Fate/glorious Knights (亀甲盾)
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野蛮なりしベイリン
どうぞお楽しみください。
騎士王、アーサー・ペンドラゴンの元に、一人の女がやって来た。
その女は騎士王の聖剣に勝るとも劣らない見事な剣を抱えており、それを手頃な岩に突き刺すと、こう言った。
「この世で最も強く、そして気高き騎士にしかこの剣は抜けない」
すると騎士達は我先にとその剣の前にぞろぞろ並んだ。しかし10人、50人、100人とその剣を引き抜こうとしたが、一向に抜ける気配はない。王の義兄たるサー・ケイも引き抜こうとしたが、彼は抜けないと分かるとすぐに諦めた。
「では、私も挑戦するとしよう」
遂にはかの騎士王もその剣を引き抜こうとやって来た。選定の剣、カリバーンに選ばれた彼なら、この剣も容易く引き抜けるだろうと誰もが思っていた。しかし――――、
「……あれ?」
びくともしない。周りにいた騎士は騎士王ですら引き抜けないのかと心底驚き、ならばこの剣は誰が引き抜けるというのかと同時に思った。すると、そこに剣に向かって歩を進める騎士が一人。
「……王よ、僭越ながら私にも試させていただきたい」
その騎士の鎧は使い古したのが見に見えてボロボロで、剣は刃毀れし、表情は暗く、眼つきは直視するのを避けたくなるほどに荒んでいた。彼の名はベイリン。誰もを超える武勇を誇るが、その戦い方、佇まいは野蛮と噂の強き騎士。彼は今、丁度牢から釈放されたところであった。
なんとこの騎士は王の親族を「我が王と肩を並べるに相応しくない」と、文字通り斬り捨てたのである。その野蛮さが窺い知れるだろう。
「ベイリン……良かった、牢から放たれたのですね」
「ええ、全ては我が身を庇ってくださった王の思し召しのお陰でございます。故にこそ、私はその剣を抜き、最強の騎士として貴方に尽くす宿命にある」
しかし彼の言動は野蛮とは程遠いものだった。ベイリンを初めて見た者もこの場には多くいたが、その佇まいには誰もが見習うべき騎士としての高貴さを見出していた。
「では」
ベイリンは岩に刺さった剣を握ると、あっさりと引き抜いた。
その場にいた騎士は皆、絶句した。貧しい身形の騎士が、王の聖剣に匹敵する見事な剣に選ばれたのである。この場には自称最強の騎士がごまんとおり、その結末に異を唱える者も多かった。
「散々引き抜こうとしておいて、自分以外が抜けばこの剣はただの法螺と吐くか。ならば当然俺に勝てるのだろうな?」
ベイリンが睨むと、その闘気に騎士達は尻すぼみする他なかった。彼の背格好はみすぼらしかったが、その剣は確かに彼の手の中で輝いていた。
「……お騒がせして申し訳ない、我が王よ。では私はこれで」
ベイリンが去ろうとすると、「待ってください!」と女の声が響いた。叫んだのは剣を持ってきた女である。
「騎士様、その剣を携えになられるのはおよしください」
「何故だ。このような見事な剣、振るわぬ理由はない」
「その剣には『最も愛する者を殺すことになる』という呪いがかけられているのです。剣は確かに騎士様を選びましたが、この剣はそれだけの物とお思いください。」
ベイリンは不敵に笑った。
「呪いか。案ずるな女よ。最強の騎士たるもの、呪いの一つや二つ、組み伏せなくて何が最強か。その呪い、見事打ち破ってみせよう」
「そうですか……、覚悟が定まっているというのなら、私は何も言いません」
女は悲しげな表情で王城を去り、騎士達も持ち場に戻った。そしてベイリンは二本目の剣を携え、帰路についた。
そしてこの時より、野蛮なりしベイリンは、最強の騎士と呼ばれるようになる。
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仇討ち
「どうしても、行ってしまうのですか。サー・ベイリン」
「ええ、弟と誓った仇討ちの約束がありますので」
王の間に、一人の王と騎士がいた。
片方は青い装束の上に白銀に煌めく鎧を着込み、さらにその上から青いマントを羽織った騎士の王。
もう片方は全身が傷だらけの使い古された鎧を装備した、みすぼらしい格好の一介の騎士。
そして互いの腰には星の聖剣。しかし同じ星の聖剣とはいえ、王の聖剣は闇を照らす金色の光を放つが、騎士の聖剣が放つ光は幽幻の如き蒼白い炎であった。
「そうですか……。仇を討つ為の旅となれば、いくら王とはいえ私も貴方を止めるわけにはいきません。しかし首尾よく目的を果たすことができたなら、再び共に戦いましょう」
「は。使えぬ騎士の我儘に、これ程までに寛大な心遣い。感謝の言葉もありません。このベイリン、必ずや貴方の元に戻りましょう」
暫しの別れの挨拶の後、騎士が王の間を出ようとしたその時、突如扉が開いた。
「お久しぶりです。王様」
現れたのは美しき泉の乙女、ヴィヴィアンであった。しかしアーサー王にエクスカリバーを授けた乙女が今になって何故現れたのか、王には見当もつかなかった。
「ふふっ、突然訪ねて申し訳ない。いや、少しばかりその聖剣の調子を見に来たのですよ」
「なるほど、そういう用件でしたか。エクスカリバーは変わらず最高の剣です。斬れ味も輝きも、ほんの少しの濁りすらありません」
その言葉を受けて、ヴィヴィアンは満足そうに笑みを零す。
「それはよかった。やはりエクスカリバーは貴方のような素晴らしき王にこそ相応しい。それほどまでに見事な剣、この世に二本とありませんからね」
「何を仰る、我が配下のベイリンが引き抜いた剣も、あなた方から頂いたエクスカリバーに匹敵する見事な剣。これほどの剣を二本も授けて――――」
その言葉を聴いた乙女の表情からは、笑みが消えていた。
「王様、貴方は今、ベイリンと口にしませんでしたか…………?」
殺気。あまりにも濃い殺気が王の間を包んだ。王は背筋に危険な寒気を感じ、乙女は震えて動けなかった。そして一介の騎士は、まさに「親の仇を見るような目」で、泉の乙女を睨みつけていた。
「そうか……泉の乙女と聞いてそうではないかと思ったが、まさか俺の前に自ら現れるとはな」
騎士は剣を抜いた。聖剣ではない方のもう一つの剣。彼が昔から愛用していることがひと目で分かる、ボロボロの剣を。
「ベイリン……ッ!! 我が兄の仇!!」
「何が仇だ。貴様の兄は俺との尋常なる勝負の果てに敗北し、死んだ。そして貴様は道理に反して俺を怨み、我が母を殺した……。貴様の罪は重いぞ、泉の乙女ヴィヴィアン」
ベイリンの言葉は母の仇を前にしても至って冷静であった。しかし声色は王と話すときとは明らかに違い、どす黒い殺意が滲み出ている。
その恐怖で脚が竦んだ泉の乙女はまさに袋の鼠、蛇に睨まれた蛙そのもの。逃げる術はなかった。
「死んで詫びろ」
王はハッとして、「よせ!!」と叫んだ。しかし時既に遅し。叫んだ時には乙女の首は宙を舞っていた。怒りの中で研ぎ澄まされた一閃は凄まじく、乙女の首と胴体を真っ二つに両断して尚、乙女の胴体は立っていた。
「……ベイリン、貴方という騎士は…………」
「……………………申し訳ない、我が王よ。私は貴方にとっての恩人を殺し、王の間を汚した。仇討ちとはいえ、これは紛れもない反逆。その聖剣でこの首を断たれようと、何一つ文句はありません」
「……貴方の母の仇が我が恩人であった。我らが、運命に遊ばれたという、それだけのこと……。兄弟の誓いを果たした貴方を責めるつもりはありません」
「…………恐悦至極」
野蛮なる騎士は王の元を去った。
そして彼の災いは、ここから動き出す。
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