テラテラと滲み出た油とタレが光っている。夜中の居酒屋で店員に差し出された焼き鳥を見て、一人の女性は『おぉ~!』と声を上げて口の端から涎を垂らす。
焼き鳥が来る前に腹ごなしにと枝豆を食べていたのか、女性が座るカウンターの手前には無数の枝豆の残骸が入っている皿が置かれている。
枝豆の他にも、フライドポテトや焼いたスルメなどが乗っかっている皿もあるが、まずは焼き鳥と言わんばかりに鶏肉が刺さっている串を手に取り―――。
「いっただっきま~す♪」
ぱくりと一口。
仕事帰りなのか、スーツ姿、且つ長い茶髪を頭の天辺でお団子に纏めている二十代の女性は、串に刺さっていたもも肉をもぐもぐと咀嚼した後に『ん~!』と声を上げる。
そして、カウンターに置かれていたビールのグラスに手を伸ばした。出された時よりかは温くなってしまったが、グラスに滴る水滴で充分冷えている感覚は覚えることができる。
グビグビと喉を鳴らし、プハッと息を吐く女性。
傍から見ても、居酒屋を満喫している女性の姿。
だが、
―――湯がいた木の繊維のように解れていく鶏肉の身。
―――噛めば噛むほど、ティッシュのような細やかになって口の中にこびり付く。
―――舌に残る不快な甘みと、えぐみがある塩味。
―――粘性の雑味は、先程口の中にこびり付いた繊維に染み込む。
―――鶏肉から滲み出た油は、工具の錆をとる為の油のようで……。
「
彼女は
***
こんにちは。私の名前は
ピッチピチの二十五歳で、今はグルメ記者をしています。東京都に住んでいて、さっきも言った通りグルメ関係の仕事に就いています。
美味しい食べ物を求めて東京だけでなく、北海道から沖縄まであっちこっちに行ったり……。
大変な仕事ですけれど、
……え? 字が違う?
あ、言い忘れていましたけれど、私は喰種です。主食は人間の肉。ええ、人間です。人です。ヒューマンです。
困った事に、喰種は人間の肉しか食べられないという可哀相な種族なんですよ。
でも、見た目は人間そのもの。ちょっと力が強かったり、怪我の治りが早かったりという特徴はありますけれど、見た目はホントに人間そのもの。
そして、この社会。人間を食べる種族なんてデンジャラスな生き物を許す筈なんてなくて、日本のみならず世界中で『喰種を駆逐しよー!』なんて粋がる人達も大勢いますが、私には関係ありません。
だって、全然喰種だって気付かれませんもん。
なんでかって? それは、私が毎日毎日友人や上司の方々と一緒に人間と同じ食べ物を食べているからです。
最近はそうですね……友達の女性数人と焼肉屋さんに行きました。
白くて艶々なご飯に、油がテカテカと光っているカルビ。焼き肉屋さんのタレって市販のモノより旨み(雑味)が多いですよね。
私はちょっとカリカリぐらいにまで焼くのが好きなんで、少し焦げ目が付いてきたところでカルビを網から箸で取って、そのままご飯の上に乗せ、一気にパクリと。
いやぁ~、不味いのなんの。
確かテレビで観たんですけれど、喰種の味覚で人間と全然違くって、人間の食べ物を食べたらすごく不味く感じるらしいですね。
……いや、まあそれは十年以上前から知っているんですけれど。
普通の人の食事を摂ったままで居ると具合が悪くなっちゃって、そのままオロロロっといきます。
まあ、人間社会に溶け込もうとしている喰種の方々は必然的に人の食事も摂る事が多いので、具合が悪くならない為の方法として、具合が悪くなる前に食べた物を吐き出す感じですね。
結局は嘔吐です、はい。
かくいう私も、毎日食べる人の食事をたくさん食べてから帰宅した後は、そのままトイレに直行です。
食べた量に比例して分泌される胃液が喉を焼くあの感じ……最初こそ慣れませんでしたが、今では慣れたモンですよ。
そんな感じで、人様と同じ食事をバクバクと平らげている私の事を喰種だと疑う人はほぼ居ない訳でして、喰種対策局だかなんだかの人達もそんな私をマークする筈がない。
こういうカラクリです。小さい頃から人の食事を摂り続けた賜物ですよ。
それは兎も角、何故喰種の私がわざわざ好き好んで人の食事を摂るようになったのかを話しましょう。
あれは二十年前の雨の日……嘘です。すみません。大体二十年前っていうことは覚えてますけど、天気なんか覚えてません。
喰種なのに小学校に通ってた私は、夏休みの日記を最後の日にばーっと書いちゃうタイプです。勿論、一か月分の天気なんて覚えてませんので、捏造してましたよ。
……話が逸れましたね。戻りましょうか。
あの日、私はスーパーの試食コーナーに居ました。喰種である私が食べられる物なんて、スーパーの試食コーナーに置いてある訳なんてなかったんですが、あるモノを見つけてしまったんです。
それはケーキ。小さくカットされていたケーキ。……あ、思い出しました。二十年前の12月25日です。
クリスマスケーキを売ろうとする店側の思惑でしょうね。それでケーキが小分けされて試食用に置かれていたのを見つけた私は、食べられない癖に試食用のケーキを一口食べてしまったんです。
私は衝撃を受けました。
―――こんな不味い食べ物が、この世にあるなんて。
―――こんな不味い食べ物を、人間は嬉々として食べるなんて。
舌に絡みつく油分の塊。
経年劣化したスポンジのように崩れる、小麦粉が膨れ上がった固形物。
噛めば噛むほど二つの不快感は融合し、凄まじい速度で胸がムカムカしてきます。食べて数秒で顔面蒼白になってしまうほどの吐き気を催した私に、店員は止めに苺を差し出してきました。
血の様に赤く紅く熟した真っ赤な果実。
パクッと一口食べれば、先程の口腔に広がる不快感を吹き飛ばすほどの強烈な酸味。焼け爛れるのかと思ってしまうかのような酸味は、塩酸を舐めたような気分になれましたね。
舐めた事ありませんけど。
あと、歯の隙間に挟まった苺の粒的な奴は、味とかどうこう以前に腹が立ちました。
そんなこんなで激マズなケーキを食した私だったのですか、何故だかどうしてか、目覚めてしまったんですよね。
悪食家に。
偏食家じゃありません。悪食家です。
別に偏った食事は摂っていませんもん。炭水化物、肉・魚、野菜、乳製品に至るまでなんでもかんでも食していますよ。
……いや、喰種からしてみれば偏食家なのかもしれませんが。
兎に角、ケーキを食べてしまって以降、人間の食べ物に興味を持ってしまった私は、結局はリバースしてしまう食べ物を好き好んでバクバク平らげ、成長した今となってはその『美味しさ』を人々に伝えることを生業としてしまったのです!
偶に同族の方に会った際、『お前バカか?』と言われることが良くありますが、バカであることは否定しません。
でも、あれですよ? 私、人で言うところの超激辛の食べ物を食べて喜んでいるのと同じ感覚ですよ?
まあ、私に関しては『不味い』という感覚をがっつり持って食している訳ですが。
ご飯を食べても粘土のようにしか感じず、お肉を食べても木の繊維のようにしか感じず、野菜を食べても青臭さしか感じず、牛乳なんて飲もうなら生コンクリートを飲むような気分になれちゃいます。
しかし、そんな小さい頃から好き好んで人の食事を摂ってきたからこそ分かる事実が一つありました。
不味さの中にも、美味しい不味さがあるということを―――。
職場の皆からは『なんで太らないの? 太田なのに』と心配されるほど、色々と食べている私だからこそ分かった事実です。ついでに、苗字が太田だからって太る訳じゃありません、バッキャロー。
例えば、スーパーで売ってるお安い肉と、100gウン千円の超高級なお肉。
前者を焼いて食べれば、使い古した油を塗ったのにも拘わらずガチガチに乾燥した杉の幹の皮を食べているような感覚になれます。
しかし、後者は違うんです。次から次へと溢れだして不快感を煽る
え? 寧ろ不味そう? またまたぁ~。
あっ、でも私は庶民的な食事の方が好きですよ。居酒屋なんかが特に好きで、時間があれば仕事終わりに立ち寄っています。
周りにプラスチックみたいな膜を張っていて、尚且つ青臭さを凝縮したような風味を漂わせる枝豆。
アンモニア臭をプンプン放つ木の板みたいなスルメ。炙ればイカ臭さが際立って、焦げた部分が苦いこと苦いこと。
湯がいた木の枝みたいに解れて、雑味たっぷりのタレが塗られている焼き鳥は居酒屋の定番ですよね。
あと、最後に消毒用エタノールを炭酸水で割ったような喉越しのビール。酔わなくても吐き気を催すあの飲み物は、やっぱり居酒屋で飲んでこそだと思います。
え? 全然美味しそうに聞こえない? しょうがないでしょう。私は美味しく感じていませんから。
そんな私ですが、たくさん食べたりするのでエンゲル係数はうなぎ上り。女の子らしくお洒落とかもしたいですれど、どうにも食欲が収まる気配はありません。
なので、朝・昼・晩とた~くさん食べて、家に帰ったらリバースしています。もったいないと言われても、私はやめません。これは仕事に必要なことなんですから。
不味さにも種類はたくさんあります。グルメ記者たるもの、全部が全部『
だからこそ、日々たくさんの物を食べて色んな不味さを体感する必要があるんです。
そんな私の並々ならぬ努力を、是非貴方達に伝えたい。
と、言う訳で、私のとある一週間の食生活をとくとご覧あれ。
***
月曜日。
休日も終えて、社会人が憂鬱となる曜日ですが、私についてはそんなことはありません。寧ろ、これから出会うまだ見ぬグルメに会えると思うとわくわくしてしまう程です。
だからこそ、月曜日の朝は駅前のハンバーガー屋さんを訪れることが専ら。そこでモーニングコーヒーとソーセージマフィンを頼むのがマイスタイルです。
ここで一つ情報を入れましょう。人の食べ物はほとんど食べることができない喰種ですが、何故かコーヒーは普通に飲めるんです。
これこそ人体の不思議。
それは兎も角、メイクもばっちり。お団子の髪型も決まって、眼鏡も掛けて出来る女風な私は空の胃袋にモーニングコーヒーを注ぎ込みます。
胃袋に入ってきた瞬間、ダイレクトに感じるカフェイン。これでねむ~い朝でもシャキッとするのです。
香ばしい香りを漂わせる琥珀色の液体を半分ほど飲んだ後、次は隣に佇むソーセージマフィンに手を伸ばします。
出来立てでまだまだ温かいマフィンからは、咽そうになるほど粉が飛散し、私の着ているスーツを若干白く染めます。
少しイラッとしたところで、豚の内臓を固めて炙ったようなパテが挟まっているマフィンを一口ガブリ。
喉元に張り付く小麦粉の塊を噛み締めながら、溢れ出るギトギトの油を必死に呑み込むんだところで、漸く一息。
肉は基本獣臭いのですが、溢れ出る肉汁にはその臭いが凝縮されているので、ここで一気に吐き気を催します。
ですが、そこは半分残っているコーヒーに一口つけて、可能な限り不味さを消そうと試みます。
あぁ。飲みこみ易いようにとしっかり噛んだのが裏目に出てしまったのか、固型の嘔吐物のようなマフィンが上あごに引っ付いてしまいました。
それを舌で剥がそうとすればダイレクトに不味さが味蕾に伝わり、口直しに飲んだコーヒーの風味はどこへやら。
気絶しそうになるほどの
***
今日の取材は蕎麦屋さんのようです。
都内でも少し有名なお店。少々寂れたような見た目のお店ですが、それだけ長い間商売をしてきたということなのでしょう。
これは味に期待ですね。
店主の方に一番人気な商品を聞けば、『天ぷら蕎麦』らしいです。成程。蕎麦も天ぷらも和食の内。日本人であれば嫌いな人は少ない組み合わせの料理でしょうね。
カリッとした衣の天ぷらを食べた後、ズズッと喉越しがいい蕎麦を啜る。
いいですねぇ。
店主お勧めの天ぷら蕎麦。私も頼んで食べることにしてみました。
十分ほどでしょうか。それぐらいの時間を待つと、大きな海老の天ぷらとかき揚げが載ったお皿と、蕎麦がこれでもかという程盛られた皿が出てきました。
これで九百円。リーズナブルな値段だと思います。蕎麦につけるおつゆの器の隣には、ワサビと大根おろし、そして輪切りのネギなどといった薬味が乗った皿も見受けられますね。
中々
啜る事によって一気に喉元まで駆け昇ってくる消しゴムのカスのような風味。噛んでみれば、輪ゴムのような食感が歯に伝わってきます。
うん。これこそ蕎麦ですね。コシがあっていい蕎麦だと思います。
最初の関門を突破すれば、今度はおつゆに付けていってみましょうか。ふむ……カビの生えた古木のような臭い。これは鰹節がベースのおつゆですね。
ドブみたいなおつゆに蕎麦をちょんっと付け、再び口の中へと吸い込んでみます。
おっふ……。おつゆが付いている分、先程よりも啜った時に喉元に来る風味が凄まじいことになっていますね。喉が、まるで土砂崩れの被害現場みたいなことになっています。つまり不味い。
第二関門突破。次は天ぷらですね。かき揚げも捨てがたいですが、まずここは大きく反り返っている海老に齧りついてみたいと思います。
サクサクと上がっている衣。見ているだけで胸がムカムカしてきます。
あの衣には植物油がたっぷりと染み込んでいるんでしょうね。想像してるだけで胃の中に胃酸がドバドバ出てきました。
それは兎も角、サクッと一口。
じゅわぁ……と広がる脂っこさ。朝に食べたパテよりかはあっさりしていますが、これは逆に植物の青臭さがありますね。菜種油なんでしょうね。芳香剤を凝縮したような鼻腔を突き刺すような菜の花の香り。ヤバいです。
そんな油に悪戦苦闘しながら海老の身までたどり着きました。歯に触った瞬間、歯を押し返してくるようなこの食感。
カブトムシの幼虫をギュッと圧縮したらこういう食感になりそうだなぁ~と思いました。
無駄にぷりぷりしている海老の身は、私の咀嚼を悉く妨害してきます。噛む度に溢れる海のヘドロのような不味さ。潮味、恐るべし。
あ、でも軍人さんとかは虫とか普通に食べられるらしいなぁ。貴重なタンパク源とかなんとか。
……あと、確か海老の甲殻でゴキちゃんの翅と同じ――――いや、もうここでやめましょう。どこかの国では普通に食べているらしいですけど、私は一応日本人……日本喰種ですから。
食文化って国によって大分違いますもんね。どこかの国では犬も食べちゃうらしいですけれど、私は犬をペット用の動物としかみることができませんし、今後犬を食べる系の取材が来たら断りたいです。
固定観念なんでしょうね。元々食用と見ているか、ペットとしてみているか、みたいな。
話が逸れましたね。
海老、不味し。海の虫と言わんばかりの味、とくと堪能致しましたよ。
そして今度は、薬味をおつゆに入れてから蕎麦を食べてみましょうか。まずは、ネギからいってみましょう。
この鼻と喉を刺すような臭い。初っ端から易々と先程の海老の天ぷらを超えてきましたね。
医薬用外劇物みたいな異臭を発する植物を汚水の中へダンクしたところで、まんべんなくかき混ぜてみます。
……ちょっと箸で舐めてみましょう。
ぺロッ。
これは……青酸カリ!? 嘘です。ネギ入りのおつゆです。あ、でもネギ系統の食べ物は食べすぎると体に毒だって編集長が言ってました。
それは兎も角、たったワンステップでここまで味を昇華させるとは、薬味恐るべし。
さて、ここで一口っと。
おお……輪ゴムのような食感の蕎麦に、汚水のようなおつゆと劇物のような異臭を発するネギのハーモニー。
そして舌の上に広がるネギの辛味は、まるで槍で刺されているかのような痛みを錯覚させてきます。
ネギが臭いのなんの。後でガム噛まなきゃ。でも、飲まないでずっと噛み続けるガムって、お坊さんの修行よりもキツイんですよね。
ずっと口の中で粘土を転がしている気分になって……。あと、
そんなことを考えながら、今度はおつゆにワサビを入れて見ましょうかね。ネギがあれだけのポテンシャルを有しているのだから、ワサビを入れればどれほどのものになるのか……。
以前、私はワサビが入ったお寿司に家で挑戦したことがあるのですが、魚の生臭さとワサビの劇物具合に一晩中トイレに閉じこもる結果になりました。
くっ……グルメ記者でありながら、なんという失態。
この蕎麦を機に、ワサビなどは克服してやりましょう。
この緑色の劇物をおつゆに溶かし、お箸でぐーるぐる。おお、だんだん溶けていきますよ~。
ワサビが分散しておつゆがちょっと濁った頃を見計らい、私は腹を括りました。
ワサビとネギをたっぷり絡めたお蕎麦を―――。
チュルン!
こ、これは……!
お口の中が、爆撃地帯やぁ~。
先程のネギなんて比べ物にならないほどの刺激が舌、鼻、そして目を襲ってきました。機関銃で撃たれているかのような刺激が舌に広がり、呼吸する度に鼻の奥から毒ガスのようなワサビの風味が抜けていきます。
奴等め、侵略地帯を目にまで広げてきましたね。鼻の奥に奔る刺激で涙が滅茶苦茶出てきました。
やばいですね。最初は歩兵程度の蕎麦でしたが、薬味を投入することによって戦車にまでグレードアップしてます。
つまりどういう事かと言うと、不味い。
ただ、それだけです。
さて……この蕎麦を記事にする為に、後でこの不味さを美味しさに変換しないと。
***
仕事を終えれば、後は帰宅するのみ。自分で料理をしたくないズボラな私は、専らコンビニで売っているモノを買い食いするのです。
今日は……おやおや、新発売のクロワッサンがあるじゃないですか。折角ですし、それをコーヒーと一緒に食べてみましょう。
そう言う訳でクロワッサンとホットコーヒーを買った私は、コンビニを出た後すぐにクロワッサンの袋を開け、見るだけで胃もたれしそうな程塗られたバターが照っているクロワッサンに齧りつき、
「……ヴァ」
おっと、変な声が出てしまいました。
ここは一旦コーヒーで口直しをしましょう。いやぁ、新発売の塩バタークロワッサンは凄まじいポテンシャルがありますね。
獣臭い食べ物の代表格のバター。そして、段ボールを彷彿させるような食感の生地。生地の間の空洞に留まっている空気は、肺に一気に流れ込んで私の食欲を加速度的に減退させていく……。
ふふっ、昼に食べた蕎麦と天ぷらがかなりキていますね。お腹がギュルギュルいっています。
まずい。いや、これは味の方の意味じゃありません。
あっ、勿論味の方は不味いですけど、今言ったまずいはそっちの不味いじゃ―――。
ゴルルルッ……。
「っ……!」
ヤ……ヤバいですね。早く家に帰って……!
***
『オロロロロロッ!』
ガタン。
バシャアアアア……。
ガチャ。
「ふぅ……すっきりしたぁ……」
自宅のトイレから出る私。たった今色々とリバースしてきましたが、いつものことですので慣れたモンですよ。
ユニットバスでしたから、口元をシャワーで洗い流してモザイク加工されそうな物体をきちんと洗い流した私は、タオルで口元をゴシゴシと拭き取り……。
「快ッ感……♡」
明日も不味い(美味しい)モノが食べれるように願います。
因みに、高校生時代の友人からは『大食いドM女』とあだ名を付けられていた事を、ここに追記します。
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火曜日
おはようございます。
昨日は天ぷら蕎麦やクロワッサンを食べて、見事胃の中を妖怪大戦争の如く混沌としたモノにすることができました。
ですが、あの程度のことは日常茶飯事。
さて、今日の朝ご飯は白米にお味噌汁。そしてさんまの塩焼きですよ。これぞ無形文化遺産にも登録された古き良き日本の和食というものですよ。
ええ。喰種の私には分からない美味しさではありますけれども。
それでも朝ご飯は大事。飲み物に申し訳程度のコーヒーを用意しながら、黙々と朝ご飯を食べ進めていくとでもしましょうか。
まずは白米。何度も食べたことがありますから、それほど躊躇いなどは無く食べ進めることができる人品でもありますね。
口の中で糊を練っているようなこの食感。安心します。玄米だとぬか臭さが大変なことになりますので、お米を食べるのであれば矢張り白米といったところでしょうか。
え? 玄米ですとどのような味になるかって?
そうですね……田舎のお爺ちゃん家の古い蔵の臭いが染み込んだような臭いが、今の糊のような食感に混ざって、一日中不快な臭いが口の中を蹂躙する感じですね。
喰種にとっては歯磨きも一苦労なので、臭いが付きやすい食べ物は一通り苦手な不味さです。昨日も食べたネギなどはその代表格。女子の天敵です。
それは兎も角、次はお味噌汁にいきましょう。
お味噌汁の丁寧語はご存知でしょうか? 『
昔、具材がたくさん入っているお味噌汁に先人が感謝の念を込めた呼称です。私もちょっと度は過ぎてると思いますが、具材がたくさんあれば嬉しいのは皆同じですよね。
かくいう私も、人の血液がたっぷたぷの器に、お肉や心臓、出汁代わりに骨を浮かばせた、名付けて『人間の血液スープ』を―――……すみません。朝からハードな内容でしたかね。
まあ、私も喰種ですから本来はそういうのが好きってことなんですよ。
因みに私の作ったお味噌汁は、シンプルにワカメと豆腐が具のものです。お味噌を溶かした茶色い液体の中に浮かぶ、鮮やかな緑色を放つワカメと、ちょいと出汁を染み込ませてプカプカプルプル浮かんでいる白い豆腐。食欲がそそられると思いませんか?
煮て潰した大豆に、塩と麹を振りかけて腐らせた発酵食品の『味噌』。これが脳味噌でないことが非常に残念です。
そんな発酵食品特有の腐ったような臭いを発している汁を一啜り。うん、機械油みたいですね。変わらぬ
動物の脂肪を練り固めたような気分の悪さに陥る豆腐を一口食べた後に、ふやかした人間の薄皮のような食感のワカメを食べる。これぞ朝食といった感じがします。
ワカメのみならず海藻に共通する、この潮臭さ。海中に放出した人間の化学物質を吸って育っているかのようなこの臭い。まるでおしっこのような……わかめ酒……いや、何でもありません。
日本で初めての触手モノの元祖は葛飾北斎が描いたっていいますしね。昔から、男性は助平だということなのでしょう。
さあ、お味噌汁で色々考えた後は、メインディッシュであるさんまの塩焼きです。さんまは漢字で書くと『秋刀魚』。強そうですね。太刀魚の方が強そうな気もしますけれど、 『秋』って漢字が付いている分、さんまの方が強そうという感じがします。
どうでもいいですね。
それでは、皮に溢れ出た魚油が付いてテラテラと輝いている身。ああ、我ながら綺麗に焼けたものです。
ここに大根おろしを乗っけて醤油を一滴垂らせば、どれだけ美味しそうに見えるでしょうか。
まあ、私にとって不味いことには変わりないんですけれどもね。
魚の良い所は栄養がたくさんな所。お肉ばっかり食べている皆さんも、是非お魚を食べた方がいいですよ。
何でも、子供の内からたんぱく質とカルシウムを摂れば、身長も伸びるとかなんとか。昔聞きましたね。なんでも子供の身長は、両親の身長を足して÷2したものだって。
そんな、情報源が何なのかも解らない計算式で絶望している方には、良質なたんぱく質とカルシウムが摂ることのできるお魚がお勧めです。
まあ、ここで一口パクリ。
うん。お肉よりもしつこくない油。魚特有の臭みが凝縮されている油ですけれど、豚肉や牛肉に比べればまだマシな方ですね。
パリッと弾けるような音を立てるさんまの皮。それにも染み付いている魚臭さが口の中で弾ければ、後は濡らしたティッシュのように解れていくこの舌触り。
そうそう、この不快感ですよ。
噛めば噛むほど滲み出していく青魚特有の臭みが、お口の中全体に染み付いていくこの感覚こそが、お魚を食べた時の醍醐味っていうかなんて言うか。
ああ、味蕾の隙間にまでこびり付いてくるお魚の繊維。まるで、私の胃袋の中に入りたくはないと、藁にも縋る想いでこびり付いているのでしょうか。
ですがそのようなことはさせません。ここで機械油の如き味噌汁で口腔洗浄を行い、後はお米をかっ喰らうのみ。
どんどんミックスされていく不味さのオンパレードに、朝から私のテンションはだだ下がりしそうです。
こんな感じで、私の火曜日の朝は過ぎていくのでした。
***
さて、ここで出社といきたい所でしたが、コンビニでとあるモノを見つけてしまいましたね。
某有名会社が発売しているコーラ。それの『アイスキューカンバー』なるフレーバーのコーラを見つけてしまいましてね、これは買わずにはいられないとばかりに買ってしまいました。
要するにきゅうり味です。モンブラン味だったりシソ味だったり、なんであの会社はそういった味に挑戦するんでしょうかね。でも、嫌いじゃありませんよ。その挑戦していく心意気。
あの有名な氷菓子も、変な味いっぱい売ってますし。
それは兎も角、ここは一人の好奇心旺盛な記者の一人として、イってみたいと思います。
常人の4~7倍の運動エネルギーを有す喰種の力を、このペットボトルの蓋を開ける為に注ぐ私。
お気づきかもしれませんが、のうのうと人間社会で過ごしている私の喰種としての戦闘力は、喰種の中でも最底辺です。
それでも働き盛りの男性より力の強い私にとってみれば、こんなペットボトルの蓋を開けることなど造作もないこと。
『プシュ』っと音が鳴れば、蓋の隙間から溢れ出る二酸化炭素が―――。
「あぁ~……」
きゅうりですね。溢れ出る二酸化炭素に、見事にきゅうりの風味が混じってましたね。これをコーラにするなど、一体誰が考えたのでしょうかねぇ。
それは兎も角、透き通る鮮やかな青緑色をした液体を口に運んで、
私、コーラは好きですよ。あのコーヒーみたいな見た目、一瞬美味しそうに見えますし。あと、美容にと思って炭酸水などもよく飲みますので。
喰種であろうと生き物に変わりはありません。要するに、二酸化炭素を混ぜた水を飲むことなど、特に体に異変が起こる訳でもなく普通に飲むことができます。
私としては、ワイングラスに
え? 何のお肉かって? ここまでくれば判るでしょうに。
少し話が逸れてしまいましたね。炭酸水が飲める私であっても、コーラとなれば話は別。あの苦い漢方を溶かして混ぜ合わせたような風味の液体は、鼻がねじ曲がってしまう程、私の口と鼻を蹂躙します。
パチパチと舌の上で弾ける炭酸が、液体に溶け込んだ木の皮からとったエキスのような風味の臭いを拡散させるのが、私の心を非常に躍らせてくれますね。
これだから、新フレーバーのコーラは見逃せない。
―――ゴクッ。
そうそう、これこれ! この
きゅうりのフレーバーに違わぬ、カメムシから絞って取り出したエキスを混ぜたような風味。
炭酸が弾けると共に、鼻腔を通って外に吐き出される風味。ああ、これが炭酸飲料の醍醐味ですね。
口の中にカメムシを飼って、絶え間なくあの臭いガスを吐き出されているかのようにお口の中を蹂躙されていきますよ。会社に行ったら、御手洗いでもう一度歯磨きしなきゃ。
どうでもいいですけど、カメムシが噴き出すあの液体って、カメムシ本人にも毒みたいですね。
ううむ……カメムシは兎も角、世界一栄養のない野菜としてギネスに認定されているきゅうりのフレーバー。それだけで、今飲んでいるジュースにさほど栄養がないのではと錯覚してしまいますね。
元々、清涼飲料水なんて砂糖がたっぷりで、身体に良くないことは知られていますけども。
まあ、出社前からこのようにパンチのある飲み物を飲めば、おめめパッチリ。これで今日も一日、バリバリ仕事がはかどるといったところですよ。
……はあ、おニクが食べたい。
***
さて、今日取材に向かったのは、パン屋さんです。
昨日はヘヴィだった蕎麦屋さんでしたけれども、今回はまあまあイージーな取材となりそうですね。
何故なら、パンはコーヒーと相性がいいからですね。
いや、勿論パン自体は非常に不味いですよ。無味無臭のスポンジを齧っている気分になりますから。
ですけれども、スポンジみたいであるが故に、喰種が人間のお肉以外に美味しく口にすることができる食材から抽出したエキスを、たっぷりとその身に染み込ませることができるんです。
洋食などは、基本コーヒーに合いますので、比較的口にすることは簡単な部類に入りますね。
その分、和食などは非常に厳しい戦いになります。
え? 朝に和食とコーヒーを一緒に食べてただろって? いえいえ、朝食とモーニングコーヒーは別腹ですので。
さあ、ベランダ席に座りながら、お洒落にコーヒーを飲み進める私は、この店人気トップ5のパンがやって来るのを待っております。
慣れていないのにも拘わらず、足を組んでいる私。
どうです? デキる女に見えなくもありません?
イート&リバースを繰り返すこの私は、意外と細いんですよ。その為、毎日毎日食材が破棄されるトイレにはたくさんの芳香剤や消臭剤が置かれています。友達とかも良く来て、鍋パとかしますし。
友達ってアレですよ? 普通の人間の方です。そんな友人たちに、『あの子の家のトイレって、なんかゲ○臭くない?』とか噂されたくないじゃないですか。
なので、家の中はいつも綺麗にしてますよ。
おっと。そんなことを思っている間にも、人気のパンの数々が連れてこられましたよ。
「こちら、左からクリームパン。あんパン。カレーパン。アップルパイ。ピザパンとなっています。どうぞ、ごゆっくり!」
「ありがとうございます!」
よし、営業スマイルをびっしり決めたところで、まずは左のクリームパンから攻めてみましょうか。
パンは、喰種の中でも比較的食べやすい食材の一つに数えられている(筈)食べ物です。
長年、人間の食べ物を食べ続けてきた私にとっては、赤子の手を捻るように容易く食べ進める事ができるモノ。
さて、焼きたてアッツアツのクリームパンを早速食べてみましょうか。
僅かに指伝わってくるこの暖かさ。これが焼きたての醍醐味というものですね。アイスなどのモノは除いて、食べ物はやっぱり温かいに限ります。
「はむっ」
ほうほう……もっちりとした食感。矢張りこの食感こそが、コンビニで売っているモノとパン屋で売っているモノの違いと言ったところでしょうか。
しかし、喰種にとっては食感の違いなど、後々くる味が全てを台無しにします。
無味無臭のスポンジの間からはみ出てくるクリーム。もといカスタードクリーム。人間で言うところのカスタード風味ですか? 喰種の私からすれば臭いがきつ過ぎて、香水でも混ぜ込んだ牛脂を食べているような感覚なんですよね。
つまり、気持ち悪い。
ああ……舌のみならず、歯にすらも絡んでくる濃厚クリーム。私の味覚を蹂躙する感覚を一旦リセットしたい。
残ったクリームパンを一気にモグモグと食べ進め、私はコーヒーをグビグビと飲み干します。
「ぷはぁ」
これで大分マシになりましたね。
では次は、あんパンにいきましょうかね。このパン屋さんで人気なのは粒あんの方らしいですけれど、私としてこしあんの方が良かったです。
ですが、ここでウダウダしたところでどうにもなる筈がないですからね。
さて、先程のクリームパンよろしく、もちもち食感の生地に歯を食いこませ、中の餡に歯が届いた瞬間、中に溜まっていた風味が一気に―――。
「……すみませ~ん! アイスコーヒー、おかわり下さ~い!」
「はい、かしこまりました!」
ふっ……コーヒー一杯だけでは足りませんでしたね。恐らく、パン一つについてコーヒー一杯を消費しそうです。
会社に帰るまでにはコーヒーで胃袋がタプタプになってそうですけど、背に腹は代えられません。
ザラザラと舌を這う餡は不快極まり、時折プチりと弾けるような感覚の小豆の皮は、プラスチックを彷彿とさせるような……。
あぁ……クリームと一緒で、舌の根っこに絡まる不快な甘さ。でも、ねっとりと絡まる油のような舌触りのクリームとは違って、垢みたいな……。
まあ、ここは一気に食べ進め、一応の感想をメモに取りまとめた後にコーヒーをがぶ飲みっと。
さて、今度はカレーパンですよ。天敵ですよ、油は。女子として。
と言うより、カレーも私苦手なんですけれどね。とろみ、風味、味、そして具材の多さ……あと見た目もヤヴァクないですか? インド人、恐ろしや。
何が御御御付けじゃい。おバカ。具材の多さは料理の風味に複雑さを出して、私の舌を凌辱してくるんですよ。
まあ、食べなければ仕事は終わりませんし、食べますよ。ええ、食べますよ。
パンなのに周りにパン粉が付いて、油で揚げられたそれがザクザクと舌を突き刺してきますね、はい。
ジュワっと滲み出してくる油。この時点で既に吐き出しそうになりますけれど、まあ、本当の敵はこれからですよ。
中からとろ~っと溢れ出てくるカレー。悍ましき敵ですよ。何十種類ものスパイスは複雑な風味……ああ、なんでこんなものを人は創ってしまったんでしょうね。
辛い、苦い、甘い、渋い……スパイスの複雑な風味が舌の上で絡みあい、それが染み込んだパンがお口の中に張り付いて、あら大変。
スパイスってあれですよ。単品じゃただの劇物ですからね? それが混ざりようものなら、超常的な化学反応を起こした物質みたいに―――。
……おっと。一瞬、気を失ってしまいましたね。
ここはグッと堪えて、モグモグと食べ進めましょう。ああ、複雑に絡み合うスパイスは、朝に食べた白米や味噌汁、さんまの塩焼きなどの比じゃありませんね。
ミミズが好きそうな栄養たっぷりな土に水を混ぜて捏ねたような物質を含んだパンを喰らい尽くした後は、箸休めのアップルパイですよ。
まあ、全然箸休めにもなりませんけれどね。
パリッパリの生地なんて頭に入ってきません。口に入れた瞬間に広がっていくのは、吐き気を催す甘ったるさ。
あぁ……なんていうか、生地の食感と相まって、蜂の巣を丸ごと口にしているような気分になれますねぇ。
今日、帰宅した後が楽しみになりそうなラインナップですよ、これは。
さて、最後はピザパンですね。ピザパン……その実態は、なんていうか、ミニサイズのピザみたいな感じですね。
お洒落にオリーブなんか乗っけちゃってますけれど、遠目から見ると黒い虫みたいで私は嫌いです。
さあ、そんな偏見は兎も角、パクッと言っちゃいましょうか。
トロットロにとけたチーズ。
頬張ればガムのように伸びていく腐った乳の固形物。独特な風味を醸し出すそれは、パンの生地に塗られている腐った物のような酸味を放つトマトケチャップと混ざり合って―――。
「……ふふっ♡」
ああ、
口の端に垂れてしまったチーズを舌で掬い上げて、たった今お口の中を暴れ回っている不味さに拍車を掛けてみます。
子供がトマトを苦手な理由って知ってます? あの中身のドロドロと、酸っぱい味が腐った物を錯覚させて、腐った物=食べたらイケないモノだと脳が認識するらしく、本能的に嫌悪を抱きやすいらしいですね。
そんなモノを原材料にしたソース。それを付けたモノを喰種の私が食べれば、嘔吐は必至。
ですが、これでも長い事人の食物を食べてきた私。そう簡単に吐く訳がないじゃないですか。
しっかりと咀嚼してピザパンを味わうことにしましょうか。
いいコンビネーションじゃないですか。そっち系の漫画でも、恥垢のことはチーズでも表現してますし、実際口にしたらこんな感覚になるんでしょうね。
……なんですか。無いですよ、そういう経験なんて。文句ありますか? 二十五歳なのに生娘で何が悪いんですか?
……まあ、今回の取材も上々って所ですね。中々、深~い食事を堪能させて頂きましたよ。
今頃、胃袋の中ではコーヒーと胃液が混ざった海の中で、私に噛み潰された食物たちがスイミング中です。
この状態のまま、午後の仕事も勤めるって訳ですよ。ああ、たまらないですね。
まあ、私の胃袋の出入口はそう簡単に胃の中のモノを逆流させないよう鍛えられておりますので、勤務中に嘔吐など、そのようなことはある筈がありません。
さてと、絶品のパンの数々を食べ終えた所で、会社に戻りますか。ふふふっ。
***
「誰も居ない自宅にただいま~っと……」
勤務を終えた私を待っているのは、静かな部屋。彼氏が欲しい。そうだ、今度ペットがオッケーなマンションにでも引っ越しましょうかね。
チワワを飼いたいです。若しくは、ダックスフンドとか。
で・も。まず帰宅してから第一にすることと言えば―――。
ダダダッ!
ガチャ、バタン!
ウェロロロ……!
ピザパンには勝てなかったよ……。
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水曜日
私はよくこう言われてしまいます。
『みっちゃんって、ホント美味しそうに食べるよねぇ~』と。
私、友達からは『みっちゃん』と呼ばれております。以後、お見知りおきを。
それは兎も角、成程。二十年に渡る悪食が、私がモノを食べた時の表情を如何にも『美味しそう』という様な顔にしているらしいです。
友達からそう言われるのですが、私にしてみればお口の中が第二次世界大戦。
あらら、味蕾が爆撃されたのではないかというような不味さが舌の上に広がっているということを、彼女達は知らないようですね。
一度でいいから、ちゃんと人間の味覚でモノを食べられるようになりたい。
早く人間になりた~い!
妖○人間じゃありませんが、ひしひしと思っていますよ。私にしてみれば恥垢を食しているような気分になれるチーズも、フランスの美食家『ジャン・アンテルム・ブリア=サヴァラン』が書いた本『美味礼賛』に、『チーズのない食事は片目の美女』というほど、なくてはならないというような存在であることが示唆されています。
ほう、そのような食べ物、実際に食べてみたい。いや、食べたことはありますけれど、人間の味覚で食してみたい。そういうことです。
喰種が真面に食べる事の出来る食材は、『人間』か『コーヒー』。ですが、人間を食べた時は旨みなどよりも先に、『快感』が体の中に付き上げてくるんですよね。
生娘の私がどうこう言えるものでもありませんが。
快感……言うなれば、あれでしょうか。ヤクと同じ類のものでしょうかね。あのヤバいブツを使っちゃった時の感覚に似たようなものでしょうか。
目の前が真っ白になった後に、得も言えぬ快感が全身の筋肉に、血管に、細胞に行き届いていく。
確かにアレは快感ですが、美味しいとはまた別の話なんでしょうかね? 単に私が人間の肉に飢えているから旨みよりも先に、きちんとした栄養を摂れたという満足感が襲いかかってきているのかもしれません。
う~ん……人間の美食なら兎も角、喰種としての美食の感覚が余りない私。確か、東京都のどこかの区で、喰種御用達のレストランがあるようですし、そこに行って美食とはなんたるかを調べてみるのもいいかもしれませんね。
そんなことを考えている私は、朝食にとカップ春雨を啜っている所存であります。
プラスチック製の紐を啜っているかのような食感。いやはや、何が女性に大人気なんでしょうかね。
パンと同様、春雨自体は無味無臭。しかし、そこへ汚水のようなスープが絡まって、私のお口を虐めていきます。
ああ、この春雨が人間の髪の毛で、スープが血液でしたら、どれほど美味しく頂けたのでしょうか。
あ、もう一つ我儘を言うのであれば、髪の毛は十代の若い女性の艶やかな髪でお願いします。私の髪の毛も長いですけれど、針金みたいに硬いんでとてもじゃないけれど噛み切ることなんてできやしませんよ。
なので、ヘアカットは基本的に自分で行います。百均の鋏だとすぐに駄目になってしまうので、赫子を使って切ってます。
まあ、私のヘアカット事情は兎も角、カップ春雨を食した私は食べ終えた後の器をコンビニのゴミ箱にシュゥゥゥーッ!! 超! エキサイティン!!
はい。周りの人にちょっと白い目で見られたことを確認した私は、赤面したまま出社致します。
***
水曜日の今日、お昼(取材)に行くのはお好み焼きのお店です。お好み焼き……粉物ですね。どっちかって言ったら、粉物ならたこ焼きの方が好きです。アッツアツのたこ焼きの口の中に放り投げて、『はふはふ』と必死に冷まそうとする……いいですねぇ。
あのソース。見事に様々な食材の
熱い、不味いときて、最後にはタコ。タコと言ったら、あのウネウネと蠢く触手ですね。まるで喰種の赫子―――『鱗赫』みたいですけれど、赫子はそんなに美味しくありません。
喰種の赫子は兎も角、たこ焼きのメインとも言えるあのタコですが、入っているのって足の部分だけじゃありませんよね。頭部の方も使っているので、『あれ? これタコ?』と思ったことも、小さい頃は何度も……。
おやおや、すみません。今日はお好み焼きでしたね。私が好きなのは、豚玉ですよ。シンプルイズベスト。
お好み焼き粉と混ぜ合わせられているキャベツの下で、ひっそりと鉄板の上でジュージューと焼かれている豚肉。ひっくり返す頃には、お好み焼きの食感にいいアクセントを生み出す程度にカリッカリに焼けている豚肉が―――。
どうです? 美味しそうなリポートでしょう?
安心して下さい。私は食べても不味いとしか思いませんから。
人間が食べようものなら、素材の旨みが凝縮しているソースであっても、私にとっては雑味が複雑に混ざり合った液体としか味わう事ができません。
粉物共通なんでしょうかね? お好み焼き本体の味はそんなに感じないで、紙粘土を溶かして焼いたものを食べてる気分になるんです。
ですが、伏兵とばかりに潜んでいるキャベツが、青虫の進行の如く私の嗅覚に青臭さを運んでくる。
そこへ最後に、若干焦げて苦いばかりの豚肉。カリッとした表面だけならまだしも、『ミチッ』と音を立てて噛み切った後は、一気に獣臭さがやって来る。
恐ろしいコンボですよ、まったく。
まあ、これまでの私のお好み焼きの記憶は兎も角、今日の取材で訪れるお店は一風変わったお好み焼きを作ってくれるそうですね。
なんでも、生地に粉をほとんど使わないとかなんとか。
お好み焼きといったら、あの粉物あってこそ、という雰囲気も致しますけれど、最近のお好み焼きはそういうものなんでしょうかねぇ。
そんなことを考えている私の下に、爽やかスマイルのイケメンさんがねじり鉢巻きを頭に巻きながら、お皿を持ってきてくれました。
ああ、あんなイケメンを食べてみたい。え? どういう意味かって? ご想像にお任せしますよ。
「お待ちどおさま! お好み焼き風オムライスです!」
違いましたね。『お好み焼き風』っていうだけであって、本体はオムライスみたいですね。言われてみれば、お好み焼き屋さんにしてはお店の内装が西洋風だなぁ~なんて思ってたんですよ。
成程、和と洋のミックスと。まるでラーメンにケーキを入れたみたいですね。あれ? ラーメンって和でしたっけ? どっちかって言ったら、中華みたいな気もしますけど、大体合ってるからいいですよね。
まずは見た目見た目、っと。ちょっと高めのカメラのシャッターを切る私は、グルメ記者というよりもカメラマンみたいですね。
色んな角度から、如何に美味しそうに撮ることができるか。人間限定で。
さて……三十枚ほど撮りましたし、後は実食を残すのみ。
お好み焼き風というだけあって、こんもりと盛り上がっている薄い玉子の生地の上には、ソースとマヨネーズが掛かっています。
更にその上には鰹節も乗せられており、オムライスから発せられる熱によってユラユラと絶えず動いてやがりますよ。それは青のりも然り。
「頂きま~す!」
さて、見た目の時点で不味そうなこの
皆さん。今から、『ショートケーキの苺はどのタイミングで食べる?』的な質問しますよ。
オムライスを食べる時、まずどこにスプーンを入れます?
端っこからだんだん削り取っていきますか? それとも、ボリュームたっぷりの真ん中を抉り取りますか?
私はですね……その時の気分によりますね。はい、どうでも良い質問でしたね。
まあ、今回は真ん中にズブッといっちゃいましょうか。玉子の生地にスプーンをスッと入れれば、上に掛かっていたソースとマヨネーズが垂れてくる。
来るんじゃねーよ、バーカ!
っと、まあ罵倒は済ませておいて、中に入っているモノを見てみましょう。おお、オムライスといえば中に入っているのはチキンライス的なものだと思っていましたが、茶色い米粒たちを見てみれば、これらはソースで味付けされて炒められたモノであることは一目瞭然。
う~ん、ソース特有の少し鼻の奥にツンとくる酸っぱい香りが何ともこそばゆい。
おやおや。ネギやそぼろ肉などと一緒に炒めているんですね。邪魔なことをしてくれる。
そんなことを思いながら、銀色のスプーンの上に乗せられる料理。ああ、黄と白の混じる玉子の生地の下には、濃厚なソースと絡み合ったお米がネギやお肉と抱き合っている。
お米が艶々なのを見ると、スーパーで買えるような安い品じゃないんでしょうね。お米ソムリエの方とかなら、どこ産のお米とか分かるんでしょうか?
あ、そーだ。私、コーヒーソムリエにでもなりましょうかね。
閑話休題。冷めちゃいけませんから、早速オムの欠片をお口へ運びます。
……おお。決して薄味なんかじゃありません。本当に肥溜めの中に溜められていたブツのように濃厚なソースが、糊のようなお米と絡み合って奏でるハーモニー。
ここは煉獄でしょうか。
そして後からじわりじわりと来る玉子の生地の風味。しっかりと火が通っているのに、まるで蛙の卵を包み込む泡のようにフワフワとしていて、先程の最早排泄物のようなお米と風味が混ざり、不快感を煽りに煽ります。
更に鉋でカビの生えた古木を削った後の屑のような風味の鰹節に、干乾びた青虫の如き風味の青のり。
更に、玉子の上にも掛かっていた汚物のようなソースと、鳥の糞のような色合いのマヨネーズが舌の上で混じり合い、この世のものとは思えないようなハーモニーが……。
成程成程。私が今まで食べてきたお好み焼きとはまた別モノですね。朝食にと食べた春雨スープがまるで赤子のようだ。
この味には到底敵いそうにありませんね。
お好み焼き―――いや、オムライス一つでこれだけの風味を生み出そうとは、人類の食への飽くなき探求心が窺えます。
流石は日本人。やることがえげつない。
生で食べれば最悪死に至るこんにゃく芋を、茹でて、すり潰して、寝かせて、石灰水と混ぜて、また茹でるという工程を経て食べようとする日本人。
外国ではサルモネラ菌感染のリスクがあるという生卵を、あまつさえ白いホッカホカのご飯にかけて食べる日本人。
内臓に猛毒が含まれているフグを捌いて食べ、本来猛毒の卵巣でさえも塩漬けして食べてしまう日本人。
クレイジーだ。その食への飽くなき探求心が、ここまで複雑な味わいの不味い食事を生み出しているというのでしょうか。
あ、そう言えばイギリスのお料理ってそんなに美味しくないらしいですね。そのような料理を喰種の私が食べれば、一体どのようなリアクションになってしまうのか。
どうなんでしょうね~。フィッシュアンドチップスに、ウナギのゼリー寄せ。そして極めつけにスターゲイジーパイ。
名前はカッコいいですよね。スターゲイジーパイ。だって、パイが星を見てるんですよ?
実際見れば分かりますけど、パイから魚の頭部が突き出てるだけですけど。言うなれば……そうです、チンアナゴみたいな。
あ、ちなみに普通の穴子は生食できませんよ。穴子は通常寄生虫がいて、血に毒がある為食べられないらしいです。
ですけれど、マイナス40℃で48時間冷凍して寄生虫を殺し、内臓を傷付けないように身を開いて、血を綺麗に水洗いした後、50度のお湯で洗ったら生で食べられるらしいんですよね。
え? この方法を見つけたのは誰かって?
決まってるじゃないですか。日本人ですよ。
あと日本人で思い出したんですけれど、タコって外国だと悪魔的な扱いらしいですね。それを刺し身で美味しく頂いたり、たこ焼きにして食べるなんて、日本人……強し。
日本人が強いというところを再認識しながら頂くお好み焼き風オムライスは、さっきとは一味違いますね。一向に美味しいとは感じませんが。
ですが、どちらかといえば昨日のパン屋さんの方が胃袋に来ましたね。特にピザパンが。あれは人の食べ物じゃありません……いや、人の食べ物でした。
さて、冗談もここまでにして、あとはペロッといっちゃいましょうか。
***
仕事が終わり、後は家に帰るだけ……と思いきや、友人である優ちゃんに誘われたので、ラーメン屋で夕食をとろうとしている最中です。
なんでも、此処の豚骨ラーメンが美味しいとかなんとか。いや、私にとって豚骨ラーメンとは悪魔のような敵ですよ。
因みに私がラーメンの味―――『醤油』、『塩』、『味噌』、『豚骨』の中で優劣を付けるとすれば、一番好きなのが塩ラーメン。次点で醤油。三番目に味噌で、最後に豚骨です。
何故かって? 塩が一番雑味がなくて食べやすいんです。味が好きとかどうこうよりは、食べやすいか否かで決めてますので。
豚骨が苦手な理由としては、そりゃああの豚骨のエキスですよ。豚の骨髄をぐつぐつと煮込んで得た、あのおぞましい白い液体……獣臭さという名の出汁がたくさんで、とてもじゃありませんが好き好んで食べられるモノじゃありません。
その気になれば食べられますけど。
しかもあれじゃないですか。豚骨ラーメンの麺って、確か『ハリガネ』っていう硬さでしたっけ? それを噛むのが辛いのなんの。
中華麺なら輪ゴム噛んでいる感じで済みますけど、文字通り針金の如き硬さの麺―――しかも、豚臭い汁がだくだくと付いたモノを食べるなんて……。
え? 喰種なら、ハリガネぐらいの硬さの麺なんてどうってことないだろ?
何を言っているんですか、お馬鹿ちゃん。
逆に訊きますけど、貴方は苦手なモノを食べる時、顎に力入りますか? 子供の時、誰もが苦戦したであろうピーマン……あれをいざ食べようとしたとき、進んで顎を動かそうという気分になれましたか?
なれませんよね? いや、例えなれるとしても、なれない体で話を進めましょう。
人間の骨をも容易く噛み砕くことのできる喰種であっても、豚骨ラーメンの硬い麺を容易く噛み切ることはできないという訳です。
「みっちゃん、餃子食べる?」
「あ、食べる~!」
「はいよ~! はい、これラー油ね!」
おっと、本命のラーメンが来る前に腹ごしらえの餃子が来ましたね。優ちゃんめ……屈託のない笑みで餃子を差し出してきて……私がどれだけ餃子を不味いと思っているか知らないな?
水に浸した厚紙のような餃子の皮。青臭い(以下省略)……具。
そして優ちゃんの差し出してきたラー油こそ、餃子においてのラスボス的な存在。食べなければいい話じゃないかというのは無しですよ。好意で差し出してきてくれてるんですから。
喉を焼くような辛さは、喰種の私にも耐えかねる地獄です。
嘘です。
「ん~!」
「あはは、ホントみっちゃんって美味しそうに食べるよねぇ~!」
「そんなことないよ~!」
くッ……ラー油付きの餃子は、優ちゃんの豊満なパイオツをオカズにして食べ進めるとしましょうか。眼福ですね。肉まんみたいなパイオツ……羨ましいです。私は昔からの悪食が祟って、パイオツは成長しませんでしたから。
「へい、お待ち! 豚骨ラーメン!」
「お、来たよ! みっちゃん!」
餃子を食べ進めている間に、豚骨ラーメンが来てしまいましたね、ええ。
ああ、悍ましきこの白いスープ。まるで骨の白さがそのままスープにでもなったかのようなスープは若干茶色くて、脂が浮かんでいて、分厚いチャーシューが乗っていて、これまた分厚いメンマがあって、黄身は半熟で白身に味が染み込んでいる煮玉子が乗ってて、おまけに中央には千切りのネギが―――。
ジュル……。
「もぉ、みっちゃんったら! 涎出てるよ?」
「え、嘘ぉ~?」
「ホントだって~! この大食い女子~!」
なんと、涎を垂らしてしまっていたようです。条件反射なんでしょうかね。頭では食べるべきではないと解っていても、長年の経験から体が自然とそう動いてしまうんでしょうか。
さて、口の端から垂れた涎をおしぼりで拭き取れば、後は食べるのみ。
チュルンとイってやりましょう。
ズズッ
「んふふ」
「美味しいでしょ?」
「ん~」
そうは言うものの、これはヤバいですね。不味いを通り越してヤバいですね。
ハリガネ? でしたっけ、この硬さ。文字通りの針金みたいな硬さなんかじゃなくて、ギュッと縛った糸みたいに中々噛み切れない。
そして、そんな細い麺に絡みつくのは、豚の骨をぐしゃぐしゃに砕いてからぐつぐつに煮込んでとったエキスたっぷりのスープ。
肉とはまた違ったえぐみや獣臭さが、私の鼻に襲いかかってきます。
オー、マイゴッド。
なんだか、だんだんこの麺が、豚の死骸に群がる蛆虫に見えてきちゃいましたね。
おうっふ。今日、帰宅した後の嘔吐が捗りそうな食事をとっている私の横では、美味しそうに豚骨ラーメンを啜る優ちゃんの姿が見えます。
ああ、なんて美味しそうに食べるんでしょうか。
このまま一口目で止まっていたら、何時まで経っても食べ終えることはできませんね。はいはい、食べますよ、ええ。
うう……優ちゃんはたくさん食べるから、パイオツもそんなに大きく育ったんでしょうか。
だったら私も、小さい頃からたくさん人を食べるべきでした。
……五月蠅いですよ。貧乳はステータスなんです。
***
「ヴェロロロ!! ヴルァッ!?」
その日の嘔吐は、いつもの二、三倍激しかったです。
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木曜日
昔、巷でプリンに醤油を掛けたらウニの味になるという噂がありましたね。
ところがどっこい。プリンに醤油を掛けても、プリンに醤油が掛かった味しかしません。皆さん、ウニを食べたいのであれば、素直にウニを買った方がよろしいと思われます。
そうでなければ、プリンが浮かばれません。
そもそも、ウニの味自体が好みの別れる味だと思いますけれど。
まあ、ウニの話は兎も角、木曜日の今日に私が朝食に選んだのは、ドゥルルルルル、ダンッ! 蜜柑です。
なんで蜜柑なのかって? 木曜日になってくると、そろそろお肉が欲しくなってきて、人間の食べ物に胃が拒絶反応を出し始めてくるんですよ。
なので、比較的軽い食事で済む蜜柑を食べている、と……だってほら、良い臭いじゃありませんか。フルーティで。嗅ぐだけなら。
食べるとなると、鼻がひん曲がりそうなくらいの臭いが嗅覚に襲いかかってきて、不愉快な舌触りの膜に守られている蜜柑の果実が、蛆虫のようにプチプチと弾けて、舌の上が悍ましいことになってしまいます。
そして、蜜柑といったら皆さんアレをやりますよね。
蜜柑の中心に指をズボッと刺して―――。
「ポ○デライオンっと」
某有名ドーナツ店のマスコット。あれっぽいですよね。色とか、この凸凹感が。
さあ、ここまでしたらやることは一つ。贅沢に一口でガブッといっちゃいましょうか。
ガブ。
ブシュ。
「ヴォオエッフ!!? え゛ほッ!! ヴエェッホ!!!」
ヤバい!! 蜜柑の汁が器官に!! せ、咳が止まらない!!
くっ……こんなことになるなら、丁寧に一かけらずつ食べるべきでした……! の、喉が焼けるように痛い!
そして急いで蜜柑を食べようと一気に噛み潰すから、蜜柑の汁が私の舌を加速度的に蹂躙していきます!
ああ! 塩酸でも舐めているかのような焼けるような感覚! 香水を丸のみしているのではないかと思う程のキツイ臭い!
私に救いはありませんか……うっ。
この後、咳は十分ほど止まりませんでした。
***
さて、今日の取材するお店はおでんです。江戸時代には、ジャパニーズファストフードとして庶民に慕われていた食べ物でもあります。
江戸時代辺りではお寿司や蕎麦もファストフードであった辺り、日本のファストフードというものは特徴的ですよね。
因みに、おでんによくついているからしや、お寿司に付いているわさびは、当時冷蔵庫なんて物がなかった当時に、屋台で販売している食品に付いている菌を殺す為に付けられていたようです。
味がどうこうじゃないのかよ、と言いたいところですね。
私はどっちも嫌いですが。
からしが良く合う冬の食べ物の代表格。そのおでんをメインとしたお店に佇んでいる私ですが……。
いい雰囲気ですね。この昔懐かしいような内装。少し薄汚れた白い壁。年季の入っている木の枠組み。そして何より、カウンター席のみというこのスタイル。
店のご主人と一対一で話ながら、おでんを突いてお酒を飲めるスタイル……いやぁ、いいですねぇ。
私、お酒はよく飲んでいますよ。帰った後のアレが捗りますので。
え? 理由がひどい? 何をいまさら。
私がそうしてうずうずしている間にも、店のご主人は人気の具材をお皿にたっぷりと入れてくれています。
出汁は薄い茶色ですが、味は飲んでみなければ分からない感じですね。カツオ出汁が、はたまた昆布出汁か。う~ん、どっちも嫌です。
さあ、実際皿に入れられた具材を確認してみましょう。
大根、玉子、ちくわ。ここら辺は関東では定石のトリオですね。他に入っている具材は、こんにゃく、はんぺん。
成程。メジャーと言えばメジャーな品ですね。
丁寧にお皿の端の方にはちょこんとからしが塗りつけられていますが、今の所私は使う予定がありません。
だって辛いじゃないですか。からしだから当たり前だろ、と言われたらそこまでですが。
まあそれは兎も角、まずはメジャー中のメジャーである大根から食していこうと思います。
あんなに白かったのに、おでんの出汁を吸ってこんなに汚くなってしまって……。
箸を入れてみれば、スッと切れてしまう程に煮込まれている大根。中心は辛うじてまだ白い―――というよりは透明な色合いのままですが、凄まじい熱量を有しているんでしょうね。湯気が立ち上り始めましたよ。
食べ物は、熱い内に食べた方が良い。くっ、グルメ記者の性には逆らえないです……。
まるでどこかのお笑い芸人のように、熱々のままの大根の切り身を一口。
「はふっ! はふっ!」
うん、やっぱり熱かったです。
舌の上で転がる大根。必死に熱を飛ばそうと、私の肺から吐き出される息で、まるで私が口から白い煙を吐き出しているような状況になっていますね。
あっつい、ホント熱い。
しかも、噛んだ瞬間に大根の切り身からしみ出したおでんの出汁が、私の味蕾に絡みつきます。
このカビの生えたような風味……これは鰹節の出汁ですね。いや、しかし若干舌にねっとりと絡みつくような潮臭さ。
まさかこれは、鰹節と昆布……両方の出汁を使っているとでも言うのですか!!?
鰹と昆布のダブルパンチを喰らった所で、漸く冷めた大根を奥歯で噛み締めれば、ジュワっと滲み出てくる大根の水分が追い打ちを掛けてきます。
間違ってプラスチックを口に入れてしまった時のような不快な香り。
気分的には水を一杯吸わせた激落ち君を食べている感じですよ。
ククク、だが大根はおでんの中でも食べやすい具。喰種の私ごときでも、食べ進めるのは比較的容易です。
次は玉子。
ん~、なんでおでんの玉子って、こう微妙な色合いをしているんでしょうね。
『ちょっと溝に落としちゃいました~、てへっ』みたいな色。そんな玉子を箸で両断すれば―――。
「ほぉ~」
表面にカビでも生えているんじゃないかって言うくらいに緑色に染まる、玉子の黄身が姿を現します。
うん、汚い。食べたくない。
玉子と言ったら、あの鮮やかな黄色があってこそでしょうが―――ッ! と叫びたいですけれど、じっくり煮込まれたものだったらこういう感じになりますよね。
はぁ~……食べやすいように、黄身に少し出汁を掛けますか。
万が一、もっさりとした食感の黄身が喉に張りついたら、朝の蜜柑の事もありますし、私の喉が死にます。比喩じゃありません。
まあ、もしもの事が在ればバッグの中に入っているコーヒーを飲むだけなんですけどね。
出汁が染み込んだ白身と黄身、一想いに食べちゃいましょうかね。
―――モッチャ、モッチャ
プリッとした歯ごたえの白身はスーパーボールを。もっさりとした黄身は練り固めたチョークを彷彿させます。
流石は玉子。食感が地獄ですね。
ああ、急激に口の中の水分が黄身に奪われていきます。こうなると飲み込み辛いんですよ……。
まだだ、まだ焦る時じゃない。とりあえず、カウンターに置かれているお冷で流し込むことにしましょう。
「ん゛っ!?」
しまった。水で流し込もうとした黄身が、喉にへばりつきましたね。
まだだ、まだ焦る時じゃない。
こうなったら、ちくわを食べて無理やり胃袋の中へ送り込むことにしましょうか。魚肉のすり身を焼いた食品であるちくわ……おでんの出汁に溺れ、今や見る影もなくなっています。
出汁が滴り落ちるちくわは、スーパーで売っている物よりも柔らかくなっていますね。まあ、煮ているんだから当たり前ですけれど。
この出汁がたっぷり染み込んでいるちくわで、喉に張り付いている黄身を葬ってみせましょう。
「あむっ」
ん~……焼いたといえど、喰種の嗅覚は騙せません。焦げた臭いの奥底に潜む魚の生臭さ。
あの出汁が染み込んでいるちくわの臭いは、それはもうヒドイものですね。
カビ臭く、潮臭く、生臭い。
一体誰がこんなものを食べるのでしょうか。
食感もこれまたヒドイ。出汁をたっぷりと吸っているちくわは、あの本来のプリプリ感を失って、ビショビショに濡れたトイレットペーパーのような歯触りに。
ですが、水分たっぷりなお蔭で喉が多少潤ってまいりました。
その分、舌がやられてしまいましたがね。
さて、次はこんにゃくです。ゼリーやゼラチンのようにプルプルと震えている物体。半透明の灰色の中に浮かび上がる黒い点々。
あの黒い点々って、噛むと砂みたいにジャリってするんですよね。
クンクンと嗅げば、思わずえずいてしまうような潮臭さ。確かこんにゃくの臭いの元は、トリメチルアルミンって言って、魚の生臭さの臭いの元と一緒らしいです。
こんにゃくの癖に、魚の生臭さと同じ臭いを放つか。小癪な奴め。
箸で持とうとすれば、スルッと滑って落ちるこんにゃく。
この……プルプルと卑猥な奴め。このような奴は、さっさと食べてしまうに限ります。
あぁ、これですね。このゴムのように弾力のある食感。中に混じる黒い粒―――要するにこんにゃく芋の皮は、砂の様にじゃりじゃりと不快な音を奏でます。
そのようなこんにゃくを噛めば噛むほど、魚の様な生臭さと共に、土のような香りがどんどんと滲み出てくる……。
ホントに日本人は、なんでこれを作ろうと思ったんでしょうね?
そして最後……はんぺんですよ。これまた魚肉の食べ物。ですが、魚肉の他にもヤマノイモを混ぜて摺っております。
つまり、魚と芋が合わさった食材。ちくわ、こんにゃくの上位種とでも言うべき存在でしょうか。
初めてコンビニおでんのコーナーで、プカプカと浮いているはんぺんを見た時は、灰汁取りか何かだと思っていましたよ。
ですが、その正体は悍ましき食材。海と山の食材とフュージョンしたこのはんぺんこそ、今回の取材で一番の難敵とでも言うべき存在でしょうか。
箸で掴めば、こんにゃく同様プルプルと震える身。ですが、ちょっと力を入れてみれば、『グジュ』っと空気が溢れだしてきて、同時に染み込んでいた出汁も溢れますね。
そう、はんぺんを食べる時、一番躊躇ってしまう理由がこの食感。泡を固型化したように、柔らかいのか堅いのかよく分からない食感は、生理的に受け付けないものです。
スポンジのように空気を含んで柔らかいのに、発泡スチロールのように噛み切れるとでも表現しておきましょうか。
溢れだした空気は生臭さを含んでいて、お鼻が花畑状態になっちゃいます。
幸いなのは、飲みこみ易いところでしょうかね。水で流しこみ易いという意味で。
さあ、折角ですし皿の端に塗られているからしを付けて食べてみることにしましょうか。もしかしたら、魚の生臭さがどうにかなるかもしれないという希望的観測を抱きながら。
この黄色い粘性の物体を、白いはんぺんに塗りたくってやりますよ。
ほれほれ~、ここがいいのか~。身体中にからしを塗られる気分はどうだ~?
……ぐすん。彼氏が欲しいです。
さあ、ブルーな気分になった所で、からしをたっぷりと塗ったはんぺんを食べましょうか。
我ながら、随分と汚い塗り方をしましたね。心の汚さが滲み出てるんでしょうかね?
さて、ツーンとするような臭いを嗅ぎながら、はんぺんを一口。
「……」
これは……アレです。
はんぺんやおでんの出汁を全て、からしが飲み込んでいきますね。わさびと少し違う、ねっとりと押し寄せるような辛さ。
あちらは疾風のように通り過ぎる辛さでしたが、こちらは土砂崩れのようにじわじわと押し寄せてくる辛さ。
成程。これなら、食品に付く雑菌が殺される理由が分かるってモンですよ。
何故なら、私の舌が死にそうになってますから。
鼻の奥と舌の上が焼かれるような痛みに苛まれて、はんぺんの風味やら出汁の香りなどはどこへやら。
絨毯爆撃のように、舌の上は辛さでやられてしまいましたね。
テレビ番組で見る様な激辛料理を食べたら、私はどうなってしまうんでしょう。恐らく、気絶するかもしれませんね。
出来るだけ色々と考えて、お口の中の不味さを忘れようとしている私ですが、外的な痛みによってその思考が妨げられます。
ジャパニーズ調味料、恐るべし。
これが、味ではなく衛生面を求めた結果の味ということでしょうか。
ああ……早く食べ終えて、コーヒーで心に潤いをもたらしたいです。
***
帰宅した後、ネットで買ったアレが届きました。。
え? 何を買ったのかって?
アレですよ、アレ。見た目はマヨネーズですが、容器の中に入っているのはプリンだという伝説のチューチュープリンですよ。
子供に大人気のデザートであるプリン。それをスプーンで掬って食べるのではなく、チューチューと吸う形で食す、新感覚のデザートですね。
まあ、販売自体は大分前から行われているらしいですから、新感覚という程新しいものでないですけれど、近くのお店に売っていなかったのでネットが買いました。
正式名称『カスタードプティング』。牛乳と砂糖を混ぜた卵液を、加熱してカスタードを凝固させた蒸し料理。
あのプルプルとした食感は、今日のお昼に食べたこんにゃくを彷彿させましが、チューチュープリンは違います。
―――ぢゅぅぅううううう……!
い、意外と吸うのに力が要りますね。只でさえ、バニラの臭いが香水のようにプンプンと漂って来てキツイのに、わざわざそれを私に能動的に吸わせようとしますか。
生コンクリートを滑らかにしたような舌触り。そして、動物園みたいな臭いのプリンが、一気にお口の中に……。
くっ、先程リバースしたばかりで空の胃袋に、このプリンはきつ過ぎましたかね。無駄に濃厚なプリンが舌や喉、食道をねっとりと突き進んでいきます。
気分としては、凌辱されている感じです。
―――ぢゅぅぅぅ……
一人寂しく、チューチュープリンを吸う独身女。虚し過ぎて、泣きそうになってきます。
そんな心を潤してくれるのは、何時だってコーヒーとお肉。さて、そろそろお腹も空いてきましたので、冷凍していたアレを取り出しましょうか。
未だ、チューチュープリンは食べ終えていませんが、容器を口に咥えたまま私は冷蔵庫の冷凍室を開けます。
「……ん?」
無い。冷凍餃子や冷凍ピザ。唐揚げや、他諸々の冷凍食品があるのに、肝心のアレがありません……!
これは一大事です。私のお腹もそろそろ限界に来ているというのに。
これはそろそろ、あのお店に買いに行かなきゃ駄目そうですねぇ。はぁ……この私ともあろう者が、アレを切らしているということに気が付かなかったとは。
そうですねぇ。買いに行くのであれば、明日のお仕事が終わった後でしょうか。そうしないと、会社にアレを持っていくことになりますし、万が一ということもありますしね。
狩りなんて恐ろしいことはできませんし、私は貰った物で満足するのが精々。
―――……ジュル
おっと、想像しただけで涎が垂れてきてしまいました。ちょっとだけ、プリンが混じった涎は甘ったるい香りが漂っています。
あぁ、早く食べたい。ですが、この空腹は冷蔵庫にある物で……いや、コーヒーで我慢することにしましょうかね。
夕方に食べ過ぎると太っちゃうらしいですからね。私の場合、吐きますけど。
吐いてばかりで脱水気味の体に、エネルギーをチャージです。ペットボトルタイプのコーヒーの蓋を開け、がぶ飲み。
一リットルサイズですが、今の私であれば一分ほどあれば十分。
「んっ……んっ……んっ……ぷはぁ!」
我ながら、良い飲みっぷりでしたよ。
体に染みわたるコーヒー。堪りませんな。
さて……明日に備えて、今日は歯を磨いて眠ることにします。
ソレデハ、オヤスミナサイ。
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金曜日
金曜日。
あ゛ぁ~……お腹がぺこぺこで頭がどうにかなっちゃいそうですね。朝食には、一リットルペットボトルに入っているコーヒーをがぶ飲みしてきましたよ。
なので今は、カフェインでお目めパッチリ。いや、パッチリどころかギンギンになっちゃっていますね。
ですが、このどうしようもない空腹は、矢張りお肉でしか解決することができません。今日の仕事はさっさと終わらせて、あのお店に直行したいところですね。
出社した時、余りに疲れている様子の私を見た友人は『体調でも悪いの?』と問いかけてくれました。はい、お腹が空いております。
周りにいる人達、全員美味しそうに見えてきます。慣れたもんですけど入社したばかりの時は、何度上司を喰ってやろうと思ったことか。
ですが、職場の人間が行方不明になったと来たら、警察やら何やらが動きかねません。できるだけリスクは減らしたいので、今は『狩り』はしていませんね。
え? ああ、昔はしていましたよ。小さい頃ですけど。
まあ、今はお金を払ってとある場所から買っているので、狩りをする必要がなくなった感じです。
あちらさんは『お金はいい』と言っていますけど、社会人としてそこは妥協できないところ。対価というものはきっちりと払わなくてはいけませんもんね。
社会人はお金が掛かるんですよ? 結婚のお祝儀やら、職場の人の出産祝いやらで……畜生めぇぇぇえええ!!
まあ冗談はさておき、今日の取材に行くお店は中華料理屋さんです。
チャイナですよ。あちょー、っと。
私も一度、高校の文化祭でチャイナドレスを着てみましたが、あのチャイナドレスはスリットが深すぎて……忌まわしい事件でしたよ。
それは兎も角、中華料理と言えば横浜。現在、私は横浜の繁華街に来ております。
あちらこちらから、胸がムカムカとするような臭いが漂って来て、私の食欲を煽りに煽り立てていきますね。
そして今私は、肉まんを買い食いしております。『取材前に何食っとんねん!』と言われるかもしれませんが、流石に朝食がコーヒーだけはお腹が減って……。
とりあえず、空きっ腹のままは辛いんです。
二十代の女性が、グーグーとお腹を鳴らしながら人前を歩いている光景を想像して下さいよ。はしたないでしょう? 『元々だろ』とか言う人は、もれなく私が喰べちゃいます。
そんな私が今食べているふかふかの生地の肉まん。これぞまさしくスポンジの如き食感。その生地に染み込んでいる獣臭い肉汁は瞬く間に食欲を減退させていき、豚肉の中に紛れている野菜が追い打ちを掛けてきます。
玉ねぎの口に残る臭い、タケノコのまんま植物の茎のような食感と灰汁の風味、干しシイタケの鼻を抉るような強烈な臭い。
これぞまさしく肉まんですね。
スタンダードであるにも拘わらず、これだけのポテンシャルを発揮しているとは。
どうでもいい話ですけれど、肉まんの弾力って女性のパイオツと同じ位らしいんですって。
……なんですか。いいんですよ、私は。貧乳はステータスなんです。
さて、肉まんをもぐもぐと頬張り終われば、とうとう取材するお店に辿り着きました。ほう、成程。中々立派な外装ですね。
流石、横浜の中華街にそびえ立っているだけあります。
赤を基調とした外装に足を運べば、店員さんが私などに向けてお辞儀をしてくれますよ。
悪くない気分です。そう思ってしまうのは、私の心が汚れているからでしょうか。
まあそれは兎も角、さっさと席に座っちゃいましょうね。折角の中華料理のお店でしたら、ターンテーブルに座ってみたいという願望もありますけれど、一人で来ているのにターンテーブルに座る必要はありませんし、素直に普通のテーブル席に座ります。
ほぉ……厨房から離れている場所にも拘わらず、厨房で取り扱っているだろう香辛料や調味料の臭いが漂ってきますよ。
あぁ~、なんでしょうね。獣臭さに青臭さ。鼻にツンと来る臭いに、思わずえずいてしまうかのような臭い。干された食材のような濃厚な臭い―――色んな臭いが混ざって、すでに私の鼻の感覚が痺れてきているかもしれませんね。
まあ、まずは店内に漂う臭いだけを堪能しておきましょうかね。無心で。
左腕に付けている腕時計の秒針が動くのを感じながら待つこと三十分。ジッと待っていた私の下に店員さんが持ってきてくれた料理は、
「お待たせいたしました、天津飯です!」
「おぉ~、ありがとうございます!」
天津飯。『餃子ゥ―――ッ!』って叫んでる方じゃありませんよ。
とか言っていたら、玉子の上にちょこんと乗っているグリーンピースが、目に見えてきました。
確か、天津飯とは日本独特の中華料理であるらしいですね。つまり、食に対して飽くなき探究心を有す日本人向けの料理……末恐ろしいですよ。
この上に乗っかっている玉子は芙蓉蛋といって、中国版オムレツ的な存在です。
それを乗せて、とろみのあるタレを掛けてあげた、お子様にも大人気な料理……で・す・が、喰種の私にとってとろみのあるタレなど、難敵以外の何物でもありません。
ふふふ……ですが、一昨日餃子を食べた私であれば、天津飯などどうということはない相手。
私の胃袋に納められたあの料理のように、貴様もペロリと食べちゃいますよ。
レンゲを持って、天津飯にスッと切れ込みを入れれば、中に入っている白くて艶々で蛆虫みたいなお米が姿を現し、そこへ涎みたいにドロドロのタレがたっぷりと掛かります。
うっひょ~。よく見たら、芙蓉蛋の中に蟹の身や豚肉、海老、刻みネギ、干しシイタケとか入っていて、よりどりみどりじゃないですか。
ははっ、まるで大便みたいですね。
さて、自分で自分の食欲を減退させる想像をしてから、一口パクリ。
「ん~……!」
あぁ……とろみが私の舌に絡みつきます。この甘酢餡、外国の甘すぎるお菓子のような甘みを発しているにも拘わらず、私の鼻や喉などにツンとくるような酸味も有しており、それだけでお口の中が大変な事に。
ねっとりと絡んだ後は、ニチョニチョと音を立てる糊を練っているかのような食感のお米。
そこへ同時に、動物園と水族館を合わせたみたいな臭いの芙蓉蛋が参戦! ここまで来ると、殺意すら感じ取れそうな不味さのハーモニーが感じ取れますよね。
だが、こんなもんじゃあない……気合いで食べつくしてやりますよ!
「お待たせいたしました。御注文の品の酢豚です」
ウー○ンが来やがりましたね。こんなに可哀相な姿になっちゃって……。
まあ、酢豚を頼んだ時点で豚肉が来るのは分かり切っていた事ですけど、私が気になっているのはパイナップルですよ。パイナポー。
くっ……ここの店は、酢豚にパイナップルを入れるお店でしたか。昔、小学校や中学校でもサラダにパイナップルが入っていましたが、私、アレが大っ嫌いでした。
サラダに果物入れてんじゃねえよ。単品で食わせてくれよ、的な感じで。
しかし、サラダではなく、これは炒めた料理。それにパイナップルを入れるなんて、私からすればナンセンス。
はい、個人的な好みですね。
これまた甘酢餡が掛かってます。しまった、別の料理を食べるべきだった。
二連続甘酢餡は、私の味蕾が完全に破壊されてしまいます。
ですが、退けぬ戦いがある。それが今です。
気合いで天津飯を間食すれば、今度はお箸で酢豚にチャレンジですよ。甘酢餡の中には豚肉の他に、タケノコ、玉ねぎ、人参、ピーマン、そしてラスボスのパイナップルが混じっております。
夢なら覚めて欲しい。
くっ、泣き言をいつまで言っていてもしょうがありません。箸でまずは豚肉を処理します!」
「んっ!」
只でさえ獣臭い豚肉の周りには、脂と油を吸った衣がまとわりついており、並大抵ではない臭いが私の鼻を汚染します。
噛めば噛むほど溢れだしていく悪臭と、機械油のような油。
こりゃあ堪ったもんじゃないですね。
ですが、ここは勢いで行かせて頂きましょう。
―――ナナフシのような色合いのタケノコは青臭く
―――玉ねぎは虫の翅みたいに気色悪く
―――人参は諸に土を食べているかのような風味が口の中に広がり、
―――ピーマンはカナブンの硬い甲殻を噛んでいるかのような食感で、
―――パイナップルはそれら全ての臭いを纏うと同時に、甘酢餡と違う気色悪い甘みと酸味を有す水分を滲ませていく
「……」
眉間を指で摘む私。
思わず涙が溢れてきましたよ。ちょっと離れたテーブルから、『あの人なんで泣いているんだろう』っていう声が聞こえてきますが、この涙は止まりませんよ。
さて、後は無心で胃袋に納めましょうか。
「お待たせいたしました、北京ダックです!」
「は~い、ありがとうございま~す!」
ふぅ……真のラスボスが来ましたね。
中華料理と言うか北京料理ですけれど、あったので折角ですし頼んでみました。
一人前を頼みましたが、アヒルを模した器に入っている北京ダックの数は三つ。ほう、中々の数を用意してくれやがりましたね。
おっと、すみません。思わず口調が悪くなってしまいました。
って言うか、アヒルの器に乗せるのってどうなんでしょうか? トンカツ屋さんとかでも、看板の豚が『おいしいブー』とかほざいてますけど、『食われてるのお前なのに何言ってんの?』とツッコみたくなります。
喰種に例えれば、そうですねぇ……。
若いピチピチの美少女が、手を差し伸ばして『私、美味しいですよ……』的な。
うん、イケますね。
喰種的にも、食べるなら顔が整っている方がいいですしね。
まあ、器から発展した話は兎も角、今は北京ダックですよ。アヒルの皮をパリパリに焼いて、それを薄餅や荷葉餅にネギやきゅうり、中華甘みそと一緒に包んで食べるやつです。
茶色になるくらいパリパリに焼いたアヒルの皮を筆頭に、もちもちとした食感の皮、シャキシャキなネギやきゅうりなどといった、『音』を楽しむ料理でもありますね。
ですが、人間を食べていて『シャキシャキ』とかいう食感なんてありませんから、本来は喰種にとって未知の領域である食感なんですよ。
まあ、社会に溶け込んでいる喰種でしたら、ネギやきゅうりくらいなら食べてると思いますけど。それでも、きゅうり味のコーラなんて飲まないでしょうね。
アレ? 私って異端? 大丈夫です、知っています。
まあ、早速皮に包まれたダックをイートしましょうかね。
「あ~ん……んっ!」
この具を包み込む皮……小学校の時に使っていた下敷きのような食感ですね。中々噛み切れないです。
そして北京ダック。これはもう獣臭さとかいうよりも、焼いたであろう炉の臭いの方が強いですね。そして食感は、パリパリしているのに無駄に弾力がある……如何にも獣の皮っていう感じです。
そしてネギやきゅうりは言わずもがな。まあ、一言で表すなら、お口の中でカメムシが飛んでいます。
あぁ、生を食しているという実感が湧き上がってくる一品ですね。
思わず、体が震えてきています。
テレビ番組で、激辛料理を食べている人が震えていたりするけれど、多分それと同じですね。
いくら、鍛錬を積んだ所で、まだまだ私はひよっこという事でしょうか。
うふふっ……ですが、注文した手前、完食せずにはいられませんね。頼んだ物は、一度胃袋に納め切る。それが私のポリシーという奴ですよ。
まあ、何故なら今日は……。
***
取材も終わり、帰宅―――と思いきや、今は東京の20区に来ております。
早くしなければ、私の腹と背中がくっ付いて、胃袋の中に納められている物体がリバースされてしまいますからね。
私が訪れようとしているのは、閉店ギリギリのこのお店―――
「お邪魔しまぁ~す!」
「いらっしゃいませ……って何だ、太田さんか」
私を見るなり、げんなりとした表情を浮かべるこのカフェ『あんていく』の看板娘。
黒髪アシメとは、同年代の男子にとってしてみれば、顔立ちと相まって堪らないんじゃないんでしょうかね。
「トーカちゃんは厳しいですねぇ。まあそれよりも、店長さんはどこですか?」
「店長なら奥ですよ。呼んできますんで、そいつをちょっと相手してて下さい」
「はい?」
そいつとはどいつですか? ドイツですか? なんつって。
トーカちゃんはさっさと店の奥に消えていきますが……一応私、お客さんなんですから、そういう扱いっていうのは果たしてどうかと。
パッと振り返れば、趣ある店内の中に不思議な雰囲気を漂わせる青年が一人。
おお、彼は
「習くんじゃないですか。これまた偶然ですね」
「
「また心にもないことを」
私が卒業した晴南学院大学の後輩である、月山習くんですね。イケメンなのに、言動の所為で残念なイケメンな印象が強い習くんです。
カフェで座ってコーヒーを啜る彼の姿は、まさにイケメン。
ですが彼もまた、私と同じ喰種。さっき会ったトーカちゃんも喰種。あんていくの従業員は全員喰種です。ここを訪れる人の多くも喰種であり、ここを定期的に訪れる私にとっては、同族とよく会える場所でもありますよ。
まあ、そんな場所で会ったんですけど、私は習くんの事苦手なんですよね。
「聞こえていますよ」
おっと、イケねえや。
いつの間にかに動いてしまっていた口を押える私。そんな私に、習くんがどんどん歩み寄ってきます。
ああ……習くんって身長があるから、近寄られると怖いんですよね。
「……それより太田先輩。貴方はまだ、あの悪食を続けているんですか?」
「まあ、仕事ですから」
「
「はぁ……」
駄目だ。やっぱり苦手です。何がって、彼の放つ独特の雰囲気が。
これはトーカちゃんも苦手意識を持つのも仕方がないって話ですよ。って言うかトーカちゃん。早く戻ってきておくれ。
私一人では、この美食家を止めることはできないですよ。
というより習くん。この店内の中で、そんなに腕を広げるようなポーズをとらないで下さい。
一応、閉店時間間際だから誰も居なくていいものの、お昼ぐらいだったら邪魔で仕方がないですよ。
「『食』とは『生』! 生き物は生きるために食事をしなければならない! なのに、貴方は悪食を続けている……それはつまり毒を食べているのと同じ!」
「まあ、実感していますよ」
「悪食を続ければ、貴方はそれ相応の力しか発揮できない……貴方のチャレンジ精神は素直に賞賛するが、僕にはそれが耐えられないっ!!」
「えぇ~……」
声量が凄い。役者さんみたいですね。
っていうか、そんなに熱を込められて語られても困るんですが……トーカちゃ~ん、速く来ておくれ~。
「太田先輩……僕に貴方をプロデュースさせて頂きたい。僕が、究極の美食というものを教えてあげましょう」
「もしかして、習くんがよく行ってるお店のことですか?」
「ええ! そこで貴方に、かつてない程の美食を―――」
「遠慮しときます」
……あれれ。素直に断ったら、習くんの顔が凄いことになっていますね。
まあ、社会では断る時は断らないと大変なことになりますから、早めに断っておくことに越したことはないです。
「まあ、人並みにそのお店に興味はありますけど、『教える』って言われたらなんか……萎えます」
「……
「好きに食べるからこそ美味しいのであって、他人にわざわざ喰わされるのって―――……
「かっ―――」
「太田さん、いらっしゃい」
「あ、店長さん。ご無沙汰しています」
なんか、習くんの顔が凄いままですけど、漸く店長さんが来てくれましたね。そして共にやって来たトーカちゃんが、習くんに『おらっ、閉店だからさっさと金置いて帰れよ』とお尻を蹴り飛ばしています。
うん、トーカちゃん位の美少女にお尻蹴られたら、一部の男性にはご褒美なんでしょうね。
まあそれは兎も角、店長である芳村さんが手招いていますから、いつものあの部屋へと向かいましょうか。
「それでは習くん、ごきげんよう」
放心状態みたいですけれど、私もお腹がぺっこぺこなんで、さっさと店長にお肉貰って帰りましょう。
うふふっ、想像するだけで涎が出てきそうですよ。
さあ……どんな風に食べちゃいましょうかね。
***
「
あぁ、貴方には失望しましたよ。
『家畜みたい』だなんて……貴方がそう言った時の瞳が、あの
は、はは……貴方には至高の美食を教えてあげようと思っていましたが、もうこれ以上関わるのは止しておくことにしよう。
成程……そういうことか。
「
***
「どうだい? 是非、感想を聞かせてもらいたいんだが……」
「ん~、そうですねぇ……」
私は現在、店長さんに出されたザッハトルテを食している最中です。チョコレートケーキの王様ですよ。
これは人間のお客さん用にと、店長さんが作った物らしいんですが……う~む。
「潰したスポンジと土の塊を入れたような食感……ねっとりと絡みつくチョコレートは粘土みたいですね」
「ははっ、それは喰種としての感想だろう?」
「そうですね。う~ん、これチョコガナッシュにラム酒を入れていますか?」
「ああ、入っているよ」
「だとすると、ちょっとアルコールが強めですねぇ……コーヒーと合わせるなら、もうちょいラム酒は少な目にして、生クリームの分量の方を増やせばいいと思います」
「成程。参考になったよ、ありがとう」
「いえいえ。いつもご贔屓してもらっていますし」
我ながら、いいアドバイスができたと思います。ラム酒はサトウキビの廃糖蜜なんかで作っていますからね、風味が独特なんですよ。
そしてコーヒーと合わせるとなれば、チョコの分量が多くて甘くなりすぎるよりも、生クリームでまろやかさを出した方が良いと思われますし。
まあ、最終的には人間に食べてもらうのが一番なんですけどね。
ですけれど、喰種的な意見を、ダンディな方である店長さんはにこやかに笑ってお礼を言ってくれます。
ふふっ、ちゃんとレポートした甲斐があるというものですよ。
「それじゃあ、今日はこの辺りで……」
「気を付けるんだよ」
「は~い、お世話様でしたぁ~!」
もう、ルンルン気分で帰りますよ。
意気揚々よ裏口から出た私は、家に向かってスキップで―――。
バキッ。
コケッ。
ドテッ。
「―――……ッ」
ヒールが折れました。
ちくしょうめぇぇぇえええ!!!
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土曜日
今日は土曜日ですね。
お仕事は午前だけで終わり、今は自宅でゆったりと過ごしている最中です。しかし、私はとあることで頭が一杯となっています。
その理由とは、昨日あんていくの店長である芳村さんに頂いたお肉。勿論、私が食べられる人間のお肉となっています。
あんていくは、自殺などをした人間のお肉を店に貯蔵し、狩りを行えない喰種の方々にも人間のお肉を提供しているのであります。
いやぁ、私からしてみれば頭が下がるばかりですよ。その代わりと言ってはなんですが、普段から人間のお客さん用にと作っている料理の味見をしているんです。
人間の従業員さんが居ませんし、味見は必然的に喰種の従業員の方々になるんですけれど、人間の食べる物だと味が分かりませんしね。
まあ、それは兎も角、私は昨日から冷蔵庫で冷やしていたお肉を取り出し、少々豪勢な食事をしたいと思います。
お肉屋さんでブロック肉を買った時のように包装されているお肉。この中にお肉が入っていると思うだけで、涎が止まりませんよ。
もっとお腹が空いている時であれば、紙に包まれているままでもガブリといっちゃっているでしょうが、折角ですし凝った調理法をしてみたいと思います。
「ふんふーん♪」
包を開ければ、真っ赤なお肉が姿を現してくれましたね。
これだけで一週間の私のお鼻へのダメージが消えていくってモンですよ。獣臭かったり、青臭かったり、潮臭かったり、化学物質みたいに危ない臭いのしたものもありましたが、この芳醇な香りで天国に昇れるような気分になります。
危ないお薬でキマっちゃった気分ですよ、こりゃあ。
まあ、まずはこれをフライパンの上にドンと。
そしてコンロに火を着ければ、数秒もしない内にジュージューとお肉が焼けていくような音が部屋中に響き渡ります。
鼓膜が幸せですね。
昔は焼いたりしないで、そのまま生でガブッといっていたんですが、こうして表面を少しだけパリッと焼くと美味しいんです。
そこへ、押し入れの誰も気づかないような場所にしまっていたアレを投入ですよ。
私は『血塩』って言っているんですけれど、要するに人間の血を乾かしてパリパリにした感じの奴です。
そうですねぇ……かさぶた? に近いですかね。
まあ、それを焼いているお肉の上に塩の如くパラパラと振りかけて、そのままお肉をひっくり返します。
いい感じにレアですね。まあ、あと一分くらいで焼け終わりますかね。カリッカリに焼くと、折角の香りが全部消えてしまいますから。
肉汁滴るのを食べたいじゃないですか。お肉なら。
あとちょっとでお肉が焼き上がるのを待っている間、またもや押入れの奥に隠していたアレをワイングラスに注ぎますよ。
何時ぞや口にした、血酒です。かなり発酵……というか腐っていますけれど、私はこれでも酒豪を自負しているつもりなので、ちょっとやそっとでは酔っ払いませんよ……多分。
このドロッドロの液体をワイングラスにトプトプと注いだ後は、別に用意していた炭酸水を入れて、少しかき混ぜます。
こうすればあら不思議。喰種でも美味しく頂ける炭酸飲料の完成です。
レアステーキの横に置かれるワイン。ちょっと小粋ですよね。これが私なりの贅沢。
習くん辺りは、もうちょっと凝った食べ方でもするんでしょうけれども、私はこれでいいんですよ。
だって、好きに食べるからこそ、料理はおいしく感じることができるんです。
誰にも強要されることなく食べるからこそ、美味と感じることができる……私はそう考えております。
おや、そんなことを考えている間にも、お肉がいい感じに焼けてまいりましたね。コンロの火を止めて、両面が程よく焼けたお肉を白いお皿に移せば、肉汁と血が滴るお肉が皿の上で映えること映えること。
胸の奥がブルッと震えてしまう芳醇な香り。
テラテラと輝く脂は、金剛石のような輝き。
滴る血液は、真っ赤な薔薇のよう。
あぁ……この為に生きていますよ。
湯気がホカホカと立っている間に、ナイフとフォークを使って食べちゃいましょう。個人的には少年漫画のようにガブリと行きたい気持ちもありますけれど、夕方には友達と食事に行く約束をしていますからね。
カチャカチャとナイフとフォークを扱って、肉を切り―――。
「ふぉ~~~♪」
切り身を一つ掲げれば、ポタポタと血と脂が皿に滴り落ちます。それが、先に溢れだしていた肉汁と混ざって、更に食欲を煽る香りを巻き上げて、私のお腹は『早く食べたい』と悲鳴を上げていますね。グーグーと。
安心して下さい。すぐにこのお肉を、お前の中に入れてやりますからね。私の胃袋。
―――ビキビキ……
おっと、失礼。
このシチュエーションに私の本能が反応して、思わず赫眼が発現してしまいましたよ。滴る血液みたいに真っ赤な瞳が捉えるのは、このお肉だけ。
他のものは全部ピンボケみたいにおぼろげになっていって、真面に周りを見ることすらできなくなってしまいます。
アア、ナンテ美味シソウナンデショウ。
「あはっ……♡ あむっ♪」
もう見ているだけなんて無理なんで、一口でパクリ。
ん~……ジュワっと広がる旨みが溶けだした血液。ちょっとした塩気の中には、ほんのりとした脂の甘さが潜んでいて、舌の上が幸せを存分に味わっています。
噛めば噛むほど溢れだしてくる美味しさに身を震わせながら、次第に解れていくお肉の繊維にどこか寂しさを覚えながら、ゴクンと飲み込まれたお肉を堪能。
そして、すかさず炭酸水で割った血酒を呑み込んで、パチパチと弾ける炭酸と共に、喉を通っていく腐った血の香りを楽しむ。
ああ、贅沢ってこれですね。
お肉を切るナイフと、お肉を口に運ぶフォークが止まりませんよ。一週間程食べていなかったお肉の味に、震えてしまう程に全身が喜んでいます。
アレですね。あの某お菓子みたいにやめられない止まらない。
今食べたお肉こそが、私の血となり肉となっていく……体が分かっているんでしょうね。先程飲んだ血酒も相まって、体の内側からカーッと熱くなっていく感覚を覚えてしまいます。
なんだか火照ってきて、ちょっと体が痒くなってきましたね。
かゆ……うま……。
なんちゃって。
でも、一週間ぶりの真面な食事は、胃袋が喜ぶってモンですよ。さっきから、納められたお肉を消化しようと胃液がドバドバ出ています。
はぁ~……こんなに美味しい食事を、一日三食摂れればいいのに。
***
まあそれは儚い夢ということで。
現在私は、撮り溜めたドラマを寝転がりながら見ています。ゴロゴロと寝転がりながら観るドラマは最高ですね。これを観た後は、ネットのお気に入りサイトを周回でもしましょうか。
「あむッ」
そんな私ですが、右手に黒烏龍茶が入っているグラスを持ちながら、左手でポテトチップスを摘んでいますよ。
ポテトチップスって脂質が多いので、こうやって黒烏龍茶で脂質の吸収を抑えてっと……。
え? どうせ吐くんだから関係ないでしょだって?
何を言っているんですか。気分は大事でしょうが。
ポテトチップスと合わせる飲み物は、専らお茶関係です。昔はオレンジジュースとかコーラ、サイダーなんかで飲んでいたんですが……そこは日本人(一応)。やっぱりお茶ですよ。
お口の中の油をさっぱりと洗い流してくれるお茶は日本人の心ですね。私、後で吐きますけど。
そんな儚い運命を辿るお茶と合わせるポテトチップスは、海老塩味です。最近コンビニで売られていたので、好奇心で購入してしまいましたね。
只でさえ土臭い大地の臭いが漂い、お口がギトギトになる油がたっぷり染み込んでいるポテトに、海の恵みを合わせてしまいますか。
『塩』というよりは『潮』の臭い。それがキツイですね。
じんわりとポテトチップスにも染み込んでいる海老の臭い。一回噛む度に、ポテトチップスの油がじんわりと舌の上に染みだしてきてくるんですが、その油にも海老の臭いが付いている……。
まるで、海に垂れ流れている工業用排水でも口に入れている気分ですね。
くっ……一旦ここは出直しましょう。黒烏龍茶で仕切り直しです。
腐った茶葉から抽出したエキスたっぷりの液体を口の中へと―――。
「ぶはぁ!」
そう、これです。
やっぱり脂っこいものにはお茶―――とりわけ烏龍茶系が合いますよね。得も言えないような発酵した茶葉の臭いと、薬膳のように舌の上を蹂躙する苦味。
発酵臭というのは中々強烈なもので、先程までの海老や芋の臭いなどは一気に消え去りますね。
まあ、要するに不味いということで。
しかし、ポテトチップスは子供の頃から食べ慣れているお菓子。やめられない止まらないのスピードで、あっという間に完食できてしまいますよ。
あ、これ別のお菓子のキャッチフレーズでした。
さて、ポティトゥを食べ終わった所で次の菓子へと進みましょうか。
次はこれです。チョコレート。
メジャーですね。チョコレートを食べたことが無い日本人なんて、ほとんどいないんじゃないんですか? アレルギーの人は除いて。
あんまりチョコレート『が』嫌いって言う人は見かけませんけれど、矢張りこれはチョコレートというお菓子の素晴らしさを物語っていますよね。
ですが、喰種が食べればあら不思議。
結構苦くて、不快な甘さがちょっとある土の味にしか感じません。
例えるなら……アレですね。ガッチガチに乾燥させた粘土? ですかね。板チョコなんてそれが顕著です。最早煉瓦にしか見えなくて。
だから、小学校の時に女子生徒がバレンタインにチョコを男子生徒を渡し、それを嬉々として貪っている男子生徒の姿には狂気を覚えました。
……なんですか。別にチョコを渡す相手がいなかった訳じゃないですよ。リア充爆発しろ!
別にいいですよ。私はバレンタインに職場の人に義理チョコを渡すだけで、家に帰った後チョコレートケーキを1ホール食べれば幸せですから。
リアルが充実してればリア充なんです。
すみません、取り乱してしまいましたね。
おっとこうしている間にも、ドラマがキスシーンに入りました。
「何が甘くてほろ苦い大人のキスじゃ、ボケェ!」
画面にチョコ投げつけてやりましたよ。
ガンッ、といって当たったチョコは少し破片を撒き散らしながら床に落ちました。それをすかさず拾って口に運ぶ私。
三秒ルールです。ていうか、元々土みたいな味なんで、散歩中に土を掬って食べてると思えばなんとも……。
いや、『変態だぁ―――!』と叫ばれそうですね。
くっ……苦味しか感じない。甘さなんてそこには存在しないです……。
冗談はさておき、次はこれです。
マカロンです。マカロニじゃありませんよ、マカロンです。卵白と砂糖とアーモンドを使った焼き菓子みたいなもので―――要するに、お洒落な最中ですよ。
口の中に凄まじい程張り付く生地に挟まれているのは、喰種にとって気持ち悪い食品でしかないクリーム。動物の脂肪分って、総じて食べた瞬間に吐き気を催しますからね。
まあ、自慢じゃないですけれど、私程になればこれくらいは平気です。
ふふふっ、滅茶苦茶ふやけた発泡スチロールの如きクリーム。今回はオレンジ風味のものですので、生地もクリームも橙色に光っていますよ。
「あーん」
まだ口の中にチョコレートの風味が残っているまま、パリッとした生地に歯を突き立てます。
ふっ、所詮は最中。少し圧力を入れてやれば、見るも無残な姿に砕け散りますよ。
……それが口の中にへばりつくんですけれどね。
クリームごとイン・トゥ・マウスしたマカロン。
もっちゃもっちゃと咀嚼音を奏でながら噛み進めれば、生地の中に練り込まれたオレンジの臭い―――柑橘の臭いがトイレに設置されている芳香剤のように漂います。
そこへ追い打ちをかけるアーモンドの臭い。じゅわりと染みだす植物油の臭いが柑橘の臭いと混ざって、私の嗅覚を責め立てていく……!
そう言えば、青酸カリってアーモンドみたいな臭いするんですよね。あ、思い出したら、何故か毒物を食べた気分に。
二つの臭いが混ざった所で、動物から絞り出されたであろう脂で作りだされたクリームが、二つの臭いとミックスします。
そう―――獣の臭いと共に。
おぅふ……不味い。巷の若い女子は、嬉々としてこの悍ましい菓子を食べているというのですか。なにがお洒落女子だ、馬鹿野郎。どうせ十年後には別のスイーツに飛びついているだろうに。
おっと、少々言葉が乱れてしまいましたね。
さて、と……マカロンという化け物を退治したところで、次なる刺客に挑戦致しましょうか。
その名も、アイス饅頭です。
饅頭をキンキンに冷やした訳じゃありません。『キンキンに冷えてやがる! あ……ありがてぇっ……!』とはなりません。
アレですね。スタンダードなバニラアイスの中に、餡子が入っているという代物です。
まあ、結果的にキンキンには冷えてるんですけれど、ありがたくは無いので感謝はしません。
和と洋のミックス的な感じですが、その美味しさは幅広い地域で販売されていることから実証済み。
バニラアイスの主張が強すぎない甘さと香り。それが素朴な甘さの餡子と合わさることにより、絶妙なハーモニーを奏でるんですよね。
私は美味しいとは思いませんけど。
まあ、まずは食べてからといきましょう。
第一波が、外人が自分の体に付ける香水レベルで臭うバニラの臭い。
第二波が、冷えて固まり咀嚼を邪魔するアイスの装甲。
第三波が、最初はギンギンに固まっているのに、溶けたらザラザラと不快な舌触りのする餡子。
隙が無いです。
なんという波状攻撃。これが、溶ける前と溶ける後で風味や舌触りが変わるアイスの成せる業ということですか。
しかし、残念でしたね。大学の卒業旅行で遊び半分で購入したサルミアッキを食べた私にとっては、如何せんインパクトが足りません。
世界一不味い飴を実食した私は、この程度のスイーツではやられませんよ。
因みにサルミアッキは、塩化アンモニアとリコリスが原料のお菓子。食べた感想としては、二度と食べたくないと思える味でした。
え? もっと具体的にどんな味かって? 記憶がございません。
「げふっ」
さて、お菓子といえど結構な量を食べてしまいましたね。
やっぱり、ちゃんとした食事をした後は調子がいいですね。悪食が進むこと進むこと。どうせ後で吐くことになるんですけれど、どうせ吐くなら勢いと量がある方がいいですしね。
因みにこの感覚、別に共感してもらわなくて結構ですよ。
あんまり吐きすぎると脱水症状になってしまいますから、人間の方でも喰種の方でも危ないですからね。
だからこそ私の悪食が引き立つという訳でして……。
さて、ちゃんとしたご飯を食べて、こうしてデザートタイムを済んだことですし、今日の食事はこのくらいで終わらせましょうかね。
後は、パソコンをインターネットに繋いでっと……。
「なんの動画観よっかなぁ~♪ 動物……いや、美味しそうな料理が映ってる動画でも」
ふっ……テレビはドラマ、パソコンで動画。これこそが一人暮らしの贅といえるものですよ。
どっちつかずのこの状況、最高だと思います。
こうして、独身女の午後の時間は過ぎていくんです……。
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日曜日
待ちに待った日曜日。
ブラック企業の社畜の方達以外であれば楽しみの日曜日ですよ。
家族であれば、皆で買い物へと。恋人であれば、愛する彼・彼女とデートへと。友達であれば、カラオケや食事などにいって友情を深め合い……などなど。
私は専ら家でゴロゴロする派なんですけれど、今日は違いますよ。
なんせ、友人から食事の誘いが来ていますからね。
昨日、久し振りにちゃんとした食事を摂った私の体は絶好調。今の私であれば、シュールストレミングでさえも口にできそうですよ。
嘘です、ごめんなさい。普通の人間の方でも絶句のシュールストレミングなんて、私が食べたら有無も言えずに死んでしまいます。
死ぬのは大げさかもしれませんが、気絶するのは確実ですね。
まあ、それは兎も角、私の悪食を紹介する一週間の
マナーが色々と面倒なフレンチ……私として、マナーもへったくれもない大衆食堂で食べられるような料理でいいんですが、折角の友達の厚意には甘えましょう。
それに理由が、『誘っていた彼に前日になって断られた挙句、別れられた』と言われてしまえば、涙がちょちょぎれんばかりに溢れてしまいますし。
しかし、そんな傷心も美味しい料理を食べればあら不思議。フラれた傷も癒されるというスンポーですよ。
まあ、私にしてみれば傷口に塩を塗るようなものですが。
どうでもいい話ですけど、口内炎の時に辛い物食べると痛いですよね。
口内炎の時はビタミンCを摂るといいらしいですが、喰種の私からすれば人肉を頬張ればどのような傷でも治ってしまいそうです。
口内炎トークはここまでに、今日の夕食の時の為の恰好を今の内に用意しておきましょうか。
フレンチのレストランに行くのに適した格好なんて分からないので、ネットで検索してそれっぽいのを着ていきましょうかね。
あ、そう言えば以前フレンチの取材の時に来ていった高めな服がありますし、それでいいっか。
それでは、着ていく恰好もある程度決まったので、夕方まで悠々と過ごして時間をつぶしましょうかね。
***
そして夕方。
辺りを見渡せば、高そうなスーツやらドレスやらを来た紳士淑女の方達が高そうな料理を上品に頬張っていらっしゃいますよ。
くそっ、一般ピーポーには馴染みのないフレンチ……食事作法とやらも面倒ですが、そこはグルメ記者なりに覚えた知識をフル活用して、食事を堪能していくとしましょうか。
確かフレンチ料理は、前菜、スープ、魚料理、肉料理、サラダ、チーズ、デザートの順で出るんでしたよね……中々敵兵が多いこと多いこと。
どんな料理を頼むのかは、今日夕食に連れてきてくれた友人に全てお任せするとしましょうか。
私と同じ出版社に勤めてますので、恐らくフレンチ方面に詳しいんでしょうね。
私も取材に行った場所に友人を連れて行くのはよくありますし。
そんなことを考えていると、プンプン臭ってきましたよ。出来たてほやほやの血生臭い獣の肉の臭いが……。
「レバーとじゃがいものオイルコンフィです」
『コンフィとはなんぞや?』と思っているそこの貴方。コンフィとは、フランス料理の調理法の一つで、食材の風味をよくして、尚且つ保存性を上げる物質に浸して調理した食品の総称ですよ。
要するに、お洒落な漬物みたいなものですよ。ほら、梅干しを乗せたお茶漬けみたいな、そういった雰囲気のものです。
まあ私にしてみれば、梅干しを乗せたお茶漬けなど、劇物を乗せた苦い薬品を糊と一緒に啜っている気分になれるものなんですが。
それは兎も角、このレバーとじゃがいものコンフィと言いましたでしょうか? じゃがいもの土臭さは既知の事実。そこへ肉の中でも特に血生臭い部位であるレバーを投入するとは何たる所業。
しかも、この鼻にツンとくる臭い……これはニンニクですね。吸血鬼が苦手とする理由もよく分かるというものですよ。私、喰種ですけどね。
友人は既に『美味しそうだね』と満面の笑みで私に声を掛けてきたので、私も『ウン、オイシソウダネ』と返事をしときました。
さて、今迄のお店とは違って、食事が出てくる順番というものが明確に決まっているフレンチ。
まずはこのレバーとじゃがいもの関門を突破せねば、私の未来はないということです。
ようし……ここはじゃがいもをまず食べましょうか。
「頂きます……あむっ」
焼いたのではなく茹でたじゃがいもは、練り固めたチョークのように口の中で解けていく……それと同時に口の中に広がる土臭さ。更に、共に茹でられたレバーの血生臭さが乗り移り、肉を食べていないにも拘わらず催してしまう吐き気。
中々の強敵じゃないですか。
そして次にレバーですよ。このボソボソとした食感……これが人のレバーであったらどれだけ素晴らしいものなのでしょうか。
しかし、今私が頬張っているのは生憎人の物ではないレバー。ギュッと圧縮した木の繊維が解けていく度に、五臓六腑に染みわたっていくような獣の血の臭いが広がっていきます。
時折主張してくる胡椒の刺激。鼻腔を刺激する胡椒の臭いは、理科の実験で使う薬品を直接吸っちゃった時みたいにツンときて……まじゅい。
くっ……最初でこれですか。流石フレンチ。最初から飛ばしてきてくれるじゃないですか。
ここは一旦、腐らせた葡萄の汁であるワインを口にして、一旦口の中を走りまわる血みどろの獣を洗い流しましょう。
……あっ、これアカンやつです。アルコールと獣臭さのマッチングは非常に不味い。
おのれ……ここは温存しておいた、カッスカスのスポンジみたいな無味無臭のパンでなんとかしましょう。
あぁ……噛めば噛むほど、だんだん口の中の臭いが消えていく気がする。あくまでも気がするだけですが。
さて、前菜を攻略すれば、次に出てくるのはスープですね。フレンチでは、スープにパンを浸して食べるのは御法度らしいので、やらかしてしまわないように気を付けて食べ進めるとしましょうか。
うずうずしていると、きちんとした身形の男性が、湯気が立つ器を私達の前に差し出してくれますね。
「オニオングラチネスープです」
グラチネってなんなんでしょうね。
ですが、この明日明後日まで体に染みつきそうなキツイ臭いは、間違いなく玉ねぎの臭い! まあ、オニオンって言ってましたからね。
主張の激しい玉ねぎがトロットロに煮込まれています。これはもうスープ全体に玉ねぎのエキスが染みだしてるってことじゃないですか、ヤダー。
はぁ……彩を豊にするため乗せられているパセリとパプリカパウダーに、これほど殺意が湧いたことはないですよ。
パセリとパプリカってどっちも口の中に入れた時の臭いがキツイじゃないですか。
パプリカなんてもうピーマンみたいなナリをして……ちくしょう。おっとすみません。少々口調が粗っぽくなってしまいました。
それでは早速頂きましょうか。二つの関門を。
―――ススッ……
出来るだけ上品に食べたいので、音は立てないように気を付けています。
ですが、口の中に充満してきた臭いに、思わず最後の方は一気に『ズズッ』と啜ってしまいましたよ。やだ、私ってはしたない女。
それは兎も角、この虫の翅みたいな歯触りの玉ねぎ。
ぶよぶよと気色の悪い脂と、木のチップを齧った気分になるベーコン。
更に養鶏場のような臭い……これはチキンブイヨンですね。
そこへ畳み掛けてくるように押し寄せてくる青虫のようなパセリの臭いと、ガソリンスタンドのようなパプリカの臭い。
うぇっぷ。
これはリアルガチで不味いですね。これだけ色々濃縮されておられますと、私の舌が壊死してしまいそうな気分になっちゃいますよ。
ふふふっ、これだからフレンチはやめらんねぇんだ。そんなに食べたことないですけど。
正直この料理は、前菜のコンフィとかなんとか言う料理よりもきつかったですね。
ここは再びパンでお口直しといきましょうか。ワインでお口直しなど二度とするものか。
次は魚料理。さて……何が来るんでしょうね。
「ホタテのフルーツソースです」
お前今なんつった? おい、コラ。久し振りにキレちまったよ。屋上に来いや。
魚料理っつってんだから魚持って来い。百歩譲って魚介だからホタテはいいとして、なんでフルーツソースを掛けた?
私、サラダにパイナップル混ぜるのとか嫌いなんだよ、オイ。
……失礼失礼。
少々驚いた所為か、今迄で一番心の声が荒れてしまいました。
ホタテかぁ……フルーツソースかぁ。何故それらを合わせようとしたのか、私には理解し兼ねますね。いや、理解したくもない。
ぶっちゃけると、ホタテはそこまで苦手じゃないんですよ。気色悪いゼリーみたいな繊維状の物質みたいな感じですから。
でも、ホタテに対してのフルーツの割合が多すぎますね、コレ。
円柱状に整えられているホタテとフルーツ……どちらかと言うと、コレフルーツメインですよね?
ホタテと苺と林檎とパイナップルとオレンジ。割合で言えば、1:1:1:1:1。ホタテと果物で分けるなら、1:4ってオイ。シェフ連れてこい。
ホタテと果物が入り乱れている中で、申し訳程度に掛けられているフルーツソース……馬鹿か。
くっ……思わぬ伏兵ですね。
しかし、この程度の敵、悪食家の私にかかれば容易いものですよ。
「あむ」
オー、ファンタスティック。
主張の激しいフルーツ共の中から、潮風と共に颯爽とやってくる気色悪い食感のホタテ。なんでこんな半生みたいな感じにしたんでしょうね。しっかり火を通して欲しかったです。
そんなホタテを存分に堪能していると、じわじわと舌の上を侵略してくるフルーツの酸味と甘み……というより、ほぼ酸味。
あぁ、だからフルーツは他の料理に混ぜるのが嫌いなんですって。
排水溝に捨てた生ごみを食べた感覚を覚えるような魚料理―――もとい魚介料理を堪能し、お口直しのパンをお口の中へシュートです。
第三の関門も激マズでしたが、次のお肉料理は如何なるものなんでしょうかね。
……おっ? 噂をすれば、肉料理がやってまいりました。
「子羊背肉のロティ 野菜のブクティエール添えです」
わお、ほぼ生肉。
赤々とした血が滴りそうな羊肉……漫画の主人公とかががっつきそうな見た目ですよね。しかし、フレンチの店でそのようにはしたない真似を、若々しい女子である私がする筈ないじゃないですか。
そんなほぼ生肉の横に添えられているのはジャガイモのリソレ、ニンジンとカブのグラッセ。更に茹でたカリフラワーをバターで繋いだもの―――などなど。
ブクティエールとは『花売り娘』という意味です。要するに、彩が豊かということですね。
やはり食事には様々な『色』が必要ということですよ。皆さん、好きな物ばっかり並んだ食卓を想像してみてください。茶色一色じゃないですか?
まあ、私が好きなのは言わずもがなですが。
さて、野菜は後にして、この羊肉をナイフで小さく切り、フォークで突き刺して口の中へインしましょう。
ナイフを突き立ててればジュワっと滲み出す羊の血と脂……ああ、これが人の肉であったらなぁ。
私、羊肉そんなに好きじゃないんですよね。牛とか豚よりも癖が強いので。
しかし、折り返し地点である肉料理を攻略せず、何がフレンチか。折角乗りかかった船ですし、ここはじっくりと堪能してやろうではないですか。
「ん……ふぅ……」
何でしょうね。
ただ羊肉食べているだけなのに、喘ぎ声みたいな声でちゃいました。多分、唇に羊肉の血が付かないように気を付けた結果の息遣いなんでしょうが、流石にこの静かな店内の中で喘ぎ声を出してしまったのは恥ずかしいです。
しかし、そんなことを考えていたのももつかの間、ガツンと鼻にやって来る獣臭さ……そしてその奥に潜む野性味溢れる山の様な臭い。
確か羊って運動時間も少なくて主食が草なので、牛や豚よりも肉に野性味のある独特な香りがつくんでしたよね。
人間でも好みの別れるこの臭い……喰種が食べれば感想は言わずもがな。
「んんっ……」
吐きたい。
トイレに言って、この胸の中に秘める物体を今すぐリバースしてきたいです。おのれ、羊。お前らはモコモコした毛を刈り取られるだけの存在であればよかったものを、こうして食用として扱われようとは。
しかし、幸いにも量は少ないですね。ここはスパートをかけてバクバクと食べ進めちゃいましょう。
ようし、次はサラダですね。サラダは普段からよく食べているので、私にしてみればイージーな部類に入る料理ですが……相手はなんせフレンチ。どう出てくるかは予想もつきませんね。
「じゃがいもとハムのフレンチサラダです」
じゃがいもばっかじゃないですか、オイ。
そんなにポテトが好きなんですか、西洋人は? 確かに日本人もポテトは好きですが、流石にじゃがいもをこれだけ出されてしまえばキレてしまいますよ。
ああ、もう……この練り固めたチョークのような食感は、何度食べても慣れることはないです。
そこへ鼻にツンとくる酸味を有すフレンチドレッシング。
小洒落たつもりなのか、細かく刻まれたパセリと玉ねぎ。それらがじゃがいもに纏わりついて、嘔吐物のような風味が口いっぱいに広がっていきます。
最後にハム。これがまた獣の生皮のような舌触りで、気分を害すること害すること。
「美味しいね、みっちゃん!」
「うん、そうだね!」
全然美味しくないですよ。
食物を胃で消化中に、そこへ被りついたような気分になれたこのサラダ。いつも食べているようなフレッシュな野菜を用いたサラダとは一味違うものでしたね。
ここからは下り坂ですよ。
なんせ、残るはチーズとデザートのみですからね。チーズなんてただの乳の塊。この私にしてみれば、この程度の相手……あれ、何故かデジャブですね。
そんなことを考えている間にも、テーブルにチーズが運び込まれてきましたよ。
フレンチでのチーズの食べ方……それは、千切ったパンの上に乗せる食べるというものです。
喰種に言い換えれば、無味無臭のスポンジに恥垢を乗せて食べるみたいなものです。
どうです? 美味しくなさそうでしょう。
しかし、鼻を摘んで食べればあっという間にチーズなどは処理できますよ。私にはチーズの深みなどというものは分かりませんが、ブルーチーズなんて食べれたものじゃないですよ。
しかし、フレンチの店に出てくる高級そうなチーズであれば、比較的安易に食べることが叶います。
ほら、三分もすれば出されたチーズを食べ終えることができましたよ。
そして最後はデザート。
因みにフレンチのコースの最後にはコーヒーが出てくるので、喰種にとっては嬉しい限りですよね。
ですが、その前のデザート……さて、一体どのような化け物が出てくるのでしょうか。
「お待たせしました。デザートの、くるみとリンゴのタルトです」
成程、タルトですか。
普通にリンゴのタルトではなく、小粋にくるみを使ってきましたか。どうでもいいですけど、くるみ割り人形ってありますよね。
くるみを割るのに、人形にする必要があったんですかね?
……頂きましょうか。
「あ~んっ」
パリッと弾けるくるみ。
じゅわっと水分が滲みだすリンゴ。
サクッと砕けるタルト生地。
おっふ、不味い。
ざらっとした舌触りのくるみは、小さめの甲虫を食べている気分になりますね。リンゴなんかは、薄めた香水を発砲スチロールに染み込ませたみたいで、タルト生地に至っては乾燥地域の土みたいです。
よくこれほどまでにカオスな料理を作れたものですね。
しかし、今私の据わるテーブルには―――。
「……ふぅ。コーヒー美味しい……」
流石、お店のコーヒーは美味しいですね。
後は流れ作業です。美味しいコーヒーを頂きながら、このデザートの名を冠したゴミを貪るとしましょうか。
あぁ、今日は存分にフレンチを堪能しましたね。
後数年はフレンチを食べたくなくなりましたよ。
こうして私の日曜日は過ぎていく……あぁ、明日は月曜日。社会のサラリーマンが憂鬱になる曜日ですが、私は休日に栄養を注入したので、明日からもバリバリ働けますよ。
さて、これで私―――悪食家の一週間の食生活の紹介はこれで終わりです。
皆さまも、どうかよい食生活を送れるといいですね。
好き勝手に、自由気ままに。
喰は自由ですので。
***
暗い路地裏。
そこを千鳥足で歩んでいくのは、パーティ帰りなのか少し高そうな格好をした若い女性であった。
日も落ちてから既に数時間たった今、僅かな電灯と月光だけが光源となった中、女一人で歩くのは大変危険だ。
特に東京……東京の夜に路地裏などを通っていれば、彼らがやって来る。
腹を空かせた、人間を貪る化け物が。
今もこうして、路地裏を歩んでいく女性を狙ってコソコソと後を追っていく影が一つ。足音を立てないように―――暗殺者さながらに近付いていく影は、詰めが長く伸びた手を構えて女性の背後に一気に肉迫する。
(今だっ!)
喉笛を掻っ切る―――悲鳴を上げられないように。
「―――ッ!?」
しかし、人間に対して振るえば刃物同然の手刀を振るった者は、眼前に居た筈の女性を捉える事ができなかった。
女性の姿が視界から消え失せる。
同時に、自分の首元から何か熱い液体が止めどなく流れるのを、男は感じ取った。
「ダメじゃないですか。こんな真夜中に女の子を襲っちゃあ」
気付いた時には背後に回っていた女性。
その女性の右手には、ジャムのようにたっぷりと血が塗られていた。指先から滴るほどの血塗られた手をペロリと一舐めした女性は、『まずっ!』と小さく呟いてから、喉笛を掻き切られた男を―――喰種を見つめる。
男喰種は、まさか自分がやられるとは思っていなかったのか、慌てふためいた様子で女性の下から逃げようとするも、体に力が入らない。
原因は、女性に掻っ切られた動脈から溢れる血と、ここ一か月何も食べていないことによる空腹だ。
一か月何も食べていなかった彼は、我慢の限界が来たところで路地裏にやって来た女性を狙い襲った。
彼女が同族かどうかもロクに調べずに。
その結果がこれだ。
「ひゅっ……!」
「襲ってきたのはそっちですよ? これって正当防衛ですよね?」
徐に足を振り下ろし、男喰種の右脚の骨を踏み砕く女性。
声にもならぬ叫びを上げる男喰種は、戦々恐々といった様子で笑みを浮かべる女性の顔を見つめる。
「私、前から気になってたんですよね。悪食家として」
「ひゅっ……?」
「喰種って、どんな味か」
「~~~~~っ……!!?」
バキッ。
ジュルッ。
ブチブチッ。
ズゾゾッ。
ゴクンッ……。
「―――はい、成程成程」
腐った魚の
『喰種のグルメ』、ご愛読いただき誠に有難う御座いました。
これで喰種側から人間の食がどういったものなのかリポートする本作は完結となります。皆様に少しでも楽しんで頂けたのであれば幸いです。
またの機会、お会いできればと思います。
それでは別の作品で。柴猫侍でした。
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