捻くれた少年と真っ直ぐな少女 (ローリング・ビートル)
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プロローグ

 新年祝いです(笑)!

 それでは今回もよろしくお願いします!


「八幡よ、貴様はしばらくこの街を彷徨うがいい!」

 

 冒頭からお前かよ……。いや、別にいいんだけどさ。

 俺はアニメの限定グッズを買うために行列に並ぶ材木座に背を向け、適当にぶらぶら歩く事にする。

 五月半ばにもなると、春の心地よい陽気の中に、微かな夏の匂いのようなものを感じる。ここ最近は特にその傾向が強くなってきている気がする。そう考えると、一人で過ごせるぼっちは風通しが良く、最も快適なのではないだろうか。後で材木座に教えてやろう。そして今後はなるべく関わらないようにしよう。暑苦しいし。

 何故材木座についてわざわざ秋葉原まで来たかというと、確固たる理由がある。それは……

 

「やっぱり人が多いね!」

 

 そう、実は戸塚も誘われていたのだ。じゃなきゃ休日に外に出たりはしない。え?さっきのぼっちのくだりはどうしたって?何事にも例外はある。戸塚は初めて来る秋葉原に目を輝かせていた。

 

「八幡はこの辺りは詳しいの?」

「いや、俺も初めてだからよくわからん。まあ、せっかくだから色々行ってみようぜ」

「うん、そうだね!」

 

 うわあ、何この可愛い笑顔。もしかしたら俺は戸塚ルートに入ってしまったのかもしれない。たまにキミキスしちゃったり、アマガミされちゃったりするようなセイレンな恋愛が始まるのだろうか。皆、この素晴らしい世界に祝福を!

 浮ついた気分のまま歩いていると、戸塚にちょいちょいと袖をつままれる。どうやらイベント発生のようだ。ここで選択肢を間違えてはいけない。たまにあるんだよ。ルートに入って安心していたら、一発でバッドエンドに突入する選択肢が。

 

「八幡。今調べたんだけど、この辺りにパワースポットとして有名な神社があるから行ってみない?」

 

 ここは『行く』を選択しておこう。

 

「あ、ああ」

 

 スピリチュアルな緊張感と期待感をひしひしと感じながら曲がり角を曲がると、何かが思いきりぶつかってきた。

 

「っ!」

「きゃっ!」

 

 背中を強かに打ちつけ、声が出そうになるが、上から何かが顔面に被さり、今度は呼吸がし辛くなる。

 

「……っ……っ!」

「んぁっ!」

 

 甲高い声が響いた気がしたが、それどころではない。このままでは間違いなく窒息……する……。

 死んでたまるか、という思いで上に被さったものをどかそうと、両手でそいつを叩く。すると柔らかいような、固いような、複雑な感触がした。

 

「きゃあっ!」

 

 被さっていたものが急になくなり、やっと安全に呼吸ができる。目を開けたと同時に、白い何かが見えた気がした。

 

「二人共、大丈夫?」

「あ、ああ、何とか」

「こ、このケダモノ!」

 

 声のした方を見ると、この辺りの学校だろうか、制服に身を包んだ女子がいた。

 長い黒髪が印象的で……なんて感想よりも、今はその女子が胸を押さえ、顔を真っ赤にして俺を睨んでいるという事実の方が重要だ。

 

「私の……こ、股間に顔を埋めるだけではなく、む、む、胸まで触りましたね!」

 

 なるほど……さっきまで俺の呼吸を塞いでいたのは……まじか……!

 正直、何が起こったかもわかっていなかったのだが、事実に気づくと、途端に顔が熱くなった。初めての感触という特別な何かが、脳裏に焼き付いている。

 しかし、申し訳ない気持ちもあるにはあるが、俺にも言い分はある。

 

「ぶ、ぶつかってきたのはそっちだし……胸なんて触ってないんだが……」

「まだ言い逃れをする気なのですか?あの、貴方は見ましたか?」

 

 黒髪は戸塚に同意を求める。俺は固唾を呑んで、戸塚の発言を待った。

 

「えーと……あはは、触ってた……かな。でもわざとじゃないと思うよ」

 

 戸塚の証言にショックを受ける前に、俺の頭の中には疑問が沸き起こった。

 

「胸…………あれが」

 

 俺の思い描く胸の感触は、もっとこう……

 

「な、何をいやらしい顔をしてるんですか!ハレンチな!」

「い、いや、だから……」

「このケダモノ!ハレンチです!変態!」

 

 どうやらこいつは俺の話を聞く気がないらしい。

 そっちがその気なら、思う存分言い返してやろうじゃないか。どうせ旅の恥はかき捨てである。視界の端っこにいる戸塚はオロオロしながら、俺と黒髪を交互に見ていた。

 

「この貧乳ビッチ……」

「なっ……」

 

 何かがプツンと切れる音がした気がする。

 

「わ、私が……ビッチ……お、おまけに……今、貧乳って、貧乳って言いましたね……」

 

 黒髪がゆらりと近寄ってくる。あ、これヤバイやつだ。足が竦んで動けない。殺意の波動に目覚めちゃってるよ……。

 

「貴方なんて……」

 

 黒髪は俺の頭部を両側から挟み込むように掴む。逃れようにも、この女……力強ぇ。

 そのまま間近で見た顔は、こんな時に不謹慎だが間違いなく綺麗だった。涙目が俺をしっかりと睨みつけ、つい見とれてしまっていた。それと同時にこれから来る痛みに備え、体に自然と力が入る。

 そして、彼女は鋭く言い放った。

 

「大嫌いです!」

 

 そのまま俺の額に彼女の額がぶつかった瞬間、俺の意識はプッツリと途切れた。

 そして、意識の片隅には微かに甘い香りが残っていた。




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第1話

「…………っ」

 

 目が覚めると、そこには青空が広がっていた。

 雲が一つも見当たらず、鳥が見せつけるように滑らかに旋回して、視界の中を行ったり来たりしている。

 ぼんやりと眺めていると、何かを告げるように額がずきずきと痛んできた。

 

「ってて……」

 

 どうやら俺はどっかのベンチで寝かされていたようだ。

 

「やっと起きましたか」

 

 痛みに顔を顰めていると、上から声が降ってきた。

 首を傾けると、そこには黒髪の少女と天使が立っていた。あ、天使じゃなくて戸塚だ。そしてこの黒髪は確か……。

 そこで何があったかをはっきりと思い出し、のろのろと立ち上がる。

 

「はあ……」

「ひ、人の顔を見るなり溜息ですか!?失礼な!」

「いや、いきなり、人が気絶するような頭突きする暴力女の方が……」

「何ですか?今、暴力女とか聞こえてきましたが」

「あん?」

「潔く自分の罪を認めたらどうですか?言い訳は男らしくありませんよ」

「そっちこそ、いきなり頭突きとか……本当に女かよ。アマゾネスなんじゃねえの?」

「ほう……まだ懲りてないようですね。さっきのは威力を抑えていたのですが……」

「え、マジ?」

「ええ、1割の力です」

「お前はあと5段階変身を残してんのかよ」

「さあ、覚悟しなさい」

 

 鋭い双眸に射すくめられ、思わずビビりそうになったが、ここで引くわけにはいかない。戸塚の前で変態扱いされそうになっているのだ。

 

「ふ、二人共落ち着いて……」

 

 戸塚が猛獣を怖がる小動物のように震えながら、俺達の間に割って入ろうとする。

 

「……わかったよ」

「ふぅ……私も……少し熱くなりすぎたかもしれません」

 

 ひとまず深呼吸して落ち着く。熱くなりすぎて、このままでは俺のこの手が真っ赤に燃えて、勝利を掴めと轟き叫んで、爆熱しすぎてヒートエンドしてしまいそうだ。

 

「八幡、もう行こうよ。材木座君も用事済ませてると思うし」

「あ、ああ、そうだな」

「…………」

 

 黒髪はまだ何か言いたげな顔をしていたが、こんな平行線な言い争いを続けるより、ここはさっさと立ち去る方が良さそうだ。変態扱いは癪だが、旅の恥はかき捨てと思えばいい。あとこの女に力づくで来られたら、一生もののトラウマを植えつけられそうな気がする。

 

「……俺、もう行くけど、いいか?」

 

 くっ!こんな時まで律儀に確認をとってしまう俺……まあ、嫌いじゃない。いっそのことタイトルを『真っ直ぐな少年と猟奇的な少女』に変えてもよくない?

 

「え、ええ。さっさと消えてください。そして、二度と私の前に姿を見せないでください」

「……まあ、その……俺も悪かった」

「ふんっ」

 

 黒髪はぷいっと顔をそむけ、目を閉じる。

 それを見届けた俺は、振り返る事もせずにその場を立ち去った。

 ……二回目の頭突きが来なくてよかった。いや、マジで。

 

 *******

 

「ふう……まったく何なのですか、あのハレンチな男は。信じられません」

 

 そういえば男子と話すのは久しぶりでしたね。とは言っても、中学時代もそんなに話したことはありませんが。

 最近知ったのですが、穂乃果曰く、怖がられていたとか……私、何かしましたっけ?確かに穂乃果やことりに不埒な輩が近づこうとした時は、全力で対処していましたが……。

 いや、今はそんなことはどうでもいいのです!

 よりにもよって……だ、だ、男子に胸を触られてしまいました……女子ならいいというわけではありませんが。

 おまけにあんなところに顔を埋められ……私は汚されてしまいました!

 考えていると、沸々と怒りがこみ上げる。やっぱりもう一撃、きついのを入れておけば……一応、謝って行きましたけど。

 家に帰ろうと思い、一歩踏み出すと、足に違和感を感じる。何かを踏んだようです。

 

「おや……これは……」

 

 財布、ですか……もしかして、さっきのハレンチな彼が……。



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第2話

「八幡よ……その額はどうしたのだ?派手に転んだか?」

「あぁ……ちょっとな……」

「あはは……」

 

 俺の気怠い返事に戸塚は苦笑する。さっき起こった出来事をわざわざ話す気にはならない。加えて材木座のホクホク笑顔も少しイラつく。

 

「これからどうすんだ?もう帰るか?」

「真っ先に帰宅を提案する辺りが八幡らしいよね……」

「む、むう……さすがの我もドン引きだぞ」

 

 そんなに褒める事だろうか?なんて考えていると、向こうから物凄い勢いで風を切り、走ってくる何かが目に入った。あ、あれはもしや……

 

「は、八幡……あれって……」

「あ、ああ」

 

 戸塚も気づいたようだ。材木座は何の事かとキョロキョロしている。そうこうしている内に、その何かがはっきりわかるようになる。

 

「ハア……ハア……」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えながら走ってくるのは、さっきの黒髪頭突き女だ。てかマジで怖い。その長い髪が派手に跳ねて、なんかモンスターみたいだ。今さら怒りがぶり返したのだろうか。

 周りの人々も何事かと視線を向けてくる。

 俺は何故か逃げ出した。本能的な恐怖である。

 

「あ、ちょっと待ちなさい!」

 

 うおぉ!滅茶苦茶はえぇ!

 何か運動でもしているのだろうか、帰宅部の俺よりは明らかに速い。しかし、俺の中にほんの僅かに残る男の意地が発揮され、何とか距離を保っていた。

 

「な、何故、逃げるのですか!?」

「はあ……はあ……」

 

 こちらは口をきく余裕などない。

 ていうか本当に速い!怖い!女子に追いかけられるってこんな気分だったのか。思ってたのと違う。

 人とぶつからないルートを選びながら、久々の全力疾走。

 やがて人通りが少なくなってきたところで、足が限界に達する。

 それに合わせるように、向こうも速度を緩めた。

 

「はあ……はあ……」

「もう……一体何だと言うのですか!?」

「こっちの……セリフ……なんだが……」

 

 何で息上がってないんだよ。こっちが一生懸命走った分、余計に馬鹿みたいに思える。

 しばらくしてようやく呼吸が整う。黒髪は待ってくれていたようだ。

 

「……それで、どうしたんだ?また……頭突きとか」

「し、失礼な!違います!」

 

 黒髪はぷんすか怒りながらポケットから何かを取り出す。

 

「これ、落としましたよ」

 

 その手には見覚えのある財布が……俺の財布がある。

 

「……わざわざ届けてくれたのか」

「あなたのようなケダモノの財布とはいえ、そのままにしておくのもどうかと思いまして……」

「……悪い……ありがとう」

 

 頭突きをされ、気絶させられたとはいえ、赤の他人の為に、走って財布を届けてくれたのだから、ここは頭を下げておこう……ていうか俺はケダモノじゃないけど。

 数秒そうしてから頭を上げると、キョトンとした顔の黒髪がいた。

 

「意外と素直なんですね」

「……一応な」

「ふふっ。一応は余計ですけどね」

 

 そう言いながら、柔らかな微笑みを浮かべる。

 その笑顔は先程までの印象とは打って変わって、見る者を惹きつけるような気品に溢れた、優しい微笑みだった。

 もう会う事もないだろうが、悪印象のまま別れずにすんでよかった気がする。

 

「それでは失礼します」

「ああ、ありがとな」

「どういたしまして」

 

 黒髪がこちらに背を向けたその時、急に勢いのある風が吹いた。5月の爽やかな風だ。

 そしてその風は、黒髪のスカートをぶわぁっと捲り上げていった。そりゃもう、豪快に。

 

「きゃっ!」

「…………」

 

 さて、戸塚達のところに戻るか!ごっつぁんです!

 黒髪は向こうを向いたまま固まっている。

 

「……見ました?」

「いや、何も」

 

 白いものなんて見ていない!

 俺はゆっくり後退る。まだこっちを見ていない。逃げるなら今だ。

 しかし、黒髪は振り返って、にっこりと微笑んだ。

 

「見ましたよね♪」

「……マジか」

 

 この後、1時間に及ぶ地獄の追いかけっこが始まった。

 



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第3話

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 あの地獄の鬼ごっこから早一週間。俺は数学の中間試験の補習を受けに来ていた。正直だるいのだが、先週のイベントと違い、理不尽でもなければ命の危険もないので、気持ちはやけに落ち着いている。

 しかし、とんでもない暴力女だ。二次元ならともかく、現実であれでは嫁の貰い手がないんじゃなかろうか。いや、俺が心配する事でもないんだけど。

 まだ補習まで時間があるし、この前の答案なら暗記したので、いつものスポットで時間を潰す事にした。

 

 MAXコーヒーを飲みながら、風に吹かれ、グラウンドを眺める。今日はどうやらテニス部は休みらしい。何だよ、戸塚はいないのかよ。サッカー部は練習をしているようだが、そちらはスルーで。

「ラブアローシュート!」

 …………気のせいか。

 俺がいくらプリキュア好きとはいえ、あんな訳分からん必殺技みたいな空耳が聞こえるとか。

「ラブアローシュート!バァン♪」

「…………」

 ……うわぁ、痛い奴がいる。それも材木座レベル。

 本来なら無視しておくべきだ。

 しかし、今は好奇心が上回っている。

 別に中二病でも恋をしたくなるような美少女を期待しているわけではなく。

 ひとまず声のする方へ足を運ぶ。

「みんな~、ありがと~♪」

 人気のない校庭の片隅。

 そこにいたのは、道着姿で壁に向かって手を振る暴力黒髪女だった。

 驚きで後退り、足元に落ちていた枝を踏んでしまう。

 そのパキッという音に反応して黒髪がこっちを向いた。

「え?あ、あ、あなたは……!」

「お、おう……」

「見ましたね」

「な、何を?」

「見たんですね!」

 俺はこの時、思い出した言葉がある。

 好奇心は身を滅ぼす。

 黒髪は殺意の波動に目覚めたように、ジリジリと寄ってくる。捕まったら間違いなく瞬獄殺を喰らうだろう。

「そういえば、この前は逃げられましたね」

「いや、あれは俺のせいじゃ……」

「問答無用!」

 黒髪は俺の方を目がけて駆けだした、がしかし……石に躓き、バランスを崩した。

「あっ……」

「くっ!」

 何とか一歩踏み出し、受け止める。そこには意外な華奢さと、淡く漂う甘い香りがあった。

「あ、ありがとうございます……」

 予想外の近距離から声がかかり、心臓が跳ね上がるが、何とか落ち着いて答える。

「あ、ああ、そっちは大丈夫か?」

「ええ……!」

 黒髪が腕の中で震えている。案外怖かったのかもしれない。腕にかかる艶やかな髪と、右手にある柔らかい感触が…………柔らかい感触?

 そこではっとして、視線を下げる。

 俺の右手は黒髪の道着の襟元に突っ込まれ、間違いなく胸を触っていた。

 ……GAMEOVER。 

 




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第4話


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「何か言い残す事はありますか?」

 あ、俺死んだ。

 いや、待て。まだだ。ひとまずこの態勢を何とかしよう。頭がクラクラしておかしくなりそうだ。

「わ、悪い!」

 慌てて手を道着から抜き取る。

「っあっ……」

 黒髪が微かな吐息を漏らすが、今はそれどころではない。……今、何か触れた気がするが、全ては後回しだ。

 まずは対話を試みる。

「お、おう……久しぶりだな。げ、元気だったでしゅか」

 訳のわからない噛み方をしてしまった。

「ほう……この前逃げおおせたからといって、いい気になっているようですね」

 対話失敗。

「じゃあ、俺はこれで……」

「それで本当に逃げられるとでも?」

 逃亡失敗。

 なら別の話題に切り替えよう。

「そういやさっきのラブアローシュートって何だったんだ?」

 ラブアローシュートという単語を聞いた瞬間、黒髪の顔がにっこりと笑顔になった。お、もしかして助かるのか?

「うんうん、わかります。あなたは私をそうやって怒らせているのでしょう?」

 どうやら怒りの炎に油をぶち込んだみたいだ。恐ろしい殺気に足を竦ませながら、打開策を考える。

「どうやら辞世の句はラブアローシュートでよろしいとみました」

 絶対に嫌だ。そもそも句になってないし。

 そうこうしている内に、少女が拳を握り締める。やばい。ファイナルヘヴン級の威力がありそう。

「園田さん、そろそろ始まるよ」

 俺が死を覚悟していると、背後から声がかかる。

 振り返ると、道着の上に胸当てをしたポニーテールの女子がいた。おそらく弓道部だろうか。

「もう皆集まってるわよ」

「あ、はい!今行きます!」

 さっきの殺気(ダジャレのつもりはない)はどこへやら、黒髪は俺を解放し、何事もなかったかのように背を向ける。

「知り合い?」

「いえ、何でもありません」

 その上級生と思われる女子の元へ向かったかと思うと、何かを思い出したかのようにピタリと立ち止まり、こちらへ戻ってきた。

 そして俺を睨みつけ、聞いてくる。

「あなたの名前を教えなさい」

「は?」

 いきなり君の名は?なんて聞かれても、反応に困る。もしかし前前前世から俺を探してたとか?んなわけないか。

「練習試合が終わったら、あなたを消しにいきますので。名前を聞いておけば、もし逃げても、すぐに探せるでしょう」

 先にそっちが名乗るのが礼儀だろ?なんて定番のセリフは言えずに、威圧感に負け、答えてしまう。

「比企谷八幡だ……」

「わかりました。では比企谷八幡。首を洗って待っていなさい」

 こいつが言うと、本当に首を刎ねられそうだ。

「なあ……」

「何ですか?」

「そっちの名前はなんだよ」

 俺の言葉に黒髪は驚いた顔を見せる。俺自身、どうしてそんな事を言ったのかはわからない。ただ、口が勝手に動いただけだ。

 だが黒髪は黙って背を向ける。

「貴方のような変態に名乗る名などありません」

「…………」

 にべもない対応に俺が立ち尽くしていると、黒髪は顔だけこちらに向けた。

「……園田海未です」

 黒髪……園田はぽつりと躊躇うように名前を口にして、足早にその場を去って行った。俺はその名を口にするでもなく、命が助かった事に安堵し、脱力してベストプレイスへと戻る。

 嫌な偶然もあるもんだ。だがそれ以上に気になっているのはただ一つ。

 ……ラブアローシュートって何だ?





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第5話


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 何とか数学の追試を終え、教室を出る。まさかこの短時間の試験を受けに来ただけなのに、○害予告されるとは思ってもみなかった。人生楽ありゃ苦もあるさという事だろうか。

 その『楽』の部分を思い出す。

 ……そんな素晴らしいものでもなかった。

 右手に僅かに残る感触に胸が高鳴るが、何だよ、この複雑な感情。1/3の純情な感情は置いといて、残りの2/3は……いや考えるのはよそう。雪ノ下よりは大きいだろうし。

 それよかさっさと学校の敷地内から出よう。今ならまだ逃げられる。逃げなきゃだめだ、逃げなきゃだめだ、逃げなきゃだめだ。

 そんな事を考えながら、何の気なしに窓の外を眺めていると、あの黒髪……園田が制服姿でうろうろしていた。

 反射的に体が後退るが、どうやらこっちには気づいていない。代わりに近くにいた女子生徒が驚き、逃げるように駆けだした。……まあいい。

 もう一度園田を見下ろすと、地面を見ながらキョロキョロしている。……落とし物か?

 しかし、これは好機だ。この隙に学校の敷地内から出てしまえば、おそらくは安心だ。向こうも東京からそう何度も探しにきたりはしないだろう。神は俺に味方したようだ。さすが俺。普段からぼっちやって人に迷惑かけてないだけはある。

「ふう……」

 

「ない……一体どこで落としたのでしょう」

「……何、探してんだ?」

「!」

 声をかけると、園田は物凄い勢いで振り返り、こちらに向けて構えた。

「比企谷八幡……ここで会ったが100年目!」

「お前はいつの時代の人間だよ……」

「自分からノコノコ出てくるとはいい度胸ですね」

「他校の制服着た不審者がうろうろしていたから気になってな……」

「あ、貴方に不審者などと言われたくはありません!」

「……どうかしたのか?」

「貴方には関係ありません」

「そうか」

「…………」

 ぷいっとそっぽを向いて、作業に戻る園田。

 別にこのまま帰ってもよかったが、自分の精神衛生上よくなさそうなので、もう一度声をかける事にした。

「何を落としたんだ?」

「……御守りを」

 こちらを見ずに小さく呟く。

「御守り?」

「ええ、親友からもらった大事な御守りです」

「…………」

 まあ、こいつがここを探してるなら、この辺りなんだろう。

「な、何故貴方まで探し始めてるのですか!?」

「……別にお前には関係ない」

 

「…………」

 無言で御守りを手渡す。

 御守りは俺のベストプレイスの付近に落ちていた。どうやらさっきのいざこざが原因らしい。

「あ、ありがとう……ございます」

「……あ、ああ」

 微かに触れた手はひんやりしていた。

 御守りを大事そうに見つめる少し潤んだ目が、春の日差しに儚げに煌めいて、心臓の鼓動がまた跳ね上がる。不意に、もっと違う出会い方をしていれば、なんて考えてしまった。

「私は……貴方を誤解していたようですね」

「お、おう……」

「少し不本意ではありますが、これまでの事は水に流そうと思います」

 園田は頬を少し赤らめ、右手を差し出してくる。

 ……まあ、特別な意味はないんだろうけど。

 一度だけ自分に言い聞かせ、俺も右手を差し出した。その手はやはりひんやりとしていて、離れていく時に、少し名残惜しい気持ちにさせられた。

「それでは」

「おう」

 しかし、俺は忘れていた。

 この時間、この場所は……強い風が吹くという事を。

 先週と同じように風が園田のスカートを捲っていく。

「きゃっ!」

「……青」

 慌て口をつぐむが、時既に遅し。

「ふう……あなたは風を操っているのですか?」

「いや、違う違う!」

 そんな能力も魔道具も持ち合わせていない。

「ふふふ……」

「…………」

 やはりここは心の中でこう叫ぶのがいいだろう。

 不幸だぁ~~~~~!!

 この後、校舎の中まで縦横無尽に駆け回る鬼ごっこが始まった。

 ラブアローシュートも超電磁砲も飛んでこない事が唯一の救いだろう。 

 





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第6話

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 6月。

 梅雨に突入し、この街も連日雨に見舞われていた。

 今朝は晴れていたのだが、午後になると、それが当然と言わんばかりに雨が降り始めた。

 傘を片手に行き交う人々の顔は、どれも鬱っぽく見え、皆一様に梅雨明けを願っているように見える。

 雨の音だけの静かな空間は嫌いではないのだが、こうも続くと、ベストプレイスでの食事が出来なくなってしまう。

 そのベストプレイスという単語に身震いしてしまった。

 今となっては憩いの場だけではなく、トラウマの発生地となった場所。いや、それを言えば校舎全体が……だって男子トイレに逃げても追いかけてくるんだぜ?長い黒髪を揺らしながら、男子トイレを闊歩する園田の威圧感まじぱねえわー。

「ふう……どうしましょう。傘をわすれてしまうなんて」

 そうそう。あんな長い黒髪。…………は?

 見間違いなんかじゃない。

 そこには僅かな雨宿りスペースで困り顔をしている園田海未がいた。

「…………っ」

 あ、目が合った。

 しかし、ポケモントレーナーみたいにこちらに歩いてきて、勝負を申し込んでくる事はなく、ただじぃ~っとこちらを見ている。案外、このまま気づいてないふりして逃げられるんじゃないかしら。

「…………」

「はあ……」

 俺は溜息を一つ吐き、園田の元へ緊張しながら、頭突きに備えながら歩いていく。

「……何……してるんだ?」

「こちらに来るまでにやたら躊躇していた上に、ずっと警戒してるのが気になりますね。比企谷八幡」

「……随分な言い草だな」

 いや、当たってるんだけどね。

「……どうかしたのか?」

「あなたには関係ありま……くしゅっ!」

 よく見れば園田はずぶ濡れだった。トレードマークの黒髪もしっとりと濡れていて、少し頬に張りついているのが、妙に艶めかしい。

「………!」

「どうかしたのですか?」

 気づいてないようだが、上着が濡れて、完全に下着が見えている。ピンク!意外!

「何を赤くなっているのですか…………っ!」

 園田は俺の視線に気づき、胸元をさっと隠す。

「わ、悪い!」

「あなたは女性に会う度にハレンチな事をしないと気がすまないのですか!?」

「いや、見てない!何も見てない!」

「む……そうですか」

 優しい嘘をついたが、何とか俺の言葉は聞き入れてもらえたようだ。その事にほっと一安心しながら、視線を余所に向ける。

「まさかこんなに降るとは……」

「天気予報見てないのかよ」

「確認し忘れただけです。朝は晴れてましたからね」

「そっか……」

「ちなみに何色でした?」

「ピンク」

「…………」

「…………」

 はっ!まさかこれが誘導尋問!?

 隣を見るとニヤァッと邪悪な笑みを浮かべる鬼がいる。

「嘘をつきましたね?そこに直りなさい」

「…………」

「あ、さり気なく逃げようとしないでください!」

 細い体型から想像もつかない力で、肩をしっかりと掴まれたその瞬間、よく通る妹ボイスが響いた。 

「あれ?お兄ちゃん、何してんの?」

 そこには兄を気遣うふりをしながら、目は俺の状況を楽しんでいる小町がいた。




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第7話


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「まさか、貴方の家に上がる事になるとは……」

「冒頭から随分な台詞だな」

 小町の薦めで家に来た園田は、シャワーを浴び、母親の服を借りていた。最初は必死に断ろうとしていたが、小町の泣き落としにより、割とあっさり陥落した。

「ふふっ、冗談ですよ。ありがとうございます」

「礼なら小町に言っとけよ。誘ったのあいつだし」

「そうですね。貴方の妹とは思えません」

「一言多いんだよ」

 園田は「失礼します」とソファの離れた位置に座り、本棚の方へ目を向ける。

「凄い量ですね」

「親父がどんどん増やしていくんだよ」

「そうですか」

「お茶どうぞ。いや~お兄ちゃんがこんな綺麗な方と仲良くなってたなんて♪」

「「仲良くない」」

「ほら、息ぴったり♪」

 こんな暴力女とこんなお約束のシーンを演じるのは甚だ不本意なんだが……まあ、こいつ相手なら中学時代のような勘違いをする事もないから別にいいか。

「そういや、何で今日は千葉に来てたんだ?」

「お母さんに買い物を頼まれまして」

「そっか」

「それに千葉はいいところですからね」

「そうか!」

 思わず力が入ってしまった。

「ど、どうかしましたか?」

 園田が俺の様子に少し驚く。いかん、郷土愛が炸裂しかけた。

「いや、何でもない」

「鋸山も今年こそは登ってみたいものです」

「ああ、そういや俺も行った事はないな」

「そうなんですか?」

「単純に行く機会がないしな。休みの日に外出たくねーし」

「たるんでますね。何か部活動はやってないのですか?」

「奉仕部に入ってる」

「奉仕部?ボランティアみたいなものですか?そんなにハレンチなのに……」

「ハレンチは関係ねえだろ。あとハレンチじゃない」

「まだ認めようとはしないのですね。でも何で奉仕部に?」

「兄は強制入部させられたんですよ!これがそのきっかけの作文です」

 小町は園田にケータイの画面を見せる。だから何で撮影しているんだよ。てかお前があの作文持ってたのか。

 園田はその文面を見て、わなわなと震えだした。

「な、何ですか、これは!」

「いや、俺なりに青春の固定観念というものに一石を投じようとしてだな……」

「まったく。ハレンチなだけではなく捻くれてもいるんですね」

「そうなんですよ~。妹としては早く矯正したいんですが」

「ほっとけ」

 園田は僅かな逡巡の後、俺をしっかり見据えながら言った。

「そうですか、では比企谷八幡。来週末我が家に来なさい」

「……は?」

「貴方のその歪んだ性根を叩き直して上げます。今日のお礼も兼ねて」

「いえ、謹んでお断りさせていただきます」

「い・い・で・す・ね!」

「…………」

 俺はその有無を言わさぬ迫力に黙って頷く他なかった。はっきり言って怖い。控えめに言って怖い。

 視界の端で小町が喜んでいるように見えた。





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第8話

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「ここか……」

「わあ……」

 俺と小町は木造の大きな門の前で、その厳格な雰囲気に萎縮していた。何度も住所を確認し、やはり間違いないと落ち込む。何だよ。本人だけじゃなく家まで威圧感があるのかよ。

 ここからは家屋ははっきりとは窺えないが、塀の長さから察するに、結構大きいだろう。本当に武家屋敷というかなんと言うか……どこかに隠し回転扉とかついてたりしないだろうか。

 俺は意を決して、さり気なく取り付けられている呼び鈴を押した。

 

「おはようございます。さ、どうぞ入ってください」

「おじゃましま~す!」

「…………」

 元気な小町とは真逆に軽い会釈だけで挨拶をすませる。本当によく来たな、俺。

 ちなみに最初は行くつもりはなく、寝過ごして逃げようとはしたのだが、あの鋭い声で小町の携帯越しに叩き起こされた。

『おはようございます。起きなさい』

 今思い出しても寒気がする。人生初の女子から起こされるシチュエーションがこんな殺伐としたものになるとは思わなかった。悲しすぎる。やはりぼっちの方がいいんじゃなかろうか。

「小町さん、ごめんなさい。休日にわざわざ……」

「いえいえ、お気になさらず!……未来のお義姉さん候補の家を視察するチャンスですし」

「どうかしましたか?」

「何でもないですよ♪」

「俺はいいのかよ……」

「安心してください。来週は私がそちらへ行きますから」

「安心する要素が皆無なんだが」

 まだ何をやるかもわからないのに、既に来週の予定が決まっているとかマジかよ。

「ら、来週は予定が……」

「あなたの予定は既に小町さんに確認済みです」

 小町の背中を睨むと、もちろん恨みがましい視線など察するはずもなく、軽快に家の扉の前までスキップしていた。

「さ、貴方もはやく」

「へいへい……」

 

 家に上がるなり、早速目の前に黒い何かを突きつけられ、仰け反ってしまう。恐い、恐いよ。何か言えよ。

「何だ、これ?」

「見ればわかるでしょう、ジャージです。これに着替えてください」

「わざわざこんなもんまで用意したのかよ。俺の為に……」

「なっ……そ、そんなわけがないでしょう!貴方なんかの為に!父のいらなくなったジャージです!」

「……ここに値札が」

「未使用だからです。いいからさっさと着替えなさい!」

「はいはい……」

 

 有名なスポーツメーカーの黒いジャージは、腕や脚の部分に白いラインが入った至ってシンプルなもので、かなり着心地がよかった。

 着替えに借りた部屋を出ると、和服姿の女性と鉢合わせた。黒のショートカットの美人だ。

「あら……あなたは」

「え、いや、あの……」

 そのキョトンとした顔に少し緊張してしまう。疚しい事は何もないのだが、やはり美人相手だとね……。頬に手を当てるその仕草もしなやかで、大人の女性という感じがする。既視感があり、よく見れば顔に園田の面影がある。もしかしたら園田の姉だろうか。

 俺がまごついていると、その美人は何か閃いたように手をポンと合わせ、笑顔になった。

「あなたね。海未が言ってたお友達って」

「……はい」

 果たして俺と園田の関係は友達と言うのだろうか……まあ、ここで否定しても仕方ない。

「あの子が男の子を連れてくるなんて……」

 しみじみ呟いているが、性根を叩き直す為に無理矢理来させられたと聞いたらどんな顔をするだろう。なんか申し訳ない。

 ひとまずこの場を離れる為、適当な口実を口にする。

「あの、お手洗いを借りたいんですが……」

「ああ、そこを曲がって、奥へ行って右よ」

「ありがとうございます」

 

 確か奥行って右か。てか左は縁側じゃねーか。

 二つある扉の内、奥の方をガラリと開け放つ。

「…………」

「…………」

 そこには今からジャージを着ようとしている下着姿の園田がいた。

 まず薄い青色の下着が目に入る。

 そして、先日俺を締め落とそうとした細い二の腕。腹筋がうっすら割れているが、くびれもあり、女性らしいウエスト。鍛えられてしなやかな脚。

 最後にポカンとした表情から、羞恥と怒りで次第に赤く染まる顔。

「ふう……いきなりですか。そうですか」

「いや、待て……話し合おう」

 素早くジャージを着た園田は、ゆらりと傍にある竹刀を手に取った。

「問答無用!」

 園田邸へ来て、早10分。

 はやくも竹刀を持った園田に追いかけ回された。




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第9話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「はぁ……はぁ……」

「はぁ……はぁ……」

「も、もうダメだ。げ、限界だ」

「何を言っているのですか?私はまだ満足していませんよ」

「お前……スタミナ……ありすぎだっての……」

「貴方はなさすぎです。全て出しきってください」

「んな事……言われ……てもな……」

「さ、口を動かす前に体を動かしてください」

 俺は腰が砕けそうになるのを必死にこらえて……

 

 ひたすら走っていた。

 園田に散々追い回され、厳しい罰を受けた後、10キロのランニングに付き合わされる羽目になった。

 しかし、俺は部活動で真面目に運動した経験などない。そんなただの帰宅部に10キロとか酷というか獄というか……何でこいつは平然としているんだよ。

 それでも何とか食らいつき、ひたすら住宅地を走り、川沿いを走り、しばらくすると、公園に到着した。

 一歩足を踏み入れると、そこは街の喧騒から切り離されたような緑溢れる空間だった。木々や草花は優しい風にサラサラと揺れ、さっきまでとは違う空気で体が満たされていく気がする。休日という事もあってか、そこそこ人は多い。俺達と同じように走っている男性や、犬の散歩をしている女性もいる。ベンチでうつらうつらとしているお年寄りもいた。

 中央には池があり、のんびりとボートを漕いでいる二人組がいた。今日みたいな日にあそこで寝るのは気持ちいいかもしれない。

 周りを見ている内に、前を走る園田がスピードを緩め、自販機の前で立ち止まった。

「はぁ……はぁ……どした?」

「ふぅ……一旦休憩しましょう。あなたの体力も限界のようなので」

「そっか……」

 こいつ、いいとこあるじゃん。なんて考えていたら、園田はびしぃっと自販機を指差した。

「ここで奢ってくれたら、先程の事は水に流してあげます」

 先程の事……水色。

「…………」

「な、何を卑猥な顔をしているのですか!」

「お前……卑猥な顔って……」

 目が腐っているどころの話じゃねえぞ。いや、確かに色々と思い出したんだけどさ……。顔を真っ赤にして怒っている園田を見ながら、ふとある事に思い至る。

 ジュース一本で着替え一回見れるって思春期男子的にはかなり素晴らしい気がするんですが!いや、変な事は考えてないけどね!

「ちなみに次に同じ事をしたら、道場のリフォーム代を払っていただきます」

「何だよそれ……」

 着替え一回で数百万になるというのか。どんな着替えだよ。胸小さいくせに。

 まあ、自分が悪いのも事実なので、大人しくスポーツドリンクを2本買い、一本を園田に渡す。

「あ、ありがとうございます……」

 自分から言った癖に、意外そうな顔でスポーツドリンクを受け取った園田は、近くにあるベンチに座った。俺も一人分くらいの幅を空けて腰掛ける。

 ちょうどその時、少し強めの風が吹き、園田の長い髪をざわざわと揺らしていった。汗をかいているはずなのに、淡く甘い香りが漂い、こちらの心を揺らしていく。

「どうかしましたか?」

「……いや、何でもない」

 慌てて目を逸らした俺はスポーツドリンクで喉を潤し、数分後に待ち受ける復路に備えた。





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第10話


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「二人共、そろそろお昼ご飯にしましょう」

 園田と並んで腹筋をしていると、先程の女性から声をかけられた。……た、助かった。500回なんて無理。ランニングの疲れもかなり残っているのに……。

「わかりました。お母さん」

 あのお淑やかな大人の女性はなんとこの体力バカの母親だそうだ。どこでどんな遺伝子操作をしたら、こんな暴力女が生まれてくるのか。

「何ですか、その目は」

「いや、何でも……」

「本当ですか?またハレンチな事を企んで」

「ないから。一回も企んだ事ないから」

「ほう、まだ認めないのですか?」

「いや、ここまで来るとハレンチ連呼してるお前の方がハレンチな気が……」

「そこに直りなさい」

「あらあら、仲が良いのね」

「「違います」」

「海未が男の子を連れてくるなんて初めてだから嬉しいわ。八幡君、この子の事よろしくね。真面目過ぎて融通が効かないところもあるけど、根は優しい良い子だから」

「は、はあ……」

「お母さん、止めてください!そ、そんな仲ではありません!貴方も否定しなさい!」

 そこまで顔を真っ赤にして否定されると俺も軽く傷つくんですが……まあ、こいつの彼氏とかこっちから願い下げだが。

 園田の母親、美空さんは俺達の反論は華麗にスルーし、俺達にタオルを渡して道場を後にした。

 その背中を見送った後、園田と目が合ったが、ぱっと逸らされた。彼女はそのまま開けっ放しの扉へと歩きながら、こちらを見る事もなく呟く。

「……じゃあ、休憩にしましょうか」

「ああ……」

 道場には二人の汗と何とも表現しづらい空気が残った。

 

「お兄ちゃん、海未さん、お疲れ~♪」

 小町が御盆を抱えてやって来た。

「おう……てかお前何してたんだよ」

「お昼ご飯の準備手伝ったり、海未さんのお母さんにお兄ちゃんの事教えたり、海未さんのアルバム見せてもらったり……」

「…………」

「もう、お母さん……!」

 何だ。何を言ったんだ。ナルシスト事件か。アニソン事件か。それとも別の何かか。

 園田も隣で頭を抱えている。

「ささっ、お昼ご飯食べて食べて♪」

 午後からこいつも同じトレーニングをさせてやろう。10キロランニングから忠実に再現って事で。

 そんな事を考えながら、縁側に俺と園田が腰かけ、小町が間に御盆を置き、俺の隣にちょこんと座る。

「小町さんは料理が出来るのですね」

「はい!一応、家では私の担当なので」

「…………」

「な、何ですか。私も料理なら少しは出来ます」

「何も言ってないけどそこまで言うなら聞いてやろう。得意料理は?」

「……炒飯と餃子」

「小町、この卵焼き美味いな」

「ち、炒飯と餃子の何が悪いんですか!」

 園田の慌て気味の声が少し微笑ましい。

 いつもと違う場所で摂る昼食は、賑やかな時間が流れた。





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第11話


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 園田の家での謎のトレーニングから早一週間。

 俺は自室にて穏やかにベッドで寝転がっていた。

 そう、これが正しい休日の過ごし方。これを俺は望んでいたのである。暴力女から小突き回される休日など断じて望んでいない。やっぱり平和が一番だ。

 そんな事を考えながら、徐々に眠りの世界へと意識が誘われようとしたその時……

 コンコンとドアをノックする音がした。

「おはようございます」

 凛とした声がドア越しに聞こえてくる。小町じゃない。戸塚でもない……よし。

 だが俺は返事をしないただの屍になった。

「……失礼します」

 何とその声の主は、こちらが許可もしていないのに勝手にドアを開け、部屋に入ってきた。RPGのキャラクター並みに失礼な奴だ。

 しかし気を遣ってくれているのか、足音を立てる事もなく、ベッド脇へやってくる。

「まだ寝ているのですか?」

「…………」

 危ねえ。うっかり返事しちゃうところだった。だがそんなお約束をしでかす俺ではない。

「どうやら寝ているようですね」

 あれ?この子あっさり信じちゃったよ……。

「まったく、寝顔までハレンチですね」

 どんな寝顔だよ!え、何?もしかして家族が誰も俺を起こさなかったり、カマクラが俺の布団に入ってこないのも寝顔のせい?頼むから嘘であってほしい。

「…………」

 何やら人の気配が近くなった気がする。

 侵入者……園田の呼吸音の位置が低くなった。

「目は汚れていますが、それ以外は……」

 こいつ……人が眠っていると思って言いたい放題だな。

 どうせもう逃げられないので、諦めて目を開ける。

 すると、思いっきり園田と目が合った。

「「…………」」

 呼吸が止まるような張り詰めた沈黙に包まれる。

 園田の目は驚きに見開かれたまま、逸らされる事はなかった。ほんのりと紅い唇もぴたりと閉じられている。

 そして、そんな長いような短い時間も終わりが訪れた。

「っ!!」

 園田は尻餅をつき、声を出そうとしても出ないのか、口をパクパクさせている。

 こっちも朝から無駄に心臓が跳ね上がり、上手く思考が働かない。

「あ、あ……」

 ようやく園田の口から声が出てくる。

「貴方は寝たふりをしていたのですか!」

「いや、寝てた」

「嘘をつかないでください!」

「…………」

「あ、こら!二度寝なんてさせませんよ!」

 布団を剥ぎ取られ、カーテンと窓を全開に開け放たれる。梅雨も消え去ったのか、というくらいの澄んだ朝陽の光と、生温い風が、この部屋に新しい一日を告げた。

「さ、顔を洗ってきてください」

 珍しく微笑む園田を見ながら、何となく声をかけた。

「なあ……」

「何ですか?」

「お前……俺の事好きなの?」

「…………」

 再び時が止まる。

 もちろん本気で言った訳ではない。だが目の前の暴力大和撫子にはそんな冗談など通じるはずもなく、次第に不自然なくらい優しい笑顔を浮かべた。

「面白い事を言いますね。貴方は」

 その後、園田のチョップが脳天に炸裂し、立ち直るのにしばらくの時間がかかった。

 さっきの胸の高鳴りなど欠片も残っていなかった。





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第12話


 Thebirthdayの新曲『抱きしめたい』が格好良すぎる。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 ジャージに着替え、リビングへ降りると、園田が母ちゃんとにこやかに話していた。

 意外すぎる組み合わせに驚いていると、二人は俺に気づき、笑顔を向けてくる。

「おはよう、八幡」

「おはようございます、比企谷君」

「……お、おはよう」

 うわ、母ちゃんのそんな優しげな挨拶は久々に聞いたよ……。それに、園田もさっきと違い、態度が柔らかい。何なんだよ、これ。変な相乗効果が生まれてやがる。何故かはわからないが、朝から軽く不快だ。この二人から同時に説教をされたら、発狂してしまうだろう。

 ソファーに腰掛けると、洗濯物を干し終えた小町が入ってきた。

「あ、お兄ちゃん、おはよ!」

「どうしたんだよ、あれは」

「あはは……お母さんが海未さんを気に入っちゃって……」

「気に入った……ね」

「……まあ、大事なお義姉ちゃん候補だからね」

「?」

「いや、何でもない何でもない!それより、海未さん待ってるんだから、はやく朝ご飯食べる!」

「へいへい」

 消え去った平和な休日を憂いながら、俺は朝食を普段よりゆっくりと味わった。

 

「はあ……はあ……」

「はあ……はあ……」

 先週と違い、千葉の見慣れた街並みを園田と並んで走る。平日も軽く走っていたのもあってか、体が軽く感じる。もちろん、隣の鬼軍曹には遠く及ばないが……。

「この先に公園はありますか?」

 話しやすいペースに速度を落とした園田が、距離を詰めてくる。こっちは汗だくなので、あまり近寄るのは避けたい所ではあるが、園田はあまり気にした様子はなかった。

「いや、わからん……」

「貴方はここに住んでいるのでしょう?」

「この辺りはあまり来ないんだよ。ジョギングの時は近い所を行ったり来たりするだけだ」

「…………」

「何より休日は殆ど家から出ないからな」

「…………はあ」

 呆れたような溜息に、何だか申し訳なくなってくる。

 それと同時に、園田の長い髪がふわりと跳ね、甘い香りを撒き散らしているのに気づく。さすがに何度も同じような事があったので、今さら顔が赤くなる事はない。この香りも少しだけ心地良く感じられた。

 しかし、それでも千葉の街を二人で走るというのは、いまいち現実味が湧かないイベントだ。

 暴力キャラが俺の中では定着しているが、控え目に見ても園田は美少女の部類に入る。これまでの立ち振る舞いを見る限り、頭もいいし、運動もできるだろう。そんな奴がわざわざ休日に家まで俺をしごきに来るとか……。

「あ、比企谷君!前!」

「は?」

 突然、割と強い衝撃が来た。

 

「……つつ」

「まったく。余所見をしながら走るからです」

「……ああ」

 はい。前方不注意で電柱にぶつかりました。園田が声をかけてくれたおかげで、そこまでひどくはならなかったが、やはり痛い。

「どうせ、近くにいた女性に見とれていたのでしょう。どこまでハレンチなんですか」

「別に見とれてねーよ。つーか、寝転がりたいからずれてくんない?」

「これ以上は無理です」

「じゃあ、いいや」

 普通に座ろうと思い、ベンチに腰を下ろすと、園田が無理矢理俺を寝かせた。

 自然と俺の頭は園田の太股に乗っかる形になる。

 思っていたよりも、弾力のある柔らかさを後頭部に感じ、体が強張り、顔が熱くなる。

「…………」

「な、何を……」

「こ、こ、これは応急処置です!」

「いや、さすがに……」

「それ以上ごねると、強制的に眠らせますよ?」

「はい、ありがとうございます」

 命の危機を感じたので、大人しく従っておく事にする。柔らかい感触がくれる居心地の良さと、人生初の膝枕の緊張感は、悪い気分ではなかった。

「……さっきは何を見ていたのですか?」

「流れ星」

「清々しいくらいの嘘ですね」

「幽霊」

「はいはい、わかりましたから」

 さすがに鬼軍曹とは言えなかった。俺が言ったところで甘酸っぱいシチュエーションなどにはならず、黒歴史を増やすだけだろう。

「まったく……」

「……悪いな」

「何がですか?」

「膝……」

「っ!べ、別に気にしなくていいのです!貴方には散々ハレンチな事をされているのですから」

「いや、あれはわざとじゃ……」

「まだ言いますか!男らしく認めなさい!」

「諦めるのは男らしいのか?」

「この場で使っても格好良くない台詞ですね」

「知るか。大体ハレンチって言う奴がハレンチなんだよ」

「そんな理屈が通るとでも?」

 しんみりした空気が一転、口喧嘩が始まる辺り、やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。

 しかし、神は俺を見捨てなかった。

「八幡?」

 そこには天使がいた。





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第13話

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「八幡?」

「おう、戸塚」

 俺は起き上がり、戸塚に向き直る。

「そっちの人は確かこの前……」

「気のせいだ。気のせい」

「でも、今膝枕……」

「気のせいだ」

 そう。俺は別に園田の圧力に屈した訳ではない。苦行を乗り越えた先の極楽を、トンネルの向こうの光を信じたからこそ、休日にも関わらず、己の体を痛めつけたのだ。

「やっぱり八幡だ!どうしたの?ジャージ着てるなんて珍しいね!あ、もしかしてランニング?」

「ああ、たまには自己鍛錬をしないといけないからな」

 つい、心にもない事を滑らかな口調で言ってしまう。

「朝は嫌そうにしていたのに……」

 園田からツッコまれるが、今はそれどころではない。

「戸塚はこんな所で何をしてたんだ?」

「僕はテニススクールに通う途中。八幡は……えっと……」

 戸塚は俺と園田を交互に見て、とんでもない言葉を口にする。

「デート?」

「違う」

「違います」

 即答。

 これ以上にないくらいの清々しく突き抜けるような即答。

「戸塚、よく見てくれ。そんな甘ったるいものじゃないんだよ」

「戸塚君、といいましたか、私がこのようなハレンチと付き合うとでも?」

「おい。お前、今人の事をハレンチそのものみたいに扱わなかったか?」

「失礼、噛みました」

「嘘吐け。わざとだ」

「それが何か?」

「開き直りやがった……」

「あはは、仲いいんだね」

「「良くない」」

 

 戸塚と別れ、自宅まで戻った俺達は、交代でシャワーを浴びる事になった。当たり前か。

 ここで、これまでの経験を生かそう。

 迂闊に風呂に近づくと、変なTo LOVEる……じゃなくてラッキースケベが発生してしまう。

 なので俺は自分の部屋から出ない。

 何なら布団で自分を簀巻きにしてもいいぐらいだ。やらないけど。

 しかし、朝っぱらから動いたせいか、かなり……眠い……。

 

「比企谷君。シャワー空きまし、きゃっ!?」

 顔の横にドシンという大きな衝撃と震動が走り、目が覚める。……正直かなり焦った。どうやら眠っていたらしい。

 そして、俺の視界に飛び込んできたのは青い……

「な、なあ、これはどういう事だ」

「……私も知りたいですね。教えていただけますか?」

 俺はとりあえずの予測を立てる。

・俺、ドア付近で寝る。

・園田、入ろうとして、俺の頭を踏みそうになり、慌てて避ける。そして、俺の頭を跨ぐ形になる。

・俺、目を覚ます。←今ここ。

「なあ、何で制服姿なんだ?」

「今から東京へ戻り、部活動に参加するからです」

 俺は園田のスカートの中を直下アングルで覗く状態のまま言った。

「……なあ、俺が助かる方法は……」

「ありません」

 意外なくらい明るい声音で、園田は俺の顔面をゆっくり踏みつけた。




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第14話


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「比企谷君」

「な、何でしょうか……」

「何をそんなに怖がっているのですか?」

「いや、いきなりなもんでつい……」

 今週は園田家の道場にて筋トレに付き合わされていた。もちろん、甘い空気など欠片もない。いや、最初から期待してないけどね。

 考えている内に、園田が何やら話し始めていた。

「……付き合っていただけませんか?」

「ああ、ちょっと一瞬ときめきかけましたけど、冷静に考えたらもう少し穏やかな女性の方がいいです。ごめんなさい」

「いきなり何の話ですか!?何故私はふられているのですか!?」

「え?てっきり告白されているのかと思ったんだが」

「殺して解して並べて揃えて晒しますよ」

「ごめんなさい」

 素直に謝っておく。少しふざけすぎたようだ。このままではひき肉にされかねない。そのくらいの殺気をこの女は放っている。くわばらくわばら。

「それで、何に付き合えばいいんだよ」

 まあ、普通に考えてこっちだろう。ギャルゲーに置き換えても、こいつからの好感度がそんなに溜まっているとは思えない。

 園田は普段と違い、俯きがちにもじもじしながら言う。

「その……少し買い物に付き合っていただきたいのですが」

「……わかった」

「意外ですね。急なので嫌な顔をされるかと思いました」

「買い物ぐらいなら別に嫌じゃねえよ。トレーニングと違って楽だし。ただ、奢るのは無理だからな」

「そこまで図々しくはありませんよ。むしろ付き合ってくれたら、御礼にMAXコーヒーくらい奢ります」

「それだけかよ……いや、好きだからいいんだけどさ」

「小町さんが言ってましたよ。貴方はMAXコーヒーさえあげれば大抵の頼みは聞いてくれると」

 あのガキ、何を吹き込んでいやがる。

「どんだけ便利な奴なんだよ……それよか、行くならさっさと行こうぜ」

「そうですね、じゃあ……」

「シャワー先に浴びてこいよ。用意もそっちの方が時間かかるだろうし」

「すいません。では、お先に……」

 園田は駆け足で道場を出て行った。好きな物を買いに行くのだろうか、やけに後ろ姿が弾んで見えた。

 ……今さっき俺、すごい事言った気がする。

 

 用意を手早く済ませた俺達は幡ヶ谷まで来ていた。

 いや、今回は何もなかったよ?園田が呼びに来るまで絶対に道場から出ないって決めてたからな。それよりも……

「わざわざここまで何を買いに来たんだ?」

「ひ、秘密です」

「別にすぐにわかるだろ」

「秘密は秘密です!」

「へいへい」

 こんな感じで、さっきから目的がわからない。俺、このまま変な場所に連れて行かれて、消されたりしないよね?

 どうでもいいような不安にびくついていると、園田が急に立ち止まった。

「え~と、その……こ、こっちへ!」

 彼女が指し示した先には、ファーストフードのチェーン店があった。

 

 





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第15話


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 ファーストフード店に入った俺達は、注文した品を受け取り、奥の禁煙席の方へ向かった。園田の目的はわからないが、ひとまずは腹ごしらえといったところだろうか。席へと向かう園田の背中からは、何ともいえない緊張感が漂う。……本当に俺、消されないよね?

「きゃっ!」

「っ!」

 考え事をしながら歩いたせいで、女性店員とぶつかる。

「も、申し訳ございません!!」

「いえ……こちらこそ」

 幸いトレーの上の商品は無事だった。いや、それよりも、女性店員の豊かな胸が俺の腕に当たったままだ。

「あ、すいません!」

「だ、大丈夫でしゅ……」

 この後、慌ててやってきた、俺とは正反対の労働意欲に溢れた大学生くらいのスタッフの丁寧な謝罪を受け、しどろもどろになりながら、席に戻る。……噛んでしまったのが、すごく恥ずかしい。

 

 席につくと、園田は腕を組んで、こちらを睨んでいた。

「…………」

「ど、どうした?」

「…………」

「何で怒ってんだよ」

「いいえ。呆れているだけです」

「?」

「ちょっと大きな胸を見ただけで鼻の下を伸ばす貴方にです」

「の、伸ばしてねーし!」

「私だってその内……」

「あん?」

 園田はやや俯きながら、胸の辺りに手を添える。ああ、確かに……

「ってぇ!!」

「ど、どこをまじまじと見ているのですか!!」

「い、今のは不可抗力で……」

「ま、まあ、貴方は小さくてもいいという事ですね……って何を言わせるのですか!」

「理不尽極まりねぇぞ……」

「まあ、そんな事はどうでもいいのです。それより……」

 園田はポテトを一本つまみ、こちらに差し出してきた。

「…………」

「…………」

 何も出来ずに固まっていると、園田の顔がみるみるうちに紅くなる。何をやろうとしているかはわからないではないが、何でやるのかが、全くわからない。怖すぎる。

 数十秒経ってから、やがて園田は消え入りそうな声で呟いた。

「はやく食べなさい……」

 まじか。

「嫌だ」

「なっ!?こ、ここまで来て女に恥をかかせる気ですか!?」

「いや、さすがに……恥ずかしいし」

「あ、貴方という人は……!私のあ、あんな姿を見ておいて!この程度で……」

「ちょっ……!」

 周りの女性客の目が冷たい。『サイッテー』とか『ぼっちのくせに』とか聞こえてくる。おい、後者の発言は絶対におかしい。いや、当たってんだけどさ。

 とりあえず、今は目の前の問題を片付けよう。

「わ、わかった。やる。やるから」

「それでいいのです」

「ただ、理由ぐらい教えてくれ。じゃないと、俺もどう振る舞えばいいのかわからん」

「むぅ、確かにそれはそうかもしれませんね。私の配慮が欠けていました。実はですね……その……を……」

 園田は何かを呟いているが、肝心な部分の声が小さくて聞き取れない。

「何だって?」

「だから……私と……デートを……してください」

「…………は?」

 時間が止まったような感覚を、生まれて初めて味わった。

 園田の真っ赤に染まった頬がやけに印象的だった。

 




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第16話


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 予想だにしなかった申し出に反応し、高鳴る胸。

 まさか、こいつからこんな事を言われるとは思わなかった。こういう時には、野暮かもしれないが、一応聞いておいた方がいいのだろうか。

 俺は深呼吸し、自然と心から出た言葉を園田に向けた。

「お前……俺の事、好きなの?」

「なっ!?」

 一瞬で怒りの表情に豹変した園田は、テーブルに手をつき、ガタッと音をたて、立ち上がる。

「あ、あなたは何を……!そんな事あるわけないじゃないですか!この破廉恥!」

「おいおい、破廉恥そのもの扱いかよ……」

 いや、わかってましたけどね。妙な縁でこいつと一緒にいる機会が多いが、基本的に好感度が上がるイベントが起こっていない。今、こうやって休日を共に過ごしているのが不思議なくらいだ。

 まあ、今は怒られているわけだが……

「あなたは出会った時から破廉恥です!そもそもデリカシーというものが……」

「お、おい、園田」

「何ですか!」

「あの~……」

「「…………」」

 さっきの店員さんが、困ったような笑顔を浮かべ、立っていた。

 

 店員さんに謝り、一呼吸おく。周りにあまり人がいなかったのが幸いだ。

「それで……お前……」

「次はすり潰しますよ」

「怖いっての……でも、お前……デートって……」

「そ、そのようなふしだらな真似はしません!」

「いや、さっき……」

「だからこれは……取材です!」

「……取材?」

「実は……」

 園田が言うには、μ'sの作詞担当として、恋愛の歌を書くためにデートを体験してみたいらしい。

「なるほど……しかし、俺もデートとかした事ねーぞ」

「…………」

「おい、目を逸らすな。気まずそうにするな」

「おほほほ。比企谷君にもその内良いことありますよ?」

「何だよ、その笑い方。最後、疑問符ついてるし、フォローになってねぇ……」

「と、とりあえず!今日は私に付き合ってください!」

「拒否権は……なさそうだな。つっても何でわざわざ秋葉原から離れたんだ?」

「ほ、穂乃果達に見られたら、何と言えばいいのか」

「ああ……」

 短い付き合いながらわかるのは、こいつの事だから、テンパっておかしな事になりそうだ。そして、間違いなく俺にも被害がくる。

「もちろん勝手なお願いとは承知していますので、お礼はさせていただきます。なので……」

 園田は普段は絶対に見せないようなしおらしい態度でこちらを窺う。不安げに揺れる瞳は意外なくらい可愛らしいので、つい目を逸らしてしまった。

「お願い……できますか」

「……わかったよ。やればいいんだろ」

「ありがとうございます!」

「でも、どこに行くんだ?俺はあんまデートスポットとか知らないけど」

 本当は全く知らない。

「その辺りは抜かりありません。事前にリサーチしてきましたので」

「リサーチ?マジか」

「ええ。このプランに沿って歩けば、完璧なデート間違いなしです!」

「おお……」

 園田のドヤ顔に、少し引いてしまう。なんか無駄に自信があるな。原稿を持ってきた材木座よりドヤ顔してんだけど。

「さあ、行きましょうか」

「わ、わかった」

 俺は腹をくくり、園田の後をついて行った。

 

「まずはここです!!」

「お、おお!」

 園田と最初に訪れたのは…………

「ゲ、ゲームセンター?」

 これなら秋葉原でもよかったんじゃないだろうか。ゲームセンター内に入りながら考えていると、いきなり何かが腕に絡まってきた。

 よく見ると……園田の腕だ。彼女は顔を真っ赤にしながら、何かメモみたいなものを読んでいる。

「お、おい……」

「ね、ねえー、比企谷くーん。あれとってー」

 …………ひとまずリアクションが取りづらい。




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第17話


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「ねえー、はち……比企谷くーん。とってー」

「うわぁ……」

「な、なんて顔をしているのですか!そんな気味悪そうに!」

「いや、実際気味悪すぎるぞ……」

「ど、どこがですか!?」

「色々と」

「曖昧すぎます!」

 いや、だって……ねえ?

「どうしたんだよ、その棒読みキャラ。もう、キャラ変更は無理だぞ。ポンコツは絵里さんで間に合ってる」

「何を言っているのですか?絵里がどうかしましたか?」

「いや、こっちの話だ……それより、そのメモは何なんだ?」

「私の台詞です」

「…………」

「あらゆる場面において、私が言うべき、か、彼女としての台詞をまとめています」

 こいつ……まじか……。てか、何照れてんだ。そんな表情されると、こっちにも動揺が移るんですけど。

「なあ、その……普通でいいんじゃないか?」

「認められないわ!」

「いや、せめて最低限のキャラは保てよ。だから、普通で……」

「拒否する!」

「またわかりにくいボケを……」

 真似事とはいえ、お互いに初デートである。少しぐらいの混乱はつきものだろう。……そういう事にしておこう。

 そんなわけで俺達は、クレーンゲーム機の前で、しばらく不毛なやり取りを続けた。

 

「ふぅ……私としたことが……つい、混乱してしまいました」

「まあ、仕方ねーよ。つーか、そろそろやろうぜ」

「ええ、そうですね。では……」

「メモは見るのかよ」

「もちろんです。せっかくまとめたのですから」

 園田はお金を機械に入れ、こちらに目で合図を送る。お前がやれ、という事だろう。自分できちんと金を出すあたりが、律儀な奴だと思わされる。

 その律儀さに応えてやりたいとは思うものの、クマのぬいぐるみは、クレーンからぽとりと落ちてしまう。

「くっ……」

「むぅ、意外と難しいものですね」

「そりゃあな」

「はっ……もー、比企谷くーん。しっかりしてよー。わ、私の為に、あの、ク、クマさんとってよー」

「…………」

 やっぱりやりづらい。つーか、棒読みが不気味すぎて、可愛くもなんともない。なんだ、この残念美少女。

 この後、計5回チャレンジしたが、結局取れなかった。

 

 次は何のゲームをするのか、聞こうと園田に目を向けると、彼女は立ち止まり、何かを見ていた。

 すると、そこはプリクラの機械がズラリと並んでいた。男子のみの利用は出来ないコーナーだ。

「「…………」」

 俺と園田はそんなプリクラのコーナーを……

「次はなんだ?」

「次はあれですね」

 スルーした。

 

「シューティングゲームか……」

「ええ。盛り上がると聞きました」

「…………」

「どうかしましたか?」

「いや、お前の事だから、弓なんか持ち出すんじゃないかと思ってな……」

「貴方は馬鹿なんですか?そんな女子高生はいません」

「ぐ……」

 正論すぎて言い返せない。

 先程は園田がお金を出したので、今度は俺が二人分の料金を投入する。

 最初の導入部分の映像をスキップすると、早速ゾンビが出現した。

「わー、ゾンビだー。こわーい」

「…………」

「えーい。ラブアローシュート!バァン!」

「は?」

「こ、これも台詞の一つです!」

「最近の女子にはそんなのが流行ってんのか……」

「そ、そんなのとはなんですか!」

「いや、ラブアローシュートって……あれ?この前総武高校で……」

「忘れなさい!あ、ゾンビが来ました!」

 意外と園田のセンスがよく、第3ステージまで進むことができた。

 

 次は何をするのかと園田に確認しようとすると、彼女はチラチラとあるコーナーを見ていた。

 その視線の先には、やはり先程と同じようにプリクラのコーナーがある。

「「…………」」

 そこで、俺達はプリクラの機械を……

「お、おい、あそこにリズムゲームあるぞ」

「そうですね!行きましょう!」

 再び通りすぎた。

 





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第18話


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「ふむ……これでゲームセンターデートは達成しました」

 園田がメモを確認しながら呟く。

 しかし、そう言いながらも視線はプリクラコーナーにチラチラと向けられていた。

 さらに、ばれてないと思っているのか、こちらにも同じように視線を向けてくる。いつものようにはっきりしない辺りが色々と鬱陶しい。

「はあ……行くぞ」

「どこにですか?

べ、別に私は……」

「いや、そういう面倒くさいのいいから。これも参考資料だろ?」

「で、でも……」

「別にあんなの写真撮るだけだろ」

「むぅ……」

「ほら、行くぞ」

「…………す」

 園田の言葉は聞き取れなかったが、とりあえずこれでいいと思った。こいつの彼氏になるのは謹んで遠慮するが、今日は園田の作詞の為の恋愛体験みたいなものだ。中途半端にやってグダグダ感を出すのは真っ平ごめんだ。何の為に惰眠を貪るのを止めたかわからなくなる。

 園田から視線を感じるのは気のせいという事にして、プリクラコーナーへ向かった。

 

 コーナーに入り、適当な機種を選ぶ。そういや、前に戸塚と撮影したなぁ。また撮りたいなぁ。

「見ろよ、あの子。めっちゃ可愛い」

「ちきしょー、ぼっちのクセに」

 周りの視線がチクチク突き刺さる。また失礼な奴がいたような……万死に値する。

 園田は俺以上に視線を感じるようで、さっさとカーテンをくぐり、中に入ってしまった。見た目がいい奴なりの苦悩というやつだろう。

 

 フレームなどの選択は彼女がやってくれた。

 しかし、それにしても……

「…………」

「どうしました?驚いた顔をして」

「いや、ちゃんと操作できるんだな、と思って」

「貴方はさっきから、私を何だと思っているのですか?家は和風ですが、普通の女子高生ですよ」

「魂を抜かれるとか言ったらどうしようかと思ったんだが」

「それはお年寄りでは……それより、失礼ですよ!射抜かれたいのですか!」

「冗談でも怖いから止めてね……」

「全く……では撮りますよ」

「お、おう……」

 さっきまであれだけ躊躇っていた癖に、撮る段階になると、園田はやたら体を寄せてきていた。俺が意識しすぎなだけかもしれないが、微かに触れた肩が妙に熱く感じる。

「……あ、あまりこっちを見ないでください」

「悪い……」

 出てきた写真に写る二人は、無表情で肩を寄せ合い、控え目に言っても気味が悪かった。 

 

「何とか終えました……」

「ああ」

 ゲームセンターを出た俺と園田は、何かを乗り越え、一つ成長したような充足感があった。きっと周りから見たら小さな小さな一段だろうが。

「あの……」

「?」

 園田は俺の肩を掴み、もじもじしている。

「トイレなら戻って済ませてこいよ」

「貴方は本当にデリカシーがないですね!違います!」

「いたたたたたたたたっ!?」

 肩が、肩が割れちゃうっ!!

「その……気を遣っていただきありがとうございます」

「あん?……ああ、別に……小町がμ'sのファンなんでな」

「じゃあ、小町さんにも感謝ですね。それで……貴方は誰が……その……こ、好みなのですか?」

「A-RIZEの優木あんじゅ」

「…………」

 今度は理不尽に蹴られました。

 

「なあ、写真は……」

「こ、こ、これは私が預かっておきます!貴方に渡すとどんな破廉恥なマネをするかわかりませんから!」

「いや、しないから。写真に破廉恥なマネって……」

「とにかく!これは私が誰にも知られる事なく処分しておきます!」

「お、おう……」

 

 次に訪れたのは、いかにもなオシャレカフェだ。ぼっちがこういう場所に来ると、店員や客からドヤ感を感じてしまう。我ながら卑屈だ。

「ほら、行きますよ……って、何を怒っているのですか?」

「……いや、怒ってないけど」

「今、親の仇を見るような目を向けていましたよ」

「いつもの癖だから気にすんな」

「それは……かなり重症ですね」

「それよか、このカフェに何かあるのか?」

「ええ、カップル専用のメニューがあると聞きました」

「カップル専用……ね」

 嫌な予感しかしない。

 

「お待たせしました~」

「「え?」」

 そこには、色鮮やかなトロピカルジュースの入った大きなグラスに二つのストローが差してあった。

 まさか、こんな定番イベントが発生するとか。

「「…………」」

 二人して固まる。

「じゃあ、どうぞ……」

「いや、先に……どうぞ」

「いえいえ、殿方から先に……どうぞ」

「いやいや、レディーファーストって言葉を俺は大事にしてるんで。つーか、メモにはこういう場合、どうするって書いてあるんだ?」

「これは予想外です。流石に二人で同時に、というのは躊躇われますね」

「……確かに。本物のカップルでもないしな」

「ええ。貴方といる時間は決して嫌ではないのですが」

「…………まあ、俺も嫌いじゃない。面倒くさいことは多々あるがな」

「へえ、面倒くさいとは何の事でしょうか?」

「はやく飲めよ」

「話を逸らそうとしましたね。……もう、お互い喉も渇きましたし、一緒に飲みますよ」

「はいはい」

 

 周りの客

『お前ら、何なんだよ』

 

 ふふっ。何故かこの人といると、時間がはやく過ぎてしまいますね。穂乃果達といる時とはまた違った楽しさ……あれ、楽しい?

 確かに私はこの時間を楽しんでいる。

 出会いは最悪だったのに、彼との時間が日常に変わりつつある。

 私はこの温かい気持ちが何なのかを知りたかった。

 

 急に俯いた園田が、またすぐに顔を上げ、ジュースに乗っかっているクリームを掬い、こちらに差し出してきた。

「はい……あ、あ~ん……」

「は?」

 何が起こっているのか、理解が追いつかずにいると、園田は手を奮わせながら小さく呟いた。

「こ、これもプランに入っていますので……」

「ま、まじかよ……さっきと言ってることが……」

「ほら、早く!」

「…………」

 渋々口を開く。

「あれ……海未ちゃん?」

「○×△*♪!?」

 園田がわけのわからない叫び声をあげる。

 あまりの声のボリュームに、周りの目がこちらに向いた。かなり恥ずかしいんだが。

 しかし、園田はそんな事はお構いなしに、口をぱくぱくさせ、声をかけてきた人物を指差す。

「ほ、ほ……穂乃果」

「…………」

 そこにはμ'sのメンバー、高坂穂乃果がいた。





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第19話


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「やっぱり海未ちゃんだ!」

「ど、どなたでしょうか?」

「いきなり、他人のフリ!?」

「私は海未ではありません。私の名前は……河です」

「誤魔化し方が雑すぎるよ!それと……」

 高坂さんの目がこちらに向く。希望的観測とかではなく、その瞳には、悪意や疑惑などはなく、純粋な興味が宿っていた。

 彼女は海未に向き直り、躊躇いがちに尋ねる。

「も、もしかして……海未ちゃんの……」

 それを言わせんとばかりに、園田は勢いよく口を開く。

「付き人です!」

「おい」

「そうなの!?」

 何故か信じてしまう高坂さん。まじか。

「ええ。穂乃果にはマネージャーという言い方の方がわかりやすいでしょうか」

「マ、マネージャー……なんかすごいね!」

「いや、違うっての」

「じゃあ、君は海未ちゃんの……」

「し、知り合いです!ただの!」

「でも、さっき『あ~ん』ってしてたような……」

「あれは……それより、穂乃果はどうしてここに!?」

「何となく散歩してたら、いつの間にかここに着いちゃって……」

「「…………」」

 俺と園田は、高坂さんの言葉に何ともいえない表情になり、目を見合わせた。この子……由比ヶ浜クラスのアホの子じゃないだろうか。

「じゃ、私も一緒にお茶していいかな!?」

「え、ええ……もちろん」

「君も大丈夫?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 すると、彼女の目がテーブルの上にあるものに向けられる。

「あれ?これってカップル専用のメニューだよね?やっぱり二人は……」

「いえ、これは私が飲みたいから頼んだのです!ええ、そうですとも!その為に二人で来たのです!ああ、喉が渇きました!」

 畳みかけるようにいうと、園田は半分以上残っていたトロピカルジュースをストローで一気に飲み干してしまった。

 その様子を、俺は残念なものを見るように、高坂さんはただただ不思議そうに見ていた。

 

「比企谷八幡君、だね。私、高坂穂乃果!よろしくね!」

「あ、ああ……」

「穂乃果、行儀が悪いですよ」

 こちらに身を乗り出す高坂さんを窘める園田は、まるで姉のような立ち振る舞いで、高坂は笑顔でそれに従う。いや、ペットと主人……はさすがに失礼か。

 お互いに自己紹介を済ませ、何とかあらぬ誤解を取り除くことができた。それからは、それぞれの学校の話をした。まあ、こちらが話せることは殆どないのだが。

「ねえ、比企谷君!今度ライブに来てよ!」

「お、おう、気が向けば……な」

「じゃあ、私とも連絡先交換しようよ!」

「あ、ああ……」

「むっ……」

 連絡先交換している間、園田から刺すような視線が注がれている気がした。





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第20話


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 結局、デート擬きは中止となり、しばらく3人で話し込んでから、秋葉原に戻り、解散する事になった。

 帰り際、園田が小声で謝ってきた時の表情がやけに印象的で、帰りの電車の中も、食事中や入浴中でも、頭に貼りついたままだった。

 そう、その表情は残念そうに見えたのだ。

 人間観察が特技の自分が自信を持てるくらいに。

 あんな表情をされたら、淡い期待のようなものに胸が高鳴り、あり得ない幻想の中に身を委ねてしまいそうだった。

 いかん。らしくない事になりそうだ。

 さっさと寝てしまおうと思い、目を閉じると、スマホから呼び出し音が鳴り響く。

 画面の確認をする必要を、何故か感じなかった。

「どした?」

「あ、いえ、今日の事です」

 やはり園田だった。少し遠慮がちな声音だ。

「ああ、まだ途中とか言ってたな」

「それもあるのですが……」

「…………」

「…………」

「どうかしたのか?」

「今日は……ありがとうございます」

「……べ、別に大した事してない」

「ふふっ。そうかもしれません」

「そこは否定しないのかよ……」

「でも、貴方だから頼めました」

「……そっか」

「はっ!べ、別にそういう意味ではないですからね!」

「わかってるっての」

「そ、そういえば貴方は穂乃果にやけにデレデレしていましたね」

「いや、してないから」

「そうですか?初対面の割にはやけに楽しそうに会話をしていましたが」

「会話っつーか、あれは殆ど質問に答えてただけだろ」

「それもそうですね。貴方が初対面の女性と上手く会話などできるはずがありませんね」

「反論したいところだが、事実だから言い返せねぇ」

「いえ、ごめんなさい。ただ、もしかしたら穂乃果みたいな女性が好みかと……」

「いきなり何だよ。それに俺が好きなスクールアイドルは優木あんじゅって言っただろうが」

「……そういえば言っていましたね。ちなみにどんなところが好みなのですか?」

「何で、んなこと言わなきゃいけないんだよ……」

「さ、参考です!貴方の一言が今後のスクールアイドル界を左右します!」

「え?そんな重要な話題なのか?」

「当たり前です!さあ、答えなさい!」

「…………あー、その、あれだ」

「…………」

「スタイルよくて優しそう……」

「…………は?」

「まあ、あれだ。男の妄想が具現化した存在みたいだしな」

「貴方は最低です」

「理不尽すぎる……お前が言えって言ったんだろ」

「まさか、下心一色の理由とは思わなかったからです!」

「ふざけんな。馬鹿言うな。そんなんじゃねーよ。なんつーか、人柄だよ」

「ほう……貴方は会ったこともない方の人柄までわかるのですね」

「あ、当たり前だろうが。人間観察が特技のぼっちなめんな……」

「ふぅ……私だってその内、きっと大きく……」

「どうした?」

「いえ、何でもありません。やはり貴方は破廉恥だというだけです」

「お前は古手川さんかよ……まあ、でも……」

「?」

「ああ、なんつーか……μ'sの歌詞は……結構好きだ。元気がでるというか……やっぱお前、すげーな」

「……そう、ですか」

「あ、ああ……」

「ハ、ハラショー……」

「……は?」

「い、いきなり、歌詞を褒めるなんて……イミワカリマセン!」

「園田……ど、どうした」

「ど、どうでもいいのです!いえ、いいんですにゃ!そ、それより貴方は明日からも早寝早起きを心がけなさい!ファ、ファイトですよ!」

 園田らしからね言葉と共に、通話は一方的に途切れた。

「……何だったんだ?」

 

「あ、あの男は卑怯すぎます!」

 翌朝、私は寝坊してしまいました。





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第21話


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『今度の日曜日、秋葉原に来て♪』

 金曜日の夜、高坂さんから来たメールにはそう書いてあった。

 え、何これ、デートのお誘い?この子俺の事、好きなの?などと、中学時代なら勘違いしていたかもしれない。そして大ダメージを受けていたかもしれない。

 まあ、さすがに今ではそんなラブコメ展開がないのはわかりきっている。つまり、このメールは……

「ライブ……か?」

 場所は秋葉原だし、高坂さんから個人的な誘いを受ける心当たりがない以上、そう考えるのが妥当だろう。しかし、なんて情報の少ないメールだろうか。

『何かあるのか?』

 さすがに謎すぎるので、質問メールを送る。

 数分後に返ってきたのは、『日曜日楽しみにしてて!』というメールだった。

 

「穂乃果、どうかしたのですか?」

「何でもないよ。それより海未ちゃんのその格好、すごく似合ってるよ!」

「よ、余計なことは言わなくていいのです!くっ……はやく日曜日を終えてしまいたい……」

 

 日曜日になり、高坂さんのメールに書いてある住所まで行くと、無骨な外観のビルに辿り着いた。ここの2階らしい。途中でどんな場所か検索してもよかったが、行ってからの楽しみにしておこう、という自分らしからぬ思考が働いてしまった。

 階段を上がり終えると、ファンシーな外観の扉があった。

 店名からして……メイド喫茶……だよな?

 千葉でも見かけた事がある。いや、むしろ客として来店までした。確か、川……何とかさんのバイト先を探してる時だったか。

 不安を押し殺し、扉をゆっくりと開く。

 すると、やけくそ気味の挨拶が飛んできた。

「おかえりなさいませ~!ご主人様!」

「はっ?」

「…………」

 そこにはメイド服姿に笑顔のまま固まる園田海未がいた。

 

「穂乃果ぁ……」

 園田は恨みがましい目つきで高坂さんを震え上がらせる。

「ハラショー……」

「ご、ごめんねぇ。ほら、サプライズというか……」

「このようなサプライズは欲しくありません!」

「注文したいんだが……」

「貴方はせめて私に確認しようとは思わなかったのですか!?」

「アイスコーヒーで」

「無視しましたね!?」

 園田はそう言うが、俺に非はないのでどうしようもないのと、何故かあまり園田の方を見れていない。さっきから、戸塚の姿を思い浮かべ、自我を保とうとしていた。

「ハラショー……」

 何故彼女達がメイド服を着用しているかというと、新曲のコンセプトに関わる重要なミッションらしい。敢えて聞くまい。

「…………」

「な、何ですか?」

「……いや、何でもない」

 目を馴らすまでには、しばらく時間がかかりそうだ。

 

「ハラショー……」





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第22話

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「あら、あなたが海未のお友達?」

「あ、絵里ちゃん」

 声のする方を向くと、そこには音ノ木坂学院生徒会長にして、μ'sのメンバーの絢瀬絵里がいた。生まれて初めて見る美しい金髪碧眼に、呼吸さえ止まりそうになる。

 彼女はこちらのそんな心情などお構いなしに距離を詰めてきた。

「初めまして。絢瀬絵里です」

「は、初めまして……比企谷……八幡、でしゅ……」

 か、噛んじまった……。

 園田から精神力を鍛えられていなかったら、言葉もはっせなかっただろう。

「ハラショー!素敵な名前ね!」

「は、はあ」

 近い近い、近いよ、この人!

 こ、これが外国の血の為せる業だろうか。

 甘い香りに鼻腔を刺激され、意識を持っていかれてしまいそうだ。

「絵里……近くないですか?」

「あはは……」

「そう?普通だけど」

「私達の時はかなりツンケンしてましたけど」

「海未、メイド服似合ってるわ。素敵よ」

「それでは誤魔化されませんよ!」

「ねえ、はちま……比企谷君」

「は、はい……」

「今、名前で呼ぼうとしていませんでしたか!?」

「べ、別に親しげに名前で呼ぼうとしたけど、やっぱり馴れ馴れしいと思われたら嫌だから名字で呼んだとかじゃないんだからね!」

「本当にどうしたのですか!?」

「まだ皆が集まっていないからよ」

「理由が適当すぎるよ、絵里ちゃん!」

「そうかしら?とりあえず私もここに座るわね」

 絢瀬さんは、俺が返事するよりはやく、隣に滑り込んできた。

 甘い香りがさらに近くなり、ほんの少し鼓動が速くなるのを感じる。……いや、近すぎないですかね。肩とか押しつけられてる気さえするんだが。

「…………」

「絵里ちゃん?」

 高坂さんも怪訝そうな目を向けるが、絢瀬さんは全く動じない。

「念のため詰めてるだけよ」

「念のため?」

「そうよ。念のためよ、念のため」

「絵里……私が場所を変わりましょうか?」

「大丈夫よ。念のためだから」

「『念のため』の使い方が雑すぎて意味不明ですよ!」

「ねえ、皆……好きな人、いる?」

「何故いきなり恋愛トーク?」

 おかしい。絢瀬さんは、クールで仕事のできる女性の雰囲気があると園田に聞いた事があるのだが……。なんか……怖いな。何が怖いのか自分でもわからないが。

「私は……いないかなぁ」

 高坂さんは照れ笑いを浮かべながら答える。つーか答えるのかよ……。

「わ、私は……」

 園田までも頬を紅く染め、もじもじし始めた。お前も答えるのかよ、というツッコミ以前に、『いません』と即答しなかった事が意外だった。

「な、何をジロジロ見ているのですか」

「いや、別に……」

 何と答えていいかわからずにいると、高坂さんが割り込んできた。

「ねえ、比企谷君!海未ちゃんのメイド姿、とっても可愛いよね?」

「ほ、穂乃果!?何を言っているのですか!」

「可愛いよね!」

「…………」

 確かに可愛いとは思う。しかし、相手は園田だ。

 普通に褒めるのは逆に失礼な気がする。

 俺は園田の目を見れないまま言った。

「馬子にも衣装」

「!」

 顔が一瞬にして乙女から般若になった園田から、脛を思いきり蹴られた。




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第23話


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「いてー……」

「ダメだよ、比企谷君!ああいう時はちゃんと褒めてあげなくちゃ!」

 痛む脛をさする俺を高坂さんが叱りつけてくる。園田は怒って、仕事に戻っていった。今は厨房で洗い物をしているらしい。……後で謝っておいた方がいいのかもしれん。

「お待たせいたしました、ご主人様♪」

 甘ったるい声と共に、アイスコーヒーが運ばれてきた。そこにいたのは、μ'sのメンバーの一人、南ことりだ。……何だろう。μ's以外で見たことあるような……。

「ふふん!比企谷君。ことりちゃんは伝説のメイド・ミナリンスキーなんだよ!」

「ああ、そういや聞いた事があるな」

 材……なんとかが写真持ってたな。

「やっぱりことりが一番似合うわね」

 絢瀬さんが大人びた微笑みを向けながら、南さんのメイドっぷりを賞賛する。たまに俺の肩や背中を触るのはきっと気のせいなんだろう。きっとそうに違いない。

 南さんとも互いに自己紹介をすませると、高坂さんが南さんの隣に立った。

「比企谷君。ことりちゃん、とっても可愛いよね!」

 さっきと同じ質問か。俺は目を逸らしながら答える。

「ああ、そりゃあ……伝説だし」

「あはは、ありがと♪」

 南さんはきっと言われ慣れているのだろう。にっこりと笑い返してくれた。

「むぅ、私もメイド服を着ようかしら」

「あはは……」

 一息ついてアイスコーヒーを口に含むと、急に寒気を感じた。

「…………」

 うわぁ……。

 園田が思いきりこっちを睨んでいる。

 はっきり言ってやばい。

 スカウターが壊れんばかりの戦闘力をひしひしと感じる。何なら覇気だけで気絶させられちゃうレベル。

「ひ、比企谷君。大丈夫!まだ汚名は挽回できるよ!私もあんな怒り方は見たことないけど!」

「ベタすぎる間違いをどうも。あと不安を煽るのは止めてくんない?」

「ファイトだよ!」

「つっても今は……」

 別に仕事が終わってから謝るのでもいいかもしれないが、何故かできるだけはやく謝りたかった。まったく自分らしくない。

 タイミングを窺っていると、南さんがぽんと掌を合わせた。

「あ!それじゃあ、外で待ってて!」

 

 俺は南さんの指示で、ビルの裏側のゴミ捨て場に行かされた。陽当たりはあまり良くなく、街の賑わいはやけに遠く感じた。

 程なくして彼女はゴミを片手にやってきた。

「…………む」

「お、おう……」

「ふん……」

 小さく手を挙げてみたが、彼女はつんとそっぽを向いてしまい、ゴミを手早く捨てて立ち去ろうとする。

「あ、おい!」

「……何ですか?」

 本気で怒っているというより、機嫌を損ねているという言い方がしっくりくるような感じだ。

 俺は園田から目を逸らさないように気をつけながら、謝罪を口にする。

「さっきは悪かった。少し調子に乗りすぎた」

「別に構いません。私と貴方はいつもあんな感じですからね。ただ……」

「?」

「自分でもよくわからないのです。貴方がすんなりとことりを褒めた時、つい苛ついてしまいました」

「…………」

 何を言えばいいのかわからず、温い沈黙が降りて来始めると、園田は小さく微笑み、背を向けた。

「仕事に戻りますね」

 自然と口が開いた。

「園田」

「はい?」

「その……あれだ。いいと思う……その格好」

 彼女は俺の言葉に大きく目を見開き、少しオロオロしていた。しかし、すぐに気を取り直し、こちらを向いた。

 その顔は笑っていた。

「あと3時間くらいで終わりますので、中で時間を潰しててください。そして、甘い物を奢ってくれたら許してあげます」

「さっき怒ってないって……いや、わかったよ」

 口で言う程の不満は感じなかった。むしろ、胸のつかえがとれ、心の風通しがよくなり、清々しい。

 そして俺は、園田が視界からいなくなるまで、その華奢な背中を眺めていた。

 

「ふふっ。いいと思う……ですか」

 園田海未は、自分が笑顔になっているのにも気づかなかった。

 

 





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第24話


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「バカ……」

 由比ヶ浜は駆け出し、振り返る事はなかった。

 その背中を見ながら、溜息を吐く。

 自分で自分の言葉を止める事が出来なかった。

 俺は知らず知らずの内に、拳を強く握り締めていた。

 

 数日後……。

「どうかしたのですか?」

「いや、何でもねーよ」

 タオルで汗を拭いながら尋ねてくる園田に、内心を悟られないように答える。てか、休日に男女二人が道場で筋トレって……。こいつと色っぽい展開などハナから期待はしていない俺でも萎える。そう、これは下心とかではなくただの習慣なのだ。

「…………」

 園田が何も言ってこないので、誤魔化せたと思い、安心していたら、首筋に冷たいペットボトルを押しつけられる。

 いきなりの刺激に体が跳ね上がり、気持ち悪い声が出た。

「お、おい!」

「嘘をつくのが下手すぎますね」

「いや、別に……」

 こちらが反応に困っていると、するりと隣に移動してきた。その白い頬を汗が伝っているのを見て、何故か顔が熱くなった。淡く甘い香りはいつも通りすぎて、同じ運動をしていたのが信じられないくらいだ。

 園田は再び汗を拭い、口を開く。

「無理に聞き出す気はありません。ですが、話して楽になることもあります」

「…………」

 彼女の目を見る。

 こいつの性格からして当たり前といえば当たり前なのだが、その瞳には好奇心などではなく、純粋な気遣いが見てとれた。

 その瞳を数秒間眺めていたら、自然と言葉が零れてきた。

「……少し長い話になる」

 

 

「なるほど……」

 話を聞き終えた園田は、折り曲げた人差し指を顎に当て、しばらく考え込んでいた。さすがスクールアイドルというべきか、一枚の絵になりそうな可憐な構図だ。……ジャージでさえなければ。

 あまり重い空気にするのは気が引けたので、軽い感じで口を開く。

「まあ、あれだ。前の関係に戻るってだけの話だ。俺にとってはよくある事だ」

「果たして、そうでしょうか?」

 意外な事に、やんわりと否定してきた。

「……どういう事だ?」

 園田は俺の目をしっかりと見つめてくる。

 深い碧のような優しさを伝えてくる瞳に秘められた感情は読み取る事が出来なかった。

 そして、彼女は一文字一文字噛み締めるように言葉を紡ぎ出す。

「その……由比ヶ浜さんという方の貴方に対する感情は、同情なんかじゃないと思いますよ」

「…………」

貴方は、その……もう少し自分に自信を持っていいのではないでしょうか」

「…………」

「貴方の過去の出会いが貴方を卑屈にしてしまっても、明日出会う人は貴方の本当の価値を見つけてくれるかもしれません。貴方が自分を貶めてばかりいては、却ってその人を傷つけてしまうかもしれません」

「…………」

「少し偉そうでしたね。ただ、私は……」 

「園田」

「はい?」

「その……ありがとな。割と楽になった」

 俺の感謝の言葉に、園田は口をモゴモゴさせ、小さく頬をかいた。

「や、やけに素直ですね……どういたしまして。じゃあ、続きをしましょうか」

「そこは手加減しないんだな……」

「当たり前です。でも貴方も最近体力がつきましたね。すごいと思いますよ」

「そうですか」

「そうです!さ、始めますよ!」

 俺は何も考える事が出来なかった。

 胸の辺りが妙な感じだ。

 決して不快ではない。

 温かな何かが心をくすぐっていた。

 





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第25話

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「はい。比企谷君、どうしました?」

「ああ、その……この前、相談した件についてなんだが……」

「は、はい……」

「……とりあえず、何とかなった。助かった」

「いえ、お礼なんて……」

「……割と、嬉しかったんだよ」

「え?」

「なんつーか、相談にのってもらった事なんてなかったからな……」

「そうですか……お役に立てたのなら、幸いです」

「あ、ああ…………ありがとな」

 

 

「ふぅ……」

 ダンス練習の合間の休憩時間。昨晩の電話を思い出し、小さく溜息が零れる。どうしたのでしょうか。すっきりしないというか。この気持ちはなんなのでしょう?

「海未ちゃん、大丈夫?」

「ひゃわっ!?」

 突然、背後からかけられた声に、びくんと体が跳ねてしまう。

「あ、ごめんね?」

「いえ、こちらもぼーっとしていたもので……」

「珍しいね。海未ちゃんがそんな風になってるの……」

 ことりが気遣うように顔を覗き込んでくる。どうやら心配をかけてしまっていたようです。

 ことりに謝ろうとすると、いつもの元気な声が割って入ってきました。

「ことりちゃん!海未ちゃんはね……ふふふ」

「?」

「穂乃果ちゃん?」

 穂乃果が何やらいやらしい笑みを浮かべていますが、どうかしたのでしょうか?長年の経験から言って、嫌な予感しかしないのですが……。

「恋……してるんだよ!」

「えぇぇ~~~~!!!!」

「なっ!?」

 とんでもない事を言い出した穂乃果に対し、ことりは驚愕の叫び声を上げ、私は慌てて馬鹿な幼なじみの口を塞ぐ。

「んぐっ!ううぃひゃん!んぅ~!」

「な、な、な、何を言っているのですか、貴方は!?」

「う、海未ちゃん!?穂乃果ちゃんが!」

 しばらくの間、3人の取っ組み合いが続きました。

 

「はぁ……はぁ……もう!ひどいよ海未ちゃん!」

「穂乃果が訳のわからない事を言うからです!」

「え?だって海未ちゃんって比企谷君が……」

「また締め上げられたいようですね」

「ご、ごめ~ん……」

 私と穂乃果のやり取りをハラハラと見守っていたことりが、何か閃いたように、ポンッと手を合わせました。

「あ、比企谷君ってこの前の……」

 くっ、やはり覚えていましたね……。

 忘れていてくれれば助かったのですが。

 しかし、ことりは穂乃果と似たような事を考えているのか、不自然なくらいニッコリと笑っています……。

「う~みちゃん♪」

 かくなる上は!

「さっ!休憩時間は終わりですよ!」

「あ~~!」

「ずる~い!」

 まさかこのような辱めを受ける事になるとは。

 おのれ比企谷八幡!

 今週はトレーニングのメニューをこっそり増やしてあげます!

 

「……!」

「どうしたの八幡?」

「……今、寒気が」




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第26話


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「なあ、園田……」

「何ですか?」

「今日……いつもよりきつくないか?」

「知りません!ふんっ」

「なんか理不尽なんだが……」

「さ、まだまだ行きますよ!」

「お、おう……!」

 どうやら今日の園田はご機嫌ななめらしい。俺、なんかしたっけ?理由を聞こうとしても、目が合ったら合ったで、顔を真っ赤にしてそっぽを向くという、にっちもさっちもいかない状態だ。なので、ここは俺らしく放置しておく事にした。これは敵前逃亡ではない。戦略的撤退である。

 

「はあ……はあ……海未ちゃん……もう……どこまで走るの?」

「はあ……はあ……私……もうダメかも……」

 

 しばらく走ってから、いつもの公園で休憩する事にした。相変わらず多くの人で賑わっていて、あちこちにシートを広げてゆったりしている家族連れやカップルがいた。芝生のふわふわした感触が心地良い。

 俺と園田はその賑わいから少し離れた場所に腰を下ろしていた。

「そういや、また順位上がってたな」

「え?」

「スクールアイドルのランキングだよ……」

「あ、ああ、そうですね!ありがとうございます」

 園田はやたらとあたふたしながら頭を下げる。この前とテンションが違いすぎて、こちらが反応に困る。

 さっきあんなに走っていたから具合が悪いとかはないと思うが、念のため聞いておいた方がいいかもしれない。

「なあ、もしかして具合悪いのか?」

「ち、違いますです!」

「……やっぱおかしいぞ」

「そ、そんな事はありません!飲み物を買ってきます」

「あ、おい……!」

 自動販売機の方へ駆けだした園田について行こうとしたら、足がもつれた。

「っと!」

「きゃっ!」

 普段ならまだ踏ん張れたかもしれないが、さすがに足がくたくたになっていて、それもできず、園田を巻き込み、芝生に倒れ込んだ。

「悪い。だ、大丈夫か?」

「ええ。だいじょう……」

 園田が怪我をしてないようなので安堵したのも束の間……。

「…………」

「…………」

 彼女の顔が目の前にあった。

 どのくらい近いかというと、あと少しで唇が触れ合うくらいの近さである。

 ……やばいやばいやばいやばいやばい!!

 自分が置かれている状況に気づき、起き上がろうとするも、体が動いてくれない。俺は完全に園田に魅せられていた。

 園田は不思議と声も出さず、とろんとした目をこちらに向けるだけだ。そして、いつの間にか肩に置かれていた彼女の手に徐々に力が入っていった。

 そのまま熱い吐息が何回か交わってから、理性が飛びかけた瞬間……

「「ちょっと待ったぁ~!」」 

 





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第27話

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「「!?」」

 突然現れた二人分の人影に驚き、俺と園田は風を切るようなスピードで距離をとる。

 真っ先に声を上げたのは園田だった。

「なっ……い、一体どうしたのですか!?二人して……」

 落ち着いて目を向けると、突然現れた二人組の正体は、高坂さんと南さんだとわかった。

 二人は何故か俺達より焦った顔をして、かなり息を荒くしていた。はっきり言って、少し怖い。

「ど、どうしたはこっちのセリフだよ!!二人共こんな所で……!」

「海未ちゃぁん……!」

「お、落ち着いてください!」

「…………」

 何やら変な誤解をされている気が……

「こんな所でキスするなんて!!」

「海未ちゃぁん……!」

「キ、キス!?」

 園田の目が大きく見開かれ、頬が紅く染まり出す。

 ほらやっぱりこの子誤解してるじゃないですか!

 俺は慌てて状況を説明しようとする。

「なあ、別に……」

「比企谷君!」

「はいぃ!」

 いきなり高坂さんの顔が近くに来て、言葉が引っ込んでしまった。パーソナルスペースに簡単に侵入しないでくれると助かるのだが。こんな時、長年のぼっち生活の弊害を感じ、やはりぼっちでいるのが一番楽だと確信してしまう。

 俺がたじろいでいると、園田が高坂の腕をとる。

「ご、誤解ですよ、穂乃果!」

 そのまま園田は高坂さんを俺から10メートルぐらい引き離す。……ちょっと遠すぎやしませんかねぇ。地味に心を抉られた気分だ。

「あの……」

「?」

 南さんがおずおずと声をかけてくる。

「海未ちゃんと……付き合ってるの?」

「「いや、そんな、わけない」ありません」

 南さんのあり得ない質問に、俺と園田は同時に首を振り、キッパリと否定する。

「でも、なんで休日に一緒に運動してるの?」

「「ただのトレーニングだが」ですが」

「「…………」」

 高坂さんと南さんは揃って怪訝そうな目を向けてくる。しかし、他に説明しようがない。

「でも、この前のデートは……」

「「デートじゃない」ありません」

「「…………」」

 二人はまだ怪訝そうな目のままだ。

 しかし、それに構わず園田は口を開く。

「まったく……私がこのような破廉恥な男と……」

「いや、半分くらいはお前が原因だからな」

「ほう、あまり無礼な事を言うようなら、今日のお昼ご飯のおかずが減ることになりますが」

「お前、それはさすがに許容範囲を超えてるぞ。誰がこの前、道場や廊下の雑巾がけを手伝ったと思ってる」

「その後、着替えの最中に入ってきたのは誰ですか?」

「ぐっ……いや、その後現代文の宿題の間違い直してやっただろ」

「むむっ……わ、私は数学を教えてあげましたよ」

「「…………よし」」

「じゃあ家まで競争しますか。貴方が勝てば、今日のところは私の負けを認めましょう」

「しゃあねえ。やるか……」

「では穂乃果、ことり。午後の練習で会いましょう」

 園田は二人に軽く手を挙げ、勢いよく駆けだした。

 俺も一応、二人に会釈してからスタートする。何か忘れている気がするが、今はそれどころではなさそうだ。アイツ……もうあんな所に……フライングじゃねえのかよ。

 俺は既に小さくなった園田の背中に追いつくべく、歩幅を少し大きくした。

 

 公園にいる方々

『……もう付き合っちゃえばいいじゃん!!』

「チカ」




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第28話


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「最近、海未ちゃん一段と綺麗になったねぇ」

「はい?」

 練習後、タオルで汗を拭いていると、希からいきなりな事を言われる。

 私はその言葉の意味を飲みこむのに暫く時間を要したが、意味に気づいてからは、反射的に否定した。

「な、何を言っているのですか!私はい、いつも通りです」

 勿論、褒められて悪い気はしない。しかし、自分の性格上どうしても恥ずかしさの方が勝ってしまう。こういった素直じゃないところが、可愛げのなさに繋がるのだろう。

 希は私の反論などお構いなしに、私の顔を覗き込む。その目はいつものように、悪戯っぽく細められていた。ただ、私の視線は、その豊満な胸にいってしまった。男の子は大きい方を好むと聞いた事があるが、彼もこのぐらいが好きなのだろうか。だとしたら、即刻その破廉恥な精神をたたき直さなければ。

 考えていると、希が口を開いた。

「もしかして~……恋?」

「はあっ!?」

 私はここ最近、立て続けに聞かれた質問に、同じような驚き方で返した。

 視界の隅では、穂乃果とことりがニッコリと微笑み、絵里がチラチラとこちらを窺っていた。あれ?今、風も吹いていないのに、絵里のポニーテールがくるりと回った気が……。それに、ことりの笑顔もいつもより曇っている気が……。

 他のメンバーもキョトンとした目を向けていた。

 こ、これは分が悪いですね。

「全く……そんなわけないじゃないですか。私達はスクールアイドルなのですよ。恋愛だなんてとんでもない。さぁ、もう遅いので帰りましょう。そうしましょう」

 私は練習着のまま、その場をさっと立ち去った。

 ことりには後で電話でもしておきましょう。

 

『怪しすぎる……』

 

 自宅でも小さな変化が起こっていた。

 何だかやけにおかずの量が多い気が。

 私の視線に気がついたお母さんが照れ笑いを浮かべる。

「ふふっ。貴方と八幡君が一緒に運動してる姿を思い出してたら、つい勘違いして作りすぎちゃって」

「珍しいですね」

「これで貴方を」

「な、何を言っているのですか!?」

 私はまた同じような反応をして、お父さんはかなり動揺していた。唐揚げをお味噌汁の中に入れ、やたらとかき混ぜている。いや、それより……

「お母さん、今……八幡君と言いませんでしたか?」

「あら、言ったわよ。小町ちゃんも名前で呼んでいるわ」

「…………」

 おかしい。

 何故か胸がざわついてしまっている。

 たかが名前で呼んだだけではないですか。

 ……本当にどうしたのでしょう?私は。

 考えていたら、つい食べ過ぎてしまい、外を走っていたら、ことりに電話するのを忘れてしまっていた。

 





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第29話

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「はっ……はっ……」

「あら、おはよう」

「っす……」

 朝のジョギング中。最近よく見かけるおばちゃんが笑顔で声をかけてくれたので、走りながら会釈する。こういう時に笑顔を添えられない辺りが俺のぼっちたる所以だろう。

 そんな事を考えていると、いつの間にか我が家に辿り着いていた。一人で思索に耽る事ができるあたり、ジョギングはぼっち向けのスポーツといえるだろう。

 俺はシャワーを浴び、支度を済ませ、朝食を摂る事にした。

 

「…………」

「どした?」

「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃない」

「……小町ちゃん。お兄ちゃん、傷ついちゃうよ」

 朝から兄の存在全否定とか。

 うっかり死んじゃうレベルじゃねーか。

「だって、最近のお兄ちゃん……マジメじゃん」

「いや、ぐれるよりマシだろ……」

「そうじゃなくて。ちょっと前までは朝はギリギリだったり、たまに起きなかったりじゃん。それが最近では朝からジョギングして……それに……」

 小町はこちらに近寄り、俺の体をペタペタと触りだした。

「小町ちゃん。兄と妹だなんてエロゲー展開、お兄ちゃんは認めませ「キモい」はい」

「やっぱり最近、たくましくなったね」

「まあ、あんだけ運動させられたらな……最近二度寝しようとすると、あいつの鬼のような形相が夢に出て来るんだよ」

 夢の中でも圧迫してくるとか……そろそろパワハラで奴を訴えてもいいんじゃないですかねぇ。

 小町はそんな俺を見ながら、これ見よがしに大きな溜息をついた。

「はあ……お兄ちゃんが朝からのろけるなんて……小町も予想外だよ」

「……は?」

 今、のろけとかとろみとか聞こえたような……。

 小町は味噌汁をすすり、一息ついてから、ニヤリと怪しい笑顔を浮かべる。

「は?じゃないよ。だってお兄ちゃん、海未さんの事が好きなんだよね?」

「小町。熱でも出てるのか?今日は学校休むか?」

「違うよ!だってお兄ちゃん今までの女子に対しての態度と明らかに違うもん!」

「はあ……いいか、小町。これに関しては俺が違うんじゃない。あいつが今までにいないタイプの女子なだけだ」

「そ、そうなんだ……」

「ああ、そうだ。よく考えてみろ。出会って一、二カ月程度の男子を無理矢理鍛え上げる女子がいるか?」

「はあ……」

「ったく、ひどい奴だな。あれじゃ、嫁の貰い手なんか……電話が来やがった。噂をすれば影か」

「…………」

 一体何の電話だろうか。まあ多分、俺がトレーニングをサボっていないかどうかの確認だろう。

 

「どした?……いや、朝の挨拶って……ああ、はいはい。おはよーさん」

 

「いや、サボってねーから。そっちこそどうなんだよ」

 

「まあ、あれだ。新曲の練習……頑張れよ」

 

「手作り料理?いや、お前下手そう……いや、すいません。わかりました。ありがたくいただきます」

 

 小町は誰にも聞こえないくらいの声で呟いた。

「いや、仲良すぎだから」

 




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第30話


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「それは……本当なのですか?」

「うん……」

 ことりは俯いたまま唇を噛み締め、上着の裾を握り締めた。こんな表情を見たのは初めてで、私は何と声をかければいいかわからなかった。しかし、そのまま黙っていることも出来なかった。

 海外留学。

 考えた事もなかった。

 ずっと一緒だと……穂乃果とことりの前では大人ぶっていながらも、心の何処かで思っていた。

 突然訪れた鈍い衝撃は、痛みすら感じる余裕がなかった。

 それでも頭を何とか回転させ、口を開いた。

「穂乃果には……いつ言うのですか?おそらくまだ言っていないのでしょう?」

「穂乃果ちゃんは……今、他の事は考えられないと思うから……終わったら言うよ」

「そう、ですか」

 最近の穂乃果は、確かに根を詰めすぎというか、ラブライブの事しか見えていないように思える。果たしてどのタイミングで言えばいいのか……。

 考えていると、ことりがいつもの彼女を装ったような笑顔を浮かべて言った。

「大丈夫だよ!今度のライブが終わったら、ちゃんと言うから」

 私はその言葉に黙って頷くだけだった。

 

「……だ……園田」

「あ、はい!何ですか?」

 耳に馴染んだ低い声が私を現実に引き戻してくれた。

 受話器の向こうからは、小さな溜息が聞こえた。自分から電話しておいて、碌に要件も話さずに、私は何をやっているのでしょうか。

 彼はそんな私の心情に気づいたか、ただの気まぐれか、彼にしては珍しい茶化すような口調で話しだした。

「お前、調子悪いんじゃねえのか?さっきから、いつもの無駄に強い覇気がねえぞ」

「は、覇気!?失礼な!これでも女の子ですよ!」

 覇気とか……もしかして、私は怖がられているのでしょうか?

 しかし、彼は私の乙女心などお構いなしに話を続ける。

「で、何かあったのか?」

「…………」

 私はつい口ごもってしまう。

 彼に言えば、少しは気分も楽になるかもしれない。

 しかし、ことりの秘密を、穂乃果より早く彼に知らせるのは気が引けた。そもそも比企谷君と親しいといえるのは私だけだ。

「……ありません」

「……………………そうか。ならいい」

 彼が納得していないのはわかりきっていました。

 

 園田と電話してから数日後、μ'sに事件が起こった。

 ラブライブ進出を賭けたライブ中に高坂さんが高熱で倒れてしまった。

 ここ数日間の無理がたたったらしい。

 程なくして、μ'sは大会そのものを辞退し、ランキングから姿を消した。

 そして、先日の園田の電話での様子から考えて、他にも何かあるような気がした。

 それはμ'sに関係あるかもしれないし、ないかもしれない。

 もしくは俺の取り越し苦労かもしれない。

 ……ああ、訳わかんねえ。

 何故だか見当もつかないが、どうやら俺は俺に苛ついているらしい。

 どうしてあの時もっと聞かなかったとか……今さらな事を考えている。

 こんな事を考えてしまうあたり、俺もかなり園田に毒されてきたらしい。いや、毒とか言ったらあいつは怒るだろう。私が貴方の毒を抜いてあげたのですとか言いそうだ。

「…………」

 気がつけば、俺は部屋を飛び出していた。

 小町の「がんばれ~」という小さな声援を背に家を出て、駅まで自転車を本気で漕ぐ。通行人の不思議そうな目も全く気にならなかった。

「あれ……八幡?」

 天使の声もスルーして駅までひたすら突っ走った。

 

 7月半ばのこの時期に全力疾走をしたせいで、駅に着く頃には、かなり汗だくになっていた。勿論、東京に着いてからも走った。

 今は園田の家に近い小さな公園のベンチに座っている。かなり年季の入った木製のそれは、疲れた体を癒してくれた。そして、体を伸ばし、空を見上げると、茜色の中に星が幾つか輝いていた。

 多分、ここで待っていれば会えるだろう。

 少しの間、目を閉じ、静かに待つ事にした。

 風が吹き抜け、ほんの少しだけ体を冷ましてくれる。何を言うかなんて考えていなかった。ただ、もしあいつが落ち込んでいたら、問題を抱えていたら、何かできるんじゃないかという自惚れに似た感覚があった。

 根拠のない自信とか……本当に俺らしくない。

 やがて、待ちわびた声が微かに耳を撫でた。

「比企谷君……」

 目を開けると、驚いた顔をした園田が、いつもより頼りなく佇んでいた。

 そして、その瞳は涙に濡れていた。

 





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第31話


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 園田は俺を見て、小走りに駆け寄ってきたが、信じられない、というような顔をしていた。何か長い物を背負っていて、どうやら今日は弓道部の方に顔を出していたらしい。

 そして、彼女は現実を確かめるように呟いた。

「どうして……」

「…………」

 俺は何も答えない。

 実際のところ、何と言えばいいのかわからなかった。

「あの……」

「……偶然通りかかっただけだ」

 苦し紛れに適当すぎる理由を口に出すと、園田はポカンとした顔になった。

「…………」

「…………」

 おぅ……冷たい沈黙……。

 ここまで凍りついたのは、中学時代……

「……ふふっ」

 俺が辛い回想をする前に、園田の笑い声が沈黙を破ってくれた。

 彼女はからかうような視線を向けてくる。

「随分変わった寄り道ですね。電車まで使ってこんな所に来るなんて」

「ああ、だからぼっちなんだろ」

「いえ、それは全然関係ありません」

「そこは冷静にツッコむのかよ……」

「でも、どうしたのですか?穂乃果は大事には至らなかったですし、廃校は取り止めになりました。何も心配する事など……」

「はあ、そっか……」

「ええ、そうです」

「それで……お前は本当に大丈夫なのか?」

「……!」

 園田の目が一瞬見開き、小さく唇が動いた。人間観察が趣味の俺でなくとも、何かあったかなど一目瞭然だった。

「いえ、別に……」

「そういうのいいから」

 否定の言葉をピシャリと封じる。ここで引き下がると、これまでにない後悔をしてしまいそうな気がした。

 園田はしばらく俺の目をじっと見て、やがて小さく息をつき、俺の隣に腰を下ろして言った。

「少し……長くなりますよ」

 俺はさっきより星が増えた夕空を見て、重い空気になりすぎないように返した。

「どうせ暇人だよ」

 

 園田は一つ一つ噛み締めるように、今μ'sに起こっている事を話してくれた。南さんの留学。それを高坂さんに言うタイミングがなかった事。そしてケンカになった事。さらに高坂さんのμ's脱退宣言とそれに怒った園田の……

「私は……どうすればよかったのでしょう?」

 園田は消え入りそうな声で呟いた。いつもの大人びた凛々しさはどこにもなく、年相応のか弱い女子に見えた。その無自覚な上目遣い止めてくれませんかねぇ……。俺は、不謹慎だとわかっていながら高鳴る鼓動を、必死に見て見ぬふりをした。

「貴方なら、どうしますか?」

「俺がそんな風に仲間と感情ぶつけ合ったりしてる奴に見えんのか」

「見えません」

「いや、だから即答って……合ってんだけど……」

「ただ……貴方ならどうするかと」

「それを聞いても意味ないだろ」

「ふふっ、確かにそうですね。私ったら……」

「いや、別にいいんじゃねえの?」

「何がですか?」

「お前はいつも頑張ってるから……お前が馬鹿みたいに真っ直ぐなのは……一応、知ってるつもりだ」

「そ、そうですか……馬鹿みたいに……まあ、いいですけど」

 馬鹿みたいにという言葉に対する反論を飲みこんだ園田に鞄から缶コーヒーを取り出す。

「ほれ」

「これは……なんですか?」

「いいから飲めよ」

 彼女は銘柄を確かめる事なく、缶の中身を口にする。

「甘っ!?」

 予想通りのリアクションが喜ばしいような、悔しいような……まあ、いい。

「な、何ですかこれは!」

「MAXコーヒー」

「これが例の……」

「ああ、疲れた時には甘い物っていうだろ」

「……そうかもしれません」

「なあ、園田…… 」

「はい?」

「お前……南さんに留学して欲しくないし、高坂さんに戻ってきて欲しいし、μ's……続けたいんだろ?」

「……はい」

「なんつーか……お前、もう少しわがままでもいいんじゃねーの?」

「…………」

「いつも頑張ってんだから、たまに本音ぶちまけたって、バチは当たらねーよ。俺みたいなのでも平穏無事に暮らしてる」

 園田はしばらく俺を見つめた後、そっと距離を詰めてきた。気恥ずかしくなり前を向いていると、今度は肩に重みを感じた。どうやら額を押し当てているようだ。長い黒髪が甘い香りを撒き散らしながら、膝の辺りに垂れてきて、吐息の熱さがやけに切なく感じた。

「まったく、貴方は……………………うっ…………わぁぁぁぁぁん!!」

 肩を湿らす温もりは、この切ない泣き声は、俺が初めて見た本当の園田海未だった。

 夕陽はもうとっくに沈みきっていた。

 

 





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第32話


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「…………」

「……お、おい」

「…………」

「いや、怖いんだけど」

 先程の園田の号泣からしばらく時間が経ち、ようやく泣き止んだかと思えば、今度は思いきり、こちらを睨んでいらっしゃる。怖い。そして怖い。え、何?次は俺が号泣すんの?

 とりあえず園田の肩に縋りつき、泣こうかと考えていると、彼女が口を開く。

「悔しいです」

「?」

 その呟きには、まだ涙の湿り気が残っていた。

 それでも彼女は言葉を紡ぐ。

「貴方相手にこのようなみっともない姿を見せてしまうなんて……」

「……お前、さっきまで落ち込んでた癖に……まあ、いい。そんだけ元気があるなら大丈夫だろ。俺、もう行くわ」

 時間を確認し、もう帰ろうとすると、園田に手首を掴まれた。

「……どうした?」

「…………い」

「はい?」

「きょ、今日は泊まっていきなさい」

 何を言っているんだ、こいつは。

「いや、明日学校が……」

「明日は日曜日ですよ」

「いや、小町が……」

「今日、貴方のご両親は早く帰宅しているはずですが?」

 ……やべえ。

 うっかり家庭内の事を話しすぎて、幼なじみヒロインばりの知識を持っていやがる。どっかで変なフラグでも立っていたんですかねえ。

「いや、ほら……年頃の男女が同じ部屋とか……」

「な、何をバカな事を言っているのですか!貴方など離れや倉庫で十分です!」

「泊まる意味がなさすぎる……!」

「と、とにかく来てください!お父さんもお母さんも家にいるはずなので」

「いや、何だよその重大イベント。そこに安心する要素はどこにもねえからな」

「ち、違います!そういう意味ではなくて……そ、そうです!こ、今夜はそう……激しい運動がしたくてたまらないのです!!」

「…………」

 間違いなく園田が言っているのはただの筋トレだろうが、卑猥な意味にしか聞こえないのは俺のせいだけではないはず。天然って怖い。

 このまま言い合いをしても、時間の無駄にしかならないので、観念する事にした。

「……わかったよ」

「じゃあ、行きますよ」

 園田は俺の手首を掴んだまま歩き出した。

「おい、園田……」

「…………あの」

「?」

「私の事は……海未と呼んでください」

「……園田」

 園田は手首を握る手にギリギリと力を込め始めた。

「わ、わかった……海未」

「ふふっ、それでいいのです」

 園田は俺の手首を解放し、一歩進んでから振り返った。夜の街灯の明かりに、長い黒髪が流れ、生温い風が吹き抜けていった。

「……今日は……ありがとうございます……八幡」

 満足そうに微笑む園田……海未は、今までで一番綺麗だと思った。

 夜空には星々が敷き詰められ、今の何ともいえないむず痒い気持ちを彩り、帰り道はやけに短かった。

 

 





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第33話


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「はあ……はあ……」

「ふふっ……もうバテたのですか?私は、全然、満足、してませんよ!」

「お前……どんだけ元気なんだよ……鍛えすぎだろ」

「そんな事言いながら貴方だって……一緒に……している内に……いつの間にかこんなに固くなって……」

「半分以上お前のせいだ。シゴきすぎなんだよ」

「そうですね。扱くのは好きかもしれません。さあ、続きを……」

 いきなり道場の扉が開かれる。

 そこには園田の母親・美空さんが立っていた。彼女は焦ったような顔をしていたが、筋トレをしている俺達を見て、キョトンとした顔になる。

「ど、どうしたのですか、お母さん?」

「いえ、何でもないのよ。ふ、二人共、あまり……根を詰めすぎないようにね……」

「わかりました」

「っす……」

 美空さんは扉をゆっくり閉めていった。

「これは……孫を期待してもいいのかしら……で、でもまだ早いわよね、うん」

 何かぶつぶつと呟きが遠ざかっていった。まあ、心配する気持ちはあるだろう。年頃の娘が夜に男と二人で筋トレとか。海未の父親は飲みに誘われているらしいし。

 まあ実際のところ、色気のある展開など全くない。俺は先程まで園田の手が触れていた腹筋に手をやる。

 ……こんなの俺の腹筋じゃねえ。

 なんて言いたい所だが、まあ、成果は素直に受け止めよう。

 自分自身に感心していると、園田がスマホで時間を確認し、立ち上がった。

「確かに、熱中しすぎましたね。ではそろそろ止めにしましょうか」

「ああ、そうしてくれると助かる……ふう……」

「それではシャワー……」

「先に浴びてきてくれ」

「はい」

 ……なんか変なやり取りだ。俺が気にしすぎなだけかもしれんが。ほ、本当に意識なんてしてないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 気を取り直すように、飲み物を取りに立ち上がると、疲れからか、足が思いきり道場の床を滑る。

「っ!」

「きゃっ!」

 そのまま予定調和のように海未を巻き込んで倒れた。

 手に微かな温もりと膨らみ。

 俺はしっかりと園田の胸を掴んでいた。

 さらに焦るあまり、それを軽く握ってしまった。

「ひゃうっ!」

 手に感じる薄く柔らかい感触と共に、海未が小さな悲鳴を上げる。

 海未の熱い吐息が耳にかかり、理性をガンガン揺さぶる。

 こちらが謝ろうとすると、意外なくらい落ち着いた海未の声が耳に届いた。

「ふぅ……そういえば、貴方はそういう所がありましたね」

「こ、困ったもんだよな……」

 後の事はご想像にお任せします。

 

 シャワーを浴び、用意された部屋に向かう途中、海未が縁側に腰掛け、夜空を見上げていた。その表情は、公園で会った時よりも明るく、その様子を見ているだけで、胸の中に温かな何かが灯った気がした。多分、ここに来たのは、あの衝動は間違っていなかったのだ。

 しばらくそのままでいると、彼女が俺に気づいたので、人一人分くらいの間隔を開け、腰を下ろす。

 それとほぼ同時に、海未が沈黙を破った。

「は、八幡」

「……どした?」

 自分から名前呼びを提案しておいて照れるとか……こっちが余計に意識してしまうから止めていただきたいんですが。

 彼女は伏し目がちに俯いたまま、呟くように言った。

「今日は……本当にありがとうございます」

「さっき聞いた」

「相変わらずの反応ですね」

「そりゃあな」

「ふふっ……貴方のそういう所、好きですよ」

「……は?」

「え?あ!ち、違います!貴方など嫌いです!」

「いや、そこまで違うのかよ……」

「あ、ご、ごめんなさい!なんというか……」

 園田はぼんやりと浮かぶ満月を見上げながら、言葉を丁寧に紡いだ。

「……貴方といると飽きませんね」

「……そりゃどうも」

 夜風が吹き抜け、また海未の髪や草花をさらさらと揺らす。

 さっきより涼しくなった風が、今日の二人を労るように、優しく包んでいた。

 





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第34話


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 1学期が終わり、夏休みに入ってから1週間。

 日に日に気温が高くなるように感じ、クーラーが恋しくなるこの時期。俺は炎天下で人たちを待っていた。

 ジリジリと肌が焼かれていくような感覚。暑さをもろともせず行き交うリア充。ああ、帰りた……

「八幡!」

「おう……」

 夏の暑さをふきとばすように天使が駆け寄ってくる。来てよかった。夏大好き。戸塚最高!

「ごめん。待たせちゃった?」

「いいや今来たところだ」

「それじゃ、行こうか」

「そうだな」

 俺と戸塚は挨拶もそこそこに電車に乗り込んだ。

 なんかデートみたいでテンション上がる。オラ、ドキドキすっぞ。

「八幡っていつの間にか園田さんととても仲良くなってたんだね!」

 戸塚の一言であっという間に現実に引き戻される。

 そう、今日は戸塚と二人きりのデートではなく、海未と高坂さんと南さんを含めた5人でプールへ行く事になっている。

 海未が商店街の福引きで無料チケットを当てたらしく、夏休み初日の夜に電話で誘われた。

『チケットか、良かったな』

『あの、それで……八幡の予定の方は』

『ああ、夏休み中は忙しくて』

『暇みたいですね。よかった』

『……おい』

『私は穂乃果とことりを誘いますので、貴方もお友達を誘ってきてください』

『いや、ちょっと待て……』

『あ……無理せずに小町さんとでも大丈夫ですよ』

『いや、気遣いの方向性がおかしいから。まあ、いいんだけどよ……』

 こんな感じでなし崩し的に予定が立ってしまった。まあ、断る理由も特にないし、あれから気まずくなってない事もわかったので別に構わないのだが。

 ……いつぞやの朝、海未が寝ぼけて布団に入ってきた時の事を思い出す。

『『…………』』

 互いに目を見開き、至近距離で見つめ合う。

 園田のぱっちりと大きな目や形のいい鼻、小さく開かれた桜色の唇が少しだけ震えていた。

 本当はすぐにでも目を逸らし、起き上がるべきなのだろう。しかし、それができない自分がいた。

 俺は完全に園田に見とれてしまっていた。

 朝の微睡みの中、こんなにも綺麗なものがあるのだと、ぼんやり思った。

 しばらくすると、その魔法のような時間は終わった。

『あ、貴方は朝から何をしているのですか!』

『いや、それはこっちのセリフだから』

「八幡……八幡!」

「おお……どした?」

「もう、どうしたの?ぼーっとして……」

「いや、すまん……少し考え事してた」

「もしかして……園田さんの事?」

「…………」

「あ、八幡寝たふりしてる!」

 

「ねえ、海未ちゃん。比企谷君の事考えてたの?」

「…………」

「寝たふりしちゃったね」





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第35話


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「あ、来た!おーい!」

 待ち合わせ場所に着くと、俺達に気づいた高坂さんが手をぶんぶん振ってくる。こちらが元気を貰えそうなくらいの元気一杯だが、多分あんな凄まじいエネルギーを受け取ったら消化不良を起こすので、遠慮しておこう。

「うす」

「こんにちは」

「むむっ!」

 戸塚を知らない二人に紹介……と思っていたら、高坂さんが戸塚をジロリと見て目を細めた。

 上から下までジロジロ見られた戸塚がたじろいでいると、急に海未に顔を近づけ、何かを言っている。

「海未ちゃん!あ、あの子すっごい可愛いよ!のんびりしてたら比企谷君とられちゃうよ!」

「ほ、穂乃果!?何を言っているのですか!」

「僕……男の子なんだけど……」

 まあ、これは予想の範囲内だ。

 俺達は軽い自己紹介を済ませる。

「そっかぁ、男の子なんだぁ」

「あはは……」

「う~ん、メイド服とか似合いそうだよね」

「え、遠慮しておきます……」

 頼む、南さん。もう少し押してくれ。

 戸塚のメイド服姿を拝むべく、念を飛ばしていると、肩をちょいちょいと肩を叩かれる。

「……お、おはようございます。八幡」

「ああ、おはよ……う……」

 朝の挨拶が途中でつかえる。

 海未の私服は、普段の彼女のイメージからはかけ離れた丈の短い、薄い青色のワンピースだった。すらりと伸びた白い脚が眩しく、男女問わず二度見してしまう美しさがある。

「ど、どうかしましたか?」

「いや、何でも……」

「ねえ、比企谷君どう!?海未ちゃん今日すっごい可愛いでしょ!」

「あ、え、ああ……そうだと思う」

「あ、ありがとうございます……」

 やばい……。

 これまでこいつと一緒にいて、リトさんばりのラッキースケベ展開が何度もあったが、今日はもうそのフラグ立ちまくりじゃねーか。海未の奴……何考えてやがる。いや、確かに……可愛いのは間違いない。

 ……あまり見ないでおこう。

 

 まずいです……。

 八幡があまりこっちを見ません。

 い、いえ、気を引きたいとかではなく!

 今日は穂乃果とことりがいますし、二人共、そこそこ肌が露出しています。なので、八幡が二人に破廉恥な真似をしないようにしているのです。それだけです!

 な、何としてでも私に視線を向けさせておかないと。

 

「ねえねえ、ことりちゃん!戸塚君!あの二人……すごくいい感じだよね!」

「う、うん……」

「そ、そうかもね」

 二人の微妙な距離感は、一人の能天気な少女を除いて、見ている者にもどかしさを覚えさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええもん、見つけた♪」

「チカ」





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第36話

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 俺達は程なくしてプールに到着した。

 手早く着替えを済ませ、美少女4人の着替えを待っていた。あれ、美少女は4人じゃない?そんなはずは……

「八幡、今変な事考えてなかった?」

「い、いや気のせいだ。それより早かったな」

「僕も男の子だからね。そんなに手間はかからないよ」

 戸塚は白い大きめなパーカーを着ていて、いつも通り可愛らしい。これだけでここに来た甲斐があるというものだ。

 ほんわかとした幸せを噛み締めていると、ハキハキしたよく通る声が飛んできた。

「お待たせ~!」

 高坂さんのこちらを呼ぶ声に、周りの男子共が少しどよめいた。しかし、その気持ちもわからなくはない。

 高坂さんはオレンジ。南さんは黄緑。そして、二人の背に隠れ、恥ずかしそうにしている海未は、青のビキニを着ていた。三人共、そのすらりとした肢体を惜しげもなく太陽の下に晒している。これで人目を引くなというのが無理だ。

「うわ、めっちゃ可愛い」

「あのオレンジの子いいよな」

「緑の子のスタイル、最高」

「俺はあのパーカーの子が……」

「ちきしょう、ぼっちの癖に美少女独り占めしやがって」

「あの青い水着の子、すらっとしててとても綺麗よね~」

 おい、誰だよ。ぼっちとか言った奴。そろそろ正体を現せよ。

 戸塚は目を輝かせ、三人を褒める。

「わあ、皆可愛いね!」

「ありがと!ほら、海未ちゃん!いつまで恥ずかしがってるの?」

「いや、私は二人の陰で……」

 海未は性格からして、肌の露出が恥ずかしいのか、二人の背に隠れようと必死になっている。勿論、全然意味はなく、その姿は余計に人目を引いてしまう。

 高坂さんはその様子に溜息を吐いた。

「はいはい。わかったから」

 南さんは海未を励ますように頭を撫でる。

「海未ちゃん。可愛いから大丈夫だよ」

 そして、二人して海未を押し出した。

「えっ!ちょっ……!」

 二人に押し出された海未が、その勢いで目の前にやってきた。彼女は羞恥で頬を紅く染め、もじもじしながらこちらを窺う。

「…………」

「…………」

 気まずい沈黙。額を伝う汗は暑さのせいだけじゃないだろう。

「……な、何か言ってください」

「……いい感じだ」

「そ、そうですかそうですか……ありがとうございます」

「あ、ああ……」

 顔が熱いのに知らんふりをして、さっさとプールへ向かう事にする。

「あら、皆。偶然ね」

 いきなり声をかけられ、立ち止まると、高坂さんが真っ先に反応した。

「絵里ちゃん!?」

 そこには金髪碧眼の高校生離れした美人がいた。

 白いビキニを身に纏ったその姿は、そこらの芸能人でも太刀打ちできないくらいの美しさがある。

「久しぶり、比企谷君」

「ど、どうも……」

「隣の君は……」

「あ、はい。僕は……」

 戸塚と自己紹介の挨拶をしながら近寄ってくる絢瀬さん。近い近い近い近い!わざとじゃないかと思うくらいだ。 

 そして、絢瀬さんの近くには、もう一人高校生離れしたスタイルの女性が立っていた。紫色に包まれた豊満な肢体に、彼女連れの男も見惚れ、彼女に叱られていた。

 ちなみに本人はそういう視線に慣れているのか、あっけらかんとしている。

「これも神様のお導きやね」

「あ、希ちゃん!」

「二人も来ていたのですね」

 戸塚に自己紹介を終えた絢瀬さんが、何故かまた距離を詰めてきた。肌と肌が触れ合いそうになり、かなり緊張感が走る。

「むっ」

 しかも海未の視線が怖い!中学時代ならうっかりツンデレと勘違いしちゃうレベル。

「ふぅ、素晴らしい偶然ね。神に感謝するわ」

「そ、そこまでですか?」

 絢瀬さんの空を仰ぐ姿に海未はやや引いていた。俺も引いている。

 しかし、彼女はそんな視線は意に介さず、海未に向き直る。

「ところで海未」

「はい?」

「貴方と比企谷君は……その……どこまで進んでいるのかしら?」

「「?」」

「何というか……もう既にドキドキしながらトキドキ、トキメキスしちゃう関係なのかしら?」

「な、何ですか?その歌いたくなるようなフレーズは……」

 歌いたくなるのかよ……。

「まあ、要するに付き合っているのかってことよ」

「「付き合っていません」」

 つい一緒になって否定してしまう。何をどうしたらそう見えるのか。やれやれだぜ。

 絢瀬さんは何故か頬をひくつかせながら、念を押してきた。

「そ、そう?」

「「はい」」

「……本当に?」

「「そんなわけないです。冗談は止めてくださいよ」」

『…………』

 辺りが急に静まり返る。

 沈黙の中、沢山の視線が突き刺さるというのは、ぼっちでなくとも辛い。つまり、ぼっちなら倍は辛いという事だ。

 そんな中、絢瀬さんはようやく笑顔を見せ、こちらに向け、頷いた。

「……わかったわ。し、信じましょう」

 

『信じた!!まだ心が折れていないだと!!』

 




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第37話


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「じゃあ、行きましょうか比企谷君」

「はひゃい!!?」

 別に名前を呼ばれただけで気持ち悪い声が出たわけではない。

 何故か絢瀬さんからいきなり腕を組まれ、肘の辺りに豊満な胸を押しつけられたからだ。てか、な、なな何してんでしょうかね、この人……!

 突然の事に顔が火照り出す途中、鋭い声が飛んできた。

「え、絵里!?何をしているのですか!?」

 海未はその怒声に周りの人がビビるのも気にせず、絢瀬さんに詰め寄る。つーか、近くにいる俺にまで威圧感がビシビシ押し寄せてきて怖い……。

 それに対応する絢瀬さんは至って涼しげで、艶のある笑みまで見せている。

「どうかしたの、海未?」

 その問いかけに、海未はびしぃっと絢瀬さんの腕を指さした。俺の腕は悪くない。悪くないったら悪くない。

「その腕です、その腕!何故八幡と腕を組むのですか!」

「あら、つい私としたことが。それより海未……今、八幡って言ったわね?」

「え?あ、はい。言いましたけど……」

 海未が首肯すると、絢瀬さんは軽くよろめく。その動きはどこかコントじみていた。

「くっ……迂闊だったわ。海未の性格からして、進展なんてないと思っていたのに……」

 そのPVで見せる姿とのギャップに、皆はリアクションにただひたすら困っていた。

「絵里?」

「エリチ……」

「「絵里ちゃん……」」

「あはは……」

 ……何故だろう。俺は当事者のはずなのに置いてけぼりを喰らっているこの感じ。これもぼっちの才能の成せる業なのだろうか。それにしても、絢瀬さんはイメージと違い、割と……いや、かなり人懐っこいというか、スキンシップが激しいというか……さらに、何となくポンコツっぽい……。

 スキンシップに慣れていないので、対応に困っていると(決して胸の感触が嬉しいわけじゃない!ハチマン、ウソ、ツカナイ!)、今度はがら空きになっていた左腕を取られる。それと同時に、かなり控え目な膨らみが押しつけられた。

 左に顔を向けると、海未の顔がすぐ近くにあった。

 いきなりの事に心臓の鼓動が暴発したかのような錯覚に陥ってしまう。

「は?お、おい……」

「な、何ですか?なにか文句でも?」

「いや……」

「さあ、絵里。早く離すべきです。この男は破廉恥極まりないので、何をされるかわかりませんよ」

「おい」

 別に極まってねえよ。

「そ、それぐらい受け止めるわ」

「む、胸を触られたり、股間に顔を、突っ込まれたりされますよ!」

「むしろどんと来いよ!」

「「……は?」」

 つい海未とハモってしまった。

 今、この人何て言った?いや、きっと俺の聞き間違いなんだろうけど。

 そこで、人影が割り込んでくる。

「はいはい、エリチ。そろそろ大人しくしようね」

「はい」

 東條さんが絢瀬さんの頭を撫でて、落ち着かせる。え、何?この二人、親子なの?

「ちょっとこの子を落ち着かせてくるね」

 東條さんはそう言い残して、絵里さんと連れたって休憩所へと向かった。

 嵐が過ぎ去り、ようやく一息つく。プールに入る前か

ら身体が疲れるとか。

「ふぅ……あの二人、なんかすげえな」

「……馬鹿」

 海未が小さく何事か呟いている。

「どうした……てか海未さん」

「?」

「恥ずかしいので、そろそろ離してもらえませんかね」

「……!」

 海未はようやく気づいたのか、慌てて腕を離し、距離を置く。

 彼女はこほんと咳払いをした。こちらも首筋に手を当て、視線をそらす。たまにこいつとの距離感がわからなくなる事があるのは、俺だけのせいではないはずだ。

「さ、さあ、行きましょうか」

「ああ……あれ、戸塚は?」

「穂乃果とことりもいませんね……」

 キョロキョロと辺りを見回しても、それらしき人物はいない。呆れて先に行ったのだろうか。

「「…………」」

 周りの賑やかな声が少し遠く聞こえた。





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第38話

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「まったく……黙ってどこかへ行ってしまうなんて……」

「ごめ~ん。つい、はしゃいじゃって……」

 ぷんすか怒る海未に対して、高坂さんは申し訳なさそうに手を合わせ、南さんは苦笑いでそれを見守っている。その様子を3姉妹に例えるなら、長女は南さん、次女は海未、三女は高坂さんといったところだろう。

 俺の隣では、戸塚がその様子をにこやかに見守っている。

「そういや戸塚もどこ行ってたんだ?」

 俺が尋ねると、戸塚はほんの僅かだけ肩を跳ねさせたが、すぐに気を取り直したように笑顔を向けてきた。

「あはは、高坂さん達と話してたら自然とはぐれちゃって……ごめんね?」

「お、おう……」

 そのあまりに可愛らしい謝り方に、胸が一杯になるが、戸塚のその様子には幾分か嘘が混じっているような気がしたが、スルーしておく。いや、戸塚になら騙されるのも大歓迎!峰不二子に騙されるルパンの気持ちが今ならすごくわかっちゃう!

 海未の説教から解放された高坂さんは、南さんと小声でひそひそとやり取りをしていた。

「やっぱり仲いいよね!」

「うん、でも海未ちゃん恥ずかしがり屋さんだから」

「だよね!……あまりやりすぎると怒られちゃうかも!」

「うん、そうだね。でも、さっきの海未ちゃん可愛かったなぁ」

 こちらから会話の内容までは窺えないが、何やら色めき立ったような表情だ。まあ、あまり女子同士の会話に聞き耳を立てるのも趣味が悪い。俺が悪いのは目つきだけで十分だ。あと性格。

 海未の方に目をやると、二人に訝しげな視線を向けていたが、やがて小さく微笑んだ。その口元には、安心感みたいなものが見られた。

 俺はそっと距離を詰めて、声をかけた。

「……仲直り、出来たみたいだな」

「ええ、貴方のおかげです」

 そんな事を言って、真っ直ぐにこちらを見てくる。かなり近い距離なのだが、海未はいつもと違い、目を逸らしたりしなかった。

 名前のごとく、深い碧を宿したような優しい双眸に捉えられ、何と言えばいいのかわからなくなる。

 太陽がジリジリ肌を焼く感触が、さっきより強調された気がした。

 それでも何とか言葉を搾り出した。

「…………いや、俺は何もしてねーよ」

「そうですね」

「…………」

 すぐに返ってきた返事。

 あれ、何この手の平返し。

 しかし彼女は、今度は一転して、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

「でも、貴方がいてくれてよかったと思っていますよ」

「……!」

 海未は、一瞬だけ俺の手首の辺りをきゅっと握ってくる。

 陶器のように白く、意外なくらい細く柔らかな指は、すぐに離れていった。

「きょ、今日は楽しみましょう……」

「あ、ああ……」

 手首には確かな熱が残り、心臓の鼓動を加速させた。




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第39話


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 俺達は波のあるプールでプカプカと揺られていた。大きな波が起こる度に飛び交う歓声、跳ねる水滴、それらを鮮やかに彩る太陽の光。そんな夏の鮮やかな光景に、俺の口から自然と言葉が漏れる。

「……そろそろ帰るか」

「いきなり帰宅宣言ですか!?」

「いや、暑いし……」

「この時期はどこにいても同じ事です」

「まあ、確かに」

「あはは、でも八幡らしいといえばらしいよね……わっ!」

 突然大きな波が来て、戸塚が驚きの声をあげる。周りからも同じような声が幾つも響いてきた。てか内心俺もびびっている。

 そして、戸塚がその勢いのまま俺の胸に飛び込んでくる。同性とは思えないくらいに小さな体が、すっぽりと腕のなかに収まった。

 ……もう、戸塚の性別は戸塚でいいじゃないかと思うの。

「ご、ごめんね。八幡……」

「いや、大丈夫だ」

 むしろ役得だ。

「…………」

「ど、どうしたんだ?」

 恐ろしいくらいの寒気を感じたので振り向くと、海未がこちらをジト目で見ていた。

「……破廉恥です」

「い、いや、男同士なんだが……」

「顔が破廉恥でした」

「き、き、気のせいだし……」

 くっ、何だ。この鋭さ!

 いや、俺は無実だ!

「あはは……僕、男の子なんだけど」

「でも戸塚君。相手は八幡なので」

「ちょっと、その誰でもいける変態扱い止めてくんない?」

 海未に反論していると、再び大きな波が来た。

「わっ!」

「きゃっ!」

「っ!」

 聞き覚えのある声と共に、やけに柔らかい感触がぶつかってくる。

「ご、ごめ~ん」

「び、びっくりしちゃった……」

「!」

 自分が置かれている状況に気づき、顔が熱くなっていく。

 なんと、前から高坂さんが抱きついていて、後ろから南さんが抱きついているという、思春期男子高校生的には、かなり幸福で、かなり心臓に悪いサンドイッチ状態になっていた。

 前後から柔らかな膨らみを押しつけられ、理性が吹き飛びそうになるくらいに甘い香りに包まれ……やばい。語彙力がやばくなるくらいやばい。とにかくやばい。

「ほ、穂乃果!?ことり!?」

 この非常事態に気づいた海未が、猛スピードで二人を引き剥がす。さすが海未さん、陸と変わらないスピードを発揮している。ひょっとしたら魚人空手も習得しているかもしれない。

「貴方達……何をやっているのですか」

「ち、違うよ!偶然だよ!」

「う、海未ちゃん、怖い……」

「まったく、目を離したらすぐに……っ」

 そこでまた大きな波がやって来る。

 最早嫌な予感しかしない俺は警戒しながら、辺りを見回していたら、急に視界が塞がれ、目の前が真っ暗になった。

 さっきとは質の違う不思議な弾力のある柔らかさに顔が覆われた。つーか、呼吸が……

「……っ……んぐ」

「ひゃうっ」

 耳に小さな可愛らしい声が届く。

「は、八幡……」

 今度は海未の声だ。それは少し震えていた……多分、怒りで……。それに呼応するように、大気や水面まで揺れているような錯覚に襲われる。

 ……絶対にやばい。

 焦るように目の前の何かをどかそうとすると……

「きゃっ!」

 右手が何かを掴み、また小さな可愛らしい悲鳴。

 ……なんて順調な死亡フラグ。褒められてもいいぐらいだ。

 視界が開けたので、恐る恐る状況を確認する。

 そこには、休憩所から戻ってきたらしい東條さんがいた。そして、その豊満な胸の上には、俺の手が置かれていた。いや、しっかり掴んでいた。

「す、しゅ、すいません!!」

 慌てて手を離す。

 東條さんは怒るでもなく、かといって、いつものような余裕たっぷりに微笑むでもなく、顔を紅くして、胸を隠し、俺をジロリと見つめていた。

「……比企谷君のエッチ」

「…………」

「の、希……なんて羨まし……いえ、はしたない事を!よし、私も……比企谷く、キャ~!」

 視界の端で誰かが波に攫われていったが、今はそれより……

「八幡」

「はい」

 海未の手が肩に置かれる。

 あれ、おかしいな。炎天下なのに涼しいな……。

「貴方の本性はよ~くわかりました」

「いや、待て。事故だから」

「その言い訳は聞き飽きました!っ!?」

 殺されると思った瞬間、また大きな波が来た。

 よしっ!これで有耶無耶になる!なんて思った瞬間、今度は今までと違う衝撃が来た。

「「!」」

 頬に柔らかい何かが、ほんの数秒押しつけられ、それは微かな熱を残して離れていった。

 何故かその感触に思考が停止する。

 波が静まり、ざわめきが遠のくと、そこには唇に手をやり、顔を真っ赤にして震えている海未がいた。

「あ……あ……」

 何やら必死に言葉を紡ごうとしているが、口をあわあわさせるばかりで、言葉にはなりきれない音が漏れるだけだった。

 こちらも思考回路が上手く働かないが、何とか海未に声をかける。

「お、おい、海未……」

「……!」

 彼女は唇を手で押さえたまま、回れ右をして駆け出し、あっという間に視界からいなくなってしまった。まるでアニメの演出のような凄まじいスピードである。

「「海未ちゃん!?」」

「八幡、大丈夫?」

 俺はどの声にも反応出来ずに、ただ黙って案山子みたいに突っ立っていた。

 その日はどうやって家に帰ったかもわからない。

 残ったのは、甘ったるく焼け付くような頬の温もりだけだった。

 

 

 翌朝、私は一睡も出来ないままに、昇ってくる朝陽を見つめた。

 真夜中に何度もしたように、唇を指ですっと撫で、昨日の事を思い出す。

 まだそこには彼の頬の感触が残っていた。





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第40話


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「お兄ちゃ~ん」

「…………」

「もしも~し」

「…………」

「こりゃダメだ」

「…………」

「……海未さんと何かあった?」

「っ!」

「お、お兄ちゃん!?か、顔から湯気が出てるよ!!」

 

「海未ちゃ~ん」

「…………」

「もしも~し」

「…………」

「も、もしかして怒ってる?」

「…………」

「そんなぼ~っとした顔で首を振られても……」

「…………」

「もしかして、比企谷君と何かあった?」

「っ!」

「う、海未ちゃん!?どうしたの!?顔から湯気が出てるよ!」

 

 顔が熱い。

 プールでの一件から三日経ったが、まだ頭の中はこんがらがって、まともな思考が出来ていない。もこもこした淡く青い雲に取り囲まれたような妙な感覚のまま、夏休みらしく、ジョギング以外に家からは出ずに過ごしていた。

 そのせいか、ベッドに寝転がっても、眠気が中々やってこない。

 溜息を吐き、頬に掌をそっと当てる。最早何度繰り返したかわからないその動作は、あの時の柔らかな衝撃を思い出させるだけであった。

「…………」

 スマホを手に取り、電話帳を開く。大した人数は登録していないので、目的の名前にすぐ行き着いた。

 しかし、彼女の名前を眺めるだけで終わってしまう。

 電話したところで何を話せばいいのだろうか。

 そもそも俺は何を迷っているのだろうか。

 中学時代のように自惚れていないだろうか。

 おそらく、本人に会わない限り、何もわかりはしないのだろう。

 とりあえず……何もなかった風の態度を装おう。

 我ながら情けない決意を胸に、頭の中でその時のシミュレーションをしてみた。

 

 顔が熱い。

 三日前のプールでの一件以来、頭が上手く働いてない気がします。さすがに自分でも予想していませんでした。

 ベッドに寝転がっても、眠気が中々やってこない。

 指先で唇をそっと撫でる。

 そこにある微熱を確かめるような拙い行為は、却ってあの瞬間を思い出させるだけでした。

「~~~~!」

 枕に顔を押しつけ、何度もベッドの上を転がる。

 こ、これでは私があの男の事が……八幡の事が気になって仕方ないみたいじゃありませんか!

 ……いや、しかし……

 実際のところ、彼は気づいているのでしょうか?

 もしかしたら、頬に何かぶつかったくらいにしか思っていないかもしれません。

 もしそうだとしたら、私はただ自惚れていただけという事になってしまいます。

 さすがにそれは恥ずかしい。

 こうなったら……何事もなかったように振る舞ってみるしかないですね。

 

 ……ぼんやりと目が覚める。

 どうやらいつの間にか寝落ちしていたらしい。

「おはようございます」

「……ああ、おはよう」

「…………」

「…………は?」

 丁寧な朝の挨拶に反応してしまったが、それが海未の声である事に気づき、一瞬で意識が覚醒する。

 起き上がり、声がした方に顔を向けると、そこにはジャージ姿の園田海未が正座していた。





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第41話


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「…………」

「ど、どうかしましたか?」

 ぼーっと眺めていたら、海未が恥ずかしそうに身を捩りだした。その様子にこちらが恥ずかしくなり、その感情を紛らわせるようにカーテンを開け、さらに窓も開ける。朝の穏やかな光と爽やかな風が、この雰囲気を変えてくれそうな気がした。そんな都合よくいかない事は気づいているけれど。

 海未が咳払いをする音が隣から聞こえてきた。

「今日はやけにのんびりしているのですね」

「いや、そっちが早すぎるんだが……」

 まだ朝の7時である。

「……いつからいたんだ?」

「30分前くらいでしょうか」

「ああ……なんか悪い。待たせたみたいで……」

「べ、別に謝る必要はありませんよ。どうかしたのですか?」

「いや、叩き起こされなくてよかったなって思っただけだ……」

「ではお望みどおりに……」

「はい今すぐ起きますとりあえず着替えたいので出てもらえませんかね」

「ふふっ、では玄関で待ってますね」

 海未は穏やかすぎる微笑みを残し、流れるような滑らかな動きで部屋を出て、扉を閉めた。

 ほのかな甘い香りに胸の奥を刺激され、着替えをする動作が焦ったような動きになる。頬の熱がまた目を覚ました気がした。

 

「はっ……はっ……」

「はっ……はっ……」

 走り始めると、言葉はいらなくなるので、特に気まずさみたいなものを感じる事はなかった。

 隣から聞こえる足音と、呼吸の音が規則正しいリズムを作り上げ、それに合わせて体を動かすだけで、どこまでも走っていけそうな気がした。

 そしてリズムを刻み続ける内に、あっという間に公園に到着する。

 そこでリズムは急に途切れた。

 振り返ると、海未が何か言いたそうな瞳を真っ直ぐに向けてくる。

「あ、あの……」

「…………」

 その先に続く言葉が予想できずに、周りから何もかも遮断されたような、切り取られた沈黙が訪れる。

 しかし、それも数秒の事だった。

「こ、この前のプール……た、楽しかったですね」

「……あ、ああ」

 らしくない慌てた口調に、自然と頷く。

 きっと俺は間抜け面をしているだろう。

「ま、また行きましょう」

「……おう」

 口元を手で隠しながらそんな事を言われると、もう確信するしかなくなってしまう。

 しかし、彼女はその上で一旦忘れようと……気まずい空気を取り払おうとしている。

 いつか手首を握ってきた時のような温もりがその声に込められていた。

 彼女はまだ言葉を紡ぎ続ける。

「も、もしくは海でもいいかもしれません。遠泳などの特訓も出来ますし……」

「……自己紹介?」

「怒りますよ」

「ごめんなさい」

「……帰ったら、歌詞を見ていただけますか?」

「……わかった」

 多分、帰りも同じようなリズムを刻むのだろう。

 そして、今はその穏やかなリズムの中で心地良く過ごしていたかった。





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第42話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「……PV撮影?」

「ええ、何でも水着にならなければいけないらしくて……」

「そっか……頑張れ」

「投げやりすぎます!」

「いや、他になんて言や……そうか」

「?」

「海未……お前は気にしてるのかもしれんが……お前はまだ成長の余地はある。気にすんな」

「はい?何の事ですか?」

「奉仕部にもお前と同じ理由で悩んでいる奴がいるからな。別にお前だけの悩みじゃない。その内成長するんじゃないか」

「…………っ!!!な、な、何を言ってるのですか!この変態!あっ、お母さん、何でもないです……」

「あんま夜に騒ぐなよ……」

「あ、貴方のせいではないですか!お、お母さんもこっそり覗かないでください!何ニヤニヤしてるのですか!」

「…………」

「ほら、もうドアを閉めてください!まったく……いきなり何を言い出すのですか!」

「いや、悩みっていうから……」

「そんな事ではありません!いえ、悩んでるといえば悩んでるのですが……でも穂乃果とはそこまでの差はありませんし、頑張ればことりくらいには……」

「おーい……」

「はっ……な、何を言わせるのですか!」

「いや、言わせてないから……てか、話の本題ってなんだったっけ?」

「ああ、そういえばそうでしたね……その……水着を選んで頂けませんか?」

「頑張れよ。それじゃ、お休み」

「いきなり切ろうとしないでください!じ、実は……今持っている水着より少し可愛らしい物の方が曲のコンセプトに合っているという話になりまして……それで……」

「……それで?」

「絵里が『私も新しく買うから、比企谷君に選んでもらうってのはどう?』なんて話に……」

「いきなり話飛んだな……飛躍っぷりがコイキングからギャラドスへの進化並だ」

「ポケモンの話は今はいいのです!だから、その……三日後は空いてますか?」

「ああ、すまんその日は用事が……」

「よかった。暇なのですね」

「おい」

「その程度の嘘が見破れないとでも?」

「……はい。ごめんなさい」

「もしかして……嫌……でしたか?」

「別に……ただ碌なアドバイスはできんぞ。女子の普通のファッションすらよくわからん」

「大丈夫ですよ。似合うかどうかだけ判断してくれれば」

「……善処する。つーか何で絢瀬さんが……」

「さあ……本人は何となくと言っていますから、その通りではないのですか?」

「それじゃあ……そうなんだろうな」

「では三日後……よろしくお願いしますね」

「……了解」

 林間学校での奉仕活動も終わり、夏休みも残すところ、あと1週間。

 まだまだ賑やかになるに違いないと確信した。

 





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第43話


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 三日後、千葉駅へ到着すると、待ち合わせの場所に、既に見覚えのある二人組がいた。その二人の抜群の容姿のせいか、そこだけぽっかりと空間ができている気がする。二度見していく人も珍しくなかった。

 ある程度近づくと、海未の方が俺に気づき、目を鋭くする。何でだよ。

「八幡、遅いですよ。何故千葉にいる貴方の方が後から来るのですか」

「ああ、あれだ。色々あんだよ」

「また嘘ばっかり……」

「いや、俺は無罪だ。有罪というなら証拠を出せ」

 いつもの

「はいはい。夫婦喧嘩はそれくらいにしときなさい」

「「誰が夫婦だ」」

「くっ……改めて見せつけられるとダメージが大きいわね……で、でも勝負はこれからよ!」

「絵里?勝負とは一体……」

「胸の大きさ勝負よ!」

「いきなり理不尽すぎます!」

 ただの死体蹴りである。てか思春期の男子がここにいるんですが、それは……。

「しかし、何故に千葉……別に東京でも……」

「そこは絵里が譲らなくて……」

 絢瀬さんの方を見ると、何やら一人でブツブツ呟いていた。

「よしこれまでは作戦通り。あとは私の水着姿で……」

 あれ、何だろう?少し寒気が……冷たい視線に晒された事はこれまでに何度もあったが、これはそういったものとは別種の寒気である。なんかこう……獰猛な獣に死角から睨まれているような……。

「八幡?どうしたのですか。寒そうにして……こんなに暑いのに」

「俺もよくわからん……」

 それは確かに、嵐の前の静けさだった。

 

「……じゃあ、俺は本屋に行ってくるわ」

「待ちなさい」

 海未に首根っこを掴まれる。

「そんな自然に逃げようとしないでください」

「いや、やっぱり、恥ずかしいし……」

 カラフルな女性用水着に彩られたコーナーは、もう夏休み終盤とはいえ、女性客はゼロではなく、女性物のコーナー特有の甘い香りも漂い、ぼっちでなくとも、男には入りづらい。

「貴方の心に疚しい気持ちがなければ大丈夫です」

「いや、そういう問題じゃねーだろ……」

「大丈夫よ!私達の彼氏みたいに振る舞っていれば!」

「絶対に問題がある……」

 私達って複数系になってるし。

「さ、それでは」

「let’s go!」

「え?あ、いや、まだ心の準備が……!」

 

「むぅ……」

「どした?」

「いえ、あまり可愛らしい水着という物を意識した事がないもので……」

「ああ……お前、どっちかというと機能や耐久性重視してそうだもんな」

「た、確かに……しかし、そうもはっきり言われると、乙女心としては複雑ですね」

 ちなみに絢瀬さんは、どんな水着を選ぶかを楽しみにしていてと言い、向こうの棚へと行った。彼氏云々の話はどこへいった。いや、別にいいんだけど。

 海未は何着か手に取っては、首を傾げ、また同じ事を繰り返している。

「……何着か着てみりゃいいんじゃねーの?」

「それもそうですね……では、どれがいいか選んでいただけますか?」

「いや、絶対に失敗するから止めとけ」

「……それでも」

「?」

「それでも……貴方に選んで貰いたいのです」

 海未はこちらをチラチラと見ながら、頬を紅く染めた。そんな表情をされると、こちらも無下には出来ないわけで……てかその表情、最近狙ってやってるんじゃなかろうか。

 結局、体が自然と動いていた。

「…………わかった」

 そう言って頷くと、海未は微笑みを見せた。

 その空気が妙にこそばゆくて、間を埋めるように、口を開いた。

「まあ、それぐらいしねーと来た意味ないからな。さっさと決めようぜ」

「そ、そうですね」

 

「ふふふ……これチカ。これこそ最高の水着チカ」





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第44話

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 それからしばらくして、3着の水着を選んだ海未は、試着室のカーテンを勢いよく開いた。

「では、行って参ります」

「お、おう……」

 目の前でカーテンがぴしゃりと閉まる。

 そこまで覇気を出さなくても、と思わないでもないが、余計な事を言うと、痛い目を見そうだったので、軽く手を挙げるだけにしておいた。店員さんの視線が少し冷たいのは気のせいではないのだろう。

 俺は更衣室に背を向け、瞑目し、自分の世界に入り込む。単に視線の置き場所がないだけである。

 視覚をシャットダウンすると、今度は聴覚が強調され、背後からは衣擦れの滑らかな音が耳朶を撫でる。

 それでもやっぱり居づらい……絢瀬さん早く来ねえかなぁ。

「おう、八幡よ!ここで会ったが百年目!」

「…………」

「八幡!実は昨日最新作が書き上がったのだ!これも何かの縁、読ませてやろう!」

「…………」

「いや、ごめん。無視は止めて?俺がただの不審者に見えちゃうから。心折れちゃうから」

「何だよ、材木座……」

 はい、唐突な材木座の登場である。

 残念ながら材木座である。

 何が残念かはわからないが、残念ながら材木座である。

 相変わらずウザい程人目を引き、店員さんのこちらを見る目がより一層冷たさと鋭さを増す。勘弁してくれ。

「いや、たまたま貴様を見かけてな。普段入りにくい場所ではあるが、勇気を出して入ってみたのだ」

「……そうか」

「ふむ、貴様はこんなところで何をしておるのだ?はっきり言って場違いすぎてかなり痛々しいのだが……」

「お前にだけは言われたくねえよ」

 

「さて、着替え終わったことですし……よし!」

 

「八幡!それでは……開けますよ」

 

「よし、それではこれが我の新作……」

「ちょっと待て、後にしろ」

 

「え?な、何故ですか!」

 

「む、何故だ。八幡よ」

「いや、あれだ。楽しみにしすぎて、見たらもう、目が離せなくなるというか……」

 

「なっ……い、いきなりなんですか!馬鹿な事を、い、言わないでください!」

 

「むぅ、あからさまな嘘をつきおる……」

「そんな事ねーよ。お前は最高だ!」

 

「な、ななな、も、もう!今日はどうしたというのですか!その……べ、別に嫌とかではないのですが……」

 

「さ、最高……ま、まあ、悪くはない響きである。ふぅ、しかし暑いな」

「じゃあ、さっさと脱いじまえよ」

 

「はぁ!?な、何を……も、もしかして別の色がよかったということですか?」

 

「仕方ない、脱ぐとしよう……この紫色に輝くオーラを……」

「いや、無色だ」

 

「無色!?す、透けているではありませんか!」

 

「つーか、お前そろそろ行けよ。店員さんの目がこっちにロックオンされてるから」

「お、おお……ではな」

 材木座の背中を見送り、そろそろだろうかと海未に声をかける。

「なあ、海未。まだ着替えてんのか?」

「ま、まだ覚悟が……」

「は?いや、水着姿ならこの前……」

「さ、さすがに裸を見せるのは……」

「あぁ…………は!?」

 この後、お互いが状況を理解するに、少し時間がかかった。

 

「と、とうとう私のターンよ!」




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第45話


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「待たせたわね」

 ようやく海未の水着を選び終えたところで、絢瀬さんがいきなり棚の陰から現れた。その顔はやたら自信に満ち溢れているのに、何故か不安な気持ちで一杯だ。

 しかし、そんな心配はお構いなしに、ずいっと距離を詰めてくる。

「さあ、待ちに待った私の番よ!!」

「「…………」」

「ど、どうしたの?リアクションが冷たくないかしら?」

「「いや、なんかもう……初登場の時のテンションと違いすぎて、リアクションに困ると言いますか……」」

「どうすればそんな凄まじいハモりが出来るのよ……い、いえ、まだまだよ!私はかしこい、可愛い、エリーチカ!このまま退いたら、ポンコツ扱いされてしまうわ!」

『もう手後れでは……』

「誰よ!今言ったの!色んな方向から聞こえたわよ!」

 何故か周りからさっと目を逸らす音が聞こえた気がした。ちなみに俺もその一人だ。

「まあ、いいわ。じゃあ、比企谷君。手伝ってもらえるかしら?」

「は?」

「な、何を言っているのですか!」

「え?だって、その方が……」

「認められません!」

「セリフを盗られた!」

 結局、水着に着替え始めるまで、10分くらいかかってしまった……。

 

 絢瀬さんが更衣室に入ってから数分後、元気な声が飛んでくる。

「よし!比企谷君、ちょっと確認してもらえる?」

「は?」

 彼女が言った事を理解する前に、海未が一歩前に出た。 

「私がします!」

「それじゃあ今日来てもらった意味がないでしょう?まったく、海未ってばポンコツなんだから」

「何故でしょう。これまでの人生で最大の侮辱を受けた気がするのですが……」

 人生最大は言い過ぎなような……しかし、そうでもないような気もする。

「さ、比企谷君……ちょっと恥ずかしいから、顔だけこっち側に……」

「…………」

 やばい。なんかこう、『俺、この戦いが終わったら結婚するんだ』ぐらいの死亡フラグ。

「……おい、俺はどうすればいいんだ」

 隣にいる海未に確認すると、彼女はそっぽを向いて、その表情を隠した。

「むぅ、絵里があそこまで言っているのだから、見て上げればいいのでは?」

「なんか怒ってないか?」

「怒ってなんかいません。ただ、いつでも貴方を成敗できるように身構えているだけです」

「…………」

 いや、普通に怖いんですけど……。

 成敗って時代劇以外で初めて聞いたぞ。

 しかし、このまま逃げるわけにもいかない。

 俺は意を決して、カーテンの向こうを見た。

 そこには想像を超えた世界が広がっていた。

「ど、どう?」

「!!」

 クリティカルヒット!

 ハチマンは死んでしまった!

 

 ヒント ドラゴンクエストⅢ





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第46話


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「…………ん?」

 ぼんやりと目を覚ますと、沢山の人の声や足音が耳に入ってきて、割とすんなりと意識が覚醒する。

 それとほぼ同時に、溜息と声が降ってきた。

「やっと起きましたか」

 海未がこちらを見下ろしている。

「……あれ、何で?」

「貴方は倒れたのですよ」

「な、何故……」

 真っ先に疑問が沸く。

 すると、海未がポカンとした表情になった。

「何も……覚えていないのですか?」

「確か……お前の水着を選びに……そして、絢瀬さんが……あれ?」

 おかしい。記憶の風景に靄がかかり、上手く思い出せない。スピリチュアルやね!

「まったく、あれぐらいで興奮して気絶するなんて……貴方は本当に破廉恥なんですね」

「え、何?本当に何があったの?すげー気になるんだけど……」

「ふふっ、忘れてしまうのならその程度の事です。ちなみに、絵里は希と亜里沙につれて行かれましたよ」

 

「いやだ~!エリチカおうち帰らない~!比企谷く~ん!」

「お姉ちゃん!最近なんかおかしいと思ってたら……さっきの人は誰!?亜里沙にも紹介して!!」

「なっ!?認められないわ!!」

「お姉ちゃんの冷蔵庫にあるプリン食べちゃうよ!」

「くっ……それは反則よ!」

「エリチ……変わったなぁ……」

「じゃ、じゃあ、亜里沙、一緒に戻りましょう?」

「ダメだよ!もっとオシャレしてからじゃないと……」

「はいはい、二人共。早く帰るよ」

 

「そういえば八幡……そろそろどいて欲しいのですが……」

「へ?」

 今さらになって、自分が置かれている状況を理解する。

 海未は俺を見下ろし、頭には柔らかい感触。

 つまり、俺は彼女に膝枕されていた。

「わ、悪い!」

「…………」

 慌てて起き上がると、彼女はそっぽを向いたが、それも数秒で、すぐにいつもの調子に戻った。

「ま、まあ、困った時はお互い様です。さっきは水着選びを手伝ってもらいましたし。そういえば、貴方が眠っている間、貴方のお友達に声をかけられましたよ」

「お、おい、マジか。つーか、お友達って……」

 お友達とやらに心当たりはないが、クラスの誰かに、さっきまでの状態を見られたのは、かなりまずい気がする。何がまずいのかもわからないが。

「……どんな奴だった?」

「えーと、まず茶色い髪にお団子が特徴のかなり可愛らしい方でしたよ」

「…………」

 由比ヶ浜か……。

「も、もう一人は……

ポニーテールのすらりとした綺麗な方です」

 川……なんとかさんか。

 ただでさえ交流の少ないクラスメートの中から、あえてその二人を遭遇させるとか……神様もイタズラ好きすぎるだろ。

「そういや、声をかけられたって……」

「何と言いますか、まず貴方かどうか確認をして……私との関係を聞いてきました」

「……そ、それで?」

「トレーニング仲間……という事にしておきました」

「あ、ああ……」

 変わった括りである。

「ああ、そういえばあの方達は貴方の名前を知らないようでした」

「?」

「私が八幡と言ったら、何故か不思議そうにしていましたから」

「…………」

 何故だろう。誤解を生んでいる気がしてならない。いや、自意識過剰だろうか。

「それにしても……随分、魅力的な方達と知り合いなのですね」

「あ?あれは……まあ、クラスや部活が一緒で……」

「貴方を見る目が親しげだったと言いますか……去り際に足がふらついていたのが心配でしたが」

 ……二人して夏バテだろうか。トレーニングを変わってやりたい気分だ。

「まあ、親しげっつーか、顔見知りだから、あれだ。普通なんじゃねーの?」

 自分でもよくわからない言い訳じみた言い方になりながら、立ち上がり、海未の方を向く。

 すると、彼女は頭を抱えていた。

「わ、私は何を……べ、別に、学校が違うのだから、私の知らない知り合いがいるのは当然なわけで……」

「おーい……」

 夏休み最後のイベントは、予想より賑やかに、それでいてどこか穏やかに過ぎていった。





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第47話


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 夏休み最終日の夜……。

「こんばんは」

「……どした?」

「夏休みももう終わりですが、しっかり宿題は済ませましたか?」

「ああ、8月に入る前に終わったよ。面倒な事は真っ先に終わらせるタイプなんでな」

「トレーニングはさぼっていませんか?あまりゲームばかりしていてはいけませんよ」

「トレーニングを終わらせてゲームやってるから大丈夫だよ。てか、お前は俺の母ちゃんか」

「貴方のお母さんに頼まれていますからね。この前も電話で……」

「ちょっと待て。え、何?何でいつの間にそんな仲良くなってんの?母ちゃん、変な事言ってないよな?」

「さ、さ、さあ?」

「おい、誤魔化すならちゃんと誤魔化してくれ。不安で朝が起きれなくなんだろうが」

「新学期早々、遅刻などさせませんよ。安心してください。貴方の好きな女性の傾向を聞かされただけです」

「養ってくれる人」

「PVの方は見てくれましたか?」

「いきなり話をぶった切りやがったな……ああ、見た」

「その、どうでしたか?」

「……よかったと思う」

「え、えっと……その……」

「…………あの時の水着、似合ってた」

「そ、そうですかそうですか。それはよかった……」

「…………」

「…………」

「「……えーと……っ!」」

「…………」

「…………」

「そ、そういや、今度のライブはいつなんだ?」

「あ、ライブですか?そうですね……来月末に学校の体育館を借りてみるのもいいのでは、なんて話をしているところです」

「そっか……まあ、応援しとくわ。自宅から」

「……来てくれないのですか?」

「いや、女子校の中だから入れないだろ」

「チケットさえあれば大丈夫ですよ。穂乃果もお父さんを誘うと言ってました」

「それは家族だからだろ。さすがに知り合いってだけじゃ……」

「……来て……くれないのですか?」

「……わかった。行くからそのテンション止めてくんない?罪悪感がハンパなくて、普通に怒られた方が安心しちゃうから」

「ふふっ、では最高のパフォーマンスを見せてあげます」

「……楽しみにしとく」

「そ、それと……」

「?」

「貴方の学校ではもうじき文化祭があるそうですね」

「いや、そんな行事はない。あったとしても、俺は関係ない」

「はあ……まあそう言うと思ってましたけど……」

「ああ」

「自信満々に頷いているのが電話越しにわかりますね。じゃあ、仕方ありません。貴方がきちんと学校行事に参加できているか、確認しに行きましょう」

「ああ、うちの学校は他校の生徒は……」

「小町から既に話は聞いています。嘘は通じませんよ」

「あ、ああ……了解」

「その……よければ少しくらい一緒に……」

「どうした?急にボソボソと……」

「いえ、何でもありません。では、夜分遅くに失礼しました」

「……おう、それじゃあ」

 出会って約4ヶ月の二人の間に、まだ温い夏の夜風が通り過ぎた。

 そして、その風は再び巡り、今度は小さな秋の予感を運んできた。





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第48話

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 新学期初日。

 気怠い気分で校門をくぐり、下駄箱まで辿り着くと、見慣れたお団子が目に入った。

 彼女もちょうどこちらを見たので、軽く手を挙げて挨拶をする。

「おう」

「あ、ヒ、ヒッキー……おはよ」

 由比ヶ浜は気まずそうな苦笑いを浮かべる。そういや、この前ショッピングモールで見られてたんだった……。

 かといって、いきなりその事について切り出すのも不自然極まりないというか、自意識過剰で気持ち悪い。こちらも何を言えばいいか、よくわからないまま黙って靴を履き替えていると、由比ヶ浜の方から切り出してきた。

「そ、そういえばびっくりしたなぁ!まさかヒッキーにあんな可愛い彼女がいたなんて……」

 由比ヶ浜はあははと笑い、頬をかく。やはり勘違いされているようだ。

 なので、先日の海未の言葉を思い出して、ゆっくりと諭すように答える。

「あれはトレーニング仲間だよ。あいつもそう言ってただろ」

「へ、へえー、そうなんだ……」

 由比ヶ浜はあまり納得していない気もしたが、この話はここで断ち切っておいた方がいいと思い、先に歩き出す。実際のところ、彼女ではないのだから、これで充分だろう。

「…………ヒッキーの寝顔をあんなに笑顔で見てたのになぁ」

 由比ヶ浜の呟きは誰の耳にも拾われず、小さく空気を震わせただけだった。

 

 休み時間に缶コーヒーを買いに行ったら、今度は川……なんとかさんと鉢合わせた。彼女は俺の顔を見て、何故か慌てるような素振りを見せた。

 普段とまったく違う姿に、こっちが慌ててしまう。

「お、おう……」

「う、うん……」

 缶コーヒーを自動販売機から取り出し、その場を立ち去ろうとすると、川……なんとかさんの方から声をかけてきた。

「ア、アンタ……彼女いたんだね」

 また誤解されているようだったので、また同じ言葉を伝える

「いや、トレーニング仲間だ」

 足早にその場を立ち去ると、背中に視線を感じた。

「……眠ってるアンタの髪を嬉しそうに撫でてたのに?」

 その言葉もまた誰の耳にも拾われず、小さく空気を震わせた。

 

『ふふっ、普段は捻くれている癖に、寝顔は意外と幼いのですね』

『……こうしているのも……はっ、私とした事が……何故八幡の頭を撫でているのでしょうか!いや、でも……こ、これはお礼という事で……仕方ありませんね。まったく……』

 

「っくしゅんっ!!」

「海未ちゃん、風邪?」

「い、いえ、そういうわけでは……」

「もしかして、比企谷君だったりして?」

「な、何を言っているのですか!早く行きますよ!」




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第49話


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「海未ちゃ~ん!早く行こ!」

「穂乃果、そんなに急がなくとも!」

「も~、海未ちゃんの為でもあるんだよ?」

「どういう意味ですか?」

「早く行けば、その分長く比企谷君に会え……痛い!痛いよ、海未ちゃん!ぐりぐりしないで~!」

「あはは、二人共……もう見えてきたよ」

「あ、本当だ!わぁ、大きいね」

「千葉県内有数の進学校らしいですよ」

 新学期が始まってから、早一ヶ月。私達は、八幡の通う総武高校へと向かっています。八幡の監視役として一人で向かう予定だったのですが、どこから聞きつけたのか、穂乃果とことりもついていくと言い出してしまいました。でも、知らない学校なので、心強い気もします。さっきみたいに変な事を言わなければ。

 八幡の方はというと、なんと準備をさぼるどころか、実行委員会に参加しています。まあ、ホームルームで眠っていて、強制的にやらされる羽目になったらしいので、あまり褒められたものではないかもしれませんが。

 それでも、毎日しっかりと準備をしていると、小町の方から教えてもらいました。ただ、かなり疲れた声をしていたというのが心配ですが。

 こちらもライブだけではなく、穂乃果やことりと共に、生徒会に入ったので、そちらの仕事もあり、中々声を聞くタイミングがありませんでした。しかし、あの男……たまには自分から電話ぐらいすればいいのに。いえ、声を聞きたいとかではなく!ああ、もう!

「ことりちゃん……海未ちゃんが……」

「こ、怖いよぅ……」

 

 校舎の中は祭りの賑わいで溢れていて、行き交う人の笑顔がそれに華を添える。

「うん、ウチもこんな文化祭やろう!」

「さ、さすがにこの規模は……」

「大丈夫だよ!会長特権で文化祭の予算を……」

「そのような特権はありません!悪代官みたいな事を言わないでください!」

「うぅ……」

「それに、大事なのは音ノ木坂らしさでしょう?」

「……うん!そうだよね!よーし、頑張って私達らしいイベントにしよう!その為に……」

「「?」」

「今日は思いきり楽しもう!!」

「うんっ!」

「まったく……ふふっ」

 目的が変わっている気もしますが、親友の笑顔にただ頷くしかありませんでした。まあ、これが私達らしいですね。

 

 しばらく校内の催しを、一つ一つ楽しみながら歩いていると、見覚えのある男子生徒がいた。

 カメラで祭りの風景を撮っているが、女子から不審者を見る目で見られている。まったく……そんなどんよりした雰囲気で撮られては、誰だって警戒してしまうでしょうに……。

 私は彼に声をかける為、いつもより広い歩幅で駆けだした。





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第50話


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「八幡」

「お、おう……」

 八幡の顔が引き攣る。まったく、なんて顔をしているのですか。せめて笑顔くらい……それをこの男に期待するのは至難の業でしょう。私も人の事はあまり言えませんし。

「頑張ってますね」

「まあ、仕事だからな。面倒くさくてもやるしかないんだよ」

「休憩はいつ頃ですか?」

「クラスの方の出し物もあるからな。正直休めるかもわからん」

「そうですか……」

 予想はしていたのですが、やはり残念ですね。い、いえ!一緒に見て回りたいとかじゃないんですからね!

「そういやお前、一人で来たのか?」

「実は、穂乃果とことりが……あれ?」

 さっきまで隣にいたはずの二人の姿が……ない。

「あれ、どこに?」

 キョロキョロと辺りを見回していると、ポケットの中のスマートフォンが震えだし、慌てて画面を確認。すると、穂乃果からのメールでした。

『海未ちゃん、ファイトだよ!!』

 穂乃果ぁ~~~~!!!

 普段気遣いなどは一切見せない癖に、こんな時ばっかり……。

「おい、どうした……」

「いえ、何でもありません」

 穂乃果には後できつく言っておきましょう。

 さて、どうしたものかと思案していると、八幡が口を開く。

「……そういや、腹減ったな」

「?」

「いや、俺……実行委員会の方が忙しくて、あまりクラスの方に関わっていないんだよ……」

「はあ……」

「だから……まあ少しくらい抜け出してもばれない。つーか、クラスで俺の事知ってる奴少ないしな」

「そ、それはどうなのですか?色々と……」

 寂しすぎます……。

 

 グラウンドの方では食べ物の屋台が多数あり、総武高校の生徒数の多さや、イベントへのモチベーションの高さなどを改めて実感でき、先程の決意が改めて強くなります。そして、このような場にいながらも全くモチベーションが上がらない八幡の精神状態が心配になります。いい意味で言えば、周りに流されないという事になるのでしょうが。

「では私が買ってきましょう。八幡が意外と頑張っているようですからね。今日は私のおごりです」

「意外は余計だ。てかいいのか?」

「いいから待っててください。何か食べないと午後から持ちませんよ」

「あ、ああ……」

 

 焼きそばを二つ買って、飲食用に設けられた場所で、席を確保している八幡の方まで早歩きで駆け寄る。

「どうぞ」

「おう、その……ありがとな」

「ふふっ、どういたしまして」

 二人揃っていただきますを言い、食べ始める。

 少し味は濃いめで、油っこさを感じますが、なんというか、高校生の文化祭らしさみたいなものを感じ、美味しく感じます。

「賑やかですね」

「ああ、具合が悪くなりそうだ」

「またそのような……でも貴方も毎日大変だったようですね」

「ただの下っ端だけどな」

「仮にそうだとしても……見直しました」

 本当はもっと言うべき言葉があるように思えたのですが、それを引っ張り出す事は出来ませんでした。

「どうしたんだよ、珍しい。まだ雪に降られちゃ困るんだけど」

 この男……失礼な。

「それでは、これまで見せてこなかった優しさを込めて、今後はさらにトレーニング量を増やしましょう。そうすれば、私の優しさがさらに伝わる事でしょう」

「すいませんでした。勘弁してください。いや、マジで」

「よろしい。でもまだ言うべき言葉があるはずですが?」

「海未さん最高。マジ女神世界一の美少女スーパーアイドル大好き」

「なっ……だ、だ、何をいきなり……!」

「?」

「トレーニング量は3倍にします」

「お、おい……」

 顔が熱いのは、きっとまだ冷めきらない夏の名残のせいでしょう。本当に困ったものです。

 

 八幡と別れてからは、すぐに穂乃果達と遭遇し、お説教を挟みながら、校内ほぼ全ての催し物を楽しみました。穂乃果に振り回される形で……。

 そして、気がつけば、文化祭終了も間近に迫ってきていました。

「いや~楽しかった~!!」

「それは何よりです」

「う、海未ちゃ~ん、顔が怖いよ~」

「ごめんね~?」

「まったく……いきなりいなくなったかと思えば……」

「そ、そういえば!何かいい事あった?」

「いい事?」

「海未ちゃん、なんだか嬉しそう!」

「な、何を……もう知りません!」

「ご、ごめんってば」

「じゃあ、帰りに穂乃果のおごりで飲み物でも買ってもらいましょうか」

「わ、私だけ!?」

「当たり前です」

 ふと視界の端に走る人影が見つけた。

 あれは……八幡?

 その顔は一瞬しか見えなかったが、その人影は間違いなく八幡で、表情には焦りのようなものが見てとれた。

 彼の滅多に見せない表情に、胸の奥がざわつき出す。

 不思議と躊躇いはなかった。

「ちょっと行ってきます!」

「海未ちゃん!?」

「どうしたの?」

 余計な真似かもしれません。

 そう思いながらも、自然と足が動き出し、私は校舎の方へと向かって行きました。

 





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第51話

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「……!」

 私は鉄の扉の前で固まったまま動けなくなっていました。

 あの後、八幡を見失い、何処へ向かおうかと考えていたところ、3人組の男女が足早に階段を昇っていました。

 何となくその3人組を追っていったところ、普段は立ち入り禁止にしているらしい屋上へと到着しました。

 そして、扉の向こう側に耳を澄ましていると、確かに八幡の声が聞こえてきました。他の方々の会話も含めた内容から察するに、どうやらトラブルが発生し、その原因となった方が、閉会式への出席を拒んでいたようです。

 八幡は、どうやらその方への説得を試みていたようですが、上手くいっていなかったようで、そこに3人組が到着した、という状況を私の想像しようもないやり方で利用しました。

 延々と続く否定と罵倒の言葉。

 普段、私と口喧嘩する時に向ける言葉とは違い、そこには相手を傷つける響きが確かにありました。

 それと同時に、彼の声にはどこかくたびれた響きがあり、それがひどく寂しく私の胸を打ちます。

 やがて、それが彼の狙いだったのでしょう、3人組の中の男子が彼を力尽くで止めました。壁に押しつけられたらしく、私が手をついている壁に衝撃がきて、静寂が訪れます。

 数秒後、人が出て来る気配がして、物陰に身を隠すと、女子が3人出てきて、1人が泣きじゃくるのを、周りの2人が支えていました。さっきの男子は……

「どうして君はそんなやり方しか出来ないんだ……」

 その言葉に、八幡のこれまでを……私の知らない八幡の姿を想像してしまう。

 胸の奥が締めつけられる感覚がしましたが、彼は安易な同情などを欲しがるどころか、そういったものを嫌う性格だと思い出す。

 私は深呼吸をし、心を落ち着け、八幡が1人になるのを待った。

 

 ようやく行った。てか、だいぶくたびれたな。

 疲労感に身を任せ、その場に腰を下ろす。

「ほら、簡単だろ?誰も傷つかない世界の完成だ……って!」

 独りごちていると、頭に衝撃が走る。

 いつの間にそこにいたのか、隣には海未が立っていて、仏頂面でこちらを見下ろしていた。

「馬鹿ですか?馬鹿なんですか、貴方は?」

「は?お、お前、なんで……」

「そんな事はどうでもいいのです。まったく、貴方という人は……」

「……聞いてたのかよ」

「ええ……」

 沈黙が訪れ、その何ともいえない間を埋めるように、風がひゅるりと乾いた音を立て、優しく吹き抜けていった。

「本当に不器用で破廉恥な人ですね」

「いや、今破廉恥は絶対に関係ないだろ」

「でも貴方が破廉恥なのは事実でしょう?」

「ああ、確かに……って、それも違う」

「どーだが」

 海未は隣に腰かけてきた……が、やけに近い。肩がピタリと触れ合い、いつもの甘い香りに、ふわり包まれる。

「…………」

 急に照れくさくなり、すっと距離をとる。

「!」

 すかさず海未が距離を詰めてくる。

「……な、なあ、海未……」

「お疲れ様です」

「?」

「文化祭、楽しかったですよ。これはやはり実行委員会である貴方の頑張りも大きいでしょう」

「いや、別に……」

「あります。貴方の頑張りはとても素敵でした。その……とても、だ、大事な友人の一人として、心から誇りに思います」

「……大げさだろ……」

 至近距離で目を合わせながらの言葉に、しどろもどろになりながら、いつからか心の奥で固まっていた氷が溶けていくのを感じた。

 多分、これ以上このままでいたら、俺はこいつに甘えてしまうだろう。

「……そろそろ仕事に戻るわ」

 彼女も俺とほぼ同じタイミングで立ち上がった。

 不思議と心は軽くなっていた。

「そうですか。では、最後まで……その……」

 急に俯いた海未を見ていると、彼女は真っ赤にした顔を上げ、ばっと上げ、口を開く。

「ふぁ、ファイトですよ!」

「!」

 やばい。吹き出してしまった。

「な、何ですか!そのリアクションは!」

「それ、高坂さんの真似か?」

「はい……た、たまにはこういう言い方をした方が……いいかと思いまして……」

 その恥ずかしがる様子に胸が高鳴るのを感じながら、ドアを開き、彼女を先に行かせる。

 真っ赤な顔を見られまいとしている彼女の背中に、心からの感謝を告げた。

「…………ありがとう」

「ど、どういたしまして」

「ああ、その……まあ、言葉には気をつけた方がいい。いきなり大事な、とか言われたら勘違いしそうになるけどな」

 照れ隠しに言葉を並べていると、海未はぽそりと呟いた。

 

「……鈍いのですね……」

 

 それには何も返せなかった。

 

 

 八幡と別れ、穂乃果達と合流すべく、校庭の方へと歩く。

 なんという事でしょうか。

 図らずも、自分の言葉で自分の気持ちに気づいてしまった。

 出会いは最悪なものでした。

 それからも、特別にドラマチックな事があったわけではありません。

 周りの同級生が憧れるタイプでもなく、性格は捻くれています。

 でも、彼と過ごす時間が、彼と重ねてきた時間が、自分の中でとても大きなものになっていました。そして、これからも重ねていきたいと思ってしまいました。

 ……私は……彼に、比企谷八幡に、恋をしているようです。

 




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第52話


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「八幡」

「おう……」

 閉会式を終え、奉仕部に少しだけ顔を出し、もう帰ろうと思い、自転車を押して校門を出ると、海未が校門から少し離れた場所で待っていた。

 少しだけ冷たくなった風に、さらさらと泳ぐ長い黒髪が、いつもより儚げに見えた。

 そのまますたすた近寄り、声をかける。

「……他の二人は?」

「先に帰りましたよ」

「お前は、いいのか?」

 尋ねると、彼女は小さく微笑み、一歩だけ距離を詰めてきた。それによって、斜陽が伸ばした影が、じんわりと溶け合う。

 彼女はもちろん、そんな事は気にかけず、小さな微笑みを浮かべたまま、淡々としていた。

「悪ければここにはいませんよ。早く行きましょう」

「どこにだよ」

「甘い物を食べに、ですが。確か約束しましたよ。頑張ったら御褒美に甘い物を奢ると」

「……んな約束したか?」

「したんです。さ、行きましょう。遅くなってしまいますよ」

「……わかった」

 奢りと言われて断る理由などない。タダで食う物が一番上手い。何より、こんなに真っ直ぐに見つめられては、約束が嘘かどうかなど、どうでもよくなる。

 俺達は、自然と並んで、同じ歩幅で歩き出した。

 

 駅前の喫茶店に入った俺達は、それぞれケーキを注文し、何となくお互いの学校のこれからの行事について話し始めた。

「なるほど……来月には体育祭があるのですね」

「ああ、つっても文化祭ほどの盛り上がりはないけどな」

「日頃の鍛錬を試すチャンスですね!」

「いや、何でそんなに嬉しそうなんだよ……」

「音ノ木坂には体育祭がないから、羨ましいのですよ」

「いや、そっちの方が羨ましいんだけど」

「またそういう事を……まあ、その方が貴方らしいですが……」

「わかってくれるなら助かる」

「じゃあ、トレーニングを体育祭用に……」

「ちょっと待て。会話が繋がってない」

「何だかんだ文句を言いながらも、つい真面目にやるところが貴方らしいと思っていますよ」

 またさっきのように微笑んでくる。その優しく労るようで、そっと背中を押すような微笑みを見ていると、得も言われぬ気持ちに胸の中をかき乱されてしまう。

 自分の頬の熱さが気になったが、何でもないように話を続ける。いつも通りと言い聞かせるだけ、いつも通りじゃない事には見て見ぬふりをした。

「……善処する。そういや、そっちは修学旅行なんだろ?確か場所は……」

「沖縄です」

「そっか」

「お土産は買ってきますので、楽しみにしていてください」

「え?マジで?じゃあ……」

 運ばれてきたケーキに手をつける事も忘れ、しばらく他愛ないやり取りをしていた。

 何故かはわからないが、どんよりと肩にのしかかった疲れが抜けていく気がした。

 

 





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第53話


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「「え!?」」

 穂乃果とことりが驚愕の表情を浮かべ、こちらを見ています。その手からはトランプの束が落ち、テーブルの上で混ざり合い、ババ抜きの途中だというのに、訳がわからなくなってしまいました。しかし、この二人は何故こんなに強いでしょう?ババ抜きなど運でしかないはずなのに。も、もしかしたら……私の知らない必勝法があるというのでしょうか……。

「もう!海未ちゃん、ババ抜きなんてどうでもいいんだよ!どうせ勝てないんだし!」

「そうだよ、どうせ勝てないよ?」

 いつの間にか、穂乃果とことりが詰め寄ってきて、かなり失礼な事を言う。

「あ、貴方達……いくら何でも言いすぎでは……」

「だから、どうでもいいの!」

「そうだよ!だって……だって……」

「はい……?」

 二人が俯き、部屋が静まり返る。

 雨粒が窓を叩く音がやけに強調され、修学旅行だというのに、部屋に閉じ込められている不運が少しだけ身に染みた。

 溜息をつくと、二人がばっと顔を上げる。

「「今さら比企谷君が好きって気づいたの!?」」

「え?あ、な、何をいきなり……!」

「だって今!」

「私達が聞いたら……す、好きだって気づきましたって!」

「は、はい……」

 そう……今さっき……

『ねえ、二人共。修学旅行では、女子ってコイバナをしなきゃいけないらしいよ』

『あはは、絶対じゃないような……』

『それより、今度こそ私が一番に上がってみせます』

『そんな事言って~、海未ちゃんがこの中で一番関係あるじゃん!』

『この前も比企谷君を待ってたもんね』

『それは……た、確かに、この前、好きだと気づいたのですが……まだ特に何もありません。さあ、続きを!』

『『え?』』

 という感じです。

「はあ……二人にばれたのは不味かったかもしれません」

「いや、もうバレてるから。隠せてると思ってるの海未ちゃんだけだから」

「あはは……」

 私はどうやら、自分が思っている以上に隠し事が下手なようです。

 でも、今は本人にバレていなければそれで構いません。あの捻くれた鈍い男に……。

「ま、まあ、そういう事ですので、何というか、その……スクールアイドルという身でありながら、大変申し訳ないのですが、やはり、自分の気持ちに嘘は……」

「作戦会議だよ、海未ちゃん!」

「はい、ごめんなさ……は?」

 今、穂乃果が私の予想と全く違う言葉を口にしたような……。

「せっかく修学旅行に来てるんだから、こう、素敵なお土産を買って帰らなきゃ!ことりちゃんはデートの時の服装を考えて!」

「うん、任せて!」

「え、ええ?」

 何故か私より積極的な幼なじみに、私は不安やらちょっとした心強さやらで、何ともいえない笑みが零れてしまいました。





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第54話


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 体育祭当日。

 再び相模関連のトラブルはあったものの、何とか無事に開催できた。

 そして、驚きなのは、競技の方で意外と健闘できている事だ。流石に葉山グループのような運動部の主力選手には及ばないが、帰宅部相手なら余裕で追い抜けるし、その辺の運動部相手なら、十分に善戦できた。

 ……これも鬼軍曹のスパルタの賜物だろう。

 確か、あいつは今日が修学旅行最終日だったはずだ。別に、こちらへ来るわけではないが、帰ってくると思うと自然と身が引き締まる。海未さん、プレッシャーまじぱねぇっす。

「ヒッキー、やるじゃん!」

「八幡、すごいね!」

「あ、ああ……」

 由比ヶ浜と戸塚が駆け寄ってきて、賞賛の言葉をくれる。こういうのに慣れてなさすぎて、かなりリアクションに困る。なんか悲しすぎるぞ。

 誤魔化すように頬をかいていると、戸塚が小さな唇を耳元に寄せてくる。い、今、ご褒美のキスされるかと思った……。

「園田さんにいい報告が出来そうだね!」

「っ!」

 突然何を言い出すのだろうか。

 俺が戸塚の方を見ると、悪戯っぽく笑っていた。ちくしょう、可愛いじゃねえか。

「ったく、いきなり変な事言うんじゃねえよ……」

「あはは、ごめんね?でも、そうするだろうなって……」

「まあ、結果がどうだったかはしつこく聞かれそうだな。うっかりビリになった日にゃ、地獄のトレーニングが待っている」

「が、頑張ってね……」

 さて、後あの競技は……。

 

 その日の夜。

「なるほど。反則行為による失格ですか」

「まあな」

「何故得意気なのですか……」

「いや、ここまできたら開き直るのが一番かと……」

「まったく、もう……」

 最終競技の棒倒しで、こっそり包帯で鉢巻きを隠してカモフラージュしながら敵陣に入った俺は、競技終了後に、無情にも失格を言い渡された。それにより逆転はならず、紅組は負けてしまったのである。

 そして、反則行為について、海未に説教を喰らう事を覚悟していたのだが……

「まあ、反則に関しては、貴方は意味もなくそのような事をする人ではありませんので……」

「おお、そうか。やっとわかってきたか」

「調子に乗らないでください」

「はい」

「それと……お疲れ様です。文化祭に引き続き、奉仕部として頑張っていたのですね……少しくらい言ってくれればいいのに……」

「いやほら……言うタイミングがなくてな……」

「そういう事にしておきましょう。それと、お土産を渡したいのですが、今度の日曜日の午後は空いていますか?」

「ああ……多分な」

「聞くまでもありませんね。ごめんなさい」

「おい、何故ごめんなさいをつけた?ちょっとダメージ受けたんだけど」

「ふふっ、今日はゆっくり休んでください。では、また明日」

 一応こちらを気遣ったのか、通話はあっさりと途切れた。何の気なしに通話履歴を見ると、殆ど『園田海未』になっている。

 ……明日は平日だが、明日もこの時間にかけてくるのだろうか。

 多分、俺はそれを待っているのだろう。





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第55話


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「お兄ちゃ~ん!海未さん来たよ~!」

「は?」

 小町の声に起こされ、ぼんやりした頭で考える。

 海未が来た?はて、何か約束してたっけ?こんな穏やかな日曜日の朝から……。

「してましたよ。まったく、貴方という人は……」

「音も立てずに人の部屋に入ってきて、心を読むの止めてね……」

 海未は俺の言葉をスルーして、慣れた動作でカーテンを開き、窓を開け、部屋の換気を始める。外から入ってくる風には、夏の湿り気はあまりなく、もう季節が秋の顔を見せ始めている事を教えてくれた。

「さ、シーツを干しておきますので、貴方は下で朝食を食べてきてください」

「お前は母ちゃんかよ……」

「貴方のような捻くれた息子は御免です。さ、早く!」

「へいへい」

 今日はなんだか、いつにも増してペースを握られている気がした。

 

 階段を降りていくと、小町と母ちゃんが朝食を摂っていた。

「あ!お兄ちゃん、おはよ~」

「おう」

「お早う。アンタ、海未ちゃんたら、本当によく出来た彼女ね。ウチにまでこんな立派なお土産を……」

 母ちゃんがこちらに紙袋を掲げて見せる。確かに、それは思っていた物より、高級感漂う物で、修学旅行のお土産にしては高いんじゃないかと思わされる。てか、家族全体のお土産なのね。別に変な期待はしてないけど。

「ち、ちなみに……どこまで進んでるの?」

「進んでねえよ。そういうのと違うから」

「しっ、お母さん。こういうのは焦っちゃダメだよ。お兄ちゃん、捻デレてるから、慎重にいかないと」

「それもそうね」

「…………」

 やけに上機嫌な小町と母ちゃんの視線を受けながら、急いで朝食をかきこんだ。

 

 朝食を終え、身支度を整え、部屋へ戻ると、海未は体育座りで壁に寄りかかり、小説を読んでいた。窓から入る風に揺れる長い髪や、小説に視線を落とす瞳が朝焼けに映え、一枚の絵のように見えてしまい、思わず息を呑む。

 それでも何とか言葉を搾り出した。 

「……お土産、ありがとな」

 俺の言葉に彼女は微笑んだ。

「どういたしまして」

「「…………」」

 何故かお互いに言葉が出てこず、目を逸らす。

 海未は普段とどこか違う空気を纏っている気がした。

「あの、八幡……どうでしょうか?」

「……何が?」

「……鈍いのですね」

「…………」

 いや、本当は気づいているのだ。

 海未の今日の服装が、いつもと明らかに違っている事に……。

 デニムのジャケットも黒の膝丈のスカートも、白いリボンも、普段の彼女の私服とは違っていた。同時に、普段の私服がわかるくらいには、こいつと同じ時間を過ごしていた事に思い至る。

 その沈黙をどう受け取ったのかはわからないが、海未はそっぽを向いた。

「まったく、これだから破廉恥な男は……」

「おい、話が飛躍しすぎてないか?」

「どうせ貴方は絵里や希みたいな……いえ、何でもないです。私ったら……」

 その沈みかけた表情に、慌てて言葉を紡ぐ。

「……それ……」

「?」

「今日の服……いいと思う」

 場の空気に耐えきれなくなり、

「……あ、ありがとうございましゅ」

「…………」

「……今日はもう帰ります」

 海未が立ち上がり、扉へ向かおうとする。

 自分でもわからない内に、その手を掴んだ…………が、何度目かわからない展開を迎える。

「っと!」

「きゃっ!」

 海未を巻き込み、ベッドに倒れ込む。スプリングの軋む音が部屋に響き、窓の外へ出て行った。

 それと同時に、海未のリアクションを想像して、血の気が引く。

「「…………」」

 しかし、意外な事に、海未からの怒鳴り声は全く聞こえなかった。

 彼女は穏やかな表情のまま、微かに頬を紅く染め、こちらをじっと見つめている。

 そして、彼女はそのまま手を伸ばし、こちらの頬に添える。ひんやりとした感触に包まれ、これまでに感じた事のない心地良さを感じた。

「悪い……」

「いえ……」

「二人共~、お茶入っ……」

「「っ!」」

 母ちゃんは紅茶を載せたトレイをそそくさとテーブルの上に置いて、さっと回れ右をした。

「ごゆっくり~」

「「…………」」

 バタンとドアが閉まると、ヒソヒソと話し声が聞こえる。

「孫は小町の方にしか期待していなかったけど、これは嬉しい誤算ね」

「そっかぁ。小町にも甥っ子か姪っ子ができるのかぁ」

「「違う!!!」」

 俺と海未は全力で二人の妄想を止めに行った。

 





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第56話


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 朝っぱらからドタバタしてしまったが、落ち着いてからは、特に何をするでもなく、何故か俺の部屋で、お互い適当な場所に座り、読書に耽っていた。部屋は穏やかな静寂で満ちていて、時折聞こえるページを繰る音がやけに強調された。

 そして、最後のページを閉じて顔を上げると、海未も読み終えたのか、顔を上げ、こちらを振り向いた。つーかそこ、俺の机なんですけど……。

「ふぅ……何故かここだと集中できますね」

「そりゃどうも」

「そういえば、貴方もそろそろ修学旅行では?」

「ああ…………そうだっけ?」

「何故私に聞くのですか……」

「いや、俺ぐらいになると、修学旅行ですらどうでもよくなる時があるんだよ」

「……聞いてるだけで、こう……胸が、いえ、ごめんなさい」

「おい、涙を拭うな」

「それはさておき、行き先は何処ですか?」

「さておくのかよ……確か、京都とか言ってたような気がする」

「京都ですか。いいですね。中学の修学旅行で行ったきりなので、私もその内行きたいです」

「なら、代わりに……」

「どれだけ後ろ向きなのですか、それに一緒に行った方が……っ」

「…………」

「みゅ、μ'sのメンバーと一緒に行く方が、気を遣わずに済む……といいますか……はい……そういう事です!」

「そ、そうか……」

 今、何か押し切られたような気がするが……。

「あ、思い出しました!八幡、新しいジャージを買ったのですが、その……似合うかどうか、見ていただいてもいいですか?」

「……いきなりだな。てか、何故俺に……」

「貴方の意見を聞きたいだけです。さ、着替えますので、部屋を出てください」

「へいへい」

 いきなり部屋を追い出され、仕方なしに扉に寄りかかり、携帯を弄る。

 すると、珍しく着信が来た。

 

 材木座か。

 正直面倒くさいが、無視しても面倒くさい。どちらにしろ面倒くさいから、暇つぶしに出るとしよう。

 

「八幡……この前文化祭に行った時に思ったのですが……あ、貴方の周りには魅力的な女の子が多いのですね。だ、誰か……す、す、好きな人はいるの……ですか?」

 

「喜ぶがいい!貴様の相棒だぞ、八幡!」

「そんな奴はいない」

 

「そ、そうですか。いないのですね……よかった。い、いえ、これは貴方の破廉恥な行為の被害に遭う方がいなくてよかったというだけで……」

 

「くっ、いきなり冷たいではないか。我の用件も聞かずに……」

「いや、お前の考えてる事とかお見通しだ。さっさと本当の事を言え」

 

「……………………え?」





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第57話


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「そ、それは……その……八幡は、気づいているのですか?」

 

「ぬぅ……貴様は前振りの大事さをわかっておらんな!」

「何度も同じ事言わせんな。はやく言えよ」

 

「そ、そんな……いつから……知っていたのですか?」

 

「ぐぬぬ、貴様はいつからそんなにつれない奴になったのだ?」

「初めて出会った時からだよ」

 

「えっ?な、何を……私達の出会いなど……最低なものだったじゃないですか!」

 

「これはやはり、違うクラスになった事で生まれる溝なのだな……哀れなものよ……」

「そうだな。でも、俺はそれでよかったと思ってる」

 

「っ…!…………た、確かにそうかもしれません。あの出会いがなければ、貴方ともこうして一緒にいなかったわけですし……その……八幡は私の事を……」

 

「八幡よ!見損なったぞ!貴様は我の事が嫌いなのか!?」

「好きに決まってるだろ」

 

「え、ええ!?いや、その……聞いたのは私ですが、そ、そんな、はっきりと……」

 

「いや、そんなはっきり言われても……こいつ頭おかしいんじゃねえの?」

「いや、お前にはこう言ってやった方が効果的だからな(嫌がらせの意味で)」

 

「そ、それは……いえ、私も覚悟を決めます。だから……こういった事は、目を見て言いたいので……入ってきてください」

 

 扉が内側からノックされる。おそらく着替え終わったから入ってこい、という合図だろう。

「悪いが、立て込んでるから切るわ。じゃあな」

 材木座の返事を待たずに、さっさと通話を終える。ようやく自分の部屋に戻れる。

 俺は過去の失敗から学ぶ男なので、キチンとノックをして、中にいる海未に確認を取った。

「おーい、もういいのか?」

「は、は、はい……!」

 どうしたのだろうか?たかがジャージを見せるだけだというのに、何を緊張しているのか……。

 とりあえず、扉を開ける。

「…………」

 ジャージは以前着ていた物が冬用になったような見た目で、そこまでの目新しさはないが、似合っているのは間違いない。

 正直照れくさいが、ここは素直に褒めておこう。てか、こいつは何でこんなに顔真っ赤なんだよ……。余計に言いづらいだろうが。

「……に、似合ってるんじゃないか?」

「……す」

 海未は伏し目がちになり、何か呟いたが、声が小さすぎて聞き取れない。

「悪ぃ。よく聞こえないんだけど……」

「……好きです!」

「……は?」

 今、こいつ何て言った?

 頭の中に靄がかかったような感覚がやってきて、何も考えられないでいると、海未が急に距離を詰めてきて……

「…………っ」

「…………」

 左の頬に、何やら柔らかな温もりが触れた。




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第58話


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「はあっ……はあっ……ご~め~ん!」

「もう、穂乃果ったら……また遅刻よ?」

「また海未ちゃんに怒られちゃうよ~」

「穂乃果……」

「ひぃっ!?う、海未ちゃん、ごめん!きょ、今日は目覚ましが鳴らなくて~!!」

「穂乃果、偉いですね。今日はいつもより5分も早いですよ」

「ごめ~ん!!…………え?」

「海未……?」

「どうしたん?」

「海未……ちゃん?」

「さ、皆!今日も一日、ファイトですよ!」

「海未?あ、あなた何かあったの?」

「そ、そんなハラショーな事はありませんよ!さあ、今から練習いっくにゃ~!」

「あ~、それ凛の!」

「ラブアローシュート、ト、ト、ト、ト~!バァン♪」

「海未……ちゃん……」

「こ、恐いよぅ……」

「イ、イミワカンナイ……」

「ダ、ダレカタスケテェ……」

「海未ちゃんが壊れたにゃ……」

「これは……比企谷君関連かな?」

「チカ」

「絵里もおかしい気がするんだけど……」

 

「…………」

「八幡」

「…………」

「八幡ってば!ふぅ……どうしちゃったんだろ」

「…………」

 やばい。休日の一件以来、思考回路がずっと停止している。

 あの突然の出来事の後……

『きょ、今日はもう帰ります……』

『…………』

『へ、返事はいつでも構いませんので……』

『……あ、ああ……』

 その時の事を思い出しながら、頬に手を当てると、確かな熱を感じる。今も彼女の唇の感触は甘く刻みつけられていた。一回目の時と違うのは、今回の出来事は偶然の産物ではなく、彼女自身の明確な意志の元、起こったという事だ。そして、それが意味する事は……。

 いや、実際に彼女の口からも聞いたのだ。今さらそこを考えても仕方がない……つーか、実際のところどうなんだ?海未と出会ってから、まだ4ヶ月程度だ。しかも、住んでいる場所も離れているので、会うのは月に2、3回ぐらい、後は電話で話すぐらいだ。それで、本当に好きになるのだろうか……。

 俺自身はあいつの事をどう思っているのだろうか。果たして……好き、なのだろうか。

 結局、何一つ手につかず、修学旅行の班決めや、奉仕部の依頼などがあっという間に決まってしまっていた。

 

「えっ?京都へ?」

「ええ、お父さんが福引きで当てたのよ。それで、あなたも最近、部活の掛け持ちやデートで中々家族一緒の時間がなかったでしょう?だから……」

「はあ……」

「ちなみに、5人分だから……穂乃果ちゃん達か、八幡君達か選べるわよ」

「な、何を言っているのですか!」

「あらあら、素直じゃないんだから」

「け、結婚していない男女が同衾など……破廉恥です!」

「そこまでは言っていないのだけれど……」

 

 





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第59話

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 秋の京都は、やはり世界有数の観光都市らしく、大勢の観光客で賑わっていた。正直、大人しく京都駅内の喫茶店で本でも読んでいたい気分だ。

「ヒッキー、またバカな事考えてたでしょ?」

「……今、お前にだけは言われたくない単語ナンバーワンが含まれていた気がするんだが」

「ちょ、どうでもいいでしょ!そんな事は!」

「つーか、そこまで顔に出てたか?」

「うん。ヒッキー、最近その辺りが感情豊かっていうか……」

「…………」

 まじか。

 ポーカーフェイスを意識して、これまで生きていたつもりだったのだが……いや、多分由比ヶ浜の言う通り、少しだけ変わったのだろう。そして、それが何によるものかは明白だった。

 あれから、まだ連絡を取っていない。向こうからも。

 せめて修学旅行が終わるまでには答えを…………いや、今は考えるのは止めておこう。

 今やるべきは、クラス一のお調子者・戸部の、実る確率が殆どゼロに近い恋心の処理……もとい、戸部と海老名さんが両想いになるよう、アシストする事だ。

 両想い、という言葉が頭によぎった時、少し顔が熱くなった気がした。

 いや、そうも言っていられない。

 実は修学旅行の前日に、海老名さんが部室にやってきた。一件、ただ駄弁りにきただけに見えるが、去り際の彼女は、明らかに『依頼』を残していった。しかも、雪ノ下と由比ヶ浜は気づいていない。

 ……まあ、やれるだけやってみるか。

 

「♪♪♪」

「…………」

「穂乃果?どうしたのですか?ずっとこちらを見ていますが……」

「…………」

「こ、ことりまで……視線が恐いですよ」

 京都に向かう新幹線の車内。

 幼馴染み二人が向けてくる視線に、こちらを探るようなものを感じる。一体何があったのでしょうか?

 穂乃果は顔を耳元に近づけ、少し声のボリュームを落とし、

「海未ちゃん、最近何かあった?」

「何が、と言われましても……」

「その……比企谷君と……」

「え?そ、そんな……ふふっ」

 先日、彼に……想いを告げた後の事を思い出す。

 自分でも信じられないスピードで駅に到着し、ジャージ姿のまま電車に乗り、駅を出てからも猛スピードで自宅まで走りました!ちなみに、この時は頭の中が真っ白で、何も考える余裕がありませんでした。

『た、ただいま戻りました、お母さん!』

『どうしたの?そんなに急いで……あと顔真っ赤よ?』

『はわっ!』

 ……そのまま私は、ベッドの中に潜り込んでしまいました。

 ど、どうしましょう!ついに言ってしまいました!あ、しかし、八幡は既にわかっていると言ってましたし……そ、それに……私の事が……好き……って……す、好きって……しかし、彼の好きは私のとは違う意味かもしれませんし……でも、もう言ってしまいましたし……何より……彼の頬に……キ、キ、キスを……。

 それからは、自分のテンションが異常なまでに上がったり、下がったりで、八幡からの連絡を待つ日々。とは言え、まだ1週間くらいしか経っていませんが。あまり考えたくはありませんが、もしかしたら……迷惑だったのでしょうか?

 

「海未ちゃん?」

「今度は落ち込んじゃったね……大丈夫?」

 二人の気遣わしげな声が、俯いた私の耳朶を撫でる。

 あまり心配をかけるのも、申し訳ない気がします。先日のことりの件もありますし、一人で思い悩むのも、良くない気がします。

「あの、二人共……よかったら、話を聞いていただけませんか?」

「……うん!」

「もちろんだよ!」

 二人はそう言って、いつものように笑ってくれる。

 今さらですが、私は幼馴染み達に、初めての恋愛相談をする事にしました。

 

「…………」

「ほら、あなた。泣かないの。海未だってそういう年頃なんだから。ね?」




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第60話


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「「ええ~~~~~!?」」

「し、静かに!」

 予想どおりといえば予想どおりの二人のリアクションを慌てて制する。しかし、その瞳に宿る驚愕の色は、少しも揺らぐ事はありませんでした。

 そして、穂乃果とことりは、さらに顔を近づけてくる。くすぐったいような気持ちになっていると、声を潜めて話し出した。

「海未ちゃん、本当に……告白、しちゃったの?」

「ええ、しました」

「その……ほっぺに、キスも……したの?」

「……しました」

 私が認めると、二人は『キャ~ッ!』と色めき立ったような声を小さく上げる。

「海未ちゃん!可愛いよ、海未ちゃん!」

「ちょ、穂乃果!?いきなり抱きつかないでください!」

「可愛い♪」

「ことりまで!?もう、一体何だと言うのですか!」

 何とか二人から逃れると、穂乃果が何かを思いついたように、手を叩いた。

「じゃあ、京都で返事を貰うっていうのはどうかな!?」

「…………ええっ!?」

「偶然の再会を果たして、二人は……」

「…………」

「あはは……」

 穂乃果のいきなりすぎる提案に、ことりも苦笑いをしています。さすがに、ここでというのは……いや、悪くないかもですが……。

 つい頭の中に、京都の夜景を二人で並んで歩く姿が浮かんでしまう。いつもは、デートの話をしている同級生を見て、破廉恥だと思っていましたが、今は……少しだけ、ほんの少しだけ興味があります。し、しかし、上手くいくとは……。

「う、海未ちゃん?笑うか、落ち込むかどちらかにしてよ~!」

「こ、恐いよぅ……」

 

「八幡……」

「どした?」

「戸部君達、あまり上手くいってないみたいだね……」

「……確かに」

 俺の行動の意図を察している戸塚から言われ、現状に改めて納得する。

 奉仕部の依頼として、戸部のアプローチをさりげなく手伝ってはいるのだが、あまり上手くはいっていない気がする……避けられているとかじゃなく。こう、上手くいったと思ったところで邪魔が入る……どうやら別の思惑も動いているらしい。

 つっても、今さらか……海老名さんの為にそれとなく動いている奴は、今回に関しては限られている。

 この後の事について思案していると、背中に誰かぶつかってきた。

 慌てて振り返り、頭を下げる。

「「あ、すいません!」」

 一瞬、新幹線の中で夢でも見ているのかと思った。

 そして、向こうのポカンと口を開いた間の抜けた表情を見ると、同じ事を考えているような気がした。

 数秒後、示し合わせたように、同時に口を開く。

「……海未」

「……八幡?」

 1週間ぶりに聞く声。1週間ぶりに見る姿。

 そこにいるのは、今一番会いづらくて、それでも一番会いたい人だった。

 

 




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第61話


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「こ、こんにちは……」

「……おう」

「元気、でしたか?」

「まあ、ぼちぼちな……そっちは?」

「元気……ですよ?あの……」

「ああ、返事……だよな」

「ま、待ってください!まだ心の準備が……だ、だから……」

「わ、わかった……つーか、俺も……」

「……優柔不断」

「いや、お前だって……」

「いいですか?貴方は私のし、下着を見たのですよ?」

「……は?」

「胸も触りましたよね?」

「いや、事故だっての……」

「裸も何回か見ましたよね」

「…………」

「それに……キスだって」

「ん?今何か言ったか?」

「ここで難聴主人公を気取る気ですか?消し飛ばしますよ?」

「ごめんなさい」

「え?ご、ごめんなさいって……まさか……」

「あ、いや、そうじゃなくて……」

「ほっ……つ、つまり!!私が言いたいのは……あ、貴方に拒否権など……ない、です」

「悪い。今のは後半がマジで聞こえなかった」

「どうでもいいのです!よくはないですが!」

「どっちなんだよ……」

「要するに私が言いたいのは、首を洗って待っていろという事です」

「物騒すぎる……」

「ふふっ、でも貴方に会って少し安心しました。相変わらずで」

「それは俺の長年のぼっち生活を揶揄してんのか?」

「かもしれませんね。それより、いいのですか?」

「何がだ?」

「今は班行動の時間では?」

「あ、ああ……」

「それに、また何か抱え込んでいませんか?」

「いや、別に……」

「顔を見てれば何となくですが、わかりますよ」

「嫌な特技だな」

「誰でもわかるわけではありませんよ」

「…………」

「ほら、さっさと行く!」

「ああ、わかった……じゃあ、またな」

「ええ、また…………まったく…………ふぅ、やっぱり……こうでないといけませんよね。私達は……」

 

『お前ら、さっさと付き合っちゃえよ……』

 

 ちょっとの会話でしたが、心が軽くなりました。

 私は伝えるべき事は伝えた。それで十分ではありませんか。

 穂乃果が気遣わしげに声をかけてくる。さっきまで申し訳ない事に、二人の存在を忘れてしまっていた。

「海未ちゃん、あれでよかったの?」

「あはは、でも海未ちゃんらしいかも……」

 ことりにも苦笑いされてしまいました。まあ、仕方ありませんね。それでもこれでいい。

「いいのですよ。さ、切り替えて、京都旅行を楽しみましょう。何なら、新曲のインスピレーションを得るぐらいの気持ちで!」

 二人にいつまでも心配をかけているわけにもいかない。

 私はいつもより勢いよく一歩前に踏み出した。





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第62話


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 告白当日。

 わかりきっていた事ではあるが、戸部本人以外は大した手応えを感じないまま、この日を迎えてしまった。

 そして今、俺は葉山と川原に佇んでいる。夕陽はもうかなり傾いて、京都の街を赤く照らし、昼間とは違うノスタルジックな表情を作っていた。

「じゃあ、君はどうする?」

「…………」

 葉山からの真っ直ぐな問い。

 別に答える必要などない。ここまで来た以上、やる事は決まっている。

 しかし、頭の中に浮かんでいるのは、戸部や海老名さんでもなく、お節介で自分にも周りにも厳しく、それでいて優しい、真っ直ぐな奴の顔だった。

 

「君には頼りたくなかったんだが……」

「お互い様だよ……馬鹿野郎」

 彼はその場を立ち去り、振り返る事はありませんでした。先日の屋上でのやり取りの時にも思ったのですが、この二人の間には、仲が良いとか悪いとかではない、不思議な距離感があるように思えます。

 しかし、こんな場面に遭遇してしまうとは……。

 せっかく京都に来たのだから、歌詞を一作くらいは完成させようと思い、一人で散策していたら、偶然八幡を見つけてしまった。偶然にしてはできすぎていて、穂乃果が何かしたのかと、疑ったくらいです。

 とりあえず声でもかけようかと近寄ろうとすると、彼は真剣な面持ちで、この前屋上にいた男子と話していました。

 そして、悪趣味とは思いながらも、こっそり近寄って、話を聞いてしまい、今に至ります。

 推測による所も多々ありますが、おそらく八幡は、戸部君という男子の告白を手伝おうとしていて、もう一人の男子はそれを止めたいが、人間関係の問題でそれができない。

 八幡はその落とし所を思いついてはいるようですが、私にはそれが何なのか、想像もつきません。

 ……私はその場を見届けようと決め、必要な情報を得るため、ある人に連絡を取りました。

 

 自分の班の部屋に戻り、鞄の近くに腰かけ、時間を確認する。

 やる事は決まっている。

 しかし、何故かそれをやりたくない自分がいる。

 小学校の授業で、作文を音読した時と同じように、何の感情も込めず、決められたことを読み上げればいいだけだ。誠意などいらないし、相手と目を合わせる必要もない。なのに……

 考えていると、不意に背中をちょんちょんつつかれた。

 慌てて振り向くと、そこには戸塚がいた。

「おう」

「八幡、いよいよだね。何だかドキドキしてきたよ」

「…………」

 いかん。危うく戸塚に告白するところだった。

「そういえば、場所はどこなの?」

「あー、竹林の道だ」

「そっか……じゃあ、頑張って!」

「頑張るのは戸部だ」

「あはは、そうだね」

 柔らかな笑顔につられ、こちらも苦笑してしまう。

 戸塚と話している内に、少しだけ心が軽くなった気がした。

 





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第63話


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「少し出てきます」

「え、今から?」

「もう暗いよ?」

 戸塚君から、八幡達が手伝う告白作戦の仕上げに選ばれた場所を聞き、向かおうとすると、穂乃果達に心配そうな声をかけられました。二人共、何かを察しているような気さえしてきます。

「大丈夫ですよ。お父さんとお母さんが帰ってくる前には戻りますから」

 私が落ち着いた声音でそう告げると、穂乃果が無言で靴を履き、私の隣に並んだ。

「海未ちゃん、私も行くよ」

 その口元には、昔から私を落ち着かせる優しい微笑みが添えられていました。

「多分、心配事でしょう?」

 ことりもいつの間にか隣にいる。どうやら、私は心配をかけていたようです。

「それに、海未ちゃん。おっちょこちょいだから、帰りに道に迷ったら大変だし」

「貴方にだけは言われたくありません」

 

「ふぅ……」

「あれ、ヒッキー緊張してるの?」

「あなたがそこまで人を気にかけるのも珍しいわね」

「違うっての」

 戸部は間違いなくフラれる。

 しかし、それを回避する方法は幾つかある。

 一つは戸部を説得する。

 まあ、これは無理だ。

 今さらな話な上に、葉山が何度も説得して無理だったものを、俺がやったところでどうにかなるものではない。

 もう一つは海老名さん側に何かアクションを起こす。

 要は、海老名さんが今誰とも付き合う意志がない事が戸部に伝わればいい。これに関しては、やれる事があるかもしれない。例えば、戸部の前で海老名さんに告白するとか。

 しかし、そんな事はできない。

 くさい言い方だが、待たせている奴がいる。

 俺はあいつと同じように、真っ直ぐに、あいつに応えなきゃならない。

 その上で、俺は俺のやれる事をやる。

 ……それが自己犠牲だったとしても。

 意を決した俺は飛び出した。

「うおおおおぉぉぉーーーー!!!!」

「え?」

「ヒッキー!?」

「比企谷?」

「「な、何だ!?」」

 周りの声は気にせず、俺は叫びながら二人の間に割り込み…………寝転がった。

「ヒ、ヒキタニ君!?」

「わわっ!何!?」

「み、右手が!右手が!右手がぁ~~~~!!!封印が解けるぅ~~~~!!!!」

 俺は体育祭の時の材木座のように、ひたすら地面でジタバタと暴れ、海老名さんにアイコンタクトを送った。

『後は自分で何とかしろ』

「あー……」

 海老名さんは察してくれたのか、ぽつぽつと話し出す。

「いやー、ヒキタニ君ドン引きだよー。いくら私が今彼氏を作る気がないとしても、ドン引きだよー。そ、そういえば戸部っち、話って何?」

「え?あ、いや……お、俺、帰りの新幹線で本読みたいから貸してくんない?」

「あー、いいよ」

「あはは……」

「あはは……」

「右手がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

「何……これ?」

「あはは……」

「八幡……貴方という人は……ふふっ、まあいいです。後で飲み物でも奢ってあげますよ」

 

 

 





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第64話


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「右手がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 右手を押さえながら、ジタバタを繰り返していると、辺りが急に静かになった気がする。目をやると、いつの間にか、戸部と海老名さんはその場を立ち去っていた。おい、一言くらい声かけろよ。

 あれ?そういや由比ヶ浜と雪ノ下は……

「ねえ、ゆきのん!明日一緒に朝御飯食べよ!」

「朝御飯は自分の班で食べるのではないの?」

「いいじゃん、いいじゃん!ね?」

「ふぅ……仕方ないわね」

 二人は仲良く会話しながら、さっきまでの事がなかったように和やかな雰囲気を纏っている。

 仲いいね、君達……。

 いや、いいんだけどさ。

 その無情な背中を見送っていると、葉山が沈痛な面持ちで声をかけてくる。

「すまない。君はこんなやり方しかできないと知っていたのに……」

 いや、お前……これを予想してたの?むしろ感心しちゃうんだけど。

 葉山が去った後、最後にもう一回叫ぶ事にした。自棄である。

「右手がぁーーーーーーーーーー!!」

「いつまでやっているのですか?」

「あん?」

 声の方を振り向くと、海未がいた。

 その表情には、呆れたような微笑みと、労るような眼差しが混ざり、それにホッとさせられる。

「なんだよ……」

「それはこっちのセリフですよ。なんですか、さっきのは?」

 海未がこちらに手を差し出してくる。

 俺はその手を握り、ようやく起き上がる。

「……見てたのか?」

「ええ、ばっちりと」

「偶然……じゃないんだよな」

「ええ、戸塚君に聞きました。ごめんなさい。勝手な真似をして。ただ、その……」

「いや、いい。こっちも心配かけて悪かったな……まあ、あれだ。さっきのは、忘れてくれると助かる」

「はい。穂乃果とことりにも言っておきますね」

「え、マジ?あの二人にまで見られたの?」

「はい」

「しばらく旅に出て来るわ」

「もう旅先ですよ。旅の恥はかき捨てでいいではありませんか」

「……はあ……まあ、いいか」

「それより、少し歩きませんか?」

 

「いい夜ですね」

「……ああ」

 海未が振り返りながら、こちらに微笑みかけるその姿は、ほんのりとオレンジに照らされ、この寒さを溶かすような温もりを感じた。

 胸の高鳴りを押さえ込むように、ポケットに手を突っ込み、並んで歩き出す。

 風は穏やかに竹林を抜け、京都の街へと流れていく。

 そんな静寂の中、先に口を開いたのは海未だった。

「あの……この前の事なんですが……」

「あ、ああ……」

 この前の事と聞いて、つい頬に手を当ててしまう。今なら、ちゃんと言える気がした。 

「貴方から、ドア越しに……好きと言って貰えた時……嬉しかったです」

「…………え?」





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第65話

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 俺から……告白?ドア越しに?

 いや、そんなはずはない。

「海未……告白ってお前からじゃなかったっけ?」

 俺の言葉に海未は小さく笑う。

「も、もうっ、照れているのですか?私の事をどう思っているか聞いたら、貴方は好きだと言ったではありませんか」

「……俺、あの時……材木座と電話してたんだが」

「え?」

 海未の顔が笑顔のまま、ピキッと固まる。やっべえ、すごい恐いんだけど。いやしかし、ここで誤解させたままなのも悪い。

 笑顔のままの海未は汗を一筋流した。

「あ、貴方は……材木座さんという方が好きなのですか?」

「絶対に違う!!」

 そこは全身全霊で否定させてもらう。

「材木座は男だ」

「そ、そそ、そうですか……八幡は……男の方が……」

「だから違うっての」

 ダメだ、こいつ……はやく何とかしないと。

 俺は深呼吸をして、京都の夜の冷たい空気を吸い込む。それでも、胸の奥のよくわからない熱は冷める事はなく、心臓の鼓動をより速くした。

 その波打つ感情に任せ、海未の両肩に手を置き、しっかりと目を見る。

 彼女は無言になり、同じように見つめ返してきた。

 風が竹の葉をかさかさ揺らす音が響き、世界に二人だけみたいな気持ちになった。

 後は、気持ちが自然と口から零れた。

「…………俺が好きなのは……お前だ」

 そのまま、以前の海未の行動をなぞるように、頬に浅く口づける。ほんのり優しい温もりが唇を通し伝わってきた。海未は身じろぎもせずに、じっと身を任せてくれていた。

「「…………」」

 顔を離し、また見つめ合うと、さっきより頬が紅く、少し震えだす。

 海未の瞳は、優しく濡れていた。

「私も、です。貴方が……好き」

「…………」

 目が閉じられ、何かを待つように顔がこちらに向けられる。薄紅色の唇は、今まで近くにいながら気づかなかった自分が恥ずかしいくらい、綺麗に整った形をしていて、目が吸い寄せられた。

 ここに自分のものを重ねるのは、正直躊躇われるが、ここで逃げるほど、男として腐ってはいない。

 手を繋ぎ、そのままゆっくりと……

「はちま~ん!はやく帰って我とUNOをするぞ!!」

「「!」」

 慌ててお互い飛び退く。

 それと同時に、ふわふわした空気は霧散して、辺りに飛び散っていった。

「「…………」」

 つい、二人して材木座を睨んでしまう。

「あ、なんか、すいません」

 奴は素に戻っていた。

 

「送ってくれて、ありがとうございます」

「……ああ」

「帰りは、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ。多分、俺とかいない事に気づかれていないし」

「それはそれで……」

 海未が泊まっている宿の前で、別れを惜しむように会話を引き延ばす。

 妙にくすぐったい時間が流れ、それは微笑みに変わる。

 俺と海未の関係は、確かに変わろうとしていた。

 

「ことりちゃん、私達忘れられてるよね……」

「うん……そうだね……」

 




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第66話


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 修学旅行が終わってから、早1週間。

 学校での生活に、特別大きな変化はない。

 強いて挙げるなら、戸部が海老名さんから本を借りる姿を頻繁に目撃するようになった事と、クラスメートとの間に、変な壁を感じるくらいだ。まあ、仕方ない。ATフィールドとは誰もが持つ心の壁だからな。

 ちなみに、奉仕部の部室に行った時も……

『ヒッキー……』

『……来たのね』

『……ああ』

『『…………』』

『……右手が』

『……ぷっ、ヒ、ヒッキー、あはは!』

『や、止めなさい!思い出してしまうじゃない……ふふっ』

『……ふっ』

『何でドヤ顔!?』

 とまあ、こんな感じで至って平和な日々を過ごしている。しばらく雪ノ下からの罵倒は防げそうだ。

 ちなみに、学校以外の時間は……

 朝。

 スマホが震えているので画面を確認すると、つい頬が緩んでしまう。

 それを悟られぬよう、眠そうな声を搾り出した。

「……おう」

「お、おはようございます」

「……あー、おはよう」

「「…………」」

 沈黙が訪れると、そこには互いの息遣いがスマホ越しに響き合う。

 先に口を開いたのは海未だ。

「今日も、お互いにいい日にしましょう……八幡」

「ああ」

「…………す」

「?」

「そ、それでは!」

 いきなり通話が途切れる。

 海未に告白して、修学旅行から帰ってきてからは、毎朝電話がかかってくるようになった。これが意外と嬉しい。むしろこの為に寝るまである。

「八幡!」

「おう……」

 戸塚がいつの間にか前の席に座り、笑顔で声をかけてきた。いかん、戸塚の接近に気づかないとは俺らしくもない。

「最近、毎日楽しそうだね」

「そ、そうか?」

 そんな事言われると、一人でニヤニヤしているんじゃないかと心配になっちゃうんだけど。

「えっと、その……八幡は園田さんと恋人同士になったんだよね?」

「え?あ、ああ……」

 戸塚の言葉に、忘れていた何かを思い出してしまう。

「よかったよ、二人がくっついて。実は心の中で応援してたんだよ?」

「そうか、ありがとう……京都でも心配かけたな」

「いいよ、そんな……」

 戸塚と話しながらも、不安が胸に広がっていた。

 やばい。

 海未に好きだと告げたが、付き合おうというのを忘れていた……。

 もしかしたら、電話の時の不自然な間は、それが原因ではなかろうか。海未はそういう順序を大事にする方だし、不誠実に思われたんじゃないだろうか。

 ……何が何でも、今日中に言おう。

 俺は、授業が終わったら、すぐに海未に会いに行く事に決めた。

 

 その頃……

「♪~~」

「海未ちゃ~ん。休み時間の度に生徒会室で踊るのは止めようよ~」

 





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第67話


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 授業を全て終えると、帰りのホームルームをぶっちぎって駅へと自転車を走らせる。頬を切る風は、少しずつ冬の気配を身に纏い、その冷たさが火照った頭の中を冷ましてくれていた。

 サプライズというわけではないが、海未には連絡せずに行く事にした。別に『今から告白しに行くぜ!』みたいな事を言うのが恥ずかしい訳ではない。

 まあ、学校か家に行けば会えるだろう。

 

「♪♪♪」

「海未ちゃん、今日すごいね……」

「練習なのに、投げキッス連発してるにゃ」

「ぐぬぬ……にこだって!にっこにっこに~♪」

「うっみうっみう~♪」

「パクられた!?」

「海未ちゃん、どんないい事があったんやろうね?」

「チカ」

「あはは……ことりちゃん。言わない方がいいのかな?」

「どうしよっか?でも、海未ちゃん可愛い♪」

「何かあったの?まあ、テンション高いのはいいけど、少し浮かれすぎじゃない?」

「べ、べ、べべ別に何もありませんよ?ふふっ」

「怪しすぎにゃ……」

「私、気になります!」

「……ま、まあ、そうですね……大事なチームメイトに秘密を作るのも、アレですし……実は……」

 

「「「「えぇ~~~~!!」」」」

 にこと花陽と凛と真姫が驚きの声を上げています。

 普段の私を見ている分、そのリアクションは仕方ないかもしれません。

「いや~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」

 絵里が学校中に響き渡るような叫び声を上げています。あれ、おかしいですね。絵里は知っているものとばかり思っていましたが。

「う、海未ちゃんにか、かか、彼氏ぃ!?」

「雪が降るにゃ!!」

「もうじき冬だから別におかしくないわよ」

「てゆーかアンタ!先輩のにこを差し置いて……じゃなくて!アンタはスクールアイドルでしょうがぁ!!」

「にこちゃん……」

「今、本音が……」

「ごめんなさい、にこ……」

 私はにこに頭を下げる。確かに浮かれすぎかもしれませんし、スクールアイドルとしてはまずいのかもしれません。

 

「ま、別にいいけど……恋人がいちゃいけないなんて決まりはないし」

「はい?」

「ただし!ステージの上ではキチンとアイドルとして振る舞う事!観客皆のアイドルでいなさい!」

「エリチ、どんまい」

「AFTER STORYでもっと目立つチカ……サンシャインの方でも……」

「エリチ、それは禁止やよ」

「はい」

 絵里は一体どうしたのでしょう?悩みでもあるのでしょうか?後で話でも聞いた方が……。

 考えていると、花陽がおずおずと尋ねてくる。

「あ、あの、どっちから告白したの?」

「気になるにゃー!」

「えーと……」

 最初は八幡からだと思っていたのですが、それは誤解で……

「私から……という事になりますね」

 告白の日の事を思い出し、顔が熱くなるのを感じていると、花陽と凛も顔を真っ赤にしていた。

「すごい……」

「積極的にゃ……」

「ねえ、今二人は恋人同士って事でいいの?」

「え?はい……」

「いや、私もよくわからないんだけど……付き合ってとかはなかったの?」

「……え?」

 真姫の言わんとしている事がわからず、首を傾げる。

 すると、彼女は指で髪を弄りながら、少し恥ずかしそうに言った。

「いや、今の状態って、お互いが好き同士って確認しただけじゃない?」

「…………」

 …………あれ?

「チカ」





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第68話


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 私達は……恋人同士じゃ……ない?

 形容しがたい不安が胸の中に膨らみ始め、私は落ち着かなくなり、その場を右往左往し始めてしまいました。

「穂乃果穂乃果穂乃果……も、もしかしたら私は……とんでもない勘違いをしていたのでしょうか?」

「だ、大丈夫だよ!ほら、キスしてたし!」

 穂乃果の発言に、他のメンバーが色めき立つ。

「キス!?」

「そ、そこまで……」

「大人にゃー……」

「ほ、穂乃果、何をいきなり……!」

 確かに事実ですが……。

「さ、練習始めるよ!今日は皆、普段とは違う自分になるんでしょ!」

 

 俺は音ノ木坂学院の門の前……から少し離れた自動販売機の陰にいる。さすがに門の近くに寄りかかって待つような真似はできない。この態勢もかなり怪しいが。

「あのー……」

「っ!」

 いきなり声をかけられ、慌てて飛び退いてしまう。

 するとそこには、ショートカット、ポニーテール、ツインテールの女子3人組がいた。もちろん、不審者を見るような冷たい眼差しで。

 その中でも、一番気の強そうなショートカットの女子が、また距離を詰めてきた。

「うちの学校に何か御用ですか?」

「え?いや、あの……」

 どう言い訳したものかと考えていると、後ろのポニーテールの子がこちらを見て、何かに気づいたような表情を見せる。

「あれ?この人……」

「海未ちゃんの知り合い、だよね?」

「あ、ああ……」

 ホッと胸を撫で下ろす。よかった。ここで最終話を迎えるところだった。

 しかしそれも束の間、3人が一気に詰め寄ってくる。近い近い近い近い!

「ねえねえ、本当の所どうなの?」

「……何がだ?」

「決まってるじゃない。二人、付き合ってるの?」

「よく二人で一緒にいるよね?」

「ああ、あれだ……色々あるんだよ……」

「「「その色々が聞きたいんだよ!」」」

「お、おう……」

「うち女子校だし、周りが色っぽい話無いから」

 そうなのかもしれない。

「私達のルート、三人で一つになりそうだし……」

 それは何の事だかわからない。

「ね?お願い!何なら、学校の中に侵入させてあげるから!」

「……今から……ちゃんと恋人になりたいと思ってる」

 俺の言葉を聞いた3人は、笑顔で頷いてくれた。

「よし、じゃあついてきて!」

 

 音ノ木坂学院校内。

 俺はメタルギアみたいにダンボールに隠れて、台車で運んでもらっているのだが……

「あれ、どうしたの?その荷物」

「せ、先生に頼まれちゃってさ!あははー」

 誤魔化すのが下手すぎる!

「じゃあね~ごきげんよう~」

 ヒヤヒヤしたが、何とかやり過ごした。皆もヒヤヒヤしたんじゃなーい!?……はあ……。

「おい、早くもピンチなんだが……」

「大丈夫だって」

「そうそう。生徒数も今は少ないし。バレないって!」

「比企谷君転校してくれば?楽しいよ!」

「いや、遠慮しとく」

 女装でもしろというのか。

「あ、いたよ!」

 穴から見えたのは、今まさに階段を昇ろうとする園田海未の後ろ姿だ。

 待ちきれずに箱をどかし、台車から下り、3人組に会釈した。

「さ、行ってきな!」

「男を見せろ!」

「フラれたら慰めてあげるよ!」

 3人組の声援を受け、思いきり走り出す。意外とすぐに追いつき、その手首を掴む。

「えっ?」

「どうしても……今日言わなきゃならない事がある」

 照れくさくて、顔を見れずに俯いたまま、言葉を紡ぐ。後ろでこっそりついてきていた3人組が何か言っているが、今はそれどころではない。

「……俺と付き合ってくれ……ちゃんと言っておきたかった」

「……え?」

「は?」

 そこにいたのは、海未と同じジャージを身に着け、かつらを装着した高坂穂乃果だった。

 彼女は薄く頬を染め、視線をあちこちに彷徨わせる。

「えーと……」

「……」

「は、は、はちはち、八幡!?」

「え?お前、その格好……」

 海未はいつもと違い、やけにガーリーなレッスン着を身に着けていた。

「今日は気分を変えようという事で……それより今……」

「いや、違う。悪かった、高坂さん」

「う、うん、びっくりしちゃったよ……」

「八幡の馬鹿!」

 海未は階段を全速力で駆け上がる。

「比企谷君、何やってんの!」

「間違ってるって言ったじゃん!」

「……面目ない!」

 人の話はちゃんと聞きましょう!

 海未の姿は見えないが、一番上の扉が閉まる音がした……なんて速さだ。

 急いで階段を登りきり、屋上の扉を開け放ち、ありったけの想いを叫んだ。

「俺と付き合ってくれって言いに来たんだよ!」

「「「「え?」」」」

 扉を開けたすぐそこにいたのは、南さん、西木野真姫

、 東條さん、矢澤さん、絢瀬さんの5人だ。海未は奥の方にいて、驚愕の目でこちらを見ていた。

「あはは、いきなり言われても……海未ちゃんがいるし……」

「オ、オコトワリシマス!」

「ん~?比企谷君はウチが好きやったん?」

「それよりアンタ!男子の癖にどこから入って来たのよ!」

「ボリショイパビエータ!!!」

「八……幡……」

「いや、待て海未。事故だ。皆さん申し訳ございません」

「八幡のアホンダラ~~!!」

 海未は縮地ばりの速さで俺の脇をすり抜け、階段を駆け下りた。

「くっ…!」

 慌てて追いかけるが、階段を降り、曲がった所で、人とぶつかる。

「ぴゃあっ!」

「にゃにゃっ!?」

 勢い余って、女子二人を床ドンをしてしまっていた。顔を見ると、μ’sの小泉花陽と星空凛だった。二人は顔を真っ赤にして、目をオロオロさせている。

「ダレカタスケテェ……」

「り、凛にはまだ……はやいよ……」

「わ、悪い!」

「…………」

 恐ろしい気配に顔を上げると、海未はすぐそこにいて、こちらを見下ろしていた。

「八幡、起立」

「はい」

「とりあえず、貴方の破廉恥な行いに関しては一旦置いておきましょう。まず、何故ここにいるのですか?」

「……話がある」

「それは……」

 海未の瞳を見つめ、学校の廊下という事も忘れ、はっきりと言う。

「俺と付き合ってくれ」

「…………」

 彼女はポカンとした表情になる。……そりゃそうか。まあ、俺の不安は的中せずにすんだからよしとしよう。

「あの時、言い忘れてた。悪い」

「それをわざわざ……学校に侵入してまで?」

「これは……成り行きだ」

「…………」

 海未は俯き、ブルブルと震えている。

 どうかしたのかと思い、肩に手を置くと、顔を上げ、キッと睨みつけてきた。

「貴方はいつもいつも私の心をかき乱して……!私を……こんな気持ちにさせて……!」

 海未は俺の頭を左右から鷲掴みにした。この感触を俺は覚えている。初めて出会った時の事だ。

 間近で見つめ合った海未の瞳は濡れ、唇は震えていた。

「貴方なんか……貴方なんか……」

 俺は来るべき衝撃に備え、目を閉じた。

「……ん」

「……っ」

 待っていたものは来ない。

 代わりに衝撃がきたのは額ではなく唇。

 彼女の柔らかな唇が俺の唇に強く押しつけられていた。





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第69話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「………………」

「……ん……ん」

 しばらく唇を重ねている内に、自分達は今初めてのキスを交わしているのだという事実に思い至る。柔らかな感触が脳を支配し、甘やかな時間が過ぎていく。

「ぴゃああ……」

「にゃにゃにゃにゃ……」

「海未ちゃ……ええ!?」

「わあ……」

「ここ、学校なんだけど……」

「あわわわ」

「○×△□*!?♩♡……」

「エ、エリチ!?」

「わお!」

「ヒューヒュー!」

「おめでとー!」

 周りからの声が聞こえた所で、どちらからともなく、そっと唇を離す。

 海未はややふてくされ気味の顔をしながら、小さく呟いた。

「大嫌い……」

 そのまま、俺の胸に額をこつんと当ててくる。

「……そっか」

「でも……それ以上に大好きです」

「……あ、ありがとう」

「ふふっ、なんか色々とすっきりしました」

「?」

 海未は一歩引いて、俺から距離を取り、思いきり指差してきた。

「八幡、私の恋人になりなさい」

「……あ、ああ」

「何ですか、その煮え切らない返事は?貴方に拒否権などありませんよ」

「了解」

 俺は頷くと、すぐに海未を抱き寄せ、二度目の口づけを交わす。彼女はすんなり受け入れ、背中に手を回してきた。

 ……告白もキスも海未からとか、俺らしいヘタレっぷりに呆れてしまいそうだ。

 まあ、これが俺達らしい形なのかもしれない。

 周りからは、そこそこ色めき立った声が聞こえてきたが、今はどうでもいい……

「さて、これはどういう事かしら?」

 事はありませんでした。

「助けて~!エリチがはぐれメタルみたいになっとる!」

 

 俺達は南さんの母親でもある理事長に、一時間以上たっぷり搾られた。

「ふぅ……まあ、今回は校内侵入の件も、キスの件も不問にします。今後は気をつけてください」

「「はい」」

 μ’sのメンバーや、他の生徒からもフォローしてもらい、何とか許してもらえた。

 とはいえ、さすがに今回は考えがなさすぎた。4月には、こんな事をしでかすなんて、想像もつかなかった。

 理事長は椅子から立ち上がり、隣に来て、肩に手を置いた。

 そして、殊更真剣な声音で告げた。

「比企谷君」

「はい……」

「私の娘の親友を泣かしちゃダメよ?」

「……はい」

 その言葉になるたけ力強く頷くと、理事長は笑みを浮かべ、ウインクして、俺達の肩をポンッと叩く。

「じゃあ。もう行っていいわ。学校の外でも節度ある交際を心がけてね」

「「は、はい……」」

 

 二人で並んだまま無言で歩いたが、校門を出た辺りで、ようやく緊張が解ける。

「あー、助かった……」

「まったく……後先考えなさすぎです」

「……自分でもよくわからん。てか、練習はいいのか」

「皆、どうやら近くのファミレスにいるようです。一旦仕切り直しとか……」

「そっか」

「ちなみに八幡も強制参加です」

「は!?」

「当たり前です!メールには、色々聞かせてと書いてあります!このまま私一人で行けば……考えただけでも恐ろしい……」

「お前なら大丈夫だ」

「何を爽やかに言っているのですか!いいから行きますよ!」

 これは逆らえそうもない。つーか、変な事話されても困るし。

「はあ……じゃあ、行くか」

 俺は自分でも情けないくらい、躊躇いがちに手を差し出す。さっきの大胆さはどこへやら、と言いたいぐらいだ。

 でも、彼女は優しい笑顔を向けてくれた。

「……はい!」

 海未が俺の手を握り、二人はまた同じ歩幅で歩き出す。夕陽に伸びる影が溶け合い、一つになっていく。そこを風がさらさらと撫でていった。

 こうして俺と海未は恋人同士になった。

 

 





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第70話


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「あ、来た!こっちこっち~!」

 海未と一緒にファミレスまで行くと、μ’sメンバーと3人組が既に飲み物片手に談笑していた。今、手を振ってきたのは、3人組の中のショートカットだ。

「じゃあ、俺はここで……」

「逃がしませんよ」

 首筋をガシッと掴まれる。こいつの握力は徐々に強くなってきていて、そろそろスネークバイトを習得するんじゃなかろうか。

「いや、ほら……女子だけの方が話しやすいし?俺、邪魔する気はないんで……」

「お待たせしました」

 海未は俺の言う事など意にも介さず、空いてる場所に座り、隣に俺を座らせる。

 俺がいるテーブルに同じ学年と思われる女子達が集まり、それ以外は背後のテーブルに集まっていた。絢瀬さんは何故か突っ伏していた。

 まず話しかけてきたのは高坂さんだ。

「海未ちゃん、比企谷君。大丈夫だった?」

「ええ、何とか」

「よかった。お母さん、許してくれたんだ」

 南さんもほっと胸を撫で下ろす。本当に心配してくれていたようだ。

「比企谷君も千葉から来て頑張ったもんね。ボッチなのに」

「そうだよ。ボッチなのに勇気を出して」

「ボッチだけど頑張った!」

「ああ、ボッチだけど頑張ったよ。お前ら後で話がある」

 こいつら、ほぼ初対面なのに何で知ってんだよ。

「まさかあそこでキスするとは思わんかったね」

「だ、大胆にゃ~」

「あうぅ……」

「ま、海未はしばらく質問攻めでしょうね」

「当たり前よ!もう……このスーパーアイドルにこを差し置いて……」

「絵里……元気をだして。絵里……元気をだして。あなたはまだやれるわ。あなたはかしこい、可愛い、エリーチカなのよ」

 全員の言葉を聞き、俺と海未は萎縮してしまう。

 申し訳ないやら照れるやら、とにかく色んな感情が混ざりすぎて、言葉が見つからない。

 しかし、考えている途中で、別の声が聞こえてきた。

「あら、あなた達は……」

 振り返ると、そこには……

「ア、A-RISE!?」

 矢澤さんが真っ先に反応する。

 そう、そこにいたのは、全国のスクールアイドルの頂点に立つ3人組グループ・A-RISEだった。なんというか、立っているだけなのにオーラが違うというか

「ぴゃああ、ま、まさか、こんな所で出くわすなんて……」

 慌てるこちらとは対称的に、綺羅ツバサは優雅に微笑む。

「この前はどうも。今日はお友達も一緒みたいね。そちらの男の子は誰かの恋人?」

「はい、私のです」

「え?」

 ちょっと待て。今のやり取り、あっという間すぎてついて行けなかったぞ。

 





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第71話

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「お、おい……」

 やたら堂々とした海未にこちらが戸惑う。視界の端では絢瀬さんが東條さんに取り押さえられていた。

 そして、綺羅ツバサは足を震わせている。

「こ、こ、ここ、恋人?高校生で?」

「落ち着けツバサ、ごくごく当たり前の事だ」

「べ、別に?動揺なんかしてないし?私はファンが恋人だし?あ、すいません。フライドポテト大盛りで!」

「もう、ヤケ食いしないの。あ、ちょっといい?」

 綺羅ツバサを優しく窘めた優木あんじゅは、俺の隣に腰掛けてきた。高級感のある甘く優しい香りと隣から漂う殺気に挟まれ心拍数が上昇する。海未はいてつく波動を覚えたようだ。

 そんなこちらの心情などお構いなしに、優木あんじゅは俺の顔を覗き込んでくる。整いすぎるくらいに整った顔立ちが目の前に来た。

「ふぅ~ん、意外と可愛い顔立ちしてるのね」

「そ、そんな事ないでしゅ……」

 噛んでしまった。

「ふふっ、可愛い♪」

 間近で微笑まれ、膝に置いた手に力が入る。肘の辺りに微かに胸が当たっている気がするのは気のせいだろう。

 いや、俺は全く動じていない。今、俺の心は動かざること山の如しだ。ハチマン、ウソ、ツカナイ×100。

 すると、右手に小さな手が重ねられた。

 右を向くと、海未はその瞳を不安に潤ませ、頬が紅潮している。あと少しで感情の波がうねりを起こし、全てを飲み込んでしまいそうな気配がした。

 やがて、その唇が小さく動く。

「……はちまぁん……」

「!!」

 やばいよやばいよ!

 か、可愛すぎる……何だよ、あの少し拗ねたような声。普段より幼く煌めく瞳。

 人前じゃなければ、俺でも迷わずに抱きしめていたくらいだ。

 周りも同じように悶絶していた。

「こ、ことりちゃん、どうしよう、海未ちゃんが……」

「か、可愛い……!」

「抱きしめたいくらい可愛いです!」

「か、かよちん?凛を抱きしめてどうするの?」

「ふん、あのくらい……にこだって……」

「止めときなさい……」

「ええもん見れたなぁ」

「認めるしかないわぁ……」

「「「……可愛い。可愛いよ海未ちゃん」」」

「くっ、これが彼氏持ちの魅力か!」

「落ち着けツバサ。それ以上食べたら太るぞ」

「あらあら、本当に好きなのね」

「はい……」

 素直に答える海未に顔が熱くなりすぎて、指先一つまともに動かせない。

 改めて、これが『恋』という感情なのかと気づかされた。そりゃあ、落ちるなんて表現されるはずだ。俺は彼女に、この底知れないくらい熱い場所に落とされたのだ。

 俺は素直な気持ちで、海未のやわらかな手をそっと握り返した。




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第72話

 

 海未のあまりの可愛さに、質問攻めは収まり、その場はお開きとなった。ちなみに、彼女はその魅力にまったく無頓着で……

「あの……皆は一体どうしたのでしょうか?」

 などとのたまっている。

 しばらくゾロゾロと歩いてから、高坂さんが俺達二人に笑顔を向けてきた。

「じゃあ、私達はこっち行くから!二人はごゆっくり~!」

「また明日ね!」

「はあ……さよなら、私の初恋」

「絵里ちゃん、シュンとしないで!ねえ、話聞くにゃ!」

「美しい友情の始まりやね」

「明日は明日の風が吹くもんね」

「色々混ざってない?」

「海未!恋愛もいいけど、次のライブ頼んだわよ!」

「ええ!任せてください!」

 矢澤さんの言葉に海未は力強く頷く。それを見て、3人組がヒューヒューと囃し立てた。ちなみに、A-RISEのメンバーは一足早く店を出た。最後にあんじゅ編がどうのこうのとか言っていた気がするが、何の事だろうか。

「じゃあね、ハッチー!海未ちゃんをしっかり送り届けるんだよ!」

「まだ高校生ってこと忘れちゃダメだよハッチー!」

「ハッチー、ファイト!」

「ハッチーって……」

 そんな恥ずかしい名前の人は知らない。

「ハ、ハッチー……」

「いや、お前まで呼ばなくていいから……」

 海未にツッコミを入れ、いくつかの視線を背に受け、二人で並んで、歩き出した。

 

 俺も海未も黙って、とぼとぼと彼女の家までの道を歩く。空は少し薄暗くなり、もうしばらくすれば、夜の帳が下りてきて、この街も、俺の住む街も優しく包み込むのだろう。

 ふと隣を見るのと同時に、海未が口を開いた。

「八幡……」

「……どした?」

「私達……本当に恋人になったんですよね?」

「あ、ああ…………っ」

 海未は突然俺の手を強く握り、細い路地へと連れ込み、自分の唇を俺の唇に、さっきより強く押しつけてきた。

 咄嗟の出来事に、俺は海未を押しとどめる。

「ご、ごめんなさい、嫌でしたか?」

「……んなわけあるか。でも、まあ、あれだ……いきなりどうした?」

「…………から」

「?」

「貴方の事が……大好きだから」

 真っ直ぐすぎる言葉に心があっさり貫かれる。

 海未の目はとろんとしていて、上気した頬を一筋の汗がすーっと流れた。制服の下で呼吸に合わせて動く胸も、やけに艶めかしい。

 理性を保っていられる自分は、割とすごいと本気で思う。

「…………俺も、同じ気持ちだから……っ」

 言い終えると同時に、また口を塞がれる。柔らかな感触がどんどん馴染んできて、脳に深く刻みつけられていく。

 唇を離した彼女は、また同じようにうっすら濡れた瞳を向けてきた。

「……はちまぁん……」

 ……反則すぎる。

 結局、海未を送り届け、自宅に帰る頃には、日を跨ぎそうな時間になっていた。

 

 





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第73話


 俺氏、ガルパンの西住まほが可愛すぎて咽び泣く。
 一気観してしまいました。面白すぎる。
 べ、べ、別にガルパンのSS書きたいとかじゃないですからね!
 ……ふぅ、切り替えた。
 しっかり切り替えましたよ。
 それでは、今回もパンツァー・フォー!


 

 秋晴れの気持ちいい休日の朝。

 まだ特別寒くもなく、程良い涼しさで朝の二度寝も捗る。

 しかし、枕元に置いてある携帯から、けたたましい着信音が鳴り響き、眠りの世界から引きずり出された。 

「はい……もしもし……」

「八幡、おはようございます」

「わぁー君は朝起こしてくれるフレンズなんだねー嬉しいーありがとー」

 俺は通話を切り、布団の中に潜り込んだ。朝寝かせてくれるフレンズの方がありがたい。

 もちろん、すぐに二度目の着信がきた。

「……はい」

「八幡……」

「わ、悪い……」

「フレンズとはなんですか!フレンズとは!私達は恋人同士ではないのですか!?」

「そ、そっちかよ……」

「まったく……今日のライブ、ちゃんと観に来てくださいね」

「ああ、それは問題ない」

 今日はμ’sがハロウィンのイベントでライブを行う日だ。

 海未の声は、電話越しにはっきりわかるくらいにはしゃいでいた。

 

 秋葉原の街は真っ昼間からハロウィン一色で、純粋すぎる日本人の俺はかなり気後れしてしまう。μ’sのメンバーもそれっぽい衣装でパフォーマンスを行うらしい。しかも、ライブ前のハロウィンパレードにも参加するらしく、そちらでは、ライブとは違ったコスプレが見れるらしい。

 さて、どんな衣装を……

「こっちの物語でも登場!みなぎる愛!キュアーチカ!愛を無くした哀しいボッチさん。このキュアーチカがあなたのドキドキ、取り戻してみせる!」

「太陽サンサン、キュアサニーやよ~」

 海未のコスプレ……いや、変な意味ではなく。何というか、すごくいいものになると思うんですよ。つーか、二度も海未のコスプレが見れるとか、最高かよ。

「比企谷君!お願いだからスルーは止めて!」

「ウチらも傷つくことあるんよ?」

「いや、リアクションに困ったのでつい……」

 絢瀬さんは無駄に似ているが、東條さんは似せる気が欠片も感じられない。共通点は関西弁くらいだ。ビジュアルでいえば、キュアサニーには高坂さんが一番近いと思う。

「比企谷君、今日は来てくれてありがとう!」

「いえ……休日は大体暇なんで……」

 何だかんだ美人二人に緊張していると、視界の端に、かなり気合いの入ったコスプレイヤーを見つけた。

「な、なあ、ルクス。ここはどこなのだ?私達は爆発でどこまで飛ばされてきたのだ?しかも、変な道具を向けられているのだが……」

「落ち着いてください、リーシャ様。敵意は感じられないというか……」

「むしろ歓迎されているように感じますの」

 物凄い美男美女の集団だ。男は一人だが。

 さすがハロウィン、リア充のイベントだ。

「あの……海未は?」

「海未ちゃんは……いや、楽しみはとっとかないとね」

 東條さんは、μ’sの楽屋がある場所を教えてくれた。

 

 楽屋前には、μ’sの二年生組がいた。

「あ、比企谷君だ!」

「ほら、海未ちゃん!恥ずかしがってないで!」

「え?あ、ちょっと……」

 そこには、人魚のコスプレをした海未がいた。エメラルドグリーンの輝く衣装が、海未のすらりとした肢体を包み、言葉を無くすくらいに美しかった。

 だが本人は自分が振りまく魅力には気づかず、もじもじと胸の前で手を合わせている。

「ど、どうでしょう?」

「…………」

「八幡?」

「……あ、ああ……すごく、いい」

「み、見すぎです。恥ずかしいではないですか……」

 この前の大胆さはどこへやら、海未はぷいっとそっぽを向き、さりげなく高坂さんの後ろに隠れた。

「もう、海未ちゃんは照れ屋なんだから~」

「う、うるさいですよ!穂乃果」

 やはり先日の事を思い出して恥ずかしくなったのかと思い、その背中を見送っていると、海未はこっちを振り向き、周りに悟られぬよう、はにかんで手を振った。

 俺はそれに頷き、今日のイベントが上手くいくよう、心の中で何度も祈った。

 





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第74話

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 それでは今回もよろしくお願いします。


 先程の建物の中に入り、海未が戻ってくるのを待つ。

 パレードもライブも無事大成功に終わった。

 数多の出演者の中でも、μ’sは一際目立っていた。最近の人気上昇のせいもあってか、心なしか注目度も高いように思える。

 そして、視線を集中しすぎていたせいか、何度も海未と目があってしまい、かなり照れくさかった。これが目と目で通じ合う、というやつだろうか。

「八幡」

「……おう、っと」

  背後から海未に声をかけられ、振り向くと同時に、手を引っぱられた。ちなみに、ライブの際には、海賊風の衣装に着替え、これがまたよく似合っている。

「お、おい……」

 海未はこちらを見る事もなく淡々と喋りだす。

「まったく、貴方は……私ばかり見すぎです」

「……いや、それは仕方ないというか……」

「あんなにじっと見られては集中出来ないではありませんか」

「わ、悪い……」

「多分、いや、絶対に破廉恥な事を考えていたのでしょう」

「そんな事は……」

「本当にどうしようもないですね」

 海未は俺を叱りながらずんずん歩き、近くにあった空き部屋に入ると、鍵を閉めた。ガチャリという無機質な音に、この部屋を世界から遠く切り離したような錯覚を覚える。

 何故、鍵までかけるのだろうか。そもそも何故この部屋に入ったのだろうか。

「海未?……っ」

 こちらに思考の隙を与えない獣のような動きに、何の反応も出来なかった。

「……んっ……んん……ん……八幡……」

 海未は激しく唇を重ねてきて、とろんとした甘やかな視線を注ぎ込んでくる。海賊風の衣装にとろけた表情のギャップが、言いようのない艶めかしさを生み、それに呼応するように、こちらも手が動く。

 海未の上着をずらし、腰のラインを撫でると、そこには女性らしい柔らかなラインがあり、滑らかな肌は掌にすぅっと馴染んでいった。

「八幡……好き……」

「……海未……海未……」

 お互いが自分の気持ちをうわごとのように呟き、唇を何度も重ねる。甘い空気が室内を満たし、いつしか外の歓声も聞こえなくなっていた。

 俺は腰に置いた手をずらし、太股の辺りを……

「っ……」

 海未の身体がビクンと跳ねた。

「わ、悪い……」

「いえ、いいのですよ……」

 離れかけた俺の手を、海未は自分の太股に押しつけた。

「私の心も身体も……貴方のものです……」

「……っ」

「あと少しだけ、貴方を補充させてください」

「……いくらでも」

 耳に直接甘い言葉を吹き込まれ、抗うことなどできるはずがない。

 海未の熱い吐息を耳に浴びながら、さらに強く……

「あれ?この部屋誰かいるのかな?」

 ドアノブを回す音に、二人して一瞬に現実へと引き戻される。目を見合わせ、ドアに目を向けた。まあ、大丈夫だろう。鍵は閉めたし。

「あ、開いた……え?」

「「…………」」

 アバカムでも唱えたのか、いや鍵が壊れただけだろう。小泉が入ってきて、こちらを見て、ピタリと静止した。無論、俺も海未も抱き合ったまま、小泉を見て固まっている。

 しかし、それも数秒経つと……

「あわわわ……ぴゃああ……」

 この後、気絶した小泉を二人で介抱し、何事もなかったかのように振る舞うのに必死だった。

 

 

 




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第75話

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 ハロウィンイベント翌日の朝。

 祝日の為、月曜日が休みになるという素晴らしい幸運。この素晴らしい休日に祝福を!と言わんばかりの気分で、俺は二度寝をする…………つもりだった。

「…………」

「すぅ……すぅ……」

 目の前に自分の恋人の寝顔が現れる前までは……。

「……う、海未?」

「すぅ……すぅ……」

 小さく呼びかけてみるが、海未は規則正しい寝息を立てるだけで、起きる気配はない。

 ジャージ姿で無防備に眠る彼女。

 上着からは少しだけ浅い胸の谷間が覗いている。

 長い睫毛も、陶器のように滑らかで新雪のように白い肌も、薄紅色の形のいい唇も、見ているだけで胸が高鳴る。

 いや、別に変な事を考えているわけじゃないよ?ハチマン、ウソ、ツカナイ。

 でも……だからこそだ。

 だからこそ、何もしないというのは失礼じゃなかろうか?無防備に眠っている彼女に申し訳ないんじゃなかろうか?

 今、俺の胸の中で約1480人くらいが『行け!』と言った気がする。

 ……よし、GO AHEAD!

 俺は意を決して海未の方へ……

「おはようございます」

 海未は片目を開き、人差し指を俺の唇に当てた。

「…………」

「まったく、貴方は朝から破廉恥な人ですね」

「……何の話でしょうか?っ……」

 海未に唇を塞がれ、先の言葉は継げなくなる。

 互いの感触を確かめ合うように動いてから離れ、そこには温もりが残る。

 ぼんやりした朝焼けを受け止めるカーテンに目をやった後、彼女を見つめると、ぱっちりした瞳が優しくこちらを見据えていた。

「もう少し……一緒に眠っていたいですね」

「……てか、いつからいたんだ?」

「秘密ですよ」

「そうか」

「ふふっ、それより寒いです。こっちに来てくっついてください」

「……破廉恥なのは禁止じゃないのか?」

「これは違います。純粋に暖をとりたいだけです。出来れば貴方の温もりで」

「暖をとってる間に変な気分になるかもな」

「かもしれませんね。それは私も一緒です」

「そうなったら、どうするんだ?」

「その時は貴方が責任をとってくれるのでしょう?」

「……どうだろうな」

「拒否権があるとでも?」

「……きっと、ないんだろうな。まあ、あれだ……善処する」

「どのように?」

「……結婚する」

「ふふっ、それはとても素敵ですね。貴方となら……」

「…………」

「もう、自分から言って照れないでください」

「ああ。そういや、髪……綺麗、だな」

「い、いきなりどうしたのですか?」

「なんつーか、初めて会った時から……綺麗だと思ってた……」

「もう……からかっているのですか?」

「……いや、違う。ちょっといいか?」

 海未の髪をさらさらと優しく撫でる。彼女は微笑みと共に目を細め、その緩慢な動きを受け入れてくれていた。そして、仕返しと言わんばかりに、俺の髪を優しく撫でてくる。

 そんな風に二人してじゃれ合いながら、取り留めのない会話をしている内に陽は昇りきり、昼に近い時間になってしまった。

 




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第76話


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「あわわわわ……」

 ここ最近の自分の行動を思い出して、思わず震えてしまう。周りに誰かいたら、自分の精神状態を心配されている事でしょう。

 改めて思い返すと、夢の中にいたのかと思える……私とした事が……立て続けになんて破廉恥な真似を……。

 いけません。もっと自分を戒めないと。

 しかし、そんなことを考えながらも、鏡に映った自分の顔はニヤニヤと笑っているのだから、自戒も反省も何もあったものではない。

「ふぅ……今日は練習に行く前に道場で精神統一でも……あれ?八幡からメールが……」

 珍しく彼の方からメールが来ていたので、慌てて開くと、短い文が表示された。

 

 『応援してる』

 

 その日の練習。

「♪~~~」

「海未ちゃん、機嫌良さそうやね」

「はい!もちろんです!」

 あのメールのお陰で、自然と力が漲ります。

「まあ、彼氏ともラブラブみたいだしね~」

「に、にこ!からかわないでください!」

 ニヤニヤしているにこに言い返すと、絵里がいつもの大人びた笑みを向けてきた。

「まあ、でも浮かれすぎは禁物よ、海未。今から節度ある付き合いを心がけていかないと、再来年は浪人生になってるかもしれないわよ」

「た、確かに……」

 さすがは絵里です。後輩の将来の事までしっかり考えてくれるなんて……やはりこういうストイックな人間こそが仕事と恋愛をしっかりと両立させられるのでしょう。私も見習わねばなりませんね。

「エリチ……」

「チカ」

 何故か希が絵里の肩を残念そうな顔で叩くのを見ていると、真姫が譜面を持ってこちらまで来た。

「海未。ラブソングの歌詞の方はどう?」

 先日、μ’s初のラブソングを制作する事になり、私は歌詞を幾つか書きました。以前の私なら恥ずかしさで一行も書けなかったでしょうが、今回はやけにすらすらと言葉を紡ぐ事ができました。

「もちろん出来てますよ」

「え、ほんと!?見せて見せて!!」

「まだこれから歌に合わせて削ったりしなければならないのですが……」

「どれどれ……」

 

 真っ先に声を上げたのは花陽でした。

「わあ……」

「すっごくいい!すっごくいいよ、海未ちゃん!」

「衣装のイメージが湧いてきた!」

「そ、そうですか?」

「いい歌詞やね」

 皆からの好評価にほっと胸を撫で下ろす。そこで、別のページに書いてあるものを思い出しました。

「ありがとうございます……もう一つあるんですよ?」

「嘘っ!?アンタすごいじゃない!!」

「見たいにゃ~!」

「どんな歌詞だろう?楽しみだなぁ……」

 皆の反応に、ついつい得意気になってしまいます。私も少しだけ目立ちたがり屋になったのかもしれません。

「こっちはこのままでもいけます!後は真姫が曲をつけるだけです」

「へえ、じゃあ見せてもらおうじゃない」

「皆、集まって~!」

 

『あっま……』

 何故か皆、胸を押さえて蹲っています。

「な、何、これ……」

「胸焼けするくらい甘々な言葉しか入ってないわね……」

「てゆーか、これ……彼氏宛のラブレターじゃない」

「こんなの、認められないわ……チカ……」

 こうして『cutie,lovely,dearly』はお蔵入りとなった。





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第77話


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 12月に入り、寒さはいよいよ本格的なものとなり、たまに雪も降るようになった。

 そんな冬の夜。着信音すら、どこか楽しげに聞こえてくる。

「……どした?」

「こんばんは。もう寝るところでしたか?」

「いや、もうちょい起きとくつもりだった」

「なら、少しお話ししませんか?」

「ああ、いいけど……」

「どうかしましたか?」

「いや、調子の方はどうかって思ってな」

「もちろん絶好調です!」

「お、おう、ならいい……」

「八幡は最近学校の方はどうですか?」

「母ちゃんみたいな聞き方だな……まあ、いつも通りだ」

「……想像がつきますね」

「おい、止めろ。哀しそうにするな」

「奉仕部の方はどうですか?」

「今もまだ『右手が……』で笑いがとれる」

「あれは私も吹き出しそうになるので、早く忘れたいです」

「そうしてくれると助かる」

「そういえば……お母さんとお父さんが八幡と一緒に食事をしたがっていましたよ」

「……おっと、いきなり重大イベント発生しかけていますよ。どういう事でしょう」

「何故、敬語?実は八幡と付き合っている事が二人にバレてしまったのです」

「ああ、なんか想像つくな……」

「それでお母さんが、『孫は25歳までにお願いね』などと言い出して、お父さんが泣き出して……」

「…………」

「涙を拭いながら『その男を紹介しなさい』と言ってました」

「お、おう……ラブライブが終わってからな……」

「確かにそうですね。ライブに集中しないといけません。それでは、今日はもう寝ますね。付き合っていただき、ありがとうございます」

「……別に電話くらい、いくらでも付き合う。その……恋人、だしな……」

「ふふっ、ありがとうございます。八幡……大好き」

 こちらが反応する前に、通話は切られ、耳の中には甘ったるい感触が残っていた。

 

 翌日の夜、見知らぬ電話番号から着信がきた。

 いつもならシカトする所だが、直感的な何かにつられ、通話状態にして、耳にスマホを当てた。

「ハッチー、久しぶりー!」

「じゃあな」

 通話を切る。

 しかし、すぐに二度目の着信がきたので、仕方なしに出る事にした。

「ひどーい!何で切るのさ?」

「いや、その前になんで俺の番号を知ってるのか、教えて欲しいんだが」

「穂乃果に聞いたんだよ!」

 高坂さんには、いつか絶対にほむまんをタダでもらいまくろう。

「それで……音ノ木坂トリオは……」

「何、その覚え方!ひどくない?」

 背後から「そうだそうだ~!」と抗議の声が聞こえてくる。音ノ木坂かしまし娘でもいいかもしれない。

「と、とりあえず、用件を聞きたいんだが……」

「あ、そうか!実はね……」

  

 





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第78話

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「これは……」

 私達を校舎から出すまいとするかのような猛烈な吹雪。

 今朝の天気予報を見て覚悟はしていましたが、これほどとは……。

 それでも穂乃果は深呼吸をして気合いを入れる。

「い、行くしかないよ!」

 必死に勇気を搾り出す彼女の声に、私は黙って頷く。ことりも同じように頷き、一歩前に踏み出した。

「きゃっ!」

 しかし、突風に傘を持って行かれそうになり、危うく転びそうになる。

「ことり!」

「ことりちゃん!」

「あはは……大丈夫だよ!行こう!」

 ことりの力強い言葉に背中を押されるように、私達は並んで歩き出しました。

 決して近い距離ではないうえに、雪の積もり方も普段とは比較にならないくらいですので、不安はありますが、待ってくれているμ’sのメンバーの為、応援してくれている皆の為に……。

 それから雪がこんもりと積もった校門までの道を抜け、階段に差し掛かり、寒さにつつかれる気持ちをさらに引き締めたのですが、私達は覚悟していた光景とは別のものを見ました。

「皆……」

 何とそこにあったのはクラスメイトをはじめとした音ノ木坂学院の生徒達が必死に雪かきをする姿でした。

「はい、これ!」

 さらに、フミコさんが3人分のスノーシューズを渡してくる。

「あ、ありがとうございます」

「さ、早く行った行った!」

「ありがとう!よし、行こう!!」

 皆に深く頭を下げ、駆け出そうとすると、ミカさんに呼び止められた。

「あ、海未ちゃん!」

「はい?」

「会場近くで一番早い時間から必死に頑張ってる人いるから、労ってあげて!」

「は、はい…………あ」

 すぐにその頑張っている誰かさんの顔が思い浮かぶ。

 

 会場までの道は綺麗に雪がどかされていて、さらに近道まで誘導してもらえました。他校の生徒もいましたし、彼と同じ奉仕部と思われる方や戸塚君もいました。きっと不器用な彼が必死に頼んでくれたのでしょう。

 私達はすれ違う人達に御礼をいいながら、会場までの道を走り続けた。

 

 会場近くの歩道に彼はいました。

 いつもの捻くれた目つきも、今日は一心不乱に雪に注がれ、スコップで綺麗な道を作り上げています。

「八幡……」

「おう……」

 呼びかけると、彼は顔を上げ、汗を拭い、こちらを向きました。

 本当なら今すぐにその胸に飛び込みたい。

 しかし、今から私は勝負の場に出るので、甘えてなどいられません。

 彼も同じ事を思ってくれているのか、互いに無言の微笑みと、ハイタッチを交わす。

 乾いた音がどんよりした冬空に高らかに響いた。

 その音は二人だけにしかわからない、気持ちと温もりを共有する為の合図にも思えました。

 

 




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第79話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


「ふぅ……」

 海未達が会場に向かう姿が見えなくなった後、きりのいい所まで終わらせて、ようやくスコップを置く。海未直伝のトレーニングをしていなかったら、腕がしばらくだるくなっていただろう。

「ハッチー、お疲れ~」

「ヒッキー、お疲れ~」

「まぎらわしいから止めてね……」

 とはいえ、ヒフミトリオと総武高校のメンバーには感謝しかない。天気予報を見て、心配だからと頼んできたヒフミトリオ。俺の頼みを二つ返事で引き受けてくれた奉仕部メンバーと戸塚。材木立、じゃなくて材木座。あとは修学旅行の時のお礼として参加してきた戸部と海老名さん。二人は、進展こそないが、前よりは二人で話す時間が増えたように感じる。海老名さんが戸部を自分の趣味に引き込まなければ、奇跡が起こるんじゃなかろうか。

 一人一人の優しい姿を目に焼き付け、気恥ずかしさをなるたけ隠しながら礼を言う。

「……ありがとな」

「いいっていいって!むしろこっちが頼んだんだし!」

「総武高校の皆さんもありがとう!」

「全然大丈夫だよ!あたしも1回スクールアイドルのライブ生で見たかったし!」

 ちなみに、元気いっぱいの由比ヶ浜の隣で、雪ノ下はだいぶお疲れのようだ。ゆきのん、ごめん。今度カマクラをいっぱい触らせてあげるから!

 他愛ない会話でひと息ついたところで、ヒデコさんがその場を締める。

「皆、本当にお疲れ様!じゃあ会場に向かいますか!」

 

「え!?音ノ木坂の子だけじゃなく、比企谷君達も!?」

「エリチ」

「はい」

 雪かきの件を話したら、皆嬉しそうに微笑みを浮かべ、目を潤ませていました。穂乃果は今もまだ泣いています。

 にこも人の心の温かさに涙ぐみながら、私の方をポンポンと叩いてきます。

「しっかし、海未の彼氏もやるじゃない。千葉から来て、一番早い時間から雪かきなんて」

「ええ」

 私は自信満々に告げた。

「世界一かっこいい、自慢の恋人ですよ」

 

 ライブ中、ステージから一瞬たりとも目を逸らすことができなかった。

 冬の夜空に響く九つの歌声。耳から心にじんわりと染みこんでくる真っ直ぐな歌詞。歌の世界観を仕草と表情で表現するダンス。神様が望んだ演出のように、はらはらと踊る粉雪。青からオレンジに変わる鮮やかすぎる照明。瞬きをするのも惜しいくらいだ。

 全体を通して言えば、素人目に見ても、μ’sとA-RISEが圧倒的だった。会場の反応もかなり良かった。

 あとはただ祈るしかない。

 会場全体の緊張感が破裂しそうなくらい膨れあがったところで、司会者のよく通る声が、スピーカーを通して会場内に響き渡る。

「それでは発表します!ラブライブ決勝大会に進むのは……」

 





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第80話

 最終回が見えてきました。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 大晦日。

 いよいよ一年の終わりが目前となり、行き交う人々は、残された時間で何かをしようと慌ただしく動いているように見える日。もやもやした白い吐息が風に流されるのを見ながら、俺は駅前にて人を待っていた。

 相手は言うまでもなく……

「八幡!」

「……おう」

 冬の街並みによく似合う真っ白なコートに身を包んだ海未が、俺と同じように白い吐息を風に溶かしながら、小走りで駆け寄ってくる。心なしか、いつもよりテンションが高いようだ。

「ご、ごめんなさい。待たせてしまいました……」

「いや、大丈夫だ」

 弾む息を整えながら、海未はこちらを窺うような上目遣いを向けてくる。

「えーと……まあ、あれだ……」

「?」

 つっかえて出てこない言葉に対して、海未は小首を傾げる。

「……その……コート、よく似合ってる」

「あ、ありがとうございます!」

 頬を赤く染め、やわらかく微笑んだ海未は笑顔で手を差し出してきた。

「で、では、その……」

「ああ……」

 俺はその手を取り、握り締めた。

 

 あの日、μ’sはラブライブ決勝大会行きを決めた。その後は打ち上げやらなんやらで、二人っきりになる暇などもちろんなく、クリスマスデートを兼ねたデートを今日にすることになった。

 目的地までの距離を、他愛ない会話で埋めながら歩いていると、海未がはっと何かに気づいたような表情になる。

「そういえば、八幡」

「どした?」

「私達がこういう普通のデートをするのは初めてではないですか?」

「……確かに。前にお前が作詞の題材とかいって連れ回された事があったが……」

「ああ、ありましたね。ふふっ、あの時はこうなるとは思ってもみませんでした」

「まあ、そんな昔でもないけどな」

「ふふっ、貴方が破廉恥な事ばかりするから、その記憶に埋もれていったのでしょう」

「……行くか」

「はいはい」

 海未の苦笑を聞き流し、颯爽と歩く。

 別にあんなことやこんなことを思い出して気恥ずかしくなったからではない。

 

 デスティニーランドは、年末のカウントダウンパレード目当ての客で溢れ、混雑を極めていた。なんというか……うん、ひたすら歩きづらそう。

「場所……変えるか」

「変えませんよ」

 手をぎゅっと握られ逃げることが出来なくなる。

「いや、ほら……動きづらそうだったんで……っ!」

「…………ん」

 唐突すぎるキス。

 唇を塞ぐ温もりに、手足は硬直し、意識はとろけていく。

 離れてからも、しばらく意識がぼぅっとなってしまい、言葉を紡ぐのにも一苦労だった。

「お、お前……いきなり……」

 しかし、俺の抗議など虚しく、彼女の人差し指が唇に置かれる。

「今日は……たくさん、したいです」

「っ……」

「さ、さあ行きましょう!」

 海未に手を引かれ、光と音の波の中へ飛び込んでいく。甘い囁きは頭の中で何度も反響し、それにつれて、鼓動も大きく高鳴っていった。

 

 




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第81話

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「はあ……はあ……」

「だ、大丈夫ですか?」

 飲み物を二つ持った海未が駆け寄ってきて、隣に腰かける。

 ロマンチックな空気で園内に入ったまではよかったが、一つ目のアトラクションに乗ってから海未がMAXハイテンションになり、ひたすらアトラクションに乗りまくっていたら、午前中にも関わらず、体力をかなり消費してしまった。

「はい、飲み物です」

「悪い……」

 温かいお茶を流し込むと、少し気分が楽になった。

「ごめんなさい。つい、はしゃぎすぎてしまって……」

「……気にすんな。いつも忙しい奴はこういう時くらい思いきり羽目を外すべきだろ」

「……そ、そうかもしれません。では……」

「……っ」

 一瞬だけ唇が重ねられる。

 寒さのせいか、海未の唇はやけに冷たかった。

「……げ、元気……出ました?」

「…………ああ」

 出ないわけがない。

「キ、キ、キス……こんな公衆の面前で……」

「落ち着いて六花ちゃん!前見て歩かないと危ないよ!」

「六花には刺激が強すぎたみたいね」

「真琴さんも顔真っ赤ですよ」

「「…………」」

 覚えておこう。

 いつも誰も見ていないとは限らない。

 

 最後は観覧車に乗ることにした。

 観覧車で見下ろす夜景は、目が眩むような鮮やかな輝きを放ち、一年最後の浮かれ騒ぎに彩りを添えていた。

「ラブライブ、よかったな。決勝も応援してる」

「ありがとうございます。貴方の奉仕部での活動も応援してますよ」

「……あまり依頼は来ないけどな」

「そんな事言って……この前も生徒会選挙で……」

「ああ、そんな事あったな……」

 修学旅行の一件で、未だに『右手が……』といっただけで笑いがとれるのがアレだが、今後は3人でしっかりと相談しながら依頼の手助けをする、という方向で話はまとまった。これも一つの成長なのかもしれない。

「まあ、あれだ。お前が頑張ってやってるの見たら……俺も何かやろうって思ったんだよ」

「そ、そうですか……あの、私だって……」

「?」

「私だって……貴方がいるから……貴方がいるから、毎日がこれまでよりずっと、輝いているんです」

「…………」

「ふとした夜の寂しさも、貴方に会える日の朝の喜びも……貴方が教えてくれたんですよ」

 海未はそっと手を重ねてきた。

 俺はその手に、さらにもう片方の手を重ね、素直な気持ちを告げた。

「……出会ってくれてありがとう」

「ふふっ、ずるいですよ。私が先に言おうと思ってたのに」

「じゃあ、次の機会に先に言ってくれ」

「何度も言うのですか?」

「何度も言うんだよ」

 きっとその方がいい。

 『ありがとう』の想いは尽きることはないのだから。

 観覧車はゆっくりと回り、二人がまた唇を重ねる頃、そのゴンドラを頂上へと翳した。




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第82話


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「……雪、また降ってきたな」

「ええ」

 昼間は降ったり止んだりだった雪も、日が沈んでからは本格的に降り積もり、街を徐々に白く染め上げていた。

 俺達はパレードは見ずに、観覧車を降りたら、そのまま帰路につく事にした。話し合って決めたわけでもなく、自然とそうなっていた。

 途中、繋いだままだった手も、通常の繋ぎ方から、所謂恋人繋ぎになっていて、これまでとは違った形で温もりを分け合っていた。

「八幡」

「どした?」

「いい一年、でしたね」

「……あと、3時間ぐらい残ってるけどな」

「じゃあ、もっといい一年にできますね」

「そう、だな」

「来年はさらに鍛えてあげますよ」

「え?そっちかよ……」

「そっち、とは?」

「いや、そりゃあ、色々あんだろ。こ、恋人同士なら……」

「っ!?な、な、何を破廉恥なことを考えているのですか!」

「待て。俺は……」

「言い訳は聞きたくありません。ライブの時も優木あんじゅさんの胸を何度も見ていましたね」

「み、見てねーし……」

「嘘は通じませんよ。舞台袖から確認してました。28回見てましたよ」

「…………」

 思わず『うぐぅ……』と呻きそうになった。天使の羽が付いたリュックを用意しておくべきだったな。雪降ってるし。

「やっぱり貴方は破廉恥です」

「いや、ここ最近は絶対にお前の方がはれん……」

「削ぎ落としますよ」

「ごめんなさい」

 どうやって?なんて恐くて聞けない。

「まったく……一年の終わりだというのに……ふふっ」

 海未が吹き出したのに合わせて、こちらも頬が緩む。

「何やってんだろうな、俺達……」

「ええ、本当に。あ、もう着いたみたいですね」

 歩きながら話していたら、あっという間に我が家に到着していた。

 

「お、お邪魔します」

「ただいまっと」

 二つの挨拶に対して返ってくるものはない。

 親父と母ちゃんは年末だというのに仕事があり、小町は友達と初日の出を見に行くそうだ。年末に家族が揃わないのは寂しくもあるが、こうして二人っきりになれたことは、やはり嬉しい。

 心の中で三人に『よいお年を』と告げた俺は、親父と母ちゃんのために買った栄養ドリンクを冷蔵庫に入れ、ポットのスイッチを入れ、お湯を沸かす。

「コーヒーでいいか?」

「あ、はい!」

 海未はリビングでコートを脱いでから、やけにそわそわしていた。外で冷えたにしても、顔が赤い。

「……トイレか?」

「違います!……あの……」

「?」

 いまいちはっきりしない海未の反応に首を傾げていると、彼女は深呼吸して、何か決心したようにはっきりと告げた。

「シャワー、借りてもいいですか?」

 

 





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第83話


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「…………は?」

 一瞬、海未が何を言ったのか理解できなかった。

 海未も俺の反応に首を傾げている。

 だが、お互いにその理由に気づき、顔が真っ赤になった。

「も、もう!……馬鹿。動き回ったせいか、少し汗をかきましたので……」

「……いや、その……悪い」

「…………」

「…………」

 お互いに視線をあちこちに彷徨わせ、気まずい空気をかき混ぜ、何とかごまかそうとする。

 やがて海未は耐えきれなくなったのか、こちらに背を向けた。

「で、では、シャワーお借りしますね!」

「……どうぞ」

 海未がリビングのドアを閉めたと同時に、自分の頬を軽く叩き、気持ちを落ち着ける。淡いふわふわした感情に包まれたまま、二人分のコーヒーを飲み下した。

 これまでより近くなった分、これまでより気をつけなければいけない。自分で自分に言い聞かせないと、流れで最後までいってしまいそうな気がする。

 コーヒーの苦みを噛みしめながら、そんな事を考えている内に異変が起きた。

「きゃっ!」

「海未っ!?」

 何かが倒れたような音と海未の悲鳴に、全速力で駆け出し、ドアを開ける。

「え?」

「っ!」

 海未はバスタオルを巻いただけの無防備な姿で跪いていた。

「今……悲鳴が……」

「この子が……」

 海未の足元でカマクラが首を傾げたり、尻尾を振ったりしている。周りには洗濯物が散らばっている事から、多分こいつが床に降りる際に、棚の上に置いてある洗濯物かごを落としたんだろう。

 そして、落ちた物を確認していると、海未の太股がぎりぎりの部分まで見えているのに気づく。

 さらに、俺の顔を見た海未が、そのことに気づいた。

「あ、あまりこっちを見ないでください!」

「わ、悪い」

 急いで出て行こうとすると、よりによってこんな時に例の法則が発動した。

「っ!」

「えっ?」

 足元にあった靴下か何かを踏んづけて滑った俺は、そのまま倒れ、海未を押し倒してしまう。

「悪い……大丈夫……か……」

 俺はあまりの光景に、息が詰まるような感覚を覚えた。

「…………」

「あっ……」

 そう、全てが見えてしまっていた。

 今、俺の下で肩を震わせているのは、生まれたままの姿の海未だ。彼女は顔が真っ赤に染まり、それでも中々言葉を紡げずにいる。俺は自然と全体を眺めた。

 控え目な胸は、それでもしっかりと女性らしい丸みを主張していて、腰のくびれは海未らしい健康的な魅力に満ちていた。そして……

「あの、八幡……」

「…………」

 理性をあっさりねじ伏せ、剥き出しになろうとする本能のまま、海未の肩に手を触れる。滑らかな肌が掌に吸いつき、いつもあんなに鍛えているのが嘘みたいな柔らかさだ。

 カマクラが洗面所を去っていく足音が遠のいていく中、二人でしばらく見つめ合う。

 彼女の感情の波が手に取るようにわかる気がしたが、これ以上は動けない。

 足音が完全に聞こえなくなってから、彼女はまた口を開いた。

「八幡……八幡……」

「…………」

 うわごとのように名前を呼ばれるのに、俺は何も返せなかった。ただ見つめ合うだけだった。

 それでも、彼女は俺の頬を白い掌で優しく包み込んだ。

「八幡、全て貴方の望み通りに……そのかわり……」

 海未は儚げに潤んだ瞳のまま、唇に微笑みを添えて告げた。

「ずっと……大事にしてくださいね」

「…………」

 海未の言葉を、脳をとろけさせるような甘い囁きを聞いた俺は……

「…………ふぅ」

 震える手つきで海未に大きなバスタオルをかけ、親指で彼女の目元を拭った。彼女は上半身だけ起こし、ポカンとした表情を見せている。

「……八幡?」

「……約束する。一生、大事にする。だから、今日はやめとく」

「そう、ですか……ん」

「…………」

 海未に数秒間だけキスをした後、俺はすぐに洗面所を出て、ドアを閉めた。廊下は甘ったるい空間ときっぱり隔てられていた。

「……さらに好きになってしまったじゃありませんか……意気地なし」

 そんな彼女の独り言を背に、俺はリビングへと駆け足で戻った。





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第84話


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「あなた……起きてください。あなた……」

「…………海未?」

 海未が優しく体を揺すりながら起こしてくる。

 しかし、冬の布団の誘惑に打ち勝つのは容易なことではない。ナチュラルがコーディネーターに勝てないのと同じだ。違うか?違うな。

 そういや今、貴方って呼び方のニュアンスがいつもと違ったような……。

「そろそろ起きないと、仕事に遅れてしまいますよ?」

 仕事?新年早々、何の冗談だろうか。

「いや、俺は専業主夫のはずじゃ……」

 冗談には冗談で返すと、海未は心底呆れたような溜息を吐いた。

「ふぅ……社会人三年目で何を言っているのですか。早く起きないと、この子に笑われますよ?」

 社会人三年目?いや、それより……

「あぶっ、あばっ、ぱ、ぱ~」

「え?」

 よく見ると、海未はおんぶ紐を装着しており、背中には…………赤ちゃんがいた。しかも、こっちに向かって、小さな手を伸ばしている。

 …………か、可愛い!

 なんだこれ、天使か。このくりくりした目といい、無邪気な笑顔といい、可愛すぎて罪なくらいだ。喜んで無罪放免にしちゃうけど!

 そして、気づいたことがもう一つ。

 なんというか……海未が色々と成長している。

 控え目な胸だったはずなのに、ぶっちゃけ大きくなっているし、腰回りのラインも女性らしさを増して、無駄に色気がある。

 彼女は俺の視線に気づくと、そっぽを向いた。

「も、もう!朝から何を考えているのですか?」

「いや、あれだ……何でもない」

「あ、あなたがこんなにしたんですよ?」

 海未は恥ずかしがっていたかと思えば、今度は妖艶な笑みを浮かべ、顔を近づけてきた。一体どうしたとか、何が起こった、なんて疑問は思考の隅っこにずらされた。

 そんな濃厚な甘さ漂う空気の中、なんとか口を開く。

「どうやって?」

「こうやって、ですよ?」

 海未は俺の両手を自分の胸へと……

「っ!?」

「…………夢?」

 目の前には海未の顔がある、がその顔は紅潮していき、わなわなと震えだした。

 理由を確かめようと、寝ぼけまなこで現状を確認すると、俺の両手はしっかりと彼女の控え目な胸を掴んでいた。

 なんだ夢か。それでも少しほっとする。やはり大事な課程をすっ飛ばしてはいけない。それに、俺は巨乳好きでもない。ハチマン、ウソ、ツカナイ。なので、この控え目なサイズでも…………あ。

 と、とりあえず……新年の挨拶はしないとね!

「……あけましておめでとう」

「っ~~~~きゃあーーーーっ!!!」

 新年は海未の必殺・空手チョップから始まった。

 

「……悪かった……ごめん」

 態勢はそのままで海未に謝る。ていうか顔以外動かせない。

「いえ、私も決して嫌ではないのです。ただ……私も女子の端くれとして、もう少しこう……雰囲気というか……」

 そう言われると、昨晩の事を思い出す。

 あの後、交代でシャワーを浴び、そして寝た。無論、別々の部屋で。

 実にあっさりしていると思われるかもしれないが、お互いに気恥ずかしさから、目を合わせただけでゆでだこ状態なのだ。同じ部屋で眠るのは無理がある。

 まあ、昨晩のことはさておき、確かに雰囲気づくりは大事かもしれないが……。

「そう、だよな。つーか……」

「?」

「何で俺の上で馬乗り態勢なのか、教えてくれ……」

「え?あ、それは……」

 海未は一瞬だけしどろもどろになりかけたが、すぐにいつものキリッとした表情になり、ベッドから下りて、取り繕った微笑みを向けてきた。

「……さぁ、八幡。起きてください。穂乃果の家でお餅を配るそうですよ」

「お、おう……ごまかしたな」

 一、富士。二、鷹。三、茄子。といった縁起のいいといわれる初夢ではないが、新年のスタートとしては悪くない出だしだと、つい頬が緩んでしまった。

 ……よく考えりゃ、さっきの夢って……。

 

 

 





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第85話


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「海未ちゃん」

「はい?」

 一人でストレッチをしていると、ニヤニヤした希が隣に腰かけてきました。私は直感で答えづらい事を聞かれると思いましたが、ひとまずストレッチを続けました。

「海未ちゃん、最近……えっちぃよね」

「っ!?」

 さすがにそのような事を言われるとは思ってもみなかったので、咽せてしまいました。

「けほっ、けほっ、な、な、何を……?」

「最近、ストレッチひとつとっても、艶めかしいというかね……うん」

「一人で納得しないでください!」

「それに最近お胸の方も……」

「ひゃあっ!」

 いきなり胸を鷲掴みにされてしまいました。

「…………将来に期待やね」

「その不自然な間はなんですか!」

「まあ、それはおいといて♪」

 重大な話の気がするのですが、まあいいでしょう。八幡だって、本音では慎ましい胸の方が好きなはずです……多分。

「比企谷君とはどこまで進んだん?」

「気になるにゃ~!」

「り、凛まで!そんなこと言えるわけが……」

「「じぃ~~~~~」」

 二人はやたら至近距離で見つめてきます。

 しかし、そんなことで動じる私ではありません。

 それに、進んだと言われましても……

『私は……貴方のものです』

『今日はたくさん、したいです』

『ずっと……大事にしてくださいね』

「あわわわわわわわ……」

「海未ちゃん?」

「どうしたん?」

 今さらながら、私はなんと大胆なことを……こ、これでは八幡ではなく、私が破廉恥になってしまうではないですか!

「海未ちゃん、どうしたん?」

「なんでいきなり腕立て伏せを始めるの!?」

「べ、べ、別に何でもありません!さあ、希も凛もやるのです!500回!!」

「ご、500……」

「いきなり理不尽だにゃ~~!!」

「いいからやるのです!でないと私は……私は……」

「海未ちゃん、海未ちゃん」

「何ですか!?」

「電話きとるよ?愛しの彼から」

「え?」

「じゃあ、凛が出て驚かせよ~っと!」

「っ!」

「わっ!」

「速いにゃ!動きが見えなかったにゃ……」

「も、もしもし、八幡?今、練習中ですので……え?頑張れって言いたかった?もう……ふふっ……そ、そのぐらいのことで……え、好き?もう……馬鹿ですね。ふふっ」

「「…………」」

「もう切る?あと少し……いえ、何でもありません。八幡も部活頑張ってください……大好き……え?何でもありません。それでは」

「「…………」」

「さて、二人共。ダンスの練習を始めましょう!さあ、一刻もはやく!!」

「「お、おー……」」

 あれ?そういえば何の話をしていたのでしょう?

 いえ、今はラブライブに集中しなければいけませんね。

 私はポカンとしている二人を急かして、全体練習に加わった。





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第86話

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 1月も終わりに近づき、もうすっかり年明け気分は抜け、街はいつも通りの賑わいを見せていた。とはいえ、秋葉原の街は年中賑わっているのだが。

 何だかんだ言って、この人混みも半年前よりは慣れてきた気がする。

 そう、彼女を少しだけ早く見つけられるくらいには……

「あ……八幡、こっちです!」

「おう」

 先に見つけたのはこっちのはずなのに、目が合った途端に声をかけられ、何だか先を越された気分だ。

 こちらに向けられる笑顔につられて、自然と駆け足になり、海未の元へ駆け寄ると、何故か彼女はくすくすと笑いだした。

「どした?」

「いえ、八幡らしくないと思いまして……ふふっ」

「いや、めっちゃ俺らしいだろ。彼女目指してひたむきに走る姿とか……」

「そうですね。そのとおり」

「聞き流してんな……」

「それより八幡。今日はどこにしますか?」

「ああ……静かで二人っきりになれる場所の方がいいだろ」

「そ、そそ、そうですね……」

 何故そこで顔を赤らめるんですかね。

「……海未?もしもーし、海未さん?」

「は、破廉恥です!」

「何がだよ……」

 最近、彼女のようすがちょっとおかしいのだが…。

 少々話がずれたが、今日会うことにしたのは、お互いの進路を報告し合うためだ。進路に関しては、お互いに思うまま選んだ方がいいという理由で、相談はしなかった。

 とはいえ、現状を考えれば目指すべき道は一つしかなかった。

 

 結局、俺達はこの前のファミレスに来ていた。

 お互いに肩の力を抜いた状態で話し合いたかったからかもしれない。

 そして、俺の答えに海未は目を丸くした。

「貴方が……東京の大学に?」

「ああ」

 志望している大学をスマホで表示して彼女に見せる。

「ここは……私と同じ……」

「……ああ」

「でも貴方は……」

「これが俺にとっての一番だ。なんつーか、俺にはまだはっきりやりたい事がない」

「…………」

「でも……お前となら見つかると思ってる」

 一年前の自分なら考えもしなかった事。

 大切な誰かと同じ景色を見て、同じ時間を過ごす事で何かが見えてくる。

 それを海未は教えてくれた。

「本当に……いいのですか?」

「……お前と、いれるなら、な」

「あ、ありがとうございます……では、貴方が東京に来た暁には、私が面倒を見て上げましょう」

「……たまに炒飯と餃子を作ってくれたらありがたい」

「他にも作れますよ!」

「む、無理すんな……?」

「ほう……そういう事を言うなら……」

 海未がコーヒーに口をつけ、ひと息ついたのと同時に、脚に何かがくっついた。

「……う、海未?」

「どうかしました?」

「いや、どうしたも何も?」

 海未の細い脚が俺の脚に絡みつき、肉食獣の舌のように舐め上げてくる。

 力の強弱、動きの緩急が絶妙で、コーヒーの苦みを忘れさせられるくらいにぞくぞくと刺激された。

 ……これはやばい。語彙力が抜け落ちそうなくらいやばい。

「う、海未……そろそろ……」

「反省するまではやめません」

 やっぱりわざとじゃねえか。

 ま、まあ、もう少しだけなら……。

「ね、ねえ、あのカップル……足で乳繰りあってるよ!」

「さすが東京……」

「マジひくわー」

「「…………」」

 




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第87話

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「マラソン大会、ですか?」

「ああ、なんか休む方法……すいません」

「よろしい」

 少し気まずい思いをしながらファミレスを出た後は、お互いに近い予定の話をしながら、街をぶらぶらと歩いていた。冬の青空は雲もまばらで、陽の光を浴びるのがやけに気持ち良く感じた。

 海未はマラソンという言葉にうんうんと頷いていた。

「日頃の鍛錬の結果がだせますね!」

「やけに嬉しそうだな……そういや、ラブライブの方はどうだ?」

「皆、士気も高まって、すごく調子がいいですよ。今度の校内ライブには是非!」

「いや……それはさすがに……」

 あの一件以来、音ノ木坂学院には近寄っていないが、ほとぼりが冷めたとはとても思えない。

 しかし、海未は俺の正面に立ち、至近距離で上目遣いなんて反則技を使ってきた。

「……八幡……」

 今日は威力抑えめだが、これでも胸の高まりが止まない。

「……行く」

 あっさり意見を翻した自分に苦笑してしまう。海未の必殺技に抗える日は来るのだろうか。いや、きっと来ないのだろう。

 俺が了承すると、海未は笑顔になった。

「じゃあ、チケットは用意しておきますね♪」

「ああ、つーか俺が行って大丈夫なのか?」

「ええ、大丈夫ですよ。ある意味有名人ですし。理事長もイベントの時なら許してくれますよ」

「そうか……まだ有名、なのか」

「ふふっ、それにヒデコもフミコもミカも会いたがっていましたよ」

「……嫌な予感しかしないんだが」

「貴方をからかうのが楽しいみたいですよ。だから仲良くしてください……密着しないように」

「おい、恐い。恐いから……」

 密着したらえらい目にあいそうだ、俺が。

 恐れおののいていると、見覚えのある金髪の小柄な少女がこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

「海未さ~ん!」

「亜里沙、こんにちは」

「こんにちは!」

 この子は確か絢瀬さんの妹だったよな……。

 屈託のない笑顔を見せていた彼女は、こちらを見ると、急速に顔を赤くした。

「はっ、あ、あなたは……!」

「?」

「ハラショー……」

「あ、亜里沙?どうしたのですか?」

 絢瀬妹は何故か距離を詰め、俺の顔を覗き込んでくる。姉とお揃いの宝石のような碧眼が、俺の両眼を捉えた。

「やっぱりかっこいい目……」

「亜里沙?」

「はっ、ごめんなさい海未さん!失礼します!」

「……どうしたんだ?」

「いえ、八幡。貴方は意外ともてるのですね」

「……な、何の話だ?」

「何でもありません。行きましょう」

 

 次は割と顔見知りの金髪ポニーテールと遭遇した。

「あ、比企谷君!……いえ、いけないわ!私はかしこい、かわいい、エリーチカ!そんな未練がましい真似をしていては……でも、あと少し」

「絵里?どうかしたのですか?何故やたら八幡と距離を詰めているのですか?」

「う、海未?顔恐いわよ?」

「失礼。さっき亜里沙を見ましたよ」

「そう?あ、ありがとう!それじゃ!」

「どした?」

「いえ、何でも……」

 

「っと!」

「きゃっ!」

 曲がり角で誰かにぶつかり、相手が持っていた大量の荷物が散らばる。

 よく見ると明らかに年下の小柄な女子で、その足元には黒い羽が散らばっていた……羽?

「わ、悪い……大丈夫か?」

 とりあえず足元の鞄を拾う。鞄にはこれまた黒い名札が付いていた。

「えーと……津島、善子?」

 つい名札を読み上げると、彼女はそれを俺の手からばっと奪い取った。

「善子じゃなくてヨハネ!」

「わ、悪い……」

「うぅ、やっぱりかっこいい……」

「は?」

「はっ……くくく、私は堕天使ヨハネ。我が名を覚えておくがいい。いつか闇の世界で相まみえようぞ」

 変わったポーズと変わった台詞を残し、少女はダッシュで俺達の視界から姿を消した。

「今のは……」

「俺が聞きたいくらいだ」

「ふ~ん。そうですか」

「海未さん?」

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 今度はまったく知らない小柄な女子から呼び止められる。 

 その女子はゴスロリっぽいファッションに、猫耳を装着した特徴的な出で立ちをしていた。

「はわわわ……その目は……」

「?」

 目がどうしたのだろうか。目つきの悪さがお気に召さなかったのだろうか。

 少女は頭を抱え、ぶんぶんと振った。 

「くっ、いけないわ!我が名は闇猫!!全てのリア充を否定せし者!!さ、さ、さよなら!!」

「…………」

 何だったんだ?今の……材木座以外の中二病を立て続けに見るとは。まあ、俺も中学時代は……いや、忘れよう。

 隣から邪悪なオーラを感じ、目を向けると、俺の袖を掴み、海未がプルプルと震えていた。

「うふふ……八幡、随分ともてるのですね?」

「……いや、待て。多分違う。絶対に違う」

「私というものがありながら……ちぇりおーーーーー!!!!!」

 そういや、この前俺の家に来た時、全巻読んでたな……。

 このあと海未の機嫌を直すのに、しばらくの時間を要した。

 




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第88話

「バレンタイン?」

「海未ちゃん、バレンタイン知らないの!?」

「そんなわけないでしょう!これまでに何度も交換したじゃありませんか!」

「あ、そうだった」

「それより、バレンタインがどうかしたのですか?」

「比企谷君にはあげないの?」

「……え~と……」

 二月に入り一週間が経った頃、穂乃果の言葉でバレンタインというイベントを思い出す。いえ、完全に忘れていたというより、練習やライブで考える暇があまりなかったのですが……。

「ラ、ラブライブの前にそのような浮かれたイベントに熱を上げている暇など……」

「でも他の女の子が上げちゃうかも」

「っ!」

 思い当たる節がありすぎて、ついペットボトルを握った手に力が入る。おっと蓋が飛んでいってしまいましたね。

「ど、どうしたの海未ちゃん……」

「恐いよぅ……」

「いえ、何でもありません♪」

 私は全身全霊のスマイリウム溢れる笑顔を作り、何とか誤魔化した。

 よし、まずは不安要素を取り除かなくては……。

「絵里」

「あら、どうかしたの?」

「二月十四日は亜里沙と三人で朝から夜までトレーニングをしましょう」

「何でっ!?」

「しましょう」

「だ、だから何で……」

「バレンタインデーだからです」

「まあまあ、海未ちゃん。エリチもそこまで野暮じゃないから」

「そうよ!私、野暮じゃ……ないチカ……」

「……信じましょう」

 そもそも絵里が八幡を好きになった経緯がわからないのですが……それは私も似たようなものですね。

「じゃあ、あとはチョコを買いに行くだけですね」

 どんな物がいいでしょうか。一度考え始めれば、選択肢がいくらでもあるように感じられます。ヘンですね、クラリと困ってしまいます。

「海未ちゃん?」

「いえ、もう休憩も終わりなので練習に集中します」

「そうだね!今日中に振りを完成させよう!」

 私は頭の片隅に、大好きな彼の顔を思い浮かべながら、練習に戻った。

 

 珍しく台所を使っているところで、小町が帰ってきた。

「あれ?お兄ちゃん、何してんの?」

「もうじきバレンタインデーだからな」

「お兄ちゃん、今年は海未さんから本命チョコ貰えるんだから、自分で豪華な手作りチョコ作って誤魔化さなくてもいいんだよ?」

「どこの東大目指す浪人生だよ……つーか、んな事した覚えがねえよ」

「海未さんに作ってんの?」

「ああ、そんなとこだ」

 ラブライブに向け、日々精進している海未に負担はかけたくないので、自作チョコを手渡す。我ながら素晴らしいアイディア。あとはコングルGood!なものを作ればいいだけだ。

 小町は台所を見て、少しだけ表情に不安の色を滲ませた。

「わかんないとこあったらいつでも聞いてね」

「大丈夫だよ。お前は受験勉強に集中してろ」

「ありがと♪じゃ、頑張ってね~」

「おう」

 今までと違いあっさり引き下がる姿に、小町の兄離れへの寂しさと頼もしさを感じた。きっとこうして、色んな事が変わっていくのだろう。

 俺は、小町の姿が見えなくなってから、試作品を口に放り込んでみた。

「…………不味い」

 

 

 




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第89話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


「え~!まだ買ってないのぉ!?」

「はい……」

 明日のバレンタインデーに八幡へ渡すプレゼント。

 ああでもない、こうでもないと堂々めぐりしてしまい、未だに何も買えていません。いつから私はこんなに優柔不断になってしまったのでしょうか?

「普通にチョコ買って渡すじゃダメなの?」

「だって……」

 そう、おそらくこの感情が一番、プレゼント選びの足枷となっています。

「何?」

 首を傾げる穂乃果に、少し恥ずかしいのですが、言うことにしました。

「……やっぱり、特別なものにしたいじゃないですか」

「…………」

 彼と恋人同士になって、初めてのバレンタインデー。今、手作りチョコに割ける時間がなくとも、何か渡すのなら、特別なものを渡したい。

 私の言葉を聞いた穂乃果はポカンとしていました。

「海未ちゃん……」

「何ですか?」

「ぎゅ~~~っ!」

「ほ、穂乃果!?」

 何故か穂乃果が思いきり抱きついてきて、少し苦しいです。

「海未ちゃん、可愛いよ海未ちゃん!」

「だから一体どうしたというのですか!」

 

 数分後……。

「皆、プレゼントを考えよう!」

『お~!!』

 μ'sメンバーが部室に集合して、大きく拳を突き上げていた。

「何でこんな大事に……」

「ほら、皆で意見を出しあえばきっといいアイディアが浮かぶよ!それに早く決めた方が、練習に集中できるよ!」

「まあ、それもそうかもしれませんね」

「じゃあ、花陽ちゃんから!」

「お米、とか……」

「ブッブーだよ!はい、凛ちゃん!」

「ラーメンにするにゃ~!」

「アウトだよ!はい、にこちゃん!」

「晩御飯でも振る舞えばいいじゃない。得意料理は?」

「炒飯と餃子です」

「あまりバレンタインデーっぽくないわね」

「余計なお世話です!」

「真姫ちゃんは何かない?」

「う゛ぇえ!?わ、私?」

「真姫ちゃんモテそうだもんね♪」

「え…………スとか」

「何?」

「キス……とか……ああ、もうイミワカンナイ!!」

「海未ちゃん、キスしてあげれば?」

「そんな……」

「やっぱりまだ恥ずかしい?」

「そりゃそうよ。この前みたいな雰囲気にならないと」

「いえ、その……接吻は会う度にしているので、大切な儀式とは思いますが……やはり別のものを……」

『…………』

 何故皆固まっているのでしょう?

「そ、そうよね~キスくらいするわよね~」

「するチカ」

「ちなみに何回くらいしたん?」

「え?か、数えてなんか……!」

「ん~?」

 希は手をわしわしさせ、にじり寄ってくる。

「わ、わかりましたよ。…………い」

「え?何回って?」

「287回、です」

『…………』

 また皆が固まってしまいました。

「ちょっと……いくら何でも多すぎない?あの二人って週1で会うか会わないかじゃないの?」

「あわわ……海未ちゃんが……大人になっちゃってる……」

 どうしたのでしょう。恋人同士が接吻を交わすのは当たり前のことで……もしかして少ないのでしょうか?

 悩んでいると、絵里がそっと肩に手を置いてきました。

「海未、いい方法があるわよ」

「絵里……でも、貴方は……」

「大丈夫よ。もう吹っ切れたわ。そろそろAFTER STORYも更新されるし」

「何の話ですか?」

「こっちの話よ。それより、二人にとって最高のプレゼントは……」

 私は絵里の話に、真剣に耳を傾けた。

 





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第90話


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 いつも通りの道を真っ直ぐに辿り、海未の家の前に到着すると、俺が来た方とは逆方向から、彼女が普段通りきびきびした歩き方で帰ってきた。予想だにしない完璧なタイミングに、ついつい駆け出してしまう。一秒でも早く、近くで顔が見たかった。

 やがて、海未は俺に気づいた、のだが……。 

 海未は俺を見るなり、顔を真っ赤に染め、立ち止まった。あれ?想像とリアクションが違う気が……。

 一瞬戸惑いが生まれかけたが、気を取り直し、とりあえず彼女へと一歩踏み出す。

 しかし、両手で『待て』の合図を出された。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「?」

「まだ心の準備が……」

 何の話かわからず、沈黙と首肯で先を促すと、海未は俯きがちになり、自信のなさそうな口調で喋りだした。

「コスプレの準備はしているのですが……まだ色々と準備が……」

 おっと、ここで予想外の単語が出てきました。

「……落ち着け、海未」

 一歩踏み込み、彼女の肩に手を置くと、ようやく目を見てくれた。

「八幡……」

 普段が凛とした立ち振る舞いのせいか、こういう姿にはグッとくるものがあるが、ひとまずそこは置いておき、本題を切り出す。

「……お前に渡したいものがある」

「え?でも今日はバレンタインデーじゃ……」

「別に男から渡しても構わないらしい」

 俺は海未に……一枚の紙きれを渡した。

 案の定、彼女はキョトンとした表情を見せた。

「これは?」

 海未はそこに書かれている言葉をゆっくりと読み上げた。

「何でも言うこと聞く券?」

「……本当は手作りで何か渡そうと思ったんだがな……悪い。上手くいかなかった……」

「それで……これを?」

「あ、ああ……」

「ふふっ……あはは!」

 海未が珍しくお腹を抱えて笑い出す。

「いや、浅はかだってのはわかってるんだが……」

「違いますよ。はい、これ」

 笑顔のまはま、海未がポケットから出したのは、一枚の紙きれ。

 まさかと思い、確認すると……

「何でも言うこと聞きます券……か……」

「その……私も何か特別なことをしたかったのですが、上手く思いつかなくて……」

 海未は、手に持っている白い紙袋を掲げる。

「それで……絵里から、こういう提案をいただいて……コスプレの衣装や水着も……」

「そっか……」

 絢瀬さんが何故そんなものを所持しているのか、という疑問はこの際置いておこう。

 彼女の躊躇いの理由がわかったわけだが……というか、わかった事により、情欲をかき立てられ、妄想がちらつき始めた。

「だから、その……何でも…」

「……こ、今度でいい」

「え?」

「いや、あれだ。今、何でも言うこと聞きますなんてお前に言われたら、絶対におかしくなっちまうからな……だから、使うのはまた今度にしとく」

 少し早口でまくしたて、海未の口を塞いだ。

 また意気地なしと言われる覚悟をしたが、海未黙って柔らかく微笑んだ。

「そうですか……じゃあ、私も……」

 海未は何でも券をポケットにしまう。

「お前は使ってくれていいんだが……」

「ふふっ、最高の機会が訪れたらそうさせていただきます。それより今は……」

 そして、上目遣いに甘える素振りを見せてきた。それだけで、彼女の欲しがっているものがわかった。

「八幡、ちょっとだけいいですか?」

「ああ……」

 練習後にシャワーを浴びたのだろうか、甘い香りを撒き散らしながら、海未は俺の胸にこつんと額を当て、優しく抱きついてきた。二月の冷たい風が通り過ぎていく度に、その優しい体温が強調され、つい引き寄せてしまう。さっきまでの緊張やら何やらが、全て忘れられるようだ。

「ん……温かいですね」

「……ああ」

「ずっと……こうして……」

「あら、海未?」

「「!」」

 聞き覚えのある声に、慌てて体を離す。甘ったるい空気の余韻に浸る間もなく、俺は意味もなく、袖の確認なんかしてしまった。

 そして、海未は俺よりはるかに慌てていた。

「お、お、お母さん!どうしたのですか!?」

「どうしたって、ただ帰ってきただけよ」

「あ……おかえりなさい……うぅ……」

「ふふっ、お邪魔だったかしら?」

「いえ、そんな事は……」

 美空さんがこちらを向いたので、俺ははっとして頭を下げる。

「八幡君もいらっしゃい」

「……どうも」

「ほら、お父さんも電柱の陰に隠れて泣かないの」

「「え?」」

 美空さんの言葉に従い、電柱の陰から大柄な男性が出て来る。

 それと同時に、鋭い双眸が俺を見据えた。ぶっちゃけかなり恐い。だが、よく見れば目の端に涙の跡がある。

「……よろしく。比企谷八幡君。うちの娘が世話になっているようだね」

 これが俺と海未の父親の初顔合わせとなった。





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第91話


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 海未の父親が放つ覇気とも殺気ともとれる圧倒的なオーラに飲まれそうになるが、ぐっと奥歯を噛みしめ、しっかり相手の目を見据える。日頃から海未に、学校では雪ノ下に鍛え上げられた挨拶スキルを発揮する時がやってきた……!

 俺は一歩踏み出し、頭を下げた。

「初めまして。比企谷八幡と申しましゅ!」

 あー、噛んだー、っべーわー。

 後ろで海未の吹き出す声が聞こえる。おい。

 頭を下げているので表情は見えないが、親父さんは無言だ。しかし、ここまで来た以上、引き下がる気はない。

 俺は頭を下げたまま、先を続けた。

「お嬢さん……を……」

 自分でも信じられないくらいに足が震え、唇が渇き、言葉が上手く出てこない。交際宣言がこんなにも緊張するものだと思わなかった。

「八幡……」

 海未が小さな声で名前を呼ぶ。

 その声に背中を押されるように、俺は声を張り上げた。

「……海未を俺にください!!」

『…………』

 あれ?

 なんか違う気が……。

「は、はち、はち……八幡!?」

「あらあら……」

「……う、海未がけ、け、結婚……」

 自分の言い間違いに気づき、顔を上げると、海未の父親は立ったまま気絶していた。

 

 美空さんの提案により、俺は園田家で夕食をいただくことになった。

 ちなみに、海未はさっきから湯気が出てきそうなくらいに顔を真っ赤にして、あわあわしている。

「ま、ま、まったく貴方は……なんであの場面で言い間違えるのですか!もう、馬鹿……」

「いや、な、何でだろうな……」

「…………」

「ふふっ、海未ったら照れちゃって」

「ち、違います!」

「…………」

 海未の父親は黙って俺を見ている。うん、めっちゃ恐い。

 しかし、言ってしまったものはどうしようもない。勇気、本気、素敵、前向きが鍵なのである。

「比企谷八幡君」

「は、はい……」

 突然、先手を打つように名前を呼ばれ、肩がびくんと跳ねる。

「……海未との交際は認めよう。だ、だが……まだ結婚は早い」

「お父さん!あれは八幡が間違えただけです。私達が交際している事を伝えようとしたんですよ」

 海未の言葉を聞いて、海未の父親はわかりやすく、顔を弛緩させた。

「え?そ、そうか……よかった~……」

「もう……」

「まあ、海未はしっかりしているし、最近よくあるできちゃった結婚とかしたりしないよな、あははは!」

「するわけないじゃありませんか。何事も順序は大事です。ふふっ」

「はっはっはっ!」

「もう、お父さんったら……」

 何故だろう……。

 今、壮大な前振りが行われている気がする。まあ、気のせいでしかないだろうが。

 そこで、穏やかな笑みを湛えた美空さんから声をかけられる。

「八幡君」

「はい……」

「海未を、よろしくね」

「……はい」

 そう。油断していたのは俺だけではない。

 この時、美空さん以外は、実際にそうなるとは思っていませんでした。

 

 





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第92話


 残すところ、ラブライブ決勝と


 

「あ、もしもし八幡?」

「……おう」

「もう寝てましたか?」

「いや、読書してだけだ。むしろ、そっちがもう寝てると思った」

「ふふっ、実は今学校にいるんですよ?「ひっきがやくーん!」あ、穂乃果!」

 一瞬、何かあったのかと思ったが、受話器越しに楽しげな様子が伝わったので安堵する。雪で帰れなくなったかと思ったじゃねーか。天気予報で東京は今日、明日晴れだと知ってたけれど。

「ふう……まったく、明日は来れそうですか?」

「ああ、大丈夫だ。それよか……風邪ひくなよ?」

「ええ。夫が観に来るのですから。素晴らしい結果を皆と残してみせます」

「いや、夫て……」

「今でもはっきり思い出せます。貴方がお嬢さんを俺にください!とお父さんに頭を下げた事を」

「いや、言い間違いというか、あの日あなた怒ってたんですが……」

「でも……いつか本当にそうなればいいと思っていますよ」

「……そうだな」

「ただ、八幡が大きな胸が好きすぎて心配です」

「ご、誤解だっての……」

「優木あんじゅさんや希、絵里、花陽」

「…………」

「おかしいですね。シングル『僕とのLIVE 君とのLIFE』の通常版のジャケットでは私が一番胸が大きく見えるのですが……」

「所詮、凛達と同じ穴の狢にゃ」

「にこ達と大人しく三銃士でいるにこ」

「うるさいですよ、二人共!」

「まあ、気にすんな……」

「そうですね……ラブライブ決勝前にする話でもありませんね」

「ああ、もう遅いから寝た方がいい」

「そうですね。では、また明日……」

「「……おやすみ」」

 

 会場前は、以前よりも緊張感が漂い、いるだけで何だか背筋が伸びてくる。海未の両親も観に来ると言っていたが、人が多すぎて見つけづらい。座席は指定なので、そこで合流すればいいのだが。

 キョロキョロしていると、見知った顔を見つけ、思いきり目が合う。

「あら、お久しぶり」

「……どうも」

 相変わらずのオーラを撒き散らして登場したのは、A-RISEの三人である。一応、眼鏡や帽子を着用しているが、変装ではなくオシャレアイテムにしか見えないせいで、たまにチラ見していく人もいる。

 しかし、本人達は大して気にしていないようで、自然と並んで歩くことになった。

 綺羅さんは普段と違い、年相応の好奇心たっぷりな瞳で、顔を近づけ、ヒソヒソ声で話し始めた。

「愛しの彼女の応援に来たけど、知り合いと合流出来なくて、困ってるっていう顔ね。もしかして、彼女の御両親と観戦とか?」

「…………」

 思わず『おにただ』と言いたくなるくらいの洞察力。使い方合ってるかわからないけど。

 綺羅さんは俺のリアクションによろめいた。

「え?ま、まさか、あなた達……え?御両親に挨拶?それってどこの世界?」

「落ち着け、ツバサ」

「ふふっ、まだツバサの春は遠そうね」

 何故だろう……一瞬、綺羅さんから平塚先生と同じ匂いを感じた。





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第93話

 

 ライブはこれまでとは違った煌びやかなものとなっていた。会場そのものの音響や照明の力もあるかもしれないが、やはり決勝まで勝ち上がってきたグループの洗練されたパフォーマンスによるものが大きいだろう。スクールアイドル達の気迫がこちらに伝わってくるようだった。

 やがてμ'sの出番になり、メンバーがステージに登場すると、俺は拍手はしたものの、何を言えばいいのかわからず、ステージにいる9人に……そして、海未に視線を集中した。

 すると、彼女の視線がこちらを向いた気がした。

 いや、別におかしな事ではない。

 俺の席の周りには、μ'sメンバーの関係者が固まっているし、それを彼女も知っているだろう。

 ただ、あんなに真っ直ぐにこちらを見据えられたことに、居心地の良さというか、何とも言い難い不思議な心地良さを感じた。

 ……こっちが励まされてどうするんだか。

 俺は大声で彼女の名を叫んだ。

 

「八幡!」

 終演後、指定された会場近くの公園で待っていると、晴れやかな笑顔に少し涙の跡を残した海未が駆け寄ってきた。

「おう」

「見てくれましたか!」

「ああ……おめでとう。なんつーか、自分のことみたいに嬉しい」

 μ'sは優勝した。

 言葉にするとこれだけになるが、その結果の裏で積み重ねてきたものが、どれだけ大きいかは、ステージで見せた彼女達の笑顔や涙を見れば一目瞭然だろう。心から祝ってやりたい気持ちでいっぱいだ。

 しかし、海未は何故か不満顔だった。 

「……30点です」

「り、理由は?」

「こういう時は、思いきり抱きしめてください。そして、熱い接吻が欲しいです。このままでは私は不満です」

 海未は上目遣いで、火照った顔を月明かりに晒した。いつもの微かに漂う甘い香りは、ライブで汗をかいたからか、海未自身の甘い匂いになり、鼻腔をくすぐってきた。

「……いや、さすがにここじゃ……」

 会場近くの為、決して無人ではない。それに、うっかり海未の父親に見られてしまったら、俺はどんな目に遭わされるか……想像したくもない。

「そ、そうですね、確かにここでは……私が破廉恥な女だと思われてしまいます。やはり慎みは大事ですね」

「…………」

 今さらな気もするが……まあ、何も言うまい。

 ちょうど手頃な大きい木を見つけたので、海未の手を引き、暗がりに連れ込む。

「はちま……ん……」

「……ん……っ」

 2、3秒で唇を離し、そのまま海未の手を引き、暗がりから出る。

 余韻に浸る時間がないのが少し惜しい。

 しかし、俺達にはまだ先がある。

「……そろそろ、皆のとこに戻るか。心配するかもしれないから……」

「ええ……そうですね」

 やわらかく微笑んだ海未が隣に並んで歩き出す。

 通り過ぎた夜風には、春の匂いが混じっていた。

「……本当に、おめでとう」

「……ありがとうございます」

 

 





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第94話


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「……アメリカ?」

「はい……」

「何でまた……」

「スクールアイドルの飛躍のためです……」

「お、おう……ところで海未さん……」

「何でしょう?」

「どうしてこんなにくっついているのでしょうか」

 卒業式が終わり、迎えた春休みの朝のひととき。俺はベッドの上で壁にもたれて、足をだらりと伸ばしている。

 海未は俺の開いた足の間に座り、俺に身体を預け、少し暗い顔で読書をしている。そんなわけで俺は何もできない。せいぜい海未の髪の匂いを嗅ぐくらいだ。

 俺のツッコミに対し、海未はさらに体を押しつけてきた。

「はあ……海外なんて……」

 どうやら俺の言葉はスルーされたらしい。

 海未の表情が暗い理由は、海外という見知らぬ広大な土地への不安らしい。

「別にずっと住むわけじゃないだろ」

「うぅ……」

 髪を優しく撫でてみるが、やはりそれだけで不安が拭えるわけもなく、彼女は読んでいた本も閉じ、こちらに向き直った。

 至近距離で見る潤んだ瞳には、普段の強い意志の灯火は消え、悲壮感に溢れ、口元は何かを懇願するように開いていた。

 ……この距離でこれは非常にまずい。

 おそらく、海未にそういった意図はないだろうが、ひどく扇情的な姿だ。海外行きたくないだけでこんな姿になるとか……少しだけラブライブの運営に礼を言いたくなる。

 海未はしばらく俺の瞳を覗き込んだ後、頼りない声を吐き出す。

「八幡……一緒に行きましょう」

「……そ、それはさすがに」

「……はちまぁん……」

「落ち着け。その、あれだ……帰ってきたら、ほむまん奢ってやるから」

「…………」

「遊園地でも水族館でも連れてくから」

「…………」

「今からでも……」

「……わかりました。頑張ります」

 それにしてもアメリカか……すげえな。

 自分の彼女がまた一つ高みに登ろうとしているのを目の当たりにし、トレーニングの量を増やそう、と密かに決心した。

 すると、海未が急に立ち上がる。その表情には、覇気とほんの少しの空元気が見てとれて、微笑ましいものだった。

「ふぅぅ……よし!行きますよ八幡!!」

「おう、何処に?」

「アメリカに負けないようにランニング25キロです!どうですか?物足りないですか?」

「……い、いや、十分、です」

 ……何と戦うんだよ。

 

 地獄のランニングが終わり、先に海未がシャワーを浴び終わるのを待っていると、スマホが着信を告げた。

 確認すると、海未の自宅の電話番号だ。

 ……何故だろう。スマホから威圧感を感じてしまう。

 とはいえ、無視するわけにもいかないので、通話ボタンを押す。

「ひ、比企谷君か……」

「はい……」

「今、海未は近くにいるかね」

「いえ、ちょっと外してます」

「そうか、丁度良かった」

 まさか本当にかかってくるとは……いや、まだ海未には指一本触れ……てない事はないけど!

 海未の父親は、ごほんと一つ咳払いし、真剣な面持ちが伝わって来るような声のトーンで話し始めた。

「比企谷君、折り入って話があるのだが……」





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第95話


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「海未ちゃん、大丈夫?」

「ええ……」

 気遣いの言葉をかけてくれることりに何とか笑顔を返し、飛び立っていく飛行機に目を向ける。

 飛行機に乗るのは割と楽しみなのですが、やはり不安はあります。やはりもう一度八幡に電話を……いえ、いけません園田海未。最近、彼への甘えが度を超えている気がします。あんなに励ましてもらったではありませんか。

 それに……帰ったら、彼との遊園地や水族館やフルマラソンが待っています!

 おっといけない。つい頬が緩んでしまいましたね。

「…………!?」

 不意に視線を感じ、振り向く。

 だが行き交う人波の中にそれらしい人影は見当たりませんでした。

 ラブライブ優勝の影響もあり、街で声をかけられる事も増えましたから、その所為かもしれません。ステージの上での注目はクセになってしまいましたが、それ以外では慣れないですね。

 私は意識を遠い異国の地に向けた。

 

「あ、危ねえ……」

「間一髪だったな、さすがは我が娘……」

「いや、見すぎですから……」

「し、仕方ないだろう……私服姿の海未は可愛いだろう?な?」

「……それはそうですけど」

 俺と海未の父親は、柱の陰で安堵の息を漏らす。たまに向けられる冷たい眼差しはきっと気のせいだろう。

 別に俺達は見送りに来たわけではない。

 その証拠に、隣には二つの大きなスーツケース。

 そう、俺達は今からアメリカに行く……。

 事の発端は、先日の海未の父親からの電話だ。

 

「比企谷君、アメリカに行かないか?」

「はい?」

「アメリカに行かないか?」

「いや、行きませんけど……」

「ま、待ってくれ。話を聞いてくれ。君も心配だろう?海未がアメリカに行くなんて……」

「…………」

 心配じゃないといえば嘘になる。なんならついて行ってやりたいくらいだ。

「そうだろう?ついて行きたいだろう!?」

「いや、心読まないでくださいよ……」

「安心してくれ。二人分のチケットは既に手配してある」

「安心する要素が見当たらないんですけど……つーか、奥さんと行けばいいんじゃないですか?」

「ふむ……妻には反対されたのだ。過保護すぎると……」

「はあ……」

 まあ、当然だろう。海未自身も反対するだろう。

「……今回は諦めた方が……」

「比企谷君」

「?」

「海未と見るニューヨークの夜景は……綺麗だろうなぁ」

「…………」

 

 俺は決して下心でここまで来たんじゃない。そう、全てはμ'sの……海未の安心安全な旅を願っての事で……。

「ほな二人共、見つからんようにね♪」

「「…………」」

 こうして、九人+二人の賑やかな旅が始まりを告げた。





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第96話


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 飛行機が飛び立ち、あとは眠ってる間にアメリカに着いちゃう!という段階になったが、神様はどうもイタズラ好きらしい。

「全然気が抜けないんですが……」

「仕方あるまい。ここしか空いてなかったんだ……」

 よりにもよって海未達の真後ろの座席になるとか……。

 変装しているとはいえ、極力顔を見られないよう、窓の外の景色に目をやりながら、前の席にも意識を向けていると、東條さんの楽しげな声が聞こえてきた。

「ねえねえ、海未ちゃん♪」

「はい?何でしょうか……」

「愛しの彼と離れ離れが寂しい?」

「ちょっ……い、いきなり何を言い出すのですか!」

「ん~?」

「……もう……否定はしませんけど」

 恋人としては嬉しい反応だが、隣から殺気をビシバシ感じるので、早々にこの話題は打ち切って欲しい。てか、東條さんはわざとやってんだろ?そうなんだろ?

「ふふっ、素直でよろしい♪そういえば、二人って初対面の頃はどうだったの?」

 おいおい、マジで勘弁してくれ。海未の父親が眠ったふりして前のめりになり、頭を前の座席の背もたれに近づけているから。この人、一言一句聞き逃さないつもりだ。しかも、俺と海未の初対面は……

「そうですね……初対面の時は……」

 海未は躊躇うように話し始める。いや、さすがにそのまま言ったりは……

「……実は、股間に顔を埋められました」

「……へ、へえ~。まあ……あるよね」

 ねえよ。てか、そのまま言っちゃうのかよ。

「それで言い争いになり、ついには頭突きをしてしまったんですけどね。ふふっ、今となってはいい思い出です」

「あはは……」

「それからというもの、会う度に胸を触られたり、着替えを覗かれましたね。もちろん、全て事故なんですが」

「…………」

 止めて!本当に止めて!隣からの覇気で死んじゃうから!

 体を起こした海未の父親は、小声だが妙に重い声で話しかけてきた。

「比企谷君」

「は、はい……」

「アメリカに着いたらゆっくり話し合おう」

「はい……」

 

 アメリカに到着してからは、駆け足で先にタクシーに乗り、ホテルに到着した。チェックインを済ませ、すぐに動けるようにするためだ。

 しかし、ここで思わぬトラブルに直面した。

「ふむ、海未達はやけに遅いな。他の子達は到着しているというのに……」

「……渋滞に巻き込まれたんですかね」

 サングラスに帽子というありふれた変装をして、ロビーにいるのだが……うん、最早ストーカーじみてますね、これは。今さらながら、何しに来たんだ感ハンパない。

 いや、それより今は海未が……

「穂乃果。場所はちゃんと伝えた?」

「うん」

「もしかして、綴り間違えたんと違う?確か……」

 東條さんが綴りを書き、高坂さんが確認する。

「……あ」

「「なにぃっ!?」」

 高坂さんの反応に、俺達は慌てて立ち上がる。

 もちろん、周りの注目を集めた。

「え?え?」

「「…………」」

 μ'sメンバーも何事かとこちらを見ていたが、俺達は黙ってホテルを飛び出した。

 

 5分後……。

「あ、海未……ちゃん」

「ううっ……ぐすっ……はちまぁん……」

「あはは……凛ちゃんがホテルの名前覚えてくれてたからよかったよ……」

「あらら……二人共、入れ違いになっちゃった」

「希、どうかしたの?」

「ううん、何でもないよ」

 

 数時間後……。

「あの……」

「どうした、比企谷君?」

「俺達はどこにいるんですかね……」

「奇遇だね。私も同じ事を考えていた」

 俺達は異国の知らない街を当てもなく5時間以上彷徨い続けた。




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第97話


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 それでは今回もよろしくお願いします。


「ひどい目にあったな……」

「ええ、まったく……」

 東條さんからの連絡で、ようやく無駄足だったことに気づき、ホテルに戻った。ちなみに、何があったかは割愛させていただく。男二人のしょうもない冒険譚など、ラブコメには不要なのだ。

 回転扉をくぐり、ロビーの高級感あるシャンデリアの明かりにほっとすると、背後から人の気配を感じた。

「おかえりなさい」

「ああ、ただい……ま……」

「…………」

 振り向くと、そこにはにっこり笑顔の美空さんがいた。笑顔は笑顔なのだが、威圧感がハンパなく、気圧されてしまう。

「あなた。わざわざ八幡君を連れて、何をしているのかしら?」

「あ、いや、これは……」

 さすがは海未の母親、身に纏う覇気も覇王色ときた。てゆーか、俺も逃げ出したいんですけど。

 すると、優しげに細められた目がこちらを向き、声をかけられた。

「八幡君」

「は、はい……」

「私はこの人と夜通し話がありますから、悪いけど私が取った部屋に泊まってもらえるかしら?」

 そう言いながら、鍵を渡してくる。

 俺はそれをしっかりと受け取った。

「はい」

「待ってくれ比企谷君!私を置いていかないでくれ!苦楽を共にした仲だろう?友よ!」

「……すいません」

 美空さんに首根っこを掴まれた海未の父親に背を向け、先にエレベーターへと向かった。

 

「ふぅ……」

 想像していたものとは遥かに違う海外旅行の日程に疲れたが、これも貴重な経験なのだろう。

 荷物を置き、ベッドに寝転がると、このホテルのどこかにいる海未の顔が浮かんできた。

 あいつの事だから、今頃どっかスタジオを借りて、皆をレッスンに引っ張り出しているんじゃないだろうか。

 ……会いたい。

 ものすごく会いたい。

 つまらない理由付けなどする必要もないくらいシンプルな気持ち。単純明快な答え。

 どこに行けば会えるのだろうか。

 もし会いに行ったら、どんな顔をされるだろうか。

 ふわふわした妄想や不安が頭の中を漂い、一分一秒たりともじっとしていられない気持ちになる。

 正直になりすぎた心は、自然と体を動かし、俺は当てもなく部屋を飛び出した。

「「え?」」

 偶然にも同時に開いた向かいの扉。

 出てきたのは、なんと海未だった。

 見間違うはずもない。

 さっきまでずっとその顔が見たかったのだから。

「……お、おう」

「…………」

 片手を上げ、挨拶をしてみたが、返事がない。

 彼女の顔は固まったままだ。

「……う、海未……」

 呼びかけてみると、やがて彼女は震えだし……

「きゃあああああ~~~~~っ!」

 

  





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第98話


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「まったく、貴方は何を考えているのですか!」

「…………」

「わざわざ、お父さんと一緒にアメリカまでついてくるなんて……常識がなさすぎます。本当に八幡はハレンチですね。知っていましたけど」

「…………」

「しかも、私達と同じホテルを取るなんて行動力も呆れます。その行動力をもっと別のことに回せないのですか?」

「あの、海未さん……」

「何ですか?話はまだ終わっていませんよ」

「いや、この態勢で説教とか言われても……」

 現在、俺は美空さんが取った部屋のソファーに腰かけているのだが、海未は……俺の膝の上に、向かい合うように腰を下ろし、至近距離に顔を寄せている。さっきから、彼女が口を開く度に、鼻先に息がかかり、こそばゆい。あと、太股の感触が非常によろしくない。

 しかし、彼女はお構いなしのようだ。

「何ですか?文句は言わせませんよ。しばらくこうしていてもらいます。仕方ないですから、貴方は私の頭を撫でながら、思いきり抱きしめていてください」

 まだ最後に会ってから二日も立っていないのに、何でアメリカで再会したというだけで、この子はもぎゅっとloveで接近して来ますかね。正直言うと、理性を保つのに一苦労なのだが、いつ理性を失っても、俺の責任ではない気がする。

 そんな事を考えながら、海未を思いきり抱きしめる。

 言い出しっぺの彼女は顔を真っ赤にした。

「っ!は、八幡……その……胸が……」

 浅い胸に顔が少し触れるが、気にしてやらない。

「こういう時は、『ごちそうさまですっ!』っていうのが常識だぞ」

「嘘つき……」

 そのままそっと、さらさらの長い髪に触れる。撫でる度に、甘い香りが部屋の中を満たし、いつもと変わらない場所にいる気さえしてくる。

「海未……」

「は、八幡……」

「……部屋、戻らなくていいのか?」

 冷や水をぶっかけるような俺の言葉に、海未はきっと目を鋭くし、声を低くした。

「今、聞き捨てならないことを言いませんでしたか?」

「い、いや、ほら……あまり帰りが遅いと心配されるんじゃないかと……」

「安心してください。あと一時間くらいは大丈夫です。手は打っておきましたから」

「…………」

「手は打っておきましたから」

「そ、そうか……」

 そう言われちゃ、引き下がる理由はない。

 何をどうしたかは聞かないでおこう……。

「……その、あれだ……しばらく、このままで話さないか?」

「ええ、貴方が望むなら」

 オレンジの照明がぼんやりと照らす海未の優しい表情を見ながら、俺達は取り留めのない話を、一時間目いっぱい続けた。

 

 

 





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第99話


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 アメリカでの夜から数日、俺も海未も日本に無事帰国してきた。無事ですまなかったのは、海未の父親のへそくりと家庭内ヒエラルキーと、向こう3ヶ月のお小遣いくらいだ。ドンマイ、それとありがとう。

 あとは、一つだけ問題が……

「八幡……私達はしばらくデートはできないのでしょうか……」

「まあ、少なくとも秋葉原じゃ無理だ。千葉でも駅周辺は避けた方がいいかもな……」

 受話器から切ない吐息と共に漏れてくる海未の声に胸を痛めながら、厳しい現実について説明する。

 アメリカから帰国してきたμ'sを出迎えたのは、大勢のファンだった。そう、先日のニューヨークでのライブは想像以上の効果を発揮した。μ'sの9人は瞬く間に女子校生の憧れとなり、スクールアイドルの知名度は飛躍的に向上した。

 ただ……

「うぅ……まさか、四六時中誰かに声をかけられるなんて……うぅ……」

「…………」

 μ'sは秋葉原の街を歩いただけで人だかりができ、とてもデートなどできる状態ではない。千葉駅周辺も危ないと言ったのは、近くの商業施設の大型スクリーンで、彼女達のライブが繰り返し再生されていたからである。思わず3時間見てしまった。てへっ!

「まあ、その内落ち着くだろうから……」

「ええ、そうですよね。あの……八幡、実は明後日なんですが……」

「?」

「いえ、何でもありません。それより、私に会えないからといって、たるんだ生活を送っていてはいけませんよ?」

「大丈夫だよ。それよか、お前はお前の心配してろ」

「ふふっ、ご心配ありがとうございます。それじゃあ、明日も電話していいですか?」

「ああ」

「そ、それじゃあ、また明日」

「……お休み」

 俺は通話を切った後、日付を確認し、一人で頷いた。

 

「え?比企谷君に誕生日教えてないの?」

「ええ、とてもそれどころではありませんからね。今は、μ'sを全うするのみです」

 ラブライブの規模の拡大に伴い、スクールアイドルの知名度の向上させ、より活動を活発化させる。

 その目的の為、μ'sはあと少しだけ活動することになりました。

 本当は彼に真っ先に祝って欲しかったのですが、私は彼と添い遂げる覚悟はできてますので、まだ祝ってもらえる機会は沢山あります。

「今年はこちらに集中しますよ。詞の方も早急に書き上げなければ」

「海未ちゃん……」

「別に寂しくなんかないです。寂しくなんかないですし、寂しくなんかないです。ええ、寂しくなんかありませんとも。今度思いきり抱きしめてもらえれば、それだけで十分です」

「海未ちゃん……病んでる?」

 

 誕生日当日。

 私はなるべく誕生日という事を意識しないように、皆からの祝いもそこそこに、作詞とダンスの振り入れに没頭しました。あっという間に時間は過ぎ、寂しさを感じる暇がなかったのが唯一の救いでしょうか。

 ……私もすっかり、恋をしてるのですね。

 改めて自分の心の在り方を確認し、玄関の扉を開ける。

「ただいま戻りました」

「おう、おかえり。誕生日おめでとう」

「ええ、ありがとうございます」

「練習やら何やら忙しそうだな」

「ええ、でもここが踏ん張り時ですから」

「そっか……あ、これプレゼントな」

「あ、ありがとうございます!開けてもいいですか?」

「……少し照れくさいから、後にしてくれると助かる」

「え?ま、まさか……下着、でしょうか」

「俺にそんな度胸ねえから」

「そうですよね。ふふっ…………え?」

 私は目の前にいる人物を確認する。

「この猫背。不機嫌そうな声……濁った目……」

「おい。いきなり面と向かって悪口かよ……」

「八幡!?」

 誕生日の件をどうやって知ったのかも、今はどうでもいいのです。

 今、彼がここにいる。いてくれる。

 私は目の前にいる恋人に無我夢中で抱きついた。

 





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第100話


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 しっかりと海未を抱きしめ、頭を撫でてやると、彼女の身体から無駄な力が抜けていくのがわかった。

「その……驚かせて悪い」

「まったくです。喜びが倍増してしまうではありませんか」

「……それはいいことじゃないか?」

「ええ!いいことです!八幡にとってはどうですか?」

「……言うまでもない」

「…………」

「む、無言で抱きつく力を強くするのは止めてね。締め落とされると勘違いしちゃうから。あと、俺にとっても、すごくいいことだよ」

「ふふっ、同じ気持ちで嬉しいです♪」

「ああ、そりゃよかった」

 海未はプレゼントの入った小さな箱を、大事そうに胸に抱きしめた。その表情がクリスマスプレゼントをもらった小さな子供みたいで、つい頬が緩んでしまう。

「早く中が見たいのですが……やっぱりダメですか?」

 プレゼントの箱で口元を隠し、可愛らしい上目遣いを向けて来られると、NOとは言えない。

「別に、いい」

「そ、それでは……」

 白く細い指が、丁寧にプレゼントの包装を解いていく。いかん、緊張してきた。ちなみに『何でも言うこと聞く券』じゃないよ!

「これは……」

 箱の中から姿を見せたのは、シンプルなシルバーリング。

 色々と考えた結果、身に着けてもらえるものがいいという結論になり、指輪を渡すことにした。正直、自分のセンスのみを頼るのはかなり不安であったが、それでも自分一人で考えたかった。

 海未はプレゼントを見つめて……あれ、泣いてる?

 彼女はぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。ちなみに俺はオロオロしている。

「うっ……は、八幡……」

「ど、どうした?もしかして、嫌だったか?」

 どう声をかけていいかわからず、しどろもどろになっていると、海未はいきなり三つ指をついて、深々と頭を下げた。

「ふつつか者ではありますが、末永くよろしくお願いします」

「……あ、ああ、こちらこそ」

 あれ?今のプロポーズ扱いになってる?

 いや、前にも言ったんだが、この雰囲気は……

「あなた達、そろそろいいかしら?」

「「!」」

 今、ここが園田家だということを忘れていた。

 

「すいません、私としたことが感極まってしまって……」

「……喜んでくれたならいい」

 夕食を御馳走になり、今日は泊まっていけという海未の父親からのありがたい言葉を頂き、現在海未の部屋で寛いでいる。勿論、寝室は別々だが。

「その……今日は来てくれてありがとうございます」

「……来たいから来ただけだ」

「ふふっ、では八幡……」

「?」

「今から……デートしませんか?」

 

 





 読んでくれた方々、ありがとうございます!

 皆さん、良いお年を!


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第101話


 すいません。正月早々首に激痛が走り、書く余裕がありませんでした。
 調べてみると、スマホの使いすぎでも首が痛くなることがあるようです。自分みたいにスマホで書く人や、スマホを長時間使う人は気をつけてください。

 それでは今回もよろしくお願いします。


 

「はっ……はっ……」

「はっ……はっ……」

「海未……もう……イキそうなんだが……!」

「まだ、私は満足してませんよ……もっと……振ってください!」

「んな事……言っても、もう……出るぞ!」

「その頃には私が……イキそうですね!」

「お前、んな事言って……できたらどうすんだ!」

「ふふ……望むところです!」

 

『デートしませんか?』

 そんな甘い囁きに釣られ、俺は…………走っていた。

 どうやら海未のいうデートとは、夜の街を走る事らしい。正直、もう足がイキそうなんだが、海未にはもっと腕を振れと檄を飛ばされる。しかし、あまり走り続けていると、その内千代田区を出てしまいそうだし、海未の足にマメができたりしたら一大事なのだが、彼女の今宵のテンションは静まることを知らない。最初の会話がエロく見えた方は、漏れなくボッチの才能がある。

 

「あはは!やっぱりすっきりします!最近は人だかりが出来るのが恐くて、朝のランニングも遠慮してましたから!」

「お、おう……つーか、そろそろ休ませてくれ……」

「ふふっ、仕方ありませんね」

 

 やっと止まってくれた海未は額の汗を拭う。指先から弾かれた汗が、街灯の明かりにキラキラと煌めいて、ゆっくりと地面に落ちていった。

 長い髪はさらさらと風に泳いで、いつもの香りを流してくる。

 俺は、つい彼女を思いきり抱きしめた。

 

「は、八幡?何を……」

「走ったから好きにさせろ。汗臭いのは一緒だから気にすんな」

「勝手なのですね。あと、女性に汗臭いとは失礼すぎます、訂正を要求します」

 

 耳元を微笑混じりの言葉がくすぐる。夜風が彼女を冷やさないようら、さらに抱きしめ、先程の言葉を訂正した。

 

「……好きだ。聞き飽きてるかもしれんが」

「飽きませんよ。何度だって言ってください。ずっと貴方の隣で聞いてますから」

「…………」

「……ん……」

 

 唇を重ねると、背中に回された海未の手にぐっと力が入る。

 

「……っ……っ」

「……んく……んっ」

 

 海未の舌がこちらの舌をなぞり、口の中を這いずり回る。これまでにない熱が口内を刺激し、ゾクゾクと情欲をかきたてる。

 だが、理性で何とか抑え、海未の唇が離れるのを待った。

 

「……ふぅ。な、何だか、恥ずかしいですね」

「……あ、ああ」

「戻りましょうか」

「だな。そろそろお前のとこも心配するだろうしな」

 

 やがて、二人して走り出す。いつもより大胆なことをした気恥ずかしさから逃れるような速度で。

 

「海未」

「何ですか?」

「最後のライブ……見てるから」

「……ええ。特等席で見ててください」





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第102話


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 ライブ当日。

 全国のスクールアイドル達が秋葉原の街に集結するイベントだけあって、どこもかしこも人で溢れていた。まあ、この街は年中賑わってる気がするが……。

「八幡、μ'sの皆とは連絡はついたの?」

「ああ、もうじき開演だと……そういや、お前は準備しなくていいのか?」

「僕……男の子なんだけど……」

 何だ。戸塚も歌って踊るのかと思っちゃったよ。でも、想像するだけなら自由だよね!

 そんなやり取りをしている内に、開演の合図らしきサイレンの音が鳴り響く。いつの間にか、上空を『Love Live!』と書かれた飛行船が飛んでいた。観客達も変わり始めた空気に歓声を上げる。

 すると、スクールアイドルが整列し、即席の花道を作り上げた。

 そして……

『μ's……ミュージック、スタート!!!』

 九つの声が高らかに重なり、彼女達の最後のライブが幕を開けた。

 

 *******

 

 まだ3月末だというのに、秋葉原の街は真夏のような熱気に包まれていた。

 彼女達のパフォーマンスに観客が声援を送り、彼女達もまたさらに躍動感溢れるパフォーマンスで魅せる。

 そんな凄まじいエネルギーの交換が行われていた。

 A-RISEやヒフミトリオやμ'sメンバーの妹も笑顔で踊っている。

 俺は、その祭りの中心点にいるμ'sの……海未の姿を見つめ、大きく息を吸った。表情がぎりぎりわかるくらいの距離だが、何とかなるだろう。

 柄でもないし、目立つのは嫌いだし、感情を表に出すのは苦手だが……

「海未ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」

 全力で叫ぶ。

 隣にいる戸塚が肩を跳ねて驚くくらいに。

 見知らぬスクールアイドルの視線がこちらに向くくらいに。

 彼女の耳に届くくらいに。

 心が震えるくらいに。

「……ふふっ」

 海未の口元が綻ぶ。スクールアイドルとしての笑顔ではなく、ただの園田海未として。

 それは一瞬のことではあるが、この瞬間を忘れることは一生ない気がした。

 

 *******

 

「もう……驚いてダンスが乱れるところでした」

「悪い……」

 祭りの後の街の片隅、人目を憚るように建物の陰で会話をする二人。まあ、実際のところは俺が叱られているだけだが。いつものやり取りである。出会った時から叱られている。

 出会った時と違うのは、最後にやわらかく微笑むところだ。そして、この瞬間は結構好きだ。

「でも……ありがとうございます。約束通り、ちゃんと見てくれましたね」

「ああ、まあな」

 どちらからともなく拳を突き合わせる。

 まだ彼女はスクールアイドルだから。

「では、また後で」

「おう」

 仲間の元へ駆けていく彼女の背中。

 俺はその背中に小さく「お疲れ」と呟いた。

 





 次回で最終回です!

 読んでくれた方々、ありがとうございます。


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第103話

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 それでは今回もよろしくお願いします。


「八幡、何をへこたれているのですか!だらしがないですよ!」

「……んな事……言われてもな……」

 高校3年の夏休み。俺と海未は受験勉強の息抜きに……何故か山頂アタックをしている。山を登りきった達成感が受験勉強をより充実させるとか言っているが、絶対にμ's時代のリベンジだろう。東條さんと星空が言ってた。

 しかし、本人に尋ねようとしてもはぐらかされ、こうして4分の3くらいの場所に到着した。

「受験勉強で身体が鈍っているようですね。そんな体たらくではこの山の頂に辿り着くことはできませんよ」

「お、おう……」

 まあ、やたらハイテンションな彼女を見ていると、来てよかったとも思える。今も笑顔だし。

「そういや、他の二人はどうなんだ?」

「穂乃果とことりですか?ことりの方は留学が決まっているのでいいのですが、穂乃果は……」

「……いや、やっぱり言わなくていい」

「いえ、大した事ではないんですよ。ただ勉強の詰め込みすぎで、あちこちにほむまんが見えるだけで」

「想像以上の重症じゃねーか……」

「かもしれませんね。貴方の方はどうですか?」

「ああ……何とかなりそうだ。お前のスパルタ教育が効いたのかもしれん」

「それならよかったです」

 柵の所まで行き、さっきスタート地点と思われる場所を見下ろすと、雄大な景色が広がり、自分の歩いた距離に驚かされる。その速さに驚くのは、自分一人ではなく、大切な人と歩いてきたからかもしれない。

 そして、もっと高い場所へと二人で手を取り合い、喧嘩したり仲直りしたりしながら歩いていけば、さらに素晴らしい景色が見れるのだろう。

 気がつけば海未も隣に並び、同じ景色を見つめていた。

「八幡」

「どした?」

「少しじっとしててください…………ん」

 頬にひんやりとした唇の感触がする。不意打ちはよくあるのに未だに慣れないし、胸がとくんと高鳴る。

 甘やかな感触はすぐに離れていったが、くたびれた気力を回復させるには十分だった。

「海未……」

 名前を呼びながら、その細い腕をそっと引き寄せ、じっと見つめ合う。彼女はさっきの行為に照れているようで、頬がほんのりと紅い。青い空によく映える、俺の一番好きな色だった。そして、紅い色が少しずつ近づいて……

「まだダメです」

 しかし、いつかのように俺の唇に人差し指が添えられ、待ったをかけられた。海未は悪戯っぽく微笑んでいる。

「続きは山頂で……ね?」

「……ずるすぎる」

 苦笑する俺に背を向け、彼女はてくてく歩き出す。きっと、してやったりとでも言いたげな笑みを貼り付けているだろう。

 そして、楽しげな声で語りかけてくる。

「楽しみは最後まで残しておいた方がいいと思いませんか?」

「……かもな。でも……今も楽しいけどな」

 俺の言葉に対し、数歩先を歩く彼女は振り返って極上の笑みを見せた。

「ふふっ、さあ行きましょう!」

「ああ」

 早歩きで彼女の隣に並び、同じ歩幅を刻み出す。

 それだけで何処へでも、何処までも行けそうな気がする。

 そして、もっと先を見たくなる。もっと知りたくなる。触れたくなる。重ねたくなる。

 こんな温かな気持ちをくれた彼女に心の中で「ありがとう」と言い、一歩一歩噛みしめるように歩いた。

 

 

 

 




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後日談 その一

 大学生活が始まり早二年。私と八幡は大学は別々ですが、彼が進学と共に東京に引っ越してきた事もあり、順調に交際を深めています。とはいえ、まだ学生の身分ですので、節度ある清らかな交際を心がけています。彼は私の家の近くのアパートに住んでいますが、彼の部屋に泊まるのはできるだけ控え、せいぜい毎晩御飯を作り、週3で泊まるくらいです。

 このように私達はまだ学生の身ですので、節度を持ったお付き合いを心がけています。

 

「ねえ、海未ちゃん」

「どうしたのですか、穂乃果?」

「海未ちゃんってさ、最近……エッチぃよね」

「っ!?」

 

 穂乃果のいきなり過ぎる一言に、危うく水を吹き出すところでした。危ない危ない。いえ、それより……

 

「……今、何と……?」

「海未ちゃんってさ、最近……エッチぃよね」

「な、何を言っているのですか、貴方は!?」

「だってさ、この前学校で言われたんだよ?「あの綺麗な人妻っぽい人、高坂さんの知り合い?」とか「あの色っぽい人紹介して」とか」

「後者の不埒者はすぐに私の前に連れてきなさい。きつめの折檻を加えてあげます」

 

 まったく……これだから男の人は。

 しかし、色っぽいですか……私がそのような評価を得るとは……確かに胸は少し成長しましたが……。

 そ、それもこれも八幡が悪いのです!もう……

 色んな事を思い出し、頬が熱くなるのを感じる。

 

「海未ちゃん。どうしたの?いきなりニヤニヤして……」

「いえ、何でもありません。とにかく、私は普通なのです」

「今のは普通に怖かったような……」

「あっ、そろそろ時間ですね。じゃあ私は八幡と約束がありますので」

「あっ、うん。またね!」

「はい、それでは」

「……仲良いなぁ。皆言ってたけど、本当に学生結婚しちゃったりして」

 

 *******

 

「八幡!」

 

 顔を上げると、海未が長い髪を靡かせ、こちらに駆け寄ってきていた。

 

「……おう」

 

 軽く手を挙げて挨拶すると、彼女は慣れた動作で腕を絡めてきた。

 肘のあたりに柔らかな感触がぶつかるのが、未だに慣れないのはナイショの話である。

 

「……八幡、何を考えてるかわかりますよ。破廉恥です」

「いや、君のせいだからね?すっかり破廉恥になったそっちが悪い」

「だ、誰が破廉恥ですか!失礼ですね!」

 

 なんて言いつつ、体は押しつけてくるのだから困る。嬉しいけど。

 

「……まあ、今日も一緒にいれて嬉しいとは思ってるよ」

「そうですか。それはもちろん私もです」

 

 恥ずかしげもなくこういう事を言えるようになったのも、いい意味で毒されてきたということだろうか。

 ……今さらながら、こういう感じになったのはどっちからなんだっけ?

 そんなことを考えていると、海未がさりげなく体を離した。

 

「……どした?」

「いえ、向こうに後輩らしき人物がいたので」

「ああ、そういうことか」

 

 海未は後輩の前では清楚な大和撫子で通っているらしい。まあ、今さらそんな仮面を被らなくてもいいとは思うが。

 

「八幡!どういうことですか!?私は清楚ですよ!」

「お、おう……」

 

 私は清楚ですよ!なんてアピール初めて聞いたわ。

 

「そういや、今日はお前んちで何するんだ?」

「実は今日、遠方から親戚が来るので、その……貴方を紹介したくて。未来の夫として」

「…………は?」

 

 もじもじと頬を染める彼女に、俺はただただ呆気にとられていた。



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後日談 その二

 

まさかのイベント発生。

親戚挨拶とか想定外すぎるだろ。いや、いつかは会うんだろうけど。

 内心の動揺が顔に出ていたのか、海未が優しく微笑んだ。

 

「ふふっ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。八幡の良さはしっかりと伝えてありますので」

「そ、そうか……」

 

 一体何を伝えたのだろうか。後で美空さんに聞いておかねば。

 海未は笑顔のまま拳を握り、自信満々に口を開いた。

 

「それに、八幡は日々の鍛練を怠っていません。もっと自分に自信を持ってください」

「……まあ、それはそうなんだが」

 

 まさか自分の腹筋が綺麗なシックスパックになるとは思ってもみなかった。何なら、そろそろペンタル・ファクラッシュとか百烈百歩神拳とかマスターできそうな気がしている。いや、もちろん冗談だけど。

 とりあえず、今は体を動かすのが楽しいまである。

 

「しかし、海未の親戚か……まあ、どんな感じかは気になるな」

「そうですか?まあ、特に変わったところはありませんけど」

 

 そうは言っても、園田家の血筋ということは、どこかクセのある人達なのは間違いない。

 ……月いちでフルマラソンとかやらされたらどうしよう。今なら何だかんだやっちゃいそうな気がする……。

 

「なっ、ど、どういう意味ですか!クセしかない貴方に言われたくはありません!」

「いや、当たり前のように心読むのはやめようね。あとクセしかないって……」

「最近は手に取るように貴方の考えてることがわかりますから」

「え、なにそれ、こわい」

「これも……ふう……恋人同士だからこそ、ですね」

「いや、普通の恋人は読心術まで身につけないから」

「八幡は私の心が見えないのですか?」

「……わかる時とわからん時がある」

「じゃあ、今私が何を考えているかわかりますか?」

「…………『今日は久しぶりにお母さんの手料理が食べられます』、とか?」

「むっ、半分は当たっているのですが、もっとこう雰囲気といいますか……」

「全部わかってたら、それはそれで面白味がないからって事で……」

「ふふっ、それもそうですね。では、心を読むのは八幡の浮気を見抜く時くらいにしておきます」

「いや、しないから」

 

 そんなやりとりをしているうちに、やがて園田家の門が見えてきた。

 

「……着いたな」

「そうですね。さあ、行きますよ」

 

 海未からそっと手を握られ、俺は自然と頷いた。

 また少し騒がしくなりそうな確信に近い予感と共に、俺は園田家の呼び鈴を鳴らした。

 

 ********

 

「へえ、あの人が海未お姉ちゃんのフィアンセかぁ。面白そう♪」



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