは思いませんでしたよ」

 

「俺はきらりの兄貴だよ」

 

 

 

ライブハウスの薄いコーラの氷を噛み砕きながらそう言う高峯勘太郎に、武内Pはそうですかとだけ答える。

 

アイドルマスターの企画自体を生み出したサギゲームス代表取締役社長の登場に、会場はどうしようもなくざわついていた。

 

出演するアイドルのマネージャーやプロデューサーはこぞって挨拶にやってきて名刺を置いていき、ゲームのファンの中にはサインを求めに来る者までいる。

 

アイドル達は緊張でガチガチになっていっそ可哀想なぐらいだったが、POS25の士気はいつになく高まっていた。

 

 

 

 

 

「乃々、あたし変なところないか?」

 

「ないですけど……」

 

 

 

向井拓海がメンバーの森久保乃々にその質問をするのは今日5度目のことだった。

 

長い黒髪を七三分けにした前髪のどこが気に入らないのか、指でいじっては同じ質問を繰り返していた。

 

 

 

「だいじょーぶ☆拓海ちゃんきれいだにぃ」

 

「ていうか拓海ちゃんは髪より胸の方が見られるんじゃない?」

 

 

 

そうチームメイトの諸星きらりと双葉杏が言うが、やはり拓海は髪が気になるようで、決まらない髪型に口先を尖らせている。

 

 

 

「私トイレ行ってくる」

 

「今みくが入ってるよ」

 

「これほんとにあたしの靴?」

 

「プロデューサーどこ?いないんだけど」

 

 

 

耳が痛くなるような喧騒を貫くように、みなさん!と声が上がる。

 

視線の集まった先にはゴールドのスパンコール衣装をきっちりと着こなし、背筋をピンと伸ばした島村卯月が立っていた。

 

 

 

「今日は最後の予選です。

 

この25人が揃う事は、今日限りでもうないのかもしれません。

 

当然の事です。

 

私達は仲良しクラブで集まったわけじゃあありません、勝つためだけに集まった25人なんです。

 

みんなこれまでアイドルとして活動してきて、様々な評価を受けてきたと思います。

 

でも、全部忘れてください。

 

勝たなきゃ全部糞です。

 

勝たなきゃ何も残りません。

 

負けたら多分人は言います、いいところまで行った、頑張った、凄い、と。

 

そんな慰めには、なんの価値もありません。

 

記憶に残る、思い出に残る、そんな言葉……あえて言います、ゴミカスです。

 

誰かナポレオンが戦争で勝った相手を覚えていますか?

 

彼に善戦した相手だっていました、でも今は歴史の教科書にも載っていません。

 

そういう事です。

 

勝ち犬だけが!

 

勝者だけが!

 

人の記憶に!歴史に残るのです!!

 

……今日の相手の3グループ。

 

悪いですが叩きのめします、ぶち倒します、完膚なきまでにすり潰します。

 

それで皆さん、勝って帰るのは誰ですか?」

 

「ぴ、POS!」

 

 

 

島村卯月の問いに、最前にいた城ヶ崎莉嘉が答えた。

 

 

 

「最強のアイドルは?」

 

「「「POS!!」」」

 

「高峯社長が見に来たのは?」

 

「「「「POS!!」」」」

 

 

 

答える声が大きくなっていく。

 

 

 

「頂点に立つのは?」

 

「「「「「POS!!」」」」」

 

「宇宙最強の勝ち犬は!?」

 

「「「「「「POS!!」」」」」」

 

「勝ちに行きますよ!!!」

 

「「「「「「「おおー!!」」」」」」」

 

 

 

この日のライブビューイングの視聴者数は5万人、総得票数3万5千票。

 

そしてPOS25の得票数は3万票。

 

宣言通り、完膚無きまで相手をすり潰しての勝利だった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

8月中旬、サンサーラでは製作中の映画『機動戦士ガンダムⅢ』についての緊急会議が行われていた。

 

 

 

「だからこのジオングにララァ・スンの残留思念が乗り移って、合成音声ソフトウェアをハッキングした事にすればいいのよ」

 

「歌を入れるためだけに筋書きを変えるのはやりすぎです、もうそこらへんは半分作画終わってるんですよ」

 

 

 

喧々諤々とした喧嘩のような会議が始まった発端は、サギゲームスが作ったボッカロイドというソフトウェアだ。

 

要するに合成音声に歌を歌わせるソフトなんだが、そのサンプル曲を盟友の武田蒼一プロデューサーに発注したのだが。

 

上がってきた曲をたまたま聴いたガンダムの監督ジャクソン・カトリーヌ・東郷三越麗子が「どうしてもガンダムのラストシーンに使いたい」と言い出したのだ。

 

 

 

一応サギゲームスとサンサーラは全くの別会社だし、ガンダムⅢはもう最終場面の映像も含めたプロモーションも始まっている。

 

色々な事情を鑑みて「それは無理です」と制作進行のトップから物言いが入ったのだが、監督が折れないのだった。

 

 

 

「ガンダムのビームライフルに撃ち抜かれたジオングヘッドからバァーっと火花が散る中、殴り合いをする安室とシャア!それを窘めるかのように流れる歌!二人は冷静になり同じ女の死を悼む……完璧なラストでしょ!」

 

「大覇道のアニメやってる最中ですよ!?ビルドバトルファイターズのTVアニメも後につかえてるんです!これ以上ガンダムⅢにチーム割けません!!」

 

「別にスケジュール余裕持ってやってんでしょ、他の会社なら全然いけるスケジュールじゃない」

 

「うちは他と違って労基法に則った会社なんですよ!!」

 

 

 

話は平行線だ。

 

 

 

「大覇道とビルドバトルの方外注に出しちゃえよ」

 

 

 

俺はもうめんどくさくなった。

 

これまでガンダム三部作はこだわりを持って完全に社内制作でやってきたが、忙しいなら他のアニメは社外に振ってもいいだろう。

 

 

 

「いいんですか!?」

 

「ガンダム三部作以外はもうどうでもいいよ」

 

 

 

機動戦士ガンダムⅢが公開されれば、わざわざサンサーラを作ってまでやりたかった事は終わりだ。

 

あとは社員達が舵を取っていけばいい、俺はそう思っていた。

 



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第24話 カツに対して唐揚げの量が少ない

あっさりお茶漬け風味で


幸福な時間は蛇のように過ぎ去る。

 

そんな変な書き出しの食レポが外国の有名な雑誌に掲載されたのは8月半ばの霧雨の日だった。

 

微に入り細を穿つようにして書かれた料理の評論は耳目を集め、海外セレブ達に高峯勘太郎という名前を知らしめた。

 

らしい。

 

俺はマッドコインをバカみたいな値段で落札して取材陣引き連れてきた生っ白い有名らしい料理評論家の兄ちゃんに、フレンチのフルコースを食わしただけだ。

 

最初はカメラに向かってデカい態度で「バカ高い金に似合うだけのインチキならいいがな」とか言ってたらしいが。

 

最後の方はおかわり連発して、満腹になって食えなかった料理に泣きながら土下座していた。

 

「俺は食に敬意を払いたいんだ」って言ってたらしいけど、正直ドン引きだ。

 

俺も悪乗りして「忍者の秘薬」とか言って昔作った謎のスパイス甘味編をティラミスにふりかけたりしてたけどさぁ。

 

今海外版のウィキペディアでは、俺は忍者の末裔として書かれているらしい。

 

来月分のマッドコインはすでに発行されて入札が始まっているが、えげつないぐらい加熱してるそうだ。

 

B○Cで言ってた。

 

 

 

そんな事はさておき、8月は俺の携わる色々な事業が先に進んだ。

 

わかりやすく説明していこう。

 

まず『アイドルマスター MY GENERATION』の出演者が決まった。

 

当人達の間では様々なドラマがあったんだろうが、概ね順当な感じだ。

 

美城から二枠、765から一枠、961から二枠、あとよく知らない事務所のアイドルが一枠だ。

 

予想通りすぎて癒着を疑われかねないが、資本に余裕があってきちんとイベントに向けて調整できたユニットが残ったというところだろう。

 

 

 

そして次に、都市型レジャー施設の大覇道グルメダンジョンがオープンした。

 

アニメが放映中なおかげか入場規制するぐらい人が入ってるらしい。

 

都心にあるおかげで、何かのついでに寄ってみるって人がかなり多かったのも大きい。

 

もちろんエントランスでゲームの限定クエストだけやって帰る人もいるけどな。

 

評判は今の所よし。

 

警備員が制服で巡回してたら「世界観にそぐわない」ってクレームが入ったぐらいか。

 

親子やカップルで1つの紙に色々書き込みながらアトラクションをクリアしていく形式は結構ウケた。

 

子供が考えなしに落書きしてぐちゃぐちゃになってしまったりもするが、それもいい思い出だろう。

 

意外とクエスト用紙を額装するサービスよりも、巻物に加工するサービスの方が好評で長蛇の列ができたそうだ。

 

肝心のグルメの方は、まぁほどほど。

 

冒険者ギルドの隣にある軽食スタンドは家族サービスのおっさん達が集まってきてしまい、冒険者酒場というよりは山賊の砦のようになっているらしい。

 

最上階の大食堂はさながらスーパーのフードコートで、お子様達が元気に走り回っているらしい。

 

人気なのは森林エリアのカフェと鉱山エリアのラーメン屋。

 

特にラーメン屋はド、ドチャ盛り……?トロピカル?なんていう難解な名前の店が入って、すでにリピーターが大勢ついているらしい。

 

やるじゃん。

 

コンパニオン達が客に群がられる問題は、コンパニオン達と客の間に仕切りをつけることで解決した。

 

ぶっちゃけ施設の裏を走ってる従業員用通路に上半身が出せる穴を開けただけだ。

 

安上がりな解決方法だけど、色々な調整に時間がかかってオープン寸前まで業者が入っていた。

 

近隣の学校や施設なんかからの来訪も次々決まっていて、会社の社会貢献としても結構ありなのかな。

 

なかなかの滑り出しといえるだろう。

 

 

 

それともう一つ、飯屋きらりの話だ。

 

うちの妹の高峯きらりが『アイドルマスター MY GENERATION』の予選を突破したということでフェアが始まった。

 

その名も『たらふく食ってデカくなれ!きらり丼スペシャル夏祭り』だ。

 

俺が考えたんじゃないのに、ちょっと妹と嫁さん達に怒られた。

 

きらり丼とは。

 

にんにくと生姜で甘辛く味付けした豚ロース肉を、俺の特製スパイスを混ぜたプロテインを衣にトンカツにし。

 

それを俺特製辛口スパイスを混ぜたプロテインを衣に揚げたガッツリ唐揚げと一緒にご飯に乗せて、出汁と卵で閉じたものだ。

 

カリカリじゅくじゅくトロトロでうまい。

 

ただ、飯屋きらり屈指の狂気の高カロリーメニューとなったので、ごはんは無料で豆腐にできるようになっている。

 

ちなみにご飯は大盛り無料だ、誰もしないだろうけど。

 

 

 

「ちょっとご飯足して」

 

 

 

大盛りにすると1キロにも達するご飯を食べきって、更におかわりを要求する女がいた。

 

渋谷凛だ。

 

フェアの期間中、3日と開けずに通ってきているらしい。

 

相変わらず料理に駄目出しをしてきていて「カツに対して唐揚げの量が少ない」とありがたいご指導を頂戴している。

 

お前唐揚げおかずにカツ食ってんのかよ。

 

ご奉仕価格で750円のメニューなんだから多少は大目に見てください。

 

なんだかんだ近所の部活高校生や大学生なんかには大人気で、嵐のようにやってきては米を食い尽くして帰っていくそうだ。

 

たらふく食って大きく……大きくなってくれ。

 

 

 

そういえばきらりは今夏、ふじりなちゃん含めると5人ほどバイトが入ってきたらしい。

 

和久井女史は本格的にきらり2号店の開店を視野に入れているらしい。

 

「いい加減2号店を作らないと近隣住民に店を焼かれる」とこれまでもたびたび言っていた。

 

俺は2号店の料理長には佐藤を押しておいた。

 

地味に俺のレシピの再現率が一番高いのは佐藤だからな、うちの店はカレーさえブレずに再現できていれば潰れる事はあるまい。

 




次から話動かします


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スクラップ帳

すいません話進みませんでした、一本は絵文字使いまくりだったので画像にて


飯と酒 2015年6月号

飯屋きらり店長 和久井留美氏インタビューより

 

 

 

ーー 飯屋きらりという、ある種の名物店の店長を任せられているということで、何か重責のようなものはありますか?

 

 

和久井

 

 

重責のようなものは特にないのですが、やはりオーナーの方からクオリティの管理は厳しく指導されています。

 

 

ーー クオリティの管理といいますと。出来の悪い日、というのがやはりあるのでしょうか?

 

 

和久井

 

 

そうですね、以前に「ジャガイモが2グラムも多い!」と言われて1鍋没になったこともありました (笑)

 

 

ーー やはりオーナーの高峯氏は料理に対しては並々ならぬ情熱を持っているという事ですか。

 

 

和久井

 

 

それは本人が否定していました「周りがうるさいから店をやってるだけ」なのだと、だから2号店もなかなか作らないんですよ。

 

本人はすでに料理人ではなく経営者としての道を選んだわけですから、そこはきっぱりと言っていましたね。

 

クオリティに厳しいのも、あくまでオーナーとしては最低限の仕事として言っているだけなのだと思います。

 

やはり高峯勘太郎は天才ですから。 (笑)

 

我々のような常人には、とても測りきれないようなところがありますね。

 

 

ーー この仕事をやっていて良かったなと思う事はありますか?

 

 

和久井

 

それはもちろん、沢山あります。

 

お客様からの反応であるとか、美味しいものを作っているという自負であるとか、そういうものもありますが。

 

やはりこういう面白くて難しい店の経営を任せてもらえている、というオーナーやスタッフからの信頼感が嬉しいですね。

 

スタッフ間も仲が良くてみんな家族ぐるみで付き合いがありますし、いい職場ですよ。

 

 

ーー スタッフは、やはり高峯勘太郎氏の料理を食べる機会があるわけですか?

 

 

和久井

 

 

よくありますよ。

 

高峯勘太郎の料理っていうのはある種の劇薬なので。 (笑)

 

逆に食べられても食べないというスタッフもいます。

 

 

ーー 劇薬、といいますと?

 

 

和久井

 

 

やはり天才ですから、基本的に作るものすべてがオーバークオリティなんですね。

 

研究で作ったもののほうが、完成版よりも美味しいなんてのはざらですので。 (笑)

 

あれに慣れてしまうと普段の食事が味気なくなってしまうんですよね。

 

家族の愛情の篭った料理でもそうなんですから、外食なんて楽しめなくなってしまいますよ。

 

 

ーー それはなんとも羨ましい悩みのような気もしますね。 (笑)

 

 

和久井

 

 

この間の、あのオークションで2000万超えで落札された日本酒がありましたでしょう?

 

 

ーー あっという間に伝説の銘酒になってしまった、『高峯』ですね。

 

 

和久井

 

 

そうそう、高峯勘太郎が手ずから仕込んだっていう。

 

あれを1本頂いたんですよ。

 

 

ーー ええっ!本当ですか?

 

 

和久井

 

 

その時点ではあんな値段はついていなかったので、その日のうちに飲んでしまったんですけれども。

 

値段がついた後ならとても飲めなかったと思います。 (笑)

 

 

ーー たしかに。 (笑)

 

 

和久井

 

 

あれを飲んでからというもの、どんないいお酒を飲んでも満足できなくなりまして。

 

今は専らペットボトルのウイスキーで晩酌しています。

 

 

ーー なぜですか?

 

 

和久井

 

 

『高嶺』に比べたら、何を飲んだってアルコール度数分の違いしかありませんから。

 

高峯勘太郎の本気っていうのは、そういうどこか悪魔的な所があるんですよね。

 

 

 

 

 

エコノミーレジェンド 2015年8月号

全力インタビュー、スマホゲームの巨塔『大覇道』リリース前夜。

 

 

ーー 今年の春前には高峯勘太郎氏との熱愛報道もありましたが?

 

 

安部

 

 

やー、あれはいわゆる根も葉もない……というやつでして。 (笑)

 

 

ーー 高峯氏が中学生の頃からの仲だと、以前言っておられましたが。

 

 

安部

 

 

当時中学生だった社長にアルバイトとして雇われてたのが私だったという話でして……色気のない話ですいません。

 

 

ーー ということは、恋愛感情はない、と?

 

 

安部

 

 

ないですよ〜、親戚の子ですよほとんど。 (笑)

 

彼も愛妻家ですし、男女関係に関してはほんとまともな子なんですから。 (笑)

 

 

ーー 高峯氏は破天荒なエピソードばかりお持ちなので、男女関係も破天荒なのかと勘違いしている人も多そうですよね。 (笑)

 

 

安部

 

あれでも本人は色々考えた末の行動なんだと思いますけどね。

 

 

ーー まさにその色々と考えていらっしゃった部分について、高峯氏がサギゲームスを立ち上げた頃についてお聞きしたいと思います。

 

 

安部

 

 

急に店に来なくなったと思ったらいつの間にかあのデカい会社ができていた感じですよ。

 

 

ーー 周囲にはなんの相談もなかったということでしょうか?

 

 

安部

 

 

ものすごく独立心の強い人ですからねぇ、あの人に相談された事がある人っているんですかね。 (笑)

 

 

ーー当時16歳の少年がその豪胆さ、やはり人とは全く違う視点と確固たる信念を心に秘めていたというわけですね。

 

 

安部

 

 

持ってるお金全部賭けちゃう破滅型のギャンブラーなんだとナナは思っていましたけど、たしかにそういう考え方もできますね (笑)

 

 

 

 

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第25話 決勝戦

おまたせしました


アスファルトに車がめり込むぐらい暑かった8月は終わり、幾分か過ごしやすい2015年9月がやってきた。

 

「小売するには量産能力に不安がある」と会議で結論が出たガンダムのプラモデル付き袋麺、通称ガンダムラーメン。

 

ほとんどこれを売るためだけに立ち上げられたプレミアムサンサーラというウェブサイトで限定販売されたのだが、秒速で売り切れてしまっていた。

 

日本国内からしか買えず、さらに同一の住所からは3つまでしか買えないという制限付きでこの騒ぎである。

 

今の状態で小売開始をしていたらクレームの嵐だったと、企画担当者は静かに胸をなでおろしていた。

 

 

 

さて、ところ変わってさいたまはスーパーアリーナ。

 

その会場で、そのガンダムラーメンを今まさに食べている者達がいた。

 

 

 

「今日この時のために!私達が生まれてきたと言っても過言ではないでしょう!!」

 

 

 

肩掛けの拡声器を通した島村卯月の爆音演説が控え室のドアを超えて廊下にまで響き渡る中、POS25の幾人かの少女達は『お土産に』と貰ったガンダムラーメンを早速調理して車座になって食べていた。

 

 

 

「緊張で昨日からなんにも入らねぇと思ってたけど、やっぱこのラーメンは別だな。いくらでも食えるぜ」

 

「もりくぼも、このラーメンならジェットコースターの直後でも食べられますけど……」

 

「なんかやばいもの入ってるのかなとも思ったんだけど、しゃちょー曰く○平ちゃんとあんま成分変わんないらしいよ」

 

「なんでんなこと知ってんだよ?」

 

「LINEして聞いた」

 

「おっ、お前っ!そんな気軽にLINEしていいのか!?」

 

「あたし高校の入学祝いも貰っちゃったしぃ?妹みたいなもんだし、ねぇ?」

 

「ねぇじゃねぇ!」

 

「杏も貰ったよ、高校の入学祝い。アップルのギフトカードだった」

 

「ええっ!?あたし図書カード……そっちのが良かったなぁ」

 

「貰い物に文句言うなよ!」

 

 

 

この日集った6組のアイドルの中で、朝からラーメンを食べていたのはこの数名だけだったという。

 

 

 

 

 

 

『レディースアンドジェントルメン!!さあ、盛り上がっていくわよ!!』

 

 

 

ステージ中央に立つ川島瑞樹がそう叫ぶと、会場の四方八方から大声援が返ってくる。

 

ここはさいたまスーパーアリーナ。

 

2012年にプロジェクトアイドルマスターが始まってからの3年、その総決算の場だ。

 

 

 

『日本一のアイドルを知りたいかーっ!』

 

 

 

新田美波の煽りに『おおおおお!!』と地鳴りのような歓声が返る。

 

この日集まった37000人が一体となって凄まじい熱量を発していた。

 

 

 

『みんなスマホは持った?投票できなくなっちゃうから、絶対になくしちゃだめよ』

 

 

 

この日観客達には、入場の際に首からかけるタイプのスマホホルダーが配布されていた。

 

サギゲームスがこの決勝戦ライブの投票を全てゲーム内で行うと決めたのだ。

 

会場内には撮影録音禁止の案内が出され、SNSなどでオフィシャル以外の写真や映像が流れた場合は顧問弁護士が対応すると公式にアナウンスされている。

 

観客はほぼ満員、カメラの数も前代未聞、このイベントのために携帯電話基地局のアンテナまで増えた、まさにサギゲームスの全力をかけた総力戦であった。

 

 

 

『早速だけど、お姫様達にご入場頂こうかしら』

 

『一組目、961プロダクション【プロジェクトフェアリー】の登場です!』

 

 

 

荘厳なエピック音楽をバックに登場したのは961プロの3人組だ。

 

四条貴音、一ノ瀬志希、速水奏の3人のメンバー全てがクール、全てがミステリアス。

 

艷やかな髪に結いつけられた黄金のティアラ以外は全て漆黒のゴシックドレスを纏った彼女達の存在感に、会場の37000人は言葉をなくしていた。

 

3人が完全に揃った動きでカーテシーを行うと、まるで呪いが解かれたかのように客席から歓声が爆発した。

 

 

 

『続いて二組目、765プロダクション【765エンジェル】の登場です!』

 

 

 

バツン!と照明が切り替わり、先程とは別の入口から軽やかな行進曲を背負って少女達が登場した。

 

ピンクのドレスを着て、めいめいが楽器を持って行進するその足取りに乱れはない。

 

メンバーは赤いストラトキャスターを持った佐久間まゆ。

金のデュオソニックを持った五十嵐響子。

ペダルとロックノッカーを持った関裕美。

そしてブビンガスルーネック5弦のワーウィックサムベースを持った水木ゆかり。

4人のメンバーが持つ独特な存在感に会場の37000人は言葉をなくしていた。

 

ステージに揃った4人が完全に揃った動きでカーテシーを行うと、まるで呪いが解かれたかのように客席から歓声が爆発した。

 

 

 

『続きまして三組目、346プロダクション【Project Krone】の登場です!』

 

 

 

先程とはまた別の入口から、まず最初に宮本フレデリカが登場した。

 

純白のドレスに白銀のティアラ、そしてガラスのハイヒール。

 

まさに魔女の魔法にかけられたシンデレラそのものだ。

 

会場中が息を呑む中、一人花道を歩くシンデレラの後ろから次々と同じ装いの女達が現れ、あっという間に完全に歩調を合わせたシンデレラの一個小隊が出来上がった。

 

眩すぎる彼女達の存在感に、会場の37000人は言葉をなくしていた。

 

ステージについた全員が完全に揃った動きでカーテシーを行うと、まるで呪いが解かれたかのように客席から歓声が爆発した。

 

 

 

『四組目、961プロダクション【詩花】の登場です!』

 

 

 

その少女は空からやってきた。

 

天井から吊られた黄金の三日月に座った、黄金の衣装の少女。

 

何かを口ずさみながら楽しげにステージに舞い降りたその姿はまさに天使のようだ。

 

淡く儚げで、どこまでも透明な彼女の存在感に、会場の37000人は言葉をなくしていた。

 

薄緑色の髪をなびかせた彼女が優雅にカーテシーを行うと、まるで呪いが解かれたかのように客席から歓声が爆発した。

 

 

 

『五組目、346プロダクション【パワー オブ スマイル25】の登場です!』

 

 

 

ギラギラ、物理的に。

 

眩しい、なぜなら光っているから。

 

体中にLEDを装備した、異色のドレスを身に纏ったシンデレラ達が現れた。

 

靴も、ドレスも、ティアラも、全てが光り輝いてアリーナの闇を切り裂いている。

 

7色にグラデーションを繰り返すそのドレスを纏う少女達も多種多様な面構えだ。

 

大きな娘、小さな娘、元ヤン、アジテーター、猫耳、ぽっちゃり、かぶとむし好き、かわいい娘、霊感少女、きのこ、厨二病、バイカー、ロックンローラー。

 

一人のファンも取り逃がさないとばかりに集められた属性の坩堝、そのカオスに

会場の37000人は言葉をなくしていた。

 

25人の先頭に立った少女が優雅にカーテシーを行うと、まるで呪いが解かれたかのように客席から歓声が爆発した。

 

 

 

『最後に、大阪は道頓堀商工会議所後援【なにわロケット】の登場です!』

 

 

 

会場の音響システムが音割れするんじゃないかと思うぐらいの大音量で六甲おろしが流れ、紅白ストライプのドレスに身を包んだ少女が現れた。

 

と同時に他の入口からドーナツのきぐるみを着た少女が現れ。

 

さらに別の入口からは全身アニマルプリントのドレスを着た銀の短髪の少女が大きく手を振りながら入場してきた。

 

3人で中央のステージまでやってくるとめいめいバラバラのポーズを取り『なにわロケーット!』と叫ぶ。

 

会場は緩やかな困惑に包まれていた。

 

 

 

公演は1グループにつき30分ごとで行われた。

 

順番は公正を期して、事前に抽選機を使って決められたものである。

 

1組目は最後に登場したなにわロケット。

 

このグループは30分の出番のうちの半分以上を喋っていた。

 

トラディショナルなしゃべくり漫才のようなトークは客からは大ウケで、歌でももちろん大盛り上がりだ。

 

そうして浮足立った客席に喝を入れるかのように、どこまでもシリアスに登場したのは2組目のProject Krone。

 

アイドルとしてのポテンシャルも、楽曲の質も、一挙手一投足に渡るまで完璧に研ぎ澄まされたその完成度も、他とはレベルが違った。

 

まさに2015年の日本アイドル界における最適解、誰も文句のつけようもないドリームチームだ。

 

Project Kroneの圧倒的なパフォーマンスで夢心地になった観客を迎えたのは、3組目の765エンジェル。

 

ディストーションのかかった真紅のギターをかき鳴らしながら、高らかに恋心を歌い上げる佐久間まゆの歌声に観客達は酔いしれた。

 

彼女の出世曲である『魔法を信じるかい?』では客席から大きな歌声が上がり、さながらロックフェスのようだ。

 

そうして沸き上がった観客の前に現れたのが、パワーオブスマイル25だった。

 

 

 

全員のLED内臓のドレスが真っ白に発光し、その中から一人だけ光ることをやめた少女がステージの前に出てくる。

 

そうしてピンと立てた人差し指を高らかに掲げ、満面の笑みで『パワーオブスマイル!』と言ったのはリーダーの本田未央だ。

 

そのまま雪崩込んだ『Yes! Party Time!!』に合わせて、少女達は全方位に向けて釣瓶撃ちにアピールを繰り広げていく。

 

投げキッス、ターン、笑顔、お辞儀、セクシーポーズ、一つ一つを取ってみればなんてことのないアピールが途切れる事なく30分の間延々と続く。

 

アピールする者だけドレスの光の色を変えていく構成から、これが即興で行われているわけではない事がわかる。

 

数を撃つしかなかったのだ

 

曲も、完成度も、ダンスも、何一つ他のアイドルたちには敵わない。

 

ただ彼女達は一人一人の個性の煌めきを弾丸にして、愚直に撃ち続ける事だけで勝負をかけたのだった。

 

25人分の魅力、25人分の個性、25人分の努力、25人分の人生、25人分の青春。

 

観客に誰の何が刺さったのか、伝わったのかはわからない。

 

勝ったのはパワーオブスマイルだった。

 




二十五人に勝てるわけないだろ!



書き直しまくりましたが力及ばずでした。

各アイドルの活躍を描くとどうしても冗長かつつまらなくなってしまうので、いっそバッサリと切りました。


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バレンタインのない世界

書いたの忘れてたやつが出てきました。

2015年の2月の話です。


発端はあるテレビ番組だった。

 

 

 

「新田美波さんは、何か旦那さんとのロマンチックなエピソードとかあるんですか?」

 

「あのお金持ちの」

 

「そうそう」

 

「やっぱりジュエリーもろたりとかね、あと億ションもろたりとか、あとお金もろたりとかね」

 

「お金持ちのイメージが貧困すぎるでしょ」

 

「そのぅ……私もよくわかってないんですけども。毎年2月の14日にですね、夫が真剣に作ったチョコレートをくれるんですよね」

 

「そういえば新田さんの旦那さんは天才料理人でもありますものね」

 

「その日はなんかの記念日なん?」

 

「子供の頃から毎年くれるので深くは考えてなかったんですけど、昔の日記を読み返してみたら……どうやら私と夫が初めて会った記念日じゃないかと」

 

 

 

キャアアアア!!とスタジオが黄色い声で沸く。

 

 

 

「あと……一度、10歳ぐらいの頃ですかね、チョコレートでできたティアラを貰ったんですよ。あれには母も大興奮で『勘太郎くん、私にもくれない?』って言ってみたら、次の日には真ん中におっきく『義理』って入ったティアラが届きました」

 

「めちゃめちゃおもろいがな!」

 

「本命のチョコと義理のチョコがあるってことですね、愛されてていいわね」

 

 

 

この動画がTwitterに無断転載され、何十万リツイートもされてからだ。

 

俺の周りに『2月14日にチョコレートのイベントをやりたいんですけど』と打診が届き始めたのは。

 

もちろん俺としては『勝手にやってくれ』としか言いようがない。

 

俺の個人的なノスタルジーをこの世界の人に説明するのは不可能だからだ。

 

俺がチョコの作り方を教えるような番組をやりたいなんてディレクターもいたが、雑に断った。

 

テレビなんか出たくないし、チョコの作り方だってクックパッドにいくらでも載ってるからだ。

 

そうやってのらりくらり逃げていると、2月の寒い日に俺の嫁さんの美波の方から話が回ってきた。

 

 

 

「ごめんね勘君、学校の友達と先輩と後輩がね……どうしても勘君にお菓子作り教えてほしいんだって」

 

 

 

曰く、美波の友達達にとってはあの新田美波のロマンチックなエピソードと、その当事者の俺というのがキーポイントなのであって。

 

他の人に教えてもらったのではご利益がないのだそうだ。

 

友人の旦那を便利な脚立ぐらいに思ってるのか知らないが、なかなか図太い話である。

 

俺としてはいつも支えてくれている嫁さんにこう頼まれたらもう降参、打つ手なしだ。

 

こうして俺は恋と性欲に滾った30人弱の女達に、わざわざチョコレート菓子の作り方を教えることになったのだった。

 

日程は2月13日、場所はたまたま借りられた知り合いの料理学校の教室。

 

どこから聞きつけたのか知らないが、テレビカメラを回したいという打診もあったのでカメラも入れた。

 

面倒事は1度で終わらせるに限る。

 

 

 

『皆さん、生クリームとチョコレートは上手く混ざり始めましたか?さっきも言いましたが、焦がさないように弱火でじっくりやりましょう』

 

 

 

俺がそうマイクで話すと、会場の女学生達から「やだー」とか「どうしよ〜」とか声が上がる。

 

生クリームとバターとチョコレートを混ぜてガナッシュを作るだけでこの騒ぎだ、さすがに先が思いやられる。

 

こんなことならば面倒ではあるがガナッシュ作りも湯煎でやらせれば良かった。

 

ちなみに今日は飯屋きらりから三船嬢とサンサーラから財前さんが来て、生徒たちのサポートに回ってくれているのだがさっきから二人ともフル稼働だ。

 

日野さんはサンサーラで飯番。

 

みんな散々失敗しながら2時間もかけて作り終えたガナッシュを冷蔵庫に入れ、今度はパウンドケーキの生地作りに入る。

 

パウンドケーキを作るのは簡単だ、材料を混ぜて型に入れて焼くだけだからな。

 

簡単なのだ、簡単、簡単……なはずだったのだが。

 

俺は料理のできない人間というのを舐めていたのかもしれない。

 

13時に始まったこの講義だが、パウンドケーキを焼き始められたのは18時を回った頃だった。

 

仕方なく食事休憩を挟み、パウンドケーキをコーティングしたり余ったガナッシュでトリュフを作ったりして解散は22時。

 

予想外にハードな1日となった。

 

しかし始めて自分でお菓子を作った女学生達の心から嬉しそうな顔を見られたので、まぁ良しとしようか。

 

そして俺がお手本に作ったパウンドケーキやトリュフは大人気で、瞬く間に女性たちのお腹に収まってしまった。

 

 

 

「もしこんなの貰ったら気がなくても好きになっちゃうよね〜」

 

「ほんとおいし〜、カフェやったらいいのにね〜」

 

「ねぇ〜」

 

「行く行く〜絶対〜」

 

 

 

彼女たちはそんな事を好き放題言いながら食べていたが、そんな暇ねぇよ!

 

もしかしたら俺の事を料理の上手い美波のヒモぐらいに思ってるんじゃなかろうか。

 

そして教室に残された大量の失敗作や余った材料をなんとか食べられるチョコへと作り変えたところで日が変わり、俺は徒労感に苛まれながら家へと帰ったのだった。

 

 

 

ちなみに廃材利用チョコは翌日の飯屋きらりで配る事になった。

 

女性客達は「もらうもらう〜」「ロマンチックよね〜」とニコニコ笑顔で帰っていき。

 

男性客達も。

 

「俺甘い物あんまり好きじゃないんだよね〜」

 

なんてにやけて言いながらも、断る人はいなかったのだとか。



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コイン王国の崩壊

マッドコインが高くなりすぎて海外から叩かれる話です、アイドル関係は進んでませんので飛ばしてもOKです。


『マッドコインは人を狂わせる』

 

そういうコピーが表紙に乗った有名ニュース雑誌がアメリカで刊行され、話題になっている。

 

もちろん悪い意味でだ。

 

元々マッドナルド及びマッドコインという事業は、金持ち向けにオークションで食事権を販売するというあまり社会公益性のないものだったのだが。

 

9月の分のマッドコインが「世界一高額な食事代」としてギネス記録に残されたあたりから風当たりが強くなってきた。

 

日本ではそうでもない、俺はそこそこ有名だし、そもそも若き銭ゲバソシャゲー王としてあまり評判が良くないからだ。

 

細かい事でしょっちゅう叩かれていて、ある意味ガス抜きができていたという言い方もできるだろうか。

 

問題は海外、特にアメリカからの批判が猛烈だった。

 

うちなんか個人経営かつ引きこもり体質で株式非公開の小さい会社だ。

 

従業員数は驚きの3人だぞ。

 

英語での非難の電話がコレクトコールでかかってきたり、長文の謎言語激おこメールが届いたり、知らない外人の親戚が訪ねてきたりしてもうパンクして地面を滑ってるような状況だ。

 

「寄付をしないと神の怒りが下るぞ!」って超高圧的に言ってきた自称社会派団体とかもいたが、俺の信じる神ではなかったので遠慮させてもらった。

 

そしたら神をも恐れぬ男として俺の写真が火にくべられたらしい、こわい。

 

とにかく大ピンチだ。

 

 

 

波乱を呼ぶ呪いの金貨であるマッドコイン、その9月分を落札したのはアメリカのヤンキーおやじだった。

 

「ハンバーガー」

 

メールにはそれだけ書いてあったらしい。

 

俺は近所のハンバーガー屋のメニューを参考に食材を用意して、自家用ジェットでやって来るアメリカの不動産王を待ち受けた。

 

前世のマクドナルドのメニューっぽく写真と説明を並べたプレートを作って見させたんだが、奴は迷いなく1番野菜が少なくて肉が多いのを選びやがった。

 

舐めているのか俺のメニューを見てニタニタ笑いながら「とんかつマッドブーグーだとよ、誰か正しいスペルを教えてやれ」とか言っている。

 

まぁ取り巻きの連中も同じものを選んだので作るのは楽だ。

 

ビッグマック風のハンバーガーとフライドポテト、それと自家製コーラをサーブしたら後はテレビでも見てるだけ。

 

ボロい仕事だぜ。

 

その後もウェイターの子は何度か追加の注文を持って戻ってくる。

 

よく食うオヤジ達だなと思いながら言われるがままに作っていたのだが、ある時なにか怒鳴り声がしたと思ったらウェイターが厨房に走り込んできた。

 

「全メニュー持ってこいって言ってます!」と全部のハンバーガーにサインペンで丸がつけられたメニューを俺に突き出す。

 

どんだけ食うんだよ!

 

結局ほとんどあるだけの肉を食い尽くした、グーフィーだかロナウドだかっていうアメリカ親父と仲間達は大満足で俺にハグして帰っていった。

 

「うちのママより料理が上手いやつに初めて会ったぜ!HAHAHA!」と豪快に背中を叩かれたけど、100ドルもチップ貰ったからまぁよしとする。

 

だが俺は良くても世間は良くなかったらしい。

 

 

 

【60を超えて料理に感動する事があるなんて信じられるか?

 

言うやつはよくいるな。

 

『感動した!』

 

『これまで食べた中で一番美味しい!』

 

『神の作りたもうた美食だ!』

 

そんな思ってもいない事を、おべっかやポジションのために平気で言う。

 

世の中はそんな奴らばっかりだ。

 

私は今までそういう奴らを白々しく思ってきた。

 

飯が美味いってのは素材が美味いって事だ、金さえかければどこで食ってもたいして変わらないと、長い間そう信じていた。

 

だが驚くほど美味い肉も、とろけるような美酒も、皇帝すら唸るような珍味も、頭から消えて吹っ飛ぶような体験を日本でした。

 

日本に向かう前はビジネスだけの関係だった私と仲間たちは、今やジョン・ハンニバル・スミスとその仲間達のように仲睦まじい。

 

あの時あの場であの料理を共に口にした、それだけで誰よりも信用に足るような気さえしている。

 

私とその数人以外、ステイツでは誰もとんかつマッドブーグーの味を知らない。

 

それが今回私が払った目の玉が飛び出るような大金の対価だ。

 

これは全く素晴らしい、全くフェアな対価だ。

 

一生食べられないであろう哀れな庶民のために、せめてとんかつマッドブーグーがどういう料理か教えてあげよう。

 

香ばしいハンバーガー用のバンズに、キャベツとポークカツレツを挟んでソースをかけただけ。

 

真の美食とはそういうシンプルなものだ。

 

とはいえ私もなぜそんなものが美味いのかわからないから、何度も何度もおかわりをして食べた。

 

ウェイターに『コカインが入ってないかシェフに聞け!』と何度も言った、帰国してから検査も受けた、私はクリーンだ!

 

ウェットなのにドライ、ホットなのにコールド、チープ故に完璧、不思議な料理だった。

 

食えば食うほど空腹になっていくようで、大の大人が四人して一歩も動けなくなるまで食べた。

 

バドワイザーを飲み、幸福と共に眠った、

 

ステイツに帰ってきて、あまりの喪失感にゾッとしたよ。

 

この国にはカンタローがいない、とんかつマッドブーグーもない。

 

他の国の人間を羨ましいと感じたのは生まれてはじめてだ!

 

そしてギネスの認定員には気の毒だが断言しておこう、マッドコインの値はここからまだまだ上がる。

 

いいか!貧乏人は口を出すなよ!

 

食の喜びを諌める権利など、神にしかないのだからな!】

 

 

 

アメリカのオッサンが帰ってからこんなインタビュー記事がネットメディアに公開され、マッドコイン叩きは更に加熱した。

 

無責任に騒ぎまくるゴシップメディアと、日本にアメリカの金が流れるのが気に入らない奴ら、そしてインテリ乞食共が混ざり合って大変な騒ぎだ。

 

俺の事をCIAが狙ってるなんて話から、俺への殺害予告、ヴィーガン団体による過激な抗議パフォーマンス。

 

ここまでやられるともう笑うしかない、俺とちひろはもう言われるがままにして全てをほったらかしていた。

 

税金は払ってるのだから本来は文句なんか言われる覚えはないのだ。

 

しかし、なんでこんな事になったかなぁ。

 

 

 

「成り上がり小僧の荒稼ぎと言われてもなんの文句も言えない金額ですし、社長は後ろ盾がないから叩きやすいんですよ」

 

 

 

とちひろが正論めいたことを言うが、叩きやすいからと叩かれたんじゃあたまったもんじゃない。

 

 

 

「慈善事業でもやって目を逸らしましょうか?」

 

「どこの団体も経理が不透明だから寄付は嫌いだし、海外から叩かれてるのに日本でなんかやってもしょうがないだろ。」

 

「寄付が一番簡単なんですけどね〜」

 

「そうだ!

 

アメリカは元兵隊の地位が高いっていうじゃないか。

 

ああいう人らのための義肢とかの研究に投資するってのはどうだ?」

 

「まぁ悪くはないですけど……なんでそこに行きつくんですか?」

 

「ほら、ああいうのってもし儲かってもいくらでも儲かってないように見せれるじゃないか」

 

 

 

金をドブに捨てるのは嫌だが、人の役に立ってリターンも見込めるならまだ我慢もできるというものだ。

 

 

 

「そうですかねぇ……?まぁそうおっしゃるなら投資してみましょうか、そこに文句をつける人はいなさそうですしね」

 

「じゃあとりあえず税金分抜いて今までのマッドナルドの儲けの6割を投資に回してみてくれ」

 

「あとはメディア担当をちゃんと雇って会見とかをやらせましょう、マッドナルドも部署を作って大きくしていかないとそのうち私も社長も倒れちゃいますよ」

 

「それは性急に進めよう……」

 

 

 

やむにやまれず小さく始めたマッドナルドという会社が、自分の携わる生涯の事業の中で1番巨大に成長していく事を、この時の俺は想像もしていなかったのだった。

 




書いてから「別に書かなくてもいい話だったな」と思いましたけど、せっかく書いたので上げておきます。


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第26話 これ一皿百万円

一部絵文字を使ったので、その部分は画像にて


アイドルマスター MY GENERATION決勝戦から数日、俺と武内君はKTRが曲を提供するパワーオブスマイル25のアルバムの打ち合わせを行っていた。

 

 

 

「どうだった?会社の方は」

 

「なぜか常務に……いえ、専務にはラーメン屋に連れて行って頂きましたよ『アイドル事業部をよろしく頼む』と言われました」

 

「そうか、出世したのか美城社長の娘さん」

 

「結果的にうちの会社のアイドル事業部の大勝利でしたから、私もまだ若輩の身ですが部長職に昇進させて頂きました」

 

 

 

武内君はそう言って真新しい名刺を俺に差し出した。

 

 

 

「部長に……ああ、直上の上司が美城専務だったもんな」

 

 

 

まじまじと名刺を見るが、なまじ自分が社長なんてのをやってると30前で部長っていうのが凄いんだか凄くないんだかわからなくなってしまう。

 

前世ではバイト上がりの万年平社員だったしな。

 

 

 

「じゃあこれで美城のアイドル関係は自由に采配できるようになったわけだ」

 

「そういうわけではありませんが、まぁある程度ならば……」

 

「いつからアイドルちゃん達を練習に寄越せるんだ?武田Pが半年はかけたいって言ってたぞ」

 

「さすがにそれは……アイドル達が今のコンディションを維持できるのは2ヶ月といったところでしょう」

 

「ならいつも通りだな」

 

「いつも通り……ですか」

 

「ああ、1ヶ月か2ヶ月は缶詰だ。もううちの会社がスタジオおさえてあるから、アイドル達を順次よこしてくれ。仕事はともかく、悪いが学校は休んでもらうと武田Pが言ってたぞ」

 

「普通は……逆なのですが」

 

「高校なんか辞めさせたっていいぐらいの事だと思うけどね」

 

「全員が芸能界に残れるわけではありませんので」

 

「真面目だね」

 

「人のお子様の人生を預かる仕事です、当然の事かと。ところで……今日はなぜこんな場所で打ち合わせを?」

 

 

 

俺と武内君は大覇道グルメダンジョンビル内の『ドキドキ♡セレブクルーザー』という所謂執事喫茶にいるのだった。

 

 

 

「ここのホットサンドが悪くなくてね」

 

「たしかに本格的な味ですが」

 

 

 

名物メニューはバニラアイスとホイップチョコレートが絶妙にとろける甘味系のホットサンドと、シンプルで飽きない卵のホットサンドだ。

 

ビルの低層階にあるので、意外と近場の会社のOLなんかが朝食べに来るらしい。

 

元サンサーラの作画が開いた店で、ここの看板メニューはサンサーラ料理番の日野茜が教えたものだ。

 

彼女は舌が雑だがセンスはいい、味はともかく『うまそう』な料理を作る。

 

もう一人の料理番の財前時子は中身も見た目も綺麗に作ろうとするからな、ありゃ店を持ったらやっていけないタイプだ。

 

 

 

「できればもう少し静かな店がいいですね」

 

「まぁ執事喫茶はちょっとうるさかったかな」

 

「身の置き場が……少し」

 

 

 

武内君はとろけそうな表情でイケメン執事にオムライスを食べさせてもらっている妙齢の女性達を、居心地悪そうに見つめていた。

 

 

 

 

 

9月末日の晴れの日。

 

マッドコイン騒動でマッドナルドの仕事が機能不全に陥ったのは痛かったが、起きてしまったことはもう仕方がない。

 

せっかく普段忙しくしているちひろの体が空いたので、俺は家族サービスのためにバーベキューを行っていた。

 

そのちひろが誘ったので、サギゲームスとサンサーラ、おまけにきらりや美城の暇そうな奴らも集まってきていて、陣取った浜辺のバーベキュー場は大賑わいだ。

 

 

 

俺はもちろん今日も料理だ、担当するメニューは羊の丸焼き。

 

ホームセンターで買ってきた材料で組み立てた丸焼き機に羊を固定し、ハーブや塩やにんにくなんかを刷り込んでゆっくりじっくり遠火で焼いていく。

 

運搬は免許取ったばっかりの美城のヤンキー向井拓海が手伝ってくれた。

 

うちのフォレスターは俺と嫁さん4人でもう一杯だからな。

 

中古で買ったらしいギャルソンのホイール入りのハリアーに、羊一匹分の肉を載せてくれた彼女には素直に感謝だ。

 

他の奴らが酒を飲みながら持ち込んだエンジン式発電機でゲーム大会やDJなんかをやってる中、俺は社員が交代で回す肉の様子をちょいちょい見ながら嫁さん達の飯を用意する。

 

それも多めに作って机なんかに置いておくと、欠食社員たちが寄ってきてあっという間に食い尽くされていく。

 

 

 

「これ一皿百万円〜」

 

 

 

なんてサンサーラの社員が焼きそばを持って笑ってるが、百万じゃ済まないことは黙っておこう。

 

 

 

「あなたの料理だけは秋になっても飽きそうにないですね」

 

 

 

妊娠して味覚の変わった楓にも、俺のチートは完全対応していて助かる限りだ。

 

パエリアをつついて上機嫌に言いながらも飲んでいるのはノンアルビール、あと半年ぐらいは酒は我慢してくれ。

 

 

 

「肉が食べたいぞ〜」

 

 

 

と瑞樹が箸を振り上げると。

 

 

 

「勘君お肉お肉〜」

 

 

 

と美波がドクターペッパーの缶を同じように振り上げる。

 

そしてちひろはせっかくの休みなのに忙しそうに動き回ってくれていた。

 

 

 

「社長!こっちの炭温めておきました」

 

 

 

嫁さん達のリクエストに苦笑しながらホルモンを焼いていくが、プライベートでは社長はやめてほしいなぁ。

 

 

 

「社長っ!羊もいい感じですよ!」

 

 

 

社員達が回す羊の前に陣取って楽しそうに炭の番をしている向井拓海も、俺の事を社長と呼んでくる。

 

俺は君の会社の社長ではないのだが。

 

羊は末端の皮がパリッとしてきているが、俺のセンサーではあとしばらくかかる。

 

しきりに「味見しなくていいんですか?ちょっとだけでいいですから」と言う社員に「もうしばらく回しとけ」と伝えてソース作りに入る。

 

サルサ、チリ、玉ねぎ入りのビネガーソース、色々用意したが俺が好きなのは醤油ぶっかけて大口開けてかぶりつく事だ。

 

ワイルドな料理はワイルドな食い方が一番美味いからな。

 

 

 

それからしばらくして、俺のセンサーが焼き上がりを告げる頃には肉の周りにはわらわらと人の群れができていた。

 

優秀な腹のセンサーを持っているやつがいるらしい。

 

牛刀包丁で羊の足にサクッと切り込みを入れると、皮と肉の間の油がジュワッと染み出してくる。

 

一番いいところを炭火で焼いたパンに挟みソースをかけて嫁さん達に渡し、次に切り出したものを向井拓海に渡した。

 

そうしてから先頭にいた社員に包丁を渡すと、餓鬼と化した社員達があっという間に肉に群がり、15キロほどあった羊が骨に変わるまで1時間もかからなかった。

 

瑞樹や美波なんかが「ん〜っ!皮がパリパリ!」なんて言いながら笑顔で食べていると、羊の肉は凄くオシャレな食べ物に見えるのだが。

 

飢えた社員達が外した羊の肋骨をしゃぶるように食べている様子はさながら野人の食卓だ。

 

俺はこの世界にも厳然と存在する女子力格差に心で涙を流しながら、羊の骨で出汁を取ったカレーを野人達に振る舞ったのだった。

 

 

 

 

 

道路が落ち葉で一杯になる10月。

 

飯屋きらり2号店がオープンした。

 

店長は佐藤しゅーがーはぁと心。

 

店員は社員に内定したらしい原田美世とバイトのヤンキー藤本里奈、あとは現地で雇うそうな。

 

名前も『飯屋こころ』にしたらどうだ?と言ってみたが、強く拒絶された。

 

最近はきらりインスパイアのラーメン屋が増えてきて色々とややこしいそうだ。

 

だいたい飯屋きらりではラーメンを出してないのにインスパイアも糞もなかろうが、佐藤曰くきらりはルーツとして尊敬されているらしい。

 

 

 

せっかくなので、10月のきらりのお客様感謝デーではまたラーメンを出す事にした。

 

悪いが出すのは家から近い飯屋きらり本店だけだ、佐藤の文句は受け流した。

 

スープは豚骨で、醤油を混ぜた豚骨醤油。

 

麺は自家製でちぢれのないプリップリの太いストレート麺。

 

焼豚は豪華に3枚、煮玉子に、彩りのためにほうれん草と焼き海苔を乗せた。

 

なんか、前世でもこういうラーメンを食べた気がする。

 

 

 

「ご飯が欲しくなりますね」

 

 

 

試食をしていた和久井女史の意見を取り入れてライスはお代わり自由にした。

 

 

 

「オーナー、美城常務に先に食べてもらったほうがいいですよ。あの人未だに毎週毎週『ラーメンはやらないのか』って聞いてきてますから。食べ物の恨みは怖いですよ」

 

「あの人専務に昇進したらしいぞ、まぁ先方の都合が合うならいいけどね」

 

「電話したら今からでも来ると思いますよ」

 

 

 

果たして専務はすぐにやってきた。

 

自家用車らしいハードトップのZ4から降りてきたその右手には紙袋。

 

どうもラーメンを食べる用のジャージを常に持っているらしい。

 

トイレで着替えて出てきた美城専務は、髪の毛もバッチリ後ろに纏めた戦闘モードだった。

 

 

 

「では、いただこうか」

 

 

 

そう言ってから一気呵成にラーメンを吸い込み、時々何事かを呟いてみたり一筋の涙を流してみたりと忙しくリアクションをして。

 

結局ラーメン2杯とライスも一杯平らげて帰っていった。

 

よくわからんが、ともかくこれで厄落としも済んだわけだ。

 

 

 

「あっ、美城専務にラーメンの話をネットに書かないように言うのを忘れました」

 

「別に好き放題書いてもらったっていいよ、そんな大げさな」

 

「いや〜、美城専務って実はその筋じゃ有名なんですよね……」

 

「その筋ってどの筋なの?美城専務もプライベートでは単なるラーメン好きのお姉さんだろ」

 

「オーナーがいいならいいんですけど」

 

 

 

3日後の朝、宣伝もしてないのに駅から店まで続く行列を見た俺は、この時の判断を深く後悔することになるのだった。

 

 

 

 

 

ラーメン界の(ある意味)有名人、シロさんのレポ

 

 

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美城芸能の人はみんな知ってます


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『ロング・リブ・ロックンロール』 『ガンダムラーメンのこと』 『たくみんのラーメン屋さん』

またうまくまとまらなかったので細切れ系です


『ロング・リブ・ロックンロール』

 

 

 

「バンドのねじ込み?」

 

 

 

サギゲームスの押さえたスタジオで編曲作業をしていた武田Pは、俺の頼みに不愉快そうに返事をした。

 

 

 

「悪い、どうしてもって頼まれちゃって。落としていいから見るだけ見てよ」

 

「これだから芸能事務所ってのは嫌なんだ」

 

 

 

ふぅ~とクソでかいため息をつくが彼も業界人だ、否とは言わなかった。

 

今回話を持ってきたのは、765プロの高木社長だ。

 

要するに、楽器ができる765エンジェルにバックバンドのメンバーとしてもうワンチャンスをって事だ。

 

俺も普段なら突っぱねるが、今回の勝者である美城の武内君から「こういうところはある程度助け合いでやってますので……」と言われたからにはしょうがない。

 

 

 

「それで、いつなんだい?」

 

「今来てるよ」

 

「急だね」

 

「だって来週からオケ入れるんでしょう」

 

「それもそうか」

 

 

 

武田Pは765エンジェルとの挨拶もそこそこに「一曲やってみてくれ」とバンドをブースに追いやってヘッドホンをつけた。

 

元気よく『魔法を信じるかい?』を演奏する765エンジェルだったが、彼女達の演奏はあくまでも平凡。

 

多少のテクニックはあるが、演奏者としてはまだまだ全体的に荒削りすぎた。

 

 

 

『ドラム、何かやってみてくれ』

 

 

 

ドラムの関裕美はタムタムを多用するスローなドラミングを披露したが、武田Pの顔は渋い。

 

 

 

『ベース、何かやってみて』

 

 

 

ベースの水本ゆかりはロータリースラップや3連プルを多用したテクニカルなフレーズを弾きこなして見せたが、武田Pは顔を横に振るだけだ。

 

 

 

『ギター』

 

 

 

金のデュオソニックを低く構えた五十嵐響子は元気よくフルチョーキングからのソロを始め、ライトハンドからネックベンドまで持てるテクニックの限りを尽くしたようだが、武田Pは頷かなかった。

 

 

 

『もう一人のギター』

 

 

 

白いブロックインレイのストラトキャスターを構えた佐久間まゆは、何を思ったかケトナーのアンプのボリュームとゲインを最大まで回す。

 

そして足を肩幅に開くと高らかに手を上げ、魂が震えるようなEを一発だけ鳴らした。

 

その一発でストラトキャスターの2弦は引きちぎれ、爪の割れた彼女の右手の人差し指からは血が流れていた。

 

誰も言葉を発さない中、爆音のフィードバックだけがその場を駆け回り。

 

まるで音に薄く紅色がついたかのように

、艶やかな空気が佐久間まゆを中心に渦を巻いていた。

 

血に濡れたピックを投げ捨て、ピックガードに挟んだ新しいピックを引き抜き。

 

彼女はおもむろに腰を落として、まるでウィルコ・ジョンソンのように切れ味鋭いカッティングを弾きまくった。

 

俺と武田Pは視線を合わせ、頷きあう。

 

こんなの、ドッグレースの予選に本物の獣が紛れ込んだようなものだ。

 

プリミティブなロックの体現。

 

佐久間まゆという愛らしいキャラクターの底に眠るドロドロと滾るマグマのような憤りが、原色のままにギターから噴出していた。

 

 

 

「I Fought The Lawなんか弾いてもらったらどうだろう?」

 

「悪くはないね」

 

 

 

長い旅の果てに、とんだ拾い物をした気分だ。

 

ふと、頬を涙が伝う。

 

 

 

「何を泣いてるんだ?」

 

「いや、蒔けば芽吹くもんだなと思って」

 

 

 

武田Pは笑っていた。

 

多分、ここにいたら武内君だって笑っただろう。

 

 

 

 

 

『ガンダムラーメンのこと』

 

 

 

サンサーラの限定発売したプラモ付き即席麺である、機動戦士ガンダムラーメン。

 

転売市場が異常な加熱を見せる中、またも弊社ショッピングサイトであるプレミアムサンサーラ内で待望の第2ロットの販売が行われた。

 

瞬殺も瞬殺、2分間で売り切れだった。

 

苦情の電話が鳴り止まない。

 

例の如くYouTuberには「サンサーラの方はこのおもちゃ抜きで売ってください」とネタにされ、テレビ局からは取材協力のお願いが来ていた。

 

宣伝しなくても困るぐらい売れるのにリソース割いて宣伝なんかしてられないというのが本音だが、あくまでもこのラーメンはうちの映画の宣伝商品だ。

 

テレビ局には「映画の宣伝もしてくれるなら……」と箱で送ったのだが、心配だったので録画してオンエアを見てみることにした。

 

 

 

「私もね、これまで色んなものを食べてきましたけれどもね。悔しいんだけれどもね、このね、即席ラーメンがね、これまで食べてきたラーメンの中でね、一番美味しいわけなんですね。あの高峯ね、勘太郎っていう方はね、料理人の中で一番商売が上手い男なわけなんですけれども。同時に一番料理が上手いと言い切ってしまってもね、いいぐらいの人なんですね。私もね、10年ほど前ね、こうちぃっちゃな小学生の彼にね、料理を教わった事がありましてね……」

 

 

 

と太った料理人タレントのおばさんが延々と喋り続け、案の定機動戦士ガンダムの話はコーナー最後の3秒だけなのであった。

 

ところでこのラーメンを作った理由でもあったガンダムのプラモデルだが、みんな結構一度ぐらいは作ってみてくれているようで嬉しい限りだ。

 

Twit○erにはマニキュアで塗装された超ラメラメのザク2の画像なんかが上がっていて、なるほど普通の女性が模型を作ればこういう発想も出てくるのかと膝を打つ思いだった。

 

転売の方もあくまで想定の範囲内で、思ったよりは多くない。

 

機動戦士ガンダムラーメンの販売に関してはホットケーキミックスの失敗をしっかり生かせたと言っていいだろう。

 

 

 

 

 

『たくみんのラーメン屋さん』

 

 

 

半袖の人は見かけなくなった10月某日、美城プロのアイドル向井拓海はサギゲームスの社長室を訪ねていた。

 

緊張ではちきれそうな胸をタータンチェックのシャツに収め、右手と右足を同時に出して歩く様は傍から見るとちょっとおかしな人である。

 

アイドルマスター MY GENERATIONで優勝し。

 

『特攻の拓海』というネット配信のドラマの主人公を射止めた彼女も、想い人の前ではただの18歳の小娘に過ぎなかった。

 

 

 

「あのっ、社長っ!折り入ってお願いがありまして……」

 

「おお、なに?」

 

「実は今度高校で文化祭がありまして、そんでクラスでラーメン屋台をやる事に決まったんですけれども。それでですね、社長んとこのラーメンを使わせて貰えないかと思ったんですけど……」

 

「ああ、あれね。いいよいいよ」

 

「ほんとですか!?ありがとうございます!!あのっ、お金なんですけど……今回はきちんと……」

 

「うーん、今回はアイドルマスターで頑張ってもらったから、そのお礼ってことにしとこうかな」

 

「えっ!すんません!ありがとうございます!ゴチになります!それでですね、開催は今月の25日なんですけれども、良かったらぜひ!」

 

「うん、都合がついたら顔出させてもらおうかな」

 

「ありがとうございます!お待ちしてます!」

 

 

 

嬉しそうに小さくガッツポーズをしながら去っていく向井拓海を、サギゲームスの社員達は温かい眼差しで見つめていた。

 

 

 

「そんで、今回はラーメンなわけだ」

 

 

 

例のごとくサギゲームスから学校まで人海戦術で運んできた大量の段ボール箱を前にして、眼鏡の女子が腕を組んで言った。

 

 

 

「結局たくみんはなんか社長の弱みでも握ってるわけ?」

 

 

 

校則違反のミニスカートを手でパタパタさせながら、金髪の女子が意地の悪そうな顔で笑い。

 

 

 

「拓海さんはそんな卑怯な真似はしませんよ!」

 

 

 

それを生真面目なクラス委員長の空手少女、中野有香が看板にペンキを塗りながら一喝する。

 

他のクラスメイトらは体力を使い果たして、床に敷いた段ボールの上に力なく寝転がっている。

 

そして話題の主である向井拓海自身は、段ボールを運び終わった後すぐに武田Pの待つスタジオへと移動していたのだった。

 

 

 

翌朝の文化祭当日、ヘトヘトになりながら登校してきた拓海を待ち受けたのは手作り感満載のアイドル風衣装だった。

 

 

 

「これうちらでこっそり作ってたんだ、まぢで大変だったし」

 

「せっかくパワーオブスマイルがいるのに客引きさせない理由ないよね?」

 

「押忍!拓海さん客引きお願いします!」

 

 

 

そのまま有無を言わせず佐久間まゆ風のピンクにリボンな衣装を着せられ。

 

拓海が疲れと恥ずかしさのダブルパンチで模擬店のバックヤードで項垂れていると、そこに眼鏡の女子が困ったような顔で入ってきた。

 

 

 

「わり、たくみんの客引きいらなかったかも」

 

「ああ……?なんで?」

 

「外見てみ」

 

 

 

拓海がバックヤードを区切っていた暗幕をちょっと開けて外を見ると、3階にある家庭科室の入口から1階の昇降口まで続く長い長い列が形成されていた。

 

 

 

「さっき朝ごはん代わりにラーメン食べてたら集まってきちゃったんだよね、ホットケーキゾンビ再来って感じ?」

 

 

 

苦笑する眼鏡の女子に、深く溜息をつく拓海であった。

 

 

 

その後は4月の焼き直しのような展開で、女学生達は泣きそうになりながらもひたすらラーメンを煮てミックス野菜を盛り付け続けた。

 

客足は途切れることなく続き、この学校の文化祭における過去の最大来客数を軽々と塗り替えた。

 

結局拓海は衣装を着たまま接客をして。

 

子供と記念写真を撮ったり、中学生のノートにサインをしたり、お姉さんと握手をしたりと看板娘として忙しく過ごしたのだった。

 

 

 

そして昼過ぎ頃にはラーメンも完売し、早々と模擬店の片付けを始めていた拓海達に来客があった。

 

 

 

「おっすおっす拓海ちゃんお疲れ〜☆差し入れ持ってきたにぃ」

 

「拓海ちゃんの高校すげーでかいね」

 

「もりくぼの学校の倍ぐらいありますけど……」

 

「おお!きらり!杏!乃々!来てくれたのか!」

 

 

 

パワーオブスマイルの高峯きらり、双葉杏、森久保乃々の登場にクラス中が騒然とした。

 

 

 

「ほ、本物!?」

 

「きらりちゃん大っきい〜」

 

「杏ちゃんほんとにちっちゃい〜」

 

「乃々ちゃんマヂで妖精みたいなんですけど!!」

 

 

 

飴にたかる蟻のように周りに群がってくる女子高校生の群れに恐れおののいてきらりの巨体に登り始めた森久保を見て、拓海はクラスメイトを一喝した。

 

 

 

「くぉらテメェら!!お利口にしねぇか!!」

 

「あっやべっ」

 

「離れます離れます」

 

「乃々ちゃんマヂコアラなんだけど」

 

「たくみんお母さんみたい〜」

 

 

 

それでも興奮さめやらぬ女子高校生達はきらりたちから2メートルほど離れた所から質問を投げかけ始めた。

 

 

 

「きらりちゃんはほんとに184cmなんですかー?」

 

「わかんないにぃ、きらりはまだまだ成長期だから☆」

 

「すげー」

 

「真のフィジカルエリートだ」

 

「杏ちゃんは何味の飴が好きですか〜?」

 

「いちご〜」

 

「かわいい〜」

 

「顔ちっちゃ〜い」

 

「乃々ちゃんはステージではドヤ顔なのに普段はどうしてそうしないの〜?」

 

「し、仕事だからオンオフあるんですけど……」

 

「すごーい」

 

「やっぱプロだよね」

 

「あ、あのっ!きらりちゃん!決勝戦でやった杏ちゃんを空高く投げ飛ばしてキャッチするやつ、やってもらえませんかっ!?」

 

「天井が低いにぃ……」

 

「ていうかあれは杏も二度とやらないよ!?」

 

 

 

そうして質疑応答が続く中、きらりが『思い出した!』という風に手を打って、リュックサックから風呂敷包みを取り出した。

 

 

 

「拓海ちゃん☆これお兄ちゃんから差し入れだにぃ。今日は来れそうにないからって」

 

 

 

そう言ってきらりが差し出したのは大きめのバスケット一杯に詰め込まれた手作りクッキーだった。

 

 

 

「え?マヂ?」

 

「高峯勘太郎の手料理?」

 

「末端価格一千万って言われてるってマジ!?」

 

「うおおおおおお!!!!!」

 

「「「「「やったー!!!!!」」」」」

 

 

女子高校生達からこの日一番大きな歓声が上がり、山盛りにあったクッキーは育ち盛りの彼女たちに瞬く間に食い尽くされたという。



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ドチャ盛りトロピカルの話

今回は完全にオリキャラの話なんで飛ばしても問題なしです。
時々出てくるきらりインスパイアのラーメン屋の店長の話です。

あとやってみたかったから掲示板回書いたんですけど、めっちゃ難しいですね。


俺はMC劉備玄米、ヒップホップグループ『トロピカル』のラッパーだ。

 

だが最近はクルーのMC曹操妄想とDJ孫権厨房と一緒に、ずっと家でラーメンを作ってる。

 

トラック作らずにラーメン作ってるのにはわけがある。

 

 

 

あれは今年の夏のこと。

 

たまたま通りがかったラーメン屋にすげぇ数の客が並んでた。

 

こりゃ相当美味いんだなと期待して入ってみたんだけど、すぐに後悔したね。

 

出てきたのは控えめに言って残飯、悪く言えば生ゴミ、いや豚の餌だな。

 

とにかく汚い盛り付けの野菜の上ににんにくと油がかかってる変なラーメンだった。

 

みんな喜んで食べてるとこに水差しちゃいけないと思って、嫌々ながらもとりあえず口にしたんだ。

 

そしたらもう、口の中に広がったのは濃厚な豚の味。

 

このスープのかかったもやしとキャベツだけで永遠にいけると思ってたら、シャキシャキのにんにくがツーンと鼻を抜けてもう大変だ。

 

極太の麺が凄まじいリフト力で口にスープを運んできて、今までのラーメンに感じたことがない力強い小麦の匂いと交わって口の中で爆発を起こした。

 

そっからはもう無我夢中にかきこんだ。

 

気がつけば丼の中身はなくなっていて、俺はすぐに列に並び直した。

 

もちろんクルーにもファミリーにも「今すぐ来い!」と連絡した、これは事件だからな!!

 

結局来たのは働いてないクルーの2人だけだったが、集まった全員でこの後2周した。

 

合計3杯も食った俺は腹痛で病院送りになったけどな。

 

でもその待合ロビーでブロ達と誓ったんだ。

 

「俺らあのラーメンにはガチで行こうぜ!」ってな。

 

それがいわゆる『桃園の誓い』ならぬ『ラーメンの誓い』となったわけだ。

 

 

 

次の日、ラーメン屋について愕然とした。

 

きれいさっぱりなくなって、カレー屋になってた。

 

愕然と立ち尽くす俺達に常連らしき人達が教えてくれたよ。

 

昨日はこの飯屋きらりっていうカレー屋のイベントの日で、あのラーメンは二度と食べられないかもねってさ。

 

絶望したぜ、喪った物の大きさに。

 

ただ、カレーは美味かった。

 

 

 

そっからの俺はぬけ殻みたいだった。

 

気がつけば毎日毎日飯屋きらりの前にいて、自販機の金麦を飲んでいた。

 

毎日一番前に並んでる眼鏡のおっさんとも自然に仲良くなった、カレーも美味いからついでに食べた。

 

嫁さんも休みの日には心配してついて来てくれた、二人でカレーを食った。

 

そうして一月ほど経った頃だ、曹操妄想が俺に言った。

 

「俺らがあのラーメンを作ってみればいいんじゃね?」と。

 

俺は翌日、なんとかしてレシピを教えてもらおうと開店前のきらりの門を叩いた。

 

結果は撃沈「企業秘密ですので」と蒼い髪の女に笑顔で言われてしまった。

 

だが俺は諦めない。

 

俺は毎日毎日開店前のきらりの前で土下座しつづけた。

 

俺だけじゃない、毎日じゃないが曹操妄想も孫権厨房も一緒に来てくれた。

 

音楽活動は完全にストップだ。

 

それどころじゃない!

 

今はラーメンで忙しいんだ!!

 

 

 

どれぐらい経っただろうか。

 

毎日の土下座による日焼けで首や手の甲が真っ黒になった頃、たまたま俺らの前をきらりのオーナーが通りかかった。

 

兄ちゃんどうしたんだと金麦を奢ってくれて、話も聞いてくれて、大まかにだけどレシピまで教えてくれた。

 

3人で必死にメモを取った。

 

オーナーはまだ若いのに本当にでっかい人だった、天才料理人と言われるのもわかる。

 

まさに男の中の男、あのラーメンを作っただけのことはあるぜ。

 

そしてその日から、俺達のきらり式ラーメンとの死闘が始まったのだった。

 

 

 

まさに悪戦苦闘の日々だ。

 

なんせ3人ともバカすぎて、まず取ったメモの内容が全部バラバラだった。

 

だてに中卒なわけじゃない。

 

 

 

「このポーションって粉で麺を……」

 

「いやモーションだべ?」

 

「マンションって書いてあるがや」

 

 

 

一事が万事こんな調子で、メモの解読は困難を極めた。

 

そのため次の週には3人の嫁さん連中どころか、地元で小料理屋をやってる孫権厨房の義母まで巻き込んでの一大プロジェクトとなっていた。

 

そしてあれよあれよという間に話は大きくなり、うまいラーメンを再現するという話は俺たち3人がラーメン屋をやるという話にすり替わってしまった。

 

 

 

「婿さんらが音楽なんかやってるよか、食べ物のお店やっててくれる方がなんぼか外聞がええわな」

 

 

 

という俺の義母の鶴の一声によって店は即座に用意され、俺達は就職という罠にまんまと追い込まれてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「みてみて、看板作っちゃった♪」

 

 

 

そう言ってある日嫁さんが持ってきた看板には、立派な書体で『ドチャ盛りトロピカル』と書かれていた。

 

トロピカルは俺達のヒップホップグループの名前だが、ドチャ盛りって何だ?

 

 

 

「なんだよこの『ドチャ盛り』って」

 

「あんた達よく『ドチャクソ』って言ってるじゃない?ドチャクソ盛るからドチャ盛り〜」

 

 

 

俺の嫁さんは大卒だけどちょっとふわふわしている。

 

下手に否定したりするとすぐ怒って泣きだすから、この看板も嫁さんが忘れた頃にこっそりと書き直してもらおう。

 

 

 

「時々行くから頑張ってね〜」

 

「時々かよ」

 

「だって匂いも量もすごいんだも〜ん」

 

 

 

たしかに匂いも量も凄い。

 

もしまかり間違って繁盛したとしても、あんまり女性客の見込めないニッチなラーメン屋になるに違いない。

 

 

 

「有名になったら純ちゃんの好きなKTRも来てくれるかもね〜」

 

「俺を本名で呼ぶな!しかしKTR……?そうか、そういう可能性もあるよな」

 

 

 

俺らの神、ヒップポップの始祖であるKTRは日本人の男と言われているからな。

 

東京でラーメン屋をしていて有名になれば、来てくれる可能性は大いにあるよな!

 

絶対サイン貰うぞ!

 

いや、もし音楽も聴いてもらえたらプロデュースって線もありえるか?

 

よーし、俄然やる気が出てきたぞ!!

 

結局その後看板を書き直すタイミングはなく、俺達のラーメン屋はそのまま『ドチャ盛りトロピカル』としてスタートする事になる。

 

そして店のレジに置いた我らトロピカルのCDは、どれだけ店が繁盛しようともいつまでも1枚も売れないままなのであった。

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

きらりで家系が出される前の8月の話です。

 

【漢】関東きらりインスパ総合56【ラーメン】

 

 

0338 名無しの豚 Ku4s0BTa 2015/08/28

 

>>334

 

きらりの話はきらりスレでしろ

 

 

 

0339 名無しの豚

 

ここは何スレなんですかねぇ……

 

 

 

0340 名無しの豚

 

>>339

 

ここにおるやつで本家食ったことあるやつなんかおらんやろ

 

 

 

0341 名無しの豚

 

この話題飽きた

 

 

 

0342 名無しの豚

 

誰かマッドコイン買って本家食べてこいよ

 

 

 

0343 名無しの豚

 

>>342

 

もう個人で手出せる値段じゃない

 

 

 

0344 名無しの豚

 

>>343

 

うちらでも初回ぐらいは買えたのにな

 

 

 

0345 名無しの豚

 

>>344

 

7月のマッドコインでも800万だぞおうあくしろよ

 

 

 

0346 名無しの豚

 

勘太郎はアニメやめてラーメン屋作れよ

 

 

 

0347 名無しの豚

 

>>337

 

あのレベルの人間が今更ラーメン屋なんかするかよ

 

うちらの生涯賃金が月収みたいな人だぞ

 

 

 

0348 名無しの豚

 

今日トロピカル本店でまた劉備が業者にラップしてたぞ

 

「店長劉備 いつでも本気

食材なければ 一切休業

それでも努力は認める度量

遅れる納期に大徳発揮」

 

う〜ん、これは5点w

 

 

 

0349 名無しの豚

 

誰か木下純平のCD買ってやれよ

 

 

 

0350 名無しの豚

 

>>349

 

お前が買え

 

 

 

0351 名無しの豚

 

レポしろ更新あったぞ

 

今回は高円寺の焼豚雷光軒

 

 

 

0352 名無しの豚

 

シロはそのうち死ぬわ

 

食いすぎ

 

 

 

0353 名無しの豚

 

>>352

 

あいつきらりからの古参だけどめちゃくちゃ痩せてんだよな、結構美人だし

 

 

 

0354 名無しの豚

 

ラーメン大好きおばさんの話はmi○iでやってどうぞ

 

 

 




若おかみは小学生見てきました。

僕含めた周りの大人が泣きすぎて、隣に座ってた小学生がドン引きしてました。


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第27話 がんだむの結末

今はFallout76の事しか考えられません


全世界が注目していた2015年10月のマッドコイン。

 

その販売中止が、新しく雇われたマッドナルド広報の高橋礼子女史から正式にアナウンスされた。

 

表向きの理由は準備不足。

 

実際はクレーム多発による会社の機能停止だ。

 

なんせ今月受けた訴訟だけでも17件もあるのだ。

 

どれも逆に訴え返せるようなしょーもない訴訟だが、相手はしなければならないので社員の少ないうちの会社は通常業務どころではなくなった。

 

緊急でちひろがどこからか引っ張ってきた人材達が今もモリモリ働いているが、まぁ今月はどうにもならんだろう。

 

とはいえ10月分のマッドコインはもう作ってしまったので、それはそれとして有効活用する事にした。

 

 

 

 

 

ちょっとだけ肌寒い雨の日、マッドナルドの押さえたホテルに本日のゲストがやってきた。

 

 

 

「今日はどうもご招待ありがとう」

 

「ありがとうございます。とっても楽しみです」

 

 

 

1組目は765プロダクションの高木社長とアイドルの佐久間まゆ、佐久間さんはウエストを絞ったレトロなワンピースで大人な感じだ。

 

 

 

「今日はお招きいただきありがとう」

 

「ふふ……楽しみで昨日はなかなか寝付けませんでした」

 

 

 

2組目は961プロダクションの黒井社長とアイドルの四条貴音だ。

 

四条さんはパブリック・イメージ通りに白い襟付きブラウスと落ち着いた色のスカートをおしゃれに着こなしている。

 

 

 

そして最後の3組目は美城芸能の美城社長の娘さんなんだが、今日は見たことない兄ちゃんを連れていた。

 

 

 

「今日は楽しみにしてきたよ。知っていると思うが、一応改めて紹介しよう。ドチャ盛りトロピカル本店の店長の木下氏だ」

 

 

 

知らない。

 

 

 

「あ、あのっ!俺、僕っあなたのラーメンを真似たラーメン屋やらせてもらってるラッパーの劉備玄米です!あの時はありがとうございました!」

 

 

 

すごい勢いで頭下げられてるし、紹介された名前と違うし、会った覚えないし、わけがわからない。

 

適当に話合わせとくか。

 

 

 

「あのラーメン、作ってみると難しいでしょ?」

 

「はいっ!!でも日々精進です!

俺の健闘!

崩せ伝統!

湧くぜ熱湯!

売れろ寸胴!

BOOOOM!!」

 

「…………」

 

 

 

意味がわからない、なぜ俺は知らない兄ちゃんに下手くそなラップを聞かされてるんだろうか。

 

 

 

「す、すいません!あ、握手してもらってもいいですか?」

 

「いいよ」

 

「ありがとうございます!もうこの手は洗いません!」

 

「店に保健所来るよ」

 

 

 

 

 

以上の3組6名が本日のゲストだ。

 

元々我が社ではマッドコイン1枚につき客4名までという制限をしていたのだが、さすがにコインの値段が上がりすぎたので今月から6名までと上限を上げた。

 

前回の販売でいくらセレブだろうがさすがに1人で支払うのは辛い値段がついたからな、ワリカン前提での運営に方向転換したわけだ。

 

とはいえ今月は裁判やら新入社員の歓迎会やらでゴタゴタしていてコインの販売は実質不可能。

 

どうせ売れないのならば欠番として飾っておくよりは、普段お世話になっている身内に楽しんでもらおうと思ったわけだ。

 

 

 

「今月からマッドコインが純金製になりました。こちらと同じデザインのレプリカを用意してありますので、お帰りの際に是非ともお持ち帰りくださいね」

 

 

 

千川さんがゲストに説明をしているうちに俺は厨房へと引っ込む。

 

事前に3組それぞれのリクエストは貰ってあったので、料理の準備は万端だ。

 

今月からは調理助手も二人増えた。

 

といっても飯屋きらりの三船嬢とサンサーラの財前さんなんだけど。

 

三船嬢が「マッドナルドの厨房で勉強させてもらいたいです」と言いだしたと思うと、すぐに財前さんも「手伝ってやってもいいわよ」と尊大に言ってきた。

 

この二人は何やら奇妙なライバル関係にあるようで、こうしていつも俺を挟んで火花を散らしている。

 

料理の腕はどっこいどっこいだけどな。

 

 

 

さて、ラーメン大好きお姉さんとラーメン大好きアイドルがいることからわかると思うが、今日の料理はラーメンだ。

 

しかも765プロの高木社長までラーメンをリクエストしてきたので、ほんとに出す料理全部ラーメンだ。

 

最近ずっとラーメン作ってるから、正直そろそろ飽きてきたんだけどな。

 

 

 

まず765プロのリクエストは、昔にきらりの感謝デー限定で出した煮干し系ラーメン。

 

高木社長はあれの味が忘れられなくて色々食べ歩いたそうだが、どうにも満足することはできなかったとのことだ。

 

 

 

次に美城芸能のリクエスト、これはいわゆる『きらり系』と呼ばれているらしい前世で言うところの二郎系だ。

 

美城社長の娘さんはこの一杯をきっかけにラーメンというジャンルそのものにハマってしまったそうだ。

 

娘が夜遊びをするようになったとかで、美城社長からは度々恨み節をぶつけられたもんだ。

 

俺が知るかそんなもん!

 

躾は家庭でやってくれ!

 

 

 

最後に961プロ。

 

これも二郎系なのかと思いきや、あの銀髪の方のラーメンお姉さんはもっと無茶苦茶な注文をぶっこんできた。

 

 

 

『なにか新しいらぁめんを』

 

 

 

との事だ。

 

俺のチートはそういうふわっとした新しい料理を作る事とかは苦手なんだけどな。

 

幸い俺の前世の記憶にはこっちにはまだないラーメンの当てがいくつかあったので、今回はなんとかなった。

 

 

 

この3つのラーメン。

 

味だのなんだのは問題ないにしても、実際に厨房で3種類も並行してラーメンを作ってみると結構つらい。

 

何がつらいってまず作業量が多い。

 

なんだかんだ朝の3時からダラダラやって、今昼の12時だ。

 

ほとんどは煮込み時間なんだけど、こんなことを毎日毎日やってるラーメン屋さんには頭が下がる。

 

あとシンプルに匂いがすごい。

 

厨房の換気が追いつかなくて、いろんな濃い匂いが混ざりまくってとんでもないことになっている。

 

財前さんなんかずーっと凄い嫌そうな顔をしながら鍋をかき混ぜてるからな。

 

でもラーメンを試食させてみたら、なかなかに複雑な顔をしていた。

 

 

 

完成したラーメンを今日のためにわざわざ買ってきた岡持ちへと入れ、俺とウェイターはテーブルへと向かう。

 

今日は身内の集まりだから、一応俺も出ていくことにしたのだ。

 

 

 

「やぁ、待ってたよ。私はこいつを夢にまで見てね」

 

と高木社長が煮干しラーメンを前に目尻の涙を拭い。

 

 

 

「これが最後のオリジナルきらりだと思いなさい」

 

「はいっ!盗めるだけ盗みます!」

 

 

 

と美城社長の娘さんと変な兄ちゃんは気合を入れ。

 

 

 

「これが……新しいらぁめんですか」

 

「ちょっと濃そうだな……」

 

 

 

と四条貴音は顔を上気させ、黒井社長は先飲みの胃薬をペリエで流し込んだ。

 

全員の前にラーメンが行き渡ったところで、こだわりのプラスチックタンブラーに飲み物を入れた俺が前に出る。

 

 

 

「皆様、お飲み物はお持ちですか?それではアイドルマスター MY GENERATION 本当にお疲れ様でした!どのお食事もおかわりは充分にございますので存分にご飲食ください!乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 

 

俺が音頭を取ると、みんな一斉に食べ始めた。

 

 

 

「おいしいなぁ」

 

「しょっぱいですけど、優しい味ですね」

 

 

 

高木社長と佐久間さんが並んでラーメンを食べていると、まるで大晦日に年越しそばを食べに出てきた爺さんと孫娘のようだ。

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 

美城の娘さんとラーメン屋のコンビは完全に無言でひたすらに食べている。

 

 

 

「やっぱり濃いじゃないか……」

 

「これは……ふむ、ふむふむ」

 

 

 

今回黒井社長達に出したのは、いわゆる天下一品の超こてもどき。

 

ラーメンというよりは麺入り中華シチューだ。

 

普通に食べているつもりなのにスープが全部なくなっていたりする、恐ろしいラーメンなのである。

 

俺も前世の学生時代によく行ったが。

 

なぜか俺を含めた周りの男全員、一度もあっさり味のラーメンを頼むことがなかった。

 

天下一品のこってりラーメンには、男を強く惹きつける引力があったのだ。

 

 

 

結局この後、四条さんは3種類すべてのラーメンを2杯づつ完食。

 

美城専務は『きらり系』の2杯目と天下一品もどきを少しだけ味見し。

 

ラーメン屋は相当頑張って3種類のラーメンを1杯づつ食べ。

 

他の人達は全員1杯だけで満腹になり、お腹をさすっていた。

 

 

 

「成人の皆様には、できましたらご試飲いただきたいものがありまして。うちの嫁さんの実家で作ったワインなんですけど……」

 

「なにっ!?酒!?」

 

「勘太郎君が作ったのかい!?」

 

「是非とも!是非とも飲ませていただきたい!」

 

 

 

なんか凄い食いつきだ。

 

このワインは、うちの嫁さんの高垣楓の親戚の造り酒屋で作ったものだ。

 

一昨年俺がそこで仕込んだ清酒の出来が良かったから今度はワインが飲んでみたいとのことで、親戚とその近所のワイナリーとの連名で俺が召喚された。

 

まぁ俺も実際酒は好きだし、作ってみた清酒も思っていたより美味かったし。

 

自分で仕込んだ酒を長期熟成するってのもなかなか浪漫がある事だと思ったので、ホイホイと和歌山へ向かったものだ。

 

それから1年がたち、色々と作ってみたうちの白ワインは一応飲めるようになった。

 

このお酒は結構数を作ったので売りに出すつもりなのだが、その前に身内の皆さんにお披露目しようと思ったわけだ。

 

ちなみにみかんジュースも作ったので、未成年の佐久間さんと四条さんにはそっちで我慢してもらおう。

 

もちろん、俺もだ。

 

 

 

ソムリエ衣装を着たうちの新入社員の柊志乃が、ゲストのグラスにワインを注いでいく。

 

ラベルには漢字で二文字、清酒と一緒の『高峯』だ。

 

『楓』にしようかとも思ったが、他の嫁さん達の視線が怖かった。

 

まぁ、いらぬところで波風を立てる必要もあるまいて。

 

 

 

「これはなんとも……妙な迫力が……」

 

「えも言われぬ芳醇な香りが……」

 

「本当に去年作ったワインなの?」

 

「ぶどうの香りがする」

 

 

 

めいめいが口に含み、しばらく無言の時間が続く。

 

気づいたら、黒井社長が静かに泣いていた。

 

 

 

「これまで飲んできたあの美酒達は……一体何だったんだ?」

 

「これ、熟成させたらどうなるんだい?」

 

「とんでもないことになるとしか……」

 

「…………」

 

 

 

まぁワインは舌の肥えたVIP達から大好評だったと言ってもいいだろう。

 

みかんジュースもね。

 

 

 

 

 

あけて11月、ついに公開が始まったガンダムシリーズ最終作『機動戦士ガンダムⅢ 〜めぐりあい宇宙〜』はいつも通りの低空飛行を続けていた。

 

特にネットで炎上する事もなく、もちろん反対にバズる事もなく。

 

劇場には一作目、二作目で増えたファン達が順当に見に来ただけ。

 

黒井社長の熱唱する『めぐりあい』がぽつぽつと席の開いた劇場に響いていた。

 

 

 

とはいえ、ガンダムというコンテンツそのもの自体が低調なわけじゃない。

 

若き俊英である荒木比奈を監督に、この秋から始まったTVアニメ『ガンダムバトルビルドファイターズ』は快調にヒットを飛ばしていた。

 

劇場版ガンダムのプラモデルは売れないのに、バトルビルドファイターズに出てくるSDガンダムのプラモデルはティーンを中心に売れに売れていたのだ。

 

なぜバトルビルドファイターズは受け入れられて、劇場版ガンダム三部作が受け入れられないのか。

 

キッズ達の感想を要約すると、劇場版ガンダムは「難しくて怖い」そうなのだった。

 

小難しい台詞を言いながら血みどろの戦争をやっている劇場版ガンダムよりも、青春スポ魂ラブコメアニメのバトルビルドファイターズの方が子供人気が出るのは当然といえば当然。

 

俺の前世の感覚では「ガンダムは大人のもの」なのだが、この世界にはガンダムを通って成長した大人がまだいない。

 

大人のいないガンダムという列車にはキッズ達が乗り込み、今やクリスマス商戦のメインストリームにまで片足を突っ込みつつある大出世だ。

 

会社の商品が売れるのは嬉しいが、俺の思っていた男の子へのロボットアニメの啓蒙という目的からは遠く離れてしまった。

 

いや、バトルビルドファイターズを見ている男の子も多いから一周回って大成功なのか?

 

ともかく現時点での劇場版の失敗は、潔く認めざるを得ないだろう。

 

思い入れと歴史の積み重ねのないガンダムなんか、ただのカルトアニメだったということか……

 

その事実に打ちのめされた俺は、嫁さんたちに慰められながら下呂温泉へと家族旅行へ行ったのだった。

 

 

 

ただ、この十年後に本当のカルトアニメとなったガンダム劇場三部作。

 

そして金型の全権を俺が持っている関係で一度も再販されなかったそのプラモデル。

 

それが目の玉が飛び出るような値段で取引され始めるという事を、今はまだ誰も知らないのであった。

 




苦労してこの世界のファーストガンダムを作ったと思ったら、ほとんどイデオン扱いだったという話でした。

10/27に色々加筆しました。


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『高峯家のシンデレラ』『ザ・ゴールデンタイム』『Englishman in Kirari』

男女比3:7の歪なこの世界。

 

俺は時々、前世と今世の感覚の違いというのに思い悩む事がある。

 

たとえば電車での痴漢問題だ。

 

この男の少ない世界ならば、さすがに男性専用車両があってもおかしくないと思うかもしれない。

 

だが、現実にはそんなものはない。

 

逆転の発想だ、男はタクシーがタダなのだ。

 

新幹線やど田舎以外では、電車は実質的に女性専用車両を通り越して女性専用鉄道になってるわけだ。

 

生まれてから死ぬまで電車に乗らない男というのは、都内じゃ結構多いらしい。

 

 

 

だがタクシーにタダで乗れてラッキーってな事ばかりじゃない。

 

やはりマイノリティにはマイノリティなりの悲哀があるのだ。

 

たとえば映画館、俺たち男は大昔にできた法律のせいで映画館に自由に行くことができない。

 

男が入れるのはカップル専用の隔離シートだけで、普通の座席に座ることができないのだ。

 

とにかくこの世界、男は女連れでないと入れないところが不思議なぐらい沢山ある。

 

テーマパークはNG、映画館もNG、夜のゲームセンターもNGだ。

 

実際問題とにかく若い男が一人でいると前世の女の比じゃないぐらいナンパされるから、店側も大変なのだ。

 

 

 

 

 

そんな世の中で一番良くわからない事は前世と一緒、女の事だ。

 

うちの嫁さんは何人もいるが、その中で世の中で最も勝ち組とされるのは誰だろう?

 

男の感覚で言えば、正妻の新田美波だ。

 

もしくは嫡子を妊娠した高垣楓、そんなところだろう。

 

だが、女からの評価は全然違う。

 

千川ちひろこそが女性界のリアルレジェンドにしてスーパーシンデレラ。

 

少女漫画から飛び出してきた主人公という扱いなのだ。

 

その評価理由は少々複雑で、いくつもあるそうだ。

 

 

 

まず職場恋愛。

 

この世界、働かない男は多い。

 

労働の辛さを知ってくれているいい男を射止めたということと、職場恋愛というシチュエーションの新鮮さでポイントが高いとのこと。

 

 

 

次に年の差婚。

 

これはなんとなくわかる。

 

女子高校生が大人になるのを待って結婚、みたいなロマンの話なんだろう。

 

 

 

そして、結構金持ってる社長という俺の立場だ。

 

これが孤高の天才を支え、会社を大きくした糟糠の妻という立ち位置をちひろに与えたらしい。

 

正直当たらずとも遠からずだ。

 

 

 

そして一番大きい理由が、俺からちひろに求婚したということらしい。

 

なんせこの世界の普通の男からしたら、嫁さんなんか家が勝手に決めてくるものだ。

 

お義理で子供作って後はシャンシャン、みたいな意識が実際ある。

 

そんな中幸せなのは恋愛で男をもぎ取った愛人枠の女性達であり、目指すべきは家を任される女よりも愛される女なのだ!とテレビの論者が目ン玉ひん剥いて叫んでいた。

 

まぁ今ちょうどそういうのが流行ってるんだろう。

 

特にちひろは自分の夢を追いかけて必死で仕事して、その有能さで俺の心を射止めた。

 

これをシンデレラストーリーと言わずしてなんとする!とばかりに連日連夜テレビ番組は大盛りあがりだとか。

 

盛り上がりすぎて、そんなちひろの話がドラマ化された。

 

正直びっくりだ。

 

 

 

「そんなに話のネタがないんですかね……」

 

 

 

とちひろも苦笑していたが、うちの家もなんだかんだとテレビ局とは縁が深いので、断ることはしなかった。

 

 

 

『ちひろ!お前が欲しい!』

 

『う、うれしいです〜五郎さん〜」

 

 

 

テレビの中では、イケメン俳優が超棒読み演技の高円寺のご当地アイドルに求婚していた。

 

俺の名前が変わっているのは、勘太郎はシワシワネームでダサいから変えさせてくれとやんわり言われたからだ。

 

うるせーよ!

 

 

 

「なんか凄いわね〜」

 

「アパレルブランドに初挑戦する元敏腕イケメンIT社長と美人秘書のオフィスラブですか、もうちひろの話は原型もないですよね」

 

「こうなっちゃうんですね〜」

 

「ほんと、ちひろの話を使いたいっていうのはこのキャストでドラマやるためのお題目って感じだな」

 

「でもこういうことってよくあるわよ」

 

 

 

一家で揃って見ていたが、なかなかにトホホな出来だ。

 

結局ちひろはイケメン社長と国際線のイケメン機長との恋の板挟みにあい、二人の間をフラフラしたあとイケメン社長とハワイで挙式。

 

旦那の全面バックアップを受け、こだわりのカフェ兼セレクトショップを開店しての笑顔でエンディングだった。

 

なんじゃこりゃ。

 

 

 

唖然としていた俺のスマホが鳴る。

 

今の番組のプロデューサーからだ。

 

 

 

『お疲れ様です!◯◯テレビの鬼ヶ島です!奥様との例のエピソードなんですけど、ついさっき放映終わりまして。数字のほうか〜な〜り期待できそうなんですけど、それ以上に編成局長がドラマの出来を大変気に入っていまして。つきましてはですね、できたら次は高峯さんと新田美波さんとの馴れ初めの話をドラマ化させて頂けないかと……』

 

「絶対いやです」

 

 

 

俺の隣では、美波とちひろが深〜く頷いていた。

 

 

 

 

 

肌寒さにとうとう炬燵を出した11月後半、美城芸能のパワーオブスマイルはまさにレコーディングの真っ最中だった。

 

 

 

「どう?このソロ」

 

「ボツ」

 

「そろそろブース開けてくれないか?」

 

 

 

俺の弾いたアンガス・ヤング風のソロは武内君に一言で切り捨てられ、武田Pには冷たくあしらわれてしまった。

 

 

 

「社長、もっとスウィープの時ミュート意識したほうがいいですよ」

 

「いやいや、素人にしては上等でしょ」

 

 

 

ロックンロールアイドルの木村夏樹には的確なダメ出しをくらい、天才音楽少女多田李衣菜には上から目線でバッサリいかれてしまう。

 

ちなみに彼女たちは俺の前にギターソロチャレンジをして、きちんとボツを食らっていた。

 

今はPortisheadのRoadsの歌録り中で、この曲を歌う島村さんの練習中なのだ。

 

およそアイドルが歌うような歌ではないが、もともとアルバムありきで始まった企画なのでしょうがないといえばしょうがない。

 

 

 

「社長っ!かっこよかったです!」

 

「そう?中学生のコピーバンドレベルじゃない?」

 

「あ、杏さん、そんなこと言ったら悪いんですけど……」

 

「兄ちゃんギターは弾くのより買うのが好きだからにぃ……」

 

 

 

どうも評価は散々らしい。

 

俺もレコーディングが始まってからこのスタジオにはちょくちょく顔を出しては飯を作ったり、今みたいに邪魔をしに来ている。

 

短い期間ながらも才能溢れる原石達が武田Pに磨かれ、急速に輝きを増していくのを見ているのは最高の娯楽だからな。

 

特に凄まじいのがシンガーとしての島村卯月と輿水幸子、そしてギタリストとしての佐久間まゆだ。

 

全員スタジオ入りから1ヶ月で爆発的に実力が伸び、シンガー二人はソロ曲を貰っている。

 

なんせパワーオブスマイルは人数が多いので、あとのメンバーは3人で1曲とか4人で1曲とかになってしまうのだ。

 

基本的にハッピー☆マテリアル方式で、メンバーをぐるぐる回しながら歌わせている。

 

武田Pはこの方式は気に入らないようだが、CD2枚組にするほど曲数もないし時間もないから仕方がない。

 

多少歪であろうが、現場で精一杯実りあるものを作る努力をするしかないのだ。

 

俺はその後みんなのつまめるものを適当に作って、熱気あふれるスタジオを辞した。

 

閉まる扉の向こうからは、島村さんの歌声が高く高く響いていた。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

家の近くのカレー屋に留学生のマイケルを連れて行ったのは、もう4年も前のことだった。

 

 

 

「メイブツ、ギョウレツ、オカシデス。ニホンモトモトメイブツイッパイアル、ラーメン、スシ、イロイロデス。ワザワザナラブ、オカシデス」

 

 

 

なんて言ってた彼も、帰り際にはすっかり気に入った様子で「コカインハイテマス」なんてニコニコ笑ってたな。

 

それからは彼に会うたびに「ミホ、キラリイキマショ」って言われて、私も帰り道だから付き合ったりしてね。

 

元々食に興味が薄い人だったからか余計にハマっちゃったみたいで、一人でも毎日食べに行ってるみたいだった。

 

留学生の友達と中庭で掴み合いの喧嘩をしてると思ったら「You don't know KIRARI!!」って叫んでて、連れてった私が言うのもあれだけどなんだかなぁ~って思ったり。

 

冬休み前なんか、深刻そうな顔で呼び出されて。

 

 

 

「England カエリタクナイ、キラリナイ」

 

 

 

って一時間ぐらい弱音を吐かれたりした。

 

「チョトワルイコトスル、Police クル、カエラナイリユウナリマスカ?」って聞かれたから、強制送還じゃない?って言ったら頭抱えてた。

 

マイケル頭いいのにすごいバカなんだよね。

 

結局親にうるさく言われて帰国したんだけど。

 

きらりのクリスマス限定カップケーキとか、年越し鴨南蛮とか、正月のカレー雑煮とかの画像を送ったらビデオメッセージで「Noooooo!! カエリタイ!」って絶叫が送られてきた。

 

あなた今帰省中でしょ。

 

 

 

ある時マイケルが「キラリ朝カラナラブ、友達イテタノシデス」って言いだした。

 

きらりの開店前行列っていえば、ある意味有名人な濃い人達が一杯いる時間帯だ。

 

 

 

「ヨシザキサン、イロイロ lecture シテクレマス。トテモヨイヒトヨ〜、美穂ニモアワセタイデス」

 

 

 

吉崎って、やばい人で有名な最前列のカレー魔神じゃない?

 

絶対に会いたくないので丁重にお断りします……

 

 

 

「コノアイダ トモダチナッタ、Spicy 高野サン トテモ Fighting Games 上手デス。彼女ノ Brother ニ、浅草ツレテッテモライマシタ」

 

 

 

マイケルにどんどん変人の友達ができていく……私、彼をきらりになんて連れてかなきゃ良かったかも。

 

それからも会うたびに。

 

 

 

「きらりのラーメンいうのメチャウマイカタデース、デモツギノヒない、Why?」

 

「(高野)ヨシエと Power of Smile の応援イテキマス!きらりの Princess きらり は メチャメチャデッカイヨー!」

 

「バキュームサンマジでヤバイよ、Babyぐらい重いカレーもペロリだよ」

 

「帰りたくない!日本いたい!England きらりない!!」

 

「England 帰る、きらりない、2ストーンも痩せました……」

 

 

 

と毎回きらりの話で大騒ぎ。

 

近所に住んでて開店当時から行ってる私よりよっぽど詳しい、変な外人だ。

 

 

 

そんな彼も、今では完全に日本人。

 

大学出てから一度も国に帰らずに、きらりの常連の高野さんって人と結婚して帰化しちゃった。

 

その後はカレー魔神吉崎メガ公さんの口利きで、輸入雑貨のネットショップの会社で働いている。

 

大学の友達とは就職してからめったに会わないんだけど。

 

きらりを毎日食べに来ているマイケルにはしょっちゅう出くわし「今日のきらりは出来いいよ〜」とか言われる。

 

最近ではきらりの近くに住みたいって言って、夫婦二人でうちの近所のアパートを内見に来ている。

 

どうやら彼とはまだまだ長い付き合いになりそうだ。



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第28話 That's it

駆け足になりましたが、書きたいことはだいたい全部書けました。


雪のちらつきだした2015年12月。

 

パワー・オブ・スマイル25による2枚目のフルアルバム。

 

そしてKTRという作曲家にとっても2枚目で、最後となるアルバムが発売された。

 

タイトルは『That's it (これでおしまい)』だ。

 

ジャケットはKTRの前作『not enough』のCDを積み重ねて作られたタワーを、ドレスを着た背の高い女性が瓦割りのように叩き潰している写真。

 

もちろん俺の妹の高峯きらりだ。

 

写真ではCDタワーの半ばで拳が止まっているが、実際はタワーの下の黒檀の机まで粉々に粉砕している。

 

美城社長の机だ、後で物凄く怒られた。

 

ブルーレイディスク付きの初回限定版は『アイドルマスター MY GENERATION』のパワーオブスマイルのステージ映像や、スタジオでのレコーディング風景の映像付き。

 

あとパワーオブスマイルのキャラクターが、大覇道のゲーム内で使えるようになるシリアルコードもついてくる。

 

25人もキャラを実装するのは地獄だったと社員がぼやいていたな。

 

 

 

その初回出荷全世界100万枚は発売初日で売り切れた。

 

元々予約で30万枚ぐらい注文が入ってたらしい。

 

ほとんどが海外だが、日本も出荷した分だけ全部売れているようだ。

 

ダウンロード版もまだ集計が出てないけど、そっちは初日でだいたい50万ぐらい。

 

発売早々各国のチャートですべてを蹴散らし1位に君臨したそうだ。

 

プレッシャーで吐きそうだ。

 

テレビでは発売カウントダウンイベントとか言って、渋谷のタワーレコード前で若者が暴れまわっていた。

 

レコードも英語版だけ1万枚出したんだけど、これは予約だけで完売。

 

美城の担当者が「大変なことになってますよ」と震える声で電話してきたのが記憶に新しい。

 

このCDは音楽著作権管理団体が絡んでないので、いろんな町でエアプレイもガンガンかかってる。

 

肝心の評判はどうなんだろうかと思ってネットでエゴサーチを繰り返すが、否定的な意見は『売ってない』とか『Project:Krone以外は無価値』とかそういうのばっかりだ。

 

ちなみにこのCDの発売と同時に英語圏向けの大覇道が正式リリースされたのだが、なぜかタイトルが『Die Hard』になっていた。

 

先祖返りしてて草。

 

 

 

 

 

世界的なアルバムは発売されたが、大変なのは美城芸能の皆さんだけということで。

 

12月半ばにサギゲームスとサンサーラの合同忘年会が行われた。

 

アイドルマスターの関係者も招待されているが、さすがにパワーオブスマイルの面々は忙しすぎて来れていない。

 

いつものホテルのホールを貸りて使い、料理は冬らしくちゃんこ鍋だ。

 

相変わらず欠食児童みたいに飯にがっつく社員達に「来年もよろしく頼むよ」と、お酌をしながら各テーブルを回る。

 

みんな口々に「新年会はてっちりがいい」とか「来年は部長になりたい」とか「もう来年は監督やりたくないっス」とか好き放題なことを言ってきたが、来年のことを言うと鬼が笑うぞ。

 

来年はバトルビルドファイターズトライが待ってるぞ、と荒木監督の肩を叩いているとアイドルの一ノ瀬志希が挨拶に来た。

 

 

 

「社長ー、次のアイドルマスターいつやるの?志希ちゃんまだ勝ってないからつまんないんだけど〜」

 

 

 

軽く言いながらも、その目は真剣な闘志に燃えているのがわかった。

 

 

 

「もうないよ」

 

 

 

俺の言葉に「えっ」と別の席から声が上がる。

 

総合プロデューサーだった。

 

周りの席は静まり返っている中、動揺しすぎて椅子を倒しながら彼は俺に詰め寄る。

 

 

 

「ちょ、ちょっとちょっとちょっと。もう3月に予定して企画組んでますよ!社長が言うとみんな信じちゃうんだから、変なこと言わないでください!」

 

「それボツ、今後しばらくアイドルマスターは大覇道から切り離す」

 

「ボツって……ドル箱コンテンツなんですよ!!」

 

「そうやってこれから飽きられて、終わったコンテンツ扱いされていくわけか」

 

「そんっ、そんな言い方ないでしょう!」

 

 

 

総合プロデューサーは俺の胸ぐらを掴んで、荒っぽく揺すった。

 

 

 

「同業他社も似たような事やってんな、すぐに飽和してみんなアイドル自体に飽きるぞ」

 

「うちは元祖ですよ、ずっとやっていけます」

 

「現実のアイドルとリンクってのが失敗だったな、やってる事が単なるミスコンになっちまった」

 

「それの何がいけないんですか!古くからある娯楽でしょう!!」

 

「選んで好きになって応援する……その先が必要だって言ってんだよ!!」

 

「その先って……」

 

 

 

総合プロデューサーの手が緩んだので、俺は奴の胸に拳を当てて押し返した。

 

 

 

「プレイヤーみんな、プロデューサー(お前)になるんだよ!!次のアイドルマスターは、アイドルをプロデュースするゲームだ!!」

 

「プロデューサーって……」

 

「ファンが全員お前になったらどうなる!忘れられないコンテンツになるんじゃないのか!?自分と二人三脚でやってきたアイドルを『飽きた』って言って見捨てられるのか!?」

 

 

 

長く長く続く静寂が耳をついた。

 

 

 

「……できません、それはできません」

 

 

 

総合プロデューサーは観念したように目を閉じて、苦渋の表情でそう絞り出した。

 

 

 

「総合プロデューサーから降ろしてください、僕はアイドルマスターをやります」

 

「えっ……!お前降りたら誰が大覇道やんの……」

 

 

 

俺の言葉に部屋中から怒号が響いた。

 

 

 

「バカヤロー!!やらせてやれよ!!」

 

「男がそこまで言ってんだぞ!!!!」

 

「ほんと人の気持ちがわかんねぇやつだな!!」

 

「給料上げろー!!」

 

「ワイン飲ませろー!!」

 

「美波様と別れろクソ社長ー!!」

 

 

 

関係のない悪口もだいぶ混ざっていたが、俺は社員と総合プロデューサーの熱意に押されてうんと頷かざるを得なくなっていた。

 

そしてこの騒動の口火を切る質問をした一ノ瀬志希は、いつの間にか席に戻ってちゃんこを楽しんでいたそうだ。

 

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

時間は飛んで2016年の12月。

 

世界で一番売れたアルバムこそは逃したものの、見事ダイヤモンドディスクを達成したパワーオブスマイル。

 

そのメンバー達は忙しいワールドツアーの合間を縫って日本へと凱旋していた。

 

PROJECT IM@S 2nd VISIONのオーディションを受けるためだ。

 

第一弾をコンシューマーゲームとしてリリースすることに決まった、新たなアイドルマスター。

 

他社から引き抜いてきたコンシューマー向けの即戦力人材により開発も順調で、あとはキャラクター声優の決定を待つのみであった。

 

 

 

その日、オーディション会場を前にした島村卯月は不思議な運命を感じていた。

 

 

 

一昨年の今頃、まだ見ぬステージを夢見ていた。

 

頑張るだけじゃどうにもならなくて、大人達の間で翻弄されて灰被りのまま捨てられて。

 

打ちのめされた彼女は逃げ出した公園で魔法使いに出会い、カボチャの馬車に乗った。

 

 

 

去年の今頃、熱狂のステージに踊らされていた。

 

掴んだ夢が大きすぎて、ガラスの靴はどこかへ吹っ飛びジェット飛行機で世界へと飛ばされた。

 

 

 

そして今年、彼女はまたまだ見ぬステージに向かっていた。

 

掴んだ夢が、熱狂が、彼女の中を通り過ぎたあと、残ったのは高峯勘太郎という本物への畏敬。

 

巨人の胃袋のようなスタジアムも、観客が地平線まで続くような野外ステージも、何億円もかかった精密な舞台装置も、彼女をどこへも連れて行ってはくれなかった。

 

どこまで行っても、島村卯月はただ有名になっただけの18歳の少女だった。

 

「あの人のように強くなりたい」と彼女の中の、ダイヤモンドのように硬い妄信が言っている。

 

あの日、自分は拾われた。

 

今日は選ばれに行くのだ。

 

今、彼女の目は正気のままに燃えていた。

 

 

 

『じゃあ、68ページの頭から読んでもらえるかな』

 

「はいっ!その前に、1つだけいいですか?」

 

『どうぞ』

 

「これ、高峯社長は聞いていますか?」

 

『……聞いてるよ』

 

「なら大丈夫です、よろしくおねがいします!」

 

『じゃあ、68ページの頭から』

 

 

 

「はいっ!……プロデューサーさんっ!ドームですよっ!ドームっっ!!」

 

 

 

島村卯月は心から楽しそうに、笑顔でそれを演じていた。




次回エピローグ!!


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2025年のエピローグ

「親父、飯の時間だぜ」

 

「おお、もうそんな時間か」

 

「今日のおでんはヤバい匂いしてた、曾祖母ちゃんは『紅白の打ち合わせ』って慌てて出て行っちゃったよ」

 

 

 

二男の杢之助は含み笑いでそう言いながら、鼻をつまんでかけていった。

 

激動の2010年代が終わり、今は2025年。

 

俺と嫁さん達は元気に暮らしていた。

 

俺のインディアン・スカウトは修理完了後のツーリングでオカマを掘られて大破し、今は水没品のV7レーサーをレストア中だ。

 

メガネレンチを工具箱に片付け、俺は居間へと向かう。

 

今日は美波が料理をする日だ。

 

あの頑なに料理を拒んでいた美波も、子供にせがまれて最近は拙いながらも料理をするようになっていた。

 

他の嫁さん達も子供に手料理を食べさせたがるため、基本はローテーションだ。

 

2015年から色々あって嫁さんは1人増えたが、幸いにもみんな仲良くやってくれている。

 

というか美波の手腕が物凄い。

 

まるで人心掌握のプロフェッショナルで、嫁さん達や子供達の仲を仕事で忙しい中きちんと取り仕切っている。

 

一応嫁さんと子供の紹介をしておこうか。

 

 

 

高峯美波。

 

うちの家の正妻で、一児の母だ。

 

大学院を出てからは親の手伝いで色々と忙しいようだ、彼女の家も名家だからな。

 

子供は長男の高峯九郎義経。

 

一度見たものを後から絵にできる天才絵描き少年で、よく母親について入った女湯の様子をスケッチブックに描き出している。

 

 

 

高垣楓。

 

幼馴染で寿司屋の娘、二児の母だ。

 

現在は悠々自適の専業主婦ライフ、だが未だにスタイルはそこらのモデルより断然凄い。

 

子供は長女の高垣美咲。

 

サスペンスドラマを一緒に見ると開始5分で「こいつ犯人」と言い当てる。

 

直感無双だ。

 

ちひろが株の銘柄を美咲に選ばせて楓にぶん殴られていた、俺が競馬の数字選ばせたのはバレてないよな?

 

次に五女の高垣れもん。

 

足めっちゃ早い、小1なのにきらりより早い。

 

小学校の先生に陸上やったほうがいいよってしつこく言われてるらしいけど、本人はアニメが好きらしい。

 

 

 

川島瑞樹。

 

子供の頃から知り合いのお姉さんで、婆ちゃんの薦めがあって結婚した、一児の母だ。

 

現在はフリーでアナウンサー兼歌手をやってる。

 

子供は二男の川島杢之助。

 

勝負事が上手すぎる。

 

ゲームはもちろん喧嘩も負けなし、競艇の予想をさせたら的中的中また的中だ。

 

バレた時は瑞樹にぶん殴られたけどな。

 

ただ口が立たなさすぎて姉や妹たちにいつも泣かされている、不器用な男なのだ。

 

 

 

千川ちひろ。

 

恋愛結婚、ということになる。

 

彼女と俺の馴れ初めが十年前にひん曲げられてドラマ化されたことがあったが、あの後映画化して海外でも映画化された。

 

あの話の何が良かったんだ?

 

現在マッドナルドの副社長で、年間を通じて世界中を飛び回っている。

 

子供は二女の千川香里。

 

本人は天真爛漫な少女なのに、なぜかやることなすこと異常に色っぽく見えるすごい娘だ。

 

男性特攻というとこだろうか……いや、最近は女からもうっとりした目で見られているから将来がちょっと心配だ。

 

 

 

そして向井拓海。

 

色々あって結婚することになった。

 

そこは語ると一万文字分ぐらいの話になるから割愛する。

 

現在もタレント兼声優兼アイドルとして活動中だ。

 

子供は三女と四女の向井亜美と向井真美。

 

2017年に発売された、アイドルマスターの双海亜美真美という双子のキャラクターから取った。

 

向井拓海が声を当てているキャラクターだ。

 

ロリキャラの声を必死に当てる爆乳イケメン女子アイドルというのは話題性抜群で、美城芸能はかなり稼いだようだ。

 

二人共ごく普通というか、まだまだ得意な事が見つかってない感じなのだが。

 

たまに一言も喋らずにお互い意思疎通をしている様子が見受けられる。

 

やっぱり双子って不思議だな。

 

 

 

ちなみに俺や息子達の名前がシワシワネームなのには理由がある。

 

先祖の博徒が願掛けをして大博打にのぞみ、それで勝った金で遊女を水揚げしたのが高峯家の始まりなんだそうだ。

 

その時の願掛けというのが子孫の男の名前を先に決めて奉納してしまうというもので、まだ10人分ぐらいシワシワネームが残っている。

 

頑張ってくれよ九郎義経くん。

 

ちなみにうちの兄貴の名前は菊之助だ。

 

兄貴の息子の名前は弁慶、大変なんだほんと。

 

 

 

 

 

この十年いろいろあった。

 

まずインターネットで『高峯』で検索すると、母親と婆ちゃんの名前よりも俺の名前が先に出てくるようになった。

 

大勝利!と思ってたら、あっという間に酒に抜かされた。

 

今じゃワインの『高峯』は完全に投機の対象だ。

 

日本ワインのムーブメントを作り出した超高級酒としてよくテレビとかに出てる。

 

楓は毎晩がぶがぶ君みたいに飲んでるけどな。

 

 

 

 

 

会社は順調で、サギゲームスは未だに大覇道を続けている。

 

だがもうソーシャルゲームではない。

 

景表法の改正でソーシャルゲームという恐竜は絶滅したのだ。

 

今はゲーム自体はF2Pで、DLC購入と広告費で稼ぐ時代に逆行しているからな。

 

サギゲームスは超金かかったゲームの大会とか、ゴールデンタイムにお硬い有名人をイケメンが接待しながらゲームをやる番組とか、色々啓蒙活動もやってる。

 

 

 

アイドルマスターも大人気だ。

 

アニメも5本ぐらいやって、今じゃシリーズを通すと中の人の数が追いつかないってぐらいまでキャラの人数が増えた。

 

ソシャゲーバブルの終焉でドル箱コンテンツってわけにもいかなくなったが、地固めができてるからファンの熱量は未だ高い。

 

10周年記念作品としてアーケード版がリリースされたが、ネットワーク対戦の血で血を洗う仁義なきオーディションバトルが結構評判だ。

 

勝てないプレイヤーは人とマッチングしないように開店直後とか閉店間際を狙うらしい、大変だな。

 

 

 

 

 

アニメ会社のサンサーラは、あれからずっとガンダムをやってる。

 

シーズン5まで続いたバトルビルドファイターズはもちろん、新基軸も色々と打ち出してまぁまぁの評価をもらっている。

 

最近じゃ初代の映画三部作が再評価されだして、

当時のプラモデルがめちゃくちゃ値上がりしてるそうだ。

 

昔はラーメン取って捨てられる、ビックリマンのチョコぐらいの存在だったのにな。

 

昔からガンダムを見てくれていた島村卯月が当時作ったガンプラを引っさげて「ガンダム好き芸人」の番組に出てたけど、彼女は芸人枠の番組に出ていて良かったんだろうか?

 

荒木比奈監督は時々別の会社で他のアニメを作るんだけど、上手くいかずにガンダムに戻ってくるって事を続けている。

 

多分一生ガンダムからは逃れられんぞ。

 

金も技術も人材力もあるのに、ガンダム以外のオリジナル作品がパッとしないサンサーラだが。

 

社長の俺としてはこれからもまだまだガンダムにしがみついて、しゃぶり尽くす気満々なのであった。

 

 

 

 

 

マッドナルド、この会社についてはあんまり語りたくないが……語ろうか。

 

結局毎月毎月高値を更新し続けたマッドコインは、ある時から本気で社会問題となってしまった。

 

貧困にあえぐ子供の写真なんかとマッドコインを対比させたCMなんかも作られて、悪の枢軸とばかりに叩かれまくった。

 

あんまり嬉しくないことに各国で法律まで変わりそうだったので、適当なところでマッドコインの発行を停止。

 

この騒動は非常に大きく報道されたが、同時に義肢開発への貢献も取り沙汰され。

 

元軍人による国を跨いだ大規模なデモなんかも起こって色々と有耶無耶になった。

 

結局マッドコインは悪いタイミングで世に出てしまったということなんだろう。

 

マッドナルド発足がもっと早ければ、あるいはもっと遅ければ、また違った結末になったはずだ。

 

ちなみに今は『MUD(泥)』に強い義肢メーカーとして、義足のスケーターとかと組んで商売をしてる。

 

スニーカーも売れてるし、アパレルも好調。

 

あんまり公にはしていないが軍需産業にもガッチリ食い込んでる、ぶっちゃけ俺の事業の中で一番儲けを出してるのは変わらずマッドナルドなのだ。

 

レーションも作ってるけど、退役軍人が口を揃えて「この世で一番美味しかったのはマッドナルドのレーションだ!」と言う事態になっているらしい。

 

金出してもっといいもん食えよ!

 

 

 

 

 

飯屋きらりの話は簡単だ。

 

あれから5店舗増えてどこも大盛況。

 

きらりインスパイアと呼ばれる店も全国に色々できたが、なんだかんだと猿真似にも至ってない味ばかり。

 

飯屋きらりの大衆食の帝王としての地位は、もはや揺るぎないものとなっている。

 

文化人の中にも愛好家の集いがあるらしく、ここ十年の間に飯屋きらりを題材にした舞台や小説、映画も作られた。

 

だが店自体は変わらず取材NG。

 

『飯食わぬものは去れ』なのだ。

 

飯屋きらりを開店してから広告費に1円も使ってないのは、きらりホールディングス社長の和久井女史の密かな自慢らしい。

 

開店当時のエクスペンダブルズは結局誰一人欠けることなく、未だにきらりで働いている。

 

みんなそれぞれ店長になったが、ヒモだけは「僕お店潰しちゃうと思うんだよね」と言って本田兄の店にいる。

 

実際任されていたら潰していただろう、そういう男だ。

 

 

 

 

 

弟子みたいな存在だった三船嬢は、今や飯屋きらり全体の味を決める総料理長となっている。

 

そのライバル的存在だった財前時子さんはフレンチのレストランを開店して、大変に繁盛している。

 

一回美波と一緒に行ったが、心底嫌そうな顔をしながら挨拶しに来てくれた。

 

味はまぁまぁだ。

 

もう一人の日野さんは未だにサンサーラで楽しそうに料理を作ってる、実家の事はよかったのだろうか?

 

 

 

 

 

KTR、それは俺の若さゆえの過ち。

 

結果オーライだが苦い思い出だ。

 

全く表に出なくなったので死亡説が流れてしまい。

 

外人からはCDをサンプリングして作ったトラックで『R.I.P. KTR』なんてラップされて、死を悼まれたりしてる。

 

正直死んでしまったことにしといてもらえたほうがいい、もう曲の元ネタもあんまりないしな。

 

俺がKTRである説なんかもちょっとだけ出たんだが、『That's it』の特典映像のあまりのギターの下手さにその説は消えたそうだ。

 

ちょっと釈然としないんだが、まぁいい。

 

 

 

 

 

武内君は結局アイドルには誰一人手を出さず、美城専務と結婚した。

 

いや、事情は察する。

 

幸せになってくれ……未来の美城社長。

 

そしてその嫁さんの美城専務は、今日もきらりに来たそうだ。

 

「ラーメンはやらないのか?」と未だに毎回聞くらしい、もう二児の母なのに全くブレない人なのだった。

 

 

 

 

 

俺がこの世界に生まれてから30年弱。

 

色んなことがあったが、概ね良きことばかりだった。

 

死ぬほど稼いで、死ぬほど使った。

 

世界を変えたと断言できるし。

 

俺自身も前世からだいぶ変わった。

 

そして何より、幸せになれた。

 

今はもうやりたいこともない。

 

料理チートに頼りきった激動の人生だったが、もうそろそろいいじゃあないか。

 

これからはのんびりと子どもたちを育て、祖母と親父に孝行し。

 

趣味のバイクいじりでもやって、穏やかに暮らすことにしよう。

 

そう、この人生の回想を締めくくったところで、俺の部屋のドアがドバーン!と開く。

 

 

 

「社長っ!!」

 

 

 

俺の嫁さんの千川ちひろだった。

 

 

 

「宇宙食の契約が取れました!!」

 

「えっ!?宇宙?」

 

「そうです!次のマッドナルドの進出先はぁ……!!」

 

 

 

ちひろはドヤ顔で大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

「宇宙ですよっ!宇宙っっ!」

 

 

 

どうやら俺のエセ料理人生活には、まだまだ上がりが来ないようである。




なんとかFallout76に間に合いました。

2年間お付き合い頂き、ありがとうございました。

次回作は多分やります。

オリジナルになると思います。

あとがきは個人的なアレなのでそのうち割烹に書きます。

それでは皆様、良い年末を。

ウェストバージニアの森で会いましょう!


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高橋礼子の覚え書き

マッドコインのその後的なやつです。

ハッピーホリデー!!


2015年11月。

 

イタリアから資産家の6人組が来訪。 

 

『日本らしい食べ物を』との注文だったので寿司と天ぷらを提供。

 

カニカマの天ぷらに異常な執着を示したおばさま達のために、ホテルのボーイが近隣のスーパーを走り回った。

 

以後しばらくイタリアではSURIMIの天ぷらが異常なブームに。

 

 

関連事項

 

マッドナルドはこれまで受けた訴訟に完全勝利、逆訴訟を起こす。

 

 

 

2015年12月。

 

オーストリアから世界的に有名なピアニスト、チャラン・ポラン氏とそのパトロンが来訪。

 

『君達が普段から食べているようなものを』との注文だったのでカレーライスを提供。

 

食事を摂り、談笑して帰られる。

 

翌日、ホテルやホテル近辺のカレー屋のカレーライスでは満足できないとの問い合わせあり。

 

飯屋きらりを薦める。

 

以後帰国まで毎日きらりに通われたとの事。

 

 

追記 : 2年後、氏は日本に移住する。

 

 

関連事項

 

義肢開発企業のタコス・プロスティージーズへ出資を開始。

 

 

 

2016年1月。

 

2015年の7月に来訪されたアラブのご家族が再び来訪。

 

『日本は寒いから暖かくなるようなものを』との注文だったので、ハラルの牛肉でキムチ鍋を提供。

 

正月だったためお餅も提供したが、キムチ鍋よりもお餅の方が気に召した御様子。

 

最終的には社長自らが餅つきのパフォーマンスを行い、皆様大満足で帰られる。

 

帰国時に電動餅つき機を買って帰られたとの事。

 

 

関連事項

 

タコス・プロスティージーズ、前年同月の約7倍の速さで開発が進む。

 

 

 

2016年2月。

 

イギリスのセレブの団体がご来訪。

 

各々好きな物を所望されるも食べすぎてタイトなスーツが裂け、ドンキホーテで急遽購入してきたジャージでホテルへと帰られる。

 

この話が伝わり、翌月からはゆったりした格好のお客様が増える。

 

 

関連事項

 

マッドナルド、社長の指示で2月にして4月入社の新卒採用を開始。

 

 

 

2016年3月。

 

ウォール街から投資家の方々が来訪。

 

『これまでに食べたことがないようなもの』との注文だったので、社長秘伝のメニュー天一(仮)ラーメンを提供。

 

各自3杯完食するも「ジャパニーズヌードルぐらい食べたことがある」と文句を言って帰られる。

 

その後帰国まで様々なラーメン屋を回っていたようだが満足できず「あれはどこの店のヌードルなの?」と問い合わせが入る。

 

「あちらは当社のシェフオリジナルのラーメンにございます」と現副社長が念入りに説明したところ納得して帰国される。

 

 

追記 : 1年ほど後、ニューヨークにあんかけラーメン専門店ができるがこの件との関連は不明。

 

 

関連事項

 

5名の新卒採用枠に400人が応募、通常業務に支障をきたす

 

 

 

2016年4月。

 

中国より資産家の御婦人とそのご子息達が来訪。

 

『究極の餃子が食べたい』との注文だったので社長渾身の焼き餃子を提供。

 

「焼餃子なんて……」と渋っていた御婦人もご子息達に宥められ実食。

 

最終的には次々と焼き上がってくる餃子を奪い合う事態に発展し、日本式の焼餃子は面目を果たした。

 

 

関連事項

 

新卒採用20名を確保。

 

現副社長が海兵隊のレーションのコンペ枠に我が社をねじ込む事に成功する。

 

 

 

2016年5月。

 

ドイツの大農場主がお一人で来訪。

 

『うちの農園で取れた芋を使って料理を作って欲しい』との注文だったので、肉じゃが、ポテトサラダ、コロッケ等を提供。

 

農場主は肉じゃがを一口食べてから3時間泣き続け、他のものを何も口にせず帰られる。

 

 

追記 : 後日、分厚いお礼の手紙が届くが内容は不明。

 

 

関連事項

 

タコス・プロスティージーズが独自開発素材を使用した義足を販売開始。

 

レーション制作室が作られる。

 

 

 

2016年6月。

 

シリコンバレーより実業家の団体が来訪。

 

『うまけりゃなんでもいい』との注文だったので、ピザとコーラとフライドポテトを提供。

 

最初は面食らった彼女達だが、手を付け始めてからは大興奮。

 

ジーンズの尻が破れるまで食べて帰られる。

 

また、この日の食事会の排気ダクトの前で香りを嗅ぎながらパンを齧っていた女性がおり、その動画がY○uTubeにアップされ話題となった。

 

 

追記 : 落語のような話だが、その後もこの手の行為は多発した。

 

 

関連事項

 

タコス・プロスティージーズ、交通事故で左足をなくしたアイススケーター、アーカン・チャーン氏と契約。

 

社長の尽力によりレーションの雛形が完成。

 

 

 

2016年7月。

 

カナダより芸能界の著名人が六名来訪。

 

『日本の夏はつらいので涼しくなるような料理を』との注文だったので、冷製スープ、冷奴、冷や汁などを提供。

 

デザートにあえて温かいスモアを提供し、好評を得る。

 

 

関連事項

 

タコス・プロスティージーズ、右足を壊死でなくした登山家の牡蠣腹当子氏と契約。

 

レーションコンペに出場するもコスト面の問題をクリアできず敗退。

 

 

 

2016年8月。

 

アメリカの貧困者支援団体の構成員よりマッドコイン落札者への殺害予告が行われ、安全確保に懸念があるため全額返金。

 

犯人は逮捕されるが即日釈放される。

 

 

追記 : 2016年の年末にカリブ海沿岸にて犯人の遺体が発見される。

 

貧困者支援団体の代表の自宅が襲撃され、本人家族共に未だ行方不明である。

 

この事件は2018年に映画化された。

 

 

関連事項

 

アラブUDFよりレーションの契約が入る。

 

当社顧客より推薦があった模様。



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高橋礼子の覚え書き 裏話

ちょこっとだけ、前話の続き的なアレです。

シリコンバレーとカナダは特に反応がなかったということで……



あとシンデレラガールズと水曜どうでしょうタグの合わせ技で新作をやってますので良かったら読んでください。

https://syosetu.org/novel/175614/


イタリア某所。

 

 

 

最近SURIMIの天ぷらが大流行。

 

うちなんか大した人気もない日本料理店で、近々インドネシア料理にでも鞍替えするかって店員と相談してたぐらいなのにここんとこ毎日満員。

 

こんなカニのニセモンいくら揚げたってちっとも食った気にならねぇってのに、流行りってのはよくわかんないもんね。

 

「はいっ!元祖KANIKAMA天ぷらグレービーソースかけお待ちっ!」

 

「ワオ!これが噂のSURIMIの天ぷらね」

 

「しかしなんで急にこんなに人気になったのかね?」

 

「あなた日本料理店やってるのに知らないの?あの東洋の神秘『KANTARO』の料理なのよ」

 

「『KANTARO』ってあのマッドコインの……?」

 

「そうよ、あのアルファメロメロのファッジ氏が先月落札して食べに行った中で一番感動したのがこのSURIMIの天ぷらだそうよ」

 

「へぇー、なんで蟹を使わなかったのかな」

 

「そこがまた奥ゆかしい日本人らしいじゃない、なんでもファッジ氏は天ぷらを塩で食べたらしいわよ」

 

「塩って、味がしないんじゃないか?」

 

「そこが『KANTARO』の腕なんじゃないの?」

 

「わかんないわね、グレービーソースがかかってたほうが美味しいのに」

 

「いや、これあんまり美味しくないわよ」

 

「うーん……やっぱりインドネシア料理屋に鞍替えするべきなのかしら……」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

オーストリア某所。

 

 

 

「おいチャラン!またレトルトカレーかよ!控室に匂いが充満するだろ!」

 

「うるさいな、僕が何食べようと自由だろう?」

 

「お前せっかく日本に連れてってもらったってのに京都にもいかなかったらしいじゃんか、どうしちゃったんだよ」

 

「京都なんて行くやつはバカだね、古いだけだよ。僕も行ったことないけど、きらりがないならたいしたことないよ」

 

「おいおい日本っつったら京都富士山文房具だろ?こないだもらったボールペンは最高だったぜ」

 

「だめだめ、日本はきらり金麦カレーライスだよ。君も連れてってやりたいよ」

 

「お前もう日本に住めよ」

 

「ふっふっふ、最近僕がどこに通ってると思う?アニメバーだぞ、地道に日本語を勉強してるんだよ」

 

「おいおいお前急に髪の毛をピンクにしたりしてくるなよ」

 

「おいおい、それじゃ大覇道のKomachiになっちゃうだろ!HAHAHA!!」

 

「もう手遅れか……」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

ドバイ某所。

 

 

 

「やっぱあの木のUSUとKINEが重要なんだって、全然味が違うじゃないか」

 

「お兄ちゃんそう言いながら毎日一番食べてるじゃない」

 

「お前は食べるのが遅いの」

 

「子供達よ、明日は友人達が来るんだがMOCHIを振る舞ってやってくれるかな」

 

「でもパパ、振る舞うって言ったって……スイッチ入れるだけじゃないか」

 

「果たしてそうかな……?おい!」

 

 

 

石油王の掛け声で、家族の集まる居間に使用人達が大きな段ボール箱を運び込んできた。

 

 

 

「なんだなんだ?なにその箱?」

 

「わかった、ぬいぐるみでしょ!」

 

「ふっふっふ……開けてごらん」

 

「なんだよ一体……っておっ!」

 

「Oh!これはUSUとKINEだね!!」

 

「これで美味いMOCHIを友人達にたらふく食わせてやってくれ、作り方はMrs. CHIHIROに聞いて送ってもらったぞ」

 

「いざ作るとなると、なかなか大変そうだなぁ……」

 

「お兄ちゃん頑張ってね!」

 

「お前も手伝えよ!」

 

「…………」

 

「あれ?KINEはどこに行った?水に漬けないと……」

 

「あれ見て!ママが凄い速さでKINEを素振りしてるよ!」

 

「……明日はなんとかなりそうだな」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

イギリス某所。

 

 

 

「今週のTV the TV読んだ?」

 

「表紙だけ見たわよ、飛行機から降りてきたモンブラン氏がNIKEじゃなくてNICEのジャージを着てたわね」

 

「日本で『KANTARO』から貰ったらしいわよ、食べすぎてスーツが入らなくなったんですって」

 

「そんなに『KANTARO』の料理は美味しかったのかしら」

 

「そりゃあ額が額ですもの、あのお洒落な人達がわざわざ偽物ブランドのジャージを着て帰ってくるなんて『人生変わりました』って宣言してるようなものじゃない?」

 

「そう言われるとNICEのジャージも悪くないように見えてくるわね」

 

「ドン・キホーテで買ったらしいってインタビューで答えてたけど、どんな店なのかしらね」

 

「中華街みたいに天井から服が吊るしてあるんじゃない?」

 

「日本よ?ロボットアームがリモコンで服を持ってくるのよきっと」

 

「最新のロボットがわざわざNICEやADIOSの服を……?」

 

「プッ!」

 

「ちょっと行ってみたいわね、そのドン・キホーテって店」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

ニューヨーク某所。

 

 

 

「これも違う、下げて」

 

「とんこつのシチューにパスタを入れたものも違う、か……」

 

「普通のヌードルのスープを濃くしたものも、ゼラチンで固めたものも違うのよねぇ……」

 

「もう1ヶ月もあれを食べてないのよ、手が震えてくるわ……」

 

「だいたいフィルチ、君がいらん嫌味を言うからあちらの態度もああ頑なになったんだ」

 

「そうよ、レシピとは言わないまでもヒントぐらいはくれたかもしれないわ」

 

「だってヌードルの店は日本じゃポピュラーだって聞いてたから、絶対あると思ったのだもの……」

 

「あの『KANTARO』がそんなもの出すわけがないだろう、本物のGOD HANDだぞ」

 

「なんとかもう一回食べに行けないかな……」

 

「金はあっても全員が日本に行けるスケジュールなんかもう開けられないわよ」

 

「お金も駄目よ。今月の入札始まったばかりなのに、私達の時の金額をすでに超えてるわよ」

 

「だいたい美食もドラッグも深入りしすぎるのはよくないわ」

 

「おめぇの囲ってる男娼はどうなんだよ」

 

「ここは建設的な話をする場でしょう!ヌードルの話を進めましょう」

 

「思うに、我々は結局料理に関しては門外娘なわけじゃないか。きちんと料理人を雇って研究させたほうがいいんじゃないか?」

 

「あの一杯のためだけに?」

 

「あの『KANTARO』の秘奥の一杯だぞ、金銭的なリターンすら見込める事だと思うけどね」

 

「アリサの意見に賛成」

 

「私も」

 

「あたしも」

 

「料理人は日本人にしよう、奴らは義理堅ぇ」

 

「恨みも忘れないけどな」

 

「じゃあ、日本のヌードル屋からヘッドハンティングしてきましょう」

 

「異議なし!」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

香港某所。

 

「じゃあその屋台では最初から鍋貼(焼餃子)しか作ってないのか?」

 

「そうなんだよ、おばさんに聞いたらこっそり『日式餃子だよ』って教えてくれたんだけどさ」

 

「日本でも餃子食べるんだぁ」

 

「専門店もあるんだってよ、餃子の王将っていって、鍋貼とビールと白米しかないんだって」

 

「うぇ〜気持ち悪ぃ〜、白米食うやつはおかずなしかよ」

 

「餃子で飯食うんだって」

 

「意味わかんねぇ〜、やっぱ日本人おかしいよ」

 

「んでその屋台の餃子がうまいんだってこれが」

 

「そりゃ不味いもん売らないだろ」

 

「いやいや、つけダレが橙汁でさ、さっぱりしてていくらでもいけんのよ」

 

「ほんとかよ?」

 

「ほんとほんと、今から行こうや」

 

「あたし仕事中だぞ、お前ちょっと買ってきてくれよ」

 

「金ねぇよ」

 

「たかる気だったのかよ、いいよ後で自分で行くから」

 

「待つから一緒に行こうや、な?」

 

「しょうがねぇ奴だな、で、なんて店なんだよ」

 

「『勘太郎餃子』ってんだよ、変な名前だろ」

 

 

 

 

 

…………

 

 

 

 

 

親父も、その親父も、芋を作ってきた。

 

俺の子供もそうかと思ってたが、俺と妻の間には娘しかできなくてみんな嫁に行っちまった。

 

嫁さんが死んだ頃からだろうか。

 

俺は自分で作っている芋を食わなくなった。

 

街のスーパーにも、都会のデパートにもうちの芋は並んでるが、俺にとっては苦労をかけられるだけの憎いゴツゴツだ。

 

ふかしても、焼いても、煮込んでも美味くねぇ。

 

バカバカしくなって、農場も畳んじまうかなと思ってた時に嫁の母親から日本行きのチケットを渡された。

 

俺は嫁の母親が苦手だ。

 

嫁が単なる幼馴染だった頃からそうだ、逆らえねぇ。

 

なんか俺の芋を有名な料理人に料理してもらえるらしいから行ってこいと送り出された。

 

クソッ、行きたくねぇ。

 

でも子供の頃に死んじまった母親の代わりに世話焼いてもらった記憶が、俺に彼女への反逆を許さねぇ。

 

『あんたの汚したパンツを洗ったのは誰だい?』なんて言われた日にゃあおしまいだ、俺はもうすぐ60なんだぞ。

 

日本について、一泊して、俺の芋で作ったアイントプフが出てきた。

 

こんなもん、と思ってかぶりついた。

 

芋だ。

 

バカみたいに美味い芋。

 

でも、なぜだろうか。

 

少しだけ、母さんが煮てくれた芋と似た味がした。

 

あの頃は今よりもっと芋が嫌いだった。

 

親父に怒られながら嫌々芋を食ってた。

 

母さんはそんな俺を苦笑しながら見つめてたな。

 

嫌々じゃなく、笑顔で食えば良かった。

 

母さんがすぐいなくなるとわかってたら、笑顔で食べられただろうか。

 

無理だったかな。

 

それでも文句を言ったかもしれない。

 

俺のために、世間に物が足りてない中でも色んな芋料理を作ってくれた。

 

あれが母の愛だと思えたのはいつだったかな。

 

いや、今の今までわかってなかったんだ。

 

俺は今、このバカみたいに美味い、母さんの芋料理とは比べる事もおこがましい料理を食ってようやくわかったのかもしれない。

 

食えばよかったな。

 

母さんのまずい芋料理を、腹がはちきれるまで食べれば良かった。

 

 

 

ドイツに戻った俺は、娘の婿を呼び出した。

 

農場を継いでくれと言うつもりだ。

 

迷惑だろうか、迷惑だよな。

 

でも知ったことか、ドイツの男は芋を食って芋に死ぬんだよ。

 

へっ。



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社長やってる会社でイジめられて追放されたから(されてない)、別会社立ち上げてざまぁする 前編

IF短編です

作中では2015年夏頃、アイドルマスター MY GENERATION 決勝戦の直前からの話になります。


2015年7月、アイス食いすぎ、腹壊した夏真っ盛り。

 

ただでさえ暑くて、不潔で、何もかもがうっとおしくてたまらないこの季節。

 

蝉の声もうるさくて気が狂いそうだ。

 

そしてサギゲームスとサンサーラの役員たちは、外の蝉よりもさらにやかましく俺の机の前で口角泡を飛ばして喚いていた。

 

 

 

「社長っ!これは通せません」

 

「サンサーラとしてもこれは無理です!」

 

「なんでだよ、宣伝性抜群だろ」

 

 

 

発端は俺が予算を通せと言った1つの企画だった。

 

その名も『実物大ガンダム建造計画』。

 

その名の通り、お台場に場所を借りて実物大のガンダムを飾るというものだ。

 

 

 

「こんなものに使う予算はありませんよ!!アイドルマスターの決勝にいくらお金使ってると思ってるんですか!!」

 

「サンサーラもです!機動戦士ガンダムは終わったんです!これからはビルドバトルファイターズの時代なんですよ!工場のライン増やしたばっかりでお金ないんですから!」

 

「いいからやれよ」

 

「やりませんよ!奥様を呼んで説教してもらいますよ?」

 

「そうです!」

 

「嫁が怖くて会社はやれないね」

 

 

 

と言ったものの、実際呼ばれると困る。

 

 

 

「勘君、駄目だよ。どっちの会社もいま内部留保ほとんどないんだから。勘君のお金かかりそうな業務命令は無視していいって、私から言っておいたからね」

 

 

 

こうなってしまうと俺に勝ち目はない。

 

税理士免許持ちのスーパー才女の美波に真夏の社長室で滾々と理詰めで説教をされ、俺は半泣きでサギゲームスを飛び出した。

 

お前ら潰してやるからな!覚えとけよ!

 

 

 

 

 

といっても、俺に実務力がないのは周知の事実だ。

 

ちひろがマッドナルドにかかりきりな今なら、俺を単体で放置しても別に問題ないと判断したんだろうが……まだまだ甘いぞ。

 

俺は以前からコンタクトを取っていた、ロボットオタクの池袋博士の私設研究所へと足を運んだ。

 

彼女は機動戦士ガンダムⅠからのガンダムファンで、最先端の工学に携わる本物の天才科学者なのだ。

 

普段は産業用ロボットの設計をやっているらしい。

 

 

 

「で、アイデアはあるのか?」

 

 

 

飛び級しまくりで御歳14歳の池袋博士が、自作のウサギメカにコーヒーを入れさせながら聞いた。

 

この研究所は涼しくていいな。

 

アイデアはもちろんある。

 

といっても池袋博士とその人脈頼りなアイデアだが。

 

 

 

「VRってあるでしょ?あれでロボットバトルがやりたい。巨大ロボットの借りは巨大ロボットで返す」

 

「そりゃ技術としてあるにはあるが、自分がロボットになって戦うのか?」

 

「そーゆーこと。VRトラッキングブースを作って、ゲームセンターに置くんだよ。そしてeSportsとして大流行させて、俺を追い出したサギゲームスとサンサーラに復讐してやるんだ!」

 

「ゲームセンターか……まぁVRヘッドセットは普及していないしな。トラッキングにはある程度の部屋のスペースも必要だから、日本では今後の普及も怪しいだろう」

 

「そこで池袋博士にそこらへんの設備を作ってもらいたいんだよ、予算は気にしなくていい」

 

「『予算は気にしなくていい』か。一度は聞いてみたいと思っていた言葉だが、本当に大丈夫なのか?」

 

「俺の個人資産が何百億あると思ってる?それにこの間作った酒がある、いざとなればそれを売るだけだ」

 

「なるほど、君もまた天才なのだったな」

 

 

 

池袋博士はそう言って、今日初めて年相応の屈託のない笑顔を見せた。

 

 

 

 

 

1週間後、池袋博士に呼び出された俺は、勝手に借りた美波のローライダーでいそいそと研究所へと馳せ参じた。

 

 

 

「紹介しよう、彼女がソフトを担当するチーム『八神研究所』の長、八神マキノだ」

 

「八神マキノよ、よろしく。こんなに若いメンツで大仕事なんてなかなかできないから楽しみだわ」

 

「高峯勘太郎です、思う存分やってください」

 

 

 

俺と八神女史はがっちりと握手を交わした。

 

聞くところによると彼女の率いるゲーム制作チームは平均年齢17歳の超精鋭揃いらしい、アニメみたいな話だな。

 

今度サンサーラでネタにできないかメモっておこう。

 

 

 

「それで、企画書を読んだんだけど……巨大ロボットが格闘するの?」

 

「そうそう、4勢力のスーパーロボットが街をなぎ倒したり火山を蹴飛ばしたりの大乱闘を……」

 

「これ、人間の格闘ゲームや体験型FPSを作ったほうが簡単に儲かると思うんだけど?」

 

「ああ、それでもロボットがいい」

 

「そう、何か意味があるのね」

 

 

 

本当は意趣返し以上の意味なんかないが、それは黙っておこう。

 

とにかく、天才池袋博士と謎の女八神マキノ、ついでに金持ちの俺が集まって、企画はギュンギュンと音を立てて回り始めたのだった。

 

 

 

 

 

8月の始め、家の近所のドトールで涼んでいた俺のスマホに池袋博士からの呼び出しがあった。

 

VR機材が一応形になったから見に来いという話だったが、早すぎないか?

 

正直俺も金だけ払って半分満足してしまっていたが、もっと何年とか先になるものだと思っていた。

 

これじゃ夏休みの宿題じゃないか。

 

 

 

「これが待望のVR体験マシーン『VR U-SA-(うーさー)』だ」

 

 

 

日本製なのにUSAの、何やら大仰な機械がそこにあった。

 

高くそびえるクレーンのようなものからはハーネスとヘルメットがぶら下がり、その下にはベルトコンベアみたいなマシーンが敷かれている。

 

 

 

「このハーネスで宙に浮かび、全周囲型ランニングマシンを蹴ってVR空間を移動するわけだ」

 

「ほぉーっ」

 

「下半身は腰と膝と足首でトラッキングを行っているから、よく滑るベーゴマの台みたいなのと靴下でも代用可能だ」

 

「さすがは池袋博士」

 

「そうだろうそうだろう。まだソフトウェアが開発段階だから、私はこれを叩き台にして小型化していくぞ」

 

「おおっ!よろしくおねがいします」

 

 

 

へへーっと頭を下げる俺に池袋博士は色々と機械の説明をしてくれたが、正直ちんぷんかんぷんだった。

 

ちひろがいれば彼女に全部任せておけるのだが……

 

自分の実務能力のなさが憎いぜ。

 

まあ機械の事は専門家に任せる、俺は機械を入れるゲームセンターなんかの事を考えないとな。

 

サギゲームスやサンサーラの人材が使えず、最強の万能選手であるチヒえもんも忙しすぎてとても頼れない現在。

 

普通ならにっちもさっちもいかない状況なわけだが、俺にはまだまだコネがあった。

 

そう、経済界に顔の効く金持ちの親父と、芸能界の重鎮と言ってもいい存在である祖母のコネだ。

 

まさに最終兵器、何でも出てくる使い減りしない家族コネクションだ。

 

そんな打ち出の小槌を振って出てきたのは、2人の女性だった。

 

 

 

「鷹富士茄子です〜。運には自信がありますよ」

 

「依田芳乃、人を見る目には自信があるのでしてーお腹が空きましたー」

 

 

 

ちょっと不安なのが揃ってしまった。

 

だがとりあえずは、俺を含めたこの3人でやっていこうじゃないか。

 

俺は彼女達に手料理を振る舞いながら、VRの凄さ、ロボットの熱さ、今後の展望などを話したのだが、こう……なんか……

 

 

 

「ゲームですか〜、やったことありません〜」

 

「美味しいのでしてー声なき声に呼ばれてやってきてー良かったのでしてー」

 

 

 

大丈夫なのか!?この人材で!

 

誰も俺の話まともに聞いてないんだけど!

 

 

 

 

 

杞憂だった。

 

あの2人はあんまり仕事できるって感じじゃなかったんだけど、その後の募集ですごい人材がどんどん来てくれた。

 

面接官を買って出てくれた芳乃ちゃんが凄いのか、うちの業務が魅力的すぎるのか……

 

 

 

「この人はだめなのでしてーこの人は採用でしてーお煎餅をもってくるのでしてー」

 

 

 

って適当にエントリーシートを処理してたからほんとのほんとに不安だったんだけど、彼女が自慢する人を見る目に間違いはなかったようだ。

 

よくわからんがとにかくラッキーだ!

 

それどころかゲーム制作チームの方も手がノッてるのかどんどん開発が進み、8月も終わらぬうちに早速デモプレイまでこぎつけた。

 

よくわからんがとにかくラッキーだ!

 

池袋博士も閃きが捗りすぎたのか、研究室いっぱいに広がっていたVRの機械がいきなり公衆電話サイズにまで小型化されてしまった。

 

こ、これだと下手したら普通のゲーセンにも置けてしまうぞ〜!

 

よくわからんがとにかくラッキー……

 

でいいんだよな!?

 

まだ動き出してから1ヶ月ぐらいしか経ってないぞ。

 

サギゲームスのときはもっと大人数でゆっくりじっくり時間をかけたのに……

 

反動で来月無一文になるとかないよな?

 

小市民だからツキすぎると怖いんだ。

 

 

 

「社長ーでもぷれいがいるらしいのでしてー」

 

「でもぷれい?ああ、宣材用か……せっかくの全身装着型VRなんだから、プロの綺麗どころに頼んでみるか」

 

 

 

せっかくゲーム画面とプレイヤーの動きがぴったり一致するっていう画期的なシステムなんだから、生身の方も見栄えした方がいいだろう。

 

俺はさっそく武内君に電話をかけてみた。

 

 

 

『お断りします。わざと言ってるんですか?アイドルマスターの決勝は来月なんですよ!大手はどこの事務所も機能停止してますよ!』

 

「一人でいいんだけど、ゲームできる子でさぁ」

 

『ゲームセンターでスカウトしてきたらどうですか』

 

 

 

フンッ!という武内君の苛立ちの声と共に電話は切られてしまった。

 

そういえばアイドルマスターの決勝は来月だったか……

 

あの企画はもう勝手に動いてるから完全に忘れてたぞ。

 

 

 

「スカウトかぁ〜」

 

「社長ー、人探しならここがいいのでしてー」

 

 

 

芳乃ちゃんが会社支給のipadのマップで指し示したのは、オタクの街秋葉原だった。

 

 

 

 

 

久々にやってきた秋葉原は外国人で溢れていた。

 

謎の言語が飛び交う交差点を抜け、ガチャガチャの機械をいちいちチェックしながらぶらぶら歩く。

 

最近ちょっとなかったなこんな時間。

 

ツーダウンの自販機で買った謎のカフェオレを飲みながら、酸っぱい匂いのする夏の秋葉原をぐるぐる回っていると、前世で極貧大学生だった頃の事を思い出す。

 

ラーメン屋まで来たのに券売機でちょっとだけ金足りなくて、自販機の下を必死で覗き込んだりしたなぁ。

 

ちょうど昼時だ、せっかくだから今日はラーメンにしよう。

 

前世の俺の供養だ、店で一番高いメニューを食べてやるか。

 

意気揚々と食券を買う俺に、地面の方からじとっとした視線が突き刺さった。

 

どピンクの髪に青のインナーカラーをキメた変な服の爆乳女が、食券機の影から俺の手元を睨みつけていた……




SEKIROの進み次第ですけど、続きはたぶん明日提出します


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社長やってる会社でイジめられて追放されたから(されてない)、別会社立ち上げてざまぁする 後編

今日忙しいので後で推敲します


俺は券売機の横に座り込むヤバい見た目の女の前に、今買ったばかりの半ちゃんチャーシュー麺セットの食券をスッと出してみた。

 

右に振れば右に、左に振れば左に、女の頭は食券に合わせてグルグル動く。

 

 

 

「金ねぇのか」

 

「…………」

 

 

 

女は無言で泣きだしてしまった。

 

真っ昼間の秋葉原だぞ、勘弁してくれよマジで……

 

とりあえず女に食券をくれてやり、俺はもう一度同じものを買い直したのだった。

 

 

 

 

 

「バカじゃないのかお前」

 

「バカじゃないよ。あれで勝ってたら万事問題なかったんだ!よ!なんで負けるかなぁ……ほんとやむ」

 

「そんで学費全部突っ込んで学校クビんなる寸前なら世話ねぇや」

 

「うるさいなー!そういう君はどうなのさ!」

 

「俺?中卒」

 

「中卒に説教されたくないよ!」

 

「中卒にラーメン奢ってもらってるお前もたいがいなもんだろ」

 

「うぅ、しょうがないじゃん……お金ないんだから」

 

 

 

そう言って俺の奢りのラーメンをすする女を改めて見ると、意外とルックスは悪くないんだよな。

 

クソ生意気だけど小顔で、髪はぶっ飛んでるけど爆乳で、頭やばそうだけどスレンダーで足も長い。

 

スカウトするのこいつでいっか。

 

エヴァンゲリオンにも青とかピンクの髪のやついたろ、あれ?いないか?どうも記憶が曖昧だ。

 

主人公もたしかこんな感じのうじうじ君じゃなかったか?

 

病院で見抜きする映画の記憶しかないけど、たぶんこんな感じだろ、まぁ違ってもいいか。

 

 

 

「お前、金稼ぎするか?」

 

「えっ!?何急に」

 

「仕事紹介してやろうかっつってんの?」

 

「ええ……仕事ぉ?仕事は……やむ」

 

「つってもお前これからどうすんだよ」

 

「チヤホヤされたい……」

 

「そういう仕事もあるにはある」

 

「ほんと!?僕をすこってくれるの?」

 

「それはお前次第だろ」

 

「うーん、でも仕事かぁ……」

 

「俺のツテなら面接なしでもいい」

 

「面接なし!?やる!」

 

「そんなに面接嫌なのかよ、あとで履歴書は書けよ」

 

 

 

かくしてなんかヤバそうな女を一本釣りした俺は、そのままタクシーで彼女を会社まで連れ帰ったのだった。

 

 

 

 

 

「こいつ拾ってきた」

 

「トイレの芳香剤みたいな髪色なのでしてー」

 

 

 

女の髪は同性の芳乃ちゃんから見ても変な色らしい、俺の美的感覚がおかしくなったんじゃなくて良かった。

 

 

 

「いきなりちっちゃい女の子にディスられてる……やむ」

 

「この子は人事部長だぞ」

 

「部長!?ボクが身長体重かわいさ以外あらゆる要素で負けてる……やむ」

 

「失礼な人なのでしてー社長ーこの子あんまり喋らせないほうがよいでしょうー」

 

「俺もそう思った」

 

「えっ!?社長!?中卒じゃなかったの?」

 

「別に中卒でも社長になれるだろ」

 

「中卒舐めてるのでしてー?」

 

 

 

ついでにディスられた芳乃ちゃんも不満顔だ。

 

 

 

「とりあえずお前Twitterとかに仕事のこと書くなよ。仕事のことは友達にも言うな。社外秘の余計な事まで言いそうだからな」

 

「スマホ売っちゃったし友達もいない……めっちゃやむ!」

 

 

 

な、なかなかギリギリなやつだな……

 

とりあえずその日は芳乃ちゃん他の社員達にギリギリ女の身の回りの事を含め色々と丸投げして、俺はさっさと家に帰ったのだった。

 

 

 

 

 

『新世紀がここにある!

 

超現実(VR)の世界、ロボットのパイロットは君だ!

 

走る!

 

跳ぶ!

 

殴る!

 

蹴る!

 

ビーム!

 

カッター!

 

ゲッタァァァトマホォォォク!!

 

すべてが君の思いのまま!

 

これが真のeSportsだ!!

 

スーパー!!ロボットォォォォ!!合戦ンンンン!!!』

 

 

 

それから1ヶ月後には、もうお茶の間にCMが流れていた。

 

催眠術ではないが、間違いなく超スピードだ。

 

なにか大きな力が働いている気がするが、単純に俺の金の力のような気もする。

 

ちょっと怖いが、進みが早い分には問題ないだろう。

 

CMの画面では白のプラグスーツを着たギリギリ女こと夢見りあむが、ピンクの髪を振り回してかっこよく殺陣を披露している。

 

この時点では世間の反応は冷ややかで、まーた放蕩社長がなんかやってらぁという感じだった。

 

インターネットの評価も散々だ。

 

 

 

『勘太郎を信じろ』

 

『いや今回こそだめだ』

 

『意味がわからん』

 

『ゲハから逃げ続ける無能』

 

 

 

とか言われてた。

 

正直俺もこの反応はしゃーないというか、さもありなんというか……

 

俺も消費者側ならVRでロボット、しかもeSportsってなんじゃそりゃって思ってただろう。

 

だいたい作ってる側の社長ですらどんなものなのかよく分かってないのに、15秒CMやデモ動画で十全に伝わるわけがない。

 

やはりプレイしてもらうには、ゲーム以外の動機が必要だ。

 

サンサーラの工場動かして、()を用意してて良かったぜ。

 

 

 

 

9月末日、アイドルマスター決勝戦が終わってサギゲームスもようやく落ち着いたって頃。

 

全国30ヶ所のゲームセンターで、我が社のフルトラッキングVRゲーム『スーパーロボット合戦』が稼働を始めたのだった。

 

1週間ほどは鳴かず飛ばずの状態だったが、2週目からは筐体に長蛇の列ができた。

 

なぜかって?

 

そりゃ()が効いてきたんだろうよ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

東京 32歳 OL プレイヤーネーム『✟Shin✟』

 

 

 

『ロケットパンチ!』

 

「3時方向からロケパ」

 

『迎撃する』

 

 

 

エヴァンゲリオン零号機、通称エヴァ砂のポジトロンライフルが戦場を焼き、敵のULTをキャンセルした。

 

ポジトロンライフルは弾速が遅いから対人ではあまり役に立たないが、敵の飛び道具には有効なアンチになっている。

 

今回のゲームは陣取り合戦ことドミネーションだ。

 

目標地点にはオールマイティーなゲッター1と移動砲台のガンバスターがいるが、もう1人ぐらいいないともたないだろう。

 

今私が乗っているのは格闘性能の高いジプシーデンジャーだ、盾ぐらいにはなるだろうが蜂の巣にされてすぐ終わるかもしれない。

 

それでは駄目なのだ。

 

高得点を狙わなければならない。

 

 

 

「ジプシー、西から回って裏を取る」

 

『マジン了解』

 

『ゲット2了解』

 

『零号了解』

 

『北西にエヴァ、2人いるぞ』

 

『ブゥレスト!ファイヤー!!』

 

『ナイス叫び』

 

『煽んなボケ!』

 

 

 

ダイナミック陣営は技使うときいちいち叫ばなきゃいけないから大変だ。

 

その分性能がいいから上位勢はみんな叫びまくりだけどな。

 

叫び声の大きさである程度威力も上下するっていう謎の仕様だから、恥ずかしがってると勝てないわけだ。

 

私は恥ずかしいのと殴り合いが好きだから機動性と装甲バランスのいいデル・トロ陣営のジプシーデンジャーばっかり使っている。

 

前線目指してビルの谷間をひた走るジプシー。

 

これは現実でも動いて操作するゲームだから、私もリアルで必死で走っている。

 

走ったり飛んだり殴ったり蹴ったり、このゲームを始めてから8キロも痩せて最近腹筋が割れてきた。

 

家にもサンドバッグを買ってしまった。

 

このゲームのガチ勢は格闘技経験者が多いから、多少でも予習復習しないとタイマンになったら勝てないのだ。

 

タイマンで相手に殴り勝つとほんとに楽しい。

 

こないだもタイマンでマジンガーを封殺して、喜びのあまり相手の死体の上でしゃがみまくって煽ってたら遠くからポジトロンライフルで焼き殺されたもの。

 

今日は勝てても煽りはほどほどにしよう。

 

 

 

シュパパパパパパ!と前方のビルの影から弾丸が飛んできて、私の背後の地面に着弾した。

 

潜んでいたエヴァ初号機に先に見つかってしまったようだ。

 

私は意識してジグザグに動きながら、ジプシーの掌に内蔵されたプラズマキャノンを撃ち返す。

 

このプラズマキャノンは照準器がなくて狙いがつけにくいので、あくまで牽制用だ。

 

実際、相手が隠れているビルにも当たらない。

 

敵は手練のようで、ビルの影から銃と手首だけを出してこっちを銃撃してくる。

 

私はすぐ右側にあったロボと同じ高さぐらいのビルに体当たりをして銃撃を避け、ぶっ壊したビルをかき分けて隣の通りへと脱出する。

 

ビルに突っ込んだ衝撃も、体に装着したハーネスがビリビリ振動して伝えてくれる。

 

触覚フィードバックのあるグローブほどじゃないけど、結構リアルな感触だ。

 

そして抜けた道からまた前線に向かって走る。

 

 

 

「チェーンソード」

 

 

 

叫ばない普通の音声入力でジプシーの右腕に蛇腹剣のチェーンソードが展開し、ちょうどこちらの方に顔を出した敵方のエヴァンゲリオン初号機に先攻で斬りかかることに成功。

 

しかしキィィィィン!という音とともに赤いシールドが浮かび上がり、チェーンソードの不意打ちは防がれてしまった。

 

この、1ゲームに1回だけ敵の攻撃に耐えるシールドがエヴァの強みだ。

 

エヴァンゲリオンはその武装の多さもあって、初心者救済機体と言われていた。

 

シールドで一瞬耐えた間に銃からナイフに持ち替えていた相手が、腕をまっすぐ伸ばしたまま突っ込んできた。

 

接近戦のできない雑魚め!

 

右に体をかわして左腕でエヴァの首に組み付き、左脇腹にチェーンソードが突き刺さる。

 

抜いてもう一発突き刺そうとしたところで邪魔が入った。

 

もう一機エヴァがやってきたのだ。

 

近くで潜んでいたらしい赤い弐号機が薙刀を構えて突っ込んで来たので、左腕で抱えていた初号機を投げつけてやった。

 

 

 

「エルボーロケット!!」

 

 

 

音声入力で、ジプシーデンジャーのULT技である肘からジェット噴射を行っての強力パンチが発動する。

 

飛んできた味方に思わず薙刀を引いた弐号機と、死に体の初号に、まとめてエルボーロケットをくわらわせてやった。

 

壱号機は死亡エフェクトを撒き散らしながら消滅し、弐号機は今のでシールドが砕けた。

 

すかさず左のジャブを入れ、左を引きながら右を出してワンツーだ。

 

これは綺麗に決まり、敵は狼狽えて手を前に出して防御することしかできない。

 

初心者っぽいが容赦はしない。

 

顎のラインがガラ空きだ。

 

踏み込みながら右手でショートアッパーを打ち、掴みかかってくる敵をかわして左手でフックを叩き込む。

 

YouTubeで勉強したかいがあった。

 

超気持ちいい!

 

 

 

「チェーンソード!」

 

 

 

再び右腕に出現したソードで敵の手を切り払い、首元に突き刺してトドメをさした。

 

 

 

「イェェェェェェ!!フゥーッ!!」

 

 

 

思わず奇声を上げて敵の死んだ場所でスクワットをしてしまう。

 

んほおおおお!!この煽りだけはやめらんない!

 

 

 

『ゲッタァァァ!!』

 

 

 

ん?

 

 

 

『ビィィィム!!』

 

 

 

 

ビームを撃たれて死んだ。

 

 

 

とはいえその後も前線押し上げに貢献したおかげで得点は無事報酬ラインを超えたようで、試合後にVRヘッドセットを外すと筐体内部のモニターでは抽選が始まっていた。

 

そう、抽選だ。

 

このバカみたいなゲームが大流行してる理由が、この抽選システムにあった。

 

16 VS 16

 

つまり1ゲーム32名のうち上位の7名と、その他ランダムで1名のみがゲーム外で商品を手にできるという仕組みだ。

 

当たりはカード、そしてハズレは()

 

物理的に飴がコロンと落ちてくるのだ。

 

そしてみんなこの飴に用があった。

 

理由は単純、死ぬほど美味いからだ。

 

このゲームの制作会社の社長である高峯勘太郎は料理人だ。

 

そこらの本出してテレビに出てイキってる木っ端料理人とは違う、料理を使って鬼のように儲けてる最強のビジネスマンでもある人なのだ。

 

金持ちは彼の作る料理にいくらだって金を払うし、庶民だって彼の作ったお菓子やラーメンなんかを在庫の限り必死に奪いあっている。

 

そんな彼の作った飴玉、この価値はとうていゲームの1プレイ分ぐらいの料金で贖えるものじゃない。

 

つまりこのゲームをプレイして上位7位に入れば圧倒的にアド。

 

食べてよし、売ってよし、賄賂にしてよしの実弾が手に入るというわけだ。

 

私は白い包みに入ったそれを手にして、さてどうしてやろうかとほくそ笑むのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

大阪 21歳 学生 プレイヤーネーム『ガンダム』

 

 

 

「アメある?アメないか?アメ買うよ、売るよ」

 

「アメあるよアメ、うちは騙しなし、稼働日からの実績ありだよ」

 

 

 

最近近所のゲームセンターの裏道がやばい雰囲気だ。

 

なんかゲームの景品の飴が人気らしいんだけど、難しいゲームでなかなか取れる人がいないみたいだ。

 

 

 

「今レートは?」

 

「グラム、イチニーゴー、ハーフもあるし、クラックもあるよ」

 

「ハーフください」

 

「ハイ、イチハチゴーね」

 

 

 

うわっ、買ってる人いる……ほんとに飴か?

 

なんかヤバいもの取り扱ってんじゃないのか?

 

でも普通に二千円出して150円お釣り貰ってるしな……

 

売ってる方は怪しさ爆裂だけど、買いに来てる方は普通にスーツだったり学生服だったりして不思議な感じだなぁ。

 

私も一回、そのゲームってのやってみるか?

 

ちょうどゲーム待ちの列があるし並んでみよう。

 

 

 

「もう一発腹にパーンよ、そしたらそのエバのやつ蹲っちゃってさ、後はグチャグチャになるまでタコ殴りよ。バリアなんか意味ねぇって、エバ乗ってるやつ全員カモよ」

 

「あたしマジ中学でボクササイズやってたから、エバだろうがマジンだろうが余裕で殴り殺せるわ」

 

「あ!?ぅちのマジンに勝てると思ってんの!?」

 

「るせぇな!マッチングしたら即やってやんよ、キーキー叫んでるだけの猿ロボットがよ」

 

 

 

なんかめちゃくちゃ貧弱なオタクとクソデブオタクがヤンキーみたいな喋り方でイキり切った会話してるし……やっぱりヤバいゲームなんじゃ……

 

しかしジャージの奴らばっかりだな。

 

待ちながらスクワットしてる奴もいるし、ほんとにどういう層向けのゲームなんだ?

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

福岡 27歳 無職 プレイヤーネーム 『メルカリにて出品してます』

 

 

 

ついにこの日が来てしまった。

 

小銭を稼ぐために始めたゲームで、こんなアメリカのeSportsの大会の舞台に立つ日が来るとは。

 

なんで一般人の私がプロのスポーツ選手やプロの格闘家達に混じって戦わなきゃならないのか……

 

日本人には『転売屋!』とか『負けたら低評価つけるぞ!』とか叩かれまくるし。

 

筋肉モリモリの外人には『メルカリ!いい勝負しようぜ!』ってバンバン背中叩かれるし。

 

ほんとろくな目に合わないよぉ……

 

 

 

『それでは登場していただきましょう!日本から来た、世界最初のスーパーロボット合戦アンバサダー……夢見りあむです!翻訳はもちろん、VR U-SA-のスーパーAI、ウサちゃんだぁー!!』

 

『U-SA-です、コンニチワ』

 

『『『U!S!A!U!S!A!』』』

 

『(みんなー!盛り上がってるー!?ていうかぼくもう登場してるのにみんなウサちゃんの話ばっかりしてる……?やむ)』

 

『彼女は、皆さん盛り上がってオマスカ?と言っています』

 

『『『Yeahhhhh!!!』』』

 

『(良かった!通じてた!よ!えー、今日は幸い好天に恵まれまして、えー、まあー、そうだ!盛り上がっていきましょう!!)』

 

『彼女は、今日はお前らの上司に会って来た、ここにいることをチクっておいたぞ、と言っています』

 

『『『HAHAHA!!!』』』

 

 

 

あのAI適当なこと言ってんなぁ……

 

私がスピードラーニングやってなかったらちゃんと訳してると勘違いしちゃうところだよ。

 

 

 

『(このゲームがこんなに海外でも人気になるなんて思ってなかったけど、素直に嬉しいよ!やっぱりゲームは言葉の壁を超えるんだね!)』

 

『彼女は、どこ行っても豆とステーキしか出てこないんだが、この国は来た人間を絶対に筋肉ムキムキにして帰すつもりなのか?と言っています』

 

『『『HAHAHAHA!!!』』』

 

 

 

あーもうめちゃくちゃだよ……

 

地方大会の商品の高峯勘太郎プロデュースのお菓子詰め合わせに釣られたのが間違いだったな……

 

早く日本に帰りたいよ。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

VRゲームは、俺の手の平を食いちぎって逃げ出したと言ってもいいだろう。

 

なにがなんだかわからないうちに勝手に流行って勝手に売れて、勝手に全世界に羽ばたいていった。

 

いま何月だと思う?

 

2016年の2月だ。

 

まだ稼働から半年経ってないんだぞ。

 

家庭用じゃない、アーケードゲームだぞ?

 

なんで夏休みの宿題みたいなノリで作られたゲームがこんなことになってんだよ。

 

なんで世界大会が行われて、有名人がいっぱい参加して、それが世界中に放映されてんだよ。

 

超スピードすぎて意味がわからない。

 

なにか色々と運が良すぎて謎の力が働いてる気もするが、見当もつかない。

 

とりあえず福利厚生とボーナス増額。

 

それと初期メンバーの鷹富士茄子と依田芳乃ちゃんにもお菓子の差し入れとかをこまめにやっておこう。

 

それぐらいしかやれることない。

 

正直言ってあまりにも謎に好調すぎて、社長は引きました。

 

 

 

池袋博士とか八神さんたちが色々やりたいって言ってきたけど、全部予算の許す限り勝手にやってくれと自動承認マシーンになった。

 

なんか、自分のチート以上に不思議なものに久々に出会った気分だ。

 

世界はまだまだ広いな。

 

 

 

そうやって一線引いてたら、いつの間にかサギゲームスとサンサーラと提携したゲームの開発が始まっていて……

 

奴らに意地悪な条件をつきつけてざまぁする機会を逃したというのは、また別のお話だ。

 

 

 

 

 

おまけ

 

VR U-SA- 対応ソフトラインナップ

 

2015年

 

スーパーロボット合戦

 

 

 

2016年

 

第二次スーパーロボット合戦

 

VR彼氏

 

熱闘VRプロ野球2016

 

VR彼氏 会社編

 

VR彼氏 ビーチリゾート

 

VR彼女

 

VR彼氏 熱海で抱きしめて

 

VR彼氏 ライン戦線血に染めて

 

VR彼氏 帝國歌劇団

 

コズミックウォーフェア

 

VR彼氏 カレーの国のカレ

 

 

 

2017年

 

VRバトル・ロワイアル

 

コズミックウォーフェア2

 

VR彼氏 東京2020

 

VR彼氏 ときめき学園野球部

 

VRサッカープロリーグ

 

SUMO

 

うーさーの魔法書

 

VR彼氏 プロサッカーマネージャーになろう

 

モンスタークラッシュVR

 

 

 

2018年

 

VR彼氏 カレと学ぶ簿記

 

VR彼氏 カレーの国のカレ Masala Edition

 

VR彼氏 ハッピーニューライフ

 

VR枯れし 盆栽編

 

VR彼氏 バツイチ子持ち編

 

VR枯れし 辞世の句

 

ガンダム 連邦VSジオン

 

VR彼氏 ガンダム編

 

VR彼氏 カレと学ぶ料理




鷹富士茄子と依田芳乃がチート社長とタッグ組んだらやばいって話でした。

久々に社長の話が書けて楽しかったです。

家庭用も考えたけどもう5000文字ぐらい増えそうなのでやめました


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