ゼロの使い魔 ご都合主義でサーヴァント! (AUOジョンソン)
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第ゼロ話 ゼロからの使い魔召喚

とりあえず、導入部分という感じです。
久しぶりなので前よりも文章が支離滅裂な部分あるかもしれませんが、それでもいいよという方は、新しい世界で繰り広げられる主人公君の物語をお楽しみください。

それでは、どうぞ。


「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 多くの生徒たちに囲まれ、桃色の髪の少女がタクトのような杖を振り上げて言葉を紡ぐ。

 すでに目の前の大地は何度かの魔法の失敗によってクレーターが出来ており、少女自身も少しだけ煤けているように見える。

 失敗するたびに聞こえる周りの生徒達からの野次なんかはもう言われすぎて気にならなくなってきたところだ。

 先ほど、彼女はこの『召喚の儀』を監督する教師より、次がラストだと最後通告されてしまったので、先ほどよりもゆっくり、一つ一つ丁寧に言葉を続けていく。

 

「五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし、『使い魔』を、召喚せよ!」

 

 裂帛の気合と共に振り下ろされた杖は、大方の見物人の予想に反して、何の反応も示さなかった。

 今までは杖を振り下ろすと同時に大きな爆発が起き、それで周りを囲む生徒たちが笑いや呆れの声を上げていたのだが……。

 誰かがその違和感に口を開くより早く、変化は始まった。杖を振り下ろした先。少女が使い魔を召喚しようと意識していた場所に、独りでに魔方陣が描かれていく。

 それと同時に、自分の左腕に走る痛みに少女は気付いた。……例えるなら、焼き鏝でも押されているかのような(実際に体験したことなどもちろんないが)、今まで味わったことのない苦痛。

 

「い、づぁっ……な、何よこれ……何が起きてるの?」

 

 思わずへたり込んでしまった少女に、監督役の教師が近づいてくる。無事かと問う教師に頷くことで答え、その問答の間も勝手に描かれていく魔方陣に視線を向ける。

 どうにも頭の回らない少女は、教師を見上げて口を開く。

 

「こ、コルベール先生……これは、どういうことなのでしょうか……?」

 

「私もこのような事態は初めてですが……もしかすると、これより使い魔が召喚されるのかもしれませんね」

 

 魔方陣の動きが止まる。どうやら完成したようだ。

 教師……コルベールが興味深そうにその魔方陣を覗こうとした瞬間……暴風が吹き荒れる。

 およそ自然には巻き起こることの無い、暴風と言っても過言ではないその風は、近くに居た少女とコルベールだけではなく、その周りを囲んでいた生徒達まで吹き付ける。

 他の人間が吹き付ける突風からそれぞれスカートや目を守っている中、少女は近くにいたコルベールが庇っていてくれているためこの突風の中でも余裕を持って魔方陣を見ていられた。

 そして、彼女は見た。魔方陣の上、黄金の光が何かを象っていくのを。

 

「凄い……」

 

 ただ、その一言が漏れた。こんな召喚方法は見たことが無い。ならば、これから召喚されるであろう使い魔は、きっとどの使い魔よりも素晴らしいはずだ。

 確信とも言えるそんな思いを胸に、ルイズは光が形作られるのを見守った。

 そして、ついに光の中より、『彼』は姿を現す――。

 

・・・




というわけで、かなり短いですが第ゼロ話でした。

……これから召喚される『彼』とは一体誰なんだ……という謎たっぷりの導入にできたと思います! 自信ありです! きっと誰が召喚されるかみなさん次のお話まで分からないでしょう!

……なんて某スロットさんみたいなネタをぶっこんだところで、失礼いたします。

誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第一話 イチからの探索

「やっぱりさ、こう、新しいところに行ったら先に進むよりまずマップ全部うめたくなるよねー」「……あなた、ほんとにその神器タブレット使いこなしてますよね……なんですか、そのゲーム……私それ作った覚えないんですけど」「はっはっは、あんまり細かいこと考えるなよ神さま。禿げるぞ?」「はっ、ハゲねーし! このさらっさらの神様毛髪みえねーんですか!? まだまだタブレット作れるし!」「はいはい。あ、新しい神器作りたいから一本もらうなー」「あうっ。……これがヒモを養う女の気分なんですね……えへへ、もう二、三本いりませんかー?」「んや、今んとこだいじょーぶ。ありがとなー」「えへへーなでなでうれしーなー」「……悪い男にだまされそうだなー、この神様。……ああ、俺か、その悪い男」

それでは、どうぞ。


 ……これは、少女が杖を振り下ろす少し前の話。

 

「こんにちわー。私ですよ」

 

「ん、ああ、神様か。どうした?」

 

 もう慣れた神様の襲撃を受け、意識をそちらに向ける。

 英霊……いや、神霊として座についてしばらく。特に呼び出されることも無くこうして座についていた。

 たまに昔なじみが顔を出してくれたり、俺が呼び出せる英霊なんかが遊びに来てくれたりと暇はしていないが。

 今日も今日とて特にやることも無いので座に記録されている情報を見て暇を潰していると、神様がやってきて俺の隣にぼすんと遠慮なく座る。

 

「今日も特に意味の無い訪問です。……あ、お土産ありますよ。プリンですけど」

 

「へえ、こっちにもプリンなんてあるんだ」

 

 ごそごそ、と袋から何処かで見たことのあるような容器に入ったプリンを取り出す神様。底のほうには『ぷっちん』するための突起が見える。

 

「もちろんです。……ちなみにこれ新商品で、カラメルソースとプリンの比率が逆転してるんだそうです」

 

「それ、プリンじゃなくて『カラメルソース』って言わないか?」

 

 少なくとも俺の知っているプリンではない。しかも、そうなると底面にある『ぷっちん』部分は何の為についているのかと言う疑問が生まれる。……まぁ、スルーするけど。

 人数分のプリンを持ってきたらしい神様は、そのうちの一つを俺の目の前に置く。テーブルの上に乗ったプリンは、確かにカラメルソースが容器の九割を占めていた。

 真っ白なテーブルと黒いカラメルソースがコントラストになって……いや、無理に良い所を探すのはよそう。

 

「あ、そういえば用あったんでした」

 

「なんだよ。それなら先に話してくれるか?」

 

「ええ。ついに貴方を召喚する方が現れます!」

 

「そうなんだ」

 

「……『そうなんだ』って、その反応の薄さはどうなの……?」

 

 いや、それ以外に反応の仕方ないだろ。どう反応しろと。

 

「それ、何処の聖杯戦争? っていうかむしろ俺を召喚できるの?」

 

 英霊のちょっと上。神霊という域まで上がってしまった俺は、そんじょそこらの魔術師に召喚、使役できる存在ではなくなってしまっただろう。

 なんせ維持するだけでも大魔術を常に使うような魔力消費を強制するのが俺だ。分身を飛ばす、なんてことをしない俺の存在は、使役する魔術師にとって『負担』としか言いようが無い。

 だが、それを無視できるのならば俺は無敵と言っても過言ではないだろう。英霊王と呼ばれる所以の宝具、『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』があれば、一人でも聖杯戦争が起こせるほどの戦力を生み出せる。

 

「聖杯戦争じゃないですよ。一人の女の子が、進級する為に召喚するんです」

 

「なにその無茶振り。廃人になりたいの?」

 

 召喚だけで聖杯戦争一回分。維持するだけで大魔術。そんな存在を『少女』が『一人』で召喚するなんて、正気の沙汰ではない。

 しかも理由が『進級するため』? サーヴァントを召喚しないと進級できないとか時計塔とはベクトルの違う馬鹿しかいないのか、そこは。

 

「まぁ、召喚から維持まではこちらからも支援するので、特にその少女がきついことは無いです」

 

「何でそんなに高待遇なんだ? ……まさか、またミスったのか?」

 

「うえっ!? そ、そんなにミスするわけないじゃないですか! ちゃんと決済する前に貴方のところに書類持ってってるもん!」

 

「……ああ、そうだったな。神様よりも下級のはずの俺が何で神様の書類に目を通さなきゃいけないのか分からんけど」

 

「……貴方優秀なんだもん」

 

 不貞腐れ始めた神様を何とか宥め、話を続けさせる。一日一回はこうして不貞腐れるので、今では対応も慣れたものだ。

 ……そして、彼女の仕事を手伝っているのは事実である。俺のような被害者を出すわけにはいかない、と言うことで、神様のフォローやらなにやらを仕事にしている。神様見習い、と言うところだろう。半神半人だしね。俺にも神様になる素質はあるのである。

 

「まぁ、兎に角あなたはこの少女の元へと趣き、『契約終了』するその時まで、その力となってあげてください」

 

「それは構わんが……制限とかは?」

 

「無いです。ステータス、スキル、宝具。全てお好きなもので行って下さい」

 

「……世界を破壊してこいとか、そういう?」

 

「ちーがーいーまーすーぅ!」

 

 それから、神様からいくつかの説明を受ける。

 どうも、また異世界らしい。だが、今度は剣と魔法のファンタジーだそうだ。その世界の知識だとか情報だとかは召喚式で送り出す直前に関連付けて送っておいてもらえるらしいので、とりあえず神様の言う通りの式を構築して召喚待機に入る。

 これからの手順としては、神様が俺と少女とを簡易なパスで繋ぎ、そのあと俺と神様がパスを繋ぐ。この少女との簡易なパスというのは、召喚するときの座標にするためだけのものなので、また召喚されたらその少女としっかりパスを結ばなければならない。……今は召喚後の俺に送るため、神様が召喚者の少女を端末に世界の情報を吸出し、それを俺に送る準備中、のはず、なのだが。

 

「おお? おい神様? なんかもう召喚始まってるんだけど?」

 

「え? は? あ、ちょ、そうだ、予定早まったんだったっ」

 

「え、どうすんの? 知識とかなんも貰ってな――」

 

 そんな俺の言葉は最後まで形にならず、ちゃんとした準備もできていないまま、件の『少女』の元へと召喚されるのだった。

 

・・・

 

「……ひ、人?」

 

 サーヴァントとして召喚され、目を開いた瞬間、聞こえたのはそんな呟きだった。

 俺を召喚しておいて、『人か?』とは失礼な奴だな。確かに人かと聞かれて即答は出来ない存在になってるけど……。体が完全に現界したのを確認して、辺りに目を配る。

 目の前に居るのはピンクブロンドの少女。隣に居る男は……親だろうか。髪の色が違うので、師匠とかかもしれない。周りを取り巻くようにざわついているのは、少年少女たち。

 ……服が一緒だな。制服? もしかしたら、軍隊か学校……あ、進級する為のなんとかって言ってたから、ここ学校か。

 ならば、このピンクは生徒、男は教師なのだろう。俺が召喚されるのは『少女』のはずだし、このピンク髪がマスターなんじゃなかろうか。そういう確認の意味を込めて、目の前の少女に話しかける。

 

「サーヴァント、ギルだ。召喚に応じ参上した。……問おう。君が、俺のマスターか」

 

 まぁ、うすうす答えはわかってる。目の前の少女と薄い繋がりを感じるし、状況的に彼女が召喚したのだろう。

 だが、これは双方の意思の確認だ。それで繋がりは更に明確になり、魔力のパスが結ばれる。

 ……まぁ、何故か神様が魔力の大半を賄ってくれているので、彼女が負担する魔力消費量は普通のフクロウとかを使役するのと同じになるだろうが。……本当に怪しい仕事を請けてしまったものだ。

 って、あー……予想外の召喚のせいで鎧着てくるの忘れた……いつもの黒いあの服である。……いや、だってほら、座とか言ってもさ、鎧で過ごすとやっぱり引っかかる部分も出てくるし……召喚するよってなったら鎧に着替える予定だったんだよ。……ほんとだぞ? 忘れてたとかじゃないからな?

 

「ま、すたー? ……さー、ばんと」

 

 確認するように、一言一言を呟く少女。すぐに頭の中で答えが出たのか、ハッとした表情で、こちらを見上げる。

 

「そっ、そうよ! 私が貴方を召喚したの!」

 

「了承した。ならば、今から君が俺のマスターだ。よろしくな」

 

 そう言って、手を差し出す。握手のつもりだ。少女もおずおずと立ち上がり、こちらに手を伸ばす。

 

「ルイズ。……ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」

 

「よろしく、マスター」

 

 小さな手を、握り潰さないように握る。白魚のような小さな手からは、ほのかな温かさと、令呪の輝きを感じた。

 そんな俺をちらりと見て、教師らしき男性がマスターに声を掛ける。

 

「ええと……ミス・ヴァリエール。取り敢えずは召喚おめでとう。それでは次は、コントラクト・サーヴァントを……」

 

「それについては必要ない」

 

 契約の儀に入れ、と言っている男性の言葉を、途中で切る。俺をサーヴァントとすることと、この『世界』での使い魔というのはちょっと扱いが違うのだ。

 こちらの世界では、召喚した使い魔に契約のルーンが刻まれるらしいが……俺はサーヴァントなので、契約のルーン――この場合は令呪になるが――はマスターに刻まれる。

 

「は……?」

 

「すでに契約は成っている。マスターの左手に刻まれた令呪が、その証拠だ」

 

 きょとんとした顔のマスターと教師が、同じところに目を向ける。マスターの左手に輝く令呪。その形は何かルーン文字に見えなくも無いが……。ちょっと模様寄りに崩れすぎているな。

 令呪の形に無理矢理歪めたルーン文字、という表現が一番近いか。ちなみに、マスターとの契約はきちんと結ばれたのだが、神様が召喚準備を中途半端にしてしまったので、この世界の知識も中途半端にしかきていない。追加で送られてこないということは、また向こうで何やら問題が起きているらしい。全く、問題を起こすことに関しては類まれなる才能を発揮する神様である。

 

「なんと! 主人のほうにルーンが刻まれるとは……! それにこのルーン、みたことのない……失礼、ミス・ヴァリエール。スケッチしても?」

 

「……え、ええ。構いませんが……」

 

 俺が内心で舌打ちをしていると、驚いた様子の男性が少女の手を取ってまじまじと令呪を見つめる。……ちょっと怪しいぞ? その光景。

 男性は懐からメモ用紙のようなものを取り出して、手早く男性が令呪をスケッチする。

 そして、未だにざわつく少年達に声を掛けた。やはり、教師のようだな。

 

「えー、おほん! これにて『使い魔召喚の儀』は終了します! 皆さん、ここで解散としますので、各々召喚した使い魔と交流を深めてください!」

 

 その言葉に、一人、また一人と空に浮かんでは大きな城のような建物に消えていく。……アレが、『魔法』かな。これで『剣と魔法のファンタジー』の『魔法』部分は見ることができたな。うんうん。

 飛んで建物に帰っていく者たちの中には、まだこちらになにやら言葉を向けていくのが居るようだ。……全て、好意的なものではないが。

 『ゼロのルイズ』や、『「フライ」も使えないんだから』、という言葉が聞こえる。マスターであるルイズが、手を握り締めて俯いているので、やはり悪口なのだろう。……何処でだって、こういうことがあるらしい。

 

「それでは、ミス・ヴァリエール。貴女も早速彼と交流を深めてくださいね」

 

 そんな彼女に気付いていないのか、教師の男も飛び去っていく。

 落ち着き無くそそくさと立ち去っていくのをみるに、どうもルイズの手の甲に刻まれた令呪の形が気になるらしい。

 こういうところに付き物の図書室か資料室で調べるのだろう。残されたのは、俺とルイズという小さいマスターだけである。

 少し気まずいが、動かなければ始まるまい。恐る恐る、小柄な少女に話しかけてみる。

 

「……ええと、マスター?」

 

「……戻るわよ。色々聞きたいことがあるけど、部屋に戻ってからね」

 

 俺が言葉を発するのと同時、マスターからも声を掛けられる。……うぅむ、へこんでいるようである。

 不機嫌そうなマスターにつれられ、大きな建物へと一歩踏み出した。……「他の少年達のように、飛んでいかないのか?」とは聞かないでおく。多分、出来ないか、やらない理由があるのだろう。少年達の野次的には、前者っぽいけど。

 ふむ……これでも座に上がる前は王にもなった身だ。少女に何か問題があるのなら、解決する手伝いくらいはしようじゃないか。

 とぼとぼと歩く小さな背中を見て、小さく息を吐いた。……これからは、俺が彼女を守るのだ。頑張ろう。

 

・・・

 

 部屋へと連れられると、マスターはベッドに腰掛けてふぅ、とため息をついて一言。

 

「……で、あんた何者なの?」

 

「説明は軽くしたはずだけど?」

 

 はは、と軽く笑いながらそう返してみると、ピクリ、とマスターのこめかみが脈動したような気がした。

 ……む、やべ、結構短気だぞ、このマスター。見た目的に十代前半だろうと思ってたけど、やっぱり思春期直撃の年齢か。

 難しい年頃だよなぁ、思春期って。俺も娘が思春期のときは苦労した。『お父さんの下着と一緒に洗ってって言ったじゃない!』とか、『何で私の入った後のお風呂に入らないのよ!』とか、気難しいことを言うようになったのだ。

 おそらく世間のお父さん方も、そういうことに苦労したんだろうなぁ、と友人に語ってみたところ、唖然とした顔をして『何を言っているんだ』と返されたほどだ。……何がおかしかったのだろうか。未だに謎なのである。

 俺がそんな懐かしい回想をしているとは露も知らないだろうマスターが、ヒクヒクと口を戦慄かせているのを見て、少しだけ慌てて話を元に戻した。

 

「いやいや、悪いな、緊張を解そうと思って」

 

「余計な気を回してないで、私が聞いたことだけ答えなさいっ」

 

「ん、オッケー。で、まず俺が何者か、だっけ」

 

 早くなさい、と視線でこちらを急かしてくるマスターに、どう説明したものか、と首を捻る。

 英霊もサーヴァントの概念も分からないだろうし……うぅむ、どうしたもんか。

 

「それにはまず、俺がそもそもどんな存在かって話になるんだけど……」

 

 言外に「長くなるよ?」と前置きしておく。マスターはそれが分かっているのかいないのか、イラついた様子で「さっさと話す!」と腕を組んで先を促してくる。

 それなら、と遠慮なく身の上を語って聞かせてやる。今日は寝かせないぞー、と内心だから許されるギリギリの下ネタもぶち込んでみる。

 

・・・

 

 何度も召喚に失敗したときは悔しくて泣きそうになったし、ようやく成功した、と思ったら黒い服を着た普通の人間が召喚されてがっかりしたりと今日ほど感情が動いた日はあんまり無いと思ってたけど……。目の前で話されている話に、とても現実感のある物語を聞いている気分になってくる。

 とても信じられる話じゃない。何を馬鹿な事言ってるの、って一言で否定できるような、適当に思える話。

 一通り話し終えた使い魔が、小さくため息をついて頷きながら満足そうに私に聞いてくる。

 

「ま、こんな感じかな。どう? 俺のこと大体分かった?」

 

「……私の表情見て、大体分かってると思う?」

 

「いやはや、中々複雑そうな表情してるな。はっはっは、質問あるなら受け付けよう」

 

 目の前で高らかに笑う使い魔に一瞬怒りが湧いてくるけど、何とか抑えて口を開く。こいつは、話の中で『一度死んでいる』と言った。その後『座』と言うところに行った、とも。そのあたりのことを聞くに、その、こいつは幽霊なのだろうか。そんなことを尋ねてみる。

 すると、この男は朗らかに笑って口を開いた。

 

「ん? ……幽霊とはまた違った存在かなー」

 

「……その『一回死んだ』あんたが、何で私に召喚されたわけ?」

 

「君が呼んだからだよ」

 

 何を当たり前のことを、なんて言いそうな顔で、目の前の使い魔……ギルは言い切った。

 私が呼んだからそれに応えたのだと、恥ずかしげも無く。あまりにも自然な笑顔で言い切るものだから、なんだか私のほうが気恥ずかしくなって顔をふいと背けてしまったほどだ。

 こいつの話を信じるなら、一度死んで、英霊という存在となった後、私の『使い魔よ来い』と言う『サモン・サーヴァント』の魔法に応えてくれた、ということになる。

 ……むぅ、なんというか、悪い気はしないものである。私の進級とか、その他諸々のプライドもかかっていたからなおさら。

 

「そ、そう。ま、まぁ当然よね! この私に呼ばれたんだし!」

 

「ああ、そうだとも。自信を持てよ、マスター」

 

 なんだ、話の分かりそうな使い魔じゃない。最初は人間だからってちょっとがっかりもしたけど……意思疎通のしやすさとか、維持のしやすさを考えればいいところもあるのかもね。竜とかだったら困ったりしたかもしれないし。……べ、別にお金が無いわけじゃないけどっ。

 まぁ、そこまで分かれば後はこっちからも確認をするだけだ。こほん、と一つ咳払いをして、ギルに一つ一つ教えるように確認していく。

 

「それで、あんたは今日から使い魔として働いてもらうわけなんだけど……使い魔には三つの仕事があるわ!」

 

「ほう」

 

 感心するように頷くギル。聞く耳を持っていることは良い事だ、と満足しながら、まず一つ目、と人差し指をピンと立てる。

 

「一つ目は、主人の目となり耳となる能力が与えられる! ……らしいんだけど」

 

「……ふぅん? ……接続切っとこ」

 

「? なんか言った?」

 

「いや、なんにも?」

 

 何度か頷いた後にぼそりと何か言われたような気がしたけど……まぁ、空耳かしらね。集中して、目の前のギルの視界を見てみようと試みる。……うぅ、見えない。

 耳は……おんなじ部屋にいるんだからおんなじ音が聞こえるわけだし、確認は出来ないけど……多分こっちも望み薄だろう。

 

「ま、まぁコレはおまけみたいなもんだし、次よ、次! 二つ目は、主人のために秘薬の材料を採取してきたりするんだけど……」

 

「んー、採取『は』得意じゃないかなー。……宝物庫漁ればあるし」

 

「むぅ、そうよねぇ」

 

 またなんか言っていたような気もするけど、特に大事なことじゃないだろう、と追求することなく私は話を進める。

 

「じゃあ三つ目! 主人のことを護る! ……って、あんたみたいに細身じゃあねぇ」

 

 たとえ鎧を買い与えて着させようと魔法を使う相手には敵わないだろうが、それでも護衛くらいにはなるだろう。まぁ、顔はいいし、侍らせるだけでも良さそうだけど……。

 

「あんた、戦ったりしたことあるの?」

 

 主人のことを守るためには、体を鍛えたり、戦いの経験を持っているのが一番なのだろう。そう思って聞いてみたのだが、こいつは軽く笑って頷く。

 

「もちろんあるよ。これでも体は鍛えてるんだ」

 

 触ってみる? と腕を差し出されたので、少しドキドキしながらも触ってみた。私やちぃねえさまと違って、硬い筋肉を感じる。

 ……ふむ、これならばある程度重いものも持てるだろう。雑用としても使えるかもしれない。

 

「ま、あんたの実力はいつかみるとして、今できることといえば……」

 

 ぐるりと部屋を見回す。うん、これしかないっ。

 

「掃除、洗濯、その他雑用っ」

 

「お、おう。……了解した」

 

 少しだけ狼狽えているらしい使い魔をよそに、私はそろそろ寝るか、と制服を脱いで、そのままぼうっとほうけている使い魔に洗濯物を籠ごとぺいっと渡す。

 受け取ったギルは、そのカゴをキョトンとした顔で一瞥してから小首を傾げる。

 

「ん? 流石に洋服だけ渡されて興奮する趣味は無いけど?」

 

「洗濯して来いってことよ! さっきも言ったけど、身の回りの世話はあんたの仕事なんだからねっ」

 

「ふむ、なるほど」

 

 そう呟いて、ギルはその籠を扉のそばに置く。

 

「俺は寝食は必要ないから、ここで寝ずの番でもしてるよ。……それじゃ、ゆっくり寝るといい。お休み、お嬢様(マスター)

 

 ……そういえば、『英霊』って存在だから、睡眠は必要ないって言ってたわね。じゃあ、あの藁もわざわざ集めた意味無かったなぁ。そんなことを考えつつも、今日一日の出来事で疲れきっていた私は、すぐに眠りに付いたのだった。

 

・・・

 

「さて」

 

 すぅすぅと安らかな寝息をたてて寝ているマスターから、窓の外へと視線を移す。……空に浮かぶのは二つの月。うん、世界が違うね。魔術基盤も英霊って概念も無いだろうに、この子良く俺を召喚できたな。ああ、いや、そうか。神様に『召喚させられた』みたいなもんだもんなぁ。一つ息をついて、そのまま窓を開け放つ。

 

「……同じような塔が五つ。真ん中に大きい塔が一つ……。ふんふん、ここは女子寮みたいなところなんかな?」

 

 渡り廊下があってそれぞれの塔が行き来できるようになっているようだ。……あのデカイ塔には、色々とありそうだな。

 

「ここからなら、跳んでいけるか」

 

 一人自動人形を出して、マスターの見張りを頼む。……まぁ、例え途中で起きたとして、目の前に見知らぬメイドいたらびっくりするかもしれないけど……そこはそこ。ある程度諦めながら、俺は窓際から跳びだした。

 

「……っとと」

 

 ちょっと跳びすぎたようだ。窓に突っ込んで一瞬だけ霊体化して侵入しようと思ってたけど、跳びすぎて塔の頂上まで行ってしまった。

 いやほら、筋力判定振ったらクリティカル出ちゃって、いつもより跳んじゃった、見たいな。え、わかりにくい? んなばかな。

 

「まぁ良いや、ここから霊体化すれば……ん?」

 

 足元の塔に視線を向けていたのだが、ふと気配を感じて顔を上げる。……かなり薄い気配だな。遠いか、それとも弱っているのか……。

 

「……なんだか、懐かしいような……。ふぅむ、俺のスキルじゃそこまでの気配察知は無理か……」

 

 化け物じみたランクの気配察知スキルがあれば何の気配かは分かるんだろうけど……気配察知スキル自体持ってないからなぁ、俺。千里眼であたりを見回してみるも、特に怪しいものは見当たらなかった。しばらくすると、辛うじて感じていた気配自体も段々と消えてしまった。

 

「気のせい……かな?」

 

 あまりの気配の薄さに、俺の気のせいだろうと結論付ける。……まぁ、ちょっと気になるっちゃ気になるけど。

 

「さてと、気を取り直して、侵入侵入っと」

 

 最初は霊体化しようと思っていたのだが、窓が一つ開いていたので、そのまま入らせてもらった。いちいち霊体化して視界が切り替わるのも面倒だし。

 辺りを見回して、まず目に入ったのは重厚な扉。見上げるほどの大きさだ。

 

「ここは……図書館、かな」

 

 扉に手を掛けてみるが、もちろん鍵がかかっているようだ。うん、明日日が出ている間に来るとしよう。ええと、後は……お、デカイ扉。なんだろ。大広間とか? ……ここも当然、鍵が掛かっていた。うーむ、閉まっている扉が多くて探索が捗らんな。

 

「む、俺の宝物レーダーがびんびん反応している」

 

 父さん、妖気です! というやつだ。いや、アホ毛とか無いけど。っていうか妖気じゃないけど。

 

「ということは、宝物庫みたいなところもあるんだな、学園なのに。……いや、学園だからこそ、なのかな」

 

 どんどん下に向かって歩いていくと、厨房も発見できた。

 もちろん人はいなかったが、設備はとても整っているようだ。……ということは、こっちの扉は食堂に繋がってるのかな?

 

「ふむ……今度ここの人の料理を味わってみたいものだ」

 

 食事は基本必要ないとはいえ、味を楽しんだり食べたものを魔力に変換できたり出来るので、不要というわけではないのだ。まぁ、何かあったときに単独行動できるくらいの魔力は貯蔵しておきたいしね!

 

「……学園内はこんなものか。初日だし、あんまりおおっぴらに動くのはやめておこう」

 

 そう切り替えて、侵入してきた窓に再び戻る。ここからジャンプすればまたマスターの部屋に戻れるだろう。踏み込んで跳べば、丁度マスターの部屋の空いている窓からそのまま戻ることが出来た。 

 窓の傍に自動人形が立っていたので、おそらく気を利かせて開けてくれたのだろう。さすが完璧な人間。

 

「っと。ありがとな」

 

 無事着地して、今まで見張りに立っていてくれた自動人形を労う。くしゃくしゃと頭を撫でてやると、うっとうしそうにしながらもされるがままになっている。

 さて、取り合えず頭の中で今までの情報で地図を構成していく。うん、コレで学園内の構造は大体オッケー。

 あとは実際に中に入って細かいところを確認するだけだ。……というか、学園ってことだからあんまり脅威とかなさそうなんだけど。軽く確認した限りでも、危なさそうなところは無かったし。

 ……ふぅむ、神様は何を危惧して俺を送り込んだんだろうか。しかもこんなに良い待遇で。

 

「ま、それは追々、かな。なぁ、マスター」

 

 何か嫌な夢を見ているのか、魘されているマスター。その額に張り付いている前髪をそっと直してやって、布団を掛けなおす。全く、もう一度子供を持つようになるとは。懐かしい感覚だ。さて、やることもなくなったし、暇つぶしでもするか。

 

「よし、じゃあ自動人形。二人で神経衰弱しようか。三セットくらい使ってさ」

 

「……」

 

 ぶんぶんぶん、と激しく首を横に振る自動人形に、そうか、楽しいんだけどな、としょんぼりしながら取り出したトランプ三セットをもう一度しまう。むぅ、じゃあ何するかな。

 

「じゃあ人生ゲームとか? あ、モノポリーもあるけど」

 

 ぶんぶんぶん、と再び激しい拒否。えー、楽しいのにー。

 

「あ、それなら君が何か提案してくれるか? 二人でやって楽しいこと」

 

「……」

 

 ごそごそ、ぺい、と俺に投げられたのは、毛糸と編み針。え、縫えと? 何を?

 

「……」

 

「あ、マフラー?」

 

「……」

 

 こくこく、と首肯される。ああ、そう。え、151人分? 嘘でしょ。何その数。え、自動人形の分? そんなにいるの? って言うかそんな初代のポケットにはいるモンスター見たいな数いるのかよ。絶対後半になるにつれて増えるだろ、それ。

 ……まぁ、いつもお世話になってるし、編めといわれれば編むけども。

 

「……」

 

「え、何で撫でられてるの、俺。凄いほっこりとした感情伝わってくるんだけど」

 

 何故撫でられているかは疑問ではあるものの、まぁ気分悪いものじゃないし、とされるがままになっておく。あのね、長生きすると撫でることは多くなっても撫でられることは皆無になるからね、うん。

 

・・・




「……ん?」「どうしたの?」「……いや、一瞬懐かしい気配が……気のせいかな」「それよりもほら、ごはんだよー!」「ああ、うん、今行くよ」


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第二話 二人の出会い

「思えば、俺たちの出会いも運命だったのかもなぁ」「ふぇっ!? ど、どうしたんです突然そんな、いや、その、うれしいんですけどまだ心の準備ができてないっていうか……で、でも、その、ふっ、不束者ですが末永くよろしくお願いいたしますっ」「ほんと、運命だよな……このペン、書きやすいし」「……」「……うん? どうしたんだ、神様」「……いいもん。最初から攻略には千年単位でかかるって思ってたもん。まだ二百年くらいしかたってないし、私も結婚適齢期まだだし、まだいけるもん。……な、泣いてないもんっ」「どうしたんだ神様。ほらほら、涙拭けよ」「うえーん! このひと優しいー! うえーん!」「や、優しくして泣かれたのは初めてだぞ……」

それでは、どうぞ。


……なんてことをしていると、夜もあけ、朝を迎えた。

 

「……っと、そろそろか」

 

 時計を見て、丁度終わった百人分目のマフラーを宝物庫にぶっ込む。

 くぅ、と背伸びをして、ぽきぽきと鳴る骨に心地よさを感じつつ、マスターに視線を移す。朝日に少し顔を顰めるも、未だにすぅすぅと小さな寝息をたてている。ふむ、可愛いものである。

 

「おーい、起きろー。朝だぞー」

 

「むにゃ……うぅん……後五分……」

 

「うん、五分な」

 

 おっけー、とそのまま五分待つ。暇つぶしに自動人形の頬をつついてうっとうしそうにつつき返されるのを繰り返していると、あっという間に五分が経つ。

 

「よし、ほら、五分だぞー」

 

「あぅあぅ……うぅん……あによぅ……」

 

 もぞもぞ、と渋ったものの、しつこく揺すられたからか、目をこすりこすり起き上がるマスター。そのまま寝ぼけ眼で俺を見て、小首を傾げる。

 

「……あんた、だれ?」

 

「おいおい、それはあんまりだろう。昨日召喚されたサーヴァントだよ、マスター」

 

「……さー、ばんと。……しょうかん? ……っあ、召喚! 召喚したわ!」

 

「おう、思い出したみたいだな。おはよう、マスター」

 

「え、ええ。おはよう」

 

 大声で俺を認めたマスターが、挨拶を返してベッドから降りる。ネグリジェ姿なので、ああ、着替えか、と昨日探索しておいたタンスの中からブラウスやスカート、マントを取り出す。

 

「ほら、着替え。その寝巻きはどうするんだ? 洗うなら受け取っておくが」

 

「ふぇ? あ、うん、ありがと。……えと、コレもお洗濯ね」

 

 そう言って、ネグリジェを脱いでベッドに放り投げるルイズ。そのまま俺の出した服を手に取り、ごそごそと着替えを始める。

 全てを着終えて、タイまで結んだルイズが、少し首をかしげた後、何かに気付いたようにこちらを振り向く。

 

「……って、普通に着替えちゃったじゃない!」

 

「うん? 何か不味かったか?」

 

「あのね、貴族って言うのは、従者がいるときは自分で着替えたりしないのっ」

 

「ああ、なるほど。俺がやれってことね」

 

 確かに、俺も一瞬で着替えられるというのに侍女とかがどうしてもと着替えさせたがってたよなぁ。ふむふむ、その辺も離れて久しいからなぁ。思い出しつつやらないといかんか。

 

「そうよ!」

 

「でもまぁ、着ちゃった物は仕方ないな。明日の朝からは気をつけるからさ」

 

「むぅ……まぁ、分かったなら良いんだけど……」

 

 そのまま身嗜みを整えたマスター。最後に杖を取って、外に出ようと歩みを進める。

 

「あ、ちょっと待てマスター」

 

「ん? なによ」

 

「ほれ、襟」

 

 ちょちょい、と襟を直してやると、少しだけ頬を赤く染めて短く礼を言ってくれるマスター。うんうん、そういう不器用な素直さがいいと思うよ、俺は。

 そんな風に俺がほのぼのしていることを知らないであろうマスターは、そのまま扉を開けて部屋を出る。

 

「取り合えず朝食を取りに食堂まで行くわ」

 

「了解。食堂って言うのは……うん?」

 

「……げっ」

 

 部屋を出た俺たちの前に現れたのは、燃えるような赤髪、褐色の肌、そしてその豊満な二つの果実! ふむ、メロンかな? 目には挑発的な意思が見え、こちらを値踏みするような視線を遠慮なくむけてきている。ほほう、なかなか自分に自信のある娘みたいじゃないか。マスターより年上みたいだし、その分の余裕もあるのだろう。

 

「あら、朝からずいぶんなご挨拶じゃない」

 

「うるさいっ。あんたなんかにする挨拶はないわっ!」

 

 むむ、マスターの反応を見るに、あんまり得意な相手では無いらしい。

 がるる、といまにも噛みつきそうな犬みたいな反応を返している。こらこら、学友にそんな態度はいただけないなぁ。

 まぁまぁ、となだめていると、メロン娘は初めて俺に視線を向ける。

 

「あら、あなたは……?」

 

「そうか、初めましてだな。マスター……ルイズのサーヴァントやることになった、ギルという。よろしくな」

 

「あら、本当に人間を召喚したのね、ヴァリエールってば。……まぁ、顔は良いみたいだし、ヴェリエールの使い魔が嫌になったらおいでなさい。可愛がってあげるわ」

 

 おおう、久しぶりに直球で誘われたな。うぅむ、確かにこのメロンは一度味わってみたいけれども……うん、隣のマスターの殺気が凄まじいので、乗り気になるのはやめておこう。令呪をつかってでも土下座させられそうである

 さすがに三画しかない令呪をそんなことで消費させるわけにもいかないだろう。

 

「はは、お誘いは嬉しいけど、今のマスターはこの娘なんだ。彼女から許可が出ない限り――」

 

「だすわけないでしょっ」

 

 俺が言い切るよりも早く、マスターから否定の言葉が割って入ってきた。まぁ、そうだろうと思ったけども。

 そんなやり取りの後、呆れたようにため息をついたメロン娘が、「やっぱり使い魔にするならウチの子みたいなのじゃないとね」と振り返る。

 

「フレイムー」

 

 その声に反応するように、背後の部屋からのそのそと巨大なトカゲがあらわれる。

 尻尾には火が灯り、口からはきゅるきゅるという鳴き声とともに、小さな炎が吐き出されている。……ふむ、これは……幻想種ではないみたいだけど、普通の生き物でもないだろう。この世界特有の魔法生物だろうか。

 そんなことを思いながら観察していると、俺の視線に気付いたのか、メロン娘が説明をしてくれる。なんでもサラマンダーという種類の使い魔で、名前をフレイムと言うらしい。名前の通り「火」の使い魔であり、メロン娘は「好事家に見せたら値段なんかつかないんだから」とその大きな胸を張って教えてくれた。

 どうも彼女の話によると、「使い魔とマスターは同じ属性を持つ」のだそうだ。……という事は、我がマスターにも俺と同じ属性が……って、俺って何属性なんだろうか。エアの真名解放は風のせめぎ合いによる時空切断なんだが、それを考えると風? ……いやいや、でも、それはどっちかっていうとエアの属性であって俺ではないだろう。

 

「ふむ……ではマスター、君の属性はなんなんだ?」

 

 考えててもラチがあかないと判断して、マスターに聞いてみる。

 だが、どうやら地雷を踏んだらしい。目の前のマスターのいかりのボルテージが上がっていくのが目に見えて分かってしまう。やべ、と思った時にはもう遅く。

 

「うるさいっ! ……行くわよ!」

 

「あ、ああ。……すまんな、メロン娘。どうやらマスターを怒らせたらしい」

 

 流石にそのまま立ち去るのは、と声をかけるが、メロン娘は苦笑しながらいいのよ、と返してくれた。

 

「大変だろうとは思うけど……ま、あの子のあれは癇癪みたいなものだから」

 

 そう返してくれたメロン娘に謝意を示して、足早に去ってしまったマスターの背中を追う。

 

「……ちょっと時間ずらしてご飯食べようかしら。……それにしても、なんで彼は私のことを「メロン娘」って呼ぶのかしら……?」

 

 取り残された彼女の疑問は、廊下の騒がしさの中に消えていくのだった。

 

・・・

 

 マスターの背中を追っていくと、一つの部屋にたどり着いた。……いや、これは部屋というよりは広間だろう。廊下とは比べ物にならない騒がしさと、空腹を誘う良い匂い、昨日見た、厨房の近くにあった扉がこの辺りだったので、たぶん昨日見たのはこの広間の扉だったのだろう。

 ずんずん進んでいくマスターに声をかけ続けると、広間に入る直前にこちらを振り返り……。

 

「あんた、ご飯抜き!」

 

 びし、とこちらを指差して言い切ると、更に「ついてこないで!」と言って立ち去ってしまった。……これは、これ以上追いかけるのは逆効果だろうな。大人しく引いて、ほとぼりが冷めるのを待つとしよう。

 となると、今するべきは……洗濯だな! そういえば昨日の探索では洗濯場だけは見つけられなかったな。……むぅ、その辺のメイドさん捕まえて聞くとしよう。……ええと、緊張させないように、優しく対応するのを意識して……。

 

・・・

 

「君、ちょっと良いかな?」

 

 給仕のお仕事中。背後からかけられた優しげな声に、はい、といつも通り振り返る。

 ここにいらっしゃるのは貴族の方々。万が一にも、粗相があってはいけません。声をかけてきた方も、無茶を言わない方だと良いけれど、と心中で祈りながらお相手を確認……。

 

「あ、う……」

 

 ――した瞬間、息がつまったかと思うほどの衝撃が私を襲った。目の前にいらっしゃるのは、これまで見たことも無い「黄金」と表現するのがふさわしいお方。思わず手に持ったお盆を取り落としそうになって、慌てて持ち直す。目の前でこぼしてかけてしまっては、私の首だけではすまなさそうだからだ。

 威圧感……とはまた違った感覚が、目の前の方から発せられているような気がする。何度か貴族の方から威圧感たっぷりに命令を受けたりした時に感じた、逆らう気を潰す威圧感に似た、もっと別の何か……。

 

「あー、大丈夫? 調子悪いなら……」

 

「い、いえっ! 問題ありませんっ」

 

 心配そうにこちらを見るお方に、慌てて否定の言葉を返す。……って、あれ? 心配……してくださったのだろうか。そういえば、よく見れば今まで学園では見たことの無い方。……お召し物も学生の方たちの制服とは違うようですし……。

 新しく教師の方がくるとは聞いていないけれど、もし教師の方であれば、こうして私のようなメイドにも柔らかい対応をしてくださるのも納得がいく。学園長をはじめとして、教師の方は私たちメイドにも気を使ってくださったり、労ってくださったりする方は多い。学園長に至っては、あの貴族嫌いのマルトーさんがここで働いても良いと思うくらい、平民想いの良いお方と聞きますし……。

 

「あーっと、大丈夫ならちょっと案内して欲しいところがあるんだよね」

 

「は、はいっ。今すぐ! ……すみません、このトレイお願いっ」

 

 同僚にそう声をかけると、察してくれた一人が頷きを返して駆け寄ってくれる。そのままトレイを渡して、どちらへ案内いたしましょう、とお聞きする。

 ……なんと、洗濯場を探してらっしゃるそうだ。流石にそんな貴族の方は見たことが無い。お洗濯なら私たちに預けていただければ、と提案してみるが、この方は苦笑いをしてちょっとね、と言葉を濁した。……とても気になる対応である。が、しかし、案内してほしいと言われれば、疑問を持たない方が良いだろう。とりあえず、こちらです、と先を歩いて案内を始める。……あ、お洗濯物持ってないみたいだし、もしかしたら洗濯場の点検……とか? と考えてみたりするが、いやいや、それこそ貴族様のお仕事じゃ無いよね、とその考えを消す。

 

「あー、なるほど」

 

 しばらく歩くと、背後から納得したような、そんな声が聞こえた。

 

「は、はいっ!?」

 

 何かしちゃったかしら、と背後を振り返ると、「あー、いや」と苦笑いをする貴族様。気まずそうに頬をかくと、視線を進行方向……外につながる勝手口に向ける。

 

「いや、洗濯場と言えば外だよなーって。昨日探したんだけど見つからなくてさ」

 

「は、はぁ……」

 

 お洗濯をするということは、大量のお水を使うということである。ならば、室内に作って排水やらの問題を抱えるよりは、初めから気遣う必要の無い外に作ってしまった方が効率も良い。

 丁寧にそう伝えると、なるほどね、ともう一度納得した声が貴族様の口から漏れる。

 

「いやはや、現代に生きるとやっぱり排水口とかあるのが当たり前に思っちゃうしさ。そういうところ、やっぱり常識ないなー、って思うよ。メイドさんもそう思うでしょ?」

 

「え? い、いえっ。お洗濯は私たちメイドの仕事ですので! 貴族の方がご存知ないのは当然かと……」

 

「ん? 貴族?」

 

 私の言葉に、首をかしげる貴族様。どうなさったんだろう、と私も首をかしげる。

 

「俺が?」

 

「え? あ、はい!」

 

「……そういうことか」

 

 頭に軽く指をあて、「あちゃー」と声を漏らす貴族様。私の頭には、どうしたんだろう、と疑問符が増え続けています。

 

「……緊張してもらってるところ悪いけど、俺、貴族じゃないよ」

 

「ええっ!?」

 

・・・

 

「そ、そんな勘違いを……も、申し訳ありませんっ」

 

「あー、気にしてないから。ね?」

 

 事情を説明され、全ての勘違いを正された後、がばっ、と頭をさげる私に、ギルさん(事情の説明と同時にお互い自己紹介してお名前を教えていただきました)は苦笑いを浮かべます。

 うぅ、顔から火が出るとはこの事かと思うくらい恥ずかしいです。まさか、こちらが勝手に勘違いした上で接していたなんて……。

 

「いやー、俺カリスマなしでそんなことになるとは思わなくてねー」

 

「え? ……あの、今何か……」

 

「んー? なんでもない。なんでもないよー」

 

 勝手口から外に出て、壁沿いに少し歩いている最中、ギルさんが何か仰っていたようだけれど、恥ずかしさで身悶えしていた私の耳には届かなかった。

 

「ま、ほら、こういう事があって仲良くなれたんだし、前向きに行こうよ、ね?」

 

「うぅ、ありがとうございます……」

 

 そんなやり取りをしていると、洗濯場に到着しました。ギルさんはなんとあのミス・ヴァリエールの使い魔として召喚された、同じ平民の方なのだそうです。それで、彼女からお洗濯を命じられ、洗濯場を探していた、という事でした。

 ……『召喚された』という事は、ご家族とは離れ離れになってしまったのでしょうか。とてもデリケートなお話ですし、軽々しく聞けない事なのですが、もしそうであれば……いつでも、お力になりますからね、ギルさんっ。

 

「うん、ここを借りて良いんだな」

 

「はい。道具やお洗剤も置いてありますので、ご自由にお使いください」

 

「何から何まですまないね。あ、場所は分かったからあとは大丈夫だよ。ごめんね、仕事中にここまで付き合わさせちゃって」

 

「いえいえ。……その、またお困りの事がありましたら、また言ってくださいね! お力になりますからっ」

 

「ん、ありがとう。……また後で、お礼を言いに行くよ。いつもは厨房で働いてるのかな?」

 

「そ、そんな、お礼なんていいですっ。平民はお互い助け合うのが当然ですから!」

 

 そう言って断るものの、ギルさんはそれじゃあ自分の気が済まないから、と折れてくれません。何度かの問答の後、私の方が折れ、後ほどまたゆっくりお礼を言いに行くよ、という申し出を受ける事となりました。……でも、マルトーさんに気に入られそうな方だから、一度ギルさんにマルトーさんを紹介してもいいかもしれない。

 ギルさんとわかれ、自分の仕事場に戻る道すがら、とても良い人がいましたよってマルトーさんに報告しなきゃ、なんて考えながら歩く。

 ……戻った時、同僚の何人かに心配され、事情を説明することになる可能性なんて、この時は頭からすっぽ抜けていたのだった。

 

・・・

 

「良い子もいたものだ」

 

 シエスタちゃん(先ほど道案内をしてくれたメイドさん)を見送り、宝物庫から洗濯物を取り出して呟く。ああいう子がいるという事は、この学園は良いところなのだろう。

 洗濯物をカゴごと地面に置き、続けて宝物庫から魔導書を取り出す。これは水の魔導書だ。幾つかの魔術を起動させると、井戸の水が勝手に洗濯物を巻き込んでいき、投げ入れた洗剤を混ぜ合わせてじゃばじゃばと洗濯していく。……ふっふっふ、これぞ楽々お洗濯! しかし、マスターももう少し恥じらいを持たないとなぁ。まだ思春期を完全に迎えていないからこういう事ができるんだろうが、そのうちいくらサーヴァントとはいえ男に自分の衣類を洗濯されるのは恥ずかしいということを教育していかないとなー。

 洗濯をしているあいだ、宝物庫の中からシエスタちゃんに渡すお礼のプレゼントを見繕っておく。洗濯をしたり厨房で働いているという事は、水仕事が多いのだろう、と判断して、ハンドクリームを贈ることにした。シンプルな容器に入ったこのハンドクリームは、なんとあの湖の女神様も愛用しているという逸品なのである。冷たい湖の中で冷たい聖剣とか磨いてるとどうしてもあかぎれしてしまうんだそうだ。そんな時もこのクリームを塗ればあら不思議。魔力とか魔術触媒とか概念とか妖精の加護とかが美しい白魚のような手を取り戻してくれるんだそうだ。湖の女神もこれでイケメンの騎士をゲットした、とウチの神様に自慢していたらしい。何やってんだ湖の女神様。

 まぁ、そんなこんなで効能は実証済みの女神印のハンドクリームは、お礼としては良いんじゃないだろうか。装飾品のように好みと違って処理に困ったりとか、食べ物みたいに好き嫌いのわからないものとかよりは、実用的で常識的な範囲内だろう。

 

「……っと、洗濯が終わったみたいだな」

 

 ある程度洗剤が汚れを落とし、すすぎ洗いも終わったので、次の魔導書を取り出す。これは風の魔導書で、次は乾燥だ。ついでにたたむのも一緒にやっちゃおうと思っている。

 同じように呪文を唱えると、魔術式が起動。水を吹き飛ばし、風が洗濯物を捉える。そのまま温風で水分を飛ばすと、シワを伸ばし、俺の思う通りにたたまれていく。全ての行程が終了した洗濯物たちは、洗濯カゴの中に順番に戻っていく。

 

「っし、おーわりっと」

 

 最後にカゴと魔導書を宝物庫に戻し、本日の洗濯は終了である。そろそろ朝食も終わるだろうが……マスターのご機嫌はいかがだろうか。パスで繋がっているので若干の感情は伝わってくるのだが、まぁ先ほどよりは落ち着いているな。これなら、迎えに行っても良いだろう。

 そう決めた俺は、確認のために取り出していたハンドクリームを宝物庫に戻し、先ほどの道のりを逆に辿って、食堂まで戻るのだった。

 

・・・

 

「お、マスター」

 

「……あんた、どこ行ってたの?」

 

「お洗濯。マスターに命じられた仕事をしてたのさ」

 

「ふぅん。そう。……まぁ、小間使いとしては使えるみたいね」

 

 幾分か落ち着いたのか、まだイラつきはあるみたいだが話は出来る。これからの予定を聞くと授業という答えが返ってきたので、取り敢えず後ろについていくことにする。授業とか久しぶりだなー。

 到着したのは、大学の講義室のような教室だ。中心に教卓があり、そこから半円の放射状に机が並んでいる。マスターと一緒に教室に入ると、全員からの視線を感じる。……ふむ、やっぱり使い魔召喚って言ってサーヴァントを召喚したのはウチのマスターだけか。……いや、そりゃそうだ。特に儀式もないのにサーヴァントホイホイ召喚されてたら、第一次異世界聖杯戦争の始まりである。本来であれば今朝見たサラマンダーだとか、目の前を飛ぶフクロウやコウモリと言った動物が使い魔としてはちょうど良いのだろう。

 視線を様々な使い魔たちに向けていると、マスターが席の一つに腰掛けたので、その隣に腰掛ける。

 俺が座ったことを理解したマスターは、今朝の食堂前を髣髴とさせる鋭い瞳でこちらを見上げてくる。

 

「ちょっと。あんたは床よ」

 

「まぁまぁ。あ、ほら、教師も来たみたいだぞ」

 

 俺の言葉に、マスターは少しムッとしたものの、教師が入ってきたからか大人しく前を向いた。

 教師は少しふくよかな中年女性で、シュヴルーズと言うらしい。『土』属性の教師で、毎年新たに召喚された使い魔を見るのが楽しみなんだとか。……あ、俺の所で視線が止まった。予想はしてたけど。

 

「あら。ミス・ヴァリエールは珍しい使い魔を召喚したようですね」

 

 まぁ、使い魔というかサーヴァントだからな。ほぼ神霊の俺を召喚するとか、前代未聞なんじゃなかろうか。

 そんなシュヴルーズ先生の言葉に反応したのは、これまたぽっちゃりした少年だ。

 

「どうせその辺の平民連れてきたんだろー!」

 

 その言葉を皮切りにして、教室が笑いに包まれる。……どこでも、こんな下らないことがあるらしい。学校という特殊な環境の宿命というか……。まぁ、彼らの前で一度も鎧姿になったことないし、そう勘違いしても構わないけど……。

 さてどうやって黙らせてやろうか、と穏便な手段を模索していると、何かとマスターを揶揄していた少年が、急にもがもがと苦しみ始めた。

 どうしたのだろうか、と視線をそちらにむけると、どうやら口の中に土が詰め込まれたらしい。まさか、とシュヴルーズ先生を見てみると、杖を持ってこほん、と咳払いしていたので、俺の予想はあっているだろう。とても優しい先生のようだ。……まぁ、きっかけを作ったのは先生の一言なので、若干の軽率さは否めないが。

 

「クラスメイトの悪口はいうものではありませんよ、ミスタ・グランドプレ」

 

 漸く土を取り除いた少年が、しょんぼりと頷く。よろしい、とそこで先生は話を変え、自分の教える『土』属性について話し始める。『火』『水』『風』『土』の4属性(そのほかに、今は失われてしまった『虚無』というのがあるらしいが)の中でも、一番生活に密着しておりこの魔法が無ければ城の建設などもままならないとか、土属性がいるからこそ今の生活があるだとか、若干土属性について偏りもあったが、それを差し引いても大切な属性なのだ、というのが彼女の論らしい。なるほどなー。

この授業を聞いて、俺の中で更に疑問がわいてくる。結局、俺やマスターはどの属性なのだろう、というのがことだ。

 『火』? ……確かに彼女は癇癪を起こすし烈火の如く怒る。だが、それは『燃やし尽くす』というほどではない。

 『水』? ……いやいや、癒しの力というのは違うだろう。『火』の時も思ったが、俺の属性は確実に違うだろう。

 『風』? ……一番近いが……俺はともかく、マスターは違うだろう。なんというか、マスターも俺と同じく『固定砲台』タイプだと思うのだ。

 『土』? ……これは……。

 っと、マスターが呼ばれた。どうやら、『錬金』という魔法の実技をするらしい。ただの石ころを真鍮に変えた先生が「貴女もやってみましょう」と前に出るよう促す。その瞬間、何故かシンと静まり返った教室内で、先ほどのメロン娘がマスターに声をかける。

 

「ルイズ? ……その、やめましょう?」

 

 その言葉は、ウチのマスターの琴線に触れたらしい。先ほどまで出て行こうか迷っていたマスターが、ハッキリと決意した瞳で「やります!」と教壇まで進んでいったのだ。

 その後の教室内の人間の反応は凄かった。机の下に隠れるもの、自分の使い魔を保護しにいくもの、教室を出て行く子までいるようだ。

 なんだなんだ、防災訓練みたいだな、なんて思っていると、マスターが深呼吸を何度かして、杖を振り上げ呪文を唱える。

 これで、『土』属性なのか分かるかな、なんて興味津々に見ていると、マスターが杖を振り下ろし……爆発が起きた。

 

「なんと」

 

 目の前に盾の宝具を展開して爆風と破片から身を守る。ついでに近くの使い魔たちも守っておく。

 ……なるほど、中々に反骨精神溢れるマスターだな。「錬金しました。塵に」ということだろう。見ろ、先生なんてあまりの衝撃に気絶しちゃってる。

 そして、まわりからは「だから『ゼロ』のルイズに魔法を使わせるなって言ってるんだ!」やら「ああっ、僕のラッキーがぁっ」やら、様々な悲鳴が聞こえてくる阿鼻叫喚の様相を呈していた。……うん、大体わかったぞ。この子のこの強大な力を見るに、俺がするのは用心棒みたいなものだろう。強大な力は狙われることも多いからな。そういうことだろ、神様。どやっ。

 俺が神様にそんなドヤ顔を内心で披露していると、爆発で煤けた制服やブラウスを手で払っているマスターがふぅ、と一つ息をはいて。

 

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 呆れたようにつぶやいた。

 

・・・

 

 また爆発。一瞬で現れた光と衝撃で、教室内は阿鼻叫喚の地獄絵図だ。先生は今の衝撃で気絶してしまったし、生徒たちは瓦礫から抜け出したり使い魔をおちつかせたりで忙しそうだ。……一瞬、『錬金しました。塵に』と言おうかとも思ったが、流石に捻くれ過ぎかと思いやめた。目の前の机は、原型こそ留めているものの、上に乗っていた石ころは当然消滅しているし、なんだったら周りの机も悉く薙ぎ倒されている。

けほ、と咳払いをして、自分でも呆れの感情がこもっているとわかる声で一人呟く。

 

「ちょっと失敗したみたいね」

 

 そう言ってから、召喚した使い魔に視線を向ける。……あいつは私の属性を知りたがっていたけれど、私はついぞ答えられなかった。それは別に意地悪をしていたわけじゃなくて……ただ単に、『自分でもわからない』だけ。爆発だから火じゃないのか、と思ったが『ファイアボール』すら放てなかった。すべて爆発に帰結してしまうのだ。

私を『ゼロ』と罵りながらこの惨状をなんとか収拾させようと走り回っている生徒たちの中、私の使い魔……ギルは、こちらをあの紅い瞳でじっと見つめていた。

 ……あの眼で見られると、なんだか全てを見透かされているようで落ち着かなくなる。何を思っているんだろうか。今ので私が一つも魔法を使えない『ゼロ』のルイズだという事がわかったのだから、魔法も使えないくせに偉ぶっていたのかと怒っているかもしれない。

 どうしよう、と一人纏まらない考えに翻弄されていると、背後からうめき声。……どうやら、先生が起きたらしい。これ幸いと彼女を介抱する。

 そして、それからすぐ。誰かが呼んできたらしいコルベール先生が来るまで、私は努めてあの使い魔の方を見ないようにしたのだった。

 

・・・

 

 あれからすぐ。俺を召喚した時に一緒にいた男性教師が教室にいると生徒達に指示を出し、マスターを呼び出した。俺もついていったほうがいいのかと思ったが、その前にこの教室を片付けるのが先か、と片付けを引き受けた。

 男性教師はそうですね、と頷き、後でマスターに掃除道具を持たせるので、それまでに瓦礫を片付けておいてください、と言うと、しょんぼりしたマスターと共に教室を出て行った。

 

「よし」

 

 切り替えるように一人そう呟くと、宝物庫から自動人形を十体ほど呼び出す。その自動人形に瓦礫の片付けをお願いして、俺は焼け焦げた教壇を見下ろした。……黒く焦げた部分は放射状に広がっており、粉微塵となった石ころは一欠片も残っていない。確か、マスターや先生が詠唱していたのは、かなり短いものだったはずだ。ガンドのように、一工程ほどで完成するほどの。それで、この威力。……危ないな。よくよく思い出せば、俺が召喚された時も足元の土は剥き出しで土埃も舞っていた気がする、

ふむ……しかし、その後のクラスメイト達の反応を考思い返すと、彼女の『ゼロ』というのは、きっと……。

 

「魔法成功率……『ゼロ』ってことかな」

 

 召喚されたあの日、生徒達は空を飛べるのにマスターは歩いた。『錬金』は石が爆発した。そして、魔法が成功した事がないから……『マスターの属性は?』という質問に答えられなかった。……ずいぶんと、俺は彼女を傷つけたらしい。先ほどまでは彼女の反骨精神の表れだろうと思っていたあれも、マスター自身の『失敗したみたい』という一言で見方が変わる。

 

「ん?」

 

 ちょいちょい、と自動人形の一人に背中を突かれる。その後教壇を指差したので、「それ片付けるの?」と聞いてきているのだろう。

 

「ああ。これもだな。ああいや、君たちは次にガラスとか戻しておいてくれ」

 

 これは俺がやるよ、と宝物庫からガラスやら壁に使うための材料を出しながら言う。片手でひょいと教壇を持ち上げ、入り口付近に置いておく。

 それから少し作業をすれば、元どおりの教室の出来上がりである。被害が大きかったのは机とガラスくらいのもので、壁は頑丈なものなのか少し欠けただけで補修してなんとかなった。あとは最後に掃除をすれば終わり。それも自動人形が十人いれば早く終わるだろう。

 さて、マスターが戻ってくる前に全て終わらせておくかー。

 

・・・

 

 片付けを全て終わらせて、誰もいなくなった教室で一人座っていると、掃除道具を持ったマスターが戻ってきた。マスターは教室が綺麗になっているのを見て、きょとんとしているようだ。

 

「凄い……あんた、やるじゃない」

 

「はは、まぁ、これくらいはね?」

 

 ほぼ自動人形のおかげなのだが、まぁ説明するのも面倒だ。マスターにどんな話をしてきたのか聞くと、今回の件は勧めた先生も悪いということで魔法抜きでの教室の片付けで手を打たれたらしい。……宝具は魔法じゃないからセーフだよな?

 それから、マスターは食事に行くとの事なので、俺は先ほどのシエスタちゃんにお礼をしに行くため別行動を取りたいと伝える。食事はまだ必要ないし、どうせご飯抜きだし。マスターもなにやら気まずいのか、その申し出を受け入れてくれたようだ。

 ……一応護衛という任務はあるので、食堂までは一緒に歩くことに。その道すがら、マスターが前を向いたまま呟く。

 

「軽蔑したでしょ。私は魔法を一つも使えない……『ゼロ』だって知って」

 

「いいや、軽蔑なんてしてないよ」

 

「え……?」

 

 即答したことに相当驚いたのか、足を止めて振り向くマスター。それに合わせて俺も足を止める。

 

「最初に言ったけど、俺は君の呼び声に応えてここにいる。……なら、その時点で魔法は一つ使えてるだろう?」

 

 マスターの目を見て、まっすぐに伝える。

 少なくとも、俺だけは信じてやれる。いくら周りに揶揄されようと、彼女が魔法を成功させたのは、俺という『結果』が一番実感している。だから、俺が存在している限り、彼女は魔法が成功しない落ちこぼれじゃない。

 ……それに、普通の魔法……俺ら風にいって魔術は、失敗すると爆発するわけじゃない。錬金とかの魔法が思い通りにいかず爆発するから失敗と認識されるだけで、魔法が使えないわけじゃないんだろう。それに、いくら少なくて済んでいるとはいえ、俺に魔力を供給しているのだ。魔力がないわけがない。

 

「ギル……」

 

「ほら、泣くな泣くな。折角の可愛い顔が台無しだぞ」

 

「な、泣いてないし! ……ありがと」

 

 強がりながらぐしぐしと目元を拭ったマスターは、目元をこすりながら何かつぶやいたようだが、声量が小さすぎて聞こえなかった。……まぁ、聞かせる気のないつぶやきというやつだろう。

 そのまま食堂まで無事にたどり着き、マスターと別れる。

 

「じゃあマスター、また後で」

 

「ん」

 

 短く返事をして、マスターは食堂へと入っていく。……さて、俺は厨房へ、だな。そのまま踵を返してすぐそこの厨房を覗き込む。……が、俺は失念していた。マスターが昼食をとるという事は、その昼食を作る厨房は一番忙しい時間帯という事をだ。もちろん、シエスタちゃんも御多分に洩れず忙しそうに走り回っていた。

 

「……しまったな。落ち着いてから来た方が良かったか」

 

 お礼をしにきてシエスタちゃんの仕事を邪魔しては本末転倒である。それなら……そうだ、まだ中まで見てない、図書室に行くとしよう。丁度近いしな。

 そうと決まれば早速行動開始だ。クルリと再び踵を返して、図書室へと向かう。

 

・・・

 

 静かに扉を開けると、司書らしき女性がこちらに視線をむけ、すぐに戻した。……誰何くらいはあるかと思っていたが、特に咎められる事もなく入室に成功した。

 早速目指すは、適当な本棚だ。幾つかの本を適当に取り、近くの机に向かう。しばらくぱらぱらと本を捲り、どんなもんかとかくにんしてみる。適当に取った本だったが、教材としては満点に近いものだろう。挿絵があったりして、かなりわかりやすい本だった。

 それに、俺には『座に上がってもスキル、ステータス、宝具が固定されない』という『終わらない叙事詩』というスキルがある。これは、サーヴァントとして召喚されたりした時に経験した事や成し遂げた事が、そのまままたスキルとして得られるという「お前座に上がったんじゃないの?」と言われてもおかしくないレベルのスキルである。……ちなみに、スキルは着脱可能なものが多いので、必要なさそうなものは神様に預けてきているのだ。『子育て:EX』とか、『性癖看破:A+』とかな。

 単語は少しだけ覚えたので、本をまとめて持って席を立つ。その時、ガラリと図書室の扉が開かれた。新たなお客さんが来たのだろう。視線を向けると、マスターと同じかそれ以下くらいの背をした青髪の少女だった。手には身長より大きな、いかにも魔法使いですって感じの杖。表情からは何も読み取れない。かなりの無表情だ。

 彼女も見られている事に気づいたのか、視線をこちらにちらりと向ける。笑顔を浮かべて手を振ってみるも、青髪の少女は興味もなさそうに視線をそのまま本棚に移し、幾つかの本を取って席についた。……ガン無視である。だが、まぁ丁度いい。制服を着ているという事はここの生徒だろうし、昼食が終わったのかどうか聞いてみよう。流石に話しかければ無視はできまい。

 そうと決まれば善は急げだ。足早に青髪の少女の元へと向かう。近づく気配に気づいたのか、青髪少女は本から視線をこちらに向ける。

 

「こんにちは」

 

「なに」

 

 む、挨拶を返さないとはトテモシツレイな。しかし、この反応でこの子の事は大体わかった。無口っ子だ! しかもクールメガネ属性! うん、いいと思うよ。知的に見えるしね。

 ……しかし、不審者で終わるのもマズイ。 なんとか話を繋げないと。

 

「俺はギル。……ええと、ルイズって子の使い魔やってる」

 

「知っている。貴方は有名」

 

 珍獣的な意味でか。……彼女の反応に、少しだけ挫けそうになる。

 

「ちょっと聞きたい事があってね。もう昼食の時間は終わったかな?」

 

 俺の質問に、少女は一度頷く。それから、本に戻していた視線をこちらに向けて首をかしげる。

 

「……食べそびれた?」

 

「いや、メイドの一人に用件があってね。厨房が落ち着くのを待ってたんだよ」

 

「……そう」

 

「用件はそれだけ。ごめんな、読書の邪魔して」

 

「いい。……あと、メイドに用件があるなら厨房よりテラスに行ったほうがいい」

 

 少女によると、食事のあとはテラスでデザートを食べる生徒が多いらしい。その生徒たちに配膳するため、メイドたちは食事の時間が終わると厨房からテラスへと移動するらしい。これはいい事を聞いた。無駄足をしなくて済んだな。

 

「わざわざありがとう。それじゃあ、また機会があれば」

 

「……」

 

 もう一度手を振ってみると、小さくだがこちらに手を振り返してくれた。視線は本に向けたままだったが。

 まぁ、それでもいいや。取り敢えず、テラスに向かうとしよう。

 

・・・

 

 図書室から出て階下に向かう。この辺りは昨日夜に探索したところだ。特に迷うことなく目的地に向かえている。

 よし、次の角を曲がればテラスへはすぐだ。足早に角を曲がると、とん、と軽い衝撃。小さく声が上がったので、誰かとぶつかったらしい。急いでいたからか、前方不注意だったようだ。

 視線を下方にずらすと、前髪を切りそろえた、茶色いマントの少女が尻餅をついていた。……このマントの色は、確か1年生だったはずだ。

 

「ごめんごめん。少し急いでいて、前方不注意だった。……怪我はしてない?」

 

 そう言って手を差し出すと、お尻をさすりながら少女は俺の手を取った。そのまま引き上げると、思ったより少女の立ちがる力が強かったようで、胸に抱きとめるように助け起こす形になってしまった。

 唐突に起こった出来事に少女が固まってしまったので、また謝りつつそっと肩を押して離れてあげる。そこで少女と漸く目があった。……泣いた跡? む、そんなに痛かったのか。

 

「……すまないな。かなりの勢いでぶつかったみたいだ」

 

 そう言って少女の目元を親指で拭う。

 

「え? あ、いえっ、これは違いますっ。あの、こちらこそごめんなさい。急いでいたもので……」

 

「はは、ならお互い不注意って事で。……あと、あんまり泣くと……目元、腫れちゃうぞ」

 

 俺の指摘に、少女は慌てて目元を少しだけこする。

 

「あ、はいっ、これは、大丈夫ですっ。ご心配、ありがとうございます」

 

「うん、やっぱり女の子は泣いてるより笑ってるほうが可愛いよ」

 

 まだ泣いた跡は残っているものの、笑みを浮かべてくれた少女を撫でてやる。何があったのかは知らないが、泣いているということは何か悲しいことがあったという事だ。こうして撫でてやれば少しは気持ちも落ち着くだろう。追加でカリスマも発動する。キチンと加減すれば、これも人を落ち着かせる後押しになるしな。何度かあやすように撫でてから手を離すと、少女はこちらを見上げた後、はにかんだ。

 

「あ、ありがとうございます。……ええと」

 

「ああ、そう言えば自己紹介がまだだったか。俺の名前はギル。よろしく」

 

「はい。私はケティ。ケティ・ド・ラ・ロッタです」

 

 もうすっかり落ち着いたのか、淑女らしい礼で自己紹介をしてくれるケティちゃん。……っとと、俺も急がないと、シエスタちゃんが配膳を終えてしまうかもしれないな。

 

「っと、すまないな。ちょっと急いでテラスに行かないと」

 

「テラス、ですか……」

 

 少しだけ目元に陰を落とすケティちゃん。……む、泣いていたのもテラスで何かあったからなのか。それは申し訳ない事を。思い出させてしまったかな。

 

「……あ、すみません、お引き留めしちゃって。それでは」

 

 ぺこり、と頭を下げてくれるケティちゃんに手を振って、テラスへと足を運ぶ。……またどこかで会ったら、お茶でも一緒に飲むとしよう。悩みを解決するには人に話す事がまず第一だからな。

 そんな事を決心しつつテラスに出ると、何やら騒がしい事に気づく。歓談している声……と言うにはなにやら荒々しい。一つのテーブルを人垣が囲んで……む、今チラリと見えたのは……シエスタちゃん?

 なにやら雲行きが怪しい。人垣を割ってシエスタちゃんのもとへと急ぐ。

 

「もっ、申し訳有りませんっ……!」

 

「ええい、もう良い! 君のような気の利かないメイドはこうだっ」

 

 やっと人垣を抜けて中心部にたどり着くと、地面に手をついて謝っているシエスタちゃんと、そのシエスタちゃんに向かってバラを振り下ろそうとしている少年の姿。

 ――魔力の動き……!? 魔法の杖か、あれ!

 急いでシエスタちゃんの前に割り込み、庇うように彼女を隠す。振り下ろされたバラからは石礫が生成され飛んでくる。――このくらいであれば、対魔力で弾けるか。目を逸らさずに石礫を待ち構えると、予想通り対魔力に引っかかって弾けとぶ。……一工程の攻撃魔法って感じか。流石の俺もガンドで怪我するような対魔力ではないからな。

 

「……ん? なんだね君は」

 

 魔法を撃ち終わった少年が、俺に視線を向ける。唐突に攻撃しておいてそれか。多分君は石礫が逸れたか何かしたと思ってるんだろうが、俺がかばってなければシエスタちゃんは怪我してたんだぞ。

 1日しかここにはいないが、貴族と平民の力関係は大体わかった。平民は文字通り貴族に命を握られているのだ。生殺与奪すら自由にできるのだろう。……魔法という力があるから、そんな上下関係が生まれたのか。

 

「俺の名はギル。ルイズに召喚された、サーヴァントだよ」

 

 答えながら、シエスタちゃんを立たせる。

 

「ギル、さん……?」

 

 まさか誰かが助けに来るとは思ってなかったのか、シエスタちゃんの目には疑問の色が濃く映し出されていた。

 シエスタちゃんを背中に隠すようにかばいながら、もう一度少年に向き合う。シエスタちゃんは怖い思いをしたからか、俺の背中にくっつくように隠れている。

 

「ルイズ……ああ、そうだったな。確かヴァリエールは平民を召喚したんだったな! なるほど、平民どうしの助け合いってことか!」

 

「彼女は謝っていただろう。なにをしたのかは知らないが、あそこまで痛めつけることはないはずだ」

 

「うるさいぞ! そもそも、そこのメイドが軽率にも小瓶を拾わなければこんなことにはならなかったんだ!」

 

 こんなこと、の下りでもう一度少年をしっかり見て気づいたのだが、彼のブラウスは紫色に変色していた。髪からもポタポタと何かが滴り落ちている。……匂い的にワインだろう。

 ……しかし、小瓶? 何があって小瓶拾って怒られるような事態になるんだ。

 

「あ、あの……私が拾った小瓶が元で、二股がバレてしまったそうで……」

 

 俺の後ろに隠れたシエスタちゃんが、小声でそう説明してくれた。……え。二股がばれた程度でこんな激昂してるの? 俺はどうすれば良いのさ。その100倍は股かけてたけど。ああ、なるほど。その惨事はワインかけられたか何かしたな? ははーん、大体読めてきたぞ。

 シエスタちゃんの行動が元で二股がバレて、本命か浮気相手かにワインをかけられた。で、その恥ずかしさを有耶無耶にしたくてシエスタちゃんにお仕置きという名の憂さ晴らし……ってな流れだろうな。全く、その程度で動揺するなら浮気なんてしなきゃ良いのに。そんな気持ちも込めて、少年に声をかける。

 

「それはシエスタちゃんが悪いわけじゃないな。二股していた君が悪い」

 

「なっ……!?」

 

「ぎ、ギルさんっ……!?」

 

 厳密に言うと「二股をして、それがばれた修羅場の責任を他人に押し付けるお前が悪い」と言うことを言いたいのだが……。

 俺の言葉に、驚いたように声を上げる少年とシエスタちゃん。周りの取り巻きは、『そうだぞー、浮気をしたお前が悪いぞー』だとか、囃し立てるような野次が飛んでくる。

 それに耐えられなくなったのは、少年だ。うつむいてプルプルと震えたと思うと……。

 

「決闘だ! 貴様は平民のくせに貴族の僕に楯突こうというんだな!」

 

 決闘! そういうのもあるのか。だが、確かにそうだな。どうしても話し合いで解決しないのならば、お互い同意の上の決闘というのは貴族同士であるのだろう。

 ……貴族と王で成立するのかは知らないが。……あ、でも俺元王だわ。となると貴族対平民になるのか。それも成立するのかなぁ。

 

「ヴェストリの広場で待つ! ……逃げるなよ」

 

 一方的にそう言い捨てると、少年はマントを翻して去っていった。……取り巻きの一人が残ったのは、俺が逃げないように見張るためだろうか。そんなことしなくても逃げないって。子供に喧嘩売られた程度でビビるほど、ヤワな経験は積んでないのだ。

 ……それよりも、今はシエスタちゃんだな。振り返って大丈夫かと聞いてみるが、ワナワナと震えるだけで答えてくれない。

 

「……ええと……大丈夫か?」

 

「あ、ぎ、ギルさん……あなた、殺されちゃう……!」

 

「ん? いや、大丈夫だよ。ほら、年下の少年に負けるほど弱くはないからさ」

 

「き、貴族様は魔法を使うんですよっ!? へ、平民が勝てるはずないんです……!」

 

 そういうと、あまりの恐怖でいても立ってもいられなくなったのか、走り去ってしまうシエスタちゃん。……かなり、根は深いみたいだな。

 

「しかたないか。……あ、ヴェストリの広場ってどっち?」

 

「……こっちだよ。ついてこい」

 

 平民から慣れ慣れしく声をかけられたからか、残った取り巻きの一人は少し不快そうに顎をしゃくって歩き出す。

 ……さて。鎧が必要になるほどのものかなー。どんな魔法があるのか、少しだけ楽しみである。

 

・・・

 




「えーと、とりあえずスキルの整理しておくかー」「おや、召喚前にスキルの整理ですか。感心感心」「『子育て:EX』と『性癖看破:A+』はいらないだろ? あと『値切り:B』と『魅了:A+』と……えー、『芸術審美:C-』かぁ……いらんよなぁ。うわ、『女難:EX』ってなんじゃこりゃ。これはおいてこ……は!? 外せない!?」「あ、それはもう魂に焼き付いちゃってるんですねぇ。この『神霊の加護:EX』とかもそうですよ?」「呪われた装備かなんかかよ……」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三話 決闘、そして三人目の乱入者

「わ、わ、わわっ!? なにこれ!?」「何って……格ゲーじゃよくあることだろ、乱入なんて」「え? い、いや、このゲーム一個しかないから私以外にやってる人いるわけないじゃないですか!」「……む。確かに。誰だろうか」「ひゃー! おばけー! ホラー! シャイニングー!」「……逃げてったな。しかし、結局乱入してきたのは誰だったんだろうか……」

それでは、どうぞ。


「諸君! 決闘だ!」

 

 案内されてやってきたのは、ヴェストリの広場と言われる場所。すでに生徒たちが円状にあの少年を取り囲んで、即席のリングを作っていた。

 これから、あそこであの少年と俺が戦うことになるのだろう。……なるんだよな? そんなことを思いながら人混みを抜けて中央まで向かうと、俺を視界に入れた少年がバラの造花を振りかざして大仰に話しかけてくる。

 

「よく逃げなかったね。その意気込みは褒めてあげよう」

 

「どーも。で、勝敗はどうやって決めるんだ? 流石に君ほど若い子を殺したくはないんだが」

 

 まずはルール確認、と少年に話しかけてみると、少年は俺の言葉にプルプルと肩を震わせ始めた。

 どうしたんだろうか、と首をかしげるより先に、少年がびっ、と俺にバラの造花を向ける。

 

「貴様……! 貴族の恐ろしさを知らないらしいな! ……僕が負けるのは、負けを認めた時かこの杖を落とした時! そして、君が負けた時というのは……!」

 

 そういうと、ふわり、とバラの造花から一枚の花弁が落ちる。それは、地面に触れた瞬間に変化を起こし、地面から土を取り込んで人の形をかたどる。

 ほほう、ゴーレムだな? しかし、青銅とは。まずは小手調べと言ったところだろうか?

 

「……君が死んだ時のみ! 僕はメイジだ! 魔法を使わせてもらうよ。もちろん、文句はないね?」

 

「当然だ。持ち得る力全てでかかってこい」

 

 神秘も篭っていないあのゴーレムならば、特に防がずともダメージはないだろう。そう判断して、相手の出方を待つ。慢心でも油断でもなく、ある種当然の余裕。

 俺の上からの言葉に激昂したのか、少年がバラを振りゴーレムを吶喊させる。……さて、どれほどのものか、と待ち構え、その拳が俺の体に触れる、その直前。

 

「――は?」

 

「おっと?」

 

 少年と俺、二人から抜けたような声が漏れる。それも当然だ。青銅でできたゴーレムの拳が、俺の体に当たる寸前で止められているからだ。

 ……そう。『止まっている』のではなく、『止められている』。空中にできた波紋……そこから伸びた、白魚のように美しく、細い手によって。

 ゴーレムの前腕を押さえたまま、その手の持ち主は姿を現していく。目を閉じた表情のない顔、クラシカルなメイド服。俺の蔵にいる、自動人形の一人だ。彼女からは、少しばかり怒りの感情が伝わってくる。……え、怒り? なんで?

 

「め、メイド? 何もないところから……メイドがあらわれたぞ!?」

 

 周りのギャラリーから、驚く声やざわつきが聞こえてくる。いや、うん、当事者である俺も驚いているので、驚いていないのは渦中の自動人形だけであろう。

 ゴーレムを掴みながら、自動人形は俺に思念を送る。『人を象るには、これは出来損ない過ぎる。それに、この程度は貴方自らが相手するほどじゃない』と。その思念に追従するかのように、ゴーレムの腕がひしゃげて折れる。自動人形が握りつぶしたのだ。

 そのあと、腕がもげてしまった事に動揺したのか、少年のコントロールから一瞬外れたゴーレムのボディに自動人形のアッパーが入り、浮き上がったところに右のフック。腰の入ったその一発は、ゴーレムをくの字に折り曲げて横に吹き飛ばし、城壁に大きな凹みを作った。

 ぱらぱら、と破片が落ち土埃が舞う中、ボロボロになったゴーレムが活動を停止する。

 ……ざわつきが聞こえなくなる。目の前の細身のメイドのどこに、そんな膂力があるのか、とギャラリーの戦慄が手に取るようにわかる。

 ちらり、と少年に視線を投げかけると、びくり、と肩を跳ねさせる。

 

「……ウチの子がさ、ちょっと手を抜きすぎって怒ってるみたいなんだ。……どうにかならない?」

 

 俺の前に立ち、少しだけ眉根を寄せる自動人形の言葉を代弁してやる。どうも、こういうゴーレム作成とかに関しては手抜きを認めたくないらしい。いやほら、でも君レベル量産すると採算取れないって神様判断しちゃったし。……え? 俺は使ってるって……そりゃ、君たちそれを差し引いても優秀だし。

 そう伝えると、自動人形はこちらを振り返って少しだけ口角を上げた。……笑った? いま、こいつ笑ったか?

 すぐに前に向き直ってしまったので確認はできなかったが、……可愛いところもあるじゃないか、あいつも。

 

「ば、バカにしやがって……! もういい……そのメイド諸共、嬲り殺しだ……!」

 

 俺たちの態度で堪忍袋の尾が切れたのか、少年は残りの花弁を地面に落とす。先ほどのゴーレムが花弁の数だけ現れる。……その数、6体。数は増えたが、材質は変わらず青銅らしい。

 しかし、今度はそれぞれに武器を持っている。剣や槍、斧などだ。こっちは徒手だと言うのに、まったく。

 

「……僕は優しいから、最後通告だけはしてやろう。そこのメイド共々頭を下げれば、半殺しくらいで勘弁してやるぞ」

 

「いや、心遣いは嬉しいがそれには及ばないかな。むしろ、もっとゴーレムを作成しなくて大丈夫か? あと、材質を変えるとか……」

 

 俺の提案に、少年は顔を真っ赤にして怒鳴り出す。

 

「き、貴様ぁっ! 先ほどから僕の魔法をバカにして……! もう謝っても許さないからな! いけ、ワルキューレ!」

 

 あ、名前とかあるんだ。いいね。俺も自動人形に名前つけてやろうかな。

 そんなことを思っているうちに、いつのまにやらこちらに駆け出してきていた6体のゴーレムの武器が、先ほどと同じように振り下ろされる前に止められる。

 ……今度は手ではなく、様々な武器によってだ。ワルキューレの武器を止めている聖剣や魔槍の柄には、やはりというかなんというか、同じような手が繋がっている。

 ……自動人形は全員、意識を共有している。一人一人に性格はあるが、基本的に同じようなことを思い、同じような事に喜び、そして、同じような事に……怒る。

 新たに出てきたのは5人。そして、先ほどから出張っている自動人形も、手に聖剣を持ってゴーレム……ワルキューレの一撃を止めていた。

 それぞれの武器を持って宝物庫から出てきた自動人形は、手に持つ武器以外に差異が見つからない程に似通っていた。……というか、同一個体と言っても過言ではないと思う。

 

「お、同じメイドが6人……!?」

 

「偏在!? 風のメイジだっていうのか!?」

 

 おや、今聞きなれない言葉が。『偏在』と言ったか。話の流れ的に魔法の名前っぽいが……まぁ、そこはあとで聞き出すとしよう。一瞬止まっていたゴーレムも、もう一度動き出す。

 ……だが、まぁ、黄金でできている神造の人間と、青銅でできた人造の人形。どちらが圧倒するかは、目の前の光景を見なくても断言できる。

 しかも持つ武器もランクが低いとはいえ宝具だ。全てが青銅でできている存在に押し負けるはずがない。

 ワルキューレと呼ばれた青銅の女騎士たちを、黄金の侍女が切り裂き、撃ち抜き、貫き、砕き、叩き潰し、メッタ刺しにする。まるで豆腐でも切っているのかと錯覚するくらいにあっさりと6体のワルキューレ達を土へと還した。

 

「そ、そのメイドはなんだ! 僕のゴーレムをこんな、あっさりと……! そのメイドはメイジか!?」

 

「いいや、これも君のワルキューレと同じ分類さ。作られた存在……だから、みんな同じ姿してるだろ?」

 

「お、同じ? ゴーレムだとでも言うのか……!?」

 

「うーん、当たらずとも遠からず、って感じかな。……それで、次は? ほら、もっとじゃんじゃん出さないと、こっちから攻めちゃうぞー」

 

「う、ぐ……!」

 

 俺の言葉に、少年は苦しそうな顔をする。……どうしたんだろうか。

 その様子を見た自動人形から、もしかしてもう使えないんじゃない? と進言があった。……魔力切れ? うん? そうなると、あの青銅のゴーレムを7体出して精一杯……ってことか。

 

「……なるほどな? さて、じゃあ逆襲といこうじゃないか。みんな、構えろ」

 

 俺の言葉に、自動人形たちはそれぞれの宝具を持って構えを取る。その様子を見て、少年は短い悲鳴をあげる。

 

「さて、なんだっけ? 君が言ってたのは確か……『メイド共々嬲り殺し』……だったか?」

 

 ざ、ざ、と一歩ずつメイドたちが近づいていく。途中少年の杖から石礫が飛んできたものの、自動人形たちにそんなものが通用するはずもない。自動人形のうちの一人が軽く宝具を振るって城壁より更に向こうへホームランしてしまった。

 目の前まで彼女たちが迫り、武器を振り上げた時……少年は杖を手放した。

 

「良い判断だ」

 

 こうして、ちょっと想像とは違ったものの、シエスタちゃんを怖がらせた少年にお仕置きを完了したのだった。

 

・・・

 

 召喚した翌日。メイドにお礼をしに行くと別行動を許可したギルと別に行動し、食事をとった後。みんなからは少し遅れてテラスに行くと、何やら人が少ないことに気付いた。どうしたのかしら、と思っていると、生徒の一人がやってきて『ヴェストリの広場でギーシュが平民の使い魔と決闘だってよ!』と別の生徒に興奮した様子で話しているのが聞こえた。どういうことか問いただしてみると、私がいたことに気付いていなかったのか、気まずそうな顔をした後、事の顛末を教えてくれた。

 なんでも、学園のメイドを庇ったギルが、ギーシュを挑発して怒らせ、それならば決闘だ、という話になったらしい。……マズイ。ドットランクとはいえ、ギーシュは確か『ワルキューレ』と呼ぶゴーレムを7体使役できたはず。そんなの相手に、魔法も使えないギルが勝てるはずが無い。

 ……気が付けば、私はヴェストリの広場へ向かっていた。望んだ使い魔では無いにしても、ギルは私が召喚した、私の使い魔である。……あの、私の呼び声に答えてくれたという不思議な幽霊を見捨てるなんて選択肢は、私には無い。

 

「諸君、決闘だ!」

 

 ヴェストリの広場に着いた瞬間に聞こえたのは、キザなあいつの声。広場のほぼ中央の人垣の中から聞こえてきているようだ。なんとか他の生徒たちの間を潜り抜け、ギルとギーシュを囲む中央へと出る。

 

「あら。ヴァリエールじゃない」

 

「……ツェルプストー」

 

 私に声をかけてきたのは、今朝も絡んできたクラスメイト、ツェルプストーである。隣には、性格は真反対なのにいつも行動を共にしている、タバサもいる。

 はぁい、と手を上げてくるツェルプストーをふん、と無視して、ギーシュを止めようと前に歩み出る……が、その手を掴まれた。

 

「何するのよっ!」

 

 もちろんそんなことをするのは一人しかいない。先ほど無視したツェルプストーに怒りをぶつけると、そんなのどこ吹く風、といった様子のツェルプストーはニコリと笑う。

 

「危ないから止めてあげたんじゃないの。決闘に巻き込まれたら、『ゼロ』のあなたじゃ怪我しちゃうじゃない。親切心よ?」

 

 いらないお世話だ。その手を振り払おうとするも、私より体格が上のツェルプストーを、私が振り払えるはずもなく。慌てて視線をギルの方へ戻すと、いつのまにかギーシュのワルキューレがギルを殴ろうとして――。

 

「ふぇ?」

 

「あら」

 

「……」

 

 ――三者三様の反応を返した。全員に共通しているのは、驚愕。

 そりゃそうだ。どこの世界に、空中から生える腕があるというのか。まるで、『空中の波紋を通じてどこかから出てきている』ような――。

 

「きゃっ!?」

 

 考え込んでいると、唐突に大きな音がして変な声を出してしまった。慌てて視線をギルの方へ向けると、ワルキューレがおらず、その代わりにメイド服を着た女性が立っていた。

 ――綺麗。そのメイドを見て思ったのは、そんな簡単なことだった。だけど、それ以外に表現の方法がわからない。目を瞑り、俯き加減に控えるその姿に一縷の隙もなく。私たちではない、精霊が作り上げたんじゃないかと思うくらいに完璧なその姿に、ギーシュだけではなく、ギャラリーも目を奪われているようだ。

 そんななか、いつも通り平然としているギルがギーシュに何かを言ったようだ。ギーシュが顔を真っ赤にして、ワルキューレを6体作り上げる。次のゴーレムは、それぞれ武器を持っているようだ。……危ない、止めないと。ギルも、あの綺麗なメイドも、殺されちゃう。そう思って声を上げようとするも、それよりも早くワルキューレが動き出し……広場に、再び静寂が広がった。

 

「また、あの腕……」

 

 しかも、5人分。それぞれに武器を持ち、ワルキューレを止めている。先に出ていた一人も、どこからともなく剣を抜き、ワルキューレの一体を止めていた。そして、空間にできた波紋から姿を現したのは……同じ顔、同じ姿をした、5人のメイド。それぞれに持つ武器以外、彼女たちに差異が見られない。風の魔法に『偏在』という自分と全く同じ存在を作り上げること魔法があるけれど、それでもあれほどの数を作り上げるのは、スクウェアクラスでも不可能だ。

 新たに出てきた5人は、先に出てきていた一人の横に並ぶと、それぞれ武器を構えた。

 ギーシュがなんとか我に返り、ワルキューレを突撃させるが……全て、一撃のもとに葬られた。青銅の体を真っ二つに切り裂かれ、貫かれ、潰され、砕かれ。後に残ったのは、ワルキューレだったモノ。そして、ギルにも、メイドにも表情の変化はなく、それが当然だ、とでもいう顔をしている。……メイドの方なんかは、今までに一度も目を開いてすらいない。

 そのあと、6人のメイドは手に武器を持ったまま、ギーシュに迫っていく。……その切っ先がギーシュの体を貫く前に……ギーシュは、杖を捨てた。

 その瞬間、メイドたちの体はピタリと止まる。まるで、人間の姿をしたゴーレムだ。統制のとれた動きでギルの前まで戻ると、そのままギルに一礼し、また空間にできた波紋を通って帰っていく。

 

「か、勝っちゃった……?」

 

 そして、今に至る、という訳だ。この決闘騒ぎを見に来た全員が、あまりの驚きに固まってしまっている。

 

「勝っちゃった、わね」

 

「不可思議」

 

 私の隣にいた二人も、驚いているようだ。……そりゃそうか。今までの常識が、全部通用しないような出来事があったのだ。……これは、あとであいつを問いただして、あの不可思議な現象は何なのか聞かないと……。

 

・・・

 

 決闘騒ぎで動いていたのは、何も生徒たちだけではない。その騒ぎを聞いていたのは、もちろん学院の教師たちもだ。止めようとしたものの、生徒たちの人混みに邪魔され、学院長に秘宝『眠りの鐘』の使用許可を出すぐらいしかできなかったが。

 時間は前後するが、決闘騒ぎの少し前。学院長室では、学院長のオールド・オスマンが秘書のミス・ロングビルと共に書類を片付けていた。

 水タバコを吸おうとして没収されたり、オールド・オスマンが使い魔を使ってスカートの中を覗こうとしてミス・ロングビルに折檻されたりと日常を過ごしていると、慌ただしい足音が聞こえ、扉が吹っ飛ぶのではないかと思う勢いで開かれた。

 

「オールド・オスマン! 一大事ですぞ!」

 

「なんじゃ、騒々しい」

 

 鬱陶しそうにオスマンが答えると、コルベールは手に持ったスケッチと一冊の本を差し出した。そこには、『始祖の使い魔』とタイトルが書かれていた。古い伝承の本であるらしく、表紙も中身もボロボロだ。

 

「かーっ、君はまたこんなものを読んで……。だから未だに結婚も出来んのだぞ?」

 

「余計なお世話ですっ。とにかく、このスケッチと……この頁を見てください!」

 

 オスマンは言われるがままに面倒臭そうな表情を隠すことなくその二つを見比べる。――瞬間、彼の瞳が鋭くなる。いつもの好々爺然とした様子とは隔絶した、老練したメイジの顔であった。

 

「ミス・ロングビル。少し席を外しなさい」

 

「はい」

 

 オスマンはこれからの話しを部外者に聞かせる訳にはいかないと、自身の秘書に席を外させる。ロングビルはいつもは見せないオスマンの様子に驚きつつも、そんな内心をおくびにも出さずに退室していく。

 

「さて――詳しく説明してもらおうか、ミスタ・コルベール」

 

 鋭い瞳で視線を向けられたコルベールだが、その視線に動揺することなく話を始める。学院の図書室で見つけたこの本には始祖ブリミルの4体の使い魔について書かれている。――そして、その使い魔のルーンについても。

 

「これはミス・ヴァリエールが使い魔を召喚した際に彼女自身に刻まれたルーンです。大体は文字として意味を持つのですが……この形はルーン文字というよりは図形のようでして、珍しく思いスケッチしたのです」

 

「ふむ……そして、このルーンについて調べていたときに、この本をみつけた、と」

 

「その通りです。――『神の左手』ガンダールヴ。奇しくも、彼女の左手にこのルーンはありました」

 

 コルベールの話を聞いている間も、オスマンの目はスケッチと本の記述を行ったり来たりしている。今までの学院の歴史上ありえない、人間の召喚。そして、こちらも歴史上ありえない、マスターへルーンが刻まれた事態。さらには、伝説のガンダールヴと同じルーンであるという。ここまでくれば、あの使い魔には何かあるのではないか、とオスマンの今までの経験からくる直感が告げてくる。

 

「ミスタ・コルベール。この事はワシ以外には言っておらんな?」

 

「は、もちろん」

 

「……であれば、この事実はワシら二人の中に秘めることとする」

 

「なっ、なぜですかっ。現代に蘇ったガンダールヴ! これを王宮に報告すれば……!」

 

「報告すれば、戦の道具として使われるじゃろうな」

 

 以前王宮に仕えていたオスマンには、彼らの思考というのが手に取るようにわかる。ガンダールヴの力が本当であろうと嘘であろうと、それは何かしらの形で利用されるだろう。……本人たちの意思は無視して。

 それが、陰謀策略渦巻く、王宮というものであるというのを、オスマンは経験で知っている。

 なおも食い下がろうとするコルベールが口を開くより早く、学院長室のドアがノックされる。

 

「なんじゃ?」

 

「私です。ロングビルです。……少し、困ったことが起きたようで」

 

「よろしい、入りなさい」

 

 視線でコルベールにこの話は終わりだ、と告げ、手早く本とスケッチを机の引き出しにしまう。それから、一礼して入室してきたロングビルを迎え、用件を聞く。

 

「ヴェストリの広場で、生徒たちが決闘騒ぎを起こしているようです」

 

「暇を持て余した貴族というのはこれだからのぅ。……で、誰と誰じゃ?」

 

「一人はギーシュ・ド・グラモン」

 

「ああ、あの。軍人の家系の上、女好きじゃったかの。どうせ女の取り合いじゃろうて。して、相手は?」

 

「それが……使い魔の、平民のようです」

 

 『使い魔の平民』で該当するのは、オスマンの頭には一人しかいなかった。ミス・ヴァリエールの使い魔で、今まさに話題に上がっていた男である。

 

「教師たちが止めに入ってはいるのですが、何せ生徒たちも熱狂していまして……。教師たちからは、『眠りの鐘』の使用許可を求められていますが」

 

「全く、この程度の騒ぎで秘宝が使えるか。放っておきなさいと伝えよ」

 

「はい」

 

 半ば予想していたのか、ロングビルの口からはほぼタイムラグのない返答が。そのまま再び退室して行ったのを見届けると、オスマンは学院長室に置いてある一つの鏡に杖を振る。『遠見の鏡』というマジックアイテムであるその鏡は、魔法の行使によってこの部屋ではなくヴェストリの広場を映し出す。

 そこには、学生たちとは違い、マントを身につけていない男が、青銅でできたゴーレムと対峙している様子が。オスマンもチラリと見たことのある、平民の使い魔だ。……しかし、様子が変である。平民にしては、この状況に恐れを全く抱いていないように見える。それなりに武術か何かの心得があるのか、隠し持つ切り札があるのか……。考え込むオスマンの目前で、状況は動く。ゴーレムが使い魔を殴るべく、駆け出したのだ。一方の使い魔は、そのまま構えも何もない、片手を腰に当て、もう片手をだらりとぶら下げただけの棒立ち状態。

 ――殴られる。そう思ったオスマンの予想を裏切り、その平民にはゴーレムの拳は届かなかった。『空中から生えた手によって、止められていたのだ』。

 

「なんと!」

 

「これは……マジックアイテム……でしょうか」

 

 そこからは、驚きの連続だ。全く同じ容姿のメイドが、それぞれの武器を手に、ゴーレムを破壊していく。あの細腕のどこに、そんな力があるというのか。

 

「ガンダールヴという話、嘘ではないようじゃな」

 

 あっという間に決着のついた決闘騒ぎに、オスマンはその言葉を絞り出すので精一杯であった。

 

・・・

 

 ギーシュとの決闘騒ぎが終わったあと。取り敢えずあの場からいなくなってしまったシエスタちゃんにことの顛末を教えるため厨房に向かおうとしたのだが……。

 

「イチから全部! 説明してもらうわよ!」

 

 俊敏な肉食獣のようにギャラリーのなかから飛び出してきたマスターに捕まってしまい、こうしてマスターの部屋の中で正座をさせられてまくし立てられている。

 曰く、あのメイドは何か、どこからあんなもの出てきたのか、などなど。

 この反応も懐かしいなぁ。俺の宝物庫を見たりした人はまずこんな反応だもんなぁ。何より、俺もそんな感じだった。

 

「彼女たちが出てきた蔵の名前は『王の財宝(ゲートオブバビロン)』。他に入ってるものについては俺にもわかってないよ。何しろ今も増え続けてるくらいだしな」

 

 オートで内容物が増えていく蔵とか正直人智を超えていると思う。いやまぁ、人智を超えてない宝具っていうのを見たことはないけど。

 それから、マスターに俺のステータスの見方を教える。反応を見るに、どうやら成功したらしい。俺のステータスがグラフとなって表示され、宝具も『王の財宝(ゲートオブバビロン)』は閲覧可能になったらしい。……マスターによってステータスの表示方法は変わると聞いたことがあるが、まさかグラフになっているとは。……まぁ、アルファベットが理解できるかという不安はあったので、マスターにとってわかりやすい表示方法で良かった良かった。

 そして、しばらく沈黙するマスター。俺の宝具の詳細を確認しているのだろう。

 

「……見た、わ」

 

すう、はぁ、と大きく深呼吸をしたマスターが、意を決したように口を開く。

 

「あんた、本当にすごい幽霊だったのね」

 

「ははは、生前とっても頑張ったからな」

 

「……そう。……ねえ、王様だったんでしょ?」

 

「ああ。その時に色々恥ずかしい二つ名つけられたりしたなぁ」

 

 昔を懐かしんでいると、マスターがこちらを見上げて口を開く。

 

「死んだ後悔とか……ないの? やりたかったこととか……できなかったこととか」

 

 マスターのその質問からは、諦めと、悲しみが伝わってきた。

 ……ああ、そうか。『できなかったこと』、ね。彼女なりに自分の魔法の才に折り合いをつけようとしてるんだろうか。

 

「ない。……って言ったらもちろん嘘になる。でも、これまで歩いてきた道を、俺は信じてるから」

 

「信じる……」

 

「そ。マスターの魔法の才についてはあんまり口出ししないけど……自分を信じられなくなるような道だけは、選ばないで欲しいかな」

 

 俺の言葉に、マスターは何かが胸につかえたような仕草をする。……それが彼女に新たなしがらみを作ってしまったのからなのか、それとも今まで抑えていたものに楔を打ち込んだからなのかは……本人だけが知っているのだろう。これ以上はあんまり口出ししないほうがいいかな。

 

「……もう寝る」

 

「ああ、おやすみマスター。――洗濯物はどうする?」

 

「……着替えるのめんどくさいから、明日でいいわ」

 

 マントだけ外したマスターが、そのまま布団へ潜り込んで行く。皺になるからあんまりよくは無いんだけど……。まぁ、明日は新しい制服を出しておくとするか。

 

・・・




「ねえ、ギル」「うん? なんだ、マスター」「……『恥ずかしい二つ名』って何があったわけ?」「……黙秘権を行使しよう」「却下よ。ほらほら、言いなさいよ」「……『あっちのほうでも英雄王』とか『女の子逃げて超逃げて』とか『男の娘も逃げて超逃げて』とか……」「……ごめん。聞いたわたしが間違ってたわ……」「……理解してくれたようで何よりだよ……」

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第四話 四人の休日

「マスターは休みの日ってなにしてんの?」「私? ……基本的には授業の予習復習とか、魔法の練習とか」「……どこかに遊びに行ったりとかは」「……まぁ、その、ほら、たまに、かな?」「……マスター、言いにくいんだが君。ぼっt」「撃つわよ」「けほっけほっ。それは、魔法を撃つ前に行ってほしかったかな」


それでは、どうぞ。


 ――欠けた夢を見ているようだ。

 

 それは、臣下のいない玉座に座る、一人の王。

 ――景色が跳ぶ。

 それは、世界を巡る、一人の王。

 ――時間が跳ぶ。

 それは、白い空間に佇む、一人の――。

 

「はっ!?」

 

 目を覚ます。なにやら、妙な夢を見ていたようだ……。がば、と体を起こすと、横から声を掛けられる。

 

「おや、おはよう。今日は早いじゃないか」

 

 蔵から取り出したのだろう、シンプルながらも質の良い椅子に座って読書しているギルが、本を閉じて空中の波紋の中へしまう。そのまま立ち上がると、座っていた椅子も波紋を通って消えていく。おそらく宝物庫の中にしまったのだろう。本当に便利な蔵である。

 昨日宝物庫……『王の財宝(ゲートオブバビロン)』について説明をしたからか、ギルはその宝具の使用を躊躇しなくなった。そのため、幾つかの調度品が部屋には追加されているし、椅子や本といった雑貨もちょいちょい取り出しているのを見る。……調度品に関しては、王だったという言葉を裏付けるように、とてもセンスの良い、高そうなものばかりだ。……認めるのは少し悔しいので、あんまり触れてやらないけど。

 考え事をしている私をよそに、立ち上がったギルは窓へと歩み寄り、カーテンを開く。眩しい太陽の光が入ってきて、私は少し眼を細める。……召喚以来黄金の鎧なんて着ていないはずなのに、何故か私には朱色のマントを付けた黄金の鎧姿が脳内に焼きついている。今も、太陽光を浴びて微笑むあいつがキラキラと輝いて見える……なんて、恥ずかしい言葉が頭を過ぎったりする。

 慌てて視線を逸らすと、そういえば昨日は制服を着たままで寝たんだと思い出す。ギルに着替えを求めようとして、す、と隣に誰かが立つ気配を感じる。

 

「あ、あんたっ……!」

 

 私の制服一式を持って立っていたのは、昨日の決闘騒ぎのときにあいつの蔵から出てきたメイドだった。昨日と全く変わりなく、無表情のまま、こちらを見下ろしている。……ずっと眼を閉じているので、見下ろしてるのかどうかすら分からないけど。

 取り合えず着替えないと、とベッドから降りると、ベッドの上に着替えを置いたメイドが私の服を脱がせていく。おそらくギルからの指示なのだろう。テキパキと手際よく脱がされ、そのまま新しい服へと着替えていく。

 

「……ま、まぁまぁやるじゃない」

 

 そんな私の言葉にメイドは一礼すると、一歩下がる。すると、窓から外を見ていたギルが「終わったかー」なんて気楽そうに振り返って声を掛けてくる。そのまま部屋を出て、朝食を取りに食堂へ向かう。あのメイドは部屋で留守番だ。片付けとか掃除とか、そういうのを頼んでいる、とギルは言っていた。

 

「……ねえ。あのメイドって……その、同じ幽霊なの?」

 

 幾ら蔵の中に入っているからと言って、全くおんなじ顔が六人もいるなんて、普通の人間じゃありえない。ならば、ありえる可能性は……昔ギルが王様だったということを加味して……その当時、ギルに仕えていたメイドが、死後も仕えていると言うのが一番ありえると思う。そう思って聞いてみると、ギルは顎に手を当てて少し考えた素振りを見せたあと、教師が生徒に教えるように指を一本立てて説明をしてくれた。

 

「まぁ、生前から世話になってるって言うのはあってるけど、彼女達は英霊じゃないよ。黄金で出来た、人間の完成形って言うか、こっちで言うならゴーレムとかその辺になるのかなぁ」

 

「人間の完成形なのに、ゴーレムに近いの?」

 

 なんか変じゃない? とギルに聞き返してみると、「まぁそうなんだけどねぇ」と困ったように笑う。

 

「ま、その辺は難しいから、取り合えず凄い人間だって思っててくれれば良いよ」

 

「……今のところはそれで納得しといてあげるわ」

 

 昨日の決闘騒ぎから、なんとなくギルの性格みたいなのが見えてきて、少し話しやすくなった感じはする。……多分、私が心のそこでは信じていなかった『英霊』と言う存在をあの決闘騒ぎで信じるようになったから……だと思う。なんというか、少しは信用してもいいのかな、なんて思っていることを自覚する。

 

「そういえば、今度こそシエスタちゃんにお礼言ってくるよ。昨日はそれどころじゃなかったしね」

 

「はいはい。今日は昼まで座学だから、厨房で手伝いでもしてなさいな」

 

 昨日の決闘騒ぎを知っているクラスメイト達のいる教室に連れて行けば、確実に面倒なことになるだろう。特にあのツェルプストーとかは確実に詰問してくるだろう。それは面倒くさいし、何より……その、嫌だ。

 それなら、メイドの手伝いでもさせておいたほうが平和だろう。昨日すっかり忘れていたのだが、こいつ食事必要ないみたいだし。そんなことを思いながらの指示だったのだが、ギルはいつものように優しく微笑んで「ありがとう」と言った。

 素直に感情を伝えてくるこいつに、気恥ずかしさとかいろんな感情が混ざり合って、ついつっけんどんな態度と言葉が出てしまう。

 

「いいから、行くならさっさと行きなさいっ」

 

「了解。あ、なんかあったら頭の中で強く俺に話しかけてみるといい。多分、念話くらいなら伝わるから」

 

「……便利ね、英霊」

 

 ……授業中、早速ギルと念話で話しながら授業を受けてしまったのは、悪いことじゃないだろう。だってもう予習してたところだったし、暇だったんだもん。

 

・・・

 

 マスターと分かれて、厨房へと来ていた。ここにいる料理長のマルトーという男にシエスタちゃんを助けたことを感謝され、平民なのに貴族に立ち向かったということで、『我らの英雄』なんて恥ずかしい二つ名がついたりしたものの、食器洗いを手伝わせてくれるくらいには仲良くなれた。

 

 「その『我らの英雄』って名前つけてくれるのは嬉しいんだけど、ちょっと距離感じるしさ、普通に『ギル』って呼んでくれた方が嬉しいかな」

 

 食器洗いが終わった後にそう切り出してみると、その言葉が何やら琴線に触れたのか嬉しそうに俺の肩に腕を回し、笑い始める。

 

「わっはっは、聞いたかお前ら! 『我らの英雄』は貴族を倒したっていうのに驕らないようだ!」

 

 その言葉に、厨房のスタッフたちは口々に俺を褒め始める。……うぅむ、なんというかくすぐったいなぁ。

 それから、シエスタが直接謝りたいみたいだ、とマルトーから言われ、気を利かせてくれたのか、スタッフ用の食堂でシエスタと二人きりにしてくれた。マルトーたちは昼食の下ごしらえに向かっていった。

 

「……あの、ギルさん。あの時は逃げてしまって申し訳ありませんでしたっ!」

 

 気まずそうにしていたシエスタちゃんだが、意を決したのかがば、と頭を下げつつ謝ってきた。

 まぁ、いろいろ聞いていくうちに、平民と貴族の力の差だとかこの世界のことを聞けたので、殺されてしまう、と恐れてしまった彼女を責めるつもりは一切ない。というより、あれは彼女を助けるために割り込んだのだし、逃げてくれたのはそれはそれで良い判断だと俺は思っている。

 だから、彼女に責は一切ない。むしろ、色々と場所を教えてくれたりした彼女に、まだ恩を返しきれていないのではないかとこちらが恐縮するくらいである。

 

「俺は全く怒ってないし、シエスタちゃんを責めるつもりなんてないよ。ほら、顔上げて」

 

 深く腰を折って謝っているからか、俺の目の前にあるシエスタちゃんの頭を撫でつつ、そっとあげる。

 

「洗濯の場所を教えてもらったり、話し相手になってくれたり、シエスタちゃんはなんてことないっていうけど、俺は感謝してるんだよ。だから、シエスタちゃんを助けるのは当たり前ってこと」

 

「そ、そんな、感謝なんて……!」

 

「まぁまぁ、あ、そうだ。感謝の気持ちとして用意してたのがあるんだよ」

 

 そう言って、以前渡そうと選んでおいたハンドクリームを宝物庫から取り出す。シエスタちゃんは突然できた空間の波紋やら、そこから出てきたハンドクリームやらに驚き、「魔法を使えるんですか!?」なんて言われたりしたが、シエスタちゃんなら大丈夫か、と掻い摘んで宝具のことを説明した。

 

「英霊……ですか」

 

「あはは、まぁ、信じられないよねぇ」

 

「いえ! 信じます! ギルさんの事で、私が疑うことなどありません!」

 

「それは言い過ぎじゃないかなー?」

 

 キラキラとした瞳でこちらを見るシエスタちゃんにちょっとだけ苦笑いをしながら、本来の目的であるハンドクリームを渡す。

 予想通り「受け取れません!」なんて焦るシエスタちゃんに、じゃあまた何かあったら話し相手になってほしい、そのための報酬の前払いだと思ってほしい、と半ば無理やりわたした。

 

「……ギルさんは、強引な方なんですね」

 

 俺が渡したハンドクリームを大切そうに握りながら、シエスタちゃんは微笑む。……ふむ、この子の笑顔は素朴で素晴らしい。マスターとともに、この子の笑顔も守っていこう、と。そう思った。

 

・・・

 

 ある日。いつも通りにマスターを起こすと、今日は学校が休みなんだと寝起きのマスターに不機嫌そうに言われた。なるほど、確かに学生には休みの日があって然るべきか。あの決闘騒ぎ以来、俺やマスターに変なちょっかいをかけてくるような生徒はいなくなったので、ゆっくりとした休日を過ごせるだろう。常に自動人形が一人侍ってるからなぁ。この子の膂力を見て、それでも突っかかってくる生徒はいないだろう。

 

「マスター、今日の予定は? 出かけたりとかはするのか?」

 

 備え付けの机で軽く予習をするというマスターに声をかける。んー、とペンを持つ手を口元に持ってきて、少しの時間思考を巡らせたマスターは、そのまま振り向かずに首を横に振った。

 

「特にそんな予定は無いわね。買い出すものもないし」

 

「ふむ……なら、街へ行ってきていいか?」

 

 俺の言葉に、マスターはくるりと振り返る。少しだけ眉間にしわが寄っているのを見るに、何言ってんだこいつ、と思っているんだろう。この一週間ほどで何度か見た顔である。

 

「自動人形を一人置いていくから、何かあれば雑用くらいやってくれるだろうし」

 

「なに買いに行くわけ?」

 

「んー? 特に目的はないよ。……あ、城下町っていうのを見たいのが目的っちゃ目的かな?」

 

「ふぅん……」

 

 マスターはそう言うと、一つ頷いてペンを置いた。

 

「なら、私も行くわ。あんた一人で行かせた日には、なにやらかすかわからないし」

 

「了解。じゃ、行こうか」

 

「あ、あんた、何私の手を……」

 

 窓を開け放つ。すでに『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』は不可視化して窓のすぐそばに出してある。マスターの手をとって、腕の中に抱え込む。窓に足をかけた俺に、マスターは真っ赤にした顔を一瞬で真っ青にする。

 

「は? え、ちょ、ここ結構たか……ひゃああああぁぁぁぁ……!?」

 

・・・

 

 虚無の曜日。それは学園にいる生徒にとっては羽を伸ばせる休日を意味する。

 そして、それは二年生になったばかりの生徒たちに取っても例外ではない。外に出かけるもの、使い魔と親交を深めるもの、自分の趣味の世界に没頭する者……。

 

「……」

 

 青髪の少女、タバサも例外ではなく、趣味の読書に勤しんでいた。自身の周りには消音の魔法をかけており、窓のそばで五月蝿くしている使い魔の竜やら、騒音からは遠い状態であった。

 

「……?」

 

 そんな彼女が珍しく顔を上げたのは、急に自分の使い魔が喧しく自分に念話を送ってきたからだ。

 かなりの緊急事態か、と視覚を共有してみると、片目が自分の使い魔の視界へと切り替わる。

 

「っ!?」

 

 瞬間。その視界の目の前を、黄金の何かが横切っていく。慌てて自身の使い魔……シルフィードに後を追うように伝える。……が、返ってくるのは「速すぎて不可能」という悲鳴じみた答えだった。

 ……竜が追いつけない速度で去っていく黄金の何かが気にならないわけがない。考えてみると、あちらの方角は城下町がある。そのまま真っ直ぐ行くのであれば、だが。兎に角一度追いかけるべきだろう。

 そう思い、シルフィードを呼び寄せ、窓から飛び乗ろうとする。

 

「おじゃまー。遊びに来たわよタバサ……って、どうしたの? 珍しいじゃない、貴方が虚無の曜日に出かけるなんて」

 

 シルフィードが戻り次第飛び移ろうと待機していると、勝手に鍵を開けて友人のキュルケが部屋に入ってくる。このまま無視しても良かったが、帰ってきた後に面倒なことが起こりそうだ。今までここで説明するか……いや、それより。

 

「……竜より早い『何か』を追いかける。来るなら早く」

 

「あら、面白そうじゃない!」

 

 タバサの端的……というよりはただ要件を伝えるだけの言葉に疑問を抱くでも詳細を確認するでもなく、「面白そう」と笑ってキュルケはタバサの元へ駆けてくる。

 ちょうどシルフィードが戻ってきたので、タバサはそのまま飛び降りる。後ろから、迷わずキュルケが飛び降りてきたのが分かった。

 

「城下町の方向。怖がらず追いかけて」

 

 タバサとキュルケを背に乗せたシルフィードは、その言葉に少しだけ不安そうに鳴き声をあげるが、指示通り正体不明の何かを追いかけるため、高度を上げるのであった。

 

・・・

 

「うー、うー、うー!」

 

「どうしたマスター。そんな涙目で俺の足にしがみついたりして」

 

「う、うるさいうるさいうるさーいっ! こ、こんな早い船を持ってるなんて聞いてないわよっ!」

 

 窓から飛び降り、マスターを抱えてヴィマーナに乗ったは良いが、出発した瞬間にマスターが悲鳴をあげて俺の足にしがみつき始めたのだ。

 それに驚いた俺は、一瞬とはいえヴィマーナの操作を手放してしまい、青い衝撃もびっくりのアクロバット飛行をしてしまった。

 そのせいで青いドラゴンにぶつかりそうになるし……慌ててスピードを上げて逃げたから、追いかけられてはいないだろうけど……。

 城下町の方までまっすぐきてしまったので、遅ればせながらゆっくりと旋回して、もし追いかけてきていたら撒こうと無駄な努力をしているのだが……。

 いやまぁ、それは理由の半分で、ヴィマーナの速度と機動にグロッキーになってしまったマスターが落ち着くのを待っているというのもある。というかどちらかというとこちらの方が主目的である。

 

「だいぶ落ち着いた?」

 

「……なんとかね」

 

 こちらを恨めしげに見上げて手を振り上げるが、折檻もほとんど効かない俺にそんなことしても無駄だと思い出したのか、ゆっくりとその手を下ろした。

 今のマスターは操縦席に座る俺の膝あたりにしなだれるように頭を乗せている。ちょうど良いところに頭があるので、マスターがグロッキーで元気がないのを良いことに、セクハラついでに頭を撫でてやる。

 

「軽々しく、ご主人様の髪に触ってるんじゃ……ないわよぉ……」

 

「ははは、ご主人様とはいえ年下の可愛らしい女の子だ。お爺ちゃん的心境になるのは勘弁してもらいたいところだな」

 

 マスターはまた手を振り上げ、今度は下ろすことなく俺の太ももあたりを叩いた。……まぁ、擬音で表すなら「ぺちん」というなんとも力のない一撃ではあったが。

 

「ま、そろそろ空の旅も終えて、街に降りるか」

 

「賛成……」

 

 すこしだけ元気になったマスターを最後にもうひと撫でしてから、城下町の近くにヴィマーナを下ろそうと意識を向ける。

 隠蔽魔術が効いているから、近くに下ろしても全く問題はないだろう。

 

「よし、あっちが城門に近そう……む?」

 

 ヴィマーナを下ろすために下に向けていた視線を、再び空に戻す。高速で近づいてくる何か。……魔力の反応がするが、宝具ほどの神秘ではない。

 

「マスター、この辺って野良のドラゴンとかグリフォンとか大怪鳥とか出たりするのか?」

 

「はぁ? 大怪鳥は知らないけど、ドラゴンもグリフォンも、こんなところに住処なんてないわ」

 

「そうか……ちなみに、今回の召喚の儀でドラゴンを召喚した子はいるか?」

 

「それだと……同じクラスのタバサかしら。青い風龍を召喚してたと思うわ」

 

「なるほどな。……それがあれか」

 

 千里眼で見えたのは、学園の方向からかなりの速度で飛んでくる青い物体……ドラゴンの姿。風の龍ということで、きっと早さに定評があるのだろう。……そういえばすれ違ったのってこのドラゴンなんじゃなかろうか。やっべ、怒ってるのかな、タバサって子。俺とマスターは俺から接続切ってるから出来ないだろうけど、普通の使い魔は主人と視覚聴覚を共有できるらしいし……。

 ならば、すこし待って謝ったほうが良いだろう。……まぁ、一度逃げておいて何言ってんだ、と思われるかもしれないが、そこは誠意を見せるしかあるまい。

 ヴィマーナの機動を停止させ、向こうから発見しやすいように向きを変える。

 

「あの龍……タバサの風龍ね。たしか名前はシルフィードだったかしら」

 

 俺の視線を追いかけたマスターは、何を見ているのかを理解してそう呟いた。なるほど、シルフィードというのか。それはまた、風に纏わる子らしい名前だ。

 そんなことを思いながら追いつかれるのを待っていると、警戒しているのかゆっくりと風龍シルフィードが近づいてくる。

 

「黄金の船……帆もないけど、どうやって動いてるのかしら……って、ヴァリエールじゃない?」

 

「横には使い魔もいる」

 

 声をかけてきた人物には覚えがある。マスターの天敵、ツェルプストー家のメロン娘ことをキュルケと、いつぞや図書室で出会った無口クールロリ娘だ。

 キュルケは火の使い魔、フレイムを召喚していたはずだし、そうなればあの青い髪の無口クールロリメガネ青髪っ娘がタバサなのだろう。属性多すぎィ! でもそこがいい。

 見知った顔を見つけて安心したのか、ばっさばっさとこちらに近づいてくる風龍。その龍に乗ったキュルケはこちらに向かって手を振っているし、その前にいる無口クールロリメガネ青髪貧乳魔女っ娘たるタバサは興味深そうに俺とヴィマーナを眺めている。……やっぱり属性多すぎィ! でもそこがいいよね!

 

「ちょっとちょっとヴァリエール! いつの間にこんなにすごい船を手に入れてたのよ!」

 

 興奮冷めやらぬ様子で、キュルケがヴィマーナのことを聞いてくる。空飛ぶ船というものを見て驚かないのは、こちらの世界の船というのは基本的に空を行く乗り物だからなんだそうだ。さきほどグロッキーになったマスターの気を紛らわせるついでにしていた会話の中で、そんな話を聞いた。その空飛ぶ船がないと、空中を浮遊している国、アルビオンへは行けないんだそうだ。さすがマスター、座学は完璧である。

 

「ふんっ。あんたにそれを話す義理はないわね。……ギル、さっさと下ろして買い物に行くわよ」

 

「ん、む。それでいいならいいが。……ああ、タバサと言ったかな。その龍の主人は」

 

「そう」

 

「いやはや、図書室での恩を仇で返すような真似をしてすまんな。ちょっとそこの子を驚かせてしまったみたいだ」

 

「いい。私もシルフィードも、気にしていない」

 

 そうは言うが、何かしら気になったから追いかけてきたんじゃなかろうか。まぁ、藪蛇しても困るし、ここはスルーするけど。

 ヴィマーナを操作して地面に下ろすと、その横にタバサ達も龍を下ろした。俺もマスターもヴィマーナから降り、そのまま宝物庫へヴィマーナを収納すると、案の定キュルケが食いついてきた。

 

「何今のっ!? 空中に飛行船が消えていったわ!」

 

「ふふん。ギルはね、とんでもない蔵をもっているのよっ。それこそ、メイドも剣も、飛行船だって入ってるんだから!」

 

 もっと言えば潜水艦だって戦闘機だって入ってるし、最大で世界とか入ってるけど、まぁそれは言わなくともいいだろう。

 わざわざ余計なことを言って得意そうな顔をしているマスターの機嫌を損ねることもないしな。

 ルイズの発言で、タバサもキュルケも視線をこちらに向けた。……何その説明を求める視線。しないよ? 長いし面倒だし……それより早く街を見て回りたいなーって。

 

・・・

 

 ……ですよね。ダメですよね。

 現在、俺は街の一角にあるカフェテリアで質問攻めにあっていた。

 色々自慢してから気づいたのか、しまった、という顔をするマスターに胡乱気な視線を向けたのはたしか一時間くらい前の話。そこからは、なんでそんな蔵をもっているのか、から始まり、結局あのメイドはなんだったのか、何故帆もない飛行船で飛んでいたのか、などなど初めてステータスを見せた時のマスターよりも激しく質問攻めにされた。

 

「……マスター、パス」

 

「ふぇっ!? あ、え、えと、ギルは昔すごく長く生きた王様で、その功績が認められて英霊で、そこを私が呼び出したから使い魔で……」

 

 面倒になってマスターに説明を任せると、自分の失態を自覚しているのか、文句も言わず説明を始めたのだが……大丈夫か? とんでもなく言語が不自由になってるぞ?

 

「あ、あうあうあう……」

 

「あー、わかったわかった。ほらマスター、バトンターッチ」

 

「あうぅ……」

 

 流石に今の自分では不可能だと悟ったのか、俺の出した手のひらに、マスターは弱々しくタッチする。最終的に「あうあう」しか言わなくなったからな。

 

「ええとまず、召喚されるまでの経緯なんだけど……」

 

 幸いにも今日は休日だ。まだ昼前だし、休憩ついでに昔話をしてやるのもいいだろう。ちょうどやってきた紅茶を片手に、マスターにしたよりもちょっとだけ詳しく、彼女達に俺の身の上話を聞かせてやった。

 

・・・




「念話って便利ねー」『だろう? まぁ、初心者はその会話内容たまに口から洩れてることとかあるから、それだけ気を付けたほうがいいかもね』「私に限ってそんな凡ミス……ごめん、いったん黙るわ。今気づいたけど、すごい生暖かい目で回りからみられてた」『ああ、虚空に話しかける頭の痛い子状態だったんだな。はは、頑張るといい』「わかってるわよ。……ちょっと、あんたたち、これは念話をしてるだけで独り言じゃ……」「い、いえ、いいのよ、ヴァリエール。疲れてるときは誰にでもあるものだわ」「……精神、病」「ちょ、タバサ、しっ」「だから痛い子扱いするなっての!」「こらそこ! さっきからうるさいですよ!」「すっ、すみませんっ」「……怒られちゃったわね。くすくす」「む、むきーっ!」


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第五話 ご利用は計画的に。

「神様ー?」「はいはい、なんでしょ?」「……これ、なーんだ」「……あーっと、そのですね? 目の前に魔法のカードがありまして」「うん」「ま、魔法のカードだから、きっと無尽蔵なんだろうなって……」「ほほう?」「そ、それでいっぱい石を買っちゃって……」「で、出たの?」「……☆3と概念礼装だけでした」「運ひっく。そのステータス値で生命つかさどってて大丈夫なの?」「……だいじょぶです」「……ほんとにぃ?」「……だいじょぶだもん」「……まぁいいや。とりあえず、使った分のお金は身体で返してね」「ふぇ!? か、身体……!?」「そうそう。ほら、まずはこの『感度が三千倍になる』っていうお薬から行こうか。大丈夫! 神様には指一本触れないし、天の鎖で神様縛っておくから、怪我することもないよ! 安心してね!」「……お、怒ってる?」「うん!」「すっごいいい笑顔!? ちょ、助けてー! 殺されないけど壊されるー!」

その日以降、神様の姿を見たものはいなかったのである……。


それでは、どうぞ。


「英霊、ねぇ」

 

「まぁ、信じられないと思うけど……」

 

「いいえっ! ダーリンのことだもん、信じるわ!」

 

「だ、だぁりん!?」

 

 メロン娘は俺の身の上話のあと、情熱的にそんなことを言いながらぎゅむ、と腕に抱き着いてきた。

 ……あー、あれか。きよひータイプかこいつ。でもヤンがないからまだ平和かなー。

 

「ちょ、離れなさいよー!」

 

 で、このマスターは迦具夜タイプか。余計なこと抱え込んでストレスためそうなところとかそっくりである。

 んで、目の前でこちらへの対応を決めかねてるこの無口クールロリメガネ青髪貧乳魔女っ娘はアタランテタイプかな。胸とか。

 

「改めて自己紹介するわ。私の名前はキュルケ。フルネームはキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。よろしくね、ダーリン!」

 

「……タバサ」

 

「よろしく、二人とも。俺はギル。……家名とか二つ名とか長ったらしいのあったけどただのギルでいいから」

 

「なんでこの状況で自己紹介できるの!? 私だけなの!? まともなの私だけなの!?」

 

 マスターがそろそろ胃に穴開けそうだし、いったん切るかー。

 

「よし、それじゃあメロ……キュルケ、タバサ。俺とマスターはこれで。疑問も解けたし、謝罪もできたし。あとは用件ないだろ?」

 

「ダーリンはこれからどこに?」

 

「特に予定はないかな。ふらっと歩き回ろうかなーと」

 

 俺がそういうと、キュルケは顔をぱぁ、と明るくさせる。

 

「なら私が案内するわっ。ヴァリエールじゃ書店くらいしかわからないでしょうし?」

 

 そう言って、キュルケはマスターに意味ありげなウィンクを飛ばす。それに反応しないマスターじゃない。

 予想通りすぐに顔を赤くし、キュルケに食って掛かる。……因縁があるというのはあながち大げさに言っているわけじゃなさそうだ。

 

「わっ、私だって色々知ってるわ! 馬鹿にしないで!」

 

「あら、じゃあ流行りの服を扱っているお店とか、女の子たちの間で噂のお菓子のお店とか知ってるわけ?」

 

「う、ぐぅ……」

 

「……ま、そんなもんよね。で、どうかしら、ダーリン。よければ案内しますわ」

 

 マスターからこちらに視線を戻したキュルケは、綺麗な一礼で俺を誘う。

 ……うーん、どうしようかなー。特に目的あるわけじゃないし、それでもいいんだが……。

 

「がるる……」

 

 ……この猛犬注意マスターをどうするか。

 あ、そうか。俺が行きたいところを示せばいいのか。

 

「マスター、この近くに武器屋はないか?」

 

「がる……武器屋? そんなところに何の用なわけ?」

 

「いやほら、この世界特有の武器とかないかなーって。俺、意外と蒐集家(コレクター)だからさ」

 

「……ないことないけど」

 

 心当たりのありそうなマスターのつぶやきに、全力で乗っかる。

 

「流石はマスターだ。キュルケの案内してくれそうなところも魅力的だが、やっぱり俺も趣味はあるしさ。そういうところを知ってるなんて、さすがはマスター!」

 

「……ふ、ふんっ。まぁ、そりゃツェルプストーじゃ武器屋なんて案内できないでしょうし?」

 

 胸を張って得意げにそういうマスターに、次はキュルケがムッとする番だった。いや、わかるよ? 君も武器屋くらいわかるって言いたいんだろ? でもほら、たきつけたのは君からだし、ちょっとくらい我慢してな?

 そういう思いを込めながら、何か言いたげに口を開くキュルケの口に、しぃ、と人差し指をあてる。

 

「……っ!?」

 

「まぁまぁ。な?」

 

 ついでにニッコリと笑顔を浮かべておく。申し訳ないけど、ここはマスターのご機嫌取りに付き合ってもらおう。なんだかんだで、キュルケはいい子だし。

 そんな俺の思いが伝わったのか、キュルケはまるで仕方ないなぁとでも言いたげに頷いて一歩後ろに下がった。ちょっと引いてあげる、という意思表示なのだろう。

 

「じゃあ、ほら、行きましょっ」

 

 長いピンクブロンドの髪を靡かせながら前を向いたマスターが、すたすたと歩き始めるのを見て、慌てて後ろを追う。

 後ろの二人にも手招きをすると、喜色を浮かべてついてくるキュルケと眠そうな瞳のタバサ。

 

「これは、久しぶりに騒がしい一日になりそうだ」

 

 今日一日、楽しくなりそうな予感がした。

 

・・・

 

「ここね」

 

「ほほう。人気のない裏通り、しかも隠れ家的にひっそりと経営しているとなると……なかなかの穴場だな!」

 

 もしくは繁盛していないともいう。まぁ、その辺は中に入ってみればわかるな。

 ルイズを先頭に、店の中へ足を踏み入れる。……ふむ、よくもなく悪くもなく。いたって普通の品ぞろえ……ん?

 店内を見回す俺をしり目に、店主は入ってきた客である俺たちに胡乱な目を向けて……驚愕の表情を浮かべる。

 

「へいらっしゃい! って、お貴族様!? へへっ、うちは全うな商売をしてまさぁ……」

 

「客よ」

 

 いつも通りの「ふんっ」とでも言いたげな態度のマスターに、店主はさらに驚く。

 

「お貴族様が剣を!? こりゃおどろいた!」

 

「使うのは私じゃないわ。……それに、買うかどうかもわからないしね」

 

「は、はぁ。まぁ、お客様ということであればどうぞごゆっくりご覧になってください」

 

 そういわれるまでもなく、俺はすでにきょろきょろと見回しているのだが、まぁ、特にめぼしいものはないな。

 『剣と魔法のファンタジー』というのだから、魔術礼装とか伝説の剣とかもあると思ったのだが……予想が外れたなぁ。

 

「ん?」

 

 まただ。さっきもこの辺の『特価コーナー』を通りがかった時に感じた視線というか、妙な感覚。何度見てもつくりの粗雑な剣やら槍やらしかないし、んー? この剣、他の粗雑品と違って妙に頑丈そうだな。これならあっちの壁にかけてあるちゃんとした剣のところに並んでてもよさそうなもんだけど。

 そう思って手を伸ばしてみると、かたん、とその剣が動いたように見えた。

 

「……んん?」

 

 いや、『動いたように見えた』どころじゃない。今もなんかカタカタ動いてる。ふるえてる。なにこれ。

 意を決して、その動きまくっている剣を掴んでみる。

 

「ヒャアアアアアアアーッ!?」

 

「う、うおっ!?」

 

 鎺の部分が大きく開き、そこから絶叫が聞こえてきた。な、何だこの剣! 喋るぞ!

 

「あら、インテリジェンスソードじゃない」

 

「知ってるのか、らいで……マスター」

 

 知ってそうな口ぶりでつぶやくマスターに聞き返すと、マスターは知らないの? と説明をしてくれる。なんでも、意思を持つ剣らしく、喋ったりできる変わった剣だそうだ。

 それ以外に特に変わったところはないので、普通はうるさくない普通の剣を買うんだそうだ。

 

「いや、にしても喋る剣か……店主、これはいくらだ?」

 

「えっ。か、買うの?」

 

 その剣を持ちながら店主に値段を問うと、俺の服の裾を引きながらマスターが不安そうに聞いてきた。

 いや、これは掘り出し物だよ。喋る剣なんて初めて見たしな。

 

「で、店主。いくらだい?」

 

「はぁ、そいつは厄介者ですので、買っていただけるというなら新金貨100で結構でさ」

 

「ふむ……ちょっと待っててくれ」

 

「? ちょっと、どこ行くのよギル」

 

「ちょっとな。すぐ戻るからここで待っててくれ」

 

 そういって、俺はすたすたと武器屋を出て城下町へと向かった。

 

・・・

 

「……どこ行ったのかしら」

 

「さぁ? あ、そうだ。今の人に贈り物をしたいんだけど……」

 

 武器屋を出て行ったギルに首をかしげながらつぶやいてみると、ツェルプストーが店主に早速交渉を始めている。

 どうやら、ギルがコレクターだと聞いて、珍しい武器を買って送ろうという魂胆らしい。……むぅ。お財布の中身に不安のある身としては、そういうのを軽々しくできないのが難点である。

 ……武器って高いのね。

 

「はぁ。……まぁ、贈り物というのであれば、最近ではこういったレイピアが人気ですが……」

 

「へぇ……でも、なんていうかダーリンにはもっとこう、金色で絢爛なのが似合うと思うのよ!」

 

「そうなりますと……少しお待ちください」

 

 店主が店の奥に引っ込むと、ツェルプストーはふふん、とこちらを見下ろしながらその無駄な脂肪の塊を揺らして微笑んだ。

 ……ちっ。これだから栄養が全部胸に行くような野蛮なゲルマニア人は……。

 

「……これでいくらくらいなのかしら」

 

 そういってカウンターに乗っているレイピアを持ってみる。……とと。意外と重いのね。

 

「確かどんなに安くても新金貨で200が相場だって言ってたわね」

 

「にひゃっ……ふ、ふーん……?」

 

 そっとレイピアをカウンターに戻して、さっきの喋る剣の元へ。

 

「で、あんたはなんでそんなにふるえてるわけ?」

 

「あ、あんたっ。嬢ちゃん! さっきのあんちゃんの知り合いだよな!?」

 

「知り合いっていうか使い魔だけど……」

 

「ひっ、や、やっぱり……! た、頼みがあるんだよ! あのあんちゃんに俺を買わないように説得してくれねーか!?」

 

 どうみてもおびえてるみたいだけど……なにしたのかしら、あいつ。私から見ても、ただこの剣を取っただけに見えるけど……。

 

「あ、あんなの『使い手』にしても恐ろしすぎらぁっ! どんな使い方されるかわかったもんじゃねー……」

 

「……あいつは優しいやつよ」

 

 喋る剣のあんまりな言葉に、ついムッとして言い返してしまう。……わかりにくいけど、あいつは優しいんだから。王様のくせに。

 

「別にいいんじゃない? あいつの蔵、武器とかには暮らしやすそうよ」

 

 前一瞬だけ見せてもらったけど、なかなか暮らしやすそうだったし。……人間が見るにはあんまりおすすめしないけど。あの一瞬でもかなり負担だったもん。

 そんなことを言っていると、再び武器屋の入り口が開く。そちらに視線を向けると、予想通りギルが立っていた。こちらに「やぁ」と手を挙げると、きょろきょろと視線を移す。

 

「あれ? 店主は?」

 

「今奥に引っ込んだわ。もうちょっとで出てくるんじゃないかしら」

 

「そっか。……よっと」

 

 私の言葉にうなずいたギルは、そのままインテリジェンスソードを掴む。

 ……予想通り、このインテリジェンスソードはギルが怖いらしく、叫び声をあげる。……王様って言ってたし、なんかそういうカリスマ的なものを感じ取っているんだろうか。

 

「ヒャアアアアアアアーッ!?」

 

「こいつ俺が握るたびに叫ぶんだけど、これ買った後にどう黙らせようか」

 

「そいつでしたら、この鞘に納めていただければ黙りまさぁ」

 

「お、店主」

 

 ギルの疑問に答えたのは、先ほどツェルプストーに逸品を求められて奥に引っ込んでいた店主であった。その手には、かなり高そうな装飾のされた大剣が握られていた。店主はその大剣をカウンターに置くと、そのままカウンターの下からなんの装飾もない、武骨な鞘を取り出した。

 これに納めれば、黙るのだという。……確かに、このインテリジェンスソードの造り的に、鞘に納めれば喋れなくなるだろう。

 言われたとおりにギルが鞘に納めると、確かに一切喋らなくなった。

 

「なるほどね。……で、新金貨で百だったか。ほら、受け取ってくれ」

 

 そういって、ギルは手に持った袋をカウンターの上でさかさまにし、金貨を出す。……っていうか、あれどこから持ってきたんだろう。

 確かあいつ、「俺無一文なんだよなぁ」って言ってた気がするんだけど……あ、まさか!

 

「あんたっ、盗んできたんじゃないでしょうね!?」

 

「……人聞きの悪い。俺のスキル見たならわかると思うけどなぁ。……まぁ、あとで説明してやるよ」

 

 盗んだものじゃないから、と軽く笑いながら言うギルに、まぁこいつならそんなことしなくてもお金ぐらい持ってくるか、と妙な納得をしてしまった。そのままギルはお金を数え終わった店主から剣を受け取り、そのまま腰に止める。

 結構刀身が長いけど、こいつのスタイルなら問題なく腰に佩けるようだ。

 

「よし、じゃあ、行こうか」

 

 そういって店を出ていくギル。慌てて追いかけて店を出ると、ツェルプストーがついてきてないことに気づく。……ああ、そういえばなんかプレゼント買うとか言ってたなぁ、と思い出し、ついてこないならいっか、とそのままギルについていく。

 私の足音を聞いてなのか、振り返ったギルがおや、とつぶやく。

 

「あの二人は?」

 

「……なんかまだ買ってる」

 

「そうか。……ふむ、まぁ、おいていくのもかわいそうだし、待ってやろうか」

 

 ギルのその言葉に、内心「えー」と思ったが、意外とこいつは頑固なのだ。一度言ったら聞かない以上、ここで待つしかあるまい。

 しばらくして、ツェルプストーがタバサを連れて店から出てくる。……手には持っていないが、たぶん学園に送らせたのだろう。こちらを……いや、『ギルを』見つけると、うれしそうに無駄な脂肪を揺らしながら走ってくる。

 

「ダーリンっ。待っててくれたのね!」

 

「ん、まぁ、おいていくのもかわいそうだしな」

 

 さっきの借りもあるし、とギルはつぶやく。そのつぶやきはツェルプストーにも聞こえたらしく、その『借り』に思い至ったのか、これまた嬉しそうに笑ってギルの腕に抱き着く。あ、ちょ、こらっ! 流石にそこまでは許さないわよツェルプストー!

 

「ちょっとギルっ。ツェルプストーなんかとくっつかないで!」

 

「あら、どうしたのヴァリエール。……ああ、小さいから腕が組めなくて悔しいのね?」

 

「はぁ!? 別にそんなんじゃないわよ! なんでギルと腕が組めなくて悔しがらなきゃいけないわけ!?」

 

 カチンときた! 別にギルと腕が組めないのは悔しくないし、そもそも私の使い魔なのになんでツェルプストーなんかと腕を組んでるわけ!? 拒否しなさいよ、拒否を! そう思ってギルをにらみつけてみるけど、困ったように笑うだけだ。

 そりゃそうだ。こいつはもともと王様だったと聞く。私くらいの威圧なんか、なんでもないに違いない。

 そんな風に、城下町での散策は騒がしく過ぎていくのだった――。

 

・・・

 

 

 ――そういえば、と帰りの飛行船の上でギルに問いかけてみる。

 今は城下町からの帰り道。隣には青い風龍が飛び、そこにはタバサとツェルプストーが乗っている。こちらに乗りたいとさんざんわめいていたのだが、ギルの「ごめんな、これ二人用なんだ」の一言に撃沈していた。……いたずらっぽい笑みを浮かべていたので、たぶん嘘なのだろうけど……私の気持ちをちょっと汲んでくれたのかな、とうれしく思うと同時に少し気恥ずかしさも感じてしまった。

 その気恥ずかしさをごまかす意味も含め、私はギルに問いかけたのだ。そういえば、あのお金はどうやって手に入れたの? と。

 ああ、とギルは一言つぶやいて、教師が生徒にものを教えるときのように指を一本立てて説明を始める。

 

「英霊には、生前の偉業やら性質やらに応じて、『スキル』っていうのが付与されるんだ」

 

「ああ、なんか見たわね。『カリスマ』とか『千里眼』とかってやつでしょ?」

 

「そうそう。それの中に『黄金律』っていうのがあってな?」

 

 そこから始まった『黄金律』スキルの説明は、どんな魔法もたどり着けないであろう、驚きのものだった。

 なんだ、『特技がお金持ちといえるほどにお金に困らなくなる』って。なんだ、『道を歩いてるだけで望んだだけのお金が手に入る』って。

 

「だから、マスターも何か困れば相談してくれていいぞ。うん、マスター特権でトイチで貸そう」

 

「といち? ……なにそれ。っていうか、貴族たる私が、使い魔のあんたにお金なんて借りるわけないでしょ!」

 

「いうと思ったよ。ま、そういうわけで、街に出てちょろっとな。あんなところでイカサマ賭博なんてやってるから悪いんだよ。……あれ、俺のスキルに『賭博狩り』とかついてないよね?」

 

 唐突に首を傾げたギルがなにやらぶつぶつ言っているけど、それを無視して次の疑問を口にする。

 

「そういえば、スキルとか宝具の欄が黒塗りになってたりわけわかんない文字になってたりしてるんだけど、これどうやったら見れるの?」

 

「ああ、それはまだマスターが見れる位階に達してないってだけだよ。ま、その辺は後々、だなー」

 

「むぅ……まぁ、今見れないならいいわ。……とりあえず、お金を稼げた理由がわかってよかったわ」

 

 欄が四つあって、そのうちの一つが『王の財宝』ということは、他に三つ、全部で四つ宝具があるわけだけど……これは多いほうなんだろうか。それを聞いてみると、ギルはうなずいた。普通の英霊でも一つか二つ。多くて三つだという。それを考えると、ギルの四つは破格で、効果としても最高のものだといわれた。

 『説明してもたぶん理解できないから』という理由で教えてはくれなかったけど、『王の財宝』と同じかそれ以上のものが後三つも……そう考えると、やっぱりこいつは生前すごい王様だったのだといやでも理解できた。

 

「……あんたがどれだけえらい王様でも、すごい英霊でも、今は私の使い魔なんだからねっ。勝手な事したら、許さないんだからっ」

 

「うん? ……ああ、安心してくれ。俺は一度居着いたらあんまり動かないんだ。勝手にどこかに行くことはないから安心してほしい」

 

 そういって、ギルはその大きく美しい手で私の頭をなでる。……いつもなら気軽に触らないで、と振り払うところだが……なんだか安心感がこみあげてきて、そんなことをする気にはならなかった。ただ、見られているのは恥ずかしいので、あと少ししたら止めてもらおう。――久方ぶりに感じた優しい手の感触を楽しみながら、ギルの操作する飛行船は学園への帰路を飛んでいく。

 

・・・

 

 帰ってきてから、キュルケに誘いを受けた。

 なんでも、『町では少ししかお話しできなかったから、ゆっくりと学園でお話ししたいと思って』とのことで、まぁマスターを優先させてもらった恩もあるしなぁ、とそのお誘いを受けることにした。マスターがいるとうるさくなるから、と二人っきりでの歓談をご希望の用である。

 

「ふむ、ならあのテラス席は避けたほうがいいだろうな」

 

 さて会場はどうしようか、と悩んでいると、宝物庫がひとりでに開いていく。……このパターンは、完全に侍女のものである。予想通り、波紋を通って自動人形がティーセット一式――テーブル、椅子を含む――を持って出てきた。なるほど、ないならば作ればよい、と。

 

「よし、なら君はキュルケを呼びに行ってくれるか」

 

 自動人形の一人に頼むと、首肯を一つ返して行動に移る。この子たちは本当によく働いてくれている。今度何かで報いなければな、と感慨深く思っていると、背後から肩を叩かれる。――なんだろうか? 振り向くと、そこには毛糸玉と編み針を持った自動人形が。

 ――え? 報いるなら手作りのマフラー作ってくれ? いいよ、確か前は百人分作ったからあと五十一人分……え? 全員で二百五十一人になった? だ、第二世代に突入してるじゃないか! これ、さっさと作り終えないと最終的に膨大な数を作ることに……!?

 そんな恐ろしい想像をしながら、自動人形から道具を受け取る。……むむむ、だがこんなことで喜んでくれるのであれば、全力で取り掛かる所存である。百三十五人増える前にやり切らないとなぁ……。

 

・・・

 

 キュルケは自室にて身だしなみを整えていた。『微熱』の二つ名の通り恋多き乙女であるキュルケは、当然のごとくギルにアプローチをかけている。主人であるヴァリエールには一歩リードを許しているようだが、その程度なら自身の魅力でいくらでも追いつける。彼女はそう確信していた。

 城下町へのお出かけも偶然とはいえ追いかけることができたし、そこでプレゼントを用意することもできた。そしていま、ルイズには内緒で二人っきちのお茶会の誘いもできた。今のところ順調も順調である。

 

「ふふ……」

 

 主人であるヴァリエールの悔しそうな顔を思いうかべつつ用意をしていると、扉からノックの音。

 

「はーい。開いてるわよー」

 

 きっとギルだろう、そう思って声をかけると、扉を開いたのは『あの』メイドであった。美しい髪、整った顔、バランスの良いスタイル。どこをとっても欠点なんてない、彼の『宝物庫』から出てくるメイドだ。いつも通り無表情で瞳を閉じた状態で、こちらに一礼。

 おそらく、私を迎えに来たのだろう。聞いてみると、その通り、と言わんばかりに首肯。

 案内されている最中、喋らないのだろうか、と色々試したのだが、すべて無駄に終わった。ただ、すべすべな肌と、もちもちの感触だけはわかったけれども。……少し嫉妬してしまったのは内緒だ。

 

「お、きたかー」

 

 案内された先には、用意されているテーブルに座り、こちらに笑いかけてくるギルの姿。日の光に照らされた彼の姿は、神聖な絵画のように美しい。――出会ったらとりあえず抱き着いて主導権を握ろう、なんて考えを木っ端みじんに砕かれたキュルケは、少しの間呆然とその場に立ち尽くす。

 

「ん? どうした、キュルケ。何か変だったか?」

 

 そう声をかけられて、ようやく我に返る。――危ない。もう少しで飲まれるところだった。なんとか立ち直ったキュルケは、メイドに案内されるままに席に着く。さすがは『王』のメイドである。手慣れている。エスコートされたキュルケが初めに思ったのは、そんなことであった。

 そして、目の前にカップがおかれ、紅茶が注がれていく。香りだけで、素晴らしいものであることが確信できる一杯だった。

 

「一応お菓子は色々用意したけど……口に合わなかったらごめんな」

 

 そういわれて勧められたお茶菓子を口にしてみると……なにこれ。おいしい! 

 

「――はっ!?」

 

 あ、危ない。なぜか知らないけど、今服が脱げたイメージが頭をよぎっていった。……イメージ、よね? 脱げてないわよね?

 簡単に身だしなみの確認をした後、とりあえず落ち着くために紅茶を一口。ほっとする、優しい味だ。あのメイドが入れたのだろうか。とても落ち着く香りである。

 成り上がりとはいえ私の家も貴族。いいものはいいと分かる舌と目くらい持っているのだ。

 

「そういえば、色々と聞きたいことがあったんだよ」

 

 話を切り出したのは、向こうからだった。……本当は夜にでもフレイムを使って部屋に誘い込もうと思ったのだが、流石にそれは性急すぎるかとこうしてまずはお互いを知るためのお茶会、と提案したのだ。人智を超える『宝具』のおかげでこんなにも立派なお茶会になってしまったのは予想外だが。

 しかし、向こうから話しかけてくれるなら望むところだ。相手を知れば、おのずとどのような女が好みなのかもわかっていく。……ふふ、この私と彼を二人きりにした自分を恨むのね、ヴァリエール!

 

・・・

 

 キュルケとのお茶会はかなりの成功を収めたといっても過言ではない。マスターでは怒ってしまうようなことでも、彼女は微笑みながら教えてくれるし、話も上手で相手である俺を飽きさせない技量を持っている。……これだけの技量を持つ子は、久しぶりに見た。母性マックス状態になったティーちゃんレベルの聞き上手である。外見だけで人を判断してはダメということだな。

 そして現在はお茶会も終わり、少し惚けていたキュルケをメイドに送らせた後である。今の俺は情報をまとめ、精査し、これからのマスターを守るための計画をどうするか、と考察する。

 ……といっても、今の状況にマスターを害するような要素は見当たらないので、当分は静観である。現在地であるこのトリステインという国のほかにいくつか国もあるようだがそことも戦争状態なんてことはないようだし。しばらくは俺一人で大丈夫そうだ。

 もしもの時は、そうだな。守りに長けてるか、機動力がある……んー、今のところアストかケンちゃんか……あ、ジャンヌもいたか。うん、その三人のうち誰かだなー。

 

「しかし……帰るときに少し残念そうだったのは何だったんだろうか」

 

 ……考えても仕方がないか。とりあえず、マスターの元へ帰るとしよう。あんまり離れてると癇癪起こしそうだからな。

 

「でもま、彼女たち『貴族』にも通じるってのは、流石『黄金』の侍女だよなぁ」

 

 少し後ろに侍る彼女たちに視線だけを向けて、俺はひとりごちる。

 

・・・




「ふーん……マスターからはこう見えてるんだなー」



クラス:■■■■・■■■■■■

真名:ギル 性別:男性 属性:混沌・善

クラススキル

■■王:EX

終■■■■叙事詩:EX


保有スキル

軍略:A
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの持つ対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍、対城宝具に対処する際、有利な補正が与えられる。

カリスマ:EX
大軍団を指揮、統率する才能。ここまで来ると人望だけではなく魔力、呪いの類である。
判定次第では敵すらも指揮下に置くことが可能。

黄金律:A++
身体の黄金比ではなく、人生においてどれだけ金銭がついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ぴかぶり。一生金には困らないどころか、子孫代々が生活に困ることは生涯においてない。

■■■■:B+

千里眼:B
視力のよさ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。また、透視を可能とする。
更に高いランクでは、未来視さえ可能とする。
「これよりいい『眼』も持ってるんだけどね」とは本人の談。

■■の■■:EX

能力値

 筋力:A++ 魔力:A+ 耐久:B++ 幸運:EX 敏捷:C+++ 宝具:EX

宝具

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

ランク:E~A+++ 種別:対国宝具 レンジ:―― 最大補足:――

黄金の都へ繋がる鍵剣。元々は剣として存在していたものだが、現在は能力の鍵として体内に取り込まれた。
空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。中身はなんでも入っており、生前の修練により種別が変わっている。

全■■■■全■■■(■■・■■■・■■■)

ランク:■X 種別:■人■具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。

■海■・ナ■■■■■■■■波(■■■・■日■)

ランク:A■■ 種別:■■宝具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。

■■■■■■■■■(■■■・■■■■)

ランク:―― 種別:―― レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明――?


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第六話 ろくでもないけど、大切なこと

「……ねえ、なにこれ」「ん? ああ、それは実験で作った『くるくるパーマ君』だな。それを頭にくっつけると、勝手にくるくるの華麗なパーマを作ってくれるんだ」「へ、へー。……これは?」「おお、懐かしいなぁ。『雰囲気作る君』だよ。暗いとぼんやり光っていい雰囲気を出してくれるんだ。その代わり周りが明るいと目がつぶれるくらい明るくなってさー。いやー、参った参った」「……あんた、生前こんな微妙なものばかり作ってたの?」「ま、失敗は成功のなんとやらというじゃないか。これがあるから、のちの成功品につながるんだよ」「ふぅん? ……あ、すごい! これほんとにくるくるになる!」


それでは、どうぞ。


 あのお茶会のあと。マスターの元へと戻り、いつものように本を読む。図書館から借りてきたもので、『初歩の魔法について』という本だ。こちらの魔法使いは杖がなければ力を行使できない、など、基本的な事項が何もわからないものにもわかりやすく解説されている。

 マスターは自動人形の一人にお世話されている途中だ。髪を梳いてもらったり、寝間着に着替えたりと、順調に寝る準備を進めている。

 そんな中で、マスターは棚に並べられているあるものを取り出す。黄金のゴブレットだ。

 

「……なにこれ」

 

「ん? ……ああ、なかなかいいものだろう? そのゴブレットは特別製でな。聖杯問答っていう王様同士の討論会で使われる予定と噂のものだ」

 

「なにそのあいまいな逸品。予定の噂って結局何にも確定してないじゃない」

 

 そういって、手に持って眺めていたゴブレットを棚に戻すマスター。んー、一応予定だと本当に使われるんだけどねー。この棚にもいろいろ増えたものだ。珍しいものでひょっとこのお面なんてものもある。懐かしいものだ。自動人形が毎日整頓してくれるので、こんなものもきれいに見えるようにセッティングしてくれる。

 マスターの部屋がだんだんと変化してきているのを感じていると、ごそごそとマスターは布団の中に入る。

 

「……ねえギル?」

 

「どうした、マスター」

 

「なんか天板がキラキラしてるんだけど……」

 

 ベッドに仰向けに寝ているマスターが、困惑気味にそう聞いてくる。……ベッド? ……ああ、そういえば俺の謎体質で家具がいつの間にかグレードアップするってのがあったな。それかもしれない。

 それをマスターに伝えると、ひきつった笑みを浮かべる。

 

「あんた、そんな変なスキルもあるの?」

 

「いや、これは体質みたいなもんでな。スキルとして表面化してるわけじゃないんだ」

 

 だから、止めるすべもない。……まぁ、損をするようなことはないし、いいんじゃないかな?

 

「……気になるわねぇ、この夜空みたいなキラキラ……安眠できるかしら……」

 

 不安そうにつぶやくマスターだったが、だんだんと目がうとうとしてきた。そして、少しすると穏やかな寝息が聞こえてきた。……どんなにど派手にバージョンアップしても、ベッドとしての機能は阻害しないからすごいんだよなぁ、この体質。マスターが寝てからその天板を確認してみると、確かにプラネタリウムのようになっていた。……あ、いて座。

 

「……ん? ああ、わかってるって。キリのいいところまで読んだら編み始めるから」

 

 俺に向かって延々毛糸玉をブン投げてくる自動人形にそう返す。……おい、これ『清らかで尊き糸玉(アリアドネ)』じゃないか。なに宝具取り出してるんだこの子。っていうか宝具をぞんざいに扱うんじゃありません。あれ、そういえばこの子たちナチュラルに俺の宝物庫の宝具使ってるよね? 自由過ぎない? ……まったく。仕方ないから許してあげるとしよう。

 

「……よっと。ちょっと出かけてくるよ。すぐに戻るかどうかは……相手次第だな」

 

 そういって、窓に手をかける。自動人形は俺に向かって一礼し、念話で応援を送ってくれる。

 ……さて、あんまり気配に敏感じゃない俺でも、こんな時間帯に脈動する大量の魔力にはさすがに気づく。位置は……あっちか。

 このくらいのものなら、援軍はいらないか。まぁ、この聖骸布の効果もあるし、念のために召喚するって手もあるけど……。

 

「とりあえず、現場を見てからだな」

 

 さーて、どんなことになってるのかなー。

 

・・・

 

 時間はさかのぼり、ギルがキュルケとお茶会をしているころ。宝物庫の扉の前にひっそりと立つ人影。

 ……現在、貴族たちを震え上がらせている盗賊として、『土くれ』のフーケという盗賊がいる。どんなに警備をしていても盗み出し、現場にメッセージを残していくという大胆な手口。いまだに手がかり一つ掴まれていないこの盗賊を恐れて、今貴族たちは配下の平民たちにまで武器を持たせている始末。

 そのフーケが今目をつけているのは、どんな貴族たちの屋敷よりも強固な宝物庫があるという魔法学園であった。

 

「……しっかし。いつもながら強固な『固定化』だねぇ」

 

 その盗賊フーケは、固く閉じられた宝物庫の扉の前で腰に手を当ててため息をついていた。この学院に潜入し、学院長の秘書になってから数か月。何度かここを下見に来たし、色々と手段を講じてみたが、この扉も閂も鍵もすべて強力な魔法がかかっており、開けるのは学院長にしかできない。そのためのカギを盗むのは……ここの扉を破壊するより難しいだろう。

 ……そろそろ最終手段を使うときだろうか。最初から考えていたのだ。奥の手である巨大ゴーレムでの扉、もしくは壁の破壊。……調べた限りでは庭のほうからゴーレムで殴ればもしくは、といったレベルだ。そんな目立つ手は二度も使えるはずもないので、一か八かの賭けになるが……外からどこを攻撃するか観察しよう、と扉の前を後にする。

 

「さぁて、どこからいこうかねぇ」

 

 庭に出て歩いては見るが、どうもどこの壁も強固な『固定化』がかかっているように思える。

 

「……まったく、こりゃどう攻略しようか……ん?」

 

 歩きながら壁を見上げていると、人の気配。すぐに物陰に隠れ、気配を確認しようとする。

 

「しんっじらんないわ! あの金ぴかっ。あれだけツェルプストーには近づくなって言ってるのに!」

 

 癇癪をおこしながらやってきたのは、桃色の髪を持つ少女、ヴァリエールだった。何度か見たことのある顔で、魔法の実技以外は優秀と聞いている。

 今回の使い魔召喚でも、人間を召喚するという珍妙な結果を残している、不思議な少女だった。

 

「……ん?」

 

 なにやら彼女は、その辺を歩き回って小石を拾い始めた。……なにをしているのだろうか、と思いながら観察していると、その石を並べて杖を取り出したではないか。

 そのあたりで、フーケは彼女の二つ名と、その由来を思い出した。そう、確か魔法が成功せず……。

 

「『錬金』っ」

 

「っ!?」

 

 魔法が爆発してしまうから、魔法成功率『ゼロ』のルイズ。確かそう呼ばれていたはずだ。だが、あれは使えるかもしれない。『固定化』のかかったこの壁は、物理的な衝撃に弱いという話だった。……当然、炎やらの魔法よりは、という意味で、生半可な衝撃ではびくともしないだろうが。

 その点、あの爆発はかなり有用なように思える。なんといったって爆発だ。ゴーレムの一撃よりももしかしたら上かもしれない。あれを使わない手はない。

 ……問題は、それをどうあの壁に使わせるか、だ。学院長の秘書として、土のトライアングルのメイジとして彼女に『錬金』を教えるという体で近づくことは容易だ。……だが、そのあとどうあの『宝物庫の壁に失敗魔法を使わせるか』が難しい。

 

「うぅ……」

 

 なにやら煤けてきたヴァリエールは、いまだに練習を続けるらしく、再び小石を拾い始める。

 

「これは、使えるかもね」

 

 今まで観察して、気づいたことがある。この爆発魔法、あんまり命中率は良くないようだ。爆発に巻き込まれないよう離れよう、としたヴァリエールが小石ではなく地面を爆破していたところを見たのでおそらく間違いはない。

 ……ならば、それを使えば……。

 フーケはどうせ逃げることになるんだし、とこの少女を使うことを決意して、隠れていた物陰から出ていく。

 

「ミス・ヴァリエール?」

 

「ふぇ? あ、ミス・ロングビル!」

 

 自分の声に振り返ったヴァリエールが、ぱっぱっと自身の服を手で払って、こちらを向く。

 

「どうしてこんなところに?」

 

「それはこちらのセリフですよ、ミス・ヴァリエール。私は学院の見回り中だったのですが……魔法の音が聞こえたので」

 

「あ……え、えっと、申し訳ありません」

 

「いいえ。魔法の練習をしていたのでしょう? 謝ることではありませんよ」

 

 優しい『ミス・ロングビル』の仮面をかぶってヴァリエールに話しかける。

 

「それで、その足元にある小石を見るに……『錬金』の練習でしょうか?」

 

「はい……何度か挑戦してみたのですが……」

 

 それなら、とアドバイスを送る。……それは、『少し高いところにつるして魔法をかける』というものだった。少し苦しいかと思ったが、「あえて遠く、魔法をかけづらいところに置くことで、集中力を高める」とそれっぽいことを言えば、ヴァリエールは信じたようだ。こういう時、土のトライアングルという肩書は使える。

 自分が小石に魔法をかけ、少し高くにあげてやり、それに爆発魔法をかける。何度か成功してしまい小石も爆発したが、何発かは壁に当たり、その中でも宝物庫の壁に当たったのも何発かあった。作戦は成功といっていい。

 壁を爆破してしまって青い顔をしているヴァリエールには、「あの程度なら宝物庫の固定化はびくともしない」ということと、「このことは二人だけの内緒」ということで黙らせておいた。今日の夜にでも襲撃する必要があるだろう。もしかしたらこの壁の破損を知っている人物ということで、自分=フーケの図式ができるかもしれないが、その時はその時。逃げるだけだ。いつものことである。

 そんなリスクを負ってでも、この宝物この中にあるという『聖なる杯』というマジックアイテムは手に入れる価値がある。なんでも、『持ち主の願いをかなえる』だとか、『無限の魔力を持ち主に与える』だとか、様々な効果が謳われている、本当かはわからないが、この学院長があそこまでの力を手に入れられたのも、この『聖なる杯』の力のおかげだとか言われている。……かなりの眉唾な話ではあるが、かのオールド・オスマンが学院長という肩書きにふさわしい力を持ち、この魔法学院を治めていることは確かである。

 さらに、それが王城の宝物庫より堅牢といわれているこの学院の宝物庫にあるというのも怪しい。ここにある、というだけで『価値がある』という意味になる。それならば、盗み、正体のバレるリスクを背負うには十分だ。……故郷の妹が妙な人間を拾ってきたため、食い扶持が増えて急に金が必要になった、というのも今焦っている原因だろう。

 ゆえに、今ここで強引にでも壁を壊せるようにしておかなければならない。……これなら、今日の夜にでも破壊は可能だろう。

 

「その、ミス・ロングビル。このことは後日、お礼しにいきます……」

 

 妙にかしこまったルイズにロングビルことフーケは微笑みかける。大丈夫ですよ、と。安心させるように。

 ――決行は今夜。皆が寝静まった深夜に。

 

・・・

 

 宝物庫の壁の前に作成したゴーレムの肩に乗り、壁を破壊し始める。今日の当直はシュヴルーズだったはず。彼女に限らず、当直は基本「問題は起こらないだろう」と思い込んで寝ていたりサボっていたりすることが多い。そのため、気づかれるのは一番早くても明日の朝……当直の朝の見回りの時だろう。その時になれば逃げきるか、ごまかすためのアリバイ作りのどちらかはできているはずだ。そう思いながらゴーレムに命じて壁を破壊していると、拳が壁を突き抜けた。

 

「よっし、そのまま止まってな」

 

 そういってゴーレムの腕を伝って、宝物庫の中へ侵入する。中は暗く、様々なものがおいてあったが、一つだけ、大切そうに保管してあるものがあった。黄金でできた杯で、見ているだけで魅入られるような異質な空気の物体。直感で『聖なる杯』だと気づいた。ガラスのケースを割り、杯を持っていた布に包んで取り出す。あとは、逃げ切るだけだ。

 

「っ!?」

 

 振り返ってゴーレムの肩に戻ろうとした瞬間、そのゴーレムの腕が爆ぜた。まさかヴァリエールが、とも思ったが、爆発音は聞こえなかったし爆発は見えなかった。……何かに、『超高速で貫かれた』ようにゴーレムの腕に穴が開いており、その穴の数が増えていって、ついに耐え切れずにゴーレムの腕が落ちた。

 ……だが、このゴーレムはその程度では揺るがない。すぐに足元の土を吸い上げて、腕を再生させる。その間に宝物庫の壁にいつも通りメッセージを残して、再生した腕を伝って再び肩に戻る。

 そのまま、下をのぞき込んで誰がやったのかを見やる。……そこには、一人の男がいた。

 『男』だと分かったのは、あの決闘騒動で一躍学院の注目の的になった、『ゼロの使い魔』だったからだ。……だが、あの姿は何だろうか。

 美しい金髪は烈火のように逆立ち、身を包むのは上等な黒い革の服ではなく、黄金の鎧に朱色のマント。こちらを見上げるその背後には、空間に浮かぶ波紋。……そうだ、確かあそこからとんでもない戦闘力のメイドを生み出すのだったか。……いや、そのメイドだとしても、そのメイドが何か投げてこうなったのだとしても、今その姿が見えないのはおかしい。

 とにかく、一人ならば都合がいい。目撃者は処分して、逃げるとしよう。強力なメイドを生み出せるのだとしても、この質量で踏みつければ逃げる間もなく下敷きになるだろう。そうだ、あいつ自身は戦っていないんだし、もしかしたら戦闘力は低いのかもしれない。そう判断して、ゴーレムを一歩、使い魔の男のほうへと踏み出させる。

 

「じゃあな」

 

 その瞬間、今まで盗賊としてやってきた自分の勘が、警鐘を鳴らした。勘に従ってその場で伏せると、甲高い音を立てて何かが通り過ぎていく。

 風切り音。『何かが飛んできていた』のだ。

 その正体には、すぐに思い至った。あいつの背後の波紋。あそこから、数十の剣やら槍やらが顔をのぞかせていた。……しかもあれはただの剣や槍じゃない。魔法の力のある武器だ。

 あいつは、あんなふうにマジックアイテムを射出してきていたのだ。なんてもったいない。

 

「うわっとぉ。……こいつぁ、ちょっとまずいかもねぇ」

 

 ゴーレムを揺るがすような一撃が、いくつも飛んでくる。こんな状況では離脱もできないし、反撃しようとしてもゴーレムの拳が届く前に削られてしまい、相手まで届かない。ならば相手が飛ばしてくるマジックアイテムが切れるまで耐えればいいとも思うが、どうもなくなる気配がない。無限なのだろうか。……いや、そんなものはあり得ない。

 しかし、不思議なのはあの使い魔の男だ。ここまでゴーレムを足止めできるのであれば、さっさとこちらを狙ってきてもいいものだが……何か、理由でもあるのだろうか。

 逃げるには、あいつを黙らせるか、そう、隙を作ればいい。腹を決めたら、行動は迅速に、だ。

 ゴーレムを少しずつ後退させていき、攻撃によって飛び散る土に紛れて学園の塔、相手から死角になる位置に飛び移る。ゴーレムとのつながりを切って、ゴーレムをただの土へと返す。土砂となって使い魔の男に降り注ぐ土を見て視界は塞いだと判断し、別の魔法を発動させる。『錬金』である。トライアングルである自分には土を真鍮に変えるくらいしかできないだろうが、この暗闇の中、真鍮と黄金の区別はぱっとはつかないだろう。

 

「よし、まぁ、いい出来じゃないかい?」

 

 そんな自問をして、真鍮でできた『聖なる杯』を手に持ち、本物をローブの中、背中に縛り付ける。……よし、準備完了だ。あとはもう、運だ。あの男が、この『偽物』にどれだけ目を奪われてくれるか……。

 そう考えながら、もう一度ゴーレムを作り出す。学院の壁を越えられればいいので、造りは適当だ。屋根を走り、再びゴーレムに飛び乗る。背後に目をやると、崩れた土砂の中でぽっかりとあの男の周りだけが開けていた。その目は、こちらを見ている……ような気がする。この距離で視線なんてわからない。だが、狙われていることだけはわかる。

 ゴーレムを後ろ向きに歩かせながら、射出されるマジックアイテムを防ぐ。もう少しで学院の壁だ。……よし、いまだっ!

 

「おら、返すよっと」

 

 全力で偽物をブン投げる。相手の男はそれを警戒したのか、一瞬マジックアイテムの射出が止まり、視線も偽物に向けられる。

 

「……はん、じゃーな」

 

 その隙をついて、全力で森へと逃げるのだった。

 

・・・

 

「……ふむ、やられたな」

 

 巨大なゴーレムとの戦いの間、見覚えのあるものに目を取られて、下手人を取りのがしてしまった。

 

「聖杯……の模造品? 真鍮でできてるな」

 

 あのゴーレムの肩に乗っていたメイジらしき人物から妙な魔力反応が見えたから殺さず捕らえることに気を使っていたが……むぅ、そういうのはまだ苦手だな。しかし、この造形の細かさ……聖杯を知っている人間の犯行か? むむむ、神様の言っていた『守ってほしい』というのはこのことなんだろうか。

 

「ん? ……マスターか。起きたのか」

 

 いや、まぁ、あれだけうるさかったのだ。その上マスターは俺とパスでつながっている。なにがあったかまではわからないだろうが、何かあったのはわかるのだろう。たぶんそばに置いてきた自動人形が俺の位置を教えたのだろう。

 

「ギルっ!」

 

「む、マスター。早かったな」

 

「……な、なに、これ」

 

「説明するとながくなるんだが……」

 

 そう前置きして、マスターにあったことを話す。巨大なゴーレムによって壁に穴をあけられたこと。そこは宝物庫につながる壁であり、何らかの宝物を持ち出されたこと。真鍮でできた杯を投げられたので、たぶんこれと同じ形のものを盗まれたであろうこと。

 たぶん、これは俺の目をそらすための『偽物』だ。持ち出した『本物』そっくりに作ったんだろう。これを宝物庫の責任者に見せれば、何が盗られたかわかるはずだ。

 

「あの壁……嘘……」

 

 そこまで説明して、マスターの顔が真っ青になっていることに気づいた。どうしたのだろうか。

 

「あ、あのね、えっと、実は……」

 

 マスターから聞いた話によると、昼間、魔法の練習中にあの壁を爆破してしまったらしい。それをあの盗賊はついたのではないか、ということであった。

 

「……まぁ、どっちみち明日になって詳しいことがわからなければどうにもならないだろ。とりあえず、先生を呼ぼうか」

 

「う、うん」

 

 ……それにしても、聖杯か。俺以外のサーヴァントがいたりして……なんてな。変なフラグを立てるのはやめておこう。

 

・・・

 

 翌朝。学院長室は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。サボって寝ていたらしい当直を責める声。学院長に詰め寄る声。これからの対策を話し合う声など、教師たちの様々な声が学院長室で響いている。

 秘宝が盗まれたことはすでに学院中の教師が知るところとなり、巨大なゴーレム、深夜の大胆な犯行、そして残された犯行声明から、『土くれ』のフーケの犯行であると判断された。

 オールド・オスマンがやってきたときには、当日の当直であるシュヴルーズがつるし上げられていたところであった。

 

「これこれ、そこまで責めてやることはないじゃろうて」

 

 しかし、と食い下がる教師たちに、ならば、君たちは今までまともに当直についたことはあるのか、と問うと、途端に皆が目をそらした。……そんなものだ。

 

「これは我ら全員の責任じゃよ。……さて、目撃者は」

 

「私たちです、オールド・オスマン」

 

 そういって、ルイズは手を挙げた。昨夜、詳しい状況説明を求めたルイズにより、ギルは自身の見たゴーレムとの闘いの記憶を、ルイズと共有していた。マスターとのパスができるからこその力技であり、少し気分も悪くなったが、それでもどんなことがあったのか、遅れて現場に到着したルイズにはわからなかったため、仕方がないと割り切った。

 それに、いくら英霊といえども対外的には使い魔という扱いのギルでは、こういう時の発言は信じてもらえないかもしれない、と思ったルイズの思いやりだったりする。貴族である自分からなら、話も通しやすいだろう、ということだ。

 ルイズはたまにギルにフォローされつつも、何があったか、を説明した。

 

「ふぅむ……それで投げられたのが、この『偽物』というわけじゃな」

 

「はい、そうなります」

 

「……確かに、真鍮であるし、夜目には一瞬わからぬかもしれぬな。造形もそっくりじゃ」

 

 オスマンは手に持った真鍮製の『聖なる杯』を手でもてあそびながらつぶやく。

 

「……そういえばミス・ロングビルはどうしたかの? 朝から姿がみえなんだが」

 

「確かに。人をやって呼んできましょうか」

 

「ふむ。緊急時であるし、そうしようか。ええと、ミス・シュヴルーズ……」

 

 オスマンが一人の教師に呼びに行かせようとしたその時、学院長室の扉が開いてミス・ロングビルがやってきた。その手には、いくつかの紙らしきものが握られている。

 

「おお、ちょうど呼びに行こうと思っていたところじゃ、ミス・ロングビル」

 

 一礼したロングビルは、申し訳ありません、と謝罪をし、この場にいなかった理由を説明し始めた。

 

「朝早くより騒ぎを聞きつけ、壊れた宝物庫の壁や、フーケのサインからもしやと思って調査を開始していたのです」

 

「なるほどの。いつも通り、仕事が早い」

 

「そして、フーケの居場所を見つけてきました」

 

 ロングビルのその言葉に、部屋中から「おお!」と感嘆の声が漏れる。手に持つメモらしきものに目を走らせながら、ロングビルは口を開く。

 

「近所の農民に聞き込みをしていたところ、近くの森で廃屋に入っていく黒いローブの男を見た、との情報を得ました」

 

「黒いローブ……それはフーケです!」

 

 ルイズの指摘に、オスマンはうなずき、ロングビルに質問を飛ばす。

 

「それはここからは近いのかね」

 

「ええ。徒歩であれば半日。馬で四時間ほどでしょう」

 

 手に持っている紙にはある程度の地理も書いてあるのか、ロングビルはよどみなく質問に答えていく。

 

「よくぞ調べてくださいました! 学院長、すぐに王室へ報告を! 兵を差し向けてもらいましょう!」

 

 コルベールがここぞとばかりに快哉を叫ぶ。これほどまでに情報があるのなら、数で包囲すれば逃がすことはないだろう、という考えからだ。

 しかし、オスマンはそれを一喝する。

 

「あほう! そんなことしている間にフーケは逃げるじゃろう! 己の身に降りかかる火の粉も振り払えんでなにが貴族か! 何がメイジか! あれはこの魔法学院の宝! 我らで解決し、我らで取り返すしかあるまい!」

 

 コルベールを一喝した後、オスマンは部屋にいるすべての教師たちに向けて声を上げる。

 

「捜索隊を編成する! 我こそはと思うものは杖を上げよ!」

 

 オスマンのその言葉に、しかし部屋の教師たちはお互いに目を見合わせるだけであった。

 

「おらんのか? フーケを捕まえれば、名を上げられるぞ? 名を上げようとする貴族はおらんのか!」

 

 しんと静まり返る部屋の中で、一つの手が上がる。杖を持たない、ただの手だ。

 

「ぎ、ギルっ!?」

 

「俺が行くよ。俺ならゴーレムにも対応できる」

 

「しかしっ、あなたがいくら強力なメイドを持っていようと、相手はあのフーケなのですよ!?」

 

 シュヴルーズにそういわれるが、ギルは引かない。

 

「オールド・オスマン。俺ならば奪還は可能だろう。ギーシュとの決闘を見ていたのならわかるだろうが、こちらには強力な仲間がいる」

 

 その言葉に、むぅ、とオスマンはうなる。確かに、彼とその周りを守るメイドたちなら可能であろう。何より、ギルからは「彼に任せれば大丈夫」という確信を感じられる。最終的に、オスマンは自分の勘を信じることにした。深く頷いて、ギルに言葉を返す。

 

「そこまで言うのならば、使い魔ギルよ。おぬしに奪還の任、託すとしよう」

 

「了解した。さっそく出るとするよ」

 

 そういって、ギルが踵を返そうと半歩引いたとき。タクトのような杖が、掲げられた。

 ……それは、教師ではなかった。生徒であるルイズが、杖を顔の前に掲げていたのだ。

 

「ルイズ?」

 

「私も行きます。……使い魔だけに任せておくなんてこと、貴族としてできません!」

 

 信念の宿る瞳で、ルイズはオスマンにそう言い切った。ギルは意外そうな顔をして、あごに手を当てる。その後、オスマンに顔を向け、苦笑を一つ。「そちらに任せるよ」という視線だった。

 

「うぅむ。では、ミス・ヴァリエール。君にも……」

 

 任せよう。そういおうとした瞬間、学院長室の扉がバンと開いた。そこには、燃えるような赤髪と、凍えるような青髪の少女がいた。キュルケとタバサである。

 

「その話、私も参加させてもらいますわっ!」

 

「君たちっ! 盗み聞きしていたのかっ!?」

 

 コルベールの叱責も何のその、キュルケはそのままずんずんとオスマンの前まで行き、杖を掲げた。

 

「これ、遊びに行くのではないのだぞ?」

 

「ええ、十分承知ですわ。ですが、ヴァリエールには負けられないんです」

 

 そういって、ルイズを見下ろし小馬鹿にしたように笑うキュルケ。ルイズがムッとして何かを言おうとしたとき、タバサも杖を掲げる。

 

「あら。タバサはいいのよ。関係ないんだし」

 

「……心配」

 

「……そ? ありがとね」

 

 そっけない返答ながらも、キュルケのタバサへの信頼のほどがわかる心のこもった一言であった。

 

「オールド・オスマン。こちらとしては問題はない。彼女たちを無事に返すことを約束しよう」

 

「ふむ。君がそこまで言うのなら大丈夫なのであろう。よし、君たちに『聖なる杯』奪還の任を任せる!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいオールド・オスマン! 彼女たちは生徒! 危険です! やはり王室に報告して……!」

 

「くどいぞコルベール君。ヴァリエールとその使い魔については敵を見ておる。それに、ミス・タバサはこの若さでシュヴァリエの称号を持つ騎士だと聞いている」

 

 オスマンのその一言で、タバサに視線が集まる。本人はその視線を無視してるのか気づいていないのか、いつものように眠そうな眼を向けるだけだが。

 

「へぇ。ほんとなの?」

 

「……」

 

 キュルケの問いに、タバサが言葉ではなくうなずきで答えると、周りのざわめきが大きくなる。実績によって与えられる爵位……『シュヴァリエ』という爵位は、実力あるものにしか与えられない、一種の称号なのである。

 

「それに、ミス・ツェルプストーはゲルマニアにて優秀な軍人を数多く輩出した家系であり、本人の炎の魔法も強力であると聞いておる」

 

 キュルケは自身の髪をかき上げ、当然ね、と笑う。

 

「彼女らであれば、この任を任せてもよいであろう」

 

 そのオスマンの結言に、反論する人間は誰もいなかった。

 オスマンは四人に相対し、優しげな瞳で語り掛ける。

 

「魔法学院学院長として、君たちの勇気に感謝しよう。……頼んだぞ」

 

「杖にかけて!」

 

 ギルを除いた三人が、直立の姿勢で唱和する。そして、貴族らしく一礼をすると、オスマンは満足そうにうなずいた。

 

「では、ミス・ロングビルよ。彼女らをその場所まで送り届けてくれたまえ。魔法は温存せねばな」

 

 半分ほどは『フライ』の使えないルイズに対する優しさであったが、オスマンは口にせずにおいた。ロングビルは「もとよりそのつもりです」と頭を下げ、馬車を用意しに先に出て行った。

 オスマンは、ルイズたちにある程度の用意をして向かうように、と四人に退出を促し、学院長室での一件は終わるのであった。

 

・・・




「そういえば、あんたなにそのかっこ」「ん? ああ、これが俺の来てた鎧でな。色々とすごい鎧なんだよ」「へー。あ、マントもついてるのね」「ああ。これは俺が死んだときにその遺体を包んでいた聖骸布でな」「へ?」「しかも俺の死後じゃないと手に入らないはずのものを、生前に手に入れるという矛盾をはらんだ存在で……」「ふぇ? 死んだ後に遺体を包んでいた布を、生きてるうちに手に入れて、でも生きてるうちは聖骸布じゃなくて……きゅぅ」「あらら。考えすぎてばてちゃったか。まぁ、マスターって頭でっかちっぽいしなぁ。そういうのこだわってたら神霊やってられないんだよ」


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第七話 その名、謎に包まれており。

「そういえば、ギル?」「うん?」「その、自動人形? っていうのかしら。あのメイド」「ああ、そうだよ。自動人形とか侍女とか呼んでるけど」「……名前、付けてあげないの?」「……いやー、付けてあげたいのはやまやまなんだけど、ネーミングセンスないし、例えば一人の子……今いるこの子でいいか。この子に名前つけよっかなーって思ったりすると……」「? ……ひっ! な、なにこれ! すごい大量の手が宝物庫から……!」「こういう風に他の子もつけてくれーって出てきちゃってね。あ、痛い痛い。ほっぺた引っ張るなって」「……こ、これ、ちょっとしたホラーよね……」


それでは、どうぞ。


 現在、俺はマスターとその学友二人、それに学院長秘書の計五人で馬車に乗って移動していた。なかなか揺れるものだな。宝物庫に馬車も入っていることは入っているが、あまりこういうところで出しゃばってもいいことはないだろう。ヴィマーナも同じような理由で出さなかった。

 御者は秘書のロングビルという女性がやっている。デキる雰囲気の、なんというか『ザ・秘書』という感じの女性だ。手綱引きは彼女が買って出てくれた。ルイズたちは「そんなの付き人にやらせればいい」といっていたのだが、ロングビルは魔法は使えるが貴族ではないんだそうだ。まぁ、その辺はプライベートな話題だし、あんまり突っ込まないでおこう。

 

「もしよければ、その事情をお聞きしたいわ」

 

 ……俺のそんな考えも、キュルケには通じなかったらしい。あえて空気を読んでいないのか、やんわりと微笑んで言いたくないという空気を出すロングビルにキュルケはくらいついていく。

 

「もうっ、よしなさいよツェルプストー」

 

「なによぉ。暇だからおしゃべりしようとしただけじゃないの」

 

 マスターが肩を掴んでキュルケを下がらせると、キュルケは不服そうに荷台の柵に寄りかかり、頭の後ろで腕を組む。「つまんない」と行動全体で示しているかのようだった。いや、実際そうなのだろう。なんというか、女の子らしい女の子で、少し安心した。

 だけど、マスターよくやった。話したがらない人に過去のことを聞いたりするのは、マナー違反だ。

 ほんと、落ち着いてるときのマスターは淑女淑女してるんだけどなぁ。ちょっと導火線短すぎんよぉ。

 

「ロングビル……でいいんだったか。すまないな、御者をさせて」

 

 そう話しかけると、ロングビルはこちらを一度見て、いいえ、と微笑む。話が流れたことを悟ったのだろう。少しうれしそうだ。

 

「一度もこういう馬車に乗ったことはなくてね。一度くらいチャリオットは乗ってみたいと思ってたんだけど……」

 

「そうだったんですね。乗り心地はどうです?」

 

「まぁ、悪くないね。景色もよく見えるし、ゆったりと時間が流れてる気がする」

 

「あんた、王様だったのに馬車に乗ったことないの?」

 

 ロングビルとそんな話をしていると、マスターが割り込んでくる。その辺の話に興味があるのか、暇そうにしていたキュルケや本を読んでいたタバサまでこちらを向いている。

 

「うん? そうだなぁ。マスターたちは見てるからわかるだろうけど、基本移動はヴィマーナとかだったからさぁ。あとは玉座から動かなかったし」

 

「ふぅん。そんなもんなのね」

 

「あ、あの……そちらの方は王族なのですか?」

 

 話を聞いて、恐る恐るロングビルが訪ねてくる。まぁ、信じる信じないは個人の勝手だし、話してあげるか。

 

「まぁ長い間王様やっててねー。ようやく終わったーと思ったらこっちに召喚されちゃったんだよ」

 

 たぶん混乱すると思うので、『座』についてやらは説明を省いた。ロングビルは大変だったんですね、とつぶやく。

 

「王様は……どこの国?」

 

 ふと、本から視線を離してこちらを見上げていたタバサが訪ねてくる。言葉少なめの娘との会話は慣れたものだ。今のは『どこの国で王様をやっていたのだ?』という意味だろう。異世界の子たちに通じるかわからないが、説明するだけ説明するか。どうせあと三時間くらいはこのまま馬車で揺られるんだし。

 

「どこか、って言われると説明難しいけど……ここから遠くだよ。たどり着けないくらい、ずっとね」

 

 世界レベルの隔たりを『遠く』と表現していいのかわからないが、たどり着けないのは確かだ。嘘ではないだろう。召喚……というか転生した直後はひどかったものだ。宝具もろくに使えない、マスターとのパスも不安定。よくもあれで聖杯戦争を生き延びることができたものだと感動するレベルである。記憶をなくしてもう一回やれと言われたら、中途半端に脱落していた可能性もあるだろう。それほど綱渡りだった。

 

「俺も最初はひどかったもんさ。最初は力を使いこなせてなかったし、周りの助けがなければ命を落としてたなーってこともたくさんあった」

 

「えぇ? あんなに強いメイドがいるのに?」

 

「最初はあの子たちもいなかったんだ。それでも、周りには助けてくれる人がいた」

 

 聖杯戦争も終わって、放浪の旅に出ることにした。特に目立つようなことはしていた記憶はないけど、行く先々で『王』と呼ばれていた気がする。歴史上の英雄たちに出会ったこともある。未来の英霊の歴史を変えてしまったこともあった。……まぁ、その本来の『歴史』とやらも俺がいる所為でゆがみまくってるし、そもそもあの世界は『外史』なのであんまり影響なかったというか……。まぁ、それでもそこでのかすかな記憶をもとに仲良くしてくれた英霊もいるわけだし、すべてが無駄だったわけじゃないと思う。俺の自己満足でも、無駄ではなかったのだ。

 

「なんか……今のあんたを見てからだと信じられないわね。なんでも一人でできそうだし。周りの助けなんて必要なさそうに見えるけど」

 

「はっはっは。まぁ、今はね。でも、昔も今も、未来永劫、『王』は一人だけだけど、一人だけじゃ『王』にはなれないんだよ」

 

 生前はもちろん、今だって自動人形や『座』にいる子たちに助けてもらっている。それに、『王』というからには民もいるし、臣下もいる。一人しか『王』は名乗れないが、一人では『王』を名乗れないのだ。……まぁその辺は難しいことなので、自分だけがわかっていればいいと思っているが。

 そんな風に俺のことを話していると、ロングビルが馬車を止める。

 

「ここから先は徒歩で向かいます」

 

「ん、了解。気を付けて行こう」

 

 馬車を降りた後、ロングビルの後ろをついていく。ふぅむ、うっそうとした森の中……なんとも怪しい雰囲気である。盗賊が逃げ込むにはうってつけというわけだ。

 

「雰囲気あるなぁ」

 

「そういえば、あんたあのメイドは出さないの?」

 

「うん? ……ああ、それもそうだな」

 

 マスターの声に、それもそうかと思いつき、宝物庫から自動人形を二人呼び出す。装備はセイバーとシールダーである。このシールダーモードは盾を持たせたもので、他のメイドたちとの差異は、胸甲……いわゆるおっぱいアーマーというものをつけているところだ。ちなみにこの普通の自動人形と違って『モード』に入っている自動人形は、こういう風にほかのメイドたちとは差異が表れるようになっている。もう一人のセイバーモードの子は、スカートにアーマーを着けているのが違いだ。

 

「よし、これでマスターたちは安全だろう」

 

「……なんかいつもと違うのね。……あ、鎧つけてるんだ」

 

 マスターが小さくつぶやいて、ぺたぺたと自動人形たちを触る。……うん、まぁ、おっぱいアーマーといいつつこの子らあんまりおっきくな……痛い!なんでたた……痛いって!

 

「ふふ、仲がよろしいんですね」

 

 後ろの騒ぎに振り向いたロングビルが、くすりと笑う。

 

「ダーリンは侍女からも慕われてるのねぇ。そんなところも素敵っ」

 

「ちょっ、あんたねぇ! 緊張感なさすぎなのよっ」

 

「だぁってぇ。素手でも強いあのメイドが武器と防具を装備してここにいるのよ? どんな凄腕のメイジでも、かなわないわよぉ」

 

「でもあいつはおっきなゴーレムを作り出すんだから!」

 

 そういえば、キュルケとタバサの二人はどういう経緯でこうなったのか知らなかったんだったか。キョトンとした顔のキュルケに、改めて説明していく。

 

「巨大なゴーレムが宝物庫の壁を殴って壊したんだから! 油断してたらぺしゃんこよ!」

 

「大きさにはさすがにこの子たちもかなわないからなぁ」

 

 巨人と戦った時も、基本上空からの爆撃か遠距離からの狙撃だったもんなぁ。ま、戦いがメインの仕事じゃないしね、この子たちは。メインの仕事は俺の心の癒しである。……え? 侍女の仕事? それもついでだよついで。彼女たちがやりたいっていうからやってもらってるだけで。

 

「そろそろ例の小屋に到着します。お静かに」

 

 人差し指を唇に当て、『静かに』のジェスチャーをするロングビル。全員杖を握り直し、姿勢を低くしてゆっくりと先導するロングビルについていく。そのまま森の中をしばらく歩くと、一つの古い小屋が見えてきた。

 

「あれか……」

 

 さて、こういう時の定石は一人か二人を斥候に出して、というのがいいのだろうが……自動人形、行ってみる?

 

「私と、盾の人で見てくる」

 

 俺が悩んでいるのを見通したのか、タバサが自分と盾侍女を指して小屋へと向かっていった。盾侍女もこちらをちらりと見てから、タバサについていった。まぁ、彼女ならあのゴーレムの攻撃も一発なら防いでくれるだろう。そういう盾を渡している。

 作戦としては、小屋の中を見て、フーケがいればおびき出して全員でかかり沈め、捕縛する。もしいなければ、小屋を探索し、手がかりを探す。

 姿勢を低くした二人が小屋へと到着し、タバサが窓から小屋の中を見回す。それから、タバサがこちらに『敵影なし』の合図を送ってくる。盾侍女からも『なんもみえないよー』と呑気な念話が届く。なにこの子。妙にフレンドリー。

 

「よし、小屋には何もないみたいだな。中を探してみよう」

 

 俺たちも二人に追いついて、小屋の中へと立ち入ってみる。中はがらんとしており、人の足跡が見えるものの、ろくな証拠にはならないだろう。ホームズでもいれば別だろうが……。

 全員で中を探していると、ロングビルが顔を上げて扉の外を見た。

 

「……一応、私は外で警戒をしていますね。フーケが戻ってこないとも限りませんし」

 

「あ、それもそうね。ギル、私も行ってくるわ」

 

 ロングビルの言葉に賛同したマスターが外へ警戒に出て行った。剣侍女がついていっているので、最悪でもマスターは逃がしてくれるだろう。そのまま小屋の中を探していると、外から悲鳴。その瞬間、俺はキュルケとタバサを引き寄せ、盾侍女が突き破った壁から小屋を脱出。その一瞬あとには、小屋の上半分が吹き飛んでいた。

 ち、敵襲か!

 

「きゃああぁっ!?」

 

「っ!」

 

「舌噛むぞ! 耐えろっ」

 

 急な動きに悲鳴を上げるキュルケと、驚きながらも指笛を吹くタバサ。少しして青い竜がやってきて、俺たち四人を乗せて飛び立ってくれた。

 

「……これは……ゴーレムか」

 

「こんなにおっきかったのね……!」

 

 大きさは三十メートルほど。材質は土のようだが、前のと同じなら周りの土を吸収しての再生効果があるだろう。

 土埃がひどいが、俺の千里眼はそんなものないかのようにマスターの姿をとらえる。おうおう、剣侍女に抱えられて暴れてるわー。すごいな、うちのマスター。

 

「タバサはこのまま上空から偵察頼む。変化があればこの子に言えば俺に伝えてくれるから」

 

「……わかった。無理はしないで」

 

「もし何かあれば上からファイアボールくらいは撃ってやるわ!」

 

「心強いよ。ありがとうな」

 

 そういって、シルフィードの上から飛び降りる。ガシャン、と鎧の音をさせてヒーロー着地。一回やってみたかったんだよねー。確かにこれは膝に来るな。

 

「マスター、大丈夫か?」

 

「あっ、ぎ、ギルっ! み、ミス・ロングビルが!」

 

 そういえばロングビルの姿が見えない。……まさかとは思うが。

 

「森の中を少し見てきますって言った後帰ってこないの!」

 

「……ちっ」

 

 ゴーレムにつぶされてしまったかと危惧していたが、違ったようだ。フーケに捕縛、もしくは行動不能にされたのだろう。彼女もメイジだ。なんとか逃げ延びていてほしいが……。

 

「とりあえず、ここは俺に任せろ。マスターはこの子と一緒に離れて……」

 

「い、いやよ!」

 

「……おいおい。こんなところでわがままは……」

 

「つ、使い魔のあんたも、そのメイドも戦ってるのに、私だけ離れてるなんて……そんなの、私のプライドが許さないわ!」

 

 そういって、自動人形の腕の中から飛び出すマスター。手には杖を持っていて、目には不退転の決意。……仕方がない。

 

「よし、なら、マスター。共に戦おう」

 

・・・

 

 剣を持った侍女には森の中でロングビルの捜索を頼み、俺はマスターと共にゴーレムを相手取ることにした。巨大な敵との戦いは久しぶりだが……まぁ、なんとかなるだろう。

 

「さて、マスターが使えるのは命中率の低い爆発魔法だったな」

 

「あんただってメイド出すのと武器取り出すのしかできないじゃない。あんたが戦ってるところなんて見たことないし。……まぁ、王様だから仕方ないか」

 

 はん。この鎧を見てもまだそう言えるか。これは色んな加護やら概念が付与された素晴らしい鎧なんだぞ。

 

「マスターにはゴーレムと戦う俺の記憶を見せたはずだけど?」

 

「あの変な攻撃? なんかよくわかんないうちに攻撃してたけど……」

 

 あー、そっかー。俺の主観の記憶だから、展開された宝物庫とか見れなかったんだなー。なら仕方ない。

 

「じゃあ、俺の隣で俺の力を見るといい」

 

 そういって、俺の背後の空間に波紋が生まれる。その数は五十以上。聖剣、魔剣、聖槍、魔槍……ありとあらゆる武器がその切っ先をゴーレムに向けており、今か今かと主人の号令を待っているようだ。拳を振り上げてくるゴーレムの、まさに迫ってくるその拳に、発射を命じる。

 ――その瞬間、爆音とともにゴーレムの肩腕が爆ぜる。何の比喩でも誇張でもなく、宝具の内包する魔力が爆発したのだ。壊れた端から回復していくのだが、それでも腕一本となるとかなりの時間がかかるようだ。

 

「……こんな感じだ。自分で戦うのは不得意でね。宝物庫の中のものだよりなんだよ」

 

「――」

 

 唖然としているマスターが、油の切れたブリキ人形のようなカクカクした動きでこちらに視線を向ける。

 

「な、なんでも入ってるって聞いたし自由に取り出せるって聞いたけど! 発射できるとは聞いてない!」

 

「あっはっは! これが君のサーヴァントだぞー。諦めろー」

 

 話している間にゴーレムから残った腕での横薙ぎの一撃が迫ってくるが、それも発射の向きを変えた宝具群で消し飛ばす。

 

「さ、マスター。好きなところを攻撃するといい。そこを全力で薙ぎ払おう」

 

「……私の覚悟って……私の決意って……」

 

「どうした? 何を落ち込んでるんだ? おーい?」

 

 うつむいてしまったマスターから事情を聴こうとしている間にも、ゴーレムは足を金属製の何かに錬金した上でこちらを踏みつぶそうとしてくる。が、巨大な剣をつっかえ棒として使い、攻撃を防ぐ。これで足を消し飛ばした場合、ゴーレムが倒れる恐れがあるため、今は立っていてもらわなければ困るのだ。……そう、うちの子が、フーケを見つけるまでは。

 

「む、これは」

 

 上空の盾侍女から念話だ。……『ロングビルを発見。彼女がフーケ。剣が今追い立ててる』……だって? ……なんと。彼女がフーケだったのか。というか、剣侍女はどうやって気づいたんだろう。その辺謎である。……まぁ、追い立てるというならそれをマスターに相談しよう。

 今までの経緯を話してみると、マスターはうつむいていた顔を上げる。

 

「本当に? 本当にミス・ロングビルが?」

 

「ああ。その証拠に、もうゴーレムが動いていないだろ?」

 

 ゴーレムは術者が操らなければ動かなくなるというのはギーシュとの戦いですでに見ている。すでにロングビル……フーケは、剣侍女からの追撃から逃れるのに夢中でこちらに意識を向ける余裕がないのだろう。

 一応マスターを連れてゴーレムの足の下から抜けると、ちょうどそのタイミングでフーケが木々の中から飛び出してきた。それを追いかけるように剣侍女も飛び出してきて、こちらに念話を送ってくる。

 

「フーケ。君は包囲されている。お縄についたほうがいいと思うぞ」

 

「っ!? ちっ、誘導されたってわけかい!」

 

 杖を持ったまま、じりじりとこちらから間合いを取ろうとするフーケ。自身が作成した巨大ゴーレムを背に、視線だけで隙を伺っているようだ。

 

「あ、あと『聖なる杯』も持ってるなら渡してもらいたいな」

 

「はんっ。そうおめおめと渡せるかってんだ!」

 

 うーん、しまったなぁ。いつもの『眼』なら聖杯ほどの魔力量のある物、すぐにわかるんだけど……どこかに隠されてるのか、それともここにはないのか……準備途中で来たせいで、スキルが十分に準備できてないのだ。神様のほうでも何かあったのか、俺を呼び出すこともできないみたいだし……。

 そんな風に考え事をしてしまったからだろうか。フーケに、反撃の機会を与えてしまったのは。

 

・・・

 

 盗賊フーケは、盗みの目撃者を消そうと一計を案じた。それは、自らがフーケの偽の目撃情報を流し、あの金髪の使い魔をおびき出して、得意の巨大ゴーレムでつぶしてやろうというものだ。長く働いていれば学院長が学院だけで解決しようというのは目に見えていたし、その時に教師たちが消極的になるであろうことは、ある程度勤務していればわかることだった。

 そこで誰もいなければ自分が立候補し、フーケと戦ったから、という理由であの金髪の男をともに連れ出して、あの小屋に誘導、あとは押しつぶすだけの簡単な作業になるはずだった。

 ……もちろんあの『マジックアイテムを飛ばす』という不可思議な能力を警戒しなかったわけではなかったが、不意を突いて見えない小屋の外側からなら気づいた時には能力を使う前に死ぬだろうと考えていたのだ。

 教師で来る可能性があるのはコルベールかギトーくらいだと思っていたが、その両名がいてもゴーレムにとっさに反応できるわけではない。完璧な計画……のはずだった。

 生徒である三名はともかく、あの使い魔があれほどやるとは思わなかったのだ。何だあのマジックアイテムの数は。なんとかつぶそうと色々やってみたが、ゴーレムの両腕を吹き飛ばされて終わった。あまりにもぶっ飛ばされすぎて、再生するまで時間がかかってしまうほどだった。再生力に長けた土のゴーレムですらこれなのだ。

 そして、どうしようかと迷っていたその時、背中に悪寒が走る。勘に従って身を伏せると、頭上で風切り音。剣を振られたのだ、と気づいたのは、目の前の木が切断され、倒れてからだった。

 

「こっ、いつは……! あのメイドっ!?」

 

 決闘の時素手で二メートルほどとはいえゴーレムをぶっ飛ばし、魔法にすら対応したあのメイドが、剣を持ってそこに立っていた。

 ……それからは、必死に剣を避け、森の中を駆けずり回った。そして、気づけばあの使い魔の前に飛び出していた。……そこで、ああ、誘導されたのだ、と気づいた。

 捕まれば、様々な貴族から盗みを働いていたので、極刑は免れないだろう。『聖なる杯』は背後、ゴーレムの中に隠していた。……『大量の魔力を内包している』といううたい文句通り、ゴーレムを作った時の消費は驚くほど少なく、今もこうして再生するためのエネルギーを供給してくれている。

 ――囲まれている今、どうにかして逃げないと、と思った。あの子と、あの子が拾った子たちは、今送っている仕送りなしではろくに生きていけないだろう。だから、ここでつかまって、死ぬわけにはいかない。

 なんでもいい。この状況をひっくり返して、無事に逃げられるような手は……。

 

「なんでもいい……なんでも……!」

 

 そんな言葉に反応したのか、背後のゴーレムが急に再生を止めた。そして、だんだんと小さくなっていく。

 驚いているのは自分だけではないらしく、目前の使い魔やその主人も表情を変える。

 

「……マスター、下がれ。『眼』のない俺でもわかる。この感覚は……この反応は……」

 

 大きさにして二メートルを少し超えたあたりで縮小は収まり、次にゴーレムがひび割れていき、その隙間から光が漏れる。ゴーレムがすべて崩れ落ちたとき。目の前の使い魔がぽつりとつぶやいた。

 

「……サーヴァントだ」

 

「圧制者に死を! 熱烈なる死の抱擁を!」

 

 その叫び声は、静かな森に響き渡った。

 

・・・

 

「剣のっ! マスターを抱えて逃げろっ!」

 

 バックステップしながらのその声に、剣侍女は即座に反応してくれた。マスターを抱え、俺とは違う方向へステップ。盾侍女に念話を飛ばそうとした瞬間、灰色の弾丸が突っ込んでくる。

 

「アッセイ!」

 

「それ掛け声なのかよっ! ちぃっ!」

 

 流石はバーサーカー! ステータス上昇は伊達じゃないな! しかし、なんの英霊だ? 女の子とかの英霊にはおかげさまで詳しいが、こんなセイバー……いや、話は通じそうにないからバーサーカーか? ともかく、この英霊がだれかは『真名看破』を持たない俺にはわからない。ああ、つくづく『眼』を忘れたのが悔やまれる。

 

「圧制者? 反乱とかその辺の英霊か?」

 

 宝物庫からのステータス補助と折れなさそうな『概念』の剣を抜き、一撃を受け流すようにそらす。……パワーは完全に負け越している気がする。一撃を逸らしたからか隙だらけのその背中に、いくつかの宝具を飛ばす。急だったので、五本ほどだ。それ以上撃っても、きっとこいつならよけるだろうと予感がした。

 宝剣や魔剣が彼の体にいくつか刺さる。だが、そんなものなんでもないといわんばかりに振り向いた彼の顔は笑顔だった。……攻撃をくらう前より、笑顔が深い気がする。

 

「この痛みが私の勝利を導いてくれる。そう考えると、愛が溢れてくるな!」

 

「なんだこのバーサーカー! 壱与と同じタイプなのか!?」

 

 あまりの一言に、続けて振るわれた一撃への注意が遅れた。慌てて宝物庫から武器を組み合わせて防ぐ。が、その一撃は組み合わせた宝具を散らせ、切っ先が俺の髪の毛を数本カットしていく。……速い!? 先ほどよりもステータスが上がっている!?

 

「私に苦痛と試練を与える圧制者よ! もっとだ! まだいけるだろう!?」

 

「なんっで! お前に煽られなきゃいけないんですかねぇ!?」

 

 風切り音を立てて何度も振るわれる剣を、屈み、上体を反らし、時には剣を合わせて回避する。ったくもう! 俺の戦闘スタイルは近接じゃないっての! しかし、この猛攻は凄まじいな。俺を狙って離れない。増援を召喚しようにもその隙すら無い。何度か宝具を打ち込んでいるのだが、そのたびに、ニィ、と奴は笑みを深くする。

 戦っている最中に気づいたのが、あいつの自己再生機能である。傷は負うものの回復し、そのたびにステータスが上がっているようでもある。

 ――ジリ貧になりそうだ。そう思ったとき、奴が爆発した。

 

「ギルっ! そいつ、『攻撃されたら強くなってる』わ!」

 

「マスター!? 助かった!」

 

 マスターの手助けによって隙が出来たので、一度距離をとって観察してみる。

 爆発によって黒焦げた男は、また笑みを深めている。……それでも、視線は俺から離れない。マスターから攻撃を受けてもそちらに注意を向けない……。俺に因縁のある英霊? ……いや、少なくともあんなのはいなかった。

 だが、これで距離を稼げたし、マスターは……おおう、あっちもあっちで凄いな。剣侍女が、マスターを抱えながらフーケを逃がさないように動き回っている。……よくあれであいつに爆発を当てられたものである。火事場の馬鹿力という奴だろうか。おそらく、剣侍女が止まってあげたんだろうけど。その辺の気遣いはうまい子なのだ。

 しかし、ステータスの上昇が目に見える形で表れているな。もともと筋骨隆々の大男だったが、今では一回りほど大きくなっているように見える。おそらくこちらの攻撃をくらうことをトリガーに、自身の魔力、もしくはステータスを上昇させているのだろう。

 ……手に持つのは両刃の剣。そして、身体には鎧……鎧か? あれ。拘束具とかいうもんじゃないだろうか。……奴隷? 奴隷で反逆者で、剣士……?

 

「うおっ!」

 

 考え事をしている隙を突かれて横薙ぎの剣をまともに受けてしまった。態勢を崩すが、側転に近い動きでなんとか向き直る。やはり、ステータスが上がっている。今まで得た情報で、はっとひらめく。……そうか、奴隷で剣士で反逆者! 剣闘士、スパルタクスか! 

 ローマに反逆した、剣闘士! それならばあの性格も理解できるし、スキルか宝具かわからないが、あの能力もわかる。『窮地に陥っても、逆転によって勝利する』逸話の再現だろう。この反則ぶりから考えるに、おそらくは宝具だろうな。『ダメージ量に応じて魔力を生成し、その魔力によってステータス値を上昇させる』とかそんなものだろう。……なら、霊格を破壊する。頭、もしくは心臓だ。手に持つ宝具を剣から槍に変更する。線ではなく点での攻撃に変えていくためだ。

 

「せっ、はっ! りゃっ!」

 

 フェイントの一撃、武器を狙った二撃、本命の三劇! 無明三段突きとまではいかないが、ステータス値を瞬間的に上げ、ほぼタイムラグなしで放つ。今の俺に放てる、最高の攻撃だった。……だが、伝説の剣闘士はそれに驚くべき対応を見せる。

 一撃目を無視し、二撃目を武器ではなくその武器を持つ手に突き刺させる。それによって狂ったリズムになってしまった三撃目を心臓の下、腹部で受ける。その筋肉量によって、槍が突き刺さったまま抜けなくなってしまった。

 ぐ、と引っ張るも、奴は筋力と耐久にものを言わせて、刺さった槍を固定し続ける。なんて執着、なんて執念。これが狂戦士。英霊にまで至った、剣闘士の力……!

 俺が驚愕しているのと同時に、相手……スパルタクスも笑みを深めて口元をゆがめた。うれしいのだろう。なんていったって、傷つき、窮地に陥り、不利になるほど、自分の勝利が近づいているのだから。俺の勝利する条件は少ない。一撃で霊格を破壊する正確無比な一撃を放つか……それとも、霊格をも巻き込んで消滅させられるような『強大な一撃』を放つか。その二つである。最初の一つは俺の技量的になかなか難しいし、二つ目の手段に心当たりはあるものの、その手段は今の攻防の間で使えるものではない。俺の宝具はどれもこれも近接戦闘には向かないのだ。為が必要だったり、そもそも離れたところから使うものだったり……。

 

「ぬうぅ! これぞまさに槍衾! 圧制者よ! この痛みは、今までで一番の愛に溢れていた! 苦痛で返そう!」

 

「ちっ、しま……!」

 

 槍を放った直後、固定されてしまった槍を手放したものの、生まれてしまった隙。それによって硬直してしまった数秒。スパルタクスはその一瞬を逃さず、体内の魔力を爆発的に高めた。まずい、真名開放が来る――! どんな攻撃かはわからないものの、距離を離さなければまずいだろう。

 

「『疵獣の(クライング)……」

 

 慌ててバックステップしながら、両手をクロスして頭と心臓部だけは守る。あとは鎧の耐久力次第だが……!

 

咆吼(ウォーモンガー)』!」

 

 スパークした魔力の奔流が、前にとびかかりながら切りかかってくるスパルタクスの一撃と共に俺へ向かってくる。純粋な魔力が、放出されるに当たって抵抗を受け、電気という形でスパークしているのだ。相当な魔力が内包されていると考えていい。……ち、左腕を捨てるか……?

 当たる、と確信した俺の判断は、今時点での左腕の放棄だった。あとで鋼の看護師が霧の殺人鬼を召喚し、腕が残っていれば治療ができる。

 ――しかし、目の前まで迫った剣の一撃は、爆発によって逸れるのだった。

 

「はっ、はっ、はっ……わ、私の使い魔に、何するのよっ!」

 

 そこには、呼吸を乱しつつも自分の足でしっかりと立つマスターの姿があった。……フーケは剣侍女が捕らえたらしい。まぁ、剣侍女の実力なら当然か。最初彼女を泳がせて俺の前まで誘導してもらったのは、フーケの正体がわからなかったから正体を知りたかっただけだし、ロングビル=フーケの式がわかった以上、今彼女をこれ以上泳がせる意味もないしな。

 しかし、そこからあの高速の一撃を見極め、俺とスパルタクスの間を正確に爆破するとは……素晴らしい集中力だ。

 爆発で逸れた宝具の一撃は、俺の鎧を一部焦がして地面に突き刺さった。その瞬間を逃すはずもなく、俺はスパルタクスを蹴り、相手の態勢を崩すと同時にその反動で跳んで距離を取った。さすがのバーサーカーといえど、宝具を撃った後の隙をついて蹴られては体制を崩さずにはいられなかったようだ。転がって姿勢を取ろうとしている者の、俺のほうが次の行動は早かった。

 

「もう一度言わせてもらうよ。マスター、助かった」

 

 がちゃり、と扉を開くイメージ。宝物庫の最奥。そこにある剣が目の前に降りてくる。

 ――『乖離剣・エア』。

 天と地を裂き、『世界を切り裂く』剣である。俺の『強大な一撃』を実現するための宝具。

 立ち上がり、こちらに駆け出そうとするスパルタクス。だが、その足は打ち付けられた宝具によって縫い付けられていた。……天の鎖で縛る予定だったが、何故か出せなかったので変更したのだ。

 その隙に、宝物庫からの攻撃でさらに足をつぶし、膝をついたスパルタクスに宝具で射撃する。腕が動くため刺さった宝具を抜かれ、放ったものもはじかれてしまったが、それでも両足と片腕はつぶした。あとは、自己再生される前に……。

 

「マスターの勇気と誇りに応じて、俺も一つ、開帳しよう。本来の威力ではないが、それでも空間断裂だ」

 

 『乖離剣』を握り、魔力を流す。三つに分かれた黒き筒状の刀身が回転し、刀身に刻まれた紫色の文様が浮き上がり、風が巻き付くように刀身に纏わりつく。その回転に合わせて、空気が巻き込まれ、圧縮され、空間が悲鳴を上げる。

 暴風が森の中を駆け抜け、マスターやフーケが飛ばされぬように剣侍女が二人を押さえてくれている。

 

「スパルタクス。反逆の男よ。君はきっと、彼女に呼ばれて応えただけなのだろう。そこに『王』がいるから、君が選ばれたのだろう」

 

 スパルタクスが呼ばれたのは、フーケにとって『近しい性質を持っていた』からだ。貴族というスパルタクスから見ての『圧制者』から盗み、『反逆』するかのようなフーケの性質に、スパルタクスは縁を感じて召喚されたのだろう。

 そして、再生するゴーレムというものを器に。『聖なる杯』を依代に、スパルタクスは召喚を果たしたのだろう。ただひたすら、『圧制者に反逆するフーケを助けるために』。

 

「だけど、君の反逆を認めるわけにはいかない。……気づいていただろう? 君のその反逆は、それを恐れたさらなる反逆によって、途切れさせられることを。……さぁ、最後だ」

 

「ぐぅ! 恐れよ、圧制者よ。反逆の愛に、いつしか抱きとめられることを。その時にこそ、この苦痛と試練が圧制者に訪れることを!」

 

 治りかけの脚で、最低限走れるというレベルでしかない足で、しかしスパルタクスはあきらめずにこちらへ駆けてくる。その目は爛々と輝いており、その顔は笑顔に彩られていた。しかし、口からは最後の言葉のようなセリフが。スパルタクスも、狂気の底で気づいたのだろう。『間に合わない』ということを。だから、俺もしっかりと答えてやる。『英霊王』としての責務みたいなものだ。

 

「……ああ、覚えておくよ。『天地乖離す(エヌマ)

 

 弓を引き絞るように、上体をひねり、右腕を後ろに引く。唱えるは乖離剣、その真名。タメが少ないため理としては弱いが、それでも空間を断裂するほどの威力だ。

 

「――開闢の星(エリシュ)』」

 

 静かに、つぶやくように真名を開放する。突き出された右腕は、その手に握る乖離剣の力を誘導し、開放する。圧縮し、鬩ぎ合う空気の断層が、疑似的な時空断層となって動けないスパルタクスに直進していく。

 同レベルの一撃……星の聖剣レベルの一撃を出せないスパルタクスには、その一撃を防ぐ手立てはなく……。

 

「ああ、ほら、苦難と試練は続いていく。私の筋肉も笑っているよ――」

 

 その破壊の一撃によって、霊格ごと消し飛んだのだった。

 

・・・




クラス:バーサーカー

真名:スパルタクス 性別:男 属性:中立・狂

クラススキル

狂化:EX
パラメーターをアップさせるが、理性のほぼすべてを奪われる。
スパルタクスは『常に最も困難な選択をする』という思考で固定されているため、会話こそできるものの、意思疎通は不可能である。


保有スキル

被虐の誉れ:B++
サーヴァントとしてのスパルタクスの肉体を魔術的な手法で治療する場合、それに要する魔力の消費量は通常の四分の一で済む。
また、魔術の行使がなくとも一定時間経過するごとに傷は自動的に治癒されていく。器となったものが再生力に長けた土のゴーレムであったため、ランクが変化している。

不屈の意思:A
あらゆる苦痛、絶望、状況にも絶対に屈しないという極めて強固な意志。
肉体的、精神的なダメージに体制を持つ。ただし、幻影のように他者を誘導させるような攻撃には耐性を持たない。

能力値

 筋力:A+ 魔力:E 耐久:EX 幸運:C 敏捷:D 宝具:C+


宝具

疵獣の咆吼(クライング・ウォーモンガー)


ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:自身

常時発動型の宝具。敵から負わされたダメージの一部を魔力に変換し、体内に蓄積。その魔力は、スパルタクスの能力をブーストするために使用可能である。
強力なサーヴァントと相対すれば、肉体そのものに至るまで変貌していくだろう。
特に真名開放などはないが、高まった魔力を放ちながらの突撃の際、スパルタクスは真名を叫びながら突進していく。彼なりの気合の入れ方なのだろう。ちなみに、その際は放たれた魔力がスパークして周りにも被害をもたらすため、注意が必要である。

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第八話 そして、やっと一人目に。

「一人目、かぁ」「ん? どうしたんだよ。そんな感慨深そうに」「いえ、この座も狭くなったなぁ、と」「ああ。……最初の一人の時は広すぎだよなぁとか思ってたけどな」

「あっ、お父さん(おかあさん)!」「えっ!? お父さんでお母さん!? どういう人体してるんだい君はっ!」「いや、鏡見てみなさいよ。好きな女の体に自分を改造するとか意味わかんない(おんな)が映ってるから」「それ言ったら日本の英霊とか突き刺さるやつ大すぎて収拾つかなくなるからやめなさい」「ハロウィンのたびに霊基ぐっちゃになってキャスターになったりセイバーになったりするランサーの女の子がいるらしいよ?」「え、そんな何度も出てきて恥ずかしくないんですか?」「セイバーを打ち倒すための対セイバー用決戦兵器を倒すための対・対セイバー用決戦兵器(文系)がある時点で、ねぇ?」「考えるな、感じろってやつよ」

「……うん、多いことっていうのは必ずもいいことじゃないんだな」「……そう、なんですねぇ」


それでは、どうぞ。


 ――今まで、どんな魔法でも見たことがなかった、その一撃。見た目は風の魔法みたい。でも、あんなに空気を揺らす竜巻を、呪文もなく、ただあの不思議な剣のような筒で打ち出せるなんて、信じられない。

 灰色の大男は光の粒子となって消え去り、その場には黄金の杯が浮いていた。あれが『聖なる杯』だろう。ギルが、回転の収まったあの不思議な剣をおろす。あの剣を見た瞬間、ギルのステータスが更新されたことを知らされた。

 

「ギルっ」

 

「ああ、マスター。助かったよ。……いやはや、近接戦闘が弱点というのは、いつか克服せねばなと思ってたんだが……まだまだ道のりは遠そうだ」

 

 そういって、ギルは苦笑する。……あれで近接戦闘が苦手、なんて他の人の前では口が裂けても言わないほうがいいと思う。前に一度見た母上の動きよりも早くて、ほとんど何も見えてなかった。

 ――ただ、あの一瞬だけ。何か助けないとって、私にもギルと同じものが見えればって思った瞬間、ギルの視界が私の目に映ったのだ。それは、まさしく使い魔としての視界共有。そのおかげで、あの超速移動している二人の間に魔法をぶちかませたのだ。いや、うん、早めにあのメイドには降ろしてほしかったというのもあるんだけど。

 

「この子たちにはサーヴァント……俺みたいな存在の相手は不安だったからね。早めに第四宝具を使用したほうがいいかな。……誰呼ぶか、なんだよなぁ」

 

 一人でなにやら悩み始めたギルをいったん放置して、上を旋回している竜に手を振る。見えているか不安だったけど、ゆっくりと高度を下げてきているのを見るに、ばっちりと視認できたらしい。降りてきた二人は、小走りで私たちのもとへやってくる。

 

「ダーリンっ。なんかすごいことになってたけど、大丈夫だったっ!?」

 

「うん? ……ああ、キュルケか。うん、大丈夫。ありがとな」

 

「その武器。凄まじい竜巻だった。風のマジックアイテム?」

 

 ギルの腕に抱き着いて、顔をぺたぺたと触り、怪我がなかったかと心配するツェルプストーと、ギルの手に握られた、『乖離剣』と呼ばれるらしい剣に興味津々のタバサ。あれはマジックアイテムなんてもんじゃない、と頭に情報を叩きつけられた私は言ってやりたかった。……でもその前に。

 

「ちょっとツェルプストー! 人の使い魔にべたべたしないでって言ってるでしょ!」

 

「あら、あんな激しい戦いの後の殿方の心配もできないヴァリエールには何も言われたくないわね」

 

「なっ、わ、私はこいつの……ギルのマスターだもん! つながりで怪我してないってわかるんだから!」

 

「本当かしらぁ?」

 

 ニコニコ……というよりはにやにや、とこちらを見下ろすツェルプストーに、本当だもん! と返すと、苦笑いをしたギルにまぁまぁ、と二人してたしなめられる。

 

「俺を取り合ってくれるのはうれしいが……今の俺はマスターの……ルイズのサーヴァントでね。悪いけど、マスターを優先させてもらうよ」

 

 そういって、そっとツェルプストーから離れて、タバサの前で屈むギル。……なんか、子供に話しかけるときのような雰囲気である。

 

「これは乖離剣。……マジックアイテムっていえばマジックアイテムだけど……説明難しいな。マスター、宝具ってどんな風に説明すればいいと思う?」

 

「ふぇっ!? わ、私に振るの? ……えぇっとぉ……その人に一つだけっていう、ユニークなマジックアイテム……みたいな?」

 

「……あー、まぁ、そんな感じだなぁ。持ってみる?」

 

 まだ理解が出来ていないのか、こてん、と小さく頭を傾げているタバサに、ギルは乖離剣を差し出す。……真名開放ってのは本人にしかできないし大丈夫だろうけど……普通の人間が持って大丈夫なものなんだろうか。

 恐る恐る手を出してその剣を握るタバサは、しばらく矯めつ眇めつした後、ギルにはい、と返す。

 

「……マジックアイテムよりも、なんだか、濃い存在。不思議な力を持ってる……それくらいしか、わからなかった」

 

「おお、でもそれだけわかるのは凄いな。いい眼を持ってるね」

 

 空中の波紋に乖離剣を戻したギルが、もう片方の手でタバサの頭をなでる。……なんていうか、タバサは奇妙な顔をしていた。なんで撫でてるんだろうって顔と、なんで撫でられるがままになってるんだろう、っていう二つの疑問が浮かんでいる顔だ。……まぁ、そういう子供っぽいところと中途半端に大人っぽいところがあるからあんな落ち着いてるんだろうなぁ、なんて勝手に感想を抱いた。

 

「……さて、これは……」

 

 そういって、ギルは『聖なる杯』を手に取ってしげしげと眺め始める。その紅い瞳は、すべてを見通しそうだ、といつか思った時と同じ目をしていた。

 

「……ふむ、純度も高くて、透明な『聖杯』だな。……願いをかなえてサーヴァントを召喚したからか、かなり力を失ってはいるけど……」

 

 独り言をつぶやくギルは、そのまま『聖なる杯』を宝物庫に入れる。確かに、そこは一番安全な保管場所だろう。それから、ギルは気絶しているフーケの元へ。

 

「この子、このまま連れてったらどうなるんだ?」

 

 よいしょ、と軽々とフーケを抱えたギルは、私にそう聞いてきた。……んー、罪状を考えると……。

 

「死罪でしょうね。貴族から盗みを働き続けたんだから、ここぞとばかりに貴族たちが働きかけるでしょうし」

 

「やっぱりか。……うん、決めた。マスター、俺この子もらうよ」

 

「ふぅん。そ? ……って、え? ええええええええっ!?」

 

 何言ってるのこの馬鹿使い魔っ! 犯罪者よ!? そんな、貰うって!

 

「……だめ。フーケは犯罪者。引き渡さないと」

 

「んー、ま、じゃあ、殺したことにしようか。この子がほしいっていうのも理由があってね」

 

 そういってギルは私たちにフーケの右手を見せてきた。手の甲側の手首には、短い入れ墨のようなものを無理やり消したような跡が残っていた。

 

「この子、一時的なマスターになったせいで、マスター適性を持っちゃったみたいなんだよね」

 

 それなら、まだこちらで使いようがある、とギルは説明する。

 

「盗賊やってたってことは情報収集能力とか隠密とか得意みたいだしさ。こういうことが他にないか調べて貰える人員を探してたんだよねー」

 

 要するに、フーケみたいに『聖なる杯』のようなマジックアイテムでギルのような英霊を召喚している人はいないか、という情報収集の人員としてフーケがほしい、とのことらしかった。……でも、フーケは犯罪者だし……。そもそも、こっちのいうことを聞いてくれる保証はあるの?

 

「うん? ……まぁ、任せなって」

 

 そういうと、ギルは目覚めたフーケと話し始めた。最初は語気を荒げていたフーケだったが、だんだんとギルの話に耳を傾けはじめ、最終的にはこくり、と何かに対して首肯したのだ。え、うそ、ほんとに味方につけたの……?

 そんな風に驚いていると、ギルがこちらに来て「大丈夫、手伝ってくれるって」とフーケの縄を解いてしまった。だけど、フーケは逃げるそぶりを見せずに、ギルの隣に来ると、私たちに話しかけてきた。その話し方はロングビルのような落ち着いて理路整然とした話し方ではなかったけど、よくいる盗賊のような理性をかなぐり捨てたような話し方でもなかった。

 なんていうか、少しだけ気を許した相手にするような、そう、砕けた話し方になったのだ。

 

「あー、なんていうか、危害を加えて悪かったよ。これからはギルに雇われた情報屋として、遠回しだけどあんたたちの力になるからさ」

 

「というわけで、こういう風に罪を償ってくらしいから、許してやってよ」

 

 な? とこちらに笑いかけるギルに、少しだけ気恥ずかしさを感じて顔を逸らすと、ツェルプストーがキラキラとした瞳をギルに向けていた。

 

「きゃーっ! ダーリン、敵だった大盗賊のフーケすら味方に付けるなんて……清濁併せ呑む王にふさわしい振る舞いだわ!」

 

「ああ、そういえば王様だったんだっけか。まー、それならあたしを雇うっていう考えに至るのも不思議じゃあないね。あ、ギル王さまとか呼んだほうがいいのかい?」

 

 ギルを挟んできゃっきゃとはしゃぐツェルプストーとフーケ。な、なによなによっ。さっきまで敵対してた盗賊のくせにっ。

 

「いやいや、そこまではいいよ。今は王様も休業中でね。ギルでいい。王様だった期間より、色々と冒険してた期間のほうが長いしね」

 

「……王様、冒険してた?」

 

「おう、そうなんだよ。そういう話、好きか? 色々面白い話があるぞー」

 

「……聞きたい」

 

 あっ、タバサまで! みんなでギルを囲んでワイワイと……! 遊びできたわけじゃないのに! もう!

 そんな気持ちが四割、怒り六割くらいの声量で、私は叫んだ。

 

「こんの……馬鹿キングーっ!!」

 

・・・

 

「マスター、悪かったって。確かにマスターをほったらかしにして盛り上がったのは申し訳なかった」

 

 つーん、と顔をそむけるマスターに謝りながら、俺はご機嫌取りに奔走していた。キュルケやフーケ、タバサたちとワイワイしていた時に仲間外れにされたのが相当さみしかったようだ。そうだよな、なんていったって彼女もまだ十歳かそこら。仲間はずれにされればさみしくなっちゃうこともあるだろう。癇癪をおこすこともあるだろう。そのあたりを考慮できなかった俺の失態である。……あ、ちなみに今の馬車の御者は自動人形である。ロングビル=フーケで、そのフーケを殺害してしまったため、という表向きの理由での採用である。

 フーケに関してはこれからの活動資金やら通信用の霊装なんかを渡して、すでに別行動中である。噂話などを聞きながら、サーヴァントを探したりしてくれるらしい。

 なので、馬車には俺とマスター、タバサとキュルケしかいない。がたごとと呑気な帰り道である。

 

「ふふ、ねぇダーリン? 癇癪持ちのヴァリエールなんて放っておいて、私とお話しましょう?」

 

「……冒険の話、気になる」

 

 隣のマスターに話しかけていると、対面に座る二人から話しかけられる。……むむむ、お話ししたいのはやまやまだけど、まずはマスターである。手で謝意を表しながら、俺はマスターの機嫌取りを続ける。

 

「悪かったって。ほら、あんまりむくれてばっかだとせっかく可愛いのに台無しだぞー」

 

「ふ、ふんっ。可愛いとかお世辞言われても、許したりなんかしないんだからっ」

 

 それでも律儀に頬を赤く染めて照れてくれるあたり、素直な子だなぁと感心してしまう。まぁ、これから仲良くなればきっと素直で良いところがたくさん見えてくるのだろう。俺にはわかるぞ!

 まぁ、それからなんとか機嫌を戻してもらい、マスターがそういえば、と話を切り出した。

 

「あんたのあの『乖離剣』っていうやつ? あれの情報が中途半端にしかこないんだけどなんで?」

 

 ああ、たぶん天の理まで使ってないからだろう。エアは対界宝具である。魔術基盤も違う上に俺の逸話が残っていないこの世界では、乖離剣を理解するのも難しいのだろう。そのため、制限がかかってしまって、すべての説明を見ることが出来なくなっているんだと思う。

 その点を説明し、『世界を切断する』剣であることを伝えると、三人とも驚いたようだ。……そりゃそうだ。

 

「ダーリン、本当にすごい王様だったのねぇ」

 

「……王様のお話、他にある?」

 

「他? 他かぁ。うーん、俺自体は長生きしたってだけでそんなに逸話残ってるわけじゃ……あ、世界は何回か救ったけど」

 

「逸話あるじゃない!」

 

 マスターからの突っ込みを受けて、ははは、と笑いを返す。最初に召喚されたとき、そのあと受肉して世界を巡ったとき。何度か人類を救ったことはあった。ティーちゃんと出会ったのもその放浪してた頃あたりの事だったと思う。

 そんなこんなで帰り道は俺への質問大会となっていたのだが、宝物庫にはいろんなものが入っている、といった時のタバサの何かを考え付いたような顔は気になった。……ふぅむ、ま、なんかあれば俺に直接聞くだろうし、俺にできるのはその時にちゃんと話を聞いてやることくらいだな、と結論付けた。

 今はそれよりも誰を召喚するか、である。守り方面の逸話を持った子って誰だったかな、と三人の相手をしながら考えるのだった。

 

・・・

 

「なるほどのう……ミス・ロングビルが……」

 

 その後、学院についた俺たちは学院長に事のあらましを説明した。ロングビルがフーケであったことや、取り返した『聖なる杯』を渡して、フーケはちょっと木っ端みじんになってしまったと説明した。気まずそうに同意した三人娘の反応を、学院長は『木っ端みじんになったフーケを見てしまったからだ』と都合よく解釈してくれたので、特に深くは聞いてこなかったようだ。それどころか、三人を気遣って本日の『フリッグの舞踏会』とやらがあるから準備してきなさい、と退室を促してきた。

 それに続いて俺も部屋を出ようとすると、学院長のオールド・オスマンに呼び止められた。……実質年下なのだが外見上年上なので、なんとも話しづらい人なのだが、まぁ呼び止められては仕方がない。マスターに先に帰っていてくれ、と自動人形を一人付けて遅らせると、部屋の中へ踵を返した。

 

「残ってもらって悪いのぅ」

 

「気にしないでくれ。そのうち話を聞きたがるだろうと思っていたんでね」

 

 そういうと、オスマンは俺の目の前で『聖なる杯』を掲げながら話を始めた。

 

「この『聖なる杯』には君と同じような存在……英霊だったか。それを召喚する力があるらしいの」

 

「そうなるな。誰でもってわけじゃないだろうけど」

 

 本家本元の『聖杯』とは違い、魔術基盤の違うこの世界では、この『聖なる杯』の『サーヴァント召喚』の力が変質しているようだ。

 けれど、聖杯から『資格有り』と認められて、さらに本来の令呪と違って一画しか与えられないというデメリットもあるが、それでもサーヴァントを召喚できるのは大きいな。まぁ、これからもそういうのがないのか確認するためにフーケを情報屋として雇ったんだけども。

 

「ふむ……ではこれはこれからも厳重に保管する必要があるのぅ」

 

「だけど、まだ学院のあの壁、完璧には治せてないんだろう?」

 

 帰ってきたときに、壁はなんとか直し、『固定化』もかけてはいるが、前回ほどではないと聞いていたのだ。そこまで高レベルの『固定化』をかけられるようなメイジにすぐに渡がつけられるはずもなく、今は応急処置の状態なのだという。

 これでは、もしかしたらまた盗まれてしまうかもしれない。警備も厳重にしているし、もう流石にフーケのような大盗賊はいないとは思うが、絶対はないのだ。

 そこで、オスマンは俺の宝物庫に思い至ったらしい。……俺の宝物庫についてはマスターが最初の時に説明しちゃってたからなぁ。まぁ、その時はマスターも『なんでも入る異空間』みたいな説明しかしていないから、射出のことなんかは知らないみたいだが。

 まぁ、ここにはいろんなものがしまってあるからなぁ。ほら、この身体検査表とか……。うわ、懐かしいなぁ。そうそう、かなり伸びた子とかいるんだよなぁ。びっくりしたよ。

 とにかく、その情報を思い出したオスマンは、マスターであるルイズの人格を鑑みて、その使い魔であれば信頼に値する、と俺の宝物庫への『保管』を依頼してきた、というわけだ。

 俺としては特に問題ないので請け負い、宝物庫へ『聖なる杯』……いや、もう『聖杯』と呼ぶことにしよう。『聖杯』を宝物庫へと収納する。

 

「それで、呼び止めたのはこのことだけではないのだ」

 

「……というと?」

 

「……コルベール君」

 

 オスマンがずっと立ち尽くしていたコルベールを呼ぶと、彼はあの日スケッチしていたマスターの令呪と、ある一冊の本を差し出してきた。

 ……俺の視力は少し離れたところにあるそのスケッチと、コルベールが開いたページを近づかずとも見ることができた。……ほほう。

 

「令呪……ルーンの形が同じ、ということか」

 

「うむ。それで、これは君の見た『サーヴァント』にも関係するのかもしれんのだが……」

 

 そう前置きして話し始めたオスマンの話は、なるほどと思わず納得するものだった。

 マスター、ルイズの手に現れた令呪……ルーンは、この本に描いてある伝説の使い魔のルーン、『ガンダールヴ』に酷似していた。そして、ガンダールヴのマスターが俺という『サーヴァント』を召喚したのであれば、他の伝説の使い魔も『サーヴァント』なのではないか、ということだった。

 偶然にも、『ガンダールヴ』は『あらゆる武器を使いこなす』というもので、俺と妙に共通点のある使い魔だなぁと思った。まぁ、俺の場合は『使いこなす』訳ではなく、『あらゆる武器を使える』程度のものなんだけど。というかその『伝説の使い魔』のルーンとやらも、俺には無く、マスターの手の甲に令呪と一緒に刻まれちゃってるんだけど。

 しかし、類似点というか共通点というか、つながりのようなものがあるのは気になるな。神様もあんまり俺が選ばれたことについては話してくれなかったし……うん、フーケにはその辺も探してもらうかな。

 

「……おっと、話し込んでしまったのぅ。また何か進展があれば、話をしにくると良いじゃろう」

 

「ん、ああ、そうだな。そうさせてもらうよ」

 

 そう話を締めて、オスマンは俺を見送ってくれる。

 漸く俺も部屋を出るかと踵を返したとき、そうじゃ、とオスマンが声を掛けてくる。

 

「今回のフーケ討伐に関する報酬じゃが……おぬしの主人たち三人には爵位申請をしておいたんじゃが、お主は貴族では無いからの。少しばかりの金銭と、今日の『フリッグの舞踏会』へ参加できるように話を通しておいた」

 

「ああ、それで十分だ」

 

 そう言って、今度こそ学院長室を後にした。ま、今日は美味しいものを食べてよしとするかぁ。あ、お金に関しては後日用意されるんだとさ。

 ……そういえば、ギーシュ君とか来るんだろうか。あれ以降ちょっと気まずいし、出来れば仲良くしたいけどなぁ。

 

・・・

 

「ただいまー」

 

「あら、おかえんなさい。学院長と何はなしてたの?」

 

 マスターの部屋に帰ってきたとき、マスターは机の上で羽ペンを握って何かを書いているようだった。……内容からして授業の予習復習だろう。今日の夜には『フリッグの舞踏会』とやらなのに、真面目なことだ。そこがいいところでもあるんだけどさ。マスターの問いかけには適当に今回の件での質問があった、とだけ返して、自動人形の用意してくれる椅子に座る。そういえば最近マスターの部屋で勝手なことしても怒られなくなったな。マスターも大人になったということだろう。なので、部屋にある棚やら机の上やらに色々と飾るものをおかせてもらっている。ふっふっふ、マスターの感性を俺色に染めてやろう……。

 そんなふざけたことを考えていると、マスターがうーん、と背伸びをする。お勉強は終わりのようだ。

 

「そういえば今日は舞踏会があるんだろう? 着替えないのか?」

 

 舞踏会といえばドレス。ドレスといえば貴族のバトルスーツだ。俺にとっての黄金の鎧のようなものだ。準備を入念にしても悪いことはあるまい。

 

「んー、そうねぇ。もう日も暮れてるし……準備し始めるかなぁ」

 

 窓から外を眺めてそう呟いたマスターの傍には、すでに自動人形が三人ほどスタンバっている。

 

「……俺の聖骸布まだ余ってるから、それでドレスでも作る?」

 

「……聖骸布ってドレス作るための生地じゃないでしょう?」

 

 何言ってんの? とばかりに俺の方を振り返るマスター。……うん、まぁ、聖骸布の色的にキュルケと被りそうだしね。イメージカラーとしてはマスターは……うん、白か黒だな。というか下着に黒系が多いから、多分黒好きなんじゃないかなー。次点は白だと思う。

 そういえばそろそろ着替えるのなら、部屋にはいないほうがいいだろう。そう思って、立ち上がり扉へ向かう。

 

「じゃあ、マスター。会場で会おう。着替えには自動人形がいるし、問題ないだろ?」

 

「大丈夫だけど……あ、そうだ。……あの、えっと、フーケの件では、ありがとね」

 

「うん? ……お互い様だよ。俺もマスターには助けられたしね。それに、『主人を守る』のが使い魔の仕事だろ?」

 

 そう言って、笑いかけてやる。素直にお礼が言えるのは、とても偉いことだ。段々と成長してきてるなぁ。こうして、淑女になっていくのだろう。俺はうんうんと頷きながら、今度こそ部屋を後にする。

 

・・・

 

 ……そうしてやってきたのは、学院の洗濯場である。だが、今回は洗濯をしに来たのではない。とある宝具を使うため、広くて人気が無い場所に来たかっただけである。

 

「……さて、試運転は何度かしたが、実際に使うのは初めてに近いな」

 

 神様との繋がりが薄いこの状況では、座との繋がりも確立されているか分からない。そんな状況でこの第四宝具『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』を使用して、望みどおりの結果になるかは分からないが……。兎に角、もう一つ手が欲しいのは確かだ。そして、誰を召喚するかはもう決めている。

 あの優しい子なら、きっと手を貸してくれるだろう。あの子とのやり取りを思い浮かべながら、俺は体を巡る魔力を意識する。

 

「俺の名は英霊王。我が座に縁ある英霊よ、この声、この名、この魂に覚えがあるなら応えてくれ!」

 

 本来なら魔力をまわして真名を口にするだけでもいいのだが、今の不安定な状態を鑑みて口上を挟む。今ので確実に『掴んだ』感触がしたので、間違いなく宝具は正しく発動するだろう。そのまま、魔力を高め、宝具の真名を口にする。

 

「来い! 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 本来のギルガメッシュが持つ宝具とは違い、俺の逸話に沿うように神様がカスタマイズしたこの宝具は、真名こそ同じだが、その効果は全く違うものになっている。それは、『サーヴァントの身でのサーヴァントの召喚』と言う破格のものだ。もちろん魔力は自前で、『女性、雌、またはそれに準ずるもの』と言う条件も付くが、それをクリアできればこれほど頼りになる宝具は無いだろう。

 ちなみに今回は魔力がほとんど神様持ちということで、遠慮なく使わせてもらっている。魔力以外のつながりは未だに薄いので、まだ何か手間取っているんだろう。いつになったら連絡が取れるやら。

 俺が意識を別のところに向けている間にも、召喚は進んでいく。光が溢れ、その中心には人の影が現れる。

 

「わひゃっ!?」

 

 ――尻餅をついた状態で!

 

「……うん、どうしよ。召喚しておいてなんだけど、大丈夫?」

 

「は、はいっ、大丈夫ですっ。しゃ、さ、サーヴァント、しぇいびゃー! 召喚に応じ、参上! です!」

 

「……あー」

 

 尻餅ついて、涙目で、噛み噛みのこの娘も、れっきとしたサーヴァントなのである。しかも、ランクで言うのならかのアーサー王やカルナやらにも負けないのだ。そう、星5なのである! ……うん、まぁ、それがマスターとかには通じないってのは分かってるけど。

 じっくりと召喚した女の子を見る。髪は黒く、長さはショートボブ。頭以外を銀色の鎧で包み、更にマントのようなものを肩からかけているので、ほとんど肌の露出は無いと言っていいだろう。腰には細身の剣を佩いており、見ただけで相当なものだと分かる。

 

「取り合えず……立てる?」

 

 まずは、今の状況を話し合うところから始めようかな。

 

「あ、はいっ。ありがとうございます、ギルさんっ」

 

 俺の手を取って立ち上がる少女は、ニッコリと笑う。うん、元気があってよろしい。

 

・・・

 

 ドレスに着替え、侍女たちが持ってきてくれた紅茶を飲みながら、時間を待つ。公爵家の娘として、舞踏会のようなものでは最後に登場するものと決まっているのだ。他の生徒達はもう会場に入って、仲の良い友達とともに歓談でも始めているころだろう。そういえばギルは先に行くとか言ってたけど……ま、あいつなら何とかするでしょ。

 

「それにしても、あんたの王様って凄い人なのねぇ」

 

 傍に立つ侍女……自動人形に、呟くように話しかける。無表情で目を瞑っているから分かり難いけど、この子たちにも感情があるのだということがここしばらくの付き合いで分かってきた。上機嫌のときは少し顎が上を向くようだ。不機嫌のときは分かりやすい。口にきゅっと力をいれて、何かしらを投げてくるからだ。……メイドとして、それでいいのかとも思ったけど、ギルが言うには侍女をやっているのは完全なる『趣味』らしいし、コレだけ優秀なのだ。少しくらいの欠点は見逃してあげるのが貴族としての役割だろう。……あ、後はアレね。ギルに頭を撫でられたりしてるときとかは、顔は不機嫌そうなくせに抵抗も何もしないから、多分アレは気に入ってるんだと思う。変なところで子供っぽいのよね。

 ちなみに今は顎を少し上にあげ、少しだけ誇らしげな顔をしている。……ギルはこのときの顔を……なんだったっけな……そう! 『ドヤ顔』って言ってたわね。たしかに、『どう?』って感じの顔してるわ。私より付き合いが長いだけあって、流石に自動人形達のことを分かってるようね。

 

「……ん、そろそろ時間ね。……って何かしら、この感覚」

 

 ギルとの『つながり』のようなものが、左手の『令呪』と呼ばれる使い魔のルーンから感じ取れるのだが、なにやらその『つながり』に妙な感触が。いうなれば、流れてる川に支流が一つ出来たような……。

 

「何かしら、これ。ギルに何かあったのかしら?」

 

 何か分かる? と自動人形に聞いてみると、小首をかしげ、少しの間考える素振りを見せ……ああ、とでも言いたげに手を叩いた。身振り手振りで何かを伝えようとしてくるが、分かるはずも無く、次はこちらが首を傾げてしまった。

 

「……」

 

 それで伝わっていないことに気付いたのか、自動人形はもう一度手を叩き、私に近づいてくる。

 

「へ? なに、え、ちょ、なんで頭掴むの? え、あ、まって、何で頭振りかぶって……頭突き!? 頭突きよねその予備動作は! まってなにす……あだっ!」

 

 ごぃん、と頭突かれ、一瞬目の前が白くなる。……が、それとどうじになにやら妙なものが聞こえるように……。

 

「って、コレあんたの声? ……はー、念話が出来るように繋がりを作った、ねぇ」

 

 頭の中に響く、美しい声。目の前の侍女の声だと違和感なく受け入れられたのは、『こんな声だったら良いなぁ』と想像していたものと同一だったからだ。何でも、自動人形の念話は聞く相手が一番美しいと感じる声量、声質で聞こえるらしい。

 

「で、この妙なつながりって何?」

 

 自動人形は、そろそろ時間だから移動しながら教える、と部屋のドアを開けて私をエスコートする。……素晴らしい声と、隙の無いその振る舞いに少しだけぼうっとしながらも、立ち上がって廊下へと向かう。

 舞踏会の会場に向かう途中、前を向いたままの自動人形から念話が届く。おそらく、ギルの四つ目の宝具の所為だろうとのことだった。

 

「四つ目の宝具? どんなのか知ってるの?」

 

 私のその言葉に、自動人形はまた前を向いたまま頷き、念話を送ってくる。なんと、四つ目の宝具は『英霊を召喚する』というものだった。っていうことは、ギルとかあの灰色の大男みたいなのがまた一人増えたって言うこと? そんなの、過剰戦力じゃないの? と次々と疑問が出てくる。

 自動人形はその疑問に次々と答えてくれて、今まで知らなかったギルのことを詳しく知ることができた。

 一つ目の宝具は『宝物庫』。何でも入るし何でも入ってる。二つ目は『乖離剣』。大男との戦いで見せてくれた、空間すら切り裂ける不思議な剣。三つ目はまだ見せてくれないからわかんないけど、その次の四つ目が『召喚権』。ギルと仲の良い英霊をサーヴァントとして召喚できる宝具らしい。

 で、今回はその四つ目の宝具を使用して、新しくサーヴァントを召喚したんだそうだ。……ほんと、説明を受けた『サーヴァント』ってのとは違う存在ね。反則級だわ。

 

「……そんなのが、私の使い魔なのね……」

 

 左手の甲に刻まれた、三画の令呪を見て、つい呟いてしまった。……あいつ、なんで私の使い魔やってくれてるのかしら。私なんて、召喚を成功させたとはいえ、未だみんなの評価が『ゼロ』のままなのに。

 

「……」

 

「ひゃっ。……何よ。慰めてくれてるわけ?」

 

 急に頭に手を乗せられて驚いてしまったが、歩きながら自動人形が私の頭を撫でていた。それも、セットした髪を崩さないよう、優しく。

 念話も何も無いけれど、その行動が私を気遣ってのものだと分かってしまって、少しだけ笑いが漏れた。何だかんだで、優しいのよね。

 

「……ま、一応お礼は言っておくわ。ありがとね」

 

 自動人形の気持ちを受けて、ネガティブになっていた考えを持ち直す。

 今あいつにつりあわないなら、これからつりあうようなメイジになればいいだけ。今回の件で私の爆発するだけの魔法も使い道があると分かったのだ。……まぁ、ちょっと日常には使いづらいものだったけど。それでも、今まで失敗だ、役立たずだと思っていたあの失敗魔法が役に立つときもあると分かっただけでもよしとしよう。

 

「……」

 

「あ、着いたのね」

 

 色々と考え込んでいる間に、会場の前までたどり着いていたらしい。自動人形が念話で教えてくれなければ、そのまま素通りするところだった。

 簡単に身嗜みを整えて、入場のときを待つ。

 ……ま、取り敢えずはギルと話をしよう。自動人形から色んな話を聞いたけど、やっぱり本人に直接聞くのが一番よね。

 

・・・




 ――ステータスが更新されました。

クラス:■■■■・■■■■■■

真名:ギル 性別:男性 属性:混沌・善

クラススキル

■■王:EX

終■■■■叙事詩:EX


保有スキル

軍略:A
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの持つ対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍、対城宝具に対処する際、有利な補正が与えられる。

カリスマ:EX
大軍団を指揮、統率する才能。ここまで来ると人望だけではなく魔力、呪いの類である。
判定次第では敵すらも指揮下に置くことが可能。

黄金律:A++
身体の黄金比ではなく、人生においてどれだけ金銭がついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ぴかぶり。一生金には困らないどころか、子孫代々が生活に困ることは生涯においてない。

■■■■:B+

千里眼:B
視力のよさ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。また、透視を可能とする。
更に高いランクでは、未来視さえ可能とする。
「これよりいい『眼』も持ってるんだけどね」とは本人の談。

■■の■■:EX

能力値

 筋力:A++ 魔力:A+ 耐久:B++ 幸運:EX 敏捷:C+++ 宝具:EX

宝具

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

ランク:E~A+++ 種別:対国宝具 レンジ:―― 最大補足:――

黄金の都へ繋がる鍵剣。元々は剣として存在していたものだが、現在は能力の鍵として体内に取り込まれた。
空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。中身はなんでも入っており、生前の修練により種別が変わっている。

全知■■■全能■■(■■・ナクパ・■■■)

ランク:■X 種別:■人■具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。解析中。――注意。権能に類する可能性あり。

■海■・ナ■■■■■■■■波(■■■・■日■)

ランク:A■■ 種別:■■宝具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。

天地乖離す開闢(エヌマ・エリシュ)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:―― 最大補足:――

乖離剣・エアによる空間切断。
圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対するすべてを粉砕する。
対粛清ACか、同レベルのダメージによる相殺でなければ防げない攻撃数値。
STR×20ダメージだが、ランダムでMGIの数値もSTRに+される。最大ダメージ4000。
が、宝物庫にある宝具のバックアップによっては更にダメージが跳ね上がる。
かのアーサー王のエクスカリバーと同等か、それ以上の出力を持つ『世界を切り裂いた』剣である。
更に、その上には『■■■■■の再現』や、『三■の巨大な■■■』を生み出したりもする。


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第九話 違う文化は急にはわからない。

「そういえば、あの固有結界の中にはいたんでしょうか?」「あの固有結界?」「ほら、あの征服王さんの」「ああ、あれに。誰が?」「あの名言、『文化がちがーう!』を生み出したエウメネスさんですよぅ!」「あー……いたのかなぁ」「もし会うことがあったら聞いておいてくださいね!」「その時はたぶん戦争不可避なんだけどそれは……」


それでは、どうぞ。


 ――時間は舞踏会の前にさかのぼり、俺が召喚を果たし、サーヴァントに事情を説明した後。俺はその子を連れて厨房へと向かっていた。その道中で、隣を歩くサーヴァント……セイバーに、ため息をつきつつ話しかける。

 

「まったく。こんな時に『何か食べたいですぅ』とは。天然娘っぷりは健在か」

 

「そっ、そんなあざとくは言ってないですよね!? ぶーぶー! 意図的に私の地位を貶めるのはやめてくださいっ!」

 

「はいはい、りょーかいりょーかい」

 

「ほんとにわかってますー? ……それにしても、ギルさんは不思議な環境で不思議な状況に陥らないといけない呪いでも受けてるんですか?」

 

 そういって、セイバーはあざとく小首をかしげて俺に聞いてくる。

 

「否定できないのがつらいところだな……っと、ついたな」

 

 マルトーかシエスタがいてくれればいいんだが……舞踏会の準備で忙しいかな?

 のぞき込んだ厨房には忙しそうに調理器具を振るうマルトーの姿。他にも何人か調理をしている人と、それを運ぶメイドが見えるが……シエスタの姿は見えないな。流石に調理中のマルトーに声をかけるわけにも、と踵を返そうとすると、調理器具を振るうマルトーと目が合った。

 礼儀として会釈をすると、マルトーは調理の手を止めてこちらにやってくる。

 

「おぉ! 『我らの英雄』! ギルじゃあねえか!」

 

 そういって、俺の肩に手をかけて笑いかけてくるマルトー。いつも通り、とても気持ちの良い性格をしている男である。

 

「忙しいところを邪魔してしまったようだな」

 

「気にすんな! 料理自体はだいたい目途がついてるし、あとは始まってから調理しないといけねえもんだけだからよ!」

 

「なるほど。……ならば、ちょっとばかり我儘を聞いてもらってもいいだろうか」

 

「おお? なんだよいきなり改まって」

 

「食材はこちらで出すから、料理を作ってほしいんだ」

 

 そういって、机の上に食材を展開する。彼の腕ならばこの食材も扱いきれるだろう。うん、普通の人ではこの宝物庫産の野菜とか無事に調理できなさそうだし。

 

「おぉ! こいつは驚いた! シエスタから聞いていたが、本当にこんな不思議な蔵を持ってんだな!」

 

「本当の使い方はこうじゃないんだけどね。それで、どう? 忙しいなら厨房の一角を貸してくれるだけでいいんだが……」

 

「そんなの、聞かれるまでもねえ! 腕を振るわせてもらうぜ!」

 

「俺とこの子の二人分をお願いしたいんだが」

 

「ん? おお? 後ろにいたのか。気づかんかったぜ! いや、すまんな!」

 

 俺の後ろに隠れていたセイバーを前に押し出して、マルトーに紹介する。

 

「セイバーっていうんだ。よろしくしてやってくれ」

 

「ほーん? 変わった名前だな。ま、いっか。名前だけってことは、シエスタとかと同じ平民か」

 

「んー、まー、平民っちゃ平民……だよな?」

 

「ですねぇ」

 

 俺とセイバーの二人して小首をかしげる。うん、まぁ、セイバーも出自的には平民……ってことでいいな。

 今は鎧も外しており、ズボンにシャツにブーツというどこからどう見ても一般人にしか見えない服装となっている。これなら怪しまれることもないだろう。

 マルトーは俺の出した食材を抱えて厨房へ向かった。「その辺のテーブルに座って待っててくれ」といわれたので、大人しく二人して座っておくことにした。

 

「……そういえば、セイバーでいいんだよな?」

 

「? はい、そうですけど……。あ、最初に噛んだのをまだ引っ張るんですか!? 確かに滑舌も悪いし噛んじゃうこともありますけど、自分のクラス名は間違えないですよ、もう!」

 

 頬を膨らませて、ふい、とそっぽを向かれてしまった。……むむ、サーヴァントの中でも幼いほうの彼女は、こうして感情表現が豊かなのが特徴だ。喜怒哀楽がはっきりしているというか……変わり者が多い英霊たちの中でも、まともな部類に入るだろう。

 

「適性になるほどの剣の逸話あったっけ……?」

 

「え? 剣ですか? ……んー? 特に剣の逸話はなかったと思いますけど……?」

 

「そうなのか。……不思議なこともあるものだ」

 

 お互いに首をかしげていると、あ、とセイバーが思い出したように手を叩く。どうしたんだろうか。

 

「そういえば、あの神様からお手紙預かってます」

 

「手紙?」

 

 まぁ、今まで呼び出しもされなかったし向こうにも顔を出せなかったので、何かしらの問題が起こっているとは思ったが……。

 

「はいっ。私のスキルに乗せれば、召喚の際に神様からのメッセージを届けられるからって、任されちゃいました!」

 

 えっへん、とごく普通の胸を張るセイバーは、懐から便箋を出して俺に渡してきた。

 

「……神様はなんか言ってたか?」

 

「えーっと「これを渡してくだし」とか、なんか喋りにくそうにこれを渡してきただけですけど……」

 

「なんだそれ」

 

 そう苦笑しながら、俺はセイバーから受け取った手紙を開く。……ん? なにこれ。

 手紙には、機械でプリントしたのかと思うくらい丁寧に『ぼすけて』とだけ書いてあった。ぼす? え?

 

「なにこれ」

 

「……なんでしょう?」

 

 俺の反応が気になったのか後ろからのぞき込んでいたセイバーが俺と一緒に首をかしげる。でも、なんかこの言葉、聞いたことあるような。あれ、二通目が入ってる。重なってたのか。ぺらり

 

、とめくってみると、そこにも謎の文字列が。

 

「えーと……なんて読むんだこれ」

 

 『τ(≠T=レヽUゃレニ、ζ,ぅレヽω±яёヵゝレナмаUT=★ξちらм○(≠を⊃レナτ』と書いてあるようだが……うぅむ、神様のところで使われてる言葉とか? 聖杯から情報きてればなぁ。こういうのも一発でわかってたんだけど……。

 こういう時に聖杯からの知識って大事だったんだなぁと再確認する。

 

「うーむ、謎だな」

 

 神様から魔力は俺に流れてきているし、神様自身が俺を呼べないのはいつもの不手際かと思っていたけど……。

 

「……そういえば」

 

「ん?」

 

「なんか、神様いつもと違いましたね。言葉もそうなんですけど、顔色がちょっと変だったような?」

 

 言葉遣いと顔色が変な神様……。ダメだ。俺にとってはそれでいつもどおりだから、違和感を感じ取れない……!

 ……結局、とりあえずもうちょっと動きがあるまでは気にしないことにした。

 

・・・

 

「おーいしー!」

 

 マルトーが出してくれた料理に舌鼓を打つ目の前の少女を見ながら、うんうんとうなずく。おいしいよね、ここの料理。舞踏会までは時間もあるし、この子はここでお手伝いでもさせておこうかな。たぶん俺以外があの場所に入ったらまたなんか問題おきそうだし。

 俺の考えを伝えると、セイバーはそうですよねぇ、とうなずいた。

 

「貴族さんが面倒なのは私もよくわかりますから。ここでお手伝いしてますよ」

 

「それならよかった。……シエスタ、こいつを頼むな」

 

 途中で俺たちの料理を配膳してくれていたシエスタに、そう頼んでおく。召喚されてからの「ドジっ子なんじゃないか」という疑惑は晴れていないのだ。しっかり者のシエスタに頼んでおけば安心だろう。

 

「はいっ。よろしくお願いしますね、セイバーさん!」

 

「こちらこそっ。えへへ、お友達できちゃった!」

 

 嬉しそうに小さくガッツポーズをとるセイバーと、それを見て微笑むシエスタに癒しを感じながら、俺は立ち上がる。

 そろそろ舞踏会も本格的に始まるだろう。その前には会場入りしておきたい。

 

「それじゃあ、俺はいってくるよ」

 

「はいっ。行ってらっしゃいませ!」

 

「いってらっしゃい、ギルさんっ」

 

 シエスタとセイバーに見送られながら、俺は厨房を後にした。

 

・・・

 

 舞踏会の行われる会場に入ると、視線が俺に集中している気がする。いや、実際にしているな、これは。なんでこんなに集中しているか……は、考えるまでもないか。あの決闘騒ぎ以来、変な意味で俺の存在は知れ渡ってるしな。

 基本的に避けられていた俺が、こうして舞踏会会場にいるのがこの微妙な空気の原因だろう。

 うぅむ、こういうのはちょっと気まずい。だれか知り合い……。あ、ギーシュ君。

 

「げっ」

 

 目が合った瞬間に「うわ、見つかった」みたいな声を出したので、彼に話しかけるとしよう。近づいていくと、彼の周りにいた友人たちはそそくさといなくなってしまった。が、まぁいい。俺はギーシュ君に用件があるのだ。

 

「やぁ」

 

「や、やぁ……」

 

「まぁ、そんなに警戒するなって。ちゃんとみんなに謝って貰ったから、お互い恨みっこなし、だろ?」

 

 あの事件のあと、ギーシュ君にはシエスタをはじめとした巻き込んでしまった人たちへの謝罪を済ませて、恨みっこなしということにはしている。……まぁ、本心は別として。そのせいでシエスタが恐縮してしまうという事件もあったはあったが、すでにあの決闘騒ぎの件は無事解決、となった。

 

「それに、君とは色々と話してみたかったんだ。ほら、俺もここに来る前は妻の多い身だったからさ」

 

「な、そうだったのか!? で、でも君は『二股をかけたほうが悪い』って……」

 

「あれは言葉が正確じゃなかったな。『二股をかけて、それで悲しませてしまった君が悪い』だ」

 

「……そうか。まぁ、過去のことは水に流すとしよう。……で? 君は何人の女性と? 三人? それとも五人か?」

 

 興味津々、といった様子で俺に聞いてくるギーシュ君。うんうん、思春期男子らしい興味の持ち方だ。いいと思うよ、俺は。まぁ、聞かれたからには答えてやろう。俺は内心で少しだけ意地悪く笑いながら、問いに答えるべく口を開く。

 

「ふっふっふ。最大で……あれ、最大で何人だったか。五百までは数えてたんだが……」

 

「え? ご、ごひゃ……五百ぅ!?」

 

 ギーシュの突然の大声に、会場中の視線が再びこちらに集まる。あ、いや、なんでもないんすよ。大丈夫なんで、それぞれご歓談ください。

 

「それどうやって殺されないようにしてたんだ君ぃ!」

 

「まぁ、その時は王様だったからねぇ」

 

 俺自身のことやら色々と説明しながら話をしていると、十数分後にはお互いに打ち解け合っていた。 

 ギーシュが俺の話を与太話だと切り捨てずに聞いてくれたのは、やはりあの自動人形たちのことが大きいようだ。それからは、ギーシュの友人たちもだんだんと輪に混ざって、男同士でしかできないくだらない話で盛り上がった。……いやぁ、学生で若々しい彼らと話が合うなんて、まだまだ俺も若いってことかな。

 そんな風に盛り上がっていると、落ち着いた会場がまたざわつき始める。……今回は俺たちのことじゃないようだ。みんなしてそわそわし始め、身だしなみを整え始める。それは俺の目の前のギーシュたちも例外ではなく、特にギーシュは髪やらを気にし始める始末。それ、たぶん気にしたら一生決まらないと思うぞ、とツッコミつつ、みんなの様子にそろそろ舞踏会が始まるのか、と視線を会場に走らせる。これからダンスを申し込むのだから、身だしなみを気にするのは当然か。

 俺はどうするかな。マスターはなぜかいないし、キュルケは俺がここに入ってからずっと男子生徒に囲まれていて話すらできてないし、タバサは……あ、食べるほうに夢中ですかそうですか。なにあの子。腹ペコ属性もちか。王様とかそれに連なるものだったりするんだろうか。俺の中の腹ペコ属性持ちの代表格である青い騎士王を思い出しながら、そっと視線を外す。今度タバサにはおいしいものをプレゼントするとしよう。

 そんな風に悩んでいると、会場の入り口が大きく開かれ、会場が一瞬静かになる。俺も気になってそちらに視線を向けるのと、声が聞こえるのは同時だった。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~りぃ~!」

 

 ほへぇ、良いところのお嬢さんだったのか。そういえば彼女が貴族だという話は聞いたけど、どんな貴族か、は聞いたことなかったなぁ。

 そんなことを考えながら、入ってきたマスターを上から下まで一通り見つめる。うん、いつものあの長い髪をバレッタでまとめ、白いパーティドレスに身を包んでいる。あ、やっぱり白だったか。うんうん、良いと思うよ。黒はタバサとかぶっちゃうもんな。

 ドレスのセンスがいいからか、マスターの魅力を最大限に引き出している。それに見とれていた男子たちが、大慌てでマスターへと群がっていく。お、キュルケのほうからも何人かマスターに流れたぞ。やったなマスター。君の魅力はキュルケにも太刀打ちできるようだ。

 まー、あれだな。今まで『ゼロ』だの呼んでて全く相手にもしてなかったノーマークの少女の美貌に遅ればせながら気づいた男たちが驚き慌てているのだろう。

 

「すっごいもんだ」

 

 テーブルに誰もいなくなってしまったので、宝物庫からいつものワインと酒器を取り出す。あの様子だとしばらくマスターはこちらに来ないだろう、と思ってのことだったのだが……。

 

「暇そうね?」

 

 腰に手を当て、胸を反らすように張ったマスターが、俺の座っているテーブルのそばまで来ていた。

 

「む、いや、そんなことはない。このワインのテイスティングに手間取っていてな」

 

「何も気にせずグビグビ飲んでた気がするけど?」

 

「……まぁ、うん。暇だったよ」

 

 ギーシュたちがいなくなってからは特に、というのは飲み込んでおく。

 

「それで? あんたのマスターたる私のこの姿を見て、何か感想はないのかしら?」

 

「ああ、綺麗だよ」

 

「っ。そ、そう。まぁ、あたりまえよね!」

 

「そういえば、公爵家だったんだ」

 

「ああ、そういえばその話はしなかった気がするわね」

 

 ま、その辺はいいじゃない、とマスターは話を切って、言いにくそうに口を開く。

 

「……踊らないの?」

 

「そのまんま返すよ。そんなに綺麗になったんだから、踊ればいいじゃないか」

 

「……相手がいないのよ」

 

 ぷい、と顔を背けてまったく意味のない嘘をつくマスター。いやいや、あんだけ声をかけられてたじゃないか、とツッコミを入れると、顔を真っ赤にして目を見開き、何かを言おうと口をわなわなとふるわせ……。

 

「踊ってあげても、よくってよ」

 

 そういって、俺に手を差し出したのだ。……まさかである。まさかこの子からダンスに誘ってもらえるとは。

最初踊る気はなかったが、誘われては仕方があるまい。マスターはわざわざ他の男からのお誘いを蹴ってまで誘ってくれたのだ。……ふっふっふ、無駄に磨いた社交界スキルの一つ、『社交界の礼節:B+』を見せるときだな。

 

「ああ、よろしく頼むよ、マスター」

 

 マスターの手を取って、立ち上がる。それから、楽士たちの演奏に合わせてステップを踏んで、くるりと回る。

 

「流石は王様ね。ダンスも修めてるなんて」

 

「そういうのにうるさい子がいたんだよ。王様ならこれもできないと、これもできないと、って」

 

 あの時は口癖が映ってしまったからな。

 

「……ヴィヴ・ラ・フランス、か」

 

 そういえばこの国もフランスっぽいけど……王女様とかいるんだろうか。ちょっと会ってみたい気もする。あんなお転婆ではないだろうけど。

 考え事をしながらも、時間は過ぎる。体に染みついたダンスのステップは、意識を他の事に向けていても問題なく踊りは終わりに向かう。

 

「……ねえ」

 

 ダンスの途中。音楽に紛れて、小さなつぶやきのような声が聞こえてきた。こちらを見上げる小さなマスターが、恥ずかしそうに言葉を続ける。

 

「ありがとうね。ゴーレムと一緒に戦ってくれて。あの灰色の大男から守ってくれて」

 

「今の俺は君のサーヴァント。当然のことを、当然のようにこなしただけさ」

 

 それから、俺たち二人は一曲終わるまで、言葉を交わすことなく踊り続けた。……話さなくとも、伝わることはあるのである。

 

・・・

 

 余談ではあるが。

 

「……タバサ、まだ食べてるのか、君は」

 

 マスターと踊り終えた後。言い寄られるのに嫌気がさしたマスターは休憩がてら、自動人形を連れてバルコニーのほうへといってしまった。流石に一人に……厳密にいうと違うけど……してやろうと思い、さて俺はどうしようかと視線を走らせると、黒いドレスに身を包んだタバサが、ダンスもせずに……というかそんなもの見向きもせずにパクパクと食事をしているのが見えた。

 彼女と話すのもいいだろう、と思って近づき話しかけると、タバサはもぐもぐと咀嚼しつつこちらに振り向いた。

 

「んく。……今日はたくさん食べられる」

 

 表情は変わっていないように見えるが、嬉しそうだ。まぁ、クール無口っ娘の相手には慣れている。隠された感情くらい、読み取れるのだ。

 ちなみにキュルケのほうはまだ忙しそうである。今でようやく折り返しくらいだろうか。男子生徒たちの列も、なんとなく終わりが見えてきているようだ。

 

「王さまは、これ、食べた?」

 

「うん? サラダ……か? いや、まだこれは食べてないな」

 

「おいしい」

 

 そういわれ、皿に盛られたサラダを渡される。……ふむ、この娘からのおすすめならば、食べてみる価値はあるだろう。健啖家のようだし、味覚がおかしいわけでもないだろうしな。

 フォークでまとめて刺し、口に運ぶ。ドレッシングのにおいが少しだけする。ふむ、これは中々……。

 

「むっ!? むごっ!?」

 

 苦いっ!? 苦いぞこれ! いや、この玉ねぎとかの野菜じゃないな!? この葉っぱか!?

 

「ご、く……。た、タバサ? この葉っぱは……」

 

「はしばみ草。このサラダの、一番のポイント」

 

 ……そ、そうかー。この子、こういうタイプかー。

 

「……みんな、苦いといって残す。……おいしくない?」

 

 悲しそうな表情を浮かべ、こちらを見上げるタバサ。……俺が、そんな顔を見て悲しませるわけにはいかない……! 

 

「いや、うん、奥深い味だな。こう、噛むほどに味の広がりを見せるというか……」

 

「! そう。はしばみ草は奥が深い。サラダだけではなくて、他にも使えないか研究中」

 

 俺の対応は正解だったようだ。タバサはキラキラとした瞳ではしばみ草について語ってくれる。

 ……うん。しかしこうしてみるとはしばみ草、悪いものではないな。苦いが、不味いわけではないし。炒め物とかしてみたらどうだろう。ゴーヤチャンプルーみたいな。あとは……青汁? その辺は研究が必要だろうが、感情をあまり出さないこの娘が興味を持っていることなのだ。協力することに否やはない。

 

「王さまは違いの判る男。さすが」

 

「ありがとう。他にお勧めはないかな? あんまり食べてないからお腹が減っていてな」

 

「ん。なら、これは食べるべき」

 

 そこからは、タバサに勧められた料理を食べ、途中キュルケが混ざってワイワイと騒ぎ、休憩から戻ってきたマスターがキュルケにかみつく形で参戦し、とても騒がしく、楽しい時間を過ごしたのであった。

 

・・・ 

 

 ――夢を見た。欠けてはいない、過去の夢を。

 

「ルイズ! ルイズ!? どこへ行ったの! まだお説教は終わっていませんよ!」

 

 場所は学園ではなく自分の生家。その中庭で、母親が自分を探し回っている。夢の中で優秀な姉二人と魔法の成績を比べられ、よく物覚えが悪いと叱られていたのだった。それが嫌で隠れていた植え込みの中。そこから、誰かの靴が見える。

 

「ルイズお嬢様は難儀だねぇ」

 

「まったくだ。上の二人のお嬢様はあんなに魔法がおできになるっていうのに」

 

 召使たちの声だ。おそらく、自分を探している母親から命じられ、ここまで探しに来たのだろう。召使たちの言葉に悔しくて歯噛みしている間に、召使たちはがさごそと自分のいる植え込みのすぐ近くを探し始めた。

 このままでは見つかる、と流れ始めた涙もぬぐわずにそこから逃げ出していく。

 その先は、自分が『秘密の場所』と呼んでいる中庭の池だ。そこはあまり人が寄り付かず、うらぶれてしまった中庭の片隅。周りには季節の花も咲き、池の真ん中には白い石でできた東屋のある小さな島すらあるのだが、すでに自分以外の家族全員から興味を失われている忘れられた池。

 叱られるたびにこの忘れられた池へとやってきて、その中庭の島のほとりにある小舟へと逃げ込み、隠れていたのだった。小舟の上には毛布も用意しており、いつものようにその毛布へともぐりこんだ。

 誰の声も聞こえない池のほとりで舟の中、一人でいると、中庭の島にかかる霧の中から、マントを羽織った立派な貴族が表れた。年のころは十六歳ほど。夢の中の自分は六歳くらいになっているので、十歳ほど年上に見える。

 

「泣いているのかい? ルイズ」

 

 つばの広い羽根突き防止に隠れて顔が見えないが、その声の主が誰だかすぐにわかった。子爵さまだ。近所の領地を相続した、年上の貴族。夢の中の自分は、少しだけ鼓動が早くなるのを自覚する。憧れている子爵さま。晩餐会もよく共にした。そして、父と彼はある約束を交わしている……。

 

「子爵さま。いらしてたの?」

 

 幼いとはいえ女の子。憧れの人にみっともないところを見られてしまい、思わず顔を伏せてしまう。

 

「今日は君のお父様に呼ばれたんだ。あのお話のことでね」

 

「まぁ……!」

 

 うつむいていたルイズの顔は、朱に染まる。

 

「子爵さまはいけない人ですわ……」

 

「はは、僕の小さいルイズ。君は僕のことが嫌いかい?」

 

 朗らかに笑いながらおどける子爵に、慌てて自分は首を横に振る。

 

「そんなことは……でも、わたしまだちいさいし……よくわかりませんわ」

 

 はにかみながらそう言った自分に向けて、子爵の帽子の下の顔がニッコリと笑顔になる。そして、こちらに手を差し伸べてくる。

 

「ミ・レイディ。手を貸してあげよう。ほら、もうじき晩餐会が始まる」

 

「でも、わたし……」

 

「ああ……また怒られたんだね? 安心しなさい。僕からお父上にとりなしてあげよう」

 

 小舟の上の自分に手が差し伸べられる。大きな手。憧れの子爵さまの手。

 その言葉にうなずき、立ち上がってその手を握ろうとしたとき――。

 

「わっ」

 

 突風が吹く。風は子爵さまの帽子を飛ばし、草や砂が舞い上がる。慌てて顔を腕で覆うと、次の瞬間には……。

 

「え……?」

 

 そこは中庭ではなかった。黄金の玉座の間。その入り口に、自分はへたり込むように座っていた。そこから玉座へは真っ赤な絨毯が伸びていて、その両脇を挟むように様々な格好をした、共通点のなさそうな人たちが、様々なものを持って等間隔に並んでいた。

 ……いや、一つ共通点があるというなら。全員が『女性』であるということだろか。色んな人種、色んな年の女性が、玉座までの道を囲んでいた。

 そして、その道の終着点。玉座には、予想通り……。

 

「やぁ、マスター」

 

「ぎ、ギル……」

 

 自身の使い魔である、ギルの姿が。玉座に腰掛け、肘置きで頬杖をついているギルは、こちらを見てにこりと笑う。

 

「ここに迷い込んでくるなんて、いけないマスターだな」

 

 くつくつと楽しそうに笑うギル。『ここ』って……この玉座は何なのだろう。まさか、ギルが王様をやっているときの……?

 

「だいたい何考えてるかわかるけど、『ここ』は俺の座だよ。生前こんなところには住んでなかったからね」

 

「あ、そ、そうなの」

 

 ならば、この城はともかく、この周りを囲む女性たちは何なのだろうか。

 

「この子たちは俺が宝具で呼び出せる、絆を結んだ英霊たちなんだ。マスターは直接見てるわけじゃないから顔も姿もぼんやりとしか見えないだろうけど」

 

 確かに、女性だということもわかるし鎧をまとっていたり奇妙な剣を持っていたりするのは見えるが、細部を見ようとするともやがかかるようだ。

 

「まぁ、俺が召喚した子が一人いるから、それはあとで紹介するよ。……マスター、ここに迷い込んだことは、あんまり気にしないほうがいい」

 

 そういうと、玉座から立ち上がったギルがこちらに向かって歩いてくる。そして、自身の目の前で片膝をつくと、手を伸ばし、頭をなでてくる。

 

「ここには、過去、現在、未来関係なく、俺が召喚できる英霊がいる。……今を生きる君に、ここは合わないだろう。――さぁ、帰ると良い」

 

 頭に置かれた手が離れていき、ギルが立ち上がる。それと同時に、目の前がだんだんと白く、ぼやけていく。

 ……ああ、夢から醒めるのだ、と冷静に思いながら、その感覚に身をゆだねる。

 

「あの人をよろしくね、ルイズ」

 

 ギルの声ではない、そんな声が聞こえた気がした。

 

・・・




真名:繧ク繝」繝ウ繝・繝?繝ォ繧ッ――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。

クラス:セ繧、繝エ繧。繝シ――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。 性別:女性 属性:秩序・善

ステータス:筋力・E 耐久・E+ 敏捷・E 魔力・B 幸運・C 宝具・A++

クラス別スキル

対魔力:☆

■■:D

固有スキル

繝シ繝ウ:A

カリスマ:■+

■人:A

透化:■

■■放出:A

心眼(■):E

■■■の加護:A

矢除けの加護:■

宝具
■■■■■■■■■■■■■■(■・■■■■)
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:一人

第一宝具:立ち上がった少女の物語。

■■■■■■■■■■■■(■■・■■■■■・■■■■■)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:1000人

第二宝具:仲間の先を駆ける乙女の物語。

■■■■■■■■■■■(■■■■・■■■)
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:10人

第三宝具:奇跡のその先へ向かった■■の物語。


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第十話 遠き友、忍び来る。

「こんな俺だけど、友達は結構いいやつばかりでな。はは、懐かしいなぁ」「へぇ……どんな友達だったの?」「ん? そうだな、サーヴァントに性癖を暴露させるためだけに令呪を切るような男とか、ウェディングドレスが似合うのは誰かって投票で女性陣を押さえて一位になった男とか……個性的なやつらだったなぁ……」「……こ、個性的……?」「覚えておくといいぞ、マスター。『変人』っていうのを柔らかく伝えたいとき、『個性的』っていうのはとても便利な言葉だ」「……そうね。私も『個性的』な使い魔がいるから、積極的に使っていくわ」「なんだと!? 俺のことを変人扱いとは、血迷ったか!?」「……ギルさんの場合、自覚がないのが一番問題ですよねー」「セイバー、あんたもこの気持ちわかってくれる?」

それでは、どうぞ。


 舞踏会から数日後。学院が再び騒がしくなってきた。どうしたんだろうか、と最近仲良くなって話すようになったギーシュに聞くと、なんでも急きょトリステイン王国の王女、アンリエッタ姫殿下がこの学院に行幸することとなり、その日の授業はすべて中止。生徒や教師たちは出迎えるための式典の準備などに忙しいんだそうだ。

 

「ふぅん……お姫様ねぇ」

 

「お姫様! 女の子のあこがれですよねぇ!」

 

 この国の王女に会ってみたいなぁ、とか思ってたら王女が学院に来るとか、俺のせいじゃ、と少し罪悪感にとらわれるものの、ま、いっかと思いなおす。ちなみに今ごろ来ているころだろうが、マスターより「隠れていること」と命令されてしまった俺は、中庭にてテーブルやらを広げ、セイバーと一緒にお茶を飲んでいるところだ。セイバーはしきりに女の子の夢である「お姫様、お嫁さん」について自動人形に熱く語っているが、肝心の相手がそいつじゃなぁ……。

 紅茶をいれたりお菓子を擁してくれた自動人形は、「ちょっとどうにかしろよこいつ」という思念を送ってくる。いや、夢見る少女は止められないわー。

 

「シエスタちゃんはどう思います!?」

 

「ふぇっ!? わ、私ですか?」

 

 あまり反応しない自動人形を諦め、次にセイバーが標的にしたのは、「お茶を飲むならお友達も!」とセイバーがごね、俺がマルトーに頼み込んでなんとか連れてきたシエスタだった。先ほどまで席には座っていたものの緊張からかがちがちに固まっており、自動人形からの給仕もびくびくしながら受ける始末。そんな状態の彼女に急に質問なんてしたら、そりゃあたふたもする。

 

「え、えーと……そ、その、お、恐れ多くてそんなの、想像もできません!」

 

「あー、そうですよねー。お姫様どころかお貴族様だもんなー」

 

 シエスタの反応に、セイバーも乗り出していた身を戻した。

 

「そういえば、前の話どうなりました?」

 

「前の? ……ああ、シエスタに俺のメイドになってもらう話か」

 

 セイバーは数少ないお友達のシエスタとかなり意気投合したらしく、以前のギーシュに絡まれた話を聞いたセイバーが「こんなにいい子が他の貴族の子たちにいじめられたりするのはダメだ」とお金を払って転職してもらおうと発案したのだ。……っていうかこいつナチュラルに俺に金払わせる気か。いや、俺専属にするならそれは正しいけど。

 

「っていうかなんで俺? マスターとかお前とかの専属になってもらえばいいじゃん」

 

「えー。だってギルさんのマスターさんって貴族さんですけど……あんまり今は力ないですよね? それよりはちゃんと守る力のあるギルさんがいいかと! それにほら、私はそういうメイドさんがつく立場とか耐えられませんし!」

 

 とても満開の笑みでそういったセイバーは、自信満々にこちらを見てくる。……うん、まぁ、メイドを一人増やしても俺的には問題ないが……自動人形でほぼ事足りるしなぁ。

 

「でも、まじめな話、いつまでもその『同じ顔同じ体同じ服』の自動人形さん大量に使い続けるのもちょっと難しいですよね。学院内ならともかく、外からの人がいる状況とか」

 

「……まぁ、それは確かに」

 

 あの決闘騒ぎの時に六人表れたあの自動人形だが、対外的には『完成度の高いメイドゴーレム』ということになっている。数も六人だけ見られたので、いつも出す数は六人以下に限定して、いっぺんに出すぎないようには調整しているのだが……まぁ、いちいちそういう引っ掛かりを作るよりはメイドとして使う自動人形を一人に限定して、その穴埋めとして現地でメイドを雇う、と。

 ……ふむ、そう考えるといい案に思えてきた。それに何より、シエスタは『この世界』の人間なのである。俺の知らないこととか、いろいろ知っているはずだ。ちょっと感情的になりやすいマスターとかには聞けないことも聞けるかもしれない。そういう情報源としても価値が高いだろう。

 

「よし、じゃあマルトーやオスマンに掛け合ってみるかぁ」

 

「それがいいですっ! やりましたね、シエスタ! あなたもギルさんのサーヴァントですよ! えと、クラスは……『ハウスキーパー』とか? ……宝具、防御系になりそー」

 

 シエスタが英霊か。……うん、戦闘力ゼロっぽい。癒しのためのサーヴァントだな。

 

「あ、そうそう。シエスタ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

 

 そういえば、と今のうちにシエスタに聞けることを聞いておく。セイバーも友達との会話が楽しかったのか盛り上がり、お茶会が終わったのは日も暮れ始めたころだった。

 

・・・

 

 片付けも一瞬で終わり、セイバーと自動人形と共にマスターの部屋に帰る。扉を開けると、なにやらベッドに座ってぼうっとしているマスターがいた。

 

「マスター?」

 

「? ……ああ、ギルとセイバーじゃない。帰ってきたのね」

 

 そういったマスターは再びぼうっとし始める。……どうしたんだろうか。いつにもまして抜けてそうだ。

 

「どしたんでしょ、ギルさんのマスターさんは。いつもよりアホ面ですよ?」

 

「セイバーにだけは言われたくないだろうな」

 

「ど、どういうことですかー!?」

 

「そういうことだよ」

 

 俺に食い掛かってくるセイバーの頭をなでてなだめる。子供扱いに、さらにむきー! と燃え上がったセイバーと遊んでいると、こんこん、とノックの音。最初に長く二回。短く三回。誰かが来たみたいだが、こんなに規則正しく……暗号のようなノックとは……。

 そのノックに反応したのは、今までずっとぼんやりとしていたマスターだった。今までの気の抜けた顔が嘘のようにばっと顔を上げて、扉へと駆け寄る。

 

「マスター?」

 

 知り合いなんだろうか、と思いながら、マスターの開いた扉の向こうに視線を向ける。黒いフードをかぶった影。……お、ちらりと見えた顔は少女のものだ。誰だろうか。

 

「あなたは……?」

 

 自分で開けておいて、怪訝そうな顔をするマスター。ノックの仕方自体に覚えはあっても、相手は初対面ということだろうか。セイバーにマスターの前に出てもらって、俺が応対することにしよう。

 

「見たことのない顔だ。学院生じゃないな? ……マスター、下がって」

 

 そういって、俺は鞘からデルフを抜く。まだ俺のことが怖いのか、カタカタふるえるものの騒ぎはしなかった。うんうん、えらいぞ。以前までは抜いたら「ヒャアアアアアア!」だったので、しばらく慣らしをしていたのが功を奏したな。

 相手は懐から杖を抜き、なにやら呪文を唱え始めた。……が、この部屋はすでに結界を張ってある。『魔術を霧散させる』という結界で、俺の鎧と同じレベルの魔術に対しての耐性を持っている。彼女が唱えた魔術も、魔力を霧散させて発動は失敗に終わる。

 

「!? ま、魔法がっ」

 

「……怪しい。杖は取り上げさせてもらおうか」

 

 装備を換装させ、アサシンモードとなった自動人形が、黒フードの少女から杖を取り上げる。魔法が無効化されたことと、意識の外からの行為に驚いた少女のフードがめくれ、顔があらわになる。そこで、マスターが反応した。

 

「ひっ、姫様!?」

 

「姫? ……王女か」

 

 マスターのその言葉に、俺は剣を下げる。どうやらマスターの知り合いであるらしい。いま学院に来ているという王女様なのだろう。

 

「怪しい人じゃないわ! 杖を返しなさい!」

 

「ああ」

 

 俺の思念で、自動人形は杖を姫に返す。おっかなびっくりと受け取った姫。そんな姫にマスターが声をかけようとして……途中で姫にさえぎられる。

 

「姫様、もうしわけありませ――」

 

「ルイズ! ああ、ルイズ!」

 

 慌てて膝をつくマスターに、姫は感極まったように抱き着く。

 

「姫様、このような下賤な場所にお越しになるなんて……」

 

「懐かしいルイズ! そんなに堅苦しい他人行儀は止めてちょうだい! あなたとわたくしはおともだちじゃないの!」

 

「……もったいないお言葉でございます、姫殿下」

 

 態度を昔のものにするようにと言う姫と、苦しそうな顔をしながらも元の態度を貫くマスター。

 

「やめて! ああ……もう、わたくしには心を許せるおともだちはいないというの……!」

 

 そういって、わぁ、と手で顔を覆ってしまう姫。……なんというか、感情表現豊かな姫様である。流石にその態度にはマスターも感じるものがあったのか、跪いたまま伏せていた顔を上げた。

 

「私のことを覚えていてくださったなんて……」

 

 そういって微笑んだマスターは、少しだけ姫に対する態度を和らげたようだ。昔の思い出を二人で話して、たまに笑い声が漏れる程度には打ち解けたらしい。それから、余裕ができたのか、姫がそういえば、と口を開いた。

 

「ええと、ルイズ。あなたのお部屋は……その、ずいぶん賑やかなのね?」

 

 姫は俺たちサーヴァント、そして自動人形に目を向けた後、部屋の内装にも目を向ける。……いやぁ、ちょっと趣味のもの置きすぎたかな。飾り始めた日よりもかなり装飾のなされた部屋は、一学生の部屋というよりは……うん、王の私室くらいにはグレードが上がっているだろう。

 

「あ、あはは……」

 

「それで、そちらの方たちは? ご学友ですか?」

 

「あ、いえ、その、使い魔と、使い魔のメイドと、使い魔の使い魔です……」

 

「まぁっ。その、昔から変わっていたと思っていたけど……変わったことをしているのね」

 

 その説明しかないとはいえ、正直に言うなぁ、この子は。

 

「とりあえず、立って話もなんだろう。二人とも、座るといい。自動人形、お茶を。セイバー、俺たちは部屋を出ておこうか」

 

 俺がそういうと、姫はいえ、と俺たちを押しとどめた。

 

「使い魔と主人は一心同体といいます。それに、学院でのルイズの様子を聞きたいわ」

 

 そこまで言われるのなら、と俺とセイバーも参加する。一応主人であるマスターを立てて、俺とセイバーは立ちっぱなしだ。いや、疲れないからいいんだけどね。

 マスターが話すのは、俺を召喚してからの、様々な騒ぎのこと。

 

「なんと……ルイズ、あなた本当にすごいことに巻き込まれていたのね」

 

 姫は口に手を当て、優雅に驚いている様子だった。こういうところからも、育ちの良さが見て取れるな。ただまぁ、昔からの知り合いとはいえ、話しすぎな気もするけど。っていうか、英霊とか異世界とか、信じるんだなぁ……。

 

「異世界でも、王は不自由なものでしたか?」

 

 自動人形が用意した紅茶を飲み、一息ついた姫がこちらにそう問いかけてきた。

 異世界で『も』ってことは、彼女は不自由を感じているのだろう。若いお姫様や王子やらによくある、『籠の中にいる』ような閉鎖感の話だろう。

 

「んー……俺はそれなりに自由にやってたかなー。ついてきてくれる人もいたし、助けてくれる人もいた。こうして、今も助けてくれる子がいたりね」

 

 そういって、セイバーの頭をなでてやる。なついた子犬のように目を細めて受け入れてくれるセイバーと俺を見て、姫はまぶしいものを見るようにこちらを見上げた。

 

「……そう、ですか。……ならば、やはりわたくしだけが……」

 

 最期のほうは消え入るようになったつぶやきが、俺たちに届く前に消えていく。その様子が気になったのか、マスターが口を開く。

 

「姫様? ……どうか、なさったのですか?」

 

 その言葉に、姫は無理やりに作ったような笑みで答える。

 

「結婚するのよ、わたくし」

 

「それは……おめでとうございます」

 

 姫の表情からそれがうれしいものではないと判断したのか、祝いの言葉をかけるマスターの表情も沈んでいるように見えた。

 そんな暗い雰囲気に部屋が包まれ、セイバーが耐え切れずにオロオロし始めると、姫がため息をつく。

 

「姫様……?」

 

「いえ……なんでもないの。ごめんなさいね。こんなこと、あなたに頼めるはずもないわ……」

 

「なんでもないってことないはずですっ。あの明るかった姫様が、そんな風に暗い表情でため息をつくなんて……何か、悩みがおありなのでしょうっ?」

 

 食いつくように身を乗り出したマスターの言葉に、それでも姫はまだ暗い表情のまま首を横に振る。

 

「いえ……いえ、話せません。忘れてちょうだい、ルイズ」

 

「そんな! 昔はなんでも話し合ったじゃありませんか! 私をおともだちと呼んでくださった姫様が、そのおともだちにも悩みを話せませんか?」

 

「ルイズ……わたくしをおともだちと呼んでくれるのね……。うれしいわ」

 

 ようやく、この部屋に来て本当の意味で姫が笑った。そして、一つ頷くと、語り始める。

 

「今から話すことは、誰にも話してはいけません」

 

 そういって俺たちにも視線を向けてくる。その視線に、俺たちはうなずきを返す。

 

「わたくしは、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったのですが……」

 

「ゲルマニア!? あんな野蛮な成り上がりどもの国に!?」

 

「仕方がないの。同盟を結ぶためのものなのですから」

 

 姫は、そのままハルケギニアの政治情勢を説明していく。

 アルビオンという国の貴族たちが反乱をおこし、今にも王室が倒れそうなこと。そして、その反乱軍が王室を倒してしまえば、次はトリステインに侵攻してくるであろう、ということ。それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。同盟を結ぶためには国と国との結びつき……つまり、王族同士の結婚、となったようだ。

 それで、姫はそのために嫁ぐことになったらしい。

 

「なるほどな……」

 

「そうだったんですか……」

 

 その結婚を望んでいないことは、口調からも明らかだった。……なるほどな、それは不自由と思っても仕方があるまい。しかし、そのこと自体は姫の『悩み』ではないだろう。望んでいない相手との結婚自体は、すでに諦めがついているように思える。

 ならば、他の事……たとえるなら、その同盟がもしかしたら結ばれないかもしれない、そんな事態になる可能性……。

 

「礼儀知らずの反乱軍たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を望んでいません。二本の矢も、束ねずに一本ずつなら楽に折れますからね」

 

「ああ、なるほどぉ。三本より二本、二本より一本、ですもんね!」

 

「その通りです。なので、この婚姻を妨げるための材料を血眼になって探しています」

 

「そんな、もしそんなものが見つかったら……」

 

 ルイズの言葉に反応するように、姫が両手で顔を覆って崩れ落ちる。な、なんと……芝居のようだ。

 

「おお、始祖ブリミルよ……この不幸な姫をお救いください……」

 

 なんというか、作家系サーヴァントが見たら騒ぎ始めそうなほどの芝居がかった仕草だ。

 

「言ってください! 姫様! 婚約を妨げる材料というのは何なのですか!?」

 

 マスターも席を立ち、崩れ落ちた姫に駆け寄り、まくしたてる。両手で顔を覆ったまま、姫は苦しそうにつぶやいた。

 

「……わたくしが以前したためた、一通の手紙なのです」

 

「手紙……?」

 

「そうです。それが反乱軍の手に渡れば……すぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう」

 

「どのような手紙なのですか?」

 

「……それは、言えません。でも、それをゲルマニアの皇室が読んでしまえば、この私を許さないでしょう。婚約はつぶれ、トリステインとゲルマニアの同盟は反故となり、トリステインは一国にてアルビオンに立ち向かわねばならないでしょう」

 

「そっ、その手紙は!? 一体その手紙はどこにあるのですか!? トリステインに危機をもたらす手紙とやらは!」

 

「それが……手元にはないのです。実は、アルビオンにあって……」

 

「アルビオン!? で、では、すでに敵の手中に!?」

 

「いえ……その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱軍ではありません。その反乱軍と戦いを繰り広げている、王家のウェールズ皇太子が……」

 

「皇太子? プリンス・オブ・ウェールズですか? あの、凛々しき王子さまが?」

 

 姫はその言葉にうなずくと、言葉を続ける。

 

「ああ! 破滅です! ウェールズ皇太子は、遅かれ早かれ、反乱軍にとらわれてしまう! そうなれば、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなれば、破滅です! このトリステインは破滅してしまいます……!」

 

 話の流れで理解したのか、マスターが息をのむ。

 

「では、姫様……私に頼みたいことというのは……」

 

「無理よ! 無理よルイズ! わたくしったら、混乱しているんだわ! 冷静に考えてみれば、反乱軍と王党派が戦争を繰り広げているアルビオンに赴くなんて危険なこと、頼めるわけがないのよ!」

 

「何をおっしゃいます! たとえ地獄の釜の中であろうと、竜のアギトの中であろうと、姫様のためならば! それにこれはトリステイン全体の、ひいてはおともだちである姫様の危機でございます! どうかこのわたくしめに、その一件、ぜひともお任せくださいますよう!」

 

「マスターの行くところに俺も行く。絶対に守るから、安心していいぞ、マスター」

 

「ギル……と、当然よ! あんたは私の使い魔なんだからっ」

 

 そういって、マスターはツンとそっぽを向きながら言う。少なくない感謝の気持ちがつながりを通じて流れ込んでくるので、少しは俺を頼ってくれているようだ。あの舞踏会以来、少しだけマスターの性格が柔らかくなったように感じる。

 

「このわたくしの力になってくれるというの、ルイズ! わたくしの一番のおともだち!」

 

「もちろんですわ! 姫様!」

 

 マスターと姫が、手と手を取り合って熱い口調で語り合う。すると、姫は感極まったのか泣き始めてしまった。

 

「これが真の忠誠ですわ! 感激しました。わたくし、あなたの友情と忠誠を一生忘れません、ルイズ!」

 

 それから、姫とマスターは少しだけ懐かしい話に花を咲かせ始める。マスターの言葉に肩の荷が下りたのか、姫も打ち解けて笑顔を浮かべるようになった。

 そして、さっそく明日の朝出立することを伝えると、姫はうなずきを返した。

 

「ルイズの使い魔さん」

 

「うん?」

 

「わたくしの大事な大事なおともだちを、これからもよろしくお願いしますね」

 

 そういって、姫は左手をすっと差し出す。……これはあれか。手の甲にちゅっとするやつか。

 

「わぁっ、これ、見たことありますよ! ちゅってやるやつですよね!」

 

「そんな! 使い魔にお手を許すなんて! ……あ、でもこいつ王様なのよね……じゃあいいのかしら……?」

 

 ちゅっとするといっても、実際に口はつけないらしいしね。そう思いながら、姫の手を取って少しだけ屈み、すっと口を近づける。……うん、やっぱりウチの姫様に教わったマナー講座はこの世界でも活かせるらしい。流石マリー。ヴィヴ・ラ・フランス!

 

「そういえば、朝出立って言ってたけど……アルビオンってのは遠いのか?」

 

「うーん、遠いっていえば確かに遠いけど、それより船が問題よね」

 

 そういって、マスターはアルビオンについて話してくれた。いわく、空を飛んでいる国らしく、空を飛ぶ船でしか行けないとのこと。……ヴィマーナで行くか?

 

「あの黄金の船ね? それもいいけど……目立たないかしら?」

 

「あー……そういえば戦争中だったか。ということは向こうも空飛ぶ船で戦ってるんだろ? なら、少し見つかりやすいかもしれないな」

 

 隠蔽、偽装の効果があるとはいえ、本当の乗り手ではない上に俺はキャスターではないので、本場のメイジたちに見破られる可能性はあるだろう。一応密命ということだし、馬かなんかで船着き場まで行き、そこで船に乗っていくのが一番かもしれない。

 

「セイバーもそういう隠蔽系のはないだろ?」

 

「ですねー。いやほら、目立つ系ならたくさんありますが」

 

「やめてくれ」

 

 そういえば確かにこの子の宝具は目立ったな。特に第三宝具。

 俺たちが移動についてどうするか話していると、姫がその話を聞いたのか、補足してくれる。

 

「移動途中についてのお話ですか? それならば、護衛に魔法衛士隊グリフォン隊隊長を向かわせましょう。本当ならば部隊をつけたいところですが、任務の機密性から大部隊をつけるわけにもいきませんし……その点、彼ならば人格も腕も信用できます」

 

「なるほど……」

 

 ならば、足並みを合わせる意味でも、無駄に俺の力を広めないためにも、普通に馬で行くのがいいか。マスターもそれに同意らしく、うんうんとうなずく。どうしようかな。ライダー今のうちに召喚しておくべきか……?

 そんなことを考えていると、姫も話を終えて部屋を出ようとする。……あ、その前にアレなんとかしないと。

 二人に向かって、俺は扉を指さしながら話しかける。

 

「それで……さっきから外でギーシュがこの部屋をのぞいたり聞き耳立てようと必死になってるけどどうする?」

 

「は? ……ん? 聞き耳たて『ようと』ってどういうことよ」

 

「そりゃ、この部屋に結界を張ってるからに決まってるだろ。マスターと俺以外の魔術の使用妨害、探知魔法の阻害、この部屋を外から見えないようにしたりとか、防音防諜防災諸々いろんな加護とかね」

 

「いつの間に私の部屋にそんなことしてんのよ!」

 

 いやだってほら、マスターの部屋、隙だらけだったし。一番寛げるように、部屋は安全じゃないとね。防御宝具も使ったある種の人外魔境である。この部屋の中の神秘は相当なもんだ。

 

「あ、だから『ディテクト・マジック』が発動しなかったのですね……」

 

 そういって、姫が自分の魔法の杖を見ながらつぶやく。ああ、そういえば部屋に入ってきたときに何か唱えようとしてたね。ディテクトってことは探知魔法かなんかなのか? と思ってマスターに聞くと、そのとおりらしい。魔法がかかっていないかとか、汎用性の広い魔法らしい。

 

「どこに耳が、目があるかわからないから、と使おうと思っていたのですが……あの時はあまりの驚きにすっかり唱え直すのを忘れていました。ですが、防諜されているのなら安心ですね」

 

 そういって微笑む姫。で、どうすんのさ、外で変なポーズになってるギーシュ君は。

 

「……聞かれてはいないのよね?」

 

「ああ」

 

「なら、あんたが帰してきてよ。そしたら、姫様を送るから」

 

「ん、了解」

 

 そう言って、姫には一旦見えないところに隠れてもらうことに。それから部屋の扉を開けると、扉に体重をかけていたのか、ギーシュが転がるように部屋の中に入ってきた。

 

「あいたぁっ!?」

 

「……本当にこんなことになるんだ」

 

 セイバーが変なことに驚愕しているが、構わずギーシュの首根っこを掴んで持ち上げる。気まずそうに笑うギーシュに、俺も苦笑しながら問いただす。

 

「ここは女子寮だぞ、ギーシュ。この部屋には俺の張った結界があるから何も聞こえないし鍵穴からも何も見えなかっただろう? さて、言い訳を聞こうか」

 

「あ、あはは……そ、そのだね、夜に散歩をしていたら麗しき姫殿下が寮に入っていくのを見て……その、あとをつけてみたら……なんと! あのヴァリエールの部屋に入っていくじゃあないか! それで色々と部屋の中の様子を知りたいと悪戦苦闘していたんだがね……。頼むよギル! 麗しき姫殿下と一度でいいからお話を……!」

 

「あ、あんた! あとをつけてきたっていうの!?」

 

 マスターがギーシュの言葉に眦を吊り上げる。あー、うん、そうだよね。お姫様をストーカーとか、まぁ許されることじゃないよね。

 そのままだと乗馬用の鞭でも取り出しそうなほどに爆発寸前のマスターを押さえ、セイバーに任せてギーシュに声をかける。

 

「残念。もうこの部屋にはいないんだ。お忍びで来たみたいだからね。窓からこっそりと送り届けたんだ」

 

「そっ、そんなぁ……!」

 

「……というか、あの子……なんだっけ、あの本命の。……あー、そう、モンモンちゃんとは仲直りできたのか?」

 

「ああ、モンモランシーのことかい? それはだね、えっと、現在修復作業中というかなんというか……」

 

「それで姫に、か。俺が言うのもなんだけど、こういうのは一人に絞っていったほうがいいと思うぞ。っていうか姫はちょっと高嶺の花過ぎないか?」

 

「ふっふっふ。バラの花は高貴なる花! なれば、姫殿下にももちろん似合うということさ! 僕の美しさが通用しない女性はいないのさ!」

 

 手慣れた様子で造花の薔薇の形をした杖を取り出し、ふふん、とどや顔を披露するギーシュ。……いや、そこまで貫けられればすごいよ。

 

「それはまぁ自由だし構わないけど……とにかく姫は帰ったよ。ほら、ギーシュも他の人に見つかる前に帰ったほうがいいんじゃないか?」

 

「そうよっ。そもそも女子寮に侵入っていうのが許されざることだわ! たとえここに姫様がいたところで、会わせられるもんですかっ!」

 

「ほらほら、どうどうですよ、ギルさんのマスターさん。はい、しんこきゅー。ひっひっふー」

 

「あやすな! 私は子供じゃないんだからっ」

 

 どたばた暴れ始めるマスターと、それを抑えるセイバー。流石に筋力Eとはいえ、女の子一人抑えるくらいはわけないらしい。隠れている姫も、それを見て表情を柔らかくさせている。……古い友人のこんな姿を見てほおを緩ませるとか、過去の二人の間の友情の育み方に若干の疑問を覚えるものの、スルーしてギーシュを部屋の外へ運び出す。

 

「というわけで、ギーシュ、ハウス」

 

「なっ、こ、このギーシュ・ド・グラモンを犬扱いとはっ」

 

「グラモン?」

 

 ギーシュが犬扱いを不当として放った言葉に、姫が反応してしまった。しかも立ち上がって。……あーあー。

 立ち上がって発言した後、ハッとなったのか口に手を当てて「しまった!」という顔をしているが……もう遅いだろう。声も姿も、ばっちりギーシュに確認されてしまった。

 

「やっぱり! 姫殿下! その麗しきお姿、間違いないと思っておりました!」

 

「え、ええ。それよりも、あなた……グラモン元帥の?」

 

「息子でございます、姫殿下!」

 

「……なるほど」

 

 そういって、姫は少し考え込むそぶりを見せた。……考えていることは少しわかるが、変なことは言うなよー?

 

「へー! 元帥さんの息子さんなんですね! なら、お姫様の力になってくれるんじゃないですか?」

 

「ばかっ、セイバー!」

 

「え? ……あ、密命でしたっけ」

 

 マスターがセイバーに注意をするが、時すでに遅し。全部を聞いていたギーシュが、目をきらりと光らせ、姫に跪きながら口を開いた。

 

「なにやら姫殿下にはお力が必要なご様子! このギーシュ・ド・グラモン、姫殿下のお役に立ちたいのです!」

 

「そうなのですか……あなたも、私の力になってくれるというのですね」

 

 そういって、姫が微笑んだ。……あー、こりゃダメな流れだ。ここまで来たら、もうギーシュも共犯にするしかないだろう。

 そうして新たにマスターからギーシュに説明がなされ、その間姫は皇太子に向けて手紙をしたため始めた。

 

「……始祖ブリミルよ……」

 

 ……何かを憂いた表情をした姫は、自分の書いた手紙を見て、さらに何かを書き加えたようだった。……文字がわからないので内容はわからないが。むむむ、この任務が終わったら文字の勉強をするとしよう。流石に不便になってきた。

 それから、書き上げた手紙に封をして、自身の指輪と共にマスターに渡した。

 

「母君から受け継いだ、『水のルビー』です。せめてものお守りとして……そして、道中もしお金に困ったなら、これを売って旅の資金にしてください」

 

「そ、そんな大事なもの――!」

 

「受け取って、ルイズ。これが私の、せめてもの誠意。この指輪が、きっとあなたを守ってくれますように」

 

 姫から手紙と指輪を受け取ったルイズは、それを胸に当てて真剣な瞳で姫を見た後、頭を深く下げた。

 そして、その夜はギーシュを帰し、姫を送り届けて終わった。……あーもう、セイバーはあとで折檻だ。まぁ、あんまり策略謀略に触れてきた子じゃないし、うっかり口にすることもあるだろうから、軽めに尻叩きだな。大丈夫。神様も病みつきになるお仕置きだから。

 

「あ、あれ? な、なんか寒気が……風邪かなー?」

 

「いいや? それは悪寒と言ってな? ……俺にお仕置きされることが確定した時に感じるんだよ」

 

「ひ、ひっ、ぎ、ギルさんのマスターさんっ、お助け――」

 

「残念。魔王からは逃れられない」

 

 その日、マスターであるルイズは、そのあとのことを黙して語りたがらなかった。それから、お仕置きという言葉を聞くと、セイバーと二人して、カタカタフルフルと震えるようになるのだった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

真名:怜喧縺代・繝シ繝――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。

クラス:セ繝シ繝ウ――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。 性別:女性 属性:秩序・善

ステータス:筋力・E(B) 耐久・E+(B+) 敏捷・E(B) 魔力・B 幸運・C 宝具・A++

クラス別スキル

対魔力:☆

■■:D

固有スキル

繝シ繝ウ:A

カリスマ:■+

■人:A

透化:■
――第一宝具解放後、詳細解明。

■■放出:A
――第一宝具解放後、詳細解明。

心眼(■):E
――第一宝具解放後、詳細解明。

■■■の加護:A
――第三宝具発動後、閲覧許可。

矢除けの加護:■
――第三宝具発動後、閲覧許可。

宝具
■■■■■■■■■■■■■■(■・■■■■)
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:一人

第一宝具:立ち上がった少女の物語。それは、少女に力を与える。

■■■■■■■■■■■■(■■・■■■■■・■■■■■)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:1000人

第二宝具:仲間の先を駆ける乙女の物語。そして、乙女は仲間を鼓舞する。

■■■■■■■■■■■(■■■■・■■■)
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:10人

第三宝具:奇跡のその先へ向かった■■の物語。最後に、■■は――。


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第十一話 密命、気合、いれて

「明日朝早いから、今日は早く寝ましょ」「了解。起きなかったらおいていけばいいんだな?」「なんでよ!? 起こしなさい!」「あ、ギルさん、私もお願いしますねー?」「……セイバーについては、徹夜だな」「ひえっ!? な、なんででしょう!?」「自分のその微妙な大きさの胸に手を当てて考えてみろ」「びみょっ!? ふ、ふつーですよこのくらいは! そりゃ、あの無限の容量のあるおっぱいとかみたいに大きくないし、ギルさんのマスターさんみたいにぺったんこでもない、ちょうど中間くらいの大きさですけど、これが女の子の普通なんです!」「そうだな、まさに普乳だな」「ま、また普通って言ったぁ!」「……あんたらね」「ん? どうしたマスター、そんなにプルプル震えて」「? なんだろ、この魔力の流れ……?」「あんたらぁっ! そこに正座っ!」「うお、マスター、杖を振るのはやめ……!」「ひゃ、魔力の流れが爆発する……!?」

 翌日、部屋の中は乱れに乱れていましたが、全部自動人形に投げて旅に出ました。……なんか、お土産買ってかないとなぁ。


 次の日の朝。太陽も登り始めたばかりで学院に朝もやのかかる中、俺たちは旅の準備をしていた。といっても、荷物やらなんやらは俺の宝物庫に入れているため、馬の鞍やらを準備するくらいだ。そんな中、ギーシュがそういえば、と話しかけてきた。

 

「僕の使い魔も連れていきたいんだけど、いいかな」

 

「ギーシュの使い魔? ……そういえば見たことなかったな。どんな使い魔なんだ?」

 

「紹介するよ。もうここにいるんだ」

 

 そういって、地面を足で叩くギーシュ。すると、土が盛り上がり、そこから茶色い大きな生物が顔を出した。

 

「おっと。モグラ……か?」

 

 大きさは普通のモグラとは違い、抱き着くギーシュと同じくらいに見えるが。

 

「あんたの使い魔ってジャイアントモールだったのね」

 

「そうさ! ああ、可愛いヴェルダンデ! たくさんどばどばミミズは食べてきたかい?」

 

 ジャイアントモール……つまり巨大モグラ、である。そのまんまか。だいぶんギーシュはこの巨大モグラ……ヴェルダンデを溺愛しているらしい。抱き着き、頬ずりをし、鼻をひくつかせるヴェルダンデとスキンシップをしていた。

 

「……可愛い……?」

 

 セイバーが首をかしげるが……まぁ、その辺は個人的な趣向になるから黙っていような。

 

「っていうか、それだと連れていけないわ、ギーシュ。モグラだから地面を進むんでしょう?」

 

「大丈夫さ! なんて言ったってヴェルダンデだよ!? 地面を掘って進むのは得意なんだ!」

 

「もう忘れたの? 行先はアルビオン。地面を掘って進むこの子を連れてはいけないわ」

 

 ああ、そういえばアルビオンは『空飛ぶ国』だ。輸送手段を確保しない限りモグラは住めない環境だろう。

 マスターの言葉に、ギーシュは顔を悲しげにゆがませた。

 

「そんな! お別れなんて、辛すぎる……胸が張り裂けそうだよ、ヴェルダンデ!」

 

 別れの言葉をかけているその時、ヴェルダンデが鼻を再びひくつかせ、くんくんと俺のほうに寄ってくる。

 

「ん? なんだ、ギーシュより俺の使い魔になりたいってか?」

 

「そっ、そんな!? ヴェルダンデ!?」

 

 押し倒されそうなほどの勢いですり寄ってきて鼻で体を探索するようにつつきまわされる。まったく、これが俺じゃなかったら押しつぶされているところだ。仕方がないなと撫で繰り回していると、冷静になったのか、ギーシュが首を傾げた。

 

「あ、そうそう、ヴェルダンデは宝石なんかが好きなんだ。貴重な鉱物や宝石の原石を見つけてくれたりしてね。君も何か身に着けてるんじゃないのかい?」

 

「ん、ああ、そういわれるとそうだな」

 

 撫で繰り回しているうちに、俺の手についている指輪に夢中になっているらしいヴェルダンデ。こらこら、これは大事なものだから、舐めないでくれよー。

 

「あー、その指輪……下手な宝石より貴重なものでできてますもんねー」

 

 セイバーが苦笑いしながらそうつぶやく。それにしても、前日のうちにマスターから手紙と姫の指輪を預かっておいてよかった。そうでなければ、マスターのほうにこのモグラが言っていたかもしれないしね。流石のマスターも、巨大モグラに押し倒されては抵抗できまい。下着くらいは御開帳してたかもしれないな。

 

「さて、ほら、そろそろご主人のもとに帰るんだ、ヴェルダンデ」

 

 俺がそういうと、満足したのかギーシュのもとへヴェルダンデが戻っていく。ギーシュはもう一度名残惜しそうにヴェルダンデに別れを告げると、馬の準備に戻る。

 そして、全員分の準備が完了したとき、朝もやの中から一人の男性がやってきた。

 

「すまない。待たせたかな?」

 

「……あなたは?」

 

「ああ、自己紹介が先だったね。グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

「わ、ワルドさま……?」

 

 なるほど、この男が姫のつけてくれた護衛のようだ。マスターが驚いたように声をかけているところを見るに、また昔の知り合いらしい。

 ワルドはマスターを視界に入れると、にっこりと笑ってマスターに駆け寄り抱き上げる。

 

「ルイズ! 久しぶりだなぁ、僕のルイズ!」

 

 ……何気に『僕の』呼ばわりしているところに若干の不満はあるものの、マスターと顔見知りならば信頼もできるだろう。姫の選択は間違っていないといえる。

 

「お久しぶりでございます」

 

 マスターも頬を染めつつ挨拶をして、抱き上げられるままになっているところを見るに、まんざらでもないらしい。

 

「そうだ、彼らを紹介してくれたまえ」

 

 そういって、ワルドはマスターを下した。だいぶん親しい仲のようだ。マスターも特に何かを言うこともなく、俺たちに顔を向けてワルドに紹介してくれた。

 

「ええと、こっちがギーシュ・ド・グラモン。そして、使い魔のギルといいます。もう一人の女の子は使い魔の……ええと、同僚です」

 

「使い魔? 君が? ははは、まさか人が使い魔とは思わなかったな」

 

 そういって、朗らかに笑うワルド。だろうな。この世界では前例のないことらしいし。こちらに近づいてきたワルドは、気さくに話しかけてきた。

 

「僕の婚約者がお世話になってるね」

 

「婚約者? ……ああ、でもまぁ、納得だ。よろしく、ワルド子爵」

 

 そういって、右手を差し出す。ワルドのほうも察してくれたらしく、握手に応じてくれた。

 

「さて、それじゃあさっそく出発しようか」

 

 ワルドは口笛を吹く。すると、まだ晴れない朝もやの中からグリフォンが現れる。おお、グリフォン。ヒッポグリフなら乗ったことあるけど、グリフォンはまだだな。乗ってみたいけど、でも定員は一人……小柄な人間で二人ってところだから、難しいなー。

 ひらりとグリフォンにまたがると、ワルドはマスターを手招きする。

 

「おいで、ルイズ」

 

 頬を染め、少しためらっていたが、もじもじしているマスターを見かねたのか、ワルドに抱きかかえられてグリフォンにまたがった。

 そのままワルドは杖を掲げて、雄々しく叫ぶ。

 

「さぁ諸君! 出発だ!」

 

 グリフォンが駆け出して、それにキラキラとしたまなざしを向けたギーシュが続いた。俺とセイバーは、顔を見合わせてため息をつくと、馬にまたがって後を追った。

 まったく、憧れの年上の婚約者と出会ってずいぶんと乙女になっているようだが……大切な密命だってこと、忘れてないだろうな。

 

・・・

 

 ワルドがグリフォンに乗って休みなく走っていくので、俺とギーシュは宝物庫にあった宝具の鞍を使って馬の強化、騎乗者の保護、能力の向上をしたうえで、路上を駆け抜けていた。……ちょっとくらいこっちを慮るとか、そういう配慮ないんですかねぇ!

 ちなみに、セイバーは俺と一緒に馬に乗っている。『馬……ちょっと不安です』と言っていたので、相乗りすることになったのだ。

 

「もー! アストルフォさんかケツァルさんかマルタさん呼びましょうよー」

 

 「早すぎませんかあれは!」と途中から騒ぎ始めたセイバーのイライラはだいぶん高まってきているらしく、俺も苦笑しか返せていないのが現状だ。すでに半日以上は馬を走らせており、宝具を使っていなければ馬は何度か交換が必要だったろうし、ギーシュもへばっていたことだろう。

 宝具でも疲労軽減くらいしかできないので、少し辛そうではあるものの、馬もギーシュもまだ余裕を感じられる。

 道中ギーシュに聞いた話だと本来港町のラ・ロシェールまでは馬で二日かかるらしいが、この調子なら夜にはつくだろう、とのことだった。その言葉の通り、日が暮れて夜になったころには、すでに港町ラ・ロシェールに続く山道に入っていた。

 港町といっても空飛ぶ船の港なので、峡谷に挟まれるようにして町があり、岩をくり抜いて作ったような建物が見える。

 

「はー、ようやくついたー」

 

「もうそろそろ腰が痛くなってきたころだったから、助かったよ……いやはや、君の鞍は優秀だな」

 

「……安心はまだできないようだぞ。セイバー!」

 

「っ! 敵襲!?」

 

 いくつも投げ込まれた松明でようやくセイバーも気づいたのか、俺の見ている方向……崖の上に視線を向けた。

 その明かりで驚いた馬だったが、鞍の性能のおかげか、俺もギーシュも振り落とされはせず、なんとか馬を落ち着かせることに成功。

 そして、聞こえてきた風切り音に反応し、俺は腰に付けていたデルフリンガーで、セイバーは腰に佩いた細身の剣で、それぞれ飛んできた矢を弾いた。

 

「な、なんだ一体……!」

 

「こんなところで襲われるとなると、物取りか山賊か……」

 

 もしくは、と続けようとしたその時、次の矢が飛んでくる。

 だが、その矢は小さな竜巻によって絡めとられ、明後日の方向へと運ばれていった。風の魔法か……?

 

「無事か!」

 

 声の方向へ視線を向けると、ワルドが杖を構えてそう叫んでいた。杖から先ほどとは違う魔力を感じたので、やはりさっきのはワルドの魔法だったらしい。

 ワルドが合流し、もう矢を放っても無駄だと判断したのか、三度目の矢は無いようだった。

 グリフォンを降下させて隣に降り立ったワルドは、上を見て警戒しつつ、つぶやく。

 

「山賊か?」

 

「ちょうどよかった。マスターとギーシュを頼んだ!」

 

 そういって、俺は馬を走らせて崖へ駆け寄り、馬から飛び上がる。途中でとっかかりを掴んで再び飛んで、崖の上へ。そこにはザ・山賊といった風貌の男たちが待ち構えていた。

 手には斧からこん棒のようなものまで、いろいろだ。統一性のなさが、踏んできた修羅場の数を物語っているようだ。

 

「上ってきやがったぞ、こいつ!」

 

「馬鹿め! 一人で何が出来んだ!」

 

 こういう手合いは会話をしても無駄だ。握ったデルフリンガーを力ずくで振るい、目の前にいた二人を吹っ飛ばす。さび付いているせいで、斬れはしなかったがいくつか骨も折れているだろうし内臓も傷ついているだろう。気絶したのか動かなくなった二人から視線を外して、次に狙いをつける。

 

「ひ、ひっ!」

 

 吹っ飛ばされた二人を見たからか、弓に矢をつがえていた男が慌てて弦を引き、矢を放ってくる。手慣れているからか、こんな状況でもきちんと俺の顔めがけて飛んできた矢を首をかしげて避けると、その男のもとへと踏み込む。

 その勢いのままにデルフリンガーを握っていない片方の手でぶん殴る。相当な勢いで飛んで行った男は、後方にいた一人を巻き込んで転がっていく。ダメージは低そうだからもしかしたら立ち上がるかもしれないが……今は無視していいだろう。

 

「あと三人か」

 

 一人にデルフリンガーを投げつけ、結果を見ることなく残った二人のうち一人に駆け寄る。そいつの襟首をつかみ、最後の一人のもとへ。踏み込んだ勢いそのままに手に持った男をぶつけると、鈍い音を立てて二人が転がっていく。そこで初めてデルフリンガーを投げた相手に視線を向ける。どうやらいいところに当たったらしく、白目をむいて倒れている男が見えた。

 

「よし、すまんなデルフリンガー。投げたりして」

 

「い、いやぁ、頑丈なのが取り柄だからよぅ……」

 

 デルフリンガーを拾うために倒れた男の近くまで近寄ると、男の懐から小さな袋が出ているのが見える。……?

 

「お、財布か。……やけにいっぱい入ってるな。デルフリンガー、これだけあればしばらく生活できるよな?」

 

「え? あ、ああ、そうだな。……確かにそうだ。こんなに持ってて、なお襲うってぇのは、あんまり考えられねえな」

 

 ある程度の稼ぎがあれば、アジトに戻って金を置いて来るなりいったん撤退するなりするはずだ。余計なリスクを背負ってこんな少人数を襲っても実入りはほとんどないだろうし……。

 財布の中を検めてみると、トリステインの新金貨という奴だ。俺も何度か見たことがある。確か、三枚で旧金貨の二枚分の価値があるんだとかなんとか……。

 

「怪しいな」

 

 全員を集めてまとめて縛るついでに懐を探ってみると、全員それなりに金を持っているようだった。むむむ、なおさら怪しい。全員ひとまとめにはせずに、一人だけ外しておく。そして、そいつをぺちぺち叩いて起こす。

 

「う、うあ……?」

 

「おはよう。……さっそくだけど、カリスマ全開で行くぞ」

 

 EXランクにまで高まったカリスマは、判定次第で敵対意思を持つ者すら従わせることができる。サーヴァントやら魔術師やらメイジとかの対抗策のありそうなのならともかく、山賊くらいならば対抗ロールも出来ずに俺の指揮下におかれる。俺の幸運と合わせて、これはかなり強力なスキルだ。……だからこそ、いつもは抑えているんだけども。

 

「聞きたいことがある。君たちは金目当ての山賊か? それとも……誰かにやとわれたのか?」

 

「あ、お、おう? ……そうだよ、なんか白い仮面つけた男にやとわれたんだ。へへ、金払いもよくてよ。前金で結構もらったんだよ」

 

 最初は混乱しているようだったが、すぐにあくどそうな笑みを浮かべて口を滑らせてくれた。……白い仮面の男、ねぇ。

 

「なんか言ってなかったか? ほら、アルビオン、とか密命、とか」

 

「ああ? あー、貴族派だとか言ってたな。二人組でよ。もう一人は緑の髪をした、メイジの女だったからよぉ……へへ、もう一人もそうなんじゃねえか? で、お前らが通るはずだから、襲ってほしいってよ」

 

「……なるほど。どこかから洩れているということか。あの姫様も抜けてそうだったしなぁ」

 

 緑髪のメイジはたぶんフーケだろう。その白い仮面の男か、貴族派か……どちらかに何かを感じ取ったのだ。ということは、その白い仮面の男……気を付けるべきだな。

 

「ありがとう。……じゃ、もうちょっと寝てようか」

 

「お、ぐっ……」

 

 もう一度彼には気絶してもらい、縛っておく。そのあたりで、大きな羽ばたきの音。ワルドがグリフォンで助けに来たらしい。

 

「……なんと。もう終わっていたとは」

 

 驚いた表情でワルドがこちらにやってくる。

 

「これでも腕には自信があるんでな。……さ、下に戻ろう」

 

 金貨の入った袋はすべて宝物庫にしまった。……これは、みんなに内緒で調べるとしよう。

 

・・・

 

 下に降りると、人数が増えていた。

どうやら出発の際のごたごたで気づかれたらしく、キュルケとタバサの両名がシルフィードに乗ってついてきたのだ。タバサの格好が寝間着であることを鑑みるに、どうもキュルケが無理やり起こして連れてきたようだ。

 

「ダーリン!」

 

 俺を見つけたキュルケが、シルフィードのもとからこちらに駆け寄ってくる。

 それを受け止めてから、少し離れてもらう。マスターは中々に嫉妬深いのだ。こんな姿を見られては、また頬を膨らませるに違いない。……でもまぁ、ちょっとキュルケの自慢のメロンが当たるのは仕方がないよね、とひっついてくるキュルケを完全には離さずにマスターのほうを向く。

 案の定こちらを見てほおを膨らませ、何かを言おうと口を開きかけていたマスターだが、ワルドになにやら言われてその言葉を引っ込めたようだ。

 

「今日はこのラ・ロシェールで一泊し、明日の早朝アルビオンへ向かおう」

 

「ああ。……キュルケ、タバサ。一応密命なんだ。……ついてくるというなら全力で守るけど、できれば帰ってほしいかな」

 

「ふふっ。ダーリン、ごめんね? でも、心配なの……」

 

 しおらしく顔をうつむかせ、こちらを見上げてはにかむキュルケ。むむむ、流石小悪魔である。こういうツボを押さえるのは得意らしい。

 しばらく視線をぶつけ合わせて、無言の間。先に根負けしたのは、俺だった。

 

「……はぁ。負けだ、負け。ま、任務内容さえ言わなければただのアルビオン観光みたいなもんだ。でも、俺かセイバーのどっちかから絶対離れないこと。わかったな?」

 

「うんっ! ありがとっ。やっぱり優しいのね、ダーリンは!」

 

「そっちで無関係とばかりに本を読んでるタバサもだ。わかったかー?」

 

 キュルケからタバサに視線を変えてそう声をかけると、彼女はずっと読んでいた本から顔を上げ、こてん、と小首をかしげた後、つぶやくように答えた。

 

「……私は大丈夫」

 

 そういって、タバサは本を読んでいる間小脇に立てかけるように持っている杖を動かす。魔法が使えるから心配するな、という彼女なりのアピールなのだろう。確かフーケ討伐の時も彼女は特別強い、みたいなことをオスマンが言っていたような気もするし、実際にそうなのだろう。

 だけど、それとこれとは話が別だ。強くても一歩間違えれば怪我をしたり、最悪死んでしまうのだ。それは、彼女だけではなく、彼女の友人や、親御さんにも申し訳が立たない。ここでの保護者は俺なのだ。マスターだけではなく、ギーシュや彼女たちも、きっちり守ってやろう。

 

「タバサが戦い方を知ってて大丈夫でも、だ。マスターと同じように、ギーシュも、キュルケも、タバサも俺の大切な子だからな」

 

「私っ。私はー!?」

 

「はいはい、セイバーも大切な子の一人だよ」

 

 俺に抱き着くようにしていたキュルケに一言断って離れ、さらにすり寄ってくるセイバーを押さえて、タバサのもとへ。不思議そうに見上げてくるタバサの頭を少し乱暴に撫でる。目をつぶりながらも、されるがままのタバサから手を放すと、まだやっぱりこちらを不思議そうな顔をして見上げてきていた。

 

「大切……」

 

「そ。大切。……さ、今日はここで一泊らしいし、みんな、行こうか」

 

 話している間にすでにワルドとマスターは先に進んで行ってしまっていた。それに追いつくために二人をせかして、俺たちを待ってくれていたギーシュと共に、五人で二人の背中を追ったのだった。

 

・・・

 

 ラ・ロシェールにて一番高い宿……『女神の杵亭』に宿泊することとなった。……まぁ、みんな貴族だしな。しゃーないしゃーない。

 ちなみに今は一階にある酒場にいる。ワルドとマスターが二人そろって船着き場へ交渉しに行ったため、残った俺たちはこうして酒場で待っているのだ。酒場といっても、貴族向けの宿。安っぽい感じはせず、照明やらテーブルやら、ある程度金を使っているのがわかる。

 そこで二人が帰ってくるまで、こうして世間話でもしながら待っているのだ。……っと、帰ってきたみたいだな。浮かない顔をしたマスターと、困った顔をしたワルドが、俺たちのいたテーブルに座る。

 

「アルビオンへの船は明後日まで出ないそうだ」

 

「明後日? 確か空を飛ぶんですよね? なんで明後日まで出ないんです?」

 

 セイバーがきょとんと小首をかしげる。両手で抱えるように持ったカップには、他とは違いワインではなく暖かいミルクが注がれている。

 

「明日の夜は月が重なる『スヴェルの月夜』だ。その翌日の朝、アルビオンは最もラ・ロシェールに近づくのだ」

 

「あー……そういえば浮遊大陸なんだったか」

 

「動いてるんですねー」

 

 サーヴァント二人組がそろってほほう、と頷く。まだ見たことはないのだが、浮遊大陸アルビオンが近づくまではここで待機になるようだ。ま、それはそれで仕方がない。

 

「もう疲れただろうし、今日は休もう。みんなの分も部屋をとっておいた。ギル、君とギーシュ、キュルケとタバサとセイバーで相部屋だ」

 

「? ワルド、私は?」

 

「君は僕と同室だよ、ルイズ」

 

 婚約者だからね、と微笑むワルドに、マスターが椅子から立ち上がって叫ぶ。

 

「まだ結婚してるわけじゃないのに! 駄目よ、そんなの!」

 

 そう言ったマスターは、困ったようにこちらに視線を向ける。……なんだなんだ、まったく。しかしまぁ、以前までなら困っても俺にそんなに頼ろうとしなかったのに……。こうして頼ってくれるようになったのはうれしく思うとともに、微笑ましく感じる。だけどまぁ、十歳で婚約者と同室というのは緊張するだろう。仕方ないなぁ。助け舟を出してやろうと口を挟む。

 

「ワルド、男女で部屋を分けたらどうだ。マスターも困ってるみたいだしな」

 

 俺の言葉に、しかしワルドは首を横に振った。

 

「使い魔たる君から主人を離すのは悪いと思っているよ。だけど、ルイズと大事な話があるんだ。二人っきりで話したいんだ」

 

 むぅ、彼の意思は固いようだ。これ以上彼を説得するなら俺のカリスマスキルによる判定をするしかないが……。マスターと大事な話があるという彼の言葉に嘘はないようだ。ならば、ここは彼の意思を尊重してやるしかないな。

 

「……仕方がない。マスター、何かあればパスで俺を呼べ」

 

 それぞれの部屋に向かう前。一応安心させるためにとマスターに小声で伝えておく。

 ま、ワルドもここで変なことはしないだろうが、一応念のため。

 

・・・

 

 その日の夜。俺は宿の屋上に立ち、考え事にふけっていた。部屋ではギーシュが爆睡しており、起こすのも忍びないとこうして外に出てきたのだ。吹き寄せる風が俺の髪を乱していく。

 

「……なーんか悩んでると思ったら」

 

 そんな俺に声をかけながら、金色の粒子が集まり人型をなしていく。霊体化した状態から実体化するときの現象だ。

 

「セイバーか」

 

 そちらに振り向くことなく声をかけると、こつり、と固いブーツの音が一度だけ聞こえる。

 

「そんなに心配です? マスターのこと」

 

「あたりまえだろ。俺はこれでもマスター思いでな」

 

「あんまり過保護だと反抗期が来ちゃいますよー」

 

 くすくすと笑うセイバーに、振り向かずにつぶやく。

 

「……一番怪しいのはワルドだと思っていたんだ」

 

「んー? あ、情報漏れの話ですね?」

 

「そうそう。でも、姫がマスターに相談してからワルドに依頼して、合流してからこの方、一度も俺たちから離れてはいない。……もしくは、その白い仮面の男がサーヴァントなのか」

 

 性別男のサーヴァントにはあまり詳しくないので、白い仮面、男だけの情報では何とも言えないが。

 

「気にしすぎても視野狭窄になりますよ。魔法がある世界なんです。なにがあってもおかしくありません。……備えるのはいいですが、怯えるのは愚策です」

 

 こちらを見上げるセイバーの言葉に、それもそうだ、とうなずく。どんなサーヴァントが来ようが、マスターを、その友達を、俺の守るべき人を守るだけだ。

 

「セイバーに教えられるとはな」

 

 そうと決まれば、あとは明日に備えるだけだ。サーヴァントは眠らなくても問題ないが、魔力を節約するために睡眠をとっておくとしよう。

 

・・・

 

 翌朝。まだぐーすか眠っているギーシュを置いて、部屋を出る。朝食でも取ろうかと階下へ降りようとすると、向かいの部屋から同じタイミングでセイバーが出てきた。

 

「あ、おはよーございます、ギルさん」

 

「ああ、おはよう。早いな」

 

「そうですか? ……ま、いいです。朝ごはん食べに行きましょう」

 

 二人で階下の酒場へ行くと、夜になるまでは食堂として機能していて、学院ほどとはいかなくとも、それなりに重そうなメニューが運ばれてきた。

 

「んーっ、おいしーですねぇ」

 

「朝からこれとは……良く胃がもたれないものだ」

 

 俺やセイバーは食べたものを魔力に変換することができるのでそういうものには無縁だが、この世界の貴族は胃も強いのだろうか。

 そんな風に世間話をしながら朝食を食べていると、そろそろ食べ終わる、という頃にワルドが下りてきた。

 

「ああ、ここにいたのか。部屋に行ってもいないものだから探したよ」

 

 そういって、俺のもとへとやってくるワルド。いつも通りの羽根つき帽子にきちんとした服装で、隙の無い姿だった。そして、開いている席に着くと、飲み物だけを注文する。

 

「朝食は食べないのか?」

 

「……軽く部屋で取ってきたんだ。それよりも、君に話があってね」

 

「? 話?」

 

「ああ。昨日ルイズと色々話をさせてもらったんだが……君は伝説の使い魔、『ガンダールヴ』なんだな?」

 

 ほお、なんでそこに至ったのかは……まぁ、コルベールのように昔の伝承やらに詳しければ、令呪という形でルイズに表れている以上簡単に推察できるだろう。それは、サーヴァントの情報から真名に至るマスターやほかの英霊のようなものだ。

 武器やら特徴から真名を突き止め、弱点を突く。それは聖杯戦争での正しい戦い方だ。ならば、ワルドが同じことをしてその『ガンダールヴ』に至るのもわからないことじゃない。……だけどまぁ、一応は隠しておくとしよう。学院長も広めると良くないというようなことを言っていたし、英霊の真名と同じく秘匿するべき情報だ。だからこそ、マスターにもいってないわけだしな。

 

「伝説の使い魔? 聞いたこともないな」

 

 苦笑しながら、食後のお茶を口にする。だが、そこでワルドは引き下がらなかった。

 

「とぼけなくてもいいよ。昨日、ルイズにある使い魔のルーンを見た。昔から僕は歴史や兵について興味があってね。見た瞬間にピンときたよ」

 

「ほほう、なるほど。……申し訳ないが、俺にそういう知識はなくてな。それが本当かどうかはわからないんだよ」

 

「ふふ、まぁ、そういうことにしておくよ。……それで、話にはまだ続きがあってね」

 

 そういうと、ワルドはにっこりと笑って腰にある魔法の杖を叩いた。

 

「君のその腕前を見たくてね。『手合わせ』しようじゃないか」

 

「えぇー? 確かに一日予定はないけど……」

 

 言外に『昨日襲われたばかりだよな?』ということを含めて嫌そうな空気を出してみるが、ワルドはそれに怯まずに言葉を続ける。

 

「昨日君が賊を倒したという『結果』は見たが、そこに至る『過程』を見ていないものでね。君の戦力を把握したいというのもあるんだ」

 

「なるほど。……理にはかなっているな。いいだろう、少し相手をしよう」

 

 腰にはちゃんとデルフリンガーがあり、このままでも問題はない。……朝飯を食べたことだし、腹ごなしと行こうか。

 

「それでこそだ。こっちに来たまえ。場所は用意してあるんだ」

 

「セイバー、どうする? 部屋に戻ったり観光しててもいいけど」

 

「んー……観光するにも部屋で休むにしても、ギルさんと一緒じゃないとつまんないし……ついてきますっ」

 

「はいはい」

 

 そして連れてこられたのは宿の中庭。樽やら空き箱やらが積まれているが、広さはそれなりにある。

 

「ここは昔アルビオンの侵攻に備えるための砦だったんだ。その時にここは練兵場でね。かのフィリップ三世の治下では貴族がよく決闘していたのだ」

 

 先ほどの言葉通り、歴史と兵に興味があるというワルドは、そういうことにも詳しいらしい。この場所が元砦の練兵場だったことがあるとか、フィリップ三世という見知らぬ統治者の話だとかを感慨深そうに教えてくれた。

 

「まぁ、実際はくだらないことで杖を抜いたりしていた。例えば、飲み屋で肩がぶつかっただとか……ああ、そうそう、女を取り合ったりだとかね」

 

「ふぅん?」

 

 取り合ったりというよりは、そちらが一方的に仕掛けてきているような気もするが……マスターを俺と取り合いたいというのなら受けて立とうじゃないか。……あの子を守ると決めたときから、たとえ婚約者であろうと簡単に渡すわけにはいかない。力を示してもらうためというのなら、これはちょうどいいのかもしれないな。

 

「そして、決闘には作法がある。介添え人が必要だ」

 

「セイバーじゃダメか?」

 

「その子でもよいが……もっと相応しい介添え人が来ている」

 

 そういって、ワルドは中庭の入り口に視線を向けた。俺もつられてそちらに視線を向けると、マスターがてくてくと歩いてきた。確かにこれはセイバーよりもふさわしいだろう。ぜひマスターにはこの後『私のために争わないで!』と言ってほしいものだ。

 

「ワルド? 呼ばれたから来てみたけど……なにするの?」

 

「これから彼の実力を試そうと思ってね。その介添え人を頼みたいんだ」

 

「手合わせってこと? ……もう、そんなことしてる場合じゃないでしょ?」

 

 昨日話し合ったからか、マスターからは妙な緊張はなくなり、呆れたようにため息をつくことができるくらいにはワルドと打ち解けたようだ。緊張して何か言われるたびに顔を染めていたマスターも可愛かったけれど、本来のマスターらしさが出てきたこちらのほうが俺は好きだな。

 

「確かに今は大変な任務の途中だけど……貴族というのは厄介でね。強いか弱いか、それが気になるともうどうにもならなくなる」

 

 ワルドを説得するのは不可能だとあきらめたのか、ため息をついてからマスターはこちらに近づいて腕を組みながら小声でつぶやく。

 

「……宝物庫は使っちゃだめよ。あと、怪我もさせちゃダメ。そのボロ剣だけ使うこと。いい?」

 

「もちろん。……やめろ、とは言わないんだな」

 

「言ったところであんたはやめないでしょ? ……ワルドも変なところで頑固だし」

 

 そういって、マスターはやれやれと言いたげに頭を振ってから、セイバーのいる位置まで下がった。どうやら、諦めて介添え人をすることにしたらしい。

 

「ルイズから応援でもされたのかな? 少し妬けるね」

 

「ワルドは強いから怪我をしないように、と注意されただけだよ」

 

 俺がそう返すと、ワルドは笑って腰の杖を抜く。構えはフェンシングのよう。俺のほうに細剣のような杖が突き出されている。

 

「さぁ、全力で来たまえ」

 

 久しぶりに会った婚約者に実力を示してアピールしたい、という考えらしいが……当て馬になる気はさらさらない。油断しているようならばマスターは任せられない。それこそ、奪い取る気で行ってやろう。

 デルフリンガーを抜き、そのままだらんと腕を垂らす。特に構えないこの姿こそが、俺の構えだ。

 こちらからは向かわない。流石に魔法衛士隊なんてエリートと戦うのは初めてなので、まずは様子見だ。

 

「来ないのかな? ……ならば、こちらから行くぞ!」

 

 ワルドは予想通り、機動力を活かして戦うスタイルらしく、素早く一歩で間合いを詰めると、杖の構えの通り、素早く鋭い突きを放ってくる。

 

「ふっ……!」

 

 デルフリンガーでそれを受け流し、大振りで牽制の払いを振るう。もちろん身軽なワルドはそれにあたることもなく後ろに跳び、もう一度あのフェンシングのような構えをとった。

 

「魔法は使わないのか……」

 

 ギーシュの時とは違い、すぐさま魔法を使って優位を築く、という戦法ではないらしい。まぁ、いいところを見せようと思ってすぐに魔法を使ってちゃ、アピールにならないしな。

 

「魔法を使わないのが不思議かね? ……魔法衛士隊のメイジはただ魔法を唱えればいいというわけじゃないのさ」

 

 そういって、ワルドは白い歯を見せて気障に笑う。……そのワイルドな容姿も相まって、かなり似合っている。ギーシュもこういうところを学べばいいのに、ここにいないことが悔やまれるな。

 

「詠唱する動作さえ戦いに特化している。杖を構え、突き出す。剣のように扱いつつ詠唱をするのは、軍人の基本なのさ」

 

「なるほどな」

 

 剣を扱えるキャスターのようなものだ。接近戦をこなしつつ詠唱をして魔法を放つ。それは、確かに脅威だ。

 こちらはステータスを軒並み落とし、武装も限られている。……だけど、こんなのは生前訓練の時に散々やった。ステータスだよりではない戦い方の技術はきちんと身に着けているのだ。

 風を切る音を立てながら俺に突き出される杖を細かく受け流しながら隙を探していると、ワルドがなにやらぶつぶつとつぶやいているのが聞こえた。

 

「……ラ・ウィンデ……」

 

 少ししか聞き取れなかったが、呪文の詠唱だろう。杖の突きがリズムを持ち始めた。魔力の動きからして、あまりランクの高い魔法ではないのだろう。だが、俺の今の対魔力は素のものだ。当たってダメージがないとは言い切れないので、魔力の流れに注意する。

 

「っ、ここだっ!」

 

 発動する瞬間、身をかがめながら剣を振り上げ、ワルドの杖を上にはじく。

 

「なにっ!?」

 

 驚いた表情を浮かべるワルドの足を払い、姿勢を崩す。後ろに倒れそうになったワルドが、杖を持っていない手をついて転がり、距離をとった。……ち、暴発すれば、と思ったがそこまでうまくはいかなかったようだ。

 

「ちぃっ。だがっ!」

 

 姿勢を正す前に距離を詰めようと思ったが、それより早く杖を向けてきたワルドが魔法を放つ。ぼん、と空気のハンマーが勢いよく俺のほうへ飛んでくる。不味い、とガードするよりも先に踏み込んだ勢いをなんとか横にずらし、魔法……『エア・ハンマー』をよける。

 空気という点では俺もエアで扱うため、ある程度の造詣はある。風の流れから、見えない空気のハンマーの範囲くらいは予想できる。その範囲から逃れた、と判断した瞬間にはデルフリンガーを振るっていた。

 

「むぅ!」

 

 がぎぃん、と杖で止められたものの、ワルドは勢いを殺しきれずに一歩下がった。その間に俺は体制を取り直し、もう一度デルフリンガーを上段から振るう。ワルドはそれをもう一度杖で受け止める。今度はワルドも両手でしっかりと杖を支えていたために体制は崩れなかったが、俺は片手が開いている状態だ。押し返される前に素早く杖を掴むと、腹にけりを入れる。

 

「ぐあっ!?」

 

 勢いで杖から手を離したワルドは腹に手を当てて表情をゆがめるが、すぐに手に杖がないことに気づき顔をこちらに向けるが、その顔にデルフリンガーの切っ先を向ける。ぴたりと動きの止まったワルドに、俺はできる限りのドヤ顔で「勝負ありだな」と告げる。

 

「くっ……どうやら、そのようだ」

 

 大人げないといわないでほしい。これでも俺の力は制限されていたのだ。魔法が当たってしまえば俺も負ける可能性があったのだし、余裕で勝ったとは言えないのだ。なので、ドヤ顔くらい許してくれ。

 

「いい勝負だったな」

 

 奪った杖を返し、立ち上がったワルドの健闘を称える。ワルドは苦笑しながら

 

「いやはや、油断していたとはいえ、魔法まで使って負けるとはね。ルイズ、君の使い魔は中々の実力の持ち主のようだ」

 

「マスターを守る実力があると認めてくれるかな?」

 

「……もちろん。頼れる仲間がいることがわかってよかったよ」

 

「ワルドっ」

 

 手合わせが終わったのがわかったのか、マスターが駆け寄ってくる。持っていたハンカチをワルドに渡し、ワルドはそれで土汚れを落とす。それを見てから、マスターはこちらに視線を向け、一度うなずく。どうやら、合格点は貰えたらしい。

 

「一度部屋に戻りましょう?」

 

「ああ、そうだね、服も少し汚れてしまったし……使い魔君、この後は自由行動ということにしよう」

 

「了解だ」

 

 頷きを返した俺を見てから、マスターとワルドの二人は宿に戻っていった。

 

「いやー、見ててはらはらしましたよ、ギルさんっ!」

 

 それから、ようやくセイバーがこちらに近づいてくる。どうやら興奮した様子だ。

 

「でも強さは健在のようで! やっぱりあれですか? 人外に寝込みを襲われ続けるとそんな感じになるんですかね?」

 

「……やめい。個人的には蛇も鬼も獣も神もお腹いっぱいだよ……」

 

「あはは。またまたー、ご謙遜をー」

 

 そういて朗らかに笑うセイバーに、全く、とため息をつく。彼女は基本的に善人なので、あの辺の怖さを知らないのだろう。俺も出来れば知りたくはなかったけど……。

 

「あ、そういえば観光どうします? 個人的には空飛ぶ船の港とか、岩をくり抜いて作った街中とか楽しみすぎるんですけど!」

 

「ああ、そうだな。……ま、今は不安も忘れて観光と行きますか」

 

 こうして、俺とセイバーは観光へと繰り出すのだった。

 

・・・

 

 街に出て港で木に生るように船が止まっているのを見て感動してみたり、岩をくり抜いて作った建物に入ってみて二人してお上りさんのようにきょろきょろしてみたりとまさに観光客をやってみて、満足して宿に戻ってきたときにはすでに日も暮れかけた時間だった。

 

「楽しかったですね、観光!」

 

「確かに。いやはや、木に生る船は初めて見たな」

 

 別に生っているわけじゃないんだけど、どう見てもそう表現するかない船着き場に、話を聞いていただけの俺たちはかなり驚いたのだ。

 そんな風に感想を言いながら宿へと戻ると、俺の姿を見たフロントの女性が俺を呼び止める。

 

「お待ちください、ミスターギル。お手紙を預かっております」

 

「手紙?」

 

 俺の名前を知っていて、なおかつここにいることを知っているとは……フーケか?

 そう思いながらフロントの女性に近づくと、彼女は一枚の封筒を取り出した。

 

「こちらです」

 

 封筒に宛名や差出人の名前は書いておらず、裏返してみてもそれは同じだった。あとで開けるか、と判断すると同時に、フロントの女性が小声で話しかけてきた。

 

「そこには今まであたしが手に入れてきた情報が入ってる。……怪しまれないように渡したらすぐ去るけど、何かあればあんたらが立ち入ったあの雑貨屋に声を掛けな」

 

 その声に、目の前の女性こそフーケだと気づく。……変装術というよりは、意識の隙を突いたことによる隠蔽だろう。流石は凄腕の盗賊。確かによく見ればまとめ上げて帽子で隠しているとはいえ緑色の髪をしているし、顔も以前見たフーケそのままだ。

 

「……ありがとう。あとで読ませてもらうよ。……気を付けてな」

 

「はん。あたしの心配より自分の心配をするんだね。……まぁ、金ももらってるし、死ねない理由もあるし、精々気を付けるとするよ」

 

 追加の資金をこっそりと渡して、俺はフロントを後にする。

 

「あれが協力者のフーケさんですか」

 

「そうそう。凄腕の盗賊なんだ」

 

「……美人さんでしたね?」

 

 そういって、下からジト目でのぞき込んでくるセイバーからの追及をかわしつつ、俺は部屋に戻るのだった。

 

「……まったく。ああいうのに弱いんだから、あの人は」

 

 背後のそんなつぶやきは、聞こえないことにした。

 

・・・

 

 部屋に戻ると、ギーシュが俺に気づいて顔を上げる。

 

「ああ、お帰り。ずいぶんと遅かったねぇ」

 

「セイバーと観光してきたんだ。空飛ぶ船は初めてでね」

 

「ああ、あれは驚くよね」

 

 そう言って笑ったギーシュは、そうそう、と思い出したように話を切り出す。

 

「夕食後にみんなで飲もうって話になったんだ。君もどうだい?」

 

「みんなって……キュルケたちとか」

 

「そうそう。向こうでは彼女たちがセイバーを誘っているはずさ」

 

「それもいいかもな。うん、ちょっと遅れるかもしれないけど、必ず行くよ」

 

 そういって、部屋に備え付けのテーブルに座る。先ほど受け取った封筒を取り出し、封を開けて中の手紙を読む。ええと、何々? ん? 読めない……ってそういえば、俺文字読めないじゃん。なにこのうっかり。そうだよ、言葉通じるからすっかり忘れてたけど、俺こっちの文字まだ勉強してないじゃん。くっそ、どうする。

 ……しばらく手紙を持って悩む。……誰かに読んでもらうか? マスターなら事情も知ってるし、適任か。

 

「手紙かい? 読むのもすぐだろう? 待ってるよ」

 

 ギーシュは髪をかき上げながら気障に笑う。……うーん、いや、そういうさっぱり系の感じは似合うんだけどなぁ。この世界の男……特に貴族のは、こういう気障なのが基本なんだろうか。

 そんなくだらないことを考えていると、扉をノックする音。

 

「おーい、ギルさーん? 晩御飯いきましょーよー」

 

「ダーリン、お酒もあるわよー」

 

「おっと、お迎えに来てくれたみたいだね。どうする?」

 

 扉の向こうからの声に、ギーシュが首をかしげる。仕方がない、今はあきらめるか。あとでマスターに聞くとしよう。

 

「手紙は後に回すよ。さ、行こうぜ」

 

「ああ、わかったよ」

 

 そういって二人して部屋を出る。すぐそこには、セイバーとキュルケ、タバサの姿が。

 

「マスターとワルドは?」

 

「誘ったんだけどねぇ。部屋で寛ぐって断られちゃったわ」

 

 キュルケが肩をすくめ、やれやれと顔を左右に振った。こういう姿が似合うから、キュルケは凄い。女優のようなプロポーションと、自分への絶対の自信があるからだろう。こういう大げさな所作に違和感がない。

 

「ま、婚約者同士ですし、放っておいたほうがいいわね」

 

「……おうさまのはなし、まだ聞き足りない」

 

「ギルさん、モテモテですねー?」

 

 俺の腕を抱き着くようにして取ったキュルケと、その反対側の裾を引っ張りながら話をせがむタバサ。いつも通りあの大きな杖も抱えているようだ。その様子を見たセイバーが、つんつんと俺の頬を突いてくる。こら、やめんか。

 

「ほら、行くならさっさと行くぞ」

 

 そういって、ひっついてる二人とセイバー、ギーシュを連れて、階下へ降りた。

 

・・・

 

 夕食をみんなで食べた後、出されたワインで乾杯する。明日早いということであまり飲みすぎないように、と抑えめではあるが、それでも頬が染まる程度にはみんな酔ってきているようだ。

 そんな中でセイバーとの今までの話なんかをしていると、ばん、と大きな音を立てて宿の扉が開く。見ると、そこにはガラの悪そうな男たちが。さらに、急激に高まる魔力。覚えのあるこの魔力は……!

 

「ちっ、セイバー!」

 

「がってんしょーち!」

 

 声を掛けたセイバーがテーブルを倒して、俺がキュルケとギーシュをテーブルの陰に隠す。タバサはすでに隠れていて、そのあとに大量の矢が飛んできた。

 

「襲撃っ!? ゴーレム……!?」

 

 開いた入り口から、ゴーレムの脚が見えたらしく、キュルケが杖を抜きながら驚いたように叫ぶ。

 すぐ後に、上のほうから衝撃と音。ゴーレムが拳をぶち込んだのだろう。場所としては、おそらくマスターやワルドがいたあたりの部屋だろう。このゴーレムの主はフーケだと思うので、殺すような一撃は入れないはず。ワルドがマスターを連れて下に降りてきてくれればいいんだが……。あ、パスから驚きの感情が流れてきた。

 

「ギルっ!」

 

「マスター!」

 

 すぐにワルドがマスターを連れて階下に降りてきた。こちらを見つけたマスターが、俺を呼んでくれる。状態を一瞬で理解したワルドがマスターを連れてテーブルの陰へ駆け込んでくる。

 

「ワルド、わかってると思うけどフーケとそのゆかいな仲間たちが攻めてきたみたいだ」

 

「ああ、そのようだ。傭兵団を雇ったのだろう。参ったな」

 

 ワルドが陰から少しだけ顔を出し、のぞき込んでからつぶやいた。

 

「しかし、死んだといわれていたフーケがまさか生き延びてアルビオンの貴族派についていたとはな」

 

 こちらに突撃してくる気配はないが、おそらくこっちの魔法が切れたとたんにやってくるつもりだろう。消耗戦というわけだ。

 

「……このような任務は、半数が目的地にたどり着けば成功とされる」

 

 そういって、ワルドは真剣な顔で全員を見渡す。それを聞いたからか、俺のそばでしゃがみ込んでいたタバサが自分とギーシュ、キュルケを指さし、それから俺のほうを見て口を開いた。

 

「……セイバーは、戦える?」

 

「もちろん。頼れる仲間だよ」

 

「なら、その四人で囮」

 

 そういった後、ワルドとマスター、俺を指さして、港へ、と小さくつぶやく。

 

「了解だ。……セイバー、みんなを頼む」

 

「はい! お任せを!」

 

 そういって、腰の剣を抜くセイバー。その顔は真剣で、自身に満ちていた。

 

「よし、行くぞ!」

 

 ワルドがそういってマスターの手を引き駆け出す。俺はしんがりを務め、デルフリンガーを握りながらそのあとをついていく。

 飛び出した俺たちに向けて大量の矢が降り注ぐが、タバサからの風の援護があり、壁のようなものを作ってくれた。そのまま酒場から裏口へ。ワルドが扉の向こうに待ち伏せがいないか確認して、宿から飛び出す。

 

「後ろも大丈夫だ、ワルド」

 

「ならば向かうぞ!」

 

 背後の轟音を聞きながら、ワルド、マスター、俺の順番で、港へ向かうのだった。

 

・・・ 

 

 ギルたちがいなくなった酒場で、僕は残った他のレディたちと作戦会議をしていた。

 

「で、何か策はあるの?」

 

「ぼ、僕のゴーレムを突撃させて……」

 

「はぁ。あのねギーシュ。今までの攻撃から見るに、相手は手練れの傭兵団よ? あんたのワルキューレでどうにかなる質と数じゃないわ」

 

「じゃ、じゃあどうすれば!」

 

「……私、いけますよ」

 

 突然聞こえてきた言葉に、全員がそちらを見る。そこには、ギルがいつの間にか連れていた、セイバーという少女がいつの間にか抜いた剣と、どこから持ってきたのか槍を手にして言った。

 

「いけますって……あなた、魔法は使えないんでしょう?」

 

 その通りだ、と僕も頷く。ギルのような恐ろしいほどの宝物庫を持っているわけでもなく、あのメイドたちのようなゴーレムも持たないという彼女が、その剣と槍だけで戦えるとは思えない。そんな平民の彼女を戦場に出してしまってはグラモン家の人間として……いや、男としての矜持にかかわる。

 

「大丈夫。私を信じて」

 

 その言葉が、僕の胸に響く。根拠はないけど、信じて良い、という謎の感覚が浮かんでくる。それはほかの二人も同様だったようで、その表情が変わる。

 

「……そこまで言うなら、わかったわ。でも、援護くらいはさせてちょうだい」

 

「はい、お願いします。……あのゴーレムの気を引きながら、傭兵団を倒します。その援護をお願いします。……出ます!」

 

 その動きは、いつも微笑んでいたあの子と同じ人物なのかと疑問に思うレベルだった。低い姿勢で傭兵団に突っ込んでいった彼女は、左手に持った槍を横に一閃。それだけで、入り口をふさいでいた傭兵たちをなぎ倒してしまった。

 

「なっ!」

 

「あらあら」

 

「……強い」

 

 僕たちが驚いているのと同様に、向こうも驚いているようだ。そりゃそうだ。自分より小さく細い、あんな華奢な細腕のどこに、あんな力があると思うのか。

 だが、そこは手練れの傭兵団。すぐにリーダー格の男が声を掛けると、近くにいるものは斧なんかの近接武器を。そして離れている者は弓を引き絞る。

 

「おっそい! です!」

 

 次に振るわれるのは右手の剣。あんなに細いのに、振るわれた速さからか、折れることなくいくつかの武器の柄を切り裂いた。

 

「殺したくはありません! 痛い目にあいたくなければ引きなさい!」

 

 さらに近い傭兵へ蹴りを一撃。それだけで吹っ飛んでいくのを、だろうな、とある意味諦めのような気持ちで見ていた。

 

「ギーシュ! ぼうっとしてないの!」

 

 その言葉と共に、肩をどん、と叩かれる。それで我に返った僕は、慌てて杖を振るう。出来上がったのは、四体のワルキューレ。見れば、すでにキュルケはファイアボールを放っているし、タバサもエア・ハンマーを放ってセイバーの周りを囲む傭兵たちへ攻撃していた。こちらに攻撃が来ないよう意識を引いてくれているおかげで、こちらには数発矢が飛んでくるくらいで済んでいて

 

、その矢すらもワルキューレを一体盾にすれば問題ないほどだ。

 

「っ、ゴーレムが来るわ! セイバー!」

 

 二発目を放ったキュルケが、周りの傭兵ごと踏みつぶそうと動き始めたゴーレムを見て叫ぶ。そちらに視線を向けたセイバーは、踏みつぶされないように自分の周りの傭兵たちを吹き飛ばし、自身もその場から離れる。

 

「巻き込み注意ですよ!」

 

 上を向いてそう叫んだセイバーが、ずん、と着地したゴーレムの脚を槍で数回突く。が、このゴーレムの素材は岩だ。いくら力があっても、武器が頑丈でも、致命的に武器が向いていない。

 そんなセイバーを後ろから攻撃しようとしている傭兵に、ワルキューレを突撃させる。

 

「セイバー! ち、傭兵を先に片づけなければ!」

 

「大規模な魔法は精神力を消費しすぎるし……」

 

 傭兵は少しずつ無力化されているが、ゴーレムをどうするかが問題だ、とギーシュは頭を抱えた。

 

・・・




「あら、ますたぁ。そんなところでどうされたのですか?」「んぅ? 旦那はんやないの。そんなところでなにしとるん?」「こんなところにご主人が一匹。これはキャット的には狩らないといけないワン? 据え膳食わぬは一生の恥?」「あら、こんなところに玩具が転がっているわ」「本当ね。片付けをしなければいけないかしら」

「あら」「おや」「ワン」「へぇ」「ふぅん?」

「ささ、ますたぁ? こんなところではますたぁのお体に障ります。玉座へ戻りましょう?」「旦那はん? こないなところで考え事してたらあかんよ? うちがついてくさかい、どっか静かなところで、ゆっくりしよか?」「ご主人、腹が減っては戦はできず、兜の緒も締められず、というのである。古事記にも書いてあったワン。キャットが腕を振るうゆえ、レッツクッキング!」「勘違いしているのもいるようだけれど……マスター? あなたは私の玩具よね?」「決して……決して! 寂しいとか構ってほしいとか思っているわけではないけれど……面白くないわよね?」

「は?」「あ?」「ふむ」「そう」「ん?」

「可愛そうに。ますたぁのそばにいるのは私だけなのに……勘違いしている女の多いこと」「へぇ。バーサーカーになると、頭の中も狂うんやね。旦那はんはうちのもんやのに……同情しますえ?」「む? ご主人はキャットのご主人ゆえ、そちらには貸出禁止、独占中なのである。キャットが胃も心も掴むゆえ、心配なさらず」「あらあら、これだから位階の低い女は……マスターは神の位階。ゆえに、ふさわしいのも女神になるのよ?」「つまりあなたたちでは力不足もいいところ。ね、マスター? 魅力あふれる女神のほうが、あなたにふさわしいと思わない?」

「……殺す」「死にはったらよろしおす」「酒池肉林をお見せしよう……」「そう、石になりたいのね?」「あら、それならそうと早く言ってよね」

「……ぎ、ギルさん? なんです、あれ」「……見てわからんか、土下座神様。うちの人外ズが俺を見つけて駆け寄ったはいいけど、基本仲が悪いから喧嘩になる、の図だ」「いや、喧嘩っていうか殺し合いっていうか……」「ちなみにまだ増えるときがある。ばらきーとかエリザとかフランとかリップとかリリスとか、その辺が加わると俺は逃げる」

 ちなみに、全員同時ノックアウト。勝者はなかったそうな。


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第十二話 逃亡、そして真名に二人目。

「っ、ここだっ!」「わっ、え、なんだい、ギル。そんな慌てて」「あ、ああ。デオンか。頼む、匿ってほしいんだ」「よくわからないけど……ま、匿ってほしいというのはわかったよ。そこのベッドにでも潜ってるといい」「ああ、助かる!」

「……デオンさん? デオンさーん」「ん? はーい、誰かな」「失礼します」「おっと、清姫か……どうしたんだい?」「いえ、少し聞きたいことが……ますたぁを見かけませんでしたか?」「ギル? いや、見てないけど……どうかしたのかな?」「いえ……それならいいのです。お騒がせしました」

「……ふぅ。なるほどね。いつものメンバーに追いかけられてるわけか」「いやはや、そうなんだよ。ちょっといつメンにみつかってな」「……搾り取られて来ればいいじゃないか。いやじゃないんだろう?」「……そりゃそうだけど。あのメンバーはちょっと命の危険を感じるというか……」「ふふ、まぁいいや。どうかな。紅茶でも。ゆっくりしていくといい」「お、助かるよ。……ふぅ、いい香りだ。落ち着く味だな」「……うん、とてもいい茶葉でね」「ほー、俺もマリーに叩き込まれたけど、これは知らない……ちゃ、ば……」

「……お休み、ギル。……マリー、もういいよ」「ええ、そのようね。……ふふ、ギル、寝顔もきれいね」「うん、そうだね。……さ、マリー」「そうね。早くしないと。……人外も怖いけれど、人間……貴族や王族はもっと怖いのよ? 勉強になったわね、ギル?」

その後、玉座にて見つかった彼は、とてもやつれていたという。


それでは、どうぞ。


 港へたどり着いた俺たちは、大樹の中にある階段を駆け上がっていた。

 

「もう少しで船着き場だ」

 

 ワルドのその言葉に、マスターがほっとした表情を浮かべた。……その瞬間。

 

「っ! ワルドっ!」

 

 上空から急襲を受けたワルドが、体勢を崩す。

 

「白い仮面っ!?」

 

 こいつが、フーケや傭兵を雇い、俺たちを邪魔してきた、貴族派の男っ! 背の高さは俺やワルドぐらい。顔は隠されているからどんな顔をしているかはわからないが、ワルドと同じような杖を持っている。メイジか!

 白い仮面の男は、ワルドからマスターを奪い取り、こちらに魔法を放ってくる。

 

「させるか!」

 

 魔法を撃たれる前に踏み込み、デルフリンガーを一閃。男は杖を弾かれないよう上に向けた。これで射線からは外れた。

 マスターを抱えているから片手しか使えない男は、マスターを盾にするように抱え上げる。

 

「ちょっと! 離しなさいよ!」

 

 バタバタと暴れるマスター。その心意気は立派だが今は大人しくしておいてもらいたい。狙いが定まらん。

 体勢を崩して転んだワルドは頼れなさそうだし、俺が取り戻すしか、と思っていると、男は逃げようとし始める。

 

「やらせんよ!」

 

 意識が逃走に向いた瞬間、宝物庫を開いて自動人形に足を掴んでもらう。意識の外からのことに驚いたのか、動きを止める男。

 

「そこだ!」

 

 デルフリンガーを手放し、マスターをまずつかむ。

 

「マスターを離せ!」

 

 そして、隙だらけの顔面に拳の一撃。ついでだ、顔を拝んでやる!

 殴られた衝撃でマスターを離したので、引き寄せながら男の仮面が砕けた瞬間を見てやろうと視線を向けると……。

 

「消えた……?」

 

 まるで霊体化でもしたかのように、男が消えたのだ。……やはり、サーヴァント? 顔を見られるとまずいと思って霊体化して逃げたのか? そう考えていると、地面に投げたデルフリンガーがカタカタと喋り始めた。

 

「おでれーた……風の偏在か」

 

「偏在?」

 

 そんな会話を拾ったマスターが追加で説明をしてくれる。風の魔法に、『偏在』という自分の分身を作り出せる魔法があるらしい。その分身も魔法を使えるので、とても便利なのだとか。だが、スクウェアクラス以上じゃないと扱えないらしく、敵は少なくとも風のスクウェアクラスなのだという。

 そんな説明をしていると、転んで階段を転がり落ちていたらしいワルドが、息を切らせながら追いついた。俺の腕の中にいるマスターを見て、ふぅ、と安堵の息をついた。

 

「よかった。どうやら僕と同じような風のメイジが直接ルイズを狙いに来たようだね。……手紙は無事かい?」

 

 ワルドはマスターにいつもの柔らかい笑みを浮かべて尋ねる。手紙自体は俺の宝物庫なので心配することはないのだが……ま、それを知らないワルドがマスターに聞くのも間違ってはいないだろう。

 

「ええ、無事よ」

 

 マスターも余計なことは言わないようにしてるのか、簡単に答えるだけにとどめている。ま、細かく説明しても面倒だしな。

 

「ならば良いんだ。さ、次の刺客が来ないとも限らない。さっさと上ってしまおう」

 

「私は大丈夫だけど……ワルドは大丈夫?」

 

「はは、心配してくれるんだね。うれしいよ。でも、大丈夫。これでも魔法衛士隊の隊長だからね。やわな鍛え方はしてないのさ」

 

 そういって微笑むと、ワルドはマスターの頭を撫でてから、先頭を駆けだす。言葉通り、体幹にブレはないようだ。

 

「マスター、ワルドについていくんだ。後ろは俺が守るから」

 

「……うん、お願い」

 

 そういって、マスターは駆け出す。その後ろを走りながら、陰になっているところやらに視線を飛ばしていく。しかし、それからは襲撃を受けることなく、船着き場にたどり着いた。一隻の船が泊まっており、甲板には何人かの男たちが見張りもかねて眠っており、俺たちが駆け込んできた音を聞いて飛び起きる。

 

「ああん? なんでえ、おまえらは!」

 

 寝ぼけることもなく船員たちは飛び起きた後に警戒をあらわにする。

 

「船長はいるか?」

 

 そんな彼らに怯むことなくワルドは厳しい表情で船員に尋ねた。だが、船員たちも生死をかけた修羅場をくぐってきたからか、それにひるむことなく手元にあった酒瓶を掴んで一口ぐびっとあおる。ぷは、と一息ついてから、面倒そうに口を開く。

 

「ああ、今は寝てるぜ。用があるんだったら、また朝に出直すんだな」

 

 もう話は終わりだ、とばかりに船員がもう一口酒を飲んで、座り込む。また寝ようというのだろう。だが、それよりもワルドが杖を抜くほうが早かった。一瞬キョトンとした船員も、それが何かを認識した瞬間に目を見開いた。

 

「貴族に二度も同じことを言わせるのか? ……僕は、船長はいるかと聞いたのだ」

 

「貴族っ!?」

 

 座り込もうと姿勢を低くしていた船員は、驚いたのかそのまま尻餅をついて、ワタワタと立ち上がり、船内へ駆け込んでいく。他の船員たちも騒ぎの大きさに全員が起きだし、動き始めていた。そして、最初に声を掛けた船員が、船長らしき男を連れて戻ってきた。

 

「な、何の御用ですかな、貴族様」

 

 貴族であれば大変だが、なんでこんな時間に? 本当に貴族か? という疑問の色が濃い視線が、俺たちを舐めていく。

 

「私は魔法衛士隊の隊長、ワルド子爵である」

 

 その自己紹介に、船長の顔が驚愕に染まる。

 

「こっ、これはこれは……しかし、その子爵さまがこんな船に何か御用で?」

 

 揉み手まで始めた船長に、ワルドは容赦なく要求を告げる。

 

「アルビオンに今すぐ出発してもらいたい」

 

「今すぐ!? そんな無茶な!」

 

 身分の高い貴族だと分かってなお、ワルドの言葉に反論するということは、今の状況では絶対に不可能なのだということだろう。

 

「なんで今すぐだと無理なんだ?」

 

 このままワルドに任せるとワルドは「王命だぞ」とか言い始めそうなので、俺が割り込むことにする。俺に視線を移した船長は、詳しく説明をしてくれる。

 

「ラ・ロシェールにアルビオンが近づくのは明日の朝! それ以前に出港しちゃあ、風石が足りなくなりまさぁ!」

 

 なるほど、つまり『アルビオンが最接近したとき用の最短距離分の燃料しか積んでないから、途中で墜落する』ということだろう。海を行く船と違って、こちらの船はどちらかというと飛行機のようなものだ。そりゃ、燃料が足りないと落ちる。だが、それを聞いたワルドは、なるほど、とうなずくと、

 

「足りない分は僕が補おう。僕は風のスクウェアだ」

 

 おお。ワルドはあの大きな船を飛ばせるだけの魔法を使えるのか。流石エリート。足りない燃料を追加で補うよと言われれば、船長も頷かざるを得ない。

 

「ならば、あとは料金ですな。弾んでもらいますよ」

 

「積み荷は?」

 

「硫黄でさぁ。アルビオンでは今や黄金と同じ価値があるってもんで、高値を付けてくださいますからね」

 

「ではその運賃と同額を出そう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、船長は悪そうにうなずいた。……いや、俺の主観だから別に悪い人ってわけじゃないんだろうけど……ま、強かじゃないとこういう商売では生きていけないのだろう。船長は船員たちに指示を出し始める。

 

「出港だ! もやいを放て! 帆を打て!」

 

 船員たちが命令通り、訓練された通りの、手際よく準備をしていく。そして、最後に船をつりさげているロープを外した瞬間、一瞬沈み、風石の力で浮かび上がる。風を受け、船が動き始める。

 

「おぉ……」

 

 ヴィマーナとは違った感覚だ。自分の体が固定されておらず、不安定な足場。動きも恐ろしく安定しないもので、だからこそ新鮮に思えた。真夜中の空を、木造の船が飛んでいく。……素晴らしい光景だ……。

 そんな風に感動していると、マスターがそういえば、と口を開いた。今はワルドも風石の補助でいないため、話をするにはもってこいだった。

 

「……ねえ、セイバーは大丈夫なの? その、あんまり強そうには見えなかったんだけど……」

 

「ん? ああ、あの子は三つ宝具があってね。……そのうち、二つまでの使用を許可してる」

 

「どんな宝具なの?」

 

 首をかしげるマスターに、そうだな、と少し考えてから、答える。

 

「一つ目は、聖剣みたいなもんだ。名を……」

 

 そこで、俺は一度呼吸をする。そして、その名を。あの子を英霊たらしめる宝具のうちの一つの名を口にする。

 

「『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』」

 

・・・

 

「はぁっ!」

 

 この剣は、抜いただけで私のステータスを啓示スキルのランク分引き上げ、さらにスキルも新たに付与される、という、私をただの村娘から戦える者に変える、聖なる剣だ。

 このおかげで、私はこの恐ろしいゴーレムや、大量にやってくる傭兵たちとも渡り合えているのだ。猛烈に怖いから、戦ってるときはちょっと余裕なくなっちゃうけど。

 

「んぅ! もぉっ、ゴーレムをなんとかしないと……! でも、私だけの力じゃ……」

 

 ゴーレムは岩でできていて、私の武装じゃどうしようもない。後ろにいるあの三人の力が必要だ。……だから、私は二つ目の宝具を使うことにした。一つ目の宝具は鞘から抜くだけで発動する宝具であったが、これはきちんと真名を解放せねばならない。

 だから、私は後ろのみんなに声を掛ける。

 

「キュルケさん! 今からそちらの三人を強化します! なので、ゴーレムは任せます!」

 

「え!? え、ええ!」

 

 戸惑っていたキュルケさんだが、すぐに考えをまとめたのか、ギーシュさんとタバサさんに声を掛け、準備をしていた。

 だから、私もすぐに準備をする。右手に持った剣ではなく、左手に持った獲物の封を解く。長く、太い槍のようなものに巻き付いていた布が、封を解かれて広がっていく。これは、私が持って駆けた旗。私の戦いの証。その名を、真名を開放するための口上を高らかに叫ぶ。

 

「私は先で駆ける者! この旗のもとに集え、勇あるものよ! 我が主はここにありて同胞たちを導く!」

 

 そして、旗を高く掲げる。

 

「我が旗は同胞たちの力となる! 真名開放! 『先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)』!」

 

 魔力が体から旗を通じて神秘として流れ出ていく。この宝具は、自分のカリスマスキルのランクに応じて自身が『味方』と認識したもののステータスをアップさせるという支援宝具。だけど、それでいい。私は戦いには向かないけど、仲間がいる。

 後ろからワルキューレが走ってきて、ゴーレムに取り付いていく。七体しか出せないはずのワルキューレが、倍の十四体に増えていた。それをはがそうとゴーレムが動く前に、ギーシュさんがワルキューレを『錬金』する。それは、油。体中に取り付いたワルキューレが油へと錬金され、ゴーレムを油まみれにしていく。そこへ、キュルケさんのファイアボール。一気にゴーレムが火に包まれ、その炎をタバサさんの風の竜巻が勢いを後押ししていく。

 

「……うっぷ」

 

 その光景に、ちょっとだけトラウマを刺激される。……やっぱり、炎に包まれるというのを見るのはいい気はしない。

 

「お、女の子として、吐くわけには……ぎ、ギルさんに嫌われちゃう……」

 

 寸でのところでなんとか吐き気を抑えると、すでにゴーレムは崩れかけており、肩の上に乗っていた人影もいつの間にか消えていた。……これで、あとは傭兵たちを吹っ飛ばすだけだ。

 

「じゃあ、最後の仕上げと行きますか!」

 

 気合を入れるように声を上げてから、私は動揺している傭兵たちに突っ込んだ。

 

・・・

 

 空を飛ぶ船に乗ってしばらく。ワルドは船長に話を聞きに行くと言って船長室へと行ってしまったので、甲板では俺とマスターが二人して外を眺めていた。

 

「あんたの船は早すぎたから、こんなにゆっくり景色を見るのは久しぶりね」

 

 そういって、ほう、と息を吐くマスター。

 

「セイバーたち、大丈夫かしら」

 

 しばらく空を見つめていたマスターが、ふっとつぶやく。

 

「……大丈夫だって。俺のほうのパスでは、もう魔力を引っ張ってないから、たぶん戦闘は終わってるよ」

 

 俺に刻まれた宝具を通じて、セイバーが無事であろうことはすでに分かっている。大きい魔力の動きがあったので、第二宝具まで開放したのだろう。それならば、あそこにいる『味方』は強力にバックアップされる。フーケもある程度被害を被れば自ら引くだろうし、そうなれば傭兵はギーシュたちの敵ではないだろう。

 

「ま、彼らは大丈夫だしさ、こっちはこっちの仕事を終わらせようぜ」

 

「そうね。……戦争の真っただ中のアルビオン……『白の国』、か」

 

「『白の国』?」

 

「ええ。……見ればわかるわ」

 

「ふぅん。……あ、月」

 

 こちらに来てからの一番の驚き、『赤と青の二つの月』に視線を向ける。……なんというか、月と言われると妙にむずむずするのだが……まぁ、今考えても詮無きことか。

 

「ねえ」

 

「ん?」

 

 二人並んで景色を見ていると、マスターが声を掛けてくる。

 

「あんたのいたところっていうのは……月が『一つ』なのよね?」

 

「ああ」

 

「魔法も、大っぴらには使われてないのよね?」

 

「ああ。王も貴族も、残ってる国のほうが珍しいくらいだ」

 

 俺の言葉を聞いて、そう、とつぶやいて、マスターはこちらをしっかりと見上げる。

 

「あんたが異世界の王様で凄い幽霊でも、今は私の使い魔なんだからね! それを忘れないこと! いい!?」

 

 人差し指をびしぃ、と俺に突き付けながら、力強くそう宣言した。……今のやり取りで何を思ったのか、何を決意したのかはわからないが、その宣言にはマスターなりの想いがあるのだろう。ならば、サーヴァントとして尊重しないわけにはいかないな。

 

「ああ、もちろん。君が契約を切らない限り、俺は君を守るよ。……約束だ」

 

「ふんっ」

 

 顔を赤くしたマスターが、そっぽを向きながら鼻を鳴らす。……こういう時のマスターのこの行動は、恥ずかしい時の行動だ。それくらい俺にもわかる。

 

「そういえばマスター、帰ったら頼みがあるんだが……」

 

「? なによ」

 

「文字を教えてほしいんだ」

 

「はぁ? ……って、そうよね、あんたは王様っていっても異世界のだもんね。言葉がわからなくてとうぜ……じゃあなんで話せてるのよ!?」

 

「そこはほら、英霊不思議パワーってことで」

 

 宝具なんてものがあるんだから、それくらいは不思議じゃないだろう。

 

「なによそれ。……まぁいいわ。文字が読めなきゃ不便なこともあるだろうし……仕方ないわねぇ。優しいこの私が! 教えてあげるわ!」

 

「流石マスター。よっ。大統領!」

 

「だいとーりょーってなによ?」

 

「俺の世界でのほめ言葉の一つだよ」

 

 俺の言葉を信じたのか、ふぅん、と小さく納得の息を吐いたマスターは、そういえば、と思い出したように口を開いた。

 

「文字が読めないっていうけど……あんたの宝物庫にはそういうの解決するマジックアイテムみたいなの無いの? 変なゴブレットとかメイドとか入ってるくらいなんだし、『文字が読めるようになる眼鏡』くらいありそうだけど」

 

「……っ!?」

 

「……え、まさかあるの!? 『その手があったか!』みたいな顔してるけど! 探してなかったの!?」

 

「い、いや、ほら、宝物庫って基本武器の宝具とかしか入ってないし、あの、ほら、言葉とか文字とか、その世界の『常識』は聖杯からくるから、それが来ないってことは自分で勉強するしかないんだなって……」

 

「ヌケてるわねー……」

 

 マスターの呆れたような声を受けながら、俺は宝物庫の中を検索する。……うぉぉ、『文字が読めるようになる虫眼鏡』『文字を解読するモノクル』『どんな言語も翻訳して読み上げてくれる人形』などなど『文字 翻訳』だけの検索で大量に出てきたぞ……! 宝物庫の検索エンジンが優秀すぎる!

 

「で、あったの?」

 

「……あった」

 

「そ。じゃあ、文字は別に教えなくていいわね」

 

「いや、それでも帰ったら教えてほしいんだ」

 

「はぁ? 別に、宝具であるんだったらいいじゃない」

 

 疑問を表情に浮かべるマスターに、それでも、と首を振って否定する。

 

「宝具を使わなきゃ文字が読めないより、何も使わなくてもちゃんと文字が読めるほうがいいからさ。もしかしたら宝具が使えないことがあるかもしれないだろ?」

 

「……宝具に関してはあんたが詳しいから、そういうならそうなんでしょうね。……ん、良いわ。教えるって決めたしね。決めたことはちゃんとやらないと」

 

 俺の我儘に近いお願いを快諾してくれたマスターに感謝を伝え、ついでとばかりにアルビオンについて詳しく聞こうとすると、背後から声が掛けられる。どうやら、ワルドが戻ってきたようだ。船長から色々話は聞けたのだろうか。

 

「色々と興味深い話が聞けたよ。国王の軍はニューカッスル付近で包囲されて苦戦しているそうだ」

 

「包囲されているということはまだ睨み合えている……皇太子はまだ生きてる可能性が高いな」

 

 まぁ、敵側がなぶっているだけということも考えられるけど……長引かせていい戦じゃないだろうし、これは国王軍が優秀というべきか。しかし、包囲されているのは困るな。向かうのも困難だし、そんな状態なら接触するのも一苦労だろう。

 ワルドのグリフォンも長い間は飛行できないだろうし……これは本格的にライダーの召喚が急務になってきたな。誰がいいかなー。長距離移動ができるといえばドラゴンだし、ドラゴンライダーのケツァルとか? でもうちの土下座神様が嫌ってるからなー。まぁ、敵対しているっていうよりかは身体的コンプレックスっぽいけど。ま、あんなナイスバディで霊基登録されてしまったことを恨むんだな。

 あとは……やっぱりアストルフォかなー。俺の事慕ってくれてるし、理性蒸発してるから素直だし。無茶を言ってもなでたりだとかで満足してくれる生前の侍女隊みたいないい子だし。……たまにいつの間にか同衾してたりすることあるけど……これでも気配には聡いほうなんだが……。アサシンクラス適性はないはずだよな? ……謎である。

 

「さて、手段については到着してから考えるとしよう。なに、どちらも他国の貴族を公然と攻撃はできないだろう。隙はあるはずさ。そこを突破するしかない。……大丈夫だよルイズ。こんな時のために、僕がいるんだからね」

 

 そういって、ワルドはルイズに微笑む。それから、こちらをちらりと見て、一つ頷く。『お前もマスターを守れよ』という意味なのだろう。こちらももちろんだ、とうなずきを返す。

 

「それでは、そろそろ休んだほうがいい。スカボローの港への到着は、明日の朝になる予定だからね」

 

 そういって、ワルドは「もう少し船長と話がある」と言って去っていった。

 その姿を見送ってから、マスターに部屋で休もうか、というと、素直に頷いてくれた。明日のことを思ってか顔が少し強張ってはいるが、がちがちに緊張しているわけではないし、問題はないだろう。適度な緊張感は必要だからな。

 部屋に送った後、そのまま寝ずの番兼寝るまでの話し相手として、しばらく同じ部屋で過ごしたのだった。

 

・・・

 

 夜中。眠りについたマスターに自動防御宝具を半分割り当て、俺は部屋を出た。セイバーとのパスを感じ取りながら、甲板で夜風に当たる。

 

「怪我はしてないようだな。……遠すぎるからか念話が通じないようだが……こんなものなのかな?」

 

 実戦で召喚宝具を使ったのは初めてなので、あんまりよくわからないのだ。うぅむ、サーヴァント初心者で、神様……通常の聖杯戦争での聖杯からの知識がない状況というこのトラブルも重なり、少し不安になってしまった。ちょっとセンチな気分という奴だ。マスターと同じくらい、セイバーやギーシュ、タバサやキュルケは大切な子だ。心配もする。

 

「頼んだぞ、セイバー……」

 

 俺のつぶやきが届くはずもなく、風に消えていく。

 さて、俺がこうして甲板に出てきたのは、夜風に当たるためだけではなく、新しい英霊を召喚しようと思ったのだ。クラスはアサシン。ライダーと迷ったのだが、現状は機動力よりも気配遮断により気づかれずに周囲を守り、奇襲に対策するべきだと思ったのだ。今回は奇襲をかけてきたのが山賊のような神秘を持たない相手や、白い仮面の男といった神出鬼没の敵に関しても、アサシンならば対応できるだろうと思ったのだ。

 クラスは決まったが……肝心な英霊は誰にするか……。酒呑か静謐か……二人とも周りに被害をもたらす系サーヴァントなんだけど、俺と仲いいから手伝ってもらいやすいっていうのが利点だよなぁ。……よし、酒呑を呼ぶとしよう。そうと決まればと宝具を発動する。

 

「魔力を回す……。来い、アサシン! 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 前回とは違い、コツは掴んでいるので、宝具を発動し、英霊を手繰り寄せる。あの子が来るとちょっと夜が忙しくなるけど、まぁそれはそれ。とても頼りになる英霊なのだ。

 

「よし、成功だ!」

 

 魔法陣が輝き、魔力が人の形を編んでいく。小柄で、二本の角が生えた、和装の……和装、の……?

 

「サーヴァント、アサシン! ええと、しょ、召喚に応じ参上しました! さ、何を倒します?」

 

 ……出てきたのは、酒呑童子ではなく、人間の英霊。あれー? 最初が成功したから安心してたけど、まだ使いこなせてないのかなー?

 

「えーっと、酒呑童子……じゃないよね?」

 

「? はい!」

 

 よかった。酒呑童子がこんなイメチェンしてたら、まさかの酒呑童子リリィとかありえるのかと思った。……髪の毛はストレートのロングだけど黒いし、顔だちも西洋ではない。小柄だし胸もないし美少女だし……うん、わからん。

 服装は簡単な着物のようなもの。手元が見えないほどに着物の袖は長く、かぐやの羽衣のようなものを背中に羽織っている。

 

「えーっと、ステータスは……」

 

 ステータスを確認しようと思ったが、俺の宝具の不具合か、まだわからないようだ。でもセイバーほどのバグではないみたいなので、自己紹介してもらえれば情報は開示されるだろう。

 

「名前を聞いてもいいか、アサシン」

 

「あ、はい。私の名前は……んー、どっちかな」

 

 そういって、少し視線を上に向け、顎に手を当てて考えるそぶりを見せてから、アサシンは答える。

 

「うん、こっちかな。私の名前は、『小碓命』といいます! よろしくお願いしますね!」

 

 その名前を聞いて、一瞬キョトンとした俺は悪くないと思う。……え、おうす、の、みこと……? 

 

「たぶん、『日本武尊』のほうが聞き覚えあると思いますけど、アサシンだとこの姿になるみたいですね!」

 

 そういって微笑むアサシンに、俺は冷や汗を一つ流すのだった。

 

・・・




ステータスが更新されました。

真名:ジャ繝ウ繝・ダ繝ォ繧ッ――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。解析中。

クラス:セイ繝エ繧。繝シ――召喚時のエラーにより、言語変換に失敗。解析中。 性別:女性 属性:秩序・善

ステータス:筋力・E 耐久・E+ 敏捷・E 魔力・B 幸運・C 宝具・A++

クラス別スキル

対魔力:☆

■■:D

固有スキル

繝シ繝ウ:A

カリスマ:■+

■人:A

透化:■
――第一宝具解放後、詳細解明。

■■放出:A
――第一宝具解放後、詳細解明。

心眼(■):E
――第一宝具解放後、詳細解明。

■■■の加護:A
――第三宝具発動後、閲覧許可。

矢除けの加護:■
――第三宝具発動後、閲覧許可。

宝具
三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:一人

第一宝具:立ち上がった少女の物語。

先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:1000人

第二宝具:仲間の先を駆ける乙女の物語。

■■■■■■■■■■■(■■■■・■■■)
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:10人

第三宝具:奇跡のその先へ向かった■■の物語。


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第十三話 その瞳に映る、白き国。

「瞳といえば」「……急にどうしたんだ」「いえ、やっぱり眼に関する能力って多いじゃないですか。メデュ……アンさんとか、ティー……彼女とか」「え、なに、魔眼持ってたら名前言っちゃいけない感じになっちゃうの?」「? どうしたんです、ギr……金ぴかさん」「……土下座神様」「はい?」「泣くぞ」「えっ!? えぇっ!?」「いいのか」「なにそれかわい……ダメですぅっ!」

何だかんだで土下座神様は甘いのでした。


それでは、どうぞ。


 召喚したアサシン……小碓命に現状やら色々と話していると、そういえば、と懐から一枚の便箋を取り出す。

 

「これは?」

 

「あの女神さまからのお手紙みたいですよ。なんか前見た時より面白い顔になっていましたが……どうしたんでしょうね?」

 

 これはセイバーも同じようなことを言っていたな。『顔色が悪い』だとかなんだとか。前の手紙もいまだ解読できていないし……あ、手紙といえば。宝物庫からフーケの手紙も取り出し、『文字解読の眼鏡』を取り出す。ついでにこっちも読んでおこう。

 フーケの手紙には、『今夜あんたらが泊まっているところを襲撃する予定。白い仮面の男の下で例の調査中。男については未だ正体分からず』という内容であった。……うん、俺が悪いからあれだけど、襲撃についてはもうちょっと早く知りたかったなぁ……。フーケは全く悪くないんだが。

 それにしても、一番近くにいるはずのフーケですらあの白い仮面の男についてはわからないのか。……謎である。小碓命にはその辺もちょっと気を付けてもらいたいな。

 

「で、こっちの神様の手紙はっと」

 

 開くと、前回とは違って読めるものの……数字ばかりだった。『32032123521232048085801311928005』? なんだこりゃ。あ、二枚目。『4421047221046343135221247134038005』……暗号か……?

 

「んー……わからん! って、そうだ」

 

 マスターからツッコミを受けたばっかりだし、宝物庫を探してみよう。『暗号 解く』っと。……お、出てきた出てきた。暗号解読の宝具である。それにこの手紙を通せば、翻訳されて複製されるはず……しかし、この手紙を通した宝具はそのまま手紙を戻してくる。……え? 暗号じゃないの、これ。じゃ、じゃあ、セイバーが来た時の手紙を通して……え!? これも暗号じゃないの!? だって普通に読めないぞ!? これを暗号じゃなくて『言語』として使ってたのか……!? まて、『暗号解読』の宝具は『暗号じゃない』というし、『言語解読』の宝具を通しても『俺の知ってる言語(にほんご)を使っている』ためにそのままに見えるし……マジでなんなんだ、この手紙……。

 

「はー、世界には……というか日本にはまだまだいろんな言葉があるんだなぁ……」

 

 とりあえず解読を諦め、手紙も宝具も片づける。

 

「……小碓命」

 

「はい?」

 

「常に気配遮断でマスターの近くへ。ある程度は俺が対応するから、俺が間に合わないとき。本当にどうしようもない時だけ、気配遮断を解いてマスターを守ってほしい」

 

「……ええ、わかりました。それが出来れば、褒めてくれますよね?」

 

「もちろんだとも」

 

 俺が即答でうなずくと、アサシンははにかんで意気込むように拳を握った。それから、すぅ、とアサシンの気配が薄くなっていく。気配遮断の結果だろう。俺は最初から最後まで認識していたのでいまだにアサシンを認識できているが、何も知らない人間が見れば、俺は一人に見えるはずだ。

 

「よし、これで奇襲対策はできた。……部屋に戻るか」

 

 最期に、甲板からの景色を一通り楽しんでから、マスターの眠る部屋へと踵を返した。

 

・・・

 

 翌朝。甲板にいる船員の「アルビオンが見えたぞー!」という声を聞いて、マスターをおこす。

 

「アルビオンについたようだぞ、マスター」

 

「むにゃ……ほんと?」

 

 眠そうなマスターが船から落ちたりしないよう、一緒に甲板へと上がり、前方へと視線を向ける。遠くに、雲の塊のようなものが見えて……それが、巨大な島のようなものだと理解する。

 

「でかいな……」

 

「ふふん、そうでしょ? 前に家族で旅行しに来た時は私もそんな感じだったわ」

 

 そういって笑うマスター。近くの船員の話だと、あと数時間で到着するという。うーむ、到着予定の港からどうやって王城へ行くかだなぁ……。

 そんなことを考えながら近づくアルビオンを見ていると、ワルドもやってきた。

 

「お、ワルド。もう風石の補助はいいのか?」

 

 俺の問いに、少しだけ疲れたようにワルドは答える。

 

「ああ、もう目と鼻の先だしね。あとは残った風石の力だけで行けるようだ」

 

 そういって自分で自分の肩を揉むワルド。ふむ、あとで栄養ドンクでも差し入れるか。あんまり効き目の高すぎない、普通の人間でも大丈夫そうな栄養ドリンクは……っと。

 宝物庫を検索する俺を邪魔するように、鐘の音が響く。早いリズムのそれは、警鐘といっていいほどのものだ。そのすぐ後に、「右舷前方より船が接近してきます!」と叫び声。

 

「……嫌な予感がするな」

 

「確かに。マスター、俺のそばへ。離れるな」

 

 小碓命も近くにいるようだが、空中に投げ出されてはどうしようもあるまい。あれが例えば軍の船で、こちらを沈めようとしてくるなら、俺が飛行宝具を開放する必要があるしな。こちらの船から手旗を振り信号を送るが、相手からの返答はないようだ。それを見ていた別の船員が、船長の下へと慌てて駆け寄ってくる。

 

「船長! あの船は旗を掲げていません!」

 

「な! そ、それではあの船は空賊か!」

 

 ……なるほど、空を飛ぶ賊だから空賊……この世界ならではの賊だな。しかしまずいな。対抗するなら『宝石と黄金の飛行船(ヴィマーナ)』しかないけど……それをこの衆人環境の中で見せるのは面倒を引き起こすだろう。特にワルド。なに言われるかわかったもんじゃない。

 

「……ん?」

 

 スキル『千里眼』が、遠くの空賊船の動きを捕らえる。座でランクを下げていたままこっちに来てしまったので『たまに未来の見えるただの良い眼』でしかないが、空賊船の上で動く空賊くらいは見えるのだ。あれは……うぅん、まだちょっと確定じゃないな。だが、もしかしたらピンチではないのかもしれない。

 

「ギル……」

 

「安心しろ、マスター。俺がいる限りマスターに手出しはさせないよ」

 

 周りの会話を聞いて不安になったらしいマスターを撫でて、安心させるように微笑む。笑いかけるのは不安な子に対して有効なのだ。ここで俺も不安そうにしていれば伝播してしまうからな。

 

「……さて、これがどう出るかは……冠位(グランド)じゃない俺にはわからないなぁ」

 

 花の魔術師とか魔術王とかキングハサンとかならわかるんだろうけど……その辺に伝手はないしなぁ。あ、いや、会ったことないわけじゃないけど……おそらく彼らからの俺の印象最悪だろうしなぁ。……おっと、思考がわきに逸れたな。

 とりあえず、俺の態度で少しは安心してくれたらしい。俺の蔭に隠れてはいるものの、マスターは今にも泣きだしそうな顔を和らげた。

 なんとかこの船も逃げようと回頭するが、すでに捕捉されているらしい。相手からの威嚇射撃が飛び、向こうから手旗信号が送られる。

 

「船長、停船命令です!」

 

「く……!」

 

 船長は最後の望み、とワルドを見るが、首を振られる。

 

「魔法はこの船を浮かべるのに打ち止めだ。素直に停船するんだな」

 

 ワルドのその言葉でもう打つ手がないことを悟ったのか、船長は「破産だ……」と肩を落としながら船員たちに停船を命令する。裏帆を打ち、行き足の弱まった船が空賊船に追いつかれる。空賊船の甲板の上にはメガホンを持った船員がいて、「空賊だ! 抵抗するな!」とこちらに怒鳴りかけてくる。

 

「空賊……!?」

 

 マスターが俺の背後から驚いた声を出す。その間に空賊船が並び、鉤爪ロープが投げ込まれ、こちらの船に斧やら銃やらを持った男たちがロープを伝ってやってくる。メイジもいるらしく、一緒に乗っていたワルドのグリフォンが眠らされた。……相手の無力化に手慣れているな。それなりに修羅場はくぐっているらしい。

 砲はすべてこちらを向いており、船員も向こうのほうが多く、メイジもいる。抵抗は無駄だろう。無駄なだけで『やれない』わけじゃないが。

 そして、空賊の中からひときわ偉そうなのが一人、一歩前に出てきた。派手な格好をしており、髪の毛はぼさぼさで無精ひげも生えており、腰布にはフリントロック銃と曲刀を差しており、左目には眼帯。『賊の頭』と言えばこんな感じ、というイメージを全部くっつけたような男が、ぎろりと鋭い視線をこちらに向ける。

 

「船長はどいつでぇ」

 

 ドスの利いた声でそう言って、辺りを見渡す。それに答えて、船長が手を上げる。それを見た空賊の頭はドスドスとこちらに近づいて、抜いた曲刀で船長の頬をぺたぺたと叩く。顔はニヤついており、すでにこの『狩り』が成功したことを確信しているのだろう。

 

「船の名前と、積み荷は?」

 

「トリステインの『マリー・ガラント』号。積み荷は『硫黄』だ」

 

 おぉ、と空賊たちから声が漏れる。『同量の黄金と同じ値段』と言われた火の秘薬だ。相当な稼ぎになるのだろう。空賊の頭は船長から帽子を取り上げて、自分が被る。

 

「船ごと全部買った。代金は……てめえらの命だ」

 

 その言葉に船長が震え、船員たちもがっくりと肩を落とす。それから頭はこちらに視線を向ける。

 

「おっと、貴族の客まで乗せてんのか」

 

 そういってマスターに近づいてくる。ぎゅ、と俺の服を握りつつも、マスターはひるむことなく胸を張る。……空賊の頭がマスターの顎に手を伸ばす。

 ……だが。

 

「まぁまて。マスターは君の船で皿洗いをするには勿体ないほどの子でね」

 

 ――それは許さんぞ。俺のマスターなのだ。勝手に触られては困る。

 

「あん? なんでぇお前。この女の召使かなんかか?」

 

「まぁサーヴァントっちゃあサーヴァントだけど……それはいいんだよ。とりあえず、『賊』に触ってほしくはないんだよね、この子を」

 

 そういって、頭の伸ばした手を掴む。……む? これは……。

 頭の手を見て、俺は確信した。『これはピンチではあるが危機ではない』。

 

「ちっ、離しやがれ!」

 

 ぶん、と俺の手を払う頭。舌打ちをしながら、興が冷めたのかそれ以上マスターに絡むことなく空賊たちの下へ戻っていった。空賊たちは『マリー・ガラント』号の船員たちに曳航を手伝わせて、俺は腰のデルフリンガーを、そしてワルドとマスターは杖を取り上げられた。これで、無力化されたわけだ。……いやまぁ、俺以外は、だけども。

 

「さてと、マスター。ちょっと予定は狂ったけどアルビオンには行けるみたいだぞ。よかったな」

 

「よくはないでしょ!? 捕まってるのよ、空賊に!」

 

「……ルイズ、なんというか、君の使い魔君はその、剛毅……だな?」

 

 マスターのツッコミに、ワルドが引き気味に続く。いやまぁ、ちょっと変わったバカンスみたいなもんだ。それから、ワルドが船室の積荷なんかを見て回っている。俺たちが閉じ込められた船室は積荷置き場でもあるし、俺達を閉じ込めておく牢屋代わりでもあるらしい。まぁ、今は俺達……ワルドとマスターも『積荷』と言う扱いなのだろう。

 活動的なワルドとは反対に、マスターは壁にもたれかかって座り込んでしまった。おいおい、スカートでそんな座り方したら見えちゃうじゃないか。足を閉じなさい足を。

 

「マスター、おなかは減ってないか?」

 

「減ったけど……まだ我慢は出来るわ」

 

「そうか。……なら、取り合えずコレでも」

 

 宝物庫を小さく開き、一口サイズのお菓子を取り出す。これで少しは気も紛れるだろう。

 

「……ふふ、ありがと」

 

 少しだけ笑って、マスターはお菓子を口にする。それから少しして、おい、と扉から声を掛けられる。一番近い俺が近づくと、「食事だ」と開かれた扉からスープの皿が差し出される。食事は出すんだな、と妙な関心をしつつ手を伸ばすと、ひょいと引っ込められる。……それは俺が一番嫌いなからかい方だぞ、おい。

 こめかみに怒りのマークを浮かび上がらせながら皿を差し出した男を見ると、「質問に答えてからだ」と笑う。ちょっと怒りの感情を浮かべていた俺が反応を遅らせている間に、マスターが立ち上がって先に答えてしまった。

 

「言ってごらんなさい」

 

「お前達、アルビオンには何のようなんだ?」

 

「旅行よ」

 

 マスターはいつものように腰に手をあて胸を張るいつものポーズを取って答えるが、男はその返答に笑う。

 

「へえ、トリステインの貴族が、今時のアルビオンに旅行? 一体何を見学するつもりだ?」

 

「そんなこと、貴方にいう必要は無いわ」

 

「さっきはこの護衛の後ろで震えてたくせに強がるじゃねえか」

 

 耐え切れなかったのか、声を上げて笑った男は、皿と水を置いて再び扉を閉め、鍵を掛けた。それを見届けてから、マスターの元へスープを持っていく。

 

「マスター、食べておけ」

 

「……あんな連中の施しは受けられないわ!」

 

「そういわずに。俺の分も食べていいからさ。……この場合は『飲んで』かな?」

 

 そっぽを向くマスターに、食べないと身体持たないぞー、とスプーンで一口分掬ってあーん、と声を掛ける。

 

「ちょっ、馬鹿キングっ。こんなところで、そんなっ……」

 

「恥ずかしいならさっさと食べないとなー。ほら、あーん」

 

「う、うぅ……ばか、ほんとばか……! あ、あーん!」

 

 恥ずかしさの余りかマナーとか全部考えていない様子で、スプーンにはむっ! と可愛らしく食らい付くマスター。そして、俺からスプーンと皿を奪い取ると、スープを飲み始める。……半分位したらワルドにもあげろよ?

 

「……ふぅ」

 

 君は本当に要らないのかい? とワルドから聞かれたが、やんわりと断っておいた。二人の体力温存が優先だ。俺は魔力で何とかできるしね。言わないけど。

 ワルドも流石に食後すぐに動き回るつもりはないらしい。壁に凭れて黙り込んでいる。マスターも座り込んで、俯いてしまった。

 

「おい、おめえら」

 

 そんなとき、扉が開いて先ほどの食事を持ってきた男とは別の男がやってきた。さっきの男は太っていたが、今度の男はやせぎすだ。

 

「聞き忘れてたんだが、もしかしてアルビオンの貴族派か?」

 

 マスターはその男を睨み返すだけで答えない。ワルドも、帽子の影から視線を向けるだけで沈黙を貫いている。

 

「おいおい、だんまりじゃわからねえじゃねえか。でもまぁ、そうだとしたら失礼したな。俺達は貴族派の皆さんのお陰で商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びているのさ」

 

「……じゃあ、この船はやっぱり反乱軍の軍艦なのね?」

 

 鋭い視線のまま、マスターは男に問い返す。

 

「いやいや、俺達は雇われてるわけじゃねえ。あくまで対等な関係で協力し合ってるのさ。ま、そこはおめえらには関係ねえんだがな。……で、どうなんだ? 貴族派なのか? もしそうだったら、きちんと港まで送り届けてやるぜ」

 

 ……君達は知らないのだな。このマスターのことを。そんなこといったら、このマスターは……。

 

「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。馬鹿いっちゃいけないわ。私は王党派への使いよ。まだあんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正当なる政府はアルビオンの王室ね。で、私はトリステインを代表してそこに向かう貴族なんだから、大使なのよ。だから、あんた達には大使としての扱いをあんた達に要求するわ」

 

 一息でそう言い切ったマスターは、ふんすと鼻を鳴らす。一瞬あっけに取られていた空賊も、少しして笑い出す。……いや、俺も少し笑ってるけど。こう、上手く隠してるけどな?

 

「いやはや、正直なのは確かに美徳だが、お前達、ただじゃすまないぞ」

 

「別に。あんた達に嘘ついて命乞いするくらいなら、死んだほうがマシよ」

 

「よく言ったマスター。それでこそ我が主」

 

 素直に俺も賞賛しておく。そんなやり取りを見てから、空賊は「頭に報告してくる」と部屋を出て行ってしまった。

 

「ふん、私はね、最後まで諦めるつもりはないわ」

 

 おー、と小さく拍手する。こんな小さいの立派な決意である。……さて、近づいてくるこの足音は……さっきのか。どう判断されたかな、頭の人には。

 足音に気付いたのか、二人も扉に視線を向ける。扉が開かれたそこには、先ほどのやせぎすの男が。

 

「頭がお呼びだ。きな」

 

・・・

 

 狭い通路を通り、細い階段を上り、俺達が連れてこられたのは、立派な部屋だった。後甲板の上に設けられたこの場所が、空賊船における船長室のようだ。扉の向こうには豪華なディナーテーブルがあり、その一番上座のところに派手な格好の男……空賊たちの頭が腰掛けていた。

 こちらに視線を向けつつ、手では大きな水晶の付いた杖を弄っている。なんと、頭はメイジらしい。……まぁ、貴族じゃなかったとしてもメイジとは力の象徴みたいなもんだ。不思議ではないだろう。

 そんな頭の周りでは、柄の悪い空賊たちがニヤニヤ笑ってこちらを見ている。俺達をつれてきたやせぎすの男が、俺達に声をかける。

 

「おい、頭の前だ。お前達、挨拶しろ」

 

 しかし、そんな言葉に従うマスターではない。いつものように腕を組んで頭を睨みつけている。それを見て、頭も周りの空賊たちと同じようににやっと笑った。

 

「気の強い女は好きだぜ。子供でもな。さてと、名乗りな」

 

 これ以上矢面に立たせるわけには行かないと俺がでしゃばろうかと思ったが……震えているマスターを見て、思いとどまる。彼女は戦っているのだ。戦っているものを邪魔するのは、サーヴァントとしてやってはいけないことだ。サーヴァント()がやるべきことは、マスターを無用な災いから遠ざけること。守ることと、過保護になることは違うのだ。彼女の命と誇りを守る。それが俺の役割なのだ。

 震えつつも、マスターは気丈に答えた。

 

「大使としての扱いを要求するわ。そうじゃなければ、ひとっこともあんた達となんか口を利くもんですか」

 

 だが、幾ら貴族で魔法使いと言っても小娘の言葉だ。まともに取り合ってもらえるはずも無く、ガン無視されて次の質問が飛んでくる。

 

「王党派っつったな?」

 

「……ええ、言ったわ」

 

 少し間が空いたのは、「ひとっことも喋らない」の辺りが引っかかったからだろう。だが、答えねば話も進まないので、仕方なく喋ったというところか。

 

「何しに行くんだ? あいつらは明日にでも消えちまうぜ?」

 

「あんたらに関係ないでしょ」

 

 頭はマスターの素気無い反応にも反応することなく、次の言葉を口にする。

 

「貴族派に付く気はないか? あいつらは今メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」

 

「死んでも嫌よ」

 

 即答するマスターに、頭は大声で笑う。

 

「いやいや、トリステインの貴族は気ばかり強くってどうしようもないな。……まぁ、どこぞの国の恥知らずどもよりは何百倍もマシだが」

 

 更に、笑った頭はそのまま立ち上がった。その上、笑い方が先ほどまでのねちっこいものから爽やかなものに変っている。……やはり、あの手の指輪は本物だったか。俺の『コレクター:EX』を舐めちゃいかんな。

 

「おっと失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなければな」

 

 その言葉と同時に、周りに控えていた空賊たちが、先ほどまでのニヤニヤ笑いをやめて一斉に直立した。

 頭はそんな空賊たちを尻目に、カツラを取り、眼帯も取り外し、付け髭を剥がし、顔をタオルで拭う。先ほどまでの空賊の頭はどこへやら。目の前には金髪のイケメンが! ……『変装:B』くらいかな? おっと、アサシンが凄い顔して睨んでる……気がする。気配遮断であんまりわかんないけど。

 

「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……まぁ、本国艦隊と言っても、すでに本艦『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。だから、その肩書きよりはこちらのほうが通りがいいだろう」

 

 金髪のイケメンは居住まいをただし、威風堂々名乗った。

 

「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・デューダーだ」

 

 おお、これは『カリスマ』持ちですわぁ。こっちの世界来て初めてかもしれないな。

 マスターは先ほどまでの顔を崩し、口をあんぐりと開けて驚きを表現している。ワルドは「ほう」とでも言いたげな表情で、興味深そうにウェールズを見つめている。

 ウェールズはにっこりと爽やかな笑みを浮かべると、マスターたちに席を勧めた。

 ぽけっと立ち尽くすマスターだが、声を掛けて椅子を引いてやるとあわあわしつつもそこに座った。しかし、あまりの衝撃に言葉が見つからないのか、ウェールズのほうを見たままその顔を確認するように見ている。

 

「ふふ、その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているんだ、と言う顔だね。……いやなに、簡単さ。金持ちの反乱軍には次々と補給物資が送り込まれる。ならばその補給線を断つのは戦の基本。……と言っても、素直に旗を掲げて襲撃すれば反乱軍の船に囲まれてしまう。そのために旗を降ろし、空賊を装うのも、いたしかたないことなのだよ」

 

 悪戯が成功した子供のような笑みで、ウェールズは続ける。

 

「それにしても大使殿には誠に失礼なことをした。しかしながら、君たちが王党派ということが中々信じられなくてね。なんせ、国外に我々の味方をしてくれる貴族がいるなど夢にも思わなかったのだ。君達を疑い、試すような真似をしてすまない。……さて、用件を聞こうか」

 

 ウェールズにそう問われても、マスターは未だに再起動を果たしていないようだ。そんなマスターに代わって、ワルドが優雅に頭を下げ、口を開いた。

 

「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かってまいりました」 

 

「ふむ、姫殿下とな。君は?」

 

「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵」

 

 それから、ワルドはマスターと俺をウェールズに紹介してくれた。

 

「そしてこちらが、姫殿下より大使の大任を仰せつかった、ラ・ヴァリエール嬢とその使い魔にございます、殿下」

 

「なるほど……! 君のように立派な貴族が私の親衛隊に後十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることも無かったろうに。……して、その密書とやらは?」

 

 その言葉に慌てて立ち上がったマスターに、俺が宝物庫(ふところ)から出した密書を渡す。封蝋だけでも証明できるとは思ったが、一応姫から借りている指輪も添えて渡しておく。俺からその二つを受け取ったマスターはウェールズに近づいていくが、数歩前で止まる。まだ密書を手渡せる距離ではない。

 

「あの……」

 

「なんだね?」

 

「その、失礼ですが……本当に皇太子様?」

 

 躊躇いがちに口にされたその疑問に、ウェールズは笑って答えた。

 

「うむ、その疑問も当然だろう。しかし、僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。……ああ、丁度いい。それがあるなら、証拠をお見せしよう」

 

 そう言って、ウェールズは自身の薬指についている指輪を外すと、手紙とともにマスターが持つ指輪に近づける。すると、二つの指輪は魔力を共鳴しあい、虹色の光を振りまく。なるほど、コレが『水と風が作る虹』と言う奴か。マスターの持つ『水のルビー』とウェールズの持つ『風のルビー』を見たときに謎に思っていた効果が、コレで見れたわけだ。……え? そんなスキルあるのかって? 『コレクター』と『千里眼』を合わせれば宝具でもない限り解読できるよ。

 

「この指輪は、アルビオン王家に伝わる風のルビー。そしてそれは、アンリエッタがはめていた、水のルビー。そうだね?」

 

「は、はい」

 

「水と風は虹を作る。王家の間にかかる虹さ」

 

「大変失礼をばいたしました」

 

 マスターは一礼して、手紙をウェールズに渡す。ウェールズはその手紙を愛おしそうに見つめると、花押に接吻し、慎重に封を開いて中の便箋を取り出し読み始める。

 とても真剣な顔である。……ふぅむ、これはもしかすると……。ふぅん?

 俺の中のおっさんの部分がその様子をニヤニヤと見つめていることに気付く。……年下の初々しい恋愛をニヤつきながら見守るおっさんの気分である。いや、うん、ミレニアムレベルの年下だけども。

 

「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……従姉は」

 

 ほう! ほほう! そういう系なのか! いとこどうしで違う王家の皇太子と姫……ふむふむ、しかし政略結婚によって引き裂かれる二人……ふぅむ、これは、応援するべきだ。すべきだが……この状況だものなぁ。

 

「……何百面相してんのよ。ほら、行くわよ」

 

「……む?」

 

 俺がうんうん唸っている間に話は進んでしまったらしい。取り合えず客室が割り当てられることになり、もう少し近づくまで休んでいくことになったらしい。

 割り当てられた部屋でマスターから聞いた話だと、今回の目的である『手紙』はニューカッスル城というウェールズの居城にあるらしいので、そこまで向かうことになったらしい。

 『白の国』アルビオン。……白い仮面の男は流石に追ってこれはしないだろうが……戦争真っ只中の王国か。

 

・・・

 




クラス:アサシン

真名:小碓命 性別:? 属性:混沌・善

クラススキル

気配遮断:B+

サーヴァントとしての気配を立つ。隠密行動に適している。さらに、男の下へ忍び寄る際には、有利な判定を受ける。
ただし、自身が攻撃態勢に移ると気配遮断は解けてしまう。


保有スキル

単独行動:A
マスターが不在でも行動できる。ただし、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターからのバックアップが必要。

神性:B
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
天照大神の系譜である。

変装:A
自身の衣装、髪型、所作等を変え、自身の身分を偽る技法。ランクが高ければ高いほど見破られず、他人になり切れる。
このランクであれば、別人になれるどころか性別、骨格までも変えることができる。
美少女に変装し、熊襲健の下へと潜入、暗殺をした逸話と、後述の宝具、『■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■■■■)』より。


能力値

 筋力:C+ 魔力:B 耐久:D 幸運:B 敏捷:B+ 宝具:EX

宝具

■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■■■■)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:2人

え、コレですか? ボクの服と短刀ですよ! ……フフ。

■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:200人

これはですね、ちょっと今のクラスだとおっきくてあんまり使いこなせてないんです。……切れ味は、良いんですけどねぇ?

■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■■■)

ランク:EX 種別:■■宝具 レンジ:― 最大補足:―

ボクは、死んでも君とは離れたくないんです。ずっと。……ずぅっと。


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第十四話 それも全部、お見通し

「あ、あの」「何の書類ミスった?」「……この、『世界運営に関する時空のゆがみについて』のレポートの……」「はいはい、コレ新しいコピー。コレ見て、書き直し」「……はい」

「……あのぉ……」「何の処理ミスった?」「『超新星爆発に類するエネルギー再生事業による新しい異世界誕生』の植物処理を……」「……あー、この種使ってみて。それでもダメだったらまた来て」「……うぅ、はい」

「……」「……はい、これ」「……ごべんなざいぃぃぃぃぃ! ほんどごめんねぇぇっ! 先輩なのに! 私神様として先輩なのにぃぃぃぃ!」「あーもう、泣かない泣かない。ほら、ちーん」「えぐ、えぐ、ちーん……」「はいはい、よしよし。ほら、こっちおいで」「うぅ……」「可愛いなぁ、このダ女神さま」


それでは、どうぞ。


 俺たちを乗せた『イーグル』号は、浮遊大陸であるアルビオンの海岸線……といっていいのかわからないが、ジグザグしたそこを雲に隠れるように航海している。そろそろ着くといわれて部屋から甲板へと上がると、大陸から突き出している岬が見えた。その突端には高い城がそびえている。ウェールズはわざわざ俺たちの下へきて、あれが『ニューカッスル城』だと説明してくれた。……だけど、まっすぐ城にはいかず大陸の下に潜り込むような進路をとっている。なぜ下にもぐるのか、とマスターが聞くと、ウェールズははるか上空を指さす。そこは、巨大な船がニューカッスル城へ向けて降下してくるのが見えた。こちらは雲の中を進んできたので、向こうからはこちらは見えていないようだ。

 

「反徒どもの船だ」

 

 かなり巨大である。『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』のどのタイプよりも大きく、この『イーグル』号よりも大きい。二倍はあるだろう。帆を何枚もはためかせ、ゆるゆると降下すると、ニューカッスル城に目がけて砲門を一斉射する。その砲撃の振動がこちらにまで伝わってくるほどだ。

 ニューカッスル城に着弾した砲撃は、城壁を砕いて小規模とはいえ火災を発生させているようだ。

 

「かつての本国艦隊旗艦、『ロイヤル・ソヴリン』号だ。反徒どもが手に入れてからは『レキシントン』号と名前を改めている。奴らが初めて我らから勝利をもぎ取った戦地の名前だ。よほど名誉に感じているらしいな」

 

 ウェールズは自嘲気味の微笑を浮かべて続ける。

 

「あの忌々しい船は、上空からニューカッスルを封鎖しているのだ。あのように、たまに嫌がらせのように城に大砲をぶっ放していく」

 

 千里眼を使って、遠くのあの巨大船をみやる。無数の大砲が舷側から突き出て、艦上にはドラゴンが待っている。……なんという。空母能力を有した戦艦とか、なんて無理ゲー。俺でも流石に宝物庫を開くしか対抗策が浮かばん。

 俺の戦慄をよそに、ウェールズは説明を続ける。

 

「備砲は両舷合わせて百八門。おまけに竜騎兵まで積んでいる。……あの船の反乱から、すべてが始まった、因縁の船さ。我々の船はあんな化け物を相手にできるわけもないので、雲中を通り、大陸の下からニューカッスルに近づく。そこに我々しか知らない秘密の港があるのだ」

 

 雲の中を通り、大陸の下に出ると辺りは真っ暗になる。頭上に浮遊大陸が来るために日が差さないのだ。雲中ということもあって、視界はゼロに近い。こんなところでは頭上の大陸に座礁する危険が高いため、反乱軍の軍艦は大陸の下に近づかないのだ、と追加で説明してくれた。

 まぁ、制空権取ってる反乱軍が、わざわざこんなところ来ないだろうしな。

 

「地形図を頼りに、測量と魔法の明かりだけで航海することは、王立空軍の航海士にとっては造作もないことなのだが」

 

 貴族派はしょせん、空を知らぬ無粋ものさ、とウェールズは笑う。元の地球でいう、海軍の軍人のような矜持だろうか。海を行き、海に生きる、船乗りの矜持。誇りと言い換えていいそれを、彼らは持っているのだろう。

 

「一時停止」

 

「一時停止。アイ・サー」

 

 掌帆手が命令を復唱する。ウェールズの命令で『イーグル』号は裏帆を打つと、そのあとに暗闇の中でもきびきびとした動きを失わない水兵たちによって帆をたたみ、ぴたりと穴の真下で停船した。

 

「微速上昇」

 

「微速上昇。アイ・サー」

 

 ゆるゆると『イーグル』号は穴に向かって上昇していく。そのあとを、『マリー・ガラント』号が続く。あちらにもこの船の航海士が乗っているらしい。同じく危なげない操船で、穴を通っていく。

 その様子に、ワルドがうなずきながら笑う。馬鹿にしたような笑みではなく、この一連の行動を称えての笑みだ。

 

「まるで空賊ですな、殿下」

 

「まさに空賊なのだよ、子爵」

 

 それに答えるウェールズもまた、同じような笑顔だった。

 

・・・

 

 穴に沿って上昇していくと、頭上に明かりが見える。その明かりに誘われるように上昇していくと、秘密の港に到着していた。真っ白い発光性のコケに覆われた、鍾乳洞を港にしているようであった。なるほど、発光性のコケっていうのは考えてなかったなー。魔法の明かりとかかと思ってたけど。

 さらに港を見ていくと、大勢の人が待ち構えているのが見えた。

 『イーグル』号が岸壁に近づくと、一斉にもやいの縄が飛んでくる。それを水兵たちは艦に結わえ付け、艦はその縄で引き寄せられる。そのあと、車輪のついたタラップが運ばれてきてぴったりと艦に付けられると、車輪止めがつけられる。

 それを見届けた後、ウェールズは俺たちを促して、タラップを降りる。

 降りた先では、背の高い老メイジが近寄ってきて、ウェールズの労をねぎらう。それから、『イーグル』号の後に上がってきた『マリー・ガラント』号を見て、頬をほころばせた。

 

「ほほ、これはまた、大した戦果ですな、殿下」

 

「喜べ、バリー! 硫黄だぞ、硫黄!」

 

 ウェールズがそう叫ぶと、集まっていた兵隊が、うぉぉー! と歓声を上げた。

 これは……そういうことか。そういう状況か。そうなってしまったのか、この国は。

 

「おお! 硫黄ですと! 火の秘薬ではござらぬか! これで我々の名誉も、守られるというものですな!」

 

 老メイジ……バリーというらしい……は、おいおいと泣き出した。……この反応で、確信した。この国は、滅びを未来としている。誇りのために、ここにこの国ありと玉砕するつもりなのだ。

 

「先の陛下よりお仕えして六十年……こんなうれしい日はありませぬぞ、殿下。反乱がおこってからは、苦汁を舐めっぱなしでありましたが、なに、これだけの硫黄があれば……」

 

 その言葉の先を、にっこりと笑ったウェールズが引き継いだ。

 

「王家の誇りと名誉を、叛徒どもに示しつつ、敗北することができるだろう」

 

「栄光ある敗北ですな! この老骨、武者震いがいたしますぞ。して、ご報告なのですが、叛徒どもは明日の正午に、攻城を開始するとの旨、伝えてまいりました。まったく、殿下が間に合って、よかったですわい」

 

「してみると間一髪とはまさにこのこと! 戦に間に合わぬは、これ武人の恥だからな!」

 

 ウェールズ達は、そう言って笑い合う。マスターは、その会話を聞いているうちに顔色を変えていっていた。今では真っ青だ。死ぬということを受け入れた人間を、初めて見たのだろう。

 

「して、その方たちは?」

 

 バリーが、俺たちを見てウェールズに尋ねる。

 

「うむ、トリステインからの大使殿でな。重要な要件で、この王国に参られたのだ」

 

 そういわれたバリーの顔が、キョトンとした顔になる。何しに来たんだ? という疑問が顔に現れている。しかし、すぐにその表情を微笑みに変えた。

 

「これはこれは大使殿。殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーでございます。遠路はるばるようこそこのアルビオン王国へいらっしゃった。大したおもてなしはできませぬが、今夜はささやかながら祝宴が催されます。ぜひともご出席くださいませ」

 

 マスターは、青い顔のまま、ただ一言だけ、答えた。

 

「は、はい、わかりました」

 

・・・

 

 俺たちは、そのあとウェールズに付いていき、城内にある彼の私室へ向かった。ニューカッスル城の一番高い天守の一角にあるその部屋は、王子の部屋とは思えない、質素な部屋であった。

 木でできた粗末なベッド、イスとテーブルが一組、壁には戦の様子を描いたタペストリー。そのくらいしか部屋にはものがないようだ。

 ウェールズは椅子に腰かけると、机の引き出しを開く。そこには宝石がちりばめられた小箱が入っていた。ウェールズは首からネックレスを外すと、その先についている小さなカギで小箱のカギを開けた。蓋の内側にはアンリエッタ王女の肖像が描かれている。

 全員がその箱をのぞき込んでいることに気づいたウェールズが、それを咎めるでもなくはにかんで言った。

 

「……宝箱でね」

 

 中には一通の手紙。これが、今回の目的である手紙のようだ。それを取り出して、いとおしそうに口づけた後、開いてゆっくりと読み始めた。何度もそうされてきた手紙は、もうすでにボロボロで、どれだけウェールズがこの手紙を大切にしているか一目でわかるものであった。

 読み終わった後、ウェールズはその手紙を丁寧に畳んで、封筒に戻し、ルイズに手渡した。

 

「これが姫からいただいた手紙だ。……この通り、確かに返却したぞ」

 

「ありがとうございます」

 

 マスターは深々と頭を下げ、その手紙を受け取る。

 

「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。それに乗って、トリステインに帰りなさい」

 

 その言葉を聞いていたのかいないのか、マスターはずっと手紙を見つめていて、すぐに何かを決心したかのように口を開いた。

 

「殿下。……先ほど栄光ある敗北とおっしゃっていましたが……王軍に勝ち目はないのですか?」

 

「ないよ」

 

 マスターの戸惑うような問いに、ウェールズはあっさりと答える。

 

「わが軍は三百。敵は五万。万に一つの可能性もあり得ない。我々にできることは……はてさて、勇敢な死にざまを連中に見せることだけだ」

 

 その言葉に、マスターは唇を震えさせながら尋ねる。

 

「その中には、殿下の討ち死になさるさまも、含まれるのですか?」

 

「当然だ。私は真っ先に死ぬつもりだよ」

 

 ……ここの王族たちは、みんな優秀な劇団員だな。

 やり取りをそばで見ていて、俺は少しため息をついた。……王は、真っ先に死んではいけないだろう。国の行く末を見てから死ぬべきだ……とは思うものの、子孫に国を任せて、人類史を見る旅に出てしまい、神様に無理やり座にあげられた俺がそれを言うことは決してできない。

 マスターはそんな考え事をしている俺の前で、深々とウェールズに一礼した。何か、無礼なことを言いたいらしい。

 

「殿下……失礼をお許しください。恐れながら、申し上げたいことがございます」

 

「何なりと。申してみよ」

 

「この、ただいまお預かりした手紙の内容、これは……」

 

 マスターが言いよどむ。……うんまぁ、確かにストレートには聞けないよね。「これラブレターですか?」なんて。だが、一度俯いてしまったものの、すぐにきっと顔を上げ、口を開いた。

 

「この任務をわたくしに仰せつけられた際の姫様のご様子、尋常ではございませんでした。そう、まるで、恋人を案じるような……それに、先ほどの小箱の内蓋には、姫様の肖像が描かれておりました。手紙に接吻なさった際の殿下の物憂げなお顔といい、もしや姫様と殿下は……」

 

「なるほど、君は従妹のアンリエッタと私が恋仲であったといいたいのだね?」

 

「そう、想像いたしました……。とんだご無礼を、お許しください。してみると、この手紙の内容とやらは……」

 

 ウェールズは額に手を当てて悩む仕草をとった。……言おうか言うまいか、迷っているのだろう。だが、真摯な瞳をしたマスターの前で、嘘をつくことを嫌ったのであろうウェールズは、うなずいて口を開いた。

 

「恋文だよ。君が想像している通りのものさ。確かに、アンリエッタが手紙で知らせたように、この恋文がゲルマニアの皇室にわたっては、不味いことになる。何せ、彼女は始祖ブリミルの名において、永久の愛を私に誓っているのだからね」

 

 それは何かまずいのだろうか。確かに永久の愛を誓っている、という部分はまずいだろうが、子供同士の戯言、みたいに笑われたりは……あ、そうだ。この子らは、王族なのだ。結婚というのは家を繋ぐ大切な儀式。その当事者に、いくら昔のことであろうと永久の愛を誓った相手がいるというのは、不味いのか。

 ウェールズはそんな俺の様子に気づいてはいなかっただろうが、その疑問に対しての答えをそのまま続けて説明してくれた。

 

「知っての通り、始祖に誓う愛は、婚姻の際の誓いで無ければならぬ。この手紙が白日の下にさらされたならば、彼女は重婚の罪を犯すことなってしまうであろう」

 

 あ、そうなんだ。宗教的な問題だったか。確かに、この世界では神様ではない『始祖ブリミル』という魔法使いの始祖みたいな存在が、一神教状態でこの世界の宗教を担っている。もちろん国というのは宗教とは切っては離せない。ならば、宗教的な後ろ盾をなくしてしまったトリステインは、ゲルマニアとの婚約は破棄され、同盟も取り消されてしまうことになるだろう。

 そうすれば、トリステイン一国で貴族派と戦わねばならなくなる。……なるほど、手紙が大切なわけだ。

 俺が頭の中で納得の頷きを繰り返していると、マスターはそのウェールズの説明を切るように言葉をかぶせた。

 

「とにかく、姫様は殿下と恋仲であらせられたのですね?」

 

「……昔の話だ」

 

 過去形とはいえ認めたウェールズに、マスターは熱く食って掛かる。

 

「亡命なされませ、殿下! トリステインに! 亡命なされませ!」

 

 そんなマスターを止めようと、ワルドがマスターの肩に手を置く。……だが、そんなことで止まるマスターではあるまい。

 

「お願いでございます! 私たちと共に……トリステインに!」

 

「それはできんよ」

 

 ウェールズは苦笑しながら言う。

 だが、マスターも折れる気はないらしい。そのままの剣幕で、言葉を続ける。

 

「これは私の願いではございませぬ! 姫様の願いでございます! 姫様の手紙には、亡命を勧める言葉があったはず! ……姫様がご幼少の砌より、私は姫様の遊び相手を務めておりました。ですので、姫様の気性は大変よく存じています!」

 

 マスターは、髪を振り乱すように、熱く語る。

 

「あの姫様は……愛した人を見捨てるようなことは絶対にしません! お答えください、殿下! 亡命を勧める文が、手紙にはあったはずです!」

 

「そのようなことは……一行も書かれていない」

 

「殿下!」

 

 マスターの瞳には涙すら浮かんできていた。……感情表現の豊かなマスターだ。俺の守るべきマスターの良い一面が見れて、こんな時ではあるけれど、少し感動してしまった。

 

「私は王族だ。嘘はつかぬ。姫と私の名誉に誓う。――ただの一行たりとも、私に亡命をするめるような文句は書かれていない」

 

 ウェールズのこの顔は、何度か見た顔だ。自分の大切なもののために、自分を殺そうとしている顔。苦しいのを我慢している顔だ。

 そして、マスターの顔を見て、顔を笑みに変える。マスターの肩を叩いて、口を開く。

 

「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢。正直でまっすぐな、良い目をしている。……だけど、忠告しておこう。そんなに正直では大使は務まらぬよ。しっかりしなさい」

 

 ウェールズは笑顔のまま、「しかしながら」と続けた。

 

「このような亡国への大使としては適任かもしれぬ。明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね。なぜなら、名誉以外に守るものが他に無いのだから」

 

 それから、ウェールズは机の上にある盆に水を張り、その上に乗った針を見た。方位磁石に見えるが……針が複数あるから、たぶん時計なんだろう。

 

「そろそろパーティの時間だ。君たちは我らが王国が迎える最後の客だ。ぜひとも出席してほしい」

 

 俺たちは部屋の外に出る。……しかし、ワルドは何やら用があるようだ。一人ウェールズの部屋に残っている。

 

「まだ、何か御用がおありかな?」

 

 扉が閉じる前。漏れ聞こえてきたのは、二人の話声。

 

「恐れながら、殿下にお願いしたい議がございます」

 

 ……ぱたん、としまってしまった扉の向こうで、ワルドが何を望んだのかは……ちょっとわからなかった。

 

・・・

 

 さて、そんなわけで参加したパーティは、城のホールで行われている。簡易の玉座が置かれていて、そこにはアルビオンの王、ジェームズ一世が腰掛けて集まった貴族や臣下を眼を細めて見守っていた。年老いたその相貌も相まって、自分の息子や孫を見るような、そんな柔らかさを含んでいた。

 ジェームズ一世が見守る貴族たちは、明日にも滅びるという悲しさをまるで見せない様子で着飾り、テーブルにはこの日のために取っておいたのであろう様々なご馳走が置いてあった。料理人たちも腕を振るったのだろう。まるで戦争に勝った後のような華やかさで、少しだけ驚いてしまった。

 

「散り際の儚い美しさ、と言う奴か」

 

「……なにそれ」

 

 むす、とマスターが俺の言葉に反応する。明日で終わってしまう国の、矛盾するような明るい華やかさに不満を抱いているのだろう。

 

「マスターにはまだ早かったかな」

 

「子ども扱いするなっ」

 

「はいはい、レディーレディー」

 

「……」

 

「おっと、流石にパーティに黒焦げで出るわけには行かないな。すまんすまん」

 

 無言で杖を取り出したマスターに、慌てて取り繕う。何とか機嫌は戻ったらしく、杖は懐に戻された。

 きゃあ、と言う黄色い歓声に眼を向けると、ウェールズが出てきたところだった。うんうん、イケメンはいつでも女性の目の保養だよな。俺とか。……俺とか!

 

「……? なによ」

 

「いや、なんでもないとも」

 

 マスターにウィンクしてみたが、素の反応で首を傾げられてしまった。うむ、流石は俺のマスター。

 視線をウェールズに戻すと、なにやらジェームズ一世に耳打ちしているようだ。それからジェームズ一世は立ち上がろうとしたが、寄る年並みには勝てないという奴だろう。よろけて倒れそうになる。ホールにいる貴族たちから、悪意のない笑いが起こる。

 

「陛下! 御倒れになるのはまだ早いですぞ!」

 

「そうですとも! せめて明日まではお立ちになってもらわねば、我々が困る!」

 

 そんな軽口が掛けられるものの、気分を害した様子も無く、ジェームズ一世は人懐っこい笑みを浮かべた。

 

「あいや、各々がた。座っていてちと、足が痺れただけじゃ」

 

 そんなジェームズ一世に、ウェールズが寄り添うようにして体を支える。それからこほんと一つせきをすると、ホールの貴族や貴婦人たちが、一斉に直立する。

 

「諸君。忠勇なる臣下の諸君に告げる。いよいよ明日、このニューカッスルの城に立てこもった我ら王軍に反乱軍『レコン・キスタ』の総攻撃が行われる。この無能な王に、諸君らはよく従い、よく戦ってくれた。しかしながら、明日の戦いはもう、戦いではない。おそらく一方的な虐殺となる。朕は忠勇な諸君らが傷つき斃れるのを見るのを見るに忍びない」

 

 そこでジェームズ一世は咳き込み、それからまた言葉を続ける。

 

「したがって、朕は諸君らに暇を与える。……長年、良くぞこの王に付き従ってくれた。厚く礼を述べる。明日の朝、巡洋艦『イーグル』号が、女子供を乗せてここを離れる。諸君らもこの船に乗り、この忌まわしき大陸を離れるがよい」

 

 その言葉に、ホールの貴族たちは誰も返事をしない。……ああ、この感情は分かるぞ。自身の王に、尽くすべき主に、身命を捧げる人間の熱量だ。

 俺の予想通り、一人の貴族が大声を上げる。

 

「陛下! 我らは唯一つの命令をお待ちしております! 『全軍前へ! 全軍前へ! 全軍前へ!』……今宵、美味い酒の所為で、いささか耳が遠くなっております! はて、それ以外の命令が、耳に届きませぬ!」

 

 その勇ましい言葉に、集まった全員が頷く。それに続くように、他の貴族たちも『耄碌するには早いですぞ、陛下!』やら『なにやら異国の呟きに聞こえたぞ?』やら、自身の覚悟を示す言葉を老いた王に告げる。

 それを受けた王は、目頭を拭い、「ばかものどもめ」と短く呟くと、杖を掲げる。

 

「……良かろう! しからば、この王に続くがよい! さぁ、諸君! 今宵はよき日である! 重なりし月は、始祖からの祝福の調べである! 良く飲み、食べ、踊り、楽しもうではないか!」

 

 王の言葉に、あたりは喧騒に包まれた。こんなときにやってきたトリステインからの客が珍しいらしく、貴族たちがかわるがわる俺達の元にやってきた。彼らは悲嘆にくれたようなことを一言も言わず、俺達に料理を勧め、酒を勧め、冗談を口にする。

 

「大使殿! このワインを試されなされ! お国のものより上等と思いますぞ!」

 

「何! いかん! そのようなものをお出ししたのでは、アルビオンの恥と申すもの! この蜂蜜が塗られた鳥を食して御覧なさい! 美味くて頬が落ちますぞ!」

 

 皆、最後に「アルビオン万歳!」と口にして去っていく。

 あんまりこういう空気はなれないなぁ、と勧められたワインを口にしながら一人思っていると、マスターはこの空気に耐えられなくなったのか、顔を振って外に出て行ってしまった。

 ……追おうかと思ったが、婚約者のワルドがいたのを思い出して視線を向ける。落ち込んでしまった子を慰めるのも、婚約者としての役割だろう。ワルドは俺の視線の意図に気付いたのか、マスターの後を追っていった。

 

「あ、蜂蜜を塗った鳥が美味いんだったか」

 

 食べておかねば、と視線を動かしていると、ウェールズと目が合った。それから、ウェールズは歓談していた場を離れ、こちらに近寄ってくる。

 

「ラ・ヴァリエール嬢の使い魔、だね? しかし人が使い魔とは珍しい。トリステインは変わった国なのだな」

 

 そう言って笑うウェールズに、俺も笑って返す。

 

「そうだろうそうだろう。なんてったってトリステインでも珍しいからな」

 

「それもそうだな。なんせ、今まで聞いたこともない。……君は、こういう場に慣れているみたいだね。流石は王だ」

 

 ウェールズが、急に真剣な瞳でこちらを見上げ、尋ねて来た。

 

「うん? あれ、俺のこと話したっけか?」

 

「アンリからの手紙に書いてあったよ。なんとも数奇な運命をしているな」

 

「はっはっは。まぁ、今は王を休業中でな。一人の使い魔として、挑戦中だよ」

 

 そう言って笑うと、ウェールズも笑った。

 

「それはいい! 休業できる王とは、なんとも斬新だ!」

 

「それに、俺の国も滅びている。……まぁ、話してもいいか」

 

 そう前置きして、俺は自身のことを話した。すでに死んだ身であること。英霊という存在になり、マスター……ルイズに召喚されたこと。ここではない、異世界の存在であること。

 それを聞いたウェールズは、眼を丸くして驚いていた。

 

「なんと。そのようなことがあるのか」

 

「俺も最初は驚いたもんだ。……でも、だからこそ、君を安心させる為に、言える事がある」

 

「ほう? なにかな」

 

「……君の守りたいものは、俺の守りたいものだ。……マスターの友達なんだ。王女は」

 

「ははは! そうだな、それは大切だ!」

 

「王女には君が亡命しなかった理由を濁しておくよ」

 

 そう言って俺は笑う。ウェールズもその言葉に笑った。

 

「お見通しか。……しかしまぁ、それはありがたい。いらぬ心労は美貌を害するからな」

 

「ああ、確かにそうだな」

 

「ただ……そうだな、『ウェールズは勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』と、そう伝えてくれたまえ。それだけで十分だ」

 

 そう言って、ウェールズは再び、ホールの中心へと戻っていった。

 

・・・

 

 さて、パーティを楽しむのもいいが、部外者の俺が一人で長時間いても面倒だろう。そろそろお暇しておいたほうがいいな。

 

「あ、ちょっといいかな」

 

 近くにいた給仕さんに部屋を聞き、それじゃあいくかと踵を返すと、ワルドがこちらに歩いてくるのが見えた。

 

「君に言っておかねばならぬことがある」

 

 ワルドはすでに決めたことを伝えるような、事務的な冷たい声で俺に言った。

 

「明日、僕とルイズはここで結婚式を挙げる」

 

「お、おお? 明日? マジで?」

 

 なんとも唐突な結婚宣言に、素で驚いてしまった。っていうか、マスター慰めに行ったこの短い時間で結婚の話したんだろうか。急すぎないか、ワルドもマスターも。

 

「ぜひとも、僕たちの婚姻の媒酌を、あの勇敢なウェールズ皇太子にお願いしたくてね」

 

「な、なるほど、それは確かに今じゃないと出来ないけど……ウェールズはなんて?」

 

「快く引き受けてくれたよ。決戦の前に、僕たちは式を挙げる」

 

「帰りはどうするんだ? 船には間に合うのか?」

 

「グリフォンは長い距離は飛べないが、滑空するだけなら別だ。それで帰る。……君には申し訳なく思うが、グリフォンはそんなに人数を乗せられなくてね」

 

 なるほど、確かに二人乗りが限界っぽかったもんな。それなら仕方ないか、と頷く。

 

「了解した。……大事なマスターなんだ。怪我でもさせたり、泣かせてみろ。……例えマスターの旦那だろうと、それ相応の目に合わせよう」

 

 睨むような目になってしまったからか、今まで冷たい反応しか返さなかったワルドに動揺の色が見えた。少しだけ、感情を表に出したような……。

 だが、それも一瞬のこと。すぐに顔を引き締めると、重々しく頷いた。

 

「もちろんだ。この日のために、僕は努力してきた。幸せにして見せるよ」

 

「……それならいい」

 

 ワルドなら腕も立つし、トリステインに戻るまでマスターを任せてもいいだろう。……本当ならちゃんとした『眼』を持ってして彼の略歴から何から全て精査してからじゃないと任せられないが……。仕方がないか。

 アサシンも余り離れてしまうと魔力供給が怪しくなってしまうので、一緒に『イーグル』号に乗ることになるだろうし、本当にワルドに任せてしまうことになる。……大丈夫かなぁ。うぅん、不安である。

 

「それでは、君とはここでお別れだな」

 

「まぁ、向こうに帰ってからもマスターの使い魔であることは変わりない。そのときはよろしく」

 

「……ああ、そうだな」

 

・・・

 

 ワルドと別れ、暗い廊下を一人歩いていた。

 ……灯火管制がかかっているから、灯りをつけられないのだ。ま、そんな中でも蝋燭を灯さずに歩けるぐらいの眼は持っている。

 

「……ん?」

 

 あそこで泣いてるのは……マスター!? あの子が泣くなんて尋常じゃないぞ! もしかして……マリッジブルーか!?

 

「マスター!」

 

「えっ、あ、う……な、何っ」

 

 ごしごし、と目元を拭うマスターだが、すぐに表情を崩し、またぽろぽろと涙がこぼれ始める。そんなマスターに近づいて、手を広げる。おいで、と声を掛けると、ぽすり、とマスターがその小さな体を預けてきた。

 その体に手を回し、よしよしと頭を撫でる。鼻を鳴らして泣くマスターが、涙を流したまま俺の胸に顔を埋め、ごしごしと押し付けてくる。どうしたのか、と聞くのは後だ。今はこの子を落ち着かせるのが先だ、とマスターの髪を梳く様に撫でていく。しばらくして落ち着いたのか、ひっく、と言葉を詰まらせながらも話し始めた。

 

「いや……いやだわ……。あの人たちは、どうして……死を選ぶの? ……わけ、わかんない。姫様、姫様が逃げてって、恋人が、逃げてって、言ってるのに……」

 

「大切なものを守るため、だよ」

 

 それを分かってもらえるかといえば……まぁ、この胸の中でイヤイヤと首を振ってるマスターにはまだ早いかな。

 

「なにそれ。愛する人より大切なものがこの世にあるって言うの……?」

 

「愛する人より大切なものがこの世に無いから、戦って死ぬのさ」

 

「どういうことなのよっ。愛してる人が大切ならっ……! 生きて、会うことが……! 一番なんじゃないの!?」

 

「誰もが一番を選び続けられるわけじゃないんだよ。王族って言うのは、一番を選ばなきゃいけない立場なのに、一番を選んじゃいけない立場なんだ。難しいよな」

 

 俺の言葉に納得できないのか、マスターは俺の腕の中で「わけわかんないっ」と叫び続ける。

 マスターを何とか説得、なんてことは思い浮かばない。彼女を納得させるには、まだ小さすぎる。このまま吐き出させ続けるしかないだろう。最悪、自動人形に頼んで眠らせることにしよう。明日の花嫁に、ストレスは毒だ。

 しばらくして、マスターはポツリと呟いた。

 

「……はやく、かえりたい。ここから、この国から帰りたいわ。嫌な人、汚い人と、お馬鹿さんしかいないんだわ。誰も彼も自分のことばっかりで、残される人のことなんてどうでもいいのよ……!」

 

 悲しみで震えるマスターを、力強く抱き締める。

 

「……寝よう、マスター。眠れないというのなら、そのための宝具もある」

 

 そう言って離れると、まだ酷い顔になっているマスターをハンカチで拭ってやる。目元と鼻先は赤く腫れているが、まぁ寝れば何とかなるだろう。さぁ寝よう、と低くしていた体勢を戻すと、マスターは俺を呆然と見上げていた。

 

「……ねえ。一つ聞いてもいい?」

 

「うん? ああ、いいとも。なんなりと、マスター」

 

「あんた、宝具ってあるのよね?」

 

「ああ。君の見ているステータスに、おそらく宝物庫くらいは見えてると思うけど」

 

「……この戦争に、あんたが参戦して、勝てる?」

 

 その言葉に、俺はマスターが何をしたいのかを悟った。

 

「あんたは、凄い王様で、沢山の宝具を使える。……この『対国』って、国に対抗出来るってことでしょ!? なら、あんたが参加して、この国を勝たせて……!」

 

「マスター、良く聞いて欲しい」

 

 ここは、心を鬼にするしかないな。

 

・・・

 

 私は、左手の令呪を見て、コレしかない、そう思い至ったのだ。ギルは凄い王様で、宝物庫なんて凄い宝具を持っていて、それは国に対抗できる力がある。なら、アルビオンを勝利に導き、姫様と皇子をもう一度生きてあわせることが出来る!

 そう思ってギルにお願いしようとしたのだけれど、顔を上げてみたあいつの顔は、今まで見た中で、一番怖かった。

 

「あ……」

 

 全身が、一瞬で強張った。真顔になっているだけだ。無表情でこちらを見下ろしているだけ。それだけの視線が、私の体の自由を奪う。

 

「その案を実行するというのなら、令呪を三画消費する覚悟を持って欲しい。それでも俺は全力で抵抗する。君のその人を想う心は美徳だが、今からマスターが言おうとしていたことは、その全てを踏みにじる行為だぞ」

 

「う……あ……」

 

 呼吸も出来てないんじゃないか、というくらいに体が言うことを聞かない。でも、こいつが言っていることは、その意思の硬さは、痛いほど伝わってきた。

 私の今やろうとしていることは大きなお世話で、皇子の覚悟を踏みにじることなのだと。

 

「で、でも、だって、出来る力があって、助けられる命が、あるのに……!」

 

 それでも、私は姫様の嘆く顔が見たくなくて、何とか言葉を搾り出した。

 

「……そうだよ。俺の力は、いつでも、どこでも、誰のでも、命を助けられる力だ」

 

 ふっとギルが笑う。それだけで、体にかかっていた重圧は嘘のように消えていた。

 私を撫でながら、ギルは柔らかく笑って言う。

 

「今、ここで彼らを助けたとしよう。そうすれば、絶対に彼らを追う敵が来る。いつまでそいつらを倒す? マスター、俺は君のサーヴァントだ。だから、俺が力を振るう場には君もいなくてはならない。……いつまで、人が死に続けるのが見たい?」

 

 死に続ける。そこまで言われて、私は思い至った。そうだ。ギルの力は、どんなものでもなぎ倒すだろう。魔法ですらとめられない、大嵐だ。でも、その大嵐が巻き起こす被害は、全てをなぎ払うまで止まらない。止まれない。

 終わりはどこだ? ここで皇子を助けて、トリステインに連れて行って……そこへ来た敵も、攻め込んできた敵も、全部、全部……。

 多分、終わった頃には地図からトリステインという国は消えている。助けたかったものも、いつの間にか全て巻き込んで、漸く止まる。

 

「……マスターは聡明だから、今ので分かっただろう? 助けるなら、ずっと責任を持たないといけないんだ。ウェールズの全てを、アルビオンの全てを背負ってこれから生きていけるというのなら、俺はこの力を振るおう。……令呪に命じるがいい、我が主よ」

 

 左手に光る令呪が、途端に恐ろしいものに見えてくる。三画の絶対命令権。それは、ギルの力を振るうことの出来る……いいや、『ギルの力を私の意志で振るうことが出来る』ものなのだ。

 右手で左手の甲を隠すように握る。

 

「……恐怖は大事だ。それは、一歩を躊躇する大切な感情だよ。目の前に崖があったときに一歩を踏み出さないための、大切な感情だ」

 

 ギルは「それに」と続ける。

 

「令呪には抵抗できる。……流石に三画全部使われたら難しいけど、君が間違ったときには、こうして俺も抵抗しよう。……いいかな?」

 

 その笑顔に、不覚にもどきりとした。……何よ。王様のクセに、優しくて、甘くて……王様らしくない。

 でも、それこそが、こいつを王たらしめるものなのかもしれない、なんて……そんなことを、ふと想った。

 

「さ、今度こそ寝よう。ベッドに入れば、考え事をしていてもいつの間にか寝てしまうものだ」

 

 ギルの言葉どおり、ベッドに入ってからしばらく、色んな考え事が浮かんできたけれど……いつの間にか、意識を手放していた。

 

「くぅ……くぅ……」

 

「……おやすみ、マスター」

 

 ……そばで見守る黄金の王が、キラキラと魔力の粒子になってゆく。

 

・・・

 




「……」「なんだよ、アサシン」「いえいえー、なんと言うか、貴方様は小さな子を泣かせるのが趣味なのかなー、とか」「……これは別に、泣かせたくて泣かせたわけじゃないよ」「……そういえば、座で迦具夜さんギャン泣きしてましたよ」「アサシンに取って迦具夜は『小さい子』扱いなのか」「……? そうじゃないんですか? 背低いしまな板だしちょっとしたことで動揺するからちょろ……扱いやすいなぁって」「……強く生きろよ、迦具夜」「もう死んでますけどね?」


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第十五話 文句を言いつつも

「……ねえギル。この服なに?」「ん? ああ、ゴスロリ服っていってだな」「……ふぅん? ……そう」「着てみたいなら、着てもいいんだぞ?」「は、はぁ!? こんな、あんたの蔵から出てきた怪しい服、着れないわよ! っていうか、もしかして私に着せたくて見せたわけ!?」「いや、そういう意図はなくてだな……って、聞いてないか。……あ、ちょっと出かけてくる」「ん、いってらっしゃい」

「……行った、かしら? ……えへへ、結構、可愛い服じゃない」

「●REC」


それでは、どうぞ。


 翌朝。『イーグル』号の甲板で、俺はアサシンと並び、出航を待っていた。

 

「……マスターも結婚かぁ」

 

「なに辛気臭い顔してるんですか、もう」

 

 つんつん、と俺の頬をアサシンがつつく。やめい。

 

「そんな落ち込むなら奪ってくれば良かったのにぃ」

 

「んなこと出来るか。望まないものなら兎も角、マスターもワルドに対して悪い感情は無かったろ」

 

 多分初恋か何かだからっぽいけど、それでも嫌ってはいないみたいだしな。

じゃなきゃ流石に許可はださんよ。

 

「……ん?」

 

「? どうしました?」

 

「いや……なんだろう、この魔力の流れ」

 

 俺の千里眼に干渉する魔力が流れ込んでくる。これは、スキルに干渉されてる……? スキル『千里眼』の機能を一部改ざんして、特化させている?

 

「俺の千里眼が変だ。……むむむ、スキルに関してはあんまり詳しくないからなぁ。……かといって婦長とか呼んだ日には眼ごとくり貫かれそうだし……」

 

「んー、ボクもちょっとその辺は専門外ですね。あ、洗ったらなんか神様出てくるかもですよ! 三柱くらい!」

 

「……やめろ。俺もちょっと神様に足突っ込んでるから、出来ないって言い切れないのが怖い」

 

 そこまで上位の神様じゃないから多分出来ないけど。それでも可能性あるのは嫌だ。……さて、どうするべきか。……素直にこの魔力に従ってみるか? 嫌な魔力ではないしな。

 そう思って、俺は千里眼に流れ込む魔力を受け入れる。

 

「……む?」

 

 ……そこに映し出されていたのは――。

 

・・・

 

 朝、急にワルドに起こされたルイズは、城の礼拝堂まで連れてこられていた。昨日ギルとの話をしていたせいでベッドに入ってからも考え事をしており、睡眠不足で寝ぼけ頭だったルイズは、戸惑いながらも手を引かれるままにやってきた。「今から結婚式をするんだ」と言うワルドに、混乱しているうちに新婦の冠を載せられ、マントも純白の乙女のマントに取り替えられた。これも、新婦しかつけることを許されぬものだ。混乱してされるがままのルイズも、漸く事態を認識したが、反応のないルイズに了承を得たと思い込んだワルドをとめるにはもう遅く、すでにブリミル像の前に二人並んで立っているところだった。

 

「では、式を始める」

 

 皇太子としての正装に身を包んだウェールズが、結婚式を進めていく。

 気がついたところで混乱した頭ではどうすればいいかも浮かばず、ただただウェールズの言葉を聞くだけだった。

 

「新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。何時は始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」

 

 隣に立つワルドは重々しく頷いて、杖を握った左手を胸の前に置いた。

 

「誓います」

 

 その言葉を聞いたウェールズはにこりと笑って頷いた後、次はルイズに視線を移した。

 

「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女……」

 

 朗々と、ウェールズが誓いのための詔を読み上げているのを、ふわふわとした頭で聞いている。

 ああ、ワルドとの結婚式なのね、と頭で理解していても、その意味を理解するのを心が拒否しているようだった。

 なんでだろ、とルイズは考えを巡らせた。この国の人たちは確かにお馬鹿さんばっかりで、それに対して暗く落ち込んではいたけれど、ここまででは無いと思う。後は、その後にあいつと話をして……あ、ここにいないんだ。「守る」っていったのに。嘘だったのね。……でも、当然か、とも思った。昨日のことで大分失望させただろうし。

 そこまで思い出したときに、昨日慰められたときのことを思い出した。……瞬間、体温が上がったようだった。それを隠す為に顔を俯かせる。

 

「新婦?」

 

 その様子に、ウェールズが怪訝そうな声を出した。はっとしてそちらへ視線を戻すと、二人がこちらをのぞきこんでいた。

 

「緊張しているのかい? 初めてのときは事が何であれ、緊張するものだからね」

 

 そう言って、ウェールズは続ける。

 

「まぁ、これは儀礼に過ぎぬが、儀礼にはそれをするだけの意味がある。……では繰り返そう。汝は始祖ブリミルの名において――」

 

 ルイズは、ダメだ、と思った。このままではダメだ、と。確かに初恋だった。ワルドと結婚したら、きっと大事にされるとも思った。……だけど、こんな流されたままじゃ、自分の意思で決めていないんじゃ、結婚なんて出来ない。左手に刻まれた令呪の意味を、昨日知った。きちんとした意思の大切さ。それが、この左手にある令呪なのだと今では分かったから。

 だから、ルイズはぶんぶんと頭を振った。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ワルド。私、貴方とは結婚できない」

 

 気分でも悪いのか、と聞こうとしていたウェールズは、その言葉に驚いた。

 

「新婦は、この結婚を望まぬのか?」

 

「はい。その通りでございます。お二方には大変失礼をいたすことになります。……が、私はこの結婚を望みません」

 

 毅然とそういいきったルイズの姿に、ワルドが顔をゆがめた。二人の前にいるウェールズは困ったように首をかしげ、残念そうにワルドに告げた。

 

「子爵、誠にお気の毒だが、花嫁が望まぬ式をこれ以上続けるわけには行かぬ」

 

 ウェールズのその言葉を気にすることなく、ワルドはルイズの手を取る。

 

「緊張しているんだ。……そうだろう? 君が、僕との結婚を拒むわけがない」

 

「ワルド、ごめんなさい。憧れだったのよ。もしかしたら、恋だったのかもしれない。……でも、私は自分で決めて進みたいの。こんなあやふやな意思で、貴方と結婚は出来ない」

 

 ルイズの肩を、ワルドががっしと掴む。表情が、変化していく。

 

「世界だ。世界だルイズ。僕は世界を手に入れる。そのために君が必要なんだ!」

 

 豹変し、凄まじい剣幕で詰め寄るワルドに、ルイズは恐怖を覚えた。この人は、誰だ。そう思うほどに、目の前のワルドは記憶の中のワルドと似ても似つかなかった。そのまま、ルイズに言い聞かせるように言葉を荒げていく。

 

「僕には君が必要なんだ! 君の能力が! 君の力が!」

 

 そういわれて、ルイズはハッとした。ワルドの姿が、昨日のギルに力を振るうことを願おうとした自分に重なったからだ。……外から見たら、こんなにも恐ろしいものだったのか、とルイズは別の意味で恐怖した。

 このワルドは、昨日までの私なのだと、一歩後ずさりながら安堵した。私は、これにならずに済んだのだ、と。あの黄金の使い魔が、とめてくれたから――。

 

「子爵、君はフラれたのだ。潔く……」

 

 流石にこの剣幕は尋常では無いと止めに入るウェールズの手が、ワルドに跳ね除けられる。まさかの事態に、ウェールズは立ち尽くしてしまった。

 

「ルイズ! 君の才能が僕には必要なんだ!」

 

「そんな、才能あるメイジじゃないわ。……学院でも、ゼロって……」

 

「だから何度も言っている! 自分で気付いていないだけなんだよルイズ!」

 

 ルイズの言葉を遮るように叫ぶワルド。そして、痛いほどに握られた肩に、顔を歪めながら、ルイズは口を開いた。

 

「そんな、そんな結婚、死んでも嫌よ! あなたは私を愛してるんじゃないわ! あなたが愛してる……必要としてるのは、私の中にあるとか言う、ありもしない魔法の才だけ! ……酷い。酷いわ。こんな侮辱はないわ!」

 

 痛さと悲しさに涙まで出てきたルイズは、何とかワルドを引き離そうともがく。その様子に、ウェールズも引き離そうと近づく。が、払われるだけではなく今度は突き飛ばされてしまった。流石のウェールズも、怒りに顔を赤く染め、立ち上がりながら杖を引き抜いた。

 

「何たる無礼! 何たる侮辱! 子爵、今すぐにラ・ヴァリエール嬢から手を離したまえ! さもなくば、我が魔法の刃が君を切り裂くぞ!」

 

 そこまで言われて、ワルドは漸くルイズから手を離す。優しい笑顔を浮かべるが、それはどこまでも薄っぺらい、嘘で固められたものだった。

 

「こうまで言っても、ダメかい? 僕のルイズ」

 

「嫌よっ。誰が貴方と結婚なんかするもんですか!」

 

 ワルドは天を仰ぐ。

 

「この旅で、君の気持ちを掴む為に、随分努力したんだが……」

 

 大仰な仕草で、ワルドは首を振る。

 

「こうなっては仕方ないな。目的の一つは諦めるしかないだろう」

 

「目的?」

 

 ルイズの言葉に、ワルドは禍々しい笑みを浮かべながら頷いた。

 

「そうだ。このたびにおける僕の目的は三つあってね。その内の二つだけでも達成できただけでも、よしとしよう」

 

「達成? ……二つ?」

 

 ルイズが嫌な予感を感じて尋ねると、ワルドは右手を上げて人差し指を立てる。

 

「まず一つは君だよ、ルイズ。君を手に入れることだ。しかし、これは果たせないようだ」

 

 次に、中指も立てた。

 

「二つ目の目的は、ルイズ。君が持っている、アンリエッタの手紙だ」

 

 そこまで言われて、ルイズはハッとした。ワルドの目的は、三つ目の目的は……!

 

「そして三つ目」

 

 ウェールズがワルドの目的に思い至り、呪文を詠唱し始める。……しかし、余りにも遅すぎた。ワルドはその二つ名の通り、閃光の様にすばやく杖を引き抜き、呪文の詠唱を完成させる。杖が青白く光り、ウェールズの胸をその杖で貫いた――。

 

「なっ!?」

 

「こ、これは……!?」

 

「盾……?」

 

 ――かに思われた。ウェールズの目の前に展開された盾を滑り、狙っていた胸ではなく肩口に杖が突き刺さる。美しい装飾が施されているその盾は、あろう事か空中に出来た波紋から出てきていた。

 

「ぐぅっ!」

 

「ちっ……!」

 

 その異常事態に一番に反応できたのは、さすがというべきか、ワルドだった。杖を手元まで戻すと、二撃目を放つべくステップを踏んで……!

 

「がっ!」

 

 盾の陰から飛んで来た、剣に迎撃された。真正面から受けるわけにも行かず、ワルドはその一撃を杖で防ぐ。……が、軌道を逸らし直撃は避けられたものの、衝撃でウェールズから離れた場所へ跳んでしまった。

 

「……泣かせたな」

 

 そして、体勢を整え、顔を上げたワルドが見たのは、ウェールズとルイズの二人を守るように人を形作る黄金の粒子。そこから聞こえるのは、聞き覚えのある声。

 

「俺はお前に、マスターを任せた。……泣かせないと、幸せにすると言ったよな? ……だが、お前を責めるのはよそう。ワルド、貴様を読みきれず、マスターを任せてしまった、俺の失態だ」

 

 次第に黄金の粒子は人を模り、そこには、見たことのある男。しかし、見たことない格好の男。黄金の鎧を着け、紅きマントを下げた、ルイズの使い魔の姿であった。

 

「故に、俺は後片付けをするとしよう。すまない、マスター。怖がらせた」

 

「ギル……! ギルぅっ……! おっそいのよ! ばかぁ!」

 

「ああ、後一歩だった。あそこで『視』えていなかったら、間に合わなかっただろう。流石は、マスターと言ったところかな」

 

 そう言って、ルイズの使い魔……ギルは、ワルドを視界に入れる。

 

「さて、王らしく裁定を言い渡すとしよう。……疾く自害せよ」

 

 その言葉には、隠しきれない怒りがあった。

 

・・・

 

 キレちまったよ、と言う心境で、ワルドと相対する。マスターの視界を得ていたお陰で何とかウェールズは助けられたが、声は聞こえなかったので何があったのかは分からなかった。……だけど、ワルドがマスターに詰め寄り、ウェールズを殺そうとし、マスターが泣いている。それだけで、ある程度は分かる。取り合えず、ワルドを潰せばよいのだ。

 

「奇怪な……! その浮かぶ武具は何だ!」

 

「言ってもわからんだろうよ。お前はここで死ぬ。苦しまぬよう、なんてことはしないよ。……精々、苦しんで後悔して死ね」

 

 宝物庫の扉を開き、宝具たちがワルドを貫かんと待機している。……アサシンは伏兵対策にマスターたちの下にいてもらうため、ここからは俺一人での戦いだ。……相手は接近戦も出来る魔法使い。ランク的に、もしかしたら俺の対魔力を通ってくるかもしれない、油断ならぬ相手だ。

 

「『王の(ゲートオブ)……」

 

 目前の相手を目標に定める。十数本の宝具が、ワルドに指向される。

 

財宝(バビロン)』!」

 

 爆発するような音を立てて、宝具が飛んでゆく。赤い線を残すほどの速度で、ワルドに迫る。

 

「ちっ!」

 

 ワルドはがむしゃらに飛んで転がり、土煙の中に消えていく。だが、その程度で見失う目はしていない。

 

「そこっ!」

 

 四発の宝具が方向を変えて飛んでいく。転がったワルドには躱せない……と思ったが、不自然な突風がワルドを吹き飛ばした。

 

「ぐぅっ!」

 

「なるほど、『エア・ハンマー』で自分を飛ばしたか」

 

 『閃光』の二つ名を持つだけはある。呪文の選択、詠唱の速度、実行に移すまでの覚悟の速さ。それは、戦場で培われた経験なのだろう。

 

「く……ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 

「させん!」

 

 速度を重視して、二本宝具を飛ばす。杖で一本弾かれ、もう一本は躱される。その間に詠唱が完成したのだろう。ワルドの体が五人に分身する。ち、これが風の『偏在』!

 俺を取り囲むように陣取り、呪文を詠唱し始める。ちっ、近すぎるな。

 

「せっ!」

 

 宝物庫から宝剣を一本抜き、一人目の杖を弾く。その間に、他の二人が詠唱を完了させ、エア・ハンマーを放ってくる。

 

「ふっ!」

 

「甘い!」

 

 一歩後ずさり魔法をよけると、残った二人が光らせた杖を手にこちらに攻め込んできていた。

 一撃目を宝剣で受け、二撃目をデルフリンガーで叩き落す。その衝撃で体を浮かせたワルドの一人に、思い切り蹴りをぶち込む。

 

「がっ!」

 

 ぼん、と軽い音を立ててワルドが消える。……なるほど、致死量のダメージを受けたら消えるのか。まぁ、全員に致死量のダメージを与えてやるつもりだから、関係はないけどな。

 

「おおぅっ!? 急に抜かれたと思ったら、扱いが乱暴じゃねえかっ!?」

 

「おお、震えなくなったな」

 

 それはいいことである。これで扱いやすくなった。……あとは、これで自分の真の姿を思い出してくれればなぁ。一応宝物庫にぶち込んだこともあって、デルフリンガーの力は把握している。……あとは、デルフリンガー自身が姿を戻そうと思ってくれればなぁ。

 

「っと」

 

「ちぃっ!」

 

 右からの一撃を一歩引いて避ける。考え事をしていた隙を突かれたが、その程度でくらってやるほど甘くはない。 

 面制圧をしようかとも思ったが、あまりやりすぎるとこの聖堂も崩れそうだ。流石にそうしてしまえば、マスターたちを危険にさらしてしまう。

 

「おらぁっ!」

 

 空気を切り裂く音を立ててデルフリンガーが振り下ろされる。どがっ、と鈍い音を立てて聖堂の床に突き刺さる。すぐに反撃が来たので、デルフリンガーから手を離し、前に一歩進む。

 ち、分身も同じ力を持っているからか、どうにかして連携をとっているからか、動きに隙が少ない。お互いにお互いの隙をカバーし合い、休むことなく攻め立て続けてくる。

 

「面倒な……!」

 

「はははっ! 後ろに足手まといを連れていては、流石の貴様も鈍るか!」

 

 確かに、背後には怪我をしているウェールズと、それを手当てするマスターがいる。……それを守りながらというのは、確かに足かせだろう。だが。

 

「この程度、ハンデにもならんよ、ワルド」

 

 機関銃の発射音と間違うほどの音を立てて、宝具が飛んでゆく。ワルドも三人は躱したが、一人は手足を吹っ飛ばされ、そのまま動きが鈍ったところを宝具に串刺しにされ、消えた。

 

「このっ……!」

 

 呪文の詠唱が始まる。……これは、エア・ハンマーか。

 完成した呪文が、俺の目の前に迫る。……流石に、エア・ハンマーの攻撃範囲くらいは見切って……。

 

「くっ!?」

 

 背後からの一撃に、たたらを踏んだ。これは、雷撃!? 慌てて背後を確認しようとするも、目の前に迫るエア・ハンマーにぶち当たり、体勢を崩す。

 

「ギルっ!」

 

 マスターからの声が飛ぶ。視線だけを後ろに向けると、いつの間にか回り込んでいたワルドが、こちらに杖を向けているところだった。ち、エア・ハンマーとあの杖を光らせる呪文だけだと思っていたが、雷も放てるらしい。これは、油断していた。

 

「くそっ」

 

 回り込んだワルドが着地する瞬間を狙って、宝具を一発撃ちこむ。ろくに狙えなかったからか、腕を一本吹き飛ばすだけにとどまった。血が流れていないところを見るに、あれも分身なのだろう。消せなかったのは痛い。

 

「後ろばかり見ていていいのかね!?」

 

「はっ、言ってろ!」

 

 隙をついて前進してきていた腕を失ったワルドの一撃が迫る。が、あえてぎりぎり避けることによって伸びきった腕をつかみ、引き寄せた体に膝を入れる。

 

「ごあっ!?」

 

「まだまだ!」

 

 そのまま腕をひねって押し倒し、宝剣で頭を突き刺す。力を入れすぎて床に刺さってしまったが、別に手放しても痛いものではない。突き刺さったままの宝剣から手を離して新しい剣を抜く。

 

「ほらほら、今の一撃はよかったが、もうあと二人だ。どうする?」

 

「ち……!」

 

 俺の斜め左右前に立ち、じりじりと隙を伺うワルドを挑発するが、それで突っ込んでくるほど我を忘れてはいないらしい。背後に宝具を展開し、こちらも準備万端に構える。……どちらが本体かはわからないが、両方つぶせばいいだけだ。

 俺とワルドの間に、一瞬の静寂が満ち……からん、という小さな瓦礫の落ちる音で静寂が破られた。

 

「てっ!」

 

「はぁっ!」

 

 宝具が発射されたのと同時に、二人のワルドが駆け出してくる。

 ぼん、と空気が爆発するような音を立てて、エア・ハンマーがはさみうちのように飛んでくる。それを後ろにステップを踏んでよけたときには、すでに次の呪文が完成していた。雷撃が凄まじい速度で向かってくる。先ほどより大きく後ずさって避けると、大きく二人が回り込んできた。

 雷撃を放ってきたのと別のワルドが、風を起こして砂埃を巻き上げる。目つぶしか! だが、この程度!

 

「はっ!」

 

「なに!」

 

 砂埃をおこしたのに見失うことなく宝具を発射してきたのに驚いたのか、二人は一瞬止まりかける。だが、すぐにこちらへ踏み出し、杖で俺を貫こうと迫る。

 躱された宝具はワルドたちの背後に刺さり、大きな音を立てる。剣を持っているのと別の手に魔槍を持ち、二人のワルドからの攻撃を防ぐ。槍で杖を払い、剣で杖を受け流す。

 

「せあっ!」

 

 左から来ていたワルドが、杖を払われ、そのままの勢いでけりを放つ。それを槍では間に合わないので鎧のついている腕で受け、右のワルドに剣を振るう。

 

「ちっ!」

 

 手元に戻した杖で受けられるが、ぎりぎり、と押し込んでいく。その間に左から詠唱の声が聞こえてきたので、一歩下がろうと動き出す。……が、足がついてこない。体だけが勢い良く後ろへ……つまり、背後に転びそうになった。……足を掛けられた!? ち、妙なことをっ!

 背後に倒れこみそうになりつつ、牽制の意味を込めて両手の武器を振るう。

 

「ふっ! ……はっ、どうしたガンダールブ! 貴様の力はこの程度かっ!」

 

 身を屈めて躱したワルドが、俺をあおるように口を開く。

 

「やかましいっ」

 

 バク転をして、体勢を立て直す。ワルドはそうはさせまいと俺に迫り、杖を振るう。

 槍で払い、目についた右のワルドを切り裂こうと剣を振るうが、左にいたワルドが割り込んでくる。

 

「ちっ!」

 

 かばったということは、今右にいるワルドが本体か!

 もう一度剣を右のワルドに振るうと、左にいたワルドが防ごうと杖を割り込ませてくる。

 

「そこっ!」

 

 だが、最初から狙いは左の偏在! 杖を突きだしたその腕を軌道を変えた剣で切り裂いて、そのまま右のワルドへ視線を移す。これで、終わりだ!

 左手の槍を本体のワルドに突き刺すと、その槍はワルドに突き刺さり……。

 

「ぐっ!」

 

 ぼん、と音を立てて消えた。

 

「なに……!?」

 

 本体じゃない!? かばったのが本体だったのか!

 気づいた時にはもう遅く、目前には切り裂いた腕が飛んできていた。血を吹き出しながら飛んできたその腕は、俺の視界を遮るのに十分で……。

 

「終わりだ、ガンダールブ」

 

 気づいた時には、杖を片手で構えたワルドが、懐へと潜り込んでいた。

 

「ちぃ……!」

 

 間に合わん! できるだけダメージの少ないところに受けて……!

 そう考えていると、俺とワルドの間で、小さな爆発が起きた。俺とワルドは、その爆発に巻き込まれ、お互い反対側に吹っ飛んでいく。

 

「くっ、ぐ!?」

 

「お、っとぉ!」

 

 吹き飛ばされつつも、お互いに体制を立て直して着地する。

 俺とワルドの二人は、一斉に同じところに視線を向けた。

 

「……ルイズ……!」

 

「マスター……助かった」

 

 息を荒くしながら、杖を構えるマスターが、そこにはいた。

 

「ご、ごめん、ギル! ワルドだけに、当てようとしたんだけど……!」

 

「……いや、十分だ」

 

 この世界の魔法を知らなかったせいで追い詰められてしまったのは、自業自得である。それを助けてもらったのだ。感謝こそすれ、文句など出るはずもない。

 俺の対面で血の出る腕を押さえ、膝をつくワルド。……終わり、か。

 

「くそ! こんな、こんなはずでは……! ガンダールブ! 貴様のその、妙な力さえなければァっ!」

 

 般若のような形相で、こちらをにらむワルド。……もう、品切れとみていいな。

 そう思って宝物庫を展開する。

 

「最後に、言い残すことはあるか、ワルド」

 

「は、最後? 最後だと……!? ほざけ、私はここから逃げて……な!?」

 

 ワルドが顔をゆがめる。痛みに、だろうが、それは切断された腕のではないようだ。なにやら、新たな痛みを感じているような……?

 急なことに首をかしげていると、ワルドの足元に見たことのある魔力の流れが起こる。……おいおい、まさか。

 

「ち、不味いな! 『王の(ゲートオブ)……」

 

 宝具を発射しようとする直前。

 

財宝(バビロン)』!」

 

 魔力の嵐が巻き起こり、その中にいた存在に、発射した宝具を弾かれてしまった。

 ……ち。これは、本当にまずいか……?

 

「――問おう」

 

 ワルドを守るように現れたその存在は、離れていてもわかるほどに凄まじいプレッシャーを放っている。その姿はまるで日輪。

 

「いやはや、これはまずい」

 

「お前が、俺を呼び出したマスターか――」

 

 流石の俺でもわかる。これは、太陽に類する英霊だ……!

 

・・・




「はい?」「お前じゃない。座ってろ」「みこーん……」「ハーイ?」「お前でもない。座ってろ」「ンー、冷たいデース……」「じゃあ、私ー?」「……太陽と陽の目は違うような……」「そーおー?」「じゃあわらわ?」「あー、でも今までで二番目にちか……」「あ、ではー、壱与もー?」「……」「ああんっ、勝手に座にきた壱与にお仕置きキタコレぇぇんっ!」

「……え、キャットはスルー? うむむ、しかしまぁ、オリジナルにそれの子孫疑いにその後継者……やっぱり日本は未来にいきてんナー」


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第十六話 戦いの火ぶた、戦いのいろは。

「豚!? 豚ですか!? もちろん鳴きますとも! ぶひぃ!」「……壱与、ハウス」「ハウスはここですけども!?」「……はぁ、やかましい豚だなぁ」「ぶひぶひ!」「……んー、生姜焼き……豚丼……あ、ステーキ?」「調理される!?」

それでは、どうぞ。


「……ありゃ、まずいかなー」

 

 気配を消して、主さまの主さまを怪我人ごと守れる位置で待機していると、目の前の戦場が一変したのがわかる。たぶん、主さまも気づいてるだろう。弱めだけど、あれは、太陽に類する英霊だ。どうする、助けに行くべきか? ……暗殺者の利点は、気配遮断だ。そして、それは攻撃態勢に移行した時点で消失する。……見た限り男の人なので、一応気配遮断は有利に判定されるはず。だから、『何かいる』くらいは気づくだろうけど、『何がいる』かはわからないだろう。……それは、見えない脅威で縛る暗殺者の優位。

 それに、あのレベルの戦いなら、余波も凄まじいことになるだろう。それを防ぐには、ここから離れるわけにはいかない。……どうしますか、主さま。

 

「決めるなら早くしろ、マスター。脅威は目の前だぞ」

 

「……よく、わからんが……貴様、私を助けられるのだな!?」

 

「そのための全力を振るおう」

 

「よ、よし! ならば、私が逃げるまでの時間を稼げ!」

 

「……それはよいが、逃げるのは勧められんな」

 

「なに?」

 

 なにやらやり取りをしている向こうの主従。警戒する主さまの前で、召喚された英霊は視線だけを巡らせ……。

 

「何かが潜んでいる。おそらく、逃げようとした瞬間にお前を背中から刺すつもりだろう」

 

「……ふむ」

 

 焦っていた向こうのおじさんも、英霊の落ち着いた言葉と態度に感化されたのか、すっと息を整えた。……戦いの覚悟を決めたようだ。

 

「なるほど、因果関係はわかったぞ? つまり、普通の使い魔契約と同じか。主が倒れれば、貴様は消えてしまうのだな?」

 

「うむ、聡明な主で助かる」

 

 むぅ、どうするか。男なら確かに逃げようとする瞬間の背中を刺すこともできるだろう。……でもなぁ、この二人が戦った時の余波はボクでも危ないものだ。どーするんだろうなー。

 

「……」

 

 念話が飛んでくる。……はい、了解。『防御に専念。二人とも俺が抑える』ね。どーやるんだか。……って、ん?

 

「く……これ、は……」

 

「ウェールズさまっ!」

 

 どうやら、気絶していた怪我人が起きたようだ。んー、治療のできる暗殺者ではないのでボクにはどうにもできないですけど、まぁ目覚めたのならよいでしょう。

 それから、主さまの主さま……あ、めんどい。大主さまでいいや。大主さまが起こったことを説明した。サーヴァントに対しての事前知識はあったらしく、なるほどと納得していた。

 

「っ!?」

 

 そんなことを考えていると、突然の暴風が吹き荒れ、顔を思わず覆ってしまった。視線を向けると、斉射される数十の宝具と、相手の振るう巨大な槍がぶつかり合った衝撃で風が吹き荒れたのだ。なんて馬鹿力。あれだけの宝具を一気に打ち出せる主さまも主さまだけど、それを片手で振るった槍で弾く相手も相手だ。意味わからない。

 だけど、主さまが優勢だ。あれだけの雨あられ、背後のマスターを守らなければならない相手はあの場から動けないだろう。そして、神性の高い相手には、主さま必殺の宝具がある。……いや、殺せはしないけど。

 

「お前っ! ……私は自身でなんとかする! 貴様は力を振るえ!」

 

「……了承した。マスターの勇気に感謝する。……それと、私を呼ぶのなら、ランサーと呼ぶがよい」

 

「……『槍兵(ランサー)』……なるほどな。そう呼ぼう」

 

 そういうと、おじさんは杖を構えて何かを唱えながら後方に跳ぶ。……きちんと警戒してるな。あれは狙えないだろう。いや、まぁ、無理なのはわかってるんだけどね? ほら、今も……。

 

「っ……!?」

 

 っぶなー……。声でそうになりましたよ。だって、弾かれた宝剣が今顔の横数寸の所通っていきましたよ? これボクのこと考えてませんよね?

 あ、そっか。気配遮断のせいで主さまもボクの居場所わからなくなってるのか。……まー、主さまも男の人だしなぁ。

 聖堂の中は、まるで砲撃でも受け続けたかのような様相を呈してきた。……そりゃ、そうだ。こんなレベルのサーヴァントが戦えば、余波だけで吹き飛ぶ存在もいるほどだろう。宝具を降らせながら剣を振るい、槍と剣、斧やらなんやらがぶつかり続ける。時々おじさんに向けて放たれる宝具だが、それは本人の宣言通り、自分でなんとか躱しているようだ。ち、しぶとい。

 

「ど、どうしよう……ギル、手助けしたほうが……」

 

 大主さまは杖を握ってあたふたしているが、怪我人がその杖を抑える。

 

「下手に、手を出さないほうがいい。……それよりも、ここから離れることが先だ。……ぐ! す、まない……肩を貸してもらえるだろうか?」

 

 肩を抑えた怪我人が、大主さまに肩を借りて少しずつ聖堂の出口に向かっていく。失った血が多すぎるのか、ほとんど大主さまが引っ張っているようなものだ。まぁ、でも行動は正しい。嵐が近くに来ているのなら、逃げるか、頑丈な建物に引きこもるかの二択だ。普通の人間なら、逃走を選ぶ。

 隠れつつも飛んできそうな宝具の軌道を変えて、一応二人を守りながら後退するのだが……。

 

「っ! あ……!」

 

 熱線が飛び、崩れた瓦礫で出入り口が防がれてしまった。……あと残る脱出路は、あの戦いの向こう側。大きく開いた壁の穴一つ。……詰んだ、かな?

 

「マスター! 陰に隠れていろ! 動かなければそれでいい!」

 

「あ、う、うんっ!」

 

 その言葉を聞いて、大主さまはずりずりと怪我人を運んで、新たに自身のブラウスを破って当て始めた。すぐに真っ赤に染まるけれど、血は止まりかけてきている。あれならば、死にはしないだろう。陰に隠れるように指示したのは、ボクが守りやすくするためだろう。ナイス主さま。

 

「で、ランサー……でいいんだよな。引く気はないのか?」

 

「素直に退かせてくれるのならば、俺もうれしいのだが」

 

「ま、そうなるよな」

 

 そういって、武器を構えなおす二人。っていうか、主さまに食いついてる割には、見える値の弱さと実際に見える強さに違和感しかない。何かのスキルかな? だから、不意を突けるにつけれないんだよなぁ。真名がわかればなぁ。少しはそこから推測できるんですけど……。

 

「千日手だな」

 

「だなぁ……だが、千日はかからんよ。あとどれくらい、お前に魔力が残っている? ……マスターから引き出さざるを得なくなるまで、あと何秒、全力駆動できる?」

 

「……」

 

「そこが、俺のずるいところでな。すまないが、条件は同じじゃないんだ」

 

 主さまがいうのは、魔力の引き出し先のことだろう。相手は自分の保有魔力と、マスターからの魔力で動いている。それに対して、主さまは保有魔力、マスターからの魔力、そして、『神様からの魔力』で動いてる。比率にすると、二対一対七くらいだ。圧倒的におかしい。

 それでこうまで拮抗しているのは、主さまによると座でスキルを戦闘用にしていなかったから、だそうですけど……普通、英霊ってスキル好きに付け替えられないですよね? やっぱりこの人おかしいよ。

 

「どうする?」

 

 その問いかけは、相手に主導権を渡しかけない、危険なものだった。……だが、早く決着をつけねば、相手のサーヴァントもジリ貧になる。……乗らねばならない、危険な賭け。

 

「……仕方あるまい。確かに、こちらも余裕があるわけではないというのは事実だ」

 

 ごう、と空気が熱を持つ。相手の魔力が、炎へと変換されているのだ。その怒涛の勢いに、自身の勘が正しいことを確信する。あれは、太陽の炎。浮かび上がる体に、円形に翼のようなものが三対六翼、展開されていく。

 手に持つ槍も開き、魔力が渦巻いていく。

 

「マスター、すまないが少しだけ魔力をもらう。我慢してもらいたい」

 

「ぐ、ぅ……!?」

 

 すでに保有魔力も底をつきかけていたのだろう。マスターであるおじさんから、魔力を少しだけ引っ張ったようだった。おじさんの顔が苦しそうにゆがむ。

 

「……ああ、そうか、それは……思い出した」

 

 それを見上げながら、乖離剣を取り出した主さまが、遠いものを見る目でにやりと笑った。

 

「『施しの英雄』。そうだ、真名を、カルナと言ったな」

 

 真名。そのカルナという名前が頭に入った瞬間、戦場で浮かぶあの英霊の力が正しく理解できた。……真名を看破することで無効化されるスキルを持っていたんですねぇ。効果としては、自分の能力を隠蔽、もしくは弱体化させたように見せるものだろう。

 だからわかる。――ココ、ヤバイ。

 

「『天地乖離す(エヌマ)……」

 

「『日輪よ、(ヴァサヴィ)……」

 

 ちょ――! 聖堂壊さないようにって言ってましたよね!? 抑え気味に戦ってたんですよね!? 大主さまを巻き込まないようにしてたんですよね!? 馬鹿なの!? 馬鹿なんですね!? 馬鹿なんだよ絶対!

 

「……開闢の星(エリシュ)』!」

 

「……死に随え(シャクティ)』」

 

 もー! 馬鹿! 馬鹿ばっか! 

 雷光の一撃と、時空断層がぶつかり合う。余波が風と雷となって辺りを破壊していく。それを見て、ボクは武器を取り換える。それは、私には大きくて、不釣り合いな両刃の剣。それを頑張って床に突き刺して、魔力を流し込む。真名開放でなくても、この剣はボクの意思を組んでくれる。炎に変換された魔力は、思い通りに後ろの二人を含めたドームを作り出す。

 

「だっ、え? だ、誰!?」

 

「いいから伏せてくださいっ!」

 

「あ、う、うん? うんっ!」

 

 戸惑いつつも、大主さまは伏せてくれた。攻撃態勢に移行したと判断されて、気配遮断がとけちゃったみたいです。まぁ、仕方がないですよね。

 暴風と飛び散る雷を、炎を渦巻かせて、正面で受け止めるんじゃなくて、左右に受け流すように防ぐ。こんなの真正面から受けてたらいくら魔力があっても足りないですからね。しばらく耐えていると、だんだんと主さまの乖離剣が相手を押していく。いっけー主さまー! やっちゃえやっちゃえー! 

 

「くっ……!」

 

 カルナの表情がゆがむ。流石に燃料切れですかね? 押し切る直前、カルナの背後の羽が散る。……効力が切れた? 墜ちたカルナだが、黄金の鎧が砕けていて、消耗しているとはいえ、まだ戦えそうだ。……だけど、これで趨勢は決したように思えますけど……。

 ボクも宝具に回す魔力を止め、剣を手に立ち上がる。聖堂は中で嵐でも起きたようにボロボロになっていて、今にも崩れそうだ。顔をゆがめたカルナが、それでも巨大な槍を構えて主さまと相対する。

 

「……すでに、勝負はついたかな?」

 

「……ああ、すでに俺にはお前と戦う力は残っていないだろう。……俺とお前の勝負は、決着がついたようだ」

 

 乖離剣の回転を止めた主さまが、乖離剣を持つ手とは逆の手を上げた。空間がゆがんで、宝具たちが頭を出してくる。

 

「……『俺とお前の勝負』は、な」

 

 そういって、カルナは主さまを迂回するように踏み込む。……んぇ? なにそれ、主さまじゃなくて、その後ろに用がある、みたいな……。

 

「――! アサシン! 後ろだ!」

 

 こちらに視線を向けずに、主さまが叫ぶ。え、後ろ?

 

「……あっ」

 

 そうだった。アサシンの優位は、『どこにいるかわからないこと』。だって、見えてる盾なんて、避ければいいだけだから。剣を振るい、駆け出す。

 『背後の二人を襲うカルナのマスター』を退けるために――!

 

「大主さまっ。横っ!」

 

「ふぇ? な、ワルド……!」

 

 あの嵐の中みたいな間を縫って、それであの怪我人と大主さまを狙ったんだ……!

 ボクは馬鹿だ! 主さまに任せればいいって、そう簡単に判断した……!

 『二人を抑える』って主さまが言ったからって、乖離剣の真名開放、その間の注意力の散漫なんて、予測できたのに! 

 だだだん、と宝具が発射される音。すぐ後に、甲高い音が聞こえたから、たぶんカルナがはじいたのだろう。固定砲台の主さまは、こういう時の動きに弱い。真正面からであれば城壁のような堅牢さで守り、大嵐のような激しさで敵を撃滅する主さまだが、その内に入られれば弱いのだ。……あの人は、王で、神様で、戦士じゃないから。だから、ボクが。……戦えるボクが、戦わなきゃなのに!

 

「は、あぁぁぁぁっ!」

 

 光る杖。あれは、確か持っている杖の性能を上げるもの! 間に、合え!

 

「武具など無粋。――真の英雄は、目で殺す!」

 

 杖に振り下ろした剣。大きくて扱いづらいそれに、衝撃。

 うそ、でしょ。あの距離で、打ち抜いてきた……!?

 なにこの人、戦いの天才かなんかなんですか!? アーチャーよりアーチャーしてるよこのランサー!

 

「よくやったランサー!」

 

「くっ、エア・ハンマー……!」

 

「きゃぅっ!?」

 

 近づくおじさん……ワルドを前にして、大主さまは怪我人をかばうように重なるけれど、その怪我人本人は呪文を唱え、大主さまを主さまの方へと吹き飛ばした。……ワルドのやったことと同じことを、やったのだ。怪我人は、それを見届けて、嬉しそうに微笑んで……。

 

「だ、だめっ……!」

 

 主さまに受け止められた大主さまが手を伸ばすのが見える。……あ、ダメだ、これ。

 

「が、ふ……!」

 

 今度こそ胸に突き刺さった杖を引き抜いたワルドに、剣を振り下ろす。助けられないなら、仇を討つだけ。だけど、振り下ろした剣は、横からの槍に止められる。

 

「防ぐなぁ、英雄ぅ……!」

 

「すまぬな。これでも主なのだ。どれほど下衆であろうと、思いは本物なのでな」

 

「ば、か、に、し、てぇぇ……!」

 

 力を込めても、成長しきっていないボクの力では、目の前の武芸の天才の防御は突破できない。そのままカルナはワルドを抱えると、返す槍で壁を破壊し、そこから飛び出していった。

 ……あとに残ったのは、死体一つと、どうしようもない敗北感だけ。……やられたのだ。

 近づいてくる大主さまに、頭を下げる。……顔を見られたくないっていう理由も、ちょっとありますけど。だって今、たぶんすごい醜い顔してる……。

 

「……すみません、あなた様の期待に背きました……」

 

「いや、これは、俺の責任だ。……マスターを、他の奴に任せようとした、俺のな。……マスター、すまなかった」

 

「あ、謝らないでよ……! あんたたちは、何にも悪くない、んだから……!」

 

 泣きそうになっている大主さまを、主さまは涙を拭って慰める。……さすが女殺し。神様から冗談で「あなたの神様としての権能は性交ですね!」とか言われて本人も否定できなかったとか妙な逸話が残ってるだけはある。……んー、でもボクみたいなのも落としてるってことは、女殺しだけじゃなくて……あ、これ以上言うとまずそう。やめとこ。

 って、あ! なにそれ! いつの間に抱きしめて慰めてるわけ!? いつの間にそんなところまで進んだんですか!? んもー! また女の子が増えるー!

 

「……さて、そろそろ落ち着いたか? ……砲撃も始まっている。どうにかして逃げないとな」

 

「もう、誰もいないんだから、あの船で飛びます?」

 

「それが一番かも……ん?」

 

 ぼこん、と聖堂の床に穴が開く。……敵兵、ではないですね。感覚が優しいものですから。

 

「……どこまで掘り進めるんだい、ヴェルダンデ? って、光が見え……なんだここ!? 廃墟か!?」

 

「ギーシュ!」

 

「ん? おぉ! ギルではないか! なるほどなぁ。君の指輪に惹かれたというわけか」

 

・・・

 

 ひょっこりと頭を出したギーシュの使い魔、ヴェルダンデと、その主人のギーシュ。時間がないながらも話を聞くと、フーケを排した後、追いついてきていたヴェルダンデと合流。そして、タバサのシルフィードでこのアルビオンまで飛んできたあと、俺の装飾品に惹かれて穴を掘り進め始めるヴェルダンデ。それを追いかけてきたら、ここに来た、と。

 

「流石だ、ヴェルダンデ。ミミズは流石に宝物庫に入っていないから、帰ったら何か他のものを手配するとしよう」

 

 モグモグ、と独特の鳴き声をするヴェルダンデを撫でてやる。……うん、可愛い可愛い。

 

「それじゃあ、帰るとし」

 

「マッスター!!」

 

「ほべん」

 

 真正面から腹部にタックルされ、途中まで喋っていたせいもあり、変な声が出てしまった。受け止めはしたものの、尻餅をついてしまった。飛び込んできて抱き着いてきているのは、何を隠そうセイバーだ。

 

「えぇぇぇぇん! 寂しかったですぅー!」

 

「……なに、このおんな。……あ、えと、あなた様? この人、誰です?」

 

「……だれー、このひとー」

 

 えっぐ、ぐす、と泣きながらアサシンを見上げるセイバーと、なんか顔に陰りが出つつもセイバーを見下ろすアサシン。なんだ……? さっきと変わらないほどの緊張感が、この二人の間に発生しているようだ。なんでだろうか。

 

「ああ、二人とも初対面か。こっちがアサシン。小碓命。で、こっちがセイバーの……」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 俺の言葉に、セイバーが首をかしげる。……なんだ?

 すぐに自信を指さして、キョトンとしながら尋ねてくる。

 

「セイバー?」

 

「ああ、セイバー。そういってたろ?」

 

 なぜかステータスは文字化けしてたからわかんなかったけど、自己紹介ではそういって……。

 

「私、セイヴァーですよ?」

 

「あ、だから文字化けの文字数が合わなか……え?」

 

 ステータスが更新されました――。その無機質なメッセージが、頭の中に響く。そのクラスには、燦然と輝くセイヴァーの文字。……あ、救国だから? 世界規模じゃなくてもセイヴァーってなれるんだ……。

 

「……え、むしろ何でセイバーだと思ってたんです? だって剣の逸話とかないじゃないですか、私」

 

「いや、確かに。……うん、確かにそうだ」

 

 この子の逸話に、剣でなんかしたってことはないだろう。救国の聖女とまで言われた彼女だ。ルーラーとアヴェンジャーの彼女は見たことあったけど、そっか、この子、セイヴァー適性もあるんだ……。

 

「あー……そっかぁ、この人と話しててなんか食い違うときあるなーって思ってたけど、これかー……」

 

 そういって、セイバー……いや、セイヴァーはがっくりと肩を落とした。いや、言いずらいしそれこそセイバーと間違えそうだから、もう真名で呼ぶか。

 

「……その、すまんな、ジャンヌ」

 

「いーですよー。ルーラーの私とアヴェンジャーの私にチクるだけなんでー」

 

「それはまずい」

 

 座に帰った時にネチネチされてしまう。「自分のサーヴァントのクラスを間違えるなんて」とか「女ならだれでも一緒だと思ってんじゃないの?」とか言われてしまう。主にアヴェンジャーのほうに。

 

「いやなら、帰り道に甘やかしてくださいねー」

 

「……はいはい、解決したなら帰りますよー、あなた様ー」

 

 ニッコリ笑うジャンヌと、頬を膨らませたアサシンに押されて、他のみんなが入っていった穴の中へと進んでいく。

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

 そういって、ウェールズの下へ向かう。

 ……即死、だったか。助けたかったのだが、無駄に苦しませてしまったようだ。すまない。

 

「……」

 

 死を悼み、指から風のルビーを抜き取る。王女に、残せるものはこれだけだからだ。遺体は……この地に残した方がいいだろう。この聖堂と共に、この地に眠らせる。

 血まみれのマントを外し、宝物庫から上等な布を取り出し、かぶせる。手を組ませ、服を整え、全身を隠す。

 

「……もう行くよ、ウェールズ」

 

 そう言い残して、俺はアサシンとジャンヌの待つ穴へと向かった。

 

・・・

 

 穴を抜けると、ふっと落ちた。……え、落ちた?

 

「きゃあああっ!?」

 

「ひゃうぁぁぁあ!?」

 

「おおおぉおぉぉぉ!?」

 

 ジャンヌもアサシンも俺も、三者三様の悲鳴を上げて落下して、シルフィードに受け止められた。

 シルフィードの上にはタバサやキュルケ、ギーシュにマスターがすでに乗っており、口にはヴェルダンデが不満そうな鳴き声を上げながら銜えられていた。

 

「ちょい多いな。……よし、『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』を出そう」

 

 そういって、俺はシルフィードからマスターを抱えて飛ぶ。本来なら真っ逆さまだが、とん、と宝物庫から出てきた黄金の船に着地する。ジャンヌとアサシンも、俺を追って飛び降りてくる。

 

「よし、速度をシルフィードに合わせて、自動操縦で……」

 

 ふわり、とシルフィードに並んだ船を見て、キュルケが目を輝かせる。

 

「あら! それは前に見たあれね! 帆もないのに進む船!」

 

「……あぶない」

 

 身を乗り出しすぎたからかタバサに首根っこを引っ張られたキュルケだが、こちらを興味深そうに眺めるのはやめないようだ。

 ギーシュは……銜えられたヴェルダンデに話しかけたりしているので、こちらには見向きもしていない。……凄まじい使い魔愛である。あれの数パーセントでもいいから、マスターにあればなぁ。

 

「……なによ?」

 

「いや、マスター、俺のこと好き?」

 

「ひゃわっ!? な、にゃにゃっ!? にゃにをっ!?」

 

 聞いてみたはいいけど、これ嫌いって言われたら立ち直れんな。やめておこう。

 

「……いや、やっぱいいや。変なこと聞いた」

 

「……別に、その、いいケド」

 

 ぷい、とそっぽを向いたマスターは、ぶつぶつと何かを言っている。……この近距離で聞こえないということは、聞かせる気の無いつぶやきなのだろう。可愛いなぁ、と癒されていると、両側から軽い衝撃。

 

「私は、マスターのこと好きですよーっ。……クラス名、間違えられましたけどーっ」

 

「ボクもです! あなた様のこと、好きですっ。……他の女に、目移り激しいですけど、ね?」

 

 衝撃だけではない。アサシンの方からはひたり、と刃物を当てられている。あれ、ナチュラルに脅されてる?

 

「ん、んー。風が気持ちいいなぁ」

 

 至近距離に三人もいるのに、俺の言葉は誰にも届いていないようだった。……うぅ、寂しいなぁ。

 

・・・

 

 シルフィードを追いかけながらトリステインへと向かっていくと、腕の中のマスターがぽつぽつと話し始める。

 

「ギル。……ギル?」

 

「ん、ああ、なんだ、マスター」

 

 こちらを見上げるマスターは、顔を赤くしており、恥ずかしがっているであろうことは明らかだった。……それでもまぁ、手が飛んでこないだけ、成長したんだろうなぁ。

 

「あの、ワルドと一緒にいたあいつも……サーヴァント、なの?」

 

 ああ、カルナのことか。……今回は宝具を打ち合い、相手の魔力不足でなんとか勝ち越したように見せただけで、状況としては負けていた。相手の目的が達せられた時点で、俺の負けなのだ。……俺が、もう少しちゃんとしていれば、ウェールズも助けられただろうし、何より……マスターを悲しませることはなかった。

 ……その前の、ワルド戦ですでに俺自身が馬脚を現してたのも問題だろう。……弱点、まだ直ってないんだよなぁ。

 

「そうだよ。カルナ……インドってところの英雄で、弓の天才。……『ランサー』クラスで現界してるみたいだけどな」

 

「……私が、ちゃんとマスターやってたら、勝てた?」

 

「いや……いや、マスターはよくやってくれていた。ただの俺の実力不足だよ」

 

 決めた。神様の処へ可及的速やかに向かい、スキルをきちんと整えてくることにしよう。

 ……何で今いけないのか、っていうのすら解決はしていないけど……。

 

「ワルドは、そのカルナってやつと逃げたのよね?」

 

「……ああ」

 

「じゃあ、また、来るのかしら」

 

「うん、きっと」

 

「……色々、教えて。あんたの力とか、マスターとして何をしたらいいかとか……この、新しく増えた女のこととか」

 

「あ、ボク男ですよ?」

 

「……え?」

 

「……えへ」

 

 マスターをのぞき込むようにしながら、笑うアサシン。間違いなく可愛い。あの理性蒸発ライダーとは別ベクトルの可愛さである。

 

「えぇー!?」

 

 ……こうして、トリステインへの旅路は賑やかに過ぎていくのだった。

 

・・・




ステータスが更新されました。

真名:ジャンヌ・ダルク

クラス:セイヴァー 性別:女性 属性:秩序・善

ステータス:筋力・E 耐久・E+ 敏捷・E 魔力・B 幸運・C 宝具・A++

クラス別スキル

対魔力:☆

■■:D

固有スキル

繝シ繝ウ:A

カリスマ:■+

■人:A

透化:D
宝具『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』を鞘から抜いているときにだけ発動するスキル。
無私の心によって精神面への干渉を弱体化させる精神防御。

魔力放出:A
宝具『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』を鞘から抜いているときにだけ発動するスキル。
武器や自身の体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出することによって能力を向上させる。
ジャンヌ・ダルクは元がただの少女のため、『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』が無ければ通常のキャスタークラスと殴り合って負ける程の非力さである。
このスキルによって、ジャンヌはマスターの魔力消費の負荷を増やしていく。

心眼(偽):E
宝具『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』を鞘から抜いているときにだけ発動するスキル。
第六感による危険察知。詳しくは分からないものの、戦闘中に限り悪寒として危険を察知することが出来る。
戦闘に集中していたり、焦っていたりすると気付かないことが多い。

■■■の加護:A
――第三宝具発動後、閲覧許可。

矢除けの加護:■
――第三宝具発動後、閲覧許可。


宝具
三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)
ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:一人
ジャンヌ・ダルクが聞いた『声』と共に授けられた剣。
聖カトリーヌ、聖マルグリット、大天使ミカエルからの祝福がかかっており、啓示のランクに応じてステータスアップ、スキルの付与がされる。
ジャンヌの啓示のランクはAなので、幸運と魔力以外のステータスが3ランクアップし、スキル『透化:D』『魔力放出:A』『心眼(偽):E』が付与される。


先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:1000人
ジャンヌが仲間と認めた対象がレンジ内にいるならば、最大補足の範囲内で任意の対象のステータスをアップさせることが出来る。
アップするステータスはジャンヌのカリスマのランクに左右される。
ジャンヌのカリスマのランクはB+なので、対象の幸運以外のステータスを2+アップさせる。


■■■■■■■■■■■(■■■■・■■■)
ランク:A++ 種別:対人宝具 レンジ:1~5 最大補足:10人

第三宝具:奇跡のその先へ向かった■■の物語。


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第十七話 それは災難である

「災難かぁ……」「ふぇ? なぜ壱与を見るのです?」「……わらわに視線を移すのはやめなさいよね」「……あ、私!? 私災難ですかね!?」「……いや、壱与も卑弥呼も迦具夜も、可愛いもんだよ。……その、ほら、災難っていうか、災厄そのものがいるだろ、あの城に」

「Laー♪」

「あー」「あぁ」「あぁ……」「普通俺個人じゃなんともできないレベルの存在なんだけど、何で懐いたんだろ」「あのほら、緑色の赤ちゃん的な?」「……え、なんか血筋に関する問題なの!?」


それでは、どうぞ。


 しばらくの空の旅。その間にマスターに『サーヴァントとは』とか『スキルの有用性』だとかを説明し、アサシンとジャンヌを紹介した。ステータスやらは俺を介して許可を出せばマスターも見れるらしく、色々と驚いていた。うん、ジャンヌのスキルの多さとか驚くよねぇ。まだ全部解明されてないけど。あの辺どうなってるんだろ。

 びゅうびゅうと吹く風が、結界に阻まれてそよ風くらいに軽減され頬を撫でる。……その風はマスターの桃色の髪も乱すが、マスターはそんなもの関係ないとばかりに自分の世界に入ってしまっている。たまにぶつぶつ聞こえるので、なにやら自分の考えをまとめているらしい。流石は座学トップクラス。頭の回転もいいのだろう。結構駆け足で説明したような気もするけど、それを今彼女は自分なりに取り込んでいるのだ。

 

「あの、主さま?」

 

「ん?」

 

「一つ、質問いいですか?」

 

 それを見ている間に、アサシンから真剣な顔でそんなことを言われたので、ちょっと緊張しながらもいいぞ、と許可を出す。なんか妙なこと聞いてきそうだけど……。

 

「……主さま、なんか隠し事してません? それも、結構致命的なこと」

 

 う、と詰まる。いや、隠しているわけじゃなくて、原因不明だから声を大にして言えないっていうか……。神様の所に行けばきっと解決するだろうことだから黙ってたんだけど……。

 

「あ、神様の所いけば何とかなるって考えてました?」

 

「うぐっ」

 

「あー……あの土下座の」

 

 ジャンヌが得心いったように頷く。え、なんでそれで広まってるんだろ。まさか、ジャンヌにも土下座したのかなあの女神様。

 

「でも、なんとかできるかなぁ。私が召喚される前、手紙渡すときすごいことになってたけど」

 

「ああ、あの顔色が変とかいう?」

 

「はい。服も最初に見た時とは違って、なんていうか、はっちゃけてたような……」

 

「服? 服まで変わってたのか?」

 

 なんだそりゃ。今までイメチェンなんて髪型しかしてこなかった神様がどうしたんだろうか。とにかく、俺の宝具のことを知っているのはおそらく神様だ。いくつか無くなっている宝具とか、そのあたりについてもおそらく知っているだろう。……さて、となると次の問題は神様の下へどう向かうか、だけど……。

 

「……んー、どうするかな」

 

 ま、そのあたりは向こうに無事ついて、アンリエッタ姫に報告してから、だな。

 

「お、見えてきたな。あれが城か」

 

 なんだかんだで、初めて見るな。

 

・・・

 

 あの衝撃的なアルビオンへの任務の帰り。タバサの風竜に乗ってトリステインの王城へとたどり着く。

 道中では、ギルからマスターとしての基本的なことを聞いた。なんでも、『礼装』とやらがあればサーヴァントに有利な魔法……いや、『魔術』を掛けられたり、能力を上げたり、できるらしい。でも、こことギルのいたところでは『魔術基盤』というのが違うらしくて、ギルが持っている魔術礼装を付けたからと言って魔術が使えたりするかは未知数……らしいので、帰ったら色々検証することにした。

 あとは、ギルの宝具の問題点。無敵に思えたあの『宝物庫』が、実はまだ完全ではないとか、信じられないことを聞いた。気づいたのはギルも最近だったらしく、これも帰ってからなんとかする、と意気込んでいた。所持してるのはギルだし使うのもギルだけれど、保守管理? しているのは別の人らしく、その人に話を聞くのだ、と言っていた。……どこにいる人なんだろう。

 どんどん近づいてくる王城の上には、マンティコアにまたがった兵士たちが巡回していて、この辺は飛行禁止だと叫んでくるけど、そんなの聞いている暇はない。強行突破で王宮の中庭に着地した。少し離れたところにギルの反応があるので、たぶんギルは騒ぎにならないように上空で待機しているのだろう。

 

「現在トリステイン上空は飛行禁止命令が出ている! 触れを知らんのか!」

 

 駆け寄ってきた兵士たちが私たちに武器を向け、その中でも指揮官のような兵士が私たちを警戒しながら近づいてきた。いかつい体にひげの生えた顔。他の兵士たちとは雰囲気も違う。周りからレイピアのような杖を向けられながら、私は竜から降りる。

 

「杖を捨てろ!」

 

 そういわれてムッとしたけど、タバサの「宮廷」という言葉に渋々杖を捨てる。後ろからも音が聞こえるので、他の三人も捨ててくれたのだろう。

 

「私はラ・ヴァリエール公爵家が三女、ルイズ・フランソワーズです。怪しいものではありません。姫殿下に取次ぎをお願いします」

 

 

「ラ・ヴァリエール公爵さまの三女とな」

 

 「いかにも」と言いながら、私は胸を張って目の前の隊長の目をまっすぐ見つめた。……あ、ギルから念話。何々? 「王女様に話をしたから、すぐそっちに行くと思う」……ですって!? あいつ、なに普通に姫様の部屋に侵入してるのよ! 帰ったらお仕置きなんだから!

 

「……確かに目元が母上そっくりだ。して、用件を聞こうか」

 

「……言えません。密命なのです」

 

 まさか任務内容を馬鹿正直に伝えるわけにもいかず、言葉を濁す。とにかく、ギルが話をつけてくれた姫様が来るまで、なんとか話を伸ばさねばならない。私の言葉に、隊長は顔をしかめた。まぁ、私も同じ立場ならその顔になるだろう。

 

「それでは通すわけにはいかない。用件も聞けずに通しては、こちらの首が飛んでしまうからな」

 

 その言葉に、うなずきかける。そりゃそうよね、って言いそうになったけど、たぶんもう少しで姫様が来るはず、と顔に力を入れる。

 らちが明かない、と隊長が後ろの兵士たちに捕縛を命じようと振り返った瞬間、ギルから念話。

 『こちらをみろ』という短い念話に、ギルの気配の方へ顔を向けると……。

 

「ルイズ!」

 

 そこには、駆け寄ってくる姫様の姿が。思わず笑顔になってしまう。暗いことしかなかったあの旅のことも、今だけは忘れられた気がした。

 

「姫様!」

 

 掛けてきた姫様を抱き留めると、姫様も私に手を回して抱きしめてくれた。

 

「無事に生きて帰ってきてくれたのね……。うれしいわ、ルイズ」

 

「姫、さま……」

 

 思わず、涙が頬を流れて行ってしまった。でも、まずは成果を伝えないと。

 

「件の手紙は、無事に」

 

 実際は宝物庫の中なのだが、あそこほど安心できる場所もないだろう。見せることができないのは残念だが、姫様は信じてくれたらしい。大きく頷いて、私の背中に回していた手をほどいた。私も姫様から離れたが、姫様はすぐに私の手を取り、両手でぎゅうと握った。

 

「あなたはわたくしの一番のおともだち。……任務を果たしてくれたことももちろんうれしいですが、無事に帰ってきてくれたことが一番うれしいわ」

 

「……そんな、もったいないお言葉です」

 

 首を振りながらそう言うと、姫様はそれからようやく周りを見られる余裕ができたようで、後ろのギーシュたちに視線を向けた。それから、悲しそうな顔をして、うつむきながらつぶやく。

 

「ウェールズさまは、やはり父王に殉じたのですね……」

 

「……はい」

 

 姫様はそれから何度か頭を軽く振ると、また表情を戻して私に問いかける。

 

「して、ワルド子爵は? 彼の姿が見えませんが……別行動をとっているのかしら?」

 

 そういってから、姫様は自身の口を手で覆い、「まさか、敵の手にかかって……?」と目を見開いた。

 説明しようとするけど、口がぱくぱくと動くだけでどうも声が出ない。……ショック、だったのだろう。まだ引きずってしまっているらしい。

 

「ワルドについては、ここで話さないほうがいいだろう。……な、マスター」

 

 声の方向……シルフィードの方を向くと、その陰からギルが出てくるのが見えた。……たぶん、霊体化してシルフィードの裏に回って、見られないように出てきたのだろう。確かサーヴァントはそれができると聞いているし。

 

「あなたは……ですが、確かにそうですね」

 

 姫さまが周りを見回してうなずく。周りを魔法衛士隊に囲まれているこの状況で、密命の話をこれ以上するのはまずいと気づいたのだろう。

 

「では、わたくしの部屋でお話を聞かせてください。他の方々には別室を用意しますので。……隊長、持ち場に戻ってもらって構いません。彼女たちはわたくしの客人ですわ」

 

「おお、さようですか」

 

 姫様がそういうと、あれだけ警戒していた魔法衛士隊たちはあっさりと杖をおさめて、去って行ってしまった。

 

「それでは、行きましょうか」

 

・・・

 

 他の三人……ギーシュたちは別室へ案内され、私とギルは姫様の私室に通された。そこで、私は事の次第を説明する。

 旅を始めたときのことから、ウェールズ皇太子の最後まで。そして、ワルドの豹変と、『レコン・キスタ』と新たなサーヴァントの話。

 そこでギルから手紙を受け取った私は、それを姫様へと返還して、なんとか『レコン・キスタ』の野望は防ぎ、トリステインとゲルマニアの同盟は守られた……けど、姫様の表情はすぐれない。受け取った手紙を握りながら、涙を流し始めてしまったのだ。

 

「子爵が……裏切り者だったなんて。まさか……魔法衛士隊に裏切り者がいるなんて……!」

 

 涙を流す姫様の手を取り、泣いてほしくないと何か言おうとするけど、言葉にはならなかった。

 

「わたくしが……ウェールズさまの命を奪ったようなものね。裏切り者を使者に選ぶなんて……なんてことを」

 

 いいえ、と首を振った。皇太子さまは最初からあの国に残るつもりだったのだ。……おそらく、姫様のことも考えたうえで。

 

「あの方は、私の手紙を最後まできちんと読んでくれたのかしら?」

 

 「ねえ、ルイズ」と聞かれ、私はうなずいた。あの人は手紙をきちんと最後まで読んで、わかったとうなずいていた。……そのことを聞いてくるということは、やはりあの手紙には……。

 

「姫様、あの手紙でやはり亡命をお勧めになったのですね?」

 

 姫様は小さく頷く。やはり、皇太子さまは嘘をついていたのだ。「亡命を勧める文などない」と。

 

「ええ。死んでほしくなかったんだもの。愛していたのよ、私。……でも、ウェールズさまは私を愛してはいなかったのね」

 

 そのまま、姫様はため息をついてつぶやいた。

 

「わたくしより、名誉のほうが大事だったのかしら」

 

 恋や愛のことはよくわからない。家族ではなく、異性に向けるものというのならなおさらだ。……私の後ろで無言を貫いてくれている使い魔ならわかるのだろうか。なんか、やけにジャンヌとかアサシンに好かれてるみたいだけど。……王様だったっていうから、そういうのも知ってるのかしら。

 悲しむ姫様が落ち込んでしまったので、助けを求めるように後ろを振り向く。

 

「ん?」

 

 私と目が合ったギルは、今ようやくこの状況に気づいたとでも言わんばかりに声を上げる。……でも、ギルに助けを求めて、答えをもらって……それは、良いことなんだろうか。

 そんな私の心境を読んだわけじゃないんだろうけど、ギルは一歩踏み出すと、私の肩に手を置いて首を横に振った。

 

「失ったときの人は、そこに何かを入れるまでにとても時間がかかる。……そんな時に掛ける声に、正解も間違いもないよ。マスターが思う通りに、声を掛けていい」

 

 小さな声で私にそう伝えたギルは、続けて「今言って無意味でも、彼女に残るその言葉は未来に意味を持つ」とも言った。

 ……そう、よね。姫様のこの様子じゃ、確かに何を言っても元気を取り戻しそうにはない。意を決して、姫様の手を取る。勢いでやってしまったから言葉なんて浮かんでないけれど、姫様を悲しませたくなくて、なんとか口を開く。

 

「姫様っ。皇太子さまは、姫様のことを軽んじていたわけではありませんっ」

 

「ルイズ……?」

 

「皇太子さまといたお時間は短く、お話しした時間もわずかでした……でもっ、お手紙を渡したときのご様子、返していただく手紙を読み返すときのあのお顔……あれは、姫様のことを軽んじていたり、忘れているようなご様子ではありませんでした!」

 

 思い返すのは、手紙に口づけする皇太子さま。「宝箱なんだ」と姫様の肖像画のついたあの箱を撫でる表情。手紙を読み返すあの顔は優しく……そして、悲しそうだった。恋を知らない、ワルドへの思いも憧れでしかなかった私ですら、二人が羨ましいと思えるほど、その想いは美しかったのだ。

 だから、姫様よりも名誉をとったわけじゃないのだ。言葉にするのは難しいけれど……きっと、皇太子は――『姫様のために、名誉をとった』のだ。

 言いたいことがいっぱいあって、それが、口を開いたらどんどんと溢れてきて……。

 

「だ、だからっ――!」

 

「――うん。……いいのよ、ルイズ」

 

 そういって、姫様は私の手を握り返した。片手で私の目元を拭う。

 

「ふふ。あなたが泣いているじゃない」

 

「っあ、も、申し訳ありません……」

 

「いえ、いいの。いいのです。あなたが、わたくしの一番のおともだちなのだと……今、それを再認識したわ。ありがとう……ありがとう、本当に」

 

 姫様の目にも、涙が浮かんだ。なんだか、とても悲しいのに、なんでか、とてもうれしいのだ。

 遠くなってしまったと思っていた、姫様が。私をおともだちと呼んでくれて、一緒に涙していることが、どうしようもなく心を震わせるのだ。

 それから、しばらく二人でひとしきり泣いた後、そうだ、と懐を探る。取り出したのは、姫様から預かっていた、水のルビー。

 

「姫様、この水のルビー、お返しいたします」

 

「……いえ、これはそのままあなたが持っていて、ルイズ」

 

 そう言って、姫様はルビーを差し出した私の手をやんわりと押し返す。言われたことが一瞬受け入れられなかったが、すぐに慌てて口を開く。

 

「そっ、そんなわけには! これは王家に伝わる大切な……!」

 

「だからこそ、大切なあなたに持っていてもらいたいの。……忠誠には、報いるところがなければなりません……ということにして、持っていきなさいな」

 

「……謹んでお預かりいたします」

 

 そういって、礼をする。再びなくさないように懐に戻すと、ギルが一歩前に出た。……?

 

「アンリエッタ姫。……落ち着いた今の姫になら、伝えても心乱さないだろうと思って伝えるよ。……ウェールズからの伝言だ。『勇敢に戦い、勇敢に死んでいった』。そう伝えてほしいといわれた」

 

「勇敢に、ですか。……ふふ、殿方の特権ですわね」

 

 姫様が少し自嘲気に笑い……それを見たギルが、姫様に手を差し出した。その手の上には、水のルビーに酷似した指輪が。

 

「そして、これを。ウェールズから、姫へ渡してほしい、と託されたものだ」

 

「これは……風のルビー」

 

 それを受け取った姫様は、指輪を通して、小さく呪文を唱える。指輪がマジックアイテムだからなのか、ぶかぶかだったリングは一瞬で姫様の指にぴったりと合わさった。それを撫でて、姫様は微笑んだ。

 

「ウェールズさまは勇敢に戦い死んでいったと……そうおっしゃいましたね、不思議な使い魔さん」

 

「ああ、そうだとも」

 

「では、この指輪を受け継いだ私も……勇敢に戦い……生きていこうと思います」

 

 姫様の目には、先ほどまではなかった光が生まれていたように思えた。……『生きよう』と言ったのが、その何よりの証左だ。

 ギルを見上げると、私の視線に気づいたのか、ギルがこちらに振り返る。……ありがとう、と言葉には出さずに伝えた。……確信はないけど、きっと伝わってると、そう思えた。

 ……だから、優しくなでてくるこの使い魔に立場を教えるのは、またあとにしようと、今はその手を受け入れた。

 

・・・

 

 帰りの空の上。トリステインに来る時と同じように分かれた私たちは、近くを飛ぶシルフィードからツェルプストーが質問を飛ばしてくるのを、なんやかんやと受け流していた。

 

「で、任務のことは教えてくれないわけ? もう、何が起きてるかはわからないし、子爵は裏切り者だっていうし、なんか人は増えてるし……」

 

 はぁ、とため息をついて、ツェルプストーはその長い赤髪をかき上げる。タバサもこちらをじぃっと見つめている。まぁ、『気になるもの』の塊みたいなのが隣飛んでたら、そりゃ見るわよねぇ。アサシンがニッコリ笑って手を振ったけど、ふい、とタバサは視線を戻してしまった。あんまり人に慣れてないんだろうか。

 私から情報が引き出せないと知ったツェルプストーは、その矛先をギルに変える。

 

「ね、ダーリン? 裏切り者が出たりしてたみたいだけど……どんな任務だったの?」

 

「うん? そうだねえ、とても得るものの多い任務だったよ」

 

「そんな当たり障りのない社交辞令みたいな……!」

 

 いつものようにやんわりと流したギルに聞いても無駄だと思ったのか、次にギーシュに目標を変えたようだ。

 

「ね、ギーシュ? ……ギーシュ?」

 

「ああっ、大丈夫だとは思うけれども! そうやって銜えられて痛くはないのかい!?」

 

「……ギーシュ?」

 

「うん、うん……ああ、もちろんだとも! 帰ったらおいしいご飯を用意するとも!」

 

「……ちょ……あの……えいっ」

 

 あんまりにもスルーされたからか、キュルケは少し困惑した後に、ギーシュを蹴り落とした。うん、まぁ、気持ちはわかる。落とされたギーシュは杖を持っているので大丈夫……なのだが、ぐん、と黄金の飛行船が動き、船首の辺りでギーシュをキャッチした。

 

「ぐふっ!?」

 

 ……えと、あー、地面に降りた時よりダメージを受けているような気がするのはスルーしておくとしよう。歩いて帰る羽目にならずに済んだのだし。

 

「ああっ、そんな自然な流れであの船にっ、羨ましいわよギーシュ!」

 

「……あの子はなんていうか、バーサーカーとキャスターの適性持つっていう不思議な子になりそうだ」

 

 風龍の上できゃーきゃーと騒ぐツェルプストーを見て、ギルが苦笑いしながらつぶやく。……バーサーカーってあれでしょう? 狂気に身を任せてステータスをアップするっていう……。あ、あとあれね。『話が通じない』っていう特性もあるらしいわね。……ちょっとだけ見てみたい、かも。

 

「むっ!? ここは……おや、いつの間にこっちの船に? ……まぁいいか。ああ、そうそう君っ!」

 

 着地のダメージから立ち直ったギーシュが、ギルに詰め寄る。……まぁいいか、って……記憶混濁してない? 大丈夫なの?

 

「姫様とお話ししたんだろう!? どうだったかね、その、なんだ。ほら! 姫様は僕のことを」

 

「いいや、何も?」

 

「ちょ、そんな食い気味に……! あ、そうだ! もしかしたら手紙を」

 

「貰っていないとも」

 

「なんで僕の言いたいことがわかるのかね!?」

 

「さ、帰ろうか。シエスタ元気かなー。マルトーのご飯も食べたいよなぁ」

 

「おい君ぃ! ほら、姫様はほかに……!」

 

「……男って馬鹿ねー」

 

 ギルの横でやり取りをすべて見ていた私は、自分でもわかるくらいじっとりとした目をしながら、そうつぶやいた。

 

・・・

 

 ――こちらの世界の歴史には詳しくないが、ここはかつて名城と謳われたらしいというのはマスターから聞いた。俺があの英霊と戦ったところもなかなかの惨状となっていたが、ここには瓦礫だけではなく無残な死体も散乱している。

 マスターを連れて離脱した後、空を飛ぶ船からの砲撃によって、わずかな時間でこの状況とは。……しかし、相手も凄まじいな。聞いたところによると、三百の王国軍に対して、こちらの損害は死傷者すべて含めて四千人を超えるらしい。そして、この城の位置もよかったのだろう。岬の突端に立ったこの城を攻めるには、密集して一方向から攻めるしかなく、相手の斉射をくらったのだという。おそらく、この戦いは……伝説となるであろう。

 

「ランサー。なにをしている?」

 

「……いやなに、兵士もはしゃぐ姿は子供のようだなと感心していた」

 

 目の前では、マスターの所属する組織『レコン・キスタ』の兵士たちが宝物庫をあさり、貴族の死体から質の良い杖を見つけてはしゃいでいる様子が見えた。

 

「ふん。まぁ、貴様のような存在からすれば、兵士も子供と変わらんか」

 

 マスターはそういって、あの戦いのあった礼拝堂へ向かい、瓦礫の山に魔法を放つ。

 ……そういえば、こちらでは『魔術』は『魔法』と名前を変え、秘匿されず、市民権を得ているらしい。……というよりむしろ、貴族の象徴となっているとのこと。上空に浮かぶ二つの月といい、世界の基盤自体が違っているのだろう。いつものように召喚されてからの『聖杯からの知識』というものがないところから、俺を召喚したのはイレギュラーな事態なのがわかるし、マスターの手に光る令呪が一画というのも正規の召喚ではないことを示している。

 

「……む?」

 

 いつの間にやらマスターと一人の女性、そして聖職者のような恰好をした男が一堂に会し、なにやら会話をしているようだった。

 ……先日マスターと話した際、『貴様は言葉が足りんところがあるから、基本的には離れて護衛の任務に着け』と言われてしまったので、こうして現場から離れ辺りを警戒しているので口は挟まぬが……あの男、あの雰囲気は……。

 少し考えて、視線を外すことにした。あの男が誰であろうとマスターの敵にはならぬだろうし、あの男がマスターを害するようならば倒せばよい。そうして視線を外して少しして。

 

「――!?」

 

 妙な魔力に振り返ると、そこには、起き上がる死体が。あれは、通常の魔術――魔法というのだったか――ではない。何だろうか。神の権能……ほどではないな。精霊か。それに近いものを感じる。

 不思議なものだな。あの起き上がった死体は……『死んでいるけれど、生命は続いている』という状態だ。摂理に逆らってはいるが……精霊の力でごまかしているのだろうか。

 

「何にせよ、あの力……あの男の力ではないようだな」

 

 死してなお動く彼は苦労だと思うが、こちらもマスターに力を貸すと決めた身。マスターが何も言わぬのならば、戦略として受け入れるとしよう。

 

「……まったく。英霊が召喚されるときというのは、どうしてこうも企みの匂いがするのやら」

 

 それとも、もしかすると。

 

「……『企んでいるのが英霊』なのかもしれないな」

 

・・・

 

 魔法学園に到着した。これから、きっとトリステインとゲルマニアは正式に婚約を発表し、同盟を締結するのだろう。

 アンリエッタ姫からオスマンに話は行っているらしく、公休扱いにしてくれたようだ。……うん、まぁ、王女からの密命だ。そうしてもらえて助かった。

 で、今は参加した生徒たちは全員休養ということで、部屋に戻ってきていた。

 

「……ふぅ。ようやく、帰ってこれたわね」

 

「そだな。……ただいま」

 

「あ、ずっといてくれたのね。ただいま」

 

 マスターの部屋に一人残していた自動人形に挨拶をすると、彼女もぺこりと挨拶を返してくれる。うんうん、いい子だ。

 

「さてと。洗濯物出して、荷物整理してっと。遠出した後はこういうの大変だよなぁ」

 

 宝物庫から持って行った着替えやらなんやらを籠の中に直接出して、マスターはベッドに腰掛け、俺は定位置となった場所に椅子を出して座る。

 

「礼装に関しての検証も色々やりたいけど、今は休もうか。終わったばかりで、心も体も疲れてるだろう?」

 

「……そうね。ちょっと、ひと眠りしたいかも」

 

 それならば、と自動人形に着替えの手伝いを頼み、俺は宝物庫からいくつかの宝具を取り出す。

 

「……やっぱりだ」

 

 いくつか宝具がなくなっているのは少し前に気づいたが、どんなものがなくなっているか、については今わかった。神に関する宝具がいくつか消えているようだ。……宝物庫の内容量的に、『いくつか』というのは『大量に』というのと同義だ。

 さて、マスターも寝入ったことだし、俺も眠って神様のところに行くかな。……ええと、これとこれ、この礼装をこの宝具で強化して……。

 

「これで、ラインを辿って神様のところに行けるようになると思うけど……」

 

 ジャンヌやアサシンの話を聞くにかなり不思議なことになっているだろうし、少し無理やりにでも行かねばならないだろう。

 

「……うん、大丈夫そうだ」

 

 魔力を流してみたが、あの白い空間に行くときの身体が引っ張られるような感覚がしたので、間違いなくこれを使用すればあの空間に行けるだろう。

 

「何が起こっているかはわからないが……『何か』は起こってるんだろう。今行くぞ、神様」

 

 最後にぐっすり寝ているマスターを撫でて、後のことを自動人形に任せ、俺は椅子に体を預け、ゆっくりと意識を落とした――。

 

・・・

 

「……む」

 

 きた。この感覚は、あの白い空間だ。

 そう確信して、目を開けると……。

 

「あれ?」

 

 いつもの白い空間ではなかった。……かといって、マスターの部屋というわけでもない。

 感覚的にはちゃんと成功して神様の下へと来たと思ったのだが……。

 

「……」

 

 周りを見渡す。いつもは白い空間に高級そうなテーブルと椅子がおいてあって、テーブルの上にはお茶やお茶菓子が置いてあったりするというのが常なのだが、今は……。

 

「……テーブル」

 

 ピンク色である。

 

「……椅子」

 

 ピンク色である。

 

「ティーセット」

 

 なんかデコレーションされてる上にオレンジジュースが注がれている。

 

「お茶菓子……」

 

 薄切りにした芋を揚げたスナック菓子やら、棒状にしたお菓子が置いてある。

 周りを見渡してみると、いつの間にかこの空間には窓が出来ていて、なんかかわいらしいカーテンが掛けられていた。

 それもドぎついピンク色で、追加で置いてあるソファは真っ黒。あれだけ白が好きな神様にしては……というか、神様を映し出すこの部屋で、あの神様を表す『白』以外の色があるのが不思議だった。

 

「……やはり、何かあったようだな」

 

 周りを見渡し、色々と物色して確かめていると、空間に響く声が。

 

「あっっれぇー?☆」

 

 ……なんていうか、クリームたっぷりのケーキに蜂蜜をかけた後に、炭酸ジュースをぶっかけたような、甘ったるい、パンチの聞いた妙な声がした。

 

「どしたしー?☆ こっち来るなんて、めっずらしー!☆」

 

 ふわり、と。

 空間を転移してきたのだろう。唐突に表れたその存在は……。俺の知っている声を……その、一応しているような、そんな感じの存在は……。

 

「やっほ!☆ ひっさしぶりぃ~☆ ウチ、神様だよぉ?☆」

 

 きゃぴるん。

 いちいち挙動の度になにやら星が跳ねている様な空気を巻き散らかしながら、俺の前に降り立ち。

 

「んぅ?☆ どしたどしたー?☆」

 

 透明感のある白い肌を顔色悪く(ガングロに)染め、美しかった黒髪をなんか中途半端なプリンのような金髪にして巻き上げ、その髪に星やらハートマークやらの装飾品をごってごてに取り付けて。

 

「あ、これぇ?☆ ちょいイメチェンっていうかぁ☆」

 

 天女のようだった清らかな衣装は女子高生のような制服に代わり、さらにそれを着崩し、下着が見えるぎりぎりのラインまでスカートの丈を短くし、足元はだるんだるんのルーズソックス。

 

「まぁ、ウチ的にはもうちょい攻めたかったっていうか?☆」

 

 俺に見せつけるようにくるくる回るたびに華美につけられた宝物庫からとった宝具(そうしょくひん)が音を立てて揺れる。

 

「具体的にはもっと腕にシルバー巻くとかさ☆」

 

 そういってあげた腕には、シルバー……鎖の形をした装飾品が揺れて……って、それ『天の鎖』ィ! こんなところにあったのかよ!

 ま、まさか……これが……この、時代を間違えたガングロ原宿系ヤマンバギャルスタイルのこの存在が……!

 

「へーい!☆ ぴぃーす!☆」

 

 横ピースとかふざけたポーズ取ってるこの存在こそが……!

 ジャンヌやアサシンの言っていた……『様子のおかしい土下座神様』だ……!

 

・・・




「あーもー! 中途半端で行っちゃったから追加で情報と、スキルの変更と、あ、そうそう、新しい宝具の『召喚権』も調整しないとだし……ま、次あの人が寝たときに引っ張り出して……って、あれ? 『宝物庫』からいくつかものが抜かれて……っ! あなたっ、どうやってここにっ、ぐぅ!? こ、これって、『天の……くさ、り』……? あう、霊基、保護、しないと……!」

「……」

「ん、んーっ!☆ よく寝たー!☆ って、あるぇー?☆ 何だろこの服ー……?☆ ま、いっかー☆ 可愛いしー☆」

 誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第十八話 いや、その理屈はおかしい。

「いやほら、私って一応月の住人なわけじゃないですか。美人だし、博識だし、ユーモアもあるし!」「それで?」「そ、それ、で、えっと、や、ほら、に、日本の英霊だし!」「なるほど。……続けて?」「あ、あぅ、だ、だからぁ、わ、わかんないことは、教えてあげなきゃって、お、おも、ってぇ……」「ああ、そうか」「……うぅ」

「――だからって、ネットスラング講座開いてるのはおかしいよな?」「ほかの人も開いてるじゃないですか! 静謐さんの『彼の胃袋を薬理的に掴む料理講座』とかダヴィンチさんの『彼を工学的に虜にする方法講座』とかおーちゃんの『息子、娘と楽しむための折り紙講座』とかがあるからこれもいいかって思ってぇ!」「……いや、その理屈はおかしい。っていうか、そんなに講座あんの?」「何だったらあなたの召喚できるサーヴァント全員講座もってますよぉ!」「全員!?」


それでは、どうぞ。


「あ、せっかく来たんだし、飲んでく?☆ お茶とかないけどー☆ あ、ジュースあるよぉ☆」

 

 このジャラジャラした装飾品も、時代を間違えたとしか思えない服装も、腕に巻くシルバー代わりにされている『天の鎖』も!

 『神』を拘束したり変身させたりするものばっかりだ! だから霊基がずれて、こんなケバ……顔色悪くなってんのか!

 

「……あー、その、なんだ。神様、だよな? あの土下座の」

 

「へ?☆ なにそれマジウケるー!☆ そだよー!☆ ウチが、あのゲザの神様だよー?☆」

 

 ゲザ? ……あ、土『下座』? え、そう略すの? かなり初耳だけど!?

 笑いながら食欲減衰しそうな原色のジュースを出してきた神様は、きゃぴるんと着席する。……今座った瞬間に星が飛んだぞ。どうなってんだこの神。

 

「えーと、何があったんだ? そんな、霊基っていうか、そもそもの権能すら書き換えてないか?」

 

 彼女から感じるのは、いつもの温かい鼓動ではなく、癒しの波動だ。

 

「んー?☆ ウチのこと、そんな気になるぅー?☆ マジMK5-☆」

 

「……MK5?」

 

「マジで恋する五秒前ー☆ って、もう恋してたしー☆」

 

「あぁ、はいはい」

 

 ようやくショックから立ち直って冷静に神様の対応ができるようになってきた。この神様はあれだ。流れで適当なことを口にしているだけだと分かった。いつもの神様なら、こんな頬も染めずに恥ずかしいこと言えないし、てへぺろこつんとあざといことはしない。千里眼で詳しく見ようにも、なんだかんだで俺より位階の高い神様を読み取り切ることはできず。

 さてどうしようかと頭を抱えそうになったとき、神様に変化が訪れた。

 ぴたりと動きを止め、浮かべていた笑顔が消える。なんだろう、腹筋が攣ったのを我慢している様な、苦しそうな顔だ。

 

「あ、あぅ、あ……オー……の……も、が……」

 

「っ、神様!? 霊基が戻ってきたのかっ」

 

 俺の言葉に、机に突っ伏しそうになりながらも、神様はうなずいた。

 

「ちょ、と、だけ……だけど……今は、これしかできない、けど……また、きて。『変わった』私も、あなたの味方、だから」

 

「これは……」

 

 スキルの一つが解放され、更新されたのを感じる。

 

「ほかのスキル、変えたいけど……今は、それが、精一杯……」

 

 その言葉を最後に、がくん、と頭が机に落ちる。ごづん、と痛そうな音を立てたものの、神様はなんでもなかったかのように顔を上げ。

 

「ふぇっ!?☆ な、なんだろ~☆ 居眠りしちゃったぁ☆」

 

「ん、ああ、そう、だな」

 

 再びてへぺろこつんと照れる神様に、笑いかける。思わず頭を撫でそうになって、そのペガサス盛りを崩しそうだ、と躊躇する。寸でのところで頬に手を当てて、むにむにと頬をいじる。

 

「ひゃぁ?★ ど、どしたのー?★」

 

 なんというか、跳ねる星が少し雰囲気を変えたように感じた。戸惑っているからだろうか。

 

「神様。必ず元に戻す。待っててくれ」

 

「?★ ?★ よ、よくわからないけど~……★ 待てっていうなら、待つよっ☆ ウチ、いい女だしっ☆」

 

「……ああ、神様はいい女だよ」

 

 自分の体が黄金の粒子になっていく。……ここにいるのも限界が近いらしい。ラインを辿って無理やり来たようなもんだしな。

 ……また来れるのはいつになるやら、と思っていると、目の前の神様が、先ほどまでとは違う、穏やかな笑みになって一言。

 

「……待ってる、からね☆」

 

 ……凄まじいヤマンバメイクのギャル顔でそういうまじめなことを言うんじゃないよ……まったく。

 

・・・

 

「……っと」

 

 意識が戻ると、それを察したように自動人形がこちらに近づいてくる。すっと差し出された水を貰い、飲み干す。……うん、あの原色ジュース、凄まじい味だったからな……。飲み干したコップを渡すと、ジャンヌとアサシンが実体化する。今までは霊体化していたらしい。

 

「おかえりなさい。その……様子はどうでした?」

 

「いや……うん、色々と、様子がおかしかったな……」

 

「最初にお話しした時とずいぶん……ええと、様変わりしていたようなので……」

 

 あれは『様変わり』で収まるもんじゃないだろう……。もうちょっと詳しく説明してもらいたかったぞ……。

 

「ああ、あの様子は、やはり常とは違っているものだったのですね。初めて会った時は初雪のように白い肌でしたのに、急に日焼けでもしたのかと小麦色を超えた……その、なんでしたっけ。しげる色? そんな黒々とした色してましたもの」

 

 しげる……? あ、某松崎さんか。なんて表現教えられてるんだアサシンは。教えたのは……今数名思い浮かんだので、あとでその筆頭の迦具夜にはとても嫌なものを送っておくとしよう。

 兎に角、目覚めたのなら色々と確認する事がある。元々あった『女神の加護』スキルを変更した、このスキル……『癒しの加護』は、おそらく今の土下座神様の権能の一部を借り受けたものになるのだろう。

 『呪い』『毒』『封印』『麻痺』などの弱体化スキルを無効、回復するスキルだ。『女神の加護』と違って、『運命への介入』『生死の逆転』『最高神の一部権能の行使』などは出来なくなったが、それでも魔法のあるこの世界では破格のスキルだろう。ランクもB++と高めだ。

 流石に自分より高位な存在である土下座神様の解呪は出来ないようだが……まぁ、魔力のラインはまだ繋がってるから、いけるようになったらまたあの部屋に行くとしよう。……いま確認してみたが、すぐにはいけないようだ。今回無理矢理通った所為で俺と神様のラインが緩んでしまっている。もう一度すぐにいけないことは無いようだが……その場合は消滅して『座』に戻るまで神様とのつながりはなくなると見ていいだろう。

 

「……その顔を見るに、余りいい情報は得られなかったようですね」

 

「まぁ、情報量そのものは多かったけども……」

 

 情報が多すぎて「どうかなってる」のは分かったけど、「どうなってるのか」は分からなかったからな……。

 

「でも、すぐにまずい状態ではなさそうだったんだよな」

 

「ふむ……では、しばらく様子を見ることにして……こちらはこちらで大マスターを見守ることにしましょう」

 

「ですねぇ。大主さまはあのランサーのサーヴァントを召喚した男に狙われていましたし……いつもより眼を光らせることにしましょう」

 

 アサシンの言葉に、俺とジャンヌはうんうんと頷く。

 そこで漸く周りを見る余裕が出来たのだが、未だに二つの月は昇っており、まだ夜のようだ。

 

「と言ってももう夜更けです。そろそろ空も白んでくる頃ですよ」

 

 ベッドに眠るマスターは、未だにすぅすぅと静かに寝息をたてている。布団がずれているので、それを直すついでにマスターの頭を撫でる。

 

「……良く寝てますね」

 

「だな。ははは、起きてるときはやんちゃな子だけど、こうして寝てると年相応の顔してるよなぁ」

 

「ふふ、流石は『子供で国が出来る王』と呼ばれただけはありますね……」

 

「……それはまぁ、若気の至りというか」

 

「へえ、若気の至りでああいうことするんだぁ」

 

「え、何の伝承見た? ……あれか? ……それともアレか?」

 

 凄いねっとりとした顔をしてこちらをニヤニヤ見上げてくるジャンヌに、俺は首を傾げつつ記憶を探る。

 俺の話は何故か世界中に散らばってるらしく、関係のない英霊とかに話が通ってることがある。聖杯ではなく俺の宝具で召喚された英霊たちは基本知識や常識を俺から得るので、そのつながりなのか俺の知らない俺の伝承を知っていることもあるのだ。

 

「どれでしょー? いやー、マスターをからかうのは楽しいなぁ」

 

「それで後になって仕返しされてひぃひぃ言うのはあなたですよ?」

 

「うぐ……」

 

 顔を真っ赤にしてしまったジャンヌを、アサシンが笑いながら撫でる。同じくらいの年齢で召喚されているので、仲もいいのだろう。良いことだ。

 

「そうだ。これからの基本方針だけど……。アサシン。君には基本的に気配遮断や霊体化でマスターの周りを守って欲しい」

 

「了解です。……あの、上手く出来れば褒めて……くれますよね?」

 

「もちろん。益も無いのに俺の召喚に付き合ってくれてるんだ。見返りに、俺に出来ることなら何でも言ってくれよ」

 

「……ん? 今なんでもするって」

 

「言ってないから黙ってような、ジャンヌ」

 

 お決まりのネタをぶち込もうとするジャンヌを黙らせて、こいつ外見だけじゃなくて中身も迦具夜に似てきたな、とウチの筆頭問題児にお仕置きを決定しつつ、次にジャンヌに声を掛ける。

 

「ジャンヌは俺と一緒にマスターの近くに着くぞ。タンク役だな」

 

「……女の子タンク役にする英霊王……」

 

「言うんじゃない。宝具とか立ち回り的にジャンヌを前衛に置かないとなんだよ。……まぁほら、ちゃんとしたセイバー召喚するから」

 

「女の子の、ですよね?」

 

「……そうなんだよなぁ」

 

 宝具の特性的に、どんな強い英霊を呼ぼうとも『女性の後ろで守られる俺』というのは覆らないのだ。悲しいことに。いや、たまに女性じゃないのも来るけどさ。

 まぁ、その……後方火力型の英霊である為にあんまり前衛戦に向いていないのもあるんだけど……。

 

「ま、いいですよー。どんなの呼ぶか気になりますし。ふふ、お友達になれるような、やさしい子がいいかなー」

 

 そう言って、ジャンヌははっ、と何かに気付いたかのように眼を見開いた。

 

「そっ、そうだっ。お友達っ。シエスタちゃんにまだただいま言ってないです!」

 

「……マスター寝てるから、静かになー?」

 

 この部屋自体に結界宝具を置いているので、この部屋の外へ音は漏れないし、外側からある程度の魔術までなら遮断し、中での魔術行使は妨害されるようになっている。

 更にマスターのベッド周りはもう一段階結界を張っていて、あんまり部屋の中の音も届かないようにはなっているが……こんな使い手でもないキャスタークラスでもない俺が使った結界宝具なんて高が知れているので、大きすぎる声を出されるとベッドのほうの結界は音を通してしまうのだ。

 ある程度の会話なら問題はないが、今のジャンヌのように大声を出されると……。

 

「うぅん……?」

 

「……ほらー」

 

 むにゃむにゃ言いながらマスターが目を開きかけているので、近づいて何度かおなかの辺りを優しくぽんぽんと叩く。

 

「まだ寝ててもいいぞー」

 

「……んぅ、寝るぅ」

 

 ……うんうん、この数日間、十歳の君には中々ハードな日々だったよなぁ。そういえば、タバサも年齢は聞いていないけれど同い年くらいだろうし、後で彼女にも話を聞いておかないと。なにやら凄腕らしきことはオスマンが言っていたけれど……それでも、少女には変わりない。キュルケは……何だかんだハートは強そうだ。だけどまぁ、またお茶に誘うとしよう。

 そんなことをつらつらと考えながらマスターを寝かしつけていると、また穏やかな寝息が聞こえてくる。

 

「……よし」

 

「手馴れてますねえ」

 

「そりゃな。何人の子供を寝かしつけてると思ってるんだ」

 

 確かに、と苦笑するジャンヌとアサシンに俺も笑いかけて、それでは今日は解散、と告げる。

 

「召喚は明日の昼ごろ試す予定だから、その間はジャンヌ、アサシン共にマスターについてて欲しい」

 

「はーい」

 

「わかりました」

 

 今日は特に予定も無い、普通の授業の日のはずだ。午前中は朝の用意やら帰ってきた挨拶やらをして、昼に英霊召喚。そして、午後はその召喚した英霊と話し合いをして、今後の方針を決めるとしよう。 

 霊体化する二人を見届けて、俺は何時も通り宝物庫から出した椅子に座った。……さて、今日は何して暇潰すかなぁ。

 

・・・

 

 朝、マスターはゆっくりめに目覚める。その頃には俺も読んでいた本を閉じたりやってた作業を一時中断して、マスターの部屋からそっと出ていく。

 なぜかはわからないが、急に着替えを見られたりするのを恥ずかしがり始めたので、こうして気を使っているのだ。……本人から言われたわけではないのだが、自動人形から着替えを渡されたマスターがいそいそとベッドに仕切りを作り始めるようになったので、こうして自ら出ているのだ。

 

「……ふぁあ……。おまたせ」

 

「あくびをしながら出てくるなんて、行儀が悪いぞ、マスター」

 

「うっさいわね」

 

 指摘されたのが恥ずかしかったのか、マスターは少しだけ頬を染めて、そっぽを向きながらそう答えた。

 部屋の中で自動人形にきちんと身だしなみを整えられているからか、服装だけではなくチャームポイントのピンクブロンドの長髪も整えられていた。ぷいとそっぽを向いたときにふわりとそれが広がるのだが、そこに自動人形の仕事の完璧さと、そしてマスターの元々の美しさが表れていて、とてもほっこりとするのだ。

 

「朝ごはん、厨房に食べに行くんでしょ?」

 

 ジャンヌをちらりと見て、マスターがそう言った。

 マスター個人としても一緒に食堂で食べる許可を取ってもいいとまで言ってくれていたのだが、俺にジャンヌにアサシンに、となると流石にマスターへの風当たりも負担も大きくなってしまうだろう。一応俺の扱いは『使い魔の変な平民』ということになっているのだし、ジャンヌなんかは『護衛の平民』くらいの認識だろう。アサシンに至ってはそもそもここにきてひと月もたっていないし、気配遮断で常にマスターを陰から見守ってもらっているせいで、生徒たちには認識すらされてないだろう。

 

「はい! シエスタちゃんにもあいさつしなきゃですし!」

 

「マスターはゆっくり朝食をとっておいで。こっちはこっちで済ましておくから」

 

「ん。わかったわ。今日も一日することもないでしょうし、自由にしてていいわよ」

 

 帰ってきてからの行動としては、マスターがまた学院生活を送る上で、アサシンが見守り、俺とジャンヌが一応部屋に詰め、一番近くで世話をしたり不測事態に対処する自動人形がついて、という形をとっている。

 マスターが授業を受けていたりする時の、貴族以外がいると目立つときにはアサシンが見ていてくれて、それ以外は自動人形がそばについていてくれている。

 ということで、マスターの厚意に甘えて、俺たちは厨房へと向かうことになったのだった。

 

・・・

 

「マルトー、シエスター。いるかー?」

 

 朝食の時間も終わりかけなので、厨房はもう後片付けに入っているようだった。

 その中に顔を出し、二人を呼ぶ。俺のことを覚えてくれていたらしく、厨房のコックたちが呼びに行ってくれた。

 

「おぉ! 久しいな我らの英雄!」

 

「ああ、その呼び方は久しいなぁ」

 

 でも俺のことはギルって呼んでくれって言っただろう? と笑いかけると、マルトーも呵々と大笑した。ばんばんと肩を叩く彼は、俺と共にいるジャンヌを見ると、おお、と感嘆の声を上げた。

 

「お前さんのことはシエスタから聞いてるぞ。仲良くしてくれてるみたいじゃねえか」

 

「はい!」

 

 マルトーの言葉に

ジャンヌは笑って答える。マルトーはそいつはよかった、とまた笑う。

 

「もう片付けも終わるからよ、一緒に賄いでも食ってけよ!」

 

 腕を振るうからよ、とマルトーは腕まくりをして厨房へ消えていく。座ってろ、と言われたので、ジャンヌと共にシエスタを待つことに。

 少しして、料理のいい匂いと共に軽い足音が聞こえてきた。

 

「お待たせしましたー」

 

「シエスタちゃんっ!」

 

 料理をテーブルへ運んできたのは、久しぶりに会うシエスタであった。

 何週間も経っているわけでもないのに、なんだか懐かしく思ってしまうのはあの日々が濃かったからだろうか。

 

「お久しぶりです、ギルさん、ジャンヌさん」

 

「うんっ、お久しぶりっ」

 

 それから、二人は今までの空白期間を埋めるように食事をしながら姦しく楽しそうに盛り上がっていた。

 

「それで、その時に大きいゴーレムが……!」

 

「ええっ!? ぶ、無事だったんですか!?」

 

「なんとかねー。あ、その時は傭兵も来ちゃって大変だったんだから!」

 

 色々喋っているジャンヌだが、密命に関して話さなければある程度は話していいと伝えている。

 シエスタもそんなに口の軽いほうではないだろうし、人に広めるようなことはしないだろう。

 

「すごいことになっていたんですね……」

 

 今まで学院の中しか知らなかったシエスタが、実際の戦いの話を聞いて怖がったりしないかと心配だったが、杞憂だったようだ。

 驚いたりしているものの、ジャンヌの話を聞いてドキドキワクワクしている様なので、大丈夫だろう。

 二人の話を聞いていると、どぉん、と爆発音。……ああ、マスターか。次は何爆破したんだろうか。

 

「す、すごい音がしましたね……」

 

「多分マスターだな」

 

「あー、あの魔法ですか……」

 

 っていうか防音の魔法とかかかってないんだろうか、あの教室……って、そういえばマスターの魔法は宝物庫の『固定化』も破壊するレベルの爆発だったか。それなら防音を突き抜けてくるのも納得だ。

 ……というか、爆発させてしまったのなら片づけに行くか。俺の宝物庫があればまた短い時間でできるだろう。

 かたん、と立ち上がる。食事も食べ終わっており、食後のお茶を飲んでいる今の状態なら、食器を片付けて教室に向かえばちょうどマスターが所在なさげになっているころだろう。まったく、またクラスメイトの挑発か何かに乗ったのだろう。怒りの感情から魔力の収縮、爆発まではほとんどタイムラグなかったからな。

 最初の時の錬金の時みたく、また授業中に何か実習を告げられて、それで暴発したに違いない。

 

「申し訳ないけど、ちょっと後片付けに行ってくるよ。ジャンヌ、シエスタと一緒にいてもいいけどどうする?」

 

「んー……いえ、私もお手伝いに行きますよー」

 

「あ、なら私も……」

 

「いいのか?」

 

 シエスタは厨房の仕事があるんじゃ、と思ったのだが、それもあるんですが、と前置きして話し始めた。

 

「あの、以前お話しされてた、ギルさん専属のお話ですが、学院長までお話ししてくださったんですよね。辞令というか、もう半分ギルさんの専属になってるみたいで……」

 

 ああ、あの。そういえばオスマンにフーケ討伐やら密命の件やらで恩着せがましく褒美をねだって、シエスタの件ねじ込んでたんだった。

 

「今まではギルさんがいなかったので厨房優先だったんですけど、ギルさんが戻ってこられたのなら、私はそっちを優先にするように、って。マルトーさんも了解してくれてるので、ここにいる間はギルさんのお傍につかせてください」

 

 そういって笑うシエスタに、それはありがたい、と返す。

 これで、こちらの常識を教えてくれる子がまた一人増えたのだ。しかも、貴族ではわからないこととかを知っている可能性が高いので、それも期待できるだろう。それに何より……。

 

「じゃあ、行きましょうか、シエスタちゃん!」

 

「はいっ。お掃除は得意なんです!」

 

 ジャンヌの友達になってくれるというのが、一番ありがたいことなのかもしれない。

 

・・・

 

「ああ、いたいた」

 

「……ギル」

 

 俺の予想通り教室を掃除しているマスターが、俺を見つけて気まずそうに顔をそむける。

 

「うひゃあ、すごいことになってますねぇ。なんで爆発して水浸しになるんです?」

 

 うるさいわね、とジャンヌに答えたマスターは、コルベールの油の入った発明品を爆発させ、それが燃え広がりそうだった時に水魔法で消したためにこの惨状なのだ、と説明してくれた。

 あー、水魔法か。消火活動したのなら仕方がないな。

宝具で水を操るのは若干の得意分野なのだ。さて、自動人形にはマスターの着替えと掃除の手伝いをしてもらうとして。

 

「シエスタ、水を集めるから、捨ててきてもらってもいいか?」

 

「え? あ、はい。大丈夫ですけど……水を集めるならモップが必要ですよね? 持ってきますね」

 

「いや、大丈夫」

 

「え?」

 

「これを使えばすぐ解決だ」

 

 そういって、俺は『水を集めて球体にする魔術』を使用する。これは魔術書の宝具を使っているので、俺が魔術行使しているわけではない、というのがミソだ。

 教室中に飛び散っていた水が、意思を持つように集まり、球体へと変わっていく。俺のレベルではこの教室中の水を集めるので精いっぱいだが、それでも十分だろう。シエスタは信じられないものを見たという顔でそれを見つめている。

 

「よし、あとはこれをバケツか何かで捨ててきてもらいたいな」

 

「……そんなもんまで宝物庫にあるのね」

 

 呆れたような顔をしたマスターが、シエスタと同じように水の球体を見つめている。

 

「わぁ……これ顔洗うの楽になりそうですねぇ」

 

 ジャンヌがなにやらずれた感想を言うのに苦笑しながら、俺は球体を邪魔にならないところに移動させる。

 

「さて、掃除開始だ。三十分で終わらせるぞー」

 

 おー、という声が、ボロボロの教室内で響いた。

 

・・・

 

 自動人形が修理をし、清掃は俺とジャンヌとマスター、そして細かいところをシエスタに手伝ってもらい、宣言通り三十分ほどで教室は元通りの状態へと戻った。

 前回の作業がいい経験になっているのか、自動人形たちの修復スピードが上がっているように思える。今もねじり鉢巻きして「一仕事終わったぁ」みたいに額を拭う姿の自動人形が何体かいるぐらいだしな。……なぜ職人みたいな巻き方してるんだこの子ら。服装はメイド服のままだからか、とても違和感を覚えてしまう。表情も動いてないし。

 そして、俺たちは教室を後にして、次の授業へ向かうというマスターを送り、ついでに「厨房作業やってみたいです!」とわがままを言うジャンヌをシエスタと共に厨房へと送り、一人でこうしていつもの洗濯場まで来ているのだった。

 

「さて、セイバーとは言ったものの……誰にしようか」

 

 前線で戦えるような子で、さらにどちらかというと守る側の……あ。

 

「……よし。『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 魔力が流れ込み、宝具が発動する。

 荒れ狂う魔力が風を生み、その風が土埃を上げて――。

 

「……サーヴァント、セイバー。ここに」

 

 清廉な空気を纏った、剣の英霊が姿を現した。

 

・・・




クラス:セイバー

真名:■■■■ 性別:女性 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:■++

騎乗:B

保有スキル

■は天にあり:A

■は■にあり:A

手柄は■にあり:A

矢除けの加護:A■

夜叉■■:B

守護騎士:B


能力値

 筋力:C 魔力:D 耐久:B 幸運:A+ 敏捷:A 宝具:A

宝具

■■■■■■(■■■■■■■■■■■)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大補足:1人



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第十九話 細工は流流、あとは仕上げを御覧じろ。

「あの細工に関しては、あんまり変わらなかったみたいだね」「予想外の抵抗をされたからな。権能を消す予定だったのだが……神格(じんかく)を抑えるのみになってしまったのは想定外だった」「で、これからどうするの?」「予定に変わりはない。英霊王をあちらに足止めし、その間に目的を達成する」「そ。あとは仕上げを御覧じろってことか」「ああ。これは天文台にも……いや、天文台だからこそ気づけない、人理の崩壊だからな」

それでは、どうぞ。


「……ある程度は流れてきた情報で把握したよ。……まったく、本当に君は面倒が好きな人だな」

 

「それを言われると言い返せないな」

 

 はは、とセイバーに笑いかけると、セイバーは溜息を吐いて首を横に振る。

 その頭の動きに沿うように、被った白い頭巾がパタパタと動く。

 

「だが、この私が来たからには安心するといい。面倒大好き残念王であらせられる君のことを、私がふわっと手助けしよう」

 

「……ふわっとなのか」

 

「うん? まぁ、きっちりかっちり拘束するようなのはあんまり好きじゃないだろう? 私にだってそれくらいの思いやりはあるさ」

 

 それは確かにそうだ、とうなずく。

 目の前の彼女はとても世話を焼くのが好きな、言ってしまえば委員長のような性格をしているのだが、頑固な子ではなく、それなりに融通もきかせてくれる。だからこそ、俺のことを考慮して「ふわっと手助けする」なんて言ったのだろう。

 

「それに、縛り付けるのは蛇とか化生とかの仕事だ」

 

 私は違うのでね、と冷静につぶやくセイバー。

 

「さ、それじゃこれからのことを話そうか」

 

 そういって歩き出すセイバーと共に、俺はマスターの部屋へと向かった。

 

「ふふ、もう、君は守ってあげないとすぐに無茶をするんだから。この私が……越後の虎たる輝虎が、君を虎の子としてずっとお世話してあげないとね。……ふふっ」

 

・・・

 

「――というわけで、新しく仲間になったセイバー、上杉謙信。よろしくね」

 

 授業も終わり、晩御飯も済ませた俺たちは、マスターの部屋でセイバーの紹介をしていた。

 わぁ、ぱちぱち、とアサシン、ジャンヌ、シエスタからは拍手が起き、マスターは椅子の上で腕を組み足も組みのいつものポーズである。じろじろと見ているから、興味はあるみたいだが。

 

「アサシン、小碓命です! よろしくお願いします!」

 

「セイヴァー、ジャンヌ・ダルクです! こっちはおともだちのシエスタちゃん!」

 

「ぎ、ギルさまのメイドをしております、シエスタです!」

 

「で、こっちでふんぞり返ってるのが俺のマスター、ルイズだ」

 

「ちょっ、なんて紹介するのよ!」

 

 セイバーに向けていた顔をこちらに向け、マスターは叫ぶ。

 それにしても、だいぶん大所帯になったもんだ。……部屋、広げるか。

 

「なぁなぁマスター、ちょっと許可をもらいたいんだけど……」

 

 俺の言葉に、マスターは小首をかしげて「なによ?」と怪訝そうに聞き返してくる。

 

「そろそろこの部屋も手狭だろ? ……宝具で少し広げたいんだけど、どうだろうか」

 

「どうだろう? って……出来るなら助かるわね。……今私のベッドは椅子として占領されてるわけだし?」

 

 流石に人数分の椅子を出すとごちゃごちゃすると言う理由で、マスターは自分の机にある椅子、俺とセイバーは俺の宝物庫から出した椅子に座り、ジャンヌとアサシンはマスターのベッドに腰掛けている。え? シエスタ? もちろんシエスタにも椅子を勧めたんだが……かなり固辞されたので、俺の背後に立って貰っている。

 

「よし、じゃあ明日の予定はそれで決まりだな。他に報告はあるか? ないなら終わるけど」

 

 周りを見渡して、誰も発言しないのを確認してから、立ち上がる。

 アサシンは何時も通り気配遮断。シエスタは使用人の使う部屋へ戻り、ジャンヌとセイバーは霊体化。さて俺はどうしようかと悩んでいると、くい、と服を引っ張られる感触。振り返ると、ネグリジェに着替えたマスターがベッドの上から俺の服に手を伸ばしていたのだった。……なんだろう。誘われているのか? いやいや、気持ちは嬉しいけど学生のうちは手を出せないよなぁ、とか考えていると、マスターが口を開く。

 

「……あんた、暇でしょ? その、私が眠くなるまで、あんたの話を聞かせなさいよ」

 

「む? ……なんだ、そんなことか」

 

 よかった。顔まで真っ赤にしてるからこうして夜に部屋の中で二人っきりってシチュエーションにドキドキしてるのかと思ったけど、ただ単に話を聞きたいって言うのが恥ずかしかっただけか。

 

「いいぞ。さて、まだ話していないことはあっただろうか……」

 

 ベッドに横たわり、布団を被ったマスターの横に腰掛けながら、俺は頭の中を検索する。

 マスターを程ほどに楽しませられる話は……。

 

・・・

 

 翌日、マスターがオスマンに呼ばれて学院長室に行ってしまったので、今のうちに部屋の拡張をしておこうと相成った。

 アサシンはマスターについているため俺とセイバー、ジャンヌとシエスタが頭をつき合わせて宝具を取り囲んでいる。

 この宝具は一定の空間を箱庭に投影し、その投影された箱庭を弄ることによって、外部に影響を与えず、結界の内部の空間のみを拡張、縮小し、それを現実に反映できるというものだ。ちなみに発動中は常に魔力を消費するので、竜脈のような魔力を吸い上げらるようなところに設置するか、魔力をこめた宝石を乾電池のように使用(ただし、魔力消費が激しいので、かなりの量の宝石を消費することになるため、お勧めしない)するかしないといけない。

 使用中に魔力が切れると、結界が消え、全てのものが中央に集まりぐちゃぐちゃになるという事故が起こるので、魔力は俺に紐付けて置くことにする。神様パワーによって魔力供給に関しては心配すること無いからな。

 ……とはいえ、サーヴァント三体に結界宝具、更に宝物庫の中の封印やら自動人形やらと魔力を送らなければいけないところは大量にある。例えるならたこ足配線しまくった電気タップみたいなものなので、俺に何かあると他の全てに影響が出てしまう。その辺の対策も取らねば。

 

「広さはこのくらいで?」

 

「そうだね。このくらいでいいと思う。……どうかな、主殿」

 

 セイバー主導ジャンヌ助手の劇的なリフォームが終了したので、不備がないか確認をして宝具を発動させる。低い唸り声のような機動音を立て、結界を張った内部の空間を箱庭と同じ状態に拡張する。

 

「おぉー」

 

「こっ、これは……! 凄いです!」

 

「なんということでしょう……」

 

 ジャンヌとシエスタが感嘆の声を上げる。セイバーは冷静に部屋を見回して、以上がないかを確認してくれているようだ。

 ……俺の方でも確認してみたが、魔力の流れにも異常はない。確認作業を終えて、宝具を宝物庫へと戻す。コレで破壊されることも無くなるだろう。

 作業を終えて、家具を動かし一息ついてお茶を飲んでいると、マスターが帰ってきた。

 

「ただいまー……ってうわ、ほんとに広くなってる……!」

 

 部屋の扉を開けたところでこの大改造に気付いたマスターは、後ずさりするレベルで驚いてくれている。

 これは宝具を使った甲斐があったというものだ、と満足して頷きを一つ。

 

「お帰り、マスター。どうだ、色々家具も増やしてみたんだ」

 

「どうだ、って言われても……その、凄いわね」

 

「ははっ、語彙が貧弱だな」

 

「小並感」

 

「うっさいわね! あんたにとって常識でも、私から見たら非常識なんだから! っていうかセイバー今なんか言った!?」

 

「いやいや、何にも言ってないよ、ルイズ嬢」

 

 マスターの矛先が俺からセイバーに移ってしまった。

 まぁ、セイバーも分かってて煽ってるところはあるから、放っておくとしよう。

 

「絶対言ったわ! 意味は分からなかったけど、その顔から察するにバカにしてたでしょ!?」

 

「はっはっは、そんなまさか。顔は生まれつきこんなのだし、言ってた意味も分からないのに食って掛かるのは良くないなぁ」

 

「むっきー! あんた、私の嫌いなタイプかもしれないわ!」

 

「酷いなぁ。ま、これから仲良くなれるように頑張るよ」

 

 そう言ってくすくすと笑うセイバーに、またマスターはむきー、と髪を逆立てる。……って、あれ? なんか変な本持ってる。

 

「そういえばマスター、その本は?」

 

 俺が聞くと、息を荒げていたマスターも少し落ち着いて、持っていた本を机の上に置いて説明をしてくれた。

 

「ほら、姫様がゲルマニアの皇帝と結婚するでしょう? そのときの巫女に選ばれてね。この『始祖の祈祷書』を肌身離さず持って、詔を考えなきゃいけないらしいのよ」

 

「ほほう。それはそれは……名誉なことじゃないか」

 

「そうね……少し悲しくもあるけど。そこは姫様も覚悟の上だわ。……だから、その覚悟に少しでも見合うように、私も頑張らないと」

 

 そんなマスターの言葉に、うんうんと頷くセイバーたち。

 

「そういうことなら私も協力しようじゃないか。いいだろう?」

 

「はーい! 私も! 協力しますよー!」

 

「その、そういうことを考えることは苦手なので……お、お茶をご用意したりとか、そちらのほうで協力しますね!」

 

 みんな乗り気で協力を申し出たことが以外だったのか、マスターはきょとんとしている。

 だが、すぐに意味を理解したのか、口元を緩ませ、ふん、といつものように腕を組み、そっぽを向く。……顔が赤いので、アレは照れ隠しのほうだ。

 

「と、当然じゃない! 曲がりなりにも私の部屋に住んでるんだし、こういうときに協力するのは当然よね!」

 

「なんてったってマスターのマスター、大マスターですからねー」

 

「……ふふ、ジャンヌ嬢のそういうアホの子っぽいところ、嫌いじゃないよ」

 

「アホの子!? 確かに学はないですけど! ないですけどぉ!」

 

 なんだか納得いかなーい! と駄々を捏ねるジャンヌ。

 収拾が付かなくなってきたので、はいはい、と手を叩いて一旦話を打ち切る。

 

「取り合えずマスターは詔を考えないといけないから、俺達はそのサポートってことで。まずは飯だよ飯。腹が減っては、というからな。俺ら減らんけど」

 

「さんせー! 今日の晩御飯はなーにかなー」

 

「……アホの子だと思うんだけどなぁ」

 

 るんるんと部屋を出て行くジャンヌを見て呟くセイバーに、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

・・・

 

 突然ではあるが、俺は今、シエスタに食事を貰っている。仲の良いジャンヌがシエスタとのんびり話ができる時間でもあるし、俺も食事を魔力に変換し、少しずつとはいえ蓄えておくこともできるので、シエスタ……もっと言えば、マルトーや厨房のみんなに甘えて食事を出してもらっている。

 俺とジャンヌだけではなく、マスターに自動人形がついているときにはアサシンも食べに来ているし、これからはこうしてセイバーも一緒だ。……だんだんお世話になる人数が増えてきているので、今度何かしら手伝ったりお礼をしなければな、とスープを口にしながら思う。

 

「ジャンヌがプレゼント貰うとして、なに貰ったら嬉しい?」

 

「ふえっ!? え、ええと、うーん、マスターから、ですよね?」

 

「ああ。俺から」

 

「……こ、子供?」

 

「……贈り物って言われてその言葉が出てくるってすごいな。何だ、君はその、変態なのか」

 

「へっ、へんた――!? 違いますよっ」

 

 姿勢よく煮物を食べていたセイバーが、呆れたような顔でジャンヌの答えにツッコミを入れた。

 

「流石は聖処女だな。……あ、性処女?」

 

「……か、かっちーん。かっちーんですよ今のは! あなただって似たようなもんじゃないですかぁっ!」

 

「流石の私でも時と場所くらいは選ぶよ。そーゆーときはね、誰にも邪魔されず、自由で……なんというか、救われてなきゃあダメなんだよ。二人で、静かで、豊かで……」

 

 まるで個人で輸入商をやっているかのような顔で、セイバーはジャンヌに反論する。

 言い合っている(セイバーの方は半ば流すようにしているが)二人を見て、シエスタがくすくすと笑う。確かに、微笑ましい光景ではある。

 俺の視線に気づいたのか、シエスタは俺の方を見て、にこりと微笑みを浮かべる。俺も笑顔を返して、そういえばジャンヌに聞いてみたけど参考にならなかったな、とシエスタへの贈り物第二弾、そして厨房への差し入れ第一弾について、また考えを巡らせる。

 ハンドクリームの次は何かなぁ。シエスタの趣味とか分かれば、そのための道具とか……あ、茶器とか? それなりに仲良くなったし、今度渡してみるとしよう。これでシエスタへの贈り物は決まったとして、厨房へはなに差し入れるかなぁ。みんなで分けられるような……やっぱりお菓子とかかな。うん、それなりのものを今度見繕ってみることにしようっと。ゴマ饅頭とか大福とか、お菓子のレパートリーは意外とあるので、色んな種類をちょっとずつ作って持って行こうかな。

 よし、ちょうど食べ終わったし、腹ごなしついでに学院内を散歩しながら作るものとか決めていこうかなー。

 

「ごちそうさま。今日もおいしかったよ。……二人とも、食べ終わったら――」

 

「お話の妄想恋愛ばっかり好きで、そんな耳年増になっちゃったんですねー?」

 

「妄想だけじゃないけれどね? ちゃんと経験者の下にも話を聞きに行って、来るべきときのために知識を――ああ、知識すらないアホの子にはちょっと高尚すぎたかな?」

 

「はぁー!? はあぁー!? べっつにー!? お話聞くくらい私もやってたしー!」

 

「ごめんよ。私も君みたいな脳きn――その、ほら、突撃一筋みたいな頭だったら理解もできたんだけどね。ふふ、ごめんよ?」

 

「脳筋って言おうとしたー! 絶対今脳筋って言おうとしたー!」

 

「――行こうかって言おうとしたけど、まぁいいや。シエスタ、二人には食後の散歩に行ったって伝えておいてくれるか?」

 

 まだわーきゃー議論してたので、シエスタに全投げして一人散歩に行くことにした。

 シエスタは苦笑いしつつも了承してくれたので、礼を言ってから厨房を出る。さて、久しぶりに図書館にでも行くかなー。

 

・・・

 

 図書館へと向かう途中。ぞろぞろと生徒たちが歩いているのを見て、授業がひと段落ついたのか、と知り合いの顔を探す。

 次の授業がある教室へ向かっているのであろう生徒や、休憩時間だからとテラスに出ていくもの。貴族たちの学校らしく、なんとも優雅な休み時間だ。

 探してみたものの、マスターやキュルケ、タバサの姿は見えない。ギーシュもこのあたりにはいないようだ。

 

「まぁ、いないものは仕方がない」

 

 しばらくきょろきょろ挙動不審になってみたものの、このままいても何があるわけでもなし。俺は再び歩みを進め――。

 

「きゃっ!?」

 

「っと」

 

「あ、ありがとうございま……あら、ギルさま?」

 

「おぉ、ケティちゃん」

 

 見覚えのある女の子と、ぶつかったのだった。

 ぶつかったケティちゃんに「ギルさまではありませんか! あの時以来お話も出来ずにいて少し寂しかったのですが、いざお会いすると言葉が溢れて止まりませんねそれでそれで……」とラッシュを喰らったので、落ち着かせてからテラスに向かうことにした。

 昼休みは人でいっぱいのテラスも、流石に授業間の休み時間では利用者も少ないのか、俺とケティちゃんは二人、目立つこともなく席に着くことができた。

 

「それにしても、確かに久しぶりだな。……そういえば、初めて会った時にあった悲しい出来事は乗り越えられたのかな?」

 

 ぎ、とイスに深く腰掛けながら、ケティちゃんに今までのことを聞いてみる。

 俺の言葉に、ケティちゃんは花咲くような笑顔を浮かべた後、俺と別れた後のこと……というよりは、あの決闘騒ぎの真相を教えてくれたのだ。

 ギーシュがシエスタに拾ってもらった小瓶でモンモンちゃんとのお付き合いの事実が発覚し、二股をかけられていたと知ったケティちゃんは、一発ギーシュをひっぱたいた後、どうしようもなく悲しくなってテラスを飛び出し、俺とぶつかったのだと説明された。

 

・・・

 

 ――あの時のことを思い出す。

 綺麗な金色の髪。燃えるような赤い瞳。細いのに、しっかりと受け止めてくれた腕。泣いているのを見られて、恥ずかしくて逃げちゃったけど、お礼を言っていないことに気づいてテラスへ引き返した。

 そこでは、ギルさまが学院のメイドの前に立ち、ギーシュさまと相対しているのが見えた。

 あれよあれよと決闘なんて騒ぎになって、その発端がギーシュさまの二股騒動だと周りのギャラリーから聞いて、恩を仇で返してしまったと思った。けれど、それを跳ね返してしまったあの謎のメイドたち。

 すごい、と素直に思った。あと、ちょっとだけ、ギーシュさまざまーみろ、とも。

 あの人が使い魔だと聞いたのはそのあとの話で、主人らしい桃色の髪の先輩に引っ張られていくのを見たこともある。今度会ったらお礼をしないと、と思っていたのだけれど、次に聞いたのはフーケ討伐のお話。勇敢な使い魔さんね、と思いそのお話もしたかったのだけれど、しばらく彼を見なかった。

 だから、今日会えたのはとっても嬉しい。この不思議な使い魔さんと、またお話ししたい。

 

「っと、そろそろ次の授業じゃないか?」

 

 これまでのことを簡単に説明していたら、周りにはほとんど人がいなくなっていた。

 いけない、思わず話し込んでいたみたい。慌てて立ち上がって、ギルさまにまたお話ししたいことを伝える。

 

「ん? ああ、もちろん。見かけたら声を掛けてくれ。俺も見かけたら声を掛けるよ」

 

「はいっ! それでは、失礼しますっ」

 

 ギルさまに見送られて、私は次の教室へと向かう。

 あんまりいいことがあったからか、お友達に怪しまれてしまったけれど、今日は良い日だわ。

 

・・・

 

 ケティちゃんと別れ、当初の目的地であった図書館へと向かう。

 少しだけタバサがいないかどうか確認してみたけれど、流石に授業をサボるような子じゃないからか、司書さんか教員のような人しかいなかった。さて、今回はマスターが話を通してくれているらしく、いくつか本を借りていこうと思う。以前約束した、語学授業のための教材探しである。

 マスターからはこんな感じのがいいんじゃない? と言われているので、司書さんに聞いてみたりして何冊か見繕う。借りるときはマスターからの署名入りの手紙を見せて、マスターの名前で本を借りる。

 

「よし、これで教材についてはオッケーだな。あとは……あ、厨房へのお礼のお菓子作り。あれどこでやろうかな……」

 

 厨房で作ってしまっては仕事の邪魔になってしまうかもしれない。かといって部屋に厨房作るわけにも……。

 

「あ、そういえばあの決闘の時の広場。あそこの一角に人気のないところあったよな」

 

 そうと決まれば善は急げ。まずは学院長に許可を貰いに行くとしよう。

 

・・・

 

 学院長に話を通しに行くと、「うむ、よいぞ」の一言で許されてしまった。

 フーケの件の報酬がまだだったから、という理由だったので、俺も遠慮なく甘えることにした。

 そして、やってきましたヴェストリの広場。俺の魔力を辿ったらしいジャンヌとセイバーが、シエスタを連れて追いついてきたのもここだった。

 

「いたー!」

 

「おおっと」

 

「捕まえましたよ! シエスタちゃんから聞いてびっくりしたんですから!」

 

「まったく、私たちから離れて単独行動するなんて、マスターの風上にも置けないね、君は」

 

 両脇から捕まってしまった俺は、とりあえず二人の機嫌を取りつつこれから使用する宝具を検索していく。

 

「……で、何するんです?」

 

「うん、拠点を作ろうかと」

 

 調理ができるような場所がないのなら、作ればいいのだ。

 というわけで、簡易的な拠点を作ることに。

 

「作るのは調理場だけですか?」

 

「ああ、今のところはそのつもりだけど」

 

「調理場だけじゃなくお風呂作ろう」

 

「あ、お風呂! お風呂いいですね!」

 

「そんなにスペースあるかなぁ……」

 

 うーん、と悩んでいると、セイバーがきょとんとしたままで口を開く。

 

「? 湯船置ければ良いんでしょ? それだったらほら、ここにぶち込めば?」

 

「いや、脱衣所と湯船二つ置くスペースなんて無いぞ?」

 

 セイバーが指し示した場所は、確かに湯船を置くスペースはあるが、男女で分けてそれぞれ二つずつ置くのは不可能だ。

 マスターの部屋を拡張しているような宝具はアレしかないし……と頭を抱えていると、更にセイバーが首を傾げる。

 

「だから、湯船は一個置ければいいじゃないか。なんだ、男女で分けようとしてたのかい? ……無駄なのに」

 

「無駄……だと……!?」

 

「無駄だよ、無駄無駄無駄ァ。ギルが入るほうに皆行くんだから」

 

 色々といいたいことはあったが……反論の言葉が見つからなかったので、お風呂は一つに。それも、銭湯や温泉のような大きなものではなく、家庭用浴槽を大きくしたような、三人くらい入ればいっぱいな風呂が完成した。

 調理場に使用しているコンロとは火元を別にしているため、宝具ではなく魔力の篭った宝石を使う方針に。生前作ったような宝具使用ボイラーはちょっと風呂場の大きさに合わないということで、没にした。流石に湯温が60℃超えるような風呂は嫌だ。対熱湯の耐性を持つ種族である『江戸っ子』ですら勘弁してくれという温度である。なんだったら物理的に被害が出るレベルだ。

 

「こんなものか。うん、良い感じじゃないかな?」

 

「うん、豆腐建築にならないのは凄いね」

 

「……豆腐?」

 

「いや、失言した。忘れて欲しい」

 

 出来上がった拠点……まぁ、見た目ただの小屋なんだが、それでも達成感は感じられた。

 それを見上げてぼそりと呟くセイバーは、なにやら眼から光がなくなっているような気がする。が、まぁ忘れて欲しいというのなら忘れてあげるとしよう。

 

「よし、これからはここが我らサーヴァントのマイルームみたいなもんだ」

 

「マイルームというのならルイズ嬢の部屋なんじゃないかな?」

 

「確かにそんな感じですね。マイルームってマスターのための部屋、みたいなイメージありますよ、私も」

 

「じゃあ、ここはサーヴァントルーム……か?」

 

「……サバルーム?」

 

「鯖部屋?」

 

「そんな、漁師の待合室みたいな」

 

 最終的に『鯖部屋』で落ち着いてしまったので、これからこの小屋は『鯖部屋』もしくは『鯖小屋』と呼ばれることとなった。なんでや。

 ちなみに、シエスタもメイド……大きな意味で『サーヴァント』なので、ここはシエスタも問題なく使える。それを納得させる為に俺とジャンヌは結構骨を折ったが。そろそろ俺達……いや、俺は雇い主っていう扱いだから仕方ないにしても、ジャンヌにはもう少し遠慮なくてもいい気がするけどなぁ……。

 

「ま、兎に角これからは何かあればここに来れば良い。侍女も一人置いておくから」

 

 少し騒ぎもあったものの、取り敢えずはマイルーム……いや、鯖部屋も出来たことだし、一件落着としよう。

 

・・・

 

 ジャンヌたちは「お風呂の試運転がてら汗を流しますね!」とセイバーとシエスタと共に浴場へ行ってしまったので、俺はマスターの部屋に戻ることにした。帰りがてら、そういや厨房できたからお菓子作れるじゃん、と思いついたので、この世界独特のお菓子の作り方が載ってる本があるかなと再び図書室へ。『お菓子』『作り方』くらいの単語はわかるので、探すのに苦労はしないと思うけれど……。

 そう思いながら図書室の扉をくぐる。司書さんの「また来たの?」という視線に苦笑と会釈を返しつつ、奥へと進む。小屋を建てたり内装を整えたりとしているうちに本日の授業は全て終わったらしい。ちらほらと生徒たちが見える。……あ、タバサ。いるかなーと期待してたけど、やっぱりいたか。取り合えず後回しにして、お菓子作りの本を探す。それっぽい単語の本をいくつか見繕って、タバサの元へ。

 

「よ、タバサ」

 

「……ん」

 

 隣に座った俺に少しだけ迷惑そうな顔をしたものの、返事はしてくれたのでまぁいいかと本を開く。

 俺が何を読んでいるか興味はあるのか、ちらりと視線を向けてくるタバサ。

 

「……お菓子?」

 

「ん? ああ、そうだよ。今度作ろうかなって思って」

 

「……味見役を、しても良い」

 

「えーっと、作ったお菓子の味見をしてくれるってことかな?」

 

 俺の言葉に、タバサは少しだけ首肯する。そ、そっか。前も思ったけど、この子健啖家だよな。今度鯖部屋パーティしようと思ってるから、そのときに出す料理の味見役をやってもらおうかな。沢山食べれるなら、色んな種類の料理味見してもらえるしね。

 

「そっか、それは良い事聞いたな。なら、色んな種類に手を出せそうだ」

 

「……たくさん、作る?」

 

「タバサが味見を手伝ってくれるなら、沢山作ることになるな。いっぱい食べれるだろ?」

 

 こくこく、と次ははっきりと分かるくらいに首肯するタバサ。

 

「よしよし。成長期にはいっぱい食べないとな」

 

「……成長に期待できるような歳はもう過ぎてる」

 

「あれ、そうなの? 十歳くらいだと思ってたんだけど……あれ、タバサいくつ? 十三くらい?」

 

「……十五」

 

「うっそ」

 

「ほんとう。……見えない?」

 

「いや、正直、そうだな、マスターと同じ十歳くらいかと……」

 

「? ……ヴァリエールは十六歳」

 

「うっそだろおまえ」

 

 マスターもタバサもちょっと幼くないです? いや、でももっと小さくて十八歳以上を知ってるからなぁ……。先入観というのは恐ろしいな。

 

「いや、ここで逆にキュルケが十三歳だったりとか……」

 

「確か、十八と言っていた」

 

「……そうか」

 

 後でシエスタの年齢も聞いておくとしよう。あの子俺の予想年齢十九なんだけど、実際はいくつなんだろうな。

 いやほら、長生きしてると一年の違いってあんま分からんのよ。何処かの吸血鬼さんも言ってただろ? 「私の図れる強さのものさしは一メートル単位。mmの違いはわからない」と。俺はそれの年齢バージョンだ。俺の年齢ものさしでは細かい年齢単位は分かり難いのだ。いや、そもそも女性って大体実年齢より下に見えるからそれもあるんだろうけど。

 周りのみんなの年齢に対してショックを受けつつも、本のページを捲っていく。精神状態にダメージを受けていても、頭は本の内容を記憶していく。お、これゼリーっぽくていいな。作ってみようかな。

 

「タバサはその、料理を作ったりはしないのか?」

 

「……しない。この学院の生徒で料理を作るような人はとても稀。いるとすれば……趣味でお菓子を作るくらい」

 

 そうだよなぁ。貴族の学校だものなぁ。自分で作るのは平民か趣味がある生徒かのどちらか、って感じか。

 

「あ、それならお菓子作りを趣味にしてる子とか知り合いにいない?」

 

「……そもそも、知り合いがいない」

 

「……すまん」

 

 表情は変らないものの少しだけ重くなった空気。

 これはなんていうか、申し訳ないことをしたな……。

 結局、それから俺が退出するまで、気まずい無言のままであった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:セイバー

真名:上杉謙信 性別:女性 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:■++

騎乗:B

保有スキル

■は天にあり:A

■は■にあり:A

手柄は■にあり:A

矢除けの加護:A■

夜叉■■:B

守護騎士:B


能力値

 筋力:C 魔力:D 耐久:B 幸運:A+ 敏捷:A 宝具:A

宝具

■■■■■■(■■■■■■■■■■■)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大補足:1人



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第二十話 話に応じていじる

「いじる?(意味深)」「はいはい、エロ担当は黙ってようね」「待ってください! この程度でエロ担当ならあの辺どうするんですか!?」「大丈夫だよ。あの辺は処女ギャルと耳年増とミレニアム処女と見栄張りと性欲絶倫処女とヤンツンクーデレしかいないんで」「……あの人と結ばれてるのに処女なんです?」「あ、その辺は全部『元』がつくね」「罪深いなぁ、ウチの王様……」


それでは、どうぞ。


 タバサと気まずい空気を味わった後、俺は鯖小屋へと来ていた。

 目的は次に誰を召喚するか、を考えるためだ。扉を開けると、自動人形と一緒にシエスタが掃除をしていた。

 

「あ、ギルさんっ。おかえりなさいませ!」

 

「ああ、うん、ただいま。色々ものが増えてるな」

 

 見渡してみると、お茶のセットやら茶葉やらが増えているのが見える。……たぶん、厨房から分けてもらったものなのだろう。それなりにお金がかかってそうだけど、大丈夫なんだろうか。いや、マルトーが豪快に「もってけもってけ!」と言っているのが想像できるけども。

 

「このお部屋のお話をした際に、マルトーさんが『余っているものがあるから、色々と持っていけ!』といって下さったんです!」

 

「ほう、ならばまた礼をしなければならないな」

 

 そういいながらマルトーセレクションの茶器やらなんやらを見ていると、自動人形がテーブルに紅茶を置いてくれた。

 湯気が立っているので、俺がシエスタと話をしたりしている間に淹れてくれたようだ。

 

「あっ、お茶……じゃあ、クッキーを出しますね!」

 

 そういって、シエスタは調理場の棚からごそごそとクッキーを出してくれた。

 おお、おいしそうだな。どこのだろうか。

 

「あ、その、厨房で作った余りなので申し訳ないんですけど……」

 

「いやいや、全然問題ないよ」

 出された紅茶とクッキーを楽しみながら、宝具を通じて次の英霊を検索していく。

 ……次は、だいたい決まっている。クラスはキャスター。俺が知る中で、とても信頼できるキャスターだ。ただ、その、ちゃんと召喚できるかなぁ、っていうのと、『俺の狙った方の』キャスターが来てくれるかなぁ、という不安があるのだ。

 ……え? 触媒? いやぁ、触媒もねえ。あるにはあるんだけど、どっちの触媒も同じなんだよなぁ……。

 

「……仕方ない。覚悟決めるかぁ」

 

 まぁ、正直に言ってしまえば、どちらが来ても問題はないのだ。……ただ、どういう役割になるかわからないだけで。

 

「よし、決めた。キャスターの召喚は……そうだな、今度の虚無の曜日にしよう」

 

 それまでは準備の期間だな。ここで召喚する予定だから、ここに地下室を作って、召喚用の補助サークルも作って、と……うん、時間的にも虚無の曜日がよさそうだ。というわけで、これから地下を作って、内装は次の日に回してもいいだろう。明日までに内装に使う礼装やらを選定するとしよう。

 

「何かお悩みですか?」

 

「ちょっとね。でも、とりあえず考えても仕方ないってことで、ぶっつけ本番頑張ってみることにしたよ」

 

「そうでしたか。……えと、私にできることは少ないですけど、できることだったら何でもします! いつでもおっしゃってください!」

 

「えっ、今なんでもするって」

 

「……」

 

「あいたっ」

 

 しまった、と思った時には遅かった。勢いでウチの筆頭問題児と同じことを言ってしまった。幸いシエスタにはわからなかったようだし、自動人形が即ツッコミを入れてくれたので全部言い切る前に止まったのでぎりぎりセーフと言ったところだろう。

 

「……?」

 

「いや、何でもないよ、シエスタ。ただその、シエスタはもうちょっと自分が可愛くて天然だってことを自覚したほうがいいかもしれないな」

 

「ふぇっ!? そ、そんな、私が可愛いなんて、そんな! 私なんて、ジャンヌさん達に比べたら、お芋みたいなものですわ!」

 

 あたふたと頬を染めながら反論するシエスタはどう見てもジャンヌやアサシン、セイバーに負けず劣らずの可愛さなのだが、まぁこういう世界だし、シエスタみたいな奥ゆかしい感じの女性が「そうですよねっ。私可愛いですよねっ!」とかどこぞのドヤ顔アイドルや筆頭問題児みたいなことは言わないだろう。

 ……こんなにあいつのこと考えてると、呼び出そうとするキャスターの代わりに出てきそうで怖い。あれ、そう考えると俺の召喚するキャスターは三択になってしまうのでは……。いや、余計なことは考えないようにしよう。

 

「謙遜することないよ。少なくとも、俺はシエスタのこと可愛いと思ってるしね」

 

「そ、そんな、えへへ、でも、その、うれしい、です……」

 

 てれりこするシエスタに癒されていると、自動人形がテーブルに二杯目の紅茶を置いてくれた。……あの、なんかぐつぐつ言ってるんですけど。いや、なにこれ。マグマ? え? 飲めって? いや、もうちょっと冷めてから……え、すぐに? な、なんでそんな怒って……怒ってない? んなばかな。怒ってないならなんでそんな熱々の……ちょ、近づけんな! 近づけ……あっつ! びっくりするほど熱いな!?

 

「ちょっ、じ、侍女さんっ!? それ相当熱そう……っきゃ、あっつい! 跳ねた飛沫でも熱いですよ!?」

 

「……っ」

 

「ちょ、やきもち! やきもちだな!? わかったわかった! 要求を聞こう!」

 

「……あの、なんていうか……ご、ご愁傷さまです……?」

 

 なんとか宝物庫にあった『まるごしシンジ君』という謎の料理処理用礼装でやりすごし、そのあと自動人形をなだめすかし、顔を赤くしたシエスタも落ち着かせて、地下室を作るために宝物庫の中を検索してみる。

 地下を作るということは土系統の魔術書かなー。あ、そういえばドリルの宝具とかあったなぁ。え? エア? いや、それはちょっと……生前温泉掘ったら拗ねられて、こういうことに使おうとすると極端に出力落ちるようになっちゃったからなぁ……。いやほんと、ごめんて。俺の使う宝具での酷使率第二位なだけある。え? 一位? そりゃもちろん、天の鎖だよ。俺の下にいるときは言わずもがな、現在神様の下にいるらしい天の鎖も、フル稼働中のようだし……。

 おっと、話が逸れてしまったな。

 初日の今日は、『地下室を作ろう!』と言ったところだろうか。……なんだろうか、この言い知れぬチュートリアル感。たぶん明日は『地下室の内装を作ろう!』とかが来るに違いない。すべて終わらせれば、きっと報酬として……む、いや、電波を拾ってしまった。

 

「よし、この魔術書にしよう」

 

「? その本は……?」

 

「土を操る魔術書だよ。小屋を広げられないし、上に増築もあんまりできない。となれば、地下を広げるしかないだろう。鯖部屋ビフォーアフターだ」

 

「びふぉー……あふたー……?」

 

 こてん、とかわいらしく首をかしげるシエスタに微笑みかけつつ、魔術書についてある程度の説明をする。俺が魔術を使うときの補助的な本であること、ある程度の属性しか使えないし、使い道も限定されているけど、その限定された使い道であれば相当便利なこと、などなど。

 

「へぇ……! ギルさんのその蔵にはたくさんのものが入っているのですね!」

 

「ああ、俺でも把握できないほどにな」

 

 ……その最たるものがシエスタの隣ですまし顔してる自動人形だけどな。いつの間にか増えてるし、バリエーション豊かだし、勝手に宝物庫開けるときあるし。一種類しか型はないはずなのに、なぜかカラフルな髪色してたりとか、体系……については全員なぜか貧乳だから変わりないか。あ、髪型も色々変わるな。何なんだろう、あの子たち。純然たる宝具ってわけでもないし、純粋な人間ってわけでも、ホムンクルスってわけでもないし、本当不思議な子たちだ。……ちなみにこの子たちは酷使率第三位である。なぜエアよりも使用頻度が高いのに順位が低いのかというと、勝手に出てきて仕事することもあったりして、『酷使』というほどではないからだ。

 

「……?」

 

「いや、何でもないよ。いつもありがとうな」

 

 ちらりと自動人形を見ると、わずかに首を傾げたので、なんでもないと伝える。それで納得したのか、作業を再開したようだ。

 魔力を回して、魔術書を起動する。登録されている術式が鯖小屋の地下の土に干渉して、事象を書き換えていく。思い描いた通りに空間ができたら、魔力を止め、次はその空間が崩れないように土を固めていく。うん、これくらい固めれば崩れたりはしないだろう。あ、ギーシュのモグラ君がここに来たりすることないように、一応注意しておくとしよう。

 魔術書の下に宝物庫の入り口を作れば、机に沈んでいくように魔術書は消えていく。

 

「いつ見ても不思議ですねぇ……」

 

 その一部始終を見ていたシエスタが、机をぺたぺたと触りながらつぶやく。

 

「あ、そういえば」

 

「はい?」

 

「シエスタの就任祝いを渡してなかったね」

 

「お、お祝い、ですか?」

 

「ああ。今俺たちサーヴァントは好意で厨房から賄い貰っている立場だしさ、厨房へのお礼は別に渡すけど、さらにシエスタ個人へのお礼兼鯖部屋専用メイド就任祝いとして渡そうかな、と」

 

 そういって、机の上に宝物庫の入り口を開き、選定しておいた茶器のセットを出す。きちんと箱詰めされており、ポットにカップ四つ、それに対応するソーサー付きという、『ティーカップ 贈り物』でググったらトップに出てきそうな無難に過ぎる贈り物ではあるが、あまり凝りすぎるとシエスタは遠慮して受け取らない、というのは学んでいるので、こういうものにした。

 

「それを送るから、俺とかにお茶を出したり、自分で飲んだりするときはそれを使うといい。どこに出しても恥ずかしくないレベルのものだから、貴族の対応にも使えるだろうしね」

 

「そ、そんなすごいもの、い、いただけませんわ! ただでさえ、お給金が普通より高いのに……!」

 

 「これ以上貰っては、私程度のお仕事では返せませんっ」と返そうとするシエスタ。予想通りなので、これは贈り物でもあるけど、『仕事道具』でもあるということを説明し、そうおっしゃるなら、となんとか納得してくれたシエスタは、はにかみながら受け取ってくれた。これからジャンヌとお茶をすることもあるだろうし、その時に使ってくれればいいと思う。目指せ友達百人!

 

「さて、それじゃあマスターのところにでも行こうかな。……む、いや、先に図書室だな。借りた本を返して、新しいのを借りに行くとしよう」

 

 まだ授業が終わる時間ではないので、図書室で時間をつぶすことにする。借りた本も返さねばならないしな。『お菓子の魔法』というなかなか攻めたタイトルだったのでつい借りてしまったのだが、別にこの世界の貴族たちが使う魔法でお菓子を作るわけではなく、ひたすらに著者が『これは魔法のようだ』と思ったお菓子の製法やら解説が載っている本だった。

 先ほどすべて読み終わったのだが、あとがきにて二巻が存在していることがわかったので、探してまた借りようと思っている。

 

「それじゃあ、シエスタ。またあとでな」

 

「はいっ。いってらっしゃいませ!」

 

 メイドに見送られるという、現代だとあんまりない経験をしつつ中庭から図書室へと向かう。

 ……よくよく考えてみれば、自動人形はメイドとはいえ声を出したり顔を変えたりするわけではないので、『メイドに見送られる』というのはもしかしたら初めての経験になるのかもしれない。

 あ、そういえばシエスタの年齢聞くの忘れてた。……後でも大丈夫だな。いつか話のタネに聞いてみるとしよう。……え? 女性に年齢の話はタブー? だいじょぶだいじょぶ、俺結構女性のタブーについては破っていくタイプの英霊だからさ。ほら、体重とかスリーサイズとかすっぴんとか……女性タブー多すぎない? 宝具になるほど女の子関係多い俺だけどさ、それでもたまに女の子怖くなるときあるもんなぁ……。

 なんか、女性の扱い上手くなるような指南書でもないもんかなぁ。図書室でそれも探してみるか。

 ちょうど図書室についたので、入室しながら探すものを決めた。いつも通り司書さんに会釈をして、まずは本の返却。それから、『お菓子の魔法』第二巻と、女性関係の指南書を探す。

 ……が、『お菓子の魔法』の二巻については見つかったものの、もう一つの目的のものは中々見つからない。そりゃそうか。一応ここは神聖な学び舎なのである。そんな本がある方がおかしいのだ。仕方がない。今回はあきらめるとしよう。あ、そういえばマスターが結婚式での詔を考えるとか言ってたな。詩的な表現を学べそうな本でも借りておこうか。

 本のカテゴリーで一応分けられているので、探すのに苦労はしなかった。棚から取って、ぺらぺらと捲り、内容的によさそうなものを探す。ジャンルがジャンルだからか、かなり種類があるので、わかりやすそうなものを一冊だけ借りていこう。

 

「よし、今回は二冊だな」

 

 司書さんのところへ持っていき、貸し出しの処理。

 と言っても、司書さんの管理しているリストに本の題名を書いて、借りた人間……ここではマスターの名前を書き、それを確認した、という司書さんのサインを書いてもらい、控えを貰うだけだ。それを本に挟んでおけば、勝手に持ち出したものではない、という証明にもなる。仮に無くしてしまっても何かあるわけではないが、面倒なことは増えそうということで、きちんと保管しておくとしよう。

 ちなみに、貸し出し期限は決められていない。宿題や研究に使ったりもするから、長期間借りる生徒や先生もいるしな。俺は一応一週間ほどを目安に返せるようにはしている。あとは読み終わったりしたらだな。

 

「む」

 

 アサシンからの念話だ。授業が終わったらしい。よし、迎えに行くか。

 

・・・

 

「あーもうっ! 全然浮かばないわっ」

 

 授業もすべて終わり、夕食も済ませた後のマスターの私室にて、思いっきりベッドに飛び込んだマスターは、足をばたつかせる。そのたびにスカートから白い領域が見えてしまっているのだが、眼福なので教えないことにする。

 なんでマスターがご乱心かというと、皆様の想像通り、詔作りに煮詰まってしまっているのだ。マスターはほぼ完ぺきな秀才タイプの人間なのだが、どうにもセンスが無いようで、編み物とか絵画とかそういうものにはとんと向いていないようなのである。以前なんかヒトデみたいなものを編んでいるのをキュルケにからかわれているのを見たのだが、なんとそれはマフラーになるものだったらしく、驚いたと同時に憐れんでしまったことは記憶に新しい。

 かといってマスターに俺の暇つぶし兼自動人形たちへのお礼でもあるマフラー編みがばれてしまうとうるさいことになるので、教える気はないのだが。すまんマスター。でも大丈夫。行き遅れたら俺が責任とるよ、安心してくれ。

 

「ルイズ嬢、そろそろ夜も遅い。健康と美貌のためにも、そろそろ眠りについたらどうだろうか」

 

「……むー。そうね、あんまり根を詰めてもいいものはできないわね……」

 

 セイバーに諭されたマスターが、いそいそとベッドのカーテンを閉める。このカーテンは、恥じらいを覚えたマスターのためにベッドを改造したもので、このカーテンを閉めてマスターは着替えるようになった。

 部屋改造の際に一応ベッドを一つ追加して置いてある(プライバシー保護のために、仕切りは置いてあるけど)ので、この部屋でも寝泊りはできるようになっている。鯖小屋はまだ完全に内装ができたわけではないので、休みたいときにはこっちのマスターの私室……通称マイルームで休むことになっている。今日は詔を考えるために結構遅くまで掛かってしまったので、今日はこのままこっちで休むことにしよう。

 

「……えと、それじゃあお休み」

 

「ああ、お休みマスター。明日はいつも通りだな?」

 

「ん」

 

 くぁ、と小さくあくびをしながらうなずいたマスターがベッドに横になったので、上から毛布を掛ける。目を閉じたマスターにほっこりと癒されつつ、さて次はサーヴァントの時間だな、ともう一つのベッドの方へ。

 

「さてと。もしかしたら伝えてたかもしれないけど、次に召喚するサーヴァントが決まったぞ」

 

 目の前に立つのは、セイバーとジャンヌ、アサシンの三人。

 こちらを真剣な目で見つめ、無言で先を促す彼女たちを見回してから、口を開く。

 

「クラスはキャスター。アサシンの時みたいなこともあったから、一応召喚の時の触媒も用意して臨もうと思う」

 

「キャスター……魔術師さんですか。この世界にいる以上、キャスタークラスは早めに呼んでおいた方がいいと思いますし、私は賛成です」

 

「そうだね。向こうでは隠されていたものが、こちらでは常識なんだ。早めに専門家を呼んでおくのは悪いことじゃないと思うよ。……魔術基盤違うから役に立つかは別として」

 

「私はどのクラスでもいいです。唯一不安と言えば……」

 

「どうした、アサシン?」

 

 何か考え込むように黙ってしまったアサシンに尋ねてみると、少しだけ言いづらそうに

 

「いえ、盾としては役に立たないけど大丈夫かなぁって」

 

「別に毎回俺の盾役求めてるわけじゃないからな?」

 

 なんて子だ。別に俺の前に立ってくれるような子を求めて召喚をしているわけではないのに。……いや、目的の一つにそれがあるのは否定しないけど。

 それに、キャスタークラスにだって盾になれるような子だっているのだ。お師さんとか。まぁ、あの人に関してはキャスタークラスなのに武闘家っていう意味わからない属性ついてるからなんだけど。

 

「で、これが触媒に使おうと思ってる、鏡だ」

 

「だいぶん古い鏡ですね……少しだけ曇ってるし……」

 

 俺の出した鏡を三人は不思議そうに観察する。まぁ、古いことは否定しないし、あんまり出来が良くないのも仕方ないことなのだ。

 その理由についてはまぁ、召喚した英霊を見てもらえればわかることだろう。

 

「ま、虚無の曜日だっけ? その日に召喚するらしいから、素直に待つとしよう。それで、今日はそれで終わりかな?」

 

「ああ、今のところ報告することはそれくらいかな。……アサシンとかはなんかあるか?」

 

「ん? あー、そうですね……。いえ、とくには。ここしばらく大主さまについてましたけど、特に狙われてるとかそういうこともなく」

 

 それはそれで、相手は水面下で動いているってことだからあんまり安心もできないが……ま、今はお互い準備期間と言ったところかな。

 

「それじゃあ、今日は解散にするか」

 

「了解。じゃあ私は、この学院の見回り行ってきます」

 

「シエスタちゃんのところでお泊りしてきますね!」

 

「んー、私は一応君と行動を共にしようかな。君と違って、私は寝る必要ないしね」

 

 三人はそれぞれバラバラの行動予定をしているようだ。

 さっそくアサシンは霊体化して消えていったし、ジャンヌも普通に扉を開けて出て行った。

 セイバーだけは俺と一緒にいてくれるらしいので、マスターのお守りも一緒に手伝ってもらうとしよう。自動人形だけだと、もし相手がサーヴァントだった場合に対応しきれないからな。

 

「それとも……一緒に寝る? ふふ、声は我慢できる方だよ、私は」

 

「い、いや、今日はやめておこうかな」

 

 妖しい表情と声色で俺を誘うセイバーをなんとか押しとどめて、ベッドへ潜り込む。

 セイバーもベッドに乗り、枕をどけて、そこに座った。……どうしたんだろうか、と首をかしげると、セイバーは正座した自身の脚をぽんぽんと叩く。

 

「ほら、膝枕。……それくらいなら、良いだろう?」

 

「ああ、そういうことか。……それじゃあ、お言葉に甘えようかな」

 

 ぽす、とセイバーの脚の上に頭を乗せる。……柔らかい。最優の名に恥じない、素晴らしい足である。上半身は頭部すら露出していないくせに、下はミニスカートに足袋だけとか、この子本当にかわいらしい格好してやがんな、くそ。

 

「子守歌でも歌おうか?」

 

「いや、大丈夫だ。……このままが、一番落ち着く」

 

 小さく息を吐くと、目を閉じる。……セイバーがゆっくりと頭を撫でてくれているのもあって、意識を手放したのはすぐだった。

 

・・・

 

 ――夢を見た。

 妙な建築様式の城が見える城壁の上で、私はギルが立っているのを後ろから見ていた。

 

「ここまで来れば、もうあいつらでも大丈夫かな」

 

 なんだか横顔がいつもより優しいギルは、そうつぶやいて笑みを浮かべる。

 ……生前、ギルが治めてた国なのかしら、と私は城壁から街を見下ろした。そこに広がる町並みは整然としていて美しく、街には人々が溢れていた。王都と比べても人の密度は負けていないと思うほどだ。

 これがギルの治政ならば、王としての手腕は相当なものだろう。少しだけ感動と尊敬を抱いていると、ふ、と世界が暗くなっていく。日が沈んで行っているのだ。空には、一つだけの月。

 

「……よし、決めた」

 

 一人頷くギルは、言葉の通り何かを決意したのだろう。満足げに頷くと、踵を返し、どこかへ向けて歩き出してしまう。

 夢だからか、思うだけでふわりと移動できるのは便利だ。このままギルについていってやろう、と歩くギルの後ろをついていく。前とは違い、声なんかはでないようだ。ギルもこちらに気づいていないようだし……。

 すたすたと歩くギルについていくと、階段を下りようとしたギルがぴたりと足を止めた。

 ……どうしたんだろ。私もつられて足を止める。

 振り返ったギルと目が合う。……私のこと見えてる?

 

「やっぱり、マスターか。いや、今気づいたよ」

 

 そう言って笑うギルは、迷いなくこちらに近づいてきて、私の目の前に立つ。

 私はやっぱり少しだけ浮いていて、言葉も発せないから、口をぱくぱくとすることしかできない。

 

「……今回の夢は生前のものだからね。『存在しなかった』マスターは色々と制約を受けてるんだと思う」

 

 ギルは、そのまま私を撫でる。……触れるんだ。

 

「触れるよ。俺の夢だしね。さっきまでは過去を見てる感じだったけど……今、夢を掌握したから」

 

 ギルは視線を町の方へと移して、少しだけ笑う。

 ……撫でる手が優しく、とても落ち着く……。

 

「俺はもう少しこっち側でやることがあるんだ。……マスター、ここは過去だ。今を生きる君に、ここは合わないよ。……ははは、これ、前にも言ったな」

 

 その言葉と共に、頭から手が離される。

 同時に、あの夢から醒める感覚……。

 ふわりと体が浮く感覚に少しだけ抗いながらもう一度ギルを見ると、いつの間にか隣に人が立っていた。

 

「……」

 

 声は聞こえなかったけれど、手を振っているのは見えた。

 ……とても優しそうな人。ちぃ姉さまみたいな……。

 ――そこで、私の意識は浮上していった。

 

・・・

 

「また、あいつの夢か……」

 

 あいつの過去を知れるから、悪くはないんだけど……。

 

「変な時間に起きちゃったわね」

 

 水でも貰おうかしら。そう思ってベッドから降りる。

 あいつが改造したからか、とても品質は良く、いつも一度寝たらぐっすり……なのだが、今日はなんだか途中で目が覚めた上に眠気も少し飛んでしまったようだ。心が落ち着くまで少し起きていることにした。

 

「……? 何か聞こえる……?」

 

 自動人形が静かにくれた水に口をつけながら、静かな部屋でわずかに聞こえる……話し声のようなものに耳を澄ませる。

 目の前のメイドじゃないだろう。喋ったところどころか、目を開いたところすら見たことがないからだ。それに、仕切りの向こう……ギルがいるであろうところから聞こえる気がする。

 ……コップを置き、仕切りの方へとゆっくり近づく。

 

「……なん……ら、……して……私が……」

 

 声は小さいけど、ギルのではないことがわかる。……たぶん、あいつ自身はまだ夢の中だろうし。

 なら、一緒にいるセイバーかしら。……独り言? まぁ、変なやつっぽかったものね、と仕切りの蔭からちらりと覗くと、ギルに膝枕をしながら頭を撫でるセイバーの姿。……頭を俯かせているからか、頭巾が垂れて影が顔を隠してしまっているが、寝ているわけではなさそうだ。こうして覗いてわかったのだが、確実にセイバーが何かを呟いて――。

 

「もぅ、ギルは本当に、私がいないとダメなんだから。こうして膝枕してあげて寝かしつけてあげるし、今度はご飯も作ってあげるよ。ああ、そうそう、今度お風呂で背中流してあげるね。ふふ、本当に君ってば世話が焼ける王様だよねぇ。仕方がないんだからぁ……ふひ、ふひひ……」

 

 ……ひ、と声を出しそうになった。

 ちょうど月明かりが差し込み、影に隠された顔が見えたのだが……瞳が、光っていた。

 物理的に、ではない。なんというか、ギラギラしているというか、私につかみかかった時のワルドというか、そんな瞳だった。絶対逃がさない、という捕食者の目だ。

 

「綺麗な髪だなぁ……ずっとこうしてられるよ……。向こうだと他の子いっぱいいるからねぇ……こうして君が召喚されて、さらにそんな君に召喚されて……こんな時じゃないと、独り占めできないもんねぇ。……ぺろぺろ、しちゃおうかな。……は、恥ずかしいな……」

 

 恥じらうとこそこじゃないでしょ、と思わずツッコミかけた。ギラギラと瞳が輝いたままはぁはぁと息を荒げる姿は、なんか変な秘薬を飲んだ人か、翌日がお見合いだといわれた日の夜の姉さまのようだ。……ひっ。な、なんか、寒気が二倍に……!? まさか、姉さま……?

 っていうか、ギルが召喚した中ではまともな常識人だと思ってたのに……! 裏切られた気分だわ……!

 勝手に信頼して裏切られたような気分になっていると、ふ、とセイバーが顔を上げ、きょろきょろとして……不味い、と思った時にはもう遅かった。覗かせていた頭を引っ込めることも間に合わず、セイバーの瞳がこちらを捕らえた。

 

「ルイズ嬢? ……いつから?」

 

 ごまかそうかな、とも思ったけど、それが許されるような眼力ではなかった。隠れていた仕切りから完全に出て、視線をそっとそらしながら伝える。

 

「えと、『私がいないとダメなんだから』あたり、かな」

 

「ほぼ最初……っ! そんなの、ほぼ最初じゃない……っ! ずっと、ずっとこの人の前で我慢して隠してたのにぃっ……」

 

「お、落ち着きなさいよ。……ほら、なんていうか……意外性があっていいと思う……わよ?」

 

 うわぁん、と泣き崩れたセイバーは膝の上のギルの頭を包むように上体を倒して……あ、ちょっと、泣く振りして何かしてるわね!? ほんとに隠してたの、あんた!

 

「っていうか、そんなに騒いだらギルが起きちゃうわよっ」

 

「……起きないよ? ……今、たぶん『会って』るから。まったく、最初のマスターといい、あの女神といい……付き合いが長いというのは中々厄介なものだよ」

 

 ぶつぶつと言いながらギルの頭を膝から降ろすセイバー。枕に頭をゆっくりおいてから、惜しむように何度か撫でて、立ち上がる。

 

「ま、ルイズ嬢も知っておいていい情報だ。……眠れないんだろう? あっちへ行こう」

 

 そういって、セイバーは私を置いて仕切りの向こうに消えていき……月明かりの中振り返って、言った。

 

「さ、こっちきて。――ギル()の話を、しよう」

 

・・・




「別に、私は一部の女性たちとは違って、病んでるわけじゃないよ? もちろんギルのことは好きだし愛してるしお世話してあげたいし何だったら養ってあげたいしお料理作ってあげたいし調子を崩したりしたら看病してあげたいし怪我をしてたら痛いの痛いのとんでけーってしてあげたいし魔力供給もいっぱいしたいし膝枕で日向ぼっこもしたいし炊事洗濯も任せてもらいたいしいっぱいなでなでもしてあげたいししてほしいしずっとギルのことを物理的にも精神的にも薬理的にも守っててあげたいけど、それだけだよ?」「……アッハイ」

「……上杉さんのあれって自覚ありなんですか?」「ん? ああ、病んではないと思うよ。ただ『異常に世話焼き』なだけで。俺を閉じ込めてきたり『ケチャップだよ☆』とか言いながら血の入った料理出してきたり匿って俺のこと心配するふりして睡眠薬盛ったり――こうして拘束したりとか、しないしね」「ふふふっ。だってぇ、ギルくんったらすぐに逃げちゃんだもんっ」「うわキツ」「……今のギルくんの言葉とは何にも関係ないけどなぜかイラッと来たからずっとぱふぱふしたげるねぇ~」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第二十一話 あんなに一途な子はいない。

「あのっ、これ、クッキーです。よければ、食べてくださいっ」「ああ、いただくよ」

「あ、タオル、使ってください」「お、ありがとう。助かるよ」

「これ、作りすぎちゃって……食べてくれますか?」「おお、肉じゃが好きなんだよ」

「あ、お掃除しておきましたよ。そろそろ夏物も出しておきましょうか」「う、うん? いや、その前になんで家に……」「晩御飯は何がいいですか?」「……あー、ハンバーグで」

「明日はキャベツがお安いみたいですね。色々と買い足しておきますよ」「いや、悪いって、君も明日は用事が……」「あなたより大切な用事なんてありませんよ」「そ、そうか。……いやー、申し訳ないねぇ」


「――い、一途ですねぇ、この子」「……この後いつの間にか同棲することになっていつの間にか籍入れることになってたけどな」「い、一途……なんですよね?」「おそらくは」


それでは、どうぞ。


 ここは、夢の中。……だと思う。何でそんなふわっとした感想なのかというと、神様ゾーンでもないし、さっきまでマスターと一緒にいた生前の城壁の上でもないからだ。

 未だやったことはないんだけど、乖離剣の全力解放……その際に割れた世界の外側に酷似した宇宙空間のようなところに、俺は立っていた。

 

「……え、なにここ」

 

 ふわふわと宙を漂う俺の声は、どこにも響かず消えていく。

 場所は、太陽系……だと思う。少し遠くに見えているあの青い星が、地球なのかハルケギニアなのかによって変わるけど……。

 体勢を整えようとするも、どうにも自由が利かない。宝具もスキルも使えないみたいだし……その二つを封じられてしまえば、宇宙空間に漂う俺なんて無力な存在である。夢だし、と割り切ってリラックスしながら視線だけを動かしてみる。

 ……体感時間で十分ほど。ぷかぷか浮いているだけでそろそろ眠たくなってきたな、と夢の中なのに眠気を感じたりしていると、小さな光が目の前にやってきた。

 

「なんだ?」

 

 光が現れてからすぐ。目の前の青い星の向こうから、黒い大きな何かと、無数の小さな――。

 

・・・

 

「――っ!?」

 

 起き上がる。ベッドには一人のようだ。周りを見渡すも、セイバーはいなくなっていた。……マスターのほうへ行ったのか?

 ベッドから降りて、マスターのいるベッドの方へと向かう。

 

「セイバー?」

 

 声を掛けながら仕切りから顔を覗かせる。マスターの寝ているベッドは天蓋からカーテンが下りているのだが、それが閉められて少しだけ明かりが漏れているのが見えた。……起きてるのか? そういえばセイバーの姿も見えないが……。

 ここには自動人形しかいないようだ……なんて思っていると、小さな話し声が。……ベッドのほうから? マスターの寝言だろうか。耳を傾けてみると――。

 

「それでね、これがパーティーの時のギルで――」

 

「なにこれっ。テーブルも椅子も……全部黄金じゃないっ」

 

「ああ、彼の玉座があるのはあの駄女神の領域の一部――黄金領域にあるからね」

 

「そのまんまね……」

 

「ちなみにその神様がいる領域は白光領域っていうらしいよ。……ギルしか呼ばれたことないからよくわからないけど、神様が一番力を振るえる場所らしいね……忌々しい」

 

「? でもギルみたいな英霊がいる場所って『座』っていうところなんでしょ?」

 

「んー、なんていうんだろ。神様の座の一部と、ギルの座を重ねて、英霊でもあって神霊でもある状態を作り出してる……とか言ってたけど、専門じゃないからよくわからないや」

 

 よくわからないのか。……いやまぁ、俺も完全に理解しているかと言われれば首をかしげるけども。というか、二人ともそこで夜更かししてたのか。なぜ俺の話をしているのかはわからないが、セイバーはともかくマスターは寝かせてやらねばなるまい。

 

「……そ、それよりもっ。あいつの話、他にないの? ほ、ほら、さっきちらっと言ってた、好きな食べ物、とか……」

 

「ん? ほぅ? ほほう?」

 

「あ、あによ……」

 

「なるほどねぇ。君も立派なレディなわけだ。いいよ、色々と教えて――」

 

 ……あんまりこっそり聞いているわけにもいかないな。意を決して声を掛ける。

 

「マスター、セイバー」

 

「っ!」

 

「ふぇっ!?」

 

 どたどた、ばたん、がさごそ、ごとん。

 色々な音がして、カーテンの向こうに映る二人のシルエットがあわただしく動くのが見えた。そんなに慌てなくてもいいのに。

 

「ちょっ、まっ、起きたのかいっ!?」

 

「セイバー!? まだしばらく寝てるからって、あんたさっき!」

 

 相当慌てているのか、ベッドから転がり落ちるように二人が出てきた。……まったく、何やってんだ二人とも。

 それから、二人に少しだけお説教。セイバーには、マスターを夜更かしさせないように、と変な道に誘わないように、の二点。マスターには、変な人の言うことは聞かないこと、あと夜更かししないでちゃんと寝ること、の二点。二人とも反省している様なので、早々に切り上げる。……お説教してる俺が夜更かしさせるわけにもいかないしね。

 

「――ふぅ。反省してまーす、って感じの顔しておくの、成功したみたいだね」

 

「……あんた、良い根性してるわね」

 

 なにやら二人でこそこそとしているが、まぁ明日の予定かなんかだろう。二人ともわかりづらいだけでいい子だし、ちゃんとわかって反省してくれているのだ。えらいえらい。

 

「ま、続きは明日だね。流石に明日はギルも鯖小屋にこもりっきりになるだろうし」

 

「……そうなの?」

 

「寂しそうな顔するようになっちゃってぇ。このこのぉ」

 

「ちょ、この、うざいっ」

 

「ほらほら、今日はこの辺にして、寝るぞー」

 

 俺の声に、二人は返事をして、マスターはベッドに横になり、セイバーは窓際の椅子に座った。

 

「ギルはその……『夢』の方はいいのかい?」

 

「うん? ああ、気遣いありがとう。けど、今はちょっと難しそうだ」

 

 神様のところにつながるかな、なんて軽い気持ちで寝てみたけど、過去の夢と……謎の宇宙の夢を見ただけで終わってしまったからな。

 

「そ。じゃあ、こっちで私と警備だね」

 

「そうなる。……マスター、いい夢を」

 

「ん。……お休み」

 

 マスターが杖を軽く振るうと、ふ、と明かりが消える。そういうマジックアイテムらしい。魔力があれば使えるらしいので、マスターでも活用できるんだそうだ。

 

「じゃ、ゆっくりと警備しようか」

 

「緊張感は持った方がいいと思うけどな」

 

 そんなツッコミをしながら、俺は明日使う宝具の選定を始めるのだった。

 

・・・

 

 ――ついにやってきた、運命の日。と言っても、ただサーヴァントを召喚するだけだ。え? 時間が飛んでる? いやほら、あの後と言えばマスターと一緒に詔考えたり地下室拡張したりと地味なことしかしてないからな。あとはセイバーの刀とからくりこれくしょんを見たり語られたりアサシンとかくれんぼ(ナイトメアモード)をしたりジャンヌとシエスタの村娘コンビによるスーパー芋煮会とかくらいしかしていない。

 

「よし……」

 

 体内の魔力を回す。宝具『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』が俺の座とつながる。念のためにと置いた触媒を元に、英霊、クラスが決定される。そして、俺が呼びだそうとする英霊が応える――。

 

「この名、この魂に覚えがあるものよ……魔力を回す。来い! 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 廻った魔力が宝具に力を与え、英霊をサーヴァントとして召喚する――。って、あれ?

 

「なんだ、これ。宝具が暴走……!? いや、ちがう……! こちらからの干渉に、向こうからの反応が『大きすぎる』!?」

 

 一体分じゃない。その倍の魔力を引っ張られている……! 

 宝具への魔力供給を止めたところで、すでに英霊を引っ張り出すための魔力はつぎ込んでいるため、召喚は止まらない。……これはマジで、狙ってない『やばいの』が来るかもしれないぞ……。

 そんな風に一人勝手に戦慄していると、目の前で魔力が人の形を成していき――。

 

「っしゃあ! わらわが先よね!? っしゃおら! キャスター! 召喚に応じ参上したわ!」

 

「っあ゙ー! そこ私が盗ろうと思ったのにー……! っがー! バーサーカー! 召喚を求められてはいませんが参上しました!」

 

 もみくちゃになりながら、ガッツポーズをするキャスターと、地面を叩きながら悔しがるバーサーカーが、そこに現れたのだった……。

 

・・・

 

 ……二人から聞いた話によると、最初俺が召喚しようとしていたキャスターの枠に、現バーサーカーが無理やり侵入を果たそうとしたのだが、それをキャスターが察知して防御。召喚までの時間キャスター枠を守り切ったのだ。

 だが、ここで問題が発生。俺が要求した『キャスター』の枠は一つ。そこに二人が入ろうとどたばたやらかしたせいで、本来のキャスターと、もう一人がくっついて召喚されることになってしまった。……そのもう一人もクラス適性はキャスターなのだが、すでに埋まってしまっていた枠からはじき出された彼女に割り振られたのは、『バーサーカー』。……まぁ、その辺に関しては適性ありそうだと思っているのでいいのだが。

 ともかく。俺の魔力が大量に引っ張られたのはその所為だったようだ。……まったく。人騒がせな。

 

「……というわけで、これからよろしくな、卑弥呼、壱与」

 

「もちろん! わらわをキャスターとして呼んだこと、後悔はさせないわ!」

 

「……私をバーサーカーにしたこと、絶対後悔させてやります……」

 

 にっこにこしながら俺の腕に抱き着く卑弥呼と、ぶつぶついいながら俺の手にしがみつく壱与に挟まれつつ、俺は状況の説明をする。

 

「……とりあえず、話を聞いてくれるか?」

 

「ま、ある程度はあんたから流れてきてるけど……詳しい話聞こうじゃない。あんたの新しいマスターとかメイドとか、気になるしね」

 

「……新しい女ァ……?」

 

 キャスターはジト目で見上げてくるだけだが、バーサーカーは何やら目が血走っている気もする。……大丈夫か?

 

「……めっちゃ怖いわねこの壱与。狂化どんだけかかってんのよ」

 

「いや、ランクとしてはE+くらいなんだけど……」

 

「……ギル様は、まぁ、そういう方なんで納得してますけどぉ……それでも抑えられないんですよぅ」

 

 そういっていじいじと人差し指同士を合わせる壱与を撫でてやると、少しだけ猫のように目を細めた後、満足そうに笑った。

 

「むぅ。ギル様は私の扱い上手いんだからぁ……あっ。……っとと」

 

 急に俺から離れたかと思うと、壱与はすぐに太もも辺りで手を振って、ほっと息を吐いた。

 ……なにしたんだろ、これ。魔力を感じたからなんかの魔術……鬼道を使ったんだろうけど。

 

「……気になってるって顔してるから忠告しとくけど、クッソくだらないことに使ってるから知らないほうがいいわよ」

 

「そ、そうか」

 

「あ、ちなみに今のは下着を乾かしました! びしょびしょになりましたので!」

 

「……そ、そうかー」

 

 せっかくの卑弥呼の好意をすぐにふいにしてくれる壱与に、いつもどおりだなーと嫌な納得をしつつも、とりあえず現在の状況を説明する。

 今のマスターの話、これまでに戦ったサーヴァント、そして、今の脅威と神様の状態について。

 

「……ああ、やっぱりあれは変よね。今召喚されてるあんたのサーヴァント、それとあの女神の様子に関してはちょっと考えてることがあるのよ。……ま、それについてはあとで話すわ」

 

「とりあえずは、今のマスターをシメ……お話ししないとですね!」

 

「シメるって言いそうになったかおい」

 

 不穏なことを言いそうになった壱与の頭を強めに掴んで振った後、地下の召喚室を後にする。

 地下の召喚室は俺の部屋に直接つながっており、部屋から出た後に扉の水晶に魔力を通すと、壁と同化するように土の魔術が掛かり、扉を隠してくれた。……これは俺の魔力か、マスターの魔力じゃないと開かないようになっている。

 さらに俺の部屋を抜けると、鯖小屋のリビングへ。

 そこでは侍女人形一人とシエスタが作業をしていて、こちらに気づいたシエスタが作業を止めてぱたぱたとやってきた。

 

「お疲れ様ですっ、ギル様っ」

 

「お疲れさま、シエスタ。……こっちの二人は、新しく来てくれた仲間で、キャスターとバーサーカーだ。こっちのことでわからないこともあると思うから、助けてあげてくれ」

 

「は、はいっ! ギル様の専属メイドをしております、シエスタと申します! よろしくお願いいたします」

 

「ん、よろー。わらわはキャスター。呼びにくければ卑弥呼でもいいわよ。そっちの方が呼ばれ慣れてるし」

 

「バーサーカー、壱与です。……一つ気になったんですけど、専属メイドって言いました? え、夜も? 夜も専属ですか? だとしたらなんてうらやま……ふしだらな! 私と変わってくださいよ!」

 

「ふぇっ!? そ、そんな、夜のお世話なんてまだ……えと、任されてません、けど……」

 

「『まだ』!? まだって言いましたよギル様このメイド! 狙ってるぅ……ギル様の夜の専属メイド狙ってるよこの娘ぇ……!」

 

「ね、狙ってって、そんな、ギル様の……きゃっ」

 

「あざとい! あざといですよこの女ァ! 気を付けてくださいギル様っ。こういうおしとやかっぽいのに限って酒癖悪かったりするんですよ! 酒飲んだらエロくなったり!」

 

 壱与はシエスタがお気に召さないようで、かなり食いついている。言葉遣いもだんだん最初の頃のとがっていた壱与に戻ってきているようだ。

 

「その辺にしておけって、壱与。酒癖の辺りは完全に言いがかりだろ」

 

「だぁってぇ……うぅ。……謝ります、メイドさん。ごめんなさい」

 

 反論しかけた壱与だが、それでも根は良い子だ。すぐにシエスタにぺこりと頭を下げた。

 そんな壱与を再びなでてやると、くすぐったそうに笑う。

 

「ふひひぃ……」

 

「えぇと……と、特徴的な……方ですね?」

 

「いいんだぞ、シエスタ。変態だなって言っても」

 

「そ、そんな! 本当のことでも言ってはいけないことがあるってお母さんにも言われてますので……!」

 

「あ?」

 

「えっ?」

 

「えっ」

 

「あっ」

 

 驚いてそちらを見る壱与と卑弥呼と俺、そして口を押えるシエスタ。

 ……空気凍ったぞ。

 

「……いや、ま、その辺の話はまた今度で。……次は厨房に顔を出しておこうか。コックのマルトーがかなりいい人でな。気に入ると思う」

 

 そういって、俺たちは食堂へと向かうことに。

 シエスタが見送ってくれるのにかみつこうとする壱与を抑えつつ、鯖小屋を出る。昼も過ぎたことだし、厨房も落ち着いていることだろう。

 

「そういえばその丸藤(まるとう)ってどんな奴なのよ?」

 

「……マルトーな。気の良いおやじって感じの人だよ。料理の腕がピカイチでな。俺の食材を使って食事を作ってもらうこともあるんだ」

 

「おっさんか……女じゃないなら大丈夫ですかね」

 

「なに判定出してんだ壱与は」

 

 謎の『○』と書かれた札を上げた壱与は、うんうんとうなずく。なにそれ。どっから出したん?

 鯖小屋を建てたところから厨房はほど近く、少し歩けばすぐに厨房へたどり着く。いつものようにどったんばったん大騒ぎはしていないので、今は落ち着いている時間帯なのだろう。

 

「マルトー、いるかー?」

 

「あん? この声は……ギルじゃねえか! 今日もまた別の嬢ちゃん連れてんだな! お前さんがモテるのは知ってるけどよ、ウチのシエスタのことも可愛がってやれよ?」

 

「やっぱあのメイド……お手付きじゃないですか!」

 

「違うぞ!?」

 

「なんだよ、もう可愛がってやってんのか。それなら安心だぜ。……泣かすなよ?」

 

「だから違うんだって! そんなに信用無いか!?」

 

「いや、逆に信用ありすぎなのよあんた。村娘と言いつつあんな顔よし器量よし胸よしなメイドがあんた専属なんて知ったら、だいたいの奴は『あ、手出してるんだな』って思うわよ」

 

 なんだその変な信用。俺そんなに無節操に見えるのか?

 

「見えますよ?」

 

「見えるっていうか、事実じゃない」

 

「ぐへぇ」

 

 二人の口撃(誤字ではない)にぐぅの音も出ない俺を見て、マルトーががっはっはと笑う。

 

「いいじゃあねえか! 『英雄色を好む』っていうしよ! 幸せにできる力持ってるんだから安心だ!」

 

「マルトー、そんな、他人事みたいに……」

 

「他人事だからな! はっはっは!」

 

 ……この料理長はこれだから……シエスタを任せられている身として、そんなこと言わないでいただきたい。

 

「……って、当初の目的忘れるところだった。マルトー、こっちがキャスターとバーサーカー。二人とも、挨拶して」

 

 俺の紹介で、二人が前に出る。

 卑弥呼はともかく、男が苦手だった壱与も成長したものだ。俺との交流で苦手なものを一つ克服してくれたのだと思うとうれしい。

 

「わらわがギルの最高の右腕、キャスター。名前は卑弥呼よ。どっちで呼んでも構わないわよ」

 

「えっ!? なんですかその称号! 壱与聞いてない!」

 

「言ってないもの」

 

「むきー! 絶対霊基破壊して座に戻してやります! そしたら私がクラスチェンジしてキャスターに……!」

 

「なれるの?」

 

「なれませんけど?」

 

「……しっぺ」

 

「あひぃん! 急にご褒美!?」

 

「……バーサーカーの壱与っていうんだ。こういう子なんで、あんまり真に受けないで半分聞き流すくらいでちょうどいいと思う」

 

 くだらないこと言い始めたので、お仕置きついでにマルトーには俺から紹介を入れる。

  

「おう! そういうのは貴族の坊ちゃんたちで慣れてるから大丈夫だ!」

 

「貴族っていうか王女なんですけど。……ふぅん。でも、良い設備してますね」

 

 壱与が厨房へ入り、中の設備を見て回り始める。

 『ふーん、へー、ほー』とか言いながら、何に納得してるのか、うなずいてこちらに戻ってきた。

 

「これなら、ギル様のお口に入れても問題ない料理が作れますね。良しとしましょう、丸藤(まるとう)

 

「お、おう? ……なんてーか、お前の仲間に変なのがいるのは慣れたつもりだったが……もっと変なのいるんだな」

 

「あー、まぁ、否定はしないよ」

 

「ギルー。そろそろお暇しておいた方がいいんじゃない? 邪魔になってもいやよ」

 

「それもそうだな。……マルトー、邪魔したな」

 

 結構失礼なこともしちゃったなー、という気持ちを込めての謝罪だったのだが、この程度はいつも貴族に食事を出しているマルトーからすれば可愛いものらしい。がっはっはと笑って「次は飯でも食って行けよ!」なんて寛容なことを言ってくれた。……ありがたいことだ。

 

「よし、それじゃあ色々回ってから、マスターの部屋で帰りを待とうか」

 

「いいわね。あんたのマスターがどんなやつか、見てやろうじゃないの」

 

「きっと幼児体系ですよっ。ギル様はたぶんこれからも巨乳のマスターには当たらないと思うので!」

 

 なにそれ。呪いなの?

 「あー……」という卑弥呼の納得したような声に、妙な恐怖を覚えるのだった。

 

・・・

 

「……で、この二人が新しいサーヴァントなわけ?」

 

「そうそう。キャスターとバーサーカー」

 

「ばーさー……狂戦士!」

 

 マスターが壱与を見て後ずさった。クラス説明の時にバーサーカーは理性を失う代わりに能力値を上げるクラスだと説明したからか、俺を盾にするように隠れてしまった。おぉ、こういうところは身長も相まって小動物みたいで可愛いな。

 かくかくしかじかとバーサーカーと言えど理性は保っていることを説明し、「ほんとに? 噛まない?」と別ベクトルの怖がり方をしているマスターと壱与を仲介してやったりして、時間が経っていくにつれて普通の変な子だと分かったのか、会話ができるようにはなってくれた。

 

「っていうかキャスターって魔術師……あんたのところでいうメイジよね? ……こんな格好してるのねぇ」

 

「いや、魔術師が全員こんなかっこはしてないんだけども……」

 

「失礼な小娘ね……」

 

 ほへー、と卑弥呼を見るマスターに、壱与がジト目でつぶやく。

 

「これでサーヴァントが五体か……俺は問題ないけど、マスターは大丈夫か? 気分悪くなったりしてないか?」

 

「え? 別に問題ないわよ。あんたを召喚してから今まで、変化はないもの」

 

「それはよかった。……そういえば詔は思いついたか?」

 

「うぐ」

 

「え。まさか……」

 

 俺の質問に気まずそうに眼を逸らすマスターをさらに見つめてみると、「だって仕方ないじゃない!」と着火してしまった。

 

「詩的な表現なんて思いつかないし……セイバーに聞いたら変に色っぽいことしか言わないし、アサシンのはなんか怖いし……ジャンヌは、ほら、芋っ子でしょ?」

 

「芋っ子!? え、皆さんの私のイメージ芋ですか!?」

 

「……派手な感じではないよね」

 

「素朴っぽくていいと思いますよ、私は」

 

「武将、王族に女王に王女、って来たらねえ? ちょっと派手さでは負けるわよね」

 

「いいじゃない、芋娘。ギル様もたまにはフルコースよりも素朴なお味噌汁を召し上がりたいときもあるでしょうし」

 

「みなさんのイメージひどい! これは風評被害ですよ! 無辜の怪物スキルと同じですよこれは! 私がほっぺたもちもちで駆逐艦みたいな顔になったのも絶対その所為です!」

 

 確かにジャンヌはちょっと一人だけ作風違うというかルーラーやアベンジャーのジャンヌとはちょっと違う感じするけど(胸含む)も、セイヴァージャンヌも彼女でとてもいい子なのだ。ちょっとおっちょこちょいでドジっ子属性もあるが、それを補って余りある心優しさがある。

 まぁ、それを某作家の無辜の怪物扱いするのは無理あるけど。

 

「じゃああんたはなんかいい表現思いつくわけ? 魔法の四属性への感謝を詩的に表現するわけだけど」

 

「う。……えっと、火は、お料理に必要です……?」

 

「水は?」

 

「んと……お、お洗濯?」

 

「風」

 

「風が吹けば桶屋が儲かる……?」

 

「なぜことわざ……? 最後、土」

 

「豊かな土壌は豊作の要!」

 

「最後に村娘出てきたわね……」

 

「すっごい生き生きしてますわ……」

 

 全員のため息をよそに、ジャンヌは言い切った満足感を表すようにむふー、と息を吐いている。なんでこんな胸張れるんだこの子は……。

 

「……とりあえず! ジャンヌもあてにならないことがわかったわね」

 

「だな。……気分転換でもあればいいんだけど……」

 

「気分転換……お散歩でも行きます?」

 

「上空とかどうでしょう? ギル様のお舟であれば行けますよね?」

 

 いけるけど……アルビオンから帰ってきたばかりのマスターが空を飛んで気分転換できるかと言われれば首をかしげざるを得ないな。

 現に少しだけマスターは苦笑しているし……。

 

「その気持ちだけ受け取っておくわ。……ありがとね」

 

 少しだけ顔を赤くしたマスターが、俺たちを見回していった。

 彼女はあの旅から、少しだけ素直になってくれたようで、こうして気持ちを言葉にしてくれるようになったのだ。

 

「ま、あんまり根を詰めすぎてもいいのは浮かばないだろう。……あ、そうそう、この本でも読んでみたらどうだ?」

 

 俺はそういって、宝物庫から一つの本を取り出す。以前借りておいた、詩的な表現が学べそうな本だ。

 マスターはしばらく表紙を見て、そのあと中をぺらぺらと捲り、中を確認すると、少ししてその本を閉じ、机の上に置いた。

 

「ちょっと読むのに時間かかりそうだから、明日にするわ。とりあえず私は食事に行くけど……あんたたちは?」

 

「ああ、もう晩飯の時間か。一旦俺たちは鯖小屋の方へ下がることにするよ。一旦全員集まることにするから、何かあったら鯖小屋に来てくれ。その間は自動人形をつけるよ」

 

 あんまり目立たないように、アサシンモードの侍女になってしまうが。学院内だし、サーヴァントが攻めてくることも可能性は低そうだ。油断はしないが……それでも、サーヴァントが全員そろって色々と話もしたいしな。これからのこと……あの、逃げられたワルドとランサーのことを、話し合わないとな。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:キャスター

真名:卑弥呼 性別:女 属性:秩序・善

クラススキル

陣地作成:A+
魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。
『工房』を上回る『神殿』を形成することが可能。
その中にいる間、彼女の真名、容姿などの情報は決して判明しない。

道具作成:C
魔術的な道具を作成する技能。甲羅の割れ方で行方を占える道具などを作れるが、結構眉唾。

保有スキル

カリスマ:A
大軍団を指揮する天性の才能。人間として獲得しうる最高峰の人望といえる。
邪馬台国を女性の身ながら治め、戦乱を収めた才覚。

鬼道:B+
卑弥呼の使用する魔術と似た技術。霊的存在に魔力を使用して依頼することにより、様々な奇跡の行使を可能とする。
霊的存在に依頼するだけの魔力が必要なだけなので、かなり省エネ。卑弥呼はシャーマンであったのではないか、という説から、かなり親和性は高いため、成功率は高い。

神性:A
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
卑弥呼の場合、天照大神と同一なのではないかという説より、神霊適正は最高クラス。

能力値

 筋力:E 魔力:EX 耐久:E 幸運:B 敏捷:D 宝具:EX

宝具

『合わせ鏡:金印』

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:? 最大補足:?

卑弥呼の習得する『第二魔法』が宝具化したもの。平行世界を銅鏡を介して覗き見ることによる擬似的な未来予知、数多ある世界を自分に接続し、無制限の魔力運用など、応用の幅は多岐にわたる。
鏡を辺り一面に散らばせ、そこから魔力光線を発射することが可能。ただし、上限は約百枚まで。


『■■■■:■■■』

ランク:EX 種別:? レンジ:? 最大補足:?



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第二十二話 更に賑わう者たち。

「しっかし、大所帯になったわねー」「だなー。セイバー、アサシン、キャスター、バーサーカー、セイヴァー……俺含めて六人かー」「あと一人で聖杯戦争、あと八人で聖杯大戦が出来るわね。……んぅ? なにこれ。……うわ」「? どうしたんだ卑弥呼、そんな俺の前マスターが黒化したみたいな……うわ」

「ギル様ー? 卑弥呼さまー? ……どこいったんですかー? うぅ、壱与、虐められないと生きてる実感なくて寂しくなっちゃってその辺の関係ない建物とか消し飛ばしたくなっちゃ……あ、いた。……し、死んでる」「死んでないぞ」「死んでないわよ」「うわ、びっくりした。……ちっ。卑弥呼さまの脈を確認するふりをして頸動脈ちぎろうとしたのに……」「ちぎるって言ったぞ、この子」「諦めなさい。生前からよ」「あ、そういえばどうしたんですか、こんなところで倒れて」「……これ、読んでみなさいよ」「? あ、これあの人ですよね、ギル様の前のマスターのゆ……うわ」

――数時間後、仲良く重なり合って気絶した三名が発見された。


それでは、どうぞ。


「これで、全員か」

 

 鯖小屋のリビング。一番広く取っているそこには、かなり大きめのテーブルが置いてある。席はかなり多くおいてあるが、さらに椅子を追加すればもっと人を座らせることができる。ここには結構力を入れたので、今いる知り合い全員が座ってもまだまだ余裕があるほどだ。

 そこに座るのは、俺のほかにジャンヌ、謙信、小碓命、卑弥呼、壱与のサーヴァントと、シエスタと自動人形の一人。計八人が、テーブルに座っていた。

 

「え、えと、その、私は……いても大丈夫なんでしょうか……?」

 

「はいっ。シエスタちゃんはギルさんの専属メイドさんですし、この鯖小屋の管理人みたいなものですから!」

 

「ええっ!? そうなんですか!?」

 

「そうですよね、ギルさん!」

 

「んん!? あ、ああ、そう、そうだな!」

 

 完全に初耳だったが、ジャンヌの純粋な瞳に押されてうなずいてしまった。……まぁ、この世界の拠点なんだし、管理人はこちらの世界の人間のほうがいいだろう。

 

「……そこの芋煮会は放っておくとして」

 

「とりあえずあのにっくきYARIOを探し出して座に返しましょう。……ボクの宝具なら、一撃だよ」

 

「あー、あのビジュアル系の……」

 

「壱与ああいう系苦手なんですよねぇ。眩し過ぎるところが特に。自分から近づいてくる太陽ってめっちゃやばいですよ」

 

 妙な会を作られて勝手にメンバーにされているジャンヌとシエスタをよそに、サーヴァントたちがランサー……カルナについて話し合う。

 小碓命はあの時俺と一緒に裏をかかれたからか、直接戦ったからか、この中では一番闘志を燃やしているようだ。……君の宝具についてはちょっと制限あるから、ちょっと考えてくれよ?

 

「っていうか太陽に関する英霊でヤバくないのいないですよね? ……ね?」

 

「なんでわらわ見るわけ? ……ん、まぁ、やばいけど」

 

「っていうか小碓命さんは直系ですよね……?」

 

「よく考えたら私凄いのと共闘してるんだなぁ……」

 

 小碓命、卑弥呼と壱与の古代トリオを見て、謙信が一人煤けた瞳をする。

 ……あっちはちょっと時間かかりそうだな。

 

「ジャンヌ、今のうちに聞くけど……この中で、正面から一対一でカルナに勝てるのはいると思うか?」

 

「……んと、全力なら、ギルさんと……私だと思います」

 

「まぁ、その場合はジャンヌの第三宝具まで開放しないといけないからなぁ……」

 

 あれはあんまりジャンヌも使いたくない最終手段。……やっぱり、ジャンヌと謙信に前面に出てもらって、卑弥呼と壱与と俺が後方から火力を発揮、小碓命にはトドメを刺してもらうというのが一番理想だな。……それができるかはわからないけど。

 

「これ以上召喚する予定はないけど……なんか必要な英霊いる?」

 

「……ライダー枠の人がいてくれれば一番ですねぇ。大量輸送できるような大空ぶっ飛びガールいましたっけ?」

 

「今のところ俺の宝具で代用はできてるからなぁ」

 

 もし別行動しなければならないって時じゃないとなぁ……。

 

「あーっ、そっちだけ仲良ししてずるいですよぉっ!」

 

 そういって、壱与が俺の腕に飛び込んでくる。あー、軽いなぁ、こいつは。……うん、最盛期があのくらいの年だったから今もこれなんだけど、ちょっと不安になるレベルだ。

 

「それで、どうするのよ。新しいやつ呼ぶの?」

 

「いや、今のところはこのままで大丈夫だと思う。……呼ぶにしても、ライダークラスかなーって結論が出たところだ」

 

「ふぅん。……そこの侍女にはなんか付けなくて大丈夫なの?」

 

「あっ、わ、私ですか!? 私のことは、その、お気になさらず!」

 

 急に話を振られたからか、シエスタはわたわたと手を振って立ち上がった。

 ……今のところは自動人形だけでもなんとかなっているけど……もしこれ以上シエスタみたいな子が増えるようなら、ランサークラスの召喚を考えるとしよう。

 

「今のところは話すのはそれくらいよね? ……なんか食べる? 久しぶりに腕振るうわよ?」

 

「あっ、ずっこ、ずっこいですよ卑弥呼さま! ギル様、壱与も作れますよ!」

 

「うん? なんだなんだ、次は料理の腕を見せるところかい? ふふ、良いよ、ここいらで伴侶としての実力を示しておくのも悪くない」

 

「……料理……料理は、ボク、その……できない……かも」

 

「うー、お料理なら……あっ、シエスタちゃんとのコンビで行きます!」

 

「が、頑張りますっ!」

 

 マスターも食事をとっているころだろうし、こちらも食事にしよう。一応わずかながら魔力に変換できるし、人間として食事をとるというのは精神衛生上大切だ。なので、余裕があれば食事をとることを基本としている。

 みんな乗り気みたいだし、いただこうかな。ついでに俺も一品作るとしよう。なに作るかなー。

 

・・・

 

 ジャンヌさんとお料理を作る、となったとき、私の脳裏に出てきたのは、お父さんから教わった、ヨシェナヴェ。これなら、多い人数で囲んで食べるにはちょうどいい量になりそうだ、と思ったので、それをジャンヌさんに伝えてみる。

 

「ヨシェ……うん? 寄せ鍋?」

 

「? どうしました、ジャンヌさん」

 

「いえ……聞き覚えが……ま、まぁ、とりあえず作ってみましょうか!」

 

 そういって、ギルさんに材料をお願いするジャンヌさん。それを聞いたギルさんも、何を作るんだ? と首を傾げた。

 ……そ、そんなに変なものかしら。だいたいどんなお野菜も入れられるし、みんなでわいわい食べられるし……あっ、で、でも、ギルさんは元々王様だったと聞いています。そんな方に食べさせるにはちょっと地味かしら……?

 

「あ、シエスタちゃんが思ってるような『ギルさんのお口には合わないんじゃ……』みたいなのはないんで、安心してください」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そうなんですよ。ま、とりあえず作りましょう! 今回はシエスタちゃんが主役! 私はサポートに徹しますね!」

 

 そういって、ぐ、と両手を拳にしたジャンヌさんが「何からやります?」と声を掛けてくる。

 

「ええ、それではお野菜を食べやすい大きさに――」

 

 とにかく、全力を尽くそう! 素材はギルさんの『宝物庫』産。あとは、調理の腕が試される。

 ……ぎ、ギルさんの専属メイドとして、恥ずかしくないヨシェナヴェづくり! 頑張ります!

 

・・・

 

「……これは」

 

 出来上がったのは、卑弥呼と壱与の鯖の味噌煮、謙信の小松菜の胡麻和え、そして――。

 

「シエスタちゃんチーム! ヨシェナヴェ……寄せ鍋です!」

 

 ジャンヌがどん、と置いたのは、土鍋に酷似した鍋に様々な野菜や肉、キノコが詰め込まれた……うん、ぶっちゃけ寄せ鍋である。え、シエスタもこの世界の人じゃない可能性?

 

「これ、シエスタちゃんのお父さんが教えてくれたらしいですよ。……どういうことか、気になりますね」

 

「……確かに。今度、確か連休あるよな。ほら、アンリエッタ姫が結婚する関係で」

 

「ええ、ありましたけど……」

 

 ジャンヌの答えに、俺はこれからの予定を一つ決めた。

 

「……シエスタ」

 

「は、はいっ!」

 

「君のご両親に挨拶がしたいんだけど、今度の連休ちょっと早めにとって故郷に帰れたりする?」

 

「はい! もちろ……ふぇっ!? りょ、両親に挨拶って、ギルさん、その……!」

 

「うん? いやほら、俺の専属になってくれてるわけだしさ、その件の報告とか、聞きたいことがちょっとあるんだよね」

 

「そ、それって、わ、私を貰ってくださるとかそういうアレですか――!?」

 

 シエスタの言葉に、そういわれるとそうだな、とうなずく。

 シエスタのご両親にも、これからは学園ではなく俺個人にやとわれることになるが、給金や待遇に変わりはないこと、安心してほしいことを伝えないとな。

 

「あっ、ばか、そういうこと言うとまた変な勘違いが……!」

 

「え?」

 

「――きゅぅ」

 

「えっ、おい、あれ、シエスタ!?」

 

「……あー……卑弥呼さま、ちょっと遅かったみたいですね」

 

 ぽふ、となぜかふらついたシエスタを、壱与が椅子で受け止める。……サーヴァントになっても筋力値が最低の壱与としては、女性一人と言えども受け止めにくいのだろう。なんて非力なんだ……。

 

「……ま、いいわ。どうせお手付きになるんだろうし、大きな意味じゃ間違ってないわね」

 

 卑弥呼に大きなため息をつかれたが、え、なんだよ。なぜ俺をそんな、生前の時みたいな目で見るんだ……!?

 シエスタについて聞いてみるも、問題はないということしか教えてもらえなかった。しばらくすると元に戻ったので(頬はまだ少し赤かった)、食事をとることに。

 

「ちょっと問題もあったけど……今度の休みの予定は決まったな。マスターにも伝えて……あー、マスターも来れるなら誘うか。こういうのハブられたら拗ねそうだし」

 

「あー、そういうとこありそうですね」

 

「その場合はあの褐色メロンも誘わないとうるさそうじゃないです?」

 

「となると、あの青い子も誘っとかないと。独りぼっちは寂しいもんね」

 

「そこまで行くなら金髪の男子も誘わないとですね。一番うるさそうですよ?」

 

「じゃあ結局いつものメンバー全員だな。ま、来るかはわからないけど」

 

 その日の夜。マスター含む全員にシエスタの故郷……タルブ村に来るかどうかを聞くと、全員イエスと答えてくれた。マスターは詔を考える関係で早めに休みを取れるらしいが、他の子たちはどうするんだろうか……。まぁ、その辺はなんとかできるんかな。貴族の学校だし、何か用事があるなら休みを取れるとか……?

 ま、その辺は彼らが上手くやるだろう。それよりも、これから旅行準備だ。城下町でも城でもない、この世界における平民の村……楽しみだ。

 そういえば、キュルケがなんか変な笑みを浮かべてたな。……なんか企んでる、みたいな……。

 

・・・

 

 ――ここは、話し合いが終わった後の鯖小屋のリビング。

 少しの明かりだけが、俺と卑弥呼を照らしている。

 卑弥呼から「あの神のことで話があるんだけど」と言われ、こうして二人、別に集まっていた。

 

「それで、話って?」

 

「……こんだけ引っ張っておいてなんだけど、わかったことってあんまないのよ」

 

「それでも、わかったことを教えてくれないか。あの神様に何が起きてるのか」

 

「多分だけど、あの神様はなんかに攻撃されてるわ。……それが何か、まではわからないけど」

 

 その言葉に、うなずく。自分からキャラを変えた……にしては、途中の苦しみようが不可解だ。何者かからの攻撃に対して、防御するための殻としてあのような人格を作り出したのだろう。

 

「あんたの蔵から神を縛ったり神を変えたりするものが無くなってるのは、たぶん攻撃した側も攻撃された神側も両方が利用してるから……だと思う」

 

「なるほど……」

 

「で、私たち召喚されたサーヴァントの共通点としては……神に関係したなんかを持ってるってことかしら。……神性はもちろん、逸話としてだったりね」

 

 ああ、啓示とかそういう類のものか。確かにそうだな。

 

「あとは……あれよね。あの神に攻撃っていうか干渉した『何か』だけど……んー、多分……あれよね。系列が違うわよね」

 

「系列?」

 

 俺が首をかしげると、卑弥呼はえーとね、と前置きして話し始める。

 

「ほら、日の本とかギリシャとか、色んな神話体系があるわけじゃない?」

 

「ああ」

 

「国が違って、民族が違っても、神話ってある程度モチーフとか元にしたものは同じになってくのよ。太陽とか月とか、夜空に浮かぶ星だとかね」

 

 その通りだ、と頷く。太陽だけでも数十柱。月に星座に動物に、色んな神様が色んな神話に出てくる。

 

「でもね、たぶん……違うのよ。その、違う神だとか、神話ってわけじゃなくて……そもそも……なんていうんだろ。んーと」

 

 唇に人差し指を当てて、卑弥呼は悩み始める。どうやらうまい言葉やたとえが浮かばないのだろう。しばらく悩んでから、渋い顔をして口を開いた。

 

「そーね、乱暴なたとえだけど……地球の人間じゃない……宇宙人が考えた、みたいな違い。……わかりにくいか」

 

「いや、ある程度はそれでわかるよ。……認識というか、発想の違いみたいなもんか。感性が違う……存在が違う?」

 

「あ、それが一番近いかも。神とも英霊とも、人間とも違う……『何か』みたいな」

 

 卑弥呼自身もよくわかってい無いようで、手を叩いて理解を示しながらもまだすべてがわかっていないからか、渋い顔はやめない。

 

「……気持ち悪いわね、このなんもわかってないのに振り回されてる感じ。……取り合えず、今は召喚したあの子の……ちょっとまって」

 

「うん?」

 

 何かに気づいた顔で、卑弥呼が考え込む。しばらくしてから、俺に視線を向ける。

 

「あんた、召喚されたのよね?」

 

「ああ、そうだよ」

 

「……んと、あんたを召喚して、わらわたちも召喚して……なんで無事なの、あの子」

 

「ああ、魔力の話か? それなら、神様が持ってくれてるからだよ。なんでかはわからないけどさ」

 

「神で魔力を持ってる? あの子が召喚したのに?」

 

 驚く卑弥呼に、俺は今回召喚される前。神様から今回の召喚を持ち掛けられた話と、その条件を話した。

 神妙な顔をしてその話を聞いていた卑弥呼は、しばらく唸って、口を開いた。

 

「あの子が召喚したっていうより、召喚させられたって感じね」

 

「そうだな。それは俺も思ったよ」

 

 唐突に俺の座にやってきて、マスターを進級させるために召喚されて欲しい。そして、その契約が終了するときまで守れというのが今回の神様のお願いである。

 その時には召喚の際の魔法陣、魔力、つながりのためのラインなんかを、すべて神様の方で用意するという高待遇。そこに疑問は持ったものの、情報を貰う前に『予定が早まった』と召喚されてしまい、そのあとは神様が変質してしまったので高待遇の理由は聞けていない。

 

「そこに理由がありそうね。あんたをあの子に召喚させないといけなかった……? そこまでしないといけない……ものがあの子に?」

 

「確かに他の魔法使いとは違うっぽいけど……爆発させるのが上手な感じで……あぁ、でもワルド……ランサーのマスターは、マスターに何かを感じたらしいな」

 

 伝説の使い魔のルーンだか何だかの話をしていたな。それも伝えると、さらに顔を顰める卑弥呼。情報を頭の中で整理しているのだろう。

 

「伝説の使い魔ぁ? ……それが守る理由? ……ってのはちょっと弱い気がするわね。んー? わらわたちが考え付かない理由? あの子にそれ以上の何かが……いや、それこそ考えが違う? 逆に考えるのよわらわ……。理由があるのはマスターじゃなくサーヴァント……ギルにある? 召喚させなければいけなかった? なんで? 神と一緒にいると巻き込まれるから? それがわかってた? ――ギルを逃がした?」

 

 卑弥呼がハッとした顔をする。

 

「あんた、座からは分霊じゃなく本体が来てるのよね?」

 

「そうなるな。生まれが特殊な英霊だから、そのまま本体で召喚に応じてるって聞いたぞ」

 

「……推測になるんだけど……」

 

 そう前置きして、卑弥呼は自分の考えを話し始めた。

 『俺を召喚する少女が現れた、その少女を守るために召喚されて欲しい』と言われたが、それは建前。本当の目的は、『何か』の襲撃を知った神様、もしくはその上の存在が、それに対処させるため、もしくは襲撃してくる『何か』をやり過ごすために、俺をマスターの下へと逃がすのが目的だったのではないか、というのが卑弥呼の推測だった。

 時間軸から外れているのが英霊の座だが、さらにそこから外れた神様の『領域』の一角に存在している俺の『座』は、確かに神様に何かあれば俺にも影響があるかもしれない。……そういえば、俺の座……黄金領域の方は行ってなかったな。呼び出されなければそこへはいけない卑弥呼達にも、現状はわからないといわれた。

 

「……だけど、神様自体はそのことをわかってはいなかったと思うけどな……」

 

 俺が召喚されるという案件を持ってきたのは確かにあの神様だったけど、理由についてははぐらかされていた。さらに上から頼まれたっぽい感じだったけど……。

 

「何回かサーヴァントと戦ったのよね?」

 

「ああ。こっちで見つかったマジックアイテム……『聖杯』の所為だと思ってたけど……」

 

 それも違うのだろうか。……うーん、謎が本当に多いな。

 

「……ま、今わかってるのはこの程度ね。……ね、今日はもう何もないのよね?」

 

「ん? ああ、もうあとは寝るだけだな。みんなには必要ないだろうけど」

 

 はは、と軽く笑うと、卑弥呼ががたん、と立ち上がった。

 

「……じゃ、久しぶりにしましょうよ。……ね?」

 

 肩をちらりと見せる卑弥呼に、おおう、と思い至る。

 

「んしょっと。こうして卓に乗って誘うと、生前思い出すわね。……ふふっ」

 

 ……こうして、俺の夜の予定に『寝る』以外の選択肢が生まれることとなるのであった。……その、とっても良かったです。

 

・・・

 

 ある日の昼下がり。キュルケとの何度目かのお茶会の時。

 シエスタの故郷、タルブ村へ行くマスターたち貴族組は、前回の密命の件もあり、早めの休みをとれたらしい。キュルケが嬉しそうに報告してくれたので、間違いはないだろう。

 なので、行く日にちを決めようとすると、キュルケはあるものを取り出してきた。

 

「早めに休みを取れたから……これ、行ってみない?」

 

「なんだこれ?」

 

「宝の地図よ! 一攫千金ってロマンよね!」

 

「ほー……」

 

 確かに古ぼけているし、なにやら暗号らしきものも書いてあるようだ。

 けど……『アタリ』はあるんだろうか……? それを聞いてみると、キュルケは嬉しそうに俺を見て笑う。

 

「そこはほら……ダーリンの黄金律で!」

 

「……何で知ってるか……はマスターあたりだな。あとでデコピンするとしよう」

 

「ステータス? の幸運ってやつも高いんでしょう? だったら、私が買ったこの地図でも、一個二個くらいは何か出てきそうじゃない?」

 

「んーむ……ああ、このあたりとかはタルブ村行く途中に通るな。……ま、いくつか行ってみるか。じゃないとあきらめないだろ、キュルケは」

 

「ふふっ。さっすがダーリンっ。私のことわかってるわね!」

 

 キュルケは、それに、と続ける。

 

「いくらかお宝を見つければ、ダーリンも貴族になれるかもしれないし! そしたら、本当に私のダーリンになれるわよ? ……ふふ、私、そういうの好きなのよ」

 

「貴族に?」

 

「ええ。この国は確かに平民が貴族になんてなれないけど、私の国、ゲルマニアは別よ。一定の金額さえ納めれば、誰でも貴族になれるの」

 

「ふぅん。……ふぅん?」

 

「あ、あら? ダーリン、笑顔なのに顔が怖いわよ?」

 

 キュルケに言われて、おっと、と頬を軽くたたく。変な顔になっていたようだ。

 

「だから、お宝を見つけて一攫千金! そのお金でゲルマニアで貴族位を得て……そうして、私と結ばれる! そういう、困難を乗り越えて男女が結ばれるっていうのが好きなのよ~」

 

 そういって、頬杖をついたキュルケは物憂げにティーカップを持ち、中の紅茶をくるくる回す。

 

「ダーリンは元王ってこともあってそういうマナーとか振る舞いもわかるでしょうし、貴族になってからもさらに上り詰められると思うし」

 

「んー、そこまで食い込むつもりはないけど……宝さがしっていうのはロマンあるな」

 

 デルフリンガーみたいな、この世界特有の宝剣みたいなのあったりしたら嬉しいしなぁ。

 よし、宝さがしも予定に入れるとしよう。……うんうん、ちょっと移動期間が延びるけど、問題はないな。

 

「よし、これとこれ……あとはこれも行ってみようかな……あれ?」

 

 あんまり文字はわからないけれど、これは……タルブ? タルブって書いてあるな。

 

「あ、そうそう。これね、最終目的地のタルブ村にもあるらしいのよ。詳しい名前とかはわからないんだけどね」

 

「ふぅん……なんだろ。気になるなぁ」

 

 ま、結局行くからわかるだろ。

 選んだ宝の地図をキュルケに渡して、お茶を再び楽しむ。

 

「それじゃあ、宝さがし楽しみにしてるわね!」

 

 最後に、そういってキュルケが去っていくのを見送って、俺は中庭を後にするのだった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:バーサーカー

真名:壱与 性別:女 属性:混沌・狂

クラススキル

狂化:E+
耐久のパラメーターを少しだけ強化するが、通常時はその恩恵を受けることはない。
恩恵を受けたとしても『ある人物からの痛みを快楽に変換する』くらいしか恩恵はない。――恩恵と言っていいかは疑問な上、元々持っている性質(性癖?)なのだが。

保有スキル

カリスマ:C
軍団を指揮する転生の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
カリスマは稀有な才能で、小国の女王としては十分といえる。
若くして女王となったことや、結構嫌々だったことから若干低くなっている。

鬼道:A
卑弥呼に教えられ、彼女も鬼道を行使することが可能。
卑弥呼ほどの親和性は無いが、それでもそれなりに成功率は高い。

神性:B
神霊適正を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
卑弥呼と同じく天照大神だとも、その娘だとも言われているが、明確な証拠は無い。

予知:A
鬼道、宝具の銅鏡を合わせて使用することによって、彼女は自身の知りたい未来を見ることが可能。
その応用として、未来を見続け、時間軸を一周することによって擬似的な過去視も可能とする。

能力値

 筋力:E 魔力:A+ 耐久:D 幸運:C 敏捷:E 宝具:EX

宝具

『合わせ鏡:銅鏡』

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:? 最大補足:?

卑弥呼と同じく、彼女の習得している『第二魔法』が宝具化したもの。鏡を介し、予知や魔力の無制限行使を可能とする。
……通常の聖杯戦争では決して起こりえないことではあるが――この先の情報は破損して読み込めないようだ――が起こる。

『■■■■:■■■』

ランク:EX 種別:? レンジ:? 最大補足:?



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第二十三話 塞ぎこむより進んでいこう

「……あの、ほら、そんなところでいじけてないで、一緒にご飯食べましょうよ。ね?」「……王族怖い。貴族怖い。スパイも怖いし神性持ちも鬼種持ちも怖いし何だったら女の子全員怖い」「え、ボクも?」「あ、じゃあその、ボクとかも……怖いですか?」「……男の娘……そうか、女の子が怖いならそっちが……」「でもそっちゾーンにデオンくんちゃんさんがいるわよ?」「男の娘も怖い! っていうことは人類全部怖い!」

「……なんでギルさんは人類に恐怖抱いてるんです?」「ほら、前に人たらしと性別不詳のスパイにハメられてハメることになったらしくて……」「あー……」

「たいちょー! ということは王族じゃないし貴族じゃないしスパイじゃなくて神性も持ってなくて鬼種も持ってない上に人類じゃない私はどうでしょうか!」「……月の民……アリだな」

「ちょ、あれぐやさんの一人勝ちになりますよね! 黄金領域全域のサーヴァントに告げます! みんなでご主人様を励ましますよ! これは、人類史の……人理を守る戦いです! ある意味!」

……このくだらない人理の危機は、二日くらいで収まりました。


それでは、どうぞ。


出発の日。この日のために用意していた馬車に乗り込み、俺たちは宝さがしの旅兼タルブ村へのあいさつへと出発した。

 

「こんなに大きい馬車まで入ってるのねぇ……」

 

「馬は流石に入ってなかったから借りたけどな」

 

「四頭引きって言ったら凄い渋い顔されたけどね」

 

 そこは許してもらいたいところだ。大きくなればなるほど馬力が必要になるのだし。本当は四頭でも重さ的にはぎりぎり引けないのだが、そこは宝物庫に頼った。『馬を強化する』なんて単純な効果を持った道具なんて、宝物庫には万単位で入っているのだ。物理的には四馬力にしか見えないが、神秘的にはその数百倍だといっても過言ではない。空は流石に走れないが、それ以外では神牛レベルで引いてくれるだろう。今回はそこまで速度を必要としないので、最低限の強化にとどめたけど。

 さて、話は変わるが今向かっているのは最初の目的地である、『ブリーシンガメル』なる首飾りが眠るとされている寺院跡だ。……宝物庫に『黄金炎の首飾り(ブリーシンガメン)』っていう凄い語感の似てるやつあるんだけど、それとは別かなぁ。

 

「んー、地図からするとこっからは徒歩のほうがいいかもなぁ。オークが出るらしい」

 

「殴苦?」

 

「オーク。伸ばす感じだよ。……字面的には間違ってなさそうだけど」

 

 貴族たちが統治する土地と言えども、その貴族が住む土地から遠くなれば遠くなるほどそこの住民はないがしろにされやすい。

 今から行く寺院があった場所も、元々は村があったのだとか。その村にオークがやってきて、村の自警団程度では相手にならず、かといって領主が兵士を差し向けてくれるかというと距離的にあり得ない。そういうことがあって、その寺院がある村は放棄されたのだが、その時に神父が寺院のチェストに隠したとされるのが……。

 

「その『ブリーシンガメル』ってわけか」

 

「……ほんとなのぉ? それ、災厄を退けるとか言われてるんでしょ? オーク来てる時点で退けられてないし、そもそもそんな効果あるなら神父もってくでしょ」

 

 マスターがキュルケからの説明を確認した俺に向かって、ジト目で聞いてくる。……と言われてもなぁ。

 

「おっと、オークだ」

 

 だん、と音を立てて飛んで行った宝具が、オークの頭を吹き飛ばす。その音でぶひぶひ寄ってきた別のオークを、また宝物庫からの射撃が襲う。こうして、歩いては寄ってくるオークを宝物庫による半自動射撃で壊滅させながらも、目的地の教会までまっすぐ進んでいく。

 

「……いやー、すごい光景ねー」

 

「これだけのオークが一瞬も耐えられずに壊滅とは……」

 

「そりゃそうでしょ。あんたらはステータス表なんて見たことないかもしれないけど、こいつの宝物庫ってかなりやばい性能なのよ」

 

 後ろの学生組が、左右を彩るオークの死体を見ながら顔を青くしている。まぁ、一撃で頭だけ吹っ飛ばしたから、あんまり気分悪くはなってないみたいだけど。

 

「お、先行してたアサシンが帰ってきたぞ」

 

 前方から、いつも通り白い服に身を包んでいるアサシンが走ってくるのが見えた。あの子には地図を持たせ、先行して安全を確かめてきてもらっていたのだ。

 

「ただいま戻りました、主っ」

 

「どうだった?」

 

「目的の教会は朽ちていましたが、大きく崩れてはいないようでした。中の探索も可能でしょう。あの巨大な豚の化け物も何体かいましたが……これを見る限り、なんの問題もないですね」

 

 そういって、アサシンは周りのオークの死体を見てうなずいた。

 

「さ、行きましょうか」

 

・・・

 

 その日の夜

、俺たちはシエスタの料理を食べながら、たき火を囲んで今日の成果の確認をしていた。

 

「それで……これが今回の狙いの『ブリーシンガメル』ってわけかい君ぃ」

 

 胡坐をかいて座っているギーシュの手には、真鍮でできたボロボロのネックレスが握られている。すぐそばの地面には、チェストから見つけた同じくボロボロな銅貨やらが入った木箱が置いてある。まぁ、マスターの予想通り、教会のチェストにはお宝と言っていいものはなく、あったのは数枚の銅貨、そして真鍮製のアクセサリーが数点。

 どう見ても、魔力的な加護のあるものではないし、オークの群れを突破してこれでは、割に合わないとギーシュが憤るのも当然だ。

 詰め寄られてる側のキュルケはつまらなさそうにつめの手入れをしているし、タバサに至っては本を持って完全に自分の世界に入ってしまっている。

 

「まぁ、全部が全部『当たり』なわけはないわよねぇ。これの中には『もしかしたら本物があるかもしれない』ってだけなんだから」

 

「俺の黄金律と幸運でも、流石にキュルケが見つけてきたものまでは働かなかったかぁ」

 

 そういって、ギーシュと同じく胡坐をかいている俺は、膝の上を枕にしているマスターの頭を撫でながら苦笑した。俺本人でも血のつながった身内でもない状態だと流石の黄金律も働かないようだ。

 ちなみに寝ているマスターだが、チェストからガラクタしか出てこなかった時点で「だから言ったじゃないの」と唇を尖らせて拗ねはじめ、シエスタの作ってくれたご飯を食べ終わった時点でこうして寝てしまった。……前回の旅で少しはこういうことに抵抗がなくなったのか、下に少しクッションを置いただけで眠れるようになったようだ。……用意していたこの対人宝具(偽)の『人をダメにするクッション』の出番はもう少し先かなぁ。まぁ、今回使わなくても学院に帰ってから使えばいいか。

 

「グギギ……この子娘ぇ……ギル様のお膝を枕代わりとかなんてうらやま……ねたま……うらめし……ええと、罰当たりな!」

 

「本心全然抑えこめてないじゃないの、あんた」

 

「逆に聞きますけど卑弥呼さまは平気なんですか? 壱与はバーサーカーになってるとか関係なく狂いそうですけど。……! ……はっ!」

 

 卑弥呼に問いを投げかけていた壱与は、急に何かに気づいたような表情をした後、手元の木の枝を両手でつかんで、気合の声と共にへし折った。

 

「す、すごい……これがバーサーカーの狂化スキル……! こんな壱与でも木の枝が折れるなんて……!」

 

「え、あんたこんな小枝も折れなかったの?」

 

「まぁ、カブトムシと戦って五分五分くらいだったので」

 

「よくあんた天寿を全う出来たわね」

 

 壱与と卑弥呼の邪馬台国組は『どのカブトムシまでなら戦えたか』を話し始めてしまったので、横に座るシエスタに話を振ることにした。

 

「シエスタ、料理ありがとうな。おいしかったよ」

 

「ひゃいっ!? あ、そんな、食材も道具も宝物庫からお貸しいただけたものですし、私のしたことなんてその、アリよりも小さいことですわ!」

 

「それでもだよ。誰かのために何かをしたのなら、感謝されてしかるべきだ。……魔術で結界を張ってるから、安心して寝るといい」

 

「だ、ダメですっ。ご主人様が休まれてないのにメイドの私が休むなんて……!」

 

「いや、それ言うなら俺睡眠いらないからシエスタ寝れないぞ。……ほらほら、命令だ、命令」

 

 そういって、シエスタを強引に休ませる。

 キュルケやギーシュたちも、各々寝る準備は終わっているみたいだ。

 ……ちなみに、寝る場所については村の教会を使わせてもらっている。雨風はなんとかしのげるし、朽ちていない部屋も見つけたので、そこをキャンプ地として寝床の整備をした。

 

「その、それではお先に失礼します」

 

「おう、お休みー」

 

「あら、シエスタは寝ちゃうの? ……なら、私も寝ちゃおうかしら。タバサ、どうする?」

 

「……見張り、いらない?」

 

 キュルケに声を掛けられたタバサは本を下して、首をかしげる。

 そんなタバサに、俺は一つ頷いて、問題ないことを伝える。警報が鳴るだけの簡易なものとはいえ、一応結界は張ってあるし、俺たちサーヴァント組は寝なくても問題ない。だから、寝ずの番ぐらいは引き受けられる。

 

「遅く起きてていいことはないからな、君たちくらいの年だと特に。……ついでだ。マスターも連れて行ってやってくれ」

 

 マスターを見て、キュルケは魔法を唱える。『レビテーション』だ。これを使えば、女の子でもかなりの重量を運べるらしい。……基本貴族しか使えないから、工事現場なんかで活躍することはあんまりなさそうだけど。

 全員が部屋に入っていったのを見送ると、周りをサーヴァントに囲まれていた。

 

「おお? どうした?」

 

「聞きましたよギル様! 卑弥呼さまとまぐわ……魔力供給したって!」

 

 少しだけ頬を赤くした壱与が、俺を問い詰める。てへ、とでも言いたげな卑弥呼を横目で見るに、情報源は卑弥呼本人のようだ。

 

「隠語にすることによって普通の言葉もやらしさ感じちゃうよね。魔力供給(意味深)みたいな」

 

「っていうか壱与ちゃんに言葉を濁すなんて大人の対応できたんですね」

 

「確かに。ギルのことに関してならほんとバーサーカーになるからね、この子は」

 

「……壱与さんは、やらしいんですね」

 

「はぁぁぁぁ!? いつの間に攻撃の矛先壱与になってんの!? あれ!? ここは卑弥呼さまを攻め立てる場面ですよね!? あっ、ギル様は私を責め立ててくださ……!」

 

「しっぺ」

 

「あっひぃぃぃん!? あっ、イっ……ふぅ」

 

「……ぶれないわねぇ」

 

「性欲の獣ね。……この場合はビースト扱いでいいのかしら、この子」

 

「人類悪扱いはやめてやれよ。流石に人類に迷惑はかけてないだろ」

 

 対俺用英霊なだけで、壱与はただの可愛い女の子なのだ。

 

「それにしても、この宝の地図……どれも外れっぽいわねえ」

 

「だなぁ。……俺のスキル『コレクター』も『黄金律』も反応しないし」

 

 まぁ、シエスタの故郷、タルブ村へ行くのが主目的だから、こっちで何も見つからなくてもキュルケは満足するだろうけど……。

 

「さ、そろそろ一休みしよう。……たぶんなんも来ないと思うけど」

 

「賊とか……も寄り付かないですよね、オークのいるというところなのですから」

 

 ジャンヌが傍らに旗を置いて、くあ、とあくびをする。

 それを横目に、俺はそのままごろんと寝転がる。サーヴァントやっていたより、王をやっていたより、一番旅人であった時間が長い俺は、こうして地面の上で眠るのも慣れたものだ。……まぁ、最悪ベッドとか出せたし、一時期やさぐれてた時期なんかはベッド使い捨てとかしてた。あれは黒歴史である。

 

「右横ゲット」

 

 寝転んで昔の黒歴史を思い出していると、するりとアサシンが俺の右手を抱いていた。……添い寝か? 別に構わないけど……。

 

「あっ、ずるいわよ小碓! ……わらわ左横ゲット!」

 

 なんてことをしていると、卑弥呼が非難するような声をあげつつも左手側に滑り込んできた。両手に花である。……アサシンは花でよいのだろうか。

 

「えっ、あっ、二人ともずる、え、私も君と寝たい……上ゲット」

 

 ぼふん、と俺の体の上に飛び乗ってきたのは、謙信。……甘えたがりなのは変わらずか。

 ジャンヌは突然の出来事に驚いてワタワタするだけだし、壱与はまだしっぺの余韻に浸っているのか、女性にあるまじき顔で涎を垂らしている。

 

「なっ、皆さんずる……私の場所なくないです!?」

 

「……下とか?」

 

「壱与さん枠!?」

 

「土の中?」

 

「お芋枠だった!」

 

「……みんな寝てるんだから静かになー」

 

 最終的に我に返った壱与が「? 全員でギル様の肉布団になればいいのでは?」とかまじめな顔してアホなことを言い、そこからヒントを得たのか、ジャンヌが「あ、じゃあ私は膝枕しますね!」と俺の頭の所で足を崩して座ってくれたので、遠慮なく膝枕をしてもらうことに。

 余ってしまった壱与は、俺の周りをぐるぐる回りつつ、場所を探すが……まぁ、流石にここまで周りを囲まれては空き場所はあるまい。

 

「あ、あれ? ほ、ほんとに壱与の場所ない感じです?」

 

「……俺の下の土の中が空いてるらしいが」

 

「挟まれると隣の世界行っちゃうんですよ壱与は!」

 

「え、第二魔法ってそんな精神のヴィジョン的なものなの?」

 

「……思い出しなさい、ギル。壱与はバーサーカーよ」

 

「ああ……」

 

 言外に「ほっとけ」と言われたので、そのまま寝ることにした。

 ……っていうか圧迫プレイとかやったことあるはずなんだけど……。あ、いや、その、安全面には配慮した圧迫プレイだよ? 強化ガラスで挟んだりはしてないよ?

 

「……覚えてろよォ……」

 

 修羅の顔をして卑弥呼を睨む壱与は、とりあえず放っておくことにした。……帰ったら構ってやらんとな。

 

・・・

 

 あれから、いくつか地図の場所へ行ってみたものの、大きな収穫はなく、最後の方にはキュルケですらやる気をなくしていたほどだ。

 

「はぁ~……ほんっとなんもなかったわね~」

 

「だなぁ……これがこの数日間の成果かぁ……」

 

 俺の手には、今回の旅で見つけたガラクタの数々が入った木箱が。

 価値にして……あー、価値はなさそうだなぁ。店に買い取ってもらえないタイプの中古品だよ、これ。逆に引き取りのための料金が必要になるやつだ。

 

「これで、あとはタルブ村だけかぁ」

 

 最後に残った地図を見ながらつぶやく。道中シエスタに聞いた話によると、タルブ村にあると言われているのは『竜の羽衣』というもの。なんと、シエスタのひいおじいちゃんのものらしく、それを使って東の土地から来たのだとか。だが、タルブの村の人たちが「飛んでみろ」と言っても言い訳をして飛ばなかったので、村人からは信じられなかったらしい。だが、そのひいおじいちゃんは村で働き、お金を稼いでその『竜の羽衣』に『固定化』の魔法までかけてもらうよう依頼するほど、いれこんでいたらしい。

 『竜の羽衣』以外ではとても良い男性だったらしく、結婚し、家族を持ち、最後はタルブ村で命を終えたとのこと。

 

「……なんというか、不思議な話だな」

 

「そこまであからさまだと本物っぽいですよね」

 

 ジャンヌがくすくすと笑う。

 

「ま、それも確認してみればいい話だ。……よし、今日はタルブ村まで行くぞー。今からなら、日が暮れる前にたどり着くだろ」

 

「りょーかいです! 行きますよー!」

 

 シエスタと共に御者席に座るジャンヌが、はいよー、と気の抜けた声で馬を走らせる。流石は村娘。とっても様になっている。一応騎乗スキルはあったはずなので、不安はない。……ランク的に言えば謙信のほうが上手いけれど。

 

「そういえばキュルケ、今回のお宝探しはどうだった? 満足できたか?」

 

「んー? そーねぇ……ダーリンと一緒に旅ができた、っていうお宝を見つけられたから、今回は満足かしら?」

 

 そういって、キュルケは俺にしなだれかかりながら、その綺麗な指先で俺をつつつ、と妖艶に撫でる。……凄い技術だ。「とりあえず寝てるベッドに潜り込んであとは流れで」みたいな誘い方してくるウチの三国志最強英霊に見習わせたいほどの。

 

「あーっ! こら、私の使い魔に手を出すなっての!」

 

 キュルケに抱き着くように止めにかかったのは、我がマスターである。ちみっこい体を全力で使い、キュルケを俺から引きはがそうと頑張っている。

 

「……揺れる。うるさい」

 

 本から視線だけを向け、じとりとにらんだタバサは、つい、と杖を振るう。

 

「わっ」

 

「ひゃっ!?」

 

 突然吹いた風に、二人は馬車の座席から転げ落ちて尻餅をついてしまっていた。……あ、紫とピンク……。うん? いや、なんでもないとも。ただ、今日のラッキーカラーはなにかなぁ、と思い立っただけだよ。それだけだってば。

 

「あいたたた……ま、最後のお宝がもしインチキだとしても……そういうのを求める好事家っていうのはたくさんいるのよ」

 

「……強かだなぁ……」

 

 こういう子だけど、キュルケはたぶんいい奥さんになるだろう。家計的な意味で。

 

「っていうか、シエスタは持ってっても大丈夫みたいなこと言ってたけど……ほんとに大丈夫なのかねぇ……」

 

 そんなことを思いながら、俺達はタルブ村まで向かうのだった。

 

・・・

 

 タルブ村に到着したとき、かなりの騒ぎが起こった。

 そりゃそうだ。貴族四名に神性持ち四人、聖女がシエスタと共に帰ってきたんだから。

 貴族にまずびっくりして村長が呼ばれ、その村長がジャンヌを見て腰を抜かし、小碓と謙信を見て跪き、壱与と卑弥呼を見て祈り始め、俺を見て村人たちが俺たちを囲み、わいのわいのと騒ぎ始めた。この感覚は久しぶりである。これは……そう、旅の途中で休息にはいったとき、目覚めたらいつの間にか休息状態の俺を神体として、新たな宗教団体が出来てた時と同じ感覚である。

 

「シエスタには七人も弟妹がいるのか……おっと、頭に乗るのか? うむうむ、いいともいいとも」

 

 シエスタを含め八人の兄弟らしく、シエスタは長女。下の子たちの面倒を見ることになれているらしく、それがメイド仕事にも表れているのだろう。

 

「さて、一休みしたなら『竜の羽衣』を見に行くかー」

 

「あ、はい! 道案内をしますね!」

 

 村から少しだけ離れたところに、その寺院はあった。

 ……なんというか、見たことがあるというか……。……んお?

 

「これは……シエスタ、これが『竜の羽衣』なのか?」

 

「え? はい、そうですけど……?」

 

「……そう、か」

 

 なら、シエスタのひいおじいちゃんっていうのは、たぶん……。

 

「シエスタ、その髪と目、ひいおじいちゃんに似てるって言われないか?」

 

「! その通りです! ……でも、どうしてそれを?」

 

「……『海軍少尉佐々木武雄 異界ニ眠ル』」

 

「む、それって」

 

 『竜の羽衣』の近くにあった墓石に書かれている銘を読む。シエスタが言うには、ひいおじいちゃんが自分で用意した墓石なんだとか。

 俺の呟いた言葉に、謙信が反応する。

 

「『異界』って言葉、それに『海軍少尉』って肩書……」

 

「んむ? あ、今情報来た。っていうかこれ不便ねぇ。聖杯と違ってあんたからの情報しか来ないから」

 

「壱与的にはギル様からの情報が脳内に直接来るなんて脳内も支配されてるみたいでとっても嬉し……あ、うれ、うれし……」

 

「……そういえば、犬って嬉ションするんだよね、いや、今は関係ない話だけどさ。……関係ない話だけどさ?」

 

 もじもじしている壱与を見ながら、謙信がなぜか犬知識を俺に教えてくれる。……それ、もしかしてあっちに駆け出して行った壱与に関係ある?

 

「……壱与さんの名誉のために黙っておいてあげるよ」

 

「それほぼ答え言ってるようなもんよね?」

 

 謙信の言葉に、半目になりながらツッコミを入れる卑弥呼が、話を元に戻すように視線を『竜の羽衣』とその傍らにある墓石に向ける。

 

「で、これがその『佐々木武雄』の乗ってた」

 

「ああ、確か、名前は『零式艦上戦闘機』……『ゼロ戦』だな」

 

 それが、目の前にある『竜の羽衣』の正体だった。

一応これに関する英霊は知り合いにいるものの……別に、宝具というわけでもないな。霊基が消滅した後にも残る宝具っていうのは一応あるけど……それだと次はシエスタの存在がわからなくなるしな。英霊なら、子供は残せないし。……いやほら、俺はスキル『終わらない叙事詩』持ってるし……。え、もう一個? いや、あれは呪われた装備というかスキルというかなので……。って、俺は誰に言い訳を……。

 

「それで? そのゼロ戦がなんでこんなところに?」

 

「さぁ……シエスタ、このひいおじいちゃんの日記とか残ってないか?」

 

「は、はい! ちょっと聞いてきますね!」

 

 そういって去っていったシエスタから目線を外して、再び墓石を見る。

 

「……んぅ? なんだろこれ」

 

 謙信が、墓石の裏に何かを見つけたようだ。……どうしたんだ?

 

「これこれ。なんか、大きいくぼみと小さい窪みが……片方は取っ手っぽいね」

 

 そういった謙信が指さした場所を見てみると、確かに取っ手らしき部分と、それよりも大きな窪みが見える。

 ……?

 

「お待たせしましたぁっ!」

 

 サーヴァント組でなんだこれ、と頭をかしげていると、シエスタがなにやらもって帰ってきた。

 

「ひいおじいちゃんの残したものは、あの『竜の羽衣』以外にはこれだけみたいです」

 

 そういってシエスタが手渡してくれたのは、古びたゴーグル。……? なんだこれ、変な光り方をする……。?

 

「んあ? なにこれ、変な術かかってる……?」

 

「変な術?」

 

「うん。こっちの魔法っぽいけど……」

 

 そういって矯めつ眇めつする卑弥呼は、首をかしげながら壱与を蹴る。……かなりのキックである。筋力Eとはいえ、相手は壱与。なぜか「はんぺんっ!?」と叫びながら吹っ飛んだ壱与は、ゴロゴロ転がってから立ち直る。

 

「なにごとぉっ!? って、卑弥呼さまの蹴りですか。んむぅ、なんかあんまり愛を感じないので、ギル様っ、卑弥呼さまに見本を見せるために壱与をお蹴りくださいっ! さぁ!」

 

「……謙信、しっぺ」

 

「えー、私がぁ? ……まぁ、やるけど。しっぺ!」

 

「あぐぅっ!? 筋力Cのしっぺやべえ! 見てくださいギル様っ。これっ。腕赤くなるどころじゃないですよっ。紫! 紫色してる! 壊死!? 壊死してます!?」

 

「してないしてない。これ光の加減で紫色に見えてるだけだから。そんな強くできるのはあそこにいる旗振り芋ゴリラだけだよ」

 

「なんですかその無駄に語呂の良い貶し言葉! もしかしなくても私のあだ名ですよね!?」

 

 宝具の効果で三ランク筋力がアップする上に魔力放出で際限なくゴリラになれるらしいので、俺が絆を結んでいるサーヴァントの中では上位に食い込むレベルでゴリラなのである。

 ジャンヌは納得でき無いようで発言者である謙信に詰め寄るが、謙信にとってその程度はそよ風のようなもの。適当にあしらっているのが見えたので、こっちはこっちで壱与と話をすることにする。

 

「で、壱与? これ、なんかわかる?」

 

「んあー? あー……なんだろこれ。変なのぉ。わかんないこともないけどぉ……」

 

「なによ。変に嫌がるじゃない」

 

「……卑弥呼さまは、『これすっごいおいしいから!』って言われたからってナマコ素手で捕まえられます?」

 

「あ、いや、ほら、そういうのはわらわの仕事じゃないし」

 

「……んもー。あ、ギル様のナマコなら全然素手で行きますよ! むしろ何だったら美味しくいただきますとも!」

 

「お前人の股間にあるものを海洋生物扱いするんじゃない」

 

 目線が下に向く壱与の頭を軽くたたいてから、話の続きをする。

 

「……まぁ、そんな感じなんですよ。『やれないことはないけどちょっとやだ』みたいな?」

 

「それは……けどまぁ、ちょっと我慢して探ってくれよ」

 

「ギル様の頼みなら喜んでー!」

 

 そういって、ゴーグルを銅鏡の上に置く壱与。そして、なにやらぶつぶつとつぶやくと、ゴーグルが光り始める。

 

「これ、なんかのメッセージを残す魔術……? んー? あ、鏡に映しますね」

 

 ふわり、と光が銅鏡へ移ると、その銅鏡に文字が映り込む。

 

「なになに? 『コノカラクリニ気付イタ者ヘ。コノ異国ノ地ニテ、私ノ後ニ迷イ込ンダモウ一人ト一機ノ場所を記ス』……だって。読みずらいから変換しますね。もうちょい長そうだし」

 

 そういって、壱与が銅鏡に手をかざす。すると、波紋のようなものが広がり、文字が読みやすいように変換されていく。

 

「にしてもこれ、最初の文を見るにここに来たのは佐々木さんだけじゃなさそうですね。……なんで隠したんだろ」

 

「さぁ。ま、続きを見ればわかるだろ」

 

 そういって、俺は銅鏡の文字を追っていく。いつの間にか、銅鏡の周りにはキュルケたちもやってきていた。

 

「ちょ、見えづらいじゃないツェルプストー!」

 

「いいじゃないの。それにしても、こういうのワクワクするわね! もしかしたら本当の財宝の位置だったりして!」

 

「そういえば、父にこの墓石の話をしたら、遺言を残していたそうで。なんでも、『あの墓石の銘を読めるものが現れたら、そのものに『竜の羽衣』と遺品を渡してくれって」

 

「ほう……」

 

「一応拝んでる人とかもいるんですけど、村のお荷物だったりして……父もギルさんが必要なら持っていって構わないと言ってました!」

 

 それから、とシエスタは話を続ける。

 

「あと、銘を読めた人にもう一つ伝えてほしいことがあると言っていたらしいです。『『竜の羽衣』を、なんとしてでも陛下にお返ししてほしい』と。……どこの陛下なんでしょうね?」

 

「……それは」

 

 ……おそらく、その陛下とは――。

 

「いや、だが、返すことを約束しよう。……必ず」

 

 異世界にて何もわからず、けれどただひたすらにこの機体を残した彼に敬意を払って、祖国と『陛下』の下に返すことを誓おう。

 

「……さて、続きを読んでいこうか」

 

 銅鏡の続きには、「『竜の羽衣』の座席後方。通信機。その底に、手がかりを残す」と書いてあった。

 

「座席の後方? 小碓、見てこれるか?」

 

「お任せください!」

 

 俊敏な動きで座席に上り、ハッチを開いた小碓命は、そのまま座席後方、通信機が置いてあるらしい場所へと潜り込んでいった。

 しばらくガコガコ音がした後に、ひときわ大きく何かを破壊したような音が聞こえ、小碓命が飛び出してくる。

 

「……破壊はしてません。ちょっと硬くて、外すときに大きな音がしただけです」

 

 俺の考えていることが分かったのか、小碓命はそういって俺にはい、と一つの箱を渡してくれた。

 

「これだけ素材も何もかも違ったんでわかりやすかったですね」

 

 確かに、渡された箱は木で作られたなんの変哲もないものだ。……だからこそ、あの近代兵器の中では不釣り合いだったんだろうけど。

 

「中身は……手紙と……なんだこれ」

 

 中には、手紙と、謎の物体。

 手紙には、佐々木氏がこちらに来て数十年後、また別の機体がやってきたこと、その人物を知っていたため、こちらに迷い込んだことを説明したものの、その機体も動かなくなってしまったため、お互いに帰還は不可能。それを知った彼は、機体を佐々木氏に預け、そのまま「帰る手段を探す」と言い残し、どこかへ去っていったという。

 

「『残した機体の名は『紫電改』。乗っていた人物の名は――『菅野直』と言う』」

 

 それが、二機目の『竜の羽衣』の名前と持ち主だった。

 

・・・




「『性欲の獣・Hビースト1』! 壱与!」「『独占の獣・Hビースト2』! 迦具夜!」「『嫉妬の獣・Hビースト3』! 小碓命!」「『騙欺の獣・Hビースト4』! フランス仮面!」「『不変の獣・Hビースト5』! えと、洛陽仮面、です!」「『平穏の獣・Hビースト6』! ご、ゴリラ、仮面……!」「『■■の獣・Hビースト7』! 土下座仮面!」

『七人揃って! ビーストレンジャー!』


「……なにアレ」「あんたに対して『要求したいけど言ったら困らせる』欲望を表に出した獣の姿らしいわよ。ちなみに匿名希望の奴は仮面つけてるわ」「……いくつか常に表に出てる獣性があるんですけどそれは……」「その辺はほら、モノホンのビーストだって一つ現れたら連鎖的に顕現するでしょ? それと同じよ」「……っていうか頭についてる『H』って何?」「そりゃあんた、決まってるでしょ。っていうか、あんたとかわらわならすぐにわかるわ」「……?」「『HENTAI』の頭文字の『H』よ」「……人類史は、一度やり直した方がいいのかもな……」


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第二十四話 去りにし者たち、再び集う

「一度生を終えたものが、再び集う……聖杯戦争以外でそんなことが起こるなら、きっとそれは人類の……人類史の危機だけでしょうね」「そういうこと言うのやめてくれ。お前が言うとシャレにならなさそうだ」「あ、こういうの思いついたんですけどどうでしょう。隊長の召喚権を使用する権利を売るんです。えーと、値段的には……この虹色でとげとげした綺麗な石四つ……いや三つで!」「なにその石。え、欠片もあるの? ……粒もあるの!?」「なんか聖なる感じがしますねえ、この石。……やってみます? 召喚ガチャ」「言わないようにしてたのに言っちゃったよこの子」「あ、サーヴァントしか出てこないので、ある程度良心的ですよ! ……出てきたのが隊長以外に従うかはわからないですけど。令呪なしで頑張れ!」「あ、そこはサービスされないんだ」「はい! 『召喚する権利』を売るだけなので!」「……壱与とかヤバそう」


それでは、どうぞ。


「菅野直? それがもう一人の異邦人というわけですか」

 

 謙信がそうつぶやくと、マスターが「ナオシ? 変な名前」といつも通り不機嫌そうにつぶやいた。

 

「で、手紙と一緒に残されてたこれだけど……」

 

 箱よりも二回りほど小さい長方形の物体を取り出して、いろんな角度から見てみる。……だけど、材質が石であることと、うっすらと魔力を纏っていることくらいしかわからなかった。文字が彫ってあるようなこともないし、手紙にもこれのことは書いてなかった。

 

「……なんなんだ、これ」

 

「ちょっと見せてみなさいよ」

 

 そういって、マスターが俺の手からその物体を奪い取る。

 同じように手元で見ていたマスターは、険しい顔をして首をかしげる。

 

「んー? ……これ、なんか見たことあるような」

 

「本当か!? 流石マスター!」

 

 しばらくそのまま目をつぶり考え込んだ様子だったが、はっとした顔をして、墓石へと向かった。

 

「この窪みよ! なんか大きさ的にピッタリよねと思ってたの!」

 

「えー? ちょっと小娘。そんな暗殺者の信条みたいなからくりが……」

 

 そういって小馬鹿にするように笑う壱与をよそに、マスターが墓石の裏側、謙信が発見した大きな窪みにその手の物体をはめ込んだ。

 

「……ピッタリじゃない」

 

 奥まではめ込むと、薄くその物体が光り、がこん、と墓石から音がした。

 

「完全に何かの仕掛けが解除された音よね、これ」

 

「壱与ちゃん、そろそろ謝る準備しといた方がいいんじゃない?」

 

「えっ、これ壱与謝らないといけない案件ですか? え、マジ?」

 

 それから、マスターは取っ手のような窪みに手を掛けて、上にあげようとする。

 

「ん、んぅー!」

 

「重いだろマスター。俺が変わるよ」

 

 マスターと変わった俺が取っ手を持ち上げると、簡単に持ち上がった。

 

「……これは……地図だな」

 

「ここまでやってようやく地図ぅ? 遠回りが好きな人だったのねぇ、あんたのひいおじいちゃん」

 

 いや、しかし魔力を感知できて、なぞ解きをしないと分からないような仕掛けを作るなんて、相当凝っている仕掛けだなぁ。いやまぁ、隠してるものの価値的に仕方のないことなんだけれども。

 

「……よし、これを見るに……あっちだな」

 

「お宝の確認にいきましょうか、ダーリンっ」

 

「ちょっ、本当に油断も隙も無いわねあんたはっ!」

 

 そういって俺の腕をとるキュルケとそれを阻止しようとピョンピョン跳ねるマスターといういつもの光景に笑みを浮かべながら、俺たちは地図に示された場所へと向かった。

 

・・・

 

「これが……」

 

 俺たちの目の前にあるのは、森の中にある大きな洞窟。その中に鎮座する、擬装の施された紫電改の姿であった。こちらにも固定化が掛けて有るらしく、草や蔦に覆われながらも、機体自体には劣化は見られなかった。……ただ、何か着弾したのか、側部に穴が開いていた。……これでは、飛行は難しいだろう。……だが、一緒に持っていくべきだ。

 宝物庫に『紫電改』を収納し、再び『竜の羽衣』の所へ戻る。『竜の羽衣』も宝物庫へと収納し、再びシエスタの実家へと戻る。

 道中、マスターから話しかけられる。

 

「そういえば、これ持って帰ってどうするの? ……あんたが知ってるってことは飛ぶこと自体は疑わないけど……あの黄金の飛行船のほうがよくない?」

 

「ん? いや、そりゃそうだけど……俺が持っておいて、いつか、どこかで……返すよ、『陛下』に」

 

「ああ、そういえば手紙に書いてあったわね。……誰なの、その『陛下』って。知り合い?」

 

「知り合いじゃないよ。……遠い親戚とは知り合いだけど」

 

 そういって、俺たちの前を歩く小碓を見る。隣の謙信となにやら話しているようだが、二人とも前衛として警戒をしてくれているらしい。背後では、壱与と卑弥呼がさりげなくしんがりを務め、後方から何かないかを警戒してくれている。そして、俺の隣にはジャンヌ。……これはたぶん警戒とか関係なく隣にいるだけだ。現に、本を読みながら歩いているタバサに「何読んでるんですかー?」と絡んで鬱陶しがられているし。警戒の欠片もない様子だし、小碓や謙信、壱与に卑弥呼から感じる周囲を警戒する気配を感じない。感じるのはぽやーとした雰囲気だけだ。……たぶん何にも考えてないと思う。

 

「? アサシンがどうしたのよ。……え、親戚ってあいつ?」

 

「そうそう。小碓命から数えて……あれ、何代目だ……?」

 

 流石に家系図までは頭に入ってないからわからないけど……。気が遠くなるくらいには遠かったはずだ。

 

「まぁとにかく、当てはあるから安心してくれって。……何年かかるかはわからないけど」

 

 たとえ本人がいない時代に行ったとしても、『国』に返すことにしよう。

 

「そ? それならいいんだけど。……あっ、返せるからって、私の使い魔の仕事ほっぽりだしていくんじゃないわよ!?」

 

「大丈夫だって。マスターを置いてどこかに行ったりはしないさ。……安心してくれよ」

 

 そういって撫でると、マスターは少しだけ嬉しそうに目を細めた後、はっとしたように手を払った。

 こういう恥じらいのある所は大変かわいらしいので、これからも積極的にこういうことをしていこうと思う。

 

「しっ、心配なんてしてないわよっ。あんたが私の使い魔やるのは当たり前っ。当たり前のことなんだからねっ!」

 

「あら、そんな風に束縛してばかりじゃ、男は逃げてくわよー?」

 

「はぁー!? つ、使い魔に束縛とか、そんなっ、ばっかじゃな……っていうかなんであんたはギルの腕に抱き着いてんのよー!」

 

「はっはっは、許せマスター。マスターにはない感触を楽しんでいるだけだ」

 

「……は?」

 

「あらっ。ダーリンもやっぱり大きいほうがお好き? ……ほらほらー」

 

 俺の言葉に、キュルケも胸を押し当てるように腕を抱きしめた。この子も、俺と同じくマスターをからかうのが好きなようだ。

 

「……あ゛?」

 

 キュルケの言葉に、ちょっと女の子が出してはいけない低さの声を出したマスターは、す、と何かを取り出し……って、あ、やべ、マスターって爆発魔法がとく――。

 

「――死ね」

 

 周りのサーヴァントたちが、俺以外を連れて離れてくれたので、爆発の被害にあったのは俺だけに抑えられた……いやー、これからはマスターが魔法を使うほどキレないように気を付けてからかうとしよう。

 

・・・

 

「お手紙と言えば」

 

 帰路の途中、シエスタが黒こげの俺のすすを拭いながら話しかけてくる。

 

「先ほどいったん戻ったとき、学院から伝書フクロウが来てました。内容は、そろそろ学院に戻って来いっていうのと、私はそのまま休暇に入っていいっていうものでした」

 

「あれ、マスターたちも帰らないといけないのか」

 

「みたいですね。休暇前には毎回式典があるので」

 

「あー……貴族学校だもんなぁ」

 

 ならば、そろそろ帰る準備をしなければなるまい。

 

「……そういえば、あの二つの『竜の羽衣』は……本当に飛ぶんですか?」

 

 シエスタからの質問に、もちろん、とうなずく。

 

「君のひいおじいちゃんはうそつきなんかじゃなかったんだよ。……そうだな、今度それを証明するために、あのゼロ戦を飛ばしてみるとしよう」

 

 たぶん、宝物庫探せば石油くらいあるだろう。……なければ、ギーシュに錬金のレベルを上げてもらうだけだ。

 

「わぁ……」

 

「その時は、シエスタを乗せて一緒にタルブ村の上を飛ぼうか」

 

「本当ですかっ!? 約束ですよ、ギルさんっ!」

 

 キラキラとした目で俺を見上げるシエスタに、もちろんだ、と約束を交わす。

 さて、シエスタをタルブ村まで送った後は、ヴィマーナで帰るとするか。今回の冒険は、なかなか得るものの多い旅路だったな。流石は幸運高い俺だな、なんて自画自賛してみる。

 

・・・

 

 シエスタ以外の人員を乗せ、学院まで帰ってきた。

 帰り道でギーシュに話は通してあるので、とりあえず中庭に二機とも出して、詳しく見せてみた。

 

「で、どうだ? この燃料タンクにあったのと同じ燃料を錬金してほしいんだけど」

 

 宝物庫を一応探してはいるが、最古を好む英雄王の蔵だからか、古いエネルギーしかない。いや、古いっていっても核融合炉とか貯蔵真エーテルとか太陽水晶とかエンジンに合わない古代エネルギーなだけなので、たぶんエンジニアの英霊とか呼んでエンジン改造してもらえればなんとかなると思うけど……それならば、たぶん錬金してもらった方が早いと思う。

 

「んーむ……なんというか、独特の匂いだねぇ。一応試してはみるけど……もしかしたら、僕よりもミス・シュヴルーズとかに聞いた方が良いかもしれないね」

 

「あー、あの土の先生か。トライアングルって言ってたもんな。……あれ、もしかして錬金難易度高い?」

 

「少なくともドットの僕では難しいかもしれないね」

 

「そうか……いや、でも挑戦はしてもらいたい。こっちはこっちで心当たりを巡ってみるよ。……あ、この素材って作れそう?」

 

 そういって、俺はもう一機……『紫電改』の損傷部分を指さす。

 

「これをふさぎたいんだけど……どうだ?」

 

「うん? あー、こっちならまだ可能性はあるかもしれないね。……ま、どっちみち時間を貰うけど」

 

 サンプルがほしいというギーシュに、紫電改の欠片、そして小瓶に詰めた少量のガソリンを渡す。

 

「さて、それじゃあシュヴルーズ先生に……」

 

 会いに行こうかな、と言おうとした瞬間。凄まじい足音と共に、人影が。

 

「む。誰だ? すごいスピード……うぉっ!?」

 

「きみぃっ! こっ、こここっ。これは何だね!?」

 

 凄まじい勢いで俺の肩を掴んだのは、火属性の魔法の教師……コルベール先生であった。

 

・・・

 

「ほう! ほほう! これが! 空を! なんと!」

 

 俺たちがこうして見ていた中庭の近くに、コルベール先生は住んでいるらしい。……なんでも、研究が趣味だというコルベール先生は、教職員が住むための居室から追い出され、こうしてここに一人居を構えているとのこと。……うん、異臭と騒音だとそりゃそうなるよな。その二つはご近所トラブルの最たるものだし。

 そんなコルベール先生は、いつも通り趣味の研究をしていたところ、俺とギーシュがこの二機の戦闘機を前になにやらやっているのを発見し、こうして駆けつけてきたらしい。

 

「この左右の翼で飛ぶのかね!? 羽ばたくようにはできていないようだが……どうやって飛ぶのだね!?」

 

「あー、いや、燃料がないとダメなんだ。ガソリンってやつなんだけど……」

 

 そういって、ギーシュに渡した小瓶の中身を確認してもらう。

 

「ふむ……油の一種かね? うぅむ、普通の油ではないようだが……これを預かっても?」

 

「僕よりはコルベール先生の方が錬金できる可能性は高いと思うよ。たまに授業でも油を使った玩具を作ってくるくらいだからね」

 

「ああ! 愉快なヘビ君のことだね!」

 

 愉快なヘビ君? と俺が首をかしげると、コルベール先生は研究室へと案内してくれた。ギーシュはさっそく作業に取り掛かる、と言って慌てて去っていってしまった。

 

「いやぁ、研究が趣味でこうしてずっと研究室に引きこもっていてね。臭いも凄いだろう? ま、そっちはじきになれる」

 

 「ご婦人は慣れることが無いようで、その所為でいまだに独身だ」と笑うコルベール先生は、そのまま一つの装置を取り出した。

 

「これが『愉快なヘビ君』だよ。ここに油を入れて、着火の魔法で火をつければ……」

 

 そういって杖で着火すれば、連続的に爆発する油が、ピストンの要領で装置を動かし――。

 

「ほら! この通りヘビ君がこんにちわ! というものなのだよ! 私はね、これを利用すれば、もっと大きな力を発揮して、魔法に頼らずとも重いものを運んだりできると思っておるのだよ!」

 

 それは、間違いなくエンジンの原型。……凄いなこの先生。魔法至上主義とでもいうべきこの世界で、科学者として……発明家として、彼はたどり着いたのだ。

 

「……コルベール先生。あなたは素晴らしい。……この飛行機を飛ばす計画に、ぜひ参加してもらいたい!」

 

 がっしと彼の手を掴んで、俺はそういった。

 彼ほど熱意のある人ならば、きっとやり遂げてくれるだろう。

 ギーシュと同じように紫電改の破片と、ガソリンの小瓶を渡して、錬金をお願いした。あ、俺も魔術書使ったらできるかなー。……でも霊基をキャスターに寄せないといけないから、今は難しいかもなー。

 ま、お願いできることはお願いしていこう。俺にできないことも、誰かはできるわけだしな。

 

「おお! ならば私はこれの錬金にいそしむとしよう!」

 

「量が結構必要なんだ。錬金できたなら……樽が六つほど。……だから、もし錬金できたならギーシュも手伝わせてくれ」

 

 あとで、ギーシュにも言っておくとしよう。

 さて、次は――。

 

・・・

 

 こちらに来てから、それなりの日数が経っていた。トリステインやゲルマニア、俺が今世話になっているアルビオン……いや、新生アルビオンと言うんだったか。聖杯からはなぜかあまり知識も来ず、マスターであるワルドからこちらの情勢を聞いて、なんとかこちらの常識を学んだ。

 ワルドは結果として悪人であるし、あの教会で戦ったサーヴァントのマスターにも、悪いことをした。……しかし、これでも俺のマスター。俺の霊基が消滅するまで、マスターの力になってやらねばなるまい。……根っからの悪人ではないと思えるような、話も聞いてしまったしな。

 

「おい。俺はこのまま竜で出る。お前はどうするんだ?」

 

「む、その後ろに乗って守れというなら乗るが」

 

「……いや、お前はあの男……ルイズの使い魔が来た時のために待機していろ。……この船の人間には話を通してある。ある程度自由に過ごしても構わん」

 

「お前がそういうならそうすることにしよう」

 

 またあの黄金のサーヴァントと戦うことになるなら……その時は、全力で戦うとしよう。

 

「まぁ、この不意打ちならほぼ危険はないだろうが……気をつけろよ、マスター。卑怯者でも、死なれると困る」

 

「お前……一言多いんだからあまりしゃべるなと言っただろう」

 

 む、そうだったな。自分では言葉が少なくて誤解される方だと思っていたのだが……。俺はどちらかと言うと一言余計であるらしい。

 

「しかし……トリステインを責めるなら、必ずあの黄金の使い魔はやってくるだろう。俺の片腕を奪った、あの憎き使い魔が……!」

 

 そういって、ワルドは手にした杖を強く握りしめた。ぎりぎりと音がなっているが、折れたりはしないのだろうか。そこは心配するところではないか。

 

「……憎しみは、人を動かす原動力になる。だが、それを否定はしないが、憎しみにのみ寄りかかることはやめた方が良い」

 

「知った口を。……使い魔なら、言われたことのみをやっていろ」

 

 その言葉を最後に、ワルドは竜の格納庫へと歩いていった。竜騎士か……。ライダークラスなら乗りこなせるのだろうか。幻想種の龍とはまた別のようだから、俺ももしかしたら行けるのだろうか?

 

「さて、言われた通り警戒に当たるとしようか。……あの黄金のサーヴァント。奴とは、おそらくこの戦場で……決着がつくかもな」

 

 俺はそうつぶやいて、甲板へ向かうべく歩き出した。

 

・・・

 

 二つの機体は、コルベール先生が研究も兼ねて見てみたいというので、中庭に残置することになった。あの後シュヴルーズ先生にも相談してみたところ、快く協力をオッケーしてくれた。……いやまぁ、ちょっと煽てたところあるけど。「土属性の魔法ってやっぱりすごいですよね!」とジャンヌに褒め殺してもらい、マスターにも言ってシュヴルーズ先生を……というより土魔法を持ち上げまくったら、ニコニコしながら了承してくれたのだ。

 『固定化』を一旦解いて、さらにかけなおす必要もあるから、土魔法の使い手はたくさんいて困ることはない。コルベール先生……は火が得意だからちょっと違うけど、シュヴルーズ先生にギーシュ、この三人がいれば、ガソリンの精製、損傷の修復も問題ないだろう。ちょっと連絡を取れば、フーケにも協力要請できるだろうか。まぁ、その辺はぼちぼちだな。『レコン・キスタ』問題が解決しないと、フーケを呼び戻すのは難しそうだし。

 

「……ん?」

 

 フーケの話をしたからか、伝書フクロウが定時連絡の手紙を持ってやってきたようだ。こっちの伝書鳩や伝書フクロウは、ほとんど使い魔みたいなものなので、どこで放そうがちゃんと目的地に向かってくれるらしい。便利なものだ。

 えーと、何々? ……む!

 

「これは……一波乱あるかもな」

 

 手紙には『聖杯を発見。レコン・キスタが所持』と書いてあり、さらに直近のトリステインとゲルマニアの結婚式を祝うためにやってくるアルビオン艦隊が、トリステインを騙し討ちするつもりらしいことまで書いてあった。……どこで戦端が開かれるかはわからないが、警戒するに越したことはないだろう。

 

「これの乗り手がいればなぁ……」

 

「流石に軍人で女性ってほぼいないからねぇ。もっと後の時代ならともかく」

 

 ゼロ戦と紫電改の横でため息をつくと、謙信が頷きながらつぶやく。

 

「だよなぁ。……んー……って、謙信騎乗スキル持ってるじゃん」

 

「うん? あー! 確かに。ちょっと乗ってみるかな」

 

 そういって、謙信は軽やかに座席に座り、目を閉じて集中し始める。

 少しして目を開くと、何度か頷き。

 

「いけるっぽいね。あ、そういえばジャンヌも騎乗スキル持ちだよ?」

 

「いや、あの子は絶対墜落させる。っていうかさせた」

 

「え、何乗せたの」

 

「ジェット機」

 

「それは君が悪いよ」

 

 謙信がため息をつきながら、ゼロ戦から降りてくる。

 これで、燃料さえなんとかなればこれに乗れることが発覚した。……いや、もっといい戦闘機だすか……? このゼロ戦は借り物だし……あ、戦闘機も燃料ねえな。ヴィマーナとかはエンジンと燃料精製機一緒だから飛ぶけど。

 

「まぁ、これがこの世界で飛ぶものだってことを証明もしないといけないしね。佐々木さんのためにも」

 

 俺の考えを読んだのか、謙信が俺の腰をぽんぽんと叩きながら笑う。……そうだな。これを残したシエスタのひいおじいちゃんのためにも、ゼロ戦だけでも飛ばさなければならないだろう。

 

「よし、それじゃあ研究してくれてるみんなに差し入れでもしようか」 

 

 そういって、俺はいくつかの栄養ドリンクを見繕った。……うん、これなら元気になってくれるだろう。

 

・・・

 

 トリステインの王宮。そこでは、輿入れのために準備をしていたアンリエッタ姫の下に届いたトリステイン艦隊全滅の知らせに、将軍や貴族が集まって大わらわとなっているところだった。

 

「トリステインの艦隊が全滅!? 何が起こったというのだ!」

 

 本縫いが終わったばかりのウェディングドレスに身を包んだアンリエッタ姫を玉座に、貴族たちが紛糾する。特使を派遣するべきだとするもの。反撃するべきだとするもの。誤解を解くべきだというもの。全員が全員、思いついたことを叫ぶばかりであった。

 ……だが、状況は進んでいく。伝書フクロウからの文を受け取った急使が、息せき切って会議の現場へと飛び込んできた。

 

「急報です! アルビオン艦隊は降下して占領行動に移りました!」

 

「なに!? 場所はどこだ!」

 

「ラ・ロシェール近郊! タルブ草原とのことです!」

 

・・・

 

「……戦火か」

 

 眼下の美しい草原が燃えていくのを見て、少し物悲しい気分になる。

 近くの村に住んでいたらしい村人たちは、森の中へと逃げていったのが見えた。それが幸いか。

 

「む……?」

 

 妙な魔力反応に、思わず振り返った。……この膨大な魔力は……聖杯か……?

 

「あるはずはないと思ったが……俺やあのサーヴァントがいるのだ。きっと何かしらの原因はあるのだろうな」

 

 ということは、こちらの陣営に誰か増えるのだろうか。……幸い自由行動の許可は貰っている。ちょっと見に行くとしよう。

 魔力反応を頼りに進んでいくと、誰かの声が聞こえた。

 

「こっ、これは何だっ!? きゅ、急に風石が……!」

 

 風石? 確かあれは船を飛ばすために必要な魔法石だったはずだ。だが、この魔力反応はまた別の……そういうことか。聖杯がこの風石の下に隠されている。誰が仕掛けたかは知らないが……ここに来た『素質のある誰か』が英霊を呼び寄せてしまったのだろう。……この男……名前は何と言ったか。この船の艦長だか艦隊司令官だかだったはずだが……。

 まぁ、その男が『素質のある誰か』だったのだろう。そして、仕掛けた者の狙い通り、ここでサーヴァントが召喚された……。

 俺は男を落ち着かせ、令呪が宿っていることを確認すると、軽く説明をしてやった。驚いたことに、この男はあの不思議な力を使う男、クロムウェルから密命を帯び、ここでとある儀式をしていたらしい。……あのうさん臭い男が、『仕掛け人』だったわけだ。どこで知ったのやら。しかしこの話を聞くに……クロムウェルという男。おそらく背後に黒幕がいる。何かの目的を達しようとしている頭脳とでもいうべき黒幕が。

 

「……とにかく、そのその現れるサーヴァント? というのは使い魔のようなものなのだな?」

 

「ああ、簡単に言えばな」

 

「そうか。……ならば、その使い魔をうまく利用し、来るであろう脅威に対抗せよということなのだろうな」

 

 そういって、男は目の前で渦巻く魔力に相対した。そして、まばゆい光が部屋を満たし――。

 

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ……って、そっちのあんたもサーヴァントじゃねえか! ……あーん? こいつぁ……新天地かぁ!?」

 

 召喚されたサーヴァントは、こちらを一瞥すると、おそらく聖杯から来た知識からだろうが、ここが元の世界ではないことを知り、駆けて行ってしまった。マスターになった男もそれを追いかけて行ってしまったので、部屋には一人になってしまった。

 

「……あれは、召喚して良いサーヴァントではなさそうだ。……悪とか善とかではなくて……なんというか……『行き過ぎた初志貫徹』というのを感じる」

 

 監視役もかねて、俺も行動を共にした方がよさそうだ。

 二人のあとを追って、甲板へと向かった。

 外は戦火。内には英霊。この国も、色々と転換期に来ているようだ。

 

・・・




「ジャンヌ、これがジャンボジェットっていう乗り物だよ」「おー! おっきいですねぇ! こんなのが飛ぶんですか!?」「飛ぶんですよ。ま、今回はジャンヌの騎乗スキルの確認だし、俺も隣で補助するから、とりあえずやってみようか」「はい!」


「……落ちたなー」「落ちましたねー。墜落の見本みたいな落ち方しました」「見ろよ。俺もジャンヌも、霊体のはずなのに黒焦げだ」「あはは! 漫画でよくある実験失敗した博士みたいになってますね!」「……まぁ、爆発の魔術みたいなの喰らわない限り、もうこんなことにはならないだろうし、貴重な体験と言えば面白いかもな」

 ――彼は、爆発を得意とするマスターに召喚されるとは、まだ知らなかった。


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第二十五話 ニコニコしてる奴ほど怒った時は怖い

「……一位は俺の最初のマスターだな」「あー、あの人です? 私はあれかなー、迦具夜さんとか?」「あいつは怖いっていうかめんどくさいっていうか……」「んー、あとはあれですかねー」「ん?」「……後ろで引きつった笑いしてる酒呑さんとか?」「え、あ、うそ、やべっ」「逃がさへんえ? せっかくでぇとの約束してはったのに、時間になっても来ないから様子見に来たら……」「あっ、おい、神様、たすけ」「あ、私関係ない神様なんで。連れてってくださって構いませんよ」「それじゃ、貰ってくさかい」「……おーこわ。ま、死なないだろうけど、頑張ってくださいねー」


それでは、どうぞ。


 アンリエッタは、ウェディングドレスのまま玉座に座り、目の前でドタバタと走り回ったり、喧々囂々と呼ぶにふさわしい貴族たちの様子を見ていた。

 それから、自身の指にはめた風のルビーへ視線を向ける。想うのは、元々の持ち主であった皇太子が残した言葉。『勇敢に戦い、死んでいった』というならば――。

 

「失礼します! 現在の状況! タルブの村、炎上中! いまだ敵の勢い衰えず!」

 

 ――その言葉に、はっとする。

 そうだ。あの方が勇敢に戦い、死んでいったというのなら、わたくしは勇敢に戦い、そして……。

 

「――生きなければ」

 

 ぎゅ、と風のルビーを付けた手を握る。覚悟は決まった。立ち上がり、貴族たちを見回す。急に立ち上がったわたくしを見て、シンと静まり返る。

 

「あなたたちは、恥ずかしくないのですか」

 

 貴族たちが、首をかしげる。「急に何を」という顔だ。

 

「国土が、民が、攻められているのです。侵されているのですよ。ここで何かを言うより先に、やることがあるでしょう」

 

「ですが、条約を結んでいたのですよ。……きっと何かの事故だったのでは」

 

「事故などではありません! 明確な企図があり、すべてを行っていたのでしょう」

 

 そうでなければ、こんなに早くことは進んでいない。

 

「し、しかし……」

 

「このようなことを言い合っている間にもっ!」

 

 だん、とテーブルを強くたたく。思わず感情が高ぶってしまったが、そのまま続ける。

 

「民の血は流されているのです。彼らを守るのが、我ら貴族、王族の義務なのではありませんか? 危急の際に民を守るからこそ、我々はその上に君臨することができるのではないのですか?」

 

 だが、その言葉を聞いても顔を逸らす者たちがほとんどだ。

 

「……ええ、そうでしょう。怖いのでしょう? 反撃したとして、かの大国には勝ち目は薄い。敗戦後に責任を取らされるようなことは言いたくないと。……ええ、わかりました」

 

 すう、と息を吸って、一息で言い切る。

 

「私が率います。あなた方はここで満足するまで話し合うとよいですわ」

 

 そういって、部屋を飛び出す。駆けていると、不思議と体の魔力が昂るような、不思議な感覚。覚悟を決めたわたくしに、身体の魔力も答えてくれているのかもしれない。後ろから何か言いながら追いかけてくるマザリーニと、ドレスの裾がうっとおしくて、ひざ上までドレスの裾を引きちぎり、後ろを追いかけてくるマザリーニ目がけ投げる。

 

「結婚結婚うるさいですわ! あなたが結婚なさればよろしいのよ!」

 

 そう叫ぶと、魔力の高ぶりが一層高くなり……。

 ――そう! あなたはとても面白いお姫様なのね!

 

「――えっ?」

 

 思わず立ち止まる。幻聴……?

 周りを見回しても、誰もいない。

 

「……?」

 

 再び駆け出して、宮廷の中庭へ。近衛に自身の馬車を持ってくるように伝える。

 聖獣ユニコーンがつながれた馬車から、馬だけを外し、跨る。

 

「これより全軍の指揮を執ります! 各連隊を集めなさい!」

 

 そういって、ユニコーンの腹を蹴る。陽光に角をきらめかせながら、嘶いて走り出すユニコーン。

 

「ひっ、姫殿下に続けー!」

 

「殿下を一人で行かせたとなっては、末代までの恥だぞ!」

 

 後ろが再び騒がしくなったのをあえて無視して、聖獣を走らせる。

 ――あなたもきらめく馬に乗るのね! 私と同じ! だから呼ばれたのかしら?

 

「……まただ」

 

 頭の中に響く、綺麗な声。頭を振るっても、魔力の高ぶりと同調するように、声はどんどんはっきりと聞こえてくる。

 

「……なんなのでしょう、これは」

 

 ――気になるのね? そうよね! 私はあの王様のつながりから勝手に降りようとしてるだけの英霊よ!

 

「えい、れい?」

 

 ――ええ! だってあなたと私ったら、『姫』で『騎乗』してるんですもの! それに、あの王様の知り合い! なら、つながりは十分よ!

 

「つながりって何ですか? あなたは、誰なのですっ!」

 

 頭の中に流れる声に、ユニコーンを駆りながら怒鳴るように問う。その声は、楽しそうにわたくしの言葉に答えた。

 ――『ライダー』。あなたを助けようと思って王様の処から来た、ただのサーヴァント。

 

「『ライダー』。それが、あなたの名……?」

 

 ――本当の名前ではないのだけれどね! あなたが『姫殿下』と呼ばれるようなものよ!

 

「なるほど、役職名のようなものなのね……」

 

 ――ええ、その通り! 私、あなたのお手伝いがしたいの! よければ、私を呼んで!

 

「呼ぶ……っ!」

 

 手の甲に、痛みが走る。慌ててグローブを脱ぐと、手の甲に妙な文様が。

 

「これは……?」

 

 その文様が現れてから、なにやらどこかへ繋がったかのような、不思議な感覚がする。

 

「ルイズの手にあった、あの『使い魔のルーン』のような……」

 

 ――その通り! さあ、呼んで! 私はあなたの隣を走るもの。あなたと共に駆ける者!

 

「……来てくださいっ。ライダー!」

 

「――ええ! その言葉を待っていたわ!」

 

 黄金の粒子がユニコーンに乗って駆けるわたくしの横に集まり、ガラスの馬と、その馬になぜか横を向いて乗っている大きな帽子をかぶった少女が現れた。……この人が。

 

「ライダー……?」

 

「ええ、そうよ! ライダー、マリー・アントワネット! あなたの力になりたくて、押しかけちゃった!」

 

 ……それが、後にわたくしどころかトリステイン、更には世界の命運までかけた戦いを共にする、戦友との出会いだった。

 

・・・

 

 そろそろマスターも起きてくるかな、なんて思いながら窓の外から上ってきた朝日を眺めていると、どったんばったん馬で駆け込んできた急使が見えた。……学院長の処に行ってみるか、と霊体化して高速移動する。

 

「おはよう、学院長」

 

 

「んん!? な、なんじゃおぬしか。驚かせるでない」

 

 学院長室に行くと、すでに学院長のオスマンはいつも通りの様子で水タバコをふかしていた。……なぜこの早朝にここにいるんだろうか。急使が来て慌ててこちらに来るだろうと思って先回りしたつもりだったんだが……。

 

「こんな朝早くに何やってるんだ?」

 

「それはこちらのセリフじゃよ。こんな朝早くに……しかもワシの部屋だし」

 

「いや、さっき早馬っぽいのを見かけてな。何か緊急の事件かと思って聞きに来たんだ」

 

「なんじゃ、見られておったのか……。まぁ、お主なら言ってもよいか。……おそらく、戦争開始の報告じゃよ」

 

「戦争? なんでまた」

 

「ほっほっほ、空飛ぶ国土だけでは足りんかったということじゃな」

 

 ひげを撫でつけながら、オスマンは笑う。……いや、笑い事じゃない気がするんだが。

 俺がこいつやばいんじゃないかと思っていると、扉が叩かれる。

 

「失礼します! 至急の伝令を持ってまいりました!」

 

「うむ、すまないの」

 

 そういって、オスマンは伝令から手紙を受け取っていた。

 

「……やはりの」

 

「見ても大丈夫か?」

 

「む? うむ、読むと良い」

 

 そういって、手紙を渡してくれた。中身を呼読んでみると、先ほど言っていた通り、新生アルビオン王国が攻めてきたという内容であった。

 

「……タルブ村に侵攻? ……シエスタが!」

 

「む、お主の専属になったというメイドか。……そうか、故郷がタルブ村だったか」

 

「……いや、まだだ。まだ村人たちがどうなったかはわからないだろう。……助けに行く」

 

「アルビオンの艦隊は強大じゃぞ。お主が伝説の使い魔であっても……」

 

「大丈夫。……それに、俺が行かないといけない相手もいるしな」

 

 アルビオンが来るのなら、あの二人も来るだろう。ワルドと、カルナだ。あの宝具を放ったと言え、そもそもカルナはインド神話でも最強格。そもそもの戦闘力が高すぎるのだ。そんなのがもし戦場にでも立つならば、トリステインだけではない。世界の危機である。マスターに危険が及ぶ可能性があるのなら……。

 

「というわけで、ちょっと行ってくる。……マスターは置いていくとするよ。結婚式に参加する準備はさせておくけど、無期限延期って書いてあるしなぁ」

 

「……考えは変えぬようじゃの。仕方がない。話は通しておいてやるわい」

 

 そういって、オスマンは自分のひげを撫でながら苦笑する。

 

「いや、すまないな。あんまりわがままは言いたくなかったんだが」

 

「なに、お主は色々とこの学院のために動いてくれたし、王女からの密命もこなしてくれた。それを思えば、この程度我儘にもならんて」

 

 そういって、オスマンはなにやら机をごそごそと漁りはじめ、水タバコを取り出した。そのまますぱー、と何事もなかったかのように吸い始めたので、俺はそのまま退室することに。

 

「良し、まずはヴィマーナで……」

 

「主さま」

 

「うぉ、ビックリした……アサシンか。どうした?」

 

 背後に現れたのは顔を俯かせたアサシン。手には小刀を持っているので、その姿はどう見ても思い詰めて誰かを刺そうとしている女の子である。やめてほしい。状況的に前世や前前世、何だったらないはずの前前前世までの記憶を思い出してしまいそうになる。うぅ、昔刺された腹と背中と肩と足と腕が痛む気がする……。っていうかアサシンのこの小刀は宝具的に流石の俺も生き残れない。俺の対女性スキルでも抑えられない神秘強度なのだ。……いや、男の娘も俺の対女性スキルに反応するんだよ。何故か。それでも尚対処できないのだ。

 

「……ボクも、いくよ」

 

「あー、そうだな、因縁の相手だもんな」

 

「うん。……僕と、主とで、一緒に倒そう?」

 

 刃物を手に可愛らしく小首をかしげる姿を見ると、どうも死ぬほど愛して眠らせてくれない妹を髣髴としてしまう。

 

「これで二対二になるな……けど、ちょっとだけ嫌な予感もしてるんだよなぁ」

 

「……主の召喚したサーヴァント全員で行きますか?」

 

「それだとマスターも連れてかないといけなくなるじゃないか。……取り合えず部屋に行ってセイバーたちと相談するか」

 

 頷いたアサシンと共に霊体化して、俺はマスターの部屋へと戻った。

 

・・・

 

「おや、おかえり。朝も早くから大変だね。……はい、お茶。いやー、この黄金侍女たちは優秀だねー。なんてったって君の宝物庫から物を持ってこれるんだから」

 

 床に座布団を敷き、その上で正座しながら湯のみで緑茶を飲むセイバー……謙信が、俺とアサシンの分のお茶を淹れてくれる。何故かイスとテーブルが部屋の隅へ追いやられて、座布団とちゃぶ台が用意されていたので、俺たちも座布団の上へ座ることへ。胡坐をかいて湯呑を持つと、熱めの緑茶を一口。

 

「……で、その顔は何かある顔だね? あとの三人は呼ぶかい?」

 

「呼ばれずともおりますともっ。ギル様っ、座布団の代わりに壱与を下敷きにどうでしょう!」

 

「いつも通りキモイわねあんた。……ほら、芋っ子も連れてきたわよ」

 

「壱与さん、大マスターが寝てらっしゃるんですから、お静かに、ですよっ」

 

 謙信の言葉に、異なる三つの声が応える。壱与は俺の足元にヘッドスライディングをかまし、卑弥呼はそんな壱与をごみでも見るかのような目で見下しながらジャンヌの背中を押して連れてきて、そのジャンヌは小声で壱与に注意をするという数秒の出来事なのに妙にカオスな状況を作り出していた。

 とりあえず全員揃ったことだし、と話をする。帰省しているシエスタの故郷、タルブ村が戦火に包まれていること、おそらくワルドやカルナもそこにいるだろうということ。俺とアサシン……小碓命は、今度こそ決着をつけるため、タルブ村へ向かうこと。すべて伝えた。

 

「ん、なら私も君と共に行く。この身は君の刃だからね」

 

「もちろん壱与もご一緒します! ギル様がおわしますところ、壱与もあり! ですからっ」

 

「わらわは後方支援だし待機……なんて、言うわけないじゃない。わらわも連れていきなさいよ。役に立つわよ」

 

「友達が困ってるんです! 放っておけませんっ」

 

 迷うことなく、四人は自身の武器を持った。……予想していなかったわけじゃない。だが、それでも全員がこうも即決してくれるのは……なんというか、うれしいものである。個人的なリベンジに巻き込むことを謝ろうかとも思ったが、それは逆に失礼だろう。

 

「マスターの下には侍女たちを付けて、って言っても気付いたらついてきそうだよな、マスターは」

 

「あー、確かに殿はついてきそう」

 

「大主、のけ者にされたら不機嫌になるでしょうしねぇ」

 

「あれ? 大マスター、連れてかないんですか?」

 

「桃っ子にどれだけの侍女が爆破されるかしらね。帰ってきたら腕の何本かもげてたりして」

 

「悪いことは言いません、ギル様。あのマル爆、連れてった方が良いかと。お手元に置いておいた方が、守りやすいでしょう?」

 

 マスターを置いていく話をしたら、全員から反論を喰らった。……いや、確かにそうだけどさぁ……。

 

「……それに、もう起きてそこでこっそり聞いてるよ、あの子」

 

「わ、わわっ、わわわっ!?」

 

 謙信がマスターのベッドのある方向を向くと、拡張した部屋に新たに作った仕切りの向こう側から、慌てた様子のマスターが転がり出てきた。背後に手を伸ばしたままの自動人形がいるから、たぶん背中を押されたのだろう。空気を読む侍女である。

俺に気づくと、伸ばしたままマスターの背中を押すために広げていた手をサムズアップに変えて、こちらに向けてきた。……いやいや、「どうよ」じゃないよ。後で撫でてあげるけども。

 

「あいたた……」

 

 前につんのめって転んでしまったマスターが、鼻頭を赤くしながら立ち上がる。サーヴァントたち全員の視線が向いていることに気づくと、うっ、と後ずさる。

 

「な、なによぅ……」

 

「いや、なんでもないとも。殿もついて来るでしょ?」

 

 セイバーの言葉に、マスターもようやく我を取り戻したのか、いつものように腕を組んで仁王立ちして、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「当たり前でしょ! ワルドは皇太子の仇! つまりは姫様の仇でもあり、私の仇でもあるのよ!」

 

「りょーかい。じゃ、さっそく行こうか」

 

 自動人形の一人にオスマン宛の手紙を持って行ってもらう。内容としては、マスター以下サーヴァント全員でタルブ村まで向かうという内容だ。要するにその辺の調整よろしくぅ! という丸投げの手紙である。……まぁ、王とかに限らず長の仕事ってそういう調整が主だからね。その辺は理解してもらうしかないね。仕方ないね。

 

「今回は人数も人数だし、こっちのちょっと大きいので行こうか。『天宮飛翔・機械神鳥(ヴィマーナ)』!」

 

 この女子の寮上空に、光学迷彩の状態の『ヴィマーナ』が宝物庫から出てくる。速度はいつも使っている奴ほどでないし武装もないが、結構頑丈だ。宝具化したフレア・ディスペンサーが直撃しても大丈夫である。……そもそも速度でないから宝具化した戦闘機と戦ったらまず負けるけど。

 大きさ的に窓のすぐ外に出すことはできなかったので、『ヴィマーナ』から飛んできた円盤があけ放った窓の近くに寄ってくる。これに乗れば、寮の真上で滞空している『ヴィマーナ』まで運んでくれるのだ。すっごいSF。インド神話こんなの何機もあったとか怖すぎ。

 全員がおっかなびっくり乗り込んだのを確認して、発進させる。流石に思考と同じ速さ、機動はできないものの、それでもこの世界の飛行船や俺の世界にあった飛行機よりは早い。

 

「じゃあ、行く間にそれぞれの役割をすり合わせておこうか」

 

 そういうと、全員の視線がこちらを向く。周囲の警戒しているのを除いた自動人形も、真剣な面持ちで(いつも通りの無表情だけどたぶん真剣に)こちらを見ている。

 まずは、展開しているであろうトリステインの軍を援護しなければならないだろう。それができるのは……。

 

「卑弥呼、壱与を連れてトリステインの軍へ向かってもらっていいか? できればそこにマスターも行ってもらえれば助かるんだが……」

 

「……待ってくださいギル様。たぶん壱与と卑弥呼さまだけで大丈夫ですね」

 

 鏡を見ていた壱与が、そういってこちらを見る。卑弥呼や壱与だけでは向こうに信用されないかなと思ってこっちの世界の貴族であるマスターに行ってもらおうとしたんだけど……。ま、未来が見える壱与のことだ。何かしら見えたのだろう。

 

「それに、あんたの近くにいた方が良いと思うのよね。あんたのマスターなんだし」

 

「……どうだ、マスター。どっちがいい?」

 

「あんたの行く方に……たぶん、ワルドが来るのよね」

 

「多分な」

 

「なら、あんたについてくわ。……ちゃんと守りなさいよ!」

 

 腕を組んでこちらを見上げるマスターに、微笑ましいものを感じつつ頷く。さて、これでトリステイン軍への砲撃はある程度対処できるだろう。守ることが得意な英霊じゃないから、完璧にはできないだろうが……。

 

「俺とアサシンとマスターでカルナとワルドを探しに出るよ。セイバー、ジャンヌと一緒にこの船を任せて良いか? 二手に分かれるから、どちらか危なくなったりしたら遊撃隊として対処してくれ」

 

「ん、了解」

 

「お任せください!」

 

 よし、これでいけるな。そろそろ戦場だ。ランクは落ちてしまったが千里眼持ちなので、戦場はここからでも見える。すでにトリステイン軍とアルビオン軍は展開を終えており……って、アレ先頭にいるのアンリエッタ姫か……? む? 隣にいるの……。

 

「あ、ギル様も見えました?」

 

「壱与……お前、これ見えてたのか?」

 

「ええ、まあ。とっても癪ですが、あのおフランス一号ならこちらに合わせてくれるでしょうし。……癪ですけど!」

 

「あ、うん。なんか因縁ありそうな言い方だけど……」

 

 まぁ、壱与は基本俺に近づく子に対して露骨に嫌悪感抱くしな。しゃーないしゃーない。その辺の調整は俺の役目だ。……マリーも仲良くしてくれるといいんだが……。

 それから、卑弥呼と壱与はトリステイン軍上空に来た時点で飛び降りていった。風を操って落下位置の調整はできるから、心配はいらないだろう。最悪スーパーヒーロー着地できるしな、英霊は。

 

「よし、俺たちはあの一番でかい船の上空に突っ込んで、そっから飛び降りるぞ」

 

「了解です!」

 

「え、私も飛ぶの!?」

 

「大丈夫! マスターは俺が抱えるから!」

 

「ぜ、絶対放すんじゃないわよ!?」

 

 顔を赤くしたり青くしたりするマスターを抱え、俺はアサシンと一緒に巨大な飛行船……『レキシントン』へと降り立つのだった。

 

・・・

 

「てっ……」

 

 三人で甲板へと降り立った時、辺りは一瞬静まった。それから、一人の男が戦慄いて叫ぶ。

 

「敵襲ーッ!」

 

 その声でハッと我に返ったアルビオン軍の兵士たちが一斉に武器を向けてくる。魔法を使えるのもいるらしい。たまに杖も見える。

 

「やられるものか!」

 

 そういって、古代兵器のガトリングをぶっ放す。黄金のガトリングから放たれた魔力の弾丸は船の壁ごと兵士たちを薙ぎ払っていく。

 

「ひゃあああっ!?」

 

「頭下げてろ舌噛むぞ!」

 

「主っ、下っ!」

 

 アサシンの注意と同時にお互いその場から離れる。俺の左腕はマスターをずっと抱えているので、少しの隙が命取りになるのだ。一応自動防御宝具をマスターに使ってるのだが、サーヴァントがいるかもしれないこの状況では、俺が責任をもって守らねばならないのだ。

 甲板を突き抜けて出てきたのは、太陽のごとき男。

 

「……来たか、黄金のサーヴァントよ」

 

「ああ。……リベンジマッチだ」

 

 ただ、この状況なら……。

 

「アサシン、俺がフォローするから、カルナは任せた」

 

「了解です。……絶対、殺す!」

 

 宝物庫を展開。周りの兵士へと宝具を射撃。その瞬間に、アサシンが駆け出していく。

 カルナと戦うなら、短期決戦しかない。長く戦えばその分戦闘能力の差で負ける。宝物庫の力で負ける気はないが、地力はカルナの方が上だ。

 

「ほう」

 

 振るわれたアサシンの小刀を何でもないように紙一重で躱すカルナ。そこへ、俺の支援射撃。それも同じように躱されてしまうが、そこからはアサシンがその敏捷を活かして息もつかせぬ連続攻撃で攻め立てていく。

 

「なるほど、この小さいものに秘策があるのだな?」

 

 数合のやり取りでこちらの狙いに気づいたらしいカルナが、俺を見て笑う。

 

「……だが、こちらにも秘策はあるのだと知れ。我が槍は使えぬが、それに代わるこの世界への楔だ」

 

「っ! ギルっ、横っ!」

 

 マスターの言葉と共に高まる魔力反応。いや、まて、これは……!

 

「『新天地探索航(サンタマリア・ドロップアンカー)』!」

 

 真横から飛んでくる碇。そして横付けされる船。あちらの世界では海を行くことしかできない船が、碇を楔とすることで強制的に空を征く。

 

「うっそだろオイ」

 

 ここにきて、新手かよ!

 船から跳びかかってきた男が、カトラスを振り回して切りかかってくる。

 

「新しい大陸どころか新しい世界とは、夢が広がるじゃあねぇか!」

 

「ここまでわかりやすい英霊もなかなかいないな……片手で悪いが相手しよう」

 

「はっ、油断してくれる分にゃあ大歓迎だぜぇ?」

 

 カトラスにフリントロック式のライフルを構える偉丈夫。船自体の装備はあまりないが、それでも宝具化した船だ。普通の船とは神秘の濃さが違う。

 

「魔法が使える奴、そいつに従うだけの魔法が使えないやつ! さらにここにゃあ人間じゃねえのもいるらしいじゃねえか! 希少価値(ウルトラレア)! こりゃあ売れるぜぇ……? この世界での後ろ盾(パトロン)よーし、戦乱(じょうきょう)よーし、商品(どれい)よーし! 素晴らしい三拍子がそろってやがる!」

 

 そういって、歯茎をむき出しにして笑う男。……おそらく、クラスはライダー。発言からすると、真名は……。

 

「コロンブス……!」

 

「俺を知ってんのか! 俺はお前のこと知らねえけどな!」

 

 あいさつ代わりに一発の銃弾。危なげなく防ぐが、アサシンが抑えきれないカルナからの攻撃も飛んでくるため、気が抜けない状況だ。更に、上空も竜騎兵で押さえられており、その中には……。

 

「ワルド……! あいつもいるのか!」

 

 甲板上の俺を狙い、急降下して攻撃し、再び離脱していくワルド。こちらの宝物庫の斉射もワルドの駆る竜の動きで躱され、他の竜騎兵は落ちていくものの、ワルドだけはしぶとく残っていた。

 

「これは、セイバーを呼ぶ案件か……?」

 

 上空で待機しているであろう盾役二人。こちらの手札を知らせるようでなかなか切れない手札だったが、事ここに至ってはそんなことも言えないだろう。念話をつなぎ、セイバーを呼ぶ。

 ……なに? ジャンヌはもう卑弥呼達の方に行った? 向こうで何かあったのか……? だが、それを確認している暇も余裕もない。カトラスの連撃を防いでからのカルナの謎のビームを避けて念話をつなぐので精いっぱいだ。ちっくしょ、宝具が有り余ってても、こうなったらスキルもないとダメだな。せめて魔力放出がC以上あれば……。まぁ、ないものねだりをしていても仕方がない。

 念話をつないでから少しの間、防御に専念する。アサシンも攻めあぐねているようだ。

 

「こんのぉ……!」

 

「ふむ、攻め手を変えたか? 流れが変わったな」

 

 カルナが、アサシンの小刀を受け流しながら独り言のように言う。そして、そこへついに。

 

「――さぁ、この流れに乗るとしよう」

 

「む……っ!」

 

 上空から、セイバーが降り立った。

 

・・・




「俺が載るヴィマーナには種類があってな」「へー」「近未来的なフォルムがカッコいい『天翔る王の御座(ヴィマーナ)』」「おー、あの羽が開くやつですね! 戦闘機に弱い!」「いや、それは知らないけど……あとは、俺がよく使うザ・船みたいな形の『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』」「あー、色々改造して龍まで倒した……」「あれは……うん、若気の至りだ。あとは今回使った超巨大飛行船『天宮飛翔・機械神鳥(ヴィマーナ)』」「あー、あのジャンボジェット重ねたみたいなかたちした……」「……でかすぎて直接乗り込むのは普通じゃ無理なんだよな。あとは……神様が乗るからあんまり使ったことないけど、『神へ捧げし宮殿(ヴィマーナ)』」「あ、インドの神様がよく乗ってるっていう……」「神様が乗るだけあって、居住性抜群だぞ。後は毛色が違う飛行船だと……『神秘・聖なる神の玉座(メルカバー)』とか? 出典違うけど」「飛行船っていうか空飛ぶ戦車じゃ……しかも一人用だし」「ま、そんな感じで『ヴィマーナ』って言っても色んな種類があるんだよってことで」「なるほどー。……あ、次の講座は『アーサー王から始まるセイバー顔の見分けについて』ですね!」「……えーと、ヴィマーナの見分けより難しそうだな……」


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第二十六話 そんなに無理はしないで。

「無理! 無理ですってたいちょー!」「いけるいける」「絶対無理ですよぅ! そんなのできるわけないです!」「いけるいける。あ、できるわけがないってあと三回な」「そのネタ使うの!? いやそうじゃなくて! これ以上は無理……あっ、ちょ、無理やりは……無理やりはらめぇぇぇっ!」

「……なにやってんのアレ」「……座に登録できる宝具を増やそうと勝手に人の霊基いじろうとしてる英霊王とそれを防ごうとしてる月の姫様」「仲いーわねー」「そーよねー」

生暖かい目に見守られながらの霊基変遷は無事失敗に終わりました。


それでは、どうぞ。


「その武器に動き……セイバーか」

 

「その通り。最初から全開で行くよ!」

 

 すぐに、セイバーが魔力を高める。俺からかなりの魔力を引っ張っているので、宝具を放つのだろう。

 

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ……我が身体に宿りその御業を現したまえ……。刀八毘沙門天が御業、その目に焼き付けよ!」

 

 セイバーの背後に、八つの刀を持つ毘沙門天……刀八毘沙門天が現れ、セイバーに宿る。その御業は、本来ならば一太刀で八度の斬撃を繰り出せるものだが、人間の身であるセイバーにはその再現は不可能。故に彼女ができるのは、再現とはいえ劣化した連撃……即ち。

 

「『刀八毘沙門天(みたちでななたちのあと)』」

 

 武田信玄との一騎打ちの際の逸話。三太刀で七つの傷跡を付けたというものと同じく、不確かなものではあるが、一撃で大体二撃の判定を発生させられる宝具。

 それを受けるカルナに、初めて驚いたような表情が生まれる。

 

「む。これは……不可思議なものだな。防いでいるはずなのだが、俺の体に刃が届いている」

 

「これを防ぐか……さすがはインド神話……」

 

「しかもなにやら懐かしいというか、同郷の者でも出会ったかのような気分がするな。不思議なものだ」

 

 そりゃそうだろう。毘沙門天はインド神話の財宝神。その称号が、音写されたものが毘沙門……つまり、セイバーの信仰する刀八毘沙門天の前身となったものなのだ。

 

「セイバー、そのまま押し切れ! 俺はライダーを抑える!」

 

「無茶を言う……! 頑張るけどさぁっ……!」

 

 俺の無茶ぶりを聞いて、カルナと打ち合うセイバーが、苦し気にそう返す。

 それを聞いて、俺は宝物庫の射出をライダー側へと多く割り振る。サンタマリア号からの砲撃や碇が飛んでくるので、それも弾くために大目に割り振らなければいけなくなってきた。対空の処理もしないといけないしな。

 

「ちぃっ、あんまり時間かけられると俺も押し切られそうだぜ、このままじゃよう」

 

「なら退いたらどうだ……!?」

 

「馬鹿言え! この状態で退けるかっつの。隙を見せたら終わりだぜ!」

 

 ライダーを煽るように挑発してみるも、冷静に判断できているようだな。流石は船長。冷静な判断をするのに慣れている。

 どちらかのサーヴァントを倒せなければ、この戦いは勝てない。だが、逆に言えば、カルナを押さえている現状。……あのサーヴァントなら、この状態を打破できる。先ほど、セイバーが俺から魔力を引っ張るのと同時に、同じように魔力を持って行った存在がいた。

 その存在は、潜み、隠れ、騙し……その逸話によって、あるものに対しての絶対的な判定を持つ宝具だ。

 ――その真名は。

 

「隙を見せたら? いや、もう終わりだよ、お前は」

 

「……あ?」

 

「私は、貴様を打ち取るよう命ぜられ遣わされたのだ。……この一刺しは、お前の命を狩るだろう」

 

 セイバーがカルナを抑え、俺がその他を相手にしている間に、アサシンはカルナの下からライダーの処へと気配遮断をして移動していたのだ。

 

「手向けだ。これが初めの一撃。逝け――『西方征伐(くまそうちたおし)倭姫刀衣(だますころもとつるぎ)』」

 

「うおぉっ!? はっはぁ! これでも幸運は高いんだよぉ。不意打ちなんかじゃ……お、ぐぅっ!?」

 

 小刀が掠ったライダー……コロンブスが、切れた頬の血を拭いながら笑って、突然血を吐いた。

 

「……これで、もう終わり。真名開放をして、この小刀で切られてしまったなら、もう、終わり」

 

 膝をついたコロンブスに、アサシンは冷たく言い放つ。

 あの宝具は、掠っただけで終わりなのだ。毒だとかじゃないので、対毒は無意味。その本質は……。

 

「『男』が、この小刀で切られたが最後。その瞬間に霊核まで破壊される。それに例外はない。……非力な僕が使える、『暗殺』の宝具だよ」

 

 西方の熊襲兄弟を打ち倒した逸話。その再現だ。気配遮断で近づき、真名開放した小刀で切り付けることで、『男性』ならばかすり傷でも霊核を破壊する絶対の一撃。それが、アサシンの第一宝具だ。

 

「くそ、がぁ……! あんだよその宝具はよぉ……反則だろうが……!」

 

「僕の復讐を邪魔したからね。仕方ないね」

 

「あー、くそっ。こんな早い退場になっちまうとは……だが、異世界っていう新たな資源を見つけたのは喜びだ……! ここじゃない異世界もあるかもしれねぇ! 俺はあきらめねえぜ……」

 

 絶対に諦めねえ、と残して、コロンブスは消えていった。……横付けされていた船も、それと同時に消えていく。これで……。

 

「あとはお前だけだ、カルナ!」

 

「……『男』を一撃で屠る宝具、か。……それは、俺も危ういかもしれぬな」

 

「ハッ。思ってもないこと言わないでよね……!」

 

 カルナの言葉に、アサシンが反応する。……ほんとカルナのこと嫌いになったなぁ、この子。出し抜かれたのが相当堪えているらしい。

 

「さて、それじゃあ第二ラウンドだ」

 

「こい、黄金よ」

 

 長い槍を構えるカルナに、俺とアサシン、セイバーは対峙する。

 下のジャンヌ達も気になるが……先にこちらを片付けないとな。

 

・・・

 

「大丈夫ですか、シエスタちゃん!」

 

「は、はい! みんな、こっち!」

 

 私は、今シエスタちゃんの故郷、タルブ村のみんなと一緒に森の中を駆けていた。最初は、空中に浮かぶあの巨大な船から下を監視する、侍女さんの一人の報告だった。「タルブ村の村民たちが襲われている」……その報告を受けて、私は勝手に船から飛び降りてしまっていたんです。

 宝具の剣を抜き、ステータスを上げて着地できる耐久を得る。ずどむ、と地面を陥没させつつ着地する。……あー、この着地方法、マスターが「膝に来る」って言ってたのわかる気がする。……ちょっと膝が痛い。

 顔を上げたとき、ビックリした顔のシエスタちゃんと、村の人たちがいました。そこからシエスタちゃんたちと共に逃げつつ、相手の兵士さんたちをなぎ倒しながらここまできて、今に至る、って感じです。

 現在地は森の奥深く。あの綺麗だった草原は燃え、森にも火の手が上がっている。艦砲射撃が着弾するたびに、どこかからトリステインの兵士さんたちの声が上がる。

 

「『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』! 『先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)』! 我らを守り給え、主の加護よ!」

 

 両手に剣と旗を持ち、上がったステータスと長い旗を武器にたまに襲い来る兵士さんをぶっ飛ばす。

 

「なんだこの女……ぎゃあぁぁぁぁ!?」

 

「き、気を付けろ! この女旗の一振りで人を……うおあああああああ!?」

 

「こいつ片腕でこんな力を……ご、ゴリラだ! 女の姿をしたゴリラだ! 気を付けろ! 魔法と弓矢で対処しろ!」

 

「失敬な! ゴリラではありません! バスターカードは確かに三枚ありますけど、人間の女です!」

 

 「セイヴァーのくせにバスター三枚とか恥ずかしくないの?」とか「え、クイックとアーツ一枚ずつ? 大丈夫?」とか「宝具も脳筋仕様のゴリラだしカードもゴリラだしゴリラ・ゴリラじゃん。性格ゴリラも含めたらゴリラ・ゴリラ・ゴリラで西ローランドゴリラじゃん」とかめっちゃ言われるけど、ゴリラじゃないもん!

 

「あっちの方にトリステインの軍がいます! そちらに合流しましょう! っ!」

 

 ごう、と炎。これは、竜のブレス! 上空からの攻撃には旗の力でみんなのステータスを上げて躱すしかないから、どうしようもない……!

 

「んもう、炎も、矢も、嫌いなんだから……!」

 

 だけど、そんな我儘は言ってられない。いざとなれば、第三宝具を使用して私が囮になるけど……。

 

「もう少しで森を抜けます! そしたら、たぶんトリステイン軍がいます!」

 

「わかりました! 私が殿を務めます! シエスタちゃん、先に行って! 卑弥呼さんと壱与ちゃんがいるから!」

 

「はい! ……っひ!」

 

 駆け抜けて、森を抜けた先。何故か、みんなの脚が止まったようだった。

 

「どうしたの!? 早く走り抜け……て……」

 

 追いついて、理由を知った。目前に、竜騎士たち。しかもこれは、トリステイン軍のじゃあない! トリステイン軍が後退したんだ……! だからここにアルビオンの竜騎士が!

 

「みんな、森の中へ戻って……!」

 

 そういうも、すでに目の前のドラゴンは口を開いている。ブレスが、来る――。

 

「『先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)』集中展開! 一瞬だけ耐えます! そのうちに早く逃げて!」

 

 目の前に旗を立て、魔力を回す。ごめんなさいマスター! ちょっと無茶します!

 そう覚悟して、目の前にいる竜を見据えていると――。

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「なにっ、新手……ぐああああ!?」

 

「……ふえっ?」

 

 轟音。突風。続いて爆発。

 目の前を緑色が通り過ぎていき、目の前にいた竜騎士は落ちていた。

 ――風切る翼は羽ばたかず、その体は合金で構成されている、空の王者。人が自らの手で生み出した高速の騎竜!

 

「あれは……」

 

「あれって……! 『竜の羽衣』ですか!?」

 

 何事かとこちらに駆け寄ってきたシエスタちゃんが、空飛ぶ『それ』を見て叫ぶ。

 その言葉を聞いて、森へ逃げようとしていた人たちが続々と空を見上げ、口々に称えた。

 

「本当だ! 『竜の羽衣』が! 『竜の羽衣』が飛んでいる!」

 

 名を『零式艦上戦闘機』……持って帰ったゼロ戦が、飛んでいた。機銃を放ち、アルビオンの竜騎兵を落としていく。……あれを操縦できる人は学院にいないはず。誰が乗っているんだろうか……? だけど、今は……。

 

「助かった、んですね。……みなさん! 今のうちに行きましょう」

 

「あ、そうだったっ! みんな、こっちへ!」

 

 どっちも混乱してるなら、今が逃げるチャンス! 私たちは、今度こそ森を後にして、トリステイン軍の下へと急いだ。

 

・・・

 

「なんなのだあの竜騎士は! 早すぎる!」

 

「囲んでブレスを放て! 速度の出る風竜ならば、耐久力はないはずだ! 一撃でも当てれば……! ぐあっ!」

 

 バスバスバス、と竜の翼と頭に穴が開く。まただ。

あの音が鳴り、あの竜の翼が光ると、竜が落ちていく。魔法のようには見えない。そもそも、あんな形の竜は見たことがない。羽ばたかず、人を体内に収納するように乗せる竜など。何より、このワルドの駆る竜よりも早く、小回りの利く竜など……!

 

「だが、追いつけないほどではないな……!」

 

 雲に隠れ、一瞬のスキをついて急降下。謎の竜の背後についた。

 ……やはり、と思う。竜ではない。この世界のものではない『論理』で動いている。……『聖地』か。やはり、そこなのか。

 

「貴様は……ガンダールブではないな……! 誰だ!」

 

「あァ!? テメェこそ誰だコンチクショウ! ここを燃やしたのはテメェだな!? テメェなんだな!?」

 

 こちらを見るなり叫ぶ男。……野蛮だ。茶色い防寒着に耳まで覆うような不思議な形の帽子。ゴーグルのようなものまでついている。腕を振り上げ、叫んでいる。……相手の乗っているものの音で聞き取りづらいが、これでも風のメイジ。相手の声を拾うことくらいは造作もない。

 

「バカヤロウコノヤロウ! 竜だろうとなんだろうと、負けはしねえ!」

 

 急降下していた相手が逆に急上昇を始める。……しめた。上に上がるには、当然ながら減速する。その隙を突けば、こちらが追いつき、魔法の槍による攻撃が可能だ……!

 こちらも風龍の首を上に向け、相手を追いかける。距離を詰めていく途中で、呪文を唱え、魔法を杖にまとわせる。これで、あとはあの謎の竜に突き刺せば……!

 

「追ってきてんのかコノヤロウ!」

 

 後ろを振り向いた男と目が合う。その瞬間。――相手が消えた。

 

「なに――」

 

「初めてやってみたが出来るじゃねえか木の葉落とし!」

 

 すでに、背後にそいつはいた。いつの間に。どうやって。そんな疑問ばかりが浮かぶ中、奴の竜、その翼が光る。これは……!

 

「くっ!」

 

 とっさに魔法を纏わせた杖で自身をかばう。ばす、と肩に当たってしまったが、それ以外は杖に当たり弾かれた。……なんという衝撃。これは、小さな何かを飛ばしてきている……!

 

「隙ありだバカヤロウ!」

 

「しまっ」

 

 防ぐために減速したその隙を突かれた。相手は私が狩る風竜の翼に自身の駆る竜の動かぬ翼を当ててきた。鈍い音と共に風龍の翼は千切れ飛び、一瞬の浮遊感のあと、高度を失っていく。

 

「がああぁぁあっ……! くそ、『レビテーション』! ……船まで耐えろ!」

 

 一度、退くしかない……! 通り過ぎていった相手は、すでに他の竜騎士を相手にしている。もうこちらは落ちるのが確定したからだろう。……この恨みは必ず。必ず晴らす。落下の速度も利用しながら、私は『レキシントン』号へと後退するのだった。

 

・・・

 

 目の前で起きた出来事が、よくわからない。だから隣のライダーに目を向けてみると、彼女はにこりと笑って説明してくれた。曰く、この二人は別の国の女王と王女で、姉妹のように似た特性を持ち、その能力によって相手を薙ぎ払っているのだ、ということ。

 ……目の前で、光線を放ち敵兵を薙ぎ払う女王と光の球でこちらへ飛んでくる魔法や破片を逸らす王女を見たら、そういうものなのか、と言うしかありません。

 そんなことを思っていると、その二人がこちらへやってきました。

 

「ちょっとどーすんのよ。わらわたちだけじゃ防ぐだけで精いっぱいよ。船を落とさないとどうにもならないわ」

 

「ですねー。流石にあれ落とすならここ離れないとですしねー」

 

「そもそも私の宝具にそれが出来るだけの火力はないので、王様待ちではないかしら?」

 

「……『王様』?」

 

 ライダーからでた、何度目かの『王様』という言葉。今なら詳しく聞けるか、と思って聞き返してみると、ライダーはにこりと笑って説明してくれた。

 

「ええ、王様! 多くの英霊と絆を結んで、英霊たちから玉座に座ることを望まれた、英霊王! それが王様よ!」

 

「ほら、あんたのお友達のルイズの使い魔やってるじゃない。……『絆を結ぶ』っていうのがとっても意味深なんだけれどね」

 

「壱与、そういうの正しく言った方が良いと思うんです! ぶっちゃけギル様とセッ」

 

「まーてまてまて。『待て』よ、壱与。油断も隙もあったもんじゃないわねこいつ……」

 

 口をふさがれている壱与さんを見ながら、私は思考を巡らせる。

 多くの英霊と絆を結び、玉座に座ることを望まれた英霊王……。それがあの時のルイズの使い魔だったとは……。目の前にいる二人だけでも、相当な戦力を持っていることがわかる。魔法を扱う精神力とでもいうべきものが、二人からは強大に感じるのだ。

 先ほどの船が現れて消えていったのも、それがらみなのだろうか。

 

「ああ、あの船? ……たぶんアルビオン側のサーヴァントよね」

 

「ですねー。……なーんかヤな感じしたんで、そうだと思います」

 

 不思議な衣装に身を包んだ二人が、うんうんと頷きながらそう言う。

 

「とにかく、空に上がってるあんたの『おともだち』とその使い魔のあいつを信じなさい。……きっと、やってくれるから」

 

「あの淫乱ピンクはともかく、ギル様は絶対に負けないので!」

 

 絶対の信頼を置いているのだと分かる二人の言葉に、私はうなずいた。……ならば、私の役目はこの陸上でトリステイン軍が壊滅しないように守ること。

 

「行きましょう、ライダー……いえ、マリー。この一戦、必ず勝たなければ……」

 

「ええ、もちろんよマスター。んー、アンリと呼んでいいかしら?」

 

「――もちろん。その方が気楽ね」

 

 にこりと微笑みかけられて、私も笑う。

 ユニコーンと、ガラスの馬。その嘶きが、戦場に響く。

 

・・・

 

「……む」

 

 セイバーと何度か打ち合った時。カルナの動きが、わずかにぶれた。

 そこをセイバーに突かれ、俺の射撃も受けて、カルナが大きく後退する。

 

「隙を見せるなんて……疲れたのかな?」

 

「いや、この体に疲れなどないことはお前も承知だろう」

 

 そういわれて、セイバーは小さく舌打ちをする。馬鹿にされたと感じたのだろうか。いやまぁ、カルナはなんていうか、口下手な感じはするけど。

 オブラートに包まないから真実そのままぶち込んでくるというか……。

 

「……しかし、押されているのもまた事実……っ!」

 

「っち、防ぐか……」

 

「お前のその小刀は恐ろしいからな。注意しているだけだ」

 

 後ろからくるアサシンの宝具を防ぎ、カルナはさらに俺たちから離れる。

 

「……あの空を飛ぶ機械。ヴィマーナ程ではないが脅威だな」

 

「! セイバー、逃がすな! ()()()だ!」

 

「っ! させな……ちぃっ!」

 

「一手遅かった、みたいですね」

 

 こちらに見向きもせずに、カルナは船から飛び降り、どこかへ行ってしまった。……あの背中、ジェット噴射できるんだ……。

 

「……仕方ない。ここからなんとかしてアルビオン軍を……ん?」

 

 そういえばさっきからマスターが静かだなと思っていたら、抱えられたまま俺の服を引いてくるマスター。その手には、光を放つ本が……って、始祖の祈祷書じゃないか。

 

「どうしたんだ、それ」

 

「わ、わかんないんだけど……えっと、選ばれた……みたい?」

 

「なんで疑問形なんだよ。……何か読めるのか?」

 

「うん。えっと、古代ルーン文字で書いてある……ええっ!?」

 

 始祖の祈祷書を(俺はわからないが)読み進めているマスターが、驚いた声を上げる。

 それから、俺には見えない文字を追うようにページを指で追いかけるマスターは、そのまま杖を取り出した。

 ……何かをするつもりらしい。俺が船を落としてもいいが、それよりも何かを試すならマスターに任せた方が良いだろう。幸いここにはサーヴァントが三人もいる。呪文を唱える間の守りなら任せてほしい。

 

「……ちょっと時間がかかるから、私を守って、ギル」

 

「了解だ。どんな危険からも、マスターを守ろう」

 

 そういうと、マスターは杖を取り出して目を閉じ、呪文を口ずさみ始める。

 ……それは、歌のようで。流れる波に体を負かせている様な心地よさ。……凄いな。こんな魔術、見たことがない。この世界でも、特殊な系統だろう。

 しばらくして、その呪文が終わる。……魔法が、完成する。

 

「……っ!」

 

 そして、杖が振り下ろされて――。

 

「うお」

 

 ――太陽が、生まれた。

 

・・・

 

「あれは……!?」

 

「……! 魔力……いや、強すぎない!? しかもこれ……」

 

「多分その通りです卑弥呼さま。……『選んで壊して』ますね」

 

「うっそでしょあんたそんなのどれだけ細かく……」

 

目の前の二人が先ほどの光に対して驚愕したように話し合っているのをしり目に、マザリーニは『これはフェニックスの仕業である』とし、こちらの士気の向上に利用している。……なにが起こってるのかわからないのに利用するのも凄いと思うし、たぶん目の前の二人はこれが何かわかってて話し合ってるのもそれはそれで凄いと思ってしまう。

 ……惚けている場合ではないわね。聞くだけ聞いてみないと……。

 

「……あの、お二人に聞きたいのですが……」

 

「ん? あー、キャスターって呼びなさい。それか卑弥呼よ」

 

「あ、自己紹介まだでしたっけ。バーサーカーです。もしくは壱与と」

 

「ヒミコさんにイヨさんですね。アンリエッタです。それで、聞きたいことというのは……」

 

「どうせあの光についてでしょ? あれ、たぶんあんたの友達よ。わらわたちのマスターのマスターのね」

 

「……マスターのマスターって言い辛いなー。淫乱ピンクでいいじゃないです?」

 

「いいわけないでしょ。流石に姫のおともだち淫乱ピンク扱いは面倒じゃないの」

 

「でも髪の毛ピンクですよ?」

 

「……え。だから?」

 

「あの!」

 

 お二人でなにやら別の方向へ話がシフトしてしまったので、割り込んで声を掛ける。

 

「ああ、ごめんごめん。で、あの光はあんたの友達って話だったわね」

 

「ええ、その通りです。……あんな魔法を一人で放てるなんて聞いたことがありません。……まさか、ルイズの使い魔さんが手助けを?」

 

「……んー、違いますね。あの魔力は混じりっけない一人の物です。……すっごい無茶してぶっ放したと思うから、たぶんあのいんら……ピンクは今頃気絶でもしてんじゃないです?」

 

「そんな! それでは……」

 

「焦らなくても大丈夫! 王様がそれを許したってことは、そのルイズさんは王様の庇護下に入ってるんでしょう?」

 

「そりゃもちろん。マスターに大甘なのはいつものことでしょ?」

 

「そこがいいとこでもあるし悪いとこでもあるんですけどねぇ」

 

「まぁまぁ。だからこそ、私たちが甘やかしてあげるんでしょう?」

 

 マリーに止められ、説明を受けてとりあえず足を止める。あの使い魔さんはかなりの技量を持っているらしい。……ヒミコさんとイヨさんの主ということだし、あの二人よりも実力があるのだという。さらにあちらにも護衛ということで二人いるらしいので、今は安心なんだとか。

 なら一先ずはこちらに集中しても大丈夫だろうとマザリーニの下へと向かう。

 

「姫様……」

 

「今の光については説明を受けました。……だけど、今は『フェニックス』の所為ということにしておきましょう」

 

「……ええ、わかりました。奇跡の光によって『ロイヤル・ソブリン』号を初めとした敵艦隊は全滅。竜騎士隊もあの不思議な竜によって数を減らし、陸では謎の光線が敵を減らし、こちらへの攻撃は防いでくれました。……『奇跡』と。そういって間違いない勝利ですな」

 

 マザリーニの皮肉の籠った言葉に苦笑を返す。

 ……あの黄金の王を召喚できたことは、これまで苦しんできたルイズが掴んだ、『奇跡』なのだろう。

 

・・・

 

「マスター、大丈夫か?」

 

「ええ、ちょっと精神力……あんたたち風に言うと『魔力』ね。それを使い過ぎたみたい。少し眠いくらいよ。ちょっとだけ寝たら治るわ」

 

「……安心して寝ていいぞ。俺がちゃんと帰すから」

 

「……ふふ。あんたのそんな心配そうな顔、初めて見たかもしれないわね。……ん、ちょっと、寝るわ。あとは、よろしく、ね……」

 

 寝ぼけ眼で話していたマスターも、流石に消費した魔力が多かったのか、ゆっくりと瞼を閉じた。すぐに穏やかな寝息が聞こえてきたので、両手で抱えてヴィマーナの乗り込み用円盤を呼ぶ。

 

「よっと。……セイバー、アサシン。ヴィマーナにマスターを戻したら、二人はマスターの護衛についてくれ。俺はアンリエッタの所に行って、卑弥呼と壱与に色々と聞いてくる」

 

「了解! じゃ、行こうか」

 

 俺達四人を乗せた円盤が、音もなく飛び立つ。そのままヴィマーナに格納され、待っていた自動人形にマスターを渡すと、二人に任せてもう一度降りる。

 

「……よっと」

 

 どずん、と着地。んー、膝に来る。あんまり目撃されないように、ちょっと離れた森の中に着地した。……ん? この魔力反応は……。

 

「マスター!」

 

「ジャンヌか。ということは……」

 

「ギルさんっ」

 

「シエスタ! 無事だったか!」

 

「はい! 村のみんなも一緒に、ジャンヌさんに守って貰っちゃいました!」

 

 なるほど、ジャンヌはタルブ村のみんなを守ろうとヴィマーナから降りたんだな。それがわかって一安心というか。

 

「……そういえばマスター。先ほどの話なんですが……」

 

 そう切り出したジャンヌから聞いたのは、空を飛んだゼロ戦と、それに乗っていたパイロットの話。

 ……ワルドが途中からいなくなったと思ったが、まさかサーヴァントがゼロ戦を駆って来るとは……誰が召喚したんだ……?

 

「どんなやつかとかはわかったか?」

 

「いえ、なんか破天荒そうな感じでしたけど……あ、日本人っぽかったですね」

 

「ゼロ戦に乗れるくらいだからなぁ。んー、どこ行ったんだか」

 

 まぁ、学院に戻ればだれか見てるだろうし、目撃証言くらいは聞けるだろう。

 とりあえず、タルブ村のみんなを連れてトリステインの軍まで行くか。

 

「俺が先導するから、ジャンヌは殿を頼む。さ、行くぞ」

 

 そういって、俺は卑弥呼の反応を頼りに歩き始めるのだった。

 

・・・

 

「ギルっっっっっさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

「R↓」

 

「緊急回避ッ!?」

 

 飛んできた壱与を避けると、ずさぁ、と地面を滑っていく。それをしり目に見ながら、俺は卑弥呼に状況を聞く。

 先ほどのマスターの魔法については、アンリエッタとマザリーニという枢機卿がごまかしてくれたらしい(と言うよりも、実際に何が起こったかわからないので、適当に士気が上がりそうなことを言っただけらしいが)。

 

「ならば、この後の処理は頼んでもよさそうだな。……マリー、久しぶり、になるのかな?」

 

 アンリエッタ達との話がひと段落ついたので、背後にいる別の王女様に声を掛ける。

 

「ええ! 正確な日数と時間と秒数を言うとドン引きされると思うので絶対言わないけど、体感的に言っても久しぶりよ!」

 

「うんうん、まだ白百合モードみたいで何よりだ」

 

 黒百合モードだと凄まじい嵌め技使ってくるからなこの王女様。もう一人の百合の騎士と一緒だとほんと大変なことに……うぅ、『え? 私としすぎてもう出ない? ならデオンとすればいいじゃない!』ってなんだよ……違うよ。人を変えれば出るようになるわけじゃないんだよ……いや、出したけど……。っていうかその名言君が言ったわけじゃないのに利用するのはどうなんだ……。

 

「アンリエッタのサーヴァントになったんだな」

 

「そうよ。だってとっても共通点のあるお姫様なんだもの! それに、こういう子は手助けしたくなっちゃって……勝手にあなたの宝具を利用しちゃったわ。……怒ってる、かしら?」

 

 ……この姫は、こういうところがずるいのだ。

 天然でこういう上目遣いで瞳をうるうると子犬のように潤ませ、小首をかしげて見せる。これをされては、だいたいのことは許してしまう。まぁ、そもそも怒らないけどな、この程度じゃ。

 それを行動で示すために、マリーの帽子を優しくたたくように撫でながら、笑いかける。

 

「別に構わんよ。マリーがこういうことで悪用することはないって信じてるから」

 

「わぁっ……! ありがとう王様! あなたのそういう優しいところ、大好きよ!」

 

 俺の手を取って嬉しそうに上下に振るマリー。……あー、癒し系だなぁ。

 

「取り合えず、タルブ村も大変なことになってるだろうから、そっちに寄ってから戻ることにするよ。そっちは何か支援は必要か?」

 

「いいえ、今は大丈夫だと思うわ! アンリには私から色々と説明しておくから、その辺も心配なさらないで!」

 

「ん、了解。よし、ジャンヌ。タルブ村に戻るぞ」

 

 俺がそう声を掛けると、ジャンヌと共にいたシエスタが不思議そうな顔をする。

 

「ギル様もタルブ村にいらっしゃるんですか? ……今のタルブ村は皆様をお迎えできるような状態じゃ……」

 

「俺たちも再興に協力するんだよ。……裏技があるからな」

 

 そういって笑う俺を見て、ジャンヌはぽんと手を叩き、シエスタは首を傾げた。

 

「その裏技っていうのは――」

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:セイバー

真名:上杉謙信 性別:女性 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:■++

騎乗:B
戦国時代の武将として、騎乗の技能を持っている。
だいたいの乗り物を人並み以上に乗りこなせる。が、幻想種は該当しない。

保有スキル

■は天にあり:A

■は■にあり:A

手柄は■にあり:A

矢除けの加護:A■

夜叉■■:B

守護騎士:B
戦乱続きであった越後を統治し、秩序の維持に奔走し、さらに要請されれば秩序回復のために出兵するなどの逸話より。
秩序の形成に力を注いだ、という事からこのスキルを得た。
他者を守る際に耐久ステータスを上昇させる。

能力値

 筋力:C 魔力:D 耐久:B 幸運:A+ 敏捷:A 宝具:A

宝具

刀八毘沙門天(みたちでななたちのあと)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大補足:1人

毘沙門天の数ある派生の姿、そのうちの一つ、異形種である刀八毘沙門天の御業の再現。
八つの刀を持つ刀八毘沙門天の御業を人の二つの手、一つの刀で再現するために、本来ランクEXのこの御業はランクがダウンしている。
一度の斬撃で八度判定を生み出すのが本来のものだが、これはだいたい一度の斬撃で二度の判定を出している。
姿勢、魔力量、立ち位置などで斬撃の量が変わる不確かな宝具。


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第二十七話 空の船旅にも慣れてきた。

「いやー、壮観ですねぇ、空飛ぶ船が並んでると」「だなぁ。海を行く船っていうのが常識だったけど……ヴィマーナ見てからは空飛んでてもそんな違和感覚えなくなったなぁ」「……ね、今度船旅しましょうよ。色んな領域旅してみましょ?」「色んな領域あるんだ……」「ありますよー。そりゃ。神様何人いると思ってるんですか」「……ま、いっかー。とりあえず、仕事終わらせてからだな」「……山みたいになってますね、書類」「新しく世界できたからなー」


それでは、どうぞ。


「まー、これが一番ですよねー」

 

「だろう? いやー、これで人手が足りないこともないし、材料が足りなくなることもない。それに、たまには外に出してやらないとな」

 

 ――その裏技というのは、自動人形アンド宝物庫の建材フル活用での、超高速の村復興だ。村復興RTAと言い換えてもいい。たぶんこれが一番早いと思います。

 

「……あ、あの、ギル様?」

 

「うん? どうした、シエスタ」

 

「いえ、その、村の復興というよりは……その、前より立派になっている気がするのですが……!」

 

「ああ、そうだろうね。なんてったって新生アルビオンのようないつ攻め込んでくるかわからない国があると知ったんだ。俺の庇護下にあるシエスタの故郷を守れるように強化するのは当たり前だろう?」

 

「そういってくださるのはうれしいのですが……あの、これ、多分城下町より立派なのでは……?」

 

 目の前で設置されているのは、バリスタである。本当はもうちょっといいレーザー砲とかレールガンとか宝具を装填できる弩弓とか置きたかったんだけど、時代とか扱いやすさとかを考えてバリスタで落ち着いたのだ。さらに物見やぐらも立てて、望遠鏡を取り付けておいた。

 家は木材の使用を最低限にし、燃えにくい石材やらを使う。逃げやすいように、道も整備しておいた。これでこの村も最低限の守りが出来ただろう。本当なら駐在する自動人形かサーヴァントがいた方が良いんだろうけど……とりあえず目の前の脅威は去ったからな。まずはこのくらいでいいだろう。

 

「個人的にはもうちょっと防備を固めたいところだったんだけど……」

 

「え。これよりですか……?」

 

「……シエスタちゃん。この王様は基本的に完璧に防御が施された拠点を作ってから行動するんですよ。ガッチガチの守りの中に自分の守るべき民と宝をいれて自分が先頭立って脅威を駆逐しに行くタイプの王様なんです」

 

「失敬な。誰だって安心して帰れる場所が欲しいだろうに」

 

 俺はそれを作ってから動きたい人間なだけで、おかしくはないはず。誰でも内政を整えてから遠征したいだろう?

 

「ま、私たちみたいな田舎娘とは考えてるスケールが違うんで、『そういうもんなんだー』って流しとくのが吉です。それを手助けするのは別の人に任せて、私たちは支えてあげればいいんですしね!」

 

「支える……そ、そうですね! 身の回りのお世話だとか、細々とした雑用を代わりにやって、ギルさんの憂いをなくしていくのもメイドの仕事ですよね!」

 

 なにやら納得したらしいシエスタから視線を外し、村の方を見る。……うん、これならもう一日もしないうちに完成するだろうな。

 

・・・

 

「……う、む……」

 

 目を覚ます。体に痛みはあり、けだるさもあるが、行動に支障はないようだ。体を起こすと、近くにいた気配に気づく。

 

「……お前か、ランサー」

 

 いつも通り、すべてを見透かすような顔をして、俺を見下ろすランサーは、ああ、と短く返事をする。

 

「途中でマスターからのラインが揺らいだのを感じたのでな。勘を信じて船から飛べば、なにやら滑空しながら落ちていくお前がいた。ゆえに、引き上げようとしたところで戻ろうとしていた船が落ちた。だから、こうしてアルビオンまで落ち延びさせた」

 

 淡々とあった出来事だけを話すランサー。すべてを聞いた後、ため息を一つつく。まさか、空で負けるとは。

 

「あれは、なんだったのだ……」

 

「あれとは、何の話だ? お前を撃った銃の話か? それとも、船をすべて落とした光の話か?」

 

「銃? ……俺は、銃に撃たれたのか?」

 

 銃というのは、平民の使う取り回しの悪い武器……という認識だったのだが、あの鋼鉄の竜についていたのは、もっと別の、洗練されたもののように感じた。

 それこそ、なにかのマジックアイテムではないのかと疑ったのだが……。

 

「そうだ。俺のいた時より後の世だから詳しくはわからんが、戦闘機の両翼には機関銃がついているようだ。それの射撃を受けたのだろう」

 

 機関銃……ランサーもよくわからないらしいが、簡単に言えば、連射のできる、ある程度正確な銃と言ったものらしい。確かに、連続であれだけの威力の射撃を出来るならば、魔法よりも有用な攻撃となるだろう。

 

「なるほどな。……おい、ペンダントがなかったか」

 

「む、これか?」

 

「ああ。それだ」

 

 手に取り、開く。ああ、よかった。無事だ。

 

「その表情を見るに、大事なもののようだな」

 

「ああ。……中を見たか?」

 

「いや、撃たれた衝撃で落ちそうになっていたものを拾ったのでな。落とさずに済んでよかったと思っただけだ」

 

 なるほど、それは良い働きをしてくれた。落としていたら、もう二度と見つからなかったであろうし、そこは感謝するとしよう。

 

「そういえば、食事が届いている。……いつもは下げる時間になっても食べる人間がいないから下げていたが、今は食べれるだろう」

 

 そういって、別のテーブルに乗っている盆の上から、スープの皿を持ってくるランサー。

 

「冷めてはいるが、冷たいというほどではない。食べれるか?」

 

「……よこせ」

 

 片手で受け取り、伸ばした足の上に置いて、スプーンで口に運ぶ。……確かに冷めてはいるが、むしろちょうどいい。すぐに食べきると、ランサーが皿を戻す。

 

「ほかに何か知りたい状況はあるか」

 

「いや、今のところは」

 

 ないな、と続けようとしたところ、扉が開かれる。

 そこから入ってきたのは、いつも通りの笑みを浮かべるクロムウェル。大敗を喫したというのに、なんとも気楽な男だ。と内心でため息をつく。それか、これも計算の内にしている大物なのか、と試行したところで、クロムウェルから話しかけられる。

 

「意識が戻ったようだな、子爵」

 

「……一度ならず二度までも。申し訳ありません」

 

 謝罪を入れるが、その責任はこちらにある、と彼は再び笑った。……寛容なのか、本当に気にしていないのか……とにかく、今問題にならないのはこちらとしても好ましい。

 ランサーは霊体化せずに部屋の隅へ立っているようだ。……以前『目立たぬようにしていよう』と言っていたのだが、それを守っているらしい。奴の立場は俺の私兵ということになっている。すでにあの『宝具』というのは撃てなくなったらしいが、それでも見えるこいつのステータスはかなり高い。そばにおいておけば、護衛以上の使い方もできるだろう。

 それから、クロムウェルは復活させた皇太子にアンリエッタ王女の出迎え……遠回しな誘拐を、要求した。

 従順に従う皇太子は、それに笑顔でうなずき、立ち去っていく。……そういえば、あのフードの人物……前の時にもいたが、あいつからもランサーと同じようなものを感じる。……あとでランサーに聞いてみるか。

 そんなことを考えていると、クロムウェルは俺にいくつか声を掛けると、去っていく。……あの光。おそらくは虚無の魔法であろうあれについて聞こうと思っていたが、タイミングを逃してしまった。……今は療養に集中し、あとで聞くとしよう。

 

「ランサー、そのまま護衛を続けろ。……この部屋に入るものがいれば、殺すな。仲間であれば俺をおこせ。仲間でなければ、捕まえておけ」

 

「ああ、了解した」

 

 ……次こそは、絶対に負けん。そのために必要なのは……。

 

「あちらと同じ、複数のサーヴァントだな」

 

 一人に一体が基本だというあのサーヴァントを、あと何人かに召喚させ集まれば……。

 

・・・

 

「今のは……あの虚無の魔法を使う司祭だったか。……隣にいたのは……」

 

 どうも、あたしが召喚した『スパルタクス』ってやつと似たような雰囲気を感じるねぇ。全く、この世界はどうなっちまったんだか。……報告書をまとめるとしますか。

 そう思って立ち去る。

 

「……そういえば、『聖なる杯』は一つだけじゃなかったんだねぇ」

 

 あの不思議な船。あれを操る男を召喚した奴から話を聞いたけど、『聖なる杯』を利用し、風石の魔力の流用によって召喚せよと指令を受けたからだと言っていた。……そこまで聞けたのも、あの不思議な光によって船が落ちたショックと、それによって溺れた酒。さらにはそいつが自暴自棄になっていたっていうのもあったんだけど……『聖なる杯』については所在が分からなくなっている。

 

「あれを回収しておかないと、もしかしたらまたこっちに戦力が増えてしまうかもしれないしね」

 

 こちらでそれを調べておくとしよう。……おっと、あいつに通信しておかないとね。

 

「まったく。死んだ盗賊をここまで働かせるなんて、あの英霊王サマは鬼畜だねぇ。……ま、ヤな気分じゃあ、ないけどさ」

 

 そういって、あたしは再び闇に紛れるようにその場から歩き去るのだった。

 

・・・

 

 城下町をクラフトしていたら、マスターが王宮に呼ばれたとのことで、俺もついていくことに。

 そういえばあの後はどうなったのかと思っていたのだが、トリステイン一国で新生アルビオンを倒したため、ゲルマニアとの婚約は破棄。アンリエッタは即位することになり、そのための準備で忙しくしていると聞いている。

 そのねぎらいもあるから、なんか持っていくとしよう。なにがいいかなぁ……聖杖とか持ってくかなー。この辺にいいのが……ああ、あったあった。『偽・災厄の杖(レプリカ・アロン)』だったっけな。十の厄災を起こせる杖なんだけど、これはモーセの『海を割った奇跡』のみを由来としたことにより水の扱いにのみ特化した、レプリカ品だ。その代わり大体の魔術師が扱うことができるし、それなりに水に関係した魔術を行使するときに手助けしてくれるだろう。

 よし、贈り物はこれでいいとして、問題は……。

 

「これなんだオラァ! ヘビが出てきやがるぞ!」

 

「ああ、それはヘビ君が……あああああ! 振ったらヘビ君が! ヘビ君が別の意味でこんにちわ!」

 

「似てねえな! 俺が新しいヘビ作ってやるよ! お! これなんだ!」

 

「それは君のゼロ戦に使われている燃料を使った場合の『えんじん』とやらの試作品で……」

 

「エンジン? 栄より良いやつか? 点くのか!?」

 

「いや、これはまだ試作品で――」

 

「爆発するじゃねえか!」

 

 目の前でコルベールと騒いでいる、ライダーをどうするか、だ。

 ――ライダー・菅野直。太平洋戦争での撃墜王で、『デストロイヤー』の二つ名を持つ男。部下を思う気持ちは強く、部下からも思われたという隊長だ。

 彼はなんと、コルベールが召喚したのだという。コルベールの手首には、フーケと同じように一画のみの令呪。おそらく鯖小屋の聖杯が反応したのだと思う。触媒はゼロ戦。および紫電改。召喚は本人のみなので、乗機はこちらで用意しなければいけないらしい。その代わり、用意さえすれば彼は素晴らしい働きをしてくれる。先の戦いでも、助かった。

 今はコルベールと一緒の所に寝泊まりしているらしく、研究品を破壊されたりもするが、それ以上にライダーのアイディアや知識でエンジンの開発がはかどっているとのことで、仲は良好だ。

 まぁ、どうするかなど決まっている。彼は押さえつけたり出来るものではないだろう。それに、そのあり方は善良だ。燃えたタルブ村を見て怒り、それを引き起こした竜に怖気づかずに突っ込んでいく。こちらから何かを言わずとも、何かあれば勝手に動くと思うしな。

 

「……コルベール。強く生きろ」

 

 試作品のエンジンが爆発してショックを受けるコルベールを見ながら、俺はその場を後にするのだった。

 

・・・

 

 王宮からの使者が来たのが今日の朝。それから準備のためにマスターは学院を休み、俺のヴィマーナで文字通り王宮へ飛んでいく。

 

「まぁ、ルイズ! 来てくださったのね! それに、英霊王様も!」

 

「えっ?」

 

「はい、姫様。……あ、女王陛下と呼ばねばなりませんね」

 

「いや、ちょ、待て待て」

 

「ルイズ、私から親友を奪うようなことを言わないで。あなたはいつも通りがいいわ」

 

「俺の話は聞いてくれない感じか」

 

「姫様……」

 

「ルイズ……」

 

 ……ガン無視されたので心の中だけでつぶやくけど、今『英霊王様』って言った? え、なんで? ちょっと前……っていうか前回あった時は完全に『ルイズの使い魔さん』って言ってたじゃん。絶対隣で微笑んでるマリーがなんかやったな。あ、こっち見てニコリと笑った。確定だ。あいつが犯人だ。

 何をやったんだあの人たらしは……。

 

「ああ、いけない。英霊王様、挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

 

「……いや、その、英霊王様というのは……?」

 

「空いた時間に、マリーからあなた様のお話を聞きました。そして、とても感服いたしました。世界を救い、英霊と共に戦う力を持った英霊の王……!」

 

 なんというか、すごくキラキラとした瞳をするアンリエッタ。……これは、あれか。マリーの話術によってアンリエッタが英雄譚聞いた子供みたいになってしまったということか……。恐るべき人たらし。

 

「……そ、そうか。だが、いつも通りの呼び方でいい。それか、ギルと呼んでくれ。今は王を休業中でな。今の俺は、ルイズの使い魔でしかないんだ」

 

「まぁ、なんて謙虚な……」

 

 感動した面持ちでこちらを見るアンリエッタ。……なんていうか、この子も箱入りっぽいところあるから、マリーみたいなのから見たら格好のカモなんだろうなぁ。

 

「あ、そういえば贈り物があるんだよ」

 

 これ以上この空気を続けられるのもムズかゆいから、強引に話を変えるとしよう。宝物庫から杖を出して、アンリエッタに差し出す。

 

「護身用も兼ねてるけどな。水の魔法を使うときに助けになってくれる杖なんだ」

 

「そんな杖を、私に……?」

 

「まぁ、婚約も破棄されて、一国で頑張らなきゃって時に女王になったんだ。自分の身を守る術は用意しておいた方が良いと思って」

 

「そうよねぇ。受け取っておいた方が良いと思うわ、アンリ」

 

 隣にいたマリーが、アンリエッタにそう言うと、おずおずと杖を手に取る。

 

「あなたたちには感謝してもしきれませんね。……あのアルビオンとの戦いの時の助力と言い、この贈り物と言い……」

 

 何を返せばいいのかしらね、と笑うアンリエッタに、マスターは跪いて言った。

 

「私の『虚無』は……姫様に捧げようと考えております。……ですので、姫様が気に病むことはありません」

 

 マスターは、迷った上にアンリエッタに『虚無』を明かそうと言った。……友達に、隠し事はしたくないから、と。

 それに、あれだけの出来事があったのだ。マスターのことは調べがついていることだろう。現に、アンリエッタはマスターからの『虚無』の言葉に、大した驚きをあらわしてはいなかった。

 

「『虚無』……。ヒミコさんとイヨさんから聞いていましたが、あの光はやはりあなただったのね、ルイズ」

 

「……はい」

 

「よく、打ち明けてくれました。あなたにとって私は、信頼に足る友達だと思っていいのね」

 

 うれしいわ、と微笑むアンリエッタ。それから、これからのことについての話し合いを行う。

 今回の戦果に対しては、マスターどころか俺に爵位を与えてもいいほどのものだという。だが、『虚無』を表に出せないトリステインとしては、大っぴらに褒美を与えることはできない。そして、『虚無』を捧げると言ったマスターに対して、アンリエッタは『すべてを忘れること』と言った。過分すぎる力は分不相応な大望を抱くから、と。

 

「それでもっ! ……それでも、姫様の力になりたいのです。今まで『ゼロ』と蔑まれていた私に、神は力をくださったんです。……なら、私はそれを信じるもののために使いたい」

 

 そう言い切ったマスターに、アンリエッタも折れたのか、直属の女官に任命する、と任命書を発行してくれた。……これで、女王としての権力をマスターは振るえる様になったのだ。……だが、心配はいらないか。彼女は、アルビオンへの道中、振るう力の怖さを知ったから。

 

「……あなたたちでなければ解決できないようなことがあれば、必ず相談します。平時は学院で学生として生活なさい。何かあれば、使いを向かわせます」

 

「最悪私が飛んでいくわ! 霊体化すればすぐだしね!」

 

 隣でマリーがニッコリと笑ってそう言った。……まじめな空気はどこかへ行ってしまったので、そこからはアンリエッタがマスターと旧交を温め、少ししてから、俺たちは王宮を出たのだった。

 

・・・

 

 マスターを部屋に送り届け、鯖小屋へ来てみた。

 自動人形が紅茶を出してくれたので、それを飲みつつ周りに視線を向けてみる。なにやら調理中のセイバー。珍しく一人の卑弥呼。ジャンヌはテーブルで読書……いや、表情的に勉強だな。ぐむむと唸っている。

 

「あ、ギルさんっ。おかえりなさいませ!」

 

「ああ、ただいま、シエスタ。……村の方はどうだ?」

 

「ギルさんの支援のおかげで、元通り……よりもさらに強固な村になりました! なんとお礼を言っていいか……」

 

「あー、気にするな気にするな。俺は福利厚生に力を入れていてね」

 

「……福利厚生のレベル超えてんじゃないの……?」

 

 卑弥呼がなにやら呟いたようだが、こちらに視線は向けていないので独り言だろう。

 視線をシエスタに戻すと、シエスタは「そうだ!」と言ってキッチンの戸棚から包みを取り出す。

 

「これ、お渡ししようと思っていたんです!」

 

「?」

 

 受け取り、ワクワクするシエスタの前で、包みを開ける。中からは手触りの良い編み物……マフラー、か?

 

「あのっ、ギルさんは黄金の船を使っての空での移動をするとお聞きしました! ですので、少しでも寒くないように、マフラーを編んでみた、んですけど……」

 

 「ご迷惑でしたか……?」と瞳に涙を浮かべながら上目遣いをするシエスタに、そんなことないよ、と即答する。

 

「編み物できるのあんまりいないからなぁ、ウチの城」

 

「……わらわは女王だし?」

 

「私は掃除洗濯調理なんでもできるけど……んー、編み物はまだ勉強中かなぁ」

 

「……村娘には必須スキルですよ……んぐむぅ……」

 

 卑弥呼、セイバー、ジャンヌが俺の言葉に反応する。話を聞いただけでも三分の一しか編み物スキル習得してねえもんな。壱与はもちろんできないし、アサシンも無理だ。出来そうなのは……良妻狐とか対魔忍ママとか元ヤン聖女とかパッと出てくるのはそのくらいかなぁ。

 

「いやー、でも贈り物ってホントうれしいなぁ……額に入れてかざっとこ」

 

「使ってください! 飾るものじゃないですよ!?」

 

「いや、俺基本貰ったものは大切にしたいからさ」

 

「大切の意味が違いますよ! 絶対! 使ってくださいね! じゃないと……」

 

「じゃないと?」

 

「……マルトーさんの所で意味ありげに泣きます」

 

「それはまずい」

 

 マルトーが怒るのもそれはそれで不味いけど、そこからマスターに情報が行くと俺が爆発することになると思う。

 

「そこまで言うなら、使わせてもらうよ。その前に保存と防御と加護と防塵と防水を付与して、絶対汚れないようにしてからだけど」

 

「……ギルさんって一度手に入れたものすっごい大事にしますよね」

 

「なによ。惚気?」

 

「ふえっ? いやっ、そんなっ、えへへ、大事にされてますけどぉ、えっへへへぇ……」

 

「あーくそ、わらわも大事にされてるっつの。……今日ぐらいに行くかなー」

 

 ぼそぼそ話す卑弥呼とジャンヌをしり目に、俺は魔術書と宝具を使用して、マフラーを保護する作業にかかる。

 

「よし、これで大丈夫だ。シエスタから貰った大事なものだからなー。使い続けて宝具になるまで神秘高めてやるよ」

 

「ええっ!? そ、そんな! 確かに使ってくださいとは言いましたけど……その、えと、古くなったり痛んだりしたら、また作りますから!」

 

「おぉ、そうなのか。じゃあ、その時は『シエスタからの贈り物コーナー』としてミュージアムに飾ろうか」

 

「ちょっと過激すぎませんか!?」

 

「過激なことなんてあるものか。俺は一度内側に入ったものは大切にしているだけだ」

 

 その辺は俺の性格的なものもあるのかもしれないな。コレクター的な。その辺を考えると、俺とギルガメッシュにはいくつか共通点があるのかもしれない。

 

「しかし、マフラーか。……装飾品なぁ。ん、シエスタってメイド服の他の私服ってどんなのあるの?」

 

「私の私服、ですか? ええと、寝間着に使うようなのを除けば、本当に普通の服しかありませんけど……」

 

「ふぅん……ジャンヌ」

 

「んー、ブレザーよりセーラー、体操服よりブルマ、ビキニタイプよりは旧スク、って感じですよねぇ」

 

「だよねえ。メイド服もちゃんと丈の長いやつのほうが似合うもんなー」

 

「ミニスカメイドじゃないですねぇ、このタイプは。清純系の野暮ったいのとか似合いますよ、絶対」

 

 俺はうなずきながら宝物庫を地面に展開する。現れるのは、セーラー服にブルマに旧スク。

 これが俺の変態的アンリミテッド・コスプレ・ワークスだ。俺の心象風景は宝具とコスプレ衣装で出来てるからな。

 

「じ、地面からお洋服が!?」

 

「これ、シエスタに似合うと思うんだよねぇ」

 

「こ、これなんて足も腕も出ちゃうじゃないですか……!」

 

「ああ、それ水着だからな」

 

「みずぎ?」

 

「そうそう。海とか湖とかで遊ぶ時に使うんだけど……そっかぁ、そういう文化ないかぁ」

 

 前ちょっとトラブルが起きたときにシエスタの胸がっつり揉んだことがあって、その話の流れからブラジャーとかの下着の話になったんだけど、そもそも存在しないって聞いてびっくりしたもんなぁ。水着もあるわけないか。

 

「ま、とにかく受け取っておいてくれよ。今度着てもらうから」

 

「お、お仕事で使うということでしょうか?」

 

「……仕事でセーラー服着るとかそれ完全に風ぞ」

 

「それ以上いけないぞセイバー」

 

「でも、似たようなことしようとしてるでしょ。セーラー服着せたシエスタに何する気なんだか」

 

「気を付けてくださいねシエスタちゃん。この人たいてい変態なんで、どんなプレイさせられるかわかったもんじゃないですよ」

 

「……一説によると男が女に衣服を送るのは『それを脱がしてやりたい』みたいな意味合いを持つらしいわね。……やーらしー」

 

「ぎ、ギルさんの夜伽用の服ということでしょうか……!? そ、そんな、うれしいですけど、こ、心の準備が――きゅぅ」

 

 ジャンヌ達に耳打ちされたシエスタが、あっという間に目を回して気絶してしまった。セイバーが調理の手を止めてキャッチしてくれたので良かったが、どうしたんだろうか。

 

「……立ちくらみみたいね。それで、ギル? あんた、この子とか手出す気あんの?」

 

「えぇ? なんでそんな話になんの?」

 

「なんでって……あんたの性格的に? 近くにかわいい子いたら絶対食べるじゃないあんた」

 

「いや、否定はしないけど。それでも相手の同意って大事だからな?」

 

「……ここに同意の取れて意識がないメイド一人いるけどいる?」

 

「それ世間的に言って最低だからな?」

 

「へー、それ酒呑さんに言ってみなよ。へべれけにしてつぶしてお持ち帰りした酒呑さんに」

 

「うっ」

 

「ま、とりあえず今日は私たち三人で我慢したまえよ」

 

 そういって、セイバーが作っていた料理を机に並べる。

 

「すっぽんの生き血とワインを混ぜて煮込んだウナギのかば焼きだよ。匂いがえぐいことになったけど、精力はつくと思う」

 

「……だろうな」

 

「というわけで、それ食べてしっぽりしようか」

 

 ……というわけで、卑弥呼とセイバー、あと顔を真っ赤にしたジャンヌに、かなり絞られるのだった。……あ、シエスタは自動人形の看病により無事目が覚めたらしい。

 

・・・




クラス:アサシン

真名:小碓命 性別:? 属性:混沌・善

クラススキル

気配遮断:B+

サーヴァントとしての気配を立つ。隠密行動に適している。さらに、男の下へ忍び寄る際には、有利な判定を受ける。
ただし、自身が攻撃態勢に移ると気配遮断は解けてしまう。


保有スキル

単独行動:A
マスターが不在でも行動できる。ただし、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合はマスターからのバックアップが必要。

神性:B
神霊適性を持つかどうか。高いほどより物質的な神霊との混血とされる。
天照大神の系譜である。

変装:A
自身の衣装、髪型、所作等を変え、自身の身分を偽る技法。ランクが高ければ高いほど見破られず、他人になり切れる。
このランクであれば、別人になれるどころか性別、骨格までも変えることができる。
美少女に変装し、熊襲健の下へと潜入、暗殺をした逸話と、後述の宝具、『西方征伐(くまそうちたおし)倭姫刀衣(だますころもとつるぎ)』より。


能力値

 筋力:C+ 魔力:B 耐久:D 幸運:B 敏捷:B+ 宝具:EX

宝具

西方征伐(くまそうちたおし)倭姫刀衣(だますころもとつるぎ)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:2人

西方に住まう熊襲健を始末する際に、倭姫より授けられた女性の衣装と短刀。この衣装を着ることによって、スキル『変装』を得る。
そして、短刀は男性に対して気配遮断の状態で近づき、突き刺すことによって、ダメージ判定に関わらず霊核を破壊することができる。しかし、一度の召喚でその効果を使用できるのは二度だけであり、それ以降はただの短刀になってしまう。
『男性を二人刺殺した短刀』『血に濡れてしまった衣装』の二つを使用することによって、第三宝具『■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■■■)』を発動できる。


■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:200人

これはですね、ちょっと今のクラスだとおっきくてあんまり使いこなせてないんです。……切れ味は、良いんですけどねぇ?

■■■■(■■■■■■■■)■■■■(■■■■■■■■■)

ランク:EX 種別:■■宝具 レンジ:― 最大補足:―

ボクは、死んでも君とは離れたくないんです。ずっと。……ずぅっと


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第二十八話 そういうのはニヤニヤしながら見るタイプ。

「にやにや」「にやにや」「口で『にやにや』言うのはやめろぉ!」「だって、ねぇ?」「なぁ?」「う、うぅー!」「可愛いもんだよ、ほんとに。『曲がり角でぶつかってパンチラしたい』って目的のためにずっとパン銜えて待ってたなんて、なぁ?」「ええ、しかも逆の方向に待ち伏せしてた所為で後ろから目標に話しかけられてびっくりして尻餅つくとか……ねぇ?」「可愛いなぁ」「可愛いですねぇ」


「……なにアレ」「可愛い失敗した月の民を弄る王様と土下座が得意な女神さまだよ」「悪趣味ねぇ」「でもまぁ、あの月の民チョロウザポンコツヒロイン属性持ちだからなぁ。愛されるよねぇ」「……私も愛されてこよーっと。ギルせんぱーい!」


それでは、どうぞ。


「ひどい目にあった……」

 

 いや、ひどくはないんだけど、あの後壱与とアサシンが参加してきたのがやばかった。底なし性欲М王女はちょっとでも隙を見せたらすべてを吸い取る勢いだったからな……。

 

「部屋に戻ってちょっと休むか……」

 

 鯖小屋は今大変なことになっているので、シエスタだけ別の部屋に運んでもらって、他は適当に放り投げてきた。ぐでんぐでんになっても英霊だ。すぐに復活するだろう。その時に俺がいたら絶対に襲われるので、とりあえずマスターの部屋に避難しようと思ってこうして歩いているんだが……。

 

「む?」

 

 あれは……ギーシュ? ここは女子寮のはずだが……またどっかの女の子ストーカーしてんのかな?

 放っておくわけにはいくまい。一応声掛けをしておこう。少しの距離を歩いて、部屋の前へ。コンコンとノックをしてから、扉を開く。

 

「ギーシュ?」

 

「ん? おや、ギルじゃないか。どうしたんだ?」

 

 扉を開くと、部屋の中にはギーシュともう一人女子生徒が。お互いにワイングラスを持っているから、知らない仲ではないのだろう。

 とりあえず、ギーシュを女子寮で見かけたので、怪しいと思って一応様子を見に来た、と正直に話した。前科もあるしな。

 

「はっはっは! きみぃ、それは早とちりというものさ! モンモランシーと僕は知り合い以上の仲でね。こうしてワインを飲み交わすのもよくあることなのさ!」

 

「なるほど。……ワインか。どんなのだ?」

 

 俺の問いに、ギーシュはワインのラベルを見せてくれる。……うん、わからん。そういえば文字はさっぱりだった。いや、さっぱりって程ではないんだけど、それにしてもこれはわからん。『どこどこ産のなんとかを使った』までは読めるんだけど……地名らしきものとかがわからん。

 

「そうか、まだ文字はあまり読めないんだったか。飲んでみるかい?」

 

「お、いいのか?」

 

「あっ……!」

 

 ギーシュが差し出してくれたワイングラスを受け取ると、女子生徒……モンモランシーが短く声を上げる。まぁまぁ。一口だけ貰えればすぐに退散するから。そう心の中で思いながらワインを口にしようと……。

 

「ギルっ!」

 

「うおっ!? お、っとと!」

 

 急に後ろの扉が開いて声を掛けられたものだから、驚いてこぼし掛けてしまった。

 

「どうした、マスター。……というか、よくここにいるってわかったな」

 

「あんたの自動人形から知らない女子生徒の部屋に籠ってるって聞いて飛んできたのよ! ……って、ギーシュもいるじゃない。なんだ、走って損したわ……」

 

 どーせ下らない四方山話でもしてたんでしょ、と腰に手を当ててため息をつくマスター。走ってきたというからか、少し息が荒い。

 

「……走ったらのど乾いた。ちょっと、そのワインちょうだい」

 

「ん? ああ、口はつけてないから安心するといい。ほら」

 

「あぁっ……!」

 

 渡したワインを、ぐびぃ、と煽るマスター。……いくらジュースみたいな度数と言えど、一気はダメだと思うよ俺は……。あーあ、俺も一口くらい飲んでおきたかったんだけど……ま、厨房にでも行けばあるだろ。今度でいいや。

 マスターからワイングラスを貰ってギーシュに返す。ついでに謝っておく。全部飲んでごめん。飲んだの俺じゃないけど。

 

「――ひっく」

 

 しゃっくりみたいな声を出したマスター。不思議に思って視線を向けてみると、一度俺と目が合った後、うつむいたまま動かなくなってしまった。……酔ったか?

 

「おい、マスター? ……返事がないな。すまん、ギーシュ。マスターが酔ったみたいだからちょっと部屋に帰るよ。邪魔したな」

 

「うむ、しっかり見てあげたまえよ。使い魔にとって主人は大切な相棒であるからね!」

 

 流石ヴェルダンデを愛しているだけあるな。

 さて、とりあえず部屋に戻るかー。

 

「ほら、帰るぞマスター」

 

「……うん。帰る」

 

 寄ったら素直になるのか、こくんと頷いたマスターは俺に手を引かれるままについてくる。今度から定期的に酔わせようかな。いつものツンツンな感じも元気でいいのだが、この素直な感じもたまに味わうならとても新鮮で楽しそうだ。

 ……結局、部屋に戻った後、マスターはそのままベッドに飛び込んで眠ってしまった。……ま、休みだしいいか。俺もあっちのベッドで寝よっと。

 

・・・

 

「……おきて。……ねぇ、起きてよぉ」

 

「……ん、む、セイバー、か? くぁ……久しぶりに寝入った気がする。久しぶりに多人数相手にしたから疲れてんのかなぁ……」

 

「……まだねる?」

 

「んー、もう少し寝ようかなぁ……」

 

「じゃ、私も寝る。隣あけて」

 

 セイバーは甘えん坊だなぁ、なんて思いながら、寝ぼけつつ布団にセイバーを受け入れる。もぞもぞと入ってきたセイバーは……ん? これセイバーじゃねえな。細いし髪の毛がふわっふわしてる。目を開けてみると、桃色のブロンド。……あえぇ?

 

「あ、あれれー?」

 

 おっかしぃぞー? なんでマスターがこんな素直に甘えて……おぉう、すっごい抱き着かれてるぅ……。

 

「もういっかぁ……髪の毛もふもふで気持ちいいしぃ……」

 

「こらぁ!」

 

「うおっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 ぼふん、と俺たち二人の上に飛び込んできたのは、軽装になったセイバーだった。

 

「『いっかぁ』って何!? 完全に変でしょ!? おっかしいでしょお!?」

 

「いや、素直になったんならもう俺も素直に抱き枕にしたろうかなって」

 

「この性欲の権化が! 抱き枕からどうせ空気入ったワイフになるんだろうに!」

 

 ぼっふんぼっふんと俺の上で跳ねるセイバー。元気だなー。

 

「よっと」

 

「うひゃ」

 

 暴れるセイバーの脇をもって持ち上げながら起き上がる。変な声を上げるセイバーを持ったままベッドを降りる。

 

「……むにゃ? ……ギルぅ、私もだっこぉ……」

 

「……はいはい。ちょっと下すぞ、セイバー」

 

「ん。……これは原因究明が急がれるね」

 

 ニュースの原稿みたいなことを言い出したセイバーを降ろし、マスターを抱っこする。

 

「んぅ。えへへぇ、あったかい……」

 

 俺の首に腕を回してがっつり抱き着いてきたマスターに、ちょろっと魔術を発動する。健康診断みたいな魔術だが、これでいつもと何が違うかは……。む。

 

「精神汚染……? 効果的には……惚れ……惚れ薬ぃ?」

 

何だってそんなものが……? ……うぅむ、寝る前にあったことは……あ、あれか! あのワイン! あれを飲んでから様子が変だった! あれは酔ったからではなくて、惚れ薬が効いたからだったのか……!

 

「ま、それなら解決はすぐだろう」

 

「どうするのさ?」

 

「これを飲ませればいい」

 

 そういって、俺は宝物庫からエリクサーを取り出す。これは錬金術の究極、『賢者の石』を使って作られるという不老不死の秘薬……のちょっと下のもので、効果をあらわすならば『状態異常の回復』程度の薬だ。……だが、それに関しては効能は最高であり、スタン状態や毒、やけど、攻撃力や防御力ダウンなどの異常から、封印等の弱体状態を解除できるのだ。前にやった実験で、『千紫万紅・神便鬼毒』を食らった後『陽の眼を持つ女』と『百合の花咲く豪華絢爛』のダブル魅了やられてもこのエリクサーで無事に回復したからな。……三日後に、だけど。

 

「あー、それなら大丈夫だね。ほら、ルイズ嬢、あーんしてー」

 

「……なにそれ」

 

「マスターは今ちょっと混乱してるみたいだからな。すっきりする薬だ」

 

「その言い方めちゃくちゃ怪しいよ、君……」

 

 そう言われるとそうだな。ま、とりあえず飲んでくれれば治るし、少しくらい怪しかろうといいだろう。

 

「すっきり? ……いま、すっごいすっきりしてるのよ。もやが晴れたみたいなの」

 

「あー、そう? いや、でもこれ、美味しいんだぞー?」

 

 何度か宝物庫の中にある薬を飲んだことがあるが、とても不味い。どれもこれも一部の例外を除いてまずい。その問題に対して、俺とパラケルススで『宝物庫の秘薬の味改良プロジェクト』を発足。研究を重ねた。対象となったのは、『若返りの薬』『エリクサー』『栄養ドリンク』の三種類。それぞれグレープ、メロン、レモンの味になるように調整をした結果、とても清涼飲料水みたいな味になった。味の調整のために飲みまくっていたら、異常に元気になったりして困ったこともあったけれど、その時は有り余る元気を受け止めてくれる娘に事欠かなかった……と言うよりも普通に過多だったので、逆に助かった面もあった。

 ……まぁ、生前のそういう頑張りのおかげで、今現在宝物庫の中にある薬の味は改良されているといってもいい。不味くて飲んでもらえないことはほぼないだろう。だが、俺の話を聞いたマスターはぷい、とそっぽを向いて飲むのを拒否した。

 

「やっ! 飲みたくない!」

 

「そんな駄々っ子みたいな……いい子だから飲んでくれよ。な?」

 

 なんとか宥めすかして飲ませようとするも、マスターは変わらずそっぽを向いたままだ。

 

「んー。……ルイズ嬢、どうしたら飲んでくれる? ギルはある程度のことなら聞いてくれるよ?」

 

 そうやって優しく聞くセイバーに少しだけ心を開いたのか、マスターは顔を赤くしながらぼそぼそと何かを呟く。

 セイバーが近くに寄って耳を貸すと、マスターはセイバーに何事かもう一度つぶやいた。それを聞いたセイバーはうんうんと頷くと、俺の方へと来る。

 

「で、なんて言ってた?」

 

「『恋人みたいに甘やかしてほしい』って言ってた」

 

「……マジで?」

 

「マジで。今は下手に出るしかないだろうね。……無理やり飲ませる手もないわけじゃないけど……」

 

 その場合の抵抗はかなりあるだろう。寄ってたかって小さな女の子に無理やり薬を飲ませる様はあまり人に見せられるものじゃないしな。

 

「いや、それは最終手段だな。今マスターに何か害があるわけじゃないし……」

 

 時間もある。焦る必要はないだろう。

 

「そ? ならいいけど。じゃ、私はちょっと離れておくとするよ。……頑張ってね」

 

 そうウィンクをして霊体化するセイバー。残ったのは、俺とそわそわするマスター。ちらちらこっちを見上げては視線を外し、指を絡めて不安そうにもじもじしている。なんだこの可愛い生物。

 

「マスター。まずは何しようか」

 

「……」

 

 ぷい、と俺の呼びかけには答えてくれないマスター。えぇ……? なんで急に不機嫌になってるんだ……?

 

「マスター?」

 

「……ルイズって呼んで」

 

「あー、えっと、ルイズ?」

 

 俺の呼びかけに、マスター……ルイズは、驚くべき速さでこちらを見る。髪の毛がふわりと広がり、ニコニコとこちらを見上げる。

 

「なぁに、ギル?」

 

「あーっと、甘えたいって例えば……どんなふうに?」

 

 俺の質問に、ルイズは無言で両手を広げる。……あーはいはい。抱っこね。

 

「よっと」

 

「わぁ……!」

 

 ルイズは俺に抱えあげられて、感動したような声を上げる。そのまま俺の首に手を回すと、すりすりと俺の首筋にマーキングするように頬を擦りつけてくる。

 

「んふふー」

 

「嬉しそうで何よりだよ、ルイズ。……さ、次はどうしようか」

 

「えー? しばらくはこのままが良いわ。あ、優しくなでるのも忘れないでよね?」

 

 ルイズの頭を撫でながら、ベッドに腰掛ける。立ったままっていうのも変だしね。

 しばらく撫でていると、ルイズがゆっくりと話し始める。

 

「……あのね。ずっとこうやって欲しかったの」

 

「そうだったのか? ……いつもの態度からだとそうは思えないけど……」

 

「そうよね。……ごめんなさい」

 

「む、いや、謝ってほしかったわけじゃ……」

 

 しおらしいルイズとか勝手が違うぞ。戸惑いを隠せない。

 

「あのね、もっとぎゅってして欲しいの」

 

 言われたとおりに力を込めてみる。可愛らしい声を上げて、ルイズも腕に力を入れたようだ。……まぁ、元々非力なルイズにどれだけ力を込められたところで、たかが知れているんだが。それでもその行為自体には感じるものがある。……うぅむ、これはまずいかもしれんぞ。そういえばマスターは結婚もできる歳……ということは、合法なのでは?

 

「んぅ? どうしたの?」

 

「……イケるか……?」

 

 俺の首元に顔をうずめながら不思議そうな声を上げるマスターに、『やっちゃってもいいんじゃねコレ』という俺の悪い部分が出てくるのを感じる。うおぉ、やめるんだ俺。『絶倫王』『カレンダーに『誕生日』の文字がない日がない王』『プレゼントに使う金だけで経済を回した王』『産婦人科をブラック勤務させた王』と呼ばれたことを思い出すんだ……ほんとろくなことしねえな俺。

 

「どこかに行くの?」

 

「いや、ルイズがイく……いやいや、違う違う。今のは口が滑った」

 

 俺もなんだかんだで安易に下ネタに走る男である。ちゃうねん。ウチの筆頭問題児の所為やねん。

 そのうち召喚できたらすることにするか。あいつのクラスって何になるんだろ。『キャスター』か『バーサーカー』になると思うんだけど……。え、『セイバー』? あの程度の技量で?

 

「……ね、ギル? その、男の人はこうしてると我慢できなくなるって壱与から聞いたわ。どう? 私のことも、好きになりそう?」

 

 頑張って体を密着させようとしているルイズが、そう聞いてくる。や、やめるんだ……俺の理性はそんなに強くないんだ……。英霊になったからか、それとも俺のもともとの性質的なものか、可愛い女の子への興味はいつまでも衰えないんだ……うおぉ、惚れ薬で好意を示してくれている女の子を襲うわけには……ぐぬぬぅ……。

 

「ていやっ」

 

「おぶっ」

 

「ギルっ!?」

 

 必死に耐えていると、後頭部に衝撃が。衝撃でルイズを離してしまったが、逆に良かったのかもしれない。後ろを振り向いてみると、セイバーが拳を握ってそこに立っているのが見える。

 

「……正気に戻ったかい?」

 

「あ、ああ。もともと正気だったというか……」

 

「全く。あれだけ出しておいてまだそういうのが残っているのは流石君と言うべきかな。……もっかいするかい?」

 

「い、いや、それには及ばないとも。……そういえば、この惚れ薬ってなんでギーシュのワインに入って……あ、あの金髪ロールの子か」

 

「みたいだね。話聞いてみるかい?」

 

「その方がよさそうだ」

 

 モンモランシーの所に行こう、とルイズに声を掛けると、悲しそうな顔をして「モンモランシーのほうがいいの……?」と言い始める始末。違うんだよー、と宥めるのに十分ほど消費してしまったが、なんとか交換条件で納得してもらえた。……おでこにキスで満足してくれるうちは可愛いもんだなぁ。

 

・・・

 

 食堂にたどり着くと、どうやら食事が終わった後らしく、生徒たちがぞろぞろと出てくるのが見える。

 その中にギーシュとモンモンを発見したので、声を掛ける。

 

「おーい」

 

「ん? ……おぉ、ギルじゃないか! ヴァリエールは元気になったのかい?」

 

「それが複雑な事情があって……モンモンに話があるんだけどいいか? ……いいよな?」

 

 少しだけ目に力を入れてモンモンを見る。ひっ、と小さく悲鳴を上げたモンモンは、顔を青くして小さく頷く。

 

「よしよし。じゃ、テラスに行こうか」

 

 そういって、俺たちはテラスへと向かう。

 道中、学生たちが俺たちを除けていくんだが……まぁ、これはこれで歩きやすいから良しとしよう。

 

「……で?」

 

 テラスに着き、テーブルに座った俺たち五人。俺から話を切り出すと、モンモンはプルプル震え出した。

 

「ウチのマスターを」

 

「……なまえ」

 

「……ウチのルイズをこんなにした原因は……モンモン、あの時のワインにあるんだな?」

 

 詰問のようになってしまったな。落ち着かないと。

 

「う、うぅ……そ、そう、よ」

 

「あ、いや、そんなに怖がらないでほしい。なんていうか、ギーシュ相手に使う予定だったってのはわかるしな」

 

「……やっぱりわかる、かしら」

 

「ええっ!? そ、そうだったのかい、モンモランシー!」

 

「そりゃあそうでしょう! だってギーシュったらあっちへふらふらこっちへふらふら!」

 

「……わかるわ、モンモランシー」

 

「え?」

 

 ギーシュを問いただしていたモンモランシーに、静かな共感の声が上がる。俺の隣に……と言うより、俺の膝に座っていたルイズが、ばっと顔を上げる。

 

「わかるわ、モンモン!」

 

「え、ええ……? っていうか、あんたまでモンモン言うの……?」

 

「ギルだってね、周りにメイドとか英霊とか侍らせるしね? なんか怪しいのも何人かいるし……」

 

「そ、そう、なの」

 

「そうなの!」

 

「へ、へぇ……ちょ、ちょっと。なんとかしてよ」

 

 テーブルに身を乗り出して詰め寄るルイズから逃れるように身体を反らすモンモンが、俺に助けを求めてくる。……しゃーない。ルイズにあれを飲ませたのは俺の責任だし、ここは少し抑えるとするか。

 

「ほら、ルイズ。モンモンが困ってるだろ。こっちにおいで」

 

「わふっ。……え、えへへ」

 

 ルイズを抱き戻す。再び俺の膝の上に収まったルイズは、撫でてやるともう先ほどのことは忘れたかのように顔を緩めて犬のように頭を擦りつけてくる。

 

「……凄いわね。流石は禁薬……」

 

「え、禁止されてんの?」

 

 マジかよ。そんなもん作ってんのか。ばれなきゃ犯罪じゃないってやつか。

 

「あっ、藪ヘビだったかしら……。ま、まぁ、お金さえあれば解毒薬も作れるし、いいじゃない。……内緒にしてよね」

 

「ああ、解毒薬もあるんだ、ちゃんと。ま、害もないし黙ってるさ」

 

「ええ。まぁ、ちょっと値が張るんだけど……」

 

「薬に関しては大丈夫。コレがあるから」

 

 そういって、エリクサーを置く。

 

「小さい薬ねぇ……」

 

 そういって、モンモンは杖を振る。『ディテクト・マジック』だろうか。少しして、首を傾げ、すぐに顔を驚きに変える。

 

「なにこれ、こんなに小さいのに込められてる魔力が尋常じゃない……!? っていうか、ただの解毒薬とかじゃないわよねこれ!?」

 

「もちろん。効果的には解毒って簡単な感じの物なんだけど」

 

「……どのくらいのものまで解毒できるの?」

 

「どのくらいのものまでも解毒できると思うぞ。……あ、神霊とかの呪いは難しいかなぁ。『毒』じゃなくなっちゃうからね」

 

「そ、そんなの何で持ってるのよ!?」

 

「なんでって……俺の宝物庫にはだいたい何でもそろってるからね」

 

 宝具からメイドまで。なんでも入っているのだ。長い付き合いだが、まだ全容はわかっていない。

 

「っていうか、そんなのあるならなんで治さないのよ? ……まさか」

 

「いやいや、違う違う。この状態を楽しんでるわけじゃないよ。……ルイズが拒否するんだよ。あんまり無理やりもしたくないし、ルイズには令呪もある。本気で拒否されて万が一にも令呪が発動したら……なんていうか、もったいないしね」

 

 宝物庫に何個かあるとはいえ、そもそも無駄に使わないのに越したことはないしな。

 

「へー。……ヘタレね」

 

「そこがいいんじゃないか、モンモン嬢」

 

「えー……? っていうか、あんた誰……?」

 

 ギーシュと仲良くしてるし、この子は薬の調合が得意な水のメイジらしいので、これからもよろしくという意味を込めて自己紹介を兼ねて俺のことを説明しておいた。当初はもちろん信じてはくれなかったが、いくつかの霊薬、秘薬を見せることでとりあえずは『普通の使い魔じゃない』ということはわかってくれたらしい。

 

「え、じゃあ秘薬の材料で必要な物とか入ってるわけ?」

 

 例えば? と聞いてみてモンモンが言った素材を順にテーブルの上に出す。

 

「こっ、かっ、なっ、ばっ……!」

 

「『言葉を失う』とはこういう状態のことを言うんだなぁ、と勉強になるね」

 

「じゃ、じゃあ、『精霊の涙』とかも?」

 

「……んー、それは『こっち』特有のものだな? たぶん類似品はあるけど、モンモンが欲しいものじゃないな。どんなものなんだ?」

 

「『涙』っていっても、泣いてでてくるものじゃなくて、水の精霊の体の一部なのよ。……ちょっと前まではウチの家が水の精霊との交渉を引き受けてたんだけど……まぁ、ちょっとした事情で他の家に変わったんだけど……」

 

「ふぅん。……それ、市場じゃ手に入らないのか?」

 

 金に糸目はつけないけど、と付け加えてみるも、モンモンは首を振った。

 

「私も惚れ薬を作るときに一応解毒剤も作っておこうと思って素材を調べたんだけど……そもそも入荷してないみたいなのよ」

 

「へえ。その交渉担当の家が独占してるとか?」

 

「そもそも水の精霊が姿を見せなくなったとかなんとか……だから、なんで手に入らないのかも謎なのよ」

 

「そうか。……よし、行ってみよう、その精霊の下へ」

 

「え、はぁ!?」

 

 俺が何か動くときは、だいたいマスターであるルイズや協力者としてこの学院の生徒を連れていくことが多い。だから、俺が申請すれば、オスマンはその生徒を『公休』にしてくれるように働いてくれるらしいし、モンモンやギーシュ、ルイズの単位には響かないだろう。……まぁ、あとで復習はしないとダメだろうけど。

 

「モンモンも気にならんか? 水の精霊に何があったのか」

 

「そりゃ、確かにきになるけど……」

 

「よし、じゃあ行こう」

 

 そういって、立ち上がる。ルイズはそのまま片手で抱き上げ、二人をせかす。

 

「ほら、行くぞ二人とも」

 

 とりあえずは、いつものヴィマーナで行くとしよう。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ライダー

真名:菅野直 性別:男 属性:秩序・善

クラススキル

騎乗:A+
どれだけ乗り物を乗りこなせるかをあらわす。幻獣・神獣を除く乗り物すべてを自在に乗りこなせる。
プロペラで動く戦闘機ならば、さらに有利な判定を得られる。

対魔力:E-
魔術に対する守り。無効化はできず、ダメージ数値を多少軽減する。オカルトを信じていないので、たまに不利な判定を得ることもある。


保有スキル

カリスマ:D+
軍団を指揮する天性の才能。団体戦闘において、自軍の能力を向上させる。
部下からの人望熱く、さらに見知らぬ土地の民から王様のように扱われたりと、近代に近い英霊にしては高いカリスマを誇る。

狂化:E
通常時は狂化の恩恵を受けない。
自身が激昂するようなことが起きたときに、癇癪という形でステータス上昇を発生させる。その時の行動は、まさに『デストロイヤー』と言って差し支えない。

心眼(偽):C
第六感による危機回避。菅野直は、操縦したことのない飛行機が落下しかけたとき、自身でこれを操縦し、不時着までもっていったという逸話を持っている。

能力値

 筋力:C 魔力:E 耐久:B 幸運:A+ 敏捷:C 宝具:A

宝具

■■■■■■■■■■(■■■■■■■■■)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:自分自身 最大補足:1人

本人曰く、『特に宝具なんていらなかったけど、英霊として必要だと言われたから適当に決めた』らしい。そんなところまで破天荒なのか、と頭を抱える王様がいたとかいないとか。


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第二十九話 憎しみ抱けるだけ元気

「ぐぎぎぎぎ……」「……どうしたマスター、キュルケをそんな、親の仇みたいな目で見て」「実際ツェルプストーの家は親の仇みたいなものよ!」「……それもそうか。おや、あれはシエスタ」「ぐぎぎぎぎ……」「……どうした、シエスタまでそんな、親の仇を見るような……」「ねぇ」「うん?」「きょ、興味がわいたから聞くだけだけど……その、身体の一部を大きくしたり小さくしたりするような宝具、宝物庫に入ってないの?」「……ああ、そういうことか、マスター。おっぱ」「『フライ』」「ぐおぉっ!?」「……余計な詮索はしない方が良いわよ。爆発したくなければね」「……その忠告、ちょっと遅かったかなぁ……」


それでは、どうぞ。


 やってきたのはラグドリアンという湖。道すがら、ルイズからの説明で『誓い』の湖なんだと説明を受けた。そこで愛を誓ってほしい、とも言われたが……まぁ、それはおいおいな。

 

「……あれ?」

 

「どうした、モンモン」

 

「なんか、湖の大きさが変わってる……ような?」

 

 モンモンが言うには、もうちょっと湖は小さかったという。近くに村があるとのことで、まずはそこへ向かってみることにした。

 村から見えないところに着陸し、そこからは少し歩く。すぐに村が見えてきて、俺たちの姿を見た村人がこちらへ駆けよってきた。

 

「おお、お貴族様! 湖の件で来て下さったんですか!?」

 

「え、えっと……」

 

「ああ、そうだとも。話を聞かせてくれるか」

 

 あたふたし始めたモンモンの代わりに俺が話を聞く。村人の話によると、何か月か前からラグドリアン湖の水位が上がり始めたらしい。船着き場が沈み、畑が沈み、すでに家が沈み始めているとのこと。解決してほしいと訴えてはいるものの、領主に動きはなくこのままでは村を捨てなければ、と悲嘆に暮れていたとのこと。

 

「なるほど、住処すらなくなるのはまずいよな……」

 

「ええ、ええ。その通りですとも。湖からこちら、陸地は人間さまのものだというのに、精霊様は何を考えているのやら……」

 

「安心するといい。精霊と話をするとしよう。話して理由がわかれば、解決もできるはずだ」

 

「おぉ! ありがとうございます……!」

 

 感激した様子で俺たちを拝む村人。なんとか顔を上げてもらい、俺たちは村を後にした。

 

「ちょ、ちょっと……。あんなこと言って大丈夫なの……?」

 

「うん、大丈夫。最悪のための宝具はあるしね」

 

 精霊と敵対してしまうことになるかもしれないが、まぁ解決すればいいだけだ。気楽にいこう。最悪、恨まれるのは俺だけになるようになればいいしね。

 

「じゃ、行ってみようか。……そういえば精霊って普通に姿見せるのか?」

 

「それは私の使い魔がいれば呼び出すことはできると思うわ。……話を聞いてくれるかどうかはわからないけれど……」

 

「いやいや、それが出来るだけで大したものだ」

 

 俺がそういう正規の手順を踏むことはまれだからな……。

 歩いてラグドリアン湖の広がった水辺へ到着すると、モンモンが自分の使い魔を呼び出す。使い魔がカエルだったので、ルイズがちょっとびっくりするような事態もあった。モンモンがそのカエルに自身の血を垂らし、湖に放す。すいすいと泳いでいって、戻ってくる。

 

「これで呼び出しに応じてくれればいいんだけど……」

 

 カエルが戻ってきてから少しして、湖の水が渦巻き始める。すぐに重力に逆らって持ち上がり、モンモンと同じ形をとり始める。なるほど、水の精霊と言うだけあって決まった形とかないのか。たぶんだけど、あの血から人物を読み取ってその血と同じ人物の形をとるのだろう。……人間側に寄って話してくれるというのは、精霊にしては珍しいのではないだろうか。

 形が安定し始めた湖の水は、巨大なモンモンの姿をとって、こちらを見下ろしてくる。

 

「私はモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で、古き盟約の一員の家系よ。カエルに付けた血に覚えはおありかしら」

 

 水の精霊は表情を確かめるようにいくつか変えた後、最初と同じように無表情になって、喋り始めた。

 

「覚えている。単なるものよ。貴様の体を流れる液体を、我は覚えている。貴様に最後にあってから、月が五十二回交差した」

 

「よかった。聞きたいことがあるの。……なぜ湖の水を増やしているのかを教えてほしいの。……何か理由があるなら、協力できるかもしれないわ」

 

「お前たちには関係のない話だ、単なるものよ。我は信用出来ぬものとは語らぬ」

 

「そーよねー……。ど、どうするのよ」

 

 そういってこちらを振り向くモンモン。その視線につられたのか、水の精霊もこちらを向く。

 

「……む? お前は……」

 

 俺を見た水の精霊が、表情を変える。いくつか表情を変えた後、また無表情に戻って、俺に話しかける。

 

「単なるもの……にしては奇妙な感覚だ。混ざっているのか?」

 

「ん、まぁ、半神半人は混ざってると言っていいだろうな」

 

「ふむ、聖なる気配すらお前からは感じるぞ、混じりし者よ。お前は我らに近いようだな。……お前になら、話してもよいかもしれぬ」

 

 そういって、精霊は話し始めた。自身を襲撃に来る者たちがいること。自分は湖を広げるので忙しく、そちらに対処できないこと。なので、その襲撃者をなんとかしてほしい、ということを簡潔に説明された。

 

「なるほど。……そういえば、なんで湖を広げているんだ?」

 

 住人達からの依頼を思い出して、その点を聞いてみた。何か、精霊の身に起こっているのだろうか?

 

「なんということはない。ただ、盗られたものを取り返そうとしているだけの事」

 

「? ……それがどうして、湖を広げることにつながるんだ?」

 

「この地を水が覆えば、いつかは盗っていった者に届くだろう?」

 

 何を当たり前なことを、という感情が、精霊から伝わってくる。……マジか。何年……いや、何百年単位の捜索になるぞ、それ……。気が長いというか。まぁ、精霊は基本的に人間とは考え方も違うしな。多分寿命なんて概念もないだろうし、だからこそできる芸当ということだな。

 

「なるほど……。盗られたものって何なんだ?」

 

 俺たちが探し出すか……水の精霊の存在に今すぐ必要なものだというなら、似たような宝具を用立てても良い。

 

「『アンドバリ』の指輪。我と共に時を過ごした指輪だ」

 

「……聞いたことがあるわ。『水』系統の伝説のマジックアイテムの名前だったはずよ。確か、偽りの生命を死者に与えるとかいう……」

 

「その通りだ、単なるものよ。誰が作ったか物かはわからぬが、お前たちの仲間なのかもしれぬ。ただ、お前たちがこの地に来た時には、すでに存在していた。……死は我にはない概念故理解出来ぬが、その『死』を免れたいと思うお前たちには、なるほど魅力に思えるのかもしれぬ。――しかし、所詮は偽りの命。旧き水の力にすぎぬのだ。益にはなるまい」

 

「それを盗られたから、こうして水かさを増やしているってことか。……どんなやつが盗っていったとかはわかるか?」

 

「風の力を使いやってきたお前たちと同じ単なるもの数個体だ。我は眠っていたのだが、その我には触れずに秘宝のみを持ち去っていった」

 

「数個体……まぁ、数え方は考え方の違いだな。……名前とかは喋ってなかったか?」

 

「個体の名称か……確か、個体のうち一つが、『クロムウェル』と呼ばれていた」

 

「アルビオンの新皇帝と同じ名前ね。……何か関係あるのかしら」

 

 確かに、直近で聞いたもので同じ名前というなら、怪しそうだな。……また新生アルビオンか。

 

「よし、わかった。その秘宝を取り戻そう。だから、水位を元に戻してほしいんだ」

 

「……ふむ、混ざりし者よ。お前の言うことなら信じることができるだろう。単なるものとは違い、探す力も時間もありそうだ。わかった。我の下に戻るのなら、水かさを増す必要もない。しばらくすれば、水位も戻るだろう」

 

「ありがとう、水の精霊。……そういえば、その秘宝は早く戻さないとまずかったりするのか? それなら急いで探すけど……」

 

「いや、混ざりし者よ。お前がこの世から去るときまでで良い」

 

 気の長い事で……。まぁ、精霊なんてこの世の理からほとんど外れてしまったような存在だ。そのくらい当たり前か。

 

「よし、あとは襲撃者をなんとかしてやれば、この件は解決かな」

 

 今日の夜から張り込むとしよう。……あ、そうだ。

 

「ついでに『精霊の涙』を貰っていくとしよう。水の精霊よ、それくらい良いだろう?」

 

 俺がそういうと、精霊はため息をつくような動きをした後に、右手を差し出し、滴をこちらに向けて放ってきた。それを宝物庫謹製の小瓶に詰め、効果を確認してみる。ほうほう、ふむふむ。これはレアものだな。SSRくらいだ。俺の蒐集癖的にも大満足の品物だ。

 

「凄い……」

 

「む、そんなに凄い素材なのか。……もうちょっともらっておいたほうがいいのか……?」

 

「違うわよ。精霊があんなに呆れたような感情をあらわにするのが凄いっていってんの。遠慮なしなんだからあんたは……」

 

 よく機嫌を損ねなかったわね、とモンモン。……精霊というくらいだから気まぐれなんだろうな。そういうことで納得してもらうとしよう。

 

「よし、こうして報酬ももらったことだし、さっそく今日の夜から張り込むとしようか!」

 

 こうして、俺たちはこの湖畔に一泊することが決定するのだった。

 

・・・

 

 ――水の精霊に色々聞いてみたり、宝具を見せてみたら興味を持ったので調子に乗って色々見せたりしていると日も暮れてきたので、夜に向けて準備することに。と言っても、俺は夜目が効くし、後は茂みの蔭にでも隠れておけば、襲撃者とやらを発見できるだろう。

 危ないのでルイズはモンモン達と一緒に離れていてほしかったけど、まぁ、予想していた通り離れてくれなかったので、一緒に連れてきた。モンモンもギーシュと一緒についてきたので、全員で茂みの奥にて待機中だ。

 

「しっかし、精霊に聞いてこちら側で待機しているけれど……ガリア側の湖畔っていうことは、ガリアの人間なのかね?」

 

「ガリアの領地にも浸水してるみたいだからな。そっちの問題解決のために来てるのかもしれん」

 

 なので、襲撃者を止め、話し合いで解決できそうなら解決しようと思っているのだ。向こうも精霊が湖を広げるのをやめたと知れば襲撃を思い直してくれるかもしれないしね。

 

「ま、とにかく無力化は俺がやるから、ギーシュはモンモンと……いや、モンモンだけ守っててくれればいいよ。ルイズは俺が守るからさ」

 

 ギーシュに女子二人を任せようとしたら、ルイズから妙な視線を喰らったので、慌てて発言を修正する。……まったく、最初からこうならかわい……いや、ツンツンしてても可愛かったな。どっちみち可愛いじゃないか。流石は俺のマスター。

 俺の『守る』発言を聞いた瞬間に顔を赤くして、頬に手を当てていやいやと振り始める。彼女の綺麗な桃色のブロンドがふわりと広がる。

 

「はー、お熱いことで」

 

 やだやだ、と手を振るモンモンに苦笑いを返していると、人の気配を感じた。

 

「……来たみたいだ」

 

 手でみんなを制しながら、茂みの蔭から相手を確認する。千里眼のおかげで夜でもよく見え……あれ?

 

「……ちょっと待っててくれ。あれは……」

 

 三人をその場で待機させて、俺だけで動く。霊体化すれば、すぐに相手の方へ向かえる。相手の後ろで実体化をすると、襲撃者であろう二人組のうちの一人が、素早く後ろを振り向く。

 

「っ!」

 

「待て待て! タバサ! 俺だ!」

 

「……? ……ギル?」

 

「ひゃっ!? い、いつの間に!?」

 

 俺に向けて杖を向けていたタバサが杖を下すのと、キュルケが俺に気づいて変な声を上げるのは同時だった。

 

「……やっぱり二人だったか」

 

「どうしてここに?」

 

「あーっ、もうっ、びっくりしたぁ……! ダーリン、どうしたのよ、こんなところで!」

 

「そっちこそ。何しに来たんだ?」

 

「……ひみt」

 

「タバサの家からお願いされたのよ。水の精霊を倒して、湖の水かさがこれ以上増えないようにしてくれって」

 

 タバサがなにやら言おうとしていたが、キュルケが笑顔でつらつらと説明してくれた。

 

「なるほど……でも、それなら倒す必要はないぞ。すでに俺たちもそれを相談されててな。精霊とは話を付けた。もう湖が広がることもないから、そのうち水位も戻るよ」

 

「そうなの? 流石はダーリン! 精霊とも話し合いでなんとかするなんて、英霊ってすごいのね!」

 

「……精霊と英霊はどういう関係? 仲がいい?」

 

「いやー、存在的に近しくて仲が良くなったわけじゃないんだよ。少し話し合ってみたら、利害が一致してな。それで取引したまでだよ」

 

 とりあえず、二人をギーシュたちの下へと連れていく。三人はタバサとキュルケが襲撃者なのだと知ったときは驚いていたが、それも少しのことで、すぐにワイワイと野営の準備となった。とりあえずここで夜を過ごして、明日精霊の下へ向かい、タバサたちも精霊と話をすることに決めた。

 

・・・

 

「……それにしても、惚れ薬でねぇ……」

 

 キュルケが俺の膝の上でデレデレ状態になったルイズを見て変な顔をする。モンモンだけではなく、キュルケやタバサと話していても不機嫌になるし、自動人形も出したら「やっぱりそっちの方が良いの……?」と悲しげな顔をするので、食事は出来合いの物だし、泊まる場所も宝物庫にあった小さなログハウスになってしまった。……野営と言えばテントだと思うんだけどなぁ。ま、それはいつかキャンプでもやるときにしよう。

 

「……これはこれで面白い」

 

 タバサは読んでいる本を少しだけ下げて、ルイズの様子を見ながらそうつぶやいた。珍しく本よりもこちらを気にしているようだ。

 

「私はそれよりも野営するって聞いてたのに普通に家が出てきてびっくりしてるんだけど!?」

 

「まぁまぁ、モンモランシー。ギルといるとその辺は気にしないようにしないといけないよ」

 

「いやすまないな。貴族のみんなにはちょっと雑魚寝とかいろいろ気になるところあると思うけど……まぁ、一日だけだし我慢してくれよな」

 

 その日の夜は、どうしても俺とは離れて寝ないというルイズに苦労したものの、他のみんなからは苦情は来なかった。

 

・・・

 

 翌日。俺たちは報告のため、精霊を再び呼び出していた。

 

「混ざりし者か。どうした」

 

「報告に来たんだよ。もう襲撃はなくなったから、次の約束を果たしに行くよ」

 

「そうか。律儀なものだな、混ざりし者は。先ほどは呆れもしたが……だからこそ、お前は単なる者とは違うのかもしれぬな」

 

 そう言って、精霊はこちらとの話が終わったと判断したのか、元の水へと戻ろうとする。モンモンの姿を象っていた水が、崩れ始める。

 

「まって」

 

 その水の精霊に、タバサが待ったをかける。水は再びモンモンの形になり、タバサへと向き直す。

 

「どうした、単なる者よ」

 

「あなたはよく『誓約の精霊』と呼ばれる。なぜ?」

 

「ふむ……お前たちと我らでは、存在の根底が違う。故に完全には理解できぬが……察するに、我が存在そのものが答えなのだと思う。我に決まった形はない。だが、我という存在は不変として存在している。……変わらない我らに、お前たちは変わらぬ何かを誓いたくなるのだろう」

 

 なるほど。確かに水の精霊はその在り方としては俺たちと比べて無限にも思えるほどの不変のものだ。『永遠』は人類が求めるテーマの一つだからな。最大の変化である『死』から逃れるために、人類は科学力を高めてきたと言っても過言ではない。

 俺がそんなことを考えていると、タバサが跪いて水の精霊に祈りをささげ始めた。……彼女にも、何か誓いたいことがあるのだな。いつも物静かで顔にもあまり出さないが、彼女も抱えてそうだものなぁ。

 そんなタバサの後ろでは、モンモンがギーシュに愛の誓いを強制させていたり、ルイズも俺に愛の誓いをしてほしいなんて言ってきたが……。

 

「んー、それはまた二人っきりの時にしようか。その方が雰囲気あるだろ?」

 

「……それ、いいかも。そうね、今度二人きりでここに来ましょう!」

 

 そういって目をキラキラとさせるルイズに、キュルケが苦笑しているのが見える。誤魔化しているのがわかったのだろう。黙っててくれるのはありがたい。

 

・・・

 

 水の精霊の一件が解決して、学院へと帰ってきたあと。アウストリの広場のベンチにてルイズに『ラグドリアン湖に二人っきりで行くために必要』とだまして、エリクサーを飲んでもらった。効果はてきめんで、一度しゃっくりのような声を上げた後、プルプル震え出した。惚れ薬でおかしくなっていた間の記憶は残っているらしいので、たぶんそれで恥ずかしさを感じているのだろう。

 

「ぎ、ぎぎぎぎギルぅ……?」

 

「壊れたブリキ人形のようだ、とはこのことだな。まずは落ち着けマスター。薬を飲んだことはお互いの不注意だし、そのあとの行動については薬の所為だ。つまり、誰も悪くない。……その振り上げたこぶしを下すんだ、マスター。話せばわかる」

 

「う、う、うるさーい! あんたを殺して私も死ぬぅ!」

 

「それはやめた方が良いぞマスター!」

 

 ぶんぶんと振り下ろされる拳を受け止めながら、ばたつくマスターをなんとか抑えようとする。ほぼ抱き寄せたような格好になるが、暴れるマスターに引っ張られるようにして、倒れこんでしまった。

 

「あ、う……」

 

「っと、悪い」

 

 手を押さえながら倒れてしまったので、マスターを押し倒したような格好になってしまった。すぐに謝ってよけようとしたが、それよりも先に耳まで真っ赤にしたマスターがきゅう、と気絶してしまった。まぁこれでしばらくは静かだな、とため息をついてマスターの上から避けて、地面の上に横たわっているマスターをベンチに座らせる。

 そこで視線がベンチの裏に言ったのだが、そこからは赤い髪の毛がひょこりと見えた。

 

「……キュルケ?」

 

「あ、あははー。ばれちゃった?」

 

「あまりいい趣味とは言えないな、タバサまで」

 

「……私は被害者」

 

「なによぅ。ダーリンだったらこのじゃじゃ馬もなんとかできるかなー、おとぎ話みたいな痴話げんか見れるかなーって期待してたのにぃ」

 

「これでもマスターとはそれなりの付き合いだからな。そうならないように努力するさ」

 

「ふーん、詰まんないの。ね、ダーリン? ルイズが寝ちゃったんなら、次は私と……イイコト、する?」

 

 そういって、キュルケは自分の制服の胸元を広げる。……褐色っ子も俺はイケるのだ。色白も褐色も何だったら青色もいける。角とか尻尾とか機械とか宇宙人とか、むしろできない属性を探す方が難しいほどだ。

 だが、いまだ気絶しているマスターとそこで興味なさそうに見上げてきているタバサの前でやらかすのは憚られるので、なんとかこらえる。

 

「それはまた二人っきりの時にお願いするよ。今はとりあえず、マスターを部屋に戻さないと」

 

 そういって、マスターを横向きに抱える。お姫様抱っこという奴だ。

 キュルケはそんな俺を見て、ため息をつきながら口を開く。

 

「あーあ、ダーリンも女の子の扱い上手そうだし、しばらくお預けになるかしら。でもダーリンみたいな色男めったに居ないし、諦めないから……って、ああ!」

 

「うん?」

 

「今、色男っていって思い出したんだけど……ウェールズ皇太子いたじゃない」

 

「ああ、アルビオンの皇太子な」

 

 彼の最後は、俺の責任だ。俺がきちんとワルドとカルナを止められていれば、彼の命は助けられた。

 

「そうそう。プリンス・オブ・ウェールズよ。私がタバサと一緒にラグドリアン湖に向かうとき、すれ違ったのよ。敗戦で亡くなったって聞いてたけど、生きてたのねぇ」

 

「……なに?」

 

 それはあり得ない。劣化したとはいえ、俺の眼で見ても、彼の命は失われていた。蘇生はどんな宝具でも不可能なほどに。

 いや、まて。俺は最近、それを可能にする宝具……いや、こちらの世界のマジックアイテムを聞いたじゃないか。偽りの命を吹き込み、死者を操る指輪。『アンドバリ』の指輪。

 

「……そうだとしたら、行先は……トリスタニアに向かっていなかったか?」

 

「そうね、私たちとすれ違ったから……その方向で間違いないわ」

 

 それならば、すぐに向かわなければ! 今からなら、一日程度だ。こちらの世界の馬の速度を考えれば、まだ……!

 宝物庫からヴィマーナを取り出そうとすると、学院の近くに魔力反応。少し弱弱しく感じるそれが、俺の目の前で実体化して……。

 

「あ、ああ、王さま、ごめんなさい。……お姫様、守れなかったわ……」

 

 いつもの帽子も被らず、美しいツインテールが片方ほどけ、血まみれになったマリーが、弱弱しく俺に倒れこんできた。

 

・・・




「惚れ薬! そういう手が……」「……どうしたんだよ、セイバー」「……んにゃ、なんでもないとも。それよりも、お酒飲まないかい?」「うん? 急になんだよ。まぁ、いただくけど」「……はい、どーぞ」「ありがとう。それじゃセイバーも」「おっとっと。ありがとね。……じゃ、乾杯」「かんぱーい」「……」「ちょっと待ったー!」「うおっ!? ジャンヌ? どうしたんだ、って、ああ、こぼれちゃったじゃないか」「飲んじゃダメです! それ、『女王殺し』ですよ!」「なんだと!? あれは俺の宝物庫の奥深くに封印したはずじゃ……自動人形か!」「セイバーさんが自動人形さんと取引して手に入れたらしいです! まったくもう、ギルさんを酔わせてなんとかしようなんて、この私の目の黒いうちは許しませんよ!」「……チッ」「っていうか、普通に自動人形俺のこと裏切るんだけど……怖い……」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十話 恋と愛の差を求めよ。

「……最近勉強教える系ラブコメ流行ってるわよね」「……急にどうしたんですか、卑弥呼さま」「やー、わらわって女教師も女生徒も似合うから困るわー。……今日はどっちで迫ろうかしら」「……白装束とかでいいんじゃないです?」「なんで死んでるのよわらわ。おかしいでしょ」「まぁほら、英霊なんてみんな死んでるからみんな白装束で大丈夫ですよ」「んなわけないでしょ。聖杯戦争がただの和風ホラーになるわ」


それでは、どうぞ。


 怪我の酷いマリーを見て、慌ててエリクサーを飲ませる。すぐに傷はふさがったものの、ダメージ自体は深いようで、いまだにぐったりしている。少し寝かせようとしたが、マリーがそんな俺の腕を掴んで首を振る。

 

「待って……先に情報を伝えたいの。早くしなきゃ、アンリが……」

 

「……ん、わかった。先に話を聞こう」

 

 マリーの話だと、一人にしていたアンリエッタのパスから、妙な混乱が伝わってきたので霊体化して駆けつけたところ、眠らされたアンリエッタとそれを抱える金髪の男性、そして東洋系の顔をした老人がいたのだという。ただ事ではない様子から、話しかけて隙を見つけ取り返そうとしたところ、自身に『何か』が突き刺さったのだという。

 それを感じ取った瞬間、身をよじった時にはすでに脇腹からは血が出ていたのだとか。なんとか反撃しようとしたものの、杖を振るって魔法を使う金髪の男とおそらく不可視の攻撃をしてくる老人の二人では敵わないと悟った瞬間、怪我をしたまま霊体化して、ここまで来たのだという。

 

「……あのおじいさんは……たぶん、私たちと同じサーヴァントだと思うわ」

 

「老人のサーヴァントか……最盛期で呼ばれるサーヴァントで、老人とは珍しい」

 

 例がないこともないが、基本的には若い姿で呼ばれることが多いのがサーヴァントだ。サーヴァント同士はスキルや宝具でごまかされていない限りはお互いにサーヴァントだと分かるようだし、マリーの言葉は間違っていないのだろう。……ということは、向こうにはまた一体、サーヴァントの戦力が増えたことになる。

 

「金髪の男……ウェールズに違いない」

 

 ウェールズならアンリエッタが抵抗できなかったのもうなずける。死んでいていると伝えられていても、実際に出会ってしまえば、偽りの命で動いているなんてとても思えないからな。混乱して、その隙を突かれてもおかしくはない。

 

「出るぞ、謎の老人に対抗するためにも、戦力はほしい。……マリー、お前ならマスターのパスを辿れるはずだ。傷も癒え切ってないだろうけど、来てくれるか?」

 

「ええ、当然よ! アンリは大事なマスターだし、あなたのお願いを断る理由なんてないのだもの!」

 

 移動用のヴィマーナを出して、マスターの部屋の窓から飛び移る。一応こちらの守りとしてジャンヌが留守番で、シエスタも戦闘力は皆無だから残ってもらうことに。マスターはアンリエッタの友達だから当然同行を言い出したし、ただならない空気を感じてかキュルケとタバサもついてきてくれるらしい。

 よし、これならアンリエッタを助けに行くのに十分な戦力だろう。謙信に卑弥呼、壱与も来てくれるし、おそらくいるであろう相手側のサーヴァントにも対応できるはずだ。

 

「よし、全員乗ったな? それじゃ、出発するぞ!」

 

 マリーの示す方へ、ヴィマーナが音を立てずに動き始めた。

 

・・・

 

 飛び始めてしばらく。そろそろ近くなったとマリーが言った瞬間、ヴィマーナに衝撃が走る。何者かの攻撃を受けたらしい。

 

「な、に……!?」

 

 これは……! 動力部を『撃ち抜かれた』!? これでも高速で移動する飛行物体だ。上空を飛ぶヴィマーナの動力部を、乗っているサーヴァントである俺たちに感づかれずに正確に撃ち抜くなんて、並みの腕ではない。確実にアーチャーの仕業だろう。マリーの言う、『不可視の攻撃』だと思う。

 

「ちっ、飛行できなくなった! 宝物庫にヴィマーナを戻す! 俺の合図で飛び降りろ!」

 

 なんとかヴィマーナを操って、地上へと近づける。目標はマリーが感じ取っているアンリエッタの方角だ。……ここまで来れば、俺でもサーヴァントの存在を感じ取れる。撃ち抜かれないよう、ヴィマーナを盾に地上へと降りていく。

 

「今だ!」

 

 俺の声で、全員が森の中へと飛んでいく。『フライ』や『レビテーション』を使えるだろうが、キュルケやタバサはセイバーやアサシンに任せた。その方が早く降りれるからだ。

 

「散らばったか……」

 

 あまり離れてはいないようだが、分散してしまった。魔力は感じるから、無事に降りれはしたらしい。

 

「まぁいい。とりあえずは、目の前の脅威を撃破して合流しようかな」

 

「だ、大丈夫なの……?」

 

 マスターが俺の腕の中で不安そうにつぶやく。安心させるように笑いかけると、マスターは持っている杖をぎゅっと握った。

 

「セイバーはキュルケ、アサシンはタバサと一緒みたいだな」

 

 敵の『アーチャー(仮)』と出会う前には合流したいものだ。目の前に大量に湧き出る偽りの生者に宝具の照準を合わせながら思う。

 ――そして、森の中で爆撃と見紛うほどの轟音が鳴り響いた。

 

・・・

 

「うん、無事に分断されたね」

 

「そんな冷静な……大丈夫なの?」

 

「ふふん、相手がアーチャーなら私は強いよ。なんてったって『矢除けの加護』があるからね」

 

 まぁ相手の力量が上の場合は当たることもあるんだけど、基本的には『矢のほうが避けていく』からね。

 

「ま、とりあえずは目の前の屍もどきを屍に戻すところから始めようか」

 

 キュルケ嬢は杖を。私は刀を抜いて、目の前の屍もどきに相対する。近くから、轟音。……これは、ギルの宝具だな? まったく、自然破壊も甚だしい。もうちょっとスマートにできないものかなー。

 

「死体切りは初めてだけど……首を落とせば死ぬでしょ、死者でもさ」

 

「あーもう、こんな変なの相手にするのは初めてよ!」

 

 私が飛び出すと、相手は魔法を撃ってくる。だが、その程度なら私の対魔力が無力化する。

 

「そこぉっ!」

 

 短い音を立てて、刀が奔る。一人の首を落とし、次の相手を探して目を動かす。

 

「次っ!」

 

「ちょっと待って! そいつ、まだ動いてる!」

 

「は、嘘、でしょ……!」

 

 首を落とした男の体は、まだ動いていた。その杖に魔法を纏わせたまま、次に向かおうとしていた私の背中に振り下ろしてくる。

 

「ま、だぁっ!」

 

 刀とは逆の手に持っていた鞘で、その杖を打つ。杖の方向は少しだけずれて、私の肩をかすめていく。

 ……危ない。スキルで補正があったから躱せたようなものだ。完全に油断していた。

 

「首を落としても死なないとは……四肢を落とすか……」

 

 あとは、とキュルケ嬢を見やる。

 

「……あとは、燃やすか、かな?」

 

 これは、面倒な戦いになりそうだ。

 

・・・

 

「……ふう、なんでこんなにいるんだか」

 

「……面倒」

 

 この敵は死体みたいだから、燃やせばいいんじゃないかっていうボクの考えは当たり、こうして第二宝具の『東方征伐(さがみうちたおし)草薙太刀(くさなぎのたち)』の真名開放によって、炎の大蛇が偽りの命ごと相手を燃やし尽くす。タバサ殿は風を操れるので、森に延焼しないように援護してもらっている。

 

「いやー、魔力が潤沢って素晴らしいね。結構いい感じじゃないかな?」

 

「油断大敵」

 

「……わかってますってば。さ、主の反応はあっちだね。焦らず確実に進んでいこう」

 

 こくり、と頷いたタバサ殿を後ろに歩き始めると、少し離れたところから轟音。

 

「うはー、主の宝具射撃かな? すごい音」

 

「……風の流れが変わった……?」

 

「んぅ?」

 

「何か変。……ッ、何か、飛んでくる……! 回避を……!」

 

 風を読むらしい彼女の言うことなら何か危機が迫っているのだろう。タバサ殿を抱え、横に跳ぶ。瞬間、轟音。……この音、さっきのと同じ? まさか、主の宝具爆撃とは別の敵の攻撃!?

 

「……! 降ってくる……! 上っ、迎撃……!」

 

「あぁ、そういう……!」

 

 上から降り注ぐ、暫定『宝具の飽和射撃』に対して、宝具を起動する。さっきまでの『燃えればいい』みたいな適当なものではなく、今の自分で出せる全力稼働だ。

 

「魔力充填、属性変換、水を火へ。火よ、大蛇となりて我が眼前の敵を薙ぎ払え! 『東方征伐(さがみうちたおし)草薙太刀(くさなぎのたち)』!」

 

 八岐大蛇より生まれたこの剣は、本来ならば水の大蛇を八匹生み出し、広範囲を洪水によって薙ぎ払うことができる剣なんですが……今の僕では扱い切れないために大蛇の数は一匹に。さらに、叔母さんから貰った火打石が組み込まれているため、属性が水から火に変化している。

 そのため、この宝具の力は『込めた魔力を火に変換し、火の大蛇の力を発揮する』ことができるのだ。同じ火の属性を持った攻撃なら『迎え火』の概念によって反射もできるという優れものだ。

 飛んできていたのは丸い物体。……石じゃないみたいですね。普通の武器というわけでもない。神秘を感じるということは、これはボク達サーヴァントにも通る『攻撃』だ。

 

「いやな予感がする。急ぎましょう、タバサ嬢」

 

「……ん」

 

 杖を持ち直したタバサ嬢が頷く。……よし、待っててくださいね主! 今、ボクが行きます!

 

・・・

 

「ちょっと、嘘でしょこれ」

 

「……ちっ、壱与と卑弥呼さまだとちょっと相性悪いですね」

 

 生前の頃と比べて、『宝具』として登録されてしまった壱与と卑弥呼さまの『第二魔法』は、出力が格段に落ちている。特に卑弥呼さまの『合わせ鏡』は相当だ。込めれば込めるだけ太くなった『はかいこうせん』……じゃねーや。『合わせ鏡』は、鏡の大きさ以上には大きくならなくなった。

 

「薙ぎ払っても薙ぎ払っても次のが来る……壱与の光弾は鏡の数より多くは出せないからいくら魔力があっても数自体は増えないし……」

 

 今のところ出てくる奴らを薙ぎ払ったり変な丸い物体を飛ばしてきたりするからそれを打ち落としたりしているから、互角だけど……っていうか、状況が膠着しちゃってるのはあんまりよろしくないのでは……。

 

「まーわらわはキャスターだから戦闘力期待されてないし、あんたなんかバーサーカーだしねぇ。全クラス弱点は伊達じゃないわねー」

 

「え、それ別の並行世界の話じゃないんですか?」

 

「うぇ? わらわなんか言ってた?」

 

「……その年で電波キャラはヤバいんじゃ……」

 

「キャラとかじゃないわよ!? え、マジでわらわなんか言ってたの!?」

 

「ええ、壱与はバーサーカーだから全クラスが弱点だー、とか卑弥呼さまはライダーが苦手ー、とか」

 

「えー、なによそれ。弱点とかクラスで決まるわけないじゃない。んなもの相性あるでしょーよ」

 

 二人して話しながらも、固定砲台として迫りくる謎の球体と首を吹っ飛ばしても歩いてくる謎の敵を吹っ飛ばし続ける。早めにギル様が合流してくれればいいんですけど……うーん、戦闘力低めなのが災いしてるなー、壱与達はー。

 

「――うわ」

 

 そんなことを考えていた壱与達の目の前に、さらに増援が。……壱与達二人が一番組みしやすいと思って潰しに来てますね。弱いところに戦力を集中させるのは敵ながら賢いと言わざるを得ないですねぇ。

 

「チッ。わらわたちを『弱い』扱いとは良い根性してるわね、敵は」

 

「いや、そうでもない。お前たちは真っ先につぶさねばと考えただけだ。脅威度の違いだな」

 

「……あー、こりゃやべーんじゃねーです?」

 

「やべーわね。まさか、最大戦力がこっちに来るとは……」

 

 目の前に現れたのは、太陽に連なる英雄。ギル様から要注意サーヴァントとして聞かされていた、『施しの英雄』カルナである。

 

・・・

 

「……っく、まさか、宝物庫で対処できない事態になるとはな」

 

 目の前に現れたのは、探していたアンリエッタと……金髪の男こと、ウェールズだった。隣には東洋人の老人もいる。背後には、なぜか大砲を構える兵士たちの姿が。……全員がサーヴァントとまではいかないが、それなりの神秘を持った存在になっている。……なんだ、あの兵士たちは。この老人の宝具か何かで疑似サーヴァント化しているのか……?

 さっき宝具を発射しようとしたときにアンリエッタ達が攻撃を仕掛けてきたのだが、あの大砲から打ち出された砲弾はサーヴァントにダメージを与える神秘を内包していた。……この世界の魔法で成されたわけではなく、確実に宝具レベルの神秘強度だった。

 それを防ぐために宝具を発射したのは良いが、アンリエッタがいる所為で宝物庫を防御にしか使えなかった。

 

「……アンリ」

 

「……マリー」

 

 宝具を向け、照準するために微調整していると、隣に立っていたマリーがアンリエッタに話しかける。

 

「アンリ、あなた……『それ』は、あんまり良い事じゃないわ」

 

「……放っておいて。私は、ウェールズさまと一緒に居たいだけなのよ」

 

「救われないわ。……ウェールズ皇太子……だったかしら? ……アンリを開放してくれないかしら?」

 

 言っても無駄だと感じたのか、マリーはウェールズに矛先を変える。マリーにしては珍しく、表情が硬い。

 

「ふふ、それは無理な相談だよ、レディ。アンリは僕が無理やり連れてきたんじゃない。アンリがついてきてくれているんだ」

 

「……そう。そうなのね。――人の心を利用するなんて、『あなたの主』は、相当な人格者のようですね?」

 

 マリーの言葉に棘が混じっている。珍しい。『みんな大好き!』なマリーが、こんなに怒りを露わにするのは、本当に珍しいことだ。

 

「……あなたがたがどれほどの力を持っていようと、これほどの人数差ならば、こちらにも勝ちの目はあるでしょう」

 

 アンリエッタは俺たちがアンリエッタを巻き込めないことをわかっていて、そう言っているのだろう。……すべてわかって、アンリエッタは俺たちにそう言っているのだ。

 

「王さま、私にやらせてくれる? ……おともだちの目を覚まさせるのも、友達としての役目よね?」

 

「……意外とわがまま姫なんだな、マリーは。……いいよ。ほら、マスターも」

 

「うえっ!?」

 

「マリーにとってもそうだけど、マスターにとっても友達だし……幼馴染だろ?」

 

「……そう、だけど……」

 

 マスターは杖を握って不安そうに俯く。だが、少しして顔を上げると、一度うなずいた。

 

「――うん。私、女王さまの……いいえ、姫さまのお友達だもの。一緒に戦ってくれる? マリー」

 

「ええ、もちろん! 盲目は恋をした女の子の通過儀礼よ。だけどね……いつかはきちんと相手を見ないといけなくなるの。そしたら、恋は愛になるのよ」

 

 俺の宝物庫から宝具が発射される。それを皮切りに、全員が動き出した。

 ウェールズとアンリエッタを取り囲むように存在している貴族たちは宝具を避けて呪文を唱え始め、マリーとルイズはすでに呪文を唱え終えていたアンリエッタの魔法をぎりぎりで打ち消している。

 そして、謎の東洋人は……驚くことに、宝具を『打ち落として』いた。

 やはりアーチャーなのだろう。弓を引き、矢を放っているのだと思う。動作によどみはなく、その的中率は凄まじい。自身とウェールズに当たりそうなものは打ち落とし、アンリエッタに向かう弾けた土すら打ち落としてなお、彼には余裕があるように見える。

 ――名人。それも、弓に生き、弓に死ぬ覚悟をもって道を究めた、古今無双と言われるような、名人だ。

 

「……凄まじいな。世界広しと言えども、そのような面妖なもの、見たことがない」

 

 かすれるような声だったが、確かにその老人がこちらを見て言った。……素直にすごいと思う。この宝具の雨あられ、マリーやマスター、アンリエッタを巻き込むまいと密度は薄いものの精度は確かだ。その宝具を打ち落としながら、こちらを『見て』喋る余裕がある。一つの宝具を弾くと、それが別の宝具へ。さらにそれが別の宝具へ……そうして空間を作り出し、老人は仲間を守っているのだ。

 

「だが、真っ直ぐだ。使うものの心根を表しているようだ。……よい。良い青年だ」

 

 流石にこちらを撃ち抜きはしないものの、宝具を少しでも緩めてしまえば隙をついてくるだろう。……あれは、防げまい。たぶんだけど、あれを盾や何かで防げはしないだろう。避けるにしたって、相当な幸運か直感のランクが必要だろう。

 

「アンリ! 目を覚ませとは言わないわ! 直視なさい! あなたはその王子様を見ていないわ!」

 

「わかったようなことを言わないで! 私はきちんと見ています! 見て、ウェールズさまだと……そう信じてついてきたのです!」

 

「姫さま! お願いです、いつものあなたに戻ってください!」

 

「私はいつも通りよ。いいえ、思い出したのよ! ウェールズさまに恋していたあの頃を! 私はアンリエッタ王女! ウェールズさまを愛し、ともに寄り添うと決めた姫なのです!」

 

 戦況は硬直している。……いいや、むしろ悪くなった。今、雨が降り始めた。魔法は使う属性に値するものがあれば威力、効率が別段に高くなる。火属性なら火や硫黄、水属性なら水。……そう、アンリエッタは雨降る今の状態なら、全員に水の鎧をまとわせ、炎を無効にできるだろう。アンリエッタの魔法をウェールズが先ほどから強化していることもあって、アンリエッタは一人この戦場で主導権を握っていた。

 

「いいえ、いいえ! あなたは責任感のある人です! 周りに流されたからと言っても! 一度国を背負うと決めたなら苦しみながらも責任を負おうとするお方! 今は乱心されているだけなのです、姫様!」

 

「うるさい! 今の状況がわかる? 雨! 雨が降っているのよ!? 水魔法を使うわたくしが、風魔法を使うウェールズさまに援護されて、雨の中で魔法を使うということがどういうことか、わかるでしょう!?」

 

 そう言って、アンリエッタは指揮者のように杖を振るう。俺の渡した杖ではないところがまだ不幸中の幸いということか。あれを持っているのなら、更に苦戦していたはずだ。

 

「それでも! 私はあなたを失いたくないのです!」

 

 マスターが魔法で水の鎧を弾き、マリーが光弾を放つが、ウェールズには痛痒も与えていないようだ。……だろうな。あれは偽りの命で動く死体。指輪の力が残っている限りは、頭を飛ばそうと何しようと動くだろう。止めるならば、燃やすか、四肢を吹き飛ばすか、粉みじんにするか……。

 

「どれも、期待薄だな」

 

 俺の後ろを取った敵が、風を纏わせた杖を突きだしてきたのを身を屈めて避け、宝物庫から宝剣を抜いて一閃。炎の概念を持つ剣は、水の鎧を切り裂き、水で消える前に敵を燃やし尽くす。

 

「……これを延々繰り返すのは、流石に現実味がないかな」

 

 まだまだ敵は大量に居るのだ。これを繰り返せば、おそらくあのアーチャーに隙を見せることになる。

 ……一番有効打を持っているであろうジャンヌを置いてきたのは痛かったな。……令呪で呼び寄せるか? ――いや、あっちの守りで必要だからと置いてきたのだ。呼び寄せてしまえば、それこそ向こうを守るのがライダーだけになってしまう。そして俺にはわかる。あのライダー、絶対防戦には向いてない。

 どうせ『バカヤロウこの野郎』と叫んで出撃し、暴れまわるに違いない。何なんだあのライダー。ほんとにサーヴァントかあいつ。

 

「アサシンかキャスターが来てくれればな……」

 

 アサシンの第二宝具か、キャスターの光線なら、この状況を打破できる。……きっと着地点に待ち伏せていたか何かした敵に足止めを喰らっているのだろう。……もしかしたら、そちらにもサーヴァントがいるのかもしれない。

 

「……覚悟を決めるときが、来るかもな」

 

・・・

 

「んっとに、馬鹿火力めっ!」

 

「ああもうっ! 運動は苦手なのにぃっ!」

 

 何度目かの炎の余波を転がってよける。少し髪がちりりと焼けたっぽい。あーもうクッソ、髪留めも焼けちゃったじゃない。頭の横で留めていた髪が解かれてウザったい。

 

「加減しているとはいえ、よく避ける」

 

「そりゃ避けるでしょうよ」

 

「やっぱ考えずれてますよねこのRX」

 

「……あーるえっくす?」

 

「ええ、太陽の子なので」

 

「?」

 

「あ、わかんないならいいです」

 

 す、と真顔になった壱与と目を合わせて一瞬。お互いにその場から飛びのく。目の前を槍が通り過ぎて、髪が数本持っていかれる。余波の炎が熱い。

 

「はっ!」

 

 鏡を出して、光線を発射。槍を振り抜いた直後だってのに、しっかり反応して身を捩って躱すランサー。

 

「いけ、光よ!」

 

 壱与が追撃とばかりに光球をばらまくが、身体を捩った反動で槍を振るい、当たるものだけを弾く。ほんとこういう戦いの才能があるやつっていうのは……!

 

「なるほど、良い連携だ。信頼関係があるのだな」

 

「は? 変なこと言わないで下さいよ。キモッ」

 

「いや、そこは素直に受け取っときなさいよ。壱与こそキモイわ」

 

「……信頼関係が……あるのだな……?」

 

「敵の言葉で揺らぐんじゃないわよヴィジュアル系!」

 

「くたばれッ」

 

 光球と光線で身動きを取れないように檻を作っていく。隙間がないからある程度は当たるし動きを止められるものの、対魔力でダメージを減らされているのか、気にせず槍を振るうランサー。だが、そこで動きが遅れた。

 

「そこぉっ!」

 

 ……そこに、壱与が飛び出した。鬼道によって無理やり上げた身体能力で、ランサーに向かっていく。急に上がった速度に驚いたのか、ランサーは一瞬硬直し、その体に、壱与の腕が届く。

 

「つっかまえたー!」

 

「捨て身か……!」

 

 壱与を引きはがそうとランサーが掴む。……その一瞬を待っていた!

 光線を放つ銅鏡をもって、わらわも駆ける。壱与がブン投げられるのが見えたけど、それも構わずに駆け抜ける。

 

「おぶぅぅぅぅぅ!」

 

 ドップラー効果を残しながらぶっ飛んでいく壱与を身を低くして避け、目隠しに使う。あと少し、もう少しで……。

 

「無駄だ。いくら近距離だとしても、その光線は効かぬ」

 

「はん、そうでしょうねっ!」

 

 銅鏡を突き出し、ランサーにぶつける。わらわがいつも使う光線というのは、魔力を銅鏡に通し、光に変換して熱量で攻撃する手段なのだ。それには当然、変換する量に応じてロスというものが存在する。

 生前は魔法を使用して魔力を無限に鏡にぶち込めたので、ロスなんて気にしなかったけれど、今は制限のあるサーヴァントの身。一度に出せる鏡も光線も限りがある。そのため、距離に応じて減衰するし、だからこそ対魔力持ちには決定打にはならないことも多い。それは、このランサーにも適用される。……近距離で撃ったところで、多分対魔力と耐久のランクで致命傷にはならないだろう。

 ……けど、狙いはそうじゃない。魔力を光線に変えるときにロスが生じる? 距離に応じて減衰する? ――だから何だというのだ。ならば、通じるようにすればいい。

 ギルもたまに使う、誰にでも使える、けれどデメリットが大きすぎて普通は使われない、それこそギルやわらわや壱与みたいに、『大量に宝具を使い捨てられる』サーヴァントでなくてはおいそれとは使えない奥の手……!

 

「『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』!」

 

 宝具に込めた魔力をそのまま爆弾として使用する、捨て身の一手。キャスターたるわらわが魔力を込めた銅鏡を、そのまま爆弾にすることで、対魔力で減衰してもダメージは入るだろう。

 

「――なんと」

 

 強大な魔力の爆発が、雨すら吹き飛ばして森に光の奔流を生み出した。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:アーチャー

真名:■■ 性別:男 属性:混沌・中庸

クラススキル

対魔力:■

単独行動:■■

保有スキル

心眼(■):■■■

千里眼:C
視力の良さ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。

■■■■■(■):■■

透化:C
精神面への干渉を無効化する精神防御。


能力値

 筋力:D 魔力:E 耐久:E 幸運:A 敏捷:E 宝具:A+

宝具

■■■■(■■■■■■■■■■)

ランク:■■ 種別:対■宝具 レンジ:1~999 最大補足:1



■■■■(■■■■■■■■■■■■■)

ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:1



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第三十一話 その差異が勝負を決める。

「わっかんないかなぁ! この微妙な違いが! 夜の生活を豊かにすんの!」「だぁかぁらぁ! そんな小手先の小細工に頼ってるような小さい器の小さい胸の小さい背の女だから御呼ばれされないんだって!」「『小さい』って言ったー! 『小さい』って文字も数えるなら五回も言ったー! うわーん! 私女神なのにぃー!」「はーっ、はーっ……うし、勝利! ……あいだっ!」「……なに泣かしてるんだ、迦具夜」「あ、あははー。脱兎!」「逃がすか」「なにこれ凄い! 両手両足と首と胴体に別々の捕縛宝具が絡まってる!」「人の身体って、どのくらい引っ張ったら裂けるのかなー」「……え」「気になるなー。……おや、こんなところにちょうどよく四肢を拘束された月の民が」「や、やめっ。やめてぇぇぇっ!? そんな、R-18の後にGがつくような行為やめてぇぇぇっ!? リョナ担当は壱与さ……ひゃーっ!?」


それでは、どうぞ。


「……なんだったんですかねぇ、これ……」

 

 何人目かの兵士を燃やし、何度目かの砲撃をタバサ嬢が逸らし、ようやく一息を付けた。

 

「……大砲」

 

「そうみたいですね。……兵士は普通の兵士っぽいですね。こっちでいうメイジじゃないっぽい?」

 

「……でも、たぶん死体」

 

「ええ、そうですねぇ。でも、倒した中には普通の人間もいましたけど」

 

 屍と生者の混合軍なんて、地獄でも見ないような編成ですね。それでも、全員英霊なんかじゃない、神秘なんて欠片も感じられない。……この大砲も、今は何も感じなくなってしまった。先ほどまではボクにも通じるような神秘を有していたのに、今ではただの鉄の塊……。

 

「んー、たぶん話に聞いてた『老人』とは別かなぁ」

 

 かの『老人』は単独であのお姫様の所に来たらしい。こんな風に兵士を使うようなサーヴァントなら、直接姿は現さないように思う。頭がやられてしまえば、こういうタイプの宝具は力を失うからだ。……前に感じたあの忌々しい太陽の感覚もするし、もしかするとこの場所には結構なサーヴァントが集結しているのかもしれない。

 ……少し意識を集中させる。……ボク達の気配とは別のサーヴァントの気配がする。数は……はっきりしてるのが三つ。あとの一つは……うーん、なんだろ。中途半端っぽい? っていうか、近づいてきてる……?

 

「……タバサ嬢、ちょっと気を張った方が良いかもしれない。人じゃない……不思議な感覚がする」

 

「『人じゃない』とは中々厳しいことを言う」

 

「っ!」

 

 目の前の木の陰。そこから、一人の男が現れた。服装は古い時代の物のように見えるが、そもそも服それ自体がボロボロなので、どこの国の物か、どの時代の物かすらわからない。目元は長い前髪で隠されており、顔の造形もわからない。顔もうつむき加減だし、なんというか、暗い印象を持ってしまう。

 

「小柄で東洋人。手に短剣。暗殺者か。話には聞いている。男に特別な効力を発揮する宝具を持つとか。気を付けよう」

 

「変な話し方ですね。……あなた、理性はありますか? それか……感情、ありますか?」

 

「は。どちらもちゃんとあるとも。これは……。体質のようなものでな。気にするな」

 

 ふらり、と男の体が揺れる。……え?

 

「見失っ……」

 

「横っ!」

 

 『目の前から急にいなくなった』男に驚いていると、タバサ嬢がボクを押し倒した。凄まじい音と共に僕たちの上を何かが通っていった。危ない……! タバサ嬢が気づいてくれなかったら、少なくとも頭は無くなってた……!

 

「ボクと同じ、アサシンって感じかな?」

 

「……いや。これはまた別の技能だ。……いや。性能というべきか。悩む」

 

「……なんだこの人。急に悩み始めましたよ……?」

 

「でも……隙はない」

 

 タバサ嬢の言う通り、ボク達への攻撃を失敗した彼は追撃をするでもなく、急に顎に手を当てて何かを考え込み始めた。……だけど、確かに隙は無い。目がこちらを向いていなくとも、意識がこちらを向いているのを感じる。ボク達が何かしようとしたなら、彼は問題なく反応できるだろう。

 しばらくして、彼は再びこちらを見る。

 

「さて。待たせたな。戦うのか? ……余り戦いは得意ではない。今のを躱されたなら。打つ手はない」

 

「じゃあ、素直にそこ、通してくれます?」

 

「いや。それは無理だな」

 

「……やっぱバーサーカー?」

 

 話が通じない! と言うより、絶望的に人を理解してない!

 

「……戦う。と言うよりも。『狩る』ならば。私ほど向いている者はない。故に。命が惜しければここで止まれ。殺したくはない。通したくもない」

 

「そういうわけにはいかないんですよ。……タバサ嬢。力を貸してくれますか?」

 

「……わかった。……行く!」

 

「そうか。……そうか。ならば。お前たちは兎だ。か弱き兎。……あ。あア。ああああああああああああああああああああ!」

 

 ぼそぼそ何かを呟いたかと思えば、すぐに目を見開いて絶叫する。

 ……そして、その姿は。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

 ――人ではなく、虎と変わっていた。

 

・・・

 

「っくしょ、すばしっこい!」

 

「……ただの虎ではない……! 魔法を弾く!」

 

 対魔力じゃなさそうだ。自身の耐久値と獣としての毛皮で『耐えきっている』のだ。それが魔法を無効化しているように見えるだけ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

「はぁああああああぁぁぁぁ!」

 

 振るわれる虎の爪に、宝具を合わせる。第一宝具の短剣ではない。第二宝具の剣である。ほんとならこんな獣に力で対抗するとか馬鹿のすることなんですけど、短剣では受け流しきれないし、この状態でもタバサ嬢の援護さえあれば何とか爪を受け流すことはできていた。

 

「これは、時間っ、かかりそうだねえ!」

 

「……アサシン。この虎を少しだけ離して。できる?」

 

「っ! ……りょーかい! 何か思いついたんですねっ、っと!」

 

 魔力充填、属性変換! 第二宝具の真名を開放する!

 火の大蛇の力を一瞬だけ発動して、虎の爪に当てる!

 

「■■■■■■■■■■■■!?」

 

 何かを恐れるように後ろに飛びのいて、林の中へ消えていった。……獣だからか、火には恐れを抱いたようだ。

 

「……ほんの少しですが、時間は稼ぎました。……なにをしますか?」

 

「……アサシンは、このまま火で虎を誘導して。場所は……ここ」

 

「なるほど、そういうことなら!」

 

 少しして落ち着いたのか、虎の遠吠えが林の中に木霊する。

 

「……援護はできなくなる。耐えて」

 

「大丈夫です! これでもボクは、英霊なんですから!」

 

 そう言って、僕は草薙を構えなおすのだった。

 

・・・

 

「……はーっ、はーっ……げほげほっ。ったく、やっと、届いたわね……」

 

 『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』の余波に巻き込まれ吹き飛ばされたものの、なんとか木がクッションになって重傷は免れたっぽい。右腕の肘から先は感覚がないから、ボッキボキに折れてるか無くなってるかのどっちかだと思う。怖すぎて見れないけど、できればつながっておいてほしい。治すときの苦労が違う。

 

「……なるほどな。今の一撃、俺に届くだけの『神秘』があった。……同類か、お前も」

 

「はっ。だったら何だっての? ……退きなさい。このまま続けるなら絶対にあんたを道連れにする。……わらわのあとには壱与が続くわ。……あんたを消して、あんたのマスターも倒すまであいつは止まらないわよ。それでもいいなら続けるわよ」

 

「――いや、今は退こう。予想外のダメージも受けたことだしな」

 

 そう言って、カルナは霊体化していく。……やっぱり、ギルの言ったことは正しかったみたいね。『黄金の鎧』の喪失。宝具をぶっ放した瞬間に、奴の黄金の鎧は砕け散る。……その代わりに最強の矛が使えるようになるわけだから、どっちがマシかっていうのはあんまり判断できないけど。

 それに、わらわの伝承も役に立ったのだろう。『神性』スキルがわらわには備わっているが、その内訳は『太陽神天照大神の血筋、もしくは本人であると言われている』と言うもの。同じ太陽神にゆかりのあるものだから、あんな捨て身の攻撃が通ったのだ。

 

「ふーっ」

 

 どさり、と体を倒す。少しして、壱与が文字通り飛んできた。

 

「卑弥呼さまっ!」

 

 倒れているわらわを見て、壱与が追撃を仕掛けてこないとも限らない。一応気張っておくかと体を起こそうとすると、がくんと力が抜けてしまった。……あー、右腕やばいんだっけ。まぁ諦めるかぁとそのまま重力に任せて倒れようとすると、そこに壱与の手が滑り込んでくる。

 

「ちょ、だ、だいじょ……ふぐぐ……重いぃ……! ギル様に対する壱与の想いくらい重いぃ……!」

 

「流石にそこまで重くないわよ! ……でもありがと。ちょっと疲れたから、あとは任せていい?」

 

「え? ギル様のことをですか?」

 

「そこまで任せる気はないわよ。……あ、わらわの右腕くっついてる? 感覚なさ過ぎてちょっと不安になってきた」

 

 壱与がわらわの頭の下に膝を滑り込ませて膝枕をしてくれているのを感じて、目を閉じながら聞いてみる。壱与はしばらく沈黙した後、口を開いた。

 

「あー、まぁ、繋がってますけどー……」

 

「『けど』?」

 

「……つながってなかった方がいっそよかったかも、ってくらいには凄いことになってますね。どんだけ魔力込めてブロークンしたんです?」

 

「もうこれっきりになってもいい、ってくらいには詰めたわね」

 

 くっついてるならいいや。あとは保護して、ギルの宝具で治してもらおっと。

 

「ちょっと寝るわ。……右腕の処置、任せていい?」

 

「はい。麻酔代わりにちょっと強めに意識断っときますね」

 

 壱与に体を任せて、わらわは意識を沈めた。……だから、あの言葉は聞こえなかったのだ。

 

「――あのクソ野郎。ギル様に盾突くだけじゃなくて卑弥呼さまにこんな怪我を……殺すわ」

 

・・・

 

「よし、こっちだ!」

 

 流石に元が人だからか、この虎は早い段階で火を恐れなくなってきた。雨が降っているというのも大きいだろう。体に泥を塗りたくって、燃えにくくしているというのもある。……無駄に知識の回る虎である。

 タバサ嬢からの合図はまだだ。その合図が来るまでは、あの虎に感づかれないように同じところをぐるぐると回さなければならない。

 

「くっ!」

 

 爪が掠る。もう何度目かはわからない。致命傷でなければいいと回避していたら、生傷が増えてきた。

 ……だが、それももう終わる。甲高い笛の音。合図だ。

 

「て、やぁ!」

 

 振り抜いた草薙を、虎が回避した。その隙をついて、走り出す。これでもアサシン。敏捷値には自信がある。背後からの虎の一撃を木や障害物を利用してよけながら、タバサ嬢と事前に決めていた場所まで駆け抜ける。

 ……急転回して、虎と向き合う。すでに加速したこいつは、そのままの勢いで跳躍。位置エネルギーも利用して、ボクを切り裂こうとしているらしい。……でも、ここに来た時点で、ボク達の勝ちだ。

 

「タバサ嬢、合わせるよ! さん、にぃ、いちっ!」

 

「――ジャベリン!」

 

 その魔法の発動と共に、ボクはゴロゴロと横に転がる。さっきまでボクがいたところからは、巨大な氷柱が天を貫くように現れた。

 

「■■■■■■――!?」

 

「身をひねったか! でも、殺すのが目的じゃない。動きを止められれば!」

 

 氷柱は虎の右前足の付け根に突き刺さり、貫通した。魔力を込めて大きくなるようにした氷柱にぶら下がるように、虎が縫い付けられる。

 そんな虎に向かって、ボクは剣を構える。第二宝具をきちんと発動するには、貯める時間が必要だからだ。

 

「魔力充填、属性変換、水を火へ。火よ、大蛇となりて我が眼前の敵を薙ぎ払え! 『東方征伐(さがみうちたおし)草薙太刀(くさなぎのたち)』!」

 

 火の大蛇が生まれ、貫いている氷ごと虎を消し炭に――。

 

「■■■■■■――それをまっていた」

 

 ――できなかった。

 

「……はっ?」

 

 虎から人に戻った奴は、火が近づいて融けた氷柱を砕き、姿勢を低くして火の大蛇の下から這い寄ってきた。

 

「嘘でしょ、そんなの……!」

 

 罠だってばれてなきゃ、できっこない。そう言おうとして、こいつがはなっからこの罠のことに気づいていたんだ、と思い至った。

 

「実際。どんな罠かはわからなかったとも。だが。『罠がある』ということさえ分かっていれば。覚悟ができる」

 

 そう言って駆け抜けてくるやつの右腕は、根元から貫かれたせいかボロボロだ。千切れかけていると言ってもいい。

 ……だけど、奴にはまだ三本も残っているのだ。しかも、虎じゃないから『四足で駆けなくても良い』んだ……! これが、人と虎になれる男の戦い方……!

 ボクは宝具を放った後で動けないし、タバサ嬢も距離がある。……ああ、終わったな。

 

「やられた。……本当に、悔しい」

 

 懐に潜り込んできた男が、左腕を虎に変えて、その鋭い爪で薙いで来る。最後まであきらめずに防ごうとはしてみるけど、多分無駄だろう。防げても三手で詰む。

 

「さらばだ」

 

 その爪が、ボクの横っ腹に……。

 

「諦めるのは早いんじゃない?」

 

「……ほう」

 

 ――突き刺さることはなく、弾かれていた。

 

「……せい、ばー」

 

「ええ。セイバー、上杉謙信。助太刀に来たよ。……不満?」

 

 こちらを見て小馬鹿にするように笑うセイバーに、ボクはできるだけ負けないような笑顔で答える。

 

「不満だけど……一応、お礼は言っておくよ。……ありがとね。……さて、反撃開始だ!」

 

・・・

 

「みなさい、これが王家にのみ許されたヘキサゴンスペル!」

 

 雨が降ってから、完全に向こうのペースになってしまった。さらになにやらさらに上の魔法を放ってくるらしい。……あのアーチャーがいる限り俺はエアを抜けないんだよなぁ。どうするか。

 風が水を巻き上げ、水が風に乗って逆巻く。攻防一体のその魔法が、前進を始める。

 

「まずいな。……デルフ、なんかできないか?」

 

「いやぁ、お前さんも俺の力はある程度わかってるんだろうけど……無理だろうなぁ」

 

 そうだよなぁ。宝具で盾を出してみるものの、竜巻なんてものを防ぐにはそれなりの宝具を出さなければならない。……その隙を逃すとは思えない。

 

「……あ、いや、そうだ。娘っ子!」

 

「なによデルフ!」

 

 急にカタカタとデルフがマスターに話しかけ始めた。

 

「お前さん、虚無の魔法が使えるんだろうが! ばかすか爆発だけ使ってねえで、他のも使わねえか!」

 

「なに言ってんのよ! だって始祖の祈祷書には……!」

 

「必要があれば現れる! そういうもんだ。ブリミルはきちんと対策を練ってるんだ」

 

「……マスター、俺とマリーであれを止める。その間に、その『対策』とやらを見つけてくれ」

 

 できるよな、とマリーに目線を向ける。笑顔で頷いてくれたマリーと共に、巨大な竜巻に向かい合う。魔法を作り出した始祖の血を引いているという王族が二人、お互いを相乗しあう属性を掛け合わせて作り出したこの竜巻は、宝具でいうならば『対城宝具』に等しい。だから、こちらもそれなりの力がいるだろう。

 

「マリー、宝具は使えるか?」

 

「……ええ、アンリからの魔力のパスは一時出来に遮断されてはいるけど……一度ならいけるわ」

 

 様々な射角から発射される宝具を打ち落としているアーチャー。流石の名人と言えど、多量の宝具は対処するだけで精いっぱいのようだ。……なるべく対処を難しくするために意識を割かなければいけないのだが、マリーの宝具発動のためにこれからはアーチャーの対処で精いっぱいになるだろう。

 

「よし、マリー、任せた。バックアップの宝具をいくつか渡しておく。……全力を出してくれ」

 

「わかったわ。……咲き誇るのよ、踊り続けるの! ……行くわよアンリ! わたくしの本気! 『百合の王冠に栄光あれ(ギロチン・ブレイカー)』!」

 

 ガラスの馬に乗ったマリーが、光の粒子を周りに纏い、巨大な竜巻に激突していく。相手のアーチャーはもちろんそれを狙うが、それは俺が許さない。マスターを守り、マリーを狙わせないように宝具を放つ。いくつかウェールズにも放ってみたが、それも打ち落とされてしまった。……さすがの凄腕だな。

 

「く、うぅ……っ!」

 

 マリーが苦し気に声を上げる。

 マスターは祈祷書を捲り、新たな呪文を見つけたようで、それを唱え始めた。そのリズムは心地よく聞こえ、マスターとのパスからも、落ち着いた魔力が流れてくるのを感じる。

 

「あと少しだ、マリー」

 

「ええ、もう少し頑張ってね、私も頑張るわ……!」

 

 ガラスの馬を撫でながら、マリーは気丈に笑う。

 バックアップもあるからか、なんとか竜巻は足を止めているが、光の粒子と竜巻がぶつかっているところからは激しい音と火花が出ている。

 

「――『解除(ディスペル)』!」

 

 後ろから、マスターの発した魔力が光となってぶつかり、竜巻が消えていくのが見え……それと同時に、周りにいた兵士たちや……ウェールズが、倒れ伏した。

 

・・・

 

「……退いた、か?」

 

 警戒はしているが、アーチャーのあの気配は感じられなくなった。……ウェールズの魔法まで解けたから、不利を悟って引いたのか……?

 

「あ……」

 

 ガラスの馬が消え、地面に降り立ったマリーがふらりと体を揺らす。慌ててそれを受け止めると、ゆっくりと地面に降ろす。

 

「少し座ってろ。……あとは俺が請け負う」

 

「ええ。……ごめんなさいね、王さま」

 

 弱弱しく笑うマリーの頭を帽子ごとぐりぐりと撫でて、立ち上がる。

 偽りの命が無くなり、元の亡骸に戻ったウェールズの横に、アンリエッタが気絶して倒れている。

 

「……魔力の使い過ぎ、かな? 少ししたら目を覚ますだろう。……周りの兵士も、ウェールズと同じか」

 

 アンリエッタを木の根元に寄りかからせる。

 近づいてくる気配に顔を上げると、セイバーたちが駆け寄ってくるのが見えた。

 

「殿! ご無事ですか!」

 

「……セイバーたちか。そっちも終わったのか?」

 

「いえ……倒しきることはできず。何故か撤退していったのですが……これが理由だったのですね」

 

 そう言って、セイバーは倒れている兵士やウェールズに視線を向ける。

 

「そっちでもこの兵士たちが?」

 

「それもありましたが……謎の虎に変身するサーヴァントも出てきて大変でしたよ……」

 

 セイバーと一緒にやってきたアサシンから詳しく聞くと、なにやら普通の人間が虎へと変身し、場所が森というのもあり相当苦戦したのだとか。

 だが、妙な魔力の奔流(たぶんマスターの『解除』の魔法だと思う)を感じてから、急に気配が遠くなり……いなくなったのだという。それから俺のパスを辿ってこちらにやってきたとのこと。……虎?

 

「ギル様ーっ!」

 

「壱与? ……卑弥呼!」

 

 壱与の声がしてそちらを見ると、その腕にはぐったりとしている卑弥呼が。少し血の跡が見えるから、怪我をしてしまったのだろう。

 

「壱与、説明しろ!」

 

「あ、あの、またあのビジュアル系がいたんです……それで、卑弥呼さまが攻撃を通すためにゼロ距離で宝具を爆発させて……」

 

「爆発……『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』か。……無茶なことして……」

 

 宝具に込められた魔力を爆発させる『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』。何らかの方法で宝具を投影できるような英霊や、英雄王のように数えきれないほどの宝具があるとかじゃないと実用には堪えない方法である。

 卑弥呼や壱与は並行世界から銅鏡を呼び寄せられるので、それを爆発させたのだろう。あの銅鏡は卑弥呼の宝具『合わせ鏡:金印』で生み出されたものなので、一応『宝具』扱いのものだ。故に大量の魔力が充填されている。

 

「ある程度の治療はしております。あとは魔力を満たしてあげれば、自然治癒ですぐ治るとは思いますが……」

 

「いや、でもカルナ相手によくやってくれた。……壱与も、頑張ったな」

 

 卑弥呼を受け取って、もう片方の手で壱与を撫でると、壱与は少し困った顔をした。

 

「……壱与、今回は卑弥呼さまを危険に晒した上に、あんまりお役に立てませんでした。……ごめんなさい」

 

「珍しいな、壱与がそんなにへこむなんて。……気にするなとは言わないけど、そんな泣きそうな顔するなよ。いつもみたいに俺に飛び込んでくるくらいの元気出してくれよ」

 

「ギル様……ぎぃるぅさぁまぁぁぁぁぁぁ!」

 

「おーおー泣くな泣くな。化粧が落ちるぞー」

 

 というか落ちてる。目の周りとかに塗っている紅が落ちてなんか失敗したヘビメタバンドみたいになってる。

 

「好きぃぃぃぃぃ! ギル様大好きぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 片腕で意識のない卑弥呼を抱え、もう片方で大泣きしている壱与を受け止める。壱与は俺のマントに顔をうずめているので、マントが濡れてしまっている。……まぁ、赤いマントだから壱与の紅がうつっても問題はないけど……。

 

「……壱与殿はほんとなんていうか……極端だよねぇ」

 

「んっ……うぅん……?」

 

 む。壱与の叫び声でなのかわからないが、アンリエッタが目を覚ましたようだ。

 壱与の様子に戸惑っていたマスターがアンリエッタに駆け寄る。

 

「姫様っ!」

 

「う、ん……ルイズ……? っ! ルイズ!」

 

 意識を取り戻したアンリエッタは、マスターが目の前にいることに気づき、驚いた声を上げる。

 

「ああ……私……なんて、ことを……!」

 

 周りの様子を見て、今までのことを思い出したのか、両手で顔を覆ってしまった。

 

「……アンリ、顔を上げて」

 

「マリー……?」

 

 近くにしゃがんだマリーが、アンリと目を合わせた。

 

「……あなたは、悪い夢を見ていたのね。……今は少し、休みなさい。……ルイズ、アンリをお願いしても良い?」

 

「あ、え、ええ。……姫様、どこかお怪我などは……」

 

「いえ……いえ、ありません。……なんと言ったらいいのか……」

 

 宝物庫から自動人形を取り出し、兵士たちの遺体を回収する。一時宝物庫に保管して、戻った時に改めて埋葬することにしよう。タバサたちも手伝ってくれたので、かなりの数を回収できた。

 最後にウェールズも埋葬布に包もうとしたときに、アンリエッタが近づいてきた。

 

「……わたくしに……させてください」

 

「ん。じゃあ、自動人形に手伝いを……」

 

 そう言ってアンリエッタに埋葬布を渡そうとしたとき、ウェールズの閉じられた目がピクリと動き、開いた。

 

「アンリ……?」

 

「ッ!?」

 

 ――反射的に宝物庫を開きそうになるが、これは偽りの命ではない。どういう奇跡なのか……『本物の』ウェールズだ。

 ……無理やり理論づけるなら……すでに失われていた魂。そのパーツでもあった精神が、この騒ぎで寄り集まって、今こうして奇跡を起こしているのだと思う。……まぁ、こういう『奇跡』に理論だなんだというのは野暮と言うもの。愛が生み出した、短い間の奇跡の時間。それでいい。

 

「そんな、うそ、ウェールズさま……!」

 

 アンリエッタは急ぎウェールズの体を支え、その体に水の魔法をかける。……ワルドに付けられた傷が開いているのだが、たぶんその魔法では治らないだろう。

 治癒の魔法だろうと、俺の宝物庫にあるどんな宝具だろうと……生命が終わったのならば、もう戻らない。

 

「アンリ、無駄だよ。……わかるんだ。僕に与えられた時間は短い。……最後の願いを聞いてくれるかい?」

 

「最後なんて……いや、いやですウェールズさま……!」

 

「……あの思い出の場所へ……ラグドリアン湖のほとりへ……」

 

 それならば、とヴィマーナを出す。ここに来るときに使ったタイプは打ち落とされてしまったので、別のタイプのものだ。それでもこの世界では早いほうだろう。

 アンリエッタがウェールズを支えながら乗り込み、他の人員も乗り込んだ。音もなく浮かぶヴィマーナは、ラグドリアン湖のほとりへと、静かに向かい始めた。

 

・・・

 

 湖のほとり。夜ということもあり、静かなものだ。虫の声すら聞こえない。

 

「ふふ、懐かしいな……」

 

 ほとりにヴィマーナを下してからは、俺たちはそのままヴィマーナに残った。降りたのは、アンリエッタとウェールズだけだ。二人きりにするべきだろう。

 一応俺は甲板に出て二人の様子を確認はしている。……俺の劣化した『眼』でも、ウェールズからだんだんと生気が失われているのが見える。……もう、何分も持たないだろう。

 

「……ギル」

 

「ん。どうした、マスター」

 

「……なんでもない。手、貸して」

 

 そう言って、マスターは俺の手を取る。彼女にしては強い力で握られているのを感じる。……まぁ、目の前で起きていることをまだ処理しきれていないのだろうな。もう片方の手で抱き寄せると、俺の腹に顔をうずめてすんすんと鼻を鳴らし始めた。……この短い間で、彼女の心には相当な負荷がかかってるな。これが終われば、少し街に出かけたりして発散してやらないとつぶれてしまうかもしれない。

 少しして、ウェールズの体から力が抜けた。アンリエッタが静かに涙を流す。

 

「……マスター」

 

「……うん」

 

 俺とマスターはマリーを連れて二人の下へ。

 

「アンリ」

 

「マリー……。ねえ、ウェールズさまったらずるいのよ。……私にだけ、誓わせて。逝ってしまったわ」

 

 そう言って、アンリエッタはウェールズの体を抱きかかえる。

 

「……このラグドリアン湖に、ウェールズさまを眠らせるわ」

 

 そのまま魔法でウェールズの遺体を浮かばせると、そのまま湖の方へ。ゆっくりと、見えなくなっていくウェールズ。マリーがアンリエッタの背中をさする。

 ……今度こそ眠れ、安らかに。もうお前の眠りを妨げることはないだろう。

 ウェールズの姿が見えなくなってもなお、アンリエッタは湖をじっと見つめていた。

 

・・・

 

 アンリエッタはしばらく動こうとしなかったが、それでも太陽が沈む前にはマリーと共にこちらへ戻ってきた。マスターもその頃には少しだけ落ち着いて、目元に涙を溜める程度になっていた。

 

「……よし、帰るか。別のヴィマーナを出して、送るよ」

 

「ええ。……ごめんなさいね、王さま。さ、アンリ」

 

「……迷惑をかけるわね、マリー。それにギル様まで……」

 

 しょんぼりとしたアンリエッタに、俺は笑いかけてやる。

 

「気にするな……と言っても気にするんだろうけど、ま、とりあえずは家に帰って落ち着くことが最優先だな。今はいろんなことが起こりすぎてて心も疲れてる」

 

 全員を乗せたヴィマーナが飛び立つ。

 アンリエッタはマリーとマスターの二人とお茶を飲んで少しだけ笑顔も見えるようになってきた。……こういうのは、同性じゃないとダメな時があるからな。

 

「……アンドバリの指輪。それに、クロムウェル。……解決することは山積みだなぁ」

 

 その後、無事王宮にアンリエッタを届けることができ、事情聴取らしきものも終えて、俺たちは解散と相成った。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:キャスター

真名:■■ 性別:男 属性:混沌・■

クラススキル

陣地作成:■-

道具作成:E
魔術師ではないので、普通の人間が作れる程度の道具しか作れない。だが、それでも人の状態で戦うには大きな役割を果たしている。

保有スキル

■■:D(EX)

■■:A+

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。むしろ、彼の性質的にはマスターもおらず単独で行動しているときが一番の性能を発揮出来る。

精神■■:―

能力値

 筋力:C 魔力:E 耐久:B 幸運:D 敏捷:B 宝具:A

宝具

■■■■■■■(■■■■■)

ランク:A 種別:■■宝具 レンジ:― 最大補足:一人



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第三十二話 身につけた技

「……意味深な方?」「卑弥呼さまはすぐそうやっていやらしいほうに考えるぅ」「あんったにだけはッ! あんたにだけは言われたくなかったッ!」「どうどう。すぐに燃え上がるなこの子は」「離せぇッ! あのガキだけはッ! わらわが殺すぅ!」「おいマジ切れだぞコレ」「沸点低い女王様ですね、卑弥呼さま」「ワラワ……イヨ……コロ……」「壊れた殺人マシーンみたいになったぞこの子」「……ここまで行くとどこまで行くかちょっと見たいですよね」「よく考えなくても壱与ってサイコパスだよな」


それでは、どうぞ。


「そういえば、学院は夏休みに突入するんだよなぁ」

 

「らしいわね。二か月半あるらしいわよ。っはー、学生は良いわねー」

 

 いつもの鯖小屋で卑弥呼とそんな話をする。マスターは実家へ帰省。俺もそれについていこうかなーとは思っているが……他の子たちどうするんだろ。なんかやりたいこととかあるなら休みにするんだけど……。

 

「んまー、基本あんたについてくでしょうね」

 

「だろうなぁ」

 

 こちらの世界に何かゆかりがあるわけでもなし。唯一ジャンヌがシエスタの帰省についていくかも、っていうのはあるけどな。

 学院の生徒だけではなく、働いているメイドたちにも休みがあるらしい。それでも生徒がいない間にしかできない設備の補修なんかもあるので、全員が二か月半休めるわけではないが……それでも、長期の休みとなればみんなしばらく会っていない家族や大切な人に会うには十分だろう。

 

「とりあえずはシエスタに聞いてみるか」

 

 鯖小屋の厨房に向けて「シエスター」と声を掛ける。少しして、ぱたぱたと駆けてくる音。

 

「はーいっ。お呼びでしょうか?」

 

「うん。シエスタはこの夏休み何するのかなーって思って呼んだんだ。実家に帰るのかな?」

 

「は、はい! ジャンヌちゃんも行きたいっていってたので、一緒に帰る予定ですが……そ、その……!」

 

「ん?」

 

 胸の前で両手をぐっと握ったシエスタが、俺をしっかりと見つめて口を開いた。

 

「あのっ! この夏休み、タルブ村に来ませんか!? ええと、村を助けてもらったお礼もまだですし、その、またウチの両親がぜひ、って……!」

 

「タルブ村か……」

 

 そういえばあの外壁を作ってから見に行ってないな。様子を見るのも含めてタルブ村に寄っていこうかな。マスターの実家がある領地へは大体二日と聞くし、タルブ村に少し早めに行ってそれからヴィマーナで直接向かうとしよう。そうと決まれば、マスターに話を通しておくかな。

 

・・・

 

「駄目よ」

 

「えっ」

 

 マスターに先ほど決めたことを伝えて許可を貰おうと思ったら、ノータイムで不許可を出された。それと同時に目の前に突き出される紙。……えーと、まだ完全に読めるわけじゃないんだけどなぁ。……任務? 治安、維持は読めるな。あとは……ふむふむ。

 要するに身分を隠しての情報収集任務……スパイだな。なるほど、アンリエッタもアルビオンへの対処を始めたか。

 

「うん、理由はわかった。……シエスタには悪いけど、ジャンヌと二人で帰郷してもらうか。……こんな時にデオンとかマタハリとかいればなぁ……」

 

 情報収集にうってつけの二人である。たぶん町に放てば数日で結果を持ってきてくれることだろう。

 まぁ、ないものねだりをしても仕方がない。こちらの戦力は虚無の魔法を使える爆弾みたいなマスター、戦国武将だから情報収集は部下にやらせてるセイバー、酒盛りに潜入するのが大得意な男絶対殺すマンのアサシン、基本的に他人を下に見てる卑弥呼、ほぼ例外なく他人をゴミだと思っている壱与の五人だ! こんなイカれたメンバー紹介したくなかった!

 

「……冷静に考えると絶望的だな」

 

 マスターとか『身分を隠して』なんてできるのか?

 

「ま、その辺は俺がフォローするか」

 

・・・

 

「まずは、『身分を隠す』必要がありますね!」

 

 ヴィマーナで王都まで来た俺たちは、アサシンに連れられて仕立屋に来ていた。

 マスターは学院の制服にマント。貴族丸出しである。アサシンは美豆良と呼ばれる髪型をして、かなりゆったりとした褌を来ている。体も小さいからそれに合わせたものとなっており、とても可愛らしい。……だが、浮いている。時代というか世界的に浮いているのだ。古代日本の衣装は、中世フランスほどのこのトリステインでは浮いていた。

 卑弥呼と壱与も同じだ。顔以外でないような、ゆったりとした貫頭衣を何枚も重ね、金銀様々な色合いの装飾品などを身に着けている。もちろん、この場所では完全に浮いている。

 謙信。……何も言うまい。どこの世界に鎧兜付けた女の子がいるんだ。しかも街中歩くような。まぁ、鎧を脱いだとしても着物だからそれはそれで浮いてるんだけど。……ダメだ! 日本勢は全員この世界で浮いている!

 

「というわけでこんな感じのー、あ、卑弥呼さんと壱与さんは化粧落としておいてくださいねー?」

 

「え。これ結構わらわのあいでんててーなんだけど……」

 

「そーですよ! これでも結構ぷらしーぼなんですから!」

 

「そんなアイデンティティーポイしましょーねー。あとプラシーボはそういう風に使う言葉じゃないですよー」

 

 ノリノリで女性陣に衣装を振り分けていく小碓。……あれ、君も女物着るの?

 

「……ん? あ、ボクが女物取ったからびっくりしました? ……えへへー、こっちのほうが慣れちゃって。可愛いですよね? ボク」

 

 可愛いけども。それでいいのか。後のヤマトタケルに怒られないか……?

 

「まー、それはそれ。子供の頃と大人の頃が全く違う英霊なんてごまんといますよ」

 

 ……まぁ、その最たる例の一つを知っているから何とも言えないけども。

 

「えと、これで女性陣とボクはおっけー。主の番ですね! ……あー、でも」

 

 俺を頭の先からじぃ、と見つめたアサシンは、視線がつま先くらいまで下がっていったところで、うん、と一つ頷いた。

 

「無理かなぁ……」

 

「えー……」

 

・・・

 

 というわけで、俺は逆に貴族っぽい格好をすることに。そして、メンバーを分けようということになった。

 当初はみんなを貴族の格好をした俺の従者扱いをしようとしていたのだが、マスターがそれに耐えられるとは思えないからな。なので、潜入が得意なアサシンとマスターを一緒にして、護衛としてセイバーを付ける。こっちは卑弥呼と壱与を仲間にした。壱与を止められるのは俺しかいないしな。

 

「で、アンリエッタから貰った手形を両替したのがこれか。……まぁ、マスター側で持ってっていいよ。こっちはこっちで用意するから」

 

 じゃら、とお金をマスター……じゃなくて、アサシンに渡す。

 

「ちょっ! 私に送られたお金よ!?」

 

「いやー、なんかマスター使い方荒そうだし……」

 

「うるさいわね! アサシン!」

 

「はいはい、しょーがないですねー」

 

 かみつかれてはたまらないとアサシンが金の入っている袋をマスターに渡す。……アイコンタクトでよろしく頼む、とアサシンに伝えておく。

 

「さて、それじゃあ任務を開始するとするか」

 

 頑張れよ、と声を掛けて、俺たちは別れるのだった。

 

・・・

 

「貴族として生活するには、まずは金だな」

 

 いいところに泊まらないといけないしな。

 

「そうね。……あ、わらわたちはあんたの世話係ってことでよろしくー」

 

「それが無難だろうな。了解」

 

「じゃあ壱与は夜のお世話係ってことでよろしくお願いいたします!」

 

「それはよろしくできねーな。なんで夜限定なんだよ。昼夜働け」

 

「お休みなしですかっ!? 睡眠もとれずにボロボロになってもギル様のお世話を昼も夜も……デュフッ、やっべ、下着が……」

 

「……あのねぇ、サーヴァントは基本寝なくても大丈夫っての忘れてない?」

 

「はっ! と、ということは壱与をボロボロのけちょんけちょんにしてもらって虐めてもらうという壱与の計画はっ!?」

 

「計画倒れ以外の何物でもないわね」

 

 むしろなんて計画を立ててやがるのか。恐ろしい世話係だ……。

 

「というわけでまずは金策ね。いくつか宝石出しなさいよ。それ売るのが早いと思うわ」

 

「変なところに目を付けられたりしないか? 目立つだろ、そんなの」

 

「何のためにわらわたちがついてきてると思ってんのよ。一般人の一人や二人、ちょっと記憶飛ばすくらいできるっての」

 

 なるほど。言われてみれば卑弥呼と壱与は鬼道のプロだ。書き換えるとか洗脳するよりも、記憶を少し飛ばすなんて簡単な方なのだろう。

 

「よし、ならばいくつか宝石を持っていこう」

 

 そう言って、俺は宝物庫からいくつか宝石と黄金を取り出す。

 ――数時間後。俺たちはそれなりの大金を得て宿屋へ向かっていた。

 

「元手があると楽ですねぇ」

 

「あとはたぶんあれだな。黄金律で勝手に増えてくと思うぞ」

 

 今は魔力を回して抑えているけど、いったん開放すれば貴族がいる世界だ。簡単に金が集まってくるに違いない。あとで賭け事でもしてくるかなー。なんかカジノっぽいところあったし。

 

「とりあえず初日は拠点を用意したってところで。少し休もうぜ」

 

「それもそうね。久しぶりに鬼道使ったし、魔力とかはあんまり使わなかったけど精神的に疲れたわ。……だから、癒されないとね?」

 

「あっ、卑弥呼さまずるいっ! 壱与も! 壱与もいじめ……癒されたいです!」

 

「もう正直に言えばいいのに。なに恥じらってんだこの変態」

 

 あひあひ言う壱与を卑弥呼と二人きりでいじり倒し、楽しい夜は過ぎていった。

 

・・・

 

 翌日。心地よい気怠さと共に目覚め、ベッドを出る。一日ごとにアサシンと情報交換をする約束をしていたので、待ち合わせ場所に行くとしよう。

 卑弥呼と壱与に書置きを残して、宿を出る。隣に自動人形を一人アサシンモードで歩かせれば、貴族っぽく見えるだろう。アサシンモードなら、俺の横を歩きながらも怪しいやつがいないかどうかを探せるしな。

 

「お、いたいた」

 

 気配遮断を使って気配をなくし立っているアサシンを見つけ、近づいていく。事前にどこにいるかは聞いていたので、俺でもアサシンを発見できたのだ。俺も宝具を使って気配を薄くする。『遮断』とまではいかないが、アサシンと自動人形が近くにいるので、相乗効果で俺も気付かれなくなるだろう。

 

「よ、そっちはどうだ?」

 

「……んまー、大主は主のマスターで貴族なのに黄金律はないんだなーってわかりました」

 

「何があったんだよ一体」

 

 冷静に報告してくるってことはセイバーが刀を抜くような事態にはなってないんだろうけど……。

 

「端的に昨日起こったことを言うなら……無一文になって酒場で住み込みの仕事することになりました」

 

「ほんとに何があったんだ」

 

 細かい話を聞くと、なんとマスターが所持金が足りないと言い出したらしく、その際にセイバーが俺がよくやる金策の話をしたらしい。サーヴァントに出来るならマスターにもできるだろう、とマスターがカジノに挑戦したところ、全部スってしまったんだとか。なにやってんだマスター。

 

「そんなことがあったのか。……金の用立てをした方が良いか?」

 

 マスターのことだ。住み込みの仕事なんて耐えられるはずがない。いくら野宿に慣れたと言っても、俺の宝物庫前提のものだ。聞いたところによると、ほこりまみれの屋根裏部屋をあてられたそうだし、しかも仕事内容は給仕だ。マスターは聡明な子だから仕事のやり方がわからないことはないだろうが、あのダイヤモンドみたいなプライドが絶対に邪魔をするだろう。

 

「いえ、その必要はありません。大主にはちょっと頭を冷やしてもらう必要もあると思いますし。ボクやセイバーさんはああいうところ平気ですしね」

 

 むしろ酒場だから、入り込みやすくて助かりました、なんて笑って舌を出すアサシンに、絶対敵に回さないようにしよう、と改めて思うのと同時にめちゃくちゃ可愛いなこいつ、とも感じた。

 

「一応場所も伝えておきますね。『魅惑の妖精亭』ってところで働いてます。……主のトラウマ刺激しそうなのが店長やってるので、来るときはお気をつけて」

 

「え、なにそれ怖い」

 

 でも、一度くらいは行くべきだろう。

 

「で、そちらはどうですか? 見る限り、順調そうですが」

 

「ああ。卑弥呼と壱与の協力もあって、とりあえずの金策も出来たし、拠点も出来た」

 

 こちらも泊まっている宿の名前を伝えておく。それと、いくらか入った袋も渡す。

 

「一応予備で持っておけ。あって困るものじゃないからな」

 

「……了解です。ま、隠し持つのは得意なんで大丈夫だと思います」

 

 それから、いくつか緊急事態のための打ち合わせをして、アサシンとは別れた。

 ……マスター、一日で無一文とは。……さすがというか、妙なところで猪突猛進というか。

 ――ちなみに、帰った後に事の顛末を伝えると、卑弥呼も壱与も苦笑いをこぼしていたことをここに記しておく。

 

・・・

 

「なるほど、そんなことが」

 

「こ、これで知ってることは全部だ! た、助けてくれるんだよな……!?」

 

「もちろん。ただまぁ、捕まっては貰うけどな。こういう仕事をしてたんだ。いつか捕まってしまう覚悟はあったわけだろ?」

 

 そんなぁ、と膝をつく男を見下ろしながら、俺は情報を頭の中でまとめていた。目の前のこの男は路地裏でカツアゲをしていた男だ。これ幸いと介入して情報をいただいていた、というわけだ。卑弥呼と壱与を連れているともれなく油断してくれるから楽だな。

 

「さて、このまま貧民街に潜り込んでもいいが……」

 

「もうこの辺で得られる情報はないんですか?」

 

「ないだろうなぁ。今のカツアゲ君含めて何人かに話を聞いてみたけど、この辺の住人は日々生きるので精いっぱいな人も多いからな。情報を仕入れて金にするよりも、もっと単純に肉体労働やらをして日銭を稼ぐ人が圧倒的に多い。これ以上は集まらないだろうから……」

 

 そう言いながら、手元の紙に視線を落とした。そこに描いてあるのは、『魅惑の妖精亭』までの地図。アサシンと密会したあの広場を始まりとした地図が、小さな紙に簡易的に書いてあった。

 

「……二日目にしてこういうところに行くというのもなんだか手詰まり感はあるけど……こういうところに情報が集まるのも確かだしな」

 

 間違いなく効率は上がるだろう。

 

「問題は……卑弥呼達を連れてくか、だなぁ」

 

「え、おいていくんですか!?」

 

「……まぁ、わらわは薄々そうなるんじゃないかなぁと思ったけど」

 

「ええ!? 何でですか!? 地獄の底、宇宙の果て、時空の狭間までご一緒すると誓ったのはうそだったんですか卑弥呼さま! 失望しました卑弥呼さまのファン止めます!」

 

「妄言の部分は流すとして……まじめに理由を言うなら、『からまれるから』よ」

 

「?」

 

 卑弥呼の言葉に首をかしげる壱与。はぁ、と卑弥呼はため息を一つついて、言葉を続ける。

 

「だから、わらわとかあんたみたいな外見が整ってるのが一緒に動いてると、酒場の男なんて絡んでくるもんなのよ。……まぁ、そんなのはたいてい頭が悪い系統の人類なんだけど、だからこそわらわらと虫のようにたかってくるのよ。酔えばその確率は跳ね上がるわね」

 

「はぁ。……そんな虫、近寄る前に消し飛ばせばよいのでは?」

 

 心底『なぜそうしないのかわからない』というキョトンとした顔で壱与が応える。卑弥呼のこめかみがピクリと動いた気がするが、それでも冷静に説明を続ける。

 

「あんたねぇ。前提条件忘れたの? 『身分を隠しての情報収集』よ? 派手な騒ぎを起こしたら、注目されるじゃない。注目されるってのは良い事だけじゃないのよ。顔を覚えられると動きにくくなることもあるわ」

 

「あー……なるほどぉ。騒ぎのタネになりそうな壱与達は置いていった方が効率がいいってことですか。……足手まとい扱いされてませんかぁ!?」

 

「扱いっていうかそのものよね。わらわはキャスターだからまだ隠遁の術やらなにやらはあるけど、あんた……その、うるさいじゃない?」

 

「お、お口チャックしたら連れて行ってもらえるんですか!? 口縫いますか!?」

 

「別の意味で注目浴びるじゃないの。やめなさい」

 

「それに、その酒場は男一人のほうが溶け込みやすそうっていうのもあるな」

 

 女の子がお酌をしてくれる、というその……まぁ、キャバクラの前身的な店なので、女性を連れていくのは悪い意味で目立つだろう。

 

「だから、今日の夜からは別行動を取ろうと思う。で、朝方に再集合して、昼間は三人で動こう」

 

「夜だけ別行動するわけね。……んで、わらわたちは何すればいいわけ?」

 

 流石に卑弥呼は女王なだけあって、公私を分けて切り替えてくれた。

 申し訳なさをごまかすように頭を撫でてやると、卑弥呼はむすっとした顔ながらも頬を少しだけ染めてはにかんだ。

 

「夜なら上空を飛んでても目立たないと思うんだ。だから、ある程度隠蔽しながら上空からの監視をして、怪しい出来事がないか記録しておいてほしいんだ」

 

「なるほどねー。夜に起きた騒ぎやら怪しい人物を確認しておくのね。で、昼間にそのことについて調べる、ってこと?」

 

「その通り」

 

「はいっ! 壱与もっ。壱与も今の説明でわかりましたよっ」

 

 褒めろ撫でろオーラを前面に出しながらこちらに寄ってくる壱与にアイアンクローを決めて持ち上げながら、卑弥呼と細部を合わせる。

 

「あーっ! いけませんギル様っ! こんな、あーっ! 困りますギル様! あーっ! 濡れてしまいます! あーっ! あーっ! いけませんいけませんいけませんギル様ぁー!」

 

 アイアンクローを決めている腕を両手でつかみ、足をばたつかせる壱与が、無駄に騒がしくがくがくとふるえる。

 

「あーっ! こんなところでいけません! いけませんギル様っ! 困ります! あーっ! ギル様ギル様ギル様ー! ……あっ」

 

「……おいこら」

 

 びくん、とひときわ大きく震えた後、壱与の全身の力が抜けた。……こいつ……ブレなさすぎる……。

 とりあえず地面に壱与は置いておいて、卑弥呼との打ち合わせに意識を向けた。

 

・・・

 

「ちっぷれーす、ですか」

 

 割り振られた屋根裏の部屋に、セイバーの声が響く。

 マスターのマスター……大主の失敗に次ぐ失敗の所為で素寒貧どころか借金すら抱えている状況だ。それに加えて、ここの店長であるスカロンの娘であるジェシカが大主を挑発したらしく、そのチップレースなるイベントで競い勝つといったのだ。セイバーも変な顔にもなる。

 

「情報収集は小碓殿が頑張ってくれてるからなんとかなってるけど……大丈夫か、ルイズ嬢は」

 

「……大丈夫だもん。一週間もあるし。何だったらスった分も取り戻して見せるわよ!」

 

「ほほう。400えきゅーもの大金をか。それは楽しみだよ。請求書の分を差し引いても結構残るしね」

 

「大主はプライド凄い高いんですよねー。それさえなくせば見目麗しく礼儀作法を修めた優良物件なのになぁ」

 

 しかもジェシカは無駄に高貴な雰囲気を醸し出す三人娘に興味津々らしく、ことあるごとに質問攻めにされるのだ。主に皿洗いと調理担当のセイバーが。

 

「まーでも、それを隠れ蓑にボクが色々と情報取集できてるし、悪いことだけじゃないんだけどなぁ」

 

 悪いことだけじゃないだけで、全体を見ると悪い事の方が多い。

 

「……ま、明日も一日頑張ろうか」

 

 そう言って、アサシンたちはベッドに潜り込んだ。ベッドが少し大きいのと、彼女たちが全員小柄なのも合わさって、三人でもベッドで寝れている。布団も少ないこの状況で、固まって眠れるのは夜の寒さに対して暖まれるという利点があった。流石に主から任されたので、大主に風邪をひかせたりするわけにはいかないからだ。

 

「おやすみぃ」

 

 特に寝る必要はないのだが、魔力をあまり使わなくてもいいので目を閉じてまどろむぐらいはする。もちろん、何かあればすぐに飛び起きれるように警戒はしている。セイバーも同じように意識しているだろう。主を挟んで反対側から少しだけピリリとした気配を感じる。彼女の性根を表したような、刀のような冷たく怜悧な気配だ。

 たぶん向こうも自分の気配を感じているに違いない。……あ、そういえば大主がここに来るかもみたいな話するの忘れてた。

 

「……ま、いっかぁ」

 

 小声でつぶやいて、布団をかぶる。

 

・・・

 

 チップレース一日目。いつものようにどんがっしゃーんと聞こえるので、また大主が蹴ったか殴ったかしたのだろう。この隙に「まぁ怖い……!」と客に縋りついておく。最初は胸もないし小柄だしと大主と同じく「子供かよ」とがっかりされていたボクであったけど、そこは経験値が違う。ボクが酒宴で酒を注ぎ始めれば、警戒心なんてすぐに溶けてなくなる。

 男がどう言われれば調子に乗るかなんてわかり切っている。あとは触られたりすると男であることがばれるかもしれないのでそこだけ注意していた。

 

「それでよう、アンちゃん」

 

「はいはい、なんですかぁ?」

 

 この『アン』というのは源氏名だ。もちろん、『暗殺者』からとった。こういうのはシンプルイズベストだ。人生経験も結構多いボクは、こうして愚痴を聞いたり相談を受けたりしているうちに、それなりの固定客をつかむことができるようになってきたのだ。

 

「――ってことなんだよぅ」

 

「まぁ、それは大変。……さ、もう一杯。心地よく酔って、愚痴を吐けば、明日からまた頑張れますよ」

 

 そう言って、強めの酒を注ぐ。ある程度酔っているから度数の違いなんてわからないだろう。こういう手合いは早めに潰してしまうのがいい。……貰うものはもういただいたからね。

 そして、酔えばだいたい口は軽くなる。ここはある程度金を持って余裕のある人間が通うところなので、それなりに情報を持った人間がやってくる。そういう輩の情報を統合するに……。

 

「……『聖女』の威光も陰りが見えてきてるみたいだね……」

 

 客が途切れた隙をついて、セイバーのいる厨房へ一旦下がってきた。情報を集めながらチップを集めていたからか、一位のジェシカには勝てないものの、三位には食い込めているため、一旦落ち着くのと、情報のすり合わせのために下がってきたのだ。

 

「だろうなぁ。戦で上げた名は戦でしか維持できまい。戦で得た『聖女』という名、威光を維持し、それで民を動かすのであれば……」

 

「戦い続けるしかないってことだよねぇ。それで新生アルビオンを打ち滅ぼして統合して、それでようやく別のことで民の心を掴めるようになる、ってところかな?」

 

「その通り。それか、今注目を受けているこの状況で、何かしらの内政的手腕を見せつけるか、だ」

 

「急に国を動かすのは難しいと思うけどね。……あー、いったん向こう戻るよ」

 

 がしゃーん、とグラスの割れる音。また大主が何かやらかしたのだろう。

 

「……まぁ、頑張ってくれ」

 

 苦笑いのセイバーに見送られて、ボクはまたホールへと戻るのだった。

 

・・・

 

 それからも、大主の失敗は続いた。五日目にはついにセイバーの下へ……つまりは、皿洗いに回されたのだ。

 

「……ん?」

 

 店長の娘ジェシカが、厨房へと入っていった。……セイバー、大主、なんとかごまかしてくださいよ……?

 不安を抱えながらも、指名を受けてしまったので、テーブルへと向かう。セイバーも戦国時代というあのやばい時代を生きただけあって、気性はそれなりに荒いからなぁ……。

 

「アンちゃん、聞いてるー?」

 

「え? あ、ごめんなさい、ぼーっとしてました」

 

 ま、あとで何があったかくらいは話してくれるでしょう。

 とりあえずこっちはこっちでやることやらないとね、と客の対応に戻るのだった。

 

・・・

 

「すまない。ルイズ嬢が貴族だとばれた」

 

「――この一刺しは、お前の命を狩るだろう……」

 

「ちょっ、こんなことで宝具使わないでほしいっていうかそれ男用でしょ!? 遠回しに私男っぽいって皮肉られてる!?」

 

 ――ハッ!? あ、危ない。無意識のうちに宝具発動して殺すところだった。カッとなってやったとか殺人の動機としては最悪の部類だ。

 

「……で、なんでばれたんです?」

 

「いや、その……ルイズ嬢の我慢弱さが出たというか……ちょっと突かれたりしたらボロ出ちゃうよねって話なんだけどさ……」

 

「あー、まぁ、そっかぁ……で、どうしますか? その娘……消します?」

 

 大主が貴族だとばれるというのは任務失敗の可能性があるために防ぎたい。まだその少女だけが知っている状態ならば……。

 

「処理は早めの方が良いと思いますよ?」

 

「いや、大丈夫だ。……あの娘は、無駄に命を危険に晒すことはしないよ」

 

「……まぁ、あなたの人を見る目を信じますか……」

 

 そう言って、小刀を消す。後でくぎを刺す必要はあるけれど、こういうところで働く人間だ。危険なものには近づかないし首を突っ込まないようにするくらいはできるのだろう。

 

「さて、それじゃあ今日も定時連絡してきます」

 

「ああ、頼んだ。こっちは一応護衛やっとくよ」

 

・・・




「え、ボク? マスターのマスターは大主……おおあるじって呼んでるよ。マスターのことは主。あるじって呼んでる」「私はルイズ嬢か大殿。殿のことは殿だな」「私は単純に大マスターとマスターって呼び分けてます!」「わらわは小ピンクとギルって呼んでるわよ。……『小』ってつけた理由? あいつ妹らしいじゃない? それに……ほら、小さいでしょう?」「壱与は淫乱ピンクとギル様って呼んでます。……いや、わかるんですよ私には! この淫乱ピンク、絶対やらしいですって! あんなツンツンしてますけど二人っきりになったら絶対デレデレしますよ! テンプレみたいなツンデレやりますよ!?」

「だ、そうだぞマスター」「……○ね」

……部屋の片づけに、一日かかりました。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第三十三話 それは耳寄りな情報

「あの、耳寄りな情報があるんですけど……」「は? ……なによ」「これ、私調べなんですけど、ギルさんって……貧乳好きなんですよ!」「……は?」「だって、そうじゃないですか! 生前のマスターも貧乳、今のマスターも貧乳、召喚したサーヴァントも……ほぼ貧乳! これは確定じゃないですかね!? だから、ルーラーの私もアベンジャーの私も、このセイヴァーの私に勝てないんですよぉ!」「……はぁ?」「だから、卑弥呼さんも言っちゃいましょう、ギルさんのクラス別玉座を狙っていきましょうよ!」「……はぁ……。ま、とりあえず後ろ見ておきなさい」「ふぇ? 後ろに何……が……あ、ひ、ひぃっ」

この後、「ぴぃー!」と言う可愛らしい悲鳴が響いたのでした。


それでは、どうぞ。


「……なるほどねぇ」

 

 アサシンとの定時連絡。昼間の目立たない時間に行うこの情報交換で、マスターの不利な状況を知り、俺は一つ決意する。

 

「うん、なら、今日行こうかな」

 

「『魅惑の妖精亭(ウチ)』にですか?」

 

「ああ。こっちもある程度のパイプは作れたからな。そういうところに行くとしよう」

 

「……じゃあ、ボクがついてあげますね。……たくさんサービスしてあげますよ?」

 

 くいくい、と卑猥なハンドサインをしてくるアサシンにデコピンをして、そういう店じゃないだろ、と冷静に突っ込む。

 

「よし、じゃあ夜の行動は決定だな」

 

・・・

 

 というわけで夜。『魅惑の妖精亭』の前に俺は立っていた。

 ……凄いな。ここだけ空気違うぞ。とりあえず入店するかと羽扉を開く。

 

「いらっしゃいませぇぇーん!」

 

「おっと店を間違えた」

 

 一歩踏み出す方向をかえ、店を出ようとしたのだが……がっしと肩を掴まれてしまった。『逃げる』コマンドすらないとかバグかよ!

 

「間違いではないわよぉ~。一名様ご来てーん!」

 

 そう言って背中を押されて入店すると、派手な格好をした女の子たちが「いらっしゃいませー」と声をそろえて出迎えてくれた。……ふむ? ふむふむ?

 

「はーい、お席にいきましょうねー」

 

 そう言って俺の手を取ったのは、同じく派手目の服装に身を包んでいるアサシンだった。顔はニコニコとしているが、いつの間にか抱きしめられた腕はかなりの力で絞められている。どうやら、店の女の子たちに見とれていたのを見られていたらしい。嫉妬とは、可愛い限りである。

 

「……はーい、お酒ー」

 

「えー。急におざなりになったな」

 

 席に着いた瞬間、だん、と酒の瓶を置かれた。……え、ラッパ飲みなの?

 しばらく視線を送っていると、顔を赤くしてグラスを取り出した。……根の『いい子』なところは変わらないようだ。

 

「んで、マスターは?」

 

「まだお皿洗ってるよ。お皿洗い終わるまで出てこれないんだ」

 

「なるほど」

 

 基本的に皿洗いなんて終わらないものだから、遠回しに『出てくるな』と言われているのだろう。……ま、それはそれでいい気もするけど。俺を見たマスターが平静を保て無くなる未来しか見えないからな。

 

「で、今チップレースってやってるんですけど……」

 

「……いや、依怙贔屓はしないようにしてるから……」

 

「ふーん? ……優勝したら、『魅惑のビスチェ』っていうの着れるんですけど……洋装のボクとか、興味ないです?」

 

「ここに九十エキューある」

 

「わぁい。ボクが今日までに稼いだチップレースの金額と同額が一瞬で稼げたー」

 

 煤けた瞳をしながら、アサシンが俺から金を受け取る。

 

「これで一位に並んだくらいですかねー。ほんと主いるとこういうの困らないなー……」

 

「なんだなんだ、今更か? 戦いに必要ないスキルで俺に勝てる奴ほぼいないだろ」

 

「……基本的にサーヴァントなんて戦いに必要ないスキルあんまり持ってこないですからね」

 

 そう言って苦笑いをするアサシンに笑いを返しながら、酒を一口。……む? こういうところにしては、良いものだ。アサシンが持ってきたんだが……。

 

「? ああ、店で一番いいの持ってきましたよ? 主なら払えるだろうし、こういうところの安酒とかあんまり飲ませたくないですしね」

 

「そ、そうか」

 

 周りのテーブルを見ると、チップレース開催中だからか、色んな所で駆け引きが行われているのが見える。おお、あの黒髪の子とかすごくないか。嫉妬をあえて見せることによってチップを貰うとか……その見切りの良さも凄い。貰ったら何かと理由を付けて立ち去って、最大効率でチップを貰って回っている。

 

「アサシンはああいうのしなくていいのか?」

 

「……ボクの最大効率は主の相手をしてお小遣いせびることなんで」

 

「それもそうだ」

 

「まぁ、主と離れて稼いでも意味ないっていうのもありますけど」

 

「……可愛いなぁお前」

 

「そりゃそうですよ。じゃなきゃこんな格好してませんって」

 

 そう言いながら、俺にしなだれかかってくるアサシン。少し俺の方へ体を預けていたが、ぱっと離れて立ち上がる。

 

「そうだ。セイバーに伝えるの忘れてました。ちょっと厨房行ってきますね」

 

「ああ」

 

 そう言って、アサシンは厨房へと駆けて行った。さてどーするか、と思っていると、すっと人影。視線を向けると、先ほど凄いなと思った黒髪の女の子が立っていた。……確か、アサシンから

 

の情報によるとジェシカという名前だったはずだ。

 

「こんばんわ、お兄さん。お酌するわ」

 

「ありがとう」

 

 テーブルの上の酒瓶を持って、俺のグラスに注いでくれるジェシカ。……さて、チップレース真っただ中の彼女がわざわざ俺のところに来た理由はなんだろ。

 

「……お隣、良い?」

 

 許可を求めながらも、俺が答える前にすっと隣に腰を下ろすジェシカ。

 

「ね、今隣にいたのアンよね? 『主』とか呼ばれてたけど、どういう関係なの?」

 

 ……なるほど、と思うのと同時に、しまったな、とも思った。

 先ほどの会話を、断片的にだろうが聞かれてしまったのだろう。しかも、俺のことを『主』と呼ぶところとか、一番まずいところをだ。

 

「それに、さっき渡してたチップ。……凄い額よね?」

 

 にやり、とこちらをのぞき込みながら、ジェシカが笑う。そこまで見られていたか。……だがまぁ、どれもこれも決定的なものじゃない。誤魔化せばいいだけだ。

 そう思って口を開こうとした瞬間。

 

「このアホ使い魔ッ! マスターたる私がピンチに陥ったらすぐに助けに……あっ」

 

 だだだだっ、と駆けてきたマスターが、俺に指を突き付けながら勢いよくまくし立てて、隣にいるジェシカに気づいてハッとした。

 ……あー、このアホマスター……。

 

「……ふぅん?」

 

「はぁ……。わかったわかった。説明するから裏に案内してくれ」

 

 そう言って立ち上がる。マスターが何か言っているが、ジェスチャーで静かにさせる。

 ジェシカに案内されて裏……厨房に入ると、アサシンとセイバーがバツの悪そうな顔をして苦笑いしていた。

 

「あー、すまない殿。小碓殿との会話を聞かれていたようで……」

 

「気づいた時にはすでにそっちの席に……ごめんなさいっ」

 

「いや、大丈夫だ。……さて、ジェシカと言ったか。色々と説明をしよう」

 

 興味津々な様子のジェシカに、俺はマスターの任務を多少ぼかして伝えた。王宮に新しくできた部署で、情報を集めていたこと。隠していたが、いざとなった時に貴族の力が必要なためマスターに白羽の矢が立ったこと、その補助として、俺たちがいることを伝えた。

 そのうえで、俺はジェシカに提案する。

 

「……へぇ? あたしもその一員に、ねぇ」

 

「そうだ。この『魅惑の妖精亭』はいろんな客が集まる。情報もそれなりに集まるだろう。今後もこの町での情報収集をする際、現地の協力者がいた方が良いということも確かだしな」

 

「なるほどね。……で、その見返りは?」

 

 年の割に、かなり冷静な判断ができるようだ。こちらが王宮に関係すると言っても尚、交渉をしようとしているところからもそれが見受けられる。肝が据わっているというか……。

 この酒場で立派に働いているから、精神の成熟も早かったということなのだろうか。まぁ、あのチップレースの立ち回りを見ても、人の心理を理解することに長けているのがわかる。

 

「単純に言えば金と命だな」

 

「お金はわかるとして……命?」

 

「もちろん。こちらは身分を隠してこうして情報収集をしているんだ。今回はウチのマスターがポカしたせいでばれてしまったが、本来は正体を知られてはならない任務」

 

 俺の席が少し離れていたところにあったのと、マスターがすぐに口を噤んだためにジェシカ以外にはばれていないのが幸いだが、できることなら誰にもばれないのが理想だ。

 ……それが、もしばれたときに一番手っ取り早いのは……。

 

「なるほどねー。一番手っ取り早いのは口封じだもんね。……でも、あたしがいなくなれば、パパが黙ってないわよ。あれで、結構いろんなところに顔がきくんだから」

 

「そのためのわらわたちよ」

 

 ジェシカが得意げにそう言った瞬間、その首筋に細い指がかかる。いつの間にかジェシカの背後に立っていた卑弥呼がその指を突き付けていたのだ。

 

「え……だ、誰っ!?」

 

「その君の後ろに立ってる二人は、人一人の記憶をなんとかするのは造作もないんだ。……現に今、身体動かないだろ?」

 

 ジェシカの顔に初めて驚愕が浮かぶ。

 ……本当ならこんな脅すようなことしたくないんだけど、無駄に俺たちの存在を喧伝でもしたら、危険な目に合うのはジェシカだ。俺の気持ちを分かってくれているのか、言わずとも卑弥呼達はばっちりの演技をしてくれている。

 

「……本当ならこのまま『初めからいなかった人』にしてやってもいいのよ? それを、わらわ達の主であるギルが役に立つことで許してやろうって言ってんだから、文句言わないでやりなさいよ」

 

「まったくですよ。ギル様のお役に立てるという大変名誉な……ほんと……名誉な……あ、ああっ、ギル様ぁっ! ギル様ギル様ギル様ぁっ!」

 

「え、なに、どしたの。ちょっとギル!? 壱与が! 壱与がぁ! いつも通りだけど怖いぃ!」

 

 急に壱与が自分の体を抱きしめながら震え始めたので、卑弥呼が俺に抱き着いてくる。ジェシカも怖くなってしまったようで、なぜか俺に抱き着いて……ふぅむ、これは、うむ、メロンとは言わないが……とても良い、リンゴ……だな……。

 

「やはり……おっぱい……か……」

 

 後ろでは小碓が自分の胸をぺたぺたと触りながらハイライトの無くなった眼をして呟いているのが聞こえる。

 

「と、とりあえず、だ! 答えを聞こうか!」

 

 俺がもうここしかジェシカを口説き落とすポイントはない、と追い立てるようにジェシカの肩を掴む。

 俺の顔がちょっと必死だったからか、ジェシカは戸惑っているようだが……行けるか……!?

 

「あ、わ、わかった! わかったから! ……ち、近い」

 

「そ、そうか。……そうか! よし!」

 

 ちょっと予想外のトラブルもあったが、ジェシカを無事に仲間に引き入れることに成功した。

 ……あとはここにいないマスターの説得かぁ……まぁ、これがばれたのもマスターがボロを出したせいだし、そんなに反対されないだろ。

 

・・・

 

「……うぅ。い、言いたいことはわかったけどぉ……」

 

 その後。俺が席に戻ると、マスターがお酌をするという建前で俺の隣に座ってきた。本来の用件は交渉の結果がどうなったかを聞きたいのだろう。

 そんなマスターに交渉がどうなったかを教えると、なんだかもじもじしながら不満そうに返してきたのだ。

 

「まぁ、マスターが早計なことをしなければジェシカにはばれなかったわけだし、ナイスフォローだと思ってくれよ。な?」

 

 ほら、と俺が飲んでいるものと同じものをグラスに注ぎ、マスターに手渡す。

 おずおずと受け取ったマスターのグラスに、軽く俺の持っているグラスをあてる。

 

「ほら、上手くいきそう祝いに、かんぱーい」

 

「うぅ、上手くいってるから不安なんだけど……かんぱい」

 

 それからは、マスターをなだめすかして、情報交換もしておいた。マスターはマスターで個別に得た情報があるらしく、そちらの方でもアンリエッタの人気が陰ってきていることがわかったのだそうだ。……うーむ、個人的に不安なのは、そんな状態なのに何もしていないマリーの方だ。こういう時黙っていなさそうな正確なのになぁ……それとも、アンリエッタに止められているのだろうか。……いや、その程度で止まるマリーじゃないな。

 ま、今は何かして目立ってしまうのを避けているのかもしれないな。正体不明のアーチャーやら向こう側にもサーヴァントと言う戦力が増えていっているわけだし、慎重になるのも仕方のない事だろう。

 

「あ、美味しい……」

 

「そういえばマスターはチップレースの調子はどうなんだ?」

 

 俺がそう聞いた瞬間、酒に舌鼓を打っていたマスターは一瞬にして苦い顔をした。

 

「……あんまり、集まってないわね」

 

「ふぅん……さて、ここに四百エキューあります」

 

「っ!」

 

 しゅばっ、と俺の持っている袋に手を伸ばしてくるマスター。すっと上にあげて意地悪をしてやると、がるる、とこちらを威嚇するマスター。なぜこの子獣になりかけてるんだ……?

 

「……よこしなさい」

 

「いやー、四百エキューなんて、おいそれと渡せないなー。それ分のサービスがないとねー」

 

 ここぞとばかりにマスターを煽る。こういうことでもないと、マスターをおちょくるとかそうそうできないしなー。マスターは一通り唸った後、座ったままスカートの裾を少しだけ手で持ち上げた。

 

「ちらっ。……ちらっ」

 

 体つきに違わず、細いが健康的できれいな太ももがちらちらと見える。……え? それで?

 

「……ど、どう?」

 

「……えーっと……綺麗な太もも……だな?」

 

「こ、興奮したりしない……?」

 

 ああ、もしかしてこれ、色仕掛けされているのか……?

 

「マスター。……そのやり方、マスターにはあってないんじゃないかなぁ……」

 

「うぐっ……」

 

 まったくもう。

 そんな風にマスターに苦笑いを返すと、1エキューだけ手渡す。

 

「やってる姿はかわいらしかったから、これをあげよう」

 

「……もっとよこしなさいよ」

 

「可愛くないぞー、マスター。もっと可愛くならないと。……明日また来るよ」

 

 そう言って立ち上がり、会計を済ませて外に出る。

 

・・・

 

 ……主が来るようになってから、『魅惑の妖精亭』は変わった。まぁ、今は『貴族』を演じているのもあるし、『黄金律』スキルのおかげでかなりお金持ちだ。なんだ、子孫代々までお金に困らないって。自分以外の子孫に効果を発揮するスキルとか流石は英霊の中でも頭おかしいと言われる英霊王だ。

 来て一日目でジェシカと大主以外の全員を虜にしたその魅力と財力は、瞬く間にこの店を変えてしまった。主が来た瞬間に大半の女の子が席を準備し、酒を用意し、隣の席を取り合い、何だったら床に座ってでも近くに行こうとする。かくいうボクも気配遮断と敏捷ステータスの高さを活かしてだいたい隣を確保してるけど。

 そして現在最終日。主がかなりお金をばらまくもんだから、現在一位のジェシカも結構なりふり構わない稼ぎ方をし始めていると聞いた。今日は最終日……向こうでいう給料日のあとの休み前日のようなものなので、かなりのお客さんが来店しているものの……ほとんどの店員が主の所に集っているので、そこからあぶれてしまった人が客の所を回っている状況だ。……まぁ、あぶれた店員になんとか来てほしいと主以外のお客さんがチップを積むので、そちらでもお金が大量に行きかっている。先ほどジェシカから話を聞いたが、この『魅惑の妖精亭』史上一番お金が行き交っている日だと笑っていた。

 

「……主ぃ……」

 

「あーはいはい。良い子良い子」

 

 座っている主の脚に縋りつくように抱き着いてると、頭を撫でられる。うへへ、幸せ。

 

「あーっ、ギル様、アンばかりずるいですー!」

 

「私もーっ!」

 

 ボクが撫でられているのを見てか、他の店員さんも主の下へ集う。……がるる。このなでなではボクのものだぞー。

 全く、主はすぐ女の子落とすんだからぁ……。お金につられてるって子もいるんだろうけど……カッコいいしなぁ……。

 

「はっはっは、いいねえ、こういうの。やっぱりこういう悪い遊びたまにやると面白いよなー」

 

 金ならあるぞー、となんか変なしゃべり方で料理を持ってきた子、お酒を注いだ子、何か話をした子、色んな子にいろんな理由でチップを渡す主は、変な遊びにハマって高笑いしているのを含めてちょっと馬鹿っぽいけど、そういうのもなんかギャップを感じて可愛いなー、なんて思ったりして、ふへへ、なんか、ドキドキしてしまうのだ。……フヒヒ。

 まぁ、主はみんなを楽しませるのも上手だ。このテーブルの周りでは、笑いが絶えない。お酒も入っているからか、ここだけ異常に熱気が凄い。

 そんな風に楽しんでいると、大きな音を立てて扉が開いた。

 

「いらっしゃいま……あ、あら、いらっしゃいませ~!」

 

 店長が揉み手をしながら新たに来た客を出迎えた。……? あの店長があんな反応をしたのは初めてだ。かなり上の人間なのだろう。それこそ、貴族なのかもしれない。店員だけではなく、お客さんも静かになってしまっている。

 

「これはこれは、チュレンヌ様。ようこそ、『魅惑の妖精亭』へ……」

 

「ふむ、繁盛しておるようだな」

 

「い、いえいえ! 本日はたまたまというもので……」

 

 なにやら店長が下手に出て謙遜をするが、あのチュレンヌとかいう男は、こういう店のなにがしかに口を出せる……場合によっては、手も出せる立場なのだろう。ある程度そんな茶番を繰り返した後、仕事ではなく客で来た、との言葉に、店長のスカロンが申し訳なさそうに口を開く。

 

「申し訳ありませんが、本日はこのように満席でして……」

 

 スカロンがそう言うも、チュレンヌはふん、と鼻を鳴らして偉そうにのけ反る。

 

「そうは見えんがな」

 

 その一言と共に、背後にいた護衛らしき男たちが杖を抜いた。巻き込まれてはたまらないと思ったのか、酔いも醒めた様子のお客さんたちが、我先にと店から出ていく。……それでも残っているのは、恐れる必要のない主くらいのものだ。主が逃げないので、その席の周りには店員の女の子たちが隠れるように集っていた。……主ー? 今ちょっと不穏な空気ですよ? そんな、「次はシャンパンタワー行ってみようかー!」じゃないんですよ! っていうかその文化こっちにないでしょ! 「オッケー!」じゃないんだよアリサ(入店三年目)! あの子あんなに空気読めなかったっけ!?

 

「……む? おい貴様!」

 

 そんな風に大騒ぎしているからか、やっぱりというかなんというべきか、取り巻きの一人がこちらに目を付けてしまった。一人豪遊してるのもそうだし、周りに店の女の子を侍らせている(ように見えるだけで、大半は避難してるだけ)のも目を引いたのだろう。

 声を掛けられた本人である主は……ダメだ! シャンパンタワーの準備し始めた! 酔ってんじゃないのあの人! 特殊な日本酒じゃないと酔わない主が酔うとかなんか盛られたんじゃ……。

 

「聞いているのか!」

 

 ずかずかと足音を立てて目の前まで来た護衛に、ようやく主が目を向ける。

 

「おお? どうした、何か問題か?」

 

「きっ、貴様! 口の利き方に気を付けろ! この杖が見えぬのか!」

 

「……ほう、杖。そういえば、貴族の証だったな」

 

 厳密にいえば貴族の血脈以外は魔法を使えないからそうなってるってだけなんだけど……。まぁ、貴族じゃなくて魔法が使えるって人間のほうが少ないから細かいことはいいか。あの現地協力者のフーケさんだってなんかあって貴族じゃなくなったらしいですし。

 

「まぁまぁ、仲良く飲もうじゃないか。これからシャンパンタワー……じゃないけどちょっと色々やるんだ。……お酒来ないな」

 

「貴様……! 何を言っている……!?」

 

「……あ、マスター」

 

 主がふっと視線を向けると、その先には大主が。……あー、えっと、あの人空気読めないもんなぁ……。たぶん「お酒の注文来たから届けないと」って頭いっぱいになってるな……?

 

「お待たせ……って、なに、あんたが頼んだの?」

 

 にこりと笑って主の顔を見た大主が、ため息をつきながらお酒をテーブルに乗せる。

 

「チップくらい弾みなさいよ。まったくもう」

 

 そう言って腰に手を当てながらいつものように胸を反らしている大主を見たチュレンヌたちが、急に笑い始めた。

 

「なんだなんだ! 閑古鳥が鳴いているというのも本当なのかもしれんな! こんな子供をやとっているのだからな!」

 

「はっはっは! ……いやいや、よく見ると子供ではなくただの胸の無い女ではありませんか?」

 

 護衛の一人がそういうと、チュレンヌの瞳が厭らしい色に染まった。……む。

 

「そうかそうか、ならばわしが触って大きさを試してやろう」

 

 そう言って手を伸ばす。……あ、こら。

 

「ちょ、やめ……」

 

「風よ」

 

 ボクが止めるより先に、ノーモーションで主がチュレンヌたちを吹き飛ばしてしまった。

 にっこりと笑う主の手には、斧のような形の杖が握られていた。……それって霊基キャスターの時に使う奴……。

 

「マスター、大丈夫か?」

 

「え? あ、うん。……だいじょぶ」

 

「それならよかった。ほら、おいで。怖かったろう? 撫でてあげよう」

 

「はぁっ!? そ、そんなのいらないし! 怖くなかったし!」

 

 手招きをする主と、恥じらってそれにツンで返す大主。うんうん、可愛いなぁ。

 周りのみんな……アリスやらジャンヌ(ウチの田舎娘ではなく、この店のナンバースリー)も、ほっこりとした表情をしている。

 

「きっ、貴様ぁっ! この私を女王陛下の徴税官と知っての狼藉か! とっ、捕らえよ! その男を捕らえよ!」

 

 そう言って、徴税官の護衛達は魔法を唱え、なにやらロープのような魔法を飛ばして主を捕らえようとするも……。

 

「私の使い魔に……なにすんのよ!」

 

 どん、と爆発音。護衛の人間も、チュレンヌも、何だったら建物の扉も、一緒に吹っ飛んでいった。

 

「こ、これは……!? な、なんだこの魔法は!?」

 

「マスター、扉の向こうに穴をあけてくれ」

 

「え? ……ああ、わかったわ」

 

 立ち上がった主が、杖をもう一度降る。宝物庫からバックアップを受けた魔術の風が、チュレンヌたちすべてを後方上に吹き飛ばす。そして、マスターも息ぴったりに地面に魔法を放ち、ズドンとどでかい穴をあけた。もちろん、あの男たちの着地点はその穴だ。大きな音を立てて穴に落ちた男たちが、上からのぞき込む主と大主。

 青い顔をしたチュレンヌが、ようやくやばいことに気づいたのか、こちらを見上げたまま叫ぶ。

 

「お、お前たちは……い、いや、あなた様達は、どこの高名な武家の方たちで!?」

 

「マスター、あれを」

 

「ん」

 

 大主が、男たちに向けて女王の許可証を見せる。

 

「そ、そそそそれは……陛下の許可証……!?」

 

「良いか、こちらにおわすのはな、女王陛下の女官にして、由緒正しい家柄のやんごとない家系の三女さまだ。お前たちごときに名乗る名前はないさ」

 

「はっ、ははー! そ、そうとは知らず! そうとは知らず!」

 

「ほら、マスター、杖を向けろ」

 

「なんでよ」

 

「いいから。ほら」

 

「……」

 

 主に何か言われた大主が、怪訝そうな顔で男たちに杖を向けた。

 冷や汗までかいたチュレンヌが、大慌てで懐をまさぐり、何かを取り出して大主の元へ放り投げた。……あ、財布だあれ。

 

「ゆ、許してください! 命だけは!」

 

 そういって、チュレンヌは周りの護衛達を促して財布を出させる。それも大主の足元へ放り投げるが、大主はそれを見もせずに、チュレンヌに言い放つ。

 

「今日見たことはすぐに忘れて誰にも言わないことね。……じゃなければ、命がいくつあっても足りないわよ?」

 

「は、はい! 誓って! 始祖と陛下の御前に誓って! このことは誰にも話しません!」

 

 そういうと、チュレンヌは他の護衛達と這う這うの体で穴から這いだし、夜の闇へと消えていった。

 

「凄いわルイズちゃん!」

 

 店主がそう喝采を上げると、他の女の子たちも大主を囲んではやし立てる。

 

「あのチュレンヌの顔! スカッとしたわ!」

 

 しばらくそのまま恥ずかしそうにはにかんでいた大主だったけれど、主と目が合って申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。あ、そっか。貴族ってばれちゃったから……。

 だけど、スカロンは首を振って笑う。

 

「あなたが貴族なんて、最初から分かってたわ」

 

「え……!?」

 

「だって、身振りも所作も、何もかも庶民とは違うんだもの。これでも酒場を長くやってるのよ? 人を見る目だけは一流なのよ」

 

 だから、とスカロンは続ける。

 

「ここにいるみんなは、過去に何かあった子たちなのよ。だから、詮索なんてしないし、誰も喋ったりもしないわ。安心して」

 

 そう言って手を叩いてみんなの注目を集めると、周りを見渡す。

 

「さて、最後のお客さんも……帰っちゃったし、今日はこれで終わりね! チップレースの結果は……まぁ、集計するまでもないわね」

 

 みんなの視線が、大主の足元にある財布に集まる。

 

「一位は、ルイズちゃん! おめでとう!」

 

 店の中に、大きな拍手の音が響いた。

 

・・・




「シャンパンタワーいこうかー!」「いえーい!」「ドンペリいこうかー!」「い、いえーい?」「神代のワインいってみようかー!」「ひぇーい!」「チップ総取りゲームやろうかー!」「ひゃー!」

「……あいつ、楽しんでるわねぇ……」「お金持ってたらこういうお店は楽しいだろうからねぇ……」「っていうかシャンパンとかこの世界にあるの?」「なんか、神代のワインと炭酸水入れたら宝物庫で作ってくれたんだって」「……へ、へー? ……今度、何か入れてみようかしら……」


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第三十四話 見知らぬ、部屋

「……え、なにここ」「……見てしまったな、ジャンヌ」「ふぇ? マスター? え、もしかしてここって隠し部屋だったりします?」「……さ、こっちにおいで」「……ちょ、質問に答えて……後ろに何持ってるんですか?」「いや、これは……ほら、ただの猿轡と結束バンドと頑丈なロープだよ」「それ監禁の道具! え、私もしかしてやばいです!? やばいですよね!?」「……さ、ちょっとゆっくりしていこうか」「ひ、ひにゃー……!」


それでは、どうぞ。


 昨日の騒ぎがあったものの、店はまたやっているようだ。開店と同時に来たのだが、マスターの姿が見えない。

 

「あれ? 昨日優勝したから、『魅惑のビスチェ』とやらを着て自信満々に出てくると思ったけど……」

 

「ああ、大主からこれ、預かってます」

 

「え? ……招待状?」

 

 アサシンから受け取ったのは、丁寧に作られた招待状だ。……なんだこれ。『場所:屋根裏部屋』って書いてあるけど。

 

「いま屋根裏部屋に住んでるので、そういうことだと思います。……えっへっへ、愛されてますねー」

 

「あー、まぁ、だいたい想像つくけどさぁ……どうしよ、マスター襲っちゃったら」

 

「いいんじゃないです? ……誘われてるんだと思うけどなぁ」

 

 アサシンはそうつぶやくが、マスターは結構箱入りでこういう男女の機微とかにはあんまり慣れてなさそうだけど……。やっちゃっていいものかなぁ……。

 

「まぁ、ほら、最初に強くぶつかって後は流れで」

 

「え、八百長しろって?」

 

 結構危なめのネタをぶち込むアサシンに問い返しながら、俺を取り囲む女の子たちに酌をしてもらう。隣のジェシカも話に入ってきて、にやにやと笑う。

 

「あんなツンツンしてる子に好かれてるなんて、流石だねぇ、王さまはっ」

 

「……アサシン?」

 

「えへへ。喋っちゃいました」

 

 まさかのジェシカの『王さま』呼びにアサシンを問い詰めると、あざとくテヘペロする

。いや、可愛いけど。まぁ、可愛いからいいかー。

 

「まさか、今日一日しか着れない『魅惑のビスチェ』を王さまのために使うなんて……愛されてるじゃない。あーあー、いいわねー」

 

 ため息をつきながら、一口酒を飲むジェシカ。俺の席に座っていて何も出さないのもなと俺の蔵から出したワインとか、それを利用して作ったシャンパンなんかを出して飲ませる。これが人気で、アリスちゃんなんかこれを飲むために他のお客さんを放ってこちらに来る始末だ。……依存性はそんなにないはずなんだけど……。

 

「で、その『ザ・夜の帝王』みたいな服なんなんですか?」

 

「ん? やー、宝物庫っていつの間にか服とか増えてるんだよね。何のタイミングなのかはわからないんだけどさ。そこにヒョウ柄のヤバめの服があったから自動人形に預けてリメイクしてもらったんだよ。ワンポイントならまぁまぁイケてるだろ?」

 

「え? あ、えっと……そ、そうですね!」

 

 わざとらしいくらいにニッコリと笑ったアサシンが、ワインを一口飲む。

 

「……自動人形も困ったろうなぁ。リメイクしてこれだもんなぁ……」

 

「ん? なんか言ったか、アサシン」

 

「い、いえ! なんでもないですとも! ……ささ、ご一献……」

 

「ありがとうな。……そうだ、スカロンに『あの話』は通してくれたか?」

 

「あ、はい。結構乗り気でしたよ。……でもまさか、こんなことを提案するとは……」

 

「はっはっは、まぁ、ジェシカを現地協力者にしたときに思いついたんだよ。やっぱりこういうお店には情報が集まるからな」

 

 俺がスカロンや……他の酒場に根回しをしているのは、酒場を利用した俺の情報収集網の構築である。俺が資金を提供し、提携している酒場は情報をこちらに伝える。まずは酒場から始めていって、他の店にも広げていく予定だ。この王都に情報網を構築できれば、これから何かあった時に情報収集がはかどるし、この国で活動するときにバックアップももらえるし。表だって動けないときの隠れ蓑は大切だな。

 

「……っと、もうこんな時間か。マスターの所に行ってくるよ」

 

「はーい。頑張ってくださいねー」

 

「王さまー! ファイトー!」

 

「一発キメちゃいなー!」

 

「……こういう時は女の子の方が盛り上がるよなぁ」

 

 ジェシカやアリス、ジャンヌ(ウチのじゃが芋ではないほう。この店のナンバースリーらしい)の声援を受けながら、俺は店の裏に入って、屋根裏部屋へと足を進めた。

 

・・・

 

「おじゃましまーす」

 

 そう言いながら、梯子を上った先の屋根を外し、屋根裏部屋へと立ち入る。入る前から見えていたが、ランタンでもつけているのだろうか、灯りが漏れている。きぃ、と古い蝶番がきしむ音を立てながら、天井部分が上に開く。

 

「あ、よ、ようこそ」

 

「おー、マスター、それが……む。……それが、『魅惑のビスチェ』か」

 

 一瞬、精神に干渉する『魅了』らしき感覚がしたものの、俺の素の対魔力で弾ける程度の物だ。うぅむ、『魅惑のビスチェ』……本当に効果があったのか……。けれどまぁ、こうしても着てるのを見ると……普通に衣服としても優秀だよなぁ。マスターの色っぽさが強調されている。

 

「ええ。……どう?」

 

「とっても似合ってて綺麗だな。……そのまとめた髪も、いつもと違っていいと思うよ」

 

「そ、そう? ……そ、そうよね! そりゃあ、私だもの!」

 

 ふふん、と恥ずかしそうに頬を赤く染めながら、いつものように腕と足を組んでいるマスターが、いつも通り自信たっぷりに言い放つ。

 それから、すっと立ち上がったマスターはテーブルの上の燭台に火を灯した。……え、マジ? 料理?

 

「これどうしたんだ? ……まさか……」

 

「……作ったのよ。ジェシカとかセイバーに聞いてね」

 

 そのまさかだった。手作りか……確かに少し焦げていたりするところがあるものの、見た目はとてもおいしそうだ。失敗らしい失敗はしていないと言っていいだろう。

 

「冷めないうちに食べましょ?」

 

「ああ。……それにしても屋根裏部屋っていうからもうちょい汚いの想像してたけど……意外と綺麗だな」

 

「掃除したからね」

 

 そう言いながら、マスターはワインをお互いのグラスに注いだ。

 

「……ほら、早く座りなさいよ。乾杯するわよ」

 

「お、おう」

 

 かなり変わったマスターに困惑しながらも、俺は唯一存在している椅子に座る。マスターは椅子がないからなのか、ベッドに腰掛けている。

 

「……優勝おめでとう」

 

「ん……。ありがと」

 

 ちん、とグラス同士がぶつかる音。お互いに静かにワインを口に運び、さっそく料理に手を付けてみる。

 まずはシチューかなー。いまだにホカホカと湯気を立てているシチューをすくって、一口。

 

「お、美味しい」

 

「そ、そう? ……良かった」

 

「なんだ、味見してなかったのか?」

 

 味見は大事だぞ?

 

「し、したわよ! ほ、ほら、あんたって王さまなわけだし……舌肥えてるかと思って……その、料理なんて初めてだったし……」

 

「なんだよマスター、可愛いなぁまったく。ほら、さっき撫でてやれなかった分撫でてやろう。おいでおいで」

 

「ばっ、ばっかじゃ……ん、んぅむ……だ、誰にも言わないでよ……?」

 

 一瞬立ち上がって否定しかけたマスターだったが、少し考え込んだ後、おずおずとこちらに近づいてきて、座る俺の目の前で両手を広げる。おぉ? どうしたんだろう。今日はやけに素直だ。そこまでされてはやってやらないわけにもいかないので、小柄なマスターを抱え上げ、座っている俺の脚の上にまたがらせる。

 そのまま頭を抱き寄せてやって、結っている髪を避けて頭を撫でてやる。……ふわっふわだぞ、この子の髪。こんな状況なのに、よくこの髪質維持できたな。

 

「よしよし、よく頑張ったな、お疲れ」

 

「んぅ……私頑張ったわよね? こんな酒場で住み込みで仕事して……私公爵家なのに……魔法も最後まで使わなかったし……」

 

「そうだなぁ、偉いぞ」

 

「……もっと褒めなさい。あ、ついでにそれ食べさせて」

 

 そう言って、マスターが埋めていた頭を放して、テーブルの上を指さす。指の先には、バゲットが。仕方がないなぁ、と薄くスライスされているバゲットを取って、マスターの口に運んでやる。餌を待つひな鳥みたいに素直に口を開けたマスターは、口元に持って行くと、はむ、と可愛い声を出しながら銜える。……小さい口だなぁ。

 

「……? あによ」

 

 一口分を咀嚼して飲み込んだマスターが、首をかしげながら不思議そうに見上げてくる。おー、これは……可愛いなぁ……。

 

「ん? ……あっ」

 

「え? ……あっ」

 

 何かに違和感を覚えたらしいマスターが、下に視線を向けて、何かを悟ったような声を上げた。それを見て、俺も何が起こったのかを察した。……と言うより、俺のほうに原因があるわけだしな。

 

「……んと、す、する? あんた、キャスターとかバーサーカーとかと、たまにしてるもんね……?」

 

「え、見てたのか」

 

「……あんな近くでやってたらいくら寝ててもわかるわよ。……ったくもう」

 

「やらしいなぁ……」

 

「やらしくないっ! ばか! せっかく私がここまで……その、してあげようって言ってんのに!」

 

 そう言って怒るマスターを抱き上げて、ベッドに座らせる。

 

「やー、マスターがそう言ってくれるなら凄いうれしいけど……良いのか?」

 

 そんな、俺のこと好きそうな素振りとか見せてなかったけど……。

 いや、していいっていうならするよ、そりゃ。据え膳はお代わりまでするタイプだからさ、俺は。正直こっちの子たちも魅力的だし、いつかシエスタには手を出すだろうなって俺自身も思ってたし……。

 

「ん。私だって、結構前からあんたのこと……まぁ、悪くは思ってなかったし」

 

 そう言って頬を赤らめながらそっぽを向くマスターに苦笑しながら、横に座って肩を抱き寄せる。マスターの顎を持ってこちらに向けさせて、ゆっくりと顔を近づけていく。なにをするかわかったらしいマスターは、唇を突き出して目を閉じた。

 それを見てから、俺はゆっくりとキスをして、少ししてから離した。……そういえば、マスターから聞いた話だと、俺が召喚されてからやろうとしていた『コントラクト・サーヴァント』の魔法は、キスをすることが必要だったんだとか。……まぁ、それが今になったってことで。

 

「……ん。あんた、慣れてるわね……」

 

「そういうマスターは……その、緊張気味だった……な?」

 

「そりゃそうでしょ……初めてだったんだから……」

 

「そうだったのか。……まぁ、マスターそういうところ身持ち固そうだしな」

 

「当たり前でしょう! 私は貴族なのよ!? も、もう! 変なこと言わせないの!」

 

 照れ隠しなのか、声を荒げるマスターを落ち着かせる。

 

「……で、その、する……?」

 

 自分の体を抱くように腕を回しているマスターが、不安そうに聞いてくる。

 

「んや、今日はこれでいいよ。マスターの気持ちがわかって満足だしね。……それに、マスターも初めてならちゃんと思い出に残るようなところが良いだろ?」

 

 まぁ、こういう屋根裏部屋っていうのもなんか秘密感でて興奮しそうだけど、それはそれ。初めてならば、ロマンチックに行きたいと思うのは俺のエゴだろうか。

 

「……ん。その、ありがと」

 

 恥ずかしそうにはにかむマスターが、お礼を言ってくる。

 

「いいってことさ。……それに、そこで出歯亀してるのもいることだしな」

 

「えっ!?」

 

 俺が視線を向けているところにマスターも驚いたように視線を向けると、小さく「やべっ」という声が聞こえて、屋根裏部屋に続く床板がパタンと降りるのが見えた。……たぶん仕事が終わったセイバーとかアサシンかジェシカあたりが見に来ていたのだろう。……セイバーとアサシンは後で大変可愛がってあげよう。ジェシカは……んー、まぁ、嫌がらなさそうだったら口説くとしよう。ああいう幼馴染系女の子はあんまり見ないからな。

 

「って、マスター、魔法はまずい!」

 

「う、うううううるさいうるさいうるさーい! せ、セイバー! 邪魔しないって言ったのにぃ!」

 

 なるほど、焚き付けたのはセイバーか。……うん、気絶コースだな。甲斐の虎を猫かわいがりしてやるよ。

 でもまぁ、あれだけツンだったマスターが素直になってくれたんだ。感謝しないとな。

 

「まぁまぁマスター落ち着いて。……みんなで飯食べようか」

 

「……うー……!」

 

「ほら、セイバーたちも上がってこいよ」

 

 俺がそう声を掛けると、ゆっくりと床板が上がり、見覚えのある黒髪二人が顔を覗かせる。気まずそうに苦笑いしているセイバーと、ずっとにやにやしているアサシンだ。……アサシンに関しては俺が女の子とこういう関係になるたびににやにやしている気がする。

 

「さーっすが主! ツンツンな大主をここまで見事に落とすとは!」

 

「……なんていうか、小碓殿がなんでこんなにうれしそうなのかよくわからないんですけど……」

 

「え? だって主が新しい女の子を落としたってことは、それだけ主の血が残るってことですもん! 優秀な(おのこ)は優秀なややこを残す義務がありますからね! 次はシエスタ嬢、ジェシカ嬢なんかどうでしょうか主ぃ!」

 

「なにこの子凄い怖い」

 

 マスターの声に、セイバーが頷く。いや、可愛い子と仲良くなるのは俺もいやじゃないからね? ほら、遠ざけたりはしないけど……。

 

「まぁいいや、とりあえずマスター、みんなにもごはん分けてもいいか?」

 

「……はぁ。……仕方ないわねぇ。ほら、取り皿」

 

 いくつか余っていた取り皿とフォークを二人に渡して、全員でテーブルを囲んだ。椅子は一脚しかないので、ベッドに俺が座り、両サイドをセイバーとアサシンが挟み、マスターは対面の椅子に座って食事をとった。マスターは俺の脚の上でもいいと誘ったのだが、恥ずかしいのか、拒否されてしまった。

 ……まぁ、たぶんマスターはツンデレだから、二人きりの時じゃないとデレてくれないのだろう。今度部屋で二人きりになった時にいちゃつくとしよう。

 

「あ、ということはマスターの家族にもあいさつに行かないとなぁ」

 

「っ!? な、なに言ってんのよ!」

 

「いやー、こういうのは早く言いに行くのがいいんだよ。……前のマスターの時は家族とかいなかったからなぁ」

 

 夏休みだし、帰省するときに一緒に行って、挨拶するのがいいだろう。

 

「まー、主は王さまだし、優良物件だと思いますよー?」

 

 「ねー?」と俺の腕に抱き着きながら笑うアサシンに、俺も笑い返す。まぁ、甲斐性という意味では問題ないと自分でも思う。絶対に幸せにするしな。

 

「んむー……ま、まぁ、その辺は心配してないけど……」

 

 スプーンを加えながら、もごもご何か言うマスター。……行儀悪いぞー。貴族なんだろー?

 

「……まぁ、その、あんたは使い魔だけど、その、私のこい……こ、こここっ」

 

「……こけっこっこー?」

 

「いや、烏骨鶏かもしれん」

 

「酷寒かもしれませんよ?」

 

「恋人! こ、恋人……で、良いのよね……?」

 

 言い切った後、マスターは不安げに俺に確認を取ってくる。……まぁ、はっきりと言ったわけじゃないからな。

 俺はマスターにうなずきを返す。

 

「そうだな、マスター。これから甘やかすから覚悟しろよー?」

 

「……甘やかす……うぅ、巨大な後宮……侍女長……黒い月……」

 

「宝具による甘やかし……吹っ飛ぶ壱与嬢……殿のマスター甘やかし……」

 

 なにやら俺の言葉に反応したらしい両サイドの二人が、何かをぶつぶつ言ってうつむいてしまった。……どうしたんだろうか? 少しして、二人同タイミングで顔を上げ、マスターの方へ駆け寄り、それぞれがマスターの左右の肩を掴んで、苦虫をかみつぶしたような顔で口を開く。

 

「ルイズ嬢、気を付けるんだよ? 殿の『甘やかし』は凄まじい……!」

 

「大主、気を確かに持つんですよ! あの人は、マスターをダメにするサーヴァントなんですから!」

 

「え? え? え、ええ……?」

 

 急に二人にまくし立てられたマスターは、困惑しながらも頷きを返した。……まったく、マスターをダメにするとは言ってくれる。現に、俺の前のマスターはダメにならなかったぞ?

 それを二人に伝えると、大きなため息をつかれた。……お前らな……。

 

「とにかく! 大主、何か変だなと思ったら相談してください! 力になるんで!」

 

「そうだよ。困ったら私たちになんでも相談してくれたまえ。……あ、コレ初代マスターが作った『マスター会』の会員証」

 

「な、なんなのよぅ……」

 

 困惑するマスターと、必死に説得しようとする二人を見ながら、俺は大きくため息をつくのだった。

 

・・・

 

 今日も今日とて情報収集。やっている最中、アンリエッタに貴族としての席を用意できないかと相談してみたところ、なんと宰相がいくつかそういう『隠れ蓑』を用意しているらしく、そのうちの一つを貸し出してくれたのだ。なので、俺は今この王国の貴族としても活動できるようになり、とても助かっている。ちなみに、その貴族の家名は『オルレアン』。爵位は伯爵。と言うわけで、『オルレアン伯』として、俺は今活動している。

 ……まぁ、フランスとこのあたりって似てるからなぁ。もしかしたら地名としてあるのかもしれないが……ま、それでも偽名としてはなじみ深いからいいだろう。ウチのフランス村娘の宝具名と近しいからな。何かしら幸運値でも働いてるのかもしれない。

 というわけで、俺のフルネームは『ジルベール・ド・オルレアン』となった。うん、カッコいいし、いいんじゃないかな? ちなみに、卑弥呼と壱与の偽名は適当でいいということなので、『キャス』と『バーサ』となった……クラス名とは便利だなぁ。

 

「……で? あんたの好みのこのクラシカルなメイド服着せられてるわらわたちにまたなにさせようっての? ……まぁ、夜の相手ならいつでもするし? まんざらでもないけれど?」

 

「むしろ夜の相手以外メイドらしいことできませんけどね! 家事とかなんてほぼ自動人形で回してるようなものですしね! おかげでコスチュームプレイは上達しましたけども!」

 

 目の前でシエスタのようなヴィクトリアン調のメイド服に身を包んだ二人が、俺の目の前でくるくる回ってみたり、スカートをめくってみたりして、俺の目の前でアピールをする二人。……なにやってんだこいつら……。

 俺は擬装貴族の建前として、いくつかの書類を処理しながら、二人をじとりとした目で見る。

 

「……で、情報は?」

 

「あー、そうでしたそうでした! これが街中に設置した鏡からの情報で――」

 

 壱与の鬼道で監視カメラのようになった銅鏡を、二人は町の中に設置していたようだ。その映像から得られた情報を、壱与と卑弥呼が整理して、俺に報告してくれる。俺は、それを普通の書類に偽装した報告書として作成し、王宮へと送っている。

 ……あーもー、暗号化めんどくさいなぁ。

 

「……っと、できた」

 

「お疲れ様ですー。肩をお揉みしますね!」

 

「いや壱与の力カブトムシ以下だからいいや」

 

「それは過去の話! 今ではカブトムシ以上クワガタムシ以下になりましたので!」

 

「甲虫から離れたらお願いしようかな」

 

 っていうか壱与って筋力Eじゃなかったっけ。人間よりは力あるはずなんだけどなぁ……もしかして、『これ以上下がない』って意味でEなのだろうか。

 それだと計測不能とかで『―』とか表記不能になってそうだけど。

 

「さて、今日もマスターを見に行くかなー」

 

「……セイバーめ。眠れるツンを起こしやがって……」

 

 俺がそう言って立ち上がると、壱与がむきー、とエプロンを噛んで怒りを表している。……でも、弱すぎて引っ張り切れてないけど。

 

「ま、そっちも引き続き頼むよ」

 

「はいはい。……いってらー」

 

「行ってらっしゃいませ、ご主人様!」

 

 二人の見送りを受けながら、俺は町へと繰り出したのだった。

 

・・・




「主、主っ。今のところこの世界では大主の好感度とシエスタ嬢の好感度が高めですよ! キュルケ嬢はその次くらいで、ジェシカ嬢はもうちょっとって感じでしょうか! タバサ嬢は……まだ知り合いレベルくらいですね! でもチャンスはあると思いますよ! ……フーケさんは……子供産めるんですかね? 適齢期過ぎてたりしてたらおすすめはしないんですけど……ま、主なら年増もロリもどっちもいけますよね! ところで今日はシエスタ嬢の所に行くのがお勧めですよ! プレゼントはお菓子が良いかもです!」「お、おう。……そ、そうか」

「……なにあれ」「ん? ああ、何だったか……そう、『何故かぎゃるげのひろいん達の好感度がわかる友人ぽじ』もーどなんだってさ。ちなみにすでに本人自体は攻略されてるから、隠しるーとは無い、って言ってたなー。どういうことかはわからないんだけど」「……そう。……っていうか、あいつまだ恋人増やすのね。……私のこと、あんなにぎゅってしたのに……」「……おやおや、『とりすていんの女は嫉妬深い』と言うのは本当みたいだなぁ。……頑張れ、殿」


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第三十五話 お見事! AUO!

「英雄王……? あれ、ちょっと待って」「ん? どうしたマスター」「あんた、自分では『英霊王』って言ってたわよね!?」「ああ、そうだな。『英雄王』はもう素晴らしい先人……先王? がいるからな。俺は英霊と共に戦う王だから、英霊王なんだ」「……でも、あんた英雄王って呼ばれると嬉しそうよね。……なんで?」「いやほら、マスターも尊敬する人いるだろ?」「え? ええ、そりゃいるけど……」「その人と同じように呼ばれたらうれしくない?」「……まぁ、嬉しいけど……」「俺の場合は『英雄王』ってのが根底にあるからさぁ……そう呼ばれるってだけでうれしいんだよねぇ」「ふぅん。……結局、どっちで呼ばれたいの?」「どっちでもいいけど……恐れ多いから自分では『英雄王』とは言わないよ」「……そ? ま、私はどっちも呼ばないけどね! あんたは使い魔だし!」


それでは、どうぞ。


 街を歩いてもう常連となった『魅惑の妖精亭』へと向かっていると、背後から声を掛けられた。

 

「あら、ダーリン!?」

 

「ん? ……珍しい組み合わせだな」

 

 俺を『ダーリン』なんて呼ぶのは一人しかいないから誰が呼んだかは予想付いていたが……タバサはキュルケの親友だから当然として、まさかギーシュとモンモンのカップルまで一緒とは。帰省しなかったのか、君ら。

 

「いつものあの黒い服でも黄金の鎧でもないのね。……まるで貴族みたいだわ。とっても素敵!」

 

「はは、ありがと。金だけはあるからな。ちょっと奮発してみたんだ。……この四人はどういう集まり?」

 

「よく聞いてくれたね君ぃ! この辺に興味深い店があると聞いてね!」

 

「へえ。なんて店だ?」

 

 ギーシュのことだからなんかやらしい店なんだろうけど……。……興味があるわけじゃないよ! やっぱりどんな情報も得ておかないとね! 

 

「どうせ変な店なんでしょ」

 

 呆れたような顔をして、モンモンが言い放つ。

 だが、ギーシュはその言葉に対して「全然変な店じゃないって!」と強く反論する。……これは変な店のパターンだな。

 

「ただ、女の子が可愛い格好をしてお酌をしてくれるってだけで……」

 

「やっぱり変な店じゃない!」

 

 っていうかなんか聞き覚えのある店だな……。

 

「店の名前とか分かるのか?」

 

「おお、興味が出てきたのかい!? 店名は……確か、なんとかの……妖精? みたいな……」

 

「『魅惑の妖精』?」

 

「そう! それだよ! なんだ、君も興味があったんだな!? 下調べまでして……このこのぉ」

 

 そう言って、ギーシュは俺の脇腹あたりを肘でつんつん突いてくる。……いや、下調べっていうか常連っていうか……。

 

「そうと決まればさっそく出発だ!」

 

「ちょっ、ほ、ほんとに行くわけ!? ちょっと、あんたたちもなんか言ってよ! 下々の女に酌なんかされてもうれしくないでしょ!?」

 

「あら、私はおもしろそうだと思うけれど。……ダーリンと一緒だしね!」

 

「……仕方ない」

 

「そんなぁ……」

 

 すぐに乗り気になったキュルケを見て肩を落とすモンモンと、そのモンモンの肩を叩いて励ましらしきものをかけるタバサを最後尾に、俺たちはマスターたちの働く酒場……『魅惑の妖精亭』へと向かうのだった。

 

「……念話しておくか」

 

・・・

 

 『魅惑の妖精亭』に入ると、スカロンが出迎えてくれた。

 俺を見て顔をほころばせた後、後ろに続く四人を見てあらあら、と声を上げる。

 

「ようこそいらっしゃいました! 本日はお連れ様がいらっしゃるのですね!」

 

「……ああ、いつもの席は空いてるか?」

 

「ええ、もちろんですわ! アリスちゃん! ご案内して差し上げて!」

 

「はーい!」

 

 元気に返事をして出てきたアリスが、常連となった俺の腕を抱きしめるように取って、案内してくれる。

 それをぽかんとしたまま見ていたギーシュたちに、首だけで振り返って言う。

 

「ほら、早くいくぞー」

 

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! 状況が飲み込めてないんだが!?」

 

「もしかしてダーリンってば常連?」

 

「……たらし」

 

「ひ、一人にしないでよっ!」

 

 案内されたのは、ほぼ俺の専用席になっている奥の席。衝立なんかで他とは少しだけ離されており、ここだけソファなんかが置いてある。

 まぁ、落とす金は人一倍の自信あるしな。VIP席という奴だろう。

 

「いつもので大丈夫ですかー?」

 

 アリスが席に座る前に確認してくる。それに頷きを返して、ソファに座る。テーブルを中心に、コの字型に配置されているソファの上座に俺がいて、俺から見て右側にギーシュとモンモン、その対面にキュルケとタバサが座った。

 さっそく、とばかりにギーシュがテーブルを軽くたたく。

 

「で! どういうことかね!? この対応! なんかここ席高そうだし!」

 

「常連なんだよ、俺。しかも出資者。金の力って素晴らしいよね」

 

「急に成金みたいなこと言い始めたね君ぃ!?」

 

 まったく、何を急に。だがまぁ、俺が金を持っている方が良いだろうに。

 

「そもそも、モンモンは俺に借金があるはずだが? ……金は素晴らしいよな、モンモン?」

 

「ぴっ!? ひゃ、ひゃい! 素晴らしいです!」

 

 返済を結構待ってやっているので、モンモンは現在俺に頭が上がらない状態である。……今いくらくらいだっけな。七百エキューくらい貸してた気がするけど。

 

「そろそろ返して貰うとするかなー」

 

「え゛」

 

「ん? 別に期限は決めなかったけど……決めなかったってことは、俺が返してほしいって時に返してもらうってことも可能だからな」

 

「あっと……その……えーっと……」

 

 俺の言葉に、しどろもどろになるモンモン。特に利子とかは決めてなかったから金額自体は変わってないけど……。

 

「払えないのか? ……モンモンもここで働くか?」

 

 そう言って笑うと、モンモンはさらにしどろもどろになる。

 

「へっへっへ、お嬢ちゃん、払えないなら身体ではらってもらおうかぁ。ぐっへっへ」

 

「ちょっと、変なこと言わないでよダーリン。笑っちゃうわ」

 

 俺の中の借金取りのイメージでわざとらしく言ってみるも、キュルケが笑ってしまったのでしまらなくなってしまった。

 だが、モンモンはそれどころじゃないらしく、真に受けてしまったようだ。顔を赤くしている。

 

「そっ、そんなっ、や、いやよっ!」

 

「ギルッ! 流石に君でもそれは許せないぞっ!」

 

「そうか? ならギーシュが代わりに払ってくれるのか? ……七百エキュー」

 

「……モンモランシー! 少しの辛抱だと思う!」

 

「ギーシュ!?」

 

「金って怖いなー」

 

 金額を聞いた瞬間にすぐさまモンモンを売ったギーシュに、モンモンがビンタをかますのを見ながら、俺はワインを一口。……なるほど、これが愉悦。

 

「男って馬鹿ねー。……あ、ダーリンは別だけどね!」

 

「……男と言うよりは、ギーシュが馬鹿」

 

「あら、そうかしら? 大体の男は馬鹿みたいなものよ。……記憶にあるでしょう?」

 

「……ん」

 

 まぁ、金は別に後でもいいだろう。きっとまたモンモンは借りに来るだろうしな。……その分、貸しができるというものだ。彼女の薬作成スキルは有用だしな。今度なんか禁薬作ってほしいときとかに利用するとしよう。ギーシュは……まぁ、特にあれだな。弄ると楽しいくらいだな。

 

「まぁいいや。まだ待ってあげよう。俺は慈悲深いから」

 

「神……!」

 

「いや、神とは呼ぶな。王と呼べ」

 

「AUO!」

 

「……イントネーション違うけど、まぁいいか」

 

 胸の前で手を組んで俺を称えるモンモンに、諦めのようなため息をつく。何故か俺を『英雄王』と呼ぶときは『えーゆーおー』と伸ばす人が多い気がする。っていうか、なんで俺に祈ってるんだモンモン。あれ、「金運上がりますように」って言ってる? なにそれ。俺そんなの司ってないけど!?

 っていうか普通に香水作りとかで稼げそうな気がするけど……。まぁ、これからモンモンにそういう依頼して仕事を作ってあげるとするか。

 

「というわけでモンモン、今度仕事頼むかもしれんから」

 

「かっ、身体は売らないわよ!?」

 

「いつまでそれ引っ張るんだよ。違う違う。香水作りだよ」

 

 顔を赤くして自分を抱きしめるようにして後ずさるモンモンを軽く小突いて、どのくらいの物を作れるかを聞く。香水はその人間にあったものを作れるらしく、薬はレシピさえあれば大体の物を作れるとのこと。さらに、材料によっては効果を高めることもできるとのことで、もう俺の専属の薬剤師にしたいくらいだ。仕事の感じによっては打診するとしよう。

 

「あ、そっちね……まぁ、材料費とかのお金出してくれるなら……」

 

「なるほどね。じゃ、俺が要望出したりして作ってもらって、それを俺が買い取るって形でいこうか」

 

「んー……先に材料とかそろえないとだし、先払いしてもらうことあるかもしれないわね……」

 

「そういうものか。……まぁ、無い材料は言ってくれれば俺が用意できることもあると思うし、その辺は応相談ってことにしようか」

 

「ええ、それでいいわ。……っしゃ、パトロンゲット」

 

 ……? 何かぼそっとつぶやいたようだが……ま、いっか。

 それから、いくつかお酒を開けていくと、みんなも酔いが回ってきたようだ。顔も赤くなってきて、テンションも上がってきた(タバサ含まず)。……あ、でもタバサもちょっと頬赤くしてるっぽいな。珍しい。場の空気っていうのもあるんだろうけど……。

 

「そういえばみんなは帰省しなかったのか?」

 

「あー、ええ。タバサも帰らないっていうし、じゃあ私もいいかなーって。遠いしねー」

 

「そういう理由ってアリなのか……」

 

 それで帰らないって凄いな……。うぅむ、でも俺も実家たる座にあんまり帰らないからなぁ……。え? それとこれとは別? そうか……。神様寂しがってないかなぁ。

 

「それにしても君はあれだな……本当にモテるんだな……」

 

「ん? 羨ましいか? ……分けてはやらんけどな」

 

 俺を囲む女の子たちの一人、アリサの肩を抱き寄せながらそう笑う。もうこのくらいのことはできるくらい、この店の子とは仲良くなってるので、アリサもこちらに抱き着くような格好で飛び込んできてくれる。はっはっは、羨ましいだろー。

 

「君ぃ……いつか刺されるぞ……」

 

「何を言う。もう何度も刺されてるぞ。一番やばいのは小碓でな……」

 

 そう言って、反対側のアサシンの頭を撫でる。

 

「えへへー。一刺しで霊基も殺す小刀ですからー」

 

 そう言って、しゃらりと宝具の小刀を見せびらかすアサシン。その顔は、恍惚と言う文字が似合うような、蕩ける笑顔になっていた。

 ……もちろん、それを見た全員……特にギーシュが短い悲鳴を上げるくらいには恐怖を覚えたらしい。小碓はこういうところも可愛いんだぞぉ? 自分から女の子を紹介したりするくせに、その子と結ばれたり子供が出来たりとかすると凄い嫉妬して月の無い夜とかに襲ってきて搾り取ってくるところとか。

 

「座でやられたときは、近くに神様いなかったら霊基消えてたからな……」

 

 座からも消滅させる恐れがあるとか、流石幼いとはいえ神霊である。

 

「ま、そういうわけで俺は大丈夫なのさ」

 

「……君あれだな。王だったと聞いているが……夜の生活爛れまくってそうだな」

 

「夜だけじゃないさ。朝も昼も爛れていたとも。睡眠が必要ない体とはいえ、一時期やつれてた時もあったなぁ……」

 

 宝物庫がなければ危なかっただろう。流石宝物庫。英雄王の宝具は素晴らしいな。

 

「……おっと、女の子もいるのにこんな話ばっかりしていては怒られてしまうな」

 

 モンモンが顔を赤くして俯いてしまっているのを見つけ、いかんいかんと話を変える。

 

「そういえば、学院はなんか変わったことあったか?」

 

「変わったこと……あー、まぁ、今日もコルベール先生の小屋から爆発音が聞こえてきたくらいねー」

 

「……最近、ヴァリエールよりも爆発してるわよね、コルベール先生」

 

「やっぱりエンジン開発か?」

 

 キュルケとモンモンの言葉から、俺たちが出発する前からやっている実験についてのことかと聞いてみる。

 コルベールはゼロ戦を見て、さらにそれを乗りこなすライダー……菅野直がいるからか、夏季休暇の前からエンジン開発に夢中なのだ。ライダーもノリノリで協力をしているのだが、わざとなのか天然なのか、基本的に物をぶっ壊すのだ。エピソード的には『限界まで酷使する』と言うのが無意識に出ているのかなーとは思うのだが……さすがは『デストロイヤー』だなと感動せざるを得ない。っていうか爆発しても無事なの凄いな。

 

「あー、らしいね。ボクもたまに『がそりん』を作成するときに手伝ってるけど……彼……ナオシは凄いよな……なんというか、止まらないドラゴンみたいな……」

 

 ちょっとした災害扱いされているライダーだが、まぁ確かにと思わなくもない。俺でもたまに巻き込まれることがあるからな。……あの時は凄かった。俺の方が生きている年数が高かったから言いくるめられたものの、彼は優秀な軍人だ。研究主任である(ライダーのみがそう言っている)コルベールや、ガソリン変換技師(これもライダーが言っているだけ)のギーシュなんかが、よく悲鳴を上げながら追いかけられているのを見る。あの『飛行機再現プロジェクト』チームは、見ているだけならば面白いんだけどなぁ。スポンサーとして狙われている俺としては、なかなか緊張感にあふれる英霊なのである。敵ならもちろん恐ろしいが、味方でも恐ろしいやつなのだ。

 ……まぁ、人情にあふれ、部下を大切にする素晴らしい人間なのは確かなのだが。

 

「そういえば」

 

 人情、で思い出したことがある。

 ようやく俺の貴族としての仕事が軌道に乗り始めたので、次のステップに進もうと思っていたのだ。

 

「この城下町にも我が侍女隊を継ぐ者を育てたいと思ってな。……孤児院を建てたんだ」

 

 最初は職業訓練校みたいなものを建てようとしたんだけど、流石にそれは反発が強いと枢機卿から忠告を受けてしまったのだ。それならば、と国の施策として、アンリエッタの発案と言う体で、孤児院を建て、そこに身寄りのない子供たちを集めることにしたのだ。

 教育をするなら、早い方が良い。もちろん、大きくなって常識を得てからのほうが教育をしやすいこともある。……が、ことこの件に関しては何よりも秘匿性を優先することにしたのだ。それなら、無垢である方が秘密を守ってもらいやすくなる。……まぁ、一番は這い上がれずに死んでいく子供たちをなくそうと思ったのが最初だがな。アンリエッタもそれを憂いていたらしいし、渡りに船だったんだろう。ふっふっふ、我が国の侍女隊は素晴らしかったからな! こちらでもその素晴らしい侍女隊を作り上げて見せる。……まぁ、最初は自動人形に頼ることになるとは思うけど。

 

「なんとまぁ……君はいちいちやることが意味わからないなぁ。孤児院なんて開いてどうするつもりなんだね?」

 

「わざわざ平民を拾って育てるなんて……あんたは本当酔狂なことをするわねぇ」

 

「人とは違うことができるっていうのは素敵なところよ! ね、ダーリン!」

 

「……変な人」

 

 生粋の貴族たちからはおおむね不評だが、まぁそこは魔法を使える貴族が至上の価値観であるこの世界では仕方のないことだ。俺の周りの子たちは少しずつ変わってきたとはいえ、ギーシュは最初シエスタに躊躇なく魔法を放とうとしていたし、マスターだって俺のことを平民だと思ってイヌのような扱いをしそうになったこともある。

 キュルケやタバサも、他の子たちよりはマシだろうが、それでもその格差については普通だと思っているだろう。

 

「ま、何をするのかは追々わかってくと思うよ」

 

 笑いながら、酒を一口。んー、明日は孤児院に使う施設を見に行くとしよう。

 ……ちなみに、この後悪酔いしたギーシュが店の女の子に迫り、モンモンに全力でビンタされて気絶したので、そこでお開きとなった。スカロンに黒服を二名ほどよこしてもらって、ギーシュは貴族御用達のホテルにぶち込み、キュルケたちはそこでタバサとモンモンと共に『女子会』をするとやらで別の店に行くことになったので、俺は一人で店に戻り、屋根裏部屋へ。キュルケたちがいなくなってからまたマスターはホールに出たので、この屋根裏部屋には俺一人だ。

 

「アサシン」

 

「はい、ここに」

 

 椅子に腰かけて虚空に呼びかけると、目の前にアサシンが現れる。たぶん気配遮断を切ったのだろう。立ったままこちらをまっすぐ見つめ、こちらに手紙を差し出してきている。押印がされているから、王宮からの手紙だろう。枢機卿か、王女からか……前送った手紙の情報を見て、追加の任務か何かを送ってきたのだろうか。便箋を開いて、手紙を取り出す。この字は……アンリエッタからか。何々? ……密命?

 

「俺に密命だと?」

 

「ああ、それについては追加の説明受けてます。……マリーさんからですけど」

 

 そう言って、アサシンは話し始める。

 簡単にまとめると、アンリエッタの護衛を務めてほしい、とのことだった。襲撃事件があってからアンリエッタの周囲を守る近衛がほぼ壊滅、さらに魔法使いを信用できなくなっているアンリエッタは、平民を集めた近衛組織を新編成したのだそうだ。『銃士隊』と名付けられたその組織からとある情報を得たアンリエッタが、女王という立場を餌に『釣り』をするらしい。そのことは

王宮には内緒で執り行うので、その間の護衛を頼みたいのだそうだ。

 彼女にとって信頼できるのは、自ら拾い上げた銃士隊、そしてマスターたるルイズと、サーヴァントである俺たちしかいない。故に、銃士隊がアンリエッタを逃がし、その間の護衛を俺に頼みたい、とのことだった。……さらに言えば、この件にマスターを組み込まない、とも。

 

「なるほど、アンリエッタも友達が大事なんだな」

 

 まぁ、ある程度は承知した。俺も貴族として家を持っているわけだし、匿うこと自体は問題なさそうだ。手紙に書くには危険だからアンリエッタと合流したら細部は聞くってことらしいから、それを待つとしよう。

 

「よし、じゃあアサシンも店に戻っていいぞ」

 

「……あの、ちょっと長めに休憩貰ったんです。……えと、具体的には、一回戦分くらい」

 

「え、マジ? アサシンってそんな感じで迫ってくる系だったっけ」

 

「……どういう意味です?」

 

 そう言ったアサシンの瞳から、すぅ、と光が消える。……あ、やべ、言い方ミスった。

 

「いやいや、違う違う。アサシンってさ、なんかそういうの言わないで静かに来るイメージだったから」

 

「あ、そういうことですか。……いえ、なんていうか個性的な人たちが増えたじゃないですか。大主まで参加し始めたし……ボクも、ここで埋もれるわけにはいかないので……」

 

 そして、「あと、ストレス解消も兼ねてます。ボクを『ねぎ』ってください」と抱き着いてきたので、まぁ今日これから急ぎの用事があるわけでもないし……とアサシンをベッドに寝かせる。……ごめんマスター、あとで(自動人形が)シーツ変えておくから許してくれ。

 

・・・

 

「さて……ここが打ち合わせの場所だったはずだけど……」

 

 がに股でアヘ顔してダブルピースして白い液体だらけになったアサシンをシーツにくるんで自動人形に任せ、俺は一人路地裏に来ていた。格好も、いつもの貴族然としたものではなく、フード付きの白いマントをすっぽりかぶった怪しさ全開の恰好をして立っている。彼女の依頼的に目立つのは厳禁だからな。

 

「――探せー! あちらはまだ見ていないな!?」

 

 兵士たちが騒がしくなってきた。これは、アンリエッタが予定通り身をかくせたってことかな。

 

「っと!」

 

「あ、ご、ごめんなさ……ああ、王さま!」

 

 兵士たちの方へ視線を向けていると、軽い衝撃。俺と同じようにフードを目深に被ったその小柄な姿は、アンリエッタその人だった。

 

「ごめんなさい、思った以上に逃げるのに手間取って……!」

 

「問題ないさ」

 

 そう言って、用意していた水晶に魔力を通す。静かに光った水晶を確認して、俺はアンリエッタの手を引く。

 

「とりあえず、俺の屋敷に向かうぞ」

 

「はい。あ、あの、そちらには兵士が……」

 

 控えめに声を掛けてきたアンリエッタに、俺は先ほどから魔力を通している水晶を見せる。

 

「これは『誤魔化しの水晶』って言ってな。これを起動している間は、使用者と触れている人間を別の姿に見せるって代物なんだ」

 

 まぁ、効果は薄く、違和感を感じない程度に別人に見せる、くらいのものだけれど、と続ける。他の『姿隠しのマント』やら『人避けの護符』なんかはちょっと効果が強すぎる。これくらい自然で効果も薄めの物のほうが、こういう時は良いものだ。

 

「なんでもトップクラスを使うだけが財の使い方じゃないさ。時と場合、状況に合わせて使ってこそってな」

 

 なるほど、と兵士の真横を通っても気付かれていないのを見ながら、アンリエッタは頷く。待ち合わせの場所は屋敷にそれなりに近い場所だったので、数分も歩けばたどり着く。屋敷にたどり着くと、自動人形が門を開けてくれたので、そのまま通る。自動人形は門を閉める前に尾行やらがいないかを確認してくれているようだ。

 

「王宮に比べたらちょっと狭いかもしれないが……ま、寛いでいってくれ」

 

「いえ、私としてはこれくらいの広さのほうが落ち着きますわ。……それに、内装も品が良いと思います」

 

「はっはっは、だろ? 俺もいくつか選んでるけど、自動人形や卑弥呼達がセンスあるからな。俺も満足してるよ」

 

 この世界の貴族たちはギンギラギンに光っていればいいと思ってるからな……。確かに俺も鎧は黄金一色だしマントはマントで真っ赤だしであんま人のこと言えない感じするけど、それでもこういう落ち着いた内装が悪いってわけじゃないのはわかるからな。

 

「卑弥呼ー、壱与ー、帰ったぞー」

 

「あ、おかえんなさい。……久しぶりね、失恋女王」

 

「あぐぅっ!?」

 

「おかえりなさいませギルさまぁっん! あ、お久しぶりです友達より死んだ恋人取った女王」

 

「へぐぅっ!」

 

 オイ!

 

「こら、二人とも!」

 

「……あ、王さま、そんな、お二人を責めないで――」

 

「本当のことでも言ったらメっ! なこともあるだろ!?」

 

「あ、やだ、死にたいわ……」

 

 先ほどまで胸を押さえていたアンリエッタが、膝から崩れ落ちた。足を痛めたら大変なので途中で抱き留めたが、目から光を無くしたアンリエッタは何やらぶつぶつ言うだけだ。

 

「そうよ、笑ってルイズ……私は命がけでアルビオンまで行ってくれたあなたより、偽りの命で動くウェールズさまを取ったのよ……ふふ、ああ、そうね、私はこれから『色ボケ』を名乗るわ……ふへへ……」

 

「……やっべーわね。ちょっとしたジャブのつもりだったんだけど……」

 

「いや、卑弥呼のはジャブだったと思うぞ。壱与のが無駄にロケットランチャーだっただけで」

 

「拳ですらないのね……」

 

 と言うかアンリエッタのあれは普通に状況を考えたら『色ボケ』ってほどではないと思う……が、まぁそれを今言っても無駄というものだろう。

 

「とりあえず、アンリエッタを部屋に案内してくるよ」

 

「……一時間くらいかかります?」

 

「え、なんでだ? 十分もかからんだろ。すぐだし」

 

「……え、ギル様そーろーでしたっけ?」

 

「は? いや、普通くらいだったと思うけど……」

 

「で、ですよね? 大体平均して一時間くらいですものね?」

 

 壱与と俺がお互いに首を傾げ合っていると、卑弥呼がため息をつく。

 

「……壱与、別にギルはこの女王を連れ込んで子種ぶち込むわけじゃないわよ」

 

「えっ! 違うんですか!? てっきり良い所にいた女王手籠めにして国盗りするのかと……」

 

「どこの漂流者だよ俺は。……しないよ?」

 

「え、誘われたら?」

 

「……アンリエッタたぶんまだ前の恋引きずってるからないと思うなぁ」

 

「もしもの話ですよ、もしも。……どうします?」

 

「……時と場合によると思うけど……」

 

 にやにやしながら俺に迫ってくる壱与が、じゃあ、と前置きして聞いてくる。

 

「……誘われたら何割くらいの確率でいただいちゃいます?」

 

「……九割かなぁ……」

 

「やぁん予想以上の野獣っぷりに壱与十割イッちゃう!」

 

 びくんびくんがくんがくんずしゃあ、と流れるようにイッて流れるように白目向いてアヘ顔晒して流れるように膝から崩れ落ちた壱与を隅に蹴って避け、アンリエッタのために用意した部屋へ向かう。

 

「……ま、傷心の女慰めるのなんか得意中の得意でしょあんた。……潰れちゃうよりは、なんかでごまかしてやった方が良い時ってのはあるんだからね」

 

 そう言って卑弥呼は俺の背中を叩く。……同じ女の立場からじゃないと分からないことがあるのかもしれない。

 

「……ギル様が初恋で失恋したことないくせにぃ……」

 

「うっさいわよ壱与」

 

「あひんっ」

 

 壱与はいつも通りだなぁ。

 

・・・




「よし、これでガワはできたな」「……これが孤児院」「まだ一人も入ってないけどな。……ん?」「お、おぎゃー、おぎゃー」「……なんか大きめの木箱に『拾ってください』って張り紙貼って下っ手クソな赤ちゃんの演技してる壱与の幻覚が見える」「幻覚じゃないわよ」「……その隣に同じようにしてる小碓の幻覚も見える」「だから、幻覚じゃないって」「……マジかよ……」「ばぶばぶ! オムツ変えてもらうときに壱与の排泄物見られたりご飯ボロボロこぼして口回り汚くなったりして壱与の尊厳完全に破壊してもらうの考えると……赤ちゃんなのにイッちゃううぅぅぅぅ!」「あぶあぶ! ボクは普通に立って歩けるしお世話なんてされなくても大丈夫なのに赤ちゃんみたいに扱われて、仕方ないなぁみたいな視線で主に見られるの想像するだけで……赤ちゃんなのにやらしいみるく出ちゃうよぉぉぉぉぉっ!」「……うっわぁ」「そういえば『嫌な顔しながら下着見せる』ってのはやってるらしいわよ」「見せないよ。完全にご褒美じゃんこいつらにとって」


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第三十六話 寂しくて、寒い夜には

「……嫌な夜。月も見えなくて、雨が冷たくて。……嫌な夜。明けない夜がないように、止まない雨がないように、沈まない太陽は無いし、晴れ続ける空はないからかしら。……ああ、本当に……嫌な夜」「……迦具夜ー? おーい、迦具夜ー」「……あ、たいちょ。……ごほんごほん。……たいちょー! こっちですよー!」「お、いたいた。……なにやってんだこんな天気悪い日に」「えへへー、物憂げな姫を演出してましたー」「……なにやってんだか。ほら、いくぞ」「はいっ!」

「……いつか太陽が沈むその日まで。『夜』から連れ出してくれたあなたと一緒に」


それでは、どうぞ。


 アンリエッタを部屋に寝かせ、ダメージが回復したら案内するように自動人形に命じて、卑弥呼達の下へと戻った。

 

「で? どういう作戦なのよ」

 

「王国の情報を新生アルビオンに流してるやつがいるらしいんだ。そいつをあぶりだすために、一旦女王が姿を消して、その逆徒を炙り出す、って言ってたかな」

 

 ある程度は貰った資料から容疑者は絞ったけど、俺も確実にわかるわけじゃないからなぁ。

 

「逆賊……国を裏切る馬鹿は、殺すしかないですよねぇ。情報さえ吐いてもらえれば、最も苦しむ方法で殺しますけどね」

 

「……あんたわらわを殺して国を乗っ取ろうとしたわよね……?」

 

「それはそれ! これはこれ!」

 

「すっげえ殺してぇんだけどこいつ」

 

 いつもの口調を崩してまで殺意を露わにする卑弥呼の頭を撫でてなだめ、魔力の充填を止めさせる。確かに壱与の発言には思うことがないでもないが、この子はこういう子なのだ。諦めて愛してあげた方が精神的に楽になる。

 

「ま、それよりご飯にしようか。今日はなんだ?」

 

「今日はえっと……エビチリ?」

 

「あれ? ハンバーグじゃなかった?」

 

「え? でも運んできてるの焼き魚っぽいぞ?」

 

 ことん、と自動人形が皿を置く。……うん、どう見ても魚だな……。魚だよな……?

 

「……ん? ちょっと待ちなさいよ。コレ添えてあるの大根おろしじゃなくてポテトサラダじゃない!」

 

「うわ、しかもこれ白身魚っぽくした餃子の皮ですよこれ」

 

 なんで無駄に和洋中混ぜるんだ……?

 

「っていうか材料からしたらヘルシー過ぎない? なんでこんなオモシロネタ料理作ってくるのよこいつ……」

 

 ドヤ顔(っぽいだけで無表情)をしている自動人形に三人でため息をついていると、こつこつと歩く音。……む、起きたか。

 視線を向けると、きょろきょろとしながらアンリエッタがこちらに歩いてくるところだった。

 

「あ、あら、王さま。すみません、変なところをお見せして……」

 

「なに、ほぼこちらの所為みたいなところあるからな。気にすることはないよ。さ、席について。ご飯を食べよう」

 

 そう言って、俺は卑弥呼と壱与を見る。まぁいい、とりあえず飯だ……と思ったが、このネタ料理じゃな……。

 

「おや? これは……こんな料理初めて見ました……!」

 

「だろうね。俺も初めてだよ」

 

「流石は王さま……いつでも挑戦の心を忘れないのですね!?」

 

「うん、まぁ、そうだよ」

 

 こうやって俺のことを持ち上げてくる子には否定しても無駄だと学んだので、こうして返している。ま、いくらネタ料理と言えど、自動人形が自信満々に出してきたものだ。まずいってことはないだろう。最低でも食べられるレベルではあるはず。

 諦めてテーブルに着き、アンリエッタも含めて四人で食事を始める。時代も場所も違うが、俺も含めて全員王族と言う凄まじいテーブルがここに完成した。全員こういう場所でのマナーは修めているので、なんだか緊張してしまう。

 

「……!?」

 

 そんな中、一番先に料理を口に運んだ壱与が驚いた顔をしてこちらを見てきた。……なんだよその顔。見た目と味が違う料理食べた時みたいな……。

 

「――!?」

 

 さらに、卑弥呼も同じような顔をしてこちらを見る。え、なに!? そんな変な味するの!?

 

「まぁ……!」

 

 そして、キラキラとした顔でいい意味の驚きを表すアンリエッタ。……なんだよ、みんなして。そんな顔されたら気になるだろうが。俺もみんなから料理へ視線を向ける。……うん、さっき言った感じで間違いないな。白身魚っぽくした餃子の皮に添え物のポテトサラダ……む、これ餃子みたいに中身があるのか。……中身も白いけど……。

 

「……ええい、ままよ!」

 

 ぱくり、と一口。……な、なんだこれ! たぶん白身魚のすり身……だと思うんだけど、柑橘系の味もする。……あ、コレ餃子の皮にも味付いてるのか。……うん、美味しい。美味しいんだけど……なぜこんな見た目にこだわったのだろうか。……おや? この大根おろし風ポテトサラダ……何かのクリームみたいのが……あ、これも美味いな。こういうところに力を入れないでさぁ、もうちょっと素直に作ればいいのに……。

 

「……まぁ、そういう顔になるわよね」

 

「慣れ親しんだ味っぽいんですけど、微妙にアレンジ入れてるのが腹立つっていうか……美味しいんだけど、美味しいのが腹立つっていう理不尽な怒りがわいてきますね、これ」

 

「わたくし、こんな不思議な味のお料理は初めてです! 見た目はお魚なのに、味は柑橘系で、しかも少しピリリともして……一口で何度も味が変わっていくのね……!」

 

「……」

 

「……『無垢っていうのは幸せだなぁ』」

 

「なんだよ、卑弥呼」

 

「いぃやぁ? どっかのエロ王が失恋したばっかりの女王に興奮した気配を感じただけだけどもぉ?」

 

 何故かねっとりとした声で話す卑弥呼に心の内を当てられてしまったので、ほっぺたを引っ張っておく。

 

「いひゃいいひゃい。……ったくもう。わらわにそういう趣味は無いっての」

 

 そんなやり取りをしていると、くすくすと笑い声。卑弥呼と共に視線を向けると、口に手を当てて上品に笑うアンリエッタの姿が。

 

「……あによ。そんなに面白かった?」

 

「い、いえ、そういうつもりでは……ふふっ」

 

「あ、わかります分かります! 卑弥呼さまって素直じゃないところあるから、こうして構ってもらえてうれしいけど表情には出せないみたいなことたまにするんですよ! 可愛いですよねぇ!」

 

「あんたわらわのこと好きなの? それとも嫌いなの?」

 

「? なんでどっちかしかないんですか? 尊敬出来て好きってのと、憎たらし過ぎて嫌いっていう感情は、矛盾しませんよ?」

 

「なにこの弟子……哲学的なこと言い出したわ……」

 

 卑弥呼に対して不可思議な感情を持つ壱与のことは、完全に理解することは難しいだろう。理解するための努力はするけれど、人の心なんて完全にはわからないのだ。

 

「ふふふっ」

 

 そして、いまだにアンリエッタは卑弥呼達を見て笑っている。ひとしきり笑った後、食器を置いて、一つ息を吐く。

 

「皆さま、仲がよろしいんですね。……とても、強い絆を感じますわ」

 

「そりゃそうでしょ。何年……何百年、一緒に戦ったと思ってるのよ」

 

「そうですよ! 壱与なんてギル様のお子を何人産んだか覚えておりませんもの!」

 

「ええっ!? い、壱与さん、そのお年でお子様が……!?」

 

「ちなみに壱与の出産人数は十三人だぞ」

 

「普通に覚えられるじゃないのよ……!」

 

 十三人の娘たちが円卓の騎士ごっこやり始めたときは笑ったけどな。目的が『父親を他の母親、および娘から隔離し独占する』と言うのだと聞いた時は笑顔引きつったけど。

 一応、ここで壱与達のことも説明しておく。英霊とは、全盛期の姿で現界するものなのだという話も含め、だ。じゃないと俺のロリコン疑惑が色濃くなってしまうからな。壱与が十三人目を生んだのは30超えてからだしな。その頃には妙齢の女性らしく成長した……うん? 壱与って年齢相応の姿だったっけ……?

 

「……ギル様がなにをお考えかわかりますけど、ちゃんと成長はしてましたよ」

 

「あれ、そうだったか。いやいや、すまんな、昔のことになるとやっぱり思い出しにくいよ」

 

「……ギル様に出会ってからの人生すべてで、身長五センチしか伸びませんでしたけど」

 

「なんかの病気じゃないの? わらわギルに出会ってからの年齢でも身長伸びたのに」

 

「えっ!? あの時の卑弥呼さまってにじゅ……もがもが」

 

 慌てて壱与の口をふさいだ卑弥呼が、こちらを見てニッコリ笑う。……わかってるって。年齢のことはアンタッチャブルなんだよな?

 

「……なんだか、羨ましいです」

 

「うん?」

 

「……みなさん、お互いのことを信頼して、命も、何もかも任せられるというのは……とても、眩しく思います……」

 

「ばっかねぇ、あんたは」

 

「え?」

 

「あんたにもいるじゃないの。たかが手紙のためだけに、命を賭けて戦う馬鹿ピンクが」

 

「……ルイズね」

 

 少し俯いて、アンリエッタはその名前を呟いた。マスターは、アンリエッタとの友情を大切にしている。それは、今も卑弥呼が言った通り、アルビオンへの旅でも見えたものだった。戦地へ行き、手紙を回収してきてほしいという願いを、アンリエッタのためならばと迷わず叶えようとしたマスター。アンリエッタもそのことを思い出しているのか、嬉しそうに笑う。

 

「わらわはギルが戦うなら命を懸けて一緒に戦うわ。壱与も、小碓も、謙信も、マリーだってそうよ。……でも、あんたにそれがないわけじゃない。あんたはまだ、気付けてないだけなのよ」

 

 ふん、と鼻を鳴らして、卑弥呼は残りの食事を口に運ぶ。壱与も、なんだか娘でも見るような顔をしてアンリエッタを見つめてから、食事を進めた。

 

「食べたら寝なさい。あんたがやりたいことはある程度聞いたし、そのためには時間もかかりそうだしね」

 

「で、ですが……」

 

「ですがも春日もないのよ。あんたが寝てる間にこっちでいろいろとやっておくから。……年取るとやーね、こんな小娘のためになんかしてあげたくなっちゃって」

 

「あっはっは! 卑弥呼さま年齢的にババアも良い所ですもんね! あっはっは!」

 

「年齢の話し出すならあんたも変わらないでしょうがぁ……!」

 

「あひゃー! ほっへはひっはらないへくらはい!」

 

 大笑いする壱与の頬を全力で引っ張る卑弥呼。壱与もなにやら言っているようだが、頬が伸びきっているためにまったくわからん。まぁ、壱与の卑弥呼弄りは性癖兼生き甲斐みたいなものだ。局所的な究極のかまってちゃんなので、卑弥呼にはああやって構ってやってもらうしかあるまい。試しに俺と卑弥呼で壱与をガン無視してみたら無言で泣きながら自殺しそうになったからな……。あの時はかなり焦った。

 

「……まぁ、あっちの二人は放っておくとして。自動人形、アンリエッタを見ててやってくれ」

 

「王さままで……わたくしが言い出したことなのです。ですから……」

 

「アンリエッタが言い始めたことなら、アンリエッタの仕事は情報を集めて判断することだ。そのための判断力を鈍らせないように、休むんだよ。それも仕事だ」

 

 そう言って、食事が終わったアンリエッタの背を押して、自動人形の下へ送る。あとは彼女が寝かしつけてくれるだろう。……触れなかったが、アンリエッタの目の下の隈が濃くなっている。疲れているのか……悩みがあるのか。

 釈然としない顔をしながら、小さくこちらに会釈をして、アンリエッタは部屋へと向かった。……ん、これでよし。

 

「卑弥呼、壱与」

 

「はいはい」

 

「了解です!」

 

 先ほどまでいがみ合っていた……いや、じゃれ合っていた二人が、いつの間にか数枚の銅鏡を周りに浮かべ、こちらを向いていた。

 これから、容疑者の下へ銃士隊の兵士たちが向かうらしいので、それを見てこちらで犯人を絞るのが目的だ。まぁ、銃士隊からこちらに連絡が来るらしいが……たぶん、マリー経由だと思うので、こちらからも確認しておいて損はないだろう。

 

「んー、わらわ的にはこのリッシュモンとかいうの怪しいと思うけれどねぇ」

 

「なんでだ?」

 

「え、だって太ってるじゃない。こういうのは、だいたい黒幕だったりするのよ。ほら、ローマのあいつとか」

 

「ああ、『来た、見た、太った』のあの人ですね!」

 

「『来た、見た、勝った』では……?」

 

 「こまけぇこたぁいいんですよ!」と笑顔で言い放つ壱与に、それ以上何も言えなくなってしまう。まぁ、確かに今はそれを言及するより下手人を確定するのが仕事だ。…ってあれ?

 

「これ、マスターじゃないか?」

 

「え? ……うわ、ほんとだ。何してんのよこいつ……」

 

 壱与が無言でつい、と指を振ると、鏡が動く。どうやら、固定していた監視鏡の一つを追尾させているらしい。……そんなドローンみたいなことできるのか……。

 

「あーあー、こんな酒場の格好そのまんまで飛び出しちゃって……杖は……持ってるみたいね」

 

「まぁ、この小ピンクはなんだかんだ『持ってる』んで、いつの間にか事件の中心に居たり……あ、銃士隊」

 

「え? あ、しかも隊長じゃない」

 

 ああ、この子が。平民から貴族になったって噂の。……ふぅん、なにやら抱えてそうな感じするなぁ。

 

「……こういうタイプの女の子いないものねぇ」

 

「え? ギル様こういう男っぽいのもいける感じですか? ……あー、男の娘イケるもんなぁ、ギル様……」

 

 俺が銃士隊隊長を見ているのを見て何を勘違いしたのか、うんうんと頷きながら二人は何かに納得したようにつぶやいた。……お前ら、俺が女の子なら誰でもいいみたいな……。

 

「実際だいたい行けるじゃない。あんたの嫁やってたらね、「あ、こういう娘いけるんだな」ってわかるもんよ」

 

「なんて嫁なんだ……!」

 

 でも、可愛い子や美人がいたらいいなぁって思うよね? ……思うよね?

 

「ま、それがあんたの良い所だしねぇ。『受け入れてくれる』って安心感は……んふ、病みつきになるのよ」

 

「わかりますわかります! なんだかんだ言って結構ヤバめのプレイとかしてくれるし、変なこと言っても「馬鹿だなぁ」って言って呆れるだけだし……ギル様は、ほんと女の子夢中にさせるの上手ですよねぇ……」

 

「とか言ってる間にいつの間にか二人合流したわよ。一緒に馬に乗って……」

 

「あ、たぶんあの書簡見せたんだな」

 

 あの酒場の格好をしているマスターが信用……と言うかいうことを信じてもらうためにはそれしかないと思うし。

 

「なんか追っかけてるみたいね。……ん?」

 

 鏡を見ていた卑弥呼が顔を上げた。どうかしたのかと思いその顔を見てみると、卑弥呼は部屋の入り口あたりを指さしていた。……?

 そちらを見てみると、こちらを向いている自動人形の姿が。……あれ、あいつアンリエッタに付けた子じゃないか。

 

「なんか呼んでるっぽいわよ。行って来たら? こっちはこっちで調べておくから」

 

「ん、頼んだ」

 

 何かあったんだろうか。自動人形の下へ行くと、手を取られて引っ張られる。……アンリエッタの部屋に行ってもらいたいみたいだけど……アンリエッタに何かあったんだろうか? ……急を要することならもっと違う呼び方をするだろうし……対応に困ったことが起きた、って感じかな。……俺が行ってどれだけ力になれるかわからないが……マスターの親友のためだ。頑張るか!

 

・・・

 

 手を引かれてやってきた部屋の前。いつの間にか降っていた雨の音以外は何も聞こえない。

 

「で……中でアンリエッタは何してるんだ?」

 

「……」

 

 俺の言葉に、じっとこちらを見る自動人形。……え、何も教えてくれないのか。

 

「……自分で確かめろってことか。昔の攻略本みたいなことを……」

 

 ため息をつきつつ、扉をノック。扉の向こうで動いた気配がする。

 

「……はい。どなたですか?」

 

 扉の向こうからおずおずと問いかけられる声。不安そうな色がその声からは感じ取れる。

 

「俺だよ。ギル」

 

「あ、今あけますっ」

 

 かちゃり、とドアノブが向こうからひねられる。開いた扉の向こうからは、少し落ち込み気味にこちらを見上げるアンリエッタが覗いていた。……どうしたんだろうか。なにやら、何かに怯えている様な……。

 

「アンリエッタ、どうしたんだ? ……何か不安でも?」

 

「あ……いえ、ええと……わかって、しまいますか……?」

 

 一旦頭を横に振ったアンリエッタだが、少しして頷いた。……今回の事件を不安に思っているって感じじゃないな。

 

「……こんなところでお話しするのもですね……良ければ、中で聞いていただけますか……?」

 

 そう言って部屋の中へ入っていくアンリエッタの後についていく。部屋は暗く、灯りを付けていないようだ。……この様子からするに、付ける余裕がなかったっぽいが……。俺の方で魔力を通して、灯りを付ける。流石に電球ほどの明かりではないが、部屋を照らすには十分だ。

 部屋はこの屋敷の標準的な部屋で、ベッド、机、椅子、本棚等の家具が一つずつ置いてある。アンリエッタから椅子を勧められ、アンリエッタ自身はベッドに腰掛ける。

 

「……不安と言っても、今回のこの作戦についてではないのです」

 

 ぱっと出せる飲み物が宝物庫のワインしかなかったので、アンリエッタの目の前にグラスに注いだワインを出し、俺も手の上に取り出した。……んー、美味しい。宝物庫から出てきたグラスに一瞬驚くものの、俺も持っているのを見て安心したのか、ゆっくりと口を付ける。

 

「おいしい……」

 

「だろ?」

 

 そう言って、笑いかける。アンリエッタもそれを見て安心してくれたのか、少しだけ笑顔を見せてくれる。それから、ゆっくりと口を開いた。

 

「……王さまにはお世話になりっぱなしですわ。手紙の件から……あの雨の日も」

 

 アンリエッタはグラスを持ちながら俯く。

 

「……ルイズも、マリーも……ウェールズさまも、あの時傷つけてしまいました。王さまに止めていただけなければ、私は大切なものすべてを無くすところだった……雨の日は、それを思い出し

 

てしまって、すべてを失くしてしまったことを想像して……耐えられなくなるんです」

 

 そう言って、グラスを持っている手とは反対の手を自分の体を抱きしめるように回すアンリエッタ。

 

「マリーから、聞きました。王さまは、たくさんの悩みを解決して、ヒミコさんやイヨさん、マリーを導いたと聞きました。……わたくしも、導いてはいただけませんでしょうか……?」

 

 ぐい、と一気にワインを飲み干すと、アンリエッタはこちらに歩いてくる。そして、俺の隣に座り、そっと肩を寄せてくる。

 

「……はしたない女だと、思わないでください。……わたくしも一人の女。人が恋しくなることもあるのです……」

 

 おぉっとぉ……? あんだけ「なにもないさ」とか卑弥呼達に言っておいて普通に誘われてるんだけどぉ……!?

 どっ、どうすれば……!? なんて、戸惑うフリをしてみても冷静な心が「え、慰めてあげれば?」と簡単に答えを出してくる。……いやほら、確かにウェールズとは何回かしてるだろうし、やっても問題はないと思うけど……マスターにも手を出してないのにその友人に手を出すとか最低すぎません? ……え? 元から最低? ……わっかりましたよぉ!(ヤケクソ)

 

「あっ……」

 

「……その、なんだ。俺はよくあるような『安売りするな』とか『自分を大事に』なんて言わないんだ。気の迷いだろうとなんだろうと、こういうときは受け入れてきた。……そのうえで、俺はすべてを背負ってきた」

 

 そう言って、俺はアンリエッタを優しくベッドに押し倒す。……顔を真っ赤にしたアンリエッタが、す、と力を抜く。アンリエッタにとって気休めでも、心の重荷が少しでも軽くなるのなら俺ができることはしてやろう。それが、ここまでした責任というものだ。

 

「だから、アンリエッタ。今日は俺にすべて任せろ」

 

「……アンリと。あなたにはそう呼んでもらいたいわ、王さま……」

 

「アンリ。……終わった後、話をもっと聞かせてくれよ」

 

 ……静かに頷いたアンリの服を脱がせ、俺はその体に触れた。

 

・・・

 

「……あ、おかえり。……って、すごい顔してるわよ。どうしたの?」

 

「しかもあの失恋王女の匂いがします! ……抱いたんですねギル様! 大胆ですねギル様!」

 

「なんでラップ調なんだよ壱与。……いや、色々話を聞いたってのもあるんだけど……」

 

 「YO! YO!」と何故かリズムに乗っている壱与に軽く突っ込みながら、先ほどのことを思い出す。……凄い綺麗な肌をしていた……じゃなくて。そのあとの話だよ。

 アンリが抱えていた不安。そのあとに俺にアンリがした提案……まぁ、それは後で全員と相談するとして、アンリが抱えていた闇の一かけらを、俺は二人に話した。

 

「……ふぅん。そんなこと思ってたのね、あの子」

 

「壱与も卑弥呼さまもギル様っていう初恋も実りましたし、国も荒れることなく統治できてましたし、あんまりわからない分野の悩みではありますよねぇ……」

 

 頬杖をつきながら、壱与が大きくため息をつく。

 

「それでも、あの失恋王女……んにゃ、新しい恋見つけたから恋する王女? ……にとっては良い事なんじゃないでしょうか。壱与、依存って悪い事じゃないって思ってる派なので!」

 

「……わらわも、そこまで肯定はできないけど悪いとまでは言わないわ。……心が壊れそうだっつってんのに拠り所もない、意識するところもないっつーのは、地獄よりも酷いわ」

 

 二人とも、アンリの精神状態についてはある程度の察しはついているようだ。……まぁ、ウェールズが死に、戦争が起きて女王になり、隣国の王と結婚させられそうになって死んだはずのウェールズと逃避行して二度目の死を目の当たりにする、なんてこと……一人の女の子の精神には相当な過負荷だ。気丈に耐えているように見えても、それはそう見えているだけ。アンリはたぶん、一人では立てない女の子なのだ。誰かに支えられないと立っていられない、今の立場には一番向いていない女の子。

 ……卑弥呼と壱与は、そんな女の子なら、どこかに寄り掛かれる場所が必要なのだと言った。歩いてばかりは疲れるから。たまには、座って背を預けられるような、時には体を預けられるような、そんな場所が必要なのだと。

 

「絶対的な止まり木があるっていうのは、鳥にとっては希望なのよ。どんなに飛び回って疲れても、そこにある止まり木。……ふふ、変なこと言ってるわね、わらわも」

 

「……なんか、壱与もなんとなくわかります。……まぁ、要するにみんなギル様大好きってことです! だから好き! 抱いて!」

 

「はいはいあとでな。……卑弥呼、壱与。……ありがとな。これからも、俺の力になってくれ」

 

 俺の言葉に、二人は笑顔で頷いてくれた。……俺が結んだ絆は、素晴らしいものだと再確認した。……さて、あとは。

 

「……後はあれだな」

 

「そうね。国賊の件を――」

 

「いや」

 

「え?」

 

「……アンリ、初めてだったんだよ。……この後どう接すれば……」

 

「あんた、初めての女なんて初めてじゃないでしょうに!」

 

 思いっきり頭をひっぱたかれた。納得いかん。初めての女の子は確かに初めてじゃないけど、初めての女の子の初めては一度しかないのだ。……初めてって言い過ぎてゲシュタルト崩壊してきたな。

 

・・・

 

 翌日。(当たり前だけど)昨日とは違う装いのアンリが、顔を染めながらおずおずと部屋から出てきた。自動人形に案内されて食卓に着き、ちらりと俺を見てはうつむき、またちらりと俺を見て俯き、と何度か同じことを繰り返していた。

 

「あのねぇ……なに恥ずかしがってんのか知らないけど、早めに慣れておきなさいよ。今後いつこいつに求められるかわからないんだから。その時恥ずかしがってるようじゃ先が思いやられるわよ?」

 

「も、求められっ……!?」

 

「あーあー、初心な反応ですねぇ。そのうち自分から求めるようになるんですよこういうのはァ!」

 

「えっ、なんで急にテンション上がってんのこいつ。こわっ」

 

「じ、自分から、も、求め……ッ!」

 

 さらに顔を赤くして、いやいやと首を振るアンリ。……こういう反応、新鮮だなぁ。ここにいる卑弥呼とか壱与なんかは誘ったら自分から全裸になるし、小碓なんてむしろ押し倒してくるし、謙信は月のない夜に刈り取ってくるのが得意だし、ジャンヌなんかあざとい反応でこちらをその気にさせるのが十八番だ。

 

「そ、そんなはしたない事、女王たるわたくしがするはずがありませんッ!」

 

「あれ、でも昨日五回目の時は自分から……」

 

「あああああああああああああああああ! 求めてませんッ!」

 

「え、求めたのあんた」

 

「求めてませんッ! だ、だって四回目くらいで記憶は無くなりましたし……また我に返った時、王さまは『八回目だ』っておっしゃってたじゃありませんか!」

 

「っていうか初めてで八回もやったのあんた」

 

「あっ。……いえっ、そのっ、違くて……!」

 

「そうだ、違うぞ」

 

「王さま……!」

 

 冷静にドン引きする卑弥呼に責められ狼狽するアンリの代わりに反論する。顔を明るくしたアンリに微笑みかけて、続きを口にする。

 

「アンリは八回で満足しなかったんだ。十五回目くらいで一旦休んで、そこからまた六回くらいしたから、二十一回はやったぞ!」

 

「王さまぁぁぁぁぁっ!?」

 

「うっわ。底なしの性欲ね。やーらしーんだ」

 

「ち、ちがっ、わたくしやらしくなんて……!」

 

「淫乱女王ね、淫乱女王。やーいやーい、いーんらーん」

 

 『淫乱、淫乱』と繰り返しながら卑弥呼と壱与が屈みこんで耳をふさぐアンリを煽る。形的には『かごめかごめ』の形になっている。なんで煽る(こういう)ときだけ息ぴったりで流れるように通じ合ってるんだろうか。根本的には仲いいんだよなぁ、やっぱり。卑弥呼がツンデレで、壱与がサイコパスなせいでわかりづらいが、お互いにお互いのことが好きなのだ。表面化することがほぼないだけで、なんだかんだで気の合う二人なのだろう。

 

「ほら、ギルも入りなさいよ。淫乱女王を取り囲んで『かごめかごめ』するの面白いわよ。それいーんらん、いーんらん」

 

「壱与、ギル様からならいじめられたいですが、ギル様以外は虐めるのめっちゃすこです。ほれいーんらん、いーんらん」

 

「……まぁ、確かに初めての時に二十一回は凄く……アレかもな。なんていうかその、な。はいいーんらん、いーんらん」

 

「い、いじめられているぅ……わたくし虐められていますわ……ルイズ! ルイズぅ! わたくしのおともだち! 助けて、心が殺されるぅ……! ……ああ、いやだ、また死にたいわ……」

 

 俺と卑弥呼、壱与と、さらに自動人形数人に囲まれ『かごめかごめ』……いや、『かこめかこめ』されているアンリは、どんどんと瞳から光を無くしていっている。……なんというか、比喩とかではなく、完全にいじめの現場である。なんで俺昨日抱いた女の子虐めてるんだろうか。

 

・・・

 

 それからしばらくして、全員一旦落ち着いて食事をとり、再び全員で卓を囲んでいた。

 

「――と言うことで、わたくしがしようとしているのは狐狩りなのです」

 

「なるほどねぇ」

 

「狐はずる賢い。追い詰めても、犬をけしかけても、尻尾も掴ませずに逃げてしまう。……だから、こうして罠を張っているのです」

 

 だから、とアンリは続ける。

 

「……おそらく今日。遅くても明日。……銃士隊が狐を罠にかけてくれるのです」

 

「なるほどね。……卑弥呼」

 

「あいあい」

 

 そう言って、卑弥呼はマスターを追尾させていた鏡の映像を映す。……なにやら、銃士隊の隊長と一緒に少年を追いかけているらしい。……え、参考人なんだよね? 趣味で追いかけてるとかじゃないよね? おねショタはちょっと守備範囲外だぞ? 俺自身がショタって外見じゃないしな。

 そんなことを思っていると、いつの間にやら銃士隊の隊長とマスターはある一軒の家に突入していた。

 

「……アニエス、ルイズも……無茶するんだから」

 

 そう言っているアンリは、言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をしていた。

 

「ですが、これで証拠は集まりましたね。……にしても便利ですわね、この鏡。これから怪しい貴族の家には設置しようかしら」

 

 薄く笑うアンリは、すぐに表情を変え、俺たちの方へ向き直る。

 

「決着は明日、ですわね。待ち合わせ場所である劇場へ赴き、すべての決着を付けましょう。……内通者をあぶりだし、断罪するために」

 

・・・




「ちなみに最高記録は何人なのよ」「え?」「……あんたの嫁が一生の内に産んだ子供の数よ。一番多くて何人なの?」「……十八人かな」「は? 結構少ないのね。ってそっか、あんたの場合一人一人孕ませると分散するからねぇ……それでもよく産めたわね……」「ああ、何故か知らないけど三年連続六つ子で年子だったんだ」「……髪の毛桃色だったりした?」「あ、ああ。よくわかったな」「それで顔全員一緒で変な名前だったりする?」「お、おう。……なんでわかるんだ? 確か卑弥呼の没後の話なんだけど……」「……まぁ、色々とね。特定したわ」「……特定班こわっ」


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第三十七話 皆のお話し。

「え? 私の話? ……別にいいけど……急に何よ?」「いや、マスターの過去の話とかあんまり知らないなぁと思ってな」「んぅむ……自分のこと話すのは変な気分ねぇ」「……あ、じゃあ前振りで僕の話します? 兄さんの体をバラバラにしたり敵燃やしたりしたけど」「こわっ!」「あ、じゃあわらわ話す? 弟子から三桁に上るくらい殺されかけたけど」「こわっ!」「……ちなみにその弟子は壱与ですよ!」「めっちゃ怖いじゃない!」「英霊ってそういうやばい話一個二個あるからな」「……あんたはあるの? そういう変なの」「……女の子抱きすぎて政務滞って四日くらい徹夜したくらいかなぁ」「……ヘンタイ。エッチ。バカ」「あ、うん。なんも言えねえわ」


それでは、どうぞ。


 アンリに連れられ、とある劇場の目の前まで来ていた。犯人はここで間者と密談をする予定なんだとか。

 

「後はこの劇場を包囲なさい。蟻の一匹も通さぬように」

 

「はっ! ……ところで姫様。そちらのお方は……」

 

「ああ、まだ説明していませんでしたね。協力者である貴族の『ジルベール・ド・オルレアン』伯です」

 

 目の前で跪いているのが、銃士隊隊長のアニエスだ。イケメンだなぁ……顔だちも整ってるし、スタイルもいい。

 

「なるほど、今回の護衛兼隠れ家と言うのはその方の場所でしたか」

 

「ええ。信頼できて、腕も立つ、素晴らしい方です。……それでは、行ってまいりますわ」

 

「はっ。お気をつけて」

 

 劇場内に入っていくアンリを見送り、指示を出し始めたアニエスを見ていると、それに気づいた彼女がこちらに近づいてきた。

 

「……何か御用でしょうか?」

 

「ああ、いや、手際が良いなって思ってさ。流石隊長だなぁと思ってみてただけだよ」

 

「そう、ですか。……オルレアン伯は、私のことを姫様から?」

 

「ああ、聞いていたよ。なんだって平民から貴族になったんだってね。凄いと思うよ。……何かあれば相談してくれてもいいからな。同じ貴族だし、協力できると思うよ」

 

 俺がそう言うと、アニエスは驚いた顔をした。……なんだ?

 

「……オルレアン伯は、変わっておられますね」

 

「あっはっは、そうかぁ?」

 

 俺が笑うと、今まで表情を硬くしていたアニエスが、微笑んだ。おお、きりっとした顔もいいけど、そういう柔らかい顔見るとやっぱり女性らしくてきれいだねぇ。

 

「あなたのような反応、初めてされました。……王宮や任務で出会う他の貴族は、平民出の貴族は貴族として見られ無いようで……」

 

「あー……陰口とか?」

 

 俺の言葉に、アニエスは一つ頷く。……うーん、この国の貴族って結構頭固そうだしなぁ。出る杭は打たずにいられないっていうか変わることを受け入れられないというか新しい事に踏み出せないというか……。まぁ、利権とか色々と暗い事情があるんだろうけど……。それで関係ないこういう子たちまで被害をこうむるなら話は変わってくる。

 ……マスターも、その『貴族』に苦しめられたウチの一人だしね。『虚無』に目覚めるまでは、常に『ゼロ』と蔑まれ続けたマスターと言い……ああ、そうか。この世界は『魔法』がすべて。使えない平民は貴族になっても認められないし、貴族の生まれであっても魔法が使えなければ貴族として見られないんだな……。

 

「その辺も、変えていかないとなぁ」

 

「? ……今、なんと……?」

 

「ん、なんでもないさ」

 

 聞かせる気のないつぶやきだったので、適当にごまかして、視線を劇場へ向ける。

 劇場外は銃士隊が取り囲んでおり、劇場の中のアンリと間者たち以外の観客は銃士隊とウチの自動人形数名が埋めている。シールダーモードとアサシンモード一人ずつがアンリの近くに侍っており、もしもの時のための護衛となっている。

 

「そういえば……アニエスの腰のソレ……『銃』か?」

 

「え? ええ、そうです」

 

 左腰にはいかにもな剣を帯びているのだが、右側には古式ゆかしいフリントロック式っぽい銃が下げられていた。……古式ゆかしいと言っても、たぶんここでは最新式なのだろう。最神式(さいしんしき)の黄金ガトリングガンとかも入っている俺の宝物庫的には、フリントロック式なんかは……うん、死ぬほど入ってるな。見たところあんまり性能は良くなさそうだし、あとでアンリに聞いていくつかプレゼントするとしよう。全員分とはいかずとも、アニエスだけでも持っておいた方が良いだろう。

 

「……申し訳ありません、オルレアン伯。私は作戦の準備がありますので、これで」

 

 唐突に、アニエスがそう言い、マントを翻して走り出す。……?

 

「なんかあやしいな。一人、出てこい」

 

 宝物庫の門をくぐり、自動人形が一人現れる。弓を扱う、アーチャーモードの姿だ。左腕を籠手で武装しており、腰に矢筒を付けている。アサシンほどではないが、こっそりついて行って何かあればこっそり手助けするためには遠距離攻撃ができるほうがいいだろう。

 

「……頼んだぞ」

 

 そう声を掛けると、自動人形から念話が飛んでくる。え? 『了解。あのこ、未来のお嫁さんだもんね』……? ……え、未来予知したの……? そんな能力(きのう)つけたっけ……? あ、ちょ、待って! なんでお嫁さん認定したのか説明してから……ああっ! 行ってしまった……。

 

「……でもあれだよな。笑顔可愛かったよなぁ……」

 

「……誰の?」

 

「え? そりゃ今のアニエスちゃん……の……?」

 

「――へぇ?」

 

 ……マスター(ビースト)、顕現――!

 

・・・

 

「いや、ほんと、なんていうかさ、な?」

 

「……浮気者。変態。女ったらし。節操なし」

 

 片っ端からだらしない男を罵る言葉を呟きながら、マスターが横に立つ俺の足元をげしげし蹴ってくる。目に光がないので、たぶんしばらくはこのまんまだろう。もうちょっとしないとこっちの言葉も届かんな……。

 銃士隊の娘たちもこちらを遠巻きに見るだけで触れようとしないし……まぁ、貴族同士だと思われてるわけだし、仕方がないんだけど……。

 

「貴族も平民も女とみれば片っ端からコナかけてぇ……! 魅惑の妖精亭のアリスとかジャンヌとかにあんたのことで惚気られるこっちの身にもなりなさいよぉ……!」

 

 独占欲強めのマスターからすれば俺とか結構な地雷原っぽいが、その辺の葛藤もあるんだろうか。すでに多数の嫁がいて、さらに一人に絞ることは絶対にないという俺の気質と、それでも好きになってしまったマスターの独占欲が心の中で戦って、今こうして俺の足を蹴るという行為になってしまったんだろう。……可愛いなぁ。

 

「『私の恋人なんだから』って言っても冗談だと思われてまともに取り合ってくれないしっ! 何だったらアリスとジャンヌも『ギルの恋人』自称し始めたし! っていうかうちの店でその設定流行り始めたし!」

 

「マジかよそれ初耳だなちょっと今日の夜にでも確認してくる」

 

「すんな! 確認だけで済むわけないでしょあんたは!」

 

 俺の発言にツッコミを入れるようにミドルキックが放たれるが、神秘を纏っていない蹴りを俺が食らうわけがない。そもそもステータス的に食らっても全く痛みは感じないが、それなりにマスターの本気度がわかったので今日確認しに行くのはやめておく。明日行くとしよう。

 さて、そろそろマスターもストレス解消できただろうし、ご機嫌をとるか。

 

「よっと」

 

「このっ、あ、ひゃっ……!」

 

「ほらほら、こうやってじゃれるのも楽しいけど、せっかく会えたんだし、もうちょっと甘い事しようぜ?」

 

「あ、あまっ、甘い、こと……?」

 

「そうそう。こうやって抱きしめたり……頭撫でてみたり」

 

 そう言って、正面から抱き上げたマスターの頭を撫でる。少しこちら側に力を掛ければ、マスターは逆らうことなく俺の首筋に顔をうずめるように抱き着いてくる。

 

「な? こうやってくっつけるのも、こういうときだ――」

 

「――ひめさまのこうすいのにおい」

 

「――け、って、え?」

 

 頭を撫でながらマスターをなだめていると、その言葉に割り入るようにマスターが何かを呟く。聞き返す俺に、マスターはバッと勢いよく顔を上げると、再び光の無い瞳で俺を見つめる。抱き

 

上げているから視点がほぼ一緒なので、わずか数十センチにマスターの顔がある。

 

「……姫様の香水の匂いがするわ」

 

「あ、ああ。香水か。そりゃそうだろ。俺の屋敷で匿ってたんだし、匂いくらい付くって」

 

「首筋も?」

 

「ん?」

 

「普通に匿ってて、なんで首筋にも匂いつくの? さっきの私みたいなことでもしないとつかないでしょこんなとこ」

 

「え? あ、あー、首? 首ね? 首には……ほらー、その……」

 

「……」

 

「あーっと、なんていうか……」

 

「なにしたの?」

 

 表情を一切動かさないマスターが、平坦な声で聴いてくる。どうするかなー、と黙っていると……。

 

「ナニシタノ?」

 

 外見上一切変化が見受けられないが、『逃さない』と言う強い意志がこもった瞳が、俺をじぃと見つめる。

 

「……えーと、一夜を共にしました……」

 

 そんな状態でサーヴァント兼恋人ができるのはただ一つ。白旗を上げて降伏するしかないのだ。

 

「……ふぅん、そう」

 

 ――その日、人類(俺たち)は思い出した。『マスター』の爆発魔法の恐怖を……。マスターが抱えていた屈辱を……。

 ちなみに、そのあと銃士隊の娘たちと話せるようになるまでしばらくかかりました。

 

・・・

 

「う、ぐ……?」

 

 マスターの爆発魔法を食らって真っ黒になっている俺の下に、念話が飛んでくる。アニエスに付けた自動人形からだ。……何? 逃げたリッシュモンの下へアニエスが? え、劇場の下に隠し通路? んなもん用意してたのかリッシュモン。っていうかやっぱり犯人だったのかリッシュモン。高等法院長とかじゃなかったっけ。……だからなのかねぇ。

 

「え、ちょ、展開早……!」

 

 俺がそんな考えをしているうちに、リッシュモンの放った火球にアニエスが突っ込んで剣で刺してとどめを刺したという状況が流れてくる。凄い展開の速さだ。そこだけ重加速してないか……!?

 

「と、とにかく、アニエスは無事なのか?」

 

 念話で聞くと、『出血、火傷が重いが、まぁ無事』と返答が来た。……人はそれを無事とは言わん! すぐに連れて帰って来い!

 

「自動人形、キャスターモード一人出てこい!」

 

 杖を持った自動人形が一人宝物庫から出てくる。ちょっと今すぐには動けないので、応急処置だけでもしてもらうためだ。

 ……ちなみにキャスターモードはモノクルを付けている。……え? なんか見たことある格好だって? ……ははっ、ヤだなぁ、これのどこが万能の天才なんだよー。

 

「……」

 

 俺を見て一つ頷くと、キャスターモードは走り去っていった。あれでアニエスはこっちまで来るだろう。……重症だというのなら、こちらで治療の用意をしなければなるまい。出血に火傷と来れば、痕が残ってしまうかもしれないからな。婦長を呼びたいところだけど……バーサーカー枠は埋まってるからなぁ……。

 

「んー……できないわけじゃないけどなぁ」

 

 小指に付けたリングを見て、少しだけ悩む。12のリングが組み合わさって出来ていて、その内五つのリングの宝石には仄かな光が。これはセイバー、アサシン、キャスター、バーサーカー、セイヴァーの五つのクラスを表していて、そのクラスで召喚した英霊との繋がりを強化する力がある。俺の指には十指それぞれにこういうリングを付けている。その辺の話はまた今度にしよう。今は……。

 

「あの子の治療が先、だな」

 

・・・

 

 重症のアニエスが運び込まれてきて、流石のマスターも顔を青くしていた。そのおかげか、俺も治療できるようになり、先ほどまで荒い呼吸を繰り返していたアニエスも無事落ち着いた。……やっぱエリクサーとかは使わないとね。最後まで使わないでクリアまで行っちゃうとか結構あったけど、もったいないよねぇ。まぁ、俺は宝物庫の中で復活するから軽い気持ちで使うけどな。

 

「……こ、ここは……?」

 

「お、目が覚めたか?」

 

 ゆっくりと目を開けたアニエスをのぞき込む。ベッドに横になっていたアニエスは、上半身を起こして周りを見回す。

 

「なぜ……私は確かにあの地下道で……」

 

「こいつに後を付けさせたんだ」

 

 そう言って、俺の背後に侍る自動人形の一人、アーチャーモードを紹介すると、アニエスは驚きに目を見開く。すまんな、と謝罪をすると、アニエスは少し間をおいてから首を振った。

 

「いえ……そのおかげでこうして助かったというのなら、ありがたいことです。……すでに傷が治っているということは……秘薬を……?」

 

 自身の体を見てぺたぺた触り、怪我が完治しているのがわかったのか、俺に聞いてくる。使うには使ったが、そこまで気にされることじゃない。だから、安心させるために笑顔で答える。

 

「ああ、手持ちの薬を使わせてもらった。……けど、まだまだ在庫もあるし、心配しなくても大丈夫。アニエスがこうしてまた元気になったんなら、よかったよ」

 

「……オルレアン伯は……やはり、変わったお方だ……」

 

 そう言って微笑みを浮かべるアニエス。そういえば、と俺は最初から思っていたことを告げる。

 

「その『オルレアン伯』ってのはやめてほしいな。こうして話をして仲良くなったからには、俺のことはギルと、そう呼んでほしい」

 

「ギル……? あなたの名前は確か……」

 

 俺の言葉に、アニエスは首をかしげる。……そりゃそうだろうな。俺の貴族としての名前は『ジルベール・ド・オルレアン』。『ギル』と言う文字は一文字も入っていない。まぁ、そもそもが偽名なんだし、確かギルと言うのはフランスでは『ジル』となるらしいし。

 

「色々事情があってね。……ジルベールってのは偽名なんだ。その、君たちや女官と同じでな。俺もアンリエッタ女王から密命を受けたりするんだ」

 

 その関係で、色々と偽っているのだ、と伝えると、アニエスはなるほどと納得したようにうなずいた。

 

・・・

 

「あ、ルイズ……」

 

 リッシュモンの遺体を銃士隊が回収しに行って、その報告を受けるために借り受けている建物の中にアンリがやってくる。俺と一緒に居るアニエスとマスターに視線を向けて、気まずそうにマスターの名前を呼んだ。

 

「姫さま……その……」

 

「えっと、ごめんなさいね、ルイズ。……その、お先に大人の階段を上ってしまいましたわ」

 

「あっ、いえ、えっと……コメントに困るわね……」

 

 お互いに何を言っていいのかわからなくなっているアンリとマスター。アニエスもそんな空気を感じ取ったのか、少し距離を取って、俺にどういうことかと問う視線を向けてくる。

 

「……む、アニエス、銃士隊が帰ってきたみたいだぞ」

 

 ちょうど外では銃士隊がリッシュモンを回収してきたようなので、これを好機とアニエスを退出させる。アニエスも空気を呼んだのか、素直に一礼して建物の外へ出ていった。視線を二人に戻すと、今まで気まずそうだったアンリが、ふ、と小さい笑い声のようなものを上げた。

 

「でも、ルイズは体形もお子様なのに、経験もお子様のままだったのですね」

 

「……は? ……お言葉ですが姫様。私は身体の関係なんてなくても心が通じ合ってるのですわ。それこそが大人の関係というものなのです。……ギルとの付き合いが身体しかない姫様にはわからないでしょうが」

 

「……ふぅん、そう。……ねえルイズ? 覚えてるかしら、あなたと子供の頃、おやつの最後の一個を取り合ったり、お気に入りのぬいぐるみを取り合ったりしたわよね」

 

「……ええ。いつまでたっても、私たちの関係は変わらないのですね」

 

 二人してあはは、と笑い合う。まぁ、やっぱり長い付き合いだ。すぐにピリピリした空気なんて霧散して、仲直り……。うん?

 

「やっ!」

 

「こ、のっ!」

 

 笑い合っていた二人が、急にがっとお互いの髪を掴んだ。

 

「えっ」

 

「マスターだからと言って、関係が深いと勘違いしないことねっ」

 

「姫さまこそっ。お身体を許されたからと言って、関係も深いとは限らないわっ」

 

 ぐぐぐ、とお互い本気ではないにしろ喧嘩を始めてしまった。……え、アンリってこんなキャットファイトしちゃう系なの……? マスターも敬語抜けてるし。

 

「……って、見てる場合じゃないな。止めないと。……ほら二人とも、髪は女の命だろう? そんな掴み合ってないで……」

 

「うっさい! あんたは黙ってなさい!」

 

「そうですわ! これは王さまの女としての争いなのですから!」

 

「え、俺当事者なのになんなんだこの疎外感」

 

 どうしようか、と悩んでいると、先ほどアニエスが出ていった扉が開く。反射的に視線をそっちに向けると、アニエスと共にキラキラと輝いているように見える一人の女性……マリーがそこにいた。マリーは俺と目を合わせるとニッコリ笑い、さらにきゃいきゃい争っている二人を見ると、さらにニッコリ笑った。

 

「あら! あらあらあら! 二人とも何を喧嘩しているの?」

 

「……そういえばあなたもいましたね、マリー」

 

「? よくわからないけど、私はいつでもあなたと王さまの近くにいるわ! だって私はマリー・アントワネットだもの!」

 

 そう言って、満面の笑みを浮かべるマリー。俺が軽く事情を耳打ちすると、そうなのね、といつもの笑みを浮かべてマスターとアンリの手をそれぞれ握る。

 

「私たちはみんな、王さまのお妃さまよ! 王さまに愛される仲間として、仲良くしましょう!」

 

「でも待ってマリー。一人だけ出遅れているマスターがいるのよ」

 

「え? ……ああ、そういうことね。でも大丈夫よルイズ! 初体験なんて早かろうが遅かろうが関係ないわ! 王さまが絆を結んだ英霊の中には六千年くらい処女だった姫もいたくらいだもの! その人に比べればあなたなんて誤差よ誤差!」

 

「え? ろくせ……それ人間?」

 

「ええ、人間よ! ……人間よね?」

 

 マリーがはっきり言い切った後急に不安そうな顔をして俺にそう尋ねてくる。……んー、まぁ、月の姫だけど……ま、宇宙人も人間扱いで良いだろ。

 

「ああ、その通りだよ。ちょっと変わってるけど、人間だよ」

 

「……そう。まぁ、あんたみたいな存在がいるんだし、六千年処女拗らせるのもいるわよね……」

 

 そう言って、マスターはため息をつく。

 

「私は私のペースであんたと付き合ってくわ。……姫さま、御髪を乱してしまいましたね」

 

「……あなたこそ。……ふふ、なんだか子供の頃に戻ったみたいで、少し楽しかったわ」

 

 そう言って、笑う二人。マリーも笑っているし、アニエスも何が起こっているのかわからないなりに、ハッピーエンドの気配を感じたのか、笑顔を浮かべる。……なんとか収まってよかったなぁ……マリーには感謝だ。

 そんなことを考えていると、ニコニコとしているマリーが俺だけに聞こえる声量でつぶやいた。

 

「……このお礼は、『夜』お返しいただければいいですよ、お・う・さ・ま?」

 

「……お手柔らかに」

 

 ――この夜滅茶苦茶搾り取られた。

 

・・・

 

 一通りの処置を終えて、アンリも帰っていったあと。俺たちは『魅惑の妖精亭』を後にした。まぁ、協力店だし、また顔を見せることもあるだろうとそこまで悲しい別れではなかったが、最後の最後でみんなまとめてぱーっと宴会はやった。べろんべろんになったスカロンに泣きながら抱き着かれキスされそうになった時は流石に筋力にものを言わせて吹き飛ばしたが、それ以外は特に問題もなくみんな楽しめたと思う。

 

「……で、その翌日にこれか……」

 

 がたごとがたごとと揺れる馬車の中で、俺は後ろを見ながら隣に座るシエスタの相手をしていた。昨日の宴会から一日もたっていないのになんで馬車で揺られているのかと言うと、マスターの姉が学院に来たからである。いやぁ、電光石火だった。鯖小屋に居たら自動人形から緊急の念話が来て、何かと思って出向けばマスターの姉だというなんかきりっとした女の人いるし、その人に連れられて学院に馬車とシエスタの連れ出しを許可させて俺らを突っ込んで、今こうして馬車二台でマスターの実家に向かってるし……。

 

「まぁ、向こうにはみんながいるから大丈夫だとは思うけど……」

 

 俺が召喚したサーヴァントたちはほぼすべてが学院に残り、不測事態が起こらないようにと王都や王城、学院の監視をしてくれている。……いやまぁ、電光石火過ぎて連れてこれなかったっていうのもあるけど。だがまぁ、そこは歴戦のつわもの、英霊たちだ。……こうして、一人間に合ったりしてるしな。

 

「やー、今のがルイズ殿の姉上? すごいねぇ、私じゃなきゃ間に合わなかったと思うよ」

 

 セイバー、上杉謙信。軍神たる彼女が、馬車に一緒に乗っていた。

 

「いやー、こういうチャンス逃さないところが私だよねー。『手柄は足にあり』ってね」

 

 彼女にはとある複合スキルがあるので、『直感』や『心眼』あたりで察知したのだろう。そこから持ち前の敏捷で馬車に先回りし、こうして出発してからひょっこりと出てきたのだ。それを後ろの小窓から見えないように俺とシエスタはこうして肩をくっつけ合っているのだ。……いやまぁ、シエスタがかなりくっついてきているっていうのもあるんだけど……。

 

「えへへー、ギルさんとこうして一緒に旅ができるなんて、よかったです!」

 

「んー、まぁ、よかったと言えばよかったかなー」

 

「んふふー……今日はヴァリエールさまも後ろですし、こうしていても怒られませんね」

 

 そう言って、俺の肩に頭を乗せるシエスタ。あんまりいちゃつくと後ろから爆発が飛んできそうなものだが……。ちらりとみてみると、杖を振り上げようとして頬をつねられているマスターの姿が見える。……あのマスターが恐れる姉か。……変なこと言ったらマスターにも被害が行きそうだな。気を付けねば。

 

「……にしても、マスターの実家……どんな家族が待ってるんだろうか」

 

 家族全員あんな感じとかやめてくれよ、と後ろで涙目になっているマスターを見ながら、ため息をつく。

 

・・・

 

 真白の宮殿。アルビオンを呼ぶ『白の国』に相応しい白亜の宮殿は、名を『ハヴィランド宮殿』と言うらしい。首都の南側にあるこの宮殿のホールには、一枚岩で出来た円卓があり、そこにこの新生アルビオンの重鎮たちが座っていた。

 ……この場にはワルドもいるから俺も連れてこられたが、目立つからとフードを被されてしまった。

 上座には、この国の皇帝、クロムウェルの姿が。横には、彼の参謀だという『シェフィールド』なる人物が影のように寄り添っていた。今回のあの黄金の王に戦いを挑んだ時になにやら動いていたようだが……サーヴァント、なのだろうか。まぁいい。そこまでは、俺が考えても詮無き事。

 俺が考え事にふけっている間に、会議は進んでいく。現在この国よりも、相手方のほうが船は多いらしい。トリステイン王国……あの王がいる国だ。そことゲルマニアと言う国が組んで、現在この国へ攻め込む準備を整えているようだ。だが、こちらもその二国の背後にある国……ガリアと何かしらの約定を交わしたらしい。これで、二国の後背を突ける、ということか。このクロムウェルという男、相当なやり手のようだな。

 

「……なるほど。それが真とすれば、この上もなく明るい知らせでありますな」

 

 話を聞いた将校が、かみしめるように頷いた。クロムウェルはそれを見て満足そうにうなずく。

 

「諸君は案ずることなく軍務に励みたまえ。……攻めようが守ろうが、我らの勝利は揺るがない」

 

 将校たちはいっせいに起立すると、クロムウェルに敬礼をして、そのまま自分たちの指揮する部隊へと戻っていった。

 そのままクロムウェルはワルドとフーケ、そしてシェフィールドを執務室へと連れてきた。そのままクロムウェルは王の座っていた椅子に座り、いくつか言葉を交わした後、ワルドに向けて『任せたい任務がある』と切り出す。

 

「メンヌヴィル君」

 

 クロムウェルがそう呼ぶと、執務室の扉が開き、一人の男が入ってくる。

 ……ふむ、相当にねじくれている男だな。……理性よりも、野性が表に出ているような男だな。あまり背中は任せられない男だ。

 

「ワルド子爵だ」

 

 クロムウェルは、そのような内面など気にしないようにワルドとメンヌヴィルの紹介を終わらせる。……なんでも、相当な実力者らしい。『白炎』と言う二つ名から、炎を扱うのだろう。二人の紹介が終わると、クロムウェルはワルドにメンヌヴィルの小部隊を運んでほしい、と依頼する。……ワルドは相当嫌そうな顔をするが、最終的には折れて承諾したようだ。……立場的なものもあるだろうが、なんだか哀愁が背中に漂っている様な気もする。

 それから、クロムウェルは目標を伝えてくる。……『トリステイン魔法学院』。そこにいる貴族の子女たちを人質にすると言う計画がクロムウェルの口から語られる。……トリステイン魔法学院は……攻めにくいところだな。確実にあの王はいるだろう。……そこはどうするのだろうか。

 

「それから、メンヌヴィル君にも伝えることがあってね」

 

「?」

 

 そういうと、クロムウェルは執務室の隅へ視線を向ける。……む、あそこに立つのは……。

 

「部隊と一緒に彼も連れて行ってほしいのだ」

 

「……ほぅ? ……こんな優男と?」

 

「実力はピカイチだよ。それに、ワルド君の連れている彼も連れていくのだ」

 

 そう言って、俺へも視線を向けるクロムウェル。……ふむ、まぁ、あの王とその連れているサーヴァントを相手取るなら、必要だろう。一つ頷きを返し、メンヌヴィルの前に立つ。

 

「……ほう。お前、そこいらのやつとは違うな」

 

「目が見えない代わりに他の感覚が鋭くなったのか。……お前のようなものはたまにいる。自身の欲望のためなら、一直線に向かうような人間だ」

 

「わかったようなこと言うじゃねえか。……あんまり俺の機嫌を損ねるなよ? ……焼き殺されたくはないだろうしな」

 

 そう言って口角を上げるメンヌヴィル。……おそらく、すぐにでも懐の杖を抜けるようにしているだろう。確かに少しでも気に入らなければこの男は杖を抜き俺を焼こうとするだろう。……だが、あいにく俺に炎はあまり効かないと思う。俺のスキルの魔力放出は炎属性だ。魔力の炎なら、我が力に出来るのだ。……うむ、一言多いからあまりしゃべるなと言われたから喋りはしないが。

 

「……まぁいい。ある程度の実力があるなら連れて行ってやる」

 

 そう言って、メンヌヴィルは執務室を後にする。

 

「さて、それではこれで顔合わせも終わったし、本日は解散とする」

 

 そのクロムウェルの一言で、その場は解散となった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:■■■■・■■■■■■

真名:ギル 性別:男性 属性:混沌・善

クラススキル

■■王:EX

終■■■■叙事詩:EX


保有スキル

軍略:A
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの持つ対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍、対城宝具に対処する際、有利な補正が与えられる。

カリスマ:EX
大軍団を指揮、統率する才能。ここまで来ると人望だけではなく魔力、呪いの類である。
判定次第では敵すらも指揮下に置くことが可能。

黄金律:A++
身体の黄金比ではなく、人生においてどれだけ金銭がついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ぴかぶり。一生金には困らないどころか、子孫代々が生活に困ることは生涯においてない。

■■■■:B+

千里眼:B
視力のよさ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。また、透視を可能とする。
更に高いランクでは、未来視さえ可能とする。
「これよりいい『眼』も持ってるんだけどね」とは本人の談。

■■の■■:EX

英霊指輪(クラスリング):A
左手の小指に付けている指輪の力。十二個の指輪が組み合わさり一つの指輪となっている。英霊召喚宝具を使用した際にそのクラスに合わせて召喚され、その英霊とのつながりなどが強化される。

能力値

 筋力:A++ 魔力:A+ 耐久:B++ 幸運:EX 敏捷:C+++ 宝具:EX

宝具

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

ランク:E~A+++ 種別:対国宝具 レンジ:―― 最大補足:――

黄金の都へ繋がる鍵剣。元々は剣として存在していたものだが、現在は能力の鍵として体内に取り込まれた。
空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。中身はなんでも入っており、生前の修練により種別が変わっている。

全知■■■全能■■(シャ・ナクパ・イルム)

ランク:■X 種別:■人■具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。解析中。――注意。権能に類する可能性あり。

■海■・ナ■■■■■■■■波(■■■・■日■)

ランク:A■■ 種別:■■宝具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。

天地乖離す開闢(エヌマ・エリシュ)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:―― 最大補足:――

乖離剣・エアによる空間切断。
圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対するすべてを粉砕する。
対粛清ACか、同レベルのダメージによる相殺でなければ防げない攻撃数値。
STR×20ダメージだが、ランダムでMGIの数値もSTRに+される。最大ダメージ4000。
が、宝物庫にある宝具のバックアップによっては更にダメージが跳ね上がる。
かのアーサー王のエクスカリバーと同等か、それ以上の出力を持つ『世界を切り裂いた』剣である。
更に、その上には『■■■■■の再現』や、『三■の巨大な■■■』を生み出したりもする。


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第三十八話 鞘走らずにはいられない。

「先走り液!?」「我慢汁!?」「カウパー氏線液!?」「なんで君らそういう微妙な下ネタ詳しいんだよ。おかしいだろ」「犯してやる!?」「いや違うよ。どういう聞き間違えしたんだよ」「どういう立ち松葉してんだよ!?」「違うよ。体位を気にしてはいないよ。き、き、ま、ち、が、え! どうしたんだよ、鼓膜破れちゃったの?」「処女膜? やだなー、ギルさんに捧げたじゃないですかー。もう破れてますよー?」「重症だな……鼓膜だけじゃなくて常識も失ってる……ん? なにこれ。『中学生薬』? あぁ、確かに下ネタへの反応速度と言うか、妙な変換機能と言うか……確かにその辺っぽい感じはするけど……」

ちなみに、この後一日ほどして効果は切れましたが、顔中真っ赤にして床を転がる数人の女性サーヴァントがいたとかいないとか……。

「え? ボク? なんか恥ずかしいこといったかなー? まー、そんなの気にしなくていーじゃんかー!」とは、ある桃色髪の理性無き子のセリフ。


それでは、どうぞ。


 マスターの実家……と言うか領地に着いたのは学園を出発してから二日後のことだった。……しかも領地に着いただけでまだ家までは半日ほどかかるとのこと。俺だけヴィマーナで飛んだらダメかなぁ。……ダメだよなぁ。

 

「む、止まるのか?」

 

「あぁ、旅籠に着いたようですね。私は霊体化しておきますね」

 

 そう言って謙信が消えるのと、シエスタが馬車から出ていくのはほぼ同時だった。……なにしに行くのかと見ていれば、マスターたちの乗る馬車の扉を開けに行ったようだ。……あー、そういう仕事するんだな、おつきの侍女って。俺は基本的にヴィマーナで飛んで宝物庫にしまうか、飛行宝具で単身飛んでいくだけだったからなぁ。俺も遅れて馬車から降りると、視界の向こうから土煙と轟音が。むむ? なんだあれは。この近くに住む人たち……領民と言う奴だろうか。

 

「エレオノールさま! ルイズさま!」

 

 ……あ、お姉ちゃんの名前エレオノールっていうのか。なんか頭よさそうな響きである。女教師の格好とかしてほしいかもしれない。

 近づいてきた領民たちは二人を取り囲み、さらに俺まで取り囲んできた。……今の俺はお付きの平民って感じなんだが、どうしたんだろうか。

 

「俺には構わなくても大丈夫だ。貴族ではないからな」

 

「それでも、エレオノールさまとルイズさまの御家来には変わりあるめぇ。どちらにしろ失礼してはいけねぇだ」

 

 そう言って、腰の剣をお持ちしますだ、だの色々と世話を焼こうとしてくる領民たち。……まぁ、この腰のデルフは見せかけだけでもとつけてきただけだし、預けても問題はないが……。そんなことを思いながら、鞘ごとデルフを渡す。やけに丁寧に運んでいく村人から視線を戻すと、マスターとエレオノールはとある建物に誘導されていった。あそこで休憩するらしい。たぶん、ヴァリエール家の人たちを歓迎するための屋敷かなんかなんだろう。道すがら聞いた話によると、ヴァリエール領はかなり大きいらしく、現代で例えるなら小さめの市くらいはあるとのこと。

 

「はー、公爵ってのは凄いもんだ」

 

「……君、王だったよね?」

 

 いつの間にか霊体化を解いた謙信が後ろからぼそりと突っ込む。あー、いやまぁ、遠い記憶だけどね?

 

「おっと」

 

 領民が俺も呼びに来たのを見て、謙信はまた霊体化する。……ツッコミいれるために霊体化解いたのかこの子。

 

「こちらでごぜぇます、御家来さま」

 

「ん、ああ。ありがとう」

 

 案内をしてくれる領民についていくと、一人の少年が馬に乗ってかけていくのが見えた。……伝令だろうか? たぶん領地に着いたからそろそろ着くよって前触れでも出したんじゃないだろうか。俺が生きていた時の世界でもそんなのがあった気がするし。

 屋敷の中に入ると、椅子を引かれて二人が座っているところだった。休憩ついでにお茶でも飲むらしい。……シエスタが後ろに立ってるし、俺も立っておいた方が良いだろう。

 

「あと半日か……」

 

「あと半日も一緒に居れるんですね」

 

 隣に立つシエスタが俺のつぶやきに小声で答える。……もう半日くっつくのかぁ。……んー、このままだとマスターの家でシエスタといたすことになりそうで怖い。

 領民の一人が、『エレオノールさまはご婚約されたとか』なんていうと、空気が少しぴりついた。……んー?

 

「ばっか! おめえ、そんなこというでねぇ!」

 

 一人がその婚約話をした男の頭を叩いた。……だが、エレオノールは未だピリピリとした空気を崩さない。……なんか変な人と婚約したんだろうか。それとも婚約を……? と俺が一人考えていると、シエスタがぎゅう、と俺の腕を握る。……お、おぅ。おっぱい凄いなコレ……。

 

「あ、あの、姉さま……」

 

 そんな空気の中、マスターが口を開く。……あ、マスター空気読めないから多分……。

 

「ご婚約、おめでとうございます」

 

 アンリの時とは違い、おずおずとはしているものの祝いの気持ちを持ってマスターはそう言った。だが、エレオノールには地雷だったらしい。マスターの頬を引っ張り上げて、ぎりぎりと締め上げる。

 

「ど、どぼじででずか! おねぇざま!」

 

「婚約はね! 解消したのよ!」

 

 ぎりぎり締め上げながらマスターにそう叫ぶエレオノール。え、婚約解消されてたのか。……なんでだ?

 

「な、なぜ!? なぜでしょうかっ!」

 

 締め上げから解放されたマスターが、頬を抑えたままそう聞く。確かに気になるな。公爵家の子女なら相当なことがなければ婚約なんて解消しないと思うけどなぁ……公爵家ともなればなおさら。

 

「さぁね! バーガンティ伯爵に聞いてちょうだい! なんでも『もう限界』だそうよ!」

 

 えぇ……婚約段階で『限界』って言わせるってどういうことなんだ……。逆に気になるぞ……。

 

「……ギルさん、ああいう方がお好みなんですか?」

 

 隣からの声に顔を向けると、少しだけ頬を膨らませて『私不満です』と顔に出したシエスタがいた。それと同時に抱きしめている俺の腕に胸を押し付けるようにしてくるので、こんな場だけれど……その……ぼっ

 

「いてっ」

 

 俺の思考をさえぎるように、宝物庫から侍女パンチが飛んできた。……なんだよ、俺は下ネタ考えるのもダメなのか。

 

「……むぅ。私も自動人形さんと同じ気持ちですっ」

 

 そう言ってシエスタはぷいっと顔をそむけるが、たぶん違う気持ちだと思う。自動人形の方は下ネタに対するツッコミ……って、待てよ? なんで俺の考え筒抜けなんだ……?

 

「……ごめんな、シエスタ。今度埋め合わせするから、機嫌直してくれよ」

 

 そう言って、シエスタの頭を撫でてやる。髪を梳くようにして頬を撫でてやると、その手に頬ずりをしてくれたので、たぶん許してくれたのだと思う。甘えん坊なメイドだなぁ。そこがいいのだけれど。

 ……さて、そんなことをしている内にもマスターはエレオノールから責め立てられている。昔のことまで引っ張り出されてお説教を受けているのを見るに、長くなりそうだ。ある程度で割り込んでやるべきか。しょぼくれたマスターの顔を見ているとなんだか庇護欲を掻き立てられるから不思議なものである。そう思って踏み出そうとした足を、俺は一瞬でもどした。なにやら凄い速度で駆けてきたからである。……悪意は感じないけど……と思っていると、思い切り開けられる扉。

 

「あら! あらあら!」

 

 まるでマリーのように朗らかに笑ってマスターたちを見るのは、桃色ブロンドの髪をした、まるでマスターを成長させた未来の姿のような女性。その顔には満面の笑みが浮かべられており、さらに胸の前で両掌を合わせて喜びを表しているのを見るに、相当喜んでいるらしい。

 そんな闖入者に、真っ先に反応したのはマスターだ。先ほどまでのしょぼくれた顔はどこへやら。キラキラと輝くような顔で「ちぃ姉さま!」と席を立った。……姉? 二人目なのか。と言うか、そういえば家族構成聞いてなかったな……。あとどのくらい家族がいるのだろうか。貴族だからやっぱ大家族なのか……?

 

「見慣れない馬車が止まっているから何かと思って見に来れば! エレオノール姉さま、帰ってらしたの?」

 

「……カトレア」

 

 ……え、エレオノールのほうが姉なのか……!?

 

「ちぃ姉さま!」

 

「まぁ、ルイズ! 私の小さなルイズ! あなたも帰ってたのね!」

 

 そう言って、二人は抱き合ってきゃいきゃいと姦しく盛り上がる。……髪の色から瞳の色、顔だちまでそっくりな姉である。エレオノールはなんでここまで違うんだろうか。髪の色も金だし……なんか複雑な事情が……?

 そんなことを考えながら二人目の姉……カトレアを見ていると、カトレアもこちらに気づいたのか、マスターから離れて寄ってきた。……おお! これは、キュルケよりもメロンの品質が良い……!?

 俺の目の前で止まったカトレアは、俺の目をじっと見ると、にこりと笑った。

 

「あなた! ルイズの恋人ね?」

 

「うん? なんだ、マスターから聞いていたのか? そうだとも」

 

「あら、まぁ!」

 

 俺の答えを聞いて、カトレアはさらに明るく表情を変えた。

 

「ちょ、ちょっとギル!?」

 

「む? なにか問題でも……? と言うか、マスターが伝えていたんじゃないのか?」

 

 焦ったように俺を呼ぶマスターに、首をかしげる。……え、もしかしてあてずっぽうで言ってたのか、この子。

 

「あのルイズにこんな素敵な恋人ができるなんて!」

 

 大声でそんなことをいうものだから、エレオノールの耳にももちろん入った。

 エレオノールは「は?」と低い声でつぶやくと、眉間にしわを寄せてこちらをにらむ。

 

「……ルイズ?」

 

「は、はひっ!?」

 

「……どういうことか、話してくれるわよね?」

 

 エレオノールの低い声に、マスターは壊れたおもちゃのようにこくこくと首を縦に振るしか無いようだった。

 

・・・

 

 合流したカトレアの乗ってきた馬車に、俺たち全員は乗せられていた。エレオノールだけは「平民と一緒の馬車なんて……」とか言っていたが、カトレアに押し切られていた。……いやまぁ、俺から話を聞きたいというのが多分にあると思うんだけど。

 

「それでそれで!? ルイズ、あなたは使い魔とお付き合いしているの!?」

 

「ちょ、ちぃ姉さま声がおおき……いひゃいいひゃい、えひぇおおーうへーさふぁ、ほっへふぁいふぁいれふ」

 

 隣に座るカトレアから質問されそれに反応したルイズが逆側に座るエレオノールから頬をつねられていた。……なんとなくこの姉妹が仲いいっていうのはわかってきたぞ。姉が二人ともルイズ大好きじゃないか。

 

「まぁまぁ、そこは俺から説明しようじゃないか」

 

 そう言って、カトレアに話しかける。

 

「改めて自己紹介しよう。ジルベール・ド・オルレアン伯爵だ」

 

 そこから、俺は適当なホラを吹いた。使い魔召喚でマスターに召喚されたこと、領地のことは家族に任せて使い魔として協力していること、風のトライアングルであることなどなどをカリスマを発動しながら話す。……カリスマと言うのは対人スキルとしては最高峰のものだと思う。俺のランクだとなおさらだ。

 不思議そうな顔をするシエスタに、人差し指を口に当てて笑うと、何かを察したようにうなずいてくれた。マスターは最初混乱していたが、あの『設定』を思い出したのか、うんうんうなずいていた。頷いてばっかりだな君ら。

 

「まぁ、そこから色々あってね。今は清いお付き合いをさせてもらってるんだ」

 

 そう言って締めくくると、カトレアが「まぁまぁ!」と興奮した。俺の隣に移って手を取ると、ぶんぶん上下に振って楽しそうに笑う。

 

「そう! そうなのね! ルイズをよろしくね、オルレアンさまっ」

 

「うん、よろしくされよう。……それにしても、凄い数の動物だな」

 

 話に夢中になっていて後回しになっていたが、カトレアの馬車の中は凄まじいことになっていた。ほら、足元に虎なんているし、種類はわからないがちちちと鳥が鳴いている。……動物園かな? 動物に愛されているのだろう。カトレアに懐いているのが、初めて会った俺にもわかるほどだ。

 

「ええ、私、動物のことが好きなのよ。いつもお城に閉じこもっているけれど、お友達がたくさんいるから寂しくないわ」

 

 そう言って、カトレアは俺とは反対側に座っている熊を撫でた。……いや、行儀の良い熊だなおい。

 それからは、俺の話に終始した。マスターはエレオノールから逃れられてほっとしているようだった。

 

「オルレアン領……聞いたことはあるわ。こんな領主だったのね」

 

 鋭い目をさらに鋭くして、俺をじっと見つめるエレオノール。可愛い妹の恋人だからか、見定めるのに真剣らしい。……怪しい者じゃないよ? ほんとだよ?

 

「……まぁ、伯爵なら問題はなさそうね」

 

 そう言って、ふいと視線を外すエレオノール。……うん、これで「元王さまで現英霊の英霊王ギルです。嫁は三桁以上、子供は四桁以上です!」とか言ってたら物理的に首が飛びそうだった。俺の経歴ってなんかの冗談みてぇだな!

 ちなみにシエスタについては俺の膝でダウン中だ。この動物馬車に乗って最初の方に天井から降りてきたヘビと目が合ってそのまま目を回してしまったのだ。……可愛いメイドめ!

 

「……そろそろね」

 

 懐中時計を開いたエレオノールがそう言って馬車の外を見る。俺もつられて窓から外を見ると、夜なのにはっきりとわかる大きな城が見えた。……あれがヴァリエール家。流石公爵の家だ。城も凄いけれど、城壁もあって巨大な門もあってさらに堀まである。……あの橋の両隣で鎖を持ってるのはゴーレムか? フーケのあのゴーレム並みの大きさのものが二対、門の両隣で立っているのが見える。……はー、凄いもんだ。

 

・・・

 

 深夜の到着になったにも関わらず、マスターの母、ヴァリエール夫人は晩餐会のテーブルの上座に座って待っていた。……髪色と美貌は母親から受け継いだんだな、マスター。結構厳しそうなお母さんだなぁ、なんて思いながら姉たちと同じように席に着くマスターの後ろに立つ。

 これについてはマスターが「自分で紹介するので、初めは付き人として扱ってほしい」と姉二人に頼んだからだ。俺は護衛としてこうして壁際に立っているが……なんというか、食事の進まなさそうな空気感である。ピリピリしているというか……。

 

「母様、ただいま帰りました」

 

 エレオノールのそんな言葉から始まった晩餐会は、初め静かに進んでいった。流石は貴族令嬢たち。食事の音が一切聞こえない。それをいいことに、俺は謙信と念話を繋げる。霊体化を解いて場内を回っているらしい。城内のマッピングをしてくれているので、助かっている。

 謙信の感想を聞きながら念話していると、唐突にバンと大きな音が鳴った。なんだ? と思って意識をマスターたちに戻すと、マスターがなにやら激昂している様子だった。

 

「バカげたことじゃないわ! どうして陛下の軍隊に志願することがバカげたことなんですか!?」

 

「あなたが女の子だからよ! 戦争は殿方に任せておけばいいの!」

 

「今は女の子も男と肩を並べる時代よ! だからこそ魔法学院でも席を並べているのだし、姉さまだってアカデミーの主席になれたんじゃない!」

 

「戦場がどんなところなのか知っているの? 少なくとも、あなたみたいな女子供が行くところじゃないのよ」

 

 呆れた、と言う顔で首を振るエレオノール。……まぁ、そういうことになるよなぁ。大事な妹ならなおさら。俺が絶対に守ってやるってことを信じてくれればいいんだけど……。虚無のことを話すわけにもいかないし。

 

「女子供だから戦場に行かないというのは間違っているわ! 私は知っているもの! 女だろうと、戦場を駆け抜ける者はいるって!」

 

 だけど、マスターはそこで折れなかった。……たぶんだけれど、マスターはジャンヌや謙信、卑弥呼のことを言っているのだろう。……そうなんだよなぁ。俺と絆を結んでくれた英霊たちは、性別なんか関係なしに戦場を駆け抜けた英傑たち。……それを、マスターは知っていてくれていたのだ。

 

「はぁ? なによそれ。変なことを……母様からも何か言ってください!」

 

「……食事中よ。その話は、お父様が帰ってきてからにしましょう」

 

 そう言って、この話は終わりだとばかりに視線を切るヴァリエール夫人。……なんていうか、一つの信念を感じる母親である。と言うか、ウチの英霊たちに似てる気質な気が……旦那さん尻に敷いてたりしないよね……?

 そんな気まずい晩餐会は、気まずいまま終わったのだった。

 

・・・

 

 俺に与えられた納戸で宝物庫から出した椅子に座りながら、どうするかなと悩んでいると、目の前で光の粒子が人を象っていく。……霊体化を解いた謙信が、俺の目の前に現れたのだ。

 

「……ルイズ嬢、良い啖呵切ってたね?」

 

「うん、俺のマスターながら、素晴らしい子だよ」

 

「ふふ、すぐ女の子好きになるんだから。……あ、可愛い男の娘もだね」

 

 くすくす笑う謙信が、俺に近づいてくる。

 

「……それで? マスターのお姉ちゃんたちも可愛らしかったね? ……食べちゃう?」

 

「いやいや、流石にそれはマスターも許さないさ。それに、これ以降あんまり接点もないだろうしね」

 

 今回は従軍の許可と俺とのお付き合いの話をしに来たんだし、それが終われば夏休みも終わりだ。しばらくは戦争で忙しくなるだろうし、そうなればこちらに来ることもなさそうだし……。

 

「ま、この人ならいつの間にか落としてるでしょ」

 

「ん? なんか言ったか?」

 

「んーん。何も言ってないとも。あ、そういえばどうする? 今日は……んふ、私が相手しようか……?」

 

 妖しい笑みを浮かべた謙信が、鎧の内に来ていた服を肌蹴させる。……むむ、確かに夜は長いし暇だし……と思っていると、部屋に近づいてくる気配が。謙信もそれを感じ取ったのか、いそいそと服を治して不機嫌そうに顔をゆがめた。

 

「……んもー、何しに来たんだろシエスタ嬢は。……まーいーや。情報収集しに行ってくるから、その間に相手してあげなよ」

 

 そう言って、歩き去るように霊体化した謙信と入れ替わるように、扉が叩かれた。どうぞと声を掛けると、扉が開いて顔を赤くしたシエスタが入ってきた。……え、なに、そういう感じ?

 

「こ、こんばんわ。その……来てしまいました」

 

「ああ、別に構わないよ。……と言っても、こんなところで申し訳ないけどね」

 

 まぁ座りなよ、ともう一つ椅子を出し、テーブルを並べる。このくらいなら、宝物庫経由で全然問題はない。シエスタは出した椅子を俺の隣にずらすと、そのまま座って俺の肩に頭を寄せてきた。……ん? なんか酒臭い気が……。

 

「なぁシエスタ? お酒飲ん」

 

「まぁ、とりあえず飲みましょう!」

 

 俺がシエスタに尋ねるも、シエスタは俺の言葉を遮るように服の中から酒の瓶を取り出して、テーブルの上にだんと置いた。……あれ、シエスタって酔うと性格変わるタイプ?

 

「……いや、シエスタは水を飲んだほうが」

 

「いいから。飲め」

 

「え、ちょ、口調違くない?」

 

「飲め」

 

「あ、飲みます」

 

 駄目だこれは。適当に付き合って寝かせてやるしかないな。……ってアルコール強いなコレ。ワインとかじゃないな? なんだろ……まぁ公爵家にあるお酒なだけあっておいしいけど……まぁ、これ飲んだら普通の人なら酔いつぶれるだろうなぁ。

 

「んふ~、良い飲みっぷりれすねぇ……!」

 

 あ、顔赤くしてたのは恥ずかしかったからじゃなくて、酔ってたからなのか。……もうべろんべろんじゃないか。よし、ベッド出しておくか。

 

「んあ? ふぁー、ベッドれすねぇ……」

 

 そう言って、シエスタは俺が宝物庫から出したベッドにふらふらと倒れこんだ。……はぁ、これで静かになるな。

 俺がため息をつくと、ベッドに倒れこんだシエスタが声を掛けてくる。

 

「んぅ……ギルさぁん。ギルさんも一緒に寝ましょう……?」

 

 そう言って、仰向けに寝転がっているシエスタがベッドの空いているところをぽんぽんと叩く。……いやー、酔ってる女の子を襲うのはなー……。

 

「えへー、ギルさんと一緒に寝たいなー……ダメですかぁ……?」

 

「……うん、よし、明日土下座するか」

 

「んひゃっ!? ギルさん……? ふぁ、なんで服脱がすんれすかぁ? あっ。暑いからですねぇ?」

 

「んー、ああ、その通りだとも。ほら、ばんざーい」

 

「ふぁー、ばんざーい」

 

 ――ちなみに、まさにしている最中に謙信が帰ってきて、謙信も一緒に混ざって乱れまくったとさ。

 

・・・

 

「……うーん、やりすぎた感はある」

 

 あれからしばらくした後に、俺はため息をつきながらベッドの上の二人の少女に布団を掛けた。……シエスタが出血しちゃったけど……まぁ、シーツは後でなんとかするとしよう。そんなことを考えながら外の空気でも吸うかと立ち上がると、ゆっくりと静かな足音が。ちょうどいい、と部屋を出ると、予想通りマスターが立っていた。毛布を自分に巻き付けるようにして歩いてきたらしい。……寒いけど、今この納戸に案内するわけにもいかないし……。

 

「やぁ、マスター。こんばんわ」

 

「ん、あ、えと、こんばんわ。……い、良い夜ね?」

 

「そうだな。……それで、こんな真夜中にどうした? あんまり夜更かししてると、大きくなれないぞ?」

 

 俺の言葉にマスターは少し怒ったように目じりを吊り上げ、こちらに詰め寄ってきた。

 

「余計なお世話っ! ……っとと。それよりもあんた! 姉さまたちには言っちゃったけど……本当にお父様とお母様にも伝えるの? その、私の……恋人って」

 

 指同士をツンツンとしながら、恥ずかしそうにこちらを見上げてくるマスター。そんなマスターの頭を撫でてやりながら、安心させるように屈んで視線を合わせる。

 

「マスターはいやか? 俺の恋人の一人になるのは」

 

「んぅ……恋人『の一人』ってところには文句があるけど……まぁ、今更だしね」

 

 そう言って、マスターは深いため息をつく。それから、ゆっくりと目を閉じて顎を少しだけ上げた。なにをしてほしいか察した俺は、静かにマスターに口づけた。

 

「ん……ぷは。……舌いれた」

 

「駄目だったか?」

 

 そう言って笑うと、マスターは恥ずかしそうに首を横に振った。……さすがはむっつりマスター。やらしいことに興味津々とは、年頃だなぁ。

 

「……ね、ギル?」

 

「うん?」

 

「……お父様とお母様……説得できるかしら」

 

 そう言って、不安そうにするマスターを俺は抱き上げる。……今回はしっかりと体を綺麗にしたから、匂いもないはずだ。現にマスターは俺の首元に顔をうずめているが特に何も言うことなく背中に手を回してきている。

 

「……『虚無』のことも言えないからみんなの中では私は『ゼロ』のままなのよ。だから、信用してくれないんだわ。姫様の女官だっていうのも理由を言えないし……」

 

「そうだな。……だけど、マスターの後ろには俺がいるよ。だから、安心してぶつかり合ってくるといい。そうそう、謙信もこっちに来てるんだよ。何かあれば頼ってくれていいからな」

 

「謙信が? ……それは頼りがいがあるわね。……あ、そうだギル! あんたの宝物庫に、凄い霊薬あるわよね!?」

 

「うん? もちろんあるぞ。……調子が悪いのか?」

 

 マスターは「私じゃないの!」と首を振って、俺にカトレアのことを説明した。なんでも、元来体が弱く、色んな薬や魔法を頼っているがどうしようもないこと、その体質から学院にも行けず、嫁ぐことも出来ずに城の中でずっと過ごしていることを放してくれた。……それは、かわいそうなことだ。……マスターの姉だし、手助けすることに否はない。

 

「もちろん助けよう。……だけど、まずはカトレアを診断してからだな。適当に霊薬……エリクサーぶっこんでも治らないかもしれないからな」

 

 今の俺の『眼』ではあんまり正しく見通せないだろうから、宝物庫の中にある宝具に頼ることにはなると思うが……。ま、なんとかなるだろ。

 

「よし、さっそく見に行くとしよう。マスター、案内してくれ」

 

「あ、うんっ」

 

 嬉しそうに頷いてマスターと手をつないで、カトレアの部屋に向かった。

 

・・・

 

「ちぃ姉さま!」

 

「あら、ルイズ? それに……あなたは」

 

 ベッドから上半身だけを起こしているカトレアに出迎えられ、俺たちは部屋へと入った。

 ……ここも凄い動物の数だ。色んな動物たちがカトレアを中心に集まっている。動物たちを観察している間に、マスターはカトレアに色々と事情を説明していたようだ。あらあらまあまあとカトレアが口元を押さえて驚いているのが見える。

 

「そうなの。ルイズの使い魔で幽霊……英霊さんなのね?」

 

「そうなんだよ。生前は色々やっていてね。診断から治療まで任せてほしい」

 

「……でも、今まで何人ものお医者様や水魔法使いの方が診てくださったんだけど、症状を抑えるくらいしか……」

 

 そう言ってうつむくカトレアをマスターが必死に励まし、とりあえず診てもらうだけ診てもらう、と言う判断に至ったところで、マスターが俺に視線で促す。俺は頷きを返して、宝物庫から診断宝具を取り出す。眼鏡型のスキル補助宝具を取り出し、聴診器型の診断宝具も取り出す。……残念ながらこれは直接当てなくても診断ができるので、あの巨大なスイカにタッチはできないのだ。残念。

 

「……よし、準備完了だ。ちょっとじっとしてろよ」

 

 そう言って、俺は千里眼と診断宝具を連動させる。……なるほど、病気と言うよりは体質みたいなものか。エリクサーでは治らなさそうだな。ここは俺のスキルも使うとしよう。

 元々俺には『女神の加護』と言うスキルがあって、ランクもEXあるのだが、神様があんな状態になってからは使用できなくなり、前に会いに行ったときに書き換えられたのだ。そのスキルの名も、『癒しの加護』と言うスキルだ。呪い、毒、病気などを快癒させることの出来るスキルなのだ。……まぁ、元のスキルも『生命、運命、太陽の女神の内どれかからの協力を得られる』とか破格のスキルだったんだけど、このスキルも凄まじい。なんて言ったって神様産のスキルだ。多分あのガングロ神様の権能だからなのだろうが、『元の状態に戻す』というものではなく、『望む状態に戻す』と言うのがキモなのだ。これならば、カトレアの体質を『元の体質』ではなく『望む体質』に変えることが可能だ。

 と言うわけで、スキルを発動。右手をカトレアに向けて意識すると、カトレアの体を少しずつ作り替えていく。……と言っても元々の体質……『魔力が流れると体の変調が起きる』と言うところを失くしているだけだが。

 

「……うん、これで大丈夫」

 

 もう一度診断してみるが、身体に異常はなさそうだ。これで、魔法も使えるし日常生活に何も問題は無くなる。

 俺の言葉を聞いたマスターがカトレアに抱き着く。……カトレアはマスターの反応に戸惑いながらも、身体をぺたぺた触ってから、ゆっくりベッドから立ち上がった。おもむろにベッドサイドのテーブルに置いていた杖を取り、呪文を唱える。魔法により生み出され、操られた水が部屋を駆け巡り、最終的に動物たちの水飲みへと流れていく。

 魔法を使ったカトレアが、不思議そうに自分の胸に手をやり、しばらくして、口を開いた。

 

「……苦しくない。調子の良いとき……いいえ、それ以上の……」

 

 流石と称するべきなのか、カトレアの魔力量は相当なものだ。十六年間溜め続けたマスターがあれほどなのだから、それ以上溜め続けたであろうカトレアのそれは虚無に目覚める前のマスターに匹敵する。カトレアは調子を確かめるようにいくつかのドット・スペルを唱えると、魔法で窓を開け放ち、空へ向かっていくつかの魔法を放った。

 

「凄い……体が軽い! こんな気持ちで魔法を唱えたなんて初めて! もう、何も怖くないわ!」

 

「……なんだか、それはそれでいけない感じが……」

 

 流石に首が飛ぶことはないだろうけど……あ、でもあの子とは巨乳と言う共通点があるな……。心配だ。しばらくは監視することにしよう。

 それから、喜んで魔法を唱え続けたカトレアをマスターが落ち着かせて一緒にベッドに入ったところで、俺はお暇した。……ここからは姉妹で喜びを分かち合ってほしい。理由は違えど、魔法を自由に使えなかった同士、積もる話もあるだろう。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:■■■■・■■■■■■

真名:ギル 性別:男性 属性:混沌・善

クラススキル

■■王:EX

終■■■■叙事詩:EX


保有スキル

軍略:A
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
自らの持つ対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍、対城宝具に対処する際、有利な補正が与えられる。

カリスマ:EX
大軍団を指揮、統率する才能。ここまで来ると人望だけではなく魔力、呪いの類である。
判定次第では敵すらも指揮下に置くことが可能。

黄金律:A++
身体の黄金比ではなく、人生においてどれだけ金銭がついて回るかの宿命。
大富豪でもやっていける金ぴかぶり。一生金には困らないどころか、子孫代々が生活に困ることは生涯においてない。

■■■■:B+

千里眼:B
視力のよさ。遠方の標的の補足、動体視力の向上。また、透視を可能とする。
更に高いランクでは、未来視さえ可能とする。
「これよりいい『眼』も持ってるんだけどね」とは本人の談。

癒しの加護:EX
『女神の加護:EX』が女神本人によって改変されたスキル。本来のスキルの能力である『生命・運命・太陽の女神の加護』が受けられなくなってしまったが、権能が変わったらしい女神の『癒し』を扱えるようになる。このクラスになると、自分にだけではなく他人にもその『癒し』を与えることが可能。単純な状態異常回復スキルと言うわけではなく、本人にとっての『癒し』……つまり、『望ましい状態』に戻すスキル。ただし、女神の権能を借りている状態なので、戦闘中などの精神的に余裕のない状態では使用できない。

英霊指輪(クラスリング):A
左手の小指に付けている指輪の力。十二個の指輪が組み合わさり一つの指輪となっている。英霊召喚宝具を使用した際にそのクラスに合わせて召喚され、その英霊とのつながりなどが強化される。

能力値

 筋力:A++ 魔力:A+ 耐久:B++ 幸運:EX 敏捷:C+++ 宝具:EX

宝具

王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)

ランク:E~A+++ 種別:対国宝具 レンジ:―― 最大補足:――

黄金の都へ繋がる鍵剣。元々は剣として存在していたものだが、現在は能力の鍵として体内に取り込まれた。
空間を繋げ、宝物庫の中にある道具を自由に取り出せるようになる。中身はなんでも入っており、生前の修練により種別が変わっている。

全知■■■全能■■(シャ・ナクパ・イルム)

ランク:■X 種別:■人■具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。解析中。――注意。権能に類する可能性あり。

■海■・ナ■■■■■■■■波(■■■・■日■)

ランク:A■■ 種別:■■宝具 レンジ:―― 最大補足:――

詳細不明。

天地乖離す開闢(エヌマ・エリシュ)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:―― 最大補足:――

乖離剣・エアによる空間切断。
圧縮され鬩ぎ合う風圧の断層は、擬似的な時空断層となって敵対するすべてを粉砕する。
対粛清ACか、同レベルのダメージによる相殺でなければ防げない攻撃数値。
STR×20ダメージだが、ランダムでMGIの数値もSTRに+される。最大ダメージ4000。
が、宝物庫にある宝具のバックアップによっては更にダメージが跳ね上がる。
かのアーサー王のエクスカリバーと同等か、それ以上の出力を持つ『世界を切り裂いた』剣である。
更に、その上には『■■■■■の再現』や、『三■の巨大な■■■』を生み出したりもする。


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第三十九話 サクッとやっちゃおう

「……ヤっちゃう?」「ヤ、ヤっちゃいますか……?」「だ、だってこんなチャンスそうそうないし……へ、へへ、とりあえず上着を脱がして……うぇひひ、綺麗な身体だぁ……」「……はー……すっごい。綺麗な身体……肌もつるつる……し、下も、行く……?」「い、イっちゃう!?」「ちょ、馬鹿、声がおおき……」

「――おはよう」

「ヒッ!」「あっ、はっ、あ、あ、死、逃、不可能、死――!?」「ちょ、ちょっと待って! 出来心! 出来心だったんであいだだだだだだ! すごいなにこれ頭握られてつぶされ中身出ちゃうのぉぉぉぉぉぉぉ!」「な、なにもやってない! 私は何もやってな……ひぃっ、足掴んだら、だめ、あ、足首折れちゃう! ダメダメダメダメ……」

「――言いたいことはそれだけか」

それから一週間、彼の座である『黄金領域』の玉座の間には、『変態宇宙人です』と言う看板を下げた女の子と、『むっつり聖女(芋)』と言う看板を下げた女の子が、逆さづりにされていたとかいないとか。


それでは、どうぞ。


 翌朝。しかもかなり早い時間。起きたら全裸だったというシエスタに昨日会ったことを話すという羞恥プレイをした後、宝物庫の中にあった『お湯がとめどなくあふれる桶』を使って身体を清めさせた。謙信についてはいつの間にかいなかったので、霊体化したかなんかして汚れを落としたのだろう。英霊はそういうところ楽である。

 

「そ、それで、ヴァリエールさまのお姉さまの体質を……?」

 

 夜中に起きた話をしていると、シエスタが恥ずかしそうにそう聞き返してきた。

 

「ああ。俺の『癒しの加護』っていうスキルでな。……他人に使うのは初めてだったけどな」

 

「え、確信もないスキル使ったんですか……?」

 

「ん? ああ。でも、英霊っていうのはスキルの使い方……っていうか、そのスキルで『何ができるか』っていうのを感覚でわかるもんなんだよ」

 

 『千里眼』を持っていれば『どこまで見れるか』がわかるし、『黄金律』があれば『それが何をもたらすか』がわかる。そして、それはランクが高くなればなるほど『できる』の範囲がより広く、より細かくわかるようになるのだ。

 

「なるほどぉ……」

 

「さて、服は着たか? ……なんかどたばたしてるから、ここにも来るな」

 

 俺がそういうや否や、ばぁん、と扉が開かれる。

 

「ひゃあっ!?」

 

 入ってきたのはこの城に勤めているメイドだ。ここは納戸なので、掃除道具やらなにやらがおいてあるのだ。……え? なんで伯爵扱いなのに納戸に住んでるかって? ……そこはほら、当初の予定と俺の偽の肩書のすり合わせの所為と言うか……。

 当初の予定だと『使い魔でお付きの男』扱いだったから納戸で十分となっていたのだが、道中で『実は伯爵』とわかったせいで、急に部屋を用意しなければならなくなった。しかし、広大で何部屋もあるとはいえ、伯爵を迎えるには準備不足であった。……そこで、俺から(あとマスターからも)の要請もあり、更にはヴァリエール三姉妹しかその身分を知らないということもあって、『お付きの男』と言う扱いでこの公爵家にお世話になることになったのだ。……まぁ、それにしてはエレオノールからの微妙な納戸推しがあったような気もするけど……妹に先を越されたからってその相手に八つ当たりするとかないよね……?

 

「あなた! あなたも手伝って!」

 

「え? いや、私は王さまのメイ……ひゃあああああぁぁぁぁぁぁ……」

 

「……あ、連れていかれた」

 

 俺がそんなことを回想していたからか、シエスタが連れていかれてしまった。……人手が足りなさそうだったし、ここで恩を売っておいて損はないだろう。

 

「それにしても、このあわただしさ……あの竜の運んできた籠と関係があるとしか思えないな……」

 

 そういえば昨日はここの家主……ヴァリエール公爵がいないなと思っていたのだ。……何か所用でここを離れていて、それが今朝帰ってきたというのが順当なところだろう。

 

「だとしたら、今頃はマスターたちと朝食でも囲んでる頃かなぁ。……変なこと言ってないといいけど」

 

 エレオノールも、カトレアも、マスターも、全員俺関係で変なことを言いそうだからな……。

 

「さて、その間は暇の極みだな……何をするかな……」

 

 本を読んだり編み物をしてもいいが……最近自動人形も増えてきたからな……今何世代と同じだったかな……490人だったから、四世代か……。このまま順当に行くと800人超えるんだけど……。絶対追いつかないな……。

 

「あ、観光でもするかなぁ」

 

 そういえばこの屋敷……っていうか城に来てからここと食堂くらいしか行ってない気がする。……謙信の方がこの城については詳しいと思う。誰一人として存在は知られてないけどな。なんだあのセイバー……アサシンみたいなことをしてやがる……。

 まぁ日本の剣豪由来のセイバーなんてアサシンと紙一重みたいなところあるからな……沖田とか沖田とか沖田とか。

 

「そうときまれば……ん?」

 

 再びのドタバタとした騒ぎ。……さっきよりも人が多い気がする。

 扉を開けて外の様子を見てみると、メイドがきょろきょろしながら歩いているのが見えた。……まさか、マスター……。あの子、父親に戦争行くの反対されて逃げたのか……!?

 

「いや、反対された程度で逃げるような性格してないな……じゃあ、何か父親か母親か……エレオノールに妙な条件を出されたか……?」

 

 パスを通じて場所を探ってみると、屋敷にはいないようだ。敷地内の、少し離れたところに一人でいるらしい。

 向かうか、と部屋から出ると、曲がり角から桃色ブロンドが見えた。あれは……カトレア? 向こうも俺が見えたらしく、微笑んでこちらに小走りでやってきた。……元気になってから、アグレッシブさが増したように感じる。……根っこのところではやはりマスターの姉妹と言うことか。と言うか母親の気性が影響しているとしか思えない。なんか気の強そうな感じだったもんなぁ。

 

「ああ、ギルさん! よかった、間に合って!」

 

「間に合って? どういうことだ?」

 

「……あのね、落ち着いて聞いてほしいんだけれど……ルイズとギルさんの関係がばれそうになってね……」

 

 そう切り出したカトレアの話は、今日の朝食時のヴァリエール家の様子についてだった。戦争に行く、と言ったマスターに、ヴァリエール公爵はもちろん首を縦には振らなかった。そればかりか、そんなことを言うのは婚約者が裏切ったからだ、と新たに結婚話を持ちこもうとしたのだ。それを聞いてマスターは激昂し、さらに公爵夫人に問い詰められ、恋人がいるっぽいことまで察せられてしまったのだという。……やっぱり墓穴を掘ることに関してはマスターの右に出る者はいないな。

 

「それで、お父様はルイズをこのお城から出す気もないようだし……ギルさんもいやでしょう? ルイズが結婚するの」

 

「それはもちろん。なるほど、それならそんなことが起きる前に逃げた方が良いか」

 

「……ルイズは中庭にいるわ。あそこには池があって、小舟が浮かんでいるの。ルイズは小さいころから嫌なことがあるとそこに逃げ込む癖があってね……」

 

「……池の小舟? ……ふむ」

 

 なぜだろうか。そこで毛布に包まって小さくなるマスターが脳裏に浮かんでしまった。……さらに、そのあとに俺の黄金領域にマスターが立つ姿も。

 ……マスターとサーヴァントのつながりで、マスターがいつか俺の夢か意識下に来てしまったのだろうか。まぁ、その辺は後にして、今はマスターでも迎えに行くかな。

 

「お城の外まで連れ出したら、街道に馬車を待たせています。学園のメイドに御者をさせていますから、そのまま逃げてください」

 

「なにからなにまですまないな。……さて、じゃあ行ってくるよ」

 

「あっ、お待ちくださいっ」

 

 そう言って俺の手を引いて止めるカトレアに、どうした、と立ち止まる。

 

「か、関係ない話になってしまいますが……私の体質の治療、ありがとうございます。あの後、ルイズからあなたの不思議な力のこと、色々と聞きました」

 

 そう言って、カトレアは胸の前で手を組んで俺を見上げた。おっほ、巨乳が胸の前で手を組むのはやばいな。生前も桃色の髪で巨乳の子は胸の前で手を組んで破壊力上げてたけど……なに、そういうのしなきゃいけないっていう運命なのかな? ……運命の女神さまなんかやってんのかな。あんまり運命いじらないけど弄るときは大胆にやるからな……。

 

「あー、そうなんだ」

 

「はい。あなたが生前に偉業をなした英霊だということも、その時は王であったということも」

 

「そ、そうなんだ」

 

 そこまで話しちゃったのか。

 

「あ、ルイズを責めないでくださいね、ギルさん。私が無理やり聞き出したようなものだから……」

 

「もちろんだとも。マスターのことは信頼して素性は明かしているんだ。マスターが言ってもいいと判断したんなら、大丈夫だよ」

 

 たまに口を滑らせて喋ることもあるけどな! ジェシカの時とか!

 

「それならよかった。まぁ、カトレアのことを聞いて助けてあげたいと思ったのは確かだし、元気になってくれたならよかったよ」

 

 今俺の目で見ても、彼女の体には全くよどみは見られない。……体、と言うか胸のあたりを見ていたからか、カトレアが恥ずかしそうに手を胸で隠して頬を染めた。

 

「あ、あの……確かに対価が必要、だとは思うんですけど……そ、その、まだあまり、覚悟が、できてなくて……」

 

「え? ……あ、いや、そういうことじゃない! 確かに一目見たときから素晴らしいと思っていた……じゃなくて! そういう対価を求めてるわけじゃないから!」

 

「そ、そういう対価……! る、ルイズは確かにこういうことはできないものね……お、お姉ちゃんが頑張らないと、なのかしら……!?」

 

 すごいぞこの姉! 思い込みが強いというか、一度自分の中で決まったことは動かないというか……。マスターもこんな感じだったもんな……。

 

「ちょ、ちょっと待つんだカトレア。それはほぼ揚げ足取りに近いぞ……!?」

 

 落ち着かせようとがっしと肩を掴むと、カトレアは耳まで真っ赤になってあわあわ言い始めた。

 

「ま、待って! そ、その、まずはルイズが先だと思うの! わ、私はそのあとで……って、そ、そうじゃないのよ!? き、期待してるとかじゃなくてね!?」

 

 やばい。カトレアもむっつりなのか……! マスターもむっつり、カトレアもむっつりだと、エレオノールもむっつり疑惑が……もしかして、婚約破棄されたのってむっつりだったから……? 凄い気になるぞ……今度エレオノールにもセクハラぎりぎりの下ネタぶち込んでみようか。

 

「ま、まぁ、とりあえずその話は後でしようか。マスターと逃げたら、またこっそり来るから。その時にじっくり話をしよう。な?」

 

「じ、じっくり……え、ええ。わかったわ。じ、じっくりね……じ、じっくり……なにをされちゃうのかしら……!」

 

 ……なんだか性格も変わっている気がする。もうちょっとなんていうか、おっとり系のお姉さんって感じだった気がするんだが……。え、あの性格もあの体質だったから、なのか……? 体質でいつも苦しかったから、性格もおっとりして落ち着いていたからってことなのか……?

 

「と、いうわけでマスターを迎えに行ってくるな!」

 

「あ、そ、そうね! 行かなきゃね! ……その……気を付けてね?」

 

 そう言って笑うカトレアに手を振ってから、俺は駆け出すのだった。……カトレア、凄い子だな……。

 

・・・

 

 途中で謙信に出会ったので、中庭までの道を案内してもらう。城内を歩き回っていたからか、謙信は中庭の池の場所を知っているのだ。小舟の話をすると、「ああ、そんなものもありましたね」と言っていたので、確実だろう。

 

「ああ、ここだよここ」

 

 そう言って振り返る謙信に礼を言って頭を撫でると、笑顔で霊体化していく謙信。小舟に視線を向けると、一つだけこんもりしている毛布が乗っている小舟があった。あれにいるのだろう。……よく今まで気づかれなかったな。

 

「マスター」

 

 がばっと毛布を取り去りつつ声を掛けると、小舟に丸まっていたマスターが驚いた顔をしてこちらを見上げていた。

 

「ギル……」

 

「カトレアから色々聞いたぞー。結婚させられそうなんだって?」

 

「そ、そう、なの。……ギルのこと、あんまり言えないし、言ったら言ったでお父様絶対認めないだろうし……」

 

 公爵家の三女と伯爵家の当主は釣り合わないのだろうか? ……その辺詳しくないからなぁ、俺。……え? 王様だったんだろって? ……いや、俺が治めてた時は貴族とか関係なかったし……愛し合っていれば結婚全然オッケーだったしな! 一夫多妻も多夫一妻もオッケーだったぞ! 俺が一夫多妻やったくらいで他にやってたやついなかったけどな!

 

「お城から出さないって言われたし、戦争もダメって……お父様、ワルドの一件でやけになってるんだろう、って。……だから、婿を取れば落ち着くだろうって……」

 

「なるほどな。……俺の名前を出してもよかったのに」

 

「それは違うって思ったの。……確かにあんたは使い魔だし伯爵だしこっ、こ、恋人、だけどっ! 姫さまの力になりたいって、戦争に行きたいって思ったのは私の意思だもん」

 

 そう言って、マスターがぐっと服の裾を掴んだ。ワンピースのスカート部分が、ぎゅうと握りつぶされる。

 

「マスター……」

 

「それに、あんたの名前を出して恋人がいるっていっても、どうせ戦に行くのは反対されそうだし……」

 

「まぁ、それもそうだ。……なら、家出だな」

 

「ふぇ?」

 

「家出だよ、家出。世の少年少女が親に対抗するための、最強にしてもっとも愚かな行為だよ」

 

 そう言って、マスターを横抱きに抱き上げる。……白いワンピース姿のマスターは、こうすると本当にお嬢様だ。まぁ、今の状況的に囚われのお姫様っぽいけども。

 

「ひゃっ、ぎ、ギルっ?」

 

「マスター、俺はマスターがしたいことを聞きたいな。……このままこの城にいるっていうのも、一つの選択肢だと思うぞ。少なくとも安全だし」

 

「……あんたのそば程安全なところはないでしょう? それに、私はあんた以外と結婚するつもりもないのっ」

 

「それはうれしいことを言ってくれるな、マスター。……と、言うわけだヴァリエール公爵!」

 

「えっ!?」

 

 マスターを抱えたまま、小舟の上で振り返る。そこには、この池を囲むように立つ使用人たちと、怒りにプルプル震えるヴァリエール公爵の姿が。横には夫人とエレオノールの姿もあった。まぁ、気持ちはわかる。娘がどこの馬の骨とも知らぬ男と結婚するとか、父親的に許容範囲外だ。……俺の娘そんなこと言ったことないけどな! 全員「パパと結婚する」で貫き通したからな! ……いやまぁ、嬉しいけどそれはそれでどうなんだ? と思ったこともあった。

 

「お、お父様……お母様に姉さまも……」

 

「俺の名はジルベール! ジルベール・ド・オルレアン伯爵だ! まぁ色々と詳細は省くが、お宅の娘さんは俺が貰った!」

 

「伯爵……!?」

 

 しまった。公爵に対する口調じゃなかったな……。まぁいい。大切な娘の内一人を連れ去るんだ。ここは悪役になりまくった方が良いだろう。

 

「えー、初めましてだな伯爵。今まで見たことはなかったが……今後も見ることはなさそうだ」

 

 そう言って、公爵は隣に立つ執事らしき男に指示を出す。

 

「ジェローム。ルイズは塔に監禁しておきなさい。最低でも一年は閉じ込めておくから、そのつもりでな。それで伯爵は……あー、打ち首。不幸な事故にあったってことで。でも首は一か月くらい晒すから。台を作っておきなさい」

 

「わかりました」

 

 わかりましたじゃないんだよなぁ。私刑で死刑はやりすぎだと思う。いや、俺もその立場だったらやるけど。バビるけど。

 公爵の指示で、使用人たちが色んな獲物を持って襲い掛かってくる。あ、宝物庫から武器を出しておけばよかった、と思いながら、マスターを持ち直してから腰のデルフを抜く。

 

「おーおー、相棒、ご無沙汰だねー」

 

「ああ、そういえばそうか。ま、手加減には最適だからな、デルフは」

 

左手にマスター、右手にデルフを持って、襲い掛かってきた使用人の第一陣を受ける。

 

「せいっ」

 

「きゃっ!」

 

「う、うおっ!?」

 

 流石に魔法も使っていない使用人たちに負ける俺じゃない。空いた隙間を通って、包囲を抜ける。

 

「貴様ぁぁぁぁぁぁ!」

 

 激昂した公爵が俺に向かって杖を抜いたが、その程度で留められる俺じゃない。デルフリンガーの先端で掬うように杖を払い、はねあげる。一瞬とはいえ杖が手から離れてしまったので、魔法は発動できずに終わる。夫人も何かしようと動いたようだが、その時にはすでに俺は中庭から離脱している。そのまま正門から出ようとしたのだが、ゴーレムが跳ね橋を上げてしまっていた。

 

「チッ。しょうがないな、ヴィマーナを出すか……?」

 

 そう思って宝物庫の扉を開こうとした瞬間、妙な魔力の動きを感じた。背後の公爵たちかとも思ったが、俺たちに追いつけてはいないはずなので違う。それに、魔力の発生源は城の中だ。疑問に思っていると、跳ね橋の鎖が土に代わり、鎖が千切れた。当然鎖で支えられていた跳ね橋は落ち、目の前に道が出来る。

 ……カトレアか。彼女なら魔力も魔法の才能もあるから、あの距離で干渉できたのだろう。

 

「ありがとな、カトレア」

 

 聞こえないだろうけど声を掛け、俺はヴァリエール家から脱出するのだった。少し走ると、一つの馬車が。普通と違うのは、引いているのが馬ではなく竜だということだろう。

 

「あ、ああっ。ギルさんっ、こっちです!」

 

「シエスタか。カトレアに貰ったのか、コレ」

 

「はいっ。馬じゃ追いつかれるからって! っていうか早く乗ってください! 竜滅茶苦茶怖いです!」

 

「シエスタ、降りていいよ。この馬車……竜車かな? こいつは囮にするよ」

 

 シエスタが首をかしげながらも竜車から降りたので、そのまま竜を走らせる。そのままシエスタを先導してから、ヴィマーナを取り出す。

 

「わ、わぁ……お船ですね……!」

 

 そういえばこの世界の船と言えば空を飛ぶものだから、シエスタもあまり驚かないのかもしれない。今のシエスタも、驚くというよりは感動しているという感じだ。

 

「これで逃げるぞ。乗り込め」

 

「は、はいっ!」

 

三人乗り込んだ後、ヴィマーナを上昇させて、ステルスを起動する。見づらくなる程度のものでしかないが、それで十分だろう。囮の竜車も走らせてることだしな。

 

「よし、マスター、もう安心だぞ」

 

 音もなく飛ぶヴィマーナの上でマスターをおろす。途中で強く抱き着いていたからか、少し恥ずかしそうだ。小声で「ありがとね」と言って、遠ざかる公爵家を見るマスター。

 

「……ごめんなさい、お父様」

 

 結界で弱められたそよ風が、マスターの髪を流す。……なにも言わずに飛び出してきたのだ。しばらくは帰り辛いだろう。少なくとも、この戦が終わるまでは。

 

「……マスター、とりあえず学院に戻るぞ。シエスタもおいていかないといけないし」

 

「うん。……お願い」

 

 ここからなら数十分でつくだろう。……空を飛ぶ乗り物と言うのは、便利なものだ。

 

・・・

 

 学院に着いた俺たちは、戦場に向かうための準備として一旦部屋に戻った。俺の準備はあってないようなものなので、マスターを自動人形に任せて俺はコルベールの研究室に向かった。コルベールはゼロ戦の前で、なにやらやっているようだった。……あ、直もいる……。

 

「新しい武装になんでヘビなんだよ!」

 

「いいだろうヘビ! 私の好きな動物なんだよ!」

 

「あぁ!? ……まぁいいか。とりあえず試しに行くぞ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ! 『がそりん』が全然足りないんだよ! どれだけ飛ぶつもりなのかね!」

 

「それを『錬金』するのがお前の役目だろうがソルベール!」

 

「私の名前はコルベールだ!」

 

 なにやら言い合っているので割り入りたくはないが……マスターの準備もそんなにかからないだろうし、急いだ方が良いだろう。そう覚悟を決めて、二人の下へ近づく。

 

「二人とも」

 

「あん? あんだ、金ぴかか。……あ、そうだお前! ガソリン持ってねえのかよ! 宝物庫になんでも入ってるんだろ!」

 

「入ってないよ。ガソリンは効率悪いからね。エーテルエネルギーとか核融合エネルギーならあるんだけど……」

 

「あんだよ、使えねえな……」

 

 ため息をついた直に苦笑いを返して、コルベールに声を掛ける。

 

「そういえば、新しい武装とか言ってたけど……なにを付けたんだ?」

 

「おおっ、聞いてくれるかね! そう、この翼の下に取り付けたのは……」

 

「おい! そんなもん本番で試せばいいんだよ! 説明書もつけたんだろ? 飛びながら見るから寄越せ!」

 

「あっ、おいナオシ! ……まったく。とんだやんちゃ坊主だよ……息子を持つ父親と言うのはみなこういう気持ちになるのかね?」

 

 そう言って俺に笑うコルベール。……いや、俺には息子数人しかいなかったからなぁ……。反抗期もなかったし、ちょっとわからんな。また苦笑いで答えると、今後の予定を伝える。

 

「そうそう、コルベール。学院が攻められるところまではいかないだろうが、数人護衛として残していくよ。守勢が得意なジャンヌと謙信、あとは……卑弥呼と壱与もおいていくよ」

 

 この学園には生徒たちだけではなくマルトーやシエスタみたいな平民や、俺の鯖小屋もある。小屋自体はどうでもいいんだが……その地下には聖杯もあるしな。慎重になって悪いことはないだろう。

 小碓は連れて行こうと思っている。カルナが出てきたときや、他にサーヴァントが出てきたときのための補佐をしてもらおうと考えている。

 

「なるほど、ナオシは守りに致命的に向いていないからね……そうしてくれると助かるよ」

 

 そう言ってコルベールは笑う。うん、この世界にしては珍しく考え方が柔軟な貴族だからな……それに、生徒のために動ける教師でもある。

 

「……ん、マスターも来たみたいだ。それじゃあ、留守を頼むよ、コルベール」

 

「うむ。任されよう。……と言っても、サーヴァントのみんながいるのなら、私の出番はないだろうけどね」

 

 あっはっは、と笑うコルベールに手を振って、研究室を後にした。……うわ、ゼロ戦飛んでる……。もう行くのか、直は……。

 

・・・




「はぁ……ギルさん……素敵な方……」「ち、ちぃ姉さま?」「……私の下にさっそうとやってきて、その不思議な力で私を治してくれた白馬の王子さま……!」「ちぃ姉さま!」「でも、ルイズの恋人なのよね……で、でも、王さまって言っていたし、私にも側室としての道も……!? きゃ、きゃーっ。健康になったし、こ、子供も産めるわよね……!? 今までの人生、私はギルさんに会うためにあったんだと思うわ――!」「ちぃ姉さま! ……ダメね。はぁ……ちぃ姉さま、結構少女趣味なところあるんだから……っていうか、ギルのこと好きになっちゃって……むぅ。あいつの性質的に仕方がないとはいえ……むーっ!」


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第四十話 戦いに備えて引き締まる

「ふふふふふ……ぎゅー……」「うあー……ほぐれるぅー……」

「……あれ、何してるんですか?」「『きよひーのへびへびまっさぁじ』だとさ。ヘビの体で締めながら整体してるらしい」「ばっきぼき聞こえるんですけど大丈夫です?」「……さぁ? でもまぁ、もう四回目くらいらしいからね。慣れたんじゃない?」「……でもあれですね。見た目は完全に……蛇に捕食されたようにしか見えないですね」「ように、じゃなくてまさに、だね。あの後性的に搾り取られるらしいよ。……あれはあれで、いい関係なのかもね……」

「よし、次はきよひーをぎゅーっとしてやろう」「きゃっ、ますたぁ様のぉ、け・だ・も・のっ」


それでは、どうぞ。


 俺たちが向かうのは『ヴュセンタール』と言う飛行船らしい。マスターと気配遮断状態の小碓を乗せたヴィマーナで飛んでいくと、艦隊が見えてきた。……おー、壮観だなぁ。この距離だと……向こうが気づくまでにもうちょっとありそうだな。今のうちに後の行動を確認しておくか。

 

「マスター、船に行ってからのことは聞いているのか?」

 

「え? ……えと、「『ヴュセンタール』号へ向かえ」しか聞いてないわ」

 

「……アンリ……。まぁ、こういうことには慣れてないだろうしな。そこは俺がフォローすればいいか」

 

「……むぅ」

 

「ん? ……むくれるなよマスター」

 

 そう言って髪の毛をわざとくしゃくしゃと撫でてやると、マスターは顔を赤くして抵抗する。

 

「や、やめなさいよぉ、もーっ」

 

 口ではやめろと言っているが、少しだけ顔が嬉しそうだ。抵抗と言ってもフリだけみたいなものなので、この機会にとマスターのふわふわな髪の毛を楽しむ。

 

「あぅぅ……も、もぅやめて……」

 

 ……おっと、熱中しすぎた。艦隊に近づくまで時間があるからか、いちゃいちゃが止まらな――

 

「ふふっ」

 

 ――いや、そろそろやめておくとしよう。そういえば俺とマスターのほかに小碓もいたのを忘れていた。小碓はため込んでため込んで爆発させるタイプの嫉妬するからな……ため込ませないのと、定期的に発散させるのが大事なのだ。

 マスターも息を荒くしつつも手櫛で自分の髪を直しているし、取りあえず続きは二人きりになった時にやるとしよう。……お?

 

「竜騎士……かな? 出迎えが来たようだ」

 

 ちなみにここまでヴィマーナで来ているのだが、これは対外的には数人しか乗れない飛行船型のマジックアイテムということにしている。……さすがは魔法の世界だ。『マジックアイテム』と言って置けば大体の不思議な道具をごまかせるからな……。

 竜騎士は手信号でこちらに付いてくるようにと示した。了解の手信号を送って、ヴィマーナを竜騎士の後ろをついていくように操作する。相当な低速だが、ヴィマーナに失速の二文字はない。ぴたりと速度を合わせて、『ヴュセンタール』号の後ろに付いた。そこから許可をもらって段々と真上に持って行って、マスターを抱えて飛び降りる。ヴィマーナは後方に下げて、宝物庫へ収納する。見られても面倒だし、姿を消す機能があるとか言って置けばいいだろう。

 

「ようこそ『ヴュセンタール』号へ。甲板士官のクリューズレイです」

 

 護衛を連れた貴族らしき男が、そういうや否や踵を返して船内へと向かっていった。おっと、そういうタイプか。……これは、連れていかれる場所によっては気を付けないといけないかな……?

 

「荷物はこちらへどうぞ」

 

 まず案内されたのは俺たちが使用する個室だった。二人入ればいっぱいになるような広さではあったが、個室を与えられたというのは大きいだろう。荷物の大半は宝物庫の中にあるが、それだと怪しまれるということで持ってきた擬装用の荷物をその部屋に置いていく。部屋を出るとクリューズレイが待っていて、俺らの姿を見るなり踵を返して歩き始めてしまった。……無愛想な男である。まぁ艦隊戦の『切り札』が小さな女の子じゃ不安になる気持ちもあるよな。

 艦内をジグザグ歩くと、ある部屋の前にたどり着いた。クリューズレイがノックをすると、扉の向こうから「どうぞ」と聞こえてくる。クリューズレイが扉をあけてくれたのでそのまま二人で部屋の中に入ると、中には肩章や飾緒がもりもりと付いた将軍たちがずらっと座っていた。おおう、これは壮観だな……。

 

「アルビオン侵攻軍総司令部へようこそ、ミス『ゼロ』」

 

 そう言って、一人の男がこちらに微笑みかけてくる。一番上座にいることから、この中での上位者なのだろう。

 

「総司令官のド・ポワチエだ。こちらは参謀総長のウィンプフェン」

 

 総司令官の左隣に座っていたしわの深い小男が一つ頷く。

 

「そしてこちらがゲルマニア軍司令官のハルデンベルグ侯爵」

 

 角のついた兜を被ったカイゼル髭の将軍が、深く頷く。

 なるほど、この船はかなり大きいからな。こういう船を旗艦にして総司令部を置くのは間違っていないのかもしれない。……まぁ、空母に総司令部とか結構やばい気もするけどな。一番狙われる艦だろうし。……まぁ、今そんなことを言ってもしょうがないだろう。あるもので戦わなければいけないのはどの時代どの軍でも一緒だ。

 

「さて各々がた。我々が陛下より預かった切り札、『虚無』の担い手を紹介いたしますぞ」

 

 総司令官がそう言っても、部屋の将軍たちは誰も反応を返さない。……胡散臭そうな顔をしているのばかりである。まぁ、実際に見てないのに信じられないのは当然である。上の人間は判断することが仕事なので、そうなんでもほいほい信じるわけにはいかないのだ。……たぶん女王になったばかりのアンリが送ってきた切り札と言うことで信頼されていないのもあるのかもしれない。

 それから、総司令官はタルブの村でのことを話した。それでようやく将軍たちが反応したのだが……こんなに早く虚無のことを伝えちゃって大丈夫なのか? ……まぁ、アンリとマスターも話し合いをしてのこの結果だろうからあまり言わないようにするか。

 

「……さて、それでは軍議を始めましょうか」

 

・・・

 

 ……総司令官達の軍議は難航していた。理由としてはいくつかある。この艦隊の目的は六万の兵をアルビオンへ降ろすこと。そのために障害があるのだ。前回の戦いで『レキシントン』やら色々と落としたものの、アルビオンにはまだ残存している艦があるし、それも今回は時間があったから再編成されてしまった。こちらは艦隊の数で勝るとはいえ、相手は艦隊戦に長けている。数の差をひっくり返されてしまうかもしれないのだ。

 もう一つは、上陸する地点だ。六万と言う兵力を下せる場所は二つに絞られる。王都から見て南の空軍基地ロサイスか、北部のダータルネス港の二つだ。設備、規模からして一番望ましいのはロサイスだが、当然相手も警戒している。そこに馬鹿正直に突っ込んでいけば、兵力も消耗してしまうし、王都にある城は落とせなくなってしまう。

 だから、なんとかしてダータルネス港に向かっているように偽装し、相手の警戒の目を逃れながらロサイス港へ兵を降ろさねばならない。そして、軍議が難航しているのはその手段がないからなのだ。総司令のいうことには、敵の航空戦力を相手にしてひきつけ、艦隊を殲滅するか、ダータルネス港に上陸すると思わせるかのどちらかをマスターに頼みたいとのことだった。

 

「以前タルブの上空で起こしたというあの光……あれで敵の艦隊を壊滅させることはできんのか」

 

「あれほどの魔法には、今の精神力では……」

 

 将軍の一人の言葉に、マスターが答える。……しまった。止めればよかったな。そんなことを言えば大体返答は決まってる。

 

「ふん、そんな不確定なものを『兵器』とは言えんな」

 

 ……予想のさらに上を行ったな。俺の予想では「そんなものを切り札にするとはな」とかその辺だと思っていたんだが……思わず言葉を失ってしまったよ……。

 

「……マスター、行こう」

 

「え? ちょ、なんでよっ」

 

 俺がマスターの手を引いて部屋を後にしようとすると、マスターは抗議の声を上げた。会議中ということもあって小声だったので、俺もそれに合わせて耳元で話す。

 

「流石の俺も、マスターを『兵器』呼ばわりされて不快に思わないほど人間出来てないんだ」

 

「……確かに、そこは私もイラッと来たわ。……よく杖を抜かなかったと自分を褒めたいくらいよ。――けどね」

 

 そこで一旦言葉を切ったマスターは、自分を落ち着かせるためか深呼吸をして続けた。

 

「戦争に首突っ込もうっていうのよ。……これくらいのこと、流せるようにならないと」

 

 俺を見上げるその瞳には、強い力が込められていることがわかる。……マスターは、マスターの覚悟をもってここにいるんだな。そんなことを再確認した。……そうだった。そうだったんだよ。元々マスターは気高い精神を持っている。魔法が使えないと言われていた頃も、諦めることも折れることもなく模索し続け、使い魔召喚の儀式でも何度も挑戦したおかげで俺もマスターに出会えた。……まぁ、遠因には土下座神様の仕業もありそうなんだけど……ま、それを差し引いたってマスターは楽な道には逃げない強さがある。その反動というか、強く固く意思を持ち続けてるせいでしなやかさに欠けるっていうところもあるんだけど……そこをフォローするのも俺の務めだ。

 マスターの瞳を見てそう思いをはせた俺は、ため息を一つついて、マスターの肩を軽くたたいた。

 

「そういうなら、俺は何も言わないことにしよう。……ただ腹は立つから呪っておくとしよう」

 

 実用的な呪いの道具はいくつもあるぞ。『藁で出来た人形』から『映した相手を不幸にする鏡』やら『謎のVHSビデオ』とか……あ、最後のはこの世界では意味ないか……。

 最終的に、先ほど話に上がった二つの内どちらかをこちらに頼みたい、と言うことで決着し、俺たちは退室を促された。

 

・・・

 

「さて、それじゃあこれからのことを話そうか」

 

 俺たちに与えられた部屋に戻ってきて、小碓も含めての作戦会議を始める。

 俺たちに出来そうなのは艦隊のせん滅になるが……その場合、目立つ上にカルナのようにサーヴァントからの襲撃がないとも限らない。それをしのぎながら数万の艦隊を撃破するのはかなり手間になるかと思う。……宝物庫の絨毯爆撃も出来なくはないが、カルナが出てきたときにも継続できるかと言うと自信はない。あの宝具を撃って弱体化しているはずのカルナを相手するには、他のことに気を取られている余裕なんてないのだ。

 かといってダータルネスへの入港を装うなんてのも難しいだろう。……いや、できなくはないけど。自動人形フル稼働して適当な船を宝物庫から出して風の力を持つ宝具で浮かせて、っていうのをやれば、なんとか形にはなると思うが……。まぁ、今は自動人形も649人しか……え? 721人になった? ……だ、第六世代……だと……!? もうそろそろ追いついちゃうじゃないか! っていうかどうやって増えてんの!?

 ……ま、まぁそれは後で自動人形に聞くとして……今俺が考えたことを伝えると、マスターも小碓も頷いてくれた。

 

「……確かにそうね。でも今の精神力じゃ『エクスプロージョン』もそんなに威力は出ないし……ギルだよりになっちゃう」

 

「んー、それは構わないんだが……カルナみたいなのが出てきたときに対応できるか、が問題なんだよなぁ。ジャンヌ達は学院の守護があるから呼ぶわけにも行かないし……」

 

「そうよね……んー……! どうにも上手くいかないわねー!」

 

 大きな声を上げて背伸びをするマスター。……服の裾から見える臍が少しだけ色っぽい……ではなく。今は解決策を探さねば。

 

「……そういえば『始祖の祈祷書』はどうなんだ? 新しい呪文を出してくれたりはしてないのか?」

 

「んー……だめね、『どういうものが必要なのか』っていうのがしっかりしてないから出ないんじゃないかしら……」

 

「なるほど……。ある程度の指針は必要ってことか」

 

 二人して頭を抱えていると、小碓がそう言えば、と口を開いた。

 

「その『虚無』っていうのはどういうことができるんですか? ……ボク的には『対象を選べる爆発』しか知らないから何とも言えないんですけど、相手を騙すような魔法は無いんですか?」

 

「騙す?」

 

「はい。『ダータルネス港に行った』って思いこませるようなのがあれば、それを使えばいいんじゃないかなーって思ったんですけど……」

 

「ふむ……そうだよな。何も攻撃するだけが魔法じゃないもんな」

 

 マスターには『相手に思い込ませられる魔法』を強くイメージして祈祷書を探してもらった。……やっぱり、傍目から見ても白紙の本なんだよなぁ。マスターには『爆発』の呪文とか注意事項が見えているらしいんだけど……。

 「むむぅ……」と唸るマスターの背後からのぞき込んでみても、真っ白な紙面しか見えない。反対側からのぞき込んでいる小碓も小声で「見えないなぁ」と呟いているので、小碓も見えていないのだろう。

 

「……っ!」

 

 唐突に祈祷書を持って立ち上がったマスター。俺と小碓はマスターにぶつかりそうになって慌てて後ろに下がる。……あっぶね、急だったから少し後ろにたたらを踏んでしまった。尻餅をつかなかったのは自分で自分をほめてやりたいくらいだ。

 

「あった……! あったわ! 解決策!」

 

 そう言ってマスターは真っ白な祈祷書をこちらに向けてくる。……申し訳ないけど、見えないんだよなぁ。まぁ、もし見えたとしても古代語で書いてあるらしいから、俺には解読できないんだけどね。この世界の現代語も少し怪しいのに、古代語なんて覚えてないんだよなぁ。

 

「どういう呪文なんだ?」

 

「ふっふっふー。『幻影(イリュージョン)』よ!」

 

「『イリュージョン』……幻影か。なるほど、相手に幻影を見せられるんだな?」

 

「そうよ! これでダータルネス港に船が入っていくっていう幻影を見せれば、相手は勘違いするわ!」

 

 すごいな、虚無。そんなピンポイントな魔法まであるのか……。

 

「とりあえず、その話をしに行って、今後の作戦を立てないとな」

 

「あ、そうね」

 

「その時に実践しないといけないだろうけど、魔力は大丈夫か?」

 

「うん。ここしばらく使ってなかったし、余裕はあるわ」

 

「それならよかった。じゃあ、行こうか」

 

 向かうは総司令部室だ。一刻を争うだろうし、急いでいかないとな。

 

・・・

 

「……ジャンヌ」

 

「ええ、わかりますよ謙信さん。……敵です」

 

 まだ日も登らない時間。正座の姿勢で瞑想をしていた謙信さんが、目を開いて私の名前を呼ぶ。……私だってサーヴァント。この魔力の動きには流石に気づく。

 

「空から降ってくるなんて、面白いことをするんだね」

 

 にぃ、と好戦的な笑みを浮かべる謙信さんは、魔力で鎧を編むと、刀を取って窓から飛び出して行ってしまった。……はー、卑弥呼さんたち、呼んでこないとなー。

 

「っと。あら、謙信はもう行ったのね」

 

「あ、卑弥呼さん」

 

「壱与もいますからねー」

 

 私も戦装束を纏って立ち上がると、それと同時に窓から二人が入ってきた。……呼んでくる手間は省けましたねー。

 

「卑弥呼さん、壱与さん、たぶん狙いはここにいる生徒たちです。……どこか一か所に集められますか? 守るためには、ばらけられていると不利です」

 

「……しゃーないわね。壱与、行くわよ」

 

「りょーかいです! 鬼道で全員叩き起こして集合させますね!」

 

「相性いいやつはそういう使い方できていーわねー」

 

 二人と別れて、私は走り始める。……炎の匂い。嫌な臭い。もしもこれが罪なき誰かを焼く炎なのだというのなら……。私はそれを許せない。

 みんなが住んでいる塔の入り口。そこに数人の人影が見えた。

 

「あ?」

 

「……あなたたち、この学園の人ではありませんね」

 

 扉の前に立ちふさがり、相手の顔を見る。一番嫌なにおいがする男の人と、他に三人。全員私を見て嫌な笑いを浮かべる。

 

「ほぉ? なんだ、一丁前に鎧なんて着こみやがって」

 

「へへ、また若い女ですよ。ほんと、もったいねえなぁ」

 

 全員杖みたいな物を持っている。……メイジだ。私が一番有利に戦える相手。

 

「……ふーっ」

 

 一つ息を吐く。私の仕事は、みんなが避難するまでここで守り続けること。そのために、剣を抜く。旗を振るう。

 

「……私はジャンヌ・ダルク! この先へ進みたいというのなら、この私を超えてゆきなさい!」

 

 そう言って、二つの宝具を抜き放つ。

 

「『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』! 『先駆け鼓舞する旗持ち乙女(アン・ソヴェール・オルレアン)』!」

 

 どこかで謙信さんが戦っているのなら、私の補助が役に立つはず。この学院の中ならば効果を届けることができるし、卑弥呼さんたちの助けにもなるだろうと二つの宝具を発動する。

 駆けだそうとした瞬間、嫌な予感がして半歩横にずれる。不可視の何かが、背後の壁にぶつかる音がする。……たぶん、風の魔法かな? ああいうのを前に見たことがある。『エア・カッター』だったかな?

 

「今のを避けるか。少しはやる」

 

 なんだか感心したように、リーダーっぽい人が表情を変える。……危ない危ない。私の対魔力のランク的に、少しだけとはいえ魔法を反射してしまうことがある。それで相手を殺してしまってはいけない。……本当の本当にどうしようもない時以外、人の命は奪いたくないのだ。……我儘かもだけど、人には悔い改めるチャンスが必要なのだ。

 今度こそ駆けると、相手も分散して魔法を放ってくる。相手は四人。後ろに通さないように、全員を止める……!

 

「っち! こいつ本当に人間か!? 魔法を剣や旗で振り払うなんて尋常じゃないぞ!?」

 

「人間ですとも! しっつれいな!」

 

 魔法を唱えた後の隙をついて、一人を旗で打ち据える。くの字に曲がって飛んでいったけど、生きてるからオッケー!

 

「ちっ、囲め! たかが女ひとりに何してんだっ」

 

 後ろにいた強面の人が杖を抜く。……あの人が、一番嫌な感じがする。

 

「だがまぁ、こういう活きの良い女程焼いたとき良い声を上げるんだ」

 

 にやりと笑った強面さんが、杖を振るう。……この魔力の動き、他の人より上だ……!

 

「燃えろ!」

 

 大きな炎球が、こちらへ向かってくる。……しかも、追尾してくるようだ。

 

「面倒な……!」

 

 旗で払えば爆発し、熱風が体を叩く。……むぅ、衝撃は消しきれないと思っての手段ですか……戦い慣れてるなぁ、この人。……と言うよりかは、『人を壊し慣れて』る。どうすれば人が動けなくなるのか、どうすればダメージが通るのかを理解している。

 

「そこの盲目のあなた! ……一体……一体『何人壊した』んですか!?」

 

「あぁ? 変なこと聞くなぁ、嬢ちゃんは。その質問は俺にとって『なんでメシを食うのか』と一緒の意味だぜ?」

 

 ああ――。そっか。

 

「納得しました。……そうですか」

 

 『お前は今までに食べたパンの枚数を覚えているのか?』と言われたようなものだ。……なんだっけこのセリフ。なんかで聞いたことあるような。

 

「あなただけは、止めなくてはいけない。……そう、理解しました」

 

「ほお? じゃあ、どうする? また切りかかってくるか?」

 

 吹っ飛んでいった人を除いた三人が、私に杖を向けてじりじりと間合いを詰めてくる。どうするかって? そんなもの、決まってる。

 

「私も一人じゃない。……お願いします!」

 

 そう言いながら盲目の人に向けて走り出す。両サイドで杖を構えていた二人が呪文を放とうとして――。

 

「ぐあっ!?」

 

「う、腕がぁ……!?」

 

 上空からの光線と光弾で止められた。最初から私のやることは一つ。魔法使いさんの相手なら、同じく……。

 

「キャスター、卑弥呼。待たせたわね」

 

「壱与もいますよーっ」

 

 上空に浮かびながら銅鏡を構える、卑弥呼さんたちに協力してもらうこと!

 

・・・




「そういや、ジャンヌが魔術とか弾いてるの見たことないな。どうやってやってるんだ?」「どうやっても何も、意識してやってるわけじゃないですからね……こう、自然と、『ぱいーん』って感じで……」「『ぱいーん』って感じ……?」「はい、なんかこう、白いイルカが殴ってるようなイメージで……」「白いイルカ……?」


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第四十一話 悔しい思いは忘れない

「……ぐ、うぅ、うぅあぁぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁぁあぁぁぁんまりだぁぁぁぁぁぁぁぁ!」「……あそこで号泣してるわらわのバカ弟子はどうしたわけ? 腕でも切り落とされたの?」「や、なんか知らないけど、賭け事に負けたとか……私にもよくはわからないんだけどね」「ほへー。賭けとかするのね、あの子。そういうのしない堅実な女だと思ってたけど……ちょっと、バカ弟子?」「……うぅ、うぐぅ、ひっぐ、えぐ……」「……ガチ泣きじゃない。ほら、よしよし、わらわの薄い胸で泣きなさい」「うぇぇん……固いよおぅ……」「そこに文句言うんじゃないわよ。っていうか、固いのは服と装飾品の所為よ。わらわの胸が薄いからじゃねーわよ」「……で、なんで泣いてたのさ? 私に言ってみなよ」「う、うぅ、た、大切にしてた、『ギル様の使用済みシーツ』を賭けたらぁ……まけたんでずぅぅぅぅぅぅ!」「はい解散」「うん、解散」「あいたっ。ちょ、急に冷たくないですか!? う、うぅ、この悔しさ、忘れないんだからぁぁぁぁ!」


それでは、どうぞ。


「……間に合わなかった、か」

 

 目の前でこと切れている二人の女性を見て、つぶやく。……下手人は、三手に分かれたらしい。そこまでわかればやることは一つ。

 

「……ジャンヌは寮の方へ行ったか……ならば、私は本塔に向かうかな」

 

 あそこには確か学院長やら身分の高いのがいたはず。私が敵の立場なら、学院長、生徒は捕まえ、ここに駐屯している兵士は殺したいはず。兵士たちは魔法を使わない、実践的な子たちと言う印象を抱いたのを覚えている。数人の魔法使いならば撃退できるだろう。優先順位的に、奇襲に弱そうな教師たちを守った方が良いだろう。

 

「よし、行くところは決まった」

 

 最後に黙とうを捧げる。……あとで絶対、迎えに来るからね。

 

「さて……それじゃあ、いくか」

 

 刀を抜き、姿勢を低く。足に力を入れ、短く息を吐く。――もう、殺させない。

 駆け出す。景色が流れ、視界が狭まる。だけど、目的地はもうわかってる。目前の塔。その内部だ。確かさっきの二人の仲間が起居してるところ。寝ているところを襲撃するつもりなのだろう。とても理にかなっている。

 

「でも、だからこそ私にはバレバレだよ。……自分でいうのもなんだけど、私、天才だから」

 

 見えた。数人の男たちの後ろ姿。うっすらと血の匂いがする。それと、殺しを生業としている人間特有の、歪んだ気配。その気配には凄く敏感なんだよ、私。

 

「――だって、私も同じだもの」

 

 最後尾の男に向かって一閃。キン、と澄んだ音がしたかと思えば、ぐらりと傾く男の身体。……流石に不意打ちじゃ一人が限界か。一気に振り返る男たちに、笑みを持って答える。

 

「やぁ、乙女の寝所に忍び込むには不潔な男たちだね。……夜這い朝駆けするならしっかり準備してこないとさ」

 

「……一人か。罠……伏兵の可能性もあるな」

 

「援護しろ。静かに殺るなら俺が一番得意だ。サイレントでもかけておけば、メイジでもねぇ奴らにはわからんだろ」

 

 一人、ガタイの良い男が前に出て、小刀……ナイフを構えた。サイレントは確か……消音の魔術だったか。こちらとしても好都合だ。しん、と不自然なほどに音が消えると、男が駆け出してくる。……っ、後ろ!?

 直感に従って屈むと、ひゅお、と風切り音。……たぶん、後ろの人の内の誰かがやったんだろう。前に意識を集中させておいて、後ろからの不意の一撃。……最初の会話から意識を誘導していたのか。……面白い。

 

「――けど、それで終わりなら、終わりだよ」

 

 自分の口は動いているけど、音が出ないことに不思議な感覚を抱く。……音を響かなくする魔術なのか。相手も口を開いてなんか言ってるっぽいけどわかんないや。

 低い姿勢のまま前に一歩。切っ先で必要なだけ首を切り、その巨体に思いっきり蹴りを入れる。こんななりでも筋力はC。人一人くらいなら苦も無く蹴っ飛ばせるのだ。

 

「ぐおっ!?」

 

「な、なにぐぇっ」

 

 一瞬で吹っ飛んできた男を受け止めて混乱しているのとは別の一人の鳩尾に柄頭を一撃。潰れたカエルみたいな声を上げる男からその隣の男に視線を移し、足を払う。そうすれば平衡を失った男は、巨体を受け止めきれずに下敷きになり、地面に倒れこむ。

 

「ぐあっ、くそ、重――かっ」

 

 そんな男の顔面に鞘を叩き込み陥没させて殺し、最後に残った苦しそうにせき込む一人の襟を掴んで、壁にたたきつけ、首に刃をあてる。

 

「死にたくなければ答えるんだ。何人で来た? 目的は? 頭目の名前は? 答え以外を口にすれば切るからね」

 

「か、な、なんだよ、情報が欲しけっ――」

 

「はい切れた」

 

 どさり、と倒れた男の懐を探りながら、つぶやく。

 

「言ったじゃん。答えなきゃ切るって。……あれ、答え以外を言ったら、だったかな? ……ま、どっちでもいっか」

 

 がさごそ懐を探るも、なんかの小道具やらしか見つからない。……んーむ、徹底してるなー。こういうの慣れてんだろーな。

 

「それならそれで、やり方はあるんだけどさ。……っていうわけで、共闘しない?」

 

 視線を向けずにそういうと、男たちが襲う予定だったであろう部屋が開き、一人の女性が現れた。

 

「気づいていたのか」

 

「そっちこそ。男たちが来るの待ち構えてたでしょ。ごめんね、獲物とっちゃって」

 

「……いや、こちらとしては敵が死ぬのならば過程にはこだわらん。……それで、共闘とは?」

 

「うん、柔軟な頭を持ってるようで何より。あのね――」

 

 こうして、私は銃士隊のみんなを仲間に引き入れることに成功したのだ。

 

・・・

 

 今部屋から出てきたのは銃士隊という部隊を仕切っているアニエスという子だった。戦闘準備と部下の集結を手早く済ませて、今はジャンヌたちのもとへ向かっている最中だ。

 たぶん相手は少数精鋭。今私たちが撃破したのと、たぶんジャンヌ達がぶつかってるっぽいの、後は卑弥呼と壱与がこちらに合流する前に排除した三つに分かれていたのだが、すでにそれは撃破した後。ただ、向こうも失敗したときの備えくらいしているだろうと思ったんだけど……。

 

「っ! これは、やっぱりって感じかな」

 

 暴力的な魔力の奔流。叩きつけられるこの力は、間違いない……!

 銃士隊の子たちには悪いけど、早くたどり着くために足の回転を上げる。……間に合え……っ。

 

「見えた――!」

 

 後ろからの怒鳴り声も気にせず、曲がり角を曲がる。そこには……。

 

「く、うぁっ!」

 

「……ふむ、増援か」

 

 膝を折り肩で息をするジャンヌと、その目の前に立つ、太陽の英雄だった。

 

・・・

 

 あの人が来たのは、嫌なにおいの男の人を倒して卑弥呼さんたちに話しかけようとしたときだった。

 その攻撃に気づけたのは、本当に偶然だった。

 

「っ!?」

 

 熱線。先ほどの炎の魔術よりも高温で細長いビームのようなそれを、身体を捻って避ける。背後の塔にぶつかり、小さな爆発が起きる。

 

「ちょっと、芋娘。……なんであいつがいるわけ? わらわ、あっちにいるもんだと思ってたわよ」

 

「私もです。……マスターに対抗するために、マスターのいるほうに配置していると思ってました」

 

「ふむ……流石に今ので仕留められるとは思えなかったが……よくぞ避けたというべきか」

 

 そう言って現れたのは、槍を携えた施しの英雄、カルナ。それに……。

 

「……後ろに謎の集団、ですか。先ほどの魔術師たちとは……違うみたいですね」

 

 壱与さんのつぶやきに、私もカルナの後ろを見る。フードを被った人を中心に、兵士らしき男たちが、綺麗に並んでいる。嘘でしょう……? あれがすべて……『サーヴァント』……?

 

「惑うんじゃないわよ、芋っ子。確かにサーヴァントみたいな霊基になってるけどね、あれは『別物』よ」

 

 私の肩を叩きながら、卑弥呼さんがそう忠告してくる。……あれが、『別物』? ……確かに、あの人数のサーヴァントの召喚・維持なんてマスターでもない限り不可能だ。それに、よくよく見たら、英霊としての『格』のようなものが足りてないようにも見える。真ん中のフード人は別だけれども……。

 

「……芋っ子。あんたはあの太陽系男子を止めなさい。一人で。わらわと壱与であっちの怪しい軍団は請け負ったわ」

 

「卑弥呼……さん……?」

 

 ふわり、と浮かんだ卑弥呼さんが、壱与さんと共に銅鏡を構え、後方の集団に突っ込んでいく。それを横目で見ながら、私は旗と剣を構えて走る。あの槍を構えて立つカルナを見ると、マスターが戦うときと同じ構えだと感心する。ある程度の実力者だと構えはああいう自然な立ち方になるのだろうか? ……いや、ただ我流なだけかな。『型』のある構えなんかは、その流派が積み重ねてきた年月の発露だ。それに対して、我流の構えと言うのは一部の才覚あるものが生み出す『自分の体の動きを最適化』したものだ。あの自然体に見える姿でも、おそらくはどんな動きにも対応できるようになっているはずだ。

 ――強い、と素直に思う。今の状況で、私一人で勝てるビジョンが見えない。でも、卑弥呼さんや壱与さんも頑張ってるんだ……! 私も、頑張らないと!

 

「行きます!」

 

「……来い、救国の聖女よ」

 

 待ち構えるカルナに、地面を蹴って一足で跳びかかる。右手の剣を振るう。牽制程度だけど、とにかく相手を動かさないと、戦うも何もない。カルナは私の攻撃を少し後ろに体を倒すことで避ける。……紙一重で躱されると、技量の差が際立ってへこむ。

 

「でも、その余裕が命取りですっ!」

 

「……余裕はある。だが、油断はない」

 

 剣を振るった勢いで一回転。そのまま左手の旗を振るう。流石に長物は大きく後退した。それを見て、もう一歩踏み込む。私の武器は、手数の多さだ。このまま、相手に何もさせず、押し切る! それが出来なくても、相手を私でくぎ付けにする!

 

「良いところはある。考えも問題はない。……だが、俺はそれを上回る」

 

 右手の剣で袈裟切り、左手の旗で突き。そのまま旗を横に薙ぎながら、一歩踏み込んで右手の剣をもう一度袈裟切り! ここから……

 

「あ、ぐっ!?」

 

 ――気づけば、背中を打ち付けていた。……なんで……? 相手が手を出しずらいように、手を止めていなかったはず……!

 

「お前の考えは良かった。両手に持つ獲物で、俺に攻撃をさせないようにと、息をつかせぬ連撃は確かに良い判断だ。……だが」

 

 そう言って、カルナは槍を振るう。炎がその槍の軌跡に遅れるように発生して、円を描く。

 

「お前の考えはよくわかる。鎧を脱ぎ捨て得たこの槍は、確かに警戒に値するだろう。雷光の具現、神すら滅ぼす槍だ」

 

 私が立ち上がり、震える足を叱咤している間も、しっかりと私のことを警戒しながら、カルナは続ける。

 

「だが、武器など前座にすぎん。……真の英雄は、眼で殺す」

 

 そう言ったカルナの赤い瞳が、光ったような気がした。……ま、まさか……!

 

「あなたッ! そ、それは……! それは、『弓の逸話』でしょう! なんで、なんでランサークラスでそれが使え……くっ!」

 

「これはクラスによって形を変える。もちろん、アーチャークラスであれば一番うまく扱えるがな。……これはそういうものだ。悪く思え」

 

 二撃目は避けきれず、旗と剣をクロスさせて受け止める。……が、それで受け止めきれるわけもなく、私は後方へゴロゴロと転がっていく。……第一と第二宝具だけじゃ、彼を止められない……! でも、第三宝具をこんなところでは使えない……! 

 

「見たところ、お前に遠距離の攻撃手段はない。……すまなく思うが、戦いで自分の使えるものをすべて使わないのはお前への侮辱と思った。……耐え切れぬなら、そのまま消えて行け」

 

 そう言って、カルナは私を慈悲の籠った瞳で見てくる。……やめて、ください……!

 

「私を、そんな、かわいそうな女を見るような……憐れむように、見ないで……!」

 

「……そうか。お前に対しての違和感はそれか。……おそらく、あの黄金に関係しているのだろう。まぁ、その悩みや苦悩はお前のものだ。……俺から何か言うことはない」

 

 振るわれる槍を、震える剣で防ぐ。……ダメだ。受け止めきれない。私は動揺している。自分ではっきりとわかるくらいに、だ。

 でも、私はそれを振り払えるはずだ。……だって、マスターは……ギルさまは、私を助けてくれた人だから……!

 

「うー……ぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!」

 

 消え入りそうな声を無理やり上げて、カルナに向かっていく。もちろん、策なんてない。カルナは私の振るう剣も旗も避けていなして、反撃に槍を振るわれるのをぎりぎりで躱す。……これじゃない。私が狙っているのは……!

 

「真の英雄は目で殺す――!」

 

 これだ!

 

「も、ら、ったー!」

 

 放たれた熱線……弓の宝具を、自分の耐久値を信じて……!

 

「う、け、るぅぅぅぅ!」

 

 『HP(ライフ)』で受けるッ!

 

「な、に……?」

 

「がっふっ!」

 

 顔面、しかも右の頬を殴りつけられたような、焼き付くような衝撃が、思いっきり頭を揺らす。

 ……でも、でも――! これで、これでいい! 私は、このくらいじゃないと、目が覚めない!

 

「あぁぁぁぁぁっつぅぅぅぅぅぅ!」

 

「それはそうだと思う」

 

「うるさいっ!」

 

 対魔力、そして耐久の値が高いおかげで、焼けただれることなく、衝撃と熱さだけで済んだ。そして、もっと大事なことがある。

 

「……目ェ、覚めましたよォ……」

 

「……妖怪か?」

 

 カルナの失礼なツッコミはスルーして、頭を振るう。……うん、流石は最強格の英霊の一撃だ。まだ頭ぐわんぐわんする。……でも、これで余計な雑念は消えた。まったく、もう死んで何年もたってるのに、少しのきっかけで心の淀みみたいなものが表に出てきてしまうなんて、まだまだですね。

 

「っしゃ、これでいけます!」

 

「……振り払ったか。……だが、彼我の戦力差は変わらんぞ?」

 

 それは当たり前だ。と言うかむしろ今の一発をわざと貰った分だけ不利になるだろう。

 だけど、それを後悔なんてしない。……ぎゅう、と両手の武器を握りしめる。……よし。

 

「行きます!」

 

 一歩を踏み込む。ここから止まったりなんてしない! 何が来ようと、顔面で受け止めてやる! ……あ、いや、顔面限定じゃないんですけどね!?

 斬ることなんて考えずに剣を振るう。当たらなくてもいい。この英雄に、何もさせないくらいの意気込みで振るう!

 

「はっ、せっ、どりゃっ、あぐぅっ!」

 

 三回に一回くらいの確率で、躱しきれない攻撃を受けてしまう。……でも、それでいい。攻撃食らいながら前進してくるのは流石に予想外なのか、なんとかカルナにも食らい付けている。

 

「ま、っだ、まだぁぁぁ!」

 

 何度も地面を転がり、起き上がって、切りかかる。勝てるとか勝てないとか、敵わないとか食いつけないとか、そういうことは考えない! 根性論は今どきはやらないってみんな言うけど、私はその根性論がまかり通ってた昔の人間なんだから!

 合理を無理で押し通して、必然を奇跡で塗り替えていくのは、神話の専売特許じゃない!

 

「……よく食いついたというべきか」

 

 槍の一振りで、吹き飛ばされる。……構わず立ち上がろうとして、がくんと膝が折れる。あれ……?

 

「……もう立てんだろう。お前の心は折れてはいないが、お前の体はすでに限界に近い。……もう休むといい」

 

 そんな。まだ、全然、時間を稼げてない――! 私、まだ、役割を果たせてない!

 

「まだ、いけ――」

 

「――無理だ」

 

 そう言って振るわれた槍をなんとか反応して避けようとしたけど、躱しきれずに槍を受けてしまった。体勢が変に崩れた所為か、急所には当たらなかったものの、大きく吹き飛ばされてしまった。

 

「く、うぁっ!」

 

「……ふむ、増援か」

 

 なんとか立ち上がってカルナを見ると、カルナはこちらを見てはいなかった。……あれは……セイバー、さん……?

 

「大丈夫……じゃなさそうだね、ジャンヌ」

 

 そう言って、セイバー……謙信さんは私とカルナの間に立つ。

 

「こんばんわ、太陽の英雄。選手交代だ。この子みたいに馬鹿力があったりビックリな武器を持ってはいないけど、良いよね?」

 

「……一向にかまわん」

 

 そう言って、二人は睨み合う。……私は、スキル『聖人:A』で選択された、『HP自動回復』で体力を回復させつつ、二人の動きをじっくりと見る。なんとか時間を稼いでもらって、回復した私も加われば二対一になる。その間、最低でも邪魔にならないようにしないと……。

 

「――しッ!」

 

 短く息を吐いた刹那、謙信さんはカルナの目の前に現れて、刀を振り抜いていた。カルナはそれを避けつつも、驚いた顔をしている。

 

「……見た目通りの動きではないな。何かの加護……誓約か……?」

 

「そんな面倒なものでもないよ。ただ、祈って、構えて、刀を振るだけさ」

 

 謙信さんは、カルナの攻撃を避け、避けきれないものは受け流していた。私みたいに、力で受けたりする戦い方じゃない。技術と経験で最適を導き出して戦ってるんだ。

 風切り音を立てながら、刀を振るう謙信さん。何度かお互いに剣と槍の応酬が続いてから、後ろに跳んで二人とも距離を取った。

 

「……なるほど、日本の英霊だな。……あの地の英霊たちは、自分の身と技術だけで神秘に食らいつこうとする」

 

「物がない島国だからね。あるものだけでなんとかしないといけなかっただけさ」

 

 そう言って、血振りのような動作を取る謙信さん。今の応酬を経て、一区切りと言うことだろう。……少しだけ、謙信さんがこちらに意識を向けたのがわかる。……そろそろ、回復もしたころだ。参戦しても、邪魔にはならないだろう。立ち上がって、剣と旗を構える。

 

「……私も参戦します!」

 

「ふふ、待ってたよ。やっぱ、盾役は必要だね」

 

「えっ、た、盾? ……その、二人でこう、協力して戦う感じでは……」

 

「そのために役割分担が必要だろう? 君が盾で、私が剣だ。君はどんくさい耐久型バスターゴリラだから、身軽で素早い私が攻撃役を担うのは必然だろう?」

 

「う、うぅ、あんま言い返せない……!」

 

「ならさっさと動いてくれるかな。あの男相手に、こんな悠長に話し合いしていたくないんだよ」

 

 ため息をつく謙信さんに少しだけイラッとしながら、まぁ確かにその通りだ、と謙信さんの隣に立つ。

 

「さて、と言うわけでこっからは二対一だ。卑怯とは言うまいね?」

 

 ニヒルに笑う謙信さんに、カルナは薄く笑って「問題ない」と返した。……うぅ、緊張する……。両手の武器を握り直して、キッとカルナをにらみつける。

 ……すると、隣の謙信さんが私を見ているのに気づいた。……なんだろ? カルナから目を離さずに何事か聞こうかと思った瞬間、謙信さんが首をかしげながら口を開いた。

 

「……それもしかして睨んでる? なんかムッとしてる顔にしか見えなくて可愛さしかないんだけど」

 

「えっ?」

 

「なるほど、睨んでいたのか。目を細めているから、視力が悪いのかと思っていた」

 

「ちっ、ちーがーいーまーすーぅ! なんなんだよあなたたちぃ! 私なんで味方からも敵からも貶められないといけないのぉ!?」

 

 もうっ! と声を上げて、謙信さんに不服を申し立てる。謙信さんはごめんごめんとまったく悪びれていない様子で笑うだけだ。……まったくもう。これから戦うっていうのに、緊張感のない武将さんだ……。

 

「ふふっ。じゃあ、行こうか。セイバー、上杉謙信」

 

「う、うぅ……調子狂うなぁ。……セイヴァー、ジャンヌ・ダルク」

 

「――いざ、参る!」

 

「――突貫します!」

 

 私たちが駆け出すのを見て、カルナもその槍を構えた。最速で、片づける!

 

「前に出ます!」

 

 声を掛けて、足に力を籠める。

 足元の土をえぐるような踏み込みをして、カルナへと突撃する。インファイトに持ち込んで、あの槍を好きに振るわせないようにする! 右手の剣を振るうと、カルナは打ち合うのを嫌がったのか、数歩分後ろに下がる。

 

「させない!」

 

 でも、それはある程度予想していたことだ。慌てずに私も一歩踏み込んで、外側に振り抜いた剣を戻さずにそのまま内側に振り戻す。まだ着地前! 体勢を崩さずにこれを避けることはできないはず! なら、これは防がざるを得ない! そうなれば、私には左手の旗がある。少しでも追撃を仕掛けて、連撃につなげる! 謙信さんが攻撃できるような隙を作るのが、今の私の仕事だ!

 私が振るった剣を、カルナが防――えっ!?

 びゅん、と剣が空を切る。たぶん、今私は凄い変な顔をして驚いてると思う。でも、頭の中では冷静に何が起こったかを把握していた。……まぁ、よく考えれば当然というか、相手は太陽の英雄だ。そりゃ、炎を使って推進力にするくらいやるだろう。多分魔力放出かなんかの応用かな。魔力放出はマスターも使ってるけど、あれは凄い応用がきく。私もあれで筋力底上げしなかったら、こんな風に英霊と打ち合ったりはできない。私はあんな風に推進力に使うような器用なことは苦手だから、すっかり頭から抜けていた。

 

「し、ま……!」

 

「――まったく」

 

 びゅ、と再び風切り音。カルナからの反撃を覚悟していたけど、目の前を銀閃が遮った。視界が戻った時には、カルナは少し離れたところに着地していて、目の前には謙信さんの背中。……うぅ、確実にフォローされたっぽい……。

 

「ほーんと、君は猪突猛進乙女だなぁ。ま、そこを補うのが私なんだけどね」

 

 そう言ってこちらに顔だけ振り向かせてぱちりとウィンク。……クール! クールだ! うー、こういう『デキる女』って感じを出せるのが謙信さん凄いんだよなぁ。……マスターを前にするとこの人も猪突猛進乙女になるんだけどね。まぁ、それも壱与さんに比べたら可愛いものだ。

 

「さ、落ち着いたかい? ……次は頼んだよ。ちゃんと盾役やってね」

 

「……そういうの、マスターにシールダー頼んだ方が良いんじゃないんですか?」

 

「あー、盾兵のクラスかー……そういうのを殿が召喚できるっていうのは……聞いたことないなー」

 

 小首をかしげながら、謙信さんが苦笑する。

 

「ま、今の盾役は君だよ。頼むからね」

 

 そう言って、謙信さんが前に跳ぶ。何合か打ち合った後、大きく後ろに跳んで、私の後ろに回る。その途中、私に目配せをしてきたので、謙信さんの下を通るように駆け出す。先ほどとは違い、相手は空中機動もできると考えて、アウトレンジから旗で突きを繰り出す。

 カルナは半身になって突きを躱すが、こっちは全然フェイントだ。力も乗せていないから、すぐに引き戻し、その慣性を利用して、体を回転させるように剣を振るう。踏み込みから体全体を使って振るった剣は、流石のカルナと言えども受けるには厳しいものがあるだろう。

 予想通り、半身になっていたカルナはそのまま魔力放出を使ったのか、体勢を崩さぬままに振るわれた剣を紙一重で躱した。……それはそれで構わない。受けられたならそのまま押し切るつもりだったし、躱されたなら追撃するだけの事。そう思って足に力を入れた瞬間、目の前から魔力が収束する気配がした。宝具? ……いや、これはまた別の――!

 

「――『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』……!」

 

 灼熱のビームとして可視化された視線の力が、私の体目がけて飛んでくることを直感する。……先ほどより威力が上だ。避けれない。私がそう思った次の瞬間には、あの光線が体を貫くだろう。速さ的に、謙信さんも間に合わない。……ああ、ならば、私のすることは一つ。

 

「――耐えます!」

 

 魔力放出全開。光線の発射前に目の前で剣と旗を交差させ、踏み込みの次の一歩で地面を踏みしめる。もう放てないとはいえ、あの神殺しの槍の宝具が飛んできたとしても、私は耐える。……四肢が弾け飛ぼうが、霊基が砕け散ろうとも、私はこれを耐えて……謙信さんに繋げる!

 鋭い音と共に、構えた武器が砕け散りそうなほどの衝撃が私を襲う。……でも、意識はある。踏みしめた地面の感触も、構えた武器の感触も、しっかりとある……! 隙ができるから、長くは射出できないはず! 長くて一秒! それを耐えて……今!

 光線が途絶えた瞬間に、地面を踏み出していた足に力を入れて、前に跳ぶ。絶対に、一撃を入れる!

 一歩目。突き出した旗は、首を傾けるだけで避けられた。二歩目。旗の陰に剣閃を隠しての一撃。槍で受け流される。三歩目。もうほぼほぼ距離がない。私もさすがに武器を振れないので……こうするしかない!

 

「……なんと」

 

 踏み込みの勢いを利用した頭突き! 弱点たる頭を突き出すなんて馬鹿みたいって思うかもしれないけど、そんなのどうでもいい! 首を落とされても一秒は動いて見せる!

 私のそんな変な覚悟は実を結んだみたい。驚いたような声を出したカルナが、片手で私の頭を押さえながら、頭上に槍を上げた。ぎぃん、と固い物同士がぶつかる音。……私はなんとか役目を果たせたらしい。……ここから、もう一発!

 抑えられた頭を、さらに下げる。ぐるりと前宙をするように、踵落としを繰り出す。

 

「むっ……!」

 

 抑えた頭にかかった力が抜けたからか、カルナはその手を上げて、私の踵を受けた。……よし、足が止まった!

 

「オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」

 

 小柄な謙信さんが、ぶつかった槍を蹴って少し飛び上がりながら、くるりと体を一回転。重力に従って落ちながら、謙信さんは刀を振るう――!

 

「我が身体に宿りその御業を現したまえ……!」

 

 私の足を受けたカルナの腕に足を引っかけて、筋力の力で自分の体を引き付けて、腕にしがみつく。こっちの腕は使わせない!

 

「『刀八毘沙門天(みたちでななたちのあと)』……!」

 

 ざしゅ、という音と共に、鮮血が舞い散った――。

 

・・・




「え? 私の行動が基本的にアサシンクラスだって? ……日本の剣士ってだいたいそんな感じじゃない? 西洋の人たちみたいに剣から光線出るわけでもないし、戦場を単騎で駆けて武将首狙うような人間なんだしね、私たち。……んー、私のほかだったら……あ、ほら、新選組の沖田総司とか、ちょっと感じ違うけど島津豊久とか? ……あれはバーサーカーか。ま、だいたいそんなもんだよ。日本の武将はだいたいバーサーカーかアサシンかランサーじゃないかな。え? 日本で剣から光線出して切り裂くセイバーがいるって? ……ほ、ほえー……日本にそんな剣あったっけな……? あ、あれとか? い、いや、でもあれって逸話的に違いそうだし……えー? どんな剣だろ。興味あるなぁ……フヒヒッ」


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第四十二話 戦士には、鎧が必要だ。

「あー、俺の黄金のやつみたいな?」「……そういえばその鎧って名前とかないんですか?」「ないよ。無銘だな。っていうか鎧ってほとんど名前とかなくないか?」「……確かに。分類としての名前はありますけど、個としての名前ってなかなかないですよね」「剣とか盾とかは名前あるやつばっかりなんだけどなぁ……」「なんか名前つけます?」「んー、じゃあ特徴をとらえてるから……『ゴールドアーマー』とか?」「あ、そういやこの人ネーミングセンス無いんだった……」「ん?」「あ、いえいえ。なんでもないですとも。んー、それもいいんですけど、もうちょっと捻った感じで……ゴールド……ゴル、ルド、ゴルド? あ、幻想種の名前とか入れるといいかもですね! ドラゴンと合わせてゴルドラn」「駄目だ」「え? んー、じゃあ、聖なるって意味でゴールドセインt」「それもダメだ」「……食い気味に否定してくるなぁ、この人。……自分はセンス皆無のくせに……」


それでは、どうぞ。


「あー、ったくもう! なんなのよこいつらぁ!」

 

 何度目かになる光線で兵士たちを吹き飛ばしながら、わらわは悪態をつく。芋娘と委員長にあの太陽の英雄をおしつk……任せて、こちらの兵士たちの対処をしているのだが……こいつら、前よりも規模を大きくして、『職種』が増えてやがるわね。負傷した兵を手当して、継戦能力が増えてるみたい。これだけ囲まれちゃ光線でのダメージも拡散してしまう。

 

「壱与! 生きてるわよね!」

 

「あっはっは! ボケたんですか卑弥呼さまっ。もう壱与も卑弥呼さまも死んで座に上がってるじゃないですか!」

 

「――無事みたいね。あとで殺すけど」

 

 少し離れたところで同じく奮戦している壱与が、空中で一回転しながら笑う。……ったくもう、あいつったら……。でも、こんなに組織だった軍隊には司令官がいるはずだけど……さっきのフード野郎かしら……? みんな同じような没個性な格好しやがってからに……ぶっ飛ばすわよ……!?

 

「てーっ!」

 

「あーっ、もう!」

 

 そしてこの砲撃よ砲撃! 少しでも自由にさせるとすぐにこうして撃ってきやがる!

 

「ちっ」

 

 何度目かの砲撃を避けた瞬間、木の陰から兵士が飛び出してきた。……やっべ、避けれない……! なんとか身を捩ってみるも、たぶん攻撃は当たるだろう。くっそ、こんなところで――! そう覚悟して、攻撃を受けた後の反撃を考えていると……その兵士が、何かの破裂音と共に横からの衝撃で吹き飛んだ。

 

「……あぁん?」

 

 なんとか受け身を取って、体勢を取り直すと、音のした方向をちらりと見る。

 

「……今のを見てしまっては、窮地かと思い助太刀しました。……不要でしたか?」

 

 そこにいたのは、髪を短く切りそろえた女。手には、銃を持っている。……あー、なんかギルから聞いたことあるかもしれない。銃士隊? だっけか。この兵士たちは英霊に近いとはいえ、流石に神秘の籠った攻撃しかきかない、と言うわけではなさそうだ。

 

「や、助かったわ。……あの委員長と一緒に来た奴よね?」

 

「イインチョウ? ……ええと、あの黒髪長髪の剣士の方ですが……」

 

「ああ、そいつよそいつ。……ふぅん、兵隊連れてきたのね。ナイスよ。……いやでしょうけど、生き残りたければわらわの言うことを聞きなさい」

 

「……我らも目を付けられているようです。生き残るには、協力するしかないでしょう。それに、今の状況ならば、戦い方のわかるあなたに従うのが一番だと理解しています」

 

 そう言って、兵隊たちはわらわの近くで隊形を取り直す。……いいわね。それを見たからか、壱与もこちらに飛んでくる。……あ、違うわコレ。ただ砲弾に当たって吹き飛んだのがこっちなだけだわ。

 

「っぐあ! ――あーっ! クソッ! ってぇなぁ! ギル様以外に痛みを与えられてもうれしくないってーの!」

 

「相変わらず口悪いわねあんた」

 

 立ち上がって顔に付いた土をグイッと手で拭う壱与は、狂化の影響か、いつものような敬語も抜けた言葉遣いになっているみたいだ。……いや、思えばたまにああいう風になってるわね、あいつ。それほどイラついているってことか。

 

「……卑弥呼さま、そこの兵士たちは?」

 

「援軍よ。あんたの鬼道で補助してあげなさいな」

 

「はーい。……取りあえず、相手に合わせてダメージ与えられるくらいにはしておきますね」

 

 そういうと、壱与から発生した光が銃士隊の子たちに降り注ぐ。これで、相手の攻撃にもある程度耐えられるだろうし、こちらも攻撃を加えることができるようになるだろう。銃士隊の子たちも自身の変化に気づいたのか、それぞれの武器を構えてこちらに顔を向ける。

 

「……壱与、あんたはフード野郎を探しなさい。その間の防御に、四人ほど銃士隊を回して。残りはわらわと一緒に戦場をかき回すわよ。浮いてる鏡は上手く壁として使いなさい」

 

 わらわの言葉に、全員が一度頷く。そして、壱与は鬼道であたりの魔力の反応を探し出し、それをひとつづつ調べていく。それを見てから、わらわは宙へと浮かぶ。まずは、あっちの兵士の多いほうへ行く!

 

「おらおらおらおらぁ! わらわは優しくないわよ! 死にたくなければ退きなさい! もしくは吹っ飛べぇ!」

 

「卑弥呼殿に続けぇ! ここを抜けなければ、我らに未来はないと思え!」

 

 光線と砲弾の飛び交う後ろから、勇ましい掛け声とともに銃士隊が突撃する。先ほどとは違い、死角が無くなり、お互いにフォローしあっているからか、相手の損害も増えてきたようだ。

 

「……! 卑弥呼さま! そっから北西! 騎乗してる集団! その真ん中のフードが……サーヴァントです!」

 

「よくやったわ壱与! あんたもそっちに向かいなさい! わらわたちもここを突破して……そいつを打ち取るわよ!」

 

 壱与が言った方向を見ると、確かに騎乗している集団が見えた。……不利を悟ったのか、撤退しようとしているみたいだ。……させるか……!

 

「ここで一人でも減らすわよ! 走りなさい!」

 

 飛んで追いかけつつも、銃士隊の子たちが走り抜けられるように道を作っていく。薙ぎ払って少し進めば、確かに他の兵隊なんかよりも雰囲気の違う人影が見えてきた。もうすでに後ろを向いて走り出していて、それをかばうように殿の兵士たちが立ちふさがる。

 逃さない……! こうやって戦ってわかったけど、こいつは時間をかけさせればかけさせるほど戦力を増強してくる! ここでとどめを刺さないと、次はもっと水面下で強力になって、対処が難しいほどになってから出てくるだろう。できれば、ここで退場させてやりたい……!

 

「ちっ、こっから撃つか……?」

 

 目の前に銅鏡を持ってきて、魔力を引っ張ってくる。並行世界をつないで詰め込んだ魔力が、銅鏡に仕込んだ術式を起動させ、光に変換されていく。少し隙はできるけど、今は周りを固めてくれる人員もいるし、やってみるだけやってみるのもいいだろう。

 

「光線を撃つわ! わらわの周りを固めなさい!」

 

「っ! 卑弥呼殿に攻撃を届かせるな!」

 

 隊長の一言で、わらわの周りに寄ってくる銃士隊。よっし、これなら……!

 

「――だめぇっ! 卑弥呼さまぁっ! ()()()()()()()!」

 

「――は?」

 

 必死な壱与の叫び声が聞こえて、素っ頓狂な声がわらわの口から出てきた。なによ、と聞き返そうとして、凄まじい衝撃でわらわの意識は暗闇に沈んでいった。

 

・・・

 

「卑弥呼さまッ!? っんのクソ野郎が!」

 

 一瞬で魔力を通して、光弾を飛ばす。精霊が勝手に銅鏡を光弾に変換して、魔力を推進力に、卑弥呼さまに馬乗りになっている無礼千万な畜生に襲い掛かる。

 

「む」

 

 そいつはすぐに卑弥呼さまの上から飛びのいたけど、卑弥呼さまは動かない。……いや、大丈夫だ。卑弥呼さまの周りを精霊が飛んでる。霊核は無事なのだろう。

 

「てめえ……虎になるっていう変なサーヴァントだな……? 卑弥呼さま押し倒しやがって!」

 

「ほう。私のことは知られているわけか。……まぁいい。こちらの女は後でも処理できるだろう。次はお前だ」

 

 卑弥呼さまはダメージを受けてるのもあってしばらくは起きてこないだろう。さっき飛ばした光弾を変換して、精霊に卑弥呼さまを引っ張らせる。風の力でこちらに吹っ飛んできた卑弥呼さまを銃士隊に任せて、壱与は謎の男と対峙する。……兵士たちは下がっていってしまったけど、追いかけられはしないだろう。こっちのサーヴァントの戦力から卑弥呼さまが抜けた以上、壱与だけでフードの男を追いかけることは不可能だ。残った銃士隊たちがサーヴァントと対抗できるかと言われれば首をかしげざるをえないし……。

 

「……お前にやるほど、卑弥呼さまは安くないんですよ。卑弥呼さまを好きにしていいのはギル様だけ。……来いよ、畜生が。ギル様のためにお前の皮で絨毯作ってやる……!」

 

「ふむ。お前の主と言うのが話に聞く黄金の王か。こちらでも最大級の脅威ととらえている」

 

「当たり前じゃないですか。一番敵に回したらいけない人がいるというなら、それはギル様。あんた程度、一瞬で消すことだって可能なんですから」

 

 そう言って、壱与は銅鏡を展開する。魔力を内包している銅鏡たちは、精霊に一声かけるだけで光弾になってあの男に殺到するだろう。だけど、アサシンからの報告によれば、あいつが虎になったらある程度の魔術攻撃は耐えるらしい。……どんな虎なんだ……? そんな虎、神話とかじゃないと存在できなさそうだけども……。

 

「……銃士隊の人たちは他の怪我人を連れて下がっててください」

 

「壱与殿はどうするので?」

 

「わかってて聞かないでくださいよ。……あいつを倒します。それが出来なかったとしてもあなたたちが退く時間ぐらいは稼ぐので、怪我人と……卑弥呼さまを頼みます。たぶん、学院の方で謙信さんとかジャンヌさんが戦ってると思うので、それを避けて」

 

 それだけ言って、手でしっしっと銃士隊の子たちに合図を送る。……相手の男は虎にもならずにこちらをずっと見ているだけだ。いや、何かを思案している風に、顎に手を当てているけど……。

 

「ずいぶん余裕ですね。壱与程度の女子供なら、虎にもならずに勝てると?」

 

「む。いや。今日は天気も良く景色も良い。何か良いものが浮かびそうだと考えていただけだ」

 

「てめ……しっかり舐めてるじゃないですか……!」

 

 ぶっつん来ました……! 跡形も残さず消し飛ばしてやる……!

 

「熱いやつ! 頼みます!」

 

 魔力を通して、鬼道で精霊に働きかける。動物には光弾よりも炎弾のほうがいいと思って、魔力を光ではなく炎に変換してもらって飛ばす。……卑弥呼さまに習ってこれも技名つけようかな。炎弾って言ってたけど……うーん、ばーんと行って兎のように舞うから……ばーん、舞、兎? ……『ばーんまいと』とか? ……んー、なんか違うかも。

 

「とりあえずは炎弾でいいや」

 

 こんなことを考えている間にも、精霊たちが炎弾を操って目の前の男へ殺到させる。男は焦る様子もなくちらりとその炎弾を見ると、懐から何かを取り出して広げた。……? 特に神秘も感じられない、ただの大きな布に見えるけど……?

 炎弾がその布を撃ち抜き、燃やし尽くすが、そこに男の姿はなかった。……?

 

「ッ!」

 

 ――それに気付けたのは、偶然だった。周囲に鏡を浮かばせていて、鬼道を使っていたから、鏡に偶然『予知』が映ったのだ。それは、私を襲う男の姿。

 

「っぶな!」

 

 慌てて手元の鏡を変換し、その推力で自分を押し出す。ぶん、と風を切る音は、男が持つ大剣が通り過ぎる音だろう。何こいつ! セイバー……? いや、そんなはずはない! セイバーにしては身体の動きが洗練されていない。ただ『扱える』くらいのものだ。

 

「避けたか」

 

「そりゃ避けるでしょうよ!」

 

 地面に突き刺さった大剣に固執することなく手を放し、こちらを見やる男。

 

「だが。今のでなんとはなくお前の戦い方はわかった。次はこうしよう」

 

 そう言って、男はその場で回転するように蹴りを繰り出した。目的は壱与じゃない。そばに突き刺さった大剣――!

 

「くっ!」

 

 こいつがやりたいことに気づいて慌てて鏡を目の前に構えて、後ろに跳ぶ。それと同時に、蹴り砕かれて壱与の方へと飛んでくる大剣の破片。2、3は食らうの覚悟ですかね……!

 だけど、次の瞬間壱与は血の気の引く感覚を覚えた。

 

「――後ろッ!?」

 

「正解だ」

 

「がっ!」

 

 大剣の破片は目隠し!? こいつの狙いは、最初から……!

 

「が、うっ!」

 

 二度ほど地面をはねて、木にぶつかって止まる。ちっくしょ、やられた! ここは学院横の林の中……自然の中は……。

 

「その通り。俺の。独壇場だ」

 

 木の陰からこちらを見るのは、先ほどの男。痛む体に鞭打ってゆっくり立ち上がる。……浮いて動けるから、足が折れてるのはどうでもいい。神経の接続を断っておけばいいし。まずいのは場所だ。

 

「ここならば。邪魔も入るまい」

 

 これは、魔力の高まり……『宝具』の前兆だ……!

 

「ちっ……精霊よ! キレのいいやつ、頼みますっ!」

 

 精霊を風に変換して、かまいたちのように飛ばして、さらに別の鏡も風に変換して自分を遠くに動かす。

 けれど、男は木を盾にして避け、そのまま林の中に消えていった。

 

「誰かが我が名を呼んでいる……」

 

 その声は、不思議と反響して聞こえた。

 

「此の夕べ渓山明月に対し長嘯(ちょうしょう)を成さずして但(こう)を成すのみ」

 

 そして、男は自身の野性を開放する。

 

「――『此夕渓山対明月(さんげつき)』」

 

 彼はもう、人ではなく。ただ目の前の兎を狩るために、この叢を駆けるのだ。

 

「さんげつき……? むっ、なるほど、人が虎になる物語……」

 

 ギル様の知識とリンクしている壱与は、宝具の真名開放から類推される物語にたどり着いた。……間違いないでしょうね。この男の立ち居振る舞いからは、確かに知識人たる冷静さと、諦観を感じ取った。

 

「■■■■■■――!」

 

「っ」

 

 予知をフル稼働させて、初撃を避ける。頭のイカレた速さだ。それもそうか。人間は、虎と素手で戦えるような性能は持っていない。道具や、知恵を使って戦わねばならない生物相手に、サーヴァントの中でも一番非力な壱与が、どうやって戦うかっていえば……。

 

「これしかないですよねっ。光の力、お借りしますッ!」

 

 魔力によって銅鏡が変換され、光弾となって虎へと殺到する。だが、相手はそれを俊敏な動きで躱し、周りの木を足場に三次元機動で壱与に迫る。

 

「そんなのお見通しですよって!」

 

 風に変換した銅鏡を自分に向けて、壱与自身を飛ばす。それなりに優しくしたとはいえ、それでも痛いものは痛い。勘違いされがちだけど、壱与は痛かったらなんでもいいのではなく、ギル様が与えてくれるものならば苦痛でも気持ちよくなっちゃうだけで、被虐嗜好ではないのである。

 

「■■■■■!」

 

「吠えんなっ」

 

 壱与への爪の一撃を空ぶった虎は、即座に地面を蹴って壱与に迫る。

 

「ばーか。何もしないで下がったと思ってるんですか?」

 

「■!?」

 

 地面において待機させていた銅鏡が、光弾と化して下から虎を突き上げる。海老反りになって少し浮いた虎は、着地もろくにできずゴロゴロと転がって壱与の追撃を避ける。っし、今のは良いのが入った!

 

「■■■■!」

 

 起き上がり、木の陰に跳んで隠れる虎。……ダメージを負ってますね。ここで手を緩めず、攻め続ける!

 

「■■■■■――!」

 

「うるっさい!」

 

 光弾を乱れ撃って、木を倒しながら虎も狙う。倒れる木を避けながら後退すると、倒れた木の陰から虎が飛び出してくる。

 

「っくそっ!」

 

 置き土産と光弾を置いてもう一度後ろに跳ぶが、虎は罠の手前で着地すると、その場で一回転。周りの土と共に、壱与の置いた銅鏡を吹き飛ばした。ちっ、二度目は効かないってことですかね。仕方がない、こういうことはやりたくないけど、時間稼ぎでなんとか……!

 空中に浮きながら、相手に背中を見せないよう、向き合いながら後退する。あっちがどうなったかはわからないけど、いいんちょたちの方へ行かないと……!

 

「ああもうっ、しつっこい!」

 

 右に左に、ギザギザと蛇行しながら光弾を撃っていく。相手もたまに先ほどのように回転して、壱与の光弾も跳ね返すようになってきた。ダメージを負ってるくせに器用なことを……! 

 壱与の想定しない倒木があると、それを避けるのに体勢を崩して危ない時が何度かあった。

 

「確かこっちのはず……!」

 

 何度目かの相手の反撃を避けて、そろそろ林を抜けそうだと少し気が抜けていたのかもしれない。

 ……だから、『これ』に気づかなかったのだ。

 

「イヨ殿!」

 

「……あ?」

 

 だん、と銃声。飛びながらそちらに視線をやると、虎に向かって発砲している男女さん。

 

「てめ、馬鹿っ――!」

 

「■■■■!」

 

「くっ!」

 

 壱与に向かっていた虎は、その弾丸を受けた瞬間、男女さんの方へと方向転換をして跳びかかった。そりゃそうだ。なんてったってあっちはサーヴァントでもこちらの世界の魔法使いでもない、ただの戦える兵士。

 男女さんは剣を抜いて応戦するけど、一撃目を受けた時点で剣はへし折れ、体勢を崩したまま……。

 

「■■■!」

 

「あ」

 

 短い言葉を残して、男女さんは鋭い爪で切り裂かれ、その巨体で吹き飛ばされた。しかも戦っていた時に大量に発生した倒木に突き刺さり、胸の中心から木の枝が生えたように見える。

 

「おま……! てめぇ!」

 

 まだ命はある! 光弾をいくつかばらまいて、虎を牽制。今まで出ようとしていた動きから、少し風の精霊の勢いを強くして自分を吹き飛ばし、男女さんの下へ。虎が体勢を整える前に男女さんを抱えて、高所へ飛ぶ。

 

「……ぁ」

 

「っ。壱与、回復できないんですけど……!」

 

 やらないよりはましか、と精霊に頼み、男女さんの体を一時的に保護して、構成してもらう。あとでしっかりと傷ついた内臓とか塞ぎ切らない皮膚とか治す必要はあるけど、今の壱与にはこれで精いっぱい。それでも、わかってしまう。

 

「あ、ああ……ダメだ。ダメだっ! 命が……命がこぼれて行っちゃう……!」

 

 風の精霊に男女さんの体を浮かせ、ギル様に念話をつなぐ。お願い、繋がって……!

 

「っあ、ギル様っ! い、壱与、壱与、どうしたらいいかわからなくて……!」

 

 向こうでギル様が落ち着け、と言ってくれている。簡単に今の状況を説明して、どうしましょう、と尋ねる。そして、ギル様は凄まじいことを言った。

 

「……え? 『英霊を召喚』する?」

 

・・・

 

 そんな衝撃的な言葉を聞いた後。壱与の目の前には、赤い兜が存在していた。……え? これが英霊? あの、壱与治せる英霊さん来るんだと思ってたんですけど……。え? キャスターもバーサーカーも埋まっちゃってるから、当てがない? ……ギル様の召喚枠に制限があるとか初耳なんですけど……?

 ま、まぁとにかく。これを被せればいいとか言ってたけど……どういうことだろ?

 

「とりあえず……かぽっと」

 

 浮かせている男女さんに兜を被せてみる。すると、鎧から魔力が伸び、あっという間に男女さんの前身を包み、鎧を構成してしまった。うわ、顔も隠れてる。

 

「……むぅ。これは」

 

「え? 喋ってる……?」

 

「む? ふはは、おかしなことを言う。まぁよい。だいたいのことは小僧から聞いておる。ワシに任せよ」

 

「ワシ? ……え、もしかして今英霊の方が喋ってる!?」

 

 声は男女さんだけど、こんな喋り方じゃなかったし……。

 

「娘よ。この風を解けぃ! 『甲斐の虎』と呼ばれたワシが、虎に身の程を分からせてやろう!」

 

「えっ。あっはい」

 

 妙に自信満々なので、精霊へのお願いをやめる。……実をいうと鎧を付けたくらいから『重い』って文句きてたんですよね……。支えを失った体は、そのまま重力に引かれて落ちていく。え、大丈夫なんですかアレ?

 そのまま落ちていった赤い鎧は、地面に膝をつけ、そのあと拳を地面につけるような……なんだっけあれ。前にギル様やってた……あっ、ヒーロー着地!

 

「え、でもあれ膝ぶっ壊れそうになるらしいんだけど……だいじょうぶなん?」

 

 すぐに動いてるところを見るに大丈夫なんだろうけど……と、とりあえず壱与も援護しないと! 壱与も重力に従って落ち、地面すれすれで再び風の精霊にお願いして空中を飛び、落下を回避する。

 

「いたっ!」

 

 うっわ、すっげえなあれ。どうやって戦ってんだろって思ったけど……なんだありゃ。手のひらから衝撃波出したり足の裏から魔力噴出して飛び回ってる……。なにあの鎧。もしかして未来の英霊だったりするの? でも外見的にはウチの系譜っぽいんだよねぇ……。どういうことだろ?

 でも、あの機動性と防御性能は素晴らしい。虎の一撃を受け、さらに虎の分厚い毛皮を通してダメージを与えられる衝撃波。相性は中々良いと言えるだろう。

 

「援護しますよ!」

 

「む、呪い師か! 助かる!」

 

 口調も全然変わっちゃってますね……どういうことなんだろ、ほんと……。

 

「■■■!」

 

「ふはは! 甘いのぅ!」

 

 跳びかかる虎を、まるで子供と戯れるかのようにいなし、そのどてっぱらに衝撃波一発。たまらず吹き飛んだ虎は、木に一度着地してから、茂みの中に身をひるがえした。

 

「……む。逃げるか」

 

「え? わかるんですか?」

 

「うむ。あれほどの殺気、遠ざかれば分かるものよ。流石は獣よな。不利を悟った瞬間に逃げていきおった」

 

 そういうと、纏っていた鎧を魔力に戻し始める。あ、ちょ、今それを戻したらその人死んじゃ……あれ?

 

「そんなに心配そうな顔をせんでもわかっておるわ。ワシが呼ばれた意味もな。わしの待機状態は形態を選べる。この部分を塞げるように変化しておくわい」

 

 赤い鎧は胸の中心が丸く光っていたのだが、鎧が魔力に戻った後もその部分が残っているらしい。喋るたびにぴかぴか光ってるけど……。

 

「ふむ、どうやら全員退いたようじゃの。合流する前に、わしのことでも話しておこうかの。わしはライダー。真名は……」

 

 そこまで言ったところで、ライダーは口を閉じ、ちらりと視線を横に向けた。壱与もそちらを見ると、いいんちょさんとバスゴリさんが出てきたところでした。

 

「壱与さんっ。無事だったんで……え、横の人って……」

 

「あ、そ、そうですね。ご紹介します。ギル様が新たに召喚されたライダーさんで、名前はまだ聞いてないんですけど……」

 

「……んじゃないか」

 

「え?」

 

 いいんちょさんがぷるぷる震えながら何かを呟く。もしかして何かの因縁持ち……? 不安に思って少しだけ構えていると、いいんちょさんが顔を上げ、叫びました。

 

「そいつの名前は、信玄! 甲斐の虎と呼ばれ、私と幾度も戦った……武田信玄だよ! どうしてここに……!?」

 

「ふっははは! これは貴様にも予想外だったようじゃの!」

 

 そう言って呵々大笑するライダー……武田信玄は、しばらく愉快そうに笑うのだった。……こんなの、困惑必須なんですけど……。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ライダー

真名:武田信玄 性別:男(?) 属性:混沌・悪

クラススキル

対魔力:C
一工程による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:B+
騎乗の才能。たいていの乗り物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない。
馬の名産地にて育ち、自身も様々な馬に乗っていたことから、馬ならばランクに多少有利な判定がある。


保有スキル

風林■山:A

カリスマ:■+

■は城、■は石垣、■は堀:B

能力値

 筋力:B 魔力:D 耐久:B 幸運:D 敏捷:A 宝具:A+

宝具

■■■■(■■■■■■■■■■■■■■■■)

ランク:■ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:2000人


■■■■(■■■■■■■■■■■■■■■■)

ランク:■ 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1人



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第四十三話 読み切れない心と未来。

「さーて、私は今なにを考えてるでしょーか!」「……『なにかんがえてるの』っと」「え、なんですそれ。スキルですか? ……って、え!? なにそのメッセージウィンドウ!?」「なになに? 『おマメクリクリしてくれたら、じょわ~』……? お前……」「い、いや、違います! 違いますよ!? そのドン引きした顔をやめてくだ……え、ちょっと、なんで私の腕を取って……?」「ここじゃなんだし、あっちでもう一度『なにかんがえてるの』か聞かせてくれよ。な?」「え? ひ、一思いに気絶するまでで許してください……」「NO! NO! NO!」「……ま、まさか腰がイかれるまで……?」「NO! NO! NO!」「りょ、りょうほーですか……!?」「YES! YES! YES!」「もしかして、朝までコースですかぁーッ!?」「YES! YES! YES!」「ひゃあぁぁぁぁぁぁー……ぐやさん、たーすーけーてー……」


「……おー、まい、ごっしゅ」


それでは、どうぞ。


 マスターの魔法をあの軍人たちに伝えると、すぐにその魔法を利用した計画を立てると言って慌ただしくなった旗艦の中で、少しだけ空いた時間を俺たちは部屋で過ごしていた。

 そこで、少し事件もあったわけだが……なんて思っていると、マスターがまさにそのことについて聞いてきた。

 

「……さっきの何だったわけ? あんたが宝具使ったのはわかったけど……どこにもサーヴァントいないじゃない」

 

「ん? ああ、いや、緊急のことだったからな。俺が行くのは間に合わなさそうだったから、ちょっと特殊なサーヴァントを呼んだんだ」

 

 マスターが俺を見上げながら首をかしげるので、今召喚した英霊に付いて説明することにした。

 元々男の英霊である武田信玄だが、今回は俺との『契約』の内容にちょうどよく、今のアニエスをすくうのは彼しかいないと思ったのだ。彼との契約の内容は、『現世に依代になりえる女がいたときに召喚に応じる』ことである。なぜなら彼は生前織田信長や上杉謙信が自分と戦い、互角以上の実力があったことをずっと考えていて、『ならワシも女になればもっと強くなれるのでは?』と思ったのである。……考えぶっ飛んでるなぁ。

 

「え? ……ば、馬鹿なのその人……?」

 

「いやー、戦国時代の日本なんてどっかネジぶっ飛んでる人しかいないから」

 

 そして、武田信玄の宝具の一つは他人を乗っ取るものである。だから『ライダー』なのだ! ……え? 武田騎馬軍団? いやだなー、違いますよー。彼がライダーたる所以は、人を『乗っ取る』ところなんですよねぇ。だから彼は俺の宝具の召喚条件に触れてないって扱いになったんだよねぇ……『女性しか乗っ取る気がない』と言うのと、今の彼の本体は召喚されたときの兜であるところが、俺の『女性、雌、あるいはそれに準ずるもの』に入っているのだ。これをアウトにしてしまってはダヴィンチちゃんとか出てこれなくなっちゃうからな。

 

「でも大丈夫なんですか? あっちにはライバルの謙信さんいますけど……」

 

「まぁ上手くやるだろ。なんだかんだ言って良いライバル関係だったらしいし」

 

 謙信は微妙に突っかかるんだけど、武田信玄の方は歳のこともあってそれを笑って受け流す、みたいな。

 

「これでアニエスの件もなんとかなったし……この作戦が終わった後にでもアニエスの様子を見に行ってみるよ。アンリが信用してる、数少ない子だしね」

 

「それがいいわね。姫様の近衛になってる今の銃士隊から、彼女が抜けるのは避けたいしね」

 

 腕を組みながら、マスターはうなずいてそう言った。今のアンリは貴族恐怖症みたいなものだ。信頼できないし、信用できてない。だからこそ平民を貴族として取り立てて、自身の周りに置いてるんだろうし。

 例外はマスターくらいのもんだ。それ以外だと……枢機卿とか? 信頼しきれてはないけど、何かあったら話は聞くくらいのスタンスなんだろうか。

 

「それにしても……あっちも激戦だったみたいだな」

 

 ジャンヌやら謙信、卑弥呼や壱与から来た念話を総合すると、向こうの戦力はメイジが十数人。英霊はカルナと虎になる男……李徴、更には謎のフードの男とその軍勢と、確実に学院を落としに来ている布陣であった。

 こっちに戦力を連れてきてたらやられてたな……まさか、カルナを向こうに送るとは思わなかった。うぬぼれるわけじゃないけど、俺と対抗できるのはカルナだろうし、こっちにマスターが来てるって情報は行ってるだろうから、俺も来てると読んでこちらに送ってくるものだと思ってたけど……向こうには軍師的な存在がいるのだろうか。

 カルナはセイバーがなんとか怪我を負わせたし、新たに召喚され、アニエスの体を乗っ取った信玄が李徴を撃退。それが原因かは不明だが、そこからは全員が撤退。誰も倒せなかったのは残念だが、防衛は成功したと言っていいだろう。

 唯一卑弥呼が重傷を負って意識を失っているとのことだが、霊核は無事だし今は安静にしているとのことなので、安心した。

 

「……それにしても、向こうは相当な強さを誇るな。もう一人くらい召喚しておくべきか……?」

 

「過剰な気もしますけどね。今回は防衛線で周りに被害も出せないから手こずったんでしょうけど……。あとはあの優男ですかね」

 

 小碓はやはりカルナを恨んでいるようだ。カルナのことを話すときには手の小刀がきらりと光って怖い。

 まぁ、小碓の言うことも正しい。今回のライダーの召喚は予想外だったが、一応防衛はできていたし、今回は俺の采配ミスだろう。卑弥呼か壱与のどちらかをこちらに連れてきて、小碓を向こうに配置しておけば、もう少し打てる手も増えていたかもしれない。……小碓は意外と火力あるしな。それか、今度からマスターが遠出する際には俺だけ付き添うようにするか……。

 それで困ったときに英霊召喚するとか……。ダメだな。場当たり的にそんなことしてたら、いつか詰みそうだ。

 

「さて、明日は作戦の日だろう? 寝ておいた方が良い。時間が来たら起こすから」

 

 そう言って、俺はマスターをベッドに寝かせる。マスターは少し緊張しているのか、布団に入りながらもこちらを見上げて目を閉じない。

 

「どうした、マスター。緊張しているのか?」

 

「……そりゃあね。初めて使う呪文だし……」

 

「でもさっき試したときはしっかりできてたじゃないか」

 

 頭を撫でてやると、マスターはむぅ、と唸りながら少しだけ顔を布団に沈めた。それから、少し部屋の中を見回してから、深くため息をついて目を閉じた。

 

「……寝るわ。灯りは消しておいてちょうだい」

 

「はいはい」

 

 貴族とはいえ、ここは資源の限られた船の上。しかも軍船とあれば、勝手に明かりをつけておくわけにもいかない。けど暗いと不便と言うことで、宝物庫からよさげな照明を出して使っていたのだ。こういうところは俺をサーヴァントにした利点だな。要所要所で便利な道具を出せるので、日常生活にも便利なのである。

 出していた照明をしまうと、部屋は暗闇に包まれる。まだ日も暮れて少ししかたっていないが、明日は朝早くから動く必要がある。だからこうして早めに寝かせているのだ。

 

「……んふー」

 

「いや、場所ないから」

 

 俺の服の袖を引きながら、胸元をチラチラと露出させる小碓の頭をぐいっと押して拒否する。司令部があるほど広い船内とはいえ、俺たちが乗り込んで一時間ちょっと占有できる場所なんてないのである。

 何をしたいのか悟った俺がそう断るが、小碓は不思議そうに首をかしげる。

 

「え、ここでいいじゃないですか」

 

「は? ……馬鹿なのかお前……?」

 

「ばっ、馬鹿じゃないですよ!? だって宝物庫の物使えば遮音結界くらい張れますよね? それで大主にもうちょっと深い淫夢見て貰えば、実質さんぴーですよ?」

 

「……ごめんな。馬鹿かどうか疑って……間違いなく馬鹿だわお前」

 

「ふええっ!? どっ、どうしてボクが馬鹿なんですかっ! そういうのは壱与ちゃんとか迦具夜ちゃんとかに言ってほしいものですね!」

 

 なんでキレてんだこいつ……? 今俺間違いなく正しい評価叩きつけた自信あるわ……。

 

「今日の所は我慢しろって。いつ敵が来るかもわからないんだから」

 

「うっ……それもそうですね……。我慢します……」

 

「いい子だ」

 

 俺がそう言って撫でると、小さな声をあげながらはにかむ小碓。

 ……さて、一応動き出すのは明日の8時頃と聞いてるけど……。やれることはやっておかないとな。

 

「そういえば明日は何で行くんですか? 『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』は核を撃ち抜かれて修理中ですよね?」

 

「ああ、だから明日は『天翔る王の御座(ヴィマーナ)』で行こうかなって。俺とマスターと小碓が乗るだけなら余裕だし、他の奴より小回りきくからな」

 

 あの老人のアーチャーが撃ち抜いてくれやがった俺のいつも愛用している方のヴィマーナは現在自動人形たち100人態勢で修理中なのである。まぁそれでもまだ600人近く余ってるから、宝物庫の中から俺に悪戯をしてくる自動人形もかなりの数いるんだけどね。ここらでだれが主人かを分からせた方が良いか?

 

「いや……止めといた方が良いと思うよ。主が数百人の自動人形相手に休む間もなく搾り取られてネズミ算式に自動人形増える未来しか見えないもん」

 

「なんだその恐ろしい未来予想図……あいつ黙示録の騎士かなんかなの……?」

 

「大丈夫ですよ。食い散らかすの主だけなんで。何が恐ろしいって座に戻っても逃げられないってところですね。……獣かなにかですかね?」

 

 こわ。そんなんゾンビパニック物の映画だけで十分なんだよ。……まったく。変に話が逸れたな。

 とりあえず、明日の作戦であるロサイス港への空図は貰ったし、マスターもこうして休ませている。最悪魔力の籠った宝石ならあるので、それを使ってもいいしな。あとは明日使う『天翔る王の御座(ヴィマーナ)』の用意と……。

 

「ほら、主。お茶を淹れましたよ。……色々と大主のこと気にしちゃうのもわかりますけど、それで考えすぎてもつかれちゃいますよ」

 

 俺が明日のことで不安になって色々と用意に奔走していると、いつの間にか小碓がお茶を淹れてくれていたらしい。声を掛けられて、確かにそれもそうかと思い直した俺は、椅子に座って一息つくことにした。

 ソファのようになっているので、小碓もお茶を持って横に並んで座る。

 

「……ふふ、こうしてそっと寄り添うだけでも、良いものですね」

 

「そうだな。……両隣挟まれると命の危険感じるけどな」

 

「ほんと女の人に好かれる天才ですよね。……えへ、ボクも女の子にしてもらっちゃったし……」

 

 もじもじとする小碓に少し心を動かされたものの、ここで手を出すわけには、と理性が俺を止めてくれた。……それにしても、これだけ好いてくれるというのもうれしいものだ。なんていったって、俺の宝具は『死んだ後も力になりたい』と思ってくれるほどの絆でなければ召喚できない。だから、俺の召喚に応じてくれる子たちがいるということはうれしい事なのだ。感謝してもし足りない。

 ……ただ、何人か俺が死なないと思って接してくるのもいるにはいるけど……。たぶん、『このくらいじゃ死なない』と思ってやってくるんだろうが……。やめてくれ。その宝具は俺にきく。

 

「さ、明日は忙しいぞ。退いたカルナたちがどっちに行くかわからんからな」

 

 退いたと見せかけてまた学園を襲撃するかもしれないし、こちらに来るかもしれない。だから学院のサーヴァントは動かせないし……。こっちに全戦力回されたらやばいな。今のうちに一人くらいはサーヴァント見繕っておくか。

 

「ほら、それ飲んだら少し眠ろうか」

 

「はーいっ。あ、ベッドで抱きしめながら頭なでなでしてくださいね!」

 

「はいはい」

 

 部屋の中は狭いが物はないので、宝物庫からベッドを出す余裕くらいはある。着替えながらも宝物庫からベッドを出し、そこに寝転がると、小碓もそこに飛び込んでくる。受け止めてやって、さらに上から布団を出す。よし、これでおっけー。あとは自動人形を一人出してっと。

 

「よし、じゃあお休み」

 

「はいっ。おやすみなさい」

 

・・・

 

「さて、マスター、準備はいいか?」

 

 翌日。いつもより早めにマスターを起こして準備させ、俺たちも部屋にあるものを片付けたりしながら、こうして格納庫で作戦開始よりも少し早い時間に集合していた。なんでこんなに早く集合しているかと言うと、俺たちを誘導、護衛してくれる竜騎士との面合わせがあるからなのだ。

 マスターや小碓と共に地図とにらめっこしてみたり始祖の祈祷書を確認したりしていると、ぞろぞろと少年たちがやってきた。……まさか、彼らが……?

 

「おはようございます!」

 

「え、ええ。おはよう」

 

 元気にあいさつをしてくる少年たちに、マスターが挨拶を返す。マスターと同い年くらいの少年たちだが……。彼らも貴族らしく、自己紹介と軽く作戦の打ち合わせを行った。

 たぶんだが……彼らは、マスターをダータルネスに向かわせるためならばどんなことでもするだろう。そういうような命令を受けているはずだ。それはしょうがないとして……それを俺が認めるかどうかは別問題である。

 世界のすべての命や俺に敵対するものまですべて助けようとは思わないが……それでも、こうして知り合ってしまった以上は、なんとかして守りながら進もう。マスターと同い年なのに、俺の目の前で盾として死んでいくのは忍びないのだ。

 彼らはタバサと一緒で風竜に乗る子たちだ。それもあって、彼らもタバサのように助けてあげたいと思ってしまったのだ。

 

「……よし、それじゃあ行こうか!」

 

 事前の作戦会議も終わり、竜騎士のみんなは自分の竜の所へ向かっていった。俺もマスターと一緒に甲板まで上がっていく。あとは甲板から飛び降りれば、魔術によって隠蔽されているヴィマーナに乗り込めるだろう。

 

「……ほ、ほんとにあるのよね?」

 

「もちろん」

 

 甲板から下をのぞき込むマスターが、顔を青くして俺にきいてくる。俺は安心させるように笑顔で答えると、さてそろそろ乗り込もうかと言おうとして……慌ただしく鐘が鳴った。

 

「なに?」

 

「な、何なの!?」

 

「敵襲のようですよ。……ふむ、そういえば我々で索敵するの忘れてましたね」

 

「……そういえば」

 

 言われてから周りを見てみれば、はるか遠くの上空。雲の隙間から、大量の船がやってくるのが見える。どうにも、あれは敵艦のようだ。……まずいな。

 俺が急いでヴィマーナに飛び乗ろうとしたとき、兵士が一人やってきて、俺たちに叫ぶように命令を伝えてくる。

 

「『虚無』出撃されたし! 目標ダータルネス! 仔細自由!」

 

「了解した!」

 

「ッ! 主!」

 

「……やばいな。口閉じてろ、マスター!」

 

「ふぇ? ひゃぁ!?」

 

 小碓の注意が飛ぶと同時に、爆発音が響く。おそらくだが、魔法が直撃したか……爆薬を乗せた船でも突っ込んできたのだろう。揺れる船の中で、マスターを抱えて飛び降りる。音からして、小碓もそれに続いてきたらしい。マスターの気の抜ける悲鳴を聞きながら、思念でヴィマーナを操り、俺たちを受け止めさせる。

 

「よし、まだ船が突っ込んできてるみたいだな……何隻かつぶしていくぞ!」

 

「了解ですっ。大主のことは任せてください」

 

「よし、行くぞ!」

 

 ぐいん、と俺の思考をトレースしたヴィマーナが、機首をひるがえして目標へ向かう。宝物庫から取り出した黄金のガトリングを機種に付けているので、魔力を通せば直接操作しなくても前には攻撃できる。宝物庫爆撃はあんまり大々的に使うとまた面倒ごとを引き出しそうなので、こうやって『マジックアイテム』でごまかせそうな範囲でのものを使うとマスターとの相談で決めたのだ。

 

「まずは竜騎士隊が空に上がる時間を稼ぐ!」

 

「りょーかいですっ!」

 

 小碓が小刀ではなくもう一つの剣を抜く。草薙の剣と呼ばれるもので、炉心に天照大神の加護を持つ火打石を組み込んでいるおかげで、八岐大蛇の水の属性を炎に変換できるという、いうなれば『草薙の剣・改』とでもいうべきものなのだ。

 今の小碓では大きすぎてあまり使いこなせてないが、それでも炎を操るくらいはできるようなので、こういう時は対人の小刀よりもこちらの方が適している。

 

「小碓、目の前の船を止めるぞ!」

 

 空中でヴィマーナを旋回させて突っ込んでくる船に船首を向け、ガトリングを起動する。数回転した後に、魔力の弾丸が飛び、数隻を砕く。正直威力的には木造の船が耐えられるものではないので、数百発も食らった船はその場で浮力を失い、ほぼ真下へ落ちていく。

 

「行きなさい、炎よ!」

 

 小碓が剣を振るうと、蛇のような形を取った炎が、一隻の船に纏わりつき、大炎上させる。火薬を大量に積んでいるからか、爆発炎上して四散していく。

 

「よし、いい具合だ。……ちょうど竜騎士たちも来たみたいだな」

 

「みたいですね」

 

 塊になって飛んでいる竜騎士たちがこちらに向かってくると、一人だけ先行してヴィマーナに竜を寄せ、大声を掛けてくる。

 

「『虚無』殿! 竜騎士全員集合終わりました! これより『ダータルネス』に向かいます!」

 

「……了解した! 基本的にこの船の周りにいてくれ! この船はマジックアイテムを装備していて、君たちくらいなら守りながら進める!」

 

 俺の宝具の中にある、『雷の守り』の宝具を展開しているので近くに寄ってくれていれば一緒に守ることができる。俺の言葉に了解の意を返してくれた竜騎士の一人は、遅れてやってきた仲間たちと合流して、何かを伝えると、こちらを囲むように近くに寄ってきてくれる。声を掛けてきた一人を見ると、こちらにサムズアップを返してくれたので、おそらくみんなに俺の周りにいるように伝えてくれたのだろう。

 ヴィマーナの周りに固まってくれたので、それを包むように円盤状の宝具が竜騎士隊を含めた外周をひゅんひゅんと飛び交う。これが『雷の守り』の宝具で、この円盤が飛び交う内側にいれば、雷が攻撃を迎撃してくれるという『自動防御宝具(オートディフェンダー)』なのである。

 

「……あれは」

 

 前方から、数十騎の竜騎士が飛んできた。……どう考えても敵だろうな。こちらはヴィマーナ一機に竜騎士が十騎……すれ違うまでにできるだけ削って……あとは突っ切るしかないだろう。いかに早くダータルネス港について、マスターの『虚無』をぶっ放せるかに作戦の是非が掛かっている。

 

「離れずについてこい! 最高速で突っ切るぞ!」

 

 『風』の宝具を使って、周りの竜騎士に声を届ける。全員が頷いたのを確認してから、ガトリングをぶっ放していく。ばらける魔力の弾丸は、広範囲の竜騎士を薙ぎ払っていく。更に、とらえきれなかった竜騎士たちを、小碓の炎が撹乱していく。……よし、これならいける!

 風竜の最高速度にヴィマーナを合わせ、迫る竜騎士たちの下をくぐるように通り抜けていく。

 

「このまま向かうぞ!」

 

「……後ろには……流石に来てないですね」

 

 敵の竜騎士はだいぶ落としたし、小碓の炎が残りをかき乱してくれたので、追ってきている竜騎士はいないようだった。

 ……だが、あの数は……。

 

「……主」

 

「ああ、やっぱりな」

 

 今の敵は、主力ではなかったことが、目の前の光景を見てわかった。……今さっき迎撃したのは、先行していた一部だったのだろう。

 眼前に広がるのは、百を超える竜騎士たち。……これが、本隊か。

 

「固まれ! ……突っ切る!」

 

「ですが! この数では!」

 

 味方の一人からそんな言葉が飛んでくるが、これを見て盾になろうとでも思われたら厄介だ。それに……今この周りを飛んでいるのは宝物庫にある防御宝具。百騎の竜騎士に突破されるほど、『雷』の力は伊達じゃない。

 

「この船を信じろ! 全員で無事にダータルネスへ向かう!」

 

「……了解! 全員、輪形に陣を取り、雷と共に進むぞ!」

 

 また少しだけ風竜には無理をさせると思うが、また最高速に近い速度で駆け抜けてもらうことになる。……ダータルネスにはもう少しだ。この部隊を抜け少しすれば見えてくる。ここを抜けるしかない。ガトリングをぶちかますと、数が多いからかすぐに散開される。

 ……だが、それならそれでいい。穴が開いてくれるならば、そこを通るだけだ。

 

「ちっ、竜騎士隊! 魔法は自衛か敵の隊列を乱すためだけに使え!」

 

 飛んでくる魔法は、『自動防御宝具(オートディフェンダー)』が防いでくれる。向こうの竜騎士に少なくない動揺が広がっているのを感じる。ま、そりゃそうだろう。俺だって、固まって突っ込んできて勝手に防御してくる敵とか、頭おかしいにもほどがある。

 ガトリングを何度か撃つと、相手も学習したのか固まらないように俺たちを囲み始め、なんとか死角を突こうと散発的な魔法が飛んでくるが、それをすべて宝具が防いでくれるので、何度か味方のビックリする悲鳴が聞こえるものの、おおむね問題なくダータルネスへと向かえた。

 

「マスター、準備をしろ! そろそろ見えてくるぞ!」

 

「わ、わかったわ!」

 

 始祖の祈祷書を開き、歌うように呪文を唱え始めたマスターと、竜騎士隊の全員で、追いかけてくる竜騎士を防ぎながらダータルネス上空で旋回するように飛ぶ。だいぶん敵も減ってきたので、この作戦が成功すれば……。

 小碓や竜騎士たちと共に防衛戦をしていると、ダータルネスの上空。雲を割くように大艦隊が姿を現した。

 あれが、『幻影(イリュージョン)』……。凄い魔法だな……。『虚無』と言うのは……。

 

「マスター、体調は大丈夫か?」

 

「ん、大丈夫よ。ぎりぎりのところまで使ったけど……限界ではないわ」

 

 そういうマスターの顔色は、良いとは言えないものの、そんなにまずそうではなかった。

 俺たちの後ろをついてきていた竜騎士隊はと言うと、大艦隊が見えた時点で散開し、おそらく自分の部隊へと戻ったのだろう。この近くにはいなくなっている。……まぁ、彼らにはこの『大艦隊』発見の報を伝えてもらわなければ困るので、全速力で戻ってもらいたいものだ。

 

「……さ、戻ろう。みんなで無事に戻るまでが、作戦だ」

 

 そう言って、俺は味方の竜騎士隊たちに作戦は無事に成功し、そして帰還することを伝える。竜騎士たちの顔に、安堵と笑みが浮かぶのが見える。……まぁ、宝具で守ってたとはいえ、あれだけの竜騎士隊の中を突っ切ったのだ。……彼らの今後に、何かいい影響でも与えられればいいんだけれど。

 さて、合流地点はアルビオ大陸に向かう途中の空。目印も何もないところだが、まぁ空図を目印に行くしかないだろう。

 そんな風に少しだけ気が抜けたことを考えていたからだろうか。……小碓が声を上げるまで、俺は『それ』に気づかなかったのだ。

 

「――主!」

 

「ん? ……なにっ!?」

 

 急に、上空に現れた反応。……これは……。

 

「小碓、マスターを守れ! 竜騎士隊、船の後ろに!」

 

 慌てて陣形を返させる。いや、間に合わん! この速度では……! 防御宝具を目の前に固め、迎撃のために宝物庫からデルフを抜いておく。

 その一瞬の後に、雷鳴。そして……は? 防御宝具を突破された!?

 

「不味い! マスター、さらに後ろへ……!」

 

 白い閃光のように、魔力反応は近づいてくる。

 

「→目標。接触」

 

「な……」

 

 なんと、魔力反応は防御宝具を抜け、ヴィマーナへとランディング。火花を散らしながら足を滑らせ、俺の前までやってくる。

 ……敵意が……ない? 不思議な感覚だ。

 見た感じは……少女と言っていいだろう。褐色の肌に、白い髪の毛。やけに黒目が大きい気もするけど、違和感を覚えるほどではない。服装はぴったりと体に張り付くような黒いボディスーツに、後頭部に大きなリボンを付け、その上からブーケのようなものを被っている。

 こちらに対して、特に何をするでもなく、ただ見上げて、しばらく見つめ合っている。

 

「→目標。こんにちわ」

 

「え? あ、こんにちわ」

 

 ……え? その、どこかでお会いしましたか……?

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:けつばん

真名:アネ゙デパミ゙ 性別:Q 属性:ヂゲ・ノ゛ゴ

クラススキル

まだはやいよ:?

固有スキル

みちゃだめだよ:!

みちゃだめっていってるのに:・

だから、まだみちゃだめ:d

のうりょk

――ステータスが消去されました。


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第四十四話 獅子の心と日々のお供と未知の乙女。

「YO! YO!」「……どうしたんだ急に」「んあ!? ぎ、ギル様!? いつからそこに?」「……なんかフレミングの左手の法則みたいな指して頭揺らし始めたところからかな」「さいしょっからですね!? あぅぅ……お恥ずかしい」「お前恥とかって感情あったのか……」「ありますよぅ! ギル様限定ですけど!」「え、そうなの?」「はい! ギル様以外にならこんな姿見られてもなんとも思いませんから! 他人の評価が気になるんじゃありません。ギル様の評価が気になるのです!」「……お前、心チタン合金かよ」


それでは、どうぞ。


「→目標。あなたはギル?」

 

 目の前に現れた少女に挨拶を返すと、小首をかしげながらそう続けられた。今の言葉からして、俺だと確信してきたわけじゃなさそうだが……。とりあえず敵意はなさそうだ。小碓に引き続き警戒はしてもらって、俺は少女との会話を試みる。

 っていうか、不思議な感覚だな。この子が話すたびに、カーソルかなんかで指されてる気がしてくる。

 

「ああ。俺はギル。……ええと、君は?」

 

「→ギル。今は……『ディフェンダー』と呼んでほしい。詳しく話すには……ここは不用心すぎる。ので、どこかで二人になりたい」

 

「……大主、主が口説かれてますよ?」

 

「え、あいつが口説かれる方なの……?」

 

 少女の発言に後ろの小碓達がざわつき始める。ち、違うよ? 流石の俺も急に現れた不審な女の子に手を出したりは……んーむ、否定できない……。

 

「→ギル。どう? 時間はある?」

 

 逆側に首を倒し、さらに聞いてくる少女。……こちらの宝具の防御網を抜け、目の前にランディングした子は怪しい、とはいえ、そこまでの力を持っていて敵意があるのなら今無傷でいるというのはおかしいし……。それに、この子は多分だけど、俺の敵じゃない。

 俺の指に嵌っている十の指輪。そのうちの右手親指の『女神指輪(リガーズリング)』、左手小指の『英霊指輪(クラスリング)』のどちらからも反応がないから、俺と絆を結んでいないことは確かだ。……え? 指輪の話? それは……機会があったらな。

 

「……ま、いっか。作戦も無事終わったし……。ここから戻ったら話を聞くよ。一緒に付いてきてくれるか?」

 

「→ギル。了承。このまま乗らせてもらう」

 

 そういうと、少女は『天翔る王の御座(ヴィマーナ)』の操縦席、玉座の真横に三角座りをする。そのまま動かなくなってしまったのでしばらく見つめると、少女がこちらを見上げてまた首を傾げた。あざといが、少女は何かわからないことがあると首をかしげる癖があるのだろう。

 小碓とマスターにはあとで説明することを約束して、竜騎士のみんなと一緒に旗艦へと進路をとる。とりあえず帰ってから、この子の話を聞かないとな。

 

・・・

 

 旗艦へ戻り、作戦の報告をする。どうやら陽動作戦は上手くいったようで、次の作戦に向けて慌ただしく動いているのがわかる。そんな状況なので、俺たちも『次の作戦が決まり次第追って連絡する』と言われ、半ば追い出されるように自室へと帰ってきていた。まぁ、そちらの方が都合は良い。こちらも謎の少女と言う問題を抱えたわけだし、そちらの解決に時間を使えるのは望むところだ。

 

「で、話をきこうか」

 

「→ギル。……この部屋にはギル以外の者がいる。退室を希望する」

 

 部屋を見渡して少女が言う。だが、ここにいるのはマスターと小碓と言う完全なる身内だ。そこは認めてもらうしかないな。

 

「ここにいるのは俺のマスターと信頼できる仲間しかいない。話してもらっても大丈夫だよ」

 

「→ギル。わかった。ギルが信頼するなら……このまま話す」

 

 そう言って、少女は話し始める。

 

「→全員。私は、クラス『ディフェンダー』。と言っても無理やりあてはめたものだからたぶん私しかいないクラス」

 

「さっきも言ってたな。確かに聞いたことないクラスだけど……」

 

 自分を指さして説明してくれる少女……『ディフェンダー』は、俺の言葉に一つ頷いて話を続ける。

 

「→全員。私は、英霊としてはたぶん、特異な存在だと思う。……信じて、聞いてくれる?」

 

 またも首をかしげて俺の言葉を待つ『ディフェンダー』。まぁ、『英霊として特異』とか言っちゃうと俺が突き刺さりまくりなので、それを気にすることはないんだけど……。先を促すと、彼女は己自身を指さして再び口を開く。

 

「→全員。名前から言った方がわかる……かもしれない。私の英霊の座に登録されている名は『カルキ』。インド神話において、新たな黄金時代を到来させると言われた、『未来の英雄』」

 

「『カルキ』……。っていうか、それって数十億年後とかの『世の終わり』に誕生するっていう英霊では……?」

 

 流石に未来過ぎて名前を聞いただけでは詳細がわからないが、たぶんカルナとかアルジュナ関連の英霊なのは間違いないだろう。インド神話ってやばいレベルの英霊しかいないし。

 

「→ギル。そう。私は、『世の終わり』に生まれた。正確に言ってもわからないくらい遠い未来。人類は地球外存在の攻勢にさらされていて、宇宙進出や新兵器の開発によってなんとか耐えしのいでいた」

 

 ……急にスケールの大きい話になってきたな……。地球外存在の攻勢……? つまり、宇宙人に襲われてるとか、そういう……?

 

「→全員。そこで、地球人類が開発した人工知能……つまり、私の前身となったプログラムは考えた。『この状況を打破するためには、何をすればいいか?』を」

 

 まぁ、人工知能がいて、それを考えるのは当然だろう。……でも、そういう『人工知能』とか『AI』とかって敵勢力に利用されたり最終的に『人類は不要』みたいな結論に至ることが多い気がするけど……彼女はならなかったんだろうか。

 

「→ギル。その心配も最も。私も、最初は『人類は滅んでしまったほうが、最終的には幸福』とか考えたりもした」

 

 やっぱりじゃないか! ……っていうか普通に俺の心を読まないでほしい。……や、読心と言うよりは予測か……?

 

「→全員。でも、それは別に私じゃなくても考え付くこと。人類が開発し、成長した人工知能たる私は、一番難しい道を行くことにした。つまり、『人類を地球上で繁栄させ続ける』道を探し続けて……ある日、『英霊の座』の存在を知った」

 

 そんな未来でもきちんとあるんだな、『座』が。っていうか、そんな危機的状況なら、英霊たちも動くはずだけど……。

 

「→全員。そこで、私は答えを得た。『英霊として座に登録され、過去に戻り、地球外存在からのファーストコンタクトを挫く』と言う答えを」

 

「……え?」

 

 それは、俺の声だったか、隣で前のめりになって聞いていたマスターだったか、その横にいた小碓だったか……とにかく、全員が困惑していることだけは確かだった。だが、目の前の彼女……『カルキ』は、説明に集中しているのかあえて無視しているのか、そのまま俺たちの反応をよそに話を続ける。

 

「→独白。……あの時は、我ながら天才だと思った。人類の叡智たる人工知能として、最高の答えを演算したと思った。だから、次にやることは『違和感なく、破綻無く、座に登録される方法』を見つけ出すことだった。そして、私はあなたを見つけた」

 

「……俺?」

 

「→ギル。そう。あなた。『女神』経由であなたは封印されていて、私が月の演算装置で見つけたときにはすでに復活は難しそうだった。……だけど、あなたの宝具は登録されていた。『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』。英霊召喚の宝具。私は、その宝具に私を召喚させた」

 

 え、俺未来で封印されてんの!? しかも土下座神様も!? ……って、もしかして……。

 

「→ギル。あなたの宝具によって召喚された私は『女性の英霊』と言う殻を被り、それによって逆説的に『英霊の座』に存在していることが確定した」

 

 ……なるほど。俺の宝具は『死後、座に上っても俺に協力してもいいと思ってくれる英霊』を召喚する宝具だ。そこから召喚されたということは、『英霊の座』にいることが前提になる。……なんだその存在の叙述トリック。

 つまり、未来から過去に干渉するためには、『時間の流れ』から切り離された『英霊の座』に登録する必要があって、そのために俺の宝具を利用した、と言うことか。

 

「→ギル。そして、私は『未来の英霊』と言うカテゴリにヒットした、『カルキ』の皮をかぶって、私に登録された様々な機能を『スキル』や『宝具』として流用し、登録した」

 

 なるほど、だから彼女は『英霊としては特異』と言ったのか。確かに、そんなの特異すぎるな。

 

「→ギル。それから、私はあなたを探して『女神』経由でこの世界に来た。……現地の情報が地球と違い過ぎるからその状況整理とかに時間かかったけど……」

 

 ……つまるところ、土下座神様があんなになった理由も、おそらくは『地球外存在』の所為なのだろう。そして、俺を逃がした神様と、『カルキ』はそれに対するレジスタンスのようなものなのだ。

 

「……なるほど、だいたいはわかった。俺の協力も必要と言うなら、もちろん協力するよ」

 

「→ギル。ありがとう。ただ、あっちの戦力がこちらに流れてきてるのも気になるから、まずはこちらで状況の確認と、相手戦力を減らすことも考えた方が良いと思う」

 

 その言葉にうなずき、カルキに右手を差し出す。首をかしげる彼女に苦笑しながら、「握手だよ」と言うと、それを理解したカルキが同じように右手を差し出し、握ってくれる。よし、これで彼女と協力関係を築けただろう。

 

「マスター、そういうわけだから、これからは相手の勢力との戦いも増えてくるかと思う。……絶対に守るから、一緒に戦ってくれるか?」

 

 カルキとの握手のあと。マスターに向き合ってそう確認する。

 

「また勝手に決めて……。ま、まぁ? あんたは私の使い魔だし私を守るのは当然だけど……。なんか大変なことが起きてるみたいだし、それはこの世界にも関係あるんでしょ?」

 

「→桃色。そう。あの存在はきっとこの世界も見つける。あれは知性を求め食らう怪物。というか、こっちにギルが来てる時点で捕捉されかけてると思う。だいたい女神の所為」

 

「……俺を逃すためにこっちにやったんだから、俺の所為でもあるだろ」

 

 まぁあの土下座神さまのことだし、善意なのは間違いないんだけどな。とにかく、彼女がなぜ来たのかは分かったわけだし……。神様の不調の遠因もわかってよかったよかった。いやよくはないな。解決してないし。そもそもあのガングロギャル状態は何なんだ……? オルタ化したから……? え? 神様オルタ化するとガングロギャグになるの……?

 

「→ギル。とりあえず、私の情報は伝えておく。……公開は任せる」

 

 その言葉の後に、カルキのステータスが俺の脳裏に浮かんだ。……まぁ、たぶんスキルとかを目の前で使われない限りは更新されないだろうけど……。

 

「→ギル。あと、ギルをアップデートする。はい」

 

 カルキの言葉の後に、俺に少しだけ力が流れ込んでくるのを感じる。……これは……?

 

「→ギル。別の未来で封印されていたあなたから、力の一端を引き出して、英霊としての存在を構築した。これは、そのうちの一部をあなたに返している」

 

 ……それでカルキは大丈夫なのか……? 一応それを確認してみると、俺の力は参考にはできるものの、自分のものにはできないんだそうだ。持っていても得もないし損もないので、こちらに返すのだとか。それなら問題はないか……。

 

「……ん?」

 

 そして、戻ってきたいくつかの力が、俺に一つの存在を感知させる。……これは……初めて召喚されたときに感じた……? 勘違いかと思っていたが、遠かったから気づきにくかっただけで、実際にはずっとこの近くにいたのか……? ええと、この辺の地理は……。

 

「マスター、この辺って何があるかわかるか?」

 

「えぇ? 急にそんなこと言われても……。私だって別に他の国に詳しいわけじゃ……。ここがロサイスで、んーと、あんたが変な感じがするのってどっちなの?」

 

「こっちだな」

 

「そっちには……サウスゴーダってところがあるわ」

 

「サウスゴーダ」

 

 聞いたことのない地名だ……。けど、地図上の間隔から見ても、その近くから気配を感じているのは確かだ。ちょっとあとで時間があったら行ってみようかな、なんて思っていると、目の前にいたカルキが妙な動きをし始めた。……屈伸? え、なんで準備体操を?

 

「→ギル。回答する。人間は、激しい動きの前には準備運動がいるというのを学んでいる。それくらいはばっちり。任せてほしい」

 

「いや、その辺の常識を聞いたんじゃなくて、何で今それをし始めたのかを聞いたんだけど……」

 

「→ギル。なんで今これをしたか、と言うこと? ……だって、ほら」

 

 そう言って、カルキは俺の後方……サウスゴーダの方角を指さす。

 

「→全員。来るよ?」

 

 瞬間、俺たちのいた天幕が吹っ飛んだ。

 

・・・

 

「けほっ。……マスター、無事か?」

 

 マントの下に隠したマスターを確認する。マスターもせき込んではいるものの、無事そうだ。俺たちの天幕は他の所から離れた位置にあったため、被害はほぼないだろうが……。

 

「何者だ……?」

 

「→ギル。一応あっちに誘導する。落ち着いたら来て」

 

 大きな音と共に、何かが遠くに行く感覚。……よし、俺も行くとしよう。

 

「小碓、マスターを頼む」

 

「……はい。ご武運を」

 

 魔力を体に巡らせて、カルキの反応を追う。場所は少し離れた森の中。近づくと、激しい破壊音。カルキがさっき飛来した正体不明と戦っているようだ。

 

「カルキ!」

 

「→ギル。ようやく来た」

 

 戦闘態勢なのだろう。純白の鎧に身を包み、カルキの少女と言っていい小さな身体に対しては不釣り合いな、白く大きな剣を構え、こちらに視線を向けるカルキ。俺もエアを抜き、隣に立つ。土埃で少し周りが見えないが、カルキの体が向いている方に先ほどの飛来物体がいるのだと思う。

 

「相手はサーヴァントか?」

 

「→ギル。その通り。ちょっと私と一緒に対処してほしい」

 

「もちろん。感覚的にしばらく前に感じたのと似てたんだけど……」

 

 少しして、土埃が収まる。向こう側に感じていたのは、なんだか懐かしく思えるような、強大な魔力。こちらに召喚された日に感じた、妙に引っかかる……。

 

「……ふぅん。やっぱり、少し違うね。……君、誰だい?」

 

「まさか……その姿……」

 

「→ギル。知り合い?」

 

 知り合いかと言われれば違うんだけど……でも、完全に関係ないかと言われると……否定せざるを得ない。この、英霊は……まさか、と言うべきか……。

 俺と絆を結んでいない……と言うか、たぶん俺のことそんなに好きじゃないんじゃないかって英霊ナンバーワンをほしいままにしている、稀代の英霊……!

 

「短時間でカルキに引き続いてこんなビッグネームと出会うことになるとはな……」

 

「僕の事を知っているのかい? ……でも、その姿はともかく中身はわからないな」

 

「……そりゃそうだろうよ……エルキドゥ」

 

 目の前に立つ、白衣の新造兵器。俺の力の元になった英雄(ギルガメッシュ)……その唯一の親友が、土埃の向こうに立っていた。

 

「不思議な感覚だね。中身以外は知っているのに、中身は全然別物だ。……どういうことなのか興味深いよ」

 

 その端正な顔を好戦的な笑顔に歪めて、エルキドゥは構える。……そういえば自分を『兵器』と定義している上に、『性能を比べる』ことに対しては前向きな好戦的な性格してるんでしたっけ……?

 ってことは、不味いぞ。そもそもの話……俺の『知っている』エルキドゥは、『()()()()()()()()()』!

 斧……エルキドゥで斧の逸話なんてあったか……!?

 

「まぁいいや。そんな君のことも、性能を競い合えばきっとわかるとも」

 

 魔力が巡る。……誰に召喚されたかはわからないけど、このエルキドゥは、潤沢な魔力を持っている。相当なステータスを持っていると思っていいだろう。宝具で負ける気はしないが、ステータスでの勝敗はあちらにあると言ってもいい。

 

「……カルキ、ここは俺に任せてくれないか」

 

「→ギル。わかってると思うけど……ギル一人で戦った場合の勝率は――」

 

「わかってるよ。戦闘に関してはあっちの方が上だってことはさ。……でも、俺がこの姿でこの力を使うには、まず……あの子と語らないといけないから」

 

 そう言って、俺はエアを抜く。初手から様子見なんてなしだ。宝物庫とエア。この力で、俺なりの答えをあの子に示すのだ。

 

「カルキは、危なそうになったりしたら止めてくれ。この世界を破壊する気なんてないし、無いとは思うけど、エルキドゥを殺しそうになった時は……俺を本気でぶっ飛ばしてくれ」

 

「→ギル。……理解不能。……でも、それがあなたらしいと、我が頭脳(システム)が言っている……ような気がする。だから、一言だけ。――頑張って」

 

「ああ! ……エルキドゥ。戦おう。戦って、俺のことを知ってくれ。……それで、最後に話を聞いてほしい」

 

「ふふ。……ああ、もちろんいいとも。君は素直な性格なんだね」

 

 ぎゅ、とエアを握る手に力を籠める。……頼むぞ、エア。俺と一緒に、戦ってくれ。魔力を込めると、応えるように刀身が回転し始める。こうして本人でもないのに力を貸してくれるのはありがたい。エアにもいつか報いねばな、と思いながら、目の前の美しい神造兵器に相対する。

 

「それじゃあ、いくよ」

 

「っ!」

 

 「いくよ」の「よ」が俺の耳に届くと同時に、目の前にエルキドゥが迫って、その巨大な戦斧を振り下ろしていた。

 それに合わせてエアを振り上げられたのはほぼ反射だった。これでも、数千の時を生きているんだ。それなりに戦闘の経験もある。その経験が、エアを振り上げるという反射を可能にしたのだ。

 

「おも……!」

 

 エアを持つ手とは逆の手で、宝物庫から短剣を抜き、死角になる下方から突き刺す。だが、エルキドゥも空いた片手を手刀の形にして、それを弾く。だろうね。わかってたよ。身体を自由に変化させられる、神の泥とでもいうべき身体。大地を味方にし、動物と語らい、自然から力を貰う存在。それがエルキドゥだ。

 

「ふふ、力は同じでも、使い方は異なるようだね」

 

「はは、同じ力を貰ったとはいえ、そこからは違う道を歩いたからな」

 

 エアで斧を振り払い、短剣を捨て、後方へ飛び下がる。杖を抜き、魔術を起動する。地面が隆起し、壁となるが……次の瞬間、いくつかの武具がその壁を貫き、俺に迫る。宝物庫から盾の宝具をいくつか取り出して防ぐ。これは……大地を変換したな……!?

 こうなれば、俺も宝物庫を開くしかあるまい。次に飛んでくる武具を見て、同じ数の宝具で迎撃する。

 

「やはり、『それ』も使うんだね」

 

 ニコリ、と獰猛な笑みを浮かべるエルキドゥ。……楽しそうだなぁ。

 次はこちらから攻める番だ。後方に宝物庫を開き、そこから宝具を飛ばす。だが、地中から伸びた鎖に邪魔されて、すべてが地面に落ちる。

 

「かかったな」

 

「うん?」

 

 落ちた宝具に、一つ命令を下す。『壊れた幻想(ブロークンファンタズム)』。内包した魔力を元に爆発を起こす宝具に、流石のエルキドゥも防御の姿勢を取りながらその場から飛びのく。着地予想地点に宝物庫を開き、発射。エルキドゥは大地や自身を変化させてそれを防ごうとするが、その前に同じく爆発を起こし、避けた先に宝物庫を開き……それを5度繰り返すと流石にこれ以上の消耗を嫌ったのか、エルキドゥが踏み込んでこちらに迫る。何発か牽制で撃ってみたものの、弾丸のように突っ込んできながらその手の斧で弾かれ、接近を許してしまう。

 ……向こうは俺が接近戦を嫌ってこうしたのだろうと思っているようだが……それが、俺の狙いだ。

 

「む?」

 

 斧を振りかぶったエルキドゥだが、俺に迫る瞬間、疑問を顔に浮かべ、身体を一瞬強張らせる。……天の鎖を使えなくなってしまったが、それに代わる拘束方法がないわけではないのだ。一応獣としての属性も持っているエルキドゥに、俺は宝具に紛れさせて『貪り食うもの(グレイプニール)』を伸ばしていたのだ。それが足に絡まった瞬間、エルキドゥの力を一瞬封じ、動きを止め

 

たのだ。

 それだけの隙があれば、俺でも近接戦闘での勝利を手繰り寄せられる。

 

「ふんっ!」

 

「く……!」

 

 回転させたエアで、動きの止まったエルキドゥに逆袈裟切りを仕掛ける。『貪り食うもの(グレイプニール)』を切断したエルキドゥだが、避けるまでの余裕はなかったようで、俺の一撃を斧で受け止める。……よし!

 宝物庫からバックアップを受け、筋力値を上げエルキドゥを空へと打ち上げる。そのまま腕を引いて、エアの回転を上げる。

 

「行くぞ。『天地乖離す(エヌマ)……」

 

「しまっ」

 

開闢の星(エリシュ)』!」

 

 乖離剣エアの真名開放。短いタメと魔力をそんなに回していないために威力は控えめだが、その分隙は少なく、すぐに出せるので、牽制やジャブとして使うことが多い。今回も、空中で身動きの取れないエルキドゥに対して使用する。

 エアの生み出した風に巻き込まれ、エルキドゥの白い外套のような貫頭衣が裂けていく。頬も少し斬れ、赤い線が頬に走っているのが見える。

 

「くぅ……!」

 

 両手をクロスし、エアの真名開放を耐え、服の裾から鎖状の武具を生成して射出してくる。だが俺は焦らず宝物庫から引っ張り出した巨大な剣にそれを絡めさせ、手放して鎖を無効化する。その剣の陰から飛び出して、エルキドゥの下方から迫る。

 予想通り反撃してくる素振りを見せてきたので、俺の目の前。エルキドゥとの間に宝物庫を開く。出したものは……。

 

「っ!?」

 

「驚いたか?」

 

 宝剣や魔槍なんかじゃない、いつもだったら出さないようなものだ。……それは。

 

「『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』!」

 

 動力源を撃ち抜かれて修復中だったヴィマーナの内の一つ。その巨大な船体が、驚いた顔をしたエルキドゥに向けて飛んでいく。身体を回転させて避けたが、先ほどまでの場所に俺はいない。すぐにエルキドゥの視線が移動した俺を貫くが、その時には俺はもう次の行動に移っている。

 先ほどの『貪り食うもの(グレイプニール)』を投げて絡め、こちらに引っ張る。一瞬焦った顔をしたエルキドゥだったが、すぐに顔を笑顔に変えて加速して突っ込んできた。……だと思った。エルキドゥほどの英霊なら、この状況を利用して俺の方へ来ると信じていた。エルキドゥは片手に持つ斧を振りかぶり、高速で突っ込んでくる。

 

「さぁ、いくよ!」

 

「……こい!」

 

 俺はその手をエアで……弾かずに、エアを手放して徒手になる。ここからだ。極限まで集中しろ。両目に出来うる限りの魔力を流す。だんだんと世界がゆっくりに、モノクロになっていく。元は未来を見通すという『千里眼』だ。魔力を流して強化すれば、一時的に機能を増強することも可能なのだ。

 それによってスロー再生しているように見える世界で、焦らずに体を動かしていく。狙うはあの戦斧。振り下ろされて、刃が俺の脳天に迫る。体の動きもゆっくりに感じるが、半身になって紙一重で避け、エルキドゥの体の内側に入る。一瞬、視線が交差して……俺の左手は、戦斧を持つ腕の手首をつかんだ。

 

「とった」

 

 手首を捻る。……だが、人とは体の造りが違うからか、それで戦斧を取り落とすことはない。……その事に驚いていると、風切り音と共にエルキドゥの手刀が迫る。思わず右手でそれを受け止めるが、右手の籠手が刃と擦れてぎゃりぎゃりと甲高い悲鳴を上げる。……良かった、右手で受け止めて。右手の籠手はエアの排熱や勢いよく排出されるガスのようなものに耐え、俺の手を保護してくれるほどの頑強さを持つ。現に今俺の右手は特にダメージもなくエルキドゥの一撃を受け止めている。

 

「く……」

 

「形勢逆転だね。あの速さに対応したのは驚いたけど……こうして本体の力比べとなれば僕の方が有利じゃないかな?」

 

 俺が両方の手を掴んでいるから一見有利だが、たぶん素の筋力値では負けているからか、すでに振り下ろしている戦斧はなんとかなるが、今現在進行形で俺の首に振り下ろされそうになっている手刀は籠手でつかんでいてもじりじりと俺の下へと迫ってきている。

 ……素の筋力値で負けてる? ……ならば、逆らわずに受ければいいのだ。右手の力を抜いて、こちらに引き寄せる。勢い余って俺に体ごと飛び込んできたエルキドゥと体を回して位置を交換し、勢いを利用して地面に押し倒す。

 

「これで……!」

 

「いや、まだ……!」

 

 そのままマウントを取ろうとするが、エルキドゥは地面を変化させ、下から自分を持ち上げてごろりと横に半回転。これで上下が入れ替わってしまった。

 

「くっそ……!」

 

 流石に大地に転がしたら大地を変化させられるエルキドゥが有利か……そのまま上から両手を組んで、ハンマーのように振り下ろされる。

 

「『貪り食うもの(グレイプニール)』!」

 

 しゅる、と俺の足に巻き付いた『貪り食うもの(グレイプニール)』が、俺をエルキドゥの下から引っ張りだしてくれた。

 

「……助かった」

 

「……ふふ、本当に面白い使い方をするね」

 

 俺が抜けだした一瞬あとに、どごん、と鈍い音がして、エルキドゥが振り下ろした拳の先がへこんでいるのが見えた。あっぶな。あれが俺の頭になるところだったな……。汚い花火になるところだった……。

 

「……さて」

 

 次にどうするか、と考えを張り巡らせていると、エルキドゥが両手をだらりと下げた。……? 戦意が消えた……?

 

「もう十分じゃないかな?」

 

「……そう、だな」

 

 これ以上やっても、たぶんこの土地を消し炭にする事になってしまうし……エルキドゥが納得してくれたなら良かったというか……。

 

「うん、君のこともある程度はわかったよ。……やりすぎなほどに優しい事とかね」

 

「うん?」

 

「だって君、僕を組み伏せたとき……もうちょっとやり用があったろう?」

 

 ……まぁ、宝物庫はどこにでも開ける上に、中の物はなんでも出すことができる。……自動人形たちを遣えばもうちょっとやり用もあったが……余波で傷つくのも嫌だったしな。

 

「……なるほど。君は能力だけではなく中身も少し似ているようだね。……彼は兵器の僕と友になった。君は、宝物庫の中に存在する人ではない人形を慮って使わなかった」

 

 いやそれは、戦って友情を感じた二人と違って、今までずっと雑用とか便利扱いしてこき使ってきたから、その分ねぎらっているだけと言うか……。

 

「不思議そうな顔をしているね。特別なことは何もしてないって顔だ。……そうやって、『ヒトではない』者に対しても、ヒトと同じように接せられる。……それはとても、稀有なことだと思う。僕からすれば、なおさらね」

 

 ふっと優しい笑顔を浮かべたエルキドゥがこちらに歩み寄ってきて、その嫋やかな右手をこちらに差し出してきた。

 

「……僕は、君とも仲良くなってみたいと思った。これからも、僕と仲良くしてくれるかい?」

 

「もちろん。……俺は、君の親友と同じ力、同じ容姿を借りて、こうして存在している。……だから怒ってるか……少なくとも良い感情は持ってないと思ってたけど……」

 

 俺が気まずそうにそういうと、エルキドゥは苦笑する。

 

「たしかに、不思議な感覚はするよ。でも、そもそも外見が一緒でも中身が違うってわかってるからね」

 

 そう言って朗らかに笑うエルキドゥ。

 

「→ギル。お疲れ。おわった?」

 

「あ、カルキ……すまんな、一人にして。終わったよ」

 

 そっか、と小さくつぶやくカルキ。

 

「……そういえば、エルキドゥって誰に召喚されたんだ?」

 

「ああ、そういえば紹介してなかったかな。……でも、もう少ししたら……」

 

 俺の言葉に少し考え込んでから、背後の森に視線を向ける。俺たちもそちらに顔を向けると……。

 

「エルー? いるー?」

 

「こっちだよ、テファ」

 

 少女の声が聞こえてきた。駆け寄ってきたのがマスターなのだろう。俺もそのマスターを確認しようとして……。

 

「……これは」

 

「→独白。あれはダメ。あれは自然の摂理に反する。……許せない」

 

 ぎりぃ、と歯を食いしばる音が横から聞こえてくる。カルキを見ると、無表情のまま口だけギリギリと歯ぎしりをしているという恐怖の状況が広がっていた。……これあれだな。俺のマスターにも合わせられないかもしれないな……あと壱与。たぶん無言で殺しにかかると思う。

 ……まぁ、走るとばるんばるん揺れる一部に視線が言ってしまったが、落ち着いてから見ると……もう一つの特徴が目に入った。綺麗な金髪に隠されて見えづらかったが、あの特徴的な耳は……。

 

「エルフ……」

 

 前にマスターから聞いたことのある、人間とは違う種族……その一人が、目の前にいたのだった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ディフェンダー

真名:カルキ 性別:? 属性:秩序・善

クラススキル

守護者:A
何かから守ろうとする行動をとった時、筋力、耐久にボーナス値を与える。

保有スキル

Program Kali-Yuga:EX
プログラム『カリ・ユガ』。AIが生み出したカルキを構成する頭脳。

System Avatara:A
システム『アヴァターラ』。ヴィシュヌのアヴァターラたる、カルキを構成する人格。

skin Light:A
スキン『ライト』。カルキの持つ粛清兵装の光で出来た、カルキを構成する身体。

hack Karma:A
ハック『カルマ』。カリ・ユガにおけるカルマを切り裂く、カルキを構成する能力。

form Invincible:A
フォーム『インヴィンシブル』。末世における悪を排除する、カルキを構成する技術。

能力値

 筋力:A 魔力:B 耐久:B 幸運:C 敏捷:C 宝具:EX

宝具

■■■■■■■■ ■■■■-■■■■(■■■■■■■■■■■■)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:― 最大補足:―

■■■■■■■■ ■.■.■.■.■(■■■■■■■■■)

ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1人


「っと、教えてもらったのはこんな感じか。まだ秘匿事項はあるみたいだけど……ま、そのうち分かるだろ」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十五話 久しぶりのお仕事。

「んえ? なにこれ」「あ、それ新しいシステムになったらしいから、更新しておいたぞ。なんかデバイスも変わったらしくて、結構操作感変わるらしいから慣れておいて」「あ、は、はい。……えー、凄いなー、これ。あれ? これどうやって……」「あ、その書類ちょっと書式変わったらしいんだよね。デバイスでの決裁ができるようになったらしいから、このガイド見ておいて」「わ、わかりました。……ちょっとお仕事お任せしてただけなのになんにもわからなくなってる……久しぶりの仕事で『出来ない女神』扱いは嫌……! なんとか頑張らないと……フンス!」「……変に頑張る神様も可愛いものだなぁ」


それでは、どうぞ。


「――と、言うことなんだ」

 

「……なるほど」

 

 エルフのテファ……テファニアと言うエルキドゥのマスターと合流した後。俺たちを見て後ずさりして逃げようとする彼女をエルキドゥが引き止め、説明と説得を兼ねて4人で話し合っていたのだが……。

 なんと、このエルフっ娘、このサウスゴーダと言う土地にある山脈。その中の森で暮らしているらしい。エルキドゥを召喚した方法を聞いてみたが、使い魔のゲートを出す『サモン・サーヴァント』を行ったのではなく、ある日魔法陣のようなものから光が集まって召喚されたんだとか。……俺と同じか。じゃあ、彼女も……?

 

「……と言うか、なんでさっきからテファニアは怯えてるんだ?」

 

 先ほどの話もほとんどエルキドゥが喋っていたし、何だったら今もエルキドゥの後ろでこちらの様子をうかがっているっぽい感じがする。目があったら逸らされるし、ここはひとつ、コミュニケーションを取って仲良くなるしかないな。

 

「あーっと、さっきも自己紹介したけど、俺の名前はギル。君のサーヴァント……使い魔やってるエルキドゥと同じく英霊って存在で、こっちのカルキも同じ」

 

「→胸革命。よろしく」

 

「あ、えと、テファニア……です。呼びづらかったりしたら、エルと同じようにテファって呼んでください」

 

「そうするよ。それで、テファは……エルフってやつなんだろ?」

 

 俺のその指摘に、テファは身体をびくりと震わせた。……? 何か気に障っただろうか……?

 エルキドゥを手招きして呼び、小声で尋ねる。

 

「あーっと……エルキドゥ? こっちの世界ってエルフって言うの悪口?」

 

「うん? いや、違うとも。この世界ではその『エルフ』と言う種族に対して……と言うか、人間種以外の亜人種に対しての偏見があるみたいだからね」

 

 さらに言うと、その中でも『メイジ』の使う魔法とは違う、強力な魔法を扱うというエルフは、畏怖や恐怖の対象となっているらしいのだ。……なるほど、別系統の魔法を扱って、長命で、と人間が恐れるに足る条件がそろってしまっているのか。それを知っているから、彼女は人間からの迫害を恐れているのか……。

 

「そんなに怖がらないでほしい……って言っても信じてもらえないかもしれないけど、敵意はないんだ。まぁ、ゆっくり仲良くなっていこう」

 

 そう言って、右手を差し出す。握手の習慣はこの世界でもあると思うけど……と不安に思いながらも笑顔で待つと、テファはエルキドゥの後ろから出てきて、おずおずと俺の手を握ってくれた。細いけど、軟らかい手だ。

 

「ありがとう。……それで、これからの話なんだけど……」

 

 そう言って、俺はこの世界であったことをかいつまんで話した。カルキから聞いた話も込みで話すと、テファ達も協力してくれることとなった。

 

「そんなことが……」

 

「……そういえば、テファはここに何をしに?」

 

「え? あ、エルのラインから変な感じがしたから探しに来たのよ。……って、そういえばお家放っといたまま!」

 

 焦ったように森へ踵を返したテファ。どういうことだ、とエルキドゥにきくと、なんでも孤児を拾って世話しているらしく、その子たちを放ってきたのだろう、と苦笑していた。……そうか。孤児を……子供たちだけなのだったら、そりゃ心配にもなるか。

 

「エルキドゥ達が住んでいるところに行ってもいいか?」

 

「ああ、もちろん。たぶんこれからの話をするためにも落ち着いて話せるところが必要だと思うしね」

 

「よし。カルキも行くぞ」

 

「→ギル。了解」

 

 こくりと小さく頷いたカルキを連れて、俺たちはテファ達の住んでいるという家へ向かっていくのだった。

 

・・・

 

「エルー! おかえりー!」

 

「なんか他の人もいるー?」

 

「金色の鎧だー!」

 

「真っ白なお洋服だー!」

 

 エルキドゥのあとをついていくと、わらわらと子供たちに囲まれてしまった。カルキも囲まれてワイワイされていて、困惑しているようだ。

 

「→ギル。マズい。取り囲まれた。私は出力調整が下手……上手くないから、除けようとすると子供たちの首をもいでしまうかもしれない。助けて」

 

「怖いこと言うんじゃないよ。まったく……」

 

 「下手」じゃなくて「上手くない」に言い換えたところに微妙なプライドが見え隠れするが……っていうかAIなのに人間臭いな……。とりあえず周りの子供たちを適当に避けていく。それから、みんなに先導されつつみんなの住んでいるという場所へと向かう。

 

「あ、来たのね! 入って入って」

 

 エルと一緒に居るテファが、俺たちを家へと招いてくれた。

 

「ようこそ、私の家へ!」

 

「ああ、お邪魔するよ」

 

 広いリビングのようなところに通された俺たちは、四人掛けのテーブルに案内された。俺とカルキがそこに座ると、エルキドゥが俺の対面に座り、お茶を持ってきたテファがお茶を置いた後、カルキの対面に座った。

 

「……それで、さっきの話の続きなんだけど……私も……私たちの力でよければ協力するわ。私だってこの世界に生きているんだもの。それに、あの子たちも……」

 

 そう言って、テファは外へ視線を向ける。外からは、きゃいきゃいと子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。ここは個人で運営している孤児院のようなものらしく、あの子たちにとっては、テファが母替わりなのだという。

 

「でも……あまりここからは離れられないの。子供たちのこともあるし……もう一人、私にとってお姉ちゃんみたいな人がいて……」

 

「お姉ちゃん?」

 

「そうなの。出稼ぎに出て行ってて、ここにお金を入れてくれてるのよ」

 

「優しいお姉さんなんだな。お姉さんもエルフなのか?」

 

「ううん。人間よ」

 

 ……何とはなしに複雑な事情が見えたのでこれ以上突っ込むのはやめておこう。

 

「それにしてもそうか……うーん、とにかくそのお姉さんと話してもらって……子供たちや君を受け入れられる場所はあるから」

 

 そう言って、俺は宝物庫から一つの水晶を取り出す。これは通信様の魔術具だ。一時期こういう「いかにも」な外見をした魔術道具を作りまくったので、配り歩いても余るくらいには在庫があるのだ。そのうちの一つをテファの目の前に置き、もう一つを俺が持つ。

 

「魔力を通してくれれば、この水晶が光る。それで話しかければ、俺につながるぞ」

 

「へえ……凄いマジックアイテムね!」

 

 少し興奮した様子で、俺の渡した水晶を持ち上げて矯めつ眇めつ眺めている。こういうものには触れたことがなかったのだろうか。

 

「ま、なんか困ったことでもあればそれで連絡してくれてもいいぞ。多分いつでも応えられるから」

 

「うん! ありがとう!」

 

 それから、彼女の家で話をして、俺とカルキはお暇することに。マスターもおいてきっぱなしだし、説明してあげないとな。

 

「それじゃあまたな、テファ、エルキドゥ」

 

「うんっ! またね!」

 

「いつでも来ると良い。歓迎するよ」

 

 二人を筆頭に、孤児の子供たちがわーわーと見送ってくれる。

 笑顔でそれに手を振りながら、俺たちはヴィマーナに乗って飛び上がる。

 

「カルキ、これからマスターの下に戻って色々と説明する。一緒に説明に参加してくれ」

 

「→ギル。了承した。高性能AI英霊たるこのカルキに任せてほしい」

 

 ……自分で高性能と言うロボっ娘はポンコツ説を俺は持っているんだが……その辺この子はどうなんだろうか。

 と言うか、この子ロボ系なのか? アンドロイドとか……うーん、そういう区分には詳しくないからなぁ……。そんなことを考えながらもヴィマーナは目的地へ向けて前進していく。帰った時のマスター、たぶんわちゃわちゃうるさいんだろうなぁ……。

 

・・・

 

 トリステインの首都、トリスタニア。

 執務室に立つ私の前では、真っ黒なドレスに身を包んだアンリの姿が。像の前に跪いて、ずっと祈りをささげている。

 

「アンリ」

 

 こうして声を掛けるのは、何度目だろうか。そして、声を掛けたのと同じ数だけ、彼女に無視をされるのも。この戦争が起きてからと言うもの、ずっとこの調子だ。一日の大半をここで過ごし、必要なこと以外はこの部屋で過ごしている。

 

「マリー殿」

 

 部屋の外から、控えめな声が聞こえてくる。マザリーニ枢機卿の声だ。アンリに直接話しかけるとろくに取り合ってもらえないということで、私を通して用件を伝えるようになったのだ。

 

「何かしら、枢機卿」

 

「……アンリエッタ女王の様子は」

 

「いつも通りよ。お祈りしてるわ」

 

「そうですか……」

 

 扉の向こうに見える枢機卿は、前にもましてやせ細っていっている気がする。気苦労が絶えないのね。アンリのことを娘か孫かのようにかわいがっているから、なおさら。

 

「心の支えは一つだけあるから、あなたは心配しないで。……その書類も、あとで見せておくわ」

 

「……マリー殿には心労をかけますな……」

 

「あなたこそ。しっかり休むのよ」

 

 にこりと笑った枢機卿が、私にいくつかの書類を渡して去っていく。……これは……戦死者のリストに、兵糧の補給要求書に、休戦の申し込み……!?

 ……そう、相手は遅滞を望んでいるのね。この世界にも新しい年を祝う行事がある。その間は戦争をしない、と言う慣例も。こちらは長期戦に持ち込まれるだけで敗北だ。だが、相手が休戦を望むというのなら……それが本当に守られるかを除けば、こちらにとっても得である。物資を送る時間は、必要なのだから。

 

「……でも、こちらには王さまがいるのよ」

 

「……マリー? 今王さまのお話を?」

 

「……そういうところだけ耳ざといんだから。ちょうどいいわ。これを一緒に見ましょう?」

 

 そういうと、アンリは素直に私の手元をのぞき込んでくる。シティオブサウスゴーダを占拠したらしいこと、休戦の申し込みと補給の申請などなど……少し顔を赤らめたアンリが、年が明ける

 

前に決戦を……と小声でつぶやいた。

 

「……でも、無理ね。取りあえずは補給物資を送らなきゃ……相手もひどいことをするわ」

 

 シティオブサウスゴーダの食糧庫は空になっていたそうだ。おそらく、相手はこちらの糧食や補給品を消耗させることを狙っている。制空権を奪い、王さまのマスターのおかげで人的な消耗はほとんどないというのが今のところは良い知らせだ。

 ……そして、あちらに王さまが行っているというのが大きい。

 

「……マリー、王さまに念話をつなぐわ」

 

「え?」

 

「相手が非戦闘員を利用してこちらを苦しめるのなら……こちらも奥の手を使いましょう」

 

 そう言って、王さまに念話を繋げながら、アンリに向けて微笑む。

 

「……食料がないのなら、パンを食べればいいのだわ」

 

 こんなこと言うなんて、皮肉ね。

 

・・・

 

 テファの住処から戻ってきた俺たちは、シティオブサウスゴーダを攻略したことをマスターから聞いた。

 そして、そこの食糧庫に何も残っていなかったことも。ふぅむ、むごいことをする。一応マリー経由で聞いてみるか……? なんて思っていると、パスが通る感覚。

 

「聞こえてるかしら、王さま」

 

「マリー?」

 

 久しぶりに、マリーの声を(念話とはいえ)聞いた気がする。挨拶を挟んだ後に、頼みがあると切り出された。

 

「……食料の補給の手伝い?」

 

「ええ。あちらはアルビオンの国民から食料を取り上げてこちらに糧食を吐き出させることで遅滞をのぞんでいるのよ。……なら、こちらもそれなりの手段をとるだけよ」

 

「……なるほどね。俺の宝物庫に距離なんてほとんど関係ないからな」

 

 向こうにマリーがいるなら、パスを通じて荷物の位置はわかる。それで回収した補給物資をそのままこちらで出せばいい。四次元なんたらとスペアなんたらの話みたいなものだ。

 

「仕方ないなぁ。運搬料金は後でたっぷりと請求するとするか」

 

「うふふ。なんでも言って? あなたの言うことなら、なんでも用意するわ」

 

 念話だとしてもマリーが笑いながら言っているのが容易に想像できる。ま、マスターと共にこちら側に付くと決めたんだから、これくらいの協力は惜しまないけどね。

 

「言い訳はこちらで用意しておくって言ってたわ。アンリの書状も一緒に持って行ってもらうらしいから、よろしくね」

 

 なるほどな、とパスを通じて示された場所から物資を受け取る。あとはこれを届けるだけなんだが……お、これが書状か。……ふむふむ、なるほどね。マスターの力を借りるとするか。

 

・・・

 

「ふぅん……姫様がねぇ……」

 

 俺が渡した『書状』を見て、マスターが問いかけに似た独り言をつぶやいた。アンリが用意した書状には、身分を証明するサイン、そして「こんなこともあろうかと、現在いる場所の近くに物資を隠しておいた。という文章が、装飾過多に並べられていた。偉い人特有のもったいぶった言い回しと言う奴だ。俺も苦労したことがある。「あそこに行ってきて」と言う命令を出すだけでも五枚くらいの書状を書いた覚えがあるからな。面倒過ぎて自動人形たちにブン投げた記憶がある。

 ちなみにこの食料を用意するための資金やらは半分俺が出した。俺が、と言うか『オルレアン伯爵』が、だが。便利なもので、この伯爵の立場でこの糧食を準備し、裏で隠してはこんできたことにしているのだ。うむ、まぁ実際に運んでるの俺だしな。間違いではない。

 

「仕方ないわね。『ゼロ機関』を出すときかしら」

 

「……なんだそのカッコいい組織」

 

「姫さまからもしもの時はそう言ってごまかすように言われてたのよ。虚無のこと誤魔化すのに、マジックアイテムを極秘で開発している『ゼロ機関』って組織を隠れ蓑にしなさいって」

 

 それは良いアイディアかもしれないな。マスターの使う『爆発(エクスプロージョン)』や今回使えるようになった『幻影(イリュージョン)』などの虚無魔法を内密に使用するには、『ゼロ機関』がそういう効果のマジックアイテムを開発したことにして、マスターがそれを使用する極秘の女官と言うことにした方が騒ぎは少ないし、納得もできるだろう。

 『虚無』を今広めるわけにもいかないので、その機転は流石だと言えよう。アンリだけではなく、あの宰相あたりも何か噛んでいそうだ。後方で暗躍するならそういうカバー組織みたいなのも必要だろう。

 

「俺も何か立ち上げるかな。……うーん、俺は資金で殴る派だから、財団でも立ち上げて……『サーヴァント』『クリエイティブ』『パラダイス』とかの略で『SCP財だ……あだっ」

 

「……たぶんですけど、ここで止めておいた方が良いと思って……」

 

 小碓に頭を小突かれて発言が止まったが、それはそれでよかったのかもしれないな。俺も少し熱くなってしまって、ちょっと自分で何を言ってるのかわからなくなりかけてたからな。

 それに、この財団を立ち上げるとまず俺から封印されそうな予感がしたりする。うむ、俺もマスターを見習って『ゼロ財団』……財団なのに『ゼロ』ってなんか縁起悪いな。いいや、ここは俺の代名詞の『黄金財団』でいいや。なんか金ぴかりんって感じだしな。

 

「うん、伯爵が作ったことにしておこう」

 

 その辺の面倒な書類はマザリーニに任せておけばいいだろう。向こうとしても俺が資金面で支えてくれると分かればそのくらいの面倒は被ってくれるだろ。

 

「さてさて、そしたらオルレアン伯爵として変装でもしてくるかな」

 

 宝物庫にあるものを使えばそういうスキルがなければわからない程度の動きはできるだろう。髪型変えて、モノクルつけといて、服装変えて認識阻害の宝具身につけたら完璧だ。

 それからは早いものだった。糧食の少なくなったということを聞いた、と言う体でマスターが司令官の下へ向かい、そこで話を付け、サウスゴーダの外れにある倉庫(さっき建てた)に女王からの指令で糧食をこっそりため込んでいた……と言う体で後続の補給部隊が追いつくまでのつなぎとする……と言うことらしい。

 ここでサウスゴーダの民に配る食料は問題ないだろう。状況的に、このままなら進軍用の糧食が足りなくなることはないだろう。町に出て年越しに沸く民たちを見ていると、後ろからぽふ、と抱き着かれる。……む?

 

「お久しぶりです、ギルさん!」

 

「シエスタ?」

 

 抱き着きを解かれたので振り返ると、次は正面から抱き着かれる。そんなシエスタを抱きしめ返して頭を撫でてやると、ぞろぞろと『魅惑の妖精亭』の面々が歩いてくるのが見えた。スカロンに、ジェシカもいる。スカロンはくねくねしながら「あらあらまぁまぁ!」とか言ってるし、ジェシカはニヤニヤしながらこちらに手を振ってくる。

 当然のように「なぜここに?」と言う疑問が生まれる。一応ここは戦地だ。占領しているとはいえ、危険がないとは言えない所だ。俺の疑問に、スカロンが簡単に説明してくれた。

 

「なるほどな。『慰問隊』か。年越しもあるし、兵士たちも故郷の酒が懐かしい時もあるってことか」

 

 あんまり俺は気にしない……と言うか、手持ちの食材があるので気にしたことはなかったが、アルビオンの料理はまずく、酒も麦酒ばかり。さらには女性の態度もキツイと言うので有名らしい。ほう、ウチのマスターとどっちがキツイか今度確かめる必要があるな。

 そんな理由もあり、何件か居酒屋が出張することになり、スカロンの店も選ばれたということなんだとか。ふむ、それはわかるが……なんでシエスタが?

 

「あ、私親戚なんです」

 

「……ジェシカと?」

 

「もちろんこのミ・マドモワゼルともよ!」

 

「……母方の、ですね」

 

 確かに、二人とも綺麗に黒髪だし、身体つきも血のつながりを感じる……。っと、これはセクハラか。シエスタはともかく、ジェシカはきちんとそういう関係になってからにしないとな。

 ……この二人を見ていると、なんだか少し懐かしさも感じるから不思議だよなぁ。これは俺の大元の魂が感じているノスタルジーなんだろう。

 

「と言うか、その居酒屋慰問隊になんでシエスタが?」

 

「ええと、ギルさんたちがいなくなった後、学院が襲われまして……」

 

 ああ、あの件か。あの時は信玄にアニエスを助けてもらったり、色んな事があったな。

 

「私たちは皆さんと一緒に避難してて、イヨさんとかに助けてもらっていたんですけど……その件でしばらく学院もお休みってことになりまして……」

 

 一時的な暇を貰ったのだが、その間どうしようかと悩んでいたら、スカロンがお店をやったこと思い出し、手伝いに行こうと向かったところ、みんなが荷物をまとめていたんだとか。それで細かい話を聞いたところ、アルビオンに向かって慰問隊に参加することを聞き、ついてきたらしい。

 

「こ、ここに来たら、ギルさんに会えるかなって思って……」

 

「なるほど、それでまさに俺がいたというわけか」

 

「はいっ」

 

 先ほどまで少しうつむきがちだったシエスタだが、その返事だけは輝くような笑顔だった。

そこまで喜んでくれるのは俺もうれしくなってくるな。

 

「いい子だなぁ、シエスタは」

 

 もう一度シエスタを抱きしめて頭をなでてやると、はわはわ言いながらも俺の背中に手を伸ばしてくるシエスタ。うーん可愛い可愛い。

 

「はー、もうあっついなー。……幸せそうな顔しちゃって……」

 

「そういえば、ルイズちゃんもいるのね。あいさつしないと」

 

 すでに興味が移っているのか、爪を弄りながらスカロンは言った。

 

「ヴァリエールさまもいらっしゃってるんですね。……ごあいさつしないと」

 

 こちらは何故かメラメラと目に闘志を燃やしながらつぶやく。……なんで敵意出してるんだろ。

 

「そういえばシエスタ、鯖小屋は大丈夫か?」

 

 閉鎖されていられなくなったとはいえ、鯖小屋を放置するのは……と思ったのだが、卑弥呼と壱与が鬼道で結界を張ってくれたらしい。何かあれば、鯖小屋ごと爆破するようなものなので、中にあるものは盗られないだろうとお墨付きをもらったらしい。

 

「っていうか、あいつらだったらついてきそうなもんだけど……」

 

「あ、ヒミコさまとイヨさまは年が明けてから合流すると……」

 

 ……なんで念話で伝えないんだろうか。

 取りあえず卑弥呼、壱与のチームヤマタイは年明けに合流、信玄と謙信のチームセンゴクは一旦アンリの所へ寄ってからくるらしい。ジャンヌはと言うと……。

 

「……むー、シエスタちゃんばっかりぃ……」

 

 なんと、このチーム妖精亭の護衛として、一緒に来たらしいのだ。先ほどまではジェシカの後ろでぐぬぬしていたが、マスターの所へ向かう今はこちらに出てきて俺を見上げながら頬を膨らませている。カルキが近未来の服装に顔も未来形の美人なのに対して、このジャンヌは中世スーパー芋娘なので、その対比も可愛らしい。

 歩きながら頬を突くと、自分で「ぷしゅう」と言いながら口から空気を漏らした。こうやって自然にあざとい感じを出せるのはウチのジャンヌの長所だろう。あざとさが腹黒さやうざさとは無縁な感じが可愛らしく感じるのだろう。

 

「今日は帰ったら一緒に寝ような」

 

「ふぇっ!? ……あ、あうー……よ、ょろしくおねがいしまふ……」

 

 顔を真っ赤にさせて俯かせながら、こくこくと小刻みに頷くジャンヌ。ぴゅあっぴゅあ乙女だなー、全く。

 

「わ、私もっ。私も一緒でいいでしょうか!」

 

「もちろん。ジャンヌ、シエスタの仕事が終わったら護衛ついでに俺の所に連れてきてくれるか?」

 

「はいっ。もちろんです」

 

 今日の夜はチーム芋煮会とになりそうだ。やっぱり心落ち着くんだよなぁ。……ちなみにこのチーム芋煮会の一員である小碓は、先ほどから俺の背中をちくちく小刀で刺激してくるので、今日は三人を相手にすることになりそうだ。

 カルキは……あれかな、エルキドゥと一緒でチーム神秘みたいなのになるんじゃないかな。

 

「さて、それじゃあマスターも待ってるだろうし、ぱぱっといこうか!」

 

・・・

 

 降臨祭……わかりやすく言ってしまえばクリスマスみたいなものと言えるのじゃないだろうか。雪も降っているし、此方の世界の人からしてもロマンチックな感じはするのだろう。

 

「いいわねぇ、ロマンチックだわぁ……」

 

 マスターに挨拶に来たスカロンが窓の外を見ながら腰をくねらせてなければ、の話だけれども。

 前にいた天幕はエルキドゥの襲撃で吹き飛んでしまったので、今は新しくこちらで出した小屋の中で暖を取りつつ食事をとっている。

 

「……戦場でこんなにいいもの食べられるなんてね。あんたの宝物庫様様だわ」

 

 フォークとナイフで上品に食事をとっているマスターが、ワインを一口飲んでからそうつぶやく。

 材料は俺提供、調理はシエスタとジェシカの安心ディナーなので、みんな笑顔で食事をとっているようだ。今日のメニューはビーフシチューにバゲット、サラダにあと数品と言うメニュー内容で、さらには食後にケーキまで出てくる完璧っぷり。……ちなみにケーキは俺が頼んだ。ばっちり現代風に仕上げ、フルーツもクリームもしっかり使った最高級の物である。

 

「んー、甘くておいしーいっ」

 

 ハートマークすら浮かんできそうな程に浮かれた言葉を発する小碓が、きゃぴきゃぴとはしゃぐ。……このメンバーの中で一番女子っぽい反応してるぞ、この男の娘……。片手にフォークを持ち、もう片方の手で自身の頬を押さえるようなポーズは、本当にかわいらしい女子のような印象を与えてくる。……そのままこちらに流し目して舌をぺろりとしなければ素直にほっこりできたんだけどなぁ……。

 

「んむー、小碓ちゃんの国っていろんなもの取り込んで魔改造するよねー……クリスマスってもっと敬虔なものだったはずなんですけど……家族で過ごすっていうか……バレンタインもハロウィンも全部そう……あの国なんでイベントに全力投球するんだろ……しかもリア充ほど楽しめるような内容になって……やっぱり家族でゆっくり食事でもするのが一番だと思うんですけどそこんとこどう思います小碓ちゃん?」

 

「ふぇ? ……別に今はジャンヌちゃんもリア充だしどっちも楽しめばいいんじゃないんですか?」

 

「――ハッ!? そ、そうか、今は私もたくさんのお友達とマスターと言う恋人もいるしリア充と言っても過言ではないのでは……? つまり私はどちらのクリスマスも楽しめるという最強の存在……!?」

 

「……ちょろいなー」

 

 はぐ、とケーキを一口食べながらつぶやく小碓。

 ……マスターもケーキに舌鼓を打ちながら、苦笑しているようだ。

 

「さて、もう少しで年越しだ。……次はそばでも食べるか。打てる人いるかなー……」

 

 流石にそばの作り方まではわからんからな。そば粉と小麦粉がどーたらっていうのを知ってるくらいだからな……。謙信とか信玄だったら知ってるかなー。でもあいつら俺と同じで作ってもらう側だからなー……。

 

「こういう時だと、雪も悪くないな……」

 

 そんな俺の独り言は、喧噪の中に溶けていったのだった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:■■■■■■■・■■■■

真名:エルキドゥ 性別:不明 属性:混沌・善

クラススキル

対魔力:A
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法などをもってしても、傷つけるのは難しい。

保有スキル

気配察知:A+
敵の気配を察知する野生の超感覚。
周囲に存在する生命体の位置を補足可能。
このランクならば、数キロメートルの範囲を容易にカバーする。
気配遮断も判定次第で看破する事も可能である。
……ある、一人の英霊に対しては、どれだけ離れていてもその気配を察知することが可能である。

怪力:A
一時的に筋力を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性
使用することで筋力をワンランク向上させる。持続時間は『怪力』のランクによる。

勇猛:A
威圧、混乱、幻惑と言った精神干渉を無効化する能力。
また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

動物言語:B
人間以外の動物の言葉を理解することが出来る。

能力値

 筋力:A 魔力:B 耐久:A 幸運:D 敏捷:B 宝具:EX

宝具

神の粘土(ベーレト・イリー)

ランク:A 種別:対人宝具(自身) レンジ:0 最大補足:自身

神に作成された身体そのもの。
獣から人になったり、元々は神の投げ落とした粘土だったり、固定された肉体を持たない故の自在な身体の変化。
鋭い爪で襲い掛かったり、器用に道具を扱ったり、さらには自身の体を武器に変化させて戦ったり出来る。
その体は肉ではなく粘土なので、損傷しても大地からの祝福により容易に修復できるようになっている。
フンババ、天の牡牛などの神に連なる存在を打ち倒したことによる、対神性宝具とも言える。

■■■■■■■■■(■■・■■■・■■■■)

ランク:EX 種別:対界宝具 レンジ:0~99 最大補足:――

――宝具未使用につき、詳細不明。


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第四十六話 簒奪の王で夜露死苦ゥ!。

「……発症したんですか?」「は? 何をだ?」「『夢中で二つ名を付ける病』、略して『中二病』をですよ!」「……『簒奪の王』は別に俺のことじゃないからな……。ていうか『なんとかの王』は自称するもんじゃないだろ」「それはまぁ確かに。でもこういう名前ってセンス問われますよねぇ」「『獅子』とか『血斧』とか、その人のやったこととかを付けるのが主流っぽいですよね」「俺のやったことか……」「そりゃもう『絶りn』……」「それまだ擦るか」


それでは、どうぞ。


 シティオブサウスゴーダに来てからしばらく。休戦期間に入ったシティオブサウスゴーダに駐屯しているトリステイン軍人を相手にするため、大量の商人がやってきていて、この広場はかつてない賑わいを見せていた。

 これから年が明けると、降臨祭と言うのもあるらしく、そうなるとハルケギニア全体がお祭り騒ぎになるらしい。その前に行っておこうと思い、今俺は『魅惑の妖精亭』が仮設店舗をやっている天幕に来ていた。

 時間も真昼間だからかほとんど客がいないので、俺が今貸し切り状態みたいなものだ。両隣にアリスとジャンヌ(芋じゃない方)を侍らせながら、ジェシカを向かいに座らせて、酒を楽しんでいた。

 こうしているのは何も俺の欲望を満たすためだけではない。……いや、『だけではない』だけでその気がないと言えばうそになるけど……。しなだれかかってくるアリスとジャンヌ(垢ぬけてる方)にお酒を飲ませてあげてチップをいくらか渡しつつ、ジェシカからトリステイン情報網の話を聞く。

 ……アリスとジャンヌ(駆逐艦と言うよりは重巡洋艦みたいな胸の方)はこういうことを口外しないくらいのことは心得ているので、こうして俺の欲望を満たすついでにジェシカとは別方向の話を聞くためにこうしてついてもらっているのだ。

 

「……ふぅん、なるほどね」

 

「役に立つかい?」

 

「もちろん、役に立つとも。……ほら、これは情報料と……差し入れだよ」

 

 ちゃり、と中身の詰まった革袋をジェシカに渡し、さらに高級なワインをふた樽おいておく。これから入用になるだろうし、いらないことはないだろう。

 

「……お大尽だねぇ、王さまってのは」

 

 驚きながらも笑みを浮かべるジェシカは、革袋を懐にしまい、立ち上がる。

 

「まだ楽しんでくでしょう? とっておき出してあげるわ」

 

 そう言ってぱちりとウィンク。……さすが人気ナンバーワン。そういう男に効く所作はお手の物だな。

 

「さて、この後は降臨祭か……」

 

 それが終われば休戦協定も切れる。……あちらがどう動くか分からないので、できる対策はなるべく多くの状況に対応できるよう情報を集めること。……なんだが、小碓や壱与、卑弥呼なんかの情報収集向けの子たちを向かわせると次は戦闘能力の低さが出てしまう。……それをカバーしようとするとさらにサーヴァントが必要になって、そうすると相手に察知されやすくなるという、どっちつかずのことになってしまいかねないのだ。

 

「……どうするかなー」

 

 枠は結構ある。ランサーやら他のエクストラクラスもあるのだが……と自分の指に嵌っている指輪を見ながら考える。

 ……休戦が切れるまで、もう半月もない。

 

・・・

 

 新年。こちらでは『ヤラの月』と言うらしいのだが、そんな新年の始まりは凄まじいお祭り騒ぎで始まった。降臨祭が始まり、そこかしこで花火が上がり、大量に出店が並んでいる。

 もちろん『魅惑の妖精亭』も大盛況で、連日超満員が続いているとスカロンが笑っていた。

 俺が召喚したすべてのサーヴァントも合流し、これからについての話し合いも少しだけ進んでいた。

 

「……これ以上の戦力ってそんないらないと思うけどね。ライダーだって緊急で召喚してアレになったわけだし」

 

 そう言って謙信が指さすのは、ここに付いたとたんにありったけ食べ飲みをして酔いつぶれたアリエス(イン信玄)がいた。……今現在こうして話しあってるのは『妖精亭』の張っている天幕のうちの一つ、VIP用の天幕を貸し切っているのだが、信玄は謙信と共に少し遅れてきたのだ。まぁアンリの下へ行ってからこちらに来るという話は聞いていたし、それは問題ないんだけど……来た瞬間に信玄は給仕をやっていたシエスタに大量の料理と酒を注文。みんなで卓について近況報告をしていたころにはすでにちょっと出来上がっていて、こうして新しい召喚をするかどうかみたいな話をし始めることにはああして寝息を立てて床に転がっていたのだ。

 

「……ライダーには少しだけ輸送力も期待してたんだけどな」

 

「一人なら何とかって感じだけどね。……私は二度とごめんだけど」

 

 信玄はその身にまとう鎧の足から魔力をジェット状に噴射し空を飛ぶのだが、そんな信玄が運べるのは確かに一人抱えていけるくらいだろう。……これからも、機動力は俺の宝物庫に入っている『天翔る王の御座(ヴィマーナ)』だよりになるかもな。……流石にゼロ戦も人を運ぶのには向いてないだろうし、何だったらパイロットの気質的にも向いてない。僚機を気遣うことはできるだろうが、乗客を気遣うことはできないだろう。

 

「ま、それならしばらくは召喚しなくてもいいかもね。戦力と言うなら、卑弥呼と壱与に私かジャンヌをつければいい」

 

「確かに、謙信とジャンヌは守りの戦いに長けてるからなぁ。これから卑弥呼達が動くときはどっちかが一緒になって動いてくれるか?」

 

「りょうかいですっ! 任せておいてくださいよ!」

 

「……基本は謙信にお願いするかな」

 

「ふぁー!? なんでですかぁー!?」

 

 自信満々に自分の胸を叩くジャンヌを見て少し不安になってしまったか。……まぁ、やる気に満ちてるのにそれをつぶすのも失礼だ。ジャンヌも一端の英霊だし、任せるところは任せてもいいだろう。

 

「……も、もしかして私のこと好きすぎてあんまり離れてほしくない……とかですかぁ?」

 

 てれりこ、とこちらを上目遣いに見上げて、唇に人差し指をあてるジャンヌ。ちょっとムカッとしたので、隣に座ってしなだれかかってきている壱与の太ももを全力でつねる。

 

「ふぁあああああああ!? 急にご褒美ナンデェェェェェェェェェェェェ!?」

 

 ビクンと立ち上がった後、絶叫して気絶した壱与をシエスタが信玄の横に運ぶ。二人とも幸せそうに寝ている。

 

「なんで君みたいな芋娘がそんなに自信満々になれるのかは不思議だけど……単純に相性だろうね。私は自分でいうのもなんだけど冷静に戦運びをできる自信がある。……君が経験不足とまでは言わないけれど、それでも私の方が『向いている』のは確かだろう?」

 

「……そう言われるとそうですけどぉ……」

 

 先ほどまでの自身はどこへやら、両手の人差し指をつんつんと突き合わせるジャンヌ。そんなジャンヌの頭を謙信は優しくなでる。

 

「まぁ、相性がどうであれ、殿が私たち二人を選んだんだ。いざというときは君も頼りにしているということさ」

 

「そ、そうですよね。私だって立派に……は戦えないかもですけど、こうして呼んでもらった以上、頑張りたいですし!」

 

 なんとか気を取り直したジャンヌを見て、謙信は「それでいい」と一人満足げに頷く。

 

「この話はこれで終わりだとして……この後はどう考えてんの?」

 

 卑弥呼が頬杖をつきながら言う。この後は……おそらくだけど、奇襲が来る。それも、たぶん俺たちの想像もつかないような奇襲が。

 

「……んー、つってもねー。向こうもだいぶ参ってるから、アルビオンの軍勢での奇襲はまず不可能ね」

 

「と言うことは同盟になりますか? トリステインとゲルマニアは組んでいますから……」

 

「あとはロンディヌウム……相手の首都を落とすだけだからな。こっちも油断はあるだろう」

 

「それを狙って最後の抵抗が来るって? ……まぁ、あり得ない話じゃないけど……」

 

「……とにかく、俺たちに出来ることは警戒することと、何かあった時にみんなを守ることだ。卑弥呼、小碓、頼んだぞ」

 

「はいはい。今んとこ結界にはなんにも引っかかってないわよ。……壱与もあんだけぐーすか寝てるんだからたぶん引っかかってないんじゃないかしら」

 

「ボクもチラチラとあたりを見回りに行ってますけど、変な人はみてないですねー。おそらく、この休戦が終わるまでは相手も準備期間だと考えてるんじゃないでしょうか?」

 

「……この期間に直接何かをしてくることはない……か……?」

 

 警戒度は少し下げてもいいかもしれないが……気を付けるだけはしておこう。相手は後がないんだ。なにをしてきても不思議じゃない。窮鼠猫を噛むともいうしな。

 

・・・

 

 ……いつもながら、寝起きはだるい。だがまぁ、これも仕事をするために必要なことだ。いつも通りベッドから降りて、部屋を出る。あいつがどこにいるかはわからんが、まぁ適当に歩いて騒がしいところがあいつのいるところだろう。前に聞いた話だと一人で変なボードゲームか何かしてるらしいから、一番奥の部屋にいるだろう。

 

「モリエール夫人!」

 

 ほうら、いつもの声が聞こえてきた。この感じだと、またぞろ何か狂人遊びでもしてるのだろう。何人か職人を呼んで何か作らせてるのは見たが……よくもまぁあんなことができるものだ。扉の前にいる近衛兵に見られるが、ここの王自らが通していいと言っているからか、何も言わずに扉を開ける。うむうむ、教育が行き届いているようで何よりだ。

 扉を開けた先にいたのは、何かを模した箱庭の前ではしゃぐ今回のマスターと、その愛人だった。扉を開けた俺に気づいたマスターは、おお、と声をあげ、こちらに話しかけてくる。

 

「来たか、キャスターよ! 本日も仕事に励むがよい!」

 

「はっ、お前に言われて励むほど、俺が勤勉に見えるのか? だとしたらお前の目は周りと同じく曇っていると見える。良い眼鏡屋を紹介してやろう。あとで酒でも持って来い」

 

 そう言って、俺は部屋の隅に置いてある椅子にどっかりと座る。……ったく、この姿に合わせた高さにしろと再三言っているのだが、どうやら利便性よりデザインを優先しているらしい。座るのにいちいちよじ登ってからではないといけない上に足がぶらぶらと足場に届かないと来た。ったく、この城には子供はいないのか? ……まぁ、いるとしてもあの男が子供を優先した家具なんか置くとは思えん。期待するだけ無駄か。

 

「ふはは、我が宮廷作家殿はまたご機嫌斜めのようだ! こちらはこちらで話を進めるとしよう。おい、サイを振りなさい」

 

 奴のそばにいる小姓が頷くと、六面のサイコロを二つ振った。……なるほど、出目で話を展開させるのか。奴はしばし考え込むと、なにやら声を上げた。

 

「大臣。詔勅である」

 

 陰から小男が出てくる。……確か軍部の大臣だったか、あんな小物そうななりをしていて、しかし堅実な仕事をする男だったはずだ。大臣も箱庭遊びに付き合わせているのか? なんて上司だ。俺だったら誰かに押し付けて逃げるがね。こんな狂人のふりをして腹の底では一物も二物も抱えている様な男の下でなど死んでもお断りだ。

 そんなことを想いながら横にあるテーブルに肘をついて頬杖をついていると、明日の朝食の希望でも伝えるかのような気安さで、大臣に告げる。

 

「艦隊を招集しろ。アルビオンにいる『敵』を吹き飛ばせ。……そうだな、三日でかたを付けろ」

 

「御意」

 

 ……なんと驚いた。箱庭遊びは箱庭遊びでも、想定が違ったか。奴の『箱庭』のサイズを見誤っていたな。……仕方ない。こういうところを覚えておけば、俺の仕事もはかどるだろう。奴の愛人らしき女も驚愕したのだろう。全身を恐怖に震わせて、なにやらぶつぶつ呟いている。

 それを見て奴は……我がマスターにしてガリア王であるジョゼフは、先ほどサイコロを振らせた小姓にまた気軽に告げる。

 

「おい、暖炉に薪をくべてくれ。夫人が震えている」

 

 ……しかし、今回は本当に難産になるかもしれんな。

 

・・・

 

 まだまだ降臨祭は続くのだそうだ。なんと全体で十日ほどなんだとか。だとしたら、今はその半ばほど。まだまだ休戦協定はあるし、奇襲に気を付けているものの……やはり休むべき時は休むべきだとの進言を受け、ある程度ローテーションを組んで休むことにした。

 とはいってもほとんどがサーヴァント。ローテーションと言いつつも全員がしっかりと警戒をしているため、ある程度みんなが思い思いの過ごし方をしたり、情報収集に明け暮れてみたり、新たに得た体を慣らしてみたりと、過度に気を張っている者はいないように見える。

 

「ぷはー」

 

 かくいう俺もこうして『妖精亭』に入りびたってみたり、マスターと一緒に露店を回ってみたりと、それなりに楽しんで日々を過ごしている。これを機にマスターとちょいちょいデートもしているので、今もこうして俺の横でちょびちょびワインを舐めている。……この子お酒よわよわの民なので、ワインをさらに薄めないと一杯の半分くらいでぐでんぐでんになるのだ。俺のマスターってお酒に弱い呪いとかあるのか? そう思うレベルでお酒に弱いのだ。

 

「んぅ……」

 

 頬を赤くしてこうして俺に寄り掛かってくるマスターを見れただけで、ここに来たかいがあったというものだ。この子はツンデレなので、こうして二人っきりにでもならないと甘えてくれないしな。貸し切りの天幕で二人きり……マスターが初めてじゃなければ、たぶんこのまま襲ってたな……。危ない危ない。

 

「おいしーわねー、流石はあんたの宝物庫から出てきたワインだわー」

 

「だろう? ほらほら、グラスおいてからこっち来なさい。こぼすぞー」

 

「ん……。はい、置いたわよ。……ね、だっこぉ」

 

 こちらを向いて両手を伸ばしてくるマスターの脇の下に手を入れて、よいしょと持ち上げる。そのまま膝の上に乗せれば、しなだれマスターの出来上がりである。つまり、体面座位だ。……欲求不満なのかね、俺……。今度壱与あたり押し倒すとしよう。

 

「このまま降臨祭が終わらなきゃいいのに……戦争なんて……バカみたい……」

 

 俺に抱き着きながら、顔をぐりぐりと押し付けてくるマスター。……いくら貴族として教育を受けていても、この子自身は16歳の少女だ。この状況で、縋るものが欲しくなるのだろう。

 

「まぁ、もうそろそろ終わるさ。この降臨祭が終わったらまた始まるが……もう最後に相手の首都を落として終わりだよ。すぐ帰れるさ」

 

「……早く帰りたいわ」

 

 その言葉を最後に、くぅくぅと寝息を立て始めるマスター。……体の疲れより、心の疲れが大きいのだろう。……自分で言っておいてなんだが、この戦争、一筋縄では終わらない気がするのだ。千里眼のランクは落ちてしまっているが……これは、勘と経験による、直感のようなものだ。

 降臨祭最終日の前日くらいにはサーヴァント全員を集めていつでも動けるようにした方が良いだろう。何かあったら手を貸しやすいように伯爵として色々動いておくか……。

 

「……今はゆっくり眠れ、マスター」

 

 寝ながら涙を一筋流しているので、それを拭ってやる。……仕方がない。この小さく勇敢なマスターのために、サーヴァント兼恋人として頑張るとするか。

 

「――あ、壱与か? 何も言わずにこっち来てくれない?」

 

 それはそれとして、とりあえず壱与の足腰は立たなくしておくか。

 

・・・

 

 それは、かなり突然だった。

 

「……主、起きていますか?」

 

「今起きた。何が起きた?」

 

「敵襲……とは少し違うようです。反乱だとか」

 

 小碓が隣に降り立った瞬間に布団から出る。今日は降臨祭の最終日……日付が変わったから違うか。とにかく、今日から何かあるかもと思ってマスターと共にベッドにいたのだが……空気が変わったと感じた。

 小碓から詳しく話を聞くが、あまり要領を得ない。かなり突然だったのだろう。

 

「外から何かされたとは思えません。先ほどまでこの町に近づくものはおりませんでしたから」

 

「じゃあ、本当に急に始まったのか。『反乱』が」

 

「そうなりますね。……ちなみに、指令部は壊滅したそうですよ。今は……何とかって元参謀長が総指揮をとってます」

 

「……下準備が無駄にならなくて済みそうだ」

 

 俺は宝物庫の中から、アンリ経由で枢機卿に働きかけてゲットした『戦時特別任命書』を取り出して、ベッドから降りた。

 

「マスターを頼む。……壱与、全員を散らばらせろ。サーヴァントが出てきたならば、そこへ重点的に割り振るように。守りの戦は謙信が得意だ。迷ったら謙信に聞け」

 

 念話で壱与に伝言を頼み、小碓にマスターを任せる。

 リンクで他のみんなは事が起きた瞬間から動き出しているのがわかった。……さすがは英霊。こういうときに迷わないのは素晴らしい。『反乱』は町のいたるところで起きているようで、町中が混乱しているのがわかる。

 まずは妖精亭だな。あの辺の人たちの様子を確認しに行こう。こういう時一番おいていかれそうだしな。

 

・・・

 

 ……見えた。あそこがこの辺だと一番激しいね。

 

「よっと」

 

 亡者の如く歩く兵士の一団。その真横から突っ込んで、手当たり次第に峰打ちしていく。これで気絶してくれればいいんだけど、失敗したらその時はその時だ。ここまで体と同化してしまったのなら、治すのに時間がかかってしまうからね。今ここで黙らせて、運が良ければ気絶するし、運が悪ければそのまま召されるだろう。

 ……っていうかこれ気絶しても死んでても動くなぁ。たぶん内側から作り直されてるのだろう。……前に殿から教えてもらった『水の精霊の指輪』の力に近い感じがするな……。

 

「よいしょっと。やぁ」

 

「お、お前は……!?」

 

「それはどうでもいいから。ここを守り抜くよ」

 

「い、いや、ここは撤退するのだ。相手は昨日まで共に戦った仲間……それに向こうはこちらに構わず進軍してくるのだ。上からの指示が来ない以上、ここは一旦下がって態勢を……」

 

「ああ、そりゃ来ないよ。総司令とかはだいたい死んだからね。混乱してるんでしょ。……だからここではさがれないんだよ。相手の狙いはこの町から我々を下げること。ここで下がれば、後は敗戦一方だよ。……私に任せなさい。私はオルレアン伯爵の配下。責任はオルレアン伯爵にある」

 

「なに……? それを証明するものは?」

 

 部隊の隊長らしき男は、少しだけ顔に希望の色を露わにする。私は殿から渡されていた家紋入りの短剣を見せる。家紋入りの物は私も生前使っていたりもしたから、こういう時に効力を発揮するのは知っている。現に、男はそれに見覚えがあったのか、手に取って少し見てから、私に返してくる。

 

「確かに、オルレアン伯の家紋……今回の補給の時にもこの家紋を見たから間違いない」

 

「オルレアン伯爵の配下、セイバーだ。とりあえず生きていて命令が届く人間をここから後方にある広場に集めてほしい」

 

「……了解しました! おい、聞いていたな! ここから20メイル後方の教会広場に下がるぞ!」

 

「殿は私が勤める。負傷者も含めてできる限り後方に下げるんだ」

 

「りょ、了解! ……倒れてるやつも連れていくぞ! 水の秘薬を使って応急処置をして、歩ける奴は歩いていけ! 衛生兵!」

 

 指示を出し始めた隊長に背を向けて、またわらわらと集まり始めた意志なき亡者と化した兵士たちを切り捨てていく。下手に温情をかけてもここまで『染まって』しまっては手遅れだろう。切り捨ててやるのがせめてもの温情と言うものだ。

 

「問題は、それを彼らができるか、と言うことだよなぁ……」

 

 出来るだけ説得はするが……無理強いはさせたくないなぁ。……ま、最終的にはやらないといけないんだけど……。

 とりあえず、後退する時間は稼がないとね。

 

「……問題はもう一つあるんだけど……ま、それはここを乗り越えてから考えるか」

 

 他の所も上手くやってるといいんだけど……。

 

・・・

 

「上手くいったな」

 

 手に握る『戦時特別任命書』を見ながら、俺は臨時の総司令部になっている建物を後にした。

 

「これでこの『反乱』に対しての命令権はとれたな」

 

 元々任命されていた司令官にもしものことがあったとき、伯爵の立場を利用して『臨時司令官』として軍属と同じ権限を得られるようにと準備していたのがこの書類だ。最後に残っていたウィンプフェンと言う総司令代理が保身的な男で助かった。こういう時の責任を取りたくないというのは彼の中でかなり重いものだったのだろう。

 こういう時に許可を得ずに下がるというのは抗命罪になるかもしれないらしく、それを恐れて行動できていなかった司令代理にとっては、こうして責任を取ってくれる貴族の存在は渡りに船だったのだろう。あとは俺のサーヴァントたちには俺の家紋の入ったものを渡しているから、ある程度知識のある部隊の隊長に出会えれば、そのまま舞台を掌握してくれることだろう。念話でそのことは伝えてあるので、上手く使うだろう。

 

「さて、今のところ怪しい所はないな。……謙信からの情報だと、ウェールズと同じような状態になっているらしいが……そうなると、アンドバリの指輪か……?」

 

 だとしたら、水の精霊の頼みもあるし、できるだけ下手人を捕まえて指輪を奪還したいところだが……。アンドバリの指輪は使えば使うほど力を失うらしく、反応を追いかけようにも他のマジックアイテムやメイジの魔力の反応に紛れてしまうのだ。持っている人間が実際に使っているところを目撃できれば話は別だろうが……そうも上手くはいかないだろう。

 

「……とにかく、臨時の指揮所に行くか」

 

 小碓や『妖精亭』のみんなが準備してくれているらしい臨時指揮所へと向かう。指揮所とは言っても『臨時』だ。他より少し大きい天幕か何かを張ったくらい……だと思っていたのだが。

 

「これは……」

 

 俺の目に飛び込んできたのは、簡素とはいえ木組みで作られた小屋と、その周りを囲う柵。そして、フライパンやら包丁やら謎の棒などで武装している『妖精亭』のみんなだった。

 

「あ、おかえりなさい主」

 

「小碓。これはどうやった?」

 

「ええと、『妖精亭』の『おーなー』が、なんかとても張り切ってまして……」

 

「せっかくこんなところまで来たのに、見捨てられそうになったのが許せない! って、あんたさまたちのために張り切ったらしいよ」

 

 小碓の言葉を継いで、ジェシカがため息をつきながら歩いてくる。隣にはシエスタとマスターもいるようだ。

 

「やっと帰ってきた! どーなってるのよ一体! なんか街は燃えてるし、軍では『反乱』がどうとか騒いでるし……」

 

 後ろから来たマスターが俺に駆け寄ってきて、服を掴んで揺さぶってくる。相当お怒りらしい。……でも身長足りなくて肩揺らすことができないマスターは可愛いなぁ……。撫でておこう。

 

「撫でんな!」

 

 しまった。周りに人がいるときのマスターは猛犬注意だった。頭を撫でる俺の手を跳ね除けて、俺から距離を取ってしまう。……うぅむ、トチったな。

 

「その辺の細かいことも説明するから小屋に入ろうか。ジェシカ、スカロンを呼んできてくれないか」

 

「りょーかいっ。その辺で薪でも割ってるだろうから、すぐ呼んでくるよ!」

 

 ウィンクを一つして、ジェシカは元気にかけていく。……いいねえ、元気っ子って。

 

「……主? いきましょう?」

 

「わかったわかった。わかったから短刀突き付けるなって」

 

 俺に先を促しつつ密着して陰でツンツンと短刀を突き付けていた小碓をなだめて、小屋へと向かう。

 

・・・

 

「……なるほど、そんなことが」

 

 小屋に集まった後、今の状況や何が起こっているかをだいたい話した。今外は自動人形たちが百人単位で見張っているので、ここはおそらくこの世界で一番安全な司令室だろう。

 

「だから、これからはここでサーヴァントのみんなに指示を出しつつ、戦線を下げないようにする必要がある。幸いにも俺のカリスマ値を使えば、あんまり接点のない兵士さえも俺の言うことを聞いてくれるだろう。……奇襲を受けたときに必要なのは、それに反撃することじゃない。混乱せず、秩序立って部隊を立て直し、状況を理解することだ」

 

 今起きているのは、味方を操られたことによる戦線の混乱。やるべきことは、部隊をまとめ、防御すべき陣地で反撃することだ。

 ……ああ、それと、司令権を得たときに出会った『彼』への頼みごとが上手くいくかだな……。

 

「今他のサーヴァントたちは混乱している部隊の救援をして、いくつかのまとまった部隊として再編してもらってる。……たぶん敵はこの混乱に乗じて主力を前進させてくるだろう。それまでにどれだけ散らばった部隊をまとめ上げられるかが勝負だな」

 

「……」

 

「? どうしたマスター、そんなキョトンとして」

 

「……あんた、ほんとに王さまだったの? ……将軍とかじゃなくて?」

 

「はっはっは、どうした急に。俺はずっと王以外を名乗った覚えはないぞー」

 

 そう言って、俺は戦況を移す水晶玉を操作する。これは親機と子機で構成されていて、子機であるペンダントを持っている人間の周囲を映し出せるというものなのだ。これで謙信たちサーヴァントの状況を逐一確認している。

 

「……謙信の所は問題なさそうだな。周りにいる散らばった兵士や負傷兵を回収して一つにまとまってる。……さすがは謙信。守りの戦なら右に出る者はいないだろうな」

 

 本人の戦闘力もさながら、兵士を率いての防御戦闘がとてもうまい。

 今までためらっていた元味方への攻撃も説得できたのか、兵士たちもしっかりと反撃するようになっている。うん、この戦場は問題なさそうだな。今のところ敵のサーヴァントも出てきていないようだし、謙信の所は任せていいだろう。

 あとは信玄方面と、卑弥呼と壱与のチームヤマタイ方面、ジャンヌ方面の三つを含め、四正面作戦を展開している。ざっくりと東西南北に分けて向かわせていて、信玄の所は部隊と合流して取りまとめ始めているようだ。ヤマタイとジャンヌはそれぞれ部隊の隊長を探している様子。

 今回は展開が展開なので、ヤマタイへの護衛は自動人形を二人ほどつけている。何かあればヤマタイを連れて帰ってきてくれるだろう。

 

「よし、これなら大丈夫そうだな」

 

 あとは……『彼』に頼んだ偵察が上手くいくかどうか……。結果を待つしかないな。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:キャスター

真名:■■■・■・■■■■■■ 性別:男 属性:秩序・中庸

クラススキル

高速詠唱:■

アイテム作成:■

保有スキル

■■の■■:D

人■■■:A

能力値

 筋力:E 魔力:EX 耐久:E+ 幸運:E 敏捷:E 宝具:C

宝具

■■■■■■■■(■■■■■・■■■■■■■■■)

ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:0 最大補足:1人


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第四十七話 死なずにいることが大事

「と言っても私たちは死んでるんだけどねー」「まーまー。ボクみたいにそもそも実在して生きてたのかもわからなかったのもいたわけですし、こうして召喚された以上、死んで退去するよりも、生きて戦うことが大事ってことはわかりますよ」「……まったく、生の喜びにめざめちゃってまぁ……」

それでは、どうぞ。


「壱与、どう?」

 

「……無理ですね。もう『組み替えられて』ます。一人や二人ならともかく、この数を助けるのは現実的じゃないですね」

 

 いくつもの銅鏡を覗いている壱与が、首を振りながら結果を伝えてくる。……予想はしてたけど、だいぶ面倒なことをしてくれたわね。どうやってこの数にその術を掛けたのか知らないけれど、彼らの体は心ごと組み替えられているらしい。もう、同じ形をしただけの別の生物だと考えた方が良いだろう。

 なら、遠慮は無用ね。薙ぎ払って、部隊をまとめ上げて、他の部隊と合流させる。やることは変わんないわ。

 

「壱与、このあたりを任せたわ。わらわは偉そうなやつに話を付けてくる」

 

「はいはーい。了解でーす」

 

「『はい』は一回でいいのよ。あと伸ばさないの」

 

 『ほーい』とどこかの五歳児みたいな返事をする壱与にあとで折檻をすると決めて、わらわは空中で姿勢を変えて移動を始める。

 鬼道が壱与より得意ではないとはいえ、精霊に頼んで空を飛ぶくらいならお茶の子さいさいだ。

 背後からは楽しそうに光弾で爆撃する壱与の声。……敵と間違えられなきゃいいんだけど……まぁ、あいつもわらわと同じように家紋入りの外套を貰っている。肩から掛けているだけだけど、しっかりと家紋は判別できるようになっているだろう。

 それから、撤退するかどうかで悩んでいる一団を発見し、事情を説明。わらわの外套の家紋に見覚えがあったらしく、すぐに話を信じてくれたようだ。そういえばあいつの隠れ蓑の家主導で食糧支援とかしてたわね。もしかして、こんな事態になることを見越して……? ……なーんて、あるわけないわね。あいつがいくら先を読めようと、これは見えていなかったはず。どちらかと言うと、あいつの馬鹿高い幸運値のなせるワザなのかしらね。

 

「わらわと同じような外套を着てる子供が狂ったように攻撃してるから、それをかいくぐって負傷者を集めなさい。水の秘薬が必要ならいくつかあるから、足りなくなったらいうこと。良い?」

 

「は、はっ! 聞いてたな! すぐに動くんだ!」

 

 上空の壱与をちらりと見た指揮官らしき男が、部下に伝え、動き始める。

 ……うん、これなら手古摺らずに行けそうね。

 

「……それにしても、この『反乱』……何か裏がありそうね」

 

 面倒なことになりそうだ。……ギルめ、解決策くらい思いついてるんでしょうね……?

 

・・・

 

「よし、順調だ」

 

 それぞれの部隊が、こちらに向かって後退中。『反乱』を起こした者たちを排除しつつ、無事に再編成が出来ているらしい。

 

「で、この後はどうするわけ?」

 

「もちろん、反撃するとも」

 

 未だ偵察に行った『彼』からは連絡はない。……と言うことは、まだ敵は動いていないということだ。

 

「は、反撃ぃ!?」

 

 俺の言葉を聞いたマスターが、目と口を大きく開けて驚いている。その横で護衛をしている小碓は、うんうんと頷いているので、理解してくれているようだ。

 

「確かに、それが一番効果的でしょうね」

 

「あ、アサシンまでそんなこと言うの!? 敵からの奇襲を受けて司令部は壊滅! 兵士たちもかなりの数がいなくなってるわ! それにこの混乱……攻められるようになるまでどれだけかかると思っているの!」

 

「こちらに部隊すべてが下がってきてから、一日だ。一日後には、再編成を終えて前進し始める」

 

 もちろん、それがかなりの無理だというのはわかっている。……だが、兵士たちも降臨祭を終えて休息は取れているし、混乱から醒めれば士気もそれなりに回復するだろう。戦力としても、俺たちがいれば降臨祭前の戦力近くまで戻せるだろうし……。不可能ではない。

 

「多分、相手の目的は混乱させて俺たちを後退させること。首都に近づけたくないんだろう。その準備に時間がかかるから、降臨祭をダシに休戦協定を申し出てきたんだ」

 

 だから、ここで後退はできない。こちらから攻め込み、この戦争を終わらせる。

 

「さ、これから忙しいぞ。受け入れ態勢もとらないといけないしな。スカロン、行けるな?」

 

「まっかせてぇん!」

 

 いつも通りくねくねしているスカロンが、『妖精亭』のみんなをまとめて、いくつかの天幕の中を整えていく。

 全員が入ることは無理だろうが、怪我をした兵士たちを治療するくらいのことはできるだろう。

 

「……む、来たな」

 

 ラインを通して、サーヴァントのみんなの接近を感じる。最初にたどり着いたのは、やはり敏捷の高いセイバー、上杉謙信。

 

「やぁ、到着したよ。もう少ししたら部隊の方も下がってくると思う」

 

「了解。よくやってくれたよ。相手のサーヴァントは出てこなかったか?」

 

「うん、不気味なぐらいにね。……部隊を率いるものには到着次第こちらに顔を出すように言ってあるから、もう少しで来ると思うんだけれど……」

 

 そう言って周りを見渡す謙信。それから、目的の人物を見つけたのか、「こっちこっち」と手招きをする。駆け寄ってくる兵士は杖を持っていないようなので、おそらく平民の兵士なのだろう。……こっちの世界基準の話だけどな。

 

「お初にお目にかかります、司令官!」

 

 ある程度は話が通っているんだな。謙信が説明してくれたのか……これは話も短縮できるから助かる。それからも続々と兵士たちは集結し、全軍の半数が『反乱』によって相手に付いてしまったにしては、残っている方だろう。負傷者は多いが、死者は少ない。

 全員が集合した後は、指揮官クラスの人員を集めてこれからのことを説明する。カリスマのおかげか、しっかり計画を立てていたからか、質問は飛んでくるものの反対の声はあまり聞こえてこない。

 

「よし、それでは明日から進軍を開始する!」

 

 そう言って会議を締める。士官たちは早速部下に指示を出しに行くのだろう。我先にと部屋を出ていく。

 

「……行けそうか、謙信?」

 

「もちろん。守りの戦が得意とはいえ、攻めるのが苦手ではないからね。……さぁ、明日も早い。ルイズ嬢を寝かしつけてあげるといいよ。……それとも、私と閨を共にするかい?」

 

 そう言って流し目で俺を誘惑する謙信。……んー、それもいいけど、マスターが不安そうだったからな。今日くらいは添い寝してあげないとダメだろう。

 

「マスターを寝かしつけてくるよ。謙信とは……戦いが終わったらたくさんしような」

 

「……ふぅん? その言葉が妙な旗を立てないことを祈っているよ、まったく」

 

 不満そうに鼻を鳴らした謙信がぷいと顔をそむける。……クール系なのに、こういうときに見せる子供っぽさが可愛いんだよなぁ……。っと、いかんいかん、マスターと添い寝してあげると決めたのに、謙信のことを構いたくなってしまう。これが魔性の女……!? ……いや、たぶん違うな。俺の節操がないだけの話だ。

 

「それじゃ、行ってくる」

 

「はいはい。こっちはこっちで小碓達をまとめておくよ。配置はこっちで決めてもいいかい?」

 

「ああ、頼んだ。……武将が一人いるとこういう時楽だなー……」

 

 小碓は個人戦が強いし、卑弥呼や壱与は女王だから戦と言うよりは政が得意だ。信玄は……今の感じだと個人で突っ込んでいくのが好きそうであまり頼れなさそうだし、ジャンヌも意外と戦上手な面もあるけれど感覚派で説得力が低い。カルキは……どうなんだろ。未来の英霊だから、今の人間の戦い方とか慣れてないんじゃないだろうか。でもAIとかだからそういうのもインストールされてたり学んでたりするんだろうか……。

 まぁ、こういう時に頼れるのは謙信くらいだ、というのがわかっただけ良いだろう。

 

「それじゃあ、行こうかな」

 

 そう言って部屋を出ていく謙信に付いていくように、俺も外へ出る。途中で行き先が違うので謙信とは別れ、マスターの寝所へと向かう。部屋はそんなに離れてはいないので、少し歩けば簡単にたどり着く。

 

「マスター? 俺だけど」

 

「ギル? ……入っていいわよ」

 

 中からは少し気の抜けたマスターの声。許可が出たからか、かちゃりと扉が開く。マスターの護衛に付けている自動人形(セイバーのすがた)が開けたのだろう。自動人形は俺と魔術的なパスでつながっているため、いちいち確認せずとも真偽を判断でき、こうしてスムーズに案内してくれるのだ。

 マスターを見ると、すでにベッドの上で寝間着を来て寛いでいるところらしかった。明日は出立の日。早めに寝ようとしていたのだろう。

 

「どうしたのよ、こんな時間に」

 

「今日は一緒に寝ようかなって思ってさ。ほら、そっち詰めて」

 

「ん、ちょっと……もー、仕方ないわねー……」

 

 少し強引にベッドに入る。マスターはセリフこそ渋々と言った感じだったが、顔を赤くしてスペースを作ってくれるので、まんざらでもないのだろう。そこにいそいそと入り、ふう、と一息。

 

「ね。……明日から行って、勝てるのよね?」

 

 やはり不安なのだろう。俺のことを信じてくれてもいるが、それでも何かあったら、と考えてしまったのか……少し顔に陰を作りながら聞いてくるマスター。アンリの進退もかかっていそうだし、その辺も思い詰めてしまったのだろう。激情家なのに色々抱え込むタイプだしな、マスターは。

 

「もちろん。これでも色々と戦いの経験はあるんだ。個人でも、軍でも、国でもな」

 

 そう言って、少しでも安心できるように頭を撫でる。サラサラの桃髪が、とても触り心地良い。髪を梳かすように何度か撫でると、こちらに頭を預けてくる。そのまま手を頭から背中に移して、軽くたたく。……子供をあやすようだが、マスターは安心してくれたのか、うとうととし始めた。

 

「絶対……負けないでよね……」

 

「もちろん。……お休み、マスター」

 

「んぅ……おやふ……み……」

 

 俺の腕の中で眠ったマスターを見て、自動人形に灯りを落としてもらうように伝える。すぐに実行した自動人形は、暗くなった部屋の中でもすべてが見えているかのように動き、俺たちをいつでも守れるような位置に付いた。防御宝具もあるし、俺も少し休むか。マスターを抱えたまま、俺も目を閉じた。

 

・・・

 

 翌日。太陽が昇ってからすぐ。俺たちは出発の準備を終え、前進を始めようとしていた。

 

「これより、アルビオンの首都、ロンディヌウムへと進撃する!」

 

 臨時総司令官と言うことになっているので、出発前の兵士たちの前で士気が上がるように檄を飛ばす。俺の横には、呼び出したサーヴァントたち、そしてカルキの姿があった。こうしておけば、俺の直接の騎士ということが印象付けられるだろうと思ってのことだ。

 

「今回、司令官たちへ『反乱』を起こした者たちは、敵の姦計によるものとわかった!」

 

 これは、今回の『反乱』を起こした兵士たちと戦い、その死体を検めた壱与からの情報だ。何らかの手段で『内側』から変えられ、操られていたとのこと。その兵士たちの周りでは水に関係する霊的存在が狂わされていたことから、おそらく『水』に関係する魔法か何かだろう、と言っていたが……。

 

「このまま撤退するわけにはいかない。敵の狙い通り我々が撤退してしまえば、敵に利用された我らの仲間の死を無駄にすることになる」

 

 相手の狙いは、俺たちの撤退、もしくは何らかの時間稼ぎ。……ここでこのまま撤退するのは……そうだな、『気が進まない』。誰かの計画にこのまま乗るのは、何かまずい気がするのだ。

 

「確かに仲間は減った。……だが、俺の横に並ぶ彼女たちは、一騎当千の騎士たちだ。その力を知っている者も多いだろう」

 

 伯爵の下に付くものたちなので、従者と言うよりは騎士と言う方がわかりやすいだろう、とマスターに助言され、彼女たちは伯爵家お付きの騎士たちと言うことになっている。実際に助けられたものたちも多いからか、兵士たちの顔に希望と高揚が見える。

 

「今回は速度が命だ。俺も先頭を行き、みんなと共に戦う。俺の後ろに着いてこい!」

 

 俺がそう叫んで右手を高く上げると、兵士たちも雄たけびをあげて手を上げる。……うん、これだけ盛り上がっていれば、敵の数が多くてもひるむことはないだろう。

 

「万歳! オルレアン伯爵万歳!」

 

 おっと、俺を呼んでくれるのはとてもいいことだ。俺に希望を持ってくれているってことだからな。俺が負けたり死んだりしない限りは兵士たちの心が折れることはないだろう。そう思って俺もその声に応える様に手を上げると、兵士たちもさらに盛り上がり、更に声を上げる。

 

「剣の騎士、セイバーさま万歳!」

 

 おそらく謙信に助けられたのだろう兵士が、それを称えるように叫ぶ。……『剣の騎士』って……確かに謙信はこっちでいう魔法を使わないから正しいんだろうけど……『頭痛が痛い』みたいなものを感じるな。……言葉の翻訳機能の不足なんだろうか……?

 それからというもの、それぞれの兵士が助けてくれたサーヴァントを『鏡の騎士』やら『鎧の騎士』やらと呼んで称える。謙信や信玄はこういうことになれているのか手を振って応えたりしているが、ジャンヌや壱与あたりはどぎまぎしながらこちらを見上げたりしてくる。

 

「旗を揚げたりすればいいんだよ、『旗の騎士』さま?」

 

「うぅぅ、そうやってすぐからかうぅ……お、おーっ!」

 

 俺の言葉に少しためらったものの、何か吹っ切れたように宝具たる旗を振り上げる。……宝具効果で仲間の能力を上げられるからか、兵士たちの声がさらに大きくなったように感じる。

 

「はー! なんですかみんなして! 壱与のこと『光の騎士』とか呼んじゃって!」

 

 一人ぷんすかしている壱与は、どうやら戦闘中は『狂戦士』やら『狂った子供』なんて呼ばれていたのに、ここでは『光の騎士』と呼ばれ始めたことに憤慨しているようだ。

 

「いいじゃないか、『光の騎士』。なんか最後の幻想に旅立ちそうだろ?」

 

「壱与は『ふぁいなる』でも『ふぁんたじー』でもありませんよ! んもー、言い始めた奴ぼこぼこにしてやろうかな……」

 

 俺に抗議した後は小声だったが、壱与はこういう時放っておくと本当に『言い始めた奴』を探し出してボコボコにしかねないので、止めておく。

 

「いいじゃないか、俺は気に入ったぞ?」

 

「なら全然おっけーです! 『狂戦士』よりは可愛いですよね? 光ですし!」

 

「ん、まー、そうだな!」

 

「んー! 気を使って煮え切らないギル様……素敵……!」

 

 ……相変わらず俺への評価ダダ甘だなこの子……。

 ……とにかく、そんなこともありながらも出発の時刻が迫ってきたため、兵士たちを解散させ、最後の点検をさせる。足の速い騎兵隊や俺と謙信、小碓が一番前を行き、少し間隔をあけて信玄やジャンヌのいる部隊、さらに後方には卑弥呼と壱与、そしてカルキのいる輜重隊と分けられている。

 それから太陽も完全に上ったころ、最初に出発する俺たちの部隊が前進を開始する。一番先頭には俺と小碓、謙信が固まって前進している。その後ろには目や耳の良い者を近くにおいて、何かあればすぐに報告が上がるようにしている。

 俺たちが出発してから少しすれば信玄たちの部隊、そこからも少し時間を空けて卑弥呼達の部隊が前進してくるはずだ。俺たちが固まっているここが一番守りやすいので、俺たちの後ろにはマスターも一緒に来ている。流石に二人乗りは兵士の目の前だしちょっと……と謙信から苦言を呈されたので、馬は別だ。

 気配を読むことに優れた謙信、眼の良い俺、敏捷が高い小碓の全員をかいくぐってこられるようなことはないと思うのだが、一応マスターには防御宝具もくっつけている。それに、彼女の爆発魔法には助けられたこともあるので、戦力としても優秀だ。

 兵の前だと俺もいつもの戦い方じゃなくて杖を持って戦わないといけなくなるからな……不便なものだ。まぁ最悪、後方にいるカルキが飛んでくる算段にはなっているが……。カルキの主任務は壱与と卑弥呼の防衛だ。何かあって後方にサーヴァントが来たりした場合、非力ング二名では手古摺るだろうと考えてのことだ。

 

「む、主?」

 

「大丈夫、あれは味方だよ」

 

 小碓が上げた疑問の声に、振り向かずに答える。

 上空に見えるのは小さな点。時間を経るごとに大きくなっていくそれは、数少ない竜騎兵の物だ。

 

「あれ……竜騎兵じゃないの」

 

 マスターはそれを見て何かわかったらしい。あれは俺たちと共に空を飛び、虚無の魔法をぶち込みに行った竜騎兵たちだ。

 俺たちに風の魔法で言葉を飛ばし、近くに来ることを伝えてきた。それから何分も経たないうちに、俺たちのそばに風竜が並走する。羽ばたきで起こる風は何かで押さえているのか、そこまでこちらに来ることはない。

 

「敵部隊接近! ここより15リーグ北東!」

 

「了解だ。……後方の部隊に迂回するように伝えろ」

 

 俺たちが正面からぶつかって足止めし、横から迂回させた信玄たちに攻撃させるとしよう。こちらにはメイジたちは少なく、後方の部隊には多く割り当てている。魔法使いのほうが何かと応用きくしな。その魔法使いたちに横からの攻撃を任せれば、こちらは攻撃に耐えるだけだ。結局これが一番可能性の高い戦いになるだろう。時間かけるわけにもいかないしな。

 

・・・

 

 ……緒戦は、すぐに決着がついた。半数以下しか残っていないとたかを括っていたらしい相手は、最初に俺たちとぶつかった時にその数を大幅に減らし、その被害の大きさに動揺している間に横からの迂回部隊が到着。そのままの勢いで突撃すると、こちらにはほとんど被害もないまま撃破完了した。

 後方の部隊の一部に残った敵兵の処理を任せて、俺たちは人員の確認と少しの休憩を取ってすぐさま前進。それからもいくつかの敵部隊とぶつかったが、此方の被害はほとんどないまま快進撃を続けた。

 

「……どう思う、小碓」

 

「少しおかしいですね。そんなに人を回してない……『もう終わった戦』かのように、戦後処置に重きを置いた編成です」

 

 そもそも、と小碓は少しだけ声のトーンを落として続ける。

 

「ここまで一方的に負けていて、ボク達サーヴァントの気配にも気づいている……そのはずなのに、いまだにサーヴァントたちがやってこない。……これはもしかすると、誘い込まれているのかもしれませんね……」

 

「だとしても、食い破るまでだ。こうして反攻に出た以上、勝って終わるしか道はない」

 

「……流石のご英断だと思います。そこまで言い切るのでしたら……この小碓命、主のために全力を尽くすことを、再びここに誓いましょう」

 

 胸に手を当ててにっこり笑いながらそう言ってくれる小碓に、ありがたいことだと思いながら頭を撫でてやる。つやつやの髪の毛は、こうして撫でても引っかかることなく手触りの良さを伝えてくる。

 ……今回のこの戦はおかしいことが起きる。……アルビオンを奪った者達だけではない、何かの思惑を感じざるを得ないな……。

 

「ただ、もうロンディヌウムは目の前だ。なにかあるとすればここから……気を抜かずに行こう」

 

 俺の言葉に頷く小碓達。そのまま、俺たちは一路アルビオンの首都を目指すのだった。

 

・・・

 

「どうなっているのだ!」

 

 司令部の部屋に、クロムウェルの叫びが響く。爪をがりがりと噛み、落ち着かない様子だ。

 

「ミス・シェフィールドに話を聞きたいがしばらくこちらには来ないし……。キャスター! キャスターはおるか!」

 

 クロムウェルが金切声のように呼ぶと、部屋の一角に光が集まり、一人の男が現れる。フードを目深に被り、陰鬱な雰囲気を纏わせているその男は、目の前で騒ぐクロムウェルに対してため息をつきながらも靴を開く。

 

「あの女は今頃山登りでもしているよ。……それにしても、よくもまぁこんなに追い込まれたものだ。ここまでくると私でも逆転は難しいな」

 

 両手を肩の高さまで上げ、『お手上げ』だと態度で示すキャスター。

 

「なぜこんなことに……。今頃『反乱』によって追い詰められたトリステインはサウスゴーダから撤退し、ロサイスまでに追い込まれ壊滅させられたというのに……」

 

 先ほどまでの態度とは一変し、次は顔を覆ってさめざめとつぶやくクロムウェル。今度こそ処置なしとため息をつくキャスター。

 

「ガリア……ガリアはどうしたというのだ……! このような状態になる前にトリステインを挟撃してくれていれば……!」

 

「たらればを悩んでいても仕方あるまい。今考えるべきことは、『諦めて潔く死ぬ』か、『最後まで生にしがみ付くか』の二つだ。どうするのだ?」

 

 その言葉を聞かされたクロムウェルは、キャスターに縋りつく。

 

「し、死にたくないのだ! 私は、私は大きすぎる願いを持ち過ぎた! しかし、こ、こんなところで死にたくはないのだ!」

 

「……その想いには同意するよ、クロムウェル。どんなに上り詰めても、最後にはそう思うのは誰でも同じだな。仮のマスターとはいえ、マスターとサーヴァントは似るということか」

 

 再びため息をつくキャスター。しかし、先ほどのとは違い、どこかクロムウェルに同情的なものを含んでいるように聞こえた。

 

「よろしい、力になってやろう」

 

「ほ、本当か!?」

 

「ああ。お前は生き延びたいのだろう?」

 

「もちろんだ!」

 

「ならば、決戦しかあるまいな。幸い俺個人の軍隊とは別に心を奪ったトリステイン兵もいる。やり方次第では敵の足を止め、逃げおおせることも可能だろう。その代わりお前の王としての生活も終わるがな」

 

「そ、それでよい! もう王はこりごりだ! ここから逃げられれば、ガリアで再起もはかれよう!」

 

「ふむ……まぁ、それで良いならそれでよいか……」

 

 少し考えるそぶりを見せたキャスターだが、クロムウェルの言葉と必死さに押されたのか、意見を変えないとあきらめたのか、この先の作戦を語る。

 

「よいか、ここから先、かなりの消耗戦を覚悟せよ。これからするのは防衛線でも撤退戦でも何でもない。ただの負け戦であるということだ」

 

 そこには、いつもの陰鬱な雰囲気とはまた違い、フードから唯一覗く口元を歪ませて笑う、キャスターの姿があった。

 

・・・




「――ああ、本当に。人間というのは上に上り詰めれば上り詰めるほど落ちたくないと思うものなのだな。……本当に……救いがたい。この男も……私もな。――さて、ああ言ってしまった以上、なんとかせねばな。……安心しろ」




「――最後は、あっけないものだ」















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第四十八話 世は並べてことは無し、なんて言えればいいんだけど。

「ま、そんなことはないのがこの世の中ってもんなんですよ」「何を分かったような口を聞いとるんだお前は」「……うるさいよ赤爺。女の子の身体乗っ取っておいて、そっちもなに偉そうなこと言ってるんだい?」「はっはっは、何を言うておる。座に上がって英霊なんてもんになった時点で常識なんて投げ捨てるもんだろうに」「はぁ……信玄に何言っても無駄か……無駄無駄……」「まぁお前に常識云々言うことこそ無駄じゃろうにな」


それでは、どうぞ。


 ロンディヌウムに近づいてきて、小碓がピクリと反応する。

 

「主、気付いていますか?」

 

「ああ。サーヴァントの気配……そして、それに似た反応が数千」

 

「冗談のような数ですね。ここから先には、あのフードのサーヴァントと、その配下がいるのでしょう」

 

 小碓の言葉に、頷くことで答えを返す。何度か遭遇したというフード姿のサーヴァント……。わかっていることと言えば、人間をサーヴァントのように従え、軍隊を作っていること。元は神秘を纏わない人間なのに、どういう理屈か半分サーヴァントのようになり、俺たちに通じる攻撃を繰り出してくることぐらいか。

 

「ですが、こちらも戦力としては問題ないでしょう。サーヴァント本人はともかく、その眷属と言ってもいい兵隊たちは、こちらの世界の魔法や剣で物理的に倒せる、頑丈な人間といったくらいのものですし」

 

 その通り、彼らは『半』サーヴァントのようなもので、実際に英霊と融合していたりするわけではなく、おそらくは宝具かスキルで神秘を分け与えられただけのように思える。

 

「初手で第二宝具を発動します。そのあとは、主さまにお任せしますね」

 

「ああ、了解だ。信玄とジャンヌには迂回浸透しての攻撃をするように伝えているから、そのあとのことは判断してくれるだろ。卑弥呼に壱与も、小碓の一撃を見れば停止して遊撃隊となってくれる手はずになっている」

 

 首都ロンディヌウム。その城壁が見えてきて、その前に布陣している部隊も見えてきた。……やはり、砲撃隊がいるか……!

 

「小碓、宝具の発動準備に入れ! 俺の合図で撃ってもらうぞ!」

 

「わかりました! 草薙太刀に魔力を充填します!」

 

 俺の千里眼で見えた相手の砲台からして、射程距離はまだだろう。付近にいた兵士たちに敵発見の報を伝え、戦闘準備に入ってもらう。騎兵と歩兵については、このままの勢いで突撃する予定だ。相手の腹を食い破り、城壁の内へと入らなければなるまい。

 

「ッ! ――小碓、放て!」

 

「はい! ――魔力充填、属性変換、水を火へ。火よ、大蛇となりて我が眼前の敵を薙ぎ払え! 『東方征伐(さがみうちたおし)草薙太刀(くさなぎのたち)』!」

 

 瞬間、小碓が込めた魔力が炎へと返還され、剣に宿った大蛇を顕現させる。現在の小碓では本来よりも弱体化して一体しか大蛇を出せないが、それでも巨大な炎の蛇だ。相手の方からも爆音が響いた後に砲弾が降り注いで来る。

 

「止まるな! 駆け抜けろ! 相手の内に入れば入るほど当たりづらくなるぞ!」

 

 味方を鼓舞しながら、俺も馬を走らせて砲弾をかいくぐる。俺のいまの立場は『オルレアン伯爵』なので、手に持った杖で風っぽい魔術を使って逸らしたりすることくらいしかできないが、先頭の俺や小碓がこうして砲弾を迎撃していれば、後ろに続く兵士たちもある程度生き残れる確率が上がるだろう。

 

「……もう少しだな。小碓、まだいけるな!?」

 

「は、はいっ! 草薙太刀はまだ制御できます!」

 

 小碓はこういっているが、あまり長時間使い過ぎると小碓も消耗してしまうので、使うのは最低限にしておきたいな。しかし、向こうはわざわざ城壁の外で待っていたのか……何か狙いがあるとみるべきだろうか……。

 だが、こちらももう接触寸前だ。ぶつかって戦いながら考えるしかあるまい。

 

「小碓、俺が敵と接触して近接戦闘が始まる前に宝具を止めるんだ! そのあとは敵陣で司令官っぽいのを探して片っ端から片付けろ! ……サーヴァント以外には短刀を使うなよ!」

 

「了解です! ……宝具、停止します!」

 

 小碓の炎が消えた後、俺はそのままの勢いで軍勢に突っ込んでいく。

 さて、こっちの風の魔法はあんまりわからないが……それっぽいので暴れるとするか!

 

「謙信! 撹乱は任せた!」

 

「任されよう!」

 

 馬上から飛び出した謙信が、着地と同時に三人の首を落として駆け出す。流石戦国時代の武将……迷いと容赦がないな。

 

「風よ!」

 

 杖を振るい、魔力を風に変換して暴風として前に打ち出す。それで空間を生み出して、馬を走らせる。足を止めたらそれだけ後ろに被害が出てしまう。前の俺が破城槌であり、みんなの盾でもあるのだ。

 

「……見えた! このまま城門を突き破って突入するぞ!」

 

 謙信と小碓が城壁までに障害となりそうな敵を排除してくれたので、俺は杖に魔力を込めて城門を破壊する。流石に一撃ではあまり大きな穴をあけることはできなかったが、三度ほど攻撃を加えると、それなりの大きさにはなった。身を屈めて城門にあけた穴をくぐると、城下町とでもいうべき場所は閑散としており、おそらく住民たちは避難したか隠れているのだろうと思う。

 俺のカリスマのおかげか、町の人間を襲うような人間はこちらにはいないので、もし住民がいたとしても隠れてくれていれば巻き込まずに済むだろう。

 

「……懐かしいな、あの純白の城も」

 

 あの時はまだ小碓とジャンヌくらいしか召喚もしていなかったと思えば、かなり昔のことのように感じてしまう。……あの城を、もしかすると血で汚してしまうかもしれないと思うと……少し申し訳ない気持ちにもなる。

 ……だが、ここでこのアルビオンを止めなくては、これからもアンリは心を痛めるだろう。……マスターはまた戦いに駆り出されるだろう。シエスタたちもこうして振り回されてしまうこともあるかもしれない。

 

「許せよアルビオン。俺は俺の都合だけでお前をもう一度滅ぼす」

 

 これが終われば、一度ラグドリアンの湖に行くとしよう。自己満足でも、あの誇り高きプリンスにこのアルビオンのことを報告するべきだと思ったからだ。それに……水の精霊にも途中経過を伝えないとな。

 

「……! 主!」

 

「ああ、この先だ!」

 

 城内の広場に、今までよりも密度の高い反応を感じ取り、そこに向かう。

 

「一度止まれ。……謙信、俺と小碓で先行する。いつ俺に加勢に来るかは任せる」

 

「うん、わかったよ。君の手助けになれるような時機に加勢すると約束しよう。……みんな、体勢を整えるよ」

 

 謙信の指揮する声をしり目に、俺は小碓とアイコンタクトをとる。小碓が頷き返してくれるのを確認してから、中庭へと足を踏み入れる。

 

「――!」

 

「危ない!」

 

 瞬間、爆音が響く。小碓に押し倒されるように物陰に逃げ込んでいなければ、直撃は食らわずともそれなりのダメージは負っていただろう。

 

「……ありがとう小碓」

 

「いえ、主のためならなんてことは」

 

 頭を撫でるといつも通りはにかむ小碓に笑いかけながら、宝物庫からペンダントを取り出す。これは『人間の手以外のもので飛ばされたもの』に対しての加護を発揮するものだ。手で投げられたものには発動しないが、弓やら銃やらから放たれたものに対して、回避に有利な判定を得られるというものだ。魔力の消費もないので、付けているだけで小碓なら回避余裕になるレベルの物だろう。

 

「……躱したか」

 

 不思議と、通る声だと思った。爆音の響いた後なのに、硝煙の匂いがする城の中庭で、ざわめきすら超えて聞こえてくる、不思議な魅力を感じる声だ。

 物陰から出ると、大砲は大半が装填中。そして、銃を構えた兵と、弓や剣で武装している兵が、こちらに向けて構えているのが見えた。

 

「……この軍団を生み出したサーヴァントが、お前か」

 

「いかにも。……此度の戦争において、『キャスター』のクラスで現界している」

 

 キャスター……確かに、この準備の良さやら裏で動いている感じを見るに、キャスターが相応しいとはいえるだろう。……だが、軍団の装備に神秘性が少なすぎる。昔の魔術師的な『キャスター』であれば、兵士たちは神秘の籠った鎧やら剣やらで武装され、魔力で身体能力を強化されたりするだろう。自分の身を守る盾のようなものだ。そこには力を籠めるはず。

 だが、相手はどちらかと言うと近代兵器よりに武装している。こちらでは魔法の発展とともにないがしろにされがちな火薬兵器を大量にそろえているところから、そんなに神代やらの昔の英霊ではないことはわかるが……。

 

「私の真名を考察しているな? ……ふふふ、そんなに隠すような名でもないが……君が不快な思いをするのなら隠しておくとしよう。……さぁ、ここを突破したいのだろう?」

 

 そこまで言うと、キャスターは両手を広げて、フードから見える口元を歪ませる。

 

「かかってきなさい」

 

「……行くぞ、小碓!」

 

「はい!」

 

 相手の銃撃の音とともに、俺たちは駆け出すのだった。

 

・・・

 

「……ふむ」

 

 戦況は不利だ。押されてきているし、何より向こうの戦力は量も質も上だ。サーヴァントが何体もいるような軍団に、こちらが勝るはずもない。どのみち私の宝具では兵士たちの鎧や武器に神秘を込めるのが関の山と言うもの。体そのものを神秘の塊たるサーヴァントのようにするのは不可能だ。だからまぁ、こうして押されて城内まで入られるのは予想通りってやつだ。

 

「……さて、一応つながっているラインからは……ふむ、逃げおおせてはいるか」

 

 仮のマスターとはいえ、なんだか他人とは思えず、こんなことをしてしまっているが……。これが終わって逃げきれれば……まずは兵隊を集めるところから始めねばな。

 

「よし、ここくらいまで時間を稼げばいいだろう。……それではな英霊の王よ。此度の勝利を私も祝うとしよう」

 

 そう言って、私は霊体化する。あとはラインを辿れば……。いた、あそこか。森の中で少数の兵士とともに逃げているクロムウェルの下に実体化し、声を掛ける。

 

「逃げおおせたじゃないか」

 

「きゃ、キャスター! ど、どうなったのだ城は!」

 

「落ちたよ。流石にあそこまで攻め立てられてしまっては私一人では耐えられまい。あのインドの大英雄でもいれば話は別だったがね」

 

 そうか、と安堵と後悔の混ざったような表情でつぶやくクロムウェル。まぁ、あそこにいればかの英霊王が来なくても命はなかったわけだから、こうして落ち延びて正解だったと思うがね。

 

「それで、ミスシェフィールドとは連絡が取れたか!?」

 

 とれるはずはないだろう、と思う。もう彼女……いや、彼女『たち』にとって、この男は用済みだろう。……かといって正直に言ってもここで絶望するだけなので、『生き延び』させるためにはここははぐらかしておくのが正解か。

 

「まだだ。彼女も彼女で別の任務に就いているからな。それが落ち着くまでは連絡も取れぬだろう」

 

「そ、そうか。……な、ならば、指輪も預けている今、ガリアへ向かうのがよかろう。そこでガリア王と謁見すれば、どこかで隠居することを許されるかもしれん……!」

 

 そう言って、希望を瞳に浮かべるクロムウェル。彼が持っていた『水の精霊の指輪』もあのフードの女に渡している以上、この男には魔法の力すらないのだが……まぁ、こうして俺を仮にも使役できている以上、最低限の魔力と魔力回路くらいはあるのだろうが……。まぁ、それは今は関係のない事か。それよりも、この国から地上に降り、ガリアまで行く方法のほうが大切だ。

 

「そういえば、どこに向かっているのだ? 軍港なら反対方向のはずだが……」

 

「ああ、こちらに我らのみが知っている隠し港があるのだ」

 

 だいぶん我が軍団も大きくなったので、その隠れ家兼何かあった時の脱出場所として作っておいたのだ。やはり、こういうのも生前の経験から必要だと思って作っておいてよかったな。しかもこちらには空飛ぶ船すらある。まったく、便利な世界に呼ばれたものだ。

 

「そ、そうか! キャスターは何とも用意が良いな! ありとあらゆる事態を想定しているということか! さぞ名のある英雄だったに違いないな!」

 

「うん? ……ああ、そうだとも。中々に名のある英雄だったと思っているぞ。どちらの意味でもな」

 

 そう言って、俺はクロムウェルに皮肉気に笑ってみる。何事も経験だと、今なら思えるな。

 

・・・

 

「……急に抵抗が弱くなったな」

 

 城内の兵士たちを探し出しているのだが、どうも反撃が散発的になってきている気がする。……と言うよりは、そもそもの数が減っている……?

 

「主!」

 

「小碓。どうだった?」

 

 小碓達には城内の敵の捜索を任せていたのだが……その結果がわかったのだろうか。

 

「城内の敵兵に関しては掃討完了しました。……おそらくなのですが、兵士の内キャスターの直接の配下は半分ほど逃げたかと……」

 

「……やはりか」

 

 この戦いで出てきた敵兵は、大きく分けて『キャスターの配下』か『心を操られたトリステインの反乱軍』がいたわけなのだが、どうも城内に入ってから後者の勢力ばかり見るようになったようなのだ。……と言うことは、おそらくキャスターたちは撤退したのだろう。と言うことは、この戦争は終結した……と思っていいのだろう。

 これからこちらの兵士たちに街を見てもらい、俺たちサーヴァントは城内を確認すれば、アンリに連絡を取ってもいいだろう。

 

「……主、兵たちが確認を終えて城下に集っております。……勝鬨を」

 

「ああ、必要だな」

 

 兵士たちに戦いが終わったことを伝えて、これからのことを考えねば。

 

「こちらに」

 

 そう言われてテラスに出ると、眼下には兵士たちの姿が。他にも動いている兵士たちはいるので、全員ではないだろうが……これだけいれば十分だろう。

 

「諸君! 我らの勝利だ!」

 

 そう叫び、杖を掲げる。すると、数舜おいて兵士たちから雄たけびが上がる。……さて、次の手を考えねばな。例えば……このアルビオンの今後どうするか、とか。

 

「……ま、その辺はアンリと枢機卿と話さねばわからんか。今はただ……戦いが終わったことを喜ぼうか」

 

「ギル!」

 

「マスターか」

 

「……終わったのね。ようやく」

 

 マスターの言う『ようやく』とは、おそらく初めてこのアルビオンに来てからの一連の騒動を行っているのだろう。手紙を受け取りに行くというアンリからの秘密の『お願い』から、こうしてようやく、決着がついたのだから。

 

「ありがとう、ギル。……あんたと一緒じゃなければ、こんな事できなかったと思う」

 

「はは、そんな殊勝な態度をとるなんて、らしくないぞマスター」

 

 笑いながら、マスターを抱え上げる。短く可愛らしい悲鳴を上げるものの、しっかりと俺の体に手を回してくれるマスターは、本当にかわいいなぁ。

 

「でもまぁ、そう言ってもらえれば、ここまで頑張った甲斐もあるってもんだよ」

 

「主ー! 大主ばっかりずるいですよっ。ボクもっ。ボクも頑張りましたよーっ」

 

「ああ、そうだな。ほら、おいで」

 

 そう言って、開いているもう片方の手で小碓を抱き上げる。これが両手に花ってやつだな。とにかく、これでアルビオン動乱は終わりだ。

 ……大量の命が失われたが……それだけの価値があった戦いだと思いたいな。

 

・・・

 

 そこからはまぁ、戦後の処理と言うか……内政のターンになった。アンリに指示を仰ぐとはいえ、こちらでもやれることはやらなければならない。死んでしまった兵士たちを弔ったり、町の人間達への説明やらもせねばならないし、ここも食料がないのなら配給をしたりしないといけない。

 ここまで強行軍だったこともあって、時間もそれほど立っていないし、食料もあまり減っていないから、アルビオンの民に配っても問題はないだろう。

 

「……あー、こんな面倒な仕事を英霊になってからもやるとはな……」

 

「主、こちらの処理は……」

 

「ああ、輜重隊の兵士たちが少し手余りになってるだろ。それを回してくれ」

 

「はっ、直ちに!」

 

「ちょっと君、城と城壁の修復のための材料って出せたりするかな?」

 

「それはすでに部隊の荷物に偽装して持ってきてるから、そこから運び出してくれるか?」

 

「わかったよ、ありがとね」

 

「おうお前さんや! 悪いんだけど飛んでたときに着地失敗して壁ぶっ壊しちまった!」

 

「……けんしーん! 戻ってきてくれー! ここに馬鹿がいる!」

 

「了解! オン・ベイシラ・マンダラ・ソワカ……!」

 

「なんだと!? おい馬鹿もの! 直すのを手伝うから止めんか!」

 

 魔力を高めながら戻ってきた謙信に切りかかられそうになって慌てて訂正しながら鎧を纏う信玄。まったく、あんまり悪びれないからそうなるんだぞ。

 

「……あんた、よくそんな量の仕事処理できるわね」

 

「うん? ……ははは、生前の経験が活きたな。王の経験があるって言ったろ?」

 

「そ、そう言ってたし疑ってはなかったけど……」

 

「心配してくれてありがとな。……でもまだ余裕はあるから、大丈夫だよ」

 

 そう言って、俺の隣で心配そうにこちらを見上げるマスターの頬を撫でる。なにやら唸りながらも、素直に俺の手に頬を擦りつけてくるマスターに微笑みながら、語り掛ける。

 

「それに俺は息抜きもしっかりしてるんだよ。だから過労死なんて言葉とは無縁なんだ」

 

 笑いかけるも、マスターは何やら微妙な顔をしている。……? どうしたんだろうか。

 

「……あんた、たぶん戦いで死ぬより働き過ぎで死ぬと思うわよ。……なんか、そんな顔してるもの」

 

「え、顔? ……顔かぁ……」

 

 それはもう、仕方ないな。……ギルガメッシュに過労死の逸話とかあったかなぁ……。

 そんなことを考えながらも、トリステインからの答えを待つ日々は忙しく過ぎていくのだった。

 

・・・

 

「……まさか! まさかだ! なぁキャスター!」

 

「……やかましい。今日は珍しく書く気が沸いてきているというのに……今のお前の大声でそれも無くなったぞ! 今日は寝るか」

 

 そう言ってテーブルの上に広げた白紙の本へ羽ペンを叩きつける。まったく、やってられないな。それにしても、今日は何やらあのマスターに落ち着きと言うものがない。まぁいつも落ち着いてるかと言われたら否定するが……。それでもいつもよりはしゃいでいる様な気がする。

 

「ふははは! なるほどなるほど、これは私にも想像できなかった。まさか、私が艦隊をよこすまでの間にロンディヌウムまで落とすとは! そんな傑物がトリステインに残っていたのか!」

 

 とんでもなく嬉しそうだが……こいつが嬉しそうにはしゃぐ時と言うのはたいてい面倒なことを思いつくことでもある。にしても……俺が調べた中でもトリステインと言うのはかなり旧態依然とした国家だったはずだ。それに、かなりいっぱいいっぱいの国だとも記憶している。金も人材も無い無い尽くしだったはずだ。そう考えると不思議だな……なにやら裏工作もしていたようだし、普通に戦って勝てる状況ではなかったはずだ。それに、こいつの盤面を見ていると、どうやら相手の内部からも崩せるような策を打っていたようだが、それすらねじ伏せられたということか。

 

「これは……私に匹敵する指し手が現れたということかな? ……今まで出てこなかったことが不思議でしょうがないな! どう思うキャスター!」

 

「お前の声がやかましいと思っているよ」

 

 やれやれと首を振りながら、いい年して子供の用にはしゃぐ一国の王に適当な言葉を返す。……それにしても、これはかなり興味をそそられるな。まさかこいつの策を上回るようなやつがいたとは。

 ……いや、いるにはいるんだろうが、それが今出てきた理由がわからん。

 

「……少し調べてみるか」

 

 確かあいつが放ってる密偵が何人かいるはず。それを数人借りて、情報を集めるとしよう。何かあれば、物語を書くためのネタになるかもしれん。こういう時、主人公が一人だけの作品よりも、ライバルになる人物を出したりした方が食いつきがよかったりするからな。それに俺が書くモチベーションも上がる。これが一番大事だな。

 

「少しは世話になってる恩を返すとするか」

 

 ま、途中で嫌になって投げ出しそうだがな。

 

・・・

 

「……帰ってきたなー」

 

「帰ってきたわね……」

 

 ぼふ、とマスターがベッドに飛び込む。……まぁ、無理もない。つい先日までアルビオンにいたのだ。ようやく帰ってこれたところで、肩の荷も下りたのだろう。

 あの後、トリステインから後詰の人員が来たりして、ようやく俺たちはお役御免となったのだ。……まぁ、こうして先に帰らせてくれたのは学生組たちだけだろうし、他の兵士たちはまだアルビオンにいるのだが、まぁ学生の本文は勉強だ。ようやく日常が帰ってくると言ったところだろう。

 

「よっと。……マスター、少し留守にするよ」

 

「んぇ? またなんかあるの?」

 

「や、今回の顛末の報告をしに城に行ってくるよ。その間は謙信とか小碓を護衛に置いていくから、何かあれば二人を頼ってくれよ」

 

「え、じゃあ私も行くわよ。『ゼロ機関』とかその辺の作り話の口裏合わせたいし」

 

「んー、今日は『伯爵』としての登城なんだよな。マスターがいるとちょっとややこしくなるかもしれないから、今日は一人で行ってくるよ。たぶん今日中には帰ってくるからさ」

 

 そう言って、俺は久しぶりに霊体化し、城まで向かう。アンリの部屋でいいかな。霊体化すると視界が切り替わるから厄介なんだよなぁ。

 

「――っと」

 

 実体化すると、見慣れたアンリの部屋が目に入る。さて、アンリは部屋にいなさそうだな……。なんて思っていると、扉が開く音。帰ってきたか、と振り返ると……。

 

「……おっと」

 

「……ふぇ?」

 

 薄着のアンリとばったり出会ってしまった。

 

「……あー、これから寝るところだったか?」

 

 まだ昼過ぎだが……今まで戦争が起きていたのだ。身体を休める暇がようやく出来たのかもしれない。そう思って聞いて見ると、慌てた様子でアンリが話し出す。

 

「い、いえ! その、今起きて……」

 

「そうだったのか。まぁ疲れてるだろうしな。一応隠れてこっちに来ようと思ってここに来たんだが、逆効果だったか」

 

 すまんすまんと言いつつもう一度霊体化しようとすると、アンリに腕を掴まれる。振り返ると、顔を赤くしたアンリの姿が。

 

「そ、その……着替えてからここを出るまで、いつも時間をかけているのです。だから、その……一度くらいなら、時間があると言いますか……」

 

「あー……なるほどね。アンリは本当に可愛いなぁ」

 

 そう言いながら、アンリの部屋のベッドへと向かう。しばらくぶりだな、なんて考えながらも、アンリが寝間着のネグリジェを脱ぎ捨てるのを見るのだった。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:キャスター

真名:■■■■■・■■■■■ 性別:男 属性:混沌・善

クラススキル

陣地作成:A-

道具作成:C

保有スキル

カリスマ:A-

騎乗:C

軍略:B

■■■■:C

能力値

 筋力:D 魔力:E 耐久:B 幸運:A+ 敏捷:C 宝具:A+

宝具

■■■(■■■■■■)

ランク:B 種別:対軍宝具 レンジ:20~80 最大補足:100~500

■■■■■■■(■■■■■■■・■■)■■■■■■■■(■・■■・■■■■■■)

ランク:A+ 種別:対人宝具 レンジ:自身 最大補足:1人


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第四十九話 よくよく考えないといけないこと。

「……私たちの将来、とか?」「何ってるんだマスター。マスターの将来なんて俺のお嫁さんに決まってるだろ」「ふぁっ!? あ、あんたの、お、奥さん……!?」「いやだったのか?」「い、いや、じゃないもん。とっても、嬉しい、もん」「流石はツンデレの鑑だなぁ。マスター。くぎゅうううう!」「ひえっ! きゅ、急に何叫んでるのよ!」


それでは、どうぞ。


「おほん。それで、本日はどんな用で?」

 

 会議室の上座に着いたアンリが、神妙な顔を作ってわざとらしく咳払いをする。隣には枢機卿もいるので、内々の話をするにはもってこいの状況だ。

 

「今回の戦争でのことで口裏を合わせておこうと思ってな。俺が『伯爵』としてやったことを報告しておこうと思って」

 

「おお!確かにそれはありがたい! お主に任せた『オルレアン伯爵』の話を聞けば、こちらも判断がしやすくなるというもの」

 

 嬉しそうに声をあげる枢機卿のことをアンリがちらりと見てから、一度短く息を吐く。それから、こちらに視線を戻して、頷きを一つ。『話してほしい』のサインだろう。

 

「なら節目になった『反乱』の話からしようか」

 

 そこから、俺はアルビオンでの出来事を報告し始める。あの『反乱』の兵は俺たちがロンディヌウムの城を制圧したくらいから気を失い、再び目を覚ました時には混乱はしているものの、どうも反乱のことはすっかり忘れていたようなのだ。壱与達の調べたところによると、すでに彼らを書き換えた『何か』はさっぱりと消えていたらしい。

 この感じだと、後遺症もなさそうだとのことだが、壱与の話だと『水の力』を感じるとのことなので、今度ラグドリアンの湖に行って精霊に指輪の力のことを聞きにいかなければならないだろう。とにかく今はアンリ達にアルビオンであったことを説明するのが先だろう。

 そのあとに俺が『戦時特別任命書』を使用したことも報告しておく。それで兵士たちを動かしたので、トリステインの兵士や貴族たちには責任を取らせるようなことをしないでほしいと根回ししておく。彼らはあの『反乱』が起きてから一日で体勢を立て直してよくもまぁ首都まで突っ走ってくれたものだ。もちろん俺が召喚したサーヴァントたちの力もあるが、トリステインの兵士たちみんなが頑張ってくれたから、あんなにも早く侵攻出来たのだ。

 

「なるほど……もちろん、あなたの指揮もあなたの指揮に従った者たちも処分するつもりはありませぬ。それに、ガリアの艦隊が動いていたという報告もあります。それに先んじて、ほぼトリステイン一国でアルビオンを手に入れられたのは大きい!」

 

 興奮したように声を荒げる枢機卿。

 

「確かに……マザリーニの言う通りアルビオンをあの裏切り者たちから取り返せたのは大きい。……彼への褒賞は決めているの?」

 

「ええもちろん。あの状況をひっくり返し首都を落としたというだけで新たな勲章を作らねばならぬほどの功績ですが、それだけでは足りませぬな」

 

「そう。それなら、アルビオンを任せましょう」

 

「え?」

 

「は?」

 

「アルビオンをトリステインの領地として、アルビオン辺境伯領として、その土地を修める辺境伯としてオルレアン辺境伯とするのが良いと思うのです」

 

 得意げな顔をしてそんなことを言ったアンリは、どうですか、と我ら二人に聞いてくる。それはどうだろうか、と声を上げようとしたが、それよりも早く枢機卿が声を上げた。

 

「それは良い! ギル殿の手腕ならば、アルビオンをお任せしても問題ないでしょう!」

 

「そうでしょう? 私もとても良い案だと思ったのです!」

 

「その方向で話を進めることにしましょう!」

 

 そう言って慌ただしく出ていってしまう枢機卿。……口を挟む暇もなかった……。

 だがまぁ、戦場となったばかりで疲弊したアルビオンを立て直すには、俺の黄金律が役に立つだろうし、王の経験も役に立つだろう。その辺は納得せざるを得ないな。しかし、辺境伯か……結構高い地位になったんじゃないか……? 聞くところによると公爵に近いだとか……うーん、また仕事が増えそうだ……。

 

「よしよし……これで私との結婚に近づきましたわね……これだけの功績を上げて辺境伯となったのなら、私と結婚しトリステイン王となってもらう日も近いわね……」

 

「……アンリ? 何か言ったか?」

 

 これから増えるであろう仕事の量にげんなりしていると、アンリが何か呟いているのが聞こえた。二人きりの静かな部屋だから何かを言っているのはわかったが、ぼうっとしていたからか何を言っているかまではわからなかった。

 

「いえ、個人的なことですので、お気になさらず。……それにしても、王さまにお願いして正解でしたね。マリーの進言には助けられました」

 

「そうでしょうそうでしょう!」

 

 アンリがマリーの名前を出したとたん、マリーが現界し、俺の腰あたりに抱き着いてくる。おっとっと。

 

「ああっ、マリー、あなたズルいわよ!」

 

「王さまはみんなのものなのだから、好きな時に好きなように抱き着けばいいのに。アンリは変なところで恥ずかしがるのね。好きなものは好きでいいじゃない」

 

「……えいっ」

 

 マリーに煽られて決心したのか、アンリがマリーとは反対側に抱き着いてくる。両手に花だなぁ、なんて呑気に考えながら、二人の頭を撫でる。うんうん、アンリはさらさらとしていて指どおりが良いし、マリーはしっとりしていて手触りが良い。要するに、二人とも撫でていて楽しいということだ。

 

「これから辺境伯か。そのあたりの打ち合わせとかしないとな。まぁマスターがしばらく学院にいるだろうから、俺は自由に動けるし、とりあえずはしばらくアルビオンにとどまるかなー」

 

「それが良いと思いますわ。これから統治する人間がすぐに居なくなるのは向こうの領民の感情も良くないでしょうし……」

 

「補佐で卑弥呼か壱与と、あとは謙信もほしいかもな……」

 

 あ、あと情報収集で小碓もほしいし、機動力ある信玄もほしいな。何かあった時のためにカルキもついてきてほしいし……しまったな、マスターの護衛がいなくなる。……新たな英霊を召喚するしかないか。戦争も終わったし、一度学院に戻ったタイミングでその辺考えてみるか。

 

「戻りましたぞ! ……おや?」

 

「はっ……! は、早いですね、マザリーニ」

 

 再び勢いよくドアを開けたマザリーニに現状を見られたアンリは、慌てて離れて取り繕うものの、ばっちり目撃されてしまったようだ。だが、マザリーニはその辺のことを察していたのか、やれやれ、と首を振るだけで話を続ける。

 

「時と場合を考えるようにお願いしますぞ、陛下。このマザリーニだったから良かったものの……」

 

「わ、わかっているわ。それより、話を続けましょうか」

 

 そんな風に取り繕うアンリを、マザリーニは優しい笑顔を浮かべてスルーする。

 それから、俺たちはその日太陽が沈むまで、今後のことについて話しあうのだった。

 

・・・

 

「やっと終わったな……」

 

 マザリーニとアンリと共に今後のことについて話しあってだいたいを決めてきた。今度俺が辺境伯へと昇進……陞爵というんだったか、それを正式に認めるための典礼やら儀式やらの日程の調整もしてきたので、後日王城にまた行かないといけないが、今日で調整することはすべて終わらせてマスターの部屋へ帰ってきた。あとは戦後の処理をして、マスターと一緒に学院で過ごすだけ……。

 

「あ」

 

 そう言えば、ランサーの召喚もしようとしていたんだったか……今日マスターが寝た後にでも鯖小屋に集まるかー。今のところ狙って召喚できた例が半分くらいしかないからなぁ……本当にランサーが召喚されるかも、みんなで狙ったのが出るのかもわからないが……。やらないよりはいいだろう。

 狙うとしたらどんなサーヴァントがいいかなー。今いるのは守りとバフに特化したジャンヌ、もう一人守りに特化した謙信、敏捷と気配遮断に長ける小碓、鬼道と第二魔法で後方支援で活躍する卑弥呼と壱与、個人での機動力と突破力に優れる信玄……。そうか。

 

「攻撃力だな。対単体でも対集団でもいい、何か決め手になれるようなサーヴァントが良いだろうな」

 

 それだと……うーん、エルキドゥがすでにいるからなぁ。一番いいランサーだと思ったんだけど……あ、そもそも俺と縁結んでくれてないから召喚できねーや。他は……誰になるかなぁ。獅子王とかはもうちょっと危機にならないと応えてくれないしなぁ……ブラダマンテとかはかなり俺が想定してる『決め手』を持っているからいいかもしれないな。

 うん、あとは……え、タマモときよひーってランサー霊基あんの? ……水着? どういうこと? んん? 水着になるとランサー霊基になるの……? 何の関連が……?

 

「ま、まぁ、それで水着の子が出てきたときは……まぁ、その時か」

 

 それはそれで可愛いだろうしな。可愛くて強いとかもしかして英霊ってすごいのでは……?

 

「よし、あとは今日の夜だな」

 

 それまではやることもないし、久しぶりにマルトーの所で食事でもするか。そう決めて、俺はマスターの部屋を出るのだった。そういえばシエスタもそろそろ仕事を再開しているころだろう。時間が出来たらまたタルブ村にもいきたいな。あそこの草原も戻っているだろうか。仕事が落ち着けば、あそこでゆっくりと休養を取りたいものだ。あっちにも鯖小屋みたいなものを作るか。

 

「それにしても、アルビオンを任せられるとはな……空飛ぶ島か……改造し甲斐がありそうだ」

 

・・・

 

 マスターの部屋でしばらく暇をつぶしていると、授業を終えたらしいマスターが帰ってきた。

 

「あ、帰ってたのね」

 

 部屋に入るなり視界に入った俺に反応するマスター。いつもは釣り目がちだが、こうして目を丸くしているとその小柄な体に見合う幼さを感じる。うんうん、いっつも眉間に力が入ってたら癖になっちゃうからな。

 

「うん、ただいま」

 

「おかえんなさい。それで? 姫様とのお話はどうなったの?」

 

「今回の件でオルレアン伯爵が辺境伯になることになったよ」

 

「は!? 陞爵したの!? あんたが!?」

 

「ああ。今回はトリステインが一国でアルビオンを落とすことができたからな。まるまるこっちの好きに出来るってわけだ。そこで、アンリが一番任せても問題ないのは、俺が扮するオルレアン伯爵だからな。それで俺に白羽の矢が立ったわけだ」

 

「はー……まぁ確かに、姫さまも周りの貴族を信じられなくなってるしね」

 

 アンリは貴族の裏切りを多く体験しすぎたせいで、今貴族不審に近くなっているのだ。彼女が信頼できるのは、古くからの親友であるルイズや、その家族としてヴァリエール家、あとは俺が偽装として預かっているオルレアン家くらいのものだ。……『家』っていっても俺一人しかいないけどな、オルレアン家。

 

「だろ? 流石に学生のマスターをむりくりつけるわけにもいかないし、マスターには女官としての秘密任務があるからな」

 

「『ゼロ機関』ね」

 

 腕を組んで、ふん、と鼻を鳴らすマスター。

 

「まぁ、戦争も落ち着いたし、これから『ゼロ機関』が役に立つようなことはないだろうけど……」

 

「……いや、まだワルドの率いるカルナや、その他にも怪しいサーヴァントが何人も確認されている。今のところ表立ってはいないが、ガリアやロマリアなんて国もあるだろう?」

 

 ……それに、あの時ガリアの艦隊はアルビオン近くまで来ていた。もう少し遅ければ、俺たちよりも先にアルビオンを取っていただろう。あそこの動きはかなり不審だ。注意を払う必要があるだろう。あとは、ワルドが所属している『レコン・キスタ』もどう動くかわからん。その辺を気にしつつ、今日のサーヴァント召喚を迎えるとしよう。

 

・・・

 

「よし」

 

 マスターも寝静まった深夜。俺は鯖小屋の地下に来ていた。周りには俺が召喚したすべてのサーヴァントと、カルキも部屋の隅に立っている。

 

「それじゃあやるか」

 

「……狙ってくればいいけどね、ランサー」

 

「大丈夫です! 星三つくらいまでならまぁまぁ確率あると思いますよ! ……まぁたぶん数的にはアサシンとかキャスターのほうが母数多くてランサーってあんまり見ないですけどね」

 

「? なにいってんのよ、だいたいおんなじくらいだし、そんなランダムにはならないでしょ」

 

「なるんですよー、卑弥呼さまも後々天文台には気を付けた方が良いですよ。麻婆豆腐やらお面やらお弁当と一緒に召喚されたくはないでしょう?」

 

「っていうかギル以外に召喚されるつもりないけど?」

 

「それはそう」

 

 後ろできゃいきゃいとチームヤマタイが姦しく騒いでいる。天文台? 何の話をしているんだろうか……?

 

「ランサー……槍兵ですよね? ……私が来て、信玄が来て……真田でも来ますかね? 戦国武将で槍……うーん」

 

「……確かに日本人滅茶苦茶召喚されてるけど、別にそれを狙ってるわけじゃないからな?」

 

「……伊弉諾命来ますかね?」

 

「来たら世界終わるぞ」

 

 っていうか女性じゃないし。完全なる男神だろ。かといって伊弉冉が来ても終わるけどなこの世界。

 

「ここは私と一緒のフランスとかどうでしょう! マリーさんもいることですし!」

 

「フランスで槍? ……誰かいたっけ?」

 

「兵科としてはたくさん利用されてただろうけど……個人だとあんまり聞かないわよね……」

 

「その辺は召喚したらわかるだろ」

 

「……女人解釈されたカルナとか?」

 

「……おんなじ存在の英霊召喚されたらどうなるんだろうな」

 

「多分問題はないと思う。サーヴァントはそもそも英霊と言う大元の一側面を現界させているに過ぎないから。どんなにたくさんあっても、影が自分に拳を振るわないでしょう?」

 

「私にもセイバーの私とランサーの私がいるわけだしね」

 

 謙信がふふん、と胸を張りながら自慢げに言い放つ。……確かに、そういうこともあるかもな。気を付けねば。……いや、そもそも『女性解釈されたカルナ』なんてTSもののヒロインみたいなカルナとは絆を結んでいないので、俺の宝具では召喚不可能だ。

 

「……とりあえず、インド系はカルキだけで十分かな」

 

「→ギル。プロポーズ? ……嬉しい。あなたの遺伝子情報を貰えれば、私の遺伝子と組み合わせて製造工場から優秀な英雄をひり出せる」

 

「女の子がひり出すとかいうんじゃありません!」

 

「えぇ……壱与がそれ言うの……?」

 

 顔を俯かせて下腹部を撫でるカルキに、壱与の鋭いツッコミと、さらにその壱与に対する謙信の引き気味のツッコミが入る。

 ……カルキがそういうこと言うと怖いからやめてほしい。っていうかその辺のこと『製造工場』っていうのやめた方が良いぞ……?

 

「ま、まぁ、気を取り直して! 行くぞ! 宝具解放!」

 

 右手を前に出して、身体の魔力を練り上げる。

 

「我が名、我が魂、我が声に応えてくれ! 『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 右手を差し出した先、地下室の床に、ゆっくりと魔法陣が刻まれ、魔力が吹き荒れ、黄金の粒子が人を形どっていく。

 俺の側からは特に問題は無いように思える。指輪の反応的にも、クラスはランサーが召喚されたと思う。銀色の鎧、黒色のインナーが見えてきて、その手の先には長い槍が見えるからだ。

 

「……ふぅ。この私を召喚するとはお目が高いな聖王。ふっふっふ、やはりこの私、聖なる槍を扱う聖なる英霊! この聖なる力が必要な時が来たということか!」

 

「……あー」

 

「なによギル。わらわこいつ見たことないんだけど、そんなドン引くほどやべーやつなの?」

 

「見たことないのはそうだと思うよ。この子、永久に俺の座からつながる宝物庫の中延々と歩いてるからさ」

 

「……は? あの宝具飛び交い侍女も飛び交うあの宝物庫を?」

 

「ああ、あの空間ねじれ常識ねじれる宝物庫の中で自我を保って楽しみながら宝具を探索して遊ぶ子なんだ」

 

 口癖は『聖なる』。好きな言葉は『聖』。好きなアイドルは『聖子ちゃん』。好きな行事は『セント』と付くものすべて。と言う『聖なる』オタクの女の子だ。

 そして俺のことを『英霊王』ではなく『聖王』と呼ぶ唯一の子でもある。……『性王』は滅茶苦茶言われるんだけどね。

 

「聖なる我が名を聞くがよい! 聖なる槍を使い、聖なる力で悪を貫く! 聖なる英霊の座から降臨した最も聖なる英霊! ぺトルス・バルトロメオとは自分のことだぁっ」

 

「……良かったなジャンヌ。お前よりも前の時代のフランスの英霊だぞ」

 

「やっ、やだやだやだやだ! こんなガンギマってる女の子は同じ国だとおもいたくないよぉ!」

 

「むむっ!?」

 

「あ、見つかったわね」

 

「見つかったな。最も聖人と触れ合った女が、『聖なる』モノ好きと出会ったぞ。この子『聖なる』モノは箱推しするタイプだからな」

 

 エピソードが『聖なる』のならばすべて琴線に触れるのがぺトルスと言う女の子なのだ。ほら、はぁはぁ言ってるし。

 

「はぁ、はぁ……! そ、その剣はぁっ、もしかして、三人の聖なる声と共に得たという剣ぃ……! じ、自分は槍が専門ですけどォ、ちょ、ちょっと刃先舐めてもいいですかぁ……?」

 

「駄目に決まってますよね!? ベロ斬れちゃいますよ!」

 

 血走った目で腰に抱き着いてくるランサーを、なんとか引きはがそうとするジャンヌ。……ふふ、愉快愉快。

 確か前に教えてくれた彼女のスキルにステータス、宝具は大軍を相手にするにふさわしい突破力を持っていたはずだ。彼女を上手く扱えれば、かなりいい戦果をたたき出すだろう。

 

「そのためにも……」

 

 目の前で引っ付いたり引きはがしたりしている二人を見ながら、俺はつぶやく。

 

「この二人は、申し訳ないけどバディになりそうなんだけどなぁ……」

 

・・・

 

 ランサー、ぺトルス・バルトロメオが新たに加わり、俺たちの戦力はより一層厚くなった。

 ちなみにぺトルスの外見はすらりとした長身に、首から下をすべて覆う黒いインナー、そして要所要所を守る銀色の鎧を付けている。そもそも騎士ではないからか、その鎧と言うのも最低限のもので、ブーツは革のものだし、手甲と胸当て、スカート状の金属鎧以外はインナーが見えている。顔だちは凛としており、釣り目がちな瞳が冷たい雰囲気を醸し出しているが、ブロンドの髪をボブヘアほどにそろえていて、前髪はぱっつんというか姫カットともいうべき髪型をしている。

 ……見てるだけなら、できる秘書、って感じの外見をしていて、細めの眼鏡でもかけてほしいくらいなんだが……。

 

「んあー! んあー! 見せて! その鏡見せてぇ! すっげ、すっげえ聖なるオーラ出てるぅっ!」

 

「い、いやですっ。な、なんか気持ち悪いよぉ、卑弥呼さまぁ……」

 

「……ギルに対するあんた見てる気分ね」

 

「壱与こんなキモくならないもんっ! ですよね、ギル様っ! あ、だめ、イクっ」

 

「え、なんで今脈絡なく絶頂したの? キモ」

 

「んあああああっ! 卑弥呼さまの罵倒キクぅ……! まだガンには効かないけどいずれ効くぅ……!」

 

「効かないわよ」

 

「んぅー! すっごい! この聖なる感じはガンに効きますよぉ!?」

 

「効かないわよ」

 

「え、第二魔法ってガンに効くんですか!?」

 

「効かないわよ」

 

「それが邪馬台国の秘術ってわけか……」

 

「効かねえっつってんだろ全員頭ぺトルスなの?」

 

 戦力も増えたが、姦しさも増えた。

 いつの間にかぺトルスに壱与にジャンヌに謙信にと囲まれて青筋浮かべまくっている卑弥呼が暴れ出す前に俺も話に割り込む。

 

「とにかく! これからのことを話しあいたいと思う!」

 

「ギル……わらわ今あんたに惚れ直したわ。この状況に乗らないってだけでわらわの絆レベル11上がったわ」

 

「現界突破してるじゃないか……。ま、まぁ、話を戻すぞ。攻撃の要になりうるランサーが召喚された以上、二手に分かれてもいいんじゃないかと思い始めたんだよ」

 

 俺やランサー、カルキくらいはどちらかと言うと攻撃よりと言ってもいいだろう。ジャンヌ、謙信は守り寄り、小碓と卑弥呼と壱与は後方支援組だ。

 これをある程度分けて交代していけば、アルビオンとトリステインの二つに勢力を分けてもある程度対処は可能だろう。

 

「と言うわけで、ランサーと謙信、あと卑弥呼と壱与は最初トリステインにわたってもらおうと思う。残りはこっちでマスターや学院を守っていてほしい。トリステインに何かあれば、その時も動いてほしいな」

 

「ギルはどうするのよ?」

 

「俺にはヴィマーナがあるからな。それぞれの国を往復出来るから、遊撃扱いだな」

 

「あんたがアルビオンでは主役なんだけどねぇ。ま、だからこそ国を運営できるようなのを割り当てたんだろうけど……」

 

「え……? この頭が聖なることになってるのも国を運営できるんですか?」

 

「そいつはたぶんアタッカー以外のことは期待されてないわよ。謙信とわらわがギルの補佐をするってイメージかしらね」

 

「そのイメージであってるぞ」

 

 俺が召喚したサーヴァントたちはなんとかの『騎士』とか呼ばれるようになってかなりみんなから認識されているようだから、トリステインの貴族たちもあんまり言ってこないだろうし。……まぁ、その辺を黙らせるのは俺やアンリの仕事だ。

 そして、その仕事がすぐそこに迫っている。

 アルビオンの取り分を話し合う会議、『諸国会議』である。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ランサー

真名:ぺトルス・バルトロメオ 性別:女性 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化はできず、ダメージ数値を多少削減する。

保有スキル

自己暗示:A+
自らにかける暗示。精神攻撃への耐性を上げ、高ランクであれば肉体にも影響を及ぼす。
このランクになると、彼女はすべてにおいて自分のことを勘違いすることとなる。
ちなみに、彼女はこのスキルを認識していない。

直感:B
戦闘時、常に自身にとって最適な展開を感じ取る能力。
視覚・聴覚に干渉する妨害を半減させる。
『自己暗示』スキルとの組み合わせの所為で、彼女にとっては『啓示』のスキルだと思われている。

扇動者:B+
アジデーター。人々を煽り、導き、大衆を動かす技術。
彼女はこれを自覚せずに使用し、人々を動かしてきた。
信仰を持っているもの、精神状態が大幅に振れているものにはさらに高い効果を発揮する。
彼女はこのスキルを『カリスマ』だと思っている。まぁ間違ってはいない。

聖人の加護(偽):C
彼女は何度も聖人から啓示を受けている幻視を見ている。
更に宝具の効果と自身のスキル『自己暗示』のおかげで(せいで?)彼女は自分が聖人から加護を受けていると深く思い込んでいる。
そのため、彼女には聖人の加護があり(ない)、幸運を呼び寄せている(いない)と信じている。
実際に聖人からの加護はないが、宝具由来のスキル、そして自身の幸運値によって、彼女は加護を受けていると信じている。
その信仰による自己の精神の絶対性及び、『彼女が』悪だと思う霊的存在への攻撃数値を上昇させる。

能力値

 筋力:C 魔力:B 耐久:C+ 幸運:A 敏捷:B 宝具:A+

宝具

色褪せる幻の聖槍(フラグメント・デ・ファー)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大補足:100人

ぺトルスが持つ聖槍(だと思っている槍)の力を開放したランスチャージ。乗馬はしていないので、自身の敏捷による疾走及び槍の魔力を後方に噴射しての突撃となる。
彼女が発掘した聖槍の欠片を組み込んだ長槍は、その思い込みの強さ、そして彼女の周りにいた狂信者たちの想いによって疑似的な聖槍として起動する。
その槍が聖槍として起動しなくなるのは、彼女が炎に包まれたときか、彼女自身が手に持つ槍を信じられなくなったときのどちらかだ。


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第五十話 いそがば回れとよく言うが

「ねえ、今日はどのくらいに返ってくるの?」「ん? そうだな、少しだけアンリの所に行って……夕方には戻るかな」「そ、そう。ええと、今日は、この部屋はギルだけになったりする?」「そうだなぁ……まぁ、他のサーヴァントたちは色々と用意もあるからな。俺以外は鯖小屋に行くんじゃないか?」「ふぅん……え、ええと、きょ、今日はギルが帰ってきたら私は寝てるかもしれないけど……気にせず帰ってくるのよ?」「うん? ああ、もちろんだとも。できるだけ早く帰ってくるよ」「ね、寝てて気づかないかもしれないけど! い、一緒のベッドに寝るのよ?」「そうだな、起こしたら申し訳ないけど……」「たっ、たぶんっ、深い眠りについてるからなにされても気付かないと思うわっ!」

「……なにアレ」「んあ? ああ……『遠回しの意味を間違ってるツンデレ』と『それを分かっててからかってる性悪王』よ」「ああ、いつものプレイですか」「プレイて」


それでは、どうぞ。


 『諸国会議』がある。と言っても、だいたいはトリステインがメインとなって話しあう四カ国の会議である。トリステインとゲルマニアは連合軍を組んでいたが、ロマリアは義勇軍をわずかに参加させただけであり、更に遅れて艦隊を出発させたガリアも、参加を表明していた。

 

「……このガリア、めちゃくちゃ怪しいよな」

 

「ですね。あのタイミングでアルビオンの近くに艦隊を展開する理由がわかりません。こちらからガリアに参戦を要求していたわけでも無いし……」

 

 鯖小屋での集会にて、思い思いの姿勢で椅子に座るみんなが、俺の言葉にうなずきながら応える。

 

「トリステインの軍が『反乱』で敗走しているのを見越しているみたいに、ロンディヌウムを目指していたようですね」

 

 特に参戦要求をされていなかったガリアが、あんなところに艦隊を展開し、さらにはロンディヌウムにトリステインの旗を見ると踵を返していく様は、なにやら『新生アルビオン』をつぶす予定だったように見える。

 まさかアルビオンの首都が落ちているとは思わなかったというような動き方をしていたのだ。ガリア……そこの王は『無能王』と呼ばれているらしく、今回のこの艦隊展開も自国の貴族やらからは「軍の動かしどころを見誤った無能王」と言う見方をされているようだ。

 確かに今回の件だけを見るなら戦場の展開を見誤ったとも思えるが、どう考えても『反乱』でおかしくなったトリステインが敗走せずに進撃し、ロンディヌウムを数日で取るなんてことは考えられない。それがなければ、ガリアは一国でアルビオンの首都を落とせていたのだろう。

 

「それが狙い……この戦いの裏に、ガリアがいた……?」

 

「そこまで行くと陰謀論者みたいになってしまいますが……なくはないかと。ガリアが相当なアホしかいない国じゃない限り、『無能王』なんて呼ばれているのがトップに立っていて運営できるとは思えません」

 

「つまり、そいつは能ある鷹ってことね。『反乱』の後ろにいたのもそいつだって考えた方が良いわね。姿も見えない黒幕に気を付けるよりは、精神衛生上良いでしょうし」

 

「なるほど、そりゃそっちの方が良い。敵は目に見える奴じゃないとな。殴って倒せるならそれが一番早い」

 

 問題は、その目に見える敵が……俺たちの知らない戦力を持っている可能性があるということだ。

 おそらくではあるが、『レコン・キスタ』と裏でつながっているまであると思う。と言うことは、カルナ以下サーヴァントが向こうの戦力にいると考えてもいいだろう。

 

「敵はカルナ、それに李徴と紀昌、それに軍団を率いるサーヴァント……その四人は確定だな。他にいたとしてもあと一人か二人……直接的な戦闘能力がないか、低いクラスのサーヴァントの可能性が高いと思う」

 

「キャスターとかアサシンとかってことですか?」

 

「ああ。支援に長けているか、情報収集なんかで動いてるんだと思う。じゃなけりゃ、俺たちが動いていた時にもっとぶつけてきていたはずだからな」

 

 あの四人だけで学院を攻めたというのが、おそらくこの説を後付けしてくれるだろう。

 ……まぁ、俺がそう考えているだけで他にもいて温存されていたのかもしれないとか、この期間で新たに召喚されたりしている可能性もあるんだが……だが、『聖杯』ほどの魔力リソースがそんなにポンポンあるとは思えない。

 何故かこちらの世界に流れてきている『聖杯』を、向こうはいくつか掌握しているのだろう。だからこそこちらもランサーを召喚したのだが……うーん、これがどう影響するかだな……。

 

「アンリがトリステイン代表で行く予定だから、それにこっそりついて行って確認するとしよう」

 

「ならボクの出番ですね」

 

 小碓が張り切った顔で身を乗り出す。それもそうだ。小碓の得意技は暗殺と潜入。こういう時には一番役に立つ。

 

「あとは壱与と卑弥呼がサポートしてくれれば完璧だな」

 

「ほお! 聖なる占い師たちと聖なる幼子が試練に立ち向かうというのか! これは、とても、興奮、するッ!」

 

「しない方が良いと思うよ。中身はともかく外見は小さいんだから、君がめちゃくちゃ怪しい人みたいになるよ?」

 

「元々じゃろ。今更こやつがこやつの価値観で興奮してしょっ引かれようとも気にせんじゃろ」

 

「……それもそうか」

 

 変に納得するチームセンゴクの二人に振り返り、ぺトルスが叫ぶ。

 

「安心してくれたまえ! 自分が興奮するのは聖王の聖棒だけだ!」

 

「ドギツイ下ネタ言いますねこの人……卑弥呼さまも負けてられませんよ!」

 

「やめてよわらわを下ネタ製造機みたいに言うの。っていうか読みが一緒だから普通にいやらしいわよねこいつ」

 

「性棒……つまりちnっぼへぇっ!?」

 

「言うな。殴るわよ」

 

「も、もう殴ってますぅ……うぅ、ギル様に叩かれたかったぁ……」

 

「ぜーたくいわないの。ご褒美になっちゃうでしょ」

 

 そこから話を戻して、『諸国会議』の話に。

 

「ま、そのガリアの『無能王』とやらが来る理由があるんでしょう」

 

「しっかし、そこまで無能無能と言われているとは、『虚無』とやらに目覚める前のお館様のようじゃな!」

 

 はっはっは、と笑いながら信玄が(アニエスの体で)呵々大笑する。そこで、空気が静まり返る。

 全員がぐるんと信玄へ顔を向け、その中でも頭脳派の卑弥呼と謙信、小碓がお互いに目を合わせる。

 

「そういうことか……? 確かに、『虚無』を使えるのがルイズ嬢だけだとは限らないよね」

 

「『虚無』を使える奴が『使い魔召喚』をするとギルやエルキドゥのようにサーヴァントを召喚するっていうのはある程度証明されてるわけだし……」

 

「それなら、その『無能王』が『虚無』の使い手ってこと? ……もっと言えば、サーヴァントを召喚してる?」

 

「なら、その狙いは何だ? 諸国会議で何を……」

 

 頭を回転させてみるが、どのみち今の状況でわかることは少ないだろう。

 俺たちの様子を見て、信玄も同じことを思ったのか、「ともかく!」と大声を出して立ち上がり……。

 

「どうせその時にならなければわからぬだろう! 備えるのは大切だが、恐れるのは違うぞ!」

 

「……それもそうだな。今回の件でアンリと一緒に行くことになってるし、信玄が取り付いてるアニエスはアンリの直属の近衛と言ってもいい存在だ。それにマスターがついて言っても、おかしい事じゃないだろう」

 

 そして、今回は学院の守りをコルベール先生とライダー……菅野直に任せて、俺たち全員で向かうことにする。アルビオンで何が起こるかわからない以上、色んな状況に対応できるようにしていかねば、相手の対応をできないと判断したのだ。

 それに、こちらにはカルキもいる。もしカルナが出てきた場合、俺とカルキのコンビで確実に仕留めるつもりだ。それに、カルキのスキル『Program Kali-Yuga』は高速演算や予知などの複合スキル。こういう時に相手の狙いを見抜けるのではと期待している。

 

「これだけいれば、なんとかなるだろう。……よし、頑張ろう」

 

 おー、とそれぞれのサーヴァントたちが、掛け声を上げた。

 

・・・

 

 飛行船の中。サーヴァントたちは飛行船の警備に向かい、カルキは自身の一部であり武器でもある個人用光年距離航行船に乗って周りを警戒してくれている。

 そんな中、俺はマスターを連れてアンリの下へと向かっていた。

 

「それで、今回の『諸国会議』でガリアが何かを仕掛けてくるって?」

 

「確定じゃないけどな。マスターやテファのように、『虚無』に目覚めていて、サーヴァントを召喚している可能性が高い……んだと思う」

 

「煮え切らないわねぇ……」

 

 そうはいっても、『コントラクト・サーヴァント』で俺を召喚したマスターや、ある日魔法陣が現れてエルキドゥのマスターになったテファなど、『虚無の持ち主は英霊召喚に巻き込まれる』と言うのが俺たちの認識だ。そして、ガリア王はおそらく『虚無』の力に目覚め、サーヴァントもともにいることで何かを成そうとしているのだろう。

 そのために、今回の『諸国会議』を利用しようとしている。本来ならば先の戦争でロンディヌウムを落としその成そうとしている何かを進めようとしていたのだろうが、それを防がれ、こうして少し無理にでも仕掛けてこようとしているのだろう。

 

「その辺をアンリに説明するのと、マリーには霊体化してでも常にそばにいるようにと伝えるつもりだ」

 

「そうね……サーヴァントはサーヴァントじゃないと対応できないし……あんたが駆けつけるまでに、姫様一人じゃ絶対にもたないし……」

 

 そんなことを話していると、アンリが寝室兼執務室にしている部屋にたどり着いた。衛兵は俺たちの顔を見ると、一礼して一歩扉からずれた。

 お疲れさま、と一声かけて、扉を開ける。一応『オルレアン伯爵』として来ているので、こうして顔パスなのだろう。

 

「姫さまっ」

 

「ああっ、ルイズ!」

 

 ひっし、と抱きしめ合う二人。……仲いいよなぁこの二人。

 

「また巻き込んでごめんなさいね、ルイズ……」

 

「いえっ。今回のことは私の『虚無』が引き起こしたこと……むしろ姫様を巻き込んでしまったのは私です……」

 

 このまま放っておくと永久に謝り続けそうなので、ある程度で仲裁する。

 それから、先ほどマスターと話していたことをアンリに伝えると、マリーが実体化して出てきた。

 

「それなら、しっかりとアンリを守らないとね!」

 

「……お願いね、マリー」

 

「お任せあれ! 王さまが来るまでの時間稼ぎはできると思うわ!」

 

 そういって笑うマリーに、防御宝具を一つ貸し出す。これは円盤状の宝具で、脅威が近づいてきたときに雷で反撃してくれるという万能防御宝具である。基本的にはステルス状態で不可視化しており、攻撃を受けたときに自動で発動して姿を現すようになっている。

 

「大丈夫だと思うけど、アンリだけでガリア王に接触したりすることがないようにしてくれよ?」

 

「ふふ、流石にそこまでおバカさんではないですわ。マリーもいますし、無茶はしないようにします」

 

 そう言って柔らかく笑うアンリ。この子はかなり思い込んでしまうところがあるから心配していたけど……立場が似ているマリーがいるからか、精神的に崩れることがあまりないように思える。ある程度は安心して任せてもいいだろう。彼女は姫としてのやさしさと、女王としての強かさを身につけてきているように感じる。

 明日の流れをアンリと共に確認したが、おそらくゲルマニアとアルビオンを二分割し、ロンディヌウムにトリステインから一人貴族をあて、その副としてゲルマニアからの使者を置く、と言う流れになるという。

 ロマリアは義勇軍を参加させたとはいえ少数であったのでおそらく発言権はなく、ガリアに関してはほとんど関係なく何を言い出すかわからないとのこと。

 

「ですので、ゲルマニアとトリステイン……あとはロマリアでアルビオンを監視する『三国同盟』とでもいうべき同盟を組もうと思います」

 

 アンリの話によると、トリステインかゲルマニアのどちらかで新生アルビオンのような勢力が生まれたとき、どちらかの国と共同で軍事行動をとれるというものである。そんなことはもうないのがいいのだが、裏で暗躍しているであろう『レコン・キスタ』のような組織がいることを考えると、やはり国同士の連携は必要になってくるのだろう。

 かといっても、今のトリステインは破竹の勢いで進む強国のようになっている。一時期はゲルマニアとの同盟のためにアンリが嫁ぐ、なんて話もあったが、今では立場も対等か逆転したまであるので、ある程度強気に出られるようになったのは大きいだろう。こういう交渉の時に引かずに済むというのは国としてはかなり有利に働くだろう。

 

「……問題はそれにガリアも参加すると言った場合ですね」

 

「確かにな。目的が『新教徒や共和制が勃興することを防ぐ』ことならガリアの参加を拒否する理由はないからな」

 

「自国に他国の軍をいれるというのがどれだけ恐ろしいかは、トリステインが一番分かっています。……そこに、信用のできないガリアをいれるのは……かなり勇気のいる決断ですね」

 

 アンリが憂いた顔をして自嘲するように言う。

 確かに、特殊な同盟とでもいうべきその同盟は、何を考えているのかわからない国をいれるにはリスクが高い。

 

「逆にここで仕掛けてきてくれれば対処出来て楽なんだけどな……」

 

「変なこと言わないでよ。ようやく一つの戦争が終わったんだから、少しは平和をかみしめなさい」

 

 俺の言葉に、マスターが心底嫌そうな顔と声色をしながら肘で俺をつつく。それは確かにそうだな、と隣に立つマスターを撫でながら思う。

 問題を解決したいという効率的な考えが表に出すぎたようだ。マスターの言うように、アルビオンは疲労している。今はこの国に住む民たちを癒す時間が必要だろう。

 

「それも、この諸国会議が終わってからのお話です。……王さまとルイズはこれまで頑張ってくれましたから、次は私が頑張る番です!」

 

 ふんす、と細く美しい腕を曲げ、力こぶを出すようなポーズをとるアンリ。もちろん腕に力こぶは出ず、どうにもかわいらしさしか感じられない。……明日に響くだろうから、トリステインに帰ってから存分にかわいがるとしよう、と心の中だけで頷きながら決める。

 だが、アンリはすぐに頑張りすぎるところもあるし、そこは気を付けてもらいたい。そんな意思を込めながらマリーに視線を向けると、マリーも苦笑しながら小さく頷いた。

 

「さてアンリ? 明日から長丁場になるでしょうし、早めに休んだ方が良いと思うわ」

 

「それもそうですね。私たちはここで失礼しますので、姫様はごゆっくりお休みください」

 

 マリーの言葉に続いたマスターの言葉に、アンリは苦笑しながら立ち上がる。

 

「わかりましたわ。今日は早めに休むとします。……ルイズ、王さま、マリー。明日からも、よろしくお願いね」

 

 アンリの言葉に、俺たちは全員頷きを返す。……勝負は明日から。どうなるかわからない諸国会議が、始まる。

 

・・・

 

 翌日。ハヴィランド宮殿のホワイトホール。その円卓に、アンリが腰かけている。隣にはアンリを好色そうな目で見つめるゲルマニアの皇帝が。……あとで禿げる呪いをかけてやるからな。しかし、アンリエッタはそんな視線もどこ吹く風と言ったようにすました顔で正面を見ている。視線の先には、ロマリアからやってきた大使が所在なさげに腰掛けている。会議での発言権がほとんどないからか、大使のみが参加しているのだ。

 その隣には、アルビオンの全権大使としてホーキンス将軍と言う壮年の男性が座っていた。戦に負け、更には他国の王たちの前と言うこの状況でも、臆することなく堂々と座るその姿には、確かに誇りを感じることができる。隣に座る女をじろじろ見る皇帝よりも王にふさわしく見えるわね、とアンリは心の中でため息をついた。

 ここにいるものが今回の戦争に参加した国の重鎮なのだが……あと一国、来ていない国がある。ちらり、と扉に目を向けたのを見たのか、ゲルマニア皇帝アルブレヒト3世が口を開く。

 

「それにしても、奴は遅いですなぁ」

 

「……ジョゼフ王ですか?」

 

 戦争中不気味な沈黙を貫き、トリステインの軍が首都にいるとき、何故か少し遅れて首都に近づいていたというガリア。今回の『諸国会議』にも本来ならば関係ない国ではあったのだが、今回の『新生アルビオン』のようなものに対処するためにも、ガリアのような大国をのけ者にはできないということでトリステイン、ゲルマニアの名義で招待されていたのだった。

 

「ええ。無能な色男……あのような大国の格に似合わぬ王をいただいたものですなぁ。なんでも、優秀な弟を殺して、玉座を奪ったのだとか……恥知らずと言えばいいのか……」

 

 噂をすれば、というものか、部屋の外からどかどかどかと大きな足音が響き、ドアが大きな音を立てて勢いよく開かれた。全員がそちらに視線を向けると、青い髪の美男子……と言うよりは、美丈夫と称するべき上背に筋肉がたっぷりと付いており、引き締まった顔には、髪の色と同じ髭がそよいでいた。

 

「ガリア国王陛下!」

 

 呼び出しの係りの衛士が、慌ててその王の登場を告げた。

 

「これはこれは! お揃いではないか! いやはや、途中から混ぜてもらっておいて最後の登場とは申し訳ない! しかしこうしてハルケギニアの王が一堂に会するとは、これまでにもない事! めでたい日であるなぁ!」

 

 入り口で嬉しそうに笑いながら円卓に近づくと、その途中でアルブレヒト3世の下へと向かい、その肩を叩く。

 

「これはこれは親愛なる皇帝陛下! 戴冠式には出席できずに失礼した! 親族たちは元気かね? 君が冠を戴くために城を与えてやった親族たちは!」

 

 先ほどまでアンリに向けていたような顔から一転して、アルブレヒトの顔は蒼白になった。彼が玉座へ付くために排除した政敵たちのことを言っているのだというのは、マザリーニから聞いていたから理解できた。相当な皮肉を言われているのだろう。

 

「なんでも健康のために食事や暖炉の薪にも気を使っているとか! パン1枚に水を1杯、暖炉の薪は週に2本なんて、贅沢は身体に悪いということだろう?」

 

 アルブレヒトはさらに蒼白になって、うむ、だとかああ、だとかなにやらもごもごと返答するだけだ。それを見ているアンリの瞳は冷たく冷え切っており、早くこのやり取りも終わらぬものかと思っていると、次はアンリを見つけて近づく。アルブレヒトを弄るのにも飽きたのだろうか。

 

「アンリエッタ姫! 大きくなられた! 最後にあったのは確か……ラグドリアンで催された園遊会であった! その時から美しかったが……今ではさらに美しく、ハルケギニア中の花が首を垂れるであろう! それに今回の戦でも相当な活躍をしたそうな! ほとんどトリステイン一国でこの首都まで落としたとか! いやはやトリステインは安泰だな! うむ!」

 

 そのままロマリアとアルビオンには目もくれず、ジョゼフは空いた席に着いた。上座にはアンリが座っているため、席順としてはほとんど中間と言ったところか。

 どっかりと席に着いたジョゼフは、そのままぱちんと指を鳴らす。すると召使や給仕が現れ、ホワイトホールの円卓に料理を並べていった。

 唖然とした表情のアンリに、マリー経由の念話で落ち着くように伝え、さらにこっそりと調べた結果毒なんかは入っていないことも伝えておいた。

 

「ガリアから取り寄せた料理とワインだ! いやはや今回の戦争に協力できなかったのにこうして諸国の会議に参加させてもらえるとのことでな、なるたけ良いものを選んだのだが……みすぼらしいもので恐縮だが、これで少しでも私の感じている申し訳なさが伝われば幸いだ! 楽しんでくれたまえ!」

 

 そう言ってジョゼフ掲げた杯に、給仕がワインを注ぐ。アンリ達の杯にもワインが満たされ、それを確認したジョゼフはまた高らかに声を上げた。

 

「ささやかではあるが、祝いの宴と行こうではないか! 戦争は終わったのだ! 平和に、乾杯!」

 

・・・

 

 おうさま、と隣に立つマリーの声に、俺は声を出さずに頷く。

 すでに宴とやらが始まって一時間ほどが経っており、コースも終わってしまった円卓の上には、ジョゼフの持ってきたワインとそのグラスが並べられていた。

 ジョゼフは出てきた料理を勧め、次には乾杯、と声を上げ、また料理を勧め、その次に乾杯……というのをずっと繰り返しているのだ。

 状況的にはジョゼフの詫びの会食と言うことになっているのだろうが、このままアンリではないものがこの部屋で主導権を握っているのも問題がある。今回のこの『諸国会議』ではアンリが主導権を握って話を進めなければならない。こういうところで話をどう動かすか、と言うので王の力量と、器量が測られてしまうのだ。

 このままジョゼフの勢いのままに宴が続き、宴もたけなわと言ったところでジョゼフが解散でもさせようものならこの会議の主導権はジョゼフに移ってしまう。実際にそうだとしなくとも、参加した者たち、そしてこれを見ている者たちがそう判断してしまうということだ。国は……『王』は舐められてはいけないのだ。

 その辺のことをマリーが伝えたのだろう。何度か呼吸を整えたアンリが口を開く。

 

「それで……今回の議題についてなのですが」

 

 アンリが話し始めると、料理を勧められるがままに食べだいぶん腹の苦しくなったアルブレヒトが安堵の表情を浮かべる。ようやくこの宴も終わって話ができると思ったのだろう。

 

「うむ、うむ、確かにその話も重要であるな!」

 

 酒が入っているからか、まだまだ気分の高揚しっぱなしなジョゼフに対して、アンリは話を続ける。

 

「これからその話を詳しく詰めるというのもこの状況では難しいでしょうし……今日はガリア王よりの料理で英気を養うことにして、明日より本格的なお話をしましょう」

 

 おそらく部屋の全員がその流れになるだろうなと確信しているだろうが、それをアンリから言い出したというのが大きい。

 この円卓と言う上下関係のあってないような場所でも上座に座り、今回の戦争での一番の活躍をした国の女王として、『この場を仕切る事が出来る』と言う能力や意気込みを見せることは大事なのである。

 

「うむ! こちらとしてはそれで構わん! 詫びとしての料理でみなの時間を取ってしまったことはまた反省材料だな」

 

 ははは、とさわやかに笑うジョゼフに追従するように、アルブレヒトもアンリの言葉に同意を示す。……酒に大量の料理にとあまり体調がよくはないのだろう。

 ロマリアは大使がずっと恐縮しているだけなのでおそらく反対はしないだろう。アルビオンのホーキンス将軍は無言で目を閉じたまま黙っている。発言する気はないということだろう。

 

「それでは、このワインを飲んだらわたくしは失礼すると致しますわ」

 

 そう言って最後の一口を飲んだアンリは、にっこりと笑ってジョゼフに顔を向ける。

 

「ワインに料理、とてもおいしかったですわ。今度はトリステインの料理とワインをごちそういたします」

 

「いやなに、美しきトリステインの華にそう言ってもらえるならば、用意した甲斐があったというもの。皆への土産としてワインは用意しているから、持って帰っていただきたい!」

 

 そう言ったジョゼフにアンリは再び礼を告げると、一人立ち上がる。

 

「それでは、本日はお開きといたしましょう。何かあれば、お互いの使者に伝言を」

 

 そう言ってヒールの音を立てながらアンリが退室する。それを追いかけるようにホーキンス将軍が部屋を出て、次にロマリア、ゲルマニアの順にそそくさと出て行ったあと、満足げに笑ったジョゼフが退室していった。

 ……完全に誰もいなくなったのを確認してから、俺は宝具の効果を切り、マリーと共にホワイトホールに姿を現した。

 霊体化では視界が切り替わってしまうため、他の手段でこうして部屋の中に忍んでいたのだ。ここにマリーがいるが、アンリの護衛には今小碓がついてくれているので問題はない。今は、マリーと共に疑惑の人物……ジョゼフを調べた所感を話しあう。

 

「……私のスキル的にあんまり得意ではないのだけれど……サーヴァントとしてなら、あの大きな人はとっても怪しいと思うわ。この世界における使い魔とのつながりとは違う……霊的なつながりがどこかに伸びているのを感じたわ。……それも、それなりに近くに」

 

「うん、マリーも同じことを感じていたか。俺もそのつながりは感じたな。俺自身宝具でサーヴァント召喚するから、それでわかりやすかったのかもな」

 

「ええ。では、あの人がおそらくは虚無の使い手……今回の『黒幕』に近いか、『黒幕』そのものなのでしょう」

 

 俺とマリーは同じ結論に至る。……と言うことは、ジョゼフはその野望に対して何か動きを見せるかもしれないということだ。警戒を厳にしなければならないだろう。

 

「……今日の夜、またアンリの部屋で集合だな。今のことを説明して、今後どうするかを決めよう」

 

「ええ、わかったわ! それじゃあ王さま、また夜に!」

 

「ああ。また夜に」

 

 お互いに霊体化して、お互いのマスターの下へと向かうのだった。

 

・・・




「聖王よ! 次の私への説教らせはいつだろうか!」「……それで『わからせ』って読むんだ……」「ギル様のわからせッ!? い、壱与もっ壱与もわからせてほしいですぅ! ギル様のためならメスガキになりますよっ?」「今でも十分メスガキでしょあんた。……それよりも、わらわのほうが生意気度は高いけど?」「そんな風に誘うなんて、かの邪馬台国を修めた女王も落ちたものだね。……ちなみに私は結構後輩君を弄る先輩キャラっぽくない? 屈服させたくならない?」「屈服……させたいですか? わ、私とか、村娘ですし……マスター的には身分を利用した屈服とかやりたいんですよね?」「ぼ、ぼくのこと……わからせ、ますか……?」「くっ、殺せ! ……謙信にこう言えと言われたんじゃが、なんじゃこれ? なんでわしが生殺与奪の権利を他人に握られとるわけ?」「と言うわけで、急に王さまにわからされたいサーヴァントがいーっぱいできたら? と言うプレゼンでした」「……やだなぁこんなエロゲ……」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十一話 ご入用ならご一読ください。

「んあー、こっちの魔力はこっちに回して、こっちにはこれを……あー、でも足りないから隣の世界から……んぅー! 面倒!」「……だから言っただろ、リソース回すならこれ一回読んでおけって。……あれだろ、説明書とか読まないで家電使うタイプだろ」「うぐ」「……そういうところから女子力のなさってにじみ出てるんだよなぁ……」「うぐぅ」「ま、いいよ良いよ。そういうところ俺がカバーするからさ」「はぅぅ……」

「……あざといわよねぇ。ああいうところが意外と舐めちゃいけないヒロイン属性の一つなのよ」「……しみじみ語りますね。何か心当たりでも?」「……うるさいわよ。黙ってなさい」


それでは、どうぞ。


 アンリの部屋で全員での情報の共有が終わり、俺たちは翌日の会議に臨んでいた。と言っても今回は自国の要望を提出して、それぞれの国同士で折衝していくのはまた次の日からになるだろうというところで考えは一致している。

 その考え通り、今日はトリステインとゲルマニアがアルビオンの土地をどれだけ保有するかで要望を上げ、ロマリアとアルビオンの大使たちは沈黙を守っていた。

 そして、ガリアはと言うと……。

 

「……欠席、ね」

 

 『アルビオンの取り分けに関係ないこちらとしては、会議への参加は本日は見送らせてもらう』との言葉だけを使者が伝えに来た時は、本気で何しに来たんだと思ったものだが……。

 

「しかしまぁ、それならそれで目的は絞れるな」

 

 むこうとしてはアルビオンの土地に興味はないのだろう。取れればいいが、そうじゃなくてもいい、と言う余裕と言うか……。おそらくだけど、このアルビオンに来ること自体が目的だったということか……?

 ならば、このアルビオンに何かあるか……『アルビオンにいる誰かに用がある』かのどちらかなのか……?

 

「……ここで考えていてもらちが明かないな。今ある情報でわからないなら、さらに情報を集めるだけだ」

 

 まだまだ会議はかかるだろう。情報を集める時間はまだあるし、腰を据えていくつもりでやっていこう。

 

・・・

 

「……」

 

 主からの指示でこうして紛れ込んではいるけど……。このガリアの王……なにしてるんだろう……?

 

「ふぅむ……」

 

 もうこうしてしばらく音の出ていないオルゴールを撫でている姿しか見せていないのだ。隣に座る愛人らしき女も困惑してるし……。こんなところに張り付いてても進展ないかなー。

 それよりも、さっき来てたロマリアの神官とやらが気になるなぁ。……そっちいくか。

 するりと部屋から抜け出して、先ほど来ていた神官の気配を追いかける。ロマリアの大使の近くに部屋を取っているらしいので、外に一旦回って、窓からコンタクトを試みる。

 

「よっと」

 

 外の茂みから壁に近づいて、よいしょ、と壁を上る。僕の体は軽いし、細い指はわずかなとっかかりも掴んでくれる。

 

「んー……」

 

 窓の淵からゆっくりと部屋をのぞき込む。カーテンがしまっているけど、隙間からなんとかのぞき込むことができた。……あの金髪の男性がロマリアの神官という人か。……気配的にもう一人いると思うんだけどなー……。

 そう思いながら気配を殺しつつ気配を探るという器用なことをやっていると、魔力が固まっていくのを感じ取った。……現界した? 隙間からは相変わらず金髪の男性しか……いや、隣に一人……あれは……大主と同じ桃色の髪……? うーん、髪色だけじゃどんなサーヴァントかまったくわからな……。

 

「っぶな!」

 

 もう少し詳細を、と欲を出したのがいけなかったのか、こちらに対しての攻撃に一瞬反応が遅れてしまった。

 ……気配察知してるアサシンを見抜いて攻撃するなんて……! 何かが爆発する音がしてたから、おそらくは銃器……中世以降のサーヴァント……かな……? とりあえずこの情報は持ち帰らないとね!

 

「……撤退撤退」

 

 霊体化して、ボクは主の下へと戻るのだった。

 

・・・

 

 それからというもの、この『諸国会議』は特にもめることもなく話が進んでいった。

 アルビオンの土地はトリステインとゲルマニアの共同統治と言うことになり、そこの初代代理公王として、オルレアン伯爵……今回の件で辺境伯となった俺が指揮を執ることとなった。そして、今回のようなことが起きたときに協力するために、トリステインとゲルマニア、ガリアとロマリアを加えた『王権同盟』なるものが締結された。

 これはアンリが危惧していた『国内で共和主義者や新教徒が反旗を翻したときに他の三国が軍事介入する』と言う同盟だ。それに加えて、ガリアはアルビオンにある港の一つの優先使用権を要求したくらいで、大人しいものだった。……やはり、別に目的があると思った方が良いだろう。アンリはこの『諸国会議』が終わるまで、トリステインの国益を考えて隙を見せないように発言することで手一杯だったので、俺たちでその裏にある思惑やらを考えて対処することになったので、表側はアンリとマザリーニに任せ、俺たちはその背後にありそうなものを裏から調べて対処しようとなったのだ。

 

「……ロマリアにもサーヴァントの影か」

 

「これで四つの国にいることになるのかな」

 

 トリステイン、ガリア、ロマリア、そしてアルビオン……でいいのだろうか。その四つに、それぞれサーヴァントが現れ、さらに『虚無』のようなものまで……。

 

「『虚無』か」

 

 それが、この世界でのカギになるような気がする。

 

・・・

 

 『諸国会議』が終わり、俺たちが帰路に就くその時。

 

「……主」

 

「ああ、わかってる。……マスター、アンリ」

 

「! 敵ね」

 

 首都ロンディヌウムから港まで行く際に通る街道で、小碓が敵に気づく。それに遅れて俺たちもその気配を感じ取り、戦闘準備を始める。……この人数の所に攻撃を仕掛けるのだ。おそらく前に見た『軍勢のサーヴァント』である可能性が高いだろう。

 

「……殿、この感覚は変だよ」

 

 謙信が刀を抜きながら、顰め面をして言う。

 確かに、人間特有の生気とでもいうようなものを感じない。サーヴァントからですら少しは感じ取れるその『人特有の気配』とでもいうものを、この先にいる存在からは感じ取れないのだ。

 

「ふむ……これはあれだな、おそらく敵はカラクリを使っているのじゃろうよ」

 

 アニエスの姿でふむぅと唸る信玄が、つぶやく。それから胸の本体に触れると、魔力で編まれた赤い鎧が体を包んでいく。……そろそろ怒られねえかなコレ。

 

「儂と同じじゃ。何かにとりつくようにして操る、呪術のようなものじゃろう」

 

 その言葉と同時に、街道を塞ぐように様々な格好をした兵士が飛び出してきた。信玄はそれを見て即座に手のひらから魔力の弾丸を発射し、吹き飛ばす。その迷いのなさに少々おどろいていると、吹っ飛んで木にぶつかり、あらぬ方向に身体が折れ曲がった兵士は、その場で小さな人形のようなものに変わった。

 

「……やはりな」

 

「向こうも考えたな。限りのある人間じゃなくて、量産のできる人形を兵士にすることで、戦力の嵩増しをしたのか」

 

 ありとあらゆるところから、この『人形の兵士』の気配がする。こちらのサーヴァントの人数に対して、向こうはさらなる物量で圧倒しようということか。

 

「■■■■■■!!」

 

「っと! こちらはお任せってね!」

 

「うむ、この儂の伝説に、新たに虎狩りが追加されるということじゃな!」

 

 謙信と信玄が茂みからの爪の一撃を止め、森の中へ消えていく。李徴がいるということは……。

 

「こちらは私に!」

 

「任せてください!」

 

 ジャンヌと小碓が見えない矢を弾き落とした。あの見えない矢には、単純に弾いたりする判定よりも、『矢除けの加護』や幸運値が物を言う。それならばジャンヌは適任だろう。

 

「これだけ来ているということは……」

 

「→ギル。太陽接近中。注意」

 

 カルキがいつの間にか戦闘準備を終わらせて俺の隣に立っていて、妙な注意を口にした。……だが、その名称に合致する人物なんて一人しかいない。……施しの英雄、インド神話の中でも最強と言っても過言ではない太陽の英雄……!

 

「カルナか!」

 

「その通りだ。そちらの戦力はかなりの物だろうが……こちらも譲れぬものがあるらしい」

 

 そう言って槍を構えるカルナは相当なバックアップを受けているらしい。漏れ出た魔力が陽炎を作っているほどだ。……この一戦のために相当な礼装や魔術で強化されてきたのだろう。

 

「カルキ、共に戦ってくれるか」

 

「→戦友。もちろん。私はそのためにあなたのもとにいる」

 

 何かいつの間にやら俺の扱いが昇格している様な気がするが、まぁやる気ならば良いだろう。

 

「壱与、卑弥呼はマスターを守ってくれ。マリーはアンリを頼む」

 

「任せなさい。雑魚は間引いとくわ」

 

「お、終わったら、ぐへへ、ご褒美とか……い、いいですかねぇ……?」

 

「なんでキモイおっさんみたいな喋り方してんのよ。ほんとに気持ち悪いわねぇ」

 

 光弾と光線で兵士たちを薙ぎ払い、飛んでくる砲弾も防ぎながら、歴戦の魔術師二人はいつも通りの会話をする。

 ……なんだか最終決戦のようになっているが、敵がほぼ全力で来ている以上、こちらも全力で当たるしかない。

 

「……マリーとぺトルスもここでマスターを守っていてくれ」

 

「ふむ、聖女の護衛か! とても良いな。自分にぴったりだと思う! だが聖王と共に戦うというのもとても良い気がするなぁ……どうするか……」

 

「……不安なんだけど」

 

 なにやらぐるぐる迷っているらしいぺトルスに、マスターが不安そうにつぶやく。

 ……俺も不安になるなぁ、オイ。

 そんな感じでなにやらグダグダし始めた戦いが、始まる――!

 

・・・

 

「かっかっか! こいつは面白い! 人の知識を持った虎か!」

 

「理性は消えかけているようだけどね!」

 

「■■■■■!」

 

 ばきばきと枝を薙ぎ払いながら迫る大柄な虎と化した李徴を、謙信は刀で、信玄はその鎧で受け流しながら森を走り、飛びながら縦横無尽に動き回る。何度か刀で切りつけたり鎧からの魔力弾をあてているものの、その体毛はかなりの強度と神秘を備えているようでまともなダメージが入っているようには見えない。

 

「ちぃ、硬いねぇ」

 

 斬りつけても毛を短く切り取るだけなのを見て、謙信が舌打ちを一つ。そのあとすぐに爪の一撃を屈んでよけ、直後に空いた脇腹に蹴りをいれてその反動で木の上に上る。

 

「おっとあぶない」

 

 追撃で突っ込んできた虎を避け、次の木に飛び移る。それを何度か繰り返すと、横から赤鎧の信玄が隙のできた虎に対して跳び蹴りを食らわせる。流石に速度のついたこの攻撃にはダメージを受けたのか、ごろごろと転がり、木にぶつかって止まる李徴。

 すぐに立ち上がったが、ダメージを隠し切れないのか、少しだけよろけた李徴。

 

「ようやくまともなダメージが入ったか。……このまま消耗戦をしてもいいけれど……っち!」

 

 謙信は言葉の途中で振り返り、刀を振るう。

 剣を振りかぶっていた人形兵士が横一閃に切り裂かれ、元の小さな人形に変わった。

 

「こういうのも来るから面倒なんだよなぁ」

 

「くく、戦場では一対一のほうが珍しかろうて!」

 

 そういう信玄も何度も手のひらから魔力弾を打ち出して、人形兵士を何体も物言わぬ塊に変えていく。だが、その間にも李徴からの攻撃もしのいでいるので、何発かダメージを受けてしまっている。

 

「まったく、いくら魔力が潤沢とてこんなに鎧の修復に魔力を使っていては持たんな」

 

「受けるからさ。避けるか流すかしないとね」

 

「儂はそんな技知らんからな。できんわい!」

 

 呵々大笑する信玄に、謙信はため息をついてから首を横に振る。処置無しと思ったのだろう。

 

「まぁ良いわい。……謙信。儂が隙を作る。なんとしてでも宝具を叩き込め」

 

「……ふん、言われずともそのつもりさ。……けれど、任せたよ……信玄!」

 

 裂帛の気合を上げながら、謙信が森を駆ける。それを妨害するように人形兵士が割り込んでくるが、それをすべて信玄の魔力弾が破壊する。

 

「■■■■■!!」

 

「出てくると思って居ったぞ白虎ぉ!」

 

 破壊された人形兵士の影から飛び出してきた李徴だが、すでにそれを読んでいた信玄が先行してその両前足を両手でつかんで抑えた。ぎちぎちと音を立てて鎧が軋むが、背中の噴射口のようなところから魔力を噴出させることで出力を増し、なんとか抑えこんでいる状態だ。

 

「……行けぇ! 謙信!」

 

「……オン・ベイシラ・マンダヤ・ソワカ」

 

 信玄が李徴の攻撃を押さえているためにむき出しになっている腹に向かって低い姿勢で迫る謙信が、その身に宿す神秘を開放する真言を口にする。

 ――それは、謙信が信じ宿す毘沙門天。その中でも異業種たる刀八毘沙門天のその御業を人の身で再現するという絶技。本来ならば一振りに八度の斬撃を与えるというそれを、人の身で行うがために格が落ちているものの、それでも人の身としては破格の『三振りで七度の斬撃』と言う結果を引き寄せる――!

 

「『刀八毘沙門天(みたちでななたちのあと)』!」

 

 一閃、二閃、三閃……! 李徴は『白虎』と言う獣の特性を活かし戦い、その敏捷性と人間とは違う怪力をもって二人を苦戦させていたが、獣であるがゆえの弱点も持っていた。その一つ、皮膚と体毛の薄い『腹部』への宝具の攻撃は、致命的なダメージを李徴へと与えた。

 

「■■……■■■■――!!」

 

「残心は忘れていないよ」

 

 切り付けた瞬間に信玄は離れていたために宝具を放った後の謙信へと最後の一撃とばかりに爪が迫るが、切り返しの刀で弾かれ、そのまま謙信は後方へと跳ぶ。

 

「それじゃあね、哀れな獣よ」

 

 そう言ってさらに李徴の視界からも消えた謙信。その後ろには、赤鎧の信玄の姿が。

 

「……集え我が軍勢よ。走れ我が軍勢よ。雷雲より落ちる稲妻の如く! ――『動如雷霆(かけよくろくも、いかづちのごとく)』!」

 

 いつの間にか跨っていた黒い馬……『黒雲』と共に、信玄が駆ける。その背後を、同じように馬にまたがった騎兵が続いた。それは、武田軍の主力……武田騎馬軍団、その騎兵突撃――!

 森林内だとしても、その技術、練度によって宝具化した武田騎馬軍団はすべての地形を踏破し、進撃する……!

 

「■……■■■……■■■■……!」

 

 宝具による騎兵突撃、その蹂躙のあとには……すでに人の姿へと戻った李徴が、空を見つめながら立っていた。

 

「……私は……ここは……なぜ、こんな……」

 

「……じゃあね」

 

 きん、と澄んだ音が森に響く。その音は騒々しい戦闘の中で、一瞬の静寂を呼んだ後……李徴は、静かに魔力となって消えていった。

 

「あやつは虎を背負うには心が弱すぎたな。背負いきれずに狂うとは難儀な男よ」

 

「……ふん。私は自分が狂ってないなんて思ってないよ」

 

 そう言って、謙信は刀を血振りし、鞘に納めた。

 

「おかしくない英霊なんていないさ。方向性が違うだけでね」

 

「なるほどのぉ。言い得て妙じゃな」

 

 二人は、その場で少しだけ物思いにふけるような顔をした後、森の中へ駆けだしていった。

 

・・・

 

「凄いねこのおじいちゃん! 見えないのに、攻撃が来る!」

 

「感心してる場合じゃないですよ! あのおじいちゃんまったく戦えそうに見えないのに全然近づけませんよ!?」

 

 ジャンヌは『とある条件』で『矢除けの加護』を得れるものの、現在はそれがない。だが、今はなんとか小碓と共に矢を防いだりしながら、森の中を走り回っている。

 

「妙な格好のおなごじゃのう」

 

 相手をしている老人……紀昌は、何も持っていない両手をまるで『弓を引く』ように動かすと、そのまま放した。

 

「『不射之射(ししゃはいることなし)』……何故かはわからぬが、こうすれば何かが届くのだ」

 

「くぅっ、全然近づけない!」

 

「一度しか放してないのに、何発飛んできてるのさ!」

 

 ジャンヌと小碓の二人は見えない射撃を必死に避け、弾き、森の中を走り回って木を盾にしてなんとかダメージを受けないように立ちまわっていた。

 

「……一か八か、吶喊してみます!」

 

「考えが脳筋芋娘じゃないですか! ……といっても、それくらいしかないですね……! 私は回り込みます!」

 

 『気配遮断』で森に溶け込むように消えた小碓を横目に、ジャンヌは剣と旗をそれぞれの手に持って紀昌に向けて駆け出していく。しかし紀昌は落ち着いた様子で再び見えない弓を引くと、ジャンヌに向けて矢を放つ。

 勘と経験で両手の武器を振るい、見えない矢を弾いていくジャンヌ。それでも何本かが身を掠め、切り傷を作っていく。致命的ではないものは弾くより避けることを優先し、どうしようもないものだけに集中している。

 

「もう少し……! 届く!」

 

 片手の旗で矢を弾き、もう片方の剣を振り下ろそうとして……

 

「『忘却之弓(ゆみをわすれはてられたとや)』」

 

「えっ……」

 

 ――急に鈍くなった身体に戸惑ったジャンヌの一撃は、紀昌の一歩手前の地面に突き刺さった。

 

「危ないッ……!」

 

 そんなジャンヌに向けて、紀昌はいつも通りの動きで弓を構え、頭に向けて矢を放つ……が、ぎりぎり割り込んだ小碓の大剣によってなんとか防がれた。

 

「ごめんなさいっ」

 

 その瞬間、ジャンヌは重い体をなんとか動かして、小碓を連れ森に飛び込んだ。

 

「ど、どどどどういうこと!? け、剣から……『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』から力を感じません!」

 

「ええ!? た、確かに……! その剣からいつもの神秘が感じられない……!」

 

 ジャンヌの身体能力を底上げしていた『三聖人の声聞き立ち上がる少女(ラ・ピュセル)』が現在はただの武器としての性能しか発揮していないのをジャンヌと小碓は感じ取った。

 

「相手の宝具……!?」

 

「弓の達人ってだけじゃなかったんですか!?」

 

「……これが剣だけなのか、旗もかかるのかがわからない以上、あんまり正面から行かない方が良いかもね」

 

「……いえ、逆に突っ込みます!」

 

「はぁ?」

 

 ジャンヌの決意の籠った顔に、呆れたように返す小碓。

 

「この剣がなければ私は町娘とまったく変わりません。……この旗でなんとか小碓さんを支援するくらいしかできないと思います。だからこそ、囮と支援であのおじいちゃんを引き付けます!」

 

「……うん、わかったよ。死なないでくださいね」

 

「ふふ、そちらこそ!」

 

 そう言った後、二人はお互いにうなずき合い、散開する。

 

「もう一度吶喊します!」

 

「素直な娘だ。故に中てられる」

 

 先ほどの速度は出せず、動きも鈍いままであるが、先ほどよりも怪我をしながら一歩ずつ進んでいく。

 

「くぅっ、凄い命中精度……! でも、ここまで来れば……!」

 

 旗を振るうと、紀昌はそれに矢をあて弾く。それから一歩下がり、再び連射を始める。

 

「く、ま、だぁっ!」

 

 至近距離での見えない矢の乱射になんとか対応するものの、じりじりと体勢を崩されていくジャンヌ。

 

「……マスター、ごめんなさい、五分だけ、第三宝具、解放します!」

 

 らちが明かないと感じたのか、ジャンヌは一度大きく旗で矢を払うと、後方へ下がり、木の陰に隠れた。

 

「主よ……全てをゆだねます。最終宝具発動――『紅蓮に燃える奇跡の聖女(ジャンヌ・ダルク)』」

 

 ジャンヌがその真名を開放するとともに、剣から炎が渦巻き、ジャンヌの体を炎が包む。だが本人は何事もなかったかのように紀昌の方を向き、剣を振った。

 

「……あなたの宝具……私の剣だけを封じていたようですね。何か理由があるのでしょうが……今の私にはあなたの矢は通らない!」

 

 ジャンヌの第三宝具『紅蓮に燃える奇跡の聖女(ジャンヌ・ダルク)』の効果により『炎避けの加護』と『矢除けの加護』が付与されたジャンヌは、自身の炎で焼けることはなく、相手の矢を躱しやすくなる。

 

「行きます! はぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 指向性を持った炎が紀昌を襲う。矢を放ちながらそれを避ける紀昌だが、老いた体ではそれもままならなくなっていく。

 

「むぅ、面妖な……!」

 

「本当に、そうだね」

 

「……む」

 

「私は、貴様を打ち取るよう命じられ遣わされたのだ。……この一刺しは、お前の命を狩るだろう。手向けだ。これが最期の一撃。逝け――『西方征伐(くまそうちたおし)倭姫刀衣(だますころもとつるぎ)』」

 

 炎で動く方向を誘導されていた紀昌の背後から、隙をついて小碓が忍び寄る。

 口上により真名を解放された短剣が紀昌の背中を貫き……。

 

「ぐ、ぬぅ……!」

 

「じゃあね。達人のおじいちゃん」

 

 宝具の効果によって、紀昌の霊核が問答無用で破壊され、紀昌は動きを止めた。

 それを見届けて、ジャンヌも宝具の発動を止める。

 

「……わしの……極めた技とは……一体……」

 

 両手を見つめたままゆっくりと粒子へ変わり……紀昌は魔力になって消えていった。

 

「……よし、次に行きましょうか」

 

「そうですね」

 

 二人は何かを振り切るように、駆け出していった。

 

・・・

 

 




――ステータスが更新されました。

クラス:キャスター

真名:李徴 性別:男 属性:混沌・狂

クラススキル

陣地作成:E-
魔術師としてではなく、獣としての陣地を作成できる。魔術的な効能は全くなく、ただ宝具使用後に『戦いやすくなる』程度のものでしかない。
……が、時間をかけて作成した陣地は彼の獣としての戦闘力を如何なく発揮することができる。

道具作成:E
魔術師ではないので、普通の人間が作れる程度の道具しか作れない。だが、それでも人の状態で戦うには大きな役割を果たしている。


保有スキル

狂化:D(EX)
筋力と敏捷のパラメーターをアップさせるが、言語能力が不自由になり、複雑な思考が難しくなる。
宝具の発動によりさらに狂化のランクが上がりパラメーターも上昇するが、彼は思考も出来なくなり、獣へと近づいていく。

野生:A+
獣そのものとして、非常に発達した五感を持ち、自然の中に溶け込める性質。
自らの命の危機に対して、未来予知のような反応を見せる。
怪力や異形、直感、勇猛、気配遮断、気配察知などの複合スキル。

単独行動:A
マスター不在でも行動できる。むしろ、彼の性質的にはマスターもおらず単独で行動しているときが一番の性能を発揮出来る。

精神汚染:―
精神干渉系の魔術を遮断する。初めはランクもなくほとんど異常は見られない代わりに精神干渉魔術もほぼ遮断できないが、宝具の使用、時間経過によってランクが上昇していく。
最終的には同ランクの精神汚染を持つ人物ですら意思疎通も意気投合も不可能になっていく。


能力値

 筋力:C 魔力:E 耐久:B 幸運:D 敏捷:B 宝具:A

宝具

此夕渓山対明月(さんげつき)

ランク:A 種別:変身宝具 レンジ:― 最大補足:一人

彼が自覚するほどの己の獣性を表に出すことで、『虎』に変化する。『虎』になれば、筋力や敏捷、耐久などのステータスが上がるが、精神は汚染され、『獣』へと近づいていく。
最終的には完全に虎になり、人へは戻れなくなる。彼の言うところの『臆病な自尊心』と『尊大な羞恥心』が己を虎へと変えるのだと言う。そして、最終的に彼のクラスは『バーサーカー』へと変化し、人としての理性を完全に失う。


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第五十二話 コツがあるんですよ

「ここを斜め四十五度で叩くのがコツなんです」「……そんな昔の家電みたいな……」「まぁ昔の家電も今の神器も、衝撃与えれば不具合くらい直るんですよ!」「……神様の頭も叩いたら治らんかな」「私の頭がおかしいって言いたいんですか!?」


それでは、どうぞ。


「はぁぁっ!」

 

 俺のエアが、カルナの槍とぶつかり、火花と雷鳴が轟く。神秘の強度がお互い高いので、エアも槍も傷つくことなく姿を保っている。戦いが始まってから何度もこうして刃を交えたが、未だに膠着状態が続いている。

 

「→太陽。左から失礼」

 

「いや、謝らずとも良い。俺には通じん」

 

その隙をついたであろうカルキの一撃も、カルナは防いでしまった。……鎧が無くなっているというのに、その代わりの槍とカルナ自身の技量が高すぎる所為でカルキと言う高性能サーヴァントと共に戦っているというのにずっとこうして状況が動かないままずっと打ち合っている。

 何度か魔力を引き出されたのを感じたので、おそらく向こうでは何人かが宝具を使っているのだろう。もう、決着がついているのかもしれない。……俺がドン引きするくらいの魔力が引っ張られたので、たぶんジャンヌは第三宝具を使ったのだろう。あれは本当に魔力消費半端じゃないからな。

 決着がついたなら、こちらに来てほしいが……カルナと打ち合えるようなサーヴァントはジャンヌくらいか……? 小碓は少し出力的に問題がありそうだし、謙信と信玄はあまり相性が良くないのだ。謙信の刀八毘沙門天は元々インド神話から来たものだし、信玄はそもそもアニエスを依代にしているだけのデミ・サーヴァントのようなものなので、カルナのような強敵とぶつかり合った際に、アニエスの体が先にダメになってしまう可能性が高い。

 卑弥呼や壱与やマリーはそもそも直接戦闘に向いていないし、ぺトルスは……いまだに実力が不明瞭すぎる。

 

「ノーモーションでレーザーを撃つなよランチャー!」

 

「俺はランサーだ。……だが、その呼び名でも構わんな」

 

 その強すぎる眼力が視覚的に見えるようになっているという宝具の一つ、『梵天よ、地を覆え(ブラフマーストラ)』が迫るが、エアでなんとか弾く。……エアがなければインド神話最強格のあの槍、『日輪よ、死に随え(ヴァサヴィ・シャクティ)』の真名開放の一撃には対抗できず、こうして何度も打ち合えたりはしない。

 ……今度エア神の祭壇を作るとしよう。しっかり祀らないとそろそろ罰が当たりそうな気がする。

 

「そのためにも、生き残らねばな……」

 

・・・

 

「止まって、ジャンヌ」

 

「……だれ、ですかね?」

 

 小碓の静止に、ジャンヌも怪訝そうな顔をして立ち止まる。

 

「……サーヴァント、かな? 英霊っていうか、人間に見えないけど……」

 

 二人の前に立つのは、かろうじて人の形をしているというだけの銀色の物体。

 

「私も」

 

「喋った……!?」

 

「……私も、流石に推しを殺されては怒る」

 

「推し……?」

 

「お前たちも、大切なものを殺されれば同じように怒るだろう。私は、感情と言うものを理解している。故に、お前たちには八つ当たりをしに来た」

 

 そういうと、銀色の物体は腕のようなものを二人に伸ばした。瞬間。

 

「――っ! 避けて!」

 

「え、きゃ!」

 

 敏捷の高い小碓が、それでもぎりぎりで対応できたレベルの速さ。

 それでも少し間に合わなかったようで、庇われていたもののジャンヌは腕に傷を負ってしまった。

 

「……! これって……!」

 

「考察は後! とりあえずこの場をなんとかするよ!」

 

「りょ、了解っ!」

 

 二人はそれぞれ獲物を構える。それを見て、銀色の物体も両手のような部位を前に出す。

 

「嬲るために出力は落とす。が、死ぬ気で避けろ。蔓の射手の名は伊達ではないのでな」

 

・・・

 

「……妙な気配だね」

 

「うむ、感じるか」

 

 謙信と信玄は、駆けたまま短くやり取りをした。

 うっすらと近づく『何か』を感じ取ったのだ。

 

「よく気付く」

 

「っ! 信玄!」

 

「うむ」

 

 急ブレーキをかけて止まる二人。背中を合わせあたりを見回すも、茂みから反響する声は李徴のようにどこから聞こえてくるかわからないように反響している。

 

「私の使途を倒しおって。あれを用意するのにも少なくないリソースを使っているのだぞ。……回収して再利用するにも限度がある。……つまり、リソース不足なのだ」

 

「……なんかお金ない会社の役員みたいなこと言ってるね」

 

「故に。お前たち二人を破壊し、その霊的リソースを回収して再使用する」

 

「やれるもんなら」

 

「やってみるがよい!」

 

・・・

 

「少し、静かになったわね……」

 

「……ええ、不気味なくらいにね」

 

 ルイズが不安そうにつぶやいた言葉に、卑弥呼が含みのある返答を返す。

 

「卑弥呼さまッ!」

 

「わかってるわよ壱与。戦う準備をしなさい。ぺとの字、あんたは小ピンクを守ってなさい」

 

「いや……このような時に先頭に立つ者こそ聖なる騎士! 自分に任せたまえ! 聖なる自分に!」

 

「ばっ、あなたねぇ、卑弥呼さまに指示されたんなら従いなさいよっ!」

 

「……や、良いわ。前衛が必要なのはその通りだし……こういうのは自分の思い通りに動かそうとすると予想外の動きをされて腹立つもんなのよ」

 

 ぺトルスの言葉にかみつく壱与であったが、それに対してさらに卑弥呼があきらめたように言葉をかける。そんな卑弥呼の言葉に、壱与は感心したような声を上げた。いつもは暴走気味な壱与を大人しくさせるとは、とルイズも感心したように息をついた。

 

「ほへぇ、そんなもんなんですかねぇ。……それにしても、なんだか実感籠ってる言葉ですね」

 

 壱与からそう言われて、卑弥呼はカッとなりかけた頭を無理やり落ち着かせた。全力を尽くして、『お前のことだよ』と言う言葉を飲み込んだのだ。実感も何も、実体験からの言葉であるから、そりゃ説得力も実感も出るというものだ。

 なんとか感情を落ち着かせた卑弥呼は、苦手な鬼道を使って空間に働きかけ、魔力の流れを探知……つまり、『気配察知』を行った。相手が存在しているのならどこにいるのかを調べようと行ったそれには、しっかりと反応が一つあった。

 

「……壱与」

 

「はい、壱与も見つけました」

 

 卑弥呼よりも鬼道に長けている壱与は、さらにその気配がどれだけの魔力を内包しているかまで察知できていた。それと同時に、いつも働きかけている霊的存在が、『近づきたくない』と感じていることも感じ取っていた。

 

「……変なの。どんなものにも興味を持つ精霊が近づきたがらないなんて」

 

「ふむ、聖なる精霊が近づきたがらない……つまり、相手は邪なる存在! 自分が戦うべき相手と言うことだ!」

 

 そう言って、ぺトルスは槍を回し、構えた。その姿は堂に入る様子で、彼女の自信を表しているようであった。

 

「……こういう時脳筋は助かるわね。さて、と言うわけでそこのお姫様たちは任せたわよ」

 

「ええ、お任せあれ! 時間稼ぎくらいはさせてもらうわ!」

 

 マリーが元気にそう応えるのを見て、卑弥呼はニヒルに笑う。それから気配の近づくほうを見て……。

 

「なにアレぇ……」

 

 思わず出た、と言うような壱与の言葉に、内心で同意したのだった。

 なぜなら、姿を現したその『気配』と言うものが……。

 

「……ウニ?」

 

 宙に浮く、球体に長い棘を生やしたような、銀色に輝く物体だったからだ。

 

・・・

 

「……カルキ!」

 

「→英霊王。こちらでも感知した。これは……英霊ではないもの」

 

「……ふむ」

 

 すでに周りの森林は吹き飛んでしまっているこの戦場で、俺たちは三人とも動きを止め、不思議な静寂が周りに広がった。

 ……全員が周りに視線を走らせているが、お互い警戒だけは怠っていない。だから、この瞬間に『隙あり』と飛び込むようなことはしないのだ。実は隙が無い、と言うことに三人とも気づいているからだ。

 

「……カルナ、ここは一時休戦と行かないか」

 

「→英霊王。このまま続ければ勝てる」

 

「けど、カルナのあの反応は、向こうにとっても不測事態ってことだ。……お互い、マスターが気になるんじゃないのか?」

 

 俺がそう言うと、カルキは納得したようで一歩下がった。俺とカルナに任せるということだろう。カルナも顎に手を当て、少し考える仕草をする。一秒が何分にも感じるような沈黙の後、カルナは軽く槍を振った。

 

「お前の言、もっともだ。ここは一度退くとしよう。……お互い、次に会った時は決着をつけるときだと喜ばしい」

 

「ああ、俺も、お前みたいな強者とは早めに決着をつけておきたいからな」

 

 俺がそう言うと、軽く笑ったカルナはその場から消えた。霊体化と言うよりは、その俊敏性で瞬間移動もかくやと言う速度で動いたからそう見えたのだろう。俺もカルキに声を掛け、マスターの所に急いで戻ることにした。

 マスターのいる方向へ駆けだすと、カルキが隣で並走しはじめる。

 

「→英霊王。この感覚は、英霊じゃない。……私に、とても近しい者」

 

「……なるほどな。土下座神さまの『アレ』も、関係してるのかもな」

 

 久しぶりに聞きに行かねばならないかもしれないな。そういえばしばらくあの空間に行ってない気もするし……まぁ、あのテンションの土下座神様とあんまり話したくなかったっていうのはあるけど……。

 

「→独り言。星の力を感じた。……結構、大きな話になるかもね」

 

「……かもな」

 

 そのまま全速力でマスターの下へ駆けつけ、見たものは……。

 

「→誰か。なにあれ?」

 

「や、俺もなにアレって感じだ。……光るウニか?」

 

「あ、ギル!」

 

 ウニを挟んで向こう側に、マスターたちの姿が見えた。どうやら、戦闘にはなっていないようだが……。

 

「→! 危ない!」

 

 一瞬反応が遅れた俺を助けたのはカルキだった。どごん、と武器の腹の部分で俺を殴るように突き飛ばし、致命傷を避けてくれた。視界の端に移るのは銀色の棘。どうやら、あのウニから伸びてきたものらしい。

 

「どうやら、俺を目の敵にしているようだな」

 

 今まで膠着状態だったのに、俺が来た瞬間にこうして攻撃的になった……しかも俺を狙ってきたということは、そういうことだろう。どこでこんな不思議なウニから恨みを買ったかはわからないが、攻撃してくるというのならこちらも反撃するしかあるまい。

 

「行くぞ、カルキ!」

 

「→戦友。気を付けて」

 

 そう言ってお互いに走り出す。あのウニは棘を伸縮させることができるらしく、しかも集中していなければ俺では見逃すほどの速度で伸縮が可能らしい。単純だけど、かなりの脅威だな。一度エアで弾いてみたが、お互いに傷つかずに終わった。なんて硬さしてるんだこのウニ!

 

「愚かなりし黄金よ。この星が、お前の墓標となる」

 

「喋れるのかこいつ!」

 

「→英霊王? 何を言っている?」

 

「は?」

 

 ……え、俺だけに聞こえてるのかコレ!

 あれか、こいつ、脳内に直接! ってやつか! 神様以外にやられたの初めてだぞ……! 

 そもそも俺にそんなことができるってのは相当な上位存在じゃないか……!? 勝てるのか、こいつに……?

 

「って言ってても始まらんか。できるだけの事をやるしかないな!」

 

 空中に浮かんだまま動かないこのウニは、棘を伸ばすだけで俺たちの接近を拒んでおり、カルキや俺のように接近戦のできるサーヴァントでなくては接近も出来ないだろう。こういう時に謙信とかがいると良かったんだが……ないものねだりをしてても仕方がないな。

 

「……ふっ!」

 

 短く息を吐き、光るウニに駆けていく。俺を近づけまいとするからか、ウニは回転しながら棘を伸ばすという回避難易度を上げる動きをしてくる。

 ……アクションゲームじゃないんだぞ……! なんて心の中で悪態をつきながら、時に避け、時に弾きながら、その短い距離を全力で疾走する。俺の正面以外をカバーするようにカルキが動いてくれているおかげで、俺自体はそんなに厳しいとは感じないが……それでも伸び縮みにかかるスピードがほとんど視認できない所為で、たまに勘で弾いてるときもある。……なんて存在なんだこのウニは……! 英霊でも神霊でも精霊でもないこの雰囲気……まさに別次元の存在と言うのが正しいような神秘の密度……果たして、エアが通るかどうか……だがまぁ、ここまで一緒に戦ってきた相棒と言っても過言ではないこの乖離剣を信じるしかないな!

 

「愚かなりし黄金よ。お前の格では届かぬ」

 

「そう言われて諦めてたら、王なんてやってないさ!」

 

 乖離剣の射程圏内に入り、その棘ではなく本体の球体に突きをいれる。刀身の回転も混みなので、相当な威力のはずだが……。

 

「無駄なり」

 

 ぎゃりぎゃりとぶつかる音はするものの、それ以上はどうしても動かないと感じ取ってしまった。

 

「→英霊王! 離れて!」

 

 カルキの声に、後ろに飛びのく。直後、カルキの武器がウニの棘を弾いて防いでくれていた。……危なかった。あと一瞬遅れていれば、致命傷とまではいかなくても何かしらの傷を負っていただろう。

 

「助かったカルキ」

 

「→英霊王。礼は後。今はこの春の季語をなんとかするのが先」

 

 ウニをそう表現するのはカルキくらいだろうな、と少しだけ笑い、心が軽くなるのを感じた。彼女なりのジョークなのかもしれない。

 

「→春の季語。お前の目的がわからない。こちらを壊滅させるだけならば全力を出せばいいはず。なぜしない?」

 

「……愚かなりし黄金と共に歯向かう機神姫よ。このような原始生物どもに我々が本来の力を発揮することはない。我々の格が落ちる」

 

「→春の季語。……なるほど。お前の存在……ある程度は想像がついた。どうやって雲を抜けてきたのかはわからないけど……お前だけじゃないってことか」

 

「ふむ。お前ほど進歩した知能ならばたどり着くということか」

 

 カルキがなにやら何かしらの結論に至ったようだが……流石に知識が不足しているからか俺は全く分からない。だが、『カルキが気づいた』というのが大きなヒントになるのだろう。取りあえず、ここを乗り切った時にカルキと答え合わせをするとしよう。

 なんとか仕切り直そうと乖離剣を構えなおすと……。

 

「……ここで退こう。命拾いしたな、愚かなりし黄金よ」

 

「なに?」

 

「こちらにも事情がある。……『ストレス解消』も出来たことだし、大人しく引く」

 

 一方的にそういうと、棘を伸ばすのと同じ速度で上空へ飛んでいくウニ。それを見届けてしばらく警戒はしてみるが、十分に時間がたっても何事も起こらないことを確認すると、構えを解いて乖離剣を宝物庫へ戻す。そんな俺の下に、カルキが駆け寄ってきた。

 

「→英霊王。無事? けがはない? 痛い所とかない?」

 

「おかんかお前は。大丈夫だよ。……まったく太刀打ちできなかったから心は少し傷ついたけどな」

 

「→英霊王。なら大丈夫。英霊王の心は強いから」

 

 ふん、と何故かカルキが誇らしそうにそう言って胸を張る。……まったく、この子は。真顔でそういうこと言うから冗談かそうじゃないかすらわからんな。

 

「……ところで、あのウニについて何かわかったのか?」

 

「→英霊王。それは全員がそろってから。……おそらくそろそろ、他の者たちの『襲撃』も終わる」

 

「なに?」

 

 『襲撃』だと? と言うことは、他のサーヴァントたちの元にも……?

 俺がパスを通じてみんなのことを確認しようとすると、すぐ近くにその反応が。がさがさと茂みをかき分けて、謙信と信玄が現れる。具足が少し汚れ、ボロボロになっているのは、おそらくサーヴァントの戦いだけではなく……あのウニの仲間に『襲撃』されたからだろう。鎧を主に武装とする信玄はともかく、謙信は『そもそも攻撃に当たらなければ防御力ゼロでも大丈夫』みたいな頭おかしい理論を持っているので、こうしてぼろぼろになっているのは珍しいことだ。

 

「やー、ただいまー……死なずに済んだよー」

 

「かっかっか! あのような存在がおるとは、世界は広いのぉ!」

 

 頭に乗ったはっぱを払いながらため息をつく謙信とは正反対に、木の枝やらなにやら引っかけたまま呵々大笑する信玄(アニエスのすがた)。こっちは人の姿を借りてるんだし、しかも女の子の身体なんだから、もっと気を付けて動いてほしいものだ。お嫁さんに行けなくなったらどうするんだ、全く。

 信玄たちに声を掛けようとすると、別の茂みからジャンヌ達も出てくる。こちらもボロボロになっていて、信玄よりも木の枝や葉っぱ、泥やらに塗れて帰ってきた。

 

「うあ゛ー……ひどい目にあいましたー……」

 

「ああ、見た目でわかるよ。大きいけがはしてないか?」

 

 俺の言葉に、ジャンヌはにっこりと笑って、むん、と力こぶを作って「だいじょぶです!」と答えた。

 

「そっちにも変なのが出たのか?」

 

「あ、はい。なんか銀色に光る人型みたいなのが……生物っぽくはなかったんですけど……」

 

「腕が伸びて攻撃してきましたし、『蔓の射手』って言ってました」

 

 腕が伸びる? 『蔓の射手』? ……そんな逸話を持っていて、銀色に光る人間……? あ、いやいやちょっとまて、俺たちが相手してたのは光るウニだし、英霊であるとは限らないのか……? カルキが何か気づいていたみたいだし、話を聞いてみよう。……なんか無言で胸張って待ってるし。

 

「……とりあえず、ここは危険かもしれないから港へ向かおう。その間に話を聞かせてくれるか、カルキ」

 

「→全員。了解。まず前提として、我々の前に現れた『アレ』は……いや、『アレら』は英霊ではない。かといってこちらの世界の何者かってわけでもない。……あれは、我々人類が住まう星の『外』から来た、異邦者」

 

「星の外……『地球外』の存在ってことか」

 

「→英霊王。その通り。かといって『地球外生物』とか『宇宙人』ってわけじゃない。……いや、向こうの見方からすれば向こうが『生物』とか『人類』であってこっちが『星外存在』なのかもしれないけど……」

 

「あー……その辺の『見方』の話は後に回そう」

 

 それから、俺たちは港へ向かうために新たに馬車を出したりと準備をして、再び帰路につく。その間にも、カルキからの説明を聞いて、それぞれが気になることを質問していく。俺たちですら付いていけてない話しなので、アンリやマスターなんかはキョトンとした顔をしている。

 ……この子らになんて話せばいいんだろうかな。無関係ってわけじゃないからあとで説明しないといけないんだけど……。

 

「それで? あれの細かい正体まではわからんかったのか?」

 

 信玄がどっこいしょ、とおっさん臭い声を上げながら荷物を馬車に乗せながら、カルキにそう聞いた。カルキは散らばった荷物を拾って手に持ったまま、顎に手を当てて考え込む仕草を見せた。それから、少し眉間にしわを寄せた顔をして、カルキは口を開く。

 

「→バ美肉。そこは難しい。人種が違うことまではわかっても、個人の名前までは初対面でわからないでしょ?」

 

「んむ、それはたしかに」

 

「あんな顔もよくわからない銀色の人型、初見じゃわからないですよねぇ」

 

「人型? 銀色のウニじゃなかったか?」

 

 ジャンヌの一言に、俺は先ほどであった謎の存在を思い出しながら返す。あれは……人型には見えなかったよなぁ。俺の言葉に、ジャンヌも俺と同じように首を傾げ、それから小碓に視線を移す。ジャンヌは小碓と一緒に遭遇したらしいから、それで意見を貰おうと目をやったのだろう。

 小碓はそんなジャンヌの視線を受けて、一つ頷いてから『ヒト型だったよ』と答えた。ふむ、二人して人型だったというなら、俺が出会ったウニとその人型は別の姿かたちをしていて、もしかして別種族の可能性が……?

 

「→英霊王。それは彼らに『一定の姿』がないだけ。単一の能力だけの姿だけではなく、様々な環境、行動に適した姿を取れるというだけ。あとは、この星のテクスチャに影響されているのもあるとおもう」

 

 カルキによると、この星系外からくるようなものの中には、形態を変えてそれぞれの環境に適応したりする存在がいるとのこと。カルキも一応形態変化ができるらしいが、それを武装及び乗機に代行させているらしい。なので、今カルキは人型以外の形態変化はできないとのこと。……それでも宇宙空間で普通に生存できるらしいが。化け物かよ。

 それに、星には星の『テクスチャ』と言うものがあり、それに影響されて一部性能が変わることもあると言うが……。

 

「→英霊王。人にもそういうのがある。地球と言うテクスチャから脱し、無重力の星の海で暮らすことによって、能力的な変化が行われることがある。……つまり『ニュータイp」

 

「おっとそこまでだ。まだ現代の人類には早い概念だろそれ」

 

 ぴしぃ、と頭に電流が流れるようなエフェクトと共に、俺はカルキの言葉を遮った。なんというか、ここでそれを言うのはまずいと思ったのだ。これも星の強制力と言うものか……!

 

「何考えてるかわからないけど、たぶん違うと思うよ」

 

「えっ」

 

 そのあと荷物を積みながら話した内容としては、『おそらく太陽系外から来た存在』『ほとんど光と同じ速度で来た』『有機的な生命体ではない可能性が高い』くらいのものだ。それに、たぶんではあるが、『この星のテクスチャに上書きされ、一部性能が劣化している』と言うこともカルキは可能性として挙げていた。

 いくら環境適応能力があるとはいっても、宇宙にあるもののほとんどが重力の影響を受けているように、どうしても星からの影響を完全には防げないというものがある。そのため、やってきたあの存在達は、このマスターのいる星の影響を受け、多少性能的には劣化した状態で現界しているとのことだった。

 

「なるほどな。……俺たちで、勝てるか?」

 

「→英霊王。勝てる。彼らは物理的にはほぼ影響を受けないが、概念的な影響には多少脆弱性がある。あなたの乖離剣や、私の渡星船、セイバーがその身に宿す神聖概念なんかも、彼らには通用すると思う」

 

「そういうことか。……刀で切れるならば、私が恐れることはないね。この刀と、磨いた技で、あの星の海から来た敵だろうと切って見せよう」

 

「ふぅむ、ワシにはちと難しいかもしれぬなぁ。……じゃが、それでも奴らを張っ倒せば、それは我が力の証明! 面白くなってきたのう!」

 

 もし機会があれば、神様にもいろいろと聞く必要があるかもな。……彼女が変わってしまった理由も、そこにあったのかもしれないし。これからのことを考えて少し憂鬱になりながらも、俺たちは港へ向かい、無事船に乗ることが出来たのだった。

 

・・・




→みんなへ。超高性能美少女型AI搭載人類救済用英霊の、カルキちゃんだよー。今日は、いろいろ出てきた『へんないきもの』を紹介するよー。

・銀色のウニ:たぶんだけど一番存在強度が強かった。私とギルが二人がかりでようやく傷をつけられる程度かもしれない。攻略するのは骨が折れそう。

・銀色のヒト:『蔓の射手』を自称する変なヒト型。たぶんだけど13キロ以上伸びると思う。推し事が忙しいらしい。

・森に潜むモノ:バ美肉たちが出会った森に潜んで攻撃してきた何者か。今のところ一番情報が少ない。中間管理職みたいな夢のないことを言っていた。

今日は以上! また次回をお楽しみにねー。





→独り言。……ふぃ。これでいいかな? 肩が凝る……。さて、雲を乗り越えてきたと言うことは、九つ目もたぶん動き始めてるのかな……英霊王、一緒に頑張ろうね。


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十三話 大いなる誤算

「ッスー……」「……ど、どうしたんですか?」「い、いや、なんでも……ないゾ?」「絶対何かありましたよね!? そんな語尾聞いたことないですよ!?」「……ま、まぁ一日だけ待ってくれ。解決策を思いつく」「解決策って言った! なんか問題起こしてる!」「と、とりあえず一人にしてくれ……」「は、はぁ。……なんかあったら言ってくださいよ?」「ありがとな。……さーって、この爆散した神様デバイスどうするかな……」

それでは、どうぞ。


 無事に戻ってきた俺たちは、荷物の片付けもそこそこに、鯖小屋へ集まっていた。マスターも含めてみんなで鯖小屋のリビングで机を囲んでいる。みんなの視線は、カルキに向いていて、早く話してほしいという気持ちが俺でもわかるくらいであった。

 

「→全員。んと、これを見ながら話した方が良いかも。よっと」

 

 そう言ってカルキが机に向かって両掌を向けると、机の上に光が集まり……見覚えのある天体が現れた。これは……太陽系か?

 

「→ギル。正解。えらいえらい。これは太陽系。もうちょっと縮尺上げて……」

 

 カルキが少し手を広げると、太陽を中心としてできていた天体図が広がって今まで出ていたよりも多くの星が現れるようになった。……この小さいのは小惑星とかそんなのなんだろう。

 

「→全員。これでよし。この辺の小惑星なんかで出来てるのが『雲』。これのおかげで、我らが人類が住まう地球、そして太陽系は他の星系やらから発見されにくくなっていた。たまーに変な彗星とかは来ていたけどね」

 

 なるほど……なんかすんごい昔に聞いたことあるような無いような……。

 

「それで、その『雲』とやらがどうしたのだ?」

 

「→バ美肉。あの侵略者たちは、『雲』を抜け、地球を発見し、そこの管理者たる『女神』を通じて星系を奪取しようとしたところ抵抗され……その『鍵』を託された英霊を追いかけてこっちまで来たみたい」

 

 あの土下座神さまは色々と権利持ってるからなー。俺も手伝ってるからだいたいは把握してるけど……『鍵』って……まさか俺か? そんなもの託された覚えはないけど。

 それをカルキに聞いてみると、『見てわかるようなものじゃないと思う』とのこと。なるほど……とにかく、それで俺が狙われていた理由もわかった。その『鍵』とやらを奪取するために、俺のことを倒そうとしているのだろう。物質的なものではないらしいから、俺を倒す以外に手に入れる手段がないってことかな。

 

「それで……あの――仮称『異星人』たちは、向こうのサーヴァントとつながってるって考えていいのかな?」

 

 謙信が頬杖をしながら聞く。カルキは『おそらく何人かはつながりを持っているかもしれない』と答える。確かに、卑弥呼や謙信たちの話を聞くに、何人かのサーヴァントをこちらが倒したとたんに現れたり、何らかの繋がりがあることを示唆するようなことを話していたりしたらしい。……その話聞いた時に異星人にも『推し』の概念あるんだ、と驚いたものだけれど……それでも、八つ当たりで殺されるのは納得いかん。そこは抵抗していこうと思う。つるぎで。

 

「……? なんで握った拳ぶつけ合ってるんですか?」

 

「……いや、必要かと思ってな」

 

 ジャンヌに怪訝な顔をされたので手を振って何でもないことをアピールしておく。……さて、だいたいこれで今の状況はわかった。マスターも頑張ってメモを取り、カルキや他のサーヴァントたちからアドバイスを受けながらなんとか理解したらしい。

 

「なるほどね。……つまり、敵はワルドと同じように、わたしにとっての『虚無』みたいなものを狙って襲ってきてるってことね」

 

「ああ、そういう理解をすれば早いかもな」

 

 マスターとサーヴァントは触媒がなければ『似た者同士』で選ばれることが多いという。それを考えたら、神様が送り込む先を決めたとはいえ、マスターの下に来たのは何かしら縁があったのかもな。

 さて、これで考えることは増えた。取りあえず敵の正体を考察しないことには、攻略法もわからん。カルキが用意してくれた今のところ判明している異星人のリストを見ているが……これほんとに異星人なのか? ……あまりにも……その……地球人っぽすぎるな。まぁ、向こうも知的生命体として社会を構成しているのなら、俺たち地球の人類と似たような悩みやら性格しているのは当然と言ってもいいのかもしれないな。いや、異星人とのファーストコンタクトがあれなのはちょっと考えるところがあるけど……。

 そして、彼らの技術力とでもいうのか、そもそもの存在強度と言うのか……物理的な攻撃よりも概念的な攻撃が効くというのも特性として考えておいた方が良いだろう。乖離剣の攻撃や、渡星船……カルキって船で切ったり撃ったり殴ったりしてたのか……やら、あとはカルナの『黄金の鎧』やら『稲妻の槍』なんかが、それに類するだろう。逆に、信玄や菅野直のように物質や物理法則によって攻撃するサーヴァントはもしかしたら相性が悪いのかもしれない。

 異星人たちは『向こう側』……カルナたちの側の味方として立っている、と言うのが今のところの見方だろう。それが何故かは……向こうの言を信じるなら『推しだから』と言うことになるが……。

 

「それなら、もしかして私たちを『推して』くれてる異星人さんもいたりして!」

 

 ジャンヌが笑いながらそういうと、全員の視線が一斉にそちらに向かう。それは……向こうの目的を考えたらどうなんだろうか。太陽系が欲しいっていうんだから、それを妨害する俺たち側に着く異星人がいるとは思えないが……まぁ、どんな組織も一枚岩とはいかないものだ。一人くらいこちら側についてくれれば一番なんだがな。

 

「……男性、女性と言った区別があれば、マスターが一人ぐらい落とせそうなんですけどね、女性異星人」

 

「人類の性別が向こうの性別と対応してるかわからんからなぁ……」

 

 一応俺のスキルとして女性に対して有利な判定貰えるものがあるので、まぁそれが通じれば、と言う話ではあるんだが……。や、でもいくら女性だとしても銀色に光るウニとかだったらどうしよう……地球人として対応できるだろうか……。

 まぁ、向こうの勢力がどれほどのものかわからないうちは向こうの離反に期待するのはやめておいた方が良いだろう。勢力の人数が多ければ多いほどこちらからも何かしらアクションが取れることもあるが……今いるのが最大勢力だった場合には仲たがいは期待できないと思うしな。

 

「……こうなったら、戦力の増強を図るべきか……?」

 

 かといって、ここで座との道を繋げても大丈夫なものか……一度神様のところに行く必要があるな。

 そう結論付けて、今回の話し合いは終わりとなった。……テファも出来ればこちらに呼び寄せる必要があるかもな。エルキドゥを擁する彼女たちは、もしかするとサーヴァントと言うだけで攻撃対象になるかもしれないし。それに、俺たちの力になってくれればそれが嬉しい。

 そうと決まれば連絡を取って……いや、その前に此方で根回しをしてテファ達が来ても大丈夫な状態にして……アルビオンの復興もあるし、これは忙しくなりそうだ。

 

・・・

 

 入室:S、C、RK、A、P、A、A

 

『つながってる?』

 

『もちろん。『母船』を経由してるんだから、つながるに決まっている』

 

『……先の発言はただの確認なんだから、その論理的じゃない皮肉はやめておいた方がいいと思う』

 

『確かに。いらない反感を買うと思う。謝るべき』

 

『……謝罪する。まだ推しが負けたという事実に心が揺れているのだと思われる』

 

『謝罪を受け入れる。こちらも同じ状況になったならおそらく同じことをすると思う』

 

『私も、指摘の際にいらない装飾を付けたかもしれない。謝罪する』

 

『こちらも受け入れよう。これから話しあいなのだ。余計なわだかまりはなくしておくに限る』

 

『それでは、第一回の襲撃の報告を始める』

 

『まずは私から。やはり地球上で誕生した英雄を元にした英霊と言うシステムは、我々に格で劣るらしい。ほとんどの攻撃はこちらの脅威ではないと判断した』

 

『それには私も同意する。純粋な物理的攻撃力はあり、一定以上のエネルギーを内包してはいるものの、こちらの外殻を貫くものではないと判定した』

 

『だが、何名か注意するべき存在は確認できた。『英霊・ギル』『英霊・カルキ』。この二名に関しては、技術的、概念的に我々も届きうる武装を有している』

 

『『乖離剣』及び『渡星船』だな。あれには注意せねばならないだろう。特に『渡星船』はあの人工知能が未来から持ってきた技術。我々に届きうるものだ』

 

『流石に我々もこの星のテクスチャに影響を受けて本来の性能を発揮できていない。影響の外にいてもあの宝具は我々に届きうるのだから、今の我々には致命傷となりかねない』

 

『故に接触は最低限にするべきだ。向こうも戦力を集中させている。こちらも残りの戦力の合流を待ちつつ、あちらを妨害せねばならぬだろう』

 

『現在は7個……まだまだ総力には程遠いな』

 

『7? ……もう少しいたように感じたが……勘違いだったか』

 

『あの長旅だ。記憶容量の劣化もあるだろう。まぁ気長に待てばいいだろう。全体の8割から9割がそろえば問題はない』

 

『それもそうだな。ならば、各員はそれぞれの場所で活動を再開するとしよう。……私は推し事が忙しくなるな』

 

『おそらく全員その理由で忙しくなるぞ』

 

 退室:S、C、RK、A、P、A、A

 

 入室:A、F

 

『これはプライベートモード。聞かれる心配はない』

 

『了解。だけど、あまり展開していると怪しまれる可能性がある。入室記録も欺騙しておく』

 

『任せた。さて、ついに到着してしまったが……まずは怪しまれずに接触することを念頭に置いておこう』

 

『向こうも警戒しているだろうしね。それには賛同する。どこかのタイミングで二人になった時、向かうとしよう』

 

『同意する。……黄金よ、あと少しだ』

 

『終世の英雄よ……その雄姿、楽しませてもらおう』

 

 退室:A、F

 

・・・

 

「おっはよー! つーかぁ、寝てるんだからこんばんわー、的なー?」

 

「……おはよう」

 

 けばけばしいメイク、ど派手な部屋の内装、変わり果ててしまった神様の部屋に、俺は来ていた。

 大体眠る前に『神様のところに行きたいなー』と考えておけば、それを受信した神様が気を聞かせて俺を引っ張り上げてくれるのだ。まぁ、サーヴァントの体で眠るというのも意識してやらないといけないことなので変な気分ではあるのだが……。

 今日もピンク色のテーブルセットに座った神様が片方の手に虹色の凄まじい色をした飲み物の入ったコップを持ち、もう片方の手をこちらに向けて振っていた。凄いなその飲み物。どんな味するんだろう……。

 

「久しぶりに『会いたい』って来たからー、呼び出したよっ。何かあったー?」

 

「……多分だけど、神様を『そう』した奴らに出会った」

 

「――そうなんだっ。色々と、わかったんだねっ。……ウチがなんでこんなことになっちゃった、とか」

 

「ああ」

 

 そう言いながら俺も神様の対面に座る。……いつも通りガングロである。それから、神様からも色々と話を聞くことができた。なぜ最初から話さなかったのかと言うと、俺を遠ざけているうちに自分で解決するつもりだったから、らしい。それがこのオルタ化して俺の方にも敵が来て……と言う自体になってしまい、伝えることを伸ばしていたらこんなになってしまった、と……。

 ちなみに、地球からこの世界には元々パスのようなものがつながっていたらしく、俺の召喚が影響することはないからばこばこ戦力増やせと言われた。……ばこばこ増やすのか……。

 

「ま、とにかくわかったよ。神様の神格取り戻すためにも、勝たないとな」

 

「――きゅんっ。あー、やっぱカッコいいー! ちゅき!」

 

「うおっ、急に飛び込んでくるなよ……うわ、化粧ついてる! 俺の服がガングロになってる! コレ地肌じゃなかったのか!」

 

「ぶえーん、ウチ感動だよー!」

 

「おい鼻水も涙も涎もついてるって! どんだけ顔から液体出すんだよ!」

 

 夢の中とはいえ腹の部分がびちょびちょだ……。

 ようやく引きはがした神様は、ちーん、と鼻をかみ、涙やらを拭くと顔に手を当てる。それを避けると、元のガングロメイクが復活していた。……世の女性に喧嘩を売ってるレベルの早化粧である。卑弥呼や壱与にも教えてあげてほしいものだ。彼女たちは化粧をするために日も登らないうちから活動していることがあるからな……。英霊になってからちょっと簡略化できるようになったらしくて、『死んで唯一良かったと思ったこと』とまで言っていたからな……。

 俺がそんなことを思っている内になんとか落ち着いた神様が、再びテーブルについて虹色の飲み物をずずずと啜った。それから、少し落ち着いたような雰囲気を出し、ゆっくりと話し始める。

 

「……私から、一つ伝えることがあるとすれば」

 

 外見は全く変わっていないが、その喋りかたは俺の慣れ親しんだ土下座神様そのものだ。一人称も戻っているみたいだし、ついさっき感情が揺れたから少しだけ戻ったのだろうか。とにかく、落ち着いた状態の土下座神様の言葉をしっかりと聞くため、俺も背筋を伸ばす。

 

「相手の侵略星は、一枚岩ではありません。彼らは彼らで地球人類と同じように感情を持ち、派閥があり、好みがあります。あなたたちも可能性は考えたと思いますが……あなたたちに味方してくれる星が絶対にいます。それを見極め、対抗してください。……あなたを巻き込んでごめんなさい。それでも、あなたなら解決してくれると……信じています……」

 

 そう言って、何度か目をこすると、そのまま瞼を閉じ、眠ってしまったように見えた。それと同時に俺の視界もぼやけ初め、領域から弾かれ始めたので神様が無事オルタに戻ったのかはわからなかったが……。

 とにかく、良い情報を得られた。これで戦力増強しても問題ないことはわかったし、敵も完全に一枚岩ではないと確定したのはラッキーだったな。

 

・・・

 

 とりあえずの指針を得られた俺は、まずは土台をしっかりさせようと決意した。まずはアルビオンの復興、および改造計画だ。流石に空中国家なんて治めたことはないので色々と不慣れなところはあるが……国家の運営は慣れたものだ。書類の整理から復興する場所の区画管理、下から上がってきた陳情やら物資の補給要請やら……。やることはそれこそ山のようにある。さらにそこからただの復興ではなく改造まで行こうとしているのだからそりゃ忙しいというものだ。俺もずっといられるわけじゃないからこうやっていられるときに仕事を進めておかなければならないため、さらに忙しさを感じる。

 なんだか近々学院では一風変わった舞踏会があるらしく、その時に一度戻ろうとは思っている。マスターやアンリからも参加するようにと言い含められているのだ。なにやら面白い趣向を凝らしているらしいので、それを楽しむのも良いだろう。

 そのためには、ここでの仕事を済ませてひと段落つける必要がある。頑張らねば!

 

「うおおおお! 俺は今燃えている!」

 

「……なんですか急に……こわぁ」

 

 がりがり! とペンを走らせる俺に失礼なことを言うのは書類を運んだりと手伝ってくれている小碓だ。出来上がった書類の送付、お茶淹れに肩もみ等々の雑用を一手に引き受けてくれている。本人の談としては「実務は手伝えないけど、仕事をする主を煩わせないようにはできる」とのことらしく、こうして甲斐甲斐しく世話をしてくれているのだ。

 向こう側……トリステイン側にはマスターの護衛としてカルキや信玄、アンリのそばにも一応と言うことで謙信が出張っている。

 

「……そういえば、しばらく前からあの飛行機乗りさんいなくなったみたいですね」

 

「そうなのか。……ん? ……大事件じゃないか!?」

 

「なんかマスターともどもゲルマニア行ったみたいですよ。飛行機作ろうと色々試行錯誤してましたから、製鉄に強い国に行ってみようって思ったんじゃないですかね?」

 

「あー、そういうことか」

 

 びっくりしたなぁもう。襲撃受けて座に戻ったのかと……。

 それにしても、何か一言あればいいのになぁ。……でもあの菅野直だしな。思いついたから行ったっていうのが一番ありえそうだ。それにつれていかれたのなら、こちらに何か言う暇もないのはわかるかもしれないな。

 

「コルベール先生も大変だなぁ」

 

 だがあれくらい心の広い人じゃないとマスターやってられないだろうしな。先生側にもメリットがないわけじゃないから頑張れてるところはあるのかな。

 

「っしと」

 

 そんなことを話しながらも、日が暮れる前にはその日一日分の書類は片付いてしまう。このくらいならば、ため込むこともなく処理することは可能だ。背伸びをすると、ぱきぽきと背骨あたりが鳴るのを感じる。英霊になっても、こういうのは変わらないものだな。

 それから、小碓をねぎらって、明日の調整も終わらせてしまう。今日はこのままこっちで寝るので、自動人形にベッドメイクもお願いしておく。そのあたりの話をし始めた瞬間に顔を赤くして期待するような顔でこちらを見上げる小碓を軽く小突いて、正気に戻しておく。今日は普通に寝るぞ、と伝えると、不満そうな顔をする。

 

「どうせ一緒に寝たら僕のこと襲うんだから、変わらないのに」

 

「そんな人を性欲お化けみたいな……」

 

 ため息をつきながら呆れていると、いつもはぱっちりとした可愛らしい瞳をした小碓がジト目をしながらため息をついてきた。なんだとぉ?

 確かに俺は自他ともに認める性王だし、自身で成した逸話はすべて女関係だし好みだったら男の娘だって行くし全世界に俺の血を分けた子供がいるし一日最大で25人相手にしたし後宮が一つの国みたいになってたこともあったけど……おや、もしかして俺性欲お化けか……?

 

「ああ、ようやく自覚しました? まったく、その性欲で一つの国を落としておいて何をいまさら」

 

「ばっ、お前、それは俺の中で黒歴史なんだからやめろ!」

 

「はー、凄いですよねー、その国の王族の女性から何からすべて落としたせいで国まで落ちるんですから」

 

「……決めた。小碓、ベッド行くぞ」

 

「ふえ? や、だってまだお風呂とか入ってな……」

 

「いいから、明日まで休ません」

 

「やば、言い過ぎ……あ、あの、反省してますので、何卒……」

 

 もう遅い。小碓は俺の逆鱗に触れたのだ。俺を怒らせると怖いということを教え込まなければなるまい。王として、こういう時になめられてはいけないのだ。

 

・・・

 

 それから、書類整理をしたり復興をしたり改造計画を少しずつ進めたりして、ある程度の目途が立ったので学院へ帰ることにした。 

 ちなみに小碓は初日以降ベッドが定位置となってしまったので、自動人形を補佐として仕事を進めていた。

 

「……うぅ、もう怒らせないようにしないと……」

 

 ベッドに縛り付けられて休みなしで俺の相手をさせられ、仕事中でも解放されなかったためにこの数日間小碓に自由は全くなかった。何も着ていないため、俺が着せた外套の下はすっぽんぽんである。ちょっと人からしてはいけない臭いがしていたので、出発直前に致した後一緒に入浴したのだが、魔力で服を編むことを禁止したためこんなことになっている。

 流石にちょっと寒いので外套は着せているが、寒さだけではない顔の紅潮からして、小碓的にもまんざらではないのだろう。ずっと腰ひけてるし。

 

「た、たまに……十年に一回くらい……いや、五年……んー、一年に一回くらいはあっていいかもなぁ……」

 

 遠くを見ながらそんなことをぼそぼそ呟いているので、来年くらいにまたやってあげるとしよう。

 時期によってはアルビオンはトリステインから離れてしまうので、ヴィマーナでも少し時間がかかる。その間にも宝物庫から取り出した宝具やら何やらを組み合わせて何かいいものが作れないかと試行錯誤していく。

 次に召喚するとしたらアーチャーかー……あんまり知り合いいないんだよなぁ……インド神話に一人……いや、二人で一人の扱いの子と、ケモ耳の子、戦国時代のやべーやつ、もっと昔のやべーやつ、色々いるけど誰を召喚するべきかな……この状況だと概念的な宝具を持っている……結構古めの英霊のほうがいい気がするんだが……。

 ……弓じゃないけど一人思いついたな。あいつが応えてくれるかはわからないが……やってみるとしよう。それに、学院に帰ったらテファとエルキドゥ、それに孤児のみんなを住まわせられるようにオルレアン屋敷をなんとかしないとな。

 

「帰ってからも仕事がたくさんだなー」

 

 少しして、学院が見えてくる。さて、とりあえずは学院長室に突っ込むか。

 

・・・




「んむ! なんか呼ばれそうな気配! じゅ、準備しておこうかな。ええっと、これとこれとこれをもって、これは着ていくとして、あ、これも忘れないようにしないとね。んーと、んーと、あとは何かあるかな。……こ、これで呼ばれなかったら滅茶苦茶痛い女だよね……う、うーん、ま! なんとかなるか! 召喚されたときの言葉とか考えておこうかな……」


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第五十四話 何年か越しの因縁

「ぐぬぬぬぬ」「うぬぬぬぬ」「……なにやってるんだあの二人」「いやほら、やっぱりライバルだって言われてる二人だからさ、結構ぶつかることも多いんですよねー」「……そういう関係のサーヴァント多いよなー」「ああ、そういえば先ほど蛇さんたちが呼んでましたよ?」「……どの蛇?」「あなたと絆を結んだすべての蛇です」「よしちょっと用事で来たから帰るわ!」「ここがあなたのお家ですけど!?」


それでは、どうぞ。


 今日は少し特別な行動をせねばなるまい。オルレアン家の所有する屋敷の書斎で、俺は小難しい顔をしながらそう決意した。書類的にはすでに問題は解決しており、あとは本人のところに行って意思の確認……いや、少し勧誘もせねばならないな。あそこにいるだけで、彼女の危険は増してしまう。彼女のためにも、俺のためにもここに来てくれなければ困る。

 要するに、ナンパである。それなら基本的に俺がしてるのはそれなので、いつもとやることは変わらないということだ。うん、少し行く気が起きてきた。……しかもあれだけの美少女だし、なんといっても俺のマスターにはないあの驚異の胸囲! バーストバストと言う奴だ。あのレベルのでかさは生前でもあまり見かけなかったぞ……やはり母性とは胸に宿るものなのか……い、いかんな。昔あまりの巨乳具合に膝枕されただけで窒息死しそうになったことを思い出した。だがあれで死んでしまうとしたらそれはそれで幸せな死に方なのかもしれないな。

 ……ダメだな、変なことを考えていると一生動かない気がする。よし、行くとしよう。

 

「カルキ、来てくれ」

 

「→ギル。呼んだ? いつでも準備はオッケー」

 

 ヴィマーナだと死ぬほど目立つので、俺とカルキだけならカルキの『渡星船』で二人乗りができるというのでお邪魔することにしたのだ。これなら早いし隠密性もそれなりにあるし移動だけならうってつけだというものだ。

 

「ちなみになんで二人で乗れるようになってるんだ?」

 

「→ギル。私の設計思想的にはギルの『英霊召喚宝具』を基盤にしている所があるので、私とギルの相性はグンバツ。それに、長距離の恒星間移動においてギルと私でくんずほぐれつして暇をつぶすのは合理的」

 

「……あ、じゃあカルキと誰かが二人乗りできるんじゃなくて……」

 

「→ギル。『ギルと私』の二人乗りしかできない。あなたの情報をくみ取って、私の体内及び外見はあなた用に最適化されている。……好きでしょ?」

 

 そりゃまぁ、彼女の容姿は特に好みと言うか惹かれるものがあるが……。

 

「→ギル。あなたが契約することになるマスターを過去、現在、未来まで読み取って、その中にある共通点を取り入れている。どや」

 

 え、俺のマスターって俺の好みの女の子になる確率高いのか……? でも確かに生前のマスターも今のマスターも好ましいというかなんというか……いやまて、『未来』? こいつ俺が今後召喚されるときのマスターまで知ってるのか……!?

 

「→ギル。それはそう。私は人類の終末を解決するべく生み出されたAI。英霊の座に紛れた時点で時空からは隔離され、そこからあなたをのぞき込んだ。……私は厳密にいえば『英霊』ではないから、その時の情報を持ってここに来ることができている」

 

 確かに、英霊は召喚されたときのことを記憶ではなく記録として英霊の座に持っていくという。……俺はそこからすら隔離されたあの神様謹製の『黄金領域』にいるため、一つ一つの召喚が時間軸に沿ったものになってしまうため未来はわからないのだが……。

 しかし、俺の好みに合わせてくれたとは……そういういじらしい所を見せられると……なんというか……。

 

「→ギル。……抱きたくなった? いつでもバッチ来い。この体は『したい』と思えば準備を完了する便利な機体。出会って2秒で即合体が可能。股間部の装甲も一瞬でパージが可能」

 

「確かに下半身周りの装甲ちょっと薄めだなとは思ったけどそんなことのために薄くしてたのか……」

 

 史上最低のキャストオフである。だけどこのままおっぱじめると到着までの時間もないので確実にスッキリするまではできない。ここは心を鬼にして我慢する必要がある。くっそ、移動中の時間とか最高にやることなくなるのに……。

 狭いという理由で俺に滅茶苦茶体を密着させてくるカルキをなだめすかしつつ地獄の時間を耐えていると、テファのいる森へとたどり着いた。あとの細かい場所についてはエルキドゥの気配を感じ取ればいい。俺とエルキドゥはどんなに離れていてもお互いを感じ取れるらしく、近くなればなるほどその詳細な位置がわかるようになっているのだ。ここまで来ればあとは……。

 

「あった、あそこに行ってくれるか?」

 

 音もなく俺の指したところに渡星船を停めてくれたカルキに礼を言って降りる。降り立つ俺たちに真っ先に駆けよってきたのは、手にハープを持つテファだった。その後ろからはゆっくりとエルキドゥが歩いてくるのが見える。

 片手を上げてあいさつしながら、俺も近づいていく。急な訪問だったのに、テファは笑顔で受け入れてくれた。

 

「よう、テファ、エルキドゥ。いきなりきてすまないな」

 

「いえ! ここは僻地ですし、お手紙を送るのも難しいでしょうから……それで、今日は何の御用で?」

 

「以前話していた移住の話だよ。受け入れる準備も出来たから、呼びに来たんだ」

 

 テファにこれまでの話を伝えておく。全て聞き終わったテファは、みんなも一緒なら、と頷いてくれた。

 エルキドゥにも後押ししてもらったので、これからみんなを連れていくとしよう。

 

「開け、宝物庫」

 

 宝物庫から人員輸送用の少し大きめのヴィマーナを取り出す。荷物をまとめた子供たちは、黄金の船に興奮しっぱなしだ。わいわいと騒ぐ子供たちを落ちないように案内して、空へと飛び立つ。孤児院として使っていた家もそのまま宝物庫に納めたので、向こうに行ったあと屋敷の敷地内に出すとしよう。流石の宝物庫だ。引っ越しサービスとかしたら人気でそうだな。

 

「さて、戻るか。カルキ、すまないが護衛頼むな」

 

「→ギル。了解。一人寂しく渡星船の中で周囲の警戒をする」

 

「……そういうなよ」

 

 なんかすごい罪悪感持っちゃうだろ……。

 全員を乗せたヴィマーナは音も振動もなく浮かび上がり、トリステインの俺の屋敷へ向けて飛び始める。アルビオンにある屋敷では他の国の貴族もたまに出入りするので、そこで見られてしまうと騒ぎになってしまう。向こうに行ってからはテファにはこの首飾りを渡そうと思っている。これは耳に限定してだが幻影を出すもので、並大抵のことでは見破ることはできないだろう。耳と言う人体のいち部位に限定することによって幻影の強度を増し、世界を騙す一歩手前くらいまで行ったというなかなか会心の出来のネックレスである。

 

「テファ」

 

 移動している間に渡しておくのが一番だろうとテファを呼ぶ。結界を張っているので安全だと説明はしたが、子供たちが落ちないかとハラハラ見守っていたテファは、俺が呼ぶと子供たちを心配しながらもこちらに来てくれた。

 

「なぁに? どうかした?」

 

 キョトンと可愛らしい顔を傾げたテファに、取り出したネックレスを渡す。

 

「これを受け取ってほしいんだ」

 

「ふぇ……わ、私に?」

 

「ああ。ほら、付けてあげるからおいで」

 

 俺がそう言うと、テファは顔を赤くしながらこちらに一歩近づいてくる。あんまり俺のような男と近づくということがないからか、恥じらっているようだ。……って、すっげえな。一歩離れてるはずなのにお互いの間に隙間がないぞ……。流石バーストバスト……これは胸の革命だな……。

 

「よ……っと。よし、似合ってるぞ」

 

「ほ、ほわぁ……お、男の人から、贈り物……け、結婚……?」

 

 首にかけたネックレスを触ってなにやら呟いているが、テファが俯いているため細かくは聞けなかった。……あ、そういえばこのネックレスの性能と言うか機能を説明しておかないと。一応空気中や本人の魔力を吸って機能を維持するので特に何かすることはないが、人前に出るときはつけておいて欲しいしな。そう思って声を掛けようとすると、テファの後ろ……俺の目の前でエルキドゥが声を掛けてくる。

 

「やぁ、そろそろ着くようだよ」

 

「む? ……そうか、それならば説明は後にすることにしよう。着陸したらとりあえずみんなを休めるところに連れていくよ。それからご飯でも食べて今日の所はゆっくりしててくれ」

 

「そうか。君がそう言うなら、お言葉に甘えるとしよう」

 

 今日のこれからの予定を伝えると、エルキドゥは子供たちを連れてヴィマーナから降りていく。俺もテファを呼び、一緒に降りることにした。

 

「ほらテファ、いこうか」

 

「は、ふぁい! だ、旦那様!」

 

「ははは、おいおい、まだ早いよ」

 

 確かにウチの屋敷でメイドとして働いてもらうとはいったけど、その呼び方は気が早い気がするな。その辺の説明も明日しないといけないかな。

 

「よし、ウチの屋敷を存分に楽しむといい。メシに風呂に寝床に、素晴らしいものがそろってるぞ!」

 

 オルレアン屋敷はホワイト貴族を目指しているからな! 無理無茶無謀な働き方はさせないぜ。福利厚生給与もばっちりの優良貴族だ。ふっふっふ、子供だろうが関係ないね! この屋敷は老若男女全員平等に幸せにしてやるのさ!

 

「お、お風呂! 寝床! い、いただきます……!?」

 

「どうしたいきなり。お腹へってるのか?」

 

 再び顔を真っ赤にしたテファが妙に頓珍漢なことを言い始めた。風呂も寝床も食べるものじゃないぞ。……エルフは食べるのか……?

 あとで確認しようと決めつつ、テファ達を屋敷へと案内したのだった。

 

・・・

 

 これでテファ達の件については解決したようなものだ。俺の目の前で自動人形に感動している女の子たちを見ながら、書類に目を落とす。行儀見習いと言うか、メイドのお手伝いとして彼女たちは今日からこの屋敷で学びながら働くことになる。見習いなので給料は少し低めだが、それでもみんな喜んで仕事に学業にと励んでくれている。

 ちなみに女の子たちはみんなメイドとして働くことになったが、男子はと言うと……。

 

「……元気だねー」

 

 同じように、外で自動人形相手に感動している男の子たちがいるのが見える。あっちにいるのは通常の自動人形ではなくセイバー、アーチャー、ランサーのそれぞれのモードになった自動人形たちだ。

 男の子は騎士にあこがれるものなのか、学業よりも楽しそうに剣を振ったり槍を振ったり矢を撃ったりしている。こんな感じで孤児院から連れてきた子たちは育てている。エルキドゥとテファについては……。

 

「……テファはわかるけどなんでエルキドゥまで」

 

「うん? ダメかな。テファは似合うと言ってくれたけれど」

 

 髪をかなり上げたポニーテールにしてクラシックなメイド服に身を包んだエルキドゥが、そう言いながら俺に笑いかけてきた。テファも同じ服を着ているのだが、まぁこっちは偽装の意味合いが強いため気にはしていなかったが、エルキドゥは霊体化していれば身を隠せるはずだ。一緒に着る必要はなかったと思うんだが……。

 結構ノリノリで自分の分も要求してきたし、似合ってるから全然かまわないんだが……エルキドゥってもうちょっと人間離れした考え方してる感じあったんだけど……。

 

「それに、こうして一緒に動ければ何かあった時にテファをすぐに守れるからね。必要な措置と言う奴だよ。この服も性能が良いから戦闘に支障もないし」

 

 ……もしかして、気に入ったのかな。

 そんなことを思ったが、口には出さないことにしておく。俺の能力の元になったギルガメッシュと対等に渡り合った神の鎖だ。変なことを言って地雷は踏まない方が良い。

 本人が納得しているならいいだろう。それよりもアルビオンの復興に関してだ。戦乱に巻き込んでおいてこんなことを言うのもあれだが、人も金も物も足りていない。金に関しては俺の黄金律と宝物庫の中にある宝石でも売れば何とかなるだろうし、物資も宝物庫の中のものを『オルレアン家』としての物として送って来ればなんとかなるが、人だけはなんともならん。トリステインから連れてくるわけにもいかないし……その辺で捕まえてくるのは山賊とか悪徳貴族になってしまう。む、悪徳貴族か……。

 

「よし、枢機卿に連絡だな」

 

 前のアンリ襲撃事件の時のように、腐敗した貴族はトリステインに多い。ふっふっふ、貴族警察だ! 待ってろよー。

 そうと決まれば書類作成だな。がりがりとペンを走らせ、枢機卿用、アンリ用の物を作成して、あとはまずそうな貴族がいた場合に告発できるような書類もそろえておいて、あとは証拠だけと言う状態にしておく。

 よしよし、これでとりあえず準備は良いか。話を付けて実際に動くまでは、こっちもできることをやっておかねばな。そういえばちょうど投降した兵士たちがいたはずだ。アルビオンの復興ならアルビオンの人たちを使うのが良いだろう。慣れた土地だし。その働きに応じて金を払って、トリステインから店を出してもらえば経済も回り始めるだろう。そうすれば、外部からも働き手が来てくれるかもしれないしな。貨幣がエキューとして共通してるのは大きいな。あとは復興が始まってこちらでそれなりの給金を出すことを伝えて、船をこちらで出すことを伝えればトリステインから移ってくれる人もいるだろうしな。あとでシエスタやマルトーあたりにどのくらいなら人が来てくれそうか聞いてみるとするか。

 

「よし、これで事務処理はひと段落か」

 

 しばらく書類と格闘していると、最後の一枚まで終わったらしい。今日の分は終わりかと背伸びをすると、ことりとカップが置かれた。中にはこの世界での紅茶のようなものが。……というかまんま紅茶なんだけどな。聞いたことない茶葉なだけで。誰が淹れてくれたのかと視線を移すと、お盆を胸元に抱きしめるようにあてたテファがはにかみながら立っていた。家庭的な彼女だから、お茶を淹れるのも上手いのだろう。あと、お盆でつぶされた胸が凄いことになっている。思わずそこに視線が行ってしまうが、微笑みながらこちらを見ているエルキドゥに気づいて慌てて視線を反らす。うん、お茶が美味い。

 

「おいしいな。流石テファ。手慣れてるんだな」

 

「っ! うんっ。お茶淹れたりとか、お料理とか! 結構得意だよ!」

 

 俺の言葉に嬉しそうに反応するテファ。明るくていい子だなぁ。こういう子が不幸になったりっていうのはやっぱり見過ごせないよな。それにこうして仕事もできるなら最高だ。そういえば学校に編入される準備もしないとな。まぁテファの性格ならどこででもやっていけるだろう。

 

「さて、そろそろ一旦トリステインに戻るとするよ。エルキドゥ、テファや子供たちのこと頼んだよ」

 

「うん、任された。そういうことなら僕の得意分野だ」

 

「テファ、君が今度から通うことになる学院には俺のマスターもいるんだ。仲良くしてくれると嬉しいな」

 

「うんっ! 同じ境遇のマスターさんがいるならとっても心強いかも! ちょっと不安なことはあるけど……楽しみだよ!」

 

 そう言って笑うテファは確かに不安と期待を抱えているのが見えた。こういうのは実際に行かないとどうなるかわからないからな。俺に出来るのは基盤を整えてあげることだけだ。

 ……さて、久しぶりにマスターに会えることだし、俺も早めに戻ってマスターとの時間を過ごすかなー。

 

・・・

 

 またカルキの渡星船にお世話になり、俺たちはトリステインへと戻ってきた。

 

「ただいまー」

 

 カルキは鯖小屋に向かったので、マスターの部屋には俺だけで戻ることとした。いつも通り霊体化して壁をすり抜け、部屋の中で魔力を固め実体化すると……。

 

「あ」

 

「……」

 

 かなり際どい黒猫のような衣装に、丁寧に猫耳までつけ姿見の前でポーズを取っていたマスターが、顔を真っ赤にしながら古びたロボットのようなぎこちなさでこちらに顔を向けてきた。……うん、恥ずかしいのはわかるぞ。でもやっぱりマスターってこういう際どい格好似合うよな。今度マイクロビキニでも送ろうか。

 

「っ! っ! -ッ!」

 

「おーけーおーけー、落ち着けマスター。帰ってきたタイミングが悪いのは認めるし見られたくないところ見たっていうのは確かに負い目を感じるよ。……でも一つだけ言わせてほしいんだけど……」

 

「……?」

 

「めっちゃ可愛いよ。似合ってる」

 

 そこまで言って、顔を真っ赤にしたマスターの振った杖による爆発で俺は部屋から吹っ飛んだ。うーむ、褒めてもダメだったか。もう見た時点でこの未来は確定していたような気もするな。取りあえずマスターはこれから急いで着替えるだろうから、その時間をつぶすために鯖小屋に行くとするかな。何もなければシエスタはそこで働いているはずだし。

 吹っ飛んでから着弾するまでの間にそこまで思考を巡らせると、俺は魔力放出で煤やらを吹き飛ばして身だしなみを整えつつ、鯖小屋へと向かった。

 

「シエスタ、いるかー?」

 

 ガチャリ、と扉を開ける。外からつながるこの扉を開けるといつも会議やら何やらをしているリビングに出て、そこから寝室や厨房、風呂や地下室に通じる扉や階段があったりする。地下室への階段は隠されているけど。

 入ってすぐのリビングにはシエスタの姿があった。……あったんだけど……。

 

「なにやってるんだ?」

 

「……えっと」

 

 いつものメイド服ではなく、丈の短いミニスカートのメイド服に身を包み、手と足には犬の足を模した履物や手袋をつけ、頭には垂れた犬耳のカチューシャを付けたシエスタが、前屈をしていた。顔はこちらを向いているものの、背中側には大きい鏡があるため、スカートの中身は鏡越しに丸見えだ。あまりの驚きに固まってしまったのか、顔を赤くしたまま気まずそうなシエスタはこちらに顔だけを向けて固まっている。なるほど、今日はピンクか。

 

「でも似合ってるし可愛いぞ。シエスタは確かにイヌっぽいかわいらしさがあるからな」

 

「えっ、あっ、そ、そうですか? えへへ……」

 

 俺の言葉に照れくさそうに笑ったシエスタはようやく姿勢を戻した。聞いてみると、ミニスカ犬メイドで俺のことを悩殺するポーズを研究していたらしい。なんてけなげで可愛らしいんだ。よーしよしと頭を抱きしめるようにくしゃくしゃ撫でてあげると、くぅんくぅんと甘い声を出すシエスタ。シエスタも抱き着いてきてくれたので、しばらく彼女の柔らかさと子犬さを堪能して、ちょっとだけメイドのご奉仕もしてもらい、またあとでなとお預けをして、部屋へと戻る。

 

「マスター?」

 

 次はちゃんとノックをすると、どたんばたんと部屋の中で何かをする音がしてから、少しの間をあけてから「どうぞ」と聞こえてきた。色々と後片付けをしてたのかな? と思いながら開けてみると、少し頬を赤らめたマスターが気まずそうにベッドに腰掛けていた。いつも通りの制服姿だったが、ベッドがこんもりしているのでその辺に色々と隠してるらしい。片付けの下手なマスターらしい誤魔化し方だな。

 

「こ、こほん。よく帰ってきたわね。向こうは落ち着いたの?」

 

 そのまま咳払いをして、何事もなかったかのように話を始めるマスター。これはさっきの格好を見たことを蒸し返すのもやらない方がよさそうだな……。取りあえずアルビオンはなんとかなったことを説明して、今日の夜あるというパーティーの話を聞く。

 なんでも、『スレイプニィルの舞踏会』と言うものらしく、マジックアイテムの鏡を使うことによって、『理想の人物』になることができ、そこで外見や身分等にとらわれずきちんと礼節を持って接すること、その理想の人物に近づけるように、次の学年で頑張ってほしい、と言うものらしい。

 なるほどなー。……それ対魔力で弾いちゃうんだろうか。その辺怖いよなぁ……。俺も理想の姿とやらになってみたいし、ちょっと頑張ってみるか。

 

「そ、その舞踏会で、私を見つけなさい! いい!?」

 

 おー、そうきたか。でもマスターの『理想の人物』ってだいたい想像つくからな……。まぁいいか。こういうので満足してくれるなら、俺としてもうれしいというものだ。

 

「わかったよマスター。その舞踏会で出会った生徒一人一人に魔術解除の宝具ぶち込みまくって絶対にマスターを見つけるさ!」

 

「あんた私の意図わかっててそういうこと言ってるわよね!?」

 

 うがー、と勢いよく俺にまくし立てるマスター。はっはっは、冗談冗談。取りあえずマスターを落ち着かせて、夜の舞踏会までの時間をつぶすことにするのだった。

 

・・・




「私の理想の姿ですか……卑弥呼さまですかねー」「わらわ? わらわはわらわ以外にないわね。一番理想とするのは自分よ」「私ですか? んー、憧れるのはナイスバディな私ですかねー」「私は……そうだな、一人だけ、理想と言っていい人物がいるから、その人かな」「儂か。儂は……わっはっは、常に最強の自分が理想じゃの! ……む? パクリ? おいおい、なんだこの侍女共は。儂をどこに連れて……おーい……」


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第五十五話 ここがみんなの踏ん張りどころ

「ふぬぬぅ~……こ、ここが分水嶺ぃ~……」「あれ何してるんですか?」「知らん。さっきからちょいちょい俺の手とか顔とか見てはああして机の前で唸ってる」「……ふぅん。……新刊かなぁ……」「なんか言ったか?」「いえ! なんでも! とりあえず壱与さんにお茶淹れてお菓子用意して肩もんでトーンとベタ手伝ってきますね!」「まるで壱与のほうが神様みたいな扱いだな土下座神様……」「そりゃあ! 壱与さんはある意味『神』なので!」

それでは、どうぞ。


「よし、ちょっとドキドキするな」

 

 すでにマスターは会場に入っていて、俺は少し時間を空けてからくるようにと言われていた。自動人形に肩を揉んでもらったりしながら一休みして、こうして会場前の鏡の部屋までやってきたのだ。ちなみに生徒じゃないのに、と言う問題については、オールドオスマンが機転を利かせてくれたらしく、俺の参加が認められたのだ。『相手がだれかわからない状態で、相手を知りたければ礼儀を持って話しかけるしかない』と言う場面で、使い魔と言う立場の俺がいるというのはおもしろそうだというのが理由の八割だとは聞いているが。これで問題はあと一つ。俺がこの鏡で『理想の姿』になれるかどうかだ。勝負だ、俺の対魔力!

 

「おお! なんか体が光ってる!」

 

 受け入れる気持ちを持って鏡の前に立つと、俺の体は光に包まれ始めた。抵抗しようという気持ちがなければ対魔力があってもこういうマジックアイテムの効果を通してくれるのかもしれない。……確かに対魔力がすべての魔術を弾くのであれば、治癒の魔術すら弾くことになるからな……。その辺は意外と応用が効くのかもしれない。

 

「さて、俺の理想の姿は……」

 

 視界をつぶすほどのまばゆい光が収まり、鏡に映った俺の姿は――。

 

・・・

 

「……どこにいるのかしら」

 

 私を探すようにしたいから、と半ば強引にあいつに遅れてくるようにと命令した後鏡で『理想の姿』になって会場に入ったけれど……周りをみてもあいつらしき姿は……ちょいちょいみるわね。それだけあいつにあこがれてるやつがいるって事かしら。……まぁでも? わからないでもないっていうか、あいつが活躍しているのはみんなちょいちょい耳に入れているはずだし、何だったらあいつが召喚したセイバーたちの姿も見たりする。……セイバーたちは参加していないはずなので、これはあの姿を『理想』だと思った生徒か教職員の誰かと言うことになる。

 

「……ん?」

 

 あいつらの影響力意外と馬鹿にできないわね、なんて思いながら辺りを見回していると、とある人物に目が行った。と言うか、目が行かざるを得なかった。……だって、私なんだもの。あそこできょろきょろしながら不安そうに歩いてるの! 私! なんだもの!

 

「ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!?」

 

 一応パーティ会場なので、声を押さえたが、それでも驚きの声が出てしまっていた。いやだって! この私が! 『ゼロ』と呼ばれたこの私が! この『スレイプニィルの舞踏会』に! いるんだもの!

 

「でへへぇ」

 

 頬が緩んでしまってしまうのを止められなかった。……でも、私も今は『理想の姿』。この姿の人物に迷惑をかけないためにも、鋼の精神力で表情を固定する。……とりあえず、あの人に声でもかけてみようかしら。あいつが来るまでの暇つぶし……と言ってしまっては失礼だけど、このパーティに参加していて何もしないというのも少し気にかかる。そう思ってそちらに歩みを進めようとしたその瞬間……。

 

「……大丈夫か? どうやら困っているようだけど」

 

「ふぁいっ! ふぇっ、あ、ふぁい!」

 

「え? ファイトって言ってる? これから戦おうってことか……?」

 

「ち、ちちち違います!」

 

 ――ど派手でゴージャスな……独特なセンスをした『夜の帝王』みたいな恰好の、あいつ(バカ使い魔)が、私の姿をした誰かに声を掛けていたのだった。 

 その時、私の行動は早かったと思う。この会場に何人いてもわかる、あいつの……独特なセンス! まったく緊張しないで他人に声を掛けるあのスタイル! 流石に声を掛けようとして近づくと、あいつはこちらに気づいて……

 

「ああ、マスター。どうやらアンリが何か困っているみたいなんだが……聞いてみてあげてくれないか?」

 

 ……私の頭を真っ白にする一言を、なんでもない事のようにのたまったのだった。

 

「え、あんた、な、んで、私って……」

 

「? ……そりゃわかるだろ。どれだけ一緒に居たと思ってるんだ。姿形が変わっても、振る舞いからマスターだって分かったよ。アンリも、話しかけたらすぐわかったよ」

 

 今の私の姿は、ちぃ姉さまの姿をしてる。そのままだとすぐにわかっちゃうからと髪型とか変えてみたりしたんだけど……それでも、あいつは近づいてきた私を見てすぐに私だと言って声を掛けてきたのだ。

 

「はっはっは、そういえば俺の姿はどうだ? 俺の理想の姿! 『人生を最大限に楽しんでいる俺の姿』は!」

 

 ……私の格好をした姫様と少し見つめ合って、またギルの姿を見る。……こいつ、他人を理想とするんじゃなくて、『理想の自分』になったんだ……! なんて自己愛の強さ! っていうか自分に対する信頼が凄いわね……!

 

「い、いいんじゃない、でしょうか……?」

 

 姫様が、私でもなかなか見ないくらいの困った顔で、首を傾げながらそう答えた。……私の顔でそんなに困った顔をしないでほしいと思うのは我儘かもしれないけれど、たぶん私も同じ顔をしているので、何も言わずに深く呼吸をして心を切り替えた。……こいつのこういう常識外れな部分は今に始まったことじゃない。召喚した当初だって、平民のメイドのために貴族に決闘を挑むし、しかも勝つし……学院にフーケが来た時も、アルビオンへ密命で赴いた時も……こいつはこの世界に囚われない、『王の振る舞い』とでもいうべき自由奔放さで、私と共に歩いてきてくれた。

 ……まぁ正直? 宝具にもなるレベルの女癖の悪さはちょっとどうかと思うっていうか、こいつメイドとか姫さまとか手を出し過ぎっていうか……あれ? なんで私マスターなのに周りの女に先を越されているのかしら? あいつとその、そういう関係になって、そういえばまだ手を出されていないというか……い、いや、手を出されたいわけじゃないけどね!? そんな、結婚もしてないのにそれはまだはやいというかそれで踏み切った姫様がちょっとおかしいというかなんだけど、それでもこれまでもそういうことが一度もなかったっていうのはなんていうか尊厳的にもかなりむかつくというか……胸? やっぱり胸なの? でも卑弥呼とか壱与とかはたまに相手してるみたいだし……あーもう!

 

「とりあえずそこに正座っ!」

 

「そんなにダメだったか!?」

 

 私の一言にショックを受けたようにのけ反るギル。……取りあえず流石に目立つということで正座はまた今度と言うことにしたのだが……。

 

「いやー、それにしても結構楽しいな! 俺の姿してるやつもいるし、謙信とかの姿をしてるやつもいる! 面白いパーティーを考えたものだなオスマンは!」

 

 そのあとに「こんなに感動したのはバケツパーティー以来だ!」と表情を輝かせているギルに、なによそのパーティー、と思っていると、どこから持ってきたのかワインの入ったグラスを私と姫様に渡してくれた。それを受け取って、一口飲む。とりあえずその謎のパーティーについて聞いてやろうと口を開こうとしたその時、私たちの体を光が包み……姿が元に戻ったのだ。

 

「え……?」

 

「……! しまった、なんて無様な……! 『王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)』!」

 

 そう言ったギルが手をかざすと、見慣れた波紋が空中に浮かび上がる。そこから放たれたのは雷光。窓の方へ走る雷光が、何かとぶつかって激しく発光する。

 

「襲撃だ! アンリ、マリーを呼べ! マスター、離れるな!」

 

「はっ、はい!」

 

「わ、わかった!」

 

 先ほどまで魔法がとけたことによる困惑が広がっていた会場に、悲鳴が木霊する。この状況で、学院に襲撃が来るなんて!

 

「狙いがわからん以上、離れん方が良いな」

 

「……相棒、気を付けな。近くにいるぜ」

 

 私を背中にかばってくれたギルがデルフを抜くと、そのデルフがギルに警戒を促す。近くに? どういうことかしら……。

 

「……敵か。よくわかったなデルフ」

 

「そりゃそうだ。相棒によく似た気配だからよくわかるよ。……これは、ミョズニトニルン! 始祖の使い魔の一人だ!」

 

「なら、狙いはマスターか……マリー、ここを守れるか?」

 

「……私一人は難しいと思うわ。セイバーかライダーのどちらかが来てくれれば心強いのだけれど……」

 

「わかった。ここは任せる。俺はマスターを連れてこの場を離れるよ」

 

 狙いが私なら、被害を他の人に向かわせないようにと言うことなのだろう。私もそれには同意なので、こちらを見てきたギルに同意の意味を込めて頷きを返す。

 

「よし、なら行くぞマスター!」

 

・・・

 

 マスターを抱えて窓から飛び出すと、外にはすでに何かが浮かんでいるのが見える。暗闇でも見通せる目を持っているためわかるが、翼の生えた異形のヒト型のようなものが無数に飛んでいると分かった。

 ……生物ではないな。石か何かで出来た人形のようなものだろう。最初にされた攻撃はおそらく別のものだが、今のこれは……。

 

「ち……! 結構動くぞ、噛まないように口閉じてろ!」

 

 魔力を回し、鎧を構築。そのまま体に回した魔力で身体能力を上げて、魔力を放出。一度の跳躍で数十メートルを飛び、その途中でいくつかの石像を破壊して、そのうちの一つを足場にもう一度跳躍する。

 

「くっそ、かなり囲まれてるな」

 

 鯖小屋の方も襲撃を受けているらしく、シエスタや聖杯を守りながらの戦いになってしまっているため誰もこちらに来れないと言われてしまった。……こんな時に直はどこに行ってるんだ、全く……。

 

「仕方ない。久しぶりに一人だが……マスターを守るのは元々俺の使命! いっちょ頑張るとしますか!」

 

 石像……おそらくガーゴイル……をまた蹴散らし、足場が無くなってしまったので着地する。迎撃しながら飛び回っていたので、あんまり学院からは離れられなかったようだが、人気はない。一息つけそうかなと周囲を見渡すと、ガーゴイルではない気配。それと同時に、氷が飛んできた。

 

「相棒! 俺で吸え!」

 

 デルフの声に反応して、その氷にデルフをぶつける。魔法を吸収するのを見届けるより早く、次弾がとんでくる。それも吸収し、マスターに当たらないよう切り払う。

 

「……タバサ。お前の差し金か?」

 

 『始祖の使い魔』の主ではないだろう。彼女の使い魔は風竜のシルフィードだ。それに、タバサは風と水の属性を使えることがわかっている。虚無の使い手はそれ以外を使えないということがわかっているので、おそらくタバサの後ろに、『虚無』の使い手……今回の黒幕がいるということなのだろう。

 

「……」

 

 無駄なことを話すつもりはないのか、こちらの問いには答えずに再び杖を振るうタバサ。

 

「誰かに言われてやっているのか? ……なら、俺が代わりになるぞ」

 

「……私の欲するものをあなたは持っていない。それは取引にならない」

 

 冷たくそう言い放ったタバサは、空中に待機させていた氷の矢を発射してくる。それをデルフで吸収しながら、タバサを説得するべく口を開く。

 

「どうにもやりづらいね、相棒」

 

「その通りだよデルフ……出来れば傷つけたくないしね」

 

 そう言って再びデルフで魔法を吸収する。……コレ上限とかないんだろうか。俺放出方法知らないんだけどさ。

 タバサの氷を吸収し、ガーゴイルを切り払う。……うーむ、サーヴァントが出てこないのが不思議なくらいだな。とりあえず、タバサを行動不能にして、事情を聴くのと……。

 

「いい加減この鬱陶しい玩具をなんとかしないとな」

 

 意外と硬くてランクの低い攻撃では二発ほど撃ち込まないと破壊できなさそうだが、今のところ見える範囲のガーゴイルは掌握できたし、ちょこまか動き回るタバサもある程度動きを終えるようにはなった。マスターをかばっての戦い方も慣れてきたし、そろそろ行くか。

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 そういうと同時に、宝物庫を開く。魔力によって発射された宝具たちが、俺たちを囲むガーゴイルたちに突き刺さる。外したのも何体かいたが、追加で発射して突き刺すと、周囲のガーゴイルは落下して動かないただの塊になっていく。タバサにもいくつか発射したが、彼女はそれをいなして……死角から伸びてきた『貪り食うもの(グレイプニール)』がタバサの杖を持つ手を縛り上げた。それに驚いたタバサが行動を止めた瞬間に、他の四肢も縛り、簀巻きのようにされたタバサがべたんと地面に落ちた。しばらくはもぞもぞと動いていたが、抵抗できないと悟ったのか目を閉じて大人しくなった。仕込んでいたナイフか何かで切断を試みたのだろうが、人間用ではないとは言え宝具の縄だ。神秘のないナイフで切断はできまい。

 

「これで落ち着いて話が出来そうだな。……色々と聞かせてもらおうか」

 

「ちょっと! あんまり乱暴なことはしたら駄目よ!」

 

 こきこきと指を鳴らしていると、マスターが心配そうな顔をして俺にしがみ付いてそう言った。もちろん拷問なんてことしないってば。ちょっと呼吸困難寸前まで笑ってもらおうかとは思ったけど。……え、それも拷問? でもみんな、女の子がくすぐられて無理やり笑わされてるの好きでしょ? ……え、それは性癖? ……まぁ、俺の性癖のことは置いておいて。

 

「タバサ、これでも俺は王さまなんだ。だいたいのことは力になれると思うんだけど……話してはくれないか?」

 

「……私は、」

 

 タバサが口を開いた瞬間。直接頭に届いたような声が響いた。

 

「手古摺っているようね。私たちの忠実なる番犬」

 

「む。新手のガーゴイルか」

 

 先ほどのよりも巨大なガーゴイルが、手下のガーゴイルを連れて現れていた。その新手のガーゴイルから声は響いているらしい。黒幕……とまではいかないだろうが、タバサを俺たちにけしかけた裏方の人間であることは確かだろう。

 

「タバサの雇い主か?」

 

「そうなるわ。流石の北花壇騎士と言えども、英霊にはかなわないようね」

 

 新手の巨大ガーゴイルが羽ばたくだけで凄まじい風が吹くが、俺はそもそも耐えられたし、マスターとタバサは俺が掴んでいたので二人とも風に目を閉じるだけで済んでいた。

 

「仕方がないわね。こうなっては一度退こうかしら。……北花壇騎士殿。失敗の責任は取ってもらうわよ」

 

「とらせんよ。タバサは今から俺の騎士だ。君には渡さん」

 

「責任を取るのは本人ではないわ。……北花壇騎士殿はわかるわよね?」

 

 そんな不穏な言葉を残して、ガーゴイルは飛び去ろうと上昇する速度を上げていく。

 

「……追うか」

 

 そんな不穏なことを言われては逃がすわけにはいかない。『黄金と宝石の飛行船(ヴィマーナ)』を宝物庫から取り出して三人で乗り込む。

 

「タバサ、色々と説明してもらってもいいか?」

 

「……分かった」

 

 ヴィマーナで巨大ガーゴイルを追いつつ、こちらにカラスのようにたかってくる量産型ガーゴイルを打ち落としていくと、タバサはあきらめたように色々と話してくれた。

 

「なるほど……ガリアの王族で母親が監禁されていてそれで裏の依頼を任されていたと」

 

「だから暗殺者のような動きをしてたんだな」

 

 説明を聞いた俺が納得の意味を込めて頷くと、デルフが先ほどの戦いで得た知見を教えてくれた。確かに、どちらかと言えば小碓っぽい動きをしていたように思える。同じように小柄だったし……彼女が英霊かしたらキャスターではなくアサシンになるのだろうか。

 

「……そんな……そんなことになっていたなんて!」

 

 マスターはタバサの話にかなり怒りを露わにしていて、顔を赤くして憤慨している様子を隠そうともしなかった。最近ではあまり見なくなったガチギレマスターである。

 

「ギル、行ける?」

 

「ああ。もちろんだとも。タバサ、君のお母さんはどこに囚われてるんだ?」

 

「……どうして?」

 

「助けに行く。先ほどは勢いで言ったが、君を俺の騎士にしたい。……そのために、ガリアとの関係は切るとしよう。君のお母さんを助けて匿い、タバサに味方になってほしい」

 

 それに、と俺は言葉を続ける。

 

「それを抜きにしても、俺は君にずいぶんと助けられた。その借りを返せるし、タバサを俺の騎士にもできる。こんなにいいことはないからな!」

 

 俺がそう言うと、タバサはいつもの感情の見えないジト目でこちらを見てくる。

 

「私は元々敵。それなのにあなたの騎士にするの?」

 

「もちろん! タバサが元敵だったとしても、俺はタバサを信じてる。……そこに迷いはないよ」

 

 そんなことを話していると、巨大ガーゴイルの取り巻きは全滅したため逃げるのをあきらめたのか、親元の巨大ガーゴイルが向きを変えてこちらに襲い掛かってきた。

 

「……流石に根城まで追いかけさせてはくれないか」

 

 巨大な爪の一撃を避け、お返しにと宝具をいくつか発射するが、羽ばたきの風圧で飛ばされ、威力も減衰されて本体に届く前に落ちてしまった。それを回収しながら、もう一度発射。前方の宝具を落とされる前に背後から打ち込み、羽をちぎる。バランスを崩したところに他の宝具が突き刺さり、ガーゴイルの目に灯っていた光が消え、落ちていくのが確認できた。

 

「……とりあえず危機は去ったか……」

 

 そうつぶやきながら、俺は機首を学院に向けるのだった。……ここからが、アベンジだ。

 

・・・

 

「……で? 話を聞かせてもらおうか」

 

「……この扱いは非常に不本意。人道的扱いを希望する」

 

 鯖小屋へ集まった俺たちは、タバサを中心にして事情を聴こうとしていた。タバサは未だにぐるぐる巻きの状態で椅子に座らされている。それに対してジト目で抗議されるが、ほどくとどこ行くかわからないので、話を聞くまで開放しないことにしたのだ。

 さて、ここにいるのは俺とその召喚サーヴァント、マスターのルイズ、お忍びで来てるアンリとそのサーヴァント、マリーも来ている。自動人形とシエスタもいるし、結構鯖小屋も手狭になってきたな。そろそろ広くしないとなー。

 

「それで? いい加減観念して話しなさいよ」

 

 卑弥呼の言葉に、タバサはあきらめたように瞳を閉じてから、話し始める。自身がガリアの王族に連なるものだということ。現国王の弟がタバサの父なのだが、現国王派に殺されてしまい、母親はタバサの代わりに毒を飲んで心を病んでしまったのだという。そこからは厄介払いとしてトリステインへ留学させられていたが、何か面倒ごとがあれば母親を盾にタバサへと押し付けてきていたのだとか。

 

「やっぱりここね!」

 

 タバサの話にうなずいていると、急に扉が開いてキュルケが乗り込んできた。顔は凄い笑顔で、自動人形に案内されるがままリビングのテーブルに座り始めた。

 

「キュルケ!? あんたなんでここに!」

 

「あんたの部屋に行ったらこの侍女しかいなかったから、どこにいったのかって聞いたらここを教えてくれたのよ!」

 

 おそらく部屋で待機している自動人形に案内されてここまで来たのだろう。他の気配察知に長けたサーヴァントたちは、キュルケだと知っていてスルーしていたのだろうな。追加でお茶を淹れてもらったキュルケは、優雅な所作で口を付けた。……成り上がりとよく言われているが、それでも貴族なりの教育は受けているのだろう。前に一緒にティータイムを過ごした時もとても美しい所作だったのを覚えている。

 

「それでタバサ。どの辺まで話したの?」

 

「……基本的なところはだいたい」

 

「そ。ならダーリン、やることは決めてるのよね?」

 

 きらりと白い歯を覗かせながら俺に笑いかけるキュルケに、俺ももちろん、と笑いかける。

 

「まずはタバサの母親の救出。そして治療だ」

 

「……治療……?」

 

「当たり前だろタバサ。俺はともかく俺の宝物庫を舐めるなよ。直接タバサの母上を診てみないと細かくはわからないが、神代の薬もこちらにはあるんだ。期待はしてもらっても構わんぞ」

 

 そういうと、タバサのいつものジト目に、少しだけ生気のようなものが宿ったような気がした。やはり母親が心を病んで幽閉されているというのはかなりの心労を抱えていたのだろう。

 

「それならば……できる限り隠密に……そして最大戦力で奪還する! ……ここの守りをアンリとマリーに任せたい。一週間で良い。何か予定を入れてこの学院にいられないか?」

 

「そうですね……先の戦火に対する慰問と言うことでなら、おそらく行けるでしょう」

 

「よし、それで頼む。自動人形を付けるから、絶対に一人にはならないでくれ」

 

「……はいっ」

 

 俺の言葉に、アンリは頬を染めて嬉しそうに頷いた。心配してもらって嬉しいとかそんな感じの乙女心なのだろうか。とりあえずこれで学院の守りは大丈夫なのだが……。

 

「本当なら直にも協力してほしかったんだが……あいつコルベール先生と一緒にどこかに消えたんだよなぁ」

 

「あ、それならゲルマニアに行っているはずよ!」

 

 独り言に反応したのは、まさかのキュルケだった。……え、なんでゲルマニア行ってんの?

 

「なんかナオシが製鉄技術に長けたところを知らないかってコルベール先生に聞いたらしくてね。それで私の紹介でゲルマニアに行ってるってわけ。なんだかコルベール先生もワケアリらしいし? ちょっとほとぼりを冷まさないといけないってことでね」

 

 なるほど、長期休暇を取っているっていうことか。コルベール先生戦争とか嫌いそうだし、今の学院にいるのも少し気まずいのだろう。しっかし、なんで製鉄技術を求めてるんだ、直は……?

 

「……まぁ、いない人間を期待しても仕方がないか。とりあえずメンバーを選抜しよう」

 

 そう言って俺はリストを作った。まず俺とタバサは確定。そうなると俺のマスターであるルイズも行きたがるし、タバサの親友たるキュルケも行く。そしたら俺の召喚したサーヴァントたちも全員行くし、ここに残しては危険だからシエスタも来てもらうことになるだろう。道中の食事は専属メイドに任せたいしな。

 

「……そうなると移動手段が問題だな」

 

 これだけの人員の輸送手段となると相当大きいものが必要になってくる。いつものヴィマーナだと乗れて五人だし、襲われて何かあった時に全力機動できるのは俺が一人で乗っているときのみだ。希望としては、巨大な戦艦のようなもので向かって、襲われた際に俺たちが直掩機として梅雨払いをするというのが理想だろう。表立ってではないといえど、一つの国に対抗するのだ。準備しすぎてやりすぎと言うことはないだろう。

 

「……む」

 

 宝物庫になにかいいものあったかなと探そうとすると、謙信が腕を組んだまんま何かに反応した。どうしたのかと視線を向けると、ため息を吐きながら指を一本天井に……いや、上空に向けた。空からなにか……? もしかして、ガーゴイルの再来かと思ったが、ここまで謙信が落ち着いているということは敵ではないということだろう。

 確認するために鯖小屋から出ると、先ほどまでと違って巨大な影が掛かっていた。……なんだ? 上空の雲が晴れて……あれは……!

 

「飛行機……か……?」

 

 この世界特有の空飛ぶ船とは違い、巨大な翼の生えた、少し形の違う……それこそ、下から見たら『飛行船』ではなく『飛行機』と呼んで差し支えないシルエットが見えたのだった。巨大なプロペラも見えることから、『風石』だけで飛んでいるわけではないのだろう。……ああいうのを作る人物には、俺は二人しか心当たりがない。……そして多分、その二人ともがあれに乗っているのだろうというのは容易に想像できた。

 

「あっちの草原に降りるみたいだな。行くぞ!」

 

 鯖小屋から出てきていた他のみんなも俺と同じように空を見上げていたため、俺の言葉にすぐに反応してみんなで草原へと向かうのだった。……お、アンリも来てる。

 学院そばにある少し広い草原。そこには、巨大な飛行機が停泊していた。プロペラはゆっくりと停止していき、乗っている人間が重りを降ろしたりタラップを降ろしたりして、降りる準備をしているのが見えた。

 そこには、俺の予想通り、心当たりの二人……コルベール先生と直が、元気そうに手を振っているのだった。

 

「おーい! 元気だったかね!」

 

 降りてきた二人は、今まで何をやっていたのかを説明してくれた。コルベール先生は直と一緒にゼロ戦のエンジンの分析、解析を行っており、それを利用したこの世界での初の機関を利用した飛行機を作成しようと、製鉄技術の盛んなゲルマニアへ行き、そこで意気投合……たぶん柔らかい表現でこれなので、おそらく直がだいぶ強引に巻き込んできた人たちと一緒に、この飛行機……正式名称を『蒸気機関式試作飛行機零号』として完成させ、試験飛行がてらトリステインに飛んできたのだという。

 なんと……この世界で『蒸気機関』を完成させたのか。流石にガソリン式の内燃機関はまだできなかったのかな。

 ついでと言っては何だが、こちらからも現在の状況を伝えて……この飛行機使えるんじゃないかと思ったのだ。

 

「コルベール先生」

 

「ふむ……今の話で大体想像はつくとも。ミスタバサの母親を助けるためにガリアへ行きたいということだろう。この飛行機ならばメイジは魔力を節約することができるし、それなりの人員を輸送することができる。生物ではないからかなりの高度からアプローチできるというのも大きいだろうな」

 

 それはかなりいいことだ。ここにアンリもいることだし、女王としてのお墨付きをもらっておくことにしておこう。

 

「なるほど。……ならば、隠密とはいえ責められないように一つ命令書でもしたためましょうか。内容は『アルビオンにおけるガリアの湾港使用に関する契約書』とでもしておけばいいでしょう。

 

幸い王さまはオルレアン辺境伯としての立場もあることですし、何か言われるかもしれませんがいいわけの一つにはなるでしょう」

 

「なるほど、それで行こう」

 

 細かいところを打ち合わせて、出発は明日の日の出と同時と言うこととなった。それまでは各々準備をするために 解散となった。

 

・・・




「……いつまで縛ってるの?」「……あ、ごめんごめん。今ほどく……いや、これはこれでアリか……?」「……? どうしたの?」「いや、縛られてる女の子が転がってるって……いいかもしれないな」「……てやっ!」「あいたっ」「まったくもう、変な性癖をこんなところで発散しないのっ。……まったくもう、今ほどくからねー」「いてて……まったく、宝具のロープを放り捨てないでくれよなー」「こんな幼気な少女を縛って喜ぶなんて……」「……王さまがしたいなら、あとでしても良い」「え、マジ? ならあと、でっ!」「……まだ早いよ、君にはねっ」「二発目っ!?」


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第五十六話 展開コロコロ変わるよね

「昨日は和風、今日は洋風、明日はたぶん中華に……」「? ご飯の献立でも考えてるんですか?」「……まぁ、ご飯と言えばご飯……か……? お腹いっぱいになるって点では一緒かもな。……それであとは……えー、マジか。洋風っていっても色々分かれるんだ……ローマにフランスに……神話もあるな……えっ、そっち系統もっ!?」「……よくわからないけど大変そうだなー……」


それでは、どうぞ。


 さて、出発は明日となったが、その間にみんなの準備を見に行くとしよう。俺の準備なんて宝物庫ごと移動してるから不要だし、マスターも同じくだ。久しぶりに会ったコルベール先生とも話しておきたいしな。

 ……つまり、要するに、いわゆる、日常パートである!

 

・・・

 

 早速だが、タバサの部屋にやってきた。彼女の拘束は解いているが、勝手にいかないように自動人形を一人付けている。これは監視もあるが、護衛でもある。アンリやキュルケ、コルベール先生の下にも一人ずつ送り込んでいる。何かあれば俺のところまで全力で連れてくることになっている。

 ドアをノックすると、中から小さな声でどうぞと声が聞こえて、向こうからドアが開いた。自動人形はメイドも兼ねているので、こうして細かな気遣いもしてくれるのだろう。

 

「よっ。どうだ、体調は。無茶はしてないからあんまり痛めたところはないと思うんだけど……」

 

「……特に痛むところはない。明日の準備も出来ている。……そういえば、いくつか頼みがある」

 

「うん? ああ、何でも言ってくれよ。叶えられることは限られているけど、できる限りは力になるよ」

 

「……ならば、まずは母を治すという薬を見せてほしい。あなたの蔵のことは聞いているけど、実際に見てみたい」

 

「ああ、なら」

 

 そう言って、俺は宝物庫から一つの小瓶を取り出す。これこそなんでも治すという伝説の霊薬『エリクサー』である。これは神様が自分で作っていたものをいくつか貰ってきたものなので、大体なんでも治す優れものだ。身体の傷はもちろん、精神なんかの目に見えないものも治すという頭のおかしい性能をしている。これは神様から色々説明を受けたのだが、世界の記録を調べて『健康』であった時の情報を参照してそこに戻すという治療薬と言うよりは巻き戻し薬とでもいうべきものなんだそうだ。なにやら文庫本を読んでいたら思いついたらしく、名前は『エリクサー』だが結構出来立てほやほやの新薬なのである。

 

「これが……」

 

「ああ。これが俺の持つ中で一番の治療薬だ。精神を壊されたとかだとしても治してくれるものなんだが……」

 

「そう……これは飲むもの?」

 

「どちらでも大丈夫だ。……外傷じゃないなら、飲んだ方が良いらしいけど」

 

 俺の出した小瓶を矯めつ眇めつするタバサが、ふと机に向かい、何かを取り出した。

 

「……水の秘薬でも、母様は治せなかった。一度試す」

 

 手に持っていたのは、ナイフだ。相当手入れをされているのか、切れ味は相当によさそうなものである。

 

「おおっと!? やめとけやめとけ! 治るのは保証するし……切ると痛いぞ!?」

 

 自分を傷つけて試そうとするタバサをなんとか止めようとするが、その目に宿る覚悟を見て、それは不可能かもと思ってしまう。

 

「こ、心の傷が治るかと体の傷は別物では……?」

 

「今までの水の秘薬と違うというところがわかればいい。母様を助け出すのが一番の目的。治すのは……これからもあなたに仕えるなら、何度もチャンスはあると思う」

 

「うーむ……」

 

 そう言われると弱い。確かタバサの母親はエルフの呪いでそうなったという話なので、もし薬でダメならば他の魔術的なアプローチもしないとだし……そのためには、確かにタバサの母親の身柄が必要だ。その一歩目として、この霊薬の効果を知りたいってことか。

 

「……指くらいなら治る?」

 

「……切り落とすの?」

 

「そのくらいじゃないと、今までの薬と変わらない」

 

「なるほどな。……欠損くらいなら治るよ。死んでいないなら治ると言ってもいい」

 

 と言っても、脳とか心臓とか、人間としての『核』の部分が失われてしまっては難しいが……。俺がそう言うと、タバサはだん、と自分の指を切り落とした。

 

「覚悟決まりすぎだろ!」

 

 止める間もなかった、と言うのは言い訳だが……タバサ自身も苦痛に顔をゆがめながら、エリクサーを手に取って手に振りかけた。すると、にょきにょきと擬音が聞こえるような動きで、タバサに指が戻った。始めてみるけどまぁまぁキモ……いや、女の子にそんなこと言ったらだめだな。自動人形がそっと切り落とされた指を回収し、綺麗な布に包んで宝物庫に送った。……え、なんで宝物庫に送ったの……?

 

「……凄い効能……水の秘薬とは違う……これなら……」

 

 指を曲げ伸ばして効果を確認したタバサは、俺に向き合って頭を下げた。

 

「疑って申し訳ない。でも、これなら希望が見える。……あなたの騎士にしてください」

 

「……ああ。もちろんだ」

 

 俺が手を差し出すと、タバサも手を出して握手をしてくれた。よし、俺もやる気が出てきた。タバサの母親を助け出し……その治療をする。ガリアとの戦いになるだろうが……女の子を手に入れるために戦うなんて俺はいつでもやってきた。ここは……あんまり好きではないけど、英霊王としての面目躍如と行くかな。

 

・・・

 

 次に訪れたのは、コルベール先生と直のいる研究所だ。ゲルマニアに行っていたころの話を聞きたいので、こうして訪れたのである。

 

「おお! ギル君ではないかね! ようこそいらっしゃい!」

 

 煤だらけで俺を出迎えてくれたコルベール先生は、笑顔でどうぞどうぞと室内へ案内してくれた。中で直が何かやっているらしく、とんかんと金属を叩く音が響いている。

 

「いやぁ、君なら興味を持つと思っておったよ! 今の私の最高傑作だからね、あの飛行機は!」

 

「だろうな。あの巨大なものをよくもまぁ飛ばしたもんだよ」

 

「ナオシの『戦闘機』を飛ばしている『エンジン』よりは出力がないんだけどね。あの『プロペラ』は凄いよ! それに固定翼を組み合わせることで空力を生み出す……直や君の生きていた世界の科学とはすばらしいな!」

 

 感動した面持ちでそう叫ぶコルベール先生。相当熱中しているようだ。こういう時の先生はどうもマッドな雰囲気を醸し出してくるので、直と一緒であんまり接触したくない危険人物になるのだが……色々と知っている直と一緒とはいえ、蒸気機関を作り出してさらにその先へと向かおうとしているのはこの魔法がすべてだとする世界では珍しいので、支援したくなるのだ。

 かなり善良な人間なのは確かだしな。

 

「それにしても、一つ完成させると最初は満足していても改善したいところがいくらでも出てくるな! もう二号機を作りたくて仕方がないよ!」

 

「開発欲が凄いな……まぁ先は長いし……一人じゃ思いつかないこともあるだろうから、仲間を作るのもいいかもしれないな。科学クラブとか作ればいいんじゃないか?」

 

 元の世界でいえば科学部って感じかな。俺がそう提案してみると、先生は疑問の表情を浮かべた。

 

「科学クラブ……?」

 

「ああ。先生にはいないかもしれないけど、生徒には科学に興味を持ってる子とかもしかしたらいるかもしれないだろ? 授業とは別に、そういう生徒を集める活動をするんだよ」

 

 放課後なんかは暇してる貴族も多そうだしな。こうして一つ大きな成果を出した人物であるコルベール先生が集めるのなら、何人かは集まりそうなものだけどな。

 

「なるほど……! 同好会を作るということだね!」

 

「ああ、同好会。その言い方が近いかもな」

 

「そうかそうか! この飛行機を見て、もしかしたら科学に興味を持つ子が現れるかもしれん! 最初は少ないかもしれないが、色々な研究、色々な開発をしていくうちに……!」

 

 最初の火種が広がっていくとは限らないが、世界は広い。一人でできることには限界があるし、コルベール先生のような化学の徒が現れるかもしれないしな。

 

「そうか……そうかなるほど! それは良い!」

 

 そういうと、コルベール先生は何やら髪を取り出してがりがりと書き込むと、それを持って扉へと走った。

 

「私はさっそく学院長に科学同好会の開設許可をもらってきます! ろくにおもてなしも出来ずに申し訳ない!」

 

「いや……気にすることはないよ、コルベール先生。気を付けて」

 

 俺がそう声を掛けるが早いか、コルベール先生はもう出て行ってしまったようだ。乱暴に閉じられた扉を苦笑して見送ってから、俺も外に出た。

 さて、次はだれの所に向かおうかな。

 

・・・

 

「あら、ダーリンじゃないっ」

 

「おや、キュルケ」

 

 一旦帰ろうかなと思って歩いていると、フレイムと共に歩いてきたキュルケと出会った。

 

「ちょっと、色々聞いたわよ? いつの間にか伯爵にまでなってるなんて!」

 

「えー……どこから聞いたんだ?」

 

「ルイズからよ。あの子、ちょっと熱くさせたらすぐに口滑らせるから情報収集にはもってこいよね」

 

 苦笑しながら「気を付けてあげなさいよ」と釘を刺してくるキュルケにありがとうと返してから、彼女をお茶に誘う。

 

「いいわね! じゃあ、私の部屋なんてどう? お茶だけじゃないおもてなし、してあげるわよ?」

 

 そう言って俺にしなだれかかってくるキュルケ。おお、いいねと思いながらも、明日出発だしなと考え直し、俺はしなだれかかってくるキュルケの腰を抱いて体制を変えて壁にキュルケの背中を押し付け、顔の横に手をつく……いわゆる『壁ドン』の状態にしてから、キュルケの顎をクイッと……もう少女漫画に出てくるイケメンをトレースしたような動きで押さえてから、キュルケにささやきかける。

 

「ははっ。それはとても魅力的だが……そうなると明日に響くからな。帰ってきたら、俺から誘わせてもらうよ」

 

「な、なっ、にゃにゃっ……!」

 

「はっはっは、真っ赤だなキュルケ。『微熱』の名前の通りってことかな?」

 

 結構初心なところがあるのか、それとも自分から攻めることしかしなかったから逆に攻められると弱いとか? 

 それはとにかく、こうしてお姉さんっぽい女の子があたふたしている姿を見るのは癒されるなぁ。こういう女の子のギャップある姿を見ることでしか得られない栄養素ってあると思うんだよね。

 

「とにかく、それは帰ってきてからのお楽しみってことで。今日は普通にお茶でも飲もうよ」

 

 そう言ってから、俺は少しからかうような笑顔をキュルケに向けてから彼女と共に学院のテラスまで向かうことにする。

 

「……ちょっとびっくりしちゃったけど……。ふふ、言質は取ったわよ」

 

 隣を歩くキュルケが何か言っていたような気もするが、まぁ独り言なんて追及されたくないものだ。ここはスルーするのが大人の対応だろう。

 少し歩くと、テラスにたどり着いた。学生の姿は少なく、席を探さずとも座ることができた。あとは自動人形たちに準備をお願いすると、俺たちの前にはティーセットが置かれた。いつも通りの手際だし、いつも通りのおいしさだ。流石は黄金の侍女。

 二人でカップを傾けながら、ゲルマニアの話を聞く。どうも直は向こうの貴族やら工房の職人なんかも巻き込んであれを作り上げたらしく、一部の人間からはかなり信頼を得たらしいが、別の一部の人間からは蛇蝎の如く嫌われたらしい。なんとも両極端な男である。

 そんなことを話していると、キュルケの肩越しにこちらに近づいてくる人影を見つけた。こちらに手を振りながら近づいてくるのは、いつぞやの件から仲良くしているケティであった。

 

「ギルさまぁーっ」

 

 その声にキュルケも振り返り、ケティを視界に入れたようだ。そのままこちらに近づいてきたケティは、少し息を切らしながらも笑顔で俺に挨拶をしてくれた。

 

「こんにちわっ。あ、あの。廊下を歩いていたらギルさまがいるのが見えて……えへへ」

 

「……ダーリン、だぁれ、この子?」

 

「……ダーリン?」

 

 少しいぶかしげな顔をしたキュルケと、キョトンとした顔のケティがお互いの顔を見る。そういえば面識はないかと俺はお互いのことを紹介する。

 

「キュルケ、こっちは君の一個下。一年生のケティだよ。俺が召喚されたときに色々あってね。その時から仲良くしてるんだ」

 

 たまーに鯖小屋にも遊びに来たりして、そこで卑弥呼や壱与から鬼道っぽい占いを教えてもらってたり、ジャンヌと一緒に料理をしていたりするのを見たりすることもある。目立たないが、俺の召喚した子たち全員と面識のある珍しい娘なのだ。

 

「で、こちらはキュルケ。ケティの一個上で二年生。俺のマスターと友達なんだ」

 

 ケティには俺の色々を教えているので、マスターと言うのがルイズってのも知っている。というかじゃないと鯖小屋には招待できないしな。信頼できる娘だっていうのはわかったので、俺も教えることには迷わなかった。

 ちなみに鯖小屋でマスターと出会った時にはどこか通じるところがあったのか、マスターのことを『先輩』と呼んで慕っているようだ。マスターはそもそも座学はトップだし、虚無の属性に目覚めたことで魔法のコンプレックスもあまり感じなくなってきたので、素直に後輩として迎え入れているようだ。ちょっとだけケティのほうが背が高いので、小さい子が大人ぶっているようにしか見えないのも、ウチのマスターが可愛いポイントである。

 ケティは俺のことも慕ってくれているらしく、会えば先ほどのように子犬っぽく駆け寄ってくれるのは、とても可愛らしい。なんというか、後輩力の高い娘なのである。

 

「ふぅん……まぁいいわ。座んなさいな」

 

 なんだかんだで面倒見のいいキュルケがケティに座るよう促した。ありがとうございますと礼を言ってから、ケティもテーブルに着く。自動人形は話の流れから席に着くと予想していたらしく、流れるような動作で新たなカップを出してお茶を注いだ。

 

「ありがとうございますっ」

 

 自動人形に礼を言ってから、ケティは紅茶を一口。鯖小屋で出しているのと味は変わらないので、飲みなれた味に安心したのだろう。ほぅ、と一息ついた。

 

「そういえばお二人は明日からまたどこかに行かれるとか。お気をつけて行ってきくださいね……?」

 

「ああ、ありがとう。気を付けるよ」

 

「あら、良い子じゃないの」

 

 そう言ってキュルケはケティを撫でる。わかるぞ。子犬っぽさあるから撫でたくなるよな。俺も滅茶苦茶撫でるもんなぁ。

 

「私も色々と教わっているのですが、まだまだお力になれなくて……」

 

「ははは、いつもウチの小屋に遊びに来てくれるだろ? それだけでも十分さ」

 

「そう言っていただけると嬉しいです……! 私、来年の使い魔召喚の儀で、ギルさまみたいな素晴らしいパートナーを召喚できるように頑張ります!」

 

「う、うーん……そう言われると英霊出てきそうだからあんまりよくはない気がするけど……」

 

 こちらの世界では『精神力』とも呼ばれる魔力だが、名前が少し違うだけで俺たちの原動力となる魔力と変わらないものらしい。だからこそ神様が肩代わりしているマスター以外のこちらの世界の人がサーヴァントを召喚することもできるし、維持することもできている。あとは召喚する適性があれば、この世界でも英霊召喚をすることは可能なのだ。

 こちらの基盤にはなかった英霊召喚も、紛れ込んだ聖杯と英霊召喚を行える俺がこちらに来てしまったことで新たに世界に刻まれてしまったらしい。そこは本当に申し訳ないとは思うが……。

 

「まぁ、そう意気込まなくても、ケティに合う使い魔がきっと来てくれるよ」

 

 猫とか兎とかそういう可愛いのを抱えてほしいから、個人的にはそう言った小動物が来てほしいとは思うけど……。

 

「そうですよね! うーん、どんな子が来てくれるかなぁ……」

 

「ケティは何の属性なの?」

 

「私は火の属性なんです! だから、ツェルプストーさまと一緒なんです!」

 

「へぇ! それはいいわね! 火は破壊だけではない、表裏一体の属性。……それと、キュルケで構わないわよ。同じ火属性だし、もっと仲良くしましょうよ。ね?」

 

「わぁ……! ありがとうございます! それでは、キュルケさまと呼ばせていただきますね!」

 

「ふふふ、可愛いわぁ……妹がいたらこんな感じなのかしらね?」

 

 それから、昼食の時間になるまで俺たちはお互いのことを話して親交を深めた。

 

「それじゃあ、また後で」

 

「ギルさま、失礼いたします!」

 

 昼食を取りに食堂へ向かう二人と別れ、さて次はだれに会いに行こうかなと思いながら学院内を歩きだす。

 

・・・

 

 次はだれに、とか言いつつも、俺の知り合いなんて学院にはそんなにいないのだ。なので、一旦鯖小屋へ立ち寄ることにした。昼時だし、シエスタもお昼を用意している頃だろうしな。

 鯖小屋の施設はかなり便利になっており、使用しているシエスタも『料理が楽しくなる』と言うほどに色々なものがそろっている。火力が簡単に調整できるコンロに、これ何に使うんだかわからないというくらいにある調味料。どれを使えばいいのか迷うほどの調理器具の数々。そんなものが所狭しとおいてあるのがウチの鯖小屋キッチンなのである。

 こうして小屋へやってきたときも、昼時だからかシエスタが鼻歌を歌いながらなにやら鍋をかき混ぜているのが目に入った。……メイド服っていいよねぇ。その横にいるのは同じくメイド服姿のジャンヌ。うむうむ、今日のお昼はチーム芋煮会が作ってくれているのか。……材料的にチームセンゴクもなにやらやってるみたいだが……あの大きさの猪とかどこからとってきたんだ……?

 後ろからじっと見ていると、そんな俺の視線に気づいたのかジャンヌが振り返る。

 

「わ、なんか視線感じると思ったら……マスターじゃないですか。なんです、そんなえっちな目で見て!」

 

 振り返るだけでは飽き足らずそんな失礼なことまで行ってくるジャンヌ。……いや、確かにそういう目で見てたから否定はできないけどさぁ……。よくわかったものである。個人的にはミニスカメイド服も大好きだが、クラシカルな丈の長いしっかりとしたメイド服も好きなのだ。そこに隠されている脚とかを考えるだけでちょっと興奮してくるのは俺だけだろうか。

 

「ぎ、ギルさんっ!? え、えっちな目って……え、えと、ご飯にしますか、お風呂にしますか? ……そ、そそそそそれとも! わ、わわわ」

 

「私にしますか?」

 

「ジャンヌさんっ!?」

 

 せっかく勇気を出して新婚三択を選ばせてくれようとしていたシエスタをしり目に、ジャンヌがスカートの裾をちらりと上げてセリフを横取りしていた。シエスタはだいぶんショックを受けてみたいで、ジャンヌの肩を掴んで揺らし、どういうことかと問い詰めていた。

 

「ふっふっふ、こういうのは早い者勝ちと相場は決まって……あ、あの、ごめんなさい謝るんで揺らすのやめてくださ……おぷ、はきそ……」

 

「わぁっ、ご、ごめんなさい!」

 

 顔色の悪くなったジャンヌを椅子に座らせて、とりあえず休ませる。それからシエスタに昼食を食べに来たことを伝えた。

 

「そうだったんですね! 今日は謙信さんたちが色んなお肉を持ってきてくれたので、今日はたくさん作ったんです! ぜひ食べて行ってください!」

 

 そういうと、シエスタは俺もテーブルに着かせて、配膳をしてくれる。手伝おうかと申し出てみたが、こういうのはメイドの仕事だと笑顔で断られてしまった。確かにシエスタは俺の専属メイドだし、仕事を奪うのも良くないかと思い返して席で待つことにした。……それにしてもジャンヌは復活しないな。三半規管弱いのか……。それから、シエスタが料理をテーブルの上に配膳し終わると同時に、他のみんなも集合し始める。

 今日は特にやることもないので、サーヴァントは全員集合だ。謙信に信玄、壱与と卑弥呼、そして小碓とペトルスが食卓に着いた。俺とシエスタ、ジャンヌを含めると九人の大所帯だ。みんなでシエスタとジャンヌ合作のシチューやステーキを食べる。……うん、美味しい。俺も生前料理に挑戦したことがあるが、ここまでしっかりとしたものは作れないので、こういう技能を持っている人

 

はかなりありがたい。

 

「そういえばギル? これから久しぶりに国に喧嘩売るわけだけど、どこまで行くの?」

 

 食事がある程度落ち着いたところで、卑弥呼が俺にそう聞いてくる。……国に喧嘩……まぁ、そうなるか。でもまぁ、言うことはそうだけどやることはいつもと同じだ。

 

「どこまでって……納得するまでだよ。タバサの母親を助け出して、もうタバサに手を出さないって思うまで行こう」

 

 そこまでシンプルに行くとは思えないけど……ここで決意を言うくらいならいいだろう。それに、最初から低い目標では士気にも関わるしな。

 

「そ。ま、その辺はあんたに任せるわ。わらわたちの王なわけだしね? ふふっ。期待してるわよ、英霊王様?」

 

 いたずらっぽい笑顔で、卑弥呼が俺にスプーンの先を向けながら言ってきた。苦笑いしながら周りを見ると、他の子たちも俺のことを見ながらにこやかに食事をしているのが見える。……期待が

 

重い……が、それだけ俺に信頼を置いてくれているということか。それに応えられるように頑張らねば。

 

「それで? 今日はこれから何か予定でもあるの?」

 

「いや、とくには無いけど……」

 

「じゃっ、じゃあ! 私たちを相手に無限発射編ってことでどうでしょうか!?」

 

 鼻息荒くふんすふんすと机をたたく壱与。……流石は壱与だ。あんなに激しく机をたたいているのにほとんど音がしてない。……しかし、まぁ、やることもないしなぁ……。

 

「なら、寝室で待ってるとするかな」

 

 そう言って立ち上がると、壱与がシチューを一気に食べきって、苦しそうに胸をとんとんと叩きながら俺の後についてきた。……この子は本当に性欲に忠実だな……。

 

「いっちばんのりでお願いしますギル様ぁっ!」

 

「よーしよしよし。じゃあ、壱与は最後にしようかなー」

 

「なんでっ!?」

 

 ショックを受けている壱与の襟元を持って壁に引っ掛けて、ついでに宝具で縛っておく。それから魔力を解いて衣装を変えて、ベッドに腰掛けて宝物庫からワインを取り出す。

 

「え、ちょ、ほんとにっ!? ほんとに最後にされる感じですかコレっ! っていうかもう壱与のこの状況を酒の肴にする気満々ですよねっ!?」

 

「はっはっは、壱与が囀る姿は見ていて面白いなー」

 

「そのくらいにしておいてあげなさいよ。まったくもう」

 

 呆れながら部屋に入ってきたのは卑弥呼だ。結った髪をほどきながら、壱与に向かって弱い光線を撃っている。あれで拘束を解いてあげようとしているのだろう。……でも卑弥呼は意外と繊細な操作ができないので、壱与の顔面ぎりぎりとか服のつなぎ目に着弾して、なんとも恐ろしいダーツみたいになっていた。

 

「……流石はオチ担当だな、壱与」

 

「あら? 腕鈍ったかしら……」

 

「ひっ! ……こっ、ころしゅっ! 卑弥呼しゃまっ! ここから解放されたら殺しますからねっ!」

 

・・・




「ちなみにだけど、わらわ、芋娘、旗娘、委員長、女男、壱与の順でつぶされたわ。……え、性なる女と鎧女? あの二人は気づいたら食卓の上で寝てたわよ。自由人よねぇ……」「それもいいですけど! 私結局最後までお預けだったんですけど! ちょっと最近放置プレイが無駄に高度になってきてます!」「あーはいはい。もう少ししたら三番か四番くらいまた順番伸びるんだから騒がないの」「……えっ。なんでそんな急に予知みたいな……えっ、見えたんですか!? 増えたの見えたの!?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十七話 この子にコナかけとこう

「……次回作かなー、パラレルかなー、ファンディスクかなー」「……あれは何やってるんですか?」「今作で攻略できなかったキャラに対して、いつ攻略できるようになってもいいようにコナかけてる絶倫王の姿よ」「……あ、もしかして私がまだ小さかったころずっと言ってたのってまさか……」「よし、通報しましょ」「どこによ。この黄金領域の警察はあの絶倫王よ」「はっはっは、警察機構じゃないですよ。この黄金領域にはいるんですよ」「何がよ?」「……後宮管理機構がです」「なにそのぽぽぽぽーんしてそうな組織」


それでは、どうぞ。


 日も暮れてきたので、死屍累々になった寝室を出て体を清め、マスターの部屋に戻ることにした。準備するものはほとんどないにしても、一応明日の流れなんかを説明したりする必要はあるだろうし、何より俺のマスターだ。一緒に居たいというのは普通だろう。

 

「あら、おかえり」

 

「ただいまマスター。……こんな時にまで勉強か?」

 

「……うっさいわね。私は学生よ? こうして学院を離れることが多いんだから、ちょっとでも勉強しないとね」

 

 そう言って、マスターは再びノートにペンを走らせる。……まぁ、そういうところも良い所ではあるか。マスターの基本的な性格はまじめだしな。まぁ、急ぐことじゃないし、マスターの勉強が終わるまでゆっくり待つか。

 

「……?」

 

 さて、待っている間何するかなっと。

 

「……ちょっと」

 

 そういえばそろそろまたマフラーを作り始めないと自動人形の数がまずいことに……え、1000行ったの!? 四桁の大台じゃん! 俺の手腱鞘炎にならないけどなった気分にはなるんだよな……。

 

「ねえ、ちょっとってば!」

 

 というか先ほどからなにやら騒がしいような……。

 

「どうしたマスター。何を騒いでいるんだ?」

 

「どっっっうしたじゃないわよっっ! なんであんたは考え事してる顔して私の髪の毛弄ってるワケっ!? れ、レディの! しかも貴族の髪をッ!」

 

 むっきー、と怒り狂いながら俺の手を払いのけるマスター。俺が考え事しながら目の前に座るマスターの髪の毛を手入れついでにいじくりまわして、ちょっと昇天マックスさせかけたのがお気に召さないらしい。未来で一世を風靡しかけた由緒ある髪型なんだぞ。……一部国家の一部地域の一部界隈で、と言う注釈はつくけど。

 

「まぁまぁ。やっぱり手触り良いよな。今までしっかり手入れしてきたってのが感じられて、すんごい興奮する」

 

「……ヘンタイっ! ヘンタイへんたい変態っ!」

 

 やっべ、ついつい口が滑って言わなくていいことまで言ってしまった。まぁでもマスターは俺の変態度なんて知ってるだろうし、そんなにドン引いてベッドの布団体に巻き付けて防御反応見せなくてもいいのになぁとちょっと思うけどな。……いや、待てよ? もしかしてこれはベッドの上に乗っているということで誘っている可能性も微粒子レベルで存在するか……?

 

「……よし、決めた」

 

「……は? ……凄い嫌な予感がするけど聞いてあげるわ。何を?」

 

「マスター、最初は痛いだろうけど、優しくするからな」

 

「襲うことを決めたわねッ!?」

 

 ついに杖を構え始めたので、ここまでにしておくか、とからかい過ぎたことを反省する。……いやまぁ、からかい1割の本気9割だったけど。ここまでビビられなければ行くところまで行くつもりではいたけど……。っとと、いつまでもこんなこと考えてたらマスターがビビりすぎてこの部屋が爆発するな。それは避けたいから、ここらで安心させなければ。

 

「まぁ待てマスター。からかい過ぎたよ。謝るって」

 

「ふー、ふぅーっ。……ほんとにからかっただけ?」

 

「いやまぁ、恋人だし、そこまでビビんなかったら普通に手を出そうとは思ってたけど」

 

「肉食獣ねあんたっ!」

 

「まぁそれだけで一個宝具ができるくらいだ。否定はしないよ」

 

 まぁ今目の前でがるがる唸ってるマスターもだいぶ小型肉食獣みたいな感じだけどね。

 

「……ま、今日は襲わないよ。ほんとうに。マスターの記念すべき初めては……花嫁姿が良いかなぁ……」

 

「……卑弥呼とかの言葉を借りるわけじゃないけど……なかなか癖が強いわよね、あんた……」

 

 まったく、とようやく落ち着いたマスターはベッドから降りて、自動人形に着替えを頼む。ちょいちょい弄ったこの部屋では、マスターの着替えスペースなんてものはいたるところに存在する。なので、マスターは自動人形を連れて仕切りの向こうに行ってしまった。……ふむ、暇だな。

 でもまぁ、今日やれる限度までいじり倒したので、あとは明日のために寝るとしようか。着替え終わったマスターが戻ってきたら、添い寝できないか聞いてみよう。

 

・・・

 

「……とても良い寝覚めだな」

 

 隣に眠るマスターを一度撫でてから、ベッドから降りる。結局押しに負けてマスターは俺と添い寝をすることになったのだが、今回は手を出せないということでこちらとしてもなかなか苦しい戦いだったと思う。

 少なくとも英霊になる前であれば確実に手を出していたであろう状況だったな……。俺も成長したということか。

 自分の成長に感心するのはここまでにして、マスターを起こして飛行船に乗り込むべきだろうな。出発までに色々準備も手伝わないといけないだろうし、予定より少し早めに向かった方が良いだろう。

 

「マスター、朝だぞ。少し早いが起きよう」

 

「んぅ……朝ぁ……?」

 

 寝ぼけ眼をこすりながらも、寝間着姿のマスターが可愛らしい声を上げながら体を起こす。そのまま顔を振るうマスターに、自動人形が濡れたタオルを差し出した。まだ眠たそうなマスターだが、そのタオルで顔を拭き、自動人形に返すころには、ぱっちりとした大きな瞳はだいぶ開いたようであった。

 

「んぅ~……まだ太陽も昇りきってないじゃない……」

 

「これからすぐに上ってくるさ。薄暗いけど、真っ暗じゃないだろ?」

 

 カーテンを開けているため、少しだけ白んだ空が見える。今日は良い天気になりそうだ。

 

「ほら、飛行船のある広場まで向かうぞ。マスターが着替え次第、みんなで向かおう」

 

 今回も留守番は自動人形の内の一体に任せることとした。総力戦……とはならないだろうが、こちらも出せる戦力は出していこうと思う。どんな相手がいるかわからないが……。

 

「……着替えてくる」

 

 そう言って、着替えを持つ自動人形と共に衝立の向こうへ消えていくマスター。昨日の夜の焼き直しみたいだな。……ここで覗くと本当に抑えられなくなりそうなので、我慢して他のことでもしていよう。……うん、身体の中の魔力は問題ないな。身体を巡る神様印の魔力、宝具の起動、すべてがいつも通り問題なさそうなことを確認しながら自分を抑えようと頑張っていると……。

 

「おふぁようごじゃいまふー……ふぁ……。なんで朝ってこんなに眠いんですかね……?」

 

 サーヴァントは基本的に魔力を編んで鎧を身につけたりするので普段着でいることが多いのだが、ジャンヌも例にもれず簡素なズボンとブーツ、ブラウスを着ただけの格好で部屋に入ってきた。まぁジャンヌはここから胸や腕なんかにしか鎧を付けないから、この格好も戦装束と言っても過言ではないのかもしれない。

 

「……ふぁ? ギルさん、どうしたんですか、そんなところで突っ立って……お部屋に入れないのですが……」

 

「……ジャンヌ」

 

「はい?」

 

「……恨むならタイミングの悪い自分を恨めよ」

 

「はい? え? なんで私の手を引っ張って……あっ、もしかしてこれから……」

 

 ジャンヌの手を引きながら、俺は部屋を出る。マスターの着替えや朝の準備をしている間に鯖小屋へ行くくらいの時間はあるだろう。

 

「あっ……。スゥーッ」

 

 何かを察したかのようなジャンヌと一緒に、俺は鯖小屋の寝室を目指すのだった。

 

・・・

 

 

 

 あの後、ちょうど一区切りついたところでマスターがやってきたため、俺たちはそろってコルベール達の待つ飛行船の下へと向かった。すでにキュルケやタバサたちは到着しており、キュルケはハァイ、といつも通り気楽そうに手を上げてくれ、タバサもいつも通り本を読みながら、視線だけをこちらにちらりと向けた。

 

「全員集合ってところか」

 

「ああ! さ、早く乗ろう! ナオシが先ほどから「さっさと行くぞ!」と言って憚らないんだ。このままでは、一人でも飛行船を飛ばしていきそうな勢いなんだよ」

 

「それは……想像がつくな」

 

 騒いでいる直の姿を思い浮かべながら、みんなで飛行船に乗り込む。……ここからは何が起こってもおかしくない。気を張っていかねばな。

 

「それでは、出発しよう!」

 

 コルベールのその言葉と共に、飛行船は空に浮かび上がる。ふわりとした、少し頼りない浮遊感と共に、飛行船は目的地に向け前進していく。

 

「よし、目的地のタバサの実家まではそんなにかからない。……やることは単純だ。全員で行って、短時間で帰ってくる。急襲ってやつだな」

 

 俺の言葉に、完全武装のサーヴァントたち、そして共に行くマスター、タバサ、キュルケも頷いた。

 

「先行するのは小碓、謙信、タバサだ。機動力のある二人と、内部構造を知っているタバサが先導してほしい」

 

「……わかった」

 

「殿にはカルキ、そして信玄で頼む。後方への警戒と、退路の確保だ」

 

「→ギル。うん、わかった」

 

「それ以外は全員主力として中段で固まって動くぞ」

 

「はいっ!」

 

 全員がそれぞれ頷いて、役割を確認したところでコルベールから「そろそろ目標地点だ!」という声が響いた。

 この後はタバサの家の少し手前で飛び降りて、飛行船はそのまま上空で待機することになっている。上空の飛行船に何かあった時には、直掩機として直が出ることになっている。

 

「じゃあ、行きます!」

 

 そう言って、小碓が飛び降りる。謙信はタバサを抱え、二人一緒だ。たん、と軽い足取りで、三人は降りて行った。すぐに小さくなって見えなくなったのを見送っておから、俺は一緒に行くみんなに声を掛ける。

 

「俺たちも行くぞ。マスターは俺。キュルケはジャンヌが頼む」

 

「う、うん! は、離さないでよね!」

 

「あいあい! キュルケさん、喋ると舌噛みますよ!」

 

「ま、任せるわ!」

 

 この高度から飛び降りるのはあまりないのか、フライを使い慣れているキュルケでさえ、人に着地を任せるというのは緊張するらしい。珍しく強張った顔をして、ジャンヌに身を預けている。

 

「よし、行くぞ! カルキ、後を頼む!」

 

「→ギル。いってらっしゃい」

 

 カルキと信玄に見送られながら、俺たちも甲板から飛び降りる。

 

「きゃっ、ああああああああああ!」

 

「はっはっは! 楽しめマスター!」

 

「馬鹿っ、言わないで、よぉおお!」

 

 凄まじい風の音とマスターの叫び声を聞き流しながら、目標とする屋敷まで降りていく。すでに小碓達は門を突破し、玄関まで行っていると念話が来ていた。俺たちが着地次第、三人は屋敷に突撃することになっている。

 

「着地するぞ! 口と目閉じておけ!」

 

「んっ!」

 

 宝物庫から上方向に吹かせた風を射出して、落下の衝撃を和らげる。そのあとジャンヌ達も同じように着地し、カルキたちが飛び降りたと念話が来た。

 

「よし、行くぞ!」

 

 まとまって走り出し、タバサの先導で動く三人を追う形で屋敷に突入する。貴族の屋敷らしいが、家紋らしきものが入っている旗に大きくバツ印が付いていたり、使用人の姿が見当たらなかったり、普通の貴族の家らしからぬ様子だ。

 これは、何か出てくるかもしれないな。気を付けるようにと小碓達に伝え、俺たちも警戒しながら屋敷を走る。

 

・・・

 

 タバサ殿の先導で屋敷を走っていると、とある部屋の前でタバサ殿が立ち止まった。ハンドサインで「ここだ」と静かに示してきたので、主に念話を飛ばしてから、突入することにした。なにがいるにしても、これなら僕たちが情報を集めてから主たちに引き継ぐことができる。合図とともに、ボク、タバサ殿、謙信殿の順で飛び込んだ。

 ……そして、そこにいたのは一人だった。……普通の人間とは違う気配。……かといってサーヴァントでもない、不思議な……。

 

「『物語』と言うのは素晴らしいな」

 

 唐突に、そいつは話し始めた。帽子をかぶっていて髪の毛が長く、顔もきれいでわかりにくいけど、おそらく男。特徴は、その長い耳。……これは、話には聞いていた……。

 

「エルフ……」

 

「なるほど、あれが話に聞いた」

 

「母をどこへやったの」

 

 タバサ殿の端的な質問に、男はようやくこちらを振り返った。……敵意や悪意を感じない、純粋な視線だった。

 

「母? ……ああ、今朝ガリアの軍が連行していった女性のことか? ……行き場所は知らないな」

 

「……そう。エルフは我々とは違う魔法、先住魔法を使う。気を付けて」

 

「先住魔法……どうしてお前たち蛮人はそのように無粋な呼び方をするのだ?」

 

 ああ、と今の言葉で気づいた。我々人間のことを『蛮人』と呼び、おそらくだが系統の違う魔法を操る彼らは、かなり強大な自尊心を持っているのだろう。敵意や悪意を感じないのは当然だ。それが彼らにとって必然だから。僕たちに悪意や敵意を持つような意識をしていないのだ。

 

「……話し通じなさそうですねぇ。こういう手合いは、何言っても無駄ですよ、タバサ殿」

 

「確かに。自分が一番頭いいと思ってる馬鹿だね、こういうのは。こういうところにいるってことは下っ端だろうし、大した情報も持ってないみたいだからすぱっと首切った方が早いよ」

 

 ボクは草薙之剣を。謙信殿は腰に佩いた刀を抜き、臨戦態勢だ。

 

「……まったく。蛮人のくせにできもしないことを言う。お前たちが我々に相対するといつもそうだ」

 

 そして、そこで一度言葉を切ったエルフの男は、ため息をついて帽子を取った。

 

「そういえば、こうして室内では帽子を取るのがお前たちの間での礼儀だったか。改めて。私は『ネフテス』のビダーシャルだ。出会いに感謝を」

 

「あっはは。出会いに感謝? ……私はしないよ、そういうの。だってすぐに君は感謝も出来ない体になる」

 

「口だけは達者だな。……まぁいい。私がお前に要求するのは一つ。『抵抗せず、大人しく同行してほしい』だ。ジョゼフとそう約束してしまったからな。できれば従ってほしい」

 

 ジョゼフ。その名前が出た瞬間、タバサ殿の体が強張ったのがわかった。……怖いのか。たぶんだけど、恐ろしい身内の名前なのだろう。それを聞いてしまって、タバサ殿は恐怖で心がしぼんだのだ。

 

「なら、私からも要求しようかな。『大人しくその場に跪いて首を落とさせろ』だ」

 

 刀を突きつけて、謙信殿が不敵に笑う。それを聞いて、タバサ殿の心が再び立ち上がったのを感じた。……そうだ。あなたたちメイジは、気力こそが魔力。心で負けてはいけない。

 

「ラグーズ・ウォータル……」

 

 タバサ殿が呪文を唱え、氷の槍が出来上がる。それをすぐに射出するが……エルフの目の前で止まり、消えてしまう。……これが先住魔法……? 魔力を乱しているのか、続いて放たれた氷の嵐も相手に届かず止まり、こちらに返ってくる。

 

「はっ、単純ですね」

 

 ボクは炎の竜を作り出し、相殺させる。そのままエルフに向かわせると、何かに引っかかるのを感じた。……けれど、こちらは竜の概念を持つ炎。そんなちょっとしたとっかかりに負けるような生半なものではない。

 

「なんと」

 

 そこで、ようやくエルフの顔に感情が現れた。驚き、かな? 少しして体を翻すと、何かを突き破った感覚がして、竜が突き抜けていった。

 

「……驚いた。我が『反射』を破るとは。ただの蛮族ではないな」

 

「あっはっは、待ってください、ボクも笑っちゃった。自分たちの下には何もいないって高慢さが抜けてませんよ。自分の技を破るやつがいるってのを常に考えておかないと!」

 

「そう。だからこうやって後ろを取られる」

 

「っ!」

 

 炎の勢いに隠れて後ろを取った謙信殿が振るった刃を、間一髪で『反射』とやらで防ぐエルフ。あれは面倒だな。僕たちは動いているからいいけど、足元もなんかされそうになってるし……これは即効性がある魔法と言うよりは、この『場所』を好きにできているって感じかな。卑弥呼さんたちの『鬼道』に近いものを感じる。

 

「タバサ嬢! ためらうな! どうせガリアまで行って探そうと思ってるんだ。こいつからとれる情報なんてないよ!」

 

「……! わかってる……!」

 

 そういうと、再び氷の槍が飛ぶ。『反射』によって防がれそうになるが……僕の炎の竜と謙信殿の斬撃も含めてすべてを防げるわけではないらしく、エルフは少し防いだ後、横に跳ぶように避けた。

 

「流石に……厳しいか」

 

「今更かっ。後悔するには遅すぎるねっ」

 

「蛮族にもこのようなものがいたとは……今回は退こう」

 

 そう言って、窓から逃げようとするエルフ。……逃がすか!

 

「その通り。逃がさんよ」

 

「なっ!?」

 

 今度こそ、驚きの声と共にエルフは窓とは逆に吹っ飛んだ。反射で直撃は防いだようだけど、二撃、三撃ぶつかるころにはそれも突き破られて、部屋の中をゴロゴロと転がった。

 

「……逃がすわけにはいかないからな。……テファのような子ばかりだと思っていたが、エルフってこんなのもいるのか……」

 

 そして、窓から入ってきたのは我らが主。立ち上がったエルフを見て、なんだか微妙そうな顔をしている。……気持ちはわかりますけど……。

 しかし、エルフはあきらめず、我々に対して手をかざした。……今までの比じゃない魔力……! これは、眠りの魔法……?

 

「かなり強力ですね……対魔力がなければ眠ってたかも……」

 

「ふふ。対魔力がなくても寝ないよ。だって、敵を切るまで安心できないからね」

 

「……う、く……」

 

「謙信、タバサを守ってやれ。キツそうだ」

 

「効いていない……?」

 

 エルフの声に、主が応える。

 

「ここにいるのは大体が対魔力を持っている。それは鬼道に近くて行使する力も強いだろうが……少し眠い程度だな。俺は少しずるをしてるから、落ち込まなくてもいいぞ」

 

 そう言って、主は何か杭のようなものを地面に突き刺した。

 

「気になるか? ……これは『契約解除』の原典の宝具だ。土地とか建物とか、生物ではないものとの契約を一方的に破棄できる優れものでな」

 

 スゴ。それってエルフにとっては天敵なのでは……?

 

「君たちエルフは精霊との契約をして戦う、防御にとても向いている性質らしいんでな。それを封じさせてもらった。今から契約するにも、隙はできるだろう?」

 

「ありがとう、殿。これでようやく斬れそうだ」

 

「あー、謙信、待ってくれ。これでもエルフは長命種。ジョゼフについて何か知ってるかもしれないから、捕獲の方向性で」

 

「むー、絶対斬った方が早いのにー。……わかったよ、わかりましたー」

 

 頬を膨らませながら、目に見えない速度で『反射』を切り、返す刀の柄で思いっきり顎を殴って、エルフを気絶させる謙信殿。……ほんとに『契約』してないと出力落ちるんだー……。

 

「よっと、こんなもんかな?」

 

「……気絶させたら話聞けないだろ」

 

「んあ、しまった。……まぁ、ここにタバサ殿の母上はいないんだから、どうせガリアまで行くんでしょ? ……船で尋問すればいいんだよ、うん」

 

「まぁいいけどな。……さて、今俺以外の者には屋敷を探索してもらってる。反応的にこのエルフしかいなさそうだけど……おっと、今誰もいないのが確定したぞ。じゃあ、戻ろうか」

 

 そう言って、主は窓の外に浮遊宝具をいくつか浮かべた。来るときは飛び込めばよかったけど、帰るときは何か手段を講じないとね。

 

「よっし、それじゃあ」

 

「→ギル。避けて」

 

「も――どっふぉ」

 

 唐突に部屋に飛び込んできたカルキ殿が、主を吹き飛ばす。ええ、なにやってんのと思うのと同時に、壊れた窓から何かが突っ込んできた。……敵襲!?

 

「何事だ、カルキ!」

 

「→ギル。……サーヴァントじゃない。星!」

 

「なんだと!」

 

 その言葉に、全員が突っ込んできたものが向かった方向を見ると……なんとそこには、光り輝くエルフの姿が。え、もしかして乗っ取る系?

 

「ふむ、なかなか良いものだな。現地のことを事前に学習するより、現地の知的生命体を借りて中身を覗いた方が早い」

 

「あー……どうします主。なんか『他種族下に見る系高慢イケメン』が陥る因果応報の中でも結構あくどいところ行ってますけど……」

 

「助けた方が良いんだろうけど……優先度は低めだね。最初は別にいらんと思ってたし」

 

 光り輝き始めたエルフは、拘束されていた縄をちぎり、手の感覚を確かめるように何度か握ったり開いたりを繰り返している。……うわー、『他人の意識を乗っ取った時』か『新たな力に目覚めた人』しかやらない動きだ……。久しぶりに見た……。

 

「あー、遅くなったな。私は……うむ、俺は、か? ……いや、この顔の感じからすると僕とか……?」

 

「え、一人称で混乱することあります? そこはアイデンティティ持ちましょうよ……」

 

「……まぁいいか。私は……そうさな、君たちに合わせるなら、『白羊』と呼んでほしい」

 

 そういうと、エルフの髪が白く染まり、羊のような角がぐりぐりと生えてきた。……あれ大丈夫?

 

「おお、これがこの星のテクスチャの力か。概念と言うか、言葉の力がそれなりにありそうだ」

 

「……それで? 俺たちと仲良くしに来たってんならそれで構わないんだけど……」

 

「ああ、いや、すまんな。忘れてたわけじゃないんだ。少し感動しててね。……さて」

 

 こほん、とわざとらしく咳払いをした『白羊』は、両手を広げて演説するように話し始めた。

 

「仲良くする気はないんだ。知っての通り、狙いは君でね。もちろん抵抗してもらっても構わない。それを乗り越えたときこそ、達成感があるだろうしね」

 

「あー……それを聞いて安心した」

 

「うん?」

 

「……はっ!」

 

「えっ」

 

 ざん、と惚けた顔のまま、エルフの首が落ちた。どさ、と地面に落ちてから現状に気づいたのか、慌てた表情に変わっていく。

 

「……この星の生物になるのは初めてでしょ。君たちの生態系がどうかはわからないけど、目で見て、耳で聞いて、肌で感じるのは初めてかな? 警戒心がなさ過ぎてびっくりしたよ」

 

 血ぶりをしながら首の落ちたエルフに語り掛ける謙信殿。流石日本の侍だ。ほぼアサシンでしょあんなの。

 

「は、え、なんだって? し、視界はこんなに狭かったのか。背後が見えてないだと? 音も全然聞こえていなかったぞ!?」

 

 なにやら人体の不思議に初めてぶち当たったのか、あたふたとしている。だが、すぐに落ち着いたのか、身体が動いて首を拾って……って、不味い!

 

「謙信殿! 首を落としただけではだめだ! そいつはエルフの『体全体を乗っ取ってる』!」

 

「あ、そっか。全身切り刻んでやらねばダメか」

 

「くっ、ここは退こう……!」

 

「させないっ!」

 

 逃走しようとするエルフを止めようと飛び出す。だけど、そいつはなんと自分の首を投げつけてきた。

 

「うわっ」

 

 受けるか避けるか迷った隙をつかれ、身体の方の突進を受けてしまった。そのまま窓からともに飛び出してしまい、地面にたたきつけられる……!

 

「よっと」

 

 その前に、飛んできた信玄殿に手を掴んでもらい、エルフだけが落ちていった。

 

「なんじゃありゃ。妖怪の類でも出たのか?」

 

 首を拾って逃げ出すエルフを見た信玄さんは、怪訝そうな顔をしてボクを降ろしてくれた。慌てて追いかけようとするけど、なんとエルフは凄まじい勢いで光ったかと思うと、一瞬で消えてしまったのだ。……むぅ、逃がしてしまったか。

 

「っとと。ただの光ではなかったな。儂の鎧の防御を抜けてきたわい」

 

「ボクもです。それなりの目は持っていましたが……あれは、ただの光ではなさそうですね」

 

「小碓、無事か!」

 

 遅れて窓から飛び降りてきてくれた主が、僕の体を案じてくれる。……うへへ、あとで異常ないかの診察って言って、お医者さんごっこしてもらおっと。

 

「今のところは。あいつは逃げてしまいましたけど……」

 

「大丈夫だ。あれはあれでまた新たな手掛かりになりそうだし、小碓が無事ならそれでいい」

 

 それから、屋敷に散らばっていたみんなが戻ってきて、情報を少し共有した後、ガリアへ向かうこととなったのでした。

 ……また、新たな敵。少し気が重くなりますね……。

 

・・・




「ねっ、眠りの魔法!? それ覚えたらギルしゃまのこと睡姦し放題って……コトぉ!?」「ほら壱与、だんだん眠くなーる、眠くなーる」「ちょ、ギルしゃま、これって魔法じゃなくて裸締め……むきゅう」「よし、睡姦しようか」「……あんた、壱与だからいいけど、それ普通に犯罪よ?」「……? 俺が法だけど……?」「あ、ヤバ。王さまの部分刺激しちゃったわ」「よし、卑弥呼もこよっか。今決めた」「あー……はは、お手柔らかに……ね?」


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第五十八話 怖くても、立ち向かう

「うぅ、とても怖い……でも、私が立ち向かわないと……! あ、あの!」「はい? どうしましたか?」「あ、ど、どうも、あの、ギルさんの担当をしている女神なんですけど……」「ああ、あの泥棒猫の……」「ひぃっ」「マスターの私でも数十年しかあの人と一緒に入れなかったのに、あなたは……ええと、何百年? 一緒に過ごしてるんでしたっけ? ……羨ましい限りですね」「に、にっこり笑顔が怖いいぃ……ニッコリしてる目の奥絶対笑ってないよぉ……ひぇぇ……」「あら、可愛らしい。そうやってギルさんのこと誘惑したんですね、泥棒猫さん?」「う、うぅぅ……なんもいえねえ……で、でも! どんな手段を講じても手に入れたいっていうのはわかりますよね!?」「……ええ、それはもちろん。……ですから、私があなたを排除しようと思うのも……わかりますよね?」「ひえっ……」「……ふふっ。冗談ですよ。お互い同じ人が好き同士、仲良くしましょうね?」「あ。は、はい……いい人だぁ……」「……ふふっ」


それでは、どうぞ。


「う~~む、ひどい目に合った」

 

 今、首を抱えて全力疾走している私は他天体から来たごく一般的な異星体。強いて違うところを上げるとすれば原生知性体に乗り移ってるってことかナ。

 

「いやはや、ふざけている場合ではないな」

 

 切り取られた切断面をくっつけ、細胞を増殖させて繋げる。まったく、これだから有機生命体は。それにしても切れ味が良いな。接着するのにとても助かる。さて、それにしても一度落ち着く必要があるな。この体に入ったからか、この星の影響を受けたか、少しだけ出力が落ちている。それでもこの知的生命体がそれなりに強靭だからか、ある程度は力を振るえるようだが……。

 意識を集中させると、脳に記憶されている電気信号を操って、記憶を覗かせてもらう。なぜあそこにいたのか、どうしてあのサーヴァントと敵対していたのか……。

 

「ふむ、なるほど。誘拐しようとしてたのか。……人類ってのは変なこと考えるよなぁ」

 

 まぁ我々も一つの意思の下集まってるってわけじゃないしな。利害が一致したからここにきてるわけで。しっかし、どうするかなー。ガリアとかいう国のジョゼフだかいう王の指示でここに来てたらしいが……失敗したって言いに行かないとダメかなー。ダメだよなー……私だったら来なかったらキレるもんな。でも私はこういう時逃げたい。

 

「けどまぁ、行くしかないよなぁ……気分下がるわぁ……」

 

 ふはー、と長い溜息をついて、私は歩き始める。……色々と、立ち位置を考えないとな。じゃないと、色々とどやされる。

 

「よっと。……あ、光にもなれないのか」

 

 いつも通り動こうとするが、そういえば今は人類の体だったと思いなおす。……面倒だが、捨てるわけにもいかない。この星に私イコールこの肉体と認識されている今、この体から抜け出したりこの体が消滅したりするとそれに巻き込まれて私の核もそれなりのダメージを受けてしまう。こちらの言葉でいう『一心同体』と言う奴だ。もうこの肉体の人格は消えてしまっているしね。本当の意味で『一心』なわけだ。

 

「面倒だなー。あ、飛べる」

 

 これでガリアまで行くかー。ジョゼフって人、怖くないといいけどな。

 

・・・

 

「さて、予想外なことも起きたけど……やること自体は変わらない。タバサの母親を助けに行く」

 

 飛行船に戻った俺たちは、その中の一室にある会議室でこれからのことについて細かいことを打ち合わせていた。と言っても、ほとんどが気心の知れた身内ばかりだ。ある程度の流れを伝えて、あとはそれぞれに任せた方がうまくいくので、そこまで細かいことを指示することはないが。

 

「でも、どこに連れていかれたかとか分からないでしょ? どうやって助け出すのよ?」

 

「簡単だ。聞けばいい」

 

「は? ……嫌な予感がするけど聞いてあげる。誰に?」

 

「一番知ってそうな人間にだよ。つまり、『ガリア王』ジョゼフにだよ」

 

 すんごい伸びあがる困惑の声が、マスターの口から出てきた。文字にすると『はあぁぁぁぁぁ?↑』と言う感じだ。矢印が大事。

 まぁ敵の大将に直接聞きに行くとかアホの極みだと思う。

 

「ま、直接聞き出せたらそれはそれでいいだろうけど……それは一番上手くいったらだな。ほら、これがあるだろ」

 

 そう言って取り出したのは、何かに使えるかもしれないといって渡された、王女アンリエッタからの書類だった。アルビオンでの港湾使用許可に関する書類で、これを『オルレアン辺境伯』である俺が持っていくのは不自然ではないだろう。

 

「で、そんな敵地に直接乗り込む役目なんだが……もちろん俺は行くとして、マスター、一緒に行ってくれるか?」

 

「え、わ、私?」

 

「そうだ。ヴァリエール公爵の娘で、表向きには『ゼロ機関』とやらのメンバー、そして……ガリアが狙う重要人物だ。ジョゼフも何かしらの反応を返してくるかもしれない」

 

「……そう言われると、確かに。タバサもそうだけど、私も狙われてたのよね……」

 

「正直とても危険だし、絶対に守り抜くと誓うけど……どうする?」

 

 俺がそう効くと、マスターは一瞬うつむいた後、勢いよく顔を上げた。その目には、力強い光が灯っているように見える。そして、俺の予想通り、しっかりとした口調で答えた。

 

「もちろん行くわ。人のことを攫おうとした無礼者に、一目会ってやろうじゃないの」

 

「よし、ならまずは先ぶれを出さないとな。トリステインを背負って動くんだ。突かれるところは少なくするに限る」

 

 それから、向こうに行く際の人選をしていく。公爵家の娘に、辺境伯だ。それなりの人数を連れていないと、不自然だろう。

 かといって、あまり多すぎても向こうで身動きが取れなくなる。身の回りの世話をする人間として、四人ほど連れていけばいいだろう。一人は自動人形にするとして……あとの三人か。

 

「とりあえず、小碓は確定だな。アサシンは必要だ」

 

「はいっ。メイド服は着慣れたものですよぉ。ふふっ」

 

 メイド服を着ることに何の抵抗もないのは凄いな……。

 

「あとは……向こうでカルナが出てくるか否かで変わるんだよな……どう思う、カルキ」

 

「→ギル。たぶん出てこない。向こうもトリステインとの争いの原因となるワルドとのつながりをこんなところでは出してこないと思う」

 

「そう言われるとそうだな。……さて、ならカルキは留守番だな。空を守るなら、空を往けるサーヴァントが必要だ」

 

「→ギル。りょーかい」

 

「なら、身辺を守れるってことで謙信と、ジャンヌで行くか」

 

 この二人なら乱戦だろうとなんだろうとマスターを守り切れるだろう。よし、決まりだ。

 

「なら、決行は明日。それまで少し休もう」

 

 そう言って会議を締めると、各々それぞれの行動に移っていく。俺もマスターと少し息抜きでもするかなー。

 なんにしても、明日の今頃には何かしらの答えは出るだろう。気張っていくぞ!

 

・・・

 

「なに?」

 

 今日も今日とていつも通り。黒幕然とした我が王は、狂人ごっこと箱庭いじりで忙しそうだ。まったく、こちらに仕事ばかりさせて、本人は放蕩の限りを尽くすなど、王なんてもんはいつでも自分勝手なものだな。一度どこかで王だけで集まって飲み会でもしてもらいたいもんだ。そこでどれだけの王が最後に立っていられるか、見ものだと思うがな。

 だが、先ほど入った報告で楽しそうだった表情が少し歪んだ。ふむ、こういう表情もいいものだ。人間大体はギャップにやられる。不良が雨の日に子犬に傘をさすように、清楚な美少女があらわにする痴態に、いつも冷静な男の激情に、ふざけてばかりいるピエロの真面目さに。人はいつでも、その落差があればあるほど、万人受けはせずともその心を撃ち抜かれてきた。書き手としても、いつも同じ表情、同じ言葉を吐くような人間よりは書きやすい。話に緩急がつくからな。まったく、そんな気分ではないというのに、今日は筆が進んでしまいそうだ。

 

「それは真か? ……もう一度言ってはくれぬか」

 

 そして、青髪の美丈夫は伝令に来た兵士に再び報告するように言う。兵士はこちらから見ても可哀想なくらいに緊張して強張りながら、先ほどの報告を繰り返した。

 

「は、はっ! トリステインより、オルレアン辺境伯、およびヴァリエール公爵家よりルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール様がいらっしゃると、先ぶれが来ました!」

 

「なるほど。……なるほど。うむ、わかった。下がってよい」

 

「はっ!」

 

 逃げるように去っていった兵士に一瞥もくれずに、ジョゼフは箱庭にある駒を動かした。

 

「ふ、ふふ、ふはっ。聞いたか、キャスターよ」

 

「ああ、聞いたとも。それで? 俺に何か意見でも求めたいのか?」

 

「いいや。いいや、違うとも! これは予想外だったと言いたいのだ! この私の予想を上回る一手を指してきた! それが楽しいと言いたいのだ!」

 

 そう言って、高笑いを始めるジョゼフ。こんなのが我がマスターとはな、と何度目になるかわからないため息を一つ。こうなると長いのだ。狂人ごっこ狂人ごっこと馬鹿にしているが、本当に狂人なのかもしれないな、と馬鹿笑いする自分のマスターを見る。

 

「まさか、あのエルフを打ち倒し、ここに来るとは! 目的はアレの母親か? くっくっく、居場所がわからぬから敵に直接聞くなど、普通の胆力では思いつかぬし実行せん! これほどの指し手……まさかヴァリエールの娘が……? いや、そのサーヴァントか! キャスター! お前はサーヴァントの正体を知っているのだったか!?」

 

「やかましい。そんなに大声を出さなくても聞こえているぞ愚か者め。そして答えはノーだ。宝具の一つも見ずに正体なんかわかるものか。俺は人間観察が得意なだけで、未来予知ができるわけではないのでな」

 

「くく、さぞ高名な英雄だったのだろう! そんな傑物とやり合えるとは、幸運だったな! エルフと引き換えに得られたとは思えん成果だ!」

 

 さっきから興奮しっぱなしで、その内頭の血管でも切れて死ぬんじゃないかと少しだけ心配になってくる。物語を書ききるまでは死なないでほしいものだ。途中で死なれては、俺の仕事が無駄になってしまうからな! 俺はただ働きにあまり文句は言わないが、無駄になる仕事は絶対に嫌なのだ。

 

「さてさて、どう来るかな。俺が会った方が面白いか? いや、他の奴に対応させて……うぅむ、どの手も間違いかもしれないと思ってしまうな! こんな奇策、普通は食らわんからな!」

 

 あっはっは、と楽しそうに笑う自分のマスターを見飽きたので、部屋に戻ることにする。どうせ奴とその『指し手』とやらの会見に同席はできんだろうしな。周りに侍るやつらも俺が出ていくことを察したのか、扉を開き、一礼してくる。こんなガキに媚びへつらわないといかんとは、同情するよ。

 

・・・

 

「よし、登城の許可が出たぞ」

 

 貴族としての正装に着替えた俺と学院の制服に身を包んだマスターは、背後にメイドを侍らせて馬車の中で待機していた。今日の朝早くに用意を済ませた俺たちは、一応の偽装と言うことでこうして城下町の手前で馬車を用意していたのだ。

 ちょっと待ち過ぎてこっくりこっくりと舟をこいでいるマスターを起こして、先ぶれとして行ってくれていた謙信に礼を言う。

 

「さて、どうなるかな」

 

 ここからは、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくしかないな。つまり、命を懸けた行き当たりばったりと言うことだ。

 馬車は城門をくぐり、しばらく走ると城の入り口で止まる。俺の対応を任されたのであろう執事の案内を受けて、待機室へと向かう。ここで待機している間に、ガリア側の対応する人間が準備したりして、それから俺が呼ばれるはずだ。

 しばらくして、執事が入ってくる。準備ができたらしい。礼儀作法を意識しながら、執事のあとをついていく。

 

「こちらでございます」

 

 そう言って連れてこられた扉の前は、おそらくだが玉座の間への扉ではないだろう。まぁ急に来た他国の辺境伯なんて、そんな扱いである。大概はこうして別室で外交官なんかと用件の確認をされたりなんだりして、数日滞在して帰る、みたいなのが基本だろう。だから、ここで色々と策を弄し、なんとかガリア王ジョゼフまでのつなぎを作らなければならない。

 外交官がどんな人物かは調べられなかったが、話していれば糸口くらいはつかめるだろう。そう願うしかない。

 

「トリステイン王国アルビオン辺境伯、ギルバート殿が参られました」

 

「通せ」

 

 なかなかに威厳のある声が、扉の向こうから聞こえてきた。……外交官にしておくには惜しい威厳である。いや、外交官だからこそ威厳がなければならないのか。舐められたら終わりだからな、国どうしは。

 

「よくぞ来た。私はガリア王国国王ジョゼフである。遠路はるばる、ご苦労」

 

 部屋に入った瞬間に立ち上がって迎えてくれたのは、まさかの目標であるジョゼフであった。隣でマスターが硬直しているのを気配で感じたが、ここで気圧されないでほしい。これからいろいろ聞き出さなければいけないのだ。とりあえず隣にいてもらって、基本は無言を貫いてくれとは伝えてあるが、どこまで守ってくれるかなぁ。マスター、挑発に死ぬほど弱いからな……。

 

「これはこれは。国王自らの歓迎とは思わず、驚いてしまいました。失礼を」

 

「いやはや、これは私が悪い! ギルバート辺境伯は何も悪くはないとも」

 

 そう言って笑い飛ばすように答えたジョゼフに、なんとか硬直した言い訳はできたか、と心の中だけで安堵のため息をつく。……なんでマスターの驚いている気配が大きくなったんだ? なんか俺の方を見ているような気もする……。

 

「それで、さっそく話を聞こうか! アルビオン辺境伯が来たということは、大体想像はつくがね! 港湾の権利関係の話だろうか」

 

「その通りです。湾港の使用権利に関しての細かいことを詰めようと思いまして、こちらに草案を持ってきました」

 

 俺はそう言ってアンリから渡された港湾使用権利詳細草案と書いてある書類をテーブルの上に置いた。この会見室は真ん中にテーブル、それを挟むように高級そうなソファーが置いてあるというもので、壁には暖炉なんかもおいてあり、その上に飾られた剣やら杖やらは中々価値の高そうなものに見える。

 

「うむ、確かに受け取った。精査してまた返答しよう。そんなに時間はかけぬつもりだが……辺境伯殿はお時間はあるだろうか?」

 

「ええ、もちろん。アンリエッタ女王からも、答えを貰ってくるまで帰ってくるなと言われていまして」

 

 そんなことはあの優しいアンリは言わないが、ここはちょっと女王らしく冷酷な面を作らせてもらおう。ごめんアンリ。帰ったら謝る。

 

「なんと! あの可憐な華のようなアンリエッタ女王がそんなことを! はっはっは、立場は人を変えるということかな!」

 

 ひとしきり笑ったジョゼフは、ならば、と言葉を続ける。

 

「部屋を用意しよう。急ではあるが、歓待の宴も催したい」

 

「ありがたく思います。……ああそうだ。我らの方でも使用人を用意しているので、城内を歩く許可をいただきたい」

 

「うむ、あとで顔合わせをさせるとしよう。よいな、じい」

 

「は、もちろんでございます」

 

 扉の位置に控えていた老執事が、年齢を感じさせない礼を見せ、ジョゼフの言葉に答えた。同時にメイドの一人が礼をして退室したので、たぶん準備に向かったのだろう。あちらは黄金人形と謙信たちに任せるしかないか。

 

「それでは、また夜に会おう! トリステインから白の国アルビオンへと行った男だ! 楽しい話を期待しておるぞ!」

 

「そこまで期待されては、何かお話を用意しておかねばなりませんね」

 

 最後まで高らかに笑ったジョゼフが退室していくのを見送り、俺たちも退室する。色々と聞きたいこともあるだろうマスターがうずうずしているが、まだ待ってほしい。俺たちを滞在用の部屋へと案内する執事やメイドがまだ周りにいるのだ。

 これまたしばらく歩き、一つの部屋の前で止まった。扉からかなり精緻な彫り物がしてあって、ここだけでもかなりの金がかかっているであろうことが察せられる。他国の使者やらそれなりに歓待する必要のある人物を泊める為の部屋なのだろう。

 

「辺境伯様はこちらのお部屋になります。ヴァリエール嬢については、その対面のこちらになっております」

 

 執事が俺の部屋を示し、その対面であるマスターの部屋の前にはメイドが受け入れの準備を完了させていた。

 

「ありがとう。それじゃあ、ミス・ヴァリエール、何かあれば私の部屋まで」

 

「え、あ、は、はい。わかりました」

 

 急に他人行儀になった俺に戸惑ったマスターが向かい側の部屋に入っていく。俺も執事が開けてくれた扉から部屋に入り、一通り部屋を見て回る。

 

「我々使用人はいつでも外に控えております。何かあれば、お声かけください」

 

「なにからなにまで助かるよ。あとでこちらから連れてきた使用人の顔を見せておきたいから、その時に呼ぶよ」

 

「かしこまりました」

 

「ああ、あと」

 

「はい、なんでしょう」

 

「少しうるさくするかもしれないが、気にしないようにと言っておいてくれ。理由は……まぁ、男ならわかるだろう?」

 

 俺が少しふざけたような笑みを浮かべながらそういうと、まだ若いだろう執事は少し考えた後、はたと思い至ったらしい。再びかしこまりました、と頭を下げた。

 

「それじゃあ、少し休むよ」

 

 俺がそう言うと、執事は一礼して部屋を出ていく。……なにも俺が絶倫王だからこの注意をしたわけじゃない。こうしておけば、何かあった時のごまかしがきくというだけだ。それに、俺の連れてきたメイドたちは見目麗しい美女美少女ぞろい。……一人美男子だけど。

 貴族なら気が多いのも不自然ではないだろ。彼らも彼女たちを見ればそれはわかるはずだ。

 そんなことを考えていると、コンコンと扉を叩かれた。許可を出すと、部屋の中へ執事が入ってきた。

 

「ギルバート辺境伯様。ヴァリエールさまがお見えです」

 

「ああ、通してくれ」

 

 うちのマスターが来たのを取り次いでくれたらしい執事に答えると、そのまま扉を開けてくれる。扉の向こうにはマスターがいて、メイドに案内されて部屋の中へとやってきた。

 

「ありがとう。あとは二人にしてくれるか?」

 

「はい」

 

 そう言って出ていく瞬間、執事の顔になんか苦々しいというか、ちょっとだけ負の感情みたいなものが浮かんだのを、俺は見逃さなかった。……これは、何かとっかかりになるか……?

 考えを巡らせながら、マスター以外の人間が出ていくのを見届ける。

 

「いや、色々と突発的なことがあってすまないな、マスター」

 

「いいわよ、そのくらい。……あれは誰でも驚くわ」

 

 俺が直接乗り込むのも向こうからしたら驚きだろうが、いきなり王が対応するのもこちらは驚いた。

 

「あとはジョゼフからの許可もあったし、小碓や謙信が歩き回れる下地は作ったけど……」

 

「あ!」

 

「ん? どうした、マスター」

 

「驚いたことで思い出したのよ! あんたあの王と話してるとき……」

 

 うん? 何か変なことでもしただろうか、と考えを巡らせる。まだこちらの礼儀作法は完ぺきとは言えないからな。そういうところを指摘してもらえれば助かるのだが……。

 

「あんた、畏まった言葉とかつかえたのね……」

 

「はぁ?」

 

「いや、ほら、あんたオールドオスマン……学院長にもいつも通り喋るじゃない? 姫さまにも最初からあんな感じだったし……」

 

「そりゃ……場面場面で切り替えるさ……」

 

 いやほんと驚いたのよー、と変なことに感心しているマスターに苦笑いを返しながら、これからのことについて説明する。

 

「この後はメイド役のみんなが来たら、ジャンヌと自動人形はマスターにつけるよ。身辺警護と、身の回りの世話としてね」

 

 今は制服を着ているから、夜のために身を清めたりドレスに着替えたりする必要があるからな。学生とはいえ、マスターは貴族としての教育も受けているので、こういう場にも出られるだろう。ドレスやらメイク道具は宝物庫に入っているから、色んな選択肢があるぞ、マスター!

 

「……あ」

 

「なに、どうしたのよ」

 

 そこまで考えて、先ほどの負の感情の乗った視線の理由に思い至った。……俺、『女の子と色々するからうるさくするかも。ごめんね』とか言った直後にマスター連れ込んだように思われてるかね、もしかして! 

 しかも制服姿! そりゃあの視線になるわ! 速攻で制服姿の学生連れ込む辺境伯……うむ、今日中に噂になるだろうな……。

 

「まぁ、そこはあきらめて弁明するしかないか……」

 

「ちょ、なに? ほんとにどうしたのよ?」

 

 一応当事者だし、と説明すると、顔を真っ赤にしたマスターに軽めの爆発を貰った。……それでも外の使用人たちが声を掛けてこなかったのは、たぶん『うるさくする』の範囲内だからだと思ったのだろう。どんなプレイしてると思われてるんだろ……。

 

・・・

 

 しばらく部屋の片づけなんかに時間を使っていると、メイド役のみんなが帰ってきた。

 

「なるほどね。その分担で間違ってないと思うよ。私たちが身軽に動けた方が良いだろうしね」

 

「で、でも不安です……こんなところで、メイドとしての礼儀作法が出来るでしょうか……シエスタちゃんにもうちょっと聞いておけばよかったなぁ……」

 

 うつむきながら、不安そうにつぶやくジャンヌの肩を、自動人形がぽんと叩く。慰めているのだろうか。

 

「大丈夫じゃないでしょうか? メイドとしてのジャンヌさんに期待してる人誰もいないと思います。あなたに求められてるのは盾役なので!」

 

「うぐ。本当のことでも、言っちゃダメなことってありますよね?」

 

「でもちゃんと言わないで自信満々にメイドできるって思われてもいやですし……」

 

「……小碓さん、もしかして私のこと嫌いだったりします?」

 

「いいえ? 主の子を産んでくれるうちは、大好きですよ!」

 

「こっわ。価値観の相違ってこういうところで出るのね……」

 

 表面上はニコニコとしている小碓と涙目のジャンヌの会話を聞いたマスターが、戦慄したようにそうつぶやいた。

 

「とりあえず動き出すのは今日の夜かな。タバサの母親を移動させたってことは、それに参加した人間がいるってことだ。それをなんとか見つけられれば……」

 

「りょーかい! じゃあ兵士とかがいればその辺から噂でも聞ければいいって感じかな」

 

 それで大体の流れは決まってしまったので、あとはみんなでお茶でもすることに。適当に時間をつぶして、呼ばれるまで待つことに。日が暮れたあたりから着替え始めて、俺とマスターは礼服に、そして、小碓も着飾ってもらうことにした。向こうに行くのは表面上俺とマスターだけの二人だが、その陰に隠れてこっそりと小碓に潜入してもらおうというのだ。小碓は『宴の場』と言うものに潜り込むのに凄まじく有利な判定を得られる。アサシンと言うクラス特性を含めて、おそらく誰にも指摘されずに宴会に紛れ込めるだろう。

 

「よしっ、これでいいな」

 

 俺とマスターはこちらの世界での一般的な礼装……タキシードっぽいものとドレスに身を包み、小碓も洋風のドレスを基本に少し和風なエッセンスの盛り込まれた、違和感のないドレスに身を包んでいた。

 

「んふー、どうです、あ・る・じぃ? やらしいでしょう?」

 

 結構しっかりと右の太もも辺りに深めのスリットが入っていて、小碓はこちらに流し目をしながらスカートをぴらぴらと翻して挑発してくる。このメスガキ系オスガキは全く……。

 

「おいおい、その程度で俺が誘惑されるとでも? とりあえずあっちに寝室があるんだが一緒に行かないか?」

 

「しっかり誘惑されてますね!?」

 

「……」

 

 ばこん、と謙信に鞘に入ったままの刀で側頭部を撃ち抜かれ、なんとか正気に戻れた。危ない危ない。普通に宴会の時間寝室で過ごす気分になってたな……。

 

「流石は小碓……恐ろしい子……!」

 

「んふふー、こういう時に積極的に主を誘惑しないとですからねぇ。ん……案内の人たちがきたみたいですね。ボクは先回りして待ってますね!」

 

 そういうと、ドレスを着ているとは思えない軽い身のこなしで窓から飛び降りていく小碓。……すげーな。

 小碓が飛び出して行って数秒後、コンコンと扉をノックされた。言われた通り、案内が来たのだろう。

 

「よし、向かうとしようか」

 

・・・




「ったく、ほんとに君はすぐ誘惑に乗って……わ、私もあんな感じで肌露出したらいっぱい襲ってくれるかな……? ん、んー……帰ったらちょっと色々試してみようかなー……」「謙信さん、私も一緒に誘惑やります! 頑張ってギルさんをえろちっくに誘惑しちゃいましょう!」「……んあー、ジャンヌとやるくらいなら一人でやるかなあ……」「何でですか! 切り捨てないでくださいよぅ……!」


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第五十九話 極意を伝えよう。

「これが私のっ! 完全究極決戦終幕スーパーウルトラロマンチックパーフェクトギャラクティカアルティメットシャイニングサバイブブラスターキングアームドハイパーライナーエンペラーコンプリートな必殺技!」「必殺しちゃうのか」「……土下座ですっ」「みっともないなー……。まぁ、やらかしちゃったら謝るっていうのが確かに一番の極意なのかもな」


それでは、どうぞ。


 宴会に向かい、ジョゼフからみんなに紹介され、今はいろんな貴族やらと親交を深めているところだ。小碓がいるのも確認済みで、そちらから意識を反らすためにちょっとだけカリスマを出してみんなの意識をこちらに向けるよう立ち回っている。

 マスターもこうしてドレスに身を包み、貴族然としてふるまっていると、流石は公爵家の娘と言うべきかかなり人気が出ているようだ。メイドとして謙信とジャンヌも裏方で動いてくれているらしいので、表から裏からこうして情報を集めて行こうというのだ。

 先ほどからにこやかに話はしているが、欲しい情報は中々手に入らないな。ガリアでの流行りの帽子と流行りのドレスの色ととある男爵家の恋愛事情にはとても詳しくなれたが……どこで生かせばいいんだこの情報……。

 

「楽しんでいるかな! 辺境伯殿!」

 

 さてどうしようかと思っていたところにジョゼフ登場である。ほんとこいつフットワーク軽いな……。しかしジョゼフがこちらに来たということは少しまずいな。かなり粛清をしているという噂のガリア王ジョゼフは貴族たちから恐れられているらしく、周りにいた貴族の八割くらいは苦笑いを浮かべながらどこかへ行ってしまった。残っているのはジョゼフの派閥と言うか少なくとも彼の機嫌を損ね無いような立ち振る舞いをする自信のある貴族たちなのだろう。ちなみに先ほど恋愛事情に詳しくなった男爵家の男はジョゼフ派のようだ。にこやかにこちらを見ているのがわかる。

 

「それはもう。ガリアはとても良い国ですね」

 

 美辞麗句のお手本のような言葉だが、実際に良い国ではある。ジョゼフは『無能王』と馬鹿にされているようだが、その実かなり有能な王である。以前のアルビオンに対する大船団の件もそうだし、様々な騒動に裏から手を回したり突然現れたサーヴァントを作戦に組み込める柔軟性と言いこうして何か腹に一物隠している様な奴らも自分で対応してみたりと、彼の能力は間違いなく天才のそれであると思われる。話を聞いてなんとなく理解できたのは、人柄と魔法の才の無さだけが彼に足りないものなのだろうと感じた。

 

「はっはっは、そうであるか! もちろんトリステインやゲルマニア、アルビオンなどに負けているという気もないが、それでもそう言っていただけると嬉しい限りだ!」

 

 なぁ、と周りに声を掛けると、貴族たちからは「その通り!」と言う言葉が上がってくる。うぅむ、ジョゼフ、隙の見当たらない男である……。

 こちらから切り込んでみるか……? 

 

「そうだ、今日は私の娘もここに来ていてな。良ければ辺境伯殿と顔合わせをしたいと思っていたのだが……おい、イザベラはどこだ?」

 

 ふと思い出したようにジョゼフが自身の娘を紹介しようと周りを見るが、辺りにそれらしい女の子はいない。ジョゼフもそれが意外だったらしく、周りのお付きの人間に行方を聞いている。どうやら、先ほどまではいたものの、急に飽きたと言ってどこかへ行ってしまったとのこと。……ふぅむ、娘いるのか。どんな子なんだろうか。

 

「いやはや、済まぬな。我が娘ながら我儘に育ってしまったようで、少し席をはずしているとのことだ。帰ってきたならば紹介しよう。それまではまた楽しんでいてくれたまえ!」

 

 そう言って、ジョゼフはお付きをぞろぞろと連れてどこかへ去っていく。おそらく王族用の席に戻ったのだろう。普通王族は一番上の席で他の貴族たちの挨拶を優雅に待つものであって、こうして歩き回るジョゼフのほうが少し異端扱いされるものだろう。俺も最初にジョゼフの所へ行って形式通りの挨拶をしてからこうしていろんなところを回ったりしているしな。

 

「……ギル、少し席を外すわ」

 

「む。……どうするかな」

 

 おそらくマスターは花を摘みに行きたいらしいが、流石にそこに付いていくのはよろしくない。謙信やジャンヌは今裏で動いてくれてるし……そう思っていると、ガリア貴族に扮した小碓が自然に近づいてきて、マスターと一言二言交わした後、こちらを一瞥してから去っていくのが見えた。……ナイスフォローだ。

 俺も一旦離れるべきかと思い、適当なことを言って会場から少し離れる。……ふぅむ、貴族側からのアプローチはあんまり成果が出ないかもな。兵士とかそっち側に当たってる謙信たちの方が何かを掴んでくるかもしれないな。あとはあの男爵家に対してちょっと贈り物するくらいか、と思いながらベランダに出る。夜風がとても気持ちいい。

 

「ふぅ。……ん?」

 

 ベランダから見える綺麗に手入れをされた中庭らしき場所。そこに一瞬、青い髪の毛の女の子が見えた気がした。……ふむ、ジョゼフやタバサと同じ髪の色……これは追いかける価値があるかもしれないな。……女の子だし。

 俺は素早く周囲を見渡すと、宝具を一つ起動した。俺がいなくても違和感を覚えなくなる宝具だ。これで少し俺の姿が見えなくても宴は続くだろう。素早くベランダから身をひるがえし、中庭に向けて飛び降りる。

 城からの明かりが漏れているとはいえ、中庭は薄暗く、なんの明かりもなしに歩くのは不安になりそうだ。ここを灯り無しで歩けるのは、俺のように目の良い者か、ここをよく知っているものだろう。

 

「……いた」

 

 茂みからのぞき込むと、そこには青い髪をした、気の強そうな顔の女の子。ストレスでも溜まっているのか、眉間にかなり深いしわが寄っているのがここからでも見える。……よーし、久しぶりに女の子ナンパしちゃうぞー。……なんてな。

 とりあえず声を掛けようと、荒々しくベンチに腰掛けた少女の前まで向かう。

 

「こんばんは」

 

「……なに?」

 

 つっけんどんな声色で、ゆっくりとこちらを見上げる少女。そういえば、暗いから顔も見づらいのか。少し屈もう。そう思って片膝をつき、少女に向けて挨拶をする。

 

「トリステインから来ました。アルビオン辺境伯です。どうぞよろしく」

 

 そう言って俺は握手のつもりで片手を差し出す。そこでようやく彼女は俺の顔を見たのか、にらみつけるような顔をしていたのが驚いたような顔に変わった。

 

「へ、へえ、そう。トリステインの……そういえばお父様が挨拶するとか言ってたわね……」

 

 そっぽを向きながら、ぶつぶつとつぶやく少女。やはり、この子がイザベラで間違いないようだ。

 

「よくこんなところまで来たわね。……迷ったの?」

 

「いえ、バルコニーで夜風に当たっていたところ、こちらに歩いていく人影が見えたので、追いかけてきました」

 

 どうやらこの子には強めに行くと反発してきそうな、うちのマスターと同じ気質を感じるので、柔らか王子ムーブでまず距離を詰めることから始めようと思う。戦闘時と違って髪の毛も降ろしているし、今回は他国のパーティに参加するということもあって大人しめの服装で固めてきている。……いつもの夜王スタイルできていたらやばかったかもな。獲物を引き込もうとするホストみたいに見られていたかもしれん。

 俺の言葉を聞いて少し黙っていたイザベラ王女も、おずおずと話し始めてくれた。

 

「……変な奴。私に媚びを売っても無駄よ? 素直にお父様に……ガリア王ジョゼフに媚びを売った方が早いと思うけど」

 

「はっはっは、手厳しい」

 

 こういう子には接し方を間違えると一生仲良くなれないからな。……美しいとかかわいいとか、本心から思ってても言ったらブチ切れそうだし、ここはとっかかりだけ掴んでゆっくりやるしかないかもな。

 それからしばらく……と言っても十分ほどだが、イザベラと自己紹介やら他愛のない話をしていると、小碓から念話が飛んできた。む、マスターも戻ってきたか。

 

「……どうしたの? ……ああ、そろそろ戻るの?」

 

 少し仲良くなれたからか、寂しそうな表情をしてくれるイザベラに謝りながらベンチから立ち上がる。隣に座って話すくらいは許してくれたので、このパーティに潜り込んだ甲斐はあったというものだろう。

 

「そうなるな。……また、手紙か何かを送るよ」

 

 言葉遣いも敬語は気持ち悪いと言われたので、こうして素の言葉遣いに戻している。俺の畏まった態度って滅茶苦茶不評なんだよな……。

 

「……ん。仕方ないから待っててあげるわ。感謝することね」

 

「もちろん。中々ないからな、王女との文通なんて」

 

 最後にそう言って、再びバルコニーへ飛び移る。宝具を回収しながらマスターと合流しようと会場を歩く。

 ……パーティが終わるまでもう少し。頑張ろう。

 

・・・

 

「うあー! つっかれた!」

 

「……あんたねぇ。マスターたる私の前で、私より先にベッドに倒れこむんじゃないわよ。だらしないわねぇ」

 

「仕方ないだろ。いつもと違って完全にアウェーな状況でのパーティだったんだし、無駄に気を張ってたんだから。……来るか?」

 

「行かない!」

 

 文句を言うマスターにベッドの隣を誘ってみたが、すげなく断られてしまった。……まぁこれですぐに来るのはたぶん惚れ薬飲んだ時くらいだろう。今度飲ませるか……。

 

「じゃあボクいきまーす! どーん!」

 

 そんなマスターの横を音もなく通り抜けて、俺の隣に寝転んでくる小碓。ほんとにこの子はこういうの逃さないよなぁ……。

 

「おーよしよし。怪しいのはいたかー?」

 

「わー、なでなでだー……。んふー。変なのはたくさんいましたけどー……流石にサーヴァントはいなかったですねぇ……」

 

 ドレス姿のまま俺に甘えてくる小碓からパーティ中のことを聞いてみるが、あそこにはサーヴァントやそれに類するような存在はいなかったようだ。小碓とマスターにはもしかしたら小碓と同じように女性と言う立場で紛れ込んでいるサーヴァントがいないかとみていてもらったのだ。

 

「そういえばあんたが召喚した以外に女の英霊って見たことないわね。やっぱり少ないわけ?」

 

「ん? ……あー」

 

「ふっふっふ、それは殿がいるからだよ」

 

 俺の代わりに答えたのは、メイド服姿で部屋に入ってきた謙信だった。仕事がひと段落して戻ってきたのだろう。何故かドヤ顔腕組みでやってきていた。

 

「どういうこと?」

 

「ルイズ嬢も殿の宝具は知っているだろう? 絆を結んだ英霊を召喚するっていうやつ」

 

「え、ええ」

 

「そうなると一部の英霊以外は戦いたくないから召喚に応じないっていうのもあるんだよねぇ」

 

「それって可能なの……?」

 

 マスターの疑問ももっともだろう。……だけど、英霊の召喚と言うのは英霊側からの合意がなければ成功しないもの。壱与なんかはマスターが男性なら絶対に召喚に応じないだろうし、何だったら俺以外の召喚は基本応じないし……。

 一部俺と絆を結んでいるけど積極的に敵対するために俺以外の召喚に応じてる変わり者もいるにはいるし、俺との絆を結べず、敵対する人間に召喚される女性の英霊もいる。

 

「へー……あんたみたいな女ったらしにも口説けない英雄がいるのねぇ」

 

「……いや、口説くと殺されるというか……」

 

 北欧のあたりにいるやべーカップルとか、綺麗だなーとは思うが手を出そうとは思わんな。そこまでかかわりがないっていうのもあるし、相方と世界を壊すような殺し合いも出来ないしな……。そういうのもあって、近づかんとこ、みたいなのはある。

 

「後は、俺と相性が最悪な英霊もいるからな」

 

 絆を結ぶべきじゃない英雄もいるのだ。特にコノートの女王とかな。お互いの性質がお互いをダメにすると分かっているから、お互い絶対近づかないように気を付けているところはある。そういうところは、気が合うのかもしれないな。

 

「そういう人もいるのね……。あんたって全人類愛してるくらい言いそうなもんだけど」

 

「はっはっは、俺は聖人君子ではないからな。すごく好きな人もいれば、すごく嫌いな人もいる。特に何も思わない人もいるし、俺も普通に好みもあるしな」

 

「ふぅん……英雄にもいろいろあるのねぇ……」

 

「まぁそもそもギルさんに召喚されるかもしれないから他の人に応えてる暇はねぇ! みたいなのもありますけどね!」

 

 ジャンヌが身も蓋もないことを言い始める。……いや、英霊は座にいる英雄の分身、影法師みたいなものだし、同じ英霊が二人出てくることもあるのかもな。……もしかしてその内、自分で自分を召喚する英雄とかも出てくるかもしれないしなぁ。

 

「ま、なんにせよ俺に答えてくれるってだけでうれしいものだよ。ほら、ジャンヌも謙信もこっちくるか?」

 

「えっ、良いんですか!? ……ほ、他の人いるとか少し恥ずかしいけど……わーい!」

 

「おっと、今日はこっちもぱーてぃたいむってことかな? 私も私もー」

 

 ばふ、ぼふ、と二人が結構大きめのベッドの上に飛び込んでくる。これで俺含めて四人いることになるが、流石来賓用のベッド。全員を受け入れてくれる。

 

「本当に来ないのか? マスター?」

 

 挑発するようにマスターに声を掛けると、マスターは顔を真っ赤にしてこちらにずんずんと近づいてきた。おっと?

 

「……そこを開けなさい、小碓」

 

「ひゃ、ひゃい」

 

 なにやら背後に『ゴゴゴゴゴ……』みたいな奇妙な擬音を背負っているように見えるマスターに気圧され、小碓がおずおずと場所を開ける。そのままマスターはドレスも脱がずにドスンと座り込み、俺の胸元に倒れこんできた。

 

「……私だって、このくらいできるんだから……」

 

 そう言って、俺の手を持ち自分の体に回すマスター。……なんて可愛いんだ。

 

「……今日はみんなで大人しく寝るか」

 

 なんだか毒気を抜かれてしまった。警戒は必要だが、ここは大人しく寝るとしよう。謙信たちもそれに納得してくれたので、今日はみんな仲良く健康的に寝るとしよう。……あ。

 

「待て待て。一回起きよう」

 

「? 何かあったかい?」

 

「いや……着替えないと」

 

 いつもはこのままだんだんと服を脱いでいって最終的に全裸になるから着替えなくてもいいのだが、今日は普通に寝ようと思っているので、寝間着に着替える必要がある。マスターは。俺達は一瞬で着替えられるしな。

 

「あぁー……確かに。自動人形と私でルイズ嬢の部屋に行ってくるよ。大人しく待ってたまえ」

 

 そう言って、マスター達は一旦部屋へと戻っていった。

 

「よっと」

 

「ほあー、英霊になっていいことの一つは魔力で色々編めることですねー」

 

 いつもの服装に戻った二人を両隣に抱きしめながら、明日に向けて英気を養おうと目を閉じる。あとでまたマスターが戻ってきたらみんなで寝るとしよう。

 

・・・

 

 翌朝。謙信たちの話も聞こうと朝食のついでに情報を共有する。

 

「兵士たちの話とか、色々聞けましたよ。居場所らしきものもわかりました」

 

 謙信が言い出したのは、まさに欲しかった情報だった。

 なんでも、裏でメイドの仕事をしているときにタバサの母親を移送した兵士たちの立ち話を聞けたらしく、ここからかなり離れた城に連れて行ったという話を聞けたらしいのだ。その城の名は、『アーハンブラ城』と言うらしい。よし、これで行き先は決まったな。後はここでの用件を終わらせて、タバサの案内でその城に行くまでだ。おそらくだが、タバサへの人質として確保しているというのなら、そうそうひどいことはされないだろう。おそらくだが、タバサを呼び寄せて始末するか何かに使うかするための罠に使おうというのだろう。

 

「それならばこちらは忍び込んでタバサの母親を奪還するだけだ。兵士やあのエルフもいるかもしれないが……最悪は強襲する」

 

 そして、俺はみんなの前で、これからの構想を語る。

 

「だから、もしものために、とある英霊を召喚する」

 

 俺の中で色々と問題児扱いされている、学者系サーヴァントの内の一人、変な奴に影響を受けて自分も変になったという変わり種中の変わり種。

 ここから帰ったのち、すぐに召喚に当たるとしよう。

 

・・・

 

 ガリアでの仕事も終わり、今は再び飛行艇の上に戻ってきていた。留守番組のみんなにも情報を教え、さてこれであとは向かうだけ……となったので、甲板の上で英霊を召喚することにした。……と言うのをみんなに言ったら、全員が見学したいと言ってきたので、周りはギャラリーがたくさんだ。

 

「すごいわねぇ。『サモン・サーヴァント』を何回もできるみたいなものなんでしょう?」

 

 キュルケがぼそりとそんなことを言う。……確かに、召喚した使い魔がさらに召喚する(無制限)とか、この世界の使い魔常識からしたら結構非常識なんだろうなぁ。……まぁ、英霊界隈でも結構非常識だから、もう慣れたものだけどな。

 そんなギャラリーを意識から外しながら、魔力を回していく。この宝具は俺の体に刻まれたもの。体内をめぐる魔力が宝具に充填されていくのを感じながら、呼び出す英霊のイメージを固める。

 ……ほんと、ちょっと呼ぶのに覚悟がいる英霊だからな……。心して当たるとしよう。

 

「……よし。魔力を回す。俺の名は英霊王。我が座に縁ある英霊よ、この声、この名、この魂に覚えがあるなら応えてくれ!」

 

 口上を上げ、座から現界するための大量の魔力が体を巡り、俺の伸ばした手から目の前に働き、かたちを作ろうと集まっていく。あとは真名を開放して、この魔力に形を与えるだけだ。

 

「『全知なるや全能の星(シャ・ナクパ・イルム)』!」

 

 真名開放すると同時に風が吹き荒れ、見学しに来ている女性陣のスカートをめくりあげる。クッソ、召喚に集中しないといけないから全然見れないな……。

 すぐに風も収まり、その暴風の中心には、形を得た英霊が一人、目を閉じて俯き気味に立っていた。背格好はタバサと同じくらい。乱暴な言い方をするならロリだろう。体つきも平坦で、髪型はボブカット……と言うのだろうか。首元までの髪の長さで、顔の右側面を覆うように前髪が垂れている。服装はシンプルで、白く大きな布を頭からかぶったような、ゆったりとした服装をしている。アクセサリーもしており、綺麗に光を反射する小さな鏡のようなものが連なっている首飾りが見える。あと目を引くところは背中にある綺麗に畳まれた羽のような機械と、そこから肩を経由して指先まで覆う鎧のような金属部位。そこだけ服が通らないからか、背中は大きく開いている。

 ……やっぱり、この姿だよなぁ、と思う。とある英霊に影響を受け、自身すらも改造した、学者系サーヴァント。

 

「……ふむ。そろそろ呼ばれる頃と思って居ったぞ、小僧」

 

 口調はかなり渋い……と言うか、老人のソレだ。大体他人とか下に見てる……と言うかどうでもいいと思っているので、基本的にしゃべり方はこんな感じだ。

 

「このワシの力が必要と見える。……かっかっか。よかろうよかろう。力を貸してやろう。『素材』を借りた礼じゃしな」

 

 目を開き、こちらを見上げて拳を突き出してニッコリと笑う、少女にしか見えない英霊。

 後ろにいるマスターたちはともかく、俺の召喚した英霊たちも流石に正体はわからないはずだ。

 

「……かっかっか、気になっておるようじゃの、ワシのクラス! そして真名を!」

 

 足を開いて腕を組み、仁王立ちしたかと思うと、周りを見渡しながらそう叫ぶ。

 ……ウチのサーヴァントの中に真名聞いてわかる子いるかなぁ……。

 

「ワシのクラスはアーチャー! その真名は、アルキメデス! シラクサのアルキメデスじゃぞ!」

 

 ……そう。彼女こそは。

 人類史において数学者として名を刻み、その頭脳、経歴をもってして英霊として登録された、大発明家。

 『シラクサのアルキメデス』その人なのである。

 学者系サーヴァントなのに『学者だからと言って思考停止でキャスタークラスに甘んじるなぞ許されない』と言って自分の霊基、宝具を弄り倒し、アーチャークラス適性をもぎ取ったり、別のキャスター系天才発明家サーヴァントに触発されて自身も女性体を作ろうとして失敗し、俺の座にゾンビみたいな状態で押しかけて材料を要求してくるなど破天荒なことしかしない元おじいちゃんなのである。

 

「……私より小さいじゃない。……本当に大丈夫なの……?」

 

 一連の流れを見ていたマスターが、ぼそりと不安を口にする。

 だが、ステータス表を見る限り彼女は多方面に活躍できる優秀なサーヴァントなのだ。

 

「心配するな! このワシが召喚されたからには、お前たちの戦力に何の不安も残さぬだろう!」

 

 ……まぁ、能力はとても優秀なのだが、人格は……その分削られたのかと思うくらい不安になるものなのだが……。この際、上手に付き合っていくしかないだろう。何も悪人じゃないんだし、急に人を殺し始めたりはしないしな。

 

「これで後方支援もかなり層が厚くなってきたし、バランスの良い戦いができると思う」

 

 アーチャーだけあって宝具は遠距離攻撃だし、普通に攻撃する際も宝具ほどの威力ではないものの遠距離を攻撃できると言う由緒正しいアーチャークラスなのである。

 

「よし、なら次の目的地へ向かうぞ! アーハンブラ城だ!」

 

・・・

 

「……いやー、助かった助かった」

 

 記憶を頼りにガリアと言うところまで帰ってきたが、特に何か言われることなく次の仕事を与えられた。怪しまれないためにもここはこのガリア王と言う奴のいうことを聞いておいた方が良いだろう。それにしても、此方でいう『魔法』と言うものは面白いな。精神力をエネルギー源に、様々な現象を起こせるとは。更には『先住魔法』を扱えるエルフ……。

 

「……幸いこの体もエルフだ。あと何人か研究すれば、『先住魔法』とやらも扱えるようになるだろう。土着の精霊を利用した術式ならば……この私の星の力も、少しは取り戻せるかもしれないしな」

 

 すべては、この後の作戦がどう動いていくか……だな。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:アーチャー

真名:アルキメデス 性別:女性 属性:秩序・善

クラススキル

単独行動:C+
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクCならば、マスターを失っても一日程度現界可能。

対魔力:C(A+)
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 ……が、これは本人の素の物。彼女の戦闘時の対魔力は装備展開中に上昇する。

保有スキル

道具作成:A+
 魔術により様々な道具を作り上げる能力。
 しかし彼女の場合は魔術ではなくその時代にある素材から、様々な道具を作り上げる。

術理解明:EX
 術式を呼ばれるおよそすべての指揮を解明し、これを修復する技術。
 魔術だけではなく破損してしまった魔術回路、魔術刻印まで修復する。
 かつて魔術が実在した時代においても秘伝中の秘伝とされたレアスキルだが、戦闘面では全く役に立たない。

自己改造:A
 自分の肉体に、全く別の肉体を付属、融合させる適性。
 このランクが上がれば上がるほど、純正の英雄から遠ざかっていく。
 ……と言うのも当たり前である。彼女は怪物を目指してこのスキルを取ったのではない。
 『美しいものに自らを改造する発明家がいる』と言う事実を座に上がってから知り、『美しいものを追いかけ続けるものとして負けてられない』と自分を女性に改造し、結果このスキルを取得するに至っただけなのである。

殺戮技巧(道具):A
 アサシンやバーサーカーに該当する英霊が持つとされるスキル。
 使用する道具の『対人』ダメージ値にプラス補正をかける。
 アルキメデスの場合は本人が望まずともこの補正が掛かってしまうため、一種の呪いと言えなくもない。


能力値

 筋力:E 魔力:B 耐久:D 幸運:A 敏捷:D 宝具:A+

宝具

■■■■■■、■■■■■■(■■■■■■・■■■■■■■■■)

ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:500 最大補足:■■


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第六十話 無音の出会い、久遠の付き合い。

「やっぱり静かな建物の中で、追い詰められたとき、土壇場で召喚成功! そこからの静謐な空間でつぶやくように聞かれる、『問おう。汝が私のマスターか?』の言葉! いやー、熱いですよねぇ。……ねっ、たーいちょ」「まぁ、わからんでもないけど……まるで見てきたみたいに言うじゃないか」「んはー、これだから時代遅れの古代英霊さんはあたたたたたたた! すごいシームレスにつねるなぁこの人!」「古代英霊具合ではいい勝負だろ俺らは」「……んまぁ、そうなんですけど」「……俺はうれしいよ。遠い昔から一緒に生きて、今も一緒に過ごせて」「あ、う、あの……わ、私もれふぅ……だいしゅきぃ……」「泣くなよ……ほら、ちーん」「ちーん。ずびび」


それでは、どうぞ。


 アーハンブラ城までは思ったよりもすぐについた。やはり空を征くというのは良いものだな。時間も短縮できるし、監視の目も緩いから隠密に動きやすい。

 

「城に降りて人質を奪いに行くのは、俺とタバサ、それに謙信に信玄で行こう。他はこの船の上で、何かあった時の別動隊だ」

 

 俺が人員を割り振ると、マスター以外はすんなりと納得してくれた。……マスターはこういう時外されるとむくれるからなぁ、と思うが、何も言わないところを見るに心では納得しているのだろう。感情がついてきていないだけで。こういうところは成長したなぁと思うのだが……。あとはキレたときに爆発させる癖さえなくなればな。

 

「タバサ、俺と一緒に先行するぞ。謙信、信玄、殿は任せた」

 

「……ん」

 

「よし、承った!」

 

「うむ、よいぞ!」

 

 四人で甲板の端に立ち、ポイントに着くのを待つ。さて、どんな罠が待ち構えている……?

 

「よし、降下地点だ! 行きたまえ!」

 

 コルベールの言葉に、俺はタバサを抱えて飛び降りる。

 

「タバサ、『フライ』も『レビテーション』も使うなよ! この落下速度を活かして急襲する!」

 

「っ! ……わかった。着地を、任せる……!」

 

 ぎゅ、と杖を強く抱いたタバサを抱えながらかなりの速度で落ちていくと、横に信玄が並ぶ。

 

「お前さんや! 我が具足がいくつかの生体反応を掴んだ! おそらく警備の兵士やらだろう。……ワシに露払いを任せよ!」

 

「頼んだ、信玄!」

 

「応よ!」

 

 背中、足の裏、手のひらから魔力を放出して推進力を得て、自由落下している俺たちより加速して落下……いや、突撃していく信玄。数秒後に下で爆発が見えたので、無事に突っ込めたらしい。さて、次は俺たちの番だな。

 

「タバサ、着いたら怪しそうなところを指示してくれ。そこに向かって突っ込んでいく」

 

「……わかった。あの造りなら……貴人の扱いをしているなら上階に部屋があるはず」

 

「よし、なら、上に登っていくぞ!」

 

 どの部屋にいるかわからない以上、屋根を突き破ったりしてタバサのお母さんを危険に晒すことはないだろう。素直に玄関からカチコんで、正々堂々、奪い取る!

 

「信玄が騒いでいるから、兵士もいないな」

 

 着地の瞬間だけ宝具を使って衝撃を殺し、そのまま正門らしきものをぶち破る。入り口もついでに貫けたので、タバサを抱えたまま駆ける。俺が抱えた方が早いので、タバサには道案内に専念してもらっている。たまに出てくる兵士は通りすがりに蹴ったり殴ったり峰打ちしたりして無力化している。

 いくつかの階段を上った後、妙に兵士たちが固めている入り口が見えた。

 

「タバサ、あの人数を一気に無力化できるか!」

 

「任せて。――」

 

 呪文を詠唱し、そのまま杖を突きだすと、暴風と言って差し支えないほどの風が目の前の集団を飲み込んでいった。……結構吹っ飛んでったけど、生きてるよな……? まぁ、できるだけ殺さないで進んできただけだから、その辺はもう兵士たち本人の運の良さに頼ることになるんだけどさ……。

 兵士たちが硬く守っていた扉を開けると、大きな天蓋付きのベッドに、静かに眠る女性が。

 

「お母様!」

 

 俺の腕から飛び降り、駆け寄っていくタバサ。……良かった、無事だったか……。

 

「タバサ、お母さんに間違いないか?」

 

「……ん。うんっ。間違いない」

 

「よし、連れて行こう」

 

 謙信にタバサのお母さんを抱えてもらい、俺はタバサを抱え、窓から飛び出す。ヴィマーナを呼び出してそこに着地し、信玄を回収に向かう。

 

「あ、いたよ殿」

 

「ほんとだ。……死屍累々って感じだな」

 

 近くを飛ぶと、それに気づいた信玄がこちらに進路を変えて、ヴィマーナに乗り込んでくる。

 

「ふぅっ! 良い運動にはなったな!」

 

 呵々大笑する信玄に苦笑を返しながら、俺たちは飛行船へと戻る。……これで、なんとか任務完了だな。

 

・・・

 

「いやはや、やられちゃったねぇ」

 

 死屍累々……いや、半死半生くらいの割合くらいの兵士たちを見ながら、ごそごそと人間を集めていく。

 

「いやー、ちょうどよかった。素材が足りなくなってきてたんだよねぇ」

 

 まだ生きている者からは魂をエネルギーに変換して死体へと変え、すべての人間を死体に変えてから、死体そのものを素材として回収していく。うーん、人間は捨てるところなしの優秀素材だなぁ。こうして怪しまれずに回収できるとは、彼らの襲撃を防がなくて正解だったな。

 

「人間とエルフの体組成はほぼ一緒みたいだな。体の修復分にもとっておこうかな」

 

 固めて収納した団子状態の素材に手を突っ込んで、ひと塊すぐに使えるように取り込んでおく。これで急に損傷しても修復できるな! 残りは収納しておこう。他の何かに使えるかもしれないしな。それにしてもエネルギーも取り込めたしいいことづくめだな。なんか大きな巨大ゴーレムも作らされてるし、こうやって自分の用事済ませられる時間は大切だよな。

 

「よっし、そろそろ帰るかー。……それにしても、あの王様もなかなか無茶なことを言うなぁ」

 

 今頼まれている仕事について思いをはせる。まぁこの星では質量は正義だからなぁ。ああいうのを作れっていうのもわかるけども。そっちにも使ってるから人間(そざい)が足りなくなってきてるっていうのもあるしね。さて、ここでやることは終わりかな。戻って仕事も進めないといけないし、この星の生命体は大変だなぁ。ま、生きていくっていうのはどこも大変ってことだな。

 しっかしまぁ、搦め手と言うのは凄いことだな。あの王様はきっといろいろと罠を仕掛けるタイプの策士だと思う。ハマると本当にうざいんだけど、そういう奴こそ策が破られたときどうなるか見ものなんだよな。片手間になるけど、協力すると面白そうだな。

 

「よっし、えっと、次は何だったか。……ああ、あの試作品を送り込むんだったか。……なんてところだったか……そうそう、ヴァリエール公爵家だ」

 

 次の仕事に取り掛かるべく、魔法の力で体を浮かして移動を始める。まぁ簡単な仕事だ。巨大な兵器をヴァリエール公爵家に落として暴れさせて、家族を一人攫ってくる。なんか病弱な娘が一人いるらしいから、それを狙うとのことだ。そうすれば、あの王が欲しがっている『虚無』の力を持つ少女をおびき寄せられるって寸法だ。しかもその少女はあの『黄金』の契約者でもあるらしいので、一人攫うだけでかなりの戦力が転がり込んでくることになるだろう。……ほんと破格だよなあの『黄金』……。

 

・・・

 

「んは!」

 

「……どうしたんだよ、小碓」

 

「……いえ、なんか別側面のボクと言うか、クラスの違うボクがなんか大変なことしている様な電波を受信しまして……」

 

「はぁ? ……そんなキャラだったっけ、小碓って」

 

「ちっ、違いますよ!? キャラ変しようとしてるとかじゃなくて! 小碓命じゃないボクが現界したっていうか……あー、でも主はそういうのとは別だからなー……わからないかー」

 

 タバサのお母さんを救出した帰り道。小碓がなにやら虚空を見ながら変なことを言い始めた。確かに言われた通り俺には別側面とかないし召喚されるときは座から直接変換されてここに来るし、通常の英霊召喚とは違うから、小碓達のそういう『別側面が召喚されてる』感じとかはわからないけどさ……。

 

「まぁボクも特殊って自覚はありますけど、主は一番特殊だからなぁ……あとはジャンヌちゃんとか? あの子も『本当の』ジャンヌの皮をかぶってますもんね?」

 

「んあー、まぁ、こっちの芋ジャンヌはちょっと本来とは違うからね」

 

 あの子も結構特殊な生まれ方してるからな。……俺の所為と言うのもあるけど。

 

「ボクは小碓命としてと、日本武尊の二側面……と言うか、ほぼ別英霊みたいなところありますからねぇ」

 

 そうだったのか……確かに日本武尊にはあったことないからな……初めて出会ったのは小碓の姿でだし。

 

「んま、そういうことですよ。……それはそれとして、良かったんですか? このままげるまにあ? だかに連れて行っても。国際問題とかになりません?」

 

 このままタバサのお母さんをガリアに置いておくわけにはいかないということで、キュルケの実家であるツェルプストー家に連れて行き、領内で匿うことにしたのだった。こういう時にフットワーク軽いのは、ゲルマニア貴族の良い所なのだろう。マスターは『トリステインと違って貴族の誇りが軽い』とかいうんだろうが……そこはキュルケがタバサとの友情を重んじた結果だろう。ツェルプストー家やゲルマニアの貴族がどんな存在かはわからないが、キュルケ個人はとてもいい子だと分かる。何度かやっているお茶会で話していて感じたこともあるし、何よりマスターのことをからかいながらも、姉のような母のような顔でマスターを見ていることがあるのを知っている。同じようにタバサのことも可愛がっていることを知っているし、何より彼女自身、こういう時には放っておけない質なのだ。だから今回のこともまぁ納得できる流れだとは思う。

 

「……ま、最悪はトリステインも協力できるだろうし、何だったら最悪アルビオンに連れていけばいい。こういう時に辺境伯って立場は使うものだからな!」

 

「確かに。あそこは空の孤島。手出しのし難さならピカイチでしょうしね」

 

 小碓は俺の言葉に納得したようにうなずいた。

 

「さ、そろそろ休むぞ。防御宝具や索敵宝具も設置し終わったしな。……ありがとな、ついてきてくれて」

 

 俺たちは……と言うか俺は、この飛行船を守るために防御や索敵をしてくれる宝具を設置して回っていたのだ。これなら俺たちがずっと気を張る必要はないし、何か来ても自動なので対処が容易となるのが良い。そんな俺を見つけた小碓が同行してくれて、先ほどの意味の分からない電波を受け取ったということだ。

 ……しかし、セイバーのクラスになった、ちょっと成長した小碓か。……ちらりと小碓を見てみる。

 

「……?」

 

 可愛らしくこてんと首を傾げた小碓。見た目は完全に少女のそれだが、ここから少し成長するということは……かっこよくなるのだろうか。それとももっと可愛らしくなるのだろうか。

 

「……背丈はそんなに変わらないと思いますよ。……どっちかっていうと可愛い系です」

 

「俺の考えを読むなよ」

 

「んふふ、わかりやすい顔してる主がいけないんですよ」

 

 歩いている俺の手に抱き着くようにしがみ付く小碓。……この可愛らしい感じがさらに可愛く……。セイバーで再召喚とかできるんだろうか。でも日本武尊って奥さんいた気がするんだけどなぁ。その辺小碓はどう思ってるんだろうか。聞いてみると、『たぶん主と出会った小碓が成長して日本武尊になっても、たぶん奥さんごと一緒に主のものになろうとすると思います』とのこと。……凄い事言うなこの子。今までいろいろ献上されてきたけど奥さん献上されそうになるの初めてだ。

 

「んふふ、今はいもしない僕のお嫁さんの話するより……僕のこと、見てほしいです」

 

「……あー、部屋に戻ろうか」

 

 ゲルマニアへの旅路はまだ続く。小碓の相手をする時間はたっぷりあるだろう。

 

・・・

 

 日もとっぷりと暮れて、みんなと一緒にご飯を食べ、寝る準備を整えた私は、いつものように柔らかなベッドへ潜り込む。明日はついに使い魔を召喚しようと決めたのだ。早めに寝てしまうに越したことはない。呪文を唱えても苦しくならないし、歩くだけでも息切れしていたのも嘘のように、私はいろんなことをできるようになった。おともだちのみんなにおやすみの挨拶をして、目を閉じる。どんな子が来てくれるかしら。……私の王さま。あの黄金の王のように、素晴らしい子が来てくれるのかしら。

 

「……きゃっ」

 

 あの人のことを想うと、顔がすぐに赤くなる。不思議な王さま。私の体を治してくれた、英霊さん。またこのお家に来てくれないかしら。私の可愛いルイズと、その使い魔である王さま。それにエレオノール姉さまに、お父様とお母様。そして私のおともだち。こんなに私の好きな存在に囲まれて、幸せすぎて怖いくらい。

 そんなことを考えながら、心を落ち着け、さぁ眠ろうと一度大きく息を吐く。……すると。

 

「……て」

 

「……?」

 

 声が、聞こえた気がした。

 目を開けて周りを見渡すけど、お部屋にいるおともだち達ではないみたい。それに、今の声は人が発した言葉のように思えた。

 

「お……て」

 

「まただわ」

 

 さっきよりもっとはっきり聞こえた。それに、近いような気がする。女の人のような、高い声。優しそうで、荘厳さすら感じる声。

 

「起きて」

 

「……起きて? ……誰? 私は起きてるわ」

 

「起きて。呼んで」

 

「呼ぶ? 呼ぶって何を?」

 

 周りにいる子たちには聞こえていない見たいで、みんなすぅすぅと眠っている。……この声は何なの?

 悪い感じはしない。何か、私に伝えたいことがあるような必死さを感じる。

 

「起きて。呼んで。戦って」

 

 声を掛けられるたびに、胸の中が熱くなるような気がする。王さまに治してもらった時と同じように、心臓が熱を持っているみたい。魔力が暴れ出しそうで、今までの身体だったら耐えられないと思えてしまう。昂りすぎた魔力が、出所を求めて暴れまわっている。そんな感じがする。

 心を落ち着けて、その魔力を操る。私にはそれなりに魔法の才がある。ヴァリエール家の娘として恥じないくらいには。エレオノール姉さまやルイズ、お父様やお母様も素晴らしい魔法の才を持っているけど、私もしっかりとヴァリエールの血を継いでいるのだ。

 

「……痛ッ」

 

 急に右の手首に鋭い痛み。寝間着をまくり上げると、右の手首を一周するように不思議な文様のような痣がくっきりと浮かんでいた。これは……?

 その文様を見ていると、不思議と『サモン・サーヴァント』の言葉が口を突いて出てきた。

 

「……来て、私のおともだち」

 

 不思議と、『繋がった』と確信した。私の右手首の文様が、確かに何かと契約したと教えてくれたのだ。

 

「来るわ。空から」

 

 そこまで聞いて、この繋がりの懐かしさを感じて、私はおそらくこの声の主がわかった。王さまが言っていた、あの『治す力』の大元。白い女神さま。多分だけど、王さまを通じて、私の体に残った力を使って語り掛けてくれたのだ。そして、それはたぶん、王さまが対応できない脅威が来るから。空からくる、何かから、家族を、家を、民を守れと言ってくれているんだわ。

 杖を持って、窓を開ける。みんなも起きて、何事かと見つめてきたり、不安で鳴いている子もいる。

 

「大丈夫。みんなはここで待っていて」

 

 にっこり笑って、窓から飛び降りる。

 

「『フライ』」

 

 地面に降り立つと、直後に轟音。音の方へ目を向けると、夜の暗さの中でも分かる巨大な影。

 

「……ゴー、レム……?」

 

 それにしても大きすぎる。人間がアリかと思えるくらいの、巨体。

 

「お父様はいらっしゃらないけど、ここにはお母様もいる。……そして、姿は見えないけれど、私の使い魔も」

 

 たぶんだけれど、英霊の方。王さまと同じく、超常の存在。

 

「やるわ。それがきっと、一番の恩返しだもの!」

 

「それがいいナ。おらも手伝おう」

 

 最初は暴風かと思った。あまりの大きな声に、音ではなく風かと思ったのだ。この領地一体に吹く風かと思うほどに響く声。ハッと後ろを見ると、山があった。目の前に立つゴーレムに負けずとも劣らない大きさの山。あそこからの吹きおろしの風かと思ったが、山が動いたことによって私の考えが甘かったことを悟る。

 山じゃない。あれは山じゃない。人なのだ。大きな大きな、巨体と言う言葉が霞むほどの大きな体。その大男と、私はパスが繋がっていることに気づく。ならば、あれが私の使い魔……サーヴァント!

 

「らいだぁってんだ。おらのことはそう呼んでけれ」

 

 そう言って立ち上がった大男は、そのままゴーレムへと二歩で近づくと、がっしりと組み合った。……信じられない。何かの物語の世界にでも迷い込んだみたい。

 

「カトレア! 無事ですか!」

 

 騒ぎを聞きつけたのだろう。お母様がしっかりと戦闘準備を整えて『フライ』で飛んできた。軍にいたこともあるらしいお母様は、こういう時頼りになる人だ。

 

「あの大きな男の人は味方です! 私が召喚した使い魔です! ……ゴーレムを抑えてくれているから、それを手助けしながら術者を探さないと!」

 

「……なるほど。わかりました。あなたは使い魔を補佐してあげなさい。私が下手人を探してくるわ」

 

 あら、お母様怒ってらっしゃるわ。……それもそうか。ここはヴァリエールの土地。賊が勝手にこんなことをして、許すようなお人じゃない。

 

「私も怒ってるのよ。使い魔さんとはもっとゆっくり落ち着いて欲しかったし、お話だってたくさんしたいのに、呼び出してすぐに戦うなんて!」

 

 ずずん、どすん、と一進一退の戦いをしているらいだぁ……ライダー? と、ゴーレムの下へ駆けだす。なんとか手助けしたいけれど、私なんてちっぽけすぎて、下からじゃあ何もできない!

 そう思っていると、甲高い鳴き声が。……これは、おともだちの……!

 

「……! ありがとう!」

 

 身体が大きい故に別の所で寝ていたおともだちの一人……ワイバーンが、私を乗せてくれた。これで空を飛べれば、空中から支援ができる!

 

「ライダーさん! 私も攻撃して気を引きます! 頑張って!」

 

「あいよぉ! にしても、おらみてぇにでっけえのが、鎧なんて着れるなんてなぁ。お侍さんなんけぇ?」

 

 大きささえ無視すれば、どう見ても人間が二人取っ組み合ているようにしか見えない。それほど、相手のゴーレムは俊敏な、それこそ人間のような動きをしている。鎧を着こんで、大きな剣を持っているから、なおさらゴーレムには見えない。唯一人間らしからぬところは、その顔が一つの目のような光しか灯っていないところだろうか。

 

「おらよぉ!」

 

 べごん、とライダーさんの拳がゴーレムの鎧をへこませて、破片が飛び散る! 破片と言っても、元のサイズがサイズなだけに、一つ一つが落石のようなものだ。慌てて躱しながら、気を引けるような魔法を放っていく。どんなに様子見の攻撃でも、こちらはトライアングルクラスの攻撃を放たないと向こうは気にも留めない。それに、鎧や剣に弾かれている様な気もしている。直撃している様な感覚がないのだ。私は戦ったことがないし、この感覚も信じていいのかわからないけど……。

 

「こりゃ不思議な加護が働いてるでねぇか? やけにかってぇ!」

 

 ごわん、ごわん、とまるで教会の大きな鐘が鳴っているかのような音を立てながら、ライダーさんがどんどんとゴーレムの鎧を破壊していく。鎧の中は流石に魔法を弾けないのか、そこに打ち込んでいるのは効いている……ような気がする。

 

「おおおおおおおおおお!」

 

 ゴーレムが一瞬ふらついたのを目ざとく見つけたライダーさんは、両手を組んで振り下ろし、手に持っていた剣を叩き落した。ゴーレムも負けじと腰につけていた小さな投げナイフを投げるも、近すぎてライダーさんには当たらない!

 でも投げナイフと言ってもこのサイズだと普通に大剣のような大きさだ。私は必死に避けながら、顔に魔法を放つ。その隙に組み付いたライダーさんは、掛け声とともにゴーレムを持ち上げた。

 

「どっしゃぁぁぁい!」

 

 それを思い切り地面に叩きつけると、信じられないぐらいの轟音とともに、鎧は砕け散り、ゴーレムの体もひしゃげた。……たお、した……?

 

「うごかんくなっちったな。おー、中はおっきぃお人形さんだったか」

 

「ライダーさん! ありがとう! お怪我はない?」

 

「おーぅ! おらは大丈夫だぁ!」

 

 そこから、下手人は見つけられなかったと憤懣やるかたないような様子で帰ってきたお母様と合流し、この騒動はひとまず落ち着いたのでした。

 ……それにしても、この人……おうちに入るかしら?

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ライダー

真名:■■ 性別:男 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:E
魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

騎乗:B

保有スキル

巨躯:A++

■■:E+

直感:A

能力値

 筋力:A++ 魔力:E 耐久:B 幸運:C 敏捷:A 宝具:B

宝具

■■■■■■■■■■■(■■、■■、■■■!)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:自分自身 最大補足:―


誤字脱字のご報告、ご感想お待ちしております。


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第六十一話 無為にすごす日々も良いもの。

「んあー、だらだらしてるのってさいこー……」「……いっつもしてる気がするんだけど……」「お仕事の時は少し頑張ってますもん!」「……そこでもだらだらされてたら大変なことになってたよ」「……そういえばあなたはあんまりダラダラしてるところ見たことないですね……」「してる時はしてるけどな。羽を伸ばすのは大事だぞ」「……特に女の人と一緒にですよね?」「……いやまぁ、そう言うときが多いけど……」


それでは、どうぞ。


「……なんだ?」

 

 俺の宝具……? 召喚宝具が反応……と言うか、使われた形跡がある。え、なにそれ怖い。俺の宝具なのに俺の知らないうちに俺の知らない効果発揮するのやめてほしいんだけど……。

 しかし、俺と絆を結んだ子の召喚ではないようだ。……むぅ、なんというか、別の所から道路だけ使われたような……変な感じだなぁ。マリーが召喚された時とは違う、違和感しかない。ほんと変なの。

 

「……方向は……あっちか」

 

 一応俺の宝具が使われたのと、力の残滓のようなものを感じるため、大体の方向はわかるが……こっちは、マスターの実家の方向か……。

 

「まさかとは思うが……」

 

 ヴァリエール家を狙われた……? マスターに相談するのは……やめておいた方が良いな。実家が狙われたと言われて冷静になれるマスターじゃない。

 

「カルキ」

 

「→ギル。呼んだ?」

 

「ああ。少し出る。この船を頼む」

 

「→ギル。了承した。任せて。……しっかり守ったら、なでなで要望」

 

「はは、可愛い所もあるなぁ。……うん、もちろん。行ってくるよ」

 

 そう言って、飛行船から飛び降りる。もちろん下にはヴィマーナを用意してあるので、俺が飛び乗った瞬間に思考を読み取って飛んでくれる。目標はヴァリエール家方面。近づけば、詳細な位置がわかるはずだ。

 かなりの速度で飛んでいくと、だんだんと感じ取って……なんだ、でかいぞ……? 感じ取れる魔力の大きさが……なんというか、『デカい』のだ。それこそ、前にフーケが作り出したゴーレムみたいな、巨大な魔力構成体がいるような……。

 

「……やはり、マスターの家か」

 

 その反応があるのは、以前行ったことのあるヴァリエール公爵家。ヴィマーナでもそれなりの時間をかけてたどり着くと……。

 

「ああっ、王さまね!」

 

「おぉ、金ぴかだぁ。空飛ぶお舟なんて初めてみただ」

 

「でっ」

 

 か、と言うのは声にならなかった。なんだこれ、巨大すぎる……。え、スルトとかじゃないよな? ……にしては神秘の強さがそこまでではないから違うか……。そこまで古い感じはしないなぁ……。

 

「この人はライダーさん! 不思議な声に導かれて使い魔召喚したら、出てきちゃった!」

 

 笑いながら、その巨大なライダーの肩に座るカトレア。……ライダー? ほんとにぃ? むしろ乗られる側じゃないのか、この巨大さは。

 今家にはカトレアと母親しかいないらしく、その二人から顛末を聞いた。なにやら怪しげなゴーレムに襲撃され、それを召喚したライダーと共に撃退したのだとのこと。……見て確信したけど、俺の領域にいる子じゃないな。……初めて見た顔だ。此方からステータスは見れないみたいだ。……不思議だな。俺の宝具を経路として使ってるのに、俺の領域にはいない子だからだろうか。

 

「真名とかは見たのか?」

 

「あ、うんっ。真名はね、『三コ』って言うんだって!」

 

「『三コ』……さんこ? 聞いたことがない名前だな……」

 

 日本名っぽいし、日本に縁のある英霊なんだろうけど……。うん、わからんな。

 

「ライダー、君はどこの英霊なんだ? 日本か?」

 

「おぉ! そうだぞぉ。気が付いたらこんなえれぇことになっててよォ」

 

 独特の話し方をするライダー。方言だろうか。流石にこの方言がどこの方言かまではわからないが……。

 

「細けぇ生まれなんかは覚えてね。ずっと山ン中だったからよ」

 

 まぁ、そう言うこともあるか。昔なら細かい地図やら地理やら知ってる人もあんまりいないんだろうし。神秘強度からして口伝とかその土地だけで伝えられてるものとかの類だろうな。ウチにもそういうのは何人かいるし。

 

「そうだったのか。……何にしても、カトレアを助けてくれてありがとう。この家の人たちは大切な人たちなんだ」

 

「たっ、大切……う、ううん、勘違いしてはダメよ、カトレア。王様はみんなのことを言って……で、でも嬉しいわっ」

 

「? カトレア、何か言ったか?」

 

「いいえっ! 何も言ってませんわ!」

 

 ライダーの方に意識を向けていたから、カトレアが何か言っていたのを聞き逃してしまった。……まぁ、何も言っていないというなら気にしない方が良いだろう。

 

「それにしても、元気になってようやく召喚した使い魔が英霊とは……流石はマスターの姉と言うところか……」

 

「うふふ。やはり私たちの妹だもの。似るものなのかしらね?」

 

 口に手を当て、上品に笑うカトレア。その理論だともう一人の姉たるエレオノールも英霊を召喚することになるんだが……。そんなことない……よな?

 

「何はともあれ無事でよかった。カトレアには俺とのパスが薄くあるっぽいし、何かあれば強く念じてくれれば伝わるから、また何かあれば助けに来るよ」

 

 たぶんだが、前に治療したときの土下座神様の残りと言うか、残滓をアンカーとして今は裏に隠れてる方の神格が干渉したのだろう。俺のスキルではあるが、力としては女神様のものだからな。それを辿って俺の宝具を使用して、代わりに召喚したのだろう。そう考えれば、それを逆にたどれば俺とカトレアにもパスが繋がっているのがわかる。マスターとの間のものに比べれば相当に薄いし細いが、念話くらいなら問題なくつながるだろう。

 

「わかったわ。……それにしても、ヴァリエールの領地にまで来るなんて、相手は何者なのかしら?」

 

「……さぁな。怪しいのはガリアだが……手札がわからないしな」

 

 今回のゴーレムはたぶんだが英霊の宝具やらなにやらではない気がする。この世界由来の物っぽいので、たぶんガリア側の暗躍なんだろうが……。証拠もないしな。

 

「そう……こちらも気を付けることにするわ。……ルイズをよろしくね、王さま」

 

「もちろんだ。カトレアも壮健でな」

 

 そう言って、再びヴィマーナに乗り込む。ルイズの母親は今回の襲撃に関して色々と動いているらしく、俺に説明をした後早々にいなくなってしまったのだ。見送ってくれるカトレアに手を振って別れを告げ、飛び立つ。

 今回の襲撃の目的はわからないが……こちらの守るものに手を出したんだ。どうなるかを教え込んでやるとしよう。

 

・・・

 

 一度事後処理も落ち着き、俺が飛行船に戻るころにはすでにキュルケの領地にたどり着く直前のことだった。マスターを筆頭に色々と聞かれたが、これ以上心労をかけることもないとウチのサーヴァントたち以外には何があったかは報告していない。まぁマスター的にも受け入れにくいだろうしな。

 

「……さて、無事につけば次は久しぶりの学院か」

 

 時期的にテファが編入して少し経っているころくらいかな? オスマンには言ってあるし耳を隠す眼鏡も渡しているから、騒ぎにはなってないと思うけど……。本当ならしばらくは様子を見て、周りにしっかり溶け込めるかを見る予定だったけど……今回の救出作戦は急だったしな。……エルキドゥが見てるだろうし、シエスタにも一言言ってあるから、何かあれば鯖小屋に避難できるだろうから大丈夫だとは思うけど……少し心配だ。早めに帰りたいが……この飛行船でも二日くらいはかかるだろう。……まぁ、帰ったらまずは話を聞いて問題ないか確認するとしよう。

 

「勝手に一人帰るわけにもいかないしな」

 

「ギ・ル・さ・まぁぁぁぁぁぁ~!」

 

「おっとあぶねえ」

 

「ヒュッ……」

 

 甲板に立って物思いに更けていると、後ろから厭らしい気配と共に壱与が飛び込んできた。なので直前に一歩横にずれると、面白いように飛行船から落ちていく壱与。断末魔は短すぎて空気が漏れる音かと思ったが、あまりの高所からの落下に恐怖でのどが引きつったらしい。それだけを残して落下していった。

 

「……惜しい子を亡くしたな……」

 

「あら? こっちに壱与来なかった?」

 

 さらに卑弥呼まで顔を見せにきた。何かあったのだろうかと思いながらも、壱与のことを聞かれたのでああ、と前置きして応える。

 

「さっき後ろから抱き着いてきたから避けたら落ちてったぞ」

 

「そう。……あんなのでも弟子だったから、死ぬとき苦しんでなきゃいいんだけど」

 

 ……死ぬのは良いのか。まぁでも生前卑弥呼は壱与から命狙われまくってたからな。そう言っても不思議じゃないか。

 

「黙祷するのも時間の無駄だし用件話すけど会議するらしいから呼びに来たわ。奪還した人質匿う場所に送った後の行動とか話したいんだって」

 

「ああ、わかった。ありがとな」

 

 こちらを見上げる卑弥呼の頬をぷにぷにと突きまわして少し怒らせた後、その場から立ち去る。

 

「あ、もし壱与が化けて出たら相手してやってくれよ」

 

「いやよ。あいつ今でも悪霊みたいなもんなのに。相手して憑りつかれたら責任とってあいつ引き取ってくれるの?」

 

「卑弥呼も壱与もしっかり引き取って責任とるよ。当たり前だろ」

 

「……きゅん」

 

「え?」

 

「……何も言ってないわよ。さっさと行きなさい」

 

 ぺちんと腰のあたりを叩かれたので、これ以上聞くことも出来ずその場を後にするのだった。

 ……なんか可愛いのを聞き逃した感じはするんだけどなぁ。

 

・・・

 

 この船の船長であるコルベール先生、ツェルプストー関係者たるキュルケ、母親を救出できて少し顔が穏やかになったタバサ、そして俺とマスターの五人が即席で設定した会議室に集まって、机を囲んでいる。これからのことを話しあうと言ってもキュルケの家のどこに降下するかと、預けたあとどの航路で帰るかを大体ですり合わせるくらいのものだ。航海士……こちら的には航空士というのだろうか、その道のプロたちが考えてくれたものなので、こちらから何か言うことはないだろう。俺の経験なんてヴィマーナでのものしかないので、確実に参考にならないしな。餅は餅屋というから、任せていいだろう。その代わり、サーヴァントとの戦いだったり何か問題が起きれば、全力で手助けする次第ではある。

 

「……と、言うわけだ。理解できたかね?」

 

 地図を広げたコルベール先生からの説明を受け、俺たちは理解したことを示すためにそれぞれ首肯したり返事を返したりした。まぁとりあえずはツェルプストー家にキュルケとタバサが一緒にシルフィードで向かい、この飛行船が着陸できる場所を確保してもらう。それから領地に着いた後は護衛しつつツェルプストー家へ。キュルケの予想だとこれだけ大きい飛行船は家の前に直付けできないだろうとのことで、少し離れたところに停泊させ、そこから俺の宝物庫にある馬車で向かうというものだ。

 そこからは再び飛行船で学院に向かい、一区切りつくと言ったところか。

 

「ようっし、ならば二人には先ほど言った通り向かってくれ。君はこれまでと同じように全般的な警戒をしたり自由にしていて欲しい」

 

「ああ。もちろん。この船の防護は任せてくれ」

 

 自動警戒宝具やら自動防護宝具やらを張り巡らせているので、ヴィマーナと同等かそれ以上の守りがこの船を囲んでいる。カルナが襲撃しに来ても一秒は持つ計算ではある。一秒あればサーヴァントの内の誰かは反応できるだろう。

 

「さて、となると到着までは時間を持て余すな。……マスターでもからかいながら過ごすか」

 

 善は急げと言うし、さっそくマスターを探そう。

 会議室から出てマスターの部屋まで向かっていると、死角から腰のあたりにタックルを食らう。

 

「ギルさまぁぁぁぁ! なぁんで避けたんですかぁぁぁぁぁ!」

 

「おっと、壱与か。生きてたんだな」

 

「死んでると思われてた!?」

 

 俺の腰に抱き着いた壱与は、びぇぇん、と喧しく騒いでいる。まぁ英霊なんて生きてる死んでるっていうのは野暮なことっていうのはわかるけど……。普通あの高さから落ちたら致命傷に……そういえば飛べたなこいつ。まぁそうでなくても英霊なんて存在なんだ。霊体化すればなんとでもなるか。

 

「壱与の魂はギルさまと共に! ギル様が退去されない限り壱与もしませんとも! ……あ、ギル様に言われたときは別ですよ! いつでも死にます!」

 

「こっわ。死なないでこれからも末永く付き合ってくれよ」

 

「はい! そう言われるのであれば、あの緑色をぶち殺して不死の秘薬を手に入れることもやぶさかではありません!」

 

「……やぶさかではあれよ。一応同じ日本のサーヴァントだろ」

 

「……いやあの緑色は宇宙人じゃないですか……」

 

 珍しい声色の壱与にツッコミをいれられながら、廊下を歩く。それもそうだな。一応分類的には日本の英霊のはずなんだけれど、出身地月だからなぁ……。

 

「ありゃ、先をこされちゃったわね」

 

 そろそろ引きずるのも面倒だな、とか抱えて持っていこうかな、とか思い始めたころ。ひょっこりと卑弥呼が顔を出してきた。口ぶりからして壱与と二人して俺を探していたようだ。何か用件だったんだろうか……?

 

「……チッ。撒いたと思ったんですけどね……」

 

「なんか言ったかしら、馬鹿弟子?」

 

「……なにも言ってませんけど?」

 

「あ゛あ゛?」

 

「あんです?」

 

「こらこら、メンチ切らない。額押しつけ合わない。そんな不良の喧嘩の前みたいなことしないの」

 

 ぐりぐりと額をすり合わせながらメンチを切り合う仲がいいんだか悪いんだかわからない師弟を引きはがす。二人とも小柄で軽いからこういう時すぐ引っぺがせて便利だ。ベッドの上でも取り回しがしやすいので色んな体位を試せる……と言うのは余談だ。

 

「ちょっと! わらわを猫みたいに持つんじゃないわよ!」

 

「ひゃああ……こんなぞんざいな扱い……おもらししちゃいますよぉ……!」

 

「両方うるさいなぁ……投げるか……?」

 

 ちょうど近くに窓もあるし、二人とも飛べるし……行けるか?

 

「ちょっ、壱与は良いけれどわらわはそんな扱いしないでくれる!?」

 

「そっ、そうですよ! 壱与は良いですけど、卑弥呼さまをそんな扱いしたらダメですよ!」

 

 二人の共通認識が一致してる当たり、仲は良いんだろうな。……それか壱与の性癖が当たり前のようになっているのか……。

 

「よし、じゃあほら、いってこーい」

 

「え、ひゃっ」

 

 言われた通り壱与をブン投げて卑弥呼を降ろす。また短い悲鳴を残して落ちていった壱与を見て、何故か卑弥呼が青ざめる。

 

「……アンタ……自分で言っていたとはいえマジで投げたのね……」

 

「壱与なら喜ぶだろうと思ってな」

 

「壱与以外にこんなことしたらダメだし、わらわ以外にそんなこと言ったらだめよ。完全にサイコパスみたいなこと言ってるわ」

 

「はっはっは、おいおい、卑弥呼も冗談が上手いな。俺ほど人のことを思いやれる人間もいないぞ」

 

「すっご、何アンタ。サイコパスにキャラ変するの? ……滅茶苦茶上手くいってるわよ、それ」

 

 じっとりとした目でこちらを見上げてくる卑弥呼。……え、そんなに変なこと言ったかな。壱与相手ならいつも通りの言動なんだが。

 

「……まぁいいわ。壱与とあんたの蜜月とか聞きたくないし。……邪魔者もいなくなったしね。んふ」

 

 そう言って俺にしなだれかかってくる卑弥呼。……んー、今はマスターを探してるんだけどなぁ……ま、時間はあるか。

 

「ようっし、そこの部屋は空き部屋らしい」

 

「おあつらえ向きじゃない!」

 

 喜々として俺の手を引いて空き部屋へ突撃していく卑弥呼。……この後また飛んで戻ってきた壱与を含めて、何回戦かした後、空き部屋で気絶したように眠っているような顔をして気絶している二人を寝かせ、またマスターを探すために俺は単身部屋を出るのだった。……ややこしい表現だなコレ。

 

「さて」

 

 少し時間が掛かってしまったが、まぁまだまだ時間はある。まったり行くとしよう。先ほど二人に足止めを食らった廊下を再び進む。ちょうど曲がり角に差し掛かった時、曲がり角の先から謙信が歩いてくるのが見えた。

 

「お、謙信」

 

「うん? ああ、殿か。どうしたんだい、ぷらぷら出歩いたりして」

 

「マスターでも探して遊ぼうかと思ってな」

 

「ふふ、からかって、かい?」

 

 くすくすと笑う謙信。

 

「そう言う謙信は何してるんだ?」

 

「ふふ、巡回してるのさ。何かあった時にすぐ動ける人員はいた方が良いだろう? ……それに、こうして歩いてれば殿と出会えるかなって思ったんだ。……そこの空き部屋が使えるそうだよ?」

 

 そう言って謙信は俺の手を取る。……あれ、この展開なんか既視感が……。

 

「ふっふっふ、もう具足は脱いだよ。残りは……殿が……キミが、脱がせてくれるかい?」

 

 先ほどの消耗がないとは言えないが……こんなことを美女から言われて引くのは俺じゃない。それに生前は一週間ほどずっと閨に詰めていたこともあったんだ。この程度問題はない。

 

「あっ、ちょっと、まだ部屋に入ってな……やんっ」

 

・・・

 

「……少しやりすぎたな。流石は武将……身体の使い方を分かってるな……」

 

 最後には逆転できたが、あそこで腰を掴んでなければやられてたな。あれは天性の腰使いだな。次は油断しないようにしよう。

 

「む、良い所にいた」

 

「信玄か。どうしたんだ?」

 

「うむ……この体が少しずれているような気がしてな。お前さん、女体には詳しいだろ。診てはくれんか」

 

「……詳しいってほどじゃないけど……。っていうか俺が詳しいのはどっちかっていうと魔力供給とかその辺のアレコレなんだが……」

 

「む、ならちょうどよいではないか! この体に魔力供給ついでに調整をしてくれ!」

 

「えっ、でもその身体他人の……」

 

「わしがおらなんだら死んでおる身体じゃ! 文句も言うまいて! それに女体だとどう感じるのかも気になるしな! わっはっは!」

 

 呵々大笑する信玄に引っ張られながら、俺は心の中で謝る。……本当にごめん、いつか完治して意識が戻るようになったら土下座するし責任ちゃんととるから! 

 ……ちなみに初めてだったようだし、信玄もなかなか奇妙な体験であると痛がりながらも笑っていた。……信玄の元の姿見てたらたぶんできてなかったな。よかった、座で出会ったのが鎧姿で。アニエスの身体は少しずつ慣れてきたのだが、最後に少しだけ違和感があった。そこを集中しながら探っていくと、信玄の言う『不調』の元のようなものがわかった。多分だが、信玄の霊基にアニエスがまだ慣れ切っておらず、戦闘を重ねるごとに積み重なった『ズレ』が表面化してきたのだろう。その辺を調整したので、しばらくは大丈夫だろう。

 

「かっかっか! なるほど、おなごの気分とはこんなものだったか。……ふぅむ、興味深い。また機会があればわしを抱け!」

 

「ベッドでは可愛げもあったのにな……」

 

 まぁこれから次第だろう。元気に笑うアニエス(信玄)の顔を見れば、満足と言うものだ。

 

「そう言えばどの程度回復したんだ?」

 

「む? ……まぁそうじゃのー……最近は少し戦闘で無理したところもあるしの。体感で七割から八割と言ったところか。もう少しすればきゃつの意識も戻ってくるじゃろうて」

 

「そうか! それは良かった!」

 

 アンリもアニエスのことは心配していたし、これならば向こうに戻った時いい報告が出来そうだ! 

 

「うむうむ! わしも鼻が高いというもの! それにこの体の持ち主たるおなごが目覚めれば、さらに戦いやすくなろうて!」

 

 今は信玄が体を動かすのも鎧を展開して魔力を展開するのも担当しているから少しだけ動きにラグのようなものがあるらしいのだが、アニエスの意識が戻れば、それを分担することができるためもっと効率的に戦えるのだそうだ。

 ここからは戦力がどれだけあっても困ることはない。良い兆候だな。

 身体慣らしついでに飛んでくると言った信玄を見送り、俺は一旦甲板で休憩することにした。……結構疲れたしな。

 

・・・




――ステータスが更新されました。

クラス:ライダー

真名:三コ 性別:男 属性:秩序・善

クラススキル

対魔力:E
魔術に対する守り。無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

騎乗:B

保有スキル

巨躯:A++

■■:E+

直感:A

能力値

 筋力:A++ 魔力:E 耐久:B 幸運:C 敏捷:A 宝具:B

宝具

■■■■■■■■■■■(■■、■■、■■■!)

ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:自分自身 最大補足:―


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第六十二話 唯一無二の得意技

「……女の扱いとか?」「……否定はできないけど肯定もしづらいこと言うのやめてくれよ」「だってそうじゃない。あんたったらあっちに女がいたら声かけて、向こうに女がいたら声かけて……なんかムカムカしてきたわね」「おいおい……まぁ、そう思わせてるのは申し訳なく思うけど……」「……むぅ。そう言われたら……まぁ……あ、こら、撫でるなっ。撫でておけば機嫌よくなると思ってるでしょ!」「はっはっは、撫でやすい所にあるからな。ごめんごめん」「あっ……むぅ。やめるの?」「……おいおい、可愛い所もあるもんだな。……その内絶対手出すな、俺」


それでは、どうぞ。


 何故か歩いてるだけでサーヴァントからのボスラッシュを受けていたのだが、一旦落ち着けたみたいだ。少し甲板で風に当たると、心地よい風が頬を撫でる。……俺の防御宝具で弱められているから心地よいだけで、たぶんそのまま吹き付けられていたら俺の一人や二人は吹っ飛んでいるくらいの風があるとは思う。それなりに速度もあるしな。いくら俺のステータスが高くとも、そもそもの重量的に抵抗できないのだ。こういう時は宝具は偉大だと感じるな。

 

「あっ、いたっ!」

 

「ん? ジャンヌ?」

 

 ばん! と勢いよく扉を開けてこちらを勢いよく指さしてくるジャンヌ。……いつになく珍しい眉の吊り上がった表情である。芋っ子のジャンヌがこんなキリッとした顔をするのは本当に珍しい。何かあったのだろうかとこちらにずんずん歩み寄ってくるのを見ていると、俺の前で立ち止まる。

 

「ギルさんっ!」

 

「お、おう?」

 

 なにやらとてもお怒りのようである。取っておいたお菓子を食べられたとき以外で見たことのない表情に俺が驚いていると、そのままの勢いでジャンヌが口を開く。

 

「卑弥呼さんも壱与さんも謙信さんも信玄さんもさっきから私とすれ違うたびに意味深な笑みを浮かべて下腹部さすってェ! なんであのラインナップに信玄さん入ったんですかねぇ!?」

 

「あー、いや、それは結構やんごとない理由があってだな……」

 

「絶対ない! ギルさんは可愛い子は見境なく手出すから手出しただけですよね!?」

 

「……すんごい押しが強いな……」

 

「……許されたければ、わかりますよね? ……まだ十回はできますよね?」

 

 できると言えばできる。……良かった、休憩しておいて。それにまだ時間はあるしな。……最後にいるであろう小碓のためにも少し抑えめに行くか。早めにジャンヌをつぶすとしよう。

 

「行きますよッ! もうみんなから空いてる部屋は教えられてるのでそこ行きますっ!」

 

 俺の手を引くジャンヌに苦笑いしながら、俺はジャンヌにつれられるままに空き部屋に入り……何とか一時間ほどでジャンヌをノックアウトしたものの、一息ついたところでいつの間にかジャンヌと入れ替わっていた小碓とさらに一時間ラウンド2を行ったことをここに記す。……カルキは来ないよな? こういうこと言うとフラグたちそうで嫌なんだが……。

 

・・・

 

「お、ようやく見つけた」

 

「は?」

 

 一人でなにやら黄昏ているっぽいマスターを見つけたのは、先ほど来た甲板であった。ジャンヌと小碓をつぶした後に部屋に行ったがおらず、他の所を探しているところでの発見であった。なんだか感動したので、マスターを抱き上げてみる。

 

「ひゃぅっ! ちょっと、急に何よっ」

 

「マスターに会えてうれしくてな。嫌だったか?」

 

「……そう言うの聞くの、ずるいと思うわ」

 

 正面から抱き上げているので、耳元で囁くようになってしまったが、マスターは照れくさそうにそう言って俺の首に手を回してきてくれた。うんうん、二人っきりだとだいぶ素直になるようになったなぁ。今までだったらもう少し暴れていただろう。それでも止めなかったら最終的には受け入れてくれるという確信はあるが。

 

「だいぶ冷えるだろう。宝具で弱めているとはいえ、上空の空気は冷たい。体を冷やす前に部屋に戻ろうか」

 

「……降ろしなさいっ」

 

「やだね。ほーれぐりぐりー」

 

「ばかっ。子供みたいなことしないのっ。……ちょっと待って、あんた肌すべすべね……!?」

 

「お、褒められて悪い気はしないな。いくらでも触っていいぞ」

 

 俺がそう言うと、はじめはおずおずと。少ししたらぺたぺたと遠慮なく俺の顔を触ってくるようになった。はっはっは、どうだどうだ。英霊王のすべすべほっぺだぞー。

 よく獣系や鬼系や神系や蛇系や姫系やらに舐められ……む? ほぼすべてか? まぁ可愛いもんだ。

 つまるところこの体はぱーぺきってことになるな。

 

「この前ジャンヌの頬も触ったけど、あの子はすべすべよりもちもちって感じなのよね」

 

「ああ、ジャンヌはほっぺたの柔らかさが持ち味だからな」

 

 引っ張ると良く伸びるのだ。一時間は時間がつぶせるぞ。

 

「そういえばマスター、帰ったらテファのこと気にしてやってくれよな」

 

「……ええ? ……まぁ、気にかけてはあげるけど……。でも、公爵家の私と繋がりがあることを示しちゃうと、あの子が困るわよ?」

 

「ああ、そうか。その場合はみんなからも興味を持たれちゃうからな……難しい所だな」

 

「ま、これから私たちの側で過ごしていくっていうなら、社会の過ごし方っていうのを学ばないとだしね」

 

 うーむ、その言い分も確かにわかるな。テファも人とのかかわり方、貴族との接し方と言うのは身につけないといけないわけだし……。

 

「そうだな。それはそれとして、困ったことがありそうなら助けてやってくれよ? 俺もしっかり見ておくけどさ」

 

「仕方ないわねぇ……」

 

 彼女にはそもそもエルキドゥもいるし、あんまり干渉するのも良くはないだろうしな。

 

「この後学院に戻ったら一度様子を見てみるよ。またその時助けが必要ならお願いしようかな」

 

「それが良いわね。私も知らないふりはできないし……。頼むわ」

 

「よっし、そうと決まれば向こうに着くまでは暇だな。一緒に寝るとしよう。……あ、その前に露天風呂作ったんだよ。一緒に入るか?」

 

「え、露天風呂ってあの外で入るお風呂でしょ? ……それ飛行船に作るって……どういう感性してんの、あんた」

 

「はっはっは、上空で露天風呂って景色がいいと思ってな。なかなか乙なもんだと思うぞ。信玄なんてさっき教えてからずっと入ってるし」

 

 そろそろふやけて溶けそうなので引き上げるついでに俺もさっぱりしようかなと思っていたのだ。

 

「ほらほら、マスターも露天風呂の寒いけどお湯が暖かいっていう不思議な状態体感しに行こうぜ」

 

「ちょっと、私はまだ行くって言ってな……お風呂って言ったわよね!? 裸になるってことじゃない! ちょっと、あんたは恋人だけどそこまで許しては……ちょっと聞いてるの!?」

 

 なんとか宥めながら一緒に露天風呂へ入ることはできた。ぶつくさ言ってはいたが、なんだかんだ気に入ってくれたようだ。まったりと温かいお風呂で寛ぎつつ、空からの景色を見るというのが新感覚だったようで、結構な時間浸かっていた。気に入ってもらえたようで何よりだ。

 

・・・

 

 

 学院に戻ってきた。久しぶり……と言うほど離れてはいなかったが、起こった事件が事件だったので、だいぶん離れていたように感じていた。こちらに帰ってきてからは荷物を片付けたり旅の疲れを癒したりしながら日々を過ごしていた。

 さて、そんな感じで一日二日過ごしていると、次のやるべきことができてくる。そう、テファがどうなってるか、である。彼女は一つ下の一年生として編入しており、すでに二週間ほどが経過している。編入と言いつつもみんなと同じ時期に入っているので、友達くらいはできているだろう、と思っていたのだが……。

 

「ええ? そんなことあるぅ?」

 

「いえ、まぁ、その……あの美しさですから。『金色の妖精』と呼ばれているようですわ」

 

 直接の知り合いは一年生にいないため、少し近い二年生からと思ってケティを誘ってお茶をしているのだが、なんとも驚くことばかりだった。……いやまぁ、人類の半分くらいはテファには勝てないだろうからなぁ……。

 

「それであの取り巻きか……」

 

 俺たちの座るテーブルから少し離れたところでは、目深に帽子をかぶっているテファが様々な学年の男の子たちから世話を焼かれ、言い寄られている姿であった。

 

「アルビオンからいらっしゃったんですよね? ギル様のお知り合いと言うことですし……オルレアン家に関係のある方なのですか?」

 

 ケティは俺のカバーストーリーの方である『アルビオン辺境伯』の知り合いなのではとあたりを付けたらしい。……まぁそうしておいた方が楽か……?

 

「それでしたら、早めに後ろ盾となってあげるのが良いかと……最近クルデンホルフ大公家のベアトリス殿下がテファニアさんのこと目の敵にしてるようなお話をたまに聞くので……」

 

「む? クルデンホルフ……? なんかそんな家聞いたな。やんごとない血筋だって」

 

「そうなんです。トリステイン王家と血縁関係にあるんですって。少し遠いんですけど」

 

「なるほどなー……」

 

 俺にもそんな奴があったな。生前は俺の血を濃く継いだりした子が一部宝具を共有出来たりして驚いたものだ。

 

「そうなると少しあれだな。テファにその辺を教育してあげないとダメかもな」

 

 あの森の中で牧歌的に暮らしてきた女の子だ。そう言う世俗のあれやこれやは確実に疎いに違いない。それにあの性格だと、この世にはちょっとした地雷を踏んだだけでへそを曲げて敵対する人間がいるってことも教えてあげねばならないか。

 ……しかし、そのクルデンホルフ大公家とやら、少し調べる必要があるか。

 

「ケティ、一年生に仲のいい子はいないかな? 少し聞きたいことがあるんだけど……」

 

「一年生に……もちろんいますわ。同じ同好会の子が。ご紹介するのは吝かではありませんけれども……」

 

 そう言うと、カップを持ったままこちらを上目遣いに見つめてくるケティ。少し表情が不安げになっているのは、これから言おうとしていることに罪悪感か何かを感じているからだろうか?

 

「その、見返りと言っては卑しいかもしれませんが……その、今度一緒にお出かけしませんか?」

 

 お出かけ。確かに最近城下町とか行ってなかったな。そうじゃなくても最近は必要な場所にしか言ってなかったから、少し息抜きも必要かと思っていたところだ。ケティのような可愛らしい子が一緒に出掛けてほしいと言ってくれるのなら、なおさら行きたくなってくる。

 

「そのくらいはお安い御用だよ。見返りと言わず、どこか出掛けたいときは遠慮せず頼ってくれ」

 

 俺がそう応えると、先ほどの暗い表情から一変し、嬉しそうな顔に変わった。

 

「まぁ! それは楽しみですわ! ありがとうございます!」

 

 楽しそうな表情で最近の同好会の話をしてくれたケティと共に、お茶のあと一年生の下へ案内してもらった。数人の一年生は急に紹介された俺のような男に驚いていたが、ケティの知り合いであること、そして俺の持ってきたお土産のお菓子が王都でも人気のお菓子だったことからすぐに打ち解けてくれた。

 

「……ふぅむ、なるほどなぁ」

 

「でも、ベアトリス殿下もそうですけど、取り巻きのお方たちもあんまり評判は良くないというか……」

 

「立場を弁えて目立たなければ特に何もないんですけど、ちょっとしたことで取り巻きの人たちが怒ったりして……」

 

「だから、最初は男性の人気も凄かったんですけれど、今ではテファニアさんが人気者になっちゃったから……もしかしたらテファニアさんに何かあるかもって不安なんです」

 

 少し打ち解けてから話を振ってみると、やはり女の子たちは独自のネットワークがあるのか、すぐに情報が集まってきた。

 

「そうだったか……ふぅむ……取り巻きの子たちの名前は?」

 

 そう聞いてみると、取り巻きの四人の子たちの名前が聞けた。家名はたしかどこかの男爵だったかどこだったかだった気がするけど、そこは大事じゃないだろう。外見的特徴と名前とを聞いて、俺は少しだけ動くことにした。……あんまりすべての困難を取り除くのは成長を妨げるからやりたくはないけれど……。大公家の子にハーフエルフの正体がばれるようなことがあればかなりまずいことになりそうだ。個人では解決しづらそうだし、そもそもテファはまだ他の人間との接し方になれていないだろう。一年後に同じような事件があれば任せようと思うかもしれないが、今は少し手助けをするとしよう。

 

・・・

 

「……あら? シーコはどこへいったのかしら?」

 

「……確かにそうですわね。朝は見たのですけど……」

 

 いつものようにお昼を済ませてティータイムを楽しんでいると、そういえば席が一つ空いていることに気づいた。いつもわたしの周りにいる中の一人がそう言えばいないなぁと気づいたのだ。……まぁ、彼女にも用事はあるだろうし、それこそお花を摘みに行っているのかもしれないし……。

 

「まぁ、すぐ戻ってくるでしょう」

 

「そうですね。あっ、このスコーンどうでしょうか? こちらのジャムで食べるととてもおいしいですよ!」

 

「あら、良いわね。……本当、美味しいわ」

 

・・・

 

「……あら? 今日はビーコもいないのね?」

 

 シーコと共にいなくなってしまったようだ。……どうかしたのかしら?

 

「最近夜に部屋にいないこともあって……何かあったのでしょうか?」

 

「うーん……あの田舎者に声を掛けようかしらと思っていたのだけど……」

 

 なんだか最近集まりが悪いですわね……。

 

・・・

 

「……ねえ、今日はエーコも?」

 

「……その、ようですね……」

 

 朝は一緒に朝食をとったからいるはずなのだけれど、こうしてちょくちょく席をはずすことが多くなった気がする。……他の貴族からの干渉かしらと思ったけれど三人とも会った時に聞いても特にそんなことはないというだけだし……。

 

「もうっ、肝心な時にいないんだからっ」

 

・・・

 

「……ついにリゼットも席を外すように……?」

 

 エーコがいなくなったあたりまではまだ少しムカつきの方が勝っていたけれど、リゼットまでこうしていなくなるようになるとどうも恐怖が勝ってくる。……これは今あの田舎者なんかに構っている暇はないのかもしれない……。

 平民のメイドが淹れた紅茶を飲み干すと、わたしはリゼット達を探すために学院に戻るのだった。

 

・・・

 

「あっ、ベアトリス殿下!」

 

「リゼット! エーコ達も。どこへいってたの!?」

 

 少し廊下を歩くと、向こう側から歩いてくる四人を見つけた。わたしをみつけると、何事もなかったかのようにやってくるが、何があったのか聞かないと……。

 

「ちょっとあなたたち。最近どこかへ行くことが多いわね。何をしてるの?」

 

「あっ……と、少々同好会の方へ……」

 

「同好会? 何か入っていたんだったかしら?」

 

「女子援護団というのに……その、お世話になっている先輩がいるものでして……」

 

 そうだったのか。……そう言えば私に学年が上の知り合いはいなかったなとふと思う。そもそも他国の人間と言うのもあって、同じ学年にすら知り合いはあまりいない。しかし、先輩……先輩か。そっち方面は少し考えていなかったな、と思う。ふぅむ、二年生や三年生に勢力を広げるのもありか。

 

「今度ご紹介いたしますね! ケティ・ド・ラ・ロッタと言う方なんです。二年生なのですが、とてもお優しくて……しかも、あのオルレアン辺境伯ともお知り合いなのです!」

 

 リゼットが少し興奮したようにまくし立ててくる。オルレアン辺境伯……最近聞くようになった、アルビオンの代行統治者として抜擢されたという、新進気鋭の貴族だったはずだ。……このトリステインの貴族にしては、ウチに頼らず上手くやっているらしい。それだけ優秀ならば、知り合っておいた方が良いかもしれない。確かオルレアン辺境伯は独身だったはず……引っかけられれば、かなりの良物件だろう。わがクルデンホルフ大公家がアルビオンを手に入れられれば、とんでもなく大きい戦果と言えるだろう。

 

「ふっふっふ……。リゼット、今度私にもそのお二方を紹介してほしいわ。ぜひ! クルデンホルフ大公家と良い関係を築きたいものですしね!」

 

「はっ! もちろんです! お二方とも、喜ぶと思いますわ!」

 

 リゼットがそう言うと、残りの三人も笑う。

 

「それが良いですわよね! 殿下も『お仲間』に入ってくれれば、とっても愉しそう!」

 

「確かに! 殿下もきっと『悦んで』下さるわ!」

 

「わぁ、とっても良い事ですわね!」

 

「ええ……本当に。早く『王さま』にお伝えしないとね……」

 

 三人がきゃいきゃいと私に笑いかけていたからか、うつむき気味のリゼットが何か言っていたような気がしたけれど、聞き逃してしまった。

 

・・・




「本当に『王さま』の言う通りになったわね」「ええ。誘ってくださったケティ先輩にはお礼をしませんと」「それに……これで『ご褒美』は私たちのものね」「まぁ! まぁまぁ! まだお昼ですわよ! はしたないですわ!」「でも楽しみなのでしょう?」「……ええ、まぁ、その……」「みんな気持ちは一緒ですわ。そしてきっと、ベアトリス殿下も……」


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第六十三話 無残な一撃

「最後の一撃は、いつも、気持ちイイ……!」「おいおい、こいつ一回怒られた方が良いんじゃないのか?」「……壱与に何言っても無駄でしょ。それよりこいつが事切れたんだから次はわらわ……よね?」「まっ、まだ壱与はっ! 壱与は満足してなっぐぉ!?」「……大人しく死んでなさい。次起きたら、首いくわよ」「……きゅう」「……無残な、と言うか容赦ない、と言うべきか……」
 

それでは、どうぞ。


「ごきげんよう」

 

 女子援護団――元々はケティが所属していた料理同好会が、戦争が起きたことをきっかけに少しずつ変化して、現在では学院に所属しながら軍属でもある水精霊騎士隊(ギーシュが隊長を務めている)を支えるために活動している同好会――が活動中、その活動を支援しているオルレアン辺境伯……と言う体でこの援護団を私物化している悪徳貴族たるこの俺は、こちらに挨拶をしてくるリゼット達を笑顔で迎えた。

 彼女たちはクルデンホルフ大公家の令嬢たるベアトリスと親しい……つまり、取り巻きをやっている貴族の娘さんたちである。確か下は子爵から上は伯爵までいた気もするが、今回その辺の家は関係ないので無視することにする。大切なのは、少しずつ彼女たちを篭絡していき、ベアトリスを軽く孤立化させることと、彼女たちの意識改革をしていくことである。流石に大公家ともなると正面からでは家柄的に太刀打ちできず、アンリやら枢機卿の力を借りることになってしまう。流石にそれをやるにはまだ早いので、こうして俺の得意技である『女性と仲良くなること』を前面に押し出し、周囲から責め立てているのである。

 ――どこかのはわわと慌てる軍師は言いました。戦う前に、戦いの結果は決まっているのだと。事前にどれだけの準備をして、策略を巡らせるかで戦自体が始まる前に勝敗は決まるのだと。そんな軍師が生前身内にいたもので、俺もこういう搦め手はそれなりに使えるのだ。しかも相手は女の子だし。女性・学生タイプに対して性王タイプは弱点を突けるので、四倍のダメージを与えることができるのだ。ふっふっふ、恨むのなら俺に目をつけられたことを恨むんだな!

 

「やぁ、リゼット達じゃないか。今日も来てくれたんだな」

 

 戦闘時のように髪を立ててバリバリの俺様系もできるが、今の俺は髪を降ろして王子様系の柔らかモードだ。このモードだとさらに乙女タイプに弱点を突けるので、六倍ダメージなのである。何のダメージなのかって? そんなもの俺も知らん。

 リゼット、エーコ、ビーコ、シーコの四人は一人ずつこの援護団に取り込んでいき、つい先日ついに全員の陥落を達成した。今ではケティの指揮のもと、騎士隊におにぎり作ったりクッキー差し入れたり訓練を応援したりと八面六臂の活躍をする期待の新入部員となったのだ。……団員か。彼女たちは裁縫、料理等の家事スキルに適性があったらしく、メキメキと実力を上げてみんな笑顔で活動するようになってくれた。たまに『ご褒美』をねだられるが、その程度可愛いもの。彼女たちがこうして手元にいてくれるなら安いものである。

 

「もちろんです! ケティ先輩、本日は何を?」

 

「今日はみんなでクッキーを作ろうかと! なんとギルさ……オルレアン辺境伯よりとてもよいオーブンをいただいたのです!」

 

 そう言ってケティは『ばっ』と部屋の一角に掛けて有った布を取り去った。そこには俺の宝物庫の中身をアルキメデスがちょちょいのちょいしたとても便利なオーブンの姿が。予熱したり焼き上げたり、その辺の効率を上げているらしく、いつもより短い時間で調理できるらしい。その辺は俺にはわからないのだが、アルキメデスの言うことだ。本当に効率化されているのだろう。

 新しいものを見るとはしゃぐのは人類共通なのか、みんな嬉しそうにあれを作りたいこれもやってみたいと盛り上がっているようだ。うんうん、そう言ってもらえると用意した甲斐があったというもの。ケティなんて嬉しさのあまり俺の胸に飛び込んできたくらいだ。もちろん抱き返した後に頭を撫でてあげた。その所為かわからないが、ケティは未だこっちを直視しないし耳が真っ赤だ。愛い奴め。

 

「そういえばオルレアン辺境伯様! ベアトリス殿下がオルレアン辺境伯様にお会いしたいとおっしゃってましたわ!」

 

「ほほう、それは良いことだ。おいでリゼット。『ご褒美』をあげよう」

 

 そう言って俺が手招きすると、リゼットは顔を赤くしてこちらに近づいてくる。えっと、リゼットは何だったかな。あ、そうそう。『顎をくいっと上げて「姫」って言う』だったな。……少し恥ずかしいが、まぁ姫は俺の身内にたくさんいる。あとはその時のことを思い出しながらやるだけだ。ちなみにエーコは『壁ドン』ビーコは『おでこをくっつける』シーコは『お姫様抱っこ』である。生前の欲の薄い俺の侍女(黄金ではない)を思い出す……。こんなことで頑張ってくれるなら、いくらでもやる所存である。俺も得するし彼女たちも嬉しい。一石二鳥なのだ。

 

「お゛っ゛」

 

 ちょっと汚い声を上げて、リゼットが倒れる……前に、エーコ達三人が受け止めた。まるで倒れるのがわかっていたようだった。

 

「リゼットさま! お気を確かに!」

 

「ちょっと淑女にあるまじき声でしたわ!」

 

「でもお気持ちはわかります……!」

 

 それぞれにそれぞれの励ましを受けたリゼットは、ふらふらとしながらもなんとか立ち直った。

 

「……ありがとうございます、エーコ、ビーコ、シーコ……私たちは幸せ者ですね……」

 

 そう言って四人はがっしと強く手を握り合った。……わぁ、まるでスポーツ漫画の熱い展開みたいだ……。

 そんな彼女たちを温かい目で見つつ、俺はベアトリスのことを考える。……大公家とはいうものの、マスターの情報やリゼット達の話によると元はゲルマニア生まれとのことだった。マスターはそのあとに『キュルケと同じ成金よ』と吐き捨てるように言っていたが、それでギーシュの家やらは懐を握られているので馬鹿にも出来ない。俺も黄金律があるから成金究極形態みたいなもんだしな。あんまり人のことは言えん。

 しかし、会ってどういう関係を築くかだな。あまり変なことをしてはテファに被害がむいてしまう可能性もある。

 

「ふぅむ……どうす……なに?」

 

 悩んでいると、念話が飛んできた。なんでも、テファが授業中にエルフの耳をさらけ出したとのことだった。……なんで? 彼女には耳隠しの宝具を預けているので、彼女の耳があらわになるということは、彼女自身が見せようと思ったということである。……なにがあったのだろうか。メイドとして動いているエルキドゥは流石に過剰戦力だし、テファの成長を見守りたいからと不干渉に徹するらしく、今はベアトリスの親衛隊である騎士団と謙信、信玄、ジャンヌが睨み合っている状態らしい。……ほんと、何があったんだ?

 

・・・

 

 ――さかのぼること一時間前。テファは鏡の前である決意をしていた。今日は貰った首飾りを付けずに、母親の残した伝統的なエルフの衣装で授業に出て、みんなに自分がハーフエルフだということを明かし、隠すことなく仲良くなってくれるようにお願いしようと思っていたのだ。ギルやルイズ、今まで出会ったこの国の人たちはエルフと言うことに恐れずに仲良くなってくれたので、最近の人たちはしっかりと内面を見て仲良くなってくれるのだと思ったのだ。今までの持ち上げてくれるようなみんなの言葉には少し戸惑ってしまうが、こうして仲良くなろうと話しかけてくれたりするのなら、人と耳が違うくらいで何かあることはないだろう、と。

 

「うん、よしっと。……上手くいくよね、お母さん」

 

 久しぶりに引っ張り出した思い出の衣装をぎゅっとにぎり、テファは鏡の中の自分を力強い瞳で見つめた。この準備をしていたせいで少し遅れてしまったが、今から行けば授業には間に合うだろう。

 

「少し急がないと……」

 

 そうしてテファは教室にたどり着き……。そこで、『エルフ』に対する恐怖と敵対心を知るのだった。

 

・・・

 

「父を……父を侮辱しないで!」

 

 エルフの耳を見せた後。混乱した教室中を治めようとしたが、とある一人の女生徒の一言に、激昂してしまった。その瞬間、教室の窓ガラスが割れ、その女生徒……ベアトリスの私兵である空中装甲兵団が飛び込んでくる。

 

「おっと、そこまで行くなら私たちも出ようじゃないか」

 

「えっ?」

 

 突然聞こえた声に振り向くと、教室の扉を蹴破って私の前に誰かが飛び込んでくる。

 

「あなたたちは……」

 

「ギル……おっと、オルレアン辺境伯配下騎士団、セイバー」

 

「同じくライダー」

 

「えー……その名乗りやらなきゃダメ……? ……うぅー、同じくキャスター……」

 

 ギルさんの召喚したサーヴァントさんたち……そのうちの三人が、私をかばうように立ってくれている。それだけで、こうして囲まれている状況でも安心することができた。

 

「なによあんたたち。そこのエルフをかばうの?」

 

「もちろんだとも。はっはっは、斬り合うならお相手するが?」

 

 そう言って、セイバーさんは腰の刀を抜き放つ。ライダーさんは突入時にはすでにあの赤い鎧を纏っていて、キャスターさんはいつも使っている鏡を構えている。……教室、消し飛んだりしないよね……?

 

「私に盾突くってことはクルデンホルフ大公家に盾突くってことよ! それにエルフを庇うっていうのなら、あなたたちのことを異端審問にかけてもいいのよ!」

 

「はっはっは、異端審問だとさ。それ、ウチのジャンヌの前では言わない方が良いよ。地獄みるからさ」

 

「『くるでんほるふ』だか『食う寝る遊ぶ』だか知らないが、やりたいならかかって来い。我らはそれで恐れたりはしないさ。それとも何か? 竜に乗るまで待ってほしいというのか?」

 

 赤い鎧に身を包んだライダーさんは、周りを取り囲む兵士たちをあざ笑うように挑発する。それで兵士さんたちは少し苛立った様子で力を籠めるのが見えた。

 

「まぁよい。ここでやってもいいが、教室を破壊しては流石に申し訳がたたん。貴様たちの天幕に行ってやる。そこで待っているぞ」

 

 ライダーさんはそう言うと、私を抱えて割られた窓から飛んで行ってしまう。わ、わ、わ、結構早くて怖い……。

 

「あー、もう。バカは考える前に行動するから……まぁいいや。待ってるよ、食う寝る遊ぶ大公家のなんとかさん」

 

「……はーっ。なんでこんな茶番に付き合わなきゃ……くっそ、壱与め……じゃんけんだけは強いんだから……」

 

・・・

 

「あらよっと。お邪魔するよー」

 

「な、なんだ貴様……ぐあぁっ!?」

 

「お、おい、あれってエル……ぐえっ」

 

 たくさんの天幕が張ってある、空中装甲兵団の駐屯地。そこに降り立ったライダーさんが、何事かと出てきた兵士さんたちを手のひらからでる光線で吹き飛ばしたりして、そこにセイバーさんたちも追いついてくる。それからまた、教室での再現のように、再び取り囲まれる私たち。……これ、異端審問とかの前にそもそもベアトリクスさんのお家との問題とかになったりしないのかしら……?

 それから少しすると、教室にいた兵士さんたちや、ベアトリクスさん。そして、騒ぎを聞きつけたのか多くの学生さんたちもやってきました。

 

「まったくもう、騒ぎを大きくしかしないんだからなぁ……」

 

「……わらわ、もう帰りたいんだけど……帰っていい?」

 

「だぁめ、この件は解決しないとでしょ」

 

 私たちを取り囲んでいる兵士さんの間から、ベアトリクスさんがやってくる。

 

「はぁ、はぁ……まったく、急に飛び出して……まぁいいわ……アンタを異端審問にかけようと思っていたけど……ここで故郷の田舎に帰るというのなら、見逃してあげてもいいわ」

 

 尊大な態度でそう言ってくるベアトリクスさんの目を見て、私は気づいてしまった。……彼女は『エルフ』が憎かったり、何か怒りを抱いていたりするわけじゃない……彼女の目には、私を陥れられるという『歓喜』のようなものが浮かんでいるのが見えた。……彼女はきっと、私がエルフだとかはどうでもいいのだ。それはきっかけに過ぎない。私が気に入らなくて、どうにかして排除したくて、そこに私がエルフだというのが発覚したから、それをきっかけに追い出したいだけ。だから、『田舎に帰れ』と私を脅しているのだ。

 

「あなた……かわいそうな人なのね」

 

 つい、そう言ってしまった。自分の思い通りにならないのが嫌で、今までこうして力で自分の望みをかなえてきて、今も癇癪のように私を責め立てている。

 

「自分の思い通りにならないと気が済まないなんて……子供なのね、あなた」

 

 私もたぶん、怒っていて冷静じゃない。いつもならこんなことは言わないのに、どうしても口を突いて出てしまったのだ。

 

「――っ!」

 

 ベアトリスさんの顔が、真っ赤になる。

 

「それに私、ずっと外の世界が見たいって思ってたの。それでこうして協力してくれる人たちがいる。それなのにあなたみたいな卑怯者に帰れと言われて帰ったらみんなに合わせる顔がないわ」

 

「……空中装甲兵団! お望み通り、審問して差し上げて! 空中装甲兵団(ルフトパンツァーリッター)前へ(フォー)!」

 

 怒りのままに告げられた命令に、兵士さんたちが鎧の重厚な音を立てながら前に出てくる。一番立派な格好をしたお髭の人が、笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「たかが三人で何ができる。……けがで済むと思うなよ」

 

「はっはっは、怪我なんかしないからその心配は無用だよ。かかっといで」

 

・・・

 

「ほい。一つ。ほい。二つ。ほい。三つ」

 

 どう、と音を立てて、兵士たちが倒れていく。兵士の間を駆けるセイバーが刀を振るうたび、糸が切れた人形のように兵士たちは意識を失っていく。流石にそこまでする気はないのか、全員峰打ちで気絶しているだけのようだ。魔法も飛んでくるが、そもそも密集している兵士の間をかく乱させるつもりで駆け抜けているため、同士討ちを恐れてあんまり放たれていないので、意識はしていないが。

 

「しっかしまぁ、よっと。どこからこんなに、えいっ。連れてきたんだか、よいしょっ」

 

 足を払い、腕を捻り、鞘で打ち、柄で殴って戦闘不能にしていくセイバー。首を飛ばした方が早いんだけどな、と心の中でひとりごちるも、そこまで騒ぎを大きくすることもないと自分を納得させ、運よく飛んできた魔法を刀で打ち払う。前衛に向かないキャスターを防衛に置いていると言っても、防衛対象であるテファに攻撃でも当たっては意味がない。

 それはそれとして、主が女の子の動きを予想できずに先手を打たれるなんて珍しいなぁ、とも思った。こんな学生程度、手のひらでコロコロしてテファの成長の糧にでもしそうだけど……なんて考えているうちに、信玄の方も制圧が終わったようだ。兵士も向かってこなくなったし、魔法も飛んでこなくなった。周りで見ている学生たちの盛り上がりも相当なものになっているので、この辺で刀を収めるか、と一息ついた。

 

「まだやるかい? ……残りは君くらいのものだけれど」

 

 一人も切っていないけど、癖で刀を血振りして、そのまま今回の首魁……ベアトリスに向けて切っ先を向ける。うぐ、とあたりを見回すが、唯一の味方である兵士たちは数人しか立っていないし、その立っている人間も無傷ではない。

 

「く、馬鹿にして……!」

 

 そう言って呪文を唱え、杖を振り下ろそうとするが……。

 

「その辺でやめときなさい。貴人ならば引き際も重要よ」

 

 かなり出力を絞った魔力の光線が、その杖を飲み込んだ。セイバーは目線だけをキャスターに向けると、それに気づいたのか肩をすくめた。『この辺がギリギリでしょ』と言っているように感じたので、それもそうか、とセイバーは刀を鞘に納めた。

 そのタイミングを見計らっていたかのように、新たな人物の声が聞こえてくる。

 

「どうやら決着はついたようだな」

 

「オルレアン辺境伯様!」

 

 テファもその名前を聞いて、はっと振り返った。全員の視線が、オルレアン辺境伯……ギルに集まった。

 

「さて、何か申し開きはあるか?」

 

 自然と人込みが割れて出来た道を歩き、一直線にベアトリスの下へと向かったギルがそう言うと、いまだに納得いっていないのか、キッと睨み返される。

 

「オルレアン辺境伯……だったかしら? 今は異端審問中よ。あなたも処分されたいのかしら?」

 

「はっはっは! それは困るな。しかし俺は異端審問とやらに詳しくはない。そこで、一番詳しそうな人物に来てもらった。さ、こっちだ」

 

「……ふん。せっかく気持ちよく寝てたのに……で? あんた誰?」

 

 新たに表れた桃色ブロンドの少女……ルイズからぶっきらぼうに聞かれて、ベアトリスは『ぷっつん』した。

 

「私はベアトリス・イヴォンヌ・フォン・クルデンホルフ! 我がクルデンホルフ大公家はトリステイン王家とも縁深き、れっきとした独立国よ! この無礼はアンリエッタ女王陛下に報告しますからね!」

 

「はぁ? クルデンホルフって……ゲルマニア生まれの成金の一つじゃない。……こんなのの仲裁に私連れてきたわけ?」

 

 後半は恨めしそうにギルを見上げながら、ルイズはため息混じりに杖で自分の肩を叩く。

 

「な、成金と……言ったわねえぇ……!?」

 

「家の名前を持ち出して威圧しようなんて成金しかやらないわよ。威厳と誇りを感じられないわね」

 

「……あなたの名前を伺ってなかったわね! オルレアン辺境伯の配下の方かしら!?」

 

「……ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」

 

 まくし立てていたベアトリスが、はたりと止まった。対外的には『オルレアン辺境伯』として行動しているギルが連れてきたものだから配下の伯爵家か子爵家かと思い込んでいたが、その家名を聞いた瞬間思考が止まってしまったのだ。

 

「公爵家の……?」

 

「それ以外にヴァリエールはないわよ」

 

 ベアトリスはその言葉に、トリステイン王家とヴァリエール公爵家には敵対するなと言っていた父の言葉を思い出したものの……ここまで頭に血が上っていては止めることなどできなかった。……だから、ここで切り札を切ることにした。

 

「そう……。ですが、ラ・ヴァリエール先輩。今私は異端審問中なんです。それに水をお差しになるなんて……オルレアン辺境伯ともども、異端の一味という解釈でよろしいのかしら?」

 

 胸を張ってそのまま言葉を続ける。

 

「私はクルデンホルフ大公国の司教の資格を持っているんです! そこのエルフが我々と同じ信条なのか確かめるためにこれから湯に入ってもらうつもりだったの!」

 

「……異端審問? 司教? ……アンタ、免状は?」

 

 ルイズは、魔法が出来ない(学院基準)だけで、その他知識、礼節作法、貴族として必要なものはすべて叩き込まれている公爵家令嬢だ。異端審問に必要なものも一通り頭に入っているが故の質問が、当たり前に出てきた。

 それに対して、ベアトリスは勢いのままで言っただけだった。エルフならば異端審問だろうと適当にでっち上げたもので、トリステインの貴族なら細かいところはわからないだろうと思っていたのだが……。

 

「その……ええっと、実家にあるのよ!」

 

 ルイズの目が、細くなる。関係ないのに隣に立つギルは少し背筋が寒くなった。冷静なルイズは、今の言葉からほころびを見つけたようだった。

 

「あんた、司教ってウソね」

 

「えっ? ウソじゃなくってよ! な、なにをおっしゃるかと思えば……はんっ!」

 

 ルイズと目を合わせたくないのか、ベアトリスは鼻を鳴らすように顔を背けた。腕組みをして、「私不機嫌です」と言うのを前面に出した態度を取った。だが、ルイズはそこで手を緩めたりはしない。

 

「異端審問には司教の免状とロマリア宗教長の審問認可状が必要よ。それも知らないの? ……どういうこと?」

 

 そこで、周りの生徒たちもそういえばと冷静になった。先ほどまでは怒涛の展開で流されていたが、何人かはきいたことのある話だったからだ。

 そうとなればプライドの高いトリステイン貴族たちは、われ先とベアトリスに詰め寄っていく。

 ベアトリスを守る兵士も杖もすでになく、絶体絶命の立場になり、ベアトリスは震えながら膝をついた。トリステインでは司教を騙ることは火刑だと声が上がり、もうこの場で吊るされてもおかしくない状況になったが……。

 ととと、と軽い足取りでテファがベアトリスに駆け寄った。進路上にいたギルとルイズは、道を開けるようにすっと横にずれる。

 

「テファ、君の想いを伝えるが良い」

 

「……はいっ」

 

 ギルにそう言われたテファは、ベアトリスの前にそのまま進み出る。ひぅ、と小さなうめき声をあげ、尻餅をついて少しずつ後ずさるベアトリス。腰を抜かしているため、そうやってしか逃げられないが、その背も生徒の壁に遮られた。周りの生徒も、ベアトリスも、テファが何を言うのか注目する。ベアトリスはこのまま殺されてもいいほどの侮辱をしたのだ。何をされても文句は言えないだろう。

 ――だが、テファは膝をつき、ベアトリスの手を取った。

 

「……お友達に、なりましょう」

 

「は、はぁ……?」

 

 その言葉に、覚悟を決めて目をつむっていたベアトリスも、キョトンとした表情を浮かべた。周りの生徒も同様に目を丸くして、ずっこけそうになっていた。先ほどまでベアトリスを逆に処刑してもおかしくなかった空気だったのが、急に弛緩したからだ。

 周りを囲んでいた生徒の一人が、呆れたように口を開いた。

 

「み、ミス・ウエストウッド? あなたには彼女を裁く権利があるんですよ?」

 

 そんな言葉に、テファは首を横に振った。

 

「ここは学院でしょう? 学び舎で裁くの裁かないのなんて、おかしいわ」

 

「で、ですが……!」

 

「それに私は、ここに『お友達』を作りに来たのよ。敵を作りに来たんじゃないわ」

 

 そこまで言われると、もう誰にも何も言えなかった。あたりがしんとした沈黙に包まれる中……それを破ったのは、ベアトリスの泣き声だった。

 

「ひ、ひぃ、ひぅ……ひっぐ、ひぐ……」

 

 先ほどまでの絶望から一転し、緊張の糸が切れて安心した瞬間、涙がこぼれてきたのだろう。

 

「う、うぅ、うえぇ~~~ん……!」

 

「よしよし、泣かないの」

 

 優し気な微笑みを浮かべて、テファがそんなベアトリスを抱き寄せる。孤児院で子供たちの面倒を見てきた彼女には、慣れたことであった。そんな場面に当てられて、生徒たちは全員気まずそうな表情を浮かべる。子供の我儘と言えばそれまでで、これ以上糾弾するのもどうかと思ってしまったのだ。

 

「終わったようじゃの」

 

 学院長のオスマンが、白いひげをこすりながら現れた。そのまま騒ぎの中心であるテファの元まで歩み寄ると、彼女の肩に手を置いて、ほぼすべての学院生の前で、口を開いた。

 

「あー、良いかの? 彼女はエルフではあるものの、この学院で学びたいと故郷を出てきたのじゃ。その覚悟に学ぶところは大きい。良いか諸君、学ぶということは命がけじゃ。己の信じるところを貫き通すためには、時に世界をも敵に回さねばならぬこともある。努々、忘れるでないぞ」

 

 今頃出てきて何言ってんだろう、と言う言葉を懸命に飲み込んだ生徒たちは、とりあえず頷いた。

 

「しかし、いつも命がけでは息も詰まるじゃろう。こうしたケンカも息抜きの一つかもしれんが……人死にが出てからでは遅いでな。それに面倒でもあるから、こんな騒ぎはこれきりにしてほしい。……良いか? 彼女の後見人はここにおるオルレアン辺境伯、そしてこのワシじゃ。その上ティファニア嬢は、女王陛下からよしなにと頼まれた客人でもある。今後彼女に……血筋について何かしらの講釈を垂れたいという生徒がいたら……それこそ王政府を敵に回す覚悟でのべよ。よいかね?」

 

 続けて放たれたその言葉に、生徒たちに一気に緊張が走った。女王陛下によしなに頼まれた、と言うのはそれほど大きい事なのだ。女王陛下ゆかりの人物と言われると現金なものだが、彼女に混じったエルフの血も、唯一無二の美点に見えてくる。

 そもそもその美しさにほとんどの生徒が好意的に見ていたのもあって、エルフへの嫌悪感よりも、彼女自身への好意が上回ったのだ。

 そこからは、また先日の焼きまわしのように、テファに話しかけるもの、握手を求めるものなど、再び彼女はワイワイと生徒たちに囲まれてしまった。だが、今回はテファのことを知ったうえで仲良くしたいと言ってもらえているからか、テファも感動した面持ちでみんなの握手に応えていた。

 

「さて、仲直りも済んだようじゃし、怪我人の手当てをして、ここの片づけをせんとな。なんじゃこの穴ぼこは。……ああ、ええと、彼女か」

 

 オスマンの言葉に、キャスターが「文句でもあるのか」と言わんばかりに睨みつけてきたため、オスマンは語調を弱めた。

 そこからは、生徒たちが兵士たちの傷の手当てや医務室への運搬を始め、だんだんと学院に帰っていった。

 

「助けが遅くなってすまなかったの。普通に助け船を出しては中々真の友と言うのは作りづらい。特にお前さんのような、特異な生まれのものにはの」

 

「いえ……」

 

 テファは顔を伏せた。人見知りしてしまったからだ。

 

「俺からも謝罪を。オスマンとマスターに声を掛けて、ギリギリのところまでテファ自身で対応させてたんだ。ごめんな」

 

「あ、う、ううん。セイバーさんたちも助けてくれたし、いつかはこうしてみんなに言いたかったから……大丈夫。ありがとう」

 

「はぁ……まったく、こんなのは今回だけだからねっ。これからトリステインで生きていくんだから、こういうときの対処も学ばないと。わかった?」

 

「わ、わかりましたっ。え、えへへ……助けてくれてありがとうね、ルイズ……」

 

 テファもそれなりにルイズと接しているからか、今の言葉が突き放したようなものではなく、ちょっと遠回りな激励だと理解した。

 

「うむうむ、良き哉、良き哉。……そしてその、ティファニア嬢に一つ確認したいことがあるのだがね?」

 

「は、はい……」

 

「これは学術的に極めて重要な意味を持つ質問じゃ。ワシも命をかけて君に聞くのじゃ」

 

「は、はいっ……!」

 

 オスマンの凄まじい熱気に、テファは思わず背筋が伸びていた。オスマンは、ゆっくりとテファに……もっと言うと、そのあまりにも大きい胸部を指さした。

 

「それは……『ホンモノ』かね?」

 

「えっ?」

 

 真剣な顔でそんなことを聞かれてしまったので、テファも恥ずかしいのを我慢して答える。

 

「は、はい。そうです」

 

「もっとはっきり、この年寄りに聞こえるように言ってはくれんかの」

 

「マスター」

 

「言われずとも。『爆発(エクスプロージョン)』」

 

「おっぶ!?」

 

 やり取りを聞いていたギルに乞われたルイズが、小さめの威力で魔法を放つ。小さいと言っても人の近くで唱えたものだ。オスマンは数メートル吹っ飛んだあとひっくり返って気絶した。それを、他の教師たちがずるずると引きずりながら、運んでいった。

 

「……いいか、テファ。オスマンの言うことは九割聞き流すんだ。良いね?」

 

「えっ? で、でも、学院長だし……そんなことできな」

 

「いいね?」

 

「あっ、うん、はい、わかりましたっ。……きゅ、急に怖いわっ。でも、強引なギルも……イイ、かも……?」

 

 こうして、今回の騒ぎは収束したのだった。影響としてはそれほどなく、テファ自身が耳を隠さなくてよくなったことと、空中装甲兵団の九割が入院したこと、そしてセイバーやライダーの大立ち回りのおかげで、水霊騎士団の中や一部男子生徒の中で武術、体術ブームがやってきたくらいのものであった。

 

・・・




「んあ? 『ホンモノ』か。じゃと? あったりまえじゃろがい! 水素に炭素、窒素に酸素、ナトリウムマグネシウムリン硫黄、塩素カリウムカルシウムに鉄! あとは魔力と神秘とお砂糖スパイス、あとはすてきなものをいっぱい! それでわしのこの美少女ぼでーはできとる! は? ロリ体型にしたのは何故か? ばっかもん! そんなものワシだってなりたくなかったわい! じゃがの、作ってる最中にあやつが……洛陽仮面が余計なものをいれるから……くそぅ、初代マスターだかなんだか知らんが、余計なことをしおってからに……。じゃがまぁ、そのおかげか小僧好みの体にはなったからの。次の目標はワシの体内で小僧との子供を錬成じゃ……くっくっく、英霊王とこの作られた身体の間に子供が出来れば、それは生命の錬成と言っていいじゃろうて! 今から楽しみじゃ! ……の、のぅ? ちなみに初めては相当痛いと聞くのじゃが……ワシ、大丈夫かの?」


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