DU:ゼロからなおす異世界生活 (東雲雄輔)
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第0章:異世界召喚編
プロローグ:はじまりは爆発と共に


この作品を書くきっかけは一重にジョジョが好きだったから!クレイジーダイヤモンドが好きだったから!リゼロが好きだったから!中でもレムが好きだったから!
主人公菜月昴の運命に立ち向かう姿はシュタインズゲートのオカリンに通じるものがあり、非常に感銘を受けます。

もし異世界に来たのが菜月昴ではなかったとしたらどんな物語が出来上がったのでしょう。これはそんなお話です。


 

 

 

―――爆ぜた。

 

―――その日、俺の目の前の世界全てが“爆ぜた”。

 

―――俺が“始まった”その日が始まりであり、全てが終わってしまったその日に―――目の前の時間全てが爆発した。

 

 

後悔しても戻らない。何も取り戻せない。俺に残されたものは何もない。俺になおせるものは何もない。

 

 

でも、もし……まだやり直しが効くなら……少しでも取り戻せるものがあるのなら俺は何度でも立ち上がる。

 

 

このグレートにクソッタレな理不尽な世界をぶっ壊してやる!

 

んでもって!壊れちまったもんは全てなおす。

 

 

“あいつ”の……“あいつら”の未来は俺が切り開いて見せる!

 

それができるのは俺しかいない。

 

この世界で唯一の“スタンド使い”である俺だけしかいないんだ。

 

俺に諦めることは許されない。時間が“爆発”して世界が壊れても俺は消えることができないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴォーーーンッ ゴォーーーンッ

 

 

「―――おろ?」

 

 

重厚でそれでいて神聖さを感じさせる教会の鐘の音。少なくとも現代日本ではおいそれと聞くことのできない音。

 

 

「おい、どけよ」

「あっ、すいません」

 

「ママー。買って買ってー!」

「ダメよ。今、食べたら晩御飯食べられなくなっちゃうわよ」

「ええーっ!いいじゃん、おやつなんだしさ」

 

ガヤガヤ、ガヤガヤ…

 

 

立ち並ぶ露天の数々。骨組みの上に丈夫な布を張っただけのいたって簡素な屋台が道路を挟むように並んでいる。祭りでもあるのか周囲は大勢のヒトで賑わっている。

 

何をおいても目を引くのは目の前を行き交う人々《ヒト》の容姿だ。

 

豚鼻もいれば、猫耳もいる。いや、それどころか顔が狼だったり尻尾が生えてたり……どう見てもコスプレの類いとは思えない。

 

 

「……グレート」

 

 

目の前の光景はどう見ても現代日本社会とは思えない。どっからどう見ても中世ファンタジーのそれだ。

 

 

「どうした、兄ちゃん?」

 

「え?」

 

「そんなところで突っ立ってねえでよ。せっかくだからなんか買っていけよっ!うちのリンガは絶品だぜ。鮮度も文句なしだ」

 

「“リンガ”?……リンゴじゃねえのか?」

 

「兄ちゃんの国ではリンガのこと“リンゴ”っていうのか?ほ~~~~ん……どっから来たんでい?」

 

「―――SU83方位の9045YX」

 

「わかんねえよ。名前で言え。名前で」

 

「東の海《イースト・ブルー》のフーシャ村ってところだ。その前はザナルガ●ドやアレキサ●ドリアに住んでたっけな」

 

「……そんな場所、聞いたこともねえな。そもそもそのイーストブルーってのがわかんねえ」

 

「ですよねー!何かわかってました」

 

 

どうやらここはワ●ピースの世界ではないらしい。少し期待してたぶん、非常に残念だ。ザナルガ●ドやアレキサ●ドリアって言葉にも反応しないからFFシリーズって訳でもなさそう。

 

オーケー!よくわかったぜ。これはハーメ●ンお決まりの神様転生なんかじゃあねえ!オリ主最強のご都合主義なんかでもねえ!

 

―――頼るあての一切ない。リアルなホームレス高校生の物語だぜ。

 

 

「そこで問題だ!このグレートにクソヤベェ状況でどうやって生き残る?

 

3択—ひとつだけ選びなさい。

 

答え1、ハンサムな俺様は突如天才的なアイデアがひらめく。

答え2、美人で可愛い貴族のお嬢様ヒロインがきて助けてくれる。

答え3、無駄無駄無駄。現実は非情である」

 

「―――答え4、『客じゃねえなら、とっとと失せろ』」

 

「…………あっ、ハイ」

 

 

怒られてしまった。ちくせう!

 

 

 

 

 

 




プロローグから黒幕をネタバレしていくスタイル。残念ながらこの作品の黒幕は決して静かに暮らしたいあのキャラではない。


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第1話:出会いは泥棒の始まり

筆者の菜月昴に対する印象は『最高に弱くて諦めの悪い男』でしたが、対するこの小説の主人公は『この世のどんなことよりも優しい男』にしたい。

原作の菜月昴に恥じないオリ主を確立することが筆者の目標です。


 

 

 

「所持金しめて3768円……わびしい。つーか、この世界だとどうせ円は使えないんだろうし。実質、俺は無一文なわけだ……グレートにヘビーな状況だぜ、チクショウ」

 

 

 

一先ず、適当に気の向くままに町を探索してみたはいいものの目立った成果はあげられなかったな。

 

わかったことといやぁ……

 

 

『この世界の文明は中世レベル』

 

『亜人や獣人が共存している』

 

『日本語でおk』

 

 

この三つだけ。他に得るものは特になかった。金も人脈もない男に集められる情報なんて所詮こんなものよ。

 

 

いや、おかしくねえか!

 

 

着の身着のまま異世界に放り出されてさ!与えられたものが何もないっていうの!

 

 

家族も無エ!戸籍も無エ!生まれてないからあるわけ無エ!

アニメも無エ!ゲームも無エ!インターネットはなにものだ!?

貯金も無エ!バイトも無エ!メイドカフェなどあるわけ無エ!

人権無エ!あるわけ無エ!こんな世界に居場所は無エ!

 

 

異世界来て初っぱな無エ無エ尽くしの穀潰しだ―――オラぁこんな世界イヤだ!

 

 

 

「いや、落ち着け。冷静になって考てみるんだぜ。まだあわてるような時間じゃない」

 

ガラガラガラガラガラガラッッ!!

 

「―――兄ちゃん、そんなところに立っていられたら邪魔だよっ!」

 

「あっ、ハイ。どうもすいません」

 

 

 

道を譲ると背後から馬車(?)がガラガラと通りすぎていく。馬車を引いていたのが馬じゃなくて見たこともねえドでかいトカゲだったのが気になった。

 

 

 

「爬虫類があんだけデカイと威圧感通り越してむしろ恐いな。流石、恐竜博物館とかで見た作り物の恐竜とはわけが違うぜ」

 

 

 

とにもかくにも先立つものが何もないこの現状だとジッと何かが起こるのを待つのは得策じゃないぜ。かったるくても行く当てがなくても今は無理矢理にでも行動を起こさなくちゃなんねえ!

 

 

 

「んだが!闇雲に動いても無駄な時間を浪費するだけだ。てーなると……先立つものが必要だ。人間の基本は衣食住だ。これは異世界に来ても変わらない。さしあたっては俺のねぐら……拠点が必要だ」

 

 

 

せめて日がくれる前に寝床は最低限確保しておかないとこんな中世にありがちは石畳の街じゃあ野宿もままならねえ。

 

俺は一先ず宿になりそうな空き家がねえかを探してみることにした。しかし、そこはある程度の文明を築いてるだけのことはあった。

 

結論から言おう―――『全くの無駄であった』と。

 

 

 

「住居確保……失敗っ。つーか!空き家が一件もないって徹底しすぎだろ。この町の治安はしっかり守られてるってことかよ。こうなってくるともうこの町の外に出るしかなくなるんだぜ」

 

 

 

だからといって町の外に出るのは今後のことを考えるとあまりしたくない。生活をするためには金を稼ぐ必要がある。金を稼ぐには働き口が必要。即ち町から離れるのは得策ではない。 

 

 

 

「《ぐぅ~~~~っ》……腹へったぁ。金もねえんじゃあ飯も食えねえ。このままだとマジで餓死しちまう。グレートだぜ」

 

 

 

ひとしきり歩き回って探索に飽き飽きしていた俺はそのまま適当な段差に腰かけて項垂れる。

 

世の中にはよくアニメやラノベの影響を受けて『二次元に逝きたい』だとか『転生したい』だとか『俺はいつか召喚されると信じている』とか抜かしているやつが多いが。いざ、自分が直面してみるとそれが如何に甘っちょろい考えかを思い知らされたぜ。

 

だから、ネット界には『神様転生』なんて都合のいい言葉があるんだな。神様の恩恵に預かれば衣食住には不便しねえもんな。

 

 

 

「そもそもぉ~何で俺はこんなことになっちまったんだっけ?何か原因がわかれば対処のしようもあるんだが」

 

 

 

記憶を掘り返してみても心当たりはない。目の前に謎のゲートが現れたとか、どこか曰く付きのある場所で落っこちたとか、はたまた子供が交通事故にあうのを庇って死んだとか………そんな主人公補正見たこともやったこともない。

 

いや、心当たりどころか……―――――

 

 

 

「っ………思い、出せない?」

 

 

 

俺が今までどこで何をしていたのかがもやがかってて思い出せないっ。これも異世界に召喚された影響なのか?

 

 

 

「―――けど、『神様転生』でねえことだけは確かだよなぁ。17歳の俺が高校の学ラン着てここに立っているんだからよぉ」

 

 

 

神様転生は赤ん坊から生まれ変わってやり直してくるモンだと相場は決まってるしよぉ。結局、そこのところは謎のまんまってことだなぁ。

 

 

 

「この手のラノベや漫画だと主人公がチート持ちで俺TUEEだったり、可愛いヒロインに召喚されて世話を焼いてくれたりっていうのがお決まりなんだけどな。せめて何かイベントでも起こってくれないと……―――」

 

 

何すんだよ、はなせよ……テメエら―――ッッ!!

 

 

「―――って思ってたんだけど。どうやら、もう始まっていたっぽい!《ダッ!》」

 

 

 

路地裏の方から不自然に聞こえた少女のものらしき叫びを聴いて、俺は一目散に声のする方へ駆け出した。

 

誓って言っておくが、この時の俺には『女の子のピンチだ』とか『異世界で初の主人公イベント』とかそんな浮かれた気持ちは一切なかった。

 

俺は二次元妄想が好きな口だが。反面、俺は現実ってやつをよく知ってる。こういうときに絡まれている女は美少女であり攻略対象でありヒロインであるというのがエロゲの相場だ。

 

 

そう!俺は先程改めて再認識させられたのだ。

 

 

俺TUEEだったり最強主人公だとか……ご都合主義だとかチート能力とかいったモノは……俺の厨二病が勝手に創り出した『幻想』だッ!可愛いヒロインもオタクのただの『妄想』ッ!現実は……―――ッ!!

幻想を見せられて気づかないうちに追い詰められている………この『胃袋の中』みたいな状況なんだッ!

 

 

故に俺は『現実』で生き残るために……“今”!“この時”だけは!幻想を捨てたのだ!

 

 

まず、この路地裏で絡まれているオナゴを助ける。この行動によりこのオナゴに恩を売る。

 

次に、俺が帰る家も金もないことをアピールする。これにより恩人である俺の逼迫した状況を理解させる。

 

そして最後に、俺のこれまでの不幸な経緯(誇張有)を伝えるのだ。こうすることによってそのオナゴは恩人である俺を自分の家に居候させてくれるに違いない。

 

 

―――完璧な作戦だっっ!!

 

 

故に俺はこの路地裏で絡まれている女を助ける!例えそれがどんなにアレな女であってもだっっ!!その行動に一切の迷いはねえっ!!

 

 

 

ザザァーーーッッ

 

「そこまでだっ!お前ら、何してやがるっ!?」

 

 

「え!?」

「っ……誰だ、テメエっ!?」

 

 

 

現場に駆けつけた俺が見たのはあまりにも代わり映えのないアニメやラノベでよく見る光景だった。

 

『人通りの少ない路地裏でチンピラに絡まれている少女』

 

ここまでは俺の計画通りだ。だが、いくつか想定外なこともあった。まず、チンピラに絡まれていたのは俺の予想に反してなかなかの美少女であったことだ。

 

セミロングの金髪で勝ち気な雰囲気のつりあがった目。やんちゃな雰囲気を醸し出す八重歯。体躯は小柄で服装も破れや解れの目立つアクティブな服装。

 

総評としては『反抗期真っ盛りでスラム街で逞しく生きる勝ち気な女の子』だ。

 

 

 

「だ、だれ!?……いや、この際、誰でもいい!ちょっとあんた、わたしを助けろよっ!」

 

 

 

もう一つ計算外だったのは……――――――

 

 

 

「ああん!?」

「んンだ、テメエ……やんのか、オラぁあ!?」

「俺達に何か用かよ!アアンッ!?」

 

 

「ううわっ、ヤッベ……こりゃあ勝てんわ。ごめんなさいっ!」

 

 

 

ガラの悪いチンピラが三人もいたことだ。俺はすかさず回れ右をして元いた場所へ引き返していく。

 

俺の計画は始まる前から終わっていた。

 

 

 

「ちょっとぉ!?オイコラ、そこのヤツ!!何迷いなく見捨ててんだ!……この状況、一目見て困ってることがわかるだろっ!!」

 

 

「いいか、少女よ………これは『試練』だ。過去に打ち勝てという『試練』と俺は受けとった。人の成長とは……未熟な過去に打ち勝つことだとな。わかるか、少女よっ!これは――――お前に与えられた試練なのだ」

 

 

「カッコつけてるけど、結局、あたしを見捨てる気満々じゃねえかっ!!」

 

 

「ええっ……だって、お前所詮赤の他人だし。お前を助けても俺が望む展開になりそうもないしよぉ」

 

 

 

少女の着古したボロボロの服装はどう見ても金を持ってそうには見えない。助けたところで俺の望む『恩返し』を期待するのは非常に難しいと瞬時に判断したのだ。

 

見たところ少女はリーダー格の男に胸ぐらを捕まれているせいで宙吊りにされ逃げられないといった様子だ。

 

他の二人は一般人に毛の生えた程度だろうが。あのリーダー格の男だけは喧嘩慣れしているのだろう。服の上からでもわかるガタイの良さと腕の太さからもその風格を感じ取れる。

 

 

―――ってぇことは、あのリーダー格の男さえ何とかすれば逃げることは十分に可能だろう。

 

 

 

「じゃあ、あえて聞くが。何でそんな状況になったんだ?お前、何かコイツらの恨みを買うようなことをしたとか。まさか、それで困って俺に助けを求めたんじゃあねぇよなぁ~~?」

 

 

「違うね!あたしがここを通ろうとしたらいきなりこいつらが勝手にあたしに絡んできたんだっ!!」

 

「ハァンッ!?ふざけんな、クソガキ!テメエが兄貴にぶつかっておきながら詫びの一つもいれねえのが悪いんだろうがっ!」

 

「ちゃんと謝ったじゃん!『ごめん』って」

 

「ざけんなっ!そんなんで収まるわきゃあねえだろうがっ!」

 

 

「―――そうだ!お前が悪いのだ、少女《JOJO》!お前の責任だ。これは少女《JOJO》……お前のせいだ。おまえがやったのだっ!!」

 

 

「どさくさに紛れて関係ないヤツがムリヤリあたしを悪者にするなっ!!おまえ、さっきから適当なことばかり言って逃げるつもりだろッ!勇ましく助けに来といて状況が不利とわかると手のひらをかえしやがって……男のくせに恥ずかしくないのかよっ!?」

 

 

「―――黙れっ!私は常に強い者の味方だっ」

 

 

「~~~~~~っっ!!だぁああっ、腹立つぅうう!コイツ、メチャクチャ腹立つぅ!!」

 

 

 

『楽に生きるための努力は惜しまない』というのが俺のモットーだ。その為ならば口先ではなんとでも言う。長いものにはいくらでも巻かれる。

 

 

 

「テメエ、せっかく来たんなら、せめて何かの役にはたてよっ!」

 

 

「俺、基本的に荒事はごめんなんだよ。俺に何かを期待されても出てくるのは小粋でウィットに富んだネットジョークだけだぜ。HAHAッ!」

 

 

「決めた………あたし、この危機を脱したらまずお前をぶんなぐる。絶対ぶっとばす!」

 

 

「それができないからお前はそこに捕まっているのではないのかい?」

 

 

 

さて、見知らぬ少女をからかうのも飽きてきた。そろそろ放置されていたチンピラ三人衆もイラつき始めていることだしよぉ―――頃合いだぜぇ。

 

 

 

「ヲイ、さっきから俺たちのこと無視してんじゃねえよ」

「俺達に逆らっても無駄だとわかっているならとっとと失せやがれ」

「これ以上、俺達の前で耳障りなこと抜かすとテメエもただじゃすまねえぞ」

 

 

「いんや、別に俺は逆らおうだなんて思っちゃいませんよ。俺がここに来て出来ることなんてたかが知れてるんでねぇ」

 

 

「そうか。なら、とっとと失せろっ」

 

 

 

さっきの俺と少女の意味不明な会話で完全に油断しきっているチンピラ三人。俺は警戒心を完全にといた三人にさりげなく歩み寄っていく。

 

行動を悟られてはならない。慌てず、慎重に、自然体で……―――まるで『行きつけのコンビニで定位置に置かれた缶コーヒーをとりに行く』くらい自然な足取りで。

 

 

射程距離まで―――3メートル。

 

 

 

「俺はどうしてもあんたらに一言言いたいことがありましてね。それでこうしてわざわざ駆けつけた訳なんです」

 

 

射程距離まで―――2メートル。

 

 

「……言いたいことだと?」 

 

 

射程距離まで―――1メートル。

 

 

「そう。どうしても一言だけ言いたいんですよ」

 

 

 

―――ゼロ。射程距離に入った。

 

 

さて、この異世界の時代背景を振り返ってみよう。今、この時代は中世だ。しかも若干ファンタジーが混じった異世界ファンタジー。

 

俺には、こいつらみたいな時代や文化圏が全く違う相手には恐ろしく効果覿面な専用の必殺技がある。馬鹿馬鹿しく見えるが、それは人間の本能に訴える技だ。

 

その必殺技とは……――――――

 

 

 

「《バッ!》―――『見ろっ!なんだ、アレっ!?』」

 

「「「「えっ!?」」」」

 

「せいっ!《どげしっ!》」

 

「ごぉほっ!?」

「うわわわっ」

 

 

 

俺があさっての方向に指した指を目でおって無防備になったところに蹴りを入れて少女を救出することに成功。

 

何てことはない。必殺技とはただの『よそ見』である。映画バッ●トゥザフューチャーで主人公マー●ィがやってた奇襲攻撃であり、子供が仲のいい友達をからかうときに使うアレである。

 

案の定、この世界の人間にはこんな使い古された戦法でも効果覿面であったようだぜ。

 

 

さて、見知らぬ少女をお姫様だっこしてリーダー格の男の男から引き離すことには成功したが、問題はこの次の行動だ。

 

 

 

「~~~~っっ、テンメェ……よくも俺に蹴りいれてくれやがったな」

「なめた真似してくれやがったな。ガキィイっ!!」

「ただですむと思うなよ。腕の1本や2本じゃあすまねえぞ。コルァアアアッ!!」

 

 

「―――っ、どうすんだよ!?あいつらむちゃんこ怒ってるぞ!何か、他に作戦はあるのかよ!?」

 

「ああ。あるぜ!策はある!」

 

「ええ! あるのか!?」

 

 

 

さっきまでの応酬で感じていた怒りも忘れて少女は俺の胸の中で目を見開く。

 

 

 

「ああ!たったひとつだけ残った策があるぜ」

 

「ひとつしかないのかよっ!?」

 

「とっておきのヤツがな!あの足をみろ!やつは俺に足を蹴られたせいでまだ完全に回復しきれてねえ!そこがつけめだ!」

 

「そ……それで、具体的にはどうすんだよ?」

 

「こっちも足を使うんだ」

 

「足ぃ!?足でなにするってんだよ!?」

 

 

 

決まっている。この怖いお兄さんに囲まれた絶体絶命な状況でやるべき戦法なんて一つしかないんだぜぇ。

 

 

 

「―――逃ィげるんだよォォォオーーーーーっっ!!」

 

「だぁあああーーーっ、やっぱダメだ、こいつーーーーーっ!!!!」

 

 

「「「待ちやがれ、こるぁあああっっ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 




さて、この主人公は何回この下りをやるはめになるのやら。


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第2話:ヒロイン登場?高貴なあの子は銀髪エルフ。

原作を読み返してみるとつくづく菜月昴はメタ発言の多い主人公である。それは厨二病設定のせいかも。


 

 

「あんのガキ、どこにいきやがった!?」

 

「さんざんなめたことしてくれやがってぇ・・・ただじゃおかねえ!」

 

「まだ、そう遠くには逃げちゃいねえはずだ。お前らはあっちの方を見てこい!見つけたら俺に知らせろっ」

 

「「うっす!」」

 

 

 

あれから少女を脇に抱えたまましばらく逃走劇を繰り広げていたが、なんとかチンピラ三人をうまくまくことができた。しかし、油断したところを待ち伏せしている可能性もある。油断は禁物だぜぇ。

 

しかし、その心配はなかった。しばらく様子を見ていたが、あの三人は戻ってくる様子もなく完全に俺たちを見失ったらしい。

 

 

 

「まいたようだな・・・ジャマイカ人の脚力をなめたらいかんぜよ」

 

「どこだよ、『じゃまいか』って!聞いたことねえぞ!」

 

「なにぃ!?世界最速の男が生まれた国の名を知らぬというのか!最近のガキは常識ってもんを知らねえな」

 

「だから、どこにあるんだよ・・・その『じゃまいか』って国は!?」

 

「―――それはね。君たちの・・・『心の中』さ」

 

「どこだっ!?」

 

 

 

八重歯を『ガァーッ』と強調するような怒声をあげツッコミを入れてくる少女を優しく下ろす。しかし、まだヤツらが諦めていない以上まだ安心はできない。

 

本来ならば深い安堵のため息をついて一息つきたいところなのだが。しかし、それではヒロインを助けられたことに安心して油断する二流の域を脱しない。この(変態という名の)紳士を自称する俺に死角はない。

 

こういう窮地を乗り越えた直後の不安定な精神状態こそフラグを立てるのにはうってつけなのだ。

 

――――とばすぜぇ、スカした言葉を!

 

 

 

「―――スゲーッ爽やかな気分だぜ。新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のよーによォ~~~ッ・・・さて、そこな少女よ。危ないところであったな。怪我はないか?このボクが来たからにはもう安心だよ《キラキラキラ☆》」

 

「――――― 《ビキィッ!!》」

 

 

ボギャアアアアア・・・ッッ!!

 

 

「キャィイイイインッッ!?」

 

 

 

ハーレム系主人公の伝統芸イケメン成分とキラキラ成分配合笑顔でニコポを決めた俺であったが。返ってきた少女の反応はあまりにも辛辣であった。10万ドルの笑顔を振り撒く俺に一切の容赦のない腰の入った跳び膝蹴りが炸裂した。俺はまるで『ある日、突然養子になった男に理不尽に蹴られた飼い犬』のような悲鳴をあげて後ずさる。

 

 

 

「な、何をするだァーーーっ!?許さんっ!」

 

「うるせえっ!お前のそのにやけ面がなんか無性にムカつくんだよ!!」

 

「な、なんということだ。この俺のニコポが通じないだなんて・・・その分厚い氷に閉ざされた心。よかろう!その心の氷を俺の真実の愛をもってして溶かしてしんぜよう――――さあ、見知らぬ少女よ!!Meの胸に飛び込んでくるのだ!!YOUとMeとのラヴラヴタイムの始まりヨ!!」

 

 

メメタァア・・・ッッ!!

 

 

「るォォォォォオオっっ!?」

 

 

 

俺は両手を広げて少女を暖かく迎えようとしたが、今度は一切の容赦ない少女の拳が俺の頬に『波紋を練った手でカエルを殴り潰したような音』とともに深々と突き刺さった。

 

 

 

「お前も人間なら人間らしくしゃべりやがれっ!お前の言っていることの大半がワケわかんねえんだっつーの!」

 

「ぐふぅっ!!《プシャアッ!》――――・・・や、やるじゃないか―――お前のパンチを喰らって倒れなかったのは・・・オレが初めてだぜ…!!」

 

「それがワケわかんねえっつってんだよっ!」

 

 

 

この世界のことをまだ1ミリしか知らない俺だが。俺のウィットに富んだネットジョークが通用せずともこの少女のようなツッコミキャラがいてくれれば無邪気に手渡された理不尽な未来を遊び尽くせる覚悟ができそうだ。

 

 

 

「というわけで俺は晴れてこの世界で生きていく覚悟を決めたからよぉ。これから長い付き合いになるだろうからよろしく頼むぜぇ。今はこの出会いを与えてくれた駄女神様に感謝だな」

 

「~~~~~~っっ・・・最悪だ。なんでわたしはこんなところでこんな変なヤツに絡まれちまったんだ」

 

「よせやい、照れるじゃねえか、バカ」

 

「うるせえっ!本物のバカっ!」

 

 

 

このままからかっているのも面白そうだが、このままだと話が進みそうにない。出会いのカタチは最悪だったが、このチャンスをなんとかものにしなくてはならない。俺がこの世界で頼れるのは、現状、目の前のこの小さな女の子だけなんだからな。

 

 

 

「そうカリカリすんなって・・・ちったぁ非力ながらもちゃんと助けてやった俺の勇気を称えてくれてもいいんだぜ」

 

「あんなふざけた助け方があるかよっ!あの『なんだ、あれ!?』ってなんだよ!?あんな手に引っ掛かった自分が情けないったらないぞっ!ていうか、お前、最初本気であたしを見捨てるつもりだっただろ!」

 

「バァカ、そんなわけがないだろう。この俺がか弱い女の子を見捨てるかっての。あの時は敵が三人もいたから言葉巧みに騙くらかして逃げるしか方法がなかったんだ」

 

「そ、そうだったのか・・・悪い」

 

「――――まあ、どうしても危なくなったらお前を囮にするつもりだったんだがな」

 

「ほんっとイヤなヤローだな、お前っ!」

 

 

 

『ぐぬぬぬぬ』と俺を睨んでいたかと思うと『ふんっ』とそっぽを向いてしまった。何というかその仕草が年相応というか少し可愛らしくてニヤニヤが止まらない。口調は粗っぽいが根はすごくいい子なのだろう。

 

 

 

「まあ・・・一応、助けられたことには違いないから。一応、礼は言っておくぞ。“一応”だからな!い・ち・お・う!」

 

「・・・ここからはマジな話、礼なんていらねえぞ。俺も何だかんだで楽しかったし。(変態という名の)紳士たる者・・・オナーゴには優しくしねえとなんねえからな」

 

「お前の口から出る『紳士』って言葉ほど信用できねえもんはねえな。《すくっ!》―――とにかく助かったぜ!あたしは急いでるからもう行くぜ!」

 

「あっ、オイ!」

 

 

 

俺が助けてやった“救い料”についての交渉を始めようとしたところで少女は立ち上がって路地裏から出ていこうとする。

 

 

 

「なあ!ちょっと頼みてぇことがあんだけど」

 

「――――悪いっ!あたし、本当に急いでるんだ!またなっ!」

 

シュタタタタタタ・・・ッ

 

「・・・行っちまったよ。グレートっ・・・まさかのタダ働きかよ。せめて宿になりそうな場所とか仕事を斡旋してくれそうな知り合いを紹介してもらいたかったんだがな」

 

 

―――シュタタタタタタ・・・ッ!!

 

 

「あん?」

 

 

 

路地裏から出て行ってしまったかと思った直後、金髪少女は踵を返して戻ってきた。

 

 

 

「どうした?まるで『究極生物から逃げる波紋使いみたいな表情』をしてるぜ」

 

「悪いっ!ちょっと面倒なヤツが来ちまった。あたしのこと聞かれても『何も知らない』って言っといて!《しゅばっ!!》」

 

 

タンッ タンッ タンッ!

 

 

「・・・“壁キック”かよ。軽業師みたいなことをしやがるな」

 

 

 

金髪少女は軽やかに狭い路地の壁を足場にジャンプしてあっという間に屋上まで登っていった。チンピラ三人を撃退する力はなくとも『逃げる』ことにかけては一級品のようだ。

 

 

 

「やれやれだぜ。あれだけの身体能力がありゃあ俺が助けるまでもなかったんじゃねえか?―――《ゴリッ》―――ん?」

 

 

 

金髪少女が通りすぎた直後、何気なくポケットに手を入れたら妙な異物感を感じた。俺は何となくイヤな予感がしたのでポケットに入っていたものを取り出してみると明らかに身に覚えのない小さい宝石のはまっている『何か』が出てきた。

 

 

 

「・・・ヤッッッベ!“また”やっちまったのかよぉ」

 

 

 

実はこういった経験は一度や二度ではない“度々ある”ことなのだ。俺の意図しないところで何らかの弾みで“コイツ”が勝手に行動を起こしてしまうのだ。

 

幸い人を傷つけたりしたことは今までにないが。代わりに近くにあるものを手当たり次第スリとったりする困った盗み癖《スティッキィ・フィンガーズ》があるのだ。

 

見たところ何かのエンブレムみたいなもんのようだが、誰の持ち物かはわからない――――って・・・

 

 

 

「どう考えてもあの金髪少女のもんだよな。あいつに蹴られたときにスリとったのか?いや、あいつを抱えて逃げてる最中かも・・・そういう問題じゃねえし、今となってはどうでもいいぜぇ」

 

 

 

あのチンピラ三人組の持ち物だというケースも考えられるが、もしそうだとしたら返すのは諦めた方がいい。あいつらに馬鹿正直に返しに行ったら俺もただじゃあ済みそうにない。

 

しかし、考えようによってはこれはチャンスだ!

 

こっちにはこのエンブレムを返すというあの少女を探す大義名分ができた。これを餌に今度こそあいつに恩を売って俺の寝床と仕事を斡旋してもらうんだ!

 

一日に2回も恩を売った俺の頼みならむげにされる心配もない。

 

 

 

「そうと決まったら俺もこうしちゃいられねえな。あいつのあのス●イダーマンばりの身体能力相手じゃあ追い付けるかわかんねえぞ」

 

 

ザッ・・・

 

 

「あん?」

 

 

「――――見つけたぞ、テメエ」

 

「こんなところに隠れていやがったのか、このクソガキっ!」

 

「落とし前つけてやんよ」

 

 

「S・H・I・T…ッ!!」

 

 

 

さっきまいたチンピラ三人がゾロゾロと徒党を組んで入り口を塞いでにじりよってきた。

 

 

 

「グレートッ・・・完璧にまいたはずだったのにな。どうしてこの場所がわかった?」

 

 

「お前が連れ去った金髪の嬢ちゃんがここに入っていくのがハッキリ見えたからな。その嬢ちゃんがどういうわけかいなくなってるみたいだが・・・」

 

「いや、このクソガキを見つけただけで上等だぜぇ。まず俺に蹴りをいれてくれやがった礼をたっぷりさせてもらうぜ。兄ちゃん」

 

「あの女の分も兄ちゃんにはしっかりと詫びを入れてもらうからな~~~」

 

 

「オオーーーッ!ノォーーーッ!!信じらんねーッ!何考えてんだ、あのアマァ!!」

 

 

 

助けてやった恩人に対してのまさかの仕打ち。いや、確かに途中調子にのってさんざんおちょくり倒してはいたけどよぉ。俺、一人この場に残して逃げるこたぁねえだろうがよっ。

 

 

 

「どうやらあのガキに囮にされちまったようだなぁ、兄ちゃん」

 

「観念しろよ。今さら逃げたところで無駄だぜ。こんな場所じゃあ誰も助けになんて来ないぞ」

 

 

「フッ・・・なぜ、逃げる必要がある」

 

 

「《ピクッ》――――なに?」

 

 

 

俺の自信満々な態度にリーダー格の男の眉がピクリと反応する。いいぜぇ、どうやら俺の態度にただならぬ気配を感じたようだぜぇ。

 

 

 

「お前たちから『逃げる』のはついさっきまでのことだ。あの子を逃がし終えた今、さっきまでとは違うんだぜぇ。あの子の前でお前らをぶちのめしたんじゃあ・・・あのいたいけな少女の心に傷を与えちまうからなぁ!」

 

 

「なんだと!?」

 

「・・・ハッタリだ」

 

 

「ハッタリかどうかはやってみりゃあわかるさ。この俺の『セクシーコマンドー』の前にお前らはぶちのめされる運命なんだよっ!《きゅぴーんっ》」

 

「「「“セクシーコマンドー”っ!?」」」

 

「遊びは終わりだ。そろそろ本気でいかせてもらうぞ―――《ゆらぁああっ》―――ハァアアァァアア・・・ッ!!」

 

 

 

男達は『セクシーコマンドー』という聞いたこともない武道の名前に動揺している。何よりも俺のスゴ味《ハッタリ》に圧倒されているっ!

 

俺は両目を光らせて地上最強生物《オーガ》のごとく両手を広げてゆったりと滑らかに下ろしていく。これぞ、セクシーコマンドーの基本の型『エリーゼの憂鬱』っ!!

 

 

あとはチャックを下ろすだけ・・・――――しかし、その瞬間、俺は見てしまった。

 

 

路地の入り口からこちらを興味深そうに見つめる銀髪の超絶美少女《ヒロイン》の姿を――――っ!!

 

 

――――しまった!これではチャックが下ろせないっ!!ここでチャックを下ろしてしまえば・・・ヒロインに本物の変態の烙印を押されてしまうっ!!

 

 

チンピラ三人は女の子に見られていることに動揺し動きが止まった俺の隙を見逃すほど甘くはなかった。

 

 

 

「・・・見ろっ!やはり、ただのハッタリだ!やっちまえっ!!」

 

「ふざけやがってぇええーーーっ!!」

 

「ぶっころせーーーーーっ!!」

 

 

「し、しまったぁ!!」

 

 

バギャァアア・・・ッ!!ドカドカドカドカドカドカッ!!ドゲシドゲシドゲシッ、ドゲシドゲシドゲシッ!!ドゴォドゴォドゴオドゴォドゴォドゴオッッ!!

 

 

「~~~~~~っっ・・・ちょ、ちょっと待てやゴルァアっ!お前ら、ちったあ手加減しろぉい・・・うぶぉおっ!?」

 

 

 

技の出鼻をくじかれ逃げ時を見失った俺は一方的にボコられる羽目になる。くっ・・・さっきの少女に見られてさえいなかったらこんなヤツらに遅れをとらなかったのにっ!

 

男達は俺に手玉にとられた鬱憤を張らそうと好き放題殴りまくっていやがる。

 

 

―――マズイぜぇ、このままだとぉ!これ以上、やられていると“コイツ”の制御が効かなくなっちまう。こいつらの顔面が整形されるだけならまだいい。それ以上に酷いことになっちまう事態もありうるんだぜぇ!

 

 

俺が無抵抗に男たちに袋叩きにあっているとそこへ凛とした鈴の音のような声が響き渡った。

 

 

 

「――――そこまでよ。この悪党っ」

 

 

 

その少女の声を聞いた途端、周囲一帯の時が止まった。男達の暴行も罵声も外の雑踏や空気の震える音。全てが一瞬止まったのを感じた。

 

 

 

「その人から離れなさいっ!これ以上の狼藉は許さないわよ」

 

 

「~~~~~~っっ、痛ぇっ・・・あの子、さっきの――――」

 

 

 

男達を止めてくれたのは他でもない。先ほど俺の『エリーゼの憂鬱』を封じたあの子であった。

 

 

まず、最初に目に入ったのは真っ直ぐに腰まで伸びた長い銀髪。それは太陽の光に反射して雪のような光沢を放っている。次に印象的だったのは彼女の目。鋭くつり上がっているものの紫の瞳には穏やかな優しさを湛えており聖母のような慈愛を感じ取れる。そして、髪の隙間から覗くわずかにとがった耳はエルフのものであろうか。

 

顔はまるで彫刻のように美しい。否、世界中のどんな名だたる彫刻家も彼女の美を再現することなど出来ないであろう。

 

服装は銀色に統一されたドレスでアクセントをつけるかのように紫色の刺繍が自己主張しすぎない程度に施されている。それを見ただけでもかなりの名匠が彼女のために拵えた逸品だということが見てとれる。

 

 

 

「――――グレートですよっ、コイツは・・・」

 

 

 

俺は自分がボコられていたことも忘れて彼女に惜しみ無い賛辞を送った。

 

 

 

 

 

 




エミリアは恋愛感情があまりにも疎く基本的には義理人情だけで行動してしまう困ったちゃんなタイプだと思います。
そんなエミリアの主人公への第一印象はこれ如何に―――っ。

それにしてもこの主人公・・・スタンド使わねえな。


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第3話:エルフのヒロインは義理堅い

オープニング詐欺。プロモーション詐欺。世の中には蓋を開けてみて騙されたと思うような作品が多数あります。

作品が始まってから一向にスタンドを使わない主人公を見てるとこの作品もタイトル詐欺なのではなかろうかと最近になって思う。


 

 

 

 

「もう一度言うわ。その人から離れなさい!」

 

 

 

少女からの度重なる警告。言う通りにしない男達に少女はその身から殺気を放ち脅してくる。鋭くつり上がったつり目が細められたことによりその紫の瞳が鋭い眼光を放つ。

 

どうやらあの女の子見た目だけでなくグレートにただ者じゃないらしい。

 

 

 

「ま、待てよ。嬢ちゃん。そんな目で睨まれたら落ち着いて話もできやしねえ。俺達、嬢ちゃんとやりあうつもりはないんだよ。なあ?」

 

「そ・・・そうそう!」

 

 

「―――大の男が三人で一人をよってたかって取り囲んで弱いものいじめするなんて恥ずかしくないの?」

 

 

「・・・“弱いもの”いじめって、地味に傷つくんだぜぇ」

 

 

 

そもそもこの子の乱入がなけりゃあ俺のセクシーコマンドーでもうちっとグレートに立ち回れたろうによぉ。しかし、この状況で援軍に来てくれたことは非常にありがたい。

 

技の発動こそ邪魔されたが、それもここで助けてくれたことでグレートに帳消しだぜ。

 

 

 

「さあ、わかったらわたしから盗んだものを返してっ!」

 

 

「・・・ハ?( ゜д ゜)」

 

「盗んだものだぁ?」

 

 

「とぼけないで。お願いだから!アレは大切なものなの。アレ以外のものなら諦めもつくけど、アレだけは絶対にダメ!今なら、命まで取ろうとは思わないわ―――だから返してっ!」

 

 

 

オイオイ・・・な、なんか話の方向性がおかしくなってきたぞ。このままにしておいて大丈夫なのかよ!でも、ここで迂闊に動くと何か俺にまで被害が及びそうなんだよな。

 

 

 

「お、お前・・・コイツを助けに来たんじゃねえのか?」

 

 

「いいえ。ちがうわ。・・・随分、見慣れない格好ね。どこから来たのかわからないけど。わたしと関係あるのかと聞かれたら無関係だと答えるしかないわっ」

 

 

「盗んだもの・・・もしかしてあの金髪の女のこと言っているのか?」

 

「だったら、それこそ俺達も無関係だ!あの金髪のガキを追っていたらこの野郎が邪魔してきやがったんだっ!」

 

「そーだそーだっ!」

 

 

「・・・嘘を言っている様子じゃないわね。じゃあ、その人があの子の仲間なのね」

 

 

 

何やら勝手な結論を出されてるみたいだが、ここだけは誤解を解いておかなくてはならない。でねえとこの銀髪エルフの女の子まで敵に回っちまったらえれぇことだ。

 

 

 

「断じて違えよっ!俺もあの子とは初対面だ。コイツらに絡まれていたみたいだから運悪しく通りすがった俺が仕方なく手を貸しただけだ―――もっとも俺はどうやら囮にされちまってこのザマだけどよぉ」

 

 

「そう。何だかよくわからないけど・・・複雑な関係みたいね。でも、あの子と関係があるのは間違いないみたいね――――ねえ、あなた、あの子がどっちの方へ逃げていったかわかる?」

 

 

「やれやれ・・・現在進行形でチンピラ三人に袋叩きにされている“弱いもの”にはわからねえよ」

 

 

「そう。それもそうね。あなたは無関係な通りすがりで善意で仕方なく助けただけだものね」

 

 

「―――あ・・・あの女の目・・・養豚場の豚でも見るかのように冷たい目だ。残酷な目だ・・・『かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね』って感じのっ!」

 

 

「失礼ねっ。そこまで非道いことは思ってないわよっ!」

 

 

 

俺の渾身の皮肉もこの子には通じなかったようだ。やれやれ、よくも悪くも正直というか真っ直ぐというか融通が効かないのが弱点らしい。

 

 

 

「たぶんあんたが探してるガキなら、壁を越えた向こう側だぜ。ここに入って行くのは見えたけど俺達が来たときにはもういなかったからな」

 

 

「そう・・・とにかくここには犯人はいないのね――――急いで追いかけなくちゃっ!!じゃあ、わたし急いでいるからごめんね!《タッタッタッタッ!》」

 

 

 

銀髪エルフの子は目的の人物がいないとわかるや俺達の横を素通りして奥の方へと走っていった。

 

 

 

「う~~~~ううう・・・あんまりだ」

 

「残念だったな。せっかく助けが来たと思ったのによぉ」

 

「―――HEEEEYYYYッッ!!あァァァんまりだァァアァッッ!!AHYYY!AHYYY!AHY!WHOOOOOOOHHHHHHHHッッ!!」

 

「うるせぇ、泣くなっ!そのうっとおしい泣きかたをやめろっ!」

 

 

 

さらっと見捨てられたことに柱の男の如く号泣する俺。ただ泣いているように見えるがそれは違うぜ。俺は荒っぽい性格なんでな。激昂してトチ狂いそうになったので泣きわめいて頭を冷静にすることにしたのだ。

 

 

 

タッタッタッタッ・・・ぴたっ

 

 

「《くるっ》―――――だからって見逃せる状況じゃないわよね」

 

 

ドキュンッ! ドキュンッ! ドキュンッ!

 

 

「ごぉわっ!?」

 

「ぐぎゃぁあっ!!」

 

「おぐ―――っ!?」

 

 

 

銀髪エルフの女の子は突然踵を返してチンピラ三人に向けて手をかざすと勢いよくなにかを発砲した。見るとそれはソフトボールよりも一回り大きいくらいの氷の弾丸だった。

 

 

 

「これはまさしく―――『エ●ラルドスプラッシュ』っ!?」

 

「あなた、頭、大丈夫?」

 

「ええっ!?いくら俺でも出会って間もない女にいきなり『アタマ大丈夫』って心配されるほど病んでないぞっ!」

 

「違うわよっ。さっき顔を強く殴られていたでしょう。わたしが心配していたのはそっち」

 

「だったら、最初からそう言ってくれよぉ。聞き方に悪意があるぜぇ」

 

 

 

少女は俺の思っていた以上に真っ直ぐな性格だったらしい火急的速やかに解決せねばならないことがあるにも関わらず俺のためにこうして残ってくれたのである。

 

 

 

「ぷ…―――ふざけやがってぇええっ!!魔法使いだろうが、なんだろうがブッコロスっ!!俺を本気にさせてただですむと思うなっ!!《シャキッ!》」

 

 

「グレートッ・・・光物を出してきやがったか」

 

 

「その足手まといを抱えた状況で俺達に勝てると思ってんのかぁあああっ!!」

 

 

『――――やめときなよ。この子に何かしたら君たちただじゃあすまないよ』

 

 

「・・・なんだ、この声?」

 

 

 

どこからともなく聞こえてきた子供のような謎の声に周囲を見回す。しかし、ここには俺達5人以外誰もいない。

 

 

 

ぴょこっ♪

 

 

「―――ニャゥ!」

 

「さあ、これでもまだ戦うつもりっ?」

 

「うわっ、何コレ!?メッチャ可愛い!猫じゃん!猫、猫!」

 

「・・・ちょっと邪魔しないでよっ」

 

 

 

銀髪エルフの女の子の手にとても愛くるしい二足歩行の猫が現れ。俺は一目でその愛くるしさに釘付けになった。

 

 

 

「―――テメエ、『精霊術師』か!?」

 

 

「いかにも。今すぐおとなしく引き下がるなら後は追わないわ。すぐ決断して。5秒以内に」

 

 

「クソアマァっ!!覚えてろっ!いつかこの借りは必ず返すからな!」

 

 

「さっき言った言葉、聞いていなかったのかい?『この子に何かしたらただじゃあおかない』って―――精霊はおっかないからねぇ。末代まで祟るよ」

 

 

「―――――ひっ!?く、くそぉ・・・覚えていやがれぇ!!」

 

 

 

愛くるしい猫精霊が愛くるしい声で凄んでも俺としては可愛らしさしか感じないのだが、チンピラ三人はえらく怯えた様子で逃げていった。

 

どうやら精霊というだけあって見た目によらず恐ろしいスペックを秘めているらしい。FFでいうところの“召喚獣”みたいなものか。となるとこの子はさしずめ“召喚師”に当たるわけか。

 

――――――なんだろう、そう思うと妙にコイツが哀れに思えてきたぜぇ。具体的には『一時の平和の礎となるために壮大で悲しい旅に出る運命を背負わされたヒロイン』のようによぉ。

 

 

 

「さてと。ケガはない?・・・と言いたいところなんだけど。あなたには聞きたいことが――――ねえ、あなた何してるの?」

 

「なあなあ!何だ、その可愛い生き物!?そいつ撫でてもいいか?是非ともモフりたい《ワクワクワクワク》」

 

「――――ダメよ。ちゃんと質問に答えてから」

 

「それだと質問に答えたらボクを撫でていいみたいになってるよ」

 

 

 

女の子の言葉に猫は不満そうに声をあげる。よくよく考えたらちゃんと話ができるんだから本人(本猫?)に許可をとるのが先だったな。

 

 

 

「なあなあ、撫でてもいいか、お猫様?具体的にはモフモフして肉球を触りたい」

 

「う~~~~ん・・・見たところ邪念はないみたいだし。いいよ。ただし、この子にちゃんと協力することが条件だね」

 

「協力って・・・俺にできることがあるとは思えんが」

 

「――――ちょっと!パックとばかり話してないでわたしの質問に答えなさいよっ!あなたに聞きたいことがあるのはこっちなんだから《ぐいっ!》」

 

「っ――――おぅちっ!!」

 

「あっ・・・ごめんなさいっ」

 

 

女の子が肩を引っ張った弾みで殴られた部位があちこち悲鳴をあげた。こんなことになるなら多少無茶してでもあいつらを蹴散らしておくんだったぜ。

 

 

 

「本当にごめんなさい。あなたに乱暴するつもりはなかったの」

 

「いいっていいって。ちゃんとわかってっからよぉ。お前が来てくれたお陰でピンチを脱することができたんだぜぇ。感謝してるよ」

 

「――――――っ《パァアアアアッッ》」

 

「え?何だ、それ」

 

「動かないで。じっとしてて《コォオオオオオッ》」

 

 

 

少女が俺に手をかざすと少女の手から青白い光が放たれ俺を優しく包み込んでいく。それと同時に全身の痛みが薄れていくのを感じる。

 

 

 

「―――終わったわよ。これでもう何ともないでしょ」

 

「おおっ!本当だ。ありがとなん!すげえ。今のがいわゆるベホマってやつか。実際に体験したのは初めてだぜ」

 

「・・・“ベホマ”?」

 

「回復魔法だとか回復呪文の俗称だよ。ケアルガって呼ぶやつもいるかな」

 

「ふ~~~~ん・・・――――じゃなくて!」

 

「「え?」」

 

 

 

猫神様と戯れていた俺に女の子はツッコミをいれてくる。今のやり取りの中で何か不味いことでもあっただろうか?

 

 

 

「勘違いしないでね。あなたを助けたのもあなたを治したのもわたしのためなんだから。パックに触らせてあげたのもあなたに喋ってもらいたいことがあったから。ただそれだけなんだからね」

 

「・・・うん?」

 

 

 

何かこの銀髪エルフのお嬢様は突如として奇妙な理屈を語りだした。言わんとすることはわかるんだが変にツンデレ要素が混じってるせいでわかりにくいぜ。

 

 

 

「あなたにはわたしの一方的な要求に答えてもらうわよ」

 

「つまり、お前は意地でも自分に恩義や謝恩を感じてほしくないわけね」

 

「そんなこと言ってないじゃないっ!わたしは徽章を盗んだ犯人についての情報を要求しているのっ!さあ、言いなさいっ」

 

「・・・う、う~~~~むっ」

 

 

 

どうしたものかな。この子がすごく良い子なのはわかるんだがよぉ。俺は生憎あの銀髪少女のことなんて全然知りやしねえし。かといって俺のためにここまでしてくれた女の子を『1ミリも知りません』の一言で切り捨てるような不義理は果たせねえ。

 

 

 

「―――ねえ、あなた本当にもしかして何も知らないの?」

 

「ああ。さっき話した内容に一切嘘はねえよ。そもそも俺があの子と出くわしたのは偶然だ。しかも、俺はあの三人から逃げるためのスケープゴートにされちまったから・・・さっきの情報以上のことは何もわからねえ」

 

「―――――・・・パック」

 

「うん。この人は間違いなく嘘はついてない。徽章のことも知らないようだしね」

 

「・・・そう」

 

 

 

何故か俺は全く悪くないはずないのに妙に罪悪感を感じてしまう。徽章というものが何なのかはわからないが、この子にとってはよっぽど重要なのだろう。この子は多分、金銭とかへの執着がなく自分の物欲だとかそういうものが希薄なタイプだ。

 

――――そんな子が自分の都合を犠牲にして助けてくれたんだからよぉ。このまま引き下がったんじゃあ男が廃るぜ。

 

 

 

「仕方ないわね。でも、あなたは充分な情報をわたしに与えてくれたわ。『あなたは何にも知らない』その情報をわたしはもらうことができたから、あなたの怪我を治した対価は十分にもらったわ」

 

「話せば話すほどお前だけが損していると言う罪悪感に駈られるのは俺だけか?」

 

「そ、損なんかしてないわよ。わたしは自分のためにやったの!あなたがまた今度困ったことになってもわたしは絶対に助けたりしないんだからねっ!あなたを助けることでわたしが得られるメリットがないんだもの。だから、今後は余計なことに首を突っ込まないようにしてね。こういう人気のないところに立ち入ったりしちゃダメよ!これは心配じゃなくて忠告っ――――いいわねっ!」

 

 

 

そう一方的に言い残すとエルフ少女はあくまでも凛とした佇まいで背を向けて冷たいふりをして去っていった。

 

 

 

「なんか遠●凛みたいなやつだな。アレじゃあ将来損する羽目になっぞ」

 

「ゴメンね。素直じゃないんだよ、うちの子。変に思わないであげて」

 

「―――その心配はないぜぇ。変なやつだとは思ってないからよぉ。ただまあ・・・心根の底から変わったヤツだなとは思うぜぇ。生まれてこの方あんな素直じゃないお人好しを見たことないからよぉ」

 

「・・・そうだね。だから放っておけないんだ。うちの子は素直じゃなくて優しいから」

 

「お前もか。奇遇だな―――ヘヘッ、俺もだぜ!お前らの人探しに俺も一枚噛ませろよ。いい目を出すぜぇ。俺はよぉ」

 

「いいのかい?君まで損することになるかもよ」

 

「お生憎様。俺はこの世界で失うものがなくてなぁ。お陰で人探しする時間は腐るほどあるぜ」

 

 

 

猫精霊は俺の行動に納得がいかないようだったが、俺は強引に話を押し進めた。あの銀髪のエルフの女の子を手伝えるチャンスは今をおいて他にねえんだからよ。

 

 

「――――おいっ、待ってくれよ。なあ!」

 

「何かしら?もうわたしに用はないと思うんだけど」

 

「一つ言い忘れていたことがあってな。俺もお前から大切なものとやらを盗んだヤツを探しているんだよ。俺はあいつを探し出してどうしても一言文句を言ってやらなきゃなんねえんだよ」

 

「・・・それがわたしになんの関係があるの?」

 

「だからよぉ。要するに俺も手伝うって話だ。あんたと一緒に探し回っていた方が俺も効率がいいことに気がついた。あんたと同じだ。俺が一方的に得をさせてもらおうって考えだ」

 

「・・・・・・。」

 

「悪くねえだろ。そっちも使える人手があるに越したことはねえだろうしよぉ」

 

 

 

俺が『銀髪エルフ論理』を駆使して畳み掛けるもこの少女はまだ納得できないらしい。自己流の所謂“俺得理論”を使われて、断る言葉が思い付かなくて困っている様子だ。

 

しかし、そこに猫神様からの援護射撃が入った。

 

 

 

「いいじゃないか。この子の言うことももっともだと思うしお言葉に甘えておきなよ」

 

「でも、わたしは―――」

 

「闇雲に一人で王都を探し回るのはいくらなんでも無謀だよ。人手は多いに越したことはないと思うなぁ」

 

「だって、彼はもうわたしとは関係なくて・・・」

 

「意地を張るのも可愛いと思うけど、意地を張って目標を見失うのは愚かしいと思うよ。ボクはボクの娘が馬鹿な子だと思いたくないなぁ」

 

 

 

エルフの少女は俺の様子を見て暫し黙考して悩んでいたようだったが口に手を当てて一言だけ呟いた。

 

 

 

「――――あなた、変な人なのね」

 

「お前に言われたくねえよっ!!」

 

 

 

とりあえず何とかこの頑固な少女を納得させることには成功したらしい。残る問題はあのコソドロ金髪女をどうやって探し出すかだぜ。

 

 

 

 

 

 

 




主人公は基本的に結果さえよければそれで良しなタイプ。過程や……!方法なぞ……!どうでもよいのだァーーーーッ !!


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第4話:ANOTHER ONE BITE THE DUST《負けて死ね》

リゼロにおいてフラグを立てるということは何よりも重要である。何故なら、一つのフラグの間違いが全て死に直結するからである。

これってまるでKanos―――

コンコンッ

おや、誰か来たみたいだな。


 

 

「犯人の特徴をまとめていくとだ。身長は低めで小柄。年齢は15才前後。金髪のショートカットの女の子。かなりの運動神経の持ち主でとにかく足が速い。黒いリボンに長めの赤いマフラーを巻いていて。動きやすさを重視してかかなりの軽装・・・―――《シャシャシャシャシャシャッ》―――うしっ!こんな感じだな」

 

「へえ~~~・・・やるね、君♪」

 

「驚いたわ。あなた、すごい特技を持っているのね」

 

 

 

俺が覚えている限りの特徴を紙に描き起こしていくと見事に全ての特徴を再現した写生画が完成した。会った時間は短かったが、さんざんからかっていたせいかあの子の表情一つ一つまで鮮明に思い出せる。

 

猫神様パックは感心したように頷いており、銀髪エルフの女の子は俺の精細な写生画を見て心底驚いている。

 

 

 

「あんな短時間でこれだけの絵を描きあげるなんて信じられない。ここまでの画力を持っている画家は他に見たことないわ。あなた、どこで誰にコレを習ったの?」

 

「―――・・・岸辺露●」

 

「え?」

 

「―――っていうのは冗談でよぉ。別に誰に習ったってわけでもなく。銃弾を摘まむ程度のことが出来るんだからこれくらいのスケッチは余裕で描けるんだぜ。p●xivやニ●ニコ静画にだって投稿したことあるしな」

 

 

 

俺はあくまでも深い説明を避けて猫神パックにスケッチを手渡した。あとはコレを基に目撃情報を探していけばいい。この街は広い。二人だけでどこまで出来るかわからないが、今日中にはなんとかなるだろう。

 

 

 

「それで君はこの広い王都でどうやって探し出すつもりだい?さっきは何か秘策があるような口振りだったよね」

 

「シートン動物記の著者E・T・シートンは『この世に追跡不可能な動物はいない』と言った。走るのが早い動物よりも、“地形”や“風向き”“動物の習性”を研究している人間の方が、ちょっぴりだけ有利ということだ。町を散策して手がかりを集めてさえいけばいずれ追い付く」

 

「何だかよくわからないけどすごい説得力ね。シートン動物記なんてわたし読んだことないけど――――でも、わたし達が追跡しているのは動物じゃなくて人間なのよ。人間は動物ほど単純じゃないわ」

 

「いや、同じだぜ。人間は動物に比べて個性の差は激しいが本質的には動物の一種だ。相手のことを知って情報を集めてさえいけば行動パターンや逃走経路は限られてくる。それを割り出すまでの辛抱だぜ」

 

「へー・・・」

 

 

 

何か意外そうな表情を浮かべる銀髪エルフの子。まるで『クラスの中で自分より頭が悪いと密かに見下していたヤツがテストで全教科満点をとった』みたいな顔だ。

 

 

 

「お前、実は密かに俺のことバカにしてなかったかぁ?『この人、実はけっこう頭よかったんだ』って顔に書いてるぜ」

 

「そ、そんなことないっ。勝手な被害妄想をするのはいくらなんでも失礼じゃないかしら」

 

「すごいっ。この子の性格を全部的確に見抜いてるよ」

 

「パックは黙ってるのっ!」

 

 

 

まあ、頭が悪いと思われてるのはそれはそれでアドバンテージになることもあるから決して悪いことばかりではない。

 

 

 

「てぇわけで町に繰り出すぞ。さっきのスケッチを使えば聞き込みは楽に進むだろう。因みに盗まれた“き章”ってのはとてつもない高級品だったりするのか」

 

「いいえ、違うわ。ただ・・・真ん中に小さな宝石がついてるから売りに出されたらかなりの値打ちがあるわ」

 

「犯人はお前が持ってる“き章”を狙っていたのか?」

 

「・・・たぶん」

 

「―――ってぇことは、お前が“き章”を持ってることを知ってて狙った可能性が高い。犯人は間違いなく常習犯ってことになるぜぇ」

 

「どうしてそんなことがわかるの?」

 

「あの身のこなしはただ者じゃなかった。身なりからしてもスラムや貧民街育ちだろう。なら“盗み”で生計を立てていたとしても不思議はない」

 

 

 

真っ当な家庭で育ったんなら年頃の女の子にあんなボロボロの服を着せることはしないだろうし。精霊術師(?)のこの子を出し抜いた盗みのテクニックは一朝一夕で身に付いたものではないだろうしよぉ。

 

 

 

「たぶん、誰かがあの金髪の子に依頼したんじゃねえかな。『自分の代わりにき章を盗んできたら報酬をやる』って・・・そうなるとどこかで盗品の取引を行うはずだ」

 

「見事な推理だけど何か根拠はあるのかい?」

 

「ない。ただの勘だ。でも、強ち的はずれではないと思うぜぇ」

 

 

 

この銀髪エルフの子は相当な家柄の出身だろうし。き章がどういう物かはわかんねえが、おそらく『家督を継ぐのに必要な重要アイテム』ってところか。そして、この子のことを快く思っていない誰かが、この子が家督を継ぐのを阻止すべく盗みの常習犯であるあの金髪娘に盗むよう依頼したと考えればつじつまが合う。

 

もちろん、あいつが何の考えもなしに身形のいいお嬢様から金目のものを盗んだだけって線も考えられるけどよぉ。

 

どちらにしても―――

 

 

 

「スリの常習犯である以上、盗品をさばく独自のルートが必ずあるはずだ。金銭ならともかく宝石とかを売って金にするには個人ではできないだろうからな」

 

「盗品をさばくならスラムか貧民街って話だったけど」

 

「じゃあ、そこに行ってみようぜ。行けば何かわかるだろうしな。案内を頼むぜ」

 

「あなた場所を知らないの?」

 

「この街は今日来たばかりなんだぜぇ。俺に土地勘を期待されても無理ってもんだ」

 

 

 

もっと言えば『この世界』が初めてだからな。明日の食いぶちすら確保できていない俺は本音を言えばこんなことしてる場合じゃないんだぜぇ。

 

 

 

「今日、来たばかり?・・・あなた、もしかして画家を目指してこのルグニカ王国にやって来たの?」

 

「勘弁してくれ。どうして画家なんて目指さなくちゃなんねぇんだ。画家なんて、失敗したら最後、売れもしない絵に囲まれて一生を終えるような商売・・・俺はごめんだぜ。どうせ目指すなら漫画家の方がいい」

 

「そう。勿体ないわね。あれだけの精巧な絵を描けるならきっと王宮でも通用するのに」

 

「王宮に飾られてる絵を見たことがあるのか?」

 

「―――っ・・・いえ。ただそんな気がしただけよ」

 

 

 

何やらあまりつっこんで欲しくなさそうな様子だ。何やらいろいろと庶民の俺では到底計り知れない事情があるらしい。

 

 

 

「―――そうだ。折角だし、お前らの絵も描いてやるよ」

 

「え?わたし達、そんなことをしている暇はないのよ」

 

「遠慮すんなって。すぐに終わるからよ―――《シャシャシャシャシャシャシャシャッッ、キュッ》―――うん。我ながらなかなかの出来映えだ。ほら、出来たぞ」

 

「本当に早いわね。どれどれ、見せて」

 

 

 

銀髪エルフの子は俺の絵に興味津々なのか俺が描きあげた絵を食い入るように見ている。そして、横からパックが覗き込んだ瞬間、その瞳がキラキラと輝き出す。

 

 

 

「うわぁーっ♪オイラのことも描いてくれたんだね。スゴく上手に描けてるよっ」

 

「当然だぜ。何かツーショットで描いた方がいいような気がしたからよ。我ながら会心の出来だぜ」

 

「オイラ、絵なんて描いてもらったことないからなんだか嬉しいな~」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ありゃ―――どうしたよ、オイ?」

 

 

 

何故だか絵を受け取った本人が硬直してしまっている。俺の描いた絵に何か不満でもあったんか?

 

 

 

「・・・この絵のわたし」

 

「悪いっ!もしかして気に入らなかったか?自分ではうまく描けたつもりだったんだけどよぉ。さらさらっと描いたけど手抜きは一切してないぜぇ」

 

「――――優しい顔をしてる」

 

「ハ?」

 

 

 

何を言ってるんだ、コイツは?俺が描いたスケッチを呆然と眺めて何を言い出すかと思えば『優しい顔をしてる』だぁ?

 

まさかそんなリアクションが帰ってくるもは思わなかったから俺もついつい間抜けキャラになっちまったぜ。

 

しかし、そんな呆然としているエルフのお嬢様を差し置いてパックは突然俺の右腕に自分の尻尾を巻き付けてきた。

 

 

 

「――――じゃあ、行こうかっ!夕方までにはなんとか見つけないとね」

 

「お、おい!?」

 

「ボクには時間があまりないんだ。ほら、早く探しに行くよっ!」

 

 

 

わけもわからずパックに引っ張られるように歩き出す俺。後ろの方ではまだエルフのお嬢様が俺の描いた絵を眺めていたが、やがて絵を大事に折り畳むと後を追ってきた。

 

 

 

「―――こらっ、待ちなさい、パック!」

 

 

 

奇しくもその表情は俺が似顔絵に描き起こした笑顔によく似ていたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街に出て聞き込みを開始した俺たちであったが。犯人探しは思っていたよりも遥かに難航していた。俺の犯人スケッチがあればすぐに割り出せると思ったが、目撃情報はあってもどこの誰か知っている人がいないのだ。

 

 

 

「やれやれ・・・思ったよりも見つからねえもんだな」

 

「そうね。でも、目撃情報があっただけでも大きな前進よ」

 

「前向きなようで大いに結構――――つーか、この街いくらなんでも広すぎるぜぇ。こんなデカイだなんて聞いてなかったぞ」

 

「・・・ねえ、あなたはどこから来たの?」

 

「俺か?遥か遠く離れた日本って国だ。ジパングなんて呼ばれていた時期もあるぜ」

 

「“ニホン”?聞いたこともない国ね」

 

「俺の出身地なんて聞いても仕方がないぜぇ。どうせ行けやしないんだからよ」

 

「っ―――ねえ、それってどういう・・・」

 

「さぁ~てとぉ・・・人探し、人探しっと。俺、あっちの方で聞いてくるから少し待っててくれ」

 

 

 

俺は深く追求されるのを避けるためそそくさと近くにあった店の店主に話を聞くことにした。

 

 

 

「―――パック。どう思う?」

 

「大丈夫。邪気は一切感じない。でも、すごく変わった“匂い”がする。確かにあの子はルグニカ王国の人間じゃあないね」

 

「・・・そう」

 

 

 

初めて会ったときからすごく奇妙な人だなとは思っていたけど。話せば話すほど不思議な男の子だなと思った。

 

すごく変わった格好をしてるし、語尾を伸ばす変なしゃべり方をするし、精霊であるパックに物怖じしないで気軽に話しかけてるし・・・すごく絵が上手いし。

 

 

 

「良かったね。エミリア、すごく上手に描いてもらえて」

 

「っ・・・あんなのわたしじゃないわっ!」

 

「ええっ、あんなにそっくりだったじゃないか。あの子、エミリアのあんな顔が描けるなんてホント大したものだよ」

 

「だからっ!あんな“顔”しているのわたしじゃないって言ってるでしょ!」

 

 

 

そう。さっき彼からもらった似顔絵はとてもよく描けていた。すごく上手に描けていたんだけど一つ問題があった。

 

絵の中でパックの隣で笑っている女性が描かれていたのだけど。あんなのどう見たってわたしじゃない。

 

目尻が柔らかく垂れ下がっていて、照れ臭そうに頬がうっすら赤く染まってて、口元は困っているふりをしてうっすらと嬉しそうに笑っている。

 

 

―――あんな優しい顔をしているのは嫉妬の魔女《わたし》なんかじゃない。

 

 

 

「でも、エミリア。本当は嬉しかったんじゃない?あんなに綺麗に描いてもらえてさ。その証拠にエミリアだってあの子からもらった絵を大事に持っているじゃないか」

 

「そんなことないわっ。この絵は貰ったものだから・・・あの人が心を込めて描いてくれたものだから。捨てたらあの人が可哀想になっちゃうでしょ。だから捨てなかったのっ。本当にただそれだけなんだからね」

 

 

 

パックはわたしの内心を見透かしてかからかうような口調で言ってくるけど。わかっている。わたしがあの絵を捨てられないのはそんな理由じゃないってことくらい。

 

だって、絵の中の“自分の姿《わたし》”があんなに眩しいものだとは思わなかったから。彼の目に写っているわたしがあんな表情をしているなんて期待をしたくなかったから。わたしはどうしても絵の中の自分の姿を認められなかったから。だから、あの絵を捨てられなかったのだ。

 

 

 

「―――うぇええ…っ」

 

 

「え?」

 

 

「あぅ……ぅぅう…っ」

 

 

 

彼を待っていると雑踏の音に混じってかすかに子供の鳴き声が聞こえてきた。見ると一人で往来を行き交う人を見つめながら涙目でうろうろしているおかっぱ頭の女の子がいた。

 

遠目で見てもわかる。あの子、親とはぐれたんだわ。それで迷子になって泣いている。

 

 

 

「あぅ…うううっ」

 

「―――ねえ、あなた」

 

「……えっ?」

 

「・・・探していた相手じゃなくてごめんなさい。ここでどうしたの?お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」

 

「―――ふぇえっ!……えぅ゛、うぇえええ……っ!!」

 

「あっ、ごめんなさい。ビックリしちゃったよね。お願い、泣かないでっ」

 

 

 

わたしと顔を合わせた途端に迷子の女の子は泣き出してしまった。わたしは出来るだけ優しい声で慰めてみたけどいっこうに泣き止んでくれない――――やっぱり、エルフはどうしても怖がられてしまうみたい。

 

 

 

「お願い、泣かないで。お姉ちゃん、あなたに怖いことしたりしないから」

 

「うぇえええぇぇええ……えぐっ……うぇえええ……っ」

 

「あ、ああ・・・っ」

 

 

「《スッ》―――さあさあ、お立ち会いください。ここに取り出したるは何のヘンテツもない一枚の千円札」

 

 

「……ふえっ?」

 

 

 

泣いている女の子の前で横から見慣れない長方形の一枚の紙きれを差し出してきたのはあの男の子だった。

 

 

 

「まず、これを細かく手で破ります―――《ビリ、ビリ、ビリッ》―――破いた破片は・・・君がしっかり握りこんでおいてね」

 

「《ぎゅっ》……ん」

 

「その状態で三秒数える。3、2、1・・・《パチンッ》―――はい。じゃあ、手を開けてみて」

 

「うん………《ぴらっ》―――ふわぁああっ」

 

 

 

女の子が手を開くと破られる前の紙切れが綺麗な状態で元通りの姿で出てきた。今のは修復魔法?

 

 

 

「あげるよ、それ。世界に三枚しかないから大事にしてくれよな」

 

「うんっ!ありがとー。お兄ちゃんっ」

 

「グレートっ!元気が出てきたみてぇだな。じゃあ、一緒にママとパパを探すぞ。大丈夫!すぐ見つかるからよ」

 

「うんっ」

 

 

 

そう言って女の子の頭を撫でるその男の子はすごく優しくてすごく頼りになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お母さん、すぐ見つかって良かったなー」

 

「ええ、そうね。わたしも肩の荷が降りたわ」

 

「んでもよー。大分時間もたっちまったし、こっからどうするー?」

 

「・・・そうね」

 

 

 

捜す時間が長引けば長引くほど焦りは募る。下手をしたらもう盗まれたものが売られちまった可能性もある。それでも迷子の子を放っておけなくて貴重な時間を無駄にしちまったんだ。慰める言葉が出てこなくなってきたぜぇ。

 

 

 

「心配すんなって。捜し物ってふとしたきっかけで意外なところから意外な形でひょっこり出てくるもんだぜ。必ず見つかるさ」

 

「ええ。そうね《ぎゅっ》」

 

 

 

川のほとりに腰かけて沈痛な面持ちでスカートを握るエルフの少女。何か元気付けられそうなもんがあればいいんだけどな――――おっ、そうだ。

 

俺はポケットの中からあの金髪の少女から盗んだエンブレムを取り出した。

 

盗んだものを他人に引き渡すなんて泥棒みたいで気分が悪いが・・・いや、泥棒はあいつだ。それにこのエンブレムを持っている限り、あの子はこっちに来ざるを得ないはずだ。

 

 

 

「そう。気を落とすな。お前に探し物が見つかるとっておきのお守りをくれてやるぜぇ」

 

「気持ちはありがたいけどいらないわ」

 

「そんなこと言うなって。俺がお前に渡せる数少ないもんだからさ《ぽんっ》」

 

「だから、いらないって・・・――――――えっ・・・ええええーーーーっ!?」

 

 

 

エルフのお嬢様は俺が握らした謎のエンブレムを見て大層驚いた声をあげた。というか、出会ってから今までで一番大きい声だったぜ。

 

 

 

「い、いきなり大声出すなよっ!」

 

「これ、何であなたがこれを持っているの・・・もしかしてずっとあなたが持ってたの!?」

 

「ちょっと待て。話が読めねえぞ。いったいどういうこった?」

 

「―――そりゃあ驚くよ。まさか盗まれた徽章をずっと君が隠し持っていたなんてね。オイラも驚いたよ」

 

「徽章・・・これがぁ!?」

 

「その様子だと本当に知らなかったみたいだね」

 

 

 

どうやら俺が図らずも盗んでしまったエンブレムこそがこのエルフのお嬢様が必死に探していた徽章だったらしい。

 

 

 

「ねえ、あなたどこでこれを手にいれたの?」

 

「あっ・・・これは・・・えっと――――そ、そう!あの金髪の子に遭遇したときに拾ったんだよ。あの子に返そうと思ってたんだけど。まさかあんたが落としたもんだったとは・・・グレートッ」

 

「・・・本当かな~、何か出来すぎな気がするけど」

 

 

 

猫神パックは疑いの眼差しで俺を見ているが、俺は嘘はついてない。真実を話していないだけだ!経緯はどうあれ徽章が戻ってきたんだし責められる謂れはないぜぇ。

 

お互いに積み重ねた善行こそが全てを解決に導いた。それだけのことだぜぇ!

 

 

 

「本当にありがとう!あなたのお陰で大事な徽章が戻ってきたわ―――ありがとう!《ふわっ》」

 

「え・・・あ、おう」

 

 

 

不覚だった。完全に一瞬目の前のこの少女の笑顔にやられていた。大切なものが返ってきた安心感と俺あふれでる感謝で彩られた笑顔に完全にやられていた。

 

―――落ち着け。素数だ!素数を数えて落ちつくのだっ!2、3、5、7、11、13…

 

 

 

「?・・・ねえ、急にどうしたの?顔、赤いわよ。具合悪いの?」

 

「大丈夫だよ。今のは健全な男としての反応であって体は健康そのものだからさ」

 

「余計なこと言わないでくれるかな!本当のこと言われたときが一番ダメージ受けるんだからさ!」

 

 

 

 

――――――4.865429308《カシャッ》

 

 

 

 

「本当にありがとう。あなたにお礼をしなくちゃならないわね」

 

「そんなお礼だなんて・・・――――全力で俺を助けてほしいんだぜっ、お願いします!」

 

「一瞬、カッコつけようとしみたいだけど。どうやらやんごとなき事情があって断念したみたいだね」

 

 

 

 

――――――4.865429901《カシャッ》

 

 

 

 

「実はワケあって職も宿もねえホームレスでよぉ。何か仕事だったり雇ってくれるところを知らねえか?」

 

 

 

 

――――――4.868432105《カシャッ》

 

 

 

 

「そんなことなら簡単よ。あなたをわたしの家に招待するわ。もしよろしければ使用人としてそのまま雇ってあげる」

 

「マジかよっ!こいつはグレートだぜ!――――あっ・・・でも、いいのか?俺は助かるけどよぉ。こんな得たいの知れない男を招き入れたりしたら周りが心配するんじゃあ」

 

 

 

 

――――――4.885392505《カシャッ》

 

 

 

 

「あなたにはいろいろと良くしてもらったし。あなたがいなかったらこの徽章は取り戻せなかったわ。そのお礼だと思ってくれればいいわ」

 

「なんか悪いな・・・俺はたまたまこれを拾っただけだったってのによ」

 

「その子にとって徽章はそれだけ大事なものだったってことだよ。ボクも異存はないよ」

 

 

 

 

――――――4.932960453《カシャッ》

 

 

 

 

「そういえばまだお互い名前も聞いてないよね。自己紹介しよっか」

 

「・・・ああ。そうだな。じゃあ、僭越ながらまずこの俺が―――」

 

 

 

 

――――――4.993805169《カシャッ》

 

 

 

 

「俺の名前は『十条旭』―――よろしくなっ」

 

「『ジョジョ・アキラ』?・・・変わった名前をしてるのね」

 

「“ジョジョ”じゃなくて『じゅうじょう』だ。間違えないように頼むぜ」

 

「もう知っていると思うけど。ボクはパック!ヨロシク!」

 

「おう!ヨロシク頼むぜ。そしてあとで是非モフらせてくれ!――――んで、あんたの名前は?」

 

「わたしの名前はね―――」

 

 

 

 

――――――5.012693874《カシャッ》

 

 

 

 

『時間軸変動率5パーセント以上ノ乖離ヲ確認―――『ANOTHER ONE BITE THE DUST』―――歴史ハ繰リ返ス』

 

 

 

カチッ ドグォゴゴゴォオオオオオオオオオオオオーーーーンッッ!!

 

 

 

その時―――世界が爆ぜた。歴史が壊れた。

 

 

 

 

 




エミリアのしゃべり方はとても難しい。でも、書いているうちにとても優しい女の子だということを改めて再認識させられる。


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第1章:怒濤の一日目編
第5話:12回目のRE :スタート


本来であればプロローグは早々に終わらせて本編に入りたかったのですが。書き起こしてみると結構な文量になってしまいました。

ここからはテンポが命。


 

 

 

―――俺の名前は十条旭《じゅうじょうあきら》。

 

 

わりかしどこにでもいる高校生。

 

どこにでもいる普通の家庭で、普通の両親のもとで生まれ、普通に育って、どこにでもある普通の高校に入学した。

 

成績は可もなく不可もなく。交遊関係は狭く深く。部活動は所属せず暇さえあればバイトで小遣いを稼ぐ至ってどノーマルな高校生。

 

いや、むしろ普通以下だったかもしれない。運動部にも所属せず喧嘩も苦手だった俺は周囲に溶け込むのが苦手でネットやアニメにはまりこみ。スクールカーストではランク最下層のいわゆるオタクの部類だった。

 

だからといって苛められるようなこともなく。気の合う仲間と好きにバカやってそれなりに充実したスクールライフを送っていた・・・――――――はずだった。

 

 

 

「―――またかよっ!?」

 

 

 

それがどういうわけか今は“異世界”にいる。時代は中世。周りは亜人やトカゲ人間が歩き回るファンタジーワールド。何故か会話は日本語で成立する。

 

何故そこにいるのかって?それがわかれば俺も苦労はないんだぜぇ。この世界に来る前後のことは何も覚えていないんだからな。

 

――――だが、それだけならまだいいっ!まだましだ!まだやりようもある!

 

しかし、今、問題となっているのは異世界に来たことでも記憶が飛んでることでもない。ましてや自分の置かれた絶望的な状況ですらない。

 

 

 

 

ゴォーーーンッ ゴォーーーンッ

 

 

 

「おい、どけよ」

「あっ、すいません」

 

「ママー。買って買ってー!」

「ダメよ。今、食べたら晩御飯食べられなくなっちゃうわよ」

「ええーっ!いいじゃん、おやつなんだしさ」

 

 

ガヤガヤ、ガヤガヤ……

 

 

 

対外的には、俺の異世界生活が始まってから実にものの一分も経っていないのだろう。だが、俺主観の体感で言えば俺が異世界に迷い混んでから―――優に“10日以上”経っている。

 

 

 

「どうした、兄ちゃん?――――そんなところで突っ立ってねえでよ。せっかくだからなんか買っていけよっ!うちのリンガは絶品だぜ。鮮度も文句なしだ」

 

 

 

この台詞を聞くのもかれこれ“十回を越えている”。この顔に傷のあるいかつい店の親父と『初対面』を経験するのも10回越えている。

 

ここでの俺の返しも最早テンプレでしかない。

 

 

 

「そこで問題だ!このグレートにクソヤベェ状況でどうやって生き残る?

 

3択—ひとつだけ選びなさい。

 

答え1、ハンサムな俺様は突如天才的なアイデアがひらめく。

答え2、美人で可愛い貴族のお嬢様ヒロインがきて助けてくれる。

答え3、無駄無駄無駄。現実は非情である」

 

 

 

従って店の親父の答えもわかりきっていた。

 

 

 

「そう!次にお前は――――『答え4、『客じゃねえなら、とっとと失せろ』』・・・と言うっ!」

 

「――――答え4、『客じゃねえなら、とっとと失せろ・・・ハッ!?」

 

 

 

おわかりいただけたであろうか?俺は遂に、ジョジョファンなら一度はやってみたくなるであろうジョ●フ・ジョースターのお家芸を再現できるまでに俺はこのリアルに理不尽なクソゲーをやリ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそもの始まりはあの金髪の少女『フェルト』から俺が徽章を取り返したことから始まった。

 

 

何で、名前を知っているのかって?

 

3回目のループで聞き込みをしていたときにさっきの店主のおっちゃんが教えてくれたんだ。どうやら『迷子になっていた娘を助ける』という行為がフラグになっていたようでなぁ。

 

あのフェルトはどうやら貧民街ではかなり有名な跳ねっ返り娘らしくてスリなどで生計を立てている典型的な問題児だったらしい。

 

加えて、案の定、このフェルトはある人物に依頼を受けて銀髪エルフのお嬢様からあの徽章を盗むことを頼まれていたらしい。

 

 

―――俺の最初のプロファイリングは見事に当たっていたってワケだぜぇ。

 

 

だから、一回目に出会ったときに俺があの子から徽章を奪っていたことは結果としては間違っていなかったのだ。

 

 

 

しかし、ここで思わぬ事態が発生しちまった。

 

俺が徽章を奪い返してしまったことにより彼女は盗みの依頼が達成できなかった。それにより『フェルトは依頼主に殺されてしまっていた』のだ。

 

 

 

この事が判明したのは3回目のループで彼女のもとを訪れたときだった。

 

俺が『あえて銀髪エルフのお嬢様に徽章を返さず』にフェルトの盗品庫を訪ねたときには既に手遅れだった。彼女は見るも無惨なバラバラ死体となって惨殺されてしまっていたのだ。

 

他にも4パターンほどループを試してみたが、結果は変わらなかった。

 

俺が『フェルトから徽章を取り返す』という行為は彼女の死亡フラグとなっており、俺がそのフラグを立て続ける限り――――彼女はどうあがいても殺される運命にあるらしい。

 

 

 

「つまり、俺があの“エルフのお嬢様”に徽章を返せばフェルトが殺される」

 

 

 

じゃあ、『あえて返さなければいいのではないか』という考えに普通至るであろう。もちろん、それは俺も考えたんだぜぇ。

 

しかしだ。もともとあのエルフのお嬢様の大事な持ち物である徽章を盗人に・・・ましてやあんな惨たらしい殺し方をする殺人鬼なんかに渡していいはずがない。 

 

 

 

そして、ここでまた新たな問題が発覚しちまった。

 

俺が『エルフのお嬢様に徽章を返してしまう』とその時点でこの世界が謎の爆発に包まれてしまい。俺はさっき同様、最初の地点に強制的に引き戻されてしまうのだ。

 

 

 

俺は便宜上これを『ム●ュラ現象』又は『バイツァダスト』と呼んでいるが・・・つまるところタイムリープによる無限ループだ。

 

このバイツァダストが発動するタイミングを確認していく内にハッキリしたことなんだが――――『あのエルフのお嬢様が徽章を取り返すこと』若しくは『あのエルフのお嬢様が命の危険を回避すること』がタイムリープ発動の条件らしい。

 

前者については簡単に割り出せた『徽章を返すタイミングをずらす』だけでよかった。返すタイミングを早めたり遅めたりするとそれに合わせて必ず返した直後にバイツァダストは発動したので間違いない。

 

後者については試したわけではないから確証はない。あくまでも状況証拠でしかないが―――もしこの世界に『俺がいなかった場合』あのエルフのお嬢様は一人でフェルトが殺された殺人現場に赴いていたはず。

 

――――つまり、俺が何もしなかったらフェルトと一緒にあの場で殺されていた可能性が濃厚である。

 

 

 

「何でこんなことになっているのかはわからねえが・・・――――まるで『最初の村から先へ進もうとすると必ずバグってデータが初期化されちまう壊れたRPG』をやらされてるような気分だぜぇ」

 

 

 

まるで運命が世界に『あの二人を殺せ』と命じているかのようだ。世界線によって運命が確立しているなんてそんな『シュ●インズゲート』みたいな展開があるのかよ。

 

 

歴史の頂点に輝くかの『ミケランジェロ』が言った言葉がある。

 

『わたしは大理石を彫刻する時、着想を持たない。“石”自体がすでに掘るべき形の限界を定めているからだ。わたしの手はその形を石の中から取り出してやるだけなのだ』

 

ミケランジェロは『究極の形』は考えてから掘るのではなく、すでに石の中に運命として『内在している』と言っているのだ!

 

 

――――俺がやらなきゃなんねえのは、このふざけた運命をねじ伏せること。フェルトと銀髪エルフのお嬢様を死なせることなくこのクソッタレな運命を“ぶち壊し抜ける”ためにどうにかしなきゃなんねえってことだ。

 

 

 

「確か・・・フェルトがあそこの路地裏で絡まれるのはもうちょっと先だよな。今回は今までとは違う道を選ばねえと―――流石の俺もこれ以上、ディアボ□の大冒険はやりたくねえぜ」

 

 

 

フェルトが泥棒を依頼された依頼主に惨殺される。それを塞ぐためには『依頼を達成させる』か『依頼を受けさせない』ことしかない。だが、それは既に過去のループで失敗している。

 

ならば、第三の方法――――――『俺が正規(?)に徽章を買い取る』。

 

 

 

「金はないし売り物になるのは・・・やっぱこれしかないか」

 

 

 

元の世界の数少ない思い出がつまっているスマホを取り出す。手離すことをギリギリまで躊躇っていた代物だが、こうなっては仕方がない。

 

――――今は何か無理矢理にでも変化を起こさないといけないんだぜ。

 

 

 

「《ぐぅ~~~…》―――・・・グレート。ループしていても腹は減るんだな。体感時間だけで言えば10日間何も口にしてねえってことだもんな」

 

 

 

いくら意気込んだところで腹ごしらえしねえと頭も回らねえ。せめて小遣いでもありゃあ何か食えるんだが・・・。

 

 

 

「まだ時間もあるし、たまには食い逃げでもするか?足には自信があるし・・・最悪、バイツァダストを食らえば俺の罪も帳消しだ」

 

 

「―――おっと。それはちょっと聞き捨てならないね」

 

 

「ん?」

 

 

 

聞きなれない声だった。10回以上ループを繰り返してきたが、俺に話しかけてきたのはいつも決まった人物でしかなかった。

 

だから、正直に言ってその出会いに何か変化の兆しを期待していた。

 

 

 

「僕は今日非番だったのだけれど。流石に目の前で飢えに苦しみ犯罪に及ぼうとしている若者を見過ごすことはできないね」

 

「―――グレート・・・ただのイケメンかよ」

 

 

 

赤い髪に確固たる意思を秘めた若獅子のような鋭い瞳。しかし、整った顔立ちの美貌が柔和な雰囲気を演出しており威圧感を感じさせない。

 

服装はかなり上等な騎士の礼服。腰に帯びているのはそれ以上の品格を感じさせる装飾剣。

 

―――一目で人生勝ち組だとわかる出で立ちに内心舌打ちした俺は悪くないぜ。

 

 

 

「君も不運だったね。騎士である僕の前で犯行声明を行うなんて。ただの冗談なら聞き流しもするけど・・・目の前で一人の若者が犯罪者になろうとしているのをただ黙って見てられなくてね」

 

「人聞きの悪い事をいうな。人間なんてみんな四捨五入したら犯罪者だバカヤロー。こちとらお前みてえに人生イージーモードじゃあねえんだよ」

 

「君の置かれた状況がどれほど劣悪な環境だったかはわからないけど。だからって目の前で起きそうな犯罪を放ってはおけないよ」

 

「うるせェェェェェーーーーー 弁護士を呼べェェェーーーーーッ!」

 

 

 

追い詰められた人間にぶしつけな綺麗事を並べ立てることほど神経を逆撫でされることはない。それがましてや人生イージーモード爆進中のクソイケメンともなれば当然だ。

 

 

 

「随分と変わった格好をしているけど。ルグニカに来るのは初めてかい?」

 

「YES YES YES YES」

 

「お腹が空いてるのかい?」

 

「YES YES YES YES YES YES YES YES YES YES!!」

 

「仕方がない・・・―――わかったよ。これも何かの縁だ。お昼一食ぐらいなら僕がおごろう」

 

「イエーイ!ハッピーうれピー!よろピクねーーーーーっ!」

 

 

 

やべっ!コイツ、マジイケメンだ!惚れるぜ!これがエロゲで俺が女ならフラグが立っていたね!ゼッタイ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゥンまぁぁ~いっ!―――《ガツッ!ガツッ!グアッツ!グァッツ!ゴキュッ、ゴキュッゴキュッゴキュッ!》―――・・・異世界に来てようやく初めて飯にありつけたぜ―――《もぎゅもぎゅ!グァッツグァッツグァッツ!》―――あんがとなっ!誰だかしんねえけど」

 

「慌てなくても料理は逃げないよ。喋るか食べるかどちらかにしておくれ。でも、口にあったようで良かったよ。遠慮せずにどんどん食べておくれ」

 

「―――おかわり!」

 

「言われなくても遠慮なんてしてないね」

 

 

 

俺は今までの溜まりにたまった食欲とストレスをぶつけんばかりの勢いで飯をかっ食らっていった。いやぁ~、たまには寄り道してみるもんだね。

 

 

 

「―――ぷっはぁーーー・・・食った食ったぁ。すまぬな。すっかりご馳走になっちまったぜ」

 

「いや、気にしないでくれ。君が行き倒れる前に保護できてよかった」

 

「うわ~・・・これだけのハチャメチャな食いっぷりに眉ひとつ動かさないとは。しかも、自分の懐を食い荒らされてるのに笑顔すら浮かべるこの器・・・――――――顔も中身もイケメンすぎて、最早、妬みも嫉みも通り越しちまったぃ」

 

 

 

笑顔がキラキラ輝いている目の前の赤髪の超絶イケメン騎士。実は覇気とか使える設定だったりしないよな?海賊で四皇な赤髪で麦わら帽子が似合うような――――・・・流石にないか。

 

 

 

「君は今日ルグニカに来たばかりなのかい?」

 

「ああ。どうしてここに来ちまったかはわからないけど―――っていうか、今さらだけど。あんたってもしかして相当なお偉いさんじゃあねえのか?」

 

「気にしないでくれ。確かに家柄はそれなりだけど僕はまだまだ騎士としては未熟な身だからね」

 

「それ以上、完成度をあげてどうするよ?英雄王にでもなるつもりか」

 

「いつかはね。そういえば名前をまだ名乗っていなかったね。僕はラインハルト。『ラインハルト・ヴァン・アストレア』」

 

「否定しないのかよ。俺はアキラ。『十条旭』だ。大した特技のないしがない平凡な一般人だよ」

 

「そうなのかい?」

 

 

 

俺の自己紹介にラインハルトは意外そうな顔をして驚いていた。

 

 

 

「そこ、そんなに驚くところかぁ?」

 

「ごめんごめん。でも、君が自分のことを『平凡』だなんて言うから少しおかしくてね」

 

「・・・どういう意味だ、そりゃあ?」

 

「君の歩き方は武術や剣術を嗜んでいる人間のそれではない。なのに・・・立ち居振舞いに一切の隙がない。何か得たいの知れない気配を感じたんだ」

 

「・・・・・・。」

 

「僕が君を呼び止めたのはどちらかというとそれが本音でね。君が本気で何か犯行に及んだら止めるのに苦労しそうだったからね」

 

「俺を過大評価しても何にも出てこないぜぇ。俺はちっぽけでか弱いただの人間だ」

 

「自分のことを弱いと認められるのはそれだけでも強さだ。もっとも君の場合は賢く弱者を装って擬態しているように見えるけどね」

 

 

 

コイツ・・・マジに怖いやつだな。コイツの強さは並外れている。俺の中の“もう一人”を本能で感知していやがる。そのくせ悪意や邪気を一切感じない―――だからこそタチが悪い。

 

 

 

「《ガタッ》・・・悪いな。俺、そろそろ行かないと」

 

「気を悪くしたのなら謝るよ。僕はただ―――」

 

「お前のお陰で飯にありつけた。お陰でちぃとばかし気合いが入った。それだけで十分だぜぇ」

 

「・・・アキラ」

 

「もし、またどっかで会えたら“その時”はよろしく頼むぜぇ!」

 

 

 

俺はこれがきっかけで何か運命が変わったと期待し店を後にした。このループを抜け出す糸口が見つかることを願いラインハルトに一方的な約束を残した。

 

 

 

 

 




本編における最強キャラ登場。この出会いが意味するのは果たして―――。


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第6話:変化の兆し

戦闘描写は難しい。そして、キャラの魅力を描くのはもっと難しい。話を簡潔にテンポよく進めるのはそれらを更に上回る難しさであるというのを最近学びました。。




 

 

 

 

ラインハルトと別れ、このループを脱出すると意気込んでいたものの。あまりの難易度ゆえに既に10回以上ループさせられてるムリゲーにしてクソゲーなこの現実《リアル》。一筋縄じゃあいかねえ。

 

 

 

「――――『勝利条件』がわからねえこの状況じゃあ出来ることなんてたかが知れてるぜ」

 

 

 

俺はフェルトが走り抜けるであろう路地裏でフェルトを待ち伏せすることにした。

 

フェルトを生かすためには一先ず『徽章をフェルトに盗ませるしかない』と考え、あえて賭けに出ることにした。

 

勿論、あの銀髪エルフのお嬢様を死なせるつもりもねえ。ギリギリの賭けになることは確かだが、素直に徽章を取り返しちまったらまたバイツァダストが発動しちまう。

 

 

――――一か八か、『バイツァダストが発動するかしないか』のギリギリのラインで攻めてみるしかない。一歩間違えたら二人とも死ぬが・・・俺はいつまでもこのループにしがみついてるつもりはないぜぇ。

 

 

 

「それにしても遅いな。時間的にはとっくに来ていてもおかしくないはずだったんだがよぉ」

 

 

 

度々ループしていたからハッキリと言えるが、本来ならこの路地をフェルトが通過していた時間帯だ。それがどういうわけか今回だけはまだ来ていない。ただでさえ悩む時間も惜しいと言うのに・・・

 

 

 

「――――――よりにもよってクソの役にも立たねえバカばっかり集まりやがって」

 

 

「オイ!兄ちゃん、何か言ったかよ?」

 

「気のせいか俺たちのことを『バカ』だとかなんとか命知らずな言葉を口走ったような気がしたんだがぁ・・・気のせいだったかなぁ?なあっ!?《スチャッ》」

 

 

 

もはやテンプレと化したこの三人の掛け合いに頭を抱えてしまう。こちとらコイツらに構っている余裕もないと言うのによぉ。

 

しかも、俺の露骨な挑発に腹を立てて躊躇いなくナイフを抜いてきやがった―――まあ、今まで適当にへりくだるか流すかのどちらかだったから反応が今までと違うのは当たり前か。

 

 

 

「珍しい服着てんじゃねえか。とりあえずまずは金だ。有り金全部よこしな!」

 

「懲りんヤツらだな。金は一銭たりとも持っていないぜ。こちとら無一文の貧乏人だ。自分より可哀想なヤツに施しを求めるんじゃねえよ。ただでさえ俺の方が報われないんだからよぉ」

 

「うっせぇんだよ。金が本当にねえかどうかテメエの身ぐるみ全部ひんむいてやるよ」

 

 

 

案の定、聞く耳を持たないチンピラ三人。最早、三下のお約束。

 

 

 

「さあ、さっさと金を出せ!兄ちゃんも命が惜しいだろ」

 

「何度も言わせるんじゃねえよ。1度でいいことを2度言わなけりゃあいけないってのはそいつが頭が悪いからだ―――金は一銭たりともねえって言ってるんだ。3度目は言わせないでくれ」

 

「っ―――こんのぉ・・・ガキがぁーーーーーっっ!!《ぐおっ!》」

 

 

『ドォラァアアッッ!!』

 

 

ボグシャァアアアッッ!!

 

 

「げぶっ!?」

 

 

 

ナイフで切りかかってきたチンピラを俺は一切手を出すことなく殴り飛ばした。連中はあまりの速さに何が起こったのかすらも気づかなかったことだろう。

 

 

 

「おぶっ…っ!?・・・おごがぁっ!《ボタボタボタッ》」

 

 

「―――何度もループしていく内にいい加減俺も力のコントロールを覚えてきた。何が言いてぇかというとだ――――お前らに優しくしてやるにも限度があるってぇことだ」

 

 

「ぶふっ・・・ふざけっ、ふざけるなっっ!!こんなことしてただですむと思ってんのかぁ!?」

 

 

「グレート・・・運が悪かったんだよ、お前らは」

 

 

「ヤロォ・・・っ!!ネズミの餌になりやがれぇ!!」

 

「「おおおおおーーーっ!!」」

 

 

 

3人でいっぺんに切りかかってくるが無駄なあがき。先程の攻撃が見えていなかった時点でコイツらは素直に敗けを認めて逃げるべきだったな。

 

 

 

『ドォォオララララララララララララララララァァアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ズドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーーッッ!!

 

 

「「「アッバーチャァアアアーーーーーーー……っっ!?」」」

 

 

 

今までの鬱憤を晴らすかのごとく3人まとめて猛烈なラッシュを叩き込んでやった。普通なら死ぬほどのダメージでも能力のコントロールを覚えた今の俺なら間違えて殺す心配はない。

 

 

 

「――――~~~~~ヤバイっ・・・ちょっと、気持ちいいな」

 

 

 

我ながら不謹慎な感想かも知れねえが、1度やってみたら病み付きになる。まるで自分がワ●パンマンになったかのような圧倒的勝利の快感と爽快感があるぜ。

 

 

 

「けど結局フェルトは現れなかったな。バタフライエフェクトとかそういうのはよくわからないけど。何かが変わり出してるのかもしれないな」

 

 

「―――ねえ、ちょっとあなた」

 

 

「あん?」

 

 

「そこで何をしてるの?」

 

 

 

声のした方向を振り替えると白いローブを纏った銀髪のエルフ。事実上、会うのはこれが初めてだって言うのに何度も会ってきた“エルフのお嬢様”がいた。

 

 

 

「ねえ、あなたここで何をしているの?」

 

 

「何と言われても・・・見ての通りじゃあねえの?」

 

 

「そう。本当はわたしも急いでいるからこんなところで余計なことに首を突っ込んでる暇はないのよね――――――でも、見て見ぬふりは出来ないのよね《コォオオオオ…ッ》」

 

 

ドギュンッ!

 

 

「―――っ!?《ガギィンッ!》」

 

 

 

突如、エルフのお嬢様がこちらに手をかざして氷の弾丸を撃ってきた。俺が反応するよりもコイツが反射的に拳で叩き落としてくれたものの俺もさすがに驚いた。

 

 

 

「いきなり何をしやがるッ!?」

 

「こんな場所で無抵抗な人達にこれだけ暴力をふるっておいて・・・それを黙って見過ごせって言うの?」

 

「・・・グレート。第三者の視点だとそう見えちまうのかよ」

 

 

 

確かに圧倒的な力で蹂躙したばかりのこの現場で俺が被害者だと言うには無理がありすぎる。正当防衛というにはあまりにも手加減しなさすぎた。

 

 

 

「ちょっと待て!先に絡んできたのはそいつらの方だぜ!俺は降りかかる火の粉を払っただけだ。現にそいつらにケガは一切ないだろ?」

 

「っ・・・『ケガはない』ですって。この人達の顔をこんなにしておいてよくそんなことが言えたわね」

 

「え・・・――――うわっ!?マジかよ、コレ。確かに全然無事とは言えねえな」

 

 

 

エルフのお嬢様が指したチンピラ3人の顔を見ると確かに怪我こそないものの恐ろしい状態になっていた。

 

一人は医者の忠告を無視して無茶な整形を繰り返したような顔面になっている。もう一人は坂上智●に蹴られた春原●平のように顔面が歪んでしまっており。最後の一人に至っては正月の福笑いのように顔面のパーツがしっちゃかめっちゃかになってしまっている。3人とも見事に『親でも見分けがつかない顔』になってしまっていた。

 

 

 

「Oh my god! ダメだ、コイツら・・・最早10回ぐらい転生しないと元の顔には戻れそうにねえな」

 

「あなたがこの人達にやった罪を懺悔しなさい《コォオオオオ、パキパキパキパキッ》」

 

「ついカッとなってやった。今は後悔している《ドキュゥウウウンッ》」

 

 

 

最早、モザイクをかけないと放映できない顔面にされた3人に同情しているのであろう。盗まれた大事な徽章を一刻も早く取り戻さなきゃならないくせに正義感が強いというか・・・いや、単に優しすぎるだけかぁ。

 

今度は魔法で氷の槍を精製してみせるエルフのお嬢様。さっきまでとは違って警告の意味を込めた“本気”ってことらしい。

 

 

「よくよく考えたらあんたと敵対するルートはコレが初めてだなぁ」

 

「あなたとわたしは初対面でしょ。何を当たり前のことを言っているの?あなたを捕まえて衛兵に突き出すわ。けど、この人達の顔を今すぐに元通りになおすっていうのなら見逃してあげる」

 

「そんなこと・・・例え、この俺が許しても―――この俺は許さんぞ、コンチクショーーーーッ!!」

 

ドギュンッ!!

 

『ドォラァアアアァッ!!《ガギィンッ!》』

 

「―――っ、また防いだ・・・さっきから不思議なことをするわね」

 

 

 

やはりこの手の冗談が通じないタイプらしい。まともにやりあっていても仕方がないし。ここにフェルトがいない以上こうしていても仕方がない。

 

 

 

「悪いが俺は先を急ぐんでね。これ以上あんたとやりあうつもりはないんだ―――あんたも無駄なことはやめた方がいい。大事なものを盗られて焦っているなら、尚更な」

 

「っ・・・どうしてそのことを!?まさか・・・あなたもあの子の仲間だったのね。だったら尚更見逃せなくなったわ《コォオオオオッ、パキパキパキパキパキパキパキパキッッ!!》」

 

「グレート。俺の意図せずして勘違いが加速していきやがる。ア●ジャッシュですか、お前は?」

 

 

ドギュンッ ドギュンッ ドギュンッ ドギュンッ!

 

 

『ドォラララララララァァアアーーーーーーーーーーッッ!!!!《ガギィンッ!ガギィンッ!ガギィンッ!ガギィンッ!》』

 

 

 

弾き飛ばした氷の槍が建物の壁を穿ち壁の破片が落ちてくるが、彼女はそれに構わず攻撃の手を緩めようとしない。こうなってしまうと一から十まで説明するのも面倒くさいぜぇ。

 

 

 

「―――パック。どう思う?」

 

「《ピョコッ》何かはわからないけど精霊ではないね。それは間違いないよ。でも、あの子も何かを隠してるよ」

 

「・・・そう《コォオオオオッ》」

 

「なあ、ここいらで引き分けにしねえか?お前と俺の能力じゃ勝負はつかねえよ」

 

「取り返しがつかなくなる前にわたしの徽章を返して。今なら謝れば許してあげる。お願い。あれは大切なものなの。あれ以外のものなら諦めもつくけど、あれだけは絶対にダメ」

 

「・・・俺が取り返すまでの間、大人しく待っててもらうという選択肢はない?俺ならいい目を出すぜ」

 

「あなたを信用できないわ《ドギュンッドギュンッドギュンッドギュンッ!!》」

 

『ドォオラララララララララァァアアアアアーーーーーーーーーーッッ!!!!《ドゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!》』

 

 

スゥゥウウウッッ、ピタァッ……――――ドコォッ!ドコォッ!ドコォッ!ドコォッ!

 

 

 

床の石板を砕いて瞬時に目の前に壁を作り、分厚い壁が氷の槍を防いだ。

 

 

 

「っ―――床を砕いて壁を作った!何なの、今の魔法は・・・あの人はどこに行ったの」

 

「上に行った!ほら、あそこだよっ」

 

 

 

壁を目隠しにして上に避難した俺は外壁の上からジョジョ立ちをして二人を見下ろす。

 

 

 

「(・・・何なの、この人。魔法を使ったような様子はないはずなのに・・・いつの間にあんなところまで移動したの?)」

 

「もう一ペン言うけど追ってくるなんて考えないでくれよ。本当は一ペンでいい事を2度言うのは嫌いなんだぜ。なぜなら・・・2度言うってのは無駄だからだ。お前の人生のために言うけど・・・無駄はやめた方が良い」

 

「あなたに『無駄』だなんて決めつけられたくないわ。無駄でもなんでもやらなきゃならないのよ。アレは絶対に取り返さないとならないのっ」

 

 

 

グレート。いい目だ。本当は自分が一番追い詰められているくせにムカつくくらいに真っ直ぐで翳りを一切感じさせない――――護り甲斐のあるいい女だぜぇ。

 

例え、どれ程理不尽にループさせられてもこのエルフのお嬢様は犠牲にはできない。この出会いを繰り返す度にその決意が何度でも俺に刻み込まれる。

 

 

 

「よぉ~くわかったよ。わかったついでに・・・そこに転がっている3人はさっき“治して”おいてやったからよぉ。正義感を振りかざすのも程ほどにして・・・徽章を取り戻したかったら報酬のストロベリーサンデーを用意して待ってりゃあいいんだぜぇ。それこそがお前にとっての最善。それがベスト――――――それがわかったらよぉ。俺は先を急ぐから。ついてくんなよっ!」

 

 

「あっ・・・待ちなさいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そう言って屋上の向こう側へと姿を消した黒服の男を呼び止めたけど。わたしは一瞬、後を追うのを躊躇ってしまった。

 

会ったばかりのはずの赤の他人のはずなのに。一瞬、わたしは彼に何かを期待してしまった。何故か『彼はわたしのために行動してくれているのでは』と一瞬でも思ってしまった。

 

あの人の目を見ていると自分の知らない自分を見られてるような気がして落ち着かなかった。まるで彼はずっと前からわたしのことを陰から護っていたんじゃないかって思わせるようなそんな深い目をしていた。

 

 

 

「彼を追わなくていいの?」

 

「・・・大丈夫よ、パック。それよりもこの人達を治してあげないと」

 

「ナイフなんか持ってるし、どう見ても善人には見えないんだけど。やっぱり助けちゃうの?」

 

「『やっぱり』って何よ!言っとくけど、わたしがこの人達を治すのはあくまでもさっき逃げていった男の情報が欲しいからであって。別に赤の他人なんだし本当は放っておくつもりだったんだけど・・・この人達を助ければ、わたしにも利があるから仕方なく治してあげようと思っただけなんだからっ」

 

「でも、その必要はないみたいだよ。だって、ほら《しゅぴっ》」

 

「・・・え?」

 

 

むくっ

 

 

「あいててて・・・あれ?痛くない?」

 

「何で俺らこんなところで寝てるんだ」

 

「どこ行った・・・さっきのガキは」

 

 

 

パックに言われて見てみると倒れていた3人の男達がちょうど立ち上がっていた。ハッキリ言ってこの時のわたしは動揺していた。

 

だって、さっきは見るも無惨に歪められていた3人の顔が“普通の顔”に治っていたんですもの。

 

 

 

「―――ねえ、あなた達に聞きたいことがあるんだけど」

 

 

「あん?何だ、嬢ちゃん」

 

 

「さっきあなた達と一緒にいた男について聞きたいんだけど」

 

 

「男・・・っ、そうだ!あのガキだ!あのガキにいきなりぶっ飛ばされて・・・それから記憶が飛んでやがる」

 

 

「もしかしてあの人について何も知らないの?」

 

 

「あ・・・ああ。何も覚えてないんだけどここで何があったんだ?ぶっ飛ばされたはずのケガもいつのまにかなくなってるし。もしかして嬢ちゃんが治してくれたのか?」

 

 

「え?・・・いえ、違うわ―――」

 

 

 

確かによく見ると3人には怪我は一切なかった。それにわたしと争った時に壊れた道路や壁もいつの間にか完全に直っていた。

 

 

 

「ねえ、どう思う、パック?」

 

「直接話したのは君だよ。君はどう思ったんだい?」

 

「・・・すごく爽やかな男の子だったかな。まんまと出し抜かれたのに奇妙なんだけど」

 

 

 

『強い』とか『恐ろしい』とかそういうのじゃなくて何か普通の人とは一線を画す大らかで不思議な雰囲気を身に纏った少年だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




近距離戦闘においては無敵を誇るが遠距離からの攻撃には滅法弱い近距離パワー型の特製。対する遠距離からの魔法攻撃。

まともに戦えばどっちが強いんでしょうか?

『どんな者だろうと人にはそれぞれその個性にあった適材適所がある 王には王の・・・・・・料理人には料理人の・・・・・・それが生きるという事だ。スタンドも同様『強い』『弱い』の概念はない』



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第7話:再構築される関係

主人公の詳細な設定はあらかた作っておりますが、設定負けしないかどうかが不安ですね。


 

 

 

 

「思わぬ時間をとられたぜぇ。急がねえと・・・でも、その前に―――」

 

 

ガラガラガラ・・・ッ

 

 

 

この時間帯はあの子が迷子になってる頃だ。あの子を母親のもとに届けてからでないと―――

 

 

 

ガラガラガラガラガラ・・・ッ

 

 

「たしかこの辺のはずだったんだけど」

 

 

 

しかし、今回も同じところであの子と出くわすとは限らない。何せ俺はあの銀髪エルフのお嬢様ともう既に敵対しちまったんだからなぁ。

 

トカゲ馬車(?)が勢いよく俺のとなりを駆け抜けていくのを見送って俺は深い溜め息をつく。ジョジョネタでなりきって遊んでる場合じゃねえのに俺は何をやっちまってんだろうな。

 

 

 

「流石にあの子との敵対関係になるパターンはやったことなかったからな。コレで運命が変わったんなら儲けもんだけど・・・―――そうなるとあの子との関係をやり直すチャンスはなくなっちまうってことだぜぇ。やれやれ、どっちに転んでも損だな。今回のループは」

 

 

 

やはり、死の運命を回避させるべくこれだけ奮闘している身としてはあのエルフのお嬢様に嫌われることがたまらなく寂しく思う。『俺がこれだけ思っているのにあの子に俺の思いは届かない』なんて悲劇の主人公を気取るつもりはないがよぉ。美少女とのフラグを追い求めてこその漢道《オトコウェイ》だぜ。

 

もしこれで『バイツァダスト』が発動せずに未来に進むことができたのなら今まで積み重ねた思いでは全部リセットされちまう。

 

 

 

「やりきれないぜ。まったくよぉ・・・お?」

 

 

「ママーっ!パパのところまだー?」

 

「ハイハイ。もうすぐつくから。着いたらパパと三人でお弁当食べましょうね」

 

「うんー♪」

 

 

「・・・オイオイ、マジかよ」

 

 

 

緑の髪のおかっぱ頭にくりっとした大きな瞳にピンク色の衣装。間違いなく過去のループで幾度となく世話をしてあげたあの女の子だ。ようやく見つけたと思ったら・・・――――迷子になってべそをかいてるどころかママと仲良くお手て繋いで歩いてやがる。

 

―――幸せな家族の一幕のはずなのに・・・何か釈然としないぜぇ。

 

しかも、そのまま行き道に出店で買い物しているが、いっこうにあの子がはぐれそうな気配もねえ。しまいには店員から何かボールのようなものをもらって遊んでいやがる。

 

 

 

「でもまあ、いっか。あの分なら迷子になる心配はねえだろうしよぉ。俺の手間が一つ省けたってことだな」

 

 

ガラガラガラガラガラガラガラガラ・・・ッッ!!

 

 

「急いでフェルトのいる盗品蔵に向かわねえと・・・――――――っ!?」

 

 

「遊んでないで早く行くわよ」

 

「はぁ~い《コロコロ…ッ》」

 

 

 

馬車がすごい勢いで走ってる。なのにあの子は店員からもらったボールにじゃれて遊んでいる。俺はそれを見た瞬間に猛烈に嫌な予感を感じて、考えるよりも先に走り出していた。

 

 

あの女の子は周囲の状況に全く気づかずボールにじゃれている。

 

背が膝丈くらいしかないせいか周りの大人たちも気づいていない。

 

あの子の母親も出店の店主と買い物してて何かを話してて気づいていない。

 

 

そしてトカゲ馬車は一切スピードを落とすような素振りを見せず真っ直ぐに走っている。

 

 

――――――そこへタイミング悪く女の子がボールを追っかけて飛び出してしまったっ!

 

 

 

 あぶなぁあああいっ!!

 

 

 

誰かが叫んだ声が聞こえた。しかし、俺はもうとっくに予期して走り出しているっ!

 

 

 

「《ドンッ》―――間に合えぇっ!」

 

 

『ドォォラァアアアアアッッ!!!!』

 

 

ドガャアァアアアアアアア・・・ッッ!!

 

 

 

俺はトカゲ馬車に轢かれそうになっていた女の子を抱えて自分に向かってきたトカゲ馬車を殴り飛ばした。

 

 

 

「ハァ・・・ッッ!!ハァ・・・ッ、ハァ、ハァ、ハァ、あ・・・っっっぶねぇ!!―――ケガはないか?大丈夫か!?」

 

「うぇ・・・ふえ、ふぇええええぇぇえ・・・っ!!」

 

「な、泣くなよ!ワイルドな助け方になっちまって悪かったよ。だから泣くんじゃねえよっ」

 

 

「あっ、ああああ・・・っ!ああぁぁあっ《ぺたんっ》」

 

 

「やれやれ・・・娘さんは無事ですよ。かすり傷ひとつありません」

 

「ふぇええええぇぇ・・・っ、ママぁーーーーっ!!」

 

ぎゅううううっ!

 

「ああっ・・・あぁぁっ!ありがどうございますっ・・・ほんとうにありがどうございますっ!!」

 

「ああっ・・・いえ、間に合って良かったッスねぇ」

 

 

 

地面にペタンと座り込んで最愛の娘を抱き締めたまま、もはや、声にはならない声でうわ言のように感謝の言葉を繰り返すお母さん。正直、カッコ悪い話だが、助けた俺の方も腰が抜けちまっている。

 

 

 

「痛ぇ~~~・・・兄ちゃんっ。何してくれてるんだよ、おい!?」

 

 

「あ?」

 

 

「『あ?』じゃあねえよ。兄ちゃんが俺っちの竜車ぶっ飛ばしたせいで俺の商売道具がぐちゃぐちゃじゃねえか!それに俺のこの大ケガ!?どうしてくれるんだよ、おい!?」

 

 

 

どうやら俺が殴り飛ばしたトカゲ馬車の主らしい。子供の命が助かったことよりも自分のことしか考えらんねえのかよ。やれやれだぜ。

 

しかし、俺が言い返すよりも先に異議を唱えた者がいた。

 

 

 

「―――ふざけないでっ」

 

 

「はあ?何だ、嬢ちゃんは?関係ないやつはすっこんでな」

 

 

「この人は命懸けであなたの運転する竜車からその子を助けたのよっ。それなのに自分の竜車を壊したなんて・・・そんなことをあなたが言う権利はないわ」

 

「な、何でお前がここにいるんだよ?」

 

「あなたは黙ってなさい」

 

 

 

そこにはまさかの人物がいた。さっき路地裏で俺とバトッて撒いてきたはずのエルフのお嬢様がどういうわけか俺とトカゲ馬車の主の間に割って入って反論してくれていたのだ。

 

 

 

「っ・・・う、うるせぇ!そんなこと関係ねえよ!俺は被害者なんだぞ!見ろ、この有り様をっ!頭から血も出てるし腕も折れちまっている。どう落とし前をつけてくれんだ、ああん!?」

 

 

「あなたこそこの二人に謝りなさいっ。あなたのせいで・・・―――《ポンッ》―――っ?」

 

「ありがとうな。俺のために怒ってくれてよぉ・・・――――でも、心配すんな。自分の落とし前はじぶんでつけっからよぉ」

 

 

 

こいつのお陰でさっきまでぶるっていた脚の方も何とか立ち上がれるくらいには回復できたぜぇ――――――さあ、お仕置きの時間だぜ、ベイビー。

 

 

 

「《ドキュゥウウウンッ》―――やっぱどう考えてもよぉ。せっかくあの子の命が助かったってのに。テメーが人殺しにならずにすんだことを感謝できねえってのは・・・やっぱ気に食わねえんだよな」

 

 

「ひっ・・・お、おいコラ待てっ!テメー、それ以上っ・・・お、おおれはよぉー、さっきぶっ飛ばされたばかりで・・・手足も折れてる負傷者なんだぜェーッ!そんな情けねえオレを・・・じかに痛めつけるっていうのかよ!?まさかこんなケガ人をブチのめすなんて事はしねえ~よな~ぁ?そんな卑怯な事はしねーよな?それは男のやる事じゃあねーよなぁ~?」

 

 

「う~む・・・なるほどな。たしかにケガ人をブチのめすなんて後味の悪い事だ。とっても男らしくねー事だな。心の痛む事だ」

 

 

「そ、そうだろォーーー?こんな俺をぶちのめしたらイヤァ~な気持ちがずぅっと残るぜェっ!?」

 

 

 

被害者面してさんざ文句を垂れてたくせに自分が不利になると一転して泣き落としにかかってきやがった。

 

けど、無駄だぜぇ。

 

 

 

「――――だと思ってよぉ、おめーをすでに治しといた。さっきぶっ飛ばしたトカゲ馬車もついでになぁ」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

その言葉には通行人の方々も大層驚いていた。目の前の男が頭から流れていた血も折れた骨も完璧に治っていたのだ。グシャグシャにひしゃげていたトカゲ馬車もそれを引っ張っていた大トカゲも元通りだ。

 

 

 

「動けるかい?動けるだろ?ケガはすっかり治っただろ?」

 

 

「な、治っている―――本当だ!スゲェ!いつの間にか治っている!」

 

 

「《ゴゴゴゴゴゴッ》そう・・・いったんおめーを治せばよォ~っ――――――これでぜんぜん卑怯じゃあねーわけだなぁ~っ!」

 

 

「え・・・あっ!――――――う、ウワァアアアアアアアーーーーーーッッ!!!?」

 

 

『ドォォオラララララララララララララララララァァァァアアーーーーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、騒ぎを聞き付けた衛兵が来ちまったけど、トカゲ馬車の主に怪我がなかったため結局証拠不十分でお咎めなし。娘を救ったことで顔に傷のある厳つい果物屋のオヤジさんにもメチャクチャ感謝され、お礼としてリンゴをたくさんもらった。

 

結局、迷子を助けるどころかかえって無駄にでかいトラブルに巻き込まれるだけの結果に終わってしまった。

 

 

 

「《シャクッ》んでよぉ~・・・お前はいつまでついてくる気だ?」

 

「決まってるでしょ。徽章を取り返すまでよ。あれを取り戻さないと帰れない」

 

「ハイハイ。お前も難儀だねぇ~」

 

 

 

俺がもらったリンゴをかじりながら歩いていると後ろから銀髪エルフのお嬢様がしつこく後をついてくる。まさかあんなところで見つかるとは思わなかったなぁ。

 

 

 

「最初会ったときにも言ったろ。徽章は俺が取り返すからよぉ~。お前はおとなしく待ってろって」

 

「そう。だからよっ!あなたが取り返した徽章を持ち逃げしないかをちゃんと見守らないといけないの。だからわたしもあなたについていくと決めたの。わかるでしょ?」

 

「わからねえよ。なんかわかりそうだけどよぉ・・・なんかところどころずれてるぜ、あんたさ~。さっきも俺のことを庇ったりしてたしよぉ」

 

「っ・・・アレは庇った訳じゃないわよっ。あの女の子が危ない目に遭ったのにあの人が反省していなかったからそれが許せなかっただけなのっ。あなたを庇った訳じゃあないから恩を感じる必要もないし、お礼をされるいわれもないの。あれはあくまでも自分のためにやっただけなんだからね」

 

「・・・ありがとよ」

 

「だから、お礼なんて要らないのっ!」

 

 

 

少し吃りぎみで顔を赤らめたら典型的なツンデレキャラになりそうなんだけどな。

 

そもそも俺はこのルートでこいつに何か信用されるようなことをしたか?バトッて逃げて、どちらかと言うと嫌われ街道邁進中かと思いきやぁ・・・いつの間にやら『仲間ではないけどこいつは信用できる』ってポジションに立っているような気がするよぉ!

 

 

 

「お前、この得たいの知れない俺のことをマジに信じてんのかよぉ?あんたは俺の趣味も誕生日も名前すら知らねえのによ」

 

「あなたは信用できないけど悪い人じゃあない。その点についてだけはわたし自信あるもの」

 

「何っだ、そりゃあ!?俺を信用してアテにするか、俺を信じられないから拒絶するかのどっちかにしやがれぃ」

 

「そんなのわたしの勝手でしょ。わたしはあなたのことを信用していないけど。あなたは犯人のことを知ってるんでしょ。だから、あなたについていけば徽章を取り返すチャンスがあるもの」

 

「グレート。この女、最後までついてくる気かよ」

 

 

 

俺が犯人の手がかりを持ってるから俺のあとをつけるという一見するともっともらしい理屈を言っているが、それだったらわざわざ俺と一緒に行動せずとも気づかれないよう尾行すりゃあいいのによ。

 

 

 

「ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」

 

「フェルトのことなら知ってても教えねえぞ」

 

「・・・フェルト?」

 

「何でもねえよ。この現代に選ばれたニ●ニコ動画の申し子に何を聞きたいってんだ?」

 

「―――もしかしてあなたも精霊と契約してるの?」

 

 

 

少し沈痛な面持ちでいきなり見当違いなことを聞いてきた。

 

 

 

「ダにぃ?」

 

「あなたが殴り付けるときに微かに見えていたあの腕のようなもの・・・あれって精霊の一種なんじゃないの?」

 

「っ・・・見えてるのかよ、アレが」

 

「変わった力を持ってるのね。もしかしてさっき殴った竜車や騎手がすぐに元通りになおったのもその力のお陰だったりするの」

 

「一応な」

 

「でも、あの腕みたいなものは精霊じゃあないなら・・・あなたは精霊術師じゃあないの?」

 

「ああ・・・――――でもまあ、似たようなものか《ポイッ》」

 

 

 

俺は持ってきた大量のリンゴの内一個をエルフのお嬢様に放り投げた。

 

 

 

「《ぽんっ》なに?」

 

「食えよ。俺一人じゃあ食いきれそうにもねえからな。お前も食うのも手伝ってくれよ。言っとくけどこれは『お礼』じゃないから食ってくれた方がありがたい」

 

「・・・変な人ね、あなた。殴ったと思ったら治すし、壊したものを直すし、カッコもおかしいし、しゃべり方も変。わたしの盗まれた徽章を取り返そうとしたりするし、何がしたいのか全然わからないもの、やっぱりあなた変よ。変、変、変。こんなアンポンタン見たことないわ」

 

「ケンカ売ってるなら買うぞ、オラァ!」

 

『《ピョコッ》―――まあまあ、これでもほめてるんだよ。怒らないでくれ』

 

 

 

素で俺を挑発してくる銀髪エルフに俺の怒りが有頂天に達しかけるが、どこからともなく出現したパックに諌められる。

 

 

 

「パック、余計なこと言わないでよ」

 

「今のは言い方が悪いよ。あんな風に言われたら彼だって誤解するだろ」

 

 

「―――本当に変わらねえな、どこの世界に行ってもよ」

 

 

「・・・なにが?《むすぅっ》」

 

 

「ぷっ・・・くっくっくっくっ!」

 

 

 

俺にバカにされたと思ったのか、少し不機嫌そうにこちらを睨んでくる。だけど、そのぷくっと頬を膨らませて拗ねたような表情があまりにも可愛らしくて思わず笑ってしまった。

 

 

 

「ちょっと!なに笑ってるのよっ」

 

「いやいや、バカにした訳じゃあねえって。ただあんまりにも可愛らしく怒るもんだからついな。微笑ましくてよぉ」

 

「か、かわぁ・・・っ!?//////も、もう!ふざけないでよ。そんな心にもないことを言ったりして。年上をからかわないの!」

 

「いやいや誇っていいぜ。お前は俺が出会ってきた女の中で間違いなくスペシャルナンバーワンの超美人だ。お前とで会えた時点で俺の今年の運を全部使い果たしたんじゃねえかって不安になるくらいのな」

 

「//////~~~~~っ!だ、だからっ・・・ああんもう!何なのよ、もう!あなた、よくそんな赤面ものの台詞を恥ずかしげもなく言えるわね」

 

「怒るな怒るな。ていうかよぉ、自分のこと年上って言ってっけど。そりゃあいくらなんでも無理があるぜぇ。俺はこれでも17才なんだぜ」

 

「・・・っ!」

 

「おい、どうした?」

 

 

 

さっきまでぷんすこ怒っていたエルフのお嬢様は少し悲しげに俯いてしまった。何か気に触るようなことを言ったのか?いや、まさか、年齢を気にする歳じゃああるまいに。

 

 

 

「その予想外れてるわ。だって、わたし“ハーフエルフ”だから」

 

「ハーフエルフ」

 

「・・・・・・っ《ぎゅっ》」

 

「――――――じゃあ、お前たぶん母親似だろ。すっげぇ美人だもんな」

 

「・・・え!?」

 

「エルフのお袋さんか・・・さぞ絶世の美女なんだろうなぁ。そう考えると娘であるお前もその遺伝子をしっかり受け継いでいるのも納得できるぜぇ」

 

「ぇ・・・あのっ・・・」

 

 

 

信じられないものを見るような目でこちらを見てくるエルフのお嬢様。その目を見開いてビックリしたって表情もとても愛らしいぜぇ。

 

 

 

「何だよ、何か変なこと言った?」

 

「『何』って言うか・・・だって、わたし“ハーフエルフ”」

 

「だから?」

 

「『だから』じゃなくて・・・ええっと・・・もっと他に言うことないの?」

 

「良かったね」

 

「『良かったね』って、わたしエルフのハーフで・・・もっとこう」

 

「羨ましい」

 

「『羨ましい』でもなくて・・・何であなたが羨ましがるのよ!わたしは髪も銀色だしハーフエルフだし」

 

「おう!もう言うことなしじゃないっ。綺麗な銀髪してるし何よりエルフの美少女なんて最高じゃん」

 

「・・・うう~~~~~~っ!!//////」

 

 

 

何が不満なのであろうか?怒ってるわけではなさそうだけど頭を抱えて踞ってしまった。するとパックが飛び出して一直線にこちらに向かって飛んできた。

 

 

 

「うにゃあ~~~~っ!《ぽんっ》」

 

「いきなりどうした?」

 

「ウニャ~っ!この全身を駆け巡るあまりのムズムズ感が抑えきれなくてぇ!」

 

「俺に当たり散らすなよ。全然痛くないし肉球柔らかいからもっとやれって言いたいところだけどよぉ」

 

「君ってば本当に最高だよ!こんなに楽しい気分なのボクも久しぶり」

 

「それよりもお前のご主人様を何とかしてやれって」

 

「いにゃ~っ!今はボクの出る幕がないよ。むしろ、君の方こそ君の本心を彼女にもっと言ってあげてよ。その方が彼女も喜ぶからさ」

 

 

 

「//////うう~~~~・・・もうっ、パック!」

 

 

 

 

 

 

 

 




エミリアの可愛さは世界を救う!わたしはそう信じてやまない。


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第8話:惨劇の主《エルザ》

正直に言ってリゼロのキャラは総じて好きです。悪役も敵キャラも嫌いになれないところがあります。コレって間違ってますかね?


 

 

 

 

「ねえ。いつになったらわたしの徽章を取り戻しに行くつもりなの?わたし、あなたが行くのをずっと待ってるんだけど」

 

「お前がここでおとなしく待っていてさえくれればいつでも行けるんだがよぉ~~~――――とはいえ大分時間も経ってきちまったか。そろそろマジにフェルトのいる盗品倉に向かわねえと」

 

「そうしてくれるとボクもありがたいよ。ボクも現出していれられるのはあと一時間ちょっとってところだろうから」

 

「・・・ハ?な、何だって?」

 

 

 

 

 

いきなりパックから信じられない言葉を聞いてしまった。その情報だけは初耳だ。

 

 

 

 

 

「もしかして俺とやりあったときに力を使いすぎたとか?」

 

「違う違う。ボクは精霊だからね。存在しているだけでもマナを使ってしまうんだ。まあ、時と場合にもよるけど9時から5時くらいまでが理想だね」

 

「一日8時間労働かよ。羨ましい生活体系してんなぁ」

 

「精霊も大変なんだ。というわけで急いで頼むよ」

 

「・・・お願い。案内して。そのフェルトって子がわたしから徽章を盗んだ子なんでしょう?徽章さえ取り返してくれたのなら、わたしはあの子に何もせずにすぐ帰るから」

 

「・・・・・・。」

 

「―――お願い」

 

「やれやれだぜ・・・しゃあねえ。とりあえず急ぐぞ。ただしこっから先は俺の言う通りにしてくれよ」

 

 

 

 

 

本音を言えばこれから向かうのは殺人鬼が潜む狂気の舞台だ。そんな危険地帯にこいつを連れていくのはリスキーだ。下手をすれば惨劇に巻き込まれる可能性もある。

 

だが、パックのサポートが5時までの有限性であるなら逆にイザという時にパックのサポートを受けられる5時までの間にケリをつけるのが一番だ。

 

 

――――――わかっちゃあいたことだけどよぉ。コイツはグレートにヤベェ賭けになりそうだぜ。

 

 

俺はエルフのお嬢様とパックの二人を引き連れたまま歩き慣れてしまった貧民街の中を通ってフェルトの寝床に到着した。

 

 

 

 

 

「―――あそこがフェルトの住んでいる隠れ家だ」

 

「あの子・・・あんなところに住んでいるの?風邪とかひかないのかしら」

 

「それを俺たちに心配される筋合いはないだろ。さて、俺がフェルトと話してくっから。お前はそこの建物の影にでも隠れてろ」

 

「っ・・・何でわたしが隠れなくちゃならないの?」

 

「ここでお前が出ていってしまったらまた逃げられちまうぜ。焦る気持ちはわかるがここは俺に任せろ。俺が交渉してきてやっからよぉ~」

 

「『交渉』って・・・あの子を説得できるの?」

 

「盗品を返してもらうことは出来なくても俺が買い取るって交渉なら十分可能だろうよ。もとよりこっちはそのつもりで来たわけだしな」

 

「あの・・・期待してくれてるところ申し訳ないんだけど・・・わたし、お金は持ってないわよ」

 

「俺が払うよ。心配すんな」

 

「え?」

 

「おっと、どうやらおいでなすったみたいだな。いったん隠れるぞ」

 

 

ザッザッザッ

 

 

「―――んっ、んん~~~・・・しゃあっ!ここまで来りゃあもうアイツも追ってこねえだろ」

 

 

 

 

 

付近に近寄ってくる人の足跡と気配を感じて近場の建物に隠れる。くすんだ金髪にたなびく赤いマフラー。間違いなくフェルトだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺行ってくるからよ。お前はここで大人しく―――《ぐいっ》―――っ・・・おい、何だよ!?」

 

「・・・なんで?何であなたがお金を出すの?」

 

「あん?」

 

「だって、そうでしょ!わたしはただ盗られたものを取り返しに来ただけなのに・・・その為にあなたが自分を犠牲にするなんて絶対におかしいわよ。何であなたがわたしが盗られた徽章の為に盗んだあの子にお金を出すのっ?絶対、おかしいわよ」

 

「・・・・・・。」

 

「わたし、あなたにそこまでしてもらっても返せるものがないから。だから、ここから先はわたし一人でやるわ――――ここまで本当にありがとうっ」

 

「だから待てって!」

 

 

 

 

 

俺はノコノコとフェルトの前に顔を出そうとするお嬢様の腕を引っ張って再び隠れた。

 

 

 

 

 

「―――放してよっ!」

 

「静かにしろって!アイツに見つかっちまうだろ。ここでアイツに逃げられたら二度とチャンスは回ってこないかもしんねえんだぞ」

 

「だからって・・・――――っ!」

 

「最初に約束したろ。『ここから先は俺の言う通りしてもらう』って」

 

「何で・・・わたしにそこまでしてくれるのよっ。今日出会ったばかりのあなたにそこまでしてもらう義理なんかないわ。あなたがわたしの為にお金を出す必要なんてないんだからっ」

 

「そいつは違うぜぇ―――間違ってるっ」

 

「何がよっ!?わたしのどこが間違ってるって言うのよ」

 

「―――お前とは『今日一日の長い付き合い』だ。もう既に俺とお前はケンカもすませたし、一緒に買い食いまでした仲なんだぜぇ」

 

「―――っ!?」

 

「十分な理由だろ?―――お前を助けるのには十分すぎる理由だ」

 

 

 

 

 

たった一日の付き合いだけど、それがどれだけ長い一日かはコイツには知るよしもねえだろう。目の前のこいつには俺と一緒に過ごしたあの時間の記憶は一切ない。だが、それでも俺がコイツを助けたいって気持ちには一切陰りがない。それはコイツに話したところで仕方がないんだけどよぉ・・・半ば俺の意地みたいなもんだ。

 

 

 

 

 

「とにかく俺の交渉が終わるのを黙って待っていろ。無事に徽章が返ってきたら、その時は・・・そうだな。お前に一つだけ俺のお願いを聞いてもらうとするぜ」

 

「お願い?」

 

「何のお願いかはあとのお楽しみだ。じゃあ、俺は交渉に行ってくっから・・・ついて来てもいいけど離れたところから見つからないようにしろよ」

 

「・・・わかったわ。あなたに任せてみる」

 

「そうそう。ここは経験豊富なお兄さんに任せるのが一番ってな――――――物分かりのいい子はお兄さん好きだぞ」

 

「え・・・ええええっ!?//////」

 

「じゃあな!ちゃんと大人しく待ってるんだぞっ」

 

 

 

 

 

さあてここからが正念場だぜ。俺が運命に勝つのが先かバイツァダストが発動するのが先か。

 

 

 

 

 

「《ザッ》―――よう!お前がフェルトだな」

 

「ん?・・・誰だ、兄ちゃん?」

 

 

 

 

 

知らない人間に対する冷たい目で俺を睨んでくるフェルト。俺としてはコイツにこんな目で見られて寂しい限りだが、今は感傷に浸っている場合じゃない。

 

 

 

 

 

「俺の名前は十条旭。お前に頼みたいことがあってやってきた」

 

「“ジョジョ・アキラ”ぁぁ?随分とおかしな名前してんだなぁ、兄ちゃん」

 

「ジョジョじゃなくて“じゅうじょう”だ!呼びにくかったら“アキラ”でいい」

 

「・・・んで、“兄ちゃん”はこのわたしに何の用があるんだよ」

 

「取引だ。お前が盗んだ徽章を俺の方で買い取りたい」

 

「ふ~~~ん・・・あたしが徽章を盗んだのを知っているのかよ。でも、あたしの依頼人とは別口だよな?」

 

「ああ。それも承知の上だ」

 

 

 

 

 

それを聞いてわずかに渋い顔をするフェルト。流石に後からしゃしゃり出てきた俺が交渉するのは厳しいか?

 

 

 

 

 

「もしかしてあの依頼人のお姉さんとは商売敵か何かか?」

 

「・・・まあ、そんなところだ。俺の目の前に立ち塞がるうざってぇ壁みたいなもんだ」

 

「よくわかんねえけど。何でもいいや・・・―――あたしは儲かる方に売り付けるだけだ。あんたらのしがらみとかそんなものはあたしには関係ない。兄ちゃんの言い値があの姉ちゃんより高ければ兄ちゃんに売ってやる。で?いくら出すんだ、兄ちゃんは?」

 

「――――金じゃあねえ。物々交換だ。世界に一つしか存在しない超弩級のお宝だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンコンッ

 

 

『大ネズミに・・・』

 

「毒」

 

『スケルトンに・・・』

 

「落とし穴」

 

『我らが貴きドラゴン様に・・・』

 

「クソったれ」

 

 

ガチャッ ギィィイイ・・・ッ

 

 

「遅かったじゃないか、フェルト」

 

「待たせちまったな、ロム爺。意外としつっこい相手でさ。完全にまくのに時間かかっちまった」

 

 

 

 

 

どうにかフェルトに交渉のテーブルにつくところまでは話を進めることができた。そして、俺は今フェルトの案内のもと盗品倉にまでこぎつけた。

 

―――史実だとここがあの殺人現場になるんだよなぁ。そう思っただけで気分が悪くなってくるぜぇ。

 

 

 

 

 

「フェルト。そっちの兄ちゃんは誰だぃ?今日は誰も入れないはずじゃあなかったのか」

 

「そうそう!聞いてくれよ。ロム爺!この兄ちゃんがさ。あたしの徽章をミーティアと交換した言っていってきたんだよぉ!」

 

「ミーティア・・・じゃと?」

 

「そっ!あたしはミーティアの価値なんかわからねえからさ。ロム爺ならいくら値段がつくかわかるだろ」

 

「さすがの儂もミーティアなんて取り扱うのは初めてじゃが。どれ、とりあえずモノを見せてもらえるかのう―――兄ちゃん?早く見せとくれ」

 

 

「あ、ああ。ちょっと待っててくれ」

 

 

 

 

 

ヤバイ。変に緊張してきたぞ。この交渉にじゃない。今、俺は運命の分岐点に立たされてる。これが成功するか失敗するかでまたループを繰り返すかどうかが決まる。何よりも・・・―――俺はもう少ししたら犯人《殺人鬼》と相対しなくてはならないのだ。失敗したときのことを考えるとわずかに足が震えてきやがる。

 

 

―――落ち着け。まずは交渉を少しでも有利に運ぶんだ。

 

 

 

 

 

「俺が持ってきた宝具《ミーティア》ってのは・・・これだ。叡知の結晶『スマートフォン』略して『スマホ』だ」

 

「すまほ?」

 

「初めて見るな」

 

「コイツの能力はすごいぞ。画像や映像を保存することができるんだ《パシャッ》」

 

「うわっ!?」

 

「い、いきなり何するんじゃ!?年寄りだと思ってふざけた真似を―――」

 

「まあまあ。怒る前に“これ”を見てみなって」

 

「っ・・・な、何だよこれ!?」

 

「“儂”と“フェルト”のようじゃが」

 

「Exactly!このスマホはその時にしか流れない過去の映像を切り取って取り込むことができるんだ」

 

「「おお~~っ!/ほほ~~っ!」」

 

 

 

 

 

写真を撮られて怒っていた二人も中に写っている画像を見て驚いたようだ――――よしっ、掴みは上々!

 

 

 

 

 

「他にも様々な機能はあるんだが・・・―――どうだ?あんたの見立てではコイツはいくらの価値がある?」

 

「なあ!?なあ!?どうなんだ、ロム爺っ!」

 

「ハッキリした額は儂にも想像がつかん。儂も魔法器などを売りに出したことはないからのう。ただまあ、宝石付きの徽章ではあるが魔法器には劣る―――つまるところ、この交渉はお前さんに傾いておる」

 

「なあなあ、ロム爺。結局のところ、それっていくらぐらいなんだ?」

 

「そうじゃのう。儂の見立てだと・・・物好きな好事家に売り付ければ聖金貨20枚は下らんじゃろうて」

 

「聖金貨20枚!?スッゲー!兄ちゃん、スゲエもん持ってんだなっ」

 

「物好きな好事家って・・・俺からしたら数少ない思いでの品なんだぞ、コレ」

 

 

 

 

 

スマホがこの時代にとってどれ程の技術の結晶を秘めたオーパーツであるかわからないのだから仕方がないとはいえ。この世界がもう少し近代的な時代であればスマホの技術の利権を売るだけで億万長者にもなれたかもしんねえのによ。

 

――――――平賀源内といい、荒●飛呂彦先生といい時代を先取りしすぎるのも問題だよな。

 

 

 

 

 

「それでどうなんだ?譲ってくれるのかよ」

 

「まあ、焦んなって。兄ちゃんがいくら高い金を積んでもさ。わたしに依頼を持ってきたのはあの姉ちゃんの方が先なんだ。姉ちゃんが兄ちゃんよりそのミーティア以上の高い金を積んでくるんだったら兄ちゃんの負けさ」

 

「―――っ(ぐうの音も出ない正論だ。だが、殺されちまったらお仕舞いだろうがよぉ)」

 

「じゃが、儂の見立てだと兄ちゃんのミーティアの方が今のところ有利じゃな。最初にフェルトに仕事を依頼したヤツが言い出した報酬は聖金貨10枚じゃったからな」

 

「(・・・そりゃああちらさんからすりゃあ金はいくら積んでも構わねえだろうからな。払った金は殺して奪い返すつもりだったんだろうからよ)」

 

 

 

 

 

しかし、そんな警告をしたところで聞き入れては貰えないだろう。ここで反抗的な態度を見せてはダメだ。とりあえずは、まだ、フェルトもこのロム爺さんも生きてるんだ。

 

 

―――落ち着け。この二人も外で待つエルフのお嬢様も死なせることなくこの運命に勝つ。難易度は高いが今の俺なら出来るはずだ。

 

 

 

 

 

コンッ コンッ

 

 

「《ぞくっ》―――っ!?」

 

 

「おっ、来たようじゃな。フェルト、符丁は教えておるのか?」

 

「あ、教えてねーや。でも、たぶんあたしの客だ。見てくるわ」

 

 

 

 

 

ノックの音だけで悪寒が走った。間違いない――――いる。あの扉の向こうに―――あの惨劇の犯人はいる。

 

一瞬、フェルトとロム爺さんが殺されていた凄惨な殺人現場が脳裏にフラッシュバックし嘔吐感が込み上げてくるが、俺はそれを無理矢理飲み込んだ。

 

 

 

 

 

「やっぱアタシの客だったよ。こっちだ・・・座るかい?」

 

 

「―――部外者が多い気がするのだけれど」

 

 

「踏み倒されちゃあ困るかんな!あたしら弱者なりの知恵だよ」

 

 

「そちらのご老人はわかるのだけれど・・・こちらのお兄さんは?」

 

 

 

ドクンッ ドクンッ ドクンッ

 

 

 

 

 

―――落ち着け。心臓の鼓動を圧し殺せ。呼吸を整えろ。冷や汗の一滴足りとも垂らしちゃあなんねえ。いつもと変わらない自分を演じろ。ヤツに俺の不自然な挙動一つでも悟られたらアウトだぞ。

 

 

俺はうっすら笑みを浮かべて目の前に立つ女性《殺人鬼》を観察した。

 

 

正直言ってかなりの美女だ。背は高めでスタイルも抜群。出るところは出てるが引っ込むところは引っ込んでいるボンキュッボンな抜群のボディバランス。

 

色白な肌と癖っ毛のある長い黒髪が大人の色香を感じさせ、妖艶に微笑むその笑みがそれをいっそう強調している。

 

 

―――正直、コイツの正体を知っていなかったらグラッと来たぜぇ。だが、俺は油断しねえ。コイツの一挙手一投足から目を離さない。

 

 

 

 

 

「この兄ちゃんはあんたのライバル。あたしのもう一人の交渉相手だ」

 

 

「・・・へえ~。あなた可愛い顔をしてるのね」

 

 

「え?」

 

 

「あなた、結構、わたしの好みよ♪」

 

 

 

 

 

―――正直、この台詞を言われた瞬間多いに俺の心が乱されたのは内緒だ。

 

 

 

 

 




デレたエミリアは可愛い!間違いない!その為にも主人公には色々と頑張ってもらわなくては。


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第9話:惨劇の幕開け

運命に勝つと言うのは言葉にすれば簡単ですが実際には恐ろしく難しくて苦難の道です。

シュタインズゲートやオールユーニードイズキル・・・最近のトレンドだと君の名はなとがありますが。作者はそういう運命に抗い・勝つという作品が好きです。

ジョジョ四部の川尻早人君の孤独な戦いは何度見ても緊張感で息が詰まり、運命に勝った瞬間にカタルシスを感じたものです。




 

 

 

 

 

 

「―――なるほど。そちらのお兄さんはその“すまほ”っていうミーティアとの交換を要求してるのね」

 

 

「ああ。ハッキリ決まったわけではないが、この爺さんの見立てだと聖金貨20枚を越える価値があるって話だぜぇ」

 

 

「・・・実はわたしも依頼主からある程度余分なお金は貰ってきてあるの」

 

 

「へぇ~♪そいつはいいや!交渉のしがいがあるってもんだ。あたしは別に高く売れさえすりゃあどっちでもいいしな~」

 

 

「―――俺としちゃあ『エルザさん』にこれ以上の額を提示されると厳しいんだけどな」

 

 

 

 

 

俺とこの女との競りに期待してか、フェルトは随分とご機嫌だ。こんな徽章一つにそこまでの値段をつけて欲しがってるヤツが二人もいる時点でコイツはもっと怪しむべきなんだぜぇ。

 

片方は得たいの知れない異世界人でもう片方は殺人鬼と来たもんだ。そう考えるとフェルトも不憫というか不運だよな。

 

 

 

 

 

「それにしてもあなた。この子が盗んだ徽章を狙っていたところを見るとこの子が盗んだ現場に都合よく居合わせていたのかしら?」

 

「いや。独自の情報ルートがあってな。たまたま情報を得ることができたから慌てて交渉材料を持って駆けつけた次第だ」

 

「そうなの」

 

「ああ。この徽章は俺もずっと前々から狙っていたんでね」

 

 

 

 

 

何かを探るような目でこちらを見てくる殺人鬼《エルザ》。見ると言ってもただ見ているのではない観察しているんだ。俺の正体を探っている。

 

 

 

 

 

「でだ。この兄ちゃんは飛び出るような値段をつけた。あんたの飼い主はどんくらいの値段がつけられるんだい?」

 

「ふふふっ《チャリッ》」

 

 

ジャララ…ッ!

 

 

「うええ゛っ!?」

 

 

 

 

 

殺人鬼《エルザ》はフェルトの問いに応えて銀色の金貨を机に無遠慮に広げて見せた。

 

 

 

 

 

「ふむ・・・聖金貨で20枚丁度」

 

「わたしが雇い主から渡されている聖金貨はこれで全部。これじゃあ足りないかしら?」

 

「俺も大概だが・・・あんたの依頼主ってヤツもなかなかぶっ飛んだ人間のようだ」

 

「うふふふふ♪」

 

 

 

 

 

確定だ。この女は確実に“黒”だ。盗みの依頼を持ちかけたことといい。こんな異様な大金を顔色一つ変えずに積み上げるところといい。間違いなく俺“達”全員を始末するつもりでここに来たんだ。

 

 

――――さあ、ここからどう出る?

 

 

 

 

 

「儂の見立てじゃあこの交渉はこの兄ちゃんの勝ちじゃ。お前さんとその雇い主はその金貨は袋に戻して帰ることじゃな」

 

「つーことは・・・その徽章は俺のもんってことかっ!」

 

「そう。残念ね」

 

 

 

 

 

俺は油断しねえ。絶対にだ。コイツは徽章が手に入ろうが入るまいが俺達を殺す殺し屋だ。

 

 

―――見るんじゃなくて“観ろ”。聞くんじゃなくて“聴け”。コイツが仕掛けてくるタイミングを見逃すな。

 

 

 

 

 

「やけにあっさり引き下がるんだな。それで雇い主に何か言われたりしないのか?」

 

「仕方がないわ。これについては支払いを安く済ませようとした雇い主に非があるもの。わたしは与えられたもので頑張ったけどあと一歩手が届かなかった。ただそれだけよ」

 

「そうか。またどこかで会えたらそん時はよろしく頼むぜぇ」

 

「ええ。それじゃあ交渉は残念な結果だったけど。わたしはコレで失礼するわね《ガタッ》」

 

 

 

 

 

いつだ?いつ動く?コイツは絶対にこんなところで引き下がるようなヤツじゃない。神経を研ぎ澄ませろ。筋肉を柔らかくしろ。バイツァダストが発動していないのはまだ運命を回避できたわけではないからだ――――――まだ危機は終わっていないっ。

 

 

 

 

 

「ところでお兄さんに一つ聞きたかったのだけれど」

 

「何だよ?徽章で何をどうするつもりなのかは聞かれても話せねえよ。俺の儲け話に茶々を入れられるのはかなわねえからな」

 

「違うわ。わたしが聞きたいのはもっと別のことよ」

 

「“別のこと”だぁ?」

 

「ええ。あなたって随分と素敵なお友だちを持っているのね」

 

「・・・・・・何の話だ?」

 

「――――――とぼけないで。ずっと外であなたを待っている子がいるけど。あの子、ひょっとしてあなたの恋人かしら?」

 

「《ぞくぅっ》―――ッ!?」

 

 

 

 

 

ヤバイッ・・・コイツのスイッチがいつ入るのかを観察して見極めようとしていたけど甘かった。

 

コイツはここに入る前からとっくに――――俺達を殺す“構え”で入って来ていたんだ。

 

 

 

 

 

「?・・・おいおい、何だかよく知んねえけどさ。ここで騒ぎを起こすのはやめてくれよな。姉ちゃんもさ、徽章が諦められないのはわかるけど喧嘩するなら外で喧嘩……――――――」

 

「バカ、よせっ!そいつに近づくな!」

 

「・・・え?」

 

 

ヒュギィイイイーーーーーーン……ッッ!!

 

 

ブッッ……シャァアアァァアア……ッッ

 

 

 

 

 

閃光が走った。恐ろしく鈍く不気味な光沢を放つ刃物がフェルトの首をめがけて軌跡を描いた―――殺人鬼《エルザ》が振るったククリ刀だ。

 

 

しかし、間一髪すんでのところで俺がフェルトを抱き締めるように押し倒したことで回避できた。

 

 

 

 

 

ドンッ! ゴロゴロゴロ……ダァンッ

 

 

「ぁっ・・・~~~・・・ぁぁっ」

 

「―――あぐっ・・・くっそぉ、背中をっ・・・かわしきれなかった」

 

 

カチッ

 

 

「兄ちゃん、大丈夫か!?」

 

「ああ・・・お前こそ、ケガは―――」

 

「っ―――兄ちゃん、後ろだっ!」

 

「―――っ!?」

 

 

ヒュガァアア……ッッ!! ビィイイイン……ッッ

 

 

 

 

 

フェルトの呼び掛けに反応して何とか逆手に振り下ろされたククリ刀を立ち上がって回避できた。ククリ刀は全く無駄な切り口なく床に突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

「いい動きね―――でも、残念っ《ギュルギュルッ》」

 

「くっ《どんっ!》」

 

「―――兄ちゃんっ!?」

 

 

ドゴォオオオオォ……ッッ!!

 

 

「ごふぅううっ!?」

 

 

ガシャアァアア……ッ! ズザシャァアアァ………ッ

 

 

 

 

 

フェルトを突き飛ばしたことにより体勢の立て直しが遅れ殺人鬼《エルザ》の回し蹴りをまともに食らってしまった。俺は盗品倉の窓を突き破って外に放り出され、勢いそのままに地面を滑っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如、本性を現した女に油断していたあたしは完全に出遅れた。あたしがノロノロしていたせいであたしを庇って今日初めて会ったばかりの兄ちゃんが斬られ、倉の外に吹っ飛ばされていった。

 

 

 

 

 

「―――兄ちゃんっ!?」

 

「あの子はあとのお楽しみね。まずはあなたから殺らせてもらおうかしら?《スラァッ、ヒュンヒュンヒュンヒュンッッ》」

 

「っ・・・チッキショウ!最初からこうするつもりだったってことかよ」

 

「口ばかり達者なだけで御粗末な仕事ぶり。貧民街の人間に期待をするだけ無駄というものね」

 

「ふ・ざ・け・やがってぇぇえええ・・・っ!」

 

 

 

 

 

どす黒く濁った肥溜めのよりも汚い目をしてあたしを見下してくる。けど、そんなことはどうでもいい。あたしが何よりも腹が立つのはこんなクソ異常者にいいように利用されちまっていたことだっ!

 

 

 

 

 

「《ぐおおおっ》―――下がれ、フェルトっ!!」

 

 

ゴシャアアアアア…ッッ!!

 

 

「んふ♪―――巨人族と殺し会うのは初めてよっ」

 

「抜かせ、小娘!挽き肉にして大鼠の餌にしてくれるっ!」

 

 

ゴシャアアアアアッッ!! ゴシャアアアアアッッ!! スドゴォオオオオッッ!!

 

 

「ロム爺っ!?」

 

 

 

 

 

ロム爺が自慢のエモノを振り回してエルザを追い回す。だけど、当たらない。いくら棍棒を振るってもあの女に当たる気がしない。

 

 

 

 

 

「ロム爺っ、ダメだぁ・・・そいつはなんかヤバイっ!」

 

「っ―――フェルト、早く逃げろっ!外に転がっている兄ちゃんもまだ生きておるっ!早く逃げるんじゃっ!行けっ!」

 

「・・・でもっ!!」

 

 

「一人も逃がさないわっ!目撃者は一人残らずここで死ぬのよ《ヒュカァッッ!!》」

 

 

「ふんのぉおおおっ!」

 

 

 

 

 

やっぱダメだっ!!ロム爺の棍棒が今日に限って全然当たらねえっ。いつもよりロム爺の動きが鈍く見える。疲れた・・・って訳じゃあねえよな。

 

―――違う。あの女がロム爺よりも圧倒的に・・・圧倒的に速すぎるんだっ!

 

 

 

 

 

「ふごぉおおおおおおっっ!!《ゴシャアアアアアッッ!!》」

 

「御老体にダンスの相手が務まるのかしら?」

 

「お前こそ、そんな細っこい体で儂の激しい動きに耐えられるのか、小娘っ!!《ぐぅおおおっ!!》」

 

 

ビュゴォオオオオオオオオオオ……ッッ!!

 

 

「っ・・・ロム爺!上だーーー!」

 

 

ストッ

 

 

「な・・・なにぃイ!?」

 

 

 

 

 

ロム爺が全力で棍棒を振り抜いたが、あのクソ異常者はまるで木の葉みてえにふわふわとした動きでかわしてロム爺の棍棒の上に乗った。ダメだ、あのロム爺が・・・てんで歯が立たねえ。

 

 

 

 

 

「やっぱりわたくしとダンスを踊るにはあなたは年老いすぎていたようね《ギラッ!》」

 

 

ズバッシャァアアアアアア……ッッ!!

 

 

「っ・・・ご、ぁあああああっ!?」

 

 

「~~~~~~っ・・・ロム爺ーーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

ロム爺の武器を握っていた腕が肩口からバッサリと切り落とされてしまった。何でだ!?あんな細っこい剣で丸太みたいにぶっといロム爺の腕がまるで野菜を切るみてえに・・・っ!

 

 

 

 

 

「《ぶしゃあああっ》―――っ・・・おっ・・・あごっ・・・おおお、おおおおお・・・っ!」

 

「あなたとのダンス、なかなか刺激的でしたわよ。御老人―――でも、残念。もう飽きたわ《スラァンッ》」

 

 

「やめろーーーっ、テメエっ!!ロム爺から離れろっ!《ヒュンッ!》」

 

 

ガキィイイイイイン……ッッ!!

 

 

「っ!?」

 

「―――あらあら、惨めねぇ。もしかして今のがお嬢ちゃんの精一杯だったかしら」

 

 

 

 

わたしが腰にさしていた剣を投げつけてもあの女は見向きもしないで剣を弾き落としてしまった。

 

 

―――勝てねえ。桁違いの化け物を相手にしちまった。

 

 

 

 

 

「フェルトッ!」

 

「・・・ロム爺、動いちゃダメだぁ!!」

 

 

「安心しなさい。寂しくないよう仲良く二人とも殺してあげるから」

 

 

「くっ・・・チクショウ」

 

「ぐうっ、こむすめっ・・・がぁ」

 

 

 

 

 

あの女が剣を構えてじわじわと歩み寄ってくる。くそぉっ!あたしももう武器がねえ。ロム爺もこのままだと死んじまう―――ヤベェっ!何にも思い付かねえ!

 

 

 

 

「お死になさいっ♪」

 

 

ドギュンッッ!!

 

 

「《ガギィイインッッ》―――っ!?」

 

 

 

 

 

目の前のクソ殺人鬼があたし達に歩み寄ろうとした瞬間、緑色の氷柱のようなものがあの女めがけて飛んできた。出所は――――――さっきあの兄ちゃんが吹っ飛ばされた穴からだ。

 

 

 

 

 

「――― 念のため聞いておくけど。あなたで間違いないのよね?“あの子”をこんな目に遭わせたのは」

 

 

「あら~ぁ・・・そういえばあなたがまだ外にいたことを忘れていたわ」

 

 

 

 

 

そこにはわたしが徽章を盗んでやったあの銀髪の姉ちゃんが立っていた。

 

 

 

 

 

「答えて。あの子にあんな酷いことをしたのはあなたなんでしょうっ!」

 

「“あの子”というのが誰のことかわからないのだけれど・・・もしかしてさっきわたしに蹴られて潰れたカエルみたいな声をあげていたお間抜けさんのことかしら?」

 

「・・・っ!《コォオオオオオオッッ、ピキピキキイッ》」

 

「何をそんなに怒ってるのかしらぁ?そんなにあの子のことが大事なのかしら?何の縁もゆかりもない赤の他人なんでしょう」

 

「―――《ギリリ…ッ》」

 

 

 

 

 

確かにあの銀髪の姉ちゃんスゴくキレてる。もともと猫みてえなつり目だったのが怒りで更につり上がっているのがわかる。紫色の瞳も猫みたいに細くなっている気がする。

 

 

 

 

 

「・・・ええ、あなたの言う通りよ。あの子が傷ついたところでわたしには関係ないわ。あの子とわたしは赤の他人ですもの。でもね・・・―――――あの子とは『今日一日の長い付き合い』なの。だから、傷ついたあの子に代わってわたしがあなたの相手をしてあげる」

 

 

「おかしなこと言うのね。あなたっ―――《ヒュンッ!!ヒュンヒュンヒュンヒュンッッ》―――ますますあなたのお腹の中を覗いてみたくなったわ」

 

 

 

 

 

猫目の姉ちゃんはあの兄ちゃんは関係ねえって言ってるけど。あの姉ちゃんがさっきの兄ちゃんを痛めつけられ、更にそれを侮辱されたことに怒ってることくらいわたしにもわかる。

 

 

――――――あの兄ちゃんと猫目の姉ちゃんはいったいどういう関係なんだ?

 

 

 

 

 

「あなたが外からこの盗品倉の様子を窺っていたことは気づいていたのだけれど・・・まさかここで自分からしゃしゃり出てくるなんて――――――そんなにわたしに殺して欲しかった?」

 

 

ヒュ……ッ!

 

 

「っ―――パック!」

 

 

ガギィイィイイイイインッッ!!

 

 

 

 

 

 

エルザの姿が一瞬消えたかと思ったら猫目の姉ちゃんの真横に現れ剣を降り下ろそうとしていた。けど、間一髪魔方陣が現れて攻撃を防いだ。

 

 

 

 

 

「よく防いだわね。今の動き“あなたの目”には見えていなかったと思うのだけど」

 

 

『彼女に手を出すのはよしな。もしこの子に何かあれば―――《ピョコッ》―――末代まで呪うよ♪」

 

 

「精霊・・・精霊ね。ふふふふふ、素敵♪―――精霊はまだ殺したことがなかったから」

 

 

 

 

 

いつの間にか猫目の姉ちゃんの肩にはちっこい猫みたいなのがいた。もしかして、今の攻撃を防いだのはあいつか。

 

 

 

 

 

「なるほど。あの嬢ちゃんは『精霊術師』か・・・どおりで―――《ぶしゃっ、ぶしゅううう》―――ぐオおぉっ!?」

 

「っ・・・ロム爺。しっかりしろ!早く傷の手当てをしねえと!」

 

「っ・・・安心せいっ・・・このぐらいじゃあ儂は死なんわぃ」

 

 

 

 

 

嘘だ!どんどん顔色が悪くなってる。せめて血だけでも止めねえとロム爺が・・・ロム爺が・・・っ!!

 

 

 

 

 

「パック、行ける?」

 

「もちろんさ!さっきのお兄さんのお礼をたっぷりしてあげないとねっ」

 

 

「二人がかりならわたしに勝てるとでも?」 

 

 

コォオオオオオオッッ…… バキパキパキパキパキッバキパキパキパキパキバキバキパキパキパキパキキキキキキキ……ッッ!!!!

 

 

「・・・これはこれは。豪勢ですこと」

 

 

 

 

 

あの肩に乗ってる猫の合図で空中に無数の氷柱が現れてエルザを取り囲む。だけどあのクソ異常者め・・・っ、あれだけ追い詰めてるはずなのに“嘲笑って”いやがるっ!

 

 

 

 

 

「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。ボクの名前は『パック』―――名前だけでも覚えて逝ってねっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ、主人公の存在感が息していない?これは本格的に不味いか?


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第10話:腸狩りVS精霊術師

二次創作を書くことに問題があるとすれば原作への愛がどれ程あるのかと言うこととどれ程知り尽くしているかと言うことだと思う。

わたしの場合は原作を読み返しているうちに更新が遅れてしまう。


 

 

 

 

 

――――不思議な男の子だなと思った。

 

 

 

一目会ったときからそれは感じていた。けど、話せば話すほど、知れば知るほどあの子のことがわからなくなってきた。

 

 

 

 

 

「・・・パック。あなたはあとどのくらいの時間いられそう?」

 

「正直、あと30分くらいが限界かな・・・ふぁ~~~・・・それまでにあの子が早く戻ってくることを願うよ」

 

「そうね」

 

 

 

 

 

あの子は最初出会ったときから何か様子がおかしかった。わたしが大切な徽章を盗まれていたことを何故か知っていたし、何よりも無関係なわたしのためにその徽章を取り戻すために親身になって行動してくれている。その上自分のお金で買い戻すだなんて信じられないことをしてる。

 

 

―――あの子の行動は納得がいかない。第一、辻褄が合わない。それでも・・・あの子を信じてみようって思っている自分がいる。

 

 

 

 

 

「それにしてもずいぶんもあの子のこと信用してるんだね。あの子が裏切らないか心配じゃないの?」

 

「別に心配してないわよ。それにもし裏切っていたとしてもあの子が出てきたところを捕まえればいいでしょ。わたしは徽章さえ無事に返ってさえくればそれでいいの。仕返しすることが目的じゃないもの」

 

「ふ~~~ん・・・」

 

「なによ、何か言いたいことがあるなら言ってみなさいよ」

 

「いやぁ~~~、エミリアにそこまで信用されている彼はスゴいな~って思ってさ。あの子、どうしてエミリアにここまでしてくれるんだろうね」

 

 

 

 

 

ニヤニヤ笑うパックに少し不快な気分になったけど。それはわたしも不思議に思っていた。あの子はまるでわたしのことをずっと前から知っているような・・・わたしが覚えていないだけであの子とは前にどこかで会ったことあるのかしら。あれだけ特徴的な子なら一度見たら忘れないと思うけど。

 

 

 

 

 

「―――それにしても本当に遅いよ。やけに交渉が難航しているみたいだね。もしかして彼の手持ちのお金じゃあ足りなかったのかな」

 

「・・・・・・。」

 

「エミリア?」

 

 

 

 

 

確かに時間がかかりすぎてる。わたしはあの子が倉に入った直後に倉の中に入っていったあの黒装束に黒髪の女性のことが気になった。

 

何者かわからないけど一目見たときからすごくイヤな感じがした。今日会ったばかりのあの子とよく似た同じ黒い色の髪だったけど・・・あの子と違ってすごく危険な雰囲気を感じさせた。

 

 

―――理屈じゃなくて、何かすごくイヤな予感が止まらなかった。

 

 

 

 

 

バリィイイイイイィン……ッッ!!!

 

 

 

「「―――っ!?」」

 

 

 

ドサァッ ズザシャァアアァアア……ッッ!!

 

 

 

「今のは・・・っ」

 

 

 

 

 

窓を突き破って黒い物体が飛び出してきた。地面を転がり滑っていく人影を見てすぐに誰だかわかった。

 

 

 

 

 

「《ごふっ!》・・・ぐっ、がハァっ!・・・ぶふぅオっ、おふっ、げほっ・・・―――グレートっ・・・女の蹴りの威力じゃ、ねえ」

 

 

「大丈夫!?しっかりして!」

 

「血みどろじゃないかっ。いったい中で何があったんだい?」

 

 

「・・・大したことはねえ。これは窓を突き破ったときの傷だ」

 

 

 

 

 

確かに窓のガラスが体中至るところに深々と突き刺さっている。地面を転がったせいで体の中にめり込んでしまったガラスもあるみたい。苦しそうに血まで吐いてる・・・中で何をされたの。

 

 

 

 

 

「動かないでっ。すぐに傷の手当てをしてあげるから」

 

「まあ、待て―――《がしっ》―――今はそれどころじゃない」

 

「・・・え?」

 

「時間がないから手短に言うぞ。フェルトに盗みを依頼した黒装束の女・・・アレはお前の徽章を奪ってお前を殺すために送り込まれた殺し屋だ。お前がここに来ていたこともバレていた」

 

「あの黒い女の人が―――」

 

「《ぐぐぐぐっ》っ・・・中にいるフェルトも、蔵主の爺さんも口封じに殺すつもりだ」

 

「動いちゃダメよっ。今ケガの治療をしてあげる。あなたはここで休んでて」

 

「この子の言う通りだよ。その状態で無茶したら君まで死ぬよ」

 

「―――ハァ・・・ハァ・・・バーロー。ヒロインのピンチに呑気に寝てるヒーローがどこにいるってんだよ。俺が倒れるのはあのビッチをぶちのめした後だぜぇ《ボタボタッ》」

 

 

 

 

 

パックの言う通り。この子のおびただしい出血量は決して軽視してはならないわ。安静にしているならともかく今動いたら本当に命に関わる。そんなことお構いなしにこの子は倉の中にいる二人を・・・いえ、わたしから徽章を奪ったあの子を助けようとしてるみたいね。

 

―――どういう関係かはわからないけど・・・この子にとってあの女の子はそんなに大切な子なのかしら。

 

 

 

 

 

「・・・お前は誰か助けを呼んできてくれ。ここは俺が何とかすっからよ。あとで俺が正当防衛だってことを証言してくれるとありがたいぜ」

 

「そんなボロボロの状態のあなたに何ができると言うの。いいから、ここはあたしに任せてあなたはここで休んでなさい」

 

「ええいっ、余計な心配をするな!この程度のケガ、某吸血鬼のタイムストップからのナイフ投げに比べれば大したことないぜぇ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

不適に笑って見せてはいるけど手足から滴り落ちてる血を見て『ハイ、そうですか』と引き下がるわけにはいかないのよね。この子はわたしのためにここまで頑張ってくれたんだもの・・・この子が守りたかったものは代わりにわたしが守ってあげる。

 

 

 

 

 

パァアアアア……ッ

 

 

「つーわけで頼んだぜぇ!ここから先は、俺の・・・しょー・・・たい、む・・・――――――?《バタッ》」

 

「・・・ごめんね。これが終わったあとでちゃんとケガも治してあげるから―――本当にありがとう」

 

 

 

 

 

この子は優しい子だ。すごく優しい子だ。誰かに優しくしてるときのこの子はすごく輝いてる。優しいから自分が傷ついてることにこんなにも無関心でいられるんだ。 

 

それがわかってしまったらもうこの子を戦いに出すわけにはいかなくなった。本当に危なくなったらこの子は躊躇わず自分を犠牲にするだろうから。

 

 

 

 

 

「―――パック。行ける?」

 

「うんっ。いつでも大丈夫。おいたが過ぎる子には少しお仕置きしてあげないといけないね」

 

「ええ。行くわよっ。徽章を取り返したらちゃんとお礼をしないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パックの合図で放たれた無数の氷弾。黒装束の女は油断していたのか初動が少しだけ遅れていた。だけどその油断が命取りよ。

 

 

 

 

 

ヒュドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッッ!!!!

 

 

「―――直撃だね。勝負あったかな」

 

「・・・パック。用心して」

 

 

 

―――バリィイイイイイィン……ッッ

 

 

 

「《コォオオオオ……ッ》備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」

 

 

「っ・・・コートに加護の術式を付与していたのね」

 

 

「正解♪念のためにと思って用意していたのだけれど・・・命拾いしちゃったわ」

 

 

 

 

 

命拾いしたなんて言ってるけどその顔には命の危機に直面した恐怖も危機を辛くも脱した安堵も一切見られなかった。まるで戦いを楽しんでいるみたい。

 

 

 

 

 

「でも・・・今の攻撃はもう二度と通用しないから観念してね」

 

「精霊術の使い手を見くびらないことね。あなたが思ってるほど易しくないから」

 

「あ~ら、それは楽しみだわ《ヒュンヒュンヒュンヒュンッッ》」

 

 

パギパキパギパキパキパキパキキキキキキキ……ッッ!! ヒュドドドドドドドドドドッッ!!!!

 

 

 

 

 

さっきより小さめの氷弾で敵の動きを牽制する。一撃で仕留めることを諦め、弾速と当てることを優先して攻撃を放つ。けど、わたしが本気で仕留めにいったことであの女の動きがますます速くキレを増してきた。やっぱり、あの人も本気じゃあなかったみたい。

 

 

 

 

 

「《ぎゅんっ》惜しい惜しい♪」

 

 

「―――っ!」

 

ガギィイ゛イン……ッッ!!

 

「戦い慣れしてるね《クイッ!》―――女の子なのに」

 

 

ヒュドドドドドドドドドドッッ!!!!

 

 

「あら。女の子扱いされるなんてずいぶんと久しぶりなのだけれど」

 

「ボクから見れば大抵の相手は赤ん坊みたいなものだからね。それにしても、不憫なくらい強いもんだね、君は」

 

「―――精霊に褒められるなんて恐れ多いことだわ」

 

 

 

 

 

氷弾の雨あられを掻い潜って至近距離まで近づいてくるとその手にもったナイフで切りかかってきた。難なく盾で防ぐと軽やかな動きですぐに離脱していった。

 

わたしが防御に、パックが攻撃に専念していると言うのにあの人は人間離れした身のこなしでこちらの攻撃を難なくかわしている。

 

 

―――このままだとパックの補助が受けられなくなった途端に一気に形勢が不利になるわ。

 

 

 

 

 

「随分と焦ってるみたいだけど・・・もしかしてそちらの精霊さんはもうすぐご退場してしまうのかしら?」 

 

 

「っ……パック……しっかりして」

 

「ごめん。少し眠くなってきちゃった。マナ切れを起こしかけてる」

 

「もうちょっと……あとちょっとだからしっかりして」

 

 

 

 

 

流石、精霊の特性は周知の事実らしい。こちらを殺す気はあってもあまり積極的に攻めてこないのは精霊術師の弱点を見抜いた上でわざと手を抜いて戦っていたのね。

 

それともやはり戦いを楽しんでるだけなのかもしれないわね。

 

 

―――いずれにせよ、精霊術師を甘く見ていることだけは確かね。けど、その奢り昂った油断が命取りよっ。

 

 

 

 

 

「そちらはそろそろ限界のようね。精霊の加護を受けられない精霊術師では勝ち目がないんじゃなくて……―――《がちっ》―――っ!」

 

 

「あなたこそ本気になった精霊術師の恐ろしさを舐めてかからないことね」

 

「そろそろ幕引きといこうか。同じ演目も、見飽きたでしょ?」

 

 

「―――足が・・・っ」

 

 

 

 

 

漸く気づいたようね。精霊術師の戦闘は攻防一体なだけじゃない。思考や計算も単純に2倍こなせることにこそ真価がある。

 

敵はわたし達の攻撃をかわしたと思って油断し、わたし達が床に落とした氷には完全に無頓着だった――――――案の定、敵は無警戒に罠にかかり、右足が凍らされ完全に動きを封じることに成功した。

 

一見、煩雑にばら蒔いたように見せかけてこっそり罠を張り巡らすことくらい精霊術師には造作もないのよ。

 

 

 

 

 

「無目的にばらまいてたわけじゃあニャいんだよ?」

 

「してやられたってことかしら?」

 

「――――オヤスミっ!《キュォオオオオ…ッ》」

 

 

カァアッ!! ビュドゴォォオオオオオオオオオオオオオオオ……ッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

いくら人間離れした運動能力があっても足を封じられた状態ではかわせない。

 

パックが残されたマナを全て費やしてわたしの魔法に上乗せして止めの一撃を放つ。それは蒼白い光を放ち巨大な翠色の氷の塊と化して敵を一気に飲み込んでいく。

 

足を封じられた今の状態でこれはかわせない―――そう確信していた。

 

 

 

 

 

「《スタッ!》―――んふふふ♪」

 

 

「・・・嘘だろ、アレもよけるのかよっ!?」

 

 

 

 

 

完全に捉えたと思っていたのに間一髪氷が命中する寸前のところで軽やかにかわした。金髪の子は驚いているみたいだけどわたしはすぐにその理由がわかった。

 

 

 

 

 

「あの人、自分の足を・・・」

 

「・・・女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」

 

 

「早まって切り落とすところだったのだけれど。危いところだったわ」

 

 

「それだけでも相当、痛いだろうに」

 

 

「ええ。でも、この痛み・・・素敵だわ。生きてるって実感できるもの。生きることのありがたみがわいてくるわ」

 

 

 

 

 

枷を外せないなら枷を繋いでる他の箇所を切り離せばいい。それは理に叶ってはいるけれど。あの瞬時にそんな判断が下せるとは思っても見なかったわ―――まさか“足の裏”だけとはいえ躊躇いなく自分の足を削ぎ落とすなんて・・・。

 

 

 

 

「・・・パック。まだいける?」

 

「ごめん。すごく眠い・・・今ので完全に終わらせるつもりだったから。マナ切れで消えちゃう」

 

「あとはこっちで何とかするわ。あなたはもう休んでて。ありがとうね」

 

「何かあればオドを絞り出してでも僕を呼び出すんだよ。君にもしものことがあれば僕は契約に従う―――――《パキュゥウウン…ッ》」

 

 

「あ~ら、いなくなってしまうの?それは残念ね―――《バギッ、ジュウウウゥウ…》―――せっかく楽しかったのだけれど。これであなたももうお終舞いね」

 

 

 

 

 

パックは光を散らすように消失し、完全に一対一の状況になってしまった。

 

黒装束の女は床に残っていた氷をもぎ取ると足の裏に貼り付ける。それだけでもかなり痛いはずなのに痛がるどころか恍惚とした笑みを浮かべている。

 

そのまま氷の靴を床にうちならして履き心地を確かめ始めた。ケガの影響で動きが鈍ることを期待していたけどそれも無駄みたい。

 

 

 

 

 

「《がつんっ、がつんっ》・・・ちょっと動きづらいけど、これで十分ね」

 

 

「―――っ《パンッ!》」

 

 

「あなた一人でわたしの死闘《ダンス》についてこれるかしら?《ぎゅんっ!》」

 

 

ガギィイインッッ! ガギガギィイイィイインッッ!! ギィイイイインッッ!

 

 

 

 

 

予想はしていたけどパックがいなくなった途端に一気に形勢が逆転してしまった。相手のあまりの猛攻にこっちは防御だけで精一杯。しかも、敵は体力が無尽蔵で攻撃の手が緩むことがない。

 

 

―――反撃できないっ。このままだとやられちゃう。せめて、誰かあともう一人攻撃ないし時間稼ぎをしてくれる人さえいれば・・・っ!

 

 

 

 

 

「まずいことになったぞいっ。あのエルフの嬢ちゃんまでやられてしもうたら・・・ううっ、ぐぅううっ!」

 

「っ・・・ロム爺!?くっそぉ、こうしちゃいらんねえ・・・あたしは行くぜ―――《ビュンッ!!》」

 

「―――っ!?・・・いかんっ!フェルト、下がれぇ!!」

 

 

ギュンッ!!  ゴォオオオオオ・・・ッッ!!!! 

 

 

 

 

 

そんなわたしの声が通じたのか。いえ、あの重傷のお爺さんを見て焦ったのか、あの金髪の女の子が飛び出してきた。あの風の壁を突き破るような“速さ”―――もしかして、あの子、『風の加護』を受けてるんじゃあ?

 

 

 

 

「よくもロム爺を―――っ!」

 

 

「『風の加護』・・・素敵♪世界に愛されているのね。あなた」

 

 

「だぁああああ―――っ!!」

 

 

「―――妬ましいわ」

 

ガジィイイッ!!

 

「っ・・・ぁカ・・・っっ!?」

 

 

 

 

 

風の加護を受けたあの子の速さもあっさり見切って片手であの子の首を真正面から掴んで締め上げる。やっぱり肉弾戦じゃあ到底勝ち目がない。

 

 

 

 

 

「っ・・・あなたの相手はわたしよっ!《ドキュンッドキュンッドキュンッドキュンッ!!》」

 

ガギギィイィイインッッ!! ガギィイインッッ! ガキュイイィイインッッ!!

 

「―――っ!?」

 

「ん~・・・あなたの攻撃も飽きてきちゃったわ」

 

 

 

 

 

至近距離であの子に気をとられてる隙に氷弾を放ったのに完璧に防がれた。この女に手の内を読まれてる。わたしの攻撃は全部見切られている。

 

 

 

 

 

「その程度の力でわたしに刃向かってくるなんて―――悪い子《ギリギリギリッッ》」

 

「ぁ゛ぐぅっ!!」

 

 

「その子を放しなさい《パンッ!》」

 

 

「あら、動かない方がいいんじゃないかしら。妙なことをしたらこの子に当たるわよ」

 

 

「―――っ」

 

 

 

 

 

そう言って片手で掴み上げた金髪の子を盾にしてくる女。自分が圧倒的有利な状況なのに人質まで使ってくるなんて。

 

けど、それに逆上してあの片腕を切り落とされた巨人族のお爺さんが飛び出してしまった。

 

 

 

 

 

「フェルトを離せぇ!小娘がぁ―――っ!!」

 

 

「ダメよっ!行っちゃダメ!」

 

 

「ろ、ム・・・爺っ」

 

「あら~、まだ動く元気が残っていたのね。嬉しいわ―――片腕だけじゃあ物足りなかったのかしら?」

 

 

ぐおっ ブゥウウン……ッ!!

 

 

 

 

 

破れかぶれで降り下ろした棍棒はあっさりと避けられバランスを崩した老人は完全に無防備状態になってしまった。そして、回り込んだあの女が嬉々としてナイフを構えた。

 

 

 

 

 

「まず最初はあなたからね♪」

 

 

「―――っ!?」

 

 

「やめっ・・・ろ」

 

 

「くっ《パァンッ》」

 

 

 

 

 

お爺さんが体勢を立て直そうとする。少女が首を掴まれたままお爺さんに手を伸ばす。わたしは苦し紛れに魔法を発動しようとする。

 

けど、それよりも早く女の手に持ったナイフがお爺さんの首筋めがけて降り下ろされた――――――その瞬間だった。

 

 

 

 

 

フワッ  ぐいいいいぃぃ……っ!!

 

 

「―――くおっ!?」

 

「《スカッ!》・・・“浮いた”?」

 

 

 

 

 

 

突然、お爺さんの体が“浮き上がった”。不自然に・・・まるで糸か何かで釣り上げられたかのように・・・そのまま凄い勢いで真横に引っ張られ、敵のナイフが空を切った。

 

 

 

 

 

 

ドシュゥウウ…ッ!!

 

 

「・・・痛っっ!?」

 

「っ―――ぅあ・・・《ドサァッ》」

 

 

 

 

 

 

それとほぼ同時に小さい何かが凄い速さで飛来して少女の首を締め上げるあの女の手に小さい何かが突き刺さった。

 

 

 

 

 

「カっ・・・えほっえふっ・・・けふっ!」

 

「っ、これは・・・“ガラス”?」

 

 

 

 

 

女の手に深々と突き刺さっていたのは鋭く尖ったガラス片だった。それを見たわたしはすぐに誰の仕業か理解した。

 

 

 

 

 

 

「《ザッ》―――不幸中の幸いってヤツだ、じっちゃんには強運が付いてるらしいな。じっちゃんはよぉ~~、“右腕を切断された”のが“幸運”だったぜぇ」

 

 

 

 

 

 

そこには間一髪命拾いしたお爺さんと――――――全身の至るところから血が吹き出しているのに不敵に笑って勇ましく立っている“あの子”がいた。

 

 

 

 

 

 

 




次回、漸くクレイジーなあのスタンドが見れる!・・・はず!


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第11話:狂える金剛石

最近のじわじわとお気に入りが増えていることに驚いている。皆さん、意外にチラシの裏を見ているんだなと思いました。

こんな駄文でよければどうぞ楽しんでいってくださいっ!


 

 

 

 

 

 

『―――痛ぇ・・・体中がじくじく痛みやがる』

 

 

 

 

おきろ

 

 

 

 

『―――体中あっちこっちから血が流れ出てるのを・・・感じる』

 

 

 

 

おきろ

 

 

 

 

『―――このままだと・・・ちとまずいな』

 

 

 

 

寝てる場合じゃない

 

 

 

 

『―――なんだよ・・・動きたくても動けねぇんだよ』

 

 

 

 

早くしないと手遅れになる

 

 

 

 

『―――起きたところで何をどうすりゃいいんだ?』

 

 

 

 

急がないとみんな殺される

 

 

 

 

『―――まだ運命に克つための答えが出ないんだ・・・何をやったところで世界が運命を拒んじまう』

 

 

 

 

違う。運命は変えられる。変えるためにここにいる。

 

 

 

 

『―――何度やってもダメなんだ。何が原因かもわからねえ・・・』

 

 

 

 

そんなに認めるのが怖いか?

 

 

 

 

『―――何を・・・?』

 

 

 

 

自分が『死んでいる』ことを。

 

 

 

 

『―――俺が・・・死んでる?』

 

 

 

 

運命を変えようとするとお前は死に・・・最初に戻される。

 

 

 

 

『―――くだらねえ・・・そんなことあるわけねえだろ』

 

 

 

 

世界を滅ぼすのとお前一人滅ぼすのとどっちが楽だ。同じ“戻る”にしても―――どっちがより現実的だ?

 

 

 

 

『―――・・・・・・』

 

 

 

 

答えはもう目の前にある。目を背けるな。結果を求めろ。いつもそうやって生きてきただろ。

 

 

 

 

『―――勝手なこと抜かすな・・・俺だって楽に生きたい時だってある』

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

『―――おい、どうした?』

 

 

 

 

・・・・・キラ

 

 

 

 

『―――何だよ、言いたいことだけ言って消えんじゃねえよ』

 

 

 

 

・・・ア・・・ラ

 

 

 

 

『―――けどまあ仕方ねえよな・・・起きるしかねえよなぁ』

 

 

 

 

・・・・・・アキラ

 

 

 

 

『―――“俺”が諦めていない内は・・・とことん諦め悪く足掻しかねえよなぁ~』

 

 

 

 

 

「しっかりしろ、アキラっ!」

 

 

「―――・・・やれやれ、生きてるよ」

 

 

 

 

 

まだ体は重いけど意識だけは何とか覚醒した。どうやら俺は眠らされていたらしい。ラ●ホーとかス●プル的な何かで。

 

目の前には俺に飯を奢ってくれたあのラインハルトが心配そうにこちらを見ていた。今日会ったばかりでいやしくも飯をたかった俺のことを本気で心配しているようだ。コイツのイケメンっぷりはもはや、殺意すらも通り越して尊敬するぜぇ。

 

俺が寝ている間に日が沈んじまったのか辺りは真っ暗でラインハルトの傍らにはランタンが置かれている。

 

 

 

 

 

「どうして・・・お前が、こんなところに。まさか俺のピンチに気づいて颯爽と駆けつけたなんてそんなメルヘンなことは言わねえよな」

 

「だったらよかったんだけどね。本当はただの偶然だよ。君と別れた後、街中を歩いていたら『黒髪黒装束の女が貧民街に向かったのを見た』という噂を偶然耳にしてね。事実を確認しにここまで足を運んだら君が倒れていた次第さ」

 

「なるほど。そういうこともあるのか」

 

 

 

 

 

俺がラインハルトに飯屋まで連れてってもらったことでラインハルトはあの殺人鬼の情報を得て駆けつけたのだ。世の中、何が幸いするかわからねえな。

 

 

 

 

 

「あの女・・・そんなにヤバイやつなのかよ」

 

「君も会ったみたいだね。くの字に折れた奇妙な刀剣を持っていただろ。『腸狩り』といってその殺し方の特徴的なところから王都でも危険人物として名前が上がっている有名人だ。ただの傭兵という話ではあるけど」

 

「・・・ひぐらしのなく頃に綿流しでもするのかよ」

 

「そのケガは彼女にやられたものだね。彼女は今どこに?」

 

「―――その前によぉ・・・ラインハルト。どうしても片付けておかねえとならないものがあるんだぜぇ」

 

 

 

 

 

『答えは目の前にある』。漸くその言葉の意味がわかった。まずはこのクソッタレな運命を捩じ伏せるところから始めようじゃねえか。

 

 

 

 

 

「何だい?その片付けなくちゃならないものって」

 

「ラインハルト。もう少しランタンの方に寄ってくれねえか・・・そう、そこに立っててくれ」

 

「ここでいいのかい?」

 

 

 

 

 

俺の唐突な注文に困惑しながらもラインハルトは素直にランタンのすぐ側に立った―――ちょうど、ランタンの明かりに足元から照らされる位置取りだ。

 

それを確認した俺は学ランのポケットからライターを出して火をつけた。

 

 

 

――――フェルトが殺され、あのエルフのお嬢様も死ぬ。それがこの世界で定められた運命だと俺は勘違いしていた。だから、それが改変されると『世界が爆発して俺は振り出しに戻される』と思い込んでいた。

 

 

――――違う。爆発していたのは『この世界』ではなく『俺自身』だ。俺が“何者か”によって不都合な分岐を引き起こしたせいで敵に『爆死させられて』いたんだ。

 

 

――――俺は自分が死んでいたことに気づいていなかった。見えない敵がいることに気づいていなかった。

 

 

 

 

 

「《シュボッ》―――“敵”はなぜ運命が分岐したとわかるのか・・・動くなよ、ラインハルト」

 

 

チリチリチリチリ……ッ

 

 

「アキラ。いったい、何を・・・っ!?」

 

「そのままだ・・・ラインハルト。服はあとでちゃんとなおしてやっからよぉ」

 

 

 

 

 

おもむろにライターでラインハルトの服を燃やし始める俺に流石のラインハルトも混乱している。俺だって恩人のよぉ、しかも、こんな仕立てのいい上着を燃やすなんてことはしたくねえが・・・―――今は我慢だっ。

 

 

 

 

 

「ひょっとしたら敵は何か刺客を送り込んだのかも知れねえ。運命が改変されないように見張る監視者をよぉ」

 

「・・・“刺客”?」

 

 

チリチリチリ……ボォオッッ

 

 

「さっきラインハルトがランタンで周囲を照らしていたとき・・・『ラインハルトの影がランタンの光に向かって伸びていた』のを俺は見た。光源に向かって影が伸びるなんてことは絶対にあり得ない。だったら、アレはいったい何だったのか?――――――答えは、一つしかねえ!!」

 

 

『―――っ……ッッ《もぞ、もぞもぞっ》』

 

 

 

 

 

とうとうラインハルトの上着に火が点いたその瞬間だった―――ラインハルトの上着が不自然に蠢き始めた。

 

 

 

 

 

『《ズバァオッッ》―――ッッ……フギャアァアアアアーーーーーッッ!!』

 

 

「グレート。正体を現しやがったな。害虫が・・・っ!」

 

「・・・な、何だこれは!?」

 

 

 

 

 

 

ラインハルトの上着の影に潜んでいた敵が姿を現しやがった。

 

案の定、敵はずっと俺《危険分子》の様子を監視していやがったんだ――――――対象の“影”に“擬態”して運命の改変が起きないよう常に監視していやがったんだ。

 

 

 

 

 

「ここに来て眠らされている俺よりも・・・ラインハルトの方が運命を改変する可能性が高くなったと判断してラインハルトに移っていたんだろうが・・・それは最大のミスだったな――――――この俺に気づかれちまったんだからよォ~~~」

 

 

『ッッ……熱゛イ……ヤッテクレマシタネ……ヨクモ爆弾デアル コノワタシニ……火ヲ ツケテクレマシタネ』

 

 

 

 

 

現れたのは牙を剥き出しにした見るからに不気味な鉄仮面をかぶった黒いヒト型のスタンドだ。仮面の目の当たる部分には横一列に数字が写されたランプが10個程ついており。胸にはドクロのマークが入った時限爆弾のようなものを備えている。

 

どうやらコイツは原作ジョジョに出ていた『ベイビィフェイス』と同じタイプのスタンドらしい――――――ある程度の自意識を持った『遠隔自動追跡型』でターゲットを見つけると胸に仕込んだ爆弾で対象を巻き込んで自爆する。

 

 

 

 

 

「アキラっ!この生き物はいったい何なんだ?いつの間に僕の服の中に・・・っ」

 

「気づかないのも無理はねぇ。何せ、俺も十数回目にしてやっと気づいたんだからよぉ・・・我ながら間抜けな話だ。んだが、これでようやく―――射程距離内に・・・入ったぜっ」

 

 

『……オカシナコトヲ イイマスネ。アナタガタ二人ハ……ワタシノ正体ヲ 知ッタ 生カシテハオケマセン―――『歴史は繰り返す』……何度デモ』

 

 

「っ・・・アキラ。ここは僕が」

 

「いや、スタンドを倒せるのは同じスタンド使いだけだ。ここは俺に任せてくれ」

 

 

 

 

 

ラインハルトは俺を護るように立とうとするが、俺はそれを手で制して下がらせた。

 

 

 

 

 

『ワタシハ爆弾。ワタシガ爆発スレバ コノ時間ハ消シ飛ブ。ワタシヲ攻撃スレバ ソノ時点デ 爆弾ハ作動シマス。アナタガタハ―――ワタシニ 攻撃 デキナイ』

 

 

「ああ。確かにな。んだがよぉ~~~・・・お前も自爆するには―――“誰かの体を爆弾に変えねえと”ならねえんじゃねえのか?だから、影に擬態するなんて七面倒くさいことしてたんだろ」

 

 

『……イカニモ。 ワタシガ爆発スルニハ 条件ヲ満タシタ人間ガ必要不可欠デス。シカシ,条件ヲ 満タシタ人間ガ ココニ 二人モイマス。 アナタ達ニ見ツカッタ オカゲデ ダイバージェンスガ “5%”ヲ越エマシタ。アナタ達ニ 触レレバ ソレデコノ時間モ終ワリデス――――――コノ『ANOTHER ONE BITE THE DUST《もう一つのバイツァダスト》』ニ 弱点ハ ナイ』

 

 

 

 

 

成る程。ヤツの目元にある横に一直線に並んだ“数字”が『運命の改変率』って訳か。

 

ヤツは単体では自爆できないが・・・歴史を改変した者や正体を知った者に触れれば対象もろともこの時間を爆破する。殴る斬るなどの攻撃を受けても自爆する。

 

 

―――普通に考えれば、手の出しようのない無敵の爆弾スタンドだ。

 

 

 

 

「―――弱点は“ある”ぜ。お前自信も気がつかなかった弱点がよぉ。今からそれを思い知らせてやる」

 

 

『オモシロイ…… ワタシガ触レレバ 爆発スル! 攻撃シテモ 爆発スル! アナタ達ニ勝チ目ハ、ナイッッ!! 殴ッテ一矢報イルカ 限界マデ逃ゲルカ オ好キナ方ヲ《ドォオン……ッッ!!》』

 

 

 

 

 

自信満々にこっちに向かってくる爆弾スタンド《バイツァダスト》。確かに『破壊もできない』『防御もできない』んじゃあ普通は太刀打ちできずにやられちまう――――――『普通』はな。

 

 

 

 

 

「お望み通り・・・お見舞いしてやるぜっ!」

 

「いけないっ!アキラ、そいつの挑発に乗っては――――――っ!」

 

『ドォォオオオオラァァァァアーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ドゴォォオオオオ……ッッ!!!

 

 

『―――『殴ッタ』 アナタハ確カニ イマ,ワタシヲ 『殴ッタ』。勝ッタ! ワタシノ勝チダ!』

 

 

 

 

 

高らかに勝利を宣言した爆弾スタンド《バイツァダスト》。だが、ジョセフ・ジョースターは言った―――『相手が勝ち誇った時、そいつはすでに敗北している』と。

 

――――――案の定、ヤツはすぐに異変に気がついた。

 

 

 

 

 

『何故…… 爆発シナイ!? ワタシハ 『殴ラレタ』 爆弾ハ発動スルハズダ。ワタシヲ 壊スコトハ 誰ニモ デキナイ!』

 

 

「『壊す』?・・・俺は壊そうとなんてしちゃあいない。『逆』だ――――『直して』るんだよ。壊せなくても直してしまえば・・・お前は黒幕の元へと還る」

 

 

―――バシィイイッッ!!

 

 

『“ナオ、ス”…… ソンナ能力ガ 貴様ニ アッタノカ!?』

 

 

 

 

 

『なおる』状態に入った『バイツァダスト』は空中で身動きがとれなくなり硬直してしまった。そして体がボロボロと泥人形みたいに解れていく。

 

 

 

 

 

「やれやれ、ハマっちまうと恐ろしいスタンドだったぜ。どれ・・・とりあえず、最後にテメーをぶちのめしておくか。気分もスッキリするしよぉーっ!」

 

 

『貴様ハ…… 貴様ダケハ…… 必ズ コロス 運命ハ常ニ我等と共ニ―――』

 

 

『ドォオオオララララララララララララララララララララララララララララァァォァアアアアーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドゴォォオオオオオオオーーーーーーーーン……ッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

ダメージにこそならないが、最後に思う存分ぶん殴って遥か彼方にぶっ飛ばす。これまで溜まりにたまった鬱憤が爆発したその拳は今までの中で一番パワーがあった。

 

 

 

 

 

「グレート・・・コイツも大分俺に馴染んできやがった。これならいけるぞ」

 

「アキラ・・・君はいったい何者なんだ?」

 

「悪いが話は後だ。運命の呪縛こそなくなったが、あいつらのピンチはまだ続いてるんでよぉ。今は先を急ぐぜっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ

 

 

「随分、味な真似をしてくれるわね。久しぶりに、珍しく、少しだけ腹立たしいと思ったわ」

 

 

「―――決着はつけるぜぇ。『因果』を未来へ持って行く事は出来ねえからよ」

 

 

 

 

 

手の甲に突き刺さったガラス片に苛立ちを感じてかエルザは俺をどうやら本格的に敵として認識したようだぜぇ。

 

間一髪、爺さんの救出に成功したはいいが、あんまりにもギリギリだったんで内心肝を冷やしたぜぇ。爺さんの腕が切られていたのは本当に『俺にとって』幸運だった。

 

 

 

 

 

「ねえ。あなたっ!」

 

 

「よう。さっきぶりだな。よく持ちこたえたな。あとは俺に任してくれ」

 

 

「―――ダメじゃない、動いたりしたら!ただでさえ血みどろなのに無茶なことしちゃダメ!」

 

 

「《がくっ》・・・おいおい、そりゃあないだろうがよぉ~。せっかくピンチに駆けつけたヒーローを演出していたのによぉ」

 

 

「そんな怪我で動き回ったら出血がますます止まらなくなっちゃうわ。いい子だからちゃんとわたしの言うことを聞いて」

 

 

「お前は俺のお袋かっ!」

 

 

ヒュオ……ッ!!

 

 

「―――っ!?」

 

「油断大敵だよ、アキラ」

 

 

ガギィイイイイン……ッッ!!

 

 

 

 

 

エルフのお嬢様の余計な保護者愛に気をとられているとエルザがすかさず攻撃を仕掛けてきた。しかし、それをラインハルトが盗品倉に落ちていた剣で受け止めた。

 

 

 

 

 

「助かったぜ。ラインハルト」

 

「友達を守るのは当たり前だろ」

 

「俺とお前ってそんなに仲良かったっけか?」

 

「少なくとも僕は君のことを信頼しているよ。敬意に値する人間だと思っている」

 

「・・・むしろ、飯をたかった人間にそこまで言えるお前を尊敬するわ」

 

 

「『ラインハルト』・・・そう、騎士の中の騎士。『剣聖』の家系ね。すごいわ♪こんなに楽しい相手ばかりだなんて」

 

 

「情報にあった通りだ。黒髪に黒い装束。そしてくの字に折れた北国特有の刀剣・・・それだけ特徴があれば見間違えたりはしない。君は『腸狩り』だね」

 

 

「ええ、そうよ。まさかあなたと出会えるなんて雇い主には感謝しなくてはいけないわね。その腰の剣は使わないのかしら。伝説の切れ味、味わってみたいのだけれど」

 

 

「この剣は抜くべきとき以外は抜けないようになっている。鞘から刀身が出ていないということは、そのときではないということです」

 

 

「安く見られてしまったものだわ」

 

 

 

 

 

剣を交えたまま互いに牽制し合う二人。オイオイ、この場の主役を差し置いて盛り上がってンじゃねえぞぃ。

 

 

 

 

 

パァアアアアア……ッ

 

 

「っ・・・何してやがるんだ?」

 

「動かないで。今、傷の手当てをしてるから」

 

「そんなの後でいいだろっ。お前こそあの爺さんとフェルトについていてやってくれ」

 

「いいわけないでしょっ!わたしのために傷ついたのよ。わたしがあなたを治すのは当たり前でしょ。あなたとは『今日一日の長い付き合い』なんだから」

 

「・・・根に持ってるな」

 

「根に持ってなんかいないわよ。もう!本当にバカなんだから」

 

 

「―――アキラ。彼女の言う通りだよ。その方と一緒に離れていてくれると助かるんだけど・・・聞いてくれるつもりはないようだね」

 

 

 

 

 

目の前のエルザを牽制しながらもラインハルトは苦笑い混じりに俺に問いかけてくるが、俺の答えは決まりきっていた。

 

 

 

 

 

「当然のパーペキだ!何かさ、負けらんねえわけさ!クズだの何だの罵られようが―――その女は俺がぶっ倒す!」

 

 

「・・・わかったよ。ここは君を信じてみよう・・・危なくなったら僕が横入りするけど怒らないでおくれよ」

 

 

「残念だが、ここからお前の出番はもう回ってこないぜぇ――――――三人を頼む」

 

 

「任されたよ」

 

 

「―――ちょっと!何勝手なこと言ってるのっ!あなたの治療がまだ終わっていないわよ」

 

 

 

 

 

エルフのお嬢様は大層ご不満のようだが、ラインハルトは俺の男の意地を尊重してお嬢様を抑えてフェルトと爺さんの元まで下がる。

 

―――ようやく切り開いた自分の道を他人に歩いて欲しくねえのさ。俺の道は俺が歩く。いくらラインハルトでも最大の濡れ場―――ゲフンゲフンッ―――・・・最大の見せ場は譲れねぇんだよ。

 

 

 

 

 

「あなたにわたしの相手が勤まるのかしら?今度は肌を斬るだけじゃ済まないわよ」

 

 

「やってみろよ、カス。1000倍にして返してやっから」

 

 

「―――いいわ。その安い口車に乗ってあげる。精々わたしを楽しませてもらいたいものだわ。あなたは『剣聖』を相手する前の『前菜』と言ったところね♪」

 

 

「腹一杯味あわせてやるよ」

 

 

とんっ ビュンッッ!!

 

 

 

 

 

一歩踏み出した次の瞬間に最高速の速さで縦横無尽に駆け回るエルザ――――――だが遅い。今の俺にはこの程度の早さは通用しない。

 

 

 

 

 

「―――斬られるとしたらどこがいいかしら?腕か、足か、手か、指か・・・それとも」

 

 

とんっ

 

 

「―――“首”かしら?」

 

 

 

 

 

俺の背後に回り込んだエルザが容赦なくその刃を俺の首筋に降り下ろそうとする。死角からの攻撃だったから普通の人ならば視認することはおろか首を切られたことすらも認識できまい。

 

 

―――普通の人ならば、な。

 

 

 

ガキィイイイイッ!!

 

 

 

だが、今の俺には通用しない。いっぱしのスタンド使いにその程度の攻撃は通用しねえよ。

 

 

 

 

「なんだ・・・アレ?」

 

「アレがアキラの・・・」

 

「あの“腕”・・・わたしと戦ったときに見せたのと同じ」

 

 

 

┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛……ッッ

 

 

 

「っ―――これは・・・あなたの精霊さんかしら?」

 

 

「精霊?コイツはそんなファンタジーなもんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

エルザのククリ刀を手刀で受け止めていたのは筋骨隆々の“戦士《ヒト》”であった。体のいたる所にハートマークがあしらわれており、頚部にパイプの様なものが複数本接続されており、その重厚な装甲も相まってサイボーグの戦士といった容貌となっている。

 

 

 

 

 

「『クレイジー』な能力と『ダイヤモンド』みてえなパワーが合体して『クレイジー・ダイヤモンド』ってところかな。そして、俺は――――――っ!!」

 

『ドオラァアアアアアアッッ!!!!』

 

 

ドゴォォオオオオオオオオオ……ッッ!!

 

 

「―――っ!?」

 

ガシャアアアアア……ッッ!!!!

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドに腹部を蹴り飛ばされ勢いよくテーブルや椅子をひっくり返しながらぶっ飛ぶエルザ。

 

 

 

 

 

「《チャッ》―――『通りすがりのスタンド使い』だ。覚えておけっ!」

 

 

 

 

 

 

 




やらかしたぁーーーーっ!これはいくらなんでもダメだろ!

でも、衝動で描き上がってしまったものはどうしようない!

あと、評価してくださった方ありがとうございます!正直、評価されるような作品ではありませんが、本当に嬉しいです。ありがとうございます!


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第12話:始まりの終わり


『ANOTHER ONE BITE THE DUST 《もう一つのバイツァダスト》』

【破壊力 - ∞ / スピード - B / 射程距離 - A / 持続力 - A / 精密動作性 - D / 成長性 - A】

原作ジョジョ第4部に登場したバイツァダストの亜種に当たる能力。仮面をかぶったヒト型の爆弾スタンドで胸にはドクロの意匠を凝らした爆弾を備えている。仮面に10個の目が一列に並んでおり、目の中には“ダイバージェンス《時間軸変動率》”を示す数字が一桁ずつ印字されている。

時間軸変動率《ダイバージェンス》に変動値を観測すると発生源である人間の影に擬態して一定数値を越えた時点で分岐点となった人間を爆殺する。同時に『時間』も爆破されるため分岐した不都合な未来《パラレルワールド》は存在しなくなる。


スタンドのモチーフはジョジョ五部に登場したスタンド『ベイビィ・フェイス』とウルトラマンティガに登場した機械人形『ゴブニュ』。



 

 

 

 

 

――――圧倒的な光景だった。わたしとパック二人がかりでも勝てなかった相手の攻撃をいとも容易く防いで軽々と蹴り飛ばした。

 

 

 

 

 

「オイ、あの兄ちゃん、何なんだよ!あの兄ちゃんから出てきたのって・・・アレも精霊ってヤツなのかよ?」

 

「いいえ。あんな精霊見たことも聞いたこともないわ。第一、ほとんどの精霊は夜になるとマナ切れで顕現することも出来ないわ」

 

「じゃあ『アレ』何なんだよ!?」

 

「わたしに聞かないでよ。わたしだってあんなの見るのは初めてなんだから」

 

「姉ちゃんはあの兄ちゃんの恋人なんじゃあねえのかよ」

 

「そんなわけないでしょ!変なこと言わないで」

 

 

「う・・・うくっ・・・フェルト?」

 

 

「っ・・・ろ、ロム爺!?起きたのか、ロム爺」

 

 

 

 

 

そこで先程間一髪命拾いして気絶していたお爺さんが目を覚ました。どうやら怪我の方もうすっかり心配ないようね。

 

 

 

 

 

「何がどうなってるんじゃ・・・儂は一体どうなったんじゃ?」

 

「~~~~~~っ・・・生きてるよっ。生きてるんだよ、ロム爺!《ギュウウッ》―――それで、腕は・・・大丈夫なのかよ?」

 

「儂の腕・・・さっきあの小娘に切り落とされたはずじゃったが。はて、いつの間にくっついたんじゃ?」

 

「だから、それは・・・きっとあの兄ちゃんが―――~~~~~~っ、ああくそぉっ!もう何がなんだかわかんねえよぉ」

 

 

 

 

 

あのお爺さんが無事だったことに感極まって涙をこぼす金髪の女の子。大事な徽章を盗んだ子にこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど・・・この子、すごくいい子なのね。

 

 

 

 

 

「どうやら、あの御老人・・・本当に何ともないようですね」

 

「っ・・・『剣聖』ラインハルト」

 

「そんなに身構えなくても結構ですよ。御無事で何よりです―――『エミリア様』」

 

「そっちこそ、そんなにかしこまらないで。あなたのお陰でわたしも助かったのだし」

 

「いえ、此度の件。自分の至らなさによりエミリア様の御身を危険に晒してしまいました。この失態に対する罰はいかようにもお受けいたします」

 

「・・・そういうところ、わからないのよね、“あなた達”って」

 

「は?」

 

「危ういところに助けにきてくれて、こうしてどうにか助けられた。それなのに、その間の苦労や痛みの責任まで全部抱え込もうとするんだもの」

 

 

 

 

 

ラインハルトもあの子も余計なものを背負いすぎている。あなた達に救われた人もいることをもっと気づいて欲しいのだけれど。

 

 

 

 

 

「しかし、本当に驚きましたよ。斬られそうになっていたあの御老人を空中で引っ張り寄せただけでなく、あれだけの重傷を一瞬で元通りになおしてしまうだなんて・・・まさか彼が精霊術師だったとは思いもしませんでしたから」

 

「・・・え?」

 

「違うのですか?エミリア様のお知り合いであればあれば・・・高位の力を秘めた精霊術師だとばかり思っていたのですが」

 

 

 

 

 

わたしはラインハルトの言葉に驚いた。あれだけあの子のことを信用しているのに、まるであの子のことをよく知らない口振りで語る様子に違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

「ラインハルト。あなたはあの子の実力を知っていてこの場を任せたんじゃないの?」

 

「いいえ。実は彼とは今日初めて会ったばかりでして。彼が戦っているのを見るのも・・・『これ』が初めてなんですよ」

 

「それなのに怪我人のあの子にあんな危険な戦闘狂の相手を任せたの!?」

 

「・・・確かに彼の戦いを見るのはこれが初めてですが。彼が強いということだけは雰囲気だけでハッキリとわかります。これでも近衛を任ぜられた騎士ですし――――何より、あんな覚悟を秘めた真っ直ぐな目を自分は見たことがありませんので」

 

 

 

 

 

剣聖と讃えられ王国一番の騎士であるラインハルトが絶対の信頼を寄せている。しかも、今日会ったばかりで一度も戦いを見たことがないと言っている。

 

あの子は自分を『スタンド使い』と言っていたけれど・・・魔術でも精霊術でもない『スタンド』って、いったい―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきくらった蹴りのお返しだ。手加減はしてやったが、それでも効いただろォ」

 

 

ガタッ ヒュタ・・・ッ!

 

 

「―――ええっ!素敵!素敵だわぁ・・・今の一撃、感じたわぁ♪わたし、あなたのことを見くびっていたみたい。まさかこんなに刺激的《魅力的》なヒトだったなんて」

 

 

「グレート。このオンナ・・・絶対マジーよ!病院に連れてくベキだぞ、コイツ!」

 

 

 

 

 

かなりの力を込めて蹴り飛ばしたのにダメージどころか攻撃を受けて目をキラキラ輝かせて悦んでいやがる。相手を殺すことだけでなく自分が痛め付けられることにすら悦楽を感じてやがるんだ。

 

 

 

 

 

「今日は本当に最高な日だわ。かの名高き剣聖に会えたことだけでも幸運なのに・・・それに勝るとも劣らない極上の獲物がもう一人手に入るなんて。今日は本当についてるわ」

 

「―――ああ、そうかよ。幸運ついでにさっさと撤退したらどうだ?どうせ勝てやしねえんだからよぉ」

 

「血の滴るような最高のステーキを前に、飢えた肉食獣が我慢できるとでも?」

 

「ぐうの音も出ねえ正論をありがとよ」

 

 

とん……っ ビュンッッ!! ビュンッッ!! ビュンッッ!! ビュンッッ!!

 

 

「やれやれ、蜘蛛みてえなことをしやがる」

 

 

 

 

 

その細身のどこにそんな力があるのかはわからないが、床から壁へ、壁から壁へ、壁から天井へ、天井から床へ、床から天井へ。俺の周囲を人間離れした動きで飛び回り撹乱してくる。壁や天井に両手両足で張り付く姿は蜘蛛そのものだ――――――両手に吸盤でもついてんのか?

 

 

 

 

 

「さっきは遅れをとったけど。この速さで動くわたしを正確に捉えることが出来るかしら―――そろそろ出血で気分が悪くなってきたのではなくて?」

 

 

「《ギュウッ、ポタポタ》・・・・・・。」

 

 

ドンッ ギュォオオオオオッッ!!!!

 

 

「――――サヨナラ♪」

 

 

「・・・クレイジーダイヤモンド《ビジャアアアッ》」

 

『ドォォオオラァアアアアアアッッ!!!!《ピヒュ……ッッ!!!!》』

 

 

 

 

 

天井から垂直に俺の首筋めがけてククリ刀を降り下ろしてくるエルザ。だが、俺は完璧な迎撃体勢でそれを迎え撃った。

 

俺の体から滴り落ちる血を掌に貯めてそれをクレイジーダイヤモンドのパワーでぶん投げてぶち当てる。それだけで―――

 

 

 

ドゴゴゴゴオン……ッッ!!!

 

「・・・ッッ―――!?」

 

 

 

 

エルザの体はおもちゃのように吹っ飛んでいった。掌にためた血を投げつけるという『水かけ遊び』もクレイジーダイヤモンドのパワーで投げれば――――――即席の散弾銃《ショットガン》になるんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「―――ガハッ・・・エふっ!」

 

 

「悪役の技だからあまり使いたくはねえんだがよぉ~。これでわかったろ。今の俺なら直接手を触れなくても―――少量の水がありゃ充分に殺せる」

 

 

「素敵っ・・・まさかこんな攻撃法があるなんて。ますますあなたの腸を引きずり出してみたくなったわ♪」

 

 

「・・・グレート。さっきの直撃を受けてもそれだけの口が叩けるのか」

 

 

 

 

 

どうやらコイツは相手を殺すか自分が死ぬか、どちらかが終わるまで止まりそうもねえな。なら仕方がねえ。再起不能なレベルでヤツをぶっ倒すしかねえ。

 

 

 

 

 

「さあ、もっと楽しませてちょうだい。わたし相手に生半可な攻撃はかえって逆効果よ」

 

 

「―――みてぇだな。確かにこのままだと埒があかなそうだからよぉ。俺もこっからは本気で仕留めにいかせてもらうぜぇ。敗者に鞭を打つようでちと心が痛むが・・・いや、全然痛まねえか。そもそもテメエが話をややこしくしたんだもんな」

 

 

「あら、少し優位になったくらいで生意気なことを言うのね。『腸狩り』の異名は伊達じゃないのよ。例え牙を失おうと爪を失おうと骨を失おうと相手を殺すまで止まらない―――――それが『腸狩り』よ」

 

 

「《とんとんっ》すみませんねェ、“生意気”で。お詫びといっちゃなんですが・・・ご覧に入れましょう―――――― 『一流コックの別格の脚捌き』っ」

 

 

 

 

 

俺はこれ見よがしに足を肩幅に開いて半身になってブルース・リーのような構えをとる。勿論、この構えに意味はない。ただの挑発だ。

 

 

 

 

 

「――――これだけはよぉ~。マジにやりたくなかったんだぜ。クレイジーダイヤモンドの全力のパワーで生身の人間を“本気”でぶっ飛ばすなんて・・・考えるだけでも恐ろしい」

 

 

「あなたの全力・・・楽しみだわぁ。どれ程のものなのかしらね」

 

 

「死にたくなかったら防御に専念することだな。俺が言えるのはそれだけだ」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

俺の警告がハッタリでないことを骨身に染みて理解しているのか二本のククリ刀で防御よりの構えをとるエルザ。どうやらお遊びなしの本気でくるらしい。

 

 

 

 

 

「――――『腸狩り』エルザ・グランヒルテ」

 

 

「――――『スタンド使い』十条旭」

 

 

 

 

 

まるで神聖な決闘の儀式を行うように名乗りを上げ、俺もその礼に応じてアドリブで返す。

 

―――西部劇のガンマン風に言うと『抜きな!どっちが素早いか試してみようぜ』というやつだぜっ。

 

 

ガタッ ドシャァアア……

 

 

一瞬の硬直の後、訪れた倉の中にあった壊れかけの家具が崩れ落ちた音・・・それが開始の合図となった。

 

 

 

 

 

「―――っ!《ヒュッ!》」

 

「―――首肉《コリエ》っ!」

 

 

ドコォオオオオオ……ッッ!!

 

 

「~~~~っ!グッ・・・速―――っ!」

 

 

 

 

 

エルザが初動を切り出すよりも一瞬早くクレイジーダイヤモンドの上段蹴りが炸裂した。エルザも体勢を立て直そうと上体を起こすよりも早く二撃目が降り下ろされた。

 

 

 

 

 

「―――肩肉《エポール》っ!!」

 

 

ガコォオオオオオンッ!!

 

 

「・・・あぐっ!?」

 

 

「背肉《コートレット》っ!!鞍下肉《セル》っ!!」

 

 

ドギャアアアアアアッッ!! ゴキャァァアアアアアッッ!!

 

 

「胸肉《ポワトリーヌ》っ!!」

 

 

ズドゴォオオオオオオオッッ!!

 

 

「もも肉《ジゴー》っ!!」

 

 

ズトバァァアアアアンッッ!!

 

 

「―――~~~~・・・っっ!!!?」

 

 

 

 

 

容赦なく繰り出されるクレイジーダイヤモンドの怒濤の蹴り技にエルザは反撃もできず、まるでピンボールのように体が跳ね回る。

 

それでもなお反撃する意思を捨てずにふらつく体でククリ刀を持って立ち上がってきた。だが、それすらも・・・無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァーーーーーーっっ!!

 

 

 

 

 

「カッ、ふばっ・・・まだよ、まだ・・・わたしは―――っ」

 

 

「――――――羊肉《ムートン》・・・ショットッッ!!」

 

 

ドッ・・・――――――ゴォオオオオオオオオオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

最後のフィニッシュブローに防御などとれるはずもなく盗品倉の壁を突き抜けて吹き飛ばされていくエルザ。女を痛め付けるのは俺の主義に反するが、これもエルザ自らが望んだ結果だ。

 

 

 

 

 

「―――デザートは・・・いらねェか」

 

 

 

 

 

思った通り、ヤツにメインディッシュ《ラインハルト》はいらない・・・前菜《俺》だけで充分だったようだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――全く派手に暴れおって。この店、誰がなおすと思っとるんじゃ、まったく」

 

「やれやれ、命があっただけありがたいと思えよ。こちとら、あの殺人鬼を撃退するのに精一杯で建物に気を使ってる余裕なんかなかったっつーの」

 

 

 

 

 

全てが終わった盗品倉はあまりの戦いの激しさに内装はメチャクチャに、壁はあちこち穴だらけになっていた。

 

―――あのお爺さんが嘆くのも仕方がないけど。でも、この子とラインハルトが駆けつけてくれなかったら、わたし達三人ともやられていたのよね。

 

憎まれ口を叩くお爺さんに売り言葉に買い言葉で乱暴な切り返しになってるあの子を見て改めてそう思った。するとあの子の何気ない呟きに金髪の子が反応した。

 

 

 

 

 

「撃退って・・・倒したんじゃねーのか!?」

 

「アレくらいじゃあアイツはくたばんねえよ。もっともかなりのダメージを受けたろうからさすがにもう襲ってはこれないだろう」

 

「うへェ~・・・あんなクソ異常者がまだ生きてるのかよ」

 

「大丈夫だ。ヤツの目的は完全に失敗したから、これ以上、お前らを始末するメリットもない。だから、もう襲われる心配はないと思うぜ《ポンッ、なでなで》」

 

「・・・そ、そうか―――って!頭、撫でんな!子供扱いすんじゃねぇーよ!噛むぞっ!」

 

「ヘヘッ!まあ、そこはほら俺の方が年上だし。もっと言えば命の恩人だしな。何にせよ、お前も無事で何よりだ」

 

「う、うるせぇ!命の恩人だろうと何だろうと・・・知ったことかっ。大体、兄ちゃんは何なんだ、まったくよう」

 

「照れるな照れるな―――お前もよく頑張ったな。上出来だぜ」

 

「//////~~~~っ・・・ああ~~もう!うっせえよ!」

 

 

 

 

 

―――そっか。わたし、あの子のことをまだ何も知らないんだ。

 

今日一日でいろんなことがありすぎて忘れていたけど。あの子がどこから来たのか、リンガが好きなのか、わたしを助けてくれた理由も、名前すらもわたしは知らない。

 

知らないけど。彼とはすごくすごく長い付きあいのような感じがする。あの子にいっぱい助けられたから?

 

考えてみればそう。あの道端で竜車に轢かれそうになった女の子も、その子のお母さんも、この倉のお爺さんも、あの『フェルト』って子も、わたしも―――あの子に救われたんだ。 

 

 

――――あの子は今日一日でたくさんの人の『運命』を変えたんだ。

 

 

 

 

 

ポタポタ、ポタポタタ・・・ッ

 

 

「っ―――ちょっと!あなた、血が全然止まってないわよっ」

 

「ああ。そういや・・・そうだな」

 

「だから言ったじゃない。動くと出血が酷くなるって・・・んもう!本当にバカなんだから!」

 

「だから、その俺のお袋みたいな態度はやめねえか?」

 

 

「―――アキラ。そこの御老人を治したように自分のケガを治すことは出来ないのかい?」

 

 

「そうよっ。どうして戦いの最中にケガをなおさなかったの。まさかなおせる回数には制限があるの?」

 

 

「やれやれ・・・そういやぁ言ってなかったっけな。俺のクレイジーダイヤモンドは――――」

 

 

 

ガタッ!

 

 

 

「っ―――アキラっ!」

 

 

 

バガァァアアアアアアンッッ!!!!

 

 

 

 

 

ラインハルトが警告した瞬間、壁をぶち破って血だらけで満身創痍となったエルザが猛スピードでエルフのお嬢様めがけて突進してきた――――――斎●一みたいなことをしやがる。

 

 

「―――……っ!」

 

「―――……ッ……!」

 

「……ーーーっ!」

 

 

各々が何かを叫んではいるが俺は別に慌てちゃあいなかった。

 

 

 

 

 

「グレート・・・幸せだったのによぉ~。壁ぶち破る体力なんてなかった方が《キュゥゥゥゥンッッ》」

 

 

 

 

 

俺がクレイジーダイヤモンドのなおす力を発動した次の瞬間―――俺が事前に仕掛けておいた我ながらえげつない罠が発動した。

 

 

 

 

 

ドボォォオオッ! ズドォォオオッ!! ズボォオオオッッ!!

 

「―――っ・・・~~~っ、あっっぐ・・・!!?《バタッ》」

 

 

 

 

周囲に散乱していた無数のガラス片がエルザの体に一斉に襲いかかったのだ。これにはさしものエルザもたまらず床を転がり倒れ伏した。

 

 

 

 

 

「・・・え?」

 

「今のは・・・なに?」

 

「ガラスの破片が一斉に襲いかかったぞ」

 

 

 

 

 

フェルトやエルフのお嬢様らは目の前で起きた光景に混乱している―――わかるわけねえよな。今、俺がやったのはクレイジーダイヤモンドの“なおす”能力の応用なんだからよ。

 

 

まず、俺はエルザとやりあっている最中に予め『俺の血』を入れたガラス片を床にばらまいた。

 

その上で血液散弾銃をぶつけてエルザの体に『マーキング』を施した。

 

あとは俺が『固まった血』を直せば・・・ガラス片はエルザの体に付着した『俺の血液』目掛けて飛んでいく。

 

 

――――俺の『自動追尾弾』だぜ。

 

 

 

 

 

「っぐ・・・あなた、今何を―――――っ!?」

 

 

「そこまでだ、エルザ!」

 

 

「―――っ!・・・いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

 

ヒュタッ! ヒュバ、ヒュバッ、ヒュタッ!

 

 

「・・・呆れたぜ。あれだけ痛め付けたのにまだ動けるのかよ」

 

 

 

 

流石にあの重傷で勝負を挑むほど愚かではなかったらしい。ラインハルトも深追いをやめてすぐに戻ってきた。

 

 

 

 

 

「すまない、アキラ。君があれほど追い詰めてくれたというのに取り逃がしてしまった」

 

「謝んなって。寧ろ、お前がいなかったらこの結果には辿り着けなかった。感謝してぇのはこっちなんだよ」

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

「ああ。本当に・・・やれやれ、だぜ《すとんっ》」

 

「アキラ!?」

 

 

「兄ちゃんっ!?」

 

 

 

 

 

俺は緊張の糸が途切れたのか腰を落として座り込んでしまう。フェルトが心配そうに駆け寄ってくる。

 

 

 

 

 

「大丈夫だ。ちっとばかし貧血ぎみなだけだ。それよりフェルト・・・頼みがあんだけどよ」

 

「な、何だよ、こんなときに・・・」

 

「この姉ちゃんに盗んだ徽章、返してやってくんねえか?もう依頼主もいなくなっちまったことだしよ」

 

「・・・っ」

 

「な!頼むよ」

 

 

 

 

 

フェルトは俺を見て少し驚いた表情をしていたが、やがて『いつもの』悪戯っぽい笑みを浮かべて答えてくれた。

 

 

 

 

 

「命を助けてもらったんだ。恩知らずな真似はできねーよ。盗ったもんは返す!」

 

「ああ。素直な子はお兄さん好きだぜ。ついでに命の恩人である俺をもう少し敬ってくれてもいいんだぜ」

 

「調子に乗んなっつーのっ。待ってな!今、持ってくるからさ―――《タタタタッ》」

 

 

 

 

 

フェルトはまるで母親に親孝行をしたがる娘のような素直さで快く了承してくれた。俺は遠巻きにこちらを見ていたエルフのお嬢様に声をかけた。

 

 

 

 

 

「つーわけでよぉ・・・勝手な話なんだが。あいつのことこれで許してやってくんねえか?アイツも被害者だったわけだしさ」

 

「~~~~っ、バカっ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!早く手当てしないと・・・―――ねえ、あなたの力でなおせないの!?」

 

「・・・なあ、約束覚えてっか?『無事に徽章が返ってきたら一つだけ俺のお願いを聞いてもらう』ってアレだ」

 

「そんなの後でいくらでも聞いて上げるからっ。早くあなたの力で――――」

 

「・・・俺の『クレイジーダイヤモンド』は『自分の傷は治せない』んだよ。世の中、都合のいい事だらけじゃあねぇってことだなぁ」

 

「そんな・・・っ」

 

「つーわけでよぉ――― そこで一つお願いなんだが・・・『傷の手当て』・・・してくれねえか?」

 

「っ・・・バカ、当たり前でしょ」

 

 

 

 

エルフのお嬢様は『ほとほと呆れ果てた』と言わんばかりの態度を見せつけるように不機嫌そうに俺の前に膝をつくと魔法で治療を始めてくれた。

 

 

 

 

 

パァァアアアア……ッ

 

「やれやれ、これで終わったな―――花京院、イギー、アヴドゥル・・・終わったよ」

 

「・・・誰よ、その“カキョウイン”と“イギー”と“アヴドゥル”って」

 

「俺の人生の先生の一人だぜ。今度、彼らが残した名言の数々を教えてやるよ」

 

「《パァァアアアア……ッ》・・・・・・ごめん」

 

「何だよ、突然急に?」

 

「―――・・・ごめん。わたしのせいで、あなたに・・・こんな辛い思いをさせてしまって。わたしの都合に関係のないあなたを巻き込んじゃった」

 

「・・・別にお前のせいじゃあねえだろ。俺が受けた苦労やケガの責任まで全部抱え込もうとする必要はないぜぇ」

 

「っ・・・あなたに言われたくないわよっ!」

 

「何を怒ってんだよ?」

 

「知らないわよ、もう!このアンポンタンっ」

 

「アンポンタンって・・・今時、なっかなか聞かねえぞ」

 

「茶化さないの!」

 

 

 

 

 

どうやら本気で怒ってるわけではないらしいが、何かこいつの気に触るようなことをしたかな。俺?

 

 

 

 

 

「・・・ねえ、一つ聞いてもいいかしら?」

 

「何だよ?」

 

「どうして、わたしを・・・――――ううんっ!やっぱり何でもない」

 

「何でもないってこたぁないだろ。何かそんなに聞きにくいことでもあったのか?」

 

「・・・・“名前”。そういえば、まだ名前を聞いてなかったわよね」

 

「そっか。言われてみりゃあ確かにそうだ。じゃあ、何か今更でおかしな気もするけど――――俺は『十条旭』。通りすがりのスタンド使いだ」

 

「『ジョジョ・アキラ』?変わった名前をしているのね」

 

「ジョジョじゃなくて『ジュウジョウ』な・・・このやり取りも通例だよな。それで、お前の名前は?」

 

「―――『エミリア』。ただのエミリアよ。ありがとう、『アキラ』!・・・わたしを助けてくれて」

 

 

 

 

 

 

 

 




原作のラインハルトのチートっぷりを見てると普通にクレイジーダイヤモンド勝てないんじゃあないかな?

そう思うとラインハルトの戦闘描写をいれることができなくなった。だって、ぶっちゃけ主人公属性においてラインハルトに勝てるとは思えないし。


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第2章:激動の一週間編
第13話:セーブポイント


世の中には「ネタを挟まずにはいられない病」というものがあると聞きます。筆者も間違いなくそれにかかっているとじかくしました。

正直、リアルが忙しいのでなかなか更新が難しいです。それと携帯で書いてるため何かとダメな点もあるかとは思いますが、こんな作品でよければお付き合いください。


 

 

 

―――前回までのあらすじ!

 

 

 

ありのまま起こった事を話すぜ!

 

 

 

『俺はいきなり異世界に召喚されたと思っていたらいつのまにか“デスルーラ”を会得していた』

 

 

 

な・・・何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった。

 

頭がどうにかなりそうだった。ご都合主義だとかチートだとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ!

 

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜっ。

 

 

 

次回!『十条の奇妙な冒険』――――――『ジュウジョウ・アキラ 夕陽に死す』

 

 

 

来週も絶対・・・見てくれよなっ!

 

 

 

 

 

「レム、レム。ジョジョが明後日の方向に向かっておかしなことを話し始めたわ」

「姉様、姉様。とうとうアキラ君の頭が仕事の負荷に耐えきれずおかしくなったみたいです」

 

 

「うるせえよっ!こんなことでもしてねぇーとやるせないんだよ。つーか、姉妹揃ってステレオサウンドで遠慮のない罵詈雑言はやめろってーの」

 

 

「現実逃避をするのは勝手だけど・・・早くしないと洗濯が終わらなくて迷惑するわよ。レムが」

「妄想に耽るのは勝手ですけど・・・アキラ君が早くしてくれないと掃除が進まなくて迷惑しますよ。姉様が」

 

 

「それはわかってるんだぜぇ。でもよぉ~、こんなに仕事量があるなんて俺ぁ聞いてねえぜ。執事の仕事が大変なのは予想していたが・・・現実はハヤテのごとくうまくいかねえよな」

 

 

 

 

 

俺は現実逃避を諦め一先ず目の前にたまった洗濯物の山に向き直った。ロズワール邸に住んでいる人間はそんなにいないはずなのに・・・もしかして俺をいじめるために屋敷中のシーツやらなんやら引っ掻き集めてきたなんてことぁねえよな?

 

 

 

 

 

「ジョジョ。それが終わったら屋敷のお庭のお掃除と食事の準備を手伝って、その後、銀食器を研き、寝台の布団干し洗濯と浴室の掃除、月に一度の屋敷の壁や外柵の点検、それが終わったら夕飯の準備もあるから。夜になったらジョジョには必要最低限の一般教養を身に付けてもらうわ――――――」

 

 

「そう。次にお前は―――『サル並みに物覚えの悪いジョジョに現実逃避する余裕なんてないわ』と言う!」

 

 

「サル並みに物覚えの悪いジョジョに現実逃避する余裕なんてないわ・・・ハッ!」

 

 

 

 

 

そう。ロズワール邸で目を覚ましてから早二日目の朝だが――――――

 

 

 

俺は殺人鬼・・・もとい『腸狩りのエルザ』を退けてから俺はもうかれこれ既に『5回』もデスルーラをする羽目になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかりボロボロの廃屋と化した盗品倉で自己紹介を済ませた俺はようやくエルフのお嬢様の『エミリア』って名前を知ることができた。

 

これだけ奮闘したのにも関わらず俺が手に入れたものはこの銀髪エルフのお嬢様の名前と笑顔、そして感謝だけ――――――大山鳴動して鼠一匹って気がしないでもないが・・・結果としてここで死ぬはずだった三人の命が救われたんだ。

 

せめて今だけはこの結果に感謝しねえとよぉ。

 

 

 

 

 

「―――ねえ、アキラはこれからどうするの?」

 

「え゛・・・どうするって―――さて、どうすりゃあいいのかね。そういやぁ、途中からバイツァダストを解除することばかり考えていて後のことは何も考えてなかったな」

 

「・・・『バイツァダスト』?」

 

「い、いや、なんでもない。ただの独り言だ。聞き流せ」

 

 

 

 

 

異世界に召喚された当初は『お嬢様に恩を売って身寄りのない俺を養ってもらおう』だなんて考えていたんだが。流石にこれだけ何度もやり直させられているとその気も失せた。

 

クレイジーダイヤモンドを使いこなしつつある今なら異世界に一人放り出されても多少はなんとかなるような気がしていた。

 

 

 

 

 

「それなら、アキラ。よければアストレア家に食客として来ないか?君には失礼なことをしてしまったしエミリア様を護ってもらった恩もある」

 

 

「くぉくぉるぉのとぅおもよぉ~~~~っ!ラインハルト・・・お前!お前と言う男は・・・なんと素晴らしいっ!なんていいやつなんだ!それなのに、俺は・・・俺というヤツは『名門貴族アストレア家の養子となって一番の金持ちになれ』というダリオの遺言にしたがってアストレア家のっとりを画策してしまうところであった」

 

 

「アハハハハ、何だかずいぶん具体的な遺言だね・・・―――『心の友』か」

 

 

 

 

 

俺の下心を聞いてもなお笑顔でいられるコイツは本当にいいやつだ――――――いや、むしろコイツが主人公でいいんじゃね?

 

ていうかよぉ~。俺、コイツに何か迷惑をかけられたことあったっけか?逆ならわからなくもないんだけどよぉ。

 

ラインハルトは俺の『心の友』という言葉を聞いて少し寂しそうに複雑そうな笑みを浮かべている。もしかして俺無意識に地雷踏んじまったとかじゃあねえよな。

 

 

 

 

 

「しかし、ラインハルトは本当にいいやつだぜ。今日会ったばかりの俺を信用してくれただけでなくよぉ。まさか俺を客として招いてくれるだなんてさぁ~。マジで器デカイつーか、人生勝ち組というか。この世知辛い異世界で唯一俺の味方をしてくれたヤツだもんなぁ~」

 

ギリ、ギリギリギリギリ……ッッ

 

「~~~~痛て、痛ててててててててっ、ってぇええ!エミリア、お前、何すんだよ!?」

 

「え?」

 

「痛っっってぇ~~~~よ!」

 

「・・・あ」

 

 

 

 

 

なぜか、俺の治療をしていたはずのエミリアの手がいきなり俺の腕をつねり始めた。

 

 

 

 

 

「な、なんでもないわよっ。ちゃんと傷がなおったかどうかを確認していただけ」

 

「なおったかどうかの確認に爪を立ててつねるなよ。ああ、せっかくなおしてもらったのに・・・深々と爪痕が残っちまってるぜぇ」

 

「う、うるさいわねっ!男の子なんだからそれくらいのことで泣き言言わないの。なおしてもらったんだからちゃんと感謝なさい」

 

「さっきガラスで血達磨になっていた俺にあれほど過保護に振る舞っていたヤツとは思えねえ発言だぜぇ!」

 

 

 

 

 

俺のツッコミを無視して『ぷんっ』擬音を鳴らして頬を膨らまし腕を組んでそっぽを向いてしまうエミリア。どうやらこのエルフのお嬢様はさっきまでとは一転してご機嫌斜めらしい。

 

そこへタイミングよく徽章を取ってきたフェルトが戻ってきた。

 

 

 

 

 

「待たせたな、兄ちゃん!」

 

「えらく時間がかかったな」

 

「へへーん、簡単にとられないよう奥の方に厳重に隠してたかんな。何せ聖金貨10枚の取引だったから用心に用心を重ねてたんだよ―――ほら、約束通りコイツは返すよ」

 

「グレート。お前の抜け目のなさには感服するぜ。だけど、返すのは俺にじゃないぜ――――ほら、そっちのお嬢様がお待ちかねだぞ」

 

「・・・あ」

 

 

 

 

 

そこでようやくフェルトとエミリアの目があった。やはり、徽章を盗んだ手前顔を合わすのが気まずかったのだろう。笑顔で歩み寄ってくるエミリアに対してフェルトは辛そうに顔を背けた。

 

 

 

 

 

「今度こそ、徽章を返してもらえるわよね」

 

「あ・・・うん。もちろんだっ。姉ちゃんにも助けてもらったかんな。ちゃんと返すよ」

 

「ふふっ、ありがとう」

 

 

 

 

 

思わず見惚れるようなエミリアの母性溢れる笑みにフェルトは戸惑っている。

 

 

 

 

 

「・・・もっと、すげーきつくくるかと思ってた」

 

「そうね。本当ならそうするべきなのかもしれないけど。何だかいろいろあって・・・どこかのヘンテコリンな男の子のせいですっかり毒気を抜かれちゃったわ」

 

 

「あン?それ、何だか遠回しに俺をディスってないか」

 

 

「ほら・・・大事なもんなら、今度から盗られねーようにちゃんと隠せよ」

 

「あなたにその忠告されるのって変な気分ね。これに懲りたらもう二度と人からものを盗んだりしちゃダメよ」

 

「っ・・・そりゃ無理な話だ。こうでもしねえとあたしらは生きていけないしな。アタシはべつに悪いことしたとは思ってねーし、やめる気もねーよ」

 

「強情なんだから」

 

「ヘヘヘッ」

 

 

「っ―――・・・なっ!?」

 

 

 

 

 

フェルトが差し出した徽章をエミリアが受けとる。ただそれだけの行為だった。だが、この場で唯一、ラインハルトだけが――――――“何か”に気付いてしまった。

 

 

 

 

 

「な、なんてことだ・・・っ《ガシッ》」

 

 

「ラインハルト?」

 

「おい、いきなりどうした?」

 

 

 

 

 

徽章を差し出したフェルトの手を、横合いに見ていたラインハルトがいきなり掴み取っていた。

 

 

 

「い、痛いっつの!放せよっ」

 

「い、いきなり、どうしたんだよ、ラインハルト?徽章を盗んだのはフェルトが騙されていたからであって・・・寧ろ、今回のことについてはコイツは被害者だ」

 

「違うよ、アキラ。確かにそれも決して小さくはない重要な問題だが。僕が問題にしているのはそんなことじゃないんだ」

 

「オイオイ、どうしちまったんだよ」

 

 

 

 

 

ラインハルトは血相を変えて今まで見たことのないひどく動揺した様子でフェルトの腕を決して離すまいと強く握っている。

 

 

 

 

「・・・君の名前は『フェルト』というんだね」

 

「そ、そうだけど」

 

「家名は?年齢はいくつだい?」

 

「家名なんて大層なもんは持っちゃいねーよ。トシは・・・たぶん15ぐらい。誕生日がわからねえから―――つーか、放せよっ!」

 

 

「ラインハルト!もういいだろ。そいつはなにも悪くねえって!」

 

「ラインハルト。わたしからもお願いっ。徽章盗難の件なら・・・―――」

 

 

「・・・すみません。エミリア様。アキラ。その頼みだけは聞くことはできません」

 

 

 

 

 

こちらの頼みを突っぱねてラインハルトは聞く耳を持ってくれない。端から見ているとこちらも何が何だかわからねえ。

 

 

 

 

 

「ついてきてもらいたい。すまないが、拒否権は与えられない」

 

「ふざけ・・・っ!助けたからってあんまり調子に―――《フッ》―――っ?《がくっ》」

 

 

「おい、いったい何を!?」

 

「乱暴なやり方・・・あんまり手酷くやると、ゲートに後遺症が残るわよ」

 

 

 

 

 

憎まれ口を叩いていたフェルトにラインハルトが手をかざした瞬間フェルトはスイッチを切ったかのように気絶してしまった――――――ってぇ、ヲイッ!!

 

 

 

 

 

「エミリア!お前、さっき俺を気絶させたときに同じことしてやがったな!」

 

「え?・・・え~~~と」

 

 

 

 

 

『ゲート』ってのが何かはよくわからねえが。俺があの時エルザとの戦いの前に眠らされたのはエミリアに同じことをやられたらしい。

 

ロム爺も連れて行かれそうになっているフェルトを見て遂に棍棒を振りかざした。

 

 

 

 

 

「フェルトをはなせぇ!このクソガキがぁ・・・!」

 

「―――失礼、御老人。暫し眠っていてくだされ」

 

ヒュトッ!

 

「―――っ・・・おっ、こぉ!」

 

 

 

 

 

しかし、それも流れるような動きでかわすと自分よりも遥かに体の大きい巨人族のロム爺さんの首筋に手刀をおとした。ロム爺さんはまるで操り人形の糸を切られたように床に転がった。

 

 

 

 

 

「お、おい、ラインハルト」

 

「すまない、アキラ。君を客人として招くのはまたの機会になりそうだ」

 

「そっちじゃねえよ。お前、さっきフェルトの何に気がついたんだよ?」

 

「それをまだ話すことはできない。また然るべき時に然るべき場所で全てを話すよ―――――落ち着いて月を見れるのは、今日が最後かもしれないな」

 

「・・・グレート。コイツはテコでも動きそうにないな」

 

 

 

 

 

ラインハルトはそう言い残して気絶したフェルトを横抱きにしたまま盗品倉を去っていった。あとに残されたのは気絶したロム爺さんとエミリアと俺だけだった。

 

ラインハルトのあのただなら様子・・・何だかわからねえが、またろくでもないトラブルの予感がするぜぇ。

 

 

 

 

 

「―――行っちまったな。アイツはいいやつなんだけどよぉ~。いいヤツすぎて何を考えているのかよくわかんねえぜ。エミリア。お前もそろそろ帰った方がいいんじゃあねえか?今ごろ、家族が心配してるぜぇ」

 

「あなたはどうするの?」

 

「俺か?俺は・・・――――行くあてもないし。しばらくここで休ませてもらうぜ。当分の間は何も考えたくねえからよ」

 

 

 

 

 

このループを抜け出すことに集中してずっと動き続けていたせいで肉体的な疲労よりも精神的な消耗が激しい。本当は今後の異世界暮らしに向けて生活設計とか考えたいのに・・・今は何も思い浮かばない。とにかく今は何も考えずに眠りたい。

 

過酷な減量を乗り越えて計量をパスしたボクサーが、試合よりも食べ物のことしか考えられなくなるアレと同じだ。

 

 

 

 

 

「ならわたしの家に招待してあげるわ」

 

「あん?」

 

「アキラはわたしの命の恩人よ。あなたには腸狩りなんていう危険人物から護ってもらったし。あなたのお陰で徽章も無事取り返すことができた。そのお礼がしたいの。このまま身寄りのないあなたを放っておいてあなたに死なれでもしたらわたしの寝覚めがすごく悪くなっちゃうの。だから、勝手ながらあなたはわたしが保護することにします」

 

「久々に聞いたな。お前のその超絶ワガママ理論・・・――――つっても、俺としてはわたりに舟っつーか・・・ぶっちゃけ願ったり叶ったりなんだけどよぉ~。俺みたいなヤツを信用して本当に大丈夫か?今日会ったばかりの赤の他人だぞ」

 

「『今日一日の長い付き合い』でしょ。あなたのことは十分信用してるから大丈夫。あなたは見ず知らずのわたしのために命を懸けて戦ってくれたもの。だから、今度はわたしがあなたにお礼する番―――《きゅっ》―――ね♪」

 

 

 

 

 

『ね♪』なんて言いながら俺の手を両手で握るんじゃない。その可憐な容姿も相まってその仕草がとんでもなく似合っているんだっつーの!

 

グレート!俺の異世界生活は早くも超絶美少女とのフラグゲットから始まっちまったぜ。あわよくば俺はハーレムルートを構築してハーレム王にでもなっちまうぞ!こりゃあ最高に幸先いいぞ!

 

 

―――実際は今日一日で何度も死んでるけどよぉ。

 

 

 

 

 

「・・・すまん。恩に着るぜ」

 

「うん♪そうそう。素直な子はわたしも好きよ」

 

「年下扱いすんなって・・・これでもア●ゾンでエロゲを買える年齢なんだぜ」

 

「エロゲってのが何かはわからないけど・・・何となく物凄くしょうもないものだってことだけはわかっちゃったかな―――立てる?」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

エミリアはそう言って床に座り込んだ俺を引っ張り起こそうと両手で引っ張ってくれるが・・・

 

 

 

 

 

ガクガクガクッ

 

 

「・・・だ―――っ!?《くらぁああ》」

 

「アキラ?」

 

 

 

 

 

立ち上がった瞬間、俺の足がぐらぐらとふらつき、ものすごい立ちくらみに襲われた。

 

 

 

 

 

「頭痛がする・・・は、吐き気もだ!くっ・・・ぐぅ・・・―――な、なんてことだ。このDIOが・・・気分が悪いだと?このDIOがエミリアに手を握られて・・・立つことが出来ない・・・立つことが出来ないだと!?」

 

「ちょっとアキラ!大丈夫?アキ・・・―――っ・・・――――っ――・・・っ!」

 

 

 

 

 

薄れ行く意識の中、俺は思った。『よくよく考えたら俺はかなりの血を流しすぎていた』と。

 

エルザに蹴り飛ばされてガラスを突き破り全身ズタズタに切り傷を受けて、エミリアに気絶させられたまま放置され、ラインハルトに起こされるもろくな治療を受けずに戦線復帰、エルザとの戦いの最中調子にのって『血液散弾銃』や『血液追尾弾』をふんだんに使った。

 

 

―――ああっ、そりゃあしょうがねえわ・・・貧血も起こすってもんだぜ。おかげでエミリアが何を言ってんのかも全然聞き取れねえ。

 

 

 

 

 

「――――っ・・・っ・・―――っ・・・・っ!!」

 

 

「しょおおがねーなああああ~~~~。たかが『買い物』来んのもよォォ―――楽じゃあ・・・なかっただろ?え?エミリア―――これからはもっと・・・しんどくなるぜ・・・・・・てめーは・・・――――」

 

 

 

 

 

その言葉を最後に俺の意識は完全にブラックアウトした。

 

 

 

 

 




文字数を5000文字程度に抑えるといったな―――アレはウソだ。

今回も6000字越え。前回はぴったり8000字になってしまいました。


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第14話:(ドリル+ロリータ)+(双子+メイド)

一期一会という言葉があります。それはリゼロの世界においてはかなり重要なファクターです。何故なら、運命を変えるには一人ではできないのです。


 

 

 

 

 

くうっ・・・くっ・・・ハアーッ・・・ハアーッ・・・ハアーッ!

 

 

 

オ オレは何回死ぬんだ!?

 

 

次は、ど・・・・・・どこから・・・・・・

 

 

い・・・いつ『襲って』くるんだ!?

 

 

オレは!

 

 

オレは・・・ッ!

 

 

 

 

 

「オレのそばに近寄るなああ──────────ッ!《ガバッ!》・・・ゼエ・・・ゼエ・・・ハア・・・ハア・・・」

 

 

 

 

 

あ、危ねえ・・・もうちょっとでジョジョ史上最凶のスタンド鎮魂歌《レクイエム》に止めを刺されるところだったぜ。

 

いや、実は俺はもう既にゴー●ドエクスペリエンスレクイエムの手にかかっているのでは?

 

だから、何度も何度も死んでは生き返ってを繰り返している・・・――――――ヤベエ!結構辻褄があっている!もしそうだとしたら俺がディアボ□の大冒険をやらされているのも合点が行く。

 

 

 

 

 

「―――つーかよ、ここ・・・どこだ?」

 

 

 

 

 

周りを見回してみると目についたのはあまりにも広い間取りと高い天井、そして自分が寝かされているベッドを含む豪華な内装。

 

まるで王宮に招かれた上等な貴族に客室としてあてがわれたような寝室である。

 

 

 

 

 

「確か・・・俺は異世界に来て、フェルトに会って・・・それからエミリアと出会って。何度もループを繰り返してことの元凶である『バイツァダスト』をぶっ飛ばした。エルザも倒した――――んだよな?」

 

 

 

 

 

何度もループを繰り返していたせいでその辺が疑心暗鬼になっている。少なくともバイツァダストは発動してもいないし、俺も死んじゃあいない―――貧血で倒れただけだ。

 

貧血で倒れたからここに運び込まれただけ・・・のはず!・・・かも!・・・May be。

 

 

 

 

 

「―――誰もいないのかよ・・・グレート。腹も減ってきたってのによ《シャッ》」

 

 

 

 

 

たぶん、俺があまりにも目を覚まさないから放置されていたんだろうけど。寝起きで見知らぬ場所に一人放置されたら不安にもなるぜ。

 

俺は何気なく窓のカーテンをずらして外を眺めてみるが、そこには広大な庭・・・というか『敷地』!圧倒的『敷地』!が広がっていた。広すぎてどこが屋敷の入り口なんだかもよくわからねえ。

 

 

 

 

 

「《ガチャッ》―――広っ!・・・何だ、これ!?廊下の奥の方が遠すぎて霞んで見えるぜ」

 

 

 

 

 

扉を開けて廊下に出てみたが、周りは人っ子一人もいない。壁と天井と廊下が延々と奥の方まで続いていた。

 

 

 

 

 

ぺたぺたぺたぺたぺたぺた・・・

 

 

「こんなに広い屋敷建ててちゃんと管理しきれんのかよ・・・―――なんかさっきから同じところをぐるぐる歩かされてるみたいになってっぞ・・・いや、というか」

 

 

 

 

 

『みたい』じゃない―――同じところを歩かされているんだ。さっきから歩けど歩けど通りすぎる壁にかかってる絵が変わっていない。

 

 

―――間違いなく何者かの『攻撃』を受けている。『ジェイルハウスロック』とかそういう『一定の場所から出られなくなる攻撃』を。

 

 

 

 

 

「これも『魔法』ってヤツなのか・・・やれやれ、目覚めて早々ねちっこい歓迎だぜ。魔法は専門外だから俺にはどうしようないぜ」

 

 

 

 

 

承太郎さん!無敵の『スタープラチナ』で何とかしてくださいよォーーーーッッ!

 

 

・・・いや、やめよう。他力本願な精神はこの俺の異世界生活では全くもって役に立たないことは立証されているんだぜ。どうにか自分でやりぬくしかねえ。

 

 

 

 

 

「一番手っ取り早いのは壁でもぶっ壊して横道に抜けることだが・・・それは最終手段。俺の直感によると『俺が最初に出てきた扉が怪しい』って言っているんだぜい《ガチャッ》」

 

 

 

 

 

扉を開けてみるとそこには俺が最初に出てきたのとは全く異なる景色が広がっていた。豪華な内装と白い清潔なベッドはどこにもなく。

 

白と黒のチェック柄の床。左右に並んだ本棚と無数の本の数々。中央には申し訳程度に設置されたテーブルと椅子。そして・・・――――

 

 

 

 

 

「・・・なんて、心の底から腹の立つ奴なのかしら」

 

 

 

 

 

豪勢な浮き世離れした雰囲気をまとったドリルのようなツインテールの髪型の金髪ロリ。

 

―――すげえっ!まさかこの目で本物の『ドリルツインテール』を拝める日が来ようとは!お嬢様然とした二次元のキャラにしかなせない髪型だと思っていたから無性に感動しているぜ!

 

 

 

 

 

「―――《パン、パンッ》」

 

「何をいきなり手を合わして拝んでいるのかしら!?何だかわからないけどすごく腹立たしいのよ」

 

「ハッ・・・―――すまねえ!ついこの感動を口では表しきれなくてよ。何だかよくわからないけど・・・―――嬉しくて《ぐすっ》」

 

「何でベティと会っただけでお前がそこまで感動しているのかしら。ていうか書庫の中で泣かないで欲しいかしら。床が汚れるのよ」

 

 

 

 

 

信じられるか・・・この金髪ドリルツインテールの高飛車幼女。中の人が『新井さん』なんだぜ。禁書シリーズ御用達しのツインテールのHENTAI『白い黒子』と同じ人なんだぜ。

 

 

―――『新井さん』と『ツインテールロリっ娘』ッ!この世にこれほど相性のいいものがあるだろうかッ!?

 

 

ヤベエ!マジで俺感動してるよ!

 

 

 

 

 

「なあ、お願いがあるんだけどさ」

 

「いきなり『お願い』だなんて厚かましいヤツなのかしら」

 

「一度でいいから『風紀委員《ジャッジメント》ですの!』って言ってもらっていいか?」

 

「お前は・・・ベティに喧嘩を売っているのかしら」

 

「違う!純粋にRESPECTしているだけだ!この禁書目録をオマージュしたかのような大量の書物に囲まれている新井ボイスのツインドリルのロリに、俺はっ――――感動しているっ!」

 

「・・・ベティーを本気で尊敬しているお前の態度が却って感に触るのよ。書架への不法侵入といい、お仕置きされても仕方ないと思わないかしら?」

 

 

 

 

 

むっすーとした表情で俺を睨んでくるドリルロリータ略して『ドリータ』。

 

年齢は10才前後。お伽噺に出てきそうなファンシーなコスチューム。華美な模様に彩られフリルであしらったドレス。

 

最大の特徴は見事なドリル状に巻かれたツインテール。髪の色も白に近い金髪――――――本当に絵本から出てきた王女様みてえだな。

 

 

 

 

 

「なあ、さっきの無限ループはお前がやってたのか?」

 

「・・・ベティの仕業と言われればそうなのよ。お前さえ大人しくしてくれればベティもこんな屈辱を受けずにすんだものを」

 

「人を勝手にループの中に閉じ込めておいてそりゃあねえだろ。子供の頃、スーパーマ●オ64でクッ●との最終決戦に挑む前の無限階段の恐怖を思い出したぞ」

 

「例えがよくわからないのよ」

 

 

 

 

 

当時リアルタイムでプレイしていた世代の子供達ならきっとわかってくれるだろう。スター70枚を持たずに横着しようとするとあの魔の無限階段の餌食となるんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「なあ、この屋敷に連れてきたのはエミリア・・・なんだよな?会っていろいろお礼がしたいんだけどよぉ~。ここから出してくれねえか?第一、あんな寝室に閉じ込められるなんて窮屈だしよぉ」

 

「何でベティがそんなことしなくちゃならないのかしら?あの娘のせいでベティはこんなにも不快な思いをさせられてるのよ。お前に会ったせいでベティはこれから一週間は気分が晴れないのよ」

 

「俺は害獣か何かか!?せめて人間扱いして!そこは人間扱いして!俺、一応エミリアの恩人って立ち位置なんだからよぉ!」

 

 

 

 

 

我ながら恩着せがましいことを言っている気はするが、流石に害獣扱いされれば反論したくもなる。しかし、目の前のドリータは俺のその言葉に反応することなく淡々と本を読み耽っている。

 

 

 

 

 

「ベティにとってあの娘がどうなろうと知ったことではないのよ。お前があの娘を助けたところでベティにとっては関係ないかしら」

 

「オイオイ・・・仮にもお前を住まわせている屋敷の主だろ。そんな不敬な言葉は思ってても口にしない方がいいんだぜ」

 

「お前は何か勘違いしているようなのよ。このロズワール邸の当主はあの娘ではないのよ。従ってベティにとって何ら不利益はないかしら」

 

「・・・ロズワール?エミリアの親父さんか」

 

「お前っ・・・本当に何も知らないやつかしら。ロズワールも、あの娘に勝手を許すからこんなわけのわかんない奴と会う羽目に。あとでとっちめてやるのよ」

 

 

 

 

 

何かよくわからんがこの屋敷の人間関係も一枚岩というわけではないらしい。それにこの異世界ファンタジーにおいてもこの目の前のドリータの雰囲気は今まで出会った住人の中でも一際変わっている。

 

 

というか、コイツ・・・さっきからエミリアとこの屋敷の主人を下に見ている―――いや、人間そのものを見下したような態度。

 

 

 

 

 

「お前・・・もしかして妖精とか精霊の一種なんてことぁねえよなぁ?さっきのエグい無限回廊トラップを使えるところといい・・・かなりの高位の魔法使いなのは間違いないだろうけどよぉ」

 

「どうやら思っていたほど馬鹿ではないみたいなのよ《パタンッ》」

 

「お前ほど頭が良くないことは自覚してるぜ。俺はあんまり本を読むことは得意じゃねえからな」

 

「ふ~~~~ん?《コツコツコツ…》」

 

 

 

 

ベティと名乗る少女は本を閉じてつかつかとこちらに歩み寄って来た――――――なんかすんげぇイヤな予感がする。

 

 

 

 

 

「お、おい・・・俺をここから出してくれるのか?」

 

「お前には一度身の程と言うものを思い知らせてやるかしら《とんっ》」

 

「はあ?」

 

「一応、死なないように加減はしてやるけど。この書庫の中ではあまりに調子に乗らないことかしら」

 

 

ドグンッ! バギュォオオオオオンッッ

 

 

「っ・・・るぅおおおおおおおおおおっ!?」

 

 

 

 

少女の手が俺に触れた瞬間、全身の血流が逆流するかのような不快感を覚え、同時に全身が熱く灼け爛れるような激しい痛みが襲った。

 

 

 

 

 

 

ドタッ!

 

 

「―――っ・・・い・・・今のは何だ・・・吸血鬼でもねえのに、全身に波紋疾走《オーバードライブ》が走ったぜ」

 

「・・・呆れた。まだ減らず口が叩けるのかしら。話には聞いていたけど本当に頑丈なのよ―――ちょっと体のマナを徴収しただけだから暫くすれば元に戻るのよ」

 

「“マナ”・・・だと・・・それを使いこなせれば・・・お、俺にも波紋戦士になれる可能性が―――っ!」

 

「ないかしら。“マナ”とお前の言う“波紋”というのは多分別物かしら」

 

「チクショウッ!カエルを殴り付けて『メメタァ』って音を鳴らすのが夢だったのに!」

 

「勝手にやっていればいいかしら。それよりも・・・いい加減、鬱陶しいからとっとと消えるのよ!《スッ》」

 

 

ゴォウッッ!!!

 

 

「ボールを相手のゴールにシュウゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

 

 

バタンッッ!!

 

 

 

 

 

少女が俺に手をかざした瞬間、凄まじい局所的な暴風が発生し、俺は突風のようなものに扉の外に吹っ飛ばされてそのまま意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《ガバッ!》―――超☆エキサイティン!!」

 

 

 

 

 

目が覚めたときには最初に起きたときと同じベッドの中にいた。誰かがぶっとばされた俺を寝かしつけてくれたらしい。

 

 

 

 

 

「グレート。さっき起きたばかりだってのに・・・ベッドの中にまた逆戻りかよ。とんでもねえところに来ちまったな」

 

 

「レム、レム。お客様がお目覚めになられたわ」

「姉様、姉様。お客様がお目覚めになられました」

 

 

「・・・マナを吸いとったって言ってたけど。ひとまず体にこれといった異常はねえな。強いて言うならだいぶ疲れてるような気がするけどよぉ―――くっそ、あのドリータ。今度、会ったらただじゃあおかねえ」

 

 

「聞いた、レム?今、お客様が外道な発言をしたわよ」

「聞きました、姉様。今、お客様が鬼畜な発言をなさいました」

 

 

「・・・今、何時だ?丸一日寝てたってことはねえと思うがよ」

 

 

「今は陽日7時になるわ、お客様」

「今は陽日7時になります、お客様」

 

 

「そうか。7時か・・・危うく日朝のスーパーヒーロータイムを見逃すところだったぜ。それが終わったら感謝の正拳突きとラジオJOJO体操の時間だぜ――――俺の学ランはどこだ?」

 

 

「お客様のぼろ切れのような衣服は見苦しいため洗濯中だわ、お客様」

「お客様のお召し物は血みどろで見るに耐えなかったためお手入れの真っ最中です、お客様」

 

 

「―――ってえ!スルーももう限界なんだぜっ!!お前ら、さっきから何を横でボロクソに俺のことをディスってやがんだ!」

 

 

 

 

 

必死に意識の外に追いやっていたが、俺は耐えきれずにヘッド脇でずっと寄り添うように立っている二人のメイドに顔を向けた。

 

 

―――双子だった。美少女の双子だった。美少女でメイドで双子だった。

 

 

手を繋いで立つ双子はまるで鏡写しのように左右対称に見えるくらいに身長から服装、髪型、ポージングに至るまで見事にお互いの姿をそれぞれ生き写していた。

 

鏡写しのような双子の違いを分けているのは髪型と髪の色くらいなものだ―――片方は淡い桃色の髪。もう片方は淡い水色の髪。桃色の髪の娘は前髪で左目を、水色の髪の娘は前髪で右目を隠していた。

 

小柄な体格といい、その幼さを残しつつも可愛らしい顔立ちはメイド服が非常に似合っており掛け値なしに可愛かった。

 

 

 

 

 

「グレートっ!これ、なんてエロゲだよ」

 

 

「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています―――姉様が」

「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ―――レムが」

 

 

「発想が飛躍しすぎだろっ!・・・ってか、明らかにこの世界に存在しないエロゲの意味を正しく理解しているのはどういうことだよっ!?」

 

 

「お許しになって、お客様。レムだけは見逃して―――汚すなら姉様だけにしてください」

「やめてちょうだい、お客様。ラムは見逃して―――凌辱するならレムだけになさい」

 

 

「―――グレートっ・・・この一連のやり取りだけでお前ら双子のキャラが大体わかっちまったぜ。髪の色は綺麗な赤と青のくせに腹の中は姉妹揃って真っ黒だぜ、こりゃあ」

 

 

 

 

 

そもそもこのメイド姉妹は何しにこの部屋に来たんだ?気絶させられた俺の様子を見に来てくれたのか・・・いや、この二人のことだから仕事サボって俺の部屋でダベっていただけかもしれねえな。

 

 

 

 

 

コンコンッ

 

 

「ん?」

 

 

「――――ノックしてもしもーし。昨日はよく眠れたかしら、アキラ」

 

 

 

 

 

開いていた扉から顔を覗かせていたのは可憐な私服姿で髪を束ねておさげにした優雅に微笑むエミリアであった。

 

 

 

 

 

「・・・ば、バカな。その台詞は、まさかっ・・・戦闘潮流の―――ジョセフ・ジョースター!きさま!見ているかッ!」

 

 

「何を言っているのか、よくわからないのだけれど・・・目覚めたばかりなのに相変わらず絶好調みたいね。アキラ」

 

 

「俺は嬉しいぞ。エミリア!俺がちょっと目を話たすきにいつのまにか立派なジョジョラーになりやがってよぉ。これで俺が教えることは何もない―――免許皆伝だぜ、エミリア」

 

 

「あなたに弟子入りした覚えもないし、その・・・ジョジョラー?・・・っていうのにもなったつもりはないのだけど。とにかく元気になってくれてよかったわ」

 

 

 

 

 

俺の言っている言葉の意味がわからずとも律儀に一つ一つ丁寧な切り返しをしてくれるあたりがなんともエミリアらしい。

 

―――正直、言ってよぉ。こうして無事に生きてる姿を見れてようやく安心できたぜ。俺が気絶してる間に運命様から決められた死の未来に襲われないとも限らねえからよ。

 

 

 

 

 

「聞いてください、エミリア様。あの方に酷い辱めを受けました―――姉様が」

「聞いてちょうだい、エミリア様。あの方に監禁凌辱されたのよ―――レムが」

 

「ラムもレムも、アキラは病み上がりなんだからあんまりからかわないの」

 

「はーい、エミリア様。姉様も反省していますわ」

「はーい、エミリア様。レムも反省したと思うわ」

 

 

「やれやれ・・・このメイド姉妹、つくづくいい性格しているぜ―――何にせよ、お前が無事だったのなら何よりだぜぇ。俺が気絶している間に何もなくてよかった。もし俺の知らないところで死なれでもしたら寝覚めがくそ悪くなるところだったぜ」

 

 

「《きょとん》・・・変なこと言うのね。あなた」

 

 

 

 

 

エミリアは俺の言葉がよっぽど意外だったのか目をぱちくりさせて驚いている―――いつもお姉様然とした雰囲気だが、そんな顔をされると年相応の幼さが強調されてグッとくるぜ!

 

 

 

 

 

「会ったばかりのわたしのためにそこまで考えてるなんて・・・アキラって本当におバカさんなのね。すごいバカ。自分が倒れたことよりも他人の心配をするなんて信じられないくらいのバカだわ」

 

 

「正当な評価です、エミリア様。さらにそこに『グズ』と『ウスノロ』を付け加えれば完璧です」

「正しい評価だわ、エミリア様。あとそこに『穀潰し』と『甲斐性なし』が加われば完璧だわ」

 

 

「うるせえよっ!しつこく何回もバカバカ言ってんじゃねえよ―――そして、そこのメイド双子!さらっと余計なシスターズノイズを付け足してんじゃねえ!」

 

 

 

 

 

俺が人の心配をするのがそんなに意外かっつーの。まあ、エミリアは俺が10回以上あの悪夢のデスルーラを繰り返したことは知らねえから・・・俺が運命を乗り越えたことに対する安堵を理解できねえのも無理はねえ。

 

 

 

 

 

「アキラ、もう体の調子は大丈夫なの?どこかおかしなところとかない?ベアトリスに悪戯されて倒れたって聞いたんだけど・・・」

 

「あれを悪戯なんて可愛い言葉で片付けねぇでくれよ。軽くトラウマなんだからよぉ・・・あれに比べたら腸狩りのチャンネーと死の社交ダンスを踊っていた方がまだましだぜ」

 

「それだけ冗談が言えればもう心配ないわね」

 

「あるよ、バカっ!」

 

 

 

 

 

さらっと流されてしまった―――訂正。どうもこのエルフのお嬢様は俺の言葉をまともに取り合ってくれない傾向にある。

 

 

 

 

 

「元気が確認できたんならよぉ~・・・そろそろ俺の服を返してくれねえか?流石にこの病人服みたいな格好じゃあ外も出歩けねえ」

 

 

「はいはい。本当にアキラってば落ち着きがないんだから。ラム、レム、アキラの服を持ってきてあげて頂戴」

 

 

「わかりました、エミリア様。直ちにあのセンスの欠片もない意匠のこらした黒服をお持ちします」

「わかったわ、エミリア様。すぐにあの持ち主の正気を疑いたくなるような血濡れでボロボロで小汚い黒服をお持ちします」

 

 

「オイ、双子っ、コルァアア!大事な一張羅を台無しにしてまでお前らの主人のために頑張った俺の偉業をちったぁ評価しやがれっ!特に姉の方!後でテメエら姉妹揃って毒消し草口に突っ込んでやっからな!」

 

 

「コラ、アキラ。ケンカしないの。アキラは二人よりも年上のお兄さんでしょ」

 

 

「だから、お前は俺のお袋みたいな態度をいい加減やめろっ!その前にこの双子の毒舌メイドを更正させる努力をしろっ!」

 

 

 

 

 

 




旭君はボケるよりもツッコミキャラかもしれない。というかリゼロの世界においてはツッコミキャラに相当するキャラが極端に少なすぎる。


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第15話:道化と食事とネタばらし

ロズワールの子安声は素晴らしくハマっていた。でも、ベア様の新井ボイスの方がもっとハマっていた!というか、全俺がハマった!この気持ち、まさしく愛だ!


 

 

 

 

 

 

♪~~~ラジオ体操第一のBGM ~~~

 

 

 

「―――ラジオ・JOJO体操ゥ・第一ィイイイッッ!!」

 

「ええっ、な、なに!?・・・なんなの!?」

 

「覚悟完了。体操用意!!」

 

 

 

 

 

場所は中庭。俺は携帯の中に保存してあったラジオ体操のBGMを流しながらエミリアにラジオJOJO体操を無理矢理やらせてみた。

 

 

 

 

 

「腕を大きく上に上げて―――エアロスミス発進っ!」

 

「え・・・“えあろすみす”!?」

 

「数は“素数”で数えるぅ!―――2・3・5・7! 11・13・17・19!」

 

「えっ!?素数?・・・素数ってなに!?すごく数えづらいんだけど」

 

「2・3・5・7! 11・13・17・19!」

 

 

 

 

―――手足の運動。

 

 

 

 

「手足の曲げ伸ばしー!痛みは波紋でやわらげろーっ」

 

「“破門”!?・・・破門ってなに!?」

 

「2・3・5・7! 11・13・17・19!」

 

 

 

 

―――腕を回します。

 

 

 

 

「腕を大きく回してー・・・波紋強化っ!―――外回しッ!―――内回しッ!」

 

「はやいわよ!・・・何をやってるのか全然わからないわ」

 

 

 

 

―――正面に弾みをつけて三回、後ろそり。

 

 

 

 

「俺は人間をやめるぞ、ジョジョーッ!―――WRYYYYY! WRYYYYY!」

 

「ぅ・・・うりぃ~」

 

「違う!もっとこう―――『WRYYYYY!』だ 」

 

「う・・・うりyyyy!」

 

 

 

 

―――足を戻して手足の運動。

 

 

 

 

「腕を元気よく上に伸ばす。エコーズACT3―――FREEZE! FRREZE!」

 

「・・・ふ、ふりーず!」

 

「S・H・I・T!―――FRREZE! FRREZE!」

 

 

 

 

―――足を戻して両足とび。

 

 

 

 

「座ったままの姿勢・・・膝だけで跳躍―――オラァッ! オラァッ!」

 

「出来ないわよっ、そんなこと!」

 

 

 

 

―――深呼吸。

 

 

 

 

「黄金の精神で深呼吸ー!―――ボラボラボラボラ ボラボラボラボラ―――ボラーレヴィーア!」

 

「ハァっ・・・フゥ、フゥ、フゥー・・・フゥ、フゥ」

 

 

 

 

 

ラジオJOJO体操の全ての演目が終了した頃にはエミリアは息も絶え絶えになっていた。

 

 

 

 

 

「大丈夫かよぉ?―――『俺の国の準備体操に興味がある』って言うからやらせてみたら・・・案の定ついてこれてねえじゃねえか」

 

「ハァ・・・ハァ・・・ごめん・・・でも、アキラの国の体操って・・・いろいろ、むつかしくて」

 

「だから、初心者はやめた方がいいっていったんだぜ。こんなんじゃあ今日一日乗り越えられねぇぞ」

 

「ハァ・・・ハァ・・・っ、そんなこと言われても・・・本当にしんどい」

 

「まあ、この体操を作った人の紹介文を見ると―――『運動不足の体でこの体操を実行すると、高確率で体のどこかがグキッとなります。本当に気をつけてください』と書いてあった」

 

「―――《ぴたっ》」

 

「慣れない内はみんな『この体操をするための準備体操』が必要ということだな・・・やれやれだぜ」

 

「――――――。」

 

「しかし、お前も勇気あるぜぇ。初心者のくせにそんな過酷な体操に果敢に挑もうだなんてな――――――さすがエミリア!オレ達に出来ないことを平然とやってのけるッ。そこにシビれる!憧れるゥッ!」

 

 

 

ピキッ

 

 

 

―――スカァァァアンッッ!!

 

 

 

「ぬぅうおっ!?」

 

 

 

 

本日のラジオJOJO体操―――エミリアからの怒りのエメラルドスプラッシュを顔面に受けたことにより幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――もうっ!アキラのバカ!意地悪!オタンコナス!」

 

「悪かったってばよ。そんな怒んなくてもいいじゃねえか。最初に『興味がある』って言ったのはお前の方なんだし、半分はお前のせいだぞ」

 

「一番肝心なことを言わなかったくせにっ!おかげで足がさっきからずっとピリピリしてるわよ」

 

「それは多分DIOの『WRYYYYY!』と承太郎の『やれやれだぜ』のポーズのせいだな。大丈夫!この運動はダイエット効果もあるから。根気よく続けていけばやせるぜ」

 

「あんなこともう二度とやらないわよっ」

 

 

 

 

 

頬を膨らませてすっかりへそを曲げてしまったエミリア。だけど『ぷんすこ』と怒りを露にするエミリアは怖いどころか逆に可愛らしくてむしろ思わず吹き出してしまった。小さい男の子が気になる女子に意地悪したくなる気分が改めてよくわかるというものだ。

 

―――すごく綺麗な顔立ちしてるくせにこういう幼い仕草や表情が本当によく似合ってるんだぜ。

 

 

 

 

 

「何を笑ってるの!言っとくけどこれでもわたし怒ってるんですからねっ」

 

「ごめん、ごめん。今度はまた別の体操をやろうな」

 

「だから、もうやらないったら!もうっ、アキラってば、どうしてそんな意地悪なこと言うのっ」

 

 

『《ぴょこっ》―――そりゃあ、気になる女の子には意地悪したくなるというのが男の子の性だもんね』

 

 

 

 

 

そう言ってエミリアの頭上にひょっこりと姿を現したのはあの猫神様パックであった。何かものすごく久しぶりに見たような気がした。そう言えばエルザとの戦闘中に駆け付けたときには既に姿がなかったな。

 

 

 

 

 

「おはよう、パック。昨日は無理させちゃってごめんね」

 

「おはよう、リア。昨日は危うく君を失うところだったよ。君には感謝してもし足りないくらいだね―――何かお礼をしなきゃいけないね!なにかしてほしいこととかあれば何でも言っておくれよ」

 

 

「―――ん?今、何でもするって言ったよね?」

 

 

「あ、アキラ、ちょっと目が怖いわよ」

 

「いいよ!ボクはこれでも精霊だからねっ。大抵のことはできるから大丈夫」

 

 

「グレートっ!だったら是非ともお前にしか出来ないおねがいがあるんだぜっ!」

 

 

「・・・パックにしかできないこと?」

 

「いいよっ!何でも言っておくれよ」

 

 

 

 

 

俺がパックに望むことなど一つしかない。エミリアと一度敵対したこのルートではもう叶わないと思っていたことがあったんだぜ。

 

 

 

 

「是非ともお前をモフりてぇ!というかむしろモフらせろ!お前に拒否権はねえっ!」

 

「そんなことならお安いご用だよー。アキラにだったらいくらでも撫でさせてあげるよ」

 

「グレートっ!だったら、遠慮なく撫でさせてもらうぜ!」

 

 

「ちょ、ちょっとアキラ・・・本当にそんなことでいいの!?」

 

 

「それでいいっ・・・むしろ、それがいいっ!」

 

 

 

モフモフ モフモフ

 

 

 

「ふんもっふ!・・・ディ・モールト!ディ・モールト!良いぞ!よく手入れされているぞ。パック!―――この毛並み!ふわふわにしてモフモフ!まさに至高の逸品だ」

 

「うすぼんやりと心が読めるからわかるんだけど。“アキラ”は本気で言ってるからすごいよね。本気で僕の毛並みに夢中みたい」

 

「当たり前だろっ!動物は好きだからな。特に猫の毛並みはモフモフしてるからなおよしだぜっ!犬も好きなんだけどよぉ~。犬で愛でるなら短毛種の方が好みだな――――って、オイ。お前、俺の名前を」

 

「リアから聞いたよ。アキラがリアを庇って血みどろになって戦ってくれたって、すごく感謝してたけどすごく心配してたよ~。だから、アキラが無事に目を覚ましてくれて本当によかったよ」

 

 

「っ・・・パック!変なこと言わないで」

 

 

「本当のことじゃないか~。『アキラが倒れたのはわたしの責任だ』ってずっと思い詰めていたからね。これでリアも肩の荷が下りて本当に良かったよ」

 

「・・・その『リア』ってのはエミリアの愛称か?」

 

「うんっ!アキラには特別にエミリアのこと『リア』って呼ぶことを許してあげるから呼んでみるといいよ」

 

「ありがてぇ申し出だけどよぉ~。ちっとそれはレベルが高すぎるんだぜ。この血に宿す『ぼっちの運命』に勝つことから始めねえとならねえからな―――一先ず、今はこの至高の毛並みを堪能させてもらうぜ《モフモフモフモフ》」

 

「んふぅ~~~~♪」

 

 

 

 

 

この異世界生活が始まる前はスクールカースト最下層の『オタク』だったからな。彼女はおろか女子の友達なんてのもいた試しがない――――グレートっ、俺の青春は始まる前から灰色の青春疾走《グレースケールオーバードライブ》だぜ。

 

 

 

 

 

「―――ホント、アキラって不思議・・・こんな子はじめて」

 

「ん?」

 

「・・・何でもない。アキラはやっぱり変な子だなって思っただけ」

 

「そうか?このモフモフの魅力に逆らえるやつなんてそうはいないぜ」

 

「そういう意味じゃないったら」

 

 

ザッ

 

 

「「―――エミリア様」」

 

 

 

 

 

エミリアが何かを言いかけた矢先にあの双子のメイド姉妹が背後から姿を現した。

 

 

 

 

「ラム、レム。二人揃ってどうしたの?」

 

 

「「当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうかお屋敷へ」」

 

 

「うん、わかった。すぐ行くわ」

 

 

「―――じゃあ、お前がいってる間に俺はここでパックとスーパーモフモフタイムを堪能させてもらうぜ」

 

 

「何を言ってるの?アキラにもちゃんと来てもらうんだからね。アキラにはいろいろと説明してもらわなきゃならないことがいっぱいあるんだから」

 

 

「・・・え゛?」

 

 

 

 

どうやら俺を取り巻く環境はまだ収まったわけではないらしい―――いや、寧ろ・・・ここからが本当の地獄だっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――当主に顔合わせするんなら、お前の用件が終わった後の方がよくねえか?俺みてぇな得たいの知れないヤツをいきなり連れてこられたら相手もビックリするんじゃねえか」

 

「そこは心配ないわ。ロズワールにはもう既にアキラのことは伝えておいてあるから。そんなに固くならなくても大丈夫。ロズワールもきっとアキラのことを気に入ると思うから」

 

「・・・どうだかな」

 

 

 

 

 

俺はこれでも自分が変わり者だというある程度の自覚はあるつもりだ。自分の自己分析を疎かにして立ち居振る舞うほど俺もバカじゃあない。

 

――――そんなヤツが貴族のお偉いさんと直接会うってんだから身構えるなと言う方が無理ってもんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「俺、お偉いさんと会うときの礼儀作法もなにも知らねえぞ。こういうときはどうしたらいいんだ?」

 

「心配しないで。アキラはいつも通りで、ありのままでいてくれればいいのよ・・・ロズワールはそういうの気にしないと思うから」

 

「そのロズワールって人は、それだけおおらかな人ってことかよ」

 

「お、『おおらかな人』って表現も・・・何か違う気がするんだけど―――ごめん。うまく説明できないかも」

 

 

 

 

 

エミリアは説明を諦めて苦笑いを浮かべている。どうやらロズワールってのは、あのエミリアが説明に窮するほどの個性的な人物であるらしい。

 

 

 

 

 

「そういやぁパックが急にどこかいなくなっちまったけどよぉ。どこ行ったんだ?」

 

「パックは屋敷に帰ってきたらまず必ず会わないといけない子がいるのよ。アキラももう既に会ってきたでしょ」

 

「・・・パックが会わないといけない俺が既に顔を会わせたヤツ――――って・・・オイオイ、それってまさか」

 

 

 

「《きゃるる~ん♪》―――にーちゃ!」

 

 

 

俺たちの目の前を弾むような足取りで通りすぎていくベアトリスがいた。

 

先程、俺を書庫から弾き飛ばしたときとは打って変わって、その顔は花が咲いたような笑み、声は甘えるようなぶりっ子ボイス、瞳の中には☆まで入っている。

 

―――オイオイ、いくらなんでもそりゃあねぇだろ。

 

 

 

 

 

「やっ、ベティー!二日ぶり。ちゃんと元気にお淑やかにしてたかい?」

 

「にーちゃに会えるのを心待ちにしてたのよ~。今日はどこにも行く予定はないのかしら?」

 

「うん、大丈夫だよ。今日は久しぶりに二人でゆっくりしようか」

 

「わぁ~いなのよっ!」

 

 

「・・・すげえ。まさに竹を割ったような二重人格だぜ」

 

 

 

 

 

どうやらパックはこの屋敷で愛玩動物ならではの役目があったらしい。まさかあのベアトリスがあそこまでデレるとは・・・すっかりパックの魅力に骨抜きにされてメロメロだ。

 

 

 

 

 

「おったまげたでしょ。ベアトリスがパックにべったりだから」

 

「『おったまげた』っつーか、ある意味納得っつーか――――それよりもお前の『おったまげた』に驚いたぜ。今時『おったまげた』って、なっかなか言わねえぞ」

 

「べ、別におかしくないでしょ!ちゃんとした単語なんだから別に変じゃないし」

 

「おかしくはねえがよ・・・この場合、常用性の問題だな」

 

「~~~~っ、もう!アキラの意地悪っ!だいたい言葉遣いで言えばアキラの方がよっぽど変わってるんだからね」

 

「いいんだよ、俺は。自覚してやってるから」

 

「そっちの方がよっぽどひどいわよっ!」

 

 

 

 

 

エミリアはたまに言葉遣いがババ臭―――《げふんげふんっ》・・・時代背景にそぐわないんだぜ。貴族のお嬢様ってのはみんなこんな感じなんかな。

 

 

 

 

 

「でよぉ、そのロズワールって人はいつになったら現れるんだ?もう屋敷にはついてるってのにさっきから待ってるけど一向に来ないじゃねえかよ」

 

「もうすぐ来るわよ。ロズワールは気まぐれだから・・・――――何てこと言ってたら、ほら」

 

 

コツコツコツ…

 

 

「―――おんやぁ~あ、ベアトリスも一緒に来ているとは珍しいじゃあ~ないの。久しぶりにワァ~タシと一緒に食事してくれる気になったとは嬉しいじゃあ~~~ないの」

 

 

「ベティはにーちゃさえいればそれで十分かしら。冗談は顔だけにするべきなのよ」

 

 

 

 

 

現れたのは今までの登場人物に更に輪をかけて奇抜な男だった。

 

妙にねっとりとしたしゃべり方、左右非対称のカラーリングの衣装と、手首足首に巻いた怪しげな鎖、更に顔面を化粧で不自然に真っ白にした上に紫色のアイライン――――どっからどう見ても道化《ピエロ》だぜ。いや、どちらかというとトランプの『ジョーカー』に近い。

 

 

 

 

 

「これはこれは、相変わらずベアトリスは辛辣だぁ~ね―――それはさぁ~ておいてぇ、そちらの男の子がエミリア様が話していたお方で間違いはぁ~ないのかぁ~~~な」

 

 

「・・・おい、念のためにあんたの名前を聞いてもいいか?ワンチャン、俺の思い違いという可能性もある」

 

 

「自己紹介が遅れてしまってぇ~すまないねぇ。ワタシがこの屋敷の当主『ロズワール・L・メイザース』というわけだよ―――以後お見知りおきを。“ジュウジョウ・アキラ”君」

 

 

「・・・グレート。俺の予想が当たって欲しくない方向に当たったぜ」

 

 

 

 

 

道化師の格好をしていて、どこぞの時を止める吸血鬼と同じ声をしているコイツがこのバカデカイ屋敷の当主とは・・・つくづく異世界ってのは何が起きるかわからねえな。とりあえず一つ言えることは・・・

 

 

―――子安、自重しろ。

 

 

 

 

 

「そぉれぇにぃしぃてぇもぉ・・・どぉーもフツーの人っぽいねぇ。エミリア様からは、かあ~の有名な『腸狩り』を倒したと聞いていたかあ~ら、どんな猛々しい人物かと思ってぇ~きたのに―――そればっかりはちょこぉっと残念だぁね」

 

 

「あんたと比べられたら大抵の人は普通になると思うぜ。俺もいろいろと濃いキャラには耐性があるつもりだったがよぉ・・・あんたはその中でも飛びっきり抜き出てんぜ」

 

 

「あッハァ~~ア♪嬉しいことをいってくれるじゃあ~~~~ないの。そこまで絶賛されるとワァ~タシも気分がいいと言うものだよ」

 

 

「・・・誤解のないよう言っておくが、俺は一言もあんたのことを誉めたつもりはないんだぜ」

 

 

 

 

 

変人呼ばわりされて喜ぶとはまさしく道化師《ピエロ》だな。んだけどよぉ・・・コイツを見ていると何故だか油断ならねえ気配がするんだぜぇ。特にコイツに何をされたわけでもねえはずなのにな―――子安声の影響か?

 

 

 

 

 

「でぇはぁ、長話もこれくらいにしてぇ~~~そろそろ食事にしようかぁ~~ね。お客様もお~お腹が減っていることだろうしぃ~ね」

 

 

「それはありがたいんだけどよぉ。俺は貴族様の食事のマナーがわからねえし・・・こんな綺麗なところで食事するのはちょっと―――」

 

 

「君は顔に似合わず律儀だあ~~ね。しかぁし、君はエミリア様の恩人で大切なお客人~。会食に招待したのはこちらなんだし、君は何も気にせず食事を楽しんでえ~くれたまえよ」

 

 

「ロズワールの言う通り。遠慮なんてしなくていいのよ。これは命を助けてもらったお礼なんだから」

 

 

「・・・グレート。その気遣いが逆に辛いぜぇ」

 

 

 

 

 

貴族様のマナーがわからなくて失態を犯すのが怖かったと言うのもあるが、本当のところ言ってしまうとこういう堅苦しい雰囲気の食事は苦手だから人目を憚らずガツガツ食いたかったんだけどよぉ。どうも、この場では許してくれないらしい。

 

仕方なく、案内されるまま食卓の指定された席につくと料理が並べられた。かなり高級な食材に的確に下ごしらえを加えたのであろう。そんじょそこいらではお目にかかれないかなり上質な料理だ。盛り付けは勿論、配膳も完璧だ。

 

―――この双子のメイドの有能さが改めて伺いしれるぜ。

 

 

 

 

 

「それじゃあ、アキラくん。いただいてみたまえよ。こう見えて、レムの料理はちょっとしたものだよ」

 

 

「・・・いただきます―――《ぱくっ》―――おおっ!?うめえ・・・すごく美味えぞっ!」

 

 

 

 

 

本当は滝のような涙を流して『うンまぁ~~~い』とリアクションをとるべきところだったのだが、そんなのを忘れるくらいに丁寧な味付けがなされた極上のスープだった。

 

 

 

 

 

「すげぇぞ!これなら『トサルディー』でもすぐに採用してくれるぜ!これ、作ったのは・・・えっと青髪の『レム』・・・さん、でよかったか?」

 

「何でわたしは呼び捨てなのにレムは『さん』づけなのよ?」

 

「うまい料理が作れるってだけで俺にとっては敬意に値するってことだぜ。まあ、朝目覚め一発にボロクソ言われたから内心複雑なんだけどよぉ」

 

「・・・ふぅ~~~ん、そうなんだ」

 

 

 

 

 

何においてもうまい食事を提供してくれる人間には最大限の敬意を示すのが俺の流儀だ。飯が美味ければそれだけで生活に彩りが出るもんな。

 

―――何故か、横から睨んでくるエミリアのジト目が怖いんだがよぉ~。

 

 

 

 

 

「―――敬称は必要ありません、お客様。それと先程の質問ですが・・・当家の食卓は基本、レムが預かっております。姉様はあまり料理が得意ではありませんから」

 

 

「へえ~、月●の双子姉妹ヒスコハとは逆パターンだな―――てぇことはよ、姉さんは料理が苦手だけど掃除が得意ってことか」

 

 

「はい、そうです。姉様は掃除・洗濯を家事の中では得意としております」

 

 

「んでもって、レムさんは料理が得意だけど掃除・洗濯は苦手ってことか」

 

 

「いえ、レムは基本的に家事全般が得意です。掃除・洗濯も得意です―――姉様より」

 

 

「姉の仕事が残ってねえっ!!」

 

 

 

 

 

訂正。月●のヒスコハではなく、け●おんの平沢姉妹パターンであった。この屋敷の家事全てをレムさんが背負っているってことかよ。それはそれですごいやら空恐ろしいやらだぜ。

 

 

 

 

 

「本当に不思議だぁね~、君は。ルグニカ王国のロズワール・L・メイザースの邸宅まで来ておいて。事情を全く知らないってぇいうんだからねぇ。よく王国の入国審査を通って来れたぁもんだねぇ?」

 

 

「そこのところ、いろいろと特殊な事情があってよぉ。早い話、入国審査を受けていないんだぜ。だから、密入国ってことになるのかな」

 

 

 

 

 

まさか『異世界から召喚されました』って説明しても一笑にふされて終わりだろうから、そこのところはお茶を濁してみたんだが。隣に座っていたエミリアはこの答えがお気に召さなかったのか凄く怒った目をしてこちらを睨んできた。

 

 

 

 

 

「呆れた!あっさりとそんなこと喋っちゃって、わたし達がそれを管理局に報告したらどうなると思うの。いきなり牢屋に押し込められて、ギッタンギッタンにされるんだから」

 

「ジャ●アンか!?何で俺のことでお前がそんな心配してんだよ」

 

「心配にもなるわよ。アキラってば出会ってからずっと無茶なことばっかりしてるんだもん――――それじゃあ、アキラは今、ルグニカ王国がどんな状況にあるのか知らないってこと?」

 

「おうよ。もともとお国の事情ってヤツに大して興味はねえしよ。さんざん国民の期待を汚職で裏切ってきた政治家どもに期待をしないことにしているんだ」

 

「そうなんだ・・・アキラの住んでた国も大変なことになってるのね」

 

 

 

 

 

あれ?適当に返したつもりが妙に同情的な視線に変わっちまったぞ。俺は号泣記者会見で世界中の注目を浴びた人物のことを思い出して言っただけなんだけどよぉ。

 

 

 

 

「なぁ~るほどねぇ・・・君は祖国に裏切られ、国を捨てて、このルグニカ王国に亡命を図ったというわけだあ~ね。しかし、よくこのルグニカ王国に密入国できたものだぁね。今のルグニカは戒厳令が敷かれぇ~、特に他国との出入国に関しては緊迫した状態が続いているのにねぇ~え」

 

 

「(何かさらっと妙な設定を追加されてるんだぜ)―――ルグニカで何かあったのか?・・・テロとか暗殺とか」

 

「あはぁ、当たらずとも遠からずだあね―――――なにせ、今のルグニカ王国には『王が不在』なもんだからねぇ」

 

 

「“不在”ぃ?・・・亡くなったってことかよ。でも、それだったら適当にその血統を継ぐ誰かが即位すればいいんじゃねえか?」

 

 

「そぉれがぁそうもぉ~~いかなくてぇね。通例ならその通りになるんだけどぉ。半年前に王が御隠れになった同時期に、城内で蔓延した流行病によってぇ不幸にも王族は皆滅んでしまったぁ~~んだよ」

 

 

「(・・・ジョースター卿と同じ、影で誰かに毒を盛られたパターンじゃあなかろうな)」

 

 

 

 

 

非常にツッコミたいところではあったが、話の腰を折るわけにもいかねえし。このルグニカ王国にとってはそれが事実なのだろう・・・真実はどうか知らねえが。

 

 

 

 

 

「そぉれでぇ~、現状の国の運営は賢人会によって行われてるんだぁけど。今は新たに王を選出しなければならない大変なぁ時期とぉいうわけだぁ~ね」

 

 

「そんな大変な時期によく俺みたいなのを屋敷に招き入れる気になったな。他国の間者だとかそういう可能性は考えなかったのかよ―――俺が言えたことじゃあねえけどよぉ」

 

 

「たぁしかに。でも、行きずりの君がぁエミリア様の命を救ってくださったぁ~~わけだしね。何のお返しもせずに君を返したとぉ~あっては我がメイザース家の沽券に関わるわけだぁね。なぁにぃよぉりぃもぉ・・・これから始まる王選にぃ~深刻な影響を与えてぇしまう――――ねぇ、“エミリア様”」

 

 

「・・・さっきから気になっていたんだけどよぉ~。屋敷の主が、エミリアを“様”付けで呼んでいるのは何なんだ?それにその口ぶりだと聞きようによっては・・・エミリアが王選に関わる重要人物に聞こえるんだが」

 

 

「言葉の通りだあよ。自分より地位の高い方を敬称で呼ぶのは当たり前のことだぁね」

 

 

「・・・おい、念のために改めてエミリアの立場を聞いてもいいか?ワンチャン、俺の思い違いという可能性もある」

 

 

「―――言っておくけど。騙そうとか、そういうこと考えてたわけじゃないからね」

 

 

 

 

 

若干、気まずそうにエミリアはひきつった笑みで自己紹介をしてくれた。

 

 

 

 

 

「今のわたしの肩書きは―――ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』のひとり。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾でね」

 

 

「・・・グレート。俺の予想が当たって欲しくない方向に当たったぜ。パート2」

 

 

「驚かせちゃってごめんね。こんなに黙ってるつもりじゃあなかったんだけど」

 

 

 

 

 

俺がフラグを立てたのはお嬢様どころか王女様でしたってことかよ―――これなんてエロゲだ。限定版あるなら買うぞっ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、もしかしてあの騒動の切っ掛けになった徽章っていうのも―――っ!」

 

「これは王選参加者の資格。ルグニカ王国の玉座に座るのにふさわしい人物かどうか、それを確かめる試金石なの」

 

「そんな大事なもの盗られてんじゃねえよっ!」

 

「そ、そんな言い方ないでしょっ!わたしだってまさか盗られるなんて思わなかったし・・・だから、あんなに焦ってたんじゃない」

 

「グレート・・・家督を継ぐどころか、まさか王を継ぐためのアイテムだったとはよぉ。流石の俺もそこまで推理できなかったぜ―――ってえことはよ。あの殺人鬼エルザも今にして思えばエミリアを王選から蹴落とすための刺客だったって訳だな」

 

 

「だぁ~ろぉ~うねぇ。王選から脱落させるのに徽章を奪うなんてのは簡単に思いつく話だからぁ~ね」

 

 

 

 

 

あっけらかんとした口調で同意するロズワールだったが、この現状が決して楽観視できる状況でないことはこの場にいる全員が理解しているはずだ。

 

 

俺は一気に頭が痛くなってきた。

 

 

エミリアを王選から蹴落とすため―――あえて悪く言い換えれば邪魔なエミリアを“抹殺”するために敵は同時に二つの刺客を送り込んできたってことだ。

 

 

 

『腸狩りのエルザ』っていう殺人鬼と―――この世界に存在するはずのない『バイツァダスト』ってスタンドを。

 

 

 

しかも、この様子だと恐らくこれからもエミリアは狙われ続けるだろう。殺人鬼だけならともかく。もし再びバイツァダストの脅威が迫れば対抗できるのはスタンド使いである俺しかいないってぇーことだ。

 

 

 

 

 

「―――コイツは、グレートにヘビーだぜ」

 

 

 

 

 

こうして俺の異世界生活は美少女とのフラグと因縁の敵《スタンド使い》との出会いから始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作のラジオ体操ネタを見た瞬間に真っ先に思い付いたこのネタ。我ながら安直すぎてイヤになる。


感想をつけてくださった方へ。感想ありがとうございます!

気がつけば何だかんだで15話目。正直、この作品は作者の趣味とノリで出来ており。もともとは習作として書き出した作品でもあったため、読んでくださっている読者様には感謝と同時に申し訳なさもあります。

ご期待に添える内容かどうかはわかりかねますが、一人でも多くの人が楽しんでいただけるよう頑張ります。


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第16話:Jの新居/メイドは二人で一人

正直、リアルが忙しくて当分更新は無理かと思った。しかし、じわじわ伸びてるお気に入りの数字に後押しを受けて頑張ってみました。

ここからはオリ展開が増えていくかも。


 

 

 

 

 

これまでの十条の奇妙な冒険は―――

 

 

 

 

 

「いきなり『お願い』だなんて厚かましいヤツなのかしら」

 

「一度でいいから『風紀委員《ジャッジメント》ですの!』って言ってもらっていいか?」

 

「お前は・・・ベティに喧嘩を売っているのかしら」

 

 

 

 

 

「グレートっ!これ、なんてエロゲだよ」

 

「大変ですわ。今、お客様の頭の中で卑猥な辱めを受けています―――姉様が」

「大変だわ。今、お客様の頭の中で恥辱の限りを受けているのよ―――レムが」

 

「発想が飛躍しすぎだろっ!・・・ってか、明らかにこの世界に存在しないエロゲの意味を正しく理解しているのはどういうことだよっ!?」

 

 

 

 

 

「何を笑ってるの!言っとくけどこれでもわたし怒ってるんですからねっ」

 

「ごめん、ごめん。今度はまた別の体操をやろうな」

 

「だから、もうやらないったら!もうっ、アキラってば、どうしてそんな意地悪なこと言うのっ」

 

 

 

 

 

「ふんもっふ!・・・ディ・モールト!ディ・モールト!良いぞ!よく手入れされているぞ。パック!―――この毛並み!ふわふわにしてモフモフ!まさに至高の逸品だ」

 

「うすぼんやりと心が読めるからわかるんだけど。“アキラ”は本気で言ってるからすごいよね。本気で僕の毛並みに夢中みたい」

 

 

 

 

 

「自己紹介が遅れてしまってぇ~すまないねぇ。ワタシがこの屋敷の当主『ロズワール・L・メイザース』というわけだよ―――以後お見知りおきを。“ジュウジョウ・アキラ”君」

 

「・・・グレート。俺の予想が当たって欲しくない方向に当たったぜ」

 

 

 

 

 

「今のわたしの肩書きは―――ルグニカ王国第四十二代目の『王候補』のひとり。そこのロズワール辺境伯の後ろ盾でね」

 

 

「―――コイツは、グレートにヘビーだぜ」

 

 

 

 

 

―――どうなっちまうことやら、この異世界生活。

 

 

 

 

 

「―――改めて考えると何かすげえ状況だな。たまたま出会した奇妙な密入国者たる俺が将来の王様候補の大事な徽章を取り返したってのか・・・つくづく、世の中、何が幸いするかわからねえな」

 

「うん。わたしが今こうしていられるのもアキラのおかげ。だからアキラはわたしにとってすごく恩人なの。お世話になったアキラにはきちんと恩返しがしたいんだけど」

 

「何だかな、話のスケールがでかすぎてよぉ・・・恩返しなんて言われてもピンと来ないんだぜ。貴族のお嬢様どころか将来の女王様に恩を売ったなんてよぉ」

 

 

「―――しかあし、事実、君は報酬に見合うだけの相応しい偉業をなした。エミリア様の言うとお~り、遠慮はぁ要らない。褒美は思いのまま!さあ~、何でも望みを言いたまぁ~~~え」

 

 

「褒美か・・・少し前の俺なら願ってもない言葉だったんだけどよぉ」

 

 

 

 

 

テンション高く両手を広げて、どこぞのランプの魔神のように願い事を言えと迫ってくるロズワール。

 

―――本来であれば今、ここで言うべき望みは一つだ。

 

 

 

 

『俺をこの屋敷で雇ってくれ』

 

 

 

 

だが、そうなると敵はますますエミリアを執念深く狙ってくることになるぜ。

 

 

当然だ。何せ自分と同じスタンド使いがエミリアの近くにいるんだからよ。しかも、俺はこの世界でおそらく唯一『バイツァダスト』を解除できる人間だ。敵スタンド使いは間違いなく俺のことを探しているはずだ。

 

今後、敵スタンド使いから干渉されずに異世界生活を送るためにはエミリアと同じ屋敷で暮らすなどもっての他だ。

 

 

―――エミリアに近づかずに自分の生活を確保する。そのためには・・・

 

 

 

 

 

「じゃあ、あんたにお願いしたいことが2つほどあるんだけどよぉ。頼んでもいいか?」

 

 

「もちろんさぁっ!何でもいってくれて構わないよ」

 

 

「よしっ!では、まず一つ目の願いだ――――――『俺が住める空き家を用意してくれ』!」

 

 

「・・・空き家?」

 

「これはこれはずいぶんと変わったお願いだぁ~~ね」

 

 

 

 

 

俺はいろいろと考えた結果、まず重要なのは自分が住める場所があることが一番大事と考えた。

 

 

 

 

 

「言い方を変えれば『身寄りのない俺が自立できる環境を寄越して欲しい』ってことだ。あんたからしてみてもよぉ~、悪い話じゃあねえんじゃねえか?俺みたいな不審人物を放逐するよりも監視の名目で自分の目につく場所に軟禁しておく方がいいだろう」

 

 

「そんなこと気にしなくてもいいのに・・・」

 

「確かにね。君の言うことも一理あるね~え。君の人となりは十分理解しているけえ~~ど。王候補であるエミリア様に害が及ばないとは限らないしね―――わかったよ。君の言う通りすぐに手配しよう。ついでに路銀も渡そうじゃあ~~~ないか」

 

 

「助かるぜぇ。まさに至れり尽くせりだな」

 

 

 

 

 

エミリアは純粋に俺のことを心配してるんだろうけどよぉ。ロズワールは名家の人間だけあってその辺のところをよく理解しているようだぜぇ。

 

 

そう。これで全てが円満に収まる。

 

 

異世界召喚され、美少女ヒロインと立ちはだかる困難を乗り越え、最後は数々のフラグを回収して、いずれはラノベよろしくハッピーエンドで結ばれる・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――・・・等と考えていたのか、この阿呆がっ!!

 

 

 

 

 

この『十条旭』を見くびってもらっては困る。俺は美少女とのフラグよりもあえて『平穏』を追い求める男だぜぇ!

 

 

エミリアを狙うくそったれなストーカースタンド使い!?そんなの知ったことかぁ!なぜ・・・何故、俺がそんなグレートにヘビーな敵を相手にストレスを抱えて生きていかなくてはならんのだ!?

 

 

なぜ殺人鬼のために俺がビクビク後悔して『お願い神様助けて』って感じに暮らさなくっちゃあならないんだ!?―――『逆』じゃあないか!?

 

 

どうして!ヒロインとのハーレムライフのためなら『俺の全てをかけて君を護る!例え、この命がつきようとも君には指一本触れさせない』って願わなくっちゃあならないんだ!?

 

 

 

激しい『喜び』はいらない・・・そのかわり深い『絶望』もない。『植物の心』のような人生を。そんな『平穏な異世界生活』こそ俺の目標なんだぜぇ!

 

 

 

確かにフラグは欲しい。ヒロインと甘酸っぱいToLOVEるだらけの青春はしたい――――――だが、『食う寝る遊ぶの3連コンボ』・・・ニートを越えた『干物男ライフ』を送ることに比べれば、それも取るに足らないヘタレ男の微かな願望に過ぎないんだぜ。

 

 

 

 

 

「アキラ・・・本当にそんなことでいいの?」

 

「ああ。少しのお金と明日のパンツがあれば十分なんだぜ」

 

「アキラって子はつくづく欲がないのね。これはアキラへのご褒美なんだからもうちょっとがっついたってわたしは怒らないのに」

 

「だから、その上から目線っつーか・・・お袋目線で俺を扱うのはやめねえか?」

 

 

 

 

 

こんな干物道を極めんとする男のことを本気で気遣うエミリア。

 

正直、素直にもったいない気もするぜ。よもやこんな超絶美少女ヒロインとのフラグを棒に振ろうだなんてよぉ――――――残念だな、エミリア・・・君はいいヒロインであったが、君を追うストーカー殺人鬼がいけないのだよ!

 

 

 

 

 

「そぉれでぇ~~~、一つ目の願いは叶えると約束したんだぁがねぇ。君のもう一つの願いとやらはなぁ~んなのか、まだ聞いていないんだけどぉ~ね」

 

 

「ああ。それか・・・そっちはもっと簡単だ。これは至って個人的なお願いだからな」

 

 

「ほう。聞こうじゃあ~ないか」

 

 

「一度でいいから『最高にハイ』な感じで―――『WRYYYYYYYYYY――――――ッッ!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――――ッッ!!』って言ってみて欲しいんだぜっ」

 

 

 

 

 

ゴンッ! ゴンッ! ゴンッ!

 

 

 

 

 

・・・何故か双子メイドとエミリアに殴られた。でも、その後ロズワールは結構ノリノリで俺の熱烈なリクエストに応えてやってくれた。

 

 

 

 

―――WRYYYYYYYYYY――――――ッッ!!無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァ――――――ッッ!!

 

 

 

 

感想はどうかって?

 

 

それはもう・・・――――――『テラ子安』としかいいようがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

ロズワールはどうやらかなり爵位の高い貴族様であったらしくかなり広大な領地を保有する領主様でもあったらしい。

 

俺が要求してあてがわれた家はそんなロズワールの領地の一つである『アーラム村』という人口500人にも満たない村にひっそりと点在する割りと大きめの空き家だった。

 

 

 

 

 

「グレート・・・『空き家』って言ってたけどよぉ・・・これじゃあまるで廃墟だぜぇ。ロズワールのヤツ、ろくに確認しないまま俺に押し付けやがったな」

 

「ジョジョ。ロズワール様の温情に文句があるなら今すぐ出ていってもらって構わないのよ。いえ、むしろ恩知らずなジョジョには今ここでラムが制裁を下すべきなのだわ」

 

「文句を言ってる訳じゃねえぜ。ただ、あの時もうちょっと注文をつけときゃあ良かったってグチってるだけだぜ―――つーかよ、何度も言わせるな。俺の名前は『ジョジョ』じゃなくて『ジュウジョウ』だっつってんだろ」

 

 

 

 

 

とりあえず当面の寝床は確保できたものの引っ越したところで家具も食糧もお金も何も持ち合わせていなかった俺を気遣ってかロズワールは双子のメイド姉妹の内の一人、桃色の髪をしている姉の『ラム』をホームヘルパーとして派遣してくれたのだ。

 

 

 

 

 

「つーかよぉ~・・・何で派遣されたのが家事万能なレムさんじゃなくて名前すら覚えられない干物街道爆進中の姉君なんだ?こんなうる星やつらから名前だけ借りてきたようなメイド・・・お呼びじゃあねえんだっつーの―――せめて語尾に『だっちゃ』くらいつけろっ。そんくらいのキャラ作りくらいしてみやがれ」

 

「・・・なるほど。ロズワール様がこのわたしに、何故、こんな世間知らずの子守りを任せたのかわかったわ。こんなカビ臭いところにレムを遣わしたりなんてしたら、たちどころに狼に豹変したジョジョにレムが汚されてしまうものね」

 

「ざけんな!俺はレムさんをマジでRESPECTしてんだっつーの!どこぞの家事の出来ない姉と違ってな!この俺が食戟の天使であるレムさんにそんなことするわけがねえだろ――――――つーか!テメーはいい加減、名前を覚えやがれっ。俺の名前は『ジュウジョウ・アキラ』だっつってんだろ」

 

「品性がない、家事もできない、文字すら書けない。『ないない尽くし』の穀潰しがラムに名前を呼んでもらおうだなんておこがましいのだわ」

 

「んなぁ~にを言い出すのかと思えば・・・っ!文字が書けないのは他所の国から来たばかりだから当たり前だろーが。家事にしたってちょっと不器用なだけでお前よりはよっぽどできる自信あるわ」

 

「―――『不器用』って言葉使えばカッコつくと思ってんじゃないわよ。“無職”が」

 

「あっ、テメエ!いよいよ隠すのが面倒になって本性表しやがったな、チクショー!」

 

 

 

 

 

このメイド・・・家事ができないだけじゃあなく毒舌属性があるらしいぜ。しかも、その毒の威力たるやヤドクガエル並の猛毒だ――――――お陰で俺との相性は最悪なんだぜ。

 

せっかくロズワールから新居を賜って華々しく鮮烈な異世界デビューを果たそうってしてたのによぉ~。このメイドのせいでさっきからこの廃屋の清掃がちっとも進まないんだぜ。

 

 

 

 

 

「つーかよ、何で空き家だって言われているこの家にこんなゴミがあるんだぁ。おかげで掃除が全然進まないんだぜ」

 

「ロズワール様の話によると長らく空き家だったから村の人たちが不要な壊れた家具や荷物を集積していたらしいわ――――――まさに役立たずに相応しい居場所だわ《ボソッ》」

 

「体よく訳あり物件を押し付けられたわけね。これはヒドイ・・・―――それとちゃんと聞こえてるからな。この腐れメイドが」

 

「あら、それは失礼。ラムは正直者だからつい喋っちゃったわ。悪気はないから許してね―――“キラ”」

 

「いや、謝る気ねえだろ、お前!人の名前を略すなよ!どこぞの新世界の神か殺人鬼みたいになってんじゃねえかよっ」

 

「失礼。今後、気を付けるわ―――“ジョロキア”」

 

「アナグラムで呼ぶんじゃねえよ!俺は世界一辛い唐辛子かっ!」

 

「さあ、早く片付けるわよ。ラムは無職なジョジョと違って忙しいから屋敷の仕事がたくさん残ってるの。もうすぐしたらラムは帰るから・・・後は無職らしく寂しく一人でやってね。言っておくけど、屋敷に来ても無職に与える仕事はないからロズワール様のお屋敷には近づかないで頂戴」

 

「・・・一度の台詞で三回も『無職』って強調しやがったな。この貧乳駄メイド」

 

「《ポソッ》―――――・・・わ」

 

「あん?今、何か言ったか?」

 

 

 

ヒュカォォオオオオ―――――――ッッ!!

 

 

 

「・・・危ねっ!?」

 

 

 

ドボォオオオオッッ!!

 

 

 

 

 

ラムがぼそぼそ声で小さく何かを呟いたと思った次の瞬間、ラムの手から謎の衝撃波が発生し俺の顔面真横を通りすぎた。  

 

 

 

 

 

「『手が滑ったわ』と言ったのよ」

 

「全然滑ってねえだろ!ただの投球予告だろ、それっ!」

 

 

 

 

 

どうやらこの腐れメイド・・・ただのメイドではないらしい。今の現象に俺は見覚えがある。おそらくは風の魔法か何かだ。

 

 

―――ってぇ!?今の攻撃で俺の大事な大事な新居に大穴が空いちまったじゃあねえか!!

 

 

 

 

 

「オーノォーーーッ!信じらんねぇッ!なに考えてんだ、このアマ!」

 

「―――長居が過ぎたわね。わたしは屋敷に戻るけど。あなたは一人で寂しく達者で暮らしなさい、無職のジョジョ」

 

「アイーーーーっ!?人んちに置き土産しといて・・・なに自分だけのうのうと帰ろうとしてんだっ!罵倒して家壊してニートの烙印を押して帰るとか自由奔放すぎんだろっ!せめて壊した穴くらい直していけよっ!」

 

「生憎とラムはこれから屋敷に帰って壊れた外壁の補修作業をしなければならないから忙しいのよ。ジョジョと遊んでる暇はないのよ」

 

「いや、同じ『直す』なら、まずお前が壊した壁を直していけよっ!むしろ、それが最優先事項だろ!」

 

「ラムがジョジョのためにこの家の風通りを良くしておいたのだわ――――ねえ、今どんな気持ち?ラムに感謝したくなったかしら」

 

「《ピキッ》――――・・・。」

 

 

バサッ

 

 

 

 

 

―――俺はもう諦めたぜ。

 

このメイドの口撃を止めることは不可能らしい。ダメージは全て俺自身に返ってくるというならスタープラチナで時を止めてもどうすることもできない。無駄なことは諦めるぜ。

 

『諦めた』から無言で上着を脱いだ。

 

 

 

 

 

「いきなり上着を脱いでどうしたのかしら?」

 

「ひさしぶりにちと汗をかいたんでね・・・脱いだだけさ」

 

「そう。ジョジョは無職なんだからあまり無理して働くと体を壊すわよ」

 

「しかし・・・もう汗はかかないですみそうだぜ――――《ぐわしっ!ぐぐぐっ》――――投球予告をする!外角高めへストレート」

 

 

 

 

 

ムカつきMAXな俺は手近にあった廃材を引っ付かんで持ち上げた。

 

 

 

 

 

「無職がメイドに追い付けるかしら?あなたはこのラムにとってのモンキーなのよ、ジョジョ」

 

「ちがう!信念さえあれば人間に不可能はない!人間は成長するのだ―――してみせるっ!」

 

 

 

 

 

どうやら、俺とこのクソメイドとは戦う運命にあったようだ―――今、ここに決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

「ドォオオオラァァアアア・・・ッッ!!」

 

「―――『エル・フーラ』ッ!」

 

 

 

 

無駄な努力ほど無駄なものはない。

 

 

戦ったあとに俺は思った――――――なぜ、俺は『自分でなおそうと考えなかった』のか。

 

なぜ『ラムと戦ったところで体力と時間を浪費した挙げ句、自分の仕事が増えるだけだ』ということに気づけなかったのか。

 

 

そう考えることこそが無駄な努力なのだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アーラム村新居にて二日目。

 

 

 

 

 

「グレート・・・村人達が捨てていったゴミが意外な形で役に立った。むしろ、家具を用意する手間が省けたぜ」

 

 

 

 

 

昨日の内にラムと二人で使えそうなゴミとそうでないものを選別して処分しておいた。お陰で残った家具をクレイジーダイヤモンドで直すだけで容易にリサイクルすることが出来た。

 

この廃屋の壊れた箇所も全てほぼほぼ元通りに修復しておいたから廃屋も『新居』同様だぜ。

 

 

 

 

 

「今日は仕事を探しにいかねえとな。ロズワールから貰った小遣いだけじゃあたかが知れてるしよぉ」

 

 

コンコンッ

 

 

「あれ?早くも来客か?―――こんなところに訪ねてくるヤツなんていたっけか」

 

 

 

 

 

もしかして余所者が空き家に無断で住み着いているとでも思われてるのか?・・・いや、村人にはこの家に昨日から人が住み始めたことは伝えておいてあるから大丈夫なはずなんだぜ。

 

 

 

 

 

「はいはーい。今、開けます―――《ガチャッ》―――え?」

 

 

「昨日ぶりですね、アキラ君。ロズワール様から頂いた新居の住み心地は如何でしょうか?」

 

 

「は?・・・れ、レムさん!?何してんスか、こんなところで!」

 

 

 

 

 

扉を開けたら手にバスケットを携えた食戟の天使レムさんがいた。俺はあまりの衝撃に一瞬我を忘れて硬直してしまった。

 

―――密かに憧れていた部活の女の先輩が、朝いきなり自宅のベルを鳴らして訪ねてきたときのような衝撃だった。

 

 

 

 

 

「レムは命令によりアキラ君の様子を見てくるように言われただけです。もともとこの村には買い物する用事がありましたから、そのついでで見に来ました」

 

 

「あっ、なるほど。そういうことね。考えてみりゃあ俺は密入国者の不審者なんだからそれも当然の措置か・・・いや、だからってわざわざレムさんが来ることぁねえだろ。ただでさえ屋敷の仕事で忙しいんだからよ」

 

 

「お屋敷の仕事はレムが不在の間、お姉さまが引き受けてくださっています。ですので何も心配はありません」

 

 

「あの姉一人であのバカデケエ屋敷の家事全部やるのか・・・話を聞くだけで不安になってくるぜぇ」

 

 

「それとエミリア様が心配されてましたよ。アキラ君がちゃんと栄養のあるものを食べているのかと。ということで今日はアキラ君への差し入れを用意しました」

 

 

「え!?・・・じゃあ、まさかそのバスケットの中身って俺のために作ったレムさんの手作り弁当!」

 

 

「いえ。これはレムのお弁当です。アキラ君の分は出発する前に姉様が試食で食べてしまわれました」

 

 

「本っっっ当にフリーダムだな!あのももいろクローバーZは!」

 

 

「冗談です。こちらはエミリア様に申し付けられアキラ君のために用意しました。あとで食べてください。バスケットは返さなくても結構です」

 

 

「グレート・・・あの姉ならやりかねないと本気で思ってしまったぜ。でも、この差し入れは純粋にありがたいぜ!サンキュー、レムさんっ!恩に着るッスよ」

 

 

「・・・『産休』?」

 

 

「俺の国の言葉で『ありがとう』って意味だぜ!レムさんの手料理ディ・モールトに美味しいから本気で楽しみだぜ」

 

 

「・・・お礼ならエミリア様に言ってください。レムはただエミリア様から申し付けられたことをやっただけですので」

 

 

「でも、作ってくれたんはレムさんだろ。マジに感謝ッスよ。屋敷離れちまったからレムさんの手料理食うチャンスはもうないと思ってたからよぉ」

 

 

「それとアキラ君の掃除は穴だらけです。このような不潔なところで暮らしていたらアキラ君を中心にこの村全体に病気が拡散する恐れがあります。よってレムはこれよりこの家のお掃除を行います《スチャッ》」

 

 

「・・・おいおい、そのモップ今どこから取り出したんスか?」

 

 

 

 

 

レムさんは無手であったにも関わらず一瞬目を離した隙にモップとバケツを装備していた―――ここに来たときは確かにバスケット以外持っていなかったはずなのに。

 

 

 

 

 

「ちょ・・・ちょっと待ってくれ!そんなことさせるわけにはいかないんだぜっ。レムさんは屋敷のお仕事だけでも大変だっつーのに・・・この家の掃除なんて面倒かけられないぜ。まだ弁当を作ってもらった恩も返せてねえのによ」

 

 

「繰り返しますが。食事に関してはエミリア様からのご要望にお応えしてお作りしたにすぎません。レムはこの屋敷の不潔な環境がロズワール様が統治するこの村を汚染し、引いてはロズワール様の品位が疑われてしまうことになりかねないとレムは危惧しているのです」

 

 

「汚染って・・・いくらなんでもそこまでひどくはねえだろうがよ。確かに掃除はあんまり得意じゃないけどよ―――あっ!でも、レムさんは買い出しの用事があったはずじゃあ・・・」

 

 

「大丈夫です。レムの買い出しは屋敷で不足している調味料と食材、その他生活雑貨の買い足しだけですのですぐに終わります――――――それよりもお掃除のセンスが壊滅的に欠けてるアキラ君に教育を施すことが今日のレムの一番のお仕事になります」

 

 

「なんだかよぉ~・・・そこそこの生活力があると自負していた俺としては、家事万能なレムさんにそこまで言われるとわりかし傷つくんだぜ」

 

 

 

 

 

あの干物メイドに貶された時は何とも思わなかったのによぉ。いや、そもそも一緒に掃除していてわかったが・・・あいつの掃除・洗濯スキルとやらは俺よりも低かったからな。怒る気も失せたといった方が正しいな。

 

 

 

 

 

「それと・・・アキラ君に言っておかなくてはならなくてはならないことがあります。レムはあくまでロズワール様とエミリア様にかしずくメイドですのでレムに敬称をつける必要はありません」

 

 

「いやいやいや!俺にとってレムさんは敬意に値する存在だから。俺がレムさんを『さん』付けで呼ぶのは至って自然な流れなんだぜ」

 

 

「意味がわかりません。姉様ならともかく。レムはそんな敬意を向けられるようなメイドではありません」

 

 

「うまい飯作ってくれただろ!しかも、朝食だってのにあんな時間のかかる仕込みまでしてよぉ」

 

 

「っ・・・そこまでわかるんですか?」

 

 

「当然だぜ!あのジャガイモとチーズの合わせ料理は一度食ったら忘れられねえよ。スープにしたって肉や野菜の切り分けを大きめにカットしていながらも味付け完璧だったもんな。前日にある程度の下ごしらえをしていたにしても朝からあれだけのクオリティの料理を出せるレムさんはマジで神がかってんぜ」

 

 

 

 

 

ヤベエ・・・思い出しただけでヨダレがこぼれそうだぜ。あのレベルの料理人が作った弁当をもう一度食えるんだからよぉ!これでRESPECTするなって方が無理ってもんだぜ!

 

 

 

 

 

「・・・驚きました。一回食べただけで的確な分析です。ただアキラ君と同様であまり使いとごろのない特技ですが」

 

 

「そこはそっとしといてくれよ・・・とにかく俺がレムさんを『さん』づけするのはそんなわけでさ。レムさんが不本意だろうと何だろうと俺はレムさんRESPECTをやめるつもりはねえぜ」

 

 

「わかりました。今後アキラ君がレムのことを何と呼ぼうと気にしないことにします」

 

 

「―――グレートだぜ、レムさん」

 

 

 

 

レムさんは呆れ半分ではあったが『さん』づけを許可してくれた。やはりレムさんは心優しい献身的な女性だ。

 

 

―――料理には作り手の心が現れる。

 

 

最初に彼女の作った朝食を食べたときに直感した。レムさんは心技体全てを備えた料理人であると。やはり、俺の見立ては間違いではなかった。

 

 

 

 

 

「では、お掃除を始めます。ですが、その前に・・・――――アキラ君のお掃除のダメなところを一つずつ指摘していきます」

 

 

「オッス!」

 

 

「まず、この家にある銀製のもの全てにおいて磨き方を間違えております。これを磨くときは専用の加工がなされた不織布で行わなければ表面が傷つくばかりで汚れが落ちません。昨日、お姉様に習わなかったのですか?」

 

 

「・・・それ、やったのラムなんですけど」

 

 

「―――流石、姉様です。この薄汚れた家の中で銀製品だけが光沢を放つと却って不潔感が強調されることを見越してわざと仕上げを抑えたに違いありません」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

こんな強引で軽やかな手のひら返しを見たことがないが、俺はあえてそれを黙殺した。ラムはともかくレムさんに恥をかかせるわけにはいかねえからな。

 

 

 

 

 

「と、とりあえず気を取り直して次いってみようぜ。次、お願いします!」

 

 

「この窓の清掃もひどいものですね。窓枠のところにカビが残ったままです。ホコリはとっていても肝心のカビ汚れが残ったままでは不潔さは変わりません」

 

 

「・・・そこも昨日、レムさんの姉君がやったはずなんだけどな」

 

 

「―――短時間でやったにしては素敵な仕上がりです。次に作業をしに来るレムがやり易いように一番頑固な汚れが削ぎ落としてくれております。流石、姉様です」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

耐えろ!耐えろ!耐えるんだ、俺!ここでツッコンだら敗けだ!――――――まだだ。まだ終わらぬよ!

 

 

 

 

 

「え~っと・・・じゃあ、このカーペットなんかはどうッスか!」

 

 

「完璧な仕上がりですね。温水ではなくあえて冷水で洗ったところといい、洗浄に洗髪料を使用したのも材質に合わせた完璧な選択です。流石、姉様です」

 

 

「・・・このカーペットやったの俺なんだけど」

 

 

「―――全体的に洗い方にムラがありすぎです。端っこの方が全然洗えておりません。この雑な仕事ぶり、アキラ君の面倒くさがりで適当な性格の現れだとレムは思います」

 

 

「掃除教える前にまず『依怙贔屓』って言葉を辞書で調べてくれよっ!」

 

 

 

 

 

レムさんは超一流の料理人で家事は何でもこなせる万能メイドだが、お姉様至上主義なのが珠に傷だぜ。

 

 

 

 

 

 

 




十条君の家はジョジョ四部の虹村邸をイメージしてもらえるとありがたいです。

ラムと主人公は『喧嘩友達』という関係になることはイメージ出来たのですが、出来上がった会話文を読むとシュールの一言に尽きる。というかまんま銀魂・・・。


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第17話:まるでダイヤモンドのように強い男・・・略して『マダオ』

ラムちーとレムりんの登場を機に一気にUAが伸びた。改めてラムとレムの人気の高さがうかがい知れます。筆者としても書いてて楽しいキャラですし、話のテンポをよくしてくれます。

今後もキャラの魅力を引き出せるよう頑張っていきます。



 

 

 

 

キラキラ☆ キラキラ☆

 

 

 

「―――お掃除完了です」

 

「すげえ・・・俺、部屋がキラキラ輝いてるのリアルで初めて見た」

 

 

 

 

レムさんが来てから一時間強しか経っていないのにこんな短時間であんなに陰気な廃屋が一転して白亜の城に変わるほどの劇的ビフォーアフター。昨日のラムの仕事ぶりやゴタゴタが嘘のようだぜ。

 

―――ヤベエ・・・レムさん、マジ有能っ!

 

 

 

 

 

「こいつはグレートですよ、レムさん・・・いや、グレートなんて言葉じゃあ足りないぜ――――――『パーフェクト』ですよ、こいつは」

 

「お掃除は完了しましたが、今後、この家をキレイに保つことができるかどうかはアキラ君の手腕にかかっていますのでそこのところをよく理解していてください。もしアキラ君の管理がずさんであれば再びレムが来て手入れをさせていただきます」

 

「いや、ちょっと待てよ!それはなしだぜ、レムさん!一度ならず二度までも助けて貰うなんてよぉ。レムさんに助けてもらわなくったって、そこは俺一人で何とかするんだぜ」

 

「だったらレムの仕事を増やさないよう常日頃から自己管理をしてください。エミリア様があなたが一人でちゃんと生活しているか大層心配されておりましたので」

 

「・・・何でエミリアは俺に対していつも過保護なんだよ。俺はそこまで頼りねえってか」

 

「心配されたくなかったら、早く心配されないような一人前になることですね。今のアキラ君はロズワール様の温情で生かされていることを忘れないでください」

 

「グレート・・・刺々しい言葉だけどよ。あまりにも的確すぎて返す言葉もねえぜ」

 

 

 

 

 

ラムほどじゃあないにせよ、レムさんもわりかし毒があるキャラだ。というより距離を置いて突き放そうとしているしゃべり方だぜ。その証拠に言っている言葉こそ厳しいが、今の俺がなすべきことをそれとなく指し示してくれている。

 

 

 

 

 

「ところでアキラ君―――《ガタッ》―――ここにあるこの“看板”は・・・どうすればいいんですか?」

 

「おおっ、そいつッスか!そいつはこの家の外壁に打ち付けるんだぜ―――ちょっと梯子押さえてもらってもいいッスか?」

 

 

 

 

 

レムさんが持ち出したのは部屋の隅においてあったもので昨日ラムに協力してもらい急造でこしらえた手作りの看板だ。看板にはこの世界の文字が書けなかった俺がラムに文字を教わりつつ書いた『店の名前』が表記されてある。

 

看板をレムさんから受け取った俺は外に出て梯子を登った。

 

 

 

 

 

カンッ カンッ カンッ カンッ

 

 

「―――ふぃーーー・・・これでよし、と。あとは早いとこ客が来てくれればいいんだけどよぉ。地道に実績積み上げて口コミで集客するしかねえよなぁ」

 

「・・・これは何です?」

 

「見ての通りッスよ。『万屋金剛《よろずやこんごう》』―――っていういわゆる何でも屋稼業ッスね。金さえもらえばどんな仕事も引き受ける。人探し・物探し・大工仕事・・・何でもござれってな」

 

 

 

 

 

―――完全にネーミングがパクリなのはご愛敬。

 

本当なら『D●vil may cry』とか『G●t backers』とか名付けたかったけど諸事情(ネオン看板が作れなかったことと相棒がいなかったこと)により断念したため『万屋金剛』という名前にしてみた。

 

金剛の名の由来は『クレイジーダイヤモンド』からつけてとった。

 

 

 

 

 

「正直、無職にならないための苦肉の策ッスよ。我ながら幼稚だとは思うんだけどよぉ・・・何か行動を起こしてさえいれば少なからず何かが変わるんじゃねえかと思ってよぉ~――――笑ってくれて構わないッスよ」

 

「・・・いえ。確かに無鉄砲ではありますがアキラ君なりに前向きに動いているということだけは理解できました。レムはアキラ君のその前向きさと行動を起こす勇気だけは評価できると思います」

 

「おおっ!?これはレムさんからの思わぬ好感触っ。昨日はラムに話したらさんざバカにされて終わっちまったからよぉ~。レムさんも否定するかなって思ってたんスよ」

 

「姉様はアキラ君のやる気を発奮させようとあえてそう振る舞っているんですよ」

 

「グレート・・・流石にレムさんの言葉でもそこだけはよぉ~、ちょっぴり信用できないんだぜ。昨日もアイツにはボロクソ言われたしよ・・・無職だ何だの・・・挙げ句、家の中で普通に魔法ぶっぱなしやがるし」

 

「お客様相手でもそうやって物怖じせず振る舞えるのも姉様の魅力なんですよ」

 

「やれやれ・・・俺がレムさんRESPECTなら。レムさんは姉様RESPECTかよ。けどよぉ~、渡る世間に鬼はないというが・・・あいつはなかなかの鬼っぷりだったぜ」

 

「―――『鬼』・・・」

 

「《カタンッ》―――まあ、『護国の鬼』って言葉もあるしな。あいつはロズワール絶対主義だろうし。昨日今日来たばかりの赤の他人である俺に冷たいのはある意味自然なことなのかもしれねえがよ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

やれやれと頭をかきながら梯子を片付けていると突然固まってしまったレムさんと目があった。

 

 

 

 

 

「(ヤッベ・・・もしかして怒らせちまったか)―――レムさん。俺は別にラムを悪くいった訳じゃあ・・・」

 

「―――『鬼』・・・好きなんですか?」

 

「え?好きって・・・鬼が?つーか、この世界にも『鬼』っていんのか?」

 

「・・・『この世界』?」

 

「え゛っ!?ああっ、いや、何でもないんだぜ!この国にも鬼っているんだなって驚いてさ!」

 

 

 

 

 

正直、西洋ファンタジーのこの世界に『鬼』という概念があること事態驚きだ。あれはどう考えても大元が日本や中国を中心としたアジア圏の妖怪から来ているはずだからな。

 

―――何か期待の視線を向けてくるレムさんに俺は何て言うべきかわからず。慌てて言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

「そうだな。俺はどちらかというと好きッスよ―――鬼って・・・怖いイメージで扱ってる人も多いと思うけどよ。俺の国では『鬼』っていうのは一つの物事にとてつもない執念を燃やす人や大切なものを守るために一心不乱に戦う人を表す言葉が多いんスよ。さっきの『護国の鬼』って言葉もその一つだぜ」

 

「・・・『護国の鬼』ですか」

 

「国を守るために命を捨てた偉大な英霊を総称してそう呼ぶんだぜ。そうやって大切なもののために鬼みてぇに戦い抜いた偉人達が俺の国には過去たくさんいたんスよ」

 

「今はもういないんですか?」

 

「時代が変わって平和な世の中になっちまったから、そうやって命がけで戦う人が少なくなっちまったんスよ。だけど今でも鬼がかった能力を持っている人を鬼才だとか呼んだりするし。俺の国では鬼は誉め言葉にもなってるんだぜ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

興味津々に聞いてくるレムさんについついマシンガンで畳み掛けてしまった。ヤベエ!わりかしどうでもいいことをテンションに任せてつらつらと喋っちまったような気がする。

 

 

 

 

 

「な、なぁ~んてな!つまらない話をしちまったんだぜ。レムさんも忘れてくれていいッスよ」

 

「―――――・・・いえ《スタスタスタ》」

 

「え?あの・・・レムさん?ちょっとどこ行くんスか。ていうか、今の『いえ』ってなに?どういう意味で・・・―――――あっ、レムさん!ちょっと待って欲しいんだぜ。買い物なら手伝うって、おい!」

 

 

 

 

 

レムさんは怒ってしまったのかわからないが、急に踵を返して村の方へと歩き出してしまった。俺は慌てて梯子や大工道具をしまってレムさんの後を追った。

 

 

 

 

 

「どうしてレムの後をついてくるんですか?」

 

「荷物持ちッスよ!力仕事くらいなら俺も手伝えるッスから。遠慮なくこき使ってくださいってことッス」

 

「結構です。レムはアキラ君に払える報酬を持ち合わせていませんので」

 

「報酬なんて要らねーッスよ。レムさんの作ってくれたうまい弁当のお礼がしたいだけなんだぜ」

 

「強情ですね。アキラ君は食べ物のことになると意地汚く浅ましくなるのですね。以前に姉様が『飢えた野犬に餌を与えてはいけない』と忠告していたのをレムは思い出しました」

 

「そこは『律儀』って言って欲しいんスけどね。腹が減って死にそうになっているときにうまい飯食わせてもらうことがどれ程ありがてぇことなのか俺はよく知っているんスよ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

俺はジャ●プの愛読者ゆえに『サ●ジ』『ソー●』『小●シェフ』の三人に食事のありがたみを教えてもらったクチだぜぇ――――――特に小●シェフは料理人としては別の意味で最強クラスだと俺は信じている。

 

 

 

 

 

「アキラ君。そんなに食事が大切ですか?ハッキリ言ってアキラ君がそこまで恩義を感じる程のことだとは思えません」

 

「おばあちゃんが言っていた――――『本当に美味しい料理は食べた者の人生まで変える』ってな。レムさんの料理にもそれくらいの力があるんだぜ。だからこそ、お礼がしたいんだぜ!」

 

「レムにはそんな力はありません。アキラ君の勝手な思い込みです」

 

「だったらそれでもいいぜ。俺がレムさんを尊敬するのは俺の勝手だからよ」

 

「・・・本当に勝手ですね――――――わかりました。何のお構いもできませんが、それでもよければレムのお手伝いをお願いします」

 

「グレート!俺はいい目を出すッスよ」

 

「ただの買い出しです」

 

 

 

 

 

レムさんは怒ったのかそれとも呆れたのかはわからないが、俺が同行することを許可してくれた。正直、ここでレムさんから『キモイ』とか言われようものなら立ち直れなくなるところだったぜ。

 

―――――あと、ほんの少しだけどレムさんが“笑って”くれたような気がした。

 

 

 

 

 

「―――おう。使用人さん」

 

 

「どうも」

 

「あっ、初めまして。お疲れさんです」

 

 

「ほほう・・・男連れたぁ珍しいね。もしかしてどこかの貴族様だったりするんですかい」

 

 

「いえ。エミリア様がお世話になった恩人ですのでそのお礼にとレムと姉様がお世話をしてあげているだけです―――紹介します。今度、こちらの村に住むこととなった『無職のアキラ君』です」

 

「初対面の人の前でイヤな二つ名つけないでくれるっ!?俺だってこのどん詰まりの人生から脱却しようと必死なんですけど!」

 

 

「なんだ、アンちゃん、この村に引っ越してきたのかい。今、どこに住んでるんだい?」

 

 

「・・・ロズワールの許可を得て。今は村の端っこにある古びた空き家を間借りさせてもらってるッス。そこで今日立ち上げたばかりの『万屋金剛』っての開いたから、今後ご贔屓にしてくれると助かるぜ」

 

 

「『よろずや』?・・・そいつはいったい何をするんでい?」

 

 

「体のいい雑用屋ッスよ。大工仕事でも人探しでも何でもやるっすけど・・・『壊れたものをなおす』ことが一番の得意仕事ッスね。もし何か壊れたもんがあったら遠慮なく言って欲しいッス」

 

 

「・・・はぁ~~~~ん」

 

 

「うっわぁ~~~・・・すっげえ微妙な反応。全然理解示す気なさそう。やっぱり『万屋』ってのはこの世界で無理があるのかな」

 

「いえ、いかにもつぶしの効かないアキラ君にはうってつけの仕事だと思います。姉様も『無知蒙昧なジョジョもいずれ現実を思い知るわ』と言っていました」

 

「知ってるよ、それっ!昨日、ラムに直接言われたしっ!」

 

 

 

 

 

店員の兄ちゃんにもすこぶる微妙な顔をされた。グレート・・・どうして『万屋』って仕事は異世界においても何かと不運に巻き込まれるんだ。そこまでうさん臭がらなくてもいいじゃねえか。

 

 

その後もレムさんの買い物に付き合いながらも宣伝広報活動を続けてみるも結果は芳しくなかった――――むしろ、万屋って名前が浸透する気配もないんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「―――やれやれだぜ・・・あれだけ広報活動を続けてるのに全然手応えがないときた。こいつは・・・思ったよりもヘビーな状況だぜ」

 

「アキラ君は自分で『何か行動を起こしていれば何かが変わる』って言ったばかりですが。この短時間で心折れるような覚悟だったのですか?」

 

「まさか!それこそまさかだぜっ。エミリアと出会ってちゃんと学んだんだぜ。諦めの悪さならよ。それにこんくらいのことで挫けてラムに罵倒されるなんざ真っ平ごめんだしな」

 

「・・・そうですか。それならよかったんですけど」

 

「あれ?もしかして心配してくれてた感じッスか?」

 

「いえ。レムは別に・・・ただ、エミリア様がアキラ君のことを心配されておりましたので」

 

「あいつどんだけ俺のこと心配しての!?『はじめてのおつかい』を見送った過保護な母親みたいになってるんだけどっ」

 

 

 

 

 

やはり、レムさんはそれとなく俺を元気付けようとしてれているようだ。エミリアが心配していたっていうのも事実だろうけど・・・レムさんの言葉に含まれた優しさは決して上っ面だけのものじゃあない。

 

 

―――まあ、そこんところは認めたくないが“姉譲り”なんだろうな。素直じゃない毒々しくも優しい言葉は、本当・・・姉妹そっくりなんだぜ。

 

 

買い物袋を抱えたままレムさんとそんな会話をしているとちょうど村の出口に差し掛かった。

 

 

 

 

 

「―――ここまでで結構です」

 

「え?・・・屋敷までは全然距離が先ッスよ。もう少し先まで送りますよ」

 

「いえ。本当にここまでで結構です。もう日も沈みかけていますし・・・アキラ君が往復して村に帰る頃には夜になってしまいます。夜になると魔獣が活発に動き出してしまうので森の中に入るのは非常に危険です」

 

「・・・正直、この前の腸狩りや禁書目録のドリルツインテールの方がよっぽど危険だと思うんだがよぉ~。つーか、やっぱこの国にもモンスターとかいるんスか?」

 

「はい。魔獣は、魔力を持つ人類の外敵です。人類に仇為すため、魔女が生み出したと言い伝えられています」

 

「“魔女”ね・・・魔女と聞くと俺はウィッ●クラフトワークスしか出てこないんだけどな。じゃあ、村にも魔獣が入らないよう何か防護措置をしてあるんスか?」

 

「はい―――《スッ》―――“あそこ”にあるのが結界を繋ぐ魔石です。あれが正常に機能している限りは魔獣は境界を踏み越えては来れません」

 

「ああ。あれか・・・この村に来たときから何度も見かけたから『何かな』とは思っていたんだけど。そんな意味があったのか」

 

 

 

 

 

レムさんが樹に埋め込まれた宝石のようなものを指差した。それは確かにうっすらと電球のように明かりを灯しており何かしらの加護が付与されていることが見てとれる。

 

 

 

 

 

「ですのでくれぐれも森の中には入らないようにしてください。昼間であっても魔獣に襲われる可能性は十分にありますので」

 

「おうよ!何から何まで助かったぜ。サンキューな、レムさん。エミリアとラムにもよろしく言っておいてくれ」

 

「―――はい。では失礼いたします」

 

 

 

 

 

レムさんは浅く一礼をするとそのまま両手いっぱいに買った荷物を抱えて帰っていった。恩を返すどころかあの人にまた借りが出来ちまったんだぜ。 

 

 

 

 

 

「ここは男らしく出世払いといきたいところだけどよ~。こんな小さな村で万屋で大稼ぎなんて出来そうもねえしな。マジで金策考えねえとつんじまうぞ、コレ――――あん?」

 

 

 

 

 

自宅へと帰る途中で俺はあることに気がついた―――――『結界』を繋いでいる魔石が“一個だけ”光を失っていた。どうやら壊れたのか、あるいは何かの弾みで効力を失ってしまったようだ。

 

 

 

 

 

「グレート・・・危ねえところだったぜ。あれを気づかずに放置していたらマジにやばかったかもな――――――“クレイジーダイヤモンド”《ドンッ!》」

 

『ドラァアッ!!《ドゴォッ!》』

 

 

ズギュゥウウウンッッ!

 

 

 

 

 

俺はすぐさまクレイジーダイヤモンドを召喚して光を失った魔石を殴り付けた。すると元通りになおった魔石が再び光を取り戻した。

 

 

 

 

 

「どうやら“元通りに直った”ようだぜ。さてと・・・帰って飯にすっかな」

 

 

 

 

 

この時の俺はまだ知る由もなかった。敵スタンド使いはもう既に第二の刺客を送り込んでいたことに。この何気ない行動がまた『運命』を変えてしまっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――4.926318152《カシャッ》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アーラム村新居にて三日目。

 

 

 

 

 

チュンチュン…ッ

 

 

「―――グレート。いい朝だぜ」

 

 

 

 

 

こう見えて俺の朝は早い。意外に思うかもしれないが、俺は一日三食食べることを大事にしている。朝食を食べるためには早起きは鉄則なのだ。

 

だが、今日早起きしたのは実のところ別の狙いがあってのことだぜ。

 

 

 

―――――早朝、村人が起きてくる前に村の至るところを『破壊して』回らなくてはならないんだぜっ!

 

 

 

言っておくが、これはテロではないっ!ましてや悪事でもない!―――純粋な『営業活動』だぜ!

 

このまま何もせずにいたら俺の『万屋金剛』は営業を始める前に終わりだ。そうなってしまっては俺の明日がない!しからば無理矢理にでも宣伝活動を行うしかないんだぜっ。

 

 

 

――――――そのために俺は村の至る施設を早朝に破壊して回り、困っているところに颯爽と現れ目の前で元通りに直して見せるっ!

 

 

 

一見、マッチポンプと思うかもしれない。しかし、俺は誰にも迷惑をかけるつもりはない。あくまでも自分で壊したものを元通りに直して見せるだけだ。

 

テレビショッピングで商品の性能を実際に見せて視聴者の購買意欲を促すのと同じだ。俺は自分の持つ『クレイジーダイヤモンド』の『直す力』を宣伝しているだけなんだぜ。

 

 

 

 

 

「間違っているのは俺じゃない。世界の方だっ!ゆえに!俺は何をしても許されるっ!――――――俺は、この村で万屋を営み・・・いずれは英雄となるんだぜっ!」

 

 

 

 

 

 

俺はこれでもかという悪人面を浮かべて勢いよく外へ駆け出していった。何故なら、俺は自分の計画に自信があったからだ。誰にも迷惑をかけずに犯行を済ませる自信があったし、何よりも俺のクレイジーダイヤモンドの能力に絶対の自信があった。

 

 

だが、俺はこのとき失念していたことがあった。俺は昔から運がいいのか悪いのか――――――この手の悪巧みが一度たりとも成功したことがなかったということを。

 

 

 

 

 

♪~~~ラジオ体操第一のBGM ~~~

 

 

 

「歌舞伎町ラジオ体操第一っ!!よぉ~~~いっ」

 

 

「「「「「よぉ~~~い」」」」」

 

 

 

 

 

―――どうしてこうなった?

 

 

―――何故、俺の目の前にはこんなにガキ共がいやがるんだ。

 

 

いや、そもそもテメーら・・・朝早すぎんだろっ。夏休みにカブトムシやクワガタ獲りに来た小学生じゃねえんだぞ。何で明け方に友達5、6人でじゃれあってやがるんだよ。

 

お前らに見つかったせいで破壊活動ができなくなっちまったじゃねえか。

 

 

 

 

 

「まずは、腕を前から上に大きく背伸びをする運動っ!―――1・2・3・4・5・6・7・8!」

 

 

「「「「「「「2・2・3・4・5・6・7・8!」」」」」」」

 

 

 

 

 

そして、ジジイ・ババア共・・・テメエらは何でそれよりも早く起きてんだよ?

 

老人は早起きとはよく言うが、健康のために外散歩してんじゃねえよ。開店前の店の掃除してんじゃねえよ。そんなに早くやっても客はどうせ来ねえだろうがよ。

 

 

 

 

 

「膝を前から倒し腕を横に『お酒を注ぐキャバ嬢』の運動っ!―――1・2・3・4・5・6・7・8!」

 

 

「「「「「「「「「「2・2・3・4・5・6・7・8!」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

そして、村の青年団ども・・・テメエらも真面目に自警団の真似事してんじゃねえよ。こんな村に泥棒が入ってくるわけねえだろ。よしんば強盗事件があったとしても年に一回あるかないかの大事件だろ。

 

畑仕事だったり、パン屋の仕込みだったり、どいつもこいつも勤勉すぎんだろ。その年頃の若者はだらけてなんぼだろうが、ヲイッ!

 

 

 

 

 

「身体を地に伏せ『ソープ嬢の“おむかえ”』の運動っ!―――イラッシャイマセー イラッシャイマセー」

 

 

「「「「「「「「「「「イラッシャイマセー イラッシャイマセー!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

そうだよ。こんなこと最初からわかりきってたんだよ。中世の田舎村に暮らす住人の朝はことごとく早いんだぜ。現代っ子の俺はそこんところなめてかかってたんだぜ。

 

 

 

 

 

「足を大きくひらき『ストリップ嬢』の運動っ!―――1・2・3・4・5・6・7・8!」

 

 

「「「「「「「「「「「2・2・3・4・5・6・7・8!」」」」」」」」」」」

 

 

 

 

 

周りが勤勉に働いている中、俺だけ何もせずに朝から出歩いていたら不審者扱いされる。仕方がなく『ラジオ体操をしていたら爽やかな青年を演じて』いたら・・・

 

 

――――――いつの間にやら、野次馬が集まり、ガキが集まり、ジジイババアが集まり、青年団がやってきて、朝の仕事仕度を終えたおじさん連中も集まり・・・こんな大所帯になってしまった。

 

お陰で俺はこのラジオ体操を五回もやるはめになった。

 

 

 

 

 

「グレート・・・今時、町内会のおっさんでもやらないことをマジになってやっちまったよ」

 

 

「マダオの兄ちゃんっ、もうやんねえの?」

「マダオだからどうせ暇なんでしょ?」

「もう少しやろうよ。マダオの兄ちゃん」

「ねえねえ、マダオの兄ちゃん。さっきの音楽どうやって流してたの?ねえねえ!」

 

 

「だぁあああっ!うっせえぞ、テメエら!人を不名誉なあだ名で呼んでんじゃねえっ!というかそんな不謹慎な単語どこで覚えてきやがった!?」

 

 

 

 

 

そして、気がつかぬ間に俺はガキどもに『マダオ』認定されてしまっていたらしい。現状、うだつの上がらない無職の俺ではあまり強く言い返せないのが辛いところだ。

 

だが、このラジオ体操を通じて村人と微かに打ち解けることができたかもしれない。そう思うとコレも悪いことではない。

 

 

 

 

 

「兄ちゃん、朝から精が出るね」

 

「あんた・・・昨日、会った」

 

「《がしっ》―――おうよっ!あん時はけったいな兄ちゃんが来たとばかり思っていたが・・・なかなか見所のあるのが来たじゃねえの。さすがは領主様が見込んだだけのことはあるな」

 

「アレを見込まれていたと言っていいのかわかんねえがよ・・・何か困ったことがあればいつでも言ってくれ。万屋金剛はいつでも営業中だからよ」

 

「ハッハッハッハッ!考えとくぜ。俺らが仕事を恵んでやらねえと兄ちゃんはすぐ飢え死にしちまいそうだしな」

 

「やれやれ・・・何もかもお見通しかよ」

 

 

ぬろんっ

 

 

「うぅわぁあああっ!?」

 

 

「―――ゥケケケッ・・・若返った若返った」

 

 

「な、なんだよ、あの婆さんは!?」

 

「ハハハハハッ、早速兄ちゃんもやられたか。あの人はいつもそうなんだ。若い男の尻を撫でては『若返った若返った』って悦んでやがる。兄ちゃんも災難だったな」

 

「―――ババアの逆セクハラかよ。ぞわっとしたぜ」

 

 

 

 

 

しわくちゃの婆さんに尻を撫でられるという珍事もあったが、コレはコレで信頼を勝ち得ていると見ていいんかもな。少なくとも全員とはいかないが、これで一部の村民とはそれなりに打ち解けたと思うぜ。

 

 

―――早起きは三文の徳とは言うが・・・俺が稼げたのは三文銭に遠く及んでいない気がするんだぜ。

 

 

 

 

 

「・・・少なくともマダオから『ラジオ体操のお兄さん』くらいには昇進できたかな。やれやれ、前途多難なこったぜ」

 

 

 

 

 

今日はもう帰ってゆっくりしよう――――――また一つ策を考えなければならない・・・せめて生き残る手をな。

 

今は帰ろう。ロズワールとレムさんからもらった(ラムは除外)―――俺だけの居場所へ・・・

 

 

 

 

 

――――――と思っていたんだがよぉ~~~。

 

 

 

 

 

「ねえねえ!マダオの兄ちゃん、いつからここに住んでるの?」

「スッゴクきれいになっている~。マダオの兄ちゃんがそうじやったの?」

「なんで勝手にここすんでるんだよぉ~。ここは俺たちのナワバリだぜっ」

 

 

「だから、マダオじゃねえっつってんだろ!俺の名前は『アキラ』だ!『ジュウジョウ・アキラ』!」

 

 

「「「「「「ジョジョ・アキラ~?」」」」」」

 

 

「ジョジョじゃないっ!ジュウジョウだ!―――名前の間違え方までテンプレやってんじゃねえよっ」

 

 

 

 

 

愛しの我が家は帰ってきたらガキどもに占拠されていた。どうやら、この家は長らく住人不在だったため村のガキどもの秘密基地にされていたらしい。

 

 

 

 

 

「―――グレート・・・ロズワールのヤツ、心底面倒な物件を押し付けてくれたもんだぜ」

 

 

 

 

 

 

 




チラシの裏でリゼロSSを書いてるのは自分だけなんだなということを最近になって知りました。

話数も増えたしチラシの裏から出すことも視野に入れるべきか考え中です。


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第18話:この素晴らしい歴史に爆発を

更新を続けていく内にどんどんお気に入りと投票がじわじわと増えていく。ぷ・・・プレッシャー。

感想を記入していただいた方や投票を指定ただいた方には心から感謝します。一人でもこの駄文を読んでいただいている内は頑張りたいと思います。


 

 

 

 

 

 

「《カリカリ、カリカリカリカリ…コトッ》―――んっ!んん~~~っ・・・もうこんな時間なんだ。少し遅くまでやり過ぎちゃったかしら」

 

 

 

 

 

今日は少し勉強に集中しすぎちゃったみたい。いつもはもう少し早い時間に集中力が自然ととぎれるから時計を気にするのを忘れてしまっていた。

 

王選に向けての勉強はいくらやってもやり足りない。短期間でわたしが身に付けなくてはならない知識はあまりにも膨大すぎて時間はいくらあっても足りない。

 

それもそのはず。わたしは王選に勝つために勉強しているのではなく『王になった後』に必要な王政や法律の知識を学ばなくてはならないからだ。

 

 

 

 

 

「アキラ・・・ちゃんとご飯食べてるのかな」

 

 

 

 

 

――――――アキラがこの屋敷を離れてから3日が経った。

 

 

 

その間、わたしの周りは何の事件も騒動もなく平穏そのものだった。

 

 

王候補であるわたしは、その宿命を背負ってからずっと命を狙われている。そんなことはわかりきっていたし覚悟だってできていた。

 

だけど、ほんの数日前に実際にその隠れた悪意の一端を間近で見たとき・・・――――――正直に言って、わたしは怖かった。命を失うことも・・・自分の背負った宿命に負けることも・・・自分が生きてきた証を立てることなく孤独に終わることも。

 

 

何よりも恐ろしかった。自分を殺したいと思っている人間がいることとその悪意を形をもって向けられることが。そんな悪意に負けそうになっている自分がとても弱くてちっぽけに思えた。今でも思い出すと体が微かに震えてくる。

 

 

――――――それなのに・・・どうしてあの時はあんなに『勇気』がわいてきたのだろう。

 

 

こんなに怖くて恐ろしいものと向き合っていたのに怯むどころか内から焔が湧き出るように『勇気』を抱くことができた。

 

 

 

 

『―――ハァ・・・ハァ・・・バーロー。ヒロインのピンチに呑気に寝てるヒーローがどこにいるってんだよ。俺が倒れるのはあのビッチをぶちのめした後だぜぇ』

 

 

「・・・アキラ」

 

 

 

 

 

―――そうだ。あの時、わたしが勇気を持てたのは自分よりもずっと傷ついている子がいたからだ。あの子の行動がわたしに勇気を灯してくれたんだ。

 

 

わたしは、あの時、あの子に・・・――――――“凄く憧れた”。

 

 

誰かを護るために自分の体を盾にして戦う厳然としたその姿に。どんな恐怖や力にも屈することなく毅然と立ち向かう姿に。出会ったばかりの他人のために平然と命を懸ける燦然とした姿に――――――わたしは憧れた。

 

 

わたしもあの子のようになりたい。あの子のように燦然と耀く太陽のような黄金の精神を持つ『王』になりたい。

 

 

そうなれば、わたしも変われるだろうか・・・わたしも皆から・・・

 

 

 

 

 

「ラムもレムも・・・アキラは元気にしてるって聞いていたけど―――アキラはいつも無茶してばっかりだからちょっと目を離すと何をするかわからないもんね」

 

 

 

 

 

夜の闇で真っ暗になった窓の外を眺めてわたしはあることを思い付いた。

 

それはあまりにもわたしらしくない突拍子もないことだったけど、それを行動に移すことが一番“わたしらしく”なれる第一歩だと思った。

 

ある日、突然、童話のように現れたあの男の子がわたしの中の何かを変えてくれることを期待していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アーラム村新居にて四日目。

 

 

 

 

 

「マダオの兄ちゃんっ!起きてよ、ほらっ!みんな、ラジーオ体操待ってるよ」

「そうだよ。早くしないとみんな待ちくたびれちゃうよ」

 

 

「―――やかましいッ!うっおとしいぜッ!!おまえらッ!」

 

 

 

 

 

早朝、俺はガキどもにラジオ体操をせがまれ強引にたたき起こされた。鍵はかけていたはずなんだが・・・どうやらこの家には俺が知らないガキどもだけが知っている侵入経路があるらしい。

 

 

 

 

 

「早く行こうよ!みんな、ラジーオ体操楽しみにしてるんだよ。兄ちゃんが来ないと始まんないよ」

 

「―――グレート・・・俺はこれから毎朝、こんな早朝に起こされなきゃなんねえのかよ」

 

「それが終わったらいっしょに遊ぼうねっ!―――そうだ!他にもっと道具出してよ。まだまだ面白いのいっぱいあるんでしょ」

 

「しょうがないな、の●太君は・・・―――って、なるかぁぁぁあーーーーーーっっ!!俺はド●えもんじゃあねえんだぞっ。何で金にもならねえのに夏休みの工作しなくちゃなんないんだよ」

 

「・・・だって、わたしだけまだ『竹トンボ』作ってもらってないもん《しゅん》」

 

「~~~~っ・・・ぬっ、ぐぅうう!」

 

 

 

 

 

途端に悲しそうに顔をうつむかせる少女A(名前は聞いたんだけどいまいち名前と顔が一致しない)。

 

確かに昨日、俺はガキどものご機嫌取りのために竹トンボを作って振る舞いはしたが。残り一人分だけは面倒くさがって作らなかった。

 

 

 

 

 

「・・・ったくよぉ。今度来るときまでにはちゃんと作っといてやっから、そんな泣きそうな顔はやめろ」

 

「ほんとっ?」

 

「ああ。そんな大したもんは作れねえがよ。お前らが遊べるくらいの小道具ぐらいだったらいくらでも用意してやるよ」

 

「うんっ!」

 

 

「兄ちゃん、まだ~~?」

 

 

「へーへー。今、行くぜ・・・ったく、こっちの世界来てからタダ働きばっかりだぜ」

 

 

 

 

 

仕方がないので俺はガキどもにせがまれるがまま寝起きで重い体を起こして昨日みんなで集まっていた広場に向かった。

 

 

 

 

 

ガヤガヤ ガヤガヤ

 

 

「おおっ!来た来た」

「兄ちゃん、まだ始まらないのかい?その・・・『ラジーオ体操』ってのはよぉ」

「フォッフォッフォッ、わしらはいつでも準備できとるぞい」

 

 

「―――グレート・・・朝っぱらから元気だよなぁ。どいつもこいつも」

 

 

 

 

 

何故かこんな早朝であるにも関わらず大勢の村人が多数押し掛けていやがる―――そんなに気に入ったか、ラジオ体操が?この村の今年の流行語大賞は『ラジオ体操』になっちまうのかよ。

 

 

―――つーか、何で俺は自分の明日さえも見えない状況にも関わらずガキどもの面倒を見なくちゃなんねえんだ。村人どもはラジオ体操を楽しむばかりで全然俺に何も恵んじゃあくれねえしよぉ~。

 

 

朝から嫌になるぜ。まったく・・・。

 

 

 

 

 

「―――ハァーーー・・・ラジオ体操第二・・・」

 

 

「「「「「「「テンション、低っ!?」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――『村に行きたい』・・・ですか?」

 

「ええ、そうよ。ロズワールが治めている土地がどんなところかちゃんと見ておきたくて」

 

 

 

 

 

朝食が終わり、日課を済ませ、王政の勉強の区切りがついたところでメイドの仕事に精を出しているレムを捕まえてお願いしてみた。

 

―――ラムでも良かったんだけど。ラムは先日、わたしが刺客に襲われた一件以降、わたしが外出することを好ましく思っていない様子が見受けられるから頼みづらかった。

 

あの時、護衛として同行していたラムはわたしが襲われたのは途中ではぐれた自分の責任だと思っているから。もちろん、わたしはラムのせいだなんて思っていないけど・・・ラムもあれで責任感が強い子だから。

 

 

 

 

 

「レムは別に構いませんが・・・エミリア様はよろしいのですか?」

 

「よろしいのですかって何が?」

 

「いえ。差し出がましいことですが・・・エミリア様は命を狙われたばかりなのに村に行きたいだなんておっしゃられるものですから」

 

「大丈夫よ。ここはロズワールの領地の中なんだし、もしもの時はパックだっているから何の心配もないわ」

 

「・・・ですが」

 

 

 

 

 

レムは基本的にお願いしたことはいつも快く引き受けてくれるけど今日は様子が違った。わたしが命の危機に晒されたことを気にしているようね。

 

 

 

 

 

「レムは昨日村での買い出しを済ませたばかりですので使用人として特に村に赴く用事もございません」

 

「え・・・そうなの?」

 

「ハイ。ですからエミリア様を村にお連れすることは出来ません」

 

「あっ、そ・・・そう。な、なら仕方ないわね・・・村に行くのは次の機会にしておくわ」

 

 

 

 

 

屋敷の食材の買い出しでレムに同行させてもらうつもりだったのにレムがいく用事がないというのであれば仕方ないわね。ちょうどいい口実だと思ったのに・・・ガッカリ。

 

 

 

 

 

「ですが・・・昨日、アキラ君の家に昼食を届けた時にうっかり昼食を入れていたバスケットを“忘れて”来てしまっていたのを今思い出しました。レムはこれからそれを取りに行こうと思います」

 

「っ・・・へ、へえ~」

 

「差し支えなければエミリア様にご同行いただけるとありがたいです。レムはアキラ君のことを少し苦手としておりますので」

 

「アキラのことが苦手って・・・もしかしてアキラがレムに何か悪さをしたの?」

 

「いいえ。アキラ君はレムを常に尊敬の眼差しで見つめてきております。曰く、アキラ君にとって料理が得意なレムは敬意に値するとのことで・・・レムのことを変に持ち上げてくるので苦手なだけです。アキラ君が悪さをしたわけではありません」

 

「ふ~ん・・・料理か」

 

 

 

 

 

そう言えば、あの子はこの屋敷に来て最初レムの用意した食事を一口食べただけで目を輝かせていたっけ。それ以降、ずっとレムのことを『レムさん』って呼んでいたからレムが苦手意識を持っちゃったみたいね。

 

―――レムはこの屋敷に来てから使用人としてずっと働いていたから『さん』付けで呼ばれることが落ち着かないのね。

 

 

 

 

 

「ねえ、レム。アキラはちゃんとご飯食べてる?料理とかちゃんと自分でできてる?」

 

「昨日、話していた限りでは『安定した収入を得られるまで節食する』と話していました。アキラ君の料理の腕前についてはレムはわからないと回答します」

 

「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。まったく、もう・・・アキラってば世話が焼けるんだから」

 

「エミリア様?」

 

 

 

 

 

レムの話によるとアキラはまだまともに自活できておらず食事に窮しているようだ。男の子だから意地を張りたい気持ちもわかるけどそれで体を壊しちゃあ元も子もないわよ。

 

 

 

 

 

「レム。ちょっとお願いしたいことがあるんだけど」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「またお弁当作ってもらってもいいかな。意地っ張りな困った子にご飯を食べさせてあげたいから」

 

「・・・かしこまりました」

 

 

 

 

 

わたしがいくら何かを施そうとしてもアキラは絶対に受け取ってくれない。お金を恵んだところでアキラはきっとそれを受け取らないだろう。でも、レムの作るご飯が大好きなアキラなら・・・きっとそれが一番喜ぶ。

 

 

―――でも、それはそれで何だかすごく納得がいかない。わたしからのお礼は受け取らないくせにレムのお弁当だけは受け取って・・・

 

それに引き換えわたしは・・・

 

 

 

『―――ラジオ・JOJO体操ゥ・第一ィイイイッッ!!』

 

 

 

凄くしんどいヘンテコリンな運動をさせられて・・・

 

 

 

『まあ、この体操を作った人の紹介文を見ると―――『運動不足の体でこの体操を実行すると、高確率で体のどこかがグキッとなります。本当に気をつけてください』と書いてあった』

 

 

 

すごくぞんざいに扱われて・・・

 

 

 

『――――――さすがエミリア!オレ達に出来ないことを平然とやってのけるッ。そこにシビれる!憧れるゥッ!』

 

 

 

ゲラゲラ笑い者にされて・・・

 

 

 

―――あれ?なんか思い返すとすごく腹が立つような憎たらしいような。

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴ…ッ

 

 

「どうなされました、エミリア様?」

 

「なにが?」

 

「いいえ・・・きっとレムの思い違いです―――エミリア様から今だかつて感じたことのない『バリバリ裂けるドス黒いクレバス』のような身震いする空気を感じたなんて」

 

 

 

 

 

レムはわたしを見てなにか驚いているようだったけど。すぐにいつもの無表情なレムに戻った――――――『どす黒いクレバス』って何のことかしら?

 

 

 

 

 

「それじゃあお願いね、レム。わたしももう少ししたら手伝いにいくから」

 

「いえ。それには及びません。ロズワール様やエミリア様の食事でしたら味と栄養面を考慮した最高のものをご用意いたしますが、食べるのはアキラ君ですので」

 

「そうハッキリと手抜き宣言されると何て言っていいかわからないかな」

 

 

 

 

 

レムとの約束を取り付けたわたしはその準備をすべく今日予定していた分の勉強を前もって片付けるべく自室に向かった。

 

―――その時、廊下の陰からこちらを覗き込んでいる人がいたことには気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――へぇ~え、あのエミリア様がね。よっぽど彼のことが気に入ったのかぁな」

 

「はい。年の近い男子とまともに接したことがないエミリア様はあの男の奇抜な言動がなにかと気にかかるようです」

 

「んまぁ~あ、エミリア様には男女の恋愛感情は理解できないだろうしねぇ~え。育った環境もあるんだろうけどエミリア様ご自身がそういうのには疎いご様子だしね~え」

 

 

 

 

 

自室でラムから報告を受けたロズワールは特に動揺した様子もなくラムの報告にうなずいていた。本来であればここは多少なりとも危機感を抱くべきではとラムは疑問を浮かべる。

 

 

 

 

 

「・・・よろしいのですか?先日、エミリア様を襲った腸狩りも未だ捕まったという話は聞いておりません。王選前に敵がどのような刺客を差し向けてくるか」

 

「もぉ~ちろん。だぁけどぉ~・・・いつ襲ってくるかわからない刺客に怯えて閉じ籠ってしまうような器だったらそれこそ王の資格はないね~ぇ。もし仮にエミリア様が王になられたら、それこそ~敵は今よりも遥かに数を増すだろうからね」

 

「・・・ですが」

 

 

 

 

ロズワールの言うことはもっともだ。しかし、だからといって警戒を怠っていい理由にはならない。一度、命を狙われた者はいつどこにいても“安全”とはいえない。

 

 

 

 

 

「エミリア様よりも気がかりはやはり彼の方だね~え―――――ラムから見て、ジュウジョウ・アキラ君はいかがかな。間者の可能性はあると見ているかな?」

 

「結論から言って、その芽はかなり弱いと思います」

 

「ふぅむ、ず~いぶん、断言するんだあ~ね。理由を聞いてもいいかな」

 

「間者にしてはあまりにも粗野で隙が多すぎます。ツノがあった頃のわたしであれば楽に10回は首をはねることが出来ます」

 

「んま~あ、ツノがあった頃のラムであればそれも容易だろうねえ~え。鬼化したラムを止められるものはかの聖騎士くらいなものだろうね」

 

「・・・第一、取り入ろうとするにも態度が悪すぎます。お手伝いに来たラムに対する言動が雑でひどく不快です。レムには敬意を示しているのにラムには――――――」

 

 

 

 

 

本音が入り交じったあまりにも正直な言葉が口をついて出てきてハッと気づいて口ごもる。しかし、そのラムの様子を見てロズワールは猫のように目を細める。

 

 

 

 

 

「なあ~るほど。その報告を聞いただけでだいたいわかったよ。間者かどうかはわからないけど、少なくともなかなかの人たらしであることだけは確かみたいだぁ~ね」

 

「違います。ラムもレムもあんな男・・・好みじゃありません。エミリア様の命の恩人だと聞いてはおりましたが、あのような俗物だと知って心底ガッカリしました」

 

「そうかあ~ね。とてもガッカリしたようには見えないがぁ~ね」

 

「・・・ロズワール様、ご冗談が過ぎます」

 

「そう言わずにさ~あ。これからもちょくちょく彼の様子を見てあげて欲しいんだ~がね」

 

 

 

 

 

ロズワールからそう命ぜられたラムは少し驚いた様子だった。ロズワールは変わり者として有名であるが、何故、あそこまであの得たいの知れない余所者に固執するのかがわからなかった。

 

 

 

 

 

「ロズワール様、何故、あのようなものにそこまで・・・間者の可能性を疑っているのであれば」

 

「それもないわけではないけどね~え。エミリア様のお話を聞いたときに彼の持つ能力《ちから》に少し興味を惹かれてね」

 

「腸狩りを退けたという『破壊されたものをなおす』という能力のことですか―――・・・単なる回復魔法や復元魔法ではないのですか?」

 

「復元魔法は使い手が少ないし~ね。回復魔法だとすると『自分の怪我ははなおせない』という制約がどうも腑に落ちないね~え」

 

 

 

 

 

ラムもその話にはもちろん聞き覚えがあった。王都で合流したエミリアから事情を聞いたときに彼の持つ特異性については詳細に聞き及んでいた。

 

今までのことでジュウジョウ・アキラは普通でないことは何となく察していたけど、ロズワールが興味を引かれるほどの何かがあるとは到底思えなかった。

 

 

 

 

 

「ラムも聞いたことないかい。『振るう暴力の全てが治癒行為になる』という――――――“魔女”の存在を」

 

「―――っ・・・ロズワール様、まさかそれはっ!」

 

「アハァ~ア、無論、彼は男性だからね~え。そんなはずはないとわかってはいるんだけども。もしかしたら彼は何かしらの加護を受けているのかもしれない―――そう。『魔女の加護』を」

 

「・・・っ」

 

 

 

 

 

途端にラムの顔が悲痛なものとなる。彼女にとってそれは振りきったはずの過去だ。しかし、彼女の“心”と“額”にはあのときの忌まわしい記憶がハッキリと消えない傷跡となって残っているのだ。

 

―――『魔女』。この単語はラムとレムの双子の姉妹にとって口にするだけでもおぞましい禁忌《タブー》なのだ。

 

 

 

 

 

「思い出させてしまってすまなかったね。でも、わかるだろ。だからこそ確かめなくてはならないのさ。彼が何者なのか・・・彼が本当にエミリア様や我々にとって仇なす外敵なのかどうか」

 

「・・・・・・。」

 

「彼の経過を注意深く監察しなくてはならないね。少なくとも彼の正体と目的がハッキリするまではね」

 

 

 

 

そう語るロズワールの横顔はいつになく神妙なものであった。窓から見下ろす屋敷の中庭にはジュウジョウ・アキラに持っていくだろう差し入れを抱えたレムとフードを被ったエミリアの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アーラム村の外れにて。

 

 

 

 

「スゥーーー・・・フゥーーー・・・――――――『クレイジー・ダイヤモンド』!《ドンッ!!》」

 

 

バキュンッ!! バキュンッ!! バキュンッ!! バキュンッ!! バキュンッ!!

 

 

ガスンッ! ドシュッ!! バギッ! トジュッ!! ズガッ!!

 

 

「「「「「「おおっ、カッピョイイーーーっ!!」」」」」」

 

「やれやれ・・・ありがとよ」

 

 

 

 

木に張り付けた即席の的めがけて指弾で小石を連射するが、二発的の中心から外してしまった。今の俺の実力では命中率6割ぐらいってところか。

 

使っている小石の形状や大きさにバラツキがあるせいでどうにも命中率が安定しないんだぜ。この世界にはベアリングやパチンコ玉なんてねえし小さい鉄球の代用になるものがないから仕方がないがよ~。

 

 

 

 

 

「グレート。射程距離は20メートル・・・いや、15メートルが限界ってところか。俺の命中精度も考えると10メートル以内には近づきたいところだな」

 

 

「ねえ、兄ちゃん。そんなことして何すんの?」

「今のどうやったのか、教えてよ!」

「オレもやりたいっ!マダオの兄ちゃんっ、今のやり方教えてよ!」

 

 

「だからマダオじゃあねえって言ってるだろ!それにこれは遊びじゃあないんだぜ―――――俺はこれから森に『狩り《ハンティング》』に行くっ」

 

 

 

 

 

そう。安定した収入が得られない以上、最低限、食い扶持を確保する方法がないか考えた結果『自給自足』という結論に至った。

 

勿論、食べられる草やキノコなどを採取する意味ではない。食べられそうな野性動物を狩りに行くんだぜ。

 

 

 

 

 

「森にはいるの?」

「ダメだよ!森はあぶないってママが言ってた」

「マダオの兄ちゃんが入ったらあっという間に魔獣にやられちゃうよ」

「それに魔獣なんて食べられるの?」

 

「・・・狩るのは獣じゃないぜ。主なターゲットは野鳥や野うさぎだ。勿論、狩れるようであれば大物を狩たいところだがよぉ~。血抜きの手間を考えるとあまりやりたくないのが本音だぜ」

 

 

 

 

 

基本的に鳥類では毒を持っているものはほとんどいない。というか俺の知る限りではパプアニューギニアに生息する何種類かしかいない―――大抵の鳥は食べても安全なのだ。

 

野鳥や野うさぎであれば射程距離内に入りさえすれスタンドの指弾で仕留められるだろう。

 

―――欲を言えば鹿や猪を捕まえられたらいいけどよ。『魔獣』が徘徊しているって時点でそういう大型生物が生息しているかどうか微妙なところだぜぇ。

 

『魔獣』を捕まえたところで食えるかどうかわからねえしな。

 

 

 

 

 

「夕方までには戻るつもりだけどよぉ~。俺は今日は食い扶持を稼がなくちゃあならねえからここでお前らと遊んでいられないんだぜ。お前らもここにたむろってないでさっさと帰れ。親御さんが心配している」

 

「母ちゃんには『マダオの家に行く』って言っといたから大丈夫っ!」

「ボクもー!」

「わたしも夕方までラジーオ体操の兄ちゃんの家で遊んでくるって言ってきた!」

 

「だから、いい加減『マダオ』呼ばわりをやめろって!何で親公認でここがガキどもの溜まり場になってるんだよっ!ここは幼稚園か!?」

 

 

 

 

 

そもそもこんな得たいの知れない男の家に遊びに行く許可を親が出すんじゃあねえぜ――――――言っている俺自身悲しくなってくるけどよぉ。

 

 

 

 

 

「チッ、とにかく今日はもうお開きだ―――帰れ帰れ。俺は忙しいんだ」

 

「「「「「「はーい」」」」」」

 

 

 

 

 

少し愚図っていたものの俺が遊ぶ気がないということがわかったのか6人とも『ちぇ』だの『つまんねー』だの文句を垂れて帰っていった。

 

―――ガキどもがついてくる気配がないことを確認して俺は荷物を背負い森に向き直った。

 

 

 

 

 

「用心してかからねえとな。クレイジーダイヤモンドがあるとはいえ・・・帰れなくなったらお陀仏だぜ」

 

 

 

 

 

森の中には様々な危険が付き物だ。毒性の生き物や植物、猛獣、害獣、そもそも森事態が人を迷わせる魔境だ。獲物を追うのに夢中になって深追いすればマジで迷う可能性もある。

 

帰り道を確保するためにも村からあまり離れすぎない範囲で探索をしなくちゃあよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――探索すること一時間。

 

 

 

 

 

ガサガサ ガサガサ ガサガサ

 

 

「どうなってんだよ・・・鳥やウサギどころか獣一匹見当たりゃあしないじゃねえか。魔獣ってヤツも出てくる気配ないしよぉ~・・・この森にはまともな動物すら生息してないってのかよ」 

 

 

 

 

「――――――ひっく・・・痛ぁ・・・~~~っ」

 

 

 

 

「・・・グレート。森の中だっていうのに泣き声が聞こえやがる――――――助けを求める乙女の声がよぉ」

 

 

 

 

探索開始から一時間半くらいして最初に聞こえたのは獣の鳴き声でも足音でもなく女の子の泣き声だった。俺のような物好きの他にこんな森の中に入っている女の子(←ここ重要)がいること事態驚きだぜ。

 

微かに聞こえてくるその声のする方に向かって歩いていくとだんだん声が近くなってきた。

 

 

 

 

 

バサアッ

 

 

「・・・っ!?《びくっ》」

 

 

「―――――グレート・・・ここに来ても幼女かよ。俺が主役のラノベはフラグの対象年齢が低すぎるんだぜ」

 

 

 

 

 

エミリアやレムさんみてぇな美少女には箸にも棒にもかからねえってのに・・・年齢の幼いガキどもにばかりなつかれるんたぜ。

 

冗談はさておきに蹲っていたのは青髪のお下げの可愛らしい少女だった。年齢はリュカやミルド達と同じくらいか?

 

―――見ると右足が青紫色に腫れている。足をくじいたのか・・・下手したら骨をやっているかも知れねえな。

 

 

 

 

 

「おい、大丈夫かよ。どうしてお前一人でこんなところにいるんだ?」

 

「あっ・・・《ふるふるふる》」

 

「お父さんやお母さんは近くにいねえのか?」

 

「・・・っ《ふるふるふる》」

 

「首を横に振ってばかりじゃあわかんねえって」

 

 

 

 

 

どうやら警戒されているらしい。確かにいきなり森の中で見慣れない格好をしたやつが現れたらビックリするわなぁ。

 

 

 

 

 

「・・・仕方がねえ。とりあえずアーラム村の方に連れていくぜ。お前の両親ともそこで会えるかも知れねえからな」

 

「っ・・・いや」

 

「意地を張るなって。その足じゃあどうせ動けやしねえだろ」

 

「う・・・~~~~っ!」

 

「痛ぇんだろ?俺が怖いのはわかるけどよぉ・・・村に帰るまでの間くらい俺を信用したっていいんじゃねえのか。どうせこのまま待ってるだけなのも辛いだけだぜ――――――ほら、捕まりな《スッ》」

 

「あ・・・うう・・・」

 

「ほら、早く行くぜ・・・パパとママが心配してるッスよ」

 

「~~~~~っ《ぎゅっ》」

 

「グレート。ほいじゃま・・・一緒に帰るとすっか《ズキュゥゥウウン…》」

 

「・・・うん」

 

 

 

 

 

少女は何か戸惑っていたが、やがて俺が差し出した手を静かににぎった。

 

 

―――その際、握った少女の手を通じて少女の挫いた足をクレイジーダイヤモンドでこっそり治しておいた。

 

 

時間も大分経過していたこともあって俺は直ぐ様この子を村に帰すべく帰り道を急いだ。

 

やれやれ、ハンティングの成果は鳥や兎でもなく『幼女』と来たもんだ。せめてエミリアじゃあねえけど貴族のお嬢様との出会い(パート2)を期待したかったんだぜ。

 

 

 

 

 

「ほれ、日が暮れる前に森を出るぞ。早くしねえと怖~い魔物さんに襲われ――――――」

 

 

ヒュオッ……ザグシュッッ!!

 

 

「・・・ちまったなぁ~~~、オイ《バタンッ!》」

 

「お、お兄ちゃん、大丈夫ーーーっ!?」

 

 

 

 

 

側頭部に深々と突き刺さったエメラルドスプラッシュと共に棒立ちのまま真横に倒れた。

 

 

 

 

 

ガサガサ バサァアッ

 

 

「―――あれ?・・・あ、アキラ!?何でアキラがここにいるの!?」

 

「―――致命傷ですね。僅かなズレもなく深々と急所に突き刺さっています。文句のつけようがない実に無駄のない一撃命奪です。流石です、エミリア様。流石は将来のルグニカを背負って立つお方です」

 

「え?ええ!?ち、違うわよっ!わたしはてっきり森の奥に女の子が連れ込まれそうになってると思ったから警告しようと撃ったらそれが頭に突き刺さって・・・ああ!?そんなこと言っている内にアキラの頭からドクドクと血が噴水みたいにっ!」

 

「―――凄まじい勢いで血だまりが出来ていますね。この出血量だと放置すれば五分ともたないことでしょう。いたいけな少女を拐かす誘拐犯にはお似合いの最後です。レムは一先ず少女を村まで保護することが第一優先ではないかと進言します」

 

「・・・そうねっ。そうしましょう!」

 

 

「《ガバッ!》―――って、なにちゃっかり誤魔化そうとしてんだ、ボケぇええーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

さらっと放置して立ち去ろうとしていたエミリアに怒声をあげた。頭からものすごい勢いで血が吹き出しているが知ったことではない。

 

 

 

 

 

「流石、アキラ君。腸狩りを退けたという武勇伝に恥じない不死身っぷりです」

 

「『流石』って誉めれば丸く収まると思ってませんかねっ!!武勇伝全然関係ないですよねっ!?不死身とか言いつつ見捨てようとしたこと誤魔化そうとしてましたよねっ!!」

 

「あ、アキラ・・・レムはアキラのことを心配していたのよ。ほら、お弁当だって作ってもらったし、アキラの家のお掃除だってしてくれるつもりだったし」

 

「心配してた人間の態度じゃねえだろっ!弁当だけじゃ誤魔化されねえよっ!だいたい『お掃除』って・・・それ、ただの『身辺整理』だろ!俺を始末した後、俺の遺産乗っ取るつもりだっただけだろっ!遺産なんて一銭たりとも持ってねえけどさ!」

 

「そんなに怒らないでアキラ。ほら、そんなに怒ってばかりいたら血圧上がっちゃうわよ」

 

「頭に血が昇りすぎてたちまちおつむが大噴火だよっ!現在進行形で血の雨が降ってるよ!《どくどくどくっ!》」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ったくよぉ~。お前のせいで偉い目にあったぜ」

 

「ごめんね、アキラ。あれだけ強いアキラのことだからきっと大丈夫かと思っちゃって」

 

「俺の強さをお前の免罪符にしてんじゃねえよっ!俺、死ぬよ!?割りと簡単に死ぬよっ!?お前が思うほど不死身じゃないことは身をもって証明済みだよ!」

 

 

 

 

 

あの後、エミリアの回復魔法を受けて森で保護したお下げの女の子も村に連れ帰った。結局、あの女の子がどこから来たのかあそこで何をしていたのかは聞けずじまいだったぜ。

 

 

 

 

「おう!兄ちゃん。明日もよろしくなっ」

 

「ああ・・・ってか、また明日も来るのかよ」

 

 

「兄ちゃん!ラジーオ体操楽しみにしてるぜ。寝坊すんなよ」

 

「やれやれだぜ・・・そもそも約束の時間とか決めていたつもりはないんだがよ」

 

 

「《ぬろん》・・・ケヘヘヘ、ええケツじゃのう」

 

「テメエは自重しろっ、ババア!次、やったら金とるからな!」

 

 

 

 

 

自宅へ向かう途中、ラジオ体操で知り合った村の連中がやたらと話しかけてきやがる。疲れてるときに知り合いに絡まれるのはどうにも面倒でしょうがねえぜ。

 

 

 

 

 

「―――アキラ・・・もうすっかり村の人気者なのね」

 

「『人気者』って言っていいのか、これ?すっかり都合よく村のガキどもの面倒を押し付けられて損な役回りにされてるぜぇ。ガキども預ける前によぉ・・・俺の養育費を払ってほしいもんだぜ」

 

「・・・そうか――――――やっぱりアキラはどこ行ってもアキラなのね」

 

 

 

 

 

猫耳フードの下でニッコリと嬉しそうに笑うエミリア。こいつは俺がマダオ呼ばわりされてることを知らねえからそんな呑気なことが言えるんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「なんだ、そりゃあ?お前の屋敷出てからまだ数日しか経ってねえってのによぉ~」

 

「数日で村の人たちとこんなに打ち解けられたんだもの。アキラはやっぱり強いだけじゃあなかったってことね」

 

「さっきのいざこざさえなければ・・・その台詞も素直に受け止められたのによぉ~――――――ほら、着いたぜ。ここが俺の家だ。なかなかいいところだろ?」

 

「・・・・ここが?」

 

 

 

 

エミリアは俺の家を見上げてポカンとしている。というより―――俺の家に掲げた看板に注目している。

 

 

 

 

 

「ねえ、アキラ・・・あの看板って・・・」

 

「へへへ、自信作だぜぇ―――『万屋金剛』。俺が経営を始めた何でも屋稼業だ。もっとも、村の人たちには今一つ受けが悪くてよぉ。何か効果的な宣伝はないかと――――」

 

「え?・・・でも、あの看板―――『まるでダメな男・略して“マ・ダ・オ”の家』・・・って書いてあるけど」

 

「レムさーーーんっ!ちょっとレムさーーーんっ!!あんたのお姉様からとんでもない風評被害受けてるんですけど!俺、この期に及んであの不名誉なあだ名の由来を初めて知ったよ。つーか、あんたのうる星姉様のせいでもう取り返しのつかないところまで来ちゃってるよ!」

 

 

 

 

 

しかし、レムさんは俺の心の叫びもどこ吹く風。屋敷の庭のお掃除を黙々とやっていた。言ったところで姉様至上主義のレムさんに訴えたところで聞く耳持っちゃくれねえわな。

 

 

 

 

 

――――――4.959890139《カシャッ》

 

 

 

 

 

「エミリアさん・・・俺に字を教えてくれねえか。せめてまともな商売がやりたいんだぜ」

 

「え、ええ。それはもちろんいいんだけど・・・アキラ、大丈夫?」

 

「ああ。なんでかなぁ~・・・泪が止まらねえのはさぁ。この世界で一番の敵はメイドだと気づいたんだぜ」

 

 

 

 

 

――――――4.987696139《カシャッ》

 

 

 

 

 

「とりあえずよぉ~・・・せっかく家に来たんだ。茶くらい出すぜ。俺んちには茶菓子を買う余裕もないんだがよぉ」

 

「・・・アキラ、苦労してるのね。このままだと本当にのたれ死んじゃうかも」

 

「同情的な目で見てんじゃねえよっ!お前のエメラルドスプラッシュが刺さった頭がまだじくじく痛むんだぜっ!」

 

「それはちゃんと謝ったでしょ!アキラってば本当に根に持つタイプなのね」

 

「お前に言われたかねえよっ!あのエメラルドスプラッシュにはラジオJOJO体操の怨恨がこもっていたぞ!」

 

 

 

 

 

――――――5.097685412《カシャッ》

 

 

 

 

 

『時間軸変動率5パーセント以上ノ乖離ヲ確認―――『ANOTHER ONE BITE THE DUST』―――歴史ハ繰リ返ス』

 

 

 

カチッ ドグォゴゴゴォオオオオオオオオオオオオーーーーンッッ!!

 

 

 

その時―――世界が爆ぜた。歴史が壊れた。

 

 

 

 

 

―――運命と歴史を破壊する爆弾『バイツァダスト』との戦いの第2ラウンドの開幕だった。

 

 

 

 

 

 

 




筆者のギャグのセンスがどこから来ているのかだいたいお察しだと思います。『肩の力を抜いて読めるリゼロ』という当初の目標があらぬ方向に向かわないか不安です。


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第19話:ロズワール邸の黒執事(嘘)


今回も安定の一万字越え!ラムちーとレムりんがいると会話文が濃すぎてしょうがない。かなり端折った部分もあるのに当初構想していた地点まで半分くらいしか書けてない。かといって、これ以上文量を増やすのは得策ではない。

・・・・・・つ、つらい。



 

 

 

 

 

 

―――とまあ、そんなこんなで俺の理不尽なデスルーラの旅が再び始まったわけだぜ。

 

 

 

思った通り敵はやはり2体目のバイツァダストを送り込んできていたらしい。そして、俺は・・・いつ、どこで、何が引き金となったのかはわからないが、その発動条件を無意識に満たしてしまっていた。それしか考えられない。

 

 

―――『2周目』ではその原因を突き止めるべく再び村に赴いたが、原因はわからずじまいであった。敵の狙いが『エミリア』である以上、エミリアに関わる事件が起こると踏んでいたんだけどよぉ~・・・俺が村にいた限りは特に何の異変も見られなかったんだぜ。

 

 

―――『3周目』。バイツァダストが発動する直前にクレイジーダイヤモンドで“なおして”解除を試みようとしたが、俺にとりついているバイツァダストは『俺と一体化している』状態だったので『自分をなおせない』クレイジーダイヤモンドの能力の都合上、解除は不可能だった。

 

 

―――『4周目』。俺は現状の打破をめぐってやむなくある行動を起こすことを決めた。それはロズワールからエミリアの命を救ったことで受け取る褒美の内容を決めるよう迫られたとき・・・

 

 

 

 

 

「―――褒美は思いのまま!さあ~、何でも望みを言いたまぁ~~~え」

 

 

「―――ギャルのパンティおくれーーーっ!!」

 

 

 

 

 

・・・悪い。間違えた。コレは“2周目”でやったやり取りだったぜ。4周目で俺がロズワールに提示した内容はこっちだ。

 

 

 

 

 

「―――褒美は思いのまま!さあ~、何でも望みを言いたまぁ~~~え」

 

 

「グレートっ・・・『なんでも』ときたか。だったら――――――俺をこの屋敷で雇ってくれないか・・・三食昼寝付きでよぉ」

 

 

 

 

 

トラファルガー・□ーは言った―――『場所を変えなきゃ・・・見えねェ景色もあるんだ』と。

 

俺は村での自由気ままな一人暮らしを一先ず諦めてこの屋敷で働いてみることにした。この運命を変えるためにまず自分の立場を変えてみるしかないと判断したんだぜ。

 

この選択が果たして正しかったのかどうかはわからねえが、俺がバイツァダスト《運命》に打ち勝つためには他の視点からこの世界の歴史を観察するしか手はないんだぜぇ。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・この俺が執事の真似事とはよぉ~。この異世界において気ままな干物男ライフを送るには障害が多すぎるぜ」

 

 

「・・・“ひもおと”?」

 

 

「何でもねえよ。聞き流せ」

 

 

 

 

 

しかし、へこたれてる暇なんてねえよな。何せ、このお人好し《エミリア》の運命がかかってることだしな―――エミリアを理不尽な運命から救けてやれるのは俺しかいねえみてえだからよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にアキラってば欲が無さすぎる気がするのよね」

 

「いきなりどうしたよ?」

 

「パックからのお礼だって蹴っちゃうし、王都で出会ったときもそうだった。『何でも一つ言うことを聞け』なんて言っておきながら、結局お願いしたのが怪我の治療なんだもん」

 

「そんな変なお願いをした覚えはねえんだがよ。俺は俺なりに最善の選択をしてきたつもりだぜぇ」

 

「ううんっ、アキラはわかってない!《ぴっ》」

 

 

 

 

 

エミリアは人差し指を俺の眼前につきだして子供をしかりつけて言い聞かせるように迫ってきた。

 

 

 

 

 

「こっちの感謝の気持ちが全然わかってない。アキラがそんな調子じゃあ・・・わたしが命を救われたことへの恩なんて、返せるわけがないじゃない」

 

「・・・そんなに負い目に感じることか?行きずりの他人がたまたま一緒にピンチに追いやられて協力しあって危機を脱しただけのことだぜぇ。俺もお前も運が良かった・・・それでいいじゃねえか」

 

「よくないわよ。アキラはわたしのために命を懸けてくれたじゃないっ!命懸けで助けてもらったからには相応のお礼をしたいの!それなのにアキラったら全然わかってくれないんだから」

 

「グレート・・・今回はなかなか強情だぜ」

 

 

 

 

 

やはりコイツはいちいち律儀すぎる。前回までのループの時もなんだかんだお礼と称しては俺の様子を見に来てくれていた―――エミリアはもしかしたら『自分にできる』お礼を探してるのかもな。

 

 

 

 

 

「―――よしっ!じゃあ、エミリア!お前に是非ともお願いがあるんだぜっ」

 

「え?・・・っ、う、うん!なに、何でも言ってちょうだい!」

 

「おう!それはな・・・」

 

「・・・っ《わくわくわく》」

 

「俺とこれから毎朝、朝のラジオJOJO体操に付き合って・・・――――――」

 

 

 

スッカァァァーーーーンッッ!!

 

 

 

「カーズ!?」

 

 

 

 

 

俺の要望に対するエミリアからの返答は辛辣なエメラルドスプラッシュであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イテテ・・・何がいけなかったんだろう?ラジオJOJO体操がダメなら・・・残るはもうキ●ミー体操くらいしかないぜ――――そうだっ!あれなら二人一組でやるから丁度いい!」

 

 

「『キル●ー体操』というのが何かはわからないのだけど。ジョジョが思い付くことならどうせしょうもないことなのでしょう。エミリア様のお仕置きがまだ足りなかったようね」

 

 

「お仕置きねぇ~・・・お仕置きなのか、アレはよ?とにかくツッコミ替わりのエメラルドスプラッシュは止めて欲しいんだぜ。回数を重ねる毎に威力が上がってっからさ」

 

 

 

 

 

怒ってへそを曲げたエミリアは自室へと戻り、今はラムとレムさんの案内により行動している。あいつは何だかんだで大人びてるように見えてやっぱり子供っぽい。いったい、どういう育ち方をしたらあんな風になるのやら・・・

 

 

 

 

 

「でよぉ~・・・さっきから俺はどこに案内されているんだ?屋敷の掃除や飯の支度もあるなら、俺はいつでもイケるんだぜ」

 

 

「レム、レム。やっぱりジョジョは使用人としての心構えがまるでなっていないわ」

「姉様、姉様。やはりアキラ君は使用人としての基礎すらなっていません」

 

 

「―――ひそひそ話するなら本人の聞こえないところでやらねえか、オラァ・・・だいたい使用人としての『基礎』だの『心構え』だの何のことだよ?」

 

 

「・・・ジョジョがロズワール様のお屋敷で使用人として働く上で何よりも優先して用意しなくてはならないものよ―――着いたわ」

 

 

「グレート・・・あまりいい予感はしないぜぇ」

 

 

 

ガチャッ、ギィイイイ…

 

 

 

 

 

ラムとレムさんの二人に案内されるがまま辿り着いた扉を開くとそこにあったのは――――――。

 

 

 

 

 

「―――にーちゃ素敵♪最高の毛並みなのよ、モフモフモフ~」

「ンフ~~~・・・」

 

 

 

 

 

我らが猫神パックとベッドの上で熱烈なラブシーンを演じるドリータが一人。何かよくわからねえんだが・・・これがラムとレムさんが見せたかったものなのかっ?

 

 

 

 

「グレート・・・これが使用人としての『基礎』と『心構え』だってのかよ。だとしたら俺はこれから使用人として何を信じていいのかわからなくなるぞ」

 

「・・・いえ。これはベアトリス様の術によるものです」

 

 

「―――ん゛?・・・何、見てるかしら?」

「やあ!アキラ。さっきぶりだね。こんなところで何をしてるんだい?」

 

 

「よう・・・パック。それと『ベアード様』も・・・ご機嫌麗しゅう」

 

 

「何かしら、その不快な響きは?ベティにはベアトリスっていう立派な名前があるかしら」

 

 

「バカな!ベアード様は俺のつけたあだ名が気に入らねえってのか。某ちゃんねるサイトより発信し『ニ●ニコ』で急速な展開を見せた『ベアード様』の名前が気に入らねえって言うのか」

 

 

 

 

 

あの溢れんばかりのカリスマ性と吐き気を催す邪悪な眼差しのバッ●ベアード様だぜ!名前の語呂といいカリスマ性といいベアトリスにまさにうってつけと言ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

「いいんじゃないかな、ベティ。アキラは本当にベティのことを尊敬してるみたいだよ。『ベアード』っていうのも何か威厳があってカッコいいじゃないか」

「そうかしら?・・・ベティはどうもコイツがつけた呼び名ってだけで気にくわないのよさ」

 

 

「そんなことはないんだぜ。こいつは正真正銘由緒ある最高にイカした名前なんだぜ。それにパックとベアード様の名前を合わせれば―――『パックベアード』となり、より本家に近づくことができる!そう・・・二人はまさに『パーフェクトジオング』のように・・・――――――」

 

 

 

ゴォウッッ!!!

 

 

 

「ふおぉぉおおおおおおーーーーーーっっ!?」

 

 

 

バタムッ!!!

 

 

 

 

 

台詞の途中で突如、突風のようなものに吹き飛ばされ扉の外に弾き出されてしまった。どうやらベアード様はなかなか距離感の難しいお方らしいぜ。

 

 

 

 

 

「・・・グレート。いくらなんでも容赦なさ過ぎるだろ。なあ、オイ・・・まだ話は終わって―――《ガチャッ》―――あれ?・・・部屋が変わった」

 

 

 

 

 

弾き飛ばされた扉を再び開けると部屋がベアード様の書庫ではなく衣装部屋に変わってしまっていた。さっきと同じ扉を開けたはずなのに・・・

 

 

 

 

 

「これがベアトリス様の使う『扉渡り』よ。」

 

「扉渡り・・・そういや、最初に会った時も俺が出てきた部屋があいつの禁書庫に繋がって―――」

 

「一度、ベアトリス様が気配を消されたらもうわからないわ。屋敷の扉を総当たりしない限り、あの方は自分からは出てきてくださらないから」

 

「屋敷の扉を自分の部屋と直接繋げるということか・・・この屋敷内の扉にのみ限定した『どこでもドア』ってわけだな」

 

「余計な時間をとってしまったわ。レム、早速始めるわよ」

「はい。姉様」

 

「ああ・・・その前にちょっと待ってくれねえか、お二人さん《バタンッ》」

 

「「?」」

 

 

―――ガチャッ

 

 

 

 

 

俺は二人が部屋に入ったのを確認し、自分も室内に入り扉を閉めてから・・・“再び開けた”。そしたら、俺の予想通り繋がった。

 

 

 

 

 

「―――よお、さっきのはいくらなんでもひどいんじゃねえか?」

 

 

「ひきゅっ!?」

「すごいね、アキラ!よくこんな短時間で見破ったね」

「くぬぬぬぬ・・・っ、どうしてこんなあっさりと正解を引きやがるかしら」

 

 

「扉を開けるにも“表”と“裏”があるからな。前回のパターンから考えて今回は同じ扉の“裏側”が正解だと踏んでみたが・・・俺の推理は見事的中だったようだぜ。ベアード様よぉ」

 

 

「だからベティをそんな風に呼ぶのはやめるかしら!」

 

 

「まあまあ、ここからはちゃんとした用件だ・・・ベアード様にちゃんと言っておきたいことがあるんだぜ」

 

 

「・・・今度は何かしら?」

 

 

「―――俺が快復できるよう魔法をかけてくれていたんだろ?そのことについてちゃんとお礼言わねえとよぉ」

 

 

 

 

 

これは2周目のループでエミリアから直接教えてもらったことだ。応急処置をしたのは確かにエミリアだけど、屋敷に連れてきてからの治療はベア様がやってくれていたらしい―――当然、そんなこと気絶していた俺は覚えがないけどよ。

 

 

 

 

「・・・そんなことを言うためにわざわざ扉渡りを破ったのかしら」

 

「こういう機会でもねえとよぉ~・・・ちゃんとお礼も出来ないんでな。邪魔して悪かったな。あとは思う存分モフってくれて構わねえぜ―――ベアード様」

 

「だから!人をその訳のわからない名前で――――――」

 

 

バタンッ!!

 

 

 

 

 

ベア様が何か扉の向こうで文句を垂れていたが、俺はまたぶっとばされる前に早々に扉を閉めた。

 

 

 

 

 

「さてと・・・野暮用も終わったことだし。ここからは使用人としての仕事に専念させてもらうぜ。というわけで、まず俺は何をすればいいんだ・・・“先輩”」

 

 

「・・・そうね。まず、そのみすぼらしい服装のまま働かせたりしたらロズワール様の品位が疑われるわ。というわけでジョジョの制服を用意することから始めるわよ」

 

 

「グレート・・・この学ラン、結構気に入ってるんだけどな。このピースマークやハートマークの装飾なんて探すのに苦労したんだぜぇ」

 

 

 

 

 

ジョジョキャラに憧れてわざわざその手の店を渡り歩いて手に入れた装飾品だ。まあ、普段学校に通うときは目立つから外していたんだけどよ。いつでも装着できるよう絶えずポケットに忍ばせてあったんだ。

 

 

 

 

 

「でもよぉ~・・・この衣装部屋って見るからにエミリアやロズワール専用なんだろ?俺に合う服なんてねえぞ」

 

 

「姉様、姉様。アキラ君の言う通り、ロズワール様の衣装はアキラ君と違って背が高くて足が長い設計のためアキラ君に合う服は見つけられません」

「レム、レム。ジョジョの言う通り、ジョジョはロズワール様と違って背が低くて足が短くてピーマルのような顔をしているからジョジョに合う服は見つけられそうにないわ」

 

 

「―――お前ら鬼かっ!?」

 

 

 

 

レムさんは若干オブラートに包んだ表現だったが、ラムに至っては服の仕立てとは全く関係のない一節が追加されている。

 

 

 

 

 

「グレート。こうなったら手近な服を『なおして』使うしかねえな。クソッ・・・今に見てろよ。俺のクレイジーダイヤモンドは伊達じゃねえんだぜ」

 

 

「「・・・・・・。」」

 

 

「ん?・・・二人ともどうかしたんスか?」

 

 

「「・・・いえ」」

 

 

 

 

 

ラムもレムさんも一瞬意味深な反応をしていたが、すぐに手頃な服を選び始めた―――なんか俺が『鬼』呼ばわりして極悪人扱いされたのがよっぽどむかついたのか?

 

 

 

 

 

「―――なあ、ラムやレムさんはメイド服以外の衣装って持ち合わせていないのか?」

 

 

「・・・何でそんなことを聞くのかしら?」

 

 

「いや、単なる興味本意。ここにはロズワールとエミリアの服が腐るほどあるってぇーのに・・・お前ら姉妹の服とかはないように見えるから」

 

 

「レムも姉様もこの制服だけあれば十分ですから」

 

 

「少年漫画の主人公じゃあるまいし・・・もうちっとくらいお洒落してもバチはあたんねえぜ。女の子は着飾ってなんぼだからよぉ~」

 

 

「ダメよ、レム。この黒服が最高に格好いいと思っているジョジョにはメイド服が如何に機能的で身分を証明するのに便利なのかわかりっこないわ―――だってジョジョだもの」

 

 

「俺のこだわりをさらっとディスってんじゃねえよ!この羊肉がっ!」

 

 

 

 

 

やはり、この姉はレムさんに比べて圧倒的に口が悪い。こんなんで本当にメイドが務まっているのかよ。

 

 

 

 

 

「ジョジョ。とりあえずこれをあててみてもらえる?」

 

 

「・・・って、これ明らかにデカイだろ」

 

 

「バカね。これを来た状態で裾や袖の長さを合わせるの。そしたら後はレムがジョジョの体に合わせて仕立て直してくれるわ」

 

 

「グレート。流石、パーフェクトレムさんだぜ。裁縫スキルにおいても超一流ってことかよ。毎度のことながらレムさんにはお世話になりっぱなしだよな」

 

 

「?・・・何のことかよくわかりませんが。肩回りと腰回りは問題ないようですので裾上げと袖合わせするだけで済みそうですね」

 

「それが終わったら早速ラムの仕事を手伝ってもらうわ。まず、屋敷のお庭のお掃除と食事の準備を手伝って、その後、銀食器を研き、寝台の布団干し洗濯と浴室の掃除、月に一度の屋敷の壁や外柵の点検、それが終わったら夕飯の準備もあるから。夜になったらジョジョには必要最低限の一般教養を身に付けてもらうわ――――――サル並みに物覚えの悪いジョジョに現実逃避する余裕なんてないわ」

 

 

「・・・オーノーだズラ。俺もうダメズラ・・・こりゃあ就職先間違えたかな」

 

 

 

 

 

予想はしていたけどよ。やはりこのロズワール邸の使用人の仕事は労働基準法を無視した激務になりそうだ――――――グレート・・・働きたくないでござる。

 

 

 

 

 

―――仕事その1『料理』。

 

 

 

 

 

「アキラ君。ソルテをとってもらえますか?」

 

 

「あいよ。ソルテってのは・・・これか?」

 

 

「そっちはシュガーよ。ソルテはこっち。ジョジョは調味料の知識もないのね。そんな調子じゃあ厨房は任せられないわ」

 

 

「・・・見かけよくにてると思ったら“塩”と“砂糖”なんだな、これ。あと誤解されないように言っておくとだぜ。調味料の知識はあるが、俺の国と呼び方が微妙に違うだけで扱っている調味料は基本同じだよ」

 

 

「強がりはいいから早くそこにあるカロットの皮剥きをしてちょうだい《ショリショリ》」

 

 

「か・・・カカ□ットーーーーーッッ!?」

 

 

「「・・・・・・。」」

 

 

「ツッコミなしッスか・・・やれやれ、大人から子供まで知ってる戦闘民族の名前も知らねえのかよ。鳥山先生が泣いてるぞ、チクショウ《ショリショリショリショリ》」

 

 

「随分と慣れた手つきね、ジョジョ。包丁使いだけなら及第点よ。でも、ラムの速さには追い付けないようね《ショリショリショリショリ》」

 

「流石、姉様は野菜の皮向きをする姿だけでも絵になります」

 

 

「グレート・・・美少女はこういう時特だよな。野郎が同じ作業をしていてもそんな暖かいコメントは望めないってのによ」

 

 

「そう。悲観することはないわ。ラムとジョジョとでは使用人としての格が違いすぎるだけよ―――あなたはこのラムにとってのモンキーなのよ、ジョジョ」

 

 

「聞き飽きたわ!その台詞っ!」

 

 

「―――何を隠そう。ラムの得意料理は『ふかし芋』よ《ドヤァ》」

 

 

「ドヤ顔してんじゃねえよ!調理行程一つしかねえだろ!」

 

 

「―――流石、姉様。レムには到底真似できそうもありません」

 

 

「あんたが今作ってる『アリゴ』の方が遥かに格上でしょうがっ!!」

 

 

 

 

 

―――仕事その2『掃除』

 

 

 

 

 

「やれやれ、この屋敷は小物が多すぎらぁ。これじゃあ細かいところの掃除が大変なんだぜ。物はなるべく少なくしておくのが部屋を綺麗に保つ秘訣なんだぜ」

 

 

「ロズワール様の品位を保つために必要最低限の装飾品だけを取り揃えております。ある程度、古くなったものは適時王都で新しく買ったものと交換してます」

 

 

「うげぇ・・・マジかよ。そこまでして見栄を張りたいかねぇ・・・貴族様の考えることは理解できないぜ」

 

 

「アキラ君は典型的な庶民ですから、物を少なくして効率的に家事を行うという考えも悪くないと思います。レムはその考えを否定しません」

 

 

「わかっちゃあいるけどよ。さらっと貧乏人扱いされたみたいで心底悲しいよ・・・――――――ん?レムさん、あそこの壁にかかっている絵・・・額縁が壊れてねえッスか」

 

 

「本当ですね。一昨日、レムが掃除したときは異常なかったはずですが」

 

 

「・・・ちなみに昨日、掃除したのは?」

 

 

「・・・この絵も古くなってきましたし、そろそろ新しいものと取り替えなくてはなりませんね」

 

 

「ヲイ・・・さらっと姉様の犯行を隠蔽しようとしてんじゃねえッスよ。もしかしてさっきの『品位を保つために新しいものと買い換える』って話も姉様の犯行を誤魔化すためのおためごかしじゃあなかろうな!?―――スッゲーな、あんたっ!恐いものナシだな!ちったぁ自分の立場とか考えろよっ!」

 

 

「この絵は下げておきましょう。ここに飾るものについては後日新しいものを購入します」

 

 

「グレート・・・この姉妹、やっぱ腹の中が真っ黒だぜ――――――仕方がねえ。とりあえず、今日のところは“コイツ”を代わりに・・・かけておくとしよう」

 

 

 

ゴトッ おぉお~ん…

 

 

 

「・・・何ですか、これは?」

 

 

「見りゃあわかるでしょ?―――『石仮面』ッスよ。この屋敷の雰囲気に合ってるでしょ。この仮面が世代を越えた因縁の戦いの引き金を――――――」

 

 

 

バキャャァアアッッ!!

 

 

 

「OH MY GOooOooDっ!?いきなり、何をするんですか、レムさんっ!?」

 

 

「すいません。この仮面からあまりに禍々しい不吉な予感がしたものですから・・・つい、うっかり」

 

 

「『うっかり』じゃねえだろっ!『うっかり』はあんたの姉様だろっ!」

 

 

 

 

 

―――仕事その3『洗濯』

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・わかっちゃあいたことだけどよ。この世界に・・・この時代に洗濯機なんてないんだよな。まさか洗濯板で手洗いをさせられるとは」

 

 

「早くしなさい、ジョジョ。このままだと洗濯物を干すことが出来なくなるわ」

 

 

「グレート・・・洗濯がこんな体力仕事だとは思わなかったぜ」

 

 

「根性がたりないわよ、ジョジョ。ただでさえ無能なんだから体力仕事くらい張り切って馬車馬となって働きなさい」

 

 

「馬車馬になれって何だよ!?丁稚奉公を強要するにしても馬車馬になれはないだろ!・・・つーか、この有り余る洗濯物の量は何よ?この屋敷には俺含め6人+一匹しか住んでないはずだろ。実は他に幽霊でも住んでるってか?アダムスファミリーと同居なんて考えただけでもゾッとするぜ」

 

 

「無駄口を叩く暇があるなら手をもっと早く動かしなさい。ジョジョの仕事が遅いとラムとレムが迷惑するのよ」

 

 

「迷惑するのはレムさんだけだろっ!今日見ていた限り、お前、実は大して仕事してないだろっ!」

 

 

「ラムは今日、ジョジョの教育係という大変な仕事を引き受けているのよ。ジョジョの成長があまりに間抜けだとラムが迷惑して引いてはレムが迷惑するのよ」

 

 

「お前もレムさんに迷惑かけてる一員だと自覚して頂戴ねぇーっ!!・・・ったく、こういう時こそお前の魔法の出番じゃあねえのかよ」

 

 

「よく知ってるわね。ラムが魔法を使えるなんてこと」

 

 

「っ・・・ああ。ロズワールのメイドさんだから魔法の心得ぐらいあるだろうと勝手に当たりをつけたが・・・まさか本当だったとはな」

 

 

「そうね。でも、ラムの貴重な魔力をこんなことで使うわけにはいかないのよ。ジョジョのようなマダオのために消費する魔力ほど無駄なものはないわ」

 

 

「マダオって呼ぶんじゃねえよっ!お前のようなうっかりメイドにいたいけな新入りをマダオ呼ばわりする権利がどこにあるってんだ、テメエ!?」

 

 

「無駄口を叩くのはそれくらいにしなさい。今のジョジョはラムの下僕なんだからラムの言うことには絶対服従よ」

 

 

「誰が下僕だ・・・チクショーっ――――・・・ハンッ、“先輩”こそちったぁ新入りを手伝ったらどうだい。その胸に装備した自前の『洗濯板』はそのためにあるんじゃあないですかね?」

 

 

 

ヒュカォォオオオオ―――――――ッッ!!

 

 

 

「ワムゥゥウウううっ!?」

 

 

「―――次に無駄口を叩いたら首を跳ねるわよ」

 

 

「テメエ・・・ため無しで魔法ぶっぱしやがったな」

 

 

 

 

 

―――仕事その4『庭の剪定』

 

 

 

 

 

チョキチョキッ バチンッ バチンッ

 

 

「フゥーーー・・・グレート。これだけある庭木の手入れをいつも二人だけでやっているのかよ?」

 

「ええ、そうよ。流石に毎日とまでは言わないけど小まめに手入れをしておかないとこういうのはどんどん伸びてしまうものよ」

 

「人間の髪の毛と同じかよ《チョキチョキ、チョキチョキ》壊すのとなおすのは簡単なのにな。手入れってなると面倒くせぇったらねえぜ」

 

「『なおす』のが・・・簡単?」

 

「まあ、必要になったら見せることもあるだろうさ。もっとも・・・そんな機会訪れない方がいいんだけどな」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ところでレムさんや。そんなところで遠巻きに眺めて何をしていらっしゃるんでせう?」

 

「ジョジョの拙い手つきで庭木をズタズタにしないか気が気じゃないんでしょう。そうするとレムが後始末をしなくてはならなくなるから」

 

「それはお前だろ。さっきからお前が刈った木がことごとく虎刈りになってるじゃあねえかっ!こんなところで三刀流の技を見せなくていいんだよっ!」

 

「・・・だったら、きっとジョジョの髪が気になっているのね。品のないボサボサの頭が目につくんでしょう―――そうよね、レム」

 

 

「・・・はい。姉様」

 

 

「―――だったら、レムがジョジョの髪を整えてあげなさい。悦びなさい、ジョジョ。レムの腕前はロズワール様のお墨付きよ。レムの手さばきでジョジョも天国へ連れてってくれるわ」

 

「『喜ぶ』って漢字間違ってねえか!?なんか俺がレムさんにいやらしいことを強要してるみたいになってんゾ!」

 

 

 

 

 

・・・屋敷の仕事は一度取りかかってみるとあまりにも幅広く。やってもやってもキリがない。こうして俺はろくな休憩時間もとれぬままほぼ一日ぶっ通しで働きづめとなった。

 

 

―――だが、残念ながらこれで終わりじゃねえ。

 

 

俺は何も使用人になるためにここに来たわけじゃあねえんだ。俺はエミリアに降りかかる運命を変えなくてはならない。重要なのはむしろここからだ。

 

 

 

 

 

「グレート・・・何だかんだ夜になっちまった。エミリアはどこだ?」

 

 

「―――エミリア様のことをお探しかぁ~~ね?」

 

 

「おおっ!?ビックリした・・・お前、いきなり現れんなよ」

 

 

 

 

 

いきなり背後から現れたのはいつもの道化衣装に身を包んだロズワールだった。コイツに何かされたわけではないけどよ~・・・なんかコイツに背後に立たれることには恐怖を感じるんだぜぇ。なんつーか、こう・・・性的な意味で?

 

 

 

 

 

「この屋敷はどうだい?少しは慣れてきたのかぁ~な」

 

 

「・・・慣れてきたとはとても言えねえな。一日でヘトヘト。こんなんで明日から大丈夫かよって感じだぜ」

 

 

「君も思ったより一生懸命に働いてくれているようだしね~ぇ。早く慣れてくれることを願うばかりだぁ~よ」

 

 

「見てたのかよっ!?あんた、仕事していた訳じゃあねえのか?」

 

 

「もちろん、それはちゃあ~んとやってるよ。これでも領主様だからね。民の平穏な生活を願ってい~つも必死に励んでるわけだぁ~よ」

 

 

「(・・・ウッソくせぇ)」

 

 

「それよりエミリア様だったね。それなら今ちょうど中庭の方にいるよ」

 

「この時間に・・・中庭?」

 

「なぁに、彼女のちょっとした日課さ―――行ってみればわぁ~かるよ」

 

「あ、ああ・・・どうも」

 

 

 

 

 

それだけ言い残すとロズワールは静かに去っていった。あいつもどこか胡散臭いんだよな~・・・読めねえっつーかよ。腹に一物抱えてそうっていうか――――――まるで俺がいいように『泳がされてる』ような気がする。

 

俺は深く考えるのはやめて中庭の方に出た。夜ということもあって外は真っ暗だ。んだが、その中でひときわ光っている場所があった。

 

 

 

 

 

「もしかして、あの光ってるところがそうか・・・エミリアー?」

 

 

「―――……―――………」

 

 

「誰かと話してやがんのか」

 

 

 

 

エミリアは光と蛍のような謎の光球に包まれながら目を閉じて口をパクパクさせていた。アレは間違いなく誰かと話しているような雰囲気だ。

 

しばらく様子を見ているとエミリアの周囲から光が消えて蛍のような光球も霧散した。

 

 

 

 

フッ パキュゥゥゥン…

 

 

「―――アキラ?・・・どうしたの、こんな時間に」

 

「あ、ああ、悪い。邪魔したか?」

 

「ううん。そんなことない・・・そんなことないよっ」

 

「お・・・おう」

 

 

 

 

 

ヤベエ・・・なんかエミリアの笑顔が眩しい。まるでクリスマスにサンタさんを間近で見たチビッ子のような耀かしい笑顔だぜ。

 

 

 

 

 

「ずいぶん、ご機嫌じゃねえか。何かいいことでもあったか?」

 

「うん。さっき微精霊と話をしていたんだけど・・・それがあんまりにもおかしくて」

 

「何だよ、それ・・・精霊様ってのはすべらない話まで出来るのか。だったら俺も是非精霊と契約を結んでみたいもんだぜ」

 

「今日のアキラの仕事ぶりを見てみんな大笑いしていたそうよ。ラムもレムも今まで見せたことのないような顔をしていたっていうから・・・あのラムが魔法を放ちながら、おっかけっこしてたなんて本当に信じられなくて―――ぷふっ!」

 

「ヲイ、コラ!精霊ども!何、人の姿を見て笑い者にしくさってんだ、コルァ!?俺があいつのパワハラにどんだけ必死で耐えていたと思ってんだ、オラァア!」

 

 

 

 

 

 

といっても俺は精霊の姿を見ることも声を聞くことも出来ないので辺りには虚しく俺の怒声が木霊するだけであった。

 

 

 

 

 

「でも、不思議ね。アキラってば、あの気むずかしいラムとレムともうあんなに仲良くなっているんだもん」

 

「グレート・・・アレを気むずかしいで片付けるのかよ。レムさんはともかくラムはただの毒舌メイドだぜ」

 

「でも、二人ともとってもいい子よ。アキラも本当は楽しかったでしょ・・・あの二人といるの」

 

「さあな・・・そこんとこだが俺にもようわからん」

 

 

 

 

 

レムさんはガチRESPECTだし。ラムのことも別に嫌いではないが、俺とあいつは会うたびについついお互いに喧嘩腰になってしまう―――――ウマが合わないってことなんかな。

 

 

 

 

 

「なあ、エミリアよぉ~。お前に言っておかなけりゃあならねえことがあったんだぜ」

 

「言わなくちゃならないこと?」

 

「以前の腸狩りのことでも学んだとは思うがよぉ。お前はまだまだ狙われてる可能性があるんだぜ。だから、しばらくの間はなるべく屋敷から出ないようにしていた方がいいんだぜ」

 

「心配してくれてるんだ」

 

「・・・まあな。お前は少し目を離すとフラフラ~っと村に遊びに行きかねんからな」

 

「わたし、そんな子供じゃないわよ。それに村なんか・・・わたし一人じゃあ絶対に行けないわ」

 

「え?・・・お、おう」

 

 

 

 

 

急にエミリアの顔が沈んだものとなった。何かおかしなことを言っちまったか?いや、でも・・・前回までのループだと必ずエミリアはアーラム村に遊びに来ていたけどな。

 

 

 

 

 

「そうだ。アキラの方こそもういい加減決まった?」

 

「決まったって何が?」

 

「お礼よ。お礼!わたしの命を救ってくれたことに対するお礼がまだ終わってないわ」

 

「グレート・・・お前、まだそれ引っ張ってんのかよ」

 

「当たり前です。アキラはすぐにはぐらかそうとするんだから」

 

 

 

 

 

『もう十分だ。要らない』っつってもコイツは聞きやしねえ。かといって俺も別にやってほしいことなんかないしな。

 

 

 

 

 

「やれやれ、今度までには何か適当に考えておくぜ。そうでもしねえとお前が満足しねえみたいだからよぉ――――あっ、でも・・・そうだな」

 

「なに?何か思い付いたの?」

 

「いや、お前が将来、王となったときにお返しをもらった方が何かとグレートな報酬がもらえそうだと思ってよ。つーわけで、ここはよぉ~・・・“出世払い”で返すってことにしてもらえねえか

 

 

 

――――――“エミリア皇女”」

 

 

 

「っ・・・も、もう・・・アキラってば気が早いんだから。それにそれを言うなら『女王』でしょ」

 

「いいじゃねえか。女王よりも皇女の方が響きが可愛いじゃねえか」

 

 

 

 

 

この約束が果たされるかどうか・・・それはわからねえが、今は目の前のコイツを護ってやらねえとな。

 

 

 

 

 

 





リゼロは未だに謎や伏線の多いストーリーですね。原作者様の頭の中で展開されている世界観は改めてすごいなと思います。

この作品も早くレムさんがヒロインになれるように頑張りたいっ!


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第20話:非業な現実:真の後悔

投票してくださった方ありがとうございます!お気に入りに追加してくださった方ありがとうございます!いつも、読んでいただいている方々にはつくづく感謝の言葉もありません。

予定していたよりも遅れてしまいましたが、ここからが二章の盛り上がりどころとなってきます。

果たして、菜月昴ではない『主人公』がこの先どのように行動していくのか。



 

 

―――ロズワール邸にて働き始めて二日目の朝。

 

 

 

 

 

「《ガチャッ》ういーっす、WAWAWA忘れ物~」

 

 

「っ・・・当たり前のように扉渡りを破ってくるようになってきやがったかしら《スッ》」

 

 

 

 

俺は軽快にベア様(←『ベアード様』は却下された)のいる禁書庫の扉を開けると中にいたベア様が不機嫌そうに俺を追い出そうと手を翳してきた。

 

 

 

 

「わぁーーーっ、待て待て待てっ、待ってくれ!今朝の朝飯で渡し忘れたデザートがあったんだってば!それを渡しに来ただけだって」

 

 

「必要ないかしら。ベティはもうお腹一杯なのよ」

 

 

「そんなこと言うなって。甘いものは別腹って言うじゃねえか。それに・・・ほら、アレだよ!手当てをしてくれたお礼ってことでよ。食ってくれよ、ベア様」

 

 

「むぅ!・・・いい加減、その不愉快な呼び方をやめるかしら」

 

 

「どう呼んだって同じように拒否するんだろうがよ。なら仕方ねーじゃん―――それにだ。本を読むときや勉強するときってーのは甘いものが必要だろ《コトッ》」

 

 

 

 

 

俺は差し入れで持ってきたデザートをそっとベア様の前のテーブルに添えた。ベア様はそれを怪訝な表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

「何かしら、これ?・・・あのメイドが作ったものじゃないのよ」

 

「『プリン』だよ。俺の国で有名なデザートだぜ。しかも、焼いたリンガを豪華にトッピングしたんだ。『仁』って漫画を読んで作り方を覚えたんだぜ」

 

「《ぺらっ》―――ふんっ」

 

「味のことは心配すんなよ!今朝、ちゃんとみんなで味見してロズワールやエミリアも美味しいって好評を得てきたからさ」

 

「『毒味』の間違いじゃあないかしら?ベティはそんなもの興味ないのよ」

 

 

 

 

 

ベア様は興味なさそうにしてるけど。本に落とした目線が微かにチラチラとテーブルの上にあるプリンに向いてる。やっぱり、精霊だろうと何だろうと女の子である以上甘味の魅力には逆らえないんだぜ。

 

 

 

 

 

「なあ、ベア様ってよぉ・・・いつからここに住んでるんだ?」

 

 

「それを聞いたところでお前に何の関係があるのかしら。どうせお前の尺度で計れることじゃあないのよ」

 

 

「・・・確かにな。けど、ずっとここに閉じ籠ってばかりで外にもあんまり出ないんじゃあ退屈だろうと思ってよ。ちょびっと刺激が欲しいんじゃあねえかと思ってよ」

 

 

「余計なお世話なのよ。何でベティがお前なんかにそんな心配されなきゃならないかしら。だいたい、ベティは忙しいから・・・お前みたいなやつから余計な騒動を持ち込まれると迷惑かしら」

 

 

「・・・俺も人様に迷惑かけてぇわけじゃあねえよ。ただよ~、どうしても俺一人だとどうにもならねえことが多すぎてよぉ~。今もこうしてここを訪ねてきたって訳だ」

 

 

「―――やっと本題に入る気になったのかしら」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

ベア様は眉間にシワを寄せて頬杖をついて不機嫌そうにこちらを睨んでいた。

 

 

 

 

 

「何かベティに言いたいことがあってこの部屋に来たくせに・・・なかなか言い出そうとしないものだから、これ以上口ごもるようだったら吹き飛ばしてやるところだったかしら」

 

 

「あっちゃ~・・・バレてたッスか」

 

 

「お前の浅はかな考えなどお見通しなのよ。こんなものでベティのご機嫌を取りに来た時点で怪しいったらないかしら」

 

 

「やっぱり、ただ者じゃねえな・・・ベア様はよ。俺はそんなに読みやすいかね」

 

 

 

 

 

曲がりなりにも精霊なのだ。俺ごときのちんけな腹芸などお見通しって訳か。そういやぁ・・・パックも『微かだけど心が読める』とか言っていたもんな。

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うとよ。ベア様に頼みてぇことがあるんだぜ」

 

 

「出会ってばかりのベティに頼み事なんて・・・なんて厚かましいヤツなのかしら―――まあ、ベティに敬意を示すお前の態度に免じて話だけは聞いてやるのよ。何か言いたいことがあるなら言ってみるのよ」

 

 

「その前に確認したいんスけど・・・ベア様はこの禁書庫の主だからこの屋敷から離れられない。けどよぉ~、この屋敷にいる限りはかなり高位な魔法が使える―――違うッスか?」

 

 

「・・・あながち頭の出来は悪くないみたいなのよ。お前の言う通りなのよ。ベティは陰魔法を極めているから魔法の腕ならロズワールよりも上なのよ」

 

 

「それが聞きたかった。ちっとばかし協力して欲しいんスよ――――――これから数日以内に屋敷に何か異変が起きたら、この屋敷の人間を守って欲しいんだぜ」

 

 

「随分おかしなことを頼むヤツかしら・・・揉め事を持ち込まれるのはごめんなのよ」

 

 

「俺もこんなこと頼みづらいッスよ。でもよぉ~、何か起こってからじゃあ遅いんだぜ。もし仮に失敗したとしても最悪の事態だけは回避したい・・・腸狩りの時のこともある。次も全員無事で済むとは――――――」

 

 

とんっ…… ドグンッ! バギュォオオオオオンッッ

 

 

「ストレイツォォオオオオオっっ!?」

 

 

 

 

 

いきなり目の前に移動していたベア様から容赦なくマナを吸いとられて思わず膝をついた。

 

 

 

 

 

「な、何をするだぁぁぁあ!?ゆ゛る゛さ゛ん゛っ!!」

 

 

「思い詰めるのも大概にするかしら。お前が何に焦っているかは知らないけど・・・一人で空回りされてもそれこそいい結果にはならないのよ」

 

 

「は?・・・あ、いや、だから―――」

 

 

「ハアーーー・・・頭は悪くないくせになんて視野が狭いヤツかしら――――ベティにとってこの屋敷はなくてはならない場所なのよ。お前に言われずともベティのいるこの屋敷はベティが守るかしら」

 

 

「あっ・・・お、おう!サンキューな、ベア様!マジ助かるぜ。流石、伊達にドリルツンインテールしてねえぜ」

 

 

「意味がわからないのよ―――《スッ》―――んっ」

 

 

 

 

 

ベア様はいきなり意味深に俺に向けて掌を差し向けてきた。

 

 

 

 

 

「―――手を出すかしら」

 

 

「手?・・・マナを吸いとられるのは勘弁。この後も俺仕事があっから」

 

 

「いいから手を出すのよっ」

 

 

「お、おう!?」

 

 

ギュッ

 

 

 

 

 

ベア様は自分の掌と俺の掌を合わせて優しく握り込んだ。その手はあまりにも小さくて、その指はあまりにもか細くて・・・とても精霊とは思えない温もりに満ちた女の子の手だった。

 

 

 

 

 

「――――汝の願いを聞き届ける。『ベアトリス』の名において、契約はここに結ばれる」

 

 

「・・・・・・っ」

 

 

「たとえ“仮”でも契約事は契約事。儀式の則った上で結ばれたそれは絶対なのよ。お前のわけのわからない頼み、聞いてやるかしら」

 

 

「―――グレートだぜ、ベア様」

 

 

 

 

ベア様は最後の最後まで『何でベティが』とか『よりによってこんなヤツと』とか愚痴ってはいたが、俺の約束を契約として受け入れ屋敷の人間を守ってくれることを約束してくれた。

 

―――ラインハルトの時と同じく。俺はここに来てようやく“仲間”が得られたような気がして少しだけほっとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワール邸に来て三日目。

 

 

 

 

 

依然としてロズワール邸での激務は続いていた。因みに今日の俺の仕事は朝食の支度とベッドメイクと玄関ホールの清掃と廊下の窓ふきと食器の手入れ、昼食の準備と食堂の清掃・・・――――――これで・・・やっと半分ってところだよ。(震え声)

 

 

 

 

「つくづくレムさんもラムも大したもんだよな。俺だったらこんな生活続けてたら一ヶ月も持たない自信があるぜ」

 

 

「―――やあやあやあ!張り切ってるねー、アキラ!」

 

 

「おおっ、誰かと思えばパックじゃねえか―――撫でてもいいか?」

 

 

モフモフモフモフ……

 

 

「ンフ~~・・・アキラは本当によく頑張ってるよね。ガラスに突っ込んでズタボロになってたのがつい数日前のことだなんて信じられないよ」

 

 

「まだ・・・頑張らねえとならねえからな。こんなところでへこたれちゃあいられねえよ」

 

 

「アキラ。ちゃんと休んでる?なんか少し疲れてるような感じがするよ」

 

 

「だからこそ、今、お前に癒してもらってる真っ最中だろうがよ。そうだ――――お前に聞きたいことがあったんだけどよ」

 

 

「ん~~、なに?」

 

 

 

 

 

俺はパックを撫で回しながらずっと気になっていた質問を投げ掛けてみた。男の子だったら誰しもが憧れるこの質問だ。

 

 

 

 

 

 

「前々から興味があったんだけど・・・俺にも魔法って使えるのかと思ってよ」

 

 

「それはもちろん使えるよ。マナもゲートも生きとし生ける者全てに備わっているからね」

 

 

「グレート!第一関門はとりあえずクリアだな」

 

 

「アキラは魔法を学びたいの?でも、アキラは既に自分だけのすごい精霊を持ってるじゃないか」

 

 

「だから、アレは精霊じゃねえって・・・アレは『スタンド』って言ってよ。何つーか、俺の精神が具現化した姿で俺の『分身』みてぇなものだ――――――アレだけだと乗り越えられない状況があるかも知れねえからな。自分の使える武器は増やすに越したことぁねえだろ」

 

 

「ふーん・・・なるほどね。とりあえず、まずはアキラの属性を調べてみるよ―――《ぴとっ》」

 

 

 

 

 

パックは長い尻尾を俺の額に当てて俺の魔法の素質を調べ始めた。なんか病院でCTスキャンを受けてるような気分だぜ。

 

 

 

 

 

「“属性”ってのは何があるんだ?」

 

 

「属性には『火』『水』『土』『風』の4つのマナ属性があってどれに適しているかは人それぞれバラバラなんだ。中には複数の素質を持っている子もいるけどね」

 

 

「『う●われるもの』みたいだな。大別して四種類か・・・俺はさしずめ『土』あたりかな・・・なんとなく」

 

 

「はずれー。アキラの属性は『陽』だね」

 

 

「『陽』・・・って、さっきの四種類以外にも他に属性があるのか?」

 

 

「――――パックが言ったのは基本的な4種だけよ。マナは基本となる4属性以外にも『陰』と『陽』って言う二つの属性があるの。この属性を持っている人事態稀なんだけどね」

 

 

「なんだ、エミリア・・・勉強はもういいのかよ?」

 

 

「うん。ちょっと休憩しようと思って」

 

 

 

 

 

俺とパックの会話にいきなり割って入ってきたエミリアは俺の隣に座り込んだ。

 

 

 

 

 

「『陽』って言うのは、いわゆる光属性だよな。どんなことが出来るんだ?波紋を練ったり、かめはめ波打ったり、ペガサス流星拳を使えたりすんのか?」

 

 

「アキラがどんなのを想像してるかわからないけど・・・一般的に『陽』の属性の人は『身体能力』を高めたり『運気を上げたり』ってのが多いかな。上位の術者になると巨大な光弾を打ち出すこともできるって聞くけど」

 

 

「なるほど。基本的には補助に重きを置いてるけど・・・極めれば強力な攻撃魔法も可能ってことか―――コイツはなかなかグレートだぜ」

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドのパワーや能力だけでなく補助魔法が使えるようになれば俺の戦闘の幅も一気に広がる!もしかしたら遠距離攻撃に弱いって弱点を克服できるかも知れねえ!

 

 

 

 

 

「なあ、パック!俺にも出来そうな基本の魔法とか教えてくれよっ。練習を重ねれば才能が開花すっかもしんねえ」

 

 

「ヤル気満々だね。基本から学ぼうとする姿勢から本気度が伝わってくるよ―――勿論、いいよ。簡単な呪文で良ければ僕の補助があればできるはずだからね。陽属性で一番簡単なのだと『カーラ』かな」

 

「確か閃光で相手の視界を封じる呪文よね」

 

 

「目眩ましか・・・まあ、最初はそんなもんだろうな。だが、何れはこれを極めて波紋法や界王拳を使って見せるぜ、俺はっ」

 

 

 

 

 

『ヘイスト』とか『レビデト』みたいな魔法が使えるようになればと思うと一気に夢が広がるぜ。

 

早速、パックを頭に乗せて補助に預かりつつ魔法の実践訓練が始まった。つっても・・・今回、初めて魔法を使うということで乱発は出来ないので『一発』だけとなった。

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、始めるよ。アキラのマナを僕が操ってアキラのゲートから出すから。アキラはイメージしてくれるだけでいいんだ。『カーラ』は激しい光を放つ魔法だからそのイメージでやってごらん」

 

「よしっ!任せろ。必殺技のイメージ映像を投影するのはラノベでさんざん鍛えられたからな」

 

 

「アキラ。無茶しちゃダメよ・・・マナを一気に放出したりすると―――」

 

 

「じゃあ、行くよ~――――『みょんみょんみょんみょんみょんみょん・・・』」

 

「“光”・・・“光”・・・“光”と来たら―――」

 

 

 

 

 

パックのサポートを受けてる恩恵か、俺の中の第六感が働き内側から『力』が外に放出されようとしているのがわかる――――――あとはこれを魔法として外に具現するだけだ。

 

 

 

 

 

「あ、あれ・・・アキラ、ちょっと待って。僕の操作を離れて物凄いマナが・・・」

 

「―――『太ぃ・陽ぉ・拳ん』ーーーーーっっ!!!!」 

 

 

バキュウッッ… ビカァアアアアアアッッ!!!!

 

 

 

 

 

魔法を放った瞬間に全身から急速に力が抜けていくのを実感し俺は確信した――――――俺に魔法使いの適正はないのだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワール邸にて働き始めて四日目。

 

 

 

 

 

「ゼェーーー・・・ゼェーーー・・・チキショウ・・・か、体が重い。気を抜くと今にも眠っちまいそうだ」

 

 

 

 

 

猫神パックの魔法講座を受けた俺はたった一発の太陽拳でごっそり体力を持っていかれる羽目になった。『太陽拳』だぞ、『太陽拳』!『界王拳』じゃあねえのにだぞ!

 

結論から言うと俺は魔力コントロールが下手くそすぎて『太陽拳』は打てて一発・二発が限界らしい。今日もこりずに一発だけ試し打ちしてみたが、ご覧の有り様だ。

 

――― 一発打つだけでこの有り様じゃあ自主トレすらままならねえぞ、チクショウ!

 

 

 

 

 

シャーコ シャーコ シャーコ

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・風呂場無駄に広すぎるだろ。疲れているから余計に広く感じる」

 

 

「―――アキラ君。大丈夫ですか?」

 

 

「コォオオオオー・・・コォオオオオー・・・何を言ってんスか、レムさん。これは波紋法の修行ですよ。1秒間に10回の呼吸を行うって言うアレですよ」

 

 

「・・・死にますよ」

 

 

「やめて!その養豚場のブタでもみるかのように冷たい目はやめて!」

 

 

 

 

 

レムさんは『なんて馬鹿なことをしてるのかしら。この男は』という目を向けてきた。何気に今までで一番傷ついたかもしんない。

 

 

 

 

 

「エミリア様からアキラ君が懲りずに魔法を行使してマナ切れを起こしてると聞いて様子を見に来たのですが・・・やはりアキラ君に今日の仕事は無理そうですね」

 

「待て待て待て!仕事始めて三日目でボイコットとか冗談じゃあないぜ!」

 

「ですが、屋敷の仕事に支障が出ています。予定していた時刻よりも大分遅れています」

 

「マジッスか・・・」

 

「ここはレムも手伝います。二人でやれば早く終わることでしょう」

 

「レムさん。仕事の方は大丈夫なんスか?」

 

「アキラ君が足を引っ張ることを予想して急いで終わらせて来ました」

 

「正直、スマンカッタ」

 

 

 

 

 

ノロノロと亀のように鈍重な俺とテキパキと魔法でも使ってるかのように浴場を綺麗に塗り替えていくレムさん―――何ということだ、今の俺はラムより役立たずじゃあねえか。

 

 

 

 

 

シャーコ シャーコ シャーコ

 

 

「そういやぁ・・・ラムはどこ行ったんスか?こんなズタボロの俺を見つけたらあいつここぞとばかりにいじりに来るところなのに」

 

「姉様は、近くの村に買い出しに出てもらっています。屋敷で使う調味料等が少なくなってきましたので」

 

「それって・・・もしかして俺が勝手にデザート作ったりしてたからッスか?」

 

「いいえ。アキラ君が使ったのはほんの微々たるものです。もともと買い出しは月に一度か二度定期的に行かなくてはなりません」

 

「そうッスか・・・何にせよ、助かった。あいつにこんなところ見られたら何言われるかわかったもんじゃねえからな」

 

 

 

 

 

あいつは弱味を見せたら露骨につけこんでくるからな。これからは魔法の練習ももうちっと慎重にやらねえとなんねえ。

 

 

 

 

 

「アキラ君はどうしてそこまで魔法の練習に打ち込んでいるんですか?レムから見てもアキラ君には魔法の才能が絶望的に欠けてると思うんですけど。レムは無駄な努力で自分を追い込むのはやめた方がいいと思います」

 

「ちょっとくらい夢を見させてくださいよっ!そんな無情な癌宣告みたいなの要らないから!――――・・・単純に魔法に憧れてるだけッスよ。男の子ってのはそういう必殺技みてぇなのを一度はやってみたいと思っているんスよ」

 

「・・・それはそこまで無理をしてまでやるべきことなのでしょうか。レムにはわかりかねます」

 

「意地があるんスよ。男の子にはな」

 

 

 

 

 

レムさんは仕事中に魔法の練習をしていたことを責めるでもなく黙々と俺の浴場清掃を手伝ってくれた。レムさんは不言実行するタイプなんかな。

 

 

 

 

 

「俺もラムみたいに攻撃魔法をバンバン撃てたらいいのにな。今の俺は一日一発が限度だしな」

 

「姉様は素敵でしょう。姉様の魔法は美しくて見てるだけで時間を忘れてしまいます」

 

「・・・魔法で攻撃されてる俺の存在も忘れてるよね、それ」

 

「姉様はだらしがないアキラ君に渇を入れるために魔法を行使しているんですよ。後輩を見捨てない優しさも姉様の魅力です」

 

「優しさ・・・ねぇ~。あいつが優しいかどうかはともかく。俺に対してだけは優しくないような」

 

「姉様はアキラ君が姉様に甘えたりしないようにわざと厳しく振る舞っているんですよ。アキラ君の成長を陰ながら見守っているんです」

 

「そんな美しい話だっけ、これ?」

 

 

 

 

 

目をキラキラと輝かせてラムの魅力を熱く語るレムさんには何を言ったところで通じまい――――――でもまあ・・・姉様のことでこうして目を輝かせているレムさんを見てるとそれだけでこっちも嬉しくなってくるぜ。

 

 

やれやれ・・・姉様LOVEなレムさんに免じて今度からラムにはもう少し優しくしてみっか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。

 

 

 

 

 

「―――スヤァ~・・・くかぁ~♪」

 

 

「人が勉強してる横で寝てんじゃねえぞ、このポンコツ家庭教師がっ!」

 

 

 

 

 

夜、俺の部屋で読み書きを教えるとか豪語していたレムさんが敬愛するこのうる星羊肉はこともあろうに勉強している俺を差し置いてグースカ寝ていやがった。

 

―――そもそもこの勉強会にしたってラムが言い出したくせによぉ~・・・

 

 

 

 

 

『―――ハ?・・・何だって?』

 

『文字の読み書きを教えてあげるから、早く座りなさいって言ってるでしょう。モンキーだから聞こえなかったのかしら』

 

『聞こえてるよっ!そうじゃなくて・・・どういう風の吹きまわしだ?親切とは程遠いお前が俺に文字を教えてくれるだなんて』

 

『ジョジョが読み書きができないことは今までの働きを見ていてわかったわ。だから、それを教える。読み書きができなければ買い物のメモもできないし、用件の書き置きもできない』

 

『グレート・・・痛いところを突いて来やがるぜ』

 

『まずは簡単な童話集、子ども向けから始めるわ。これからは毎晩、ラムが勉強させてあげるからそのつもりでいなさい』

 

『オー!ノーッ!俺の嫌いな言葉は一番が『努力』で二番目が『ガンバル』なんだぜーッ!』

 

 

 

 

 

確かに過去のループでも俺が読み書きできないことが仇になってひどい目に遭ったこともあるが。だからといって、まさかラムの方から進言してくるとは正直意外だった。

 

 

 

 

 

「―――ジョジョは思ったよりも飲み込みが早いわ・・・イ文字は大分覚えてきたみたいね。これならロ文字とハ文字もすぐ覚えられるわ」

 

「前に誰かさんのせいで酷い目に遭ったからな。俺が文字を読めないのをいいことに不名誉な名前をつけられた」

 

「随分、酷い人がいたのね」

 

「(お前のことだよっ!)」

 

 

 

 

 

英語も得意じゃねえ俺がまさか異世界語を勉強する日が来ようとはな。アルベド語とグロンギ語なら喋れるのにな――――それとオンドゥル語。

 

 

 

 

 

「しかし、あの時は呆気にとられたけどよ・・・よく俺にこんなお節介を焼く気になったよな」

 

「決まっているわ。ラムが・・・――――――楽をするためよ」

 

「何も期待してなかったけど・・・本当にそれ以外の理由がないんだな」

 

「ジョジョのやれることが増えれば、それだけラムの仕事が減る。ラムの仕事が減れば、必然的にレムの仕事も減る。いい事尽くめよ」

 

「winwinなのはお前らだけだよな、それっ!」

 

 

 

 

 

やれやれ・・・ラムはこういうヤツだから怒っても仕方ねえか。今はありがたくこのひねた家庭教師の世話になろう。理由はどうあれコイツには色々と助けてもらったし・・・はず・・・たぶん・・・may be・・・

 

 

 

 

 

「勉強時間は・・・冥日一時までが限度ね。明日もあるし。ラムも眠いし」

 

「つくづく本音が隠せないやつだな。まあ、そういうところが逆に好感を持てるぜ」

 

「ラムもラムの素直なところは美点だと思っているわ」

 

「(グレート・・・本当に憎めないヤツだぜ)」

 

 

 

 

 

何だかんだでラムとはいがみ合ってばかりだけどこういう明け透けな物言いを見てると怒りすらわいてこない。いっそ清々しい――――――結局、可愛い女の子ってだけで大抵のことは許せちまう。『ただイケ』と同じ理屈だぜ。

 

 

 

 

 

「まあ、なんだな・・・一応、礼は言っておくぜ。何だかんだ突然転がり込んできた俺のことを面倒見てくれてるしな。いろいろお互いにムカつくことも多いがよぉ・・・今度、お前にはまた俺特性のデザートを――――――ん?」

 

 

「―――スヤァ~・・・♪」

 

 

「~~~~ったく!やれやれだぜ・・・急に静かになったと思ったら」

 

 

 

 

 

さっき叩き起こしたってのにまた懲りずに俺のベッドで勝手に居眠りを始めやがった。

 

―――『こ・・・この女・・・横で俺が頑張ってるって言うのに罪悪感もねえのか』と怒って以前のオレなら女だろうが容赦なく襲いかかっただろうが。

 

ここ数日で屋敷の業務が如何に激務であるかは理解したし、レムさんもこんなラムが大好きなんだろう。しょうがねえから今はゆっくり寝かせてやろう。

 

 

 

 

 

「く~・・・スヤァ~」

 

 

「にしてもよぉ~、仮にも男の部屋でこんな無防備に寝るか、普通?・・・信頼されているのか、試されてるのか、或いは男として見られてないのか」

 

 

 

 

 

どう考えても『男として見られていない』だな。うん。コイツが俺の恋愛攻略対象になるはずもないしな。その逆もまた然りだぜ。

 

 

 

 

 

「《バサッ》―――文字の練習も終わったし・・・俺もいい加減寝たいんだけどな。はてさてどうしたものか」

 

 

 

コンコンッ

 

 

 

「・・・はい?」

 

 

『―――アキラ君。姉様はそちらにいらっしゃいますか?』

 

 

「おおっ!ナイスなタイミング!レムさん、おたくの姉様ならここにいるッスよ。引き取りお願いしやす!」

 

 

『何か引っ掛かる物言いですが・・・失礼します―――《ガチャッ》』

 

 

 

ゾワッ

 

 

 

「―――・・・っ!?」

 

 

 

 

 

今、レムさんが扉を開ける一瞬・・・何故だか背筋が凍りつくような気配を感じた。この気配・・・前にも感じたことがある。これは―――『腸狩り』と相対したときと同じ?

 

俺は無意識に組んでいた足を崩してより動きやすい体勢をとった。

 

―――だが、扉の隙間から姿を現したのは『いつも通りのレムさん』だった。

 

 

 

 

 

「・・・アキラ君?」

 

 

「っ―――・・・あっ、いや、何でもねえッスよ」

 

 

 

 

 

全身から冷や汗が吹き出してきやがった――――気のせいだったのか?てっきり、この屋敷に侵入した敵が姿を現したのかと身構えてしまったが・・・でも、確かに俺は感じた。ほんの一瞬だが・・・あのおぞましい感覚は“本物”だった。

 

 

 

 

 

「姉様は寝てらっしゃるんですか?」

 

 

「ああ。今日一日仕事で疲れてたみたいで・・・このまま寝室まで運んでやってくれねえッスか?いくら力仕事とはいえ俺がやるわけにはいかないんで」

 

 

「わかりました。確かに寝ている姉様の寝顔をアキラ君になめ回すように見られていたと知れたら姉様は明日にでも自殺しかねません」

 

 

「どんだけ嫌われてんだよ、それっ!?つーか、寝顔が見られたくなかったら居眠りなんかすんじゃねーよ!」

 

 

 

 

 

これもレムさんなりのジョークだと思いたい。だけど、この姉妹はどこまで本気なのか判断に悩むところがあるんだぜ。

 

 

 

 

 

「では、姉様はこのまま連れて帰ります。アキラ君も明日のお仕事に備えて今日は早めに寝てください」

 

 

「おう!明日もよろしく頼むッスよ。先輩っ」

 

 

「・・・アキラ君」

 

 

「何スか?」

 

 

「姉様は・・・アキラ君に何か言っていましたか?」

 

 

 

 

 

聞くからに含みを持たせた質問が来たな。もしかしたらレムさんは俺とラムが夜二人っきりってことが気が気でなかったのかも知れねえな。

 

 

 

 

 

「いや、何もねえッスよ。つーか、俺とラムは顔を合わせる度に喧嘩ばかりなんで・・・コイツから浴びせられる言葉は罵詈雑言ぐらいなもんだぜ」

 

 

「・・・そうですか」

 

 

「まあ、ラムは俺に対してだけはいつもそんな感じッスよ。個人的にはもうちっとだけ優しさが欲しいところだけどな」

 

 

 

 

「っ――――――姉様は・・・優しすぎます」

 

 

 

 

「・・・え?」

 

 

「何でもありません。失礼しました」

 

 

 

 

 

レムさんは謎の言葉だけを残して足早にその場を去っていった―――今の言葉はなんだ?いつもの目を輝かせて姉様を持ち上げていたときとは根本的に違う・・・絞り出すかのような悲痛な声だった。

 

俺はレムさんのあの悲壮感すら感じるあの雰囲気が気になりこそしたが、すぐに頭の隅に追いやり・・・部屋の明かりを消した。

 

 

 

 

 

「――――さて・・・果たしてバイツァダストが作動するのが先か。敵が姿を見せるのが先か」

 

 

 

 

 

今までのループとは違い。俺が屋敷で過ごすことで間違いなく運命の分岐は起こったはずだ―――となれば今夜何かが起きるはずだ。この屋敷を襲う何かしらの驚異が動き出す。

 

ベア様には屋敷への侵入者は俺に通報してもらえるよう伝えてある。それに加えて強力な魔法も使えるベア様だ。大概のことで負けたりはしないだろう。

 

 

 

 

 

「―――魔法を完全に体得できなかったのは心残りだが・・・体力はそこそこ回復している。十分だ」

 

 

 

 

 

どんな敵が来ても俺のクレイジーダイヤモンドでぶちのめす。

 

この屋敷に来てから俺は『能力を一切使わないようにしていた』。どこで見てるかもわからない敵に手の内を晒さないためだ。

 

 

―――全てはこの4日目の夜を乗り越えるために!

 

 

 

 

 

「(どこから来る?・・・この屋敷の間取りはおおよそ抑えてある。ベア様の協力もあって侵入経路は全て封じたも同然―――この状態でエミリアを狙うのは不可能だ)」

 

 

 

 

 

俺は壁に背中を預けて腰を下ろし、この屋敷に起こるであろう異変をじっと待った。

 

 

 

だが、それは30分経っても・・・

 

 

 

一時間経っても・・・

 

 

 

二時間経っても・・・

 

 

 

――――――起こることはなかった。

 

 

 

何故なら、異変は俺の知らない水面下で・・・俺の全く予期せぬ場所で・・・予期せぬ形で・・・予期せぬ標的《少女》に迫っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

チュンチュン…… チュンチュン…

 

 

「―――・・・ハッ!《ガバッ!》」

 

 

 

 

―――朝の小鳥のさえずりが微かに耳に届き、俺は慌てて目を覚ました。

 

 

しまった!屋敷の仕事の疲れが一気に来て途中で寝ちまっていたっ・・・クソッ!肝心なときに寝過ごすとか間抜けか、俺はぁ!?

 

 

 

 

 

「部屋は・・・『スタート地点』じゃない。使用人になって割り当てられた部屋のままだっ!――――――バイツァダストは・・・『作動していない』っ!」

 

 

 

 

 

つまり、この『負の運命』は未だに継続中ということだ。最悪の事態が起きる前に急いでエミリアのもとに向かわねえと―――っ!

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「・・・え!?」

 

 

 

 

 

俺が部屋を飛び出そうと手を伸ばした瞬間、目の前で扉が開いた。朝日の逆光を浴びて姿を現したのはあまりにも小柄で俺の身長の半分ほどしかない少女の人影。

 

 

 

 

 

「ベア・・・トリス?」

 

 

「―――お前に見せなくてはならないものがあるのよ」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

冷たい言葉だった。冷酷と言う意味ではない。感情を一切発することが出来なくなった無感情さから来る冷たい言葉だった――――――俺はこの瞬間、理解した。

 

 

俺は自分で利口ぶっているという最低の間抜けだった。

 

 

だが、真の『後悔』はこの後やってきたんだ。

 

 

俺はこの後、自分が『無事』だったことを『後悔』した。

 

 

――――――『無事』だったからこそ本物の『後悔』ってやつはあるんだ。

 

 

 

 

 

「―――アキラ・・・っ!」

 

 

「エミ、リア?」

 

 

「っ・・・来て、アキラ!あなたに来てもらいたいのっ!」

 

 

 

 

 

ベアトリスに連れられてきた俺は、まるでリレーされるかのようにそのままエミリアに引っ張られていく。

 

足が重い。息が苦しい。嫌な予感が止まらない。

 

何故なら、ここは――――――バイツァダストが支配する『負の運命』の中なんだから。

 

 

 

 

 

いやぁぁああああああぁぁぁあああぁぁあああ・・・っっ!!!!

 

 

 

「っ・・・この、声は・・・まさか」

 

「アキラ。落ち着いて・・・目の前の“現実”をよく見て」

 

 

 

 

 

見なくてもわかる。この部屋の先の光景は想像がついていた。だからこそ見たくない。俺の予感が当たっていることは確定的に明らかだからだ。

 

だが、見なくてはならない。

 

どんなに目を背けたくなるような現実であったとしても・・・俺が引き起こしてしまった結果なのだから。

 

 

 

 

 

「――――――・・・“ラム”?」

 

 

「姉様ぁああああぁぁ・・・っ!!姉様ぁぁぁぁあああああああぁぁぁあああぁぁっっ!!」

 

 

 

 

 

そこにあったのはベッドに顔を押し付けてこの世の終わりのように血を吐き出さんばかりに絶叫する『レムさん』と。

 

 

 

ベッドの上で童話の白雪姫のように美しく色白な肌で穏やかに眠るように息を引き取った――――――『ラム』の姿があった。

 

 

 

 

 

 




構想の段階では前回と今回を合わせて一話分にする予定でした。

それにしてもこの作品は・・・エミリア、ラム、レムの誰がメインヒロインになるのでしょうか。

筆者的にはレム一卓ですが、皆さんが見たいヒロインは誰なのか・・・なかなか考えものです。


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第21話:Give me Give me One More Chance!!

評価が下がった!なぜだっ!?―――ヤベエ!心当たりが多すぎてわからない。

今回の話は書いてて本当に辛い話でした。だが、その辛さが俺に執念を与えた・・・だから、無かったことにする訳にはいかなかったのだ。

これで、やっと、計画の本題に入ることが出来る。

el psy kongloo




 

 

 

 

 

バカな・・・いったい何が・・・起こったと言うんだ?

 

 

これは夢か?

 

 

俺は都合のいい夢でも見ているのか?

 

 

いや、これは夢じゃない―――俺が『死んでいない』以上、ここが夢であるはずがない。

 

 

 

 

この世界の運命は『バイツァダスト』の支配する悪夢の世界。

 

 

 

 

覚めて欲しい悪夢だが、目が覚めないのであれば・・・これは紛れもなく『現実』だ。

 

 

目の前で穏やかに眠るように息絶えたラムと・・・嗚咽と慟哭を響かせ涙をながし続けるレムさんは『現実』なんだ。

 

 

 

――――――俺がこの世界に来て初めて運命《バイツァダスト》に負けたという・・・絶望的な『現実』。

 

 

 

 

 

「うっ・・・うぉおお・・・――――――っっ!《ぐぐぐっ》」

 

 

 

 

 

叫びそうになる声を必死に圧し殺した。無様な敗者である俺にそれをすることは許されなかった。悲劇の主人公を気取る権利などない。

 

この場で誰よりも嘆き悲しみ苦しんでいるのは間違いなくレムさんだ。今はせめて少しでもレムさんの苦しみが和らぐよう・・・彼女の慟哭を邪魔してはならない。

 

俺の敗北感や後悔など・・・今のレムさんの喪失感と絶望に比べれば蚊が刺したようなものだ。

 

 

 

 

 

「―――おそらくは魔法によるものだぁね。魔法より、呪術寄りに思えるけどねぇ」

 

 

「・・・ロズワール」

 

 

 

 

 

ロズワールは口調こそ変わらなかったが、いつもの飄々とした態度はどこにもなかった。間違いなくロズワールもまたはち切れんばかりの憤りを内包しながらも、やり場のない怒りをおさえ続けている。

 

 

 

 

 

「呪術・・・『呪い』?」

 

 

「死因は衰弱によるものだ。眠っている間に生気を奪われ、ゆぅっくりと鼓動を遠ざけられて、そのまぁま眠るように命の火を吹き消されている」

 

 

「バ・・・バカな・・・か・・・簡単すぎる・・・あっけなさすぎる――――そんなことがあり得るのかよ?ラムは・・・昨日まで、あんなに元気だったじゃあねえか・・・呪いにしたって・・・・・・どうして、ラムが狙われて」

 

 

 

 

 

敵の狙いは『エミリア』ではなかった?・・・いいや、そんなはずはない。

 

敵は殺人鬼《エルザ》を雇ってまで徽章を奪いエミリアを殺そうとした―――それは理解できる。エミリアは王の資格を持っているんだから、それだけのことをする意味がある。

 

だが、一介のメイドでしかないラムを殺すメリットなどどこにある?・・・あまりにも無意味だ。かえってエミリア陣営に警戒心を植え付ける結果にしかならない。

 

この状況から導き出せる答えは一つ。

 

 

 

―――ラムは何かしらの弾みでエミリアが受けるはずだった呪いを受けた。

 

 

 

でも、いったい誰が?いつ?どこで?どうやって?・・・~~~~っ、クソッッ!ダメだ。頭の整理が追い付かないっ!頭の中がミキサーでかき回されたみたいに思考が纏まらない。冷静になろうとしても心の底が震えてちっとも冷静になれない。

 

 

 

 

 

「―――ジュウジョウ・アキラ。君は何かを知っているんじゃあないかな?」

 

 

「っ・・・ロズワール。何を?」

 

 

「いやぁ~、申し訳ないね~え。私も少々、気が立っているようだ。さぁすがに・・・可愛がっている使用人がこんな目に遭わされたと思うと。ね」

 

 

「まさか・・・あんた」

 

 

 

 

 

ロズワールの俺を見る目が変わった。この視線に込められたものは・・・間違いなく怒気と殺気だ。ロズワールは俺を疑っている。俺がラムを殺した犯人だと疑っている。

 

 

 

 

 

「君がこの屋敷で働いてるときから気になっていたんだぁ~がね。君は腸狩りを退けたという精霊の力を頑なに私達に見せようとはしなかった。その真意を今問いたいね」

 

 

「力をひけらかすことに意味があるのか?それに・・・今はそれどころじゃないはずだぜ」

 

 

「その言葉はもっともだぁ~がね。じゃあ、言い逃れができないように敢えてわかりやすく君の良心に問うとしよう――――――君は、この屋敷で何かが起きることを予期していたんじゃあ~ないかな。ベアトリスに何かを頼んでいたそうだしね」

 

 

「・・・っ」

 

 

「答えられないかい?ならば、質問を変えよう――――――『君は夕べ、ラムに何かしたかい』?」

 

 

 

 

 

予想していないわけではなかった。ロズワールは俺がここに来てからずっと俺の動向を監視していた。正体不明の密入国者を相手に疑ってかかるのは当然のこと。

 

しかし、今はタイミングが悪かった。俺が密かに水面下で行動していたのを見られ、この状況に遭遇したことで一気に俺への猜疑心が加速してしまった。

 

加えて夕べはラムと二人で勉強会をしていた。言い逃れは出来そうにねえ。

 

 

―――しかし、この八方塞がりな状況で弁解できない俺の前に立ち、俺を弁護してくれたものがいた。

 

 

 

 

 

「―――ロズワール。そいつがベティに申し出たのは『屋敷の人間を脅威から護ること』・・・それだけなのよ。暗殺者の魔の手がいつ迫るとも限らないからってベティに泣きついてきただけかしら」

 

「・・・ベアトリス。それは―――」

 

「お前は少し黙っているかしら」

 

 

 

 

 

あのベアトリスが俺のことをかばってくれている?

 

何でだ?ベアトリスにとっては俺はただの路傍の石にも等しい無関心な存在。なのに何でこの期に及んで俺を助けようとする。

 

 

 

 

 

「事態に重きを置くべきはすでにそこにない。ベアトリス、君もそぉれぐらいは十分に承知しているはずじゃぁ~ないかね?」

 

 

「判断を見誤るなとベティは言っているのよ。お前ごとき小器用なだけの若造が早合点して“客人”を殺すような真似をすれば―――お前が後ろ楯している娘の王への道は永遠に閉ざされてしまうのよ」

 

 

「お~どろいたぁね。君の口からまさかそんな言葉が聞ける日が来ようとは・・・とても信じられないね~え。そぉっちこそ・・・時間の止まった部屋で過ごす君に大局を見渡せるような目を持ち合わせているとはぁ~思えないがぁね《ヒュゴォオオオ》」

 

 

 

 

 

ロズワールは掌に四色の魔力球を出現させた。いつだったかロズワールは魔術師としては天才だと誰かから聞かされていた。あの魔力球の色合いからしてロズワールは四種のマナを全て・・・しかも同時に扱えるらしい。

 

対するベアトリスは腕を組んだまま冷ややかな目でそれを眺めていた。ベアトリスは精霊だ。精霊と魔術師《人間》では行使できる魔力に絶対的な壁があることは俺も重々承知している。それ故の余裕なのだろう。

 

 

まさに一触即発の状況。俺は一切の反論する言葉が思い付かず金縛りにあったように動けなかった。

 

ベアトリスは俺に『黙れ』と言った。それは暗に俺がこの場で口を開くことはかえって逆効果だといっているのだ――――悔しいが、確かに俺にはこの状況はどうすることもできそうにねえ。

 

 

しかし、その一触即発の状況で誰よりも先に動いたのはロズワールでもベアトリスでもなかった。

 

 

 

 

ヒュオ…ッ!

 

 

「―――っ!?」

『ドラァァアアアッ!!《ガジィイイイッ!》』

 

 

 

 

 

俺の眼前に迫っていた巨大な凶器をクレイジーダイヤモンドが受け止めた。バスケットボール程度の大きさの鉄球にトゲがついており鎖で連結されたそれは『モーニングスター』と呼ばれる武器であった。

 

 

 

 

 

「―――レムさん?」

 

 

「フゥーーーッ・・・フゥーーーッ!《ジャラッ、ヒュバッ!》」

 

 

 

 

 

モーニングスターを振り抜いた姿勢でレムさんは今まで見たこともないような形相でこちらを睨んでいた。瞳孔が小さくなり、目は鋭くつり上がり、視線だけでこちらを射殺さんばかりに睨んでいた。

 

次の瞬間、俺が受け止めたモーニングスターをヨーヨーでも使いこなすかのように軽々と手元に引き戻し、激しく息を荒げながら叫んだ。

 

 

 

 

 

「《ジャララララッ》―――姉様を・・・返せッ」

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「レムの姉様を―――かえせぇぇええええーーーーッッ!!」

 

 

ゴゥオオオオオ…ッッ!!

 

 

「・・・ぐッ!」

『ドォラァァアアアッッ!!』

 

 

ドギャアアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

レムさんが駆使するモーニングスターが俺の眼前に迫ってきたのを反射的にクレイジーダイヤモンドで弾き飛ばした―――だが、こうして“反撃”してしまったことがさらに俺を追い込んでしまう。

 

 

 

 

 

「―――正体を現しましたね。その“精霊”を使って・・・お前は、姉様を殺したぁぁああああーーーーっ!!」

 

 

「違う!話を聞いてくれっ」

 

「―――待って、レム!もうやめてっ!」

 

 

「っ・・・エミリア様、何をしておいでですか?」

 

 

「・・・ごめん。ラムを失ったレムの気持ちもわかるけど。わたしはアキラを信じてるの。だから、お願いっ!こんなことはもうやめて!」

 

 

 

 

 

ベアトリスに次いでエミリアまでもが俺の前に出て俺を庇うように立ち塞がった―――グレートっ!・・・逆上している今のレムさんには生半可な説得は逆効果だ。このままだとエミリア陣営は内部崩壊を起こす。

 

 

 

 

 

「っ・・・エミリア、やめろ。今のレムさんには話し合いは通じねえ・・・言葉じゃあもう止まらない」

 

「アキラっ?」

 

「俺が甘かったぜ・・・結局のところ俺は自分の置かれた立場の危うさを全く理解しちゃあいなかった。この状況を産み出したのは間違いなく・・・俺の過失だ《ズイッ》」

 

「?・・・ちょっと待って。何を言っているの?」

 

「『復讐』・・・重要なのはそれだぜ・・・エミリア。今、ここで重要なのは・・・――――――ラムが死んだ今、レムさんの中にあるのは俺への『復讐心』だけだ」

 

「ま、まさか・・・アキラっ!?」

 

 

 

 

 

俺がろくに考えもしないで“運命”に関与した結果―――ラムは死んだ。どんな言い訳を取り繕ったところでそれが事実だ。

 

だったら、せめて俺はその責任を果たさなくちゃあならねえ。

 

 

 

 

 

「何の真似です?」

 

 

「『復讐』なんかをして、失った姉が戻るわけではないと 知ったフウな事を言う者もいるだろう。許すことが大切なんだという者もいる」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「―――だが! 自分の肉親を殺されて、その事を無理矢理忘れて生活するなんて人生は俺はまっぴらごめんだし・・・レムさんもその覚悟を決めている――――――『復讐』とは自分の運命への決着をつけるためにあるッ」

 

 

 

 

 

ラムの命はもう戻せない・・・だが!なればこそレムさんの悲しみが少しでも癒えるように俺は行動したい。それが敗者である俺のけじめってやつだぜ。

 

 

 

 

 

「っ・・・認めるんですか、あなたが姉様を殺した犯人であると」

 

 

「いや・・・ラムを守れなかった無念は俺も同じだ」

 

 

「・・・とぼけないでくださいっっ!!」

 

 

「う・・・っ!?」

 

 

 

 

レムさんから発せられる怒気や殺気が一気に膨れ上がった。俺はそのあまりの剣幕に一瞬たじろいてしまった。

 

 

 

 

 

「あなたはエミリア様に敵対する候補者様の陣営の方ではないのですか?」

 

 

「・・・どういう意味だ?」

 

 

「あなたがエミリア様に近づいた目的はなんですか?何故、そうまでしてロズワール様に取り入ろうとするんですか?」

 

 

「何だ・・・何だよ、それ!?何の話をしてるんだよ!?」

 

 

 

 

 

レムさんが怒っているのは俺がラムを殺した犯人だと誤解しているからだと思っていた。だけど、質問の意味がわからない。レムさんは何で・・・何でこうまで俺に憎悪を燃やしているんだよ。

 

 

 

 

「もっと早くに始末しておくべきでした。そうすればレムがこんなにも苦しむことはなかったのに・・・姉様をあんな目に遭わせた元凶が、レムの大事な大事な居場所に入り込んできた時に・・・最初に会ったときに殺してさえおけば――――――姉様も死ぬことはなかったのにっ!」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

理解が追い付かなかった。レムさんの殺意はラムが死んだことが『原因』ではなかった。レムさんの俺への憎悪は出会ったときから始まっていた。俺はレムさんに出会った当初からずっと・・・――――――『殺したい』程に憎まれていたってのか?

 

 

 

 

 

「いいでしょう!あなたがどこまでもしらを切るつもりなら、それで構いません。今、ここであなたを殺して姉様の無念を晴らします。

 

 

――――――この『魔女教徒』ぉおおっ!!」

 

 

 

「「「・・・っ!?」」」

 

 

 

「―――『魔女・・・教徒』?」

 

 

 

 

 

レムさんの口から突然飛び出してきた聞き慣れない言葉に俺の混乱は完全にピークに達していた。当然のことながら『魔女教徒』だなんて言葉・・・俺は生まれて初めて聞いた。そんな宗教団体みてえなの会ったことすらない。なのに、何故、俺が『魔女教徒』なんだ?

 

 

 

 

 

「待てよ・・・何で、おれが・・・そこまで恨まれてんだよ?・・・意味わかんねえよ・・・『魔女教徒』って、なんのことだよ?」

 

 

「とぼけないでくださいっっ!!―――そんなに魔女の匂いを漂わせて『魔女教ではない』だなんて白々しいにもほどがありますよっ!!『何故、恨まれているのかがわからない』ですって?・・・レムと姉様から全てを奪った元凶が、よくもそんなことが言えましたね――――――っっ《ジャララララッ!!》」

 

 

「なんだよ、それ・・・どうして・・・そんなに俺のことを・・・」

 

 

「アァアアアァァァアアアーーーーッッ!!《ブォンッ!!》」

 

 

 

 

 

半狂乱になって俺に向けてモーニングスターを降り下ろすレムさんに俺は動けなかった。

 

レムさんから向けられていた怨恨のあまりの巨大さに完全に圧倒され理解が追い付かなかった。ラムが死んだことだけでも俺の脳はパンク寸前だったのに・・・レムさんのあまりの禍根と憎悪の言葉にもう何も考えることができなくなっていた。

 

 

 

 

ゴォオウッ!!

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「ベアトリス様、何を!?」

 

 

 

 

 

まるで案山子のように身動きがとれなくなった俺は、レムさんのモーニングスターが当たるよりも先に猛烈な突風を受けて後方に勢いよく吹き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

ドガシャッ、ゴロゴロゴロ…ッッ

 

 

「―――あぐっつ!?」

 

 

 

 

 

次の瞬間、俺は全く違う部屋の床を転がっていた。周りにある無数の本棚と書物。見覚えのある小さなテーブルと白黒の床――――――ベアトリスの禁書庫だった。

 

 

 

 

 

「・・・ベアトリス。まさか『扉渡り』を使って俺を・・・」

 

 

「―――ぼけっとしてるんじゃないのよ。あのままだったらお前間違いなく殺されていたかしら」

 

 

 

 

 

ベアトリスはいつも通りの高慢な態度だった。まるで『ラムの死』などなかったことのようにいつも通りだった。

 

―――どうやら、俺が攻撃される直前に扉渡りでドアを禁書庫と繋いで俺をそこに吹き飛ばして避難させてくれたらしい。

 

 

 

 

 

「ベアトリス・・・なんで?」

 

「呼び捨てかしら?」

 

「・・・何で、俺を助けたんだよ?俺はあの場じゃあ完全にラムを殺した容疑者だったのに」

 

「『屋敷の人間を脅威から護ること』―――それがベティがお前と交わした契約なのよ」

 

「俺が頼んだのはエミリアやラム、レムさん・・・ついでにロズワールの身の安全だけだったはずだ」

 

「そうだったかしら?ベティは『屋敷の人間を守る』と契約を交わしたのよ。不本意だけど、ここで働いてるお前も『屋敷の人間』の一人なのよ」

 

「何だ、そりゃあ・・・詭弁だぜ、ベア様」

 

「ベティが決めたことにお前ごときがいちいち口出しするんじゃあないかしら」

 

 

 

 

 

ベアトリスはやっぱり大した女だぜ。この状況で誰よりも冷静に状況を見てられるんだからな。俺はこんなにボロボロだってのによぉ・・・

 

 

 

 

 

「けれど、その契約も今となっては何の意味もなさなくなってしまったのよ。ベティは不覚にもあの『姉』を守ることが出来なかったかしら」

 

「・・・あの状況じゃあどうしようもなかったろうな。まさかラムが呪われていたなんて・・・気づく方が無理ってもんだぜ」

 

「確かにあの陰険で悪辣極まる手口は呪術師のもの。防ぐことは困難を極めるのよ――――――それがわかっていてお前は何故さっきは死のうとしたのかしら?」

 

「・・・・・・。」

 

「お前が犠牲にはなったところで姉は戻っては来ない。お前のやったことは無意味なだけでなく・・・妹の悲しみを更に深めるだけなのよ―――大方、関係を戻せないのならいっそ自分から捨てて楽になろう・・・そんなことを考えていたんじゃないかしら?」

 

「どうかな・・・そんなことを考えている余裕なんてなかったぜ」

 

 

 

 

 

やはり見た目は少女でも中身は立派な精霊様だ。俺の考えていることなんて軽くお見通しってわけかよ。

 

 

 

 

 

「お前が犯人でないことくらいベティにはお見通しなのよ。だけど、それを説明したところでロズワールもあの妹も聞き入れはしないかしら・・・かといって、何の罪もないお前に死なれたところで夢見が悪いかしら」

 

「ヘイッ!まさか俺に逃げろって言うんじゃあねえだろうな。泣いている女を捨て置いて尻尾巻くって逃げるなんざ・・・俺はごめんだぜ」

 

「―――あの妹はもう“壊れて”しまってるかしら。お前がいくらあの妹を救おうとしたところで、あの姉妹の過去を知らないお前の声はあの妹には届かない。あの姉妹はどちらかが欠けても足りないのよ」

 

「っ・・・グレート」

 

 

 

 

 

俺はこのまま運命に負けるのか?冗談じゃないぜ。こんなクソッタレな運命を受け入れて生きていくのなんてそれこそ“死んでも”ごめんだぜ。

 

 

 

・・・“死ぬ”?

 

 

 

 

 

「せめて目の届かないところで死んでくれないと、ベティーの夢見が悪くて困るかしら」

 

 

 

 

 

今まで考えたこともなかった。何故、俺が『死に戻り《デスルーラ》』を使えるのか。ここは異世界であっても決してゲームの世界ではない。なのにどうして死ぬ度に特定のセーブポイントに引き戻されるのか・・・考えても見なかった。

 

 

 

 

 

「屋敷の連中に見つからないよう、手助けぐらいはしてやるのよ。そのあとでどこへ行方をくらますかは、お前の勝手にするといいかしら」

 

 

 

 

 

俺にはもしかしたらまだチャンスがあるのかもしれない。やり直しが効くのかもしれない。ラムの命を救い、レムさんの壊れた心を闇の中から救い出す方法がきっとあるはずだ――――――俺が死ぬことで活路を見いだせるかもしれない。

 

 

 

 

 

「―――まさに『死中に活を見出だす』だな」

 

 

「何を下らないことを言っているかしら。それが出来ないからお前はこうして・・・――――――っ!?」

 

 

 

ブゥゥゥウン…

 

 

 

 

 

ベアトリスは何か急に焦りだした様子で扉に術をかけ始めた。瞬間、空間が歪むような違和感と浮遊感が襲った。体感するのは初めてだが、恐らくこれが『扉渡り』なのだろう。

 

 

 

 

 

「どうしたっ!?」

 

 

「あの妹がこの禁書庫の扉を探しているかしら。一直線にこちらに向かってきてるのよ。よもやこんなことになるなんて・・・どうやら、あの妹にも魔女の匂いをかぎ分ける力があるというのは本当みたいなのよ」

 

 

「魔女の匂い・・・そういえばレムさんがそんなこと言っていた―――」

 

 

 

 

 

『魔女教』・・・というのが何なのかは現時点では全くわからない。しかし、レムさんのあの憎悪とその名前を聞いたエミリア達の動揺を見るに単なる宗教的なもので片付けられるものではない。そして、ラムとレムさんに浅からぬ因縁があることは明らかだ。

 

 

 

 

 

「ちょっと待て・・・今『も』って言ったか?まさかベアトリス『も』知っていたってのかよ。俺についているっていう・・・魔女の匂いに」

 

「・・・・・・。」

 

「なあ『魔女教』って何なんだ?何で俺から魔女の匂いがするんだ?何でレムさんは魔女をそんなに憎んでいるんだ?」

 

「質問が多すぎて一度には答えられないかしら。お前から魔女の匂いがすることに関してはベティにもわからないのよ。ただ・・・魔女から特別扱いを受けるお前は厄介者なのよ」

 

「だとすると傍迷惑この上ねぇな・・・会ったこともねぇ魔女様に特別扱いされて、それで身に覚えのない恨みを買ってちゃあ世話ねえぜ――――――っ・・・いや、待てよ。もしかして・・・」

 

 

 

 

 

『魔女の匂い』・・・ってのは、もしかして俺の『デスルーラ』と何か関係があるのか?

 

この異世界に来て突如として目覚めた謎のタイムリープ能力。俺がその能力を身に付けたのが『魔女』の仕業だとしたら・・・十分に有り得る!

 

俺を『異世界に召喚』し『死に戻り』の能力を与えたのが『魔女』の仕業だとすれば全て辻褄が合う。俺から滲み出る『魔女の残香』にも納得がいく。

 

 

 

 

 

「謎が解けたはいいがよぉ~・・・このグレートにヘビーな状況をどう切り抜けるかだぜ。死に戻るにしたって『自殺』で戻れるかはまだ試したことねぇしよ・・・戻れたところでレムさんに命を狙われるのは勘弁なんだぜ」

 

 

「さっきからお前は一人で何をぶつぶつ言っているのかしら?このままだとあの妹に追い詰められるのも時間の問題なのよ。一先ず、この扉を一番外に近い扉に直結させるのよ。あとはお前自身でうまく逃げおおせるかしら」

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!脱出する前に一つだけ聞いておくことが・・・っ!レムさんの過去に何があったんだ?『魔女教』とレムさんにどんな関係があるんだっ!?」

 

 

「・・・そんなに聞きたければ――――――本人の口から聞くのよっ《バッ》」

 

 

ドヒュゥウウウウウウウウ…ッッ!!

 

 

「うぉぉおおおっ!ベアトリスーーーっ!?」

 

 

 

 

 

ベアトリスが手をかざした瞬間、俺の体は後方に勢いよく吹き飛ばされそのまま開いたドアを潜って窓を破り外へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

ドズザザァアアアーーー…ッッ!!

 

 

「―――ベアトリス・・・お前が・・・俺を助けるとはよぉ~~~。まさか・・・『まさか』って感じだが、グッときたぜ!!」

 

 

 

 

 

ベアトリスがロズワール達と敵対することを承知で生かしてくれたこの命・・・無駄にするわけにはいかねえぜ。

 

 

 

 

 

「グレートっ・・・ベアトリスが逃がしてくれたのはありがたいけどよぉ・・・これで俺は命と引き換えに『信用』を失ったってことだ。さしあたって残るは俺の十八番の策、逃げるだけ・・・――――――逃げるだけしかできないっ!」

 

 

 

 

レムさんやロズワールと正面切って戦うなんて死んでもごめんだ。ましてやエミリアとまた敵対するなんて考えたくもない――――――戦えないなら逃げるっ!

 

逃げて、逃げて、逃げて、逃げて・・・活路を見出だすっ!

 

俺がもう一度『死ぬ前』に残された時間で活路を見つけるんだぜっ。

 

 

 

 

 

「急いで何か考えねえと・・・ベアトリスの時間稼ぎもさして長くは持ちそうにないんだぜ」

 

 

 

 

 

ベアトリスが時間を稼いでくれたところでレムさんとロズワールの二人を相手にどこまで足止めできるかわかったもんじゃねえ。

 

精霊は力が強大な分“制約”もある。

 

パックには時間制限が。ベアトリスには場所の制限がある。

 

いくら精霊のベアトリスでも屋敷から離れた俺を守る術はないってことだ。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・まずは情報を整理してみっかな。その①『敵はどうやってラムに呪いをかけたのか』―――そもそもベアトリスに気づかれずにラムに呪いをかけられるんだったら他の屋敷の人間も呪い殺せたはずだぜぇ」

 

 

 

 

 

屋敷の中にいる人間は呪い殺せなかった。だったらラムが呪いをかけられたのは屋敷の外に出ていた時ってことになる。

 

確かラムは、昨日、近くのアーラム村に買い出しに出掛けていたはずだ。

 

 

 

 

 

「あの『村』だぜっ!ラムが昨日買い出しに行ったあの『村』になんか理由があるんだぜっ!―――その②『呪いをかける』ってところにも特徴を感じるぜ。あれだけ近くの村に潜んでいながら、何で一気に殺さずに『呪い』なんてまどろっこしい方法を使っていやがるんだ?・・・あの『村』を調べるんだよ。あの『アーラム村』の情報をよォ~~っ!!」

 

 

 

 

 

ラムを呪い殺した犯人は今もまだアーラム村に潜んでいる可能性が高い。もしこのタイミングで不自然に姿を眩ませてるヤツがいたとしたら・・・『そいつ』こそが犯人だぜっ!!

 

 

俺が進路を切り替えてアーラム村に向けて走り出した瞬間だった。

 

 

 

 

 

ジャラ…ッ

 

 

 

「・・・んなにっ!?」

 

 

 

ヒュゴォオオオッッ!!

 

 

 

『ドラァァアアアアッッ!!《ドゴォオオオオッ!!》』

 

 

ズゴシャァアアアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

背後から鎖の音が聞こえた瞬間、猛スピードでレムさんのモーニングスターが飛んできた。反射的にクレイジーダイヤモンドで叩き落とすことは出来たが・・・

 

 

 

 

 

「バ、バカなァっ・・・なんでいきなり現れるんだよ!?もう追い付いてきたってのかよ」

 

 

『―――無駄です。あなたの匂いは完全に覚えましたから・・・例えあなたが地の果てまで逃げようと・・・レムは確実にあなたを捕らえ追い詰め―――アナタヲ殺スッッ!!《ジャララララッッ》』

 

 

「っ・・・くっそ!」

 

 

ヒュオオオッ ズゴシャァアアアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

ダメだ!『死ぬ』前にアーラム村で犯人を探して呪術師を特定してから自害するつもりだったが、これじゃあとてもそんなことをしている余裕なんてないっ!

 

俺は今までバーサク状態のレムさんのことをのんきに軽く考えていた!こいつは相当ヤバイ『敵』だっ!このままだとベアトリスからもらった『命』が無駄になるっ!

 

 

 

 

 

「俺の『匂い』を覚えただと・・・っ!?どこまでも追ってきて捕まえたとたん俺を殺すだとォッ!」

 

 

『―――《ジャララララ…ッ》』

 

 

「・・・畜生っ!何か言えよ!」

 

 

 

 

 

俺の得意の口八丁で誤魔化そうにも今のレムさんは聞く耳を持たねえ。だからといって、レムさんと戦うなんざ出来ねぇ。レムさんはむしろ被害者なんだからよぉ~。

 

こうなったら・・・。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 

「《ジャラララ…ッッ》―――やっとわかりましたか?逃げても無駄だということが」

 

 

 

 

 

正直よぉ・・・今のレムさんと相対したくなかったんだぜ。レムさんに怒られるんならまだいい。憎まれようと疎まれようと恨まれようと呪われようと・・・殺されようとかまわねえ。だけど、そんな醜い感情に支配されているレムさんを見たくなかったんだぜ。

 

 

 

 

 

「・・・いいや。あんたに教えてやろうと思ったんだ。あんたの姉様を・・・ラムを殺した真犯人をね」

 

 

「っ・・・あなたという人はっ・・・この期に及んで!まだ!姉様を殺した罪を認めないのかぁーーーーっっ!?」

 

 

「あんたが俺を憎むのは勝手だ・・・それは文句ねえよ。だが、犬死にはごめんだぜ。ここであんたが俺を殺しても呪いをかけた呪術師に逃げられたんじゃあ・・・それこそ本末転倒・・・ラムも浮かばれねえ。少しでいいから俺の戯言を聞いてみねえか?」

 

 

「―――《ジャララッッ》」

 

 

「俺にはあんたらに明かしていない秘密が一つだけある。

俺に備わったスタンド以外のもう一つの能力『死にも・・・――――――《ぞくっ》」

 

 

 

 

 

それは唐突に訪れた。俺が今まで明かしたことのない秘密を暴露しようとした瞬間、俺を含む全ての時間が止まった。

 

 

 

―――な・・・なんだ。か・・・体の動きが鈍いぞ。

 

 

 

―――ち・・・ちがう。動きが鈍いのではない。

 

 

 

―――う、動けんッ!ば・・・バカな。ま、まったく・・・体が動かん!?

 

 

 

 

声が・・・言葉が紡げない。身じろぎ一つすることができない。今、この『時間』は俺を中心に完全に停止している。

 

 

 

 

 

ズゾゾゾゾゾゾ…

 

 

『―――っ!?』

 

 

 

 

 

時間が止まり身動きが取れない俺の周りを黒い靄が覆っていく。まるで水槽の水に墨汁を投入するかのように俺の周囲を侵食していく。

 

 

しかし、異変はそれだけに止まらなかった。

 

 

黒い靄はどんどん具現化し形をなしていく。靄はどす黒い影となりハッキリとした輪郭を伴って迫ってくる。鋭く尖った爪と五本の指・・・これは正しく“手”だ。

 

 

 

 

 

ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ…ッッ

 

『―――っ!・・・!』

 

 

 

 

 

その黒いの手は俺の体を蛇のようにまと割りついたかと思ったら、そのまま俺の体の中に入ってきた。

 

俺は目の前で形成された異形の手の動きに俺は身動き一つ取ることができない。見えてしまっていることが逆に恐怖となって俺を襲ってくる。

 

 

 

 

 

『――――――“や、やめろ・・・っ!何をするつもりだ!?”』

 

 

ズゾゾゾゾゾゾ…ッッ

 

 

 

 

 

その手は俺の内蔵をすり抜けて一直線に体の中心へと向かった。その位置は――――――『心臓』だ。

 

 

―――やめろっ・・・そこだけはマジで洒落にならねぇ!

 

 

 

 

 

カッ… グアシィイイイイッ!!

 

 

『~~~~~っっ!!?―――――ぐあぁぁああっ!?・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァっ!?」

 

 

 

 

 

―――その黒い手に心臓を握られた瞬間、『言葉にできない』激痛が全身に走った。それと同時に時間は元に戻り、再び動き出した時の中で残ったはこの世のものとは思えない痛みだけだった。

 

な、何だったんだ、いまのは!?・・・心臓が破裂したかのようなこの『痛み』・・・これは間違いなく現実だぜ。断じて『幻覚』なんかじゃあねえっ!

 

 

今、俺は何をされたんだ!?『死に戻り《デスルーラ》』のことを話そうとした瞬間に・・・

 

 

 

 

 

「――――――魔女教徒ぉ・・・っ」

 

 

「っ・・・レムさん!?」

 

 

 

 

 

“今”の・・・異様な光景、レムさんには何も見えていなかったのか?あの止まった時間もあの不気味な黒い手も俺にしか見えていないってのか。

 

 

 

 

 

「お前は・・・どこまでっ!―――どこまでレムを愚弄すれば気がすむんだぁぁあああ!?」

 

 

「ま、待て!何のことを言っている!?頼むから話を聞いてくれっ!俺は魔女教徒じゃないっ!」

 

 

「っ・・・ふざ、けるなぁぁああああああっっ!!《ジャララララッッ》」

 

 

ヒュォオオオッ!!

 

 

「ぐっ!?」

『ドォラァアアアアアッ!!《ドヒュンッ!》』

 

 

 

 

 

俺はクレイジーダイヤモンドの脚力で高く跳躍してレムさんの投げてきたモーニングスターをかわす。

 

 

 

 

 

「―――聞いてくれ、レムさんっ!まだ話は終わってないぜっ」

 

 

「いいえっ!もうその必要はありませんっ・・・今、あなたの体から一気に噴き出したその『魔女の匂い』があなたが魔女教徒である何よりの証拠っ!!―――やはり、レムが間違っていました。あなたは出会った瞬間に殺さなくてはなりませんでしたっ。あなたは死ななくてはならない人間・・・姉様の仇っ!!討ってやるぅ!!」

 

 

「なん、だと・・・っ?」

 

 

 

 

 

もはや、レムさんにとっては真実がどうとかラムを殺した真犯人だとか関係ない・・・完全にプッツン切れてやがる。魔女の匂いを持つ俺は彼女にとって例外なく『怨敵』なのだ。

 

 

―――だが、今の彼女の言葉で『もう一つ』わかったことがある。伝えなくてはっ!この恐ろしい事実を何とかして・・・何とかしてレムさんに伝えなくては・・・っ!

 

 

 

 

 

「まだ・・・まだだっ!まだ死ぬわけにはいかねぇぜ。レムさんっ!・・・ラムを助けるためにもあんたの協力が必要なんだぜっ!!」

 

 

ジャララララ…ッッ!!

 

 

「あああああアアアアアア嗚呼嗚呼嗚呼ーーーーーーーーーっっ!!」

 

 

「聞けっ!聞いてくれっ!俺が死ねば時間を巻き・・・―――――《ズグォンッ!!》―――――かっ!?ごぉおおおっ!」

 

 

 

 

 

っ―――ダメだっ!言葉を変えて伝えようもしても・・・やはりあの『黒い手』が俺の体感時間を止めてそれを阻止してくる。おそらく書いたりしてもダメだ・・・この『黒い手』は能力を明かされることを恐れてる。

 

―――そして、さっきレムさんが言った『魔女の匂い』って台詞・・・この謎の『黒い手』の正体が見えてきたぜ。

 

 

 

 

 

「っ・・・確かに死ぬほどの激痛だ。んだがよぉ、こんなもんじゃあ今の俺は止められねぇぜ」

 

 

「何か悪あがきをしようとしてますね。また魔女の匂いが一気に濃くなりましたよ・・・レムの前で、その『匂い』を撒き散らすなぁぁあーーーっ!!」

 

 

 

 

 

あまりにも儚く失われたラムの命、凶気に身を委ねるレムさんの涙、その痛みに比べれば心臓を握られるくらい・・・耐えられないわけがねえ!

 

―――心臓を潰したければ潰せばいいっ!ラムとレムさんを救えなかったこの世界で俺の命などゴミクズにも等しいっ!

 

 

 

 

 

「《ジャララララ…ッッ》―――もう逃げ場はありませんよ。忌々しい魔女教徒・・・」

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

 

 

 

 

気づけば俺は足を負傷し完全に追い詰められていた。自分が守れなかった女の妹に殺される・・・敗者にはふさわしい末路だぜ。

 

―――だが!俺がここで死ぬ前に・・・絶対に果たさなきゃあならねえことがある。

 

 

 

 

 

「―――レムさん・・・死ぬ前にあんたに教えてやるよ」

 

 

「・・・《ジャララララ…ッッ》」

 

 

「俺は運命を変えるためにここに来た。エミリアやあんた達の運命を変えるために・・・ここに来た」

 

 

「・・・御託は聞きあきました」

 

 

「俺は全てが消滅した未来から来た。だから、その運命を変えるために――――――」

 

 

「―――サヨナラ」

 

 

「死んで時間を巻き戻してきたんだっ!」

 

 

 

 

 

 ボギュルルルルッッ!!

 

 

 

 

 

・・・言った。言い切ってやったぞ。これでもう悔いはない。これでこの時間でやり残したことはもうねえ。あとはレムさんにこの命をくれてやるだけだぜ。

 

・・・そう思っていた。

 

だが、現実は俺が思っているよりも遥かに残酷だった。

 

 

 

 

 

ドシャア…ッ

 

 

「―――・・・え?」

 

 

 

 

 

俺に向けて降り下ろされるはずだったレムさんの鉄球が力なく地面に落ちた。何故、彼女は止めを刺すことをためらったのか・・・そんな疑問を考える間もなくレムさんの体が俺に倒れかかってきた。

 

 

 

 

 

ドサッ

 

 

「・・・レム、さん?」

 

 

びちゃ びちゃ びちゃ…

 

 

 

 

 

倒れかかった彼女の口から生暖かい何かが顔に付着した。

 

 

 

 

 

「な、何やってんスか?・・・俺、まだ生きてますよ。とどめをさすなら今がチャンスっすよ。ほら、俺いつでも心の準備できてますから」

 

 

びちゃびちゃ びちゃ びちゃ

 

 

「もしかして・・・ケガしたんスか?だったら、簡単ッスよ・・・俺のクレイジーダイヤモンドは、どんな傷でも――――――」

 

 

ずるっ

 

 

「なおせ・・・っ!」

 

 

ドチャァアア…ッッ

 

 

 

 

 

俺が少し肩をずらすとレムさんはそのまま滑り落ちるように地面に倒れ付した。あれだけ俺への憎悪を露にしていたレムさんはもう何も喋らなかった。あれだけ俺を殺そうと殺意を燃やしていたレムさんはもう動くことはなかった。

 

 

――――――彼女は口から大量の血を吐きながら、静かに絶命していた。

 

 

レムさんは怨敵《俺》を殺すという最後の望みすら果たせずに姉の後を追ったのだ。

 

 

 

 

 

「うっ・・・」

 

 

 

 

 

何故なら、彼女は・・・

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああっっ!!!!」

 

 

 

 

 

―――『俺が殺した』から。

 

 

 

 

 

「『クレイジーダイヤモンド』ォォオッッ!!!!」

 

『ドォォオラァァアアアアアアアアッッ!!』

 

 

ドボォオオオオオオッッッ!!!

 

 

 

 

 

それを認識した次の瞬間、俺はクレイジーダイヤモンドの拳で自らの胸を刺し穿ち自らの心臓を潰した。

 

 

―――もう二度と運命に負けたりしない。今度こそ・・・ラムとレムさんを救ってみせる。

 

 

 

 

 

 

 




ラムだけではなくレムも死ぬというまさかの事態になりました。筆者自身書いてて驚いています。当初の予定では違った展開になるはずでしたから。

そして、我ながら細かすぎて伝わらないネタの数々がふんだんに散りばめられております。ジョジョ好きだけわかってくれたらいいっ!


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第22話:孤独な異世界人と泣いた赤鬼

以前に感想で戦闘シーンが好評だったので、二章クライマックスを早く書きたいと願いつつも全然そこに行き着けないでいる。

しかし、筆者は各キャラとの何気ない日常の絡みがあるからこそシリアスは映えると思っております。故に妥協できないところです。




 

 

 

 

死んだら元の場所に戻れるなんて保証があったわけではない。

 

 

 

生あるものは平等に一つしか命を与えられておらず。死んだらリセットが効くなんてことは普通なら“ありえない”。

 

 

 

今まで死ぬ度に元に戻れたからといって今度も死ねば戻れるなんて保証はどこにもない。

 

 

 

―――だが、俺はあえてその可能性に賭けた。

 

 

 

『ありえない』なんてことはありえない・・・というその可能性に賭けた――――――そして戻ってこれた。

 

 

 

 

 

「―――――ハッ!《ガバッ》・・・フゥ・・・フゥ・・・ふいー、『戻って』これたぜ」

 

 

 

 

 

目が覚めた瞬間、俺は見慣れた天井を見て自分が戻ってこれたことを悟った。既に四回も繰り返してきたこの構図・・・今さら見間違うわけがねえっ。

 

―――けど、まだだっ・・・まだ安心するには早いっ!ラムは・・・っ、レムさんはどうなった!?

 

 

 

 

 

「―――お客様、お客様、どうされましたか? 具合が悪いのですか?」

「―――お客様、お客様、どうかしたの? 持病の発作でも起こした?」

 

 

 

「―――っ・・・」

 

 

 

「姉様、姉様、大変です。お客様ってばどうやら姉様の姿を見てあられもない想像をしているようです」

「レム、レム、大変だわ。お客様ったらどうやらレムの姿を見て卑猥な妄想に耽っているようだわ」

 

 

 

「~~~~~~っ!」

 

 

 

「お客様、どうかされましたか?お腹が痛いようでしたらトイレまで案内しますよ―――姉様が」

「お客様、どうかしたの?頭が痛いようだったらお薬を処方するわよ―――レムが」

 

 

 

 

 

―――生きてた。

 

 

良かった。自分は取り返しのつかないことをしたはずなのに・・・決して消えることのない大罪を犯したはずなのに。

 

失われたはずの命を二つも・・・こうして取り戻すことが出来た。それがなんとありがたいことか。それがなんと幸せなことか。

 

 

 

 

 

「―――グレートっ・・・もう十分だぜ」

 

 

 

「「・・・お客様?」」

 

 

 

「《ポロッ》~~~~っ・・・あんた達が生きててくれただけでもう十分だ。他にもう何もいらねえ。俺はもう十分すぎるほど救われた」

 

 

 

「お客様、お客様、もしかして本当に体調が悪いのですか?もしよろしければお医者様をお呼びしますよ―――姉様が」

「お客様、お客様、もしかして本当に体調が悪いのかしら?もしよければお医者様をお連れするわよ―――レムが」

 

 

 

 

 

この二人には何を言ったところで覚えていやしない。この二人は俺が死なせてしまったあの姉妹ではないからだ。今更、過去に逃げたところで俺がこの二人にしてがした過ちが消えるはずもねぇ。

 

 

 

だが、それでも――――――俺は嬉しくて・・・っ!涙が止まらねえ!

 

 

 

この二人が“今”俺の目の前で生きている。まだやり直しが効く。神の悪戯か悪魔の罠かわからねえが・・・この二人をもう一度守り抜くチャンスを与えてくれたこの『死に戻り』の能力にこれほど感謝したことはねえ。

 

だが、泣いている暇はねえんだ。このチャンスをもう一分一秒たりとも無駄にはできねえ。

 

 

 

 

 

「いや、大丈夫だ―――《ぐしぐしぐし》―――ところでよぉ・・・『初めまして』だな。俺は『十条旭』・・・二人の名前を聞いてもいいか?」

 

 

 

「ラムはラムよ。よろしくお願いするわ。お客様」

「レムはレムです。以後お見知りおきを。お客様」

 

 

 

 

 

涙を拭って誤魔化すように初対面を演じて自己紹介をする。考えてみれば不思議だ。これでこの姉妹と出会うのは通算『5度目』となるのに自己紹介をするのはこれが初めてだぜ。

 

 

 

 

 

「目が覚めたようならエミリア様を呼んでくるわ。お客様。惰眠を貪るのはほどほどにして頂戴」

「目が覚めたようですのでエミリア様を読んできます。お客様。二度寝だけはしないようにしてください」

 

 

 

「ちょっ・・・ちょっと待ってくれねぇか」

 

 

 

「「ハイ?」」

 

 

 

「その前に聞いてもらいたいことがあるんだぜ」

 

 

 

「何かしら、お客様?」

「何でしょうか、お客様?」

 

 

 

「あまり急かさないでくれ・・・心の準備が必要なんだ」

 

 

 

 

 

今からやろうとしていることは懺悔でもけじめでも何でもない。ただの自己満足だ。だけど、どうしても伝えなくちゃならねえ言葉がある。

 

―――ったく・・・俺は何でこんなこっ恥ずかしいことをしようとしてるのかねぇ。こんなこと言ってもこの二人には呆れられるだけだってのによぉ~。

 

でも、言っておかなくてはならない。この言葉が届かないとわかっていても・・・

 

 

 

 

 

「―――生きててくれて嬉しい」

 

 

 

「「?」」

 

 

 

「俺は何も出来ず『二人の姉妹』を失うところだった。『お前ら』まで死んでたら・・・俺は一人ぼっちになるところだった――――――生きててくれてありがとうっ」

 

 

 

 

 

それは掛け値なしの感謝の言葉であった。どうしようもねえ俺をどん底から救ってくれた感謝。圧倒的感謝。

 

―――俺の罪を消すことはできねえけどよ。もし『この二人』を守り通すことがてきたら・・・『未来に置いてきたあの二人』にも少しは赦してもらえるかな。

 

 

 

 

 

「―――姉様、姉様。お客様ったらまだ寝ぼけていらっしゃるみたいです」

「―――レム、レム。お客様ったらだいぶ若くからボケてるみたいだわ」

 

 

 

「やれやれ・・・手厳しいな――――――でも、ありがとよっ」

 

 

 

「「?」」

 

 

 

 

 

何を言っているのかがわからないと言った表情で同時に首を傾けるラムとレムさん。こんな些細な行動まで見事に鏡写しになっているのを見て俺は思った。

 

―――ベア様の言った通り。やっぱ、この二人は・・・どっちかが欠けても足りないくらいに『二人で一つ』なんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――こうして俺は・・・最悪な未来からどうにか戻ってこられた。

 

 

だけど、次こそはもう戻ってこれねえかも知れねえ。この屋敷で時間を繰り返すのはこれで最後にしなくちゃあならねえ。

 

そう意気込んでロズワール邸の使用人見習いとしてやり直すこととなったんだが・・・――――――今のところ、状況が好転しているとは思えなかった。

 

 

 

 

 

ドサッ!

 

 

「やれやれだぜ・・・こりゃあグレートに重労働だな。この屋敷の仕事も全部『二回目』だってのに・・・やっぱ、どうしても慣れねえよな」

 

 

 

 

 

夕方になって仕事が一段落ついたので与えられた自室のベッドに寝転がった。今のところは前回と同様『順調』にやれているとは思う。

 

 

 

 

 

「《ごろっ》―――けど、それじゃあ意味がねえぜ。『前回と一緒』という時点で危険すぎる状況だぜ」

 

 

 

 

 

ここでラムが呪術師に呪われるのを阻止することはたやすい。

 

エミリアの前で声を大にして一言伝える。『おいエミリア・・・アーラム村にお前らを狙う呪術師が潜んでいるぜ!俺がぶちのめすまでの間屋敷から出るなっ』。

 

エミリアは恩人である俺のことをいたく信用しているから強引に押し通せば頼みを聞いてもらえるだろう。

 

 

 

―――しかし、レムさんは決して俺のことを信じない。

 

 

 

『魔女の匂い』を放つ俺が何か一つでも不振な行動をとったとたん、レムさんは再びバーサーカーと化し攻撃をしてくる。お得意の鉄球をふっとばしてな――――――前回と同じパターンになるだけだぜ。

 

 

俺がアーラム村で呪術師を探していることを悟られてはならない。

 

 

品行方正にしてレムさんの信用を勝ち取りさえすれば、アーラム村に近づくチャンスは必ずできる。

 

 

―――とんでもねー皮肉ってヤツだぜ。前のループでは必死に犯人を探す努力をしたっていうのに・・・今度は探さねえことの努力をしなきゃあなんねーなんてよ。

 

 

 

 

 

「そういや・・・俺が死んだあの未来はどうなったんだ?バイツァダストで時間を爆破されてないから・・・別の世界線として残っちゃあいると思うけどよ」

 

 

 

 

 

果たして『ラムとレムさんと俺が死んだ未来』はどうなってしまったのだろうか?

 

 

今までのようにバイツァダストで破壊された時間とは勝手が違う。もしかしたら、あの未来の世界はあの悲劇の後も俺の死体をそのままに時間が進んでいるのかも知れねえな。

 

 

―――今となってはそれを確かめる術はねえがよぉ~。

 

 

けど、それを考えるのは全てが終わったあとでいい。今は取り急ぎやらなくてはならいことがある。

 

 

 

 

 

「―――まずは『ラムやレムさんの信用をどう勝ち取るか』だぜ」

 

 

 

 

 

これまでのループの中で俺の行動はロズワールにより監視を受けていたことはもう既に明らか。俺が何らかの不振な行動をとればラムやレムさんを通じてロズワールに報告が上る。

 

呪術師を探すのは最低限ある程度の信頼を勝ち得てからでないとならない。もちろん、呪術師が行動を起こす前な呪術師をぶちのめせればそれが一番いいが・・・そこで、もう一つ別の問題が浮上してくる。

 

 

―――俺は前回のループで呪術師の特定がまだできていなかった。

 

 

つまり、呪術師が行動を起こして“から”・・・他の人間に被害が出る“前に”・・・呪術師を特定して退治しなくてはならないんだぜ。

 

 

 

 

 

「屋敷の人間の信用を勝ち取りながら呪術師が行動を起こした直後に呪術師を特定して捕まえる。しかも期限は4日しかない――――――グレートっ・・・人力TASでもやらされるかのような難易度だぜ」

 

 

 

 

 

せめて呪術師の呪いを阻止する方法があれば、それとなく皆に予防を呼び掛けるだけで済むかも知れねえんだが・・・――――――仕方がねえ。こういう時に頼れるのはやっぱ“あいつ”しかいねえよな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――呪術について詳しく知りたい?」

 

 

「・・・んだぜ」

 

 

 

 

 

俺は禁書庫のベア様に知恵を借りに来た。ベア様は相変わらずつっけんどんな態度ではあったが、それでも律儀に俺の話を聞いてくれた――――――全てのループにおいて一番キャラぶれしないから付き合いやすいぜ。

 

 

 

 

 

「その中で・・・相手を眠らせるように衰弱させて命を奪う呪いとかねえッスか?」

 

 

「いきなり訪ねてきたかと思えば・・・ずいぶんけったいな質問をしてくるかしら――――――あるかないかで言えば『ある』のよ。呪術師の術法はそんな術式がほとんどなのよ。対象に病魔を入り込ませたり、あるいは一定の行動を禁じる制約を持たせたり、純粋にその命を刈り取ったりと・・・性格の悪い系統なのよ」

 

 

「質問しておいてなんだがよぉ~・・・ずいぶん性格の悪い連中だな」

 

 

「まじない師・・・転じて呪術師は北方の『グステコ』という国が発祥の・・・魔法や精霊術の亜種かしら。もっとも出来損ないばかりで、とてもまともに扱えたもんじゃないのよ。お前が言っているのはその術式の中で『マナ』を吸い出して衰弱死させるタイプの術法なのよ」

 

 

「・・・んで、防ぐ方法は?」

 

 

「ないかしら」

 

 

「ないのかよっ!?」

 

 

「一度発動した呪術を解除する方法は存在しないのよ。それが呪術かしら」

 

 

 

 

 

ベア様の淡々とした言葉に目眩を覚える。呪術師が行動を起こしてから捕まえるつもりだったのによぉ・・・これじゃあ手も足も出ないぜ。

 

 

 

 

 

「ただし―――発動する前の呪術はただの術式だから、解呪はある程度の実力がある者なら簡単にできるかしら」

 

 

「・・・ていうと?」

 

 

「この屋敷なら・・・まずベティ。もちろん、にーちゃ。あとはロズワールと・・・小娘三人は無理かもしれないのよ―――あ、お前も無理よ」

 

 

「言われなくても知ってるよ、ったく――――――にしても、発動する“前”か。グレートっ・・・この上、さらにギリギリの綱渡りをしなくちゃあならねぇのかよ」

 

 

「呪術を未然に防ぐ方法がないこともないかしら」

 

 

「なにっ!?」

 

 

「呪術は呪いをかける上で、絶対に外せないルールが存在するかしら―――――呪いをかける対象との接触。これが必須条件なのよ」

 

 

「“接触”・・・つまり相手の体に触らなければ呪いはかけれないってことか?」

 

 

 

 

 

読めてきたぜ。前回のループでラムは村に潜んでいる呪術師に体のどこかを触られたんだ。それ以前のループでは俺が村に住居を構えちまったことで呪術師が触るチャンスを逃した。

 

 

 

 

 

「いいぜ!希望が見えてきたっ・・・これで前回とは違った展開にできる」

 

 

「ブツブツと小五月蝿いヤツなのよ。そんなことよりもお前は香水でもふって来るべきかしら。ここからでもお前の体から匂ってくるのよ」

 

 

「おいおい。それはさすがに失礼だぜ・・・ちゃんと風呂には入ってるし、加齢臭の出る年齢でもねえぜ、俺ぁ」

 

 

「誰がお前の体臭の話をしてるのよ。ベティが言っているのは『魔女の残り香』なのよ」

 

 

「魔女の残り香・・・?」

 

 

 

 

 

そう言やあ直視すべき重要な問題を忘れていたぜ。レムさんに誤解され憎悪を燃やされるそもそもの原因となった俺の体に染み付いた『魔女の匂い』。

 

恐らく俺をこの異世界に召喚して『死に戻り』の能力を与えた相手。そして恐らくはレムさんが死ぬ原因となった『黒い手』の持ち主―――『魔女』。

 

 

 

 

 

「魔女の残り香・・・って言われてもな。そもそも『魔女』って何だ?俺の知っている魔女なんてギアスのゆかなさんくらいしか知らねえよ。俺はいったいどこで魔女の匂いがつくようなおじゃ魔女カーニバルをやってきたっていうんだよ」

 

 

「・・・今のこの世界で『魔女』と言われれば一人しかいないのよ。世界を飲み干すモノ。影の城の女王―――――『嫉妬の魔女』・・・この世界で、魔女という言葉が示すのはたったひとりの存在だけなのよ。そして、それは口にすることすら禁忌とされた存在のことでもあるかしら」

 

 

「―――それ、どこのヴォ●デモートですか?ホ●ワーツ魔法学校があるなら今すぐ入学しますよ、俺」

 

 

「お前っ・・・つくづくモノを知らないやつかしら。むしろ、知らないヤツの方がおかしいかしら。この世界では親の名前、家族の名前の次に、その魔女の名前を知らされるぐらいなのよ」

 

 

「そんなヤツがこの世にいんのっ!?俺、むしろ自分の国の天皇様の名前も最近まで知らなかったクチだよ!」

 

 

 

 

 

半ばおちゃらけて聞いていたが、どうやらこの口調だとその魔女ってのは恐ろしくすごい存在らしい。俺たちの世界でいう『ハーデス』的なヤツなのかね。

 

 

 

 

 

「嫉妬の魔女『サテラ』――――かつて存在した大罪の名を冠する六人の魔女を全て喰らい、世界の半分を滅ぼした、最悪の災厄なのよ」

 

 

「・・・なんかよくわかんねえが、凄そうってことだけは伝わってくるぜ」

 

 

「いわく、彼女は夜を支配していた。いわく、彼女には人の言葉が通じない。いわく、彼女はこの世の全てを妬んでいた。いわく、彼女の顔を見て生き残れたものはいない。いわく、その身は永遠に朽ちず、衰えず、果てることがない。いわく、竜と英雄と賢者の力を持って封印させられしも、その身を滅ぼすこと叶わず。いわく・・・」

 

 

 

 

 

そこでベア様は急に意味深なためを作って最後にこう付け加えた。

 

 

 

 

 

「――――『その身は、銀髪のハーフエルフ』であった・・・お前もこのことをよく肝に命じておくのよ。あの娘の近くにいる限り、少なからずお前にも影響してくることかしら・・・ん?」

 

 

 

「―――なあ、なあ、ベア様さ~。ここの書庫って漫画とか置いてない?俺、久しぶりにス●ィールボールランが読みたいんだけど」

 

 

 

スカァァァアーーーーーンッッ!!

 

 

 

「ジョニィッ!?」

 

 

 

 

 

話に飽きて書庫の探索をしていた俺に容赦なく本が投げつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、痛て・・・っ。軽い冗談のつもりだったのに本気で怒るんだもんな」

 

 

 

 

 

ベア様に書庫を追い出された俺はベア様から投げつけられた本を片手に部屋に戻ってきた。なんでも『それを読んで少しは一般常識を学んでくるのよ』とのことらしい。

 

 

 

 

 

「《ぺらっ》―――って、これよく見たら前にラムが持ってきた童話じゃねえかよ。こんなんで一般常識なんて身に付くのかよ。こんなん読んでるとラムに知られたらまたバカにされちまうぜ」

 

 

コンコンッ

 

 

「っ・・・あ、はい!」

 

 

『―――ジョジョ。ラムが来たわ。開けなさい』

 

 

「グレート・・・いきなりやって来て命令かよ。開けてやるけどさ。そんぐらい自分で開けろよな」

 

 

ガチャッ

 

 

「―――見ればわかるでしょ、両手が塞がっていたのよ。それくらいのこと察しなさい」

 

 

「見えねえもんは察しようがねえよっ!」

 

 

 

 

 

ドアを開けると両手でお盆を持ったラムがずかずかと遠慮なく入ってきた。お盆の上にはティーセットと本が乗っていた。

 

 

 

 

 

「何だよ、それ?」

 

 

「見ればわかるでしょ。ジョジョの勉強に必要な教材よ。今日の夜から読み書きの勉強を始めるってちゃんと伝えたでしょ」

 

 

「伝わってねえよっ!お前と今日一日一緒にいて一言もそんなこと聞いてねえよっ」

 

 

 

 

 

まあ、ラムはこういうヤツだから言っても仕方がないんだぜ。これについては『わかっていたこと』だし大して驚いてもいないけどな。

 

 

 

 

 

カリカリ、カリカリ カリカリ

 

 

「《ぴらっ》―――これは読める?」

 

「・・・どうせ読めないだろうとタカをくくって悪口書くのはやめろよ。『ジョジョはごくつぶしのやくたたず』って書いてあんだろ」

 

「―――驚いたわね。ジョジョのくせにイ文字はほぼ完璧よ」

 

「誉める気ないんだったら無理に誉めなくていいよっ!かえってムカつくから!」

 

 

 

 

 

基本となる読み書きが出来るようになってきたので今は童話を片手にラムの出す問題を読んで答えるスタイルに変わってきた――――『問題』というより『悪口』だぜ・・・こりゃあ。

 

 

 

 

 

「この分だったら簡単な童話程度だったら読めるようになったんじゃないかしら」

 

「まあな・・・ところどころ出てくるロ文字のところは読めねえが、それでもある程度のことは読み解けるようになった。まるで考古学者になったような気分だぜ」

 

「なんか気に入ったお話とかあった?」

 

「ん~~~・・・これといった話はあんまりないかな。そもそも自分の国の童話ですら好きなのが少ないしな―――これも一重にボヘミアン・ラプソディーのせいだぜ」

 

「そう・・・夢のない少年時代を送ってきたのね。まるでジョジョみたい」

 

「好きな童話が少ないだけでどれだけ報われない少年時代送ってきてんだよ、俺はっ!つーか、俺を『報われない男』の代名詞にすんのはやめろっ!――――――ったく、全くないとは言ってねえだろ。例えば、アレだ・・・『鶴の恩返し』だとか『金の斧と銀の斧』とか・・・『泣いた赤鬼』とかよ」

 

「―――『泣いた・・・赤“鬼”』?」

 

「どれもよくある話。『嘘をついてはいけません』だとか・・・『人には優しくしよう』とか・・・そういう教訓を教えるおとぎ話だぜ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

ラムは俺に悪態をつくことも忘れて急にぼうっと遠い目をして窓の外を眺めていた。

 

 

 

 

 

「何だ、もしかして何か興味ある話でもあったか?」

 

「そうね。少し興味あるわ・・・・・・“赤鬼”とか」

 

「『泣いた赤鬼』かっ・・・いいぜ。つっても、そんな長い話じゃないけどな《カリカリカリ》」

 

 

 

 

 

俺は紙の上にサラサラッとデフォルメされた赤鬼と青鬼のイラストを書き起こして、それを手にとって立ち上がった。

 

 

 

 

 

カサッ

 

 

「『黒いクリスマス』―――ザクリ!グサリ!ドチャリ!町は一瞬にして血に染まり・・・」

 

 

ゴンッ!

 

 

「真面目にやりなさい」

 

「サーセン」

 

 

 

 

―――気を取り直して。

 

 

 

『むかし、むかし・・・ある山の中に赤鬼と青鬼が住んでおりました。二人はとても仲のいい親友同士でいつも二人で楽しく過ごしておりました。

 

ある日、赤鬼が言いました。『村に住んでいる人間達と仲良くしたい』。それを聞いた青鬼は『それは無理だよ』と言いました。

 

青鬼の言う通りでした。村人は鬼である赤鬼を怖がって近づいてきません。人間と仲良くしたいという赤鬼の言葉を誰も信じてくれなかったのです。

 

泣いている赤鬼を見た青鬼は赤鬼のためにあることを考えます。『青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼がやってきて青鬼をこらしめる』という芝居を打つことにしたのです。そうすれば赤鬼が優しい鬼だときっとわかってもらえるはずだ。もちろん赤鬼は反対しましたが、青鬼は強引に赤鬼を説得し。青鬼の作戦が始まりました。

 

村で暴れる青鬼を赤鬼がこらしめるという芝居は見事に成功しました。お陰で赤鬼は人間と仲良くなり、村人達は赤鬼と友達になり、赤鬼と村人達は毎日毎日楽しく遊んでおりました。

 

けれど、赤鬼は一つ気になっていることがありました。親友である青鬼が突然会いに来なくなってしまったのです。赤鬼は気になって青鬼の家に行くと青鬼の家の扉に一通の手紙が残されておりました。そこにはこう書かれておりました。

 

『赤鬼君へ。もし、僕がこのまま君と付き合っていると君も悪い鬼だと思われてしまうかもしれません。なので僕は旅に出ることにしました。人間達とこれからも仲良く暮らしてください。僕はいつどこにいても君の友達です。青鬼より』

 

赤鬼は青鬼の手紙を何度も読んで何度も泣き続けました。青鬼を探して何度も泣き続けました。村人に慰められながら何度も泣き続けました。

 

おしまい』

 

 

 

話を聞き終わったラムは茶化すでもなく神妙な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「―――悲しいお話だわ」

 

「同感。でも、俺はこの話結構好きだぜ。違う人種の誰かと仲良くなるっていうのはそれだけ難しいことだと思うしな。歩み寄ることの大切さってヤツを教えてくれた」

 

「『歩み寄る』?」

 

「そもそも、このお話は・・・人間がほんの少しだけ赤鬼のことを信じてあげることができたら青鬼が犠牲にならなくて済んだお話だからな」

 

「・・・・・・。」

 

「この話を聞いて俺は『どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失っちゃいけない』って学んだぜ」

 

 

 

 

 

我ながら言ってて自嘲してしまう。童話の中の赤鬼の姿が、ラムやレムさんを助けたいのに信用してもらえない自分自身と重なって見えた。

 

 

 

 

 

「ラムはそうは思わないわ。登場人物がバカしかいないんじゃないの」

 

「ああ。全くもってその通りだ。青鬼も人間も赤鬼もみんながバカばっか。中でも、一番のバカはやっぱ青鬼かな」

 

「いいえ。一番度しがたいバカは『赤鬼』の方よ」

 

「・・・やけに食いついてくるな。それは何でだよ」

 

「自分の望みに青鬼を巻き込んで・・・結果、自分は何も失わずに青鬼に失わせただけ。赤鬼は本気で人と仲良くなりたかったらツノでも折って人里に降りるべきだったのよ。青鬼が見ていられなくなる前に・・・身を切るべきだった」

 

「グレートに生々しい話になってきたぞ、ヲイ。『ツノを折る』とか『身を切る』とか・・・言っとくけど、これはただの童話だぞ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

ラムは何か思うところがあるのかいつもより若干感情的になってるような気がする。さっき『赤鬼』に自分を重ねていた俺みてえに・・・何か思うところがあるのかも知れねえな。

 

 

 

 

 

「《ビリッ》―――あえて聞くけど。ジョジョはどっちの鬼と仲良くしたいと思うの?」

 

「どっちってーと・・・赤鬼と青鬼でか?」

 

「『願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼』と『自己犠牲に浸るバカな青鬼』と・・・どちらを選ぶ?」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

ラムは俺が書いた赤鬼と青鬼の二人が並んで立っていたイラストを半分に破り『赤鬼』と『青鬼』に切り分けて俺に突きつけてきた。

 

 

―――何故だか、わからないけど。一瞬、その二枚の絵が別のものに見えた。

 

 

『赤鬼』は『いつも毒舌で態度がでかくて、でも本当は不器用で優しくてどこまでいっても憎めない桃髪のメイド』に。

 

『青鬼』は『いつも努力家で一途で一生懸命で、でも本当は姉に寄りかかっていないと弱くなってしまう青髪のメイド』に。

 

 

当然、俺の答えは決まりきっていた。

 

 

 

 

 

「―――“それ”がジョジョの答え」

 

「ああ。俺には“これ”以外考えらんないぜ」

 

 

 

 

 

俺はラムが差し出した二枚のイラストを『両方』とも掴んだ。

 

やっぱりよぉ~、『この二人』が離れるなんて俺にはどうしても考えられないぜ。何せ俺はこの二人を救うために地獄から戻ってきたわけだしな。

 

 

 

 

 

「とてもつまらない答えだわ。ジョジョは随分と欲張りで浮気性なのね。そんなんだといずれ痛い目を見るわよ」

 

「俺は俺の納得がいくまでいくらでも欲張るぜ。だから、この物語のラストはこう書き換える――――――『赤鬼と青鬼は一人のバカな男の手によって無事再会することが出来ました』ってなぁ《ズキュゥウウン…ッッ》」

 

 

スゥゥゥウ、ピタァアッ!

 

 

「・・・っ!?」

 

 

 

 

 

俺のクレイジーダイヤモンドで触れた二枚のイラストはラムの手元で『なおり』再び元の一枚に戻った。紙の中には仲良く並んで幸せそうに笑う赤鬼と青鬼がいた。

 

 

 

 

 

「二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやるぜ。やっぱり、赤鬼と青鬼は『二人で一つ』でないとよぉ~―――そう思うだろ、お前も?」

 

 

「っ・・・ええ。そうね。癪だけどそこだけは同意してあげるわ―――《カチャカチャカチャ》」

 

 

「お、おい。もう帰るのか?全然、勉強してねぇぞ」

 

 

「今日はラムが眠いからこれで終わりよ。ジョジョは引き続き童話でも読んで無駄な自習でもしていなさい―――《ガタッ》―――・・・っ!?」

 

 

バリィィイイン…ッ!

 

 

 

 

 

妙に慌てた雰囲気のラムがティーポットをお盆の上に戻そうとして落としてしまった。そのままラムは挙動不審に割れたポットの破片を回収しようとする。

 

 

 

 

 

「オイオイ、大丈夫かよ。怪我とかしてねえか?」

 

 

「余計な心配しないで。ジョジョに気を使われるほどラムは落ちぶれていないわ」

 

 

「俺が心配しちゃあいけないのかよ。やめろって・・・わざわざ拾い集めなくても大丈夫だからよぉ~」

 

 

「余計なお世話よ。邪魔しないで・・・―――《チクッ》―――うっ!・・・痛ぁ」

 

 

 

 

 

ラムは砕けたティーポットの破片を素手で拾い集めているうちに指を怪我してしまったようだ。

 

 

 

 

 

「だから、やめろって言ったのに・・・慌てなくても大丈夫なんだよぉ。壊れたものは俺に任せとけっつーの《ズキュゥウウンッ…ッ》」

 

 

スゥゥゥウウ… ガチィイイイッ

 

 

「っ・・・また『なおった』。しかも、一瞬で・・・これは復元魔法?」

 

 

「生憎、これは魔法じゃねえよ。魔法に間しちゃあ俺は完璧に素人だからな。ほら、怪我したお前の指もなおしてやるよ」

 

 

「い、いらな・・・――――――」

 

 

「すぐ終わるって」

 

 

ギュッ

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「《ズキュゥウウン…ッッ》なおすことにおいて俺の右に出るものはいねえんだよ」

 

 

 

 

 

ラムの手を握ってクレイジーダイヤモンドの『なおす』力を送り込んですぐに手を放した。一瞬だったが、ラムの手は子供みてぇに小さくて柔らかかった。下手したらベア様とそう大差ねえんじゃねえか?

 

 

 

 

 

「ほら、完璧になおっただろ?なかなかお披露目することはなかったけどよぉ~・・・俺の一番の特技で密かな自慢なんだぜ」

 

「―――・・・っ《ツカツカツカツカ》」

 

 

バタンッ!

 

 

「あっ!オイ、ラム・・・ティーセット置いてってるって――――――行っちまったよ」

 

 

 

 

 

ラムは怪我がなおったことを確認すると早歩きでドアを乱暴に叩きつけるように閉めて去っていった。何か俺変なことしたか?

 

 

 

 

 

「俺の『なおす』力を披露したことでひどく動揺していたような・・・それとも単に俺に手を握られて嫌がっただけか?」

 

 

 

 

 

手を握られて恥ずかしかったのか?確かに女の子だし、俺も少し無遠慮に握っちまったけどよぉ~。でも、ラムがそんなことで動揺するタマだとは思えないしな。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・このティーセットどうしたらいいんだよ」

 

 

 

 

あとにはラムが置いていったティーセットだけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そぉれで、ラム?君から見たところ、彼・・・『ジュウジョウ・アキラ』君のことをどう見ているのかな?」

 

「ハイ。それが・・・なんと言いますか」

 

 

 

 

ロズワールの部屋でラムは“日課”と共にジュウジョウ・アキラについての監視報告を求められた。

 

 

 

 

 

「ふぅむ・・・ラムが悩むなぁんて、珍しいこぉともあるもんだねぇ?一日じゃあ、測れなかったかなぁ?」

 

「いいえ。違います・・・その――――――っ・・・ジョジョは、使用人の仕事についてはよくやっている方だと思います」

 

「ほぉう。具体的には?」

 

「ハイ。要領がいいのか一度言われたことは大体覚えておりますし。掃除や庭の手入れなどの仕事は苦手としているようですが・・・料理においてはかなりの腕前を持っているものと見られます」

 

「へぇ~、ラムがそう言うんだったら興味深いね。普段、レムの仕事を見てきているラムがそこまで絶賛するんだから相当なものなんだろ~ぅね」

 

 

 

 

 

確かにラムは自分でも驚いていた。確かにジュウジョウ・アキラの料理の腕前はレムに匹敵するものがある。だけど、それを正当に評価し素直に報告している自分自身に違和感を感じていた。

 

 

 

 

 

「それとベアトリス様とも親睦を深められているようです。今日もいつのまにかベアトリス様の書庫に赴き童話集を借りて読んでいたようです」

 

「ほほぉ~っ!そいつはぁ~ますます興味深いねぇ~。あの誰にも心を開かないベアトリスが来たばかりの少年に興味を抱いたのかい。にわかには信じられないね~え」

 

 

 

 

 

ラムもこれには驚かされた。自分が持ってきた本と同じものをベアトリスから『借りてきた』というのだ。ベアトリスは精霊ゆえにロズワールを含むこの屋敷にいる人間全員を見下しているきらいがある。

 

―――それなのにだ。どこの馬の骨とも知れないあの男にだけは心を開きつつあるのだ。これに驚かないわけがない。

 

 

 

 

 

「ところで、ここからが重要なところなんだが―――彼は何か『力』を使ったりしていたかな?」

 

「・・・っ」

 

 

 

 

 

ラムはとうとう予想していた質問がとんできたことによりわずかに肩がピクリと跳ねた。ロズワールは腸狩りを撃退したという少年の謎のなおす力にいたく興味を示していた。

 

故にラムの方にも『彼が能力を使った素振りを見せたら報告するように』と指示をもらっている。

 

ジュウジョウ・アキラは、今日、自分の目の前で三回も能力を使って見せた。原理のわからないなおす力を披露して見せた。

 

 

しかし、ラムはこう答えた―――

 

 

 

 

 

「・・・いえ。特にそのようなことをする素振りは見られませんでした。果たして本当にそんな能力を持っているのかどうか」

 

「そうかい。彼もこちらのことを警戒しているのかぁ~もしれないね~え。引き続き監視の方を頼むよ~お―――――とぉ~くに、くれぐれもレムが先走らないよう注意してくれたま~え。姉の君も知っての通り、あの子は独断で動く傾向があるからね」

 

「・・・ハイ」

 

 

 

 

自分の主に虚偽の報告をしてしまったことに自己嫌悪するも何故だか後悔だけはしていなかった。

 

ラムの脳裏にはあの少年の底知れない覚悟を秘めた目で不適に笑いながら『二人の鬼を救って見せる』と宣言した少年の姿が色濃く残っていた。

 

 

 

 

 

 




童話『泣いた赤鬼』はあえて作者が思い出せる限りの内容で読み聞かせるイメージで書いたため細かな齟齬があるかもしれません。

というかどんどんラムのヒロイン化が進んでいってるような・・・そして、エミリアたんが今回完全に空気になってしまった(泣)


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第23話:たった一つの冴えたやり方

『さばの味噌煮』様。匿名希望様。七百千P様。感想ありがとうございます。皆様の優しいコメントに後押しを受けてこの作品は続いております。正直、ここまで見てくれる人がいるとは思わなかったので本当にありがたいです。

完全に正統派から外れたリゼロ作品ではありますが、原作主人公:菜月昴の歩んだ道のりを描いていけたらなと心底思います。



―――ロズワール邸に勤め始めてから二日目の朝。

 

 

 

 

 

「―――ふぅぅーーーー・・・『クレイジーダイヤモンド』っ!!《ドンッ!!》」

 

『ドォラララララララララララァァアッ!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴッッ!!! スゥウウウ・・・ガチィイイイッ!!

 

 

 

 

早朝、俺はあることを思い付いてロズワールの庭の敷地を借りてある実験をしていた。それは『クレイジーダイヤモンド』の能力の“応用”。

 

 

 

 

 

「《ブンッ!ブンッ!》―――グレート・・・見た目はそこそこ形になってきたけど。質が今一つだぜ。とても激しい戦闘に耐えられそうにねぇなぁ」

 

 

「―――朝っぱらからこんなところで何してるの?一応、この屋敷はロズワールのものだから敷地内のものを勝手に壊されると困るんですけど」

 

 

「・・・よっ、エミリア。今日もお前の銀髪が眩しいぜ。あとは銀色の魂持ってりゃあ言うことなしだぜ」

 

 

「おはようっ、アキラ。こんなところで何してたの?床の石板を壊したりなんかして・・・あとでラムとレムに怒られても知らないんだからね」

 

 

「わかってるよ。俺だってそれくらいの良識は心得てるんだぜ。壊したもんはあとでちゃんと元通りに『なおして』おきゃあ文句ねえだろ」

 

 

「直せば何でも許されると思ってない?それはあまりに勝手すぎるわよ・・・―――ねえ、さっきから持ってるその『槍』どこから持ってきたの?そんなのこの屋敷にあったかしら」

 

 

 

 

 

エミリアは俺が手に持ってる『グングニル(笑)』を指差して聞いてきた。

 

 

 

 

 

「これは持ってきたんじゃない。今しがた『作った』もんだ。もっとも武器の形をした中身ガタガタの出来損ないだがな・・・これじゃあ衛宮●郎の最初期の投影魔術の方がまだましだ」

 

 

「作った?・・・アキラが?―――アキラはそういう武器を作り出すような魔法が使えるの?」

 

 

「・・・もしそうだとしたら二次創作の『チート転生者』よろしく『エ●スカリバー』とか投影して無双し放題だったろうがよぉ~。実際のところは前に見せた『なおす』能力の応用なんだぜ」

 

 

「???なんだか・・・よくわからないんだけど」

 

 

 

 

 

エミリアは顎に人差し指を当てて首をかしげている。まあ、スタンド能力も知らないエミリアに『なおす』能力の応用って伝えてもピンと来ないだろうな。

 

 

 

 

 

「わかりやすく言えば『錬金術』みてぇなもんだよ。物体を一度ぶっ壊して、壊した物体を俺の任意の形に『作りなおす』ってこと―――《くるくるくるっ、パシッ!》―――この『槍』も床の石板を砕いて槍の形に起こしただけだぜ」

 

 

「へぇ~!アキラはそんなこともできるのね。聞いた感じだと『ドーナ』の魔法によく似てるかな」

 

 

 

 

 

エミリアは感心しているが、俺からすりゃあこんなもんは何の役にも立たないガラクタを作っただけだ。

 

この応用技は言わずもがな『ハガ●ン』の錬金術が元となっているが。ハ●レンの錬金術と違って、クレイジーダイヤモンドはあくまでも『なおす』だけの能力だ。

 

物体を分子レベルで細かく組み換える錬金術と比べればその出来映えは雲泥の差である――――小学生が作った粘土細工とプロが作った工芸品を見比べるようなものだぜ。

 

もうちっと練習すりゃあもっとクオリティの高いものを作れるようになるかも知れねえけどよぉ~・・・今は外観や形状を整えるだけで精一杯で・・・とても実践で使えるような技じゃねえぜ。

 

 

 

 

 

「グレートっ・・・この技はお蔵入りだな《ズキュゥウウン》」

 

 

「・・・いつ見ても思うけど。アキラの能力《ちから》って不思議よね。精霊術には見えないけど・・・ねえ、あの変な鎧を纏った精霊ってもう出せないの?」

 

 

「“変な”ってのは余計だ・・・アレは俺の分身みてぇなもんだから出そうと思えばいつでも出せるよ。時間制限がないって点では、下手な精霊よりも――――――ん?」

 

 

 

 

 

今、一瞬、誰かに見られていたような視線を感じたんだが・・・。

 

 

 

 

 

「どうしたの、アキラ・・・急に黙りこくっちゃって」

 

「いいや、何でもない―――そうだ。エミリア・・・折角だし、前にも王都で描いたお前の絵をもう一回描いてやるよ」

 

「え?・・・わたしの絵?わたし、そんなことしてもらったかしら」

 

 

 

 

 

そうか。このエミリアは“違う”んだ。王都でコイツの絵を描いてやった時のエミリアはもういないんだ。コイツにはあの時の思い出がない。

 

 

 

 

 

「悪い。俺の勘違いだった・・・『いつかお前に描いてやろう』と思っていながらずっとやり忘れてたからな。ついでに俺のクレイジーダイヤモンドのスゴさってやつを見せてやるよ―――《ドキュゥゥゥンッ!》」

 

『―――《┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛》』

 

 

「あ、改めて近くで見ると・・・少しこわいかも」

 

 

 

 

 

まあ、クレイジーダイヤモンドは見た目筋骨隆々のサイボーグ戦士。一歩間違えればターミネーターだからな。

 

 

 

 

 

「コイツのクレイジーな能力は『なおす力』やパワーがスゴイだけじゃねえぜ。弾丸を掴むほどの精密な動き・・・――――――『スケッチ』もお手の物だぜっ!」

 

 

『―――《シャシャシャシャシャッ ザザザッ、ザザザーーーッ》』

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドはペンを超スピードで縦横無尽に走らせてどんどん絵を形として仕上げていく。その動きの精密さたるや最新鋭のプリンター並だぜ。

 

かつて王都で出会ったときも同じことをしてたんだけどよぉ~。結局、あの時はスタンドのことは話せずじまいになっちまったな。

 

 

 

 

 

「《ぴょこっ》―――なになに?またアキラがおかしなことをしてるの?」

「あっ、おはよう。パック」

 

「おっと・・・出てくるのが少し遅かったな。もうちょい早けりゃあお前も一緒に描いてやったのにな―――――もう出来上がったみたいだぜ《ピラッ》」

 

「わぁっ」

「おお~♪コレはスゴイね~っ!」

 

 

 

 

 

前回はパックとのツーショットだったが、今回は違う雰囲気で描かせてもらった。母性と大人っぽさを全面に押し出した深窓の令嬢という雰囲気―――エミリアの子供っぽさと残念さをあえて取っ払ってみた感じだ。

 

 

 

 

 

「タイトルは『E・M・T』―――『エミリア可愛い・マジ嫁に欲しい・というわけで俺結婚するよ母さん』・・・の略だ」

 

「何で絵を描いてもらっただけでわたしがアキラのお嫁さんにならなきゃいけないのよっ!!しかも、ちゃっかり結婚前の挨拶までしてるしっ!」

 

「バカヤロウッ!芸術家は筆に思いをのせて絵を描くもんなんだよっ!その願望が爆発した結果こそが『芸術』なんだよっ!」

 

「爆発してるのはアキラの『欲望』じゃないの、それっ!?」

 

 

 

 

 

まあ、俺の熱くたぎったリビドーは置いとくとしてだ。絵の出来映えとしてはかなり上出来だと思うぜ。クレイジーダイヤモンドの写生力が如何に優れているかが一目でわかる。

 

―――『美人』を描いてるとそれだけで気合いの入りが違うというものだぜ。

 

 

 

 

 

「でも、スゴイね。アキラ!この絵にはリアの魅力がぎゅっと詰め込まれてるよ」

 

「そら当たり前だぜ。素材が最高にグレートだからな。コレで美人に描けなかったら嘘ってもんだぜ」

 

 

「もうっ、二人とも誉めすぎ!・・・わ、わたしはこの絵みたいにこんな美人じゃないわよ」

 

 

「「え?」」

 

 

「『え?』って何よっ!んもうっ!あんまりからかわれたらわたしだって怒るんだからね」

 

 

「何でそこで俺に怒るんだよ!?別にバカにしたわけじゃあねぇぜ」

 

 

 

 

 

ぷんすこと腕を振り上げて『怒ってます』アピールをするエミリア。でも、その顔が赤いのは怒ってるんじゃなくて恐らく単純に照れてるだけみてぇだぜ。

 

 

 

 

 

「そ、そうだ。パック!折角だし、お前の絵も描いてやるぜ。お前もなかなか人に絵を描いてもらったことなんてないだろ?」

 

「言われてみれば確かにそうだね。普通の人は精霊ってだけでなかなか近づいてこないし、リアにはそういう絵心がないしね」

 

 

「《カチンッ》―――ちょっとパック・・・それは聞き捨てならないわよ。わたし、こう見えて芸術には自信があるんだからね」

 

 

「・・・何だろう、フラグにしか聞こえない。『ちなつ無双』な気がする」

 

「うんっ、たぶんアキラの勘が正しいよ」

 

 

「アキラまでっ!・・・もぉ~~~っ、二人ともいい加減にしなさいっ!!」

 

 

 

 

 

エミリアと戯れて、パックとじゃれて、怒らせて笑い転げて・・・掛け値なしにこの屋敷で過ごすこの時間が楽しいと思える。

 

 

―――だからこそけじめはつけねぇとよぉ。

 

 

この運命に克つためには何がなんでもラムとレムさんの力が必要なんだぜ。その為にはほんの少しでもいいから俺のことを信じてもらうしかない。

 

 

 

 

 

『―――・・・。』

 

 

 

 

 

俺とエミリア達が戯れる姿を窓から見下ろすレムさんに気づかないふりをしながら、ある作戦を実行することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワール邸に勤め始めてから二日目・・・その日の夜。

 

 

 

俺は屋敷を抜け出してある場所に来ていた。屋敷から結構な距離を置いて離れた周囲に何もない岩場―――特に名もない場所だった。

 

待ち合わせの場所としては十分だろう。コレからやろうとしていることを考えるとこの場所が一番いい。

 

 

―――ここなら誰にも見られる心配はない。

 

 

 

 

 

「グレート・・・俺はよぉ~、コレから何をやろうとしてんだろうな」

 

 

 

 

 

悩んで、悩んで、悩んで・・・悩み抜いて。考えて、考えて、考えて・・・考え抜いて―――結局、俺はこんなところに来ている。こんな策とも呼べない『愚策』を体張って実行しようとしている。

 

勝算なんてない。あるわけがない。上手く行く予感なんてない。むしろ今からやろうとしているのは『自殺』にも等しい行為だ。

 

 

 

―――でも、いろいろ考えたけどコレしかねえんだ。

 

 

 

人の信用を勝ち取るのに『武器』や『作戦』なんていくら用意したところで意味はない。いや、むしろ逆効果だ。

 

信用を勝ち取るのは、とどのつまり『時間』『行動』『実積』の三つであり。その他はおまけみたいなものだ。

 

残念だが、俺には示せるものが何もない。俺が使えるものはただ一つ・・・『命』だけだぜ。

 

 

 

 

 

ジャララララ…ッ

 

 

 

「―――来たか・・・グレートっ。音だけで殺る気が伝わってきたぜ」

 

 

 

 

 

ここからは作戦や計算の入る余地はない。言うなれば『賭け』だ。ここで殺されるようだったら――――――所詮、俺はそれまでの男だっただけの話だ

 

 

 

 

 

「こんな時間に来てもらって悪かったッスね。でも、来てくれると信じていましたよ」

 

 

「《ジャララララ…ッ》―――――。」

 

 

 

 

 

思った通り、彼女は来た。両手で得物《モーニングスター》を携えて機械のような無機質な目で―――だが、その目の奥にはギラギラとした明確な殺意が宿ってる。

 

 

 

 

 

「待ち合わせの時間も場所も書いていない手紙でレムを呼び出して・・・何のつもりですか?《ジャラララッ》」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

俺は今日の夕方、レムさんの部屋の扉に一枚の置き手紙を残してきた。ラムに教えてもらった拙いイ文字でただ一言だけ。

 

 

―――『こんや、そとではなしがある』

 

 

あえて時間と場所を書かなかったのは彼女なら絶対にわかると知っていたからだ。俺の体にこびりついた魔女の匂いで。

 

 

 

 

 

「呼び出したのは他でもない。レムさんに人に聞かれたくない重大な話があったからだ―――だから警戒しなくていい。俺は戦う気も逃げる気もない。頼みがあるんだ」

 

 

「・・・・頼み?」

 

 

「俺を5日間・・・いや、三日間でいい。三日経ったら俺は間違いなくあの屋敷を出ていく。だから、それまでの間・・・俺が屋敷に留まることを許して欲しいんだぜ」

 

 

「どうしてレムに・・・そんなことを頼むんですか?」

 

 

「だって、あんた・・・俺のことを“殺したいほど”憎んでんだろ?どういうわけがあるかは知らねえけどよぉ~・・・隠しているつもりだったろうけど完全にバレバレだったぜ」

 

 

「・・・・・・《ジャララララッ》」

 

 

 

 

 

嘘だ。俺は『最初』から『最後』まで全く気づかなかった。俺はあんな明確で恐ろしい憎悪を向けられのが生まれて初めてだった。向けられる憎悪があまりにもでかすぎて気づけるわけがなかったんだ。

 

 

 

 

 

「・・・お聞きします。あなたは、エミリア様に敵対する候補者の陣営の方ですか?」

 

 

 

「違う。俺はるろうに・・・永遠をさ迷う冒険者だ」

 

 

 

「・・・誰に、いくらで、雇われているんですか?」

 

 

 

「俺の雇い主はロズワールで・・・エミリアこそが俺のご主人様だぜ」

 

 

 

「ロズワール様とエミリア様に近づいて・・・何が目的なんですか?」

 

 

 

「当面の生活費さえ稼げれば文句はない。だから、三日後まで待って欲しいって言ってるんだぜ」

 

 

 

 

 

表面上、探りをいれる質問と単説な解答の応酬が穏やかに繰り広げられる。だが、言葉を交わせば交わすほどどんどんレムさんの中のボルテージが上がっていくのがわかる。

 

 

―――その証拠に・・・彼女のモーニングスターを握る手に張り裂けんばかりの力が込められているのがわかる。

 

 

 

 

 

ジャララ…ッッ

 

 

「エミリア様を襲ったという『腸狩り』は、あなたの共犯者ですか?」

 

 

 

「違う。俺にあんなのを雇えるだけの金も力もない」

 

 

 

「《ギリギリギリギリッッ》――――あなたは・・・『魔女教』の関係者ですか?」

 

 

 

「・・・違うっ!」

 

 

 

ヒュゴォオオオッッ!!

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

ドキャァァアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

その言葉によりレムさんの怒りがついに頂点に達した。ほぼ予備動作のないノーモーションで鉄球が俺の側頭部目掛けて振り回され、俺は何とか身を屈ませて交わすことに成功した。

 

 

 

 

 

ボゴォオオ…ッ ドコォオオッ!

 

 

「グレートっ・・・(―――マジに能力なしでコレを何とかしなきゃあなんねえのかよ・・・こんなのかすっただけで死ぬぞ)」

 

 

 

 

 

背後の岩盤に深々と突き刺さった鉄球はくっきりと岩肌に痕を残して地面に落ちた。クレイジーダイヤモンドの能力を使わない生身の俺はただの人間だ。

 

これ程の重量武器を手足のごとく使いこなせるレムさんが相手では勝ち目などない・・・いや、違う!勝ち負けの問題じゃない!俺はレムさんと戦いに来たんじゃないっ。

 

 

 

 

 

「レムさんっ!俺の話を聞いてくれっ・・・たの――――――っ!」

 

 

ヒュドゴォオォオオオオオッッ!!!

 

 

「・・・つぉぉおおっ!?」

 

 

 

 

 

一息つく間もなく第2撃が降り下ろされ地面に皹が入る。今のは本当に危なかった。あとほんの一瞬回避が遅れていたら脚が粉々にされていた。

 

 

 

 

 

「っ・・・くそぉ!レムさんはいったいいつから、そんな世紀末キャラになっちまったんだよ!?俺はケンシ□ウじゃ――――――」

 

 

ヒュオオオッッ ドギャァアアアアアッッ!!!

 

 

「~~~~っ、最後まで言わせろよっ」

 

 

「御託は結構です。あなたはやはりここで殺しておかなければなりませんね《ジャララララッ》」

 

 

 

 

 

くそっ!このままじゃ殺られるっ。説得しようにもまともに話を聞いてもらえなきゃあ全く意味がない。ここにいたらいい的だ。

 

 

 

 

 

「《ジャララララッ》―――あの『精霊』を出して反撃したらどうですか?少しは寿命が伸びるかもしれませんよ」

 

 

「ハァ、ハァ・・・ベルカの騎士のことわざにこんな言葉がある―――『和平の使者は槍を持たない』ってな。レムさんに信じてもらうのに能力《武器》は必要ないっ・・・いや、絶対に使っちゃあならねえんだ!」

 

 

「そうですか・・・――――――ならば、そのまま死んでもらえるとありがたいです《ヒュゴォオッッ!!》」

 

 

「―――っ!?」

 

 

ドゴォオオオオオッ!! ズゴォォオオオオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

俺が無防備であることをいくらアピールしてもレムさんは攻撃の手を罷める様子がない。

 

だが、コレが一番『正しい』。過去にレムさんがどんな仕打ちを受けたのかはわからないが・・・『魔女』に一番苦しめられているのはレムさんだ。そのレムさんに理解してもらうのに能力《ちから》は必要ない。

 

とはいえ、このままだといつ致命打を受けるかわからない。一旦体勢を立て直す必要があるぜ。

 

 

 

 

 

「能力がなければ『ただの人』ですね。無駄な抵抗をやめれば・・・楽に死ねますよ」

 

 

「やれやれだ。こいつぁマジに弱点のねーやつだ。まったく最強かもしれん恐ろしいヤツだ――――だがな、十条家・・・いや、ジョースター家には伝統的な戦いの発想法があってな・・・ひとつだけ残された戦法があったぜ」

 

 

「手も足も出せないあなたがこの状況で何を・・・?」

 

 

「それは―――《ズキュゥウウウンッ!!》―――『逃げる』っ!!」

 

 

ぐぃいいいいっ!!

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

 

 

―――『能力』は使わないと言ったな。アレは嘘だ。

 

 

俺はあらかじめ手に隠し持っておいた木の枝を『なおして』その引力で森の中へと吸い寄せられるように隠れた。

 

本来ならばあの場で粘り強くこの身一つでレムさんの暴行に耐えながら、それでも辛抱して誠心誠意説得を続けて彼女の怒りが静まり冷静になるのを待つ場面なんだろうけどよぉ~。

 

 

 

 

 

「しかし、状況が変わった!・・・激情したレムさんを相手にどんな説得をすれば心に響くのかカケラも見えない。『山を登る時 ルートがわからん!頂上がどこにあるかもわからんじゃあ遭難は確実なんだ!』―――確実!そうコーラを飲んだらゲップが出るっていうくらい確実なんだッ!」

 

 

 

ジャララッ… ヒュォオオオオオオオッッ!!!

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

ズクシャァアアッ!!

 

 

 

「ごぉおおああっ!?」

 

 

ゴロゴロゴロゴロ…ッ

 

 

 

 

 

枝に掴まって飛行移動中に後方から飛んできた鉄球が俺の右腕を抉るように掠めていった。俺はたまらず引っ張ってもらっていた枝から手を放して地面を転がる。

 

 

 

 

 

「ち、畜生・・・腕の骨がイカれた・・・多分『細い方』を持っていかれた」

 

 

 

―――ジャララララ…ッ

 

 

 

「っ・・・グレートっ《ガサガサガサッ》」

 

 

 

 

 

近づいてくる鎖の音を聞いて慌てて近くの茂みに潜り木陰に隠れる。こんなことしても何の時間稼ぎにもならない。レムさんはすぐに俺の匂いを追跡しちまう。

 

 

―――まずいぜ。あの即死武器《モーニングスター》を何とかしねえと・・・このままだと説得する前に御陀仏だぜ。

 

 

万事休すだった。このままじゃあ遠距離からなぶり殺しにされる。せめて武器を手放してさえくれれば・・・――――――っ!

 

 

 

 

「《ジャララララッ》―――辛うじて致命傷は避けたようですね・・・腕はどんな具合ですか?」

 

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

 

 

レムさんの気配がいつの間にかすぐ傍まで近づいていた。だが、俺は追い詰められたこの状況とレムさんの言葉に閃き・・・いや『天恵』を感じた。

 

 

 

 

「―――こっちへ来て確かめろっ」

 

 

「・・・いいえ。ここで結構です」

 

 

 

 

 

こ、これは偶然かっ!?はたまた運命か・・・いや、『魔女の呪い』ってヤツかも知れねぇ。だが、ここは魔女だろうと何だろうとすがれる物には何であろうとすがるしかねぇ!

 

―――今こそ、ニ●ニコ名物『コ●ンドー』のお家芸・・・『筋肉式洗脳術』のお披露目だぜっ!

 

 

 

 

 

「右腕をやられた・・・あんたでも勝てるっ―――《ザッ》―――来いよ、レムさん。武器なんか捨てて、かかってこいっ!」

 

 

「っ・・・何の真似ですか?」

 

 

 

 

 

俺は右腕をおさえたまま無防備に木陰から顔を出した。レムさんは俺の突然の態度の変化に戸惑っている。付け入るなら今しかねぇ!

 

 

 

 

 

「楽に殺しちゃあつまらんだろう―――コブシを突き立て・・・俺が苦しみもがいて、死んでいく様を見るのが望みだったんだろう。そうじゃないのか、レムさん?」

 

 

「・・・《ジャララララッ》」

 

 

 

 

 

ダメ・・・か?流石に可憐なメイドであるレムさんにこの洗脳術は通じないか。いくら豪快な武器を使っていても彼女には洗脳に至るための筋肉要素が足りない。

 

 

 

 

 

「さぁ、武器を捨てろ!一対一だっ。楽しみをふいにしたくはないだろう?」

 

 

「―――《ギリギリギリギリッ》」

 

 

「来いよ、レムさん―――怖いのか?」

 

 

「・・・殺すっ。あなたごとき相手に武器なんか必要ありません《ドシャァアアッ!》」

 

 

 

 

 

キターーーーーーーッ!!・・・って、オイオイ、マジかよ。本当に釣れちまったぜ。いや、確かに望ましい展開だけどよぉ・・・まさかこんなあっさりと。

 

 

 

 

 

「誰があなたなんかに・・・いいでしょう。お望み通りにしてあげます――――――レムの手で直々にあなたをあの世に送ってさしあげます」

 

 

「やれやれ、右腕こそ使えねえが・・・これで少しは話しやすくなったぜ――――ここからが本当の地獄だ」

 

 

 

 

 

レムさんの一撃必殺の即死攻撃《モーニングスター》は封じることができた。しかし、その代わりに俺はとんでもないもんを呼び起こしちまった。

 

レムさんの『憎悪』という炎に『怒り』という名の油を注いじまった。武器を捨てて攻撃力こそ下がったが、挑発によって他のステータスは上昇している。

 

ここから先はレムさんに敵意がないことを証明するため・・・レムさんの気が済むまで俺は彼女の攻撃《怒り》を受け止めなくてはならない。避けることもせずに終わりのないリンチに耐えなくてはならないのだ。

 

 

――――――グレートっ・・・『逃げる』策の次は、『受ける』策かよ。我ながらどうかしてるぜ、まったく・・・けどよぉ、これしかないならやるしかないっ!!

 

 

 

 

 

「―――来いレムさん!俺の体で応えてやるぜ!」

 

 

 

 

 

真の『覚悟』はここからだぜっ――――――カラダ、もってくれよっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは本当に阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 

 

 

 

 

ドゴォオオオオオオオオオ…ッ!!

 

 

「ぐぁああああああっっ!!」

 

 

 

 

 

顔面を砕かんばかりのレムさんの鉄拳がハンマーのように振り抜かれ俺の体が縦回転でふっとび。

 

 

 

 

 

ズガャァアアアッッ!! ドシャァアアア…ッ!!

 

 

「がっ!・・・ぐはぁあああっ、カァアアァッ」

 

 

 

 

 

首の骨を狙って繰り出された上段蹴りを腕で受け止め、地面を滑り砂を舐めさせられ。

 

 

 

 

 

ドゴスゥゥウウウウッ!!

 

 

「っっ・・・っ!?おっ、ごっ!?・・・ごほぉあああああああっ!!」

 

 

 

 

 

うつ伏せで倒れていた俺の無防備な背中に容赦ない踵落としが降り下ろされ俺は地べたでのたうち回り悶絶する。

 

 

 

 

 

ズドォオッッ、ドォフゥウウッッ、ボグゥウウッッ!!!

 

 

「ぐあっ!?かあっ!ガッ・・・ぶぼぉ、ッッ~~~~ゴバァアアアッッ!!!」

 

 

 

 

 

動けない俺の首根っこを掴んで強引に立たせると俺の腹部と胸部に容赦なく膝蹴りを喰らわして、俺は蹴られる度に勢いよく血を吐き出す。

 

 

 

 

 

ぐぐぐ…っ ドゴシャァアアアアアッッ!!!

 

 

「っ・・・っ―――~~~~っ・・・・・・――――――!!《がくっ》」

 

 

 

 

 

さらに腹部を両手で隠して悶絶する俺の顔面に痛恨の一撃《コブシ》が降り下ろされた。まともに受けた俺は地べたに仰向けに倒れたまま懸命に手を伸ばそうとしたが・・・途中で力尽きた。

 

 

 

 

 

「――――――。」

 

 

「《ぐいっ》――――――・・・エミリア様も姉様も優しすぎます」

 

 

 

 

 

拳についた俺の血を拭って冷たく言い放ち、立ち去ろうとするレムさん――――――クソッタレめ・・・っ、俺をなめんなよ。

 

 

 

 

 

「っ――――ま・・・てよ」

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「ま、まだ・・・話は終わってねえぞ《ガッ、ぐぐぐぐっ》」

 

 

「しぶといですね。まだ諦めないんですか?」

 

 

 

 

 

まだ・・・終わるわけにはいかねえ。ここで負けるくらいなら死んだ方がましだ。いや・・・諦めるのだけは『死んでも』ゴメンだ。

 

 

 

 

 

「そんな、ヤワな攻撃じゃあ・・・俺を・・・殺せやしねえぜ・・・嘘じゃねえ――――――何たって、もう何度も死んでるんだからな・・・俺はっ」

 

 

「《ザワッ》―――あのまま『死んだフリ』をしていれば、やり過ごせたものを・・・そんな体で立ち上がって何が出来るというんですか?」

 

 

「っ・・・ハァ・・・ハァ・・・『完全骨折』―――右小指“1”、右前腕“2”、左前腕“1”、右上腕“1”、左肋骨“2”、下顎骨“1”。『不完全骨折』―――右前腕“1”、“左上腕“2”、左右大腿部“各1”。裂傷“8”。打撲“26”――――――ヘッ、それがどうしたってんだよ」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・俺はこんなところじゃ死ねないんだよ。俺は二度と悲劇を繰り返さない・・・その覚悟を決めてここまで来たんだ――――――俺は、何がなんでも護るんだよ」

 

 

 

 

 

何度殴られたのか覚えていない。蹴られた回数なんて数え切れない。どれだけの血ヘドを吐いたかわからない。何時間暴行を受けていたのか考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 

もういつ倒れてもおかしくない満身創痍な有り様だ。だが、それでも頭の中だけは妙にスッキリしていた。

 

―――覚悟が決まるとここまで人は変われるもんなんだな。

 

 

 

 

 

「『護る』・・・あなたが何を護るというんですか?レムと姉様からすべてを奪ったあなた方『魔女教徒』が――――今更何を護ると言うんですかっ!!」

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・―――《ぐらぁっ!》―――・・・くっ!」

 

 

 

 

 

くそっ・・・意識が朦朧としてきた。目が霞みやがる。しっかりしろ!ここで倒れたら全てが台無しだ。レムさんがやっと本音を吐露してくれるんだ。

 

 

 

 

 

「―――姉様とあなたが会話しているのを覗いているときも、レムは不安と怒りでどうにかなってしまいそうでした。姉様があんな目に遭った元凶が、その関係者が・・・のうのうと、レムと姉様の大事な場所に・・・」

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・」

 

 

「『ロズワール様が歓待しろ』と仰るから、レムも黙って様子を見ていました――――でも、もう耐えられないんです・・・もう監視する時間すら苦痛でならない。姉様が世話をするのを装って・・・あなたと親しげに振舞っているだけとわかっていてもっ!!」

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・“それ”が・・・あんたがずっと隠していた本心か」

 

 

 

 

 

やっと聞くことが出来た。彼女が・・・レムさんがやっと俺に話してくれた。それがどれだけ重たい怨嗟の言葉であったのか頭では理解していても不思議と俺の心は晴れやかだった。

 

 

―――やっとレムさんの本当の感情に触れることが出来たんだ。やっと・・・レムさんをほんの少しだけ『救ける』ことができる。

 

 

 

 

 

「レムはあなたをここで断罪します。例えロズワール様の命令に背くことになったとしても・・・あなたはここで死ななくてはならないんです。他の誰でもないレムの手で殺さなくてはならないんです」

 

 

「フゥーー・・・フゥーー・・・」

 

 

「せめてもの情けです。次の一撃で仕留めてあげます。あなたもこれ以上苦しみたくはないでしょうから」

 

 

「―――レムさんが俺を憎む理由・・・」

 

 

「・・・?」

 

 

「さっきあんたが言った『魔女教徒』って言葉・・・いくら考えたところで当の俺には皆目見当がつかない。だが・・・一つだけ確かなことは―――」

 

 

 

 

 

これでやっとスタートラインに立つことが出来た。けど、レムさんの心の傷は赤の他人である俺にはどうあがいても背負うことはできない。

 

 

 

 

 

「あんたが、過去そいつらに何をされたのか“まだ”俺にはわからねえ――――――だがよ。あんたの流してる『涙』の意味だけはわかるぜ」

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

 

 

レムさんは泣いていた。俺に悲痛な本心を吐露していたときに一筋の涙を流していた。それこそが今なお彼女が苦しんでいる証拠だった。

 

 

 

 

 

「俺にはあんたの心の傷は『なおせねえ』けどよ。あんたの受けてる苦しみが少しでも和らぐってんなら――――――俺の体ぐれぇ・・・いくらでも貸すぜ」

 

 

「~~~~っ・・・ぁぁぁぁああああアアアアアアッッ!!!」

 

 

 

 

 

そこからはもう止まらなかった。彼女は涙を撒き散らしながら拳を振るい、俺は血飛沫を撒き散らしながらそれをただただ受け入れた。

 

 

彼女の怒りの拳ではない。哀しみと嘆きのこもった拳で殴られることで俺はようやく彼女に近づけた気がしていた。

 

 

―――だが、次第にその拳の勢いも威力も弱まっていった。

 

 

 

 

 

「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ」

 

 

「―――ペッ!・・・もう終わりかよ。こんなもんじゃあねえだろ・・・あんたが抱えていたもんはぉよぉ~」

 

 

「―――不快ですね。こんなことして・・・レムへの贖罪のつもりなんですか?あなたは何故、避けることもせず、反撃もせず、死のうともせずに・・・されるがままなんですかっ!?そんなボロボロの血みどろになってまでレムに殴られ続ける理由はなんなんですかっ!?」

 

 

「ハァー・・・ハァー・・・」

 

 

 

 

 

いくら強がったところでレムさんの言うとおりオデノカダダハボドボドダ。あともう一発食らえば本当に死ぬかもしれねぇな。

 

 

 

 

 

「フゥー・・・フゥー・・・っ、決まってんだろぉ。例え俺自身がどんなに殴られようと蹴られようと切り刻まれようと・・・ボロボロの血濡れになったとしてもよぉ~――――『女の涙』に濡れんのだけはもうごめんなんだよ」

 

 

「―――・・・っ!?」

 

 

「ただそれだけさ」

 

 

 

 

 

俺はレムさんの過去を知らない。だけど、レムさんだって俺のことを知らねえんだ。

 

―――俺があの『生き地獄』から帰ってこれたときにどれだけ救われたのかレムさんは知る由もないだろう。

 

だから、俺を救ってくれた彼女のために命を張る覚悟が出来たのだって至極当然のことなのだ。

 

 

 

 

 

「っ―――ぅぁああああアアアアアアッッ!!!」

 

 

ドコォオオオッ!!

 

 

「ぶはぁアアっ!?」

 

 

「フゥーー・・・フゥーー・・・ッッ!!――――――あなたの戯れ言はもううんざりですっ!これ以上、あなたと話しているとレムまで頭がおかしくなりますっ!―――《ジャララララッ》―――あなたが魔女教徒であることを認めないのであれば、それでも結構です!今度こそ、とどめをさしてあげましょうっ!!」

 

 

 

 

 

レムさんはとうとうしびれを切らして愛用のモーニングスターを手に取った。あれをくらったら今度こそ俺は確実に絶命するだろう。今回のループもまた失敗に終わる。

 

 

―――・・・これまでか。やっぱり、レムさんに信じてもらうのは一筋縄じゃあいかねえよな。

 

 

だけど、これでほんのちょっぴりでも彼女の心の傷を軽く出来たんなら・・・この時間で生きてきた甲斐があった。

 

 

 

 

 

「―――アアアアアアアアアアアアッッ!!!《ブオンッ!!》」

 

 

 

 

 

グレート・・・レムさんの投げたモーニングスターの軌道がハッキリとよく見える。

 

俺の右側頭部をぶち抜いて頭を吹っ飛ばすつもりだ。こりゃあ避けられそうもねえな。

 

 

―――だが、これで死ねるんなら悪くない・・・俺が殺してしまった女の手にかかって死ねるんなら、それも悪くねえよな。

 

 

俺は死ぬことに一切の恐れを感じなかった。むしろ、今の俺は全てから解放されたかのような笑みを浮かべていたことであろう。

 

 

 

 

 

「――――――許せ、レムさん。これで最後だ」

 

 

 

ズゴシャァアアアアアアアッッ!!!

 

 

 

 

 

周囲が朝焼けの光に包まれていく森の中で巨大な轟音だけが響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――その頃、ロズワール邸では・・・。

 

 

 

 

 

「―――パック、二人は見つかった?」

 

「ううん。こっちはダメだった。ベティにも聞いたけど屋敷のどこにもいないって・・・」

 

「・・・そう。レムもアキラも・・・どこに行っちゃったのかしら」

 

「オイラ、ちょっと屋敷の周辺を探してくるよっ!何か二人の手がかりが見つかるかもしれない」

 

 

 

 

 

ラムを始めとし、エミリアやパック、屋敷の主であるロズワールも含め、大騒ぎになっていた。

 

夕べまで普通に過ごしていたはずの二人が突然昨日の夜の内に姿を消したのだ。

 

 

 

 

 

「―――エミリア様っ!レムは・・・レムは見つかりましたかっ?」

 

 

「ごめん、ラム。まだ見つかってないの。パックもベアトリスも屋敷のどこにも見当たらないって」

 

 

「っ・・・まさかジョジョと二人で森の中に―――っ」

 

 

 

 

 

それは考えられない。そんなことをする意味がない。レムとアキラが二人で森の中に入る目的なんかない。でも、ラムは何かハッキリとした心当たりがあるような感じだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、ラム。何か二人が森の中に入る理由に心当たりでもあるの?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ねえ、ラム!」

 

 

 

 

 

わたしの質問に閉口して答えようとしないラム。ただその表情はただただ心配そうで辛そうだった。

 

わたしがラムにもう一度問いかけようとしたその時だった。

 

 

 

 

 

「《ぎゅーーーんっ》―――リアーーーっ!」

 

 

「・・・パック?」

 

 

「いたよっ!見つかった!」

 

 

「本当にっ!?」

「レムはっ・・・レムは無事なのっ!?」

 

 

「うんっ!その辺は大丈夫っ――――――『二人とも』ちゃんと帰ってきたっ!!」

 

 

 

 

 

わたしはパックの案内を受けて大急ぎで駆け出した。ただただ二人が心配だった。本当はお説教しなくちゃならないんだけど・・・――――――アキラが隠れて密かに行動していたってことに不安を感じていた。

 

アキラはもしかしてまたあの時のように無茶をしてるんじゃないかって確信にも似た何かがわたしの胸の中を支配していた。

 

 

―――そして、わたしの予感はやっぱり当たっていた。

 

 

 

 

 

「アキラっ!?」

「レムっ!?」

 

 

「よぉ~・・・朝帰りで申し訳ねぇな。遅れたぶんはきっちり仕事すっからよ。まずは朝飯の準備からだな」

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

 

 

 

 

アキラはまるで何事もなかったかのように立っていた。だけど、その様相はとてもひどく・・・一言で言えば瀕死の重傷だった。

 

顔はボコボコに腫れ上がっていて、服は血みどろ、体のあちこちの骨が折れているのか至る部位が青く黒ずんでいた。心なしかアキラの骨が軋んでいるような音が聞こえてくる。

 

 

だけど、反対に背中で眠るレムはあまりにも綺麗な姿だった。

 

メイド服には汚れらしい汚れもなく。体のどこにも異常は見られず。レムはまるで泣きつかれた子供のように穏やかにアキラの背中で眠りこけていた。

 

 

 

 

 

「―――レムっ!」

 

「心配すんな。お前の妹には傷ひとつねえよ」

 

「っ・・・ジョジョ、レムを連れてどこに行ってたのっ!?答えなさいっ!」

 

「それは・・・――――――お前自身もよくわかってんじゃあねえのか?」

 

「―――っ!?」

 

「ま、つまりはそういうことだよ」

 

 

 

 

 

アキラはニコニコと爽やかに笑いながらラムに答えていたけど・・・今はそんなことどうでもいいのっ!

 

 

 

 

 

「アキラっ!夕べ何があったの?・・・何でアキラがこんなボロボロになって・・・っ、とにかく急いで傷の手当てをしないとっ!」

 

 

「それは朝飯の準備が終わってからにしてくれ。朝帰りで今日の仕事が全部遅れちまったからな」

 

 

「バカ言わないで!そんなボロボロの人に仕事なんかさせられませんっ!いいから、こっち来なさいっ」

 

 

「なあ、エミリア。その前にちょっと頼みがあるんだが・・・」

 

 

「~~~~っ・・・もう!こんな時に何なのっ!?」

 

 

 

 

 

アキラの傷を見て慌てふためくわたしに真っ直ぐな目を向けてアキラは正気とは思えないことを口走った。

 

 

 

 

 

「―――レムさんを起こさないでくれ。『死ぬほど』疲れている」

 

 

「おバカっ!」

 

 

 

 

 

 

 




出来上がったものを見てつくづく思うのですが。果たして、この小説を読んだ何人がこの細かすぎるネタの数々を理解できるのでしょうか?

わかってはいるんです。筆者は間違いなく病気だということは!でも、書いている内に自然と思いついてしまうものは仕方がないのですっ!


―――ネタ!書かずにはいられないっ!


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第24話:レムの闇。転機の訪れ


当初、この作品はコメディ路線を強く書いていくつもりだったのですが、話が長くなればなるほどシリアス路線に偏ってしまいます。

そして、幻想の投影物様、ハコニシ様、グンダリ無駄遣いおじさん様・・・感想ありがとうございます!皆さんのコメントが大変励みになっております。読んだ方から頂けるメッセージはやはり何度見ても嬉しいです。



 

 

 

 

 

 

 

―――その人を見たとき、『レム』は自分の中の全てをかき乱された。

 

 

 

エミリア様の恩人として迎え入れられたその人は、わたしの全てを奪い、わたしの全てを踏みにじったあいつらと同じ・・・――――――『魔女』の匂いを放っていたから。

 

 

 

その時、『レム』がどれ程筆舌に尽くしがたい感情に支配されたのかを・・・誰も知らない。きっと姉様だって知らない。

 

 

 

憎み、忌み、厭い、怨み、憎悪、厭悪、唾棄、嫌忌、嫌悪、忌諱、嫌厭、憤慨、激憤、憤懣、憤怒、怨毒、怨讐、悲憤、怨嗟、憤激・・・

 

 

 

どれ程の言葉を重ねても足りないほどのどす黒い感情で埋め尽くされていくのを自覚した。

 

 

 

本当は今にも飛びかかりそうになるのを抑えるのに必死だった。その人を見ているだけで自分が漆黒の意思に染まっていくのを自覚し、黒く染め上げられていく『レム』を止められなくて・・・そうなっていく『レム』自身が怖くなった。

 

 

 

その人はエミリア様を窮地から救った恩赦としてロズワール様のお屋敷に雇ってもらえるよう進言した。

 

 

 

ロズワール様はこれを快く了承し、使用人としてわたしと姉様のもとで働き始めた。

 

 

 

―――そこからが『レム』にとって地獄の始まりだった。

 

 

 

 

 

『―――つーわけでよぉ・・・よろしく頼むぜ。先輩っ!言っちゃあなんだが、俺は使用人なんて仕事生まれて初めてだからよぉ~』

 

『はいはい、よろしく。ジョジョ』

 

『『ジョジョ』じゃないっ!『十条』だっ!―――そうやって明け透けに面倒臭そうにされると身も蓋もないぜ』

 

『おめでとう。今日からジョジョはラムとレムの奴隷よ』

 

『全然嬉しくねえなぁ、それっ!』

 

 

 

 

 

ロズワール様の命令で働き始めたその人はすぐに屋敷の中に溶け込み始めた。

 

 

 

 

 

『よぉ、ベア様にパック!今日もモフッてるか?』

 

 

『やあっ、アキラ。おはようっ!』

『うるさいのが来やがったのよ―――って、勝手ににーちゃを撫でるんじゃないのよっ!にーちゃの毛並みに触れていいのはベティだけなのよ』

 

 

『ケチケチすんなよ。俺は使用人の仕事で疲れがたまって大変なんだぜ。せめてこうやってアニマルセラピーでもやっておかねえとストレスで俺の寿命がマッハだぜ』

 

 

『ふんっ、お前の寿命がいくら縮もうとベティには関係ないかしら。さっさとにーちゃから離れるのよ』

 

 

『おっと、それは出来ない相談だぜ。どうしても返して欲しくば―――貴様のツインテールを俺に巻かせやがれ』

 

 

『なっ・・・!?そ、そんなこと出来るわけないかしら』

 

 

『ぐへへへへっ・・・貴様がツインテールを差し出さなければ俺はこのパックをモフり尽くすだけだぁ《モフモフモフモフモフ》』

『ベティ、タスケテー。コノママダトボクノケガワゼンブモフラレチャウヨー』

 

『にーちゃ!・・・なんてゲスいやつかしら。ベティは絶対に許さないのよっ!』

 

 

『―――ねえ、アキラ・・・これ、いつまで続くの?』

 

 

 

 

 

あの人はどこまでもズカズカとわたしの居場所を踏み荒らし蹂躙していった。

 

 

 

わたしと姉様が全てを奪われ、親を失くし、帰る家を失くし、やっと流れ着いたこの屋敷が、どんどん・・・どんどん汚されていく。忌々しいあの魔女の匂いに染められていく。

 

 

 

許せない・・・赦せない・・・ユルセナイ・・・

 

 

 

何で『レム』が、こんな思いをしなくてはならないの?

 

 

 

『レム』はこれ以上、何も失いたくないのに・・・どうしてそっとしておいてくれないの?

 

 

 

何で・・・何で・・・何で・・・『レム』がこんなに我慢しなくちゃいけないの?

 

 

 

『レム』と姉様から全てを奪った『レム』と姉様の怨敵が、『レム』と姉様の前で――――――ナンデ笑ッテル?

 

 

 

あの日からずっと『レム』と姉様はずっと過去に縛られて生きてきたのに・・・心に受けた傷を癒すことも出来ずに過去に押し潰されそうになりながら這いずるように生きてきたのに・・・っ――――――なのに何で・・・っ。

 

 

 

――――――何デ、オ前ハ嘲笑ッテイラレル?

 

 

 

殺してやる・・・っ

 

 

 

絶対に殺してやるっ。

 

 

 

『レム』と姉様から全てを奪っておいて・・・何の罪も業も背負うことなく、過去を忘れ、咎を忘れ、踏みにじられた者の存在すらも忘れて、のうのうと嘲笑っている―――あの毒蟲にも劣る『魔女教徒』を。

 

 

 

――――――『レム』の手でなぶり殺しにしてやる。

 

 

 

 

 

『楽に殺しちゃあつまらんだろう―――コブシを突き立て・・・俺が苦しみもがいて、死んでいく様を見るのが望みだったんだろう。そうじゃないのか、レムさん?』

 

 

 

 

 

フザケルナ・・・殺すだけじゃあ足りない。痛めつけても足りない。踏み潰しても足りない。折るだけでも足りない。砕くだけでも足りない。削ぐだけでも足りない。引きちぎっても足りない。八つ裂きにしても足りない。

 

 

 

『レム』と姉様が受けた苦痛はそんなものではない。

 

 

 

 

 

『来いよ、レムさん――――――“怖いのか”?』

 

 

 

 

 

その言葉が引き金となった――――――感情と本能に支配されるがままにあの人を殴り付けた。

 

 

 

殴って、蹴って、潰して、折って、砕いて、削いで・・・思い付く限りのありとあらゆる苦痛を与え続けた。

 

 

 

それでもあの人は何度でも立ち上がってきた。まるで『レム』が秘めた苦痛の全てを受け入れようとしているかのように。

 

 

 

どんなに・・・どんなに・・・どんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなにどんなに――――――傷つけても、うっすら笑いながら立ち上がってきた。

 

 

 

悲しそうに、嬉しそうに・・・レムの攻撃を全て受け止め続けた。

 

 

 

何で・・・?

 

 

 

何で、そんな風に笑っている?

 

 

 

あなたは『魔女教』の人間のはずなのに・・・何でそんな風に笑っているんですか?

 

 

 

『レム』に傷つけられて、何でそんな風に笑っていられるんですか?

 

 

 

それじゃあ、まるで『レム』を・・・『レム』を・・・

 

 

 

 

『―――レム。ジョジョはバカで非常識で愚かだけど・・・ラム達にはないものを持っているわ。それを信じてあげなさい』

 

 

 

 

 

どうしてですか、姉様?

 

 

 

姉様も『レム』もずっと苦しんできたじゃないですか。あいつらのせいで大切なものを全て失ったんじゃないですかっ。

 

 

 

 

 

『―――レム。アキラはいい子よ。心配しないで』

 

 

 

 

 

何でそんなことが言えるんですか?

 

 

 

エミリア様も『レム』も姉様もこの耐え難い魔女の呪縛に苦しめられてきたのに・・・何でエミリア様はそんな風に笑っていられるんですか?

 

 

 

この男にそんな価値なんてあるわけがないのに。

 

 

 

こんな魔女の寵愛を受けた『魔女教徒』なんかに―――――っ!

 

 

 

 

 

『俺にはあんたの心の傷は『なおせねえ』けどよ。あんたの受けてる苦しみが少しでも和らぐってんなら――――――俺の体ぐれぇ・・・いくらでも貸すぜ』

 

 

 

 

 

――――――ダマレ。

 

 

 

お前に『レム』と姉様の何がわかる?

 

 

 

『レム』と姉様を絶望の淵に叩き込んだ悪夢の元凶が、そんな上面の言葉を並べるな。

 

 

 

そんな目で『レム』を見るなっ。

 

 

 

そんな澄んだ目で『レム』と姉様に寄ってくるな。

 

 

 

寄るな・・・寄るな・・・寄るな・・・よるな・・・よるな・・・ヨルナ・・・ヨルナ、ヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナヨルナ。

 

 

 

そんな『レム』のことを知っているような目でわたしに近づいてくるなっ。

 

 

 

 

 

――――――『レム』の中でそれまでとは違った感情が爆発した。

 

 

 

 

 

殴った。殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って殴って・・・これ以上ないくらいに痛めつけた。

 

 

 

でも、どれだけ痛めつけても・・・何も変わらなかった。

 

 

 

どうして?

 

 

 

『レム』の胸はこんなに漆黒の意思に支配されているのに一向に闇は晴れなかった。どれだけ『過去』を振り払うように殴り付けても――――――わたしの心は何にも満たされなかった。

 

 

 

それどころか、いくら殴り付けられても抵抗してこないあの人を前に・・・次第にわたしの中である感情が沸き上がってきた。

 

 

 

ボロボロの様相で立ち上がったその男を前にして感じたのは、信じられないことに――――『罪悪感』だった。

 

 

 

どうして『レム』がそんな感情を感じなくてはならない。

 

 

 

全てを奪った『魔女教徒』にそんな情けなんていらないのに。

 

 

 

『レム』はあんなにも魔女教を憎んでいたはずなのに―――っ。

 

 

 

 

 

結局、『レム』はその人を――――――『殺せなかった』。

 

 

 

 

 

理由はわたしにもわからない。だけど、何故だか殺せない・・・『殺しちゃいけない』と微かに迷いが生じた。

 

 

 

あの人はそのまま地面に倒れて気絶し、『レム』はうつ伏せになって倒れ伏している彼にとどめを刺すことが出来ず。近くに生えていた樹に背中を預けるように座り込んだ。

 

 

 

そして、あの人を殺さなければならないという『レム』の感情とそれをしてはならないと囁く『わたし』の理性が葛藤し続け・・・――――――そのまま殴り疲れた疲労に吸い込まれるように眠ってしまった。

 

 

 

 

 

『――――――許せ、レムさん。これで最後だ』

 

 

 

 

 

全てが終わったとき、あの人が笑顔で放った懺悔にも似た言葉だけがひたすらわたしの中で木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――んん・・・んっ・・・レムの、部屋?」

 

 

 

 

 

目を覚ましたとき、レムは自分のベッドの中だった。カーテンの隙間から差す日光の角度から瞬時に今が昼時だとハッキリとわかってゆっくりと起きた。

 

 

―――夕べのことは夢だったのだろうか?

 

 

あんなにも生々しく殴り付けた感触が未だに手足に残っているのに・・・だけど、レムの手は綺麗なままだった。

 

 

殴りすぎてボロボロになっていた手の甲の皮膚もギシギシ悲鳴をあげていた指の間接の痛みも付着してこびりついた返り血も綺麗に『なおって』いた。

 

 

それを自覚したとき、これが誰の仕業なのかをレムはハッキリと確信した。

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「―――起きたのね、レム」

 

 

「・・・姉様」

 

 

「ロズワール様の付き人ともあろう者がお寝坊だなんて本来なら絶対に許されないことだわ。今回はお咎め無しになったけど以後注意することね」

 

 

 

 

 

ドアからレムのメイド服を抱えた姉様が入ってきた。姉様は職務放棄をしていたレムを叱るでもなく咎めるでもなくいつもと変わらぬ出で立ちだった。

 

 

 

 

 

「レムらしくもないわね。今日はずいぶんとお寝坊だったわ―――夕べは悪い夢でもみていたのかしら」

 

 

「姉様。あの・・・っ」

 

 

「朝食の支度も午前中のお仕事もラムとジョジョでやっておいたわ。お屋敷はいつも通りよ。だから心配しないで。体調が悪いようだったら今日はもう休みなさい」

 

 

「・・・アキラくんが?」

 

 

「ええ。そうよ」

 

 

 

 

 

アキラくんが仕事をしていた?屋敷はいつも通り?――――そんなことはあり得ない。

 

 

彼はレムの手で殺さんばかりに痛めつけたのだ。仕事どころか立って歩くことすらままならない・・・それこそ普通の人だったら死ぬか半年はまともに歩けもしない程の重傷のはずだ。

 

 

―――アレは『夢』だったの?

 

 

そんなはずはない。あれ程感情的に人を傷つけた鮮明な記憶が夢であるはずがない。でも、姉様は『いつも通り』って言ってた。その言葉の意味がわからない―――わたしの記憶と噛み合わない。

 

 

 

 

 

「姉様」

 

「なに、レム?お食事ならラムとジョジョがいるから大丈夫よ。もっともラムの料理の素晴らしさもわからないジョジョではラムの足を引っ張らないか心配なのだけど」

 

「アキラくんは・・・何か言っていましたか?」

 

「・・・質問の意味がよくわからないのだけど」

 

「・・・・・・。」

 

「本当にレムらしくないわね。いつものレムならそんな遠回しな聞き方は絶対にしないはずだわ。聞きたいことがあったらハッキリ聞いたらどう?」

 

 

 

 

 

姉様の言う通りだ。レムらしくもない。姉様を前にしてこんな探りを入れるなんて『レム』なら絶対にしない。

 

わかっている。これはレムが臆病なせいだ。自分が犯した事実を認めたくないからこんな回りくどいことをしている。

 

 

 

 

 

「夕べ・・・あの後―――」

 

「・・・申し訳ないけど。質問なら後にしてちょうだい。ラムはそろそろ仕事に戻らなくてはならないわ。レムは体調がまだまだ優れないみたいだし、仕事に復帰するかどうかはレムの判断に任せるわ」

 

「・・・ハイ。姉様」

 

「レムはいつも無茶が過ぎるわ。いつもそんなのだから今日みたいにお寝坊さんになっちゃうの。少し肩の力を抜きなさい。レム一人で何でも背負いすぎるのはよくない癖だわ」

 

 

 

 

 

姉様は強引に話を打ち切るとそのままドアの方へと歩いていった。優しい姉様はいつもレムのことを心配してくれる。でも、レムは・・・――――――

 

 

 

 

 

「さっきのレムの質問について一応答えておくわ」

 

「―――姉様?」

 

「『ジョジョは何も言わなかったわ』・・・ラムから言えるのはそれだけよ」

 

「・・・・・・。」

 

「今日はゆっくり休みなさい、レム」

 

 

バタンッ

 

 

 

 

 

それだけ言い残すと姉様は静かに部屋を出ていった。姉様からは『休みなさい』と言われたけど、レムはこのまま休んでいるのも申し訳なかったためいつものメイド服に着替えることにした。

 

 

カサッ

 

 

レムがメイド服を羽織ったときに机の方から微かに物音が聞こえた。見るとそこには『イ文字で書かれた書き置き』が残っていた。

 

 

 

 

 

『こんや、そとではなしがある』

 

 

「―――っ!」

 

 

 

 

 

間違いない。それは自分が夜中に呼び出されたときに処分するのを忘れて残していったアキラくんの書き置きだった。

 

それを見た瞬間、レムは一気に血の気が引いたのを感じて急いで着替えてドアから飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋敷の廊下の埃をたてて廊下を走らないよう早歩きをしながらアキラくんの姿を探していた。

 

アキラくんを探している途中、今日レムがやる予定だった掃除場所を眺め明らかに姉様以外の誰かがやっていった痕跡を確認した。

 

 

―――間違いない。これは『彼』がやったものだ。あの人は本当にボロボロのあの体でレムの代わりにこれだけの仕事をやっていたのだ。

 

 

止めなくちゃならない。あれだけ痛め付けといて何を言っているのかわからないけど・・・レムはアキラくんを止めなくてはなはない。

 

でも、この広いお屋敷の中でアキラくんがどこに行ったのかわからなくてレムは仕方がなく彼の匂いを辿ることにした。不思議とあれだけ嫌悪していた魔女の残り香が、今はそれほど抵抗を感じなかった。

 

 

程なくして、彼の匂いの痕跡がある部屋から漏れ出ているのをかぎとりレムは部屋を開けた。

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「・・・アキラくん?」

 

 

「―――今度は『妹』の方かしら。よくもまあどいつもこいつもベティの扉渡りをあっさりと破ってきやがるのよ。しかも、ノックすらしないなんて・・・よっぽど焦っていたのかしら」

 

 

「ベアトリス様・・・失礼しました。よもやベアトリス様の禁書庫の扉だとは露知らず」

 

 

 

 

 

違った。扉を開けた場所はベアトリス様の禁書庫だった。どうやらレムは偶然ベアトリス様が『扉渡り』で繋いでいた部屋の扉を引き当ててしまったらしい。

 

―――いや、でも・・・この部屋からも仄かに『魔女の残り香』が匂ってくる。

 

 

 

 

 

「《ペラッ》まったく今日はお前のせいでさんざんなのよ。朝早くにいきなり呼び出されたと思ったら『姉』の方からお前がどこ行ったか知らないかってしつこく質問攻めにされたのよ。どこへ行こうとお前の勝手だけど・・・ベティの迷惑にならないところでやって欲しいかしら」

 

 

「―――大変ご迷惑をお掛けしました。改めてお詫び申し上げます」

 

 

「謝るくらいだったら最初からやるんじゃないのよ。あの男もあと一歩で死ぬところだったのよ。お前らと違ってあの男はただの人間だから加減しないと簡単に死ぬってことを肝に命じておくかしら」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ベティの治癒魔法で傷はもう治したけど。懲りずに屋敷の仕事をやってるみたいだからあの男に用があるなら早く行った方がいいかしら―――傷は治したけどあの体じゃあそう長くはもたないのよ」

 

 

「アキラくんは今どちらへ?」

 

 

「さあ~?あの男の考えることはベティにはよくわからないのよ」

 

 

「わかりました。では、レムは他の場所を探してみます。読書中にお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。レムはこれで失礼します」

 

 

 

 

 

レムとの会話中、ベアトリス様は一度も顔をあげることなく手元の本に目線を落としていたが、レムはベアトリス様が見ていないとわかっていながら使用人としての礼儀作法で一例を残して部屋から立ち去った。

 

 

―――ベアトリス様の禁書庫から魔女の残り香を感じたのはアキラくんの怪我の治療をされていたからのようですね。

 

 

とりあえず、アキラくんはあの重傷の体のまま使用人の仕事をしていたわけではなかったとわかり安心した。

 

 

 

 

 

「《ぴたっ》―――“安心”?」

 

 

 

 

 

レムは自分で何を言っているのだろう。思わず自分で言ったことにも関わらず疑問を感じて歩いていた足を止めてしまった。

 

レムは今アキラくんが傷を治してもらったことに安心した。何故、そんなことを考える必要があるのだろう?

 

確かに昨日レムはアキラくんを殺すことができなかった。でもまだ疑いが晴れたわけではない。いいえ、むしろ間者の可能性は未だに高いし、レムにはアキラくんが『魔女教』の関係者だという確信がある。

 

 

それなのに・・・何故、レムは安心したのだろう。

 

 

レムがアキラくんのことを信じ始めたのだろうか?まさか。そんなことがあるわけがない。

 

レムも姉様も魔女教の恐怖は未だにハッキリと覚えているし、生涯を通して魔女教にやられたあの残虐な仕打ちを忘れることなどできっこない。

 

なのに・・・それなのに・・・何でこんな安心している自分がいるのだろう。

 

 

 

 

 

「―――『アキラ』・・・くん」

 

 

 

 

 

違う。アキラくんは何かが違う。同じ魔女教の関係者のはずなのに・・・――――アキラくんは何でレムに傷つけられて笑っていられたのだろう。

 

 

アレはレムを嘲笑っている者の笑みではない。寧ろ、その逆・・・絶望の中で希望を見つけたかのような『安堵』の笑みだった。

 

 

―――まるで『レム』に罰を乞うかのような深い安堵の笑顔だった。

 

 

知れば知るほどわからなくなる。アキラくんは何者で、何が目的で行動しているのか・・・――――魔女教徒《大罪人》のくせに何でレムにそんなに『優しく』しようとするのか理解できなかった。

 

 

 

 

 

「―――この匂い・・・アキラくんの部屋」

 

 

 

 

 

匂いのもとを辿っていくとやがて使用人用としてあてがわれたアキラくんの部屋にたどり着いた。間違いない。アキラくんは今度こそこの扉の向こうにいる。

 

ノックすることに多少の躊躇はあったけれど・・・それも一瞬のことレムはできるだけ刺激しないようにそっと扉を叩いた。

 

 

 

 

 

コンコンコンッ

 

 

「―――失礼します。アキラくん、よろしいですか?・・・・・・アキラくん?《カチャッ》」

 

 

 

 

 

ドアの向こうから反応がない。レムはそっと音を立てないようにドアを開いた。

 

 

 

 

 

「しぃーーー・・・静かにしてあげてね」

 

 

「エミリア様?」

 

 

 

 

 

どうしてアキラくんの部屋にエミリア様が・・・そう思ったのも束の間、すぐにその理由がわかった。

 

 

 

 

 

「―――くか~~・・・くお~~・・・」

 

 

「・・・アキラくんは寝ているんですか?」

 

 

「うん。ついさっきね。寝かしつけるの大変だったのよ。ボロボロの大怪我をして朝帰りしてきたくせに、休息もとらずに『屋敷の仕事に戻る』の一点張り。ホント、アキラってば頑固で意地っ張りなんだから」

 

 

 

 

 

エミリア様はアキラくんが眠るベッドのわきでアキラくんの頭を撫でていた。その姿はまるで赤ん坊を優しく寝かしつける聖母のようだ。

 

 

 

 

 

「お屋敷の仕事を・・・全部やったんですか?」

 

 

「ええ、そう。『レムが休んでいる間の仕事は自分がやる』って言い張って、今日一日ずっと頑張ってたのよ。さっきお夕飯の支度を終えたのに、それでも休む気がなかったみたいだから強引に連れてきちゃった」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「まだ働きはじめて三日目なのに・・・夜中抜け出すし、大怪我するし、朝帰りするしで・・・ことごとく無茶ばかりやるから目が放せないわね―――すごく悪い子《つん、つん》」

 

「―――んっ・・・んぐ・・・」

 

 

 

 

 

疲れはてて眠るアキラくんの頬を指で突っつきながらエミリア様は楽しそうにアキラくんの表情を観察していた。

 

アキラくんが決して気まぐれや悪ふざけでそんなことをした訳じゃないってことくらいエミリア様も本当はわかっているはずだ。

 

なのにレムのことを責めたりしないのは・・・

 

 

 

 

 

「エミリア様。アキラくんはなんと答えたんですか?」

 

 

「え?」

 

 

「アキラくんが夕べどこで何をしていたのか聞かれて何と答えたんですか?」

 

 

「・・・そうね~」

 

 

 

 

 

エミリア様は顎に指先を当てて少し考えるとクスッと笑ってこう答えた。

 

 

 

 

 

「―――なんにも」

 

 

「・・・え?」

 

 

「何にも教えてくれなかったわ。『いったい何があったのか教えてちょうだい』って聞いても『ダメだ』とか『大惨事大戦だっ』とかしらばっくれるだけで・・・何一つわからなかったわ――――レムは何か知ってるんじゃない?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ふふふっ、ごめんね、レム。ちょっと意地悪しちゃったわね」

 

 

 

 

 

エミリア様は間違いなくアキラくんの怪我が誰にやられたものか気づいてる。気づいててあえて知らないふりをして微笑んでいる。

 

 

 

 

 

「実はアキラがね。ひとつだけ教えてくれたことがあるの。何て言ってたと思う?」

 

 

「・・・さあ?レムには見当もつきません」

 

 

「―――『俺はレムさんに助けられた』だって」

 

 

「・・・・・。」

 

 

「『だから、レムさんがお仕事サボったことを責めないで欲しい』って・・・それだけ言って一日中仕事に奔走していたの。アキラの方がよっぽど重傷だったのにね。レムのケガはアキラが“なおして”くれたみたいだったし」

 

 

「・・・何故、アキラくんは自分の傷を治そうとしなかったんですか?レムのケガが治せるのなら・・・自分のケガもなおせるのでは」

 

 

「―――アキラの『なおす力』は自分だけには使えないの。他のものであれば際限なくなおせるみたいだけど。自分がどんなにひどい重傷でもそれだけはなおすことが出来ない・・・そういう制約があるみたいなのよ」

 

 

「―――っ・・・」

 

 

 

 

 

信じられない事実だった。レムはアキラくんが一方的に攻撃を受けているのは『いつでも自分をなおせる』という自信があったからだと思い込んでいた。

 

―――だけど違った。アキラくんは本当に死ぬほどの覚悟でレムの拷問に耐え続けていたのだ。

 

 

 

 

 

「―――レム。アキラのことがまだ信じられない?」

 

 

「・・・・・ハイ」

 

 

「わたしはね・・・レム。アキラの『なおす力』は『自分が傷ついてもいいから他の誰かを助けたい』っていうアキラの気持ちの現れだと思っている―――自分のためじゃなくて誰かのために頑張れるって、すごく素敵なことだって思わない?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「わたしはそう思ってるわ」

 

 

 

 

 

エミリア様もアキラくんのことをそこまで深く知らないはずなのにアキラくんを見る目は深い信頼に彩られている。

 

エミリア様はアキラくんの放つ魔女の匂いに気づいていないだけだ。きっとそれを知ればエミリア様だって・・・――――――

 

 

 

 

 

「―――アキラくんが本日レムの分までお仕事をしていただいた分は明日レムが引き受けます。ですので明日一日は仕事をせずに部屋で大人しくしているようアキラくんに伝えてください」

 

 

「それはわたしじゃなくて・・・レムがやるべきなんじゃない?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「お願いね、レム♪」

 

 

 

 

 

ニコニコと微笑みながらそう命じたエミリア様からは有無を言わせぬ強い覇気のようなものが感じ取られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワール邸にて三日目の深夜。

 

 

 

 

 

「《ガバッ!》―――モ・・・モンテスキューッ!?」

 

 

 

 

 

謎の奇声と共に目を覚ました。

 

 

 

 

 

「チェッ、夢か・・・――――――なんて言ってる場合じゃあねえ!仮眠のはずが、完全に爆睡こいちまったぜっ!」

 

 

 

 

 

エミリアにそそのかされてついついベッドの中に入っちまったが、気がつけば外は真っ暗だ。どうやら、夜通しボコられ続けていた疲れのせいでかなりの時間寝ちまっていたようだ。

 

まだ、食器の片付けとか洗濯物の回収だとか寝る前に色々残ってるってのに・・・

 

 

 

 

 

ガチャッ!

 

 

「―――グレートっ・・・もう真っ暗だ。今日の仕事完全に終わっちまってるぜ。屋敷に来てからまだ三日目でボイコットとか終わってるぜ、チキショウ」

 

 

 

 

 

ヤベエよ。明日からどの面下げて仕事に復帰すりゃあいいんだよ。俺、ただでさえ夜中無断で抜け出したことで印象最悪だってのによぉ~。

 

これじゃあ心証を回復するどころか止めを指したも同然だ。

 

 

 

 

 

「・・・仕方がねえ。いくらなんでも今日はもう遅すぎる。謝るのは明日みんなが起きてからにしよう。レムさんの代わりを務めるどころか完全に役立たずだぜ、こりゃあ――――《バタンッ》・・・やれやれだぜ」

 

 

「―――・・・。」

 

 

「うぉおわぁあああああああああああっっ!!?《ビビクゥウッ!!》」

 

 

 

 

 

部屋に入ってドアを閉めたら何故かドアの横の壁にレムさんが直立不動の姿勢で黙したまま控えていた。

 

―――びっくりした!超ビックリしたっ!

 

いや、ドアを閉めたら扉の影にヤツがいるなんてどこのB級ホラーのドッキリテクだよっ!?

 

 

 

 

 

「《ズザザザザァァーーーッ!!》な、なななな何してるんスか、レムさんっ!?」

 

 

「・・・本日の仕事が終了した旨を伝えようとここで起きるのを待っていました」

 

 

「あんた、そこでずっと立ってたの!?想像するとすごく怖いんですけどっ!椅子とかに座って待ってりゃあ良かったじゃないッスか!」

 

 

「アキラくんが倒れたのはレムのせいでしたので・・・椅子に座って待ってるのは気が引けました。それにアキラくんの寝顔を間近で見ていると―――濡れたタオルを顔にかぶせたくなるので」

 

 

「おいヤベーよ、この人っ!全然俺のこと許す気ねえよ!完璧に殺意の波動に目覚めちゃってるよっ!夕べからずっと殺意の波動に目覚めたまんま元に戻ってねえよ!」

 

 

 

 

 

昨日、ギリギリで俺を殺すことを思い止まってくれたから少しは信用してくれたのかと思ったけど全然違った。ただ単に己の殺意を隠さなくなっただけだった!

 

 

 

 

 

「・・・今日、レムの代わりにお仕事をしていただきありがとうごさいました。大変ご迷惑をお掛けしました」

 

 

「え?・・・ああ、いや・・・俺も途中から爆睡こいていた身だからあんまり偉そうなこと言えねえけどな」

 

 

「なので、明日のお仕事は全てレム一人で行いますのでアキラくんはゆっくり休んでいてください」

 

 

「いや、ちょっと待ってくれ!その理屈はおかしいっ。俺だって今日途中で居眠りこいていたし、レムさん一人で何でもかんでもやるのは流石に無理があるぜぇ。俺も明日からはちゃんとやるって。なっ!」

 

 

「全体的にお掃除の雑さが目立ちます。庭木もめちゃくちゃですし。花瓶の水も取り替えておりません。お風呂掃除も隅っこの汚れが落としきれていませんでした。銀食器の研きも全然足りません―――アキラくんにはとても任せられません」

 

 

「《サクッ!》―――ぐぅうおおおおっ!」

 

 

 

 

 

レムさんに指摘されたこと全てに心当たりがありすぎて胸に突き刺さる。ほんのわずかな俺の手抜き部分全てがレムさんに完璧に見透かされていた。

 

 

 

 

 

「――――ですけど・・・お料理については満点でした。味も栄養バランスも考慮されており、さらに食材を無駄なく活用できており非常に良好でした。料理だけは誉めてあげます」

 

 

「それ。他のところは全然ダメってことじゃねえかっ!」

 

 

「当たり前です。アキラくんが使用人の腕前で姉様とレムに並び立とうだなんて100年かかっても不可能です。身の程を知ってください」

 

 

「あんたの姉様以下ってのだけは納得いかねえっ!」

 

 

 

 

 

レムさんにはいくら穴を指摘されても仕方ねえと思っているが『ラム以下』という言葉だけは我慢ならんもんがあるっ。今日の仕事にしたってよぉ、あいつが頼りにならねえから俺なりにかなり頑張ってたんだぜ。

 

 

 

 

 

「他にも指摘したいことはたくさんあるのですが、それはまた今度にしましょう―――全てを話していると朝になってしまうので」

 

 

「ええっ、マジで俺の仕事っぷり、そんなに酷かった!?」

 

 

「アキラくんも今日は早めに寝てください。ただでさえ使えないんですから寝不足でポンコツ具合に拍車をかけることだけはやめてくださいね」

 

 

「もうやめてっ!とっくに俺のライフはゼロよ」

 

 

 

 

 

ヤベエ・・・レムさんが俺への殺意をカミングアウトしたことでレムさんの毒舌に拍車がかかってる。下手すりゃあラム以上の毒の強さだぜ―――泣けるぜ。

 

 

 

 

 

「とりあえず、レムの代理を務めていただいたことについては感謝します。ですが、アキラくんが新たにレムの仕事を増やしたことはこれで帳消しになりませんのでご了承ください」

 

 

「・・・いや、本当にすいません。生きててごめんなさい。だから、本当にもうその辺でもう勘弁していただけませんかね」

 

 

「いいえ。不本意ながらもう一つだけ言っておくことがあります」

 

 

「まだ何かあるのかよ!?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

レムさんは毒づいていたさっきまでと違って悔しそうに苦々しい表情でこう続けた。

 

 

 

 

 

「やはり、レムは・・・姉様やエミリア様のようにあなたのことを信じることが出来そうにありません――――――ですから“一回”だけです。一回だけアキラくんに“騙されて”あげます。くれぐれも姉様やエミリア様の信用を裏切らないことですね」

 

 

「・・・レムさん?」

 

 

「勘違いしないでください。アキラくんには・・・レムがやったことを黙っててもらった借りがあります。そのことについては不本意ながら恩義を感じておりますので・・・やむを得ず行った判断です。くれぐれも間違えないでください《コツコツコツ…》」

 

 

「――――――グレートだぜ、レムさん」

 

 

 

 

 

レムさんはそのまま背を向けたままコツコツと足音を鳴らして去っていった。どうやら俺の愚策も案外バカに出来ないようだぜ。

 

 

 

 

 

 





もっとリゼロのSSが増えてくれればいいのですが、二次創作として取り扱うのはなかなか難しいのかもしれません。

今回はレムりん視点で書いたわけですが。レムりんの内に抱える闇は文字通り筆舌に尽くしがたいです。これを取っ払うことのできたスバル君はやはり偉大でしたね。


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第25話:呪い師の正体・・・迫る危機

長らく更新が遅れて申し訳ありません。仕事が立て込んで睡眠時間すら確保が困難になって参りました。

しかし!それでもわたしは止まらないっ!リゼロのSSが増えることを願い執筆を続けます!

そして、この作品を読んでくださっている方々には重ね重ね感謝を!



 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワール邸に働きはじめて4日目の朝。

 

 

 

 

 

コンコンッ

 

 

「《ガチャッ》―――オッス!オラ、ゴクウ」

 

 

「軽々しく扉渡りを破ってこないで欲しいかしら」

 

 

「借りてた本を返しに来たんだぜ。なかなか面白かった。特に『願いの叶う七つの龍玉を求めて旅に出る話』と『山で出会ったドラゴンがメイドになってご奉公に来る話』なんか涙がちょちょ切れるぜ」

 

 

「お前はいったい何を読んできたのよ?そんな話はなかったと記憶してるかしら」

 

 

「ダメか?ルグニカ王国もドラゴンを崇拝している国なら流行には乗っておかないといけないんだぜ―――『竜』だけにな」

 

 

 

ビュゴォオオオオオ…ッッッ!!!

 

 

 

「ふぅおおおおおおおおおおっ!!!?」

 

 

 

バタンッ!

 

 

 

 

 

ベア様お得意の突風により吹っ飛ばされ書庫から勢いよく追い出されてしまった。

 

 

 

 

 

「・・・まったく。なんて騒がしい男かしら」

 

 

バンッ!!

 

 

「―――容赦なく吹っ飛ばすのやめろよっ!一度外に放り出されたらいちいち扉探すの大変なんだからよぉ~」

 

 

「・・・お前は何でいとも容易くベティの扉渡りを破れるのかしら?」

 

 

 

 

 

ベア様は呆れたような目で俺を見ているが、俺からすればたまったものではない。屋敷に点在する無数の扉の中から書庫に繋がる扉を探し直さなくてはならないんだぜ。

 

 

 

 

 

「ちゃんと真面目な話があってここに来たんだからそう邪険にしないで欲しいんだぜ―――この前、呪術師のことでいろいろ聞いたの覚えてるか?」

 

 

「生憎、ベティは物覚えがいいから忘れるはずないかしら。それで?・・・誰か呪いたい相手でもいるのかしら?呪術師の修行を積みたいというのであればベティはお断りなのよ」

 

 

「誰が好き好んで呪術師になんてなるかよ。丑の刻参りじゃあるまいし。そうじゃなくてよぉ~・・・魔女教って連中はその呪術師の一派なのか?」

 

 

「お前っ・・・真面目な話があるって言うから聞いてやってみれば・・・また愚にもつかないけったいなことを聞いてくるのよ《パタンッ》」

 

 

「そんなにおかしなことか~?」

 

 

 

 

 

確かに我ながらぶっこんだ質問だとは思う。しかし、ベア様は何だかんだで面倒見のいい性格だからな。俺の質問にも答えてくれると踏んでいたぜ。

 

 

 

 

 

「借りた本の最後の章に『しっとのまじょ』っていうのがあっただろ。アレが前に話していた『サテラ』のことを言っていたのはぼんやり理解した。んでもって魔女教ってのはそれを崇拝している呪術師の団体だって解釈したんだけどよぉ~」

 

 

「そこまでわかっているんならベティが教えられることはほとんどないのよ。ただ・・・呪い師が魔女教徒であると捉えるのは少々荒唐無稽すぎるかしら」

 

 

「違うのか?」 

 

 

「前にも言った通り・・・そもそも呪術とは魔法や精霊術の亜種で。その使い手を呪い師と呼んでいるだけ。特定の術式を得意としているからと言って魔女教の信者であるとは限らないかしら」

 

 

「・・・なるほど」

 

 

 

 

 

ラムとレムさんの過去に深い因縁のある魔女教。そして、前回のループでラムを殺した呪術師の呪い。もしかしたら犯人はラムとレムさんの過去に関わりのある『魔女教の呪術師』じゃないかと睨んだのだが・・・俺の早計だったらしい。

 

 

 

 

 

「『魔女教徒』は呪術師なんかよりも遥かに質が悪い連中なのよ」

 

 

「ていうと?」

 

 

「お前の言う通り『魔女教』は嫉妬の魔女を崇め奉る集団で、その存在は400年前からずっと続いているのよ。神出鬼没な魔女教徒は各地で犯罪行為を繰り返していて各国から危険視されてるのよ」

 

 

「グレート・・・どこの世界でも過激派の宗教組織ってのはいるもんだな」

 

 

「ただ・・・魔女教徒はその極悪さから発見次第即時滅殺と掟で決められているものの未だ根絶には至っていないのよ。どれくらいの規模でどこに潜伏しているのかもわかっていないかしら」

 

 

 

 

 

なるほど。ラムとレムさんは昔そいつらのテロ活動の被害に遭っちまったんだ。それで同じ匂いを持つ俺をあそこまで憎んでいたってわけだ。

 

 

 

 

 

「もしかしたらお前の言う通り『魔女教』の中に『呪い師』がいる可能性もなくはないけど。十把一絡げに呪い師を魔女教徒呼ばわりするのは敵を増やすことになりかねないかしら」

 

 

「ああ。ベア様に聞いといて正解だった・・・肝に命じておくぜ」

 

 

「それと『魔女教』の話をあの姉妹の前でするのはやめといた方がいいのよ」

 

 

「・・・どうして?」

 

 

「それをベティの口から言うのは憚られるかしら。知りたかったらお前が自分の口で本人達に聞くのよ。もっとも、魔女の匂いをぷんぷん漂わせてる今のお前が聞いたら今度こそ命の保証はないかしら」

 

 

「グレート・・・流石の俺でも何度も死ぬような目に遭うのは勘弁願いたいぜ」

 

 

 

 

 

まあ、今回の呪術師の件は魔女教とあんまり関係無さそうだし、下手に藪をつつく必要もないか。

 

 

 

 

 

「とにかく助かったぜ、ベア様っ。また何かあれば聞きに来るぜ」

 

 

「そう何度も頼られても困るかしら。もう来るんじゃないのよ」

 

 

「そう冷たいこと言わないでくれって。昨日、怪我の治療をしてもらった礼もまだ出来てないんだぜ―――そうだっ。ベア様には本当にお世話になったからニックネームの一つでも考えなきゃな」

 

 

「必要ないのよ。さっさと出ていくかしら」

 

 

「そうだな。ベアトリス・・・ベアード・・・ベア様と来たからには」

 

 

「だから、そんなの考えなくていいって言ってるのよっ!」

 

 

 

「――――――『げろしゃぶ』か・・・『フーミン』だな」

 

 

 

「な゛・・・っ!?《ビキキっ!!》」

 

 

 

「よぉーしっ!君は今日から『げろしゃ・・・―――」

 

 

 

ビュゴォオオオオオオオオオッッッ!!!

 

 

 

「ぶるるるるるぁぁぁあああああああ・・・っっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホント、アキラってば懲りないわね」

 

「いや~、オイラはある意味尊敬しちゃうな。絶対に越えられないとわかっていても果敢に挑むアキラのその無謀な姿に人間の勇気の美しさを見せてもらったよ。最早、侮蔑を通り越して感銘すら受けるよ」

 

 

「《ガバッ》―――ってぇえ!?お前ら、ちっとは心配したらどうなんだよっ!三階の高さからの落下とかギャグシーンじゃなきゃあマジで命すら危ういぞっ!」

 

 

 

 

運良く・・・いや、ベア様のことだ。たぶん、狙って落としたんだろう。外の庭木の上に落とされたおかげで俺は一切の目立った外傷はない。とはいえ、こう何度も吹き飛ばされているとマジで寿命が縮む。

 

 

 

 

 

「あまりベアトリスを怒らせちゃあダメよ。見た目は小さい女の子でも中身はすっごく偉い精霊様なんだから」

 

 

「ベア様がグレートに面倒見良くて優しい精霊様だってことくらい俺はちゃんと知ってるよ。優しくなかったら俺みてぇな厄介者・・・早々にぶち殺されてるところだぜ」

 

 

「・・・それがわかってるならどうして毎回毎回吹き飛ばされているの?」

 

 

「こっちがウィットに富んだジョークをかましても理解してもらえなくてよ。やっぱ、甘いデザートでも作ってご機嫌を取るしかねえようだな」

 

 

「それって・・・昨日、アキラが作ってくれた『どーなつ』っていうあの甘いお菓子のこと?アレ、オイラももう一度食べたいな!」

 

「うん。わたしもあんなの初めて食べた。アキラって料理上手よね。絵を描くのも上手だし・・・不器用そうに見えて変なところですっごく器用よね」

 

 

「一言余計なんだよ、お前は。まあ、それでもレムさんの料理には遠く及ばねえがな」

 

 

 

 

 

俺も自分の料理の腕前だけはそれなりのものと自負していたが。レムさんの料理は本当に別格だった。ありゃあ元の世界に連れてきても普通に一流レストランで通用する腕前だろうぜ。

 

 

 

 

 

「でも、アキラ・・・今日、ちゃんとお仕事できる?本当に無理とかしてない?」

 

 

「全然大丈夫じゃねえよ!さっき落っことされたばっかだっつーの」

 

 

「そうじゃなくて・・・昨日の今日で、まだ疲れがとれてなかったりとか怪我が痛んだりとかしてない?」

 

 

「心配するとこ、そこっ!?昨日の怪我よりも今の怪我を見てくれよっ・・・奇跡的に無傷だったんだけどさ」

 

 

「ベアトリスはちゃんと手加減してくれてるから心配ないの。それよりも昨日休めって言ったのに言うこと聞いてくれなかった悪い子の方がよっぽど心配よ」

 

 

「・・・その悪い子を強引にマナドレインで動けなくして休ませたのはどこの誰だよ?」

 

 

「さ、さあ~?誰かしらね、そんなことするのは・・・」

 

 

「相手の目を見て話さないのがエルフの礼儀なのかぁ、あ~ン?そっちがその気なら、こちとら剣と盾を持ち出してエルバフの流儀でO☆HA☆NA☆SHIしてやんぞ、コラ」

 

 

 

 

 

パックに命じてマナを吸いとって俺を行動不能にしやがったことを俺は絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

「・・・っと、いっけね!そろそろ仕事に戻らねえと。でも、戻る前に一回はやっとかねえと」

 

 

「もしかして、また魔法の練習?」

 

「無理はしない方がいいよ。そう何度もマナが枯渇するまでゲートを酷使すると後遺症が残っちゃうよ」

 

 

「そうかもしれねぇがよ。毎日コツコツとやってりゃあ、その内飛躍的に向上するかも知れねえだろ。出来る努力をやんねぇのは一番つまらねえことだぜ」

 

 

「・・・アキラのその心がけは偉いけど。そんな調子じゃあ、まだ体壊しちゃうわよ。今日は魔法の練習は休んで仕事に戻りなさい」

 

 

「俺の一日の仕事は太陽拳を一発ぶちかますことから始まるんだぜ。この日課だけは欠かすわけにはいかねえ―――《ババッ!》―――太ぃ陽ぉ・・・っ!」

 

 

「ダメよ、アキラ!魔法は使っちゃあダメ!」

 

 

「止めるんじゃねえぜ、エミリアっ!男は『かめはめ波』を撃つためならどんな苦痛にも耐えられるっ!何故なら、それこそが男のロマンだからだっ―――俺はっ!かめはめ波を撃つまでっ!修行をやめないっ!」

 

 

「ダメって言ってるでしょっ!それ以上無理したら本当に死んじゃうんだからっ」

 

 

 

 

 

エミリアは太陽拳の構えに入ろうとする俺の腕を掴んで止めてくる。だが、俺はやめるわけにはいかないっ!ジョジョでもカカ□ットでも海賊王でも死神でも何でもいい・・・いつかジャ●プ漫画の主人公になる日までっ!俺はやめるわけにはいかないっ!

 

 

などと・・・俺とエミリアがこうやってわちゃわちゃと言い争っていると――――――タイミング悪くラムとレムさんが呼びに来てしまった。

 

 

 

 

 

「―――自由時間はもう終わりですよ。そろそろ朝の仕事に入りましょうか、アキラくん」

「―――休憩時間はとうに終わってるわよ。そろそろ朝の御勤めを始めなきゃね、ジョジョ」

 

 

 

「待て!待ってくれ!その前に・・・最後に・・・―――― 最後に“一発”ヤらせてくれっ!!」

 

 

 

ゴンッ ゴンッ ゴンッ

 

 

 

 

 

何故か、三人から一斉に鉄拳制裁を受けた――――――解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――何で魔法の練習しようとしただけで三つもたんこぶを作らなきゃなんねえんだ?」

 

 

「ジョジョ。元気があり余っているようならそれを仕事で発揮なさい。でなければ『役立たず』の烙印をいつまでも返上することができないわよ」

「アキラ君。余分な体力が余っているようでしたらもっと建設的に役立ててください。でなければ新たに『出来損ない』の二つ名を背負うことになりますよ」

 

 

「姉妹揃ってホント容赦ねえな!個人の修練くらい多目に見て欲しいんだぜ」

 

 

 

 

 

俺の魔法《カーラ》は夜やるにはあまりにもはた迷惑な魔法であるため昼間にしか練習できないと言う俺の気遣いに理解を示して欲しいもんだね。

 

 

 

 

 

「―――おっと!そういやぁ・・・昨日言い忘れていたんだけどよぉ。ちっと買い出しに行ってきてもいいか?昨日の飯の準備してたら調味料が大分少なくなってたみたいなんでよ」

 

 

「ジョジョの料理は味付けが濃い口で雑なのよ。だから、無駄に調味料を消費するのよ。ロズワール様やエミリア様の食事は栄養面に関しては特に細心の注意を払わなくてはならないのよ」

 

 

「グレート・・・味付けが濃い口なのは否定しないけどよぉ~。栄養面に関しても一切の妥協はないぜ、俺はよぉ~――――んで?俺が村に買い出し行くのは問題ないのか?」

 

 

「・・・確かに香辛料が不足しているのはあまりよろしくありませんが―――わざわざこのタイミングで行く必要もないとレムは思います」

 

 

 

 

 

レムさんは俺の提案に少し疑わしい目をしている。当然か・・・何せ、俺はレムさんに命辛々執行猶予を与えられた罪人にすぎねえんだから――――ここでこの提案を持ちかけたのは少し不自然だったかもしれない。

 

しかし、レムさんに経過観察を受けている身とはいえ俺は呪術師の正体を暴くためにどうしてもアーラム村に行かなくてはならない。

 

しかし、これに援護射撃を加えてくれたのは意外にもラムの方だった。

 

 

 

 

 

「―――いいんじゃないの、それぐらい」

 

「姉様?」

 

「買い出しには行かなきゃならないのだし、急ぎの用事もない。ジョジョという荷物運びもいるし、この機会にこき使えばいいわ」

 

「・・・姉様が、そういうのなら」

 

 

 

 

 

あのラムが俺の味方をしただとっ!?何がどうなっていやがるっ。あの姉が何の打算も計算もなく俺の意見を尊重するなど―――

 

 

 

 

 

「ですが、村に行くのはどちらにせよ昼食のあとです。陽日の2時以降・・・それまでに、せめて普段の仕事は終わらせておきましょう」

 

「大丈夫よ。そこは言い出しっぺのジョジョが身を粉にして働くわ。力仕事でしか役に立てないジョジョが活躍できる数少ないチャンスなんだからいいとこ見せたくて必死なのよ。ここは優しく見守ってあげるのがいい女の勤めよ」

 

 

「全然優しく見守ってねえだろ!お前、俺のことどこまでも見下してんだろ、それっ!!」

 

 

 

 

 

訂正。やっぱりいつも通りのラムだった。こんなヤツに一瞬でも内心感謝しようとした俺がバカだったぜ。

 

 

 

 

 

「~~~~っ・・・いろいろと腑に落ちない点はあるがよぉ。とりあえず、買い出しには行っていいんだよな?」

 

 

「ええ。ただし、買い物にはラムもレムも二人ともついて行くわ」

 

 

「は?・・・ハアッ!?」

 

 

「当然でしょう。あなた一人で行かせたらお金をちょろまかすかもしれないじゃない」

 

 

「俺に対する信用全くのゼロかよっ!」

 

 

「喜びなさい、ジョジョ。『両手に花』というヤツよ」

 

 

「黙れ。ラムレシア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――四日目の昼、アーラム村。

 

 

 

 

 

俺がこの村に来るのは通算で『四度目』となる。前回のループでは屋敷の中だけで活動していたため、こちらに来ることなく終わってしまったからな。

 

それがよもやあんな悲劇の引き金になるとは思っても見なかったが・・・おかげでこの村に潜んでいた呪術師の存在に気づくことが出来たんだ。悪いことばかりじゃあないって信じたいぜ。

 

 

 

 

 

「(ええ~っと・・・確か、呪術の発動条件は『相手の体に触れること』だったな。つまり、この村でラムかレムさんの体に不自然に触ろうとするヤツがいたらそいつが犯人の可能性が高いぜ)」

 

 

「・・・何をボーッとしてるの、ジョジョ?こんなところでラム達に余計な時間をとらせないでよね」

 

 

「悪い、悪い!すぐ行くぜ」

 

 

 

 

 

本来なら俺一人が村を訪れて、俺自身が囮となって呪われる予定だったんだが・・・こうなっては仕方がない。ラムとレムさんに近づく輩を徹底的にマークする。

 

―――まかり間違ってもこの二人を危険にさらすわけにはいかねえからな。

 

 

 

 

 

「・・・・・・《じ~~~》」

 

 

「(おおっ・・・睨んでる。睨んでる)」

 

 

 

 

 

レムさんは俺が何か不自然なことをしないかじっと目を凝らしている。あの一件以来、ラムと違って俺に向ける警戒心を隠すことなく露骨にこちらを観察してくるようになった。

 

正直、こっちとしては複雑な気持ちだが、敵意を隠されなくなったことで彼女の上っ面の笑顔を見なくて済むのは進歩しているってことかもな。

 

 

 

 

 

「―――うええ~~~~ん・・・っ」

 

「ちょっと!謝りなさいよっ」

 

「そっちが悪いんだろ!俺、別に悪くねえしっ」

 

 

 

「・・・あン?あいつら何してんだ」

 

 

 

 

 

遠くで子供が喧嘩しているような声が聞こえてきた。よく見ると前回のループで何度も俺の家に不法侵入してきたあのガキ共だった。

 

―――あいつら、あんなとこで何してんだ・・・ったく。

 

 

 

 

 

「なあ!悪い、ラム。ちょっと待ってくれねえか。ちっとばかし野暮用ができた」

 

 

「・・・今度はどうしたの?寄り道なら付き合うつもりはないわよ」

 

 

「ちょっとだけだからよ」

 

 

 

 

 

俺は訝しむラムを強引に説き伏せて今にも取っ組みあいを始めんとするガキ共のところへと向かった。本来ならこんなことにかまけてる時間はないんだがよぉ~、見ちまったからには仕方がない―――知らない仲じゃあないしよぉ~。

 

 

 

 

 

「―――オイ、こんなところで何してんだ?の●太いじめてんじゃあねえぞ。現実は都合よくド●えもん助けに来ねぇんだからよ」

 

 

「いじめてなんかいねえよ!だって、そいつが悪いんだっ」

 

「っ・・・違うよっ!悪いのはリュカの方だろっ。僕、嫌だって言ったのに」

 

「ちょっと見せてって言っただけじゃんっ!何でイヤがんのか意味わかんねえし」

 

 

「・・・俺をそっちのけで二人してケンカすな。わけがわからん」

 

 

「あのね、お兄ちゃん。ミルドが作ってたお花の冠をリュカがやぶっちゃたんだ」

 

 

「―――ああっ・・・なるほど。そういうことか」

 

 

 

 

 

ペトラに言われてよく見てみるとリュカとミルドが言い争っている足元に引きちぎられた花束の残骸が散乱していた。

 

何てことはない・・・よくある子供のケンカだ。お互いにムキになって引っ込みがつかなくなってそれでケンカになっちまったんだな。なまじ仲が良いからこそ起こりがちになるケンカだ。

 

―――そういやぁ・・・いつだったかミルドは自分が花で作った冠をお母さんにプレゼントしたいって言ってたっけかな。

 

 

 

 

 

「なあ、『リュカ』。一つお前に聞きたいんだけどよぉ」

 

 

「っ・・・なんだよ、呼び捨てにすんじゃねえよっ!俺は悪くねえぞ」

 

 

「ああ。お前が悪くないってことくらいよくわかってるよ」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

てっきり咎められると思っていたのだろうかリュカはひどく戸惑っている―――だが、こいつが悪いヤツじゃないことくらい俺はよく知っている。

 

 

 

 

 

「お前が悪くないのはわかっている。だから、聞きてえんだけどよ。ミルドの花冠破れちまったのを見て・・・今、どんな気持ちだ?」

 

 

「っ・・・そ、そんなの」

 

 

「別に難しく考えることはねえよ。『ぶっちゃけスカッとした』とか『ミルドが可哀想』だとか・・・そんなんでいいんだ。今、リュカはどんな気持ちなんだ?」

 

 

「・・・だって、それは・・・っ」

 

 

 

 

 

我ながらずるい聞き方だとは思う。だけど、リュカはちゃんと思いやりがあってそれでいて直情的な性格だ。こいつがどんな気持ちでいるかくらいは“俺”にだってよくわかる。

 

 

 

 

 

「今、お前が何て思っているのかそのまま口に出せばいいんだ。わかるな?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「ほら、ミルドに思ったままのことを言えばいい。リュカはミルドの破れた花冠を見てどう思ったんだ?」

 

 

「―――ぅ・・・うるせぇ!兄ちゃんに言われなくたってわかってるよ」

 

 

 

 

 

リュカの中で多少の葛藤はあったようだが、やがてリュカは意を決して・・・というかなけなしの意地を張ってミルドの前に立つと男らしく正直な気持ちを口にした。

 

 

 

 

 

「―――――っ・・・ごめん。ちぎるつもりはなかった」

 

「リュカ。ぁ・・・ぁの・・・僕・・・」

 

「・・・ごめんよっ」

 

「う、うん・・・僕もごめん」

 

 

「やれやれ《ズキュゥゥウウン…ッ》」

 

 

 

 

 

子供のケンカなんて蓋を開けてみれば簡単なことだ。本当は『謝りたいのに謝れない』感情の行き違いが引き起こしただけの問題だ。

 

俺はそっと『なおした』花冠を拾うとそれをミルドの頭に被せた。

 

 

 

 

 

ポスッ

 

 

「・・・え?」

 

「み、ミルド・・・その『お花の冠』・・・さっき千切れてたのに」

 

「“なおってる”・・・すごい!元通りなおってるぅ~~~っ!」

 

 

「・・・お前らが仲直りしたみたいだからよぉ~。ついでにそれも『なおして』おいてやったぜ。これに懲りたらつまらないことでケンカなんかすんじゃねぇぜ――――『友情』ってヤツは一度切れると簡単には『なおせねえ』んだからよ」

 

 

 

 

 

なおった花冠を抱えて嬉しそうにはしゃぐガキ共を尻目に俺はクールに立ち去る。我ながらとてつもなく似合わないことをしたという羞恥心に背を押され足早に去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――それがどうしてこうなった!?」

 

 

「ねえねえ、アキラはどこから来たのっ?」

「仕事なんかいいから俺達と遊ぼうよ」

「アキラ、さっきなおしたのもう一回やってよ。どうやったのか僕もう一度見たい」

 

 

「・・・知らないわよ。ジョジョが余計なことをしたせいでしょ」

「アキラくん。子供達と遊ぶのは結構ですが、レムと姉様からの勤評が著しく下がりますよ」

 

 

「この異世界に来てまで聞きたくない単語を聞いたような気がするぜ」

 

 

 

 

 

ガキ共に取り囲まれじゃれつかれている俺を見るレムさんの目が冷たいッ!

 

さっきの一件でガキ共に妙になつかれてしまった俺は買い出しの途中だというのにガキ共にしがみつかれるはおぶさられるはでてんてこ舞になっている。

 

―――とりあえず、レムさんやラムに近づいてくるヤツには引き続き警戒しねえと。

 

 

 

 

 

「あらあら・・・ロズワール様のところの新しい使用人さんかしら?」

 

 

「あっ、ええ・・・まあ」

 

 

「子供達の面倒を見ていただいてありがとうございます。何か困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」

 

 

「え?ちょっと待って!俺、現在進行形でお宅のお子さんのことで困ってるんですけど!―――ねえ、ちょっと!?」

 

 

「ペトラが初対面でこんなになつくなんて・・・よほどお兄さんのことが気に入ったのね。よければこのリンガをどうぞ」

 

 

「リンガはありがてぇんだけどよ・・・このガキ何とかしてくれませんかね!?両手が使えねえとリンガも食えねえんだけど」

 

 

 

ぬろん

 

 

 

「うおわぁっ!?」

 

 

「ふぇっひぇひぇひぇ♪若返った、若返った」

 

 

「ババア!どさくさ紛れに人のケツ触ってんじゃねえぞ、オラァ!」

 

 

 

 

 

結局、ガキ共にまとわりつかれて道行く村人にいちいち絡まれて思うように行動できなかった。けどまあ、レムさんやラムに不自然に近づいたり触ってくるような連中はいないことはちゃんと確認済みだ。

 

 

 

 

 

「(当初の予定から大分変わっちまったが・・・呪術師がラムとレムさんに接触してくるのは今のところ防げているはずだ。あとは、俺が触ったヤツの中に呪術師がいることを祈るばかりだぜ)」

 

「なあ、アキラ!こっち来いよ。俺達の秘密の場所を教えてやるぜ」

 

「って、お前、それただの不法侵入だろ!人がいないからって勝手に空き家を占領してんじゃねえ」

 

 

「―――いつまでやってるの、ジョジョ?こっちの買い物はとっくに終わったわよ」

 

 

「俺だって好きでこんなことやってる訳じゃねえんだぜっ。昔からよくわからねえけど子供には好かれやすいんだ」

 

 

「知能の程度が同列だからよ」

 

 

「ほんっと、容赦ねえな、お前っ!」

 

 

 

 

 

いかんっ!ラムの視線までどんどん冷たい蔑視の視線へと変わってきた――――いや、ていうか『もともと』か・・・ラムの場合。

 

 

 

 

 

「(まあ、一通り怪しげな人物には触れて回ったし・・・もうこんくらいで充分かな)―――よしっ!お前ら、もう今日はこれで終わりだ。俺はそろそろ屋敷に・・・」

 

 

 

くいくいっ

 

 

 

「お?」

 

 

「・・・っ、お、お兄ちゃん」

 

 

「(あれ?この子、確か・・・)」

 

 

 

 

 

後ろから控えめに俺の袖を引っ張ってきたその子の姿には見覚えがある。過去のループで森で足をくじいていたところを保護してあげたあの『お下げの女の子』だ。

 

―――あの時はどこの子かもわからなかったけど・・・この村の子供だったんだな。

 

 

 

 

 

「どうした、どこか怪我でもしたのか?」

 

「んとね・・・あっち」

 

「“あっち”?」

 

 

 

 

 

お下げの女の子(名前は知らない)は控え目におずおずと指差す。どうやらそっちの方に一緒に来て欲しいということらしい。

 

 

 

 

 

「え、えっと・・・俺、もうそろそろ屋敷に帰らねえと―――」

 

「《くいくい》・・・こっち」

 

「え・・・ええ~」

 

 

「アキラ、つめたい」

「アキラ、女の子のお願い聞けないの~」

「せっかくいいもん見せてあげようと思ったのにさ」

 

 

 

 

 

一度は断ろうとしたもののガキ共の非難の目が集中して俺は言い返す言葉をなくし、助けを求めるようにラムを見た。

 

 

 

 

 

「ハア~・・・もう少し待ってあげるから行ってあげなさい」

 

 

「・・・この子達を説得してはくれないのかよ」

 

 

「当たり前でしょ。ジョジョがまいた種を何でラムが刈らなくちゃあいけないのよ」

 

 

「子供に好かれるのってそんな悪いことですかねぇ!」

 

 

 

 

 

ラムはほとほと呆れ果てたと言わんばかりにため息をついている。何か全部俺が悪いみたいな態度が燗にさわるのだが。

 

 

 

 

 

「ありがとう、ラムチー」

「ラムチー、『ジョジョ』ってなにー?」

「ラムチー、やさしいー!」

 

 

「・・・このふざけた呼び方を吹き込んだのはジョジョの仕業?」

 

 

「え?―――『げろしゃぶ』の方がよかったか?」

 

 

 

ヒュカォオオオオオッッ!!

 

 

 

「ふぅうおおおおおおっ!?」

 

 

「ラムはそれほど気にしないけどレムはそういうの嫌がるかもしれないわ」

 

 

「メチャメチャ気にしてるだろっ!!」

 

 

 

 

 

ラムの俺に対するツッコミは殺傷力がありすぎていちいち心臓に悪い。風の刃がチェーンソーを降り下ろすような唸りをあげて飛んでくるのはトラウマもんだ。

 

 

 

 

 

「ねえ、レムりん!今日の晩御飯何にするの?」

「レムりん、レムりん!その袋の中ちょっと見せてよー」

「レムりんりん!」

 

「え?・・・あ、あの・・・レムは―――」

 

 

 

 

 

レムさんはレムさんで『レムりん』の愛称でペトラ達にまとわりつかれて困っている。

 

―――嫌がってるのではなく戸惑っている様子だ。

 

 

 

 

 

「・・・お兄ちゃんっ」

 

 

「お?・・・おお~!何かと思えば、ずいぶん可愛い子犬じゃねえか・・・グレートだぜ!」

 

 

 

 

 

お下げの女の子に連れてこられた場所で待っていると、胸に小さい子犬を抱えて帰ってきた。多分、生後一年も経っていないちっさい黒い子犬だ。犬種(?)が何かはわからねえが、短毛種のそのモフモフ感は実に俺好みだぜ!

 

 

 

 

 

「この村にこんな愛くるしいわんこがいたとは・・・パックみてえな猫もいいけど。やっぱ犬も可愛いよな《すっ》」

 

 

がぅ~~っ

 

 

「・・・めっちゃ威嚇されてるし」

 

 

 

 

 

頭を撫でようと手を伸ばした途端子犬は歯を剥き出しにして唸り声をあげてくる。

 

 

 

 

 

「いつもは大人しいのに・・・」

「アキラにだけ怒ってる~」

「なにやったんだよ、アキラー」

 

「それは俺が聞きたいぜ。何か子犬の嫌う匂いでも出してんのかね~。猫は柑橘系の匂いが嫌いとは言うけどよ」

 

「よしよし・・・怒っちゃダメ」

 

 

 

 

 

まさか俺の体にまとわりつく『魔女の匂い』に反応してるのではあるまいな?野性動物は人間以上に危険な雰囲気を察知するというし、犬である以上そういう匂いをかぎ分けられても不思議ではない。

 

警戒している子犬を宥めようと子犬を胸に抱いたお下げの女の子があやしてくれている。すると子犬もお下げの女の子の腕の中でわずかに警戒を解いてくれた。

 

 

 

 

 

「今ならいけるかな?・・・よーしよーし」

 

 

ポフッ

 

 

「おおっ!いい毛並み!やっぱ短毛種の毛並みは最高だぜ《なでなでなでなで》」

 

 

 

 

 

やはり動物はいいぜ。この荒んだ異世界生活に数少ない癒しを提供してくれる。この癒しを胸に明日への希望を―――

 

 

 

 

 

がぶりっ!

 

 

「おうちっ!?・・・咬まれたぁ!」

 

「やっぱ調子乗ったからー」

「あれだけ勝手に触られたらねー」

「それにこの子はメスだしねー」

 

「お前らぁ!ちったぁ俺の心配をしたらどうなんだっ!?結構な勢いで血が垂れてるのわかっだろ」

 

 

 

 

 

俺が怒ってもガキ共はそれを見てキャッキャ笑ってやがる。グレート・・・このガキ共、俺のこと全然年上として見ていやがらねえぞ。

 

傷はジクジク痛みやがるが仕方がねえ・・・いい加減時間も経ちすぎてるので仕事に戻らねえとな。

 

 

 

 

 

「アキラ、またねーっ!」

「帰るとこあんのー?」

「レムりん、困らせちゃあダメだよー!」

 

 

「ぃやかましいわっ!お前ら今度喧嘩してても絶対助けてやらんからなっ!」

 

 

「「「「「アハハハハ…ッ♪」」」」」

 

 

 

 

 

俺の怒声を聞いても暖簾に腕押し。蜘蛛の子を散らすように一目散に笑いながら逃げていきやがった。

 

 

 

 

 

「・・・すまねえ。少し遅れた」

 

 

「『すぐ済むだろう』と思って送り出した後輩が、戻ってきたら髪はぐしゃぐしゃ、服はよれよれ、そして手から血を流してる件について」

 

 

「そりゃあ俺のせいじゃないだろっ!文句はガキ共に言ってほしいんだぜっ!・・・っていうか、お前遠巻きに見てたから知ってんだろ」

 

 

「そうね。仕事を忘れて童心にかえって戯れるジョジョの姿に軽く殺意を抱いたわ」

 

 

「子供が苦手な俺が、村のガキ共に心優しいサービスをしたことについて少しは評価してくれよっ」

 

 

「その傷も格好も無様だし、早くレムと合流するわ。どっちもレムなら治してくれるはずだから」

 

 

「あン?お前はそういう治療系の魔法は使えないのか」

 

 

「患部を切り飛ばす荒療治ならできるわよ」

 

 

「恐ぇよっ!原始人でももうちょいまともな治療法考えるよっ!」

 

 

 

 

 

やっぱ、こいつを呪術の囮にすべきだったかと今更ながらに後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《ドカッ!》―――やれやれ・・・キッツイおつかいだったぜ・・・クレイジーダイヤモンドがなかったらマジで途中で投げてたかもな」

 

 

「はいはい、ご苦労さま」

「はいはい、お疲れさま」

 

 

「(こんな小柄なくせに俺よりも腕力あるんだよな、この二人・・・)」

 

 

 

 

 

二人の身長は精々150から155センチくらいなのに生身の俺よりもパワーキャラだっていうこの世界の理不尽さよ。ちくせう・・・この細身のどこにそんなパワーがあるってんだよ。

 

 

 

 

 

「―――おんやおやぁ!三人とも一緒だったんだぁね。手間が省けて助かるよぉ~お」

 

 

「ロズワール?・・・って、何だその格好は?」

 

 

 

 

 

いつものあの道化師の服装ではなく貴族としての礼装で現れたロズワール。だけど、顔の道化の化粧はそのままだから違和感が半端じゃあねぇ。

 

 

「いんやぁ、私もあんまり好きじゃないんだけどねぇ。普段の装いだとぉ・・・どぉ~してもやっかむ輩がいるものだから、仕方なぁ~くしょうがなぁ~く、こうした礼服も着るわけだぁ~よ」

 

 

「来客ですか?」

「外出ですか?」

 

 

「ラムが正解―――外出だ」

 

 

「“外出”?・・・でも、もう夕方だぜ。こんな時間にか?」

 

 

「少しばぁ~かり、厄介な連絡が入ってね~ぇ。確かめにガーフィールのところへ行ってくる。遅くはならないつもりだぁ~けどねぇ」

 

 

 

 

こんなタイミングで『ロズワールの外出』・・・前回にはなかったパターンだ。いったい、何が引き金で分岐が起きたんだ?

 

―――いや、そもそもロズワールの行動パターンが読めないから・・・本人の気まぐれの可能性も捨てきれないんだぜ。

 

 

 

 

 

「そぉんなわけで、しばし屋敷を離れる。どちらにせよ、今夜は戻れないと思うから―――ラム、レム。任せたよぉ」

 

 

「はい、ご命令とあらば」

「はい、命に換えましても」

 

 

「―――君にも任せるよ、アキラくん。エミリア様のことも・・・この二人のこともしぃ~っかり任せたよ」

 

 

「・・・ああ。それはもちろん」

 

 

「何事もないことを祈るがぁ~ね。では、留守中任せたよっ!《ふわっ!》」

 

 

ドヒュゥウウウウーーーーッッ

 

 

 

「オイオイッ!いとも容易くえげつないことをしやがるぜ・・・まさか飛べるとは」

 

 

 

 

 

ロズワールは通りすぎるときに静かに俺に耳打ちするとそのまま空に飛び上がって次の瞬間には遥か彼方まですっ飛んでいってしまった。

 

 

 

 

 

「舞空術か―――グレート!修行次第では子供の頃の夢が叶うかも知れねえぜ!」

 

 

「ちなみに空を飛ぶためには、最低でも風と火と地の魔法が相応に扱えるようになることが条件よ」

 

 

「グレート・・・一気に俺の夢が遠退いたぜ」

 

 

 

 

 

まあ、空を飛ぶ夢を見るのも大事だが。今は目の前のクソッタレな運命をねじ伏せることから始めねえとな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――つーわけでよ。力を貸してほしいんだぜ。ベア様!」

 

 

「何でベティがお前の頼みなんか聞かなくちゃあならないのかしら?」

 

 

「いろいろとワケありでよぉ~。ベア様しか頼れるアテがないんだぜ」

 

 

 

 

 

パックはもう既に活動時間外だし。ロズワールは前触れもなく唐突にどこか出掛けてしまった。呪いの解呪ができるのはベア様だけってことだ。

 

 

 

 

 

「今日、村に行ったときに少しイヤな予感がしてよぉ~。もしかしたらあの村に呪術師が潜んでるかも知れねえんだ」

 

 

「お前は何を言っているのかしら?」

 

 

「もしかすっと俺が呪われてるかも知れねえってこと」

 

 

「お前・・・魔術師でも精霊術師でもないお前にどうしてそんなことがわかるのよ。バカも休み休み・・・――――っ!?」

 

 

 

 

 

ベア様は俺がなんの根拠もなく呪術師の存在を示唆したことに腹を立てたのか本を閉じると歩み寄ってきて・・・途端に顔色が変わった。

 

 

 

 

 

「・・・確かに術式の気配が。お前、本当に呪われてるのよ」

 

 

「グレートっ・・・これでビンゴだな」

 

 

「お前、何か心当たりでもあったのかしら?」

 

 

「心当たりっていうにはあまりにも突拍子もない話だから割愛するぜ。それよりも・・・呪術師の正体を知りたい。呪いをかけてきた相手を逆探知することってできるか?」

 

 

 

 

 

以前にベア様から聞いた話と今までの状況を総括するにこの呪術は対象のマナを吸い取る類の術式だ。ならば、マナを吸い取る経路から逆探知出来るかも。

 

 

 

 

 

「お前というヤツはまた何を言い出すかと思えばっ!命が惜しくないのかしら?まるで命をとられるのが怖くないみたいに見えるのよ」

 

 

「ハ?・・・いや、そんなわけねえだろっ。ただ、事態のあまりの深刻さに逆に冷静になってるだけだぜ」

 

 

 

 

 

こうしている間もあの村に潜んだ呪術師の脅威があの村に迫っているんだ。一刻も早く呪術師の正体が判明したら呪いを発動させる前にマッハでぶちのめさなくてはならない。

 

 

 

 

 

「・・・かけられた呪術の術式から呪いをかけた相手を探り当てるなんてことは出来ないのよ。だけど、呪いがかけられた場所はわかるから、そこに触ったヤツこそが呪い師なのよ」

 

 

「じゃあ、すぐに頼む!急いでくれ!マジで時間がないんだっ!」

 

 

「何でベティがお前なんかのために・・・っ」

 

 

「俺のためじゃなくていいっ!ベア様だけが頼りなんだ!頼む!」

 

 

「っ・・・本当に命知らずなヤツなのよ。お前みたいなヤツほど早死にするのよ《コォオオオォ…》」

 

 

 

 

 

ベア様は俺の熱意に折れてくれたのか渋々手をかざして魔力の光を俺に向けて照射してくる。多分、呪いのかかった部位を探知しているんだと思う。

 

 

 

 

 

「今回はお前のくだらない頼みを聞いてやるかしら。ただし!ベティは金輪際お前には関わらないのよ」

 

 

「流石、ベア様っ!クイーンオブドリータは伊達じゃないぜ」

 

 

「・・・意味がわからないのよ―――《コォオオオォ…》―――今から、呪術の術式を破壊するかしら。呪術師が直接触れた箇所だから、せいぜい参考にするのよ」

 

 

「ああ。これが終わったらベア様にはたんまり礼をするぜ」

 

 

 

 

 

これでようやく答えがわかる―――誰がラムを呪い殺した犯人なのか。

 

ラムを殺した犯人の目的がわからなかったから、最悪、俺に呪いをかけてこない可能性もあったが・・・――――わざわざ危険を冒して村に行った甲斐があったってもんだ。

 

―――今日、俺に触った連中の顔は全て覚えてる。呪いをかけた部位さえわかれば・・・

 

 

 

 

ゴォォォオォ…

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

体の内側から涌き出る微かな違和感・・・それはやがて微かな熱を帯びて次第に目視できるくらいにハッキリと姿を現した。

 

―――『右手の傷跡』から吹き出てる『黒い靄』。誰がどう見ても間違いなくこれが呪いの正体だ。

 

でも、ちょっと待て・・・この右手の傷は確か―――

 

 

 

 

「忌まわしいったらないかしら―――《バギュゥン…》―――・・・終わったのよ。これでお前はもう平気かしら」

 

 

「―――・・・っ!」

 

 

「どうしたのよ?・・・命が助かったっていうのに、そんなこの世の終わりみたいな顔をして」

 

 

 

 

 

ベア様は俺の右手から吹き出る靄を軽く握りつぶすように手を振るうと呪いは音を立てて呆気なく霧散した。

 

―――俺は今まで見当違いな推理をしていた。呪“術”である以上は呪術師の正体が『村人』であると完全に思い込んでいた。

 

 

 

 

 

「なあ、ベア様・・・ちょっと確認なんだけどよ。この黒い靄が出てた場所が『呪術師』が触れた場所でいいんだよな?」

 

 

「・・・間違いないのよ」

 

 

「それを確認した上で質問すっけど―――呪術ってのは『動物』でも使えるもんなのか?」

 

 

「出来るかどうかで言えば『出来る』のよ。呪術はもともと魔法や精霊術の亜種なのよ。それを行使するのが人間であるとは限らない。だけど、もし仮に呪術を行使できる『動物』がいたとしたなら――――――それは・・・『魔獣』しかいないのよ」

 

 

「―――っ!!」

 

 

 

 

 

俺はその言葉を聞いた途端に踵を返して急ぎ走り出した。

 

 

俺は今まで―――『呪術師』の『呪い』さえ止めれば危機は終わると思っていた。だが、まだ事態は・・・さらに悪化している!

 

 

危機は『噛みついた相手を呪う』あの子犬だ!

 

 

この俺があの子犬が呪いを発動するよりも先に村に行かなければ・・・

 

 

―――あの子犬は暴走するっ!

 

 

 

 

 

 




作者としてはシリアスな戦闘シーンを書きたいのですが、シリアスばかりだと読んでて堅苦しくなってしまうし何よりも飽き飽きしてしまいます。

やはり、シリアスに至るまでの盛り上げる展開がなければその辺が映えてこない。ジョジョシリーズの人間讃歌とはそうやって生まれているのです。


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第26話:精霊《エミリア》の加護、鬼《レム》の加護


『名のある川の主様』ご感想ありがとうございますっ。心優しいアドバイスに感謝です。というか、筆者の『駄文』を『作品』として評価してくださってることにビックリです。

それと、この作品を読んで『こんなのリゼロSSじゃないわっ!ジョジョタグのついた駄文よっ!』と思った方に一言――――そんなことは先刻承知よぉっ!

この作品を読んで『俺、こいつよりも上手く書けるわ』という方が一人でもいてくれてその人が新たに書いてくれることを密かに期待しております。



 

 

 

 

 

最早、一刻の猶予もなかった。

 

 

ただ単に悪い呪術師がいるというだけならば、ここまで焦ることはなかったろう。

 

だが、相手が人ではなく本能のままに動く野性動物が引き起こす『獣害』となれば話は別だ。

 

しかも、それが呪術を使える獣だというのだからより一層質が悪い。

 

俺のいた世界でも過去に野性動物が引き起こした獣害の被害は多数存在する。野性動物は無数に生息し、時に気まぐれに人間に危害を加えることがある。そうなった時の脅威は自然災害にも匹敵する。

 

 

―――その危険が、あのガキ共に迫っているんだ。

 

 

 

 

 

「―――くっそ!・・・ここから村まで5、6キロはあるってのに・・・ちんたら走って行くしかないのかよ」

 

 

「これはなんの騒ぎ、ジョジョ?」

 

「アキラくん・・・こんな時間に何を騒いでるんですか」

 

 

 

 

 

俺が執事服ではなく自前の学ランを着て屋敷を出ようとしたらラムとレムさんに見つかった。丁度いい!この二人にも言っておかなくちゃあならねえことがある!

 

 

 

 

 

「―――二人はここに残って屋敷の守りを固めておいてくれ。俺は今から昼間行った村に行く。あそこの村人に今危機が迫ってっからよぉ~」

 

 

「・・・何の話?というかジョジョ、あなたロズワール様の言いつけを忘れたの?今夜、ラム達は屋敷を任されているわ。その意味がわかっていないと言うの?」

 

 

「俺が任されたのは『エミリアをはじめとする屋敷にいる人間の身の安全』だけだ。だから、俺が村に行ってここに来るかも知れねえ外敵をぶちのめしにいくんだぜっ・・・屋敷に危機が迫る前によぉ~」

 

 

「下らない屁理屈をこねたところでラムの意見は変わらないわよ―――今すぐ部屋に戻りなさいっ。これは命令よ

 

 

 

 

 

ラムはいつも態度こそ横柄ではあったが、その実それらは全て俺を気遣う言動であったり俺の意見を尊重してくれていた。そのラムが上司として俺に『命令』を下してきたんだ。その意味がわからないほど俺はガキじゃあねえ・・・んだが、今だけはその『命令』に従うわけにはいかねえんだっ!

 

 

 

 

 

「時間がないから手短に言うがよ。今日行ったあの村で俺は呪いをかけられた。呪いをかけたのは俺が噛みつかれたあの子犬だ。俺の呪いはさっきベアトリスに解呪してもらったが・・・他にも呪いをかけられた被害者がいるかもしれねえ―――だから、俺は村に行く!放っておくと手遅れになるっ」

 

 

「落ち着きなさいっ、ジョジョ!子供みたいな駄々をこねないで。そんな説明であなたの独断行動を赦すわけがないでしょっ」

 

 

「でも、事実だ!俺が呪われていたことはベア様に確認してくれ・・・そうすりゃあ俺の言った言葉をちったぁ信じる気になるだろうぜ」

 

 

「っ・・・ジョジョ、いい加減にしないと―――っ!?」

 

 

┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛…ッッ!!!

 

 

「――――そこをどけ、ラム」

 

 

 

 

 

俺の怒りにも似た苛立ちに呼応して俺の真横に顕現したクレイジーダイヤモンドの獰猛な視線にラムがたじろく。これが八つ当たりだということは自覚しているが、ガキ共が死にそうになってるかも知れねえこの非常時に冷静になれって方が無理ってもんだぜ。

 

 

 

 

 

「ロズワールには『バカな使用人が勝手をしたから摘まみ出した』とでも言っておきゃあ言い訳は立つだろ。お前らも厄介払い出来てそれで清々するはずだ」

 

 

「っ・・・言わせておけば勝手なことばかり」

 

 

「俺のことを信じられねぇならそれでも構わねぇ。命令に従わない俺をクビにでも何でもすればいい――――だから、行かせろよ・・・これ以上俺を引き止めたら、何をするかわかんねぇぞっ!」

 

 

┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛…ッッッ!!!

 

 

「アキラくん・・・あなたは何でそこまでして」

 

 

 

 

 

呪術師の正体が判明した今、俺がここに残る理由は完全になくなった。これでラムとレムさんもエミリアも・・・無事に『今日』を乗り越えることができるはずだ。だから、俺も積み上げた立場や信用を捨てることに一切の迷いはなかった。

 

 

 

 

 

「―――初めて見せたわね・・・あなたの『精霊』。自分の切り札まで出して・・・ずいぶんムキになるのね。あなたにとってあの村の人達がそれほどまでに大事だとでもいうの?それであなたがこの屋敷を追われることになるとしても」

 

 

「ああ。『立場』も『仕事』も『信用』も喜んで捨ててやらぁ。『今』を護ることに気を取られて『本当に大事なもの』を失っちまったら死んでも死にきれねえからよ」

 

 

「・・・くだらない妄言ね」

 

 

「妄言じゃない・・・“覚悟”だっ」

 

 

 

 

 

最初はいきなりのことだった。この異世界に着の身着のまま何もない丸裸の状態で放り出された。頼るものもなければ護るものすらない・・・そんな有り様で。ただただ生きていくことに前向きになるしかなかった。

 

―――そんな俺にもようやく出来たんだ。全てをかなぐり捨てても護りたいって思えるヤツらがよぉ~。

 

 

 

 

 

「わかったわ、ジョジョ。あなたの独断行動を認める」

 

「姉様っ!?」

 

「ただし!ひとりで行かせるわけにはいかない。ここでジョジョの単独行動を許すと、ロズワール様の命令に背くことになるから」

 

 

「今、この場で俺をクビにして『村へ追い出す』って選択肢もあるぜ」

 

 

「・・・あなたはこの屋敷の使用人なのよ。勝手に辞めることはラムが許さないわ」

 

 

「へえ~、意外だぜ。てっきり疎ましく思われてると思ってたからよぉ」

 

 

「ええ。まったく・・・ラムも焼きが回ったものだわ。屋敷にはラムが残るわ。監視としてレムを同行させる。それが妥協点よ」

 

 

「ああ。感謝するぜ・・・ラム“先輩”」

 

 

 

 

 

グレートっ・・・やはりラムは何だかんだでイイ女だ。この状況でこの判断を下せるのは並じゃあ出来ねぇ。

 

 

 

 

 

「レム、そういうことだからお願い。ベアトリス様への確認と、エミリア様の方はラムが守るわ。そっちのこともちゃんと“視てる”から」

 

「姉様、あまりその“目”は・・・」

 

「言っている場合でもない。必要なら使う―――レムもそうしなさい」

 

「・・・はい」

 

 

「さて、先輩方の了承も得たところで・・・森に入るとなると―――やはり“これ”がいるな」

 

 

 

 

 

俺はラムとレムさんが内密で話し合ってるのを横目に『ある物』に目をつけた。

 

それはこの屋敷の仕事の最中に目をつけておいたある小道具だった。それをラムやレムさんに見つからないようにポケットに忍ばせた。

 

 

 

 

 

「―――アキラ?こんな夜中にどこ行くの?」

 

 

「おおっ、エミリア。まだ起きてたのかよ。よゐこはさっさと寝る時間だぜ。夜更かしは美容の大敵だからよぉ~」

 

 

「茶化さないの。アキラ、いつもと明らかに様子が変よ―――わたしに隠れて何をしようとしてるの?」

 

 

「ああ。ちっと今日会ったばかりの村のガキ共と非常に不本意ながら・・・ちっと『肝試し』に行かねえとならねえんだぜ。生まれてこの方、挑んだことのない・・・最凶最悪なヤツによぉ~」

 

 

「・・・“また”、一人で行っちゃうの?」

 

 

「・・・そうだな」

 

 

 

 

 

適当な軽口で煙に巻こうとしたが、流石にエミリアは俺の考えていることなどお見通しらしい。エミリアは責任感が旺盛な・・・それこそ放っておくと何でもかんでも背負いこんじまうようなヤツだ。出来ることなら余計な心配はさせたくなかったが―――

 

 

 

 

 

「なぁに、どうせすぐに帰ってくるって。お前も知ってるだろ?こと『戦う』ことと『なおす』ことにおいては俺の右に出るものはいないぜ」

 

 

「・・・うん」

 

 

「それよか明日の朝飯の献立でも楽しみにしてろよ。何だったらグレートなデザートを一品追加するぜ」

 

 

「・・・うん」

 

 

「『うん』しか言わねえのかよっ」

 

 

「・・・うん」

 

 

「~~~~っ、よせよ。お前がそんなんだと調子が狂うだろうが」

 

 

「『やめて』って止めても無駄なんでしょう?」

 

 

「・・・ああ」

 

 

「だったら『うん』しか言えないじゃない」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

エミリアは本当に心配そうに俺のことを見ている。本来なら、『目の前で危ない橋を渡ろうとする友達を放っておけ』なんてこと・・・コイツに頼むのは酷な願いだぜ。

 

だけど、お姫様を護るのはヒーローの役目だって昔から相場は決まっている。

 

エミリアは不安そうにしながらも力強く俺を送り出そうとしてそのか細い手を俺の胸に当ててそっと呟いた。

 

 

 

 

 

「―――あなたに、精霊の祝福がありますように」

 

「・・・何だ、それ?」

 

「お見送りの言葉よ。『無事に戻ってきてね』って・・・そんな意味」

 

「それならばその礼に応じよう―――『May the force be with you』」

 

「それは?」

 

「『フォースがあなたとともにありますように』っていう・・・ジェダイの騎士様の名言だ」

 

「“フォース”って、なに?・・・ホント、アキラの国の言葉って不思議ね」

 

「帰ってきたら、いくらでも教えてやるよ。生憎とこの手の話題には事欠かねえんだ、俺はよ」

 

「ええ。楽しみにしてる」

 

 

 

 

 

いつもの調子を取り戻してきた俺にほんの少し安心したのかわずかに笑みを浮かべるエミリア。しかし、それも一瞬のこと顔を引き締めるとレムさんの方に向き直った。

 

 

 

 

 

「レムも気をつけて。それと、アキラが無茶しないように見張っててね」

 

 

「はい、エミリア様。承りました」

 

 

「無茶なんてしねえよ。日本男児にあるまじきヘタリア魂を受け継ぐこの俺がそんな無茶なことやると本気で思ってんのか?」

 

「昨日の朝、全身骨折だらけで血みどろで帰ってきたのはどこの誰だったかしら?」

 

「エーッ、ナニガー!?ゼンゼンオボエガナイケドー!スクナクトモ、ソレオレノコトジャナイヨネー!」

 

「ベアトリスに治療魔法をかけてもらうようお願いするの大変だったんだけどなー。わたしも瀕死のアキラのために応急処置をすっごく頑張ったのになー」

 

「やめてっ!それ以上傷口を抉らないでーっ!折角治ったのにまた傷が開いちゃうからさーっ!お前の台詞一つ一つが俺の心にグサグサ突き刺さってるからさーっ!デスノートに自分の名前書き込みたくなっちゃうからさーっ!」

 

 

 

 

 

拗ねたような口調で悪戯っぽく俺を弄ってくるエミリア。この子、すんげぇ根に持ってるよ!俺をなおすことに労力を割かれたことすごく根に持ってるよ、コンチクショーッ!

 

 

 

 

 

「―――行きますよ、アキラくん。村が無事であることを確認したら、その後でお仕置きですからね」

 

「レムさーんっ!?あなたの言うお仕置きが一番怖いんですけどっ!それ、冗談ですよね!?マジで冗談ですよね!?お願いだから場を和ますためのアメリカンジョークだって言ってよっ!嘘だと言ってよ、バーニィィイーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

俺は半ばマジで泣きそうになりながらレムさんの後を追いかけた。これじゃあ勝っても負けても救いがないぞ、チキショーめぇ!

 

 

 

 

 

「―――アキラ・・・お願い。無事に帰ってきて」

 

 

 

 

 

必死に道化を演じる俺の後ろ姿を悲しそうに見送るエミリアの姿に気づかぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、そろそろ詳しい話が聞きたいんですが・・・」

 

 

「何でだ・・・俺はどこで選択を間違えた・・・どこで俺の死亡フラグが立ったんだ・・・こうなったら、また一人バックトゥザフューチャーするしかねえぞ。全力で前向きに後ろ向きに生きるしかねえぞ」

 

 

「・・・潰しますよ?」

 

 

「やめてっ!お願いだから本当にやめてっ!これ以上潰されたら男として大事なものを失っちまうからさ!」

 

 

 

 

 

村へ向かう道中、レムさんに説明を求められるが・・・正直な話、俺が死に戻りしたことを伏せたまま状況を説明するのに苦労させられた。

 

偶然、アーラム村で買い出しに行った後にベア様に会いに行ったら呪いがかけられていることに気づいた・・・―――つまり、呪いにかかったことはあくまでも『偶然』気づいたということにしたのだ。

 

 

 

 

 

「では、アキラくんが手を噛まれたあの時の子犬が呪いをかけた張本人だと・・・?」

 

「ああ。ベア様に調べてもらったから間違いない!俺は解呪してもらったから命を拾ったものの・・・呪いが一度発動しちまったら呪いをかけられた人間はまず助からねえ!あの子犬が何人の村人を噛んだかはわからねえが・・・おそらく呪いは今夜中にも発動するはずだっ!」

 

「その話がもし本当だとすると・・・確かに小さな村一つくらい簡単に壊滅しますね」

 

 

 

 

 

レムさんは俺の説明から事態の深刻さを理解したのか冷や汗を垂らしている。そして、村に近づくに連れてその最悪な予想が当たっていることを俺たちは確信した。

 

 

 

 

 

「―――っ・・・アキラくん。あれは」

 

「村が不自然に明るい・・・何だか嫌な予感がするぜ」

 

 

 

 

村の中に点在する無数の炎の明かりが蠢いているのが見える。村に到着すると案の定、松明を持った村人が何人も走り回っていいた。

 

 

 

 

 

「ロズワール様のお屋敷のお二人じゃないですか・・・こんな時分にいかがいたしました?」

 

 

「ちょうどいいところに。何があったんですか?」

 

 

「え、ええ。実は、村の子供が何人か見当たらなくてですね。暗くなる前まで遊んでいたのはわかってるんですが、その後どこに消えたのか・・・大人連中で探し回っているところです」

 

 

「いなくなったってのは『ペトラ』や『リュカ』のことか?」

 

 

「え、ええ。そうですけど・・・どうしてそれを?」

 

 

「こっちにも色々と心当たりがあってよぉ~。村の中の探索を始めてからどれくらい経つ?」

 

 

「もうかれこれ・・・1時間くらいになるかと」

 

 

「だとしたらもう間違いないっ。あいつらはもう村の中にはいない。いるとしたら・・・『あそこ』だ!――――二人ともついて来てくれっ!」

 

 

「子供たちの居場所がわかるんですかっ!?」

 

 

「ああ。経験からくる勘ってヤツだ」

 

 

 

 

 

俺は真っ直ぐに村と森の境界となる外柵の方へと駆け出した。村人の男もレムさんも俺の迷いのない行動に不審なものを感じつつも素直に俺の後をついてきてくれた。

 

ラムが魔獣の呪いにかけられた前回・・・そして今回のループに入ってから俺は『村に来ていなかった』。それによって俺はそれまでのループでやっていた重大な行動を取り忘れていた。

 

 

 

 

 

「っ―――“結界”が・・・切れてる?」

 

 

「グレートっ・・・やっぱり、そうか」

 

 

 

 

 

レムさんが指差した先にはとても見覚えのあるクリスタルのような光を失った宝石が樹に埋め込まれてあった。魔獣を近づけさせないバリケードの役割をなす宝石が魔力を失ったまま放置されていた。

 

俺がこのループでやり忘れていた『結界を直す』という行為―――それこそがこの運命の分岐点だった。だから、前回もこの時間でもバイツァダストは発動しなかった。

 

――――『エミリア陣営が魔獣の呪いによって壊滅する』。それこそが、悪魔《バイツァダスト》が定めた運命なのだ。

 

 

 

 

 

「あの結界の解れたところから魔獣が侵入してきやがったんだ。表面上無害な子犬のふりをして油断させ、無防備に近づいてきた相手に呪いをかけた。後で安全なところからじっくり誰にも邪魔されずに『食べる』ために・・・――――おそろしく狡猾な相手だぜ」

 

 

「・・・果たしてこれは本当にただの魔獣の仕業でしょうか?結界が切れていたことも偶然とは思えません。何者かが仕掛けた罠という可能性も考えられます」

 

 

「ああ・・・俺もそう思うぜ。だが、今はそれを考えてる暇はないっ―――“クレイジーダイヤモンド”っ!!」

 

┣゛ンッッ!!

 

『―――ドォォラァアアアッッ!!』

 

 

ドグシャァアアアッッ!!

 

 

「・・・アキラくん!いきなり、何を!?」

 

 

「切れた結界を殴って―――『なおす』っ!」

 

 

スゥゥウウウ… ガキ゛ィィイイッ!!

 

 

 

 

結界の解れたクリスタルをクレイジーダイヤモンドで殴り付けると結界を繋ぐクリスタルは一度砕けたものの瞬時に元通りに『なおり』、他のクリスタル同様輝きを取り戻した。

 

 

 

 

 

「っ・・・魔力を失った結界を『なおした』んですか?」

 

「ああ。これで一先ず村の安全は確保された――――これで心置きなく暴れることが出来るぜ」

 

「ちょっと待ってください。アキラくん、何を考えてるんですかっ!?ロズワール様の御不在の機に・・・狙ったようにこんな問題が起きますか?これがお屋敷を狙うための陽動でないと断言できますかっ!?」

 

「―――なあ、“あんた”。村の人達に伝えてくれ。『子犬に噛まれたヤツは至急ロズワール邸に向かえ』って・・・それと『ガキ共は俺が必ず連れて帰る』ってな」

 

 

「え?・・・いや、しかしっ」

 

 

「『しかし』も『カカシ』もあるかっ!早く行けっ!!人の命が懸かってんだぞ・・・つべこべ抜かすなっ!!」

 

 

「っ・・・わ、わかった!」

 

 

「アキラくんっ!?」

 

 

 

 

 

レムさんが勝手な判断を下した俺を叱責してくるが、今はそんなのに構っている暇はねえ。俺もくだらねえ体裁を取り繕ってる暇はねえし・・・こうなってしまった以上、それをやる意味もないっ。

 

 

 

 

 

「レムさん。あんたの言う通りだ。これは完全に“ワナ”だぜ・・・敵は俺があのガキ共を助けに行っている間に屋敷を襲撃するつもりだ。しかしっ!――――ワナだと知ってても行くしかねえぜ、コイツは。何故なら、ガキ共にはもう一秒たりとも時間が・・・ないっ!」

 

 

「ぁ・・・っ!」

 

 

「確かに屋敷を護ることも大事だ。だが、今、目の前で死にかけているガキ共の命を見捨てることが最善だとは思えねぇ―――だから俺は行くっ!レムさんは屋敷に戻って防御を固めてくれ」

 

 

「アキラくんはどうしてそこまで・・・アキラくんと、この村にどれほど関係が―――あなたはこの村に来てまだ一日しか経っていないのですよ」

 

 

「ああ。この村の人達とは『今日一日の長い付き合い』だ―――そいつらが死にそうになっているんだぜ。命を懸けるのにこれ以上の理由がいるか?」

 

 

「っ・・・アキラ、くん?」

 

 

 

 

 

レムさんは迷っている。俺のあまりの迷いのない決断とその覚悟の重さに迷っている―――ラムの傍でいつも姉の判断に身を委ねていたレムさんが俺の意志に押され、自分で決断することが出来ずに迷っている。

 

レムさんは知るはずもないだろうが、俺とここの村の人達とは本当は『何日もの』付き合いがある。しかし、当然のことながら村人達にはその時の記憶や思い出がない。俺が過ごしたあの時間の思い出を彼らと共有することは永久に不可能だ。

 

―――だからこそ『今日一日』で彼らと過ごしたことに対する俺の『思い入れ』は並外れて強いんだぜ。

 

 

 

 

 

「――――『ペトラ』には夢がある。『大きくなったら都で服を作る仕事に就く』という夢だ。俺が聞いてもいねえのに・・・服の仕立ての勉強をしていることを嬉しそうに話していやがった」

 

 

「・・・え?」

 

 

「『リュカ』は『村一番の木こりの親父の跡を継ぐ』って言っていた。やんちゃに小さい斧を振り回して鬱陶しく俺に自慢して来やがったよ。あんなへなちょこで木こりなんかなれるのかよって話だ

 

『ミルド』は『花で作った冠お袋さんにプレゼントする』って言ってた。あまりに不格好だったんで俺が手伝ってやったら大喜びしていたよ。男の癖にメルヘンなことしやがるなんて内心思っていたのは内緒だ。

 

『メイーナ』は『もうすぐ弟か妹か生まれる』って喜んでいた。『自分ももうすぐお姉ちゃんになるんだ』って楽しみにしていたよ。竹トンボ作ってやらなかったことを根に持ってやがってえらくしつこかったぜ。

 

『ダイン』と『カイン』の兄弟はどっちがペトラをお嫁さんにするかって張り合ってやがる。ガキの癖に色気付きやがってよぉ~・・・俺の見立てではどっちも脈がなさそうだったけどな」

 

 

 

 

 

何度時間を繰り返しても毎度のように俺を振り回しやがってよぉ~。毎回毎回あまりにもしつこく絡んでくるもんだから・・・お陰で見捨てることが出来なくなっちまったじゃねえか。あいつらのせいで俺はこの世界で手に入れたものを棒に振ろうとしているんだぜ。

 

しかも、それをすることに全く後悔していない自分が一番タチ悪いぜ。

 

 

 

 

 

「俺には『夢』がない。でもな、『夢』を守ることはできるっ!・・・今、あいつらの夢を護れるのは“俺”しかいないんだよっ―――だから、俺はあいつらを助けに行くぜ。それが、あんたの信用を裏切ることになったとしてもよぉ~」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

これ以上、俺の勝手な決断にレムさんを巻き込むつもりはない。ハナから俺は『ラムの命令』と『レムさんの信用』を裏切ることも承知で単身で行くつもりだった。もう何を言われようと止まるつもりはない・・・はずだった。

 

 

 

 

 

バッ

 

 

「っ・・・どいてろって言ってんスよ!これ以上止めたらマジに怒るぜ」

 

 

「レムの命じられている仕事は『アキラくんの監視』です――――なので、このままレムも同行してアキラくんの監視を続行します」

 

 

「っ・・・レムさん」

 

 

「それとアキラくんは『レムの信用を裏切る』と仰っていましたが・・・レムはまだアキラくんを信じた訳ではありません―――レムがアキラくんを信用すべきかどうか・・・この先のあなたの『行動』で示してください」

 

 

「・・・グレートだぜ、レムさん」

 

 

 

 

 

胸の奥が熱くなるぜ。魔女の悪臭を纏う俺をあれほどまでに忌避していたレムさんが、まだ俺にチャンスを与えてくれている―――こいつは・・・グレートだぜっ!

 

 

 

 

 

「―――警告しておきますが、森は魔獣の群生地帯です。一歩外に出ればどこから襲われるかわかりません・・・くれぐれも油断しないでください」

 

「ああ、言われなくともっ。脳細胞がトップギアだぜ・・・ひとっ走り付き合えよ、レムさん」

 

「ええっ、行きましょう。子供たちが手遅れになる前に・・・」

 

 

ジャラララララ…ッ

 

 

「・・・ン?」

 

 

 

 

 

嫌な意味で聞き覚えのある音に俺の頬を冷や汗が伝う。隣を見ると手ぶらだったはずのレムさんがいつの間にか愛用のモーニングスターを握っていた。

 

 

 

 

 

「あの~、レムさん・・・“それ”は」

 

「『護身用』です」

 

「いやでも、さっきまで何も持ってなかったはずじゃあ・・・」

 

「『護身用』です」

 

「答えになってねえぜっ!」

 

 

 

 

 

レムさんは俺のツッコミを封殺して森の中へと入っていた。

 

この時間に入ってレムさんのことをちっとくらいは理解してきたつもりだったが、まだまだレムさんは謎が多い。

 

俺も慌ててレムさんの後を追って森の中へと入っていく。

 

 

 

 

 

「・・・足跡での追跡はこの辺が限界だな。何か他に手がかりは」

 

「アキラくん、レムより前に出ないでください。手元が狂ってしまうかもしれません」

 

「その警告だけは本当に怖いなぁ!!どさくさ紛れに俺殺されるのっ!?この状況なら死体さえ隠蔽すれば完全犯罪が成立しちまうよっ!」

 

 

ガサッ

 

 

「おっと・・・こりゃあ―――服の切れ端か?」

 

 

 

 

 

自生していた樹の枝葉に服が引っ掛かり、そっちに目を向けると赤い布の切れ端が引っ掛かっていた―――待てよ。この『赤い布』見覚えがあるぞ・・・ペトラのリボンか?いや、違う・・・コイツは―――

 

 

 

 

「『リュカのマフラー』だっ。グレートっ・・・これであいつらの居場所がわかるっ!」

 

 

「そんな布の切れ端で何がわかるんですか?そんな破れた布切れじゃあ・・・何の手がかりにも」

 

 

「―――『逆』ッスよ。破れてる“から”いいんじゃあないですかっ。破れたマフラーを『直せば』よぉ~・・・」

 

 

ズギュゥウウウンッ!! ―――フワッ スゥオオオーーーッ

 

 

「あいつのところに『直り』に戻っていくってことッスよ!これであいつらの元まで一直線だぜ。レムさん、あの切れ端を見失わないようにしてくださいッス」

 

「あ・・・ハイ!」

 

 

 

 

 

思わぬところに思わぬ救いの手が差し伸べられた。これは魔女の気まぐれか魔獣の罠か・・・どっちでもいい。ガキ共の居場所さえわかれば何でもいい。

 

 

 

 

 

「―――っ!?・・・近い、生き物の匂いです!」

 

「まさか例の魔獣ってヤツか!?」

 

「いえ・・・獣臭くはありません。おそらく『子供たち』の匂いです」

 

「あとは無事でいてくれることを願うばかりだぜ。魔獣がこれ以上何かしでかす前にガキ共を保護するんだぜ!」

 

「ハイッ!」

 

 

 

 

 

もっとも呪いにかかっていた場合、解呪しない限りどこに行っても同じだろうがよぉ~。

 

リュカのマフラーの破片を追っていくと森を抜けて視界が一気に開けた。森の中に樹が生えてうあない開けた平野があったのだ。そして、その開けた平野のど真ん中に月明かりを受けて倒れ付している人影を確認した。

 

 

 

 

 

「―――“いた”っ!あそこに倒れてるのがそうだっ・・・リュカとペトラだ!・・・それにダインとカイン!・・・ミルドとメイーナも!皆いるぞ!」

 

「・・・どうしてこんなところに。魔獣の匂いもしませんし」

 

 

 

 

 

ぐったり倒れているガキ共を見てレムさんは近くに魔獣がいないことに疑問を浮かべるが。俺はそれに構わず、倒れているガキ共の安否を確認した。

 

 

 

 

 

「―――っ・・・ぅ・・・ぐ」

 

 

「いいぞっ、死んじゃいねえ!まだ生きてる!」

 

「いえ。今はまだ息がありますが、衰弱が酷すぎます。このままでは・・・」

 

「『衰弱』・・・っ―――やっぱり、ここにいる全員呪いにやられていたか」

 

 

 

 

一先ず、最悪の事態は避けることはできたが、最悪の状況はまだ続いている。

 

確かにガキ共はみんな顔面蒼白で息を荒くしてぐったりとしている。気絶しているはずなのにまるで運動しているかのように全身汗だくだ。

 

あのラムの命をもあっさりと吹き消した呪いだ。子供の体力でどこまで持ちこたえられるかどうか。

 

 

 

 

 

「この状況で聞きにくい質問なんだけどよぉ~。レムさんは呪いの解呪が出来たりしねえか?」

 

「レムの腕では・・・とても。せめて、姉様がこの場を“視て”いてくれていれば―――質問を返しますが、アキラくんの『なおす力』で子供たちを助けることは?」

 

「無理だぜ。俺の『クレイジーダイヤモンド』は『破壊された物体をなおして戻す』能力だ。手で触ることの出来ない呪いはなおせねぇし・・・こいつらが魔獣に奪われたマナや体力を回復させることも出来ねぇ」

 

 

 

 

 

壊れたバイクを直すことは出来ても・・・『ガソリン』だけは別だ。走って消費したり、燃料タンクから吸い上げられた燃料《体力》は戻せないってことだ―――生命を与える『ゴールドエクスペリエンス』だったらそれも可能だったかも知れねえがよ。

 

 

 

 

 

「とにかく、取り急ぎ癒しの魔法をかけます。気休めですが、今は少しでも体力を戻させて・・・落ち着いてから運び出しましょう―――『水の癒し、その祝福を与えたまえ』」

 

パァァアアア……ッ

 

「呪いを打ち破るには、やっぱりベア様の力が必要だぜぇ。チキショウ・・・こんなことになるんだったら無理矢理にでも連れ出してくるんだった―――応急処置が終わったらすぐ村に連れて帰ろう。ここにいたらヤツらに感づかれちまう」

 

 

「―――っ・・・あき・・・ラ?」

 

 

「ペトラ!?目が覚めたかよぉ―――やれやれ・・・心配させんじゃねえよ」

 

 

 

 

 

まだ意識が朦朧としているのかペトラの目は虚ろだ。だが、レムさんの回復魔法が効いているのか俺の目を見てハッキリと名前を呼べるくらいにはなった。

 

 

 

 

 

「けど、よく持ちこたえたな。上出来だぜ!少ししたらすぐに村に連れて帰る。もう少しの辛抱だからなっ」

 

「ひと、り・・・っ」

 

「何だ?」

 

「ひとり・・・まだ、“奥”に・・・」

 

「まさかっ・・・“一人”、足りないっ!?」

 

 

 

 

 

倒れていたのは6人。今日、会った村の子供たちは『七人』―――あと一人・・・あの名前を聞いていないお下げの女の子が見当たらないっ!

 

 

 

 

 

「森の奥に一人・・・取り残されてるってのか」

 

「アキラ・・・お願い。あの子・・・たすけて・・・あげて」

 

 

 

 

ペトラは息も絶え絶えな状態だ。無理もない。体力を衰弱死寸前まで吸いとられて目を開いているのもやっとな状態なんだろう。だったら、俺がここで狼狽えるわけにはいかねえ。ここでペトラを動揺させちゃあならねえ。

 

俺はペトラを安心させるように余裕の笑みを浮かべて静かにペトラに応えた。

 

 

 

 

 

「―――心配すんな。あとは俺に任せろ。ペトラは早く帰ってお父さんとお母さんを安心させてやれ」

 

「アキラ・・・」

 

「無事帰ったら、俺がお前らに美味いおやつご馳走してやっから―――だから早く元気になるんだぞっ」

 

「っ・・・うん・・・アキ、ラ・・・あり、が・・・とぅ」

 

 

 

 

 

ペトラはそのまま安心して吸い込まれるように眠りに落ちた。もしかしたらペトラが目を覚ましたのは、誰かにこの事実を伝えようという気力だけで無理矢理目を覚ましたのかもしれない。

 

―――ったく、ガキの癖に面倒くせぇことしやがって・・・お陰で俺まで頑張らなきゃいけなくなっちまったぜ。

 

 

 

 

 

「―――レムさん。こいつらを頼む・・・村の連中がもうじき迎えに来るはずだ。村人と協力してこいつらを屋敷にいるベア様のところに連れてってやってくれ。ベア様なら何とかしてくれるはずだからよぉ~」

 

「っ・・・待ってください!この上、更に森の奥に一人で踏み込むつもりですか?自殺行為です。それに魔獣に連れていかれたのなら――――おそらく、その子はもう・・・っ」

 

「けど、生きてるかも知れねぇ。生きてる可能性が1%でも残されてるなら俺は助けにいくっ――――ペトラが・・・こんなちっさいガキが・・・死にそうな目に遭いながらも命を振り絞って俺に託したんだ。それに応えられなきゃあ、俺がここにいる意味がないぜ」

 

「・・・欲張りすぎて、拾って戻れるはずだったものまでこぼれ落とすかもしれませんよ。今のアキラくんではこの子達を救うことで手一杯です」

 

 

 

 

 

耳が痛い言葉だ。かつて俺が死なせてしまったレムさんに言われると尚更よぉ~。

 

 

 

 

 

「言われなくてもわかってんだよ――――こちとら目の前のもん護るので手一杯だ。それでさえ護りきれずに今までいくつ取りこぼしてきたかわかりゃあしねぇ。俺にはもう何もねぇがよぉ~・・・せめて目の前で落ちるものがあるなら拾ってやりてぇのさ」

 

「それで、アキラくん自身が死ぬことになったっとしてもですか?」

 

「・・・死にゃあしねえよ。何せ俺の命は既に呪われちまっているからな。あんたは気づいていたはずだ――――俺の身に纏う・・・『魔女の匂い』に」

 

「―――っ!?アキラくんは・・・どこまで、知って」

 

 

 

 

 

レムさんは可愛らしく驚いた表情を見せてくれた。今までのループでも見せたことのない感情を隠す仮面じゃない素直な驚きの表情を見れて俺は嬉しくなった。

 

 

 

 

 

「さあてな・・・俺から言えるのは『俺は何もわかっていない』ってことだけだ。今はわからないことばかりだけど・・・信じるこの道を進むだけさ」

 

「ちょっと待ってくださいっ!話はまだ終わってません」

 

「説教も文句も全部終わったあとだ。今は森の奥に取り残されている子を救出するのが先決だ」

 

「『約束』・・・ちゃんと約束してくださいっ。全てが終わって無事に帰ってきたら、ちゃんとお話を聞かせてくださいっ」

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

俺はレムさんのその約束を求める声に反応を返すことができなかった。俺は出来ない約束はしない主義だからよぉ~。

 

 

 

 

 

「アキラくんっ!こっちを向いてください・・・ちゃんと帰ってくるって約束してくださいっ」

 

「まあ、心配すんなって。今の俺にはエミリアが授けてくれた『精霊の加護』だけじゃなく・・・『鬼の加護』がついてるからよぉ~」

 

「『鬼の加護』?」

 

「鬼よりも鬼がかった俺の恩人が授けてくれた加護だ―――神様に願うより霊験あらたかだろうぜ!」

 

 

 

 

 

俺はその言葉を残してレムさんの前から逃げるように走り出した。あの場でレムさんと『帰ってきたら全部話す』という約束だけは交わすわけにはいかなかった。それをすればレムさんは『魔女の呪い』を受けて死んでしまうからだ。

 

だから、俺はこれが終わったら――――

 

 

 

 

 

「―――アキラくん!ゼッタイに無茶をしないでくださいっ!子供たちを預けたらレムもすぐに合流します!」

 

 

「ああ。任せとけっつーの!」

 

 

「くれぐれも気をつけてくださいねっ!」

 

 

 

 

 

俺の姿が見えなくなるまで声を張り上げて俺を激励してくれるレムさんの加護はマジで鬼がかってるぜっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――魔獣を追う前に・・・お前に一つ教えておいてやるのよ』

 

 

『なんだよっ!?こっちはマジに急いでんだぜ』

 

 

『もし魔獣と戦闘になることになったらお前は真っ先に逃げることだけを考えるのよ。くれぐれも刺激しないよう速やかに退散するかしら』

 

 

『オイオイ、舐めてもらっちゃあ困るぜ。俺はこう見えて近接無敵のスタンド使いだぜ。獣ごときに遅れをとるかよ』

 

 

『お前が不用意に近づけば魔獣を呼び寄せて、却って事態が悪くなるのよ。もし、お前以外にも他に呪われたヤツがいたとしたら・・・そいつらの呪いの発動を早めてしまうことにもなりかねないかしら』

 

 

『どういうことだ?』

 

 

『―――『魔女の残り香』なのよ。お前の身に纏う魔女の瘴気にあてられた魔獣が正気を失って暴走でもしたら何をするかわからないのよ。魔獣は魔女の匂いに敏感に反応する性質があるかしら・・・肝に命じておくのよ』

 

 

『因みに、今の・・・『瘴気』と『正気』をかけたダジャレじゃないよな?』

 

 

『そんなに死にたければベティがお前をあの世に送ってやるのよっ』

 

 

『行ってきまーーーーーすっっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガサガサガサ……ッッ

 

 

 

「―――ベア様はああ言っていたけど。今のところ獣の気配がしねえな。もしかしてあの子が連れ去られたのこっちの方じゃあなかったのか?」

 

 

 

 

 

ペトラの指差した方向を真っ直ぐ進んではいるが、連れ去られた子供の姿も見えなければ魔獣が茂みを蠢くような気配も感じない。

 

 

 

 

 

「(ベア様の話だと魔獣は魔女の匂いに敏感に反応して引き寄せられてくるって感じだったけど・・・森に入ってから一匹も見かけないのはどういうことだ?)」

 

 

 

 

 

嵐の前の静けさとは言うが、それにしたっていくらなんでも静かすぎる。ペトラ達があんな拓けた草原に残されていたのに・・・あのお下げの子が一人だけ森の奥に連れていかれたってのもよくよく考えると不自然だ。

 

 

 

 

 

「―――あえて罠と知ってて飛び込んだつもりが・・・もしかしたら・・・」

 

 

 

ガサガサガサ……ッッ

 

 

 

「―――っ・・・どうやらおいでなすったようだな」

 

 

 

 

 

近くの茂みを揺らして俺の左右に回り込む獣の気配をハッキリと察知した。数はざっと確認できる範囲で10匹以上はいやがるな。

 

 

 

 

 

グルルルルル……ッッ

 

 

「グレート・・・コイツは想像していた以上にえげつないのが出てきやがったな」

 

 

 

 

 

現れたのは見た目狼のような魔獣だった。体長は1メートルから1.2メートル程度。黒い体毛、鋭い牙、赤く光る双眸を持つ大型の狩猟犬のような容貌だ。

 

これだけならまだ普通の動物とさして変わらない。決定的に違うのは上顎と下顎から異常なまで太く長く発達した牙を備えていること。さらに背骨部分から刺のような突起物が生えており、極めつけは肋骨部分が不自然に赤く発光している。

 

―――どう見ても人間とは絶対に相容れない。この星に存在してていい生物じゃあないぜ、こりゃあ。

 

 

 

 

 

グルルルルル……ッッ

 

 

「俺はよぉ~。愛犬家を自負しちゃあいるが・・・テメエらは別だ!―――テメエらはペトラ達を喰おうとしやがったし、何よりも『ラムを殺した』っ」

 

 

ガァアウッッ!!

 

 

「お前らに対する慈悲の気持ちは全くねえっ。テメエを可哀想とは全く思わねえ・・・――――襲ってきた瞬間、容赦なく俺のクレイジーダイヤモンドがお前らをぶちのめすっ!」

 

 

―――~~~~ッッ グラァアウッッ!!

 

 

 

 

 

森の中に潜んでいた魔獣共が鋭い牙を剥いて涎を垂らしながら一斉に襲いかかってきた――――だが、遅い。レムさんの怒りの猛攻を耐え抜いた俺にしてみればあくびの出る遅さだぜ。

 

 

 

 

 

『ドォオラララララララララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

ドコドコドコドコドコドコドコドコドコドコドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!!

 

 

ギァヒイィイイイン……ッッ!!?

 

 

 

 

 

何匹で来ようと関係ない。魔女の匂いに引き寄せられてコイツらが俺に集まってくるというのなら・・・却って好都合だ。俺の近接無敵のスタンド『クレイジーダイヤモンド』で・・・全力で蹴散らしていくだけだからよぉっ!!

 

 

 

 

 

┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛・・・ッッ!!!

 

 

「―――さあ、ここからは俺のステージだっ!」

 

 

 

 

 

例え呪いを扱える魔獣であったとしても、俺のクレイジーダイヤモンドにかかれば数がいくらいたところで敵ではなかった。俺はひたすら魔獣を蹴散らしながら森の奥へと突き進んでいった。

 

しかし、あまりにも順調に上手く行きすぎているということは・・・何か『良くないこと』が起こる前兆でもあるということを俺はまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 





原作通りの展開を書いているはずなのですが、書き上げてみると結構細部が変わっていってしまうものですね。

でも、『鬼がかる』という言葉だけは絶対に変えるわけにはいきませんよね。リゼロファンとして・・・レムりんファンとして!


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第27話:バカと魔獣と鬼の角

お気に入りが100を越えた!?バカなっ・・・これは夢か?応援してくれてる方々がいることは知っていたつもりでしたが、改めて数字にしてみるとやはり感動的です。

そして『吹雪が一番だな』様、改めてご感想ありがとうございます!

これからも皆様からの作品に対する要望等あればメッセージを頂けるとありがたいです!



 

 

 

―――アーラム村外れにある森。夜の暗闇の中・・・俺はひたすら一直線に駆け抜けていた。

 

 

 

 

 

『ドォオオオオララララララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!

 

「―――ハァ・・・ハァ・・・コイツら、いったい何匹いやがるんだ?倒しても倒しても・・・後からどんどん沸いてきやがる」

 

 

 

 

 

こうなってくるとこの魔獣共がエミリア陣営を崩壊させるために送り込まれた罠だという考えがいよいよ現実味を帯びてくる。

 

おまけに、足場の不安定な・・・というか足元すら見えない獣道を走っていると体力の消費が半端じゃない。それにここから戻ることを考えると帰り道を覚えるにも限界がある。

 

 

 

 

 

「―――これ以上奥まで行きすぎると帰れなくなる。コイツらに喰われることよりも二重遭難の危険性があるぜ」

 

 

 

 

 

あれだけ大見得を切って道に迷って森をさ迷った挙げ句間に合わなかったとか・・・カッコ悪いどころの騒ぎじゃあねえぞ。

 

 

 

 

 

「いったい、どこまで連れていかれたんだ・・・それとも本当に喰われちまったのかよっ。だとしたらペトラに顔向けできなくなるぜ――――んっ・・・ありゃあ」

 

 

 

 

 

森の中の倒れた木の陰に確かに子供の足が見えた。しかも、はいている靴から女の子のものだとわかる。俺は四周を警戒しながら倒れている女の子の安否を確認すべく静かに歩み寄った。

 

 

 

 

 

「・・・間違いねぇ。今日村で会った魔獣の子犬を抱き抱えていた子だ。何でこんなところに寝かされてたのかは知らねえが・・・この子も呪われている可能性が高いぜ」

 

「―――ぅ・・・ん」

 

「よしっ、まだ息はあるな。あとはこの森を脱出するだけだぜっ・・・急いでレムさんと合流しねえと」

 

 

 

アゥオーーーーーーン……ッッ ―――ザサザザ…ッ

 

 

 

「っ・・・なんだ?」

 

 

 

 

 

俺が女の子を抱き抱えてずらかろうとしたその瞬間だった。魔獣と思しき獣の遠吠えが聞こえて周囲に隠れ潜んでいた魔獣が距離をおくように引き下がっていく。

 

―――諦めたのか?・・・いや、そんなはずはねぇ。何か企んでやがるんだ。

 

確証はないが、やつらの動きを見て俺は瞬時にそれを悟った。犬畜生が『企んでいる』などというのは本来であれば考えにくい話だが・・・野生の獣を甘く見ちゃあ行けねえってことだぜ。

 

 

 

 

 

「だが、何匹束になってかかってきたところで近接無敵のクレイジーダイヤモンドに勝てるわけねえってことは・・・あいつらも身に染みてわかっているはずだけどよぉ~」

 

 

ガルルルルッッ ガァアウッッ!!

 

 

「いいぜっ、何度でもぶちのめしてや・・・――――――っっ!?・・・あ、足がっ」

 

 

ズブズブズブズブ……ッ

 

 

 

 

 

眼前にまた新たに三匹の魔獣が姿を現し、それをぶちのめすべく俺が構えをとった瞬間だった―――俺の足元が不自然に隆起し、俺の足を飲み込んで動きを封じた。

 

 

 

 

 

「バカなっ!さっきまで何ともなかったのに・・・俺の足元だけ底無し沼みてぇに絡み付いて・・・う、『動けない』っ!」

 

 

ガァアウッッ!! ヴガァアアアッッ!!!

 

 

「っ―――小賢しいぃいいあっっ!!」

 

『ドォオオオオオララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!!!

 

 

 

 

 

俺が足を封じられて動けなくなった瞬間を狙って一斉に魔獣共が飛びかかってくるが、その程度では俺を仕留めることは出来ない。足を封じられたくらいでは、クレイジーダイヤモンドの拳は・・・――――っ!?

 

 

 

 

 

―――ガヴゥウウウウッッ!!

 

 

「な・・・な゛にぃいいっ!?」

 

 

 

 

 

俺が正面から襲いかかってきた魔獣を蹴散らしている隙に動きのとれない俺の背後から別の一体が俺の肩に噛みついてきた―――まさか、コイツら・・・『これ』を狙って。

 

 

 

 

 

「くっ・・・『クレイジーダイヤモンド』ォッ!!」

 

『―――ドオラアァアッッ!!』

 

 

ボグシャァアアアッッ!! ―――ギャフォオオンッ!!?

 

 

「~~~~っ・・・くそっ、今のでまた呪われちまったか―――いや、呪いをかけた相手を即ぶち殺したからギリセーフかな」

 

 

 

 

 

しかし、まさか獣ごときがこんなコンビネーションプレイを見せるとは。いや、『獣』だからこそハンティングにかけては一流だということか。

 

それにしたって仲間を捨てゴマにするこのやり方・・・どうも腑に落ちないぜ。

 

何より、俺の足を封じたこの地面の不自然な変形・・・これは間違いなく『魔法』だ。しかも、土系統の魔法。呪いが使えるから魔法を使えてもおかしくはないが。

 

 

 

 

 

「(さっきまでの俺の戦い方で接近戦しか出来ないことを見抜かれた。その上で遠距離から魔法で動きを封じるという最も効果的な戦法を割り出しやがった――――これが本当にただの獣のやることか?)」

 

『ドォオオラァアアッッ!!』

 

 

ドギャァアアアアッッ!! パラパラパラ…

 

 

「急いでここを出ねえと・・・俺の弱点は完全に読まれている」

 

 

 

 

 

一先ず、俺の足を拘束していた地面をクレイジーダイヤモンドで砕いて戒めは解けたが・・・。

 

『クレイジーダイヤモンド』は完全な近距離パワー型のスタンド。遠距離からの攻撃に対しては滅法弱い。おまけにこの暗闇で魔法を使う術者も見えないんじゃあ対処のしようがないっ。

 

 

 

 

 

オゥーーーーーン……ッッ

 

 

「(っ・・・また動きが変わった―――何か来るっ!)」

 

 

ギュオン……ッ

 

 

「―――っ!?」

 

 

ゴバァァアアアアアンッッ!!

 

 

「うぉおおおおおおおおああっ!?」

 

 

 

 

 

森の奥の方で何かが光ったのを視認した直後、俺の背後にあった岩が破裂し、飛散した岩の破片が散弾銃のように俺の背中や足に突き刺さった。クレイジーダイヤモンドでは細かな無数の破片はガードすることが出来なかった。

 

 

 

 

 

「~~~~ってぇぇ・・・攻撃は派手だが、ダメージはそこまでじゃない。それに一瞬だけど確かに見えた。あの光ったところに術者はいる」

 

 

 

 

 

距離を置いてはいやがるが、そこまで離れた場所じゃあない。50~60メートルといったところか。群れを指揮して安全に俺を観察し、必要に応じて魔法で攻撃できるのがそれくらいの距離なんだろう。

 

―――コイツはしたたかなヤロウだぜ。

 

 

 

 

 

「・・・次の魔法を打ってくる気配がない。やたらと魔法を打つと正確な位置を俺に見つけられ接近される危険性があることを知っているんだ―――俺の弱点を把握していても油断せずにあくまでもじっくり確実に俺を弱らせて仕留めるつもりだぜ」

 

 

 

 

 

とても食欲や本能で動く獣とは思えない。この世界の『魔獣』ってヤツはここまで頭がいいものなのか?あれだけの規模の群れを統率し、かつ魔法や呪いを使いこなせる『魔獣』の群れの『ボス』ならそれも考えられなくはねぇけどよ。

 

―――こいつは気合い入れてかからねーと『魔獣』にしてやられるぜ。

 

 

 

 

 

「こういう時、俺の出来る策と言えば一つしかないぜ。一旦退いて体勢を立て直し、対抗策を考える時間稼ぎをする。作戦名・・・」

 

 

グルルルルル……ッッ グラァアウッッ!! ガァアウッッ!!

 

 

「―――『逃げるは恥だが役に立つ』っ!!」

 

『ドォオオオラララララララララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

つまるところただの強行突破である。多勢に無勢。しかも敵は俺が苦手とする遠距離攻撃の手段を持っている。ここでまともにやりあっていたらやられるのは時間の問題だぜ。

 

―――今は多少のリスクを承知でこの場を離れるのがベストだぜ。

 

俺は女の子を傷つけないようにしっかり抱き抱えて元来た道を逆走し始めた。

 

 

 

 

 

アゥオオーーーーーーン……ッッ

 

 

「―――とは言えよぉ~。さっきから謎の遠吠えで連携を取り合っていやがる。気味が悪いぜ」

 

 

ガァアウッッ!!

 

 

「レムさんは大丈夫なんかな~?あれだけ強けりゃあ襲われたとしてもそうそうやられはしねえと思うが」

 

 

グルルルルル…… グラァアウッッ!!

 

 

「コイツらの解呪がもし間に合わなかったら・・・また死んでやり直すはめになるのかよぉ~。流石の俺も激情態のレムさん相手にもう一回体を張るなんて真似はゴメンだぜ」

 

 

ガァアウッッ!! ガァアウッッ!! ゥガァアウッッ!!

 

 

「仕方がねえ・・・今はただ間に合うことを信じて村に向かうしかねえよな。でも、その前に・・・――――さっきから鬱陶しいんだよ、テメエらぁあっっ!!!」

 

 

『ドォォオオオオララララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオオッッッ!!!!

 

 

ギャフォオオンッ!! グヒュィイイイインッッ!? ギャフュゥウウンッ!!?

 

 

 

 

 

四方八方から向かってくる魔獣共をあしらいつつ俺は近くの茂みに隠れようとした“その時”だった。

 

―――また、魔獣を統率する群れのボスから新たな攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

ギュオンッ! ―――ドッッッバァァアアアアンッッ!!!

 

 

「ぐうヴァアああっ!!?」

 

 

 

 

 

俺が走っていた足元の地面が地雷のように爆ぜて俺は地面に転がる。また、あの魔法攻撃が再開されやがった。

 

いや、それだけじゃない。

 

 

 

 

 

「グレートっ・・・どうやら知らず知らずの内に敵のいいように誘導されちまっていたみたいだなっ」

 

 

グルルルルル…… ガァアウッッ!! グルァアアアアッッ!! ガフゥウウウウッッ!!

 

 

 

 

 

今俺が立っている場所は森の中でも木々が生い茂っていない拓けた平地。そのエリアを囲むように周囲の茂みには魔獣の包囲網が完成している。そして、隠れる遮蔽物がないこの場所は遠距離から俺を観察して魔法を打ち込むのにもうってつけだ。

 

―――茂みに隠れようとすれば魔獣に襲われ、魔法で石礫を飛ばされ狙い撃ち。正面の道を突破しようとしてもさっきみたく地面を地雷のように爆破され動きを止められてしまう。

 

 

 

 

 

「グレート・・・何がなんでも逃がさないつもりかよ」

 

 

アゥオーーーーーーン……ッッ!! ザザザザッッ

 

 

「・・・来るかっ!?」

 

 

ギュオン……ッ  ―――ゴッッバァァアアアアアンッッ!! ドッッッバァアアアアアンッッ!!! ドッッッパァァアアアアアアアンンッッ!!!

 

 

「ぐぁあああああっ!?」

 

 

 

 

 

俺の周囲の地面が爆ぜて細かな石礫が散弾銃のように俺の体に突き刺さる。皮膚にめり込み、微かだが俺の骨にも破片がいくつか突き刺さった。俺は胸に抱き抱えた少女を傷つけないよう覆い被さり自分の身を盾にするので精一杯だ。

 

その怯んだ隙を狙って茂みに潜んでいた魔獣共が再び襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

ガァアウッッ!! ガルルルルッッ!!!

 

 

「ぐっっ・・・―――ぅおおおおおおおおおおっっ!!!」

 

『ドォオラララララララララララララララララララララララァァァアアアアーーーーーーッッッ!!!!』

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッ!!!!

 

 

 

 

 

飛び掛かってきた魔獣は問題ない。クレイジーダイヤモンドの拳でいくらでも蹴散らせる。しかし、このままダメージが積み重なっていけばそれもジリ貧だ。敵は俺が対処できない魔法攻撃でじわじわ痛め付けて弱ったところを仕留めるつもりだ。

 

―――この群れを統率している魔獣のボスを倒す以外にこの状況を脱する手はない。だけど、どこから攻撃してきてるのかがわからねぇ。

 

 

 

 

 

「・・・さっき魔法を発動していたときに・・・微かだが魔法の光が見えた。その魔法を打つ瞬間を狙うしかない。『コイツ』で狙い撃つ」

 

 

 

 

 

俺はポケットの中に忍ばせておいた『弾頭』を取り出した。屋敷を出る直前にくすねておいたロズワール邸の屋敷の大工仕事で使っていた『釘』だ―――コイツを即席の『弾丸』にしてヤツを狙い撃つ。

 

 

 

 

 

『ドォオラァアアッッ!!』

 

ドコォオオオオオッッ!! スゥウウウウ……ガチィイイイッッ!!

 

「―――砕いた石を『なおして』・・・釘をコーティングする」

 

 

 

 

 

俺の『錬金術(?)』の精度は、外見ばかりの粗悪品にしかならないことはとっくに検証済みだ。だから、単純に石をなおすだけじゃあライフル弾は作れないが・・・『骨子』となる『釘』に石をコーティングして形を整えるくらいならどうにかなる。

 

―――ヤツが魔法を打つ瞬間を見つけて、そこをこの弾丸で狙い撃つ。

 

 

 

 

 

「―――つっても・・・練習なしの一発勝負。果たして上手く行くかどうか。この即席の弾丸の命中精度が如何程のものかって話だぜ」

 

 

 

 

 

形を整えはしたものの材料は『石』と『釘』だけだ。狙撃用にミリ単位で設計され、研磨された通常の弾丸と比べたら話にならない。コイツで狙撃するなんて普通に考えたら悪い冗談だぜ。

 

 

 

 

 

ギュオンッ!  ―――ドッッバァアアアアアンッッ!!!

 

 

 

「ぐおおっ・・・けど、やるしかねぇ!この粗悪品の『弾丸』をヤツの眉間にぶちこんでやるぜ」

 

 

 

 

 

今のでおおよその位置はわかった。だが、ヤツは魔法を打った直後に場所を移動している。一ヶ所にじっとしている訳じゃあねえのか・・・なら、今度はこちらから居場所を燻り出してやるぜ。

 

―――『魔法』を使えるのは何もそっちだけじゃあねえってことだ。

 

 

 

 

ガルルルルッッ!!! グラァアウッッ!!

 

 

 

 

再び攻撃体勢に入った魔獣が俺に向かって猛突進してくる。だが、俺は今回あえてクレイジーダイヤモンドを出さず、避けることもせずに魔獣が俺の眼前に迫るまで引き付ける。

 

―――俺の鼻先にヤツらの牙が届くのではないかというくらいの超至近距離・・・そここそが狙い時だっ!

 

 

 

 

 

「―――『太ぃい・陽ぉお・拳んん』ーーーーーっっ!!」

 

 

バギュゥヴッッ ビガァァアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!!!

 

 

―――……ッッ!? ギャフォオオンッ!! グヒュィイイイインッッ!? ギャフュゥウウンッ!!?

 

 

 

 

真っ暗闇の森の中だというのに真っ昼間の太陽を直視したかのような激しい閃光が放たれ、魔獣共は悶絶して苦しみのたうち回る。

 

夜の暗闇に完全に目が慣れきっていた状態でこの光を直視したのだ。下手したら失明しかねないくらいのショックだったろう。普通なら視力が回復するまである程度時間がかかる。

 

 

―――しかし、俺はその“瞬間”を見逃さなかった。

 

 

 

 

 

『――――――ヴヴヴッ……ガァヴッ』

 

 

 

 

 

俺の太陽拳を受けてなお60メートル先からこちらを観察している一匹の魔獣《子犬》とハッキリ目が合った。

 

 

 

 

 

『――――――……がルルッ!?』

 

 

 

 

「―――やはり、見たな・・・『お前』は必ずこっちを見ると思ったよ。他の個体は目眩ましを受けて苦しんでいても・・・群れのボスであり、司令塔であるお前は絶対に獲物《俺》から目を離さないと踏んでいたよ」

 

 

 

 

 

俺のクレイジーダイヤモンドの目は既に『ボス』を捉えている。対するヤツの目はさっき俺が魔法で放った光が網膜に焼き付いているのか俺の姿を捉えておらず動揺して体をこっちへ向けている―――勝敗が決した瞬間ってヤツだぜ。

 

 

 

 

 

「―――“FATALITY”《死亡》ッ!」

 

 

 

 

ドギュゥウウウウウーーーーーーーーンッッ!!!

 

 

 

 

『―――ゲッ……ギャアアーーースッ!?』

 

 

 

 

ドブゥウゥウウウ……ッッ!!

 

 

 

 

 

手応え合った。俺の釘で作った弾丸は僅かに左方向にそれたものの見事『ボス』の頭に当たったのが確認できた。そのまま倒れてしまったんでどこに当たったのかはよく見えなかったが・・・初めてにしては上出来すぎる一発だったぜ。

 

 

 

 

 

「やれやれだぜ・・・早くここを脱出しねえと―――」

 

 

ぐらぁああ……っ!

 

 

「―――ぐっ!?・・・魔法を使った反動が」

 

 

グラァアウッッ!! ガァアウッッ!!

 

 

「くっ・・・クレイジーダイヤモ・・・っ!(――――体が動かないっ。魔法で精神力を消費したせいでクレイジーダイヤモンドが間に合わないっ)」

 

 

 

ジャララララッッ ―――ドグチャァアアアアアッッ!!

 

 

 

「ドぅえっ!?」

 

 

 

 

 

俺が何とか決死の思いで防御体制をとろうとしたその次の瞬間、襲いかかってきた魔獣の体がトマトのように弾けとんだ。

 

この鎖の重々しい音といい・・・良い子は真似して欲しくない武器とこのスプラッタな殺り方―――確認するまでもなく一人しかいねえよな。

 

 

 

 

 

ジャララララ……ッッ

 

「―――アキラくん、魔法の才能がないのにあまり無茶をしないでくださいっ。ゲートに後遺症が残っても知りませんよ」

 

 

「レムさんっ!・・・あっ、いや、どうしてここに!?」

 

 

「子供達を無事村に戻したので手助けに来ました。ずいぶん手酷くやられたようですね」

 

 

「どうやら魔法とはとことん相性が悪いらしくてよぉ~・・・思ったより手こずっちまったぜ。でも、この子には傷一つないぜ―――っ・・・おっととと・・・」

 

 

「さっき使った魔法の影響で体がうまく動かせないようですね―――ここからはレムが引き受けます」

 

 

 

ガァアウッッ!! グラァアウッッ!! グルルルルッッ!!

 

 

 

「―――シッ!」

 

 

ジャララララッッ ―――ドグチャァアアアアアッッ!! ドゴシャァアアアアアッッ!!

 

 

「おおおおっ、レムサンカッケー!!―――けど、容赦ねえーっ!つーか、えげつねえーっ!!モー●ルコンバットみたいになってるっ!!」

 

 

 

 

 

ピンチに駆けつけてきたヒロイン補正もあってか魔獣をモーニングスターで蹴散らす姿はあまりにも頼もしく輝いて見える―――ただ、彼女が武器を振るう度に魔獣共が『汚い花火』になっていくのを見ると背筋が凍るぜ。

 

 

 

 

 

「・・・女の子にその言葉はどうかと思います―――喧嘩なら後でいくらでも買いますよ、アキラくん」

 

 

「これを見せられた後じゃあその気も失せるぜっ。本当に『あの時』筋肉式洗脳術を成功させた自分をつくづく称賛するぜ―――とはいえ、それでもこの数は辛いな」

 

 

「ええ。多勢に無勢、数で押されればジリ貧です。アキラくんの方はどうですか?」

 

 

「俺もさっきの魔法で戦う力がほとんど残ってねえッス・・・こうなったら策は一つしかねえよな。つーわけで、レムさん―――オナシャスッ!」

 

 

「―――フッ!」

 

 

ジャララララッッ ―――ズゴシャァァアアアアアアアアアッッ!!

 

 

「―――逃ィげるんだよォォオーーーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

レムさんがモーニングスターを叩きつけて巻き上げた土煙に紛れて俺達は怯んでる魔獣の間をすり抜けて村へと向かう。俺も魔法を使ってしまったせいでクレイジーダイヤモンドの本来のパワーが発揮できない。ここはレムさんに頼るしかねえぜっ。

 

 

 

 

 

「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・帰り道がわかんねぇっ!レムさん、どっちだ!?」

 

 

「―――正面を真っ直ぐです。結界を抜ければ勝負がつきます。それまで、方向を見失わないでください!」

 

 

「ハアッ・・・ハアッ・・・チクショウ・・・目が霞んできてっ・・・『正面』すらおぼつかねえぜ」

 

 

 

 

 

何度練習しても『太陽拳』一発で体力を一気に消費しちまうのは知っていたが、まさか実戦で使うとここまで消耗しちまうとは。

 

俺はぐらつく足元を気力で押さえつけてひたすらに夜の山道を走り続けた。いつ気絶するかわからない限界スレスレの状態で走るのは相当辛かったが・・・俺の執念が実ったみてぇだ。

 

 

 

 

 

「―――見えたっ、村だ!レムさん、村の明かりが・・・レムさん?」

 

 

ポタ…… ポタ、ポタポタ……

 

 

「っ・・・フゥー・・・フゥー・・・フゥー!」

 

 

「レムさんっ!?」

 

 

 

 

 

俺が振り返って確認したときレムさんは既に壮絶な有り様だった。メイド服は魔獣に噛まれ引っ掛かれズタボロ。頭から返り血を浴びて鮮やかな青髪は赤く染まっており、負傷した腕から流れる彼女自身の血と入り交じっている。

 

よもや俺の逃げ道を確保するためにレムさんにこれほどの重傷を負わせてしまうとは―――っ。

 

俺はそれを見た瞬間、居ても立ってもいられず来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

「待ってろ、レムさん!今、なおしてやっからな!」

 

 

「―――近寄らないでっ!!」

 

 

 

 

 

俺が彼女に駆け寄って傷を直そうとした瞬間、彼女の口からこちらを強く拒否する言葉が飛び出し、俺は不覚にも足を止めてしまった。

 

 

 

 

 

「・・・な、なんだと?」

 

 

「走ってください!・・・レムが・・・レムがまだ『レム』でいられる内に!」

 

 

「何言ってんスかっ!俺の能力ならすぐになおせる!あんたが俺のこと嫌いでも構わねえから・・・傷ぐらい治させろっつってんだよっ!!」

 

 

「っ―――違うんです!・・・そうじゃ・・・そうじゃなくて。魔女の匂いが・・・アキラくんの匂いが近くにあると・・・っ」

 

 

「俺の匂い?・・・いったい、何の話をして・・・―――《ぞわっ!》―――うっ!?」

 

 

 

 

 

レムさんは何かに苦しんでいるようだった。怪我とかそういうのではなく・・・まるで自分の中にある『何か』を押さえつけてるかのような。

 

―――その直後だった。背後から圧倒的なプレッシャーを感じたのは。

 

 

 

 

 

『――――――ヴヴヴ・・・ッッ』

 

 

 

 

「グレート・・・“あいつ”、まだ・・・まだ死んでなかったって言うのかよ!?」

 

 

 

 

 

俺が狙撃で仕留めたと思っていたあの魔獣《子犬》が仲間を引き連れて坂の上に立っていた。遠目からでもわかる凄まじい殺気と怒気を放って唸っている。

 

俺が狙撃して撃った弾丸は僅かに眉間を逸れてヤツの『右目』に深々と突き刺さっていた。片目を潰しただけで致命傷には至らなかったようだ。

 

 

 

 

 

「上等だっ。だったら何発でも撃ち込んでやるぜ―――この距離ならバリアは張れないなっ!」

 

 

 

 

『―――ヴヴヴヴヴ……ッッ!!』

 

 

 

 

ギュオンッ! ――――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ

 

 

 

 

「っ・・・あの有り様で、今度は何をするつもりだ!?」

 

 

 

 

 

右目が潰れたばかりで距離感など測れるはずもない。さっきのような遠距離から魔法攻撃なんか当てられるはずがない。じゃあ、この地鳴りはいったい・・・――――――いや、違うっ!

 

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!

 

 

「あいつ、こんなことまで出来んのかよ・・・――――レムさん、逃げろぉっ!『土石流』だっ!!」

 

 

―――ゴバァアアアアアッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

地面が風船のように膨らんだかと思った次の瞬間、まるで決壊したダムのように土砂が雪崩となって襲ってきた。当然、俺も避けようとした――――だが、気づくのが僅かに遅かった。

 

 

 

 

 

ブシュウウ……ッッ ガクッ!

 

 

「ぐっ!?・・・ぐぉおおっ」

 

 

 

 

 

石礫による負傷、土石流による地面の揺れ・・・そして何よりも魔法により体力を消耗したせいで足がもつれてその場で膝をついてしまった。この期に及んでそれはあまりにも致命的な失態であった。

 

 

―――ダメだっ・・・足に力が入らないっ・・・避けらんねえ!

 

 

せめて胸の中にいるこの子だけでも守ろうと抱き締めた瞬間だった。

 

 

 

 

 

ぐいっ ―――ブンッッ!!

 

 

 

「っ・・・レムさ―――」

 

 

 

「――――――。」

 

 

 

 

 

俺の首根っこを掴んでレムさんが思いっきり俺を遠くへとぶん投げてくれた。土石流の影響を受けない場所まで。しかし、その代わりレムさんは――――

 

 

 

 

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドッッッ!!!!

 

 

「――――――……っっ………ッ!!」

 

 

 

「レムさぁああーーーーーんっ!?」

 

 

 

 

 

土石流をまともに喰らったレムさんの体が木の葉のように宙に弾き飛ばされた。レムさんは痛みに悲鳴をあげることも受け身をとることすら出来ずに無情にも地面に落とされた。

 

 

 

 

 

「―――ぐっ・・・くそぉぉおおおおおおおおっっ!!動け・・・動けよぉ!!」

 

 

 

 

 

俺も辛うじて土石流の影響を受けずに済んだもののそれでもレムさんに投げられ樹に叩きつけられた時のダメージがでかかった。疲労困憊であった俺の体はそのダメージをきっかけに蓄積した疲労が吹き出してしまい思うように動かない。

 

 

 

 

 

「まだだっ!・・・まだ間に合うっ。へこたれてる場合じゃあねえ!レムさ・・・――――――え?」

 

 

 

ジャララララ……ッッ

 

 

 

「――――――……っ」

 

 

 

 

 

それこそが『異変』の始まりだった。明らかに重傷だったはずのレムさんが何事もなく立ち上がったのだ。両腕をだらんと下ろしたまま空を仰ぎ見て・・・痛がる様子も危機感も見せずに静かに空を見上げていた。

 

 

 

 

 

バヂ…ッ バヂバヂヂヂヂ……ッッ

 

 

「―――あハ、アハハは・・・アハハはハ、アハハハハハ♪」

 

 

 

「・・・『鬼のツノ』っ?」

 

 

 

 

 

レムさんの額に微かに稲妻が迸り、レムさんの長い前髪を掻き分けて額に白いツノが現れた。俺はそれを見た瞬間、反射的に『鬼のツノ』と形容した。何故、そう思ったのかは自分でもよくわからない。

 

―――だが、ツノを光らせ、爛々と輝く目で恍惚とした狂喜の笑みを浮かべるレムさんの姿は、まるで・・・。

 

 

 

 

 

「アは、アハハハハハ、アハはハハハ、アハハハハハハハハハハハ――――――♪」

 

 

ジャララララ……ッ

 

 

 

 

 

レムさんの笑いが止まった。“それ”が始まりの合図であった。レムさんはまるでツノに導かれるように踊り始めた。

 

 

 

 

 

ザクジュゥウウウウッッ!! グジャァアアアアッッ!! ドチャァアアアアアッッ!!!

 

 

 

「魔獣ぅぅううっ!!!魔獣ぅっ!魔獣ぅっ!魔獣ぅううっ!!―――魔女ぉおおおっ!!」

 

 

 

グジャァアアアアッッ!! ドゴシャァアアアアアッッ!! メヂャァアアアアアアッッ!!!

 

 

 

「魔獣ぅうっ!魔獣ぅっ!魔獣ぅうっ!魔獣ぅうううっ!!―――魔女ぉおおおっ!!」

 

 

 

ズボォオオオオオッッ!! ドグシャァアアアアアッッ!!! ボギャァアアアアアァァッッ!!!

 

 

 

「魔獣ぅぅううっ!!!魔獣ぅううっ!魔獣ぅうっ!魔獣ぅうううっ!!―――魔女ぉおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

覚醒したレムさんの戦闘力は圧倒的だった。飛び掛かってくる魔獣共をまるで虫けらのように殴り、潰し、突き刺し、捻り殺していく。『魔獣』と『魔女』への呪詛を叫びながら。

 

あのツノがレムさんに得たいの知れないパワーを与えて一種のドーピング状態にしているんだ。それだけじゃない。ありとあらゆる感情が戦闘への狂喜に変わってレムさんを制御の利かないバーサーカーに・・・――――いや、『鬼』へと変貌させているんだ。

 

 

 

 

 

ズグシャァアアアアアアッッ!! ブッシャァアアアアアッッ!! ドギャァアアアアアッッ!!!

 

 

「アハハハハハッ♪アハハハハハハハハッ♪アアーハハハハハハハハハハハハッッ♪」

 

 

 

 

「グレート・・・『最高にハイ!』ってヤツだな。ロズワールならともかく・・・レムさんのこんな姿は見たくなかった、ぜ」

 

 

 

 

 

だが、お陰で体力が少しは回復できた・・・何とか立ち上がって行動できるくらいには。『レムさんが楽しそうで何よりです』って言いてぇところだが、これ以上ここで時間を浪費すればこのお下げの子の命に関わる。

 

何よりも・・・レムさんに生えているあの『鬼のツノ』。あれだけの凄まじいパワーを与える『鬼のツノ』が何の代償も反動もなしに行使できるものとは思えない。

 

 

 

 

 

「早いところ止めねえと・・・ここで長居してても状況は悪くなる一方だぜっ」

 

 

 

 

「アハハハハハハハハハハハッ♪アハハハハハハハハハハハハッッ♪」

 

 

 

 

「―――ヤベエ・・・怖ぇ。超怖ぇえ」

 

 

 

 

 

レムさんの怒り狂う姿は二回ほど見たことあるが、ここまで恍惚とした楽しそうに笑い狂うレムさんを見るのは初めてだぜ。とても話が通じる状態じゃないが、何とかして正気に戻さねえとならねえ。

 

 

 

 

 

「レムさ・・・――――くっ!?」

 

 

 

 

『――――――ヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・ッッ!!』

 

 

 

 

「またアイツかよ。まだ何か仕掛けてくるつもりか」

 

 

 

 

 

どうやらあの魔獣《子犬》は完全に俺を標的にしているらしい。獲物ではなくあくまでも殺すべき敵として認識しているのだ―――片目を潰された恨みは水に流してくれそうにねえな。まあ、俺も許すつもりはないけどよっ。

 

 

―――しかし、さっきはコイツが『俺には遠距離攻撃がない』と油断していたところを上手く突くことが出来たけどよぉ~。コイツはもう俺の遠距離攻撃を知っていやがる。

 

 

 

 

 

「(・・・厄介なのはそこだぜ。のん気こいてたさっきまでとは狂暴度が何十倍も違いまっせー。遠距離攻撃があるのを知っててなお近づいてきたことがかえって不気味だ)」

 

 

 

ギュオンッ! ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ

 

 

 

「(ヤバイッ・・・こっちの考えが纏まらねえ内に仕掛けてきやがった!体力もまだ回復してねえしクレイジーダイヤモンドも十分に使えるかどうか・・・)」

 

 

 

ゴバァァアアアアアンッッ!!

 

 

 

「また散弾銃《それ》かよっ!」

 

『ドォオラララララララララァァアアーーーーーーーーッッ!!!』

 

 

ドパパパパパパパパァァアアー―――ーーーンッ!!

 

 

 

 

 

また土砂崩れを引き起こすのかと思ったが、隆起した岩から無数の石槍を射出してきた。しかし、さっきまでとは違い石礫ではなく石槍であるため一つ一つが大きく容易に防ぐことができた。

 

 

 

 

 

「っ・・・そんな攻撃、俺には通用しな―――」

 

 

 

 

ズグシュゥウウウッッ!! ―――バタ……ッッ!

 

 

 

 

「・・・えっ!?」

 

 

 

 

「―――っ・・・あ、カッ」

 

 

 

 

「レムさんっ!?」

 

 

 

 

 

違う!今の攻撃の狙いは俺じゃなくて・・・背後にいたレムさんだ。レムさんを流れ弾で攻撃して負傷させることが狙いだった。

 

レムさんも目の前の魔獣を殲滅することに夢中になりすぎて背後から飛んでくる流れ弾に気づかなかった―――狂化していない“いつものレムさん”ならあんな攻撃当たらなかったのにっ!

 

 

 

 

 

ギュオンッ! ―――ゴバァアアアアアアアアンッッ!!!

 

 

「っ・・・くっそ!」

 

『ドォオラララララララララァァアアーーーーーーーーッッ!!!』

 

ドパパパパパパパパパパァァアアーーーーンッ!!!

 

「―――コイツらと遊んでる暇はないってのに・・・っ!」

 

 

 

 

 

レムさんは見たところ背中に三発ほど苦無のように鋭い石槍が突き刺さっている状態だ。元々の重傷も相まって動けないのか地面に俯せに倒れたままだ―――おかげで暴走を止めてくれたってのが何とも皮肉な『怪我の功名』だぜ。

 

俺が胸に抱き抱えているこのお下げの子と・・・レムさんを連れてこの場を離れるには――――何を置いてもまずレムさんを治して復活させなくてはならない。

 

だが、この魔獣共がそうさせてくれそうにないんだぜ。

 

 

 

 

 

―――グルルルルルッッ!!! グラァアアアアウッッ!!

 

 

 

 

「レムさんっ!・・・こぉんのクソカス共がァーーーっっ!!」

 

 

ガァアアアウッッ!! グルルルァァアアアッッ!!

 

 

「邪魔だぁああーーーっっ!!」

 

『ドォオララララララァァアアーーーーーーーーッッ!!!!』

 

ドゴゴゴゴゴゴォォオオオオオーーーーーーッッッ!!!

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドのスピードもパワーを落ちてきた。魔法を使ったことによる精神力の消費が思っていた以上にでかすぎた。

 

早くしねえとレムさんがやられるっ!あのままだと魔獣に喰われるっ!

 

俺は魔獣共よりもほんのわずかに早く無防備に倒れるレムさんに駆け寄ることができた。だが、まだ敵の猛攻は終わっていなかった。

 

 

 

 

 

ギュオンッ! ―――ゴバァアアアアアッッ!!!

 

 

「―――っ!?」

 

 

 

 

 

俺があと少しでレムさんに手が届く距離にあるというのに背後から再び石槍が迫ってきた―――その瞬間、脳内に選択肢が浮かび上がる。

 

 

①『横に転がってかわす』―――かわせばレムさんに当たる。

 

②『クレイジーダイヤモンドで石槍を防ぐ』―――その間にレムさんが魔獣に喰われる。

 

③『クレイジーダイヤモンドでレムさんを襲おうとしている魔獣をぶっとばす』―――あれだけの数の石槍から胸に抱えているこのお下げの子を守りきれない。

 

 

ならば、俺のとるべき手段は―――④『クレイジーダイヤモンドで石槍を防ぎつつ“俺”が魔獣からレムさんを守る』っ!

 

 

 

 

 

「―――『クレイジーダイヤモンド』ぉおおっ!!!」

 

『ドォオラララララララララァァアアーーーーーーーーッッ!!!』

 

ドババババババババババババババァァアアーーーーンッ!!!

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドで飛んできた石槍を弾き飛ばした―――だが、問題はここからだぜぇ~・・・別方向から同時に飛んできた魔獣は『俺の体』で防ぐしかないっ。

 

俺はレムさんとお下げの子を庇うように自分の体を盾にして覆いかぶさった。

 

 

 

 

 

ガブゥウウウッッ!! ガヴゥウゥウウウッッ!! ガジィイイイイイイッッ!!

 

 

「うあああっ!?ぐあぁぁあああああああ・・・っっ!!?~~~~ぐっ!・・・このスキにレムさんを・・・『なおす』」

 

 

ズギュゥウウウウウンッッ!!

 

 

 

 

 

魔獣共は俺の体に好き放題かじりつく。俺はクレイジーダイヤモンドで魔獣を蹴散らすよりも先にレムさんの怪我をなおすことを優先した。

 

そのわずかなスキを突いて、魔獣の中の一体が俺の首筋に噛みつき・・・

 

 

 

 

ブヂィイイイイッッ ―――ブッシャァアアア……ッッ!!

 

 

 

 

―――勢いよく首の肉を噛みちぎった。

 

 

き・・・・切れた。俺の体の中で何かが切れた・・・決定的な何かが・・・・

 

 

抵抗する力を失った俺は一転して魔獣共の餌となった。魔獣共はこぞって俺の肉を奪い合い。腕や足を噛みつき引っ張り合う。力の入らない俺はまるで人形のように振り回されただただかじられる激痛に耐える他なかった。

 

喉笛を噛みちぎられ呼吸すらできなくなった俺は、クレイジーダイヤモンドを召喚する力も・・・もう残されてはいなかった。

 

 

 

―――グレート・・・このままくたばるのかよ、俺は。けど・・・レムさんの怪我は完全に治した。レムさんならあの子を連れて無事に村まで辿り着けるはずだぜ。ヒロインのために命を捨てるなんて、俺のキャラじゃあねえが・・・前回よりはましな結末かもな。

 

 

 

 

 

「――――――アキラくんっ!?」

 

 

 

 

 

死を覚悟した直後、聞こえてきたレムさんの悲痛な叫びと共に俺の体を蝕んでいた痛みが消えた。どうやら復活したレムさんが俺の体にかじりついていた魔獣を追い払ってくれたらしい。

 

 

―――これでもう大丈夫だ。今度こそ守り抜くことができたラムもレムさんも。これで少しは許してもらえるかな・・・俺が未来に残してきた『もう一人』のラムとレムさんに。

 

 

 

 

 

「―――死なないでっ・・・死なないでっ!・・・死なないでっ!」

 

 

 

 

 

悲嘆に暮れる声で必死に呼び掛けてくれるレムさんが、何つーか・・・不謹慎だけど―――『すごく可愛い』なんて思ってしまった俺はオメデタイ男か?

 

 

 

 

 

 




書き上がったものを見て思ってしまうのですが・・・果たして、こんなシリアスで良かったのでしょうか?

個人的にはシリアスな展開よりも二次創作よろしく軽く読み流せる程度で書いていきたかったのですが、リゼロSSでそれをやるのは難しいかもですね。

そして、戦闘シーンはやっぱり難しいなと筆者の実力不足を痛感しましたっ!


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第28話:呪われた命、折れぬ魂


おひさしぶりです!長らく更新に間が空いてしまって申し訳ありませんでした。最近はなかなか執筆の時間がとれない状況が続いております。

そして、感想をくださった『外川』様にはこの場を借りて改めてお礼を言わせていただきます。この作品も気づけば30話近くなってきました。そろそろ外伝や番外編みたいなのも書けたらいいなと思っております。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

レムは何て愚かなことをしてしまったのだろう。

 

 

 

あの時、レムが・・・アキラくんのことを信じてさえいれば―――

 

 

 

差し出されたアキラくんの手をレムが拒絶したりしなければ―――

 

 

 

こんなことにはならなかったのに。

 

 

 

 

 

「―――『助からない』って、どういうことですか・・・ベアトリス様なら解呪くらい簡単に・・・」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

ベッドの中で穏やかに眠るアキラくんを見ているととても信じられない。確かに夕べ魔獣との戦闘で受けたケガは重傷だった。けれど、レムとエミリア様とベアトリス様の3人で治癒魔法をかけたことでアキラくんのケガは完全に治すことが出来たはず。

 

 

アキラくんは誰よりも頑張っていた。たった一度・・・たった一日顔を会わせただけの赤の他人のために・・・命の危険を省みず、自分の全てを捨てる覚悟で奔走した。

 

 

彼のお陰で子供たちは助かったんだ。彼がいなかったらこの村も魔獣の襲撃を受けていたかもしれない―――そんなアキラくんにレムも助けてもらった。

 

 

―――なのに・・・その彼が『助からない』なんてことが、あっていいはずがないっ!

 

 

 

 

 

「何か対価が必要だというのであれば・・・何なりとレムに仰ってくださいっ!レムに払えるものであれば何でもご用意いたします」

 

 

「お前から何かもらったところでベティの答えは変わらないかしら―――『助けるのは不可能』とベティは言っているのよ。それは、にーちゃでも・・・ロズワールでも・・・この世界に現存する魔術師全員に聞いたところで答えは変わらないのよ」

 

 

「だってっ・・・アキラくんは・・・アキラくんは―――っ!!」

 

 

 

 

 

ベアトリス様が下した余命宣告に納得できなかった。だって・・・アキラくんはこの屋敷に来てからレムのせいでさんざん苦しんできた。レムがアキラくんを傷つけてきたから。

 

 

一度目は、レムの身勝手な感情を全て受け止めるために。怒り狂うレムの私刑を受け止めるべく、アキラくんはレムのためにその身を差し出し、瀕死の重傷を負って・・・それでもアキラくんはレムのために笑ってくれた――――レムの心の苦しみを和らげる・・・ただそれだけのためにレムの暴挙を受け止めてくれた。

 

 

そして、今度は、アキラくんの優しさを拒絶したレムのために身代わりになった。戦って傷ついたレムのケガを治そうと手を差しのべてくれたアキラくんを・・・レムが拒んだ。そのせいでアキラくんは暴走したレムを守るために魔獣に喰い殺されそうになった――――あと一歩遅ければ本当に死んでいたかもしれないのに・・・アキラくんは最後までレムを守ってくれた。

 

 

レムのせいでこんなにも苦しんできたのに・・・レムはアキラくんを傷つけるだけじゃなく。あろうことか彼の命までも奪おうとしている―――そんなことあってはならないっ。

 

 

 

 

 

「助ける方法は・・・助ける方法は他にないんですか?」

 

 

「・・・それを聞いてどうするつもりかしら?」

 

 

「もう嫌なんです。レムのせいで誰かが傷つくのは・・・レムのために犠牲になろうとしているアキラくんを放っておくことなんて出来ません」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

自分でも『何を今更』と思う。アキラくんを魔女教徒だと決めつけてさんざん痛め付けたのは他でもないレムなのだから。

 

 

でも―――

 

 

 

 

『――――――待ってろ、レムさん!今、なおしてやっからな!』

 

 

 

 

出来ることなら、アキラくんの優しさを信じてみたい。

 

 

 

 

『――――――グレートだぜ、レムさん』

 

 

 

 

アキラくんがどこからやって来て、どうしてレムのためにあそこまで尽くしてくれたのかを聞かせて欲しい。

 

 

 

 

『――――――許せ、レムさん。これで最後だ』

 

 

 

 

アキラくんを傷つけたレムを―――赦してもらいたい。もう一度、アキラくんの本当の気持ちに触れたい。

 

 

ベアトリス様はしばし黙考した後、重々しい口調でレムに唯一アキラくんを助けられる方法を教えてくれた。

 

 

 

 

 

「さっきも言った通り、呪いの解呪はベティはおろか他の誰にも出来ないかしら。だけど、呪いが発動する前に術師さえ死ねば・・・或いは呪いの効果がなくなり助かるかもしれないのよ」

 

 

「呪いをかけた術者さえ殺せば・・・」

 

 

「そいつを助ける方法があるとすればそれだけかしら。あとはお前の好きにするがいいのよ」

 

 

 

 

 

アキラくんに呪いをかけた魔獣は無数にいる。いいえ、こうなってしまったからには『数』なんか関係ない。アキラくんに呪いをかけた個体がどれかなんて見分けられるはずもないのだから。

 

 

―――レムのために傷ついたアキラくんに・・・レムがしてあげられることは・・・一つだけ。

 

 

 

 

 

「――――――必ず助けます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――  ・・・ でっ  ・・ないでっ  死なないでっ!』

 

 

 

「―――・・・れむ、さん?」

 

 

 

 

 

暗闇の中、レムさんが心配そうな声で何度も何度も俺に呼び掛けてきた。死を覚悟していたつもりだったが、どうやら俺はどうにか命を拾ってしまったらしい。

 

正直、今、目を覚ましたところで俺を取り巻く絶望的な状況は変わっていないんだろうという漠然とした予感はしていたが。

 

目を覚ますことを拒否する俺の意思とは裏腹にレムさんの呼び掛けに応じるように混濁した闇の中に沈んでいた意識が浮上する。

 

 

 

 

 

「―――んっ・・・んん?・・・知らない天井だ。いや、マジで」

 

 

 

 

 

目を覚ました時に最初に目についた木造の天井は明らかにロズワール邸のものではない。どうやら、ここはアーラム村の住人の家で・・・俺はそこに運び込まれて治療を受けていたらしい。

 

 

 

 

 

ズキッ!

 

「―――痛っ!~~~~っ・・・ひっでぇ有り様。我ながらボロ雑巾みたいになってんぜ」

 

 

 

 

 

袖を捲って見ると腕の傷こそ治療を受けていたが、痛々しい治療痕が多数残っていた。シャツの下もひどい。縫い合わせたような痕と噛みつかれた痕が無数に残っていた。おそらくズボンの下も同じような惨状だろう。

 

―――これじゃあ文字通り継ぎ接ぎだらけの『ボロ雑巾』だぜ。

 

 

 

 

 

「グレート・・・この分だと顔も継ぎ接ぎだらけかぁ~?だとしたらこのルグニカで新生ブラックジャックを目指すっきゃねえな」

 

 

ぴょこっ!

 

 

「その心配はないよ。顔にはほとんど傷がなかったし、時間が経てば全身の傷痕も綺麗になくなるだろうからね」

 

 

「パック!?―――・・・ここにパックがいるってぇことは」

 

 

 

「スゥ・・・スゥ・・・」

 

 

 

「―――・・・エミリア、来てくれてたのか」

 

 

 

 

 

エミリアはベッド脇にある椅子に腰かけたまま器用に転た寝をしていた。多分、俺のケガの治療に尽力してくれてたんだろう。

 

正直、嬉しいやら腹が立つやら複雑な気分だ。エミリアに危害が及ばないように立場を押して村に駆けつけたっつーのに・・・こうして当の本人がここに来ちまったら、俺の覚悟や決意は何のためのものだったのかわかんなくなっちまうぜ。

 

 

 

 

 

「―――すまねえな。王選で大変だって時によ。また借りが出来ちまったな」

 

 

「感謝して欲しくはあるけど・・・借りだなんて思わなくていいと思うよ。アキラが何のために戦ったのかそれはリアだってちゃんとわかってるはずだから」

 

 

「少なくとも今回は『エミリアのため』ってわけじゃあねえんだがな」

 

 

「リアのためでなくても誰かのために戦ったアキラの行動は充分に称賛に値するよ。リアもきっと同じこと言うよ。それにリアだってアキラと同じ立場だったらきっとアキラと同じように行動しただろうしね」

 

 

「・・・そうだな。エミリアはそういうヤツだよ」

 

 

 

 

 

見かけは清楚で美人なエルフのお嬢様だってのに・・・子供っぽい純真さと青臭い正義感。同じ行動を取ったとしても俺の動機とエミリアのそれは大きく異なっていたことだろうぜ。

 

 

 

 

 

「体の調子はどうだい?スレッドで噛みちぎられたパーツは繋ぎ合わせたけど」

 

 

「また俺の聞いたことのない単語が出てきたな。それって『縫合』の処置だろ?俺の体はそこまでヤバかったのかよ」

 

 

「ヤバイなんてもんじゃないよっ!体内のマナだけじゃあどうしようもないくらいだったから、繋ぎ合わせるだけでも道具に頼らなきゃならなかったのさ。それがなきゃ今頃、きっとバラバラだよ!」

 

 

「・・・グレート」

 

 

「因みに出血がひどかったから傷口凍らせながらやったところが多いんだけど・・・それは我慢してね♪」

 

 

「―――って、お前がやったのかよっ!?猫の妖精が裁縫しているって言えば聞こえはファンシーだけど。手術の現場を想像するとえげつねえ絵面になってんぞ!」

 

 

 

 

 

俺の命はこの猫神パックのおかげで『繋ぎ止められた』ってことかよ。これまた何とも皮肉なことだぜ。

 

 

 

 

 

「―――って、そんなこと言ってる場合じゃなかった!あのガキ共は!?レムさんはちゃんと無事なのかよ、オイッ!?」

 

 

「一番の重傷患者が他人の心配をするって言うのもおかしな話だね―――心配しないで。アキラのおかげで子供達はもちろん。あの青髪のメイドの子も大丈夫。あのメイドの子に至ってはかすり傷一つなかったよ」

 

 

「『呪い』は・・・呪いはどうなったんだ!?」

 

 

「それも安心。回復魔法で衰弱もだいぶ抑えられてたし、解呪もうまくいったから問題ない。子どもたちの呪いは確かに解呪したよ」

 

 

「そっか・・・――――よかった」

 

 

 

 

 

レムさんを無事に村に帰すことが出来た。ペトラとの約束も無事に果たせた―――今度こそ守り抜くことが出来たんだ。全員を無事に未来に送り出すことがよぉ~。

 

 

 

 

 

「それにしてもアキラもよくやるよ。リアの時もそうだったけど会ったばかりの他人のために命を懸けすぎじゃない?ただでさえ人間の寿命は短いんだから命はもっと大事にしないとね」

 

 

「生憎・・・『命はもっと粗末に扱うべき』って賭博黙示録に書いてあったぜ。さんざん死線を潜ってきた俺の命にそんな価値があるかはわからねえがよ~」

 

 

 

 

 

この世界に来て死んだ回数は数知れず。これだけ死に戻っても正しい道が見えては来ない。そんな俺の命にどんな意味があるって言うんだ?―――いや、そもそもこの『死に戻り《デスルーラ》』の能力こそが全ての謎を握っている・・・そんな気がしてならない。

 

 

 

 

 

「パック。少し手伝ってくれ。エミリアをベッドに寝かしつけてやりてえ」

 

 

「もう寝てなくて大丈夫なのかい?」

 

 

「美少女に寝顔を見つめられてたんじゃあオチオチ眠れやしねえ。俺の治療のために無理させちまったんだ。今はゆっくり寝かせてやろうぜ。目を覚ました時に俺がいるとまた文句を言われそうだしよ~」

 

 

「・・・うんっ。そうだね――――ところで、アキラ」

 

 

「ん?何だよ?」

 

 

「あっ・・・うん」

 

 

 

 

 

俺がエミリアを抱き抱えてベッドに移そうとしたときにパックが何かを言いかけて言うのをやめた。あのパックが言葉に詰まるなんて珍しいこともあるもんだ。

 

 

 

 

 

「いや・・・あとでベティにも会ってあげてよ。ああ見えてベティも君のことを心配してたからさ」

 

 

「ベア様が俺の心配ぃ~?・・・そんな好感度上げた覚えはねえけどな。寧ろ、『何でベティがこんなヤツのために』とか愚痴ってる姿が容易に想像つくぜ」

 

 

「それでも君の治療を手伝ってくれるのがベティのいいところだよ。何なら、子供達の様子も見てきなよっ!親御さん達も是非君にお礼がしたいんだってさ」

 

 

「・・・そういうのはガラじゃあねえから遠慮願いたいぜ。けどまあ、腹も減ったことだし少し外出て様子を見てくるわ」

 

 

「うんっ!ついでにリアにも何か朝御飯を用意してあげてくれると嬉しいな。きっと目を覚ました時にはお腹空かせてるだろうからね」

 

 

「やれやれ・・・病み上がりの人間をこき使ってくれるぜ」

 

 

 

 

 

パックは人懐っこく見えて、その実、エミリア絶対至上主義だからな。精霊の契約ってのがどんなものかは知らねえが・・・何かエミリアにたいして尋常ならざる思い入れが見え隠れしてるぜ。

 

何か隠し事をしているだろうパックの態度が少し気になったが、俺は一先ずリハビリも兼ねて村の様子を確認しに外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村は早朝だってのに騒然としていた。そりゃそうか・・・結果的に全員無事だったとは言え、下手をしたら村人全員全滅なんて事態も考えられたからな。そう易々と警戒を解けるはずもない。増してや『呪い』という目に見えない驚異にさらされていたことにずっと気づけなかったんだからな。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・コイツは顔を出すのはまだ後にした方がいいな」

 

 

「―――待て待て待て!どこ行こうってんだよ?この村の救世主様がよ」

 

 

「なっ・・・お前は!?――――『チョ☆チョニッシーナマッソコぶれッシュ☆エスボ☆グリバンバーベーコンさん 』っ!!」

 

 

「違えよっ!?誰だよ、『チョ☆チョニッシーナマッソコぶれッシュ☆エスボ☆グリバンバーベーコンさん 』って!?」

 

 

「―――うわっ、コイツ一発で覚えやがったよ。引くわー」

 

 

「お前が言い出したんだろっ!?」

 

 

 

 

 

勿論、コイツのことを知らないわけがない。俺はロズワール邸に来てからかれこれ五回もループしているんだ。何回も顔を会わせたことのある村の自警団・・・というより、ラムとレムさんに密かに入れ込んでいる親衛隊連中の一人だ―――名はまだない。

 

 

 

 

 

「あるよ、バカッッ!」

 

 

「心配しなくても誰もお前の名前になんて興味ないと思うぜ・・・つーか騒がないでくれ。見つかっちまうだろうが」

 

 

「だから!何こっそり逃げ出そうとしてんだよっ!村人全員がお前のこと感謝してるんだよっ。お前がいねえと話になんねえだろうが」

 

 

「・・・知るかよ。俺はいろいろあって疲れてんだ。そういうのは俺のいないところでやって・・・――――」

 

 

「オオーイっ!みんな、こっちだ!村の救世主様が生き返ったぜっ!」

 

 

「聞かねえか、オラァ!」

 

 

 

 

 

 

結局、そいつが余計な召集をかけやがったせいで村人全員にもみくちゃにされ一人一人から感謝の言葉を受けとる羽目になった――――こういうのはガラじゃねえし、そもそも俺は別に村を救おうなんて気はさらさらなかった。

 

俺が行動したのはどちらかというと後ろめたさに耐えられなかったのが本音のところだ。だから誉められれば誉められるほど居たたまれなくなるぜ。

 

ああ。あとリュカやミルド、ペトラ、メイーナ、ダインとカインのところにもちゃんと顔を出してきた。パックが自信満々に言っていただけあって呪いはキレイさっぱり解呪されたようだ。呪いをかけられた影響で体力が回復してなくてグースカ寝てはいたが・・・あの様子ならすぐに目を覚ますだろう。

 

親御さん連中の感謝の度合いがとにかくすごかった。涙混じりに手を握って感謝してくるヤツはいるわ。腰を折らんばかりに頭を下げるやつはいるわ。篭一杯のリンガを押し付けてくるヤツまでいた。

 

 

 

 

 

「グレート・・・ガラにもねえことをしちまったぜ。何が悲しくてどこぞの正統派オリ主みてえな後始末をせにゃならんのだ」

 

 

「それだけのことをしてくれたってことだよ、お前は!皆感謝してるし・・・俺だってそうさ!お前さんのことは皆忘れねえよっ!」

 

 

「やれやれだな・・・そういや、あと一人。まだ安否を確認していないガキがいるんだが、そいつはどこに住んでるんだ?」

 

 

「・・・あと一人って誰のことだ?」

 

 

「名前は聞いていないけど・・・ほら、あの子!あの大人しい人見知りな感じの・・・青い髪をしたお下げ髪の子だよ。夕べ俺と一緒にレムさんがこの村まで保護してくれたろ?」

 

 

「―――いや。そんな子供、俺は知らねえけど」

 

 

「は?・・・いやいや!そんなはずはねえだろ!夕べその子を助けるために俺は死にかけたんだぜ!」

 

 

「・・・俺、この村に住んで長いから大抵のヤツは顔を覚えてるし。昨日、『子供がいない!』って詰め掛けてきた親の家は全員回ったぞ。どこか他所から来た子ってことはねえのか?」

 

 

「・・・『他所から来た』?」

 

 

 

 

 

頭をかいて『おっかしーなー』と首をかしげてる青年団長の様子から嘘をついていないことは明らかだ。じゃあ、あの『魔獣』の仔犬を抱えていたあの子は、いったい・・・――――――まさかっ!?

 

 

 

 

 

「お、おい!?どこ行くんだ、いきなり!?」

 

 

 

 

 

俺はいてもたってもいられずに走り出した。『あの場所』だっ!『あの場所』に行けば何かわかるはずだ!

 

単なる俺の思い過ごしかもしれない―――だが、それ以上のことかもしれない。見ればわかる。『あの場所』をもう一度見れば。

 

俺が最初のループでこの村に来た時に最初にお下げの子と出会ったあの場所だっ!

 

 

 

 

 

「―――“ここ”だ。何となくだけど・・・覚えている」

 

 

 

 

 

あのお下げの子と出会ったのは俺が最初にハンティングに入った森の中だった。そこで足を挫いていたあの子を見つけた。あの子はいったい『この場所』で何をしていて足を挫いたのか・・・ 

 

 

 

 

 

「グレート・・・思った通りだぜ。あの子は樹に取り付けられた『結界』の一部に細工をしようとしていたんだ」

 

 

 

 

 

少し目を凝らして探してみるとそれはすぐに見つかった。木の上の方にある枝のすぐ横だ。

 

 

グレートに恐ろしいことだが・・・結界に細工を施して魔獣が侵入できるようにしたのは――――あの『お下げの女の子』で間違いないらしい。

 

 

最初のループの時、たまたま俺が結界を直しちまったことで計画が狂って、やむ無く別の場所を破壊しようとした時に樹から落っこちたところを俺に助けられ断念したんだ。

 

考えてみりゃあ、不可解な点はいくつもあった。あの子が魔獣の仔犬を手懐けていたことも・・・呪いにかかったペトラやリュカ達が草原に放置されていたのにあの子だけが無傷のまま森の奥に連れ込まれ寝かされていたことも・・・あの子が黒幕であると考えたのなら全部納得がいく。

 

 

―――普通に考えたら気づけたのによぉ~・・・あまりにもあり得ない可能性に『考えもしなかったぜ』。

 

 

 

 

 

「つっても・・・黒幕が今更わかったところでよぉ~―――『だから何?』って話だよな。あの子をふんじばったところで誰も得する気がしねえぜ」

 

 

 

 

 

寧ろ、リュカやペトラ達が無駄に傷つくだけで終わる。そもそも確たる証拠があるわけでもない。口惜しいが・・・ここは俺の胸の中に閉まっておくのがベストだぜ~。

 

―――逃げた犯人を放置しておくことについては・・・勿論リスクはあるが。失踪したあの子が二度とエミリア達の前に立ちはだからないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

「ロズワールにだけはこの事を伝えておくべきか?けど、あいつ・・・今一つ信用ならねえんだよな」

 

 

グゥウ~~~…

 

 

「おぉふぅ・・・悩んでいても腹は減るんだな。出来ることならこのまま帰ってレムさんの手料理が食いてぇところだが」

 

 

 

「――――さんざん好き勝手行動しておいて・・・目覚め一番にラムの前に姿を見せないとはとんだ不届き者ね」

 

 

 

「ラム・・・って、その手に持ってる篭は何だよ?」

 

 

 

 

 

俺がこれからのことをどうしようか考えていると目の前に大量のふかし芋が入ったザルのような篭を持ち、腰に手を当て仁王立ちしたラムが立っていた。

 

 

 

 

 

「見てわからないかしら?ラムの得意料理『ふかし芋』よ。それも出来立て・・・いえ、ふかしたてよ♪《どやぁ》」

 

 

「カメラ目線でドヤ顔決めたところでお前の料理の腕前が残念なことに変わりねえからな・・・つーか、お前こそこんなところにそんなもん抱えて何しに来たんだよ。昨日の魔獣共にお供えもんでもするつもりかよ?」

 

 

「ふんっ・・・いいご身分ね。さんざんエミリア様やラムに心配をかけておいて目が覚めて早々気持ちよくお散歩とはね」

 

 

「散歩じゃねえ・・・巡回と言え。巡回と。昨日の今日で魔獣がまた寄ってきてねえかの確認だ」

 

 

「昨晩、一晩かけて結界に問題はないか見て回ったからこちらへ抜けてくる魔獣はいないわ。ジョジョの『なおす能力』もたまには役に立つのね」

 

 

「その『たまに』ってのが起きないのが一番いいんだがな。今回みてぇなことに巻き込まれるのはもうゴメンだぜ」

 

 

 

 

 

結界を直すか直さないかの違いだけで、まさしく天国と地獄だ。つくづく運命を変えるってのは楽じゃないぜ。『死に戻り《デスルーラ》』の能力があって、やっとの思いで滑り込んだんだからな。

 

 

 

 

 

 

「・・・夕べのことについては素直に感謝しているわ。お疲れ様。ジョジョがいなかったら本当に最悪の事態も考えられたから」

 

 

「グレート・・・スタンドも月までブッ飛ぶこの衝撃・・・なんとあのラムが、俺に感謝するなんてな―――これだけでも命を懸けたかいがあったってもんだぜ」

 

 

「ふざけないでっ。実際、大精霊様やベアトリス様がいなければ、死んでいるのが当然の傷だったんだから・・・そうまでして領民を・・・いえ、ラムの妹を守り抜いてくれたことにはすごく感謝してるわ」

 

 

「よせよせ。俺がレムさんを守るのは当たり前のことだぜ。お前に感謝されるいわれはねぇよ。それによぉ~・・・この村に少しでも愛着がわいちまったら守らねえわけにはいかねえだろ」

 

 

「・・・そう」

 

 

 

 

 

もう既に何度も繰り返して巻き戻された時間は返ってこないが・・・俺がこのアーラム村の連中と過ごした時間は決して嘘じゃない。だから、全員を無事に未来に連れてこれたときは心底安心したぜ。

 

 

 

 

 

「・・・本当に救いようのない男だわ。ドジでのろまでうだつの上がらないマダオの癖に他人ばかり助けようとするのね。バカなの?死ぬの?」

 

 

「唐突な悪口連射砲やめてくんないっ!?誰のためにこんなことしたと思ってんだよっ!?お前の妹のためでもあるんだろうがっ!」

 

 

「ベアトリス様の治療を受けたのにも関わらず、その鬱陶しい減らず口だけは治らないのね。いよいよもって救いようがないわ」

 

 

「お前が言わせてんだろっ!お前は俺にわざわざ悪口を・・・――――」

 

 

「食らうがいいわっ」

 

 

 

ズボォオッ!!

 

 

 

「ふぼごはぉおっっ!?ほふっ!おぅふっ!ふほぉおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

 

ラムが抱えていたふかし芋をいきなり口に突っ込まれてあまりの熱さにのたうち回る。口や舌だけでなく喉までも灼けつく熱さに俺はすっかり涙目だ。

 

 

 

 

 

「なるほど。こうすれば口汚いジョジョの口を封じることが出来るのね。覚えておくわ」

 

 

「~~~~ざけんなっ!これが復活したばかりの病み上がりにやる仕打ちかよっ!もうちっと加減ってものを覚えやがれ、お前はよぉ~っ!」

 

 

「ジョジョがあまりにもいつも通りだったからすっかり忘れていたわ―――本当に何ともないようね。残りは全部ジョジョの分よ。ありがたく受け取りなさい」

 

 

「って、こんなに食えるかっ!病み上がりにこんな大量の焼きいも食わしてどうするつもりだ。俺をミイデラゴミムシにでもするつもりかよっ!」

 

 

「―――ジョジョ」

 

 

「ああん?」

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

「は・・・お、おう」

 

 

 

 

 

ラムは少しだけ振り返って小さくお礼を言い残すとそのまむスタスタと戻っていった。正直、あいつから掛け値なしの感謝の言葉が聞けるとは思っても見なかったから今のは不意打ちだったぜ。この大量のふかし芋はあいつなりの感謝の表れなのかも知れねえな。

 

 

 

 

 

「だからと言ってこんなに食えるわけはねえけどよぉ~・・・あむっ――――うんっ、普通だ。普通に美味いぜ」

 

 

 

「・・・こんなところにいたのよ。つくづくお前は少し目を放すとどこへ行くかわからないヤツかしら」

 

 

 

「はふっ!はふっハフハフッ―――オッフ!ふぇあはふぁふぁ!ひほうはひはほは!」

 

 

 

「口の中のものちゃんと食べてから喋るのよ。つくづく品のないヤツかしら」

 

 

 

「んクッ!―――食ってる最中に話しかけられたんだから仕方ねえだろ。改めて治療してくれてありがとな!お陰で助かったぜ!」

 

 

「別に・・・ベティはにーちゃの頼みを聞いただけかしら。あの『雑じり者の娘』にお願いされるとにーちゃは断れないからベティも断れなかっただけなのよ」

 

 

「素直じゃねえッスね。本当はエミリアがあんまりにも必死な態度でお願いしてくるから断りきれなくてついつい手を貸しちまったってところじゃねえッスか?」

 

 

「その不愉快な顔を今すぐやめないとそのにやけた顔を吹っ飛ばすのよ」

 

 

「おっと、そいつは勘弁っ!ベア様のお陰で拾ったこの命、大事にさせてもらうぜ―――ありがとうな!マジに助かったぜ。また借りが出来ちまったな」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「どうかしたか?」

 

 

 

 

 

ベア様は腕を組んだまま神妙な顔で『ついてこい』と指で俺に指示してきたので俺は黙ってその後を追った。この時点で俺は既にある予感をしていた。

 

 

 

 

 

「―――こんな場所まで呼び出してどうするつもりだぁ?愛の告白ってわけでもないだろうしよぉ~」

 

 

「・・・にーちゃにはにーちゃの考えがあってのことなのよ。でも、そのことをお前に黙っているのはお前に対して公正とは言えないかしら」

 

 

「あん?」

 

 

「にーちゃはあの雑じり者の娘に肩入れしているから・・・あの娘を優先する。それは精霊として正しいことなのよ。でも、ベティとしては不満があるかしら」

 

 

「・・・パックが俺に何を隠してるって?」

 

 

「―――あと『半日』・・・」

 

 

 

 

 

ベア様はいつものように感情を一切感じさせない目で精霊として公正に『タイムリミット』を呟いた。

 

 

 

 

 

「それがお前に残された時間・・・あと半日もしない内に、お前は死ぬのよ」

 

 

「グレート・・・ここまで上げておいて落とすのかよ。勘弁して欲しいぜ、まったく」

 

 

「思ったより動じていないかしら。お前も人間ならもっと醜く生にすがりつくべきじゃないかしら」

 

 

「原因は何となくわかってるしな――――傷の治療は完璧にできても受けた呪いまではどうしようもならなかった・・・ってところじゃねえか?」

 

 

「察しが良くて助かるのよ。お前の言うとおり・・・魔獣の群れにやられた時にごっそり植えつけられたようなのよ。かけられた呪いが重なり過ぎて複雑になりすぎた術式はベティにもにーちゃにも解呪は不可能なのよ」

 

 

 

 

 

予想していなかった訳じゃあねえ・・・寧ろ、『ああ。やっぱ、そうか』ぐらいの感じだ。あんだけ呪いの魔獣に噛まれまくったんだ。無数の毒蛇に全身を噛まれるようなものだぜ。

 

 

 

 

 

「ついでに解呪が不可能な具体的な説明ってやつを聞かせてもらってもいいか?」

 

 

「まず、『呪い』が『糸』だとするかしら。この結び目が呪いの術式だとするのよ。解呪は単純な話をすれば、この結び目をほどいてやることになるかしら。でも―――一つの呪いだけなら、手繰ればほどくこともできる。でも、こうして複数の糸が入り乱れてしまうと・・・引くことも手繰ることもほどくことも無理」

 

 

「なるほどな。親切な説明をありがとよ。あまりの『心折』さに・・・涙がちょちょぎれるぜ」

 

 

 

 

 

ベア様は何だかんだで他人を見捨てられないヤツだからよぉ~。口では淡々と説明しているが、陰で俺の解呪のために相当尽力してくれていたのは想像に難くない。そのベア様でも解呪が無理と断言したとなると・・・本当に絶望的なんだぜ。

 

 

 

 

 

「その説明で行くと俺の呪いは半日以内に発動するってわけか」

 

 

「半日も経てば魔獣はマナを求めて術式を発動するのよ。これは術式を介した食事なのよ。『離れた対象からマナを奪う』といった点に突出してるのが特徴かしら。そして魔獣の食事は主にマナ・・・つまりは、お前は餌にされたのよ」

 

 

「―――ったくよぉ~。毒を植え付けておいて離れたところから安全にじわじわと獲物を弱らせて食らう・・・か。まるで『コモドドラゴン』たぜ。どんな進化を遂げたらあんな化物が生まれるんだか・・・ダーウィンも腰抜かすぜ」

 

 

「・・・お前、恐くないのかしら?ベティのこれはお前にとっての余命宣告なのよっ」

 

 

「エミリアとベア様それとパックが繋いでくれなかったら俺の命はとっくに終わっていたんだぜ。今更、じたばたしても始まらねえよ―――だから、ベア様が責任を感じる必要なんて全くないんだぜ」

 

 

「なっ!?・・・誰が責任なんて感じているかしら!お前がこうなったのも全部お前の自業自得なのよっ!ベティはお前みたいな厄介者の命なんて気にしてやる程暇じゃないのよ」

 

 

「そうかい?俺の勘違いならそれでもいいさ。でもよ―――俺にはとてもお前がそんな器用なヤツには見えねえけどな」

 

 

 

 

 

何度ループしてもベア様は変わらなかった。人間《俺達》の事情や世俗には無感情で無関心で無感動で、時に残酷で・・・いつもぶれなかった。

 

それは、ある意味、完成された精霊の姿なのかもしれない。だけど、その反面、苦しんでいる人間や困っている人間を見捨てきれない『優しさ』が彼女にはあった。

 

いくら表面上冷酷に振る舞おうとしていても・・・俺にはわかる。その優しさに何度も救われてきた俺だからわかるんだぜ。

 

 

 

 

 

「お前がベティの何を知っているっていうのかしら?」

 

 

「時には、格式高い精霊様よりも・・・泥にまみれた人間にしかわからないことがあるってもんだぜ。ベア様の優しさは俺だけが知ってるんだぜ」

 

 

「意味がわからないのよ―――なら、お前にあえて聞くのよ・・・助けられる可能性があるのにそれをしようとしないベティをお前はどう思うかしら?」

 

 

「似合わない憎まれ役はやめろよ。『しようとしない』んじゃなくて『やってもキリがない』ってのが正解だろ?」

 

 

「っ・・・お前、知っていたのかしら?」

 

 

「森で噛みついてきた魔獣をブッ潰した時にな。何となくそうなんじゃねえかと思った。どうやら当たりだったようだな」

 

 

 

 

 

ベア様の言う助かる可能性ってのは一つしかない。呪いが解けないのなら呪いをかけた術師を倒せばいい。一番、単純な力業だ。

 

 

 

 

 

「『呪いが発動する前に呪いをかけた魔獣を全部ブッ倒す』―――そうすれば呪いの発動はなくなり実質的な解除となる」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「あのガキ共が呪いで死ななかったのもそれが一番の理由だ。俺とレムさんが倒した魔獣の中に呪いをかけた魔獣がいたから途中で『食事』は中断され解呪することができた」

 

 

「この絶望的な状況でよくそれだけ頭が回るのよ。普段の素行が残念なくせに頭は悪くないのが逆に腹立たしいかしら」

 

 

「いろいろと考える時間だけはあったからな。けどまあ、お陰で覚悟が決まったぜ」

 

 

「―――死ぬ覚悟を決めたとでも?」

 

 

「・・・それが出来るなら最初から苦労しねえよ。諦めたらそこで死合終了だぜ。せいぜい足掻いてみせるさ。今まで何度もそうして生きてきた」

 

 

 

 

 

どうせ死んだところで俺は楽になれる訳じゃねえ。死は塞がっている―――なら、死ぬまで大暴れさせてもらうぜ。後先のことを考えると憂鬱だからよ。

 

もし次に死んだら、レムさんからまた怨敵扱いされると思うとマジで気が滅入るぜ。

 

 

 

 

 

「っ・・・そうだ。レムさん!レムさんは大丈夫なのか?レムさんもかなり魔獣に襲われて傷ついていたはずだ!」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「オイッ!どうなんだよ!?まさかレムさんも同じようなことになってるんじゃあ・・・―――」

 

 

「あの娘の呪いはお前と違って簡単に解くことができたのよ。お前と違って呪いをかけた魔獣が少なかったことが幸いしたかしら」

 

 

「ビックリさせんじゃねえよ・・・一瞬、最悪の可能性が頭をよぎったじゃねえかよ」

 

 

 

 

 

妙に勿体つけるもんだから焦ったぜ。考えてみりゃあ・・・もしレムさんが俺と同じ状態になったらラムが黙ってねえもんな。

 

でも、よくよく考えると目覚めてからレムさんの姿を一度も見ていない。ちゃんとお礼言わねえとなんねえのにすっかり忘れていたぜ。

 

 

 

 

 

 

「んで?レムさんは今どこにいるんだ?―――最後に別れる前に一言礼が言いたいんだけど」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「・・・おい?」

 

 

 

 

 

何やらベア様の様子がおかしい。さっきからずっと何かを隠しているかのような素振りだ。俺の余命宣告なんかよりも遥かに重い事実を告げようとしているかのような。

 

 

 

 

 

「―――なあ・・・レムさんはどこに行った?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「っ・・・どこに行ったかって聞いてんだよっ!!」

 

 

 

 

 

ベア様は重く口をつぐんだまま横を向いた。まさか・・・まさかとは思うけどよぉ~。あのレムさんがそんな無謀なことをするわけはねぇ。俺はレムさんにとって憎むべき怨敵なんだぜ・・・こんなどこの馬の骨とも知れねえな。男のために――――まさか・・・まさかっ!?

 

 

 

 

 

「―――アキラっ!!」

 

 

 

「リュカっ!?・・・それにペトラにミルド、メイーナ、カイン、ダイン・・・みんな目ぇ覚ましたのかよ」

 

 

 

 

 

ガキ共は揃って肩で息をしながら大汗をかいてる。昨日、あれだね衰弱してた状態から復活したばかりなのに無理しやがるからだ。

 

 

 

 

 

「オイオイ、お前ら、何をそんなに慌ててやがんだ?まだ回復したばかりなんだから、あまり無茶すんじゃあねえぜ。貧血でも起こして倒れたらどうするんだ?」

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・―――お願い!アキラっ!ラムちーとレムりんを助けてっ!」

 

 

 

「・・・何、だと?」

 

 

 

 

 

汗だくのリュカが放った言葉に俺は全身凍りついた。

 

 

 

 

 

「さっき皆でレムりんを探してたらラムちーを見つけたの・・・そしたらラムちーが急にこわい顔になって森の方に一人で入っていっちゃった」

 

 

「森に入った!?・・・ラム一人でっ!?」

 

 

「うん・・・『レムを連れ戻す』って言ってたよ」

 

 

「っ・・・あんのバカヤロウ」

 

 

 

 

 

最悪な状況に加えて最悪な事態が加速していく。俺は思考が停止しそうになるのをこらえてベア様に詰め寄った。

 

 

 

 

 

「オイッ!・・・どういうことだよ。どうしてレムさんが森に入っていやがんだっ!?ベア様っ・・・まさかあんた、二人にさっきのことを喋ったのかよっ!?」

 

 

「確かに・・・『妹』の方には話したのよ。姉の方には伝えていなかったはずかしら。けど、あの姉は勘がいいからお前の呪いのことに気づいていたかもしれないのよ」

 

 

「っ・・・何で!どうしてだ!?・・・何でレムさんに喋ったりしたんだ!?どうしてレムさんが俺なんかのためにそこまでする!?」

 

 

「あの妹はお前が死にかけたことに責任を感じていた。だからこそ、あの妹に話すわけにはいかなかったのよ―――お前が同じ立場ならどうしたかしら?」

 

 

「っ―――くっそ!」

 

 

 

 

 

ベア様の冷静な態度を見て俺は蹲りそうになる。あの時、俺はレムさんを無事村に返せたことで安心していたが、ここに来てそれが完全に裏目に出てしまった。俺が助けたかった二人が今度は俺を助けるために危険を冒そうとしているなんてよ~・・・本末転倒じゃねえか。

 

 

 

 

 

きゅっ

 

 

 

「お願い・・・アキラ。ラムちーを助けて・・・レムりんを助けてよぉ」

 

 

「・・・ペトラ」

 

 

「アキラ、本当はすごく強いんだろ?アキラが俺達を助けてくれたんだよね―――だったらお願い!レムりんとラムちーを助けて!!」

 

 

「~~~~・・・やれやれ、あちこち旅したけど、楽して助かる命がないのはどこも同じだな」

 

 

 

 

 

俺に泣いてすがりついて助けを乞うペトラ達に俺はわずかに躊躇った。あのだだっ広い森の中でバラバラに行動しているあの二人を見つけ出す自信なんて全くない。

 

―――それによしんば、あの二人を見つけて連れて帰ることが出来たとしても・・・魔獣の殲滅を諦めた俺は『手遅れ』になる。どっちに転んでも地獄だぜ。

 

けどまあ、どっち道『地獄』ならよ・・・俺の選ぶ道は一つしかない。

 

 

 

 

 

「―――ペトラ。お前、確か・・・大きくなったら都で服を作る仕事がしたいんだよな」

 

 

「そうだよ。何でアキラが知ってるの?」

 

 

「知ってるも何も・・・『お前』と出会う前にさんざん聞かされたんだぜ。忘れられるわけがねえだろ。それに・・・お前の夢を守るって決めちまったからな―――これが終わったら、お前には俺の服を一丁仕立ててもらうぜ。多分、帰ってくる頃には俺の服もボロボロになってるだろうからよぉ~」

 

 

「っ―――アキラっ!」

 

 

「やったぁー!」

「ありがとう、アキラ!」

 

 

 

 

 

ガキ共は揃いも揃って人の気も知らないで大喜びだぜ。けどまあ、俺はそう宣言して森の方へと向かおうとするとベア様が俺の前に腕を組んだまま立ち塞がった。

 

 

 

 

 

「酔狂なヤツとは思っていたけど。ここまで来るとただのバカなのよ。お前、あの姉妹を連れ戻すということが何を意味するかわかってるのかしら?―――お前、今度こそ死ぬのよ」

 

 

「あんたには迷惑かけねえよ。どけ」

 

 

「別にベティはお前が死んだところで何も痛まないのよ。ただ、解せないのよ。何でわざわざ自分の命を捨てにいくような真似をするのか・・・生き残れる最後の儚い希望すらも捨てるというのかしら?」

 

 

「―――行かなくても俺ぁ死ぬんだよ」

 

 

「?」

 

 

「俺にはなぁ・・・心臓より大事な機関があるんだよ。そいつぁ見えねーが、確かに俺のどタマから股間を真っ直ぐブチ抜いて俺の中に存在する。そいつがあるから俺ぁ真っ直ぐ立っていられる。フラフラしても真っ直ぐ歩いていける・・・ここで立ち止まったらそいつが折れちまうのさ――――『魂』が、折れちまうんだよ」

 

 

 

 

 

ここに来るまで何度も死んできた俺の命に今さらなんの価値もない。そもそもこの命はとっくの昔に魔女に呪われている―――だが、例え命が呪われていたとしても『魂』だけは失うわけにはいかねえ。

 

 

 

 

 

「心臓が止まるなんてことより、俺にしたらそっちの方が一大事でね。こいつぁ老いぼれて腰が曲がっても真っ直ぐじゃなきゃいけねえ」

 

 

「・・・お前みたいなバカで愚かな人間は初めて見たのよ。これ以上、お前のバカには付き合いきれないかしら」

 

 

「そうか?俺もベア様みてぇに人間らしい精霊は初めて見たぜ」

 

 

「とにかく、あとはお前の勝手にすればいいかしら。選択肢は提示した。そこから何を選び取るかは、お前が勝手に決めればいいのよ―――ベティは疲れたから、にーちゃと雑ざり者の娘と一緒に屋敷に戻っておくのよ」

 

 

「・・・グレートだぜ。ベア様」

 

 

 

 

 

決してハッキリと口には出さないが、俺やラムが不在の間エミリアの周辺を見張っておいてくれるということだろう。『屋敷に戻る』と言ったのはベア様が十全に力を発揮できるのがそこしかないからだ。

 

あとは俺があの二人を無事に連れ戻すだけだ。

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、行くか・・・今日の俺は最初からクライマックスだぜっ!」

 

 

 

 

 

 





二章のクライマックスに突入!ここまですごく長かった。しかし、相変わらずラムとレムはキャラが立っているというか描きやすいですね。

ここから先の細部の構想はほとんどありません。どういう風に展開していくのか筆者にも予想がつかないところです。


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第29話:赤鬼《ラム》

今回はラムがメイン視点のお話。毎回のことながらサブタイトルのセンスのなさに絶望する。

サブタイトルなしっていうのも考えたが、それだとあまりにも味気ない気がするので無理矢理にでも毎回つけています。


 

 

 

 

 

―――――その男を最初に見たとき、ラムは一言で言って『面倒な男』だと思った。

 

 

 

屋敷での仕事っぷりが全然ダメだからとかそういう理由じゃない。ロズワール様から監視するよう命ぜられていたからでもない。

 

 

 

 

 

『―――グレートっ・・・もう十分だぜ。~~~~っ・・・あんた達が生きててくれただけでもう十分だ。他にもう何もいらねえ。俺はもう十分すぎるほど救われた』

 

 

 

 

 

最初に目が覚めたとき、ラムとレムを見たあの男がいきなり泣き始めたからだ。

 

 

 

わけがわからない。何故、見ず知らずの他人にいきなり泣かれなくてはならないのだろう。ラムとレムがいったいこの男に何をしたというのだろう。

 

 

 

だけど、泣きながら不細工に嬉しそうに笑うその男が放った言葉に更にラムは混乱させられた。

 

 

 

 

 

『―――生きててくれて嬉しい・・・俺は何も出来ず『二人の姉妹』を失うところだった。『お前ら』まで死んでたら・・・俺は一人ぼっちになるところだった。

 

 

――――――生きててくれてありがとうっ』

 

 

 

 

 

この男はラム達を通じて『誰』を見て言っているのだろう。そんな言葉を言われたところでラム達には関係のないことだ。そもそも『ラム達が死んでたら』というのはどういう意味なのだろう。

 

 

 

―――もしかして、この男はラムとレムが暮らしていたあの惨劇のことを知っているのかも・・・

 

 

 

そんな仮説が一瞬頭をよぎったが、鬼族でもないこんな男がラムとレムの住んでた村の関係者だとは到底考えられない。従ってラムとレムが感謝される筋合いもない。ラムとレムがその男の感謝を冷たくあしらったものの・・・

 

 

 

 

 

『やれやれ・・・手厳しいな――――――でも、ありがとよっ』

 

 

 

 

 

ラムとレムに卑下されたその男は嬉しそうに笑ったまま再びラム達に向けてお礼の言葉を口にした。それを聞いて本当に面倒な男を抱え込んでしまったとラムは内心で頭を抱えた。

 

 

 

それからすぐにその男はラムとレムの下で使用人見習いとして働くようになった。それと同時にロズワール様から『監視しろ』とのお達しが下った。

 

 

 

その命令は至って自然なものだった。ロズワール様から言われなくともそうするつもりだった。だが、ロズワール様はそれだけじゃなく、もう一つ奇妙なことを付け加えた。

 

 

 

 

 

『彼が能力を行使する素振りを見せたら、逐一、わぁ~たしに報告してくれたまぁ~えよ。それと彼が何か奇妙な行動を始めたら・・・一先ず泳がせてみてくれないかな。もぉ~しかしたら、彼は何か面白いことをしてくれるかもしぃ~れないからね~え』

 

 

 

 

 

あまりにも奇妙な・・・それでいてちぐはぐな命令だった。ロズワール様のキテレツな言動は今に始まったことではないけども。この王選を控えたこの時期に危険因子を自由に泳がせておくなど普通なら考えられない。

 

 

 

これではまるで・・・ロズワール様があの男に何かを期待しているかのような。

 

 

 

そんなロズワール様の奇妙な命令に従い、ラムとレムはその男の教育係となり新しく仕事が追加されることとなった―――最初は迷惑だと思った。ただでさえ大変な屋敷の仕事をしながら、こんな正体の知れない男を飼うなどロズワール様の命令でなければ断固として認められなかった。

 

 

 

だけど・・・

 

 

 

 

 

ザクッ ブシュゥゥウウーーーーッッ!!

 

 

『ううおおおおおーーーーーっっ!?』

 

 

『ジョジョ。あなた、何をやっているの?汚らわしいジョジョの血でロズワール様のお屋敷を汚さないでちょうだい』

 

 

『仕事中に負傷した怪我人に対して汚らわしいはねぇだろっ!ちったぁ俺の体も労ってくれたってバチはあたんねえだろうがよっ!庭の剪定なんてほとんどやったことがないんだからよぉ』

 

 

『・・・・・・。』

 

 

『無言で嫌そうな顔すんのやめてくんないっ!?仕事仲間としてもう少し本音と建前を使い分けろよ』

 

 

 

 

 

ジョジョはラムのことを敬いもせずにずけずけと距離を詰めてきた。何て無礼なヤツだと思った。ツノがあった頃のラムならこんな好き勝手な振舞い許さなかったのに。

 

 

 

 

 

『―――う~~~む・・・』

 

 

『銀食器を研くだけで何をそんなに手間取っているの。早くしないとまだ洗濯物が沢山あるのに間に合わなくなってしまうわよ』

 

 

『いや、そっちは早々に片付けたんだがよ~・・・どうも皿の数が足りねえような気がしてよ。さっきから数え直しているんだが、やっぱり一枚足りねえんだよ。お前、何かしらねえか?』

 

 

『・・・さあ?ラムは知らないわ。それよりもジョジョ・・・後片付けはラムがやっておくから、レムのところに行ってあげてなさい』

 

 

『一応、聞いておくが・・・お前、自分が割ったのをごまかそうとしてねえよな?』

 

 

ササッ

 

 

『・・・何のことだかわからないわ』

 

 

『今、床の隙間に何か隠しただろっ!?』

 

 

 

 

 

傍若無人で、立場を弁えず、物怖じしないでラムに接してくる。敬意を示すでも見下すでもなく同じ目線に立ってラムに喧嘩腰で話しかけてくる。

 

 

 

ロズワール様の命令に従い、ラムは表面上優しく面倒見よく振る舞っているつもりだった。あくまでもラムにとってはジョジョは環視の対象でしかなかった。だから、ジョジョの慇懃無礼な態度に腹を立てることもない・・・はずだった。

 

 

 

だけど、時間が経つに連れてジョジョと過ごしている自分がいつの間にか自然体になっていることに気づいた。

 

 

 

それが腹立たしくもあり、心地よくもあった――――今までラムには『悪友』と呼べるような相手がいなかったから。

 

 

 

 

 

『―――やれやれ・・・この屋敷は広すぎるぜ。今まで他に人を雇おうとは考えなかったのか?』

 

 

『ええ。ロズワール様もラムとレムを楽させるためにジョジョを一匹飼うことにしたそうよ』

 

 

『人のことを家畜みてぇに言ってんじゃねえよっ!エミリアを助けた恩人である俺にロズワールが授けた恩赦はどこに消えたんだよっ!?』

 

 

『こんな美少女の奴隷として仕えることが出来るのよ。女性にもてないジョジョにとってこれ以上のご褒美はないわ。光栄に思いなさい』

 

 

『お前の奴隷になった覚えはねえし!『女にもてない』とか余計すぎることを言われたくねえしっ!!』

 

 

『本当のことでしょ?』

 

 

『本当のこと言われたときが一番腹立つんだよっ!!』

 

 

 

 

 

こんな男にラムが心乱されるなんて有り得ないわ。こんな愚にもつかない男のためにラムが心労を抱えても仕方がないわ。それに・・・ジョジョが現れたことでレムがひどく動揺している。

 

 

 

レムはラムのことになるとすぐに見境がなくなるから心配だわ。先走ってジョジョを手にかけたりすれば、いくらラムが庇ったところでレムはこの屋敷にいられなくなる。

 

 

 

ならばレムが下手な行動を起こすよりも先にラムが何か確たる証拠を掴めばいい。ジョジョがロズワール様やエミリア様に仇なす外敵だという証拠さえあれば、ジョジョを始末できる。

 

 

 

わたしは『文字を教える』という名目でジョジョに近づき、ジョジョに何か不審なところがないかを探りを入れてみることにした。

 

 

 

結果、得られた情報は特になかった。イ文字の読み書きはある程度出来るということくらいしかわからなかった。それと・・・もう一つだけわかったことがあった。『ジョジョはとてつもないバカだった』ということ。

 

 

 

 

 

『―――あえて聞くけど。ジョジョはどっちの鬼と仲良くしたいと思うの?』

 

 

『どっちってーと・・・赤鬼と青鬼でか?』

 

 

『『願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼』と『自己犠牲に浸るバカな青鬼』と・・・どちらを選ぶ?』

 

 

『・・・・・・。』

 

 

 

 

 

我ながら無意味な質問をしてしまったと思ったわ。差し出した二枚の鬼の絵を引っ込めようとしたラムより一瞬早くジョジョの手が先にそれを両方とも掴んだ。

 

 

 

 

 

『―――“それ”がジョジョの答え』

 

 

『ああ。俺には“これ”以外考えらんないぜ』

 

 

『とてもつまらない答えだわ。ジョジョは随分と欲張りで浮気性なのね。そんなんだといずれ痛い目を見るわよ』

 

 

『俺は俺の納得がいくまでいくらでも欲張るぜ。だから、この物語のラストはこう書き換える――――――『赤鬼と青鬼は一人のバカな男の手によって無事再会することが出来ました』ってなぁ』

 

 

 

ズキュゥウウン…ッッ ―――スゥゥゥウ、ピタァアッ!

 

 

 

『・・・っ!?』

 

 

 

『二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやるぜ。やっぱり、赤鬼と青鬼は『二人で一つ』でないとよぉ~―――そう思うだろ、お前も?』

 

 

 

 

 

不覚にもラムは動揺した。ジョジョが目の前で謎の『なおす力』を行使したことに対してではない。ジョジョがラムを見据えて『赤鬼と青鬼を両方とも救ってみせる』と宣言したことにラムは胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じた。

 

 

 

何を考えている?こんな男にラムとレムの何がわかるというの?ラムとレムを救うなんてこと・・・この男に出来っこない。ラム達が失ったものを取り返すことなんて絶対に不可能なのよ。

 

 

 

そう言い聞かせていても心の奥底ではどこか期待してしまっている自分がいた。ジョジョなら・・・ジョジョならば・・・何とかしてくれるかもしれない。未だに過去に縛られているあの子を・・・あの悪夢の夜に一人ぼっちで取り残されている『青鬼』を救ってくれるかもしれない・・・って。

 

 

 

それを感じさせるだけの何かがジョジョにはあった。ジョジョに対する疑念が晴れたわけではないが、期待するだけしてみてもいいかもしれない。どうせ、ダメで元々なのだから。

 

 

 

―――この日、ラムは初めてロズワール様に虚偽の報告をした。ロズワール様がジョジョをどうこうするつもりがないということはわかっていたけど・・・何故か、ジョジョの能力のことで報告するのは躊躇われた。

 

 

 

そのすぐ翌日のことだった。レムとジョジョが夜の内に屋敷から姿を消したのは・・・。

 

 

 

 

 

『―――エミリア様?朝からどうされました?』

 

 

 

『ラム!アキラがどこにいったか知らない!?さっき、部屋を覗いたんだけどどこにもいないのよ』

 

 

 

『・・・いえ。ラムは何も知らないわ』

 

 

 

『んもう!アキラったらどこに行っちゃったのかしら。あの子は目を離すといっつもこうなんだから・・・またどこかで無茶をしていなきゃいいけど』

 

 

 

 

 

エミリア様とジョジョが出会ったのはほんの数日前。なのにエミリア様のジョジョに対する信頼は異様なまでに大きかった。いったい、あの男の何を見てそんなことを言えるのか。

 

 

 

実はラムはこの時、一つだけジョジョの行方に心当たりがあった。何となくだけど・・・この日、朝から姿を見ないレムと一緒に屋敷の外に出てるって、そんな気がした。

 

 

 

その後、レムの部屋に行くと見覚えのある筆跡で書かれたイ文字の手紙を発見し、それは確信に変わった。

 

 

 

 

 

―――『こんや、そとではなしがある』

 

 

 

 

 

バカだとは思ったけど・・・ここまで並外れてバカだったとは予想外だった。レムを相手にこんな手紙を出せば『殺してください』と言っているようなものだ。ジョジョはそれをわかっててこんなことをやったのかしら。

 

 

 

だけど、それ以上に驚いたのは――――ジョジョがレムを背負って屋敷まで帰ってきたことだ。

 

 

 

あのレムを相手にいったいどんな説得をやったらそんなことが可能なのか・・・ラムの想像を遥かに越えていた。

 

 

 

 

 

『よぉ~・・・朝帰りで申し訳ねぇな。遅れたぶんはきっちり仕事すっからよ。まずは朝飯の準備からだな』

 

 

 

 

 

ジョジョはその言葉の通り、エミリア様の治療もろくすっぽ受けようとせずラムやレムの分の仕事を必死にこなしていった。

 

 

 

あのレムが目を覚ますことなくお屋敷の仕事を忘れて眠り続けるなどこのロズワール邸に来てから『初めて』のことだった。

 

 

 

この時からラムは既にジョジョのことを信じ始めていたのかもしれない。

 

 

 

得たいの知れない男だけどきっと何かをやってくれるという漠然とした期待。ロズワール様もこれを見越してジョジョを雇ったのかもしれない。

 

 

 

少なくともあの男はレムに今までにない変化を与えてくれた。あの男が本当に赤鬼と青鬼を救える力があるというならラムはそれに一縷の希望を託したかった。

 

 

 

 

 

―――そう思っていた矢先のことだった。

 

 

 

 

 

レムとの騒動があった翌日、ラム達と一緒に村に訪れたジョジョが突然『村に呪いを持つ魔獣の驚異が迫ってる』と言い出したのだ。しかも、ロズワール様の命令を無視することになるのを承知で『今すぐにクビにしろ』とまで言い出す始末。

 

 

 

もう『バカ』だとかそういう次元の話ではない。ジョジョはいったい誰のために何のために行動しているのかわからなくなってきた。

 

 

 

いや・・・そんなことはわかりきっている。非常に愚かしいことだが、ジョジョは自分が出会ってきた人全てに救いの手をさしのべようとしているのだ。そのために本気で全てを投げ捨てようとしているのだ。

 

 

 

この時、ラムの頭の中で『ジョジョが他の陣営から送り込まれた刺客である』という可能性は完全に消え去っていた。根拠など一切ない。ジョジョのあまりのバカさ加減にその可能性を考えること事態バカバカしくなったのだ。

 

 

 

 

 

『わかったわ、ジョジョ。あなたの独断行動を認める』

 

 

『今、この場で俺をクビにして『村へ追い出す』って選択肢もあるぜ』

 

 

『・・・あなたはこの屋敷の使用人なのよ。勝手に辞めることはラムが許さないわ』

 

 

『へえ~、意外だぜ。てっきり疎ましく思われてると思ってたからよぉ』

 

 

『ええ。まったく・・・ラムも焼きが回ったものだわ。屋敷にはラムが残るわ。監視としてレムを同行させる。それが妥協点よ』

 

 

『ああ。感謝するぜ・・・ラム“先輩”』

 

 

 

 

 

ジョジョが嬉しそうにラムに笑いかけてきた時、本当に心地のいい感情が胸を埋め尽くした。誰かを無条件に信用することと、それに対して向けられる信頼がこんなにも心地いいものだなんて今までラムは知らなかったから。

 

 

 

この騒動が終わったらジョジョにはたっぷりと教育的指導を行わなくてはならない。それが終わったら村を救ったご褒美にラムのお手製ふかし芋を食べさせてやろう。『飴と鞭』は教育の基本だ。これからジョジョを苛める算段を頭の中で考え、それを楽しみにしている自分がいた。

 

 

 

ラムにはジョジョがラムの信用に応えてくれるという確信があった。何せラムにも変えられなかったレムを変えることができたのだ。期待するには十分すぎる理由だ。

 

 

 

 

 

―――そして、ジョジョはラムの信用にしっかり応えてくれた。

 

 

 

 

 

ジョジョは村の回りに展開する結界の解れた部位を修復し、魔獣の被害にあった子供達を全員無事に救出することに成功した。結果として村人は全員無事、危機的状況から生還することができた。

 

 

 

かくして知らぬ間に窮地に立たされていた一つの村が、得たいの知れない使用人見習いの男によって魔獣の脅威から救われた。だが、その代償としてジョジョは瀕死の重傷を負うこととなった。

 

 

 

千里眼を通じてそれを知ったラム達が駆けつけたときには、ジョジョの体は手足がバラバラになる一歩手前の酷い有り様となっていた。あと、魔獣にほんの数センチ引っ張られただけで引き千切られていたことだろう。

 

 

 

レムの負傷はジョジョが綺麗に治してくれていたみたいだから、レムの処置は簡単な解呪の処置だけですんだ。自分が死にそうになりながらもレムを治したジョジョの執念だけは認めてやってもいいと思った。

 

 

 

 

 

『エミリア様!ベアトリス様!急いでアキラ君の治療をお願いします!・・・このままではアキラ君がっ――――お願いです。アキラ君を助けてくださいっ!』

 

 

 

 

 

半狂乱になってエミリア様やベアトリス様にジョジョの治療をお願いするレムの姿に姉として少しだけ複雑な感情を抱いた。

 

 

 

まさかラム以外の人で初めてレムの心の内側に入り込んだのが、こんな後先考えないドジで間の抜けた浪人だというのだから・・・ラムは少しだけやるせない気持ちになった。

 

 

 

でも、ジョジョが必死に死に物狂いになってレムの信用を勝ち取ったその偉業は素直に称えなくてはならない。村を魔獣から守り抜いたことも・・・何よりもレムを守り抜いたことも含めてジョジョには然るべき褒美を与えなくてはならない。

 

 

 

ベアトリス様とエミリア様による治療が終わり、未だに眠り続けるジョジョに・・・与える褒美は何がいいだろうかと思案していた時だった。

 

 

 

―――ラムにとって知りたくなった事実が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

『―――ベアトリス様、今なんと・・・何とおっしゃいました!?』

 

 

『コイツの呪いは解呪出来ないのよ。あまりにも多数の呪いががんじがらめになっていてベティにはもう手の施しようがないかしら』

 

 

『だからって・・・諦めるんですかっ!?他に何か助ける方法は―――っ!』

 

 

『出来るものなら・・・コイツに返しきれない恩を与えておくことも吝かではないかしら。でも、呪いの解呪が出来ない以上、コイツはもう助からないのよ。もってあと半日の命かしら』

 

 

 

 

 

レムがすさまじい剣幕でベアトリス様に詰め寄っているのが壁越しでも伝わってきた。ラムはその悲痛な叫びを聞いていられなくなって逃げるようにその場を離れた。

 

 

 

―――心当たりがないわけではなかった。ジョジョはあまりに大量の魔獣の群れに全身をかじられ、四肢を引き裂かれていた。その分、体中に無数の呪いを刻まれることとなった。

 

 

 

呪いのことについては詳しくはないが・・・幾重にも重なった呪いの解呪が困難を極めることくらいはラムにも容易に想像がついた。ジョジョの呪いはあのベアトリス様が匙を投げる程に深刻な状態になってしまっているということだ。

 

 

 

そうなったジョジョを助ける方法があるとすれば方法は一つしかない。『呪いをかけた元凶を倒すこと』。

 

 

 

――――だけど、それは不可能だ。ジョジョに呪いを植え付けた魔獣はあまりにも多すぎる。あと半日で森の中に潜む魔獣を全滅させるなんてこと出来っこない。

 

 

 

村を救ったあのちっぽけな英雄を・・・助ける手段がない。いや、あるにはあるのだ。ただ、それを実行する決断がラムには到底下せなかった――――ラムはジョジョ《赤の他人》のために危険を冒す勇気が持てなかった。

 

 

 

ラムにはジョジョのように他人のために命の危険を冒すような気位は持てなかった。ラムはこの先もずっとレム《妹》を守らなくてはならないから。だから・・・

 

 

 

 

 

―――ラムはジョジョを『見捨てる』決断をした。

 

 

 

 

 

我ながら非情な決断だと思う。だけど、ラムにとってこれ以上の最善はない。だって、どれだけジョジョのことを信用できても――――ジョジョは所詮『他人』なんだもの。

 

 

 

他人のために自分の命を投げ打つような真似はラムには出来ない。ジョジョの愚かしいまでに輝く黄金の精神をラムは真似できっこない。

 

 

 

ラムはせめて最後に感謝の気持ちを形にすべく何も知らないふりを装ってラムの一番の得意料理をジョジョに振る舞うことにした。

 

 

 

―――これがジョジョにとって最後の晩餐になるだろうことがわかっていたからだ。

 

 

 

 

 

『――――さんざん好き勝手行動しておいて・・・目覚め一番にラムの前に姿を見せないとはとんだ不届き者ね』

 

 

『ラム・・・って、その手に持ってる篭は何だよ?』

 

 

『見てわからないかしら?ラムの得意料理『ふかし芋』よ。それも出来立て・・・いえ、ふかしたてよ♪《どやぁ》』

 

 

『カメラ目線でドヤ顔決めたところでお前の料理の腕前が残念なことに変わりねえからな』

 

 

 

 

 

ジト目で睨んでくるジョジョの文句を涼しく聞き流す。こうして見ているととてもあと半日の命だとは思えなかった。ジョジョのラムに対する態度は最後の最後まで矯正できなかったわね。

 

 

 

 

 

『・・・本当に救いようのない男だわ。ドジでのろまでうだつの上がらないマダオの癖に他人ばかり助けようとするのね。バカなの?死ぬの?』

 

 

『唐突な悪口連射砲やめてくんないっ!?誰のためにこんなことしたと思ってんだよっ!?お前の妹のためでもあるんだろうがっ!』

 

 

 

 

 

英雄になる人間は英雄足りうる器がなくてはならない。そういう意味ではジョジョは英雄失格ね。いくら他人を救えても自分すら救えないというのでは英雄にはなりえない―――そういうバカな人間ほど・・・早死にする。

 

 

 

 

 

『―――ジョジョ』

 

 

『ああん?』

 

 

『・・・ありがとう』

 

 

『は・・・お、おう』

 

 

 

 

 

ならば、せめてラムはこの英雄を心にとどめておいてあげるわ。レムのために体を張り、一度会っただけの子供達のために命を賭けて戦い抜いた出来損ないの英雄を讃えてあげるわ。

 

 

 

それがラムにしてあげられる精一杯の感謝の気持ち。

 

 

 

そして、せめてものジョジョへの『懺悔』なのよ。

 

 

 

 

 

―――そう心の中で言い聞かせてはいても・・・やりきれない思いがずっと燻りつけていた。

 

 

 

 

 

ラムとレムの狭い世界の中に新たに入り込んできた異物が、身の程を弁えずに奮闘し・・・傷つき・・・ラム達の前から消え去っていく。ただそれだけのことがラムにはどうしても受け入れることができなかった。

 

 

 

いつから、ラムは・・・こんな下らないものに流されるようになったのかしら。ラムはかつて誓ったはずだ。あの炎の夜に―――

 

 

 

レム以外の全てを失ったあの時に・・・例え狡くても・・・どんなに醜くても・・・どれだけ恥辱に濡れようと最後に残ったレム《妹》だけは守り抜いてみせると。

 

 

 

なのに・・・たった一人の浪人風情に心揺らいでるなんて・・・愚か極まりないわ。

 

 

 

 

 

『―――ラムちー!』

 

 

『・・・目が覚めたのね。でも、あまり無理をしてはダメよ』

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら村の中を歩き回っていたら子供に捕まってしまった。油断した・・・ラムはあまり子供が得意ではないのに。

 

 

 

というか、この子達は夕べ呪いをかけられてマナを吸いとられていたはずなのに目を覚ますのが早すぎじゃないかしら?

 

 

 

それよりも何で『ラムちー』のあだ名が定着しつつあるのかしら。それもこれもあのろくでなしのせいだわ。あの男は生きてても死んでてもラムに迷惑をかけるのよ。

 

 

 

 

 

『あっ!ラムちーだ!』

 

『ラムちー、はっけん!』

 

『ねえねえ、ラムちー!レムりん、どこ行ったか知らない?』

 

 

『レム?・・・レムに何か用事?』

 

 

『んとね・・・助けてくれたレムりんにお礼を言いたいんだ。アキラはまだ寝てるって言ってたから。ラムちー、どこに行ったか知らない?』

 

 

『―――いいえ。ラムは・・・知らないわ』

 

 

 

 

 

この子達は恩人であるジョジョがあと半日の命であることを知らない。隠したところで何れはわかることであろう。しかし、ジョジョならば自分の死がこの子達の心に大きな傷を残すことは避けたいと考えるはず。

 

 

 

 

 

『ラムちーさ~。アキラのこと、ジョジョって呼んでるの何で?『アキラ』は『アキラ』だよ』

 

 

『別に。理由なんてないわ。ラムにとってジョジョは所詮ジョジョなのよ。それ以上でもそれ以下でもないわ』

 

 

『でも、レムりんはちゃんと『アキラ』って呼んでるよ』

 

 

『レムはレム。ラムはラムよ。二人が全く同じである必要はないわ』

 

 

 

 

 

確かに・・・わたし達はこの世でたった二人の姉妹だ。しかし、だからといって全て同じである必要はない。レムとラムではいいところも悪いところも違っていて当たり前なのよ。

 

 

 

―――もっとも、それに気づけないまま狭い世界の中にずっと閉じ籠っている子がレムなのだけど。

 

 

 

そうだ。レムをこの子達に会わせてあげよう。レムは自分のことを過小評価しすぎている。レムのお陰で救われた命があるということをあの子にちゃんと教えてあげなくちゃ。

 

 

 

 

 

『―――レムを探しているって言ってたわね。今、ラムが見つけてあげるから待ってなさい』

 

 

『ラムちー、わかるの?』

 

 

『ええ。ラムとレムは双子だから、姉は妹のことをいつでも見守ってあげなくちゃならないのよ。覚えときなさい』

 

 

フッ… キィィィィィイン……ッッ

 

 

 

 

 

ラムは静かに目を閉じて意識を集中させた。こんな些細なことにラムの『千里眼』を使うべきではないのかもしれないけど。こうしている間もレムは一人で思い詰めているはず。だからこそ少しでも気をまぎらわせてあげたいと思った。

 

 

 

ラムは片目を手で覆い、千里眼を開眼して村の中にいるラムと波長の会う人間を探す。

 

 

 

―――探す・・・探す・・・探す。

 

 

 

おかしい・・・村中に範囲を広げたのにレムが見当たらない。ラムと一番に波長の合うはずの『レムの視界』がどこにも見当たらない。

 

 

 

 

 

『ラムちー・・・どうしたの?』

 

 

『っ・・・少し黙りなさい。今、探しているところよ』

 

 

 

 

 

焦って口調が乱暴になる。ラムの頬を冷や汗が伝う。嫌な予感がしてたまらない。

 

 

 

まさか・・・まさかと思うけど・・・いくら思い詰めていたからって・・・いくらレムでもそんな無謀な行動に出るはずがない。そんなことしても間に合わないってことはレムが一番よくわかっているはず。

 

 

 

―――いえ。レムならば『やる』。

 

 

 

あの子はラムのようにジョジョを決して見捨てることが出来ない。何がなんでもジョジョを助けようとするはずだ。

 

 

 

自分のせいで誰かが傷つくことが耐えられない自己犠牲の激しい青鬼《レム》は・・・赤鬼《ラム》に内緒で一人で全てを背負い込もうとするはずだ。

 

 

 

ラムはもう一度村の中をくまなく千里眼で調べた。だが、やはりどの視界を辿ってもレムは映らない。

 

 

 

 

 

『っ・・・本当にバカな子』

 

 

『ラムちー、どこいくの!?』

 

 

 

 

 

ラムは急いで村の周辺の柵に何か痕跡は残っていないかを確認しに向かった。そして『それ』はすぐに見つかった。

 

 

 

村の外へと通じる道の途中に残されたレムが愛用している武器《モーニングスター》の『鉄球の痕』とレムのものと思しき『足跡』が。

 

 

 

土にくっきりと残っていたその痕跡からほんの10分前かそれくらいに刻まれたものだとわかった。

 

 

 

 

 

『やっぱりっ・・・あの子ったら一人で森に入ったのね!なんてバカなことを―――っ!』

 

 

『ラムちー・・・レムりんどこ行ったの?』

 

『ねえ、一人で森に入ったってどういうこと?悪い魔獣はやっつけたんじゃなかったの?』

 

 

『っ・・・それは』

 

 

 

 

 

子供達が混乱しているけれど、レムが森に一人で入った理由を説明するわけにはいかない。それに今こうしている内にもレムはどんどん森の奥に進んでいってるはずだ。早く追いかけないと・・・ラムの体力ではレムに追い付けない!

 

 

 

 

 

『・・・ラムはこれから森に入るわ。レムを連れ戻してこなくちゃならないの』

 

 

『ねえ、一人で行くの?』

 

『ダメだよ!あぶないよ!父ちゃんや母ちゃんに話して仲間を集めようよ』

 

『そうだよ!アキラといっしょに行った方がいいよ!』

 

 

『・・・それだけはできないわ』

 

 

 

 

 

ジョジョに助けを求めるということはジョジョに『自分達のために死ね』と言うようなもの。ただでさえ残り少ないジョジョの命をこれ以上ラム達の為に使わせる訳にいかない。

 

 

 

前にジョジョは言った―――『二人が離れ離れになっちまったんなら、例えそこが地獄の底だろうが俺が迎えに行って引き合わせてやる』と。

 

 

 

けれど、我が身可愛さにジョジョを見捨てたラムに・・・それをしてもらう資格はもうないのよ。

 

 

 

 

 

『いい?ラムがレムを追って森に入ったことは誰にも話しちゃダメよ。特にジョジョには・・・絶対に教えてはならないわ!これは命令よ!』

 

 

『ラムちー!』

 

 

『あなた達は大人しく家に帰ってなさいっ!』

 

 

 

 

 

ここから先はラムが一人で戦わなくてはならない。

 

 

 

レムを連れ戻すことがジョジョを見捨てるのと同義ならラムは躊躇いなくレムを連れ戻すわ。

 

 

 

でも、せめてジョジョにはこれ以上ラムやレムのことで傷ついて欲しくない。

 

 

 

だって、ジョジョはレムのココロだけでなく・・・ラムのココロの中にまで入り込んできた異物《ヒト》なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒュカォオオオオン……ッッ!!

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・っ」

 

 

 

 

 

今ので魔法は何発打っただろうか。10・・・いえ、20回くらい?

 

森の中に入ってからというもの『千里眼』と『風の魔法』を交互に使い続けている。ラムの体力があとどれくらい持つかはわからないけど・・・ここから先は風の魔法は使わない方がいい。

 

レムを見つけて帰れるだけの最低限の体力は温存しておかないと。

 

 

 

 

 

「これだけの数の魔獣を相手してたら・・・いくらレムでもただでは済まないわ」

 

 

 

 

 

おそらく一秒でも早く魔獣を狩り尽くそうとして鬼化して戦っているでしょうけど。この状況だとかえってその方がよっぽど危険だわ。

 

ただでさえレムは周りが見えなくなって暴走する傾向があるのに過度な責任感に加えて鬼化までしてしまったら・・・いよいよレムを止めるものがなくなる。

 

歯止めの聞かなくなったレムは限界以上に戦闘力を高めようと際限なく鬼化を続けるであろう。

 

―――だから、ラムが止めてあげなくちゃ。こうなってしまったレムを止められるのはラムだけなのだから。

 

 

 

 

 

「それにしても・・・これだけの数のウルガルムがこの森に潜んでいたなんて―――第一、ウルガルム以外の他の魔獣と出会さないのはどういうことなの?」

 

 

 

 

 

いくら森が魔獣の群生地帯といっても・・・この状況は異常だ。魔獣といえど自然界に存在する生物であることには変わりない―――なのに、これだけの個体が一ヶ所に終結しているのはあまりに『不自然』すぎる。

 

 

 

 

 

「・・・やはり、エミリア様に敵対する陣営が何かを仕掛けたと見るべきかしら―――ぅ・・・っ!」

 

 

ぐらぁ……

 

 

 

 

 

もう少し持ってくれれば良かったのだけれど・・・ラムの体が既にマナ切れを起こしかけている。

 

この状況に対する疑問だとか、誰の仕業だとか、色々と考えごとははつきないが。今、ラムがやらなければならないのは一刻も早くレムを見つけること。

 

残り少ないマナだけど・・・やむを得ないわね。

 

 

 

 

 

「―――『千里眼』・・・開眼!」

 

 

キィィィィィイン……ッッ

 

 

 

 

 

千里眼のお陰で辛うじて道に迷わずには済んでいるけど。肝心のレムが一向に見つからないのでは無為にマナを消耗していくだけだわ。

 

いくらレムでも魔獣を狩り尽くしながらだとそんなに早くは移動できないはず。暗くなる前に早く見つけないと。

 

 

 

 

 

ガァウヴ……ッッ!

 

 

 

「っ―――近い・・・」

 

 

 

 

 

獣臭が近くで蠢いているのがわかる。ラムには見えない位置だけど・・・5・・・いや、7体くらいの魔獣に囲まれている。

 

魔法を温存したかったところだけど・・・そうも言っていられないみたいね。

 

 

 

 

 

「願わくば・・・この姉の危機的状況に感づいてレムが駆けつけてくれれば万々歳なのだけれど――――どうやらそんな都合のいいことは期待できそうにないわね」

 

 

 

グルルルルルッッ!

 

ガァウヴッッ!

 

フガァァアオッッ!!

 

 

 

 

 

四方からジリジリと距離を詰められているのがわかる。一方向に固まってさえくれれば一発の魔法で仕留められると言うのに・・・子供達にかけた呪いの件といい・・・ウルガルムはこうも悪知恵が働く魔獣だったであろうか。

 

―――やっぱり、誰かに操られているような気がしてならない・・・いいえ、今はそんなことどうでもいい!

 

 

 

 

 

ガァウヴッッ!!

 

ヴガァアアウッッ!!

 

 

「―――『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

まずは正面から飛び込んできたウルガルム2体を風の魔法で両断する。

 

 

 

 

 

グルァアアアアアアッッ!! ガァアアアアアアアッッ!!

 

ガァルァアアアアアッッ!! グァァアアアアアアアッッ!!

 

 

「『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオン……ッッ!! ヒュカォオオオオン……ッッ!!

 

 

 

 

 

左右から2体ずつ迫るウルガルムを左右一発ずつ魔法で切り裂く。

 

 

 

 

 

ヴガァアアアアアアアアッッ!!

 

 

「くっ!?」

 

 

ガァヴゥウウウッ!! ブシュウウウウウ……ッ

 

 

「っ・・・『フーラ』ッッ!!」

 

 

ヒュカォオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

最後、正面から迫ってきたウルガルムに対応が遅れて腕を噛まれてしまう。傷の痛みに耐えながら噛みついてきたウルガルムを魔法で両断したが・・・直後にラムの体力が限界を迎え、その場に膝をついてしまった。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ―――っ・・・“打ち止め”ね」

 

 

 

 

 

少し休んで体力が回復すれば魔法は使えるようになるけど・・・今はもうこれ以上の戦闘は無理ね。でも、休んでいる時間も惜しい。

 

レムに追い付いてレムを連れてこの森を脱出するだけでいい。他のことは一切考えずにレムと合流することだけを考えていればいい。

 

 

 

 

グルルルルル……ッッ ガルルルルルル……ッッ

 

 

「っ―――まだ、いる。完全に狙われてる」

 

 

 

 

 

むせるような獣臭がどんどん近づいてきている。このまま一ヶ所に止まっていれば確実にやられる。

 

ラムはふらつく足取りで先を急いだ。今度、あれだけの群れに襲われたら切り抜けるのはまず不可能。ウルガルムから隠れられる場所を探さなくては―――。

 

 

 

 

 

ぽた、ぽたぽた・・・っ

 

 

「・・・この出血をなんとか止めないと」

 

 

 

 

 

魔獣の中には獲物の流す血の匂いに敏感に反応して追ってくるものがいるというのを何かで聞いたことがある。

 

早く応急処置をしないとラムに向かってどんどん魔獣が寄ってきてしまう。けれどラムの所持品に止血できそうなものがない。せめて水か何かで匂いをかき消さないと・・・。

 

 

 

 

 

ガァアアアアアアウウウッ!!

 

 

「もう追い付いて・・・っ」

 

 

 

 

 

いつの間にか先回りされていたウルガルムに先手を打たれた。マナ切れで足が動かない、噛まれた傷で腕も動かない・・・これではかわせないっ!

 

眼前に迫ってくるウルガルムのギラついた目と鋭く剥かれた牙がハッキリと見えてしまう。その軌道がラムに絶対的な死を予感させる。

 

ラムはまだここで死ぬわけには――――

 

 

 

 

 

ドギュゥウウウウーーーーーーーーン……ッッ!!!

 

 

ギャフゥウウウンッッ!?

 

 

 

 

 

遠くで何かが弾け飛ぶような音が聞こえた。遠く木霊するその鋭い謎の撃音がラムの耳を通して全身に響き渡った。

 

 

 

―――次の瞬間、ラムの眼前に迫っていたウルガルムの顔面が不自然にひしゃげ・・・弾け散った。

 

 

 

 

 

「・・・レム?」

 

 

 

ドギュゥウーーーーーンッッッ!!!  ドギュゥウーーーーーンッッッ!!!  ドギュゥウーーーーーーンッッッ!!!

 

 

ギャンッッ!? ギャフゥウウウッッ!? ギュフゥウウウッ!!

 

 

 

 

 

違う。レムにはこんなこと出来ない。こんな姿が見えないほどの遠距離からウルガルムを小さい『鏃』のようなもので狙撃した。

 

こんなこと魔術師でも出来ない。例え、ロズワール様であっても・・・こんなことが出来るのは・・・こんなことが出来る人間は――――

 

 

 

 

 

『ドォオララララララララララァァァアアアアーーーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオオ……ッッ!!

 

 

 

 

 

ラムに迫っていたウルガルム達が一瞬にして蹴散らされた。この『バカ』げたパワーとスピード・・・そして、何よりもこの常にラムの予想の斜め上をいく常軌を逸した行動――――こんなことする男を・・・ラムは一人しか知らない。

 

 

 

 

 

「―――俺っ!ようやく参上っ!!」 

 

 

 

 

 

親指で自身を指差し、両腕と両足を広げてポーズを決めるジョジョを見てラムは思った。

 

 

 

何故、ジョジョはここに来てしまったのだろう?自分の命があとわずかだとわかっていながらどうしてラム達のためにそこまで戦うのか・・・。

 

 

 

それをジョジョに聞いたところでジョジョは決して答えてはくれないだろうけど・・・ラムはこんなギリギリの窮地にラムのために駆けつけてくれたジョジョの姿を見て様々な感情で埋め尽くされた。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・かなり『危機一髪』の状態だったみてぇだなぁ~。あとほんのちょっぴり駆けつけるのが遅れていたらマジで死んで詫びを入れなきゃならねえところだったぜ」

 

 

「ジョジョ・・・」

 

 

「さっきので持ち出してきた釘も全部撃ち尽くしちまったしよぉ~。いよいよグレートに追い詰められてきちまったぜ・・・っと、そんなこと言ってる場合じゃあねえな。今、お前の怪我を治してやるぜ」

 

 

パシッ!

 

 

「―――今さら、なにしに来たの?」

 

 

「あん?」

 

 

 

 

 

ジョジョがラムの怪我を治そうと差し伸べてきた手をラムは打ち払った。ラムには・・・ジョジョに『なおして』もらう資格などない。助けてもらう義理なんてないんだから。

 

 

 

 

 

「こんなところまでラムを追ってきて何のつもり?・・・ジョジョが来たところで役立たずだってことに何で気づかないのかしら。あなた、自分が置かれた立場をわかってるの?」

 

 

「・・・ラム。急にどうした?」

 

 

「元はといえばあなたのせいよっ!あなたが勝手なことをしたせいでレムが大変な目に遭ってるのよ。全部・・・全部・・・ジョジョが勝手なことをしたせいで、こんな大事になったんじゃないっ!ジョジョが、昨夜、村に行ったりしなかったらレムも巻き込まれることはなかった。ジョジョが森に入らなかったらレムが傷つくこともなかった!あなたのせいで・・・っ!」

 

 

「おおっ!その悪態のつきぶり。そのキズのわりにはよぉ~。けっこう、大丈夫そうじゃあねぇーか!」

 

 

「黙りなさいっ!」

 

 

 

 

 

違う。こんなことが言いたいのではない。本当はラムは止めなくてはならない。これ以上、ジョジョに残酷なことを強要することはあってはならない―――ラムもレムも・・・もう大切なヒトを喪うのは嫌なのよ。

 

 

 

それなのに・・・

 

 

 

それなのに・・・

 

 

 

どうして?

 

 

 

―――どうして、こんなに嬉しいの?

 

 

 

いつもと変わらぬ揚々とした態度で助けに来てくれたジョジョが来てくれたことが嬉しくてたまらなかった。さっきまでの不安が一気に吹き飛ばされたような晴れやかな気持ちになっている自分がいた。

 

 

 

 

 

「ベアトリス様から聞かされていなかったの!?・・・ジョジョ、あなたの呪いは解呪できないのよ。あと半日もすれば呪いが発動し、魔獣に体中のマナを吸い付くされてあなたは死ぬわっ。もう手遅れなのよ。何をどうしたところで間に合わない」

 

 

「・・・ああ、それなら知ってるぜ。事情はベア様から全部聞いた」

 

 

「だったら・・・今すぐ村に帰りなさい・・・せめて最後だけでも・・・残された時間を自分のためだけに使いなさい」

 

 

「・・・帰りてーけど。どっから帰りゃいいんだ?非常口も見当たらねえしよぉ~」

 

 

「っ・・・何でそこまでするの?ラムとレムがジョジョに何をしたって言うの?あれだけレムに痛め付けられておきながら、ジョジョは何でそうまでして・・・ラム達のために・・・」

 

 

「俺が聞きてぇくらいだよ。何でこんなところに来ちまったかなぁ~、俺ぁ」

 

 

「あなた・・・本当に死ぬのよ。ラムと一緒にレムを連れ戻せばジョジョにとっての最後の希望すらも摘むことになるわ。もし、レムと一緒に森に潜む魔獣を殲滅するつもりなら・・・」

 

 

「・・・安心しな。自分のことくらい自分でカタをつける。レムさんに俺の命の責任を押し付けようなんてハラはねぇ。勿論、死ぬつもりもねぇ。んだが・・・

 

 

 

――――お前らを死なせるつもりもねぇよっ」

 

 

 

ガシッ ズギュゥウウウンッッ!

 

 

 

 

 

そう言ってジョジョは強引にラムの手を掴み。怪我していたラムの腕を瞬時になおして見せた。

 

 

 

ああ・・・バカだとは思っていたけど。ここまで末期だとは思っても見なかった。もうラムが何をいったところでこの男は止まらない。ジョジョは命が尽きるその瞬間、最後の最後まで・・・バカを貫いて死んでいくつもりだわ。

 

 

 

今更ながらにラムは理解した。

 

 

 

―――ジョジョのバカは死んでも治りそうにないわ。

 

 

 

 

 

「―――行こうぜ、ラム。レムさんを迎えによぉ~。俺も最後の晩餐にお前の『ふかし芋』だけじゃあ味気なくてよぉ~。人生最後のディナーはやっぱレムさんの手料理をご馳走になりてぇからよ」

 

 

「・・・ラムのせっかくの手料理をそんな風に卑下されるのは心外だわ。ジョジョはレムの手料理にしか興味ないのね」

 

 

「勿論、お前のふかし芋も好きだぜ。だが、俺に感謝を示すんならよ~・・・今度やる時はお前の手で食べさせてくれたら、なおグレートだぜ。こう・・・恋人がやるように『あ~ん』ってな感じでよ」

 

 

「調子のいいことを言ってないで、ラムを運んでちょうだい。ラムはマナ切れでもう動けないから、ここから先の移動はジョジョにおぶさることにするわ―――精々、ラムの為に地べたを這いずり回ってちょうだい」

 

 

「それおぶさってねえよ!尻に敷いてるだけだよ!四つん這いで背中にお前を乗せてこんな森の中、這い回るとかどんな拷問だよ!?ただでさえ少ない命を無駄に削らせてんじゃねえよ!文字通り馬車馬扱いだよ!」

 

 

「ジョジョにとってはご褒美でしょ。さあ、早くひれ伏しなさい。それとも頭を踏まれなくちゃわからないのかしら?」

 

 

「こんな魔獣が跋扈する魔境の中でどんだけハードなプレイを要求してんだ、お前は!?余命短い俺を虐げて樹海の中心で愛を叫べとでも言うのか!?すんっっっげえな、お前、全然変わらねえのな!前前前世から全然ぶれねえのな!」

 

 

「安心しなさい。ラムがこんなこと言うのは・・・ジョジョだけよ《ばちーん☆》」

 

 

「全然、嬉しくねえよっっ!!全然、可愛くねえよっっ!!全然、心に響かねえよっっ!!」

 

 

 

 

 

―――ある日、突然、泣いた赤鬼の前に・・・一人の男が現れた。

 

 

願うばかりで尻拭いは人任せな赤鬼の前に・・・ある日、突然現れたその男は、あまりにも無知で、粗野で、非常識で・・・かすかな不吉を身に纏っていた。

 

 

けれども、どんな絶望にも屈しない『勇気』といかなる困難をもはねのける『覚悟』と・・・大切な人を決して見捨てない『優しさ』を持っていた。

 

 

その男はどこまでも燦然と輝く太陽のような目を瞑ってしまいそうな眩い『黄金の精神』を宿していたのだ。

 

 

その男は、かつて全てを喪い暗く閉ざされた赤鬼《ラム》の世界に黄金の光を照らしだした。

 

 

 

 

 

 

 




長らく更新が遅れてしまい申し訳ありませんでした。リアルな事情により最近は全然まとまった時間がとれません。

その証拠に・・・リゼロのゲーム『Drath or Kiss』が未だにプレイできていないというまさかの事態に!

リゼロのアニメ二期を期待しつつ更新を続けていきます!



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第30話:崖の上のジョジョ


最近になってリゼロSSが増えてきている近況、非常に嬉しいです。そして、この作品をお気に入りに入れてくださる方がいることがそれ以上に嬉しいです。そして、応援のメッセージをいただけることが何よりも嬉しいです。

激動の一週間編もあと二話くらいで終わりですかね・・・あと三話くらい行くかも。


 

 

 

 

 

―――魔獣の森に突入から早二時間近くが経過。

 

 

俺は疲労困憊のラムを背負って森の中をさ迷い歩いていた。

 

 

あれからラムと合流できたもののレムさんの捜索は依然難航していた。

 

 

考えてみれば当然のこと。地図もない手がかりもない森の中で森中の魔獣を殲滅しようとがむしゃらに動き回っているレムさんを見つけるなんて雲をつかむような話だ―――ラムと合流できただけでも奇跡に近い。

 

 

 

 

 

「それにしても・・・よくラムの居場所がわかったわね」

 

「偶然だ。たまたま魔獣のうなり声と風を切る魔法の音が聞こえてよ・・・その音を辿っていたら何とか追い付くことが出来たぜ」

 

「そう・・・その腰の剣はエミリア様からの贈り物?」

 

「いや、村の自警団の連中から『助けてもらったお礼に』ってもらったんだ。ガキ共からも色々と押し付けられた。お陰で村を出るのに時間がかかっちまったぜ」

 

「慕われている証拠でしょ。どこがいいのかしら、こんな男」

 

「『こんな男』のお陰でお前も命拾いしたんだろうが・・・少しくらい誉めてくれたっていいんだぜ」

 

「ジョジョごときがラムの気を引こうだなんて百年早いわ。来世からやり直しなさい」

 

「・・・それは暗に『死ね』と言っているのか?」

 

 

 

 

 

ガス欠で背負われてるくせに態度のでかさは変わらねえな・・・チクショウ。

 

 

 

 

 

「―――ジョジョ。ここまででいいわ。ラムの体力も回復したし、ここからは自分で歩けるわ」

 

 

「大丈夫かぁ~?ハッキリ言ってレムさんを見つけるのもこの森を抜けるのも・・・お前の視界ジャックに頼るしかないんだぜ。いざという時にまた倒れられたらマジに詰んで出れなくなっちまう」

 

 

「ジョジョごときに心配されるほどラムは柔ではないわ。それとラムの『千里眼』をそんな風に呼ばないでくれる?ジョジョのセンスのなさがうかがい知れるわ」

 

 

「・・・ツンだ、デレない」

 

 

「何か言った?」

 

 

「いや・・・いつも通りで安心しただけだよ。テメーが平常運転で何よりってな」

 

 

 

 

 

さっき危機一髪のところを助けてラムの中で俺の評価が多少なりとも向上してくれてたらという期待をしていたのだが、別にそんなことはなかったんだぜ。

 

まあ、今更コイツが恩人だからってくらいで俺を相手に態度を変えるなんてことあり得ない。何せ、ロズワールとレムさん以外は眼中にないようなヤツだ。

 

よくよく考えたら俺はまだこいつらと出会ってから一週間と経っていないのか・・・。

 

 

 

 

 

「―――ジョジョ、体の方は大丈夫?」

 

 

「なんだよ、いきなり?」

 

 

「とぼけたって無駄よ。誤魔化そうとしてもすぐにわかるわ・・・怪我の方がまだ十分に回復してないんでしょ。あまり無理をすると呪いが発動する前にジョジョの方が御陀仏になるわよ」

 

 

「グレート・・・よく見てんじゃねえかよ、先輩」

 

 

「当たり前でしょ。下僕の体調くらい管理できないようでは、ロズワール様のメイドは務まらないのよ」

 

 

「『下僕』言うなし。せめて『部下』とか『後輩』とか・・・もっとマイルドな言い方があるだろ」

 

 

「ハイハイ、あまり騒がないでちょうだい。魔獣達に気付かれてしまうわ」

 

 

「・・・それについてなんだが、もう手遅れみたいだぜ」

 

 

「?・・・何のこと」

 

 

 

グルルァアアアアアアッッッ!!! ガァアアウウウッッッ!!! ヴガァアアアアアアアッッ!!

 

 

 

「―――なっ!?」

 

 

「『クレイジーダイヤモンド』ぉおっっ!!」

『ドォオオオラララララララララララララララララララララララララァァアアアーーーーーーッッ!!!!』

 

 

 

 

 

飛びかかってきた数体の魔獣をクレイジーダイヤモンドでぶっ飛ばす。やはり、俺の身に纏う魔女の匂いがこいつらを引き寄せてしまっているらしい。

 

 

 

 

 

「大したものね。ジョジョの精霊は『なおす』能力専門だと聞いていたのだけど」

 

 

「『なおす』ことが出来るなら『壊す』ことだって出来らぁ―――しっかし・・・こいつら何体いやがるんだ?昨夜、森でぶちのめした分も合わせると100体ぐらいは潰してるはずなんだがよぉ~。一向に数が減っている気がしねえぜ」

 

 

「鬼化したレムが倒した数も合わせるとその倍以上は減っているはずよ。そんなことよりもラムは、どの個体もジョジョを見ると途端に冷静さを失うことの方が気になるわ―――ジョジョの奇妙な精霊に何か関係があるのかしらね」

 

 

「・・・さあな。なあ、さっきから気になっていたことを聞いてもいいか?」

 

 

「何かしら?」

 

 

「昨夜、レムさんが見せた・・・あの『鬼化』ってヤツ・・・ありゃあいったい何なんだ?戦闘力が跳ね上がっただけでなく人格まで変わっていたぞ」

 

 

 

 

 

そう。ずっと気になっていたことだ。あの状態になったレムさんは『人間』ではなかった。狂喜に身を委ねて戦いに身を投じて笑みを浮かべて虐殺していくあの姿は・・・完全に『鬼』そのものだった。

 

ラムは特に動じることもなく歩きながら答えてくれた。

 

 

 

 

 

「その名の通りよ。鬼のツノを発現させ『鬼』としての本能を呼び覚ました姿・・・それが『鬼化』よ」

 

 

「いや、理屈は何となくわかるがよ。じゃあ、お前ら双子は『鬼』の血を引く一族ってことかよ。痕に出てくる柏木家みてぇな」

 

 

「ええそう。もっと言えば、ラムもレムもかつて滅んだ『鬼族』の生き残りよ。もっともレムと違ってラムは『ツノナシ』だけど」

 

 

「『ツノナシ』?」

 

 

「鬼の癖にツノをなくした愚物に与えられる蔑称よ。ちょっとしたいざこざで一本しかなかったツノをなくしたのよ。以来、何でもレムを頼ることにしてるわ」

 

 

「・・・レムさんがあそこまでコンプレックスを感じているのもそのせいか」

 

 

「『こんぷれっくす』?」

 

 

「お前に対して異常なまでの劣等感や罪悪感を抱えちまってるってこと。自分のせいで尊敬している大好きな姉がツノを失ったとなれば・・・それも仕方のねえことだなと思ってよ」

 

 

「―――何でラムがツノを失ったのがレムのせいだと?」

 

 

 

 

 

ラムが目を細めて俺を睨み付けてくる。俺としたことが・・・ラムとレムさんのデリケートな過去に少し不躾に踏み込みすぎちまったぜ。

 

 

 

 

 

「すまん。少し無神経すぎたな・・・お前がツノを失うほどの事情ってなるとレムさんの為だったんじゃねえかと思ってよ。レムさんがあそこまでお前に対して献身的になるのもそうだとしたら納得がいく」

 

 

「・・・仕事は覚えないくせにこういうところは頭が回るのね。つくづく癇に障るわ」

 

 

「だから謝ってる。無神経なこと聞いて悪かった。コイツは・・・俺ごときが踏み入っていい話じゃかなかったぜ」

 

 

「別に気にしてないわ。ラムが勝手に話しただけよ。確かに当時は落ち込みもしたし、嘆き哀しんだこともあったけど・・・今はもう落ち着いてるわ。ツノを失くしたことで、得たものも拾えた命もある。そのあたりのことは天命のひとつだわ」

 

 

「・・・『天命』ね」

 

 

「レムは、そうは思っていないでしょうね」

 

 

 

 

 

ラムは『気にしていない』と言ったが、それは必ずしも本音ではないだろう。そう言って無理矢理にでも納得したふりをしておかなければレムさんがいつまでも引きずり続けるから・・・だから、過去を振り切って立ち直ったふりをしておかなくてはならなかったのだろう。

 

この姉妹の愛情は深すぎるあまりすれ違ってばかりだぜ。

 

 

 

 

 

 

「元来・・・鬼族は2本のツノを持っている。けれど、双子はそのツノを一本欠損して生まれてくるの。だから双子は忌み嫌われ生まれ直後に処分されるのが習わし―――でも、ラム達は生かされた」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「鬼のツノは周囲のマナを食らい尽くし戦闘力を高める器官・・・でも、無茶をすればその反動でボロボロに傷つく。そんなレムを見たくない」

 

 

「ああ。そこのところは俺も同じ気持ちだ」

 

 

「ラムがレムを助けたい理由は話したわ。今度はジョジョの理由を聞かせてもらえないかしら」

 

 

「・・・俺?」

 

 

「ジョジョはもう余命幾ばくもないわ。なのに何でそこまでしてレムのために戦うの?―――ジョジョをボロボロに痛めつけたレムのためにあなたがそこまでする理由がわからないわ・・・“同情”?・・・“憐憫”?・・・それとも陳腐な“正義感”?」

 

 

「バーロー。そんなんじゃねーよ」

 

 

 

 

 

改まって聞かれると回答に困る質問だ。俺の覚悟もそれに至った事情ってヤツも・・・とても一言で言い表せるようなものじゃあない。しかし、あえて言うなら・・・――――

 

 

 

 

 

「俺は・・・『許されたい』んだと思う。うん、俺は『許されたい』」

 

 

「・・・誰に?」

 

 

「さあな。でも、お前らを無事に未来に送り届けることが出来たら・・・少しは許してもらえるんじゃあねえかと思ってよ。これは俺の意地みたいなものだ」

 

 

「ラムにはとても理解できないわね・・・ジョジョのやろうとしていることは贖罪でも何でもない。ただの惨めで身勝手な『自己満足』よ」

 

 

「ああ。俺も・・・そう思うぜ」

 

 

 

 

 

でも、取り返しのつかない罪を償うチャンスが出来た。命を懸けるには十分すぎる理由だ。それで俺の犯した過去の過ちが消えてなくなるわけではないがよ。

 

 

 

 

 

「―――ホント・・・そういうところはレムとそっくりね」

 

 

「何だ?何か言ったか?」

 

 

「いえ。ジョジョのド低脳にラムもうんざりしていただけよ」

 

 

「ああ、そうかよ。『クサレ脳ミソ』じゃなかっただけましだと思っておくぜ」

 

 

 

 

 

しかし、このまま二人で森を散策していても埒が明かねえな。現時点だとラムの視界ジャック・・・『千里眼』ぐらいしかレムさんの居場所を特定する術がない。それすらも乱発できないし、近場にレムさんがいなければ結局無駄打ちを繰り返してラムの体力を消耗してしまう。

 

―――帰りのことを考えるとラムにこれ以上魔法を使わせるのは得策ではない・・・ってなると必然的にもう一つの作戦に出るしかないのだが。

 

 

 

 

 

「ジョジョ?そんなところで立ち止まってどうしたの?」

 

 

「いや、少しばかり賭けに出るかどうか悩んでてよぉ~。本来ならレムさんと合流した後に使うべき『奥の手』があるんだが・・・」

 

 

「だったら早く言いなさい。こうしている間にもレムは鬼化の負荷でどんどん傷ついてるのよ。何かレムと合流できる策があるなら今すぐ言いなさい」

 

 

「厳密には『言う』ことは出来ねえんだがよぉ~。やるにしてもこの状況だとグレートにリスキーなんだぜ。何せ、俺も文字通り心臓を握られ――――」

 

 

 

ズオッ ――――グァシィイイイイッッ!!!

 

 

 

「ぐっ!?・・・ガァアアアッ!!」

 

 

「ジョジョ!?」

 

 

 

 

 

俺の体感時間が制止して、謎の黒い手が俺の心臓を握りつぶしてくる。それと同時にさっきまで静まり返っていた森が一気に騒がしくなる。森中の生物が『魔女の匂い』に呼応して蠢き出したのだ。

 

 

 

 

 

「―――~~~~っっ、グレート・・・今のも判定アウトなのかよ。まだ心の準備が出来てねえっつーのによ」

 

 

「っ・・・何をしたの、ジョジョ!?―――風が乱れて・・・獣臭が近づいてくる。それも、すごい数っ!レムはまだ見つからないのに・・・っ」

 

 

「姉妹でどういう違いがあるかは知らんが・・・お前にはどうやら感知できないらしいな」

 

 

「何の話をしてるの・・・答えなさい、ジョジョ!」

 

 

 

 

 

森の木々から鳥が一斉に飛び立ち、獣の咆哮があっちこっちひしめき合ってる。そして、確実にこちらに近づいてきてる獣の足音。間違いなく森の野獣共は魔女の匂いを感知できてる。

 

レムさんとベア様も魔女の匂いを感知できてた。なのに姉であるラムには魔女の匂いがわからないらしい。ツノを失った影響か?

 

 

 

 

 

「『魔女の匂い』だ。俺の体からそいつが暴発しちまったらしい」

 

 

「っ・・・どうしてジョジョの体から魔女の匂いが!?」

 

 

「実のところ、俺にもよくわからねえんだ。王都に来る前の記憶がどうも曖昧でよぉ~・・・ただ最近になって知ったことなんだが、俺の体は魔女に呪われていてよ。その影響で俺の体からゲロ以下の匂いがプンプンするらしいぜ」

 

 

「それで森の獣が急に動き出したのね・・・でも、それとレムと何の関係があるの?」

 

 

「レムさんにはわかるのさ。俺の身に纏った忌まわしい魔女の悪臭がよぉ~―――だから、何れレムさんもこの場所に来るはずだ。俺を殺しによぉ」

 

 

 

 

 

鬼化してバーサクモードのレムさんなら『俺を殺しに』・・・理性のあるいつものレムさんなら『ラムを助けに』駆け付けてくるはず―――ただこの作戦の欠点は、レムさんが駆け付けるまでの間、どうにかして持ちこたえなくちゃあならねぇことだ。

 

この匂いで森の魔獣共は一斉に俺の方に向かってきてやがる。

 

―――本来ならこの囮作戦はラムとレムさんの二人を逃がすために使いたかったのだが、一度、発動してしまった以上は仕方がない。

 

 

 

 

 

「・・・いいか、ラム。これから魔獣が襲ってくるだろうけどお前は魔法を一切使うな。魔獣の殲滅は俺一人でやる」

 

 

「本気で言ってる?これだけの数をジョジョ一人で何とか出来ると思っているの?」

 

 

「地図もないこの状況じゃあ・・・ラムの千里眼だけが唯一の道標なんだぜ。マナを温存しとけ。レムさんがここに来るまでの間なんとか俺が持ちこたえる」

 

 

「確かにジョジョの精霊の力は認めるけど。肝心のジョジョは剣一本しかないのよ・・・そんな装備で大丈夫なの?」

 

 

「―――大丈夫だ、問題ない」

 

 

「何故だかわからないけど、そのセリフを聞くとすごく不安にるわ」

 

 

「ああ。我ながら余計なフラグを立てちまったと後悔しているところだ・・・来たぞっ!」

 

 

 

ガァアアウウウッッッ!!! グルルァアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

俺の匂いに釣られた魔獣共が俺目掛けて一直線に猛突進してくる。どうやら俺には感知できないが、この魔女の匂いってのは俺が思ってるよりも遥かに強力らしい。

 

こちらに向かってくるウルガルムの眼のギラつきようが尋常じゃあねえ。俺を食いたいだけでなく辱しめたがってる獰猛なケダモノと化している。

 

―――グレート・・・我ながら怖気が走る表現をしちまったぜ。

 

 

 

 

 

「―――『北●百裂拳』ッッ!!」

『ドォオオラララララララララララララララララララララララララララララララララァァアアアーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!!!

 

 

 

 

 

とりあえずクレイジーダイヤモンドのパワーであれば5、6体程度であれば難なく蹴散らせる。しかし、ここでは場所が悪い。もっと落ち着いて戦える場所に移動しなくちゃあよぉ~。

 

 

 

 

 

「ラム、この場所はまずい!ここだと四方から狙われちまう。もう少し戦いやすい場所に移動するぞ」

 

 

「魔獣を呼び寄せておいて、それ?ホント、ジョジョは行き当たりばったりね」

 

 

「魔女の匂いが暴発したのは計算外だぜ。とにかく移動するぞ!走れっ―――『クレイジーダイヤモンド』ぉおッッ!!」

 

┣゛ン…ッ!!

 

『ドォォオオオオラァァアアアアッッ!!!!』

 

「逃ぃぃいげるんだよぉぉおーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドで手近な樹をへし折って魔獣の群れに向かって投げつけ、怯んだ隙にラムと一緒に反対方向に逃げ出す。

 

 

 

 

 

「―――壁だっ!どこか背後に壁のある場所がいいっ!そこまであいつらを引き付けるんだ」

 

「自ら袋小路に追い込まれようって言うの!?」

 

「真っ正面から飛び掛かってくる敵ならクレイジーダイヤモンドで倒せる!だけど同時に複数方向から襲われたら手数が足りな――――っ・・・ラム、危ねぇ!?」

 

 

ガァアアウウウッッッ!!!

 

 

「・・・っ!?」

 

「―――ガトチュ☆エロス☆タイムッ!!」

 

 

ズグジャアアアアアア…ッッ!!!

 

 

 

 

 

ラムに襲いかかってきたウルガルムの眉間に破れかぶれで繰り出した俺のガトチュ☆が炸裂し、ウルガルムは瞬時に絶命した。

 

 

 

 

 

「あぶねぇ~・・・何とかなるもんだぜ」

 

「っ―――ジョジョ、後ろ!」

 

 

グルルァアアアアアッッ!!

 

 

『ドォォラァァアアアアッッ!!!!』

 

 

ドグシャァアアアアアッッ!!

 

 

「あ、あぶなかった・・・今のはマジで危なかった。自分の技に酔ってその後のことを忘れていた」

 

「ジョジョ、これ以上ウルガルムに噛みつかれてはダメよ!もしウルガルムに噛まれたら、何がなんでも殺しなさい。逃がせばそれだけ命が遠のく」

 

「わかってるってぇーのっ!」

 

 

 

 

 

ラムの声に反応するよりも早くクレイジーダイヤモンドが俺の背後に迫っていたウルガルムをぶっ潰した。やはり、この場に止まっていたら昨日と同じようにじり貧で追い詰められるだけだ。

 

 

 

 

 

ガサガサ、ガサガサガサ……ッッ!!

 

 

「ヤロウ・・・草むらの中を移動して先回りしてやがる。昨日と全く同じパターンだぜ。とにかく逃げろ、ラム!止まらずに走れ!ここで止まっていたら周囲を取り囲まれちまう――――っ・・・どうした?早く逃げろって!」

 

 

「っ・・・ジョジョ、この先はダメよっ!前を見て!」

 

 

 

 

 

逃げてる途中に引き返そうとするラムに俺は怒声を飛ばすが、ラムの視線の先を見て俺は状況を理解した。そこは完全に道が途切れていたのだ。

 

 

 

 

 

「な・・・何ぃっ!?が、『崖』かよ!」

 

 

 

 

 

―――断崖絶壁。

 

 

どこをどう走ってきたのかはわからないが、崖の高さは軽く見積もっても50メートル以上あるだろう。昔、体験したことのあるバンジージャンプなんかよりも遥かに高い。

 

まかり間違っても飛び降りるなんて愚行は犯せない。

 

 

 

 

 

「このまま真っ直ぐ行くとまずい!どっか曲がらねえと崖に突っ込む・・・ラム、右に曲がれ!そのまま崖沿いに逃げるんだ!」

 

 

「まさに行き当たりばったりっ!後で自分のしたことを客観的に振り替えって―――死にたくなりなさいっ!」

 

 

 

 

 

地図もわからない森の中を闇雲にひた走っているんだ。最善のルートなんて割り出せるはずがない。俺は後ろから迫ってきたウルガルム共をクレイジーダイヤモンドで牽制しつつ全力疾走でラムの曲がったところに続いて飛び込む。

 

 

 

 

 

「や・・・ヤベッ!?落ちるかもしんない!・・・いや、このアキラ君ならやれるっ!曲がりきれるっ!曲がってやるぅぅうーーーーーっ!!」

 

 

ガァアアウウウッッッ!!! グルルァアアアアアッッ!! ヴガァアアアアッッ!!

 

 

「っ・・・曲がれぇぇえええーーーっ!!」

『ドォオオラァァアアアーーーーーーーーッッ!!!!』

 

ガシィイイイ……ッッ!!

 

 

 

 

 

樹の枝にクレイジーダイヤモンドでしがみつきながら遠心力に対抗して、何とかギリギリで崖を曲がりきって茂みに飛び込むことが出来た。

 

しかし、俺の後を追ってきたウルガルム共は勢い余って崖下にそのまま転落していった。

 

 

 

 

 

「やったぜ!曲がったぜ!見たか、この根性!ザマァ見ろ!」

 

「ジョジョ、安心するのはまだ早いわっ!」

 

「な、何ぃいいいーーーっ!?こっち側も『崖』かよっ!」

 

 

 

 

 

ラムの先導で入った茂みはすぐに途切れており、再び崖に直面してしまった。これを回避するためには更に『右』の茂みに入るしかないが、既に森の中は魔獣だらけだ。

 

後方からは後を追跡してきた大量の魔獣の咆哮が聞こえてくる―――戻ることは出来ない。だったら!

 

 

 

 

 

「『クレイジーダイヤモンド』ォォオッッ!!!!」

 

┣゛ン……ッッ!!

 

『ドォオオラララララララララララララララララララララララララララララララララァァアアアーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオ……ッッ!!!!

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドの拳が地面を『砕き』、瓦礫を『掘り起こし』・・・そして―――

 

 

 

 

 

「―――『なおす』っ!」

 

 

ギュウン……ッ スゥゥウウウウ――――ピタァァアッッ!

 

 

 

 

 

砕いた地面の破片が垂直に集まって俺とラムを守る即席の『壁』となった。後を追ってきていたウルガルムは目の前に突然現れた壁に減速なしに突っ込んで、鈍い音と室内犬のような叫びをあげて沈黙した。

 

 

 

 

 

「―――あぶねぇ・・・何とかなったぜ」

 

 

「ジョジョ、ウルガルムにやられたの!?血が出てるわよ!」

 

 

「あン?痛゛っ・・・~~~~っっ、枝が刺さっていやがったのか。一先ず、大丈夫だ・・・貫通しているが、そこまで大した怪我じゃねえ」

 

 

 

 

 

ラムに言われるまで気づかなかったが、俺の左肩の辺りに少し太めの枝が突き刺さっていた。おそらくさっき崖の手前で急カーブして茂みに飛び込んだときに刺さったのだろう。アドレナリンが出ていたせいで気がつかなかったぜ。

 

 

 

 

 

「怪我は大したことない。しかし、このヘビーな状況・・・どうやって抜け出せばいいんだ。前方の崖・・・後方の魔獣。果たしてレムさんの援軍を期待していいものか」

 

「文字通りラム達は今『崖っぷち』に立たされているわ。ジョジョ、ここから先は何か考えがあるの?」

 

「あるにはあるんだがよぉ~。それをやったらお前怒るし」

 

「ここまで来たら無茶も無謀も今更よ。何か作戦があるのなら早く教えなさい。このジョジョが作った『壁』も長くは持たないわよ」

 

 

カリカリ……ッ ガリガリ、ガリガリ……ッ

 

 

 

 

 

どうやら壁の向こうではウルガルム共がこの壁をよじ登ろうとしているらしい。爪で壁を引っ掻いているのが音でわかる。

 

 

 

 

 

「お前の言う通りだぜ、ラム。今は多少のリスクを恐れてる場合じゃない・・・行くぜ」

 

「――――っ・・・待ちなさい、ジョジョ!」

 

「っとと!・・・何だよ、いきなりどうした?」

 

「しっ・・・黙りなさい」

 

 

 

 

 

ラムが人差し指を自分の口に当て、よくよく耳を澄ませて聞いてみるとウルガルムの爪の音ではない何か別の金属音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

ジャラ、ジャララララララ……ッッ

 

 

 

「こ、この音はまさか・・・っ!」

 

「―――『千里眼』・・・開眼っ!」

 

 

 

 

 

孤立無援の状態だったが、思わぬ援軍が来てくれたことに俺も思わず笑みが浮かぶ。さんざんトラウマとなっていたあの独特の金属音を聞き間違えるはずがない。

 

 

 

 

 

「レムさんだ!間に合ったぜ・・・レムさんがここまで来てくれたんだぜ。レムさんと力を合わせりゃあこの最悪な状況を脱出でき・・・――――」

 

「――――っ!?・・・ジョジョ!伏せてっ!」

 

「あン?」

 

 

 

ズゴシャァアアアアアアアアアアッッッ!!!!

 

 

 

「ぐぅおおぁぁああああっっ!?」

 

 

 

 

 

レムさんが来てくれたことに安心した直後のことだった。俺とラムを守っていた壁が粉砕され、その衝撃で俺とラムの体が崖下に放り出されてしまった。

 

 

 

 

 

「ぐっ・・・ラム、掴まれっ!!」

 

「―――っ!」

 

 

ガシッ

 

 

「くっそぉおおおお!止まれぇぇえええええーーーーッッ!!」

『ドォォオラァァアアアアッッ!!!!』

 

 

ズガァアッ!! ガガガガガガガガガガ……ッッ!!

 

 

 

 

 

空中でラムの腕を掴んで引き寄せて持っていた剣を岩肌に突き立ててブレーキをかける。剣は岩肌を削り、程よく減速して来たところを見計らって捩じ込むように剣を突き立てることで何とか止まることが出来た。

 

しかし、ラムを抱えて片手で剣にぶら下がっているこの状態では身動きがとれない。下を見下ろすとあまりの高さに目眩を起こしそうだぜ。

 

 

 

 

 

「~~~~っ・・・と、止まった。つーか、今、何が起こったんだ?」

 

「鬼化したレムの仕業よ」

 

「レムさんの?・・・アホ抜かせ。レムさんがいきなりあんなことするかよっ!」

 

「それを説明してる暇はないわ。ここから落ちたら流石に二人とも助からないわよ。ジョジョ、登れる?」

 

「そうしたいのは山々なんだがよぉ~」

 

 

 

 

 

既に突き刺した剣がミシミシ悲鳴をあげている。こんな細い剣では二人分の体重を支えられそうにない。

 

 

 

 

 

バキンッ!!!

 

 

「だぁあああっ!?くそ・・・やっぱ折れた!!」

 

「っ――――『エル・フー・・・!」

 

「待て、ラム!魔法は使うな!ここは俺が何とかする――――『クレイジーダイヤモンド』ッッ!!」

『ドォオオラァァアアアアッッ!!!!』

 

 

ボゴォオオオオオオオ……ッッ!!!! ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……ッッ!!

 

 

 

 

 

折れた剣の代わりにクレイジーダイヤモンドの拳を岩肌に突き立てて減速しようとするが・・・角度が悪いのか、岩肌が崩れやすいせいか減速はしているが、止まれそうにない。このスピードで地面に激突するわけにはいかない―――だったら・・・っ!

 

落下の恐怖に耐えながら目を凝らして地面までの距離を見計らう。近すぎても遠すぎてもダメだ。“ギリギリ”でなくてはならない。

 

 

 

 

 

「っ―――ここだッ!」

 

『ドォォラァァアアアアッッ!!!』

 

 

バグォオオオオンッッ!!

 

 

 

 

 

眼前に地面が迫ってきた頃合いを見計らってクレイジーダイヤモンドで壁を殴りつけて垂直方向への落下から勢いを横向きにいなす。

 

 

 

 

 

ドグシァアアアアア……ッ!! ズザザザザァァアアーーーーーーーーッッ!!

 

「くぉおおおおおおおおおおおお……っっ!!」

 

 

 

 

 

ラムを胸に抱き締めてクレイジーダイヤモンドで防御体勢をとって地面を横滑りすることで何とか落下の衝撃を分散させることが出来た。

 

何とか五体満足で着地することは出来たが、お陰で背中を思いっきり削っちまったぜ。

 

 

 

 

 

ヨロ……ッ

 

「~~~~っ、いってぇぇ・・・やっぱ、承太郎さんみてぇには・・・うまく、いかねえか・・・ジョジョシリーズ最強の主人公だもんな」

 

「ジョジョ、無事に降りられたことを誉めてあげたいところだけど・・・そうもいかなくなったわ。ラム達のいる状況はどんどん悪くなっている」

 

「な、なに・・・――――げっ!?」

 

 

 

 

 

ラムに言われて周囲を見回してみるとそこにはウルガルムの群れが既に待ち構えていた。崖の上であれだけの数に襲われた直後だってのに・・・完全に待ち構えられていた感じだぜ、こりゃあ。

 

 

 

 

 

『―――ヴヴヴヴ……ッッ』

 

 

 

「グレート・・・あいつ、まだ目を潰されたこと寝に持っていやがる」

 

 

 

 

 

群れの後方に位置する高台の上からこちらを睨み付けている隻眼の仔犬を発見した。紛れもなく俺が釘の弾丸で右目を潰したあの時の仔犬だ。

 

―――あいつの魔法攻撃は正直厄介だ。しかも、こっちはあの時と違って飛び道具《釘弾》のストックがない。まともにやりあっていたら勝ち目はないぜ。

 

 

 

 

 

「ジョジョ、次はどうするの?」

 

「どうするも何も・・・俺の十八番『逃げる』しか手がない。今、あいつとやりあっていても勝ち目がないんだぜ」

 

「“そっち”じゃないわ―――レムと合流出来たから、どうするか聞いているのよ」

 

「・・・え?」

 

 

 

―――ドシャァアア……ッ!! グチャアアア……ッッ! ドチャァアア…ッッ!!

 

 

 

「うおおおおおっ!空から『汚い花火』が降ってきた!?何だ、このバイオハザードみてぇな状況は!?」

 

 

 

 

 

ラムの言葉に上を見上げてみると無惨にひしゃげたウルガルムの死体が崖の上から降ってきてトマトのように血肉を撒き散らし―――そして、その後を追従するように・・・小柄な人影が崖から飛び降りてきた。

 

 

 

 

 

「―――親方っ!空から女の子がっ!」

 

「誰が『親方』よ。レムが来てくれたのよっ」

 

 

 

ヒュゥゥオ……ッッ  ――――シュタッ ドゴシャァアアアア……ッッ!!

 

 

 

「す、すげぇ・・・あの高さから平然と着地しやがった」

 

 

 

 

 

空中で軽やかに宙返りをしながらその人影は静かに地面に降り立ち、それに追従して彼女の愛用する凶器《モーニングスター》が重々しく地面に落下しめり込んだ。

 

しかし、白と黒を基調としたロズワール邸のメイド服とラムと対をなす淡い青い髪。その額に白いツノを生やしてはいるが、間違いなくレムさんだ。見たところ負傷しているが大した怪我はしていない。

 

そして、どうでもいいことだが・・・彼女があんな高いところから降りてきたせいでスカートの中の白い何かが――――

 

 

 

 

 

ギリギリギリギリ……ッッ

 

「いひゃい!いひゃい!いひゃい!はにふんは、ラムっ!?」

 

「不埒なこと考えてないで真面目に状況を見なさい!言ったでしょ。『状況が悪くなってる』って!」

 

「いててて・・・レムさんが無事だったんだぜ。少しは喜んだっていいだろ―――レムさん、こっち来てくれ!すぐにその怪我を治してやるぜ」

 

 

 

ジャララララララ……ッ

 

「――――――。」

 

 

 

「?・・・レムさん?」

 

 

 

「―――――っ♪」

 

 

 

「あ・・・ヤベッ」

 

 

 

 

 

レムさんと目があった瞬間に気づいた。今のレムさんの目には俺のことが見えていないと。俺は反射的にラムを抱き抱えて地面に転がった。

 

 

 

 

 

ジャララララララ……ッッ ドゴシャァアアアアアアアッッ!!

 

 

「ぬぉおおおおおおっ!?来たぁーーーーっ!?」

 

 

 

「―――ハナセ」

 

 

 

「レムさん!?俺に対する恨みは後でいくらでも聞くし!何なら指だって詰めるし、確定申告だってやるからよぉ~!せめてこの森抜けた後にしてもらえねぇか!こんなことしなくてもどの道、俺は死ぬんだからよぉ~っ!」

 

 

 

「―――姉様ヲ・・・ハナセ」

 

 

 

「おおっ、姉様!そうだよ、こっちには対レムさん最強の切り札がいたんだよ――――って・・・ヲイ、何でお前、俺の背中に隠れてんの、ねえ?感動の姉妹の再会のはずが、何で俺楯にされてんの?」

 

 

 

「―――姉様カラ・・・ハナレロ!」

 

 

ジャララララララ……ッッ ズゴシャァアアアアアアアッッ!!

 

 

「グゥゥウレイトォオオッッ!!」

 

 

 

 

 

再び投げつけられてきた鉄球をラムを担いだままどうにか回避する。昔懐かしコーンフロスティーのマスコットキャラみたいな叫び声をあげてしまったぜ。

 

 

 

 

 

「っ―――どうなってんだよ、これ!?あれじゃあバーサクモードどころか『バーサーカー』そのものだよ!話し合いの余地が毛ほども残されてねぇよ!あのまま第四次聖杯戦争に出張しても遜色ねぇぞ、オイッ!」

 

「どうやらあまりにも長時間鬼化していたせいで制御が効かなくなってしまったようね。完全に鬼としての本能に呑み込まれているわ」

 

「いや『鬼化』どころか『狂化』しちゃってますよね、アレ!?雁夜おじさんも裸足で逃げ出す恐ろしさだよ!サディスティックイリヤたんも涙目なド迫力だよ!」

 

 

 

 

 

レムさんが理性を失って本能のままに戦っていることはわかった。しかし、その戦闘力がぶっとんでる上、敵味方の区別がつかなくなってる状態じゃあ却って状況が混乱する一方だ。

 

 

 

 

 

ガルルルルッッ!! ヴガァアアアアッッ!! ガゥウウウウウウッッ!!

 

 

「―――~~~~っっ・・・アアアああ嗚呼嗚呼ーーーーーっっ!!!」

 

ズゴシャァアアアアアアア……ッッ!!! ドチャァアアッッ!! ズグシャァアアアアアア……ッッ!!

 

 

「―――っ・・・グレート。地獄絵図だぜ、こりゃあ」

 

 

 

 

 

しかし、バーサーカーと化したレムさん相手にウルガルム達は無謀にも飛びかかっていき容赦なく撃墜されていく。鉄球に叩き潰され、レムさんに蹴られ、殴られ、踏みつけられ・・・次々と撃破されていく。

 

―――勝ち目がないとわかってるのに・・・何故、あそこまで挑むんだ?野性動物なら引き際ぐらい弁えてるはずだろうに。

 

 

 

 

『―――ヴヴヴヴヴ……ッッ!!』

 

ギュヴンッ!!

 

 

 

「っ!?・・・あいつ、また何か仕掛けて―――っ」

 

 

 

 

 

遠巻きに眺めていたあの隻眼の仔犬が妖しく目を光らせ、何か魔法を発動したことが雰囲気で伝わる―――その次の瞬間、戦ってるレムさんの足元の地面が不自然に陥没した。

 

 

 

 

 

ボゴォォンッ!!

 

 

「―――っ!?」

 

 

ヴガァアアアアッッ!! ―――ガァブゥウウウウウッッ!!!

 

 

「ア、がぁアッッ!?―――~~~~っっ・・・オオオオおおおおオオッッ!!」

 

 

ゴキィイイイ……ッ ゴシャアアアッ!!

 

 

 

 

 

足元が陥没してふらついたところをウルガルムが数体飛びかかりレムさんに噛みついた。レムさんはほんの一瞬痛みに顔をしかめたものの直ぐ様体勢を立て直し、ウルガルムの顎を外して顔面を殴り潰した。

 

昨夜と全く同じだ。あの群れを統率している仔犬がウルガルムに指示を出しつつ的確に魔法で相手の動きを封じてじわじわと獲物を確実に弱らせていく。

 

―――やはり、昨日の内にヤツを仕留められなかったのは致命的なミスだったぜ。

 

 

 

 

 

「ジョジョ!レムを早く・・・」

 

「わかってる。わかってはいるが―――っ!!」

 

 

ガァアアアアアッッ!! ヴガァアアアアッッ!! グァルルルルッッ!!

 

 

『ドォオオラララララララララララララララララララララララララララララララララァァアアアーーーーーーーーッッ!!!!』

 

「・・・こっちも手が離せないっ!!」

 

 

 

 

 

あの統率している仔犬をどうにかしなくちゃこの魔獣共はどこまでも追っかけてくる。いや、魔獣よりも今はレムさんをどうにか静める方が優先か。鬼化《バーサク》状態のままじゃあ連れて帰るなんてこと出来っこねえし。

 

 

 

 

 

「ラム!レムさんを正気に戻す方法は!?」

 

「“ツノ”よ。レムを鬼たらしめているのは、あのツノだから・・・一発、強烈なのを叩き込めば・・・それで、戻ってくる―――はず・・・きっと・・・だといいと思うわ」

 

「本当に大丈夫か、オイ!最悪失敗したら死に至るなんてことねえよな!?」

 

「それは大丈夫よ。最悪の場合、レムもラムと同じツノナシになるだけだから・・・心配しないで」

 

「重いよっ!!」

 

 

 

 

 

このグレートにヘビーな状況でさらっとプレッシャーをかけてきやがって・・・だが、レムさんを助けるためにも無茶でも何でもやるしかないぜ。

 

この状況で俺に残された手札は・・・『折れた剣』『体に食い込んだ枝』『魔女の匂い』『クレイジーダイヤモンド』そして『魔法の使えないラム』。

 

―――まったく・・・こっちは飛車角落ちでやってるような気分だぜ。

 

 

 

 

 

「・・・ジョジョ?」

 

「―――・・・作戦は決まった。真の覚悟はここからだ。ラム!お前も腹をくくれっ!」

 

『ドォォオオオオラァァアアアアッッ!!!』

 

 

バゴムッッ!! ―――スゥゥウウウゥ…… ガキィイイィッッ!!

 

 

 

 

 

地面を砕いて直して『石のナイフ』を10丁程組み立てる。厄介なのは、群れを統率している『魔法を使える仔犬』とレムさんが振り回しているあの武器《モーニングスター》だ―――まずはこの二つをどうにかする。

 

 

 

 

 

「挨拶代わりだ・・・受けとれっ!」

 

『ドォォオオオオラァァアアアアッッ!!!』

 

 

ドォバァァッッ!!!

 

 

『―――ッ……ヴヴヴヴヴヴッッ!』

 

ギュヴンッ!! ―――ゴバァアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドが両手に持ったナイフを高台に立っている仔犬目掛けて投げつける。仔犬はその場から一歩も動くことなく魔法を発動させて自分の目の前に土の壁を作って難なく防いだ。

 

 

―――これでほんのわずかな時間だが、仔犬の視界が遮られ魔法による妨害を封じることが出来る。

 

 

 

 

 

「よしっ!お次は―――っ!」

 

『ドォォオラァァアアアアッッ!!!』

 

 

バシュゥッッ!! バシュゥッッ!!

 

 

「―――っ!?」

 

ガギンガキンッッ!!

 

「・・・嗚呼アアアあああ嗚呼嗚呼ーーーーーっっ!!!」

 

 

 

 

 

魔獣共を潰すのに夢中になっているレムさんに残った二本のナイフを軽めに投げつけてこちらに注意を向ける。案の定、レムさんは飛んできたナイフを足技で難なく叩き落とすと鉄球を振り回してこちらに投げつけて反撃してきた。

 

 

―――狙い通りだぜっ。まるでヨーヨーや鞭のように変幻自在に振り回されてる鉄球だが、軌道さえ読めれば・・・。

 

 

 

 

 

『―――ドォォオオオオラァァアアアアッッ!!!』

 

 

バギィイイイイイインッッ!!

 

 

「鎖を切ることくらい造作もないぜ!」

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドの手刀で鉄球を繋いでいた鎖を断ち切る。これで厄介なレムさんの中距離武器《モーニングスター》は封じた。

 

 

―――そして、ここからが本当の勝負だぜ。

 

 

俺は両手で刃折れの剣の『柄』と『刃の鍔本』を握り混んであえて右手を出血させる―――畜生っ・・・思ったより痛え!カッコつけすぎたかな。

 

 

 

 

 

「―――ラム!俺に捕まれ!」

 

「何するつもり!?」

 

「いいから!しっかり掴まっていろ!振り落とされるなよ――――何せ、俺は死に戻・・・ッッ!!」

 

 

 

ズグンッッ ―――グァシィイイイイイッッ!!

 

 

 

「ガハッッ・・・えほっ!げほっ!!ウェホッッ!!」

 

 

 

「―――オオオオおおおお嗚呼嗚呼アアアあああーーーーーッッ!!!」

 

 

―――ガァアアアアアッッ!! グルァアアアアアアッッ!! ウガァアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

『死に戻り』を暴露しようとした瞬間、黒い手が現れて俺の心臓を握り潰そうとする。その瞬間、『魔女の匂い』が吹き出してレムさんもウルガルムも一直線に俺の方へと向かってくる。

 

そして、ギリギリまで引き付けたところで・・・

 

 

 

 

「―――『なおす』っ!」

 

ズギュゥウウウウウン……ッッ ―――フワッ!

 

 

 

 

 

狂気の咆哮をあげて襲い掛かってくるレムさんとウルガルムの攻撃をすんでのところでかわし。俺とラムの体は『折れた剣』を『なおした』ことでエレベーターのように崖の中腹まで引っ張りあげられた。

 

 

 

 

 

「―――よし・・・ここまではどうにか作戦通り」

 

「『作戦』?・・・これのどこが作戦だというの?ラム達は却って追い詰められてしまったわよ。この崖を登れるの!?」

 

「『登る』・・・その考えなら逆だぜ!全員無事生き残ってこの森を脱出したかったら――――この崖をブッ壊す!!」

 

┣゛ンッッ!!

 

『ドォオオラララララララララララララララララララララララララララララララララッッ、ドォラァァアアアアーーーーーーーーッッッッ!!!!』

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッッ  ┣゛……ッッッゴォオオオオオオオオンッッ!!!!

 

 

 

 

 

岸壁に刺さった剣にぶら下がったままクレイジーダイヤモンドが岸壁にラッシュを叩き込む。頑丈な岩肌に徐々に皹が入り、最後に渾身の力を込めた一撃を叩き込む。

 

拳を打ち込んだ箇所から一気に巨大な皹が岸壁全体に拡散し、岩盤が崩落し始めた。勿論、剣を刺してぶら下がっていた俺とラムも落ちることとなるが。

 

このまま狙い通り、この巨大な岩山が落ちればかなりの数の魔獣を殲滅できる―――俺の身に纏う『魔女の匂い』に本能のまま引き寄せられたバカな獣共をよぉ~っ!

 

 

 

 

 

「これぞ十条旭の『いわなだれ』!こうかはばつぐんだっ!」

 

「っ・・・ジョジョ、ラム達を見ている視界があるわ!」

 

「・・・どこだっ!?」

 

「“そこ”っ!」

 

 

 

ブワッ!

 

 

 

「――――――。」

 

 

「なん・・・だと!?」

 

 

 

 

 

俺の背後から砂煙を掻き分けてレムさんが飛び出してきた。どうやら、崩落する岩の瓦礫を足場にしてここまで登ってきたらしい。

 

 

 

 

 

「ラム!キミにきめたっ!」

 

「・・・は?」

 

 

ガッ! ブゥウンッッ!!

 

 

「―――活躍してこいっ!!」

 

 

 

 

 

ラムの意思を無視して俺は自分の体にしがみついていたラムを引き剥がしてレムさんに投げつける。流石の鬼化したレムさんも無防備に突っ込んでくる姉の姿を見た瞬間、わずかに表情が和らぎ腕を伸ばして空中で姉を優しく受け止めた。

 

―――これでレムさんは両手が塞がれ、完全にツノのガードがなくなった。

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおっっ!―――『ドォォオオオオラァァアアアアッッ!!!』」

 

 

ビジャアァァアアア……ッッ!!!!

 

 

「―――っ?」

 

 

 

 

 

俺の右手から流れる血をクレイジーダイヤモンドの圧倒的なパワーで飛ばして水圧カッターのように射出する。放たれた血のナイフは一直線に横を向いているレムさんの額へと飛んでいき。

 

 

 

ズカァア……ッッ!!

 

 

 

レムさんのツノを切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 





『第二章長すぎじゃね?』と思われてる方・・・本当に申し訳ありません。作者の力不足を痛感しております。

三章はもう少しマイルドに出来たらいいのですが・・・たぶん無理でしょうね。


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第31話:青鬼《レム》

サブタイトルを書いてて思ったのですが、これ読み仮名を入れておかなかったらニコニコ名物『ブルーベリーみたいな色をした全裸の巨人』と丸かぶりになってしまう。

流石にレムりんと世界最凶の2頭身が被るのだけは避けたい。



 

 

 

 

「―――・・・っ・・・アッ!?」

 

「レムッ!?」

 

 

 

 

 

目に光を取り戻し正気に戻ったと同時に・・・切断された自分のツノが宙に舞うのを見て精神的ショックを受けたのか、鬼化していた反動からか、或いはその両方か・・・意識を失い崩れ落ちるレムさんをラムが抱き止める。

 

 

 

 

 

「ジョジョっ!あなたっ・・・何てことを・・・レムの・・・レムのツノをぉぉぉーーーーっっ!!」

 

 

ガシッ!

 

 

「落ち着けよ・・・何も問題はないぜ。『クレイジーダイヤモンド』が有る限り、何の問題もない」

 

「―――っ!?」

 

 

 

 

 

凄まじい怒気と殺気を孕んだラムの視線を受けて・・・一瞬、かつて過去に姉を喪い激昂したレムさんの修羅の形相を思い出す。

 

―――やっぱ、正反対に見えて、この二人は本質がそっくりなんだぜ。

 

毒々しくも優しさに満ち溢れた性格も、互いを想いすぎるあまり肝心なことが全く見えていないところも、姉妹同士で互いにコンプレックスを抱いているところも・・・全く同じなんだぜ。

 

だからこそ・・・俺の命に代えても――――この二人はエミリアとロズワールが待つあの屋敷に・・・“無事”帰す。

 

 

 

 

 

「―――脱出するのに何も問題はないっ!」

 

 

ズギュゥウウウウウン……ッッ ―――ブワッ!!

 

 

「と、『止まった』?・・・空中で?」

 

 

 

 

 

崩れる瓦礫と共に落下途中だった俺の体が空中で制止したことに動揺しているラムの体をレムさんごと抱き抱えて一気に崖の上の方へと浮かび上がっていく。

 

 

 

 

 

ぐぃいいいい……ッッ!!

 

 

「『飛んでる』のっ!?・・・いえ、これは―――っ!」

 

「いぜん問題はなし!」

 

 

 

―――ズズゥゥウウウウーーーーーーン……ッッ!!

 

 

 

 

 

巨大な岩盤が崖下にいたウルガルム共を押し潰す轟音を聞きながら、俺達三人は反対に崖の上に引っ張りあげられ静かに着地した。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・一先ず、ピンチは脱したようだぜ」

 

「・・・ジョジョ、あなたいったい何をしたの?『直す』ものもないのに・・・どうやってここまで移動できたの?」

 

「―――『クレイジーダイヤモンドの能力』・・・自分の傷は治せないけどよぉ~。崖から落ちる前に体に突き刺さった『木の破片』なら・・・」

 

 

メキョメキョ…… ズボォオオオッ! ―――スゥゥウウウゥ……ピタァアッッ!

 

 

「『直して』戻せるぜぇ~」

 

 

 

 

 

傷口に深々と刺さっていた木の枝が抜け落ちて、元々あった木の切断面まで飛んでいき元通りに『直った』。

 

 

 

 

 

「っ・・・傷口に刺さった『木の枝』で体を引っ張ったの?」

 

「いかにも!・・・そして、レムさんの怪我も―――」

 

 

ズギュゥウウウウウン……ッッ!!

 

 

「問題なく『治す』」

 

 

 

 

 

ラムの胸に抱き抱えられていたレムさんを『治して』傷はもちろん、メイド服の損傷や血の染みまでも綺麗に元通りになった。

 

 

 

 

 

「―――当然、さっき斬った『レムさんのツノ』も・・・『治る』っ!」

 

 

スゥゥウウウゥ…… ―――ズギュゥウウウウンッ!

 

 

「・・・レムっ!」

 

「魔獣共は『魔女の匂い』に釣られて追ってくるから、あまり落ち着いていられないが―――」

 

 

ビリィイイイイ……ッッ

 

 

 

 

 

服の一部を破いて包帯がわりにして、剣で切った手の怪我と枝の刺さっていた肩のキズの応急処置を行う―――自分の怪我だけは治せないからな。

 

 

 

 

 

「止血は問題ない。だが、しかし・・・やっぱり問題はあったぜ―――道に迷っちまったよ。ど、どっちがアーラム村だぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――どうして・・・レムと姉様は生まれながらにしてツノを一本しか持っていなかったのだろう?

 

 

 

 

―――どうして・・・姉様とレムは『双子』だったのだろう?

 

 

 

 

―――どうして・・・『レム』は生まれてきてしまったのだろう?

 

 

 

 

 

姉様と一緒にこの世に生を受けたときからずっと思っていたことだった。そして、その疑問に答えてくれる人は誰もいなかった。

 

 

レムはずっと・・・ずっと・・・疎まれていたから。

 

 

周りの同族は皆一様にしてレムのことを嫌悪と侮蔑の視線で睨み。誰もがレムのことを遠ざけた。

 

 

実の両親でさえ、レムのことを真っ直ぐに見てはくれなかった。

 

 

周囲に頼れる人はなく。レムにとっては姉様だけが心の拠り所であり『救い』だったのだ。

 

 

しかし、その姉様こそ・・・レムの心の奥底に解けないしがらみを産み出した原因でもあった。

 

 

レムが生まれた時から誰にも話せずに抱え続けていた疑問は氷解せぬまま。時が経つに連れてレムにとって耐えがたい『楔』へと変わり――――そして・・・あの炎の夜に『楔』は『罪の十字架』となった。

 

 

 

 

 

――――ラムとレムの双子を取り巻く忌まわしい運命《サダメ》は生まれた時から始まっていた。

 

 

 

『鬼族にとって、双子は『忌子』である』

 

 

 

この掟こそが生まれながらにしてラムとレムの運命を決定付けた。

 

鬼族は本来、頭部に二本の角を宿して生を受ける。しかし、悲しいかな鬼族の双子は二本しかないツノを分け合って生まれてくきてしまう。

 

鬼族にとってツノは強さの象徴であり誇りであった。故にツノを欠損した鬼は種として『出来損ない』として扱われ『ツノナシ』と揶揄されるようになる。それ故にツノを一本しか持たない双子は生まれながらにして忌避されるサダメにあった。

 

 

 

 

 

『おやめください!族長様っ!』

 

 

『ならんっ!!鬼族としての種の誇りを護るためにも処分せねばならんっ!それが鬼族の習わし・・・“掟”じゃっ!!』

 

 

『そんなっ・・・どうか!どうかお慈悲をっ!産まれてきたこの子達には何の罪もありませぬ!』

 

 

『我等鬼族にとって双子は忌子―――お前に出来ぬと言うのであれば・・・ワシが手を下そう』

 

 

 

 

 

族長の額に二本の巨大なツノが出現し、ゆりかごで眠る双子に向けて手がかざされた。

 

彼女らの命運もこれまでかと思われたその時・・・奇跡が起こった。

 

―――処断を下そうとした族長が、突如後方へ弾き飛ばされたのだ。

 

 

 

 

『―――ぞ、族長様っ!』

 

 

『っ・・・な、何じゃ・・・この“力”はっ!?―――この赤子がやったというのか!?』

 

 

 

 

 

一族の長ですらも太刀打ちできなかった。生まれて間もない双子の片割れが発した絶大な魔力――――そのあまりの天賦の才に誰もが言葉を失った。

 

自分達を傷つけようとする外敵から身を護るように二人の赤子を竜巻が包み込んでいた。

 

その竜巻の中で青い髪の赤子はひたすら泣き叫び。赤い髪の赤子の額には一本のツノが稲妻を発生させながら爛々と輝いていた。

 

 

 

こうして双子は生かされることとなった―――同時に姉は『ラム』、妹は『レム』と名付けられた。 

 

 

 

二人の幼少期は決して恵まれた環境とは言えなかった。

 

『ツノナシ』の烙印を押された二人は一族の中でも疎まれ、冷遇され、敬遠され続けた。双子自身も幼いながらに自分達の置かれた立場を理解しつつあった。

 

しかし、姉のラムが魔法を行使するようになって周囲の評価は一気にひっくり返ることとなった。

 

 

 

 

 

『―――まさに“神童”じゃ』

 

 

『ツノ一本でこの力・・・っ!』

 

 

『これがもし二本のツノを持っていたら・・・っ!』

 

 

 

 

 

『ツノナシ』と揶揄していた大人たちも鬼族の中でも類を見ないラムの規格外の才能に誰もが閉口した。まだ物心ついて間もない少女の見せる圧倒的なマナと美しいツノに誰もが魅せられていた。

 

これを機にラムを『ツノナシ』と差別するものはいなくなり、寧ろラムを神聖視する者が続出し始めた。彼女達を取り巻く環境は変わったかのように思えた。

 

 

 

―――しかし、それは同時に妹『レム』にとっての苦渋の日々の始まりでもあった。

 

 

 

 

 

『えらいぞ、ラム』

 

『レムもお姉ちゃんを見習わなくちゃね』

 

『大丈夫さ。レムもきっといつかすごい力を見せてくれる』

 

『そうよね。何といっても『ラムの妹』だもの』

 

『期待してるよ!』

 

 

 

 

 

その何気ない一言が幼いレムにとっては苦痛でならなかった。期待してるのは『レム』にではない『ラムの妹』に期待しているだけだ。レムが姉と同等の才能を持っていなければ、彼らにとって『レム』の存在意義なんてないんだ。

 

誰も『わたし』を必要としてなんかいないんだ。

 

しかし、それでもレムは努力し続けた。ほんのわずかでもいい。自分も姉の隣に並び立てるだけの力を手に入れようと必死だった。両親や周囲から向けられる期待という名のプレッシャーに耐えながら健気に努力し続けた。

 

―――だが、どれだけ努力を重ねても彼女の努力が実を結ぶことはなかった。

 

 

 

 

 

『大丈夫。レムはレム。みんなの言うことなんて気にすることないわ』

 

 

 

 

 

そんな中、ラムだけは『レム』のことを見てくれた。姉から向けられる惜しみ無い愛情だけがレムにとっての心の支えだった。

 

 

 

―――鬼の力じゃあお姉ちゃんに敵わない。だったら・・・っ!

 

 

 

ラムに追い付くことが出来ないならせめて姉ができないことを自分ができるようになろう。

 

姉の偉大な才能を受け入れて今度は別の方面で努力することに決めた。しかし、それは言い替えれば自分自身の才能に対する諦念の現れでもあった。

 

 

 

 

 

『―――あのね!おかあさん』

 

『どうかしたの、レム?』

 

『あしたのばんごはんはレムがつくるよ!』

 

 

 

 

 

少しでも前向きに大好きな姉の近くに立てるよう努力しようと考えた。

 

 

―――でも、それすらも・・・うまくいかなかった。

 

 

次の日、夕飯の支度をしようと森の中に入ったところ雷雨に見回れ、帰れなくなっていたところをラムに保護された。夕飯の材料すら調達できぬまま家に帰ってきた。

 

 

 

 

 

『でも、良かったわ。二人とも無事で』

 

『こんな雨の中、一人で森に入ったりするからだよ』

 

 

 

 

 

―――『ふたりとも』?

 

 

 

 

 

『レム。もう二度と一人で森へ入ったりするな』

 

『もうお姉ちゃんに心配かけちゃダメよ』

 

 

 

 

 

―――心配していたのは『お姉ちゃん』だけなの?

 

 

 

両親から向けられる愛情や言葉は全て姉に向けてのものなのではないかという疑心暗鬼に刈られてくる。

 

そんな風に疑ってしまう自分に自己嫌悪しつつも両親からの愛情や気遣う言葉をどれだけ信じようとしても信じることができないでいた。

 

もう幼いレムは何を信じていいのかわからなくなっていた。

 

 

 

 

 

『もういいのよ、レム。ふたりとも無事だったことが何よりも嬉しいのだから』

 

 

『そう。二人とも無事で良かった』

 

 

―――イヤ・・・無事ダッタノガ『ラム』ダケダッタラ、モット良カッタ。

 

 

―――ソノトオリ・・・

 

 

―――マッタクダ

 

 

『―――ソウネ。役立タズノ『レム』ガ死ンデ・・・』

 

 

『―――『ラム』ダケガ無事ダッタラ・・・ソレガ一番』

 

 

 

 

やめてっ! やめてっ! やめてよっ!

 

 

 

鬼になんて生まれてこなければよかった。ツノなんてなければよかった!

 

 

 

最早、レムの心は限界だった。姉へのコンプレックスが招いた疑心暗鬼は人間不振へと変わり、ありもしない被害妄想となってレムの心を蝕んでいった。

 

しかし、それでもレムが耐えられていたのは一重にラムの存在があったからだ。

 

 

 

 

 

『―――大丈夫。ラムがついてる。だから、何も心配することなんてないわ』

 

『うんっ・・・お姉ちゃん―――だいすき』

 

 

 

 

 

やっぱりお姉ちゃんはスゴイ。どうやったってかなわない。だったら、レムはもう何もしなくていい。ただお姉ちゃんの後ろをついてあるくだけで。

 

他のヒトの言うことなんてもう気にならない。わたしにはお姉ちゃんがいる。お姉ちゃんさえいっしょならもう何にもこわくない。だって、お姉ちゃんがわたしの全てを満たしてくれたから。

 

 

―――そう思い込みたかった。だけど、それは間違っていた。姉に対する『降服』を『幸福』だと思い込んでるに過ぎなかった。自分は最初から何一つ満たされてなどいなかった。

 

 

 

 

それを最悪な形で思い知らされたのだ。あの『炎の夜』に・・・。

 

 

 

 

それはいつもと変わらない夜になるはずだった。

 

レムはあまりの暑さに寝苦しさを感じ目を覚ました。

 

しかし、家の中にいるはずの両親といつも同じ布団で寝ているはずの姉の姿がどこにもなかったことに異変を感じて外への扉を開けた。

 

 

 

―――そこは忌まわしき魔女教徒の手によって『地獄』と化していた。

 

 

 

鬼族の村は魔女教徒の突然の襲撃を受けて壊滅寸前であった。 

 

村のあちこちに散乱する黒焦げの死体の山。家は焼かれ、畑は火の海、返り血に濡れて散乱する凶器・・・自分だけが突然、別世界に来てしまったのではないかと錯覚した。

 

しかし、これは紛れもなく現実だ。自分の故郷が焼き払われて滅んでいくというあまりにも非現実的な現実。

 

しかし、レムはこの時・・・自分の内に不穏な感情がうごめいているのを感じた。

 

 

 

『解放感』

 

 

 

圧倒的なまでの『解放感』。自分を抑圧してきた鬼族の村が消えていくことに『解放感』を感じていたのだ。

 

炎が全てを飲み込んでいくのを見ながら、生きてることに限界を感じ生存本能すらもあやふやだったレムは目の前に立ち並ぶ黒装束の魔女教徒の姿を見てもなお抵抗する気力すらわいてこなかった。

 

 

―――自分はもう何もかも受け入れている。だって、どうせ『お姉ちゃん』には何をしたって敵わないんだから。

 

 

しかし、レムの頭に凶刃が降り下ろされるよりも一瞬早く魔女教徒の体が細切れになって爆ぜとんだ。

 

 

 

 

 

『―――おねえちゃん!』

 

『レム・・・無事でよかった』

 

 

 

 

 

来てくれた。この世で最も尊敬する大好きな姉が来てくれた。もう大丈夫だ。あとは偉大なる姉の後をついていくだけでいい。どんな強大な敵だろうと姉がやっつけてくれる。

 

お姉ちゃんさえいれば―――ジブンハモウナニモシナクテイイ。

 

 

そのはずだった。

 

 

 

 

ガキィィィーーーーーンッッ!!

 

 

 

 

『折られた』―――ラムのツノが・・・。偉大な姉の象徴とも言うべきツノが折られた。姉の力の根元、姉の才能の塊、姉の誇り・・・それが折られた。

 

ほんの一瞬、姉が自分に向けて手を差しのべたそのほんのわずかな隙を突いて折られたのである。

 

 

―――自分のせいでお姉ちゃんがツノを折られた。

 

 

炎の明かりに照らされながら空中で虚しく廻るそのツノを見た時レムは何を思ったのか。レムの胸中を埋め尽くした感情は何だったのか。レムは・・・どんな顔をしていたのか。

 

 

 

 

その時、レムは炎に照らされながら、涙を流し、うっすらと『笑っていた』。

 

 

 

その時、レムの胸は『解放感』と『安堵』でいっぱいだった。

 

 

 

その時、レムは目の前で折られた姉のツノを見てこう思った。

 

 

 

 

 

『――――ああ・・・やっと折れてくれた』

 

 

 

 

 

この瞬間、レムの心から姉という『楔』が消えた。しかし、代償としてレムは『十字架』を背負うこととなり自分の残された全てを姉へと捧げ、贖罪のために生きることとなった。

 

 

 

 

 

―――わたしのせいでお姉ちゃんはツノを折られ、力を失った。

 

 

これからはお姉ちゃん・・・『姉様』ができたことを全てレムが代わりにやれるようにしなくては。

 

 

姉様ならこうしたはず・・・姉様ならもっとスゴイ・・・姉様ならもっとよくやる―――姉様なら出来たことをなぞるだけ。

 

 

姉様なら・・・姉様なら・・・姉様なら・・・

 

 

それすら満足にできない自分に価値なんてないっ!

 

 

 

 

『よくやってくれてるねぇ』

 

 

 

 

そんな言葉、故郷で何度ももらった。

 

 

 

 

『無理をしないで』

 

 

 

 

無理は絞り出してもまるで足りない。

 

 

 

 

『どうしてそんなに頑張るんですの?』

 

 

 

 

決まってる。何もかもが足りてないからだ。

 

 

 

何のために生きるのか―――全てはあの炎の夜に思ってしまった自分への贖罪のために。

 

 

 

何をすれば贖罪になるのか―――レムが奪ってしまった姉様が歩くはずだった道を身命を賭して切り開くことで。

 

 

 

レムの全ては姉様の『劣化品』なのだから。

 

 

 

―――『代替品』に過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

『レムさん・・・レムさんっ・・・レムさんっ!』

 

 

 

 

 

誰・・・レムを呼んでるこの人は、誰?

 

 

あなたは『誰』?

 

 

魔女の匂いを撒き散らすあなたは誰?

 

 

 

 

 

『―――グレートだぜ、レムさん!』

 

 

 

 

 

ダメ。彼のことを信じてはいけない。彼はきっと災いを呼び寄せる。何かが起こってからでは遅い。そうなる前にレムの手で―――

 

 

なのに、どうして?

 

 

 

 

 

『俺には『夢』がない。でもな、『夢』を守ることはできるっ!・・・今、あいつらの夢を護れるのは“俺”しかいないんだよっ―――だから、俺はあいつらを助けに行くぜ。それが、あんたの信用を裏切ることになったとしてもよぉ~』

 

 

 

 

 

レムは彼の姿にかつての姉様の姿を重ねていた。何で?性格も全然違うし、能力にしたって全然優秀なんかじゃない。なのに・・・どうして?

 

 

 

 

 

『まあ、心配すんなって。今の俺にはエミリアが授けてくれた『精霊の加護』だけじゃなく・・・『鬼の加護』がついてるからよぉ~』

 

『“鬼の加護”?』

 

『鬼よりも鬼がかった俺の恩人が授けてくれた加護だ―――神様に願うより霊験あらたかだろうぜ!』

 

 

 

 

 

いや、認めたくないだけで本当はわかっていた。

 

 

彼の笑顔はレムに力をくれるんだ。絶対に守ってくれる。絶対に助けてくれる。絶対に裏切ったりしない―――そんな強い気持ちにさせてくれるんだ。

 

 

かつて一人ぼっちだったレムに手を差し伸べてくれた姉様のように・・・恐くて震えていた夜に優しく抱き締めてくれた姉様のように・・・どうしようもない絶望に瀕した時に助けてくれた姉様のように・・・―――アキラ君がレムを守ってくれる。

 

 

レムがアキラ君を信じれば・・・アキラ君はそれ以上のものをレムに返してくれる。

 

 

レムは『白』の中にいる。アキラ君は『白』。『正しいことの白』の中にレムはいる。そして、レムの力が・・・アキラ君の役に立つことができる。それがこんなにも誇らしくて心地よい。

 

 

 

 

 

『待ってろ、レムさん!今、なおしてやっからな!』

 

 

 

『何言ってんスかっ!俺の能力ならすぐになおせる!あんたが俺のこと嫌いでも構わねえから・・・傷ぐらい治させろっつってんだよっ!!』

 

 

 

『―――レムさんっ!!』

 

 

 

 

 

けど、レムは・・・アキラ君の手を拒んだ。レムを助けようと必死になって伸ばしてくれた手をレムは拒んだ。

 

 

アキラ君を信じるって決めたのに・・・レムの方がアキラ君を裏切ってしまった。

 

 

 

―――レムはなにも変わっていない。

 

 

 

あの炎の夜に姉様からツノを奪ってしまった時から何一つ変わってなんかいなかった。

 

 

故郷の村を焼き払われ肉親を殺されたのに・・・レムを命がけで守ってくれた姉様がツノを折られたのを見て――――『やっと折れてくれた』って・・・一瞬でも思ってしまった。

 

 

そんな最低な自分が大嫌いだったから頑張ってきたはずなのに・・・――――――レムは何にも変われてなんかいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――ハァッ・・・ハァッ・・・ッ!!」

 

 

「ジョジョ!しっかりしなさい!速度が落ちてきてるわ」

 

 

「ハァッ・・・ハァッ・・・わかってるっ・・・わかってるんだよ、んなことはっ!」

 

 

 

 

 

もうかれこれ何時間逃げ続けているのかわからない。俺はレムさんを背負ったままラムの案内の下、必死に下山していた。気づけば周囲はすっかり真っ暗で方向感覚はおろか十メートル先ですら満足に視認できない。ラムの千里眼がなければ確実に遭難していただろう。

 

俺もラムも体力はとうに限界を越えている。ラムはマナ切れ寸前まで魔法を行使してるし。俺に至っては昨夜の怪我も祟ってただでさえ貧血気味なのに無茶をしすぎて膝に力が入らなくなってきた。おかげでクレイジーダイヤモンドのスピードもパワーもかなり落ちてる。

 

今が何時かわからねえが、ベア様から宣告を受けたタイムリミットももう迫っている頃だろう。

 

 

 

 

 

「グレート・・・村まであとどれくらいだ?」

 

 

「―――・・・アキラ・・・くん、なにを?」

 

 

「っ・・・レムさん!?やっと目が覚めたか。良かったぜ。なかなか目を覚まさないから心配しちまったぜ」

 

「無理もないわ・・・アレだけ鬼化して暴れまわっていたのだから。本当に手間のかかる子だわ」

 

 

 

 

 

背中に背負っていたレムさんがどうやら意識を取り戻したらしい。傷は完璧に治したのになかなか目を覚まさねえから、クレイジーダイヤモンドでも治せない重大な障害かと思って焦ったぜ。

 

 

 

 

 

グラァアアアアアウッッ!!

 

 

「っ・・・しつけぇえ!!」

『ドォオラアアアアアア……ッッ!!』

 

 

ドグシャアアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

今日だけで何体潰した?・・・っていうか、この森にはどんだけウルガルムがいやがるんだ。

 

 

 

 

 

ガクガク…ッ ぐらぁ

 

 

「―――・・・ラム!悪い!限界だ・・・ちょっと休ませてくれ」

 

「っ・・・わかったわ。そこに隠れるわよ」

 

 

 

 

 

いつもなら『貧弱』だの『情けない』だの言って悪態をつくはずのラムも俺の体が限界を越えていることを察してか、一切の文句を言わずに休憩させてくれた。

 

一分一秒を争う状況だということは百も承知だが、これ以上は体がついてこないんだぜ。俺は背中に乗せていたレムさんを下ろしてそのまま座り込んでしまった。

 

 

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ラム。千里眼はあと何回使える?」

 

「フゥ・・・フゥ・・・答えたくない質問ね。多く見積もって五回が限界」

 

「多いのか少ないのかわからないけど・・・乱発できる回数じゃねえよな。そろそろ“頃合い”か」

 

 

「―――どう・・・して?」

 

 

「あン?」

 

 

 

 

 

木の幹に背を預けるように座らせていたレムさんが消え入りそうな声で呟いた。

 

 

 

 

 

「どうして、放っておいてくれなかったんですか?姉様とアキラ君が来てしまっては意味がない。レムが・・・レムが一人でやらなきゃ・・・傷付くのはレムだけで・・・レムだけで十分なのに・・・」

 

「・・・本気で言ってるのか?―――あんたが一人で戦ってると聞いて俺達が呑気してられるわけねぇだろ。一人で傷ついてるあんたを放っといて・・・俺達は、呑気に飯かっくらって、優雅に風呂入って、明日の朝飯の献立に頭を悩ませてるって・・・本気で思ってたのかよ、あんたは!?」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

レムさんの言葉に少しキレ気味に切り返してしまう。ラムは何かレムさんの言葉に思い当たる節があるのか何も言わないが・・・おそらく俺と思っていることは同じはずだ。

 

よく見るとレムさんは俯いたままポロポロと涙をこぼしていた。

 

 

 

 

 

「―――レムの・・・レムのせいなんです。レムが昨晩、躊躇したから・・・だから責任はレムがとらなくちゃ・・・そうでなきゃ、レムは姉様に、アキラ君に・・・っ!レムは何も変わっていない。またあの時と同じ罪を重ねてしまいました」

 

「???・・・言ってる意味がよくわからねぇぜ。“責任”って何のことだよ?あんたが助けてくれたから、俺はこうして生きてるんだぜ」

 

「違うんですっ・・・そうじゃないんです!」

 

「・・・・・・?」

 

 

 

 

 

レムさんが俺の何に負い目を感じる必要があったのだろうか?レムさんは屋敷で雇ってもらった俺の面倒をよく見てくれたし、俺の無茶や無理に最後まで付き合ってくれた。それに感謝こそすれ恨む理由なんかない。

 

 

 

 

 

「レムがアキラ君を信じられなかったせいで・・・レムはアキラ君を傷つけ・・・あまつさえ、アキラ君を『二回』も殺しかけたんです―――レムは取り返しのつかないことをしてしまいました」

 

 

 

 

 

自分を信じてほしいと真っ正面からぶつかってきてくれた少年の心を容赦なく踏みにじった。自分が過去に受けた心の痛みを何の罪もない少年に当たり散らして・・・あと一歩のところで殺しかけた。

 

 

 

 

 

「レムがアキラ君が伸ばしてくれた手を取るのを躊躇ったから、アキラ君は死にかけたんです。そして、あまりに多くの呪いを一身に浴びてしまった。だから――――っ!」

 

 

 

 

 

傷ついた自分を治そうと手を伸ばしてくれたのに・・・最後の最後で魔女の匂いを放つ彼を拒んだ。アキラ君がレムを本気で助けようとしていたことはわかっていたのに・・・わかっていたはずなのに、最後の最後で彼を裏切った。

 

そして、レムの裏切りの代償をアキラ君が背負うこととなった。

 

その結果・・・彼の命がウルガルムの呪いで蝕まれ、半日も生きられないという死刑宣告を受けることなった。

 

 

 

 

 

「レムのせいでアキラ君が死ぬ・・・それなのにアキラ君はレムを守ろうとして・・・結局、巻き込んでしまいましたっ―――姉様だけでなく・・・アキラ君まで・・・レムのせいで不幸になったんです」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「―――レムはアキラ君に優しくしてもらう価値なんてない・・・助けてもらう価値なんてなかったんですっ!」

 

 

 

パシン…ッッ!!

 

 

 

 

 

ああ・・・やっぱ、無理だわ。やっぱ我慢できなかった。だって、そうだろ?こんなバカなことを平然とほざいている目の前の大馬鹿者《レム》を許していいはずがねえ。このままにしといていいわけねえぜ。

 

例え『女性をひっぱたく』なんて最低な行為をしたとしても・・・これだけは絶対に許していいはずがない。

 

頬を抑えて目を白黒させている『レム』に向けて俺の本気の怒りが爆発した。

 

 

 

 

 

「・・・この期に及んで何を言い出すかと思えば―――下らねぇ」

 

 

「・・・アキラ、くん?」

 

 

「『俺がレムのせいで不幸になった』?そんなこと誰が決めたんだよ!・・・確かに悪い出来事の未来を知ることは『絶望』と思うだろうが―――逆だッ!明日『死ぬ』とわかっていても『覚悟』があるから『幸福』なんだ!『覚悟』は『絶望』を吹き飛ばすからだッ!」

 

 

「だとしても、レムは・・・アキラ君を死なせてしまう自分が許せないんです。だから、レムは全ての責任を・・・――――」

 

 

「―――っ!!」

 

 

 

パァンッッ!!

 

 

 

「ジョジョ!?」

 

 

 

 

 

まだ戯言をほざき続けるレムを再びひっぱたく。ラムも俺の体から立ち上る怒気に焦ったのか俺の肩を掴んで止めようとする。

 

コイツ・・・まだわからねえのかよ。俺達が何のためにここまで来たと思っていやがる。

 

『命懸け』ならまだいい。懸ける自分の命の重さがわかってる。自分の命を自ら差し出して捨てにいこうとしているレムをここで止めなくてはならない。

 

 

 

 

 

「―――っ・・・そう、ですよね。レムのこと恨んでますよね。こんなレムを・・・許してもらえるわけが」

 

 

「今、お前を殴ったのは・・・お前が『バカ』だからだ。もし同じことをラムが言ったら、俺はラムを殴ったよ。これだけ言ってもまだわからねえか?」

 

 

「・・・アキラ君」

 

 

「『助けてもらう価値なんてない』だと?・・・そう思ってるのはお前だけだ!少しは周りを見ろ!心配してるやつらがいるだろ」

 

 

「でも・・・レムは―――」

 

 

「お前が俺達に何の負い目を感じてるのか知らねえが・・・テメエが勝手に掘った小っせぇ“溝”なんて俺達は知らねえよ。そんなもん・・・何度でも飛び越えてって、何度でもお前を連れ戻してやる!」

 

 

「っ・・・アキラ君」

 

 

「―――そんな連中・・・長い人生でもそうそう会えるもんじゃねえんだよ。俺達は幸せもんだぜ。そんな悪友を人生で二人も得たんだ」

 

 

 

 

 

ああっ・・・くそ!本当は山のように言ってやりたいことがあったはずなのによぉ~。頭が悪いからこれ以上うまい言葉が出てこない――――ていうか、完全に頭に血が上ってレムさんのことを呼び捨てにして『テメー』呼ばわりまでしてしまった。やっぱ、テンションに身を任せるとろくなことにならないぜ。

 

 

 

 

 

ガルルルルル……ッッ グルルルル……ッッ ガァフゥウウウ……ッッ

 

 

 

「くそっ・・・嗅ぎ付けられたか・・・やはり『魔女の匂い』がある以上、このまま静かに脱出ってわけにはいかなそうだぜ」

 

「ジョジョ。何か策はあるの?」

 

「その場のノリとネタで生きてるような俺だけどよ~・・・流石の俺もネタギレだ。基本、俺ってば頭悪いし。体力もどこまで持つことやら」

 

「・・・・・・。」

 

「言っとくが魔法は使うなよ。これ以上、無理すると本当に倒れるぜ」

 

 

 

 

 

このまま俺と一緒に行動していたんじゃあいずれ見つかってしまう。ならば、レムさんの意識が戻り、村まで大分近づいた今・・・勝負すべき状況。

 

 

 

 

 

「ラム。結界はどっちの方角かわかるか?」

 

「前の群れさえ抜けば、あとは左に向かって全力疾走だけど・・・どうする気?」

 

「そうだな・・・『足手まといな二人を見捨てて俺は右に全力ダッシュ』ってところかな」

 

「『魔女の匂いでウルガルムを引きつけるから、その間にレムを連れてラム達に逃げろ』と―――わかったわ」

 

「余計な通訳挟むのやめてねっ!!キャラに合わないツンデレをバラされると物凄ぇ恥ずかしいからさ!!」

 

 

 

 

 

ラムも本当はそれが最善の策だととうにわかりきっていたはずだ。だけど、結局のところ俺のことを見捨てられないから自分から言い出せなかったのだ―――ったく、姉妹揃ってグレートに『イイ女』だぜ。それでこそ守り甲斐があるってもんだ。

 

 

 

 

 

「そんな・・・助かるわけが、ないじゃないですか。やめてくださいっ。魔獣なら・・・レムが蹴散らしますから」

 

 

「出来るか、アホっ!確かに傷は治したが、鬼化の反動で体力なんて残ってねえだろうが、あんたは」

 

 

「大丈夫です・・・武器さえあれば―――レムの、武器は・・・」

 

 

「捨てたわ、あんなもん!あんな無用の長物、直す気にもならんかったわ」

 

 

「そんな・・・っ」

 

 

 

 

 

自分が助けたかった人にまた救われる。しかも、もう彼は自分が助からないことを理解し、覚悟を決めてしまっている。全ての力を使い果たした自分では彼を止めることは出来ない。

 

 

 

 

 

「・・・ラム。レムさんのこと頼んだぜ。レムさんを背負って下山できるだけの体力は残ってんだろ?」

 

 

「ええ。ジョジョがラムの代わりに戦ってくれたおかげで温存できたから―――ハッ!」

 

 

「―――『まさかジョジョ、あなたは』と驚く」

 

 

「っ・・・まさかジョジョ、あなたは・・・最初から、ラム達を逃がすために・・・囮になるつもりで」

 

 

「・・・さあな。何せ『行き当たりばったり』なもんでよ」

 

 

 

 

 

俺は何もコイツらのために犠牲になろうとしてるわけじゃねえ。最後の最後まで戦い抜くためにこの場に残るんだぜ。

 

しかし、それでもなおレムさんは俺を行かせまいと俺の袖を弱々しくつかんだ。

 

 

 

 

 

ぐい……っ

 

 

「・・・助かるわけ、ないじゃないですか。やめてください」

 

 

「『運命は変える』『仲間も守る』・・・『両方』やらなくっちゃあならないってのが『主人公』の辛いところだな――――覚悟はいいか?俺はできてる」

 

 

「アキラ君は・・・なんで、そこまでっ・・・どうして・・・そこまでレムに尽くしてくださるんですか?」

 

 

「それはお互い様だぜ」

 

 

「・・・え?」

 

 

 

 

 

レムさんの手をそっと振り払ってラムの背中におぶらせた。それでもなお俺の手をつかんで離そうとしないレムさんの頭を反対の手で優しく撫でる。さらさらで柔らかくて綺麗なレムさんの髪が、撫でてて心地よくて笑みがこぼれる。

 

 

 

 

 

くしゃ…っ

 

 

「――――あんたが俺を助けてくれた時・・・俺はもっと嬉しかった」

 

 

「・・・アキラ君っ」

 

 

 

 

 

レムさんは俺のことを傷つけたなんて言っていたが、それは断じて違う。俺はレムさんのおかげで救われたんだ。レムさんが生きててくれたおかげで俺は立ち上がることが出来たんだ。だから、何としても守り抜かなくちゃあよ。

 

 

 

 

 

「―――じゃあ、行くかっ!・・・死ぬなよ」

 

 

「ジョジョ!・・・必ず帰ってきなさい。これはラムからの命令よ!」

 

 

「ああ。ふかし芋作って待っていやがれっ!」

 

 

「そんなっ・・・待ってください、アキラ君っ!」

 

 

 

 

 

ラムと最後の挨拶を交わし、俺はレムさんの制止する声を振り払って飛び出した。その後に追従してウルガルム共が一斉に俺の方に向かってきてるのがわかる。案の定、魔女の匂いの効果はバツグンだ。

 

これでラムとレムさんは無事に帰せるはず。あとは俺が残った最後の敵を倒して運命を変える!

 

 

―――さあ・・・ここからが正真正銘のクライマックスだぜ!

 

 

 

 

 

『―――ヴヴヴヴヴ……ッッ』

 

 

「っ・・・おいでなすったな、ことの元凶が。最後の止めは自分でさすつもりか」

 

 

『ヴヴヴヴヴッッ・・・――――ガァアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

ゴキゴキッッ ゴキゴキゴキゴキッッ! ―――ズズンッッ!!

 

 

『■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「グレート・・・“それ”がお前の正体か」

 

 

 

 

 

目の前に現れたのは魔獣を統率する『魔法を使える仔犬』。しかし、仔犬だったそれは俺の目の前で瞬時に変貌を遂げた。もともと人間を油断させるための擬態の変身だったのだろう。

 

全く予想してないわけではなかった。ただ、予想外だったのはそのあまりの『体躯』と『質量』だ。 

 

両手で抱えられる程度の大きさでしかなかった仔犬は、あろうことか一瞬にして巨大な魔獣《ウルガルム》へと変貌したのだ。B級ホラー映画の怪獣のような禍々しい出で立ちに流石に冷や汗が出てきた。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・これじゃあ魔獣と言うよりも『ケルベロス』だぜ。質量保存の法則はどこに行っちまったのかね。けどまあ・・・やるしかねえようだな」

 

 

『■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「――――十条旭・・・タイマン張らせてもらうぜっ!!」

 

 

 

 

 

最後の最後まで諦めない。さっきまでは二人を守る戦いだったが、あの二人を無事に逃がした今・・・ここから先は俺自身の『生き抜く』戦いだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――姉様!・・・アキラ君がっ・・・アキラ君がっ!!」

 

「振り返ってはダメよ、レム。ジョジョの覚悟が無駄になる!」

 

 

 

 

 

まただ・・・っ!また、あの時と同じだ。レムのせいで・・・っ、レムが無力なせいで―――っ!

 

姉様もアキラ君も限界を越えて戦っている。なのにどうして二人が越えている限界を自分は限界を越えられないの?

 

レムが出来損ないだから?姉様の劣化品だから?代替品だから?

 

 

―――ちがう。

 

 

そんなことどうでもいい。今の『レム』にとってそんなことどうでもいい。

 

レムは・・・レムは・・・レムは・・・っ!

 

これで終わってほしくないっ!アキラ君に死んでほしくないっ!アキラ君に生きてて欲しい!アキラ君にもう一度頭を撫でてもらいたい!

 

アキラ君に・・・アキラ君に・・・――――もう一度、アキラ君に・・・っ!

 

 

 

 

 

「――――・・・“おねえちゃん”っ!!」

 

「・・・っ!?」

 

 

 

 

 

わたしの呼び掛けに動揺しておねえちゃんの足が止まった。同時に身をよじっておねえちゃんの背中から転げ落ち、地面を転がり、後ろを見る。

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

 

 

闇夜に森中に響き渡る巨大な魔獣の咆哮。彼は巨大な敵にも動ずることなく勇ましく剣を抜いて相対した。

 

これがワガママだってことはわかってる。でも、レムはアキラ君を失いたくないっ!

 

 

 

 

 

「―――アキラくんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・ああ。わかってる」

 

 

 

 

 

レムさんの声・・・ちゃんと聞こえたぜ。さっきまで体力を使い果たしてたはずなのによ~・・・あの声聞いただけで力がわいてくる。レムさんの声援はマジ鬼がかってるぜ。

 

 

 

 

 

「もう・・・充分だ。勇気を・・・もらった!――――負けるかよ」

 

 

『■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「『ドォオオオラァァアアアアアアアアッッッッ!!!!』」

 

 

ドグォオオオオオオオ……ッッ!!

 

 

 

 

 

そこからは純粋な力と力のぶつかり合いだった。そこには、策などない・・・技もない・・・小細工もない。まるで野獣が種の生存を賭けて己の全てをぶつけ合うかのような―――単純な『力比べ』。

 

 

 

 

 

『■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「『うおおおおおおおおおおおっっ・・・ドォオラァアアアアアアアアッッ!!!!』」

 

 

ドゴシャァアアアアアアアッッ!!

 

 

 

 

 

だが、俺の方が強い。疲労困憊で負傷していても俺のクレイジーダイヤモンドの方が強い。しかし、圧倒的な体格差のせいで決め手に欠ける。

 

だが、生物である以上弱点はある。ヤツが俺を食おうと口を開いたその瞬間こそがヤツが崩れ落ちるときだぜ。

 

 

 

 

 

『ッッ・・・■■■■■■■■ーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「待っていたぜ、バカ面近づけて大口開けるのをなっ!!―――喰らいやがれぇえっ!!」

 

 

ドズゥウウウウウウッッ!!

 

 

『~~~ッッ・・・■■■■■■■~~~~~~ッッ!!!?』

 

 

「やった・・・命中だ!しゃぶれっ!俺の剣をしゃぶれっ!このドグサレがっ!!」

 

 

『・・・■■■■■■ーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ブゥウウウンッッ!!

 

 

「ぬおおおっ!?―――っと・・・これでもまだダメか」

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドのパワーで強引にこじ開けたウルガルムの舌に剣を突き立てることには成功したものの・・・ウルガルムは左右に首を激しく振って俺は地面に振り落とされてしまった。

 

 

 

 

 

「―――やっぱり、あの巨体相手じゃあダメージが通らねえ・・・っ」

 

 

『■■■■■■■■■■■■ーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「っ・・・周りには『なおして』使えそうなモノがない。これだけ疲労した状態じゃあ、コイツをぶっとばせるだけのパワーが・・・――――っ!」

 

 

 

 

 

その時、俺の中である一つの突飛なアイディアが浮かんだ。この化物をぶっとばせる程の巨大なパワーを発揮する方法。

 

だが、それはあまりにも荒唐無稽・・・奇想天外な発想。実現できるかどうかも正直怪しい。

 

 

しかし、そもそもスタンドを操るということはできて当然と思う精神力。大切なのは認識することだ。空気を吸って吐くことのように。HBの鉛筆をベキッ!とへし折ることと同じように・・・出来て当然と思うこと。

 

 

―――出来るはずだ。今の俺なら・・・っ!

 

 

 

 

 

ズズンッッ!!

 

『■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!!』

 

 

「やれやれ・・・やるしかねえようだな―――見せてやるよ。クレイジーダイヤモンドのもう一つの戦法・・・『ギア・サード』」

 

 

 

 

 

原作ジョジョシリーズの第三部に登場した『恋人《ラバーズ》』という極小のスタンド。

 

脳の奥に侵入した『恋人《ラバーズ》』と戦うために花京院とポルナレフが自分達のスタンドを『小さく』して脳に入ったことがあった。

 

スタンドはエネルギーのイメージ化した姿。故に小さくなれる。

 

 

―――『小さく』なれるなら『大きく』することだって出来るはず。

 

 

 

 

 

┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛┣゛……ッッ!!

 

 

「この右腕は・・・『巨人族』の腕―――っ!!」

 

 

 

 

 

無理矢理巨大化したせいで『右腕』だけしか発現できなかった。しかし、何とか出来たぜ。ワンピースとDMC4の主人公の技を完全にオマージュした超荒業。その名も・・・

 

 

 

 

 

「―――『ダイヤモンドブリンガー』ッッ!!」

 

 

ドゴォオオオオオオオオオオオオオ・・・ッッ!!!! ズゴォシャアアアアッッ!!!

 

 

『~~~~ッッ・・・■■■■■■ーーーーーーーーッッ!!!?』

 

 

 

 

 

最大最強の怒りの鉄槌がウルガルムの顔面に叩き込まれた。ウルガルムはそのあまりのパワーに一撃で牙のほとんどが砕け散り、顔面の骨がひしゃげている。

 

見るからに虫の息だ。苦しそうに呻き声をあげて顔面に押し付けられた拳から逃れようとしている。だが、コイツにかける情けも慈悲も1ミクロンたりとも俺には残っていない。

 

 

 

 

 

「―――サッサトあの世へ行キヤガレェェェエッッ!!」 

 

 

ミシィッッ!! メキメキメキメキメキ……ドグシャァアアーーーッッ!!

 

 

『ァギィィイヤァアア――――――………ッ……!』

 

 

 

 

 

―――ウルガルムは完全に沈黙した。俺のクレイジーダイヤモンドの拳に殴り潰され息絶えた。

 

頭部を完全に粉砕したから間違っても息を吹き返すことはないだろう。今度こそこの事件の元凶を完全に倒したのだ。

 

だが、これで俺は終わりじゃねえ!まだ、一番肝心なヤツが残っているんだぜ。

 

 

 

 

 

グルルルルル……ッッ!! ガァアアアウッッ!! グラァアアアアウッッ!!

 

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・ザコガルムがっ・・・ボスがやられたってのに、まだやる気なのかよ?いいぜ。こうなりゃとことん付き合ってやる――――地獄の底までとは、いかねえがよっ!」

 

 

 

 

 

正直、体はもう動きそうにない。こんな疲れた体じゃあとてもフットワークなんか使えない。残された戦法は、なけなしの精神力を振り絞ってクレイジーダイヤモンドでひたすら殴り続ける泥仕合だけだ。

 

俺が疲れた体に鞭打って無理矢理構えを取り。周囲のウルガルムが俺を取り囲み、俺に飛びかかろうとした次の瞬間・・・

 

 

 

 

 

―――『ウル・ゴーアッッ!!』

 

 

ヒュボォオオオオオオオオオオオオオオオン……ッッ!!

 

 

 

 

 

空から降り注いだ無数の炎により俺を取り囲むように地面が爆発し、魔獣は一瞬にして炎に包まれた。

 

 

 

 

 

「『魔法』?・・・エミリアじゃない。これは・・・」

 

 

「―――アハァ~ア♪ずぅいぶんと、ひどい有様だぁ~~~ね」

 

 

「グレート・・・この肝心なときに遅すぎんだよ。ロズワール」

 

 

 

 

 

外出用の衣装を風になびかせ、道化師メイクの宮廷魔術師がいつもと変わらぬ飄々とした態度で降り立った。

 

 

 

 

 




レムりんは原作ではかなり不遇な扱いを受けております。彼女には是非とも幸せになってもらいたいです。というか早く復活して欲しい。

せめて、この作品の中では彼女を幸せにしてみせる!


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第32話:封印(物理)!負けたら名所


この作品を書いててつくづくリゼロは魅力的なキャラが多いと思わされます。

スバル君が極限の状況まで追い詰められ、一度は自我が崩壊する手前まで追い詰められたものの・・・何だかんだで皆を見捨てられなかったのはきっとそういうことなんでしょうね。

彼らのキャラを壊さないように彼らの魅力を少しでも多く描いていけたらと思います。



 

 

 

 

 

 

「―――よく俺の居場所がわかったな。最悪、倒れること覚悟で『カーラ』を発動させるつもりでいたんだが」

 

 

「君の巨大な精霊の腕が遠巻きにだけどハッキリと見えてね~え。お礼ならエミリア様に言ってくれ。彼女、君が姿を消したことに動揺して君のことを探しにいこうとしていたみたいだったからね~え」

 

 

「・・・やれやれ、やっぱ大人しく帰りを待っていられるタイプじゃなかったな。ベア様にしっかり口止めしとくべきだったかな」

 

 

「無茶と無謀を繰り返す君のことが心配だったんだ。エミリア様にあそこまで心配されるとは、男冥利に尽きるんじゃあないかぁ~ね―――ずっと君の文句を言いながら泣きそうな顔で心配していたからね」 

 

 

 

 

 

『泣きそうな顔』?・・・想像もつかねえな。あのエミリアが俺のために泣くだなんてよ。

 

ともあれ・・・一瞬でウルガルムの群れを焼き尽くしたロズワールの魔法。これだけの高威力の魔砲を広範囲で行使できる最強の魔術師ロズワールが駆けつけてくれた。

 

ロズワールがいれば、少なくともこの近辺一帯のウルガルム共は容易に殲滅出来るはずだ―――これで本当に『運命が変わる』。

 

 

 

 

 

「―――ロズワール様っ!」

 

 

「話は全てエミリア様とベアトリスから聞かせてもらったよ。無事で何よりだよ、ラム」

 

 

「お手をお煩わせして、申し訳ありません!」

 

 

「いんやぁ、いいとも♪そぉ~もそも・・・これは私の領地で起きた出来事だ。収める義務は私にある―――むしろ、わたしの不在に君たちはよぉ~くやってくれていたよ」

 

 

 

 

 

少し遅れて戻ってきたラムに称賛と感謝の気持ちをのべるロズワール。普通ならここで全員が無事に危機を脱して、事件の元凶を倒し、事件は解決・・・めでたしめでたしってなもんだ。

 

普通なら俺も『勝ったッ!第二章完ッ!』ってなるところだが・・・そうも言ってらんねえ。俺はボロボロの体に鞭を打って最後の力を振り絞る。

 

―――立て・・・もうじき発動するタイミングだ。

 

 

 

 

 

「―――ラム・・・っ」

 

 

「ジョジョ!もう大丈夫よ。ロズワール様が残った魔獣を殲滅してくださるから・・・」

 

 

「少し・・・右側にどいてくれないか、ラム」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

俺が待っていたのはこの瞬間だ。俺が全ての力を使い果たし、絶体絶命のピンチに陥り・・・それを助けに来たロズワールが介入するこの瞬間。

 

この瞬間、運命を変えたのは『俺』ではなく『ロズワール』となる。

 

そして奇しくも・・・ロズワールの魔法により周囲が炎の灯りに照らされたことによってハッキリとわかった。俺が倒さねばならないもう一人の『敵』の姿が。

 

 

 

 

 

「ロズワール・・・お前が来てくれたことはすごく感動もしいてるし。感謝もしているんだ―――でも、一つお願いを聞いてもらえると嬉しいんだが」

 

 

「・・・いったい何のお願いかな?何でも言いたま~えよ。君のお願いなら何だって聞くさ」

 

 

「さしあたっては、まず・・・動くなよ。お前からは見えないが・・・お前は既に厄介な『爆弾』を背負わされている。これから俺がお前に何をしても・・・身動ぎ一つするんじゃねえぞ」

 

 

「い、いったい・・・何をするつもりなの、ジョジョ!?」

 

「・・・アキラ君!?」

 

 

「―――今から・・・『コイツ』をぶちのめすっっ!!」

 

 

┣゛ン……ッッ!!

 

 

『ドォオラァァアアアアーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ドゴォォオオオオオオ……ッッ!!

 

 

 

 

 

ラムとレムの制止を振り払って、クレイジーダイヤモンドの渾身の拳がロズワールに放たれた。そして、クレイジーダイヤモンドの拳が――――ロズワールの背後にいた『影』をぶちのめした。

 

 

 

 

 

『―――ッッ……ウオアアアアアアアアアアア……ッッ!? イイイイイッッ……アギイイイイイッッ!!』

 

 

「―――よう。やっと会えたな。いや、この場合『久しぶり』というべきか・・・『バイツァダスト』」

 

 

 

 

 

ロズワールを爆弾化する前にロズワールから引き剥がすことは成功した。しかし、その姿は前に解除したヤツとは随分形態が違う。

 

前回は人形のスタンドで目の部分にニキシー管が埋め込まれた小型サイボーグのような姿だったが。

 

今度のヤツは小型のエイリアンのようなデザインだ。しかも、ニキシー管ではなく顔面や肩などの至るところに時計盤のような計器を装着している。

 

 

 

 

 

『ナゼ……ナゼダッッ!? ナゼ、ワタシノ存在ニ気ヅイタ!?オ前、ワタシノコトヲ ドウシテ知ッテイル!?ワタシノ存在ハ コノ世界ノ 誰モ知ラナイハズナノニ』

 

 

「同じスタンドのはずなのに『前』とデザインが変わっているな・・・特性を察するにお前は完全に『自動追跡型』みてぇだが―――しかも、前は気づかなかったが・・・お前にはクレイジーダイヤモンドと違って『実体』がある。何か別の生物の体を喰らって生まれたスタンドというわけだな」

 

 

「っ・・・ジョジョ、“それ”は何なの!?どうして、ロズワール様の体からそんなものが・・・っ!」

 

 

「離れてろ、ラム。コイツに少しでも触れたら、この場にいる全員ふっとんじまうぞ」

 

 

 

 

 

しかも、今のコイツの言葉に重要なヒントがあった。コイツは前に俺に解除されたことを『知らない』。前に俺が解除したヤツとは完全な別個体というわけだ。

 

おそらく・・・俺が解除して本体のところに直って戻った『バイツァダスト』が、新しく生まれ変わり、全く別の姿になって再びこの時間に送り込まれたのだろう。

 

コイツのせいで俺は理不尽なタイムループを繰り返すはめになったんだ。今度こそ、もう二度とふざけた真似ができねえようにしてやらねえとよぉ~。

 

 

 

 

 

「―――え~っと・・・何だっけな?お前に対して思い出すことがあったんだ」

 

 

『オ前達ハ……ワタシノ正体ヲ知ッテシマッタ。ダイバージェンス5%ヲ 超過シタ。貴様ラヲ コノ時間モロトモ 抹消ス――――』

 

 

『ドォオラァアアアアアアッッ!!』

 

 

 

ボギャアアアアアアアッッ!!!

 

 

 

『プッッ……ギャァアアアァァァアアアア……ッッ!!?』

 

 

「人を気安く指差してがなりたてんじゃねぇぜ」

 

 

『ナゼ、ナゼダァァァアアアッッ!? ナゼ、爆発シナイ……ワタシニ触レタ者ハ爆弾ニ……変ワルハズナノニ……ッッ!!」

 

 

 

 

 

『思い込む』というのは何よりも恐ろしいことだ。しかも自分の能力や才能を優れたものと過信している時はさらに始末が悪い。

 

バイツァダストは考えたこともなかったのだろう。自分を攻撃できる人間がいるなんてことを。自分の能力を過信するあまりバイツァダストは不足の事態に全く対処できていない。

 

―――そして、今、自分の身に起きたこともまだ理解していない。

 

 

 

 

 

『――――――ッッ!? ワ,ワタシノ『手』……ッッ、『手』ガァァアアアッッ! 岩ト『一体化』シテイルゥゥウウウ!?』

 

 

「そうだ。思い出した。俺、お前に『永劫の別れ』を言うつもりだったんだ―――お前が今までこうして何人の人間を殺してきたかは知らねえが・・・お前のせいで変えられるはずだった運命に殺されてきたヤツが腐るほどいるんだぜ。その落とし前をつけてもらわねえとな」

 

 

『―――イ、イッタイ……ッッ 何ヲスル気ダァァアアアッッ!?』

 

 

「永遠に供養しろ!『俺』含めてテメエが殺した人間のなぁあっ!」

 

 

 

┣゛ン……ッッ!!

 

 

 

『ドォオオオラララララララララララララララララララララァァァアーーーーーーッッ!!!!』

 

 

ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォオ……ッッ!!!! ――――――ズギュゥウウウン……ッッ!

 

 

「―――岩と一体化して、この場所で永久に生きるんだな」

 

 

『ァ・・・ァ・・・ギャァアアアアアアアアアアアッッ!!?』

 

 

 

 

 

前はただ本体のところになおして『戻した』だけだった。だから、コイツは姿形を変えて再びこの時間に現れてしまった。

 

だが、岩の中になおして『封じ込めて』しまえば・・・もう二度と『バイツァダスト』は発動しない。

 

スタンドは『一人につき一体』だからよぉ~。これでもう二度とこいつに運命を支配される心配はない。

 

 

 

 

 

『ヂグショーーーッッ!! ナンテコトヲ シヤガルンダ テメーーーーッッ!!イイ気ニ ナッテンジャネエゾォオオオッッ!!』

 

 

「やれやれ・・・追い詰められると口が悪くなるのはどの個体でも共通らしいな。ところで・・・喋れる内に聞いておきたい。お前を送り込んだ『黒幕』が何者で・・・いったい、どこの誰なのかってことだ」

 

 

「・・・どういうことか説明してもらえないかぁ~な?この謎の生物は他の陣営から送り込まれた刺客だったってことかい」

 

 

「・・・かもしれない。だが、それ以上のことかも知れない。だから、コイツに確かめなくちゃあならねえのさ」

 

 

 

 

 

コイツはこの世界に存在するもう一人のスタンド使いが放った刺客であることは間違いない。だが、肝心なのはその目的だ。前回に引き続き今回も・・・何故、エミリアにしきりにこだわるのかがわからない。

 

ただ単に王選に絡んで他の陣営が送り込んできた刺客にしては少し度を越えている。エミリア一人のために『時間』を爆破するなんてあまりにもぶっとんでる。

 

 

 

 

 

『ケヒヒヒッッ……クヒヒヒヒヒヒヒッッ 『同ジ能力』…… 貴様、アノ方ト 同ジ能力ヲ持ッテル クヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッ ダカラ、俺ハ生ミ出サレタ…… オ前ヲ 始末スルタメニ……ッッ!!』

 

 

「っ・・・狙いはエミリアじゃなく“俺”!?俺を殺すためにわざわざこんな手の込んだ爆弾を仕掛けたってのか」

 

 

『オ前…… ナカナカ面白イ能力ヲ 持ッテルジャネエカ―――ケドナァ! アノ方ニハ絶対ニ敵ワネエ! ソレヲ確認デキテ安心シタヨ。テメージャア100年カカッテモ 勝テネエ! テメーハ アノ方ニトッテノ 試練ノ内ニモ 入ラナイ! テメーハ アノ方ニトッテ 釈迦ノ手ノヒラヲ 飛ビ回ル 孫悟空デスラナイ』

 

 

「何故、俺を狙う?・・・お前の本体は俺のことを知らないはずだろ。何でどこの誰とも知らない俺を警戒する理由がある?同じスタンド使いだからか?」

 

 

『サアナ! 俺ハ タダノ『観測者』 歴史ヲ『観察』スルノガ仕事ダ。 オ前ラ屑共ガ ドウナロウト知ッタコトジャナイ。俺ハ テメーラガ醜クアガク姿ヲ 観察スルダケダゼ! テメーラ虫ケラガ 死ンデイク様ヲ 見ルノガ タマラナク好キナダケダゼ』

 

 

 

 

 

バイツァダストは自分が完全に岩に埋め込まれた状態であるにも関わらずこちらを挑発してくる。

 

スタンドに命があるわけではないし、コイツのこの口の悪さがどこから来るのかは知らねえが・・・これ以上、コイツには何を聞いたところで無駄なようだぜ。

 

 

 

 

 

『―――クソガキガ! セイゼイ調子コイテルガイイサ! テメーラ全員、アノ方ニ 皆殺シニサレルゼ。 同ジ能力ヲ持ッタトコロデ 所詮 テメーハ大シタヤツジャアナイノサ!』

 

 

「―――俺の心の中に・・・今いちオメーに対する怒りが足りなかったか」

 

 

『テメーハ バカ丸出シダッ! テメーゴトキガ ドコマデヤレルノカ セイゼイ楽シマセテモラウゼッッ!! モットモ…… ソンナ有リ様ジャア 辿リ着ク前ニ 全滅ダガナ!! アノ『エルフノ女』も…… ソコノ『鬼』二人も…… 全員皆殺――――』

 

 

 

┣゛ン……ッッ!!

 

 

 

「『ドォオオオオララララララララララララララララララララララララララララァァァアーーーーーーッッ!!!!』」

 

 

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ッッ!!!! ―――バガァアアアアーーーーーーーン……ッッ!!

 

 

 

『―――……ッッ ………ッ ―――ッッ!!!?』

 

 

「『観察するのが好き』?―――じゃあ、してろよなぁ~。黙って大人しく『観察』だけをよぉ~」

 

 

ズギュゥウウウン……ッッ!

 

 

 

 

 

聞くに耐えない醜い演説にわざわざ付き合ってやるつもりはない。必要な情報を引き出せた以上、コイツはもう用済みだ。

 

クレイジーダイヤモンドで岩を埋め込んだバイツァダスト諸供粉々に砕き、それを最後に『直して』・・・全く別の形へと作り変える。

 

 

 

 

 

ドーーーーーン・・・

 

 

「やはり、さっきは怒りが足りなかったんだぜ。このゲス野郎はこれぐらいグレートに岩に埋め込まなきゃあいけなかったんだぜ」

 

 

『――――――………………』

 

 

「これでいよいよ俺も追われる身か・・・正体のわからない『スタンド使い』に・・・グレートに面倒なことになっちまったぜ。けどまあ、やれやれ・・・とりあえず今日のところは―――『任務完了』」

 

 

ガクッ!

 

 

「ジョジョ!?」

 

「アキラ君!?」

 

 

 

 

 

限界だ。今ので残っていた力も全部出し尽くしちまった。膝をついて崩れ落ちる俺にラムとレムさんの二人が血相を変えて走ってくる。

 

 

 

 

 

「っ・・・大丈夫だぜ。少し目眩がしただけさ。それより・・・ロズワール・・・さっき言ってた『お願い』ってヤツを聞いてもらっていいか?」

 

 

「モチロンさっ。何なりと申し付けてくれたま~え。詳しくはわからないが・・・どうやら君は私達の知らないところで私達の命を救ってくれた命の恩人みたいだからぁね」

 

 

「森に残ったウルガルムを殲滅して・・・俺の呪いを解呪してくれ―――出来んだろ?あんたになら」

 

 

「お安いご用だぁ~よ♪後のことは全て任せて、今は眠るといい。目が覚めた時、君がしてくれたことへの御礼は尽くそうじゃぁ~ないか――――少なくとも、君を脅かすものの排除は約束する」

 

 

「・・・すまん。恩に着るぜ」

 

 

「いやいや、感謝しているのはこっちだ。今回のことも元を正せば私の責任だ。その罪滅ぼしをさせてくれ」

 

 

 

 

 

読めねえんだよな、コイツだけはよ。いいヤツなのか悪いヤツなのか・・・腹に何か抱えてるのは間違いないんだが―――でもまあ、今は俺の命を救ってくれた恩人だからな。素直に感謝しとかねえとよ。

 

そうそう・・・恩人と言えば―――

 

 

 

 

 

「―――ジョジョっ!!」

 

「―――アキラ君っ!!」

 

 

どごすぅうう……っっ!!

 

 

「ぐぅおおおおああああっっ!?」

 

 

 

 

 

さっきまで完全に蚊帳の外だったラムとレムさんのタックル・・・否、抱擁を受けて全身に衝撃が走る。アドレナリンの切れた体は麻酔が完全に切れており、麻酔の解けた痛覚神経が暴走。全身に痺れるような痛みが走り動けなくなってしまう。

 

 

 

 

 

「―――ジョジョっ・・・ジョジョっ!よかったわね!ロズワール様がジョジョの呪いを解呪してくれるのよ。これで今度こそジョジョは助かるのよ!」

 

 

ぐりぐりぐりぐり……っ

 

 

「痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛いっ!ら・・・ラムっ・・・今、俺はそれどころでは―――ぐぇええええええっっ!!?」

 

 

ぎゅぅうううう~~~~っ!

 

 

「―――アキラ君っ!~~~~っ・・・“生きてる”っ。生きててくれてるっ!・・・アキラ君!アキラ君っ!」

 

 

「れ、レムさんっ!?どこに顔を埋めて・・・っていうか、あんたらキャラ変わって・・・うわぁあああああああっ!?」

 

 

 

 

 

ラムは俺の首に腕を回して俺の頬に自分の額を押し当ててグリグリと頬骨に食い込むように押し付けてくる。まるで飼い主に甘える猫のような姿だ。純粋に俺の命が助かることを喜んでくれてるのはわかるのだが、今は体のあちこちが悲鳴をあげてて洒落にならないくらい痛いっ!

 

レムさんは俺の胸に顔を押し付け、熱い涙で俺の胸を濡らしながら、俺が生きていることを確かめるように涙で濡れた顔面をまるで捨てられた子犬のように擦り付けてくる。それが死ぬほどこっ恥ずかしくてくすぐったい。さっきまでレムさんにさんざ説教かましてたから余計に恥ずかしいっ!

 

 

―――それから程なくして俺は気絶した。体力的に限界を振り切っていた俺の体は美少女姉妹の熱い抱擁に耐えられなかったのだ。

 

 

しかし、意識を失う直前・・・俺の耳にハッキリと聞こえたロズワールの台詞が脳裏に焼き付いていた。

 

 

 

 

 

「―――おんやぁ~あ・・・まぁ~さか、あのラムとレムがね。これはいよいよ『本物』かもしれないね~ぇ―――これからも期待してるよ。ジュウジョウ・アキラ君」

 

 

 

 

 

まるで、今回のことを含めて俺に何か『役割』を課そうとしているかのようなロズワールの口振りに俺は『近い内にまた何かに巻き込まれる』という漠然とした予感めいたものを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――アキラ君が気絶し・・・その後、ロズワール様による魔獣の掃討がすぐに始められました。

 

 

気絶したアキラ君の体から吹き出る『魔女の匂い』に引き寄せられ、集まったウルガルムの群れをロズワール様が魔法で悉く一網打尽にし・・・程なくして魔獣の掃討は完了しました。

 

 

魔獣掃討後、アキラ君を村に連れ帰った時・・・村で待ち構えていたエミリア様とベアトリス様に介抱され、すぐにアキラ君の呪いが解呪されたかの確認が行われました。

 

 

エミリア様たってのお願いで・・・ロズワール様、ベアトリス様、大精霊様の三人(?)体勢で、再三に渡り念入りな確認が行われ、アキラ君を蝕んでいた呪いが完全に解呪されたことが確認できました。

 

 

そのことを聞いたときのエミリア様の心の底から安心した顔をレムは忘れられません。

 

エミリア様が初めてアキラ君を屋敷に連れて来られた時もそうでした。血みどろのアキラ君を連れてきて、ベアトリス様にアキラ君の命に別状がないことを確認した時も同じように安心はされていましたけど―――あんな風に嬉しそうに微笑んではいませんでした。

 

月が照らす深夜にレム達がアキラ君を連れて森から帰ってきたときも・・・完全に気を失っていたアキラ君にエミリア様は何度も何度も呼び掛け続けておりました―――あんなに崩れ落ちそうな儚いエミリア様のお顔をレムは初めて見ました。

 

 

屋敷にアキラ君が来て間もない頃・・・エミリア様がアキラ君に気を許しているのを見て、最初は『どうしてこんな人を』と思いもしましたけど。今なら、エミリア様の気持ちがとてもよくわかります。

 

今のレムがアキラ君へ向けてる気持ちは・・・きっとエミリア様と『同じ』ですから。

 

 

こうして、アキラ君の解呪は無事に完了し、屋敷に戻ってからベアトリス様によって細かな治療を施されました。

 

 

ベアトリス様は最後の最後までアキラ君に文句を言っていましたけど。でも、アキラ君の解呪に一番一生懸命だったのがベアトリス様だってことをレムは知っています。

 

 

『―――もうベティを呼ぶんじゃないのよ』

 

 

そう言ってベアトリス様は禁書庫の方に戻って行かれましたけど。本当は扉渡りでこっそりアキラ君の様子を見に行っていることをレムは知っています。

 

 

アキラ君は本当にすごい方です。こんな短い期間でこれほどお屋敷の皆様にとって重要な人物となってしまいました。

 

 

村の方の混乱も完全に収まり、ロズワール様直々に今後二度と同じことが起きないよう結界を厳重に張り直し、村民の方々も今は平穏と過ごされております。

 

 

事件は解決し、お屋敷は平穏な日常に戻ったのです―――ただ一つを除いて・・・

 

 

 

 

 

コンコンッ

 

 

「―――失礼します。アキラ君」

 

 

 

 

 

アキラ君の部屋をノックし、返事を待たずに静かに扉を開ける。魔獣の事件が終息したにも関わらず、レムには・・・まだやり残してることがありました。

 

 

あの事件が終わってから丸一日以上経過しました。

 

 

しかし、アキラ君は未だに目を覚ましておりません。

 

 

―――レムは未だにアキラ君に『ありがとう』を言えてませんでした。

 

 

 

 

 

「―――おはようございます。アキラ君・・・お加減はいかがですか?」

 

 

「・・・スゥ・・・スゥ」

 

 

「また、お食事を並べておきますので目が覚めたら食べてください―――アキラ君はレムの作るご飯をいつもいつも楽しみにしてくれていましたからね」

 

 

 

 

 

ベアトリス様曰く治療は完璧に済んだもののアキラ君の精神的・肉体的疲労が大きすぎて当分の間は眠り続けるとのことです。

 

それが二日後なのか、はたまた一週間後になるのか・・・そこまではわからないそうです。

 

 

 

 

 

「―――レムりん。部屋、入ってもいい?」

 

 

「―――あっ、ハイ。大丈夫ですよ。ですが、アキラ君がまだ寝ているのでお静かにお願いしますね」

 

 

「「「「「「「ハーイ!」」」」」」」

 

 

 

 

 

アキラ君が助けた子供達もすっかり元気になりました。子供達も恩人であるアキラ君をより一層慕うようになりました。

 

今日はロズワール様のはからいで子供達を屋敷に招待し、アキラ君のお見舞いに来てもらいました。子供達は大きな声で自信満々に返事してくれましたが、どうやらレムの意図は十分には伝わらなかったみたいです。

 

 

 

 

 

「―――レムりん・・・アキラ。まだ起きてこないの?」

 

 

「・・・ええ。残念ながらまだのようですね。アキラ君は誰よりも頑張ってましたから・・・すごくお疲れなんですよ。もう少し休ませてあげましょう」

 

 

「そっか・・・あ~あ!アキラが早く起きてくんないとつまんねえよな」

 

「ねえねえ!ここ・・・アキラの部屋なんでしょ。何か面白いものない?」

 

「こっちに本あるぜ!―――アキラ、絵本なんて読んでるんだ」

 

 

「あまりイタズラしちゃダメですよ。目を覚ましたときにアキラ君がビックリしちゃいますから」

 

 

 

 

 

子供達はアキラ君がまだ目を覚ましていないと知るとアキラ君の部屋を物色し始めます。『お見舞い』というより『遊び』に来た感覚なのかもしれませんね。

 

でも、その中で一人だけベッドの傍らでアキラ君の手をギュッと握ったまま眠っているアキラ君を見つめている子がいました。

 

森で保護したときに目を覚まし、アキラ君にお友達のピンチを伝えた大きなリボンをつけたあの女の子でした。

 

 

 

 

 

「―――レムりん。アキラ、いつになったら起きるの?」

 

 

「それは・・・レムにもわかりません。でも、きっとそう遠くない内に目を覚ましてくれます。アキラ君は最高に・・・鬼がかってる人ですから」

 

 

「・・・“鬼がかる”?」

 

 

「ハイ。アキラ君が言っていました。鬼よりも鬼がかっているスゴい人のことを言うんだそうです」

 

 

「ふ~~~ん・・・」

 

 

 

 

 

正直なところ、レムにもよくわかりません。でも、アキラ君の行った功績を表現するには『鬼がかる』という以外に思い付きませんでした。

 

 

 

 

 

「ペトラ!せっかくアキラのお見舞いに来たんだから、アキラに書き置きしていこうぜ」

 

「アキラ、まだまだ目を覚ましそうにないしねー!」

 

「おもしろそ~!やろやろーっ!」

 

 

「書き置き・・・ですか?それなら、レムがすぐにお手紙と書くものをご用意いたしますが」

 

 

「チッ、チッ、チッ!・・・レムりんわかってないな~。そういうのじゃなくてさ!こういう時は『ここ』に書くのが面白いんじゃねーか」

 

「足がすっごく包帯巻きだし、丁度いいよねー!」

 

「ねー!」

 

「よぉーしっ!」

 

「あんまり大きな字で書かないでよー。わたしの書くとこなくなっちゃう」

 

 

「え?・・・あ、あの・・・それはやめてあげた方が―――」

 

 

 

 

 

レムが止めるまもなく子供達はアキラ君の足に巻かれた包帯にそれぞれアキラ君に向けての思い思いのメッセージを書き込んでいく。あっという間に足の包帯は子供達の落書きだらけとなってしまいましたが。

 

子供達のアキラ君への感謝と好意がしたためられたメッセージをレムは消す気になれませんでした。

 

 

―――アキラ君がいなかったらこの子達は、あの夜、森の中で魔獣に殺されていたんですよね。

 

 

『俺のことを信じられねぇならそれでも構わねぇ。命令に従わない俺をクビにでも何でもすればいい――――だから、行かせろよ・・・これ以上俺を引き止めたら、何をするかわかんねぇぞっ!』

 

 

アキラ君が姉様やレムの制止を振り切ってお屋敷を飛び出さなかったら、今頃は・・・

 

 

 

 

 

「―――レムりん!レムりん!」

 

 

「え?・・・ハイ、何ですか?」

 

 

「アキラが目を覚ましたら教えてっ!わたし、アキラが起きたら一番に会いに来て『ありがとう』って言いたいの。だから・・・っ」

 

 

「ハイ。勿論です。アキラ君もきっと喜びます」

 

 

「うん!ありがとう、レムりん♪」

 

 

 

 

 

―――『ありがとう』。

 

 

それはレムが産まれてから何度も聞いてきたはずの言葉でした。なのに何故でしょうか・・・姉様やロズワール様やエミリア様や大精霊様に言われたときにも感じたことのない胸に染み入るような感覚でした。

 

 

 

『ありがとう!レムりん!』

 

『ねえねえ!レムりんがスッゲー魔法でオイラ達を助けてくれたのって本当!?』

 

『レムりん。助けてくれてありがとうっ!』

 

『レムりん!今度うちにおいでよ。母ちゃんの作ったリンガパイすっごく美味しいんだーっ』

 

 

 

アキラ君と一緒に村に帰ってきたときも・・・しきりにレムにお礼を言ってくる子供達の声が・・・あんなにも暖かく感じられました。

 

 

今まで何度も聞いてきた言葉だったはずなのに・・・そんな言葉、レムにとって何の価値もないと思っていたはずなのに・・・レムの中に感じたことのない『ぬくもり』のようなものを与えてくれたんです。

 

 

 

―――子供達が帰った後もレムはアキラ君の横でアキラ君の寝顔を眺めておりました。

 

 

 

アキラ君なら、きっと・・・このレムが感じたモノが何なのか・・・『答え』を教えてくれるような気がしたから―――アキラ君がレムの心に灯してくれたモノが何なのか・・・それを教えて欲しいんです。

 

 

 

 

 

「・・・か・・・カカロット」

 

 

「っ・・・アキラ君」

 

 

ぎゅっ

 

 

 

 

 

アキラ君が眉を潜めて魘されているのを見てレムはアキラ君の手をレムの掌を合わせるようにして握り込みます。

 

 

もしかしたらアキラ君は夢の中で未だに暗い森の中をさ迷っているのかもしれません。それほどまでに壮絶な一夜だったのですから。

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「―――レム・・・やっぱりここにいたわね」

 

 

「っ・・・姉様」

 

 

 

 

 

ふと時計を見るとかなり長い時間、アキラ君の部屋に長居してしまっておりました。まだまだお屋敷のお仕事があるのというのに・・・。

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、姉様。すぐにお仕事の方に―――」

 

「ロズワール様からの命令よ。少し休みなさい。昨日からずっとジョジョに付きっきりだったでしょ。仕事もやりながらそんなことしてたらレムの方が倒れてしまうわ」

 

「ですけど・・・」

 

「魔獣騒動が終わってから、ちゃんと休んでいなかったでしょ。ジョジョ程じゃないにしてもレムの疲労も相当のモノだわ。少しの間だけでもいいから休みなさい。ジョジョが目覚める前にレムにまで倒れられると困ったことになるわ」

 

「・・・・・・。」

 

「ジョジョが起きたら教えてあげるわ。屋敷の仕事もラムがやっておくから今は休みなさい」

 

「・・・ハイ」

 

 

 

 

 

アキラ君が目を覚ましたときに一番に傍にいたいという気持ちはありましたが、レムは素直に姉様の指示にしたがいます。

 

本当のところ、レムはまだまだ働けましたけど。ここでレムが無理をするとまたアキラ君に怒られてしまうような気がしたのです。

 

 

 

 

 

「・・・姉様、どうかしましたか?」

 

「いえ。何でもないわ。昼食の下拵えはラムがやっておいたからレムは食事の準備だけしておいてちょうだい。それが終わったら部屋でしっかり休みなさい」

 

「ハイ、わかりました。姉様」

 

 

 

 

 

少し後ろ髪を引かれる思いでしたが、レムは姉様の指示に従い暫しの小休止をとることにしました―――ついでにアキラ君が目を覚ましたときのために焼き菓子を焼いておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まさか、あのレムがあんな素直に『休む』なんて・・・少し驚いたわ。ラムのいない間にレムと何があったのか是非とも聞かせてもらいたいものだわ」

 

 

「・・・スゥ・・・スゥ・・・」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

 

 

 

ラムはそのままベッド横まで静かに近づくと慎重に口から漏れ出る寝息のリズムに耳をすました。そして、あることを確信してラムは抱えていた袋から必殺兵器を取り出した。

 

 

 

 

「―――食らうがいいわ」

 

 

ズボォオッッ!!

 

 

「ほぼぉおおおおっ!?・・・あほぼぉおおおおっ!?おぼぁおおおおおおおっ!!」

 

 

 

 

 

出来立てホヤホヤの蒸かし芋を狸寝入りしていたアキラの口に容赦なく突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「~~~~~~っっ・・・ぶほぉっ!!ぶはぁおおっ!!・・・ウエッホ!エホッエホッエホッ!」

 

 

「いい気なものね。重傷でさんざんラム達に心配をかけておいて、意識が戻ったのに目が覚めてないフリまでして・・・そうまでして仕事をサボりたかったのかしら。浅ましいわね」

 

 

「だからってアッツアッツの蒸かし芋を口にねじ込むやつがあるかっ!?おかげで口の中が大火傷だぞ!~~~~ったく・・・人生最悪の寝覚めの悪さだぜっ、チキショー!」

 

 

 

 

 

俺は口に水を含んで少しでも火傷を和らげようと涙目になってしまっている。ラムはそんな俺を冷ややかな目で見下ろしている―――ったく、こいつの腹黒さだけはちっとも変わらないぜ。

 

 

 

 

 

「心配かけたのは悪かったけどよぉ~・・・目が覚めたのは本当についさっきのことだぜ。丁度ラムがレムさんと入れ替わるほんの少し前だぜ。そこまで怒ることないだろ」

 

「ラムは別にジョジョの心配なんてしていないわ。魔獣騒動を解決したからっていい気になっているジョジョに少しお灸を据えてやっただけよ」

 

「その『お灸』ガチの物理攻撃じゃねえかっ!」

 

「起きていたんなら何故レムに起きていることを教えなかったの?あの子がジョジョに負い目を感じてるのはジョジョもよく知ってるでしょ」

 

「確かにそれはよく知ってるけどよぉ~・・・レムさんがあんまりにも甲斐甲斐しく世話を焼くもんだから・・・完全に起きるタイミングを失くしちまったんだよ~」

 

 

 

 

 

目が覚めたらレムさんが俺の手をしっかりと握ったまま俺の顔を心配そうに覗きこんで来やがったもんだから、気絶する直前のあの羞恥プレイを思い出しちまって起きるに起きられなかったんだぜ。

 

―――何が悲しくて・・・女の子に寝顔ガン見されて、しかも手まで握られた状況(恋人繋ぎ)で目を覚まさなきゃならんのだ。

 

あんなシチュエーションで目を覚まして感極まったレムさんに抱きつかれでもしようものなら俺は恥ずか死ぬ自信があったぜ。

 

 

 

 

 

「―――つまり、ジョジョは、レムに手を繋がれて、あまつさえ醜悪な寝顔を見られたのが恥ずかしくて。女の子に免疫のないジョジョは羞恥心から起きられなかったということね」

 

「わかってんならハッキリ言うな!」

 

「レムの手は気持ちよかったでしょ。小さくて柔らかくて・・・あの手に握られたらジョジョも余計なものが抜けて、天国につれてってもらえるわ」

 

「何でわざわざ卑猥な方向に表現すんだよ!?お前、自分の妹をなんだと思ってるんだ!?」

 

 

 

 

 

コイツ、たまにレムさんの扱いがとんでもなくぞんざいになる。根っこのところが強い絆で繋がっているし、レムさんが窮地に陥るとマジでプッツンするところも何度も見てきたが、こういうところだけはよくわからない。

 

 

 

 

 

「・・・その様子だと本当に覚えていないのね。てっきり『あの時』も起きてるものだとばかり思っていたのだけど」

 

「あの時?」

 

 

ぎゅっ

 

 

「うぉおおいっ!?・・・い、いきなり何だよ?」

 

「―――ラムがこうしてあげていたの覚えていない?」

 

「・・・え゛?」

 

 

 

 

 

ラムが俺の左掌と自分の右掌を合わせるようにしてレムさんがやっていたような恋人繋ぎにするとそんな突拍子もないことを聞いてきた。

 

 

 

 

 

「お、覚えてるもなにも・・・俺がお前とそんな男女の嬉し恥ずかしなラブコメイベント消化した覚えなんて―――――あ」

 

 

 

 

 

いや、微かに覚えがあった。覚えがあるといってもアレは夢の中での光景だったはずだ。

 

 

―――夜中・・・何時だったのかもよくわからない深夜に・・・治療の処置を施された俺はベッドの上に寝かされていた。しかし、全身の傷が熱をもってしまい、そのあまりの寝苦しさに俺はベッドの上で苦しんでいた。

 

全身に汗をかき、喉が乾き・・・しかし、目を覚まそうにも意識を覚醒させる程度の体力もなく。金縛り状態のまま苦痛が収まるのを待つしかなかった。

 

 

 

―――しかし、目覚めることも出来なかった俺の傍に誰かが現れた。

 

 

 

その人物は真っ暗な部屋の中で丹念に俺の汗を拭いてくれて、濡れたタオルで患部を冷やして、包帯を巻き直してくれた。

 

それによって苦しみから解放され俺はようやっと安らかに眠ることができるようになり、俺の意識はそこで再び闇の中に沈んでいった。

 

 

 

―――その時、看病してくれていたであろう人物が俺の左手を握ってくれていたのを感じながら・・・。

 

 

 

 

 

「―――くぅううおおおおおおおお~~~~~~っっ!!」

 

 

「ようやく思い出したようね。ラムが夜中魘されているジョジョのためにわざわざああやって出向いてやったというのに・・・本当にジョジョは恩知らずだわ」

 

 

 

 

 

不覚だ。一生の不覚だ。アレは夢だと思っていた!夢だと思いたかったのに・・・よりにもよってコイツにっ!この天上天下唯我独尊メイドにとんでもない貸しを作ってしまった。

 

しかも、あの夢が現実だったとすると・・・つまり、服を脱がされていたということで・・・それっていうのは、つまり・・・その―――っ!!

 

 

 

 

 

「安心しなさい。ジョジョの裸なんて見られたところで減るもんじゃないわ」

 

「減りはしないけど!傷は残るんだよ!ていうか、見た側のお前にそんなこと言う資格ねえだろっ!」

 

「それこそ今更だわ。気絶していたジョジョの服を着替えさせたのはラムとレムだし。ベアトリス様やエミリア様も治療のために体の隅々まで検査していたから―――ジョジョの体で見られていないところなんてないわ」

 

「の~~~うッッ!!!!脳~~~~~ッッ!!処理できましぇんッッ!!しょりできましぇんッッッ!!!しょりdりおあうぇおjりおあせrッッ!!」

 

 

 

 

 

―――俺は泣いた。生まれて初めて本気で泣いた・・・赤鬼に泣かされた。

 

 

 

 

 

「そう悲観的になることはないわ。ロズワール様のと同じくらい立派だったから」

 

「そんな感想聞きたかぁねえんだよっ!・・・チクショウ、せっかく絶望的な危機を脱して生き残ったっていうのに社会的に抹殺されちまったぜ」

 

 

 

 

 

せっかく後腐れなく終われると思ってたのによ。最後の最後で拭えない汚点を残しちまったぜ。まあ、命を救われたのだから文句は言えねえけどよ。

 

外科医が患者を手術するために服を脱がすのと同じ医療行為だと思って割りきるしかねえぜ。

 

 

 

 

 

「やれやれ・・・ともあれ、ようやくこれで全部終わったんだな。もう運命に縛られるのは懲り懲りだぜ」

 

「ジョジョ・・・これからどうするつもりなの?」

 

「っ・・・どうするつもりも何も・・・別に予定なんてねえけど」

 

「・・・どうだか。ラムはてっきりジョジョはこの屋敷を去るつもりだと思っていたのだけれど―――ジョジョは村が魔獣に襲われていたと知った時・・・もうこの屋敷を立ち去るつもりでいたんじゃないの?だから、ラムに『自分を切り捨てろ』なんて言ったんじゃないかしら」

 

「・・・っ」

 

「ジョジョの浅はかな考えなんてラムにはまるっとお見通しよ」

 

 

 

 

 

冷たい視線だった。ラムの覚めた目で睨まれたことは今までに何度もあった。だが、今向けられたのはこれまでと違う・・・軽蔑するかのような冷酷な意思が込められた視線だった。

 

 

 

 

 

「・・・俺が他の陣営が送り込んだスパイだと疑っているのなら―――」

 

「ジョジョが消えたらレムはどうなるの?」

 

「・・・レムさん?」

 

「レムの狭く閉ざされた世界をこじ開けた異物が・・・何も言わずにレムの目の前から消えてなくなったらレムがどうなると思ってるの?」

 

 

 

 

 

『レムさんの世界をこじ開けた』?・・・『俺』が?―――いったい何の話をしてるんだ?俺は別にレムさんに何かしてやった覚えはねえぞ。逆ならともかくよ。

 

 

 

 

 

「凍りついていた心に火を灯してくれた人物が・・・唐突に何も言わず姿を消したら、残された人物はどう思うでしょうね―――『裏切られた』と思うか・・・或いは『見捨てられた』と思うでしょうね」

 

「・・・グレート」

 

「レムの心に希望だけ灯していなくなるのはあまりに卑怯よ。レムに希望を与えたからにはジョジョは最後までレムの希望であり続けなくてはならないわ。その義務からは逃げられない」

 

「・・・お前も知ってるだろ。俺の体は魔女に呪われている。好き好んでそんな厄介者を抱え込むヤツがいるかよ」

 

「わずか数日でアレだけの無茶と無謀をやり尽くしたような男が・・・今更、どんな事情を抱えていたとしてもラムは気にしないわ。例え、ジョジョが他の陣営が送り込んだ間者であったとしても・・・魔女教徒であったとしても・・・吸血鬼であったとしてもラムは驚かないわ」

 

「―――いや、そこは歴とした『人間』だよっ!俺のどこに吸血鬼の要素があるんだよっ!?」

 

「なんて大それたことを言い出すの・・・ジョジョっ!よりにもよってジョジョが―――『人間』ですってっ!?」

 

「別に大それてねぇよっ!!俺が『人間宣言』することは、俺が『間者』や『魔女教徒』であることよりも大それてるのかよっ!?」

 

 

 

 

 

少し打ち解けてきたと思ったら、コイツはすぐこれだ。というかラムの中で俺の評価っていったい・・・―――やめた。考えてもろくな結果にはならねえ。

 

 

 

 

 

「・・・去るにしてもレムとちゃんと会ってからにして頂戴。今度、下手な真似をしようとしたら逃げられないよう両足を切り飛ばすから」

 

「だから、怖いって!・・・まあ、レムさんにはちゃんとお礼を言っておくぜ。あの人には色々と助けられちまったからな」

 

「まだ肝心なところがわかってないみたいだけど・・・今はそれで良しとするわ。ラムはレムを呼んでくるからジョジョはレムに気づかれないよう寝たフリして待ってなさい」

 

「なんで?つーか・・・それ意味あるのか?」

 

「レムのことだから『ジョジョが目を覚ました時に一番最初に会うのはレムでありたい』と願っているはずよ。それほどまでに思い詰めていたもの」

 

「グレート・・・そこんところだけがマジでよくわからねぇぜ」

 

 

 

 

 

レムさんが俺に尋常じゃない恩義を感じているのは何となくわかるが・・・そこまで感謝されるようなことをした覚えがない。寧ろ、俺がこうして助かったのはレムさんの功績があってこそだぜ。

 

そして、もう一人忘れちゃならねえ恩人がいる。

 

 

 

 

 

「―――ラム」

 

「・・・なに?」

 

「今回のことでまた借りが出来ちまったな。本当に助かったぜ」

 

「何の話をしてるの?ラムはジョジョを助けた覚えなんてないわ。ラムが頑張っていたのは全てレムを連れ戻すためよ」

 

「素直じゃないね~、まったく・・・レムさんを助けるだけなら、俺を早々に捨て駒にすれば楽ができたものをよ」

 

 

 

 

 

口ではこう言っているが・・・ラムが最後まで俺を見捨てようとしなかったことに俺はちゃんと気がついていた。ラムは本来なら状況に応じて何が最善であるかを見極められるやつだ。なのに・・・コイツは俺を囮にするという最善の策を最後の最後まで実行しようとはしなかった。

 

そして、俺が単身で囮になることを決断したときに俺が無事に帰ってくることを真に願い。その後、駆けつけたロズワールによって俺の命が救われることを全身で喜んでくれた。

 

何よりも・・・――――かつて俺が死なせてしまった未来から戻ってきたときに“生きててくれていた”。あの瞬間、死にかけていた俺の心は生き返ることが出来たんだぜ。

 

コイツもまた俺にとって恩人なのだ。

 

 

 

 

 

「お前にはいろいろと感謝してる。月並みな言葉しか言えないけどよ・・・その・・・『ありがとう』だぜ」

 

「ジョジョがラムに対して何をそんなに感謝しているのかわからないのだけど―――『どういたしまして』・・・とだけ言っておくわ」

 

 

 

 

 

相変わらずつれない態度の毒舌メイドはいつもと変わらぬ凛とした後ろ姿で部屋を去っていった。ただ・・・部屋を出るときに一瞬だけ見えた横顔がほんのり赤くなっていたような気がしたのは俺の気のせいか?

 

 

 

 

 





改めまして、無窮のヘタレ様、OZU☆様、外川様、ID:JeLn48ZU様、感想ありがとうございます!

特に外川様に至っては頻繁に意見を投稿していただき本当にありがとうございます。ここまで熱心にメッセージをいただけると筆者としても非常に嬉しい限りです。

リアルな事情で一時期は押し潰されそうになりましたが、皆様のおかげで持ち直せました。本当にありがとうございます!



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第33話:Break the Chain/運命《サダメ》の鎖を解き放て


大変長らくお待たせしました。これでようやく二章完結しました。

長かった!本当に長かった!こんなに長くなるとは思ってもみませんでした!本当にすいませんでした!

次回からはオリジナル展開ありきで話が展開していきます。ですが、その前に・・・番外編を入れていくかもしれません。

そして、Asa ID:s68UUPzk様には感想を頂けたことへの感謝を改めてこの場でさせていただきます。アニメ二期を期待して今後も活動していきます!




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急遽、ラムの提案で始まった猿芝居・・・いや、狸寝入りによって俺は人生でも指折りのピンチに陥っていた。

 

 

―――そもそもだ。何で俺がレムさんのためにわざわざ寝たフリをしなくちゃならないんだ?

 

 

ラムは『レムさんは俺が目を覚ました時に傍で付き添ってあげたがっている』とか言っていたけどよぉ~―――どれだけ献身的な奉仕精神だよ?恋人じゃあるまいし、かのナイチンゲールですらここまでのことしねえよ。

 

まあ、とは言うものの・・・俺も本当は目を覚ましていながら隙を見てこの屋敷から密かに出ていこうと計画していた負い目もある。俺なりに最善の行動を考えた結果だったのだが、レムさんが悲しむとなれば話は別だぜ。

 

だから、ラムに言われた通りレムさんのためにドラマチックな復活を演出するというのは決してやぶさかではない。俺自身満更でもない。

 

 

―――満更でもないんだが・・・

 

 

 

 

 

「じ・・・」

 

 

「(くっ・・・まさか―――まさかこんな・・・こんな・・・こんな罠が―――っ!!)」

 

 

「じ・・・」

 

 

「(・・・さっきから寝汗が止まらねえ!というか・・・背中が床擦れ起こしてビキビキ言っている!)」

 

 

「じ・・・」

 

 

「(だのにっ!・・・だと言うのに・・・う、動けんっ!!体を起こす・・・ただそれだけのことが出来ないっ!)」

 

 

 

 

 

部屋に戻ってきたレムさんは戻ってくるなり俺の手を握ったままじっと俺が目を覚ますのを待っていた。

 

既に手を握られてからかなりの時間が経過している。ラムに言われた通り、狸寝入りから起きて劇的な目覚めを演出するだけで終わりなはずのこの猿芝居。レムさんの前で起きるタイミングを計っていたはずだったのだが・・・あまりに微動だにしないレムさんを前に完全にタイミングを逃してしまった。

 

それというのも・・・わずかでも身じろぎしようものなら―――

 

 

 

 

 

「うっ・・・くっ」

 

 

「―――ハッ!」

 

 

きゅぴーん☆

 

 

「(ぐっ!?)―――・・・ふぅ・・・スゥ・・・スゥ」

 

 

「・・・ほ」

 

 

 

 

 

このように・・・俺の一挙手一投足に対してレムさんが過剰なまでに反応するのだ。ただ見守られているだけだというのはわかっている。わかっているのだが・・・こうも過敏に反応されると俺も起きるに起きれないっ!

 

 

―――今、何か目が『きゅぴーん』って擬音を鳴らして光っていたぞっ!怖いよ!純粋に怖いよっ!?もしかして俺が倒れてから丸一日以上ずっとこんな感じだったわけ!?

 

 

握られた手がじっとりと汗をかいてる。レムさんも手汗でベッタリのはずなのに一向に手を離そうとしない。

 

寝苦しい・・・暑い・・・そして何よりも――――息苦しい!!

 

 

 

 

 

「アキラ君・・・悪い夢でも見てるんでしょうか?先程からすごく汗をかいてます」

 

「(わかってるのに・・・手は放してくれないんですね。手汗でじっとり濡れてるのに。つーか、レムさん、気持ち悪くねえのかよ)」

 

「・・・アキラ君」

 

 

コォォオオオオ……ッ

 

 

「(ぉっ・・・おお?)」

 

 

 

 

 

レムさんの繋がれた掌から暖かい『気』のようなものが流れてくる。レムさんの優しさを体現したかのような柔和で穏やかなマナが俺の体の中にじんわりと水のように浸透してくるのがわかる。

 

まるで水の中にくるまれているかのような心地好さに眠気を誘われる―――羊水の中で眠る胎児というのはこんな気持ちなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「(すげぇ・・・何だ、これ?―――すっげぇ気持ちいい・・・さっきまでさんざん寝ていたはずなのに・・・また眠くなってきちまった)」

 

「・・・やはりゲートを酷使した後遺症がまだ残っているんですね。さっきより顔が安らかになりました」

 

「(ラリホ~・・・イカン!このままだと夢の中に逆戻りしそうだぜ。『死神13《デスサーティーン》』ならぬ『レム13』の術中にハマっちまいそうだ―――嗚呼っ!だが、抗えない・・・この睡魔の魅力には勝てそうも、ないん・・・だぜ)」

 

「そうだ。これだけ汗をかいてるのであれば服を脱がして体を拭いてあげないと行けませんね。ついでに全身の傷跡の治療も・・・」

 

 

ガバッ!

 

 

「―――うわぁあああああッ!!やめろッ!やめてくれッ!!」

 

 

 

 

 

俺はエクソシストみたいにベッドを揺らして拳を振り回して跳ね起きた。レムさんがさらっと口にした危険な言葉に心地よい睡魔もあっという間に吹き飛んじまった。

 

 

 

 

 

「アキラ君っ・・・目が覚めたんですね!」

 

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・あ、ああ。何とかな―――フー・・・恐ろしい夢を見た。とにかく恐ろしかったんだ」

 

「ちょうど今アキラ君の体を拭こうとしていたんです。アキラ君、お体を拭いてあげますから・・・そのまま服を脱いでこちら向きに座っていただけますか?」

 

「夢から覚めてない・・・だとっ!?」

 

 

 

 

 

―――『死神13』よりも遥かに恐ろしい『レム13』の驚異はまだ継続中だった!

 

 

 

 

 

「れ、レムさん!何を土地狂ったことを言ってるんですか!?い、いいいきなり男に向かって服を脱げとか・・・ヒロインにあるまじき卑猥な言動。つーか、そんなのメイドの仕事じゃねーだろ!」

 

「レムと姉様はいつもお風呂上がりのロズワール様の体のお手入れを勤めさせていただいております。怪我人の看病をするのもメイドの仕事です。何もおかしくはありません」

 

「ここに来てまさかの正論!?い、いや・・・でも、ロズワールはともかく。俺は別にこの屋敷の主でも何でもないし」

 

「アキラ君はレムのせいで傷ついたんです・・・この度のレムの不始末を思えば、こんなことじゃあ罪滅ぼしにもなりません」

 

「いきなりネガティブモード!?ネガティブモードが許されるのは小学生までだよ!――――というか、そもそもいらねえよ、そんなのっ!そこまでしてもらわなくて結構だよ!」

 

「はい。そうですよね・・・レムにされるのは迷惑ですよね―――《しゅん》」

 

「ぬっ・・・ぐうっ!」

 

 

 

 

 

目覚めて早々レムさんは俺に対する罪悪感でわかりやすく落ち込んでいる。レムさんのところだけわかりやすく背景が暗く淀んでいるし、頭のところに漫画っぽい縦線の漫符が入っている。

 

今回、俺が死にかけたのは自分のせいだとまだ引きずっているらしい。その罪滅ぼしとしてレムさんは俺のお世話がしたくてたまらないらしい。

 

俺も男だ。本当なら是非ともお願いし――――ごほんっ!ゲフンゲフンッ!・・・ご遠慮願いたいところだが。ここで断ると後々面倒だ。

 

 

―――というか、断った瞬間悲しそうに俯いている姿を見ているとこっちの方が居たたまれなくなってくるんだぜ。

 

 

 

 

 

「わ、わかった。じゃ、じゃあ・・・背中だけ!背中だけ拭いてもらおうか。流石に汗でベタベタして気持ち悪いし」

 

「《ぱあっ☆》―――っ・・・ハイ!」

 

「(・・・うっ、嬉しそうだ)・・・いいか!言っとくけど背中だけだぜ!エロ同人みたいに『ついでに前も』とか『下の方も』とか『先っちょだけだから』とかいうのもなしだぜ!絶対なしだからな、そういうのはっ!」

 

「―――フリですか?」

 

「なわけねえだろっっ!!」

 

 

 

 

 

 

こんなレムさんに誰がした!?これも呪いの影響か!?ラムの教育か!?それともゴルゴムの仕業なのかっ!?レムさんはこんなこと言うキャラじゃなかったはずだぜ!・・・ていうか、『フリ』って―――そんな余計な芸人根性見せなくていい!

 

 

 

 

 

「それでは服を脱いでください。上だけで結構ですので」

 

「やれやれ・・・さっさと終わらせてくれよ。出来れば逆の立場でやりたかったぜ、このシチュエーション」

 

 

コォォオオオオ……ッ

 

 

「おっ・・・これは」

 

「動かないでください。まだ体の傷が完全に治癒したわけではありません。レムにも少しだけど治療魔法が使えますので」

 

「・・・グレートだぜ、レムさん」

 

 

 

 

 

どうやら汗をふくだけでなく治療魔法をかけてくれているらしい。体の内側に冷たいような熱いような不思議な感覚が浸透してくるのを感じる。

 

やっぱり、レムさんの魔法は温かくて気持ちいい。昔、何かのCMで『半分は優しさで出来てる』なんてキャッチコピーがあったのをどこかで聞いたことあるけどよ~。レムさんの魔法は正しくそれだ。

 

しかし、美少女に上半身だけとはいえ裸をさらすのはどうにも気まずいぜ。この沈黙に耐えられなくなった俺は少しでも話題を探そうと周囲を見回した。

 

 

 

 

 

「―――なあ、レムさん。この足のギプスみてぇなのに書いてあるの何スか?これも治療魔法的な効果があるのか?」

 

「いえ、それは・・・ロズワール様のご厚意で、屋敷に招かれた子どもたちが書き置いていきました」

 

「グレート・・・あのガキ共め。変に畏まって欲しいわけじゃあねぇがよ。仮にも命の恩人なんだぜ。ちっとは敬えよな」

 

「子供達はアキラ君がなかなか目覚めてくれないからすごく心配していました。その証拠に―――」

 

 

 

 

 

背中越しに放たれたレムさんの微笑ましそうな声に改めてギプスに書かれたメッセージをよく目を凝らして読んでみるとレムさんの言っていた言葉の意味がよくわかった。

 

 

 

 

 

『レムりんをつれかえってくれてありがとう』

 

『アキラ、ありがとー』

 

『かっこ悪いけど、かっこいい』

 

『やくそく、アキラのおようふくつくったげる』

 

『だいすき』

 

『またいっしょにあそぼー』

 

『みんな、まってるからね』

 

 

 

「―――ったく、ガキのくせに・・・味なマネしやがるぜ」

 

「アキラ君の優しさが子供たちにも伝わったのでしょう。アキラ君がいなかったらあの子達も全員死んでいたはずでしたから」

 

「よしてくれ。結局、俺一人じゃあ何もできなかったぜ。あの時、レムさんがいてくれたからこそあいつらを助けられたんだぜ―――あいつら、ちゃんとレムさんにお礼言ってたか?」

 

「・・・はい。身に余るほどたくさん頂きました。子供達はこんなレムにもいっぱい感謝してくれました」

 

「・・・“こんなレム”か。自虐的なのは相変わらずッスね。自己評価が低いのをいきなり変えろとは言えないけどよ~。自分が果たした功績くらいは誇ってもいいと思うぜ」

 

「レムは無知で、無才で、欠点だらけです。今回のことにしたって・・・アキラ君の決断があの子達を救ったんです。レムはたまたま側にいただけに過ぎませんから」

 

「変わらねえな、レムさんは」

 

 

 

 

 

自分のことを病的なまでに過小評価し、自分の功績を全て他人のものにしたがる。悪いやつらに利用されねえか心配になってくるぜ。

 

 

 

 

 

「それはそれとして・・・だ。俺もレムさんにずっと言いそびれていたことがあったんだ―――いろいろとありがとうな。ガキ共を助けるのに協力してくれたことも・・・俺の呪いを解呪するために戦ってくれたことも・・・付きっきりで看病してくれたことも・・・いろいろありすぎて一言じゃあ言い切れないぜ」

 

「っ・・・やめてください。レムは・・・アキラ君に感謝してもらえるような立場じゃありません。アキラ君の呪いも元はと言えばレムが原因なんですから・・・」

 

「俺はレムさんのせいだなんてこれっぽっちも思っちゃいねえよ。それに・・・可愛い女の子に付きっきりで看病してもらったんだぜ。この上ないご褒美だぜ」

 

「レムはただ・・・アキラ君に謝りたくて。何をしたら許してもらえるかわからなかったから、レムがされて一番嬉しかったことをしたいと思っただけです」

 

「グレート・・・今回のネガり具合はすげえな」

 

 

 

 

 

森の中であんだけ偉そうに垂れた俺の説教も指して効果はなかったと見える。レムさんは俺から目をそらして恥ずかしそうに・・・それでいて悲しげに俯いて俺への懺悔を口にする。

 

 

 

 

 

「俺に謝ってもらう必要なんかないぜ。俺はただ・・・自分がなすべきことをなしただけだ。巻き込んだのは俺の方だし・・・むしろ、今回の件に関して言えば、一番肝心な時に遅刻してきやがったロズワールに文句を言いたいね、俺は。あいつは、ちゃんと約束果たしてくれたのか?」

 

「はい。ロズワール様も今回の件についてはアキラ君にとても感謝されているご様子で。解呪の方もロズワール様が約束通り全ての魔獣を掃討してくださり・・・同時にアキラ君にかけられた呪いも効果を失いました。ですのでアキラ君が呪いで命を落とす心配はもうありません」

 

「グレート・・・俺があんだけ物量で手を焼かされていた魔獣共を一晩足らずで殲滅したのかよ。ラインハルトの時も思ったが―――もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな?」

 

「そんな・・・アキラ君がいなかったら今頃村はどうなっていたことかっ!エミリア様も・・・レムや姉様だって・・・」

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドは能力による応用幅は広いが、近距離パワー型の都合上・・・『火力不足』という欠点を抱えてしまっている。

 

俺も『魔術師の赤《マジシャンズ・レッド》』のように炎を操る力があったらロズワールばりの活躍ができたかも知れねえのによ―――って言ったところで、ただの無い物ねだりだな・・・今はどうでもいい。

 

 

 

 

 

「ともあれ・・・このグレートに長かった『一週間』もおしまいか。全員で無事に乗り越えられたことに感謝しねえとな」

 

 

「―――無事なわけ・・・ないじゃないですか」

 

 

「あん?」

 

 

「確かに目立つ傷は治療が終わっていますし、日常生活に支障をきたす後遺症が残る心配も幸いありません。でも――――『傷跡』は残ります。体はもちろん・・・『心』にだって」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「それに、幾度も治療を重ねたことが原因で、アキラ君の体の中のマナは枯渇寸前で・・・ゲートだってボロボロなんですよ。それで、どうして・・・『無事』だなんて言えるんですかっ」

 

 

 

 

 

悲痛に顔を歪ませて泣きそうな声で俺に訴えるレムさん。俺の体のことなのに俺よりもレムさんの方が悲しんでいやがる。それが嬉しいやら照れ臭いやらで・・・不覚にも顔が少しにやけてくる。

 

 

 

 

 

「―――でも生きてる」

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「確かに、体はボロボロ・・・ゲートの損傷も酷く二度と魔法は使えないかも知れねえ―――けど、何でかな・・・ちっとも後悔してねぇのは。あの時の俺は自分の体がぶっ壊れてもいいから・・・ラムとレムさんに生き残って欲しかったんだ」

 

 

「でも・・・それでアキラ君が死んだら、エミリア様が悲しみます!姉様だって喜びはしないでしょう」

 

 

「だろうな。でも、意地があんだよ・・・男の子にはな」

 

 

 

 

 

俺の命と二人の命・・・秤にかけるまでもなく俺の答えは決まりきっていた。レムさんには自分の命を大事にするよう言っておきながら、こと自分の命に関しては無頓着な自分の言動の矛盾に我ながら傲慢だと思わざるを得ない。

 

 

 

 

 

「どうして、そこまで・・・レムには理解できません。アキラ君が何でレムのために自分の命を捨てようとしたのか・・・レムに・・・アキラ君がそこまでする価値があったとは思えません」

 

 

「レムさんが気づいてないだけで・・・俺はレムさんの存在がどれ程尊いものかよく知っているつもりだぜ。ラム程とまではいかねぇがよ。あんたは何一つラムに劣ってなんかいないぜ」

 

 

「―――レムにはわかりません。レムは非力で、非才で、鬼族の落ちこぼれです。だから、どうしても・・・走り出しても届かないことが多い。だから、レムが姉様に追いつくためには・・・早く走り出しているより他に方法が思いつかないんです」

 

 

 

 

 

これまでレムさんが背負ってきた重すぎる重圧《プレッシャー》。その胸中を語るレムさんは迷える子羊のように・・・あまりにもか細く、触れたら砕けてしまいそうなくらい弱かった。

 

 

 

 

 

「姉様ならもっとうまくやれた。姉様ならこんなところで躓かない。姉様ならきっと迷わない。姉様なら簡単にこなすに決まってる。姉様なら絶対に間違わないに違いない。姉様なら・・・姉様なら・・・姉様なら――――っ」

 

 

 

 

 

今まで表に出さなかったラム《姉》への劣等感《コンプレックス》。出口のない迷路の中で必死に答えを探し求めて・・・それでも見つけられなくて・・・その苦しみから逃がれることすら出来ない無限ループ。

 

レムさんがあそこまでラムに対して献身的なのは、絶対的な姉《ラム》への恐怖心があったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「レムは、姉様の代替品・・・それもずっとずっと劣った、本当の姉様にはいつまでたっても追いつけない・・・『出来損ない』なんです」

 

 

 

 

 

抜け出せない地獄の中で確立されたあまりにも悲しき自己定義《アイデンティティー》。でも、それにすがることでしか自我を保つことができなかったのだろう。誰もレムさんに答えを与えることができなかった―――ラムですらも・・・レムさんを救うことができなかったのだ。

 

 

 

 

 

「どうして、レムの方にツノが残ってしまったんですか?

 

 

 

どうして、姉様の方のツノが残らなかったんですか?

 

 

 

どうして、姉様は生まれながらにツノを一本しか持っていなかったんですか?

 

 

 

どうして、姉様とレムは『双子』だったんですか?

 

 

 

―――どうして・・・『レム』は生まれてきてしまったのですか?」

 

 

 

 

 

ついには・・・涙をこぼして俺に『答え』を求めるレムさん。姉のことを追い続けていく内に自分のことすらもわからなくなって・・・自分の存在意義すらも見出だせなくなって・・・まだ会って間もない俺《他人》に救いを求めてくるレムさん。

 

だが、いくら俺に問うたところで・・・俺から彼女に与えられる『答え』などなかった。

 

 

 

 

 

「っ・・・ご、ごめんなさい。おかしなことを言ってしまいました。忘れてください。こんなこと人に話したのなんて初めてで・・・変なことに・・・」

 

 

「―――俺も・・・あんたと同じだった」

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

俺が伝えられるのは『レムさんの答え』ではない。あくまでも俺自身が過去に出した『俺の答え』だけだ。これが彼女の救いになるかはわからないが―――

 

 

 

 

 

「『何故戦うのか』・・・『自分は何者なのか』・・・誰かにその答えを教えて欲しかった。でも、最後には自分で出さなきゃならない答えもあるんだ――――人としてできること・・・それは自分自身で決めるしかないんだ」

 

 

「自分自身で・・・でも、レムは・・・レムには、もう―――っ」

 

 

 

 

 

レムさんの過去に何があったのかはわからない。彼女が過去に何を失い、どんなトラウマを抱えているのか俺には知る由もない。だが、未だなお苦しみ続けているところを見ると俺の想像を絶する何かがあったことだけは確かだ。

 

でも、レムさんは過去に大きなものを失ってなお・・・まだ一番大事なものが残っていることに気づいていない。

 

 

 

 

 

「レムには・・・わからないんです。どうしても見つからないんです。レムが犯した罪をどう償えばいいのか・・・どうすれば贖罪になるのか・・・どうしてもわからないんです」

 

 

「・・・そうかな?」

 

 

 

 

 

レムさんがずっとラムへのコンプレックスに苦しめられてきたのは確かだ。だが、それ以上に彼女の中で一番大切な人であったことも確かだ。それは罪悪感や畏怖から来るものではない・・・ラムに向ける本物の敬意と愛情があったからこそ、ここまでこれたのだ。

 

 

 

 

 

「――――あんたの心の弱々しい迷いと裏腹に・・・あんたの『手』は強く握りしめて離さない」

 

 

 

 

 

どんなに過去の罪に苛まれようと・・・劣等感に苦しめられようとレムさんは決して『ラムの手』を離そうとはしなかった―――自分を苦しめている一番の元凶であるはずなのに・・・彼女はそれを振りほどこうとはしなかった。

 

――――レムさんは、いつも先を歩くラムの手を握って引っ張ってもらいながら歩いていたはずだ。ラムがツノを失い力を失っても・・・力を失ったラムを支えるべくレムさんはその手を離さずにラムと共に歩いてきた。それは上っ面なんかじゃない本物の『想い』があったからこそ一緒に歩いてこれたんだ。

 

 

 

 

 

「大事なものを失って・・・身も心も疲れ果て・・・けれど、それでも決して捨てることが出来ない“想い”があるならば――――誰が何と言おうと・・・それこそがあんただけの唯一の“真実”」

 

 

「―――っ!?」

 

 

「・・・そろそろ過去《むかし》を振り返るのはもう十分だろ―――現在《いま》も・・・そして未来《この先》も・・・変わらずあんたを心配してるあんたの姉様が・・・ずっとあんたの側で待ってる。あんたが過去から解放されるのをな」

 

 

 

 

 

あまりにも近すぎて見えなかっただけで・・・本当はレムさんが求めていたものはずっとレムさんの中にあったんだ。ただ・・・不幸なことに彼女は視野が狭すぎて、それを見落としたままずっと苦しみ続けてきたんだ。

 

 

 

 

 

「そんな・・・そんなことって・・・だってレムは姉様の代替品で・・・出来損ないで―――」

 

 

「関係ねえよ。レムさんがどれだけラムに劣等感感じていようが・・・ツノがあった頃のラムがどれだけ優秀であろうが・・・ラムにとってあんたが大切な妹だってことに一切変わりはねえ――――『姉妹』ってそういうもんだろ?」

 

 

 

 

 

自分の中で掴みかけている『答え』に酷く戸惑っているレムさん。レムさんはまだ自分自身が信じられないのだろう。

 

 

 

 

 

「レムさん・・・俺はラムのことを尊敬している。体力ねえし、料理下手だし、仕事サボるし、口も悪いけどよ・・・――――妹のために躊躇わずに死地に飛び込む“勇気”と・・・こんな得たいの知れない俺を受け入れてくれた“懐の広さ”と・・・俺の命が助かったことを心の底から喜んでくれた“優しさ”。俺はラムを尊敬している・・・本人の前じゃあ絶対言わねえけどよ」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「そして・・・それと同じくらいレムさんのことを尊敬しているんだぜ」

 

 

「え?」

 

 

「レムさんは、いつも一生懸命で・・・責任感が強くて・・・よく気が利いて・・・優しくて・・・お姉さん想いで・・・たまにちょっとツッ走っちまったり、怒らせると恐いところもあっけどよ―――でも、そういうダメなところも含めて全部がレムさんの魅力なんじゃあねえかな。だから、レムさんがラムよりも劣ってるなんてこと絶対にあり得ないぜ」

 

 

 

 

 

何より裁縫スキルやお掃除スキル、その他の家事スキルもカンストしている上、お料理スキルも完備してる。この上、『メイド』と『妹属性』と来たもんだ。

 

オタクの欲望と願望を凝縮して体現した理想のヒロイン像の一つと言っても過言ではない―――マジで『俺の嫁』に欲しいくらいだぜ。

 

 

 

 

 

「ちがっ・・・違うんです。レムは・・・姉様には遠く及びません。本当の姉様だったら・・・姉様のツノがあったらこんなことには・・・」

 

「そうかもしれねえし、そうじゃねえかもしれねえ・・・けど、そんな『もしも』の話、したところで意味がねえ。過ぎちまったことに『たられば』を言い出したらキリがねえよ―――それに・・・あんた、一番大事なことを忘れてるぜ」

 

「・・・え?」

 

「・・・俺の命を救ってくれたのはラムじゃない。エミリアでもないし・・・ベア様でもなければ、パックでもロズワールでもない。

 

 

―――“あんた”なんだぜ、レムさん。

 

 

レムさんの覚悟が・・・あの時、諦めきっていた俺の心に執念を与えてくれたんだ」

 

 

 

 

 

あの時、誰しもが諦めていた。俺自身ですら諦めていた。ガキどもの救出に成功して、レムさんとラムが無事だったのを確認して・・・俺は完全にやり遂げたつもりになっていた。

 

ベア様から余命宣告を受けたときも内心では―――『ま、いっか』なんて考えていた。

 

―――そんな中で、ただ一人・・・俺を助けようと立ち上がってくれたのがレムさんだったんだ。

 

 

 

 

 

「でも、結局・・・レムはアキラ君に助けられました。レムが余計なことさえしなければ・・・」

 

 

「俺ですら自分の命を諦めていたのに・・・レムさんだけは諦めなかった。レムさんが諦めなかったからこそ、俺はこの『救い』に辿り着いた。あんたがいなかったら・・・俺は人知れず森の中で孤独にくたばっていたろうさ」

 

 

「っ―――・・・本当の、姉様なら、もっとうまく」

 

 

「でも、俺を助けてくれたのはレムさんだ。俺が今こうして生きていられるのは、他でもないレムさんのお陰なんだぜ。助けられた本人が言うんだから間違いねえって。

 

 

―――本当にありがとうなっ!」

 

 

「―――ッ・・・!」

 

 

 

 

 

面と向かってお礼を口にするのは恥ずかしいものがあったけど・・・命も心も救ってもらった大恩人《レムさん》相手に感謝を述べることに抵抗はなかった。寧ろ、言い足りないくらいだぜ。

 

しかし、レムさんはそんな俺の感謝の言葉から逃げるように顔をそらし肩を震わせて俯いてしまった。

 

 

 

 

 

「レムは・・・レムは、姉様の代替品だってずっと・・・」

 

 

「そんな風に思ってるのはあんただけだぜ。誰もレムさんにラムの代わりになることを求めちゃいねぇし・・・よしんば、レムさんがラムの代わりになれたところで『レムさん』の代わりになれるヤツなんかどこにもいないんだぜ」

 

 

「・・・・・・。」

 

 

「―――『Nobody's Perfect』・・・誰も完全じゃない。だからこそ、レムさんにはラムが必要で・・・ラムにもレムさんが必要なんだ」

 

 

 

 

 

そう。それこそがレムさんが一番履き違えていたところだ。優秀な姉を完璧な人間だと思い込んでしまい、ありもしない理想像を姉に重ね続け・・・それがいつしか抜けない楔になってしまっていたんだ。

 

 

 

 

 

「ラムにないものをレムさんが補って、レムさんが足りないところをラムが補う。二人で一人の『鬼』ってヤツをやってけばいいんじゃねえか?・・・ラムもきっとそう思ってるはずだ」

 

 

「レムは・・・とっても弱いです。ですから、きっと・・・寄りかかってしまいますよ」

 

 

「だから『Nobody's perfect』・・・だってば。あんたは大事なことを忘れていたんだ。完璧であることよりも自分らしくあることが大事なんだ。例え、弱くても不器用でも・・・あんたの優しさが必要なんだ。それが、もし弱さだとしても―――俺は受け入れる」

 

 

 

ぽろっ

 

 

 

「―――ぁ・・・あれっ・・・な、なんで・・・~~っっ!」

 

 

 

 

 

俺がそこまで口にした瞬間、レムさんは両手で口を押さえて大粒の涙をこぼした。

 

 

 

 

 

「な、何故、泣く!?・・・泣くなよっ!!」

 

 

「ひっく・・・ふっ!・・・ぅぐっ!~~~っ」

 

 

「え、ええっ・・・れ、レムさん!俺はあんたを泣かすつもりじゃなくてよぉ~。ただ、あんたに笑って欲しくて頑張っていただけで・・・――――ほら、泣き止めって!こういう時は泣くんじゃなくて笑うことが大事なんだぜ」

 

 

「ぁぅっ・・・ふぐっ!・・・“わら、う”?」

 

 

「ああ。どこぞの『水の女神』も言っていたぜ――――『未来のあなたが笑っているか・・・それは神ですらもわからない。なら今だけでも笑いなさい』ってな。

 

だから、レムさん・・・そんな湿っぽいのはもうやめて。笑っていこうぜ。過去に縛られずに未来に向けてよ。そうすりゃ『明日』はきっといい日になる。ここいらで、あんたが背負ってきた重たすぎる荷物をおろしてみようぜ」

 

 

「っ・・・よろしいのですか?・・・レムの・・・ひっく・・・レムのような、咎人、がっ・・・ふぐっ・・・そんなことっ・・・許されっ、ても」

 

 

「たりめーだ。例え、世界中の誰もが許さなかったとしても・・・俺はレムさんを許す。誰が何と言おうと俺はレムさんを許す!この世に幸せが似合わない人間なんていない―――だから・・・失ったものばかり数えるのはもうやめにしようぜ。あんたの手を握ってくれるヤツらがここにちゃんといるんだからよ」

 

 

 

 

 

レムさんはもう十分苦しんできた。自分で自分を許せなくて、完璧な姉の幻想を追い求めて、ずっとずっと自分を追い詰めていた。だからこそ、もう終わりにしてやらなくちゃならねえ。

 

 

自分で自分を苦しめている囚人を解放してやれるのは・・・きっと俺みたいな事情も何も知らない無知蒙昧な流浪人がうってつけだろうからよ。

 

 

 

 

 

「それでも・・・もし、あんたが本当に絶望しちまうことがあったら――――俺があんたの希望になってやるよ」

 

 

 

 

 

そう言って俺はレムさんに向けて手を差し伸べた。レムさんの背負ってきたものを全て俺が受け止めてやると言う意思表示だ。

 

彼女が背負ってきた重たすぎる荷物を何も知らない人間《俺》が背負うということがあってもいいと俺は思う。こんなか細いレムさんの肩に余計なもん背負わすくらいなら・・・俺みたいなバカ野郎が背負った方がよっぽどましってもんだ。

 

―――それこそが俺を救ってくれた彼女に対する・・・ささやかな恩返しになると思う。

 

 

 

 

 

「っ――――鬼がかってますね・・・」

 

 

「だろ?」

 

 

 

 

 

そう言って彼女は微笑んだ。

 

 

あまりにも儚くて・・・弱々しくて・・・それでいて最高に美しいレムさんの笑顔は最高に“鬼がかっていた”。

 

 

 

 

 

ぽろっ… ぽろぽろ……っ

 

 

「―――っ・・・ふっ、ふふふっ・・・はっ、あはははっ」

 

 

 

 

 

でも、それも一瞬のこと・・・彼女の瞳から押さえつけていた涙が決壊し、ぼろぼろと大粒の涙をこぼして・・・それでも彼女は嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

本当は笑顔で応えようとしてるのに彼女の中でずっと押さえつけられていた感情はそれを許してくれないのだろう。込み上げてくる涙を必死に拭いながら、嗚咽混じりの笑い声をあげてレムさんは俺の手を握ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくしてロズワール領での魔獣事件は幕を下ろしたのだ。

 

 

 

魔獣騒動を引き起こした真犯人はどこかに姿を消してしまったが、顔が知れちまっている以上、もう二度とあの村で悪さすることはないだろう。

 

 

 

この事件で俺のゲートは酷く損傷し、治療のために体内のマナを大量に消費して枯渇状態になってしまった。

 

今後、無理に魔法を行使したり、治療のためにマナを消費したりすれば・・・身体に深刻な影響を及ぼし、日常生活にすらまともに送れなくなる可能性があるとのことだ。

 

 

―――勿論、後悔はしていない。

 

 

魔法に対する憧れは勿論あるが、それはラムやレムさんの命を引き換えにしてまで手に入れるほどのものじゃないし。寧ろ、魔法の才能のない俺がゲートを代償に二人の命を救えたんなら安いもんだ。

 

 

 

―――何より、レムさんのあの『笑顔』を取り戻すことができた。価千金の価値があると言ってもいい。

 

 

 

自分を支えてくれる人たちみんなの笑顔のために頑張る。いつでも誰かの笑顔のために頑張れる・・・改めてそれがすごく素敵なことだと思えた。

 

『人間』ってヤツは1人を幸せにすることは難しいが、100人を不幸にすることは簡単にできてしまう。

 

俺が何故この異世界に呼ばれたのか・・・誰が俺をここに呼び寄せたのか・・・そして、何故、魔女は俺を特別扱いしているのか――――それはまだわからないが・・・俺はきっとそんな人を不幸にするヤツらと戦うためにここにいるんだと思う。

 

 

 

何故なら・・・『スタンド使い』を倒せるのは同じ『スタンド使い』しかいないからだ。

 

 

 

敵の正体はまだ何も掴めていないが、俺はいずれ戦わなくてはならない。何故なら、この日常を脅かす邪悪なスタンド使いを倒すことが俺に与えられた使命なのだ!

 

 

 

 

 

「――――別に怒ってるわけじゃないわよ。ええ、そう・・・怒ったりしてない。一生懸命看病していた相手が目が覚めたらいなくて・・・探しにいこうかと思ったらベッドにがんじがらめに縛りつけられたりしてて・・・完全に置いてけぼりにされたからって、そんなことで怒るような狭量な心の持ち主じゃないもの、わたし」

 

 

「えっ・・・ああ、うん」

 

 

 

 

 

なんてご高説をたれたところで目の前のエルフのお嬢様は納得してくれまい。これで綺麗にエンディングというわけにはいかなかった。今回の事件で完全に蚊帳の外にされたエミリアが完全にへそを曲げてしまったのだ。

 

―――いや、だって・・・仕方がないじゃん。あのときの状況だったら他にやりようもなかったしさ。エミリアの性格を考慮すると絶対に首を突っ込むに決まっていたし。

 

かれこれ部屋に入ってきてから10分以上エミリアの恨み言をネチネチと聞かされ続けている。俺は何の反論する言葉も持っておらず蛇ににらまれた蛙のように冷や汗を垂らして相づちを打つことしかできない。

 

 

 

 

 

「―――別に・・・怒ってないから、わたし」

 

 

「グレート、怒ってるというより・・・完全に拗ねてるパターンだ、これ」

 

 

「っ・・・拗ねてなんかいないわよっ!アキラのおたんこなす!」

 

 

「だから!俺が悪かったって・・・しょうがねえじゃんかよ。あの時は他に方法が思い付かなかったんだから。ただでさえ二人が先行してバラバラに森に入ってる状況だったから余計なリスクを増やすわけにはいかなかったんだ」

 

 

「それ、わたしが足手まといだっていってるの!?」

 

 

「何でそうなるんだ!?勝手に悪い方に解釈しないでくれ!」

 

 

 

 

 

大泣きしたレムさんを慰めさせられた後はお怒りモードのエミリアを嗜めさせられる羽目になるとは。というか・・・何でエミリアは感情的になるとこうも子供っぽくなるんだ?普段、あんだけ大人びて年上風吹かしてるくせによぉ~・・・お陰で俺の言葉も完全に乱反射して跳ね返されてる。

 

 

 

 

 

「~~~~っ・・・まだ本当は言いたいことがいっぱいあるんだけど。アキラがまだ本調子じゃないからこれくらいで勘弁してあげる―――言っときますけど!わたし、ぜんっぜんっ怒ってないから!」

 

 

「だから、全面的に俺が悪かったよ!そんなに念を押さなくったってちゃんとわかってるっつーの・・・やれやれ、これだったら森で魔獣どもをボコってる方がまだ気楽だったぜ」

 

 

「だから怒ってないってば、もう!・・・でも、アキラが悪いと思ってるなら仕方ないわね。その謝罪を受けてあげるわ――――ホントに、もう心配させないでね」

 

 

「善処する・・・とは言っておくぜ」

 

 

 

 

 

この先、どんな敵が現れるかわかったもんじゃないからな。今回はこの程度で済んだが・・・次もこううまくいくとは限らない。

 

いや、寧ろ・・・時間を吹き飛ばすほどのスタンドパワーを持つ相手だ。楽に勝てるわけはないだろう。

 

 

 

 

 

「また、そうやってはぐらかして!アキラは本当に何もわかっていないんだから」

 

 

「俺も好き好んで危険に首を突っ込んでる訳じゃないぜ。あの時はやむにやまれぬ事情があったから・・・」

 

 

「違うわよ!そういうことじゃないの―――どうしてわたしを頼ってくれないの?アキラが一人で傷ついたり頑張らなくてもわたしだって力になれることだってあるかもしれないじゃない」

 

 

 

 

 

だから、お前を巻き込みたくなかったんだよ。お前ならそう言ってくれると思ったから・・・そんなびっくりするくらいお人好しなお前を俺の事情に巻き込みたくなかったから俺はあえて一人で行ったんだぜ。

 

―――な~んて言えるわけもないがよ。

 

 

 

 

 

「俺の治療で体力を使い果たしていたあの時のお前じゃあ・・・とても戦える状態じゃあなかったろ。二重遭難になる可能性だってあったし・・・あの時はあれが最善だったんだよ」

 

「・・・なんだかすっごく釈然としないんだけど」

 

「『部下や仲間を信じて帰りを待てる』ってのも・・・王として必要な資質だぜ。いくら仲間が心配だからって王が前線に出るわけにはいかねえからよ。将来のルグニカを背負って立つものとしてこれくらいは我慢してもらわねぇとな」

 

「アキラのそういうところ・・・わたし、すっごくズルいと思う」

 

「ズルくてもいい。俺はそういう男だ」

 

 

 

 

 

もともと清く正しく生きていこうだなんて思っちゃいない。目的のためならば手段は問わない。例え、誰かに恨まれようと手足を食いちぎられようと泥にまみれようと血に濡れようと・・・俺が護りてぇもんを護れたんなら、それでいい。

 

 

 

 

 

「ねえ・・・アキラ」

 

「なんだ?」

 

「もし・・・わたしが同じような状況に陥っていたら、アキラはわたしを助けようとしてくれた?」

 

「・・・さあ、どうだかな」

 

「何それ?ラムやレムのためだったらあんなに必死になれたのに・・・わたしを助けるのは嫌だっていうの?」

 

「誰かのために命を懸けるかどうかなんて・・・所詮その時の決断だ。要は俺の気分次第。その時になってみねぇとわかんねぇよ」

 

「ちっとも優しくないのね・・・わたしに対してだけは。ラムやレムにはあんなに一生懸命親切にしていたのに」

 

「あれ?・・・お前、俺に優しくしてもらいたかったわけ?なかなか可愛いとこあっじゃねえか」

 

「ぷんっ!アキラのことなんてもう知らないんだから」

 

 

 

 

 

そう言って頬を膨らませて腕を組んでそっぽを向いてしまうエミリア。少し意地悪が過ぎたかもしれないな。

 

 

 

 

 

「・・・“親切”じゃねぇよ、全然」

 

「え?」

 

「だから、『信じろ』なんて言えないな。誰もが助けられるわけじゃねぇしな」

 

「・・・・・・。」

 

「ただ、この手が届くのに手を伸ばさなかったら・・・死ぬほど後悔する。それが嫌だから手を伸ばすんだ―――それだけ」

 

 

 

 

 

次にまた何か得たいの知れない驚異が迫ったとしても絶対にエミリアを助けられる保証なんてどこにもない。現に俺は過去に一度ラムとレムさんを死なせてしまったのだから・・・今回の事件で俺はつくづく“自分”というものを思い知らされた。

 

悲しいかな。俺がいくら超強力なスタンド『クレイジーダイヤモンド』を保有する『スタンド使い』であったとしても・・・それを使役する俺のこの『手』はあまりにも無力でちっぽけで矮小だ。

 

だから、エミリアを護り抜くという約束なんかできっこない。

 

 

 

 

 

「ただ・・・まあ、なんつーか・・・俺は受けた借りは絶対に返す主義だ。今回のことで俺はまたお前にデッケェ借りを作っちまった。だからよ・・・俺に出来ることがあれば遠慮なく俺を頼れ。金以外のことなら相談に乗るからよ」

 

「(・・・助けられたのはわたしの方なんだけどなー)」

 

「何か言ったか?」

 

「ううん。何でもない!アキラってば、意外と面倒くさい性格してるのね」

 

「お前にだけは言われたくないよっ!」

 

 

 

 

 

でも、さっきまで膨れっ面だったエミリアも一転して笑顔になった。俺が言わんとしていたことは十分伝わったらしい。

 

些細なことで一喜一憂して・・・心配性で・・・結局、根っこのとこは呆れるくらい優しくて―――やっぱ、何だかんだでこういうところは“女の子”なんだなって思わされるぜ。

 

 

 

 

 

「ヒロインのために命を懸けるってのは悪くないんだがよ。現実的な話をさせてもらうと・・・ロズワールにはたんまりと報酬をもらわないとな―――こりゃあ、特別労働手当でももらわんと割に合わんな」

 

「―――ねえ、アキラ・・・もしもアキラが良かったら、わたしの・・・」

 

「『わたしの』?」

 

「っ・・・ううん!何でもない!―――今度一緒に王都に行ってみない?アキラへのお礼がまだ終わっていないから」

 

「お礼って・・・まだそんなこと言ってんのかよ。お前は俺の命の恩人なんだぜ。でーんと構えておけっつーの」

 

「そんなの無理よ!アキラにはたくさんたくさーん助けてもらったんだから。傷の手当をしただけじゃあ何にも返せてないんだから」

 

「だぁああもうっ!それが面倒くさい性格だって言ってるんだつーの!」

 

 

 

 

 

結局、事件は解決しても・・・エミリアは変わらねえな。ロズワールも相変わらず道化《ピエロ》だし。パックが定時上がりなのも変わらねえ。ベア様は相変わらず書庫に引きこもってるし。ラムも相変わらずのポンコツぶりだし。レムさんもラムの分をカバーしようと一生懸命なのは相変わらずだ。

 

今回のことで何か一つでも変えられたものがあればいいんだけどよ~。『運命を変える』って意気込んでたわりに・・・蓋を開けてみると何にも変わってねえよな―――俺ってつくづく影響力ないのな。

 

 

とりあえず今日のところは・・・『在るべき日常』を取り戻せたってことで満足しておくか。

 

 

 

 

 

 

 





『何気ない日常こそが何よりも尊くて幸せである』・・・これは筆者にとって絶対に外せない持論だと思っております。

リゼロを見てるとそれを改めて思い知らされます。

そう自分に言い聞かせながら筆者は今日も過酷なリアルと戦っております。時間がなくて大変ですが、執筆は進行中です!


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第2.5章:動乱の序曲
第34話:それでも明日はやってくる


お久しぶりです。皆様方。

今まで応援してくださっていた方には勿論のこと、休載していた頃に応援のメッセージを頂いた闇熊さんと通りすがりさんにも改めて感謝を申し上げます。

長きに渡って休載していたのには幾つか理由があります。

1つ目は単純に仕事が忙しくなったこと。もう一つは、携帯に入れていたデータが消し飛んだこと。そして、これが一番大きいのですが・・・ここから先の話を原作沿いにするか、オリジナル展開にするかで悩んでいたということです。

今回は幕間のお話になりますが、今後、どうなっていくか皆様の希望等あればご意見をください。筆者の中で『こっちで行こう』という考えはありますが、どちらでも対応できるよう2パターン考えてあります。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーラム村魔獣襲撃事件から一週間が経った。

 

 

主犯である魔獣使いの少女は未だに逃走中だが、周囲に生息していたウルガルムはロズワールによって掃討された。

 

村の結界も修復されはしたが、今後同じようなことが起こらぬようなロズワール自らの手でさらなる厳重な結界を多層的に張ることにより警備体制の強化が行われたらしい。

 

村の人達も幸い大事には至らず“全員”無事に明日に送り届けることができた。

 

 

勿論、一番守りたかったエミリアやラムもみんな無事だ。怪我も後遺症もなくピンピンしている。

 

何より、一番の報酬はレムさ……げふんごふん!―――――『レム』の最高の『笑顔』と『命』を取り戻せたことであろう。

 

俺からしてみれば、この上ない最高の結果と言えるだろうぜ。

 

 

―――ただ今回の件で受けた損失もある。俺の肉体は俺が思っている以上に深刻なダメージを受けてしまっているということだ。

 

それも当然のこと……俺の怪我は普通の人なら死んでいるか、半年は動けない程の重体だったのだから。こうして短期間で回復できたのは魔法により体内の回復力を無理やり高めたからに過ぎない。従って、その反動も大きい。

 

 

表面上、回復したように見えても体は本調子ではなく、回復のための長期間の休養が要求されているのだ。

 

お陰で屋敷の仕事はほとんど任せてもらえず、日中はラムやレムさ……『レム』が絶えず監視の目を光らせており、エミリアまで睨んでくる始末だ。

 

今の俺の休まる場所といえば、ベア様のいる禁書庫ぐらいなもんだぜ。

 

 

さて、話が長くなったが……そんな屋敷で居場所をなくした俺が何をしているのかというと―――

 

 

 

 

 

「はいっ、最初は準備運動~っ! 手をまっすぐ上にあげて左右に振りま~す! 行きますよ~?まず右から~  さんハイ!」

 

 

ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~ ぶ~らぶらっぶ~ら~

 

 

「左!」

 

 

ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~ ぶ~らぶらっぶ~ら~

 

 

「右!」

 

 

ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~ ぶ~らぶらっぶ~ら~

 

 

「左!」

 

 

ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~ ぶ~らぶら~で

やって行こうっ!!

 

 

 

 

 

アーラム村で村人達と元気に『う●るん体操』に励んでいた。だって、この村の人達、意外とノリがいいんだもん。

 

 

 

 

 

「―――こぉらーーーっ!」

 

 

「ヤベッ!……エミリアのとっつぁんだ!総員退避ーーーっ!!」

 

 

「んもう!アキラ、待ちなさいったら!あれ程、ベッドでおとなしくしてなさいって言ってたのに!もぉーーーっっ!!」

 

 

「アリーヴェデルチ!(さよならだ)」

 

 

「とっととお縄につきなさい!帰ったら今度こそとっちめてやるんだから!」

 

 

「ええっ!?お前、まさかの緊縛プレイを俺にご所望か!?……俺にそんな趣味はねえぞ!ヲイ!」

 

 

ズグシュゥッッ!!

 

 

「パズスっ!?」

 

 

 

 

 

この追っかけっこの終わりはいつも俺の後頭部にエミリアのエメラルドスプラッシュが突き刺さって幕を閉じる。怪我人であるはずの俺を気遣っての行動のはずなんだが、納得行かねぇ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっつぅぅ〜〜〜……いや、だからさ。頭に氷柱刺すのやめねえか?俺、その内脳に障害が出てくるぜ。GT●の鬼塚先生みたいに…」

 

「しょうがないでしょ。アキラのアンポンタンはこうでもしないと止まらないんだから」

 

「いや、だからって何も頭に刺すこたぁねぇだろ!?ツッキーのクナイ投げじゃないんだぜ!ギャグ漫画じゃなきゃ割と致命傷だからね!」

 

 

 

 

 

エミリアとも今ではこうしてボケツッコミが出来るくらいには打ち解けてきた。最初はお固くて義理深いだけのお嬢様かと思ったら、世情に疎く子供っぽい寂しがり屋なところが随所に見られる―――愛い奴め。

 

 

 

 

 

「アキラはちょっと目を離すとわたしの目を盗んでヤンチャばかりするんだから。この前だって魔獣との戦いでわたしを置いてけぼりにしたし…」

 

「やれやれ、まだ根に持ってやがんのかよ。あれは仕方なかったんだって」

 

「根に持ってないから!わたしはアキラが反省してないから怒ってるの!」

 

「はいはい」

 

「『はい』は一回!」

 

「はーい」

 

「伸ーばーさーなーいーのっ!」

 

「……お前も伸ばしてんじゃん」

 

 

 

 

 

俺の適当な切り返しに地団駄を踏んで噛み付いてくるエミリア。なんか昭和のラブコメ漫画みたいなやりとりだが、これがエミリアの平常運転だ。前々から思っていたことだが、エミリアを見てると何故か奇妙な時差のようなものを感じる。

 

まるで過去から現在にタイムスリップしてきてしまった浦島太郎のような……この時差のような違和感は何なのだろうか?

 

 

 

 

 

「しかし、お前……その暑苦しいマントは何とかなんねぇのか?その格好で追っかけてくるのはなかなかの事件だぜ」

 

「仕方がないのよ。こればかりは………だって、あたし、ハーフエルフだから」

 

「そんなの気にしてんのお前くらいなもんだと思うけどな。王都でも別になんてことはなかっただろ」

 

 

 

 

 

そう。今のエミリアの格好は、いつもの白を基調とした一張羅の上から、紫の刺繍の入った白いローブを羽織り、猫耳フードですっぽりと綺麗な銀髪を隠してしまっている。

 

何でもこのローブには『認識阻害』の魔法が組み込まれてるとか何とか……そのせいで今のエミリアは『エミリアではない誰か』として認識されているらしい。

 

 

 

 

 

「アキラはこの国の人じゃないからハーフエルフに対してもへっちゃらみたいだけど。普通の人が見たらハーフエルフってだけで怖がられちゃうもの」

 

「『へっちゃら』って……またエミリア語録が増えたんだぜ―――っていうかさ、そんなに姿見られたくなかったら、そんなのかぶらない方がいいんじゃないか?逆に目立っちまってるぜ」

 

「え?そ、そうかな?……割と普通だと思うんだけど」

 

「だって猫耳フードだぜ?今時、アキバでも売ってないんじゃないか、そんなの………似合ってるからいいけど」

 

 

 

 

 

認識阻害の魔法をかけるにしても何でこうも奇抜なデザインにしたのやら。もしかして亜人向けに作られてるのかな?何せ鬼がいる世界だ。猫耳とか生えてる亜人がいたっておかしくねえぜ。

 

 

 

 

 

「どうせケモ耳フードをかぶって、かくしん的☆めたもるふぉ〜ぜをするならよぉ〜。『こっち』の方がきっとお似合いだぜ」

 

「……このフードについてる顔と耳は何?」

 

「ハムスターだよ。かわいいだろ?しかも、これを被るだけで身長が変わるんだよ。具体的には160センチから40センチの二等身ボディになる。こう……『うまる〜ん』って感じでよぉ」

 

「確かに可愛いんだけど……これ、何の術式効果もないわよ?」

 

「大丈夫。そこは謎の力が働いているからよぉ〜。ただし、欠点は……これをかぶることによりキャラの干物化が始まってしまう―――衆目の中では品行方正な美少女然としているが、自宅に帰ると一転、別人のような二頭身キャラクターに変貌し。仕事も勉強もほっぽりだして、ラフな格好でスナック菓子とコーラを貪るぐうたらな生活を送るようになるんだぜ」

 

「全然ダメじゃない、それっ!そんな呪いの魔道具みたいなの勧めないでよっ!王選前にダメ人間になっちゃうじゃない!」

 

「さあ、みんなで歌おう!ーーー E・M・R! E・M・R! UMAぢゃないよ E・M・R!」

 

「何の歌っ!?E・M・Rって何っ!?何だか、すごく唱えちゃいけない呪文な気がするんだけど!?」

 

「「♪E・M・R! E・M・R! UMAぢゃないよ E・M・R!」」

 

「パックまでっ!?ちょっと二人ともやめてよっ!恥ずかしいじゃないっ!」

 

「「♪E・M・R! E・M・R! UMAぢゃないよ E・M・R!」」

 

「だ、だからぁ……もぉっ!」

 

 

キュィィイイン… パキパキパキパキッッ!

 

 

「―――いい加減にしなさぁーーーいっ!!」

 

 

ドギャァアアアーーーーーンンッッ!!

 

 

「……ナラギリーーーっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――あいたたたた……手加減なしだぜ、エミリアお嬢様はよ〜。人のことを重傷患者扱いするくせに。矛盾してると思わねぇか?」

 

「お前が毎日くだらない騒動を起こすのが悪いのよ。それが嫌ならベッドの上で大人しくしているかしら」

 

「いや、つってもよぉ〜……俺はここで雇ってもらってる身なんだぜ。仕事取り上げられたままグ〜タラしてるわけにもいかねぇだろ………ぶっちゃけ、やることなくて暇なんだぜ」

 

「お前が村やあの姉妹を救うために奮闘しただけでも立派な対価にはなっているかしら。連日、遊びに行くふりをして村の警邏をやってるだけでも十分労働していると言えるのよ」

 

「あはははは………バレてたッスか」

 

 

 

 

 

ベア様は本から視線を起こさぬままつっけんどんな態度で相変わらずズバズバと痛いところを突いてくる。霊験あらたかな精霊様には俺の行動の意図はまるっとお見通しらしいんだぜ。

 

 

 

 

 

 

「ついでに言っておくと。わざわざ混じり物の娘を村に馴染めるようにわざとらしく道化を演じるのもいい加減見苦しいからやめるのよ―――お前のつまらないお節介を要するほどあの娘は弱くはないのよ」

 

「……ベア様よぉ〜。流石にそれは買いかぶり過ぎだ。俺は人様のためにそんな高尚な行動が取れるほどできた人間じゃあないんだぜ」

 

「……つくづく面倒なやつかしら」

 

「事実だぜ。俺はこれからも自分がやりたいようにやるし、好きなように生きていく。そこに他人がどうこう絡む余地はないんだぜ」

 

「なら勝手にすればいいかしら。どの道、今度またあんな無茶なことをすればお前は間違いなく死ぬのよ。お前の限界まで損耗したゲートではまともにマナも取り込めない。回復魔法は二度と使えないのよ」

 

「言われなくてもあんな無茶なこと、もう二度とやりたくねぇッスよ」

 

 

 

 

 

これこれ。そっけないフリをしていて本当は優しくて面倒見がいい。人を見下していながら、どこか見守ってるっつーか……こういうところがベア様のイカしてるところなんだぜ。

 

 

 

 

 

「何をニヤニヤしているかしら?気持ち悪い奴なのよ」

 

「悪い悪い。近々、俺も屋敷を出るつもりだから、その前に改めてちゃんとお礼を言っておかねぇとって思ってよ」

 

「―――《ぴくっ》……お前」

 

「ん?」

 

「そんな有様で、いったい、どこに行くつもりかしら?」

 

 

 

 

 

何だか空気が変わったんだぜ。無表情なのは変わらねぇけど……何か黙々としていたさっきまでと比べて若干怒気が混じってるような気がするんだぜ。

 

音にすると『シーン』って背景音が『ゴゴゴゴ』って聞こえてくるような。

 

 

 

 

 

「え?………いや、どこっつーか、別にあてはないっつーか、ロクに地理も知らないっつーか……まあ、行ってみれば何とかなるかなーってよ」

 

「ふぅ…」

 

「何ッスか、その深いため息は!?」

 

「お前は……ベティの話を聞いていたのかしら?お前の体はこれ以上無理をすれば確実に死ぬところまで来てるってベティは再三警告したのよ。それなのにどうしてアテもなく旅に出るなんて発想が出てくるのよ」

 

「ゑ?……いや、あの……」

 

「地理も知らない、おまけに文字も読めないお前が……このルグニカの地をほっつき歩いていたら一週間と保たずに魔獣に食い殺されるのよ」

 

「いや、でも、魔獣ぐらいなら………俺のクレイジーダイヤモンドで何とかなるんじゃあ」

 

「……これだから学のない人間は。お前は魔獣の中でも災厄とされている『三大魔獣』のことすら知らないのかしら」

 

 

 

 

 

ベア様は面倒臭そうに椅子から立ち上がると禁書庫の中から一冊の本を取り出して俺の前で開いてみせた。

 

 

 

 

 

「まず、この世界には『大罪の魔女』といって……かつて世界を滅ぼそうとした『嫉妬の魔女』を始めとした七人の魔女がいるのよ」

 

「ああ。それは前に聞いたことがあるな。とりあえず嫉妬の魔女のことだけはなんとか」

 

「その七人の中に『暴食』の名を冠する魔女がいたのよ。そして、その魔女は飢餓から世界を救うために、神と異なる獣を生み出した。それが『白鯨』『大兎』『黒蛇』」

 

「う〜〜〜む……白鯨、大兎、黒蛇、かぁ」

 

 

 

 

 

名前を聞いて真っ先に思いついたのは……

 

『白鯨』―――テ●プリのカウンター技。

 

『大兎』―――ワンピースのラパー●。

 

『黒蛇』―――NARUTOの大蛇●。

 

といった具合だ。そいつらが、どんな容姿をしているのか名前を聞いただけでは想像もつかない。

 

 

 

 

 

「中でも特に恐れられているのは『黒蛇』。この魔獣に関して言えば、創造主たる魔女の手を既に離れて誰にも従わないただの厄災、災禍の中の災禍と化してしまっているのよ」

 

「ふ〜ん……その三大魔獣ってそんなに危険なんスか?俺、あんまりピンとこないけどな」

 

「白鯨に出逢えば、記憶ごと存在を喰われ。大兎に出会せば、群れに跡形も無く喰い潰され。大蛇に遭遇したが最後、百の病に浸される―――ルグニカの長い歴史の中で幾千幾万の兵力を持ってしても滅ぼせなかったといえば伝わるかしら」

 

「……グレート。さしずめ白鯨は『シン』。大兎は『レギオン』。大蛇は『祟り神』ってところか」

 

 

 

 

 

とりあえず、自分の中で勝手なイメージ像を与えて自己完結をする。要するにこの前俺と死闘を繰り広げたウルガルムなんか目じゃないほどの災厄ってわけか。

 

 

 

 

 

「危険は魔獣だけにはとどまらないのよ。それ以外にも世界各地に点在している魔女教徒に襲われる可能性もあるかしら―――特にお前はその両方からつけ狙われる可能性が高いのよ」

 

「……“魔女の匂い”だろ」

 

「やっぱり、わかっていたみたいね。お前がしきりにあの村を気にするのも、この屋敷を立ち去ろうとするのも……このままだと自分が魔獣や魔女教徒を引き寄せてしまうかもしれない。また誰かが巻き込まれる前に姿を消そうと考えた―――そんなところじゃないかしら?」

 

「グレート……何もかもお見通しかよ」

 

「ベティを見くびるんじゃないのよ。お前みたいな単純な人間が考えることなんて容易に想像がつくのよ」

 

 

 

 

 

腕を組んで頬を膨らませてぷんっとそっぽを向くベア様は容姿も相まって可愛らしく見えた。この素直じゃない精霊様にも世話になりっぱなしなんだぜ。

 

 

 

 

 

「けど、ベティもお前にあまり長居されると迷惑なのよ―――んっ!」

 

「今度は何スか?」

 

「いいから、両手を出すのよ」

 

 

 

 

ベア様に促されるままに両手を差し出した。次の瞬間―――

 

 

 

 

 

ドサドサドサドサドサドサドサドサドサァ……ッッ

 

「くぅぅおおっ!?」

 

「屋敷を出る前に最低限の一般常識くらいは身につけておくのよ。それを全部読み終わる頃には文字の読み書きくらいは出来るようになってるのよ」

 

「おい!?読むってこの量を全部ッスか!?この量じゃあ読破するのに一年はかかかるッスよ」

 

「仕事も与えられずやることがない今のお前にはそれが一番なのよ。ベティなら、それを読み切るのに2日かからないのよ」

 

「偉大な精霊様と国語の成績『2』の俺を一緒にしないでくれる!?俺の高校の時の読書感想文『ズッ■ケ三人組』だよ!?こんな古文書みたいなの解読できねえッスよ!」

 

「どうしても難しかったら、あの鬼の双子に頼めばやってくれるのよ。特に妹の方はお前のことを心酔しているみたいだし、適役かしら」

 

「ぐっ……そ、それはちょっと……ラムの方に頼むのは屈辱的だし。レムさ……レムの方にもちっと頼みにくい事情が」

 

「そんなことベティの知ったことじゃないかしら。わかったら、とっとと出ていくのよ」

 

 

 

ゴォウッッ!!!

 

 

 

「テスカポリトカーーーーーーっっ!?」

 

 

 

バタムッ!!!

 

 

 

 

 

禁書庫から吹き飛ばされながら俺は思った。

 

『何故、ベア様は屋敷を出ていこうとする俺にこんな大量の宿題を押し付けたのだろう』と。

 

そして『禁書庫から出てないはずのベア様が、どうしてアーラム村での俺の様子を知っているのだろう』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パラッ

 

「ううわっ……字ちっさ。こんなことならベア様の前で余計なことしゃべるんじゃなかったぜ」

 

「―――ジョジョ、ベアトリス様の禁書庫で何をサボっていたの?」

 

「人聞きの悪いことを言うな、ラム!お前ら姉妹に仕事を取り上げられてやることなくて途方に暮れていたんだぜ、俺は」

 

 

 

 

 

ベア様から大量の本と一緒に吹き飛ばされて廊下で本を整理しているとティーセットを持ったラムが現れた。相変わらずの唯我独尊っぷりだぜ。

 

こればかりは何度時間をループしても変わらねぇな。クールで素っ気ないというか掴みどころがないというか。まあ、根がお人好しなことには間違いないだろうが。

 

 

 

 

 

『―――ジョジョっ・・・ジョジョっ!よかったわね!ロズワール様がジョジョの呪いを解呪してくれるのよ。これで今度こそジョジョは助かるのよ!』

 

 

 

 

 

……こいつのあんな顔初めて見たな。

 

あの時、抱きつかれてわかったけど………こいつ本当にか細くて小さいんだよな。レムさんほど胸はないけどすごく柔らかかったし。それに頬にぐりぐりと頭押し付けられて、もう少しで唇が当たりそうな――――

 

 

 

 

 

「………なに?ラムの顔に何かついてる?」

 

「え゛っ!?い、いや〜……いつまで経っても俺の扱いが変わらねぇなって思ってよ。村を救った英雄様をもう少し崇め奉ってもらっても構わないんだぜ」

 

「何でラムがジョジョを崇めなくてはならないの?ジョジョの方こそ命の恩人であるロズワール様に感謝することね。ジョジョはあのお方に一生分の恩があるのだから」

 

「やれやれ……―――俺を救ってくれたのは、どちらかというとお前ら姉妹の方なんだけどな」

 

「何か言った?」

 

「いいや、何でもねぇよ。早いところ傷を治して奉公させてもらうとするぜ」

 

 

 

 

 

ラムやレムさ……こほんっ―――俺がラムとレムの二人に受けた恩がどれ程のものであったか筆舌に尽くし難い。しかし、二人にそんなことを話したところできっと素直に受け取っては貰えないだろう。

 

俺がデスルーラを繰り返して皆と過ごした時間は一生誰とも共有できるはずもないのだから。

 

 

 

 

 

「ってなわけでよ、宿題も出されたことだし……今日のところは大人しく部屋に帰るぜ」

 

「『シュクダイ』?この本を全部読むようにベアトリス様から命ぜられたの?」

 

「ん?……ああ。俺には一般常識が欠けてるから、これを読んで勉強しろってんだぜ。にしてもこの量は鬼だよな〜。確かに療養生活のいい暇つぶしにはなるだろうけど」

 

「丁度いいわ。ならラムがジョジョに文字を教える教材にその本を活用しましょう」

 

「ああ。そういう使い道も…―――って、ちょっと待て!もしかしてあの勉強会まだ継続してんの!?」

 

「当たり前でしょ。ジョジョに読み書きを教えるのはラムの仕事なのよ。将来的にジョジョがラムに恩を感じて奉公してもらえることを期待してのことよ」

 

「何で俺がお前の下僕みたいになってるの!?確かに雇ってもらってはいるけど、別にお前に仕えてるわけじゃないんですけど!」

 

「そうと決まれば今日の夜から再開するわよ。ラムが教師をやってあげるから、差し入れのケーキと紅茶を用意して丁重にラムをもてなすのよ。もしラムの舌を満足させることが出来なかったらジョジョにそれの10倍の課題を出してあげるわ」

 

「しれっと差し入れの要求をされたっ!?しかも、ペナルティが思いの外でかいんですけどっ!」

 

 

 

 

 

最近になって気づいたことだが、ラムは案外俺の作るおやつを気に入ってくれてるみたいだぜ。素直に褒めるのを嫌がってか、こういう何気ない会話の中で俺に作らせようとしているのが見て取れる。

 

 

 

 

 

「別に作るのは構わねぇけどよ〜。食材なしに調理はできねえんだぜ。つーか、そもそも今の俺は料理禁止令が出されてるんですけど。他ならぬエミリアとお前の妹君に」

 

「ジョジョがあまりにも自己管理しなさすぎるからよ。レムと一緒に料理すればレムも許してくれるはずよ」

 

「あの人と料理やろうとしてもなぁ〜。『料理はレムに任せて、アキラ君はゆっくり休んでてください』―――って全部仕事をとられちまいそうなんだけど」

 

「そこは自力で何とかしなさい。ジョジョはレムの英雄なんでしょ?」

 

「ちげぇーよ!!いつ誰が何をどこでどうしてどう間違ったらそうなるんだっ!?言いたかないけど、俺むしろ救けてもらった側ですよねっ!」

 

 

 

 

 

全く本人の預かり知らぬところで英雄認定されていたことに5W1Hでツッコミを入れてしまう。

 

しかも、アーラム村の連中からならまだしも。レムさ……げふんごふんっ―――レムからの英雄認定ってのがことさらに意味わかんねぇ。

 

俺は前の世界線で二人を死なせてしまった。あの生き地獄から救ってくれたこの姉妹には返しきれない恩がある。ましてや、レムに至っては俺を救うためにたった一人で魔獣退治に奔走してくれた大恩人だ。

 

 

―――『英雄』って言葉は、むしろ、俺よりもあの人にこそ相応しい。

 

 

 

 

 

「グレート……あの人は、自己評価が低いのと謙遜しすぎなところが玉に瑕だな。あと、自己犠牲が激しいところと視野が狭いところと突っ走っちまうところとシスコンなところと……―――あれ?実は結構多い?」

 

「………ジョジョに自己評価が低いなんて言われたら、いよいよレムもおしまいね」

 

「どういう意味だ、こらぁあっ!?」

 

 

 

 

 

勿論、俺よりも俺は別に悪口を言ったつもりはない。むしろ、尊ぶべき人だと思っているぜ。ていうか、メイドで双子で鬼で家事万能。おまけに気立てが良くて料理上手(←ここ重要)。

 

二次元広しと言えど、これだけの要素を取り揃えたハイスペックヒロインはそうはいまい。この俺の溢れるリスペクトを何だと思っているんだ。

 

 

 

 

 

「……自己評価が低いのと自己犠牲が過ぎるという点においてはレムよりもジョジョのほうが重症ということよ―――そのおかげで救われた人もいるのだけど」

 

「あン?」

 

「ハァーーー……これを懇切丁寧に説明していたらジョジョが理解する前にラムの寿命が尽きてしまうわ」

 

「何かよくわかんねぇけど……すっげぇ言われようだぜ。俺、何かお前に恨まれるようなことしたか?」

 

「そうね。ラムの可愛い妹を誑かす不埒者に恨みがないかと聞かれれば、今すぐにでも縊り殺したくなるくらいに憎悪で溢れているとだけ言っておくわ」

 

「誑かしてねぇよ!俺はレムさんから『命』も『心』ももらった。あの人は大恩人だ!そんな人を貶めるわけがねえだろ!」

 

「……ハァーーーーー……駄目だこいつ……早くなんとかしないと」

 

「物凄い深いため息付きやがったな、コノアマ!しかも、その新世界の神みたいな言い回しやめろやっ!」

 

「馬鹿だとは思っていたけど、本当に何もわかっていないのね。いいわ。レムにはそれぐらいのバカのほうが丁度いいのかもしれないわね」

 

 

 

 

 

ラムは何やら自己完結をして、そのまま俺の横を通って歩き出した。仕事に戻るらしい。

 

 

 

 

 

「あと……また『さん』づけに戻っているわよ。レムに聞かれたら、また大泣きしてしまうから気をつけて頂戴」

 

「ゔっ……どうにも慣れなくてよ」

 

「なら慣れるまでやってもらうわ。ついでにそのままレムに台所の使用許可をもらいに行ったらどう?『ラムのおやつをレムと一緒に作りたい』といえば、あの子なら一も二もなく頷くはずよ」

 

「それは俺も考えたんだけどよぉ〜……つーか、俺がお前にケーキを作るのは確定事項なんだな」

 

「当たり前でしょ。ジョジョはラムに勉強を教わるんだから、ジョジョには対価を払う義務があるわ。これでもかなり譲歩してあげてる方よ」

 

「お前、いつも途中から寝てんじゃねえか!そういうのはきちんと職務を全うしてから言ってくれよっ!」

 

「嫌なら構わないわよ。ラムに代わってレムがジョジョの教師役を買って出るでしょうから。みっちりと教えてもらうといいわ―――それこそ、手取り足取り……身体の隅々まで……レムが余すところなく満たしてくれるわ」

 

「やめろっ!!ホンットやめろ、お前っ!そういう何かとてつもなく卑猥な意味に聞こるような言い回しっ!もし、今のレムさんに聞かれたらホンット洒落にならないことになっちまうからっ!!大人の階段を光の速さで駆け登ることになりかねねぇからさっ!!」

 

「大丈夫よ。レムなら初めてでもうまくやれるわ」

 

「何ヲ言ッテルンダ、オ前ハァァアーーーーーッッ!?」

 

「何って………“ナニ”?」

 

「ああくそっ!このアマ、マジで殴りてぇーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで俺はラムにおやつをせがまれて、仕方なくケーキを作る羽目になったわけなのだが。

 

それ自体は全く問題ない。料理は好きだし、ラムが俺の作った料理を喜んでくれるのであれば作りがいもあるってもんだ。

 

ラムが喜んでくれるならケーキの1つや2つ作るのは吝かではない。吝かではないんだが……

 

 

―――ここで1つ大きな問題があるんだぜ。

 

 

 

 

 

「……とにかく見つからないことだ。今、ヤツに見つかれば全てが終わりなんだぜ。ここは見つからないように……慎重に……慎重に――――――っ!」

 

 

 

 

 

俺はひたすら息を殺して、足音を殺して、気配を殺して、真っ直ぐ厨房を目指す。

 

俺はもともと料理は好きだというのはさっきも説明したが、この世界に来る前は腕が落ちないようにほぼ毎日欠かさず料理を作るようにしていた。だから、1日2日サボるだけで自分の中でかなりの気持ち悪さを感じてしまうんだぜ。

 

―――普段から体力が落ちないようにランニングや筋トレを毎日欠かさず行っているアスリートが、1日2日サボるだけで体の中に淀んだ何かを感じるのと同じだぜ。

 

しかし、この屋敷に来てから俺のそのルーティンが危ぶまれつつある。それもそのはず、魔獣騒動により瀕死の重傷を負った俺は台所に立てる有様ではなかったのだ。

 

だが、現状、それよりも遥かに分厚い壁が存在する。それは――――――

 

 

 

 

 

「―――アキラくん!」

 

 

「ホゥッ!?」

 

 

 

 

 

やせいの青鬼《レム》があらわれた。

 

どうする?

 

 たたかう

 ポケモン

 どうぐ

→にげる《ピッ!》

 

 

 

 

 

「どちらへ行かれるんですか?お腹が空いたのであれば、すぐにレムがご飯を用意してあげますね」

 

「―――しかしまわりこまれてしまった」

 

「アキラくん?」

 

 

 

 

 

おかしいな。さっき、彼女に声をかけられた時には3メートルくらいの距離があったはずなのに振り返って背中を向けたはずなのに目の前にレムさんがいるというこの不思議。

 

というか、怖いよっ!何で俺が振り向くよりも早く回り込んでいるんだよ。

 

 

 

 

 

「ダメですよ、レムのいないところで料理なんてしたりしたら。お腹が空いたならレムがいつでもご飯を作って差し上げますから。だから危ないことしたら―――めっ、ですよ!」

 

「い、いや……別に危ないことしようとしたわけじゃあ、ただ料理するだけですから」

 

「ダメです!もし、包丁で指を切って出血を起こして、貧血にでもなったらどうするんですか!?―――いいえ!最悪の場合、失血死することだって考えられます!」

 

「どんだけ弱いんだ、俺は!?ス●ランカーかっ!?」

 

 

 

 

 

この通りである。理由は、当人である俺にも皆目検討がつかないのだが……事件後のレムさんは生まれ変わったかのようにイキイキとしていた。

 

奇妙な事だが……悪事を働き、常識をやぶる「異世界人」が、レムさんの心をまっすぐにしたのだ。もう、イジけた目つきはしていない。彼女の心には、さわやかな風が吹いた。

 

 

問題があるとすれば、唯一つ。

 

 

彼女の異常とも呼べる姉へのコンプレックスが解消された代わりに……

 

それらが一転して、俺に対する好意、敬意、慕情、執着、偏愛が集約されたラブデラックス――――――即ち、『ヤンデレ』を発症させてしまったことだ。

 

 

 

 

 

「あ、あのさ……そんなに心配しなくとも俺の料理の腕前は知ってるだろ?前にも俺の腕前を褒めてくれたじゃん」

 

「はい、勿論です!レムはアキラ君が作ってくれた料理の味は勿論、アキラくんが言っていた言葉までちゃんと覚えてます―――『どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは料理を作る人の愛情だ』って……レムはあの感動を決して忘れません」

 

「それ、ただの天道語録だよ!ノリと勢いで喋った言葉を事細かに覚えなくてもいいんだよっ!」

 

「いえ!とんでもありません。レムはアキラくんの言葉を一言一句忘れたりしません。レムはアキラくんや姉様と過ごすこの尊い日常を記録すべく毎日日記に書いているんです」

 

「観察日記かよ!?こっ恥ずかしいから、やめてくれよ!つーか、そんなセリフの一言一句事細かに書いていたら日記帳がいくらあっても足んねぇだろ」

 

「大丈夫です。自分の恥を晒すようですが、レムは筆不精ですのでご心配には及びません―――日記帳もようやく4冊目に突入したばかりです」

 

「毎日が短編小説じゃねえかよ!オイ、誰かコイツに日記のつけ方、教えてやってくれ!!」

 

 

 

 

 

ヤベエ!ツッコミが追いつかねぇ!こ、この俺がツッコミで負けてる、だと!?そんなことあってはならない!

 

レムさんのヤンデレは俺の予想の斜め上を鋼のムーンサルトで飛び越えていきやがる。何をやらかすのか想像もつかねぇ!

 

 

 

 

 

「と、とにかく、料理くらい俺一人で平気だから。そっちも自分の仕事あるだろうし……」

 

「レムの仕事はアキラくんの身の回りのお世話をすることです。その傍ら、お屋敷の業務をやっておりますので全く問題ありません」

 

「大問題だよ!優先順位が逆転しちまってるよ!本来の主であるロズワールのこと完全に蔑ろにしてんだろ、それ!」

 

「そのロズワール様から仰せつかったんです。『アキラくんが無茶しないように見守ってくれ』と。大義名分を得たレムはロズワール様の命令でアキラくんに付き纏いっているのです!――――ロズワール様のご命令で!仕方なくです!」

 

 

バヂヂヂヂヂ…ッッ!

 

 

「ヤベーよ!大義名分を得て、水を得た魚のように真っ向からストーカー宣言してきたぞ!何か頭から禍々しいツノまで生えてきてるし、目からハイライトも消えてるし、完全にヤンデレこじらせちゃってるよ!『レムりん』が『グレムりん』にメガ進化しちゃってるよ!!」

 

 

 

 

 

ロズワールめ、なんと素晴らしい……そして、なんと恐ろしいコトを叩き込んだのだ!

 

実に理にかなった攻撃だ。人間を…―――悩殺するための!

 

俺には干物化願望はあっても……ヤンデレ彼女を娶るような器も気概もない。ましてや舞台はファンタジーな異世界だ。こんなところで前世でトラウマとなったスクールデ●ズを送るなんてこと死んでもゴメンだ。

 

故に!だからこそ!ここは心を鬼にして突き放す!女を突き放すのに最高最低な台詞をはかざるを得ない!だが、それでも俺は……なる!今、この瞬間だけは最低男を演じろッ!!

 

そう!最低最高のドスケベキャラを演じるんだ!

 

 

 

 

 

「……俺はヤる!!ヤらいでかああッ!!たとえこのSSが発禁になっても俺はヤるッ!!そんなに甘い男やないで俺は----ッッ!!」

 

「アキラくん?何をやるおつもりですか?よろしければ、レムがお手伝いしますっ!」

 

「ムリッ!!前言撤回っ!---手伝わんでええっ!!そのお手伝いはやっちゃアカンやつやっ!!」

 

「大丈夫です!レムはアキラくんのためなら何だって出来ちゃいますから!その為にベアトリス様の書庫で男性のお世話の参考になりそうな本でいっぱいお勉強しましたから!朝のご奉仕から夜の作法までばっちりです!」

 

「それエロ本じゃねぇだろうなっ!?なんか言葉にピンク色の闇を感じるんだけどっ!!ていうかベア様の禁書庫に何でそんな俗っぽいもん置いてあるの!?レムさんにいらん情操教育が入っちゃってるよ、コンチクショウ!!」

 

 

 

 

 

俺がエロキャラに覚醒したところで悉く上を行きやがる!そこに何の恥も躊躇いもない!それどころか寧ろ俺からの命令を犬のように心待ちにしていやがる!

 

出会った当初、彼女は間違いなくシスコンだった。だが、俺が知らぬ間に建てたフラグがレムさんの眠っていたヤンデレを引き出し、覚醒させてしまった。覚醒した姿はまさに怪物。もはや手は届くまい……ここまでだ。

 

 

 

 

 

「----…ひぐっ」

 

「あン?」

 

「うっ……ふっっ……ぁぅっ……ふっく」

 

「ゑ?……えぇ゛~~っ!?」

 

 

 

 

 

じわぁっと目尻に涙を浮かべるレムさんにマ●オさんのようなリアクションをとってしまう俺。

 

 

 

 

 

「再び理解不能、理解不能、理解不能!!何でいきなり泣いてンの?俺の発言のどこにレムさんを涙腺決壊一歩手前まで追い込む要素があったんでさぁ!?」 

 

「えぅ……ふぇぇ……ま、またです」

 

「え?」

 

「ま、また……レムのことを『レムさん』って」

 

「…………あ゛」

 

「へぐっ……あ、アキラくんが……えぐっ……またレムのことを………『さん』付けで---アキラくんは、レムのことを……ふっ、ひぐっ………やっぱりまだ恨んでて…………っ~~~ぇぅ…………だから、そんな他人行儀にっ……するですか?」

 

「してないよっ!誤解だよ!『さん』付けに距離感じすぎだろっ!!」

 

 

 

 

 

失敗した。ついつい前の癖が抜けなくてレムを『さん』付けで読んでしまっていることに気づかなかった。

 

そう。ここに来て困ってることがもうひとつあって……レムさんはあの一件以来、俺に『さん』付けされることを極度に嫌がるようになったのだ。

 

理由は、この屋敷で俺が『さん』付けで呼んでるのはレムさんだけだからというのと……俺が前にレムさんに説教かました時に呼び捨てだったから、『さん』付に戻されると距離を感じるとのこと。

 

 

俺が『さん』付けで呼ぶ度にまるで捨てられた仔犬のように目を潤ませて体をぷるぷると不安そうに震わすのだ―――これには本当に参ってる。

 

 

 

 

 

「………何度も言ってるだろ。俺はレムさ……―――レムのことすごく感謝してるし。大切に思ってるんだぜ。だから、そんな悲しいこと言わないでくれ」

 

「でも……アキラくんがそうなったのは、もとはといえばレムが―――」

 

「おっと、それ以上は言いっこなしだぜ。俺はレムに感謝こそすれ恨むことなんて一つもない。その証拠に俺は今この時が最っ高に幸せなんだぜ」

 

「幸せ……ですか?」

 

「エミリアとはしゃいで、ラムと喧嘩して、ベア様に説教されて、パックとロズワールがそれを笑って見てて……そして、レムがとびっきりのご馳走を振る舞ってってくれる―――鬼がかってるじゃねぇかよ!こんだけグレートに鬼がかってる日常なんだぜ。そりゃあ幸せに決まってるじゃねえか!」

 

 

 

 

 

レムは立ち直りつつあるが、まだ依存癖が抜けたわけではない。まだ彼女一人でレムという人間の人生を歩けるようになるには時間がかかる。

 

その為には、じっくり時間かけて的はずれな罪悪感を少しずつ解き解してやらねえとなんねえな。

 

 

 

 

 

「とりあえず、しみったれた話はよぉ〜。これくらいにして……さしあたってはレムの好きなことを探してみようぜ」

 

「レムの好きなこと……ですか?」

 

「そうだぜ。せっかく花も恥じらう鬼ヒロインなんだ。もっと自分のやりたいことやってかなきゃ勿体ないぜ。年頃なんだから、好きなこととか興味あることとかあんだろ?」

 

「レムの好きなこと……よろしいんでしょうか?」

 

「当たり前じゃねーか!今までさんざん頑張ってきたんだぜ。ご褒美の1つや2つないと嘘ってもんだぜ。ほれ!この際だ、何でも言ってみなって!俺に出来ることなら何でもするぜ!」

 

ガタッ!

 

「なっ……『なんでも』っ!?」

 

「うぇええええっ!?」

 

 

 

 

 

俺が口にした言葉に思いの外食らいついたレムに一瞬気圧されるが、俺はかろうじて言葉を吐き出した。

 

 

 

 

 

「あ、ああ……俺にできることなら、な」

 

「そ、それはつまり……―――朝のお目覚めにアキラくんの寝顔を堪能することも朝の着替え終わったアキラくんの服の匂いをかぐことも食事を食べているアキラくんの至福の表情を観察することもお仕事中に汗を流して輝いているアキラくんの汗を拭いてあげることもアキラくんの湯汲のお世話もアキラくんのお布団の手入れもアキラくんが寝床につくときにアキラくんの傍で警護することも全てお許しになってくださるということですね」

 

「・・・・・・え?」

 

「いえ!何でもとおっしゃったからにはアキラくんへの朝のご奉仕も晴れて解禁ということですね!あっ、勿論、夜の部も忘れませんよ!レムに全て任せておいてください」

 

「――――――っ」

 

 

 

 

 

かつてジャンプ漫画を読み漁り、ジョジョを愛し、ラノベを愛読していた俺も気づけば成長し、主人公としての人生を歩みだした。その甲斐あってか、異世界に辿り着いて、数風の難敵を撃破し、美少女達との恋愛フラグを求めて冒険の真っ最中だ。

 

こういう展開を望んでいなかったといえば嘘になる―――しかしだ。

 

目の前で、ツノを生やし、目を爛々と輝かせて、俺へのご奉仕ができることに期待に胸を膨らますレムを見て俺は思った。

 

 

 

 

―――ヤベーの引いたな。

 

 

 

 

 




リゼロはキャラが魅力的なのだから、こういう日常展開でも絶対面白いと思います。
原作はシリアスとヘビーな展開の連続でしたから、だからPSで発売されたDEATH or KISSみたいなのが個人的にはツボです。

やはり、ラムとレムのキャラは面白いくらい書きやすい。


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第35話:手のひらの勇気

前回から大分間が空いてしまった―――本当に申し訳ない(ブ●イク博士)

本当のところを言うと転勤してから、仕事がガチで忙しくてまともに自宅のパソコンすら開いてなかったです。

とりあえず空き時間を縫って書き上げたものなので皆様が満足していく出来になるかどうか不安です。

そして、幻想の投影物様、外川様、Donnfann44様、ご感想ありがとうございます。

あなた方のメッセージがなかったら失踪してたかもです。


 

 

 

 

ガツガツっ むしゃむしゃっ ぐびぐびっ

 

 

「―――『ゲートの治療』ぉ?……俺がぁっ!?」

 

 

「……倒置法で聞き返さなくてもアキラしかいないでしょ、もう」

 

 

ガツガツっ ガツガツっ もしゃもしゃっ

 

 

「んんなこと言われてもよぉ〜……俺に今更治療がいるとは思えないんだぜぇ。大丈夫だぜ、飯だって美味いし」

 

 

「レムが作った料理なんだから、美味しいのは当たり前でしょう。食べるなら、よく噛んで食べなさい」

 

 

ぐびぐびっ むしゃむしゃっ はぐはぐっ

 

 

「食事を美味しく味わえるのは何よりの健康の証だぜ、ゲートが損傷してても死にはしないッスよ。魔法に未練もないしなぁ〜」

 

 

「未練がないと言いながら魔法の練習を影で続けるのはやめるのよ。前にも言ったけど、次にお前が再起不能になってもベティはお前を助けないのよ―――あと、いい加減口いっぱいに食べ物を頬張るのはやめるのよ!」

 

 

 

 

 

ベア様からの怒り混じりのありがたい忠告に胸を痛めつつも俺は食事の手を緩めない。『魔法の練習をやるな』と言うのは再三に渡って受けてきた警告だ―――しかし!俺は知っている。 

 

ジャソプの主人公はいつだって無理・無茶・無謀の特訓をこなすことで人並外れたグレートなPOWER UP!!を果たすのだ!

 

 

 

 

 

もぐもぐもぐもぐっ ごきゅんっ

 

 

「―――グレート。俺は金も身分も捨てて夢を追いかける男ぜよ。この地獄のような特訓を乗り越えた先にこそ、俺の『ドッキーング!パッカーン!ムーテーキー!』な未来が待ってるんだぜっ」

 

 

「いい加減、真面目な話をするとねぇ〜え。君の治療に費やしたマナに加えて、君が無茶を繰り返したせいで君のゲートはもう限界を迎ギリギリなんだぁねぇ〜え。このままいくと、あと一週間もしないうちに君の命が燃え尽きるかぁ〜もね♪」

 

 

「ヤベェーーーイッッ!!」

 

 

 

 

 

ロズワールは相変わらずヒソカみたいなねちっこい喋り方をしているが、その声色は真剣そのものだ。俺の身体はどうやらマジで深刻極まりない状態らしい。しかし、当の本人としては体のどこにも不調らしい不調を感じていない。寧ろ、以前に比べてマナを扱う感覚が研ぎ澄まされつつあるような気さえする。

 

まあ、魔法の練習もそこまで追い込みをかけてるわけでもないし……ゲートの治療たって、そんな慌てなくたって―――――

 

 

 

 

 

パリン…ッ

 

 

「あん?」

 

 

「そ、そんな……っ、アキラくんが……っ!アキラくんの体が、そんな破滅一歩手前の状態だったなんて…………こうしてはいられませんっ!アキラくん!今日のお仕事はすべてレムがやっておきますので、すぐにお部屋に戻ってくださいっ!レムが全身全霊をもってアキラくんのゲートの治療を行いますっ――――さあ、早くこちらへ!」

 

 

バヂバヂバヂヂ……ッッ

 

 

「グレート……あんたはとことん男をダメにするタイプなんだぜ。とりあえず、まずはその“ツノ”をしまえ。“ツノ”を」

 

 

 

 

 

このまましらばっくれてると鬼化したレムに自室まで強制連行されかねないのではぐらかすのを諦めてロズワールの話を聞いてみることにする。

 

俺自身は全く気にしていないんだが……エミリアもレムもあの事件のせいで俺が瀕死の重傷を負ったことに罪悪感を感じちまっている。そのせいでゲートを酷使させちまったことも。

 

だから、ことあるごとに俺の仕事を取り上げようとしたり、過保護なまでに俺を心配してくるのも無理もない話だ。

 

―――面倒クセェから、そういうのはなしにして欲しいんだけどよぉ〜。

 

 

 

 

 

「ゲートの治療つってもよぉ〜。具体的にはどうすんだ?魔法とかマナとかっつーのは、外科的治療はおろか薬とかで治せるもんでもねぇだろ」

 

 

「レムやベアトリス、それと宮廷魔術師であり、この美しいわぁ〜たしの実力を持ってしてもぉ〜……君のゲートの完治をさせることは不可能だぁ〜ね♪」

 

 

「深刻な内容のはずのにどこか楽しそうな話し方をするのやめろ。道化の化粧も相まって……キャラが、“美しい魔闘家鈴木”みたいになってんぞ」

 

 

「おんやぁ〜、それは光栄だぁね♪そこまで言われる人物なら、さぞ歴史に名を残す美貌の持ち主なのだろうねぇ〜え」

 

 

「あ、ああ……まあ……ある意味伝説にはなったのかな?―――“美しい魔闘家鈴木”の喜劇はファンの間で永遠に語り継がれていくはずさ」

 

 

「……ジョジョ。余計な茶々を挟まないでもらえるかしら。話が横道にそれてるわよ」

 

 

「……っと、悪いっ。余計なツッコミを入れちまうのは俺の悪い癖だな」

 

 

 

 

ラムに言われて慌てて話を軌道修正する。

 

 

 

 

 

「兎に角よぉ〜。そこまで重傷な俺のゲートを治すって言うからには、何か治せる手立てはあるってことでいいのか?」

 

 

「あるにはあるんだがね〜ぇ。先方も今は少々厄介な事情を抱えてしまっているようだから、そこについては君の努力次第になるかぁ〜な」 

 

 

「話が今ひとつ読めないな。この期に及んで俺に何を頑張れって言うんだよ。俺に土下座でもして頼み込んでこいってか?」

 

 

「当たらずとも遠からずといったところだ。何せ相手は大陸でも有数の治癒魔術の使い手だ〜か〜ら〜ね」

 

 

 

 

 

ロズワールが掴み所がないのはいつものことなんだが、今回はやけに結論を引っ張ってくるんだぜ。何か言いづらい事情でもあるのか?

 

 

 

 

 

「その有数の治癒魔術師っていうのがね。今度の王選の相手のお抱えの騎士様なの」

 

「王選って……エミリアが出るアレか?」

 

 

「『クルシュ・カルステン』―――ルグニカ王国を長きに亘って支えてきた、カルステン公爵家の現当主。若干17歳で家督を譲られるほど才気に溢れる女傑様であ〜りぃ、王選候補者の中でも大本命と目されているお方だぁ〜ね」

 

 

「そして、此度、お越しになられる『フェリックス・アーガイル様』は、そのお方の一番の騎士様であらせられるわ―――ここテストに出すから覚えておきなさい、ジョジョ」

 

 

「お前、テストしたことねえだろ!……―――って、サラッと言ってるけど。つまり、要約するとだ。俺の治療を依頼する相手ってのはエミリアの王選での最大のライバルの懐刀ってことかよ。大丈夫なのかよ!?」

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ、王選についてはさして興味ないんだけどよぉ〜。こんな時期にそんな相手に借りなんぞ作ったら、後々ややこしいことにならねえかぁ?

 

 

 

 

 

「やっぱ、必要ないんだぜ!そんな人に頼まなくったってよ。俺、大概の怪我は飯食ったら治るし。このまま放っておいても別に――――」

 

「それはダメ!アキラ、わたしが目を離すとすぐに無茶するんだもん。そんな子をこれ以上、放っておいたら私が困るわ」

 

「でもよ、今までさんざん借りを作ってきたのに……これ以上、エミリアに迷惑かけるわけにはいかねぇぜ。俺なんか死んだところで誰も……」

 

「じぃ〜〜〜」

 

「困らな……え、エミリア?」

 

「じぃ〜〜〜〜っ」

 

「お、俺は、ほら……別に正式な使用人でもお前の騎士でもなんでもないんだしさ。いなくなったところで痛くも痒くも……」

 

「じぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 

「…………やれやれ、わかったよ」

 

 

 

 

 

俺の口八丁には誤魔化されないぞという意思表示も込めて『じぃ〜』と口に出して抗議してくるエミリア。いや、全く怖くはないんだけど……なんかそのあまりにも幼い意思表示に俺もしかたなく折れた。

 

 

 

 

 

「まあ、何だかんだあって……ともかく、その治療ってやつを受けりゃあいいんだな?」

 

 

「確かに治療をして欲しいと依頼はしてあるんだけどね〜ぇ。ことはそう単純ではな〜いんだ」

 

 

「……まあ、そりゃあ王選のライバルから『王選とは無関係な居候の治療をしたいから手を貸してくれ』って言われたら少しためらうだろ」

 

「…………また『無関係』って言った」

 

「あン?今、何て?」

 

「しらないっ!…………ぷんっだ!」

 

「やれやれ……うちのエミリア姫はどうにもご機嫌斜めなようで。こうなると十条さんはやり辛くていけないぜ」

 

 

「噂によると、クルシュ様が治めているカルステン領で何やら厄介な問題が勃発しているらしくてね〜え。今はとてもこちらの事情に構ってる場合じゃあなさそうなんだぁ〜ね」

 

 

「問題?飢饉とか財政難とかか?」

 

 

「詳細については何も聞かされてないね。ただ、聞くところによるとクルシュ様の部下が突如として次々と謎の失踪をしているらしくてね〜え。王選を控えたこの時期に内部から裏切者が現れた可能性も示唆されつつあるんだ〜ね〜え」

 

 

「……“失踪者”」

 

 

 

 

 

俺はその言葉にひどく嫌な引っ掛かりを覚えた。これが内部に他の王選候補者が仕込んだ間諜の仕業であればいい。

 

けど、もしこれが―――スタンド使いの仕業だとしたら?

 

大いにあり得る。エミリアのところにも仕込まれていたんだ。他の王選候補者に仕掛けを施すことだって容易に想像がつく。そう!きっと他の陣営にもスタンドの魔の手が迫っているはず!

 

 

 

 

 

「―――アホか、俺は。『ゴルゴムの仕業』じゃああるまいし」

 

「“ゴルゴム”?」

 

「……何でもねぇよ。30分の特発番組のご都合主義ってやつだぜ」

 

 

 

 

 

この世界にエミリアを殺そうとしたスタンド使いの存在は確かだ。けど、そう何人もゴロゴロとスタンド使いがいるはずもない。

 

―――否、そう何人もいてたまるか。

 

 

 

 

 

「どっち道、アキラにはその治癒術師の人に会ってみてもらわないとならないわ。だって、アキラの能力じゃあ『自分の怪我は治せない』んでしょ」

 

「グレート……そう言われると返す言葉もないけどよ」

 

 

「予定では〜、2日後にアーラム村に来るはずだ。アキラ君にはお客人のお出迎えの準備をして欲しいんだね〜え」

 

 

「それは構わねぇんだけどよ〜。いいのか、俺で?こういうのはレムやラムの方が適任なんじゃあ」

 

 

「君も曲がりなりにもこの屋敷に使える使用人だ。こういったことに今の内から慣れてもらうことも大事なのだ〜よ。これを期に接待というものを学んでおくといい。なにせ、わたしの屋敷にお客人が来るなんてぇ……滅多にないことだからね〜え」

 

 

「………貴族として、それはそれでどうなんだ?」

 

 

 

 

 

ロズワールはこんな言い方をしちゃあいるが。本音のところは『重傷患者に屋敷の激務はさせられないから、接待の準備という名目でリフレッシュしてこい』ということなんだろう。

 

そうでなきゃあ俺にわざわざ大事な客人の接待を任すメリットがない。

 

 

 

 

 

「……仕方がねぇか。だったらついでに細かな買い出しも兼ねて村の方に行ってくるぜ。確か、卵とビネギーと集草袋がいくつか減ってきてたよな」

 

 

「必要ないわ。ジョジョには客間の花瓶にあいそうな花を村の方にまで行って集めてきてもらうわ。それが今日のあなたの仕事よ」

 

 

「おいおい!いくらなんでも過保護すぎだぜ。俺にも俺のできる屋敷の仕事があればいくらでも手伝うし」

 

 

「いいえ、心配ありません。このお屋敷の仕事はレムと姉様に任せておいてください」

 

 

「そうもいかねぇし。俺が頑張らねぇと業務に支障も出るだろうぜ」

 

 

 

「大丈夫!アキラがいてもいなくてもレムとラムだけで充分だから」

 

「ベティは、むしろ、煩いのがいない方が清々するかしら」

 

「何を言ってるの、ジョジョ?未だに文字も読めない使用人を戦力として数えてるわけ無いでしょう」

 

「大丈夫です!―――アキラくんがいなくったって、ロズワール邸には全く影響ありませんから」

 

 

 

「みんなぁ!ありがとよぉ!……チクショーーーーーーッッ!!」

 

 

 

 

 

お前らの友情には、涙がちょちょ切れるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――かくして、まるで追い出されるようにしてアーラム村まで来たわけなんだが。

 

 

 

 

 

「……何でお前がここにいるんだ?」

 

「わたしもお客人の出迎えの準備よ。あと、アキラが村のみんなに迷惑をかけてないか見に来たの」

 

「俺はやんちゃ坊主か!?」

 

 

 

 

 

しれっとフードをかぶったエミリアが俺の横についてきてしまっている。普段、村に行くのは嫌がるくせに俺が村に来てるときだけは積極的に村に顔を出しに来やがるんだよなぁ。

 

 

 

 

 

「―――おおっ、兄ちゃん。また来たのかよっ」

 

 

「おうよ。何かお屋敷にお客様を招待するってんでな。何かお茶菓子に良さそうなものでもあるかな?」

 

 

「―――それだったら、今日はオレンの実があるで。ちょうど昨日仕入れたばかりじゃから、今日なら美味しく頂けるで」

 

「―――仕事をサボってメイドの嬢ちゃんを困らすんじゃあねえぞ」

 

 

「いや……仕事はやる気あんだけどよぉ〜。ケガが治らねぇ内は無茶はダメだってよ。森で暴れまわったことをまぁだ根に持ってやがるんだぜ」

 

 

「―――それだけアンちゃんのことを心配してるってことじゃねえか。贅沢抜かすんじゃねえぜ」

 

「―――そうだ!そうだ!あんな美人さんに囲まれて仕事できるんだ。寧ろ、俺が変わってもらいたいくらいだね」

 

 

「グレート……あの屋敷で働くのも案外楽じゃあねえんだぜ」

 

 

 

 

 

すれ違う村人に口々に好き勝手言われまくる。あの一件以来、アーラム村の住人からすっかり信頼を寄せられるようになった。今じゃあ、この村で俺のことを知らないやつはいない。

 

―――しかし、肝心の俺は村人の名前と顔が全然覚えきれていないんで、いきなり話しかけられると返事に窮するときがある。

 

 

 

 

 

「アキラったら、すっかり大人気じゃない」

 

「まあな。命を張った甲斐があったってところかな。お陰で買い出しする時に野菜や調味料を少し値引きしてもらえるようにはなったぜ」

 

「普段があんなんだから、この村でもちゃんとやれてるかどうか不安だったんだけど。もしかしたらロズワールよりもアキラのほうが領主様に向いてるかもしれないわね」

 

「悪い冗談だぜ。俺じゃあなれても“猟師”が関の山だ」

 

 

 

 

 

お陰でウルガルムの狩り方だけは嫌というほど学んだからな。森でしこたま殴り潰したことも昨日のように思い出せるぜ。

 

 

 

 

 

「そういうお前こそ、もっと積極的に話しかけてもいいんじゃあねえか?お前はいずれこの国の王になるんだぜ。少しでも支持率上げるためにも顔を売った方が絶対いいと思うぜ」

 

 

「……うん。そうだね」

 

 

「あれ?俺、なんか変な事言ったか?……別に媚を売れってわけじゃあないけどよ。政治には何よりも国民の理解と期待を寄せられることが大事なんじゃあねえかっていう素人考えだったんだけどよ〜」

 

 

「ううん。アキラの言うとおりだと思う。でもね…………今のわたしには、まだその勇気がないの」

 

 

「……勇気?」

 

 

「………そうよね。わたしもアキラみたいに着の身着のまま外の世界に飛び出していく勇気さえあれば、色々と……やってみたいこともあるんだけどな」

 

 

「ふーーーん……そんなもんか」

 

 

 

 

 

俺は別にこのルグニカに亡命しに来たわけじゃあねえんだけどな。これまでの人生で特別『勇気』ってものを振り絞ったこともねえし、基本的にはノリとその場の勢いでしか行動してねぇからな。

 

 

 

 

 

「ねえ、アキラはいつもわたし達のために頑張ってくれるけど。そんな無茶をしてまで何をしたいの?」

 

 

「ん?」

 

 

「だって、ほら……わたしには王選を勝って王位を継承するって目的があるけど。アキラには何かそういう成し遂げたいことがあるのかな〜って」

 

 

「………考えたこともなかったな。けど、そうだな。どうせなるなら」

 

 

 

 

 

前にもレムに言ったことがあったっけな。『俺には『夢』がない。でもな、『夢』を守ることはできる』って、一丁前に息巻いてよぉ〜。今にして思えば、軽い黒歴史だよな。

 

 

わけもわからず、異世界に放り出されたばかりの……あの頃は俺も生き抜くことに必死だったからな。

 

 

そんな行く宛のなかった俺に救いの手を差し伸べてくれたのが、ここにいるエミリアだった。

 

無知な俺に知恵を与えてくれたのがベアトリスだった。

 

取り返しのつかないことをしてしまった俺を見捨てずに最後まで一緒に戦ってくれたのがラムだった。

 

死を前にして諦めていた俺を命を賭して助けてくれたのがレムだった。

 

 

―――ホント、皆にはでっけぇ借り作っちまったよな。

 

 

今の俺には、カッコいい夢とか理想とかはないけどよ……けどよ、どうせカッコつかねぇなら―――

 

 

 

 

 

「ナルシストで自意識過剰な―――『正義のヒーロー』にでもなりますかね」

 

 

 

 

 

誰かの『英雄』になんぞなれない。正しいことの為に誰かを見捨てる『正義の味方』なんぞまっぴらごめんだ。少年漫画の『主人公』になんぞなれるはずもない。

 

なら、自分の思うまま、気のむくまま、好き勝手にこの力を使って……―――何かを助け、救って、抱きしめ、心に触れて、届けて、伝える。

 

そんな幼稚で自由気ままな『正義のヒーロー』ってやつを目指すのも悪くねぇかな。

 

 

 

 

 

「…………正義のひぃろぉ?」

 

 

 

 

 

そんな俺の独白を聞いたエミリアがキョトンとした顔でこちらを見つめていやがった。

 

 

おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいっ、正気か、テメエっ!?自分の思考の海に沈んじまって、エミリアの前でチョーこっ恥ずかしい『ヒーロー宣言』しちゃったよ!『ママ、ボク、将来仮面ライダーになるの』宣言しちゃったよ、こんちくしょうっ!とてつもない恥ずかしい正義のヒーロー宣言決めちまったぜぇ、オイ、どうするよっ!!?

 

 

 

 

 

「だぁぁああ〜〜〜〜〜〜っっ!!そんなマジに受け取るんじゃあねぇぜ!ほんの冗談だ。冗談っ!イッツ・ジョークっ!…………ああ、そうだよ!俺にはお前みてぇな御大層な目標なんかねえよ。悪かったな。俗っぽい人間でよぉーーーおっ!?はいはい、この話はもうおしまい!これにて終了!ジ・エンド!!」

 

 

「えっ……違うの!そんなんじゃなくて……っ」

 

 

「ええいっ、皆まで言うな!俺はガキ共と遊んでくるぜっ!どうせ、俺はいつまで経っても中二病が抜けねぇクソガキだからよ!邪王炎殺拳とか大好物の厨ニ患者だよ!ちっとくらい妄想《ユメ》見たっていいだろうが!中二病でも恋がしてぇんだよ!どうせリアルは冷たいんだからよぉーーーーーーオッ!!」

 

 

「あのっ……ほんと、バカになんてしてないのっ……ただ、びっくりしたというか」

 

 

「うるせいっ!慰めなんていらねぇんだよ!優しくしてほしくねぇんだよ!こういう時に優しくされると余計惨めになるんだよ!てやんでぇバーローちくしょーっ!」

 

 

 

 

 

俺はその場の空気に耐えきれずに走り出した。わかってるぜ。エミリアは決して人を小馬鹿にするような子じゃあねえってことくらい。

 

けどよ…………優しさってやつは時にこの世のどんなものよりも残酷になるってことがあることを俺は思い知らされたんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………行っちゃった」

 

 

 

 

 

アキラは顔を真っ赤にしてまくし立てるとそのまま土煙をあげて走り去ってしまった。

 

アキラは凄く恥ずかしがってたみたいだけど、わたしは誓ってアキラを馬鹿にするつもりなんてなかった。

 

 

―――むしろ、その逆。

 

 

どこか見果てぬ夢を見つめるかのように遠くを見つめて、日だまりのような穏やかな薄っすらとした笑みを浮かべて自分のユメを語るアキラの顔から目が離せなかった。

 

 

『正義のひぃろぉ』―――それはきっとわたしが読んだどの物語に登場する『英雄』や『騎士様』よりも強くて優しくて尊い存在。

 

 

そんな果ての見えない理想を幼い少年のように語るアキラの顔を見てたら不思議と『アキラならなれる』と思ってしまった。

 

 

わたしはそんなアキラを見て思ってしまった。

 

 

 

 

 

『アキラなら……本当に私の願いを叶えてくれるかも』……って。

 

 

 

 

 

子供達や村の人に囲まれて揉みくちゃにされて楽しそうに笑っているアキラを見てるとわたしもあんな風になりたいって……わたしの叶えたい夢がそこにあるような気がした。

 

 

 

 

 

『―――…………。』

 

 

 

 

 

ふと……そんな賑やかに笑っているアキラを遠巻きに眺めている一人の女の子の姿が目に入った。

 

 

大きなリボンに短い金髪、そして翠色の瞳……わたしも村で何度か見かけたことのあるアキラと仲良くしてるあの女の子だ。

 

 

 

 

 

『おう、ペトラ!そんなところで何をしてんだよ』

 

 

 

『―――っ!?』

 

 

たたたたた……っ

 

 

 

『あっ、おい!?』

 

 

 

 

 

リボンの女の子は、アキラが声をかけた途端、怯えた顔で走り去っていってしまった。

 

 

別段、アキラが何かしたようには思えなかったけど、あのリボンの子は何かすごくショックを受けてるような様子だった。

 

 

 

 

 

『―――グレート……何か怒らせるようなことしちまったかな』

 

 

『わかんない。でも、最近ペトラずっと元気ないんだ』

 

『俺たちもよくわかんないんだけど。何してても元気ないんだよ』

 

 

『やれやれ……まだ、あの事件のトラウマ引きずってんのかねぇ』

 

 

 

 

 

アキラやお友達のあの子達にも理由はわからないみたいだった。

 

勿論、わたしには関係のないことだからすぐに忘れようと思った。わたしが他人のことを気にかけてもその人が迷惑するだけだ。

 

 

王都の時とは違う。ここの人達はみんなハーフエルフを怖がっている。だから、わたしはアキラみたいに手を差し伸べることなんかできない。

 

 

なのに……

 

 

―――泣きそうな顔で走り去っていくあの子の後ろ姿が頭から離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――わたしは、ひとりで暗い森の中を歩いていた。

 

 

 

あの悪夢の夜から何日も経った。

 

 

村はもう大丈夫。魔獣は襲ってこない。わたし達は助かったんだ。

 

 

そんなことはわかっている。わかっているのに……わたしは“また”森の中を歩き続けている。

 

 

これ以上、奥に進んではいけない。もう帰れなくなる。パパとママに会えなくなっちゃう。

 

 

それなのに、帰りたくても帰れない。

 

 

本当は今すぐにでもここから出たい。

 

 

 

 

 

『―――ごめんね。みんな、これがワタシのお仕事なの♪』

 

 

 

 

 

あの夜と同じだ。あの子が巨大な魔獣と無数の犬を引き連れてわたしの前に現れる。

 

 

でも、わたしはわかってる。『わたしは絶対に大丈夫だということ』を。

 

 

だって、わたしは―――この人に助けられたから。

 

 

 

 

 

『ペトラ!』

 

 

 

 

 

アキラだ。

 

 

アキラが立っている。わたしの目の前でいつもみたいにおどけた雰囲気でわたし達を笑わせてくれるような笑顔で立っている。

 

 

わかってる。

 

 

だって、アキラが助けてくれたんだもんね。危ない目にあっているわたし達を助けに来てくれたんだもんね。

 

 

でも、そのせいで……そのせいでアキラは――――

 

 

 

 

ガァアアウッッ!!! グラァアウッッ!!! ガァアウウウウッッ!!!!

 

 

 

 

 

アキラが無数の魔獣に噛まれていく。血に染まっていく。

 

 

やめて…っ

 

 

アキラが死んじゃうっ

 

 

このままだとアキラが死んじゃうっ!!

 

 

やめてっ! やめてよっ!! おねがいだから、もうやめてぇ!! だれか……っ だれか助けて!! アキラをたすけて!! アキラが死んじゃう!!

 

 

 

 

 

『ああ……そうだ。オレは“死ぬ”』

 

 

 

 

 

アキラは顔をうつむかせたままそう言った。

 

 

体中に魔獣の牙が刺さったまま……全身から血を流して……口から血を吐きながら……アキラはそういった。

 

 

前髪の下から覗く瞳は真っ赤に血走っていた。

 

 

わたしに向けてありったけの呪詛を叫ぼうとしているんだ。

 

 

―――ヤメテ…… 

 

 

 

 

 

『そうだよ。俺は誰のせいでこうなってるんだ?』

 

 

 

 

 

おねがいっ その先は言わないで!

 

 

 

 

 

『なんで俺がこんなに苦しまなきゃあなんねぇんだ?』

 

 

 

 

 

そんな言葉聞きたくないっ アキラの口からそんな言葉 言ってほしくないの!

 

 

 

 

 

『ぜんぶ、おまえの…… おまえのせいなんだろうがよぉ』

 

 

 

 

 

おねがいだから やめてっ! やめてよぉっ! おねがいだから もうやめてよぉっっ!!!

 

 

 

 

 

『おれがこんなにくるしんでるのも おれがこんなにイタイ思いをしてるのも 俺が死んでしまったのも……』

 

 

 

 

 

やめて! 聞きたくない!! 聞きたくないっ!! 助けて!! ダレカタスケテッッ!!

 

 

 

 

 

『ゼンブ ゼンブ お前のせいなんだよ ――――――“ペトラ”っっ!』

 

 

 

 

いやぁぁああああーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!!

 

 

 

 

『……っ ―――とら ペト……っ …っ……ペトラ ……―――ペトラっ!」

 

 

「〜〜〜〜〜っ、ハぁ…っ!? ハァ……ハァ……ハァ……」

 

 

 

 

目を覚ますとお母さんとお父さんが心配そうにこちらを見つめていた。

 

全身汗だくで、目から溢れ出た涙が頬を濡らしている。風邪を引いたわけでもないのに頭が熱っぽくてぼーっとする。

 

 

―――またこのユメだ。

 

 

ううん……このユメを見るのはわかっていた。

 

 

わたしは……アキラに…………取り返しのつかないことをしてしまった。

 

 

わたしが、軽々しくアキラにあんなことを言ったから…………アキラはあんなにも傷ついたんだ。

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

ごめんなさい

 

 

 

でも、どう謝っていいかわからないの。

 

 

 

どうしたら許してもらえるかわからないの。

 

 

 

 

「ふェええ……ぅぇええ……あきらがっ…………あきらがわたしのせいで……っ、わたしがあんなことを言ったから……アキラが大怪我をして…………でも、でも…っ、わたし……―――」

 

 

「………ペトラ。もしペトラが悪いことをしたら、ペトラは何をしなきゃあいけないの?ちゃんとアキラ君に『ごめんなさい』って言わなきゃ」

 

 

「むりだよぉ……あきら、怒ってるもん……ゆるしてくれないよぉ―――ひっく……わたしのせいで……わたしが悪いのに……」

 

 

「それはちゃんと謝ってみないとわからないよ。ペトラはアキラ君の気持ちをちゃんと聞いたのかい?」

 

 

「……ぃくっ……できないよぉ―――ふっ、アキラに………あんなひどいことをしたのに…っ、ゆるしてくれるはずないもん」

 

 

「―――ペトラ。アキラ君に一言でいいからちゃんと言ってご覧なさい。きっと大丈夫だから。ペトラがいい子だってことはお父さんとお母さん、ちゃんとわかってるから」

 

 

「ふぃいっ……ひっ、ふくっ……わたしは―――」

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんはわたしにそう言ってくれたけど。わたしは怖くて怖くて仕方がなかった。

 

あんなに笑顔で優しいアキラが、もしもわたしのことを『絶対に許さない』なんて言われたら……――――そう思うと怖くて足がすくんで、歩けなくて……

 

わたしがあと一歩を踏み出せずに遠くからアキラを眺めているとリュカ達にもみくちゃにされていたアキラと目があった。

 

 

 

 

 

「おう、ペトラ!そんなところで何してんだよ」

 

『―――……オマエノセイデ オレハ 死ニカケタ オマエノセイデ オマエノセイデ オレハ…っ』

 

 

 

「―――……ひっ!?」

 

 

 

 

 

そこにいないはずのもう一人のアキラが背後に映っていた。わたしはそのもう一人のアキラの影があまりにも恐ろしくて耐えきれずにその場を逃げ出した。

 

でも、どれだけ逃げても……その影は消えてくれなくて、わたしの聞きたくない言葉ばかりが頭の中に聞こえてきて……

 

助けてほしいのに……許してほしいのに……どうしていいかわからないっ。

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 

 

ダメだ……やっぱり、ムリ。お母さんとお父さんが応援してくれてるのに私はアキラに謝ることすら出来ない。許しえもらうどころか、このままじゃあ嫌われちゃう。

 

 

 

 

 

「わたしが……あんなことを言わなかったら……」

 

 

『―――っ……ひとり……まだ、“奥”に。アキラ……お願い。あの子……たすけて……あげて』

 

 

「あんな無茶をお願いしなかったら……」

 

 

『―――お願い……アキラ。ラムちーを助けて……レムりんを助けてよぉ』

 

 

「こんなことに……ならなかったのに……―――っ」

 

 

 

 

 

知らなかった。取り返しのつかないことをしてしまったことがこんなにも辛いことだったなんて―――

 

 

お父さん……お母さん……やっぱりできないよ。

 

 

ぜったいに許してもらえないよ。

 

 

わたしはアキラにずっと恨まれたまま……この先も生きていくしかないんだ。

 

 

 

 

 

ふわっ

 

 

「……ふえっ?」

 

 

 

 

 

いい匂いがした。静かな風が吹いたと思ったら、ラヴァンナのお花みたいな匂いがして、顔を上げるとそこにフードをかぶったお姉さんが立っていた。

 

下から顔を見上げているはずなのに……お顔は何故か見えない―――この人、知ってる。いつもアキラと一緒に村に遊びに来ていたお姉さんだ。

 

顔は見たことなかったけど、雰囲気だけでわかった。このお姉さんはきっとすっごいキレイな人なんだろうなって。

 

 

 

 

 

「―――ねえ、隣いいかな?」

 

 

 

 

 

そう言ってお姉さんは静かにわたしの隣に腰を下ろした。

 

話したこともない顔もよく見えない。でも、不思議と怖さはない。むしろ、それは懐かしさにも似た安心感……お母さんとは違うけど、ずっとそばに優しく寄り添ってくれるような―――

 

 

まるで『お姉ちゃん』みたい。

 

 

 

 

 

「……おねえちゃん、だれ?」

 

 

「わたし?……わたしは〜、アキラのお友達」

 

 

「『アキラの……友達』?」

 

 

「そう」

 

 

 

 

 

お姉ちゃんは嬉しそうに口を釣り上げてそう言った。

 

 

 

 

 

「あなた、とっても優しいのね。アキラのためにこんなに泣いてくれるなんて……でも、心配しないで。アキラはもうすっかり元気になったから」

 

 

「……わたし、やさしくなんてないよ。だって、アキラをいっぱい傷つけちゃったもん」

 

 

「ううん、そんなことない。きっとアキラはあなたに傷つけられたなんて思ってない。だってあなたはこんなに優しいんだもの」

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが言ったみたいに…………アキラが本当にそう思ってくれていたら嬉しいけど。でも、自分を傷つけた人を許せるそんな優しい人がこの世にいるはずないよ。

 

 

 

 

 

「……アキラ、ゆるしてくれるかな?」

 

 

「もっちろん。だって、自分のために泣いてくれる人がいるってすごく幸せなことだもん。きっとあなたにすごく会いたがってるはずよ」

 

 

「……そうかな」

 

 

「うん。だって……ほら」

 

 

 

 

『おーーーいっ、ペトラ!どこだーーーっ!?』

 

 

 

 

お姉ちゃんに言われて耳を澄ましてみると遠くからアキラがわたしを探している声が聞こえる。

 

 

 

 

 

「アキラ!?」

 

 

「―――頑張ってね。今度は逃げちゃだめよ」

 

 

「っ…………お姉ちゃん?」

 

 

 

 

 

振り返るとそこにはもうお姉ちゃんの姿はなかった。ラヴァンナのお花の匂いをした風だけを残して、まるで妖精さんみたいにいなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「おおっ、探したぜぇ、ペトラ。こんなとこに一人でいちゃあ危ねぇぜ。ほら、一緒に帰るぞ。それとも……どこか怪我しちまったか?」

 

「あっ……えっと……」

 

「遠慮なんかするんじゃねえぜ。この前はさんざん怖い思いさせちまったからな。俺がもちっと早く気づいてやれればよかったんだけどよ〜。あの時は、あれが限界だったんだぜ―――ごめんな」

 

「え?……え、あの…っ」

 

「ほら。どうして欲しい?傷ならいくらでも治すし、おんぶして欲しけりゃ遠慮なく言えって。こないだ駆けつけるのが遅れたお詫びだ。ペトラがしてほしいこと何でも言えよ」

 

 

 

 

 

アキラは恨んでなんかいない。それどころか、わたしのことを心配してくれてる。それどころか、自分は何も悪くないのに……わたしに謝ってくれる。

 

 

 

 

 

「ごめ………さぃ」

 

 

「ん?なんだ?」

 

 

「―――ごめんなさぃ…………本当にごめんなさい」

 

 

「……え?」

 

 

「ごめんなさぃっ……ごめんなさい、ごめんなさい」

 

 

「ペトラ、どうした?」

 

 

「ごめんなさい……〜〜〜っ……っ、ごめんなさいっ、ごめんなさい………ごメっ〜〜〜、ひぅっ…なさい、ごめんなさぃぃ」

 

 

「お、オイオイ……泣くなよ。別に謝ってもらうことなんて何にもないぜ。泣きやめって、ほら、なっ!?―――そうだ!帰ったらプリン作ってやっからよ。俺の作るグレートな特性デザートだぜ。すっげぇ美味ぇから!だから、頼むから泣くなって!」

 

 

 

 

 

わたしが震える声で謝ってるのにアキラは何のことだかわからないらしくて、両手をワタワタと振り回して必死にわたしを泣き止まそうとしてくれる。

 

でも、そんなアキラの優しさが苦しくて痛くて辛くて……でも、『ゆるして』なんて言えないよ。わたしが許してほしくてもアキラは絶対に許してくれないよ。

 

 

 

 

 

「―――そっか。それであんなに元気なかったのな」

 

 

「だって、わたしのせいでアキラが……わたしがあんなこと言わなければ……」

 

 

ぽふっ

 

 

「ふえ……?」

 

 

「辛かったな……ペトラ。でも、もう苦しまなくていいんだ」

 

 

 

 

 

わたしの頭にアキラの大きな手のひらがのせられた。ゆっくり撫でてくれるアキラの顔はいつものハチャメチャしてる時のアキラからは想像もできないくらい大人びた顔をしていた。

 

 

 

 

 

「お前が自分で自分を許さなくても―――俺は許す。

 

 

お前が取り返しのつかない間違いをしたとしても……

 

 

他の誰かを傷つけたとしても……

 

 

たとえ、それで俺の命を投げ出すことになったとしても―――俺はおまえの味方だ……ずっと」

 

 

 

「っっ……ぇぐっ、ふぇっ……ひぐっ」

 

 

 

「お、オイ、だから泣くなってば!俺が泣かせたみたいになるじゃねえかよ!悪かった!俺が悪かったから!頼むからもう泣かないでくれっ!」

 

 

 

 

 

あったかい。

 

 

あったかいよ。

 

 

こんなにあったかいの初めて。『優しい』って、こんなにもあったかいことだったなんて知らなかった。

 

アキラのやさしさがまるで―――『お日様』みたいにあったかい。

 

あたふたしているアキラを見てわたしは胸がぽかぽかするのが止められなくて、余計に涙が止まられなくなってしまった。

 

こんな幸せな気持ちで泣くなんて生まれて初めてでどうやったら止められるのかもわからないし、この気持ちを止めたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな二人の様子を遠巻きに見ている人影があったことに誰も気づかなかった。

 

 

 

 

 

「―――かなわないな〜、ホント」

 

「そんなことないんじゃない?リアもとても頑張ったと思うよ」

 

「……どこかのお節介焼きのこんこんちきのマネをしてみただけよ」

 

 

 

 

 

アキラの言葉はまるで『魔法』のようだった。聞いている人の心をまるで暖かく包んでくれるような『太陽』のようなぬくもりを与えてくれる魔法。

 

アキラが魔法が使えないことを悔しがって隠れて練習しているのを知っている。

 

料理の腕はレムにも並ぶのにみんなに美味しく食べてもらおうとベアトリスの書庫から本を借りて料理の勉強をしてるのを知っている。

 

ラムと喧嘩ばかりしてるのにラムが大変そうなときには真っ先に駆けつけてくるのを知っている。

 

ベアトリスのためにもいろんなおやつを禁書庫に届けてるのを知っている。

 

 

―――わたしを外の世界に連れ出そうといつもやんちゃしてることも……ちゃんとわかっている。

 

 

それら一つ一つがアキラの優しさっていう『魔法』なんだって教えてもらった。

 

 

わたしが王になるためには、きっとその『魔法』が何よりも必要なんだってことを教えてもらった。

 

 

 

 

 

「レムが言っていたの。『アキラくんは誰よりも鬼がかってるすごい人』だって……――――ラムもレムも、ベアトリスも……みんな少しづつ変わってきてる。だから、わたしも変わりたい」

 

 

 

 

 

アキラが傍にいてくれたら、きっとわたしも変われる。

 

 

アキラは誰よりも鬼がかってるすごい人だから。

 

 

アキラは『ナルシストで自意識過剰な正義のひぃろぉ』だから。

 

 

だから、わたしも頑張る。

 

 

 

 




完全に開き直ってオリジナル展開の方向性に決定したものの……結局、大して進展していない!

でも、やはり戦闘シーンとか事件ばかりだとリゼロキャラの魅力は引き出せないと思っております。

あとは文量を減らそう!(切実)
とにかく減らそう!(本気)

10000文字を下回るように調整するつもりだったのに……まさかの13000字オーバー。

本当にごめんなさい。


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第36話:カルステンの異変

盾の勇者の成り上がりが面白い!

久しぶりにジョジョ以外のアニメ見てて胸熱な気持ちになりました。個人的にはラフタリアが一番可愛かったです。

これを受けて盾勇のSSも書こうかと魔が差しましたが…………今後の仕事次第ですかね。アイデアだけは出てくるのですが、文に書き起こすのは大変ですからね。


 

 

 

 

 

―――これは十条旭が、異世界にやって来るほんの少し前の話。

 

 

 

ルグニカ王国。カルステン領―――領主『クルシュ・カルステン』。

 

 

優秀な騎士を送り出した名家カルステンの中でも歴代最高とも呼ばれる突出した才能を持つ女傑。

 

文武両道は勿論のこと、政務軍務に関しても高い知識と教養を持ち、領民から厚い信頼を寄せられ、17歳にして『公爵』の爵位を冠するまでに至り、更には若くしてカルステンの家督を継承した自他共に認める才女。

 

才能だけにとどまらず、彼女の凛々しく力強くも端正な顔立ちと軍人ならではの鍛え抜かれた肢体。その麗しき美貌もまた彼女の人気に拍車をかけている。

 

 

無論、彼女とて才能だけで大成したわけではない。彼女は生まれながらにして、己の在るべき姿、己に課せられた使命、己が背負った宿命、己が望む理想……それらを物心つく前から悟っており、それらを成就するために幼い頃から確たる信念と覚悟のもと、弛まぬ努力を続けてきていたのだ。

 

その過程において、多くの障害に苦悩することもあったが、彼女は決してそれに怯むことなく前進し続けてきた。彼女は、民のために打ち出した政策や遠征等で結果を出し続けることで領主としての信頼を獲得したのだ。

 

 

従って、彼女が王選候補者となった際、彼女こそが次期国王最有力候補であろうと誰もが信じて疑わなかった。どのような相手も彼女は、類まれなる智謀と武力を持って捻じ伏せるであろう。そんな彼女の勝利は絶対に揺るがないものだと思われた。

 

 

―――だが、事態は急展開を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

「―――どういうことですか、クルシュ様……」

 

 

「今、言ったとおりだ―――私『クルシュ・カルステン』は此度の王選を“辞退する”」

 

 

「そんにゃ……そんにゃのって―――」

 

 

「いずれ、正式に皆の前で発表するつもりた。話はこれで終わりだ。フェリス、下がって良いぞ」

 

 

「にゃっとくできません!」

 

 

 

 

 

フェリックス・アーガイルは、クルシュ公爵に仕える従順な騎士である。否、騎士と主君というだけの関係ではない。フェリックスとクルシュの間にはそれらを超越した確かな絆がある。

 

故にこそ、納得できなかった。

 

あのクルシュが……王選に挑むことすらせずに、敵前逃亡するなどあってはならない。ありえないっ。西から太陽が上ってくることよりも考えられない。

 

 

 

 

 

「こんなことって……私達の悲願はどうにゃるんですか!?」

 

「…………。」

 

「クルシュ様が私を助けてくれた時に誓った約束も……果たせにゃいままで。このまま尻尾巻いて引き下がるのが、クルシュ様ののぞみだとでも言うんですか?」

 

「ああ。そうだ」

 

 

 

 

 

ウソだ。そんなことはありえない。彼女は自分にそんな嘘をつける人じゃない。きっとなにか事情があるはず。戦う前から諦めるなんて、『クルシュ・カルステン』にとっては身を切られる以上の苦痛のはず。

 

そんな残酷な決断を顔色一つ変えずに迷いなく実行できるのだとしたら、それはもう……『クルシュ・カルステン』ではない。

 

 

 

 

 

「クルシュ様……質問に答えてください」

 

「なんだ、聞こう」

 

「クルシュ様は、何者かに脅されたりしていませんか?もしくは王選になる前に誰かに唆されたとかはありませんか?」

 

「ない。フェリスも知っているはずだ。私にそういった駆け引きや取引は通用しない」

 

「にゃら……王選を辞退するなんて言い出したのは、どうして?」

 

「至極単純な理由だ。私は王の器ではなかった。故に辞退する。王選にかける労力・時間・資金を考えれば当然のこと……王には王たる相応しい人物がなるべきだと私は言っているのだ」

 

「そんにゃの……にゃんの理由にもなっていませんっ!クルシュ様が身を引く理由には、にゃらないじゃにゃいですか!」

 

「無駄な努力ほど無駄なものはない。王は一人でいいのだ。結果がわかりきっているのであれば、無駄な諍いは必要ないということだ」

 

「……っ!?」

 

 

 

 

 

ありえない。

 

確かに普通であれば無駄なことを回避するという回答をする人もいる。だが、クルシュ・カルステンは普通ではない。否、普通であることを許されない。何故ならば、それこそが彼女の選んだ覇道であるからだ。

 

確信した―――彼女はもう……自分が知っている『クルシュ・カルステン』ではない。

 

 

 

 

 

「―――クルシュ様……あにゃたは病気です。今すぐにでも……治療が必要です。私についてきてください」

 

「不要だ。私は至って健全だ。いや、余計な重みを背負わなくなって寧ろ清々した。実に清々しいいい気分だ。今なら100人の騎士を相手にしても難なく薙ぎ倒せることであろう」

 

「―――っ!!」

 

 

 

 

 

フェリックス・アーガイルは腰に帯刀していた短刀を抜いた。本来、主君に向けて剣を向けるなど最低最悪の不敬である。だが、それをせずにはいられなかった。

 

『彼』フェリックス・アーガイルは治癒術師だ。王国随一の治療魔術を施すことが出来るが、その分、剣の腕はからっきしであった。かたや武芸に秀でたクルシュ・カルステン。その実力差は明白。どうあがいても勝ち目はない。

 

だが、乱心した主を止めることもまた騎士としての忠義であった。

 

 

 

 

 

「……何をしている、フェリス」

 

「クルシュ様……どうか目を覚ましてください。いいえ、一日でいいんです。私の治療を受けてください。そうすればきっと気づいてもらえます―――元のクルシュ様に戻っていただけるはずです」

 

「剣を納めろ。これ以上、不敬を働けばいくら私でもお前を守りきれなくなる―――繰り返す。おかしな言いがかりはやめて、剣を納めろ。さすれば、此度の所業をなかったことにできる」

 

「申し訳ありません。クルシュ様……その命令だけは聞けません。クルシュ様が私の治療を受けて頂くまではっ!」

 

「…………やむを得んか」

 

 

 

 

 

クルシュは重々しく椅子から腰を上げた。彼女もまた、主従の関係を理解した上で主として配下に裁きを下さねばならない。その心の痛みはフェリスと変わらない。

 

『泣いて馬謖を斬る』という言葉がある。

 

三国志で有名な諸葛亮が、命令に背いた愛弟子の馬謖を軍律の遵守のために涙を飲んで処刑に踏み切ったという故事である。

 

今、正にクルシュが行おうとしているのがそれだ。

 

 

 

 

 

「―――最後に警告するフェリックス・アーガイル。武器を捨てて、今すぐにこの部屋を出ていけ」

 

「っ………イヤにゃっ!」

 

「強情なのは結構。だが、知っておろう―――お前に私は止められぬ」

 

「クルシュ様の病気は……わたしが治すニャ!」

 

「愚かな……フェリックス・アーガイル。私に楯を突くことが、どれ程愚かしい行為か。その身に教えてやる」

 

 

 

 

 

―――この日、フェリックス・アーガイルはカルステン公爵に対する叛逆罪により投獄されることとなる。

 

 

しかし、投獄されるもその翌日に脱獄。

 

 

領主クルシュ・カルステンの私室に深夜忍び込み、寝込みを襲おうとするも敢え無く失敗。再び投獄されることになるが……クルシュの計らいによりあっさり無罪放免となった。

 

 

以後、フェリックス・アーガイルはクルシュに刃向かうことなく、彼女の忠実な部下として働くようになる。

 

 

しかし、奇妙なことに彼はそれ以降一切治癒魔術を使わなくなった。

 

 

彼の治癒魔術を頼り諸国から集まってきた怪我人や患者に対して、彼は一切の治療を施さなくなってしまったが……―――その真意は誰にも明かされていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――時は戻って、メイザース領。

 

 

 

 

 

「―――というわけで、新作料理を作成してみたいと思う」

 

「えっと……何がどういうわけなのか、さっぱりわからないんだけど」

 

 

 

 

 

俺はキッチンで開けてもらった時間の中で新作料理の試作に挑もうとしていた。理由は簡単―――

 

 

 

 

 

「暇すぎてやることがないからだ―――あと、ついでに接待の準備」

 

「本音と建前か完全に入れ替わっていると思うんだけど。そもそもロズワールからお屋敷の仕事はやらなくていいって言われていたんじゃあ」

 

「勉強だけで一日潰せる程、勉強熱心じゃあねえんだよ、俺は。だから、せめて建設かつ前向きに時間を潰そうと思ってよお〜。これでいいもの作れたら、献立の幅も広がるし、お客人も喜んでくれる。それこそWin-Winになるわけだぜ〜」

 

「アキラの料理にはわたしも期待したところだけど…。でも、アキラはまだ病み上がりなんだから、あんまり無理をさせるのもちょっと……」

 

 

 

 

 

エミリアは微妙そうな顔をしてるけど、俺としては『接待の準備』という大義名分を得てここに立っているんだぜ。ここでそれすらも取り上げられてたまるか。

 

 

 

 

 

「エミリアこそ……勉強頑張りすぎだぜ〜。焦ってもいいことねぇんだし、こういう遊びも必要なんだよ」

 

「これが何かの役に立つの?王選には全く関係ないように思うけど」

 

「おばあちゃんが言っていた。『人生とはゴールを目指す遠い道……重い荷物は捨て、手ぶらで歩いたほうが楽しい』ってな―――たまにはよぉ〜、背負ってばかりでなくて……余計な遊びに手を出してみるのも悪くはないぜ」

 

「…………っ」

 

「迷惑ってんなら無理に誘ったりしねぇけどよ〜。重い荷物をたまには誰かに預けてみるのもありだと思うぜ。特に俺みたいな無知な人間だったらよぉ〜……そういう重さも感じねえからよ」

 

 

 

 

 

これはレムとの一件で学んだことだ。俺はこの世界において失う地位も名誉も立場もない。誰よりも自由な存在なんだ。だから、他の人が背負ってるものを代わりに背負ってやることだってできる。

 

エミリアの王選にかかるプレッシャーをこれで少しでも晴らしてやれたらな……っていう俺のしょうもない思いつきだぜ。

 

 

 

 

 

「―――……アキラのそういうところ、本当にズルいと思うな」

 

「ん?……今、何て言った」

 

「……こんなことばかりしてないでもっとお勉強しなさいって言ったの。わたしの王選の勉強もそうだけど……アキラだって勉強しなきゃならないこと、たくさんあるんだからね」

 

「グレート……耳が痛いぜ。仕事の傍ら勉強するってのはモチベーションが続かねぇんだよなぁ」

 

 

 

 

 

二宮金次郎じゃねえけどよ。働きながら勉強するって口で言うほど楽じゃあねえんだよな。

 

 

 

 

 

「とにかく今は料理だ。料理!献立の幅と味付けのバリエーションを増やすためにも妥協は一切しないぜ」

 

「この前、アキラが作ってくれた『まよねーず』と『おむらいす』っていうのも美味しかったけど……まだ他になにか作るの?」

 

「今回作るのは『ヴァニラ・アイス=クリーム』だ。これに成功したらスイーツ系のメニューのはばがひろがり、夢が広がるんだぜ。普通の料理じゃあレムに勝てないから、アイデア力で勝負しないとよ」

 

「そういえば……レムの姿が見えないけど、どこに行っちゃったのかしら?」

 

「ああ……―――

 

 

『レムはなんでも引き受けます!やります!申しつけてください。そしてうまくやった暁には頭を撫でてくださっても構いませんよ♪』

 

 

―――って意気込んでたんだけどよぉ〜。流石に屋敷の仕事を終わらせてからなって丁重にお断りさせてもらったんだぜ」

 

 

 

 

 

ここ最近、レムの『アキラ依存』がひどくなりつつある。ことあるごとに俺に『かまってオーラ』を出してくるのだ。

 

例えば―――

 

 

 

『アキラくん、今のレムはどうですか?』

 

『アキラくん、レムに何かしてほしいことはないですか?』

 

『アキラくん、レムに何か言いたいことはないですか?』

 

『アキラくん、レムを褒めてくださっても構いませんよ』

 

『アキラくん、レムの頭を撫でてくださっても構いませんよ』

 

『アキラくん、レムはすごく頑張りました!ご褒美を所望します!』

 

 

『―――アキラくん』

 

 

『―――アキRAくんっ』

 

 

『―――AKIRAくんっ!』

 

 

 

………とまあ、こんな感じだ。結構、エグいのを端折ってるところもお察しして頂きたい。

 

ハッキリ言ってレムの甘え方は、完全に子犬のそれと同レベルだ。いや、同レベルと言っちゃあ失礼かもしれねぇが……本当に純粋な好意を包み隠さずにこれでもかというくらい真正面から向かってこられるのだ。たまったものではない。

 

普通の人なら多少なりとも羞恥心とか世間体とかがブレーキをかけるが、レムの行動にはそれがない。そういう意味で直情的な愛情表現をする子犬と同じなのだ。 

 

 

勿論、レム程の美少女にこれだけ好意を示されて悪い気は一切しない。だが、にしても限度というものがある。

 

ここまでくるとさすがの俺もどうしていいかわからなくなるんだぜ。だから、ヤンデレ化しないように今は適度に距離を置こうとしている段階だ。

 

 

 

 

 

「レムはアキラのことが大好きだもんね」

 

「やめろっ!聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだぜっ。〜〜〜ったくよぉ……俺は何でこうなっちまうかねぇ。こんなクソハーレムラノベの主人公みたいなの俺のキャラじゃあないんだぜ」

 

「それは、アキラがレムのためにものすごく一生懸命頑張ってたからでしょう。ラムもレムもすごく感謝していたもの」

 

「……グレート。これ以上、掘り返すのはマジにやめろ。手元が狂いそうだからよ〜。それに……これ以上、あいつらに妙な気を遣ってほしくないんだぜ」

 

 

 

 

 

エミリアもラムもレムも俺のことを大層評価してくれちゃあいるが、本当は違うんだぜ。本当にすげぇのは誰かに希望や勇気、執念を与えられるやつのことを言うんだ。

 

俺にとってのレムとラムがそうであったように―――

 

 

 

 

 

「言いたくはないが、あいつらはただ目の前の単純な答えが見つけられなくて苦しんでいただけだ。俺が何かしなくてもあの二人なら何れ『答え』に行きついていたはずだ。悔しいが……俺はたまたまあいつらにとってのきっかけになれたに過ぎないんだぜ」

 

「もうっ、アキラってば本当にひねくれてるんだから……アキラがいたからこそ、今の二人があるんでしょ。そんな言い方したら、ラムとレムが可哀想よ」

 

「俺はただ自分に正直に生きることに長けてるだけだ。そういう馬鹿な人間からでも学べることは多少なりともあるってことかもしれねぇな」

 

 

 

 

 

俺は今でも忘れねえ。

 

自分ならやれる。出来るはずだと意気込んでいた挙げ句、最悪の醜態を晒したあの時のことを。

 

『俺のクレイジー・ダイヤモンドだって満更でもねぇんだ。間違いなく俺は成長している。エミリア達の力を借りなくても一人でやれるはずだ』

 

そんな慢心めいた自信が、ラムを死なせ、レムを殺し、俺自身も死ぬという悲劇的結末を生んだんだ―――俺は自分で利口ぶっているという最低の間抜けだった。

 

あの『未来』に置いてきてしまった二人のことを俺は絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

「元を辿ればよお〜。ラムもレムも双子だからって互いを縛る必要なんかないんだぜ。せっかくそこん所のしがらみがなくなったのによぉ〜……今度は俺に縛られていたとあっちゃあ、それこそ本末転倒じゃあねえか。だから、今は適度に距離を置くくらいがちょうどいいんだぜ」

 

「そうやって素直にお礼を受け取れないのはアキラの悪いところよね」

 

「だから違うっつってんだろ。ラムはまだ要領がわかってるからいいが、レムは特に何にでも一直線で頑張り過ぎなんだぜ。ただでさえ屋敷の仕事で大変なんだ。俺のためなんかじゃあなく、もっと自分のために生きてもらわねぇとよぉ〜」

 

「……確かにレムはそういうところがあるわよね。じゃあ、アキラはレムのことが嫌いなわけじゃないんだ」

 

「ンんなわけねぇだろ。俺のレムへの感謝とリスペクトは今でも変わらず顕在なんだぜ。けどまあ、俺だっていつまでもここに……―――」

 

 

 

バァンっ!!

 

 

「アキラ君!」

 

 

 

「ん?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

突然、厨房の扉が勢いよく開かれる。そこから眩しいばかりの笑顔のレムが立っていた。

 

そう。あの期待に満ちた顔には見覚えがある。昔、近所で世話していた野良犬が投げたボールを拾って戻ってきた時の顔とそっくりだ。

 

 

 

 

 

「午前中のお仕事は全て終わらせてきました。レムもアキラ君の『ばにら・あいす』作りのお手伝いをいたします!頑張りましたから、お昼まで何度でも挑戦できますよっ!」

 

バヂヂ、バヂヂヂヂ……ッッ

 

 

 

 

 

レムの青い前髪をかき分けて純白のツノが稲光を纏って輝いていた。爛々と輝くレムのツノと反比例して、レムの瞳からハイライトが消え失せているのは断じて俺の気のせいではない。

 

 

 

 

 

「グレート……『一手』遅カッタナ。かつて元祖ヤンデレ山岸由花子は一晩で手編みのセーターを編んだというが……今やレムも同じ境地にたどり着きつつあるんだぜ」

 

「アキラ。ちゃんと責任とってあげなさいね」

 

「―――こいつは……グレートにヘビーだぜ」

 

 

 

 

 

一抹の不安を抱えてはいるものの、レムも合流して三人でヴァニラ・アイス=クリームに挑戦することとなってしまったぜ。といっても、アイスクリームは材料さえ揃ってしまえば、さほど難しい工程はない。

 

 

 

 

 

「材料も揃えたし、早速……と行きたいところなんだが、まず最初に準備しなくちゃあならねぇもんがある」

 

 

「準備?まだ他に準備するものがあるの?」

 

「はい!はい!レム、知っています。それは料理をする上で絶対に欠かせないもの―――つまり『愛情』ですね!?」

 

 

「違っ……いや、あってるんだけど……そうじゃないっ!」

 

 

「アキラくんが言っていました―――『どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは料理を作る人の愛情だ』って」

 

 

「だから、それは天道語録だっ!おばあちゃんが言ってたやつだよっ!勝手に俺の語録に加えてんじゃあねえぜ!」

 

 

 

 

 

本格的に先行きが不安になってきた。そもそも、レムに対抗して新しいメニューの開発に挑むはずだったのに……レムがここにいたんじゃあ本末転倒なんじゃあなかろうか。

 

 

 

 

 

ゴトッ

 

 

「アイスクリームに欠かせないのが、この『硝石』だよ」

 

 

「硝石……これが料理に必要なの?」

 

「サルトペターですね。宮廷の料理人が氷水を作ったり、食材を冷凍するときに使うものです」

 

 

「グレート。流石によく知ってるな」

 

 

 

 

 

アイスクリームの起源は実はかなり古い。製氷機等が開発されて氷が当たり前に作れるようになった近代社会よりもずっと前から存在する。殷や古代エジプトでは天然の氷で作った氷菓子があったと言われているし、カエサルなどの幾人かの歴史上の有名人も食べていたという話もある。

 

そして、16世紀以降になるとある鉱物が発見されたことから一気にアイスクリームは進化を遂げることとなる。

 

 

 

 

 

「この硝石を使えば氷を自在に量産することが可能となり、これによって画期的な氷菓子を生み出すことができる。まだこのルグニカには浸透していない氷菓だが、大ヒット間違いなしだぜ。それこそが『ヴァニラ・アイス…―――」

 

 

ヒュォオオオ…… パキパキパキパキッッ

 

 

「……って、こらそこっ!『ヒューマ』を使うなっ!!」

 

 

「「え?」」

 

 

 

 

 

エミリアは俺のアカデミックな解説を受けて感心するでもなく無言で魔法の氷を作り出す。レムもレムで『氷が必要ならレムがいくらでも!』と言わんばかりに魔法で氷を作り出す。

 

 

 

 

 

「グレート……魔法が使える奴はこういうとき得だよな。俺には精々……『目くらまし』と『ものを治す』ことで精一杯だからよ」

 

 

「いいえ、そんなことはないです。アキラ君の能力《ちから》は素晴らしいです!アキラ君の優しさが形と力を持ったような……他の誰にも真似できない力だと思います!」

 

「レムの言うとおりよ。アキラはその力でわたしやレムを何度も助けてくれたでしょ。だから、そんな自分を悪いように言っちゃダメ」

 

 

「……ありがとよ」

 

 

 

 

 

軽い自虐ネタのつもりだったのだが、エミリアとレムには真正面から切り替えされてしまった。それが照れくさくも……少し誇らしくて嬉しかった。

 

『隣の芝生は青い』とはよく言ったものだ。自分が持ってる力に限界を感じた時、他人が持ってるものがひどく羨ましく思える。

 

 

 

 

 

「まあ、氷が調達できるならあとの話は早い。牛乳、卵、生クリーム、砂糖、バニラフレーバーがあれば『ヴァニラ・アイス=クリーム』は誰にでも作れる」

 

「レムに対抗するって割には意外に簡単にできちゃうのね。レムを超えるならもっと手間と時間のかかるものを作るものだとばかり思っていたけど」

 

「料理は手間をかければいいというものじゃあないぜ。料理の味を決めるのは『下準備』と『手際のよさ』―――それさえ身につければ、誰にでもうまい飯が作れる。それが料理のいいところなんだぜ」

 

 

 

 

 

なんてキザったらしいことを一丁前にほざいていやがる……と思うかもしれねえが、これは俺だからこそ言えるセリフだ。

 

何せ、俺は『料理人』には絶対になれない男だったからだ。

 

 

 

 

 

「アキラって……たまに本当にいいことを言うわよね。いつもおバカなことばかりしてるくせに……今の一言は、ちょっとだけカッコよかったかも」

 

「グレート……その『たまに』ってのは余計だぜ。そもそも……俺はいつだって本気でしか動いてないぜ。バカやるにしても全力だ。中途半端ってのが一番後悔するからな―――ま、やみくもに突っ走ってもダメなこともあれば、冴えない時もあるけどよ。だが、たまにはいいこともある」

 

「なるほど。さすが、アキラくんです。レムもアキラ君の素晴らしい御言葉に感銘を受けました。今後はレムも死力を尽くして全力でやらせていただきます―――ふんすっ」

 

「……お前はちょっと自重しろ」

 

 

 

 

 

レムの努力する姿勢はスゲーと思うし、そのひたむきさと一生懸命さは人として見習うべきだと思うが……何事もやりすぎは良くないんだぜ。

 

特に今のレムは手を抜くということを知らない。こんなレムを暴走させ続けていたら近い将来爆発する。努力の方向音痴に加えて、手加減が一切聞かないってんだから見ているこっちのほうが心配になってくるんだぜ。

 

―――けどまあ、とりあえず今のところは背負ってた荷物から開放されたことに喜びを感じているようだし。このイキイキとしてるレムを優しく見守ろう。

 

考えてみれば、レムは幼い頃にトラウマを抱えて以来、あえて言い方悪く言えば……ラムに尽くす『奴隷』のような生き方を自分に強いて生きてきたのだ。

 

急に鎖から解放されて自由を持て余して……雛鳥が最初に見たものを親と思い込む『刷り込み現象』みてぇに……地獄から抜け出すきっかけとなった俺に心酔しているに過ぎない。

 

こういうのを『吊橋効果』というのだろうか?―――だとしたら、俺が何かするまでもなく遠からず幻想《ユメ》から覚めるはずだぜ。

 

 

 

 

 

「―――ってなわけで……作り方は、今、教えたとおりだぜ。とりあえず、まずは地道にやってみようぜ」

 

「アキラ、これすごく手が冷たい」

 

「本来は専用の器具を使って時間をかけてやるんだけどな。俺がやってるのは小学生の頃に調理実習で教わったやり方だからな」

 

「何で、あえて効率の悪いやり方でやらせるのよ〜!アキラのおたんこなすっ」

 

「俺が作ろうとしてるのはただのアイスクリームじゃない。『ヴァニラ・アイス=クリーム』だ!一味違ってねぇと意味ねぇんだよ」

 

「んもうっ、何それ、意味わかんないっ!」

 

「グレートっ!ここでそのセリフが来るかよぉ!もう一回、今度はカタカナで言ってくんねえか?」

 

「ナニソレ、イミワカンナイ!?」

 

「グレートだぜ、エミリア!」

 

「〜〜〜〜っ!……んもう、アキラのどてかぼちゃ!」

 

 

「アキラくん、アキラくん!レムの方はどうですか?」

 

 

「おう!どれどれ……―――って、うわぁあああああああああっっ!?」

 

 

 

 

 

いそいそとレムが試作中のアイスクリームを見せようと駆け寄ってくるが、俺はその背後を見て唖然とした。

 

そこにはアイスクリームが入ってるであろうボウルが山積みにされていた。ゆうに一ヶ月分くらいはあるんじゃあなかろうか。

 

 

 

 

 

「いや、作りすぎだよっ!!この屋敷をアイスクリームで埋め尽くすつもりかよっ!?自重しろって言ったそばから全く手加減する気ねぇなぁ、お前はっ!!」

 

「アキラ君が量産に成功すればルグニカの食文化に革命を起こせると仰っていたのでレムも頑張ってみましました!―――頭をなでてくださって構いませんよ?」

 

「なでるかっ!ルグニカの食文化以前にお前の頭の革命の方が先決だよっ!!……ったく、いくら魔法で氷を作れるからと言ってもよ〜。手作業でこんだけやってたら手がかじかんじまうだろうがよぉ〜」

 

 

ぴとっ

 

 

「っ……あ、あきらくん!?」

 

「あ〜あ……手がこんなに冷たくなっちまってるじゃあねえか。だから、加減しろっつったのによ」

 

 

 

 

 

レムの手をとってみるとまるで氷のように冷たくなっちまっていた。ちょっとやそっとなら大丈夫かも知れねぇが……これは明らかにやりすぎだ。

 

俺はレムの両手を自分の手で包み込んで温めるようにして軽く熱するように擦りあわせる。

 

 

 

 

 

さすさすさす

 

 

「あ……あの……アキラくん。そ、その……レムの手、冷たくなってしまってますから……そんなにされると―――」

 

「やれやれ……料理人は手が命なんだぜ。増してや、レムのこんな小さくて可愛いらしい手を大事にしないなんて神様……いや、吉良様への冒涜なんだぜ。レムは可愛いんだから、もっと自分を大事にしないとダメなんだぜ」

 

 

トゥンク…

 

 

「……アキラきゅん」

 

 

 

 

 

あれ?俺、冷静に考えると物凄くチャラいことしてねえか?

 

でも、こうして改めてレムの手を握ってると……とてもなめらかな関節と皮膚をしている。白くってカワイイ指だぜ……頬ずり……したくなるような―――

 

 

……って、俺は杜王町の殺人鬼かっ!!

 

 

そもそも今している『これ』も決して下心とかじゃあねえぜ!俺はただレムが無茶をするから心配になって……レムの手が傷ついたりすると俺がすごくイヤだから。それに、この尊いレムを守ることは全人類にとっての義務であって……つまり、この行為には全世界の男性諸君からの期待と欲望が詰まっていて―――

 

……って、俺、さっきから誰に言い訳してんの!?

 

 

 

 

 

「……と、とにかく、ちゃんと手を温めようぜ。な!こんなキンキンに冷えた手じゃあこの先の作業もままならねえしよ〜」

 

「いえ………レムは、このままアキラくんの人肌で温めてほしいです。それだけでレムは、体の奥からあたたかくなれますから」

 

「雪山で遭難した男女みたいなことを言ってんじゃねぇぜ。怪我はいつでも治せるけどよぉ〜。女の子が体を痛めつける様は見てて気持ちがいいもんじゃあねえからな〜」

 

 

すっ

 

 

「あ……」

 

「急激に冷やしたから……いきなり極端な高温で温めようとすんなよ。ゆっくりぬるま湯とかで温め直したほうがいいんだぜ」

 

「ありがとうございます。レムはこの手を一生洗いません」

 

「―――いや、洗えよ。食卓を預かるものとしてまじでそれは許されんぞ」

 

 

 

 

 

レムに念押しをして、重ね合わせていた手を離すとレムは名残惜しそうに一瞬だけ俺の手を捕まえようとしたが、すぐに引っ込めた。

 

女の子なりに異性とのスキンシップには思うところもあるらしい。

 

―――『彼女いない歴=年齢』の俺にはわからないけどな!

 

 

 

 

 

「……しっかし、どうするよ、この大量のアイスクリーム。この量を食い尽くしたら間違いなく腹壊すぜ」

 

「…………。」

 

「おう。エミリア、そっちはどうだ?なかなかいい感じじゃねえか」

 

「―――またレムにだけはあんなに優しくして…」

 

「あン?」

 

「あ〜あ……わたしも手が冷たくなっちゃったな〜」

 

 

 

 

 

エミリアはボウルから手を離して、ただでさえ色白だったのが冷えて余計白くなってしまった両手をこすり合わせる。

 

まるで『わたし誰かさんのせいでひどく不機嫌です』ってアピールしてるかのようだぜ。

 

 

 

 

 

「え、エミリア……少し休んでていいぜ。あとは俺がやるから」

 

「わたし、アキラに朝から無理矢理部屋から引っ張り出されて、“あいす”作るの手伝わされてるのにな〜。昨日も王選の勉強を遅くまでしてて、朝すっごく眠かったのにな〜。わたしの手すごく冷たくて……誰かに温めて欲しいな〜」

 

「………っ」

 

「ああ〜、手が痛いな〜」

 

「わかった!ごめん、ごめんって!……俺が悪かった!」

 

 

 

 

 

グレート……エミリア特有の唐突な駄々っ子モードが発動しちまった。

 

俺もエミリアとはそこそこ長くつるんでるし、男として女の子の機嫌を損なわねえよう振る舞ってるつもりだが。たまに脈絡もなく不機嫌になる時があるんだぜ。

 

触らぬ神に祟り無しと行きてぇところだが……エミリアの息抜きのためとはいえ、無理やり借り出しちまった負い目もある。ここは素直に言うとおりにしよう。

 

 

 

 

 

「ほ、ほら……手出せよ。俺の手は太陽の手だからすぐに温まるぜ」

 

「別に期待してないからいりません」

 

「(露骨にすねてやがるぜ。仕方がない。ここは少し強引に行くか)―――…いいから、手貸せって。少しは温まるからよ」

 

 

ぎゅう

 

 

「わわっ……本当だ、アキラの手……すごく暖かい」

 

「ふふふっ、太陽の手はただ手が暖かいだけじゃあねえんだぜ。パンの調理においては手の中で生地の発酵が進みやすいという……まさにパン職人の才能の象徴なんだぜ―――因みに、俺、パンこねたこともないけどよぉ〜」

 

「ホント自慢にならないわね」

 

 

 

 

 

俺のつけたオチにエミリアは苦笑いで笑ってくれた。少しは機嫌が直ってくれたみたいだぜ。

 

しかし、エミリアの手もレムに負けず劣らずキレイで柔らかい。ケアをしているこっちの方が逆にこのスベスベのお手々に癒やされてるみてぇな錯覚に陥る。この肌の冷たさも気持ちよくて……少し頬ずりしてみても……罰当たらねぇんじゃあ―――

 

 

……だから、俺は女性の手に欲情する爆弾魔かっ!?

 

 

 

 

 

「ねえ、アキラ…」

 

「なんだよ」

 

「これ……なんだか……急に、すごく恥ずかしくなってきたんだけど」

 

「お前がやらせたんだよっ!!」

 

 

 

 

 

拗ねて俺に手が冷たくなったから手を温めろと文句を言った途端にこれだよ。相変わらず、行動原理がちぐはぐと言うか……精神年齢がズレてるというか……―――とにかく読めないやつだぜ。

 

まあ、しかしだ……こうやって手を握られて顔を赤くして照れくさそうにそっぽを向いている仕草は女の子って感じでグッとくるものがあるぜ。

 

レムが飼い主に尻尾振って甘えたがる『仔犬』なら、エミリアは世界を知らない人見知りな『妖精』と言ったところか……動物的な愛らしさではなく。なんつーか、こう……神聖で華やかな……そんな感じの印象を……

 

 

 

 

 

ガチャッ

 

 

「―――ジョジョ、ここにいるの?ロズワール様がお呼びに……―――っ!?」

 

 

「……げっ!?」

 

「ラム?……アキラに用事?」

 

 

 

 

 

そこにタイミングが悪いことに厨房にラムが急いだ様子で入ってきた。

 

俺はというと動揺するあまりエミリアの両手を握ったまま硬直してしまった。

 

いかん。さっきまで冷え切っていたレムやエミリアの手よりも遥かに冷たい絶対零度のラムの視線が俺に突き刺さる。

 

 

 

 

 

「……何してるの?」

 

「何って……見りゃあわかるんだろうが」

 

「エミリア様の手を握って息を荒くして欲情しているようにしか見えないわ―――汚らわしい」

 

「違うからっ!エミリアの手が冷えてたから俺の手で温めてただけだから!やましい気持ちとかないから!」

 

「そう……―――ところでエミリア様の手は気持ちよかった?」

 

「おう。スベスベで最高だったんだぜっ!」

 

 

 

ヒュカォオオオオン……ッッ!!

 

 

 

「えりなぁぁああああああっ!?」

 

 

 

 

 

俺がにこやかに答えるとラムからフーラが飛んできた。紙一重でかわすことはできたが後方においてあったアイスクリームのボウルが真っ二つになっちまった。

 

 

 

 

 

「―――とうとう本性を表したわね……この下賤な性獣が。レムにあれだけ慕われていながら身分を弁えず恐れ多くもエミリア様に手を出すだなんて万死に値するわ」

 

「テメエ、わざと俺の手を狙っただろっ。つーか、性獣って何!?魔獣よりもカースト低そうな二つ名つけてんじゃねえぜ、このラムレーズンがっ!」

 

 

「あ〜もぉ〜……二人とも、いい加減ケンカしないの。屋敷が壊れちゃうでしょ―――それよりもラム。アキラに何か用があったんじゃないの?」

 

 

「失礼しました、エミリア様。ですが、エミリア様。ジョジョが下半身に物を言わせてエミリア様に襲いかかろうとしているのをラムは使用人として見過ごすわけにはいかないわ―――『正義の道』を歩む事こそ『運命』なのだわ」

 

「テメエが正義を語ってんじゃあねぇ!そう言うテメエは今まで割った皿の枚数をおぼえているのか!?」

 

 

「もぉ〜っ、二人ともケンカしないの!ロズワールが呼んでるんでしょ。アキラも話が進まないからここは我慢してっ」

 

 

「なっとくいかねぇ!!」

 

 

 

 

 

エミリアはいつも喧嘩の仲裁をするときは、大抵、これだ。喧嘩両成敗といいつつも……しれっと俺に我慢しなさいと言ってくる。

 

まるで兄弟喧嘩でお袋が『あなたはお兄ちゃんなんだから我慢なさい』と躾けるようなアレを彷彿とさせる。

 

―――エミリアは俺達のコミュニケーションの輪に入る時、一体どういう立ち位置でいたがっているのだろうか?……無理をして『お姉さん』『お母さん』ポジションに立とうとしているかのような奇妙な違和感がつきまとうんだぜ。

 

 

 

 

 

「―――ジョジョにお客様が来ているわ。急いで来賓室まで来て頂戴」

 

「俺に『客』だぁ〜?それ、アーラム村の連中じゃあねえんだよな」

 

「ええ。ジョジョの治療を依頼していたカルステン領領主『クルシュ・カルステン』様から使者が来たのよ。早く準備して頂戴」

 

「え?……ちょっと待って、ラム。使いの人が来るのは明日の予定じゃなかったの?」

 

「ラムにも詳しくはわかりません。ただ……向こうからは『その異色な精霊使いに興味が湧いたから』としか聞かされていないわ」

 

 

「―――っ!」

 

 

 

 

 

ラムから伝えられたその言葉を聞いて俺の顔に緊張が走った。

 

 

既に先の戦いで一度は退けたスタンドの驚異。

 

 

それに気付いた何者かが俺に探りを入れてるのではないか……

 

 

そんなグレートにヘビーでろくでもない予感がしてならなかった。

 

 

 

 

 




ここからは完全にオリジナル展開です。FGOで言うところの1.5部といったところでしょうか。

リゼロで言うところの第3章は、あえて時間軸を無視するストーリー展開となってしまいます。

二次創作におけるオリジナル展開はかなりリスキーですが、あえてやってみます。


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第37話:老執事の依頼

皆様、お久しぶりです。かろうじて生きております。

かなり、心身共に病んでおりましたが、少しだけ回復の兆しが見えてきたので執筆を再開してみます。

リゼロスでリセマラという名の『死に戻り』を繰り返し、どうにかエミリアとレムを手に入れましたーーーやり直した回数は数しれず。

………やはり、ガチャは悪い文明。


 

 

 

 

 

 

ガラガラガラガラ……ッッ

 

 

 

 

 

「―――アキラ君っ!見えてきましたよ!あれがクルシュ様の統治する『カルステン領』です!」

 

 

 

「……グレート。とうとう来ちまったかよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

竜車に揺られること数時間……。

 

 

 

俺は『枯渇したゲートの治療』という名目でロズワール領を離れて、遥々カルステン領まで向かっていた。

 

 

 

竜車の窓から流れて見える景色を見ててもどことなく道が整然としており、随所に警戒をしているであろう軽装の兵士の姿が見える。

 

 

 

他国からの侵略者に対しての警戒を怠らず、かつ領地に住む民を優しく見守る心強い姿勢がハッキリと見て取れる。

 

 

 

―――『厳格な政治と気風で民を育み、支え、導き、未来を築く』……そんな領主の厳しさと優しさが見て取れる土地柄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのよぉ〜……一つ聞いていいか?」

 

 

 

「はいっ、何なりと!レムは、観光にまつわる名所も名産も事前にちゃんと調べてきましたからっ」

 

 

 

「グレート……至れり尽くせりだな。って、そうじゃなくてよ!―――何で、お前がしれっとこの竜車にいるんだよ!屋敷の仕事はどうしたんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。俺は本来“一人で”ここまでくる予定だった。

 

 

 

カルステン領に来るにあたり、俺は“ある事情”を抱えていたことからエミリア達を巻き込むことは出来ないとして、予めロズワールに手配してもらった竜車で早朝に人知れず出かけるつもりだった。

 

 

 

―――それが……それが、どうしてこうなった!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかしい……俺は、昨夜、確かにベッドで寝たはずだ。いつもより早めに起きようと思って20分は早く寝付いた。そこまでは覚えている……ハッキリと覚えている。なのに『朝早く起きて、竜車に乗る』というここに至るまでの過程が記憶にないっ!俺だけ完全にキング・クリムゾンを起こしている!」

 

 

 

「アキラ君、ご気分が優れないようであれば……竜車を止めて休憩にしましょうか?」

 

 

 

「……お前、俺に合わせようと行動してるつもりなんだろうがよぉ〜……ちったぁ『加減』ってものを覚えろよ。そんな調子じゃあこの先もたねぇぞ」

 

 

 

「いえ!レムはアキラ君が望むことなら何でもしてあげたいんですっ。誰よりも素敵なアキラ君のためなら、レムは無敵になれるんです」

 

 

 

「……無敵っつーより『不敵』だよな。つーかよ……俺が早朝に出ることについては竜車の手配をお願いしたロズワール以外知らないはずなんだけどな」

 

 

 

「はいっ!ですから、そのロズワール様から仰せつかったんです。『酷使したゲートのせいで本調子ではないアキラ君を手助けしてほしい』と言う大義名分を」

 

 

 

「……今、大義名分つったよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ロズワールめ……余計なことを。

 

 

 

今回の一件は俺とロズワールしか知らないクルシュ陣営からの『密命』が絡んでいる。部外の誰にももれないように内々で片付けなくてはならない。

 

 

 

言い方は悪いが、この件に関しては部外者であるレムを巻き込むことは好ましくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それに地竜を駆った経験のないアキラ君には、初見で竜車の手綱を握るのは困難かと思います。道中、魔獣に襲われる危険性も考えられますし、レムの力が必要になる場面もあるかと思われます」

 

 

 

「もっともらしい理由をつけてっけどよぉ〜……さっきの『大義名分』って言葉を聞いちまった後だとびっくりするほど説得力がねぇんだぜ。そもそも……いつの間に俺を竜車まで運びやがったんだぁ?」

 

 

 

「畏れながら、レムがアキラ君を起こさないように細心の注意を払ってお布団に包んだまま竜車まで運びましたっ」

 

 

 

「さらっと言ってるけど寝込みを襲うって本格的に山岸由花子の誘拐手口じゃあねえかよっ!!―――じゃあ、俺の服が着替えさせられてるのは何でっ!?」

 

 

 

「僭越ながら、レムがアキラ君を起こさないように慎重に着替えさせていただきました」

 

 

 

「いや、そこは起こせよっ!どさくさ紛れになに下心暴走させてんだよ!」

 

 

 

「安心してくださいっ!―――ちゃんとアキラ君の下着も替えておきましたから」

 

 

 

「安心できねえよっ!!替えた俺の着替えはどこに消えたのか20文字で説明しやがれっ!」

 

 

 

「お洗濯が終わるまでレムが預かっております(20文字)」

 

 

 

「いや返せよ!パンツだけでも自分で洗うから!」

 

 

 

「それはダメです!そんなことしたらアキラ君の匂いが逃げちゃいます」

 

 

 

「ううわっ、このメイド最悪だ!男の下着に劣情を催していやがるよ!隠れてこそこそ『くんかくんか』する気満々だよ、コンチクショウッ!!」

 

 

 

「それは違います!レムは、殿方の下着に劣情を催すような趣味はありません――――アキラ君の匂いをかぐ陶酔感に溺れたいだけです」

 

 

 

「同じだ、バカヤロウッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメだっ……ツッコミが追いつかねぇ。前々からどこかズレてるところはあったけどよぉ〜。仔犬モードに突入したレムはもう止められる気がしねぇ。

 

 

 

ていうか、レムの暴走度合いが加速度的にひどくなってるよ!このまま加速を続けたら、世界が一巡して新世界に突入しちまうよ!スティールボールランが始まっちまうよ!ジョジョリオンは絶賛連載中だよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――やれやれだな……まあ、ついてきちまったもんは仕方ねぇか。今から追い返すのも酷な話だしよぉ〜。けど、二人揃ってあんまり長居するのも先方に迷惑だろうし、用が済んだらさっさと帰ろうぜ」

 

 

 

「そうですね。姉様やロズワール様へのお土産もちゃんと買わないとなりませんし…―――それに、クルシュ様の領地には、何やら良からぬ異変が起こっていると聞いております。長居するのは危険かと思われます」

 

 

 

「っ……何か知っているのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの仔犬モードとは打って変わって真面目なトーンで話し始めるレム。レムがどこまで掴んでいるのかは知らないが、その内容は十中八九市井に出回っているのと同じものであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい。レムがカルステン領にくる直前に調べた情報なのですが……時期的にはアキラ君がお屋敷に来たのと同じか……少し前くらいのことです。クルシュ様の騎士であり治療術の名手であらせらるフェリックス様が治療を拒むようになったそうです」

 

 

 

「………けど、それがどういうわけか……俺の治療に関しては引き受けるような態度を示してきた。現状、人脈も何もない俺に……そんな奇跡みたいな待遇があるわけもねえんだぜ」

 

 

 

「はい。アキラ君のゲートを治療していただけるというのは大変喜ばしく光栄なことなのですが……あまりにも唐突なお話にレムは若干の猜疑心を抱いているというのが本音です」

 

 

 

「俺も概ね同じ意見だぜ。けど、ここまで来たら行くしかねぇよな。この先にいるのが敵か味方かわからねぇが……人の出会いとは『重力』であり、出会うべくして出会うものだからよぉ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もし、相手方がエミリアの王選に絡んで何かしら妨害工作を仕掛けてくるような奴らだったらここで会っておかなくてはならない。

 

 

 

二五〇〇年前の中国の兵法書に「孫子」ってのがあって……こう書いてある。

 

 

 

―――『彼を知り己を知れば百戦危うからず』ってな。

 

 

 

今後の王選も含めて情報を仕入れておくことは決してマイナスにはならねぇはずだぜ。

 

 

 

何より、未知の相手にビビって後戻りなんて俺の性に合わねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とにかく、ごちゃごちゃ悩むのはもうやめだ。一度故郷を離れたからにゃあ……負けねぇ!引かねぇ!悔やまねぇ!前しか向かねぇ!振り向かねぇ!“ねぇねぇ”づくしの男意地っ!―――相手が何を仕掛けてこようが、関係ねぇ。こうと決めたら突っ走るのみだぜ」

 

 

 

「さすがはアキラくんです!レムは感服しましたっ!では、レムもアキラ君を見倣って…―――退きません!!媚びへつらいません!!反省しません!!」

 

 

 

「反省しろっ!しかも、それ俺がいつか言い放った社友者語録じゃねえかっ!」

 

 

 

「はいっ。レムもいつかアキラ君のお言葉を使えるようにとちゃんと身につけてきました―――褒めてくれてもかまいせんよ♪」

 

 

 

「ほめるかっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故か、レムの頭とお尻にあるはずもない犬耳と尻尾がパタパタと揺れているのがハッキリと見える―――スト●イクウィッチーズかな?

 

 

 

顔もこんな感じになってるし……

 

   ↓

 

  (>ω<`)

 

 

 

いよいよレムの仔犬化が深刻になってきたんだぜ。

 

 

 

だがまあ……レムがこんな愛らしく暴走する姿を見てるとこっちの緊張がほぐれていくのを感じるのも事実。誰にも話せない密命とプレッシャーを抱えているこの状況だとレムの存在はありがたいというのが本音だ。

 

 

 

 

 

―――果たして俺にクルシュ陣営の抱えている問題を解決できるのか……

 

 

 

 

 

自信なんて全くない。けれど、俺がやらなきゃならねぇってことだけはハッキリとわかる。なにせ今回の事件は、ひょっとかすると……アーラム村の魔獣騒動以上の修羅場になるかもしれねぇんだからよぉ〜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――2日前、ロズワール邸。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしよぉ〜……いくらなんでも唐突すぎねぇか?面会の予約を入れたのは、明日だったんだろ?それなのに急遽前倒しで押しかけるなんて……貴族の作法はわからねぇが、そういうのってありなのか?」

 

 

 

「普通ならば考えられないことよ。でも、相手は王選の候補者……何を仕掛けてくるか予想できないわ」

 

 

 

「………王選の候補者だからこそ、そこんところは厳正にしてないといけねぇんじゃあねぇかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かの有名な聖徳太子も遣隋使たる小野妹子を派遣する時は、智謀を巡らせて確たる勝算があった上で細心の注意をはらって小野妹子を派遣したとされている。

 

 

 

他の国や他の領地に使者を出すというのは、国際問題に発展し、最悪の場合、戦争にまで発展する可能性があるんだぜ。

 

 

 

事前に交わした約束事を一方的に反故にするのは政界に限らず、人間社会においてあってはならないことだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ジョジョ」

 

 

 

「どした?」

 

 

 

「あなたの言うとおりだわ。たかが一介の使用人のためとはいえ、事前に決めた面会の日時をずらしてくるのは本来なら考えにくいことよ。ましてや、クルシュ様のカルステン領はそういったことに厳しいことでも有名だわ」

 

 

 

「同感。んで、ラムはどう思ってんだよ?」

 

 

 

「多分、クルシュ様の身に何か良からぬことが起こってるんだと思うわ。王選候補のエミリア様……の後見人のロズワール様からの依頼『ジョジョの治療』を引き受けたのは恩を売る目的があってのこと。これをエサに取引をもちかけてくる……というのがラムの考えよ」

 

 

 

「なるほど。半分は俺の考えたとおりだぜ」

 

 

 

「『半分』?」

 

 

 

「ああ……俺の想定だと、ラムが考えてるよりもちっとばかし面倒な状況だと考えてるぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラムの話によると『その異色な精霊使いに興味が湧いたから』早くに来たと言っていた。

 

 

 

俺の精霊……つまり、スタンドのことを知っているのはエミリア陣営の人間と……腸狩りとの一戦を目撃していたフェルトとラインハルト、盗品蔵のじいちゃんだけだ。

 

 

 

他にも幾度となく『なおす』能力を使ったことはあったが、俺は自分のスタンド『クレイジーダイヤモンド』を極力人前に見せないように立ち回ってきた―――それなのに部外の陣営が、どうしてその存在を知っていたんだ?

 

 

 

明らかな矛盾……どう考えても『俺の精霊に興味を抱いた』という理由はいただけないぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うしっ!……やっこさんがどういうつもりなのか知らねえが、そのハラん中拝ませてもらうとしますかねぇ〜。中途半端な策略を持って俺に相対してくるようだったら……その小賢しい策略もろともぶちのめしてお帰りいただこうかねぇ」

 

 

 

「ぶちのめさないで頂戴。ロズワール様の名に傷がつくわ」

 

 

 

「ものの例えってやつだぜ。まあ、兎に角、最初が肝心だ。なめられねぇようにしねぇとな―――紅茶OK……お茶菓子OK……砂糖OK……ティースプーンOK……ポットもバッチシ……名刺はないが、そこはまあ勢いで」

 

 

 

「威勢のいい言葉を吐いてはいるけど……使用人としての心構えはちゃんと忘れていないようね」

 

 

 

「お陰様でな」

 

 

 

「くれぐれも失礼のないようになさい。相手の機嫌を損ねるとジョジョの治療をしてもらえなくなるかもしれないわよ」

 

 

 

「……そこんところはわりかしどうでもいいんだが。とにかく行ってくるぜ。これ以上、待たせてもらんねぇしよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『なめられねぇように』とは言ったものの俺はそんじょそこらのチンピラとは違う。ドス効かせて脅しかけることで強さを誇示できるとは思っちゃいねえ。むしろ、その逆……

 

 

 

ここで重要なのは『最上級の礼儀作法』を正しく実行することだぜ。

 

 

 

ジョースターの血統を世代を越えて支え続けてきたジョナサンの盟友『ロバート・E・O・スピードワゴン』は、『ジョナサン・ジョースター』の強大な覚悟と命を賭けた真剣勝負の最中であっても敵である彼らの家族を悲しませたくないという理由で手加減を加えた……そのあまりに気高い紳士の振る舞いに感銘を受けて彼らの旅への同行を決意した。

 

 

 

 

 

真に気高き強者の振る舞いは、時に敵すらも改心させ仲間にしてしまう少年漫画の法則だ。

 

 

 

 

 

―――『なめられねぇようにする』とはつまりそういうことだ。俺という存在を本当の意味で認めさせるには正しい行いを正しく実践して見せるしかない。

 

 

 

下手な小細工は逆効果っつーわけだ。ここは正攻法で行くぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンコンコン

 

 

 

 

 

「―――失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は相手が不快に思わない程度の音量で来賓室のドアを叩く。

 

 

 

お偉いさんの部屋への入室要領はラムにさんざん教わった。紅茶を出す時の作法もレムのお墨付きだ。言葉遣いには……ちと自信がねえが―――こればかりは一朝一夕ではどうにもならねえ。

 

 

 

しかも、この先にいるのは俺の命を狙う『敵』である可能性の方が高いんだが……ここで悩んでいても始まらねぇ、とにかく行くぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガチャ……バタムッ

 

 

 

 

 

「―――お初にお目にかかります。わたくし、ロズワール邸執事見習いをさせて頂いております。『十条旭』と申します。以後、お見知り置きを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

で……できた!

 

 

 

我ながら今の言葉選びと入室時の作法から挨拶にかけての振る舞い方はなかなかのものだったはずだ。

 

 

 

俺は目を閉じて会釈した状態から、相手の反応を伺っているとソファーに腰を下ろしていた初老の男性が立ち上がってこちらに挨拶してくれた。

 

 

 

 

 

―――その風体……老紳士でありながら、歴戦の戦士の威風堂々とした風格。執事服の下に押し込められた張り裂けんばかりの筋肉の鎧。

 

 

 

精悍な顔立ちにオールバックに整えられた白髪とたくわえられた髭。何よりもその穏やかさと鋭さが混在する眼光。俺はこの目に見覚えがある。こいつは間違いなく……―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これはこれは。ご丁寧な挨拶、痛みいります。私は確かに客人ではありますが……此度は、あなた方に依頼したいことがあって伺った老骨に過ぎません。どうか、そう身構えないで頂きたい」

 

 

 

 

 

「………かっ」

 

 

 

 

 

「?」

 

 

 

 

 

「―――かざまさん……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

龍が如くシリーズのカリスマ。風間新●郎の生き写しだった。溢れんばかりのダンディズム。隠しきれない男の器。全身から立ち上る覇気にも似た漢気……間違えるはずもない

 

 

 

龍が如くシリーズでは、主人公桐生一馬が最も尊敬する親父。数々の伝説を残しながらも非業な死を遂げた偉大な男が……よもや俺が流れ着いたこの異世界に来ていたとは……っ

 

 

 

ーーーこの感動と喜びを表す言葉を俺は一つしか知らねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かざま 生きとったんかワレ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の顔が劇画タッチに変貌し、鼻水を垂らして全力の笑顔を写し出す。そう……漫☆画太郎の某似顔絵と同じ顔で風間のおやっさんとの再会に咽び泣き、ついにはーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズグシュゥッッ!!

 

 

 

 

 

「に゛しきっ!?」

 

 

 

「すいません!!この子、魔獣にやられた傷がまだ癒えてなくて!少し、頭を冷やしてきますね!」

 

 

 

「~~~~~っ……えミリア、何すんだ、テメエ……」

 

 

 

「いいから、アキラはこっちきなさいっ!」

 

 

 

「“扉渡り”まで使って……氷柱刺しにくるヤツがあるかよぉ」

 

 

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---5分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ〜……開口一番失礼しました。あまりに稚拙で未熟でした。つい……あなたのその雰囲気が東条会の大幹部とそっくりだったもので」

 

 

 

 

 

「いえいえ、お気になさらずとも結構。世の中には自分と似てる人間が一人や二人いてもおかしくありません。むしろ、私のような武骨者とあなたの父親をお比べになられてはあなたの父親に申し訳なく思います」

 

 

 

 

 

「いえ。それほどの覇王色をお持ちの人であれば、誰も文句を言わないと思います。俺も直接会ったことこそないですけど、あなたが風間のおやっさんの生まれ変わりだと言われても……俺は信じます」

 

 

 

 

 

「会ったばかりのお方にそこまで評されると私も大変恐縮です。しかし、あなたの口ぶりから察するにあなたはその『カザマ』という方と親子関係というわけではないのですか」

 

 

 

 

 

「……いえ、俺に親はいません。ただ……俺は尊敬できる人を心の中に刻み込むようにしているだけです。その人達が遺した言葉や生き様を真似してるにすぎません」

 

 

 

 

 

「ほう。それは感心ですね。きっとその『カザマ』という人も喜ばれてることでしょう」

 

 

 

 

 

「……ところで、確認なんですけど。『ヒマワリ』っていう児童養護施設に聞き覚えはありませんか?」

 

 

 

 

 

「いいえ……存じませんね」

 

 

 

 

 

「そうですか、残念---そうだ……どうせだったら、俺の自宅をこのルグニカで養護施設『ヒマワリ』として……いや養護施設『アサガオ』として営業するしかねぇ!そして、俺も背中に龍を背負って、この世界に新たな極道の伝説を打ち立てて……ーーー」

 

 

 

 

 

 

 

ずごすぅうう……ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

「りゅうじっ!?」

 

 

 

「客人の前で妄言を吐くなと警告したはずよ---お客様、うちの使用人が大変失礼をいたしました。ラムが教育してきますので、暫しお待ちを」

 

 

 

「~~~~~っ……本を投げつけるのはなしだろ?藤林杏じゃないんだからさぁ」

 

 

 

「お黙りなさい。レムに排泄の世話をされたくなかったらラムの言うことを聞きなさい」

 

 

 

「OH MY GooOOooD ッッ!?それだけはご勘弁を---」

 

 

 

 

 

バタンッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---10分後。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「度重なるご無礼申し訳ありませんでした。ですが、どうしても気になってしまって……確認せずにはいられなかったと言いますか。最後に一つ聞いてもいいッスか?」

 

 

 

 

 

「ええ。私に答えられることであれば何なりと」

 

 

 

 

 

「『カラの一坪』というものに聞き覚えはありませんか?神室町の再開発計画の鍵を握ることとなったあの土地を……」

 

 

 

 

 

 

 

ジャララララ……ッッ

 

 

 

 

 

 

 

「げふんっ、ごほんごほんごほんっ!……何でもありません、お客様。どうぞ、お茶でも飲んで後ゆるりとされてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故かドア越しに聞こえた重厚な鎖の音に前世のトラウマを刺激され、俺は目の前に再臨した風間のおやっさんに質問をすることを断念。

 

 

 

---もしかしたら、前世(龍が如く本編)の記憶とか甦ってくんねえかなぁ~なんて期待したりもしたが、そんな都合のいいことは起きそうにないんだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ…………こちらの茶葉ですが、かなりよいものを使われたのでは?」

 

 

 

 

 

「よくわかりましたね。生憎と紅茶を淹れる経験があまりなかったものですから、素材の味で接遇させていただきました。お恥ずかしいかぎりっす」

 

 

 

 

 

「いえいえ。このような急な来訪であったにも関わらず、これほどの歓待を受けまして誠に恐縮であります。最初に申し上げました通り、私は確かにカルステンの使者ではありますが、見ての通り、ただの武骨な老躯にすぎませぬ。どうか、そう身構えないでいただけるとありがたい」

 

 

 

 

 

「(……台詞に飾りっ気も嫌みっ気もない。武人でありながら、叩き上げの紳士《ジェントルメン》ってわけか。ジョナサンが老人になったらこんな感じなんかな)」

 

 

 

 

 

「申し遅れました。私は、ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア。クルシュ様にお仕えする執事でございます」

 

 

 

 

 

「執事……って、嘘だろ。まるでウォルターじゃねえか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素人目に見てもわかる。この人のガタイと立ち居振舞いはただ者じゃない。おそらく、この世界においても上から数えたほうが早いくらいの指折りの実力者であることは間違いない。

 

 

 

そんな人間を執事として傍に置いている……カルステンってのは何者なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしてもジュウジョウ殿は、とてもいい目をお持ちですな」

 

 

 

 

 

「……“目”ですか?そんなこと初めて言われたっすね」

 

 

 

 

 

「一言で言うなら『不屈の闘志』でしょうか。どんな困難を前にしても信念を貫く、そんな覚悟のようなものを感じます」

 

 

 

 

 

「俺が覚悟を決めたことなんて、数えるほどしかないっすけどね」

 

 

 

 

 

「それに何よりも……あなたはとても周囲の人間に愛されているようで。こちらに来訪する前に麓の村に立ち寄ったのですが、村の人達から英雄だと慕われているようすでした」

 

 

 

 

 

「わざわざ調べてきたんですか?俺の噂とか評判とか……そんなもの調べても大したものは出ないッスよ」

 

 

 

 

 

「いえ、民の評判とは冷静で客観的なもの。これだけでもあなたが信頼されてることが伺えます。それに先程の方々もあなたのことを心配して、あなたのことを影から見守っていたご様子でした。一介の使用人のためにあそこまでは普通できませんよ」

 

 

 

 

 

「いや、心配してるなら頭に氷柱ぶっ刺したり、本を投げつけたりはしないでしょ!?むしろ、殺意しか感じないんですけど!!」

 

 

 

 

 

「私があなたに対して何か不穏な動きをとったときに対処できるよう用心されていたのでしょう。それも当然、此度の来訪はこちらの陣営にとってはあまりに唐突で不自然なもの。警戒しないほうがおかしいですからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやらここからが本題のようだ。ヴィルヘルムさんのまとう雰囲気が変化したのをはっきりと感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「---……ジュウジョウ・アキラ殿。あなたにご協力いただきたいことがございます」

 

 

 

 

 

「……俺はただの雇われ執事ですぜ。俺に頼みごとするくらいならロズワールを頼ったほうがいいんじゃあねえッスかねぇ~?」

 

 

 

 

 

「いいえ。これはあなたにしか頼めないことです---何せ、このままでは王選はおろか領民全てが圧政による支配を受けかねません。これは我がカルステン領の危機なのです」

 

 

 

 

 

「……オイオイ、それこそマジで俺の出る幕ねぇッスよ。一介の若造に民だの王選だの言われても……だいたい、言い方冷たいかもしんねぇッスけど、俺にとっては遠い無関係な他所での出来事ですよね?そんなもの押し付けられても困りますって」

 

 

 

 

 

「ーーーこのままですとエミリア様の御身が危険です。と言われてもですか?」

 

 

 

 

 

「……俺、ただの雇われ執事なんですけど。まあ、話が進まないんで……話を聞くだけは聞いてみますかね」

 

 

 

 

 

「政に関与しない一介の執事だからこそ話せることもあります。これから話すことはカルステン最大の危機なのです」

 

 

 

 

 

「グレート……聞くのも嫌になってきた」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー10分後…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーー以上が、我がカルステン領を襲っている異変になります。む?……ジュウジョウ殿、いかがなされました?」

 

 

 

 

「~~~~……帰りてえ。部屋でジャンプ読んでたあの日に帰りてえ」

 

 

 

 

 

老紳士が口にした相談内容はあまりにもとんでもないものであった。俺は会ったこともない顔も知らないよその領主様やな起こってる最悪の状況にただただ冷や汗を流してうなだれるしかなかった。

 

 

 

 

 

「あなたの話を信じるとして………それを俺にどうしろと?」

 

 

 

 

「今、お話しましたとおり、カルステン領は危機的状況にあります。ですが、私含め、それを解決に導くことをできる者がおりません。クルシュ様の一番の側近であらせられるフェリックス・アーガイル殿もクルシュ様のご乱心を諌めようとしましたが、それも失敗に終わりました」

 

 

 

 

「それなら、尚更……なんで俺なんですか?俺とあなたには面識も何もなかったはずですよね」

 

 

 

 

「ーーー何故、面識のないあなたを頼るような真似をしたのか。理由は至極単純。クルシュ様が『あなたに会う』と仰られたからです」

 

 

 

「?………つまり、どういうことだってばよ」

 

 

 

 

 

 

話の前後のつながりが見えず首を傾げる俺にヴィルヘルムさんは続けた。

 

 

 

 

 

 

「クルシュ様に異変が起きてから、クルシュ様もフェリックス様も徹底して他所からの来訪者を拒んできました。しかし、ロズワール様から頂いた手紙に記されていた貴方様の治療の依頼にだけは不自然なほどに興味を抱かれましてなーーーまるで、そう………あなた様と何か深い因縁でもあるのではないかと勘ぐってしまうほどに」

 

 

 

「つまり、なんですか?異変の原因は俺にあるかもしれないと」

 

 

 

「失礼。そういうつもりではありませんでしたが、不快な思いをさせてしまったようであれば謝罪します。ですが、あのお二人がこれまでにない素振りを見せたということは、事態の解決の糸口が掴めるやもしれません。ジュウジョウ殿にはそのためのご協力を依頼したいのです」

 

 

 

「………グレート」

 

 

 

 

 

 

話をかいつまんで説明すると、だ。カルステン領の領主と側近が乱心し。その二人は、何故だかさっぱりわからねぇが、『俺』に興味を抱いているらしい。

 

 

 

 

 

「つまり、俺に囮捜査をしろと?」

 

 

 

「如何にも」

 

 

 

「………『如何にも』って、オイオイ、嘘だろ?これ、失敗したら国家転覆共謀罪とかになりかねねぇぞ。責任重大すぎるだろ、いくらなんでも!だいたい、あんたが俺の何を知ってるっていうんだ!?赤の他人にそこまで信頼されるほど、俺は何の手柄も武勲も立てた覚えはねぇぞ、おい!?」

 

 

 

「私が知っていることはあまり多くありませんーーー先日、このロズワール様の統治する地にて突如跋扈した魔獣の群れが村民の命を脅かしていたこと。それを救ったのが、たった一人の素性の知れない流離い者であったこと。そして……その者が王都にてかの殺人鬼『腸狩り』と互角以上に渡り合い、見事退けてみせたということ」

 

 

 

「っ………どこから、そんな話を」

 

 

 

 

 

前者はまだわかる。だが、後者のエルザとの戦いは誰にも知らされていないはずだ。

 

王選候補者が徽章を盗まれ、殺人鬼に暗殺されそうになり、あまつさえそれをどこの馬の骨とも知れない風来坊に助けられたなんて情報が出回れば王選に一気に不利になる。

 

だから、この事件を知る者はロズワール邸の人間しかいないはず。

 

 

 

 

 

「箝口令を敷いていても情報というのはどこからともなく漏れ出てしまうもの。特に『ジュウジョウ・アキラ』という名前はこのルグニカではあまりにも特徴的すぎます」

 

 

じりじり……っ

 

 

「ーーーっ」

 

 

 

 

 

俺は足幅のスタンスを広げて腰を落とし、警戒態勢をとる。しかし、目の前の老紳士はその警戒心もどこ吹く風。俺にあっさりと背を向けて窓の外の景色を眺めつつこう続けた。

 

 

 

 

 

「ロズワール様から治療の依頼の手紙にあった名前を聞いたときは深く驚きました。まさか、つい最近まで疎遠になってた『孫』から聞いた名前と全く同じ名前だったのですから」

 

 

 

「………“孫”?ーーーそういやぁ………さっき『ヴィルヘルム・ヴァン・アストレア』って名乗って…………んん?『アストレア』って名前、どこかで聞いたことがあるような」

 

 

 

 

 

こっちに来てから、俺が名前を聞いたことのある人物なんて数えるほどしかいない。エミリア。レム。ラム。ロズワール。ベアトリス。パック。フェルト。エルザ。それと………

 

 

 

 

 

「あなた様が王都で行動を共にされた剣聖『ラインハルト・ヴァン・アストレア』。私は、その不肖の祖父にございます」

 

 

 

「グレート………とんでもねぇ戦闘民族と関わっちまったみてぇだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからの話は早かった。ヴィルヘルムさんのような傑物が何故俺を一方的にそこまで信頼して遠路遥々俺を頼ってここまで来たのか。その理由がハッキリしたのだ。警戒する意味もなくなった。

 

 

 

 

 

「でも、まさかラインハルトの祖父様とこうして会うことになろうとはねぇ。世間は狭いっつーか……なんつーか」

 

 

「かの剣聖はその強さ故にあまりにも孤高。対等な立場の友人など望めるはずもないと思っていたのですが、ジュウジョウ殿に友と認められたことを素直に喜んでおられました。ジュウジョウ殿には感謝の言葉もありません」

 

 

「そんなことで感謝されると流石に恐縮しちまいますね。あの時はノリと勢いで俺が戦ったけど………やっぱ、あいつ桁外れだったわけか。差し出がましいことをしちまったかな」

 

 

 

 

 

エルザとの戦いの時は俺が意地で割って入ったけど、ラインハルトだったらあのエルザも容易に秒殺できたんだろうな。

 

 

 

 

 

「ラインハルトのヤツ、もしかして怒ってたりしてなかったッスか?」

 

 

「何故、そのようなことを?」

 

 

「い、いやぁ……あの時は、俺がカッコつけたいから、あいつのお株を奪う結果になっちまったッスから。俺もなんとなくわかってはいたんですけどね。俺よりもラインハルトの方が強いし適役だってことくらい。でも、あの時はどうしても譲りたくなかったんですよ」

 

 

「それはあなた様と腸狩りとの間に因縁があったからでは?」

 

 

「そんなんじゃねぇッスよ。俺はただあの時…ーーー」

 

 

 

 

 

エルザと対面していたあの時、俺の背後にはエミリアとフェルトがいた。あいつらの前でラインハルトの影に隠れるなんて真似はしたくなかった。

 

 

 

 

 

「ただ、見せたかったんスよ。腸狩りと戦っていた時、後ろにいた“あいつら”に」

 

 

「………?」

 

 

「“あいつら”にカッコいいところ見せたかったんスよ。それが俺が俺であることなんスよ。『ホレた女の前でカッコつけてぇ』ーーー安易《チンケ》な意地かもしれねえ。だけど俺にとっちゃ、一番重要なコトなんスよ」

 

 

 

 

 

ここの世界に来てから、度重なる理不尽に押しつぶされそうになった。何度もやり直しを強制されて、その圧倒的な労力に対して得るものは何もない。だったら、せめて主人公らしくヒロインにカッコいいところ見せたかったんだ。

 

 

 

 

 

「ラインハルトにも申し訳ないことをしたッスけど、俺はどうしてもラインハルトには譲りたくなかったんスよ。惚れた女は自分の手で守りてぇって意地があったからよぉ〜………だから、俺はラインハルトやヴィルヘルムさんが思うようなそんな大層な人間じゃあねえんスよ。むしろ、遠路遥々ご足労頂いたのに本当に申し訳ないっつーか。期待はずれで申し訳ないとしか……………笑ってくれて構わねぇッスよ!」

 

 

「ーーーいいえ」

 

 

「え?」

 

 

「愛する者を守りたい。それは男子に生まれた者である限り、あまりにも普遍的な意地でありましょう。同時に騎士としても男としても………最初に志す原点とも言うべき原動力でもあります。それをどうして笑うことなどできましょうか」

 

 

「ヴィルヘルムさん?ーーー……って、ええええっ!?いったい、何をしてるんスか!?」

 

 

 

 

 

ヴィルヘルムさんは、いきなり仰々しく片膝をついて俺に頭を下げてきた。さっきまでは紳士然とした態度だったのが、今度は、まるで王に謝儀を行う騎士のような厳かなものに変わった。

 

 

 

 

 

「や、やめてくださいっ!何してるんですか!?頭を上げてくださいよ!」

 

 

「いいえ。私の此度の非礼を詫びるにはこれでもまだ足りませぬ。誠に勝手ながら貴方様のことを探り、このような事件に巻き込んでしまったことを深くお詫びいたします。どうか、この老骨めをお許しください」

 

 

「いやいやいやいやいや!!なんで!?何で、いきなりそんなことになってんの!?」

 

 

「私はずっと貴方様の事を過小評価しておりました。そのことを平にお詫びいたします。何卒、ご容赦願います」

 

 

「ご容赦願うも何もねぇッスから!いいから、顔を上げてくださいっ!謝ってもらうことなんて何もないですから!ね!」

 

 

 

 

 

俺は寧ろ、ラインハルトのお株を奪った理由が『女にもてたい』という打算と欲望に塗れた理由であることをカミングアウトしただけなのに。今の会話のどこにリスペクトを稼ぐような文言があったんだ!?

 

 

 

 

 

「とにかく、俺に騎士道とか正義感とかを期待されても困りますよ。『村の英雄』だとか『腸狩りを倒した男』って称号はあってもよ。俺は所詮その程度が関の山ッスよ。『他国の領主様がピンチに陥っているから、それを助けろ』って言われましてもねぇ〜」

 

 

「貴方様は既に気づいておいでなのではないですか?」

 

 

「………何に?」

 

 

「此度の王選候補者は全て何者かに命を狙われていると」

 

 

「………………。」

 

 

「ロズワール領で起きた魔獣騒動もアレはおそらく人為的に起こされたものであると見て間違いないでしょう。私が村に調査を行った時も『村を守る結界が破壊されていた』という証言が取れております。エミリア様を襲った腸狩りもその刺客であることは言うに及びますまい。さすれば、此度のカルステンの異変の黒幕もまた同一人物である可能性が高い」

 

 

「………でしょうね」

 

 

「ジュウジョウ殿。この事件の黒幕を暴くことが、引いてはエミリア様やその周囲の人間を護ることにも繋がるはずです。どうか貴方様の力を我々に貸して頂けませんでしょうか?」

 

 

「ーーーやれやれ、どいつもこいつも……信頼が重いな〜。重いのはレムの愛だけで十分だってのに………エコーズACT3隠し持ってませんかねぇーーーでもまあ、エミリアやレムが殺される未来なんてのはまっぴらゴメンだし。あいつらとおちおちデートも出来ねぇ日常なんてのも御免被るぜぇ」

 

 

 

 

 

面倒ごとなんてのは俺が最も嫌いなことだが。ここはあえて、この老紳士の口車に乗るとしよう。どの道、カルステンの異変を知ってしまった俺はもう後戻りできやしねぇ。

 

ラインハルトの前で女にカッコつけようとしたことが仇になっちまった。あの時に無力な一般ピーポーを演じてさえいれば、こんな面倒はなかったかもしれねえのによぉ〜。

 

 

 

 

 

「………ジュウジョウ殿。それでは………っ」

 

 

「まあ、わざわざ遠いところから来てもらったのに持たせる酒も土産も出せないとあってはカッコつかんでしょう。せめて、タクシー代分くらいは働かせてもらいましょうかね〜。てなわけで、作戦をお聞かせ願いませんかね、おやっさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




惚れた女を守りたい。男がヒーローに憧れる理由なんて所詮そんなもんなんでしょうね。

リゼロはもちろん。エウレカ、グレンラガン、ガンダムXとか………惚れたヒロインのために戦う主人公は得てして嫌いになれませんね。


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第38話:現地の協力者

リハビリのつもりで書いているはずが、文字数が一向に減らないのは何故でしょう。

本来の構想であれば、この1.5倍近く進める予定だったのですが、ままなりませんね。


リゼロの新作ゲームやりたいのにこの調子じゃあちょっと無理ですね。


 

 

 

 

 

「ーーー絶対に入れない、ですか?」

 

 

「………ああ。クルシュ・カルステンの懐刀『フェリックス・アーガイル』が治療を拒むようになってから他所者は入る時に厳正な入国審査をするようになったらしいからな。もっとも入国審査とは名ばかりの体のいい厄介払いってのが本音だろうな」

 

 

「ですが、アキラくんは正式な依頼のもとにクルシュ様から面会の許可を頂いたはずじゃありませんか」

 

 

「それがそう一筋縄じゃあいかねぇんだよ。だからこそ、こうしてこちらから先手を打ったわけなんだぜ―――っていうか、お前……ホント事情とか何にも知らないで、ここまでついてきたのかよ。真夜中に山岸由花子ばりの完全犯罪を成し遂げたくせに、目的すら知らないで……俺と駆け落ちでもするつもりだったのかよ」

 

 

「そんな……っ、アキラくんと駆け落ちだなんて………まだ早いです//////」

 

 

「『早いです』じゃねえよっ!だいたい『まだ』ってなんだよっ!?いずれはやるつもりだったのかよ!?お前のその恋愛脳少しは自重しろよ!頭がピンクなのはお前の姉様だけで十分だっつーの!」

 

 

 

 

 

まあ、レムの恋はいつでもハリケーンだからな。ツッコミはこれくらいにしておこう。今のコイツには俺が何言ったところで反省するどころか悦ばせる一方だからな。

 

 

 

 

 

「とりあえず、正規の手順で入門するのは無理ってこった。ここからは門を突破するために即興で役作りをやって入ることにするぜ」

 

 

「役作りですか?そんなことをしなくても堂々と入ればいいんじゃ……」

 

 

「バーロー。俺みたいな出自不明の不審者をそう易易と通してくれるわけはねぇだろ―――てなわけでだ。作戦としては俺は『旅の特級治癒師』という設定にしていこうと思う」

 

 

「流石、アキラくんです!いかにも怪しい設定を堂々と自分に架していくその姿勢……素敵です!」

 

 

「お前、“特級治癒師”バカにすんなよ!中華●番読んでねぇのかよ!“特級厨師”はどこに行っても国賓級の扱いを受けんだよ。水戸黄門みてぇな権力を有してんだよ。『伝説の厨具』を探してるって言えばどこへだって行かしてもらえるし。料理振る舞えば、大概なんとかなるんだよ!」

 

 

「ですが、レムは特級治癒師なんて役職を聞いたこともありませんが」

 

 

「“特級治癒師”も“特級厨師”もほとんど同じだろうが。治癒力ハンパねーだろうが。その治癒力で死亡フラグへし折ったんだろ、ジョルノ」

 

 

 

 

 

無論、ちゃんとした理由もある。俺の自前の特技で演じられるのは、“料理人”か“治癒師”が関の山だ。俺が自信を持って誇れる特技なんてその程度しかないんだぜ。

 

 

 

 

 

「作戦の細かい粗は抜きにして、今は強引にでもあの門を突破しないと話にならねぇんだぜ。俺は着替えるから、レムも準備しとけ!」

 

 

「わかりました!レムはアキラくんを信じて、アキラくんのあられもない姿をこの目に焼き付けておきます」

 

 

「………俺、たまにレムのことを『すげぇなあ』って思うことあるよ」

 

 

 

 

 

エミリアやラムだったら、もっとツッコミを入れてくれてもいいのにレムの前で迂闊にボケると更に恐ろしいことになりかねない。ツッコミ不在という名の恐怖。

 

とはいえ……他に作戦もねぇし、ダメで元々だ。俺はレムの謎の敬意の眼差しを背に受けながら用意していた衣装を手にすると背後にいたレムが俺の上着を脱がしてきた。

 

 

 

 

 

「―――って、なにナチュラルに人の服脱がそうとしてんだよっ!?つくづく油断も好きもねぇ女だなぁ!歌舞伎町の風俗嬢じゃあないんだから、ちったぁ節操持てよ!」

 

 

「違います。レムはアキラくんのメイドです。アキラくんの着替えをするのはレムのお仕事です。ですから、アキラくんは安心してレムに身を委ねてください」

 

 

「お前に身を委ねたら、明日の朝には既成事実が出来上がっちまうよ!人生の墓場一直線だよ、コンチクショウ!仕舞いには、お前の姉様に解体されちまうよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――検問だ。荷物を見せろ」

 

 

「怪我人や病人を隠れて連れこもうなんて思うんじゃあないぞ。見つかったら、即刻、拘置所行きだからな」

 

 

 

 

 

検問に立ち会う兵士は屈強であり、眼光も鋭く、一切の融通をしないという姿勢で声を荒げていた。

 

しかし、その積み荷や身体検査をする様子に一切の理不尽や下心はなく厳格に守衛としての勤務を全うする辺り兵士としての躾は十分に行き届いていると言えた。

 

しかしながら、その妥協を一切しない姿勢は、裏を返せば『フェリックス・アーガイルの治療を受けようとする人間は一切通すな』というクルシュの理不尽で意味不明な命令に疑問を持つことをせず機械的に従っているだけとも言えた。

 

 

―――彼らがこの門を通すのは、あくまでカルステン領の住民のみ。それも彼らが仕入れ等で外に出た時のみ。それ以外の余所者は一切招かない。

 

 

 

 

 

「―――こちら異常ありません」

 

 

「そうか………よし、次の者!」

 

 

 

 

 

守衛が手荷物や身分証のチェックを終えて前の入門者を通し、次の人間に目を向けた瞬間、“それ”は現れた。

 

 

 

 

 

「―――あたしはテキーラ酒を持ってまいりましたの〜〜〜。通ってもよろしいかしら〜〜〜?」

 

 

ムホッ

 

 

 

 

 

年齢の割にはガタイがよく。顔には相手の気分を害する絵の具で書いたような厚化粧。胸には不自然に詰め物をしたのがバレバレな偽乳。更には明らかに体格にあっていない派手なドレスと体を揺らすだけで音が鳴るゴテゴテの装飾品の数々。

 

 

その名も―――“テキーラ娘”。

 

 

 

 

 

ジャキッ!!

 

 

「動くなぁっ!!手をあげろーーーーッ!」

 

「怪しいヤツめ!おまえをひっとらえるッ!ちょっとでも動いたら容赦せんゾぉーーーーーーッ!」

 

 

「ええ?どうして〜ぇ?……いきなりなんなの〜ぉ?身体検査《ボディチェック》は?テキーラ酒の配達なのよ〜〜ぉ!?」

 

 

ばるんっ ばるるるんっ

 

 

「うぷっ!?………おぇえええええ……っっ」

 

「た、隊長ーーーーっ!?」

 

 

 

 

 

その蠱惑的な厚化粧の横目に加えて、腰をくねらずメマーイダンスで不自然に弾む胸部の狂器にさらされ、とうとう嘔吐しだす者が現れた。

 

 

 

 

 

「怪しい動きだっ!」

 

「向かってくるぞーーーっ!!」

 

「応援を呼べ!あの化け物はここで確実に始末しておかねばならんっ!」

 

 

「わぁぁああーーーっ!!わ……わかったッ!動かないぃぃいーーッ!くそっ、さ……さすがカルステンの兵士だぜ!よくぞ俺の“JO装”をみやぶったなっ!」

 

 

「マヌケぇッ!ひと目でわかるわ、きもちわるいっ!!」

 

「お前みたいに骨太で筋肉質の女がいるか!スカタン!客観的に自分をみれねーのか、バーカっ!!」

 

 

「なァーーーにぃ!?」

 

 

ぐぁしっ!!

 

 

「ぬわっ!?な、なにをするっ!?」

 

 

 

 

 

兵士の容赦ない暴言に逆ギレし、近づいてきた兵士の首根っこを引っ掴んで手に持っていたテキーラ酒を口に突っ込む。

 

 

 

 

 

「俺の魂を込めた“JO装”を……言うに事欠いて“気持ち悪い”とはなんだ!?職務に専念するテメーら兵士のためにこの酒を振る舞ってやろうって考えたんじゃあねえか!―――おら!美味いか!?美味いかっ!!?美味いと言えっっ!!」

 

 

どくどくどくッ、どくどく……ッッ!

 

 

「んんっっ………ッ、ッ〜〜〜んぐ……〜〜〜ッッ、んんぐっ!?」

 

 

「どうだっ、俺が龍が如くシリーズで一度はリアルにやってみたかったヒートアクション『暴飲の極み』だ!たらふく味わいやがれっ!!」

 

 

「んんぶぼぉっっ、………ッッ、ぐふぇえっ!!」

 

 

 

 

 

強引に酒を飲まされ、堪らず悶絶する兵士を地面に転がし、俺は再び手に持っていた酒を構えた。

 

 

 

 

 

「……お、お前、いったいなんなんだ!?」

 

「こんなことをしてただですむと思っているのか!?」

 

 

「―――どけいィ!お前らは最初から負け犬ムードだったのだぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

30分後……

 

 

 

 

 

「―――ええ〜。それでは、北門警衛隊長“トビー・ケラーマン”と歩哨“マシュー・コッヘル”が取り調べを開始する。質問には全て正直に答えるように。黙秘権の行使は自由だが、自己の立場を理解した上で発言したまえ。いいかね?」

 

 

「はい。なんか……ホント、すんませんでした」

 

 

 

 

 

あの後、あっさりと拘束され、負け犬と化したアキラは武装ならぬ“JO装”を全て解除され、丁寧な取り調べを受けていた。取り調べということもあり、同行していたレムも別室にて調書を取られている。

 

 

 

 

 

「まず、最初の質問だが。君は何を考えてあんなことをしたのかね?」

 

 

「―――JO装したい気分だったからです」

 

 

「ふざけてんのかっ!?もっとマシな言い訳考えろ!!」

 

 

 

 

 

アキラの質問にマシューが食い気味にツッコミを入れる。

 

 

 

 

 

「いや、ホントなんですってば。ほら、誰にだって人生に一度や二度はあるでしょう。新たな可能性を見つけたいというか……新しい自分に会いたくなる時というか」

 

 

「寧ろお前に会いたくなかったわっ!人生最悪の出会いを果たしたわっ!!お陰で今夜は夢に出てきそうだっ、このズッダボがぁあっ!!」

 

 

「ええっ!?あなたもJO装を夢見ていたんですかっ?」

 

 

「誰が『夢見てる』つったよ!?『夢見が悪くなる』っつってんだっ!真っ昼間のお天道様の下で悪夢を見せられたんだよ、こっちは!!」

 

 

「今なら、安くお譲りしますよ。何だったら、今回の慰謝料代わりにタダにしときます」

 

 

「どうしてあの気色悪い衣装が慰謝料代わりになると思ってやがんだっっ!?二度と視界にも入れたくないわっ!!」

 

 

「ちょっと汗臭くなってますけど、いい品ですよ」

 

 

「お前が着ていたからだろっ!お前の汗がついてる時点でいい品とは言い難いよっ!!」

 

 

「じゃあ、まだ一度も袖を通したことのない衣装をお譲りしますよ。ほら、この『アスナイ』の衣装なんてどうですか?この『ディアボロ』の衣装なんかもオススメです」

 

 

「何でどっちも肌の露出度が高いんだっ!?ほとんど魚網と変わらねぇじゃねえかっ!?こんな格好で、外、出歩いていたら10分足らずで俺が捕まっちまうよっ!」

 

「………落ち着け、マシュー。完全に乗せられてるぞ」

 

 

 

 

 

どこからともなく取り出した小道具で歩哨のマシューをおちょくるアキラ。警衛隊長のトビーが、一旦それを遮り次の質問をアキラに投げた。

 

 

 

 

 

「―――君があの奇抜な格好をしていた理由はわかった………いや、断じて理解はしていないのだが。それでは、君が……いや、君達がこの街に来た目的はなんだ?」

 

 

「あの〜……実は俺たち、かの有名な治癒師“フェリックス・アーガイル”に憧れてやってきた治癒師見習いでして」

 

 

「治癒術師だと?お前がか?―――ハンッ……つくなら、もっとマシな嘘をつきやがれ。あの青髪の嬢ちゃんならわかるが、お前が治癒術師だとぉ〜……罪から逃れたくて適当なほら吹いてんじゃあねぇのか」

 

 

「いえいえいえいえっ!そんな滅相もございません。信じてくださいよ〜、“マチガッテル”様」

 

 

「誰が“マチガッテル”様だよっ!!“マシュー・コッヘル”だよっ!!間違ってるのは、お前の脳内だろうが!」

 

「………マシュー、落ち着け。乗せられるなと言ってるだろ」

 

 

 

 

 

アキラのペースに飲まれる前に諌めるトビー隊長。

 

 

 

 

 

「―――俺たち、“フェリックス・アーガイル”様に弟子入りしにきたんです」

 

 

「なに……フェリックス様にか?」

 

 

「二人でフェリックス様に弟子入りして、治癒師として頂点を目指そうと思って遠いところから、旅してきたんですよ」

 

 

「チッ………いちいち胡散臭いヤローだな」

 

 

「いえいえ、何も疑わしくなんかないッスよ。オレ、幼稚園の頃の作文にも……将来の夢は『特級治癒師になること』だって書いてたんスから。世界一の治癒師になって、癒やした美少女を集めてハーレムを築くことが小さい頃からの俺の夢だったんスから!」

 

 

「ことごとくイヤなガキだな、テメエ…っっ!!欲望に塗れたお前の手に誰も癒やされたくなんかないよっ!!」

 

「マシュー………お前もいい加減学習せんか」

 

 

 

 

 

アキラの本当か嘘かもわからない謎のボケにツッコミを入れてしまうマシュー。それをため息混じりに諌めて淡々と事情聴取を継続する警衛隊長。

 

一通りの質問を終えると警衛隊長は、深いため息をついて手に持っていたもう一つの調書と見比べ始める。

 

 

 

 

 

「―――まあ、確かに君の連れの青髪のお嬢さんにも事情聴取をしてみたところ、証言は一致しているな。彼女の方も治癒術師を志してカルステン領に来たと話していた。我々に危害を加えるつもりではなかったということだけは理解したよ」

 

「隊長っ、こんな怪しいやつの言うことを信じるんですかぁ!?そんなもん事前にいくらでも口裏合わせられるじゃないですかっ!」

 

「……もし彼が間者だとしたら、あんな格好をして正面から堂々と入ってこようとするもんかね?フェリックス様に仇なす者と考えるより、ただのネジの外れた愚か者と考えた方がよっぽど自然だろうよ」

 

「いや、それって……コイツ、放っといたらあの女装でフェリックス様に会いに行こうとしてたってことですよね!?こんな歩く公害をフェリックス様に会わせたら、フェリックス様が爆発しちゃいますよっ!!」

 

 

 

 

「―――“股間”が?」

 

 

 

 

「んんなワケねぇだろッッ!!今の会話聞いてどうしてそんな話になるんだっ!?」

 

 

「―――大陸でも五本の指に入る治癒師なんでしょう。人に生力を与えられるほど精力有り余ってるなら、夜の方でも性欲を持て余してんでしょうに」

 

 

「そっちの“精力”じゃあねえよっ!お前、フェリックス様をなんだと思ってるんだ!?」

 

 

「人を癒やしてばかりで疲れてるだろうから、一番弟子(予定)の俺がJO装でサービスしてやろうかと思って」

 

 

「お前に癒やされることなんか何にもねぇよっっ!!」

 

「マシュー、いいから黙れ――――………君もだぞ?これ以上、余計な発言は控えるように。私からの質問にのみ答えるんだ」

 

 

 

 

 

真面目な会話をしようにもアキラの余計な横やりのせいで引っ掻き回されるため、とうとうアキラの発言権を封殺する警衛隊長。

 

 

 

 

 

「聞くところによると……君はこと“なおすこと”に関しては、他の追随を許さないほどの実力を秘めていると聞く。これは本当のことかな?」

 

 

「………肯定だ(―――レムから聞き出したのか…)」

 

 

「ゲートの治療、病の治療、毒や呪いを解呪することは出来ないが……切創、打撲、裂傷、挫傷等の外傷を治すことにかけては誰よりも長けている―――そう聞いているが、この情報にウソはないかね」

 

 

「……ああ。ウソじゃあないぜ」

 

 

 

 

 

“それ”は、事前に俺がレムと打ち合わせしておいた内容だ。俺のクレイジーダイヤモンドの能力はこの世界の“魔法”とは文字通り『次元』が異なるもの。

 

病気や毒、呪いの『治療』は出来ないが―――『破壊された人やモノをなおす』という点においては、この世界でぶっちぎりのスゴさを誇る。

 

―――『特級治癒師』という設定もある程度の勝算あってのことだ。

 

 

 

 

 

「そして、その秘めたる武力を持ってして……王都で凶行に及ぼうとしていた殺人鬼を撃破し、国の要人を体を張って守り抜き―――」

 

 

「……………ん?」

 

 

「魔獣の脅威にさらされていた村の危機を察知し、単身で魔獣の巣窟に乗り込み、魔獣の呪いを受けた子どもたちを救出し、魔獣の親玉を撃破―――」

 

 

「ぇ?………ええ゛?………な、な……………な」 

 

 

「子供の時に故郷を焼き払われ、唯一の肉親である姉以外の全てを失った少女の心の痛みを全て受け止め。彼女がずっと縛られてきた“心の傷”すらもその優しさとぬくもりでなおしてみせた英雄であり、いつかこの世界全ての疵をなおし………世界一の治癒師へと肉薄する男だと聞いているが偽りないか?」

 

 

「……………………ち、ょ、っ、と、ま、て……………………ッ」

 

 

「はて……どうかしたのかね?やけに顔が赤いようだが………」

 

 

 

 

 

は、話がいきなり治癒師の話と全く関係なくなってきた。

 

ていうか、これって……イヤというほど見に覚えのある話ばかりつらつらと並べられてるけど……これってもしかしなくても―――――ただの『レムの惚気話』じゃあねえかっ!!

 

あいつ、全く無関係の赤の他人になんつーもん話してやがんだ!?

 

さっきから、この警衛隊長の目が妙に生暖かいものを見る目してるからおかしいなって思ってたら。本人の預かり知らぬ所でヤンデレの赤裸々恋バナトークで黒歴史を暴露されてたせいかよぉぉおーーーーっ!?

 

しかも、なに『この世界全ての疵をなおす』って!?

 

今時、中二病でもそんなこと言わねえよ!どんだけ大それた夢を追いかけてることになってんの、俺!?夢見がちにもほどがあるだろうがよ!ていうか、俺、一言もそんなこと言ったことねぇだろうがっっ!!

 

演技に熱が入りすぎて、勝手に俺の英雄像をこじらせちゃってるよっ!なるつもりもないのにレムの妄想が勝手に暴走しちまってるよっ!!

 

 

 

 

 

「………ちがうのか?………君の連れの女性が目を輝かせて君のことをとてつもなく絶賛していたぞ。実際は、これの10倍近く『アキラくん自慢』とやらを胸焼けするほどに聞かされてね。途中、聴取する者を3回ほど交代させて、なんとか調書に書き起こしたまではいいが………………いやはや大変だったよ。独り身の者には、聞いていて辛すぎるものがあったのだろう。途中、何度もペンを握り潰し、書類を涙で濡らしながら歯噛みして必死に調書を書いていたよ」

 

 

「ッ………オッ―――………カハッ」

 

 

「さて。改めて確認するが――――今、私が読み上げた彼女の証言に内容に一切の嘘偽りはないかね?」

 

 

「ハッ………オッ、………………ッッカァ」

 

 

「―――君は噂通りの人物であると………“本当に”そういうことでよろしいかね?」

 

 

 

 

 

冷や汗を垂らしながら過呼吸に陥り、返事ができなくなっている俺に警衛隊長が問うてくる。その目はとても犯罪者や容疑者に対する冷徹な目でも真相を見極めんと語りかける口調でもない。

 

―――レムの砂糖を吐き出しそうな甘ったるい惚気話が真実だと期待する意地の悪い男子高校生のような目だ!

 

いや、ていうか………あんたも本当は何となくわかってんだろっ!!レムの話が虚実入り混じってるどころか、レムのヤンデレ乙女フィルター通して乙女妄想がふんだんにトッピングされた『REMの世界』になってるということを!

 

しかし、ここでレムの話を否定してしまえば………俺が、この取調べ中に話してきた内容が全て嘘八百だとバレてしまう。

 

 

俺は、息苦しくなってくる自分の胸をなんとか押さえつけ、人差し指を突き出して不適な笑みを浮かべ………

 

 

 

 

 

「――――YES! I AM!!」

 

 

 

 

 

俺の目尻に溜まっていた涙を振り払い、断言したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――レムェ……何余計なこと言っちゃってんの?」

 

「アキラくん、目が赤いですよ?大丈夫ですか?」

 

「お前のせいだろっ!!お前が好き勝手俺に白馬の王子様設定盛り込むから、心の汗が目から溢れ出て止まらなかったわ!今更、そんな優しくしてんじゃあねえよ!余計、悲しくなるだろうがっ!」

 

「泣きたい時はいつでも言ってください。アキラくんの涙は全てレムの胸で受け止めてあげますからね♪」

 

「いや、それ慰めてるんじゃなくてただ『ぱふぱふ』してるだけだからねっ!ドラクエでやたらとゼシカやマルティナに使わせるアレだから!全世界の男どもにロマンティックあげてるだけだからっ!」

 

「それでしたら、今度、レムがアキラくんに『ぱふぱふ』してあげますね。アキラくんが望むのであれば、いつでも『ぱふぱふ』していいんですよ。レムの胸はアキラくん専用ですから」

 

「お前は俺を社会的に抹殺したいのかぁーーーーっっ!?」

 

 

 

 

 

キラキラと目を輝かせて『ぱふぱふ』に期待を膨らませてるレム。下心というよりは、飼い主から命令されるのを心待ちにしている飼い主大好きな忠犬のような純真な瞳だ。

 

しかし、その口から紡がれる言葉はあまりにもえげつない。

 

その証拠に彼女や恋人のいない独身男性な兵士一同は俺を射殺さんばかりに睨みつけている。

 

そりゃあそうだぜ。レムはどれだけ控えめに言っても美少女だ。しかも、背は低くてスタイル抜群。そんな美少女メイドからここまで一途に想われたら、普通のヤローだったら羨むに決まっている。

 

 

 

 

 

「………とにかく。これ以上はくれぐれも余計なことを言うんじゃあねえぜ。俺たちは今かなり危ない状況なんだからよぉ〜」

 

「はい。レムも感じております。兵士の方達のぴりぴりとした灼けつくような猛烈な殺気がアキラくんに向かっているのを感じます。まるで自分たちが手に入れられなかった“ひとつなぎの大秘宝”を目の前で見せびらかされてる亡者のような目をしています」

 

「それ、お前のせいだっつってんだろっっ!お前がTPOも弁えず女に餓えた狼の前で、どこぞの蛇姫様みてぇに惚気話を垂れ流すせいでこうなったんだろっ!大人になっても彼女が出来ずリアル餓狼伝説を紡いでいる連中の前で不知火舞から熱烈ラブコール受けてたら、俺だって殺したくなるよ、ンなもんっ」

 

「レムは兵士の皆様にアキラくんのことを信じてほしくて……それにはアキラくんの魅力を伝えるのが一番だと思ったんです」

 

「その前にまず自分がどれだけ魅力的でイイ女なのかを自覚して欲しいんだぜ………――――やれやれ、自己評価出来てないっつーのは、ホント罪だよな」

 

 

 

「―――こらっ、無駄口を叩くな。黙ってついてこい」

 

 

 

 

 

まだまだレムに言いたい文句は山ほどあるが。前を歩く兵士に先導され、愚痴の言葉を飲み込んでついて行くことにする。

 

やれやれ、ここからどうなっちまうんだ。レムのお陰でどこぞで俺はすっかりどこぞで大活躍している偉大な治癒師みたいな扱いになってんぞ。面倒ごとの匂いしかしやがらねぇ。

 

 

 

 

 

「――――そうでなくても作戦が破綻してきてるっつーのに」

 

「アキラくん?」

 

 

「着いたぞ。ここだ」

 

 

 

 

 

取調べ室を抜けて長い廊下を通って、兵士に案内されたのは両開きの扉の前だって、扉の上の表札に部屋の名前が書いているが、まだイ文字しか読めない今の俺では解読できない。

 

俺が表札に書かれている部屋の名前をレムに聞こうとするよりも先に兵士が扉を開いた。

 

 

 

 

こんこんっ

 

 

「“所長”。例の二人をお連れしました」

 

 

『―――入れ』

 

 

「失礼します」

 

 

 

ガチャ……ッ

 

 

 

「………ご苦労であったな。そちらのお二人にもかけて頂きなさい」

 

 

 

 

 

案内された部屋の位置と扉の造形の豪華さから、何となく予想はしていたが………どうやら案内されたのはここの拘置所の所長らしい。

 

しかし、拘置所といっても基本的に役目は刑務所と変わらない。どちらも犯罪者を拘留するための施設だ。それにしてはやけに優しそうというか………いわゆる出来た人間の印象が強い。

 

 

 

 

 

「………手荒なことをして申し訳なかったね。本来であれば、他所からの来訪者を拘留するようなことはしないのだがね。今は状況が状況だ。君達にも協力してもらいたくてね」

 

 

「―――お言葉ですが、所長。事情を何も知らないわたし達にその手助けができると思えませんが」

 

 

「ふむ………そちらのお嬢さんは本来“予定”になかったはずだがね。これはどういうことかな、“ジュウジョウ・アキラ君”?」

 

 

 

 

 

所長のその言葉を聞いて俺は察しがついた。だが、まだ油断は出来ない。

 

 

 

 

 

「………………。」

 

 

「心配ない。この部屋にいる者は皆“協力者”だ。ここでの会話が君に不利に働くことはない。約束するよ―――申し遅れたが、私はここの所長をしている“キース・ストルティ”だ。ヴィルヘルム殿から大凡の話は聞いているよ」

 

 

「………ジュウジョウ・アキラです。騒ぎを起こしてすいませんでした」

 

 

「ああ。予想よりも派手にやってくれたようだねぇ〜。お陰様で君をこの所長室に呼び寄せる時に他の兵士にひどく警戒されて大変だったよ――――ところで“愛国者”は?」

 

 

「―――“らりるれろ”」

 

 

「………どうやら間違いないみたいだね」

 

 

「ええ。そのようですねっ」

 

 

 

 

 

脈絡なく振られた合言葉に俺はすぐさま切り返した。これで間違いない。この人は完全に計画の協力者だ。

 

 

 

 

 

「………あの……アキラくん。これは一体どういうことなんですか?レムには何がなんだか、さっぱりで」

 

「見ての通り。芝居だったんだよ。『俺が門を強引に突破しようとして、兵士に捕まり拘束される』―――ヴィルヘルムさんと計画しておいたことだったんだぜ」

 

「ええっ!?」

 

 

 

 

 

俺と所長の会話についていけてないレム。当然だな。レムを騙せるくらいじゃなきゃ、俺とヴィルヘルムさんの計画は始める前から頓挫してしまうところだぜ。

 

 

 

 

 

「―――ヴィルヘルムさんからの依頼は、このカルステン領に起きている異変を極秘に探ってほしいというものだったんだぜ」

 

 

「しかしながら、今回の件は我々も公にもできず。信用できる者も片手で数えられる程度に限られていたため、仕方なく彼を『犯罪者として拘束する』という形でこの領地に入れることにしたんだ」

 

 

「………そんなこと、王選も控えているこの時勢にどうしてそのようなことを。それにどうしてそんな危険なことにアキラくんが巻き込まれなくてはならないんですか?」

 

 

「―――今回の一件が、その『王選』に絡んでいるからだぜ」

 

 

 

 

 

俺もヴィルヘルムさんに話を聞いた時は本当に驚いた。

 

 

『クルシュ・カルステンが、突然、王選を辞退すると宣言した』こと。

 

そして、『ジュウジョウ・アキラのゲートを治療して欲しいというロズワールからの手紙を見たこともない程の憎悪の表情を見せて怒りの感情のままに破り捨てた』こと。

 

 

領民にはまだ伏せているが、それもクルシュ・カルステンが公式に発表をしてしまうのも時間の問題だ。そして、クルシュ・カルステンが王選を辞退すると宣言してしまえば取り返しがつかなくなる。

 

 

 

 

 

「そんな………もしそれが本当のことなら大事件じゃないですか」

 

「ああ。しかも、クルシュ・カルステンが頑なに王選を辞退する理由を明かしていないというのも変だぜ。こんな大それたことを軽々しく決めれるはずはねぇからな」

 

 

「―――我々が考えるに、この件には何者かの悪意が介在していると考えている。例えば、そう……『何者かに人質を取られていて脅されている』とかね」

 

 

「ああ。素直に考えれば、な……」

 

 

 

 

 

王選を邪魔しようとしている第三者がクルシュの弱みを握って脅しをかける。確かにそれであれば、王選を辞退しようとするのも理由を明かせないことにも納得がいく。

 

けれど、それもなんか安直すぎるというか………出来過ぎてる気がする。

 

 

 

 

 

「アキラくんは、他に別の理由があると?」

 

「―――それだと“俺”をここに招こうとした理由がわからない。脅されて、無理矢理、王選を辞退させられそうになっている人間が………どうして俺を呼ぶ必要があったんだ?」

 

「………あ」

 

「それにヴィルヘルムさんが言っていた『俺のゲートの治療を依頼する手紙を忌々しげに破り捨てた』ってのもおかしい。行動がちぐはぐすぎる」

 

 

「―――クルシュ様は、礼節を重んじる方です。それに民を思う責任感もあり、とても誠実な方でもあります。そんな方が他者から受け取った手紙を破り捨てるなど考えられないことです」

 

 

「つまり、要するにアレだぜ。ここの領主クルシュ・カルステンに………得たいの知れない“何か”が起こっていて、どういうわけか………それに“俺”も無関係ではなさそうだからってことで――――俺がこうして異変解決に駆けつけたわけだ」

 

「でも、それって………危険極まりない潜入捜査にアキラくんを一方的に巻き込んだだけじゃないですかっ!」

 

「………そうとも言うぜ」

 

「そうとしか言いませんっ!」

 

 

 

 

 

珍しいレムのツッコミシーン。いや、ツッコミというよりは単に俺のことが心配で、俺に命の危険を強いる今回の作戦に反感を覚えているんだろうな。

 

 

 

 

 

「でも、アキラくんはフェリックス様にゲートの治療のため招待されていたではありませんか。それなのに、どうして……こんなわざと捕まるようなことを?」

 

「勿論、それにもちゃんとした理由があるんだがよ〜ぉ。これ以上のことは、また今度にしようぜ――――所長さん、そういうわけだ。早速で悪いんだが……行かせてほしい場所があるんだ」

 

 

 

「―――悪いが。そう簡単には行かない」

 

 

 

ヂャ……ッ!

 

 

 

「っ………アキラくん、レムの後ろに下がってください!」

 

「どういつもりだ?」

 

 

 

 

 

先程まで温厚だったはずの所長の雰囲気が一変した。それと同時に周囲に控えていた兵士達が短刀を抜いて、こちらに構えてきた。

 

レムが応戦しようと立ち上がるが、俺はそれを手で制して所長に問いかける。

 

 

 

 

 

「どういうわけか納得のいく説明をしてもらえるんだろうな。所長さんよぉ〜」

 

 

 

「―――君こそ、本当にわかっているのか?これから君達がやろうとしていることは間違いなく国賊の所業………捕まれば拷問を受けた挙げ句、晒し首は免れまい」

 

 

 

「………裏切る気かよ、こんなところで。まあ、ベタな展開だから、大して驚きゃしねぇがよ〜。裏切るならせめて悪役らしく終盤に差し掛かってからにしとけよな」

 

 

 

「ヴィルヘルム殿には大恩がある。私が彼を裏切るなどありえない。だが、ヴィルヘルム殿に恩はあっても、私は君たちを信じることはできない。今回の作戦………失敗すれば、我々も一族郎党逆賊として処断されるであろう。そして、それは私の恩人であるヴィルヘルム殿とて同じ。私は家族を犠牲にするつもりも恩人であるヴィルヘルム殿を死なせるつもりもない。この計画に失敗は許されない。従って、余計な不安要素を抱え込むつもりもない」

 

 

 

「どうしましょう、アキラくん――――あの方は正論を述べていますっ」

 

ジャラララ……ッッ

 

「みてぇだな………だから、その鉄球はしまっとけ。つーか、いつもいつもどこから出してんだ、それ?」

 

 

 

 

 

所長は俺達を裏切ったんじゃあねぇ。俺達がヴィルヘルムさんとヴィルヘルムさんの期待を裏切ることを恐れているんだ。だからといって、ここまで来て引き下がれないのは俺達も一緒だ。

 

 

 

 

 

「―――それで?何をどうしたら信じてもらえるんだ?地下闘技場にでも参加すればいいのかよ〜?」

 

 

 

「ヴィルヘルム殿からは君は治癒術師と聞いている。その情報に嘘偽りがなければ出来るはずだ。これからある者達を治して見せて欲しい。それさえ出来たのであれば、君を少しは信用してやってもいい」

 

 

 

「やれやれ………妙な話になってきたぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツコツ……

 

 

「―――この先だ。ついて来たまえ」

 

 

「………今日はえらく連れ回される日だぜ。ていうか、さっき『病人を治してみせろ』みたいなことを言っていたけど。そいつ、何かの持病持ちですか?」

 

 

「………見ればわかる」

 

 

 

 

ガチャッ、ギィイイ……

 

 

 

 

「―――うっ………ゥァ…………」

 

「しょ……………所長さん?」

 

「っ……………ぃしゃ………医者を連れてきて、くれたん……ですか?」

 

 

 

 

 

所長に案内されたのは救護室のようで、ベッドの上で数人の男女がぐったりと横たわっていた。どうやら、俺に治療をしろと命じているのはこの人達のことらしい。

 

しかも、この人達………全身に細かな外傷があるだけでなくそれぞれ腕や足が欠損している。

 

 

 

 

 

「アキラくん。この人達………手足が―――」

 

「ああ。刃物で切断されたものじゃあないぜ。この疵痕を見るだけで嫌な記憶が蘇るぜ。“こいつ”はおそらく………」

 

 

「お察しのとおり“魔獣”にやられたんだ。つい昨日のことだ。外柵を警戒していた警備兵が配達官の竜車が襲われているところを発見し、救助することにはどうにか成功したのだが………見ての通り、体をあちこち魔獣に食いちぎられてしまったんだ」

 

 

「なぜ、早く処置してあげないのですか?治癒魔法ですぐにでも体を繋げてあげないと手遅れに…………ハッ」

 

 

「―――そうだ。ここまでの状態になってしまっては一介の治癒魔法では治療しきれない。これを治せるのは“水の加護”をお持ちであるフェリックス様だけなんだよ」

 

 

 

 

 

険しい顔をして重い言葉を吐く所長さん。そう。カルステンに起きている深刻な異変は『クルシュ・カルステンの王選棄権』だけではない『フェリックス・アーガイルの治療放棄』もあるんだぜ。

 

 

 

 

 

「しかも、彼らに起きている問題はこれだけではないんだよ。彼らの傷口を見てみたまえ」

 

 

「っ………血が、全く止まってません」

 

 

「いくら止血しても傷口から血が吹き出てしまう。意識もずっと絶え絶えで、傷の激しい痛みに目を覚ましてもちょっと時間が経つとすぐに気絶してしまうんだ。これも魔獣にやられた時に毒か呪いを打ち込まれてしまったせいだろう」

 

 

「そんな。これだけの重傷なのに………体力まで奪われてるなんて、そんなの助かりようが」

 

 

 

 

「―――ッッ!………ゲホッ!えふっ、おぼっぅ!!………ぐぷッ!」

 

 

カラカラ………ッ

 

 

 

 

ベッドで寝ている患者の一人が、唐突にむせて咳に紛れて口から何かを吐き出した。近くで見てみると小石のようなそれは明らかに『前歯』であった。

 

どうやら、仰向けで寝てる状態で前歯が急に抜け落ちて喉にあたってむせ返したらしい。

 

 

 

 

 

「“歯”まで抜け落ちてしまいましたよ。アキラくん、このままだとこの人達が持ちません!」

 

 

「もはや、一刻の猶予もない。君にもし噂通りの力があると言うなら、ここに倒れている患者を救って見せたまえ!我々が君を信用するに値するかどうかは、それを見て判断しよう」

 

 

 

 

 

所長もレムもすっかり魔獣の毒にやられてしまった重傷患者を見て焦りを隠せない。このまま放っておいたら、間違いなく数日足らずで死ぬだろうからな。

 

所長もその役職関係なく目の前で潰えようとしている命を救おうと躍起になっているんだろう。だが―――

 

 

 

 

 

「うろたえるんじゃなあないッ。ドイツ軍人はうろたえない―――……ったく、何かと思えばこんな“簡単なこと”で騒いでいやがったたのかよぉ〜。身構えて損したぜ」

 

 

「―――なんだと?」

 

 

「さしあたっては、所長。この留置所に野菜や果物の在庫はあるか?特に果物は、グァバ、オラージュ、アセリアなんかがあると理想的だ」

 

 

「………それならば、食料庫にいくらでも貯蔵があるが」

 

 

「よし………じゃあ、レム。厨房を借りて、さっき言ったフルーツと野菜を絞ってジュースを作ってきてくれ。野菜はカロット、リタス、パンプキスがあればそれでいい」

 

「わかりました!レムに任せてくださいっ」

 

「所長。この人達の食いちぎられた手足のパーツは、今、どこに保管されているんだ?」

 

 

「そこの箱の中に保存してあるが……」

 

 

「そうかい。勝手に開けるぜ」

 

 

 

ガパッ!

 

 

 

「ふ〜〜〜ン………これも魔法がかかってんのかね。中はひんやりとしていやがる。“こっちの方”はすぐ片付くだろう。所長さんは、レムについていってレムが暴走しないか見張っていてくれ。あいつ、ほっとくとこのまま食料庫に残った野菜や果物全て野菜ジュースにしかねないからな」

 

 

「お、オイ!本当に大丈夫なんだろうな!?」

 

 

「二人が戻ってくる頃には終わってるよ。いいから、レムの見張りを頼んだぜぇ。俺は、それまでに欠損箇所の接合を終わらせとくからよ〜」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうなってる?」

 

「わからんっ!」

 

「お前ッ………気が付かなかったのかっ!?」

 

 

 

 

治療開始から十分後。

 

 

医務室の中は大騒ぎになっていた。事件や事故が起きたからじゃあない。その逆。このほんのわずかな時間で“奇跡”が起こったからだ。

 

所長に見張りを命ぜられていた兵士が動揺を隠せぬまま所長に報告する。

 

 

 

 

「―――ストルティ所長。わ、わたしは………ち、ちょいと目を離したんです。みんなそばにいました。でも………誰も見ていないのです」

 

 

ガタガタガタ

 

 

「飲んどる場合かーーーッッ」

 

 

バシッ ガシャン

 

 

 

 

 

少しでも自分を落ち着かせようとしたのかレムが患者用に作って余っていた即席野菜ジュースを所長の机からとって飲もうとしたところを所長に払い落とされた。

 

 

 

 

 

「ほ、ほんの少しの間でした………私が目を離していたのはたった数秒だったのです。私の視力は1.5です!………でも、中で何が起こったのかわかりません………信じられませんッ!」

 

 

「ふぅぅぅーーー………“奇跡”………いや、そんな言葉ではおさまらんな。最早、“悪夢”だよ、これは」

 

 

 

 

 

つい10分ほど前まで手足をもがれて、止まらぬ出血に苦しみ衰弱し、歯まで抜け落ちてしまい、最早、死を待つだけかと思われていた重症患者だった人達が―――

 

少し目を離したスキに五体満足の状態まで復活し、レムに介抱を受けて野菜ジュースを飲ませてもらっているのだ。

 

 

 

 

 

「アキラくん。患者さん全員にジュースを飲ませておきました。皆さん、呼吸も安定しています」

 

「グレートだぜ、レム。これであと数日もすればすぐに復活するぜ―――しかし、流石はレムだな。あれだけの指示でちゃんと味にもこだわったジュースを作ってきてくれくるとはな。しかも、すりおろしたリンガまで加えてのどこしも程よく仕上げてやがる」

 

 

ぱぁあアッ

 

 

「ほめてくれてかまいませんよっ!?」

 

「………そう来ると思ったぜ。けど、本当にいい仕事してくれたからな――――ありがとうな、レム」

 

 

わしゃわしゃ

 

 

「むふ〜〜〜♪」

 

 

「―――………ぐふっ!」

 

 

 

 

 

レムに労いを込めて頭を軽く撫でてやったつもりが、レムの多幸感溢れる恍惚とした笑みに俺の方までダメージが。こいつ、本当ヤンデレモードさえ自重してくれれば非の打ち所がないパーフェクトヒロインなんだけどな。

 

 

 

 

 

「しかし、わからん。一体何をしたというのだね?………どんな治癒魔法を使えば、こんな鮮やかに手足をくっつけることができるのかね」

 

 

「―――禁則事項です」

 

 

「………わかった。そこは深く追求せん。『患者を治療せよ』と言ったのに対して、これだけの短時間でありあまる結果を見せつけられてはな――――しかし、どうしても聞いておきたいことがある。君は治療に入る前『こんな簡単なことで』と言ったね。まるで知っていれば誰でも簡単に対処できるかのような口振りだったが………………そのジュースと関係あるのかね?」

 

 

「ああ………それか。本当に簡単な話。この人達は魔獣に襲われる前から病気だったんスよ―――『壊血病』ってやつだぜ」

 

 

 

 

 

ワンピースを読んだことのある人なら覚えがあるだろう。植物性の栄養の欠乏から来る病気で保存の効かない新鮮な野菜や果物を摂取できない船乗りの間で恐れられた病気だ。

 

 

 

 

 

「つまるところ、ただの栄養失調だったってわけ。血が止まらなかったのは血管を丈夫にするコラーゲンを作るためのビタミンCが不足していただけで、歯が落ちなのも同じ理由だ」

 

 

「し、しかし、どうしてそんな病気が………」

 

 

「たぶん、おそらくだけど……………運送業で忙しくしている内にまともに卓について食事を摂る機会がなかったんじゃあないかな。一日の仕事量の内、仮に移動時間が8割以上占めていたとしたら、自炊する暇もないだろうし。食事は移動中の竜車の上で干し肉とかの保存食ばかり食って飢えを紛らわせていたんじゃあないかな」

 

 

「………一目見ただけでそんなことまでわかるのかね?」

 

 

「『医食同源』つってな。薬同様、健康な食事にも病気を治したり、活力を与えることが出来るんだぜ。命の危険が伴う兵士の仕事に従事しているんなら、覚えといて損はないぜ」

 

 

「まったく、言葉もない」

 

 

 

 

 

まあ、竜車の上でリンガでも齧ってさえいれば、ここまで症状が深刻化することもなかったんだろうが。皮肉なもんだぜ。この人達が、ここに担ぎ込まれていなかったら、所長の信頼を勝ち取ることは出来なかったんだからな。

 

―――その後、俺達は、患者の治療を終えて揃って所長室まで戻ってきた。ここからが本題だぜ。

 

 

 

 

 

「君の持ってる力は確かに見せてもらった。これからヴィルヘルム殿の密命を遂行する上で、君の力は大いに役立つことであろう―――試すような真似をして申し訳なかった」

 

 

「こちらこそ感謝してるぜ。それで………早速だけど、行きたい場所があるんだぜ」

 

「アキラくん。何かアテでもあるのですか?ここは一度、ロズワール様のもとに戻り態勢を立て直すべきではないでしょうか」

 

「………時間がないんだぜ。クルシュ・カルステンが王選辞退を公式に発表するまでにカタをつけなくちゃならねぇ。俺たちだけでやるしかねぇんだよ」

 

「ですけどっ!」

 

 

「……彼の言う通りだ。今は私を含め一部の人間しか知らないことだが、このことが正式に部外に発信されてしまえばクルシュ様の王への道は永久に閉ざされてしまう。どこの誰とも知れぬ何者かの悪意によってあの方の………いや、カルステンの未来が閉ざされてしまうのだ」

 

 

 

 

 

レムには理解できなかった。ヴィルヘルムやストルティ所長が王選辞退を阻止しようとしているのはわかる。だが、彼には……『ジュウジョウ・アキラ』には、こんな計画に協力する理由はないはずだ。

 

むしろ、エミリアのことを思えば、王選候補者が減ることは非常に喜ばしいことのはず。それなのに何故?

 

 

 

 

 

「ジュウジョウ殿。ヴィルヘルム殿に伝えられた次の指示は、一体なんと?」

 

 

「……『フェリックス・アーガイル』を探す。クルシュ・カルステンの一番の側近であるフェリックスなら何か知ってるはずだ。やつは今どこにいる?案内してくれっ」

 

 

 

 

『――――その必要はニャいよ』

 

 

 

 

「「「―――ッッ!?」」」

 

 

 

 

 

どこからともなく聞こえてきたその声に身構える。声のした方向に目を向けるとそこには謎のローブを被った女性が立っていた。

 

さっきまで間違いなくこの部屋には“3人”しかいなかったはず。部屋に何者かが侵入する気配はおろか、ドアも窓も完全に閉ざされていたはずなのに。

 

 

 

 

 

「―――ジュウジョウ殿っ」

 

「アキラくんっ!」

 

「絶対ぇ、逃がすなっっ!こいつを外に出したら、何もかも終わりだっ!!」

 

 

 

『わぁぁあーーーーっっ!!待って待って待ってっ!!そんなコワイ顔しないでよ〜。こっちは君が会いたがってる人に会わせてあげようとしただけなのニャ〜』

 

 

 

「―――そのローブ………“認識阻害”の術式かっ。だから気配を完璧に遮断してここまで忍び込めた」

 

 

 

『ふわ〜〜〜っ……一目見ただけでそんなことまで見抜いちゃうニャんて〜。もしかして、キミ、思わぬ掘り出し物だったかも』

 

 

 

「前にも一度、同じたぐいの物を見たことがあったからな」

 

 

 

 

 

エミリアの認識阻害のローブはせいぜい着用者を別の誰かに見せかける程度の効果だったが。こいつのは完全に気配遮断に特化したタイプのものらしい。

 

 

 

 

 

『最初にも言ったけど。君達と戦うつもりはニャいよ―――死人が出ちゃうからね〜』

 

 

 

「………ヘェ、誰が死ぬって?」

 

 

 

『フェリちゃんだよっ♪』

 

 

 

「お前かよっ!!?」

 

 

 

 

 

ローブを被ったまま女子高生のようなぶりっ子ポーズを決めるローブの女。ていうか、声はともかくローブのせいで顔がわからねぇからぶりっ子ポーズが全然似合ってなくてシュールだぜ。

 

例えるなら、キングダムハーツのⅩⅢ機関が顔を見せぬままギャルギャルしいポーズを決めるようなものだ。

 

 

 

 

 

「―――って、『フェリちゃん』?……………『フェリちゃん』ってまさか」

 

 

 

『むふふ〜♪本当に察しがいいよね、君。そういう頭の回転の早い子はフェリちゃん嫌いじゃニャいよ』

 

 

ふぁさっ

 

 

 

 

 

そう言ってローブの女は頭にかぶっていたフードを外し、素顔を顕にした。亜麻色のショートヘアに大きな猫耳を生やした亜人の少女。

 

 

 

 

 

「まさか、お前が………フェリックス・アーガイル?」

 

 

 

「ぶっぶー!ざ〜んねん。フェリちゃんはフェリちゃんでも『フェリックス』の方じゃないよ。

 

 

 

―――わたしは『フェイリス・アーガイル』。フェリックス・アーガイルの双子の妹だよ。よろしくニャン♪」

 

 

 

 

 

首を傾げて両手でネコのポーズをしながらウインクをばちこーん☆と決めてくるフェイリス。まるで秋葉原のメイド喫茶の猫耳メイドのようなあざとさに俺は…――――何故か、俺は猛烈に腹が立った。

 

 

 

 

 

「―――おまわりさんこいつです」

 

 

「なんでニャ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回登場した所員3名はレギュラーにはならないモブキャラのはずでしたが、書き上げてみると異様に濃いキャラに仕上がってしまいました。

モブキャラも含めてオリキャラを出すのは極力避けたいのですが………オリジナル展開にするとどうしてもこういうことが起こってしまいますね。


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第39話:騎士の妹《フェイリス》

お疲れ様です。復帰して3回目の投稿となりますが。今更ながら、改めて、復帰までの間お待ちいただいていた皆様に感謝を申し上げます。

特に長期休載中にも関わらず、メッセージを送っていただいた。紫月花様、ヤマ二等軍曹様、冥界神話アリエール様、タロウ18R様。こちらの方々に頂いたメッセージには本当に励まされました。

特に2回もメッセージをいただいた冥界神話アリエール様。掲載初期から感想を頂いていた外川様には申し訳なく思っております。


今なお、上記の方々が読んで頂いてるのかはわかりませんが。心からの感謝をこの場をお借りしてお伝えします。


 

 

 

 

「―――いやいや、おかしいよ。猫耳キャラな上に『フェイリス』って名前…………これ、もう完全にパクリじゃん。シュ●インズ・ゲートの留美穂さんに今すぐ謝ってきたほうがいいぜ。どうせ版権降りてねぇんだろ?」

 

 

「初対面の相手にニャンて容赦のない言い回しっ!?」

 

 

「挙句に『ニャン』とか………猫言葉まで使いやがるのか―――なに、普段は『メイクイーン+ニャン2』で働いてるの?必殺技『チェシャ猫の微笑(チェシャー・ブレイク)』が使えるわけ?『雷ネットバトラー』現役チャンピオンですか、あなたは?」

 

 

「ニャンで会ったばかりの君にそんなこと言われなきゃならないの!?対外的に見たら、キミの方こそ不法侵入しようとした犯罪者ニャンだからねっ!」

 

 

 

 

 

フェイリスは俺の両手にはめられた手枷を指差して言い返してくる。

 

 

 

 

 

「いや、そりゃあ“作戦”だったんだし、仕方がねえだろ。つーかよ〜、それを言ったらお前の方こそ不法侵入だろーが。同じ穴のムジナの分際でエラソーなこと抜かしてんじゃあねぇぞ」

 

 

「フェリちゃんはいいのっ!クルシュ様を救うっていう密命を帯びてここにやって来てるんだからっ。キミの方こそ、自分がただの“囮”だってことを忘れニャいでよねっ!」

 

 

「やれやれ………“また”妙なやつが増えてしまったな」

 

 

「キミにだけは言われたくニャいからねっ!フェリちゃんが今まで会ってきた中で最高に頭のネジが外れてるからね――――ホント……ここに来るまで、どんな人生を歩んできたんだか。健康そうなのは外面だけで………ゲートは、ひどくボロボロだよ。無理はあんまりしニャい方が身のためだよ」

 

 

 

 

 

―――驚いたな。俺のゲートの状態を見ただけで瞬時に診断する眼力を持ち合わせているのか。

 

考えてみれば『フェリックス・アーガイル』の妹ってだけあって、治癒魔法の素質があるのかもしれねえな。

 

 

 

 

 

「―――フェイリス様………さっきの『アキラくんが囮』というのはどういうことでしょうか?―――聞き捨てなりません」

 

ギリギリギリギリ………ッッ

 

 

 

 

 

俺が囮にされているというフェイリスの言葉に明確な怒気を孕んだ目でフェイリスを睨みつけ、手に握っていたモーニングスターに力を込めるレム。

 

 

 

 

 

「あんれ〜?もしかして、キミ、この子に何にも話してなかったの〜?こんな重大な作戦に巻き込んだくせに一番大事なことを隠してるニャンて、ちょっと酷いんじゃないかニャ」

 

 

「話してる暇がなかった………というより、レムを巻き込むつもりもなかった。こんな面倒な依頼は俺一人で終わらすつもりだったからな」

 

「アキラくん………どういうことなんですか、アキラくんが囮って」

 

 

「そのまんまの意味ニャよ。アキラくんは、クルシュ様が王選辞退を宣言する原因になってる………“かもしれない人”。重要参考人ってやつだね」

 

 

 

「アキラ、くん?」

 

「………………。」

 

 

 

 

 

俺は何かを問いかけるかのようなレムの視線から目をそらすように顔を背けた。そう。フェイリスの言っていることは、あながち間違いではない。俺の“仮説”が正しければ………――――俺は今回の一件、間違いなく無関係ではない。

 

 

 

 

 

「―――安心しニャよ。フェリちゃんも君のことを疑ってるわけじゃニャいから。これからクルシュ様を助けるのに一緒に命を懸ける仲間なんだし…………こういうのをカララギでは『同病相憐れむ』って言うんだっけ?」

 

 

「それを言うなら『同舟相救う』だ。無理に使い慣れない慣用句を使おうとするんじゃねぇ―――それにしても意外だぜ。初対面の人間を信用してくれるってか?」

 

 

「んん〜〜〜………2割くらい」

 

 

「2割かよっ!?人を命懸けの作戦に巻き込んだ割には、信用2割って低すぎだろっ」

 

 

「2割でも破格だと思いニャさいよ。逆に言えば、2割しか信用してないキミを頼りにしてるんだからね、こっちは。さっきの患者を治療してみせた手練手管もフェル兄に勝るとも劣らないし、キミが悪い人じゃないってことくらいは理解してるから………だから、キミの前にこうして姿を現したのに〜」

 

 

「グレート………2割しか信用されてないって割には、責任の重さが半端じゃあないぜ」

 

 

「当たり前でしょ〜?キミ一人の命でクルシュ様が助かるかもしれないんだよ。分の悪い賭けだけど、賭けるチップとしてキミの命を差し出すくらいのことはしないとね」

 

 

「グレート………そういう割り合わない仕事はジャック・バウアーにでも任せておきゃあいい――――なあ、レム?」

 

 

 

 

バヂバヂヂヂ……ッッ

 

 

 

 

「―――アキラくんどいて。そいつ殺せないっ」

 

 

 

 

 

グレート………レムの目の色が変わった。完全なるヤンデレモードに。目からハイライトが消えて、稲妻とともに鬼のツノが生えて、ツキノヨルニオニノチニクルフレムになってしまっている。

 

 

 

 

 

「待って待って待ってーーーっ!!それだけは本当に洒落にならないってば!そんなの食らったら、フェリちゃん、一発であの世に逝っちゃうニャよ!」

 

 

「―――あ〜あ、やっちゃった。これで誠氏ねルート確定だ」

 

 

「ニャにその選んじゃならない修羅の道っ!?ていうか、この子の殺意ものすごいどす黒いんですけど。フェリちゃん、戦闘能力ないから、こんなの一発食らっただけで死んじゃうって!早くなんとかしてよ!キミの声なら聞いてくれるかもしれないし!」

 

 

「こう殺意の波動に目覚めてしまってはな。俺には手の施しようがない。とりあえず、一発『瞬獄殺』をぶっ放せば、少しは殺意も薄まるだろう」

 

 

「なんだかわからないんだけど、それ絶対食らっちゃいけないやつじゃニャいっ!?所謂、即死技ってやつじゃないのっ!?いいから目の前の鬼の子をなんとかしてぇ〜っ!!」

 

 

「大丈夫だ。お前の死を見届けたら、俺は鬼殺隊に入隊する――――お前の遺志を継いで………『鬼滅の刃』の続編を書くために」

 

 

「それ、フェリちゃんの遺志が一つも残ってないんですけどっ!?その鬼滅の刃、今、使って!鬼斬りでも虎狩りでもなんでもいいから早く助けてーーーっ!!」

 

 

「いや、それ………鬼滅の刃じゃねえから。しょうがねえなぁ――――この手はあまり使いたくなかったが……」

 

 

 

 

 

俺はおもむろにその場で正座をするとぽんぽんと自分の膝を叩いてレムを呼んだ。レムを鎮める呪文は………………いっぱい思いつくけど、とりあえず倫理的に絵面がマシなやつを選ぶ。

 

 

 

 

 

「―――レム。『ハウス』」

 

 

 

「いや………ちょっと、いくらなんでも………そんなんで大人しくなるわけが――――あれ?」

 

 

 

 

 

フェイリスが一瞬目を離すと正面からレムは完全に姿を消していた。もう一度、アキラの方に目を向けると。

 

 

 

 

 

「―――るふぅ〜〜〜♪(>﹏<。)」

 

「………顔文字なんてどこで覚えた、おのれは」

 

 

 

「おさまったーーーっ!?………っていうか、残像すら見えなかったんだけど、瞬間移動でも使えるの!?」

 

 

 

 

 

アキラの膝にゴロゴロと喉を鳴らして甘えるレムの姿があった。鬼の殺気は完全に鳴りを潜め、飼い主大好きでハートマークを撒き散らす仔犬になってしまった。

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっとレムちゃん……っ、フェリちゃんと随分態度が違うんじゃニャ〜い?」

 

 

 

「………気安く呼ばないでください。貴方は敵です」

 

 

 

「えっと〜、さっき彼を『おとり』にするって言ったのは、言葉のアヤというやつで………別にその子を犠牲にするつもりはニャいんだよ。フェリちゃんもアキラくんのこと信用してるし、レムちゃんもフェリちゃんのことを信用してほしいニャ〜」

 

 

 

「………レムがあなたを信じるのは、レムがアキラくんと無事にロズワール様の邸宅に帰れた時です」

 

 

 

「それ、全てが片付くまで一切信用しないってこと!?」

 

 

 

 

 

まあ、レムの態度もわからんでもない。はっきり言って俺もこれがエミリア陣営をはめるためのカルステンが仕組んだ自作自演の罠という可能性も全く考えていなかったわけではないからな。

 

 

 

 

 

「まあ、しょうがないか。アキラくんに身も心も奪われちゃってるレムちゃんの説得は諦めるとして」

 

 

「………ヲイ」

 

 

「――――話を戻すけど。さっき、アキラきゅんが言っていた『フェリックス・アーガイルに会って話を聞きたい』っていうのだけど………それはちょっと難しいよ。フェル兄はクルシュ様に“鎖”で繋がれている。フェル兄に会うのはクルシュ様に会いに行くのと同じくらい難しいんだよ」

 

 

「『“鎖”で繋がれている』って………まさか」

 

 

「そう。クルシュ様の一番の忠臣も今は…――――」

 

 

「そういうプレイがお好みなのかよ〜。女王様と猫耳奴隷プレイか………高度だな〜。やっぱ、鞭は標準装備だったりするのかよ。で………どっちが攻めで、どっちが受けなんだ?」

 

 

「そっちじゃないニャっ!!そういうのじゃなくて囚われの身になってるってこと!早く助けてあげないと口封じに殺されちゃうんだからっ!」

 

 

「性癖をバラされた口封じにか?」

 

 

「そんにゃ性癖はニャいから!アキラきゅんの妄想でクルシュ様を汚さないでよっ!ていうか………今、真面目な話してるんだから!フェル兄の命も危ないかもって話をしてるの!」

 

 

 

 

 

王道なボケをかますと真正面からシャーッとキバをむいて噛みついてくるフェイリス。

 

 

 

 

 

「お前こそバカなの?アホなの?…………こんな話、真面目に聞いてたら“シリアル”がいくつあっても足りねえだろうがよ―――ただでさえ領主の未来とか命の危険とかグレートにヘビーな展開になっちまってるっつーのによ。何で会ったこともないやつの命まで気にしなきゃあなんねぇんだ」

 

 

「アキラきゅんはヴィル爺に全部聞いてたんでしょ。カルステンに起きている異変も自分の命を危険に晒すことも………覚悟はできてるはずじゃなかったのかニャ」

 

 

「覚悟なんてできてるわけねぇだろうが。だいたい、こんな話を信じて、のこのこ作戦に乗る時点で正気じゃねえよ」

 

 

 

 

 

ヴィルヘルムさんにこの話を持ちかけられた時も、最初、俺は正気を疑った。けど、俺を騙しに来るメリットがない。ヴィルヘルムさん程の大人物をスパイとして送り込む必要もない。

 

 

 

 

 

「―――だがな……ヴィルヘルムさんほどの“男”が………テメーだけの力じゃあどうにもならねぇって俺に助けを求めに来たんだ。こんな俺に頭を下げて頼み込んできたんだ――――命がけの注文だ。応えなきゃ、男じゃねぇ」

 

 

「………………。」

 

 

「俺がこんなイカレタ話に乗ったのは、ただそれだけのことだぜ」

 

 

 

 

 

危険な賭けになるのは百も承知。だが、俺を利用するためとはいえ、そのリスクを飲み込んで、俺に頭を下げてきたヴィルヘルムさんの期待に応えてやりてぇって………ほんのちょっぴりでも思っちまったら、俺も引き下がれなくなっちまった。

 

そんな俺の答えに気を良くしたのかフェイリスは持ち前の猫口を釣り上げてニヨニヨ笑っていやがる。

 

 

 

 

 

「にゃふふふふふ♪」

 

 

「なに、ニヤニヤしてんだよ?」

 

 

「べぇつに〜〜〜………キミ、もしかして、エミリア様の騎士だったりする?」

 

 

「ハア?俺のどこを見たらそんな考えが出てきやがんだよ?俺にそんな崇高な役職が務まると思ってるのかよ?」

 

「―――そうですよっ。アキラくんは、騎士なんてお上品で礼儀正しくないと務まらない役職に収まるはずがありません」

 

「………お前は、俺を褒めてるのかけなしてるのかどっちだ?つーか、大人しくなったんなら、いい加減俺の膝からおりろっ」

 

 

ぺいっ

 

 

「わふ〜〜〜っ」

 

 

 

 

 

俺の膝にベッタリと甘えているレムを引っぺがすと謎の鳴き声とともに宙を舞う。ギャグ補正のせいかな……レムが謎の2頭身化しているような気がする。

 

例えるなら………う●るちゃんとか、ぷ●ますとか………。

 

 

 

 

 

「とにかくよぉ〜。フェリックス・アーガイルも危ないとなると………いよいよもたもたしてる場合じゃあねえな。他に協力者はいねえのか?」

 

 

「残念だけど、信用できる部下はいても………信頼できる部下はあまりいないの。クルシュ様が王選を辞退しようとしていることも殆どの人が知らニャいから」

 

 

「俺達だけでやるしかないのか………クルシュ・カルステン相手に無策で突っ込むわけには行かないぜ。ヴィルヘルムさんは、『ここに来たら、まずフェリックス・アーガイルに会いに行け』と言っていたが」

 

 

「こうなったら、ヴィル爺と一旦合流するしかニャいよ。作戦を練り直すしかない。ヴィル爺なら、すきを見て抜け出すことくらいはできるはずニャよ」

 

 

「やれやれ………今はそれしかないか」

 

 

 

「―――アキラくんっ!窓の外を見てください」

 

 

 

 

 

窓の外を監視していたレムに言われ、窓の外を見下ろしてみるとカルステンの兵士が隊列を組んで真っ直ぐに俺たちのいる警衛所に向かってくるのが見えた。

 

 

 

 

 

「グレート………まだ考えがまとまらねぇ内に追手が差向けられちまったようだぜ」

 

 

「アキラきゅんは、よっぽど『クルシュ様』に恨まれてるみたいだね〜」

 

 

「………アキラくん、どうしますか?ここで大人しく捕まれば、クルシュ様に会うことはできると思いますが」

 

 

「今はまだその時じゃあないぜ。クルシュ・カルステンに関する情報が少なすぎるんだぜ――――ヘタをすりゃあ、殺されちまうかもな」

 

 

「そうだね〜。でも、どうするの?あの兵士達はクルシュ様の私兵だからよそ者の君の説得は通じないよ」

 

 

「フェイリス様の権限であの兵士達を収めることはできませんか?」

 

 

「期待されるのは嬉しいんだけど……フェリちゃんはフェル兄みたいに騎士じゃニャいし。この領地で何の権利も持たされてニャいのだ」

 

 

「オイ、この追い詰められてる状況で、そのビミョーな猫言葉やめろ。可愛くねぇから、腹立つだけだからっ」

 

 

 

 

 

あれ?……これ、詰んでね?

 

まあ、もともと杜撰な計画ではあったし、ここまで来たら、迷うことはかえって自分を追い詰めることになる。今は多少の無理を承知で強引に突破するしかねぇ。

 

 

 

 

 

「―――ところでフェイリスよぉ〜。何で俺のことが連中にバレたと思う?」

 

 

「そんニャの……アキラきゅんが門で暴れたせいじゃニャいの?」

 

 

「そいつは違うぜ―――中国の思想家に“荀子”ってのがいてよぉ〜。彼によれば『人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができる』………これを“性悪説”としているんだぜ」

 

 

「その話が、何の関係あるの?」

 

 

「―――信用するなよ……人を…」

 

 

 

バァァン……ッッ!!

 

 

 

 

 

俺がその言葉をつぶやいた直後、目の前の扉が勢いよく開いた。

 

 

 

 

 

「―――残念ですねぇ〜。ええ、とても残念ですとも。フェリックス様に………『双子の妹』がいたとはつゆほども存じ上げておりませんでしたからねぇ〜。クルシュ様にはとても残念なことですねぇ〜」

 

 

 

「―――そんニャ……」

 

「っ………“キース・ストルティ所長”?」

 

「やれやれだぜ」

 

 

 

 

 

扉を開け放ったのは、俺とヴィルヘルムさんの協力者―――『キース・ストルティ』であった。フェイリスもこれには少なからずショックだったのか、飄々とした態度の裏から動揺の汗を隠せずにいる。

 

 

 

 

 

「おや?………そちらの彼はあまり驚いてないようですね。ですが、それも今となっては関係ありませんねぇ〜。あなた方はクルシュ様の前で処断を受けてもらいますから―――この国を侵す賊は一匹たりとも逃しません」

 

 

「そんニャ………ヴィル爺は、あなたのことなら信頼できるって」

 

 

「『信頼』ぃい?――――………そうですねぇ〜。私もこれまでクルシュ様を信じ、尽くしてきました。クルシュ様の下であるならば………夢が見られる。騎士になれる。努力をすれば必ず認めてもらえる。…………ここは私を公正明大に評価してくれるとね」

 

 

「だったら!」

 

 

「―――でも、そんなの全部ウソじゃあねえかよぉ〜〜〜おっ!?」

 

 

 

 

 

所長の温厚で理解ある大人の仮面は完全に剥がれ落ちていた。猛禽類のように目をギラつかせて闘犬のように歯をむき出しにして、怒りと憎悪を全身に身に纏ったどす黒い怪人のようになってしまっている。

 

 

 

 

 

「俺は、以前に魔獣討伐で戦役に参加し、肩を負傷してから右腕が満足に使えなくなっちまったんでよぉ!それでもクルシュ様は勲章の一つもよこさず。治療費だけ残して何もしてくれなかったっ!フェリックスのクソモヤシヤローも『この右腕だけは治せねぇ』って匙を投げやがったんだっっ!!なぁ〜にが大陸有数の治癒術師だっ!あれなら娼婦のほうが癒やしになるってんだっ!!」

 

 

「………………。」

 

 

「右腕が使えないから、もう武勲を立てることはできない。そのせいでなぁ……20歳半ばにして俺は騎士になる夢を奪われたっ!だから、知力でなり上がろうとかれこれ19回も科挙を受けているんですよぉ〜!でも、いつまで経っても受からないぃいいっ!!そうして流れ着いたのがこの“肥溜”の管理人だったわけだぁ〜〜〜〜っ!」

 

 

「………………。」

 

 

「畑の肥料にもならねぇ………臭くて醜い罪人共ばかり眺めてるとよ〜ぉお………こう思えてくるんだ。クルシュ様は、俺を騎士にするどころか………こいつらと同じ場所に押し込めて俺を厄介払いしたんじゃあねえかってよ〜〜〜ぉ!!」

 

 

「そんなはずはないニャ……………クルシュ様はきっとあなたになら任せられると思ったから」

 

 

「ーーーー官僚の試験を通らなかった郵便配達員以下の者………それが『看守』だぁ!クルシュ様に愛玩されて甘やかされてるフェリックスの妹様には、そんなこともわからねぇのかよぉぉお!!?」

 

 

 

 

 

ストルティの目はもはや普通ではない。真面目に日々を過ごしてきたのに報われぬ努力。度重なる不運。自分の才能への絶望。それらが、長らくせき止めていた不満がいっしょくたに暴走し、クルシュとフェリックスへの憎悪に変わっている。

 

 

 

 

 

「………あなたがフェリックス様を恨んでることは、ぼんやりと理解しました。ですが、それとこの行動になんの関係があるんですか?こんなことしてもあなたの得にはならないと思います」

 

 

「―――損得じゃあねえよ。俺は俺の右腕を治せなかったあの無能治癒術師に心底味わってもらいたくなっただけさ。一番信じていたものに裏切られる気持ちってのはどんなものなのかってなぁ〜あ!」

 

 

 

 

 

確かに……所長の右腕をよく見ると全身で怒りと憎悪を顕にしてるはずだが、右腕の動きだけが鈍い。フェリックスがどうして完治できないと診断したのかはわからないが………大方、治療をしようとした段階で魔獣に傷を受けてから時間が経ちすぎていたのか、神経が修復不能なほどにズタズタにされていたんだろう。

 

隣で話を聞いているフェイリスも………思うところがあるのか、顔を反らして俯いている。

 

いくら治癒術師とはいえ、治せないものはあるし、救えない命なんていくらでもある。

 

この世界の治癒術師も俺の世界にいる医者と同じだ。絶えず命の危機や病気の脅威に苦しんでいる患者さんを救えない無力感と罪悪感と戦っている。

 

 

――――結論、難病に苦しんでる患者が医者や社会を逆恨みするドラマとかでよくあるアレだぜ。

 

 

 

 

 

「クルシュ様が王選を辞退するか………結構なことじゃあねえかっ!!俺の努力を正当に評価できないビチグソ娘なんぞが王になれてたまるかよっ!俺をボロ雑巾のように使い潰し、俺の人生を残飯みてぇにこの肥溜めに捨てやがったあの女にはふさわしい末路だぜ。そして、フェリックスのドラ猫ヤローも地獄に堕ちるんだっ!主君を救えなかった無力感に苛まれて……――――」

 

 

 

 

「フタエノキワミ、アッーーーー!!」

 

 

 

グッパオンッ!!

 

 

 

「うわらばっ!?」

 

 

 

 

 

承太郎が神社で膝を攻撃された時のような音を鳴らして後方に吹っ飛ばされるキース・ストルティ所長。

 

 

 

 

 

「……話が長ぇんだよ」

 

 

「ちょっとーーーーーっ!?アキラきゅん、何してるニャ!?今のどう見ても絶対攻撃しちゃいけない場面だったでしょ!?」

 

 

「オッサンの身の上話ほど退屈なものはないぜ。どんだけ過去が悲劇まみれだろうと………所詮、モブはモブだ。こいつの過去回想なんてガンダムの種運命の回想シーン並にクソどうでもいいんだぜ」

 

 

「その例えなんかよくわからないけど、酷いことを言ってることだけはひしひしと伝わってくるのニャっ!………って、そうじゃなくて!この所長がもしかしたら黒幕と繋がってるかもしれないのに………こんなことするニャンて!」

 

 

「こんな最初期にネタバレするような三下が裏で黒幕と繋がってるわけねぇーだろ。聞くだけ無駄だぜ。俺達は立ち止まってる暇なんかねぇんだぜ」

 

 

「じゃあ、アキラきゅんには………この状況で何か策があるというの!?」

 

 

「ああ、あるぜ!」

 

 

「ええ!あるのっ!?」

 

 

「ああ。たったひとつだけ残った策があるぜ」

 

 

「“たったひとつだけ”!そ、それって、いったい?」

 

 

「とっておきのヤツがな!――――あの顔を見ろっ!ヤツは顔面をぶん殴られて、まだ完全に回復しきれてねえ!そこがつけめだっ!」

 

 

「いや、それってアキラきゅんが不意打ちしたからじゃあ………………そ、それでたったひとつの策って?」

 

 

「こっちも足を使うんだっ!」

 

 

「“足”?………足をどうやって!?」

 

 

「それは今から見せてやる――――行くぞ、レムっ!!」

 

 

「――――はい、アキラくんっ!」

 

 

ジャララララ……ッッ!!

 

 

 

 

 

俺の言葉に待ってましたと言わんばかりに自慢の獲物《モーニングスター》を振り回すレム。

 

それを手近な壁に狙いをつけると鉄球を振り回し、その壁を一発で砕き、ポッカリと大穴を開けた。

 

 

 

 

 

バガァァアアアン……ッッ!!!

 

 

 

「―――逃げるんだよォォッッ!!フェイリスーーーッッ!!どけーッ!ヤジ馬どもーッッ!」

 

 

「ニャァーーーッ!何ニャ、この男っ!?」

 

 

 

 

 

フェイリスの首根っこを掴まえて、レムと一緒に所内の壁を次々とぶっ壊して、一直線に外を目指す。

 

 

 

 

 

「―――ぶっっ………ばハッ!……っ、…追え………………っ、奴らを逃がすなっ!……追えーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

殴られた痛みから立ち直ってきたストルティ所長―――そう。お前がその行動を取ることは容易に予想できたぜ。

 

 

 

 

 

「レムを犯罪者にはさせられねぇからよぉ〜。砕いた壁は俺がきっちり“なおして”おくぜっ!」

 

 

ズギュゥウウウン…… スゥウウウウ、ピタァアアッッ!!

 

 

 

「「「どぉうわあぁあああっっ!?」」」

 

 

 

どちゃぁあああ……っっ!!

 

 

 

 

 

俺達が抜けた壁穴を兵士たちが同じように通過しようとした直前に目の前の壁の穴が塞がったことで、壁の向こうで兵士達が正面衝突したうめき声が聞こえたのを確認し、レムが砕いた壁を通過した直後に俺が“直して”いくを繰り返す。

 

このまま直線コースで開けた穴を塞ぎつつ突貫する。このまままっすぐ行けば、無事に脱出できる。

 

 

 

 

 

「待ちやがれっ、テメエっ!」

 

 

「あん?」

 

 

「さんざ暴れ腐りやがってっ……テメエにやられた借りはたっぷり返すぜっ!」 

 

 

「お前は………っ!?」

 

 

 

 

 

俺らが脱出すべく真っ直ぐに外壁を目指してる途中、取調室で俺に尋問してきた若い看守が立ちはだかっていた。名前は確か――――

 

 

 

 

 

「―――“アシ・クサッテル”っ!?」

 

 

 

「違ぇえーーーよっ!!誰が“足腐ってる”だっ!?“マシュー・コッヘル”だっつってんだろっ!!無理やり間違えんなっ!」

 

 

 

「あれ?“パニ・クッテル”だっけか」

 

 

 

「ホンット、嫌なヤローだな、テメーはっ!」

 

 

 

 

 

俺たちを拘束しようとした兵士達とは別行動を取っていたおかげで、俺達の先回りをすることができたのだろう。けど、ただ俺達を拘束しにきたわりには………妙に目がギラついてるというか、殺気立ってる看守共。

 

 

 

 

 

「―――なめた真似をしてくれやがって………からしを鼻の穴に突っ込むなんざぁ人間のやることじゃあねえ!」

 

「俺の目にソルテなんか振りかけやがって………このダボがぁあっ!」

 

「俺なんかトバスコをかけられたんだぞっっ!!」

 

「それが何だぁっ!?俺なんか鉄球を脛にぶつけられたんだぞっ!!」

 

 

 

 

「―――随分、恨みを買ってるみてぇだなぁ……フェイリス」

 

「アキラきゅんのことニャ!!」

 

 

 

 

 

俺が門の入口で取り押さえられる前に大暴れした時に受けた負傷を訴える兵士一同。なるほど、奴らが殺気立っているのは個人的な恨みによるものか。

 

 

 

 

 

「どっち道、テメエはもうお終いだ。そっちの青髪のメイドの怪力は大したもんだが………いくらなんでもこの収容所の外壁は壊せねぇだろ。他の建物の壁に比べても厚さは倍以上ある。まさしく鉄壁!お前らにその壁を壊すことは無理なんだよっっ!!」

 

 

「超絶ドヤってるけど………別にお前が建てたわけでもねぇだろ」

 

 

「ほざいてろっ!!テメエはぶちのめした後、たっぷり拷問してやらァァ!!やれぇえええーーーーっっ!!!」

 

「「「うぉおおおおおーーーーーっっ!!!」」」

 

 

 

 

 

明らかに拘束することが目的ではない私怨にかられた兵士達が、俺を痛めつけるべく警棒のような武器を振りかざしてこっちにいっせいに飛びかかってくる。

 

それを見てレムがとっさに俺の前に立ち塞がった。

 

 

 

 

 

「アキラくんっ、下がっててくださいっ!!ここはレムが引受け…――――っ!」

 

 

『―――ドォオオラァアアアッッ!!!』

 

 

 

ドギャァア……ッ  バガァアアアン…ッッ!!

 

 

 

「ア………アキラくん、何をしてるんですかっ!?」

 

 

 

 

 

レムが鉄球を振り回そうとするよりも一瞬早く俺のクレイジーダイヤモンドが鉄球をサッカーボールのように蹴り上げた。蹴り上げた鉄球は外壁上方の縁を砕いて、そのまま突き刺さった。

 

 

 

 

 

「言っただろ。『レムを犯罪者にするつもりはねぇ』って。それに、レムの本気の攻撃を受けたら………あいつら全員一発で汚い花火になっちまうぜ」

 

「ですが、今ここで戦わないと………アキラくんは二度と外に出られなくなってしまいますっ。クルシュ様やフェリックス様を助けることだって出来なくなってしまいます」

 

「いいから、ここからは俺に任せておけっつーの。心配すんな。お前の知らない名案であいつらを一網打尽に出来んだよ」

 

 

 

「女の前だからってカッコつけてんじゃねえぞ!ブッ殺せーーーーーっ!!!!」

 

「「「ウォオラァアアアアーーーーーーーッッ!!」」」

 

 

 

 

ビシッ! ズカッ!! バキッ! ドカッ!! ゲシッ! ドフゥウッッ!! ドグゥッッ! ゴスウッッ!!

 

 

 

 

「―――アキラくんっ!」

 

 

 

 

 

マシュー率いる衛兵達にあっという間に取り囲まれ、無抵抗のまま袋叩きにされる。痛々しい殴打する音だけが場にこだまし、レムの悲痛な声があがり、誰もがこれで終わったと思ったことであろう。

 

 

 

しかし――――

 

 

 

 

 

「む………な、なにぃいっ!?」

 

「こ、これは…っ!」

 

「いつの間に!?」

 

 

 

 

 

兵士達が取り囲んで殴りつけていたはずのアキラは完全に姿を消し、大きなウサギのぬいぐるみと入れ替わっていた。自分達が全く気づかない内に行われたその早業に兵士も唖然とするばかりだ。

 

 

 

 

 

「くっ………くそっ!どこだ!?」

 

「どこへ行きやがった!?」

 

 

 

『―――ハッハッハッハッ!』

 

 

 

「「「「―――っ!?」」」」

 

 

 

『―――セクシーコマンドー秘奥義……“変わり身の術”』

 

 

 

「や、ヤロウ………味な真似を……っ」

 

 

 

 

 

悔しそうに歯噛みするマシュー。その時、兵士たちの真ん中でボコボコにされていたウサギのぬいぐるみがかすかに動いた。

 

 

 

 

 

かぽっ キュピーーーーン☆

 

 

「フフフフフ」

 

 

 

 

 

ウサギの頭を外すとダラダラと顔から流血しながらドヤ顔を決めている“俺”が出てきた。

 

 

 

 

 

「「「「「か……」」」」」

 

 

 

「「「「「変わってな(ニャ)ーーーーいっ!?」」」」」

 

 

 

 

 

そう。セクシーコマンドー秘奥義“変わり身の術”とは、即ち、この俺がウサギになることだ。

 

そして、ツッコミで茫然自失となっている兵士達に、今、致命的かつ決定的なスキができたっ!

 

 

 

 

 

「今だ!―――“お笑いダンクシュート”ッッ!!」

 

 

ドゴスゥゥウウウウッッ!!!

 

 

「「「「「ぐぼぉおああ……っっ!!?」」」」」

 

 

 

 

 

俺は手に持っていたウサギの被り物をダンクシュートの要領で叩きつけた。兵士達は何故か、空高く打ち上げられ、気絶したまま力なく地面に落ちていった。

 

 

 

 

 

「―――赤白帽を笑うものは、赤白帽に泣くってことさ」

 

 

「いや、カッコつけてるつもりかもしんニャいけど、全然、カッコよくニャいからっ!!今の戦闘でキミを褒められるところが一つも見当たらニャいから!レムちゃんをかばうどころか、結局、キミが全員ぶちのめしちゃってるから!」

 

 

「安心しな。見た目は派手だが………今のは“峰打ち”だぜ」

 

 

「“峰打ち”っ!?あれで!?」

 

 

「普通に人差し指と中指の部分で殴ると大怪我するからな。危なくないよう、“ここ”の出っ張りの部分だけを当てたんだぜ」

 

 

 

 

 

俺は拳の指付け根の部分を指してそうフェイリスに説明する。レムはそれを見て合点がいったのかほっと一息ついて。

 

 

 

 

 

「それなら安心ですね。流石、アキラくんです!」

 

「どこが“峰打ち”ニャ!?」

 

 

 

 

「―――いたぞ、あそこだっ!つかまえろっ!」

 

 

 

 

 

そうこうしている内に追手が落ち着いてきてしまったようだぜ。俺たちが通ってきた壁を塞いだから、回り道の分、もうちょっと時間を稼げるかと思ったが………思ったよりも早かったんだぜ。

 

 

 

 

 

「アキラきゅん、ここからどうするのさっ!?他に出口もないし、壁に穴を開けるのもちょっと無理そうニャよ!」

 

 

「心配無用だぜ。“逃走ルート”は既に確保してあるからよぉ〜―――二人ともしっかり、俺につかまっとけよ」

 

 

「はいっ♪」

 

 

「えっ!?えっ!?なに!?………今度は何するつもりなのっ!?」

 

 

「―――“上”へ、参りまーす」

 

 

 

 

ズギュゥウウウン…… ふわっ!

 

 

 

 

「う、浮いたっ!?」

 

 

 

ぐぃぃいいいっっ!

 

 

 

「ひ、引っ張られるぅぅぅぅううウ……っ!」

 

 

 

 

 

俺は、レムとフェイリスを抱えた状態で、レムの鉄球を蹴り上げて壊した“壁の破片”をなおして、一気に壁の上のところまで移動する。

 

 

 

 

 

「と、飛んだ!?あの男、魔術師かっ!?」

 

「馬鹿言うんじゃねえっ!早く追えっ!絶対逃がすんじゃねぇぞ」

 

 

 

 

 

壁の下の方で俺たちを見上げる兵士達。しかし、時既に遅し。最早、奴らに俺たちを追いつく術はなかった。

 

 

 

 

 

「―――アリーヴェデルチ!《さよならだ》」

 

 

 

 

 

兵士達に見送られながら、俺達三人は無事に収容所を脱出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ありえないニャ。何ニャ、この男は………?クルシュ様を影から操る黒幕を引きずり出すために連れてきた囮………“エサ”だったはずなのに。やることなすこと規格外すぎるニャ」

 

 

 

 

 

フェイリスは混乱していた。ジュウジョウ・アキラの持つ不可解な能力に。自分が予想していたよりも遥かに異質で異常な能力に。

 

フェイリスは苦悩していた。信頼を寄せていた者からの予想外の裏切りに。その者が自分達に向けていたあまりに醜くどす黒い感情に。

 

フェイリスは後悔していた。黒幕の正体を暴くために呼び寄せた“エサ”が、組み立てられた計画の枠に収まるような男ではないことに。作戦や戦略で組み立てた盤面を丸ごとひっくり返しかねない敵にも味方にも影響力の大きすぎる“ジョーカー”であったことに。

 

 

そして………

 

 

 

 

 

「―――おばちゃーん!おかわりー!大盛りで頼むぜ」

 

 

「あいよー」

 

 

 

 

 

自分の財布をまるごと食いつぶしかねない食欲を持つ男に『先程のお礼に食事を奢る』と言ってしまった自分の失言に。

 

 

 

 

 

「ふぇ、フェリちゃんのお給金が………」

 

 

「口いっぱいにご飯を頬張るアキラくん、可愛いです♪」

 

「むぐむぐむぐ………フェイリス。お前、いい店知ってるな。今度、また遊びに来た時、俺、絶対この店来るぜ」

 

「アキラくん、口にソースがついちゃってますよ。拭いてあげますから、じっとしててくださいね」

 

 

こしこしこし…っ

 

 

「〜〜〜っ………んむ、ぷあっ………いいよ、レム。ガキじゃねぇんだからよ。それより、お前も腹ごしらえしたほうがいいぜ。せっかくのフェイリスの奢りなんだからよ〜」

 

「大丈夫です。レムはこのアキラくんの口を拭いたハンカチがあれば一生やっていけますっ」

 

「やめろ。いいから、飯食えっ」

 

 

「―――って、奢ってもらってる分際で目の前でイチャつかニャいでもらえるっ!?フェリちゃんのお財布に甚大な被害を与えておきながら、心にまで侵略するの本当にやめて欲しいニャっ!」

 

 

 

 

 

レムのナチュラルヤンデレ発言にも慣れてきてしまっている自分が怖いぜ。フェイリスは俺の食欲に辟易してるみてぇだが、あれだけ大暴れした後だから、グレートに腹が減ってしょうがないんだぜ。

 

 

 

 

 

「さて、腹も膨れて来たところでよぉ〜。マジにどうすんだ?肝心のフェリックスがアテにならないんじゃあ………クルシュの異変を探るどころじゃあなくなっちまうぜ。やっぱ、多少のリスクを冒してでもフェリックスに会いに行くべきじゃあねえか」

 

「ダメですよ、アキラくん。ここはいったんロズワール様のもとに帰るべきです。このままだと何も悪くないアキラくんが、クルシュ様に命を狙われかねません」

 

「生憎、後戻りは嫌いなんだぜ。俺のクレイジーダイヤモンドは後退のネジをはずしてあるんだよ」

 

 

「………レムちゃんには申し訳ないけど。アキラきゅんを帰すわけにはいかないよ。このままアキラきゅんをエミリア様のもとに帰してしまったら、不法侵入した罪人を捕らえる名目でクルシュ様に追われて………下手したら、戦争に発展する可能性もあるニャ」

 

 

「それも元を辿れば、あなた方がクルシュ様を裏切ったことが原因ではないですか。アキラくんを巻き込んでおきながら、勝手なことを言わないでください」

 

 

「っ―――わたしは、クルシュ様を裏切ってなんかいないっ!!」

 

 

 

 

 

フェイリスとレムが売り言葉に買い言葉でどんどんヒートアップしていく。本来であれば、二人とも他人を中傷したり、攻撃的な言葉を投げかける性格ではないが、状況が状況だ。

 

―――人間、窮地に追いやられると責任の所在を他人に求めてしまうものだ。

 

 

 

 

 

「………フェイリスよぉ〜。さっきの所長の言葉が引っかかってるんだろ?」

 

 

「……………っ」

 

 

「所長があんな風になってしまったのは、クルシュを恨むようになってしまったのは………自分達が、あの男を治してやることが出来なかったからだって。自分達が、あの男の努力にもっと気づいてやれれば、あんな風にならなかった………なんて思ってんじゃねぇか?」

 

 

「………お生憎様。フェリちゃんはあんな意味のわからない感情論には流されないの。どんなに手を尽くしても死人を生き返らせることはできないし、本人がどれだけ悪あがきしても結果を出せなければ騎士に登用されることはない………あの人が言っていたのは、自然の摂理に唾を吐くだけの負け犬の遠吠え。そんなものにフェリちゃんが悩むわけないじゃない」

 

 

 

 

 

フェイリスはさっきレムに見せた感情的な態度とは打って変わって悟りを開いてるような口調で鼻で笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「クルシュ様は徹底した実力主義。そのクルシュ様を信じてついてきた癖に自分の実力不足を棚に上げて、好き放題言ってる老害のためにクルシュ様が心を痛めるなんてどう考えても間違ってるニャ」

 

 

「………そうか」

 

 

「あんなヤツを信じてしまったヴィル爺もフェリちゃんも人を見る目がなかったニャ。『人を信じるな』ってあなたに言われて、目が覚めたにゃ。クルシュ様の大願を果たすためには、数え切れない犠牲が付き纏う。そんなことわかっていたはずなのに」

 

 

「………それで?」

 

 

「フェリちゃんは、クルシュ様さえ救うことができればそれでいいニャ。フェリちゃんの力は殿下との約束の証。クルシュ様のための力。他の人がどうなってもフェリちゃんには関係ないもの。クルシュ様の大願のためにも心無い言葉や悪意を向けられることもある。そんなの当たり前だもん………だから、そういう悪意を割り切って生きていける………そんな器用さが必要だもん」

 

 

「………そうかい。でもよ………俺には、とてもお前が器用になんて見えねぇけどな」

 

 

「……〜〜〜っ………っっ………」

 

 

 

 

 

フェイリスは俺たちに背を向けたまま肩を震わせていた。顔は見えねぇけど、きっと必死に目からこぼれ落ちないように涙を押し堪えてるのが容易に想像ついた。

 

 

 

 

 

「―――俺はなぁ。『あいつのせいで』『あいつが悪い』『あいつがいなければ』そんな事を言ってる奴らをごまんと見てきたんだ。けどよ、俺にはどうしてもソイツらが何かするとは思えねぇんだ。だから確かめるのさ。『俺は違う』………絶対違ってやるってな」

 

 

「……………。」

 

 

「自分の不幸を他人のせいにしてるヤツは、何一つ変えることはできねぇ。自分の運命も変えられねぇ――――けどよぉ〜……他人の不幸に心を痛めることが出来るヤツなら、運命だって切り開けるんじゃあねえか?」

 

 

「………っ!」

 

 

「少なくとも………俺はそう思うぜ」

 

 

「〜〜〜っ……うん…………うんっ!」

 

 

 

 

 

おばあちゃんが言っていた。

 

『人は人を愛すると弱くなる………けど、恥ずかしがる事は無い。それは本当の弱さじゃないから。弱さを知ってる人間だけが本当に強くなれるんだ』ってな。

 

フェイリスが、今、心を痛めているのは『弱さ』ではない。他者の心の痛みに気づけなかった後悔から来る『優しさ』故のもの。

 

ならば、俺は敬意を持ってフェイリスに向き合うぜ。他人の痛みを共感することが出来る『優しさ』、主の大願の為に命を賭す気高き『覚悟』と………黄金のような『夢』に賭ける。

 

 

 

 

 

「―――流石、アキラくんです」

 

 

「ん?………何か言ったか?」

 

 

「いいえ♪いつもと変わらない………誰よりも鬼がかっているレムのアキラくんです」

 

 

「………やれやれだぜ」

 

 

 

 

 

 

 




この作品のアキラくんは、当初、スタンド能力を持ってしまったただの一般人の設定だったのです。当然、セクシーコマンドーの使い手ではありません。

ナツキ・スバル同様、年相応の青臭さと人間臭さを持った少年主人公像を目指していたはずだったのですが………最早、行動力や言動が少年のそれではないですね。

作者が数々の少年漫画やアニメに感化されすぎた結果だと言えます。


それと『チラシの裏』から表に出る方法がわかりません。ボスケテ。


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第40話:黒幕の気配

お久しぶりです。皆様、いかがお過ごしでしょうか?

筆者はあいも変わらず、社畜をやっております。
転職も真剣に考えたのですが、このコロナの状況ではなかなか厳しく、泣く泣く今の職場で頑張っております。

GWでようやく見れなかったアニメを久しぶりに見ております。お陰様でアニメ版リゼロがようやく見ることができました。


この小説がアニメ二期の時系列まで行き着くことはあるのでしょうか。いや、そもそも、オリジナル色が強くなりすぎてエキドナとすら会わないかも。


 

 

 

 

 

「ところで、アキラきゅんってさ。もしかして高位な精霊術師だったりする?」

 

「やれやれ……だから、俺はそんなファンシーなもんじゃあないっつーの。ていうか、あまり距離を詰めてくるな。暑苦しい」

 

「アキラきゅんは、フェリちゃんの味方なんでしょ〜?だったら、ここはもっとフェリちゃんと親交を深めたほうがいいんじゃニャ〜い〜?」

 

「過度に慣れ合うつもりはないけどな。第一、『人を信じるな』って言ったはずだぜ。俺を利用するだけならともかく……過度に信用するのは禁物だぜ」

 

「それもちゃんと覚えてるよっ。でも、人を信じるにはまずお互いを知ることから始めニャいとニャンニャいんじゃニャ〜い」

 

「無理に猫言葉を使うなっ!そっちのほうが喋りにくいだろうがっ。今時、猫娘でもそんな無理な猫言葉使わねぇよ。ラブライブ見直してこい。星空凛を見習え」

 

 

 

 

 

食事処で腹ごしらえを済ませた俺達は情報収集も兼ねて街に繰り出すことにした。クルシュが乱心を起こした時期に領内で何か変わった動きがないかという考え『足で探る』方針に変更したのだ。

 

変更したのはいいんだが――――

 

 

 

 

 

「あのな………俺たちは曲がりなりにも拘置所を脱走してきたんだぜ。街中であまり目立つ行動を取るんじゃあねぇ。兵士に気づかれちまうだろうがよ」

 

「そうならないように〜アキラきゅんにも認識阻害の魔法がかけてあるんでしょ?現にフェリちゃん達のこと誰も気にしてニャいよ」

 

「………悪いが、それが信用ならないんだって。認識阻害の魔術たって………万能じゃあないんだろ。俺はそもそも魔法の方はからっきしなんだし。ちゃんとこの“指輪”が効果を発揮してくれているか怪しいんだぜ」

 

「大丈夫♪フェリちゃんが自信を持って勧める護身用の魔導具だからね。今、アキラきゅんの姿は他の人には全く別人に見えてる。だから、自然体にしてないとかえって怪しまれちゃうからね」

 

「なぁにが“自然体”だ………この状態が既に“不自然”だろうが。むしろ、こういう時はバラけて情報収集したほう――――」

 

「ちょめっ♪」

 

 

つんっ

 

 

「くぁぁああ…っ!?」

 

 

 

 

 

フェイリスに両脇の下を指先でつつかれ、魚のように背中をのけぞらせてしまう。フェイリスはニヨニヨと猫口に手を添えてご満悦だ。

 

 

 

 

 

「ワぁお♪アキラきゅんってば、思ったよりもビンカ〜ン!硬派ぶってるくせに意外に可愛いところあるじゃ〜ん」

 

「〜〜〜〜っ………テンメぇえ、いい加減にしろよっ!」

 

「ほらほら、怒らない怒らない。周りの人、みんなコワがってるよ」

 

 

 

 

 

確かに俺が激昂して大声を上げたことで通行人にいらん注目を集めちまっている。フェイリスは怖がらせていると言っているが………いや、寧ろ、みんな如何にも愉悦と言わんばかりの表情だ。

 

そもそも、俺とこいつの姿は他の人にはどのように認識されているんだ?

 

 

 

 

 

「お前、この指輪であいつらに一体どんな暗示かけてやがんだ?………さっきから生暖かい視線を感じるんだがよぉ〜。間違っても腐女子の薄い本が厚くなるような組み合わせにはしてねぇだろうな?」

 

「だぁ〜いじょうぶだって〜♪もぉ、アキラきゅんってば、本当に心配性だニャ〜。そんな挙動不審だと怪しまれちゃうってば!もっともぉ〜っと肩の力を抜いて。うりゃうりゃ♪」

 

 

もみゅもみゅっ

 

 

「はうぅっ!?……くぅあああっ」

 

「うりゃ♪うりゃうりゃ♪」

 

 

もみもみもみっ

 

 

 

 

 

俺の背後に回りのしかかるようにして俺の脇腹をもみしだくフェイリス。力任せに振払おうとするもくすぐったさから力が抜けて、膝をついてしまう。

 

それに更に気を良くしてか手をわきわきさせて近づいてくるフェイリス。その目は完全に獲物に狙いをすます捕食者《猫》の目をしている。しかも猫口のまま舌なめずりまでしていやがる。

 

 

 

 

 

「ふふ〜ん♪アキラきゅんの意外な弱点をはっけ〜ん。これは今までにない貴重な情報だ…――――」

 

 

びンっっ!!

 

 

「ニ゛ャぁぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!?」

 

 

「―――アキラくんと仲良くして頂くのは結構なのですが………あまり不埒な真似をすれば“もぎますよ”。レムが」

 

 

 

 

 

フェイリスが俺への悪戯に気を良くして調子に乗っていると、レムがフェイリスの背後から尻尾を掴んで上方に引っ張り上げてそれを止める。

 

フェイリスが忠義に厚い人物であることを理解してから流石にセクハラ行動までは看過できなかったのか。

 

 

―――いや、というより………飼い犬が、大好きな飼い主が目の前で他所の猫にじゃれつかれてるのを見て嫉妬するアレに近い。

 

 

 

 

 

「レムちゃん、それは反則だってゔぁ!そこ引っ張られると本当に痛いんだって……ゔぁあああっ!!」

 

 

ぎゅぎゅぅううう……っ

 

 

「ご存知ですか、フェイリス様?……ヤンチャな猫は、“去勢”をすると大人しくなると聞いたことがあります」

 

「それ、前にある“シッポ”のことだよねっ!?そっちも大事だけど、後ろのしっぽ引きちぎられた猫は立ち上がることも出来なくなっちゃうんだってばっ!」

 

「………では、試してみましょうか」

 

「〜〜〜っ……タンマタンマタンマーーーっ!そこだけはダメぇ……フェリちゃんの大事なもの引きちぎられたら、本当にフェリちゃん再起不能になっちゃうーーーっ!!」

 

 

「―――やかましいッ!うっおとしいぜッ!!おまえらッ!道のど真ん中で品のねぇ会話するのやめやがれっ!!」

 

 

 

 

 

妙に生々しいとうか……含蓄豊富というか……思わず、俺も自分の股間を抑えて震え上がりそうになる。男子にとって“去勢”はNGワードだぜ。せめて、俺が一回使うまではそのセリフを口にしないでほしい。

 

―――こんなことを言っちまったら、レムがエロ同人みたいに夜のご奉仕をやりかねねぇから断じて言わねぇけどよぉ〜。

 

 

 

 

 

「しかし、それにしてもよぉ〜。本当にこの指輪の魔法は効果覿面みてぇだぜ。あれだけバカ騒ぎしてるのに誰もこっちに気づく様子もねぇな」

 

「だから言ったでしょ。『最高級の魔導具だ』って。アキラきゅんみたいに魔法の才能に恵まれない人だと無理だけど。高位の魔道士が魔法を重ねがけすれば、別人に見せかけることも出来るし、『そこに誰かいる』って認識すらも消すことができるニャよ」

 

「………『変化の術』や『透明人間』になることも可能ってか。極めれば、女湯で覗き放題。サンジが喜びそうだぜ―――んで、こんな悪用するしか用途が思いつかないマジックアイテムを何でお前が持ってるんだ?」

 

「フェリちゃんは覗きになんか使わないしっ!―――フェリちゃんもフェル兄も残念ながら剣の実力はヘナチョコだからね〜。自分の身を守れる道具も必要だったの」

 

「確かにな。俺がもしお前を戦場で見かけたら、真っ先にその目障りな両耳を切り落としに行くところだぜ」

 

「フェリちゃんの猫耳に何か恨みでもあるのっ!?」

 

 

 

 

 

別に恨みなどない。ただ単に猫言葉とふぐり口に猫耳装備というあまりにもあざとすぎるキャラ作りに腹が立つだけだぜ。

 

 

 

 

 

「―――いけませんよ、アキラくん。そんな惨いことをするなんて」

 

 

ぱぁぁぁあ…

 

 

「………レムちゃんっ」

 

 

「そこは一思いにトドメをさすのが情けというものです。アキラくんに代わり、レムが誅伐をくだします」

 

 

「どうして二人揃ってフェリちゃんの扱いがぞんざいニャのっ!?ここに来て、フェリちゃんが尋常でないイジメにあいはじめてるんだけどっ!」

 

 

 

 

 

レムは元々ラムへのコンプレックスから来る人間嫌いの気質がある。ラム以外の全てを心から信じることが出来ず、他人が自分の心の中に踏み入ってくるのを極端に嫌がるんだぜ――――改めて、俺がレムにここまで慕われてる理由がわからなくなってきたぜ。

 

 

 

 

 

「フェイリスよぉ〜。さっきから何で妙に馴れ馴れしいんだ?俺とお前は利用し利用されるだけの関係なんだぜ。どうせ、これが終わったら王選を巡るライバル同士になっちまうんだぜ。過度な馴れ合いはお互いにとって、やり辛くなっちまうんじゃあねぇのか?」

 

「んもぉ〜、アキラきゅんはホント変なところでガンコなんだね。王選だとか、馴れ合いだとか、そんなんじゃなくて………クルシュ様の救出という大義の前には些細なことニャよ」

 

「グレート……」

 

「あっ、アキラきゅん!あそこの屋台セバブが美味しいんだよっ!アキラきゅん、食べる?食べるよね?食べるもんね?」

 

「わかったっ!わかったっ!いちいち顔を近づけるなっ。お前、セリフがいちいち毒々しいくせに顔だけは可愛いから刺激が強いんだよ」

 

 

 

 

 

こいつの腹黒い一面を俺は垣間見てるはずなのに今一つコイツのことを憎めない自分がいる。こいつは自分の目的のためであれば他人を利用することも厭わない、主のためであれば平然と非道も犯すし、1を捨てて100を救えるのであれば迷うことなく1を捨てられる冷徹さも持ち合わせている。

 

 

ーーーしかし、その本質は決して外道ではないんだぜ。

 

 

他人を利用し、外道を犯し、大義のための犠牲を厭わない。でも、心の奥底では………それらの選択をした自分に十字架を架している。

 

自分の心がボロボロになっても主君の為ならばと自己犠牲をやめないそのいじらしさを………俺はさんざ見せつけられたからよ〜。

 

 

 

 

 

「な、なんですか………アキラくん?」

 

 

「……………ハァー」

 

 

「そ、そんな憂いを帯びた眼差しで見られると困ってしまいます」

 

 

「いや………『類友』とは思わないけど、友達って自然と似たタイプが集まるのかなと思ってよぉ〜」

 

 

 

 

 

まあ、この自覚のない忠犬レム公にそんなこと言ったところで仕方ねえかーーーって、和んでる場合じゃあねえ。そろそろこの状況を打破する方法を探らなくちゃあならねぇ。

 

 

 

 

 

「はい♪フェリちゃんイチオシのカルステンの名物料理だよ〜。レムちゃんの分もあるからね」

 

 

「グレート………確かに美味そうだな」

 

「アキラくん、まだ食べてはいけません。もしかしたら、幻覚剤でも仕込まれているかも………」

 

「おっと、いけねぇ。くわばらくわばら」

 

 

「入ってニャーーーーーいっ!!」

 

 

 

 

 

まだまだ油断ならねぇ状況だが、レムにつられてついついフェイリスをいじってしまう。

 

いや、それも本当はわかっている。今、こうしておちゃらけているのは、本能的な不安を隠そうとしてるその裏返しだということを………拘置所を抜け出して領内をさ迷っている時から、ずっと拭えない気配のようなものを感じていたことを。

 

 

 

 

 

「(―――ヘンだぜ。街の中は普通のはずなのに………妙な気配のようなものを感じるぜ。追手は来てねぇ………フェイリスの指輪の認識阻害は完璧なはずなのに……………ここには“何か”いる)」

 

 

「―――アキラくん、どうかしたんですか?」

 

 

「え?」

 

 

「何か気になるものでもあった?急にぼーっとしちゃってさ〜」

 

 

「あ、ああ………悪い。少し考え事をな」

 

 

 

ザワッ

 

 

 

「――――………っ!?」

 

 

 

 

 

俺は感じた。“聞こえた”とか“見えた”とか“匂いがした”とか………そんな五感的なものではなく第六感的なもので何か得体の知れない気配めいた“呼吸”のようなものを感じた。

 

そして、その“呼吸”を感知した方に視線を向けると。

 

 

 

 

 

コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛・・・

 

 

『――――――――――――――』

 

 

 

 

「………“かかし”?」

 

 

 

 

 

それは何の変哲もない一体の案山子だった。

 

全身藁であまれた体をしていて、麻布の革袋で出来た頭部に日傘をかぶせて、両手の部分に手袋をして、一本足で真っ直ぐに立っているそれは間違いなくよく畑に立っているあの案山子だ。

 

しかし、奇妙なのは案山子が立っていたのが、畑などではなく。ボロボロの民家だったということ。

 

そして、もう一つ奇妙なのが、何故か真っ直ぐにこちらの方を向いて立っていたことだ。

 

 

 

 

 

「―――ニャんかあの家に気になるところでもあったの?」

 

 

「……………なあ、アレってよぉ〜。前からあの位置にあったのか?」

 

 

「“アレ”って?」

 

 

「ほら、あそこに立っているだろ………――――え?」

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 

 

俺が一瞬、フェイリスの方に目をやった直後。ほんの一瞬しか目を離していなかったはずだ。

 

そのほんの一瞬の間に案山子の体の向きが、わずかだが微妙に変化していた。

 

 

 

 

 

「っ………さっきまで確かにこっちを向いていたはずなのに………」

 

 

「もうっ、あそこはずっと前から空き家で誰も住んでニャいよっ!それよりも今日は夜も遅くなっちゃったから早く引き上げよう」

 

「アキラくん。ここであまり動き回ると目立ちすぎてしまいます。フェイリス様の言うとおり、ヴィルヘルム様と合流するのは明日にしましょう」

 

 

「“空き家”…………なのに、何で?」

 

 

 

 

 

案山子の向いてる角度が、ほんの数秒前とは明らかに変化していた。風や地震のような自然現象ではない。明らかに第三者か動かしたか、案山子“自身”が動いたとしか考えられないような不自然な変化だ。

 

 

 

 

 

「いや、そもそも何でこんな民家の中に案山子なんて立ててやがるんだ。もしこれがスタンド使いの仕業だとしたら――――」

 

 

「ちょっとちょっとアキラきゅん!?そっちには何もないってば!」

 

「何かあの家にあったんですか?」

 

 

 

 

 

レムとフェイリスが俺のただならぬ様子に不安を感じてか俺の後ろをつけてきた。考えすぎかもしれない。だが、俺はここに来てから何か得体の知れない驚異を感じている。

 

何度も死線を潜ったことによって育まれた直感力か、はたまたスタンド使い特有の引力か………いずれにせよ、俺の脳から発せられる危険信号を信じて、『あの案山子を全力で警戒せよ』を全力で行動するのみだぜ。

 

 

 

 

 

「――――……………民家に人の気配はない。あのかかしは、明後日の方向を向いたままだ」

 

 

 

 

 

案山子の死角に入るのを意識して、案山子の背後から回り込むように接近する。タネはあの案山子か………それとも別の何かか………近づいてみりゃわかる。

 

俺は牽制用に用意しておいた投擲ナイフを1本取り出して、構えた。

 

 

 

 

 

「ねえ、アキラきゅん。さっきからどうしたのさ?」

 

 

「しっ!………静かに」

 

 

「―――フェイリス様、ここはアキラくんの言うとおりにしましょう」

 

「いくら何でもビクついてるんじゃニャいの?こんなところに何にもニャいってば」

 

 

「確かにビクついてるのかもしれねぇ。だが、確かに見えたんだぜ。俺の勘が告げてるんだ。ここでそれを無視して先に進んではいけねえってよぉ〜。とにかくイヤな感じがするんだぜ」

 

 

「…………イヤな感じって言われても」

 

 

「少し確かめるだけだ。周りを警戒しておいてくれ」

 

 

「「………………。」」

 

 

 

 

 

俺の言葉に腑に落ちないといった表情をしながらも背後を警戒してくれるフェイリス。レムも俺の行動に疑問は抱いているものの迷うことなく俺の指示に従ってくれた。

 

背後の二人が万全の体制になったのを確認し、俺はクレイジーダイヤモンドの腕だけを召喚し、ナイフを握らせた。

 

 

 

 

 

「『ドォラァァァッッ!!』」

 

 

 

ズガァアッ!! ボギャァアア……ッッ

 

 

 

 

 

クレイジーダイヤモンドが投げたナイフは、ライフル弾のように案山子の胴体部分を貫通し、案山子を上下真っ二つにへし折った。

 

案山子はそのまま力なく地面に倒れ伏し、ピクリとも動かなかった。そして、俺が感じていたあの奇妙な呼吸のようなものも感じなくなっていた。

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜……ふぅーーー………すまない。確かに神経質になりすぎていたようだぜ。俺の思い過ごしだったみたいだ」

 

 

「――――っ!?………アキラきゅん………“これ”何の冗談?」

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

俺の思いすごしを謝りつつ振り返るとフェイリスはさっきまでのニヤニヤとした猫笑いが完全に引っ込んでおり、冷や汗をダラダラと垂らして折れた案山子の方を見ていた。

 

 

 

 

 

「どこにあんなものを隠し持ってたの?………冗談にしては笑えニャいって………ちょっと不謹慎すぎるんじゃニャいの?“動物の死骸”ニャんて」

 

 

「“死骸”っ!?」

 

 

 

 

 

フェイリスの言葉に俺も息を呑んで、案山子の方を凝視する。すると案山子の足元には不自然に破裂した動物の死骸がゴロゴロと転がっていた。

 

 

 

 

 

「………フェイリス。お前、さっき……この家は空き家だって言ってたよな?ここらの住民は、揃いも揃って………野良犬や野良猫の亡骸を集める趣味でもあるのかよ〜?」

 

 

「そんニャわけないでしょ。フェリちゃんもこんニャの初めて見たよ」

 

「この動物達………自然死ではありません。火の魔鉱石を体の中に詰め込まれて『内側から破裂』したような状態です」

 

 

「そんなことまでわかるのかよ」

 

 

「レムのように鈍器で叩き潰したのであれば、磨り潰したような痕跡が残ります。姉様のように切り刻んだのであれば、傷口はもっと鋭くなっているはずです」

 

 

「グレート………身震いする程の説得力だぜ」

 

 

 

 

 

レムとラムの経験則から来る検死分析は素直に評価せざるを得ない。でも、俺はそれは少し違うと感じていた。

 

 

 

 

 

「(………魔鉱石………多分、石炭か火薬のようなものだと思うけど。それを体内に埋め込まれた?一体、誰が何のために?それにもしそれで爆破されたのであれば、焦げ跡や爆発音が発生するはず。何より、カカシの足元にこれだけの動物達が寄り集まって死んでるのはどう見ても異常事態だぜ)」

 

 

「………………。」

 

 

ぐい〜〜〜っ ぐりぐりぐり…

 

 

「オイオイ!何してんだよ?死体を引っ張るんじゃあねえぜ。信仰深いわけじゃあねぇかよ。死体を無碍に扱うとバチが当たっちまうぜ」

 

 

「………この子たち、死んでからかなり時間が立ってるみたいだけど…………死んだ時期にはバラつきがあるみたいニャね。今日、死んだばかりのものと死後3日くらい経ってるものもある。まるで死期を悟ってここに集まってきたみたい」

 

 

「グレート。科捜研の女がもう一人いたのかよ。『特技は検死解剖。趣味は剥製づくりです』ってか〜?」

 

 

「失礼なことを言わニャい!治癒術士として戦場に出てると嫌でも人の生き死にを目にすることがあるの。動物を診るのは初めてだけど、それくらいのことはわかっちゃうの」

 

 

 

 

 

ここまでの話をまとめると『案山子の足元に集まった動物の亡骸は内側から破裂させられており、死んだ時期もバラバラ』という奇妙な図式が出来上がっている。

 

 

 

 

 

「レム。このカカシに魔術的な痕跡は残ってたりするか?」

 

 

「………いいえ。ただのカカシです。魔力を込められた形跡も見られないごく普通のカカシです」

 

 

「因みに………魔獣や害獣を引き寄せる罠型の魔術なんてあったりするのか?」

 

 

「いいえ。そのようなものは聞いたこともありません。もし、仮に作れたとしても、高濃度のマナに満ちた環境でなくては。加えて……それを作るにはロズワール様と同等の魔術の知識と熟練度が必要不可欠かと思われます――――あっ!でも、レムはアキラくんの匂いなら世界中どこにいたってわかりますよ♪」

 

 

「喜べる要素が何一つねえぞ、それ」

 

 

 

 

 

もしこのカカシに魔術がかけられたのだとしたら、害獣寄せくらいしか思いつかないが………それにしたって、不可解な点は多数残る。

 

 

 

 

 

「ったく………なにかねぇのかよ?ひと目でわかるようないかにもな怪しい受信機とか犯人の髪とか抜け殻とかよぉ〜」

 

 

「アキラきゅん。もういいでしょ?これ以上、ここを調べてもニャにも出てこないってば。今はクルシュ様を助けることが最優先でしょ」

 

 

「けどよ〜。何か不気味だぜ。正体のわからないこの『何か』を無視して先に進むのはよぉ〜………子供の頃『刑事コロンボ』が好きだったせいか、こまかいことが気になると夜もねむれねえ」

 

 

「こんなところ調べてもニャにもニャいってば!いいから早く行こうよっ」

 

「アキラくん。フェイリス様の言うとおりです。こんなところで長居していれば、追手が来るかもしれません。今は目先の小さな疑問よりも一刻も早くカルステンの異変を解決するのが先決です」

 

 

「グレート…………この異常な光景は、カルステンの異変とは無関係だってことかよ」

 

 

 

 

 

俺にはそうは思えない。この一見平和な光景の陰で、こんな無残な光景が広がっているんだぜ。仮にカルステンの異変とは無関係だとしても、俺には何かの脅威だとしか思えないぜ。

 

 

 

 

 

「ほら、行くよ!早くどこかの宿屋に隠れないとまずいんだから」

 

「アキラくん。もうすぐ日が暮れます。急いで」

 

 

「あ、ああ……」

 

 

 

 

ゴロッ

 

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

 

『―――――――――――――――』

 

 

 

 

 

気のせいか………上半身から真っ二つにされ、地面に転がっていた案山子の顔が動いたような。

 

 

 

 

 

「………まあ、このままにして行くのもなんか後味悪いよな」

 

 

ズキュゥゥゥウンン……ッッ

 

 

「この動物たちもこれなら、ちったぁ安らかに眠れるだろ」

 

 

 

 

 

俺はクレイジーダイヤモンドで真っ二つに壊した案山子とボロボロの動物たちの亡骸を元通りになおして地面に埋めておいた。

 

何の手がかりも得られなかったのは残念だが……せめて人目に惨たらしい亡骸をさらされないよう埋めるくらいのことはしておいてやるぜ。

 

 

 

 

 

「―――アキラきゅん。早く来ないと置いてくよー!」

 

「今日の晩御飯はレムが用意しますので、早く宿に行ってお食事にしましょう。湯浴みも任せてくださいっ」

 

 

「ああ。もう少しだけ待っててくれ――――じゃあ、“お前”にも悪いことをしたな。コイツらが静かに眠れるよう見守ってやってくれ」

 

 

ぱんぱん……  パサッ

 

 

 

 

 

俺は地面に落ちていた案山子が被っていた帽子の土をはらってから、案山子の頭にかぶせ直してやった。そして、合掌してその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

『―――――――――――――』

 

 

 

 

 

最後にチラリと振り返った時には、あの案山子から感じていた物々しい雰囲気はすっかりなくなっているように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時はどうなることかとも思ったが………フェイリスの認識阻害のお陰で誰かに見つかることもなく悠々と宿にチェックインして、食事も済ませ、一息つく事ができた。

 

けど、俺にはどうしてもあの案山子の周辺に散乱していた動物の無惨な亡骸が引っかかっていた。

 

 

 

 

 

「―――どうもわかんねぇんだよな〜」

 

 

「アキラくん、さっきのボロネーゼの隠し味なら、屋敷に帰ってからレムが手取り足取り教えて差し上げますよ?」

 

 

「それ『手取り足取り』教えてもらう必要ないなぁ!!材料の名前を口に出すだけで事足りるよ、んなもん!!………………って、そうじゃなくてよぉ〜。クルシュに王選を辞退させた“犯人”のことだよ」

 

 

 

 

 

この領地は、一見すると平穏そのものだが、その陰で得体のしれない“なにか”が動いていることは確実だ。それはさっきの異常な有様の亡骸から見ても間違いない。

 

 

 

 

 

「………アキラきゅんは、クルシュ様の心変わりは黒幕がいると考えてるの?」

 

 

「ああ。俺は………クルシュが大切な誰かを人質に取られてるんじゃあないかと考えている。例えば『一番信頼をおいている側近のフェリックス・アーガイル』を人質に取るとかすりゃあよ。王選を辞退させることくらいはできるんじゃないかってよ」

 

 

「なるほど!さすが、アキラくんです」

 

 

「フェリックス・アーガイルが人質にされて、どこかに監禁されてると考えりゃあ『フェリックスが治療を拒否してる』っていうのも………本当のところ、フェリックスは治療はおろか、会うことすらできねぇ状況だからだって考えればよ〜。一応の辻褄は合うぜ」

 

 

 

 

 

そして、それを可能にしてるのが、さっき見かけた動物の死骸を破裂させた能力者の仕業だと考えれば、推理の方向性としては悪くねぇぜ。

 

 

 

 

 

「確かにそれであれば、王選を辞退する可能性は充分にありますね。フェリックス様の件も納得のいく理由だと思います」

 

「おうよ!どうよ、この名推理!伊達に名探偵コナン検定一級は持ってねえぜっ!」

 

 

「――――残念だけど……その推理は見当外れだよ。クルシュ様は“そんなことくらい”で止まる人じゃないよ」

 

 

「あっらぁ〜〜〜っ!?」

 

 

 

 

 

超絶ドヤ顔で長い時間かけて推理していた内容をぶった切るふえにガクッと頭を垂れる。

 

 

 

 

 

「クルシュ様は、自分の生涯を覇道と王道を歩むと誓を立てたお方だからね。フェル兄の命も大事だけど、両者が天秤にかけられたのなら、クルシュ様は迷うことなく波動を歩む御方だよ」

 

 

「け、けどよ……」

 

 

「クルシュ様は王道を歩む人だって言ったでしょ。例え、大切な人を人質を取られたからって悪人に屈してしまえば、その道は邪道に塗り替えられてしまう。クルシュ様なら、王選を辞退せずに人質を救出する方法を考えるね〜、きっと!」

 

 

「グレート………家臣の信頼が厚いのは結構だがよ。もっと広い視野で考えねえか?俺の推理だって………十分筋は通ってると思うんだぜ」

 

 

「そういうアキラきゅんこそ……“思い込み”が真実を見る目を曇らすってこと自覚しといたほうがいいよ〜。その推理にしたって“根拠”はないでしょ?」

 

 

「………ま、まあ、それを言われたら………確かにそうなんだけどよ〜………………ガクッ」

 

 

 

 

 

自信満々に披露した自分の推理をこうもあっさりと否定されると流石に凹むぜ。毛利小五郎もいつもこんな気持だったのかよ。

 

 

 

 

 

「そんな落ち込まないの!フェリちゃんはクルシュ様のことを誰よりもよく知っているからね。アキラきゅんはクルシュ様に会ったことすらないんだから、わからなくて当然だよ」

 

 

「自分の大切な家臣が危険に晒されてるんなら、王選を捨ててでも助けそうなもんだけどな」

 

 

「そこはクルシュ様とフェル兄の間には絶対の信頼と絆があるからね〜。クルシュ様の王道はフェル兄にとっても夢なんだよ。アキラくんだって料理のことに関しては譲れないものがあるでしょ?それと一緒だよ」

 

 

「やれやれ………黒幕の推理をするにはまだまだ情報不足みてぇだな」

 

「情報収集ならレムが行ってきますよ。クルシュ様にまつわる情報を集めてくればいいんですね?」

 

「早まるなって。こんな時間に……そんなことやってられる状況じゃあねえだろ」

 

 

 

 

 

レムは俺の役に立ちたくて仕方がないとばかりにまた犬耳生やして犬尻尾を振っているが、俺達は指名手配犯だ。あまり派手に情報収集しすぎるとヤバイ。

 

 

 

 

 

「…………せめて、クルシュが王選を辞退するようになった前後………いや、せめて………最近、何かカルステン領で起こった目立った他の異変さえわかれば、その事件から何らかの因果関係がわかるかもしれねぇんだけどよぉ〜」

 

 

「“異変”ですか………そういえば、さっき厨房をお借りした時に少し気になる話を聞きました」

 

 

「………厨房で?………ていうか、そんなすごい話が聞けたのか?」

 

 

「はい。何でもつい最近、このカルステン領からバスティーユ監獄に投獄された罪人がいたそうですよ」

 

 

「な、なんだってーーーっっ!?」

 

 

 

 

 

俺はレムの発言に某ミステリーレポーターの方々と同じリアクションで驚いてみせる。

 

 

 

 

 

「……って、それの何処が大した話なんだよ!?罪人がしょっぴかれたら監獄送りなのは別に当たり前のことじゃねえか」

 

 

「アキラきゅんって、たまに常識的なことを知らないよね〜」

 

 

「ええ?」

 

 

「『バスティーユ監獄』―――このルグニカで最も厳重で過酷な監獄と言われてる犯罪者にとっての最果ての場所。その警備体制の厳重さは『鉄壁』と称され、侵入も脱獄も過去に一度たりとも許したことはニャい。国中の凶悪犯罪者達を纏めて収容している要塞みたいな場所だよ」

 

 

「そんなにスゴいのか?」

 

 

「はい。まず、バスティーユ監獄は、組織的な脱獄を防ぐために普通の人は近づくことすら許されておりません。囚人との面会も一切不可。そのあまりにも過酷な環境のせいで、この国の司法も余程の危険人物か重罪人でもない限り、そこに収監することはないと言われています」

 

 

 

 

 

グレート………完全にグリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所じゃあねえかよ。いや、面会不可で建物に近づく事もできないってことを考えるとインペルダウンに近いかもしれねえ。

 

 

 

 

 

「マジかよ。そんな場所に投獄されるような犯罪者がこのカルステン領にいたってのかよ。そいつは一体何をやらかしたんだ?」

 

 

「………何もしてないそうですよ」

 

 

「………は?」

 

 

「ですから、何もしてないそうです」

 

 

「そんなはずはねぇだろ。そんなヤバいところに送り込むんならよぉ〜。それこそ王選候補者のクルシュの暗殺を目論んだとか………魔獣を操って領地を滅ぼそうとしたとか………」

 

 

「そこまでの詳細な情報は聞いてないそうですが………情報は確かなようです。バスティーユ監獄から護送の竜車が通るのを何人もの方々が目撃していたそうです」

 

 

「う〜〜〜ん……普通に考えたら、ヤバイ前科があったとか、国家反逆を企てていたとか………ありそうなもんだけどな。箝口令を敷いて情報漏えいを防いだのか」

 

 

 

 

 

いや、凶悪犯罪者の魔窟から迎えの護送を寄越すなんてな目立つことしといて納得の行く説明をしないなんて、却って、混乱や不安を招くだけだ。

 

何故、わざわざそんな監獄を選んだのか………何故、その理由を民衆に開かせなかったのか………

 

 

――――そいつが、クルシュの秘密を握っていたため、誰も立ち入れない監獄に監禁したとは考えられねえか?

 

 

 

 

 

「その人に話を伺ってみれば、クルシュ様のことがわかるかもしれません」

 

 

「けどよぉ〜、侵入するのは脱獄するよりも難しいんだぜ。スティッキィ・フィンガーズなら簡単そうなんだけどよ〜」

 

 

「正規の手順で面会を希望することもできませんし。もし、それをするとなると王族の方から直々に許可を得るくらいでなくては」

 

 

「王選候補者のエミリアの許可………じゃあ、流石に無理だよな」

 

 

 

 

 

でも、今まで聞いた情報の中では圧倒的な具体性と信憑性がある。そいつがクルシュの秘密を握っている可能性も高い。多少、無理してでもそいつと接触する価値はありそうだぜ。

 

 

 

 

 

「よし。なら俺はそっちのバステト監獄とか言う場所をあたってみるとしよう。お前らはヴィルヘルムさんと合流して、クルシュの動向を探ってみてくれ」

 

 

「アキラくん一人で行くつもりですか?それは流石に無茶です!」

 

「そうだよ!ただでさえ、こっちは動ける人数が限られてるんだから、あまり勝手なことをされると」

 

 

「ようやく具体的な手掛かりが掴めそうなんだぜ。ここで臆病風に吹かれて逃げてるようじゃあ何も得られやしないぜ。俺のクレイジー・ダイヤモンドなら格子戸や扉を突破できる。多少、手荒いが………――――」

 

 

 

 

ぞわっ

 

 

 

 

「………っ!」

 

 

 

 

 

まただ。また、あの時と同じ感覚だ。

 

得体の知れない何かが迫ってきているような………薄気味悪い正体不明の生物が這い寄ってくるかのようなこの感じ。

 

 

 

 

 

「アキラくん?」

 

「今度は何ニャ?」

 

 

「しっ………静かに」

 

 

 

 

 

宿の主人にバレたのか?それとも追手が来たか?――――いや、どちらでもないみてぇだぜ。

 

俺は外から見えないように部屋の窓の横の壁に張り付いて、窓の外を覗いてみた。

 

 

 

 

 

ニャ〜  ヴルルル……

 

 

 

「…………野良猫?……それに野良犬か――――っっ!?………う、ウソだろっ」

 

 

 

 

 

宿の外では、数匹の野良犬と野良猫がウロウロと徘徊していた。ただそれだけのこと………“ただ、それだけ”のことだ。だが、それ“だけ”じゃあなかった。

 

 

 

 

 

ボタ…… ボタボタ……

 

 

「――――あの犬………胴がバックリ喰われて、モツ(内臓)が垂れていやがる。猫も顔面が半分腐っているぜ。如何にも、どっかの肉食獣に襲われたと言わんばかりの有様だ」

 

 

 

 

 

遠巻きに見てわかるくらいの死に体だ。いや、あの出血量の少なさ………『とっくに死んでいる』はずだぜ。なのに規則正しく隊列を組んで、この周囲を見回していやがるっ!

 

 

 

 

 

「グレート………カルステン領は死んだ動物を蘇生させて警邏させるような非人道的な行いを黙認してやがるのかよ〜っ」

 

 

「そんなわけないでしょっ!フェリちゃんだって、あんなの初めて見たよ!」

 

 

「じゃあ、ありゃあ一体何なんだよっ!?この村ではTウィルスの開発に成功してるとでも言うのかよ!?それともアレが生きているとでも言うつもりか!」

 

 

「…………いいえ。遠目に見てもわかりますが、あれが遺体であることは間違いありません。ですが、死者を蘇らせるような秘術などあるはすが――――っ………いえ………一つだけありました。ですよね、フェイリス様?」

 

 

「………っ!」

 

 

 

 

 

レムが何かに思い当たり、フェイリスもそれを聞いてはっと息を呑んだ。

 

 

 

 

 

「何だよ?………何か思い当たることがあるなら、言えよ」

 

 

「アキラくんがこのカルステン領に来る前にレムはクルシュ様のことを一通り調べ上げました。その中にクルシュ様の治める地で屍人の兵士が蘇り、人を襲うという事件があったんです」

 

 

「グレートっ………ゾンビどころか、モノホンのリビングデッドってことかよ」

 

 

「―――『不死王の秘蹟』………かつて魔女が生み出して、今はもう失われた超魔法だよ。本来は『屍を意のままに操る術』だけど………失伝した今となっては『屍を動かす』程度のことしか出来ない術だよ」

 

 

 

 

 

フェイリスが忌々しげに過去の古傷を突かれたように表情に影を落とす。そりゃあそうだよな。自分達の領地で起こった事件だ。それにフェイリスも深く関わって巻き込まれたと見て間違いない。

 

 

 

 

 

「この村の中に誰かその秘法を使ってるやつが紛れ込んでるってわけか。もしかしたら、その事件の犯人がクルシュへの復讐のために秘密裏に行動しているとしたら……――――」

 

 

「違うと思う。あの事件の犯人はもうすでに死んでいるし、死者を蘇らせる邪法も永遠に失われてる。あんな悍ましい事件はもう2度と起きないよ」

 

 

「でも、現によ―――――……………そうか。すまねえな。こんな状況だから、ついよ」

 

 

 

 

 

フェイリスが苦々しくそう呟いたのを見て、俺は閉口した。俺はどうやら意図せずして、フェイリスのトラウマに触れてしまったらしい。

 

 

 

 

 

アゥオーーーーーーン……

 

 

 

「っ………アキラくん。動物達がどんどんここに集まってきてます」

 

 

「グレートっ………認識阻害はかけていても動物だから『鼻』が利きやがんのか。『黒幕』は俺らが侵入していたことに気づいていた。そして、認識阻害の魔術で隠れることも………だから、『匂い』で俺達を探しに来たんだ。あの動物達の死体を何らかの方法で操ってな」

 

 

「じゃあ、あの動物達は………クルシュ様の王選辞退の件に関与しているということですか?」

 

 

「ああ。俺達がここへ来る道中見かけたあの動物の死骸も………今にして思えば、この術の被害者たちだったのかもしれねえな」

 

 

「もしそうだとすると、黒幕はかなり用意周到で狡猾な相手です。もしかしたら、エミリア様を殺そうとした暗殺者とも関係あるかもしれません」

 

 

「――――くっ………くっくっくっ」

 

 

「何がおかしいの?………フェリちゃん達、追い詰められちゃったんだよ!?」

 

 

「くっくっくっくっ………だってよぉ〜。今まで正体の掴めなかった黒幕がこんなとこまで近づいてきてんだぜ――――グレートですよ、コイツは」

 

 

 

 

 

この領地に入ってからというもの、ずっと雲を掴むようにもがき足掻いてきた。それがやっとカタチを持って俺たちの前に現れた――――俺がぶっ飛ばす相手に近づきつつあるって事だぜ。

 

 

 

 

 

「どうします、アキラくん?レムがまとめて蹴散らしますか」

 

 

「いや、あの野良犬や野良猫は元を辿れば………自分の死を弄ばれてる被害者たちだ。どうやって操ってるのかは、わからねえがな」

 

 

「でも、あれだけの数ニャよ!?一匹も傷つけずに逃げるニャんてできっこないって!」

 

 

「と思うじゃん?」

 

 

 

 

 

俺はそう言って手荷物の中からドヤ顔である物を取り出した。

 

 

 

 

 

「獣避けの『匂い袋』だぜっ!この中身を破れば、暫くは動物も寄り付かなくなるはずだぜ」

 

 

「さすが、アキラくんです!正に『隙を生じぬ二段構え』というやつですね」

 

 

「覚えたてのアキラくん語録を使うな。使い方がビミョーに間違ってるから」

 

 

 

 

 

魔女の匂いで、道中、魔獣に襲われるんじゃあないかと準備しておいたものだったが、意外な形で役に立ったな。

 

まあ、実のところ………ハイウェイ・スターも真っ青な追跡能力を持つレムにも効かないかな〜なんてかすかな希望を抱いていたことは内緒だぜ〜。

 

 

 

 

「………ちょっと待って。何でアキラきゅんがそんなものを持っているわけ?」

 

 

「ついこの前も………魔獣の群れに襲われて体を喰い千切られて死ぬ寸前まで行ったばかりだからな。命はなんとか繋いだけど、ゲートに後遺症が残っちまってな。その時のトラウマから長旅には必須だと俺は考えたわけだぜ。『備えあれば憂いなし』………ってやつかな」

 

 

「………アキラきゅんって、脳みそ空っぽでお気楽天国の変人さんかと思ってたけど。実は、結構、修羅場をくぐっているよね〜。意外と頼りにニャるかも♪」

 

 

 

 

プッツーーーーン…

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――では、これより『フェイリス囮作戦』を実行に移す。レム、準備はいいな?」

 

「はい!待ってました♪」

 

 

「待って待って待ってーーーーーっ!その作戦やっちゃニャめーーーーっっ!!フェリちゃんが悪かったから、こんなところに置いてかないでよーーーっっ!!まずはこのロープほどいてよーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 




筆者個人としてはエキドナと主人公をぜひ絡めてみたいですね。リゼロの中で一番好きなのはやはりレムですけど。

アニメを見てるとエキドナのキャラが好きになってきますね。本性がわかっていてもついつい惹かれてしまうのは悲しいアニメ好きのさがですね。


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第41話:謀略の渦

お疲れ様です。GWの時間を活用してガンガン執筆中。

改めて申し上げますが、この作品はくれぐれも名探偵コナンや金田一少年シリーズのような推理サスペンスではございません。

しかし、敵スタンドの謎の攻撃やその正体が明かされるまでは、どうしてもそういうテイストになってしまいますね。

クルシュ編を終わらせたら次はどうなることやら。


 

 

 

 

 

 

「――――ハァ………ハァ………ハァ………ッ!くっそ!しつけえぞ!あいつら!」

 

 

「………ハァ、ハァ、ハァ………アキラきゅん………っ、フェリちゃん………もう限界……っ」

 

 

「ハァ………フゥ………っ!もう少し、頑張れっ………どこか壁さえあれば、隠れられる!」

 

 

 

『あっちだーーーっ!!逃がすなっ、追えー――っ!』

 

 

 

「っ!?………くっそ………………足、速ぇぞ………一先ず、そこで少し休憩するぜ」

 

 

 

 

 

ほとんど明かりもない暗闇の夜道を俺とフェイリスは全力疾走していた。状況は悪いことにレムとははぐれてしまい、もともと線の細いフェイリスは、もう体力の限界に差し掛かっている。

 

俺はこのまま走って逃げるのは無理だと考え。仕方なく近くに見えた大きめの木の陰に身を潜めてやり過ごすことにした。

 

 

 

 

 

「ハァ………ハァ………ハァ………っ、こんなところに………いたって………っ………すぐに捕まっちまうぞ」

 

 

「はぁ………フゥ………ハァ、ハァ、ハァ、ハァ………ッッ、こんな夜中に…………っ……ハァ……ハァ………あんな“爆発音”………っ、立てちゃったら………………フゥ………フゥ………見つかっちゃうよ」

 

 

「………ありゃあ不可抗力だぜ。まさか死体を動かすだけでなく………あんな“能力”までありやがるとはな」

 

 

 

 

あの後、リビングデッドに取り囲まれた宿屋からの脱出をしようと俺達はすぐに行動を開始した。

 

要所要所で匂い袋を使って、逃げる作戦は途中までは順調だったんだぜ。“途中まで”は、な――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――回想。

 

 

 

 

 

俺達は、ゾンビ犬やゾンビ猫の追跡を振り払うため、『匂い袋』を使いながら、更には魔獣撃退用の『匂い玉』を使って、逃げてる最中だった。

 

 

 

 

 

「ハァ………ハァ………レム!まだ追ってきてるかっ!?」

 

「ハイ!………まだ、10頭ほど来てますっ」

 

「〜〜〜っ………畜生っ!不殺(ころさず)なんて考えるんじゃあなかったぜ!」

 

 

 

 

 

ゾンビ化しているせいか、匂い袋の匂いには抵抗感を感じつつもそれでも頑なに追跡をやめようとしないゾンビ犬達。

 

どちらかというと『匂い玉』の刺激臭の方が、俺達の匂いを追いづらくなるようで………役に立っているのは主に匂い玉の方だった。

 

 

 

 

 

「そうだっ………レム、氷の魔法であいつらをいっぺんに氷漬けに出来たりしないか!?」

 

 

「レムの魔法では、生物を瞬時に氷漬けにするほどの範囲魔法は使えません」

 

 

「あいつらは体温のない『無機物』の状態だっ!……………ギリギリまで引き付ければ、何とかなるんじゃあねぇのか!?」

 

 

「っ!………なるほど。さすが、アキラくんですっ!」

 

 

「フェイリスはもう限界だっ!ここは一発頼むぜ!」

 

 

「ハイっ!」

 

 

 

 

 

俺は酸欠で息も絶え絶えなフェイリスの肩を抱いて、レムの背後に隠れる。ゾンビ犬達は、ターゲットの匂いが一箇所に固まったことで一直線にレムの方に向かってくる。

 

 

 

 

 

「―――『エル・ヒューマ』っっ!!」

 

 

ピシィィイッ パキィィイイイイイイン……ッッ!!

 

 

 

 

 

俺の目論見通り、追跡してきたゾンビ犬を一瞬で凍らすことに成功した。やはり、新陳代謝がない冷血ゾンビだと凍るのも早い。ゾンビ犬達は完全にその動きを停止した。

 

 

 

 

 

「うおおおおお!!」

 

 

「―――アキラくん、どうですかっ!?今のレムは輝いてると思いませんか?えへへへへ……褒めてくれて構いませんよ?」

 

 

「良ぉお〜〜〜〜〜しッ!よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし」

 

 

「え?……あ、あの、あきらくん?………きょ、きょうは、いっぱい…………ほめてくれるんですね。で、でも、そんなにされると………レムは………レムは………」

 

 

「立派にできたぞ。レム!」

 

 

「………ウェヒヒヒ」

 

 

「―――ちょっと!二人とも唐突にイチャつかニャいでくれませんかねっ!アキラきゅんも、そんなベタベタしてレムちゃんを甘やかさニャいのっ!レムちゃん、デレデレを通り越して………もうなんか………デロデロにトロけちゃってるから!」

 

 

「わかった、わかったから………カタカナが多いツッコミはやめてくれ」

 

 

 

 

 

競馬でも試験の問題でもよォ~~っ。予想したことがそのとおりハマってくれると、今の俺みてえに、ウププッてな笑いが腹の底からラッキーってな感じで……込みあげてくるよなあ~。

 

あまりにも計算通りすぎて、ついテンションが上がっちまったんだぜ。

 

 

 

 

 

「やれやれ、動きを封じることには成功したが………コイツらはどうやって動いていたんだ?屍人を蘇らす反魂術はもう完全にこの世から消滅したんだろ?」

 

「―――『不死王の秘蹟』ね。完全に消滅したよ。それは間違いニャい。でも、どういうわけだか……原理のよく似た術が目の前でこうして再現されている」

 

「派生した呪術とか……って線は考えられねえのか。ほら、伝統的な技法って地方によって亜種が誕生したりするじゃあねえか」

 

「それもニャいね。その魔法を使うためには先天的な資質が必要だから。その適性を持つ人も100年に一人いればいい方だし」

 

「そうか――――レム………コイツらから、何か魔術的な痕跡とか感じねえか?」

 

 

 

「んにゅへへ、にゅへへへへ……♪」

 

 

 

「やれやれ、レムが夢の世界から帰ってこれなくなっちまったぞ。どうすんだ、コレ?」

 

「アキラきゅんのせいニャ!――――ともあれ……こうして『生け捕り』に出来たんだし、調べて見る価値はありそうだね〜」

 

「………死んでるけどな」

 

「無粋なツッコミしニャいっ!」

 

 

 

 

 

レムがポンコツ化してる状態では、魔術的な調査はフェイリスに任せるしかない。俺も任せっきりというのは居心地が悪いので仕方なく氷漬けにされたゾンビ犬に近寄って、目視でなにか不審な点はないかを探ってみる。

 

 

 

 

 

「―――特に気になるようなところもないぜ。遺体の死亡時期もバラつきがあるみたいだしよぉ〜。そっちは何かわかりそうか?」

 

 

「うんニャ。魔法どころか、マナやオドも感じニャいよ。こうして見てるとただの氷漬けにされた死体にしか見えないね」

 

 

「そんなはずはないんだぜ。さっきまであんなにしつこく追っかけ回されたんだからよぉ〜。氷漬けにされた時点で魔法が解けちまったのか…………………ん?」

 

 

 

 

 

何気なく凍結ゾンビを眺めてると片目のないゾンビ犬を見つけた。多分、死後何日か経過する内に目が腐り落ちてしまったんだろう。

 

だけど、その眼球が欠けたその窪みの中に何かが覗いて見える。

 

 

 

 

 

コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛・・・

 

 

 

「この死体、剥製でも使ったのか?………………眼窩の中に詰まっている“コレ”は――――『ワラ』?」

 

 

 

ギョロリ…

 

 

 

「んなっ!?」

 

 

 

 

 

突然、眼窩の奥で何かが蠢いた。目穴の奥から、こちらを覗くようにして現れた『眼』が、こちらを睨みつけてきた。

 

 

―――コレは、この犬の目じゃねえっ!『死体のガワを被って操っていたヤツ』の目だっ!!

 

 

 

 

 

しゅるるる ガジィイイイ……ッッ!!

 

 

 

「―――じ、地面からワラが生えて………っ!!」

 

 

 

 

 

何もなかった地面からいきなり藁が生えてきて俺の左足をガッチリと拘束した。

 

 

 

 

 

『〜〜〜〜ンンンツカマエタァ♪』

 

 

 

「な、何ィィイ…っ!!?」

 

 

 

 

 

氷漬けにされた犬から不気味な声が聞こえた。犬が喋ってるんじゃあない。犬の中に隠れ潜んでいたヤツが操っているんだぜ。

 

―――確信した。この敵は間違いなく『スタンド』だっ。

 

このスタンドは死体の犬を着ぐるみのようにかぶって操っていたんだぜ。

 

 

 

 

『―――カウントダーウン♪』

 

 

 

“5”

 

 

 

「ぐっっ!?(―――こいつの瞳の中に数字が浮かんで……っ!)」

 

 

 

“4”

 

 

 

「(ヤロウ!この目に浮かんでる数字がタイマーってことかよ!?)」

 

 

 

“3”

 

 

 

「………アキラきゅん、どうしたのっ!?」

 

 

「っ………来るな、フェイリスっっ!!」

 

 

 

“2”

 

 

 

「っ……『クレイジー…っ!」

 

「―――『ヒューマ』っっ!!」

 

 

 

ズカァアアア…ッッ!!

 

 

 

“1”

 

 

 

「アキラくんっ!」

 

 

どんっ!

 

 

 

 

 

俺がクレイジー・ダイヤモンドで藁を引きちぎるよりも早くレムが放った氷弾が俺の足を縛っていた藁を切断した。続けざまに真横からレムが飛び込んできて、俺の体を体当たりで押し飛ばした。

 

 

 

 

 

“0”

 

 

 

ドグォオオオオオン…ッッ!!

 

 

 

「―――っっ……っ!!」

 

「ぐぉあああ…っ!?」

 

 

 

 

 

氷漬けにされたゾンビ犬の体が爆発した。まともに食らっていたら、火傷どころじゃ済まない威力だったが、レムの咄嗟の機転のお陰で俺はどうにか軽傷で済んだ。

 

しかし、レムは俺を庇ったせいで爆風と衝撃をもろに受けて5メートル程ふっ飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

「レムっ!?おい、レム………しっかりしろっ!」

 

 

「ダメ、アキラきゅん!そこから早く離れてっ!」

 

 

 

『―――見ツケタ』

 

『……見ツケタゼ』

 

『……今度ハ外サナイ』

 

『逃ガサナイィィイ!!』

 

 

 

「グレートっ………コイツらも全員、“そう”か」

 

 

 

 

 

ただ死体を動かすだけの能力じゃあない。コイツらの正体は、自分達が寄生した死体を『爆弾』に変える群体型の自動追跡スタンドだ。

 

さっきの爆発で氷が砕けてしまった他のゾンビ犬………いや、『爆弾犬』たちも復活してしまったようだ。

 

 

 

 

 

「……上等じゃねえか。テメエら、まとめてぶっ潰してやるぜ」

 

 

「アキラきゅん。ダメだよ!そいつを殴ったりしたら爆発しちゃう!」

 

 

「触らなかったらいいんだろっ………だったら、“コイツ”で仕留めてやるぜ!『クレイジー・ダイヤモンド』ぉおッッ!!」

 

 

『―――ドォオラァ……ッッ!!』

 

 

ドバァァァア……ッッ!!!

 

 

 

 

 

俺は持っていたナイフを敵に向かっていっぺんに投擲した。狙ったナイフは見事に爆弾犬の頭部に突き刺さった。だが――――

 

 

 

 

 

ザクッ! ザクッ! ズガァア! ドズゥウウッッ!!

 

 

 

「!?………ば、爆発しねぇだとっ!?」

 

 

 

『ゲヒヒヒヒヒヒヒ』

 

『グヒュゥゥウーーーーーッ、コイツ何モワカッテナイゼ』

 

『俺達ハ『接触起爆』ジャアネェ。爆発ノタイミングハ俺達デ決メルコトガデキル』

 

『コンナコトサレテモ俺達ノ攻撃ハ防ゲナイ』

 

『無駄ナコトハヤメルコッタナ』

 

 

 

「グレート……それでさっきはわざわざ俺を拘束するような真似をしたわけか」

 

 

 

 

 

外部からの刺激ではコイツらを誘爆させることは出来ない。爆発のタイミングは、あくまでもあいつらが自分で決める事ができる。

 

一見すると超厄介な高性能爆弾だが、弱点もある。『起爆までには点火から5秒のタイムラグがある』ということ。

 

クレイジー・ダイヤモンドとの相性は最悪だが………やれない相手じゃあねえ。

 

 

 

 

 

「アキラきゅん、今の爆発音で衛兵がこっちに向かってきてる!早く逃げないとっ!」

 

 

「ダメだ!ここで逃げたら………レムを治せなくなるっ!それにこいつらを野放しにしたら、関係のない村の連中が巻き込まれるぞっ!」

 

 

 

『俺達ニ勝ツツモリカヨ』

 

『切ッテモ殴ッテモ無駄ダゼェ』

 

『今度ハ逃ゲラレナイヨウ確実ニ捕マエテ殺ル』

 

『ゲヒヒヒヒヒヒヒ』

 

『オ前ハモウオ終イナンダヨ』

 

 

 

「――――『エル・ヒューマ』ッッ!!」

 

 

ヒュコォオオオッ パキィィイイイイイイン……ッッ!!

 

 

 

 

 

爆弾犬が再び飛び掛かって来ようとするよりも早く再び目の前で氷漬けにされた。

 

 

 

 

 

「レム!?大丈夫なのかっ!」

 

 

「―――ハァ……ハァ………はい♪勿論です。このくらい、レムはどうってことありません」

 

 

「待ってろ!すぐに治してやるぜ」

 

 

「いいえ!アキラくんは早くこの場から離れてくださいっ。この場所はすでに取り囲まれてます」

 

 

「――――っ!?」

 

 

 

『グヒヒヒヒヒヒヒ』

 

『見ツケタ』

 

『見ツケタゾ』

 

『今度コソ逃サナイ』

 

『モウ逃ゲラレナイゼ』

 

 

 

 

レムの言うとおり、俺達が途中でまいてきたはずの爆弾犬や爆弾猫達が、いつの間にか周囲を取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

「アキラくんは、ここを離れてください。物理攻撃しか出来ないアキラくんと戦う力のないフェイリス様では、この獣達の相手は出来ません。ここはレム一人で何とかします」

 

 

「バカ言ってんじゃあねえ!この数だぞっ、せめて傷をなおしてからに……――――」

 

 

「早く行ってくださいっ!ここはレムが食い止めますっ。急いで!」

 

 

 

 

 

悔しいけど、レムの言うとおりだ。俺がレムを治そうとレムと合流したら、俺達はあの爆弾生物共に取り囲まれる。仮に爆弾生物を全部レムが蹴散らしてくれたとしても………その頃には追手に捕まってしまう。

 

くっそ!ほんの5、6m先にケガをしたレムがいるっていうのによぉ〜っっ!

 

 

 

 

 

「〜〜〜〜っ、あとで俺の匂いを追ってこいっ!そしたらすぐにケガを治してやっからな」

 

 

「はい♪そしてうまくやれた暁には――――頭を撫でてくださっても構いませんよ?」

 

 

「………………帰ってきたら『湯浴みの世話』をさせてやる(ボソッ)」

 

 

「ほ、本当ですかっ!?」

 

 

バヂヂヂヂヂヂヂッッ

 

 

 

「………………聞こえてやがったか」

 

 

 

 

 

S.H.I.T...少し小声で言ったつもりだったけど、バッチリ聞こえていたようだぜ。レムの目に瞬時に怪しい光が宿り、額から迸る稲妻と共に角が生えてきやがった。

 

 

 

 

 

「体力的にキツくなったら、即逃げろ。いいな。無理は禁物だぞっ!」

 

 

 

「―――アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!アッハハハハハッ!アッハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

 

 

ドギャァァァンッッ!!ヒュボォオオオンッッ!!ボギャァアアッッ!!

 

 

 

 

「………………聞こえてねえな」

 

 

 

 

 

俺の言葉が余計なドーピング効果を与えたらしく、鬼化して最高にハイになったレムの無双ゲームが始まったのを尻目に俺達は追手から逃げることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――まあ、お陰でどうにか逃げてこれたわけだが………変に力が入りすぎてムチャしないかだけが心配なんだぜ」

 

 

「むっふっふー♪アキラきゅんってば、レムちゃんとお風呂入る約束しちゃってたもんねー。帰ってきたら体の隅々までご奉仕されちゃうんじゃニャいのー?」

 

 

「―――『ご奉仕』?………何の話だ、そりゃあ?」

 

 

「え?………だって、さっきレムちゃんに『湯浴みの世話をさせてやる』って」

 

 

「俺は『エミリアの湯浴みの世話をさせてやる』って意味で言っただけだぜ。『俺の湯浴みの世話』だなんて一言も言ってねえだろうが。変な勘違いをされたら困るぜ」

 

 

「アキラきゅん………それはあまりにもご無体ニャ」

 

 

 

 

 

レムの死亡フラグを回避するためにもあの場はああするしかなかったんだぜ。レムは強がってはいたが、あれだけの爆発を俺の盾になって至近距離で受けたんだ。ダメージはまだ残っていたはずだ。

 

だけど、あの爆弾生物に対抗できるのは魔法攻撃が使えるレムだけだぜ。せめて傷を治して万全の状態にしてやれれば良かったんだが………それが出来なかったことだけが悔やまれるぜ。

 

 

 

 

 

「まあ、こっちもグレートにヘビーな状況であることに変わりはねぇぜ。あいつらに捕まっちまったら、レムの努力も無駄になっちまうんだぜ」

 

 

「………しょうがニャい。あの場所にだけは二度と行きたくなかったんだけど」

 

 

「どうした?」

 

 

「アキラきゅん、ついてきて。物凄く不本意だけど………本当に心の底からイヤなんだけど………思い出すだけで吐き気がするんだけど………………とっておきの隠れ場所を思い出しちゃったから、ついてきて」

 

 

「お、おう。何か………よくわからんが、謝っておくぜ」

 

 

 

 

 

俺はフェイリスの表情に深い陰がさしたことが気がかりではあったものの手近な隠れ場所に困っていたこともあり、黙ってフェイリスの後を追った。

 

そうしてフェイリスの後をつけていって、案内されたのはボロボロの廃墟だった。いや、廃墟というのも生ぬるい。何せ、もう建物の形すらなしていないのだから。

 

 

 

 

 

「――――………今日のところは『ここ』で追手をやり過ごすニャよ」

 

 

「カルステンにもこんな場所があったとは意外だぜ。見たところ火災にでもあったみたいだけど…………いや、それだけじゃあねえな。もしかして…――――」

 

 

「あまり深入りしニャいほうがいいよ…………聞いてて気持ちのいい話じゃニャいから」

 

 

「…………ま、それもそうだぜ」

 

 

 

 

 

ここで何が起こったのかは知る由もない。けど、フェイリスにとってここは最低最悪のトラウマが眠る場所なのだろう。ここに踏み入ってからというもの…………フェイリスの目つきが一気に鋭くなってっからな。

 

 

 

 

 

「なあ、何で隠れるのにこの場所がいいんだ?地元の連中なら、こんな目立つ場所にある廃墟、すぐ見に来そうなもんだがよぉ〜」

 

 

「ここはクルシュ様にとってもフェル兄にとっても思い出したくない場所ニャの。ある事件から、領民もこの場所には、近づくことすら拒んでる。ここがずっと廃墟なままなのも…………そうした過去の暗部を見たくないからニャよ」

 

 

「………なるほどな。心霊スポットにはおあつらえ向きだぜ」

 

 

 

 

 

俺はそう言ってこの廃墟の周りに散乱していた武器を手にとった。どれもこれも刃こぼれだらけ………しかも、所々血が滲んでいる――――この場所で戦か内乱があったってところか。

 

だが、そんな悲劇を今更掘り返すまでもない。俺は手にとった武器をその場に捨てて手近な瓦礫の上に座り込んだ。

 

フェイリスも上品にスカートを正して俺に背を合わせるようにして腰掛けた。

 

 

そして、暫くお互いに沈黙したまま背中合わせに座り込んでどれくらいの時間が経っただろうか………ポツリとフェイリスが口を開いた。

 

 

 

 

 

「………ごめんね、アキラきゅん」

 

 

「あん?………何だよ、いきなり………気持ちわりいな。こんな状況で謝られてもよ。死亡フラグみてぇで辛気臭くなるだけだぜ」

 

 

「正直な気持ちだよ。フェリちゃんもまさかここまで危険なことになるなんて………思ってもみニャかったからさ。アキラきゅんを囮にしようとして………ゴメン」

 

 

「よせよ。まだ何も解決してないだろうが。そんなことを言ってる暇があったらよぉ〜……あいつの正体を考えろっ。残念ながら、あいつらはアレで終わりじゃあねえぜ」

 

 

 

 

 

そうだ。あのスタンドは『遠隔自動操縦型』だ。しかも、『群体型』のな。

 

『群体型』は1体、2体潰しても本体にダメージがほとんど通らないという特性がある。増してや『遠隔自動操縦型』ともなれば……………あいつらを何体潰したところで本体にはかすり傷一つついてやしないはずだぜ。

 

 

 

 

 

「敵の正体を知るのも大事だが………あいつらを攻略する方法も考えねえとな。つっても、今のところ思いつくのは精々………レムがやったみたいに氷の中に閉じ込めることくらいだがよぉ〜」

 

 

「もう一度、出くわしたら………どうするの?」

 

 

「レムも言っていたが………連中は物理攻撃には滅法強い。元が死体だから、切っても殴ってもダメージを与えられないし。起爆は奴らの好きなタイミングでできる。捕まったらアウトだ」

 

 

「そんな相手をレムちゃん、一人に任せちゃって大丈夫かな?」

 

 

「レムのことなら心配するな。あいつは………約束を守るヤツだ。俺との約束を果たすためならば………世界中どこにいても俺の匂いを感知して、どこまでも追跡をやめないハイウェイ・スターとシアー・ハート・アタックを掛け合わせたような女だぜ」

 

 

「それ、別の意味で心配にニャるよ」

 

 

 

 

 

うん。そりゃあそうだ―――――だって………俺も怖い。

 

だが、俺はレムのことについて、特段心配していなかった。何故なら、俺達が逃走している途中、レム達が争う爆発音が聞こえなくなっていたからだ。

 

爆弾スタンドが俺たちの後を追ってこないことを考えるとレムに殲滅されたと考えていいだろう。レムの氷魔法で凍らせた上で粉砕すれば、奴らの能力を無力化したまま倒すことは可能だ。

 

心配なのは、消耗したレムが衛兵に捕らえられていないかということだ………あいつ、のっけから鬼化して暴れていやがったからな。

 

 

 

 

 

「やれやれ………とにかく、今は、少し休もう………時間が経てば、レムはここに帰ってくるはずだ。そうなったら、消耗したレムの代わりに俺達が動かなくちゃあならねえ。体力を少しでも回復させとかないとよぉ〜」

 

 

「だったらさっ!アキラきゅんのゲートの治療、今ここでやってあげるよ」

 

 

「俺のゲートの治療って………オイオイ、こんなところでそんな事出来んのかよ?」

 

 

「そんな状態で動き回っていたんじゃあ、アキラきゅんの方が先に参っちゃうニャよっ。まあ、見てて見てて♪そのまま楽にしていてね〜」

 

 

コォォオオオオ……ッ

 

 

 

 

 

俺の背中にそっと手を添えて、回復魔法をかけてくれるフェイリス。以前にレムと同じ魔法で治療をしてもらったことがあるが、フェイリスのそれはレムとは違った匂いがする。

 

レムが水の匂に包まれてる………フェイリスは体の中に波紋が広がるような―――ーどちらもついつい身を委ねたくなるような………まるで柔らかい布団に包まれているような心地よさを感じる。

 

 

 

 

 

「………かなり酷使してるね。かなり無茶な使い方をしたでしょ?」

 

 

「まあな。魔法の才能がないのに………無理矢理マナ切れを起こすまで魔法を連発していたからね」

 

 

「それだけじゃあここまで酷くはニャらないよ。瀕死の重傷から復活するために強引な治療を短期間にやったせいでゲートが枯れかけのお花みたいになってる」

 

 

「マジか?……………普段、生活してる分には全然何ともないんだけどな。まあ、これが終わったら、迷惑料がてらお前の兄貴にただで治療してもらうとするさ」

 

 

「あのカカシや死体をキレイになおした時のように自分に向けて使うことはできないの?」

 

 

「出来ないんだなぁ〜………これが。俺のクレイジー・ダイヤモンドは『自分の怪我だけは治せない』………………そのお陰で治す速度やパワーは超強力なんだけどな」

 

 

 

 

 

もっとも、俺の前に俺と同じようにゲートを損傷した患者を連れてこられても『なおせる』自信は全くないんだけどよぉ〜。外的負傷や損傷をなおしたり、物体が加工される前の状態にはなおせるが………『ゲート』は治せるものなのか?

 

 

 

 

 

「―――アキラきゅんは『なおす』ことにかけては『自分』以外なら何でもなおせるんだよね?」

 

 

 

「おうよ!………病気を一瞬でなおすのは、ちっと無理だけどな」

 

 

 

「―――拘置所で重傷者を治して見せた時もそうだった。ケガも一瞬で治した挙げ句に………ひと目見ただけで何の病気かわかって、適切な治療をしてみせた」

 

 

 

「あ、ああ……?」

 

 

 

「―――拘置所を脱獄した時もさ………そうだった。周りの屈強な看守なんてものともしなかった。すごくヤバイ状況だったのに………ハチャメチャなことをして暴れまわって、結局、何事もなかったかのように脱出しちゃった」

 

 

 

「お、おい………何の話してんだ?」

 

 

 

「―――さっきだって………バスティーユ監獄が、どれ程、危険な場所か教えたのに………自分が潜入するってすぐに決断しちゃったし。どうして会ったこともない人のためにそんな覚悟が決められるのかな?」

 

 

 

「………………ぁ」

 

 

 

 

「―――強くて………治療もできて………勇気があって………頭も良くて………おバカで………楽しくて…………やさしくて……………アキラきゅんは、フェリちゃんが欲しいもの全部持ってる」

 

 

 

「………………。」

 

 

 

「―――『わたし』は、そんなアキラきゅんが羨ましいよ」

 

 

 

 

 

フェイリスは俺に顔を見せないように肩を震わしていた。本当は悔しくて悔しくて仕方がなかったんだ。自分が一番大切な人を自分の手で守りたくて………その大切な人を貶めた相手が許せなくて………自分の手で守りたかったはずなのに――――他人《俺》に頼ることしか出来ない無力な自分が嫌いで、ずっと苦しんでいたんだ。

 

今、気づいた。フェイリスも『同じ』なんだ。

 

レムと同じように遠い過去に縛られて、今なおそれに苦しめられている。自分を縛る鎖に蝕まれつつも己が大義のために邁進するしかなかった。

 

 

―――強くなれない自分を………せめて『強くあろう』と足掻き続けてきたんだ。

 

 

 

 

 

「………王国一の治癒術士なんて結局なんの役にも立たない。クルシュ様の忠臣だなんて言っておきながら………クルシュ様に仇なす敵を討つこともクルシュ様に離反する部下の心すらもわからない………今だって、あの敵の情報が何一つわからない――――わたしは…………無力だ」

 

 

 

「――――でも、俺を見つけたろ?」

 

 

 

「………え?」

 

 

 

「お前が、クルシュを助けたいと思って諦めなかった執念が俺に辿り着いた。お前が俺に辿り着かなかったら、何も始まらなかった。俺はお前を助けに来ることすらできなかったぜ」

 

 

 

 

 

俺はレムに教えてもらったんだ。出来ないことや足りないことを数えても意味はねえ。大切なのは『何が出来るか』じゃあねえ――――『何をやったか』だ。

 

魔獣の呪いで死にかけていた俺を………たった一人奮起して、俺の命を助けるために戦ってくれたレムに俺は救われたんだ。

 

能力や才能なんてチンケなものじゃあ断じてねえ。レムの『絶対に助ける』っていう断固たる決意が俺を救ってくれたんだ。

 

 

 

 

 

「フェイリスには……フェイリスしか出来ない、フェイリスになら出来ることがあるはずだ。誰もお前に強要はしない、自分で考え、自分で決めろ………自分が今、何をすべきなのか――――そうすりゃあ、結果は自ずとついてくる」

 

 

 

「………アキラきゅん」

 

 

 

「ま、俺が偉そうなことを言えた立場でもないけどな」

 

 

 

「………………。」

 

 

 

 

 

とまあ………説教臭いのは後で黒歴史になるから、この辺でやめておくとするぜ。俺のキャラに合わねぇしな。

 

 

 

 

 

「とにかくだっ。今度、あの爆弾スタンドが現れた時にレム抜きでも対応できるように作戦を考えねえとな………一番いいのは、やっぱ、アレだな。あいつの動きを封じてから……――――」

 

 

コォォオオオオオオ………ッ

 

 

「……凍らすか、もしくは……………火をつけ、て………――――あれ?」

 

 

コォォォォォォオオオオオオ………ッ

 

 

「なん………か………………ちっと………ねむくなって………………………きて……………ごめ………すこし…………………………休………………ませ、て―――――」

 

 

 

 

 

ゲートの治療中、まるで糸が切れたように眠りについてしまったアキラ。フェイリスは、眠りについてしまったアキラを治療そのまま無言で続けた。

 

その姿は、治療行為というよりは………まるで贖罪するような姿であり、表情もただただ悲痛なものであった。

 

 

 

 

 

「……………ごめんね。アキラきゅん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――………っ! …………きら……っ! アキラくんっ!』

 

 

 

チチチチッ チチチチチ……ッ

 

 

 

「アキラくんっ!」

 

 

「――――ハッ!?」

 

 

 

 

 

俺は瓦礫の隙間からさし入る太陽の光と誰かの呼びかける声に目を覚ました。脱走につぐ脱走で思った以上に疲れていたらしい。

 

 

 

 

 

「アキラくんっ………よかった。目を覚ましたんですね」

 

 

「………レム?………………俺、寝ちまってた、のか?………いつの間に………っ」

 

 

 

 

 

確か俺はフェイリスにゲートの治療を受けていたはずだ。その副作用で体も癒やされて………うとうとして、眠っちまってたみたいなんんだぜ。

 

 

 

 

 

「………夜が明けちまったのか」

 

 

「よかった………こんなところで倒れてるから、心配したんですよ。アキラくんが無事で本当に良かったですっ」

 

 

どくどくどく  しゅう〜〜〜、ぷすぷすぷす……

 

 

「―――って、全然無事じゃあねえよっ!!酷い有様だよっ、ちょっと!!頭から血が吹き出してるし、全身大火傷の重傷だよっ!!俺の心配をするのは自分の怪我を治してからにしろっ!!」

 

 

ズキュゥゥゥウウンッッ

 

 

「ほぁ………ふぁああんっ♪」

 

 

「真面目に治してんのに可愛い声出すのやめてくんないっ!殿の役目を全うしたんだから、最後までカッコよく決めてくれよ」

 

 

 

 

 

勝算は十分にあったとはいえ、俺も全く心配していなかったわけではない。だが、窮地を脱したばかりなのにここまでいつも通りだとツッコミが止まらなくなる。

 

 

 

 

 

「………でも、どうしてアキラくんはこんなところで倒れてたんですか?フェイリス様は一緒ではないのですか?」

 

 

「っ………そうだ。フェイリスはどこに行ったっ!?昨夜、俺は治療をしてもらってから………それで…………どこ行ったんだ?」

 

 

 

 

 

俺は体を起こした時に指先に嫌な感覚がした。かすかな鉄の匂い…………かいだことのあるそれは『死の匂い』。

 

 

 

 

 

「…………っ――――レム、ここに来る途中、フェイリスを見かけなかったか!?」

 

 

「いえ、レムはアキラくんの匂いを追ってまっすぐこちらに来たので………っ」

 

 

「っ………レム、フェイリスを探せっ!!早くっ!!まだ、そんな遠くには行ってないはずだっ」

 

 

 

 

 

嫌な予感がして止まらない。昨日もあんなに思いつめていやがったしな。昨日から流れで行動をともにしてしまっているが、あいつが“何か“”を隠していることは明白だ。

 

黒幕との戦いに備えての逆襲策を温めておくために俺にはあえて秘密にしていたかったものかと思っていたが………――――だが、『甘かった』。俺はフェイリスを『信用』しすぎていた。

 

フェイリスには俺の知らない闇がある。俺は、あえてそれを掘り起こすまいとあいつに踏み入ろうとはしなかった。けど、後悔してももう遅い。今はただあいつが早まった行動に出ていないことを祈るだけだっ。

 

 

 

 

「――――っ!?………………………あ、きらくんっ」

 

 

「レムっ!フェイリスは見つかったかっ!?………………レム?」

 

 

 

 

ぽた… ぽた、ぽたぽた

 

 

 

 

 

レムが顔面蒼白になって、目を見開いた。急に動きを止めたレムに俺は反射的にレムの目線の先に顔を動かした。

 

 

床に数滴………滴り落ちた血痕。その滴り落ちた場所を見上げた時………

 

 

 

 

『―――――――――。』

 

 

 

 

―――無数の剣に胸を刺し貫かれ、壁に磔にされ、『絶命しているフェイリス』の姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

「――――フェイリスーーーーーーーーーっっ!!」

 

 

 

 

 

フェイリスの瞳孔は散大しており、口から血を流し、足元に血溜まりを作っていた。

 

 

 

 

 

「「「「「確保ーーーーっっ!!」」」」」

 

 

 

「アキラくんっ。罠ですっ!早くここを離れないと………っ!!」

 

「はなせぇっ!!フェイリスのケガを治してやんねぇとならねぇんだっ!!」

 

 

 

 

 

周囲から待ち伏せていた兵士達が飛び出してくる。レムは俺を必死に逃がそうと腕を掴んでくるが、俺の目には磔にされているフェイリスしか見えていなかった。

 

爆弾スタンドとの戦いのせいで消耗し武器を失ったのか、レムは素手で飛びかかってくる兵士達を迎え撃っている。しかし、それではあまりにも多勢に無勢………とびかかってくる兵士達を抑えられるはずもない。

 

 

 

 

 

「おとなしくしろっ!」

「貴様には、『暴行』『領地侵犯』『魔法の危害使用』並びに『殺人』の容疑がかかっている」

「これ以上、抵抗するのであれば、この場で処断するっ!」

 

 

「―――どけぇええっ!!どけって言ってんだよぉおお!!何で………何で邪魔するんだよぉっ!?」

 

 

 

 

 

兵士に取り押さえられながらも俺は力の入らない右手を必死に伸ばした。

 

何でだ………どうして、フェイリスが殺されなければならなかったんだ?

 

俺はどこで選択を間違えた?

 

フェイリスもヴィルヘルムさんも俺にしか頼れないって必死に助けを求めてきたのに………何で、こんなことになっちまったんだ?

 

 

 

 

 

「フェイリスーーーーっっ!!」

 

 

 

『――――“‖¨∝〽∂∫”』

 

 

ゴォオオオオオオオッッ

 

 

 

「おぐ………―――――っ!?」

 

 

 

 

 

俺は取り押さえにくる兵士を押しのけて、フェイリスに向けて必死に手を伸ばしていたが、背後から近づいていた何者かが詠唱を唱えた瞬間、意識が途絶えた。

 

意識を失う直前に思った。

 

 

 

 

 

「(―――この魔法………夕べ、フェイリスにかけられたのと………………“同じ”?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カルステン領主執務室

 

 

 

 

 

「―――報告は以上となります」

 

 

「そうか。侵入者は捕らえたか。随分と手間がかかったみたいだな」

 

 

 

 

 

『クルシュ・カルステン』は武装に身を固めた部下に傅かれながら、報告を受けていた。もっとも報告を受けている最中でありながらも、目線は手元の書類に落ちていた。

 

領主としての仕事が多く、勤勉な彼女は効率を優視し、執務室に部下が入ることを特に制限はしていなかった。

 

 

 

 

 

「はっ。申し訳ありませぬっ!侵入者は、何やら奇怪な手口で巧みに逃げおおせていたようでして」

 

 

「まあよい。そして侵入者は今どこにいる?」

 

 

「はっ!フェリックス様の指示に従い、先日、捉えた犯罪者同様バスティーユ監獄に身柄を移送いたしました」

 

 

「っ………なに?」

 

 

 

 

 

書類を処置していたクルシュの手が止まった。部下もそのただならぬ様子に息を呑んだ。

 

 

 

 

 

「貴様らは、領主である私の許可を取ることもなく、勝手な判断を下し、凶悪犯を勝手に移送したと申すか?」

 

 

「も、申し訳ありませぬ!………フェリックス様がクルシュ様、直々のご命令だと仰られるものですから………っ」

 

 

「私の命令よりもフェリスの戯言を優先したと………そう申すか、貴様はっ」

 

 

 

コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛コ゛・・・

 

 

 

「っ………い、いえ。断じて、そんなつもり………では………………も、申し訳ありませんっっ!!」

 

 

 

 

 

クルシュ・カルステンの釣り上がった目から放たれる鋭い眼光が報告に来た兵士を射抜く。もともと王選に選ばれるだけの資格者ということもあり、その風格は既に凡人のものではない。

 

しかし、それ以上に兵士が感じているのは、それとは異質な恐怖。

 

そのあまりの恐怖に萎縮し、自分の処断すらも覚悟した兵士であったが、そこに割って入る人影があった。

 

 

 

 

 

「―――そこまでにしてください。クルシュ様」

 

 

「………『フェリス』か」

 

 

 

 

 

騎士の正装に身を包み、特徴的な猫耳を生やした亜麻色の髪………そしてフェイリスと全く同じ顔―――王国一の治癒魔法の使い手として名高い『フェリックス・アーガイル』だ。

 

 

 

 

 

「………報告はもう済んでます。早く本来の業務に戻りなさい」

 

 

「よろしいのですか?」

 

 

「そちらは犯人が逃げる際に受けた被害の復旧を急ぎなさい。クルシュ様には私の方からことの仔細を報告します」

 

 

「―――はっ!………失礼しますっ」

 

 

 

 

 

兵士はこの場で逃げてしまって大丈夫かという不安があったが、フェリックスの力強い言葉に従い、半ば逃げるようにして部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

「―――私の知らないところで随分と勝手に動いてくれているみたいだな。フェリス」

 

 

「領を………いえ、国を脅かす脅威に対応すべく最善の処置を尽くしたまでです。先日も一人、バスティーユ監獄に犯罪者を移送したばかりではありませんか」

 

 

「それが、私の意に叛することであったとしてもか?」

 

 

「私は、あなたに言われたとおり『我が領を荒らす不敬者を捕らえよ』との命令に従ったまでです」

 

 

「私は同時にこうも伝えたはずだ。『その者を私の目の前に連れてまいれ』とも」

 

 

「侵入者は得体の知れない能力と高い戦闘力を有しておりました。力を測れない敵を不用意にクルシュ様に近づけてはならないと判断したまでです」

 

 

 

 

 

何気ない会話の中で駆け引きが繰り広げられる。本来であれば、この二人は主と騎士の忠義や友情をも超えた絆があったはず。こんな空間を凍らせるような気迫と威圧を放つような間柄ではなかったはず。

 

 

 

 

 

「―――まあよい。叶うのであれば、その不敬者の顔を見て見たいと思っていたのだが………かの監獄に送り込んでしまったのであれば、もう二度とそれも叶うまい」

 

 

「それほど気になりますか?」

 

 

「ああ。聞けば、ヤツは………メイザース領で起こった魔獣の襲撃事件を解決し、その時に傷ついたゲートの治療をフェリスに依頼した男だというではないか。どれほどの男かこの目で見定めたかったのだが」

 

 

「―――もう王選を辞退される意向のクルシュ様には関係のないお話では?」

 

 

「―――治療を拒む治癒術士よりは幾分有意義な話が聞けると思っただけだ」

 

 

 

 

 

否、これは駆け引きではない………鞘当てだ。互いに互いを挑発するような言葉をぶつけて、相手が切りかかってくるのを待っているのだ。

 

 

 

 

 

「まあよい。バスティーユ監獄に移送したということは、処分内容も決まっているのであろう。判決はどう下したのだ?」

 

 

「―――『暴行』『恐喝』『領地侵犯』『魔法の危害使用』並びに『殺人』………余罪の追求は不十分ではありますが、懲役200年の刑罰が下りそうです」

 

 

「これは異なことを。余罪の追求が不十分にも関わらず、移送したというのか?」

 

 

「凶悪犯を領内で捕縛していては民草の不安を煽ると思いまして、逸った決断をしたことを謝罪します」

 

 

「よい。どうやら、そなたは此度の『犯人』を先日移送した『罪人』と引き合せたかったみたいだが。あやつらが会ったところで、今更、どうにもならぬぞ」

 

 

「………………。」

 

 

「かの監獄から出てくる事は二度と叶わん。フェリスも早々に諦めることだな。私に対して心を閉ざしたフリをしても何も変わらぬぞ」

 

 

 

 

 

フェリックスはその言葉にはあえて何も返さず、無言で部屋を出た。

 

危険で分の悪い賭けになることは百も承知。しかしながら、ここは賭けるしかなかった。

 

 

―――『フェリックス』は、窓の外………バスティーユ監獄のあるであろう方角を見据えて呟いた。

 

 

 

 

 

「――――あとは頼みましたぞ。“ジュウジョウ殿”」

 

 

 

 

 

『フェリックス』の右手にはフェイリスが使っていた『認識阻害』の指輪がつけられていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次は監獄編に入るわけですが、当初の構想からバッサリと内部描写を削減する予定です。

この時点で話が長くなりすぎてるので削れるところは削らないと話が終わらないのです。


ところで皆様は他の陣営だとどのヒロインが好きですか?

個人的には、プリシラ様を掘り下げてみたいです。田村ゆかりが好きなものですから。


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