真・仮面ライダー 〜CASE・8〜 (リアクト)
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第1話「部活」

初投稿になります。読みづらかったらごめんなさいね。



sideA

「で、この作文はなんだ、比企谷」

「先生が出した課題でしょう、高校生活を振り返るとかなんとかって」

「とかなんとか、じゃない。分かってるならちゃんと振り返れ」

 

 比企谷八幡は、高校二年になってすぐ出された国語の課題「高校生活を振り返ってというテーマで作文を書け。原稿用紙2枚以上」の内容について、国語担当にしてクラス担任の平塚静に呼び出されていた。

 

「振り返ってるじゃないですか。入学初日に車に撥ねられた。復帰したらクラスに入れる余地がなかった。あとほら、ちゃんと書いてありますよ、夏休みは2ヶ月以上必要だと思うって」

「誰がカリキュラムにまで口を出せと言った。まぁ事故の件については気の毒だとは思うよ。それに伴ってクラスに居場所がなくなってしまったのも、正直同情を禁じ得ないが・・・」

「あとなんか書くことあります?あとはもう静かに過ごしてただけなんですが」

 

 そもそも、独りでいる時間を大切にしたい質である。事故がなければ友人の一人くらい作れたかもなあ、と考えたこともなくはないが、この総武高校という進学校は、その進学校という性質に比べ、落ち着きのない生徒がやたらと多いと八幡は感じていた。

 

「・・・比企谷」

「はい」

「君は、友人はいるかね?」

「多くはないですが、いますよ」

「・・・ほう」

 

 平塚は、少し意外に感じていた。この比企谷八幡という生徒、特にこれと言って問題のある生徒ではないが、他人との壁が厚く、高いタイプだとみている。自然そういう人間の交友関係は狭く深くなりがちである。妙に達観したところもあり、友人関係を作るには多少なりとも難ありかと思っていたが・・・。

 

「その友人について、少し聞いてもいいかね?いや、もちろん無理にではないよ。ただ、君はあまりそういう関係を好むタイプには見えなくてな」

「あー・・・まぁ、確かにあまり好きではないですね。正直面倒くさいとも思いますし。だから、自分から作ろうとしたことはないですよ」

「では、その友人というのは、どういう経緯で出来たんだ?」

「・・・それ、言わなきゃだめですか?」

「あぁ、いや、言いにくいなら構わない。ただ、君という生徒を少しでも知るためのきっかけにでもなればと思ってな。・・・聞かせてもらえないか?」

 

 八幡は少し考えた。

 正直、自分のことを他人に話すのは好きじゃない。どんなに言葉を駆使しても、自分の思う通りに相手に考えを伝えることは出来ないからだ。それで嫌な思いもしてきているし、勘違いしてきたことも少なくない。

 そもそも、誰にも言えない「あの事」がある以上、必要以上に交友関係を拡げるのは危険だとも理解している。

 だが、この平塚先生という人は、ある程度信頼出来るのではないだろうか。

 もちろん全部話す気などない。そんなことは誰にも出来ない。が、高校生活に関わる部分くらいは、話してもいいのではないかと、八幡は感じていた。

 

 この人は、俺の話をちゃんと聞こうとしてくれている。

 

「・・・学校に来られるようになってから少しして、バイトを始めたんですよ。今も続けてるんですけど、そこで2人ほど、同い年の友人が出来ました。2人ともここの生徒です。ただ、俺たち3人とも、基本的には独りでいるのが好きなんで、関わりはほとんどバイト先だけですけど」

「なるほどな。ちなみにバイト先はどこなんだ?」

「立花レーシングってバイク屋です。オーナーが親父の知り合いで、紹介してもらいました。そこで整備士見習いみたいなことをやってます」

 

 平塚は驚いていた。真面目ではあるが内向的で、覇気のない眼をしたこの生徒が、バイク屋でアルバイトをしているという驚き。さらに、立花レーシングという名前に覚えがあったからだ。

 

「立花レーシングって・・・まだおやっさん現役だったのか・・・」

「え、知ってるんですか?」

「ああ。高校生の頃私もバイクに乗っていてな、よくお世話になったよ。・・・そうか、今度挨拶にでも」

「やめてくださいよ、せめて俺の居ない時にお願いします。あと俺達の先生だとか言わないでくださいよ。ちなみに今は乗ってないんですか?」

「大学に入ってからは車に替えてな。バイク乗りの女は怖そうとかモテないとか・・・いや、いいんだ」

「先生・・・」

 

 平塚は話を変えようと、軽く咳払いをした。

 

「ところで比企谷、バイトはどれくらいしてるんだ?」

「木曜〜土曜、あと祝日ですね。水曜は店が休みだし」

「ふむ。・・・なぁ比企谷、ちょっと相談があるんだが」

「・・・なんか嫌な予感がするんですが」

「当たらずとも遠からず、かな。バイトのない日だけでいいんだが、部活動に参加してもらえないだろうか。部活といっても同好会だな、今のところ部員は1人しかいない」

「えー・・・」

 

 八幡は断ろうとした。が、ふととある思いがよぎる。

 平塚先生は悪い人じゃない。やたら男前な感じだし、そこかしこにガサツ感はあるが、生徒に対してきちんと真摯に付き合おうとしてくれる、ちゃんとした大人だ。ならば、話を聞いてみる位はいいのではないか。もちろん全面的に信頼している訳ではないし、強要してくる様なら断固として拒否する。だが、この人は、伝えようとするし、理解しようとする。正直やる気はないし、断るつもりではあるが、頭から拒否をするのは、礼儀としてよろしくない気がする。

 

「内容次第ですかね・・・。自分で言うのも何ですが、協調性もなければ努力も根性も嫌いです。そんな人間が入れる部活なんてありますかね?ついでに言うと、こう見えてコミュ障ですよ俺」

「協調性云々はともかく、コミュニケーションは取れてるじゃないか」

「俺の敵になる人じゃないのが理解ったからです。最初から責める感じで来られてたら、まともに会話とか出来ませんよ」

「そうか、光栄だな。確かに私は君の敵ではない。味方かと言われれば、立場上は中立ではあるがな。・・・で、内容だったな」

 

 平塚は一旦話を区切り、煙草に火をつけた。職員室で生徒の前ですよ、と八幡は頭の中で突っ込むが、余りにも自然で様になっているので、咎める気にはならなかった。

 

『ここを間違えると、比企谷は乗ってこない』

 平塚には、どうしても八幡をその部活に入れねばならない事情があった。が、それを言うつもりはない。言えば協力してくれる可能性も低くはないが、それでは強要するのとさほど変わらない。それは彼女の良しとするところではなかった。彼が聞いてくるまで、それは伏せておこうと決めた。

 

「君に、助けてもらいたい生徒がいる」

 

 

 

sideB(八幡視点)

「どういうことですか?」

 

 俺は混乱していた。部活動の勧誘かと思いきや、誰だか分からないが、恐らくその唯一の部員を助けて欲しい、という話なのだろう。人数が少ないから頭数として、という意味だろうか。それなら分からないでもないが、俺1人では意味がない。同好会が部活動に昇格するためには、最低でも3人で1年間活動し、なんらかの成果を出す必要がある。1人が2人になったところでどうにもならないだろう。もしかしたら他にも誘っているのかもしれないが、先生の物言いはもっと深刻なものを感じさせていた。

 

「部員を増やすこと、が助けになるわけじゃないですよね、その感じだと」

「鋭いな。そう、部員が増えること自体というより、現在1人で活動しているその生徒をサポートしてやって欲しいのだよ」

 

 そういう話か。正直めんどいな。

 聞けば、その生徒は2年J組、国際教養科の雪ノ下という生徒だそうだ。成績は学年で常にトップ、容姿端麗で教師の覚えもめでたい。が、問題なのはその言動、性格で、常に自分と同じ結果を他人に求め、それが当然だと判断し、至らない者を罵倒する。まぁ俺とはまず相容れることのない人柄のようだ。ストイックなのは結構だが、それを他人にまで強要するのは間違っている。元々俺は他人に期待をしない質なので、他人への要求も、承認欲求も極めて希薄だ。・・・と、ちょっと待て。

 

「先生、雪ノ下って・・・」

「気づいたか。そう、君を撥ねた車に乗っていたのがその彼女、雪ノ下雪乃だよ」

「先生」

「なんだね?」

「正気ですか?何故俺が、俺を撥ねた車の関係者を助けないといけないんですか?あの事故自体はもう終わったことだし、諸々済んだことなんでどうでもいいですが、感情的なものは別ですよ。慰謝料は親が受け取ったみたいですが、直接謝罪は受け取っていません。こちらから接触する気もないので、許せない気持ちがあるだけで何するつもりもないですが」

「正気かとは心外だな・・・まぁでも君の言うこともわかる。謝罪を受けていないというのは少し意外だったがな。雪ノ下雪乃という人間は、決して頑ななだけの融通の利かない人間ではないよ。恐らく、家の人間が既に謝罪したとでも言われているのだろう。そのあたりも踏まえて、一度会ってみてくれないか。そしてどうしても無理だということであれば、それ以上この話はしない。・・・頼むよ」

 

 頼まれてしまった。

 先生が雪ノ下ってやつのことを心配しているのはわかる。俺とて今更事故の件を掘り返すつもりはない。ないが、まだ疑問は残っている。

 

「なぜ俺なんですか?こういうのもなんですが、俺は人を助けてあげられる程自分に余裕のある人間じゃありません。正直自分のことで手一杯です。何をする部活なのかは知りませんが、助けられることなんてあるように思えませんが」

「私が心配なのは君もなんだよ、比企谷。先程まで私は、君に友人がいることを知らなかった。それどころか、君が他人と会話をしているところをほとんど見たことがない。今こうして会話してみると、普通に受け答えも出来るし冷静だ、何も問題ないようにも思ったが、」

 

 先生が俺の眼を覗き込む。

 

「比企谷、君は他人を信用出来ないだろう。信用しない、ではなく。失礼な言い方をしてしまえば、その友人2人のことも、大切にこそ思えど、信用することが出来ないのではないかね?」

 

 心臓が大きな音を立てた。この先生、やたら勘がいいな。授業はわかりやすいし、美人だし、モデルかってくらいスタイルもいいが、ちょいちょい独身を嘆いたりイチャついてる生徒を見て落ち込んだりする、ちょっと残念な人かと思ってた。

 

 他人を信用出来ない。それは言われなくてもわかっていることだ。そうなった理由もあるし、それについては受け入れるしかない。中学まではそれでもまだましではあったのだが、高校に上がる頃には他人に気を許すことが出来なくなっていた。その頃に親父が亡くなった事も深く関わっているが、今は関係のないことだ。友人達に対してはそれなりに心をさらしているつもりではあるが、どうしても言えないことがあるため、何でも相談出来る相手というわけではない。

 

「・・・俺のことはほっといてください。理由も事情もあることですし、それはどうしようもないことです。・・・まぁいいです、とりあえず行ってはみますが、まだ肝心なことを聞いていません」

「そうか、助かる。あぁ、詳細については向こうに行ってからにしよう。ついてきたまえ」

 

 先生はそう言うと、そそくさと部屋を出てしまった。しょうがない、言った手前、このまま帰る訳にもいかねえか。

 

 数分後、俺と先生は、特別棟のとある部屋の前に着いた。



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第2話「入部」

基本的には週1話ペースで行こうかと思います。
構想はありますが、書き溜めはないので、頑張る所存。


sideA

 

「・・・ここ?」

「そうだ。まぁまずは入ろうか」

 

 平塚は言いながらドアに手をかけ、開けた。

 特に何も書かれていない部屋は、静寂が支配していた。

 半分ほど開けられた窓から入るそよ風が、カーテンをほんの少し揺らしている。

 

「失礼するぞ」

「・・・平塚先生、入る時にはノックをお願いしていたはずですが?」

「ああ、すまん。返事がもらえないことが多くてついな」

 

 果たして、そこには雪ノ下雪乃がいた。小説だろうか、厚めの本を開いたまま手にしている。

 綺麗な人だな、と八幡は思った。風になびく長い黒髪。抜けるような白い肌。小さくため息を付き、物憂げにこちらをながめる瞳は、黒く澄んでいる。

 だが。

 

「先生の後ろでぼーっとしているその人は?」

「2年の比企谷八幡。平塚先生に急に連れてこられたんだが」

「・・・そう。私は2年J組の雪ノ下雪乃です。それで今日は何か?」

「雪ノ下、彼は入部希望者であって依頼者だ。彼の根性を叩き直してもらいたい」

 

 八幡は、不信感を隠さずに平塚を睨んだ。そんな話は聞いていないし、打ち合わせもない。自分をこの部に潜り込ませるための方便だろうことは想像出来るが、それに付き合う義理はない。

 

「ちょ、先生、なんですかそれ。事前に何も聞いてないんですが」

「すまん、合わせてくれ」

 

 小声で文句を言う八幡に、平塚は早口でそう返した。あ、この人俺に説明しそこねたな。言ったつもりになって何も伝わってないパターンだ。

 八幡は呆れて更に抗議しようとしたが、雪ノ下雪乃の一言がそれをかき消した。

 

「お断りします。その男の眼には下卑たものを感じます」

「あ?」

 

 思わず声が出る。初めて会った人間、しかも顧問が連れてきた同じ学校の生徒に対して、いきなり投げつける言葉ではない。先程平塚が、頑ななだけの融通の利かない人間ではないと言ったが、八幡にはどうしてもそうは見えなかった。

 

「先生。すいませんが入部の件はなかったことに。会話が成り立つ気がしません・・・依頼の件もお断りします」

「まあ待て。もう少し話をしてみればわかる」

「何をコソコソと話しているのかしら。話がそれだけなら、さっさと出ていってほしいのだけれど」

「雪ノ下も落ち着け。これは私からの依頼だ。彼、比企谷八幡を入部させ、活動を通して更生させてもらいたい。それに、彼はこう見えてもリスクリターンの計算には長けている。君の身に危険はないと私が保証しよう」

 

 彼女達のやりとりに、八幡はちょっとした違和感を覚えていた。

 初対面の人間(実際には事故の時に居合わせてはいるが)に向かっての過剰なまでの攻撃的な言葉。それを懐柔するかのような物言い。そこまでして俺を入れたい理由はなんだ?

 

「とりあえず頼んだぞ。私は仕事が残っているので少し席を外す」

「あ、先生・・・。はぁ、まったく・・・」

 

 平塚は言い放つとそそくさと部屋を出ていった。追いかけるように雪ノ下が声を掛けるが、それは平塚には聞こえていないようだった。

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 さて、これはどうしたものか。結局、何もわからないままに放り込まれてしまった。先程からの雪ノ下さんの言動、態度を見るに、ただの人見知りという訳でもないようだ。むしろ人というものに対して憎しみを抱いているようにも見える。いくら俺のことが気に入らないと言っても、ろくに顔も見ず、会話を交わすまでもなく罵倒をするその感じは。

 

 ああ、そういうことか。

 

「雪ノ下さん、だっけ」

 

 話しかけるとぴく、と肩を竦ませる。そして軽くため息をつき、彼女は言った。

 

「そこに突っ立っていないで座ったら?椅子ならそのへんにたくさんあるでしょう。といって当たり前のように居座られても困るのだけれど」

「雪ノ下さん」

「・・・何かしら」

 

 多分、彼女はここで、初めて俺の顔を見たと思う。訝しげな彼女の表情に、少しだけ驚きの色が混ざる。

 

「貴方、・・・比企谷・・・そう、そういうこと」

 

 雪ノ下さんは綺麗な所作で本を閉じ、椅子から立ち上がると、一歩だけこちらに近づき、深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさい」

「え?」

「既に手続きなどは終わっているはずだけれど、私からはまだ謝罪していなかったわ。去年の入学式の日、貴方を撥ねた車に私は乗っていたの。だから、ごめんなさい」

「い、いや」

「そうね、本来なら私から貴方を探して、すぐにでも謝らないといけなかったのだけれど・・・。言い訳になってしまうけれど、貴方の名前を聞かされたのは、つい最近のことなの。もう1年も経ってしまっているし、どうしたものかと思っていたのだけれど」

 

 謝ってくれるのはいいし、そもそも追求する気もなかったことだ。一言「許す」と言ってしまえばこの件は解決する。のだが。

 丁寧すぎる。慇懃無礼と言ってもいい。言ってみれば、因縁をつけられたことに対し、どうにかして丸く収めようとする感じに近い。

 

「あのことについてはもう過ぎたことだ、忘れてもらって構わない」

「・・・そう、それなら」

 

 雪ノ下は見事に温度のない美しい笑顔を俺に向けた。

 

「お帰りは、あちらよ?」

 

 やばい。これはどうにも『イライラする』。額が裂けるような痛みを発し始める。

 落ち着け。ここで『なる』わけにはいかない。

 

「・・・俺は平塚先生の指示でここに来た。だから、先生が戻ってくるまでは出ていくわけにはいかない」

「あら、構わないわ。私の方から『ヒキ・・・ヒキガエルくんは逃げるように帰っていった』と伝えておくわ」

「雪ノ下」

「いきなり呼び捨て?礼儀がなってないわね」

「お前は何に怯えている?」

 

 びくん、と雪ノ下の方が大きく震えた。俺を見る眼が驚愕を示している。半分は俺の苛つきを抑えるために吐いた言葉だったが、どうやら的を得ていたようだ。

 

「・・・何を言っているのかしら、気持ち悪い。貴方如きが偉そうに上からモノを言うなんて、わきまえなさい!」

「随分感情的になるじゃねえか。逆になんでそこまで他人に上からモノを言えるのかがわからねぇ。別に俺を嫌うのは一向に構わねえが、理由もなくそこまで暴言吐いてくるなんざ、むしろお前が気持ちわりぃわ」

 

 こいつが何かに怯え、自衛としてこんな態度を取っているのはわかった。じゃあ何に怯えているのか。

 自分の内面に他人が触れることか?

 過去何かがあって、肉体的に距離を詰められることに嫌悪を抱いているのだろうか?

 それともただ単純に、自意識の肥大からの被害妄想か?

 どれでもありそうだし、どれでもなさそうだ。

 

「貴方こそ随分口が悪くなるのね。先生がいなければ、点数を稼ぐ必要もないものね?」

「目上に敬語は当たり前だろう。これが俺の素だ。同級生で、そもそも相手が無駄に口が悪いもんでな、加減してやる必要を感じないだけだ。それに」

 

 俺は、後ろの扉をおもむろに開けた。

 

「平塚先生なら、ずっとここで会話を聞いてる」

「・・・気づいていたのか」

「平塚先生。改めて言いますが、私は彼の入部を認めません。こんな下劣で不快で卑劣な人間を更生させる余地などどこにもありません」

 

 言われた平塚先生は、その言葉には顔をしかめたが、ふと思い直したかのように、興味深そうな表情で俺達の顔を交互に見た。

 

「・・・ふむ、やはり」

「?」

「雪ノ下」

「なんですか」

「君は比企谷を更生させる余地はないと言った。つまり、出来ないということだな。『君には』な」

「!どういう意味ですかっ!」

「言葉通りだよ。・・・比企谷、随分遅れてしまったが、この部活は名を「奉仕部」という。まぁ奉仕といってもあれだ、誰かに何か施しをするとかそういうことではない。腹の減った人間に魚の釣り方を教える、とでも言えばいいかな」

「持つ者が持たざる者に慈悲の心を持って与える。困っている人には手助けを。人はそれをボランティアと言うわね。いいでしょう、安い挑発だけれど、あえて乗りましょう」

 

 ・・・こいつが?慈悲の心?自分が与える側だってことか?

 一瞬混乱してしまった。俺の考えが正しければ、むしろ困っている人は雪ノ下自身だ。我を張るのはいい。気が強いのも別に構わない。が、こいつからは他人への敵意しか感じない。それがなんだ、ボランティアだと?

 そこまで考えた時、ふいに気づいてしまった。

 つまり、こいつは。

 

「先生」

「なんだ比企谷」

「入部の件、承知しました」

「おお、やってくれるか」

「が、いくつか条件があります。・・・先程も言いましたが、俺は週の後半はバイトで来られません。週に2〜3日が限度ってところです」

「ふむ」

「それから、これはすぐにという話ではないんですが」

「・・・何かしら」

「部員、もう少し増やしませんか?」

 

 その後、雪ノ下は渋々ながら入部を認めた。それには平塚先生の説得があったわけだが、最終的には「仮入部として、何か問題を起こしたら即退部、それは部長判断による」という条件がついた。この女、口は悪いが筋は通す性格らしく、問題をでっち上げてまで辞めさせようという考えではないらしい。

 

 下校時間が迫ってきたので、本日はおひらきということになった。

 

「比企谷、これから職員室に来い」

「は?」

「比企谷くん、早速何かやらかしたのかしら?」

「どういうことだよ。・・・先生、何かまだあるんですか?」

「バイトの件でちょっとな。何、書類を1枚書いてもらうだけだ。部活動を休む理由として申請するのに必要なのでな」

「はあ」

 

 そんなシステムあったっけか。まぁいい、多分これは方便だろう。

 

 やはりというか、職員室に着くと応接室に案内された。思った通り、方便だったようだ。

 

「さて、君から雪ノ下雪乃はどう見えた?」

 

 やはりそういうことか。

 

「一言であらわすなら『知識を詰め込んだ子供』ですね。常識を知識としては持っていても、使うことをしないというか、自分の理想を実現させる為には矛盾も辞さないというか。・・・ただ、ちょっと気になることがあります」

「ほう、なんだね?」

「雪ノ下は、何かが原因で他人に怯えている」

「!」

「何かはわかりません。が、あの拒絶ぶりはちょっと普通じゃありませんよ。最初は俺の眼つきが悪いからとか、そもそも生理的に受け付けないとかそういうアレかと思ってつい涙目になりかけましたが」

「そうではなかった、と」

「顔見て話してませんでしたからね。ある程度暴言吐いて落ち着いたのか、俺の顔を見た途端に慇懃無礼に謝ってきました」

「・・・そうか」

「事故のクレームをつけに来た、みたいな認識だったようです。終わったことだと言ったら暴言が再開されました」

「・・・優秀な生徒なんだがな。正しすぎて生きづらいのだろう」

「優秀かもしれませんが、正しすぎるというのはちょっと賛同しかねますね。・・・先生は部室に行く前、頑ななだけの融通の利かない人間ではないとおっしゃっていましたが、俺には頑ななだけの融通の利かない人間にしか見えませんでした」

「いつもはあそこまでではないんだがなあ・・・。ところで比企谷」

「はい」

「入部するということで、本当にいいか?」

「いいですよ」

「私としてはありがたいが、良かったら理由を聞いてもいいかね?」

「理由、ですか」

 

 言われて、はたと考えこんでしまった。あの時俺は、なんで入部すると言ったのだろう。

 

「言葉に出来ないんですが、なんかほっとけない感じがしちゃったんですよ」

「ほう?」

「なんでニヤついてるんですか。そういうことじゃなくてですね」

「すまんすまん。あれかな、誰かが見ててやらないと危なっかしいとか、そういう感じかな」

「ああ、近い気もしますね」

「部員を増やしたいというのは?」

「それは単純な話です。あのままだと俺がもちません」

「なるほどな」

 

 平塚先生は少し苦笑気味に微笑んだ。いい女、ていうんだろうな、こういう人。教師という仕事柄、職務中はこういう口調で颯爽としているが、彼氏の前だと結構デレッデレになったりするタイプなんじゃねえかな。やだ、ちょっと可愛い。

 

「他に何もなければ帰っていいですか?今日はこの後、ちょっとバイト先に行かなきゃいけなくて」

「ああ、そうか、引き止めてすまんな。じゃあこれからよろしく頼むよ。・・・あ、ちなみに比企谷」

「なんですか?」

「君は、彼女はいるのかね?」

「・・・先生。自分が聞かれたくない事は、余り人に聞かない方がいいと思いますよ?」

「ぐぅっ・・・」

「では、失礼します」

「きっ、気をつけてな。君はバイク通学だったな。身体もバイクも大事に、な」

「ありがとうございます、では」

 

 ほんと、なんで独り身なんだろう。



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第3話「立花」

さて、お友達登場回です。予想してた方、当たったかしら?


sideA(八幡視点)

 

 おやっさんの店、立花レーシングは、総武高校からバイクで20分程の距離にある。地図の上では北東方面、海から離れていく感じだ。ついでに言えば、俺が住んでいるのは立花レーシングの隣、1階に喫茶店「アミーゴ」の入っているマンションだ。交通の便が良くないので、バイク通勤が許されている。といっても排気量は125cc以下、いわゆる「原付二種」までではあるが。俺のバイクはもっと排気量が大きいので、通学にはおやっさんからバイクを借りている。最初は便利だからとスクーターを勧められたのだが、どうにもしっくりこないので、SUZUKIのWOLF125という、20年以上前のバイクを借りた。2ストでうるさいわオイルが焦げて臭いわ、マフラーからオイルがピンピンはねてくるわで万人受けなどする訳もないバイクだが、パワーバンドに入れた時の加速、うまくギア繋がったときの気持ちよさはそうそう味わえるものじゃない。

 まぁ、雨の日とかは地獄なんだけどな。そういう時は大人しくスクーターを借りることにしている。

 

 おやっさんの店は午後7時には閉まる。今時商売気のないことだなぁと思っていたら、どうやらおやっさん、うちのマンションのオーナーらしい。割りと悠々自適で、正直羨ましい。今日はバイトは休みで、帰りの時間も7時を回っているため、アミーゴに立ち寄ることにした。ここにはさっき平塚先生に話した友人の1人がいる。

 

「あ、いらっしゃいませ・・・あ、比企谷、おかえり」

「おう。・・・おやっさん来てるか?」

「まだちょっと整備が残ってるって。裏から入ってこいって言ってたよ。・・・それにしても随分遅かったじゃない、独身に絡まれてたんだって?」

 

 そういってくす、と笑ったこいつは、川崎沙希という。同じ総武高校、ついでに同じクラスだ。去年の今頃だったか、ちょっとしたことで知り合い、俺の妹と川崎の弟が同級生ってこともあって意気投合した。まぁ他にも軽い日常や重い事件もあったんだが、まぁいいか。

 こいつと俺には「シスコン(川崎はブラコンも)」という共通項がある。俺の妹の小町は中学3年生で、母親と一緒に少し離れた実家に住んでいる。俺だけ一人暮らしなのはまぁ事情があるわけだが、特に家族仲が悪いわけではない。はず。・・・だよね?

 川崎はさっき出た弟の他、保育園に通う妹、更に下に2人目の弟がおり、その全てを溺愛している。基本的に面倒見が良く、主婦スペックがやたら高い。青みがかった銀髪をポニーテールに結っており、女子にしては高い身長と美人だがキツめの目つき、人見知りから来るぶっきらぼうな言動からヤンキー扱いされることが多いが、本人はごく普通の、B級ホラー映画が恐くて夜寝られなくなる、空手の有段者である。・・・ごく普通?

 

「・・・部活に入れられた」

「は?あんたが?え、部活?」

 

 川崎は一瞬呆けた表情になったが、やがて

 

「・・・ぷふっ」

 

 吹き出しやがった。ちくしょう、素で笑いやがったな可愛いじゃねえか。

 

「作文が気に入らねえから罰として、だってよ。・・・お前、雪ノ下雪乃って知ってるか?」

「雪ノ下・・・って、もしかして」

「呼んだ―っ!?」

 

 タイミングいいなおい。

 

「もー、帰ったら裏から来てねって言ったのになー」

 

 わざとらしく頬を膨らませて見せているのは、雪ノ下陽乃。例の雪ノ下雪乃の姉である。

 

「こんばんは、雪ノ下さん。・・・ていうか、アレ雪ノ下さんが絡んでますよね」

「んー、何のことかなー?」

「俺が奉仕部に入部させられた件ですよ。どうせ雪ノ下さんが吹き込んだんでしょう、平塚先生に」

「・・・ほんとに鋭いねえ君は。でもわたしが頼んだのは、雪乃ちゃんの部活に連れて行って欲しいってだけだよ?そしたら多分君は雪乃ちゃんをほっとけないと思ったしさー」

「鋭いのはどっちだよ・・・。まんまとその通りですよ。なんであんなに怯えてんですかあいつ。攻撃的すぎて逆に本性ばれちゃってますけど」

「その辺はまぁ、おいおいね。君自身に直接知ってもらいたいことでもあるし。まあ仲良くやってよ。なんなら彼女にしちゃってもいいからさっ」

 

 ぱしゃん、と硬いものが割れる音がした。

 

「おい大丈夫か川崎」

「ちょちょちょっと手がすべっちゃっただけ。気にしないで」

「そうか?ちと手見せてみ」

「あっ・・・」

 

 川崎の手を取る。少し切ってるな。俺はカウンターに入り、救急箱から絆創膏を出して指に巻いてやった。

 

「お前にしちゃ珍しいな。疲れてんじゃねえか?無理すんなよ?」

「あ、あう・・・」

 

 俺はここの、引いては川崎の入れるコーヒーが好きだ。超甘党で基本コーヒーと言えばMAXなアレしか飲まないが、ここのコーヒーだけは別だ。だから、それを入れる川崎にはぜひご自愛いただきたい。

 

「でさ、比企谷くん」

「あ、そうだ、何か用事だったんですよね?」

「例のアレ、完成したよ。プロトタイプだけど」

「!」

 

 それを早く言ってくれよ雪ノ下さん。

 

「まじですか!」

「さっき持ってきて、立花さんに預け・・・あ、ちょっと比企谷くん!」

 

 俺は喫茶店を飛び出し、おやっさんの所に走っていった。

 

 

 

sideB

 

「おやっさん!」

「お、帰ってきたか八幡。陽乃ちゃんに聞いたな?」

「はい、で、どこに?」

「ほら、そこの応接テーブルのところに置いてある」

「おぉ・・・」

 

 八幡が目を向けた先には応接用のローテーブル、そしてそこには黒い肌着のようなものと、大きめなバックルのようなものが置いてあった。

 

「もー、話終わる前に走っていっちゃうんだから・・・」

 

 雪ノ下陽乃が呆れ顔で入ってきた。その後ろには沙希の姿もある。

 

「強化スーツの上下とナノドライバー。比企谷くんの身体に完全にフィットするようになってるからね。ちょっと試してみたら?」

 

 子供の様に目を輝かせる八幡に、陽乃は苦笑しつつも優しく声を掛ける。

 

「いや、でも今すぐは」

「大丈夫。いいから脱いでみて?あ、全部ね」

「へぁ?」

 

 いきなり脱げと言われ、八幡は戸惑い、沙希は顔を赤くする。そんな2人をニコニコ、いやちょっとニヤニヤと眺める、立花藤兵衛だった。

 

「よし八幡、事務室が今空いてるから、そっちで着替えてこい。陽乃ちゃん、強化スーツの上には服を着られるんだよな?」

「ええ、普段はそれで問題ありません。比企谷くん、肌着をつける感じで着てみて。その上から服を着ても大丈夫だけど、今回は試着ってことで、スーツだけね」

「まじか・・・恥ずかしすぎるだろそれ・・・」

「いいから!それとも沙希ちゃんに手伝ってもらう?」

「川崎からかうのやめてくださいよ、あとで俺が大変なんですから・・・」

 

 ぶつぶついいながら、八幡は事務所に消えていった。

 

「陽乃さん」

「ん、どうしたの沙希ちゃん?」

「あいつは、あれで楽になれるんでしょうか。疑ってるわけじゃないんですけど、その」

「今までより無茶しそうってことかな?」

 

 小さく頷く沙希に、陽乃は優しい目を向け、そっと髪をなでた。

 

「ひゃうっ」

「大丈夫。そうなっても、わたしや沙希ちゃん、立花さんがいるじゃない」

「それは、そう・・・なんですけど」

「沙希ちゃんは優しいね」

「え、あ、いや、そんなんじゃなくてっ!ただ、あたしは・・・」

「着ましたよ。・・・けど、この格好でそっちいくんすか・・・」

 

 言いながら八幡は事務室から出てきた。強化スーツと呼ばれたそれは全身タイツの様に、首から上、手首から先、くるぶしから先を残し、八幡の締まった身体を覆っていた。ただ、普通のタイツと違うのは、肩と股間、膝と肘に薄いパッドの様なものが入っていることだった。

 

「おぉー眼福眼福」

「変態かよ・・・」

「あーひどいなぁ。まぁいいや、その状態でこっちのバックルを持ってみて」

「これですか。・・・なんかこういうの懐かしいんだけど」

「うちの弟も良く遊んでたよ。あれ、色々追加されてお金かかるんだよね・・・」

「確かに似てるねー。じゃあ簡単に説明・・・と、来たかな」

 

 誰が、と言いかけて、八幡は外の音に気づいた。なんだかんだ、夢中になっていたようだ。外からは、いつもの和太鼓を不規則に叩くようなアイドリング音が聞こえる。

 

「説明は彼からしてもらおうかな、せっかくだしね」

「はっちまーーーーん!!」

 

 裏口のドアを勢い良く開いて転がり込んで来た太った男は、八幡のもう1人の友人、材木座義輝であった。

 

「お前エンジンくらい止めてこいよ・・・」

「問題ない、我が離れれば一定の時間で止まるようになっておる」

「まぁ、あのエンジンは急に止めると次動かなくなるからなぁ。・・・お、止まった」

「うむ、うっかり焼き付いたのも一度や二度ではない。・・・して八幡、着心地はどうだ」

 

 材木座は八幡に向かって聞いた。

 

「おお、少し締め付けはあるけど逆に動きやすい感じだな。パッドも動きを邪魔しない」

「良きかな良きかな。採寸と型は川崎女史の手製だからな。ナノドライバーの方はどうだ、試してみたのか?」

「ううん、わたしから説明しようかと思ったんだけど、丁度材木座くんの音が聞こえたからさー。直接説明してもらう方がいいかなって」

「うむ。では八幡よ、説明いたそ「手早くな」・・うむ」

 

 材木座は八幡からナノドライバーを受け取った。そして部屋の片隅にあるホワイトボードに近づくと、やたらキレのいい動きで振り向いた。

 

「では説明しよう。ナノドライバーとは、この中にあるナノマシンを八幡の身体に散布し、超強化外骨格を形成する装置である。形成、装着に必要な時間は約3秒。この間は関節を出来るだけ楽にし、動きを止めなくてはならない。そもそもこのナノドライバーは」

「材木座」

「・・・む、なんだ八幡、まだ説明の途中だぞ」

「俺理系苦手なんだよ。平たく言ってくれ」

「むぅ、いたしかたあるまい。・・・平たく言うと、変身ベルトだ。これを腰に当て、両側にあるスイッチを同時に押すとベルトが巻かれる。巻いた状態でパスワードを音声入力、3秒待つと出来上がりだ。平たいだろう」

「平たくしすぎてちょっとお子様ヒーローみたいになっちゃってるんだけど」

「・・・材木座、ちっと気になるんだがな」

「うむ、なんでも聞くが良い」

「パスワードを音声入力ってお前、それもしかして」

「うむ!」

 

 若干げんなりした表情の八幡に向かって、材木座は自信たっぷりに言い放った。

 

「古今東西、ベルトを装着して外骨格を形成させるにふさわしい言葉はただ一つ!」

 

 更に、かっこいいつもりだろうか、丸々とした指で眼鏡をくいっと上げ、

 

「“変身”だ」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「だーっはっはっは、いいじゃないか八幡、かっこいいぜ!」

 

 立花は豪快に笑い飛ばしたが、あとの3人はドン引きであった。

 

「・・・と、とにかく比企谷くん、このナノドライバーは中にナノマシンを内蔵してるんだけど、解除するたびに量が減る、使い捨てなんだ。だから3回使うごとにメンテが必要になるから、そこは気をつけてね。メンテの仕方自体は難しくないから、沙希ちゃんにも教えておくよ」

「・・・あ、わ、わかりました。よろしくお願いします」

「あ、あと、服を着てても使えるけど、解除する時には服はなくなってるからね。装甲の生成で瞬間的に高熱が出るから、一瞬で炭になっちゃうんだ」

「まじすか・・・」

「まだプロトだからねー。そのへんは今研究中。・・・さ、せっかくだし、一回変身してみよっか!」

「いや、だって俺今」

「大丈夫だよー。今のままでも使えるし。基本的には頭と胸、手足にプロテクターが装着される感じかな。もちろんフルに能力を引き出せるわけじゃないけど、これだけでも強化はされるよ」

 

 なんとなく釈然としないまま、八幡はナノドライバーを腰に当て、スイッチを押す。しゅる、と小さい音がすると、左から伸びたベルトが右に回り、自動で腰にしっくりと収まった。

 

「おぉ・・・」

 

 これには八幡も感嘆の声を上げた。

 『やべぇ、これかなりかっけぇぞ』

 

 問題はこの後である。流石に高校生にもなって「変身!」はちょっと恥ずかしい。が、材木座のキラキラした瞳、陽乃のニヨニヨした瞳、おやっさんのほっこりした瞳、そして沙希のちょっとドキドキしつつワクワクした様子を見ると、これはもう逃げられねぇな、と観念した。

 

「はぁ・・変身」



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第4話「変身」

この回まではかなりねっとり書いたつもりです。
話の中で色々説明するのって難しいねぇ・・・。


sideA

 

「はぁ・・変身」

 

 バックルが少しだけ前に動き、隙間から青い煙が吹き出す。それは八幡の身体に纏わりつく様に拡がり、きっかり3秒後には八幡の頭部、胸、両腕、両脚を覆っていた。

 

 装甲はつやのあるコバルトブルーに所々山吹色のラインが走っている。強化スーツのつやのない黒と相俟って、その造形は美しいと言えるものであった。八幡自体も細身だが筋肉はしっかりついているので、一言で言えば「ヒーローのライバル的」なビジュアルである。

 

「よし、成功なり!」

「・・・あっちぃぃぃぃっ!!!」

「ひ、比企谷!?」

 

 八幡は思った。服が一瞬で炭化する程の高熱って何度くらいなんだろう。考えない方がいいなこれ。

 

「義輝」

「む、いかがなされた、陽乃嬢」

「いくら比企谷くんでもこれ、高熱過ぎない?やっぱり生身のまま変身するのは結構厳しい気がするんだけど・・・」

「熱いのは慣れる!というか、正直これでも相当熱を抑えたのだ。物質が運動する際の熱、気体レベルにまで小型化したナノマシン群、さらにそれを固体として固着させるだけのエネルギーが同時に発生するのだ。最初の頃なんか鉄製のマネキンが溶けた挙句、一部が蒸発したのだぞ。さらにその熱にナノマシン自体が耐えられず、見るも無残な姿に・・・」

「あーもういい、分かった、お前は頑張った」

 

 そもそも服が炭となって無くなってしまう以上、変身時はともかく、人前での変身解除など絶対に出来ない。そもそも八幡の身体と装甲の間に余計なものが入るのは好ましくない。これは使い終わったそのまま安全な場所まで戻らないと、うっかり解除した日には怪人全身タイツ男の誕生である。

 

「比企谷くん、どう?動きづらいとかない?」

「・・・ちょっと待っててください」

 

 八幡はそのまま、整備工場の片隅にある、トレーニングスペースに移動した。

 

『動くのは問題ない。むしろ生身の時より動き出しがかなり軽いな』

 

 おもむろに、置いてあるバーベルを片手で持ち上げる。

 

『!・・・こいつはすげぇ』

 

 バーベルは、ベンチプレスで八幡が日常的に使用する重量、140kgに設定してある。それを八幡は片手でひょいと持ち上げていた。

 

「普段の10倍くらいの腕力になってる感じだ。重さは感じるけど、10kg程度か?米の袋を持ってるくらいの感覚だな・・・」

「ふむ」

 

答える八幡に材木座は、少し思案顔になる。

 

「細かい調整はこれからとして、とりあえず使用に耐えられるだけのものにはなったか。パワーアシストも上手く動いているし、慣れてくればもっと軽く感じるようになる」

「・・・お前すげぇな・・・」

「すごいのは雪ノ下研究所だ。建設会社なのにナノマシン研究施設に巨額の資金を投じ、あげくに一介の高校生のアイデアを形にしてしまうのは、正直我でも引くレベルだぞ」

「ふふー、すごいでしょー。ちなみにナノマシン部門のスポンサーはわたし個人だからね。感謝してもいいのよ?」

「・・・ほんと、感謝してます。ありがとうございます、陽乃さん」

「!・・・急に名前とか、不意打ち好きだよねぇ君は・・・」

「比企谷」

 

 それまで3人の話をじっと聞いていた沙希だったが、どうしても聞いておきたいことがあった。

 

「さっき、それ使った時に熱がってたけど、大丈夫なの?火傷とかない?」

「ああ、大丈夫だ。強化スーツすげぇわ。熱かったのは皮膚が出てる部分だけだったし、それも一瞬だった。多少赤くなってるかもしれねぇが、火傷って感じじゃねぇな」

「そ、ならいいけど。でも、それはアレだね」

 

 沙希はまだ少し心配そうな眼で言った。

 

「「変身」してから使ったほうがいいかもね」

「だな、流石にあそこまであちぃのは生身だとなぁ・・・」

 

 苦笑交じりに八幡は答えた。

 

「ねぇ、比企谷くん。わたしさ、君の「変身」については知識はあるし、実際他の人の変身は見たことあるんだけど・・・」

 

 そう切り出したのは陽乃だ。

 

「実際、比企谷くんの「変身」は見たことないんだよねぇ。実際、どんな感じ?あ、興味本位って訳じゃなくて、装甲の着用が可能なのかなって」

「・・・あたしは見たことあるんですけど、大丈夫だと思います。・・・マスク以外は」

「それも問題ねえだろ。被るんじゃなくて顔に貼り付く感じだし、真ん中にもちゃんとスペースはあるし」

「んー・・・」

 

 陽乃はそれでも少し納得がいっていない様子だった。

 

「そもそもさ、比企谷くんの遺伝子は、何と融合されてるの?気になって調べたんだけど、全然資料が見当たらなくてさー」

「ああ、それはそうですよ。だって」

 

 八幡はこともなげに言った。

 

「俺の親父は、廃棄扱いのレベル3特異体でしたから」

 

 

sideB(八幡視点)

 

「廃棄・・・扱い?それに特異体って・・・」

「雪ノ下さん」

 

 この先は、かなり突っ込んだ話になる。話す俺も、聞く人達にも覚悟が必要になる。

 

「この先の話をする前に、みんなに聞いておきたいことがある。・・・ここからの内容は、本来聞くべきではない、聞いたら後悔するような話だ。これを聞いて、それでも。・・・それでも、俺はここに居てもいい、んだろうか」

「比企谷」

「川崎・・・」

「あんた、ちょっと勘違いしてるよ。・・・あたしは、あたし等はさ、多分家族の次にあんたの事を知ってる。あんたの今を知って、それでもこうやって関わってる。今更あんたの過去がどうであっても、それで変わるような関係じゃない。本当はあんたもわかってるんだろ?」

「うむ。八幡の身体がどうあれ、我らがそれを理由に離れることは有り得ん。強制でも欺瞞でもない、お主といたいからこそここにいるのだ。見返りなども求めておらん。そもそも、お主がここにいる、これこそが我らにとっての一番の見返りだからな」

「材木座・・・」

「八幡。お前が言いたくないことは言わなくていい。だが、言いたいことは言っていいんだ。お前自身が楽になるためだけでもいい。おれ達に受け止めきれない事は、どうすれば受け止めて、そして前に進めるのかをみんなで考えりゃいい。お前を貶めるやつなんてここにはいない」

「おやっさん・・・」

 

 やべぇ。

 泣きそうだ。

 これが、俺の。

 俺の、生命を張ってでも守りたい存在か。

 望むところだ。

 

「・・・改造兵士レベル3特異体、サンプル008番。それが俺の親父に「財団」がつけた認識名です。CIAが付けた通称は「Masked Rider Eight」。ですが、親父はその時既に廃棄扱いでした。改造はしたけど、能力が上手く発現しないんで、抹消されたそうです。その後脱走したってくらいしか知りませんが」

 

 この話は俺が親父から直接聞いたものだ。親父は俺が小学生の時に死んだが、その前に俺に全てを教えて逝った。

 

「俺は財団に改造されたわけじゃない。改造されたのは親父です。俺の本当のお袋は、俺を産んだ直後に殺されました。今のお袋はそれからしばらくして、俺が5歳の頃、娘と一緒に再婚した人です。・・・だから、小町にはこの遺伝子は入っていない」

「・・・」

 

 酷い話だ、と自分でも思う。正直自分では実感がないのだが、聞く方はかなりきついだろう。俺だってこんな話はしたくもないし、知らないで済むならそれが一番いい。

 だが、こいつらには話さなければいけない。

 俺が生命を張ると決めた、そして俺の心を全力で守ってくれる人達だからだ。

 

 俺は欺瞞や嘘を嫌う。だがそれが、必要悪であることも分かっている。誰彼構わず本当の事を話せば、どうなるかは眼に見えている。背けたい、背けておきたい真実なんて、この世の中にはいくらでもある。

 だが、こいつらは別だ。過去のとある出来事が原因で、こいつらは俺のことを知った。知ってしまった。そして、逃げ出そうとする俺の眼を見て、俺という存在を丸ごと認めてくれた。

 

「雪ノ下さん、俺の「体内変身」のシステム自体は知ってますよね」

「うん。「財団」の開発した、改造兵士計画のレベル3。人間と、動物の遺伝子を融合させて強靭な肉体と闘争本能を無理やり引き出し、局地戦用のゲリラコマンドとして開発された、バイオサイボーグ、だね」

「そうです。厳密には俺が直接改造された訳じゃなく、受精された時から遺伝子の組成が人間と違うので、いわゆる「ミュータント」の類になりますが」

「あんたは人間だよ。前にも言ったでしょ。ちゃんと人間だから」

 

 いつの間にか、川崎が俺の手をそっと握っていた。そうか、だから俺は落ち着いて、こんな「体内変身」しそうな話が出来ているのか。

 

「・・・続けると、俺は感情の波が強烈に大きくなったとき「体内変身」します。・・・俺には、人間にはない器官が1つあります。それがこの」

 

 俺は自分の前髪を上げ、額を見せた。額には薄く、縦に1本皺が入っており、少し盛り上がっている。

 

「松果体に直結した、「第三の目」です。普段はこんな感じなので、前髪で隠せば分かりません。これが、感情の起伏によって、目を開けるんです。これは視覚ではなく、「直感」を使って事象を判別するものだそうです。あと、融合した生物の本能を理性で抑え込む機能もあるとか。俺も詳しいことはよくわからないんですが、」

 ここで言葉を区切る。どうしてもこの続きが出ない。もうここまで話しているのだ。何を言ったところで手遅れでもある。だが、理屈ではない、感情の部分が、言葉を紡ぐ邪魔をする。

 ふいに意識が川崎に包まれている手にいった。川崎はさっきよりも強めに手を握ってくれている。・・・そうだよな。よし。

 

「これが開くと、細胞活動が活性化して、さらに細胞活動促進分泌物が身体中に放出されます。そうすると、細胞そのものが人間から、融合した生物に変化しようとします。これが「変身」と呼ばれる現象です」

 

 うん、大丈夫だ。

 

「そして俺の、正確には親父の遺伝子と融合した生物は“オオエンマハンミョウ”です」

 

 オオエンマハンミョウ。獰猛・頑丈・俊敏と、三拍子揃った昆虫である。体色は黒。クワガタのような顎をもち、頭・胸に比べて胴がでかいのが特徴で、体長は6センチほどにもなる。俺が変身した際には、顎の部分が角のように上に伸びる。下から見たような感じといえばわかりやすいだろうか。何れにしてもかなりアレな見た目である。

 

「ハンミョウと言えばあれか、ゴミム「おっとそこまでだ材木座。・・・まだ命は惜しいだろう?」・・・お、おう、すまぬ」

「あ、そういえばこれ、解除はどうやればいいんだ」

「おお、それはな、最初にベルトを巻いた時に入れたスイッチをもう一度押すのだ」

「こうか」

 

 スイッチを押すと、装甲が解除され、青い煙になって霧散する。なるほど、使い捨てってのはこういうことか。

 

「あ、使い終わったナノマシンはほっといて大丈夫よ。自然に分解されて土に還るエコ設計だからねっ」

 

 至れりつくせりっすね。

 

「でもこれ、俺の身体の「体内変身」とパスワードがかぶるのがなぁ・・・」

「仕方なかろう。体内変身という言葉自体は今初めて知ったのだからな」

「そうだけどよ・・・」

「いいではないか、変身。お主もぶっちゃけ格好いいとか思ったであろう」

 

 痛いところをつきやがる。

 まぁ、何にせよ、使わないに越したことはない。普通に暮らしている分には使うことなどまずないんだが・・・

 

「・・・来てる」

「え?」

「財団。・・・レベル2だな。微かに機械音がする」

「・・・何も聞こえないよ?」

「普段は割と迷惑な能力なんだけどな。聴覚と視覚は、普通の人間よりかなりいいんだ。意識しなければどうってこともないんだが」

 

 聞こえちゃったんだよな。

 ここを襲撃する、話し合いがさ。

 

「・・・早速これかよ・・・」

 

 目が疼く。掻痒感と共に、額が裂けていく痛みを感じる。

 

「くっ・・・ぐぅぅぅぅぅぅぅうううううぅぅぅぅぅうううっ」

「比企谷っ」

「大丈夫だ・・・川崎、みんなも少し離れてろ。・・・材木座、早速使わせてもらう・・・ぜ」

「八幡・・・うむ、すがるばかりなのは情けないが、頼む」

「ばぁか・・・ぐ、ぅぐぅぅうあああああああっ!!」

 

 限界だ。これ以上の変化は、こいつらと言えども見られたくはない。

 俺はナノドライバーを腰に当て、装着した。

 

「変・・・身!!」




インナーは黒、装甲はコバルトブルー+山吹色ライン。
シャドームーンの銀色部分に当たるのが装甲の場所です。
デザインはZO系。顔は・・・ガタックっぽいのかなぁ・・・。


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第5話「試闘」

バトル回です。
勢いで書く派なので、わかりづらかったらごめんね?

追記 誤字報告いただきました。ありがとうございます。


sideA

 

 八幡がナノドライバーを試していた頃。

 立花レーシングから200m程離れた場所にある工場跡地に「それ」は潜んでいた。

 身長は2メートル近い。頭からマントのようなものを羽織っており、両肩が異様に盛り上がっている。身じろぎするたび、マントの中から金属を擦り合わせたような機械音がしている。

 

「・・・限・界。整・備・ノ・必・要・ア・リ。・・・レ・ー・ダ・ー・展・開」

 

 機械音声のような声を出した「それ」の顔にあたる部分から、小さな羽虫のようなものが飛び出た。羽虫は工場の外に飛んでゆき、程なくして「それ」は動き出した。

 

「整・備・場・発・見。整・備・後、レ・ベ・ル・3・特・異・体・ノ・索・敵・ヲ・継・続」

 

 「財団」の造った、改造兵士レベル2。

 人体に機械を埋め込み、爆発的なまでの戦闘能力を身に着けた、戦闘用サイボーグである。

 開発の主軸がレベル3に移行したため量産には至らず少数を残して廃棄処分されたが、すでに稼働を開始し、処分し損ねた個体は、命令をリセットされないまま日本各所に潜伏していた。姿を隠すため、またエネルギー消費を抑えるため、潜伏先で自らを仮死状態にし、命令を実行する日をただひたすら待っていたのだ。その命令は「脱走した財団の改造兵士の殲滅」。疑問や反論を持つ余地の無い程徹底的に改造・洗脳された兵士は、十数年振りに活動を開始したのであった。

 周囲に転がる廃材や機械をものともせず、ただ真っ直ぐに出口へ向かう。

 出口を出ると、羽虫の飛んでいった方向を見る。その視線の先には「立花レーシング」の看板があった。

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 身体が灼ける。身体中あちこちが悲鳴を上げ、皮膚が裂ける感触がある。四肢からは棘が生え、皮膚は硬く、黒く変色し、顎が割れ、額の「第三の目」が開きだす。俺がパスワードを言えたのは、俺の顎が大きく割れて角のような形状に変わっていく直前だった。

 

 さっきの青い煙が俺を包み込んでいる。体内変身を見られることを嫌がる俺のために、あえて煙を身体にまとわりつかせるようにしたのだと俺が聞いたのは、少し後になってからだ。体内とベルト、両方の変身が終えると、俺の身体は漆黒に染まり、装甲のコバルトブルーと山吹色が目を引く「怪人」になっていた。

 

「ギチ。・・・キチキチ」

 

 これじゃあ俺が悪役みてえだな、と言ったつもりだったが、顎が丸ごと変形しているために擦過音のようなものしか聞こえない。それでも声帯自体は残っているので、練習次第では話せるようになるのかもしれないが、この見た目で他人と談笑するなど考えられない。

 

「比企谷!」

 

 ふいに声がしたので後ろを振り返ると、少し怯えたように、それでも真っ直ぐな眼で俺をみる川崎が立っていた。その横には雪ノ下さん、材木座、そしておやっさんが俺を見つめている。

 

「いってきな。・・・帰ったら、コーヒー淹れたげるから!」

 

 右の拳を俺に突き出す。それに応え、俺も右拳を握り、軽く前に出した。

 さぁ、行こうか。

 

 店の外に出て目を凝らす。そこには俺より頭一つでかい人間が、マントを被ってこちらに歩いてくるのが見えた。

 

『どこの世紀末救世主だよ・・・』

 

「・・・レ・ベ・ル・3、確・認。整・備・前・ニ・排・除」

 

 なんだ、まともにしゃべれねえのか?思っていると、そいつはマントを引きちぎるように脱ぎ捨てた。

 

 そこに居たのは、1匹の巨大な、二足歩行の蜘蛛だった。

 グロいなおい。人のこたぁ言えねえけど。レベル2の中身は人間+機械だ。見てくれは蜘蛛でも、機能はそれとは限らない。それでも、腹から伸びる4本の副腕を拡げるそいつを見てると、そのうち糸吐いて巣でも作るんじゃねえかという気がしてくる。

 

 まぁいい。

 まずは突っ込んでみようか。

 

 

 

sideC(沙希視点)

 

 戦闘が始まった。

 あたしは、ホラーとか怖いものが嫌いだ。今目の前にいる蜘蛛みたいなやつは、目に入るだけで卒倒しそうになる。

 でも、あたしは見なきゃいけない。

 比企谷が、あの面倒くさがりでやたら達観した、あたしの大切な友達が戦っているんだ。多分みんな同じ気持ちなんだろう、陽乃さん達も店の窓から戦いを見つめていた。

 

 まず、比企谷が仕掛けた。お互いの間合いに入る直前、一瞬貯めを作ったかと思うと、一足飛びに蜘蛛男の懐に潜り込む。体勢を低くし、振り回してくる副腕を躱しながら、相手のみぞおちあたりに右拳を叩き込む。攻めながらもカウンターになった感じで、蜘蛛男は数メートル後ろに吹っ飛んだ。が、そのまま反撃のために走り出すあたり、自分から飛んで体制を整えたのか。

 蜘蛛男はすこし距離を取ったところで立ち止まり、副腕を畳んでそのまままっすぐ突きを出してきた。4本もある腕を不規則に、それでも最短距離で打ち込んでくる。比企谷は腕を躱し、いなしつつ攻撃を返そうとするが、当たらない。

 蜘蛛男の副腕はリーチが長い。そのせいで、比企谷が間合いを上手く測れていない。当たってはいないものの、自分からの攻撃も届かない。一旦蹴りで強引に離れれば、とも思うが、相手の手数が多すぎて、離れるのに合わせて畳み込まれそうだ。ジリ貧に見えたその時、比企谷の動きが変わった。

 

 突きを下に躱した比企谷は、そのまま身を沈め、腰の回転で蹴りを蜘蛛男の足元に放った。

 水面蹴り。蜘蛛男の突きの回転が上がるのを待っていたのだろう。受けきれないなら躱すとばかりにしゃがんだ先で、水面蹴りの置き土産だ。なんか、ただでは起きない比企谷らしくてつい笑ってしまう。

 比企谷の急な動きについていけないのか、蜘蛛男は蹴られた足をもつれさせた。一瞬動きの止まった、そこを比企谷は見逃さない。立ち上がりざまにアッパー気味に掌底を蜘蛛男の顎にいれる。そのまま間合いを取るのかと思ったら、逆に後ろに回り込んで密着した。なるほど、そこなら副腕は当たらない。後ろから蜘蛛男の首に腕を回した比企谷は、そのまま勢いをつけて身体を反転させ、背負投げのような形で、蜘蛛男を脳天から地面に叩き落とした。

 

「・・・強い」

「うむ。改造云々ではない、戦い慣れした動きだ」

「あ、比企谷もだけど、あの蜘蛛男もさ。レベル2って言ってたよね。てことは、レベル3のなんとか体の比企谷の方が強いんじゃないの?」

「・・・今の比企谷くんだと、五分五分ってところかな」

「陽乃さん・・・」

 

 わたしも詳しくは知らないんだけど、と陽乃さんは断りを入れてから話し出した。

 

「レベル3はね、戦うことで強くなる、つまり成長する改造兵士なの。今の比企谷くんは、変身してから戦った経験がほとんどない。要は原石の状態ね。それに対して、レベル2っていうのは、機械的に力を出すから、最初から戦闘能力が高い。その代わり、成長はしないんだけどね。・・・今まで比企谷くんが互角でやれてるのは、彼自身の技術に加えて、相手の調子が悪いせいだと思う」

「あれで調子が悪いんですか・・・」

「うん。だって、完全な状態なら、戦車を1分経たずに無力化出来るだけの戦闘能力を持ってるんだもの。動画を見たことがあるけど、あれは出鱈目だったわね。あの蜘蛛男がなんで調子悪いかは知らないけど、ナノドライバーの性能テストには丁度いい、かな」

 

 え?

 

「テストって・・・!じゃあ比企谷は・・・!」

「沙希ちゃん」

 

 たまらず陽乃さんを怒鳴りつけそうになったところを、立花さんに止められた。目線の先を見ろ、と無言で合図されたあたしは、軽い口調で言う陽乃さんの拳が硬く握られているのを見た。

 

「陽乃、さん・・・」

「ごめんね、長年の癖でこういう言い方しか出来なくてさー。でもね沙希ちゃん」

 

 陽乃さんはその時だけ、本当の顔を見せてくれた様な気がした。

 

「わたしもね、気持ちは一緒だよ」

「・・・はい!」

「そ・れ・にぃ」

 

 陽乃さんは今度こそいたずらっぽく微笑み、わたしを見た後、比企谷が戦っている外を向いた。

 

「あのベルトにはね、まだ秘密があるの」

「え?」

「今、義輝がそれを伝えに出ていったよ。・・・うん、流石わたしの義輝だね」

 

 

 

 sideD(八幡視点)

 

 やつの頭を叩きつけてからも、攻防は続いていた。隠し玉を持っているだろうことはわかっているので、落ち着く暇を与えないように攻撃を絶やさない。だが、このままやつを倒せるとは思えない。

 決め手のないまま、時間ばかりが過ぎていく。そしてついに、その時が来てしまった。

 

「特・殊・攻・撃・発・動」

 

 距離を取らせない様に全力で攻撃しなかったのが災いした。一瞬の間をついて、俺の腕をやつが撥ね上げる。

 

 次の瞬間、視界全てが光に覆われた。

 光の奔流が俺の身体を吹き飛ばす。受け身を取る間もなく、俺は地面に叩きつけられた。

 

「ゴッ・・・ギキィィィ・・・」

 

 なんだ今のは。何をされた?

 霞むおれの眼が捉えたのは、蜘蛛男の副腕が、自分の胸を開いている光景だった。開いた胸には、でかい銃口のようなものが見える。

 

『ビーム!?・・・ふざけんなよ馬鹿野郎・・・』

 

 直撃を食らったおれの胸部装甲は半分ほど溶けていた。その銃口は追撃をするべく、ぼんやり明るくなり始めている。

 

『やべぇ、・・・終わったか』

 

 ごめんな、みんな。あんだけ偉そうに守るとか言っといて、いきなりのていたらくだ。

 死を覚悟した俺の脳裏に浮かんだのは、コーヒーを淹れるあいつ。

 くそ、そのコーヒーは俺んだ。

 

 遠くで誰かが俺を呼んでる声がする。あれ、お迎え?

 

「八幡!!目を覚ませ!!」

「!!」

 

 反射的に横に転がり、第二撃を躱せた。奇跡だ。

 声の主を探すと、果たしてそれは材木座だった。

 

「八幡、聞け!思いっきり腰を捻って、右足に意識を集中させろ!ナノドライバーからの力を、右足の装甲に集めるんだ!」

 

 あ?腰?

 よろよろと立ち上がり、腰を捻って構える。左足が前、右足が後ろ。右足に意識を向けると、そこは燃えるように熱くなっていた。

 

「今だ、蹴りを撃て!」

 

 え、蹴り?今この体勢から撃つってなると・・・あれか。

 こないだ、川崎に教わったやつ。

 

「ギ・・・ォォオオオオオオッ!!」

 

 俺は渾身の力を込めて、蜘蛛男に自分の脚をぶつける。

 中段回し蹴り。

 派手な技ではないが、防御の上からでもかなり効く。

 

「いけぇっ、ライダーキック!!」

 

 ・・・なんだって?

 またあの中二病、わけのわかんねえこと言いやがって。

 ・・・ちょっと格好いいじゃねえかよ。

 

 蹴りをそのまま振り抜く。勢い余って一回転し、蜘蛛男を見ると、胴体が大きく抉れ、副腕がちぎれかけていた。

 

「継・続・不・能。任・務・失・敗・・・」

 

 激しい爆発音と光、そして熱風。

 もうもうと立つ煙が晴れると、蜘蛛男は腰から下を残し、跡形もなくなっていた。

 

 

 

sideE

 

「比企谷!」

「比企谷くん!」

 

 変身を解き、半ば放心状態で佇む八幡に、沙希と陽乃が走り寄る。第三の眼はすでに閉じ、体内変身も解除されていた。

 

「八幡、よくやったな!」

 

 立花の声に我に返った八幡は、

 

「・・・勝った、のか・・・?」

「勝ったよ!すごかったよ比企谷!」

 

 いつになく興奮している様子の沙希。その眼には涙がいっぱいに溜まっている。

 

「そ・・・か、勝った、のかぁ・・・」

「比企谷!?」

 

 気が抜けて倒れ込みそうになる八幡を、沙希が慌てて支える。

 

「あー・・・疲れたわ・・・あ、そうだ、川崎」

「なに?」

「コーヒー、淹れてくれよ。大盛りで」

「ぷっ・・・わかったよ、好きなだけ飲みな」

「ばぁかお前、そんな飲んだら腹たぽたぽんなるっつの・・・」

 

 言いながらアミーゴに向かう二人を見送る陽乃達。

 

「成功したねぇ・・・」

「うむ。生成したナノ装甲を再分解、エネルギーに変えて攻撃する一撃必殺の技。変身後一定時間が過ぎないと使えないのが難ではあるが・・・」

「んーん、義輝は頑張った。・・・かっこよかったよ」

 

 陽乃は材木座の頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「わたし達も行こうよ。喉カラッカラ」

 

 談笑しながら店に入っていく陽乃達を、少し離れた上空から、羽虫がじっと見つめていた。




次回はもうちょいこの流れの話を書いてからの炭回、かな?


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第6話「閑話」

解説回かな。会話劇みたいになってしまいました。
ここまで書いてて思ったのが「おれの文章って地味だなぁ」です。

炭回は次回になりました。ガハマちゃんの扱いに未だ悩んでおります。

あと、アンチ・ヘイトタグは外しました。またつけることになるかもしれないけども。


sideA

 

「で、あれはなんだったんだ材木座」

 

 闘いが終わり、アミーゴに戻った八幡達は、沙希の淹れたコーヒーを飲みながら一息ついていた。

 

「む、あれとは?」

「さっきのライダーキックってやつだよ。名前つけるにしてもライダーとか、何も乗ってないじゃねえかよ」

「分かってないな。お主のお父上、CIAに付けられたコードネームはなんだった」

「Masked・・・そこからかよ・・・」

「マスクドライダーかぁ。あ、そういえば比企谷くん知ってる?この辺りに伝わってる都市伝説みたいなものなんだけど・・・」

「あー、ひたすら正体を隠してとんでもねぇ性能のバイクに乗って戦う怪人。仮面ライダーでしたっけ?」

「おぉ、そのままではないか!まさかお主のお父上達ではあるまいな」

「んなわけあるかよ。そもそも親父がバイクに乗ってたなんて聞いたこともねえ」

「あれ、八幡知らなかったのか?」

 

 立花はうまそうにコーヒーを啜りながら言った。

 

「お前の親父、俺のツーリング仲間だったんだぞ」

「・・・え?」

「中でも一番速くてなぁ。大きな声じゃ言えないが、ここから仙台まで、一般道だけで5時間切って走れたのはあいつくらいじゃねえかなあ」

「仙台!?400kmはあるでしょうよ!?」

「一般道で平均80km/hとか、正気の沙汰じゃねえな・・・」

「単純なスピードもだけど、道の選び方が上手かったなぁ。まぁ、今考えたら出鱈目にも程があることやってたんだけどな。事故がなかったのが幸いだが・・・」

「・・・親父はキャノンボーラーだったのか・・・」

「あ、あとな」

 

 立花は、とんでもないことを言ってのけた。

 

「さっきの仮面ライダーな、八幡の親父だぞ」

「・・・は?」

「お前のみたいな超ハイテクなやつじゃなくてな。シンプソンてメーカーのバンディットってメット被って、バトルスーツって上下セットのスーツ着てよ、例の財団からの追っ手と戦ってたんだよ。レベル1とか2とかばっかりだったから、体内変身の能力だけで良かったんだろうなぁ。変化自体もお前ほど大きくなくてな、顔だけはどうしようもねぇからメットに穴開けてどうにかしたんだけどよ」

「ちょちょちょ、ちょっと待っておやっさん」

 

 衝撃の事実に付いていけない八幡が慌てて止める。その後を陽乃が引き継いだ。

 

「・・・立花さん、もしかして最初から知ってたんですか?財団のこととか、改造兵士計画とか。その上で比企谷くんのお父さんを匿ってたとか・・・」

「ん、ああ、だってほら」

 

 今夜はどれだけ驚けばいいのだろうか。

 

「俺が脱走手引したんだもの。財団にいたんだよ、俺」

「立花殿、言ってしまってよろしいのか」

「え、お前知ってたの?」

「知ったのはつい最近のことだがな。陽乃嬢にも伏せておけと念入りに口止めされた。しかしここでこうもあっさりとばらしてしまうとは・・・」

「だってお前、自分の口から言いたいじゃねえか。あとサプライズ?」

 

 立花はいたずらっぽく笑ってみせた。

 

「まぁ、今日のところはこれくらいにしておこうか。明日はお前ら学校があるだろ?・・・こうなっちまったら俺も、知ってることとやることを全部伝えないといけねえ。ちょいと整理する時間をくれよ」

「そうですね、もう遅いですし。・・・あ、比企谷くん、これだけ確認」

「なんすか?」

「さっき蜘蛛男が来る前、レベル2だってわかってたじゃない?あれも直感?」

「それもありますけど、過去1回だけ戦ったことがあるんですよ。そんときは体内変身の状態で、変身自体も初めてだったんで、暴走しちゃってほとんど覚えちゃいないんですけど。おやっさんとこでバイトするようになったのも、一人暮らしを始めたのもそれがきっかけです。あと、川崎との付き合いが始まったのも」

「つ、付き合いって・・・」

「あ、すまん。そういうんじゃなくて、その、会話したりするようになったのも、ってことだ」

「や、いいんだけど、その・・・」

「沙希ちゃんは可愛いねー」

 

 言われて照れる沙希を指でつつく陽乃。こういう日常を、八幡は何よりも大切に感じていた。

 

「我は体内変身についてはよく知らなかったが、八幡が人間離れした運動能力を持っているのは知っていた。お互い相手のいない体育の授業などでな。組んだときは死ぬかと思った」

「ぼっちだったからな。対人での加減がよくわからなくてよ。でもお前と雪ノ下さんとの繋がりが俺には全然分からないんだが」

「雪ノ下技研には元々出入りしていたのでな、そこで我が提案していた、携帯型の運動サポートギプスが陽乃嬢の目に留まり、その技術を転用して八幡の装甲を作ったのだ。陽乃嬢と八幡がどうして知り合ったのかはよくわからんが、八幡には財団が敵に回っていること、陽乃嬢が八幡の支援に回っていることは理解した。本来なら戦闘やら軍用やらの研究は絶対にしたくなかったのだが、それで守れる生命があるならばと協力することにしたのだ。我の作品を読んでくれる唯一の読者だったしな」

「あれを作品って言うのかよお前・・・いいからちゃんと終わりまで書けよ」

「ぐふぅっ」

 

 八幡にいじられた材木座がオーバーリアクションをとったところで、沙希は苦笑しながらも解散を宣言する。

 

「そろそろ本当にお開きにしようよ。あたしも帰らないとだし」

「そうね、じゃあ行きましょう義輝。比企谷くん、今日はお疲れ様。あ、ベルトは一応持ち帰るわね、次回までに調整して渡すわ」

「わかりました、お疲れ様でした」

「よし、じゃあ俺も戻るか、ちょっとやることが出来た」

「じゃあオーナー、これ持ってってください」

「おお、ありがたいな、いただくよ」

 

 いつも遅くまで仕事場にいる立花のために、沙希はあらかじめ水筒に詰めておいたコーヒーを渡した。

 

「沙希ちゃんはいい嫁になるなぁ・・・。おれが20若ければなぁ」

「立花さん、沙希ちゃんはほら、比企谷くんの嫁だから、ね」

「なっ!ちょ」

「あーもう、川崎がフリーズしてるじゃないすか。顔真っ赤になるほど怒らせちゃだめですって」

「八幡は八幡だのう」

「比企谷くんだねぇ・・・」

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

「こっち終わったよ、待たせちゃって悪いね」

「構わねえよ、ほらメット」

「ありがと」

 

 店の片付けを終え、バックヤードから出てきた川崎は、赤い革のライダースジャケットを着込み、鞄を背負っていた。こいつ背は高いしスタイルは抜群にいいし、やたら格好いいんだよなぁ。川崎もバイク通学で、俺と同じくおやっさんから借りている。最近大型二輪免許を取ったとのことで、それまで家計の足しにするためにしていたバイトを増やした。欲しいバイクがあるらしい。

 店の鍵を閉め、おれも二階の自室に戻ろうとした時、ふいに川崎が言った。

 

「そういえばさ、材木座と陽乃さんって、付き合ってんだよね?」

「ああ、そうらしいな。はっきり聞いたことはねえけど」

「・・・陽乃さんが先に惚れたって本当?」

「ああ、それは本当だ。理由も聞いたぜ。っていうか、自分から勝手に話してたぜ」

「マジで?・・・まぁ、材木座も自分から言うタイプじゃないもんね。でも言っちゃ申し訳ないけど・・・」

「理由がわかんねえって?」

「うん」

「実際材木座の才能はすげえ。一介の高校生が、それがアイデアだけだったとしても、病人の介護のシステムをひっくり返すような発想なんかそうそう出来るもんじゃねえ。あげくに本人はそれを、ある程度まで自分で理論構築してたんだ。まぁ、それを真剣に受け入れる雪ノ下技研の懐もいいかげん深いけどな。・・・けど、雪ノ下さんを動かしたのはそれだけじゃない」

「うん。才能と努力、それだけじゃあの人があんなにベタ惚れしないよね。あの人自身もとんでもない人だし・・・」

「だよな。正直、有能すぎて結婚どころか彼氏も出来ないんじゃねえかと俺も思ってたんだが」

 

 雪ノ下さんの能力は高すぎる。まだ大学生にして既に経営者だ。トップに母親が立つ一大企業グループの傘下とはいえ、高校に入ってすぐに雪ノ下技研を改革、基本は建設資材などの研究をしつつ、実は軍事産業にも手を染め、財団とも繋がりを持っていた会社を方向転換させた。軍事産業から手を引くため、財団の穏健派、人体強化の研究を行っているレベル1グループと交渉し、事実上のトレードを成功させたのだ。これにより財団は軍事産業を発展させる結果にはなったものの、20年前の事件でトップを失い力を弱めていたために現状維持程度の補強となり、雪ノ下技研は人道的研究を信条とし、人事に寛容な研究施設に生まれ変わった。

 俺が聞く限りではこんなところだが、それがとんでもないことであるのは、一介の高校生である俺でもわかる。・・・だが、そんな彼女のツボは思わぬところにあった。

 

「あの人な。声フェチなんだよ」

 

 川崎がポカーンとした顔をしている。ま、そうなるよな。俺も聞いたときはそうだったわ。

 

 

 

 部屋に戻って明かりとテレビをつける。知らない芸人だ。

 

「・・・ねみぃ」

 

 すぐにテレビを消し、そのまま布団に倒れ込む。急に身体が重く感じ、逆に意識がふわふわと軽くなっていく。

 

 そんな中、ふと考えた。

 あの改造兵士。この辺りに潜んでいたのは偶然だろうか。そもそも俺を狙ってきたのか。または別の意図があったのか。

 去年、初めてレベル2に襲われた時は、もう少し離れた場所ではあった。ここから川崎の家までの途中の河川敷だったが、それでもこの界隈と言っていい範囲に出現している。他の場所にも出没している可能性はあるが、これまで一度も報道されていない以上、それは考えにくい。あんな化け物、同じ化け物である俺のようなやつじゃないと対処など出来ない。そんなやつがそうそういるとも思えない。

 

 それから、雪ノ下雪乃。

 あいつは何をあんなに怯えているのか。聞けば雪ノ下さんの妹だという。多分、あの態度と無関係ではないのだろう。どう関係するのかはわからないが、あれほどの人物が、妹の人格形成に関わっていないわけがない。雪ノ下雪乃の態度は、怯え、拒絶、そして攻撃だ。俺の知ってる雪ノ下さんは、強力な外面を持ってはいるが、内面は強く穏やかで、その性質は優しい。人それぞれの好みも、家族ならではの関係性もあるだろうが、拒絶というのは穏やかではない。

 

 明日は奉仕部に出る日だ。

 少し観察してみるか。



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第7話「木炭」

遅くなりました。
あと、長くなりました。
タイトル通り、です。


sideA

 

 蜘蛛男の襲撃から明けて翌日。無難に授業をこなした八幡は、部室に向かっていた。

 八幡は一人でいることを好む。煩わしい人間関係を嫌っていることもあるが、うっかりした拍子に自分の秘密がバレることを恐れていることが大きい。元来社交的な性格ではなく、小さい頃から一人遊びは得意だったので、一人でいることに何も苦を感じない。そしてそれは沙希も材木座も同様で、学校内で彼らがつるんでいるのを見た人間はいない。それでもスマホで連絡などは時折しており、彼らのコミュニケーションとしてはそれで充分なのであった。

 それに、彼ら三人が集まると良くも悪くも目立つ。材木座は逃避、八幡は回避、沙希は警戒をもって他人との一線を画するので、その空気が他のクラスカーストなどという彼らにとっては心底どうでもいいシステムには相性が悪すぎるのだ。それでいて沙希などは外見がかなり良いので、集まってしまうとどうしても目立ち、あらぬ噂を呼び込むことになる。

 

 奉仕部部室。

 ここにもまた、怯懦をもって他人との壁を厚くする少女がいる。

 

「うす」

「!・・・はぁ・・・来たのね・・・」

 

 深い溜め息と共に部長に迎えられた八幡は、ガタガタと椅子を引っ張り出して座った。鞄から手帳を出すと、面白くもなさそうに読み始める。

 

「今日の活動は特にないわ」

「そうか」

「だから帰っていただいて結構よ」

「そうか」

「・・・聞いてるのかしら?」

「聞いてるよ。部員なんだからいるのは構わんだろ」

「私は認めていないわ」

「そうか」

 

 のらりくらりとした受け答えに苛ついた雪乃が声を上げようと息を吸い込んだところで、八幡が口を開いた。

 

「雪ノ下陽乃」

「・・・!」

「雪ノ下さんのお姉さんだそうだな」

「・・・貴方、姉の知り合いなの?」

「ああ」

 

 相も変わらずつまらなそうな表情で、視線だけを動かして雪乃を見た。

 

「事故の時、病院で知り合った」

 

 八幡は手帳を閉じると、今度は身体ごと雪乃に向かい、続けた。

 

「あの事故の時、見舞いに来てくれたのは雪ノ下さんだけだったよ」

「・・・ごめんなさい。昨日はあんな感じだったけれど、本当に悪いと思っているの。つい最近貴方を知ったのも本当よ」

「ああ、責めてるわけじゃねえんだ。だから言いながら出口を指差すんじゃねえよ。・・・だが、気になることはあってな。・・・あの時、車の後部座席に乗ってたのは雪ノ下さん、あんただった。雪ノ下姉じゃない。なのに、なんで当人には知らされず、姉が代理で見舞いに来たんだろう」

「・・・確かにそうね。それに私は、姉さんが御見舞に行ってたということも、今知ったわ」

 

 どういうことだ?

 八幡自体余り気にしてはいなかったが、そもそも車に撥ねられたとはいえ、体内変身前でも頑強さは普通の人間の比ではない。それが4tトラックであっても、ほぼ無傷だったはずだ。それが、運ばれた先の病院で数日間とは言え入院する羽目になった。更に、通り一遍の検査程度では普通の人間と変わりない結果しか出ないはずの八幡の身体のことを、彼女はいつの間にか知っていた。財団とのやり取りのあった企業の代表だ、知っていること自体はおかしくないが、あの事故は偶発的なものだったはずだ。そもそも、散歩中に逃げた犬を助けようとしての事故だ。それをきっかけにして知り合った・・・?

 一瞬考え込んだ八幡だったが、すぐに思考を止めた。

 

 まぁいっか。

 雪ノ下技研の雪ノ下陽乃が色々と肚に据えているものがあるのは今更だ。

 アミーゴと立花レーシングの常連の雪ノ下さんが信用できる人なのは変わらない。ベルトの件は世話になるが、それは材木座の厚意からのものだ。

 分からないことは、分かるまでほっとけばいい。

 

「急に黙り込んでどうしたのかしら?大分気持ちが悪いわよ?」

「ひでぇなおい・・・まぁいっか。あのな、雪ノ下。ちょっとマジな話なんだが」

「・・・なにかしら」

 

 雪乃は急に雰囲気の変わった八幡に、尋常ならぬ警戒心を抱いていた。椅子ごと下がり自分の身体をその細腕で抱く姿は、逆に嗜虐心をそそるものではあったが、八幡は全く意に介していない。

 

「警戒すんなって。あんたの姉さんまで知り合いなのに、うっかりしたことするわけねえだろ。そうでなくてもそういう類の興味はねえよ」

「あら、そうなの。てっきりそのつもりで入部したのだと思っていたわ」

「えー・・・」

「だって私」

 

 ゆっくり微笑って言う雪乃に、八幡は二の句がつげなかった。

 

「かわいいもの」

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 まぁ、外見が良いのは認めるよ。可愛いっていうより綺麗って感じだけど。でもなぁ・・・

 

「見た目だけじゃなぁ・・・」

「失礼ね。聞こえてるわよ」

「あら、口に出てたか。まぁそんな訳だからよ、そんなに警戒」

「し、しつれいしまぁす・・・」

 

 話してる時、遠慮がちな声がしてドアが開いた。いや、遠慮がちならまずノックしろな。入ってきたのは、なんとなく見たことがある女子だった。なんての?横おだんご頭っていうの?あとチチ。・・・名前なんだっけな。

 そいつは俺の顔を見るなり、びっくりした顔で叫んだ。

 

「なんでヒッキーがここにいるの!?」

 

 ヒッキーてお前。

 

「・・・ヒッキーてのは俺のことか」

「?当たり前じゃん。ヒッキーって言ったらヒッキーのことでしょ」

「何言ってんのか全然わかんねぇよ・・・雪ノ下、我慢しないで笑ってもいいんだぞ」

 

 すげぇ肩震わせて口押さえてんじゃねえか。・・・なるほど、こういうのは可愛いわ。

 

「ご、ごめんなさ・・・くくくっ、ひ、ひっきー・・・くくくくっ」

 

 いや、あなたが昨日言ったのも大概だからね?

 

「で、何のようだ?っていうか、どうやってここを知ったんだ?」

「あ、えっとね、平塚先生に相談したら、ここに行きなさいって」

「なにか相談ごとかしら?2年の由比ヶ浜さん、だったかしら?」

「おぉ、すげぇな、接点ないのに知ってんのか・・・」

「あなた同じクラスよ?」

「・・・まじで?」

「ヒッキーあたしのこと知らないの!?信じらんない!マジキモイ!!」

 

 なんとなく見たことあるどころじゃなかった。

 

「おいお前「由比ヶ浜さん」・・・」

 

 あれ、雪ノ下なんか怒ってる?

 

「マジキモイというのは、本気で気持ちが悪い、という意味でいいのかしら?」

「え、あ、うん・・・でも本気で言ったわけじゃ」

「意味が分からないわ。本気で気持ちが悪いのでしょう?まぁ、あなたの嗜好性癖はいいとして、それは普通、思っても言うべきではない言葉よ。比企谷くんでなければあなた」

「え、え、」

「殴り飛ばされても文句は言えないわね」

 

 いや俺はいいのかよ。まぁいいか。・・・いいのか?

 

「ていうか雪ノ下さん」

「なにかしら?」

「いきなり擁護してくれてるけど、どういう心境の変化だ?」

「あなた、姉さんに認められているのでしょう。あの人が友人関係になるなんて、よほどのことよ」

「・・・へぇ」

「なにかしら?何かおかしいことでも?」

「いや、感じからしてあんまり仲が良くねえのかなって思ってたからな。意外だなと」

「苦手よ」

「・・・さいで」

「嫌いではないけれど。・・・それに」

「あん?」

「・・・あなた、部員だから」

 

 おぉう。

 なんだこの可愛い生き物。・・・ちょっとあいつに似てる、か。

 

 雪ノ下は、俺たちが話してる間、不安げに立ち尽くしている由比ヶ浜に向かって言った。

 

「それで、何の御用?まさかうちの部員に罵声を浴びせるために来たわけではないのでしょう?」

「え、ええと、その、ごめん、なさい」

「私に謝られても困るのだけれど」

「あの、ヒッキー、ごめん、ね?」

 

 謝る気あるのかなこいつ。それとも俺の名前知らないのか?

 

「別にいいが、俺の名前は比企谷八幡だ。知ってるかどうかはわからんが、正直いきなりあだ名で呼んでくる人間と俺はコミュニケーションを取る気はない。・・・雪ノ下、こいつの依頼がなんだかは知らんが、俺は関わるつもりはない。・・・ちょっと出るわ。頭冷やしたら戻ってくる」

 

 仕方ないわね、と呟く雪ノ下と、ひたすらオロオロしている由比ヶ浜を置いて、俺は自販機に向かった。もちろんMAXコーヒーで口直しするためだ。

 ちなみに俺は、割と素で名前を間違えられる。ひきたに、と呼ばれるパターンが多い。それについてはもうある程度諦めはついている。だが、ヒッキーとはな・・・。向こうはともかく、俺の知らないやつにいきなりあだ名で呼ばれても、あの状況じゃなきゃ自分が呼ばれたなんて気づかねえよ普通。

 まあ、どうせもう話すこともないだろう。それより雪ノ下だ。あの態度の変化はなんだ?昨日と打って変わって、というより、雪ノ下さんの名前が出た途端に警戒心が緩んだ。まあ姉と付き合いのある人間にそうそう辛辣な言葉も吐けないだろうが、それだけじゃない。根本的に評価が変わった気がする。素の自分を出してもいい相手、と思ってくれたのだろうか。昨日の罵倒は正直、腸煮えくり返りそうだったが、警戒心から来るハリネズミの棘だというのは理解した。そして、由比ヶ浜に対しての態度は、怯えよりも怒りだ。あれは、俺の為に怒ったのではなく、姉の認めた相手の為に怒った、のだろう。結果俺の為になってはいるが、感情の出処は別だ。あれは一種のシスコンになるのだろうか。もうちょい情報が欲しいところだな。

 

 落ち着いたところで部室に戻ると、誰もいなかった。ふと見ると、俺の座っていた椅子にレポート用紙が置いてある。「家庭科室にいます。来なくてもいいけれど、部室にはいて下さい。話があります」とあった。

 

「・・・どうすっかな」

 

 まぁ許可もあるし、このまま待っていてもいいだろう。だが、家庭科室か。料理でも教えているんだろうか。・・・そんな依頼もやるのかこの部活?

 ちょっと気になったので、家庭科室をのぞいてみることにした。

 

 

 

 

sideC

 

「喰うのか、これをマジに・・・」

 

 家庭科室についた八幡は、改めて由比ヶ浜から謝罪を受けた。八幡は謝罪を受け入れたが、結局最後まで彼女は「ヒッキー」と言い続けていた。

 依頼はどうやら、世話になった人だかにクッキーを焼いて感謝の気持ちを伝えたい、とのことだったが、肝心のクッキーが作れないため、作り方を教えてほしいというものだった。そこで雪乃が監督し、とりあえず作ってみようということになった、わけだが。

 

「雪ノ下さん、見てたんだよな?間違ってるとことか無かったのか?」

「・・・正しいところがなかったわ・・・」

「あ、あはは・・・」

「これ本当に元小麦粉かよ・・・。叩いたらすごいいい音出そうだぞこの備長炭」

「奇遇ね、見ていた私もそう思うわ」

「これは正直喰っちゃだめだと思うぞ」

「そうね、もったいないけれど。・・・あ、でも比企谷くんなら」

「殺す気か。いやほんと勘弁して」

「いいから!ヒッキー食べてよ!」

「ちょ、待ておい、おっぐぁぁぁ・・・」

「由比ヶ浜さん、流石にそれは・・・」

 

 無理やり食わされた八幡の回復には、MAXコーヒーを3本消費した。

 

「どうすれば良くなるかしら」

「割とガチで二度と料理をしないってのが正解だと思うんだが」

「それは最後の手段ね」

 

 とりあえず今度はアドバイスをしながら、ということになった。

 が、それが追いつかない勢いで由比ヶ浜がやらかすのだ。

 

「・・・エプロンの紐が結べない段階で嫌な予感はしてたのだけれど」

 

 割と致命的なレベルの不器用さである。

 

「やっぱり、向いてないのかな。才能ないし」

 

 その言葉に、八幡はカチンときた。雪乃は眼光鋭く由比ヶ浜を見つめる。

 

「じゃ、やめろ」

「え?」

「え、じゃねえよ。才能ないんだろ?向いてないんだろ?俺は知らねえけど、それが言えるくらいの努力をしたんだろ?それで無理ならやめるしかねえだろ」

「そ、そんな言い方することないじゃん!あたしだって頑張ってるんだから!」

「頑張るのはお前の勝手だ。俺らが頑張ることじゃねえ。だから、続けるもやめるも言う立場じゃねえ。ただ、諦めるんなら言ってくれ。正直帰って寝たい」

 

 それに、と八幡は続けた。

 

「才能があって努力するやつも、才能なんかなくても努力するやつも、俺は両方知ってるけどよ。才能が必要なのは、ある程度出来るようになってからだと思うぜ。基本のことが出来ねえでそれを才能のなさのせいにするとか、俺にはわからねえよ」

「・・・そうね。才能の有無なんて今の段階では関係ない。認識を改めなさい」

「・・・でも、でもさ、こういうの、最近はみんなやらないっていうし・・・。やっぱり向いてないんだよ、あはは・・・」

「付き合ってらんね」

「・・・え?」

「雪ノ下さん、悪いけど帰るわ。話は後日ってことで頼む。正直胸糞悪いわ」

「そう、仕方ないわね・・・。お疲れさま」

「ひ、ヒッキー・・・」

「由比ヶ浜」

 

 八幡は視線も向けず、ドアに手をかけながら言い捨てた。

 

「それが上手く出来たとして、誰にやるんだか知らねえけど。今のお前が作ったもんなんて、誰も喜んで受け取りゃしねえよ。無理やり理由作って逃げんな。逃げるなら堂々と、これ以上はめんどくさいからやめますとか言え。その方がまだ理解出来る」

「それもどうなのかしら・・・」

「雪ノ下さん」

 

 八幡は声のトーンを落とし、雪乃にだけ聞こえる声で言った。

 

「悪い、あと頼む」

「貸しってことにしておくわ」

 

 八幡は限界が来ていた。額が割れるように痛い。これ以上この空間にいると、体内変身が始まってしまいそうだった。

 

「あー・・・」

 

 家庭科室を出て、部室の荷物を取った八幡は、バイクに跨りながら深い溜め息と共に呟いた。

 

「コーヒー飲みてえ・・・」



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第8話「謝罪」

なんかもうダラダラした文章でごめんなさいね。


sideA

 

 翌日、八幡は早めに登校していた。ナノドライバーの調整に予想外の時間が掛かり、その間のつなぎとして前回のドライバーを渡しておくとの連絡が入った。実際にレベル2に襲われた以上、備えておくに越したことはない。八幡の練度では、体内変身のみでレベル2と戦うのは、勝てたとしても少々きつい。そんなわけで、人目につかない時間に受け渡しをするため、いつもより1時間も早く登校してきたのである。

 

 教室に鞄を置き、約束した屋上へ足を向けた時だった。

 

「ヒッキー!」

 

 由比ヶ浜が、少し驚いた顔でこちらに走ってきた。

 

「・・・よう」

「お、おはよ、早いねヒッキー」

「ああ、今日はちょっと用事がな。・・・それより、昨日は済まなかったな、依頼放り出しちまって」

「ううん、あのね。・・・」

「・・・なんだ?」

 

 由比ヶ浜は顔を伏せ、一瞬逡巡したかのような顔をした後、意を決した様に顔を上げ、そして

 

「ヒッキ、ううん、比企谷くん。・・・ごめんなさい、あとありがとう!」

 

 深々と頭を下げたのだった。

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 驚いた。

 俺は昨日、敢えてきつい言い方をした。「三つ目」が痛んだのもあるが、過去の記憶が呼び起こされ、どうにもならなくなってしまったのだ。言ってしまえば、昨日のあれは半分八つ当たりのようなものだった。責められるくらいのことはあるかと思っていた、のだが。

 

「・・・昨日ね、ひっk比企谷くんが帰っちゃった後、ゆきのんと少し話したの。急に帰っちゃった時はひどいと思ったし、ムカついたんだけど、でも、言われたことは間違ってないと思ったの。あたし、弱くて、つい周りに合わせちゃったりして、そうやって今まで来たから。だから、ちゃんと見逃さないで、怒ってくれたのが、後になったらちょっと嬉しいなって・・・」

 

 由比ヶ浜の話は続く。

 つまり、雪ノ下の説教+説得により、これまでの自分を思い直し、クッキー作りを一から教えてもらったと。で、なんとかクッキーと呼べるものを作ることが出来たと。なら、この件は解決でいいんだろうな。

 

「由比ヶ浜。お礼をする相手にはちゃんと渡せたのか?」

「・・・うん。それもちゃんと言うね。・・・ひっk比企谷くん。昨日はありがとう。あと去年、サブレを助けてくれて、本当にありがとう。言い出せなくて、すごく遅くなっちゃってごめんなさい。・・・クッキーは、そのお礼の為に作りたかったの」

 

 去年のサブレてなんだ?

 

「ちょっといいか。・・・サブレってなに?」

「え?・・・あ、そっか。えとね、去年の入学式の日、ひきぎゃやくんが助けてくれた犬。あれ、あたしの家の飼い犬なの。リードが壊れちゃって、道に飛び出しちゃったんだ」

「あーそういう・・・。そうか、じゃあ有難くいただく・・・これ大丈夫だよな?」

「だっ、大丈夫だし!ちゃんと出来たやつだもん!」

「そうか、ありがとな。で、去年のことは気にしなくていい。正直俺自身忘れてたわ。うまいことボンネットに転がったから、怪我もしなかったしな。だから、これでおしまいだ。・・・じゃあな」

「あっ、ひk比企谷く「ヒッキーでいい」・・・え?」

 

 俺は、勝手に付けられるあだ名が嫌いだ。それは今まで、悪口以外のあだ名を付けて来られなかったからだ。川崎や材木座などはそれを知っているからか、比企谷と呼ぶ。だが、こいつはあれだ。悪気はないんだ。ただ少し、思い込みが激しくて、自分の思考と他人の思考をごっちゃにしてしまう傾向があるだけだ。だったら別に構わない、と俺はその時思っていた。

 

「言いづらそうだからな。俺の名前を呼ぶたびにカミカミになってたんじゃあんたも俺も面倒くさいだろ。だから、ヒッキーでもヒキタニでも好きに呼んでくれ」

「!・・・うん、ありがとヒッキー!」

 

 依頼は終わったし、もう話すこともないだろうけどな。

 由比ヶ浜はそれまでの沈んだ顔から、一気に光が差すように明るい表情になった。なんだ、そういう顔出来るんじゃねえか。ヘタレ顔しか見てなかったから新鮮だわ。

 

「じゃ、俺ちょっと用事があるからこれでな。じゃあな」

「うん、またあとでね!」

 

 ・・・後でね?あぁ、そういえば同じクラスだったか。とはいえ席が近いわけでもなく、接点なんかないけどな。

 

「あ、あたし奉仕部入るから!これからよろしくね!!」

 

 ・・・え?

 

 

 

sideC

 

「比企谷八幡、か」

 

 八幡と由比ヶ浜が和解した頃、「財団」の会議室では二人の男女が互いにあさっての方向を向きつつ、言葉をつなげていた。

 

「比企谷、というとレベル3特異のCASE8ですね」

「立花が手引して脱走した個体か。やつ自身は中途半端な体内変身しか出来ない出来損ないだ。だからこそ放置していたのだが・・・」

「子供の代で発現するのは興味深いですね。発現自体に時間差があるのか、まだ見つかっていない体質的な相性があるのか。いずれにしても放置しておく訳にはいかなくなったか」

「一応雪ノ下技研の目もあります。目立つ動きは控えてはいますが」

「まぁ例のレベル2が勝手にとはいえ手を出してしまったからな。今更隠すことでもないとは思うが、かといって派手にやるわけにもいくまい」

 

 男の方は初老といえる歳格好ではあるが、背筋がしっかりと伸びているせいか、年齢よりも若々しい。一方の女は、地味な色のスーツに身を包んではいるものの、それでも漂う色香を隠せてはいない。どちらも胸に財団幹部のバッヂをつけている。

 

「やつの協力者は立花、雪ノ下技研、材木座、あと川崎といったか。技研と材木座が組んでいるのが厄介だな。・・・あの時始末しておくべきだったか」

「となると、川崎がアキレス腱となりますか。彼女は生活面、メンタル面での協力者といえます。具体的な障害ではないにせよ、比企谷八幡の精神面には深く影響するかと」

「うむ。ただし、事は慎重に運べ。・・・なんとか比企谷八幡の完全覚醒の前に始末しておきたいものではあるが」

「おまかせください。まずは前哨戦として、ちょっと面白い趣向をご用意しております」

「いいだろう。まずは預けてみようか」

「は、では手配を」

 

 女が部屋を出ると、初老の男は懐から煙草を取り出し、火を着けた。

 

「これで上手く捕獲出来れば良し。・・・そうでなくとも元々イレギュラーだ、失うリスクは大して無い。あとは精神面での影響がどこまであるか、か」

 

 

 

sideD(八幡視点)

 

 あれから数日経った。

 俺はバイトがあるため、あの日以来奉仕部には顔を出していない。由比ヶ浜が本当に入部したのかどうかはわからない。

 そもそも、あの雪ノ下雪乃が、そうおいそれと入部を許可するとも思えない。女子なら話は別なのだろうか。

 まあいい。とりあえず飯を食おう。

 俺の昼飯は、前の日に川崎がバイトに入っている時は、川崎が作っておいてくれる。それを冷蔵庫に入れておいて、朝レンジで温め、冷ましてから持ってくる。真夏ならそのまま持ってくればいいのだが、まだそこまで暖かくはない。川崎の作る弁当は、俺の楽しみのために昼まで見ないようにしているのだが、いわゆるハズレだったことは一度もない。たまにあえてのプチトマトが入っていたりするが、そこは我慢だ。

 普段兄弟の面倒をみているとは言え、川崎の家事スキルは高い。俺の強化スーツの採寸など、手際の良さはプロ並みだった。

 考えてみればすごいコミュニティだ。完璧家事の川崎、天才技術者の材木座、ビジネス無双の雪ノ下さん。こいつらがいれば出来ないことなんてないんじゃないか。つくづく俺は恵まれている、そう思いながら弁当を持って教室を出ようとした、のだが。

 

「はぁ?あーし達とお昼食べないとかなに?説明しろし」

「まぁまぁ。結衣だってそういう日もあるよ。明日また一緒に食べればいいじゃないか」

「そういう問題じゃないし。なんでそういうこと今の今まで黙ってたって話。一言あーしに言ってくれてもいいじゃん!」

「ごめんね、優美子」

「ごめんとかいらないし。いいから座ってお弁当食べろし」

「っべーわ、優美子ガチギレだわー」

 

 うるせぇなおい。周りもチラチラ見てんじゃねえか。・・・って結衣って由比ヶ浜か。最近なにか吹っ切れた感じではあったが、あの女の勢いには勝てないか。あれはまぁ勝てないな。周りには・・・知ってるやつは特にいないか。

 

「おい」

「うっさい、なんだし!・・・ってあんた誰よ」

「あっ・・・」

「ヒッキー!?」

「同じクラスの比企谷だ。まぁ名前知らないのはお互い様だな。とりあえずそこの金髪縦ロールのあんたさ」

「あんたじゃないし!」

「じゃあお前でもてめえでもいいわ。とりあえずうるせえ。そっちの金髪イケメンのにーちゃんも言ってんだろ、また明日って」

「あんた何様!?いきなり横から偉そうにすんなし!!」

「しーしーうるせぇってんだよ。飯の時間にギャーギャー騒ぐとかガキかてめえは。身内ノリは身内だけの時にやりやがれ」

「はぁああ!?こっちがなにしてようとあんた如きには関係ないし!」

「あ、あのよ、優美子」

「戸部は黙ってろし!」

「いや、・・・っべーなぁ・・・」

「戸部?・・・あ、お前戸部じゃねえか。同じクラスだったのかよ」

「ひ、ヒキタニくん、ち、ちーす・・・」

「なに、知り合い?」

「戸部」

 

 俺は戸部の机に軽く拳を置く。少しずつ力を加えていくと、合板の机がミシリと鳴いた。

 

「ヒ・キ・ガ・ヤだ。何回言わせんだお前」

「あっ、ご、ごめん、ヒキガヤくん。いやー、俺最初に覚えた読み方がどうしても抜けなくてさー。ほんとごめん」

「・・・まぁいいけどよ」

「戸部っち、ヒッキーと知り合いなの?」

「ひ、ヒッキー?・・・まぁ、うん。前に話したっしょー、中坊んときにちょっと荒れててさー。そんときにちょっとなー」

「何人かでコンビニの前に座り込んでてな。ちょっと注意してどいてもらっただけだ」

「えっ、ちゅ、ちゅーしてどいてもらっ・・・まさかのはち×とべ!?でもでもやっぱりとべ×はちが王道・・・キマシタワー!!」

「ちょっ、姫奈擬態、擬態しろし!!」

 

 今まで静かだったちょっと地味めな眼鏡の美少女が急に叫んだと思ったら、盛大に鼻血を吹いた。うん、意味はわかるけどほんとやめて。

 

「結衣、ここは大丈夫だからさ、明日は一緒に食べような」

「う、うん、みんなごめんね、後でちゃんと話すから!」

「由比ヶ浜さん、これはどういうことなの?・・・あなたが是非というから、ずっと待っていたのだけれど」

「あっ、ゆきのん!ごめんね、今行くところだから!一緒にいこ?」

「はぁ・・・仕方ないわね」

 

 何この茶番。

 

「ち、もう時間ねえじゃねえかよ・・・」

 

 言いながら弁当を掴み、教室を出ようとすると、さっきのイケメンさんから声を掛けられた。

 

「ちょっといいかな。ヒキタニくんだっけ?少し聞きたいことがあるんだけど」

「ヒキガヤだ。聞いた名前はちゃんと覚えような。で、なんだよ?」

「君は結衣と知り合いなのかい?あと、戸部とも」

「戸部のことはさっき本人から聞いただろ。あれから何回か顔合わせた程度のことだ。由比ヶ浜はこないだちょっと話した。それだけだ」

「そうか。・・・じゃあ、雪ノ下さんとは?」

 

「・・・どっちの?」

「えっ?」

「姉と妹、どっちの雪ノ下さんだよ」

「え、陽乃さんを知ってるのかい?」

「てことは妹の方か。部活の部長だ。もういいな、俺は飯を食うんだ」

「え、ちょっと」

 

 イケメンさんの物言いに含むものを感じた俺は、とっとと退散することにした。めんどくさいのは嫌なんだって。

 

 ちなみに弁当を堪能している間に午後の授業が始まったので、そのままシエスタを楽しんだのは言うまでもない。更に帰った後、それを知った川崎から叱られたのも言うまでもないか。



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第9話「再会」

後でこっそり修正するかも。


sideA

 

「比企谷、明日の日曜日空いてない?」

 

 土曜日、バイトが終わった八幡は、「アミーゴ」で沙希のコーヒーとハヤシライスを食べていた。

 週末のバイク屋は混む。それも半分以上は金にならない。立花の人柄と人の良さのせいで、ちょっとした修理なら無料でやってしまうのだ。ここと立花レーシングとアミーゴ以外にも家賃収入はあるようで、維持自体は問題ないようだが、余裕があるとは言い難い。以前陽乃から出資の提案があったが、「趣味だから」と笑って断ってしまった。困ったもんだと思いつつ、そんな立花を八幡や沙希は好ましく思っていた。

 

「昼からなら空いてるな。なんかあんのか?」

「ちょっとね。大型取ったし、欲しいバイクがあるんだけど、ちょっとそれで相談に乗ってもらいたくて。あと京華があんたに会いたがっててさ、もし暇ならうちに来てくんないかなって」

「けーちゃんか、そういえばしばらく会ってないな。わかった、じゃあ昼ごろな。飯はどうすんだ?」

「あんたが良ければ用意しとく。いつもいつもあたしのご飯だし、どっかで食べてきちゃってもいいけど」

「いや、頼むわ。お前が作ってくれんならそれが一番美味い。おれがトマトを我慢してでも食えるのはお前の弁当だけだしなぁ」

「っ、わ、わかったよ。・・・あんま期待しないでよね」

「じゃあ期待しないで楽しみにしてるわ。なんか持ってくか?カタログとか」

「んー、一応持ってるし大丈夫かな。じゃあ明日待ってるから」

「おう」

「あーいかわらず仲良いわねー」

 

 言いながら入ってきたのは陽乃である。

 

「なんかもう恋人通り越して夫婦よね。あの比企谷くんがすごい自然に会話してるし、ひねてもいないし」

「元からひねてるつもりはないんですけどね。・・・なんかすごい気が抜けるっていうか、考えないで言葉が出せるんですよね、川崎だと」

「って言ってるけど、どうなの?紗希ちゃん」

「えっ、えっと、そ、そうですね・・・。でも学校では会話したことないんですけどね」

「おれも川崎も、あと材木座も、学校では独りだよな。材木座はちょっとアレだけど」

「人の彼氏に向かってアレって・・・まぁ、でも分かる気はするけど。・・・ね、比企谷くん」

「なんすか?」

「・・・あのさ、ちょっと言いにくいんだけどさ」

「はい」

「去年一緒にいた子、どうしたの?・・・女の子より可愛い男の子」

 

 急に空気が冷めた。

 沙希は陰鬱な表情で俯き、八幡の目は表情を無くす。それは、ある意味一番聞いてほしくないことだった。

 

「・・・すいません、ちょっと話したくないんです」

「・・・そっか、ごめんね」

「なんで急にその話なんすか」

「うん、ちょっとね。気のせいならいいんだけど」

「気になりますよ、そこまで言われたら」

「そうだよね。・・・あのね、昨日のことなんだけど、うちのPCに匿名で資料が送られてきたのよ。・・・これ」

 

 そこには氏名や年齢、性別などと一緒に、1〜4までの数字がふられている。なにかのリストなのは間違いないが、具体的にこれとわかるようなものは書かれていなかった。

 

「年齢も性別もバラバラですね。・・・え」

 

 数ページに渡るリストをパラパラとめくっていた沙希の目が、ある一点で止まった。そこには、とある人物の名前が書かれていた。数字は3となっている。

 

「なんだ、どうした川崎」

「え、や、ちょ」

 

 八幡は紙をひょいと奪うと、川崎の目が止まったあたりを探った。

 

「・・・おいなんだこれ・・・」

 

 そこには「戸塚彩加 16歳 男 3」と書かれていた。

 

「なんで戸塚の名前がここにある・・・」

「そこで最初の質問だったんだけどね。比企谷くん、紗希ちゃん。戸塚彩加くんのこと、なんて聞いてる?」

「え・・・と、戸塚は事故で亡くなったって・・・」

「おれもそう聞いてます。部活帰りの事故でと。葬式も出ました」

「だよね。わたしも義輝からそう聞いた。とすれば、これは死者のリストなのかな」

 

 陽乃の死者、という言葉に沙希はびくっと肩を震わせた。八幡は険のこもった視線を陽乃に向けている。陽乃はその反応を予想していたのか、特に気にしていない様子で続けた。

 

「ただね、気になるんだよね。比企谷くんなら気づくんじゃないかな。・・・戸塚くんがもう亡くなってるとしたら、ちょっとおかしくない?このデータ」

「何がですか。特におかしいところなんか・・・」

 

 八幡は気づいた。戸塚が事故にあったのは、去年高校に入ったばかりの部活帰り。丁度今頃だったはずだ。今はまだ4月。戸塚の誕生日は・・・

 

「気づいた?」

「はい。年齢・・・享年15歳、のはずです」

「ちなみにこのデータ、他の人も検証してみたんだけど、みんな亡くなったことになってるんだよね。だけど」

「年齢は上がってる・・・?」

 

 陽乃はうなづくと、資料を鞄にしまった。

 

「わたしと義輝は、このデータの出処は財団じゃないかと思ってる」

「「!!」」

「まだ想像の範疇ではあるんだけどね。確証がないからなんとも言えないけど、わざわざ技研に送ってきたことといい、かなり近い線じゃないかな。さらに言えば、改造兵士の素体にされてる可能性、とか」

「・・・仮にそうだとして、これだけじゃ何もしようがないですね」

「比企谷・・・」

「比企谷くんは、これが本当だったらどうする?」

「・・・言ったでしょう。これだけじゃ何もしようがないですよ。けど、仮にあいつが生きていて、改造されてて、敵として会ったら・・・」

「戦えるの?」

「出来るかどうかじゃない。やらないといけない。・・・んでしょうけどね」

「比企谷・・・?」

「戸塚を手に掛けるなんて出来るわけない」

「・・・てことはつまり」

 

 陽乃は出来るだけ平静を保つように、極めて冷淡な口調で言い放った。

 

「比企谷くんは手も足も出せず、ただ殺されることになるのかな」

 

 沙希は哀しい目で八幡を見つめた。八幡と戸塚の関係性はいまいちよくわからない。沙希が八幡と会ったのは戸塚が亡くなる直前。知り合ってすぐに、事故で亡くなったと伝えられたのみである。ただ、その少ない時間、そして今の八幡の様子から、戸塚が八幡にとってどういう存在だったのかは容易に窺い知れた。

 

「雪ノ下さん」

「なあに?」

「まだそうと決まった話じゃない。ただの間違いで、もしくは何か理由があって、あえて年齢を加えてるだけかもしれない。だけど、もし仮の話が本当なら」

 

 口とは裏腹に、八幡の目は鋭く、覚悟を決めていた。そして出た言葉は、普段なら決して言わない単語を含んでいた。

 

「俺が、戸塚を救います」

 

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 もし。仮に。本当なら。

 そんな曖昧な言葉で濁りきった話ではある。ただ、俺にはなぜか、それが事実だと思えてならなかった。そうであって欲しい、生きていて欲しい。そういう気持ちも当然ある。逆に生きていても、そんなに辛い目にあっているなら、俺が助ける。

 戸塚は、最初におれの秘密に感づいた人間だ。それが何かまでは当然わからないが、俺の身体が普通と違うことを見抜いた男だ。「濁った目」「腐った目」と言われるおれの目の由来を戸塚は見抜いた。中学の頃、初めて俺と会話をしたとき、戸塚は「気に触ったらごめんね」といいながら、優しい顔で言った。

 

「比企谷君、瞳の中に複眼があるみたい」

 

 ばれた、と思った。一般人は改造兵士なんて言葉、聞いたこともないはずなのに。瞳の中に複眼がある人間なんて、いるわけがないのに。普通なら想像すらしないことなのに。

 戸塚は、よどみなくそう言ったのだ。

 確かに俺の瞳の中は複眼になっている。視界自体は通常の人間と変わらない(という風に脳が処理している)が、一見すると濁っているように見えるのだ。俺の目などを凝視する人間などこれまで存在しなかったため、それに気づかれることはなかったのだが。

 さらに、

 

「僕はその目、好きだな。なんか優しい感じがする」

「俺の噂は知ってんだろ。優しいとか誰に向かって言ってんだ」

「比企谷君にだよ?だってそうじゃない。君は乱暴なこともするし、ちょっと怖い感じだけど、それは全部、誰かのためだっていうことも、僕は知ってる。後で辛そうな顔をしてるのも、結果誰かが助かってるのも。あと、自分のことになると、途端に面倒がることも、ね」

 

 ニコニコしながら嬉しそうに話す戸塚に、俺は完全に毒気を抜かれたのを覚えている。その会話の後、俺は戸塚とよく話すようになった。後で戸塚が教えてくれたのだが、俺の目に気づいたのは、以前戸部が話していたことと関係しているらしい。

 戸部が他の仲間とコンビニの入り口で座り込み、グダグダとダベっている時、怖くて中に入れず、困っていた美少女。それが戸塚だった。当時は戸塚のことも戸部のことも全く知らなかった俺には、うぜぇ馬鹿の身勝手に、何の罪もない女の子が困っている様にしか見えなかった。

 丁度俺もそのコンビニには用があった。普段ならそんな馬鹿どもはスルーして、普通に店の中に入ってしまうのだが、女の子が困っているならしょうが無い。ついでだし、俺もわざわざ馬鹿をよけるのが面倒くさくなってきたため、どいてもらうことにしたのだ。結果、そのグループのリーダーは顔の形が変わる程度、他のメンバーはそれを見て腰が抜け、パシリ扱いだった戸部はそれを機にグループから抜け自由になったと後から感謝された。全部結果論だし俺にはどうでもいいことなので、戸部を見るまで完全に忘れていた小話である。

 で、その時、感謝を伝えようとした戸塚は、買い物をしている俺の顔をじっと見て機会を伺っていたそうで、その時におれの目に気づいたらしい。その時はただ、普通の目の光と違う、くらいにしか思っていなかったらしいが。

 

「あの、ありがとうございました。怖くてお店に入れなくて、助かりました」

「・・・べつに」

 

 これがその時にした会話である。家に帰ってから、格好をつけてクールを気取ったことに身悶えしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

sideC(八幡視点)

 

 翌日、約束通りに川崎の家に行き、バイクの話をした。どうやら欲しいバイクというのは、俺が今乗っているバイクと同じものらしい。SUZUKIのGSR750という、かなりごついバイクだ。新車で買うつもりらしいのだが、程度が良ければ中古でもいいとのことで、車体を見るときの注意点などを相談された。

 

「基本的には車体の下回り、電装系の取り回し、あとサビだな。使用感はしょうがないとして、マフラーの凹みは単純に見た目もだけど、性能に関わってくることもある。電気系のケーブルは素人が整備した時に、強引にしまいこんでたりすることがある。その時は良くても断線しやすくなってたりするから気をつけたほうがいい。サビはまぁ、無ければ無いにこしたことはないんだが、どうしても浮いてきてしまうこともある。磨けば取れる程度なら問題ない。あと、カスタム車はマフラー程度のものにしておくといいぞ。ていうか、おやっさんのとこで買えばそのへんは全部クリアされるから、それが一番だと思うがな」

「うん、もちろん立花さんとこで買うつもりなんだけどさ。あたしもそういうの、知っておきたいなって思って。・・・立花さんと比企谷、そういう話してる時すっごい楽しそうだし・・・」

 

 なにこの可愛い生き物。え、じゃあなに、俺らの会話に混ざりたいから聞いてきたの?やべぇな可愛すぎんだろこいつ」

「え、ちょ、あんたっ」

「あー、さーちゃんいいなー、はーちゃんにかわいいっていってもらったー」

 

 やべぇ、声に出ちまったか。

 

「ねーねー、けーちゃんもかーいい?かーいい?」

「おー、けーちゃんがいちばんかわいいなぁ。なんだもうこんにゃろ、ふわっふわな髪の毛しやがってー」

「えへへー、けーちゃんもかわいいってー」

 

 馬鹿お前、がっつり懐いてくる幼女が可愛くないわけねえだろう。ちなみに川崎の家に来てからずっと、けーちゃんは俺の膝の上に乗っている。こういう娘なら欲しいわ。

 

 その後、家に帰ってきた大志や下の弟ちゃん達と、夕飯までごちそうになって家に帰った。いいな、ああいうの。

 

 

 

sideD

 

「えー伝達事項がある。今日から転入生が入ってくることになった。急な話ではあるが、みんな仲良くするように」

「初めまして、戸塚彩加です。よろしくお願いしま・・・八幡!?」

「ん・・・え、と、戸塚ぁ!?」

「はちまーーーーん!!!」



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第10話「標的」

遅くなってしまいました。
仕事が終わらなくてねぇ・・・。


sideA

 

 その日の総武高校2年F組は騒然としていた。学校指定のジャージ姿の、とんでもなく可愛い転入生が来たと思ったら影が薄いでおなじみの八幡を名前で呼び、走り寄ったかと思ったらその両手を取ってブンブン振り回したのだ。

 

「と、戸塚、お前・・・」

 

 八幡は信じられないものを見ていた。八幡にとって最初の「本物」の友達である戸塚彩加は、既に故人であるはずだからだ。こうなると陽乃に見せられた資料にかなり重要な意味が出て来るのだが、この時の八幡の頭の中には資料のことなど全く浮かんでいなかった。

 

「あー戸塚、進めていいか」

「あ、先生すみません。懐かしくてつい」

「いや、構わんがな。先に紹介だけさせてくれ。・・・みんな、戸塚彩加は本来なら普通に入学してくるはずだった生徒だ。だが、入学式の前に大きな事故に遭ってしまってな。意識が戻るまでに1ヶ月、それからリハビリや勉強などを必死に頑張って、今回特例として進級が認められた。本人のたっての希望で出来るだけ早く復学したいということになってな。制服はまだ出来ていないからしばらくはジャージで生活することになる。みんな仲良くしてやってくれ。比企谷、君は同じ中学だったな」

 

 八幡は殆ど放心状態だった。

 

(意識が戻る?リハビリ?そんな訳がない。俺は確かに戸塚の葬儀に出た。ご両親とも挨拶したんだ。・・・なのになんだこれは。学校にだって死亡連絡は来ているはずだ。確かに入学前だから担任レベルに話が行っているかはわからないが、復学ってことは少なくとも学年主任クラスには話は通っているはずだ。・・・もしかして校長が今年替わったから伝達がいっていない?そんな訳あるか、人の生死に関わることだぞ)

 

 そして、八幡は思い至る。

 

(仮に、資料が財団からの流出だとして、そのリストが送られたことと、今日戸塚がよりによってうちのクラスに転入したことが関係あるとしたら)

 

 陽乃に確認せねばならない。幸か不幸か、今の時点で戸塚を直接知るものは八幡だけ。沙希も話には聞いてはいるが、直接面識があるわけではない。色々な情報がぐちゃぐちゃで、沙希は八幡たちに目を向けたまま完全にフリーズしている。戸部や由比ヶ浜、葉山たちも同様だが、こちらは戸塚自身に目を奪われていた。

 

「可愛い・・・」

「あ、言っとくが戸塚は男だぞ」

「「「「「なにぃぃぃぃぃぃい!?」」」」」

 

 

sideB(八幡視点)

 

 気がついたら放課後になっていた。俺の後ろの席になったらしい戸塚と、俺の前の席にいる川崎が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

 

「あ、気がついた」

「比企谷大丈夫かい?もう放課後だけど、今日は部活はあるの?」

「・・・すまん、色々考え始めたら動けなくなった。部活は休むわ」

「だろうね。そう言うと思って、平塚先生に伝えておいたよ。あの人も直接あんたを見てるからね、即答で了解してたよ」

「そうか、わるいな。・・・で、戸塚、聞きたいことがあるんだが」

「・・・だよね。僕も話さないといけないことがあるんだ。きっと八幡の話と同じことだと思う」

「なら、アミーゴに行くか。川崎がバイトしてる喫茶店だ。俺たちはバイク通学だが、お前は移動できるか?バスでも近くまで行けるが」

「うん、じゃあバスで行くよ」

 

 聞きたいことってのはもちろん戸塚のことだ。確かに死んだはずで、葬儀にも参列してるのに、目の前の戸塚はピンピンしてる。さらに出所不明の資料に載っていた“今の年齢の”戸塚。一日思索にふけったおかげで、俺の頭には結論が既に出ている。

 

 戸塚彩加は、改造兵士である。

 

 おそらくこれは間違いない。だが、なぜ今の時期に堂々と転入してきたのか。丸々1年不在でいきなり2年に転入出来たのはどうしてか。なにより、戸塚は敵なのか、味方なのか。聞きたいことは山ほどある。

 

 答え合わせをせねばなるまい。

 俺たちはそれぞれ、アミーゴに移動することにした。

 

*  *  *  *  *

 

「へー、八幡の家って今このへんなんだねー」

「ああ、この店の上に住んでる。・・・でな、早速で悪いんだが戸塚」

 

 「準備中」とドアに掛けられたアミーゴの中には今、5人の人間がいる。

 俺、川崎、戸塚、材木座、雪ノ下さん。帰りしなに呼んでおいたのだ。

 

「うん、聞きたいことはわかってるよ八幡。僕は死んだはずなのに、でしょ?」

「ああ、それがまずひとつだ。それと関係してるかどうか、まあ関係してるんだろうが、他にも聞きたいことはある」

「いいよ。僕が知ってる限りは話すよ。・・・まずね、僕が生きてる理由だけど」

「ああ」

「僕はね、そもそも死んでなかったんだよ」

「え?」

「うん、お葬式はね、やったんだけど。・・・僕の両親はね、僕を売ったんだ」

「!」

「事故を装って、死んだことにして、お葬式もやって。・・・実際は運ばれた病院からまた別の所に運ばれたんだよ。そもそも両親っていっても血の繋がりはないんだ。本当の両親は僕が小さい頃に亡くなってて、そのまま施設に入るかどうかってところで里親に名乗り出たのが事故が起きるまでの両親。本当の父の友人って人達だって聞いたよ」

「そんな・・・」

「戸塚くん、それを知ったのはいつ頃?」

「本当の親じゃないっていうのは中学の頃です。ただ、特に困ることもなかったし、普通に優しかったし、ちゃんと叱ってくれたし、あの事故まではいい親でしたよ」

「戸塚殿・・・」

「まあでもしょうがないよね。僕が目をつけられたのが悪いんだから。財団に」

「えっ!?」

「ちょ、ちょっと待て戸塚、今財団っていったか?」

「うん。僕は事故の後財団に連れて行かれて、改造手術を受けたんだ。改造兵士レベル3、ナンバー031が僕に付いた番号。・・・だからね八幡」

 

「僕は、財団に救われたんだよ」

 

 屈託のない、あの頃と同じ笑顔でそう言い放った戸塚に、俺は戦慄した。本当の親じゃないというのは、中学の頃に聞いていた。でも傍目には普通の家族だったし、ご両親もすごくいい人たちだった。実際葬儀の時にも、彼らの涙が途切れることはなかったのだ。

 

 ふと、ここで疑問が湧く。本当に戸塚の両親は財団に戸塚を売ったのか?あの時戸塚は遺体がひどい状態だということで、最期の顔を見ることは出来なかった。・・・仮に財団が病院と組んで、両親には死亡したという事で、別の方の、例えば所在不明の遺体を使って、戸塚だと偽っていたとしたら?そして戸塚には両親が売ったという暗示だか洗脳だかをしていたとしたら?

 

「・・・なぁ戸塚、いくつか聞きたいんだが」

「うん、なに八幡?」

「まず、どうしていきなりレベル3だとバラしたか。それから、学校へはどうやって復帰したのか。今はどこに住んでいるのか。・・・あと、財団はお前を手放したのか」

 

 最後の質問は賭けだ。おれとしては脱走なり廃棄なりであって欲しいと思う。いくら可能性が低かろうが、財団の手先であるとは思いたくない。

 

「うーんとね、じゃあ最初の質問から。すぐバラしたのは、隠しててもしょうがないと思ったから。八幡もそうだし、雪ノ下さんや材木座くんのことも知ってるよ。だから、ごまかせないって思ったんだ。川崎さんのことは知らないけど、八幡が信頼してる人ならいいかなって。それから学校だけど、それは僕もよくわからないんだ。財団の人が手配したみたいなんだけど、僕はまた八幡と同じ学校に通えるって聞いただけだよ」

 

 その場にいる戸塚以外の人間が硬直する。財団の人、か。

 

「で、今住んでるのは、財d「戸塚、もういい」・・・」

 

 気づいたことがある。・・・こいつはあの戸塚じゃない。本来の戸塚はこんなに“無表情に見えるほどの笑顔”のままではいない。雪ノ下さんをちらっと見ると、彼女も意図を汲んだのか、小さく頷いた。

 

「じゃあ最後の質問だ。・・・戸塚、お前は俺の敵か?」

「やだなぁ八幡、僕が八幡の敵になるわけないじゃない。・・・だけど」

 

 戸塚はさっきから全く変わらない笑顔を貼り付けたまま言った。

 

「財団の敵は倒さないといけないよね。だから八幡」

 

 さっきから冷や汗が止まらない。俺たちは今、単純で純粋な狂気を目にしている。

 

「財団においでよ。じゃないと僕、八幡を殺さないといけなくなっちゃう」

 

 俺の“眼”が疼く。必死で感情を抑えるが、もう限界に近い。

 

「明日の朝6時。学校の校庭で」

「・・・なに?」

「そこで結論を聞くよ。今は色々考えたいでしょ?僕も他の人を巻き込んだりする気はないし、八幡さえ来てくれればいいから」

「比企谷・・・」

「比企谷くん・・・」

「・・・わかった。6時だな。・・・戸塚」

「ん?僕はもういくよ?」

「今のお前に、俺の眼はどう見える?」

「複眼のこと?・・・相変わらず、優しい目だって思うよ。だからこそ、僕と一緒に来てほしいんだ。・・・じゃあ、明日ね」

 

 戸塚はそう言い残し、店を出ていった。終始表情はあの笑顔のままだった。

 

 

 

 

sideC

 

 戸塚が去った後、しばらく続いた静寂を破ったのは、雪ノ下陽乃だった。

 

「・・・どうするの、比企谷くん。予想が悪い方に当たっちゃったけど」

「・・・どうしましょうかね」

「比企谷・・・」

「・・・八幡。お主がどうしたいのかを聞きたい。戸塚殿の提案を受け入れるか否か。否とするならば、恐らく戦闘になるだろう。・・・やれるのか」

「俺は、財団につくつもりはない」

「・・・うむ」

「・・・だが、戸塚を殺すつもりもない」

「それは無理だよ比企谷くん」

 

 あえて感情を抑え冷酷とも取れる言い方をする陽乃であったが、その顔は大切な友人を失いたくないと饒舌に物語っていた。

 

「あのレベルの洗脳は、そう簡単には解けない。笑顔の仮面といい、比企谷くんを認めた上で、さらにその上に財団の存在を置いてることといい。普通のやり方じゃ、その奥に眠っている本心に辿り着くことも難しいと思う」

「ですね。だから俺がやるのは、普通のやり方じゃない。もしかしたら結果、戸塚は本当に死ぬことになるかもしれない。最悪、共倒れになる可能性も0じゃない」

「比企谷・・・」

 

 いつの間にかすぐ横に移動していた沙希が、八幡の肩に触れる。小刻みに震えていた八幡の震えが止まり、八幡は沙希に優しく笑った。

 

「悪いな川崎、また助けてもらった。でも大丈夫だ」

 

 八幡は材木座と陽乃に向かって言った。

 

「川崎、材木座、雪ノ下さん。頼みがあります」

「うむ、我とお主の仲だ、遠慮なく言うがよい」

「うん、私たちのやれることならなんでも言って!」

「覚悟決めたんだね。あたしも乗るよ」

「すまん。まず材木座はナノドライバーにちょっと細工をしてもらいたい。具体的には・・・」

「・・・ふむ、なるほど。可能性は高そうだな。すぐに取り掛かろう」

「頼む。雪ノ下さんは材木座のフォローもですが、調べて欲しいことがあるんです」

「なにかな?」

「例の資料の解析を。表層のデータだけでなく、データそのものの分析をお願いします。知りたいのは戸塚について。俺の予想が合っていれば、あのデータにはまだ情報があるはずです」

「いいよ。良くは分からないけどやってみる。後で詳しく教えてね?」

「わかりました。・・・で、川崎」

「ん」

「すまないが、明日俺と一緒に行ってほしい。うっかり体内変身が始まるとまずいんだ。出来れば戦闘も、体内変身なし、ナノドライバーのみでやりたい」

「それはわかったけど、あたしがいるとなんとかなるの?」

「・・・お前がいないとな、ええと、なんていうか、自我を保つ自信がねえんだ」

「あら比企谷くんたら、いきなり愛の告白?」

「あっ、あい・・・って・・・」

「ち、違いますよ!そうじゃなくて、その」

「あいや八幡皆まで言うな。お主の心、我はよぉく分かっておる」

「うるせえな!お前は早く技研に戻って言われたことやりやがれっ!」

「こわいこわい、じゃあ私も行くね―・・・沙希ちゃん沙希ちゃん」

 

 陽乃と材木座に弄られ顔を真赤にした沙希に、陽乃がそっと耳打ちする。

 

「比企谷くんのこと、お願いね。・・・彼の心を守ってあげて」

「・・・はい!」

 

* * * * *

 

 材木座と陽乃が去った後、八幡はそのままコーヒーを飲んでいた。沙希は厨房で食器を洗っている。お互いまだ顔が少し赤いが、この空間から逃れようとはしなかった。

 

「お邪魔するよ・・・おお八幡、出来たぞ」

「おやっさん・・・。あれ、俺何か頼んでましたっけ?」

「お前に頼まれたわけじゃないんだがな。・・・出来たんだよ、お前の専用バイクが」

「専用?GSRじゃなくて?」

「ああ。お前の親父が生前乗っていたバイクにちょいと細工したんだ」

「え?」

「比企谷のお父さんのバイクですか?」

 

 洗い終えた沙希も会話に入ってきた。立花は二人を見ながら、ニヤッとして言った。

 

「お前の親父のバイクな、俺が引き取って倉庫に眠らせてあったんだ。そいつを引っ張りだしてきてな、お前の変身後にも耐えられるようにカスタマイズしておいた」

「マジですか!・・・ていうか、親父ってどんなの乗ってたんですか?」

「ベースはGSX1100Sだ。KATANAって言う方がわかりやすいか。まぁ大昔の空冷4発だが、お前の親父はそれにGSX-R1100の油冷エンジンを載せて走ってた。でまぁ、それを今回さらに軽量化してチューンナップして・・・」

「完全に趣味入ってるじゃないですか・・・スペックとかどうなっちゃうんだよそれ・・・」

「フレームはスカンジウム合金、乾燥重量は170kg。通常は180馬力ほどだが、パワーモードに切り替えると最大で370馬力、さらにニトロをダブルでぶちこんである。理論上の最高速度は400km/h以上ってとこだな」

「化け物じゃないですか。通常180psとか、俺乗りこなせる気がしないんですが」

「パワーなんてのはな、乗ってりゃ慣れちまうもんだ。ああ、一応名前も決めてある。GSX1100∞、通称“ブレードサイクロン”だ。お前の親父が昔“サイクロン”て愛称つけてたからな、それにあやかったんだよ」

「中二丸出しじゃねえか・・・」

「でも好きだろ?」

「大好きです」

 

 立花と八幡は、顔を見合わせて笑った。それを半ば呆れつつ眺める沙希も、緊張の解けた顔をしている。

 

「登録は済ませてあるからな、もう今日から乗れるぞ。明日は荒れそうなんだろ?アレに乗ったお前の親父は負けたことがなかった、験担ぎに乗ってけばいい」

「ありがとうございます」

「でよ、八幡。お前のGSR、行き場がなければ沙希ちゃんに乗ってもらおうと思うんだが、どうだ?」

「へ、あ、あたし?」

「あ、そうですね。丁度お前、GSR探してるって言ってたよな。俺のお古になっちまうが、もしよかったら乗ってくれよ」

「え、い、いいの?ほんとに?・・・あ、でもまだお金貯まってないし・・・」

「金はいい。そんかわり、今後コーヒー代はただにしてくれ。・・・まぁ今までも似たようなもんだったが」

「え、でも悪いよそんな」

「いいんだ。俺もお前が乗ってくれるなら安心出来る。メンテなんかも見てやれるしな。むしろ頼むよ」

「・・・うん、わかった。・・・ありがと、ね」

「・・・おう」

「よし、じゃあお前ら、早速試乗でもしてこい。走り回って脳みそ切り替えたら明日は頑張ってこいよ!」

「はい!」

「ありがとうございます!」

 

 二人が去った後、立花は自分でコーヒーを淹れ、浅い溜息をついた。

 

「・・・おめぇの息子にアレ乗らせるぜ。構わねえよな?・・・にしても、八幡がなぁ・・・。出来るだけ平和に過ごさせてやりたかったが・・・」

 

「仮面ライダー、か・・・」



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第11話「彩加」

最近小町とシロニンジャーが被って見えます。

本当は放映時間に合わせて日曜8時に投稿したいんだけど、出来た試しがない私。


sideA

 

 翌日早朝、八幡と沙希は総武高校の校庭にいた。約束の時間にはまだ少し早いが、ここで材木座と合流する手はずになっている。

 

「ちっと早かったか」

「まぁでもそろそろ・・・あ、来たよ」

「すまぬ、ちと遅れたか」

「いや、まだ大丈夫だ。・・・例のものは出来たか」

「ふ、愚問だ八幡。我の手にかかれば出来ぬものなどありはしない」

「面白いラノベ」

「ぐっ」

「完結してる物語」

「ぐおぉぉおぉおっ」

「まぁそれは冗談としてだ。川崎にも軽く説明しておいたほうが良いな。材木座、時間があまりない。手早く頼む」

「あいわかった」

 

 材木座は背負っていた大きめのリュックから、ナノドライバーを取り出した。少し形状が変わっているようにも見える。

 

「これが本来のナノドライバーだ。先日の試作より、防御力、攻撃力共に上がっている。まぁ細かい仕様はのちほど。・・・川崎殿、このヘッドセットをつけておいてくれ」

 

 材木座が取り出したのは、スマートフォンなどにもよく使われる、片耳タイプのヘッドセットだった。

 

「見た目はよくある片耳イヤホンだが、これは変身後の八幡との対話をするためのものだ。ナノドライバーにも同様の装備がついている。ただし、現状は体内変身していない状態、便宜上第1形態と呼んでいるが、その状態でしか会話は出来ない。ちなみに現在、体内変身後の八幡との会話の出来る、声帯伝導仕様を開発中だ」

「お前のその頭ん中は一体どうなってんだ・・・。話を戻すと、この装備で戦闘中も会話が可能になる。これで逐一、情報を俺に送ってくれ。多分もう少ししたら雪ノ下さんから連絡があるはずだ。例のメールのデータ分析の結果次第では、こっちの出方も変わることになる」

「我もそのヘッドセットを使う。グループ通話可能にしてあるゆえ、意思疎通は問題ない。その他の仕様は・・・む、時間か」

 

 約束の時間の5分前、校庭の端に戸塚の姿が見えた。他には誰もいる様子がない。単独行動なのか。八幡は、これが戸塚の独断による行動であるならば好都合だと考えていた。

 

「早いね八幡。・・・材木座くんと川崎さんもいるんだ」

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

「よう戸塚。話の邪魔にはならねえから、この2人は気にしないでくれ。・・・他のやつが登校してくるまであまり時間がない。手早くいこうぜ」

「・・・いいよ。じゃあ昨日の続きだね。八幡、僕は君と敵対はしたくない。だから、一緒に財団に行こう」

「断る。だが、お前と敵対したくないのは俺も一緒だ。・・・だから、お前が俺と一緒に来い。俺が、俺達がお前を守ってやる」

 

 ド直球の投げ合いだ。だが、下手にもって回るより、こっちの方が今はいい。

 

 実は昨日、俺は一瞬揺れた。戸塚と一緒に財団に行き、中から壊してやろうと考えたのだ。昔の俺なら迷わずその手を使っただろう。だが、今は、俺には守るものがある。守りたい人達がいる。ミイラ取りがミイラになりかねないその手段を、今の俺が使うわけにはいかなかった。

 

「やっぱり格好いいね、八幡は。・・・でも、それは駄目なんだ。両親に売られたとはいえ、それ以来僕を強くしてくれたのは財団なんだ。だから裏切る訳にはいかないし、裏切る気もないよ」

「決裂か」

「決裂だね」

「・・・残念だ」

「・・・残念だね」

「・・・だったら」

「だったら?」

 

 俺はナノドライバーを腰に付ける。しゅる、と小気味いい音を立て、ベルトが巻かれた。

 

「力づくでも止める。・・・変身!」

 

 青い霧が俺を包む。初めての時と同じように一瞬激しい熱さが全身を包むが、わかってさえいれば我慢は出来る。

 数秒後、俺はコバルト色の装甲に身を包んだ「仮面ライダー」となった。

 

「・・・へぇ」

 

 眉にかかる髪の向こう側、戸塚の額が赤く光った。「眼」が開いたらしい。俺と同じように顎が裂け、皮膚が黄疸の様な色に変わっていく。あの戸塚のきれいな顔が、と思うと我を忘れそうになるが、なんとか耐えることが出来た。無防備な体内変身中に攻撃を仕掛ければほぼ確実に勝てるのだが、その後のことを考えると手を出す気にはなれなかった。

 

“八幡、解析結果が届いたぞ。名前と一緒に載っていた数字の意味が判明した”

「改造レベルじゃねえのか?」

“我もそう考えていたが、違ったようだ。あの数字は「精神汚染深度」だ。基本5段階で表示され、戸塚殿の汚染度は真ん中の3、ということだ”

「つまり?」

“まだ完全ではない。助けられる可能性が上がったぞ、八幡”

「・・・よっしゃ」

“表層意識はともかく、深層意識に語りかけることが出来れば、上手くいくかもしれん。健闘を祈る”

「おう」

 

 目の前では戸塚がある昆虫に近くなっていた。透明な羽が生え、顔や手足は山吹色、胸板は黒光りしている。眼は巨大な複眼で、先の鋭く尖った細い尻尾のようなものが生えている。一部フォルムが違うが、これは。

 

「・・・やべぇな」

“・・・オオスズメバチ・・・”

“比企谷!”

「・・・川崎」

“お願い、死なないで。・・・それから、比企谷の親友を救ってあげて”

「おう」

 

 俺の心は、川崎やおやっさんに守られている。身体は材木座や雪ノ下さんに。そして俺は、こいつらを守る。

 

 もちろんお前もだ、戸塚。

 

【・・・お待たせ、八幡】

 

 

 

 

 

sideC

 

「戸塚!?」

【どうしたの?・・・ああ、こうやって話せるのが不思議なのかな。僕ら改造兵士はね、お互いの意志の疎通が出来るんだ。体内変身しなくてもね。理屈は知らないけど、相手に伝えたい言葉を思い浮かべると、その通りに伝わるよ】

【・・・こう、か。なるほど・・・】

【普通の人間には全然聞こえないけどね。僕達は特別な存在なんだ。だからさ、八幡】

 

 いつの間にか、戸塚の身体が宙に浮いていた。

 

【今からでも遅くない。一緒にいこうよ】

【断るって言っただろ。あの頃よりちょっとだけ、守るものが増えちまったんだよ】

【どうしてもだめ?】

【ああ】

【じゃあしょうがないね・・・死んで?】

 

 身体1つ高い位置から飛び込む様に戸塚が襲いかかる。頭から突っ込んでくるが、腹の下から棘の尾を突き出している。

 

「くっ・・・」

 

 転がるように避ける八幡だったが、体勢を整えた時には、戸塚は既に空中で正面を向いていた。

 

(あの羽をどうにかしねぇとジリ貧だな・・・)

 

 融合された遺伝子の発現状況は、その個体によって左右される。融合元になる人間の遺伝子との共鳴によりその能力は内容、強度共に違いがあるが、戸塚のそれは飛行能力が高いようだった。八幡の中にあるオオエンマハンミョウにも羽はあるが、元々前羽が癒着しており、飛べる種類の昆虫ではない。代わりに進化した後脚の力は強いが、それで上がった後は自然落下する他はない。対して戸塚はホバリングから高速飛行まで、凡そ考えうる限りの飛行が可能である。

 

(やるならすれ違いざまに毟るくらいしかねぇか・・・)

 

“八幡”

「材木座か、どうした」

“あの飛行能力はいかん。制空権を取られた以上、圧倒的に不利だぞ”

「んなこたぁわかってんだよ」

“まあ落ち着け。一先ず躱しつつ話を聞け。今回のナノドライバーにはまだ仕込んだネタがある。上手く使えば戸塚殿を落とすことが出来るかもしれん”

 

 戸塚は相変わらず空中にいる。そして頭から突っ込んでくることを繰り返している。八幡も避け続けてはいるが、タイミングもスピードも戸塚次第のため、このままでは疲弊して毒針の餌食になるのは確実だった。

 

“まず、あの攻撃から避けるとき、戸塚の身体に触れるようになれ。どこで触ってもいいが、自分の意志で、触ろうと思った所にだ。普段ならともかく、今の戸塚なら羨ましくはない”

「私情を絡めるんじゃねえよ馬鹿。・・・っても、避けるのが精一杯で触るどころじゃねえぞ」

“慣れろ”

「マジか。・・・頑張るわ」

“それが出来たら新装備の出番だ。まずは慣れることだな”

「わーったよちくしょう」

 

「ねえ」

「む、いかがした川崎殿」

「比企谷、実は結構余裕じゃない?」

「・・・その心は?」

「声が焦ってない」

「ふむ。・・・これは推論だが、戸塚はパワー自体はそれほどでもないのかもしれん」

「どういうこと?あの速度が出せるだけの力はあるでしょ?」

「確かにスピードは即ちパワーではあるが・・・。その力が少なくとも上半身に集中している可能性は高い。更に、あの飛行自体、かなりデリケートな制御が必要になっているようだな」

「飛ぶために力を使いすぎてるってこと?」

「逆だ。狙いを八幡に定めて飛ぶのに、パワーを抑え込む必要があるのだろう。恐らく八幡は、あの攻撃自体にはそれ程危機感を抱いてはおらぬ。問題なのはあの尾だな」

「スズメバチの毒針・・・」

「しかも、本当に同じ種類の毒かすらわからん。現状、触れること自体が命取りくらいの気でいたほうがいいだろう。八幡が体内変身すればやりようはあるだろうが・・・」

 

 そして、その時は訪れた。八幡に向かって飛ぶ戸塚とすれ違いざま、八幡が右拳を当てるようになっていた。

 

「材木座!右手でクリアだ!」

“腕か、好都合だ。次に来たとき、右拳を握り込んで、ドライバーのスイッチを2回押してそのまま拳を突き出せ”

「・・・こうか!」

 

 八幡が言われた通りにすると、右腕の装甲が変形した。それは、オオエンマハンミョウの顎のように2本、巨大な角が突き出たような形であった。

 

“いけ、八幡!”

「おう!」

 

 もう10数回に渡り同じように攻撃を躱し続けた影響は、戸塚にもあった。身体が慣れてしまっているため、急な相手の行動の変化についていけなくなったのだ。

 勢いづき、そのまま突っ込んでくる戸塚に、八幡は腕を突き出した。その拳の勢いに乗って、角が更に倍ほどの長さに飛び出た。

 

“ダブル!パイルバンカー!!”

“なんであんたが叫んでるのよ・・・”

 

 

 

 

sideD(八幡視点)

 

「はぁ・・・はぁ、強いなぁ八幡は・・・」

 

 攻撃されたショックで変身が解けた戸塚は、倒れながら呟いた。それはあの感情のない笑顔の口調ではなく、本来の戸塚の声だった。

 

「・・・解けたのか、戸塚」

「気づいてたんだ。・・・ううん、今は気絶してるだけ。主導権は向こうが持ってるから、僕はこういう時にしか出られないんだ」

「二重人格か・・・?」

 

 呟く材木座に、戸塚は軽く首を横に振った。

 

「正確には「人格の置き換え」だよ。僕はまだステージ3だから元の人格が残ってるけど、最後までいくと元の人格は完全に消えちゃうんだ。最後までいくのは時間がかかるらしいから、まだしばらくはこうやって出てくるチャンスもあるんだけどね」

「ひどい・・・」

「でもこうやって八幡にまた会えたのは嬉しいよ。・・・ねえ八幡、どうして僕の意識が残ってるってわかったの?」

「メールで資料が送られてきてな。最初はなんのことかわからなかったが、解析したら精神汚染の深度が書かれてることがわかった。それとその前に、昨日の別れ際に聞いた質問で、だな」

「質問・・・?」

「俺が「今のお前に、俺の眼はどう見える?」と聞いた時、お前は「相変わらず、優しい目だ」と言った。俺の眼をそう言うのは戸塚彩加ただ1人だ。あれを聞いた時、元のお前は残ってるって確信してた。で、資料の解析で裏付けがされた。だったら後はどうやってお前を元に戻すか、だ」

「それから戸塚殿。一つ知らせたいことがある」

「なに、材木座くん?」

「お主のご両親はな、お主を売ってなどおらなんだぞ」

「・・・え?」

「財団に騙されておったのだ。ご両親は本当にお主が亡くなったと今も思っている。会いに行きたくはないか?」

 

 こいつは本当に有能で、優しい男だ。口調と中二センスさえなんとかなれば絶対モテるのに。あ、雪ノ下さんがいるからいいのか。

 

「・・・その話はまたいつか、かな。そろそろ向こうが起きそう。今のこの話は向こうは聞いてないから、僕はこのまま財団に戻るよ。明日からはまた普通に高校に行くことになると思う。安心して、高校生活では邪魔しないはずだから。まだ今のところはね。だから八幡」

 

 戸塚は俺の眼を見て言った。

 

「いつか、僕を助けてね。・・・頼っても、いいかな?」

「当たり前だ。俺は絶対に見捨てない。だから、待ってろ」

「ありがと・・・。川崎さんも、八幡をお願いね。僕の親友は、何かを守るためなら平気で無茶しちゃうから・・・」

「わかったよ。いつか、元の戸塚でコーヒー飲みにきな」

 

*  *  *  *  *

 

戸塚が去った後、俺達はへたり込みながらグダグダとしゃべっていた。戸塚が言うには、例の裏戸塚は、表戸塚の人格が残っていること自体は知っているらしく、彼ら同士はそれなりに上手くやっているらしい。今日以降の生活については、表戸塚が上手く伝えてくれることになった。

 

「・・・7時か・・・学校どうすっかな・・・」

「いや、出なさいよ」

「我は帰る。卒業はもう既定路線だしな」

「いいなぁ、理系の変態は・・・」

「ちょっと八幡!?」

「ったくもう・・・。でもまぁ正直、あたしも今日は疲れたよ。まぁなんにも役立たなかったけど」

「んなことねえよ。背中にいるから俺が自我を保っていられたんだ。まぁ、今日のところはもう帰ろうぜ」

「しょうがないねえ。ちょっと早いけどお店いこうか。朝ごはん食べるでしょ?」

「おお、マジか!」

「わ、我もよいのか?」

「もちろん、陽乃さんも起きてるなら呼んでいいよ」

 

 そんなことを言い合いながら駐輪場に向かう俺達だったが、去った後に残る1人の人影には気づかなかった。

 

「・・・今のは・・・?」



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「設定」

いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。

現在仕事がド修羅状態で、原稿が手につきません。

せめてもの手慰みとして、「財団」より入手した改造兵士についての解説書を以下に掲載させていただきます。

※設定は3/26日現在のものですので、話の流れによっては一部変更がある場合がございます。
※「真・仮面ライダー序章」での取扱とは異なる箇所もありますが、そういうもんだと思っていただけると幸い。


改造兵士

 

レベル1

人体強化。筋力・反射神経・判断能力など、従来持つ人間の能力を引き伸ばした改造兵士。見た目も特に変化はない。虚弱体質・先天性疾患のある個体に対しても有効。医療目的などにも転用が可能だが、倫理的な問題はクリアにはなっていないため、人体実験と評されることもしばしばである。健康な成人男性の平均値から5割以上の能力を継続的に使用することが可能だが、元となる個体の能力に左右されるため、兵器として見た場合の性能のばらつきがある。

 

 

レベル2

人体機械化。いわゆるサイボーグで、生物の範疇を超える力を機械によって付与した改造兵士。見た目は基本人間と変わらないが、強化した部分(例・肩〜腕にかけてなど)が肥大化する傾向がある。一部実験体においては複腕の移植などにより奇形化した個体も存在する。個体の肉体との相性が合えば、全く同じ性能の兵士を複数「製造」することも可能。しかし、脳髄は生身の人間のそれと変わらないため、元来人間の持つ能力や四肢と異なる部分については、脳神経にあらかじめプログラミングを施す必要がある。パワー型の個体の場合、陸上自衛隊の主力である10式戦車を、30秒台で無力化させた例もある。

 

 

レベル3

異生物融合化。人間の遺伝子を操作、別種の生物の遺伝子を融合させ、人間に別の能力を与えた改造兵士。融合される生物はバッタ・オオエンマハンミョウ・オオスズメバチなどの昆虫が大半を占める。これは技術的な問題により、脊椎動物との融合に強烈な拒否反応をみせる個体がほとんどであったためである。通常時の形態は無改造の人間とほぼ変わりがなく、感情の昂りによって融合生物の特徴が現れるケースが多い(体内変身)。初期型においては体内変身ののち、脳の活動に影響を及ぼし、感情の暴走・本能の露骨な発現などが見られた例もあるが、松果体に制御神経を植え付けることで理性を留めおくことに成功した。この制御神経自体は偶然の産物であるが、クローン培養により量産化の目処は立っている。特筆すべきはその能力で、完全に覚醒した個体においては、レベル2の能力を軽く凌駕するが、改造時にはレベル1程度の能力しか発現しない。体内変身した上での戦闘や学習などを通じ、成長するように能力を覚醒させていくことが必要となる。

 

 

レベル3特異体

レベル3の突然変異体で、ある意味レベル4と言える改造兵士だが、現在これにあたる個体は7体のみ確認されている。計画的に作り出すことが現状不可能なため、レベル3の特異体として登録。最終的な能力はレベル3を更に上回り、完全覚醒まで至る例は未だ確認されていないにも関わらず、特異体のCASE1として登録されている個体「風祭真」は、レベル3個体を完全に破壊し、かつ研究施設を壊滅にまで至ったとの報告がある。イレギュラーな個体のため、その発現状態はバラバラで、その殆どは融合能力不十分により廃棄。後に特異体のみ、生殖能力が存在することが発覚、8体目の個体が誕生している(CASE8)。この個体については別途追記する。

 

 

レベル3特異体CASE・8

レベル3特異体CASE7の精子から生まれた二世代目。個体名「比企谷八幡」。元財団構成員・立花藤兵衛によって脱走した個体が元になっており、未だ保護には至っていないため、詳細は不明。14歳の時にレベル2廃棄体と遭遇、そこで初めて体内変身を行っており、その際制御神経の成長不足により暴走、自身の左腕と右脚を骨折。それと引き換えにレベル2廃棄体を破壊している。その後数度の体内変身を行っているが、16歳時にレベル2ロストナンバー(蜘蛛型)と戦闘するまでは戦闘経験はなし。その戦闘において装甲を装着していたとの報告があり、雪ノ下技術研究所の支援を得ている可能性を指摘されている。現在レベル3個体名「戸塚彩加(精神調整レベル3)」に監視させつつ、経過を観察中。

 

 

レベル4

現在実験中の改造兵士。レベル3からの発展型。

 

 

追加項目「精神調整」

肉体的に有用とされる個体を採取する際、改造兵士としてより管理しやすくするために対象に施す、いわゆる洗脳技術。調整度を0〜4までの5段階とし、徐々にレベルを上げていく。レベル3まで至れば、表層意識を支配することが可能になるため、実戦投入レベルとなるが、対象の意識が混濁・または睡眠時には深層意識にある個体本来の意識が表に出るケースもある。最終段階の4まで調整を進めれば、深層意識まで調整が可能となるが、そこに至るには最低でも3〜5年の年月を必要とする。現在より短期間でレベル4に至る様、研究が進められている。



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第12話「独白」

今回短いです。長らく更新しない上にこの仕打ち。ほんとすいません。

内容的にもイマイチな気はしてます。
仕事に追われてる間に、知らないうちに文章が更に下手くそになってるっていうね。


SideA(沙希視点)

 

 朝のことがあった後、あたし達はアミーゴで朝食を摂った。その後雪ノ下技研に行くという材木座と分かれ、今は比企谷と一緒にバイクのならしがてらツーリングということになった。

 比企谷のバイクは、比企谷の親父さんが乗っていた、KATANAの改造車。あたしは比企谷から譲り受けた(!)白青のGSR750。お互いにまだ乗り慣れてないので、のんびりとしたコースだ。

 

 比企谷と走るのは、楽しい。ゆっくり走っていても、なんだか楽しい。本人はぼっち気質だから一人がいいなどと言うが、誰かとつるんで走っても上手い。ルートや車線に無理がなく、一緒に走っている人の技量をちゃんと見極める。こいつ自身免許を取ってまだそれほど経っていないにも関わらず、大ベテランの立花オーナーに、常連達と行くツーリング企画で、先頭やら殿やらを任されるほどだ。危機管理が上手く、同行者をよく見ている、のだそうだ。

 

 走りながら改めて思う。

 あたしは、比企谷が好きだ。なんなら、抱かれたいとさえ思う。

 

 実はあたしは、何度か比企谷に告白をしようとしたことがある。あるが、その度にやんわりと予防線を張られたり、タイミングをずらされたりしてきた。最初はそれが比企谷の答えなのかと悲しくなったりしたこともあったが、比企谷の身体や生い立ちを知るに連れて、段々と違う考えがあるのではないかと思い始めていた。

 以前比企谷は、あたしにこんな話をしたことがある。

 

「俺は普通の人間じゃない。むしろ化け物に近い。別に特別鍛えたわけでもないのに異常に力は出るし、足も速い。なにより、あんな姿に変身するやつなんて、まともな訳がない。だから、ずっと一人で生きていくんだと思っていた。お前らと遭うまでは。本当はお前らとも深く関わるつもりはなかった。あのままほっといてくれて良かった。それが当たり前だ。その考えは今でも変わらねえ。・・・けどさ」

「嬉しかったんだ。そして、救われた気持ちになった。その感情が、俺の理性を上回った。だから俺はお前らと一緒にいたいと思う。もちろん、これは俺の勝手な願いで、聞き入れる義務なんかどこにもないんだが」

 

 その時あたしはなんて応えたんだろう。今ではその言葉は忘れてしまっているけれど、内容だけは覚えている。「あたし達はどこにもいかないよ」そう応えたはずだ。そして、この会話の後、あたしは比企谷のことが友人としてだけでなく、男として好きになっていったんだ。

 

 あれだけ強く、孤高で、頼らない男が見せた、弱音とも言える本音。それをあたしだけに聞かせてくれたのが嬉しかった。信じられてるんだって思えた。あたしも、信じてもらいたい。

 ただ、比企谷があたしの気持ちを受け入れてくれるには、ハードルが高すぎた。あいつが自分の身体に引け目を感じているなら、あたしも同じになればいいとすら思ったが、そういうわけにもいかない。あたしには家族がいて、それは比企谷と同じくらい大切なものだからだ。

 

 この先、この関係がどうなるかわからない。自分達がどうなっていくのかもわからない。比企谷は大変なことに巻き込まれて、材木座も陽乃さんも比企谷をサポートしてる。あたしは何が出来るんだろう。せめて目をそらさず、最後まで見届けたい。それがハッピーエンドなのかバッドエンドなのかはわからないけれど。

 

 あたしの想いを受け入れろ、なんて言わない。

 だけど、一緒にいることは許してよね。

 しょうがないじゃん、惚れちゃったんだからさ。

 

 

 

 

sideB(沙希視点)

 

 あれから数日。

 戸塚は普通に登校して来ている。廃部寸前のテニス部に入ったらしいと比企谷から聞いた。なんでも、死んだことになる前は、ずっとテニスをやっていたのだそうだ。

 

 ツーリングの翌日、比企谷とあたし、材木座の3人は、何もなかったかのように登校してきた戸塚と話をした。そこで戸塚にいくつかの提案をした。

 学校生活は普通に送る。学校での戦闘行為は禁止。監視は構わないが、過度な干渉はお互いに控える。すると驚いたことに戸塚は全てを了承し、さらに当面の間、戦闘行為を学校内外に関わらず行わない、と宣言した。曰く「僕は八幡のことも、八幡のお友達のことも大好きだもの。財団からの命令があれば別だけど、僕が八幡と戦う理由は今はないからね」とのこと。恐らくオリジナルの戸塚の意識が上手く働いているのだろう。あたしは正直信用しきれないと思ったが、比企谷は躊躇なく受け入れていた。メリット・デメリットの計算があったのは間違いないが、何より戸塚を信じたいという気持ちが強いんだろう。過去、誰も信じられない状況で必死に生き抜いて来た比企谷が、立花オーナーやあたし達に触れることで、少しずつ変わっていっていることが嬉しかった。

 

 比企谷といえば、なんだかんだと奉仕部の方には顔を出しているようだ。行ったら部員が一人増えてて居心地が悪かった、などと言っているが、言うほど嫌悪している訳ではないのは見ていて分かる。そういえばあたしも誘われたな。その時はバイトがあったから後回しにしてもらったが、そろそろ返事しないと。もちろん、入部するつもりだ。依頼がなければ基本何をしててもいいという、なんだかいい加減な部活らしい。誘ってくれたのは嬉しいけど、そんな部活であたしは何すればいいんだろうね。

 

 ・・・なんて思っていたんだけど、まさか入部した翌日に依頼が来るとは思わなかった。しかも依頼主は、例のあいつ。過干渉は控えるんじゃなかったの?



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第13話「庭球」

大分ご無沙汰してしまいました。
何とか1本上がりました。

一応推敲はしていますが、万全とは言えないので、こっそり修正する、かも。


sideA

 

「つまり、昼休みにテニスの練習に付き合って欲しいと」

「うん。・・・お願い、できるかな?」

 

 由比ヶ浜の一件以来、部員以外の人間の出入りがなかった奉仕部だったが、急な依頼が舞い込んできた。相手は「あの」戸塚彩加である。

 

「戸塚彩加くん、だったわね。うちの部員とも仲が良いようだし、廃部同然の部活を立て直したいとのことであれば、受けるのは吝かではないわ。出来る曜日やシフトなども考えてみるから、明日からやりましょう。まずはお互いの実力を見てみないといけないし、明日は一応全員出席ということで。いいかしら?」

「ありがとう、雪ノ下さん。八幡もよろしくね」

「あぁ・・・」

 

 戸塚の去った後、奉仕部にいるのは八幡、雪乃、沙希、由比ヶ浜の4人である。いきなりの戸塚の依頼に、八幡も沙希も思うところがないではないが、内容そのものはいたって普通、テニス部主導のお手伝い要員となれば、断る理由はなかった。

 

「にしても、よく受けたな、雪ノ下」

 

 八幡の言葉に、沙希と結衣が頷く。結衣が入部したことで精神的に落ち着きが見え始めた雪乃だったが、八幡が沙希を連れてきた時は、室内の温度が3℃は下がったのではないかと思うほどであった。

 奉仕部などと言いながら、八幡が入るまでの間、ずっと依頼者を門前払いしてきた雪乃であったが、八幡の入部、由比ヶ浜の依頼達成、さらには入部して以来、まるで初めて味方と出会ったかの様に心を開いていた。八幡が初めて会った時に見た怯えのような感情は、少なくとも表向きには出てこない。まだ1ヶ月も経っていないにも関わらずである。その心境の変化には八幡も戸惑うことがあった。由比ヶ浜の件が終わり奉仕部に顔を出した時、雪乃本人から「呼び捨て、なんなら下の名前で呼んでも構わない」と言われた時にはある意味本気で心配したものだったが、その実、姉の陽乃から八幡の話を聞いたこともあり、態度が軟化していたのだった。さらには沙希のことも聞き及び、更に「あの2人はきっと雪乃ちゃんの味方になってくれるよ。だってわたしの友達だもん。変な色眼鏡で雪乃ちゃんを見たりしないしね。・・・それともあれかな、雪乃ちゃんは自分の味方も警戒して、最後には裸の王様になっちゃうタイプなのかなー?」などと子供じみた挑発を姉から受け、まんまと乗ってしまい「部員の世話くらいきちんとするわ。いつまでも姉さんの後を付いていくばかりじゃないのよ」と言い放っていた。

 とはいえその本質が変わったわけではなく、初対面の相手にはやはり必要以上に怯えを感じているようだし、言葉の端々にそれが表れることはあった。

 

「その理由が正当なものであって自発的に何かをしようというのであれば、手助けするのを厭いはしないわ。・・・ただ、そうね、今までは断る前提で話を進めていたけれど、最近は比較的中立で話を聞けるようになった、のは否定しないわ」

「おぉ・・・ゆきのんがデレてる・・・」

「なっ!」

「もー可愛いなぁゆきのんはー!」

 

 由比ヶ浜の入部以来、奉仕部の雰囲気は穏やかになっていた。八幡が休みの間も毎日顔を出し、事故の一件もお互いに謝罪し合うことで問題にならずして和解していた。

 

「比企谷」

「ん?」

「こいつら、いつもこうなの?」

「最近はな。雪ノ下のキツさはある意味対人恐怖症というか、人見知りみたいなもんだし、由比ヶ浜は弱気の部分を吹っ切ったらかなりグイグイ行くタイプだったみたいだしな。ここに放り込まれた時はこんなに賑やかな部になるとは思いもしなかったが」

「・・・そうね、正直私も予想外だわ。最初はちょっと鬱陶しかったのだけれど、今は・・・」

「うっとーしーとかひどいし。まぁでもいいや、いまはー?」

「・・・ほんとにグイグイいくね、由比ヶ浜・・・」

「ねーねーゆーきのーん、いーまーはー?」

「ちょ、ちょっと離れて・・・そ、そうね、今はこういうのも嫌いじゃない、かしらね」

「んふふー、もーゆきのんったら素直じゃないんだから―」

「百合百合しいのはいいとしてよ、雪ノ下、ちょっと相談があるんだが」

「なにかしら?」

「さっきの戸塚の依頼な、すまないが俺メインでやらせてくれねえか。仮にも男子テニス部だし、練習付き合うにしても体力が必要だしな。由比ヶ浜はお世辞にも運動神経良さそうに見えないし、雪ノ下も技術はともかく、体育会系は苦手なんじゃないか?」

「あら失礼ね。確かに筋力はそれほどあるわけではないけれど、体力自体は並以上にはあるわよ?以前は病弱で持久力もなかったけれどね」

「え、ゆきのん運動も出来るの!?もう完璧じゃん!」

「いや、だからちょっと、どこ触って・・・こら、ちょっと離れなさい」

「おぉ、そうなのか、すまん、じゃあローテで2人ずつってことでいいか。なにも全員で付き合うこともないしな」

「そうね、では私と由比ヶ浜さん、比企谷くんと川崎さんでローテーションを組みましょう。川崎さんも入ったばかりだし、そのほうがいいでしょう?」

「そうだね、比企谷なら付き合いもそれなりに長いし、問題ないよ」

「・・・え、川崎さんとヒッキーって付き合ってるの?」

「付き合いが長いつったんだ。俺と川崎はバイトやらなんやらで去年から付き合いがあんだよ。俺と付き合ってるとか、川崎に謝れ」

「あ、そうなんだ、ごめんね川崎さん」

「いや、それはいいけど・・・」

 

 沙希は内心、少し落胆していた。もちろん八幡と恋人の関係にあるわけではないが、せめて少しくらい躊躇して欲しかった。せめて「付き合いがある」ではなく、「友人」と言ってくれたなら・・・と思わずにはいられなかった。

 

 

sideB(八幡視点)

 

 明けて翌日、昼休み。

 俺と川崎、そして戸塚は、テニスコートに来ていた。初日は雪ノ下がやりたがったが、その前に確認しないといけないことがある。もちろん、このメンツ以外には聞かれてはまずい話だ。

 

「・・・じゃあ戸塚、今回の依頼に裏はないってのは信じていいんだな?」

「うん、もちろん。1年ぶりに学校に通えて、活動してるのは僕だけとはいえ好きなテニスも出来て、八幡もいて、わざわざこれを壊すようなことはしないよ」

「・・・」

「僕はね、八幡」

 

 戸塚はそう言いながら一歩足を踏み出した。待って待って近い近い、なんでこいつ男なのにこんないい匂いするんだよぉぉう。

 

「八幡や、八幡の大切な人に嘘はつかない。今でも八幡を財団に引き入れたいのは変わらない。でも、こないだ戦って、無理やり誘っても駄目だって思ったんだ。財団からもしばらくは動く必要はないって言われてるしね。・・・八幡」

「ん、誰か来るな・・・」

「比企谷も戸塚もほんと耳いいね・・・あ、あれは」

「あーっ、テニスコート開いてるし!あーしテニスしたい!」

 

 先日の金髪縦ロールと愉快な仲間たちがこっちに歩いてくる。

 

「あ、戸塚、あんたテニス部だったん?ねー、あーし達もテニスやるし、いいっしょー?」

「あ、えと、三浦さん、だっけ。僕達一応部活の練習でここ借りてるんだけど・・・」

「えーなんて?そんな小さい声じゃ聞こえないし!」

 

 威圧的だなぁこいつ。どんだけ周りからちやほやされてんだよ。

 実際、部員は戸塚だけ、コートは2面あるから、別のコート使ってやるのは黙認してやってもいいんだが・・・

 

「やるのはいいとして、道具持ってねえだろ。どうすんだよ」

「あんたがこっちに渡せばいいじゃん。何いってんの?いいからこっちよこせし」

「はぁ・・・。おい、戸部、あと金髪イケメンの人。こいつ普段からこんなんなのか?」

「ひ、ヒキタニくん・・・」

「やぁヒキタニくん、みんなでやればもっと楽しいかと思ってね。どうだろう、戸塚くんの練習も兼ねて、試合形式でやるっていうのは?」

 

 ふと気づくと、由比ヶ浜がいない。大方部室で雪ノ下とメシでも食ってるんだろう。あと眼鏡の地味かわいい感じの子がいるが、後ろの方でちっちゃくなってるな。あいつあれか、こないだ鼻血吹いたやつか。

 

「八幡」

 

 戸塚が耳打ちしてくる。

 

「・・・・・・ね」

「・・・なるほど」

 

 俺は連中に向き直ると、ラケットを突き出した。

 

「ほら、じゃあ使えよ」

「最初からそうしろし」

「ただ、試合はそれほど時間がねえ。サーブ勝負しねえか」

「サーブ勝負?」

「あぁ。ミスするまで何発連続で入れられるかの勝負だ。時間は3分。ジャッジはお前らの方に川崎、こっちにそこの眼鏡さん。俺らが負けたらこの休み時間、このコートはお前らが好きに使えばいい」

「比企谷、本当にいいの?」

「いいだろう、じゃあはじめようか。こっちは経験者の優美子がいく。ヒキタニくん達は?」

「ここの主は戸塚だからな、戸塚がやるってことでいいよな」

「うん、じゃあ川崎さん、ボールのカゴとってくれるかな?・・・ありがと。これ、三浦さんが使って。僕はこの」

 

 ぱぁぁん。

 

 戸塚が落ちているボールを拾った時、破裂音が大きく響いた。見ると、戸塚が拾ったボールが破裂し、中身が細かく飛び散っている。

 

「あ、いけない、強く掴みすぎちゃった」

 

 再び戸塚が別のボールを拾うと、

 

「僕はこのボールを「ぱぁぁん」・・・あ、また」

 

 縦ロール達は完全に固まっていた。川崎も同様だが、こっちは後で説明しておこう。

 戸塚がボールをわざと握りつぶしたことを。

 

「おいおい戸塚、ちゃんと手入れしてるのか?」

「うーん、してるつもりだったんだけど・・・ごめんね、びっくりしちゃったよね」

「あ・・・いあ・・・う・・・」

「縦ロールはちょっと無理っぽいな。・・・おい戸部と金髪イケメン、どっちか入れよ。戸塚も今ので手を切ったみたいだし、俺とやろうぜ」

「は、隼人くん頼むっしょ。俺ちょっと勝てる気しないし・・・」

「な、戸部・・・仕方ないな。・・・お手柔らかに頼むよ、ヒキタニくん」

「お前が俺の名前をちゃんと言えたら手加減してやるよ、葉山」

 

 とりあえず、予定通り。あの縦ロール、普段は威張ってても実は気が小さいと踏んだ俺と戸塚は、キンキンとやたらうるさいあの女王様を黙らせることにした。この集団、あくまでもトップに立つのはあの葉山って金髪だ。こいつらにこれ以降邪魔させないとすれば、ここでトップを引きずり出し、叩き伏せる必要がある。だが、あいつが最初から矢面に立つことはない。現に縦ロールに勝負させようとしたしな。なら、引きずり出せばいい。

 どっちもまともに相手するなんてめんどくさいことはしない。あの女王様は猫騙し的なことでどうにかなる。その上で王様を叩き潰せば、それ以上絡んでくることはないだろう。眼鏡の子は乗り気じゃなさそうだし、戸部は最初から俺にびびっている。由比ヶ浜がいないのが幸いだったな。

 

 

sideC(沙希視点)

 

「葉山、やっぱりゲームにしようぜ。お互いテニスはあんまり経験ないだろ。サーブ対決よりゲームのが分かりやすく決着しそうだしな」

「・・・いいだろう」

「サーブはそっちからでいい。時間もないし、1ゲームで勝負だ」

 

 やっぱり比企谷、葉山の名前知ってたんだ。まぁあんだけ教室ではしゃいでるんだし、耳にはしてるよね。でも、ちょっと意外だったな。もっとストレートに、力で排除することだってこの2人には軽く出来るはずなのに。まぁどういう形でも、あいつが負けるのなんて想像できないけど・・・。

 多分比企谷は、葉山グループの心を折りにいってる。最初なんで戸塚がボールを破裂させてるのかわからなかったけど、あれを目の前で見たら確かにビビるよね。テニスボールって、車に踏まれても割れないっていうじゃない?それを2回も目の前で割られたら、戸塚のことを知らなかったら、あたしだってビビる。

 つまり、あいつらはあれで、向こうのナンバー2を無力化させたんだ。そして奥にいる王様を引きずり出した。これで王様を潰せば、てことなんだろう。

 

 あたしも多分比企谷も、別にあいつらに恨みはない。博愛主義を気取ってちょいちょい声を掛けられることはあるけど、今のところ深追いされてるわけでもない。嫌うだけの接点があるわけでもない。ただ、好きじゃないだけだ。ほっといてくれればいいだけ。ただそれだけだ。それだけのことが出来ないってところが気に入らない。なんとなくだが、ちょっとでも気になるやつは自分の傘下に入れておきたい、そんな性質なんじゃないかと思う。ただし、自分の目の届く所にいる人間、っていう注釈が入る。なぜなら、他のクラスには葉山のグループに近い人間がいない。中には関係を持ちたい人もいるらしく、たまに教室の外から様子を伺ったりしているみたいだが、声を掛けたり掛けられたりしている所を見たことがない。

 既に学校の外に居場所を見つけているあたしたちから見れば、なんて小さい王国だろうと思う。そんな小国の王様が、よその国にちょっかいをかけるのが嫌なのだ。さらに由比ヶ浜のように、外の国との関係を作るのが気に入らない王様は、手下や女王を上手く焚き付けて手駒を減らさないようにする。あたしにはそういう風に見えてならなかった。

 

「じゃ、いくよ、ヒキタニくん」

「来いよ王様」

 

 葉山がサーブを打つ。運動部、サッカー部だっけ?なだけあって、バネの利いたいいサーブだ。コースも悪くないんじゃないかな。対して比企谷は・・・動かなかった。

 

「15-0」

「・・・はっ、口だけじゃんあの腐った目のやつ」

「優美子、ヒキタニくんを煽るなって・・・」

「戸部、あんたビビリすぎ。中学んとき何があったかしんないけど、隼人のサーブに全然反応出来てないじゃん」

 

 三浦がようやく再起動したのかな。でも、惜しいね三浦。

 比企谷は、動けないんじゃなくて、動かなかったんだよ。まあそれに気づかなくてもしょうが無い。だって、今のボール、比企谷は目だけ動かして何かを確認してたんだから。

 

「次いくよ」

「こいよ」

 

 葉山が再びサーブを打つ・・・た瞬間、比企谷は動いていた。

 

「くっ」

 

 次の瞬間、ぱぁん、と小気味いい音を立て、ボールは葉山のすぐ横でバウンドした、はずだった。ボールの跡が葉山のすぐ脇にあり、ボールは後ろのネットを突き破った。と思う。

 

「・・・え?」

「審判」

「・・・あ、15-15」

 

 審判の海老名が宣言して眼鏡の位置を直す。

 おそらく比企谷と戸塚以外には、今のボールは見えていないだろう。

 

「な・・・」

「っべー・・・」

 

 三浦と戸部が絶句している。正直、ちょっと同情もしている。なにしろ、面白半分で絡んだ相手が、2人ともボールを破壊できるほどの力とキレを持っているのだ。さらに言えば、「普通の」人間とは違う。望んでそうなった訳じゃないけど、規格外にも程がある。

 

「君達は・・・」

「・・・次は俺のサーブでいいんだよな」

「あ、ああ・・・」

 

 比企谷はボールを受け取る。無造作に上げたそれを比企谷は、軽く打ち抜いたように見えた。

 

 

SideD

 

「じゃ、俺の勝ちってことでいいな。もうこういうのは勘弁してくれ。練習にならん」

「ごめんね、コートで遊びたいなら、道具持参でコート使用許可もらってやってね」

 

 比企谷と戸塚が声をかけるが、葉山達は半ば放心状態でコートを去っていった。

 

「悪いことしちゃったかなぁ・・・」

「ノリノリでボール握りつぶしといて何言ってんだ。・・・にしても、ここが目立たない場所で良かったな。ギャラリーも来なかったし、あいつらもかっこ悪くて誰にも言えないだろ」

「そうだね。勝ち負けならまだしも、内容がちょっとばれちゃまずいことしちゃったしね」

「え、ボール割るの、まずかった?」

「比企谷のサーブもだよ。・・・あれはさすがに普通の人間には出来ないね。・・・バウンドした場所が焦げてるとか、「1箇所しか」跡がないとかさ」

「まぁ、あれだ。言ったところで信じるやつなんかいねえだろ」

「王子様もびっくりだね・・・」

「戸塚、雪ノ下達が付き合う時は気をつけろよ。出来れば球出しノックくらいにしとけ」

「そうだね、気をつけるよ」

「さて、じゃあ戻るか。そろそろ休み終わるし」

「うん、ありがとう八幡、川崎さんも」

「あぁ、まああたしは何の役にも立たなかったけどね」

「んなことねえよ、ありがとな川崎」

「う、うん・・・」

 

 テニスコートを出る時、沙希は一瞬だけ後ろを振り向いた。自分でも何故かはわからなかったが、何か引っかかるものを感じていた。

 

*  *  *  *  *

 

 テニスコートは敷地内の端にある。

 コートの外側にはすぐ、総武高校を取り巻く道があり、そこには一台のリムジンが停まっていた。

「・・・確認出来たか」

「はい。戸塚彩加にも気づかれていません」

「比企谷八幡はどうか」

「表情からは読み取れませんでした。ですが」

「どうした」

「去り際、川崎沙希が一瞬こちらを向きました。気づいた様子はありませんが」

「わかった。さっきの学生どもは手はず通りに。川崎については一旦保留する」

「・・・承知しました」



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第14話「失踪」

仕事の合間に、調子こいてロゴなど作ってしまいました。
そんな暇あるなら書けっていうね。

それなりにかっこよく出来てると思うんだけど、いかがでしょう。


SideA

 

 テニスコートでの一幕があった翌日。

 朝、遅刻しない程度にゆっくり登校した八幡は、バイク置き場で珍しい人物と遭遇していた。

 

「む、八幡か、久しいな」

「お、材木座か、珍しいな」

「うむ、登校日というやつだ。丁度研究も一段落したのでな、今日はのんびりしようと思って馳せ参じた次第」

「馳せてねえだろ。言われなきゃ来ねえくせに・・・。まぁいいや、いこうぜ」

「うむ」

 

 実際、材木座とは学外で会うことの方が圧倒的に多い八幡である。高校入学後1ヶ月で全ての単位を分捕り、卒業自体に興味がないのでこのまま退学すると言う材木座を、卒業生にとんでもない天才が複数存在(陽乃もその一人だ)する高校、というバリューに目がくらんで半ば強引に在学させたのは高校側である。公立の高校にそんなバリューが必要なのかという疑問も湧くが、その内情などには全く興味のない材木座は、学費免除・最低限の出席・専用の研究室の提供という条件を呑ませ、在籍することにした。ちなみにその研究室は、特別棟の奉仕部部室の丁度反対側にある。

 

 校舎に入り、教室に向かう2人だったが、その途中由比ヶ浜に会った。

 

「あ、ヒッキー!・・・と、えと、材木さん・・・?」

「惜しい」

「ざ、ざいもくじゃ・・でしゅ」

「材木者?」

「材木座な。ちょっと人と話すの慣れてねえから噛んだだけだ。で、どうしたよ由比ヶ浜、もう授業始まるんじゃねえか?」

「あ、そうそう、あのさ、優美子たち見なかった?」

「優美子て誰よ」

「えぇ・・・クラスメートの名前くらい覚えてよ・・・えと、ヒッキーが縦ロール?って呼んでる子。あと隼人くんと姫菜ととべっちもいないんだよー」

「あいつらか・・・」

「どいつらだ?」

「うちのクラスのリア充軍団だよ。金髪イケメンと愉快な仲間たちだ。・・・ん、お前のグループ、他にもなんかいなかったっけ?モブっぽいのが」

「大岡くんと大和くんは教室にいるよ。ってかモブっぽいて・・・」

 

 由比ヶ浜はツッコミかけたが、言われてみればその通りなので言葉を返す事ができない。

 

「で、お前は縦ロールを探してたのか?」

「あ、うん、4人も一緒にってどうしたのかなって。ほら、昨日ヒッキーが言ってた子たちだし・・・」

 

 昨日の放課後、八幡は昼休みのテニス勝負の件を奉仕部の2人に話していた。もちろんある程度情報を伏せてはいるが、邪魔が入ったこと、そのメンツ、そこで勝負に至り勝ったこと、今後は問題ないだろうということだけは報告してある。当然2人は詳細を知りたがったが、戸塚のテニススキルと八幡の基礎体力を押し出し、なんとか納得させることが出来た。雪ノ下は葉山の名前が出た所でビクっと肩を震わせ、それに反応した由比ヶ浜は雪ノ下の肩を抱きながら、同じグループのメンバーとして八幡に頭を下げていた。八幡自身は由比ヶ浜に責任があるとは全く感じていなかったが、それだけ彼女にとってあのグループが大切なのだろうと思い、快く謝罪を受け入れている。

 

「つってもあの後、普通に学校終わってからは知らねえからなぁ・・・。あ、やべ、もう時間だ、とりあえず行こうぜ」

「あ、うん。材木さんも、またね!」

「あ、ざ、ざいもくじゃでし・・・」

 

 ある意味一番難易度の高い女性を落としておきながら、普段会話をしない女性の対応には全く慣れない材木座であった。

 

 

 

sideB(八幡視点)

 

 結局、あの愉快な仲間たちは放課後まで来なかった。同じグループの主要メンバーがこぞって休んだことに、クラスの連中は動揺を隠せなかったようだ。俺は久々に静かな学校生活を送れたせいか、正直余り気にはならなかったのだが、引っかかることが無いではなかった。

 由比ヶ浜とモブ2人のことだ。

 サボって何処かに出かけたなら、一緒に休まないにしてもお誘いくらいはあっただろう。それが、事情も聞かされずにおたおたしていた。

 接点がないのでよくは知らないが、恐らく葉山は何かするなら、グループの全員に声を掛けることはするだろう。教室でたまに聞こえる「みんな」というのは、グループのみんな、という意味だと思う。戸塚の件でも言っていた。その中に俺や川崎、戸塚が入っていないのは明白だった。それほど「グループ」に執着している奴が、由比ヶ浜とモブーズにだけ声を掛けない、なんてことはしないだろう。

 

 奉仕部の扉を開けると、既に3人とも集まっていた。

「こんにちは、遅刻谷くん。遅れるならそう知らせておいて欲しいわね」

「あれ、比企谷あんた、あたしより先に出たよね?」

「あ、ヒッキーやっはろー!っていうかどこいってたし!」

「うっす。すまん、ちょっと考え事しててな」

「まぁいいわ。今日は依頼があるのよ」

「ほう」

「っていっても由比ヶ浜からだけどね。・・・ほら、例のあいつらの」

「・・・金髪イケメン達か」

「そう!さっきから優美子達に連絡してるんだけど、全然つながらないんだよー。既読もつかないし、何かあったんじゃないかって」

「・・・それ、部活でどうこう出来る話か?」

「そうね、連絡出来なくなったのは昨日と言っていたわね?それなら、家族の方なりが警察に連絡くらいしている可能性は高いと思うのだけれど」

「うー、そう言われちゃうとそうなんだけど・・・」

「心配だと」

「うん・・・」

 

 正直面倒くさい。由比ヶ浜には悪いが、あいつらには全く関心がないので、全然テンションが上がらない。それに、奉仕部の活動的には由比ヶ浜のサポートという業務になるのだろうが、高校生がどうにか出来る話ではない気がする。ここ最近の自分の周りで起きている出来事がアレなだけに、失踪・拉致・監禁などの不穏な単語が脳裏に浮かんでは消える。それでも心配にならないあたり、俺も大概だなと思う。

 

「・・・葉山くんも家に帰っていないとなれば、間違いなくご両親が動いてるわ。案外明日あたり、何事もなかったかの様に登校してくるのではないかしら」

「ゆきのん、葉山くんと知り合いなの?」

「・・・以前、少しだけ。あまり良い思い出ではないわね」

「・・・そっか」

「彼の父親が私の父の会社で顧問弁護士をしていてね。その関係で顔を合わせることがよくあったのよ。・・・その程度の話。他には特にないわ・・・だから、わたしは・・・」

「まぁ、この際雪ノ下の過去話はいい。・・・で、どうするの?受けるとして何が出来るのか分からないけど・・・」

「だな。ヒントがなさすぎてどうしていいのか分からねえ」

「・・・少し、電話してくるわね」

 

「由比ヶ浜」

 

 雪ノ下が携帯を持って席を立った後、俺は少し気になっていることを聞いてみた。

 

「今回の依頼を受けるとして、お前の落とし所はどこだ?見つけるところまででいいのか、それとも事情も知りたいか?」

「…ほんとのこといえば、全部知りたいよ。だけど、知りたくない気持ちもあるの。・・・でも、学校休んでまでどこか行くとか、今までなかったんだけどな・・・」

「ごめんなさい、お待たせしたわね」

 

 雪ノ下が戻ってきた。電話の相手は、多分・・・

 

「姉さんに相談してみたの。すぐに調べてみてくれるそうよ」

 

 やっぱりそうか。まぁ雪ノ下さんが調べてくれるなら、それほど時間はかかるまい。

 

 

 

sideC(陽乃視点)

 

「うん、わかった、早急にね。・・・ね、雪乃ちゃん。そこまで急いでるのは、隼人たちが心配だから?それとも、お友達に頼まれたから、かな?」

 

 ちょっと意地の悪い聞き方だったかな。

 

「・・・分かっているでしょう」

「雪乃ちゃんの口から聞きたいんだよー」

「・・・と、ともだち、のため、よ・・・」

「そっか。おっけ、じゃあ待ってて。すぐに調べて電話するね。あ、雪乃ちゃん」

「・・・なにかしら」

「良かったね。大事にしたいと思える友達が出来て。・・・大切にしてね」

「・・・わかってるわ」

 

 電話を切ると同時に、私はPCに向かって検索を始めた。同時に部屋にいる秘書の都築に指示を出す。

 

「都築、隼人と他3人の足取りを探ってくれる?昨日の夕方からの行動が知りたいの」

「かしこまりました。・・・雪乃様からのご依頼ですね」

「そうよ。だからお願い」

「承知いたしました」

 

 都築は部屋を出ていった。入れ替わりに義輝が入ってくる。

 

「陽乃嬢、どうされた。今日の八幡達の様子と関係が?」

「義輝!おかえり、いきなりだけどちょっと手伝って欲しいことが「心得た」・・・ありがとっ」

 

 声フェチだから、という理由で好きになったことになっている。だけど、本当はそれだけじゃない。彼は、私を全面的に信頼し、信用してくれる。私が為そうとすることに、無条件で協力してくれる。私が怖いからでも、見返りが欲しいからでもない。彼がやりたいから、やってくれる。私が間違っていると感じると、決して叱らず、諭してくれる。

 とんでもなく一途で、天才で、努力家で、声がいい。こんなにも無条件で私を想ってくれる人を私は知らない。主従でもない、家族でもない。気は大きいけど弱くて、女の子が苦手で、空気を読むのが少し苦手で、未だに手をつなぐくらいしか出来ない、ヘタレ。だけど、私は彼じゃないと嫌だ。比企谷くんもオーナーさんも好きだけど、ずっと私のとなりにいて欲しいのは、材木座義輝という、暑苦しい男の子だ。

 

「・・・総武のカメラから順に拾えばいいが、時間がかかるな・・・カメラの経過時間と同時に周辺のカメラからも拾って・・・む、陽乃嬢」

「ん、何か見つかった?」

「うむ。・・・これはつついた藪に毒蛇が潜んでいたやもしれぬぞ」

「・・・どういうこと?」

 

 義輝が画面を私に向けて、見ろと合図する。そこには黒いワゴン車が写っている。私が画像を確認した頃合いで、義輝はその写真の後部、ナンバープレート付近をアップにした。

 

「さすがに解像度が低くてな、確証とまではいかんのだが…このナンバー、見覚えがある」

「・・・これ」

「陽乃お嬢様!・・・材木座様もおいででしたか!」

「都築殿、どうなされた」

「は。・・・葉山様御一行が下校する数分前、総武高校裏に停めてあった自動車が動いたという情報を得たのですが、そのナンバーが・・・」

「この車、よね?」

 

 さっき義輝に見せられた画像を都築にも見せる。都築の顔が驚きを見せた。

 

「・・・さすがですな。・・・この車の身元が割れています。…“財団”所属の実行部隊、第三営業部の社用車です」

「・・・やはりそうであったか・・・」

「義輝はどこで気づいたの?」

「同じくナンバーだ。正確には、ナンバープレート周りの形、だな」

 

 義輝は、情報を動画や文章ではなく、画像として切り取り、その全てを脳内に積み上げている。以前、雪ノ下技研がまだ財団との関わりを断っていない頃、義輝はこの車を見ていたのだ。

 

「・・・更にこの自動車に、葉山様御一行と思われる高校生くらいの男女が乗り込むのを、周囲の防犯カメラが撮影していました」

「陽乃殿、この話を直ちに八幡に。妹殿には申し訳ないが、手に負える件ではなかろう」

「うん、わかった。義輝ありがとっ」

 

 第三営業部が絡んでる、か。てことは戸塚くんはこのことを知らない。彼を所有するのは第一営業部のはずだ。あの2つの部署は異常に仲が悪い。大方、このところ余り派手に活動していない第三が、比企谷くんという「成果」を手に入れるために独断で動いているのだろう。

 だとしたら、戸塚くんの協力も得られるかもしれない。

 

 まずは比企谷くんに連絡。次に第一営業部に連絡・・・はメールにしようか。正直やりたくないけど、表向きは技研は明確には敵対していないことになっている。どうせ向こうも気づいているだろうが、それでもこの茶番の関係は崩さない方がいい。諸刃の件だが、結構重めの枷を着けることになる。

 それから、雪乃ちゃんだ。出来れば知らないまま、平和に過ごして欲しかったけど・・・。仮にこのまま第三が暴走して大事になったら、知らないことが仇となる可能性が高い。

 

 ごめんね、雪乃ちゃん。

 もしかしたらもう、お友達と会えないかもしれない。でも、この状況を抜け出した時、それでも雪乃ちゃんの隣にそのお友達がいてくれるなら…。

 

 きっと、あなたは。



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第15話「改造」

散々遅くなった挙句、短くて申し訳ないです。


SideA(八幡視点)

 

 俺は今、雪ノ下さんの指示で、とある倉庫に向かっている。少し後ろから川崎がついてきていた。

 

 雪ノ下さんから俺の携帯に連絡が来たのは、雪ノ下雪乃が戻って数分後のことだった。雪ノ下本人には告げられないことだと言うので、そのまま聞いてみたところ、なんだかえらいことになっていた。

 

「雪ノ下。悪いが俺はちょっと出る。あとで雪ノ下さんがここに来る。事情はそこで聞いてくれ。・・・由比ヶ浜も悪いが雪ノ下と一緒にいてくれ。川崎も・・・あれ、川崎どこいった」

「ヒッキーが電話してる間に行っちゃったよ。なんだかわからないけど、優美子たちのことだよね?」

「比企谷くん、今のは姉さんからよね。彼らが見つかったのかしら?」

「ああ。居場所がわかった。細かいことは後だ。・・・由比ヶ浜」

「な、なに?」

「雪ノ下についててやってくれ。・・・頼むな」

「ヒッキー・・・うん、わかった!気をつけてね!」

「おう、じゃあな」

 

「川崎」

「遅いよ比企谷」

「お前は残れ。何が起きるかわかんねえんだ、わざわざ危ない橋渡るんじゃねえよ」

「いやだね。その橋は比企谷、あんたも渡るんだろ?だったらあたしも行くよ。ほんとにやばかったら戻るさ」

「馬鹿野郎、危ないのがわかってんのに付いてくんなつってんだ」

「いちいちうるさいね、いいから連れていきな。あんたが暴走したら誰が止めるっていうのさ」

「・・・ほんとにやばかったら戻れよ。絶対だ」

「わかってる。ほら、行こう」

「・・・どうなっても知らねえからな・・・」

 

 行った先に何があるのか。わかってるのは、またベルトを使うことになりそうだってことだけだ。しかも、相手の数がわからない。第三営業部所属の改造兵士はレベル2と、レベル3の実験体だけ。しかし、その全てが元軍人で、志願して改造された。雪ノ下さんからそれだけは聞いている。集団で来られるとやばいが、向こうもそれは承知のはずだ。正直川崎はこのまま家に返したいところだが、一緒に行くとなって、心のどこかに安心している自分もいる。

 依存。

 恐らく俺は、川崎に依存しているのだ。甘えと言っても良い。好意を持ってくれるのをいいことに、結果的にいいように利用しているような気がして自分に嫌気がさす。だが、今この期に及んでは、そうも言っていられない。何しろ時間が惜しいし、実際俺を止めることが出来るのは川崎だけなのだ。

 

 ・・・だから嫌なんだよ。俺は。自分が。

 言い訳ばかり上手くなりやがって。

 

 

 

 

SideB

 

 八幡達が到着した時、そこには既に、1つの影があった。

 

「戸塚!?」

「あ、八幡。やっときた」

「どうしてお前が?」

「ええとね。僕が所属してる第一営業部と、この第三はすごく仲が悪いんだって。まぁ、第三は乱暴な人たちばかりだし、僕も好きじゃないんだけど」

「いや、そうじゃなくて、どうして俺達がここに来るのを知ってた?お前の連絡先は俺しか知らないよな?」

「第一に通報があったんだ。多分雪ノ下さんだと思うけど。それで、いい機会だから第三を懲らしめてきなさいって言われたんだ」

 

 あはは、と屈託なく笑う戸塚に、八幡は薄ら寒いものを感じていた。

 

「捕まってるの、昨日テニスコートに来た人たちだよね?正直僕はどうでもいいんだけど、八幡が助けに行くなら手伝うよ。中に入ったこともあるし、道案内出来るんじゃないかな」

「・・・なるほど。じゃあすまんが頼む。俺も正直やつらはどうでもいいが、奉仕部に依頼があったんでな。部長が引き受けた以上、やることはやらないといかん」

「川崎さんは大丈夫?ここからはかなりハードになるから、僕と八幡で行くね。ここは死角になってるから、ここで待っててくれればいいから。後で第一の車が来るから、あの人達を助けたら乗せるのを手伝ってくれると助かるな」

「わかった。気をつけてね。比企谷も、ついでだけど戸塚、あんたも」

「おう、行ってくるわ」

「あはは、ありがと、いってきます!」

 

 

 

SideC

 

 財団、第三営業部内衛生保全課地下。葉山達はそこに捕らえられていた。

 暗く、空気の湿ったうら寒いコンクリートの部屋。葉山と一緒に連れてこられた三浦、海老名は、その一昔前の監獄のような「待ち合わせ室」の床に直接座っていた。

 こつ、こつと革靴の音がする。やがて彼女たちの前に、白衣を着た男が一人現れた。

 

「・・・さて、お嬢さん方。ここに来て丸24時間経った訳だが・・・気分はどうだね?」

「・・・」

「・・・お仲間が心配か?」

「・・・隼人と戸部をどうしたし」

「片方は寝ている。もう片方は・・・そろそろ始まるよ」

「は、始まるって、なにが?」

「もちろん・・・ああ、失礼、私はこの「財団第三営業部衛生保全課の課長をさせてもらっている、熊谷というものだ。で、先程の質問だが」

 

 熊谷と名乗った男は、そのねっとりした口調で続けた。

 

「君たちは、改造兵士というのを知っているかね?もう20年になるかな、君らが生まれる前の話だが、かつてこの国には【財団】と呼ばれる組織があった。今でも存在はするが、当時は知る人ぞ知る、巨大複合企業だった。複合企業だ、業態は様々だが、その中で一番力を入れていたのが【兵器産業】だ」

 

 2人は、急に饒舌に語りはじめた熊谷の声がまるで耳に入らないかのような顔をしていたが、全く構わぬといった風情で話は続いていく。

 

「簡単に兵器といっても、これまでのような武器や戦車、戦闘機などではない。・・・もっとコンパクトに、自分の意志を持ち、目的のために自らを運用出来る。・・・そう、分かりやすく言えば、人間兵器。それが改造兵士だ」

「・・・え・・・」

「さて、そこでさっきの続きだ。君たちと一緒に来た男子生徒、片方は既に改造済みだ。もう片方も準備が整い次第【治療室】に入ることになる。しかもだ、今回はなんと、レベル4の実験だ。なに、心配することはない。実験とは言ってもすでに実用段階には入っているのだ。ただ、レベル4、次世代改造兵士は部ごとのコンペがあってね、それに勝たないと正式にレベル4としての商品にはならない。・・・だから、探していたんだよ」

 

「若く、健康で、精神力の弱い身体をね」

 

 熊谷の言っていることは半分もわからない。だが、葉山と戸部が何かひどいことをされた、されようとしているのは理解出来た。

 

「君たちはどうやら、精神力が強いようだからね。そのあたりをゆっくりとなじませていって、それから本格的に改造という流れになる。・・・まぁ、今は休んでいるといい。・・・おやすみ」

 

 それだけ言うと熊谷は踵を返した。三浦の眼から熊谷の姿が見えなくなるタイミングで、何かガスのようなものが2人に向けて噴射された。

 

「ごほっ、ごほっ・・・な、なに、こ・・・」

「ゆ、み・・・」

 

 強力な催眠ガスにより、三浦と海老名の2人は、強制的に深い眠りに落ちていった。

 

 

 

SideD

 

 八幡達が財団施設に向かっている頃。

 総武高校奉仕部部室には、雪ノ下陽乃が訪れていた。

 

「こうやって会うのは久しぶりね、姉さん」

「雪乃ちゃん中々会ってくれないんだもん。お姉ちゃん哀しい」

「はぁ・・・。それで、この状況はどういうことなのかしら。比企谷くんからは姉さんが来るとしか聞いていないのだけれど」

「あ、あの・・・」

「ん、あなたは?」

「ゆ、由比ヶ浜結衣、です。ゆきのんとは友達で、その」

「ゆきのんて・・・」

「由比ヶ浜さん・・・」

「・・・いい!」

「ね、姉さん?」

「ゆきのんいいね!私もこれからそう呼んでもいい?」

「だめよ」

「えー、いけずだなぁ・・・。でもそうか、由比ヶ浜、ガハマちゃんね」

「ガ、ガハマちゃん・・・」

「・・・姉さん、由比ヶ浜さんはいても大丈夫なのかしら」

 

 陽乃におされ気味の雪乃だったが、その言葉で急に居住まいを正した。

 

「正直、聞かないほうがいいかもしれないね。・・・ただ、ガハマちゃんの気持ち次第、になるかな」

「あたしの、気持ち次第・・・」

「そう。これからの話しを聞いて、それでも雪乃ちゃんとお友達でいてくれるなら、っていう感じかな。人によっては知らない方が幸せ。そういう話」

「・・・由比ヶ浜さん。今日は奉仕部としては活動もなくなったし、帰っても大丈夫よ。私のことは、心配しなくてもいいから」

「・・・ううん。いるよ」

「由比ヶ浜さん・・・」

「あたし、決めたんだ。ゆきのんとヒッキーは、ちゃんとあたしを見て、叱ってくれた。ダメなところを、ちゃんとダメって言ってくれた。そして、友達として一緒にいてくれる。だったら、あたしは逃げない。聞きたくないからって耳をふさぐくらいなら、もっと辛いかもしれない人の手を握るよ。だからゆきのん、一緒に話、聞かせて?」

「・・・ありがとうね、ガハマちゃん」

 

 由比ヶ浜は話をしている間、ずっと雪乃の眼を見ていた。雪乃は耳まで赤くしながら、その話を黙って聞いていた。驚いた表情で、でも少し嬉しそうな雪乃を見て、陽乃は本心からの笑顔になっていた。

 

「じゃあ、話そうか。・・・正直、かなり重い話になるよ。内容は3つ。雪乃ちゃんのこと、今比企谷くん達がやってること、それから」

 

 3つ目については、陽乃はここで言うかどうかを未だ悩んでいた。この情報はまだ裏が取れていない。それに、雪乃の決して強くはないメンタルでは、その前の2つでいっぱいいっぱいになるだろう。

 

「3つ目は・・・まだ確証がないからいっか。じゃあ、その前に自己紹介しておくね。雪乃ちゃんは知ってることだけど」

 

 陽乃は由比ヶ浜の方に向き、深く頭を下げた。

 

「雪ノ下技術研究所、所長の雪ノ下陽乃です。大学生でもありますが、そちらは現在休学中です。この度は私共の問題に巻き込む形になってしまい、誠に申し訳ありません。雪乃の姉として、そして」

 

(ここからは雪乃ちゃんの知らない話だ。ごめん、ほんとごめんね)

 

「雪乃の改造責任者として、深くお詫び申し上げます」



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第16話「雪乃」

長らくお待たせいたしました。

ビルド面白いっす。


SideA(由比ヶ浜視点)

 

 はるのんさんの話は、つまりこういうことだった。

 

 ゆきのんは生まれたときから虚弱で、5歳の時には既に、あと10年生きられれば奇跡、という状態だった。主に心臓が弱かったみたい。きょじゃくたいしつ?で、病気じゃなくてもすぐに息があがっちゃったりしてたみたい。はるのんさんはその時まだ小学生だったけど、妹を助けなきゃって必死に勉強して、それまでも天才って呼ばれてたのに、中学生の頃にはもう、大学生より物知りで、資格なんかも取れるやつは片っ端から取ってたんだって。

 中学生の頃、ゆきのんのお家の会社とお付き合いのあった、ざいだん?を調べてたら、「人体強化・レベル1」「改造兵士」っていう言葉を見つけて。はるのんさんはお医者さんじゃなかったけど、理屈とかそういうのを全部理解して、必要な人達をどんどん仲間にしていった。ざいもくくんもその時に出会ったんだって。それで、そのざいだんの、人体強化コーナー(ぶもん?)を丸々買い取って、自分が任されてた会社にドッキング(吸収合併)したんだって。それで、その頃もう余命数ヶ月って言われて、意識もあったりなかったりのゆきのんを、半分強引に人体強化ってやつで治したんだって。ゆきのんはその時にたまたま、もっと上のレベルの改造のことを知っちゃって、実際にへんしん?するところも見ちゃって、それが入院してる時に仲良くしてた人だったから混乱しちゃって、それに自分が改造を受けたことで心が尖っちゃって、それで今みたいに身体が強くなって、頭は元々良かったらしいんだけど、人が信用出来なくなっちゃったんだって。隼人くんとはまだ身体が弱かった頃に親同士がお仕事の関係があったから良く遊んだりしてたみたい。幼馴染ってやつだよね。なんか色々あってゆきのんは隼人くんの事をよく思ってないみたいだけど・・・。

 

 そこまでの話をはるのんさんから聞いている間、あたしはずっとゆきのんを抱きしめて、背中をさすってあげてた。はるのんさんが話し始めた時はすごかった。きれいな髪を振り乱して「友達を奪わないで」「もう一人になりたくない」って、子供みたいに泣き叫んでた。今は泣きつかれて、あたしに寄りかかって寝息を立てている。

 辛かったね。哀しかったね。でも、ゆきのんはやっぱりすごいよ。いっぱいいっぱい我慢して、努力して。余命なんて言葉、あたし達には関係ないと思ってたけど、それをずっと小さい頃から突きつけられて、それでも歯を食いしばって。だからあたしはゆきのんの背中をさすりながら言ったんだ。

 

「ゆきのん、頑張ったね。偉かったね。もう大丈夫だからね。ずっとあたしが隣にいるよ。ヒッキーだって、はるのんさんだって、みんなみんなゆきのんの味方だからね」

 

 あたしはこれまでずっと親や周りに合わせてきた。それが我慢だし努力だって思ってた。でも、そんなの全然違ってた。それはきっと「自己満足」てやつだったんだと思う。はるのんさんの話を聞きながら、ゆきのんの涙を拭きながら、そんなことを考えていた。

 

「・・・それで、ヒッキーはどこに・・・?」

「・・・」

「はるのんさん・・・?」

「・・・比企谷くんは、財団第三営業部。つまり、隼人たちをさらったやつらの所に行っているわ」

「・・・え?」

 

 一瞬何を言われたか分からなかった。

 

 なんで?なんでヒッキーがそんな危ないことしてるの?確かにゆきのんは仲間だし、お姉さんとも仲良しかもしれないけど。確かにヒッキーは強いし、頭もいいし、か、かっこいい・・・し、間違いをちゃんと間違いだって言える勇気のある人だけど。でも、危なすぎない?

 

 それを言おうとした時だった。

 部室にざいもくさんと平塚先生が飛び込んできた。

 

 

 

SideB

 

 陽乃が由比ヶ浜と話している頃、総武高校の裏門には、10数人の覆面をした人間が集まっていた。一人は通信機を目の前に置き、しゃがんで周波数を合わせている。やがて耳に当てたヘッドホンを外すと、リーダーらしき男に向かって言った。

 

「報告します。現在雪ノ下陽乃、雪乃、並びに由比ヶ浜結衣が部室内にいる模様。周辺に材木座義輝、教師の平塚静がおりますが、目立った動きはありません」

「・・・頃合いか。全員聞け。これより総武高校奉仕部部室を襲撃、中の人間を確保する。そのうち雪ノ下雪乃はレベル1プラスである。身体能力は通常のレベル1より一回り上だが、レベル2には劣る。雪ノ下陽乃は無改造だが、高レベルの武道技術を持っている。いずれにせよ強襲の混乱に乗じて逃走ルートを狭め、渡り廊下に誘導しろ。俺は渡り廊下で待ち受ける。材木座と平塚の動向はチェックしておけ。奴らも無改造だが、戦闘能力は雪ノ下姉妹と変わらん」

「了解」

「確保次第第三に戻る。それからの事はおって指示する。なにか質問は」

「逃げられた場合はいかがしますか」

「追い込んで消せ」

「了解」

「他には。・・・ないな。では、」

「ほ、報告します!材木座、平塚両名が監視カメラにきづいた模様、死角が増えています!」

「急げ。合流されると厄介だ。・・・状況開始」

 

 合図を受け、覆面達 ―財団第三営業部実働部隊― は音もなく行動を開始した。

 

 

 

SideC

 

「無事か!」

 

 部屋に入ってくるなり、平塚が叫ぶ。後ろでは材木座が息を切らしている。

 

「静ちゃん・・・どうしたの?」

「校内に不審者が多数侵入した。材木座の分析では、真っ直ぐにこっちに向かってきているらしい」

「・・・え」

「本当だ。陽乃嬢、そこの女生徒2人を守り、この部屋にいてくれ。・・・平塚教諭」

「うむ、私と材木座は侵入者を食い止める。その間になんとかしてここから脱出してくれ」

「なんとかしてって・・・わたしと雪乃ちゃんはともかく、ガハマちゃんは一般の生徒だよ?そんなに簡単に「来た」・・・!」

 

 平塚はいつも着用している白衣の内ポケットから金属リベットが鈍く光るグローブを取り出し、軽く腰を落とした。材木座は平塚に並ぶと、泰然自若と腕組みをし、仁王立ちになった。

 この部屋に至る通常ルートは2つ。奉仕部は直角に曲がった校舎の角にあり、正面の廊下、または教室を背に右側の廊下を真っ直ぐ、最低でも10メートルは進むことになる。

 

「材木座、正面頼む」

「平塚教諭、右側恐らくは3人。この狭さ故銃器類の心配はありますまい」

「何故分かる」

「先程監視カメラの映像をハックしました。この校舎に入る直前、3つにグループが分かれています。右、正面、残りは渡り廊下で待機。つまり、逃げられるとすれば」

「窓か」

「ご明察」

「一般人がいることを考えると・・・」

「逃げ場なし、ですな」

「そうか」

 

 平塚は軽く目をつぶる。この修羅場、いくら隣りにいる男が巨漢で並ではない頭脳を持っているとして、教え子を前線に晒したくはない。だが、正直な所、自分に余裕があるわけでもない。すまん、と心の中で頭を下げながら、平塚は材木座を見た。

 

「・・・!」

 

 一瞬、誰かと入れ替わったのかと思った。今隣で仁王立ちしているこの男。見た目こそ平塚の知る天才、材木座義輝ではあるが、目つきが違う。表情が違う。

 

「なるほど」

 

 あの陽乃が惚れるわけだ。

 こいつは、自分の命の賭けどころを解っている。この材木座といい比企谷といい、高校生の年齢でこうまで肝の座っている男はそういまい。

 

「正面、5」

「場所を変わろう」

「いえ、このままで。そちらの武器はその拳でしょう。4人以上を同時に捌くのは難しい」

「・・・確かに。では材木座、君の武器はなにかね?」

「我の武器ですか。それはこの身体に装着してあるナノスキンアーマー、そして・・ッ」

 

 ふいに材木座の姿勢が低くなる。足を大きく拡げ、直角まで膝を曲げる。そのまま前傾姿勢をとり、溜めを作ると

 

「ふんんっっっ!!」

 

 階段を上りきり、現れた5人の赤く光る赤外線センサーを確認したところで、材木座は消えた。

 

「おっぐうう!」

「ごはぁっ」

 

 反対側の壁までそのまま押し切り、更に予め空けておいた窓から侵入者をまとめて叩き落とした。

 

「我の武器は、相撲ですよ教諭」

 

 材木座が5人を料理している頃、平塚にも侵入者の手が迫っていた。

 

「相撲とはやるなぁ、材木座。・・・さて」

 

 右脚を引き、右腕に力を溜め込む。侵入者の一人が青い火花の散る棒を持ち、低い体勢で走ってくる。裏拳の要領で横薙ぎに棒で殴ってくるが、振り切る前に平塚が出した左前蹴りが軌道を逸らす。

 

「衝撃のぉ!」

 

 間髪入れず、平塚は動いた。引いた右半身の力を一気に放ち、直突きの形で拳を突き出した。

 

「ファーストブリットぉぉぉ!!」

 

 一気に前に出した右脚からどん、と大きな音が響き渡る。中国八極拳において「震脚」と呼ばれる足運びである。

 食らった侵入者は「お゛っ」と息の詰まった音を口から出し、その場で崩れ落ちた。

 残る二人は倒れた仲間の上を踏みつけ、迫ってくる。手にはさっきと同じ棒を持っていた。

 

「品がないな貴様ら」

 

 倒れた侵入者の持っていた棒を拾い上げ、徐に二人の真ん中に投げる。慌てて両側に避けた所を、平塚は素早く走り抜け、振り返る。

 足元のおぼつかない侵入者達に向かって跳躍し、両手でそれぞれ侵入者たちの後頭部を掴み、そのまま倒し込む。例の棒を拾いそれぞれの首筋に押し当てると、侵入者達は大きく痙攣した後動かなくなった。

 

 

 

SideD(陽乃視点)

 

 廊下が静かになった。戦闘が終わったのだろう。今なら逃走ルートも確保出来るかもしれない。

 そう思い、震えながらも雪乃ちゃんの手を握って離さないガハマちゃんに声をかけようとした、その時だった。

 

「・・・何、この音、どこから・・・」

 

 どこからか、低いモーターの音がしている。決して大きくはないが、出力自体が強大なのだろう、床が微振動を起こしている。校舎の床が微振動を起こす?・・・てことは発信源は、中!?

 私は慌てて二人を強引に引っ張り、教室から廊下に出た。

 

「お、おい陽乃、いきなり出てきたら危ないだろう!」

「違う!音!」

「陽乃、こっちだ!」

 

 義輝の声が1秒遅かったら、私たちは全員ミンチになっていただろう。

 音の主は、奉仕部部室の真下から、床を突き抜けて現れた。

 

「イ・ショニ・キテモ・ラオウカ」

 

 ひと目で分かる。改造兵士レベル2。しかも後期型。作戦に合わせたアタッチメントを使い遂行出来る、汎用性の高いタイプ。3メートル近い身体に、左腕には掘削用ドリルが装備されている。

 こいつもかなり重度に改造されているのだろう、言語能力はカタコトもいいところだが、意味のある言葉を発するところを見ると、思考力はあるらしい。

 

「ね、姉さん・・・」

「雪乃ちゃん・・・。大丈夫、安心して。二人はちゃんと守るから」

「だめ、よ・・・おねえちゃんもいっしょ・・・にげ・・・」

 

 あまりのショックに意識が混濁しているのだろう、一時的に幼児化を起こした雪乃は、言いながらもまた意識を手放そうとしていた。

 

「義輝、二人をお願い」

「いかん、陽乃嬢!」

「お願いよ。今回こそは雪乃ちゃんを守らせて。時間稼ぎくらいはするわ」

「ふざけるな!それは私の役目だ、陽乃!」

「静ちゃんも、お願いね。比企谷くんたちのこともあるし、あとのことは・・・?」

 

 そこまで言った時、私の耳には確かに聞こえた。どこからだろう。

 

 それは少し甲高い、怪鳥のような・・・音?声?

 

 レベル2も音を聞いたのか、後ろ、つまり部室の方を振り返る。

 同時に激しくガラスの割れる音と共に、一人の男が飛び込んできた。

 

 

 

SideE

 

「新手!?」

「いや」

 

 材木座は陽乃の疑問を否定した。

 

「敵ではないが・・・なぜここにいる・・・?」

 

 飛び込んできた男は、かなり異様な風体であった。

 黒い革のベストと同じく黒いハーフパンツ。全体に赤いストライプが波のようにうねっている。

 脚は膝までを布で巻き上げ、左腕には大きな腕輪をつけていた。

 そしてなにより異様に見えるのは、腰に巻いた巨大なバックルのベルトであった。

 

「ココ、ユキノ、イルカ?」

 

 男が声を発した。外国人が覚えたての日本語を話しているような感じ。これに陽乃が反応した。

 

「大介、くん・・・」

「大介?・・・というと、あの資料にあった男か!」

「うん。・・・類まれなる身体能力を買われて連れてこられた孤児。そして検査の結果」

「既に改造されていたというものだな」

「改造じゃないわ」

「?」

「彼には現代の改造技術が使われていない。信じがたいことだけど、呪術によって、身体の変身を可能にした、いわば天然種よ」

「ユキノ、イナイカ?」

「大介くん、久しぶりね。・・・雪乃ちゃんならここよ」

 

 大介と陽乃に呼ばれた男は、彼女の指す方向に目を向けた。途端にその目には憤怒の炎が燃え上がっていた。

 

「オマエラ、ユキノ、ナニヲ、シタ?」

「・・・なぜ彼はあんなに雪ノ下に執着しているのだ」

「大介くんはね、研究所にいた頃、雪乃ちゃんに会っているのよ。・・・そして、雪乃ちゃんは彼の変身を見てしまった」

「なんだと・・・」

「今なぜ彼がここにいるのかは後よ。でも、彼は少なくとも敵じゃない」

 

 大介がレベル2を通り越し、雪乃に近づこうとする。それを見たレベル2は、左腕のドリルを回転させ、道を塞いだ。

 

「ジャ・マヲ・ス・ルナ。キサ・マカラ・カタ・ヅ・ケルゾ」

「・・・」

 

 大介は立ち止まると、顔を伏せた。身体が軽く震えている。

 

「フル・エテイ・ル。コワ・クナ・タカ」

「・・キノ・・・オレ・・・マモ・・・」

「ン・ン?」

 

 大介が顔を上げた。その瞳には、先程の怒りの炎がさらに大きく燃え上がっていた。

 

「ユキノ、トモダチ。オレ、トモダチ、マモル」

 

 大介の左上腕部に巻き付いている腕輪に、眼のようにはめ込まれている宝石が紅く光った。腕輪が輝きを増す中、大介の両腕がゆっくりと、大きく拡げられた。

 

「アーーーーー・・・」

 

 力を込めて何かを抱え込むように腕を畳み、交差させる。

 

「マーーーーー・・・」

 

 身体の中に膨れ上がる力。やがてそれは光を放ち、爆発する。ダイスケの両腕が、引き剥がされるように大きく左右に弾けた。

 

「ゾォォォォォオオオオーーーーーーンンンン!!!」

 

 白から黄色、そして緑に光が輝く。四肢からは鋭利なヒレのような突起が生え、口が大きく裂け、紅く光る眼がその形を大きく変える。皮膚は深い緑を紅い蔦が這い回るような、毒々しいとも言える色合いになっていた。

 

「アマ・・・ゾン・・・」

「トモ・・・ダチ・・・マ・・・モル・・・」

 

 怪鳥のような甲高い叫びと共に、陽乃にアマゾンと呼ばれた大介は、レベル2に突っ込んでいった。



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謝罪と残りの物語。

諸事情により、以降の活動が難しくなりました。

これを持って一旦終了いたします。

オリジナルはぽろぽろ書くと思いますが、ここでアップするかは未定です。

打ち切りみたいな形になりますが、今後のあらすじをラストまで投稿しようと思います。
細かい部分、雑な部分もあるかと思いますが、なにぶん物語にする前の走り書きのようなものなので、ご容赦を。矛盾点もありますが、それもご容赦を。

最後に、これまで読んでいただいた方々、本当にありがとうございました。


▼ アマゾンと雪乃

 レベル2を翻弄し、窓際に追い込んで床を破壊、その勢いで校庭にまで叩き落とし、後を追うように「大切断」でとどめを刺したアマゾン。彼が雪乃達のところに戻ると、彼女は未だ怯え震えていた。アマゾンが「怖い」と呟く雪乃。だが同時に謝罪の言葉も告げていた。アマゾンは少し哀しそうな顔をしながらも雪乃の目線に合わせしゃがみ込み「ユキノ、アマゾン、トモダチ。アマゾン、コワクナイ。ダイジョウブ。ダカラ、ナカナイデ」と言い残し、そのままどこへかに去っていった。

 

▼ 第三営業部

 潜入に成功した八幡と彩加。八幡は、始めてきたはずの場所にも関わらず、迷うことなく道を進めていることに違和感を感じていた。「それは昆虫ゲノムのせいだよ」とこともなげに彩加に言われ、自分が「人間ではない」ことを改めて痛感させられる。

 やがて三浦、海老名が捕らわれている部屋を見つけ、彼女たちを救出する。彩加は2人を連れて外へ。八幡はそのまま、奥にある「治療室」と書かれた部屋に入る。そこには見知った顔が2人、手術台に横たわっていた。八幡は今まさに手術が行われようとしている方、戸部の周りにいる医師達を一掃、ギリギリで戸部の救出に成功する。その騒ぎに目を覚ましたもう片方、葉山隼人は、体内変身しかかっている自身の肉体に恐怖する。八幡はそんな葉山に「嘆くなら後で嘆けばいい。おれはバカにしたりなんかしない。けど今は、今だけはその力を使って、戸部を連れて逃げろ。外で三浦達も待ってる。まずは脱出しないと何もわからないまま死ぬぞ」と喝を入れ、脱出を手引する。お前はどうするのかとの問に八幡は言った。

「この施設を潰す。これ以上『俺達みたいな化け物』を増やすわけにはいかねえんだ」

 

▼ 第三営業部の壊滅 1

 遅れて到着した雪ノ下技研の職員達と沙希は、三浦と海老名を保護していた。怯えきった三浦は言葉を発することが出来ず、海老名も相当に焦燥していた。やがて葉山と戸部が脱出すると、三浦は赤ん坊のように葉山に縋り、泣きじゃくった。戸部は自分のことも顧みず海老名を気遣い、それを見ていた沙希からは「あんたもちゃんとした男なんだね」と賞賛される。

 葉山達が脱出に成功してしばらく経ち、第三営業部の中心から爆発音が聞こえた。施設の中心部に設置された通称治療室(=改造兵士実験プラント)が崩壊する音だった。施設から飛び出してくる八幡は既に変身しており、それを追う兵士はレベル4プロトと呼ばれる、新世代の改造兵士の実験体だった。それを話す彩加に葉山は「俺もレベル4の処置をすると言われた」と告白。「八幡はレベル3相当なのに、新型と向かい合って僕達を逃がそうとしてる。僕も行くよ。葉山くん、君はどうするのかな」問われた葉山は、三浦達を守るため、変身を遂げるのであった。

 

▼ 第三営業部の壊滅 2

 八幡は苦戦を強いられていた。相手はレベル4プロト。試作型とはいえ、レベル4の威力はこれまでの敵とは段違いである。なんとか立ち回れてはいたが、施設内でのレベル3数体との戦いでナノ装甲は枯渇、再変身する間もなくプロトが現れ、そのまま戦闘に入っていたのだ。プロトから受けたダメージは与えたダメージを大幅に上回っていた。

 やがて彩加が参戦、コンビネーションを駆使してプロトを追い込むが、そこに更にもう一体が現れる。それはレベル3の改修型で、三浦達と会話をかわした、あの職員であった。

 再び攻め込まれる八幡達だったが、そこに葉山が現れる。改造モチーフはオニヤンマ。ナノドライバーはないが全身装甲に覆われ、ヒーロー然とした姿であった。全身はやや暗めの緑にオレンジのアクセントが光り、人語を話せる。「正義の味方」の姿であった。

 元々身体能力に長けた葉山は、レベル3改を相手取り、最初は苦戦したものの、最後にはハイジャンプからの「ライダーキック」でとどめを刺した。一方八幡達もなんとかレベル4を破り、第三営業部は壊滅したのであった。

 

▼ 仮面ライダーエイト・サイカ・ハヤト誕生

 その後総武高校に戻った彼らを待っていたのは、ボロボロになった奉仕部室と、残された面々であった。それぞれが経緯を話した後、材木座が興奮して言った言葉は「これは・・・ライダーチームではないか!仮面ライダーエイト、サイカ、ハヤトであるな!」であった。「ふざけんな馬鹿野郎、俺を勝手に正義の味方みたいに言うんじゃねえ」「そうだよ、僕は八幡を手伝っただけ、正義とかわからないし」「まあまあ、どうせこのままじゃ週明けには色々事件が発覚するんだし、謎の正義の味方ってことでいいじゃないか」「名前でバレんだろっつーの・・・」

 一方、総武高校での出来事を聞いた八幡は、アマゾンの登場に驚きを隠せなかった。「アマゾンて、大介さんか!」アマゾンこと大介は、八幡の父とは年の離れた友人として、アミーゴの常連であったという。彼と雪乃との接点を聞き、腑に落ちた様子の八幡。「大介さんの言ってた、女の子のトモダチてのは雪ノ下のことだったのか・・・」

 

▼ 第三営業部のその後と財団の暗躍

 週が明け、総武高校校舎の3割程が工事中になっていた。名目としては「古くなった校舎の改修工事」であったが、すでに仮面ライダーの噂は生徒たちの間で広まっていた。なんとなく居心地の悪い八幡達。だが、彼らの関係も少しずつ変わりつつあった。葉山達のグループが、ちょいちょい八幡や沙希、彩加と会話をするようになっていたのだ。初めは困惑していた生徒たちだったが、元々由比ヶ浜が間を取り持っているような状態だったので、半月もすれば日常の風景として認知されていた。

 その頃、壊滅に追いやられた第三営業部は完全解体され、財団は真っ二つに分かれていた。彩加の所属する第一営業部を筆頭とする「穏健派」、そして第二、第四営業部などが属する「武闘派」である。穏健派は雪ノ下技研と水面下で接触を図り、武闘派はその色をより濃くしていた。

 

▼ 新生奉仕部と新生財団

 夏休みに入る前、期末試験を終えた八幡達は、破壊された教室と共に活動を休止していた奉仕部を再び立ち上げる。そこには雪乃、由比ヶ浜、八幡、そして沙希、彩加、材木座の姿があった。

 新生奉仕部。表向きの活動は従来と変わらないが、その裏では雪ノ下技研と連携をとり、第三営業部の残党や財団武闘派の動向を見張るための連絡組織である。平塚が元財団職員だったことが発覚し、陽乃が提案したものだった。

 葉山と戸部はサッカー部に残り、三浦・海老名もそのままではあったが、放課後は雪ノ下技研に顔を出し、改造兵士計画についてのレクチャーを受けている。中でも戸部は意外な才能を発揮し、一般人でも使用できる「ナノドライバーVer.T」を材木座と共に開発していた。

 

▼ 夏休み合宿と彼らの家族達

 夏休みに入ると、「部の合宿」と称して、全国に散る穏健派を取りまとめる会議が行われることになった。あくまでも合宿という名目上、場所は「千葉村」のログハウスとなった。

 合宿前、いつものアミーゴで団欒する八幡達。そこには葉山達の姿もあった。テニス部の件についても三浦から謝罪があり、わだかまりのなくなった彼らは、友人とはいかないまでも、ある程度の仲間意識を持ち、時には一緒に行動することなどもあった。葉山と雪乃の間には未だ越えられない壁があり、それが元でたまにぎくしゃくすることもあったが、由比ヶ浜というクッションのおかげで大事にはならずにすんでいた。

 ある日、沙希に連絡が入った。弟の大志からで、妹の京華を保育園に迎えに行って欲しいという。バイト中だった沙希は一瞬悩むが、その間店を見ているという陽乃、雪乃の提案を受け、出かけていった。その間に家族の話を聞かれた八幡は、最初は渋っていたが、ぽつぽつと話し始めた。父親は財団に殺され、母親と妹の小町は追撃を逃れるために離れた場所に住んでいること。一度だけ体内変身を小町に見られ、それ以来怖がってしまい記憶が混乱して、八幡のことを兄だと認識出来ずにいること。母親はそんな小町を見て、八幡と一緒にいるのは良くないと感じ、八幡を父親の友人であるおやっさんに預けたこと。八幡はそれを無理もないことだと受け入れ、沙希や彩加、材木座や陽乃と出会うまでは友人が一人もいなかったこと。八幡にとっての「友人」は、「家族」と同義であること。そんな話を聞いていた雪乃は「私も友人になれるかしら」と呟く。

 

 やがて8月に入り、合宿が始まった。全国から数十人に及ぶ代表者と共に会議に臨み、そこで財団武闘派がとある行動に出ようとしていることを知る。それは、肉体的な強さを持ち、精神的な弱さを持つ十代の若者を使い、レベル4を量産するというものだった。期せずしてその成功例となった葉山は激昂するが、それをなだめたのは八幡だった。

 会議が終わり、翌日の帰宅のためにそれぞれ解散する穏健派。だがそこに武闘派の魔の手が迫っていた。平塚の元同僚である鶴見の娘、留美が武闘派の改造兵士「コウモリ」に攫われたのだ。必死に捜索する葉山や奉仕部だったが、隠密行動の得意なコウモリを探し当てるには至らない。だが、八幡は第三営業部で発揮した「索敵能力」を使い、遂にコウモリを追い詰める。留美を同行していた沙希に任せ、激しい戦闘を繰り広げる八幡。勝負が決まったのは、留美の持つカメラのフラッシュだった。

 

▼ 二学期の始まりと沙希

 沙希は悩んでいた。夏休み中ほとんど毎日顔を合わせていたが、八幡とは特に進展もなく、周りには女子がどんどん増える。八幡自体が特に気にしていないのが救いではあったが、沙希はこのまま友人関係でいることに不安を覚えていた。

 二学期が始まり、文化祭で沸き立つ総武高校・・・と思いきや、いつもと雰囲気が違う。生徒たちの目つきがおかしいと感じた沙希は、放課後、奉仕部に行く前に立ち寄った図書室を最後に姿を消した。心配し必死に探す八幡達。そこに沙希が武闘派に攫われたと陽乃から連絡が入る。そして総武高校生の3割近くが、武闘派によって洗脳されはじめているということも。

 総武高校は進学校である。予備校に通う者も多く、夏期講習は地元にある予備校に行く生徒がほとんどだった。その予備校を利用し、夏休みの間に武闘派が洗脳を開始していたのだ。さらにその身体能力に目をつけられた沙希を攫い、レベル4初の女性改造兵士として、交配実験に使おうとしていた。

 

▼ 川崎沙希と比企谷八幡

 沙希が武闘派に攫われた事を知り、八幡はかつてないほどの憤りを感じていた。「・・・武闘派のトップは誰ですか」「比企谷くんおちついて」「誰だって聞いてんです」「・・・私達の父よ」「雪乃ちゃん!」「嘘をついても始まらないわ。姉さんと調べていたのだけれど、今の財団のトップは私達の母、雪ノ下弥生。そして、武闘派のトップは父、雪ノ下春樹よ。・・・比企谷君、あなたに依頼をしたいのだけれど」「・・・依頼?」「雪乃ちゃん・・・」「父を、雪ノ下春樹を・・・倒して」

 雪ノ下陽乃、そして雪乃の母親は後妻であり、本当の母親は彼女たちが幼い頃に亡くなったという。原因は事故死とのことだが、調べた結果、後妻の弥生が手引し、春樹が唆されて実行したということだった。余りの事実に絶句する奉仕部員達。そしてその件を隠蔽したのが葉山の父であった。葉山とはその前にも確執はあり、嫌っていた事実はあったが、その葉山本人もその事件のことは知らないはずだという。自分達がこんなに苦しんでいるのに自分は何も知らずのうのうと・・・と、半ば逆恨みのような感情を葉山に抱いていたのだった。

「雪ノ下。陽乃さん。一つだけ確認したい」「何かしら」「あんた方の両親、潰していいんだな」「比企谷くん・・・うん、お姉さんも覚悟決めないとね」「彩加、葉山に連絡しろ。・・・来るな、ここを守れ、とな」「八幡・・・」「許せそうにねぇぞ、財団・・・」その時陽乃と材木座は、ある違和感を感じていた。「八幡、あれほど激昂しておるのに体内変身の予兆すらないぞ・・・」「うん・・・ね、この部屋少し暑くない?」

 

 財団第三営業部跡地。

 沙希はここに捕らわれ、手足を拘束されている。目隠しをされ、耳に装着されたヘッドホンからは大音量の音楽が流れており、時間の感覚も奪われ、天地も分からない状態にされていた。拘束具の上からは誰かが複数で自分の身体に触っている。その手つきはいやらしく、沙希は暴れようとするが、身じろぎ一つ出来なかった。図書室で何者かに薬をかがされ、気を失ったまま連れてこられ、今自分がどこにいるのかもわからない。耳障りな音楽のせいで思考もうまく働かない。彼女の意識はやがて「あたしはただのお荷物、八幡に迷惑しかかけてない」「財団に攫われたのはわかってる。このまま殺してくれるなら、それが一番迷惑にならないんじゃ・・・」このまま舌を噛めば死ねるかもしれない、沙希が考えた時、急に身体を触られている感触が消えた。

 

 八幡の身につけた能力「索敵」は、劇的な進化を遂げていた。沙希の匂いの記憶。それだけで、沙希が攫われた場所を突き止めた。「躊躇なく第三営業部跡に突入する八幡。レベル3、2の混成部隊が次々に襲いかかるが、八幡は体内変身すらしていないにも関わらず、まるで歯が立たない。かつて材木座が立てた仮説「先天的に改造兵士の身体を持つものは、その感情の強さと戦闘能力が比例する」ことを身をもって証明していた。

 やがて沙希の捕らわれている部屋、かつて三浦達が拘束されていた部屋にたどり着いた八幡は、その光景を見た。複数の人間が磔になった沙希に取り付き、身体を撫で回している。衣服はほとんど乱れてはいないが、その腕を、胸を、腹を、脚を、太腿を触られ屈辱に震える沙希の姿に、八幡の怒りは頂点に達していた。

「貴様が比企谷八幡、いやレベル4特異体か」

「・・・きに・・・した・・・」

「あぁ?聞こえんぞ。あぁ、この女が気になるのか。大事な実験材料だ、譲るわけにはいかん」

「そうそう、この女、いい身体してやがる。交配実験にはもってこいd・・・!?」

 下卑た発言をする研究者風の男に拾った瓦礫を投げつけ吹き飛ばす八幡。その全身は、青い炎のようなものに包まれていた。感情のタガの外れた八幡は、ナノマシンを霧散させる程の熱を発していた。

「てめえら!沙希に!なにしてやがんだ!!!」

 

 

 

 

▼ この後の展開(ざっくり)

八幡覚醒。ベルトのデザインは以前作ったロゴのように、ななめになった8の字だったが、覚醒した八幡が変身すると真横になり、∞の形になる。全体的に色が強く、明るくなる。

八幡無双。残存兵数十体を瞬殺。沙希を助ける。助かった沙希は八幡からナノドライバーTを受け取り、変身。研究員を全員捕縛する。

 

〜なんかこういちゃいちゃ的な会話〜

「・・・またさ、沙希って呼んでよ、ね」的な。

 

沙希を助けた後、全員アミーゴに。報告会。

そこで「みんなを守りたい」葉山と、「守れるのは友人くらいしかいない」の八幡が対立。メンバー間に亀裂。

 

洗脳されていた生徒達は穏健派により更生。その際、彩加の洗脳も解けていたことが判明。でも性格はそのまま。

 

遅まきながら文化祭の準備に追われる総武高校。八幡は実行委員にならず。男子はモブ。相模は実行委員になるが、委員長は雪乃。相模は副委員長になるも、不貞腐れてサボリ気味。→武闘派にいじられてスパイ化。

 

生徒たちをそそのかし、徐々にサボらせていく相模。それに気づくも相手にしている時間のない雪乃。やがて委員会に人がいなくなり、奉仕部が手伝いつつ葉山たちが委員を仕事に戻すために行動。スローガン問題の際、突如モブが改造兵士に変身、暴れるも葉山と八幡に抑えられる。

 一躍ヒーローになる葉山と八幡。その葉山の説得でようやく仕事が回り始める。

 

文化祭当日。

おやっさんや沙希の家族も来訪し、楽しく賑やかな感じに。そんな中、相模が資料を持ち出し、閉会式が困難に。探す八幡が沙希から情報をもらい「愛してるぜ沙希!」八幡が屋上で相模を見つけると、わめきちらす相模が書類を投げつけ、変身する(レベル4量産型)。戦闘に入る八幡。戦闘中に葉山登場。「お前は書類もってけ!何もするな!」「なぜだ!俺だって」「こいつは相模だ!」「なっ・・・!」「みんなを守るんだろ!だったらお前はここで戦うな!こいつは俺がやる!」さらっと倒される相模。書類はギリギリ間に合い、文化祭が終わる。

 

 後夜祭が始まった。参加した生徒達が沸き立ち、校庭ではダンスパーティが始まろうとしていた。が、突然人だかりの中に輪ができ、広がる。中心には八幡と葉山が立っていた。

「どうしてきみは!そんなやり方しか出来ないんだ!」

「俺が俺だからだ。正義の味方は1人でいい」

「2人で守ればいい!」

「無理だ。なぜなら俺は」

 

「こいつらを守る気なんてないんだから」

 

両者変身。覚醒した八幡の力は、葉山のそれと拮抗、もしくは若干上回る。激しく殴り合う2人。周りからは生徒達の悲鳴。それを逃しながら、心配そうに二人を見つめる面々。

 

長きに渡る激しい戦闘の中、八幡は内心ほっとしていた。

(そうだ、それでいい。みんなを守るのは、守れるのはお前だよ葉山。俺みたいな生まれついての、妹にすら恐れられる化物じゃない、身体は改造されても、心は人間のままのお前だ)

 

「比企谷あああああっ!!」

「葉山ああああああ!!」

 

ハヤトが飛び、エイトが構える。二人の必殺の蹴りがぶつかり、轟音が鳴り響いた。

 

「比企谷・・・」

「それでいい。俺は負けることについちゃ、誰にも譲らねえよ」

「くっ・・・」

「じゃあ、まかしたわ」

「・・・ああ。任されたよ」

 

おわり。

 

後日談

・八幡は回復した後、高校を退学、姿を消す。たまにアミーゴでコーヒーを飲んでいる。

 財団トップの首を狙っている。

 

・葉山は仮面ライダーとして活動。財団武闘派との戦いを繰り広げる。

 

・沙希は高校に残り、時折葉山を助ける。女仮面ライダーと影では言われている。

 たまにアミーゴで八幡にコーヒーを淹れたりイチャイチャしたりしている。

 

・彩加は姿を消し、八幡と共に行動する。

 

・陽乃、材木座は、材木座が18になった日に入籍。雪ノ下義輝になる。

 八幡とはつながりがあるが、内緒にしている。

 

・雪乃は高校卒業後アマゾンと再会、「トモダチ」として日本語を教えたりしている。

 

・由比ヶ浜、三浦、海老名、戸部は葉山のサポートをしている。

 

・戸部は修学旅行時に海老名に告白、保留されるが、後に付き合うことに。

 

・大和、大岡は知らない。

 

・平塚は鶴見に男を紹介されるもドン引きされたりなぜか謝られたりして、未だ独身。

 

・留美は偶然小町と出会い、仲良くなり

 「大好きだったお兄ちゃんにまた会えるようになるために」トラウマの克服を手伝っている。

 

・アマゾンは雪乃を見守っている。

 

・おやっさんはいつでもおやっさんである。




あらすじを全部書いてから物語にしていくタイプなので、これは連載開始前に書いたあらすじです。それをベースに随時変更していった結果、こんな形になっています。

正直これを晒すのはどうかと思ったのですが、自分で拡げた物語を突貫ででも畳みたくなり、この様な形で掲載させていただきました。不快に思った方がいらっしゃったら申し訳ありません。

ではまた、いつかどこかで。


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