ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか? (友(ユウ))
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本編
プロローグ 出会い


どうも初めまして。
ハーメルンには初投稿です。
別の所でデジモンクロスを主に投稿してましたが、ここ1年全く書く気力が湧かず凍結状態になってしまいまして、ふと思いついた小説をこちらに投稿してみようと思った所存です。
気楽に読める小説として書いていますので、お気楽に読んでください。
では、どうぞ。


プロローグ 出会い

 

 

 

 

【Side ????】

 

 

 

ワシはまた過ちを犯すところであった。

地球の自然破壊を嘆き、憂い、その末に出した答えが全人類の抹殺。

そのためにデビルガンダムという存在に頼り、その手足となってデビルガンダムの進化、復活の手助けをしてきた。

しかし、そんな道を誤ったワシを止めてくれたのが、かつての弟子であった。

 

 

 

『アンタが抹殺しようとする人類もまた、天然自然の中から生まれしもの………言わば地球の一部! それを忘れて、何が自然の……地球の再生だ! そう………共に生き続ける人類を抹殺しての理想郷など、愚の骨頂!!』

 

 

 

それを聞いたとき、ワシは過ちに気付いた。

だが、ワシは既に大罪人。

故に愚者を演じ続け、最後に立ちはだかる壁として、弟子の前に立った。

そんなワシを、弟子は見事に超えてくれた。

最早、思い残すこともない…………

最期に東の水平線から昇る朝日を弟子と共に眺めながら、ワシは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い………

何も感じない…………

これが死後というものなのか………

もし死後の世界があると言うならば、ワシは間違いなく地獄行きであるな…………

それにしても、地獄とはもう少し苦しいものかと思っていたが、それほど苦しくは無い……

 

「………うぶで…すか………いさん」

 

はて?

今、何か聞こえたような?

 

「だい……ぶです……!」

 

ふむ、やはり聞こえるな。

 

「大丈夫ですか!? お爺さん!?」

 

その声に導かれるように、ワシはゆっくりと目を開けた。

 

「あっ、気がつきましたか? 大丈夫ですか? お爺さん?」

 

儂の目の前にいたのは、白い髪と赤い目をした、歳が十にも満たぬ少年であった。

ワシはゆっくりと身体を起こす。

 

「どういう事だ? ワシは……死んだはずでは?」

 

改めて周りを見渡すと、地球では殆ど見ることが無くなった大自然と呼ぶべき広い草原と、緑に覆われた山々。

そして、ワシの後ろには、美しい湖が広がっていた。

 

「こ、ここは………?」

 

黄泉の国………地獄と呼ぶには余りにも美しすぎる光景。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

先ほどの少年が問いかけてくる。

 

「う、うむ、すまぬな。 少々混乱しておったようだ」

 

正直、ワシにも今の状況が把握できておらん。

どうやら、この少年がワシを起こしたようだが………

 

「ときに少年よ。 ここは死後の世界なのか? それにしては美しすぎると思うのだが………」

 

ワシがそう問うと、少年は目を丸くし、

 

「いえいえ! 死後の世界なんかじゃないですよ! 僕もお爺さんもちゃんと生きてます!」

 

首を横に振りながら全力で否定した。

どうやら嘘は言っておらんようだし、この純粋そうな少年が嘘をつくとは思えん。

 

「お爺さんはどうしてここに? 朝に水汲みに来たら、お爺さんが倒れていたのでびっくりしたんですけど」

 

そう問われ、ワシは腕を組んで考え込む。

ワシは間違いなくあの時弟子に看取られて死んだはず。

何故ここに倒れていたかだが…………

 

「…………わからん」

 

「えっ………?」

 

「何故ワシが湖の辺で倒れていたかが全く思い出せん」

 

「ええっ!? もしかして記憶喪失ってやつですか!?」

 

「いや、自分の名も、ワシが何者であったのかも覚えておる。 何故ここにおるのかだけがさっぱりわからん」

 

「そ、そうですか………」

 

ワシは少し考え、ひとまず現状把握に努める事を決めた。

その為に、現在頼りになるのはこの目の前の少年。

そういえば、初めて会った頃のドモンもこのぐらいの歳であったか。

ここで会ったのも何かの縁だろう。

 

「そういえば少年よ。 名は何と言う?」

 

「あっ、はい! 僕はベル。 ベル・クラネルといいます」

 

「ベル……か。 ふむ、良き名だ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

そう言いつつ頭を下げるベル。

ベルが頭を上げたところでワシも名乗った。

 

「ワシの名は東方不敗。 マスターアジアと呼ぶ者もいる。 よろしくな、ベル」

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

僕は、いつも通り朝の日課である水汲みに湖まで来ていた。

でも、そこで湖の辺に倒れている初老の男の人を見つけたんだ。

僕は慌てて声をかけると、そのお爺さんはすぐに気が付き、キョロキョロと辺りを見渡した。

いきなりここは死後の世界なのかと聞かれた時にはびっくりしたけど。

でも、どうやらそのお爺さんは、何でここにいるのかが思い出せないみたい。

その『トーホーフハイ マスターアジア』と名乗ったお爺さんは、情報が欲しいみたいで、僕に色々聞いてきた。

僕は、立ち話も難だったので、そのお爺さんを家に案内することにした。

見た限り、悪い人には見えないし。

僕は道すがら、その人に話を振ってみた。

 

「そういえばお爺さん。 お爺さんは何をしてる人なんですか?

 

「ワシか? ワシは武”闘”家よ」

 

「武道家………って、お爺さん冒険者なんですか?」

 

「冒険者? いや、ワシは武闘家であって、それ以上でもそれ以下でも無いわい。 それよりベル。 冒険者とは何だ?」

 

「えっ? 知らないんですか? 冒険者っていうのは、迷宮都市『オラリオ』で神様から『恩恵』をもらって、ダンジョンに潜ったり魔物を討伐したりする人達のことですよ」

 

「オラリオ? 神? ダンジョン? 魔物?」

 

お爺さんは、まるで初めて聞いたと言わんばかりに、不思議そうに首を傾げる。

でも、神様が地上に降りてきているのはかなり昔から知られていることだし、魔物についてはダンジョンだけではなく、世界中に蔓延っている。

知らないとは考えにくい。

そのことについて尋ねようとしたとき、

 

「グキキキキキッ!」

 

嫌な鳴き声が響いた。

 

「えっ?」

 

「何じゃ?」

 

すると、道の脇にある茂みの中から、10匹ほどのゴブリンが出てきて僕達を取り囲んだ。

 

「う、うわぁあああああっ!? ゴ、ゴブリン!? 何でこんな人里に!? しかも群れで!」

 

ゴブリンは最下級の魔物。

でも、8歳になったばかりの僕に、太刀打ちできる相手じゃない。

しかも、それが10匹の群れだというなら尚更だ。

 

「グキキキキ………!」

 

ゴブリンは、まるであざ笑うかのような笑みを向けている。

相手が子供と老人の2人なら、楽勝だとでも思っているのかもしれない。

ゴブリン達がジリジリと近付いて来る。

このまま僕達は嬲り殺しにされちゃうんだろうか?

お爺ちゃんに聞かされて、憧れた英雄みたいに困ってる人を助けたり、強大な敵を倒したり、可愛い女の子との出会いも出来ずに、こんな所で僕は死んじゃうんだろうか?

僕が情けなく叫び声をあげそうになったとき、

 

「のうベルよ。 こやつらは何じゃ?」

 

なんとも場違いな声色で、お爺さんがそう尋ねてきた。

 

「な、何言ってるんですか!? こいつらはゴブリンで、世界中に居る魔物で、魔物の中では最弱ですけど僕なんかじゃ歯が立たなくて…………」

 

「落ち着けぃ!!!! ベルよ!!!!!!」

 

怒鳴り声とも取れる大音量の声が響いた。

その声の大きさに僕は驚き、ゴブリン達も固まった。

 

「ベルよ! いかなる時も冷静さを失ってはならん! どんな時でも冷静さを失わなければ一筋の光明を見つけ出すことも可能だ!」

 

お爺さんの自信に満ちた言葉は、恐怖に飲まれていた僕の心に幾分か余裕を持たせてくれた。

 

「ベルよ。 聞くにこやつらは人に仇なす者。 成敗しても構わんのか?」

 

「えっ? は、はい。 それは勿論……」

 

「そうか………ならばベルよ。 その場を動くでないぞ」

 

お爺さんはそう言うと、無防備にゴブリン達の前に歩き出した。

 

「お、お爺さん!?」

 

僕は慌てて呼び止めようとしたけど、その前にゴブリンの1匹がお爺さんに襲いかかった。

 

「ギギィーーー!!」

 

ゴブリンは、手に持った剣をお爺さんに向かって振り下ろす。

でも、お爺さんは微動だにしない。

 

「お爺さん!!」

 

僕は思わず叫ぶ。

ゴブリンの剣がお爺さんの身体を切り裂く。

そう思った瞬間、

 

「ギッ!?」

 

ゴブリンが驚いたような声を漏らす。

かくいう僕も驚いていた。

お爺さんは、ゴブリンの剣を左手の人差し指と中指の2本で挟み込み、受け止めていたからだ。

 

「ふん! そのような腰の入っておらん剣で、この東方不敗の首を取ろうなんぞ100年早いわぁ!!」

 

お爺さんはそう言うと右の手を握り込み、振りかぶると、………剣を受け止めていたゴブリンが弾けとんだ。

 

「えっ?」

 

僕は思わず声を漏らす。

気付けばお爺さんの拳がいつの間にか突き出されており、その先にいたゴブリンは、影も形も無くなっていた。

 

「おお、いかんいかん。 つい力が入りすぎてしまった。 それに思ったよりも軟弱であったな」

 

お爺さんはそんな事まで言う始末。

でも、僕はそんな事を気にしていられなかった。

 

「さあ! どんどんかかってこんかぁ!!」

 

お爺さんの叫びに、ゴブリンが一斉に襲いかかる。

僕の後ろにいたゴブリンも、僕を完全に無視し、お爺さんに向かっていく。

360°を完全に包囲され、お爺さんの逃げ道はないと思っていた。

ゴブリン達が、ほぼ同時にお爺さんに剣を振り下ろす。

でも、その剣は、全てが空振っていた。

何故なら、お爺さんの姿はそこにはなかったら。

ゴブリンがお爺さんの姿を探し、キョロキョロとしている。

そういう僕も、お爺さんの姿を探し、辺りを見渡すが、どこにも居ない。

すると、

 

「どこを見ておる!? ワシはここだぁー!!」

 

上からそんな声が聴こえ、僕は反射的に上を見た。

ゴブリン達も上を見る。

そこには、信じられないことに10mほど上空にお爺さんが跳躍していた。

お爺さんは腰布に手をかけると、一気に引き解き、まるで鞭のように振り回し、

 

「はぁっ!!」

 

横から振り抜くと、腰布が信じられないほど伸び、ゴブリンの1匹の頭に突き刺さると、大剣で切り裂いたかのごとく、脳天から真っ二つにした。

お爺さんは空中から下りてくると何事もないように着地し、腰布を振ると、腰布が瞬く間に捩れ、まるで槍のように真っ直ぐな棒状の形になる。

 

「そりゃあっ!!」

 

お爺さんはその腰布の槍を、まるで手足を扱うかのように自在に振り回し、ゴブリンを次々と真っ二つにしていく。

やがて、10秒も経たないうちに全てのゴブリンを討伐し終えたお爺さんは、腰布の槍を解き、元通り腰に巻くと、僕に振り向いた。

 

「ベルよ。 無事であったか?」

 

お爺さんはそう言ってくるが、僕の心はある感情でいっぱいだった。

目の前のお爺さんの圧倒的な強さ。

物語でよく見る英雄の特別な力や、魔法の力とは全く違う、純粋な己の力。

それを振るうお爺さんの姿に、僕は魅せられた。

僕はおぼつかない足取りでフラフラとお爺さんに近付く。

そして、心のままにこの言葉を口にした。

 

「お爺さん! 僕を、弟子にしてください!!」

 

 

 

 




東方先生襲来!
でも、なぜこの世界に来たのかは永遠の謎!
ベル君は一体どうなってしまうのか!?


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第一話 ベル、オラリオへ行く

第一話 ベル、オラリオへ行く

 

 

 

 

 

東の地平線から朝日が昇る頃。

 

 

 

 

 

 

草原に徐々に朝日が差していく静かな朝。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「応えよベルゥゥゥゥ!!!」

 

「師匠ォォォォォォッ!!!」

 

そんな静かな朝に響く大音量。

 

「流派! 東方不敗は!!」

 

「王者の風よ!!」

 

互いに拳をぶつけ合う2つの影。

 

「全新!!」

 

「系列!!」

 

秒間数十発という拳のラッシュを交えていく2人。

 

「「天破侠乱!! 見よ! 東方は赤く燃えている!!!」」

 

最後に拳を合わせ、朝日をバックに構えを取っているのは、東方不敗マスターアジア。

そしてその弟子、ベル・クラネルであった。

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

師匠と出会い、約6年。

あの日、師匠に弟子入りしてからは、過酷な修行の日々が続いた。

今思えば、言葉にするのも億劫だけど、でも、あの日々があったからこそ今の僕がある。

師匠が言うには、僕は中々筋がいいらしい。

師匠にはもう一人、僕の兄弟子にあたる人がいるそうだけど、その人が10年かかってたどり着いた領域に、今の僕はいるみたい。

むしろ、兄弟子の人が修行を終えた時点の強さを、今の僕は超えているそうだ。

でも、その人は最後には師匠を倒したそうなので、まだまだ僕はその人よりは弱いみたいだ。

そして今日、僕は最後の修行を終え、村を出る。

村の馬車乗り場で、師匠とお爺ちゃんに別れを告げる。

行き先は、迷宮都市『オラリオ』。

あの苦しい修行の日々を乗り越えたのは、まさにこの日の為に!

冒険者になり、ダンジョンに潜り、可愛い女の子と運命的な出会いを果たすために!

そして、男の夢、ハーレムを築く為に!

僕はオラリオへ旅立つ!

なんてこと師匠に言ったらぶっ飛ばされる事間違いないから言ってないけど。

でも、前に師匠から、

『お主の拳には邪な想いが篭っておる。 だが、真っ直ぐ純粋な想いだ。 決して拳を振るう相手を間違えるでないぞ』

って言われたから、薄々感づかれてるのかもしれない。

 

「それでは師匠。 今日までお世話になりました!」

 

「うむ! これからも精進せい! ベルよ!」

 

「はい! お爺ちゃんも元気で!」

 

「はっはっは! ワシもまだまだじゃ。 お前の活躍がこの村に届くのを楽しみにしておるぞい」

 

師匠もお爺ちゃんも、笑顔で僕を見送ってくれる。

 

「師匠、お爺ちゃん………行ってきます!」

 

「行ってこい! ベル!」

 

「頑張れよ、ベル!」

 

その言葉を最後に僕は踵を返し、馬車に乗り……………込まずに馬車の横を通過する。

そして、

 

「たぁりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

道を全力疾走で駆け出した。

いや、だって馬車よりも自分で走ったほうが速いし。

そんな事を思いつつ、僕はオラリオへ向かって走り続けた。

 

 

 

 

 

馬車で1週間かかる道程を2日で走破した僕は、迷宮都市『オラリオ』にいた。

 

「わあ~、流石オラリオ。 村より全然おっきいや」

 

最初に驚いたことは、やっぱり街の大きさだった。

僕が住んでいた村より大きさも人の多さも比較にならない。

 

「っと、そうだ。 驚いてばかりじゃいけない。 えっと、冒険者になるには、まずはどこかの【ファミリア】に入団しないといけないんだったね」

 

僕は気を取り直して、【ファミリア】に入団するべく足を進めた。

 

 

 

 

 

「はっ! ウチはお前みたいな貧弱なガキが来るような弱小【ファミリア】じゃないんだ! 帰った帰った!」

 

通算30回目の似たような門前払いの文句を聞いて、僕は溜め息を吐く。

街の人々に話を聞いて色々な【ファミリア】を回って来たけど、尽く僕の弱そうな外見から面会すら受けさせてもらえず、門前払いを受け続けてきた。

 

「はぁ~………そりゃ自分の外見が貧弱そうなのは自覚してるけどさ~………」

 

僕はガックリと気落ちする。

そりゃ14歳でも小柄な方だし、しかも着痩せするタイプみたいだから、更に貧弱に見えるかもしれないけど。

これでも脱いだら凄いんだよ?

鋼の肉体だよ?

細マッチョだよ?

 

「まあ、それでも見た目だけで判断する【ファミリア】なんて、こっちから願い下げだけどさぁ………」

 

僕はそう呟きながら、ふと後ろを振り向く。

先程から僕を尾行している気配がある。

正確には、20件目の【ファミリア】に、門前払いを受けた辺りからだ。

曲がり角の内側から、縛った長い髪の毛がはみ出ている。

悪意は無いようだから放って置いたけど、ここまで尾行されていると気になってくる。

だから僕は声をかけることにした。

 

「あの、先程から僕を尾行している方。 僕に何か御用ですか?」

 

そう声をかけると、その見えている髪の毛がビクッと跳ねた。

そして、恐る恐るといった雰囲気で顔を見せたのは、黒髪をツインテールにした女の子だった。

 

「き、気付いていたのかい?」

 

「ええ、特に気配も消していませんでしたし。 そのぐらいの尾行ならすぐに気付きます」

 

「因みに何時ぐらいから?」

 

「今から10件ほど前の【ファミリア】に門前払いを受けた辺りからですね」

 

「は、ははは。 最初から気付いていたのかい………」

 

「ええ。 これでも武闘家ですから。 腕には自信がありますよ」

 

「ぶ、武道家かい………?」

 

そう言うと、その女の子は僕の身体をジロジロ見てくる。

 

「わ、悪いけど、とてもそうは見えないかな?」

 

「武”闘”家です。いいですよ。 見た目が貧弱なのは僕自身わかってますから」

 

と、そこまで言って、僕は彼女の雰囲気の違いに気が付いた。

 

「あの、失礼ですが、もしかして神様ですか?」

 

その瞬間、彼女の目がクワっと見開かれた。

 

「き、君は僕が神だって気付いてくれたのかい!?」

 

「え、ええ………雰囲気というか、気の流れというか、普通の人とは違うと感じたんです。 だから、もしかしたらって思ったんですけど………」

 

「いや、嬉しいよ。 僕自身こんなナリだからさ。 初対面で神だって気付く人が殆どいないんだよ」

 

「そ、そうですか………ところで、先程から僕を尾行していた理由は何ですか?」

 

僕は先程から気になっていた理由を尋ねる。

 

「おお。 そうだったそうだった。 君、ボクの【眷属】にならないか?」

 

「えっ? ほ、ホントですか!?」

 

「ああ。 僕もちょうどファミリアの勧誘を行っていてね。 っていうか、【眷属】が1人も居ない状態なんだけど……」

 

「で、でもいいんですか? 僕は弱そうな見た目ですし、田舎者ですし………」

 

「もちろんさ。 ボクを神だと一目で見抜いてくれた君に、ボクの【家族】になって欲しい。 それに何より、君の人柄は好ましく思える」

 

僕は、その神様の目をジッと見つめる。

その言葉に、嘘はないと思えた。

 

「分かりました。 僕を神様の【眷属】にしてください!」

 

そう言うと、神様は嬉しそうな顔になり、

 

「よし! 決まりだ! じゃあ早速ついて来てくれ! ファミリア入団の儀式をやるぞ!」

 

そう言って神様は僕を引っ張って行こうとしたけど、

 

「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

僕は慌てて引き止める。

 

「どうしたんだい? あ、や、やっぱりボクの眷属になるのはイヤかい?」

 

「いえいえ! そうじゃなくてですね神様! 僕達、一番大切なことを忘れてますよ!?」

 

「一番大切な事?」

 

神様は首を傾げる。

僕は苦笑して一度気を取り直すと、

 

「初めまして神様。 僕はベル。 ベル・クラネルと言います。 神様、お名前を伺っても宜しいですか?」

 

僕は自己紹介をした。

すると、神様は嬉しそうに笑い、

 

「ボクはヘスティア。 神ヘスティアだ。 初めまして、ベル君」

 

その名を名乗ってくれた。

 

「ベル君。 改めて、僕の【眷属】になってくれるかい?」

 

「はい! 僕を神様の【眷属】にしてください!」

 

「よし! ベル君、付いてくるんだ! 改めて、ファミリア入団の儀式をやるぞ!」

 

「はい!」

 

僕は神様に連れられ、歩き出した。

 

 



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第二話 ベル、【恩恵】を刻む

第二話 ベル、【恩恵】を刻む

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

ボクの初めての【眷属】になってくれると言ってくれたベル君を連れて、とある書店へとやって来た。

店に入ると、店長のお爺さんが声をかけてくる。

ボクはお爺さんに断りを入れて、2階の書庫へ向かった。

ボクが初めての子供に【恩恵】を授ける場所は、前からここだと決めていた。

 

「さ、服を脱いで、ここに座ってくれ」

 

ボクはベル君にそう言うと、ベル君は少し戸惑ったように、

 

「ふ、服をですか?」

 

「ああ、上着だけでいいよ。 これから君に、ボクの恩恵を刻むんだ」

 

「あ、そ、そういうことですか」

 

ボクの言うことを理解してくれたのか、ベル君は服を脱ぎだした。

ボクは初めて【恩恵】を刻む事にウキウキしていて、ベル君が服を脱ぐところを見ていなかったんだけど、

 

「神様、脱ぎ終わりました」

 

「そうかい、それじゃあこっちにきてぇぇえええええええええええっ!!??」

 

ボクの言葉は途中から驚愕の悲鳴に変わった。

何故ならば、歳の割には小柄で、言っちゃ悪いけどヒョロヒョロのモヤシっ子に見えたベル君の体は、無駄な贅肉など一切付かず、どれほどの鍛錬を費やしたのか分からないほどに引き締まった、鋼のような筋肉に覆われていた。

 

「ベ、ベベ、ベル君!? その体は一体!?」

 

「あっ、凄いでしょ神様。 修行の賜物ですよ」

 

そう言いながら、ベル君は力瘤を作る仕草をする。

その動きだけで、筋肉は躍動し、凄まじい力強さを感じさせる。

 

「な、なるほど………君が武闘家と言っていた意味が、よくわかったよ」

 

ボクは冷や汗が背中に流れるのを感じながら、ベル君に座るように促す。

【恩恵】を与える為にベル君の背中に触れると、その体は比喩ではなく、本当に鋼のように硬かった。

ボクは、とんでもない逸材を【眷属】にしたのかもしれない。

そう思いつつ、【恩恵】を刻み始める。

その間にボクはベル君に話しかけた。

 

「ベル君、君はどうして冒険者になりたいって思ったんだい?」

 

そう聞くと、ベル君はやや恥ずかしげに、

 

「じ、実は僕、『迷宮神聖譚』で出てくる運命の出会いってやつに、小さい頃から憧れてて………」

 

「出会い~!? お相手は女の子ってことかい? そんなことの為に、君は冒険者に?」

 

ハッキリって、予想の斜め上を行く答えだった。

武闘家って聞くと、強さだけを求め続けて、女の子には興味ないってイメージなんだけど。

だけどこのベル君は、

 

「そ、そんなこと、じゃないですよ! 出会いは偉大なんです、男の浪漫なんですよ! 僕を育ててくれた祖父だって、『ハーレムは至高!』って言ってました!」

 

なるほど、全ての元凶はそのお爺さんか。

 

「君、絶対育ての親を間違ったよ」

 

「ま、まあ、師匠にそんなこと言えば、ぶっ飛ばされる事間違いありませんが………」

 

師匠?

と、ボクは首を傾げるが、ちょうど【恩恵】を刻み終えたところだった。

ボクは改めてベル君の【ステイタス】を確認する。

まあ、確認するまでもなく、Lvは1……………

 

「…………………………はい?」

 

ボクは目を疑った。

ゴシゴシと目を擦り、再び確認する……………

変わらない。

 

「神様? どうかしたんですか?」

 

ボクの様子を不思議に思ったのか、ベル君が問いかけてくる。

そうだ、これはボクの目の錯覚だ。

これを用紙に書き写して、ベル君に読んでもらえば………

そう思い、ベル君の【ステイタス】を用紙に写し、ベル君に手渡した。

 

「さ、さあ、これがベル君の【ステイタス】だ。 何分僕も初めての作業だからね。 間違いがあってはいけない。 その写した【ステイタス】を読み上げてくれないか?」

 

ボクは一縷の望みを持ってそういった。

そして、ベル君の口から出てきた【ステイタス】の内容は、

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.東方不敗

 

力  :流派!東方不敗は!

 

耐久 :王者の風よ!

 

器用 :全新!

 

俊敏 :系列!

 

魔力 :天破侠乱!!

 

武闘家:見よ! 東方は赤く燃えている!!!

 

 

《魔法》

【魔法など必要ないわぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・全【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

 

「ぐはぁっ!!」

 

ボクは思わず吹き出す。

目の錯覚なんかじゃ無かった。

 

「ベ、ベル君。 ハッキリ言うが、君の【ステイタス】は異常だ。 本来Lvは数字で表されるし、他の【ステイタス】もランクの記号と熟練度が数字で表される。 それが全て文字で表されるなんて前代未聞だ。 何か心当たりはあるかい?」

 

「心当たりといいますか、この東方不敗っていうのは、僕の師匠の名前であると同時に、僕が師匠から教わった武術の流派の名前でもあるんです。 その修行をずっと続けてきたので、多分その所為じゃないかと…………」

 

「……………………」

 

なんだろう。

頭が痛くなってきた。

 

「と、とりあえず、これから君は冒険者登録に行くと思うけど、ギルドにはLvは1と報告するんだ。 新人冒険者は、殆どがLv.1だから、怪しまれることはないと思う。 正直、ベル君のLvがどの程度なのか、ボクにも想像がつかない。 だから、しばらく様子見も含めてLv.1と報告しておく。 それでも流石にいつかはバレると思うから、その時に改めてボクが責任を持ってギルドや他の神々に報告しよう」

 

「はあ、 分かりました」

 

ベル君は曖昧ながらも返事をする。

初めての【眷属】でとても嬉しいんだけど、とんでもない逸材どころか、爆弾を抱え込んだ気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ヘスティアという神様の【眷属】にしてもらった僕は、早速冒険者ギルドへと向かった。

無名というか、新しく発足した【ファミリア】だけど、自分の力を試すには、ちょうどいいかも知れない。

神様から教えてもらったギルドの建物に着くと、僕は扉を潜った。

建物の中には、いかにも冒険者といった風貌の、厳つい男の人や、アマゾネス、エルフなんかの多種多様の人達で溢れていた。

僕は、空いていた受付カウンターらしき場所に向かい、そこにいたセミロングのブラウンの髪をした、メガネをかけたエルフらしき女の人に声をかけた。

 

「あの、すみません」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

その女の人は綺麗な笑みを浮かべて僕に答えてくれる。

こういう受付窓口の担当は、見た目麗しい人が選ばれるって聞いたことがあるけど、この人もきれいだなぁ。

村にはこんな綺麗な人はいなかったから、少し緊張してしまう。

 

「ぼ、冒険者の登録をしたいのですが………」

 

「冒険者? 君が?」

 

その女の人は僕をジロジロと眺めてくる。

 

「冒険者っていうのは、君が考えているよりずっと危険な職業なんだよ? 当然命の危険だってあるし、ずっとLvが上がらないことだってある。 それでもいいの?」

 

「はい! もちろんです! 覚悟ならあります!」

 

僕はハッキリとそう言う。

 

「そこまで言うなら止めないけど…………」

 

そう言いながら受付嬢の女の人は用紙を取り出し、机の上に置く。

 

「この用紙に、君の名前と種族、年齢。 Lvと所属【ファミリア】を記入して」

 

言われた通り、僕は用紙に記入していく。

Lvは神様が言っていたように、1と記入した。

書き終えた用紙を僕は受付嬢さんに差し出す。

受付嬢さんは、その用紙を受け取り、確認するように呟いた。

 

「名前はベル・クラネル。 種族はヒューマン。 年齢は14。 Lv.1の【ヘスティア・ファミリア】? 初めて聞く【ファミリア】ね」

 

「はい。 僕が初めての【眷属】だそうで」

 

「なるほど、新規の【ファミリア】か…………」

 

そう言うと、受付嬢さんは再度記入に誤りが無いかを確認し、サインを記入する。

 

「只今をもちまして、ヒューマン、ベル・クラネルをオラリオの冒険者として登録します。 宜しいですか?」

 

「はい!」

 

僕は間髪入れず頷く。

 

「分かりました………これより私、エイナ・チュールがベル・クラネルさんの攻略アドバイザーとして担当することになります。 以後お見知りおきを」

 

「あっ、は、はい! よろしくお願いします! エイナさん!」

 

「ふふっ! 改めてよろしくね。 ベル君」

 

僕が頭を下げると、エイナさんは言葉を崩し、親しげに話しかけてくれた。

 

「それじゃあ早速、ダンジョンの注意事項を“しっかりと”教えてあげるね」

 

なんだろう?

やけに“しっかりと”が強調されてたけど………

少し不思議に思いながらも、案内された別室で、ダンジョンに関する勉強を受けることになった。

その“しっかりと”の理由はすぐに分かることになるのだが。

 

 

 

 

 

オラリオの日が沈む頃。

僕は疲れた表情を隠さずにギルドの建物から出てきた。

理由は、

 

「エイナさん………意外とスパルタだったな………」

 

僅か数時間の間に、ダンジョンに潜る時の注意事項、上層に出てくるモンスターの情報など、必要な、それでいてかなりの量の情報を叩き込まれた。

身体的な疲れには慣れていても、精神的な疲れは別だ。

修行は気合と根性さえあればどうにかなるが、勉強はそうはいかない。

何せ、しっかりと覚えたか確認できるまで何度も何度も繰り返し勉強させられるのだ。

師匠からも、基礎的な学問は習っているが、今回の量はとんでもなかった。

とりあえず、今日は何とか及第点を貰い、明日の朝、もう一度エイナさんを訪ねて復習のテストをして、それに合格できれば晴れてダンジョンに潜ってもいいと言われた。

確かに情報は大切な物だと分かってはいるものの………

 

「疲れた………」

 

慣れないことは、疲労もひとしおだった。

今日習ったことを忘れないように頭の中で反復しながら、神様の待つ古い教会へと足を向けた。

 

 

 



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第三話 ベル、ダンジョンに潜る。

第三話 ベル、ダンジョンに潜る。

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

オラリオに着いて2日目の朝。

エイナさんのテストに何とか合格した僕は改めてダンジョンの入口であるバベルの塔を見上げる。

 

「うわぁ………やっぱり大きいなぁ………」

 

思わずそんな感想が漏れた。

そんな僕の体には、ギルドから支給された防具が付けられ、腰には鞘に入ったナイフがある。

正直、僕はどちらもいらないと思ったんだけど、エイナさんがすごい剣幕で睨んでくるものだから、渋々付けている。

ちょっと本気で動いたら壊れそうなんだけど。

ナイフに関しては、マスタークロスで気を込めればいくらでも切れ味は上がるため、あっても損は無い。

それでも元の作りが甘いため、長持ちしそうには無いけど。

ともかく気を取り直し、初のダンジョンである第一階層へと向かった。

 

 

 

 

「これがダンジョンかぁ………」

 

ダンジョンに踏み入った僕は、周りを見渡しながらそう呟く。

初めてのダンジョンに好奇心を抑えられなかった僕は、辺りの気配を探りながらも、どんどんと進んでいった。

しばらく歩いていると、

 

「…………ん?」

 

目の前の通路から気配を感じた。

意識を戦闘状態に切り替えながら、目を凝らす。

そこには、

 

「グキキキキ…………」

 

第一階層の基本的なモンスターであるゴブリンが3匹現れた。

 

「ゴブリンか…………」

 

そういえば、師匠に弟子入りする切っ掛けになったのもゴブリンだったな。

あの時の僕は、ただゴブリンを恐れて困惑することしか出来なかった。

でも、今は違う!

僕はゴブリンに向かって構えを取る。

 

「ふぅぅぅぅぅ…………」

 

呼吸を整え、ゴブリンを見据える。

そして、一気に地面を蹴った。

 

「はっ!!」

 

ゴブリンに一足飛びで接近し、拳を繰り出す。

拳はゴブリンの腹部に命中し、ゴブリンの身体がバラバラに弾けとんだ。

 

「ふっ!」

 

続けて身体を捻り、後ろ回し蹴りで2匹目のゴブリンに攻撃。

蹴りが命中したゴブリンは、蹴りそのもので身体が上下に分かれ、その時に巻き起こった衝撃波で粉々に吹き飛ばされる。

更に僕は間髪入れず地面を蹴り、3匹目のゴブリンに突進。

 

「せいっ!!」

 

突進の勢いを殺さず、左の肘打ちを叩き込み、粉々に吹き飛ばした。

この間、約1秒の出来事である。

そこで僕はハッとなる。

 

「あっ! いけない、魔石ごと砕いちゃった!」

 

魔石を回収しなければ、収入が無い。

エイナさんに言われたことを思い出し、失敗したなぁと頭をかく。

 

「もっと上手く手加減しなくちゃ………」

 

とはいえ、今のでも相当手加減したんだけどな。

そう内心愚痴りつつ、次は気を付けようと気持ちを入れ替える。

と、そこで僕は気付いた。

ギルドから支給してもらった防具が、今の一戦だけでとんでもない事になっていたことに。

 

「あっちゃあ………やっぱり僕の動きに耐えられなかったかぁ………」

 

わかっていたことだけど、もっと考えて動けば壊すこともなかったかなと反省する。

仕方ないので、防具を全部外し、バックパックの中に突っ込んでおく。

さて、と気持ちを再び切り替えて迷宮の中を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

「ふっ! はっ! ほっ! せいっ!」

 

ゴブリンやコボルトを殴り、蹴り、吹き飛ばして叩きつける。

あれから何度も戦闘を繰り返し、ようやくモンスターの原型を保ったまま倒せる力加減がわかってきた僕は、倒したモンスターから魔石を回収していた。

それでも3分の2以上はダメになったけど………

 

「さて、第一階層も粗方周り終えたし、今日はそろそろ引き上げようかな」

 

魔石を荷物袋に詰め終えた僕は、地上に向かって歩き出す。

 

「それにしても、やっぱり第一階層だから、全然歯ごたえがないや。 もっと下の階層に行きたいけど、そんなこと言ったら、絶対にエイナさん怒るだろうしなぁ………」

 

ほんの少しの付き合いだけど、エイナさんがいい人なのはよくわかった。

下の階層に行かないように釘を刺してくれたのも、見た目が頼りない僕を心配してくれてのことだろう。

善意で僕の事を心配してくれてるから、エイナさんの忠告を無視するのは、良心が痛むんだよなぁ。

もっと下の階層に潜れるようになるまでは、身体が鈍らないようにちゃんと修行しなくちゃ。

今後の予定を考えながら、魔石の換金をする為に、ギルドへと向かった。

 

 

 

因みに魔石の換金の際、魔石の多さにエイナさんから無茶をしたと思われ、雷を落とされたのは余談である。

 

 



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第四話 ベル、【剣姫】と出会う

第四話 ベル、【剣姫】と出会う

 

 

 

冒険者になって半月。

少しずつ下の階層にも足を伸ばすようになり、漸く4階層のお許しが出て、数日。

相変わらず手応えのない敵を相手にして、暇を持て余していた僕は、ついエイナさんの言いつけを破り、5階層へと足を運んでいた。

そして、5階層に降りて、一番最初に遭遇したモンスターは、

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

牛頭人体のモンスターで、Lv.2にカテゴライズされ、本来ならもっと下の階層で遭遇するはずの相手。

『ミノタウロス』と呼ばれるモンスターと遭遇した。

普通の駆け出し冒険者なら絶望するほどの相手だけど、僕は逆に笑みを浮かべた。

 

「少しは手応えがありそうな相手が来たかな?」

 

僕はミノタウロスに向かって構えを取る。

ミノタウロスも僕に向かって威嚇の唸り声を上げている。

ダンジョンに潜って初めて会ったLv.2のモンスターに、僕は期待感を膨らませた。

そして、ミノタウロスに向かって一気に駆け出し、その巨体に拳を繰り出そうとして………

寸前で止めてしまった。

何故ならば、

 

「ヴォ!? ヴォオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

ミノタウロスの体に幾つもの閃光が走り、切り裂かれていく。

いや、閃光が走ったというのは語弊がある。

何故なら、僕の目にはその閃光の正体が、ミノタウロスの身体を切り裂いていくサーベルの剣先がハッキリと見えていた。

胴、胸部、上腕、大腿部、下肢、肩口、首と流れるような動きでミノタウロスがバラバラにされていく。

僕から見ても、それなりの速さだ。

因みにバラバラにされる寸前にミノタウロスに向かって僕は駆け出していたため、ミノタウロスから溢れ出した血を避けることが出来ず、大量の血のシャワーを被る羽目になった。

拳を繰り出そうとしていた状態で固まる僕。

そんな僕に、

 

「……………大丈夫ですか?」

 

ミノタウロスをバラバラにしたと思われる人物が話しかけてきた。

腰まで届く金髪に、金色の眼で僕を見るその人物は、冒険者になって半月の僕でも話に聞いたことがある。

女性冒険者の中でも最強の一角と名高いLv.5。

【剣姫】の二つ名を持つ、アイズ・ヴァレンシュタインだった。

でも、そんな事は今は関係無かった。

今の僕の心は、たった一つの思いで占められている。

こんな気持ちは、師匠の強さに魅せられた時以来。

でも、あの時とは違う。

決定的に違う。

 

「あの………大丈夫ですか?」

 

彼女の美しさに、僕は魅せられた。

これが一目惚れという奴なのだろう。

彼女を見ているだけで顔が熱くなり、胸のドキドキが止まらない。

そして僕は、

 

「ほあああああああああああああああああああああっ!!」

 

あまりの気恥ずかしさに、その場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「エイナさぁああああああああああんっ!!」

 

僕は、周りの迷惑も考えずにギルドの建物に飛び込んだ。

 

「エイナさぁあああああああああんっ!!」

 

再びエイナさんの名を呼び、受付窓口に向かって駆け寄る。

すると、

 

「うわぁあああああああああっ!?」

 

エイナさんが悲鳴を上げた。

あ、そういえば今の僕って血まみれだ。

でも、今はそんなことり、

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの情報を教えてくださぁぁぁぁい!!」

 

思いのままにその言葉を口走った。

 

 

 

 

 

あの後幾分か冷静になった僕は、シャワーを浴びてサッパリしたあと、エイナさんと向かい合っていた。

まあ、返り血で真っ赤に染まったまま街中を突っ切ってきたので、それについて少々小言を言われたが………

 

「それで、アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だっけ? 何でまた?」

 

そう聞かれ、僕はちょっと言い辛かったけど、

 

「え~~~っと…………ちょっと言いにくいんですけど、今日は5階層まで足を伸ばしまして………」

 

そこまで言うと、エイナさんのこめかみがピクリとする。

 

「それで5階層に降りて最初に遭遇したモンスターが、何故かミノタウロスでして………」

 

今度はエイナさんのこめかみがピクピクっと2回動く。

 

「それで戦おうとした時に、アイズ・ヴァレンシュタインさんが現れてミノタウロスを倒しちゃったんです」

 

その後一目惚れして、恥ずかしくなって逃げてきちゃったと伝えると、遂にエイナさんが爆発した。

 

「………もぉっ! どうして君は私の言いつけを守らないの!? 唯でさえ君はソロで潜ってるんだし、そうホイホイと下層に行っちゃダメじゃない! 冒険者は冒険しちゃダメって、いつも言ってるでしょ!?」

 

エイナさんは身を乗り出しながら僕を叱る。

 

「すみませんすみません! でも、浅い階層のモンスターじゃ手応えなさすぎて、つい………」

 

「“つい”じゃない! その“つい”が冒険者の命を落とす最大の原因なんだからね! そりゃ、今まで君が殆ど怪我をせずに帰ってきたことだけは認めてあげるけど………」

 

ほとんどっていうか、全くの無傷です。

 

「すみませんすみません! でも、『オラリオ』に来る前にも、ゴブリンやコボルトなら討伐経験があるので、どうしても物足りないって常々思っていたので………」

 

「討伐経験があるって言っても、所詮1匹や2匹でしょう!? ダンジョンの『中』と『外』を同列に考えないで!」

 

エイナさんの言葉は、全て僕を心配してくれているから出てくる言葉だ。

本気で心配してくれているから、僕は頷くことしかできないんだけど…………

『外』でのゴブリン討伐の最高記録は修行の一環で、100匹ほどのゴブリンの巣にこの身一つで乗り込んで全滅させたことかな?

もちろん無傷で。

まあ、そんなこと言ってもエイナさんは信じないだろうし、僕自身エイナさんに心配かけたくないから黙っていよう。

一通り説教して気が済んだのか、エイナさんは気を取り直して椅子に腰掛ける。

 

「それで、アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だっけ?」

 

「は、はい………!」

 

「う~ん………ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのは御法度なんだけど………」

 

「そ、そこを何とか………」

 

僕は手を合わせながらお願いする。

 

「………教えられるのは公然となってることぐらいだよ?」

 

エイナさんは、そう前置きしながらも情報を教えてくれる。

やっぱりこの人は親切だ。

エイナさんが語った情報は、

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン。

大手【ファミリア】である【ロキ・ファミリア】の幹部。

剣の腕前は冒険者の中でもトップクラス。

Lv.5相当のモンスターの大群をたった一人で殲滅したこともあるらしく、二つ名の【剣姫】の他に【戦姫】とも呼ばれる。

下心を持って近寄ってくる異性は全て撃沈。

ついには千人切りを達成したとか………

あと一番大事な情報として、付き合ってる異性がいるとは聞いたことがない、ということだった。

エイナさんもこれ以上は職務に関係ないとかで教えてくれなかった。

趣味とか好きな物とかも聞ければ良かったんだけど、僕としては最後の情報が聞ければ十分だった。

すると、エイナさんが話の最後に、

 

「君はもう神ヘスティアから恩恵を授かったんでしょう? 【ロキ・ファミリア】で幹部も務めるヴァレンシュタイン氏にお近付きになるのは、難しいと思う」

 

確かにエイナさんの言うとおりだ。

 

「………想いを諦めろとは言わないけど、現実をしっかり見なきゃ、ベル君の為にはならない」

 

「………はい」

 

わかってたつもりだったけど、こうやって現実を突きつけられると、苦しいものがある。

そんな僕を見て、エイナさんは困った顔をしながら、ギルド職員としての対応をした。

 

「換金はしていくの?」

 

「あ………はい。 ミノタウロスと出会うまでは、普通にモンスターを倒していたので」

 

「じゃあ、換金所まで行こう。 私も付いて行くから」

 

気を使わせちゃったみたいだ。

僕もまだまだだな………

ギルド本部内にある換金所で、今日の収穫を受け取る。

ゴブリンやコボルトの『魔石の欠片』、占めて6500ヴァリスほど。

いつもよりダンジョンに潜ってた時間が短いから、何時もの半分程度だ。

お金を受け取る僕を、何故かエイナさんは呆れた表情で見ていた。

 

「ベル君。 低階層でソロで半日潜っただけで、何でそんなに稼いでるの?」

 

そんな事を言われる。

新人冒険者が低階層のソロで、一日で稼げる収入は、平均で2000ヴァリスほど。

3000ヴァリス稼げれば上等だ。

運良くドロップアイテムに恵まれたとしても、4000を超えるのが精々だ。

そんな中で、僕は一日潜っていれば、10000ヴァリスはまず超える。

魔石の欠片のみで。

まあ、平均戦闘時間5秒以下だし。

魔石を回収する時間の方が遥かに長い。

とまあ、半日でも6500ヴァリスも稼げば相当無茶していると取られても仕方ないわけだ。

 

「あはは………別に無理はしていませんよ。 ほら、今日もちゃんと無傷でしょう?」

 

僕は手を広げて、どこも怪我してませんということをアピールしながらそう言う。

 

「逆にそこまで無傷だと、ギルドに来る前にポーションで回復してるって疑っちゃうんだけど………」

 

そこで一度溜め息を吐き、

 

「まあいいわ。 今日もちゃんと無事に帰ってきてくれたし」

 

諦めたようにそう呟いた。

どうやら僕の稼ぎの量には突っ込まないことを決めたみたいだ。

報酬を受け取ったあと、ギルドを出ようとしたところで、

 

「………ベル君」

 

突然エイナさんに呼び止められた。

 

「あっ、はい。 何ですか?」

 

僕は振り向いて要件を尋ねると、エイナさんは少し躊躇するような仕草をしてから口を開いた。

 

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男の人に魅力を感じるから………えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね……………ヴァレンシュタイン氏も、強くなった君に振り向いてくれるかもよ?」

 

一人の知人として、励ましてくれるエイナさんの姿に、僕は自然と笑みを浮かべる。

そして、心のままに口走った。

 

「エイナさん、大好きー!!」

 

「えうっ!?」

 

「ありがとぉー!!」

 

そのまま踵を返し、軽くなった足取りで駆け出した。

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

ボクの【ファミリア】を立ち上げてから半月。

相変わらず新規入団者は現れてないけど、1人だけいる団員のベル君。

彼の非常識さに頭を悩ませていた。

いや、ベル君はいい子だし、むしろ好感がもてる子なんだけど、如何せん【ステイタス】が非常識すぎる。

その為、新人ならこまめにするはずの【ステイタス】更新を今まで一切していない。

むしろ、あの【ステイタス】がどうなるのか、ある意味怖くてしょうがない。

そしてベル君自身もある意味非常識だ。

【ファミリア】の資金が、現在10万ヴァリスほど溜まっている。

たった一人の新人冒険者が、半月でこれだけの稼ぎを出すっていうのも前代未聞だ。

理由として、ベル君はほぼ確実に1日で1万ヴァリス以上稼いでくる。

これだけでも新人冒険者としてはとんでもない非常識なんだけど、それに加えて、ベル君は武器や防具といった冒険者に必要不可欠な道具に全くお金を使わない。

聞けば、素手で戦っているので武器は必要ないらしく、防具に至っては、支給された防具がベル君の動きに耐え切れず、たった一度の戦闘で壊れたらしい。

まあ、防具が無いことは心配はしていない。

あのベル君の鋼の体なら、下手な防具よりも生身の方が防御力ありそうだし。

むしろ、ベル君がダンジョンに潜って怪我をしているところを見たことがない。

その為、ポーション等の回復アイテムにもお金を使わない。

なので、【ファミリア】として消費するお金は、食費などの、本当に必要最低限なものだけであり、無駄なお金を一切使わないので、お金は溜まる一方なのだ。

まあ、それでもベル君の非常識ぶりも新人冒険者の中ではの話だし、何事も無くあと数ヶ月もすれば、特に騒ぎ立てるようなものでもない。

他の神々にも、興味を持たれることは無いだろう……………何事もなければ。

例えば、いきなり第一級冒険者と喧嘩して伸してしまったり、階層主をソロで討伐してしまったり……………

どっちもベル君なら出来てしまいそうなので不安だ。

そんな事を考えていると、

 

「神様! ただいまー!」

 

いつもより早く、ベル君が帰ってきた。

 

「おかえり、ベル君。 今日は早かったね」

 

「ええ。 ちょっとダンジョンでトラブルがありまして」

 

「トラブルー? でも、君が潜ってるのってまだ低階層だろう? いくらトラブルがあったとしても、君が怪我をするような目には遭わないと思うんだけど……」

 

「トラブルといいますか、運命的な出会いといいますか…………」

 

そこでボクはピクリと反応した。

 

「もしかして…………女の子かい?」

 

「……………あはは」

 

僅かに頬を染めながら、乾いた笑いを零すベル君を見て、ボクは確信した。

ボクの心に沸々と嫉妬という感情が湧き上がる。

 

「どういう事だいベル君…………もしや、ピンチに陥ってた女の子を助けて惚れられちゃったなんてベタなオチじゃないだろうね?」

 

「あはは………僕もそうであればいいと思ったんですけど、まあ、なんというか、配役が逆になったといいますか………」

 

「詳しく聞こうじゃないか………!」

 

思わず低い声になったボクにベル君は説明を始めた。

第5階層に進んだら、何故かミノタウロスと遭遇したこと。

ベル君は、嬉々としてミノタウロスと戦おうと思ったこと。

その直前で、第一級冒険者のヴァレン某という女剣士が横槍をいれて、ミノタウロスを瞬殺したこと。

そのヴァレン某に、ベル君が一目惚れしてしまったことを聞いた。

 

「…………手応えが無いから下の階層へ行くのはともかくとして、ミノタウロスと正面切って戦うのは褒められた話じゃないなぁ………」

 

「ええっ? でも、ゴブリンとかと比べれば桁違いでしたけど、別にそこまで危険な相手じゃないと感じたんですけど?」

 

「いやいや、今の君はLv.1で申請してるんだよ? ミノタウロスなんかを倒しちゃったら、確実にギルドや他の神々から目をつけられる。 そうなれば、君の【ステイタス】を公表しなきゃいけなくなるんだよ。 君の【ステイタス】がどの程度の物なのか把握できてない今は、それはまだ避けたほうがいい」

 

「そういうものなんでしょうか?」

 

「まあ、君の強さがLv.1の枠に収まらないことだけはこの半月で確認できたけど、まだ全貌が明らかになってない。 そうなれば、他の神々に追求された時に説明が難しい上に、下手をすれば、ボクが君に『神力』を使って力を与えたとか言い出しかねない。 そうなれば、君の冒険者としての未来を閉ざしてしまうことになる。 だから、今は可能な限り君の【ステイタス】は秘匿しておきたいんだ」

 

「………分かりました」

 

「それに、アイズ・ヴァレンシュタインだっけ? そんなに美しくてべらぼうに強いんだったら、他の男共がほっとかないよ。 その娘だって、お気に入りの男の一人や二人囲ってるに決まってるさ」

 

「そ、そんなぁ………」

 

ベル君は情けない声を上げる。

けれど、ボクは続ける。

ベル君を他の女に渡すもんか!

 

「いいかい? そんな一時の気の迷いなんて捨てて、もっと身の回りを注意してよく確かめてみるんだ。君を優しく包み込んでくれる、包容力に富んだ素晴らしい相手が100%確実にいるはずだよ」

 

ボクはそう言うけど、ベル君は少し考える仕草をした後、複雑な表情をする。

むむっ、これはもうひと押し必要だな。

 

「ま、ロキの【ファミリア】に入っている時点で、ヴァレン某とかいう女とは婚約できっこないんだけどね?」

 

そう言うと、ベル君は項垂れる。

よし、ここからボクが気を引けば………

 

「そうだベル君。 【ステイタス】の更新をしてみようか」

 

ボクの言葉を聞いて、ベル君はガバッと顔を上げる。

思ったとおり食いついた。

 

「えっ? でも、詳細がわからないから【ステイタス】の更新は控えるって言ってませんでした?」

 

正直、ボクも【ステイタス】の更新は、違う意味で不安に思っている。

でも、なんとかベル君の気をヴァレン某からボクに逸らさないと。

 

「うん。 でも、更新によって、【ステイタス】が正しく表示されるかもしれないから、一度は更新してみようと思うんだ」

 

「あっ、なるほど。 その可能性も捨てきれませんね」

 

「じゃあベル君。上着を脱いで、ベッドに横になるんだ」

 

「分かりました」

 

そう言って、上着を脱いでいくベル君。

うわっ、やっぱり凄い体してるなぁ………

ベル君の鋼の肉体を見て、ボクは思わず溜め息を吐く。

その間に、ベル君はベッドにうつ伏せに横になった。

 

「じゃ、ちょっと失礼するよ」

 

ボクはベル君の背中に馬乗りになる。

ワザと太ももを密着させるように。

見れば、ベル君は無言だけど、その頬は僅かに赤くなってる。

ふふっ、少しは意識してくれてるみたいだ。

ベル君の様子に満足しながら、ボクはベル君の【ステイタス】を更新する。

やがて更新が終わり、【ステイタス】を確認した。

そこでボクは溜め息を吐く。

やっぱり変わってな………………

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.東方不敗

 

力  :流派!東方不敗は!

 

耐久 :王者の風よ!

 

器用 :全新!

 

俊敏 :系列!

 

魔力 :天破侠乱!!

 

武闘家:見よ! 東方は赤く燃えている!!!

 

 

《魔法》

【魔法など必要ないわぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

 

 

 

 

 

 

なんか増えとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!???

英雄色好(キング・オブ・ハート)】ってなんだよ!?

バリバリハーレム主人公向けのスキルじゃないか!

つまりベル君は女の子と仲良くなればなるほど女の子の前じゃ強くなるっていうのか!?

うがーっと叫び出したくなるのを何とか堪える。

 

「神様? どうかしましたか?」

 

ボクの様子にベル君は怪訝に思ったのか聞いてきた。

 

「いいや、何でもないよ。 それよりも、やっぱり【ステイタス】に変化は見られなかったよ」

 

「そうですか………」

 

ベル君には、このスキルは絶対に知られちゃいけない!

ベル君がその気になったら、一体何人の女の子が虜になるか。

ベル君本人も『ハーレムは至高』なんて間違った教育(せんのう)をされてるから、進んでハーレムを築きそうだ。

………このスキルが発現したのは、やっぱりヴァレン某との出会いが切っ掛けなんだろう。

ヴァレン某への強い想い。

ベル君の育ての親からの教育(せんのう)

そして、ベル君自身の英雄になりたいという渇望と、師匠に対する強さへの憧れ。

その全てが混ざりに混ざってこのスキルとなって発現したとボクは予想した。

 

「…………全く………本当にとんでもない子だよ、君は」

 

ベル君に聞こえないように小さく呟く。

とりあえず、やっぱりしばらく更新はお預けだと心に誓った。

 

 



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第五話 ベル、大食いする

第五話 ベル、大食いする

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

いろいろあった日の翌朝。

朝起きたら神様が僕に抱きついて寝ていたというハプニングがあったものの、僕は日が昇る前のオラリオを駆ける。

出歩いている人は少ないしまだ暗いので、僕は遠慮なく身体能力を発揮し、とある場所へ向かっていた。

その場所は、オラリオを囲む市壁の上。

浅い階層の敵では身体が鈍ってしまうと判断した僕は、毎朝修行を日課としているけど、街中では色々と問題があるため、良い場所がないかと探していたところ、ついこの間、この場所を見つけたのだ。

ここなら人も滅多にこない上に、身体を動かすにも十分な広さがある。

よって、この場所を見つけた日から、毎朝この場所で修行をしているのだ。

基本的な修行内容は、ホームからこの場所まで全力疾走。

ついでに地上からこの市壁の上までを壁の外から駆け上がる。

師匠をイメージしたシャドウを中心として、鈍ってきていると感じる部分を集中的に鍛えた。

今日も朝の修行を終わらせ、ダンジョンに向かっていると、突然誰かの視線を感じた。

敵意でも悪意でもない。

まるで値踏みするかのようなその視線に僕は思わず視線を感じた方を向く。

その方向は、バベルの塔。

確か、バベルの塔には神様達が住んでるんだよね。

じゃあ、神様の誰かが僕を見てたってことなのかな?

とりあえず視線を感じたのは今だけだし、僕の【ステイタス】がバレるような事は無いと思うけど………

と、そこまで考えて、後ろに気配を感じたので振り向く。

 

「わっ!?」

 

突然振り向いた僕に驚いたのか、後ろに居た人物は声を上げた。

そこにいたのは、薄鈍色の髪と瞳をしたヒューマンの少女だった。

服装は、ウエイトレスのような格好をしているから、どこかの店の店員さんかな?

 

「あっと………すみません。 驚かせてしまいましたか?」

 

僕は謝りながら尋ねる。

 

「あ、いえ………私も後ろから近付いてしまったのでしょうがないかと………」

 

少女は身なりを正してそう答える。

 

「それで、僕に何か?」

 

「あ………はい。 これ、落としましたよ」

 

そう言って差し出された彼女の手の平に乗っていたのは魔石の欠片。

 

「えっ? あれ………?」

 

僕は魔石を入れてある腰巾着に手をやる。

手に入れた魔石は、全部この腰巾着に入れてるけど、魔石は全部換金したはずだけど……残ってたものがあったのかな?

でも、一般人が魔石を持ってるなんて考えにくいし………

とりあえず、彼女からは嫌な雰囲気はしなかったので、受け取っておくことにした。

 

「すいません。 ありがとうございます」

 

「いえ、お気になさらないでください」

 

柔らかい微笑みが返ってきて、僕は少し見惚れる。

 

「こんな朝早くから、ダンジョンへ行かれるんですか?」

 

「ええ。 まだ低階層しかアドバイザーの人から許されていないので、少しでも収入を良くする為に………」

 

と、そこまで言ったところで、僕のお腹がグウっと鳴った。

 

「………………」

 

「………………」

 

あまりの気恥ずかしさに沈黙する僕と、きょとんと目を丸くする彼女。

そういえば、まだ朝ごはん食べてなかった。

すると、彼女はぷっと笑みを零し、

 

「うふふ、お腹空いてらっしゃるんですか?」

 

「……………はい」

 

「もしかして、朝食を取られていないとか?」

 

本当の事なので、僕は頷く。

すると、彼女は少し考える素振りをした後、パタパタと駆けてカフェテラスを超えて店の中へ入り、少しすると再び出てきた。

その手に小さなバスケットを持って。

 

「これ、よかったらどうぞ…………まだお店がやってなくて、賄いじゃあないんですけど」

 

「ええっ!? そんな、悪いですよ! それにこれ、あなたの朝ごはんじゃ………!」

 

「このまま見過ごしてしまうと、私の良心が痛んでしまいそうなんです。だから冒険者さん、どうか受け取ってもらえませんか?」

 

「ず、ずるいですよ、その言い方………」

 

そんな言い方されたら、断れないですよ。

僕が受け取るかどうかで悩んでいると、彼女が顔を近づけてきて、

 

「冒険者さん。 これは利害の一致です。 私もちょっと損をしますけど、冒険者さんはここで腹ごしらえができる代わりに………」

 

「代わりに?」

 

「今日の夜、私が働くあの酒場で、晩御飯を召し上がっていただかなければなりません」

 

その言葉の意味を完全に理解すると、僕は思わず破顔した。

 

「もう、本当にずるいなあ………」

 

「うふふ、ささっ、貰ってください。 今日の私のお給金は、高くなること間違いなしなんですから」

 

こうやってこの子はお得意様を増やしていってるんだろうなと思いつつも、この子に対して特に悪い印象は感じない。

 

「………それじゃあ、今日の夜に伺わせてもらいます」

 

「はい。 お待ちしています」

 

バスケットを受け取り、ダンジョンへと向かって歩き出す。

と、そこで僕は一度振り返り、不思議そうな顔をする彼女に向かって、

 

「僕はベル・クラネルといいます。 あなたのお名前は?」

 

一瞬驚いたようだが、彼女はすぐに笑みを浮かべ、

 

「シル・フローヴァです。 ベルさん」

 

そう名乗った。

 

 

 

 

シルさんから貰ったバスケットに入っていたサンドイッチを美味しく頂いた僕は、ダンジョン4階層を駆け回っていた。

とりあえず、モンスターに出会うまで駆け回り、見つけた瞬間すれ違いざまに攻撃を叩き込んでサーチ&デストロイ。

魔石を回収して再び駆け回った。

そんな事を繰り返しながら、僕は考えていた。

サポーター、雇うべきかなぁ………と。

この階層では、モンスターを倒す時間より、魔石を回収する時間の方が数倍かかっている。

もし、魔石を拾う人がいてくれれば、僕もモンスターを倒すことに集中できるから、倍以上稼ぐことも可能だろう。

でも、こんな低階層で手伝ってくれるサポーターなんて居るのかなぁ?

もう少し、下の階層まで行けるなら、可能性はあると思うけど………

この際、エイナさんに僕の【ステイタス】をバラして、もっと下の階層まで行けるように説得してみようかなぁ?

エイナさんなら信頼できそうだし。

神様にも相談してみよう。

そんな事を思いながらダンジョンを駆け回っているうち、腰巾着が満タンになってしまった。

 

 

 

 

ギルド本部へ戻り、換金を済ませると、2万ヴァリスほどの収入となった。

これならシルさんのお店で多少贅沢しても、バチは当たらないだろう。

外へ出ると、もう日が傾き始めている時間だった。

そういえばお昼も食べてないから、いい感じにお腹が減っている。

これならシルさんのお店でたくさん食べられることだろう。

一度ホームに戻ると、神様が出かける準備をしていて、聞けばバイト先の打ち上げがあるそうだ。

僕もシルさんのお店に行かなきゃいけないから、丁度良かった。

やがて、日が暮れる頃、ホームを出た僕は、今朝シルさんと出会った場所に向かっていた。

朝と夜とでは、通りの雰囲気が全く違うため、少し探す羽目になったが、見覚えのある酒場をなんとか見つけ、その店の前に立っていた。

店の名前は『豊穣の女主人』。

店の入口から店内をそっと窺うと、容姿のレベルの高い女性スタッフが動き回っていた。

それに容姿のレベルも高いが、ほとんどのウエイトレスの動きを観察していると、一挙一動を見ても、只者でないことが分かる。

その中でもカウンターの中で料理やお酒を振舞っている女将さんと思われる恰幅のよいドワーフの女性は、レベルが一つ違うと感じた。

シルさんは普通の一般人だったんだけどなぁ。

そんな事を思っていると、

 

「ベルさん」

 

店の中を観察するのに夢中になっていて、すぐそばにシルさんが来ていることに気付かなかった。

シルさんは、無意識か故意かはわからないけど、気配を消すのが上手い。

多分才能なんだろう。

動き自体は素人だし。

 

「はい、やってきました」

 

「はい、いらっしゃいませ」

 

店の入口を潜ると、澄んだ声を上げる。

 

「お客様1名はいりまーす」

 

すると、僕の方に向き直り、

 

「では、こちらにどうぞ」

 

席に案内された。

案内された席はカウンター席で、女将さんと向き合う形になる。

僕が席に座ると、

 

「アンタがシルのお客さんかい? ははっ! 冒険者のくせに可愛い顔してるねえ!」

 

女将さんが開口一番そんなこと言ってきた。

はぁ………あまり男らしくない顔っていうのは自覚してるよ。

そう思いながら溜め息をつきそうになる。

でも、

 

「けど…………アンタ、強いね」

 

女将さんの口から発せられた言葉に、ため息が止まる。

当てずっぽうや、予感とかそんなレベルじゃない。

確かな確信を持って、女将さんは言った。

 

「何か勘違いしてませんか? 僕はつい半月前に冒険者になったばかりの新人ですよ」

 

すっとぼけた振りをしてそう言う。

これで誤魔化せるなんてこれっぽっちも思ってないけど、どういう反応をするか見たいからだ。

 

「服を着てると解りづらいけど、アンタの体は相当に鍛え込まれてる。 正直、どうやったらそこまで鍛えられるのか、ってぐらいにね」

 

女将さんはニヤッと笑ってみせる。

このオラリオに来て、初めて僕の強さを見抜いた人がいた事に、僕は何故か嬉しくなった。

僕も笑みを返し、

 

「そう言う女将さんもかなりの実力者でしょう? 女将さんだけじゃない。 働いているウエイトレスさん達の殆どは只者じゃない。 おそらくLv.3………いえ、Lv.4ほどの実力を持っているんじゃないでしょうか?」

 

「へぇ………わかるのかい?」

 

女将さんは興味深そうな視線を僕に向ける。

 

「まあ、重心の安定と、動きのいくつかを見れば大体は」

 

「へぇ…………」

 

女将さんは、益々興味深そうな視線を向けてきた。

………選択間違ったかな?

 

「ま、それはそうと、アンタ、なんでも私達に悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってってくれよぉ!」

 

「…………えっ?」

 

僕は、ふとシルさんを見る。

シルさんは、サッと視線を逸らした。

 

「シルさん?」

 

「えへへ…………」

 

シルさんは何かを誤魔化すような笑みを浮かべているけど、大事なことを聞かなきゃいけない。

 

「シルさん! なんで僕が大食いだってことを知ってるんですか!?」

 

「…………えっ?」

 

今度はシルさんが驚いたように目を丸くした。

 

「…………えっ?」

 

その反応に、僕も声を漏らす。

 

「「…………えっ?」」

 

最後にお互いの顔を見合わせ、同時に声を漏らした。

そこまでして、シルさんの様子の意味に気付いた。

多分、嘘から出た真って奴。

 

「あ~~~、シルさん? 僕、こんな(なり)ですけど、燃費が悪いせいで普通の人の2人分や3人分なら、簡単に食べられちゃうんですよ」

 

僕はそう説明する。

 

「そ、そうだったんですか? いや~、私の目に狂いは無かったんですね~!」

 

棒読みでその言い訳は苦しいです。

とりあえずメニューを見てみたけど、初めてだから、どれがオススメなのか分からない。

こういう時は………

財布から5000ヴァリスを取り出し、

 

「とりあえず、これで買えるメニューのお勧めをください」

 

ちょっと奮発してそう言ってみた。

 

「ははっ! 中々気前がいいじゃないか! よし、ちょっと待ってな!」

 

女将さんが豪快に笑いながらキッチンに居るスタッフに声をかける。

 

「酒は?」

 

「あっ、大丈夫です。 飲めます」

 

師匠やお爺ちゃんに付き合わされて、酒を飲むことが多かったため、今では普通に飲める。

 

「ほらよっ!」

 

ドンッとカウンターの上にエールが置かれる。

それで喉を潤していると、次々に料理が運ばれてくる。

パスタを始めとして、揚げ物や炒め物、色々な料理が大盛りでどんどん運ばれてくる。

その美味しそうな匂いに、僕はたまらず手を合わせ、

 

「いただきます!」

 

すごい勢いで料理を食べ始めた。

うん、量もさる事ながら、味も美味しい。

これは行きつけのお店にするべきだな。

そう思いながら、次々と料理を口へ運ぶ。

出された料理を次々と完食していくと、シルさんが来た。

 

「楽しんでいますか?」

 

「はい! いいお店ですね、ここ」

 

「それなら、私もお誘いした意味があったというものです」

 

シルさんは笑いながらそう言うと、丸椅子を持ってきて僕の隣に座る。

 

「それにしても、ベルさんすごいですね」

 

僕の食べる姿を見ながら、シルさんは呟いた。

 

「モグモグ………ゴックン。 あはは! そりゃ僕みたいな小柄な男がこれだけ食べるとなれば、誰だって驚きますよね。 それより、お仕事はいいんですか?」

 

「キッチンは忙しいですけど、給仕の方は十分間に合っていますので。 今は余裕もありますし」

 

そう言いながらシルさんは女将さんに視線で許しを請う。

女将さんも口を吊り上げながら、くいっと顎を上げて許しを出す。

どうやら僕を大事な客として認識したようだ。

 

「えっと、とりあえず、今朝はありがとうございます。 サンドイッチ、美味しかったです」

 

「いえいえ、頑張って渡した甲斐がありました」

 

「頑張って売り込んだというべきじゃありませんかね?」

 

料理を食べながらシルさんと世間話をしているうちに、この店の事についても聞いた。

 

この店を一代で築き上げた女将さん―――ミアさんというらしい―――は、元第一級冒険者らしく、【ファミリア】からも半脱退状態らしい。

従業員は全員女性で、訳有りの人も多いらしい。

そんな訳有りの人でも、ミアさんは気前よく受け入れているのだとか。

 

そのようにシルさんと雑談を続けていると、十数人の団体が酒場に入店してきた。

ふとその一団に横目を向けると、

 

「ッ…………!」

 

その中の1人に目を奪われた。

何故なら、その団体の中の1人に、あのアイズ・ヴァレンシュタインさんがいたからだ。

 

 



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第六話 ベル、大暴れする

この話ではベート君フルボッコにされます。
ベートファンは注意。


第六話 ベル、大暴れする

 

 

 

 

 

入店してきた団体に、あのアイズ・ヴァレンシュタインさんがいることに気付いた僕は、思わず身体を硬直させた。

そう、店に入店してきた団体は、あの【ロキ・ファミリア】だったのだ。

他の冒険者達も、ざわめいていた。

 

「………おい」

 

「おおっ! えれぇ上玉!」

 

「バカッ! エンブレムを見ろ!」

 

「げっ!」

 

【ロキ・ファミリア】の団体はそのまま僕の背中側にあるテーブルに着く。

僕は、あのアイズ・ヴァレンシュタインさんが近くにいることで心臓がバクバクと高鳴っていた。

【ロキ・ファミリア】の一人が立ち上がり、

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん! 今日は宴やぁ! 飲めぇ!!」

 

そう音頭をとった。

後ろ姿しかわからなかったが、身に纏う雰囲気から、あの人が神様だと思う。

それを切っ掛けに、【ロキ・ファミリア】の人たちは騒ぎ出した。

その中でヴァレンシュタインさんは少食でマイペースだ。

すると、僕が【ロキ・ファミリア】の様子を窺っている事に気づいたのか、

 

「【ロキ・ファミリア】さんはウチのお得意様なんです。 彼らの主神であるロキ様に、ウチの店がいたく気に入られてしまって」

 

結構重要な情報を口にしてくれた。

なるほど、この店に来れば、ヴァレンシュタインさんと出会える可能性が高まるということだ。

正直、今の僕を傍目から見れば、ストーカー紛いと思われるだろう。

でも、そんな事は気にならないぐらい、僕はヴァレンシュタインさんの一挙一動に注目していた。

と、そんな中、

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ」

 

「あの話………?」

 

ヴァレンシュタインさんから見て、斜め向かいの席に座っていた獣人の青年が、話をせがんでいた。

見た目は男らしくて格好良く、僕から見れば羨ましく思う。

 

「あれだって。 帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が5階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あん時いたトマト野郎の!」

 

ミノタウロス、5階層と聞いて、まさかと思う僕。

 

「ミノタウロスって、17階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」

 

「それそれ! 奇跡みてえにどんどん上層に上って行きやがってよ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れていたってのによ!」

 

話を聞くに、【ロキ・ファミリア】が遠征の帰りにミノタウロスの群れとエンカウント。

返り討ちにしたら、ミノタウロスが突然逃走。

それを追いかけていって、最後の1匹をヴァレンシュタインさんが5階層で仕留めた。

で、その時その場にいたのが…………

 

「それでよ、いたんだよ。 いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」

 

僕ってことか。

しかもひょろくさいって、やっぱり僕ってそんな風に見られてるんだなぁ………

 

「しかもそいつ、無謀にもミノタウロスと戦おうとしてたんだぜぇ。 笑っちまうよ! 自分と相手の力量差も測れないド素人の冒険者の分際で!」

 

その言葉にはカチンときた。

僕は十分相手との力量差を推し量って対峙したつもりなんだけどなぁ………

僕は心を落ち着けるために、残っていた料理を口に運ぶ。

 

「ふむぅ? それで、その冒険者はどうしたん? 助かったん?」

 

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

「………………」

 

ヴァレンシュタインさんは何も言わない。

けど、僅かに眉をひそめていた。

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて………真っ赤なトマトになっちまんだよ! くくくっ、ひーっ! 腹痛えぇ………!」

 

獣人の青年の言い方にムカムカしてきた僕は、料理の中にあったパンをちぎり、指先でこね始めた。

別にこのぐらいの意趣返しはいいよね?

そのこねたパンに、それぞれのテーブルに置かれているスパイスの中から、唐辛子を粉末状にしたものを多めに混ぜる。

 

「うわぁ…………」

 

「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ………!」

 

はい、唐辛子追加。

 

「………そんなこと、ないです」

 

ヴァレンシュタインさんはそう言う。

獣人の青年は、涙を溜める程に笑いを堪え、他のメンバーも失笑している。

それを聞いていた他の冒険者達も、笑いを堪えるのに必死だ。

 

「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって………ぶくくっ! うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」

 

「………くっ」

 

「アハハハハッ! そりゃ傑作やぁー! 冒険者怖がらせてしまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふっ………ご、ごめんなさい、アイズっ。 流石に我慢できない…………!」

 

はい、山葵追加。

 

「……………」

 

「ああぁん、ほら、そんな怖い顔しないの可愛い顔が台無しだぞー」

 

どっと笑いに包まれる【ロキ・ファミリア】を他所に、僕は指先の特性辛玉をこね続ける。

 

「ベッ、ベルさん!?」

 

僕の奇行にシルさんは驚いたような声を漏らしてるけど、僕の指は止まらない。

 

「ああいう奴がいるから俺達の品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」

 

「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。 ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。 巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。 恥を知れ」

 

「おーおー、流石エルフ様。 誇り高いこって。 でもよ、そんな救えねえ奴を擁護して何になるってんだ? それはてめぇの失敗をてめぇで誤魔化すための、ただの自己満足だろ? ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

カラシも追加。

 

「これ、やめえ。 ベートもリヴェリアも。 酒がまずくなるわ」

 

「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねえ野郎を。 あれが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

 

震え上がった記憶はありません。

山葵2割増し。

 

「あの状況じゃしょうがないと思います」

 

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。 じゃあ質問を変えるぜ? あのガキと俺、番にするならどっちがいい?」

 

「………ベート、君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。 ほら、アイズ、選べよ。 雌のお前はどっちの雄に尻尾振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

「………私は、そんな事を言うベートさんとだけは、ごめんです」

 

「無様だな」

 

「黙れババァ…………じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で囁かれたら、受け入れるってのか?」

 

「…………っ」

 

そんな恥ずかしいこと聞かないでくださーい!

 

「はっ、そんな訳ねえよなぁ。 自分より弱くて、軟弱で、救えない、気持ちだけが空回りしてる雑魚に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。 他ならないお前がそれを認めねえ」

 

全種類5割増。

その特性辛玉を右手の親指の上に乗せ、親指を人差し指に引っ掛ける。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

 

その言葉を切っ掛けにして、僕は【ロキ・ファミリア】に背を向けたまま親指を弾いた。

 

「あっ…………!」

 

シルさんが、弾かれた特性辛玉の行き先を目で追う。

特性辛玉は、天井近くまで飛ぶと、重力に引かれ落下を始める。

そして…………

ぽちゃんと、ベートと呼ばれていた獣人が手に持っていた飲みかけのジョッキの中に入る。

もちろん狙ってやった。

 

「「あっ………!」」

 

シルさん、そして、何かがジョッキに入ったことに気付いたヴァレンシュタインさんが声を漏らす。

酔っ払っていた獣人は、辛玉がジョッキに入ったことに気付かずに、そのまま煽り、

 

「グボァッ!!!??? ゲホッ!? ゴホッ!? みみみ………水!!!」

 

盛大に吹き出した。

椅子から転げ落ちて、盛大にのたうち回る獣人の青年。

僕は、背中越しに笑いを堪える。

 

「ベベ………ベルさん!?」

 

僕がやったことをバッチリ目撃していたシルさんが目を見開いて驚いていた。

獣人の青年は、仲間から水を貰い、一気に飲み干す。

 

「ぶはぁっ!! ぜい………ぜい………」

 

「ちょっと? いきなりどうしたのよ、ベート?」

 

いきなり転げ回った獣人の青年に仲間のアマゾネスの少女が怪訝そうに尋ねる。

 

「こ、この酒………!」

 

獣人の青年が、忌々しくジョッキを見つめる。

 

「この酒がどうしたって?」

 

アマゾネスの少女は指先で獣人のジョッキの酒をつつくと、ひと舐めする。

すると、見る見る涙目になり、

 

「水――――――――っ!!!」

 

大慌てで水を口に流し込んだ。

 

「な、何これ………? 辛っ!」

 

すると、獣人が突然立ち上がり、

 

「誰だ!? 俺の酒に妙なもん入れた奴は!?」

 

大きな声で周りに問いかけた。

ここで名乗り出るほど、僕はお人好しじゃない。

僕がやったのは、単なる意趣返しだし。

でも、

 

「ん? どうしたアイズ?」

 

ヴァレンシュタインさんが僕がいる方向をジッと見ていた。

そういえば、ヴァレンシュタインさんも、ジョッキに何かが入ったことは気付いたみたいだから、飛んできた方向の大体の予想はついていたのかも知れない。

獣人の青年も、つられて僕の方を見た。

 

「あいつかぁ!!」

 

獣人は椅子を蹴飛ばし、僕の方にズカズカと歩いてくる。

 

「おいガキぃ! てめえか、俺の酒に妙なもん入れやがったのは!?」

 

シルさんの反対側のカウンターに手を叩きつけながら、獣人が怒鳴る。

シルさんはアワアワと慌てているが、僕は冷静に、

 

「そうです…………と言ったら?」

 

僕は一気に殴りかかってくると予想したけど、

 

「なんでこんな事しやがった?」

 

意外に冷静だった。

 

「単なる意趣返しです」

 

「意趣返しだと?」

 

「ええ。 僕を笑いものにして酒の肴にしたんです。 この程度の仕返し位、許されると思いますが?」

 

そこで彼は僕の正体に気付いたのか、笑い声を上げる。

 

「くっ………はっはっはぁ!! お前、あん時のトマト野郎か!?」

 

「そうです」

 

僕はエールを煽りながら頷く。

 

「ひーっひっひっひ! それじゃあしょうがねえよなぁ! てめえみてえな雑魚は、こそこそと嫌がらせをする事ぐらいしか、やり返す方法を知らねえもんなぁ!!」

 

「……………」

 

「てめぇみてえな腰抜け野郎に、冒険者の資格はねえよ。 さっさと故郷に帰ってママのおっぱいでも吸ってな!」

 

もう一度エールを煽り、僕は溜め息を吐く。

 

「がっかりですね………」

 

僕はそう呟く。

 

「あん?」

 

「大手【ファミリア】である、【ロキ・ファミリア】の主力であろう第一級冒険者のあなたが、門番と同じ見た目だけで判断する小物だったなんて、がっかりにもほどがありますよ」

 

酔っていた影響か、思わず本音が出てしまった。

 

「今……なんつった………?」

 

「聞こえませんでしたか? 人を見た目だけで判断する小物だと言ったんですよ」

 

あれ? おかしいな?

抑えが効かないや。

そう言った瞬間、

 

「やめろ! ベート!!」

 

【ロキ・ファミリア】の中の小人族である金髪の少年が叫ぶ。

【ロキ・ファミリア】の中じゃ、あの人が一番強いかな?

そんな事を思っていると、獣人の青年が腕を振り上げていた。

やっぱり小物だなぁ、この人。

とはいえ、このままジッとしていると、シルさんにも被害が及ぶ可能性がある。

仕方ないので、僕は座っている椅子から素早く立ち、シルさんを抱き抱えてその場から離れる。

当然、僕がいなくなったため、獣人の青年の拳は椅子を砕いた。

 

「何っ!?」

 

獣人は驚愕で目を見開く。

あれ?

もしかして、今の僕の動きについて来られなかった?

 

「全く、短気ですね。 そんなんじゃ、小物と言われても仕方ないですよ。 シルさんが怪我でもしたらどうするんですか?」

 

僕はそう声をかける。

 

「て、てめえ、いつの間に………!」

 

そんな獣人を他所に、僕はシルさんを気にする。

 

「シルさん、お怪我はありませんか?」

 

「へっ? あれっ? 私………えええっ!?」

 

僕にお姫様抱っこされてることに気付いたのか、シルさんは顔を赤くして取り乱す。

 

「あはは、その様子なら大丈夫みたいですね」

 

そう言いながらシルさんを床に下ろす。

 

「べ、ベルさん………」

 

未だ顔を赤く染めているシルさん。

正直可愛いです。

そんなシルさんに追加でお金の入った袋を渡す。

 

「へっ? ベルさん?」

 

突然お金を渡されて、困惑したのか、シルさんは慌てる。

 

「それは迷惑料です。 今壊した椅子の修理代にでも使ってください」

 

僕は店の出入り口に向かって歩き出す。

 

「おい! ガキッ!!」

 

イラついた声が後ろから飛んでくる。

僕は首だけで振り返ると、

 

「喧嘩なら買いますよ。 ですが、ここは楽しく飲んで食べる場所です。 外でやりましょうよ」

 

「上等だ! 身の程知らずのガキが!!」

 

僕に続いて、彼も外に向かって歩き出す。

 

「ちょっと、ベート! 大人げない真似は止めなって!」

 

アマゾネスの少女が獣人の青年を追いかける。

そんな中………

 

「アイズ………今の彼の動きは見えたか?」

 

小人族の少年がヴァレンシュタインさんに話しかけていた。

ヴァレンシュタインさんは首を横に振り、

 

「ううん。 ほんの僅かにブレた影が走ったとしか見えなかった」

 

「そうか………僕もだ……それに………」

 

小人族の少年は親指に目をやる。

 

「彼を見た瞬間から………親指の疼きが止まらない……………彼は…………強い!」

 

そんなやりとりが行われていた。

 

 

一方、

 

「べ、ベルさん………!」

 

シルさんが心配そうな声を漏らす。

 

「シル、ほっときな」

 

女将さんの言い方に、シルさんは声を上げる。

 

「でも、このままじゃベルさんが………!」

 

「いいんだよ。 けど、そんなに心配なら、しっかり見守ってやんな。 面白いものが見られるかもよ」

 

女将さんは、意味深な笑みを浮かべ、動じた様子がないまま作業を続けた。

 

 

 

 

 

僕と獣人の青年は、店の外で向かい合っていた。

周りは、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者に挑む、無謀な新人冒険者という話が飛躍的に広がり、野次馬の集団が囲っていた。

 

「おい! 新人のガキが【ロキ・ファミリア】の幹部に挑むってよ!」

 

「ハハッ! 勇気あるじゃねえか!!」

 

「ケッ! 身の程知らずのガキじゃねえか!」

 

「おいガキ! 頑張れよ! 大穴のお前に1万ヴァリスかけたんだからな!」

 

「チャレンジャーだなお前」

 

などなど、色々な言葉が飛び交っている。

 

「ベート! 止めなって、新人イジメなんてカッコ悪いことこの上ないよ!」

 

アマゾネスの少女が、獣人の青年を止めようと声を上げる。

 

「黙ってろ! このガキに落とし前つけさせなきゃ、俺の気が済まねえんだよ!! おいっ、ガキ! さっさと得物を抜きな! 先手は譲ってやるよ!」

 

獣人の青年は、両手をポケットに突っ込んだまま、こちらを脅すように声を張り上げる。

僕を新人冒険者と侮り、完全に舐めきっているのがよくわかる。

多分、さっきの攻撃を避けたのも、自分が酔っ払ってただけとか、単なる偶然としか思ってないんだろうな。

僕は、さてどうするかと考えていたとき、風に吹かれて1枚の布切れが飛んできた。

それを見て、僕は笑みを浮かべる。

その布切れが僕の傍を通過するとき、僕は手を伸ばしてその布切れを掴んだ。

 

「僕の武器は、これで構いません」

 

そう言いながら布切れを伸ばして見せつけるように言い放つ。

彼を見ると、ピクピクとこめかみがひくついている様子がよくわかった。

 

「てめぇ………ふざけるのもいい加減にしろよ!?」

 

彼が怒鳴る。

でも、僕は冷静に、

 

「別にふざけてはいません。 逆に、得物を選ばなきゃいけない人なんて、僕や師匠から言わせれば二流です。 真の達人が扱えば、例え布切れだろうと名剣を凌ぐ刃となり、絶対に切れない鎖にもなる。 それを証明しましょう」

 

「ハッ! 何を言い出すかと思えばバカバカし………」

 

そう言いかけた彼に向かって、僕は布切れを振りまわし、勢いをつけて横から振り抜く。

 

「はっ!」

 

布切れは、気の力によって強化され、伸縮自在の刃となる。

刃となった布切れの切っ先は、彼の顔に向かって一直線に突き進む。

そして、彼の頬を軽く切り裂き、後ろに積んであった樽を綺麗に真っ二つにした。

 

「なっ………!?」

 

獣人の青年は驚愕の声を漏らす。

 

「言ったでしょう? 見た目だけで判断するのは小物の証だと。 僕がその気なら、今の一撃であなたの首は飛んでましたよ」

 

僕は布切れを振り回し、構えを取る。

 

「流派東方不敗…………マスタークロスッ!!」

 

そんな僕に向かって、彼は突進してくる。

 

「クソがっ! 調子に乗ってんじゃねえぞ!!」

 

僕が前を向いたまま後ろに向かって空中に跳ぶと、

 

「逃がすか!」

 

彼も僕を追うように跳躍する。

でも、それが僕の狙い。

 

「はっ!」

 

僕は布切れを振り回し、彼に向かって振る。

すると、今度は布は蛇のように彼の腕に絡みつき、

 

「なっ!?」

 

僕はそのまま彼を更に空中に振り上げた。

 

「うぉわぁああああっ!?」

 

振り回された彼は思わず声を上げる。

更に頂点まで振り上げられた彼を今度は勢いよく引っ張り、

 

「はぁあああああああっ!!」

 

引き寄せられる勢いを利用して、彼の頬に右の拳を叩き込んだ。

 

「ぐぼぁ!?」

 

彼は吹き飛び、樽の山に突っ込む。

その様子を見て、周りの野次馬たちは言葉を失っていた。

それも当然だ。

大手【ファミリア】の第一級冒険者が見た目新人の子供にいいようにあしらわれているのだから。

 

「ぐっ! くそがぁぁぁぁぁっ!!」

 

樽の山の中から起き上がり、怒りの篭った目で僕を睨みつけてくる獣人の彼。

 

「やめるんだ、ベート! 君では彼に敵わない!」

 

「ふざけんな、フィン! この俺があんなガキに負けるだと!?」

 

「現実を見ろベート! 彼は弱者なんかではない! 僕達と同じ……いや、それ以上の強者だ!」

 

「そんな事………認められるかよぉっ!!!」

 

仲間の言うことにも耳を貸さず、僕に向かってくる獣人の彼。

 

「…………仕方ない」

 

ああいう人には、圧倒的な力の差を見せつけない限り、諦めることは無いだろう。

僕は地面を蹴り、一瞬で彼の懐に入り込む。

 

「なっ………!?」

 

彼は驚愕の声を漏らすが、僕は止まらない。

 

「はぁあああああああっ!」

 

強烈なボディブローをカウンターで叩き込む。

 

「ぐぼぉああああああっ!!」

 

僕の攻撃は、一撃じゃ終わらない。

 

「肘打ち! 裏拳! 正拳! とぉりゃぁああああああああああっ!!」

 

一瞬の内にあらゆる攻撃を叩き込んでいく。

 

「ぐあっ!? くっ!? がぁああああっ!? この俺がっ……こんなチビに手も足も出ないなんてことがっ…………あってたまるかぁああああああっ!!」

 

そう叫ぶが、僕は反撃を許さない。

最後にアッパーを彼の顎に決め、吹き飛ばす。

地面を転がる彼。

 

「もう十分でしょう? 実力の差はわかったはずです」

 

僕はそう言って踵を返そうと、

 

「………まだだ………!」

 

僕が振り返ると、彼はまだ起き上がろうとしていた。

 

「ぐぐぐ………がぁあああああっ!!」

 

彼は痛むだろう体に鞭打って、叫び声を上げながら立ち上がる。

 

「俺はまだ負けてねぇ………!」

 

彼は、闘志が全く萎えてない瞳で僕を射抜く。

僕はその目を真っ直ぐに見返し、

 

「何故立ち上がるんですか?」

 

そう尋ねた。

 

「ぐっ………がっ………はぁ………はぁ………てめえが強いのはよくわかった………悔しいが自分自身傲りがあったのは否定できねえ…………けどな、はいそうですかって認めて、謝っちまったら、それこそてめえの言うただの小物に成り下がっちまう………! それだけは我慢できねぇ!!」

 

「…………………」

 

「さあ………かかってきな………俺はまだこの通り立ってるぜ………!」

 

ボロボロになりながらも立ち上がり、真っ直ぐに僕を射抜くその瞳。

その姿を僕は純粋に格好良いと思った。

 

「…………僕はベル。 ベル・クラネル。 あなたの名前を伺っても?」

 

「ベート………ベート・ローガだ………!」

 

そう名乗るベートさんの姿は、まさしく強き者の姿。

僕もまだまだ未熟だな。

 

「ベートさん。 僕はあなたに謝らなければいけません。 あなたは小物なんかじゃない。 あなたは間違いなく強い人だ………だから………」

 

僕は右手を顔の前に持ってくる。

 

「僕の今出来る最高の技で、あなたを倒します!!」

 

「上等だ!!」

 

ベートさんは、最初はおぼつかない足取りで、しかし、徐々に力強い踏みしめに変わりながら僕に向かって駆け出す。

僕も、意識を極限まで高めた。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

僕は右手に体中の闘気を集中させると強く握り締め、ベートさんに向かって駆け出す。

 

「必殺!!」

 

「うぉらぁあああああああああああっ!!」

 

ベートさんの渾身の右ストレート。

それを僕は避けずに額で受け止める。

頭に直接響く衝撃と、それ以上に感じるベートさんの熱い魂と闘争心。

これがベートさんの魂。

ただのチンピラとは違う、確かな誇りを持った、気高き魂。

僕は笑みを浮かべ、ベートさんの魂に応えるために、右の拳を指を曲げた掌底のような形にする。

そして、

 

「アルゴノゥト…………フィンガァァァァァァァァッ!!!」

 

ベートさんの腹部に叩き込んだ。

 

「ぐふっ………!」

 

ベートさんは一瞬苦しそうに呻くが、その眼の闘志は、まだ消えてはいない。

 

「……まだ………まだだ! ベル・クラネル!!」

 

未だ闘志を衰えさせず、弱々しくも構えを取ろうとするベートさんに、僕は純粋に賞賛を送った。

 

「お見事です………ベートさん………」

 

だからこそ、僕は容赦しない。

ここで中断してしまえば、それは逆にベートさんの魂を汚してしまうことになる。

僕は、ベートさんの体に打ち込んだ右手を徐々に頭上に持ってくる。

それによって、ベートさんの体も僕の頭上へと移動する。

そして、

 

「グランド…………!」

 

右手に溜めた闘気を一気に解放する。

 

「…………フィナーーーーーーレッ!!!」

 

闘気の開放により生じた衝撃波がベートさんの身体を木の葉のごとく舞い上げる。

空高く打ち上げられたベートさんが、やがて重力に引かれて落ちてくる。

僕は落下地点に先回りし、地面に激突しないようにベートさんを受け止めた。

ベートさんは完全に気絶していたけど、その顔は、どこか満足そうな笑みを浮かべていた。

僕はベートさんを肩に担ぎ、【ロキ・ファミリア】の中心人物であろう小人族と神様がいるところに歩み寄った。

周りの野次馬は、既に驚愕の表情で固まっており、声も出ないようだ。

神様と小人族の少年の前にベートさんを下ろす。

小人族の少年は、黙って、ベートさんを受け取った。

 

「咄嗟に威力を殺したので、命に別状はないと思います。 ですが、しばらくは安静にしてください。 それから…………」

 

僕は懐から有り金が全部入った袋を差し出す。

 

「これは慰謝料です。 足りるかわかりませんが、ベートさんの治療代に使ってください」

 

そう言って受け取ってもらおうとするが、その小人族の少年は首を横に振った。

 

「いや、それは受け取れない。 元はといえば、こちらが君を侮辱してしまった事が原因だ。 君に喧嘩を売ったのもベートの方だし、君は返り討ちにしたに過ぎない」

 

「そやそや、それに、ベートも今回のことで一皮剥けたようやしなぁ。 逆にこっちが感謝せなあかんぐらいや」

 

神様もそう言ってくる。

 

「はあ、そうですか………」

 

ちょっと後ろめたい気持ちもありながら、僕はお金の入った袋を懐へしまう。

 

「それにベルっちゅうたな? どや? ウチの【ファミリア】に入らへん?」

 

その言葉に、僕は苦笑する。

 

「あはは………神様直々のお誘いは嬉しいんですけど、僕は既に別の【ファミリア】に入ってますし、それに、【ロキ・ファミリア】には、一度門前払いを受けてますしね」

 

「へっ? 門前払い?」

 

「ええ。 自分で言うのもアレですけど、僕って見た目が頼りないでしょう? 半月前にオラリオに来たとき、見た目だけで門前払いを受けて、30件も【ファミリア】を回る羽目になりましたから」

 

「その中にウチの【ファミリア】もあったと………?」

 

「そういうことです」

 

「何をやっとるんだウチの馬鹿共は………入団希望者は必ず全員通せと言っておいただろう? こんな逸材を逃すとは………」

 

見れば、後ろでエルフの女性が呆れた顔をして、顔に手を当てていた。

ああ、つまり門番の独断と。

 

「まあ、どんな理由であれ、僕を最初に認めてくれた神様には感謝してるんです。 だから、あなた方の【ファミリア】には入れません。 ごめんなさい」

 

「いや、もう既に【ファミリア】に入っとるっちゅうならウチも無理強いはせえへん。 ただ、もし【ファミリア】を変えたくなったら、ウチはいつでも大歓迎やで」

 

「あはは…………万一そうなったときはお願いします………」

 

僕は苦笑しつつそう言っておく。

と、見ればそろそろ野次馬たちが騒ぎ始めそうな感じだ。

 

「それでは、僕はこれで! 失礼します!」

 

そう言って立ち去ろうと、

 

「あっ、ちょっと待ってくれへん?」

 

する寸前に再び神様から呼び止められた。

 

「良ければ、どこの【ファミリア】に所属しとるか教えてくれへんかな?」

 

僕は笑みを浮かべ、

 

「はい、僕の主神はヘスティア様。 神ヘスティアの【ヘスティア・ファミリア】です!」

 

そう言い残して僕は立ち去った。

その少し後、

 

「なぁあああああああっ!! よりにもよってドチビの【ファミリア】やとぉーーーーっ!!!」

 

そんな叫びが聞こえてきた。

少し気になったが、これ以上あそこに居ると、面倒なことになると思い、僕は早くその場を離れることにした。

でも、そんな僕を一対の金色の眼がジッと見つめていたことに、僕はついぞ気付かなかった。

 

 




ベルが使った技



・マスタークロス
物質に気を流して強化する技。
ただの布でも強靭な鎖となり、錆びた鈍ら刀でも名剣を超える切れ味となる。



・アルゴノゥトフィンガー
ベル独自のフィンガー技。
体中の闘気を右手に集中。
相手の体に叩き込み、「グランドフィナーレ!」の掛け声と共に、集中させた闘気を開放。
フィニッシュとなる。
現段階では、ベルの最高の技。






はい、とりあえず正月休みで書き溜めた分を一気に投稿。
続きは人気が出たら書くかもです。
ベートくんフルボッコにされましたけど、アンチやヘイトには入らないですよね?
保険としてタグには入れてますが………


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第七話 ベル、【ステイタス】を教える

どうもです。
何故か人気がでたので続き書きます。
それにしても、最初の投稿で感想50件超えるとか一時的にも日間ランキング1位取るとか信じられないです。
とりあえず、出来るところまで頑張ってみようと思います。


 

 

【Side アイズ】

 

 

 

昨日の宴会で、ベートさんが突然話題に上げた、私がミノタウロスから助けた少年。

正確には、助けたつもりだった………かな?

今思えば余計なことだった。

その宴会の中で、ベートさんはその子の事を笑い話にしていて、私はその子に対して申し訳なく思っていた。

すると偶然にも同じ店の中にその少年がいて、ベートさんに意趣返しをして、ベートさんが怒った。

咄嗟にフィンが止めようとしたけど、酔っていたベートさんはその少年に拳を振り下ろす。

でも、その瞬間信じられないものを見た。

成す術なく殴られると思っていた少年が一瞬にしてその場から消え、少し離れた場所に隣にいた店員さんを抱えて立っていたから。

私の目にも正確な動きは分からず、ブレた影が走ったとしか見えなかった。

すると、その少年はベートさんに対し喧嘩なら買うと言い出し、ベートさんと一緒に店の外へ出ていった。

彼の正確な実力は分からないけど、もし危なそうだったらベートさんを止めるつもりでいた。

だけど実際に目の前で繰り広げられた光景は全く逆の光景。

私と同じLv.5のベートさんが一方的にやられている。

唯の布切れが少年の言葉通り名剣を凌ぐ切れ味を誇り、人一人を軽々と振り回す。

そしてなによりとてつもない威力の拳と、それを一瞬で何十発と放つことのできるスピード。

ベートさんの負けは明らかだった。

例え私が戦ったとしても、結果は変わらないと思う。

けど、ベートさんは立ち上がった。

どれだけボロボロになっても、心は折れなかった。

その姿を見てあの子は素直にベートさんを『強い人』だと認めた。

同時にベートさんも、あの子を認めた。

私はそれを聞いて、この少年は本当に『強い』と思った。

あれだけ罵られた相手を素直に認め、その相手にも認められるなんて誰にでも出来ることじゃない。

最後の勝負は相手を見下したり罵り合うような雰囲気は一切無かった。

『対等』な相手に対しそれぞれの最高の一撃を繰り出す。

結果はベートさんの負けだったけど、気を失っていたその顔はどこか満足そうだった。

そして、驚くべきことはそれだけじゃなかった。

【ホーム】へ戻ったあと目を覚ましたベートさんは、突然ロキに【ステイタス】の更新を申し出た。

つい先日遠征から戻ってきたとき、その時に【ステイタス】の更新は行っている。

【ステイタス】はLvが上がるほど成長しにくくなる。

私達のようにLv.5まで上がっていると、ほんの数日では殆ど意味を成さない。

ロキはそれも踏まえ身体が回復してからにしろと言ったがベートさんは突然頭を下げ、「頼む」と驚くべき言葉を口にした。

あのベートさんが頭を下げてお願いするところなんて初めて見た。

ロキは、「そこまでいわれたら、しゃーないわ」と言って、【ステイタス】の更新を行った。

その結果は……………

 

 

 

ベート・ローガ

 

 

 

 

Lv.6

 

 

 

 

 

私はその結果に言葉を失った。

ベートさんもLv.5としては成長限界に近付いていたようで、最近の熟練度の伸びは私と同じように伸び悩んでいた。

私も今以上強くなるにはLvを上げるしかないと思ってたけど、その壁をベートさんはあっさりと乗り越えた。

その切っ掛けはおそらくあの少年。

ベル・クラネルと名乗ったあの少年との戦いがベートさんがランクアップした原因だと私は確信した。

私もあの少年と戦えばもっと強くなれるかもしれない。

 

「【ヘスティア・ファミリア】の………ベル・クラネル」

 

まだ日も昇らない早朝から私はギルドへ向かっていた。

理由はあの少年を探すため。

白い髪に赤い目という特徴的な外見を持つ彼は、今までに噂に上がったことはない。

即ち、ごく最近このオラリオへ来た可能性が高い。

その為、冒険者としてはまだ新人だろう。

恐らく、ギルドの受付嬢の誰かが彼のアドバイザーになっているはず。

一刻も早くその人に話を聞いて、彼に会いに行こうと思っていた。

でも、私がギルドへ向かっていた時、目の前の交差点を何かが通り過ぎた。

 

「ッ………今のは………!」

 

まだ暗く、ほんの一瞬の出来事だったので確証はない。

けど、一瞬だけ見えたその人影と思われるそれは、白い髪だったような気がした。

咄嗟に交差点に入り、影が向かったと思われる方向を見た。

既にその影は遥か遠くにいて、判別はできない。

でも、その影がまっすぐ向かった先にあるものは………

 

「…………市壁」

 

私の勘違いかもしれない。

このままギルドへ向かったほうが確実だろうということはわかっていた。

それでも、私は気になった。

私は、その影を追って市壁へ向かう。

市壁の内部から頂上へ繋がる道の扉には、開けられた形跡はない。

それでも、私は頂上への階段を上り始めた。

長い階段を上り、頂上へと向かう。

そして、頂上へと出る扉の前に立つ。

頂上へ出る扉を潜ると……………そこに彼はいた。

地平線から顔を出し始めた朝日に照らされた市壁の頂上で、拳を繰り出し、時には跳び、目にも止まらぬ速さで連続蹴りを放つ。

その光景に見入っていた私は、彼の動きが相対する相手をイメージした動きだということに気付いた。

そのまま眺めていると、自然に彼が相手をしているイメージの幻影がまるで見えているかのように分かり始めた。

彼が繰り出す拳の嵐を余裕で掻い潜り、隙あらば一瞬にして彼の懐に入り攻撃を加えようとする。

彼が飛び退けば、甘いとばかりに追撃する。

やがて、

 

「あ…………」

 

彼の渾身の一撃を紙一重で躱した幻影の一撃が、彼の急所に入った。

彼はその場で停止すると、

 

「ふう~………!」

 

大きく息を吐き、気付いたようにこちらを見た。

 

「えあっ!? ア、アイズ・ヴァレンシュタインさん………!?」

 

何故か顔を赤くし、慌てふためく彼に私は首を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕は何時ものように市壁の頂上で修行を行っていた。

 

「はぁあああああああっ!!」

 

師匠をイメージしたシャドウトレーニングで、空想の師匠相手に連撃を繰り出す。

しかし、いくら空想上とはいえ6年も教えを乞うてきた人。

その人の強さは身に染みてわかっている。

僕の連撃が一つたりとも掠らずによけられるイメージが浮かぶ。

 

「せぇえええええええええいっ!!」

 

続けて飛び上がり、蹴りの連打を浴びせるが、これもあっさりとよけられる。

 

「くっ! はっ! でやぁっ!!」

 

なんとか体勢を崩そうと、フェイントや囮の攻撃を織り交ぜ隙を窺う。

その時、廻し蹴りを避けた師匠のイメージが僅かにグラつく。

 

「今だ!」

 

僕は渾身の力を込めて殴りかかる。

僕は、行ける!と確信した。

でも、

 

「ッ………!」

 

師匠のイメージは紙一重でそれを避けると、ガラ空きとなってきた僕の鳩尾を打ち抜いた。

 

「………………」

 

僕は拳を振り抜いた体勢で停止する。

未だに空想の師匠ですら、勝てるイメージが浮かばない。

こんな事では、師匠を超えることなど夢のまた夢。

 

「……………ふぅ」

 

頭の中で今日の反省を終えると息を吐く。

そこですぐ近くに気配を感じる。

修行に夢中になり過ぎて気付かなかった。

僕がそちらを向くと、そこにいたのはなんと、

 

「えあっ!? ア、アイズ・ヴァレンシュタインさん………!?」

 

あのヴァレンシュタインさんだった。

僕は思わず変な声が出てしまい。

羞恥と気恥ずかしさで顔が熱くなった。

すると、

 

「おはよう………」

 

無表情でそう挨拶してきた。

 

「お、おはようございます………」

 

僕は困惑しつつも何とか挨拶を返す。

どうしてヴァレンシュタインさんがこんな所に!?

僕が驚いていると、

 

「………ベル………だったよね?」

 

「は、はいっ!? どうして僕の名前をっ!?」

 

「昨日、ベートさんに名乗っているのを聞いた」

 

そういえば昨日はヴァレンシュタインさんも一緒にいたっけ。

すると、ヴァレンシュタインさんが歩み寄ってくる。

 

「………ベルにお願いがある」

 

「は、はい! 僕に出来ることなら何でも!」

 

唐突にお願いと言われ、何も考えずに返事をしてしまう。

でも、可能な限り叶えてあげたいというのは本当だ。

するとヴァレンシュタインさんは僕に歩み寄りながら、腰に携えてあった剣を抜いた。

 

「私と戦って欲しい」

 

「…………へっ?」

 

予想外の言葉に素っ頓狂な声を漏らす僕に、ヴァレンシュタインさんは斬りかかってくる。

 

「ちょ………わっと………!」

 

その剣を後ろに飛び退いて避ける。

 

「ヴァレンシュタインさん? いきなり何を!?」

 

僕が問うと、ヴァレンシュタインさんは再び剣を構えながら、

 

「私は………強くなりたい…………」

 

静かに………それでいて強い意志を持ってヴァレンシュタインさんは呟いた。

 

「昨日、君と戦ったベートさんが………ランクアップを果たした…………私も君と戦えば………何か掴めるかもしれない………だから、私と戦って欲しい………」

 

そう言うと、再び僕に向かって斬りかかってきた。

 

「ッ…………!」

 

僕は汗を拭くために持っていたタオルをマスタークロスで強化。

更に捻って槍状にして、ヴァレンシュタインさんの剣を受け止めた。

 

「まだ………!」

 

ヴァレンシュタインさんは、鍔迫り合いはせずに刃を滑らせ、連続で斬りかかる。

ヴァレンシュタインさんの剣は確かに速く鋭い。

並の人間なら、即細切れにされていることだろう。

でも………

 

「はっ!」

 

僕はヴァレンシュタインさんの剣に合わせるように、槍を打ち付けた。

 

「ッ!?」

 

ヴァレンシュタインさんが弾かれ、大きく後退する。

僕はその隙を逃さす追撃する。

槍を振り回し、先ほどの攻防から判断したヴァレンシュタインさんがギリギリ対処できる速度で攻撃する。

 

「はっ! せいっ! でやぁっ!」

 

横薙ぎ、切り返しての逆の横薙ぎ、更に棒の逆側を使った切り上げ。

 

「くっ………」

 

ヴァレンシュタインさんはギリギリで防ぐ。

 

「………そこ!」

 

振り上げた後の隙を突いてヴァレンシュタインさんが突きを放つ。

狙いは良い。

でも、その程度のスピードじゃ到底捉えられない。

槍を即座に戻し、ヴァレンシュタインさんの剣の切っ先をよく見て…………

 

「ッ……………!?」

 

ヴァレンシュタインさんが目を見開いて驚愕した表情を見せた。

何故なら僕は、ヴァレンシュタインさんが突いた剣の切っ先に槍の切っ先を当て、受け止めていたからだ。

 

「………信じられない………!」

 

ヴァレンシュタインさんが驚愕している内に僕は剣を弾き、間合いを取る。

僕はそこで構えを解き、口を開いた。

 

「今の打ち合いで、気付いたことがあります………」

 

ヴァレンシュタインさんは怪訝そうな目を向けてくるが、構えは解かない。

 

「僕は武闘家です…………そして、武闘家の拳は、己を表現するものだと教わりました…………そして、剣士の剣もそれは同じだと思います………」

 

「…………………」

 

「ヴァレンシュタインさん………あなたの剣から感じたのは、強くなりたいという強い想い………いえ、焦燥感と言って良いでしょう………それを感じました………そしてその裏側にある、『何か』に対する激しい怒りと憎悪も…………違いますか?」

 

「ッ……………!」

 

ヴァレンシュタインさんは僅かに動揺を見せる。

それが僕の言った事が真実であると確信が持てた。

 

「………怒りや憎しみ…………強い感情の爆発は確かに力になります………それは否定しません…………でも、それじゃダメなんです」

 

その言葉を切っ掛けにヴァレンシュタインさんが斬りかかってくる。

まるで今の言葉を否定するように。

僕は槍を軽くひと振りする。

 

「あっ!」

 

たったそれだけで、容易くヴァレンシュタインさんの剣はその手から弾かれた。

弾かれた剣が甲高い音を立ててヴァレンシュタインさんの後方に転がる。

僕は彼女の喉元に槍を突きつけながら、

 

「怒りや憎しみで手に入れた力は…………無駄に体力を消耗させ、何よりその心に大きな隙を生み出します。 その隙を突かれれば、今の通り大した力が無くとも、あっさりと敗れ去ります。 そして、その力に頼っていれば、その力が敗れ去ったとき、成す術がなくなり、一気に絶望に飲まれてしまうんです」

 

「…………なら…………どうすればいいの………?」

 

ヴァレンシュタインさんはどこか縋がるような表情をしながら問い掛ける。

僕は一瞬考えるが、すぐに答えた。

 

「………明鏡止水」

 

「明鏡………止水…………?」

 

「……………曇りのない鏡の如く、静かに湛えた水の如き心…………今のあなたが強くなるには、それが必要です」

 

「………………」

 

「…………とりあえず、僕は毎朝この時間にここにいます。 答えが出たら、また来てください…………」

 

僕はそう言うと市壁の上から飛び降り、ギルドへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side エイナ】

 

 

 

 

私がいつも通りギルドに出勤し、受付窓口の準備を始めたとき、

 

「ねえエイナ。 昨日の噂話って知ってる?」

 

同僚のミィシャがそんな事を言いながら話しかけてきた。

 

「噂?」

 

思い当たることのない私は聞き返す。

 

「そうそう。 信じられないんだけど、あの【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者のベート・ローガさんが昨日の夜、路上で喧嘩して負けたんですって」

 

「えっ!?」

 

ミィシャの言った言葉が信じられなくて、私は思わず聞き返す。

【ロキ・ファミリア】のベート・ローガといえば、Lv.5のオラリオきっての実力者。

彼が負けたとなればよほどの事だ。

 

「しかも紙一重とか互角の勝負とかじゃなくて、完膚なきまでに一方的な展開だったらしいよ」

 

その言葉に絶句する。

ベート・ローガは数少ないLv.5の中でも名の知れた実力者だ。

Lv.6が相手でも、そこまで一方的な展開にはならない。

となると、相手はオラリオでも唯一のLv.7【猛者】オッタルぐらいしか思いつかない。

でも………

 

「それと、更に信じられないことにローガ氏を倒した相手が、見た目が新人冒険者にしか見えないヒューマンの少年だったそうよ」

 

私は更に言葉を失った。

その話が本当ならオラリオに2人目のLv.7が出現したってことに………

 

「その現場を目撃した冒険者によると、そのヒューマンの少年は白い髪に赤い目をした兎をイメージさせる外見だったらしいよ」

 

その言葉を聞いて、今までとは違う意味で言葉を失った。

私、その人物にものすっっっっっっごく覚えがあるんですけど!

すると、

 

「エイナさん! おはようございます!」

 

噂をすれば何とやら、件の人物が姿を現した。

 

「おはよう、ベル君」

 

私は笑顔で挨拶するけど、口元がヒクついているのを自覚する。

 

「ベル君、すこーーーーーーーし“お話”しようか………!」

 

 

 

 

 

 

【Sideベル】

 

 

 

僕がいつも通りギルドに行ってエイナさんに挨拶すると、エイナさんはヒクついた笑顔で挨拶を返し、

 

「ベル君、すこーーーーーーーし“お話”しようか………!」

 

有無を言わせぬ迫力で別室に連れて行かれた。

別室の椅子に座り、エイナさんと向かい合う。

 

「そ、それでエイナさん…………お話とは………?」

 

明らかに機嫌が悪そうなエイナさんに対し、僕はビクビクしながら尋ねる。

エイナさんは笑顔だが、目が笑っていない。

 

「ベル君、私ね…………ついさっき面白い噂を聞いたんだ♪」

 

何だろう?

エイナさんの顔は笑顔で、声も音符がつくほど軽やかそうなのに、何故か冷や汗が止まらない。

 

「う、噂ですか………?」

 

「うん♪ その噂の内容がね、【ロキ・ファミリア】のベート・ローガ氏が新人にしか見えないヒューマンの少年と喧嘩して負けたっていうものなんだ♪」

 

「ギクッ!」

 

「それでそのヒューマンの少年の容姿が、白い髪に赤い目の兎をイメージさせる見た目だったんですって♪」

 

「ギクギクッ!」

 

エイナさんは僕の肩にポンッと手を置き、

 

「さあ、どういう事か説明してくれないかなぁ………!?」

 

こめかみに怒りの筋を浮かび上がらせ、ヒクついた笑顔で迫ってきた。

 

「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

僕は情けなく声を上げた。

でも、エイナさんは容赦してくれない。

 

「ベル君。 君、冒険者登録したの半月前だよね?」

 

「は、はい…………」

 

「その時にLv.1って報告したよね?」

 

「は、はいぃ………」

 

「じゃあどうしてLv.1の君がLv.5のローガ氏を圧倒できるのか教えて欲しいなぁ………!?」

 

「ひえぇぇぇぇぇっ!」

 

エイナさんは僕が怯えるほどの威圧感を持って僕に迫っていたけど、突然その威圧感を消し、身なりを正した。

 

「ベル君」

 

「は、はい」

 

今までとは違う澄んだ声。

 

「このままだと君、Lvの虚偽報告で迷宮の探索を禁止することになるよ?」

 

「ッ………!」

 

「ベル君…………私の事………信じられない?」

 

エイナさんは寂しそうな表情を見せる。

 

「……………ッ!」

 

そんなエイナさんの顔を見て僕は決心した。

 

「エイナさん。 エイナさんは【神聖文字(ヒエログリフ)】は読めますか?」

 

「えっ? う、うん………簡単な物なら………」

 

僕は頷き、

 

「これからエイナさんに、僕の【ステイタス】を見せます」

 

「ええっ!? ベ、ベル君………私そんなつもりで言ったわけじゃ…………」

 

「いえ、どの道エイナさんには近々僕の【ステイタス】をバラそうと思ってたんです。 安心してください。 神様には話をしてありますし、神様からは僕がエイナさんを信じられるなら話しても良いと言われました。 それに、スキル欄にはプロテクトが掛けてあるそうなので大丈夫です。 僕の異常性を理解するには、Lvとアビリティ欄だけで十分だそうです」

 

「ベル君…………」

 

エイナさんはほのかに嬉しそうな表情を浮かべると顔を引き締め、

 

「今から見るものは誰にも話さないと約束する。 もしベル君の【ステイタス】が明るみになるようなことがあれば、私は相応の責任を負うから。 君に絶対服従を誓うよ」

 

真剣な表情でそう宣言した。

 

「い、いや、服従って…………そこまで深刻にならなくても………」

 

僕はそう言うが、エイナさんは首を横に振り、

 

「ううん。 冒険者にとって【ステイタス】は一番バラしちゃいけないもの………それを見せてくれるっていうのなら、私も相応の覚悟を負わないとフェアじゃない」

 

「エイナさん………」

 

エイナさんの真摯な姿に、再度この人は信頼できると確信した。

 

「では、これから【ステイタス】を見せます」

 

「うん」

 

エイナさんは真剣な表情で頷いた。

 

「あ、言っても無理かもしれませんが、僕の【ステイタス】はかなり特殊なので覚悟してください」

 

「えっ? う、うん………!」

 

エイナさんは心の準備は出来たと言わんばかりに表情を引き締める。

でも、僕の【ステイタス】は違う方向にぶっ飛んでるから多分無理だろうな。

そう思いながら僕は服を脱ぎ始めた。

すると、

 

「うぇええええええええええええっ!?」

 

まだ【ステイタス】を確認していないのに、突然エイナさんが叫んだ。

僕がエイナさんを見ると、エイナさんはさっきの覚悟ができた表情はどこへ行ったのか、驚愕の表情をしながら僕を指差していた。

 

「べ、ベル君…………そ、その体………」

 

あ、そういえばエイナさんって僕の体見るの初めてだっけ。

 

「あはは! 僕って着痩せするタイプなんですよ」

 

「いや、着痩せとかそういう問題じゃ………えええっ!?」

 

でも、エイナさんが叫びたくなる気持ちも解る。

服を着ていると、14歳にしても小柄でヒョロヒョロなモヤシっ子に見える僕が、服を脱いだらムキムキの細マッチョな身体をしているのだ。

一般人なら普通に驚くだろう。

 

「これでも、師匠の下で6年間修行を続けた武闘家です。 このぐらいは当然ですよ」

 

「ぶ、武道家ぁ!?」

 

神様も似たような反応してたなあ。

慌てふためくエイナさんを見て、思わず笑ってしまう。

 

「それよりエイナさん。 【ステイタス】の確認を」

 

「はっ! う、うん………! そうだったね!」

 

エイナさんは気を取り直し、僕の背中に回る。

すると、何を思ったのかエイナさんが僕の背中に手を触れた。

 

「わっ!? エ、エイナさん!?」

 

突然のエイナさんの行動に僕は驚いた。

 

「あっ! ご、ごめんベル君! ちょっと気になっちゃって………それにしても、すごい筋肉だね………本当に鉄みたい」

 

どうやら僕の筋肉が気になったようだ。

もしかしてエイナさんって筋肉フェチとか?

いや、それは無いか。

一瞬思い浮かんだアホな考えを振り払う。

多分、想像と全く違う僕の身体が気になって触ってみたってところだろう。

気を取り直して、エイナさんが今度こそ【ステイタス】を確認する。

 

「……………………」

 

エイナさんが無言になる。

気配から、何度も何度も読み返している様子が解る。

そして、

 

「な、なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

驚愕の大絶叫がその口から放たれた。

僕は、あははと苦笑する。

 

「ア、アビリティの【武闘家】はともかくとして、Lvが東方不敗!? しかもアビリティ数値がおかしい………っていうか、そもそも数値じゃないし!」

 

いつもの凛とした表情はどこへ行ったのやら、エイナさんは狼狽えまくっている。

 

「べ、ベル君! これって一体どういうことなの!?」

 

エイナさんは僕に詰め寄る。

 

「正直、僕にも神様にも詳しいことはわかりません。 分かっている事は、東方不敗というのが僕の師匠の名で、僕が会得した武術の流派の名前でもあります。 アビリティ欄の言葉も、流派東方不敗の謳い文句といいますか………まあ、そんなようなものです」

 

「……………信じられない事ばかりだけど、確かにこれじゃそのままギルドに報告はできないよね………この目で見た私も未だに信じられないし………」

 

「あはは………」

 

思わず苦笑する。

 

「でも………ありがとうベル君」

 

「エイナさん?」

 

いきなりお礼を言われた僕は首を傾げる。

 

「私を信じて、【ステイタス】を見せてくれて」

 

「い、いえ! エイナさんにはいつもお世話になってますし!」

 

エイナさんは微笑を浮かべる。

僕はそれを見て、思わず顔が熱くなった。

すると、エイナさんはふと思いついたように、

 

「ベル君」

 

「はい?」

 

「明日、予定空いてるかな?」

 

「…………へっ?」

 

エイナさんの口から出てきた予想外の言葉に、僕は素っ頓狂な声を漏らした。

 

 

 

 

 




はい、何故かベート君がフライングでレベルアップ。
アイズもベル君に勝負挑んでます。
因みに作者は原作は本編のみでソード・オラトリアは読んでないです。
色々とおかしい所が出てくるかと思いますが東方不敗の気合と根性で吹っ飛ばしてください。
因みに次回は、これまたフライングでベル君とエイナのデートです。
一応、後後のネタでやっておきたいことがあったので。


因みに更新スピードですが、自分はあまり執筆スピードは速くない上、仕事もありますので週一がせいぜいだと思ってください。
では、次も頑張ります。


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第八話 ベル、デート?する。

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

エイナさんから突然のお誘いを受けた翌日。

僕は市壁の上で朝の修行を行っていた。

シャドウを行い、連続で拳を繰り出している最中、気配を感じた僕はピタリと停止した。

 

「……………………答えは出たんですか?」

 

僕はこの場に現れた人物に問い掛ける。

 

「……………ヴァレンシュタインさん」

 

金の髪を靡かせ、アイズ・ヴァレンシュタインさんがそこに立っていた。

ヴァレンシュタインさんはフルフルと首を横に振り、

 

「まだわからない…………けど、君と戦えば何かわかるかも知れない………だから来た」

 

「そうですか…………」

 

僕が相槌を打つとヴァレンシュタインさんは剣を抜く。

僕もマスタークロスを使いタオルを槍へと変え、構える。

 

「………いつでもどうぞ。 ヴァレンシュタインさん」

 

僕がそう言うと、ヴァレンシュタインさんはふと思いついたような表情をして、

 

「………アイズ」

 

ポツリと呟いた。

 

「はい?」

 

「アイズ………でいいよ。 みんなそう呼ぶから………」

 

どうやら名前で呼ぶことを許可してくれているようだ。

 

「い、いいんですか?」

 

思いがけないご褒美に、僕は思わず吃った。

僕の言葉にヴァレン………改めアイズさんは頷く。

 

「で、では………アイズ……さん」

 

好きな女の人の名前を呼べることに、僕の心は舞い上がった。

 

「ん………じゃあ、行くよ………ベル………!」

 

アイズさんの雰囲気が変わる。

戦闘モードへ入ったようだ。

僕も気を引き締める。

次の瞬間、アイズさんが高速で踏み込んできた。

 

「ふっ………!」

 

腹部を狙った胴切り。

僕は、槍を立ててそれを防ぐ。

 

「はっ!」

 

僕は槍の地面に向いていた方を振り上げ攻撃したが、アイズさんは飛び退く。

アイズさんは着地と同時に地面を蹴り、鋭い突きを放った。

僕は落ち着いて昨日と同じように剣先を槍の矛先で止める。

 

「ッ…………!」

 

アイズさんは声を漏らすが2度目ということもあり、動揺は少ない。

 

「はっ………!」

 

一撃では無理と判断したのか、今度は連続で突きを放ってくる。

並みの冒険者では成す術なく蜂の巣にされるであろう速度で剣が振るわれる。

それでも、僕にとってはまだ余裕がある。

全ての突きを先ほどと同じように矛先で受け止めた。

これにはアイズさんも表情を変えた。

当たるとは思っていなかったけど、全て受け止められるとは思っていなかったみたい。

 

「…………ッ」

 

アイズさんは一旦飛び退き、間合いを取る。

すると、

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

その言葉を紡ぐと同時にアイズさんが風を纏う。

僕は初めて魔法をこの目にして声を漏らした。

 

「へえ………それが魔法ですか。 見るに風を纏うことで敵を攻撃する刃にもなり、身を守る鎧にもなる………攻防一体のいい魔法ですね」

 

アイズさんは無言で剣を構えると、再び斬りかかってきた。

しかも、その速度は今まで以上。

どうやら風に後押しされて速度も上がっているみたいだ。

僕はその一撃を受け止める。

すると、剣に纏っていた風が、僕を吹き飛ばさんと襲いかかる。

 

「むんっ……!」

 

僕はしっかりと足を地面に付き、踏ん張る。

さっきより強かったけど、問題なく受け止められた。

 

「中々の威力でしたけど………それだけでは僕には届きませんっ!」

 

受け止めた状態から強引に槍を振り切り、アイズさんを押し返す。

 

「くっ……」

 

アイズさんは悔しそうな表情で飛び退き、もう一度構え直す。

そんなアイズさんに僕は話しかける。

 

「アイズさん。 あなたの剣技は素晴らしいものです。 力も技も、僕の師匠を除けば、僕が手合わせしてきた人の中では、間違いなく1番です」

 

「…………お世辞はいい」

 

「お世辞じゃありません。 ですが、今のあなたの剣には決定的に欠けているものがあります」

 

「欠けているもの………?」

 

「はい。 それは自分で見つけなければいけないものなので、教えることはできません。 ですが、これだけは言えます。 アイズさん、あなたは力に頼りすぎています」

 

「力に………頼りすぎている……?」

 

「『強さ』とは、力や技を鍛えるだけでは手に入れることができません。 『強さ』を手に入れるためには、まだ足らないものがある」

 

「それは何?」

 

「今言えるのはこれだけです」

 

僕がそう言うと、アイズさんは僅かに表情を険しくすると纏っていた風がいっそう強くなった。

 

「私は………『強く』ならなきゃいけない………!」

 

突きを繰り出す構えを取り、弓を引き絞るように身体を捻る。

 

「絶対に………教えてもらう………!」

 

風が剣にまとわり付く。

 

「リル…………」

 

次の瞬間全身に風を纏い、弾丸の如くアイズさんが突進してきた。

 

「…………ラファーガ!」

 

アイズさんの渾身だろうその一撃。

でも、力と技…………そして、感情の爆発のみで繰り出されたその一撃は、僕から見れば隙だらけだ。

破りようは幾らでもある。

その中で僕が選んだやり方は…………

 

「はぁあああっ!!」

 

今までよりも『力』を込めて、その場で正拳突きを繰り出す。

それによって巻き起こった拳圧が風もろともアイズさんを吹き飛ばした。

 

「あぐっ………!?」

 

壁に叩きつけられたアイズさんが苦しそうに声を漏らす。

 

「アイズさん………昨日も言ったはずです。 強い感情だけで手に入れた力は隙だらけだと…………『強さ』の意味を間違えないでください」

 

僕はアイズさんに考える時間を与えるために、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

今日も全く敵わなかった。

私はこれでもLv.5。

オラリオでは第一級冒険者と呼ばれている。

もちろん今の状況に満足してる訳じゃない。

私はもっと強くならなきゃいけない。

だけど、2日続けてベルと戦っても、まだ何も判らない。

何故ベートさんは一度戦っただけでランクアップできたのか?

それにベルの言っていた明鏡止水とは何なのか?

『強さ』の意味とは?

判らない事だらけだ。

とりあえず、

 

「明日も来よう………」

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「アイズさん………気付いてくれるといいけど………」

 

アイズさんは『力』ばかりを求めすぎて、大事なことを見落としているように思える。

どうやって自力でそれに気付かせるか頭を悩ませながら、エイナさんとの約束の場所へ向かう。

約束の場所は、オラリオの北部で大通りと面するように設けられた半円形の広場だ。

そこで待つことしばらく、

 

「おーい! ベルくーん!」

 

エイナさんが小走りで駆け寄ってくる。

いつもの制服姿ではなく、ちょっとお洒落で軽い感じの私服姿。

それに、いつも掛けているメガネを外している。

 

「おはよう。 ずいぶん来るの早いね、私との買い物がそんなに楽しみだったの?」

 

そう言われると急に意識してしまう。

そういえば女の人と二人きりで買い物って、ある意味デートみたいなものかも………

そう考えると頬が熱くなるのを感じる。

 

「あっ………いや………僕は………」

 

上手く言葉が出てこない。

すると、

 

「ベル君? 今日のこの私の格好を見て、何かいうことはない?」

 

いたずらっ子のような笑みを浮かべて上目遣いで見てくる。

 

「え、えっと………いつもの制服姿のエイナさんは素敵って感じですけど、今日のエイナさんは、その、なんというか…………可愛いって感じですね!」

 

僕は思ったことを口に出した。

 

「ッ………!? 予想外の切り返し…………!?」

 

エイナさんは突然顔を赤くし、戸惑うような仕草を見せた。

 

「それでエイナさん。 今日はどこへ行くんですか?」

 

「えっ? あ、ああ! あそこだよ!」

 

そう言ってエイナさんが指さしたのはバベルの塔。

 

「バベル?」

 

「そう。 【ヘファイストス・ファミリア】のお店だよ」

 

「えっ? でも僕、【ヘファイストス・ファミリア】のお店で買い物できるようなお金なんて持ってませんよ?」

 

「いいからいいから。 さ、行こう?」

 

そう言いながらエイナさんは僕の手を引っ張っていく。

僕は、されるがままについて行った。

 

 

 

 

 

エレベーターで到着したのは、そのへんの露天商や、武器屋なんかとは全く違う煌びやかな雰囲気のテナントだった。

 

「へえ~、知りませんでした。 こんなふうになってたんですね?」

 

「お目当ては上の階なんだけど、ここも【ヘファイストス・ファミリア】のお店だから、ちょっと寄っていこっか」

 

エイナさんはそう言うと歩き出し、僕もそれについて行く。

ショーウインドウに展示されている剣は、全て名剣と言っていい武具が並んでいる。

まあ、僕はそこまで興味はないので大人しくエイナさんについていく。

値段を見てみると、安いものでも数百万。

高いものだと数千万ヴァリスの値が付くものもあった。

僕としてはお金が掛かるものより、製作者の魂が篭ってるかどうかが判断基準なんだよなぁ。

ここに並んでいる武具は、確かに作りがいいものばかりだ。

でも、魂が篭っていると思うものは、半分も無かったように思える。

このフロアを一通り回ると再びエレベーターに乗り込み、上のフロアへ向かった。

上のフロアに着くと、先ほどの煌びやかなイメージとは違い、小奇麗なお店といった感じのテナントだった。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】みたいな高級ブランド、自分には縁がないって思ってるでしょ?」

 

「ええ、まあ。 駆け出しですしね」

 

「実はそうでもないんだなぁ……」

 

エイナさんは意味ありげな笑みを浮かべる。

そのまま歩き出し、とある剣の前で、

 

「ほら、見てみて」

 

そう言われ、値段を見てみると、

 

「あれ? 12000ヴァリス………安い?」

 

「ふふっ、驚いた? ここにあるのは新米の鍛冶師の作品なの」

 

「あ、なるほど! 新米の鍛冶師にとっては自分の作品を見てもらえる。 新米冒険者にとっては安く武具を手に入れられる上に、将来性のある鍛冶師と知り合いになれる可能性もあるってことですか!」

 

「そのとおり! 中には掘り出し物があったりするんだよ」

 

そう言ってエイナさんは先へ進んでいく。

とりあえず、今日買いに来たのは防具の予定だ。

エイナさんの案内で目的のお店に到着すると、

 

「そういえばベル君。 防具のリクエストは何かある?」

 

そう聞いてきた。

 

「リクエストというか、動きを邪魔しない防具がいいですね。 強いて言えば、手甲と脛当ぐらいでしょうか?」

 

「えっ、それだけ? ちゃんと鎧も装備しないと危ないよ? せめて胸当てぐらいは付けないと………」

 

「えっと………まことに言いにくいんですけど、普通の防具じゃ僕の動きに耐え切れずに壊れます。 実際に、支給された防具は一回目の戦闘で壊れましたから」

 

「ベル君………もしかして最初から防具も付けずに……?」

 

エイナさんがジト目で見てくる。

 

「すみません」

 

「………はあ、まあいいよ。 ベル君は普通の冒険者の枠には入らないみたいだし」

 

エイナさんは溜め息を吐く。

 

「ともかく、手甲と脛当だね。 私も探してみるから、ベル君も気に入ったものがあれば選んでみて」

 

「わかりました」

 

そこでエイナさんとは一旦別れ、僕は店の中を彷徨く。

新人の作品というだけあり、下のフロアのものと比べれば作りは格段に落ちるが、新人らしい情熱の篭った作品が多い。

ある意味僕は下の武具よりもこっちの方が興味を引く。

僕が幾つかの武具を見回っていると、ふと目を引く防具を見つけた。

木箱に入った防具一式。

その中の手甲を手に取る。

情熱の篭った新人達の作品の中でも、一際大きい情熱と魂の篭った作品だ。

作りもこのフロアの中ではトップクラス。

試しに右腕に取り付けて、拳を繰り出す。

 

「軽い……それに、動きも全く邪魔しない………」

 

僕は製作者名を見る。

 

「製作者………ヴェルフ・クロッゾ………」

 

僕はこの名をしっかりと覚えた。

すると、

 

「ベル君。 向こうで幾つか見繕って見たけど、どうかな?」

 

エイナさんがやって来た。

僕が使う防具を幾つか選んでくれたようだ。

 

「分かりました。 僕が選んだこれも含めて検討してみます」

 

そういって、そちらへ向かった。

 

 

 

結果的には、自分で選んだ物に決めた。

魂がこもっていることもそうだが、何より一番しっくりくる。

買う物を持ってレジへ向かい、机の上に置く。

店員さんが値段を確認しているところで、僕はあるものが目に入った。

それは、『廃棄処分』と書かれた樽に無造作に突っ込まれていた2振りの刀。

 

「あの、すみません。 そこにある2本の刀、見せてもらっていいですか?」

 

「これはもう処分するものだ。 お客さんに見せるもんじゃないよ」

 

「構いません。 見せてください!」

 

僕が真剣にお願いすると、店員はやれやれといった雰囲気で樽から刀を引っ張り出す。

 

「どうかしたの? ベル君」

 

「いえ、何故か気になったので………」

 

店員さんから刀を受け取り、一本を鞘から抜いてみる。

その刀身には無数のサビが浮き、誰が見ても一目で鈍ら刀だとわかるものだ。

 

「酷いサビだね………これじゃあもう使えないね………」

 

「もう何年も放ったらかしになってた刀さ。 もう買い手も付かないから処分することに決めたのさ。 もう一本も同じだよ」

 

エイナさんに続き、店員さんもそう言う。

でも、僕はこの刀が気になった。

 

「けどこの剣、元はいい剣だったと思いますよ。 作り自体はしっかりしてますし、製作者の魂もちゃんと篭ってる。 なんで売れなかったのか不思議なくらいです」

 

「そこまで言うなら買うかい? それだったら、2本で1000ヴァリスでいいぞ」

 

「買います!」

 

即答だった。

 

「ちょっとベル君………」

 

「言いたいことはわかります。 でも、このまま処分されるのは勿体無いと思ったので……」

 

僕がそう言うと、エイナさんは諦めたように、

 

「もう、しょうがないなぁ………」

 

呆れたように笑みを浮かべた。

 

「すみません。 それと、心配してくれてありがとうございます」

 

僕はそう言って会計を済ませる。

そこで僕はふと思いつき、

 

「あの、試し斬りが出来る場所ってありますか?」

 

「は? それなら隣の部屋にあるが………やめといたほうがいいぞ。 あそこにあるのも売れ残りの鎧だが、流石にその剣じゃ無理がある」

 

「ご忠告ありがとうございます。 それから確認しておきますけど、万一その鎧が壊れても、弁償は発生しませんよね?」

 

「ああ。 むしろ壊してくれた方がその武器の良さに泊がつくからな。 弁償は発生しねえよ」

 

「わかりました。 ありがとうございます」

 

僕はそう言って、店員さんに教えられた部屋に入っていく。

エイナさんも後から付いて来た。

 

「ベル君? 一体何をするの?」

 

「とりあえず、一つは試し斬り。 もう一つは、エイナさんに僕の実力を見てもらおうと思いまして」

 

「ベル君の実力?」

 

「はい。 ダンジョンの探索許可の参考にしてください」

 

僕はそう言いながら、先ほど買った手甲と脛当を付ける。

軽く身体をほぐし、3つほどある試し斬りの鎧を見つめる。

 

「まずはいつも通り行きます」

 

エイナさんにそう声をかけ、構える。

そして、

 

「はっ!!」

 

床を蹴って一直線に突っ込むと、右の正拳を鎧に叩き込む。

その鎧は一撃で粉々になる。

 

「せいっ!!」

 

続けて2つ目の鎧に蹴りを放ち、これも粉々にした。

 

「…………うそ」

 

エイナさんが呆然と呟く。

僕はその間に刀を2本背中に背負い、最後の鎧を見つめる。

そして集中し、それぞれの柄に手をかけると………

 

「……………ッ!」

 

一瞬にして鎧の後ろへたどり着いた。

僕はそのまま刀の柄から手を離す。

すると、試し斬りの鎧にX字に線が走り、ゴトゴトと崩れ落ちた。

切り口は名剣で切断したかのごとく綺麗なものだ。

僕はエイナさんに向き直る。

 

「どうでしたか? エイナさん」

 

「えっ!? あ、ああ…………何て言うか…………非常識だね、ベル君って」

 

「その言い方はないですよ………」

 

僕はガックリと項垂れる。

 

「とりあえず、毎日様子を見ながら下の階層の許可も出していくけど、これだけは約束して」

 

「なんですか?」

 

「絶対に無理はしないこと! ベル君の強さは新人とはかけ離れてることはわかったけど、それでも危険なことには変わりないから……」

 

エイナさんは、本当に僕の事を心配してくれてるのがよくわかった。

 

「分かりました。 約束します。 絶対に無理はしません!」

 

僕は頷く。

 

「それならよろしい」

 

そう言ったエイナさんと顔を見合わせると、

 

「「ぷっ………あははははは!」」

 

なぜか可笑しくなり、2人揃って笑いを零した。

 

 

 

 

日が傾く頃、僕とエイナさんは帰路についていた。

 

「今日はありがとうございました。 おかげで色々勉強になりました」

 

待ち合わせに使った広場で、僕はエイナさんにお礼を言った。

 

「ううん。 ベル君にはいなくなって欲しくないから………」

 

そのセリフにドキッとする。

 

「冒険者って………いつ死んでもおかしくないから………戻ってこなかった冒険者をたくさん知ってる………」

 

あ、ああ、そういう事。

思わず勘違いしそうになった。

 

「本当に………ベル君にはいなくなって欲しくない………」

 

少し悲しそうな表情でそう漏らすエイナさん。

 

「エイナさん………」

 

僕は気を引き締め、

 

「僕はいなくなりません」

 

ハッキリとそう言った。

 

「ベル君?」

 

「約束します! 僕は、絶対にエイナさんの前からいなくなったりしませんから!!」

 

「ッ………!?」

 

エイナさんの顔が見る見る赤くなっていく。

そこまで言って、僕は自分の言ったことを思い返してみた。

これではまるで告白のようではないかと。

思わず顔が熱くなる。

恐らく2人揃って真っ赤になっていることだろう。

 

「や、約束………だからね?」

 

エイナさんがポツリと零す。

 

「えっ?」

 

「絶対にいなくならないって、約束したからね!」

 

「は、はい! もちろんです!」

 

耳まで真っ赤にするエイナさんと、恐らく同じようになっているであろう僕は、夕焼けの中しばらく見つめ合い続けた。

 

 

 

 

 




ベルは錆びた刀を手に入れた!
何に使うかは予想できますよね?
続きをお楽しみに。


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第九話 ベル、怪物祭へ行く(前編)

 

【Side ベル】

 

 

僕は今日も朝の鍛錬の場に現れるであろうアイズさんの為に、少々趣向を凝らすことにした。

前日のうちに仕入れておいた人の胴体よりも2回りほど大きな太さを持つ丸太を2本担ぎ、僕は市壁の上にたどり着く。

その丸太を傍らに置き、何時も通りの鍛錬を行っていると、日が地平線から顔を出す頃にその人は現れた。

 

「おはよう………ベル…………」

 

「おはようございます。 アイズさん」

 

僕は自然に笑みを浮かべて挨拶を返した。

 

「じゃあ………今日もやろう………」

 

そう言ってアイズさんは剣を抜こうとする。

 

「あ、ちょっと待ってください!」

 

僕は剣を抜こうとするアイズさんを止める。

 

「?」

 

「今日はちょっと別の修行をしようと思います」

 

僕はそう言って用意しておいた丸太を立てる。

そして、先日購入した2本の刀の内、1本を手に取った。

 

「見ていてください」

 

僕は左手で鞘を持ち、右足を前に出してやや前傾姿勢を取る。

右手を柄の近くに添え、抜刀の構えを取った。

 

「………………………」

 

集中しながら呼吸を整え、

 

「はっ!!」

 

一気に抜き放ち、その直後に瞬時に鞘に収める。

刀を鞘に収めて数秒後、丸太がズルリと斜めにズレ、切り倒された。

僕はアイズさんに向き直り、鞘に収めた刀を差し出す。

 

「この刀で今のが出来るようになってください。 そうすれば、明鏡止水が会得できます」

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

そう言われて、私は一瞬困惑した。

何故剣で丸太を斬るだけで明鏡止水が会得できるのか?

私はベルが新しく立てている丸太を見つめる。

太さは大体直径1mを超えるぐらい。

このぐらいなら【恩恵】を貰ってない人や低Lvの人には難しくても、Lv.3以上………

ましてやLv.5の私になら容易いことに思える。

正直、以前ベルの前で細切れにしたミノタウロスの身体の方が余程断ちにくい。

そう思いつつもベルは準備を進めていき、

 

「では、アイズさん。 どうぞ」

 

そう促されたので怪訝に思いつつも丸太の前に立った。

ベルと同じように抜刀の構えを取り、この丸太を断てるほどの力と速度で剣を振った。

でも………

 

「ッ!?」

 

剣を握った手に感じたのは、とてつもない抵抗。

剣は丸太に僅かに食い込んだだけで、それ以上進まない。

私は一瞬何故?と思ったけど、その理由は剣を見てすぐに解った。

 

「………この剣………錆びてる………」

 

その剣は刃が全く役に立たないと言っていいほど錆び付いており、鈍ら以下の物でしかなかった。

それと同時に私は戦慄した。

 

「ベルは………こんな物であの丸太を…………」

 

ベルが斬った丸太の断面は、名剣もかくやと言わんばかりの綺麗なものだ。

今私が持っている剣で斬ったなんて、実際に見ていなければ信じられない。

私は一度剣を戻し、今度は本気で剣を振る。

 

「ふっ!」

 

さっきよりも深くくい込んだけど、ただそれだけ。

丸太の直径の十分の一も斬れてはいない。

 

「あ、言い忘れましたけど魔法を使うのは無しですからね」

 

ベルが念の為にとそう言う。

もちろんそのつもりだけど、今のままでは断てる気がしない。

ベルはこれが出来れば明鏡止水を会得できると言っていたけど、逆を言えば明鏡止水を会得できなければ断てることはない、と言う事だろう。

私は新たな課題に意識を集中させた。

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

その後、結局丸太に傷を増やすだけで断つことが出来なかったアイズさんは、「明日も来る」とだけ言い残し、刀の1本を持ってホームへ戻っていった。

僕もホームである古い教会に戻ってくると、

 

「ベル君! お祭りに行こうぜ!!」

 

開口一番神様がそう言ってきた。

 

「お祭り………ですか?」

 

「ああ。 今日は年に一度開かれる、ガネーシャのところが主催でやっている催し、怪物祭(モンスターフィリア)の開催日なんだよ」

 

怪物祭(モンスターフィリア)………?」

 

僕は初めて聞く単語に首を傾げる。

 

「簡単に言えば、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教(テイム)するまでの流れを観客の前で行うんだ。 色々出店とかも出るから、結構大きな規模のお祭りになるんだよ」

 

調教(テイム)って………確かモンスターを手懐けて仲間にする技術でしたよね? しかも、成功率はかなり低いって噂の…………そんなものを観客の前で?」

 

「ああ。 しかもダンジョンのモンスターは地上のモンスターと比べると、更に成功率は低い。 それでもガネーシャのところの子供たちは成功させちゃうんだから、その実力がうかがい知れるだろう?」

 

「つまり【ガネーシャ・ファミリア】の実力披露と同時に、都市活性化を担うイベントってことですね」

 

「そういうことだね。 それでどうだい? 興味あるだろう?」

 

「そうですね…………折角の神様のお誘いですし、僕も興味ありますから、いいですよ。 行きましょう」

 

「よし決まりだ! そうとわかれば善は急げ! 早速行こうじゃないか!」

 

神様はそう言うと僕の手をとって走り出す。

 

「ああっ! 落ち着いてください神様!」

 

せめて刀だけは置いていこうと思ったけど、神様がどんどん引っ張っていくので結局背負っていくことにした。

 

 

 

 

 

西のメインストリートを神様と一緒に歩いていると、

 

「ちょっと待つニャ! そこの白髪頭!」

 

白髪頭と言われて思わず反応した僕は、声のした方に振り向いた。

そこには【豊穣の女主人】の店の前で、なんとなく見覚えのあるキャットピープルの少女が手を振っていた。

 

「む? なんだい君は?」

 

神様がとことなく敵意のある目で彼女を睨む。

 

「おはようございます、ニャ。 いきなり呼び止めて悪かったニャ」

 

彼女はそう言うとお辞儀をする。

 

「はあ、おはようございます………」

 

呼び止められる覚えの無い…………いや、ついこの間店の前で喧嘩したっけ。

その事で文句を言われるのかと思っていると、

 

「ちょっと面倒ニャことを頼みたいニャ。 はい、これ」

 

「え?」

 

そう言いながらポンと渡されたのは、がま口の財布だった。

 

「白髪頭はシルのマブダチニャ。 だからコレをあのおっちょこちょいに渡して欲しいニャ」

 

「いや、マブダチっていうか、1回店に招待されただけなんですが…………っていうか、意味分かりません」

 

何故これをシルさんに渡すんだろうか?

僕が困っていると、

 

「アーニャ。 それでは説明不足です。 クラネルさんも困っています」

 

そう言って、またも見覚えのあるエルフの店員さんが姿を見せた。

 

「リューはアホニャー。店番サボって祭り見に行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャンて、そんニャこと話さずともわかることニャ」

 

いや、話してくれなければ分かりませんが。

 

「というわけです。 言葉足らずで申し訳ありませんでした」

 

「よくわかりました」

 

今更だけど、このエルフの店員さんはリューさん。

こっちのキャットピープルの店員さんはアーニャさんというみたいだ。

 

「いきなりなんだい! ベル君はこれからボクと怪物祭(モンスターフィリア)に行くんだぞ!」

 

神様が不機嫌そうな声を漏らす。

 

「ご迷惑なのは理解しています。 ですが頼まれて貰えないでしょうか? 私やアーニャ、他のスタッフ達も店の準備で手が離せないのです。 そして、シルの行き先も怪物祭(モンスターフィリア)なのです」

 

なるほど、丁度行き先が同じなわけか。

それなら、

 

「いいですよ。 届けましょう」

 

「ちょっとベル君!」

 

神様が文句を言いそうになるが、

 

「いえ、僕は少し前にこのお店で少々ご迷惑をおかけしてしまったので、そのお詫びも兼ねて頼まれようかと………」

 

「迷惑って…………何やったんだい君?」

 

「ええ、まあ………他の【ファミリア】の人と店の前で喧嘩しました」

 

「け、喧嘩ぁ!?」

 

「あれはビックリしたニャー。 白髪頭が【ロキ・ファミリア】に喧嘩売ったんだからニャ。 しかも、Lv.5のベート・ローガをボッコボコにしたのは更に驚いたニャ」

 

「アーニャ、その言い方は語弊がある。 先にクラネルさんを侮辱したのは【ロキ・ファミリア】の方々だ。 クラネルさんは少し意趣返ししたに過ぎない」

 

「ブッ!! よりにもよってロキの所と!?」

 

相手が【ロキ・ファミリア】だとわかって神様が吹き出す。

 

「しかもLv.5の冒険者をボコボコにしただって!? 一体何を考えてるんだ君は!?」

 

「いや、すみません………あの時はお酒飲んで酔っていたせいか、抑えが効かなくて………」

 

「そういう意味じゃなくてだな…………ああもう! この間の『神の宴』に出なくて正解だったよ。 絶対にロキが突っかかって来ただろうから………」

 

神様は頭を抱える。

 

「ま、まあ落ち着いてください神様。 ロキ様にも自分の【ファミリア】に入らないかと誘われましたがちゃんと断りましたので」

 

「本当かい!?」

 

神様はガバッと勢いよく顔を上げると凄まじい剣幕で近寄ってきた。

 

「は、はい………」

 

「流石ベル君だ。 ふふん! 悔しそうなロキの顔が目に浮かぶぜ!」

 

神様は先ほどとは打って変わって得意げな表情になる。

 

「あの、お取り込み中申し訳ありませんが、財布は届けていただける、という事でよろしいのですか?」

 

リューさんが遠慮がちに口を出す。

 

「仕方ないなぁ。 まあ、ここで断るのも可哀想だ。 行き先も同じだし特別に引き受けようじゃないか」

 

ご機嫌になった神様は、先ほどとは打って変わって快く?引き受ける。

 

「ありがとうございます」

 

リューさんは、ペコリと頭を下げる。

 

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつけるはずニャ」

 

「分かりました」

 

僕と神様は【豊穣の女主人】を後にした。

 

 

 

 

 




ベルはシュバルツ式修行をアイズに課すことにした。
最近のベルは東方不敗よりもシュバルツよりになってる気がする。
それでやっと怪物祭まできました。
ヘスティアナイフが無いので普通にヘスティアがベル君を誘う形にしました。
ヘスティアナイフが無い=神の宴にも参加してないってことで。
盛り上がりもなく中途半端な終わりですが、微妙に長くなりそうだたので前後編に分けました。
盛り上がるのは後編で?
では、また来週?


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第十話 ベル、怪物祭へ行く(後編)

 

 

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)を見に行くために多くの人々が行き交うメインストリート。

そのメインストリートに面するとある喫茶店の2階に、2人の神が向き合っていた。

片方は【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインを伴った【ロキ・ファミリア】の主神であるロキ。

そしてもう片方は、このオラリオで【ロキ・ファミリア】と肩を並べる規模の【ファミリア】であり、現冒険者の中で最高のLv.7である【猛者】オッタルを有する【フレイヤ・ファミリア】の主神である美の神フレイヤ。

 

「そろそろこんな場所に呼び出した理由を教えてくれない?」

 

フレイヤが切り出す。

 

「ちょい駄弁ろうかとおもってな」

 

「嘘ばっかり」

 

ロキがその場をはぐらかす様な言い方をしたが、フレイヤは即答で否定する。

するとロキが目付きを鋭くし、

 

「率直に聞く。 何やらかす気や?」

 

「何を言ってるのかしら? ロキ」

 

「とぼけんな、阿呆ぅ。 最近動きすぎやろ。 この前の『宴』にも興味ないとかほざいとったくせに顔を出すわ、さっきの口ぶりからして情報収集には余念がないわ………今度は何企んどるん?」

 

「企むだなんて、そんな人聞きの悪いこと言わないで」

 

「じゃかあしい。 お前が妙な真似すると碌な事にならん。 ま、どーせ他の【ファミリア】の子供を気に入ったとか、そういう理由やろうけどな」

 

ロキは半分冗談、半分確信をもった口調で言った。

それに対してフレイヤは、ただ無言で微笑むだけだ。

しかし、ロキはそれを肯定と受け取った。

 

「で、どんな奴や? その自分が気に入った子供ってのは? いつ見つけた?」

 

「……………強いことは間違いないわ。 見た目はとても頼りないけど、その気になったときはとても頼もしい…………そしてなにより、見たことのない色をしていたわ………」

 

「見たことのない色?」

 

「邪なはずなのに何よりも純粋。 炎のように激しい色をしているかと思えば、澄んだ水のように透き通った色をしている…………そんな子」

 

「はぁ? 邪なのに純粋? 炎の様で水の様? なんやそれ、矛盾しとるがな」

 

「矛盾………とは違うわね。 相反する色が絶妙なバランスで保たれていると言ったほうがしっくりくるわ…………見つけたのは本当に偶然。 たまたま視界に入っただけ…………」

 

フレイヤはそう言いながら2階の窓からメインストリートを行き交う人々を見下ろす。

 

「あの時も、こんな風に………」

 

ちょうどその時、人々の流れの中に白い髪と黒いツインテールが並んで進んでいくのが見えた。

 

「ごめんなさい。 急用ができたわ」

 

そう言ってフレイヤは突然立ち上がる。

 

「はぁっ!?」

 

「また今度会いましょう」

 

フレイヤはそう言い残すと、ローブで全身を纏い店を後にする。

 

「なんやアイツ? いきなり立ち上がって………」

 

怪訝そうな表情でフレイヤが出ていった方向を見つめたあと、ロキは「ん?」と振り返った。

見れば、アイズが窓の外をジッと見つめていたからだ。

 

「アイズ、どうした? 何かあったん?」

 

「いえ………」

 

否定する言葉とは裏腹に、アイズの視線は窓の外を見続けている。

その視線の先は奇しくも美の神と同じ、白い髪の少年に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

神様に引っ張られながら、僕達は朝御飯を兼ねて出店を色々と回っていた。

僕がダンジョンに潜り始めてから合計で30万ヴァリス以上稼いでいるから、今日一日ぐらいハメを外しても大丈夫だろう。

 

「ベル君! 次はジャガ丸くんを食べようぜ!」

 

そしてなにより、楽しそうな神様を見てお金を節約するとか野暮なことは考えたくない。

 

「分かりました」

 

僕は返事をして神様のされるがままになる。

たまにはこうして振り回されるのも悪くはないかな。

そう思ったとき、大きな歓声が闘技場の方から響いてきた。

 

「お、どうやら祭りが本格的に始まったようだね」

 

神様が闘技場を見上げてそう言う。

 

「そういえば、君が頼まれた…………誰だっけ?」

 

「シルさんですか?」

 

「そうそう。 そのシルって女の場所はわからないのかい?」

 

「いえ、特に当ては………」

 

「ん~~~…………君だったら、気配を探ってどこにいるのか探せないのかい?」

 

「いや、どこに何人いるかぐらいはわかりますけど、流石に個人の特定はできませんよ」

 

「……………それでもどこに何人いるのかはわかるんだ………」

 

神様は何やら呆れた表情をしている。

 

「それにシルさんって、才能なのか気配を消すのが上手いんですよ。 僕も注意してなければ、シルさんが近づいてきても気付くのが遅れますから」

 

「ふ~ん。 君が言うなら相当なものなんだね。 じゃあ、根気よく目で探すしかないわけだ」

 

「そうなります」

 

「じゃあ、デートのついでに見つかることを祈っておこう!」

 

そう言うと、神様は再び僕の手をとって引っ張り出した。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

同じ頃、闘技場の地下にある捕らえたモンスター達を管理している大部屋で異変が起こっていた。

モンスターを見張っていた【ガネーシャ・ファミリア】の構成員達が糸の切れた人形の様にへたりこんで、焦点の合わない目で虚空を見つめていた。

その大部屋の中でローブを纏った人物がモンスターが捕らえられた檻に近づいていく。

モンスター達は騒ぎ立てていたが、その人物がフードを取った瞬間ピタリと止まった。

そのフードの下から見せた顔は、フレイヤであった。

美の神であるフレイヤの美貌は、ダンジョンのモンスター達でさえ『魅了』してみせた。

途端に従順になるモンスター達。

 

「……………ダメね。 もう少し様子を見るつもりだったけど…………ちょっかいを出したくなってしまった…………」

 

独り言をつぶやきながら檻を開けていくフレイヤ。

 

「さあ、小さな女神(わたし)を追いかけて?」

 

そう言い残してその場から姿を消すと、モンスター達は女神の姿を求めて動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ふと、僕は僅かな違和感に足を止めた。

 

「ベル君?」

 

急に立ち止まった僕に、不思議そうな表情を向ける神様。

でも、僕は闘技場の方を見つめ続けていた。

そして、

 

「モ、モンスターだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

大勢の悲鳴と共に、そんな叫びが聞こえてきた。

 

「ッ!?」

 

群衆が円を描くように空きを作るその中心に、そのモンスターはいた。

純白の毛並みを持った巨大な猿のようなモンスター。

エイナさんから叩き込まれた知識の中で、11階層で生まれ落ちるモンスターに該当する種類がいた。

 

「…………シルバーバック」

 

「ガァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

僕の呟きと同時にシルバーバックが吠える。

そして、何かを探すようにグルリと周囲を見渡す仕草をして、ピタリと止まった。

その視線の先には僕達…………いや、正確には神様を見つめていた。

 

「ルググゥ…………!」

 

シルバーバックが低く唸り声を上げ、僕達に一歩踏み出す。

それと同時に、群衆が割れるように僕達とシルバーバックへの道を作り出す。

 

「べ、ベル君………?」

 

神様が不安そうな声を上げる。

 

「大丈夫です。 神様はそこを動かないでください」

 

神様を安心させるために、いつもと変わらない調子で話しかけた。

僕は神様を置いてシルバーバックに向けて歩き出す。

 

「ギァッ………!」

 

動く。

そう確信した僕は歩きながら背中の刀の柄を握る。

次の瞬間、力強く一歩を踏み出したシルバーバックが駆け出す。

同時に僕も駆け出した。

襲い来るシルバーバックの懐に飛び込むように跳躍し、背中の刀を一気に抜き放つ。

 

「はぁああああああああっ!!」

 

「ガァアアアアアアアッ!!」

 

そのまま袈裟懸けに一閃。

そのままシルバーバックの真横を通り過ぎ、後方に着地する。

確かな手応えを感じた僕は、そのまま刀を背中の鞘に収めた。

それと同時にシルバーバックは消滅する。

 

「スゴイやベル君!!」

 

神様の声を皮切りに、先程まで悲鳴だった叫び声が、歓声へと変わる。

だがそこで、不穏な気配を感じた。

 

「ッ!? 神様! 逃げてください!!」

 

「えっ?」

 

僕の叫びに神様は怪訝な表情を浮かべるけど、その一瞬後に神様のすぐ後ろにあった建物が吹き飛んだ。

 

「えっ………!?」

 

神様が振り返る。

そこには巨人のようなモンスター。

先ほどのシルバーバックより遥かにレベルの高い存在だと感じた。

それはトロールと呼ばれるモンスター。

20階層より下の階層で生まれるモンスターであり、駆け出しどころか中堅の冒険者でも敵わないモンスターだった。

そのトロールが神様に向かって手を伸ばす。

 

「神様! 危ない!!」

 

僕は全力で地面を蹴り、一瞬で神様の元へ到達。

神様を抱き抱えてその場を離脱する。

トロールの手が空を切り、それでもその手は神様を求めるようにこちらに向く。

 

「やっぱり、こいつも神様を狙ってる!」

 

僕は神様を抱き上げたままそう確信した。

ふと見ると、神様は僕の腕の中で真っ赤になっていた。

あ、そういえば今の体勢って所謂お姫様抱っこって奴だ。

 

「べ、ベル君すまない! こんな状況なのに、ボクは心から幸せを感じてしまっている………!」

 

「こんな状況なのにそういうことを言える神様を素直に尊敬しますよ!」

 

早く神様を安全な場所に下ろしてこいつをなんとかしないと。

僕がそう思ったとき、再び不穏な気配を感じる。

今度は1体だけじゃない。

…………合計7つの気配。

目の前のトロールを含めて8体のモンスターが神様を狙っている!

 

「どうして神様が狙われるんだ………?」

 

僕は疑問を口にする。

その時、角が剣のようになった牡鹿のようなモンスターがこちらに向かって駆けてくる。

 

「ッ! 神様、すみません!」

 

「へっ?」

 

僕は抱えていた神様を真上に放り投げる。

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

神様は悲鳴を上げているけど、僕は向かってくるモンスターに集中する。

 

「はあっ!!」

 

気合を込めて拳を繰り出す。

僕の拳は剣状の角を砕き、牡鹿のモンスターの頭部を粉砕した。

僕はすぐに上を見上げ、

 

「………ぁぁぁぁぁぁあああああああっ!?」

 

落ちてきた神様を受け止めた。

 

「あと7体………!」

 

僕はどうやって残りを倒そうか考えていたとき、

 

「………そうだ!」

 

神様を見ていて閃いた。

どういうわけかわからないけど、モンスター達は神様を狙っている。

それなら!

僕は、人々に注意を促しながらメインストリートを駆ける。

後ろをみると、思ったとおり中型のモンスター達はメインストリートを一列になって僕達を追いかけてくる。

神様を囮にしているみたいで気が引けるけど、四の五の言っていられない。

全てのモンスターがメインストリートに入ったことを確認した僕は、神様をその場に下ろす。

 

「あっ………」

 

神様は名残惜しそうな声を漏らしたけど、今は気にしてる場合じゃない。

僕はモンスター達の方に振り向く。

トロールを始めとして中型モンスターが一列に向かってくる光景は、結構迫力がある。

もし僕が普通の駆け出し冒険者だったら、今頃恐怖に飲まれていることだろう。

僕は深呼吸して心を落ち着ける。

そして、構えを取った。

 

「流派東方不敗…………」

 

そのまま複数の型の構えを取り、気を練り上げていく。

 

「酔舞・再現江湖………!」

 

練り上げた気を全身から放ちつつ突撃する。

 

「デッドリーウェイブ!!」

 

そのまま全てのモンスターを貫いた。

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

ロキに誘われ怪物祭(モンスターフィリア)を見て回っていた私は、ギルド職員が慌てているのに気付いた。

 

「…………すいません。 何か、あったんですか?」

 

近くにいたメガネをかけたハーフエルフのギルド職員に声をかける。

彼女は一瞬驚いた表情をして、

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン………」

 

私の名を呟いた。

すると、気を取り直して私に説明を始める。

何者かにより怪物祭(モンスターフィリア)用に捕獲しておいたモンスターの一部が逃げ出したこと。

その為、冒険者たちに協力を要請したいという事を聞いた。

 

「ロキ」

 

私はロキに呼びかける。

 

「ん、聞いとった。 もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ。 この際ガネーシャに貸しつくっとこか」

 

ロキの言葉でギルド職員達に安堵の声が漏れる。

 

「で? モンスターはどこらへん彷徨っとるかわかるか?」

 

「は、はい! 全てのモンスターは東のメインストリートへ向かったそうです!」

 

それを聞くと、私は駆け出した。

 

 

 

 

私が東のメインストリートにたどり着いたとき、

 

「はぁああああああああっ!!」

 

「ガァアアアアアアアッ!!」

 

見覚えのある白い髪の少年が、シルバーバックを一刀の下に両断していた。

 

「ッ………!」

 

私は彼の収める剣を見つめる。

あの剣は、私が借りたものと同じく錆だらけで使い物にならなかったはず。

それでもベルはミノタウロスよりは格下とは言え、上層では上位に入るシルバーバックを切断してみせた。

もし私があの剣でシルバーバックを相手にしたとしても、撲殺ぐらいは出来るかもしれないが、あのように綺麗に切断することはできない。

 

「………ベル」

 

私がつぶやくと同時に、ロキが息を切らせながら追いかけてきた。

 

「はあ…………はあ…………なんや? あれは…………もしかしてベルかいな? こりゃアイズたんの出番はないかも知れへんな」

 

私も内心同意するが、その時建物を突き破ってトロールが現れた。

ベルは咄嗟に主神と思われる少女を抱き抱え、その場を離脱する。

それでも、他の逃げたと思われるモンスターが集まってきており、その全てがベル、もしくはベルの抱えている女神を狙っている。

 

「お~お~。 なんや? ドチビの奴が狙われとんのか? モンスターに好かれるとはけったいなやっちゃな。 しゃーないアイズ、助けてやり。いくらベルでもお荷物抱えながらやと厳しいやろ?」

 

ロキの言葉に頷き、剣を抜こうとしたとき、

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

ベルの抱えていた女神が、突然空中に放り出される。

その隙に、ベルが素手でソードスタッグの角と頭部を粉砕した。

相変わらず信じられないことをする少年だと私は思う。

ベルは落下してきた女神を受け止めると、突然モンスターに背を向けメインストリートを走り出した。

 

「何やベル? 逃げるんかいな?」

 

ロキの言葉に私は違うと思った。

ベルの実力なら、女神一人を抱えていたとしても振り切るのは簡単のはず。

今のベルは、まるで追いかけて来いと言わんばかりに人並みのスピードで走っている。

そして、全てのモンスターがメインストリートに入ったとき、ベルは足を止めた。

女神を下ろし、モンスター達に向き直る。

そして、

 

「流派東方不敗…………」

 

モンスター達に向かって構え、

 

「酔舞・再現江湖………!」

 

瞬時に複数の構えを次々にとったかと思えば、

 

「デッドリーウェイブ!!」

 

次の瞬間に猛スピードで突進した。

ベルはモンスター達を次々に貫き、一瞬で全てのモンスターを貫いた。

更に空中で飛び蹴りのような構えを取ったかと思うと、

 

「爆発!!」

 

その掛け声とともに、全てのモンスターが粉々に破裂した。

 

「ッ!?」

 

内心驚愕する私を他所に、ベルは何事もなかったかのように着地する。

 

「ほえ~………流石ベルやな。 ドチビにはもったいないわ~………!」

 

ロキはそんな事を言っている。

私はせめてベルに労いの言葉をかけようと歩みだそうとして、

 

「ベルさんっ!!」

 

人ごみの中からベルに駆け寄り、そのまま抱きついた存在がいた事に、思わず足を止めた。

 

「ベルさん! すごかったです!」

 

「シッ、シルさん!?」

 

シルと呼ばれたヒューマンの少女。

あの少女は、確か【豊穣の女主人】の店員だったはず。

 

「ボクのベル君に何してる~~~!!」

 

彼の主神である女神が叫びながら彼に駆け寄る。

ヒューマンの少女が抱きついた側とは反対側に抱きつき、自分の方に引き寄せるようにする。

ベルは苦笑しながらも、頬が僅かに赤くなっており、満更でもない様子だ。

 

「……………………ッ?」

 

そんなベルの様子を見ていると、不思議と胸の奥がモヤっとした。

何故かそんなベルを見ていたくなくて、私は声をかけるのをやめ、踵を返す。

 

「あれ? アイズたん。 もう行くんか?」

 

ロキの言葉にも私は答えない。

何故かこの場には居たくなかった。

私は逃げるようにこの場を後にした。

 

 

 

 

 





ベルが使った技


・酔舞・再現江湖デッドリーウェイブ

気の波動を発しながら対象に突撃し、「爆発!」の掛け声と共に粉砕する。




はい、第十話です。
出ましたデッドリーウェイブ。
ちょっとは盛り上がりましたかね?
そんでついでにアイズの描写も少し。
まあこの小説ではアイズがメインヒロインなんで。
ついでに言えば、次回以降急接近するかも(予定)。
ではまた次回。



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第十一話 ベル、嫌われる?

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

アイズさんの修行を始めて1週間。

正直、殆ど進展が無い。

アイズさんは、『力』と『強さ』を同列に見ている節がある。

いくら『力』と『技』を身に着けようとも、それでは『明鏡止水』にはたどり着けない。

このまま普通に修行を続けていても、『明鏡止水』を会得できる可能性は限りなく低い。

今のアイズさんに『明鏡止水』を会得させるためには…………

 

「……………この方法しか………ないかな………?」

 

僕が思いついた方法は、少し………というより、非常に気が進まない。

例え『明鏡止水』を会得させられたとしても、ほぼ確実に嫌われるだろう。

だけど…………

 

『私は………強くなりたい…………』

 

あの時の言葉を思い出す。

静かな………それでいて強い思い。

その時の思いは、僕が師匠に弟子入りした時と同じような思いなんだろう。

だから僕は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

私は日が昇る前のオラリオを駆ける。

ベルと特訓を始めて1週間が経つ。

未だに『明鏡止水』の会得のきっかけすら掴めずにいる。

だけど不思議と足取りは重くない。

先日の怪物祭(モンスターフィリア)の一件でベルが女神とウェイトレスの少女に抱きつかれた時の胸の奥のモヤモヤ感も、次の日にベルに会った時に消えた。

あれがなんなのかは分からないけど、今は少しでも早くあの場所へたどり着きたい。

そうすれば少しでも…………

 

「………………?」

 

少しでも………何なんだろう?

少しでも長く特訓が出来るから?

それとも、ベルと一緒に居られるから?

ふと頭を過ぎった疑問を考えようとした時、いつの間にか市壁の頂上への扉の前にたどり着いていた。

私は先程までの疑問を振り払い、扉に手をかける。

そのままいつものように扉を開けた。

そこには、いつものように一人で鍛錬しているベルの姿…………では無かった。

 

「…………………ッ!?」

 

いつもと違いただならぬ雰囲気を纏ったベルが、私に背を向けて立っていた。

 

「……………ベル?」

 

私は気圧されながらもベルに呼びかける。

すると、ベルはゆっくりと振り向いた。

 

「ッ…………!」

 

振り向いたベルが私に向けた眼は、いつもの優しそうな眼ではなく、怨敵を見るような険しい眼つきだった。

そして、先程からベルから感じるただならぬ殺気。

どうしてベルはそんな眼で私を見るのか。

何故私に対して殺気を向けてくるのか。

突然のことに、私は理解が追いつかない。

 

「……………アイズさん」

 

戸惑う私にベルが言葉を発する。

それでも、眼つきと殺気は変わらない。

 

「アイズさん、今日で修行は終わりです」

 

突きつけられた突然の終了宣告。

 

「ど……どうして………?」

 

私はなんとか声を絞り出す。

ベルの雰囲気に、体の自由が利かない。

 

「この一週間、あなたの修行を見てきました…………ですが、あなたは何も成長していない!」

 

「ッ………!」

 

その自覚はあった。

 

「故に、これ以上修行を続けても無駄と判断しました」

 

でも! この先も同じとは限らない………

 

「同じですね」

 

私の心を読んだように言葉を被せてくる。

 

「『明鏡止水』は、『力』や『技』を磨くだけでは会得できません。 あなたは根本的な始まりから間違えているんです」

 

「……………」

 

ベルの言葉に私は何も言えない。

 

「あなたの最終目標が何かは知りません。 ですが、このままならあなたは志半ばで死ぬ事になるでしょう。 それは僕も心苦しく思います………」

 

『死』という言葉がベルの口から発せられたとき、私の背筋に冷たいものが走る。

すると、ベルが私に歩み寄りながら背中の剣を抜いた。

 

「ならいっそ、この場で僕があなたを殺します。 それが僕があなたにしてあげられるせめてもの情け」

 

ベルの殺気が強まり、身体が金縛りにあったような感覚に陥る。

 

「あっ………!」

 

ベルの腕がブレる。

意識では体は動かない。

でも、剣士としての本能と直感が体を突き動かした。

反射的に一歩下がる。

ほぼ同時に喉元をベルの剣が通過した。

 

「……………抗わないでください。 抗えば、あなたを苦しめてしまう」

 

首筋には薄く傷ができており、僅かだが血が流れている。

あのまま一歩も動かなかったら、間違いなく首を切り落とされていた。

 

「本……気…………?」

 

私は震える声でベルに問い掛ける。

ベルが私を殺そうとするなんて、信じたくはなかった。

 

「ベル………やめて………」

 

ベルは私の言葉には答えず、無言で近付いて来る。

 

「ッ!?」

 

私は咄嗟にいつも使っている武器であるデスペレートを抜き、首を守るように構える。

 

「くぅっ!」

 

次の瞬間、両手が腕まで痺れるほどの衝撃を受け、後ろに後退する。

凄まじく重い剣撃。

武器に【不壊属性(デュランダル)】が付加されていなければ、一撃で砕けていた。

 

「…………頑丈な武器ですね。 武器で防がれたとしても、それごと断ち切るつもりで剣を振ったのですが…………もしかして【不壊属性(デュランダル)】ってやつですか? 流石第一級冒険者。 いい武器使ってますね」

 

そう言うベルの言葉は、どこか呆れを含んでいるように聞こえた。

 

「『折れない剣』とは、まるで今のアイズさんを象徴するような剣ですね」

 

『折れない剣』が私を象徴する?

 

「『力』のみを求め続け、戦い続ける『大きな力』を目指す。 まさに『折れない剣』です………ですが」

 

ベルの殺気がより一層強まる。

 

『折れない剣』(そんなもの)に頼っている時点で、『明鏡止水』からは程遠い!!」

 

本当に吹き飛ばされるかと思うほどのベルの気迫。

 

『折れない剣』(そんなもの)は、幻想に過ぎません。 それに気付けなかったあなたでは、やはり『明鏡止水』を会得することなど不可能だったんです」

 

ベルの一言一言が、私の心に突き刺さる。

 

「…………あなたを天国へ送る手向けです。 見せてあげましょう…………」

 

ベルがそう言うと目を瞑る。

先程まで感じていた身がすくむほどのベルの殺気がピタリと止んだ。

 

「………ベル?」

 

私は呼びかけるがベルは反応しない。

すると、ベルの体が金色のオーラを発し、それを纏った。

それはベルの持つ剣も包み込み、剣が眩いばかりの光を放つ。

 

「あ…………あ…………」

 

殺気は全く感じない。

それでも、先程以上の恐怖が私を包む。

そう、絶対に抗えない強大な存在。

その存在を前に、私は立ち竦む事しかできない。

 

「これが『明鏡止水』…………あなたがたどり着けなかった境地………!」

 

次の瞬間、ベルが剣を振りかぶる。

私は剣を前方に構えたまま動けない。

 

「はぁああああああああああああっ!!!」

 

輝く剣のひと振り。

その一撃は、【不壊属性(デュランダル)】が付加されているはずのデスペレートをあっさりと砕き、衝撃だけで私の身体はあっけなく吹き飛ばされた。

 

「かはっ!?」

 

壁が陥没するほどの勢いで叩きつけられ、肺の空気が押し出される。

意識が朦朧とし、柄だけを残してあっさりと砕けた自分の剣を見つめた。

 

「『折れない剣』が折れました。 それがあなたの末路です、アイズさん」

 

これが………私の末路………

折れない筈の剣が折れ、今まで磨いてきた『力』も及ばない。

私には、もう何も残っていない。

そこまで思ってハッとした。

私にはたったこれだけしか無かった。

毎日ダンジョンに潜り、『強さ』だけを求め続けていた。

私にはそれしかない。

たったそれだけしかない、小さな人間だった。

手に持っていた柄が滑り落ちる。

カランと音を立てて床に転がった。

ベルが私の前にたどり着く。

 

「これで最後です」

 

ベルが剣を振りかぶる。

 

「アイズさん。 心静かに………”死”んでください………!」

 

その言葉が、私の心に広がる。

 

 

 

死ぬ………私が死ぬ…………

それを悟った時、不思議な感覚が私を包んだ。

脳裏に次々と今まで出会った人達が思い浮かぶ。

 

 

ロキ…………

 

 

フィン…………

 

 

リヴェリア………

 

 

【ロキ・ファミリア】の皆…………

 

 

お父さん、お母さん………………

 

 

心が透き通る感覚。

怒りも憎しみも無い。

あるのは目の前の死。

その最後に思い浮かんだのは………

 

『負けないでください! アイズさん!』

 

…………ベル!

目の前で襲い来るベルのそんな声が聞こえた気がした。

その刹那、先程はその影すら捉えることが出来なかった剣の軌跡を今はハッキリと見て取れる。

 

「見える………!」

 

私は自然ともう一つの剣………

錆びた方の剣に手を伸ばした。

何故かわからないけど、防げるという確信があった。

流れるように剣を抜き、ベルの剣に合わせる。

ベルの輝く剣と私の剣がぶつかり合う。

腕に感じるベルの剣の重み。

確かに重い。

けど、耐え切れないほどじゃない。

 

「来たっ!」

 

ベルが真剣な声を上げる。

見れば、私の剣もベルの剣と同じように光り輝いていた。

 

「この光は………?」

 

「それが『明鏡止水』です、アイズさん!」

 

先ほどの私を殺そうとしていた雰囲気とは打って変わり、いつもの表情でベルが言った。

 

「わだかまりややましさの無い澄んだ心。 それこそ『明鏡止水』。 それこそ人に己を超える力を持たせることができるんです」

 

「ベル………まさかそれを私に教えるために………」

 

「まだです! 集中してくださいアイズさん!」

 

「ッ………!?」

 

「今の感覚を………思いを………身体に………心に刻み付けるんです! そして僕の一撃を押し返してください! その時、あなたの『明鏡止水』が完成するんです!」

 

そう言われ、私は目を瞑る。

今の………私の思い………

死の間際の心が澄み渡る感覚。

澄んだ水の如き心。

心に水滴の落ちるイメージ…………

 

「ッ! 見えた!」

 

私は眼を見開く。

身体の奥底から力が湧いてくる。

今までとは全く違う、それでいて確かな自分の力を!

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

今までの自分とは思えない力の入った声が出る。

ベルの剣を徐々に押し返し、

 

「はあっ!!」

 

全てを込めて思い切り振り抜く。

 

「ッ!?」

 

ベルが一歩下がった。

たったの一歩だけど、確かに後退した。

 

「………やっ………た………?」

 

「………はい。『明鏡止水』の会得、おめでとうございます。 これで修行は完成です」

 

そう言いながらベルは微笑み、剣を背中の鞘に収める。

 

「はぁっ………はぁっ………」

 

私は息を整えながら剣を見る。

輝きの残照が、ベルの言葉が真実だと伝えてくれた。

すると突然、ベルが戸惑い始めた。

 

「えっとその………すみませんでした!」

 

頭を下げるベル。

 

「修行の為とはいえ、死の恐怖を与えてしまったこと………それに勢いとはいえ、武器を壊してしまったこと………謝って済む問題ではありませんが………本当にごめんなさい! 武器に関しては、今すぐとは言えませんが、必ず全額弁償します!」

 

私はふと不思議に思う。

先程まで(おそらく演技とはいえ)私を殺そうとしていたベルが今はこうやって少し情けなく思えるぐらいに頭を下げている。

それがなんとなく微笑ましく思える。

 

「弁償はいいよ。 その代わり、この剣をもらってもいいかな?」

 

私が出した案は、ベルが修行用に貸してくれた錆びた剣を代わりに貰うというもの。

 

「ええっ!? いやいや、その剣って2本でたった1000ヴァリスで買ったものですよ! 全然釣合いませんって!」

 

「ううん、そんなことない。 私は、この剣がいい」

 

「は、はぁ………そこまで言うのなら………」

 

「ありがとう」

 

ベルは少し納得していないようだったけど、頷いてくれた。

その時、横から光が差して来るのに気がついた。

横を見ると丁度地平線から太陽が顔を出した所だ。

今までは、特に興味は湧かなかった……

ううん、気にする余裕が無かったんだ。

でも今は、

 

「……………綺麗」

 

「はい、とても美しいですね」

 

思わず溢れた言葉に、ベルも共感してくれる。

そこで私は、特訓に付き合ってくれたベルにお礼を言ってないことを思い出した。

私はベルに向き直り…………

 

「ッ……………!?」

 

思わず息を飲んだ。

朝日を見つめながら、その光に照らされ微笑みを浮かべるベルの横顔。

その顔を見ていると、何故か胸が高鳴り顔が熱くなる。

でも不思議と嫌な感覚ではなく、どこか心地いい。

経験したことのない症状に私は戸惑い、

 

「アイズさん?」

 

私が困惑していることに気付いたのか、ベルが心配そうな顔を向けてくる。

その顔を見ていると益々胸の高鳴りが強くなり、顔の熱さは火が出そうなほど。

そして、ついに耐え切れなくなった私は…………

 

「……………ッ!?」

 

その場から全力で逃げ出した。

 

「アイズさん!?」

 

ベルから声をかけられるけど私は止まらない。

これ以上ここにいたら、どうにかなっちゃいそうだったから。

『明鏡止水』を会得して引き出せるようになった力を無駄に使いながら、私は走り去った。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「はぁ………」

 

逃げるように走り去ったアイズさんを見送って、僕は溜め息を吐く。

 

「やっぱり、嫌われちゃったんだろうな………」

 

そりゃ当然だよね………

向こうからすれば殺されそうになったんだし。

覚悟はしていたんだけどなぁ………

思った以上にダメージが大きいや。

 

「はあ…………戻ろ……」

 

僕は気落ちしながらトボトボと帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side エイナ】

 

 

 

 

「今日は遅いな………ベル君」

 

時間を見て、私はそう呟く。

いつもなら朝一に来る彼が、今日に限って昼近くになっても現れない。

 

「今日はダンジョン探索を休むのかな? それはそれで喜ばしいことだけど………」

 

何せベル君ときたらこの半月とちょっと、ほぼ毎日ダンジョンに潜っている。

休んだ日と言ったら先日の怪物祭(モンスターフィリア)

それから私と買い物に出かけた日ぐらいではないだろうか?

 

「買い物………か」

 

私は以前ベル君と出かけた時を思い出す。

ベル君の防具を買いに行くつもりだけだったけど、途中からは私も楽しんでたなぁ………

そう物思いに耽っていると、

 

「おはよ~ございます~~………!」

 

聞き覚えのある声にハッとし、私は前を向く。

でもいつもより間延びというか、気が抜けている声だったような………

 

「こんにちは、ベル君。 今日は遅かったんだね………って、どうしたのベル君!?」

 

私は思わず問い掛ける。

何故ならば、ベル君は凄まじく重い空気を纏い、非常に落ち込んだ表情で私に挨拶していたからだ。

 

「あはは………気にしないでください………何でもありませんから………」

 

「何でもないって表情じゃないよ君!」

 

ベル君は、「ずぅぅぅぅぅぅぅん」という擬音が聞こえてきそうなほど重苦しい雰囲気を纏っている。

明らかに何かショックなことがあったことは明白だ。

 

「ホントに何があったのベル君?」

 

「いえ、自業自得なので………」

 

そうは言うが、ベル君の重苦しい雰囲気は変わらない。

私がどうしようかと考えていると、たった今ギルドに入って来た人物に目がいった。

私は笑みを浮かべ、

 

「ね、ベル君。 ちょっと後ろを向いてみて?」

 

「はい……?」

 

ベル君が言われた通りに後ろを向く。

そこには、

 

「「あ…………」」

 

ベル君の憧れの人物である、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインがいた。

これで少しはベル君の元気が出るかなと私は思っていた。

けど、

 

「「……………………」」

 

お互い無言で少し見つめ合ったあと、

 

「…………………ッ!!」

 

ボッと音が聞こえてきそうな勢いでヴァレンシュタイン氏の顔がリンゴの様に赤く染まり、あの鉄壁無表情が明らかにアワアワと動揺しており、目も潤んでいる。

次の瞬間、踵を返して走り去った。

………………え?

何、今の反応?

今の反応って間違いなく…………

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」

 

ベル君が突然深い深い溜め息を吐いた。

 

「ちょ、どうしたのベル君!?」

 

ベル君は先程よりも更に重苦しい雰囲気を纏いながら私に向き直る。

 

「やっぱり嫌われちゃったみたいですね…………」

 

「えっと………何言ってるのかな? ベル君」

 

ベル君の言葉が理解できなかった私は思わず問い返す。

 

「今の見たでしょう? 僕の顔を見た途端に顔を真っ赤にするぐらい怒ってすぐに立ち去ってしまいました。 多分、顔も見たくないって事なんでしょうね………」

 

ちょーーーーーーっと待とうかベル君!

今の反応の何処を見てそんな事を言ってるのかな!?

今の、完っ璧に恋する乙女の反応だったよね!?

恥ずかしさに耐え切れなくなったあまり、思わず逃げ出しちゃったって反応だったよね!?

あの【剣姫】がだよ!?

【戦姫】と呼ばれるぐらいダンジョンに潜り続けてるバトルマニアがだよ!?

色恋には全く興味が無いって言われてて、千人切りを達成したとも言われるあのヴァレンシュタイン氏がだよ!?

 

「あ、あの………ベル君?」

 

「はいぃぃ~…………」

 

ダメだ。

本気で落ち込んでる。

もしかしてベル君って…………………鈍感?

 

「ね、ねえベル君…………ヴァレンシュタイン氏の事だけど…………」

 

私は本当のことをベル君に伝えようと思い、

 

「………………………」

 

次の言葉が出てこなかった。

 

「………その、元気出してね…………? その内許してくれるかもしれないし………」

 

そして出てきた言葉は何故かベル君の勘違いを肯定し、慰める言葉。

どうして私は本当の事を伝えないんだろう?

 

「エイナさぁぁぁぁぁん…………」

 

情けない声を上げるベル君。

そんなベル君を見て、

 

「ねえベル君。 明日も予定空いてないかな?」

 

自分でも卑怯だと思える言葉を口にした。

 

 

 





第十一話です。
早くもアイズが明鏡止水を会得。
しかしその段階で不壊属性すらぶっ壊すベル君の明鏡止水。
不壊属性をぶっ壊したのはやり過ぎ?
でもってアイズ陥落。
だけどベル君ハーレム系主人公にありがちな鈍感スキルを発揮して気付かない。
その隙にエイナが………?
ヘスティアの描写は、高笑いしてベルの勘違いを助長させるような誰でも思いつく場面しか思い浮かばなかったので、まあ省略(手抜きともいう)。
では、また次回。


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第十二話 ベル、デート(仮)する。

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕は朝の光が差す市壁の上で鍛錬を行っていた。

 

「…………………」

 

でも、僕の視線は時折屋上の出口である階段の扉へと向けられる。

その理由は、もしかしたらアイズさんがまた来るんじゃないかという期待と願望。

そう思いながらも来るはずがないと割り切ろうとする諦め。

それらが入り混じった複雑な心境だった。

僕は繰り出していた拳をピタリと止める。

 

「…………ダメだ。 こんなんじゃ修行に身が入らないや…………こんな体たらくじゃ、師匠にどやされちゃう……」

 

僕は座禅を組んで瞑想を始める。

それでも心の中の迷いは一向に晴れない。

その原因はやっぱり…………

 

「………アイズさんに嫌われた事だよなぁ………」

 

僕は溜め息を吐く。

初恋だった。

一目惚れだった。

これ以上ないほどに惹かれた。

神様からは、嫌われた女のことなんかさっさと忘れて、直ぐ傍にある新しい恋に目を向けるべきだと言われた。

でも、嫌われたとしてもそう簡単に諦めて割り切れる訳じゃない。

そのまましばらく瞑想を続けたが、一向に迷いは晴れなかった。

結局、エイナさんとの約束の時間が近づいてきたので僕は瞑想を打ち切り、約束の場所へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

昨日、ギルドでベルとバッタリ会ってしまい、思わず逃げ出してしまった翌日。

朝の特訓で顔を合わせてしっかりと謝ろうと思っていた。

でも、

 

「う~ん…………まだこの階層じゃ手応えないなぁ~」

 

ティオナがそう言いながら戻ってくる。

今いるのはダンジョンの20階層。

暫くは遠征などの大規模な予定は無いため、フィン、リヴェリア、ティオネ、ティオナ、私と、他2人でパーティを組み、昨日の午後から数日の予定でダンジョン探索に来ていた。

ベルに謝るのが先延ばしになっちゃうけど、せっかく皆からの誘いを断るのも悪いと思った。

 

「ところでアイズ、デスペレートはどうしたの?」

 

私の腰に携えられてるのは、砕けてしまったデスペレートに代わってベルから貰った錆びた刀。

その事が気になったのか、ティオナが訪ねてくる。

 

「……………壊れた」

 

私は事実を口にする。

 

「「ええええええええええええっ!?」」

 

ティオナとティオネが声に出して驚き、フィンとリヴェリアも口には出してないけど目を見開いて驚愕している。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! デスペレートって私達の武器と同じように、【不壊属性(デュランダル)】が付加されてたはずよね!? それが壊れるなんてありえないわよ!」

 

ティオネが捲し立てる。

 

「そうだよ………! 解った! きっと不良品を掴まされたんだ!」

 

ティオナがそういった所で私は首を振った。

 

「違うよ…………私は知らず知らずの内に『折れない剣(幻想)』に縋っていた。 彼は、そんな『折れない剣(幻想)』を打ち砕いてくれただけ」

 

「彼………?」

 

「それに大丈夫。 代わりの剣はもうあるから」

 

「ほう………それはそこまでの名剣なのか?」

 

錆びた剣なんて言ったら驚くかな?

すると、再びモンスターが現れた。

 

「次は私が行く…………!」

 

私はそう言って一人歩み出る。

数は5。

私は剣の柄に手を掛け、駆け出す。

『明鏡止水』を会得してから、通常の状態でも今までより力を引き出せるようになった。

言葉では言い表しにくいけど、今までは力を強引に引き出して使っていた為に、無駄な体力を消費し、更に引き出した力の半分も十分に使えていなかった。

それを自然に、無理なく引き出し、余計な体力を使わずに全ての力を効率よく使えるようになった。

そんな感覚がする。

それにベルがやっていた武器に気を流す方法も、なんとなくわかった。

 

「…………ふっ!」

 

私はモンスターとのすれ違いざまに抜刀。

全てのモンスターに一撃ずつ斬撃を与えたあと、そのまま鞘に収める。

そして全てのモンスターが灰と化した。

私が皆の所へ戻ってくると、

 

「…………すっごぉぉっぉい!! アイズどうしちゃったの!? 滅茶苦茶強くなってるじゃん! いつランクアップしたのさ!?」

 

ティオナが驚いた顔で詰め寄ってくる。

 

「私も聞きたいわ。 今のあなたの動き、全然見えなかったんだもん」

 

ティオネもその後ろで目付きを鋭くしている。

 

「………ランクアップはまだしてない。 次に更新すれば多分すると思うけど………」

 

「嘘っ! まだLv.5なの!? 今ので!?」

 

私は頷く。

昨日は気持ちを落ち着けるために部屋に篭ってたし、ロキに更新を頼むことすら忘れていた。

 

「ただ少し………力の使い方を覚えただけ」

 

そう思いながら、その力の使い方を教えてくれたベルは、今何をしているのだろうと考えた。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………」

 

僕は何度目かも分からない深い深い溜め息を吐く。

待ち合わせの場所で棒立ちになりながらも、空を見上げる。

ああ………空が青いなぁ…………

 

「おーい! ベルくーん!」

 

傍から見たらまさに上の空状態の僕に呼びかける声がした。

僕がゆっくりと視線を移すと、先日と同じように可愛らしい私服姿にメガネを外したエイナさんの姿。

 

「お待たせ! 待った?」

 

「あ、いえ………それほど」

 

僕の答えに満面の笑みを浮かべるエイナさん。

 

「ふふっ! 今のやり取り、ホントにデートの待ち合わせみたいだね?」

 

「ええっ!?」

 

いきなりそんな事を言われ、僕は慌ててしまう。

 

「そう考えてもらっていいよ。 今日はベル君を元気づける為に遊びに行くんだからさ」

 

エイナさんは本気か冗談か判断のつかない雰囲気でそう言う。

でも、不思議と僕の心は軽くなった気がした。

 

「さ、行こ!」

 

エイナさんは僕の手をとってグイグイと引っ張り出した。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

何故かわからないけど突然ムカっとした。

 

「……………………」

 

「アイズ? いきなり怖い顔してどうしたの?」

 

ティオナの質問に私は考える。

 

「……………分からない。 何故かムカっとした」

 

「へ………?」

 

丁度モンスターが目の前に現れる。

私は理由の分からない行き場のない怒りを目の前のモンスターにぶつける事にした。

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

未だにオラリオの事をよく知らない僕はエイナさんに引っ張られるままに付いて行く。

喫茶店でお茶をしたり、公園を散歩したり、アクセサリーショップで強請られたり。

正直、傍から見たらまんまデートだ。

そして何故か最初は手を繋いでいただけなのに、現在は腕を組んで歩いていたりする。

 

「エ、エイナさん…………その………近すぎませんか………?」

 

僕は辿たどしくエイナさんに尋ねる。

 

「あれ? ベル君はこういうのは嫌?」

 

エイナさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべて問い返してくる。

 

「その………嫌ではありませんが、なんというか………知り合いに見られたら勘違いされてしまいませんか?」

 

エイナさんにはお世話になっているので、迷惑をかけてしまうのは気が引ける。

 

「ふふっ! いいよ、ベル君となら」

 

「………へっ?」

 

思わずエイナさんの顔を見る。

エイナさんの頬はほんのりと赤くなっていた。

そんなエイナさんが無性に可愛く思えてしまい、僕も恥ずかしくなってしまう。

 

「………………」

 

「………………」

 

お互いに会話が途切れてしまい、なんとなく気まずくなってしまう。

僕は何とか話題を探そうと視線を走らせると、じゃが丸くんの露天が目に入る。

 

「そ、そうだエイナさん! ジャガ丸くん食べませんか!?」

 

僕は言ってからハッとなった。

何故にエイナさんにじゃが丸くんを勧めているのかと。

最初にエイナさんが言っていたじゃないか。

今日はデート気分でも構わないと。

何故僕はデート(仮)相手にジャガ丸くんを進めるような空気を読まない行動をしているのかと言ってから後悔した。

でも、

 

「いいよベル君。 私もジャガ丸くん好きだし」

 

エイナさんは特に嫌な顔もせず、笑顔で頷いた。

僕はちょっと驚いたけど、

 

「じゃ、じゃあ買いましょうか!」

 

そう言って2人で店の前に行き、

 

「すみません。 ジャガ丸くん2つください」

 

黒髪ツインテールの店員さんに声をかけた。

 

「は~い。 毎度ありがとうございま………す」

 

その声を聞いて、僕は、ん?と思う。

とても聴き慣れた声。

僕はその店員さんの顔をもう一度よく見る。

その人物とは、

 

「ベッ、ベル君!?」

 

「何やってるんですか? 神様」

 

自分の主神であるヘスティア様だった。

 

「い、いや………ボクも少しは自分の【ファミリア】に貢献しようかと………」

 

「神様、最近………というより、僕がダンジョンに潜り始めてから、僕は一日一万ヴァリス以上稼いでますよね!? 神様がバイトする理由なんてないじゃないですか!?」

 

「いや、ベル君ばかりに頼っていると自分が情けなく思えてしまって………」

 

「時給三十ヴァリスも大して変わりませんよ! 神様も神様なんですから、もう少し恥も外聞も気にしてください!」

 

「ジャガ丸くんを馬鹿にするなぁーー!」

 

と、そこで神様が僕の横にいたエイナさんに気付いたのか、

 

「誰だい? このハーフエルフ君は?」

 

神様が尋ねると、エイナさんはいつものギルド職員の雰囲気になり、一度会釈をする。

 

「初めまして、神ヘスティア。 わたくし、ベル・クラネル氏の迷宮探索アドバイザーを務めさせてもらっているギルド事務部所属、エイナ・チュールです。 お見知りおきを」

 

「ああ。 そういう事か、いつもベル君が世話になっているね」

 

すると、ちょいちょいと神様がエイナさんを手招きし、

 

「時にアドバイザー君。 君は自分の立場を利用してベル君に色目を使うなんてこと…………してないだろうね?」

 

小声でそういう神様。

すみません、聞こえています。

するとエイナさんは、

 

「|()()()()()()つけています」

 

と、自信を持って言った。

 

「そうかい。 その言葉、信じたよ」

 

神様は機嫌よく頷くと、じゃが丸くんを2つ用意し、

 

「ほら、ご注文のじゃが丸くんだ。 60ヴァリスだぜ」

 

僕は60ヴァリスを払ってジャガ丸くんを受け取る。

とりあえず、神様の説得はホームで行うことにして、僕達はその場を離れた。

 

「変わった神様だね?」

 

「すみません………」

 

僕はエイナさんに頭を下げるしか無かった。

 

 

 

 

 

日が暮れる頃、待ち合わせに使った場所で僕達は別れようとしていた。

 

「エイナさん、今日はありがとうございました。 えっと………楽しかったです………」

 

「ふふっ! 私も楽しかったよ…………ねえベル君」

 

「はい、なんですか?」

 

「少しは元気出たかな?」

 

「えっと………その………は、はい………!」

 

思えば大分気分は軽くなったように思える。

 

「そっか………それなら私が誘った意味もちゃんとあったかな」

 

「すみません。 心配かけて………」

 

「そこは、『ありがとう』って言って欲しいかな?」

 

そう言われて僕はハッとする。

 

「ありがとうございます、エイナさん」

 

僕は笑顔でお礼を言う。

 

「どういたしまして」

 

エイナさんも笑みを浮かべて返事を返した。

 

「これを切っ掛けに、私の事も見て欲しいなぁ………なんて」

 

「えっ?」

 

「ベル君がヴァレンシュタイン氏の事をそう簡単には諦められないことはわかってる。 でも、約束してくれたよね。 私の前から居なくならないって………」

 

「は、はい………」

 

頬を染めながら言葉を紡いでいくエイナさんに僕は引き込まれていく。

 

「嬉しかったんだよ。 ハッキリと約束してくれたことも………この前に大好きって言ってくれたことも………」

 

「あ、あれは………」

 

「わかってる。 ベル君がそんなつもりで言ったんじゃないって。 でも、時々でいいから、ヴァレンシュタイン氏じゃなくて、私の事も見て欲しい………」

 

そう言いながら、エイナさんは僕に歩み寄ってくる。

 

「これは…………私の気持ち………」

 

そう言いながらエイナさんは僕に顔を寄せ…………

頬に暖かな感触がした。

 

「えっ……………!?」

 

僕から離れたエイナさんの顔は真っ赤になっている。

えっ? もしかして、キスされた!?

僕はハッとなって頬に手を当てる。

 

「じゃあね、ベル君」

 

僕が呆然としてる間に、エイナさんは踵を返して立ち去ってしまう。

僕はしばらく棒立ちのまま突っ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ティオナ】

 

 

 

 

 

ドゴオォォォォォォン、と突然爆発音が鳴り響く。

 

私がビックリしてそっちを見ると、アイズの前にはまるで強力な魔法を撃ち込んだかのようなクレーターができていて、アイズが相手をしていたと思われる骸骨モンスター『スパルトイ』の破片が粉々の状態でアイズの周りに散らばっていた。

 

「ア、アイズ………? 一体どうしたの?」

 

私は恐る恐る尋ねる。

すると、

 

「分からない………何故か今までとは比較にならないぐらいイラっとした」

 

私がドン引きするぐらいの無表情の裏にある不機嫌さを感じて、私は冷や汗を流す。

今日のアイズはどこかおかしい。

いつもなら本当に無表情で、感情の起伏も殆ど無いと言っても過言じゃないアイズが、今日に限って不機嫌さがはっきりわかるぐらいにイラつくことが何度もあった。

たった今感じた不機嫌さは、比較にならないけど………

今私たちがいるのは37階層。

フィンとリヴェリアが、そろそろ切り上げようかと相談している。

すると、

 

「フィン、リヴェリア、もう少しこの場に留まらせて欲しい」

 

本当に今日は珍しい。

あのアイズが我侭を言ってる。

 

「理由は?」

 

「自分の力を試したい。 それだけ。 時間はかけないし、皆にも危険な事はさせない」

 

「………………」

 

フィンがアイズの眼をジッと見つめ、アイズも逸らすことなく見つめ返す。

 

「…………わかった。 いいだろう」

 

フィンが折れて許可を出した。

 

「ありがとう………」

 

そう言ってアイズはこの階層に一つしかない広大なルームの中央付近に立つ。

そのまましばらくの時間が流れ、私はアイズがこの階層に留まった理由を考えていた。

この階層にはこのルーム一つしかないし、元々いたモンスターもさっき全部片付けちゃった。

それでもこの階層に留まる理由。

特にモンスターが生まれる間隔が短いわけでもないし…………

そこまで考えてハッとなった。

ちょっと待って、この階層って確か!

私がそこまで思い至ったところで地面が揺れ始め、アイズの目の前の地面が隆起し始める。

 

「そうか………もう3ヶ月経ったか………」

 

リヴェリアもその理由に気付いたみたいでそう呟く。

そう、一定階層ごとに現れる超強力モンスター。

通称『迷宮の孤王(モンスターレックス)』。

通常のモンスターよりも遥かに強いそのモンスターは、大勢の冒険者が力を合わせて倒すもの。

アイズはそのモンスターを………

 

「皆………手を出さないで」

 

たった一人で戦うつもりだったんだ。

地面を突き破って現れたのは、さっきまで戦っていた『スパルトイ』を黒くして巨大化させたようなモンスター『ウダイオス』。

下半身は地面に埋まり、上半身しか見えないけど、その大きさは10mほどの巨大さを誇る。

その手に持つのは黒剣。

『ウダイオス』からすれば片手剣であるそれは、私たちからすれば大剣をはるかに超えた威力を持つ一撃必殺の凶器。

 

「アイズ………本当に一人でやるつもりか?」

 

リヴェリアが警告のつもりで呼びかける。

私もアイズに考え直すように願った。

でも、

 

「大丈夫」

 

そう言いながら剣を抜き、

 

「一撃で終わらせるから…………!」

 

その鞘からその刀身を顕にした。

私達は、今までアイズの剣をしっかり見たことがなかった。

アイズは私達の目にも止まらぬ程の居合抜きでモンスターを仕留めてきたため、その刀身をはっきり見たのはこれが初めて。

私は、今までの切れ味からどれほどの名剣だろうと期待していたけど、そこに現れたのは、

 

「さ、錆びてる………!?」

 

遠目に見ても鈍らだと分かるほどに錆び付いた刀身だった。

アイズはその剣を正眼に構え、あろう事か眼を瞑った。

『ウダイオス』の前にその無防備な身体を晒すアイズ。

 

「アイズ! 逃げて!!」

 

私は思わず叫ぶ。

『ウダイオス』が巨大な黒剣を振りかぶる。

 

「何してるの!? 逃げなさい!?」

 

ティオネも叫ぶ。

それでもアイズは動かない。

 

「ッ…………!」

 

リヴェリアも助けに入るか迷っているようだ。

私は耐え切れなくなって思わず駆け出そうとしたとき、アイズの身体に淡い金色の光がまとわりついている事に気がついた。

 

「何? あの光?」

 

そうして足を止めてしまったことに私は後悔した。

『ウダイオス』の黒剣が振り下ろされ始める。

 

「アイズ!!」

 

私はまた駆け出すけど、もう間に合わない。

いくらLv.5とはいえ、あの一撃を受ければ無事では済まない。

そして、アイズに黒剣が叩きつけられる寸前、アイズが眼を見開いた。

その瞬間、叩きつけられる黒剣。

私は絶望感に包まれる。

アイズが避けた素振りはない。

つまり直撃。

私はその場で膝を付き、項垂れてしまう。

 

「ア………アイズーーーーーッ!!」

 

私は思わず叫ぶ。

答えは返ってこないだろう。

それでも私は叫ばずにはいられなかった。

でも、

 

「大丈夫だよ………ティオナ」

 

いつもと全く変わらない落ち着いた返事が帰ってきた。

 

「えっ?」

 

私は思わず顔を上げる。

そこには信じられないことに、金色のオーラを纏ったアイズが輝く剣を持って『ウダイオス』の黒剣の一撃を微動だにせず受け止めている姿があった。

 

「フッ………!」

 

アイズが受け止めていた状態から剣を押し返し、『ウダイオス』の黒剣が大きく跳ね上げられる。

アイズはその場で跳躍し、信じられないことに『ウダイオス』の全長よりも高く跳んだ。

アイズは輝く剣を振りかぶる。

 

「はぁあああああああああああああああっ!!!」

 

いつもとは違う、とても気合の入った声。

アイズは降下と同時に剣を振り下ろす。

輝く剣の一撃は、頑丈なはずの『ウダイオス』の骨格を容易く切り裂いていき、遂には魔石ごと全身を一刀両断にした。

地面に難なく着地したアイズは、何事もなかったように剣を鞘に収める。

それと同時に灰と化す『ウダイオス』。

 

「か、階層主を…………一撃!?」

 

ティオネが驚愕している。

でも、私は一目散にアイズに駆け寄り、

 

「アイズの馬鹿―――っ!! なんであんな無茶したの!? 私とっても心配したんだからね!!」

 

抱きつきながら思わず叫ぶ。

 

「ごめんティオナ。 でも、大丈夫って確信があったから………」

 

「そういう問題じゃない!!」

 

私達を心配させた罰として私はしばらくアイズを放さなかった。

 

 

 

 

 

 

 






第十二話です。
色々とはっちゃけてみた。
エイナさん容赦なし。
アイズからベル君を奪えるか!?
一方アイズは階層主を一発KO。
おまけにベルの状況を察知してイラついてました。
因みにアイズが何故ベルの状況を察知できたのかは…………一応理由になるかわからない理由がありますので、もう少しお待ちを。
因みに次回で漸くリリが出てきます。
それでは次回にレディィィィ…………ゴー!!
なんつって。


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第十三話 ベル、サポーターを雇う

【Side ベル】

 

 

 

僕は夕日が沈みかけるオラリオの街を、半ば放心状態で歩いていた。

 

「…………エイナさんに…………キスされちゃった…………」

 

つまり、そういうことなんだろう。

 

「エイナさんが………僕の事を…………」

 

恋愛方面に関しては、冒険者に対してお堅いはずの受付嬢が、冗談や挨拶程度でこんなことをするはずがない。

 

「でも………僕はアイズさんの事が…………」

 

例え嫌われたとしても、僕がまだアイズさんを好きなことは変わらない。

いくら好意を持たれたからといって、そうホイホイとエイナさんに乗り換えるのは、何か違う気がした。

 

「お爺ちゃん…………僕、どうしたらいいのかな………?」

 

僕は茜色に染まる空を見上げながら、故郷の村に居る育ての親に問い掛ける。

 

『ベルよ。 今こそハーレムの時じゃ!』

 

いい笑顔でサムズアップしている祖父の顔が空に浮かんだ。

相談する人間違えた。

 

「師匠………僕、どうしたらいいんでしょうか………?」

 

相談相手を師匠に変えて空を見上げる。

 

『だからお前はアホなのだぁーーー!!!』

 

師匠、答えになってないです。

身近に恋愛相談ができる人がいなくて僕は項垂れる。

そのまま上の空で通りを歩いていると、路地裏との交差点に差し掛かり、

 

「あうっ!」

 

路地裏から走ってきた誰かとぶつかって、走ってきた人は転んでしまう。

しまった、注意が散漫になってた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

僕は転んでしまった人に駆け寄る。

その人は、神様よりも小さな身長で、手足などの一つ一つのパーツがとても小さいその特徴は、とある一つの種族を思い浮かべた。

 

小人族(パルゥム)………?」

 

「う………」

 

身を捩ってその小人族(パルゥム)が身体を起こす。

女の子だ。

ボサボサの栗色の髪が特徴で、大きく円な瞳が印象に残る。

僕がその子に手を差し伸べようとした時、

 

「追いついたぞ! この糞小人族(パルゥム)が!!」

 

路地裏から抜き身の剣を持ったヒューマンの男が走ってきて、そのまま剣を振りかぶった。

あ、やばい。

そう思った僕は、反射的にその小人族(パルゥム)の女の子の前に立ちはだかって、迫りくる剣を右手で摘んで止めていた。

 

「んなっ………!? 何なんだテメェ………!」

 

剣を止められた事に驚き、僕に睨みをきかせてくる冒険者らしき男。

 

「そいつの仲間か………!?」

 

「いえ、初対面です」

 

とりあえず剣から手を放し、説得を試みる。

 

「じゃあ何でそいつを庇ってんだ!?」

 

「えっと…………女の子だから?」

 

「何言ってんだテメェ……?」

 

いや、ムサイ男と女の子比べたら、女の子に味方したくなるのが男の性でしょう。

それに、この人絶対にこの子に乱暴しそうだし。

 

「いい、まずテメェからぶっ殺す!」

 

殺すとは穏やかじゃないなぁ………

そう思っていると再び剣を振り上げ斬りかかってくる。

僕はその剣を見ながら冷静に分析していた。

Lvは2………もないな1の中の上って所。

技術はまるでダメ。

完全に【ステイタス】依存の力尽くの振り方で、剣に力が伝わってない。

典型的な【ステイタス】が上がって調子に乗ってしまうダメ冒険者だ。

僕は即座に背中の刀を抜き、ひと振りして鞘に収める。

 

「言っておきますけど、これは正当防衛ですからね」

 

言い終わると同時に男の剣が根元からポッキリと断ち切られ、男は柄だけになった剣を空振るだけに留まった。

 

「なっ!? 俺様の剣がっ!?」

 

その時、後ろから息を呑むのを感じる。

 

「何しやがった糞ガキ!!」

 

そう叫びながら僕に殴りかかろうとしてくる。

あ~も~、これだからこういうタイプはやりづらいんだよなぁ。

少し腕の立つ人なら今のやり取りで実力の差を思い知って引いてくれるんだけど。

僕は見た目弱そうだから、こういうタイプは引いてくれないんだよなぁ。

正直、状況がよくわかってないのでこれ以上は大事にしたくない。

もし女の子の方に非があれば共犯になりかねないし。

とりあえず、急所を打ち抜いて記憶を飛ばすのが一番かな。

そう思いながら迫りくる拳を受け止めようとした時、

 

「やめなさい」

 

鋭い声が男の動きを止める。

その声に振り向いた先にいたのは『豊穣の女主人』で働いている店員の1人、エルフのリューさんだった。

 

「次から次へと………今度は何だぁっ!!」

 

「あなたが危害を加えようとしているその人は、私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。 手を出すのは許しません」

 

何言ってるんですかリューさ~ん?

今でさえアイズさんとエイナさんで悩みまくってるのに、その上シルさんまで参加って事ですかぁ~?

内心困惑していると、

 

「どいつもこいつも訳のわからねえ事を………! ぶっ殺されてえのか! ああん!?」

 

「吠えるな」

 

へえ、中々の威圧。

この冒険者固まってるよ。

 

「手荒なことはしたくありません。 私はいつもやり過ぎてしまう………」

 

事実だろうその言葉に、冒険者の男は後ずさる。

更にリューさんは素早い手つきで小太刀を抜き、最終通告と言わんばかりに威圧感を強めた。

 

「く、くそがぁ!」

 

吐き捨てるようにそう言うと、男は一目散に退散していった。

見事な撃退方法に、僕は内心賞賛を送る。

 

「………大丈夫でしたか?」

 

「ありがとうございます。 助かりました」

 

「いえ、差し出がましい真似を…………あなたならばあの程度どうという事はないでしょうが、つい………」

 

「いえいえ。 僕は殴って記憶を飛ばすぐらいしか思いつきませんでしたので。 手荒な真似をせずに追い払ってくれたリューさんには感謝します」

 

「そうですか………クラネルさんは、ここで何を?」

 

「え~っとですね~…………」

 

さっきの女の子は、今の騒動の隙に逃げた…………ように見せかけてすぐそこの民家の影でこちらの様子を伺っている。

 

「ちょっと絡まれてしまっただけです」

 

僕は笑ってごまかした。

 

「…………そうですか」

 

リューさんは少し怪訝に思ったようだけど頷いてくれた。

そこで僕はリューさんの手に持っていた買い物袋に気付く。

どうやら店の買い出しの帰りにこの場に居合わせたようだ。

 

「そうだリューさん。 助けてくれたお礼にその荷物を持ちますよ」

 

「えっ………? いえ、クラネルさんの手を煩わせるほどでは………」

 

「いいからいいから。 遠慮しないでください」

 

僕はそう言いながらリューさんの持っている荷物に手を伸ばす。

 

「い、いえ………! 大丈夫です………!」

 

リューさんも強情で、荷物から手を放そうとしない。

僕は、少々強引に奪い取ろうとした時、僕の手がリューさんの手に触れた。

 

「あ………」

 

突然抵抗が弱くなり、僕はその隙に荷物をひょいと取り上げる。

リューさんは僕が触れた手をジッと見つめていた。

 

「リューさん?」

 

「あっ! は、はい………!」

 

「行き先はお店でいいんですよね?」

 

「は、はい…………お手数おかけします…………」

 

そう言いながら僕の横に並んで歩くリューさんはしきりに僕と触れ合った手を気にしていた。

 

 

 

 

 

 

「あっ、リュー! おかえ………ベルさんっ!?」

 

「こんにち………こんばんはかな………? シルさん」

 

夕日が沈み、オラリオに夜が訪れようとしている頃、僕達は『豊穣の女主人』に到着した。

リューさんを出迎えたシルさんが僕を見て驚く。

 

「どうしてベルさんがリューと一緒に!?」

 

「あはは………さっき冒険者に絡まれちゃいまして。 リューさんが追い払ってくれたんですよ。 そのお礼に荷物持ちをしてるんです」

 

「私はお手を煩わせるほどではないと申したのですが…………」

 

さっきからリューさんの様子がおかしい。

しきりに手を気にしている。

でも、そんなに手ばかりを気にして大丈夫なのかと思った矢先、

 

「あっ………!」

 

通常のリューさんなら絶対にないであろう、足を躓きバランスを崩す。

 

「リューさん!」

 

僕は咄嗟に空いている方の手でリューさんの手を掴んで引っ張る。

そのままリューさんの身体は慣性の法則に従い僕の方に向きを変え、

 

「ッ……………!」

 

荷物が潰れないように空けた僕の胸に飛び込むような形となった。

 

「あっ!!」

 

シルさんが声を上げる。

 

「大丈夫ですか? リューさん」

 

「…………………ッ!?」

 

僕がリューさんに声をかけるとリューさんは少しの間固まっており、現在の状況に気付くと顔を赤くしながら慌てて離れた。

 

「ク、クラネルさん………! その、困る………このようなことは私ではなくシルにしてもらわなくては…………」

 

「リュー!? 何言ってるの!」

 

シルさんも顔を赤くして叫ぶ。

 

「怪我が無いようで何よりです。 それで、荷物はどこに置けば?」

 

「あ、ここからは私が運びます。 クラネルさん、どうもありがとうございました」

 

リューさんがそう言いながら僕から荷物を受け取る。

 

「どういたしまして。 また近いうちに食べに来ますね」

 

僕は笑いかけて別れの挨拶を済ませ、その場を離れた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

「神様! 行ってきます!」

 

「う~ん………いってらっしゃい~………」

 

まだベッドの中で微睡む神様に声を掛け、僕は朝の鍛錬に向かう。

エイナさんのお陰か、昨日ほど迷いはなく、ある程度は鍛錬に集中できた。

 

 

 

そして日が昇り、バベルの前にある中央広場にきた僕は行き来する冒険者を見渡す。

僕のようなソロは殆どおらず、数人のパーティを組んでおり、最低でもサポーターを1人は連れている。

 

「サポーターか…………」

 

確かにサポーターがいれば戦いに集中できるし、魔石を拾う時間も省けるから探索の効率アップにはなるだろうけど………

 

「アテが無いんだよなぁ………」

 

エイナさんのギルドの伝手で紹介してもらえないだろうか?

まあ、居ないものはしょうがないと気持ちを切り替え、ダンジョンに向かって歩き出そうとして、

 

「お兄さん、お兄さん。 白い髪のお兄さん」

 

思わず呼びかけられた声に足を止めた。

後ろに気配を感じて振り向くと、身長1m程の小さな身体に似合わぬ大きなバックパックを背負い、クリーム色のフード付きローブを身につけた少女が僕を見上げていた。

でも、その女の子の大きく円な瞳は、昨日の小人族(パルゥム)の少女と重なる。

 

「あれ………君は………」

 

「混乱しているんですか? でも、今の状況は簡単ですよ。 冒険者さんのお零れに預かりたい貧乏なサポーターが、自分を売り込みに来ているんです」

 

やや早口で捲し立てる女の子。

 

「いや、そうじゃなくて。 君、昨日の小人族(パルゥム)の女の子だよね?」

 

小人族(パルゥム)………? リリは獣人………犬人(シアンスロープ)なんですが?」

 

女の子はそう言いながらフードを外すと、栗色の髪の頭にぴょこんと犬耳が付いており、よく見るとローブの下から尻尾も覗いている。

 

「えっ………獣人?」

 

僕は思わず確認する。

でも、ほんの少しだけしか見てないけど、体型や雰囲気。

そして何よりその瞳がそっくりだった。

自然に手が伸び、女の子の耳に触れる。

手触りは本物………作り物じゃない。

 

「んんっ…………お、お兄さ~ん…………」

 

声を上げた女の子にハッとし、僕は慌てて手を離す。

 

「ご、ごめん! 人違いだったみたい!」

 

咄嗟に謝り、離れる。

とりあえず場所を変えて、詳しく話を聞くことにした。

 

 

 

 

噴水の淵に腰掛け、【ソーマ・ファミリア】所属のリリルカ・アーデと名乗った女の子と話し合う。

 

「それで、リリルカさんはどうして僕に声を?」

 

「はい! 見たところお一人の様でしたし、冒険者さん自らバックパックを持っていらしたので、恐らくは…………と」

 

なるほど、少し考えれば分かることだ。

 

「それでどうですか? サポーターは要りませんか?」

 

リリルカさんは、人懐っこそうな笑みを浮かべ、元気よくアピールをしている。

でも、その瞳の奥には、何か別の目的があることが見て取れた。

でも、更にそれ以上に気になる感情をその瞳から感じ取った僕は、

 

「丁度僕もサポーターが欲しいって思ってたところなんだ」

 

「本当ですか!?」

 

「だから、一先ず今日一日お願いするよ」

 

「はい! よろしくお願いします! ベル様!」

 

 

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

 

 

昨日、見ず知らずにも関わらず私を助けた冒険者。

その冒険者は背中に背負っていた剣で、私を追ってきた冒険者の剣を簡単に断ち切った。

刀身はよく見えなかったけど、あの剣は相当な値打ち物に違いない。

そう確信した私は、朝からバベルの前でその冒険者を探した。

特徴的な目立つ白い髪は簡単に見つけることができた。

自分の魔法で獣人に変身した私は、初対面を装って彼に近付いた。

見ず知らずの私を庇った冒険者は、相当なお人好しだと睨んだ通り、容易く私を雇ってもらえることに成功した。

あとは、ダンジョンの中であの剣を手に入れる機会を伺うだけ。

見るからに新人で世間知らずだろう冒険者からは、簡単に盗めるだろう。

そう思っていた。

そう思っていたのに……………

 

「はっ! せいっ! でやぁっ!」

 

一瞬にして10匹ほどいた蟻型のモンスター『キラーアント』が灰になる。

 

そのモンスターの魔石が地面に転がる前に、彼は次の獲物に疾走する。

今私の目の前で起こっていることは現実なんだろうか?

たった一人の新人冒険者が『新米殺し』とも呼ばれるキラーアントの群れを瞬く間に倒している。

するとボコッという音を立て、私のすぐ横の壁からキラーアントが生まれ落ちようとしていた。

しかも、一匹ではなく10匹近い数が一度に。

拙い。

これだけの数に一度に襲われたら、私ではひとたまりも無い。

 

「ベ、ベル様っ!」

 

私は思わず叫ぶ。

すると、

 

「リリッ!!」

 

奥の方まで行っていたはずのベル様がいつの間にか目の前にいて、

 

「はぁあああああああああああっ!!」

 

その拳をダンジョンの壁に叩き込んだ。

ベル様の拳を中心にダンジョンの壁が半径2mに渡って陥没し、その圧力によってキラーアントが押しつぶされ、灰となり魔石だけが排出される。

 

「………………………」

 

私は言葉を失う。

こんなモンスターの倒し方見たことありません。

 

「リリ? 怪我はない?」

 

ベル様が私に向かって声をかける。

 

「はっ、はい! 大丈夫です! そ、それよりもベル様。 とってもお強いんですね?」

 

普通ならお世辞を並べて冒険者を調子付かせ、その隙に装備などを頂いていくのが常用手段なのですが…………この時ばかりは心からの本音でした。

 

「あはは………僕なんてまだまだ」

 

ベル様、それはイヤミにしか聞こえません。

私は魔石を集めつつ、

 

「ベル様? そういえば背中の剣は使わないんですか?」

 

そう問いかける。

 

「あ、これ? これはリリが思ってるような名剣じゃないよ。 2本で1000ヴァリスで買った安物だよ」

 

ベル様はそう言うと実際に剣を抜いて私に見せた。

その剣はベル様の言うとおり錆だらけの鈍らだった。

アテが外れた私は気落ちしたことを悟られないよう魔石拾いを続ける。

すると、

 

「リリが何を目的で僕に近付いたのかは今ので見当が付いたけど、安心して。 ちゃんと正当な報酬は払うから」

 

「何を言ってるんですか? リリには何のことか分かりません」

 

私は動揺を悟られないようにそういうが、ベル様はニコニコと笑っている。

思った以上に勘も鋭いベル様に、私はこれ以上ボロを出す前に、今日は何事もなく終わらせ、この人の元から立ち去ろうと決心した。

 

 

 

 

 

でも、

 

「に、二十六万ヴァリス!?」

 

信じられないほどの大金が目の前にあった。

これが今日一日で稼いだお金なんて信じられない。

って言うか、何でこの人は七階層のソロで6桁も稼いでるんですか!?

こんなのLv.1の二十人パーティーでも難しい金額ですよ!

 

「今日は結構稼げたね。 いつもは自分のバックパックが一杯になったら切り上げてるから。 これもリリのお陰だよ。 ありがとう」

 

確かにこんな小さな魔石だけでリリのバックパックがほぼ埋まりましたからね。

見ましたか!?

換金所の職員の顔が引き吊ってましたよ!?

 

「べ、ベル様はそんなにお強いのに何でまだ七階層で探索していらっしゃるんですか?」

 

「あはは。 僕の担当のアドバイザーの人が心配性でね。 中々次の階層の探索許可を出してくれないんだ」

 

「ベル様ならアドバイザーの言うことを聞かなくても大丈夫ではないでしょうか?」

 

「そうもいかないよ。 エイナさんは本当に僕のことを心配してくれて言ってくれてるんだ。 無視するのは気が引けちゃうよ」

 

「ベル様は本当に変わった冒険者さんです………」

 

「そうかもね……………リリ」

 

「はい………?」

 

突然名を呼ばれて私がそちらを向くと、

 

「はいこれ」

 

ドン、と金貨が入った大袋を渡される。

見た限り、今日稼いだ金額の半分。

 

「へっ? あ、あの…………ベル様? これは………?」

 

「えっ? 何言ってるの? 今日のリリの取り分だよ」

 

ベル様は本当に不思議そうに首を傾げている。

 

「ベル様はひ、独り占めしようとは思わないんですか!?」

 

私は思わず本音で問いかけてしまう。

すると、ベル様は笑みを浮かべると、

 

「リリは多分、碌な冒険者に出会わなかったんだね…………けど安心して。 僕はリリを過小評価なんてしないし、今日これだけ稼げたのもリリがいたお陰だよ。 僕一人より10倍は稼いでるから。 だから、その半分は、正当なリリの報酬だよ」

 

…………そんな調子の良い事言って、貴方も根っこは同じはずなんです。

 

「まあ、言葉だけじゃ信じられないと思うから。 だからリリ、明日からも僕とダンジョンに潜ってくれないかな?」

 

どうして………そういう事を言うんですか?

私の目的も見透かしたうえで、私をサポーターとして雇うって言うんですか?

 

「少なくとも、今までの冒険者よりは、割に合う仕事になると思うよ?」

 

そう言いながらベル様は手を差し出してくる。

私は、今までの稼ぎとベル様についていった時のリターンを頭の中で計算し、おずおずと手を差し出した。

 

「宜しく」

 

ベル様は笑顔で笑いかける。

それを見て私は………

 

「変なの………」

 

今までに出会ったことのないタイプの冒険者に困惑するしか無かった。

 

 

 

 

 

 




第十三話です。
すみません!
アイズのステイタスまで行けなかった!
次回こそは………!
さて、今回はやっとこさリリが出てきました。
それにしてもリリの一人称が微妙になった。
低階層で二十六万は稼ぎすぎ?
一応原作の十倍です。
ヘスティアナイフが無いからどうやってリリを絡ませようかと悩んだ結果こんな感じに。
さて、原作では次は魔導書パートですが………?
どうなることやら。
それでは次回にレディー…………ゴー!!
結構ハマるかもこれ。






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第十四話 ベル、魔導書を読む

 

 

 

日が昇る早朝。

今日もダンジョンへ向かう為にメインストリートを駆けるベル。

そのベルを、遠くバベルの塔の最上階から見下ろす視線があった。

その視線の主は美の神フレイヤ。

ベルを見るその表情はうっとりとした恋する乙女のような表情だ。

 

「ああ…………やっぱり素敵………」

 

相反する色が綺麗に混ざり合い、虹のような魂の色を見せるベルの輝きに、フレイヤはうっとりとした声を漏らす。

と、駆けていたベルが立ち止まり、まっすぐフレイヤと視線を交わらせる。

 

「フフッ………また気付いたのね」

 

フレイヤは楽しそうに笑う。

ベルを見るときはいつもこうだ。

自分の視線に即座に気付き、尚且つその視線を辿って自分を見てくれるような気分になる。

 

「ああ………欲しい………」

 

見れば誰もが誘惑されてしまいそうな表情でベルを見下ろす。

それでもたった一つフレイヤには気になっていることがあった。

魂の色を見ても、魔力は加算されていない。

それだけがフレイヤには頼りなく思えた。

 

「そうね………【魔法】ぐらいは使えないと………」

 

すると、フレイヤは部屋の隅にある本棚から一冊の分厚い本を手に取った。

 

「これがいいかしら?」

 

内容を確認して、満足そうに頷くと、

 

「後は、これをあの店に置いておけば………」

 

フレイヤはそう呟き、その本を胸に抱く。

 

「ああ………あの子は一体どのような【魔法】を覚えるのかしら…………?」

 

 

 

 

その日、【豊穣の女主人】の店に、一冊の本が残されていた。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「いやー! 今日もよく稼いだね!」

 

ダンジョン探索を終え、ホクホク顔で帰路に付く僕と、

 

「合計三十万ヴァリス超……………」

 

何やら諦めたような呆れたような声を漏らす、僕が雇ったサポーターのリリ。

 

「中層どころか十階層にも満たないのにこんなに稼ぐなんて…………ベル様絶対におかしいです…………」

 

失敬な。

僕は人より“多少”鍛えただけの武闘家だよ?

 

「まあ、確かに美味し過ぎる契約ではありますが………」

 

稼いだ額の半分はリリに渡している。

リリはお金が必要みたいだし、働いた分の報酬はキッチリ払いたいと思っているからだ。

 

「あはは。 まあ気にしない気にしない」

 

「…………そうですね。 ベル様のやることを一々気にしてたら身がもちません」

 

なんだろう?

言葉にトゲが。

 

「では、今日の所はリリはこれで」

 

「うん。 明日も頼むよ」

 

リリと別れ、僕はギルドへ向かう。

 

 

 

ギルドでは、いつも通りエイナさんが対応してくれる。

キスの事があった翌日は、顔は合わせ辛かったけど、エイナさんはごく普通に対応してくれた。

エイナさん曰く、

 

「ヘスティア様にも言ったけど、公私の区別はつけるよ」

 

って言われた。

公私の区別ってそういうことですか!?

とはいえ、前よりも何だが対応が柔らかくなったというか、親身になってる気がする。

エイナさんの気持ちに対しては保留状態だけど、いつかははっきりさせないとダメだということは理解している。

今日はとりあえず、リリの事をエイナさんに教えてみた。

 

「えっ? ベル君サポーター雇ったの?」

 

「はい。 【ソーマ・ファミリア】所属の犬人(シアンスロープ)の女の子です」

 

「女の子………じゃなくて、【ソーマ・ファミリア】かー………んー、これはまた強く反対も賛成もできない所が出てきたなぁ………」

 

エイナさん曰く、【ソーマ・ファミリア】は探索系ファミリアだけど、商業系にも片足を突っ込んでいるらしい。

それがお酒を販売しているということ。

そのお酒は絶品で、オラリオの中でもかなり需要は高いそうだ。

あと、エイナさんの主観だけど、所属する人皆が何かに取りつかれたようにお金に対して死に物狂いだということも聞いた。

 

「まあ、でも、その子を雇うのはやっぱりベル君の心次第かな?」

 

「そうですね。 でも、僕の心はもう決まってますよ」

 

僕は決意を新たにそう言う。

 

「そう。 それじゃあ私から言うことはもうないかな」

 

「はい。 相談に乗ってくれてありがとうございました」

 

僕はエイナさんにお礼を言ってギルドを後にする。

その際、

 

「はぁ………またライバル増えちゃうのかな?」

 

何て呟きがエイナさんの口から漏れた。

 

 

 

 

ホームに戻ると、神様はまだ帰ってきていないようだった。

そこでふと視線を移すと…………

 

「あ…………」

 

シルさんに借りたまま返していなかったバスケットが目に入った。

しまった、返すの忘れてた。

とりあえず、日が暮れるまでまだ時間があるので忘れないうちに返しに行こうと思い、僕はバスケットを手に取った。

 

 

 

 

「本っっっっ当に御免なさい!!」

 

僕はシルさんに思い切り頭を下げる。

 

「あはははは………」

 

苦笑するシルさん。

 

「頭を上げてくださいベルさん。 私は気にしていませんから」

 

「………本当にすみませんでした」

 

もう一度謝って顔を上げる。

 

「いっぱいからかわれたんですよ?」

 

唇を尖らせて少し恨みがましい目付きを向けてくる。

何故かそう言う仕草も可愛いと思えてしまう。

僕は申し訳ないと思いつつ視線を泳がせると、ふと以前には無いものが目に入った。

 

「あれ? 前にこんな物ありましたっけ?」

 

棚の上に置かれている白く分厚い本。

 

「ああ、それはお客様のどなたかが忘れていってしまったようなんです。取りに戻られた際に気付いてもらえるようにこうして置いていて」

 

そこでふとシルさんが思いついたように、

 

「良ければ、お読みになってみますか?」

 

「え? いや、預かり物でしょう、これ?」

 

「ちゃんと返して頂ければ問題ありません。 本は読んだからといって減るものではありませんし、これは多分冒険者様のものですから、ベルさんのお役に立つことが載っているかも」

 

いや、でも他人の物を勝手に借りるなんて………

 

「大丈夫です。 ミア母さんもこの本がこの店に置いてあることを快く思っていないようですし、ベルさんが預かってくれれば私たちも助かります………それに………」

 

シルさんははにかんだ笑みを浮かべ、

 

「私もベルさんの力になりたいかな、なんて………」

 

その仕草にドキッとした。

え、えっと………

これってつまりシルさんも………

いやいや!

僕がお得意様だからサービスしてくれてるだけかも………ってまだお得意様ってほどこの店来てないし!

ああ! わからない!

 

「私にはこんな事しかできませんから。 ですからベルさん、どうか受け取っては貰えませんか?」

 

そう言いながら差し出される本を、僕は思わず受け取ってしまう。

 

「あ、ありがとうございます………じゃ、じゃあ僕、もう行きますね」

 

「はい、ご来店ありがとうございました」

 

照れを隠すように、僕はそそくさと店を立ち去った。

 

 

 

ホームへ戻ってきて神様が居なかったので、僕は早速本を開いた。

『ゴブリンにも解る現代魔法』

いや、ゴブリンに魔法使わせちゃダメでしょ。

僕は思わず内心突っ込む。

ま、題名はアレだったけど、内容は至って真面目っぽいのでそのまま読み進める。

頁を捲る内に、不思議な感覚に包まれた。

 

『じゃあ、始めようか』

 

僕の声がする………

まるで鏡に映った自分が話しかけてくるような感覚。

 

『僕にとって、魔法って何?』

 

昔は一度は使ってみたいと思ってた凄いもの。

御伽噺の英雄や、魔法使いたちが繰り出す必殺技。

 

『僕にとって魔法って?』

 

力だ。

強い力。

弱い自分を倒し、弱い自分を奮い立たせる偉大な武器。

でも、僕が求めた『力』は………

 

『僕にとって魔法は………『喝ッッッッッッ!!!』ッ!?』

 

もう一人の僕の言葉を遮って、聞き覚えのある一喝がその場に響いた。

 

『何戯けた事を抜かしておる!! 武の道も極めておらぬ内から魔法などという児戯に手を出そう等とは迂闊にも程があるわぁっ!!!』

 

『え? いや? ちょっと? 僕は魔法を…………』

 

『まだ言うか! この馬鹿弟子がぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

突然現れた師匠はもう一人の僕を殴り飛ばす。

 

『ぐえぇっ!?』

 

『武と魔法! 両方に手を出すものがその道を極めることなどできるはずがあるかぁぁぁぁぁっ!! 何方付かずになり半端ものになるのが目に見えておるわぁぁぁぁぁぁっ!!!』

 

『嘘ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?』

 

そのままもう一人の僕を遥か彼方へと吹き飛ばした。

 

『ベルよ!!!』

 

「はい! 師匠!!」

 

『このうつけ者がぁぁぁぁっ!!』

 

「ぐふっ!?」

 

拳で思い切り殴られる。

 

『訳の解らぬ本に意識を奪われるなど修行が足りん証拠よ!! 心を強く持てばこのような本に入り込まれる隙などありはせん!!』

 

「ッ!? 申し訳ありませんでした! 師匠!! 僕はまだまだ未熟です!! 修行が足りませんでした!!」

 

『うむ! その素直さこそがお主の美徳よ。 未熟な自分を受け入れることこそ、強さへの第一歩也!!』

 

「師匠!!」

 

『ベルよ! これからも精進せい!!』

 

そう言うと、師匠の姿が薄れていく。

 

「待ってください、師匠!!」

 

僕は叫ぶが、師匠の姿はどんどん薄れていき、やがて消える。

 

「師匠! 師匠っ!!」

 

 

 

 

「師匠ォォォォッォォォォォォォォォッ!!」

 

「うわぁあああああっ!?」

 

気付けばそこは何時ものホームの部屋。

すぐ横には神様が驚いたように腰を抜かしていた。

でも、今の僕にはそのことに構っている余裕はない。

 

「師匠! すみませんでした!! 僕は未熟です!!」

 

そのままダッシュでホームを飛び出る。

 

「ちょ、ちょっとベル君!?」

 

神様が何か言ってるけど僕は止まらない。

 

「師匠………師ぃ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

目指すはダンジョン。

修行だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

ダンジョン探索を終え、私達は五階層まで戻ってきていた。

 

「はー! やっと五階層だよ! あと少しだ!」

 

ティオナがぐっと伸びをしてそう言う。

この辺りのモンスターは既に敵では無いため、皆は気を抜いて楽にしている。

『ウダイオス』を倒してからも度々イラつくことはあったけど、三十七階層で感じた程のイラつきは無かった。

でも、この五階層に入ってから何だか背中が暖かく感じ、心地いい感覚がする。

そういえば、五階層っていえばベルと初めて会った場所だ。

新人冒険者にしか見えないベルを、私の勘違いで助けたのが最初だった。

何故かその後、すぐに逃げちゃったけど…………

その事を思い出すと、何故か酷く悲しくなった。

あの時の私って………怖かったのかな………?

そんな事を思っていると、

 

「ッ!?」

 

目の前の暗闇からゴブリンが猛スピードで襲いかかってきた。

私は反射的に剣を抜いてそのままゴブリンを真っ二つにする。

 

「「「「「!?」」」」」

 

遅れて反応したフィン達。

おかしい、ただのゴブリンがフィン達が反応できないほどの速度を出せるはずが…………

 

「…………しょう…………し……う…………ししょ…………!」

 

通路の奥から声が聞こえてくる。

でも、どこかで聞いたような?

すると、

 

「師匠ォォォォォォォォッ!!!」

 

ゴブリンを殴り、蹴り、投げ飛ばす。

投げ飛ばされたゴブリンが先ほどのゴブリンと同じようにこっちに猛スピードで向かってきた。

私は同じように飛んで来たゴブリンを真っ二つにする。

 

「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉ……………お?」

 

ゴブリンを蹂躙していた人物がピタリと止まってこっちを見た。

 

「…………………ア、アイズさん………?」

 

「……………ベル………」

 

私は思わず固まってしまう。

確かにベルに会って謝ろうとは思っていた。

で、でも、いきなり不意打ちで出会うなんて………

 

「あ………あ…………」

 

心の準備が全然できていなかった私に、あの症状が襲いかかる。

心臓が痛いほど高鳴り、顔が火が出るほどに熱くなる。

 

「アイズさん…………あの………」

 

ベルが私に一歩近付く。

もう耐えられなかった。

 

「ダ、ダメッ…………!!」

 

次の瞬間には、私はまた逃げ出していた。

 

「ちょ!? アイズーーーッ!?」

 

ティオナが叫んでるけど私は止まらない。

 

止まれない。

 

そのままダンジョンの外に出るまで逃げ続けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」

 

先程までのテンションが嘘のように落ち込む。

僕が近付いたら、あの口数が少ないアイズさんに「ダメ」というほど拒絶された。

ああ、やっぱり本気で嫌われたんだ…………

僕はその場で膝と両手を付いて項垂れる。

すると、

 

「あ~、ベル・クラネルだったな?」

 

呼ばれた声に顔を上げると、以前【豊穣の女主人】の店で【ロキ・ファミリア】の団体の中にいた緑髪のエルフの女性がいた。

 

「はい……何か?」

 

テンションの低い声色で僕は返事をする。

 

「単刀直入に聞くが……アイズと何かあったのか?」

 

見れば、見覚えのある【ロキ・ファミリア】の団員が4人居る。

 

「ええ、まあ………少し…………」

 

実際はちょっとどころではないけど。

振りとはいえ、本気の殺気を当てて死の恐怖を与えた上に、【不壊属性(デュランダル)】の武器まで破壊したんだから。

アイズさんからすれば、僕は極悪人だろう。

 

「ふむ…………」

 

エルフの女性は顎に手を添えて何やら考えている。

 

「…………なるほど」

 

何やら納得して笑みを浮かべた。

 

「どうやら君はアイズに嫌われていると思っているみたいだな?」

 

「う…………」

 

そうはっきり言われるとショックです。

僕は項垂れる。

でも、そのエルフの女性は微笑み、

 

「心配するな。 アイズは君の事を嫌っているわけではない」

 

「えっ?」

 

僕は思わず顔を上げ、

 

「で、でも、顔をあわせる度に、顔を真っ赤にして怒って立ち去ってしまうんですけど……?」

 

「ん? フフフ………それが君の勘違いの原因か」

 

その人は面白そうな笑みを浮かべる。

 

「まあ、一度しっかりと話し合ってみるといい。 君ならば今のアイズが相手でも、捕まえることは容易いだろう?」

 

それだけ言い残すと、仲間たちと一緒に行ってしまった。

 

「………………?」

 

僕は首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

色々な意味で落ち着いた僕はホームへ戻ってきた。

すると、神様が僕が借りてきた本を開いてワナワナと震えている。

 

「神様、ただいま戻りました」

 

僕がそう言うと、神様は眼をクワっと見開き、

 

「ベル君!! この本を何処で手に入れたんだい!?」

 

ものすごい剣幕で迫ってきた。

 

「え? あの………知り合いから借りました………誰かの落し物らしいです…………」

 

そう言うと神様はクラっと倒れかけると、何とか持ち直し、

 

「いいかいベル君、これは魔導書(グリモア)だ」

 

「ぐ、ぐりもあ………? なんですかそれ?」

 

「簡単に言うと、魔法の強制発現書…………」

 

なにその聞くからに高そうな説明。

 

「因みに………そのお値段は………」

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の一級品装備と同等………もしくはそれ以上!」

 

気が遠くなった。

 

「…………ベル君、とりあえず【ステイタス】の更新をしてみよう。 それではっきりする」

 

「は、はい…………」

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

通算二回目の【ステイタス】更新を行う。

あの魔導書は確かに使われた形跡があった。

もしそうならこの【ファミリア】は借金地獄に陥る。

でも、もし僕の考えが正しければ………

このベル君の非常識【ステイタス】に賭ける日が来ようとは。

更新を終え、僕はその内容を読み取った。

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.東方不敗

 

力  :流派!東方不敗は!

 

耐久 :王者の風よ!

 

器用 :全新!

 

俊敏 :系列!

 

魔力 :天破侠乱!!

 

武闘家:見よ! 東方は赤く燃えている!!!

 

 

《魔法》

【魔法に手を出そうとするうつけ者がぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

乙女(クイーン)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】及び効果上昇

 

 

 

 

 

 

 

【魔法】の欄を見た瞬間、僕は思わずガッツポーズをした。

ベル君に魔法は発現していない。

台詞が変わってるのは突っ込みたい気持ちもあるけど、今のボクからすれば些細なことだ。

魔法が発現していないなら言い訳はいくらでもできる。

 

「ベル君。 君には魔法が発現していない。 つまり君はこの本を読んでいないという事だ。 後は僕に任せておきたまえ」

 

この本を処分すれば証拠は残らない。

本を持って処分するのに最適な場所を探しに行こうとしたとき、

 

「ってダメですよ神様!」

 

ベル君に手を掴まれて止められる。

 

「止めるなベル君! 下界には綺麗事じゃ済まないことが沢山あるんだ! 世界は神より気まぐれなんだ!!」

 

「こんな時に名言生まないでください!」

 

夜遅くまでベル君と揉めることになり、結局最後にはベル君が謝りに行くことになってしまった。

そしてボクは、ベル君の【ステイタス】の“もう一つの変化”に気付くことはなかった。

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

翌日。

 

「すいませんすいませんすいません!!」

 

早朝から【豊穣の女主人】の店で僕は頭を下げまくっていた。

僕は事の端末を全て話した。

 

「まあ、それは大変な事をしてしまいましたね、ベルさん?」

 

「何他人事みたいに言ってるんですか!? シルさん!」

 

「やっぱりダメですか?」

 

シルさんはトレイで口元を隠しながら上目遣いで僕を見てくる。

 

「すっごく可愛いけどダメです!」

 

するとミアさんは魔導書に一通り目を通すと、それをゴミ箱に放った。

 

「忘れな」

 

ミアさんはそう言う。

 

「読んじまったもんは仕方ないさ。 こんなの、読んでくださいと言わんばかりにおいてった奴が悪い」

 

「いや、でもですね!」

 

「あんたが読まなくても、気付いたら誰かが読んでたさ。 これはそういう代物だよ」

 

有無を言わさぬミアさんの発言に、

 

「…………本当にすみませんでした」

 

もう一度頭を下げて僕は店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

【Side エイナ】

 

 

 

 

ベル君から【ソーマ・ファミリア】の子をサポーターにしたと聞いて、私は【ソーマ・ファミリア】の噂話を聞きまわっていた。

その際、『神酒(ソーマ)』の話を聴き、酒屋を訪れた。

そこで母の知り合いであり母と共にエルフの里を抜け出した王族(ハイエルフ)であるリヴェリア様と出会い、そこから神ロキに話を聞けることになって【ロキ・ファミリア】のホームを訪れることになった。

そこの門番がなんかボロボロだったのが気になったけど………

神ロキから聞いた話では、【ソーマ・ファミリア】の団員が崇拝しているのは、『(ソーマ)』ではなく『神酒(ソーマ)』だということ。

市場に出ている『神酒(ソーマ)』でさえ失敗作だということ。

神酒(ソーマ)』欲しさに、団員は死に物狂いでお金を稼ぎ、ノルマを達成しようとしていること等を聞いた。

聞きたいことを大体聞き終えた私はふと同じ部屋に待機していたアイズ・ヴァレンシュタイン氏に視線を向けた。

同性である私から見ても、ため息の吐きたくなるような美貌。

ベル君の……………好きな人………

私の胸の中にモヤモヤしたものが湧き上がる。

神ロキが【ステイタス】の更新をすると言って、ヴァレンシュタイン氏を伴い部屋を出て行く。

すると、

 

「エイナ」

 

リヴェリア様が話しかけてきた。

 

「は、はい!?」

 

私はビックリして吃ってしまう。

 

「お前はアイズに思うところでもあるのか? お前のアイズを見る目がまるで仇を見るような目だったぞ」

 

そう言われて私はうっ、と詰まってしまう。

 

「……………そうですね…………確かに仇と言えるでしょう」

 

「ほう…‥…」

 

「ただ………………仇は仇でも…………恋敵です!」

 

「……………くっ! はははははははっ!」

 

リヴェリア様が声を上げて笑う。

 

「くくく………! そうか、恋敵か………それは強敵だ………!」

 

リヴェリア様は本当に面白いものを聞いたと言わんばかりに笑いを零す。

例え笑われてもこれだけは絶対に譲れない。

それでも口に出していうのは少し恥ずかしかったため、カップに注いであった飲みかけの『神酒(ソーマ)』を口に含む。

その瞬間、

 

『アイズたんLv.7ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??』

 

隣の部屋から聞こえてきた声に思わず吹き出した。

 

 

 

 

 

【Side ロキ】

 

 

 

 

久々にアイズたんの【ステイタス】を更新出来ることになってウチは飛び跳ねるほどウキウキしとった。

思わず、

 

「柔肌蹂躙したるでーー!」

 

と口に出してしまったが、アイズたんは、

 

「変なことしたら斬ります」

 

いつものごとく淡々と言いおった。

まあ、それでもアイズたんの肌に触れられる数少ない機会やから、じっくり堪能しながら更新するつもりやった。

けど、

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.7

 

 

 

…………んんっ?

いきなり目がおかしくなってしまったのかと思い、目を擦ってもう一度見たんや。

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.7

 

 

 

…………変わっとらん。

ウチがその現実を受け入れるのに十数秒の時間を要した。

 

「アイズたんLv.7ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

どういう事や!?

アイズたんのLvは5やったはず!

何でLv.6すっ飛ばしてLv.7になっとるんや!?

ともかく残りの【ステイタス】を確認しよ。

アビリティ欄は………

 

力  : I0

 

耐久 : I0

 

器用 : I0

 

俊敏 : I0

 

魔力 : I0

 

 

 

 

よっしゃ、Lv以外におかしい所は無…………

 

 

 

 

剣士 : SS

 

 

 

 

「ブホッ!?」

 

なんやこれ!?

SSって限界突破しとるがな!?

いや! 

まだや!

まだ終わっとらん!

ウチは気力を振り絞って読み進める。

【魔法】の欄は…………

よし!

変化なし!

って、なんでウチは変化なしで喜んどるんや!

続いて【スキル】は………

 

「………………はい?」

 

ウチは思わず声を漏らす。

新しい【スキル】が3つも発現しとる!

一つ目は…………

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

聞いたこと無いスキルやな………

見るからに【ステイタス】を一時的に引き上げるスキルやろうな。

それにしても“激”上昇ってなんや?

と、ともかく2つ目や…………

 

 

 

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する

懸想(おもい)が続く限り効果持続

・懸想の丈により効果上昇

 

 

 

これまた聞いたことないスキルやな。

って、これってアイズたんが誰かに恋しとるってことやないのか!?

いったい誰やぁぁぁぁ!

アイズたんは誰にもやらんでぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!

ともかく、これはアイズたんには秘密やな。

レアスキルで早熟いうてもそこまで劇的に変わるってこともないやろ。

まだ無自覚の恋かもしれんしな。

ほんなら、最後の3つ目や…………

 

 

 

 

乙女剣士(クイーン・ザ・スペード)

英雄(キング)が近くにいると【ステイタス】上昇

英雄(キング)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

英雄(キング)の位置、状況を大まかに把握できる。

 

 

 

 

一番わからんのはこれやな。

英雄(キング)って何の事や?

っていうか、何で3つともレアスキルなんや?

教えても問題なさそうなのは………【明鏡止水】ぐらいやな。

つーか、それ以前に何でLv.6すっ飛ばしてLv.7なんやろ?

でもま、これでもうフレイヤにデカイ顔はさせへんで。

これでアイズたんが育てばオッタルにも負けん。

とりあえず、スキルの下の2つは隠してアイズたんに【ステイタス】を教えとこか。

 

 

 

 

 





どうもです。
第十四話の完成。
アイズのステイタスまでは行きたかったので少々長くなりました。
魔道書を読んだベル君。
師匠の幻覚により裏ベル君が遥か彼方へすっ飛ばされました。
結局魔法は覚えません。
このベル君は物理で殴れば十分なのです。
さてかわりましてアイズのステイタス。
Lv.6をすっ飛ばしてLv.7に。
剣士アビリティも限界突破してスキルも3つ覚えました。
明鏡止水と憧憬一途は多くの人が予想していたでしょうが、乙女剣士(クイーン・ザ・スペード)を予測できた人はいるんでしょうか?
スペードの意味を調べたところ、元々スペードは剣の絵柄だったそうなので、剣士のアイズには丁度良かったので、クイーン・ザ・スペードの称号を送りました。
因みにベルの状況を勘付いていたのはこのスキルが原因だったりします。
発現前でしたが、その兆候は現れていたという事で。
さて、次回はリリの救済ですね。
どのタイミングで助けようかな?
それでは次回に、レディー………ゴー!!
やっぱりハマる。


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第十五話 ベル、リリを助ける

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

リリを雇ってから数日。

一日辺りの稼ぎが六桁を超えるようになり、【ファミリア】の蓄えがどんどん増えていくことにご満悦の神様。

そう遠くないうちにちゃんとしたホームを手に入れることが出来るだろうと言っていた。

そういえばつい先日、どっかで見た冒険者がリリをハメるとか何とかで協力しろとかふざけた事を言っていたからとりあえず殴って気絶させといた。

リリにも絡んでる冒険者がいたみたいだから、近々何かあると僕は思った。

 

 

日も昇らない早朝のうちから、僕は日課の修行を行っていた。

 

「ふっ! せいっ!」

 

拳を繰り出し、蹴りを放つ。

僕の気持ちは修行に雑念が入らない程度には安定し、真剣に鍛錬を行えるようになった。

数日前にダンジョンでアイズさんと会ってから、まだアイズさんとは会えていない。

あのエルフの女性……‥確かリヴェリアさんって呼ばれてたと思うけど、その人が言った事が本当なら、僕はアイズさんには嫌われていないらしい。

強引にでも話をしてみろとは言われたが、会えなければ話も出来なかった。

そんな事を考えていると、久しぶりに階段の扉が開く音が聞こえた。

そこから現れたのは…………

 

「……………アイズさん………」

 

アイズ・ヴァレンシュタインその人だった。

アイズさんは顔を赤くしながら僕と視線を合わせたり外したりを繰り返し、

 

「………お、おはよう………ベル」

 

そう挨拶してきた。

 

「は、はい……おはようございます、アイズさん」

 

僕も戸惑いながら挨拶を返した。

 

「…………………」

 

ところが、アイズさんは再び黙り込んでしまい、チラチラと僕に視線を向けてくる。

僕もどうしたらいいかわからず黙り込んでいると、

 

「や、やっぱりダメッ……………!」

 

顔をさらに赤くしたアイズさんが踵を返して走り去ろうとした。

 

「アイズさんっ!」

 

僕は反射的に地面を蹴ってアイズさんに追いつくと、その手を掴んで止める。

 

「あっ……………」

 

僕に手を掴まれたことで、アイズさんは僕の方に振り向き、

 

「あ…………あ…………!」

 

どんどんと声が上ずっていくと同時に顔の赤みが増していき、

 

「………………………………ッ!」

 

カクリと気を失った。

 

「えええええええええええぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 

突然気を失い、僕の方に倒れ掛かってきたアイズさんを受け止めると、僕はアタフタと慌てる。

 

「ええ~っと………」

 

アイズさんを抱き上げながらどうしようかと回らない頭で考えた挙句…………

 

「…………………僕、何でこんなことをしたんだろう?」

 

冷静になった時にポツリと呟いた。

現在は場所は市壁の上なのは変わらないが、僕は床に正座の状態で座り込んでいる。

そしてアイズさんは床に寝かされ、その頭は僕の膝の上に。

所謂膝枕というやつを僕がアイズさんにしていたりする。

本当に僕は何をやっているんだろう?

逆だったら良かったのに、と思わないでもない。

アイズさんは規則正しく呼吸をしているため、体調が悪いとかそういうことではないみたい。

何で気絶したのかはわからないけど………

静かに呼吸するアイズさんの顔を見る。

本当に綺麗で、ヒューマンとは思えない美貌。

輝くような金色の髪に白い肌。

僕は自然とアイズさんの髪を梳く。

アイズさんの性格からして、手入れは最低限しかされてないであろうその髪も、指に絡まることなく流れ、床に広がった。

 

「あ…………」

 

気付けば僕はアイズさんに顔を近付けていた。

僕は何をしているんだろう?

胸のドキドキが収まらない。

頭がボーっとする。

耳元で悪魔(お爺ちゃん)が囁く。

 

『行けぃベルよ! 添え膳喰わねば男の恥ぞ!!』

 

寧ろ叫んでた。

僕はその声に導かれるままに顔を近付けていき、

 

「…………ううっ」

 

丁度目を覚ましたアイズさんとばっちり目が合った。

 

「ッ! ご、ごめんなさい!」

 

僕は上半身をのけぞらせるように顔を離す。

僕は今何をしようとしていたんだ!?

 

「えっ……………?」

 

アイズさんは今の状況を理解できないのか僕の膝の上でキョトンとしている。

すると、ようやく状況を理解したのか、

 

「ッ…………!?」

 

顔を真っ赤にして跳ねるように飛び起きた。

 

「ベ、ベル………!? わ、私…………!?」

 

「お、落ち着いてくださいアイズさん! アイズさんはいきなり気を失ってしまったんです」

 

「気を失った…………?」

 

アイズさんは首を傾げる。

 

「私、ベルに会いに来て…………それで………」

 

アイズさんは何か呟いている。

 

「あの………アイズさん?」

 

「ごめんなさい。 また迷惑をかけちゃった」

 

アイズさんは頭を下げる。

 

「いやいや! 頭を上げてください! ちょっとびっくりしましたけど別に迷惑だなんて思ってませんから!」

 

「本当…………?」

 

「本当です! むしろ役得でしたぁぁぁぁぁぁああああああ!?」

 

僕は一体何を口走っているのか?

 

「…………?」

 

アイズさんはまた首を傾げる。

その仕草も可愛くてドキッとする。

 

「そ、それでアイズさん! 今日はどうしてここに!?」

 

僕は慌てて話題を変える。

 

「うん…………一つはお礼をまだ言ってなかったから」

 

「お礼………ですか?」

 

「うん。 君のお陰でランクアップできた。 本当にありがとう」

 

「あっ、ランクアップしたんですね。 おめでとうございます」

 

「ありがとう。 それと、何度も逃げてごめん」

 

アイズさんは再び頭を下げる。

 

「あ、いえ、仕方ありませんよ! 僕はアイズさんを殺そうとした上に、武器まで破壊しちゃったんですから! 僕の事を嫌って当然です!」

 

「ッ……! 違う!!」

 

突然アイズさんが発した大きな声に僕は驚く。

 

「君の事を嫌いになんかなってない!! なるはずがない!!」

 

何時ものアイズさんとは違う迫力に、僕はタジタジになる。

 

「君には感謝してる! 君のお陰で私は強くなれた! 更に先の強さも見せてくれた! だから、君を嫌いになるなんて、絶対に無い!!」

 

「アイズさん………」

 

アイズさんの言葉に、僕は感動する。

嫌いになるなんて絶対に無いとまで言ってくれたアイズさんの言葉には、嘘など無い。

その言葉は、僕の心にあった最後の引っ掛かりを取り払ってくれた。

 

「ありがとうございます、アイズさん………」

 

「ううん………私こそ、いきなり叫んでごめん」

 

「いえ…………」

 

「あと…………最後にお願いがある」

 

「なんですか?」

 

「これからも………ここに来ていい?」

 

顔を赤らめながらそう聞いてくるアイズさん。

僕も自然と笑みを浮かべ、

 

「もちろんです。 大歓迎ですよ、アイズさん」

 

「ありがとう………ベル」

 

アイズさんも笑みを浮かべる。

 

「じゃあ、今日もお願い………」

 

アイズさんは立ち上がり、刀を抜く。

 

「いつでもどうぞ、アイズさん」

 

僕も刀を抜いて構える。

 

「はぁあああああっ!!」

 

「ふっ!」

 

朝日が昇る中、市壁の上に剣戟の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

およそ一週間振りにベルと話ができた私の心は軽かった。

朝の鍛錬を終え、ホームに戻ってくると、

 

「アイズたん見つけたーーーーーーーっ!!」

 

ロキが叫びながら飛びついてくる。

私はその場を避けると、ロキが通り過ぎて床に倒れる。

 

「アイズたんのいけず~。 受け止めてくれてもいいやん」

 

「いい加減にしないと斬ります」

 

何時もの言葉を交わすとロキは気を取り直し、

 

「アイズたん、このあとで【ステイタス】の更新をしよか」

 

ロキの言葉に首を傾げる。

つい数日前にランクアップを果たしたばかりだ。

昨日も日帰りでダンジョンに潜ったとは言え、更新する程【経験値(エクセリア)】が溜まってるとは思えない。

私が断ろうとすると、

 

「悪いけど決定事項や。 ちょい気になることがあるんでな」

 

珍しく真面目なロキの表情に、私は頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

【Side ロキ】

 

 

 

アイズたんが【ステイタス】更新の為に準備をする。

ウチが気になっとることは、先日アイズたんに発現したスキル、【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】の効果がどの程度のものなのか、ってことや。

アイズたんの準備ができたところでウチは【ステイタス】の更新を始める。

成長に影響するスキルなんて聞いたことないけど、高くても二~三倍程度の成長率になるとウチは予想しとる。

この短期間でなら、トータル5~10上がっとれば御の字やと思っとる。

まあLv.7やし、それは高望みしすぎかな思っとたんやけど…………

 

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.7

 

 

 

力  : I0→I67

 

耐久 : I0→I45

 

器用 : I0→I86

 

俊敏 : I0→H101

 

魔力 : I0→I22

 

 

 

 

 

 

「ファッ!?」

 

思わず変な声が出てもうた。

 

「………ロキ?」

 

アイズたんが気にして声をかけてきたけどウチの耳には入っとらん。

トータル320オーバー!?

俊敏に至っては初っ端から能力段階が上がっとるし!

あかん!

レアスキル舐めすぎとった!

こりゃ隠しきれん!

ウチは苦渋の決断としてフィンとリヴェリアを呼び出した。

 

「……………?」

 

アイズたんは訳が分からず首を傾げとる。

やがてフィンとリヴェリアが部屋に入ってくると、

 

「ロキ、急に呼び出しとは何があった?」

 

リヴェリアがそう聞いてくる。

ウチはまず一枚の用紙を取り出した。

その紙には、ランクアップ時のアイズたんの【ステイタス】が書かれとる。

ただし、例の2つのスキルは除いて。

 

「まず、そいつがこの前アイズたんがランクアップした時の【ステイタス】や」

 

「これは先日見せてもらったものだろう? これがどうかしたのか?」

 

フィンが訪ねてくる。

 

「そんでこれが今回更新した【ステイタス】や」

 

ウチは続いて、今回の更新した【ステイタス】が書かれた紙をアイズたんに渡す。

 

「…………ッ!?」

 

「これは………」

 

「なんとまあ………」

 

アイズたんも目を見開いて驚いとる。

 

「ロキ………! これって………!」

 

「疑われる前に言うとくけど、これはホンマもんの【ステイタス】や。 嘘偽りやないことは神の名に誓う」

 

ウチはアイズたんをジッと見て、

 

「アイズたん。 気になっとる男は居らんか?」

 

「えっ………? 何を…………」

 

「真面目な話や。 アイズたん、気になっとる男が居るやろ?」

 

さっきよりも確信に近い声でアイズたんに問いかける。

 

「……………………」

 

アイズたんは俯いて何も言わんかったけど、

 

「ベル・クラネル…………だろう?」

 

リヴェリアがそう言った瞬間、アイズたんがガバッと顔を上げた。

いや、そんな激しく反応したら、既に肯定しとるようなもんやん。

 

「リヴェリア………どうして………」

 

「ダンジョンでベル・クラネルと出会った時の反応を見れば、誰でもわかる」

 

フィンも言うた。

 

「……………ッ!」

 

アイズたんは顔を赤くして俯いてまう。

その仕草はむっちゃかわええ!

むっちゃかわええんやけど!

 

「それでロキ、今の話とアイズの成長に何の関係が?」

 

フィンが問いかけてくる。

ウチは躊躇しながらも渡した【ステイタス】の用紙の一列に指を走らせた。

そうすることで、隠された【スキル】の一つが顕になる。

 

「【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】…………?」

 

「なるほど………」

 

「教えなかったわけだ……」

 

フィンとリヴェリアの2人は即座に事情を察する。

 

「つまりアイズたんは、ベルに惚れれば惚れるほど強くなりやすいっちゅう事や。 正直、教えたくはなかったんやけど、これだけ成長に影響を与えるなら遅かれ早かれ感づいとったやろ。 ま、当然やけどこの事は他言無用や。 フィンとリヴェリアも他の神に感付かれんようにアイズたんのフォローを頼むわ」

 

「わかった」

 

「いいだろう」

 

「そういうことや。 アイズたんはもう行っていいで」

 

アイズたんは顔を赤くしながらそそくさと部屋を出ていった。

 

「……………意外だな。 てっきりベルと会うのは禁止するぐらいは言うと思っていたのだが……?」

 

リヴェリアがウチにそう言ってくる。

 

「ま、そういう思いが無かったっちゅうと嘘になるけど、それ以上にアイズたんの強くなりたいっちゅう願いを叶えてあげたいんや。 あのスキルはアイズたんが強くなるのにはうってつけや」

 

「そうかもしれんがそれはよりベルと近付くことになるぞ」

 

「まあ、ベルの事は嫌いやないしアイズたんの想いもスキルになるほど大きいもんや。 だからと言って二人の関係を認めるかと言われればノーや。 違う【ファミリア】間の恋愛は面倒しか生まん」

 

「それはそうだが、今の勢いだとアイズが【ファミリア】を脱退すると言いかねんのだが…………」

 

「そこは、ホレ………」

 

「言っておくが、僕は人の恋路を邪魔する趣味は無い」

 

「私もだ。 ようやくアイズが戦うこと以外に目を向けてくれたのだ。 私はそれを後押ししてやりたい」

 

「なっ!? 裏切り者~~~~~っ!!」

 

ちょっと待てや!

2人が協力してくれんとアイズたんがベルに、ひいてはあのドチビに持ってかれるやないかー!!

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

今日もリリと一緒にダンジョンに潜っている。

リリの進言で、今日は十階層まで行くことになった。

十階層からは、大型のモンスターも出るという話だから少し楽しみだ。

とりあえず迫りくるキラーアントの大群を拳圧でまとめて吹っ飛ばす。

リリもこの光景には慣れたようで、手際よく魔石を拾い集めている。

道中の敵を瞬殺しながら進み、十階層に到達する。

十階層からはダンジョンの雰囲気がガラリと変わり、霧に包まれた草原のような場所だ。

出てきたのは豚のような顔をした大型モンスターのオーク。

 

「下がってて、リリ」

 

僕はそう言ってオークの前に歩いていく。

 

「ガァアアッ!!」

 

オークは手に持った棍棒を振り上げ、僕に向かって振り下ろす。

 

「ふっ!」

 

僕はその棍棒を左手で受け止めるとそのまま右の拳を握り締め、ガラ空きの腹に叩き込んだ。

ちょっと力が入りすぎた様でオークの腹が吹き飛び、上下真っ二つになった。

 

「ベル様! もう一匹きます!」

 

リリの声と同時にもう一匹オークが現れ、こちらに向かってくる。

今度は僕からオークに向かっていき、

 

「はぁあああああっ!!」

 

オークの顔面に飛び蹴りを放ち、首を吹き飛ばした。

すると、リリの気配がどんどん遠ざかっていくのを感じる。

 

「リリ………」

 

そろそろ何かある頃だと思っていたけど、もう行動を起こしたみたい。

すると、異臭が鼻を突いた。

 

「この匂いは………」

 

臭いの元を辿ると、木の根元に血肉が転がっていた。

 

「これって………確かモンスターをおびき寄せるための………ッ!」

 

複数の足音が響き、オークの大群が僕を囲んでいる。

リリの気配を辿ると、既に上の階層へ戻る階段の中腹にいた。

 

「ごめんなさいベル様。 もうここまでです」

 

リリは踵を返し、

 

「ベル様なら死ぬ事はないでしょう。 折を見て逃げ出してくださいね」

 

リリはそう言い残すと階段を登っていく。

周りには、先程よりも増えたオークの群れ。

 

「………やれやれ」

 

僕は溜め息を吐くと構えを取った。

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリ】

 

 

 

予め決めておいた逃走ルートを走る。

【ステイタス】の低い私でも、モンスターの出現率が低いルートを絞り込めば、十階層から地上へ戻るのもそう難しくは無い。

私はフードを取り、顕になった獣人の耳に手をあて、

 

「【響く十二時のお告げ】」

 

魔法解除の詠唱を唱える。

獣人の耳と尻尾が消え去り、リリ本来の姿、小人族(パルゥム)になる。

この魔法で何人もの追っ手を巻いてきた。

僅かに後ろ髪を引かれる思いはあるが、

 

「いいえ、これでいいんです。 ベル様も、冒険者なんですから……………リリの大嫌いな………」

 

自分に言い聞かせるように呟き、逃走を再開する。

頭に叩き込んだマップを頼りに、手ごわいモンスターを避け、上の階層に駆け上る。

九階層、八階層とダンジョンを駆ける。

 

「七階層………ここを越えれば………!」

 

一安心。

 

「あっ!」

 

そう思った瞬間、足が何かに引っかかり、転倒してしまう。

 

「嬉しいじゃねえか………大当たりだ」

 

「はっ…………! あうっ!?」

 

聞き覚えのある声にハッとした瞬間、お腹に衝撃が走る。

視界が反転し、お腹がズキズキと痛む。

 

「散々舐めやがって………この糞小人族(パルゥム)がっ!!」

 

「あうっ!? がっ!?」

 

相手を確認した瞬間、数回蹴られ、髪を掴まれ持ち上げられる。

 

「良いザマだなコソ泥。 そろそろあのガキを捨てる頃だと思ったぜ。 ここで網を張ってりゃ必ず会えると思ってなぁ」

 

「うぅ………あ……み…………?」

 

「この階層でお前が使える道はそう多くねえ。 4人で手分けしてたんだが………ヒャハハ! 見事に俺の所に来るとはなぁ!」

 

ああ、またこの顔です。

リリの大嫌いな冒険者の顔です。

耳障りな笑い声。

気持ちの悪い笑顔。

完全にリリを人として見ていない顔。

ローブを剥ぎ取られ、リリは床に放り投げられる。

 

「ハッハァッ! いいもん持ってんじゃねえかよ! 魔剣まで持ってるとはなぁ!」

 

隠し持っていた魔剣まで奪われる。

 

「派手にやってますなぁ、旦那!」

 

「お前らか、早かったな」

 

別の声が聞こえ、視線を向けるとそこには同じ【ソーマ・ファミリア】の団員が3人いた。

そこで私は気付く。

先程言っていた『4人で』とは彼らの事だと。

 

「見ろよこのガキ、魔剣まで持ってやがってよ。 お前らの言うとおり、かなり溜め込んでいるみたいだぜ、こいつ」

 

「そうですかい。 ところで旦那、ひとつお願いがあるんですが………」

 

その時、【ソーマ・ファミリア】の団員が担いでいた大きな袋の中身がもぞりと動く。

 

「そいつの持ち物、全部置いてって欲しいんでさぁ!」

 

そう言うとともに、袋を冒険者に押し付ける。

その中から現れたのは、

 

「ギギィ!」

 

「キ、キラーアント!?」

 

冒険者は慌てて袋ごとキラーアントを投げ捨てる。

 

「しょ、正気かテメェ! 何やってるのかわかってんのかぁ!!」

 

冒険者は慌てる。

それも当然です。

なぜなら、

 

「ええ。 瀕死のキラーアントは仲間を集める信号を出す。 冒険者の常識ですわ」

 

残りの2人も、次々と袋を放り投げ瀕死のキラーアントが這い出してくる。

 

「ひっ!」

 

私は思わず声を漏らす。

 

「テ、テメェらあぁっ!!」

 

冒険者は背中の剣を抜こうとするが、

 

「旦那、俺達とやりあってる間に、奴らの餌食にはなりたくないでしょう?」

 

既に通路から多数のキラーアントが顔を覗かせている。

冒険者は悔しそうに魔剣を地面に叩きつけようとして、

 

「内輪揉めはそのぐらいにしてもらえないかな?」

 

私は一瞬聞き間違いかと思った。

なんで………?

どうして………?

八階層からの階段を登ってきたのは………

 

「なんでここに居るんですか………? ベル様!?」

 

十階層で私が罠に嵌めたはずのベル様だった。

 

「ガ、ガキッ!? 何でテメェがここに!?」

 

ベル様は何でもないように私の近くに歩み寄ってくると、

 

「大丈夫? リリ」

 

何時もの様に、私に手を差し伸べた。

 

「おやおや? アーデが罠に嵌めた冒険者ですかい? 運良く逃げてこれたみたいでなによりでさぁ。 旦那も仕返しに来たクチですかい?」

 

私はそれを聞いてビクリとしてしまう。

そうです。

私はベル様を嵌めたんです。

絶対に仕返しに来たに決まっています。

私は危うく伸ばしそうになった手を握り締める。

 

「罠……………? ああ、もしかしてコレのこと?」

 

ベル様はひょいと後ろへ何かを放った。

それは、

 

「「「「なっ!?」」」」

 

4人の顔が蒼白になる。

何故なら、それは私が用意したモンスターをおびき寄せる血肉。

でも、ベル様は何時もの様に笑い、

 

「こんないい物持ってるんだったら、リリも早く使ってくれれば良かったのに」

 

そんな事を言った。

 

「あ、頭おかしいんじゃねえのかガキッ!? こんな物を持ってきたら………ッ!?」

 

先ほどの倍以上の数のキラーアントが私達の周りを囲んでいる。

アイテムの効果とキラーアントの特性が合わさった結果だ。

慌てふためく4人を他所に、ベル様は私を抱き上げる。

 

「あっ………」

 

「ごめんね、来るのが遅れて。 数だけは多かったから、少し時間が掛かっちゃった」

 

「なんで………なんでベル様が謝るんですか!? 悪いのはリリです! 全部リリが悪いんです! リリは盗人です! コソ泥です! 悪い奴なんです!! 冒険者を嵌めて! 武器や防具を盗んで売り払ってます! ベル様にだって、換金したお金をちょろまかしてます! 初めからお金目当てでベル様に近付いたんです!!」

 

私は心の内をぶちまける。

 

「そうだ! 全部そいつが悪いんだ!! お前も分かるだろ!! そんな薄汚い小人族(パルゥム)なんざ俺達みたいな冒険者に使われてるだけでありがたいことなんだよ!!」

 

冒険者の男が私の言葉に便乗するように叫ぶ。

でもその通りだ。

今更反論する気も無い。

でも、

 

「黙って」

 

一瞬でベル様が冒険者の額を掴む。

すると、

 

「あ………が………?」

 

まるで麻痺を受けたように痙攣し、冒険者が動かなくなった。

 

「流派東方不敗 シャイニングフィンガー。 安心しなよ、麻痺させただけで死ぬわけじゃない」

 

ベル様は手を離すと、

 

「確かにリリは悪党かもしれない。 でも、悪人では決して無い!」

 

私は目を見開く。

 

「目を見ればわかる。 リリはとても優しい女の子だ。 それでも悪党になってしまったのは、全部お前たちのような冒険者が原因だ」

 

「ッ」

 

「リリは悪党にならなければ生きていけなかったんだ。 そこまで追い詰めたのはほかならない貴方達でしょう?」

 

私の目からボロボロと涙が溢れる。

でも、気付けば周りはさっき以上にキラーアントに囲まれている。

 

「くそっ! もう逃げ場が………なあ旦那、綺麗事はよしましょうや。 旦那だって本当はアーデを足手纏いと思ってるんでしょ? ここはひとつ協力してそいつらを囮に脱出しましょうよ」

 

「……………囮………か。 いい考えだね」

 

ベル様の言葉に、私は俯く。

信用しようとした矢先にこれだ。

やっぱり冒険者なんて………

 

「じゃあ、君達が囮になってよ。 僕はリリを連れて逃げるから」

 

私はハッとする。

 

「な、何言ってるんですかい旦那! 囮ならアーデ達を」

 

「なんで? 僕はリリを助けに来たんだ。 君達がどうなろうと知ったことじゃないよ。 もしかして、自分が囮にされる覚悟もないのに。リリを囮にするなんて言ったの?」

 

ベル様は私を抱いたまま一瞬で冒険者に近づくと、先ほどと同じように冒険者の頭を掴み、次々と麻痺させた。

 

「じゃ、後よろしくね」

 

キラーアントが動けない冒険者達に迫る。

そして、

 

 

 

 

 

「………と、言いたいところだけど」

 

一瞬で冒険者に迫っていたキラーアントが吹き飛ばされる。

 

「殺人は僕の修めている流派では禁手なんだ。 残念だけど、助けてあげるよ」

 

ベル様が冒険者たちの前に立ちはだかってそう言った。

無茶です……いくらベル様でもこれだけの数を相手に………

 

「ベル様! リリを置いて逃げてください!」

 

私は叫ぶ。

 

「リリはベル様に助けられる資格なんてありません! リリが囮になります! ベル様はその間に……!」

 

「リリ」

 

ベル様の静かな声に私の言葉が止められる。

 

「資格とか、そんなんじゃない。 僕が助けたいからリリを助けるんだ」

 

私の目から再び涙が溢れる。

 

「どう……して………? どうしてリリを助けるんですか!? どうしてリリを見捨てないんですか!? 私がいつ『助けて』なんて言いましたか!?」

 

「最初からだよ……」

 

「えっ」

 

「最初に会った時から、君の目は『助けて』と叫び続けてる」

 

「ベル……様…………」

 

「そして、僕は君を助けたいと思った。 だから助けるんだ」

 

「う………うあっ…………」

 

自分でも気付いていなかった………

違う、気付いてない振りを続けていた自分の思いが溢れ出る。

 

「たす………けて…………」

 

私の口から思いが零れる。

 

「助けて…………私を助けてください! ベル様!!」

 

私はベル様に縋り付く。

 

「うん。 必ず助けるよ」

 

ベル様は私を安心させるように抱きしめる。

ベル様の温もりは、モンスターの大群に囲まれているにも関わらず、私に安らぎを与えてくれた。

 

「さてと…………」

 

ベル様は私を抱いたままモンスターに向き直る。

 

「悪いけど、リリを不安にさせたくない。 ここは一気に決めさせてもらうよ」

 

ベル様はそう言うと、私を右腕でしっかり抱きしめる。

身体がより密着し、ベル様の体温をより感じられる。

私もベル様にしっかりと抱きついた。

ベル様は左手を前に突き出し、

 

「流派東方不敗…………秘技!」

 

ベル様は左手の掌で大きな円を描くように腕を回し始める。

 

「十二王方牌…………」

 

すると、見たことのない文字が浮かび上がり、炎のように揺らめく光が6つ出現する。

 

「………大車併!!」

 

最後にその円の中央に左手を突き出す。

その瞬間、私は目を見開く。

何故なら、どう見ても小さなベル様が6人飛び出し、モンスターへ向かっていく。

その小さなベル様達は縦横無尽に飛び回り、囲んでいたモンスター達を粉砕していく。

やがて、一分も経たないうちにモンスター達が全滅し、

 

「帰山笑紅塵!」

 

ベル様がそう唱えると、小さなベル様達が戻ってきて、ベル様の中に戻るように消えた。

 

「はい、終わり」

 

ベル様は私に笑いかける。

 

「ベル様…………ごめんなさい………ごめんなさい! ベル様ぁ!」

 

ホッとした私は感情が溢れ出し、涙を堪えることが出来ずにベル様に縋り付く。

 

「大丈夫………もう大丈夫だよ………リリ」

 

私は、今まで感じたことない温もりに包まれ、しばらくの間泣き続けた。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

因みにその頃、【ロキ・ファミリア】の訓練場で謎の大爆発が起き、訓練していた何人かが重傷を負ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ナァーザ】

 

 

 

初めまして。

私は【ミアハ・ファミリア】に所属するナァーザ・エリスイスです。

って、私は誰に挨拶してるんでしょうか?

ともあれ、今日も【ファミリア】の経営は火の車。

あの手この手でお金をかき集めているが、本気で限界に近づいて来ている。

正直、このペースだと後数ヶ月持つかどうかだ。

まあ、経営難の原因がミアハ様がタダでポーションを配りまくっているという自業自得なのだが。

ついこの間、ミアハ様の友神であるヘスティア様に新人の眷属ができたという話を聞いたが、最初に1回来ただけで後は全く来ていない。

見るからに新人みたいだったから、うまくやればお金を巻き上げる事が出来たはずだが、来なければどうしようもない。

私は今日も何とか乗り切ろうと店を開け、開店の準備をする。

すると、

 

「あれ?」

 

店の横から気配を感じた私は、様子を伺う。

するとそこには店の壁にもたれ掛かりながら気を失っている紺色の服を着た男性がいた。

見た感じは20代後半だろうか?

 

「…………行き倒れ?」

 

見た限り外傷は無い。

店の前で倒れるなんてはた迷惑な。

正直面倒事には巻き込まれたくはないが、私が無視しても、おそらくミアハ様が見つければ店に連れ込むだろう。

そう予想した私は、仕方なくその男性の肩を担ぎ、持ち上げる。

いくらモンスターと戦えなくても、Lv.2の能力は健在であり、人一人ぐらいなら簡単に持ち上げられる。

そこで気付く。

この人が来ている服の手触りは、綿でも絹でもない。

触ったことのない服の手触りに私は不思議に思いながらも店の奥にあるベッドに彼を寝かせる。

時々様子を見ながら店番をこなして、日が暮れる頃、

 

「ううっ………」

 

男性が呻き、ゆっくりと目を開ける。

 

「こ、ここは………?」

 

「気が付いた? 自分の名前は言える?」

 

私は男性に問いかける。

彼は上半身を起こし、

 

「私はキョウ………うっ、いや、シュバ………ううっ………!」

 

彼は痛みを訴えるように頭を押さえる。

 

「すまない………記憶が混乱しているようだ…………少し時間をもらいたい………」

 

「いいけど………変な真似したらすぐに追い出すから」

 

私はそう言って部屋を出る。

見知らぬ男を一人にするのは気が引けるが、盗めるような物など店にしか置いてないため、大丈夫だろう。

さて、厄介事に巻き込まれなきゃいいけど。

 

 

 

 

 






ベルの使った技。


・シャイニングフィンガー
掌底打として機能もするが3本の指先に「気」を集中して相手の額に放つ事で、脳神経を麻痺させる事ができる。



・十二王方牌大車併
掌を前面に突き出し、大きく円を描くように動かしながら梵字を出現させ、そこから気で使用者の小型の分身を多数作り出し、対象に攻撃を仕掛ける。
分身を帰還させる「帰山笑紅塵」を使用する事で、気の消費を抑えることができる。

byウィキペディア





第十五話完成。
それなりにはっちゃけたつもり。
前回ほどではないけど。
因みに前回でUA300000とお気に入り6000突破です。
皆様本当にありがとうございます。
さて、今回はアイズと仲直り?。
そんでアイズのチートスキルが本領を見せ始めました。
ロキについてはご愁傷様。
リリ救済はこんな感じでどうでしょうか。
あと、十三話の冒険者のレベルを修正しときました。
Lv.2がキラーアントにやられるわけないっつーの。
ロキ・ファミリアでの謎の爆発については何も言うことはないでしょう。
そして最後に出てきたナァーザが拾った男性とは!?
一体何ウジなのか!? 何バルツなのか!?
乞うご期待!
それでは次回に、レディー…………ゴー!!!


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第十六話 ゲルマン忍者、オラリオに立つ!

 

 

 

【Side ????】

 

 

 

 

『やるんだ! デビルガンダムの呪いから私達を解き放つためにも! 頼むドモン! デビルガンダムに最後の一撃を!!』

 

私は弟に向かって叫ぶ。

 

『……………………わかった』

 

しばらくの葛藤の後、弟は頷いてくれた。

弟が操るゴッドガンダムがハイパーモードを発動。

その拳にシャッフルの紋章が浮かび上がる。

 

『……………兄さん………!』

 

弟の泣きそうな震えた声。

フッ、大きくなっても泣き虫な所は変わっていないな。

 

『ばぁぁぁぁぁく熱ッ………!』

 

その手に生み出される輝き。

私達を解き放つ希望の光。

 

『石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇん!!』

 

その輝きが弟の手から放たれた。

私の、私達の視界が光で埋め尽くされていく。

2つに分かれてしまった心と身体。

それが今一つになる…………

 

『『ありがとう…………ドモン』』

 

同時に紡がれた弟への感謝の言葉。

そして、

 

『兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!』

 

消えゆく意識の中、最後に聞こえた弟の慟哭の叫び。

すまないドモン。

辛い選択をさせてしまったな。

だが、本当に…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無の中を私は漂う。

ようやく私はデビルガンダムの呪いから解き放たれた。

デビルガンダムに操られていたとは言え、私は多くの罪を犯してきた。

だが、叶うことならば母さんと同じ場所に行きたい。

そう思った。

…………思った?

何故だ?

何故私に意識が残っている?

私はあの時に死んだ筈では?

そこまで思い至ったとき、光を感じた。

 

「ううっ………」

 

意識が浮上する。

最初に視界に映ったのは、見知らぬ天井。

しかも作りは木造で、かなり古い建築技術を思わせる。

 

「こ、ここは………?」

 

思わず疑問を口にする。

何故私が生きているのか。

なぜベッドの上で寝ているのか。

未だ理解が追いつかない。

すると、

 

「気が付いた? 自分の名前は言える?」

 

すぐ横から聞こえた女性の声。

いや、まだ少女といった年頃か。

頭に付いている変わったアクセサリーが気になったが、私は彼女の質問に答えようとして、

 

「私はキョウ………うっ」

 

自分の名を答えようとして、頭に痛みが走り、別の記憶が浮かび上がる。

 

「いや、シュバ………ううっ………!」

 

その記憶の通りの名を出そうとした所、またもや頭に鋭い痛みが走り、元の記憶が浮かぶ。

何故か記憶が2つある。

しかも記憶が混同し、記憶が浮かぶたびに頭に痛みが走る。

 

「すまない………記憶が混乱しているようだ…………少し時間をもらいたい………」

 

私は名も知らぬ少女に言う。

 

「いいけど………変な真似したらすぐに追い出すから」

 

少女はそう忠告し、部屋を出て行く。

私は深呼吸し、現状を把握するべくゆっくりと記憶を掘り起こした。

 

「……………………」

 

その際に気付いたことは、私の中には2つの記憶がある。

いや、正確には分かれてしまった光と影がまた再び1人に戻り、同化したと言うべきか。

 

「身体は…………生身の肉体か………」

 

どういう訳か、自分の身体は健康で無傷の生身の肉体。

生命力を吸われ続けて瀕死の状態でもなければ、DG細胞の欠片もありはしない。

 

「一体何が起こったというのだ…………」

 

瀕死の状態ならば、まだ奇跡的に生き残ったと理由を付けることも出来る。

だが元々瀕死だった生身の身体と、DG細胞で作り上げられた仮初の身体だったものが、全くの無傷の生身であり、服すら新品同然だったことに説明がつかない。

それに奇跡的に生き残ったとしても、運び込まれるのは病院の筈。

この様な古い様式の建築物に運び込まれる事はまずない。

ひたすら考えに没頭していると、時間が経っていたのか、

 

「落ち着いた?」

 

扉を開け、先ほどの少女が入ってきた。

 

「ああ、すまない。世話になったようだな」

 

「そう。じゃあ悪いけど大丈夫なら早く出てって欲しい。ウチにはタダ飯を食わせる余裕は無い」

 

淡々と言葉を紡ぐ少女。

言い方は少々乱暴だがその言葉に嘘は感じられず、どうやら本当に切羽詰まった状況であるようだ。

ふと見れば、ロングスカートと上着の間あたりから、何か尻尾のようなものが覗いている。

…………頭にある犬のような耳のアクセサリーといい今の尻尾といい、この子の趣味だろうか?

いや、他人の趣味に口出しするほど野暮ではないが。

私は気を取り直し、

 

「そうか、迷惑をかけた」

 

私は言われた通り立ち去るために立ち上がろうとして、

 

「おぉーい! ナァーザ!」

 

突然男性の声がした。

扉の向こうから足音が聞こえ、次の瞬間に扉が開いた。

そこには美男子といえる容姿の整った男性がおり、入ってきた瞬間目を丸くしてこちらを見つめていた。

 

「な………な………ナァーザが男を連れ込みおった!?」

 

身体を仰け反らせ、少々大げさな身振りで驚愕することを表す男性。

 

「バカなこと言わないで。店の横で行き倒れてた馬鹿を拾っただけ。私が無視してもどうせミアハ様が拾うと思ったから先に拾っただけのこと」

 

歯に衣着せぬとはこういう事を言うのだろうか?

少女は感情の起伏が少ないのか、淡々とそう言うだけだ。

 

「そうか! それは大変だ! お客人、遠慮せずにくつろいでいくと良い!」

 

男性はおおらかな態度を見せるが、逆に少女は目を細める。

 

「私はミアハという。こちらはナァーザだ。お客人、名前を伺ってもよろしいか?」

 

ミアハ?

ミアハという名前は、どこかの神話に出てきた名前だったような………

 

「どうかしたか、お客人?」

 

「む、すまない。少々考え事をしていた」

 

ただの偶然だろう。

そう思った私は佇まいを直す。

そして、デビルガンダムから解き放たれた私が名乗るべき名は、

 

「私はキョウジ。キョウジ・カッシュという。改めてお礼を言わせてもらいたい」

 

私は名乗り、頭を下げる。

 

「キョウジ…………名前の響きからするとタケミカヅチの所と同じ…………」

 

「極東の出身………?」

 

タケミカヅチ…………

確かそれはネオジャパン…………日本で古くから信仰されてきた武神の名前だ。

こちらは間違いない筈。

だが、極東の出身とはどういうことだろうか?

 

「客人………いや、キョウジ殿? どうかなされたか?」

 

再び考え込んだ私にミアハさんが怪訝な表情を向ける。

 

「いや、先程あなたの口からでたタケミカヅチという名と同じ名の神を知っていたのでな。少々驚いていた」

 

「ほう! タケミカヅチの知り合いか!」

 

「いや、その名と同じ神の名を聞いたことがあるだけだ。その人物を知っているわけではない」

 

「何を言っている? タケミカヅチという『神』を知っているのだろう。それならばタケミカヅチで間違いあるまい」

 

その言い方に引っ掛かりを覚えた私は聞き返した。

 

「待て。何を言っている? その言い方ではまるで、その者が『神』であるというように聞こえるのだが?」

 

「だからそう言っておるではないか。タケミカヅチは『神』だぞ。まあ、この私も『神』なのだがな」

 

「なん……だと………?」

 

どういうことだ?

タケミカヅチは『神』であり、目の前にいるミアハさんも『神』だと。

 

「……………すまない。情報が欲しい。何でもいい、この場所に関することを教えていただきたい」

 

「「?」」

 

私の言葉に2人は不思議そうな顔をしながら顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

正直、狐につままれた気分だった。

2人の口から出る言葉は、私の常識が通用しないものばかり。

太古の昔から存在する迷宮、『ダンジョン』。

そこから溢れ出る怪物、『モンスター』。

地上に降り立った『神々』。

神々の恩恵を受け、ダンジョンを探索する『冒険者』。

ダンジョンを中心に発展してきた迷宮都市『オラリオ』。

正直、創作小説の設定を聞かされているのではと思った程だ。

だが、極めつけはナァーザさんの耳と尻尾がアクセサリーではなく、本物だということ。

ナァーザさんは犬人(シアンスロープ)という獣人なのだそうだ。

ここまでくれば、出てくる答えは一つ。

ここは地球ではなく、

 

「…………異世界…………というものか………」

 

信じられないというのが本音だが、受け入れるしかあるまい。

 

「どうかした?」

 

ナァーザさんが問いかけてくる。

 

「お二方、私の話を聞いて欲しい。正直、信じられない話だとは思うが………」

 

私は、自分の状況を簡潔に話すことにした。

 

 

 

 

 

「…………私の話は以上だ」

 

私は自分の状況を話し終えた。

ナァーザさんは訝しげな目を私に向けている。

それもしかたあるまい。

私とてこの場にいることが信じられないのだから。

 

「要するにキョウジ殿は、異世界でその悪魔の化身とも呼べる出尾留頑駄無とやらに取り込まれたが、己が分身を生み出し弟を導き、その弟に自分を討ってもらったはずだが、気付けばここに居たと?」

 

「ああ。正直、信じてもらえるとは思ってはいないが………」

 

「いや、子供達は『神』に対して嘘は吐けん。少なくとも、キョウジ殿からは嘘を感じなかった」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。信じよう、キョウジ殿を」

 

「ありがとう」

 

私は頭を下げる。

 

「それでキョウジ殿。貴殿の話が真実ならば行く当てはあるまい。身の振り方が決まるまでは私の【ファミリア】で面倒を………」

 

「ミアハ様! それは………」

 

神ミアハの言葉を遮るようにナァーザさんが声を上げるが、

 

「それについては提案がある!」

 

更にその言葉を遮るように強めの口調で言葉を放った。

2人は驚いたように私の方を向く。

 

「神ミアハ。私をあなたの【ファミリア】へ加えていただけないだろうか?」

 

「「!?」」

 

2人が驚愕の表情を見せる。

 

「い、いや、私としては嬉しい申し出だが、そなたは良いのか? 自分で言うのも何だが、私の【ファミリア】は落ちぶれていて、【眷属】もこのナァーザ1人しかいない。もっと他の【ファミリア】を探してからでも遅くは………」

 

「神ミアハ!」

 

神ミアハの言葉を私は遮る。

 

「あなたの困っている者を見過ごせぬその思いは素晴らしいものだ。しかし、それによって自分の守らなければならない者に負担を背負わせてしまっては、本末転倒ではないか?」

 

私はナァーザさんを見る。

 

「ナァーザさんの様子を鑑みるに、この【ファミリア】の状況は思わしくないのでしょう。神ミアハとは違い、ナァーザさんは私を置いておくのは反対のご様子」

 

「ッ!?」

 

「ナァーザ!?」

 

「おそらくナァーザさんも本心では無いのでしょう。しかし、【ファミリア】存続のためには私という穀潰しは早めに出て行ってもらいたい、と言ったところか」

 

「…………否定はしない」

 

「ナァーザ!」

 

神ミアハは叱るように叫んだ。

 

「私とて恩があるあなた方を困らせたくは無い。しかし行くあてもない。となれば、あなた方の【ファミリア】の一員になれば、あなた方に恩を返せる上に、私も住む場所には困らない。先程も話したとおり、今の私は元々のキョウジの身体に分身体の記憶が融合した状態だ。即戦力にはならなくとも、戦闘の経験もある上に、これでも元の世界では学者だったのだ。知識面でも役に立つ部分はあるだろう」

 

「………………」

 

ナァーザさんは考えるように何度か頷くと、

 

「私は賛成する」

 

「ナァーザ! 虫がよすぎるぞ!」

 

「キョウジの言うとおり私達の【ファミリア】の状況は最悪。正直、あと数ヶ月持つかどうかも怪しいところ。それに、私はダンジョンに潜れない」

 

ナァーザさんはそう言いながら、右腕の袖を捲くり上げる。

そこには生身の腕ではなく銀色の義手が存在していた。

 

「モンスターにやられたのか?」

 

私の言葉にナァーザさんは頷く。

 

「簡単に言えば、今の私はモンスター恐怖症。どんなモンスターが相手でも、目の前にすると震えが止まらなくなっちゃう。そして、右腕を失った私にミアハ様がこの義手を用意してくれた。とんでもない借金と引き換えに…………他の団員はその負債に呻いて、ミアハ様を見限って皆出ていった。製薬の知識と技術は先輩達に教わっていたから薬師には転職できたけど………借金を返せるほど、お金も録に稼げない」

 

「ナァーザ」

 

「だからあなたが【ファミリア】に入ってくれた方が、ずっとミアハ様の役に立つ。役立たずな私と違って」

 

「ナァーザ、もういい。止めよ」

 

今にも泣き出しそうな雰囲気を持つナァーザさんを、神ミアハは静かな声で黙らせる。

 

「すまぬ。まるで情につけ込むような真似をしてしまった。今の話は忘れてくれ。だが、今言ったとおり私は莫大な借金を抱え込んでいる。キョウジ殿の気持ちは嬉しいが、やはり他の【ファミリア】に………」

 

「神ミアハ。私はその話を聞く前に既にあなたの【ファミリア】に入ると言ったはずだ。そして何より、今の話を聞いて更に決意が固まったと言えよう」

 

「…………本当に良いのか?」

 

「愚問だ」

 

私は言い切る。

 

「…………感謝する」

 

神ミアハは頭を下げた。

すると、ナァーザさんに向き直り、

 

「ナァーザ」

 

「はい………」

 

「先程、お前は自分を役立たずだと言ったな」

 

「…………はい」

 

「私は、ただの一度もそんな事を思ったことはない」

 

ナァーザさんは目を見開くように驚いている。

私はそのやり取りを見て、自然に口元に笑が浮かぶ。

 

「神である私はお前に何度も救われている。例え以前より貧しき身に成り下がっていようが、私はお前のおかげで満たされているのだ。だからもう自分を責めるな」

 

「………それは命令ですか?」

 

「いや、懇願だ。お前を誰よりも思う私の、心からのな」

 

ナァーザさんの頭に手を添える神ミアハ。

おそらく神ミアハにはその様な気はないのだろうが、ナァーザさんの頬は赤く染まっており、少なくともただの主従関係だけの想いではあるまい。

2人をしばらく見つめていると、神ミアハが私に向き直る。

 

「恥ずかしい所を見せたな。ではキョウジ殿…………いや、これからは同じ家族(ファミリア)になるのだ。これからはキョウジ、と呼ばせてもらおう」

 

「よろしく頼む。神ミアハ」

 

「私の事もナァーザでいい。よろしくキョウジ」

 

「ああ、よろしく頼む。ナァーザ」

 

改めて挨拶を交わすと、

 

「ではキョウジ。そなたに【恩恵】を刻もう。上着を脱いでこの椅子に座ってくれ」

 

私は言われた通り上着を脱ぐ。

脱いだ上着はナァーザが持ってくれた。

 

「では、【恩恵】を授けよう」

 

神ミアハは私の背中に触れる。

どうやら【恩恵】を刻んでいるようだ。

少し時間が経つと、

 

「よし、終わりだ」

 

そう言い、用紙――おそらく羊皮紙だろうか――を取り出し、それに私の背中に刻まれた【神聖文字(ヒエログリフ)】を共通語(コイネー)と呼ばれる言葉に書き直して写す。

そこで、

 

「ほう。最初から【スキル】が発現しているとは珍しいな。しかも【レアスキル】か………」

 

【スキル】というのは経験を積んだ冒険者が希に発現させる特殊能力。

そして【レアスキル】は今まで誰も発現させた事のない【スキル】の事らしい。

神ミアハは【ステイタス】を写し終えた紙を私に見せてくれる。

だが…………

 

「…………………」

 

………読めん。

私は言葉が通じていたために文字が違う可能性を失念していた。

 

「すまない神ミアハ。恥ずかしながら字が読めない。口頭で教えてもらえないか?」

 

「おお、すまぬ。お前は異世界の出身であったな。文字が読めなくとも不思議ではない」

 

神ミアハはそう言いながら、私の【ステイタス】を読み上げてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

キョウジ・カッシュ

 

Lv.1

 

力  :I0

 

耐久 :I0

 

器用 :I0

 

俊敏 :I0

 

魔力 :I0

 

 

 

《魔法》

【】

 

 

《スキル》

覆面忍者(シュバルツ・ブルーダー)

・覆面を被る事で発動

・【ステイタス】を変化させる。

 

 

 

 

 

 

 

「……………スキル、【覆面忍者(シュバルツ・ブルーダー)】………か………」

 

その名前に偶然とは思えない因果を感じる。

 

「一時的に【ステイタス】を上昇させるスキル?」

 

「だが、“上昇”ではなく“変化”ときた。正直試してみなければわからん。ナァーザ、覆面は何処かに無いか?」

 

「そんな都合良くは……………」

 

ナァーザがそこまで言った時、持っていた私の上着からパサリと何かが床に落ちた。

 

「………何これ?」

 

ナァーザが床に落ちた何かを拾う。

 

「そ、それは………!」

 

それを見たとき、私は驚愕した。

黒、赤、黄の三色が縦に分かれたその覆面。

紛れもなく、シュバルツ・ブルーダーが使っていた覆面そのものだった。

 

「…………これも因果か………ナァーザ、それを私に」

 

「う、うん…………」

 

ナァーザから覆面を受け取り、私はそれを被った。

それと同時に、

 

「こ、これは…………!?」

 

私の背中を見ていた神ミアハが驚愕の声を漏らす。

 

「【ステイタス】が………変化していく…………」

 

そして、

 

「な、何だこれは!?」

 

今までで一番と思われる神ミアハの驚愕の声が響いた。

 

「何があった?」

 

私は尋ねる。

 

「す、少し待て!」

 

神ミアハは慌てて新しい用紙を取り出し、再び【ステイタス】を写していく。

そして、

 

「ナ、ナァーザ! これを見てみろ!」

 

神ミアハは新しく書き写した【ステイタス】をナァーザに見せる。

 

「………………………………………何これ?」

 

長い沈黙の後、ナァーザが呟いた。

 

「一体どうしたというのだ?」

 

私が尋ねると、

 

「う、うむ………真に信じられんのだが…………」

 

神ミアハはしどろもどろになりながらも変化した【ステイタス】を語りだした。

 

 

 

 

 

 

シュバルツ・ブルーダー

 

Lv.ゲルマン忍者

 

力  :引導を渡してくれるぅーーーーーッ!!

 

耐久 :打倒など無理の一言ォーーーーーッ!!

 

器用 :修行が足りんぞ!

 

俊敏 :どうした! 隙だらけだぞ!!

 

魔力 :馬鹿者ォーーーーーッ!!

 

忍者 :それそれそれそれぇーーーーーーッ!!

 

 

《魔法》

【】

 

 

《スキル》

【ゲルマン忍法】

・ゲルマン忍法

 

 

 

【明鏡止水】

・常時発動

・全【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化

 

 

 

 

 

 

「ふむ、さっぱりわからん」

 

私は率直な感想を述べる。

スキルの欄にあるゲルマン忍法と明鏡止水はわかるがそれ以外はさっぱりだ。

だがもしや…………

私は立ち上がり、数歩歩いて2人に向き直る。

 

「どうしたキョウジ?」

 

神ミアハが怪訝そうな表情を向けてくる。

そこで私は、少し速く動く感覚で2人の後ろに回った。

 

「なっ!? き、消えた!?」

 

「何処に…………!?」

 

どうやら2人には私の動きを捉えることが出来なかったらしい。

 

「後ろだ」

 

私が声をかけた所で同時に2人は振り返り、私の存在に気付く。

 

「どうやらこの状態では、シュバルツ・ブルーダーの力が使えるようだ。 それに伴い、身体能力も上がっている」

 

私はほぼ確信した結論を述べる。

 

「そ、そうか………まあ、ダンジョンに潜るにあたって強くて悪いことはない。頼もしいスキルだと思っておけばいいだろう」

 

「わかった。それで、これから私は何をすればいい?」

 

「まず、冒険者になるにあたって、ギルドでの冒険者登録が必要。今日はもう遅いから、明日の朝に行く。私も付いてってあげる」

 

「頼む。それと、もう一つ頼みがある」

 

「何?」

 

「こちらの文字を教えて欲しい。先程も思ったが、読み書きが出来なければ困ることが多いだろうからな」

 

「ん、わかった。必要な事は教える」

 

「感謝する」

 

 

 

 

 

あてがわれた部屋で私は思う。

異世界に来て私は新たな絆を得た。

だが、弟は………ドモンは無事にガンダムファイトに優勝できただろうか?

最早ドモンの家族は父さん1人………

いや、レインがいたな。

ガンダムファイトの勝敗がどうあれ、彼女ならずっとドモンを支えてくれるだろう。

最早会える術はないが、私はお前の幸せを心から願っているぞ。

元の世界に別れを告げるように心の中で思い、私は眠りについた。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにキョウジは3日で共通語(コイネー)を完璧にマスターしたらしい。

 

 

 

 

 






第十六話です。
ベル君が出てこなかった!
オールキョウジサイドでした。
師匠と同じくキョウジがこの世界にきたのは永遠の謎!
突っ込まないでください。
さて、キョウジが学者なのでLv.が1なのは当然だなと思ったアナタ!
残念だったな!
Gガンキャラが普通なわけがないだろう!
てなわけで、シュバルツINキョウジでした。
今回はどうでしたでしょうか?
シュバルツの【ステイタス】のはっちゃけぶりが伝わったでしょうか!?
それでは次回に、レディー……………ゴー!!!



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第十七話 ベル及びゲルマン忍者、稼ぐ

まだ太陽が昇る前の薄暗い時間。

そんな朝早くに、【ロキ・ファミリア】のホームである『黄昏の館』から出てくる一つの影があった。

薄暗さの中でも輝くように映える金髪を靡かせ駆け出すのは、Lv.7となり今や【ロキ・ファミリア】最強となったアイズ・ヴァレンシュタイン。

アイズは何時ものようにベルとの修行に向かうためにホームを抜け出していた。

いつもならこの後は冒険者達が起き始めるまで静かな時間が続くのだが…………

今日は違った。

アイズと同じように『黄昏の館』を抜け出す2つの影があった。

アイズに気付かれないように後を付ける2つの影。

それは、

 

「本当なんですかティオナさん。あのアイズさんがベル・クラネルとかいう何処とも知れない馬の骨に、その………こ、好意を持ってるなんて………!」

 

「本当なんだって………! ダンジョンでベルと会った時のあのアイズの可愛い反応、皆にも見せたかったなぁ。あと、ベルは馬の骨じゃないよ。ベートを一方的にボコボコにしたのはレフィーヤも見てたでしょ?」

 

「信じられません。あのクールで気高く美しいアイズさんが…………それにあの時ベートさんが負けたのは、ベートさんが酔っ払っていたからで…………それにランクアップもしたんですからもう負けないんじゃないんですか?」

 

「もう、レフィーヤは分かってないなぁ。そのベートがランクアップした切っ掛けがベルとの戦いでしょ? それにベルはあの時もあまり本気じゃなかったと思うな」

 

「なっ! そんなはずありませんよ! 言ってたじゃないですか、『最高の技であなたを倒します』って!」

 

「うん、確かにそう言ったよ。でもね、確かに『最高の技』だったのかもしれないけど、『全力』を出すとは言ってないし」

 

「そ………それは…………」

 

「ほら、見失っちゃうよ! 早く!」

 

既に遠くに行ってしまったアイズを追って、2人は駆け出した。

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

今日もアイズさんとの修行をしている。

明鏡止水を会得し、ランクアップしたアイズさんの実力は目に見えて上がっており、明鏡止水を発動した状態では、僕も油断はできない。

 

「はぁああああああああっ!!」

 

アイズさんが放つ斬撃の嵐。

今まで以上に洗練された一撃が無数に襲いかかる。

 

「なんのっ!」

 

僕もその攻撃を刀で受け止めつつ、合間を縫って反撃する。

アイズさんはその攻撃を的確に見切り、紙一重で躱しつつ更に反撃してくる。

 

「はっ!」

 

「おっと!」

 

「ふっ!」

 

「よっ!」

 

アイズさんの剣撃を捌いていく。

しばらく剣を打ち合っていき、一段落した所で小休止をとった。

 

「流石だね、ベル。まだ全然敵わないよ」

 

「まあ、師匠の下で6年間修行を続けてましたので。そう簡単に追いつかれたら僕の立つ瀬がありません」

 

珍しくアイズさんが話を振ってきたので僕も答える。

そこで僕は、先程から気になっていた階段に続く扉の向こう側にいる気配に声をかけた。

 

「あの、扉の向こう側にいるお二方、何かご用ですか?」

 

「えっ?」

 

僕の言葉にアイズさんが声を漏らし、扉の方に振り向く。

すると、ゆっくりと音を立てて扉が開いた。

そこには、アマゾネスらしき褐色肌の少女とエルフの少女がいた。

 

「ティオナ、レフィーヤ………!」

 

アイズさんが知ってるってことは【ロキ・ファミリア】の人かな?

 

「あはは………バレちゃった」

 

アマゾネスの少女が苦笑しながらこちらに歩み寄ってくる。

その後ろに続くエルフの少女は、何故か僕に敵意むき出しの視線を向けている。

僕、彼女に何かしたっけ?

 

「何でここに?」

 

アイズさんが尋ねる。

 

「アイズがここ最近、早朝に抜け出してるから何してるのかなーって思って…………」

 

アマゾネスの少女が答える。

 

「アイズさんのお仲間ですか?」

 

僕が尋ねると、

 

「うん。そう………」

 

「ちょっとアナタ!!」

 

アイズさんが説明を始めようとしたところでエルフの少女が口を挟んできた。

 

「さっきからアイズさんに馴れ馴れしいですよ!」

 

「えっ? ええ~~~っ!?」

 

なんか突然怒られた。

 

「しかもなんですか! アイズさんに特訓して貰うなんて羨ま………こほん、贅沢な! 身の程を知りなさい!」

 

………この子ってもしかして、ものすごいアイズさんに憧れてるタイプ?

 

「違うよレフィーヤ。特訓して貰ってるのは私の方」

 

アイズさんがそう説明する。

しかし、

 

「そんな! こんな奴庇わなくたっていいですよ! はっ! 何か弱みを握られてるんですね!? そうなんですね!?」

 

うわぁ~………ものすごい方向に勝手に突っ走っちゃってるよ。

 

「レフィーヤ」

 

静かな、そして有無を言わせない迫力を持った声でアイズさんがエルフ少女の名前を呼んだ。

エルフの少女―――レフィーヤさんと言うみたい―――が思わず押し黙る。

 

「それ以上ベルを馬鹿にするのは、いくらレフィーヤでも許さない………!」

 

「う…………」

 

物静かなアイズさんの厳しい視線とその言葉でレフィーヤさんは萎縮してしまう。

 

「レフィーヤが私を慕ってくれるのは嬉しい。でも、私を美化しすぎて視野が狭くなるのはレフィーヤのダメな癖」

 

アイズさんの諭す言葉に今度はシュンとなるレフィーヤさん。

すると、今度はギリギリと歯を食いしばり、

 

「ベル・クラネル! そこまで言うなら私が化けの皮を剥いでやります!」

 

「…………はい?」

 

僕を指差し、堂々と言い放つ。

 

「今から私と勝負しなさい! 貴方が勝ったなら文句は言いません! ですが、私が勝ったら金輪際アイズさんに近付かないでください!!」

 

「え~っと……………」

 

僕はチラリとアイズさんに視線を向ける。

アイズさんは無言で頷いた。

 

「………それで貴女が納得するのなら…………」

 

僕は仕方なしに了承する。

そこで、

 

「ティオナ」

 

「ん? なになに?」

 

アイズさんがアマゾネスの少女―――ティオナさん―――に声をかけた。

 

「ティオナも参加して。レフィーヤは魔道士だから、一対一には不向き」

 

「いいの? やるからには私、手加減しないよ?」

 

「いい、結果は同じだと思うから。これは単純にレフィーヤを納得させるため」

 

「アイズってばはっきり言ってくれちゃって」

 

ティオナさんは苦笑する。

 

「よーし! なら私も参加しよっと…………! あっ! でも武器持ってきてないや………」

 

武器を持ってきていないことに気付くと、

 

「じゃあ、これ使って」

 

そう言いながらアイズさんが刀を手渡す。

 

「ありがと、アイズ! …………うひゃあ! 間近で見ると、本当にサビサビだねぇ…………」

 

受け取った刀をまじまじと見つめるティオナさん。

 

「そ、それじゃあ不公平ですよ! そんな剣を使いこなせるのはアイズさんだけじゃないですか!」

 

レフィーヤさんが叫ぶが、

 

「それはベルも同じ」

 

アイズさんがそう言いながら僕に視線を向ける。

僕は背中の刀を抜いてティオナさんに見せた。

 

「うわっ! こっちも同じくらいサビサビ!」

 

僕の刀を見て、驚いた声を漏らすティオナさん。

すると、何度も僕とアイズさんの刀を見比べ、

 

「こうして見ると、2人の剣ってそっくりだね。違いといえば、柄に巻かれてる帯の色だけじゃないかな?」

 

確かに2本の刀の違いと言えば、柄巻の色のみである。

僕のが青、アイズさんのが朱色だ。

 

「この剣は、ベルから貰ったものだから………」

 

アイズさんがそう言う。

 

「へ~、じゃあ、お揃いだねぇ~」

 

何か意味ありげな笑みを浮かべてアイズさんを見るティオナさん。

アイズさんは頬を僅かに染めて俯いた。

めっちゃ可愛いです!

 

「あれ? ってことは、アイズのデスペレートを砕いたのって…………」

 

ティオナさんが気付いたように僕の方を向いたので、僕は苦笑した。

 

「すみません。それ、僕です」

 

そう言いながら頭を下げた。

 

「ええぇ~~~~っ!! ベルだったの!?」

 

ティオナさんが盛大に驚き、

 

「なっ!? 何て事を!? あれがいくらしたのか知ってるんですか!?」

 

レフィーヤさんに関してはその金額の高さを理由に叱られる。

 

「いやいや、レフィーヤ。驚くところそこじゃないから! アイズのデスペレートには不壊属性(デュランダル)が付加されてたんだよ!?」

 

「だからなんですか! アイズさんの武器を壊したことには違いありません!」

 

「だめだこりゃ………」

 

論点がズレているレフィーヤさんに何を言っても無駄と判断したのかティオナさんが諦める。

諦めるの早いですよ~。

するとそこで、

 

「レフィーヤ」

 

「ア、アイズさん………」

 

「ベルは折れない剣っていう幻想に縋ってた私の目を覚まさせてくれただけ。感謝こそすれ、恨んでなんかいない」

 

「う………アイズさんがそう言うなら………」

 

アイズさんに言われ、レフィーヤさんが渋々引き下がる。

 

「でも、勝負はやります! さあベル・クラネル! あなたの化けの皮を剥いであげます!」

 

殺る気満々なレフィーヤさん。

 

「よ~し! やっるぞ~~~!!」

 

違う意味でティオナさんもやる気満々だ。

僕は仕方なく少し離れたところで構える。

 

「いきます!」

 

レフィーヤさんの掛け声を合図に全員が動き出した。

レフィーヤさんは後ろに飛びのき、距離をあけて詠唱を始める。

 

「そりゃぁああああああっ!!」

 

ティオナさんは、おおきく振りかぶって僕に剣を振り下ろそうとしてきた。

そして僕は、

 

「ふっ!」

 

右手に持った刀でティオナさんの一撃を弾き飛ばし、ティオナさんの刀は宙を舞う。

そのまま素早くティオナさんの横を駆け抜け、一瞬でレフィーヤさんの元へたどり着くと、左手の手刀を首筋に突き付けた。

 

「なっ…………!?」

 

思わず絶句し、詠唱を中断するレフィーヤさん。

僕は手刀を収め、レフィーヤさんを見る。

 

「これで満足ですか?」

 

僕がそう問うと、

 

「た、唯の手刀で勝ったつもりですか? これが実戦であれば………」

 

その言葉を全部言い切る前に、僕は壁に向かって手刀を突き出した。

ズドンという重い音と共に、僕の手が手首まで隠れるほど壁に突き刺さる。

 

「実戦であれば………何ですか?」

 

「う………」

 

流石に今のは効いたようで押し黙った。

その時、ガバッと後ろから抱きつかれた。

 

「ベルすごい!!」

 

「わわっ!? ティオナさん!?」

 

後ろから抱きついてきたのはティオナさんだった。

 

「やっぱりベルすごいね! わわっ! 見ただけじゃ分からなかったけど、こうやって触ってみると、ベルの体って鉄みたいに鍛え上げられてるね! すごいすごい!!」

 

そう言いながら身体をまさぐられる。

 

「ちょ!? ティオナさん!? 何するんですか!?」

 

僕は思わず叫ぶ。

 

「私達アマゾネスってさ~、強い男に惹かれる習性があるんだよね~♪ そういう意味じゃ、ベルってモロ好みだし。かと言って外見は兎みたいで可愛いし、そのギャップがたまんないよ」

 

そう言いながらティオナさんは更に抱きつこうと、

 

「だ、ダメェェェェッ!!」

 

僕は思わず振りほどいて、市壁の上から飛び降りた。

 

 

 

 

 

【Side ティオナ】

 

 

 

 

ベルが市壁の上から飛び降りてしまった。

 

「あ~! ベルぅ~~~!」

 

私が市壁の上から見下ろすと、ベルは難なく着地してすごいスピードで走り去ってしまった。

この高さから飛び降りて普通に無傷で着地なんて、やっぱりベルは凄いなぁ~。

私がそう思っていると、肩にポンと手を置かれた。

 

「ティオナ」

 

「ん? どしたのアイ………ズ…………?」

 

呼ばれて振り向いた私は思わず絶句した。

無表情はいつもと変わらない。

だけど、その額に浮き出た怒りマークと、感情を感じさせない冷たい眼で私を見下ろしていたからだ。

 

「ベルに………何してたの………?」

 

その言葉に、私は背中に冷や汗がダラダラと流れていることを自覚する。

 

「ア、アイズ…………そんなに怒らないで………可愛い顔が台無しだよ…………?」

 

私は何とかアイズを宥めようとするけど、

 

「ごめんティオナ。何故かわからないけど、今はティオナを許せない………!」

 

まるで死神を目の前にしたかのような寒気を感じる。

そして、

 

「ひゃぁああああああああああああああああああっ!!??」

 

言葉では言い表せないぐらいひどい目にあった。

アイズの嫉妬深さを知った今日の朝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

 

ナァーザに連れられ、ギルドという所に来た私は、受付嬢に冒険者の申請をするところだ。

私に対応してくれた受付嬢は桃色の髪をしたヒューマンだった。

 

「失礼。冒険者の登録をしたいのだが」

 

「はい、分かりました。では、こちらの用紙に必要事項をお書きください」

 

そう言って用紙を差し出される。

昨日の内に登録に必要な最低限の文字の読み書きは覚えたため、心配は無い。

私は書かれた通りの情報を記入し、受付嬢に返した。

 

「名前はキョウジ・カッシュ。種族はヒューマン。年齢は28。Lv.1の【ミアハ・ファミリア】。以上で間違いありませんか?」

 

「はい」

 

「では、只今をもちまして、ヒューマン、キョウジ・カッシュを冒険者として登録します。よろしいですか?」

 

「はい」

 

最終確認に頷く。

 

「ではこれより私、ミィシャ・フロットがキョウジ・カッシュさんの攻略アドバイザーとして担当することになります。お見知りおきを」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「それではこれよりダンジョンの注意事項等、必要最低限の情報を覚えてもらいます。別室で行いますのでこちらへ」

 

奥の部屋に行くように促される。

 

「じゃあキョウジ、私はここまで」

 

「ああ、ありがとうナァーザ」

 

ナァーザは短くそう言うと、店番の為にギルドを出て行く。

私が奥の部屋に歩き出そうとした時、一人の少年とすれ違った。

 

「ッ!?」

 

ドモン!?

ドモンとすれ違ったような感覚を感じた私は思わず振り返った。

一瞬ドモンに見えたその後ろ姿はすぐに無くなり、白い髪をした少年に変わった。

今の感覚はなんだったのか?

今、一瞬だがドモンに見えた感覚は………

私は不思議に思いながらも、別室へと足を進めた。

 

 

 

 

 

【Side エイナ】

 

 

 

ベル君を見送って1時間ほどした時、ポカーンとした表情でミィシャが受付に現れた。

 

「ミィシャ、どうしたの? 今、あなたって新人冒険者の対応をしてるんじゃなかったっけ?」

 

「う、うん…………そうだったんだけど………」

 

「どうしたの?」

 

私は不思議に思って尋ねると、

 

「終わっちゃった」

 

「へ?」

 

「もう終わっちゃったの。注意事項やモンスターの情報が書かれた資料を渡したら、ものすごい速度で読み始めて、30分ぐらいで全部読み終えちゃって。『もう覚えた』って言われたから、そんなわけ無いって私もついカッとなってテストをしたの。そしたら………」

 

「そしたら…………?」

 

「全問正解パーフェクト………‥」

 

「嘘…………」

 

私は思わず声を漏らす。

でも、

 

「…………だけだったらまだ良かったんだけど」

 

「へ…………」

 

ミィシャの言葉には続きがあった。

 

「モンスターの対応の所じゃ、資料に書かれてた情報から、答えはこうだがそれよりもこうした方がいいんじゃないのかっていう自分なりの解釈まで追記されてたの。しかも、それがデタラメじゃなくて読んでみると、ああなるほど、って思えるぐらい的確なものだったの…………」

 

「…………………本当?」

 

私は思わず絶句する。

 

「本当……………本当って書いて、マジって読めるぐらい本当(マジ)

 

「そ、その人は今は…………」

 

「初心者セットを受け取って、もうダンジョンに行っちゃった」

 

「た、多分、登録してから初心者講習を受けた人の中じゃ最速だよね。その人」

 

偶にそんなもの必要ないって講習を受けずにダンジョンに潜ってしまう人が居る。

そういう人の大多数は戻ってこないけど。

 

「あれが講習を受けたって言えるのかはわからないけどね。正直、私何もしてないし」

 

「あ、あははは…………」

 

違う意味でベル君並にぶっ飛んでる人に、私は乾いた笑いを零す事しかできなかった。

ベル君と同じ意味でもぶっ飛んでることにも気付かずに…………

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

僕とリリは十階層に来ていた。

そこで僕達は、少し前から考えていた事を試すことにした。

 

「ではベル様。準備はよろしいですか?」

 

「うん。いつでもいいよ、リリ」

 

リリの言葉に頷くと、リリが小袋を開ける。

すると、独特な匂いと共に、特殊な加工が施された血肉が出てきた。

リリが以前使っていたモンスターをおびき寄せるためのアイテムだ。

本来は10人以上のパーティが使い、効率よく稼ぐためのアイテムなのだが、もちろんモンスターをおびき寄せすぎて全滅する可能性も少なくない。

そんな物を僕はリリとの2人パーティで使っている。

普通の冒険者ならそんなこと自殺行為も同然なんだけど…………

 

「はっ! せいっ! そこぉっ!」

 

生憎僕は普通じゃないから問題ない。

次々出てくるモンスターを瞬殺していき、転がる魔石をリリが回収していく。

リリは僕を信じてくれている様で、モンスターに怯えることなく魔石回収のみに集中している。

 

「でやぁっ! だぁっ!」

 

リリに近付くモンスターを優先的に倒しつつ、片っ端からモンスターを粉砕していく。

これをほぼ一日続け…………

この日は一日辺りの最高額五十万ヴァリス超を記録した。

 

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

私はダンジョンに入ったところで覆面を被り、シュバルツとなってダンジョンを駆けていた。

当初、倒したモンスターから魔石を回収していたのだが、それだと回転効率が悪いため、

 

「はぁああっ!!」

 

私は一瞬でモンスターの首をナイフで切り落とし、モンスターの後ろに着地する。

既に私の手には魔石の欠片も握られていた。

そう、シュバルツの身体能力であれば倒すと同時に魔石を抜き出すことも可能なため、これにより回転効率が良くなり、より短時間で魔石集めが可能になった。

そして今は七階層に来ている。

大きな蟻のようなモンスター『キラーアント』が数多く出てきたこと。

あとは武器が少々頼りないため、今日の狩場はここに決めた。

 

 

ナイフを振り回しながら私は思う。

やはりもう少し長めの剣が欲しい。

出来れば、ガンダムで使い慣れたシュピーゲルブレードのような武器が。

後は苦無のような投擲武器も。

やはりナイフ一本ではシュバルツの能力を完全に活かせていない。

 

「とはいえ、【ファミリア】の借金の問題もある。しばらくは武器はお預けだな」

 

ある程度続け、大きめの袋が魔石で一杯になったところで今日は切り上げた。

 

 

 

ダンジョン初探索で稼いだ金額は十万超。

これを報告したら、ミィシャは固まり、一緒にいたハーフエルフの受付嬢には呆れられ、ナァーザには感動されて神ミアハには無理をしたと思われ心配された。

 

 

 

 

 




第十七話完成です。
今回はあまりはっちゃけられなかった。
とりあえずティオナとレフィーヤ出しときました。
レフィーヤの喋り方はあれであってますかね?
ソードオラトリアは知らないので他の二次小説から参考にしてますが。
おかしかったら御免なさい。
あと、この2人は他のシャッフルメンバーとは関係ありません。
ただ単に一番アイズに絡むキャラだと思ったからです。
さて、キョウジは相変わらず頭脳チート。
担当はミィシャにしときました。
ベル君は例のアイテムで荒稼ぎ。
リリもすっかりベルの行動に疑問を持たなくなりました。
キョウジはシュバルツ状態なら一人でベルの稼ぎを超えてますな。
ミアハ・ファミリアの未来は明るいぞ。
あと、キョウジに専属鍛冶師つけたいんですけど椿でいいですかね?
原作ではガレスと結んでいるそうですが、ここでは誰とも結んでないってことで………
だってシュピーゲルブレード作りたいんだもん。
それともオリキャラの方がいいですか?
良ければご意見ください。
では、次回にレディー…………ゴー!!!





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第十八話 ベル、バレる

 

 

 

【Side フレイヤ】

 

 

 

 

 

「おかしいわ…………」

 

私は思わず呟く。

彼は間違いなく魔導書を持って帰り、それを読んだ形跡もあった。

彼の【ファミリア】には彼の他に眷属は居ないはずだし、ヘスティアが魔道書を読んだとしても『神』に効果は無い。

なのに…………

 

「魂の色に、変化が見られない…………」

 

魂の色を見る限り、魔力が発現した様子は無い。

 

「どういうことかしら…………? それとも魂の表面に現れていないだけ?」

 

その可能性も否定できないけど…………

 

「確かめてみるしかないわね」

 

私は眷属達にとある指示を出した。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

今日は朝の時間を過ぎてもアイズさんとの修行を続けている。

何故なら、今日はリリが下宿先の手伝いをするということで、ダンジョン探索を休むことにしたのだ。

それをアイズさんにした所、修行に一日付き合って欲しいということでこうして今も修行を続けている。

長い時間剣戟の音が響き渡り、やがて太陽が真上に来る頃、

 

「アイズさん。そろそろお昼ですし、昼食にしましょう」

 

「ん、わかった」

 

お互いに構えを解き、2人で街に出る。

 

「アイズさんは、何か食べたいものありますか?」

 

僕がそう聞くと、

 

「ジャガ丸くん小豆クリーム味!!」

 

かなり真剣な表情でそう言われた。

 

「わ、分かりました………」

 

アイズさんジャガ丸くん好きなのかな?

しかも味のチョイスがまた独特な………

アイズさんって…………甘党?

 

「このあたりでジャガ丸くんが売ってる所というと…………」

 

「北のメインストリート。じゃが丸くんのお店があるって、ティオナに教えてもらった」

 

「じゃあ、そこに行きましょう」

 

ふともう一度、北のメインストリートと考えて何か脳裏に引っかかるものを感じたけど、僕は気の所為だと思うことにした。

 

 

 

アイズさんに案内され、北のメインストリートを歩く。

度々嫉妬や殺気混じりの視線を受けているけど、全然怖くないし、何より何かしてくる勇気もない連中の視線なんて気にするほどでもない。

でも、僕は他に気になっていることがあった。

この道のりって確か…………

以前、エイナさんとのデート(仮)で見覚えがある。

そういえばあの時も、ジャガ丸くんのお店に寄って、そこに神様が…………

見覚えのある脇道に入ってすぐにその露天は立っていた。

瞬間、僕は固まる。

 

「いらっしゃいまぁ………せぇ?」

 

そしてその露天の中にいるツインテールの店員さんも固まった。

言わずもがな神様である。

そして、そんな僕達の様子に全く気が付かないアイズさんは、普通に注文を始めた。

 

「ジャガ丸くん小豆クリーム味、2つ下さい」

 

神様がブリキ人形のようにカクカクとした動きでジャガ丸くんを包装し、

 

「八十ヴァリスです」

 

と言って手渡した。

 

「どうも」

 

神様の様子に気にする素振りも見せずに受け取るアイズさん。

やがて神様は露天の裏を回って僕達の前に現れると、

 

「何やってるんだ君はぁあああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

大噴火した。

でも、

 

「神様こそ何やってるんですかぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!???」

 

僕はそれを超える大噴火で封殺した。

 

「僕はっ! あれっ! 程っ! 恥も外聞も気にして下さいって! 言いましたよねっ!?」

 

「べ、ベル君!?」

 

僕の反撃が予想外だったのか、神様は押し黙る。

 

「以前はまあ、まだ稼ぎが5桁台だったので大目に見ましたがっ! リリがサポーターになってからは6桁超えましたよねぇ!? なら何でバイト続けてるんですかぁ!?」

 

「そ、それは…………でも………」

 

「でもも糸瓜もありません!! お気持ちは嬉しいですが、ちゃんとした評価を受けたいならしっかりしてください!」

 

一通り神様への説教を終えた後、

 

「で? 君達は何で一緒にいるんだい?」

 

神様が不機嫌ですと言わんばかりの目でアイズさんを見ている。

 

「私が彼に特訓を受けさせて貰ってます」

 

「はい?」

 

アイズさんの言葉に神様は声を漏らし、僕達は説明を続ける。

神様はうんうん頷いて、あらかた説明を終えると、

 

「………うん、話はわかった。それじゃあ、2人共、もう縁を切るんだ」

 

「はいっ!?」

 

「駄目………ですか………?」

 

驚く僕とは違い、無表情に近いが、どこか絶望感を感じさせる表情になるアイズさん。

 

「ああ。ヴァレン某君、ボクのベル君にはもう関わらないでくれ。君にだって立場があるだろう。お互いの【ファミリア】の為にもこれが一番むぐぐぐぐぐぐぐぅっ!?」

 

余りにも失礼すぎる言動をする神様の口を塞ぐ。

 

「な、何をするんだベル君!?」

 

「神様! 断るにしても言葉が酷すぎますよ! もう少し相手のことを考えて………!」

 

僕が神様を抑えようとしていると、

 

「お願いします。ベルとの特訓を続けさせてください………!」

 

アイズさんが神様に頭を下げる。

 

「私は、強くなりたいんです………!せめて、あと2日だけでも………!」

 

アイズさんは、3日後に『遠征』が控えている事を告げ、何度も頭を下げる。

 

「神様………僕からもお願いします。許可してください………! アイズさんの強くなりたいという思いは、痛いほどよくわかるんです…………!」

 

僕も神様に頭を下げる。

 

「むぅ………!」

 

「「お願いします!」」

 

揃って頭を下げる。

 

「はぁ………とことん甘いよなぁ、ボクも………」

 

「神様…………」

 

「後2日間だけだぜ? それからは、ベル君が毎朝決まった方角の市壁の屋上でやってる鍛錬を毎朝僕が指示した方角の市壁の屋上でやるんだ。ベル君ならどの方角でも時間に支障はないだろうし、それでヴァレン某と場所が被ってしまったなら仕方ない。ただし、何らかの方法で連絡を取り合うのは無しだぜ。嘘をつけば『神』にはすぐわかるからね」

 

「神様………!」

 

何だかんだ言って、優しい所を見せる神様に感動を覚える。

 

「ありがとうございます…………!」

 

アイズさんももう一度頭を下げた。

 

「それじゃあ、今日はボクも君達の訓練を見物させてもらおうかな」

 

「えっ?」

 

「何だいベル君、その顔は。大切な眷属に何をされてるか確かめるのも神の義務ってものだろう?」

 

「え、えーっと、バイトはどうするんですか?」

 

「おやぁ? ベル君は僕がバイトなんかしないほうがいいんだろう?」

 

うぐっ、揚げ足取られた。

そう言うと、早めに上がることを連絡しに露天へ駆けていった。

 

「優しい、神様だね………」

 

「………はい」

 

 

 

 

 

 

そのまま神様を伴って修行を再開して時間が経ち、日がすっかり沈んでしまった頃。

 

「わははははは! 流石ベル君だ! ヴァレン某君が全然敵わないじゃないか! ロキの所も大したことないなぁ!」

 

気分良く大笑いしている神様。

 

「御免なさいアイズさん。 神様が………」

 

「ううん。君に敵わないのは事実だから………」

 

夜道を歩き、メインストリートへ続く裏通りを進んでいく。

裏通りが広くなってきた頃、

 

「ッ!?」

 

辺りに潜む殺気を感じた。

 

「アイズさん………!」

 

「……………ッ!」

 

僕の言葉にアイズさんは警戒心を強め、殺気に気付く。

見れば、この辺りを照らしているはずの魔石灯が壊されており、闇夜が広がる。

 

「どうしたんだい?」

 

周りの気配に気付いていない神様が声を漏らすけど、

 

「神様、僕たちから離れないでください……!」

 

「わ、わかったよ………」

 

僕達の様子に只事では無いと感じた神様は大人しくなる。

そして、

 

「来たっ!」

 

複数の影が僕達の四方から襲いかかってきた。

僕とアイズさんは同時に剣を抜き、

 

「アイズさんっ!」

 

「うんっ!」

 

神様を中心にアイズさんが前方を、僕が後方を迎撃しようと刀を横薙ぎに振った。

その瞬間、

 

「「ッ!?」」

 

体の奥底から今までとは違った力が溢れ出し、僕とアイズさんの斬撃が暴風となり襲撃者達を一気に吹き飛ばした。

やがて僕達の剣撃によって巻き起こった暴風が収まると、

 

「ははっ! 凄いやベル君! 一網打尽じゃないか!」

 

神様は賞賛するけど、僕は今の力に疑問を覚えた。

僕の様子が気になったのか、

 

「どうしたんだい? ベル君」

 

そう訪ねてきた。

 

「いえ、今はここまでやる気は無かったんです。精々、直接触れた相手をはじき飛ばそうと思ったぐらいで………」

 

「ベルも………?」

 

「アイズさんもですか?」

 

その言葉にアイズさんが頷く。

原因を考えようと思ったとき、先程の襲撃者より大きな気配を持った5つの気配が上から襲いかかってくるのを感じた。

僕は咄嗟に上に向かって左手を突き出す。

そして大きく円を描き、

 

「秘技! 十二王方牌………大車併!!」

 

6つの気で作り出した小型の分身を放った。

一番大きな気配に2体。

残りの同じぐらいの大きさの4つの気配にそれぞれ1体ずつの分身が迎撃に向かい、

 

「なっ!? がぁっ!?」

 

「ぎっ!?」

 

「ぐっ!?」

 

「げっ!?」

 

「ごっ!?」

 

なんか打ち合わせたような悲鳴が聞こえたあと、ドシャドシャと地面に落ちる音が聞こえる。

だが、1人………一番大きな気配を持った者だけは膝を付きながらも地面に着地していた。

 

「な、何だ今のは………今のがコイツの【魔法】か………?」

 

そう呟く襲撃者の一人。

ああ、十二王方牌を魔法と勘違いしてる。

まあ、初めて見る人にとっては魔法と変わり無いだろうけど。

 

「ぐっ………コイツの強さ、予想以上だ………引くぞ………!」

 

他の4人もヨロヨロと立ち上がり、闇夜へ消えていく。

僕は、いつも感じている無遠慮な視線へ一瞥した後、

 

「帰山笑紅塵!」

 

分身達を帰還させ、気に還元する言霊を唱えると、分身たちが戻ってくる。

一、二、三…………

僕は意味なく帰還する分身の数を数える。

四、五……………?

あれ?

一体足りない。

ダメージを受けて四散しちゃったのかな?

そう思っていると、

 

「な、何をやってるんだ君はぁああああっ!!」

 

突然神様が叫んだ。

僕がそちらを見ると、神様がアイズさんに向かって叫んでいる。

どうしたのかと様子を伺うと、アイズさんがこちらに振り向き、

 

「な、何やってるんですか!? アイズさぁぁぁぁんっ!!」

 

僕も思わず叫んだ。

何故ならアイズさんの腕には僕の分身の一体が抱きしめるように捕まえられており、ジタバタともがいている。

ちょっと羨ましいと思わないでもない。

 

「ベル…………一人貰っちゃダメ……………?」

 

アイズさんは僕の分身を抱きしめながら上目遣いで問いかけてくる。

その仕草に、ズキューン!と何かで胸を撃ち抜かれるような感覚に陥るが、

 

「えっと………真に残念ですが、それは僕の気で作り出した分身なので、しばらくすれば気が四散して消えてしまいます」

 

「…………………」

 

それを聞くとアイズさんはシュンとなり、残念そうに…………本当に残念そうに分身を手放した。

慌てて僕の所に戻ってくる分身。

気に還元されると、なんとも言えない雰囲気が漂い、そのまま帰路に着くこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

 

 

私は今、ナァーザに教えてもらったバベルの塔にある【ヘファイストス・ファミリア】の新人達の作品が売られているテナントに来ていた。

当初、稼いだお金は全て【ファミリア】の資金にしようと思ったのだが、神ミアハ曰く、今月の支払いはまだ数日猶予があるらしく、今回稼いだお金は装備を整えるのに使って欲しいと言われた。

確かに装備に物足りなさを感じた私は、その好意に甘えることにした。

もちろんこの数日の内にしっかりと支払い分は稼ぐつもりだ。

ともあれ、私は店の中を見て回る。

流石にシュピーゲルブレードの様な物は売っていないだろうから、小太刀が2本といったところか。

後は出来れば苦無。

なければ投げナイフだな。

この世界にも日本に似た文化があることは確認済みだから恐らくはあるだろうが、贅沢は言わない。

私は武器を見て回る。

ふむ、やはり新人の作品だけあって作りが甘いものが多いが………

私は刀の所を見て回る。

 

「ふむ、悪くないものは大体見終えたが………」

 

正直、もう一歩欲しいという物が多い。

悪くないと思えるものは一本ずつしか売っていない為、左右のバランスを考えるとやはり同じ大きさで同じレベルの物が2本欲しい。

 

「さて、どうするか………」

 

そう思いながらふと視線を泳がせると、

 

「ん…………?」

 

壁に掛けられた2本の武器が目に入った。

私はそこへ歩いていく。

その武器は唯の長剣よりもやや厚めで刀身は1mほど。

そして何より、柄がトンファーのように横に飛び出ており、まるでトンファーと剣が一体化したような武器だ。

私がその武器を眺めていると、

 

「変わった武器でしょう、旦那」

 

カウンターにいる店主らしき男が話しかけてきた。

 

「いや、変わった鍛冶師もいるもんですわ。鈍器であるトンファーと剣を合体させるなんざ、頭がぶっ飛んでるとしか思えねえでしょう?」

 

この武器を馬鹿にする店主。

だが私は、この武器に共感するものを感じた。

私はその武器を手に取る。

 

「…………ふむ」

 

キョウジの【ステイタス】ではやや重いが、シュバルツならば問題あるまい。

そして何より、どこかしっくりくる。

 

「…………悪くないな」

 

「旦那!?」

 

私は値段を見る。

2本セットで五万ヴァリス。

予想よりも高かったが許容範囲内だ。

 

「トンファーブレード………いや、ブレードトンファーと言ったところか?」

 

私はこれを購入することに決めた。

 

「店主、苦無………で通じるかはわからんが、投げナイフのようなものはあるか?」

 

「へ、へえ………極東の苦無を所望でしたら、そちらに………」

 

店主の指す方には、苦無だけではなく手裏剣などの昔の日本でも使われていた投擲武器が売られていた。

 

「感謝する」

 

私は苦無を吟味し10本程購入する。

合計で6万程の支出となったが、予想よりいい買い物ができたと自負出来る。

私は早速ダンジョンで試すことにした。

 

 

 

 

 

私はシュバルツとなり、十階層に来ていた。

ギルドの情報では、十階層からはオークと言った大型のモンスターが出現するらしく、七階層のキラーアントに続いて下級冒険者の最も注意すべき階層の一つとのこと。

だが、

 

「とあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ブレードトンファーでオークをX字に切り裂く。

 

「………ふむ、やはりいい武器だ」

 

使い心地を確かめるように呟く。

すると、地面から小悪魔型のモンスター、インプが3匹生まれ落ちた為、

 

「そらっ!」

 

苦無を3本同時に投げる。

その3本はインプの眉間に狙いたがわず突き刺さる。

 

「こちらも問題はない………むっ?」

 

どこからか回転して突っ込んでくるモンスターがいた。

おそらくこいつはアルマジロ型のモンスターのハード・アーマード。

上層においては最硬の防御力を誇るという話だが………

ここで躱す事は容易い。

だが私はブレードトンファーに気を込め、

 

「はぁああっ!!」

 

そのまま突っ込んでくるモンスターに振るい、真っ二つにした。

 

「なるほど、上層で最硬といってもこの程度か」

 

特に苦もなく切断できた私は上層の防御力をほぼ把握する。

 

「さて、まだ余裕はあるが、神ミアハは心配性だからな。 今日はこの辺りで切り上げるとするか」

 

今日も買い物の予定だけでダンジョンに潜るとは言っていない。

これ以上を心配かけるのも良くないだろう。

私はそう思い、帰路へついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side フレイヤ】

 

 

 

 

私の眷属たちを簡単にあしらったあの子を見て、私は自分の認識が甘かったことを思い知った。

いくらアイズ・ヴァレンシュタインがいるとは言え、多少は苦戦するかと思ったのだけれど………

下手をすれば、あの子はオッタルに迫る力を持ってるんじゃないかしら?

それに、一瞬だけだったけどあの子の魂がアイズ・ヴァレンシュタインの魂と共鳴した。

それが堪らなく悔しい。

 

「……………フフフ。嫉妬してるのかしら? 私………」

 

自分の心を自覚し、少し楽しく思えてしまう。

ならば次は、

 

「ねえ、オッタル…………次はあの子の魂が輝くところを見たいわ」

 

あの子の魂は本当に綺麗な色をしている。

でも、強く輝いているところは見たことがない。

 

「方法は………?」

 

「あなたに任せるわ」

 

「御意」

 

後ろに控えていたオッタルの気配が消える。

 

「……………オッタルってば、妬いているのかしら?」

 

まさかね、と口に出した言葉を否定しつつ、物思いにふける。

 

「さあ、あなたの魂が輝くところを見せてちょうだい?」

 

その瞬間を想像し、私は疼きを止められそうに無かった。

 

 

 

 







第十八話です。
珍しく月曜日が休みだったので頑張って完成させました(普通は祝日でも仕事なので)。
そこそこ楽しく書けました。
特にアイズがミニベル捕まえたところが。
そこは前から書いてみたいと思ってたところです。
そんでシュバルツの武器ですが暫定的にブレードトンファー持たせときました。
とりあえず鍛冶師付けるかどうかはまだ未確定です。
さて、フレイヤが何やらやる気ですが?
ミノタウロスだと一撃粉砕ですがね。
深層からモンスター引っ張ってきますか?
とりあえず、次回にレディー………ゴー!!!


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第十九話 ベル、全力で闘う

 

 

ダンジョンの下層のとある場所で、大きな袋を担いでいる男がとあるモンスターと相対していた。

男はオラリオ最強と言われているLv.7の冒険者オッタル。

相対しているモンスターは、バーバリアンと呼ばれるミノタウロスに似た牛頭人体のモンスター。

通常のバーバリアンのLvは3~4。

本来ならオッタルの足元にも及ばない。

しかし、現在オッタルと相対しているバーバリアンは通常とは異なり、体色は通常の黒よりもさらに深い漆黒となり、赤いはずの体毛も赤黒く変色している。

目が赤く輝いて、その口からは唾液が溢れ出していた。

それは他のモンスターの魔石を喰らい、力を上げた強化種とよばれるモノだった。

 

「フッ………バーバリアンの強化種か………丁度いい。手間が省けた」

 

しかし、それでもオッタルは動じない。

なぜなら、強化種とはいえ目の前のバーバリアンはまだ自分の驚異ではないとわかっていたからだ。

事実、目の前のバーバリアンは通常よりも1レベル上といった位の強さであり、到底オッタルには敵わないものだった。

だが、突如としてオッタルは担いでいた袋をバーバリアンの前に放り投げた。

すると緩んでいた袋の口が開き、その中から大量の魔石と巨大な魔石が零れおちた。

それらはこの場所に来るまでにオッタルの倒したモンスターの物と、18階層にあるリヴィラの町の魔石交換所で逆に買い取ったもの。

そして一番大きな魔石は17階層に出現する階層主、『ゴライアス』の物だ。

 

「ヴォッ!?」

 

バーバリアンは一瞬それに飛びつこうとしたが、オッタルの目線に慎重になる。

しかし、

 

「喰らえ」

 

そう告げられたオッタルの言葉と視線を皮切りにバーバリアンは魔石に飛びつき、片っ端から貪り始めた。

一口喰らう毎に筋肉が発達していき、体毛もさらに長く、どす黒く変わっていく。

オッタルは、その様子を満足そうに眺める。

 

「もっともっと強くなれ。フレイヤ様(あの方)を満足させるためにな………」

 

 

 

やがて一時間程して、バーバリアンがゴライアスの魔石の最後の一欠片まで食い尽くした。

それを見たオッタルは、

 

「上々だ………」

 

そのバーバリアンが自分の高みへ限りなく近付いた事を確信した。

そのバーバリアンの姿は、大きさが2回り程大きくなり、体皮も体毛も完全な漆黒一色となり、頭部の2本の大角も3倍ほどの長さになっている。

そこでオッタルは背中の2本の大剣を抜き、初めて戦闘態勢を取った。

 

「かかって来い………! お前の強さがフレイヤ様(あの方)を満足させるに足るか確かめてやる………!」

 

 

 

 

―――数刻後、瀕死となり倒れ伏すバーバリアンと、息を切らし、明らかに消耗した素振りをみせるオッタルの姿があった。

 

「合格だ………!」

 

オッタルは瀕死となったバーバリアンを引きずり、予め用意していた移動用の檻に放り込む。

 

「ベル・クラネル。あの方の求愛を受けた以上、この試練を越えて見せろ………!」

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

あれから3日。

【ロキ・ファミリア】の遠征出発の日となり、僕はアイズさんとの最後の朝の修行を終えた所だった。

 

「ありがとうベル………私の我が儘を聞いてくれて………」

 

「いいえ、前も言いましたがアイズさんなら大歓迎ですよ」

 

アイズさんは別れを惜しむように言葉を紡ぐ。

 

「それに、これからも運が良ければ一緒に修行出来る時もあるでしょうし……」

 

「うん、そうだね」

 

僕の言葉にアイズさんは頷く。

 

「じゃあ、私はそろそろ遠征の準備もあるから………」

 

「はい、大丈夫だと思いますが、お気を付けて」

 

「うん。ありがとう、ベル………」

 

アイズさんはそう言って立ち去った。

 

「さてと、僕も行かなくちゃ。リリが待ってる」

 

僕もダンジョンへ向かうために市壁の上から飛び降りた。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

バーバリアンが入れられた檻を運び、九階層にたどり着いたオッタル。

九階層の中程まで歩みを進めた後、

 

「この辺りでいいだろう」

 

オッタルは立ち止まり、檻の方へ向き直る。

 

「お前の相手がやがて来る。お前にはその男と戦ってもらうぞ」

 

オッタルはそう言うとポーチからあるアイテムを取り出す。

それはエリクサーと呼ばれる万能薬で、回復アイテムの中では最高級の物だ。

それをオッタルは戸惑うことなく檻の中に放り込む。

オッタルはそのまま踵を返し、振り返ることなく歩き去った。

それから数分後、

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

咆哮を上げ、檻が内側から吹き飛ばされる。

Lv.7に迫ろうかという凶悪モンスターが、Lv.1冒険者の活動の場である上層に解き放たれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

今日は何階層まで行こうかリリと話しながらダンジョンの中を進んでいた時、何時ものあの無遠慮な視線を感じた。

ここは九階層。

何でこんな所でと思ったけど、それとは別に気になる事があった。

この九階層に、とてつもなく桁違いの気配を感じるのだ。

その気配は、その前にいる小さな気配を追っているのかまっすぐこちらに向かっている。

その時、

 

「ぎゃぁああああああああああっ!?」

 

奥の通路から悲鳴が聞こえた。

 

「ッ!? ベル様ッ!」

 

「リリ! 僕の後ろに居て! 絶対に前に出ちゃダメだよ!」

 

「は、はい!」

 

リリに注意を促し、僕はリリの前に立つ。

そして、

 

「な、何でこんな化物がこんな階層にいるんだっ!?」

 

奥の通路から2人の男性冒険者が必死に走ってくる。

2人ともどこかで見たことがある。

僕は何処だったかと思い出そうとしたけど、

 

「ヴヴォオオオオオオオオッ!!!」

 

次の瞬間にそのうちの1人が悲鳴を上げる間もなく叩き潰された。

血飛沫が飛び、原型を留めることなく血と肉塊の跡が残るだけだ。

僕は顔を顰めたとき、

 

「あっ、あいつらは!」

 

リリが声を上げたと同時に、僕も思い出した。

あいつらは以前リリを嵌めようとした冒険者だ。

 

「ひっ!? ひぃいいいいいいいいいっ!?」

 

残る1人が恐怖に顔を染め、必死に逃げる。

だが、その抵抗も虚しく、

 

「がっ………あっ…………!」

 

後ろから猛スピードで突進してきた巨大な黒い影から伸びた突起物に、背中から胸を貫かれた。

胸を貫かれた冒険者はそのまま持ち上げられ、突進してきた巨大な黒い影の全貌が明らかになる。

姿形はミノタウロスに似ているけど、それよりも2回り程大きく、色も漆黒。

頭よりも長く伸びた鋭い角は、貫かれた冒険者の血が流れ、紅に染め上げられている。

 

「ま、まさかバーバリアン!? でもこれは………!」

 

リリが声を上げる。

 

「リリ? 知ってるの?」

 

僕はリリに尋ねる。

 

「お、恐らくこのモンスターは下層に出てくるモンスター、バーバリアンです! ですが、情報と異なる所が多いです! となれば多分、強化種です!」

 

強化種…………

確か、魔石を食べて強くなったモンスターの事だったよね。

にしても、こんなに強くなるものなのかなぁ?

それに下層にいるはずのモンスターが上層にいるのもおかしいし………

まさか人為的?

でも何のために?

考えても分からないが、分かることは一つ。

こいつを放っておけば、犠牲者が際限なく増え続けるということだ。

 

「リリ、下がって」

 

僕はリリに下がるように促す。

 

「ま、まさかベル様!? 戦うおつもりですか!?」

 

リリは驚いているけど、

 

「大丈夫だよ。心配しないで」

 

僕はそう声をかける。

 

「ベル様……………ッ。信じます!」

 

リリは少し躊躇したけど言われた通りに下がり、心配そうな表情を向けるが僕を信じるといった眼で僕を見守る。

 

「さあ、やろうか………」

 

僕は構えを取る。

バーバリアンは角に突き刺さっていた冒険者を邪魔だと言わんばかりに振り回し、遠心力で角から冒険者を吹き飛ばす。

吹き飛ばされた冒険者は壁に叩きつけられ、無残な肉塊へと成り果てた。

リリはその瞬間を目撃して「ひっ!」と小さな悲鳴を漏らすが僕はそれには動じず、モンスターを見据える。

バーバリアンも僕を見下ろし、唸り声を上げた。

次の瞬間に僕は地を蹴り、バーバリアンの懐へ飛び込む。

 

「はっ!!」

 

そのまま胸の中央に拳を繰り出した。

一応、小手調べという意味で、この階層のモンスターなら跡形もなく粉々になるぐらいの強さで殴ったのだが、

 

「ッ」

 

ドムッと鈍い音がして、筋肉に全ての衝撃が殺されたことを感じた。

ダメージを受けていないバーバリアンは、懐に飛び込んだ僕に右腕を振り上げ、殴りつけるように腕を振る。

 

「っと!」

 

僕はバク転するように飛びのき、片手を地面につけると更に間合いを開けるように下がった。

 

「思ったよりも防御力があるみたいだね」

 

なら、少しはその気にならないと。

僕は布切れを取り出し、マスタークロスで強化する。

 

「さあ、来い!」

 

布を伸ばして再度構えを取った。

 

 

 

 

 

 

【Side フレイヤ】

 

 

 

 

『神の鏡』と呼ばれる、下界で行使の許された『神の力』がある。

もちろん私的な理由での使用は強制送還の対象ではあるけれど、私はあらゆるコネを使い、この日、この時間、この場所のみの使用を可能としていた。

オッタルが用意した最高の舞台。

相手はオッタルが手こずるほど。

これなら間違いなくあの子の魂は輝くはずだ。

私はその事を疑いもしていなかった。

そしてついにその時は来た。

オッタルが用意したモンスターとあの子がぶつかる。

あの子の渾身の一撃だろう拳もあのモンスターは事も無げに受け止めた。

モンスターの反撃は軽い身のこなしで避けたけど、おそらく驚愕と恐怖に包まれているはずだ。

でも、その恐怖を乗り越える時こそ魂が最高に輝く時。

私は魂の色に注視した。

けれど………………

 

「どうしてなの……………?」

 

私は思わず声を漏らす。

彼の魂は輝いてもいなければ色褪せてもいない。

つまり、全くの平常心。

あれほどの相手に何故?

私が疑問に思ったとき、彼は布切れを取り出して構えを取る。

彼はあらゆる物を武器にできるという事は聞いていたのでその事に疑問は持たない。

そして、再びモンスターと彼が交差する。

彼とモンスターの位置が入れ替わったと思った瞬間、彼の布切れによってモンスターが体中を雁字搦めにされていた。

 

「なっ!?」

 

彼はモンスターに背を向けながら布切れを張り詰めさせモンスターを締め上げる。

モンスターはもがいているが、全く振りほどけそうにない。

そして……………

 

『終わりっ‥………!』

 

左手で締め上げていた布を右手の人差し指で楽器の弦を弾くような仕草をした瞬間、

 

『ヴォアアアアアアアァァァァァァァ………………!?』

 

モンスターはバラバラに切り裂かれた。

それを確認した後、私は脱力するように腰掛けていた椅子の背もたれに身体を預ける。

…………甘かった。

十二分に評価しているつもりだった。

それでもまだ彼には過小評価だった。

私は心の何処かでオッタルを超える者など存在しないと思い込んでいた。

いや、思い込みたかった。

それが彼への評価の眼を曇らせてしまった。

恋は盲目とはよく言ったものだ。

 

「はぁ…………」

 

認めるしかない。

彼はオッタルを超える存在だ。

『神の鏡』に映された映像の中で小人族(パルゥム)の少女と仲睦まじくする彼を見て、私は溜め息を吐く。

そのまま彼はダンジョンを進んでいく。

引き返そうとする素振りすら見せなかった。

彼にとって、あのモンスターはあの階層に出てくるモンスターとさほど変わりは無いらしい。

私はせめてこの階層を抜けるまでは見守ろうと思い、視線を向けた。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

九階層。

フレイヤの視線とは別に、今の戦いを見ていた視線があった。

その者は壁に背を付け、気配を消してベル達の様子を伺っている。

 

「今の技は…………まさか…………!」

 

その影は一瞬思案した後、

 

「確かめるべきか………」

 

そう呟くと、ダンジョンの壁に出来た己の影に沈むように壁の中に消えた。

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

何故かこの階層に出てきたバーバリアンの強化種を倒したあと、僕達は下の階層を目指して進んでいた。

 

「ベル様の非常識振りにも慣れてきたつもりでしたが、今回はリリもビックリしましたよ」

 

「そう? まあ、結構強いモンスターだったとは思うけど………」

 

「あれを結構強いとか言いつつ、実質的に瞬殺したベル様は何なんですかねぇ?」

 

「…………唯の武闘家?」

 

「絶対に“唯の”では無いと思いますが………」

 

「でも、僕なんてまだまだだよ………師匠はもっと……………ッ!?」

 

そこまで言いかけた所で高速で飛来してくる何かに気付く。

僕は咄嗟に背中の刀を抜いてそれを弾いた。

弾かれた物は軌道を変え地面に突き刺さる。

それは極東の苦無と呼ばれる武器だ。

 

「ッ!?」

 

リリが驚愕し、僕はリリを庇うように前に出た。

 

「誰だ!?」

 

僕は叫ぶ。

少し気は抜いていたけど、周りの気配は探り続けていた。

それでも僕の気配察知に引っかからずに攻撃してきたということは、かなりの手練。

僕は集中力を最大まで高め、気配を探る。

それでも何処にいるか判断ができない。

久々に感じる緊張感。

と、その時、

 

「…………ハッハッハッハッハッハ!フッハッハッハッハッハ!」

 

何処からともなく笑い声が聞こえる。

でも、あざ笑うような笑い声ではなく、自信に満ちた笑い声だ。

すると、僕達の正面に青白い炎が走り、直径3m程の円を描く。

そしてその中央に一瞬にして一人の人物が現れた。

その人物は黒、赤、黄の三色が縦に分かれた派手な覆面をしており、紺色の服をその身に纏っている。

 

「何者だ!?」

 

僕は問いかける。

すると、

 

「私の名はシュバルツ・ブルーダー! 以後見知りおいてもらおうか!」

 

声からしてその男性は堂々とそう名乗る。

 

「シュバルツ・ブルーダー………?」

 

僕は反復するけどその名前に聞き覚えは無い。

でも、僕の勘が言っている。

この人は、確実に強い!

 

「少年よ! いきなりだが一つ手合せ願おうか!」

 

今まで感じなかったシュバルツと名乗った覆面の男性の気配が膨れ上がり戦闘態勢に入った。

 

「待ってください! 僕は無闇に争う気は………!」

 

「問答無用!」 

 

彼は僕の言うことには耳を貸さず、手に持ったトンファーと剣が合体したような武器を構える。

そして、

 

「ゆくぞ! ダンジョンファイトォォォォォォッ! レディー……………ゴー!!!」

 

よくわからない掛け声とともに僕に襲いかかってくる。

けどなんでだろう?

あの掛け声を聞くと心が熱くなるような、そんな気がした。

 

「くっ!」

 

僕は刀でシュバルツさんの一撃を受け止める。

シュバルツさんはとても身軽そうな動きをしながら、その攻撃はとてつもなく重い。

 

「ベル様!?」

 

リリが叫ぶ。

 

「リリッ! 下がって!」

 

僕は視線は向けず、声だけで指示する。

この人から視線を逸らせば、一瞬でやられる。

僕はそう感じ取った。

僕の声に余裕がないのを感じたのか、リリは大人しく下がる。

 

「一体何が目的なんですか!?」

 

つばぜり合いをしながら僕はシュバルツさんに問いかける。

 

「それは闘えば分かることッ! お前も武闘家ならば分かっていようッ!」

 

その言葉を聞いた瞬間理解した。

この人もまた『武闘家』なのだと。

 

「それならっ!」

 

刃を弾き合い、間合いを広げると僕は刀を地面に突き刺し、鞘も外して地面に放る。

あの人も『武闘家』だというのなら、この拳を以て全力で相対するのみ。

 

「行くぞ!」

 

僕は地面を蹴り、シュバルツさんに近づくと同時に拳の連撃を放つ。

 

「とぉりゃぁああああああああっ!!!」

 

「フッ! どうした!? その程度か!?」

 

でも、その全ては躱される、もしくは受け流され、一発たりともまともに入らない。

その時、

 

「ぐふっ!?」

 

腹部に衝撃を受ける。

気付けばシュバルツさんの膝が僕の腹部に叩き込まれていた。

僕は咄嗟に飛びのき、思わず腹を押さえる。

くっ、攻撃に集中しすぎてた。

 

「そらそら! どうした!?」

 

シュバルツさんはブレードで切りつけてくる。

 

「ぐぅぅ!」

 

僕は腕の手甲で受け止めるけど、その手甲に大きな罅が入った。

危ない、手甲がなかったら腕を切り落とされてたかも。

内心エイナさんに感謝しつつ、僕は気を取り直す。

 

「やはりな………」

 

突然シュバルツさんが呟いた。

 

「お前の動き、間違いなく流派東方不敗!」

 

「ッ!? なぜそれを!?」

 

彼の言い方は、以前から流派東方不敗を知っていた口振りだ。

 

「お前は、東方不敗 マスターアジアを知っているか!?」

 

「ッ!? 師匠を知っているんですか!?」

 

僕は思わず問いかける。

 

「そうか……マスターアジアが師か………」

 

そう呟くと少し考えた後、

 

「私はお前の師匠と少しばかり因縁がある。とだけ言っておこう」

 

「師匠と………因縁……?」

 

「だが、それは今の闘いには関係なき事! ゆくぞ!」

 

再びシュバルツさんが向かってきたため、僕も迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】の遠征。

目的は未到達階層の更新。

その為に上層は最短距離を進んでいる。

そこで九階層に差し掛かった時、

 

「ッ!」

 

地響きと破砕音が連続して聞こえてきた。

 

「あん? 何の音だ」

 

耳の良いベートさんもその音に気付く。

 

「どうした、ベート?」

 

フィンが尋ねる。

 

「何かは知らねーが、地響きやら何かが砕ける音が聞こえんだよ」

 

ベートさんはめんどくさそうに答える。

 

「地響き……?」

 

でも、私にはなんとなくわかってた。

 

「…………ベルが………戦ってる………!」

 

直感的にそう感じ、私は駆け出す。

 

「ちょっと、アイズ!?」

 

「何やってんだ、お前!」

 

「あんた達!? 今は遠征中よ!」

 

私を追って他のメンバーもやって来る。

私は自分が感じる感覚のままダンジョン内を駆け抜け、その場にたどり着いた。

そこには、

 

「はぁあああああああっ!!」

 

「とぉりゃぁああああっ!!」

 

ベルと、覆面を被った謎の人物が戦っていた。

彼らの周りにある抉れた地面や陥没した壁などが、彼らの戦いの凄まじさを物語っている。

 

「あれは………ベル・クラネルか」

 

フィンとリヴェリアも追いついてきてそう漏らす。

 

「何者だあの覆面野郎は!? あのベルと互角に戦ってやがる!」

 

「いや………それ以上だ………」

 

そう言った時、

 

「酔舞・再現江湖! デッドリーウェイブ!!」

 

ベルが気を纏った突進を放つ。

でも、

 

「甘いぞ!」

 

ベルの攻撃が当たる瞬間、覆面の人物が4人に別れ、四方に散るようにベルの攻撃を躱す。

 

「分身!?」

 

ベルが驚愕するが、4人に分かれた覆面の人物は再び集まり1人となってベルの後ろに回り込む。

そして、

 

「そらそらそらそらっ!!」

 

「うああああああっ!?」

 

隙だらけだったベルに目にも止まらぬ連続蹴りを叩き込む。

最後に蹴り飛ばされ、ベルはダンジョンの壁に激突。

瓦礫と共に地に倒れる。

すると、

 

「お願いです! 冒険者様! ベル様を助けてください!」

 

小人族(パルゥム)の少女が縋るように私達に懇願してきた。

 

「御恩には必ず報います! リリは何でもします! お願いですから、ベル様を助けてください………!」

 

「パ、小人族(パルゥム)ちゃん………」

 

「そうは言ってもな…………」

 

「あのレベルの戦いに介入できるのは………」

 

皆の視線が私に集中するのがわかる。

それに私もこれ以上黙って見てはいられない。

私は剣を抜きながら歩き出そうとして、

 

「………手出し無用です、アイズさん!」

 

その言葉と共に、ベルが瓦礫の中から立ち上がる。

 

「ベルっ!」

 

「ベル様っ!」

 

ベルは少しフラつきながらもその足でしっかりと立ち、覆面の人物を見据える。

 

「僕は今、一人の『武闘家』として、この人と闘いたいんです!」

 

決意の篭った声でそう言い放った。

 

「その心意気や良し!! よくぞ言った!!」

 

覆面の人物はベルを褒め称える。

 

「僕はこのオラリオに来て………いつの間にか調子に乗ってたみたいです…………ただ少しばかり皆より秀でていただけの未熟者であるにも関わらず………だから、あなたには感謝しています。その事に気づかせてくれたあなたに…………あなたは間違いなく僕より強い…………でも! 負ける気は更々ない!!」

 

ベルの闘気が一段と高まる。

ベルは両手を腰だめに構え、気合を入れ始める。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」

 

ベルが金色のオーラに包まれていく。

 

「あ、あれってアイズと同じ……………」

 

「明鏡止水………ベルが本気に…………!」

 

そして次の瞬間、

 

「たぁりゃぁあああああああああああっ!!!」

 

一段と気合の入った声と共にベルの闘気が爆発的に放出され、ベルを中心として地面が捲れ上がる。

 

「おお! それはまさしく明鏡止水! その若さで明鏡止水を会得しているとは見事と言う他無い!」

 

覆面の人物は驚きと感心が混じった声を漏らす。

 

「面白い! かかって来い!」

 

「行きます!」

 

ベルが一直線に覆面の男に突っ込んでいく。

 

「はぁあああああああっ!!」

 

「てりゃぁあああああっ!!」

 

ベルの拳と覆面のブレードがぶつかり合う。

衝撃で地面が抉れ、天井が罅割れる。

 

「はっ! せいっ! とぉりゃぁああああああああっ!!」

 

「はっ! むんっ! まだまだぁああああああっ!!」

 

一瞬にして数々の攻防が行われ、私でも目で追いきれない。

時にはベルの顔面に相手の蹴りが入り、またあるときには覆面の腹部にベルの拳が叩き込まれる。

激突するたびにベルの手甲はひび割れ欠けていき、脛当ては砕け散る。

 

「うぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

「おおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

それでもお互いは一歩も引かない。

天井が崩落するも、彼らの戦いの衝撃で瓦礫が吹き飛ばされ、邪魔をするには至らない。

一旦間合いが離れても即座に地面が蹴られ、激突音が途切れることは無い。

やがて空中で交差し合った後、地面に着地した時に初めて戦いが中断する。

 

「フッ……やるな………それでこそ流派東方不敗の使い手!」

 

「貴方こそ………そういえば名乗っていませんでしたね。 僕はベル・クラネルといいます」

 

「ベル・クラネルか…………覚えておこう…………」

 

その言葉を交わした後一旦静寂が流れ、一気に空気が張り詰めた。

 

「シュバルツさん! 勝負!!」

 

「受けて立とう!!」

 

ベルが右手を顔の前に持ってくる。

あの技は、ベートさんとの戦いで見せた…………

 

「僕のこの手に闘気が宿る!!」

 

ベルがあの言葉を放った瞬間、覆面の男は飛び上がり天井に足を付けて2本のブレードを構える。

そして、

 

「勝利を掴めと轟き叫ぶ!!」

 

まるでベルの言葉に合わせるようにその言葉を放った。

それと同時に2本のブレードに気を纏わせ、淡く光を放つ。

 

「ひぃぃぃっさぁぁぁぁつ!!」

 

ベルが地面を蹴ると同時に覆面の男も天井を蹴った。

 

「アルゴノゥト…………!」

 

「シュピーゲル…………!」

 

ベルの輝く掌と覆面の2本の輝く刃が激突する。

 

「フィンガァアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「ブレェエエエエエエエエエエエエエエドッ!!!」

 

2人の闘気がぶつかり合い、激しい衝撃を撒き散らす。

2人の闘気の輝きが、辺りを埋め尽くした。

 

 

 

 

 

【Side フレイヤ】

 

 

 

 

 

「………ああっ………ああっ! なんて美しい…………!」

 

私は思わず立ち上がり、『神の鏡』をより近くで覗き込む。

まるで炎が燃え上がるように輝く2人の魂。

片や相反する色が混じりあった虹のような魂。

片や黒一色の魂。

でも、嫌な黒じゃない。

まるでブラックダイヤのような輝きを放つ美しい黒。

この2つの魂に優劣などつけられない。

どちらも等しく美しい。

 

「気まぐれで最後まで見ていただけなのに、こんな美しいものが見られるなんて………!」

 

身体が熱い。

顔も上気しているのがわかる。

ベル・クラネルは勿論のこと、あのシュバルツ・ブルーダーと名乗った覆面の魂も同じぐらい欲しいと感じる。

 

「ああっ! 欲しい………! あなた達が欲しい………!」

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

 

………………………全力は尽くした。

僕はアルゴノゥトフィンガーを放った体勢のまま、倒れないように動かないのが精一杯だった。

やがて爆煙が晴れていく。

シュバルツさんは……………………………………立っていた。

満身創痍な僕と違い、腕を組み、まだ余裕を感じさせる態度で立っていた。

すると、ピキリッと音がして、シュバルツさんのブレードの片方に罅が入ったのを見た。

シュバルツさんはそれを眺めると、

 

「ふむ。この勝負、引き分けとしておこう」

 

そう言った。

僕が腕をだらんと下げると、シュバルツさんは背を向ける。

 

「シュバルツさん……………」

 

「私は元々、君が悪であるかどうかを確かめたかっただけだ。君の拳からは悪意を感じなかった。私の目的は既に達成した」

 

そのまま数歩、歩みを進めると、

 

「いずれまた相まみえることもあるだろう。それまでにその腕、さらに磨いてくるといい!」

 

そう言い終えると突然煙に包まれ、それが晴れた時にはシュバルツさんの姿はどこにも無かった。

僕は思わずその場に座り込む。

 

「ベル様ぁっ!!」

 

リリが後ろから走ってきてそのまま背中に抱きつく。

 

「ベル様! 大丈夫ですか!? お怪我はっ!?」

 

「落ち着いてリリ。怪我は打撲がほとんどだし、見た目ほど酷くないよ。ちょっと疲れただけだから安心して」

 

僕はリリを安心させるために微笑む。

 

「今日はもう疲れたから、少し休んで地上に戻ろうか?」

 

「はい、そうしましょう。ベル様」

 

リリは泣きそうな顔でそう言う。

僕は、ゆっくりと襲い来る睡魔に身を任せ意識を手放した。

 

 

 

尚、僕が起きるまでは【ロキ・ファミリア】の方々が護衛してくれたために、無事地上に戻ることが出来たことは言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ミアハ】

 

 

 

 

 

キョウジが眷属になってくれてから【ファミリア】の収入が格段に良くなり、今月の借金の支払いも問題なく返すことが出来た。

それはいい、それはいいのだが……………

 

 

 

 

キョウジ・カッシュ

 

Lv.1

 

力  :S999

 

耐久 :S999

 

器用 :S999

 

俊敏 :S999

 

魔力 :I0

 

 

 

《魔法》

【】

 

 

《スキル》

覆面忍者(シュバルツ・ブルーダー)

・覆面を被る事で発動

・【ステイタス】を変化させる。

 

 

 

 

これはどう言う反応を示せばいいのだろうか?

いつもより早めに戻ってきたキョウジの【ステイタス】更新を行ったところ、この様な信じられない結果になった。

しかも、既にランクアップ可能と来た。

冒険者になって半月足らず。

一体どのような【経験値(エクセリア)】を貯めればこのようなことになるのか?

次の【神会】でどのような言い訳をしようか頭を悩ませた。

 

 






第十九話です。
さて、ベルの相手はミノタウロスではなくバーバリアンと思わせておいて瞬殺したあとにシュバルツでした。
疾風怒濤を期待していた方は御免なさい。
あれを出されたらベル君負けなので。
もちろんベル君の魂はバリバリ輝いてます。
序でにシュバルツも。
よかったねフレイヤ様。
オッタルはご苦労さまでした。
あ、因みにキョウジの経験値の99%以上はベルとの戦いの物ですよ。
ミアハ様は神会頑張って。
それでは次回に、レディー…………ゴー!!





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第二十話 ベル、二つ名を授かる

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

先日珍しく………っていうか初めてベル君が怪我をして帰ってきた。

ボクが驚きながらも話を聞くと、ダンジョンの中で覆面を被った『武闘家』と手合わせをしたらしい。

………………ベル君を追い詰める『武闘家』って何さ。

と、一瞬現実逃避をしたけど、現実は変わらない。

それで珍しく満ち足りた顔をしてたから、ボクは念の為に【ステイタス】の更新を行ったんだけど…………

これは…………ランクアップ……………なのかな?

ボクは思わず首を傾げてしまう。

なぜなら、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

Lv.東方不敗

 

力  :流派!東方不敗は!

 

耐久 :王者の風よ!

 

器用 :全新!

 

俊敏 :系列!

 

魔力 :天破侠乱!!

 

武道家:見よ! 東方は赤く燃えている!!!

 

 

《魔法》

【魔法に手を出そうとするうつけ者がぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

乙女(クイーン)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】及び効果上昇

 

 

 

 

 

 

ベル君…………

ボクはもう(ベル君の【ステイタス】にツッコムのに)疲れたよ。

何でレベルとアビリティの文字が達筆になってるのさ!?

訳分からないよ!

それに前は気付かなかったけど何でスキルの効果が増えてるのさ!

なんだい、このスキルの効果は!?

ベル君にとっての乙女(クイーン)なんてあのヴァレン某に決まってる!

少し前にベル君が言ってた手加減してたつもりなのに思った以上の力が出たと言っていたのはこのスキルの効果の所為だろう。

っていうか、ヴァレン某も同じような事言ってたから、向こうにも同じようなスキルが発現してるんじゃ………

もしそうなら2人は相思相愛!?

そう思うとイライラが募り、頭をガジガジとかく。

 

「神様?」

 

ボクの様子にベル君は声を漏らす。

 

「何でも無いよ。相変わらず君の【ステイタス】が意味不明だっただけさ」

 

そう言いながらボクはベル君の上から退く。

 

「ベル君は今日はどうするんだい?」

 

「はい。今日は一度ギルドに顔を出してエイナさんに先日の事の顛末をもう少し詳しく報告しようかと。僕が倒しましたけど、下層のモンスターが上層に出てきたことは問題ですし」

 

「ま、十中八九どっかの【ファミリア】の陰謀だろうね。何が目的だったかは知らないけどさ」

 

「はい。そう言えば、神様は今日はどうするんですか?」

 

「ボクかい? 今日は特に予定は無いなぁ。今日は3ヶ月に一度の神会(デナトゥス)の日だけど、ボクには関係無いからね」

 

っていうか、ベル君のレベルは報告できないから、他の団員が入らない限り神会(デナトゥス)に出ることは無いだろうけど…………

そう思っていると、ベル君は出かける準備を終えて扉に手をかけていた。

 

「では神様、行ってきます」

 

「ああ、行ってらっしゃいベル君」

 

扉が閉まり、部屋の中にボク一人になる。

さてと、何をしようかな?

そう考えていると、階段を下りてくる足音が聞こえる。

あれ?

ベル君忘れ物でもしたのかな?

すると、コンコンっと扉がノックされた。

となると、ベル君じゃないな。

 

「誰だい? 鍵は掛かってないぜ」

 

ボクがそう言うと扉が開き、

 

「邪魔するわね」

 

入ってきたのは紅髪と眼帯が特徴の女神でボクの神友、

 

「ヘファイストス!」

 

ボクは思わず声を上げた。

 

「久しぶりヘスティア。思ってたよりも元気そうね」

 

「まあね。今のボクにはとっても頼りになる眷属がいるからね。それにしてもヘファイストス。ボクに何か用かい?」

 

「私の用事というか、ロキの頼みね。今日の神会(デナトゥス)だけど、貴方も来るように…………だそうよ」

 

ボクはそれを聞いて冷や汗を流した。

 

「な、何でボクが神会(デナトゥス)に出なければいけないんだい? 神会(デナトゥス)の参加条件は最低でも眷属の一人がLv.2以上にならなければいけなんだろ? ボ、ボクのベル君はLv.2にはなってはいないよ」

 

う、嘘は言ってないぞ。

確かにベル君はLv.2以上にはなっていない。

これから先もならないだろうけど…………

 

「知らないわよそんな事。ただ、ロキには引き摺ってでもアナタを連れてくるように言われてるの」

 

ロ、ロキの奴~。

 

「それに、私も少し興味があるの。アナタの眷属の噂、少しは耳にしてるわよ」

 

「ギクッ!?」

 

「曰くLv.5の冒険者をボコボコにしたとか………」

 

「ギクギクッ!?」

 

「曰く怪物祭(モンスターフィリア)で逃げ出したモンスターを一人で全滅させたとか………」

 

「ギクギクギクッ!?」

 

「後はギルドの受付嬢の一人とデートしてた、なんて噂もあったわね」

 

「ちょっと待った!? それは初耳だ!」

 

ギルドの受付嬢と言えば………あのアドバイザー君か!!

ベル君め!

いつの間にそんなに親しく………!

 

「それ“は”って事は、他の2つには覚えがあるってことね」

 

し、しまったぁ~~~~~~~~!!

後悔するけどもう遅い。

ヘファイストスは完全に確信を持っている。

 

「諦めなさい。どの道本気で引き摺ってでも連れて行くから」

 

ボクはガックリと項垂れ、仕方なく余所行きの服に着替えて神会(デナトゥス)に行くことにした。

 

 

 

 

神会(デナトゥス)はバベルの塔の地上三十階で行われる。

元々は退屈しのぎに企画した神々の集会だったらしいが、今ではその影響力はかなりのものになっている。

ボクは長いテーブルの隅の方に座り、その隣にヘファイストスが座った。

ふと見ると、対面には難しい顔をしたミアハが座っていた。

 

「そんじゃ、第ン千回神会(デナトゥス)を開かせてもらいます。今回の司会進行はウチことロキや! よろしゅうな!」

 

「「「「「「「「「「イエーーーーーーーーーーーッ!!!」」」」」」」」」

 

ロキの言葉に盛り上がる神々。

それにしても、

 

「何でロキが司会進行役なのさ!?」

 

「自分から買って出たらしいわよ。何でも『遠征』で団員の殆どが出払ってて、手持ち無沙汰だってさ」

 

ボクの愚痴にヘファイストスが答える。

 

「ふんっ! 暇な奴」

 

それから情報交流が行われたが、その無秩序なやりとりにボクはウンザリする。

で、最終的にまとめられると、一番気にしなければいけないのは軍神アレス率いるラキア王国がオラリオを攻める準備をしているということで、この場にいる【ファミリア】にも召集がかけられるかもしれないということだった。

…………正直、ベル君を王国に突っ込ませればそれで終わるんじゃ?

とボクは一瞬本気で思ってしまった。

否定できないところがまたなんとも………

 

「なら次に進もうか…………命名式や」

 

ロキがそう言うと、一気にその場の空気が張り詰めた。

いや、それは数名だけだったが、その緊張感がこの部屋全体に行き渡っているのだ。

なぜなら、この命名式の噂はよく耳にしているからボクも知っている。

命名式とはランクアップした冒険者に送られる『二つ名』を考えるもので、下界の子供達にはまだわからないが、所謂『痛い』名前をつけられるのだ。

 

「トップバッターは………セトの所のセティっちゅう冒険者から」

 

「た、頼む。どうかお手柔らかに………」

 

セトが必死に懇願するが、

 

「「「「「「「「「「断る」」」」」」」」」」

 

他の神々に一刀両断にされる。

そして、

 

「決定。冒険者セティ・セルティ、称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティングファイター)】」

 

「「「「「イテェェェェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」」」」」

 

もはや笑いの種に考えていると言っても過言ではない。

その様子にボクは思わず、

 

「狂ってる………」

 

そう漏らした。

 

「あんたの気持ちはよーくわかる………」

 

ボクの言葉に同調するヘファイストス。

その間にも命名式は続いていき、『痛い』名前が大量生産される。

その犠牲者の中には神友のタケ―――タケミカヅチ―――もいて、ヤマト・命という眷属に【絶†影(ぜつえい)】という二つ名を付けられていた。

タケは嘆いていたけど、ボクは内心思っていた。

確かにイタいが、まだマシなほうじゃないか、と。

少なくともさっきの【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティングファイター)】とかいう名前よりは。

すると、今までふざけていたロキの雰囲気がいきなり張り詰めるのを感じた。

 

「さて、残るは3人や…………その中の1人が…………ミアハ………!」

 

ロキに名指しされ、ボクの正面にいた難しい顔をしていたミアハが、ゆっくりを顔を上げる。

 

「お前んとこの新しく入った眷属………名前はキョウジ・カッシュっちゅうらしいが………冒険者になって半月も経ってないって言うやないか。それがもうLv.2? ふざけとんのか………!?」

 

「むう…………」

 

ミアハが唸る。

見た目でもその顔に冷や汗が流れているのがわかった。

 

「今までのLv.2へのランクアップの最短期間がウチのアイズたんの一年や!ウチや他の団員が止めるような無茶をしまくっとったアイズたんですら一年かかったんや!それを何で半月足らずでランクアップできたんや!?」

 

ミアハは一度深呼吸をして前を向く。

 

「詳しくは言えんが………スキルだ」

 

「スキル………?も、もしかして成長に影響を与えるスキルやないやろうな!?」

 

なんか一瞬焦ったような雰囲気を見せてロキが問いただす。

 

「いや、そうではない。ただ、そのスキルを発動すると、【ステイタス】が変化するのだ。レベル差を覆すほどにな。そして、その状態で戦った経験値はLv.1で戦ったと認識されるようだ。つまり………」

 

「つまり格上と戦いまくっとったから、これだけ早くランクアップしたって言いたいんか?」

 

「……………そうだ」

 

「ふん………レベル差を覆すほどのスキルっちゅうのは正直信じられんが、まあそれなら納得できんわけやないし、一応筋は通っとる。とりあえずは納得したるわ」

 

あれ?

ロキならもっとツッコムと思ったんだけど………

あれでよく納得したなぁ?

ボクが不思議に思っているのと同様に、ミアハも面食らった表情をしている。

 

「さて、そんでその子供の称号やけど…………正直情報がなんも無いでなぁ………黒髪の男か………」

 

「うぬぬ………このままではキョウジに碌でもない二つ名が…………しかしまともな意見がこいつらが受け入れるはずもない…………となれば、方法はただ一つ………」

 

ミアハが悩みまくっている。

すると、

 

「【鏡影(シュピーゲル)】…………」

 

ミアハが呟いた。

 

「以前、彼は自分の事を鏡に映る影と言っていた時期があるらしい。それを踏まえてな」

 

おそらく、引導を渡すなら自分の手でという事なのだろう。

 

「【鏡影(シュピーゲル)】………………悪くないな…………」

 

「ああ。何かこう…………クるものがある………」

 

「そうだな………何故かこれしかないと思えてしまう………」

 

「しかも自分で自分を鏡に映る影とか言うなんて…………そやつ、出来るな!」

 

神々の多くが賛成に回っていき、

 

「そんじゃ、ミアハんとこのキョウジ・カッシュの称号は、【鏡影(シュピーゲル)】に決定!」

 

「「「「「「「「「異議無し!!」」」」」」」」」」

 

それで決定した。

 

「さて、そんじゃ次は大本命、ウチんとこのアイズたんや!! って言いたいとこなんやけどちょっと待ってな。実は皆に隠しとったことがあったんよ」

 

ロキの言葉に神々が怪訝な顔をする。

 

「アイズたんがランクアップしたことは皆周知の事実なんやけど、実はアイズたんはLv.6やない」

 

ロキの言葉に神々に動揺が広がる。

 

「実はな………アイズたんは………………Lv.7になったんや!」

 

「「「「「「「「「「……………………………………」」」」」」」」」」

 

ロキの言葉に一瞬沈黙が流れ、

 

「「「「「「「「「「何ィーーーーーーーーーーッ!!!???」」」」」」」」」」

 

驚愕の声に包まれた。

でも、ボクはふーんとしか思わなかったけど。

だって、ベル君の【ステイタス】に比べればレベルを一つぐらい飛ばしたからってなんだい?って感じだし。

それ以前にベル君がヴァレン某を圧倒してるのを見てたし。

でも、神々の中でも珍しく反応していたのがフレイヤ。

そりゃそうか。

今まではLv.7は彼女の所の【猛者(おうじゃ)】オッタルだけだったんだし。

そのオッタルの存在がロキの所に対しての最大のアドバンテージだったのが、ヴァレン某が同じ領域に来たことでそれが危うくなってるってことだね。

っていうか、あのベル君の特訓を受けてたんだから、とっくにヴァレン某がオッタルを超えてる気がするんだけどなぁ………

流石にそれは早すぎるかな?

ボクがそう思っていると、

 

「何でアイズたんがLv.6をすっ飛ばしてLv.7になったのかはウチにも詳しいことはわからん。でも、ある程度予想は出来とる。で、この内容はこの後に話すとして命名式やけど…………」

 

「アイズちゃんだと無理に変えなくてもいいんじゃないか?」

 

「だな」

 

「でも、Lv.7になったんだから『姫』って名前は弱すぎないか?」

 

「そうなると…………『女王』?」

 

「しかし、【剣女王】じゃ語呂が悪くないか?」

 

珍しく神々が真剣に考えている。

すると、ロキが思いついた様に、

 

「いい名前を思いついたで。確かに今のアイズたんは『剣の女王』と言うても過言やない。やで、【剣女王】と書いてクイーン・ザ・スペードと読む。どや?」

 

「【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】……………なるほど、トランプの絵札に準えた訳か…………」

 

「スペードは元々剣の絵柄を表すものだから…………いいんじゃないか?」

 

「反対が無いようやったらアイズたんの新しい称号は【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】で決定っちゅうことで」

 

「「「「「「「「「「異議なーーーし!!」」」」」」」」」」

 

「そんで本日の最後の一人…………」

 

一番最後の資料には、何故かベル君の情報が書いてあった。

後で知ったことだが、予めロキがベル君の資料を作るようにギルドに申請しておいたらしい。

ロキの細められた視線がボクを射抜く。

 

「ドチビ…………今日こそ白状してもらうで?」

 

ドスの聞いた声でロキが言う。

 

「な、何の事だい? ボクとしては、何故ボクがこの神会(デナトゥス)にいるのかすら理解できていないんだけど? わざわざベル君の資料を用意してまで」

 

とりあえずすっとぼけてみる。

 

「ふざけんなや!! お前んとこのベルは一体何者や!? 冒険者に登録したのは1ヶ月半前! 新人もいいとこや! なのにウチのベートをボッコボコにするわ、複数の『下層』のモンスターを一撃で粉砕するわ、規格外にも程があるやろ!?」

 

「今君が言ったとおりだよ。ベル君は一ヶ月半前に登録したばかりの新人冒険者。それ以外に何かあるのかい?」

 

「しらばっくれるのもいい加減にせえ!! ほれ! ベルの本当のレベルはいくつ何や!? あれでLv.1とか言っても信じへんで!」

 

ボクはロキの追求に溜め息を吐く。

 

「誓って言うけどベル君はLv.2以上にはなってない。単純に自力の違いじゃないのかい?」

 

「まだ言うか!? ちょっとぐらい鍛えたからって神の【恩恵】を覆せるとでも思っとんのか!?」

 

ベル君の鍛え方はちょっとどころじゃないんだよ!

神の恩恵を超越するぐらいなんだから!

ボクは内心叫ぶ。

 

「過去の英雄達は、神の【恩恵】が無くともモンスター達と戦えてた。それを考えれば、地上の子供たちにそれだけの潜在能力(ポテンシャル)があったって不思議はないだろう?」

 

「なんや自分? 『神の力』が地上の子供に劣ると………? そう言っとんのか?」

 

「少なくとも、ベル君を始めとして『武闘家』と呼ばれてる人間に関してはね…………まあ、君の所のヴァレン某もベル君の前じゃ霞むぐらいだし」

 

「なんやと!? アイズたんを馬鹿にしとんのか!?」

 

「はん! 君はヴァレン某に『女王(クイーン)』なんてご大層な名前を付けてたけど、ヴァレン某が『女王(クイーン)』ならボクのベル君は『王様(キング)』だね!」

 

「なにおう!?」

 

「第一、君はボクらに感謝して欲しいぐらいさ! ヴァレン某の急激なランクアップだって、ベル君がヴァレン某に修行をつけてあげてたからじゃないか!」

 

ボクがそこまで言うと、ロキは突然ニンマリと笑った。

 

「はっ! そっちから白状してくれて助かったで、ドチビ!」

 

「なっ、何っ!?」

 

「ウチかてアイズたんの急激なランクアップはおかしいと思っとった。聞けばベルに特訓を付けてもらってたそうやないか。けど、ウチ1人がそう言うても周りは納得せえへんかもしれん。けど、ドチビも認めたらそれが真実や!」

 

「なっ!? は、謀ったなロキ!」

 

「はっ! 人聞きの悪いこと言うなや! 今のは完全にドチビの自爆やないか!」

 

「ぐぬぅ……………」

 

「この際やでベルのレベルも白状せいや。心配すんな、ベルのレベルが10超えとっても信じたるわ」

 

ベル君のレベルが数字で表されてたら、どんなに高くても報告してたよ!

 

「ぐぬぬぬ…………」

 

「ほら、さっさと吐けや」

 

「…………無理だ。絶対に信じないから」

 

「どんなふざけた値でも信じたるっちゅうとるやろ!?」

 

だから“値”じゃないから困ってるんだよ!

 

「いい加減にせんとベルの冒険者登録を抹消することになるで!?」

 

「うぐ…………」

 

ボクが葛藤していると、

 

「どうしたのよヘスティア? レベルぐらい教えたっていいじゃない?」

 

ヘファイストスまで敵に回った!?

これはもう、限界だな…………

 

「……………………………はぁ」

 

ボクは溜め息を吐いて椅子の背もたれに身体を預ける。

 

「わかったよ…………………」

 

「よっしゃ、ようやく観念したか」

 

ロキはしてやったりの表情を浮かべる。

 

「ベル君のレベルは…‥……」

 

ボクは覚悟を決めて言葉を紡ぐ。

 

「……………………東方不敗だ」

 

「「「「「「「「「「……………………………………はぁ!?」」」」」」」」」」

 

全ての神々が声を揃えてそう漏らす。

 

「だからベル君のレベルは東方不敗だって言ったんだ」

 

「「「「「「「「「「と、東方不敗ィーーーーーーーーーーーーーッ!!!???」」」」」」」」」」

 

「ちょっと待てやドチビ! 白状するとか言っときながら何デタラメ抜かしとんねん!」

 

「そう言われると分かっていたから黙っていたんだ。どうせ言っても信じないだろうってね」

 

ボクは淡々と真実を告げる。

ロキは睨みつけるようにボクを見るけど、ボクは平然とそれを見返す。

 

「…………………マジなんか?」

 

「マジだよ………………それでも信じられないっていうのなら、ベル君のアドバイザーの…………エイナ・チュールって言ってたかな? そのハーフエルフ君に確認してみればいい。彼女はボクとベル君以外でベル君のレベルを直接見て知ってる唯一の存在だ。下界の子供は神に嘘は付けない。十分証明になるだろ?」

 

「……………………………そこまで言うなら本当みたいやな……………それにしても東方不敗かい………」

 

神々がざわつく。

少なからずベル君にちょっかい出してくる神もいるだろうから注意は促しとかないと。

まあ、ベル君なら神が相手でも殴れそうだけどね。

 

「そんじゃま、ベルの称号を決めようか? なんかいい案あるかー?」

 

「白い髪に赤い目…………兎みたいだから………兎吉(ピョンきち)とかは?」

 

「東方不敗だから…………東方不敗(マスターイースト)だ!」

 

殺戮兎(ヴォーパルバニー)…………!」

 

やばい。

このままでは碌でもない二つ名がベル君に付けられてしまう!

こうなればボクもミアハと同じようにベル君に自ら手を下すしか…………

でも、こいつらが好きそうで少しでもマシな名前なんて…………

ボクは頭を抱える。

ベル君、無力なボクを許してくれ!

…………ベル君?

その時、ボクはベル君のスキルの中にこいつらが好きそうでまだマシな響きの名前がある事を思い出した。

ボクは机を強く叩いて神々の意識をボクに向ける。

 

「『キング・オブ・ハート』!」

 

神々が静まり返る。

 

「さっきも言ったけど、ヴァレン某が『女王(クイーン)』ならボクのベル君は『王様(キング)』だ」

 

ボクは捲し立てる。

 

「そしてベル君はとても強い心と魂の持ち主。すなわちハート!故に【心魂王(キング・オブ・ハート)】だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

 

「【心魂王(キング・オブ・ハート)】ですか? それがベル様の二つ名」

 

今はリリと一緒に【豊穣の女主人】にいる。

ギルドでエイナさんに説明をしていたところ、今日の神会(デナトゥス)の結果が発表され、何故か僕の二つ名も決まっていた。

 

「うん…………どう思う?」

 

「う~ん…………何と言いますか………響きだけ聞くとハーレム作りそうな王様ですね」

 

「だよね………僕も同感」

 

僕はテーブルに突っ伏する。

二つ名には憧れがあったけど、これは少し恥ずかしい。

いや、このオラリオに来た理由の一つにハーレムを作るとか言ってたけども…………

 

「もしベル様がハーレムを作るおつもりなら、是非ともこのリリをベル様のハーレムの一員に加えてくださいね♪」

 

僕はその言葉を聞いてガバッと身体を起こす。

 

「リ、リリッ!? 何言ってるの!? 冗談だよね!?」

 

「いえいえ、リリは本気ですよ」

 

ニコニコと笑うリリの表情からは、本気なのかからかっているのか判断がつかない。

 

「そのお話、私も立候補してよろしいでしょうか?」

 

聞こえてきた声に振り向けば、シルさんがニコニコしながらリューさんと一緒にトレイにお酒を乗せて立っていた。

 

「シ、シルさん!?」

 

シルさんとリューさんはテーブルに飲み物を配るとそのまま同じテーブルに座る。

 

「シ、シルさんも僕をからかうんですか?」

 

「いいえ、私も本気ですよ」

 

シルさんの表情はいつも通りの笑顔なので、これまた真意が読めない。

 

「正直思うところがないわけでもありませんが、シルを幸せにしていただけるというのであれば反対はしません」

 

リューさんはいつものごとく無表情で淡々とそう言う。

いやいや、少しぐらい反対してくださいよ!

 

「もう、リューってばそんなに遠慮しなくても。ベルさんがハーレムを作ればリューだってその一員になれるんだよ?」

 

「シ、シル!? 何を言っているんですか!? 私は…………!」

 

「あれ? でも前に手を握るどころかベルさんの胸に飛び込んでもリューってばベルさんを叩かなかったよね?」

 

「そ、それは…………」

 

リューさんは珍しく顔を赤くして俯いてしまう。

って、いやいやリューさん!

そんな反応されたら僕も困っちゃうんですけど!?

 

「ベル様? 今のお話はどういう事ですか!?」

 

「い、いや、前にリューさんが転びそうになった時に咄嗟に手を掴んだら結果的にそうなっただけで………」

 

リリは僕をジトーっと見てくる。

 

「と、とにかく今日は楽しもうよ!」

 

僕はあわてて話題を変え、食事を始めようと促す。

 

「そうですね。ベルさんのハーレムについてはまた追々…………」

 

シルさんがそう言うと僕達に合わせるようにジョッキを手に持つ。

 

「あれ? お二人はこんな所にいていいんですか?」

 

リリが少しトゲのある言い方で尋ねる。

 

「私達を貸してやるから存分に笑って飲めと。ミア母さんからの伝言です………あと、金を使えと」

 

ふとミアさんを見れば、不敵に笑っている。

 

「は、ははは………じゃあ、お言葉に甘えて………………」

 

「「「「乾杯!」」」」

 

 

 

「クラネルさん達は今後ダンジョンの『中層』へ向かうおつもりですか?」

 

リューさんがそう聞いてくる。

 

「ええ、まあ。でも、少し心配事が………」

 

「心配事ですか?」

 

僕はリリを見る。

 

「自惚れるつもりはありませんが、僕自身『中層』のモンスターに囲まれても大したことは無いと思っています。でも、リリはそうはいかない。ダンジョンを効率良く探索するためにはリリの力が必要不可欠だと思ってますし、今後もパーティを解消するつもりはありません。ただ、リリの守りばかりに気を取られていれば探索効率が落ちるだろうし、逆に探索を中心に行動しているとリリの守りが疎かになります………」

 

「私も同じ考えです。クラネルさん、貴方達は仲間を増やすべきだ」

 

「やっぱりそういう答えになりますよね。ただ、肝心のパーティに入ってくれそうな人が………」

 

「パーティメンバーでお困りかい【心魂王(キング・オブ・ハート)】!」

 

なんか突然会話に割り込んできた野太い声がした。

見れば、柄の悪そうな男性冒険者が歩み寄ってきた。

うわっ、下心丸見え。

多分リューさん達を狙ってるみたいだ。

 

「仲間が欲しいなら、お前を俺達のパーティに入れてやろうか? 俺達は全員Lv.2だ。『中層』にも行けるぜ。けどその代わり………このえれぇ別嬪なエルフの嬢ちゃんたちを貸してくれよ」

 

思った通りの言葉に僕は溜め息を吐く。

 

「仲間なら分かち合いだ。なぁ?」

 

彼のパーティメンバーらしい男たちも寄ってくる。

この人たちの『仲間』って何なのかなぁ?

すると、

 

「失せなさい………!」

 

リューさんの静かで強い声が響いた。

 

「貴方達は彼に相応しくない」

 

流石リューさん、かなりの威圧だ。

少し腕の立つ人ならこれで実力の差を感じて引くんだけど、

 

「まあまあ妖精さんよ。俺らならこんなカスみたいなクソガキより断然いい思いさせてやれるぜ?」

 

それでも引かないこの人達はその程度ってことだね。

そう思っていると、男がリューさんに向かって手を伸ばす。

あ、やばい。

リューさんの膨れ上がる嫌悪感を感じ取った僕は咄嗟に行動に出た。

リューさんが空のジョッキを掴み、伸ばされる手に向かって繰り出されようとしている。

僕はリューさんに向かって伸ばされる手と、男の手に向かって繰り出されようとしているジョッキを掴んだリューさんの手を同時に掴んで止めた。

 

「リューさん、落ち着いてください。ここで騒げばお店の迷惑になっちゃいますよ?」

 

僕は笑ってそう言う。

 

「クラネルさん………」

 

リューさんは目を丸くして僕が掴んだ手を見ている。

 

「それからあなた方には申し訳ありませんが、貴方達のパーティに入るつもりはありません。お引取りください。それから、彼女達は皆僕のハーレムに入る予定なので手は出さないでくださいね?」

 

さっきの意趣返しと思ってそう言ってみる。

 

「な、舐めてんのかクソガキ!!」

 

男が激情に駆られて殴りかかってくる。

僕は軽くその拳を受け止めた。

 

「そのクソガキすら倒せない貴方は何なんでしょうね?」

 

少し闘気を開放して脅してみる。

 

「なあっ!?」

 

流石にこれは効果あったみたいで男の顔が闘気に当てられ蒼白になる。

 

「お、おい、行くぞ!」

 

男達が背を向け店を出ようと、

 

「アホタレェ!! ツケは効かないよ!!」

 

ミアさんの怒鳴り声が響き、男達は財布を丸ごと置いて出ていった。

ちょっとやり過ぎちゃったかな?

 

僕がリリ達に向き直ると、

 

「ちょっとちょっと、聞きましたかリリさん?」

 

「はい。バッチリ聞きましたよシル様」

 

何故か2人がニヤニヤと笑いながらヒソヒソと話している。

 

「ど、どうしたの2人とも?」

 

「ベル様、言質は取りましたからね?」

 

「へっ?」

 

「大成した暁には、ちゃんと私達3人養ってくれなきゃダメですよ、ベルさん?」

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

も、もしかしてさっきのハーレム宣言を間に受けちゃってる!?

 

「クラネルさん…………」

 

「リュ、リューさん! リューさんも2人を止めて…………」

 

「ふ、不束者ですがよろしくお願い致します」

 

「リューさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」

 

迂闊な事は口にしない方が良いと学んだ夜だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ミアハ】

 

 

 

 

 

神会(デナトゥス)を終え、ホームに戻ってきた私は、何故か床に正座させられていた。

そして目の前には、ナァーザと何故か覆面を被ってスキルを発動させているキョウジ。

 

「神ミアハ! 何故正座させられているかわかるか?」

 

キョウジが問いかけてくる。

 

「そ、それは………キョウジの二つ名が気に入らなかったからか?」

 

思い当たる事のない私は当てずっぽうでそう聞いてみるが。

 

「否! むしろその名は悪くないと思っている」

 

「で、では何故だ?」

 

「本当にわからんのか!?」

 

キョウジが威圧感を込めてそう訪ねてきたため、私は冷や汗を流しながら頷く。

 

「ならば聞くが、今日だけで、いったい何本のポーションをタダで配り歩いた?」

 

「そ、それは…………」

 

「前にも言ったが、神ミアハの困っている者を助けようとする事は、決して間違っているわけではない。だが、ポーションをタダで配るというその意味をもう少し考えて貰いたい」

 

ポーションを配る意味…………?

 

「働く事………労働に関しては必ず対価が必要となる。ナァーザの場合、『ポーションを作って売る』という事が『労働』に当たる」

 

「……………………」

 

私は黙ってキョウジの言葉を聞く。

 

「そして、冒険者達がそのポーションを買い取って支払われたお金こそが、ナァーザにとっての『対価』となる」

 

キョウジはひと呼吸置くと、

 

「しかし、神ミアハがタダで配り歩いたポーションには『対価』が発生しない。即ち、ナァーザが苦労してポーションを完成させたという『労働』が、全くの無価値となってしまっているのだ!」

 

私はそれを聞いてハッとする。

 

「この意味…………分かるな?」

 

「ウ………ウム……………」

 

わ、私は知らず知らずの内に、ナァーザの働きを無意味にしていたというのか!?

 

「その様子なら大丈夫だろう。しかし、困っている人を見捨てられぬという神ミアハの言い分もわからんでもない。よって、次からはこれを配るといい!」

 

キョウジが素早い動きで差し出した手には、手の平サイズの紙の束があった。

 

「こ、これは………?」

 

「これは割引券というものだ。この券を持ってこの店で買い物をすれば、値引きをするというものだ。ナァーザも多少は損をするかもしれんが、それによって初見の客を引き込み、品質の良さを確かめてもらえばリピーターが増え、店の売上の増加に繋がる。という訳だ」

 

「な、なるほど………」

 

私はその割引券を受け取る。

 

「いい考えだと思う………」

 

ナァーザも賛同する。

 

「そして後は、この店にしか無いものがあれば、より客を引き込むことが出来る」

 

「この店にしか無いもの………」

 

ナァーザが考え込む。

すると顔を上げ、

 

「当てはある。キョウジ、明日一日時間は空いてる?」

 

「問題ない」

 

「なら、明日一日協力して」

 

「心得た」

 

キョウジは迷うことなく頷く。

フフッ、すっかり馴染んでおるな。

その様子に微笑ましく思う。

ナァーザよ、今までお前の苦労をわかってやれず済まなかったな。

私はもっとナァーザの事を見てやらねばと心に誓った。

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 ベル、鍛冶師と出会う

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

 

 

神ミアハに説教をした翌日。

私はナァーザと共にオラリオの東にあるセオロの密林と呼ばれる大森林に来ていた。

その理由が新しい回復アイテムの素材がこの森に居るモンスターの卵だからだ。

 

「では、打ち合わせ通り私が囮となり…………」

 

「私がその隙にモンスターの卵を回収する…………」

 

最終確認をする私とナァーザ。

そしてナァーザが用意していたバックパックを背負い、蓋を開けると血生臭い匂いが辺りに広がる。

私は覆面を被り、ブレードトンファーを一本だけ装備する。

もう一本はあの少年との戦いで罅が入ってしまったために使い物にならない。

同じ物がないか以前の店を訪れてみたが、やはりこの武器は変わっているらしく、同じものは無かった。

ナァーザはその場を離れ、身を隠すのを確認すると辺りに獣の気配が近づいて来るのを感じた。

 

「来たか………」

 

私が気配のする方を向くと、そこには地球で言う肉食恐竜に酷似したモンスターがいた。

 

「ブラッドザウルス………だったな」

 

ダンジョンでは三十階層から出現する大型モンスター。

見た目通りの強靭な顎と牙が特徴の肉食のモンスターだ。

5m程の高さを持つそのモンスターは私を見下ろす。

血の匂いに誘われ、その匂いの大元の私は、さぞご馳走に見えることだろう。

 

「オオオオオオオオオッ!!」

 

雄叫びを上げ、私を喰らわんと口を大きく広げる。

だが、

 

「黙って喰われてやるつもりは無いのでな」

 

その場に残像を残し、私は素早く飛び上がる。

ブラッドザウルスはそのまま残像に食らいつこうとしたが、当然ながらその噛み付きは空を切った。

私はそのままブラッドザウルスの鼻先に着地する。

驚愕か怒りか、ブラッドザウルスの眼が見開かれる。

私はそのまま前方に軽く跳躍すると、首の後ろから斬りかかり、首を落とした。

首を失った体は力なく倒れ、私は巻き込まれる前に飛び退く。

 

「やはり三十階層で出現するモンスターとは言え、地上のモンスターではこの程度か…………」

 

情報通り地上のモンスターは、遥か昔にダンジョンから地上に進出したモンスターの末裔であり、繁殖の過程で魔石を削っていったので、その力は格段に弱い。

先程の雄叫びを聞いたのか、多数のブラッドザウルスが私の周りに集まっていた。

だが、私に集まってくれるのなら都合が良い。

 

「ならば、かかってくるがいい!!」

 

ワザと声を張り上げ、注意をこちらに向ける。

凶暴とは言え、知能は低い。

本能の赴くままにモンスター達は私に殺到する。

噛み付きを避け、避けた瞬間に首を切り落とす。

それを何度も繰り返していると、

 

「帰ろう、キョウジ」

 

その言葉が聞こえた私は頷き、背負っていたバックパックを放ると煙幕を張ってその場を離脱した。

そのままナァーザと合流すると、

 

「うまくいったのか?」

 

「うん、この通り」

 

ナァーザはパンパンに膨れ上がったバックパックを指してどこか誇らしげにそう言う。

 

「ならば帰るとするか」

 

「うん」

 

私たちはそのままセオロの密林を後にした。

 

 

 

 

 

 

その夜。

 

「出来た……………!」

 

部屋に籠りきりだったナァーザが試験管に入った液体を見せつけるように、私と神ミアハに向かって手を突き出した。

 

「ほう……もう出来たのか?」

 

新薬を開発すると聞いていた私は、いくら構想が出来ていたとはいえ僅か半日足らずの実験で薬を完成させたナァーザの手腕に素直に感心する。

早くても一週間ほどかかると私は踏んでいたのだが………

 

「デュアルポーション。体力と精神力を同時に回復する新薬。これは今までになかったもの。キョウジ、これなら店の目玉商品になる?」

 

ナァーザは期待を込めた目で私を見る。

 

「十分だ。今までに無い新薬というだけで客の目を引く。それが実用的となれば猶更な。あとは品質を落とさぬように心がけることだ。やはり不良品が発覚すると客足が遠のくからな」

 

ナァーザはコクリと頷く。

 

「ははは! まったくキョウジが来てからは世話になりっぱなしだな! キョウジは経営の才能もあるのかもしれんな」

 

「それほどでもない。私が言っている事など私が居た場所ではごく当たり前のことだ」

 

「例えそうだとしても、私達には思いつかない発想ばかりだ。本当に感謝しているぞ」

 

「そこまで言うのなら、感謝は素直に受け取っておこう」

 

この世界にきてまだ一ヶ月も経ってはいないが、この場所(ファミリア)は帰る所だと感じている。

この世界に来て初めて出会ったのがこの2人だったことに感謝しよう。

私はそう思いながら自然と笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕の二つ名が決まった翌日。

僕は新しい防具を購入するために、前と同じ【ヘファイストス・ファミリア】のテナントに来ていたんだけど…………

 

「…………う~ん………これも違う…………これでもない………」

 

お目当ての防具が見つからない………

僕が探しているのは、前の防具を作った『ヴェルフ・クロッゾ』という鍛冶師が作った防具。

新しい防具を買うなら、この人の物と決めていた。

お店の人に聞いてみようかな?

僕はそう思ってカウンターへ向かうと、

 

「大体なんでいつもあんな端っこに………! こちとら命懸けでやってるんだぞ! もうちょっとマシな扱いをだなぁ…………!」

 

カウンターの店員になにやら文句を言っている赤髪の男性の後ろ姿が見えた。

言葉の内容から鍛冶師の誰かかな?

そう思いながら僕が近づいていくと、店員が僕に気付いたのか、

 

「いらっしゃいませ。何かお探しで?」

 

赤髪の男性の横から覗くように僕に対応する。

赤髪の男性もお客が優先ということはわかっているのか文句を中断して僕に道を譲るように退いた。

 

「はい。あの、ヴェルフ・クロッゾさんの防具ってもう売られてないんですか?」

 

僕がそう聞くと店員さんが目を丸くして固まり、次いでその視線を僕から隣の赤髪の男性に移した。

 

「?」

 

僕がその意味を分りかねていると、

 

「ク…………クク…………クハハハハハハハハハハッ!!」

 

突然隣にいた赤髪の男性が笑い始めた。

 

「ククク………! どうだ! 俺にだってなぁ、ファンの一人ぐらい付いてんだよ!」

 

赤髪の男性が見たかと言わんばかりに店員にドヤ顔を向ける。

すると、

 

「あるぞ冒険者! ヴェルフ・クロッゾの防具ならな!」

 

ニッと気持ちのいい笑みを浮かべながら男性がそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

場所を変え、僕はヴェルフ・クロッゾさんと話をしていた。

 

「まさか噂の【心魂王(キング・オブ・ハート)】が俺の防具を買いに来てくれるとはな」

 

「僕もまさか、クロッゾさん本人に会えるなんて思っていませんでしたよ」

 

僕がそういうと、クロッゾさんは複雑な顔をして、

 

「……家名は止めてくれないか? そう呼ばれるの嫌いなんだ………」

 

そう呟いた。

 

「えっと………じゃあ、ヴェルフさん?」

 

「さん付けか………まあ、今はいいか」

 

すると、ヴェルフさんは一旦身形を正すと、ワザとらしく声を張り上げた。

 

「なぁ【心魂王(キング・オブ・ハート)】! お前は俺の防具を2度も買いに来てくれた! つまり俺の顧客だ! そうだろ!?」

 

「え? まあ………そうですね」

 

突然振られた言葉に困惑するが、間違いではないので頷いておく。

すると、先ほどから周りで僕達の様子を伺っていた数人の職人らしい人物が悔しそうな表情をしてその場を離れる。

 

「…………今のってもしかして、縄張り争いみたいなものですか?」

 

「おお! よくわかったな。その通りだ! 言わなくても分ると思うが、俺はお前さんを放したくないんだ」

 

「無名の鍛冶師の辛いところ………ですかね?」

 

「話が早いな。その通りだ。お前さんは俺の防具を2度も買いに来てくれた。1度目は単なる気紛れかもしれないが、今回は違う。お前さんの意思でこの俺の作品を買いに来てくれた。貴重なんだぜ、冒険者の方から下っ端の作品を求めてくれるってのは。『認めてもらった』、今の俺達にとってこんなに嬉しい事はない。俺の初めての『客』だ。だから逃がしたくない………逃がす訳にはいかない!」

 

力の籠った声でそう言うヴェルフさん。

その様子から、彼がどれだけ本気なのかがよく分かった。

 

「つまり………僕にはこれからも顧客でいてほしい………と?」

 

「間違いじゃないが………もうちょっと奥に踏み込ませてもらう」

 

ヴェルフさんは僕を真っすぐに見つめ、

 

「ベル・クラネル、俺と直接契約しないか?」

 

直接契約。

それは冒険者がダンジョンから『ドロップアイテム』を持ち帰り、鍛冶師がそれを使って武具を作成し、格安で冒険者に譲る。

持ちつ持たれつの関係である。

正直、契約したとしても、僕にしろヴェルフさんにしろメリットが少なく思える。

僕にとって武器はそこまで必要な物ではないし、防具もただ単に手甲と脛当てがしっくりくるという理由だけである。

そうなれば、ヴェルフさんの鍛冶の腕も上がりにくいと僕は思った。

 

「やっぱ悩んでるみたいだな。そりゃそうか、俺みたいな下っ端鍛冶師といきなり契約してくれなんて言われても困るのは当然だな」

 

「あ、いえ! 決してヴェルフさんの腕が悪いなんて思ってるわけじゃありません! あの店の中でも、ヴェルフさんの作品は目を見張るものがあります!」

 

「お? おお? そこまで言ってくれるのは嬉しいぞ」

 

「ただ、僕と契約しても、ヴェルフさんの為になるかどうか………」

 

「………どういうことだ?」

 

「見ててください」

 

僕はそう言って一応持ち歩いていた背中の刀を抜き…………

 

「なっ!? そいつはっ!?」

 

突然血相を変えたヴェルフさんに詰め寄られる。

 

「え? え? ヴェルフさん!?」

 

「すまねえ! その刀をもっとよく見せてくれ!」

 

ヴェルフさんの剣幕に引き気味になりながらも、僕は刀を差しだす。

すると、ヴェルフさんはその刀をまじまじと見つめ、懐かしそうな表情をした。

 

「まさか、こいつを使ってる奴がいるとはな…………」

 

「ヴェルフさん? その刀を知ってるんですか?」

 

「…………ああ。こいつはな、俺がまだ【ヘファイストス・ファミリア】に入ったばかりの頃に打った刀だ」

 

「えっ!? ヴェルフさんが!?」

 

その事実に僕は驚く。

 

「こいつは俺が椿………ウチの団長の技術を盗んで見様見真似で打ったものなんだ…………正直、その当時としては最高の出来であることは間違いなかったんだが、あいつが打ったものと比べると単なる猿真似の粗悪品(劣化コピー)にしか過ぎなかった………自分の未熟さばかりを思い知った俺はこいつに銘を付けることすらせずに、売れ残った後も引き取ることすらしなかった………こいつは団長の技術で作ったもので、俺が打った物だと認めることが出来なかったんだ………」

 

「それは違います!」

 

僕は思わず叫んでいた。

 

「この刀には、間違いなく貴方の魂が籠められている! 単なる劣化コピーじゃ絶対に籠めることのできない魂が! だからこの刀は団長の打った刀じゃない。 間違いなく貴方が、ヴェルフ・クロッゾという鍛冶師が打った刀です!」

 

そこまで言って僕はハッとした。

 

「す、すみませんヴェルフさん………偉そうな事言って………」

 

「いや………むしろ嬉しかったぜ。俺の作品をそこまで評価してくれるなんてな」

 

ヴェルフさんは笑みを浮かべる。

 

「だが、だからこそ尚更俺はお前を放したくは無くなった! もう一度頼む! ベル・クラネル、俺と直接契約を結んでくれ!」

 

真剣な表情でそう言ってくるヴェルフさん。

その眼に確かな魂を見た僕は、

 

「わかりました。僕で良ければ契約しましょう」

 

「よし決まりだ! 断られたらどうしようかと思ったぞ!」

 

ヴェルフさんは心底安堵したような仕草をすると、再び僕に向き直り、

 

「でだ、正式な契約書なんかはまた今度に回すとして………ベル。早速で悪いんだが、俺の我儘を聞いてくれると助かる」

 

「我儘………ですか?」

 

「ああ………」

 

ヴェルフさんは一呼吸置く。

 

「俺を、お前のパーティに入れてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やってきたぜ十一階層!!」

 

ヴェルフさんははしゃぐ様に叫ぶ。

あの後ヴェルフさんの頼みを受け入れた僕は翌日にヴェルフさんをリリに紹介した。

まあ、何で相談もせずに決めたのかと言わんばかりに今もジト目で睨まれているが。

 

「いやぁ、悪いなベル。昨日の今日でこんな無茶聞いてもらって」

 

「いえ、『鍛冶』アビリティを得るためというのなら僕も無関係じゃありませんし」

 

「なーに言ってるんですか? 結局ベル様は新しい防具に釣られただけじゃないですか」

 

ううっ、リリの言葉が痛い………

 

「で、でもさ、本当にいいモノなんだよ。このヴェルフ・クロッゾさんの防具は」

 

僕がそう言うと、

 

「『クロッゾ』? 今、『クロッゾ』と仰いましたかベル様?」

 

ヴェルフさんの家名に反応するリリ。

 

「え? う、うん………」

 

「あの呪われた魔剣鍛冶師の!? 没落した鍛冶貴族の!?」

 

「何それ?」

 

「知らないんですか!? かつて強力な魔剣を打つことで知られた鍛冶一族。それがクロッゾです。ですが、ある日を境にその能力を全て失い、今では完全に没落したと…………」

 

「ああ………ただの落ちぶれ貴族の名だ。でも、今はそんな事どうでもいいだろ?」

 

ヴェルフさんは少し強引にでもその話から離れようとしていた。

家名が嫌いだと言っていたから、その事にも関係しているのかな?

 

「でも………!」

 

リリは何か言いたそうだったけど、

 

「そこまでだよ二人とも…………来るよ!」

 

感じた気配と共に、地面からオークやインプといったモンスターが生まれてくる。

 

「どのみちそんな話をしている場合じゃねえな………よーし! オークは俺に任せろ! あいつなら俺の腕でも当てられる」

 

ヴェルフさんの武器は大刀。

すばしっこい小型モンスターよりも、オークのような鈍重な大型モンスターの方が戦いやすいのだろう。

 

「では、リリも微力ながら援護します」

 

リリも、腕に取り付けた小型バリスタを準備しながらそう言う。

 

「お? 俺が気に食わないんじゃなかったのかリリ助?」

 

「む? 気に食わないに決まっています! ただ、ベル様のお邪魔になりたくないだけです」

 

何だかんだでリリもお人好しなんだから。

 

「なら僕は、インプの相手をします」

 

地面から完全に這い出たインプを見る。

 

「それから2人とも。 僕はギリギリまで2人の方には手を出さないから、自分の力だけで切り抜けて。特にヴェルフさんはそうじゃないと【経験値(エクセリア)】が溜まりませんから」

 

「そうですね。ベル様が手を出したらあっという間に全部片付けてしまいますから」

 

リリは普通に納得する。

 

「なら、行くよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

 

「そりゃぁああああっ!!」

 

俺はオークを真っ二つにする。

何だかんだ言っても、リリ助の援護は的確で非常に助かっている。

この分ならベルの方よりも早く終わるんじゃないかと思っていたんだが、

 

「クロッゾ様。何やってるんですか? ベル様の方はもう終わりましたよ?」

 

「何っ!?」

 

俺は思わず振り向いてベルの方を確認すると、全てのモンスターが地に倒れ伏し、灰に変わった所だった。

 

「よそ見もしないでください」

 

リリ助の矢が俺の顔のすぐ横を通過し、後ろから迫ってきていたオークの目に突き刺さる。

 

「こん………のぉっ!」

 

俺は振り向きざまにオークを横薙ぎに切り捨てた。

内心はベルの討伐スピードに驚愕しながらも、何とか現れたモンスターを全て倒すことに成功した。

 

「お疲れ様、2人とも」

 

ベルが笑顔で歩み寄ってくる。

俺は少なからず息を吐いていたが、ベルに呼吸の乱れは全く見られない。

流石二つ名持ちは違うなと思った。

サポーターのリリ助が魔石集めに奔走していると、他のパーティがチラホラと見え始める。

 

「他のパーティが来始めましたね」

 

「ちょうどいい。リリ助が魔石を集め終わったら昼飯にしよう」

 

「そうですね」

 

俺達がリリ助を待っていると、

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

突然悲鳴が聞こえた。

 

反射的にそっちに振り向くと、霧の向こうから琥珀色の鱗をもった全高1.5m、全長は4mを超える地を這う小竜が現れた。

 

「インファント・ドラゴンだぁーーーーーっ!!」

 

冒険者の一人が叫ぶ。

俺も背中にも冷たいものが奔った。

『インファント・ドラゴン』。

十一、十二階層に稀に現れるレアモンスター。

下級冒険者パーティをいくつも全滅させた報告が上がっている、『階層主』のいない上層での事実上の『階層主』だ。

しかも、そのすぐ近くではリリ助が魔石を拾い集めている。

 

「リリ助! 逃げろ!!」

 

俺は叫ぶが、リリ助は聞こえていないのか、はたまた『インファント・ドラゴン』の存在に気付いていないのか魔石を拾い集め続けている。

 

「リリす…………!」

 

俺がもう一度叫ぼうとした瞬間、俺の横を白い疾風………いや、暴風が駆け抜けた。

 

「ベル!?」

 

ベルは信じられないほどのスピードで駆け抜け、一瞬にして『インファント・ドラゴン』の元へたどり着くと、背中の刀を抜き放った。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、俺は身震いした。

鞘から抜き放たれる刀身。

それは間違いなくあの錆びてボロボロだったあの刀。

だが、今抜き放たれるその刀身は、眩しいほどに光り輝いていた。

 

「はああっ!!」

 

一瞬にして振るわれるその一撃。

俺の目で捉えられなかったその一振りは、上層でも最強の『インファント・ドラゴン』を容易く真っ二つにした。

リリ助はまるでそうなることが分かっていたかのように気にせずに魔石を拾い集め続けている。

だが、俺はそれとは別の理由でその場を動けなかった。

 

「刀が………歓喜していた………」

 

あれほどまでに錆びてボロボロになったあの刀。

あの刀身から放たれていた光が、俺にはまるで刀が歓喜しているかのように思えた。

体の震えが止まらない。

そして心の奥底からある一つの思いが溢れ出る。

こいつの…………ベルの武具を………打ちたい………!

打算も掛け値も何もない。

純粋な欲求として、そう思った…………

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

ヴェルフさんとパーティを組んだ翌日。

今日もダンジョンに潜る予定だったんだけど、

 

「えっ? リリは今日来れないんですか?」

 

「ああ、世話になってるドワーフの老人が体調を崩したみたいでな。看病に付いてやりたいんだとさ」

 

「そうですか………なら、今日はダンジョン探索はお休みということに………」

 

僕がそう言うと、

 

「…………ならベル………今日一日俺にくれないか?」

 

「?」

 

ヴェルフさんの言葉に僕は首を傾げた。

 

 

 

 

 

ヴェルフさんに連れられてやってきたのは、ヴェルフさんが工房として使っている小屋だった。

小屋の外はボロボロでも、中はそれなりに整理されており、ヴェルフさんが工具などを大切に扱っているのが良くわかる。

ヴェルフさんが僕に向き直ると、

 

「ベル、もし嫌だったら断ってくれてもいいんだが………その刀、打ち直させてくれないか?」

 

「えっ?」

 

「お前にとって余計なお世話かもしれないけどな…………罪滅ぼしっつーか、なんつーか…………今まで認められずに放っておいた刀と今度こそしっかり向き合いたいんだ」

 

「ヴェルフさん…………」

 

ヴェルフさんの気持ちを十分に理解した僕は、

 

「お願いします………」

 

僕は刀をヴェルフさんに預けた。

 

「ありがとな」

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフさんは黙々と作業をしていく。

そんな中、

 

「ベル。俺の一族………クロッゾが魔剣を打つ力を無くして没落したって話はリリ助から聞いたよな?」

 

「えっ? うん………」

 

突然話しかけられ、僕は困惑しながらも頷く。

 

「リリ助の言う通り、ある時を境にクロッゾは魔剣を打つ力を無くした………その子供も………さらにその子供も………それ以来魔剣を打てる人物は出てこなかった………」

 

ヴェルフさんは話を続ける。

 

「けど何故か…………俺には魔剣を打つ力があった」

 

「えっ!?」

 

その言葉に、僕は驚愕した。

クロッゾの一族は、魔剣を打つ力を無くしたから没落したって………

 

「どうしてなのかは俺にもわからねえ。だが、俺には魔剣を打つ力がある。それは事実だ」

 

ヴェルフさんは一度言葉を区切り、

 

「実はな、客なら腐るほどいた………いや、今でも居るんだ。俺をクロッゾだと知って、『魔剣を打ってくれ』って言ってくる大馬鹿野郎の客ならな。強くなるための、名を上げるための道具が欲しい。どいつもこいつもそう言いやがる」

 

ヴェルフさんの振るう槌の音が響く。

 

「違うだろ、そうじゃないだろ! 武器っていうのは、強くなるための道具でも、成り上がるための手段でもない。武器は使い手の半身だ! どんな窮地に陥っても、武器だけは裏切っちゃいけない。だから俺は魔剣が嫌いだ。使い手を残して絶対に砕けていく………あれの力は人を腐らせる。使い手の矜持も、鍛冶師の誇りも何もかも。だから俺は……魔剣を打たない………!」

 

まるで懺悔のような独白を黙って聞いていた。

そこで思ったことは、

 

「ヴェルフさんが魔剣を打ちたくないのなら、打たなくてもいいと思うよ」

 

「ッ……………!?」

 

ヴェルフさんの手が一瞬止まる。

 

「ヴェルフさんが打ちたくないものを無理やり打ったとしても、それには魂は宿らない。魂の宿らない武器はただの道具だよ」

 

僕は自分の思いを口にする。

 

「ここからは自分の勝手な意見だけど、ヴェルフさんは魔剣を打つ力はある。だけど、砕ける魔剣は打ちたくない。なら、ヴェルフさんだけが打てる剣を作ればいいんだ」

 

「俺だけが………打てる剣………?」

 

「多分、ヴェルフさんが僕にパーティの話を持ち掛けてきたのも、魔剣が打てるのに魔剣を打たないという行動から、おなじ【ファミリア】の人に煙たがられているからだと思うんだけど………」

 

「いや、その通りだ………」

 

「確かに魔剣が打てるのに魔剣を打たないっていうのは、宝の持ち腐れと言われても仕方ないと思う。だけど、魔剣を打つ力があるとしても、必ずしも魔剣を打つ必要は無いと思う。それなら、魔剣を打つ力を使って、ヴェルフさんだけが打てる剣を打てばいいんだよ」

 

「…………魔剣を打つ力を使って………俺だけが打てる剣を………か…………ハハッ、そんな事考えもしなかったぜ」

 

ヴェルフさんは薄く笑った。

 

「なるほど………俺には魔剣を打てる力がある。だからと言って、その力を魔剣だけに使わなければいけないなんてことはないんだよな………!」

 

振り下ろす槌の音が強く鳴り響く。

 

「ありがとよベル。なんか気分が楽になったよ」

 

 

 

 

 

 

 

刀を打ち終わった時にはすでに日が傾き、西日が工房内を照らしていた。

その夕日の光を反射し、見違えるほどに刀身を輝かせる刀。

 

「文句ねえ。俺の中で最高の出来だ」

 

「はい。前以上にヴェルフさんの魂が籠っているのを感じます!」

 

ヴェルフさんは刀を鞘に納め、僕に差し出す。

 

「ほら」

 

「ありがとうございます、ヴェルフさん」

 

僕はそう言って受け取ろうとしたけど、ヴェルフさんはその手を放さなかった。

 

「?」

 

僕が不思議に思ってヴェルフさんの顔を伺うと、

 

「まだ会って数日だし、信頼丸ごと預けろとは言わねえよ。けど、俺の事もリリ助みたいに仲間っぽく呼んでくれよ」

 

その言葉の意味を理解した僕は笑みを浮かべ、

 

「わかった。ヴェルフ」

 

新しい仲間を歓迎した。

 

 

 

 

 





第二十一話です。
何とか間に合った。
今回はちょっと盛り上がりに欠けますね。
まあ、半分つなぎ回みたいなものですから。
ちなみに次かその次の話で皆様待望のあの人が登場予定。
お楽しみに。
それでは次回にレディー………ゴー!!




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第二十二話 ベルは落ちる バベルは揺れる(物理的に)

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

 

ヴェルフが仲間になって一週間と少し。

ようやくエイナさんから中層進出の許可を貰い、必ず購入するように言われたサラマンダーウールを纏って僕、リリ、ヴェルフのパーティはダンジョンの中層へ足を踏み入れていた。

 

 

ヘルハウンドと呼ばれる狼型のモンスターが襲い掛かってくるが、

 

「はぁあああああっ!!」

 

噛みつかれる前に拳で殴り落とし、地面に叩きつける。

 

「ガァァゥッ!!」

 

更にもう一匹が襲い掛かってくるけど、僕はそいつは迎撃せずに避けるだけでスルー。

後ろのヴェルフとリリに任せる。

 

「このっ!!」

 

「そらっ!!」

 

リリが小型バリスタで牽制し、ヴェルフが大刀で止めを刺す。

そこで戦闘が一段落し、

 

「何とかやっていけそうだな」

 

ヴェルフがそう言う。

 

「勘違いしないでください。これも全てベル様のお陰です。ベル様が私達の成長のためにワザと後ろに回してくれるモンスター以外を全て受け持ってくれているから安心して戦えるだけです。本来なら、こんな余裕でいられません」

 

相変わらずリリは辛辣だなぁ。

 

「まあ確かにな。実際9割以上はベルが倒してるんだし………中層がこんなに楽なわけがねぇわな」

 

「そういうことです。ベル様が異常なだけでこれを当然と思っていたら別のパーティで痛い目見ますよ」

 

「リリ…………そこはせめて特別と言ってほしかったかな………」

 

リリの僕に対する評価が酷いのは気の所為?

 

「ともかく、今回の探索では中層においてこのパーティでの基本的な戦い方を身に着けるための物です。あくまで日帰りを想定してますので、無理はしないように」

 

リリの言葉に僕は頷いた。

すると、気配を感じたのでそちらを向くと、二足歩行で立つウサギ型のモンスター、『アルミラージ』がいた。

 

「……………ベル様?」

 

何を思ったのか、リリがそんなことを言う。

 

「ああ………ベルだな」

 

何故か便乗してヴェルフもそう言う。

 

「いやいや!? 何言ってるの2人とも!? 『アルミラージ』でしょ!」

 

白い毛に赤い目って…………

確かに親近感が湧かなくも無いけど!

でも…………それでも…………!

 

「僕ってあんな貧弱な身体してないよ!?」

 

「流石本物のベル様。ツッコムところがやはり違う」

 

「だな。やっぱり本物は違うな」

 

「なんか褒められてる気がしないんですけど!?」

 

やり場のない怒りは元凶の『アルミラージ』にぶつけることにしよう。

半ば八つ当たりの戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

そのまま暫く探索を続け、おそらく日が傾いているであろう時間になり、

 

「とりあえず、今日の探索はここまでにして、地上へ戻りましょう。中層初日の確認としては十分です。やっぱりベル様の存在は大きいですね」

 

リリがそう提案し、

 

「そうだな。いくらベルのお陰で楽が出来るといっても、交代メンバーが居ないんじゃ疲労が溜まる一方だからな」

 

「それじゃあ、今日は…………次の戦闘が終わったら帰りましょう」

 

再び生れ落ちるモンスター達を見て、僕達は構えなおした。

そのまま戦闘を開始し、モンスターの数を半分ほどに減らした時だった。

 

僕達はルームの一つで戦闘を行っていたけど、そこに繋がる複数の通路の一つから、5,6人のパーティが必死な表情で僕達の傍を駆け抜けていく。

その中の1人は一番大柄の男性に背負われており、その背中には痛々しくモンスターの武器が突き刺さっている。

そのパーティの特徴として全員が黒髪で黄色っぽい肌をしている。

これは極東出身者に多く見られる特徴だ。

そのパーティが駆け抜けていったその後姿を僕は見送る。

僕の傍を駆け抜ける時に聞こえた、「ごめんなさい」と呟かれた少女の言葉の意味。

それは、

 

「ッ!? いけません! 押し付けられました!」

 

リリが叫ぶ。

 

「【怪物進呈(パス・パレード)】です!!」

 

彼らがやってきた通路の先に、無数の気配を感じる。

通路を埋め尽くすほどに光る、モンスターの眼光。

 

「おいおい………! マジかよ………!?」

 

ヴェルフの顔が引きつる。

僕は、一瞬で状況を考える。

この広いルーム内では、もしかしたら2人を危険に晒してしまうかもしれない。

なら、答えは一つ!

 

「通路から出てくる前に、全部倒すだけだ!!」

 

僕は身体中で気を練り上げ、その技の名を叫ぶ。

 

「超級! 覇王! 電・影・だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

練り上げた気を体に纏い、更に自分の頭を中心に回転運動を加える。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ…………とぉりゃぁああああああああああああああっ!!!」

 

そのまま敵の群れに突進する。

この技は、直接触れた相手も粉砕するが、エネルギーを地面に流し、一気に大爆発させて広範囲の相手を巻き込む広範囲攻撃。

僕はモンスターの群れを貫くと、構えを取り、

 

「爆発!!」

 

その掛け声とともに通路全体が爆発に巻き込まれ、モンスターの群れを全滅させた。

 

「うおっ!? やっぱすげえな、ベル」

 

「ベル様ならこの位は当然です!」

 

僕は2人と合流しようとルームに戻ったとき、ピキリっと嫌な音が耳に届いた。

先ほどの爆発で地面にできた罅が広がっていく。

 

「あ…………」

 

罅はルームを埋め尽くすほどに広がり、

 

「まさか………」

 

「おいおい………」

 

一気に崩落した。

 

「うおわぁああああああああっ!!??」

 

「やっぱりベル様は非常識ですぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!」

 

そのまま僕達は奈落の闇の中へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

 

ベル君が一日経っても戻ってこない。

日帰りと聞いていたから、何かトラブルでもあったのかな?

恩恵は消えていないから生きていることは間違いない。

まあ、ベル君が中層でどうこうなるとは思ってないけど。

一応確認の為にギルドに確認を取ったけど、

 

「ベル君がダンジョンから帰還していないんですか!?」

 

あのアドバイザー君の驚き様からして会ってないことは明白だ。

 

「やっぱりこっちにも顔は出していないんだね?」

 

「はい………少なくとも私は会っていません………」

 

そう言いながら仲間のギルド職員に目配せをするけど誰もが首を横に振る。

 

「そうか………まあベル君の事だから心配ないとは思うけど、もし会ったらすぐに帰るように言っといてくれ」

 

「…………わかりました」

 

そう言ってボクは踵を返し、

 

「神ヘスティア!」

 

「ん?」

 

突然呼び止められたボクは首だけで振り向く。

 

「失礼ですがベル君が心配じゃないんですか!? その反応はあまりにも冷たいのでは!?」

 

アドバイザー君が若干震えた声でボクに言う。

その表情はベル君が心配で堪らないと言わんばかりだ。

まったく、ベル君は罪作りなんだから。

僕はアドバイザー君に向き直り、

 

「勘違いしないでくれ、アドバイザー君。ボクだってベル君の事は大切に思っているよ。ただ、ベル君の事を信頼しているだけさ」

 

「信頼………ですか?」

 

「ああ。ボクはベル君が必ず戻ってくるって信じてる。何故なら、ベル君はボクを悲しませるようなことは絶対にしないからね」

 

「神ヘスティア………」

 

「そういうわけだ。君の気持ちもわからんでもないけど、もう少しベル君の事を信じてあげなよ」

 

ボクはそう言いながら再び踵を返し、こんどこそギルドを後にしようとして、

 

「ヘスティア!」

 

また呼び止められた。

でも、今度はとても聞き覚えのある声だ。

見れば、ギルドの入り口で数人の眷属を従えたタケが立っていた。

その後ろの眷属達は、何故かみんなバツの悪そうな顔をしていた。

 

「すまんヘスティア! お前の子供たちが帰ってきてないのは、俺達に原因があるのかもしれん!」

 

「?」

 

突然言われた言葉にボクは首を傾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side エイナ】

 

 

 

 

 

 

 

神ヘスティアが神タケミカヅチと去った後、私はベル君の事を考えていた。

 

「ベル君…………大丈夫だよね………?」

 

神ヘスティアはベル君を信じろとは言っていたが、心配なものは心配だ。

私が物思いに耽っていると、

 

「失礼、よろしいかなお嬢さん」

 

「はっ! はい!」

 

突然呼びかけられた声に我に返る。

気が付くと、私の前には頭に頭巾を被って顔を布で隠し、茶色のマントを纏った人物がいた。

声からすると、それなりに歳をとった男性だろう。

格好については、旅人が砂埃などを避けるためにこのような格好をすることは珍しくないため、別段怪しいとは思わなかった。

私はコホンと咳ばらいをして、

 

「ここは冒険者ギルドになります。ご用件は何でしょうか?」

 

いつもの受付嬢としての職務を果たす。

 

「少々尋ねたいことがあるのだが………」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「ベル・クラネルという少年は、この街で冒険者になっていますかな?」

 

私はその名前を聞いた瞬間、思わず言葉に詰まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

 

 

 

場所を変えて、自分のホームで知り合いの神友であるヘファイストスと、ミアハとその眷属が集まり、タケの話を聞いていた。

 

「すまん!!」

 

タケが再び頭を下げる。

 

「では、彼らがベル達にモンスターを押し付けた………と?」

 

ミアハがそう言うと、

 

「こいつらも必死だったとはいえ、申し訳ない」

 

タケは何度も頭を下げる。

 

「いや、そんなに頭を下げられても困るんだけど………」

 

「しかし! 俺の子供たちの所為で………!」

 

「何か勘違いしてるようだけど、ボクのベル君は中層のモンスターを押し付けられた程度で如何にかなるほど柔じゃないよ」

 

「だが…………!」

 

「わかりやすい例えで言うと、ロキのところのヴァレン某………【剣姫】……いや、今は【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】だったね。彼女に中層のモンスターを押し付けて、どうにかなると思っているのかい?」

 

「それは…………」

 

「だろう? 言っておくけどベル君はヴァレン某よりも強いぜ」

 

「しかし、実際に戻ってきてはいないではないか!?」

 

「まあ、何かトラブルがあったんだろうね。ボクの予想じゃ、ベル君が張り切り過ぎてダンジョンの階層をぶち抜いて下の階層に落ちたっていうのが有力かな?」

 

「そんな冗談を言っている場合か!」

 

なんか怒られた。

ボクは至極真面目だっていうのに………

 

「とりあえず、帰って来ていないのは俺の子供たちの所為でもある。ベル・クラネルの捜索を、責任をもって行おう」

 

タケってばクソ真面目なんだから。

大丈夫だって言ってるのに。

 

「私も協力してあげたいけど、ウチの子でめぼしいメンバーはみんな【ロキ・ファミリア】の遠征に同行しちゃってるのよね………」

 

ヘファイストスがそう言う。

 

「自分から言い出しておいて何だが、ウチからも中層に送り出せるのは桜花と命、それからサポーター替わりに千草がいける程度だ………他は残念ながら、足手まといになる」

 

タケの言葉に、戦力外通告された子供たちはシュンとなる。

 

「でも、3人だけじゃ木乃伊取りが木乃伊になりかねないよ」

 

ヘファイストスがもっともな事を言う。

タケが俯いていると、

 

「キョウジ、頼めるか?」

 

ミアハが声を発した。

ミアハが声をかけたのは、獣人の少女の隣にいるヒューマンの男性。

タケの子供たちと同じで極東出身者の特徴を持っている。

 

「神ミアハの意向ならば従おう。一度手合わせした身としては、神ヘスティアの言う通り心配はないと思うが」

 

キョウジと名乗ったその男性は、何故かベル君の事を知っているような口ぶりだった。

ボクがそのことについて尋ねようとすると、

 

「俺も協力するよ。ヘスティア」

 

聞き覚えのある男性の声が聞こえた。

入口の方から歩いてきたのは金髪で帽子をかぶり、どこか飄々とした雰囲気を漂わせるボクと同じ神の1人。

 

「ヘルメス!?」

 

「お前何しに!? いつ旅から戻った!?」

 

「なぁーに。ギルドで神友の子供が行方不明になっていると聞いて駆け付けたのさ。どうやらクエストは発注しなかったようだけど、俺も協力するよ、ベル・クラネルと仲間の捜索」

 

ヘルメスはそう言うが、なんか胡散臭いんだよなぁ………

 

「神友とか言って、あなた下界に来てから碌にヘスティアと関わり持っていなかったんじゃない?」

 

「確かに………ずいぶんといい加減な友ではあるな」

 

「あらぁ~、これは手厳しい……」

 

ヘファイストスとミアハの言葉に、ヘルメスはがっくりと肩を落とす。

でも、真剣な顔で頭を上げると、

 

「でも、ヘスティアに協力したいのは本当さ。俺もベル君を助けたいんだ」

 

そう言いながらヘルメスは傍らにいた水色の髪でメガネをかけた女性の肩に手を回し、

 

「捜索には、このアスフィも連れていく「はぁっ!?」ウチのエースだ。安心してくれ」

 

なんかものすごい驚いていたけど、ため息を吐くとしぶしぶと会釈した。

なんだろう。

ものすごい苦労人なオーラが出ている…………

まあ主神がヘルメスだからなぁ………

結局タケはヘルメスの協力を受け入れ、ベル君の捜索をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この話をホームの外で聞いていた人物が居たことに、ボク達は気付かないままに………

 

 

 

 

 

 

 

 

タケ達が準備の為に集合時間を確認し、今夜から探索開始となった。

その時、ヘルメスが自分の眷属と一緒になってひそひそと話している。

その中で、

 

「ああ、俺も付いていく」

 

なんて言葉が聞こえたからボクは聞き耳を立てる。

バレなきゃいいとか迂闊な真似をするのが拙いだけとか聞こえてきたところでボクは決心した。

 

「ボクも連れてけ!」

 

ヘルメス達の話に割り込む。

 

「へ、ヘスティア!? 神がダンジョンに潜るのは禁止事項で………」

 

「バレなきゃいいんだろ?」

 

さっきヘルメスが使ってた屁理屈を言うと押し黙るが、

 

「へ、ヘスティアはベル君の事を心配してないんじゃなかったのか?」

 

「ああ、ついさっきまで心配してなかったけど、たった今心配事が出来た。だから付いてくよ」

 

その心配事とは言わずもがなヘルメスの事だ。

ヘルメスが動くときは大抵裏がある。

そのための監視だ。

とりあえず、ボクもダンジョンに行く準備をすることにした。

 

 

 

 

 

 

【Side ヘルメス】

 

 

 

 

 

ああ、拙いなぁ。

ヘスティアも付いてくるなんて予想外だ。

 

「アスフィ、俺とヘスティア。両方守り切れるか?」

 

「タケミカヅチ派次第ではありますが、もし足を引っ張るようなら保証しかねます」

 

俺一人ならともかく、2人を守り切れると無責任なことは言えないか。

正直なアスフィの言葉に、俺は考える。

 

「もう一人助っ人を連れてくるか」

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

 

僕はダンジョンの中をヴェルフとリリを肩に担いで進んでいた。

 

「悪いな………ベル」

 

「ベル様………申し訳ありません………」

 

ヴェルフとリリが謝る。

 

「さっきから言ってるけど2人に謝らなければいけないのは僕の方だよ。僕が力加減を間違えなければ2人が怪我をすることも無かったんだし」

 

僕の超級覇王電影弾は、ダンジョンの床を破壊し、僕達は下の階層に落下してしまった。

しかも、リリの感覚によると、二階層分ほど落ちたかもしれないということだ。

落ちただけで済めばよかったんだけど、落下の衝撃でリリとヴェルフは重傷を負い、ポーションなどの回復薬もすべて割れてしまって使えなくなってしまった。

僕は無傷で着地できたけど、僕はポーション類は最低限しか持っていなかったため、リリとヴェルフの2人を致命傷から救う程度しか回復できなかった。

2人はとても自力で動ける状態ではなかったので、僕が担いで運んでいる。

そして、2人を担いだまま一つしかない上層への階段を探すのは効率が悪いため、逆に縦穴を使って十八階層の安全地帯を目指し、そこにいる他のパーティにポーション等を融通してもらった方が早くリリ達を回復できるという結論になり、現在十八階層を目指して進んでいる。

とりあえずモンスターは僕が文字通り一蹴しているので特に問題は無い。

ただ、ヴェルフもリリも出血が少なくないため、そううかうかしてられない。

今度はミノタウロスが出てきたので、

 

「そりゃ!」

 

2人に反動が行かないように頭部を蹴り飛ばす。

言葉の通り、首だけが飛んでいきダンジョンの壁に激突して陥没の跡だけをのこすと、その場にあった体は灰となった。

 

「見つけた!」

 

下層への縦穴を見つけると、僕は戸惑わずに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多くの人々が寝静まる深夜。

ボクとヘルメス、ベル君捜索隊のタケとミアハの子供たち。

それからヘルメスの眷属のアスフィはバベルの前に集まっていた。

ミアハやタケ、ヘファイストスに見送られながらボク達がいざダンジョンに足を進めようとした時、

 

「ヘスティア様」

 

タケの眷属の命という少女が耳打ちしてきて、ボクも気付いた。

暗闇の向こうから1人の人物が歩み寄ってきた。

フードのついたケープを纏い、顔を隠しているが体付きからして女性だろう。

ボクが警戒するようにその人物を見ていると、

 

「心配いらない。彼女は助っ人だよ」

 

ヘルメスがそう言ったため、とりあえずは警戒を解く。

一言も喋らない彼女を少しの間伺い、敵意が無いことを確認すると、今度こそいざダンジョンへ…………

 

「ッ!? 何者です!?」

 

踏み込もうとした時、助っ人君が突然振り返り、2本の小太刀を両手に持って構える。

ボクは驚いてそちらを見ると、いつの間にかそこにもう一人立っていた。

頭巾と布で顔を隠し、茶色いマントを羽織ったその人物は、一見すれば唯の旅人だ。

でも、

 

「これは失礼。ワシは怪しいものではない」

 

「この距離まで私に気配を気取らせない相手が怪しくないわけありません」

 

助っ人君は現れた人物に最大限の警戒をしているようだ。

この時間に狙ったように僕達の前に現れた人物は確かに怪しいだろう。

その人物は声からしてそこそこ年を取った男性だとわかる。

 

「ふむ………とりあえずは名乗ろうか………ワシは……」

 

「東方不敗! マスターアジアァァァァァッ!!」

 

突然叫びながら飛び出したのは、

 

「なっ!? キョウジ!?」

 

ミアハの新しい子供のキョウジというヒューマンの男性だった。

そしてよく見ると、その顔には派手な色の覆面に覆われている。

キョウジ君は鋭い手刀を繰り出す。

いや、実際には見えなかったけど、相手が同じように手を手刀のようにして受け止めたから分かっただけだ。

 

「なっ!? 貴様はやはりシュバルツなのか!? いや、キョウジ・カッシュか!?」

 

相手は驚いたような声を上げ、キョウジ君の名前を言い当てる。

それにしてもシュバルツって、ベル君が戦ったっていう覆面の武闘家の名前じゃ……

って覆面!

 

「どちらも正解だと言っておこう!」

 

2人が同時に間合いを取り素早い動きで跳ね回ると、いつの間にか2人はバベルの塔の入り口の屋根の上にいた。

 

「最初に見たときは他人の空似かと思ったが、そうではなかったようだ。久しいなシュバルツ。いや、キョウジ」

 

「私もこの異世界で貴様に逢うとは思わなかったぞ、マスターアジア!」

 

すると相手はマントと頭巾を脱ぎ去り、その素顔が露になる。

その姿は、白髪交じりの長い髪を三つ編みにして一纏めにし、紫色の変わった服装をした初老の男性だった。

 

「マスターアジア。貴様はこの世界で何をする?」

 

「ワシが何をしたいかだと? 知りたくばその拳で聞いてみせい!!」

 

初老の男性が拳を握りしめながらそう叫ぶ。

あれ?

このノリって何となくベル君に似てるような………

 

「よかろう…………ならば行くぞ! ダンジョンファイトォォォォォォォッ!!」

 

「レディィィィィィ……………!」

 

「「ゴォォォォォォォっ!!!」」

 

示し合わせたかのような掛け声をかけ、2人は同時に突撃し、中央で激突する。

それぞれが相手の拳を左手で受け止め、右の拳を繰り出している。

しかも驚くことに、その激突の衝撃でバベルが揺れた。

いや、冗談抜きで。

 

「とぁあああああああああああああっ!!」

 

「そりゃぁあああああああああああっ!!」

 

2人が目で追うことすら困難なスピードで何度も交差し、そのたびに衝撃がバベルを揺るがす。

更に2人はほぼ垂直に近いバベルの外壁を駆け上がりながら途中で何度も交差する。

交差した部分の外壁が砕け、その欠片がバラバラと落ちてくる。

 

「垂直の壁を走って上ってますね………」

 

「ああ………走って上ってるな………」

 

「ひ、非常識です………」

 

あ、皆呆然としてるな。

ボクはベル君のお陰である程度耐性があるからどうにか大丈夫だけど………

そのまま彼らは地上からは見えないところまで駆け上がっていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

 

バベルの頂上で東方不敗とシュバルツとなったキョウジは向かい合っていた。

 

「ふん、腕は訛っていないようだな!」

 

「貴様こそ、その実力は流石だと言っておこう!」

 

東方不敗は腰布を解き、気で強化するとキョウジに向かって一気に繰り出す。

 

「何の!」

 

シュバルツは分身して避けると、東方不敗の上を取る。

 

「とあぁああああああああっ!!」

 

キョウジはブレードトンファーで切りかかるが、

 

「むん!」

 

東方不敗は腰布を素早く戻して両手で引き延ばすと、キョウジの一撃を受け止めた。

だが、その足元は大きく陥没している。

キョウジは再び飛び上がると、

 

「そらそらそらそらっ!!」

 

苦無を無数に投げ放った。

だが、

 

「甘いわぁ!!」

 

東方不敗が腰布を振り回すと、まるで腰布が勝手に東方不敗を守るように周囲を取り巻き、苦無を全て叩き落す。

 

「はぁあああああああああああっ!!」

 

「とぁあああああああああああっ!!」

 

キョウジもそれで倒せないことはわかっていたので同時に突っ込んでおり、東方不敗もまたそれに立ち向かう。

お互いの右腕同士をぶつけ合い、つばぜり合いのような状態となる。

 

「東方不敗ィィィィィィッ!!」

 

「キョウジィィィィィィッ!!」

 

お互いに力を込めあい、拮抗する力が足元に流れ、バベルの屋根を陥没させながらバベルが断続的に揺れる。

揺れがどんどん激しくなり、ついに崩れるかと思われたその時、何方かともなく力を緩め、揺れは収まった。

2人はお互いに拳を納め、

 

「どのような心変りがあったかは知らんが、貴様の拳に悪意は無かった」

 

「フフッ………ワシが過ちに気付けたのもドモンのお陰よ」

 

「そうか………マスターアジア、一つ聞きたい。ドモンはガンダムファイトに優勝できたのか?」

 

「ああ。デビルガンダムを倒し、そしてこのワシを見事に超えてな」

 

東方不敗は懐かしむように笑みを浮かべる。

 

「そうか………それだけが気がかりだった。感謝するぞ、東方不敗」

 

 

 

 

 

 

その後、ヘスティア達と合流し、東方不敗も共にダンジョンに潜ることになったのだが、バベルの中にいた神々が大惨事に陥っていることを彼らは知らない。

 

 

 

 

 

 

 







第二十二話の完成です。
さて、ベル君遭難の回ですがどうすれば遭難するかでしたが、ベル君が階層ぶち抜いたのが答えでした。
やはり電影弾はダンジョン内では禁止です。
そして皆さんお待ちかねー。
師匠の登場です。
戦闘シーンが短いせいでインパクトに欠けますがあれ以上やると真面目にバベルが崩壊しますので………
ですが、ベル君との再会の時にはもっとはっちゃけさせたいと思っております。
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第二十三話 ベル、再会する

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

バベルの塔の上で断続的に激突音が聞こえ、今にもバベルが崩れそうなほどに揺れたと思ったらピタリと止まり、それから少しすると2人が飛び降りてきた。

正直、上級冒険者でも死にかねない高さのはずなのに、2人は何でもないようにスタッと着地していた。

他のメンバーは未だに固まっていたので、ボクが代表して口を開いた。

 

「で、キョウジ君。そちらのご老体は何者なのかな?」

 

おそらくあっちのお爺さんも『武闘家』なのだろう。

すでに『武闘家』のやることには突っ込んだら負けだということはベル君で理解しているので、今の出来事には一切突っ込まない。

なので、謎のお爺さんが何者なのかということだけは聞いておきたかった。

 

「ふむ、こちらは…………」

 

「待てキョウジ。自分の事は自分で名乗るのが筋というもの」

 

そう言うとお爺さんは身なりを正し、

 

「ワシの名は東方不敗。マスターアジアと呼ぶものもいる」

 

腕を組みながら堂々と名乗った。

 

「と、東方不敗………?」

 

「本名か………?」

 

一風変わった名前に皆が困惑する。

それにしても………東方不敗?

東方不敗といえば…………って!

 

「も、もしかして君、ベル君の師匠かい!?」

 

思わず指を指しながら訪ねてしまった。

 

「うむ、その通りだ。そういう其方はベルの主神殿であるな?」

 

「あ、ああ………ボクはベル君の主神であるヘスティアさ」

 

「そうか………ベルはうまくやっておるだろうか? まだまだ経験不足な所が多い故、未熟者の弟子ではあるが………」

 

「いやいやいやいや!! ベル君はよくやってくれているよ! ボク自身申し訳なく思うぐらいに大助かりだよ!」

 

ベル君が未熟者!?

そんなこと言ったら冒険者全員未熟者だよ!

 

「そう言ってもらえるとありがたい」

 

あのベル君を未熟者扱いするなんて…………

まあ、先ほどの戦いを見れば納得といえば納得だけど…………

やっぱりこの師あってのあの弟子ありなんだなぁ………

って、こんなことしてる場合じゃない!

 

「皆! 師匠君について聞きたいことが多いだろうけど、今はダンジョンに急ごう! この騒ぎを聞きつけて、じきに人が来る!」

 

ボクが声をかけると、皆は我に返る。

そうして新たに同行者を増やしたボク達はダンジョンへと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

 

バベルの塔、最上階。

ここは美の神フレイヤの部屋である。

いや、部屋であった。

本来、綺麗に整理され、本棚と部屋の中心に置かれた椅子、オラリオの街を見下ろせる大きな窓があるこの部屋は、今は見るも無残な場所と化していた。

本棚は倒れて本は散乱し、天井の一部が崩落して部屋全体を埋め尽くしている。

その瓦礫の一角。

周りより少しだけ高く積みあがった瓦礫の山。

その山がガラガラと崩れだし、

 

「ぐぅ…………」

 

その下から現れたのは屈強な肉体を持つ【猛者】オッタル。

そして、

 

「お怪我はありませんか? フレイヤ様………」

 

「ええ、大丈夫よ………」

 

更にその下から現れたのは、美の神フレイヤであった。

 

「咄嗟の事とは言え突然のご無礼、お許しを………」

 

「かまわないわ。助かったわ、オッタル」

 

「もったいなきお言葉」

 

すると、フレイヤは窓の方へ歩いていくと、ダンジョン内に入っていくヘスティア達を見下ろす。

 

「……………ねえオッタル」

 

「はっ!」

 

「…………やっぱり私、あなたがいいわ」

 

「はっ………? はっ! ありがたき幸せ!」

 

どこか悟ったような眼をしながらフレイヤは呟く。

 

「……………私を圧倒するほどの魂の輝きを持つなんて…………何者なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

 

ダンジョンを進むボク達。

そこに待ち受けるモンスター。

 

「はぁっ! せぃっ!」

 

助っ人君が2本の小太刀で風のように次々と切り裂き、

 

「ふっ!」

 

ヘルメスの眷属のアスフィ君がアイテムでモンスターの目潰しをして投げナイフで止めを刺す。

 

「つ、強い…………」

 

「一瞬で………全滅………」

 

「ふわぁ………」

 

タケの子供たちはその強さに驚いているようだけど………

 

「ふむ、中々の実力だな………」

 

「Lv.4といったところか………」

 

師匠君とキョウジ君は冷静に実力を把握していた。

まあ、彼らにとっては格下の戦いだろうからね。

道を進み、一際広いルームへと出ると、

 

「うわっ…………」

 

「これは…………」

 

そのルームを埋め尽くすほどにいる大量のモンスター。

 

「これは………迂回した方が宜しいかと……」

 

助っ人君がそう言うが、その言葉に反して2人がその前に進み出た。

 

「どれキョウジよ。ここは一つ勝負と行こうではないか。どちらがより多くモンスターを倒せるかだ」

 

「よかろう………ならば!」

 

師匠君は腰布を解き、キョウジ君はブレードを構える。

そして、

 

「「はぁああああああああああああああっ!!!」」

 

一瞬にして全てのモンスターが吹き飛んだ。

 

「「「「「は…………?」」」」」

 

唖然とするタケの子供達とヘルメスとアスフィ君。

助っ人君も目を見開いて驚いている。

 

「ふむ、引き分けか」

 

「こんなものか」

 

特に気にした様子もなく、腰布を縛りなおす師匠君とブレードを納めるキョウジ君。

ボクも歩みを進め、

 

「お~い。何やってるんだい、早く行くよ」

 

未だ固まっているメンバーに声をかける。

 

「いやいや! ヘスティア! 今のを見て何も思わないのかい!?」

 

ヘルメスが叫んでくる。

 

「うるさいなぁ………師匠君はベル君の師匠なんだから、この位はできて当たり前だろ?」

 

「わかってるのか? 彼は【恩恵】を貰ってないんだぞ!?」

 

「だから何だい? ベル君だってアビリティに関しては【恩恵】を超越してるんだ。【スキル】については効果があるけど、身体能力については【恩恵】の方が追い付いてないんだ。そのベル君の師匠の身体能力なら【恩恵】がなくったってモンスターぐらい瞬殺だろう」

 

もう突っ込まないでほしい。

『武闘家』のやることには突っ込まない。

これがベル君との生活で一番に学んだことだ。

 

「それよりも早く行くよ。あんまり大きな声を出すとモンスターが寄ってくる」

 

ボクはそう言って歩みを進めた。

 

 

 

 

 

しばらく行くと、タケの子供達がベル君達にモンスターを押し付けた場所という所に到着したんだけど………

 

「な、何だこれは…………」

 

桜花君が震えた声で呟く。

何故なら、そのルームに入った途端、ルームの大半が崩落して大穴が覗いていたからだ。

 

「何が起こればこんなことに…………」

 

桜花君がそう疑問を口にするが、多分、ベル君の仕業なんだろうな~っとボクは思っていた。

その考えを肯定するように、

 

「どう見る? マスターアジア」

 

キョウジ君が師匠君に話しかける。

 

「ベルの奴め。こんな所で超級覇王電影弾を使いおったな。こんな閉鎖空間内で電影弾を使えばこうなることは目に見えておるだろうに」

 

やれやれと言わんばかりに師匠君が呆れた声を漏らす。

やっぱりベル君の仕業っぽい。

 

「やはり下に落ちたとなれば、18階層の安全地帯を目指していると思っていいだろう」

 

キョウジ君がそう推察する。

 

「待て、何故そう言い切れる? これがヘスティア様の【眷属】の仕業なのだとしたら、上層へ戻るのも簡単なのではないか?」

 

桜花君がそう意見する。

 

「ベル一人ならそうかもしれんが、仲間がいる。この高さから落ちた場合、ベル以外は無傷とは思えん。ポーション類も割れて使えなくなった可能性が高い。そうなった場合、一つしかない上層への階段を上るより、18階層の安全地帯へ行き、そこにいる冒険者たちにポーション、もしくは回復魔法を融通してもらった方が効率が良い」

 

その言葉で、ボク達は18階層を目指すことになった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

 

 

迷いに迷ってようやく僕達は、ゴール手前の17階層にたどり着いていた。

でも、

 

「ふざっ………けんなよ………! ここまで来て………!」

 

ヴェルフが悪態を吐く。

何故なら、僕達の目の前には『嘆きの大壁』と呼ばれる大きな壁から生まれる唯一のモンスター。

約7mほどの大きさを持つ巨人の階層主『ゴライアス』が生まれ出でた瞬間だった。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」

 

耳を劈くほどの咆哮が木霊する。

僕はそのモンスターを見ると、リリとヴェルフをその場に下す。

 

「2人ともちょっと待ってて。すぐに片付けるから」

 

僕はそう言うとゴライアスに向き直る。

 

「おいっ! ベルッ!」

 

ヴェルフは心配そうな声を掛けてくるが、

 

「大丈夫ですよクロッゾ様。ベル様なら心配いりません」

 

リリは僕を信頼しきったようにそう言う。

 

「ベル様、あの程度なら問題ないと思いますが、ご武運を………」

 

意識が朦朧としているのかリリが焦点の定まらない目でこちらを見てそう言ってくる。

 

「大丈夫。すぐに終わらせるから!」

 

僕はゴライアスに駆け出す。

 

「オオオオオオッ!!」

 

7m程の巨体が拳を振りかぶる。

僕がその場から軽くジャンプすると拳が僕の下を通過して地面に突き刺さる。

そのままゴライアスの腕に着地して腕を駆け上がると、二の腕あたりからゴライアスの胸部に向かって跳躍する。

 

「普通ならもう少し楽しんでもいいんだけど、今は2人が心配だ。生まれて早々悪いけど、退場してもらうよ」

 

僕は右手に闘気を集中すると、

 

「必殺! アルゴノゥト………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」

 

アルゴノゥトフィンガーをゴライアスの胸に叩き込んだ。

 

「オオッ!? オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ゴライアスの分厚い皮膚を突き破り、僕の右手がゴライアスの胸部に突き刺さる。

でも、それだけではゴライアスにとっては小さな傷だ。

アルゴノゥトフィンガー自体の攻撃範囲はとても狭い。

その分貫通力には優れているけど。

でも、ここから…………

 

「グランド………………!」

 

右手に集中させた闘気を開放する。

以前ベートさんに使ったときは表面で開放して吹き飛ばしただけだけど、今回は違う。

相手の体内で闘気を開放し、内側から破壊する。

 

「…………フィナーーーーーーーーーーーーレッ!!!」

 

僕の決め台詞と共にゴライアスの身体が膨れ上がり、弾け飛んだ。

ゴライアスは断末魔の叫びを上げる暇すらなく消滅する。

手加減間違えて魔石ごと消し飛ばしちゃったけど。

とりあえずそれは気にせずに2人の元に戻り、肩に担ぎ直すと18階層への道へ向かった。

 

 

少し長い道を下り終えると、そこには草木が生い茂りダンジョン内とは思えない光景と、

 

「ベル………」

 

「アイズさん………」

 

こちらに微笑みを向けてくるアイズさんの姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

 

今、私達【ロキ・ファミリア】は18階層にいた。

遠征の帰りに団員の大半がモンスターの『毒』に侵されてしまい、ここ18階層で『休息(レスト)』を取ることになり、足の速いベートさんが地上へ解毒剤を取りに行っている。

私はその間、ここ18階層の散策を行っていた。

私は今まで、この18階層を単なる安全地帯………休憩場所としか認識していなかった。

でもベルと出会い、心に余裕を持てた今では、何度も来ているこの18階層にも色々な発見があって楽しく思える。

すると、

 

「アーイズッ!」

 

後ろからティオナが抱き着いてくる。

 

「ティオナ」

 

「なーにしてるの?」

 

「ちょっとした散歩。今まで気付かなかった事がたくさんあって面白いから………」

 

すると、ティオナは嬉しそうに笑い、

 

「ほんとにアイズって最近変わったよね」

 

「え? そ、そうかな………?」

 

「うんうん。今まではこんな風に散歩することも無かったでしょ? 私も今のアイズの方がずっといいと思うよ」

 

「そう………思う………?」

 

「もちろんだよ! これも皆、ベルのお陰かな?」

 

「ベル………」

 

その名前を聞き、その名前を呟くと自然と顔が熱くなる。

すると、再びティオナが抱き着いてきて、

 

「んもー! 顔を赤くしちゃって、ほんとにアイズってばカワイイ!」

 

「……………」

 

その言葉に、更に顔が熱くなる。

その時、ズズズ、っと少し地響きが聞こえた。

 

「あれ? 誰かが上層で強力な魔法でも使ったのかな?」

 

ティオナが上を見上げてそう呟く。

でも、私はある感覚を感じ取っていた。

言葉では言い表せないこの感覚は………

 

「ベルが………近くに来てる………」

 

「へっ?」

 

私はその瞬間駆け出す。

 

「ちょ、アイズーーーッ!?」

 

叫ぶティオナを尻目に、私は一直線に駆ける。

そして、上の階層への入り口にたどり着く。

遅れてティオナが追い付いてきて、

 

「はぁ………はぁ………ア、アイズ………いくらベルが大好きだからって、こんな所にベルが居るわけが………」

 

そこまでティオナが言いかけた所で、上からやってくる気配を感じる。

それは、

 

「ベル…………」

 

「アイズさん………」

 

2人の仲間を肩で担ぎながら、驚いた顔で私を見つめるベルの姿があった。

 

「ほ………ほんとに居た………」

 

ティオナが驚いた表情で呟いている。

 

「そうだ! アイズさん! ポーションを譲っていただけませんか!? 仲間が怪我をしてしまって、手持ちのポーションも割れてしまったんです!」

 

よく見ると、ベルが担いでいる2人の仲間は、かなりの怪我を負っているのに気付いた。

 

「私達のキャンプに運んで。遠征帰りだからポーションはあまりないけど、怪我ならリヴェリアが治せる」

 

私はベルを、自分たちのキャンプに案内することにした。

 

 

 

 

 

 

 

ベルの仲間の治療をフィンやリヴェリアに頼んでみたところ、割とあっさりと許可してくれた。

なんでも、ベルにはいくつか借りがあると言われた。

それでも、ベルが階層の床を崩落させて下に落ちたというのは驚いたけど。

リヴェリアがベルの仲間2人を回復させ、地上に帰る時までは客人として迎え入れてくれるそうだ。

ベルの仲間も意識はハッキリしていたから、怪我さえ回復すればもう動けるぐらいだった。

その夜の夕食の時、

 

「彼らは身命を投げ打ちここまでたどり着いた勇気ある冒険者達だ。同じ冒険者として敬意を持って接してくれ」

 

フィンがベル達を皆に紹介する。

食事が始まると、各々が騒ぎ出す。

私はベルの横で18階層で採れた果物を試食させてみたりしたけど、ベルの口には合わなかったみたい。

 

「ねーねー、ベルー? 何をしたらアイズをいきなりLv.7にすることが出来たの?」

 

ティオナがベルに絡みだす。

 

「私も聞きたいわ。一宿一飯の恩よ。かまわないでしょ?」

 

ティオネも少し威圧感を出しながらベルに迫る。

 

「え、えっと………?」

 

2人に迫られるベルに、ちょっとムッとする。

その時だった。

 

「思ったより楽しそうにしてるねぇ………ベルくぅん…………?」

 

どこかで聞いた声が聞こえた。

ベルがハッとして後ろを向くと、そこにはベルの主神であるツインテールの女神がいた。

 

「か、神様!? どうしてこんな所に!?」

 

ベルは驚いた表情でそう尋ねる。

 

「ま………何と言うべきか………ボクはさほど心配はしてなかったけど、ベル君を探しに行くなんて言い出す胡散臭い神が居たからね………ボクはお目付け役さ………でも…………信じてたけど、無事でよかったよ、ベル君」

 

「神様………」

 

ベルは感無量といった声を漏らす。

………何故か2人の様子を見ていたら、胸のあたりがモヤモヤした。

 

「クラネルさん、無事でしたか」

 

すると、フードの付いたケープを着た人物がベルに話しかける。

 

「えっ? リューさん!?」

 

ベルが驚いたようだったけど、そのケープの人物は人差し指を口の前で立てて静かにという意思をベルに伝える。

 

「君がベル・クラネルかい?」

 

すると、帽子を被った金髪の男性がベルに話しかけた。

 

「あ、はい」

 

「そうか、君が! 会いたかったよ! 俺の名はヘルメス。どうかお見知りおきを」

 

そう言いながら右手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

ベルもその右手を握り返した。

 

「なーに、神友のヘスティアの為さ。それに、感謝なら俺以外の子たちにしてやってくれ」

 

そういうと、後ろを見るように手を向ける。

そこには4人の冒険者がいた。

しかも、その内の1人は、以前ベルと互角以上の戦いを繰り広げたあの覆面の冒険者だった。

 

「あれ? あの人たちは………」

 

ベルは不思議そうな声を漏らす。

すると、

 

「あれ? 彼はどうしたんだい?」

 

神ヘスティアがキョロキョロと辺りを見渡しながら彼らに訪ねる。

 

「神様、どうかしたんですか?」

 

ベルが尋ねると、

 

「ああ、実は君の…………」

 

彼女がそこまで言いかけたとき、

 

「ワッハッハッハッハッハ!! ウワッハッハッハッハッハ!!」

 

突然笑い声が響く。

食事をしていた各メンバー達も、突然の笑い声に食事を中断し、何事かと辺りを見渡す。

 

「息災であったかぁ!? ベルよ!!」

 

ベルはその言葉にハッとして、辺りを見渡す。

 

「こ、この声は………! まさか!?」

 

ベルにしては珍しく、激しく動揺している。

すると、

 

「どこを見ておる! ワシはここだ! ここにおる!!」

 

その言葉に反応して、ベルは上を見上げた。

そこには、何故かひときわ高い木の頂点に腕を組みながら仁王立ちをした、白髪交じりの長髪をおさげにした初老の男性がいた。

 

「し………し………」

 

「くぁあああつ!!」

 

ベルが何か言いかけた所で男性が叫び、ベルを黙らせた。

 

「応えよベルゥゥゥゥゥッ!!」

 

男性が叫びながら前方に飛び上がる。

 

「流派! 東方不敗は!!」

 

「王者の風よ!!」

 

ベルも突然叫び、男性に向かって跳躍した。

 

「全新!!」

 

「系列!!」

 

そしていきなり拳を繰り出しあう2人。

しかも、その速度は半端じゃない。

一秒間に何十発もの拳の応酬が繰り広げられる。

空中での殴り合いから地上に着地した時、2人の拳がぶつかり合い、それぞれが左右対称になる形となった。

 

「「天破侠乱!! 見よ! 東方は赤く燃えている!!!」」

 

そして何故か、彼らの後ろで激しい炎が燃え上がる光景を幻視した。

私は思わず目を擦る。

改めてみると、その後ろは暗くなった18階層の光景が広がっているだけだった。

 

「………今の………何?」

 

私は思わず首を傾げる。

食事をしていたその場のメンバーは全員桁違いの応酬に固まっていた。

 

「な、何と素晴らしい演武でしょうか!!」

 

「ああ、あれ程の演武は見たことがない!」

 

「す、凄かった………!」

 

共に来た極東出身者と思われる3人は目を輝かせて彼らを見ていた。

ベル達は少しの間、その形を保っていると、

 

「久し振りだなベル………」

 

男性がベルに話しかける。

その口振りから、昔からベルを知っていることが伺える。

 

「し、師匠………!」

 

その言葉を聞いた瞬間、私は驚愕した。

あの人がベルの師匠!

あの強いベルを鍛え上げた人。

 

「お久しぶりです…………師匠!」

 

ベルは突き出された拳を両手で握りながら、その場で跪く。

 

「ベル…………」

 

ベルの師匠は優しそうな声を掛け……………

 

「この馬鹿弟子がぁあああああああああっ!!」

 

「ぐふぅっ!?」

 

いきなりベルを殴り飛ばした。

宙を舞うベル。

 

「ええええっ!? 何で!? 今の殴る流れ!?」

 

ティオナが驚いたように声を上げる。

 

「し、師匠………?」

 

地面に這い蹲ったベルは顔を上げると、

 

「ここに来るまでに見たぞ! あのような閉鎖空間で電影弾を使うとは何事かぁ!!」

 

叱るようにベルの前で腕を組み堂々と言い放つベルの師匠。

 

「そ、それは………敵の数が多かったので咄嗟に………」

 

「だからお前はアホなのだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ぐふぅぅぅぅっ!!」

 

再び殴られ、宙を舞う。

 

「よいか! どんな時でも冷静に状況を把握し、最善の技を選ばねば今回のように自分の身を滅ぼしかねん! いや、仲間を巻き込んだ今の状況は更に悪いわぁ!!」

 

「し、師匠………! 申し訳ありません!!」

 

「ベル! お前はまだまだ未熟だ! 一人前を名乗るなど10年早い!!」

 

そのままベルの師匠によるベルへの説教は1時間ほど続いた。

因みにこの1時間で、ベルは10回ほど宙を舞った。

 

 

 

 

 







第二十三話です。
今回はベルと師匠の再開をお送りいたしました。
これ以外?
多分最後で全部持ってかれるでしょうから説明要りませんよね?
後は皆さまそんなに師匠の登場が待ち遠しかったのでしょうか?
一話当たりの感想数最高記録68件ありました。
それといつの間にやらUA50万超えてましたね。
ありがとうございます。
それでは次回にレディー………ゴー!!




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第二十四話 ベル、見学する

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

予想外の師匠の登場に中断していた夕食が再開される。

とはいえ、皆の視線の大部分は僕の横で夕食を共にしている師匠に向けられている。

まあ、このオラリオの人から見れば、師匠の存在は非常識をぶっちぎっているから仕方ないと言えば仕方ない。

その師匠本人は、その視線を気にもせずに食事をしている。

そこで僕は、気になることを師匠に聞くことにした。

 

「あの、師匠? 師匠は何故オラリオに?」

 

「ワシが何故オラリオに来たか………それはお前の様子を見に来るためだ」

 

「えっ? 僕の………ですか?」

 

「お前はワシの元で修業し、他者よりも多少抜き出た実力を持っておる。だが、それを除けば世間知らずの子供でしかない。そんな半人前が一人でやっていけておるか心配するのは当然ではないか? もちろん、お主の祖父の頼みということもあるがの」

 

「は、ははは…………」

 

僕は思わず苦笑する。

 

「………………流石ベル様の師匠………あのベル様ですら、他人より“多少”抜き出た実力扱いですか………」

 

リリが何か呟いている。

 

「まあ、お前の主神殿からも聞いたが、それなりにやっていけておるようだな?」

 

「ッ………はい!」

 

その言葉は、師匠に認められた気がして嬉しくなり、返事に力が籠ってしまった。

 

「所でベル。お前には二つ名とやらは付いたのか?」

 

「は………はい………」

 

いきなりの質問に僕は戸惑う。

 

「どのような二つ名なのだ?」

 

「え………えっと…………お恥ずかしながら、【心魂王(キング・オブ・ハート)】という二つ名を頂きました………」

 

「キング・オブ・ハート………とな………?」

 

「は、はい…………」

 

僕が頷くと師匠は一瞬沈黙して、

 

「ク…………ククク…………うわっはっはっはっは!!」

 

突然大笑いした。

 

「わ、笑わないでくださいよ師匠……僕も恥ずかしいんですから…………」

 

僕は師匠が二つ名の印象を、僕やリリが感じたものと同じようなものとして受け取って大笑いしていると思い、思わずそう零した。

 

「ククク…………いや、すまんな。ワシが笑ったのは二つ名が可笑しかったからではない…………」

 

「え……………?」

 

すると、師匠は懐かしそうな眼をして、

 

「このワシも…………かつてキング・オブ・ハートと呼ばれておった………」

 

「えっ!?」

 

その言葉に僕は驚き、周りにいた神様やリリ、ヴェルフ達も驚いた表情をしている。

 

「ワシの場合は二つ名ではなく、代々紋章と共に受け継がれる称号であったがな…………」

 

「称号………」

 

「ワシがかつて居た所には、最強の5人の武闘家集団がおった…………ワシが受け継いだキング・オブ・ハート…………クイーン・ザ・スペード…………ジャック・イン・ダイヤ…………クラブ・エース………そしてブラック・ジョーカー……………その5人を総称して、シャッフル同盟と呼んだ」

 

「シャッフル………同盟…………」

 

「ワシは既にもう一人の弟子に紋章を継承し、その名も託した後ではあるがな」

 

「すごい偶然じゃないかベル君。師匠君と同じ称号を授かるなんて」

 

神様がそう言ってくる。

 

「はい。今まではちょっと恥ずかしかったですけど、今はなんだか誇らしいです」

 

師匠と同じ称号を名乗れるなんて、本当に凄い偶然だと思った。

するとそこで、

 

「そういや【剣姫】の新しい二つ名も【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】って言うんじゃなかったか?」

 

ヴェルフが爆弾を落とした。

そう言えばそうだった。

 

「本当…………!?」

 

一瞬でヴェルフの目の前に行き、問い詰めるアイズさん。

 

「お、おお………!」

 

突然の事に狼狽えながらもヴェルフは頷く。

 

「………やった………ベルとお揃い…………」

 

アイズさんは何故かどことなく嬉しそうだ。

 

「ちっ! 鍛冶師君め、余計な事を………」

 

「まったくクロッゾ様は………何で今言ってしまうんですか………」

 

何故か神様とリリがヴェルフを睨みつけている。

雰囲気が険悪になりそうだったので、

 

「し、師匠! もう一つ聞きたいのですが………!」

 

「なんだ? ベル」

 

「あの、シュバルツさんと師匠の関係はどの様な………? シュバルツさんからは師匠と因縁があると伺ったのですか………」

 

僕は相変わらず覆面を被り、何故か先ほどの師匠と同じく木の天辺からこちらを見下ろすシュバルツさんに視線を向けた。

 

「ふむ………シュバルツ………キョウジとの関係か…………何、大したことではない。あ奴はワシのもう一人の弟子………お前の兄弟子にあたる者の実の兄だ」

 

「ええっ!? 僕の兄弟子のお兄さんなんですか!? ってことは、あの人も師匠の………?」

 

「いや、奴はワシに勝るとも劣らぬ実力を持ってはいるが、ワシの弟子というわけではない。あ奴は立場が色々と複雑でな、その辺りは詮索せんでやってくれ」

 

「は、はあ………」

 

 

 

 

そんなこんなで夕食が終わり、

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありませんでした!」

 

何故か【タケミカヅチ・ファミリア】の女性団員に土下座をされていた。

何でもその女性―――命さん―――が言うには、僕達にモンスターを押し付けてしまった事を悔やんでいるらしい。

 

「あの……その………本当にごめんなさい………」

 

その横でおどおどしている少女―――千草さん―――も頭を下げる。

 

「あれは俺が出した指示だ。責めるなら俺だけにしろ。そして俺は、今でもあの指示が間違っているとは思っていない」

 

逆に堂々と胸を張って、きっぱりとそう言い切った団長である体格の良い男性—――桜花さん―――。

いや、まあ、言いたいことは分かるんだけど………

 

「そんなに必死こいて頭下げられてもなぁ………」

 

「そうですねぇ………」

 

ヴェルフとリリが顔を見合わせながら悩む………というか困惑している。

 

「リリ殿達の怒りももっともです! いくらでも糾弾してください!」

 

命さんはそう言うが、

 

「いや、だから俺達に謝られてもなぁ………」

 

「元々あなた方を責める気すらありませんし………」

 

「………はい?」

 

2人の言葉に命さんは疑問の声を漏らしながら頭を上げる。

リリとヴェルフは僕に視線を向けると、

 

「押し付けられたモンスターはベル様が瞬殺されてしまいましたし………」

 

「俺達が大変な目にあったのはベルが階層ぶち抜いたのが原因だしなぁ………」

 

その言葉に僕は肩身が狭くなる。

 

「きっかけぐらいにはなったかもしれませんが、ベル様と行動していればいつかこのようになっていたとは思いますし………」

 

「言っちゃ悪いが遅かれ早かれの違いなんじゃねえか?」

 

2人の僕に対する評価が酷い…………

 

「まあ、そのベル様もご覧になった通りお師匠様にこってり絞られましたし………」

 

「あれを見た後じゃ何か言う気にもなれねえな」

 

確かにひどい目にあった。

まあ、あれでこそ師匠だけど………

 

「ま、まあそれでも気に病むのでしたら、貸し一つということにしておいてください」

 

僕はそう言っておく。

そう言わないと納得しない気がした。

 

「わかりました。ベル殿がそう言うのでしたら………」

 

そう言って、ようやく命さんは土下座の体勢から立ち上がる。

その後今後の予定を話し合い、【ロキ・ファミリア】と共に地上へ帰還することにして、その【ロキ・ファミリア】の出発が早くても2日後の為、明日一日は空きとなり、この階層にあるリヴィラの町の観光をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

 

翌日。

私は断続的に続く打撃音で目を覚ました。

私がテントから出てみると、

 

「はぁああああああああああああっ!!」

 

「とりゃぁああああああああああっ!!」

 

ベルとマスターが戦い………ううん、組手を行っていた。

腕が無数に分身して見えるほどのスピードで拳を打ち合っている。

でも、その表情には明らかに差があった。

ベルの表情は真剣で、明らかに全力に近い力を出しているけど、マスターの方は涼しい顔でベルの拳を捌ききっている。

私がその様子を眺めていると、

 

「うう~ん………何の音………? こんな朝っぱらから………」

 

「煩いわねぇ………」

 

ティオナとティオネが目を擦りながらテントから顔を出す。

それから顔を上げてその光景を目にすると、

 

「え? ええっ!? 何でベルとマスターが戦ってるのさ!?」

 

驚いた表情でそう言う。

 

「戦ってるわけじゃない………あれは組手」

 

私がそう言うと、

 

「あれ…………組手?」

 

ティオナが唖然とした声を漏らす。

 

「ベルは真剣みたいだけど、マスターはまだまだ余裕がある」

 

「うひゃぁ………私やアイズでも敵わなかったベルを余裕で相手するなんて、やっぱりマスターはベルの師匠なんだね」

 

「しかも、あれで【恩恵】無しって………一体どういうことなのよ………!?」

 

ティオネも愚痴を漏らしてる。

すると、打撃音が止み、

 

「ベルよ、朝食前の運動はここまでとしよう」

 

「はい! 師匠!」

 

2人の組手はそこで終わった。

 

 

 

 

朝食時。

ベルは昨夜と同じくマスターと食事を共にしていた。

そのベルの顔は生き生きとしていて嬉しそうだ。

ベルが本当にマスターの事を尊敬していることがよくわかる。

でも、マスターとばかり一緒にいて、私をほったらかしにしていることに、少し不満を感じる。

 

「アイズ、流石にお師匠様に嫉妬はどうかと思うよ?」

 

いきなりそんなことを言われ私は思わず振り向く。

そこには、ティオナが楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

「そ、そんなことは………」

 

「自分に構って欲しいって顔に書いてあるよ♪」

 

「ッ……………!」

 

私は思わず俯いてしまう。

 

「もうっ! ほんっとアイズってばカワイイ!」

 

頭をティオナに抱きかかえられる。

顔が熱くなるのを自覚しているけど、それを止める術はない。

そのままティオネにもからかわれ続けた。

 

 

 

 

 

 

朝食後、ベル達がリヴィラの町を見学に行くと言っていたので、私も付いていくことにした。

私のほかに、ティオナとティオネもいる。

何故かベルの主神の女神には威嚇されたけど…………

町の入り口に辿り着くと、

 

「“ようこそ同業者”?」

 

ベルが町の入り口に掲げられている看板を読む。

 

「ここがリヴィラ。冒険者達が作った町」

 

私はそう言うとベル達を町の中に案内する。

そこでベル達が最初に驚いた事は、

 

「こ、この小さい砥石が一万三千ヴァリス!? た、高ぇ! ありえねえ!」

 

ベルの仲間の赤髪の青年が見ているのは指先で摘まめるほどの小さな砥石。

 

「このボロイバッグが2万ヴァリス!? 法外もいいところです!!」

 

犬人(シアンスロープ)の女の子が持っているのは中古のボロボロのバッグパック。

…………あれ? あの子って前は小人族(パルゥム)だったような気が………

 

「ぼ、ぼったくりにもほどがありますね、この町」

 

ベルが苦笑しながらつぶやく。

 

「この町、宿も馬鹿みたいに高いの」

 

「だからあたし達、森でキャンプしてるってわけ」

 

「な、なるほど………」

 

呆れながらも納得するベル。

すると、道の真ん中をズカズカと歩いてきた大柄の冒険者。

その肩がベルとぶつかる。

多分、大柄の冒険者はベルを押しのけようとした思うけど、

 

「うおっ!?」

 

その冒険者は逆に跳ね返されて尻餅を着いていた。

ベルは逆に微動だにしていない。

流石ベル。

足腰の鍛え方も半端じゃない。

 

「あ、すみません。 大丈夫でしたか?」

 

更にその冒険者に手を差し出す始末。

相手のプライドはズタズタだろう。

 

「なっ!? てめえは酒場のガキッ!?」

 

「あっ、あの時………」

 

ベルはその冒険者に見覚えがあるようで、声を漏らす。

 

「このガキ! あんときはよくもやってくれたな!?」

 

冒険者は声を荒げながら剣を抜こうとした。

でも、

 

「ッ!?」

 

冒険者が柄に手をかけた時には、既にベルの剣は相手の首に添えられていた。

研ぎ澄まされた刃が、冒険者を威嚇するように光を反射する。

………って、あれ?

 

「いい加減に実力の差を分ってください。自分の実力も把握できない人は、それ以上強くなることはできませんよ」

 

ベルが睨みつけながらそう言う。

 

「うぐ………行くぞ………!」

 

その冒険者は悔しそうに歯噛みしながら2人の仲間と共に立ち去る。

私は思わずベルに問いかけた。

 

「ベル、その剣………」

 

「あ、これですか? ヴェルフに打ち直してもらったんですよ」

 

「ヴェルフって………あそこにいる【ヘファイストス・ファミリア】の?」

 

「はい。この刀は元々ヴェルフの作品だったらしくて、打ち直してもらったんです。【鍛冶】アビリティが無いので上級鍛冶師の作品には及びませんが、Lv.1の鍛冶師の中ではトップクラスだと思いますよ?」

 

「……………」

 

私は、ヴェルフと呼ばれた鍛冶師の青年を見ながら、あることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

 

 

ベル達がリヴィラの町の見学に行っている最中、私は【ヘファイストス・ファミリア】の宿営地を訪れていた。

もちろん覆面は脱いでいるが。

その中で、各団員に指示を出す団長らしき女性を見つけ、私は声を掛けた。

 

「すまない。私は【ミアハ・ファミリア】のキョウジ・カッシュという者だ。あなたは【ヘファイストス・ファミリア】の団長で間違いないだろうか?」

 

「ん………? ああ、その通りだが………」

 

「少々訪ねたいことがある。この武器を打った鍛冶師をご存じだろうか?」

 

私は背中のブレードトンファーを抜き、よく見えるように差し出す。

 

「ほう………これは………」

 

「知っているのか?」

 

「うむ。 無数に打たれる武器の中でも、これは奇抜な武器だったからのう」

 

すると、彼女は団員たちの方に振り向き、

 

「スィーク! スィークはいるか!?」

 

大声でそう呼びかけた。

すると、少し離れた所から砂煙を立ち昇らせながら爆走という表現がぴったりな走りでこちらに向かってくる影があった。

その影は私達の目の前で急ブレーキをかけ、

 

「お呼びですか!? コルブランド団長!」

 

セミロングの赤髪を靡かせ、元気よくあいさつするのは20歳ほどの女性のヒューマンだった。

 

「よろこべスィーク。 お前に客だ」

 

「へっ? 俺に客?」

 

その女性が私の方を向く。

 

「【ミアハ・ファミリア】所属のキョウジ・カッシュだ。この武器を打ったのは、君で間違いないだろうか?」

 

私がブレードトンファーを見せると、彼女は目を丸くする。

 

「お、おお! もしかしてこの武器使ってくれてんのか!?」

 

そう言いながら期待に満ちた笑みを浮かべ、私に問いかける。

 

「ああ。とても気に入っている」

 

私が頷くと、

 

「そっかぁー! ありがとな。俺がまだLv.1の頃に打った武器なんだけどよ。思い付きで打った割には結構いい出来でさ。まあ、あまりにも奇抜過ぎて売れなかったんだけどな」

 

ハハハと気持ちよく笑いながらそういうスィークと名乗る彼女。

喋り方も男と変わらず、まさに男勝りと言わんばかりの彼女だが、それがより彼女らしいと感じられる。

 

「で? 俺に用ってのは?」

 

彼女がそう尋ねてくると、私はもう一本のブレードトンファーを抜く。

ベルとの戦いで、罅が入ってしまった物だ。

 

「ああ。これを修理してはもらえないだろうか?」

 

彼女はそれを見ると、

 

「うぇっ!? マジかよ! こいつ頑丈さだけは自信あったんだぜ………!」

 

少し悔しそうな表情でブレードトンファーを眺める。

 

「今は手持ちが無いが………今はどの程度かかるか見積を取ってもらえないだろうか? 修理は金額が用意できた時でいい」

 

彼女はしばらく武器を眺めていると、

 

「ん~~~………いいぜ! 今回はタダで直してやるよ。サービスだ!」

 

「む………こちらとしては助かるが………いいのか?」

 

「おう! その代わり、これからも俺を贔屓にしてくれよな!」

 

また気持ちのいい笑みを浮かべると、右手を差し出してくる。

 

「俺はスィーク・ロープスだ。よろしくな!」

 

私も笑みを浮かべ、

 

「改めて、キョウジ・カッシュだ」

 

その手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

 

何故こんなことになっているのか。

 

「お願い…………!」

 

何故あのアイズ・ヴァレンシュタインが俺に迫ってくるのか。

 

「これ、打ち直して………!」

 

リヴィラの町から戻ってきたとたん、俺はアイズ・ヴァレンシュタインから訪問を受けた。

それが、いきなり剣を打ち直してほしいというものだ。

 

「お、おい、ちょっと待ってくれ! 俺はまだ、あんたみたいな第一級冒険者の武器を打てるような腕は………」

 

「ベルの武器は打ち直した………」

 

「あ、あれは俺が打った刀で………」

 

「これは違う………? ベルはベルが持ってる剣と一緒に買った剣だと言ってた………」

 

そう言われてアイズ・ヴァレンシュタインが差し出す剣をよく見てみると、

 

「こ、こいつは………」

 

俺はそれを見て驚く。

何故なら、それはベルに打ち直した刀と対になるように打った刀だったからだ。

俺はその刀を受け取り鞘から抜くと、元のベルの刀と同じように錆だらけでボロボロだった。

けど、ベルの刀と同じように死んだ剣ではないと感じた。

俺は一度息を吐く。

 

「わかった。アンタのお眼鏡に叶かどうかはわからねえけど、打ち直させてくれ」

 

「お願い………」

 

その為にも………あいつらから道具を借りなきゃなぁ………

あいつに頭を下げることだけはウンザリする。

でも、試してみたいこともあるし、仕方ねえか。

そう思いながら、【ヘファイストス・ファミリア】の宿営地へ向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 





第二十四話です。
すみません、盛り上がる所がありませんでした。
今回は武器の修理&繋ぎ回です。
キョウジの鍛冶師は結局オリキャラで行くことに。
オリキャラの名前の由来は分かりますかね?
一応鍛冶師に関係ある名前にしたつもりです。
でもってアイズもヴェルフに武器の修理を頼みました。
ヴェルフの試したいこととは果たして………
後、後半の師匠は自然見学の為に町の見学には行ってない設定です。
それでは次回にレディ…………ゴー!!






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第二十五話 ベル、修業(!?)する

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタインに剣の修理を頼まれた俺は、所属する【ヘファイストス・ファミリア】の団長である椿に頭を下げて、鍛冶の道具を貸して貰った。

正直あいつに頭を下げるのは癪だったが、俺はダンジョンに鍛冶道具を持ってきてないから断腸の思いで頭を下げた。

 

 

 

俺達のパーティにあてがわれたテントの中で、俺は槌を振るう。

この剣を打ち直す前に、ベルとアイズ・ヴァレンシュタインに2人の戦いを見せてもらった。

アイズ・ヴァレンシュタインは、ベルと同じように『気』を剣に流して強化することが出来るということも聞いた。

それならば俺が試そうとしている事には丁度いい。

俺は槌を振るいながら、俺が最初から発現していたスキル、【魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)】を発動する。

これは魔剣を作るためのスキル。

俺は今までこいつを忌み嫌っていた。

使い手を残して砕けていく魔剣が嫌いだからだ。

だが、前にベルに言われた言葉で気付いた。

これは魔剣を打つための力。

でも、この力を魔剣を打つためだけに使う必要は無い。

この力を使って、俺は俺だけの剣を打つ!

アイズ・ヴァレンシュタインには悪いが、これは試し打ちだ。

真打はベルに使ってもらうと決めている。

だが、いくら試し打ちとは言え手を抜くつもりはない。

今できる最高の一振りを俺は打つ!

 

 

魔剣としての型を作り、それでいて中身には何も籠めない。

魔剣でありながら魔剣じゃない。

その中に籠めるのは使い手の魂。

そうすれば…………

 

 

 

その剣を打ち終わった時には、既に外は暗くなっていた。

俺が打ち直した刀を鞘に納めてテントの外に出ると、

 

「終わった………?」

 

目の前にアイズ・ヴァレンシュタインがいた。

 

「もしかしてずっと待ってたのか? 先に寝てりゃあよかったのに……」

 

「無理を言ったのは私だから………先に寝るのは失礼だと思った」

 

「そうかい。律儀なこって………で、ほらよ」

 

俺は刀をアイズ・ヴァレンシュタインに差し出す。

 

「………………」

 

アイズ・ヴァレンシュタインは無言で受け取ると鞘から刀を抜いた。

彼女はジッと刀身を見つめると、

 

「……………うん。悪くない…………」

 

そう呟く。

 

「刀身の出来栄えはベルの刀にも劣ってねえはずだ。だが、その刀の真骨頂はそこじゃねえ」

 

「えっ?」

 

「刀に『気』を流してみろ」

 

俺がそう言うと彼女は構え、

 

「………えっ?」

 

僅かに驚いた表情で声を漏らした。

 

「今までよりも……ずっと流しやすい………」

 

「そんで、『気』を思いっきり込めて刀を振ってみろ。ああ、向きは森の方を向いてな」

 

アイズ・ヴァレンシュタインは言われるままに刀を振りかぶり、刀身の輝きが増す。

そして、

 

「ふっ………!」

 

その瞬間、振り下ろされた刀身から白い斬撃が飛び、その軸線上にあった木を数本真っ二つに切り裂いた。

 

「お、結構うまくいくもんだな」

 

俺は今の光景を見てそう漏らす。

一方、アイズ・ヴァレンシュタインは目を見開いていた。

 

「………今の、何?」

 

そう問いかけてくる。

 

「魔剣の仕組みを応用して『気』の斬撃を放てるようにしてみた。正直俺自身『気』の事をよくわかってねえからうまくいくか不安だったが、何でもやってみるもんだな」

 

俺がそう言うと、

 

「……………ありがとう。期待以上だった」

 

第一級冒険者にそう言われると、うまくいったことを実感する。

 

「それで………値段はいくらになる…………?」

 

「ん? ああ、別に要らねえよ」

 

俺はそう言う。

 

「どうして?」

 

「あんたには悪いが、それは試作品だ。試作品に値段を付けるわけにはいかねえ。完成品はベルに渡すつもりだからな」

 

「………………」

 

アイズ・ヴァレンシュタインは少し俯いて考え込む。

 

「………なら、完成品が出来た時にはベルと同じものを私にも売ってほしい」

 

「…………まあ、あんたならいいか。ベルも許可するだろうし………」

 

ベルの専属鍛冶師としてベルの許可が必要だが、ベルがアイズ・ヴァレンシュタインに惚れている以上許可は出すだろう。

その話を承諾し、アイズ・ヴァレンシュタインは自分のテントに戻っていった。

 

 

 

 

因みに俺は気付かなかったが、解毒剤を取りに行っていた奴は既に戻ってきて全員の解毒は終えていたらしい。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

翌日。

今日は【ロキ・ファミリア】と一緒に地上に戻る予定だ。

でも、

 

「ベルよ! お前の成長を確認したい! 真剣勝負といこうではないか!」

 

朝食が終わった後、師匠が突然そんなことを言いだした。

突然の事に僕は戸惑ったけど、出発は昼頃ということなので僕は頷き、

 

「はい! 胸をお借りします! 師匠!」

 

 

 

 

 

 

 

宿営地から少し離れた広場で、僕と師匠は向かい合っていた。

更に見物人として、神様、リリ、ヴェルフはもちろんの事、【ロキ・ファミリア】からもアイズさんを筆頭に、フィンさん、リヴェリアさん、ドワーフのガレスさん、ベートさん、ティオナさん、ティオネさんに加え、レフィーヤさんまでいた。

 

「ベルよ! 貴様の成長、見せてもらうぞ!」

 

「お願いします! 師匠!」

 

僕は構えを取るが、師匠は腕組をしたまま直立不動で動かない。

でも、さすがは師匠。

そんな状態でも一部の隙も見当たらない。

 

「おい、昨日から気になってたが、あの爺は誰なんだ?」

 

昨日合流したばかりのベートさんが声を漏らす。

 

「マスターはベルの武術の師匠だよ。って、さっきからベルが師匠って呼んでるじゃん」

 

ティオナさんが答える。

 

「ベルの師匠だぁ? 強ぇのか?」

 

「そりゃもちろん。ベルを軽くあしらう位には強いよ」

 

「なっ!? マジかよ………!?」

 

「マジよ。それでいて【恩恵】貰ってないって言うのよ。正直自信無くすわ」

 

ティオネさんもそう答えた。

 

外野がそんなことを話しているのも耳に入れず、僕は師匠に集中していた。

腕を組んだままだけど、その闘気が高まるのを感じる。

 

「ならば行くぞ! ダンジョンファイトォォォォォォォォォッ!!」

 

「レディィィィィィ…………!」

 

僕は自然と師匠の掛け声に合わせる。

 

「「ゴォォォォォォォォォォッ!!!」」

 

掛け声とともに僕は突っ込み、右の拳を繰り出す。

 

「フン!」

 

その拳を師匠はあっさりと見切り、左手で僕の右手首を掴んでそらすと同時に右手を振り上げて鋭い手刀を繰り出してきた。

僕は左腕の手甲でその手刀を受け止める。

 

「なかなか良い反応だ。さあ、次はどうする?」

 

師匠は余裕の態度を崩さずにそう言ってくる。

 

「………ふっ!」

 

僕は左腕を振って師匠の手刀を受け流すと同時に右腕を素早く捻って掴まれていた右手首を外し、更にその捻りを利用して右の回し蹴りを放つ。

でも、師匠の顎を狙って繰り出された蹴りは、僅かに体を反らせた師匠に完璧に見切られており、紙一重で躱される。

 

「ッ!」

 

隙を晒さないように僕は瞬時に飛びのき、距離を取ろうとした。

でも、

 

「甘いわぁ!」

 

師匠が腰布を解き、僕に向かって放つ。

腰布が僕の身体に絡みつき、締め上げる。

 

「うぐぐぐぐぐ………!」

 

更に師匠は空中に跳んで腰布を引き僕を締め上げると同時に自分の方へ引き寄せる。

それと同時に自分も僕の方へと向かってきて、

 

「たぁぁぁたたたたたたっ!!!」

 

「うああああっ!」

 

無数の蹴りを僕に叩き込む。

 

「そらっ!」

 

師匠は腰布を高く振り上げ、僕は宙に放り投げられる。

続けて腰布を捩り、棒状にすると、

 

「てやっ!」

 

「ぐふっ!?」

 

容赦なく僕の腹を突き、

 

「そりゃぁあああああっ!!」

 

「があっ!?」

 

棒状の腰布を横薙ぎに振るい、僕の身体を打ち付ける。

そのまま僕は落下し、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。

 

「「ベルッ!」」

 

「ベル君っ!!」

 

「ベル様っ!!」

 

それを見ていた何人かが声を上げる。

師匠は棒状の腰布を地面に突き立て、その先に立つ。

そのまま腕を組みながら僕を見下ろし、

 

「どうしたベル? 貴様の力はその程度なのか?」

 

そう言ってくる。

僕は痛みに耐え、

 

「まだ……まだぁ………!」

 

力を振り絞って立ち上がる。

 

「はぁあああああっ!!」

 

地面を蹴って師匠に接近し、

 

「とぉりゃぁああああああああああああっ!!!」

 

無数の連撃を放つ。

でも、

 

「ほれ………ほれっ………ほれぇっ!」

 

師匠はその連撃を余裕の表情で凌ぐ。

 

「なっ!? 俺が手も足も出なかったベルの連撃がカスリもしねえだと!?」

 

ベートさんが驚愕の表情を浮かべる。

師匠が僕の拳の一発を叩き落とすと、僕の体勢が崩れ、

 

「それぇっ!!」

 

「がふっ!?」

 

師匠の膝蹴りが鳩尾に入る。

身体が浮き上がり、

 

「だぁあああああああああああっ!!!」

 

そのまま師匠の無数の連撃を一発残らず貰ってしまった。

 

「がはっ!?」

 

地面に叩きつけられ、激しい衝撃が僕の身体を襲う。

 

「ううっ………!」

 

酷いダメージだけど、まだ何とか動ける。

僕は起き上がろうとして、

 

「馬鹿者! お前はこの2ヶ月この地で何をしておった!?」

 

師匠の叱咤が響く。

その言葉が、まるで僕のオラリオの出来事を全て否定された気がして悔しくなった。

 

「うぁあああああああっ!!」

 

僕は痛みを無視して立ち上がり、右手に闘気を集中させ、

 

「アルゴノゥト………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」

 

師匠に向かって闘気の衝撃を放つ。

すると、師匠も同じように右腕を振りかぶり、

 

「ならば! ダァァァクネス………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」

 

僕と同じように放った右手から黒い波動が放たれる。

僕の放った白い波動と、師匠の放った黒い波動がぶつかり合う。

でも、

 

「ぐぐぐ………!」

 

明らかに僕が押されている。

黒い波動が徐々に白い波動を押しのけ、僕に迫る。

衝撃がすべて僕の方に流れてきて、僕の身体が後ろに押され始めた。

しかも、師匠にはまだ余裕が伺える。

 

「そこまでか!? お前の力はそこまでの物に過ぎんのか!? 足を踏ん張り、腰を入れんか!!」

 

師匠が僕を叱るように叫ぶ。

でも、これ以上は………

 

「それでもワシの弟子か!? それではワシを超えるなど夢のまた夢!!」

 

ついにアルゴノゥトフィンガーが押しのけられ、僕は黒い波動に吹き飛ばされる。

 

「うわぁあああああああああああっ!!??」

 

そのまま後方にあった岩に叩きつけられた。

今まで以上の衝撃が体を突き抜け、麻痺してしまう。

まずい、今追撃されたら………

そう思う間もなく、

 

「立て! 立ってみせいっ!!」

 

師匠の腰布が迫る。

僕は身体を必死に動かそうとするけど、意思に反して身体は動いてくれない。

 

「くっ………!」

 

僕はせめて最後まで目は反らすまいと前を向き…………

 

「えっ………?」

 

目の前に靡く金色の髪を見た。

ガキィッ、という金属音と共に師匠の腰布が弾かれる。

 

「ぬぅ………?」

 

僕の目の前には、アイズさんが立っていた。

 

「ア……アイズさん………?」

 

僕が呟くと、

 

「…………ベルが負けるところは、見たくない………!」

 

アイズさんは師匠に向かって剣を構える。

師匠は腰布を引き戻し、

 

「小娘、武闘家同士の闘いに横槍を入れようというのか………?」

 

師匠が威圧しながらアイズさんに問いかける。

それでもアイズさんは一歩も引かずに、

 

「………違う………今のベルは武闘家であると同時に冒険者でもある………そして、冒険者ならパーティを組むのは当たり前………!」

 

そう言い放つ。

 

「………………………フッ」

 

師匠は少しの沈黙の後、小さく笑みを浮かべる。

 

「よかろう! まとめて相手をしてくれるわ!!」

 

師匠がそう叫ぶと同時にアイズさんが明鏡止水を発動。

金色のオーラに包まれる。

更に、

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

魔法を発動し、その身に風を纏う。

 

「ほう………」

 

師匠が僅かに感心した声を漏らした。

アイズさんは一気に跳躍し、

 

「はぁああああああああああっ!!」

 

空中から一気に斬りかかった。

師匠はそれを見ても一歩も動かず、

 

「ぬん!」

 

アイズさんの一撃を白刃取りで受け止めた。

師匠の足元が僅かに陥没し、アイズさんの風が吹き荒れる。

それでも師匠は微動だにしない。

 

「そんな!? ウダイオスも真っ二つにしたアイズの一撃が通用しないなんて!?」

 

ティオナさんが叫ぶ。

 

「筋は良い。その若さにして中々の太刀筋であった…………だが惜しいな、鍛練が足りぬわ!」

 

師匠がアイズさんの剣を押し返す。

 

「ッ!」

 

アイズさんは逆らわずに飛び退く。

 

「そりゃぁあああああっ!!」

 

師匠が腰布を振り回し、アイズさんに向かって放つ。

 

「くっ!」

 

アイズさんは何とか受け流すものの、その腰布の切っ先は僕も狙っていた。

 

「ッ! ベル!」

 

拙い、まだ身体が………

避けられない。

そう思った瞬間、

 

「おらぁっ!!」

 

横からベートさんが渾身の蹴りで腰布の切っ先を反らした。

腰布は僕のすぐ横に突き刺さる。

 

「ベート………さん………?」

 

僕は思わず声を漏らす。

ベートさんは僕に視線を向けずに、

 

「勘違いすんな。てめえを倒すのはこの俺だ! だから俺以外に負けることは許さねえ!」

 

ベートさんの言葉に僕は呆気にとられる。

そんな僕を無視してベートさんは駆け出し、

 

「アイズ! 寄越せ!!」

 

そう言うと同時に跳躍する。

 

「風よ!」

 

アイズさんが唱えると、アイズさんが纏っていた風の一部がベートさんの足に纏わりつく。

 

「おらぁっ!!」

 

ベートさんはそのまま急降下し、師匠に向かって蹴りを放つ。

 

「むん!」

 

師匠は腰布を横に伸ばし、その蹴りを受け止める。

 

「チッ!」

 

ベートさんは舌打ちすると、躊躇なく飛び退く。

近くにいると危険だということは分かっているのだろう。

 

「爺の癖にとんでもねえ奴だな。ベルの師匠っていうだけはあるぜ」

 

ベートさん、師匠になんていう口を………

僕がそう思った瞬間師匠が左手を上げ何かを人差し指と中指で挟んで受け止めた。

それは、小さな矢。

 

「ベ、ベル様と最初にパーティを組んだのはリリです! リリを差し置いてベル様のパーティを名乗らないでください!」

 

「リリ!?」

 

リリが震えながらも腕に取り付けられたリトル・バリスタを師匠に向けて構えている。

 

「うぉおおらぁああああああっ!!」

 

続けてヴェルフが大刀で切りかかった。

師匠は矢を手放すと、そのまま同じ指でヴェルフの大刀を挟み込んで受け止める。

 

「貴様はまだまだ未熟だな」

 

「おお! 未熟なのは承知の上だ! けどな、俺だって正式なベルのパーティの一員なんだ。ここで退いちまったら、胸張ってそう名乗れねえだろうが!」

 

ヴェルフはそう叫ぶ。

でも、師匠に掴まれた大刀はビクともしない。

その時、

 

「はっ!」

 

アイズさんが剣を振りぬく。

その瞬間気の斬撃が生まれ、師匠に向かって突き進む。

 

「むっ?」

 

師匠はヴェルフの大刀から手を放し、跳び上がってその斬撃を躱す。

ヴェルフはそれを見上げると、

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン! あんたの風、マスターに付加することはできるか!?」

 

「………出来なくはないけど………」

 

「なら頼む! やってくれ! その後に自分の付加魔法を解除しろ!」

 

「……………風よ!」

 

アイズさんは一瞬迷ったみたいだったけど、ヴェルフの言う通り師匠に風を纏わせた。

 

「なんじゃ?」

 

師匠もその行動に怪訝な声を漏らす。

ヴェルフはアイズさんが自分に纏っていた風を解いたのを確認すると師匠に向かって手を翳し、

 

「【燃え尽きろ 外法の業 ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

短文の詠唱を唱えるとその手から無色の波動が広がり、それが師匠に達した瞬間、師匠が爆発に包まれた。

 

「へへっ、正直うまくいくか不安だったが、エンチャントに対しても効果あったみてぇだな」

 

ヴェルフの唯一の魔法【ウィル・オ・ウィスプ】。

本来は詠唱中の魔力を暴走させて【魔力暴発(イグニス・ファトゥス)】を引き起こす魔法。

でも、どうやらエンチャント魔法も暴発させたようだ。

とはいえ、

 

「チッ、やっぱそう簡単にはいかねえか」

 

爆煙が消えると、その中から無傷の師匠が現れる。

 

「ふむ、少々驚いたぞ」

 

「そう言うならちょっとぐらいダメージを受けててもバチは当たらねえぜ」

 

ヴェルフはそうボヤく。

すると、

 

「儂も参加させてもらうぞぉ!!」

 

今まで傍観に徹していたガレスさんが戦斧を振りかぶりながら突進する。

Lv.6でありドワーフのガレスさんのパワーは冒険者の中でもトップクラス。

でも、

 

「ぬぅぅん!」

 

「むん!」

 

振り下ろされた戦斧を、師匠は右手のみでつかみ取った。

 

「中々の力よ! だが、【恩恵】とやらに頼っているようでは、ワシには勝てんぞ!」

 

師匠は片手のみでガレスさんのパワーを押し返していく。

 

「僕を忘れてもらっては困るね」

 

そう言って師匠を挟んでガレスさんの反対側に現れたのは、【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンさん。

 

「はっ!」

 

その手に持った槍を、神速ともいえるスピードで繰り出す。

 

「ふん!」

 

それでも師匠は空いていた左腕で矛先を避けて槍を掴み、止める。

 

「この程度でワシを倒せると思っておるのか!?」

 

「………いや、思ってないよ。ティオネ! ティオナ!」

 

「はい! 団長!」

 

「おりゃぁああああああああっ!!」

 

フィンさんの合図と共にティオネさんが双剣を構えて地を疾走し、ティオナさんが大双刃を振りかぶって飛び掛かる。

元々ガレスさんとフィンさんで師匠の動きを止めて、ティオナさんとティオネさんの2人で攻撃する作戦だったみたい。

だけど、

 

「甘いわぁ!!」

 

「ぬおっ!?」

 

「くぅっ!?」

 

師匠が力を強め、戦斧をガレスさんごとティオナさんに投げつけ、槍をフィンさんごとティオネさんに投げつける。

 

「きゃぁあああああっ!?」

 

ティオナさんはものの見事に撃墜され、

 

「団長!? きゃあっ!?」

 

ティオネさんはフィンさんを受け止め損ねてフィンさんに押し倒されるような体勢になる。

でも、

 

「えへへ………」

 

なんか幸せそうな顔をしているのは気のせいかなぁ………?

それでもフィンさんはすぐに立ち上がり、

 

「全員、囲んで攻撃! 休む暇を与えるな!」

 

そう指示をだす。

でもダメだ。

師匠相手にそんな適当な指示じゃ。

僕はそう思うけど、誰一人疑いもせずに師匠へ向かっていく。

 

「ふっ! はっ! 甘いわっ! つけあがるな!」

 

アイズさん、ベートさん、ガレスさん、ティオナさん、ティオネさん、フィンさん。

そして、ヴェルフとリリまで。

全員が師匠に殺到するけど、その全てを師匠は躱し、受け流し、一発たりともまともには入らない。

僕はこのままでは勝ち目はないと思っていたけど、

 

「全員! 離れろ!!」

 

突然フィンさんから別の指示が出た。

【ロキ・ファミリア】の人達は瞬時に反応したけど、ヴェルフとリリは一瞬呆気に取られていた。

そんな2人の首根っこを引っ掴み、ティオナさんとティオネさんが飛び退く。

その時僕は気付いた。

見物人としてこの場にいたメンバーの中に、神様を除いて参加していない人物が2人居たことに。

そして気付いた時には、全ての準備は完了していた。

 

「「【焼きつくせ、スルトの剣――我が名はアールヴ】」」

 

リヴェリアさんとレフィーヤさんの2人が詠唱を完了させる。

 

「「【レア・ラーヴァテイン】!!」」

 

師匠の足元から二重の炎の柱が立ち昇る。

僕はそれを見て、フィンさんを甘く見ていたことに気付かされた。

確かに『力』だけなら僕の方が上だ。

けど、それ以外………

団長として………リーダーとしての『資質』、『経験』、『判断力』。

それらはすべてフィンさんの方が上だ。

フィンさんは自棄になっていたわけではなかった。

僅かな勝機を切り開き、ほんの僅かな可能性に全力を注いでいた。

僕はフィンさんに対して敗北感を感じた。

なんて無様…………

 

「やりました! これなら………!」

 

「…………………」

 

レフィーヤさんは嬉しそうな声を上げているが、リヴェリアさんは厳しい目で立ち昇っている炎の柱を見つめる。

その時だった。

突如として炎の流れが変わる。

炎の柱の中央辺りが膨らみ、弾けた。

 

「「「「「ッ!!??」」」」」

 

その中から現れたのは腰布を自身の周りに回転しながら纏わせている師匠の姿。

 

「フハハハハハハ! フィンと申したな? 天晴れなり! 今のはワシも防がねばダメージを受けていた所であった!」

 

「嘘………今のを受けてダメージどころか服に焦げ目すらついてないなんて…………」

 

レフィーヤさんが驚愕の表情で呟く。

 

「貴殿に敬意を表し、見せてやろう! 我が流派東方不敗が秘技!」

 

師匠が左腕を突き出し、円を描くように回転させる。

あの技は!

 

「十二王方牌……………大・車・併!!」

 

師匠が6体の小型の分身を生み出し、それを放つ。

その分身は、渦を巻くような動きで気の奔流を作り出す。

まるで竜巻というべきその気の奔流は先程の魔法の炎を完全にかき消し、そのまま皆に向かっていく。

 

「「「うああああああああっ!!??」」」

 

「「「「きゃぁあああああああっ!!??」」」」

 

「「くぅぅぅぅぅぅぅっ!!??」」

 

皆はそれに巻き込まれ、悲鳴を上げた。

そして、

 

「帰山笑紅塵!」

 

帰還の言霊を唱え、分身が師匠の元に戻った時には、全員が倒れ伏していた。

 

「あ、ああ…………」

 

僕は思わず声を漏らす。

僕は何をやっているんだ!

皆が必死になって戦ったっていうのに、僕はいつまでじっとしているつもりだ!

 

「ぐっ………うぉおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

僕は渾身の力で立ち上がる。

 

「ほう……ようやく立ちおったか………待ちくたびれたぞ」

 

師匠は再び腕を組んでそう言ってくる。

 

「ぐっ………」

 

気を抜いたら今にもぶっ倒れそうな身体に鞭打って僕は師匠を真っすぐ見返す。

 

「なるほど、よい目になった。だが、たった一人でどこまで耐えられるかな?」

 

師匠がそう言い、僕の気迫が僅かに揺らぐ。

その時、

 

「一人じゃない………!」

 

アイズさんが立ち上がり、僕の横に立つ。

 

「アイズさん………!? 大丈夫なんですか………!?」

 

「さっきの技はベルが使ってた所を見たことがあったから………何とか直撃だけは避けれた」

 

アイズさんはそう言うけど、その体には相当なダメージがあるのが見て取れる。

2人とも満身創痍。

この状態でも、何とか師匠に一矢報いる方法は………

 

「ベル君!!」

 

神様の声が響いた。

僕は振り向く。

 

「ベル君! ヴァレン某と一緒に戦うんだ! そうすれば君は負けない!」

 

突然そんなことを言った。

 

「そ、それって……どういう………」

 

「理由はどうだっていい! ボクを信じろ!!」

 

神様の眼は真っすぐ僕を見ており、嘘を言っているわけじゃない。

 

「…………信じます!」

 

僕は頷いて師匠の方に向き直る。

そして、

 

「アイズさん」

 

僕は右手をアイズさんに差し出す。

 

「………うん」

 

アイズさんは左手で僕の右手を握った。

 

「これ以上は体力が持ちません。次で全て出し切ります!」

 

「わかった!」

 

僕とアイズさんは精神を集中し、

 

「「はぁあああああああああああっ!!」」

 

明鏡止水を発動して、金色のオーラに包まれる。

でも、そこからがいつもと違った。

僕とアイズさんから立ち昇ったオーラが混ざり合い、さらなる輝きを持って僕達の身を包んだ。

 

「これはベルの……いや、2人の闘気が高まった!?」

 

師匠も目を見開いている。

 

「こ、これは………力が………溢れる………」

 

「………凄い力………」

 

僕達も一瞬困惑したけど、これが神様が言っていたことなのだと確信した。

僕はアイズさんと向かい合う。

 

「………アイズさん」

 

僕はアイズさんを見つめる。

 

「………ベル」

 

アイズさんも僕を見つめてきた。

そして、

 

「「………うん」」

 

同時に頷き、繋いでいた僕の右手とアイズさんの左手を後方に。

そして僕の左手とアイズさんの右手が前方で新たに繋がれた。

 

「「僕(私)のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」」

 

僕達の闘気が一段と高まる。

その闘気を後ろでつながれている手に集中させる。

 

「ぬぅ!?」

 

ここへ来て、初めて師匠の顔から余裕が消えた。

師匠は空中に跳躍する。

 

「「必殺!! アルゴノゥト………………」」

 

前方の手を離すと同時に、後方で重ねられた手を同時に突き出す。

 

「「…………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」」

 

僕達の手から放たれる、僕一人で放つ時とは比べ物にならない闘気の波動。

 

「はぁああああああああっ!! ダァァァクネス………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」

 

師匠から放たれる黒き波動。

それらが僕達と師匠の間でぶつかり合う。

 

「「はぁあああああっ!!!」」

 

僕とアイズさんは闘気を込め続ける。

 

「ぬおっ!?」

 

師匠が焦りの声を漏らす。

徐々に僕達のアルゴノゥトフィンガーが師匠のダークネスフィンガーを押しのけていく。

もう少し………

そう思った瞬間、

 

「あ………れ………!」

 

突如として足から力が抜ける。

膝がガクガクと震え、立っていられない。

 

「ベルッ………!? あ………」

 

見れば、アイズさんも同じように足に力が入らないようだ。

拙い…………体力がもう………

このままじゃ技の反動に耐えきれない………!

自分たちが放つ技の反動で後ろに吹き飛ばされそうになる。

でも、それに耐える体力が無い。

そのまま僕達の身体が後ろに倒れそうになった時、

 

「ベルッ!」

 

「ベル様ッ!」

 

突然後ろから支えられた。

見れば、

 

「ヴェルフ!? リリ!?」

 

僕達の背中をヴェルフとリリが必死に支えていた。

 

「言ったろ? 俺だってお前のパーティメンバーだ!」

 

「微力ながらお力添えいたします!」

 

更に、

 

「おら! てめえら! 根性見せろ!!」

 

「ベートさん………」

 

ベートさんも僕達を支えていた。

 

「「くっ………はぁああああああああああああああああああああっ!!!」」

 

僕とアイズさんは気力を振り絞り、最後の力で師匠のダークネスフィンガーを押し返す。

 

「「「「うぉおおおおおおおおおおおっ…………!!! いっけぇええええええええええええええええええええええええっ!!!!!」」」」

 

僕達全員の掛け声が一つとなり、閃光が弾けた。

 

 

 

 

 

 

【Side 東方不敗】

 

 

 

 

 

閃光の中でワシは感じた。

あ奴らの魂を。

 

「これは……………」

 

ベルの魂を感じる。

 

「キング・オブ・ハート………」

 

金髪の少女の魂を感じる。

 

「クイーン・ザ・スペード………」

 

赤髪の青年の魂を感じる。

 

「ジャック・イン・ダイヤ………」

 

銀髪の狼人(ウェアウルフ)の青年の魂を感じる。

 

「クラブ・エース………」

 

小さな少女の魂を感じる。

 

「ブラック・ジョーカー………」

 

フッ、この世界にもシャッフルの資質を持つものが居たのだな。

ベルや金髪の少女があの二つ名を授けられたのも、運命であったようだ。

だが、まだまだ奴らの魂は未熟。

しかし、この先が楽しみだ。

 

 

 

 

 

閃光が収まる。

ワシのダークネスフィンガーは僅差だが押しのけられ、ワシの掌には僅かだが焼け焦げた跡があった。

ワシはその掌を見つめ、口元を吊り上げると、

 

「ベルよ! 仲間の力を借りたとはいえ、ワシのダークネスフィンガーを退けるとは見事だ! 見せてもらったぞ、お前の成長!」

 

「師匠………はい! ありがとうございます!!」

 

「うむ! これからも精進せい!」

 

ワシの弟子の成長確認は、予想以上の収穫となった。

 

 

 

 

 






第二十五話です。
修業パートっていうか、師匠とのバトルパートになってしまいました。
いや、最強ファミリアが手も足も出ないなんてやっぱ師匠凄いね。
逆に9割空気だったヘスティアさんは泣いても宜しい。
あと、ベルにアイズと一緒に戦うように助言したのは葛藤の末です。
ベルとアイズのダブルフィンガーも今回やりたかったことに一つ。
そしてついにシャッフルメンバーの全貌が明らかに!
ハーレム同盟を期待してた人もいるようですが、申し訳ありません。
自分のイメージに合うのはこの5人だったので。
ともあれ修業(っていうか戦闘?)パートが終わったので次はゴライアス(黒)の出番………と思うかもしれませんが、その前にインターミッションが入ると思います。
それでは次回にレディー…………ゴー!!


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第二十六話 ベル、覗く

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

師匠との戦いが終わった後、僕は疲労からその場で座り込んだ。

 

「はぁーっ………まだまだ師匠には敵わないや………」

 

僕はそう言いながら後ろに倒れて大の字で寝転がろうとして、とんと何か温かいものに当たり、それに身体を預けるような形になってしまった。

 

「えっ?」

 

僕が首だけで後ろを振り向くと、

 

「疲れた………やっぱりマスターって凄いね………」

 

僕と同じように座り込み、僕と背中を合わせるように体を預けているアイズさんの姿があった。

 

「ア、 アイズさん!?」

 

「……………君の手はあったかいね、ベル」

 

その言葉で気付いたけど、僕はアイズさんと手を繋ぎっぱなしだった。

さっきは戦闘で高ぶった感情のまま自然と手を繋いじゃったけど、改めて思い直すととてつもなく恥ずかしい。

すると、キュッっと僕の右手を握っているアイズさんの左手の力が少し強くなる。

それを意識すると顔が熱くなるのを感じる。

 

「ア、 アイズさん…………」

 

僕も思い切ってアイズさんの手を握り返そうとして…………

 

「いつまでくっ付いてるんだ!? 君達は!!」

 

突然神様が割り込んできて、背中合わせになっていた僕達を引き離すように左右に押し退ける。

 

「あっ………」

 

同時に僕達の手も離れ、アイズさんは名残惜しそうな声を漏らした。

すると、神様はアイズさんに向き直り、

 

「勘違いするなよヴァレン某! ボクは君を認めたわけじゃない! あくまでベル君を勝たせたかったからああ言ったんだ! ベル君はボクのモノなんだから必要以上に近付かないでくれ!」

 

そう言いながら僕の頭を抱きしめる神様。

あの、お気持ちは嬉しいのですが、その………神様の豊満なものが顔に…………

僕達がそのようなやり取りをしていると、

 

「さて、どうするフィン? 参加したメンバーはほぼ満身創痍だが………」

 

リヴェリアさんがフィンさんに話しかけている。

 

「仕方ない。 参加したメンバーは後に出発する組に入れよう。ここから上ならラウルに任せても問題ないだろう」

 

等と、今後の予定を変更していた。

 

 

 

漸く全員が動けるようになった時、

 

「うひゃぁ………ちょっとしか動いてないのにこんなに汚れちゃってる………ねえ! 女の子達だけで水浴び行かない?」

 

「あら、いいわねそれ。あなた達もどう?」

 

ティオナさんがそう言いだし、ティオネさんも賛同する。

見れば、神様やリリも行きたそうな顔をしている。

 

「神様もリリも行ってきてください。 行きたいんでしょう?」

 

「い、いいのかい?」

 

「はい」

 

「そ、それではお言葉に甘えて………」

 

神様とリリが水浴びに行くことを決める。

 

「で? 俺らはどうする?」

 

ヴェルフが僕に訪ねてきた。

 

「とりあえずテントに戻って出発まで休もう。正直今も立ってるだけでやっとだし………」

 

「まあ、お前とアイズ・ヴァレンシュタインは一番力を出し尽くしてたからなぁ………俺もあの技を受けた時には死んだかと思ったぞ…………」

 

「あはは………師匠は容赦が無いように見えてしっかりと相手の実力を一人一人見極めてるから、それぞれにあった力加減をしてたと思うよ」

 

「それもそうか………そうでなけりゃ、Lv.5~6の【ロキ・ファミリア】の幹部と同時に技を受けて、俺が生きてるわけねえわな」

 

その後、一旦全員で宿営地に戻り、女性陣が水浴びへ向かう。

その際に撤収の準備を手伝っていた【タケミカヅチ・ファミリア】の命さんと千草さん。

【ヘルメス・ファミリア】のアスフィさんもそれに同行した。

因みに僕はテントで休もうと思ったところ、

 

「やあベル君。これからちょっと付き合ってくれないかな?」

 

そう言われたヘルメス様に連れ出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

 

18階層にある川で、女性だけで集まり水浴びをする。

冷たい水が、疲れ果てた体に浸透するようで気持ちがいい。

私はふとベルの主神である女神に視線を向ける。

彼女も私を見ていたようで、

 

「ふふん、僕の圧勝だな」

 

と、得意げな顔で言った。

 

「何張り合ってるんですか、ヘスティア様…………」

 

ベルのサポーターの犬人(シアンスロープ)の女の子が呆れたような表情を女神に向けている。

 

「?」

 

私は何のことかわからなかったけど、女神の視線を辿ると彼女が見ていたのは私の胸。

私はふと女神の胸を見る。

 

「……………………」

 

大きい。

彼女の身長は私より頭一つ分ほど低い。

でも、その胸の膨らみは私よりも一回りか二回りほど大きい。

そこで私は、ベルが女神に抱き着かれて顔を赤くしていることを思い出した。

 

「………………」

 

男の人は女の胸が好きだという話をよく聞くけど、ベルもそうなのかな?

そう考えると、大きな胸の膨らみを持つ女神が羨ましく思えてくる。

それに、女神はベルとつながっていると感じる。

【主神】と【眷属】だとか、そんな繋がりじゃなく、しっかりとした【絆】を感じる。

じゃあ、私とベルは?

 

「………………………」

 

嫌われてはいないと思う。

でも、女神とベルほどの絆があるかと問われれば、自信をもって頷くことはできない。

そう考えて気落ちしそうになった時、

 

「うわぁああああああああああっ!?」

 

突然聞こえた叫び声と共に、どぼぉぉぉぉぉんと何かが川に着水し、大きな水しぶきを上げる。

突然の出来事にその場にいた全員がそこに視線を向け、

 

「げほっ!? ごほっ!?」

 

水しぶきが収まった水面から、ベルが顔を出した。

私は反射的に腕で胸を隠し、ベルに対して半身を向ける

状況に気が付いたベルは、周囲を見渡し顔を真っ赤にして、

 

「あ……………あぁ……………!」

 

その視線が私で止まる。

ベルが私を見ている。

そう思うと恥ずかしさが沸き上がる。

だけど、それ以上に…………

 

「……………ベルになら……………いいよ…………」

 

私を見て欲しいと思ってしまう。

女神よりも、犬人(シアンスロープ)の少女よりも、この場にいる女性の誰よりも、私を見て欲しい。

そう思った私は体を隠すように抱いていた腕を解き、ベルに対して体を見せつけるように正面を向き…………

 

「ごっ………ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!」

 

ベルが顔を真っ赤にして逃げ出した。

 

「あっ………」

 

私は思わず手を伸ばすけど、ベルはものすごいスピードで走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

ヘルメス様に連れていかれた所はなんと女性が水浴びをしている所。

つまりはヘルメス様は僕を覗きに誘ったのだ。

なんやかんやで水浴びの現場のど真ん中に落ちてしまった僕は、女性たちの………特にアイズさんの裸体をガン見してしまい、全力で謝罪するとともに逃げ出した。

全力で逃げた僕は少し回復していた体力を再び使い切ってしまい、息を吐く。

因みにここが何処かもわからない。

身体が万全なら、適当に高いところに登れば位置は把握できるけど、今はちょっとその元気は無い。

そこでふと耳を澄ますと、パシャリと水の音が聞こえた。

導かれるままにその音のする方へ歩いていくと………

 

「あ…………」

 

そこには裸の妖精がいた。

妖精の水浴び。

水を手ですくい、自分の身体に降り掛ける仕草は、舞い散る飛沫が光を反射し、キラキラと輝いて見える。

思わずそれに見惚れてしまった僕は、

 

「ッ!? 誰だ!?」

 

妖精ことリューさんの小太刀の投擲に反応できず、僕のすぐ横の木の幹を抉り取る光景を見る羽目になった。

 

「も、申し訳ありませんでしたぁーーーーーーーーっ!!」

 

その場でジャンピング土下座を披露する僕。

 

「……………クラネルさん?」

 

 

 

 

 

その後、故意では無いということで何とかお許しを貰った僕はリューさんについて森の中を進んでいた。

暫くすると、森の中にある小さな広場に出る。

そしてその広場の中央に、盛り上げられた土とそこに突き立てられた10本ほどの古びた武器。

それはまるで、

 

「墓標…………ですか?」

 

僕はリューさんに尋ねる。

 

「はい。私がかつて所属していた正義と秩序を司る女神アストレア様率いる【アストレア・ファミリア】の墓です」

 

リューさんはそう言うと、道中に摘んできた花を武器の前に一つ一つ手向けていく。

 

「時折、ミア母さんに暇を貰って彼女たちに花を手向けにここに来ています」

 

花を手向けながらそう言うリューさんの背中は、とても寂しそうに見えた。

 

「クラネルさんは、神ヘルメスから私の事について何か聞いていますか?」

 

「いえ………何も」

 

「そうですか………」

 

リューさんは花を手向け終わると一呼吸置き、

 

「私は、ギルドの要注意人物一覧(ブラックリスト)に載っています」

 

「えっ?」

 

僕は思わず声を漏らす。

要注意人物一覧(ブラックリスト)

それは所謂罪を犯した冒険者。

 

「冒険者の地位もすでに剥奪されています。一時は賞金も掛けられていました」

 

信じられない告白に僕は言葉を失う。

 

「私が所属していた【アストレア・ファミリア】は迷宮探索以外にも、都市の平和を乱す者を取り締まっていました。その分、対立するものも多くいた…………ある日、敵対していた【ファミリア】に罠に嵌められ、私以外の団員は全滅………遺体を回収することも出来ず、当時の私はここ18階層に仲間の遺品を埋めました」

 

「それが、このお墓………」

 

「はい。彼女たちはこの場所が好きだった………」

 

当時を思い出しているのか、リューさんは顔を伏せる。

 

「………生き残った私は、アストレア様に全てを伝え、そしてお一人でこの都市から去ってほしいと頭を下げました。何度も懇願する私に、あの方も受け入れてくれた」

 

「神様を都市から逃がしたんですか?」

 

「いや、違う。激情に駆られる私の醜い姿を、あの方に見て欲しくなかった」

 

「……………」

 

「仲間を失った私怨から、私は仇である【ファミリア】に一人で仇討しました」

 

「ッ…………!」

 

「闇討ち、奇襲、罠…………私は手段を厭わず、激情に駆られるままに…………そしてすべての者に報復を終えた後、私は力尽きました………誰も居ない、暗い路地裏で………愚かな行いをした者には相応しい末路だった…………けれど………」

 

そこでリューさんに手を差し伸べたのが、シルさんだったそうだ。

 

「ミア母さんは、全てを知った上で私を受け入れてくれました……………耳を汚す話を聞かせてしまって、すみません」

 

そう言うと、リューさんは墓に背を向け歩き出す。

 

「詰まるところ、私は恥知らずで横暴なエルフということです…………クラネルさんの信用を裏切ってしまうほどの…………先日はクラネルさんの伴侶の一人になるなど浮かれていましたが、このような私にあなたの傍にいる資格など無い…………先日言った言葉は、無かったことにしてください」

 

僕の横を通り過ぎながらそう言ったリューさんの言葉に、僕は一気に頭に血が上った。

通り過ぎようとしたリューさんの手を強引に掴み、無理やり引き留めた。

 

「ク、クラネルさん!?」

 

リューさんは驚いているようだが、僕は手を離さない。

 

「無かったことになんて………しませんよ!」

 

僕はそう言い放つ。

 

「僕は出会う前のリューさんの事は知りません…………ですが、出会ってからのリューさんの事は知っています! リューさん、あなたは優しい人だ! 気が強くて不器用でも、あなたの優しさを僕は知ってる!」

 

「ク、クラネルさん!? 私はそのようなエルフでは…………」

 

「なら………何故あなたは僕を助けに来てくれたんですか?」

 

「そ、それはシルに頼まれたからで…………」

 

「本当にそれだけですか?」

 

僕はリューさんの眼をジッと見つめる。

 

「そ、それは…………」

 

リューさんは目を逸らした。

それが僕の思っていることが間違いではないと証明してくれている。

 

「僕はあなたを離しません。たとえ振りほどかれようと何度でも掴んで見せます! だからリューさんも自分を貶めるような真似は止めてください! 僕は、リューさんが傍にいてくれると嬉しいです!」

 

「ク、クラネルさんっ…………!」

 

思わずリューさんを引き寄せる。

いつかと同じようにリューさんが僕の胸に飛び込む形となる。

でも、以前とは違いリューさんはすぐに離れようとはしない。

 

「…………クラネルさん」

 

「はい」

 

「お願いがあります……………抱きしめて………もらえませんか?」

 

そう言われ、僕は一瞬躊躇したけどリューさんの背中に手を回し、抱きしめた。

 

「クラネルさん………」

 

「ベルです………いつまでも他人行儀な呼び方は止めてください」

 

「…………では、私の事もリューと呼び捨てにしてください」

 

「わかった………リュー」

 

「ベル…………あなたは暖かい………」

 

そのまま僕は、しばらくリューを抱きしめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、リューの案内で宿営地近くまでたどり着いた僕は、

 

「何やってるんだ僕は~!? 以前に迂闊なことを口にすると苦労すると思い知ったばかりなのにリューに対してあんな事を~~~!!」

 

リューと別れ、宿営地までの道程で頭を抱える。

ぶっちゃけ今思えばプロポーズみたいなセリフを口にしていた。

そう頭を抱えながら宿営地までの坂道を登りきると…………

 

「………何があったの?」

 

まるで巨大な剣で切られたような亀裂が走っている宿営地の広場を見て、僕は呟いた。

 

「ああ。なんか突然アイズ・ヴァレンシュタインが剣を抜いて一発ぶちかましたんだ。【ロキ・ファミリア】の連中の話じゃ、最近になって度々発作が起こるように八つ当たりをするらしい。【ロキ・ファミリア】の連中は慣れたようだが俺達にしちゃ突然の事で驚いたぜ。因みにアイズ・ヴァレンシュタインはそれで力を使い果たして倒れたそうだ」

 

僕の呟きに答えるように通りかかったヴェルフが言った。

 

「どうしちゃったの? アイズさん………」

 

「さあな………」

 

因みに【ロキ・ファミリア】の最初に帰還する組はもう出発しているらしく、残っているのは【ロキ・ファミリア】の幹部と【ヘファイストス・ファミリア】の一部だけらしい。

とりあえず、僕は休もうと自分が借りているテントに行くと、

 

「あれ? 神様?」

 

神様の姿が無かった。

僕がテントの中を見渡すと、一枚の紙が落ちているのに気が付いた。

それを拾って読んでみると、

 

「ッ!」

 

そこには、神様を誘拐したということが書かれていた。

そして、一人で指定場所に来るようにとも………

僕は、反射的にテントを飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

同じ頃、【ヘファイストス・ファミリア】のテントでは、

 

「よーし! 直ったぜキョウジ!」

 

そう言いながらスィークは修理が完了したブレードトンファーをキョウジに差し出す。

キョウジはそれを受け取り、刃を光に翳すように眺める。

修理とは言うものの、ランクアップし【鍛冶】アビリティを得たスィークが打ち直したものは以前よりも数段上の性能を誇る。

故に、左右の威力の差が出てしまうので、2本とも打ち直していた。

その為スィークは前半に出発するパーティには間に合わず、ベル達が同行する後半のパーティに同行することにしたのだ。

 

「ああ、以前よりも素晴らしい出来だ。 本当に修理代は良いのか?」

 

「おう! 俺の勘はキョウジはすげえ冒険者になるって言ってるんだ。先行投資みてえなもんだよ。あんたが俺の武器を使って活躍してくれれば、俺の作る武器も売れる。そうすりゃ今回の修理代なんて余裕でお釣りが来らあ」

 

スィークは持ち前の気持ちの良い笑みを浮かべてそう言う。

 

「フッ、ご期待に沿える様に善処させてもらおう」

 

「期待してるぜ!」

 

キョウジはブレードトンファーを背中に納める。

 

「うし! じゃあ、俺は出発の準備をしなきゃな。 キョウジ、帰りの道でお前の腕前を見せてもらうぜ」

 

「了解した」

 

そう言ってキョウジはテントを出る。

すると、キョウジの視線の先をベルが必死の表情で走っていく。

 

「ベル?」

 

その表情を見てただ事ではないと感じたキョウジは、一旦ベルの使っていたテントを調べる。

そこで放り投げられていた用紙を見つけ、

 

「そういうことか…………」

 

ベルの状況を知ったのだった。

 

 

 

 

 

一方、ベルは必死の形相で指定された場所に向かって走っていた。

 

「はぁ………はぁ…………」

 

(くそっ! 息が切れる………! 手足が重い…………! 早く行かなきゃいけないのに…………!)

 

ベルは心の中でいつも通りに動いてくれない自分の身体に悪態を吐く。

ベルの身体は既に限界であり、普段の実力の一割も出せない状況であった。

それでも体に鞭打ってベルは駆け抜け、指定された場所に到着した。

ベルは息を吐きながら気配を感じる方を向くと、水晶の陰から一人の冒険者が現れた。

その冒険者はモルドと言い、【豊穣の女主人】とリヴィラの町でベルに恥をかかされた………と思い込んでいる男だった。

 

「よう」

 

「神様は!?」

 

焦るベルを見て満足げな表情を浮かべるモルドは、

 

「付いてきな」

 

顎をしゃくってベルに付いてくるように促す。

ヘスティアを人質に取られている以上、ベルには黙って付いてくしか選択肢は無い。

ベルが連れてこられたのは岩場の上にある半円状に突き出た広場だった。

そして、多数のガラの悪そうな冒険者がベルを囲う様に並んでいる。

モルドがベルに話しかける。

 

「お前さんとこの女神様は無事だ。俺も神を傷つけるような罰当たりじゃねえ………」

 

「なら、僕に用があるってことですね」

 

ベルは、この場にいる全員が一斉に襲い掛かってくるのかと思っていた。

しかし、

 

「安心しな。こいつらには手は出させねえ。これからやるのは俺とてめえの一騎打ち………決闘だ」

 

「決闘………?」

 

「そうだ。単純だろ? 勝った方が負けた方に好きな命令が出来る。俺が勝ったらテメエの装備品身包み剥いでやる」

 

剣を抜きながらモルドはそう言う。

 

「僕が勝ったら、神様を返してもらいます」

 

ベルが構えを取りながらそう言う。

 

「ああいいぜ。だが勘違いするなよクソガキ。これからやるのは………お前を嬲り殺しにするショーだ!!」

 

そう叫びながら剣を振り上げ、地面に叩きつけるように振り下ろすと、地面にあった水晶の欠片が砕かれ、礫となってベルに飛んでくる。

ベルは慌てずに腕で目を庇うが、モルドが一瞬視界から消える。

ベルはすぐに視界を確保するが、その先にモルドの姿は無かった。

 

「なっ!?」

 

ベルは一瞬目を見開くが、気配は相変わらずそこにある。

 

「ッ!?」

 

攻撃の気配を感じたベルはその場を飛び退く。

 

「へっ! 勘のいいヤローだ。だが、俺が何処にいるか分からねえだろう?」

 

モルドの声だけが響く。

そんな様子を、広場の更に上にある岩場の上から見ている者がいた。

 

「透明になるマジックアイテム『ハデス・ヘッド』。見事なものだねぇ、アスフィ」

 

「まったく悪趣味ですね。満身創痍のベル・クラネルにあんな冒険者をけしかけるなんて」

 

「まあ、そうでもしないと、彼の器を測れなきからさ。それに、ベル君は人間の汚いところを知らなさすぎる」

 

「そうでしょうか? あの東方不敗 マスターアジアという男は、ベル・クラネルにそのことを教えていないとは思えませんが………」

 

「まあ、ベル君が綺麗すぎることは間違いない。それが彼の魅力なのかもしれないけどね」

 

ヘルメスは話を中断し、広場を見下ろす。

 

「おや?」

 

そこには、

 

「うおおおおっ!!」

 

見えない空間から声が響く。

 

「…………」

 

ベルは無言で体を反らす。

それだけで透明なはずのモルドの拳は空を切る。

 

「なんでだ!? 何で当たらねえ!? てめえ、まさか見えてるのか!?」

 

先程から、モルドの攻撃は一発たりとも当たっておらず、ベルは最低限の動きだけで対処していた。

しかも、ベルは目を瞑っている。

 

「見えないよ。でも、何処にいるか、何をしてくるかはハッキリと分かる」

 

「ふざけたことを!!」

 

モルドは再び殴りかかる。

だが、ベルは再び身体を逸らしそれを避ける。

勢い余ったモルドはつんのめり、

 

「はっ!」

 

「ぐぼぉっ!?」

 

ベルが繰り出した膝蹴りをまともに腹に受けて悶絶した。

 

「がほっ!? げほっ!?」

 

咳き込むモルド。

 

「何でだ? 俺の姿は見えないはずなのに!?」

 

モルドは自分の考えていた状況とはまるで違う現実に叫ぶ。

それでも、何としてもベルに仕返しをしようとして一歩近付き、

 

「足音………」

 

ジャリっと地面を踏みしめる音と同時にベルが呟く。

その言葉にモルドが足を止めた。

 

「なっ!?」

 

「声………」

 

ベルがモルドのいる方向へ振り向く。

その言葉でモルドは黙り込み、忍び足でその場を移動する。

 

「服や装備の擦れる音………」

 

ベルの顔は正確にモルドのいる方向を向く。

 

「呼吸音………」

 

「くっ! くそがぁぁぁぁぁっ!!」

 

どんなに静かに移動しても正確に自分を追跡してくるベルにモルドはキレる。

 

「空気の流れ………」

 

首を傾け、顔面を狙っていたモルドの拳が空を切る。

 

「そして剥き出しの殺気」

 

次の瞬間、鋭いボディブローがモルドの腹部に叩き込まれる。

 

「ごぶぅぅぅっ!?」

 

「その全てがあなたの行動を手に取るように教えてくれるっ!」

 

その言葉と共に、ベルは上段回し蹴りを放った。

その蹴りはモルドの頭部、被っていた『ハデス・ヘッド』に直撃し、それを砕いた。

モルドの姿が露になり、同時に吹き飛ぶ。

もはや周りでヤジを飛ばしていた冒険者たちは声を失っている。

 

「おやまあ、満身創痍でもLv.2の冒険者じゃ歯が立たないみたいだね」

 

ヘルメスがそう呟く。

 

「へ、ヘルメス様………」

 

すると、アスフィが震えた声でヘルメスの名を呼ぶ。

 

「ん? どうしたんだいアスフィ?」

 

ヘルメスはアスフィの方を向こうとして、

 

「さて、ワシの弟子を神の遊びに巻き込んだこの落とし前………どうつけてくれようか………?」

 

重い声がその場に響いた。

ヘルメスの後ろに立つのは東方不敗 マスターアジアその人。

ヘルメスは、冷や汗をダラダラと流す。

 

「や、やあ東方先生。ご機嫌いかが?」

 

振り向きながら言ったヘルメスのその言葉に、

 

「神ヘルメスよ。その呼び方はワシが最も嫌う呼び方なのでな………少しばかり痛い目を見てもらおうか………」

 

「ま、待った………僕は神………」

 

「問答無用!」

 

「あんぎゃぁああああああああああああああああっ!!??」

 

哀れヘルメス。

神にも因果応報は適用されるようであった。

 

 

 

 

因みにヘスティアだが、ベルを密かに追ってきたキョウジにより、無事に救出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






第二十六話です。
今回は別の意味ではっちゃけてみました。
今回の主演は………リューさん?
色々やっちまいました。
まあ、リューさんはダンまち女性キャラの中ではアイズに次いでのお気に入りなんで。
相変わらずベル君後先考えずにモノを言うので後戻り出来ないとこまで突っ走ってます。
モルド?
唯の噛ませですな。
ヘルメスは生き残れるか?
それでは次回にレディー………ゴー!!!


PS.来週は予定が詰まっているので更新できないかもしれません。
努力はしますが出来なかったら許してね。


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第二十七話 ベルは見た

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

モルドという冒険者を倒した後、

 

「あっ! 神様の居場所!」

 

大事なことを聞き出すことを忘れておりモルドに駆け寄るけど、完全に気絶している。

僕は他の冒険者に聞こうと振り返るけど、その瞬間ズザザザッと全員が引いてしまう。

僕は何とか穏便に神様の事を聞き出そうとした時、

 

「ベル君!!」

 

人ごみを掻き分け、神様が飛び出してきた。

そのまま僕に抱き着いてくる神様。

僕は神様を受け止めると、

 

「ごめんよベル君! ボクが不甲斐ないばっかりに面倒な事になってしまって………!」

 

神様が申し訳なさそうに謝ってくる。

僕は安心させるために笑みを浮かべ、

 

「僕は大丈夫です。それよりも神様、神様はどうやってここに?」

 

僕は気になっていることを尋ねる。

 

「ああ、それは彼のお陰だよ」

 

神様はそう言いながら離れ、後ろが見えるように横に退く。

すると、

 

「シュバルツさん!?」

 

そこには覆面を被ったシュバルツさんが立っていた。

シュバルツさんは僕に歩み寄り、

 

「無事だったようだな、ベル」

 

「あ、はい。シュバルツさんが神様を助けてくれたんですか?」

 

「ああ。君が慌てて飛び出していくところを見かけたのでね。君のテントを調べたら案の定だったというわけさ」

 

「いや、凄かったよキョウジ君は。いきなりボクの影から出てきたかと思えば一瞬で見張りの2人を気絶させちゃったんだ」

 

「そうだったんですか。シュバルツさん、神様を助けていただき、ありがとうございます」

 

僕はシュバルツさんに頭を下げる。

 

「礼を言われるほどの事ではない。神ヘスティアは私の主神である神ミアハの友神でもある。助けるのは当然のことだ」

 

「えっ、シュバルツさんってミアハ様の【眷属】だったんですか?」

 

僕がそう聞くと、シュバルツさんはハッとしたように目を見開き、

 

「そう言えば、君には正式に自己紹介したことが無かったな………」

 

そう言いながら覆面を脱ぐと、

 

「【ミアハ・ファミリア】所属のキョウジ・カッシュだ。改めてよろしく頼む、ベル」

 

二十代後半と思われる黒髪の男性の顔が露になった。

 

「それがシュバルツさんの素顔…………というか、キョウジっていうのがシュバルツさんの本名なんですか?」

 

「ああ。だが、シュバルツという名にも愛着はある。できれば覆面を被っているときはシュバルツと呼んでもらいたい」

 

「わかりました、シュ………キョウジさん」

 

 

 

 

 

 

 

【Side 東方不敗】

 

 

 

 

「も、もう勘弁してくれないかな?」

 

ワシの厳重注意により、顔を腫れ上がらせた神ヘルメスが言う。

その隣には正座させているアスフィ殿。

アスフィ殿は神ヘルメスの巻き添えということで正座で勘弁している。

 

「……………よかろう」

 

ワシがそう言うと、ホッと息を吐く神ヘルメス。

 

「ならばあと平手20発ほどで勘弁してやろう!」

 

顔を青ざめさせる神ヘルメス。

ワシの気持ちがその程度で収まるわけが無かろう。

神ヘルメスはやれやれと肩を竦めると、

 

「仕方ないな…………」

 

一度目を瞑り、もう一度見開いた瞬間、

 

「止めてくれないかな…………!」

 

今までとは違う威圧感がその場を支配した。

その名の通り、常人ならその場で畏怖し、無条件で頭を垂れてしまいそうなほどの『人』とは【格】そのものが違う『神』の威圧。

 

「ヘ、ヘルメス様………【神威】を…………」

 

アスフィ殿が呟く。

これが噂に聞く『神』の【神威】か…………

なるほど、確かにこれほどの威圧感ならば、その場で跪いてしまってもおかしくない。

 

「……………………」

 

「僕にも非はあったから罰は与えないけど…………こんなことはもうしないで欲しい。いいかな?」

 

神ヘルメスが【神威】を放ちながら真面目な顔でそう言ってくる。

だからワシは………………………………

 

「………………………このうつけ者がぁあああああああああああああっ!!!」

 

容赦なく拳を頬に叩き込んだ。

 

「ゴフォッ!!??」

 

吹き飛ぶヘルメス。

 

「えええええええええええっ!? 【神威】を放っているヘルメス様を殴ったぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

アスフィ殿が盛大に驚いている。

 

「この大馬鹿者が!! 少しも反省しておらんではないかっ!! いくら『神』とはいえ、己が行った愚行に対し、反省も後悔も無いとは【器】が知れるっ!!」

 

ワシはヘルメスを叱りつける。

 

「………………」

 

しかし、ヘルメスから返事は無かった。

見れば、完全に目を回している。

 

「フン、この程度で気絶するとは軟弱な!」

 

「いえいえいえいえ! 地上に降りてきている『神』は普通の人間と変わりありませんのであれ程の拳を受ければ気絶するのは当然です! というか、今ので天界に送還されなかったことを褒めるべきではっ!?」

 

アスフィ殿が叫ぶ。

だが、ワシはその瞬間この場が………否、この階層全てがまた違う雰囲気に包まれたのを感じた。

ワシはその『気』を強く感じる方向…………上を向く。

 

「なんじゃ………?」

 

上から迫ってくる“弱い”威圧感にワシは声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「何をやっているんだヘルメス………」

 

上の方から聞こえてきた師匠とヘルメス様の声に、神様は声を漏らす。

 

「どうやらこの冒険者達をけしかけたのはヘルメス様だったみたいですね。それで師匠にお仕置きされたんだと思います」

 

僕は話の流れから予想したことを神様に教える。

 

「まあその通りだとは思うけど、【神威】を発動させた『神』を躊躇無く殴るって、師匠君は一体何なんだい?」

 

「それはもちろん、『最高』で『最強』の『武闘家』です!」

 

「いや、もう『武神』って言った方がしっくりくるんだけど………」

 

確かにそうかもしれない。

するとその瞬間、上の方から得体のしれない威圧感を感じた。

 

「なんだ………?」

 

「ベル君…………? ッ!?」

 

神様も最初分らなかったようだけど、強まる威圧感に気付いたようだ。

見ればこの階層を照らしている水晶の奥から大きな影が迫ってきている。

その影は徐々に大きくなり、輝いていた水晶の光が途切れ、辺りが薄暗くなる。

そしてビキリッという音と共に水晶に罅が入った。

 

「まさか! モンスター!?」

 

「嘘だろ!? ここは安全階層(セーフティーポイント)じゃなかったのかい!?」

 

僕達は驚くけど現実は変わらない。

次の瞬間水晶が砕け、黒い巨人が産み落とされた。

その黒い巨人はこの階層の中央にある巨大な樹の近くに落ち、ゆっくりと立ち上がる。

そして、

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォッ!!!」

 

耳を劈くほどの咆哮を上げた。

 

「ひ、ひぃいいいいいいいっ!!」

 

「く、黒い『階層主(ゴライアス)』!?」

 

「何で十八階層にゴライアスが産み落とされるんだ!?」

 

「じょ、冗談じゃねえぞ! 絶対に普通じゃない!」

 

周りの冒険者達に動揺が広がる。

更には黒いゴライアスの咆哮に呼応するように十八階層にいたモンスター達が凶暴化し暴れ始めた。

それと同時に黒いゴライアスが動き出し僕達の方に一歩踏み出した。

 

「こっちに向かってる!?」

 

「………あのモンスター………多分(ボク)達を抹殺するために送られてきた刺客だ………さっきのヘルメスの【神威】で気付かれたんだ。多分出口も………」

 

神様が【ロキ・ファミリア】のキャンプの近くにある上の階層への出口を見る。

そこには、崩落によって閉ざされた光景があった。

 

「やっぱり。おそらくあのモンスターを倒さない限り、十八階層(ここ)からの脱出は不可能だ」

 

神様は確信を持ってそう言った。

その時、

 

「ベル―――――ッ!!」

 

ヴェルフの声がしてそちらを向くと、ヴェルフとリリ。

それに【ロキ・ファミリア】の幹部の面々が走ってきた。

 

「ベル! 無事だったか!」

 

「ヴェルフ! 皆も!」

 

「それよりも、いったい何が!?」

 

リリがまくしたてようとしたところで、別方向からリューが駆けてきた。

 

「遅くなって申し訳ありません。異変を感じてすぐに駆け付けたのですが………」

 

「リュー!」

 

僕は気付かなかったけど、僕がそう言ったときに神様、リリ、アイズさんの3人が何かに気付いたようにムッとした。

 

「詳しいことは分からないけど、あのモンスターを倒さない限りこの階層からは脱出不可能みたいだ」

 

僕はそう言う。

すると、

 

「なあ、あんたら【ロキ・ファミリア】だろ!? それならさっさとあんな奴片付けてくれよ!」

 

周りにいた冒険者が期待を込めた目でそう言う。

しかし、

 

「そうしてあげたいのは山々だけど、今の僕達は満身創痍でね。普段の半分程度のレベルの働きしか出来ないと思ってくれ」

 

フィンさんが冷静に現在の状況を説明する。

 

「なぁっ………!」

 

絶望的な表情をする冒険者達。

その時、

 

「やれやれ、あの程度の輩に取り乱すとは情けない」

 

上から師匠が飛び降りてきて僕達の前に着地する。

 

「師匠!」

 

目の前に降り立った師匠はいつもの腕を組む体勢で目の前のゴライアスを眺める。

 

「仕方あるまい。今回はワシが手を貸してやろう」

 

師匠は正に勝利宣言と言わんばかりの言葉を僕達に投げかけてくれた。

 

「ほ、本当ですか!? 師匠!」

 

「うむ。あのようなウドの大木など蹴散らしてくれよう」

 

師匠がそう言い放ち、ゴライアスへ向かおうとした時だった。

突如として、【ロキ・ファミリア】のキャンプから火の手が上がる。

見れば、凶暴化したモンスター達に襲撃されているようだ。

 

「ヤバいぞ! あそこに残ってるのは【ヘファイストス・ファミリア】の数人だけだ! ウチのファミリアの連中は、一部を除いて戦闘が不慣れなやつばかりだ!」

 

ヴェルフが叫ぶ。

すると、

 

「ならばそちらには私が行こう」

 

そう言ったのは、覆面を再び被ったキョウジさん。

 

「マスターアジア、こちらは任せる」

 

「よかろう、承知した」

 

それだけ言うと、キョウジさんは凄まじいスピードで駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side スィーク】

 

 

 

 

 

「くそ! なんだってんだよぉっ!」

 

俺は思わず悪態を吐く。

今の状況が普通じゃないことは確かだ。

安全階層(セーフティーポイント)の筈の十八階層(ここ)に生れ落ちた黒い『階層主(ゴライアス)』。

この階層では幾分か大人しいはずのモンスター達の凶暴化。

昼間の筈なのに輝きを失ってしまったクリスタル。

その全てが異常事態であることを告げている。

 

「おりゃぁああああああっ!!」

 

俺は自前の剣で目の前のモンスターに斬りかかる。

そのモンスターは灰になるけど次から次へとモンスターが現れる。

普通なら逃げるのが最善の策だろうけど、生憎出口は崩落によって塞がれている。

逃げ場が無い以上戦うしか無かった。

でも、この場にいるメンバーは訳あって前半の帰還パーティに入れなかった数人のみ。

しかも、全員が【ヘファイストス・ファミリア】で、俺も含めて戦闘があまり得意じゃない奴らばっかりだ。

それに、これほどの数のモンスターを相手にするには数人じゃ無理だ。

 

「があっ!」

 

俺の後ろで戦っていた一人がバグベアーに吹き飛ばされる。

 

「あっ!」

 

気付いた時には遅く、続けて振るわれたバグベアーの腕が俺に迫る。

 

「くぅっ!」

 

俺は咄嗟に剣で防御するけど、勢いに耐えきれずに吹き飛ばされた。

 

「あぐっ!?」

 

テントの残骸に突っ込み、打ち付けられた体に痛みが走る。

俺は何とか立ち上がろうとして…………

 

「なっ………!」

 

振り上げられたミノタウロスの拳が目に入った。

振り下ろされようとする拳がやけにゆっくりに感じる。

畜生………こんな所で終わるのかよ………

今までの事が思い返される。

【ヘファイストス・ファミリア】に入って鍛冶一筋で生きてきた。

少し前にようやくLv.2になって上級鍛冶師(ハイスミス)を名乗れるようになり、やっとこれからだと思った矢先にこれだ。

もちろん鍛冶一筋で生きてきたことには後悔は無い。

でも一応女として、もう少し女らしい事をしたかったと思わないでもない。

ガサツで男勝りな俺だけど、オシャレな服とか着てみたかったし、恋愛とかも人並みにはしてみたかった。

恋愛と考えて、ふと一人の男が浮かび上がった。

まだ会って1日程度だし、相手の事もよく知らない。

けど、こんな俺を見ても変な顔をするどころか紳士的に対応してくれた。

冒険者ではあまり見ないタイプの男だった。

正直、一目惚れと言っても過言じゃないと思う。

自分でも、自分がこんなにチョロイとは思って無かった。

その後は何だかんだ理由を付けて自分に興味を持ってもらえるように気を引こうとした。

タダで武器を直したのもそうだし、俺の宣伝になるからと言って俺の武器を使って有名になってくれと頼んだのもそうだ。

気付けばミノタウロスの拳は振り下ろされ始めていた。

もう一秒足らずであの拳は俺の命を奪うだろう。

そこで思い浮かんだ俺らしくもない事。

けど、どうせ最期だし少しぐらい女らしいところ見せてもいいよな…………

 

「………助けて……キョウジ」

 

俺の口から零れ出る小さな呟き。

惚れた男に助けを求める女の言葉。

俺は覚悟して目を瞑り…………

 

「ヴォアァァァァァァァァァァァッ!?」

 

突然困惑するような声を上げたミノタウロスに目を見開いた。

その瞬間、真っ二つになるミノタウロス。

 

「えっ?」

 

何が起きたのかわからず声を漏らす俺。

そこに、

 

「大丈夫か? スィーク」

 

派手な色の覆面を被った1人の男が立っていた。

その顔は分からなかったが、その手に持つのは紛れもなく俺がキョウジに渡したブレードトンファー。

 

「まさか………キョウジ……なのか?」

 

「ああ。無事なようだな」

 

キョウジは優しそうな眼で私を見下ろす。

だが、すぐに周りの状況を確認して気を引き締めると、

 

「失礼する!」

 

そう言うや否や俺を即座に抱き上げた。

 

「ひゃっ!?」

 

ちょっ、この抱き方って………

憧れのお姫様抱っこ!!??

 

「掴まっていろ!」

 

キョウジはそう言うと軽々と跳躍し、俺の身体が浮遊感に包まれる。

 

「ひゃぁあああああああっ!」

 

思わず声を上げる俺。

それから着地したところには、俺以外のメンバーが既に集められていた。

キョウジはその場に俺を下すと、モンスター達に向き直る。

階層の外周を背にしているため背後から襲われる心配は無いが、180度全体をモンスターが埋め尽くしている。

この状況でキョウジに勝ち目なんて………

そう思っていたが、この状況でもキョウジは悠々と佇んでいる。

 

「キョウジ!」

 

俺は思わず声を上げた。

すると、

 

「スィーク! 私の腕前を見たいと言っていたな!?」

 

「えっ!? あ、ああ………」

 

突然言われた言葉に驚くが、何となく頷いてしまう。

 

「ならばとくとご覧に入れよう! 私の力を!!」

 

キョウジはそう叫ぶと、ブレードトンファーを反転させて刃の長い方を外向きに持つと、胸の前で腕を組むような体勢をとり、刃が左右に飛び出す構えを取った。

そして片足で立つと、まるで独楽の様に回転を始めた。

キョウジは回転数をどんどん上げていく。

最早それは独楽ではなく、小さな竜巻だ。

 

「見るがいい! 我が最大の必殺技!!」

 

キョウジは回転しながら言い放つ。

 

「シュトゥルムッ! ウントゥッ! ドランクゥゥゥゥゥッ!!!」

 

小さな竜巻と化したキョウジはそのままモンスターの群れに突っ込んでいく。

次の瞬間に俺の目に映ったのは、信じられない光景だった。

モンスターが回転するキョウジに触れた瞬間、瞬く間に細切れになり一瞬にして灰となる。

そのままキョウジはモンスターの群れを蹂躙していく。

向かってくるモンスターは一瞬にして細切れとなり、隙を見て俺達に襲い掛かろうとするモンスターには猛スピードで突っ込んでいき、これも細切れにする。

モンスターの群れに囲まれていたのがウソのように数を減らしていく。

やがて1分が経ったかどうかもわからないほどの短い時間でモンスターは全滅していた。

キョウジは回転数を落としていき、やがて止まる。

キョウジは疲れも感じさせない動きで俺に歩み寄ると、

 

「君の御眼鏡には適ったかな?」

 

そんな事を言った。

だから俺は、

 

「キョウジ………俺を………専属鍛冶師にしてくれ!!」

 

感情に任せるままにそんなことを口走った。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

黒いゴライアスに対し、師匠は余裕の表情で歩いていく。

 

「ゴァアアアアアアッ…………!」

 

すると、ゴライアスは突然口を大きく開け、

 

「―――――――アァッ!!」

 

大音声と共に衝撃波が放たれた。

咆哮(ハウル)』と呼ばれるそれは、一直線に師匠へ向かっていく。

でも、

 

「はっ!!」

 

師匠が無造作に突き出した正拳突きは、それを超える衝撃波を発生させ、ゴライアスの『咆哮(ハウル)』を飲み込み、逆にその顔面を吹き飛ばした。

 

「…………拳圧だけで『階層主』の『咆哮(ハウル)』を押し返した挙句にそのまま頭部を粉砕ですか………」

 

リューが何処か呆れたように声を漏らす。

残されたゴライアスの身体はゆっくりと膝をつく。

 

「フン、他愛ない」

 

師匠はそう言って踵を返し、その場から離れようとして………

 

「……………むっ!」

 

何かに気付いたように振り返った。

すると、頭部を粉砕されたゴライアスの身体が赤紫色のオーラに包まれ、見る見るうちに頭部が元に戻っていく。

 

「まさか…………自己再生………!?」

 

リューが驚愕したように漏らす。

再生を終えたゴライアスが、今まで以上の威圧感を持って立ち上がり、両手を頭上で組むとハンマー打ちを振り下ろす。

 

「ふん!!」

 

が、師匠はその両腕を逆に蹴り上げ、両腕を吹き飛ばす。

 

「ゴアァアアアアアアアアッ!?」

 

ゴライアスは両腕を失うけど、すぐに再生させた。

 

「ほう、再生能力だけはいっちょ前だな!」

 

そう言う師匠の声には焦りも何も含まれてはいない。

単なる事実に基いた、ただの感想だろう。

 

「こやつを倒す方法はいくらでもあるが………」

 

師匠はチラリと僕を見た。

すると、笑みを浮かべ、

 

「ベルには一度、見せておくべきか………」

 

すると師匠はゴライアスから離れ、僕達の方に戻ってくる。

すぐに僕達の前に戻ってきた師匠の行動を怪訝に思った僕は、

 

「師匠? どうされたんですか?」

 

そう尋ねてみる。

師匠は再びゴライアスに向き直り、

 

「本来ならこのような有象無象の相手に使うような技ではないのだが…………」

 

そう言って両手を腰溜めに構えた。

 

「ベルよ! よく見ておくが良い!!」

 

「師匠!?」

 

師匠の言葉に僕は驚くけど、言われた通り師匠の一挙一動を注視する。

師匠は右手を前に突き出し、手を広げた。

 

「大自然の力………それは人間よりも遥かに大きな力を持つ…………!」

 

師匠が言葉を放つと同時に、師匠が突き出した右手に大きな気の力が集まっていくのを感じる。

 

「その天然自然の気を集め、それを気弾として撃ち出す………それが我が流派東方不敗が最終奥義!」

 

その気を集めた右腕を振りかぶり、

 

「その名はっ………! 石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇん!!!

 

その拳を突き出すと共に、その拳から拳の形をした気弾が放たれた。

放たれた拳型の気弾は徐々に巨大化していき、迎撃の為に放たれた『咆哮(ハウル)』を易々と弾き飛ばす。

そのまま突き進んでゴライアスに命中するかと思われたその時、寸前で拳型だった気弾が広がり、掌となってゴライアスを飲み込んだ。

 

「ゴアァァァァァァァァァァァァァッ……………………!?」

 

ゴライアスを飲み込んだ気弾はそのまま遥か彼方へ飛んでいき、この階層の外壁に巨大な掌の跡を残した。

それだけでも、僕は絶句していたけど、それだけでは終わらなかった。

その掌の跡の中心に『驚』という文字が浮かび上がったかと思うと次の瞬間には爆散し、外壁を大きく破壊した。

その場が静寂に包まれる。

僕はもちろんの事、他の誰もが声を上げることが出来ない。

師匠は僕に振り返り、

 

「ベルよ! 今のが流派東方不敗最終奥義、『石破天驚拳』だ! その眼に焼き付けておけぃ!!」

 

これが………最終奥義…………

僕はこの光景を決して忘れないだろう。

遥かなる師匠の高み。

今は追い付けない。

でも、必ず追い付く。

いや、追い越す!

僕は新たな誓いを胸にこの光景を眼に焼き付けた。

 

 

 

 

 



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第二十八話 ベル、温泉に入る

 

 

黒いゴライアスを師匠が倒した後、僕達は【ロキ・ファミリア】の幹部の人達と一緒に地上を目指していた。

埋まった出入り口?

師匠が正拳一発で吹き飛ばしましたが何か?

 

「いや~! 凄い戦いだったねぇ~!」

 

そう言うのは顔がボコボコになって腫れ上がっているヘルメス様。

 

「もう少し18階層でゆっくりして行きたかったけど、俺とヘスティアが居る以上長居は出来ないからなぁ~」

 

と、そこまで言って師匠に睨み付けられていることに気付いたのか、冷や汗を流しながら押し黙る。

 

「全くです! ヘスティア様さえ居なければベル様はリリと一緒にゆーっくり休んで頂けたのに!」

 

続けてリリがそう言った。

何だが棘があるなぁ………

 

「む? 何言ってるんだいサポーター君。 ベル君は早く帰って僕と一緒にゆーっくり休みたいに決まってる!」

 

そう言いながら神様に引っ張られる。

 

「ヘスティア様と一緒では疲れが取れません! ベル様はリリが(ねぎら)って(いた)わって尽くして差し上げます!」

 

リリも神様に張り合う様に反対側の僕の手を引っ張る。

神様とリリの2人の間にいる僕は思わず苦笑する。

これは………修羅場って奴なのかな………?

そう思ったとき、ゾクリと背中に突き刺さる冷たい視線を感じる。

 

「……………………………」

 

な、なんだろ?

途轍もなく不機嫌ですオーラを感じる。

 

「ああ、アイズ落ち着いて!」

 

「今の体調で爆発したらまた倒れちゃうわよ!」

 

なにやらティオナさんとティオネさんがアイズさんを宥めている様だ。

どうしたんだろ?

一方、

 

「つか、何でスィークがシュバルツと一緒に居るんだ?」

 

ヴェルフがキョウジさんと並んで歩いている赤髪の女性に話しかける。

 

「はん! 俺はキョウジと直接契約を結んだんだ! 一緒に居たっておかしくねえだろ! お前だって心魂王(キング・オブ・ハート)と一緒に居るじゃねえか!」

 

「お前が直接契約ねぇ…………」

 

ヴェルフは何か納得のいかない表情で頭を掻く。

と、その時、

 

「ッ!」

 

僕は接近してくるモンスターの気配に気付いた。

 

「来ます!」

 

僕はそう言いながら皆の前に出る。

目の前に現れたのはヘルハウンド。

今まさに炎を吐こうとしている。

体調は万全じゃない。

でも!

 

「はぁああああああっ!!」

 

ヘルハウンドが炎を吐くよりも早く動き出し、すれ違いざまに攻撃を叩き込む。

灰になるヘルハウンド。

 

「やりました!」

 

リリが嬉しそうな声を上げる。

でも、

 

「まだです!」

 

僕と同じように気付いたアスフィさんが叫ぶ。

すると壁に罅が入り始め、そこからモンスターが這い出てくる。

 

「これは………ハードアーマード!」

 

壁から無数のモンスターが這い出てくる光景に、

 

「はわぁ…………!」

 

神様が後ずさる。

僕は、すぐさま神様を守るように立ち、

 

「大丈夫です! 神様は、僕が守ります!」

 

そう言い放つ。

 

「ベル君!」

 

神様は先程よりも安心感が増した声で僕の名を呼ぶ。

僕は、その期待に応えるように即座にハードアーマードを全滅させた。

戦闘が一段落すると、

 

「すごいじゃないかベルく「ベル様凄い!!」ッ!?」

 

神様の言葉に被せる様にリリがそう称賛の声を上げながら僕に抱き着いてくる。

 

「ちょ、リリ!?」

 

「なっ!?」

 

神様も驚きの声を上げる。

すると、

 

「お見事でした、ベル」

 

「私達の出番はありませんでしたね」

 

「うむ、極限状態の時こそ、その者の真価が問われる。よくやった、ベル」

 

リューにアスフィさん。

更に師匠まで僕の事を褒めてくれて、僕は照れるように頭を掻く。

 

「なんだいベル君! デレデレしちゃってみっともない! ふん!」

 

神様が不機嫌な声を漏らし、足元の石を蹴った。

その石は数回地面を跳ねると壁に当たり、

 

「へ?」

 

当たった個所に罅が入った。

その罅はどんどん大きくなり、砂があふれる様に出てくる。

 

「神様!」

 

僕はモンスターの可能性も考慮して、神様の前に立つ。

その壁はどんどん崩れていき、

 

「これは………」

 

リューが声を漏らすと壁が完全に崩れ、通路の入り口が露となった。

 

「未開拓領域………」

 

そう呟くリュー。

 

「未開拓って………まだマッピングされてない場所ですか?」

 

千草さんが問いかける。

 

「ええ」

 

「間違いないでしょう……私の記憶にも、この階層にこんな地形は無かったはずです。縦穴とも構造が違います」

 

アスフィさんが補足するようにそう言った。

 

「つまり新発見ってことか?」

 

その言葉を聞いて、僕は純粋に凄いと思った。

 

「すごいですね! 神様!」

 

「えっ? あ、ああ、うん! まあね………!」

 

僕が神様を褒めると神様はどこか狼狽える。

そうしていると、

 

「あん? この鼻を突くような臭いは…………」

 

ベートさんが少し顔を顰める。

 

「どうした? ベート」

 

「これは………硫黄の臭いか………?」

 

「硫黄?」

 

どうやらベートさんは獣人の嗅覚で硫黄の臭いを感じ取ったようだ。

すると、同じように鼻をスンスンとさせていた命さんが、

 

「ッ!!!! こ! この匂いはっ!!!!」

 

突如として人が変わったように声を上げた。

通路の入り口の前に飛び出し、まるで犬の様に四つん這いになりながら臭いを嗅いでいる。

いきなりどうしたんだろ?

 

「…………まさかっ!!!!」

 

立ち上がると同時にそう叫ぶと、全力疾走で通路の奥に走って行ってしまう。

 

「命!!」

 

桜花さんが呼びかけるが命さんは全く無視して通路の奥へ消えていく。

 

「一人じゃ危ないですよ!」

 

僕達は命さんを追って中へと入っていった。

 

 

 

 

 

「あ………ああ~~~~~~」

 

命さんが幸せそうな声を漏らす。

目の前には湯気を立ち込ませながら視界いっぱいに広がるお湯のエリア。

 

「……………温泉?」

 

神様が手でお湯を掬いながらつぶやく。

 

「はい~~~~~!!! 温泉に間違いありません!!! 自分、温泉の事だけは自信があるのです!!!」

 

な、何か命さんがものすごいハイテンションだ。

僕が引くぐらいに。

すると、このエリアを見回っていたリューとアスフィさんが戻ってきた。

 

「他には特に何もありませんね」

 

「モンスターの気配も無いようです。ここは、ダンジョンが作った癒しの空間ということなのでしょう」

 

2人がそう報告する。

 

「なるほど、少しはのんびり出来るってわけか」

 

桜花さんがそう言うと、女性陣は嬉しそうに温泉に駆け寄っていく。

命さんが温泉に顔を突っ込み、何かしている。

顔を上げると、

 

「ど、どうだった? 命」

 

千草さんが尋ねる。

 

「湯加減! 塩加減! 申し分なし! 最高の逸品です! 是非入っていきましょう!!」

 

「あはっ」

 

命さんの言葉に千草さんが嬉しそうに声を漏らす。

 

「十八階層から疲れも溜まる一方ですし………」

 

「うん! 諸君! ここは一つ………!」

 

リリと神様が頷きあい、

 

「「「「「「温泉旅行と洒落込もうじゃないか」」」」」」

 

女性陣が一斉に唱和した。

何故かヘルメス様が混じってたけど………

次の瞬間にはヘルメス様に冷たい視線が向けられる。

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「どうしたじゃありません! 水浴びの件忘れたんですか!?」

 

「ああ! ベル君が良い思いをしたあれか!」

 

その言葉が聞こえてしまい、その時を思い出して顔が熱くなってしまう。

 

「ベルが良い思い?」

 

「なんですかそれ?」

 

「あ………いや………」

 

僕が答えに困っていると、

 

「とにかく! ヘルメスが居たんじゃボク達は安心して入れないよ」

 

「温泉は惜しいですけど………」

 

「そんな~~~~~!!」

 

話の流れが温泉に入らないことに傾いていき、命さんが情けない声を上げる。

すると、

 

「水着を着ればいい」

 

「「「「え?」」」」

 

「水着を着れば混浴し放題です」

 

…………何でリューがそんなこと言うんだろ?

エルフは認めた相手以外肌を晒すことすら嫌うはずだけど………

 

「それは名案です!」

 

命さんが気にせずに復活した。

 

「でも、水着なんて何処に………」

 

神様が呟いたところで、

 

「こんなこともあろうかと!!」

 

ヘルメス様が突然叫び、アスフィさんのマントを捲りあげた。

 

「きゃぁああああああああああっ!!??」

 

アスフィさんが悲鳴を上げる。

でも、そのマントの内側には、

 

「全員分用意してあるのさ!!」

 

ヘルメス様は決めたつもりだけど、やっていることはタダのセクハラです。

 

 

 

 

 

閑話休題(師匠による制裁中)

 

 

 

 

 

 

 

「水着は俺が見立てた特別品だ。遠慮なく貰ってくれ」

 

元々腫れ上がっていた顔が更に腫れ上がったヘルメス様が言った。

 

「全くいつの間に………」

 

「どうして私達のサイズを………?」

 

「しかも【ロキ・ファミリア】の分まで………」

 

「そこはほら、神様(さくしゃ)の都合ってことで………」

 

メタらないでくださいヘルメス様。

とりあえず着替える皆。

因みにリューとリヴェリアさん、レフィーヤさんは先程言ったエルフの都合の為、今回は見送ることとなった。

まあ、神様の胸のサイズが合わずに水着が切れてしまったなどのアクシデントはあったものの、スィークさんがこのエリアにあった葉っぱと蔓を使い、どうにかしてくれた。

因みに僕が着替えた時、

 

「「「「「「「「「「…………………………」」」」」」」」」」

 

師匠とキョウジさん、神様を除いた全員の視線が僕に集中していた。

 

「み、皆? どうしたの?」

 

「い、いや………」

 

「だってなぁ………」

 

「あのヒョロイ体の何処にあんな力があるのかと思っていたら………」

 

ああ、僕の身体に驚いたってことね。

 

「ベル………凄い………」

 

アイズさんの純真な誉め言葉を聞いて、顔が熱くなる。

 

「しかし、マスターの身体はそれ以上に凄いな」

 

フィンさんが師匠の身体を眺める。

師匠は褌一丁でいつも通り腕を組んではいるが、その体の筋肉は、全くの無駄が無いほどに鍛え上げられている。

 

「これが50歳を超えたヒューマンの爺の身体かよ………」

 

「しかも【恩恵】無しって………」

 

「どれほどの鍛練を積んだのだ………?」

 

なんか話が脱線してきているような………

 

「はい皆! 積もる話もあるだろうけど、まずは温泉に入ろうよ! 話はそれから!」

 

神様が手を叩きながら神様がその場を収める。

何故かその後命さんによる温泉談義が始まり、温泉に入るための作法があるという。

2回礼をして、2回手を叩き、更にもう一度礼をする。

更にお賽銭と言って硬貨をお湯の中に投げ入れた。

その事にヴェルフと神様が文句を言っていたけど、温泉を前にした命さんのテンションの前に封殺された。

すると僕達の後ろで、

 

「なあなあキョウジ。極東で温泉に入るのってこんなに面倒な事しなきゃいけねえのか?」

 

スィークさんがキョウジさんに話しかけている。

キョウジさんは右手でこめかみを押さえながら、

 

「いや、私の故郷にも二礼二拍一礼という作法はあるが、それは神の社に参る時の作法なのだが…………」

 

「あ~~なるほど、あいつにとって温泉に入るということは神様に参るのと同じぐらい重要な事ってことか」

 

「そうなるのか?」

 

更に命さんは棒に細長くギザギザに切り出された白い紙が何枚か付いたものを振り回し何やら唱えている。

 

「今度はお祓いか………」

 

キョウジさんは呆れた声を漏らしている。

 

「これも神様に参る時の作法か?」

 

「こちらは厄払いの為に行うものだな」

 

「あいつどれだけ温泉好きなんだ?」

 

その言葉を聞いて、僕は思わず苦笑いした。

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

 

 

タケの子供の行動には驚かされたけど、とりあえず皆で温泉に入ることにした。

各々が好きなように温泉に浸かっている。

あの命っていうタケの子供は礼儀云々言ってたけど、今やっているサポーター君とのお湯の掛け合いはマナー違反じゃないのかな?

暫く個人で温泉を堪能した後、ボクはベル君を探すことにした。

でも、いくら見回してもベル君が見当たらない。

まさか!

ヴァレン某と!?

と思って再度見回した結果、ヴァレン某がアマゾネスの姉妹と一緒に居るところを見つけた。

ボクは即座にヴァレン某に近付き、

 

「ヴァレン某! ベル君は一緒じゃないだろうな!?」

 

そう問いかける。

ヴァレン某は一度首を傾げるが、少し上の方にある岩場を指さす。

 

「あそこにいる………」

 

さっきの場所からは見にくかったが、ここから見ると、ベル君が師匠君と一緒に温泉に浸かっているのが見えた。

ボクは即座に駆け出しベル君の元へ向かう。

 

「あ………」

 

ヴァレン某が何か言おうとしていたけど関係ない!

ヴァレン某が動かない今がチャンスだ!

 

「ベルくーーーん!」

 

「神様!?」

 

ベル君がボクに気付く。

 

「神様! ちょっと待っ………」

 

「ボクと一緒に…………」

 

そこまで言ってお湯に片足を突っ込む。

そのまま「はいろーぜ!」と続けようとしたけど、思わずその言葉は止まった。

何故なら、

 

「あっちゃぁあああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

ベル君達が入っていた温泉は物凄い熱湯だったのだ。

ボクは思わず跳び上がり、その拍子に岩場を転がり落ちる。

その際に頭を打ったボクは思わず手で押さえる。

 

「あいたたたたた………」

 

「神様―! 大丈夫ですか!?」

 

「2人とも! なんていうモノに入っているんだい!!」

 

立ち上がると同時にボクは叫ぶ。

 

「心頭滅却すれば火もまた涼し。これも修業よ」

 

「いや、こんな時まで修業しなくても………」

 

師匠君の言葉に僕は冷や汗を流す。

 

「神様! とりあえず向こうに水風呂エリアがありますので、そこで足を冷やしてください」

 

「そうさせてもらうよ」

 

ベル君の言葉通り、ボクは先程熱湯に突っ込んだ足を水風呂に突っ込む。

 

「ふいー………足が茹っちゃうかと思ったよ………」

 

僕はもう一度熱湯に浸かっているベル君達を見る。

あの熱湯に浸かって平然としてるなんて……………

……………ま、武闘家だから仕方ないか。

ボクは考えることを放棄した。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

その頃このエリアの最奥に生まれ出でようとする影があった。

実はこのエリアはモンスターの罠そのものであり、温泉という餌に食いついた冒険者が無防備となって湯につかっている所を襲う狡猾なアンコウ型モンスターである………

そして、遂に天井からモンスターが生まれ出でようとして…………

ドサドサと細切れになった肉片が落ちて灰となる。

それから一人の影が下りてきて“水面”に着地した。

 

「思った通りか………」

 

そこに立ったのはシュバルツの覆面を被ったキョウジだった。

キョウジは安全階層でもないこの階層にこのような場所があることを怪訝に思い、先ほどリュー達が見回って確認できない場所…………

すなわち壁や天井の中を調べて回っていたのだ。

結果は案の定ということである。

 

「この事は後で報告しておこう…………今は、彼らに今しばらくの休息を………」

 

この休息が終わるまではこの事を黙っておこうと決めたキョウジだった。

なお、数刻後には彼らは問題なく地上へと出発した。

 

 

 

 

 






第二十八話です。
とりあえずごめんなさい!
あまりにも手抜き感があり過ぎる。
今日地元でリレーマラソンがあり、会社でそれに参加したためクタクタでして…………
執筆時間も削られた上に気力も削がれました。
その為誠に勝手ながら今回の感想返信はお休みさせて頂きます。
師匠が石破天驚拳をぶっぱなしたお陰で感想80件超えたのにほんと申し訳ない。
とりあえず今回はOVAの温泉回を行いました。
【ロキ・ファミリア】が居る意味あんまないね。
何気にMVPなキョウジさん。
生まれる前にモンスターを倒すとはゲルマン忍法に不可能は無い。
それでは次回に、レディー………ゴー!!



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第二十九話 神々、驚愕する

 

 

 

 

【Side ロキ】

 

 

 

 

 

 

ようやく待ちに待った皆が遠征から帰ってきたで~!

いやぁ~、アイズたんを始めとして滅多に触れ合えんリヴェリアやレフィーヤともこの【ステイタス】の更新の時だけは好きに触れるから密かな楽しみや!

にしても、何で幹部連中が皆ボロボロなんや?

団長のフィンはもちろんの事、既に【ファミリア】No.1のアイズたんですらフラついとる。

いったい何があったんや?

ともあれ、皆お疲れさん。

さて、お楽しみの更新タイムや!

ほな、一番手は団長のフィンからや!

 

 

 

 

 

フィン・ディムナ

 

 

Lv.6

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「( ゚Д゚)ハアッ!?」

 

いやいや!

ちょっと待てや!

レベルアップ可能なのは未だしもこのアビリティ数値は何や!?

オールSなんて前代未聞やで!?

っていうか、何でこんなに一気に上がっとるんや!?

いったい何があったんや!?

ウチが思わず尋ねると、

 

「ある人物に修業を付けてもらったからかなぁ?」

 

なんて驚きもせずに言いおった。

にしても、全然嬉しそうやないなぁ。

その事についても聞くと、

 

「この程度で喜んでちゃ、あの領域には到底たどり着けない」

 

真剣な顔で言いおった。

よくわからんけど、よっぽどな高みを見たらしい。

またベルなんかぁ?

ウチはそう思いつつも、とりあえず次の更新者を呼ぶことにした。

 

 

 

 

 

2番手はみんなのママさんことリヴェリア。

いきなりフィンのインパクトが強すぎたで、今日はもう驚ける気がせんなぁ………

ウチはそう思いながらリヴェリアの【ステイタス】を更新する。

その結果は…………

 

 

 

 

リヴェリア・リヨス・アールヴ

 

 

Lv.6

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

「リヴェリアもかいな!!」

 

ウチは思わず叫んだ。

【ステイタス】の高さによる驚きは先程よりも薄かったけど、2人連続ということに驚いた。

思い当たる理由を聞いても、フィンと同じ答えしか返ってこんかった。

何となーくこの後の展開が読めたウチは覚悟した。

 

 

 

 

ガレス・ランドロック

 

 

Lv.6

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

「………………………」

 

まあ、予想どおりやな。

 

 

 

 

 

 

ティオナ・ヒリュテ

 

 

Lv.5

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

 

「………………………ッ」

 

こ、これも予想通りや…………

 

 

 

 

 

 

 

ティオネ・ヒリュテ

 

 

Lv.5

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………ぐっ」

 

よ、予想通り…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤ・ウィリディス

 

 

 

Lv.3

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

 

「………………………ぐぅ」

 

ま、まだや!

 

まだいける!

 

 

 

 

 

 

ベート・ローガ

 

 

 

 

Lv.6

 

 

 

力  : S999

 

耐久 : S999

 

器用 : S999

 

俊敏 : S999

 

魔力 : S999

 

 

 

 

 

 

「ぐふぅ…………………! ん?」

 

度重なるボディーブローに思わずうめき声を上げた所で、ベートに新しいスキルが発現していることに気付いた

 

 

 

 

蹴撃孤狼(クラブ・エース)

英雄(キング)乙女(クイーン)戦士(ジャック)道化(ジョーカー)とのレゾナンスで【ステイタス】上昇

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

 

 

んんっ!?

この効果って、アイズたんのスキルの効果の一つに似とるな。

英雄(キング)ってのも一緒やし…………

それに乙女(クイーン)って、もしかして…………

にしても、同じ称号を持つ者との経験の共有ってなんや?

ベートの称号って【凶狼(ヴァナルガンド)】やし、同じ称号を持つ奴はおらんで?

まあ、詳しい詮索は後にして、いよいよ次はアイズたんやな。

 

「………………………………………………」

 

なんやろ?

唯の【ステイタス】の更新でこんなに戦々恐々するのは初めてやで………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………………………………………………………………………………………結果。

 

「( ゚Д゚)………………………………………………………………………………………」

 

………………………………………………………………………………………………………いや、マジで開いた口が塞がらんわ。

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.7

 

 

 

力  : SSS2000

 

耐久 : SSS2000

 

器用 : SSS2000

 

俊敏 : SSS2000

 

魔力 : SSS2000

 

剣士 : SSS

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴファッ!!??」

 

もうやめて!

ウチのライフはもうゼロや!!

もう膝を付いて立ち上がれん!

アイズたん!

限界超えるにしても超えすぎやろ!?

オールSSSって予想したことも無かったわ!!

ウチはそのまま視線を下に流していくと、

 

 

 

 

 

乙女剣士(クイーン・ザ・スペード)

英雄(キング)が近くにいると【ステイタス】上昇

英雄(キング)戦士(ジャック)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

英雄(キング)の位置、状況を大まかに把握できる

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

 

「ガハァッ!!??」

 

追い打ちのシャイニングウィザードがきたぁっ!!

もうあかん。

今日はもう無理や。

止めのアイズたんの【ステイタス】を見てノックアウトされたウチは、そのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ミアハ】

 

 

 

 

 

キョウジが無事にヘスティアの子供たちと帰還してきたその夜。

私はキョウジの【ステイタス】を更新したのだが…………

 

「………………………」

 

う~~~~む………………

私は内心唸りながらたった今更新したキョウジの【ステイタス】を見つめる。

 

 

 

 

 

 

キョウジ・カッシュ

 

Lv.2

 

力  :S999

 

耐久 :S999

 

器用 :S999

 

俊敏 :S999

 

魔力 :I0

 

 

 

 

 

非常にデジャヴを感じている。

いや、ごまかすのは止そう。

つい二週間程前にあった出来事と全く同じことが起こったのだ。

当然ながら、既にランクアップ可能である。

 

「いったいどのような【経験値(エクセリア)】を積めばこのようなことになるのだ………?」

 

また再び言い訳を考えなければいかんな…………

だが、キョウジにはとても世話になっている。

この程度のこと乗り越えなければキョウジに会わせる顔が無い。

唯一の救いは、次の【神会(デナトゥス)】は二ヶ月半後ということか。

そう思いながら天井を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘファイストス】

 

 

 

ヘスティアの子供達と一緒に消息不明だったヴェルフが戻ってきた。

その報告を聞いて、ほっと胸を撫でおろす私。

暫くして、私の部屋にヴェルフが入ってきた。

 

「ご心配をおかけしました」

 

ヴェルフはそう言いながら頭を下げる。

 

「いいのよ。 無事に戻ってきてくれた。 それで十分だわ」

 

私は微笑みながらヴェルフを諭す。

 

「さ、ついでだから、【ステイタス】の更新もやっちゃうわよ」

 

「は、はい…………」

 

上着を脱いで背中を見せるヴェルフの【ステイタス】を更新していく。

すると…………

 

「こ、これって…………」

 

私は目を見開く。

 

「? どうかしましたか?」

 

怪訝そうな声を漏らすヴェルフに私はハッとなり、

 

「い、いえ………何でもないわ。それよりもおめでとう。ランクアップが可能になったわ。それと、新しいスキルも発現してたわ」

 

「……………ッ!?」

 

ヴェルフが息を飲むのが分かった。

多分、叫びたいぐらい嬉しいはずなのに、(わたし)の手前我慢してるのね。

ふふっ、可愛い。

 

「このままランクアップする? もちろん【鍛冶】アビリティも発現しているわ」

 

「おっ、お願いします!」

 

「わかったわ」

 

私はそのままランクアップの儀式を行う。

そのまま用紙にランクアップ後の【ステイタス】を写し、ヴェルフへと渡す。

そこには、

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.2

 

力  : I0

 

耐久 : I0

 

器用 : I0

 

俊敏 : I0

 

魔力 : I0

 

鍛冶 : I

 

 

《魔法》

 

【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・詠唱式【燃え尽きろ、外法の業】

 

 

 

《スキル》

 

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

・魔剣作成可能

・作成時における魔剣能力強化

 

 

 

戦士鍛鉄(ジャック・イン・ダイヤ)

英雄(キング)乙女(クイーン)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

・『気』を応用した武具を作成可能になる

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

 

 

 

 

「【戦士鍛鉄(ジャック・イン・ダイヤ)】……………」

 

意味深げにスキルの名を呟くヴェルフ。

 

「どうかしたの?」

 

「……………いえ、何でもありません…………失礼します」

 

ヴェルフは一礼して部屋を出ていく。

 

「……………………………どうなってるのかしらね。これ………」

 

私は、ランクアップさせる前のヴェルフの【ステイタス】を思い出す。

 

 

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.1

 

力  :S999

 

耐久 :S999

 

器用 :S999

 

俊敏 :S999

 

魔力 :S999

 

 

《魔法》

 

【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・詠唱式【燃え尽きろ、外法の業】

 

 

 

《スキル》

 

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

・魔剣作成可能

・作成時における魔剣能力強化

 

 

戦士鍛鉄(ジャック・イン・ダイヤ)

英雄(キング)乙女(クイーン)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

・『気』を応用した武具を作成可能になる

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

 

 

 

「ほんっと…………どうなってるのかしら…………?」

 

異常とも言うべき子供の急成長に、私は首を傾げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

久々と思えるぐらいに濃密な時間を過ごしたボク達は地上へ戻ってきた。

戻ってきた瞬間にあのアドバイザー君がベル君に泣いて抱き着いたのは…………まあ、ボクの寛大な心で許すとしよう。

それ以上はぜーーーーーーったいに許さないけどね!!

因みに師匠君だが、ダンジョンから出てきたその足でオラリオを出ていった。

その時のやり取りだが、

 

 

 

 

「師匠!? もう行ってしまわれるのですか!?」

 

ベル君が門を潜ろうとする師匠君に呼びかける。

 

「ベルよ。ワシは元々お主の様子を見に来ただけと言ったはずであろう? お主は思った以上に上手くやっていけておるようじゃ。ワシがここにおる必要はあるまい?」

 

「師匠! ですが………!」

 

「かぁあああああああつ!!」

 

ベル君の言葉を師匠君が一喝で黙らせる。

 

「ベルよ。今のお前の思いは甘えとも受け取れる。そんな所にワシがおってはお前の成長を妨げることになる!」

 

「し、師匠!? そんなことは………」

 

「それに、かわいい子には旅をさせろというであろう? お前はワシの愛弟子よ。故にあらゆる困難を自分の手で乗り越えて欲しいのだ」

 

「し、師匠………」

 

ベル君は感極まって涙ぐんでいる。

でも何だろう。

何故か獅子が我が子を千尋の谷に突き落として、更にその場から立ち去って這い上がってきた子を強引に旅をさせてるようなイメージが…………

 

「よいか! ベル!」

 

「師匠!」

 

「流派!東方不敗は!」

 

「王者の風よ!」

 

「全新!!」

 

「系列!!」

 

「「天破侠乱!! 見よ! 東方は赤く燃えている!!!」」

 

その掛け声を掛け合い、2人のバックに太陽が輝く。

いや、あれ夕日だから西方だよ。

と、内心突っ込みたくなったけど、ボクは黙っておく。

そして、そのまま師匠君は何処からともなくマントと頭巾を取り出してそれを纏うと、

 

「さらばだっ!!」

 

そのまま猛スピードで駆け抜けていった。

 

「師匠……………しぃしょぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

叫ぶベル君。

うん、暑苦しい。

周りにいる人たちもドン引きしてたよ。

 

 

 

 

とまあ、こんなことがあって僕達はようやくホームへ戻ってきた。

で、とりあえずベル君も師匠君の修行を受けたとあって念のために【ステイタス】の更新を行ってみたんだけど…………………

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 

 

 

Lv.東方不敗

 

 

見 天 系 全 王 流

よ 破 列 新 者 派

! 侠 ! ! の !

東 乱     風 東

方 !     よ 方

は       ! 不

赤         敗

く         は

燃         !

!!!

 

 

 

 

 

《魔法》

【魔法に手を出そうとするうつけ者がぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

乙女(クイーン)戦士(ジャック)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】及び効果上昇

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………………」

 

ボクは大きく……………

大きく息を吐く。

そして内心叫んだ。

何で縦書きになってるんだよ!!!

しかもアビリティ名が消えたよ!!!

どうなってるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!????

スキル効果が増えてるけどそれは二の次!!

ベル君、君は一体どこへ向かってるんだい?

いくら武闘家だからってわけわかんないよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!

頭がパンクしそうになるほど頭が熱くなる。

最終手段として、ボクはその場で意識を手放した。

 

 

 

 






第二十九話です。
今回は、シャッフルスキル発動!
さらば師匠!
そして相変わらずのベル君ステイタス自重知らず!
の3本ですね。
因みにリリはステイタス更新できないので先送り。
お楽しみには後に取っておきましょう。
まあ、色々言いたいことはあるだろうけど、結局はベル君のステイタスが全部持っていきそうな予感?
まあ、狙ってやってますけど。
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第三十話 夢で出会う者達

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

 

「……………あれ? ここは…………」

 

気付けば私は、見知らぬ場所にいた。

見慣れない石のような物で出来た四角い建物が立ち並び、でもそれらは酷くボロボロで、中には崩れている物もある。

私は直前の記憶を思い出す。

遠征から帰って来て更新を終え、自分の部屋で就寝したところまでは覚えている。

じゃあこれって…………

 

「…………夢?」

 

私はそう当たりを付けるが、それにしては現実感があり過ぎる夢だ。

私は自然と歩き出し、周りを見渡す。

ボロボロの街並みが続き、霧で霞がかっているのも相まってひどく寂れた印象を受ける。

暫く歩いていくと街並みが途切れ、広場に出た。

その広場の真ん中に、1人の人影が見えた。

私はその人影に近付いていく。

すると、まるでその行動に反応したように霧が晴れていった。

その人影は私に対して後ろを向いており、肩下まで伸びた青い髪と薄い水色の上着が印象的だった。

私がある程度まで近付くとその人物は振り返り、私の方を向いた。

その人は20歳前後の男性だった。

その人は私を見ると、

 

「ヒュ~~ッ! これは可愛らしいお嬢さんが来たもんだ」

 

口笛を吹きながら私をそう評する。

 

「…………あなたは?」

 

私がそう尋ねると、

 

「俺か? 俺はチボデー・クロケット。ネオアメリカのガンダムファイターさ。そして、シャッフル同盟の一人、クイーン・ザ・スペードの称号を持つ男だ!」

 

彼は右手を胸の前に持ってくると強く拳を握りしめる。

すると、その拳の甲にスペードにクイーンの絵柄が描かれた紋章が浮かび上がる。

 

「シャッフル………同盟………クイーン・ザ・スペード………」

 

聞き覚えのある単語に私は声を漏らす。

すると、彼は突然ファイティングポーズを取り、

 

「さあ、構えな」

 

そう言い放った。

 

「え?」

 

「どうして俺達がここにいるのかは分からねえ。けど、何をすればいいのかは紋章が教えてくれる。俺は、アンタと戦うためにここにいる!」

 

彼の闘気が高まるのを感じる。

 

「いくぜ!」

 

彼がその場で右腕を振りかぶる。

私と彼の距離は5mぐらいの間合いがある。

その距離で何をと一瞬思ったけど、私の本能が警鐘を鳴らす。

 

「ッ………!」

 

私は咄嗟に横に飛び退く。

その瞬間に右の拳が繰り出され、衝撃波が私がさっきまでいた所を抉り取る。

 

「ッ!? ベル以上の拳圧!」

 

私がその事に驚いていると、

 

「中々いい反応だ………続けていくぜ!!」

 

彼は再び腕を振りかぶり、

 

「はぁあああっ!!」

 

今度は連続で繰り出してきた。

その拳はまるで炎を纏っているかのように闘気が燃え盛り、一撃一撃が必殺の威力を持っていることを感じ取れる。

私は飛び退きを繰り返し、それらを避けていく。

 

「そらそらどうした!? 逃げてるだけじゃ何も変わらねえぞ! お前の力を見せてみろ!!」

 

彼はそう叫ぶ。

私は大きく飛び退いたところで腰に差していた剣に手を掛け、同時に気を込める。

 

「はっ!」

 

地面に着地したと同時に抜刀し、水平に振りぬいた。

気の斬撃が飛び、彼に襲い掛かる。

 

「ハッ! そう来なくちゃな! うおりゃぁっ!!」

 

彼は信じられないことに気の斬撃に殴りかかり、それをかき消した。

そして私は理解する。

目の前にいるのは、ベル以上の実力の持ち主だと。

それなら小手先の技など通用しない。

私が今できる事………

それは、

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

風を纏い、その全てを剣に集中させる。

更に明鏡止水を発動し、

私に出来ることは全身全霊の力を持って、最高の一撃を放つことだけ。

 

「へっ! 思い切りが良いじゃねえか…………いいぜ、来な!」

 

彼は口元を吊り上げ、嬉しそうに笑う。

私はその言葉を切っ掛けに彼に突進した。

 

「リル…………ラファーガ!!!」

 

本来は全身に風を纏って突進する技。

でも、今回はその風の全てを剣に集中させている。

防御を捨てた捨て身の一撃。

リスクのある反面、その威力は今までの比じゃない。

彼は、右腕を振りかぶり、

 

「バーニングッ!!」

 

渾身の右ストレートを繰り出した。

私の剣先と彼の拳がぶつかり合う。

そして私は感じた。

廃れた街で育ったにも関わらず夢を追いかけ、世界の大舞台に立ち、故郷に夢と希望を与えるために戦い続けた男性の生き様を……………

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

気が付けば、私は瓦礫の上で倒れていた。

 

「おーい! 大丈夫か?」

 

その声に身を起こすと、彼が歩み寄ってくる。

 

「わりぃわりぃ。少しばかり力を入れすぎちまった…………けど、感じたぜ。お前の魂を………どうやら俺がアンタと出会ったのは、このためだったようだな」

 

「え?」

 

「右手を見てみな」

 

そう言われて、私は右手を自分の視界に持ってくる。

するとそこには、彼と同じ紋章が浮かび上がっていた。

 

「これは………」

 

「クイーン・ザ・スペードの紋章だ。アンタにも、クイーン・ザ・スペードの資質があったってことだな。それを目覚めさせるために俺はアンタとここで出会った………そういや、名前も聞いてなかったな? なんていうんだ?」

 

「アイズ………アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

私がそう名乗ると、

 

「そうか………アイズ、そこを動くんじゃねえぞ」

 

「えっ?」

 

彼は一度下がり、私に向き直る。

 

「折角だ………俺のとっておきを見せてやる………!」

 

彼は両手に闘気を集中させると、頭上で手を組み合わせ、さらに闘気を集中させる。

その闘気の余波は彼の足元を陥没させ、強風を巻き起こす。

 

「ッ………………!?」

 

「こいつが俺のっ…………フィニッシュブローだ!」

 

彼の闘気が右手に集中され、彼はその右手を体ごと大きく振りかぶる。

 

「豪熱っ! マシンガン………パァァァァァンチッ!!!」

 

繰り出された拳。

それは、

 

「ッ!!??」

 

私は言われた通り動かなかった。

ううん、動けなかった。

私の目に映ったのは、同時に迫りくる十発の拳。

それらは私の横を通り過ぎ、後ろにあった複数の瓦礫を同時に粉砕した。

 

「……………………」

 

桁違いのスピードと威力に私は立ち尽くす。

 

「今のが俺の必殺技、豪熱マシンガンパンチだ。すげえだろ?」

 

彼はニッと笑って見せる。

すると、突然意識が遠くなっていくのを感じる。

 

「おっと、どうやらここまでみてえだな。アンタが何者か知らねえが、あばよ。元気でな」

 

彼は片手を上げて別れを告げる。

だから私は、

 

「……………ありがとう」

 

一言だけお礼を言った。

そして私の意識が閉ざされる。

 

 

 

 

 

 

「…………………ッ!」

 

次に気付いた時、私は自室のベッドの上にいた。

 

「…………………やっぱり夢?」

 

私はまだ少し重い瞼を右手の甲で擦る。

 

「ッ!?」

 

そこで気付いた。

右手の甲に、あのクイーン・ザ・スペードの紋章が浮かび上がっていたことに。

 

「………………夢じゃ………ない?」

 

彼の夢を、希望を、魂を感じる。

私は、自分がまた違った段階へと至ったのを悟った。

 

「……………ありがとう」

 

もう会うことはないだろう『彼』に向かってもう一度お礼を言った。

 

 

 

 

 

 

【Side ベート】

 

 

 

 

 

「あん? ここは…………」

 

俺は気付けば知らねえ場所にいた。

周りにはオラリオじゃ見かけねえ緑色の細長い幹の木が立ち並んでいた。

 

「どこだここは………?」

 

その木はまるで俺を誘う様に真っすぐ道を作り出すように立っている。

俺は何故か導かれるように足を進めた。

 

 

 

 

暫く歩いていくと、目の前にはオラリオじゃ見かけねえ形の建物が立っていた。

 

「こいつは………?」

 

俺が声を漏らした時、

 

「くぁ~~~~あ………」

 

大あくびが聞こえ、視界の端で何者かが起き上がる。

そいつはあのベルよりかは年上だろうが、まだ俺よりは年下のガキだった。

そのガキは眠たそうな眼をこすりながら俺を視界に捉えると、

 

「おっす兄ちゃん!」

 

何故か知らねえが、そいつは馴れ馴れしそうに俺に声を掛けてくる。

 

「何もんだ? ガキ」

 

俺は睨み付けながら訪ねる。

だが、そいつはまるで気にした素振りも見せず、

 

「オイラ、サイ・サイシーってんだ。ネオチャイナのガンダムファイターで、クラブ・エースの称号を持つシャッフル同盟の一員でもあるんだぜ」

 

聞き覚えのない単語を連呼するガキ。

すると、奴は右手を顔の前に持ってくると、その拳の甲にカードのクラブの絵柄のようなものが浮かび上がる。

 

「それにしても、兄ちゃん変わってるな。犬みてえな耳と尻尾まであるなんてさ」

 

「犬じゃねえ!! 狼だ!!」

 

「おっと、そいつは悪かったよ」

 

何なんだこのガキは!?

俺の気迫に少しもビビりやがらねえ。

 

「じゃあ兄ちゃん、始めようぜ」

 

「始める? 何をだ?」

 

「へへっ………! それはもちろん…………ファイトだよっ!!」

 

そのガキは突然目つきを変えて俺の方に飛び掛かってくる。

 

「ッ!?」

 

「はぁああああああああっ!!」

 

鋭い蹴りが俺を襲う。

俺は咄嗟に飛び退く。

何故かわからないが、受け止めるのを本能が拒否した。

その事実に俺は怒りを覚えた。

 

「俺が……逃げただと………!?」

 

だが、俺の冷静な部分が告げている。

目の前のガキは、ただのガキじゃない。

あのベルと同等。

下手をすれば、ベル以上の強者だと。

 

「…………面白れぇ……!」

 

「おっ、兄ちゃんもやる気になった?」

 

そのガキは態度を崩さずにそう言う。

今度は俺から飛び掛かる。

 

「おらぁっ!!」

 

空中からの飛び蹴り。

 

「よっ!」

 

そいつは宙がえりをしながら軽い身のこなしで悠々と避ける。

 

「逃すかっ!」

 

俺は即座に地面を蹴り、追撃する。

 

「おらっ!」

 

相手の着地の瞬間を狙って蹴りを繰り出すが、

 

「へへっ、危ない危ない………」

 

「なっ!?」

 

そいつは俺の繰り出した足首を右手で掴み、片手で逆立ちした状態で俺の足に乗っていた。

 

「驚いてる暇はないよ!」

 

そいつは固まる俺の足に立つと、

 

「はっ!」

 

鋭い蹴りが俺の顎に入る。

 

「ぐはっ!?」

 

俺は吹き飛ばされるが、俺が地面に叩きつけられるよりも早くそいつは俺の頭上に現れ、

 

「無影脚!!」

 

足が分身して見えるほどのスピードで無数の蹴りを叩き込んだ。

 

「がぁああああっ!?」

 

あの時受けたベルの連撃以上の衝撃が体を貫く。

次の瞬間には地面に叩きつけられる。

 

「ぐっ………がはっ……!」

 

なんつー威力だ………!

ベル以上のスピードにこの威力………このガキ………!

ガキは悠々と地面に降り立つ。

 

「どうしたの兄ちゃん? もう終わり?」

 

「ふざっ………けるなっ………!」

 

俺は痛みを無視して立ち上がる。

 

「まだまだ余裕だぜ………!」

 

「へへっ、いいね! そう来なくちゃ」

 

俺は構えを取る。

 

「っと………本当ならもっと楽しみたいところだけど………」

 

突然そいつは話の流れを打ち切るように態度を変えた。

その仕草に俺は肩透かしを食らった気分になる。

 

「時間が限られてるみたいだし、オイラの最高の技を見せてやるよ!」

 

そいつはその場で高く跳び上がる。

 

「天に竹林! 地に少林寺!」

 

そいつは空中で手足を大きく広げると、そいつに緑色の光が集まっていく。

 

「目にもの見せるは最終秘伝っ!!」

 

足を振り回し、左足の踵を右膝に着け、胸の前で右の拳と左の掌を合わせる構えを取る。

そして、奴に集まっていた緑色の光が更に収束し、奴の背中にまるで蝶の羽のような形となって纏われる。

 

「真! 流星胡蝶剣!!!」

 

「なっ!?」

 

俺は悔しくもその光景に目を奪われた。

蝶の羽が羽ばたくように奴の身体に纏わりつき、一度上昇すると緑色の流星となって俺に降りかかった。

緑色の閃光に俺は包まれる。

そして感じた。

少林寺とよばれる武術の流派の再興を誓い、それに命を懸けたガキの………いや、一人の(オス)の生き様を。

 

 

 

 

 

気が付けば、俺は地面に倒れていた。

 

「気が付いた?」

 

ガキが俺の顔を覗き込んでくる。

 

「チッ、俺の負けか………」

 

その事実を実感しても悔しくは無かった。

 

「けど、兄ちゃんも伸びしろはあると思うぜ! オイラが言うんだから間違いなし!」

 

根拠も何もねえ言葉。

だが、不思議と疑う気にはならなかった。

 

「それに、兄ちゃんもクラブ・エースの資質を持ってるんだしな!」

 

「なんだと?」

 

そこで俺は気付いた。

俺の右手の甲にも、奴と同じ紋章が浮かび上がっていることに。

 

「こいつは………」

 

俺が奴に問いただそうとした時、突如として俺の意識が遠くなる。

 

「もう時間みたいだね。残念だけどお別れだ」

 

奴は本当に残念そうな表情をする。

だから俺は、

 

「ベートだ」

 

「え?」

 

「ベート・ローガ。俺の名前だ。忘れるな、いつかお前を超える男の名だ!」

 

名前も言わずに別れるのは癪だったから最後に名乗った。

そいつはまた笑みを浮かべ、

 

「楽しみにしてるぜ、ベートの兄ちゃん!」

 

その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

 

何故俺はこんな所に居るんだろうか?

 

「さてヴェルフ・クロッゾ。サンド家当主でありシャッフル同盟の一人、ジャック・イン・ダイヤでもあるこの私、ジョルジュ・ド・サンドが貴方に貴族とは何たるものかをお教えいたしましょう」

 

見晴らしのいい草原と綺麗な湖の畔で、俺は一人の男と向かい合っていた。

オレンジ色の髪と白く騎士らしい服装でサーベルを構える男。

その右手の甲にはカードのダイヤとジャックが描かれた紋章が輝いている。

 

「ちょっと待て! 俺は確かに鍛冶貴族の出だが、もう貴族としては落ちぶれてるし、第一俺は家に戻る気はねえ!」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「なんだと?」

 

「先程の言動には僅かばかりの迷いが見られました」

 

ドクン、と一度心臓が強く打つ。

 

「何が言いたい………?」

 

「簡単に言いましょう。貴方には『誇り』が感じられない」

 

サーベルの剣先を俺に向けてそう言い放った。

 

「ふざけるな! 誇りならある! 鍛冶師としての誇りが!!」

 

「それは『誇り』ではありません。単なる『意地』です」

 

淡々と返すその言葉に俺は思わず背中の大刀を抜く。

 

「取り消せ!」

 

「取り消しません」

 

俺は大刀を振りかぶって斬りかかる。

相手が持つのは細いサーベル。

俺の大刀とは本来なら剣を交えるのは悪手のはず。

だが、その男は悠々と剣を合わせ、俺の大刀を受け流した。

 

「ぐっ! お前に、俺の何がわかる!!」

 

力任せに大刀を振り回す。

それは最小限の力で軌道を変えられ、相手には届かない。

 

「わかりますよ」

 

その言葉に、俺は思わず動きを止める。

 

「私も貴方と同じように『誇り』と『意地』を取り違え、取り返しのつかない過ちを犯しそうになりました。今思えば、ほんの些細なことで私は、私に長い間仕えてくれた執事に対し解雇を宣告しました。すべては私を思ってくれての行動だったのに、私はそれを『誇り』を汚されたと勘違いし、ただの自分の『意地』の為に私は彼を切り捨てようとした」

 

「ッ………!」

 

「ですが、取り返しのつかないことになる前に友と…………そして解雇を言い渡したはずの彼によって私は過ちに気付けたのです。酷い仕打ちをしたにも関わらず、彼の私への忠誠心は変わることは無かった………そしてそのお陰で私は本当のジャック・イン・ダイヤへと………シャッフル同盟の一員となることが出来た! お見せしましょう! 私の『誇り』によって生み出されたこの技を!」

 

そいつは突然薔薇の花を取り出し、その花びらを舞い散らせた。

 

「ローゼスハリケェェェェェンッ」

 

奴が叫ぶと同時にまるで花びらが意思を持つかのように俺の周りを飛び交う。

 

「うおぉおおおおっ!?」

 

激しい暴風に飲まれた俺は、そこで感じた。

祖国の為に戦い続けた、一人の騎士の生き様を…………

 

 

 

 

気付けば俺は草原の上に倒れていた。

 

「…………俺が持っていたのは『誇り』じゃなくて、単なる『意地』………か………確かにその通りだな…………」

 

先程言われたときは思わず反論しちまったが、今思えばその通りだ。

俺が家に反抗し続けたのは、単なる意地だ。

認めてしまえば早いものだった。

 

「ええ。ですが、その『意地』を本当の『誇り』へと変えられるかどうかはあなた次第です。見つけなさい、貴方の本当の『誇り』を………」

 

「本当の………『誇り』………」

 

「私と同じジャック・イン・ダイヤの称号を持つ者よ。信じなさい、自分を………そして仲間達を………」

 

仲間………

その言葉を最後に、俺の意識は遠くなっていった。

俺の右手の甲にあいつと同じ紋章が現れているのに気づいたのは、俺がベッドから目を覚ました後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

 

 

 

 

目の前に広がるのは一面に広がる白い景色。

湖は凍りつき、山も白く覆われている。

これは………雪というものでしょうか?

私はオラリオで生まれて此の方、外へ出たことはありません。

故に、雪というものも初めてみました。

ずっと北の方では一年中雪に覆われている所があると聞きます。

それにしても、寒さを感じないのはこれが夢だからでしょうか?

私は自然と雪の中を歩き始める。

サクサクと足に感じる感触が新鮮で心地良い。

いえ、夢なのですから、これが本当の雪の感触なのかは分かりませんが………

ふと見ると、凍った湖の畔に一人の人物が立っているのを見つけた。

その人は、身長が2mを超す大きな男性で、小人族(パルゥム)のリリとは対照的だなと思いました。

ある程度まで近付くと、その人はこちらに振り向きます。

こう言っては何ですが結構な強面で、黙って見られているだけで圧力を感じます。

 

「そうか………お前と会うために俺は呼ばれたわけか………」

 

その人は勝手に納得したように呟きます。

そして、もう一度リリを見下ろし、

 

「だが、少しばかりここに来るのが早かったようだな………」

 

「え?」

 

自分だけで納得してないで説明してほしいんですけど。

 

「少し………話をしようか………」

 

その人はそう言う。

あれ?

この人って見た目に似合わず結構良い人?

 

「俺の名はアルゴ・ガルスキー。とある海賊の頭目をやっている」

 

「かっ、海賊!?」

 

「そして同時にシャッフル同盟の一人、ブラック・ジョーカーでもある」

 

聞き覚えのあるその単語に、私は耳を疑います。

 

「先程言った通り、俺は海賊だ。だが、ある時ついに軍に捕まった」

 

まあ、それは当然でしょう。

海賊とはいわば海の盗賊なんですから。

 

「しかし、仲間の開放を条件に、俺はとある格闘大会へと駆り出された」

 

そして聞いた。

仲間を救うために戦いへと赴いた、心優しき海賊頭目の生き様を…………

 

 

 

「アルゴ様は………お強いですね………」

 

「ん?」

 

「リリは………私は弱かったからこの手をいっぱい汚してきました………そうしないと生きていけなかったから…………」

 

私は自分の手を見る。

 

「今も私はベル様の優しさに付け込んでいる…………そう思えてならないんです………」

 

「…………人はやり直せる。生きている限りは」

 

「えっ?」

 

「間違っていると思ったなら、やり直せばいい。俺も、シャッフル同盟としてやり直している最中だ。海賊の仲間達と共にな」

 

そう言いながら、僅かに笑みを浮かべるアルゴ様。

強面ながら、その笑みは優しいものに見えてならなかった。

 

「アルゴ様………」

 

「道化を演じていると思っているのなら、演じ続ければいい。それをやり切れば、それがその者の真実だ。お前が誰かの力に成りたいと思っているのがただの演技だというのなら、それを最後まで演じ続けろ。ジョーカーとは、道化の意味も持っているのだからな」

 

その拳に道化(ピエロ)の絵柄が浮かび上がる。

この人は………なんて他人思いな…………

 

「そう…………ですね…………リリは道化です! なら、道化は道化らしく、最後までベル様のサポーターという役を演じ続けましょう!」

 

何の脈絡もない世間話。

でも、私の心は不思議と軽くなった。

 

「私はリリルカ・アーデ! ベル様を支える影の道化(ブラック・ジョーカー)です!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

僕は気付けば大自然の中にいた。

その光景は、師匠と修業していた森の雰囲気によく似ていた。

そして僕は感じる。

この先に、僕が会わなければいけない人がいることに。

その感覚に導かれるままに僕は足を進める。

暫く歩き、森の中に広場があった。

その中央に佇む、一人の男性。

赤いマントを纏い、その頭には赤いハチマキを巻いている。

 

「来たか………俺が戦うべき相手」

 

その男性は振り返り、その視線が僕を射抜く。

それだけで、僕はあの人がただ者でないことを悟った。

 

「そうですね………僕も何故ここにいるかは分かりません。でも、貴方と闘うために僕はここにいる!」

 

「フッ………余計な問答はいらないようだな。ならばっ!」

 

「いざ尋常に………」

 

「「勝負!!」」

 

互いに右の拳を繰り出し、激突する。

 

「「はぁあああああああっ!!」」

 

次の瞬間には即座に連撃に移行した。

拳の応酬を繰り広げる。

でも、その中で僕は思った。

この人の動きは覚えのある………いや、よく知っている動き。

それは僕の………流派東方不敗の動き。

一瞬何故と思うが、その瞬間に頬に強烈な一撃を貰う。

 

「ぐっ!?」

 

「この俺を前にして考え事とは、随分な余裕を見せてくれるじゃないか!」

 

そうだ、今は考え事をしてる時じゃない。

僕は疑問を捨て去り、

 

「行きます!」

 

目の前の闘いに集中する!

再び拳の打ち合いを再開する。

 

「がっ!」

 

「ぐっ!」

 

互いに攻撃を受けながらも、攻めの姿勢は緩めない。

互いに一度弾きあい、間合いが出来ると、あの人は突然体全体に気を纏った。

この技は、まさかっ!

即座にその技を見切った僕は、同じように体に気を纏わせる。

そして、その技の名を叫んだ。

 

「超級!」

 

「覇王!」

 

「「電影だぁぁぁぁぁぁぁん!!」」

 

同じ技を繰り出しあい、中央で激突する。

 

「「うぉりゃぁああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」

 

お互いの気がぶつかり合い、竜巻と化した奔流の中でも僕達は技を繰り出しあう。

どのくらいそうしていただろうか。

気付けば僕達は再び大地の上で睨み合っていた。

 

「もっと戦っていたいぐらいだが、どうやら時間が迫ってきているらしい。次で決めにするぞ!!」

 

彼の言葉に僕も応える。

 

「いいでしょう! 次の一撃に全てを込めます!!」

 

僕は右手を顔の前に持ってくる。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

僕は右手に闘気を集中させる。

 

「ならばこちらも!」

 

あの人はそう言うと、僕と同じように右手を顔の前に持ってくる。

すると、その手の甲にハートにキングが描かれた紋章が浮かび上がった。

 

「俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ!!」

 

あの人の闘気が右手に集中し、更に高熱を持つように燃え上がる。

互いに右の拳を握りしめ、相手を見据えた。

そしてその一瞬後に、同時に地面を蹴った。

 

「ひぃぃぃっさぁぁぁぁぁつ!!」

 

「ばぁぁぁぁぁくねぇつ!!」

 

同時に右腕を振りかぶる。

 

「アルゴノゥト…………!」

 

「ゴォォォォォォッドォ………!」

 

そして、同時に右手を繰り出した。

 

「「フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」」

 

互いに右手を掴みあう。

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」

 

互いの闘気がぶつかり合い、衝撃波をまき散らす。

僕は渾身の力を使い、

 

「グランドォ…………!」

 

「ヒィィィィィトォ…………!」

 

闘気を爆発させた。

 

「フィナーーーーーーーーーーーーッレッ!!!」

 

「エンドォッ!!!」

 

その瞬間閃光に包まれる僕。

そして感じた。

あらゆる陰謀の中で踊らされながらも戦い抜き、最後には愛する人を救い出した一人の英雄の生き様を…………

 

 

 

 

気付けば、僕は右手を繰り出した状態で立っていた。

そして、その右手の甲にはあの人と同じ紋章が輝いている。

 

「これは…………?」

 

「キング・オブ・ハート………シャッフルの紋章の一つだ」

 

あの人は目の前に立っていた。

僕と違い、余裕を持って。

 

「どうやら俺がこの場に呼ばれた理由は、お前のシャッフルの魂を目覚めさせるためだったようだな」

 

その人は、まるで用が済んだと言わんばかりに踵を返す。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「ん?」

 

その人は首だけで振り返る。

 

「僕はベル・クラネル! あなたの、貴方の名前はっ!?」

 

「フッ………俺はドモン………ドモン・カッシュだ!」

 

その名を聞いて僕は確信した。

 

「ドモン……カッシュ………じゃあ、やっぱりあなたは………!」

 

師匠の弟子の名前と、キョウジさんと同じ苗字。

この人が………師匠のもう一人の………!

そこまで思い至ったところで、突然意識が遠くなる。

 

「どうやら時間のようだな。 ベル、お前とのファイト、楽しかったぜ」

 

ドモンさんは最後にそう言うと笑って見せる。

それを最後に、僕の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

「ドモンさんっ!」

 

気付けば僕は、ホームの寝床で右手を天井に向けて伸ばしたところで目が覚めた。

 

「夢………?」

 

僕は一瞬そう思う。

でも、

 

「いや、夢じゃない」

 

その証拠に、僕の右手の甲にはキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がっていた。

 

「ドモンさん………ありがとうございます………」

 

僕は決意する。

この紋章に恥じない武闘家になろうと。

この世界の、シャッフル同盟になろうと。

 

「…………僕はキング・オブ・ハート、ベル・クラネルだ!」

 

その決意を口にした。

 

 

 

 

 

 

 




はい、再び色々やらかした第三十話です。
いや、まあ、やっちゃった感が半端ない。
オラリオシャッフル同盟と現シャッフル同盟の(夢の中での)出会いでした。
まあ、リリ以外はともかくとして、リリだけは纏まってない気分。
いや、さすがにリリとアルゴをガチンコ対決させるわけにはいかないので話し合いにしたらあんな感じに………
わけわからんと思いますが、そこは勢いで流してくださればと………
因みにリリだけは紋章が浮かび上がってないです。
作中でも言った通り、まだリリには早すぎたんですね。
主にステイタス更新できない理由で。
あ、それからもちろん現シャッフル同盟の方々は手加減していたのであしからず。
まあ、紋章浮かび上がらせたのはちょっと早まったかなと………
ま、これから起こることに比べれば些細な事ですかね。
それでは次回に、レディー………ゴー!!



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第三十一話 アイズ、相談する

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

不思議な夢を見たその日の朝。

私は右手に浮かび上がる紋章を見つめながら、ホームの通路を歩いていた。

すると、

 

「おい、アイズ」

 

突然声を掛けられ、私はハッとなって顔を上げる。

そこには背を壁に預けながら腕を組むベートさんの姿があった。

 

「ベートさん?」

 

私が聞き返すと、

 

「アイズ、腕試しだ。付き合え」

 

ベートさんは突然そんなことを言う。

私が少し戸惑った仕草をすると、ベートさんは右手を見せる。

すると、その右手の甲に私と同じように紋章が浮かび上がった。

 

「ッ!? それはっ!」

 

私は思わず声を上げる。

ベートさんの右手に浮かび上がったのはクラブ・エースの紋章。

すると、まるでそれに共鳴するように私の右手の紋章も浮かび上がる。

 

「やっぱりアイズもか」

 

ベートさんはさほど驚いた素振りも見せずにそう呟く。

 

「行くぞ。俺は今の自分の実力を知りてぇ」

 

そう言うと、ベートさんは訓練場の方へ向かって歩いて行ってしまう。

私は、少し動揺しながらもその後を追った。

 

 

 

 

 

 

「アイズさん、ベートさん! おはようございます!!」

 

訓練場に来ると、朝が早いにも関わらず何人かの団員が訓練を行っていた。

私やベートさんは幹部ということになっているから、皆は姿勢を正して挨拶をしてくる。

私は簡単に挨拶を返すけど、ベートさんは興味が無いように無視し、さっさと訓練場の中央辺りに陣取る。

ベートさんは踵を返して私に向き直る。

 

「皆、少し派手になると思うから、離れてて」

 

私は訓練していた団員達に注意を促し、訓練場の隅の方に移動させた。

私はベートさんと向かい合う。

 

「なら、行くぜ。アイズ」

 

ベートさんの言葉に、私は剣を抜きながら頷くことで答える。

そして、ベートさんが構えを取った。

そこで私は、ベートさんの構えがいつもと違うことに気付く。

でも、その構えには見覚え…………というより、もう一人のクイーン・ザ・スペードの紋章の持ち主の彼から感じた経験の中に覚えがあった。

シャッフル同盟の中では最年少ながらも、その実力は他のメンバーにも引けを取らなかった少年の構え。

それを見て、私は更に気を引き締める。

そして次の瞬間、

 

「シッ………!」

 

ベートさんが動いたかと思うと、今までとは比較にならないスピードで消える様に私の懐に踏み込んできた。

 

「ッ!」

 

私は咄嗟に剣に気を流して強化し、剣の腹で受け止める。

 

「オラァッ!!」

 

振るわれる拳。

 

「くっ!?」

 

防御したにも関わらず、かなりの衝撃が私を襲った。

明らかに昨日までのベートさんとは違う。

今の拳も、意識的かどうかは分からないけど気で強化されていた。

 

「ッ!」

 

私は気を取り直して攻勢に出る。

剣に気を流して攻撃しようとした時、自分の中で今までとは違う闘気が沸き起こる。

その瞬間、剣から燃える様な闘気が溢れ出し、剣を紅蓮に染める。

頭では一瞬混乱したけど、魂は理解している。

これはあの人から託された力だと。

 

「はあっ!!」

 

その剣を振るう。

 

「チィッ!」

 

ベートさんはその場を飛び退き、私の剣はベートさんが居た所を大きく抉り取った。

でも、それを見てもベートさんは怯まない。

地面に足が着いた瞬間に再び跳躍し、飛び掛かってくる。

そして、

 

「無影脚!! オラァァァァァァァァァッ!!!」

 

凄まじい速度の連続蹴りを放ってきた。

昨日までの私なら反応できずに攻撃を受けてたかもしれない。

でも、今の私は身体が勝手に反応した。

あの人の得意技、『ファイティングナックル』を自分なりにアレンジし、高速の突きを連続して放つ。

 

「はぁああああああああっ!!」

 

ベートさんの蹴りと私の突きが寸分違わず激突し、衝撃波をまき散らしながら全てを相殺する。

 

「ハッ! やるじゃねえかアイズ! やっぱりお前もあの夢を見やがったな!」

 

「ッ!? ベートさんも………!」

 

そう言葉を交わしながらも、私達の攻防は続いている。

そのせめぎ合いは、徐々に激しさを増していった。

何故なら今の身体能力と感覚、そして魂の同調と言うべきだろうか。

それがまだ完全ではなく、決定的なズレが生じていることに気付いていた。

それが一度剣と拳を交えるごとにどんどん修正されていき、力を出し切れるようになってきている。

それはベートさんも一緒だと思う。

そのズレがほぼ無くなったと感じた時、

 

「行くぞアイズ! 次で勝負だ!!」

 

ベートさんはその場で高く跳び上がった。

 

「他人の技をそのままパクるってのは気は進まねえが………!」

 

ベートさんは空中で大きく手足を広げる。

 

「天に竹林! 地に少林寺!!」

 

「その技はっ!?」

 

彼の経験にもある、クラブ・エースの少年の最終奥義!

 

「目にもの見せるは最終秘伝!!」

 

私は瞬時に対抗策を考える。

普通なら避けることが正しいと言えるかもしれない。

でも、この右手の紋章を持つ者として、簡単に逃げていいとは思えない!

なら、私に出来る最高の一撃をぶつけるだけ。

 

「はぁあああああああああああああっ!!」

 

私は闘気を最大まで高める。

あの人は、一度に十発のパンチを放っていた。

それなら私は、一度に十発の斬撃を放つだけ!

私は剣を振りかぶり、

 

「豪熱…………!」

 

「真!」 

 

ベートさんが緑色の流星となって私に襲い掛かる。

 

「マシンガン………………………」

 

だから私も、最高の技で迎え撃った。

 

「流星胡蝶けぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

「ブレイドッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、私達はホームでの訓練を無期限で禁止された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

私はある事を相談するためにリヴェリアの元を訪れていた。

 

「それで? 私に相談したいこととは何だ?」

 

リヴェリアがそう切り出す。

 

「う、うん……………その…………もっとベルと仲良くするためには…………どうすればいいかな?」

 

そう思ったのは、18階層でベルと主神の女神の絆をこの目で見てしまったから。

ベルと女神の絆は、とても強いものだとはた目から見ても分る。

対して、私とベルの絆はあそこまで強いものかと聞かれると、自信を持って頷けないからだ。

 

「…………………」

 

リヴェリアからの返事が無いことを怪訝に思って顔を見ると、リヴェリアは目を丸くしてポカンと呆けていた。

 

「リヴェリア?」

 

私が声を掛けるとリヴェリアはハッとして、

 

「いや、すまない…………まさかお前からそのような言葉が出るとは…………」

 

「…………? それで…………何かいい方法は………無いかな………?」

 

私は少し恥ずかしく思いながらも問いかける。

 

「……………つまりお前は、あのベル・クラネルともっとお近付きになりたいと………そう言うことだな?」

 

「………………………うん」

 

改めて言われると顔が熱くなってしまうけど私は頷いた。

 

「………………………ふう」

 

リヴェリアは一度ため息を吐き、

 

「本来なら、【ファミリア】の副団長として別の【ファミリア】の人物と必要以上に距離を縮めるのは問題があるとして止めるべきなのだがな……………」

 

リヴェリアの言葉を聞いて、私は胸が締め付けられるような感覚に陥る。

やっぱり皆は、私がベルと仲良くなるのは反対する…………

 

「しかし………」

 

すると、リヴェリアは言葉を続けた。

 

「私個人としては、お前の恋を応援するのは吝かでは無い」

 

「えっ?」

 

リヴェリアは優しそうな微笑みを浮かべ、

 

「つまり、【ロキ・ファミリア】の副団長として表立ってお前の恋を応援することは出来ないが、私個人としては手を貸してやるということだ」

 

リヴェリアの言葉に感謝の気持ちでいっぱいになった。

 

「リヴェリア…………ありがとう………」

 

私はお礼を言う。

 

「それで…………ベル・クラネルとお近付きになる方法だったな…………ふむ………」

 

リヴェリアは一度考える仕草をすると、ふと何かを思いついた。

 

「そういえば………近々【アポロン・ファミリア】が神の宴を開くという招待状が来ていたな」

 

「神の宴?」

 

それがベルと何の関係があるのだろう?

神の宴はその名の通り、ロキが行くものだ。

すると、私の考えを見透かしたのかリヴェリアがニヤリと笑い、

 

「今度の神の宴は、主催者(アポロン)の趣向で眷属一人の同伴を条件としているのだ。ロキは、十中八九お前を連れていくだろう。そして、最近の活躍から【ヘスティア・ファミリア】にも招待状が届く可能性は高い。そして、【ヘスティア・ファミリア】の眷属はベル・クラネル唯一人。これがどういう意味か分かるか?」

 

「……………神の宴に…………ベルも来る?」

 

「そう言うことだ。そしてパーティーといえば………」

 

「パーティーといえば?」

 

「…………ダンスだ!」

 

「え?」

 

「つまり、お前がそのパーティーでベル・クラネルをダンスに誘うんだ」

 

「ええっ………!?」

 

「社交の場とはいえ、ダンスとは互いの絆を深め合うもの。距離を縮めるにはもってこいだ」

 

リヴェリアの言葉に私は驚く。

 

「で、でも私………ダンスなんて踊った事ない………」

 

小さいころに憧れてはいたけど…………

 

「なに、そこは私が教えてやる。時間が無いからスパルタにはなるだろうがな」

 

「ベ、ベルが踊ってくれるかも分からないし…………」

 

「心配するな。お前が誘えばベル・クラネルは絶対に断らん」

 

何故かそう断言するリヴェリア。

 

「ベ、ベルも踊れないかもしれないし……………」

 

「お前がリードしてやれば問題ない」

 

リヴェリアは私の言い分を尽く潰していく。

 

「アイズ………!」

 

突然リヴェリアが強い口調で私の名を呼んだ。

 

「ベル・クラネルが別の女性と結ばれてもいいのか?」

 

「それはダメ!!」

 

リヴェリアの言葉に思わず大きな声が出た。

 

「ならば駄々をこねている場合では無かろう?」

 

リヴェリアの言葉に私はハッとする。

そうだ、私はもっとベルと仲良くなりたい。

ずっと、一緒に居て欲しい。

自分の気持ちを再認識した私はリヴェリアに向き直り、

 

「リヴェリア………お願い………!」

 

「いいだろう。引き受けた」

 

こうして、リヴェリアによる私のダンス特訓が行われることになった。

 

 

 

 






第三十一話です。
短くてすみません。
今週も消防団の大会があって時間が削られました。
本当ならベルの喧嘩騒動まで行きたかったんですけど時間が無かったのでここまでです。
さて、今回も初っ端からやらかしました。
ベートとアイズ大暴れです。
そりゃ訓練場使用禁止になるよね。
前回の紋章云々の話は今回の技の事だったんですけどどっちがインパクトありますかね。
一応今回の方がやらかした感は強いんですけど………
でもって乙女アイズはベルとのお近付き作戦を開始。
流石リヴェリア、立派なママさんです。
次回はダンスまで行けるかな?
喧嘩騒動で終わりそうな感じもするが………
ともかく次回にレディー…………ゴー!!


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第三十二話 ベル、挑発に乗る

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

あの18階層での出来事から数日。

『豊穣の女主人』でシルさんに無事を報告した所、

 

「でも、本当にベルさん達が無事に帰って来てよかったです」

 

「その………ご心配おかけしました………あと、ありがとうございます………」

 

正直遭難したのは自分の所為なので、シルさんの心配する言葉がチクチクと胸に刺さる。

 

「シル、店を空けるとまたミア母さんに………ああ、ベル、いらっしゃったんですか」

 

「リュー」

 

店の中からリューが出てきた。

その姿はいつも通りのウエイトレス姿で、ダンジョンの中で見たケープと戦闘衣のカッコよさとはまた違った魅力を見せる。

 

「壮健そうで何よりです」

 

「リューも元気そうだね」

 

他愛ない言葉を交わす。

すると、

 

「……………ベルさん、リューと随分仲良くなられたんですね? お互いに名前呼びにもなってますし………」

 

じと~っと見つめてくるシルさん。

 

「は、はい?」

 

「でも、覗きなんてしたらいけませんよ?」

 

「は、はぃっ………!」

 

シルさんは人差し指を立てて、ズイッと詰め寄ってくる。

 

「シル、あれは事故だ。ベルを責めないでください」

 

「もう、リューったら、どうして事故っていいきれるの?」

 

「あの時のベルには邪念が無かった。もとはといえば、神ヘルメスがベルを騙して覗きに連れていったことが原因だ。ベルに非は無い。それに…………」

 

「それに?」

 

「それにベルは将来の伴侶だ。ベルになら私の肌をいくら見られようともかまわない」

 

「リュ~~~~~!!?? 何言っちゃってんの!?」

 

リューのとんでもない発言に僕は叫ぶ。

 

「あ、リュー。ようやく決心したんだ」

 

「はい。私はベルの伴侶の一人になります。ベル………不束者ですが改めてシル共々よろしくお願いします」

 

「リュ~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

朝のオラリオに僕の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

その夜。

南のメインストリートの一角にある酒場『焔蜂亭』で、僕とリリはヴェルフのランクアップのお祝いを行っていた。

この『焔蜂亭』はヴェルフの行きつけの酒場らしく、お洒落な『豊穣の女主人』とは違い、これぞ冒険者の酒場と言える感じの雰囲気がある。

 

「ランクアップおめでとう、ヴェルフ!」

 

「これで晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)、ですね」

 

「ああ…………ありがとうな」

 

はにかんだ仕草で笑みを見せるヴェルフ。

でも気になるのは喜びの感情の他に、時折悩みというか………迷いとも思える感情がその表情から伺えることだ。

その事に気付かず、リリが続ける。

 

「これでヴェルフ様は、【ファミリア】のブランド名を自由に使うことが出来るのですか?」

 

「自由に、とはいかない。少なくとも文字列(ロゴタイプ)を入れられるのは、ヘファイストス様や幹部の連中が認めたものだけだ。下手な作品を世に出して、あの女神(かた)の名を汚せないしな」

 

そうは言うがヴェルフの頬は緩んでおり、嬉しさがにじみ出ているのがわかる。

僕が思うに、これからのヴェルフの武器は飛ぶように売れる事だろう。

何せ、あの第一級冒険者のアイズさんもヴェルフの武器を使っている。

それだけでもかなりのネームバリューになるのは間違いない。

そして、ヴェルフの腕そのものも良いのは分かり切ってることだ。

売れない理由が無い。

まあ魔剣欲しさに近付いてくる人も中にはいるだろうが…………

 

「でも………これでパーティ解消だよね………」

 

僕は懸念していたことを口にする。

元々ヴェルフは【鍛冶】アビリティを手に入れる為に僕達とパーティを組んでいた。

ヴェルフがランクアップした今、もうパーティを組む必要は無いのだ。

僕の残念さが表情に出ていたのか、

 

「そんな捨てられた兎みたいな顔をするな」

 

そう言ってヴェルフは言葉を続ける。

 

「お前らは恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言わないぞ」

 

「えっ………」

 

「呼びかけてくれればいつでも飛んで行って、これからもダンジョンに潜ってやる」

 

そう言ってヴェルフは笑う。

僕もつられて笑顔になり、リリも目を細めて笑っている。

そうしてもう一度杯を打ち付け合い、これからの冒険に乾杯した。

 

「それにしても、ヴェルフ様がパーティに加わって二週間………ランクアップするのもあっという間でしたね。リリはもっと時間がかかると思ってました」

 

「お前らと組むまでそれなりに修羅場は潜ってきたつもりだからな…………つーか、俺がランクアップしたのは、マスターのお陰じゃないのか? あの人強さの次元の桁が5つぐらい違いそうだしな」

 

「あ、あはは………」

 

ヴェルフの師匠への評価に僕は苦笑する。

否定できない。

 

「そういや、ベルはともかく、リリ助はランクアップしなかったのか? 曲がりなりにもマスターの相手をしたんだし………」

 

ヴェルフがそう聞くと、リリは俯く。

 

「【ソーマ・ファミリア】は【ステイタス】を更新するのにもお金が必要です。そして【ステイタス】を更新すると、羽振りが良いと思われて上の団員達から目を付けられてしまいます。それに何より、リリは死んだことになっているでしょうし、リリも退団するお金が溜まるまではホームには戻らないつもりです」

 

「そうか…………」

 

ヴェルフはそれを聞くと、一度考え込む仕草をする。

 

「なあリリ助。お前が【ソーマ・ファミリア】を退団するのにどのくらいの金が必要なんだ?」

 

「正直わかりません…………今現在のリリの貯蓄はベル様のお陰もあって300万ヴァリスほど貯まってはいますが…………普通の団員ならそのぐらいあれば十分かもしれませんが、もし幹部の方達にリリの変身魔法(シンダー・エラ)の事が耳に入っていて、利用価値があると見出されていれば、高確率で無理難題な金額を吹っ掛けられると思われます………おそらく500万ヴァリス以上は確実かと…………」

 

リリはそう言うけど、多分その程度じゃ楽観的過ぎると僕は思った。

 

「リリの変身魔法は使い方によってはとんでもなく強力な魔法だ。何せ別人に成りすますことも簡単だし、悪いことに使おうとするならその利用方法は際限がない。まず間違いなく500万程度じゃ済まない。僕の勘では1000万は吹っ掛けられると思う」

 

「…………ありえない…………とは言い切れませんね。特に団長のザニスは地位を利用して構成員を私利私欲のために操るのもざらですから…………リリの変身魔法(シンダー・エラ)の事を聞いていれば間違いなく退団を許すことは無いでしょう」

 

「つまりは、1000万を貯めてから退団許可を貰いに行くしかないってことか?」

 

「さらに言えば、1000万を用意しても何だかんだで退団を許可されない可能性があります。余裕を見て1500万は用意しておきたいところですね」

 

「1500万………か…………」

 

ヴェルフは一度俯く。

 

「ヴェルフ様?」

 

リリが怪訝そうな声を漏らすと、

 

「……………よし。ベル、リリ助、少し時間をくれ。その金は俺が何とかしてやる」

 

「ヴェルフ!?」

 

「ヴェルフ様!?」

 

顔を上げ、言い放ったヴェルフの言葉に、僕とリリは思わず声を上げた。

 

「リリ助も大切なパーティメンバーだ。そいつの為に一肌脱ぐのも吝かじゃねえ」

 

「ヴェルフ………でも、どうやって………?」

 

「そいつは秘密だ。でも安心しろ。借金とかするつもりはねえし、汚れ仕事に手を染めるわけでもねえ。ちゃんと真っ当なもんだ」

 

そうやって話していくうちに神様がダンジョンに潜ったことによるペナルティの話になったり、僕の最近の評価が上がってきていることなどを聞いた。

そんな時、

 

「何だ何だ!? どこぞの『兎』がいっちょ前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

「そういやこの前、不思議な夢を見たんだ」

 

「夢?」

 

ふと大きな声が聞こえたが、ヴェルフの言葉に集中する。

 

「おう。夢っつーか、知らねえ誰かと感応したっていえばいいのか?」

 

その言葉を聞いて、僕はもしかして………と思った。

 

新人(ルーキー)は怖いものなしでいいご身分だなぁ! 【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】より強いとか、嘘もインチキもやりたい放題だ! オイラは恥ずかしくて真似できねえよ!」

 

「それがただの夢じゃねえってのが、こいつだ」

 

ヴェルフが右手を握りしめると、その右手の甲に紋章が浮かび上がる。

 

「ジャック・イン・ダイヤ…………ヴェルフも………?」

 

僕はその紋章の名を呟き、ヴェルフを見る。

 

「俺も? じゃあ、ベルもか?」

 

「うん。僕はこれ」

 

僕も右の握り拳を作って紋章を浮かび上がらせる。

 

「オイラ、知ってるぜ! 『兎』は他派閥(よそ)の連中とつるんでるんだ! 売れない下っ端鍛冶師(スミス)にガキのサポーター、寄せ集めの凸凹パーティだ!」

 

「キング・オブ・ハートか………やっぱりベルはその紋章が似合ってるな」

 

「え? そ、そうかな………」

 

ヴェルフの言葉に嬉しさと恥ずかしさが混ざったくすぐったい気分になる。

 

「威厳も尊厳もない女神が率いる【ファミリア】なんてたかが知れてるだろうな! きっと主神が落ちこぼれだから、眷属も腰抜けなんだ!!」

 

「リリも夢は見ましたが、まだ早かったようです。でも、あの方とはとても有意義な話が出来ました」

 

「え? リリも見たの?」

 

「すごい偶然だな」

 

リリの言葉に僕とヴェルフは驚く。

 

「…………って、聞けよお前ら!!!」

 

隣のテーブルでドンと机を叩きながら叫ぶ小人族(パルゥム)の冒険者がいた。

その肩には金の弓矢に太陽が刻まれたエンブレムがあった。

 

「「「え?」」」

 

僕達は、今気付いたと言わんばかりに声を揃えて顔を向けた。

 

「気付いてなかったのかよ!?」

 

「ごめん、全然気づかなかった」

 

「周りの非難中傷なんて気にしてても仕方ないだろ?」

 

「リリは気付いてましたがあえて無視させていただきました」

 

三者三様で答える。

 

「舐めてんのかっ!?」

 

「いえ、どう聞いても明らかにこちら側から手を出させるための物言いだったので、スルーするのが一番だと判断したまでです」

 

リリがそう言う。

 

「えっ? つまり絡んで欲しかったわけ?」

 

「そうですね。それでその後に問題を大きくして無理難題を吹っ掛ける。素行の悪い【ファミリア】が良く使う手です」

 

「ふーん………」

 

「そ、そんなわけないだろ!?」

 

どもった上に明らかに目が泳いでるよ。

でも………

 

「い、言いがかりはいい加減に………ぶべっ!?」

 

小人族(パルゥム)の冒険者の顔面にピザが乗った大皿が直撃する。

もちろん僕が投げた。

因みに皿は気で強化済みなので罅も入っていない。

 

「ベル?」

 

「ベル様?」

 

僕のとった行動に少し怪訝な視線を向けてくるヴェルフとリリ。

僕はその視線に手を出さないようにと返し、立ち上がった。

 

「お望み通りこちらから手を出してあげましたよ? それで、これからどうするんですか?」

 

「てめぇ!?」

 

「やりやがったな!!」

 

まるで打ち合わせ通りと言わんばかりに仲間の冒険者が立ち上がる。

僕は様子見も含めて冒険者のLv.2程度の動きで立ちまわった。

とはいえ、相手はLv.1らしかったので、十分に対応できた。

そんな中、小人族(パルゥム)の冒険者の仲間の最後の1人が酒を飲み干し、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

 

 

 

「ベルの奴、遊んでるなぁ………」

 

「遊んでますねぇ………」

 

頬杖を突きながらベル様の立ち回りを眺めるヴェルフ様の言葉にリリも答える。

本来のベル様なら立ち回りを演じることも無く瞬殺可能なんですが、何故かベル様はかなーーーーーーーーーーり手加減して立ち回りを演じてます。

とはいえ、それでも一方的な展開には違いありませんが。

と、その時、向こうの仲間の最後の1人が立ち上がったかと思うと、

 

「ぐっ…………」

 

素早い身のこなしでベル様に近付き、ベル様を殴り飛ばした。

まあ、ベル様が殴られたのは完璧にワザとでしたが。

ベル様は自分から後ろに吹き飛び、他のテーブルを巻き込んで床に倒れる。

ベル様、少々やり過ぎでは?

 

「まだ撫でただけだぞ?」

 

そう言うのはエルフにも負けない容姿を持ったヒューマンの男性。

茶髪に碧眼、きめ細かな色白の肌を持つ彼は………

 

「あいつ…………ヒュアキントスだ」

 

「【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】………」

 

「Lv.3の第二級冒険者かよ」

 

周りの冒険者達がざわめく。

 

「よくも暴れてくれたな、【心魂王(キング・オブ・ハート)】」

 

なんか自信満々に話しかけてますが、ベル様の実力を知る者からすれば滑稽という他ありません。

 

「我々の仲間を傷付けた罪は重い………相応の報いは受けてもらうぞ」

 

普通にこちらから手を出させるという目論見がバレバレなのに、よくそんなことが真顔で言えますね。

因みにベル様はダメージを受けて立ち上がれない、という演技をしてます。

その時、

 

「揃いも揃って、雑魚が騒いでんじゃねえよ」

 

聞き覚えのある声が酒場に響いた。

声のした方を向くと【ロキ・ファミリア】のベート様が不機嫌さを露にしながら言い放つ。

 

「てめえらのせいで不味い酒が糞不味くなるだろうが。うるせえし目障りだ、消えやがれ」

 

そんなベート様の言葉に、

 

「ふん……がさつな。やはり【ロキ・ファミリア】は粗雑とみえる。飼い犬の首に鎖も付けられないとは」

 

余裕に見えてますが内心必死でしょうね。

Lv.6相手に見栄張りすぎでしょう。

 

「あぁ? 蹴り殺すぞ、変態野郎?」

 

「酔っていたとはいえ、この程度の小物に後れを取った負け犬が吠えるか」

 

睨み合う2人ですが、

 

「興が削がれた」

 

そう言って彼は身をひるがえし仲間を連れて酒場を出ていく。

 

「逃げたな」

 

「逃げましたね」

 

それも当然でしょう。

たかだかLv.3がLv.6と張り合うのは不可能ですから。

すると、ベート様はベル様に近付き、

 

「おいベル! いつまで寝たふりしてやがる!?」

 

ベート様がベル様をゲシゲシと蹴りつける。

すると、ベル様が平然と立ち上がり、

 

「あ、やっぱりわかりますか?」

 

腫れた後すら見つからない無傷のベル様が顔を見せた。

 

「ったりめーだ。何であんな野郎に勝ちを譲りやがった!?」

 

ベート様は若干苛立っているようです。

 

「いえ、実力は隠した方が、後々有利になるんじゃないかな~っと………」

 

「チッ、そんな面倒なことをしなくても実力で黙らせればいいだけの話だろ」

 

ベート様は舌打ちをします。

ベル様は自分の席に戻ろうとして、

 

「おいベル」

 

「はい?」

 

ベート様に呼び止められ、振り向いた瞬間。

 

「オラァッ!」

 

突然ベート様が殴りかかった。

ベル様は素早い動きでその拳を受け止め、

 

「ッ…………!?」

 

僅かに顔を顰めた。

その時の衝撃が少しだが酒場全体に広がる。

その衝撃に驚愕する冒険者達。

 

「………………………」

 

「………………………」

 

ベル様とベート様はしばらくその場で静止していましたが、

 

「チッ、まだ届かねえか」

 

ベート様が悔しそうにそう言いながら拳を引きます。

 

「ベートさん………今の………」

 

「忘れるなベル・クラネル! てめえを倒すのはこの俺だ!」

 

そう言って握り拳を作るベート様の右手の甲には、ベル様たちと同種の紋章が浮かび上がっていた。

 

「クラブ・エース…………」

 

ベル様の呟きには何も答えず、酒場を出ていった。

 

「ベル様………ベート様は…………」

 

「うん………僕達と同じ、シャッフルの魂を受け継いだんだと思う」

 

「そうなると残る一人は…………」

 

「アイズさん………かな?」

 

「だろうな」

 

「ですね」

 

満場一致の予想に、思わず苦笑する一同でした。

 

 

 

 

 

 

 



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第三十三話 ベルとアイズ、踊る

 

 

 

 

酒場での一悶着の翌日。

あの時の出来事は既に神様には伝えており、近々【アポロン・ファミリア】が何か仕掛けてくるかもしれないという旨を伝えた。

そして今日、僕はギルドに足を運んでいた。

 

「それじゃあ、もう体は大丈夫なの?」

 

「はい、数日休んでもう体力は回復しましたから」

 

目の前のエイナさんに笑って頷く。

面談用のボックスの中で、僕はエイナさんと現状の報告や今後の予定の打ち合わせを行っていた。

 

「もう、本当に心配したんだからね? キミがダンジョンから帰ってこないって聞いて、私、心臓が止まりそうだったんだから」

 

「ご、ごめんなさい………」

 

「ベル君が強いのはもう知ってるよ………でもね、それでも私はキミの事が心配なの……………」

 

「エイナさん…………」

 

エイナさんが僕の手を両手で握る。

 

「忘れないでね…………キミが死んだら、私も死ぬから…………!」

 

「あっ…………」

 

目を涙で滲ませてストレートに想いを伝えてくるエイナさんに、僕は目を奪われる。

 

「大丈夫です…………僕は、死にませんから………!」

 

そんなエイナさんを安心させるように、僕の口からはそんな言葉が零れだしていた。

 

「ベル君…………」

 

そのまま僕達はしばらく見つめ合っていた。

 

 

 

 

 

 

その後、ボックスからロビーに出て窓口前でエイナさんと別れようとした時、

 

「…………ん?」

 

こちらを見ている視線を感じて僕は振り向いた。

広いロビーの隅にいた2人の女性冒険者と目が合った。

その2人は僕を確かめる様に見つめた後、歩み寄ってくる。

 

「ベル・クラネルで間違いない?」

 

「はい」

 

気の強そうなショートヘアーの少女の言葉に僕が返事をすると、その後ろにいたロングヘア―のおどおどした女の子が遠慮がちに進み出てきて、

 

「あの、これを………」

 

上目がちに一通の手紙が差し出された。

僕は怪訝に思いながらもその手紙を受け取りよく眺めると、それは招待状だということが分かった。

差出人が分かるように徽章も施されており、その刻まれていた徽章の絵柄は弓矢と太陽のエンブレム。

 

「……………………」

 

もう来たかと警戒心を強める。

すると、ショートヘアーの少女が口を開いた。

 

「ウチはダフネ。この子はカサンドラ。察しの通り【アポロン・ファミリア】よ」

 

予想通りの所属を明かす。

 

「ダフネ・ラウロスにカサンドラ・イリオン、2人ともLv.2で第三級冒険者だね」

 

エイナさんが耳打ちして教えてくれる。

 

「あの、それ、案内状です。アポロン様が『宴』を開くので、も、もし良かったら………べ、別に来なくても結構なんですけど………」

 

カサンドラさんがそう言うと、ダフネさんがぺしんっ、とカサンドラさんの後頭部を叩く。

 

「あぅ」

 

ダフネさんは僕の方に身を乗り出し、

 

「必ず貴方の主神に伝えて。いい、渡したからね?」

 

「………わかりました」

 

念を押されて僕が了承するとダフネさんは身を引く。

そのまま身を翻し立ち去ろうとしたところで一度こちらを振り返り、

 

「ご愁傷様」

 

と同情するような視線を向けて呟いた。

そのまま彼女はその場を離れていく。

僕がその背を見つめていると、

 

「あ、あの………」

 

カサンドラさんがその場に残って僕に話しかけてきた。

 

「何か?」

 

「あのっ………どうか………どうかご慈悲をお願いします………!」

 

「はい………?」

 

突然言われた言葉の意味を図りかねていると、彼女は会釈をしてとととっと立ち去ってしまう。

エイナさんと一緒にその場で立ちつくしながら、僕は招待状を見下ろした。

 

 

 

 

 

 

その日の夜。

僕は神様に昼間にあったことを伝えた。

 

「『神の宴』の招待状か………」

 

招待状の中身を読みながら、椅子に腰かけた神様は呟く。

 

「ガネーシャの開いた『宴』から一ヶ月半ぐらい………そろそろだれかやると思っていたけど………」

 

ボクは参加しなかったけどね、と続ける神様は神妙な顔をする。

 

「どうしますか?」

 

「君と揉め事を起こしたのは、この招待を断られないようにする算段もあったんだろうなぁ………普通なら無視が出来ないところさ」

 

「なるほど………」

 

「まあ、相手の思惑が見えない今は、誘いに乗ってあげようじゃないか………………それで、今回の宴なんだけど普通とは違って実に面白い趣向が凝らされていてね………」

 

神様は僕を見てニッコリとほほ笑む。

 

「折角だ。ミアハ達も誘って皆で一緒に出席してみよう」

 

 

 

 

 

 

翌日、ミアハ様のところへ赴くと、

 

「う~む………『神の宴』か………」

 

ミアハ様が難しそうな顔をして唸る。

 

「どうしたんだい? ミアハの所も最近は羽振りが良いんだろう? 宴に参加するための正装を揃えるぐらいのお金はあるんじゃないのか?」

 

「いや、お金は問題ではないのだが、ナァーザとキョウジ、どちらかを留守番にさせてしまうのが少々心苦しいのだが…………」

 

すると、

 

「ナァーザを連れて行って来ると良い、神ミアハ」

 

キョウジさんがそう口を出した。

 

「キョウジ? いや、しかし…………」

 

ミアハ様はキョウジさんを置いていくのを気にしている様だ。

 

「私の事は気にしなくてもいい。それに、その宴の日にはスィークとの食事の約束があるのでね」

 

嘘か真かは分からないけど、キョウジさんはそう言ってミアハ様に参加を促す。

 

「そして、そのようなパーティの場合は美男美女で参加した方が絵になるしな」

 

キョウジさんは茶化すようにそう言うけど、僕もその意見には同意する。

ミアハ様はもちろんの事、ナァーザさんも無表情と質素な服装で隠れがちだけど、十分に美女の部類に入るだろう。

 

「む、むぅ…………ならば、お言葉に甘えるとしようか………」

 

こうしてミアハ様達の参加も決まった。

 

 

 

 

 

 

 

そして『宴』の日。

僕と神様、ミアハ様とナァーザさんは少し豪華な馬車で会場へと到着した。

とりあえずある程度勉強した礼儀作法を思い出しながら僕は先に馬車から降り、すぐに振り返って続いて降りてくる神様に手を貸す。

当然だが、今の僕の服装は所謂燕尾服というもので、神様もマリンブルーのドレスを身に纏っている。

緊張で動きがぎこちない僕に、神様は笑いかけてくる。

 

「ありがとうベル君。ちゃんとエスコート出来るじゃないか」

 

「い、いえっ………」

 

「似合ってるぜベル君。恥ずかしがらなくて大丈夫さ」

 

そう言う神様の後ろでは、ミアハ様が同じようにナァーザさんをエスコートして馬車から降りた所だった。

ドレス姿のナァーザさんも非常に新鮮で魅力的だ。

僕はミアハ様と一緒に、2人の女性をエスコートし、会場の中へと赴いた。

 

 

 

 

 

ナァーザさんに名のある冒険者達の事を教わりながら会場を見回していると、

 

「あら、来たわね」

 

「ミアハも居るとはな」

 

「ヘファイストス、タケ!」

 

神様がヘファイストス様とタケミカヅチ様に駆け寄る。

 

「タケの同伴は命君か」

 

「は、はいっ………!」

 

命さんも緊張からか声が上ずっている。

 

「ヘファイストスの子は?」

 

「私? 私の子は………」

 

そう言いながらヘファイストス様が自分の後方に目をやる。

そこには、

 

「よ、ようベル………」

 

「ヴェルフ!」

 

そこにいたのはなんとヴェルフだった。

 

「おや、鍛冶師君じゃないか。どうしてヘファイストスは彼を? 確かに腕はいいと思うけど、君の所にはもっと上の子がいるだろ?」

 

「フフッ、そうね。ランクアップしたお祝いも兼ねて………かしらね」

 

そういって笑いながらはぐらかすヘファイストス様。

すると、

 

「やあやあ、集まっているようだね! 俺も混ぜてくれよ!」

 

「あ、ヘルメス」

 

大きな声で僕達の所にやってきたのは、ヘルメス様だった。

その傍らには、「もっと声を押さえてください……」と諫言しながらため息を堪える、相変わらず苦労人の雰囲気を醸し出すアスフィさん。

 

「何でお前がこっちに来るんだ。今まで大した付き合いも無いのに………」

 

「おいおいタケミカヅチ、共に団結して事に当たったばかりじゃないか!俺だけ仲間外れにしないでくれよ!」

 

そう言ってタケミカヅチ様の横を抜けると、僕達の前に来る。

 

「やぁベル君! その服決まってるじゃないか! ナァーザちゃんも綺麗だよ!」

 

「ありがとうございます………」

 

「どうも………」

 

「おや、命ちゃん、緊張しているのかい? せっかくの可愛い顔が勿体ないぜ!」

 

「か、可愛っ………!?」

 

そうやって次々と褒めたたえるヘルメス様の行動力には、僕も素直に感心する。

まあ、調子に乗り過ぎてタケミカヅチ様とアスフィさんから制裁を受けてたけど。

そして、参加者がどんどん増えてきて、

 

『諸君、今日はよく足を運んでくれた』

 

主催者であるアポロンの挨拶が始まった。

適当に聞き流していよいよ本格的にパーティーが始まったとき、ザワッと会場がどよめいた。

 

「おっと、大物の登場だ」

 

ヘルメス様が言う。

衆目を根こそぎ集めていたのは、獣人の大男を従えた銀髪の女神だった。

 

「あれって………」

 

「フレイヤ様だよベル君。【フレイヤ・ファミリア】の名は知っているだろう?」

 

【フレイヤ・ファミリア】。

オラリオを代表する【ロキ・ファミリア】と並んで、最強勢力を持つ派閥。

あの方がそうなのかと、僕は視線を向ける。

確かに美の神というだけあってとても綺麗な方だと思う。

だけど………

 

「そうですか………」

 

それだけだ。

僕にとってあまり魅力を感じない。

他の人達は次々に【魅了】されてるみたいだけど。

 

「そうですか、って。ベル君はあの方とお近付きになりたいとは………」

 

「特には思いませんね………」

 

すると、突然横から抱き着かれる。

 

「よく言ったベル君! あんな女神に魅了されないとは流石だ!」

 

嬉しそうに神様が僕を抱きしめる。

その時、

 

「よぉードチビー! ドレス着れる様になったんやなー。めっちゃ背伸びしとるようで笑えるわー」

 

「ロキ!?」

 

突然聞こえた声に振り向けば、男性用の礼服を纏った朱髪の女神様がいた。

そして、

 

「……………ッ!?」

 

僕は思わず息を飲んだ。

ロキ様の隣には薄い緑色を基調にしたドレスを纏ったアイズさんの姿があった。

恥ずかしそうな仕草でロキ様の影に隠れるように立っている。

 

「いつの間に来たんだよ、君は!? 音もなく現れるんじゃない!」

 

「うっさいわボケー! 意気揚々と会場入りしたらあの腐れおっぱいに全部持っていかれたんじゃー!」

 

何故か言い合いが始まる神様とロキ様。

その間、僕はアイズさんから目を離すことが出来なかった。

アイズさんも僕が見ていることに気付いたのか、頬を僅かに染め俯いてしまう。

そんな仕草もとても可愛く思え、魅力的だ。

アイズさんは俯きながらもチラチラと僕の方を見ている。

僅かに目が合ったときは、僕は気恥ずかしさからすぐに目を逸らしてしまう。

そんなことを繰り返していると、

 

「ケッ! ドチビが傍にいると折角の気分が台無しや!」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

「ふんっ、行くでアイズたん!」

 

「ボク達も行くぞ! ベル君!」

 

ロキ様と神様はそれぞれアイズさんと僕の手を掴んで逆方向に歩き出す。

そのままアイズさんも僕も引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

それからしばらく、僕は神様に連れられ、知人だという神様達の前で挨拶をして回った。

パーティーが始まって2時間ほどしたころ、僕は小休止を貰って壁際の方へ移動する。

神様は、また性懲りもなくロキ様と口喧嘩を繰り広げていた。

やがて何処からともなく流麗な音楽が流れだし、広間の中央では舞踏が始まる。

 

「やっぱり、場違いだよね………」

 

僕は思わず呟く。

その光景から逃げるように、僕はバルコニーに出た。

暫く風に当たっていると、

 

「お疲れか? ベル」

 

「ヴェルフ………」

 

ヴェルフが僕と同じようにバルコニーへやってきた。

 

「まあ、僕には場違いな気がしてさ………」

 

「ま、そう感じるのもしゃあないか」

 

ヴェルフも肩が凝ったと言わんばかりに肩を大きく回す。

その時、

 

「やあ、2人とも。こんな所で何してるんだい?」

 

そう言って近づいてきたのはヘルメス様。

 

「あ、いえ、別に………」

 

「ちょっと休憩ですよ」

 

「ベル君とは一度ゆっくりと話してみたかったからね。かわいい女の子じゃなくて悪いけど、いいかな?」

 

「勿論です」

 

僕は頷く。

ヘルメス様の話は、僕が何故冒険者になったのかから始まり、15年前まで最強派閥だった神ゼウスと女神ヘラのことや、その【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が壊滅する切っ掛けになった『黒竜』の話にもなった。

正直、黒竜についてはおとぎ話にも出てくるため、実際に存在することに驚いた。

 

「とりわけ三大冒険者依頼の残る一つ、『黒竜』の討伐は、全世界の悲願でもある。オラリオに身を置くものとして、覚えておくといい」

 

その話を聞いて、僕はぶるっと身が震えるのを感じた。

恐怖じゃない。

武者震いという奴だ。

物語の英雄たちですら完全に討伐することには至らなかった伝説の『黒竜』。

それを討伐できれば間違いなく英雄だ。

 

「ははは! この話を聞いて驚くどころか笑えるなんて、とんでもないな君は」

 

ヘルメス様が笑いながらそう言う。

 

「え? 僕、今笑ってましたか?」

 

「おう。かなりいい笑顔で笑ってたぞ」

 

ヴェルフにそう言われ、僕は恥ずかしくなる。

 

「す、すみません。不謹慎な事を………」

 

「いやいや。逆に頼もしいぐらいだよ。君や東方せん………君のお師匠様なら単独討伐も不可能じゃないんじゃないかって思えてくるよ」

 

まあ、師匠なら可能でしょう。

でも、その役目は譲るつもりはありません!

 

「フフッ。いい目標が出来たようで何よりだよ」

 

ヘルメス様がそう言うと、態度を突然がらりと変え、

 

「ところでベル君は踊らないのかい?」

 

「えっ?」

 

「今も行われているダンスさ。ほら」

 

大広間の中央では、先ほどよりも盛んになっている舞踏の光景。

 

「君の育ての親も言っていたんだろう? ここには世界が羨む美女美少女がそろっているんだぜ? お近付きになるチャンスだ」

 

「えっ? あのっ、そのっ?」

 

ヘルメス様はニヤニヤと笑みを浮かべながら僕の肩に手を回し、バルコニーから窓辺まで連れていかれる。

 

「ヘ、ヘルメス様っ、僕は踊り方を知らないので、いいですよ! パーティーに参加させて貰っただけでも十分………!」

 

「何を抜かしているんだベル君? さぁさぁ、君の好みの女の子は誰だい?」

 

最早先ほどまでも真面目なヘルメス様の面影は何処にもなく、下種な笑みを浮かべている。

僕は如何にか断ろうと…………

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

ヴェルフが言ったその名前に僕は身を強張らせた。

肩に手を回していたヘルメス様も、僕の動揺に気付いたのだろう。

 

「ははぁん、【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】か。お目が高いなぁ」

 

「いえっ! 僕はッ、そのっ………!」

 

僕は恨めしそうにヴェルフを見る。

ヴェルフは明後日の方向を向いてワザとらしく口笛を吹いていた。

 

「………なるほど、そう言うことか」

 

「ぅ、ぅぅ……」

 

納得がいったように頷き、再びニヤニヤ笑うヘルメス様。

 

「俺は愛の神じゃないが、ベル君の恋を応援しようじゃないか!」

 

「声が大きいですっ!」

 

「よし、じゃあ早速彼女をダンスに誘うんだ」

 

「無理ですっ!!」

 

「頑張れよ、ベル」

 

「ヴェルフ!」

 

「いや、でもよ少しぐらい何かしねえと進展しねえぞ」

 

「う、うう………」

 

もっともな正論に僕は何も言えない。

 

「ヴェ、ヴェルフは誰かと踊らないの!?」

 

「俺がダンスに誘う女神(ひと)は、ただ一人と決めている」

 

「な、ならヴェルフが先に誘ってよ! そうしたら僕も行くから!」

 

あまりの自分のヘタレさに嫌気がさす。

結局はヴェルフを言い訳にして逃げているだけだ。

 

「よし分かった」

 

「へっ?」

 

ヴェルフの即答振りに素っ頓狂な声を漏らす僕。

 

「約束だからな」

 

ヴェルフはそう言いながらしてやったりの笑みを浮かべる。

 

「えっ? ちょ、ヴェルフ!?」

 

するとヴェルフはある方向に向かって一直線に歩き出した。

その歩き方は、堂々としていてまるで貴族の紳士の様に思える。

ヴェルフの目指す先、そこにいたのは…………

 

「ヘファイストス様」

 

ヴェルフはヘファイストス様に呼びかける。

 

「あら? どうしたのヴェルフ?」

 

するとヴェルフは手を差し伸べ、恭しく頭を垂れる。

 

「私と一曲踊っていただけますか? 淑女(レディ)

 

ヘファイストス様は一瞬驚いたように目を見開き、すぐに微笑みながら目を細める。

そして差し出されたヴェルフの手に自分の手を重ね、

 

「喜んで」

 

ヘファイストス様はそう言ってヴェルフと手を握り合う。

ヴェルフは立ち上がり、2人でダンスホールに向かって歩いていく。

一瞬ヴェルフの目がこちらを向き、「次はお前の番だ」と言っていた。

ホールに到着した2人は向かい合い、ヴェルフの左手とヘファイストス様の右手で手を繋ぐ。

空いた方の手は、ヴェルフはヘファイストス様の腰を抱き、ヘファイストス様はヴェルフの右の二の腕辺りに置かれる。

2人は自然とステップを踏み出し、曲に合わせて踊り出す。

ヴェルフは多少緊張しているみたいだけど、ダンスそのものに違和感はなく、逆にかなり様になっていた。

僕は一瞬何でと思ったけど、ふとヴェルフが同調したジャック・イン・ダイヤの紋章の持ち主の事を思い出した。

そういえばジャック・イン・ダイヤの持ち主は騎士貴族の当主だから、こういった教養も受けているだろうし、その経験もヴェルフの中に受け継がれているのかと思い至った。

因みに僕が受け継いだキング・オブ・ハートの持ち主である兄弟子は、修業三昧でこういった教養は何もない。

この時だけはヴェルフが羨ましく思えた。

僕がそう思っていると、

 

「さてベル君。ヴェルフ君は立派にダンスを踊っているぜ。君も約束を守らなきゃねぇ」

 

ヘルメス様が先程よりもニヤニヤしながら僕に語り掛ける。

僕は視線を動かし会場を見渡すと、この広い大広間の隅に砂金のように輝く金の髪……アイズさんの姿を見つけた。

見つけてしまった。

アイズさんは、一瞬僕の方を見たかと思うとすぐに目を逸らしてしまう。

 

「ほら、ベル君。あんな彼女を壁の花にしておくのは勿体ないぜ。他の男達も彼女を誘う勇気が無い今がチャンスだ!」

 

ヘルメス様は僕を焚きつけるようにそう言ってくる。

僕もヴェルフにあんなことを言ってしまった手前、約束は守らないと、と思い、勇気を持って一歩を踏み出した。

一歩踏み出すごとにアイズさんの姿が近付いてくる。

でも、一歩進めるごとに足に重りが付いたように重く感じる。

一歩踏み出すごとに一歩踏み出す時間が長くなっている。

現在の場所は、元居た場所とアイズさんの場所までの半分にも至らない。

ふとアイズさんを見ると、また視線をこちらに向けており、一瞬驚いたような表情を浮かべた。

でも、それを気にする余裕は今の僕には無かった。

必死になって一歩を踏み出す。

恥ずかしさや断られるかもしれないという不安といったマイナス思考がまるで鎖の様に僕の足に絡みつく。

そして遂に、元の場所からちょうど半分の位置で僕の足は全く動かなくなってしまった。

動けと頭で叫んでも、心がこれ以上進むことを拒否している。

あまりの情けなさに僕は泣きたくなった。

僕は、せめてもう一目だけアイズさんを見ようと視線を上げ、

 

「えっ………?」

 

先程よりも近くにアイズさんの姿が映った。

僕は目の錯覚かと思い、もう一度見直す。

すると、更に近付いてきているアイズさんの姿。

今度は見間違いじゃない。

アイズさんの方から、僕の方へ近づいてきている。

僕は一瞬僕の後ろにロキ様でもいるのかと思ったけど、視界の隅に相変わらずウチの神様と言い争っているロキ様の姿があり、それは否定された。

アイズさんは真っすぐに僕を見つめ、一直線に僕の方に歩みを進める。

僕とアイズさんの間には多くの人々が行き交っていたけど、不思議とアイズさんの歩みを妨げる事は無かった。

やがてアイズさんが僕の前に辿り着き、立ち止まった。

 

「…………ベル」

 

「アイズ………さん………」

 

僕は何とか声を絞り出す。

何故アイズさんが僕の前に?

という疑問は尽きず、頭の中がぐちゃぐちゃでどうすればいいか分からない。

アイズさんは頬を赤く染め、少しの間躊躇う様な仕草をしていたけど、決心したように顔を上げ、身なりを正す。

そしてドレスの裾を恭しく両手で持ち上げると、膝を曲げて僕に一礼した。

 

「私と一曲踊っていただけませんか? 紳士(ジェントルマン)

 

その仕草が可憐で、可愛くて、綺麗で、美しくて…………

まるで何処かの国のお姫様みたいで……………

僕の頭の中は真っ白になった……………

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

「おや、これは予想外だ」

 

後ろの方で様子を見ていたヘルメスが呟く。

ベルは、アイズから誘われたことに頭が追い付かず、立ちつくしていた。

 

(えっ? 誘われた!? アイズさんが!? 僕を!?)

 

ベルの心に疑問は尽きない。

だが、

 

(い、今はそれどころじゃない! ちゃ、ちゃんと応えなきゃ! でも、どうやって!?)

 

ベルは、先ほどヴェルフがやっていた男性から女性を誘う所は見ていても、女性から誘われた時の方法が全く分からなかった。

アイズが誘ってから少し時間は立っているが、アイズは一礼したまま動いていない。

ベルの答えを待っているのだ。

ベルが葛藤していると、いつの間にかアイズの横にナァーザが、ベルの横にミアハが進み出ていた。

そして、ナァーザがミアハに向かって先程のアイズと同じようにドレスの裾を両手で持ち上げ、膝を曲げて一礼した。

 

「私と一曲踊っていただけませんか? 紳士(ジェントルマン)

 

「喜んで。淑女(レディ)

 

そう言ってミアハはナァーザの手を取る。

手を握り合い、2人はダンスホールへと歩んでいく。

去り際にミアハはベルへと笑みを向けた。

ベルは、すぐにミアハとナァーザが手本を見せてくれたのだと理解する。

改めてアイズを見ると、アイズは変わらず一礼の仕草を崩さずにベルの答えを待っている。

 

(待たせてしまってごめんなさい。アイズさん)

 

ベルは内心謝罪の言葉を言うと、

 

「喜んで。淑女(レディ)

 

先程のミアハを手本に、アイズの手を取った。

ゆっくりと顔を上げたアイズは頬を赤く染め、喜びと照れが入り混じった笑みを浮かべている。

同じように、ベルの顔も顔を赤くしながらも笑みを浮かべていた。

2人はしっかりと手を握り合い、ダンスホールの中心へと赴いた。

 

 

 

 

「あの、アイズさん………恥ずかしながら、僕はダンスが初めてで………」

 

ベルが遠慮がちにそう言う。

 

「大丈夫。私がリードするから」

 

そう言ってアイズは右手でベルの左手を握り、左手をベルの右の二の腕辺りに置く。

そして、ベルに自分の腰に手を回すように促した。

ベルは、少し躊躇しながらもアイズの腰に手を回す。

それからぎこちないながらもステップを踏み出した。

最初はとても稚拙なものだったが、

 

「ベル、肩の力を抜いて。足元じゃなく私の目を見て。私の次の動きを予測するの。落ち着いて、ベルになら簡単の筈」

 

アイズのアドバイスにベルは落ち着いてアイズを見る。

そして、

 

(今!)

 

ベルはアイズと同時にステップを踏んだ。

 

「そう、今の感じで………」

 

ベルは今のでコツを掴めたのか、アイズの動きに完璧に合わせていく。

2人の動きはやがて自然に、流れるような動きになり、ぎこちなさは解消されていった。

ようやく普通に踊れるようになった時………

 

『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!? アイズたーーんっ、何やっとるんやー!? おいっコラッ、ドチビッ、離せぇー!!』

 

『はぁ?何を言ってうわぁああああああああああああああああああああ!? ベルくーーーんっ!?』

 

広間の奥から絶叫が響く。

いがみ合っていたヘスティアとロキが2人が踊っていることに気付いたのだ。

ベルの正面、アイズの背後から怒髪天を衝く二柱の女神様が2人を引きはがそうと迫ってくる。

その怒れる女神様達を直で目撃したベルは思わず尻込みしそうになるが、繋がれていた左手がキュッと握られた。

 

「ベル………私を見て………」

 

「えっ………? で、ですが………」

 

ベルは現在進行形で襲い掛かってくる女神達に目を向けそうになるが、

 

「………今は………私だけを見て………」

 

真っすぐにベルを見つめる金の眼に、ベルの意識は吸い込まれるような感覚を覚えた。

アイズから目を離せなくなる。

その時、アイズの背後から2人の女神が飛び掛かってきた。

 

「アイズたぁぁぁぁぁんっ!!」

 

「ベルくぅぅぅぅぅんっ!!」

 

その瞬間、

 

((ステップ!))

 

アイズとベルが同時に、大きくステップを踏んだ。

2人が居なくなったその場に、ロキとヘスティアは顔面から床にダイブする。

 

「「ぶべらっ!?」」

 

だが、

 

「アイズたぁぁぁん!!」

 

ロキは耐性があるのかすぐに起き上がって再び2人に飛び掛かる。

が、

 

((サイドステップ))

 

今度は横方向にステップを踏み、再びロキは床へとダイブする。

 

「ベルくぅぅぅぅぅん!!」

 

遅れて立ち上がったヘスティアが時間差で襲い掛かってきた。

 

((前進して旋回(プログレッシブターン)))

 

再びヘスティアの飛びつきは空を切るのが予想していたのか転倒は避ける。

 

「アイズたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

「ベルくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!!」

 

そして、偶然にもヘスティアとロキが挟み撃ちの状態で飛び掛かってきた。

しかし、

 

((旋回転(スイベル)))

 

回転する動きによって、2人の僅かな隙間を掻い潜った。

 

「「ぶべっ!?」」

 

再び床に激突する2人の女神。

 

「「「「「「「「「「おお~~~~~~~っ!!」」」」」」」」」」

 

ダンスを見ている観客からどよめきが起こる。

ベルとアイズは気付いていないが、ヘスティアとロキの暴走も相まって会場中の注目を一身に浴びていた。

しかも、ダンスの流れを切ることなくヘスティアとロキに対処していくため、2人の評価はうなぎ登りだ。

その後も懲りずにヘスティアとロキは2人に飛び掛かるが、尽く躱され床にダイブしていた。

そして、この2人に触発されるように音楽もどんどんテンポの速い曲になっていき。それに合わせるように2人の動きも早くなり、ヘスティアとロキが地面にダイブする回数も多くなる。。

このダンスは完全に2人が主役であることは間違いなかった。

やがて曲も終局に近付いていき、既に数えきれないほど床にダイブしたヘスティアとロキはヘロヘロになりながらも最後の力で飛び掛かり、

 

((二重回転(ダブルスピン)))

 

あっさりと2人に躱され、

 

((そして(アンド)))

 

地面に激突すると同時に、

 

((フィニッシュ!))

 

ベルとアイズの見事なフィニッシュによって会場は大歓声に包まれた。

 

 

 

 

 






どうもです。
調子に乗って書きまくっていたら2話分ほどになっていたので2話に分けて投稿します。
とりあえず喧嘩とダンスですね。
喧嘩はとりあえずワザとやられる形にしました。
あそこで潰したらウォーゲームが無くなりますので。
で、相変わらずリューさんのはっちゃ気振りが増していている。
エイナさんはどストレート。
ダンスはかなり楽しんで書いた。
因みにあの動きには元ネタがあり、ダブルアーツというジャンプで連載していたニセコイの作者のデビュー作(の最終話の一つ前の話)です。
因みに自分はニセコイよりもダブルアーツの方が好きだった。
何故打ち切りになった!?
今でも解せぬ。
これから盛り上がるってところで打ち切りになったからなぁ。
テンポが悪いのは認めるが。
あとおまけにヴェルフも出しといた。
ジョルジュの経験も持ってるんだからダンス位簡単だろうという理由からです。
まあ、ともかく次回にレディー………ゴー!!


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第三十四話 ベル、引き抜く

 

【Side ベル】

 

 

 

夢のような一時が終わり、僕はアイズさんの手を取りながらダンスホールの外までリードする。

すると、パチパチパチと拍手が聞こえ、

 

「いやぁ~、見事なダンスだったよ」

 

ヘルメス様が手を叩きながら歩み寄ってきた。

 

「ヘルメス様」

 

そう言えばヘルメス様が後押ししてくれなければ、僕はアイズさんと踊ることは無かっただろうなと思い、

 

「あの、ヘルメス様…………何と言うか………ありがとうございました」

 

「ん? 何がだい?」

 

「えっと………背中を押していただいた事です」

 

「ははは! そんな事か!」

 

「そんな事じゃないです! 背中をしてくれなければ………僕は………」

 

「フフフ、もしかしたら余計な事だったのかもしれないけどね?」

 

ヘルメス様は意味ありげな視線をアイズさんに向ける。

アイズさんは何やら顔を赤くして俯き、モジモジしていた。

めっちゃ可愛いです!

 

「それで君達、いつまで手を繋いでるんだい?」

 

ヘルメス様にそう言われ、僕は未だにアイズさんの手を握っていることに気付いた。

 

「うわわわ!? すみませんアイズさんっ!!」

 

僕は慌てて手を離そうとした。

だけど、

 

「ッ…………!」

 

離そうとした手がキュッと握られ、離すことが出来なかった。

 

「ア、 アイズさん………!?」

 

「も、もう少し…………」

 

「え?」

 

「もう少し………このまま………」

 

「アイズさん…………」

 

僕は自然と握られた手を握り返す。

 

「おやおや」

 

ヘルメス様がニヤニヤしているけど、そんな事今の僕には気にならなかった。

 

「ねえヴェルフ。あの二人ってもしかして付き合ってるの?」

 

「いや、ベルがアイズ・ヴァレンシュタインに惚れてることは知ってましたけど、あの様子じゃどう見ても…………」

 

「相思相愛よね?」

 

ヴェルフとヘファイストス様が何か言ってるけどそんな事も耳には入らない。

僕はもっとアイズさんの手の温もりを感じたくて、僕の指は勝手にアイズさんの指の隙間に入り込もうとする。

するとアイズさんの手の力が緩まり、指の隙間を広げ僕の指を受け入れた。

僕達の指は絡まり合い、より強く握ろうと……………

 

「そ・こ・ま・で・だぁああああああああああああああっ!!!」

 

神の怒りと言わんばかりに怒髪天を衝く叫びと共に僕達の間に神様が現れ、僕達を引き離した。

 

「やいヴァレン某! ボクの目を盗んでよくもベル君と踊ってくれたな!」

 

神様はまるで獣の様に唸り声をあげてアイズさんを威嚇する。

でも、神様の容姿も相まってか何故かその様子が可愛いと思えてしまう。

すると、神様はくるりと僕に振り返り、

 

「ベル君! 今度はボクと踊ろうぜ!」

 

そう言ってくる神様の後ろで、

 

「アイズたんもウチと踊ろー! 拒否権は無しやぁぁぁぁぁっ!!」

 

アイズさんもロキ様に強引にダンスに誘われていた。

僕は少し残念だと思いつつも苦笑し、神様の誘いを受けようとして………

 

「―――諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

主催者のアポロン様が登場した。

神様は、もう少しの所を………みたいに呟いて振り返る。

従者達と共に足を運び、僕達と相対する。

 

「盛り上がっているようならば何より。こちらとしても開いた甲斐があるというものだ」

 

月並みの言葉を述べた後、アポロン様は神様に向き直る。

自然と、僕達の周りには他の招待客達も集まり、円が出来ていた。

 

「遅くなったが………ヘスティア。先日は私の眷属が世話になった」

 

「………ああ、ボクの方こそ」

 

神様は来たかと言わんばかりに低い声でそれに答える。

すると、即座にアポロン様が口を開いた。

 

「私の子は君の子に重傷を負わされた。代償をもらい受けたい」

 

「………重傷?」

 

その言葉に僕も神様もポカンとなる。

 

「私の愛しいルアンはあの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた………私の心は悲しみで砕け散ってしまいそうだった」

 

大根役者の演劇を見ている気分になり、僕も神様も声を失ってしまう。

何気に横の従者たちも泣く素振りを見せており、下手な演技の割には芸が細かいなと思った。

更によろよろと僕達の歩み寄ってくる影があり、

 

「ああ! ルアン!」

 

アポロン様は大げさすぎるほどの素振りでその小人族(パルゥム)の冒険者に駆け寄る。

そのルアンと呼ばれた小人族(パルゥム)の冒険者は、包帯グルグル巻きの木乃伊状態で嘆いた。

 

「痛えぇ、痛えよぉ~」

 

「………ああ………うん………ご愁傷様………」

 

あまりの脚色に神様も呆れかえっている。

 

「更に先に仕掛けてきたのはそちらだと聞いている。証人も多くいる、言い逃れは出来ない」

 

パチンと指を弾くと、僕達を取り囲む円から複数の神様とその団員が歩み出てきた。

多分、あらかじめあの騒動に居合わせるように依頼をしておいたか、もしくは口裏合わせるようにあとで雇った人たちなんだろうなと予測する。

 

「………ああ、うん………じゃあ一つだけ………」

 

神様も何が何やらと言わんばかりに、ちぐはぐな話の進み具合に頭を押さえながら口を開く。

 

「何かな?」

 

「ピザの皿一枚ぶつけられただけでそこまで大けがする人材は探索系ファミリアに向いてないから、即刻退団させるか非戦闘要員に回すことをお勧めするよ」

 

「なにおう!?」

 

神様の発言に反応したのは、ルアンという冒険者だった。

さっきまでの様子とは違い、体中に力が入って強張るのがわかるほどに力んでいる。

 

「「「「「「「「「「……………………………………」」」」」」」」」」

 

多くの視線がルアンに集中する。

その事に気付いてハッとなった彼は、

 

「い、痛えよ~………痛い~」

 

下手な演技で誤魔化そうとしている。

アポロン様は慌てて、

 

「だ、団員を傷付けられた以上、大人しく引き下がるわけにはいかない。【ファミリア】の面子にも関わる…………ヘスティア、どうあっても罪を認めないつもりか!」

 

話の流れを強引に変えるようにそう言う。

 

「罪を認めるも何も、まだ何も答えてないんだけど………」

 

しかし、アポロン様は神様の言葉を全く聞かずに話を進める。

 

「ならば仕方ない。ヘスティア、君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」

 

「何が仕方ないんだよ…………」

 

最早疲れたと言わんばかりに肩を落とす神様に内心同情しながら今言われた『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の事を思い出す。

簡単に言えば、【ファミリア】同士でルールを決めてぶつかる決闘のことだ。

対立する神が神意を通すためにぶつかる総力戦。

いわば神の『代理戦争』だ。

その瞬間、

 

『アポロンがやらかしたぁーーーーーー!!』

 

『すっげーイジメ』

 

『いや、逆に墓穴を掘っただけだろ?』

 

周りの神々が騒めく。

流石娯楽好きの神様達。

アポロン様の宣言を支持する方が圧倒的だ。

アポロン様はその流れに便乗し、更なる条件を突きつけた。

 

「我々が勝ったら…………君の眷属、ベル・クラネルをもらう」

 

それを聞いた瞬間、僕は思わずえっ?と声をもらした。

 

「………なるほど、それが狙いだったのか」

 

神様はようやく合点がいったという風に頷いた。

そして、アポロン様は僕に視線をむけると、

 

「駄目じゃないかヘスティア~? こんな可愛い子を独り占めしちゃあ~」

 

おぞましい笑みを浮かべながらそんな事を言い放った。

ぞっと身の毛がよだち、何とも言えない恐怖が僕を襲う。

その時、

 

『ああ~、アイズたん落ち着けや。今面白………やなくて、アポロンに手ぇ出したらベルに迷惑かかるかもやで~』

 

視界の隅でロキ様が今にもアポロン様に飛び掛かりそうなアイズさんを宥めている。

今、面白そうな所って言いかけませんでした?

 

「この変態め………!」

 

「変態とは酷いな、ヘスティア。天界では求婚し、愛を囁き合った仲だろう?」

 

「嘘を言うな嘘を! ベル君、今言ったのはこの変態の勝手な妄想だ! しつこく言い寄って来ただけでボクは速攻でお断りしたからな!」

 

「わかってますよ、神様」

 

「でだ、アポロンの目的は君を手に入れる事らしい。全く、面倒くさいことをしてくれたもんだよ」

 

「それでヘスティア、答えは?」

 

「その前に一つ聞きたい。君らが勝ったらベル君を渡す。なら、ボクらが勝ったら君達は何を差し出してくれるんだい? 言っておくが、ベル君は【ファミリア】の唯一の眷属でボクの全てだ。ちょっとやそっとの対価じゃ釣り合わないぜ」

 

「ふむ、我々が負ける道理など無いが、そこまで言うなら答えよう。ヘスティアが勝者になった暁には、要求は何でも呑もう」

 

「正気かい?」

 

「いたって正気だ」

 

「ボクにも慈悲はある。撤回するなら今の内だぜ」

 

「フハハハハ! 冗談がうまいなヘスティア。ちょっとやそっとの対価では釣り合わないといったのはそちらではないか」

 

「ふう…………それなら最終確認だ。君は間違いなくこのボクに、【ヘスティア・ファミリア】に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込むんだな」

 

「無論!」

 

「わかった。受けようじゃないか、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を!」

 

「意外だな。すんなりと受け入れるとは」

 

「ふん、君の事だ。ここでゴネたら、街中で見境なく襲ってくるだろう? ギルドのペナルティも承知の上でね」

 

「さて、どうかな?」

 

アポロン様は白を切るようにおどけて見せると、周りの神達が盛り上がった。

そんな中、視界の隅でヴェルフがヘファイストス様に何かを告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

宴の後、ホームへと戻ってきた俺は、ヘファイストス様の部屋を訪ねた。

 

「失礼します」

 

そう言って入室する。

 

「それで、さっき言ってた話って言うのは?」

 

ヘファイストス様が静かに問いかける。

まるで、今から俺が言う言葉が分かっているかのように…………

 

「…………お別れを告げに来ました」

 

「……………………」

 

「【ヘスティア・ファミリア】の………ベルの元へ行くことを許してください」

 

俺は決意を込めた言葉を放つ。

 

「…………………どうして? 例え貴方が行かずとも、彼が負けることは無いのでしょう?」

 

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の事は関係ありません。少し前から考えていたことです。それが分かっていたからこそ、俺を『神の宴』に連れて行ったのでしょう? 最後の晩餐として…………」

 

「血筋にまつわる全てを見返して、『魔剣』を超える武器を作りたいのではなかったの?」

 

「その『意地』は捨てました。俺は今、『誇り』を持ってベルの為に武具を打ちたい」

 

「貴方をそうまで駆り立てるものは、いったい何?」

 

「友の為…………なにより自分の為………そしてそれこそがこの世界の【ジャック・イン・ダイヤ】を受け継いだ俺の『役目』です!」

 

俺は右の拳を作り、その甲に紋章を浮かび上がらせる。

ヘファイストス様は一度目を伏せ、

 

「いいわ、許しましょう」

 

そう言うとヘファイストス様は立ち上がると、いくつもの金槌が並べられた棚に近付く。

そこで自身の髪、そして瞳の色と同じ、紅の鎚を手に取った。

そして、その鎚を俺の眼前に突き出し、

 

「餞別よ。持っていきなさい」

 

鍛冶師(スミス)(ぶんしん)を差し出し、送り出してくれるヘファイストス様に、俺は笑みを浮かべ、深い礼を取った。

 

「お世話になりました」

 

俺はそう言ってこの場所(ファミリア)を去り、新しい居場所(ファミリア)へと向かった。

 

 

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』が決まった翌日。

いきなりヴェルフ様が【ヘスティア・ファミリア】に入団すると言ったことには驚きましたが、更にリリの【ソーマ・ファミリア】退団のお金の事にも目処がついたと言いました。

それで突然ながらベル様、ヴェルフ様と一緒に【ソーマ・ファミリア】のホームに赴いています。

 

「お願いします、ソーマ様。リリを、【ファミリア】から退団させてください………」

 

リリは壁に向かって両膝を抱えて床に座り込んだソーマ様の背中に向かって呼びかける。

 

「音沙汰が無かったことも含め、数々のご無礼をお詫びします。ですが、どうかご慈悲を…………」

 

「僕からもお願いします。リリを、【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)させてください」

 

リリの横で、ベル様も頭を下げています。

しかし、当のソーマ様は何の反応も示しません。

座り込んだままぶつぶつと「運営自粛………」「罰則………」「趣味が………」と呟くだけです。

まあ、そう簡単には話が通るとは思っていませんでしたが………

すると、

 

「ソーマ様はお忙しい。話なら私が聞いてやろう、アーデ」

 

その声が聞こえ、やはり来ましたかとため息を吐く。

 

「しかし、お前が生きているとはなぁ。カヌゥからは死んだと聞かされていたが?」

 

まあ、ベル様が脅………もとい頼みこんでリリが生きていることを黙っておくように言いましたからね。

 

「そのカヌゥ達もついこの間から消息を絶っているが………お前の仕業か?」

 

「知りません」

 

その当の本人はバーバリアン強化種に串刺しにされてしまいましたが。

この人は団長のザニス・ルストラ。

この【ファミリア】では数少ないLv.2の上級冒険者。

 

「さて、久しぶりに戻ってきたかと思えば他のファミリアの人間と共に来るとは………いったい何用かな?」

 

ザニスは視線をベル様に向けていやらしい笑みを浮かべます。

 

「挨拶が遅れましたね。僕はベル・クラネル。【ヘスティア・ファミリア】の団長をしています」

 

「ふむ、私はザニス・ルストラ。【ソーマ・ファミリア】の団長だ」

 

「今日、突然お邪魔させていただいたのは、リリを【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)させて欲しいとお願いする為です」

 

ベル様はあまり刺激しないように敬語で受け答えしています。

 

「ほう、つまりはアーデを我々【ソーマ・ファミリア】から引き抜きたいと?」

 

「その通りです」

 

ベル様の言葉にザニスは顎に手を当て、考える仕草をする。

 

「退団についてだが、無論代償が無くとは言えん。ここまでお前を育ててくださったソーマ様に報いるためにも…………一千万ヴァリス、といったところだろう。そして、【ヘスティア・ファミリア】には、我々の“大切な仲間”であるアーデの引き抜く代償として、五百万ヴァリスを支払ってもらいたい」

 

なーにが大切な仲間ですか。

よくもぬけぬけと。

と、そこでヴェルフ様が前に出ようとした所、ベル様が手で静止させた。

ベル様はザニスに向き直り、

 

「法外にもほどがありますね。僕がリリをサポーターとして雇った当初、彼女は同じ【ソーマ・ファミリア】の団員達に躊躇なく囮にさせられそうになってたんですが? それで『大切な仲間』? 笑わせないでください」

 

「それはごく一部の団員だ。アーデの両親が死んでから面倒を見てくださったのは他でもない、ソーマ様ではないか」

 

リリは自分の力で生き抜いてきたつもりなんですがね。

まあ、【恩恵】無くして生きていけなかったのは確かですから、ソーマ様にはそこそこ感謝するべきなのでしょうが………

 

「そのソーマ様はさっきから一言も喋っていないようですが?」

 

「おっと、これは失礼。ソーマ様、如何でしょうか?」

 

「…………任せる」

 

振り向きもせずにソーマ様は答えます。

その様子に、ベル様は目を鋭くさせます。

 

「そう言うことだ。アーデの退団料一千万ヴァリス。引き抜きの対価五百万ヴァリス。合計一千五百万ヴァリスでアーデの改宗(コンバージョン)を認めよう」

 

ザニスはくつくつと笑いながらこちらを見下ろす。

ベル様がヴェルフ様に視線を向けると、ヴェルフ様が頷き前に出た。

そして、背中に担いでいた細長い布に包まれたものをザニスの前にドカッと降ろした。

 

「何だねこれは?」

 

ザニスの言葉にヴェルフ様は布の一部を剥ぐと、その下から普通の武器とは比較にならない存在感を持った剣が5本現れた。

 

「『クロッゾの魔剣』、5本。1本あたり三百万ヴァリスは下らねえ筈だ」

 

「ヴェルフ様!?」

 

ヴェルフ様の出した代物にリリは思わず声を上げました。

あれだけ魔剣を打つのを嫌がっていたヴェルフ様が魔剣を打った事も、それを躊躇なくリリの代わりとして差し出したこともリリを驚愕させました。

 

「ク………『クロッゾの魔剣』…………!?」

 

ザニスが震えた声でその内一本を手に取ります。

その存在感は、そんじょそこらの『魔剣』とは格が違うことがリリにもわかります。

ザニスは激しく動揺していましたが、

 

「い、いや! いくらクロッゾの魔剣とはいえ使い捨て! そんなものでアーデと交換するわけにはいかん!」

 

お金と交換しようとしているのに何言ってるんですかねこの人は?

 

「アーデと交換するならば、その魔剣鍛冶師本人と交換しなければ釣り合わんな」

 

ザニスはヴェルフ様を見ながらニヤニヤと笑う。

ベル様はため息を吐き、

 

「わかりました。ではこうしましょう」

 

そう言うとベル様はザニスを指さし、

 

「僕達【ヘスティア・ファミリア】は、あなた達【ソーマ・ファミリア】に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込みます!」

 

ベル様は想像の斜め上の方法を言い放った。

 

「ウォ、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』だと………!?」

 

「僕達が負けたらヴェルフをあなた方に差し出しましょう。リリの事も諦めます。ただし、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の時にはリリは【ヘスティア・ファミリア】側として参加。その代わりにその魔剣は今この場であなた方に差し上げます。もちろん、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に使ってもらっても構いません。僕達が勝った場合には、リリをそのまま【ヘスティア・ファミリア】として認めてくだされば結構です」

 

あまりにも【ソーマ・ファミリア】のリスクが少ない条件ですね。

 

「し、しかし現在貴様ら【ヘスティア・ファミリア】は、【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の準備を進めているのではないか!」

 

「ええ。ですから、僕達【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ファミリア】、【ソーマ・ファミリア】の同盟軍で『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を行うんです」

 

ベル様サービスし過ぎです。

でも、この位やらないと本質が臆病なザニスは首を縦に振らないでしょうね。

 

「し、しかし『戦争遊戯(ウォーゲーム)』決定権は神にある。更に詳細を決める神会(デナトゥス)にはソーマ様が直接赴かなければならない。ソーマ様が動かない以上は私に決定権は無い」

 

ベル様はソーマ様に視線を向け、

 

「ソーマ様。この『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けていただけませんか?」

 

しかし、ソーマ様は動きません。

 

「やかましいぞ。雑事はすべてそこのザニスに任せて………」

 

その瞬間、ソーマ様の目の前の壁がドゴンという音と共に陥没しました。

一瞬でベル様がソーマ様の横に立ち、左手で壁を殴りつけています。

 

「いい加減にしてくれませんか、神ソーマ! あなたのそういう態度があなたの【ファミリア】を悪い方向へ向かわせていることに気付かないんですか!?」

 

ベル様が、ソーマ様の事を神ソーマと呼んだことからかなり怒っていることが伺えます。

すると、ソーマ様が口を開きました。

 

「簡単に……………酒に溺れる子供達の話を聞くことに、何の意味がある?」

 

起伏の少ないその声にリリはぞっとします。

ソーマ様は、本当に眷属の事を何とも思ってはいない。

単に、『興味が無い』。

それだけを感じました。

 

「酒に溺れる子供達の声は………薄っぺらい」

 

「それは、あなたの勝手な思い込みでしょう?」

 

ベル様の言葉に、ソーマ様はゆっくりと腰を上げ、壁にある棚から白い酒瓶を取り出しました。

リリはそれ見てハッとします。

 

「これを飲んで、また同じことが言えたなら、耳を貸そう」

 

杯に注がれていく液体。

それこそリリを、この【ファミリア】を狂わせた『神酒』。

ザニスはそれを見てニヤニヤと笑い、ベル様は黙って杯を受け取った。

 

「………これを飲めばいいんですね?」

 

「………………」

 

ソーマ様は答えませんでしたがベル様は肯定と受け取ったようです。

ですが、

 

「だ、駄目ですベル様!」

 

リリは思わず叫びます。

いくらベル様でもこの『神酒』はっ!

ベル様は一度リリに視線を落とし、心配しないでという様に微笑みました。

そして、

 

「あ…………」

 

リリが止める間もなくベル様は杯の『神酒』を半分ほど一気に飲み干した。

ゴクリと『神酒』を飲み込むベル様の喉の動きに目が奪われ、同時に絶望感が私を包みます。

ベル様はその味を感じるように目を瞑りながら何も言いません。

ザニスはニヤニヤと笑いながらベル様に歩み寄ります。

 

「どうだ? 素晴らしいだろう? アーデの事などどうでもよくなるほどに」

 

その言葉がリリの胸に突き刺さります。

ベル様………

ベル様に要らないと言われたら………リリは………

絶望感から私は項垂れます。

 

「ほれ、アーデと『神酒』どちらが欲しい? 今なら『クロッゾの魔剣』一本に付き『神酒』一本と交換してやるぞ? まあ、聞くまでも無いと思うがな? ふはははははははははははは!! ハーハッハッハッハ「リリをください」………ハ?」

 

「……………え?」

 

今聞こえた声が信じられなくて、リリは顔を上げました。

 

「リリをください」

 

もう一度ベル様が言う。

 

「ベル………様………」

 

リリは愚かでした。

ベル様はこんなにもリリの事を想ってくれていたのに、リリは今までベル様の事を完全には信頼していなかった。

一瞬とはいえ、ベル様を疑ってしまった自分が恥ずかしい。

 

「な、何だと!?」

 

ザニスが狼狽え、ソーマ様の前髪に隠れたその奥の瞳が見開かれる。

 

「聞こえませんでしたか? 僕は『神酒(こんなもの)』なんかより、リリが欲しいと言ったんですよ」

 

その言葉を聞いた瞬間、『私』は完全に堕ちたことを自覚しました。

もう駄目です。

もう私はベル様から離れることは出来ません。

ベル様無しでは生きていけません。

ベル様の一番じゃなくていい。

側室でも、妾でも、愛人でも、ハーレムの一人でも何でもいい。

リリは………私はベル様の傍にいたい。

いつまでも一緒に居たい…………!

でも、今のままでは私にその資格はありません。

その資格を得るためには、私の心を縛り付けていた元凶そのものに打ち勝たなければいけない。

私はベル様に歩み寄ります。

 

「ベル様、残った『神酒』を私に………」

 

私がそう言うと、ベル様は迷わずに杯を差し出してくれました。

おそらくベル様も私が何をしようとしているのかは察しているのでしょう。

でも、ベル様は私を信じて躊躇せずに杯を差し出しました。

その信頼が嬉しくて、私は更に勇気付けられます。

私は杯を受け取るとソーマ様の前に立ち、

 

「ア、 アーデ!? 何を………!?」

 

ザニスの言葉を無視し、私は残った『神酒』をあおり、飲み干しました。

天にも昇る気持ちと言えるほどの美酒の味わい。

初めてこれを飲んだ時には、私は狂いました。

果てしない陶酔感。

意識を捻じ曲げる感動の絶頂。

でも、そんな天にも昇る気持ちすらも、ベル様に堕ちてしまった今の私を引き上げることは不可能でした。

私は杯をあおった体勢から元に戻し、真っすぐソーマ様を見つめます。

 

「ソーマ様、私をベル様の元へ行かせてください」

 

ソーマ様は私を見下ろす。

何を考えているのかは分からない。

でも、もう怖くはない。

何故なら……………

 

 

 

 

 

 

気付けば私は、いつかの雪原にいました。

あの時と同じように、凍った湖の前にアルゴ様が佇んでいます。

私はアルゴ様に歩み寄りました。

 

「迷いは晴れたようだな」

 

アルゴ様は振り返り、私に呼びかけました。

 

「はい」

 

私はそれだけを答えます。

 

「ならばいい。お前はたった今資格を得た」

 

アルゴ様は両手の拳を胸の前で合わせました。

すると、大きな地響きと共に地面が揺れ出します。

 

「見ろ! これが! ガイアクラッシャーだ!!」

 

その叫びと同時に、アルゴ様は拳を地面に打ち込みました。

すると、信じられないことに地面が割れ砕け、砕けた地面が槍の様に突き出しながら前方に次々と隆起していきます。

私はその地面の亀裂に飲み込まれましたが、不思議と怖くありませんでした。

そして感じました。

話に聞いた、心優しき海賊頭目の生き様を…………

私は自然とこの言葉を口にしました。

 

「ありがとうございます。 アルゴ様…………」

 

 

 

 

 

 

 

………何故なら私は!

 

「私はブラック・ジョーカー! リリルカ・アーデです!!」

 

私の右手の甲には、ブラック・ジョーカーの紋章が輝いていた。

 

「……………………」

 

ソーマ様は一度目を瞑ったあと、再び目を開けベル様に視線を向けました。

 

「わかった、ベル・クラネル。先程の条件で『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けよう」

 

そう言うソーマ様の目は何かを悟ったような感情を浮かべた。

そしてソーマ様が私に視線を戻した事を確認し、姿勢を正して礼を取る。

 

「ソーマ様、今までお世話になりました」

 

私はけじめとしてその言葉を口にした。

私は姿勢を戻し踵を返してベル様達の元へ向かう。

その時、

 

「リリルカ・アーデ………すまなかった」

 

「ッ…………」

 

「…………体には、気を付けなさい」

 

「……………はい」

 

そのやり取りをして、私はベル様の元へ赴く。

今度こそ、ベル様の本当の仲間になる為に。

 

 

 

 

 






第三十四話です。
今回はリリの完堕ちの回ですかね?
そんでようやくブラック・ジョーカーも揃いました。
さて、次回は皆さまお待ちかねのヴェルフとリリのステイタス公開です。
(覚悟して)お楽しみに。
それでは、次回にレディー………ゴー!!




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第三十五話 リリとヴェルフ、【ステイタス】を更新する

 

【Side ロキ】

 

 

 

 

ウチは今、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の詳細を決めるための『神会(デナトゥス)』に参加しとる。

やけど………

 

「ヘスティア、いつまで時間を稼ぐつもりだ? 早く『神会(デナトゥス)』を始めようではないか」

 

さっきからアポロンがそう言っとるんやけど、

 

「だからそう焦るなって。まだ『役者』が全員揃ってないんだ」

 

「ほう? この私と君、そしてこれだけの神々。あといったい誰が揃ってないと言うんだね?」

 

「…………………」

 

ドチビはそれだけ言って黙り込む。

その時やった。

ギィィという軋む音を上げてこの部屋の扉が開かれ、一人の神が入室してきたんや。

その瞬間、この場に集まった神々がウチも含めて唖然とした顔で固まった。

何故なら、

 

「ソ、ソーマ…………」

 

誰かが声を絞り出した。

扉を開けて現れたんは、酒造りにしか興味が無いはずのソーマやった。

ソーマは無言で神々のテーブルに歩み寄り、空いている席に座ったんや。

すると、

 

「待ってたよ、君がソーマだね。ここに来たってことは、あの話を受けるってことで良いんだね?」

 

ドチビがまるで初めから分かっていたといわんばかりにソーマと話す。

 

「ああ、ヘスティア。我々は【ヘスティア・ファミリア】からの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の申し出を受けよう」

 

その言葉を聞いた瞬間、神々の間にどよめきが起こる。

 

「ど、どういうことだヘスティア!?」

 

アポロンがドチビに問いかける。

 

「簡単な話さ。ボク達【ヘスティア・ファミリア】は、アポロン、ソーマ両【ファミリア】を同時に相手取り、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を行う。もちろんその際は、両【ファミリア】は連合軍と考えてもらって構わない。どちらかが勝ち残れば両者の勝ちで結構だよ」

 

「血迷ったかヘスティア。自ら万に一つもない勝率をさらに下げるとは………」

 

アポロンがなんか言うとるけど、ウチからしてみればそれでも戦力としては足らん位やろうな。 

なんせあのベルを相手せなあかんのやから。

むしろ少しアポロンの寿命が延びた程度やろうな。

 

「それじゃ、早速詳細を決めていくけど、ソーマとは既に条件が決まっているから確認だ。ボク達【ヘスティア・ファミリア】が求めるのは君の子供のサポーター君………リリルカ・アーデ君の改宗(コンバージョン)。ただし『戦争遊戯(ウォーゲーム)』ではリリ君は【ヘスティア・ファミリア】として参加。その代わりとして、『クロッゾの魔剣』5本を【ソーマ・ファミリア】へ譲渡。ボク達が勝利した暁にはリリ君がそのまま【ヘスティア・ファミリア】に加入。ソーマが勝てば【ヘスティア・ファミリア】に入る予定のヴェルフ・クロッゾ君を【ソーマ・ファミリア】に加入させ、リリ君も戻そう。これで間違いないね?」

 

ドチビがソーマに確認を取る。

クロッゾの魔剣と聞いたところで騒めく神々がおったけど、ハンデにもならんやろ。

 

「ああ、それで構わない」

 

ソーマはなんちゅうか…………諦めとるつーか、負けることを分っとって『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けとるような感じやな。

 

「悪いねヘファイストス。まだ正式に改宗(コンバージョン)していないのにヴェルフ君を勝手に賭けの景品にしてしまって」

 

「ヴェルフ本人が納得しているのなら構わないわ」

 

「すまないね」

 

ドチビがファイたんに一言謝るとアポロンに向き直る。

 

「それでアポロン………最後の確認だ。ボクが負けたらベル君を差し出す。そしてボクが勝ったらどのようなような要求でも呑む。本当にそれでいいんだね?」

 

「無論!」

 

「いや、真面目に君の事を思って言ってるんだよ? 今ならまだ間に合うよ?」

 

「くどい!」

 

あ~あ、アポロンの奴ドチビの最後の慈悲を蹴っ飛ばしおった。

アポロン南無~。

なんて、心の中で祈っとると、神会(デナトゥス)の内容は対戦形式に移り変わった。

 

「折角3つもの【ファミリア】が集まるのだ。ここは全員参加型の決戦方式で行こうと思う。大層盛り上がるだろう」

 

と、アポロンの意。

まあ、確かに盛り上がるやろうな。

ベル無双という意味で。

 

『容赦ねえーアポロン!』

 

『極小ファミリア相手に大人げねぇ~!』

 

等々おおよそ半数の神々から声が上がる。

今の神々はベルの強さを分っとらん奴らやな。

 

「ご自由に」

 

「……………」

 

ドチビは投げやりに答え、ソーマは無言。

アポロンがどんどん話を進めていき、最終的に決定した対戦方法は、

 

『攻城戦』

 

となった。

アポロンはニヤニヤとドチビをみとるが当のドチビはあくびをしながらどこ吹く風やな。

 

「適当な城を見繕わんといかんし、『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の開催日はギルドとの相談をかねてやな。じゃあ、解散するか」

 

ウチがそう占めると、

 

「ロキ」

 

珍しくドチビの方から声を掛けてきた。

ウチは何やと思ってドチビをみると、ドチビは椅子に座ったままこちらを見ようともせずに、

 

「わかってると思うけど選ぶ城は………」

 

そこまで聞いてドチビの言わんとしとることを察したウチは、

 

「皆まで言わんでもわかっとるわ! 心配すんな」

 

選ぶ城は、ちゃんと“更地になっても問題ない城”を選ぶに決まっとるやろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

やることを一通り終わらせてホームに戻ってくる。

すると、ドゴォンという音と共にホームの一角で爆発が起こり、団員が数人吹っ飛んできた。

 

「おお!? 何や何や!? 別【ファミリア】の襲撃か!?」

 

ウチは驚きながらも団員に駆け寄る。

 

「おい! しっかりせい! 何があった!?」

 

団員を揺さぶり、声を掛けると、

 

「う………あ………ロ、ロキ様…………」

 

「何があった!? 誰の仕業や!?」

 

「そ、それは………ア………ア………」

 

ア?

もしかしてアポロンの奴か!?

ウチがテンパりながらそう予想すると、

 

「……………………アイズさんが……………暴走しました………」

 

「……………………………………なんやと?」

 

「………アイズさんが…………突然……………今はベートさんが何とか抑えてはいますが…………」

 

その言葉に爆発地点に目を凝らすと、煙が晴れていきアイズたんとベートが向かい合っていた。

 

「…………邪魔………しないで…………!」

 

「アイズ、落ち着きやがれ!」

 

アイズたんが神速で剣を振り、ベートも神速の蹴りでその剣を受け止める。

ぶつかり合うたびに衝撃波が辺りに広がり、近くにいたレベルの低い団員が吹き飛んでいく。

 

「うぉおおおおおおおおおっ!? アイズたん!? いったいどうしたんやぁああああああああっ!?」

 

ウチは叫ぶけどアイズたんは止まらへん。

丁度近くにおったフィンとリヴェリアに駆け寄り、

 

「フィン、リヴェリア! アイズたんはいきなりどうしたんや!?」

 

そう慌てて問いかける。

 

「ああ………それは………」

 

と、フィンが言いかけた所で、

 

「ベルの所に…………行くのっ………!」

 

「だから落ち着けって言ってんだろうが!」

 

ひときわ強く剣と蹴りがぶつかり合い、より強い衝撃波をまき散らす。

 

「…………と、言うわけだ」

 

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』がきっかけになったのだろうな。ベルの所に行くと言って聞かんのだ」

 

うぉおおおおおおおおっ!?

遂に恐れとったことがぁ!

 

「別にお前が行かなくてもベルなら楽勝だろうが!」

 

「それでも………私はベルの役に立ちたいの…………!」

 

ああああ!

既にアイズたんのベルへの好感度が限界振り切っとる!

 

「うぉおおおおおっ!? フィン、リヴェリア! 何とかならんのか!? このままじゃアイズたんがドチビにとられるだけやなくホームも吹っ飛んでまう!」

 

すると、リヴェリアが、

 

「完全な解決は無理だな。アイズの移籍を認めるというなら別だが………後は問題の先送りが関の山だな」

 

「先送りでも何でも、今この場でアイズたんを止められるならなんでもええわ!」

 

「ふむ、仕方ない」

 

そう言うと、リヴェリアはアイズの方に歩いていき、

 

「アイズ」

 

「いくらリヴェリアに行くなと言われても、私は行く」

 

「そうか………まずは話を聞け」

 

リヴェリアはアイズたんの言うことを否定することも無く話を続ける。

 

「お前はベルが負けることは無いと分かっていても行くと言っているのだな?」

 

「…………うん、私はただ、ベルの役に立ちたいだけ」

 

「ふむ、それではもしかしたら、ベルに軽い女と見られてしまうかもしれんぞ」

 

「……………………え?」

 

おおっ?

いままで無反応やったアイズたんの表情が絶望的な表情に!

 

「ベルにとってこの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』など、その名の通りただの遊戯(ゲーム)に過ぎん。その程度のお遊びの為に【ファミリア】を抜けてきたお前をベルはどう思うかな?」

 

「………………………遊びの為に【ファミリア】を抜けてしまう女………」

 

「そう言うことだ。想い人を信じて待つこともいい女の条件だぞ」

 

っておおいリヴェリア。

余計な事まで言わんでええって!

 

「………ならやめとく」

 

って、アイズたんもあっさり剣を引くんかい!

ん?

でも、万一ドチビんとこの【ファミリア】がピンチになることがあったら今度こそアイズたんは抜けてしまうっちゅうことに?

………で、でもまあベルがピンチになる事なんてそうそうあらへんやろ。

うん、そう言うことにしとこ。

ウチは現実から目を逸らすようにそう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヘスティア】

 

 

 

 

今、ボクはヘファイストスと彼女の眷属………いや、元眷属のヴェルフ君とホームの地下にいる。

ベル君とリリ君、ついでにソーマには外で待ってもらっている

これから正式にヴェルフ君をボクの眷属にする改宗(コンバージョン)を行うためだ。

まあ改宗(コンバージョン)自体はつつがなく終わり、ヴェルフ君は正式に【ヘスティア・ファミリア】の一員となった。

ヴェルフ君は、ヘファイストスにぺこりと一度だけ頭を下げると、ヘファイストスは少し寂しそうな笑みを浮かべて部屋を去っていった。

 

「さてと、それじゃあ一応【ステイタス】の更新を行っておこうか」

 

「お願いします」

 

ヴェルフ君はボクに背を向けその場に座る。

ボクはその背に描かれている【ステイタス】を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.2

 

力  : I0

 

耐久 : I0

 

器用 : I0

 

俊敏 : I0

 

魔力 : I0

 

鍛冶 : I

 

 

《魔法》

 

【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・詠唱式【燃え尽きろ、外法の業】

 

 

 

《スキル》

 

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

・魔剣作成可能

・作成時における魔剣能力強化

 

 

 

戦士鍛鉄(ジャック・イン・ダイヤ)

英雄(キング)乙女(クイーン)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

・『気』を応用した武具を作成可能になる

 

 

 

 

 

 

 

うん、普通だ。

これが普通の【ステイタス】なんだよね!

ちょっと【スキル】に気になる名前があるけど普通の【ステイタス】だよ!

ベル君のぶっ飛んだ【ステイタス】を見慣れているからか、普通の【ステイタス】に感動を覚える。

 

「ヘスティア様?」

 

「おっと、ごめんごめん。じゃあ、更新を始めるよ」

 

ボクは更新の儀式を行う。

ヴェルフ君の【ステイタス】が最新のものに更新されていき、

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.貴族騎士

 

力  : マリアルイゼ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

耐久 : 私は負けない!!

 

器用 : 出陣いたします!

 

俊敏 : 騎士は敵に背を向けない!

 

魔力 : 戦いはまだ、終わっていないぞ!!

 

鍛冶 : 討つべきは、自分の心

 

 

《魔法》

 

【ウィル・オ・ウィスプ】

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)

・詠唱式【燃え尽きろ、外法の業】

 

 

 

【ローゼスビット】

・遠隔操作射撃魔法

・威力は使用者の精神力に比例する

・詠唱式【行け、ローゼスビット】

 

 

 

【ローゼススクリーマー】

・【ローゼスビット】からの連携魔法

・結界拘束魔法

・詠唱式【受けよ我が洗礼、ローゼススクリーマー】

 

 

 

【ローゼスハリケーン】

・【ローゼスビット】からの連携魔法

・攻撃魔法

・詠唱式【このエネルギーの渦から逃れることは不可能、ローゼスハリケーン】

 

 

 

 

《スキル》

 

魔剣血統(クロッゾ・ブラッド)

・魔剣作成可能

・作成時における魔剣能力強化

 

 

 

戦士鍛鉄(ジャック・イン・ダイヤ)

英雄(キング)乙女(クイーン)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

・『気』を応用した武具を作成可能になる

・各【ステイタス】に超補正

 

 

 

 

 

 

 

「ゴフッ!?」

 

いやいやいやいや!!

ちょっと待ってよ!!

さっきまで普通の【ステイタス】だったじゃん!!

何でベル君みたいな【ステイタス】になっちゃってるんだよ!!??

つーか、マリアルイゼって誰だよ!?

 

「ヘスティア様? どうかしましたか?」

 

「あ~~~うん…………何と言うべきか…………見た方が早いね…………」

 

ボクは半分投げやりになりながら【ステイタス】を用紙に写していく。

 

「はいこれ」

 

ボクは写した用紙をヴェルフ君に渡す。

ヴェルフ君はそれを見て…………

 

「…………なんすかこれ?」

 

「ボクが聞きたい」

 

「いや、でもこんな【ステイタス】聞いた事ないですよ!」

 

「ボクだって驚いてるんだ! ベル君以外でこんな【ステイタス】になるなんて思ってもみなかったよ!」

 

「って、ベルも似たような【ステイタス】なんですか?」

 

「前例がなきゃボクだってもっと取り乱してる」

 

「…………失礼しました」

 

「いや………」

 

そのまま何とも言えない雰囲気になり、とりあえず次のリリ君を呼んでもらうことにした。

 

 

 

 

まあ、リリ君の改宗(コンバージョン)も何事もなく終わり、ソーマは自分のホームに帰っていった。

そして、リリ君の【ステイタス】更新の儀式。

……………大丈夫だよね?

うん。

さっき見たリリ君の【ステイタス】は言っちゃ悪いけど低めだったし、ヴェルフ君みたいに変な【スキル】も発現していなかったから大丈夫だよね?

大丈夫だよね?

自分に2回も確認するってどんだけなんだろボク。

そして、運命の【ステイタス】の更新を始めた。

運命に勝つか負けるか!

その結果は!!!!

 

 

 

 

 

 

リリルカ・アーデ

 

 

Lv.宇宙海賊

 

力  : 来な鳥野郎! フライドチキンにしてやるぜ!!

 

耐久 : 俺は負けるわけには、ゆかんのだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

器用 : 俺の闘いの邪魔はさせない!!

 

俊敏 : 例え一つの敗北も、二人のものではなかったのか………

 

魔力 : 仲間と俺と、アンタの運命の為に!

 

 

 

《魔法》

 

【シンダー・エラ】

・変身魔法

・変身像は詠唱時のイメージ依存

 具体性欠如の場合は失敗

・模倣推奨

・詠唱式【貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの】

・解呪式【響く十二時のお告げ】

 

 

 

【グラビトンハンマー】

・武器具現化魔法

・武器の性能は使用者の耐久に依存する

・詠唱式【グラビトンハンマー】

 

 

 

【ガイアクラッシャー】

・破壊魔法

・威力は拳を叩きつけた時の威力に比例する。

・詠唱式【炸裂、ガイアクラッシャー】

 

 

 

《スキル》

 

縁下力持(アーテル・アシスト)

・一定以上の装備荷重時における補正

・能力補正は重量に比例

 

 

 

影ノ道化(ブラック・ジョーカー)

英雄(キング)乙女(クイーン)孤狼(エース)戦士(ジャック)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】上昇

英雄(キング)に対する想いの丈により【ステイタス】及び効果上昇。

・【力】、【耐久】に極大補正

 

 

 

 

 

 

 

 

「もうヤダ……………」

 

運命に負けたぁああああああああああああああっ!!

なんでだよ!

運命はボクが嫌いなのか!?

それとも【ステイタス】がおかしくなるのはボクの所為なのか!?

 

「ヘスティア様………? どうかされましたか?」

 

「ああ、うん…………新しい魔法が発現してるから、ヴェルフ君と一緒に外で試してみようか………」

 

ボクは最早【ステイタス】に突っ込む気にはなれず、一番重要そうな魔法を試してもらうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてこの日、ボク達のホームは崩壊した。

 

 

 

 

 

 






第三十五話です。
そして皆さまお待ちかねのリリとヴェルフのステイタス公開です。
予想通り?
予想外?
それとも呆れた?
笑ってもらえたなら何よりです。
ついでにアイズも少し暴走させときました。
んで、結局ホームは崩壊する運命に………
そりゃぁねえ………
あと、リアルな話ですが、今週から7月の土曜日はすべて休日出勤することが決まりまして、もしかしたら更新が遅れるかもしれません。(実際昨日も出勤したので今回のはほぼ一日で書き上げました)
出来るだけ毎週更新できるようには頑張りますが、更新できない時があるかもしれません。
その時はごめんなさい。
それでは次回にレディー………ゴー!!





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第三十六話 僕らのウォーゲーム 前編

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』の開催決定から暫く。

その開催日までの間に、

 

 

 

「無理ぃ~、もう死んじゃう………」

 

「ミィシャ、だから重いって」

 

 

 

――――開催のための準備に奔走する者。

 

 

 

 

 

「あぁ………待ち遠しい………愛おしきベル・クラネル………ついにこの私の手で愛でられる日が来るのか……………私とあの少年が愛を育むためには、ヘスティア、君は邪魔だ。彼を奪った後には都市から………いや、下界から去ってもらおう…………頼んだぞ、私の可愛い眷属達よ」

 

 

 

 

――――絶対の勝利を疑っておらず、その後の夢物語に浸る者。そして…………

 

 

 

 

 

 

「神様~! 行ってきます!」

 

「行ってきますヘスティア様」

 

「仮にも神なのですからもっとシャキッとしていただかないと困ります」

 

「ふぁ~あ………いってらっしゃい…………ベル君、ヴェルフ君、リリ君………」

 

 

 

 

 

――――いつもと変わらぬ調子で日常を満喫する者。

 

 

 

 

まあ崩壊してしまったホームからではなく、一時的に部屋を借りている宿からという違いがあるが。

因みにここ数日のベル達は、急激に成長した力に感覚が追い付いていないヴェルフとリリの慣らしの為にダンジョンに潜っている。

ただし、相手はモンスターではなくベルだが。

最初はモンスター相手で慣らしていたのだが、予想以上に2人の実力が上がっていたために、モンスターでは相手にならず、深い階層まで行くには時間ロスが大きいということでベルが相手をすることになった。

最初こそ力加減が分からずに階層をぶち抜くこと(主にリリ)が何度かあったが、今ではほとんどそういうことが無くなるぐらいにまで力の感覚は追い付いてきている。

 

 

 

そのような日々を過ごして遂に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』前日。

明日の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の為に開催地である『シュリーム古城跡地』、その近くにある宿営地に到着したベル一行。

【アポロン】及び【ソーマ・ファミリア】は既に3日前にシュリーム城に現地入りし、所々崩れた城壁の修繕や、物資の輸送を行っている。

シュリーム城の城壁は高さが10mほどあり、上級冒険者でも突破するのは容易ではない。

 

「お~お~、たった3人相手にご苦労なこった」

 

ヴェルフが宿営地からシュリーム城を眺めながらそう呟く。

 

「とはいえ、ベル様にはあの程度の城壁あって無いようなものですが」

 

「あはは…………」

 

そう言うリリと苦笑するベル。

 

「………………なあリリ助」

 

そんな2人を見ながらヴェルフが口を開く。

 

「お前、前以上にベルにベッタリだな」

 

そう言うヴェルフの視線の先には、足を崩して座るベルの足の間にちょこんと座り、ベルの胸に体を預けているリリの姿だった。

 

「当然です。私は一生ベル様に付いていくと決めましたので」

 

「あ、あははは…………」

 

少しの恥じらいも見せずにとんでもない発言をするリリに苦笑するベル。

 

「ご心配しなくてもベル様の恋路の邪魔は致しません。ただ、どのような形でもいいので私をベル様のお傍に居させて欲しいのです。側室でも妾でも愛人でも………何でしたらメイドや奴隷でも構いません」

 

「ちょ、奴隷とか何言ってるの!?」

 

「言葉の綾です。ですが、それほどまでに私はベル様のお傍に居たいということです。お慕いしております、ベル様……………」

 

「あ……………うん……………」

 

突然のリリの告白に頷くことしかできないベル。

 

「そこまで思われるなんて果報者だな、ベル」

 

ニッと笑って見せるヴェルフ。

 

「もちろん私の事だけではなく、シル様やリュー様の事も忘れてはいけませんよ?」

 

「リリーーーーーーッ!?」

 

宿営地にベルの声が響いた。

因みに同じ頃、『黄昏の館』で爆発騒動があったことをベルは知る由もない。

 

 

 

一方の【アポロン・ソーマ・ファミリア】。

【アポロン・ファミリア】の団長であるヒュアキントスは玉座に。

【ソーマ・ファミリア】団長のザニスは本城ではなく城壁の一角に設けられた監視塔の最上階に陣取っていた。

両ファミリア合わせて二百名近い団員の中に、当然ながらあのダフネとカサンドラの姿もある。

だが、カサンドラはダフネに縋り付いて何かを訴えていた。

 

「ダフネちゃん、今ならまだ間に合う………ここから逃げよう」

 

「は? 何言ってるの? そんな事出来るわけないじゃない」

 

「月が………太陽が………ああっ………!」

 

「また夢? 今度はどんな夢見たって言うのよ?」

 

「天で調子に乗って輝く太陽と月が、東から新たに上ってきた太陽と共に現れるダイヤの戦士と黒い道化師を従えたハートの王様にコテンパンにされちゃうの」

 

「は?」

 

「黒い道化師が月を砕き、ダイヤの戦士が巻き起こした薔薇の竜巻が太陽の炎を消し飛ばし、丸裸になった太陽をハートの王様が叩きのめしちゃうの。二度と輝けないように………」

 

「馬鹿馬鹿しい………それに【ソーマ・ファミリア】には魔剣があるのよ。そう簡単に負けるわけないじゃない」

 

「無理だよ…………魔の剣が何本あっても、王様の持つ一本の英雄の光の剣の前には敵わない…………」

 

そう言って沈み込むカサンドラを見て、

 

「夢よ夢! 気にし過ぎよ! そんな事はさっさと忘れて仕事しなさい!」

 

そう言って踵を返す。

 

「ダフネちゃん………!」

 

「……………それに、本当にこのファミリアを潰してくれるなら、望むところじゃない…………」

 

ダフネはそう零すとそのまま去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

それぞれの思いを胸に、とうとう『戦争遊戯(ウォーゲーム)』当日。

オラリオでは殆どの冒険者が休業し、酒場などに集まっている。

何故なら、この『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は『神の鏡』という『神の力(アルカナム)』で都市全体にリアルタイムで映像が伝えられるからだ。

それに伴い、それぞれの酒場で賭けが行われている。

ベルが訪れたことが無いとある酒場では、

 

「アポロン・ソーマ派とヘスティア派、二十五対一ってところか…………」

 

「予想以上に【ヘスティア・ファミリア】の予想配当が低いな………どこの馬鹿があの【ファミリア】に賭けてるんだ?」

 

「どうせ神連中だろうよ」

 

更に別の酒場では、

 

「何だよ? アポロン・ソーマに賭ける奴しかいねえじゃねえか」

 

胴元のドワーフの男が嘆く。

そんな胴元の男の前に一人のヒューマンが歩み出て金貨の入った袋を叩きつける。

 

「兎に五十万!」

 

「おいおいおいおい!」

 

「本当かよ!? 頭がおかしくなっちまったのかモルド!」

 

因みによくベルが出入りしている『豊穣の女主人』では……………

 

「アポロン・ソーマ派とヘスティア派、それぞれ一対五十ってところか………」

 

「まあ、ここに出入りしている奴らはあの【心魂王(キング・オブ・ハート)】の強さをよくわかってる奴らばっかりだからな」

 

「むしろアポロンに賭ける奴がいたことに驚きだよ」

 

「ちげえねえ」

 

そんな騒ぎを他所に淡々と仕事をこなすリューとシルの2人。

そんな2人にアーニャが話しかける。

 

「お二人さんは白髪頭が心配じゃニャいのかニャ?」

 

すると、

 

「心配? なぜそのような事をする必要が?」

 

「そうそう。ベルさんならいつも通り早く終わらせて、すぐに帰ってきますよ」

 

「その時にいつも通り迎えるのが伴侶たる者の務めです」

 

「なんて言ったって、私達は未来のベルさんのお嫁さんなんですから!」

 

「あ、もういいニャ。ご馳走様ニャ」

 

惚気とも取れる2人の無条件の信頼にアーニャは胸焼けを起こしそうになり、そそくさと退散した。

 

 

 

 

 

ギルド本部の前庭では仰々しい舞台が勝手に設置され、実況を名乗る男が魔石製品の拡声器を片手に盛り上がっていた。

 

『えーみなさん、おはようございますこんにちは!今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の実況を務めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火魔法ことイブリ・アチャーでございます。以後お見知りおきを』

 

 

 

 

そして、バベルの三十階では神々が集まり、今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を今か今かと待ち構えていた。

その中にはヘスティアとアポロン、ソーマの姿もある。

アポロンがニヤニヤしながらヘスティアに話しかけた。

 

「ヘスティア、ベル・クラネルとの最後の別れの挨拶は済ましてきたかな?」

 

「…………いつも通り、行ってらっしゃいって送り出したけど?」

 

「殊勝なことだ。だが、しっかりと現実を見なければ後になって傷つくのは自分だというのに……………」

 

「その言葉、そっくりそのまま君にお返しするよ」

 

「口が減らないな」

 

「減らす理由を持ち合わせていないからね」

 

「フン」

 

最後に鼻を鳴らして離れるアポロン。

すると、ヘスティアの隣にソーマが座る。

そこでヘスティアが話しかけた。

 

「ソーマ、少し気になっていたことなんだけど、どうして君は『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を受けたんだい? 言っちゃ悪いけどその…………」

 

「私の子供達では、君の子供達には勝てないだろう………それはあの時に確信した」

 

「ならどうして?」

 

ヘスティアがそう聞くと、ソーマはフッと微笑を浮かべると、

 

「私の元から巣立つ子供の成長を、見てみたかった…………と言ったら、君は笑うかな?」

 

「…………いや」

 

ソーマの言葉にヘスティアは首を横に振る。

ヘスティアとソーマが話し合っていたとき、時間を確認していたヘルメスが呟く。

 

「………頃合いかな?」

 

ヘルメスはギルド本部がある方向を向くと宙に向かって話しかける。

 

「それじゃあウラノス、『力』の行使の許可を」

 

その言葉に答えるように、数秒後に重々しい声が返ってきた。

 

【――許可する】

 

その言葉を待っていたかのように、オラリオ中の神々が指を鳴らした。

都市のいたるところに虚空に浮かぶ『鏡』が出現する。

 

『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!』

 

その瞬間に沸き上がるオラリオの住人。

そして、実況役のイブリが喋り出した。

 

『では(えいぞう)が置かれましたので改めてご説明させていただきます。今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は【ヘスティア・ファミリア】対【アポロン・ソーマ・ファミリア】連合軍、形式は攻城戦!! 両陣営の戦士達は既に戦場に身を置いており、正午の始まりの鐘が鳴るのを待ちわびております!! っていうか、【ヘスティア・ファミリア】の三人は城から500mほど離れた真正面の平原に堂々と立っています! これは大胆!! これは自棄か!? それとも策があるのか!?』

 

イブリの実況と映像が示す通り、ベル達は隠れることもせずに堂々とその姿をさらしている。

 

「なあベル。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が始まったときに『アレ』やらねえか?」

 

ヴェルフがベルに話しかける。

 

「『アレ』って………『アレ』?」

 

「おう! 気合も入るしな」

 

「ここダンジョンじゃないけど…………」

 

「気にすんな。気持ちの問題だ」

 

ヴェルフは笑ってそういう。

 

「私も賛成します。シャッフルの紋章を受け継いだからにはやっちゃいましょう」

 

「リリまで…………でも、いいよ。やろうか」

 

「おし、決まりだ! っと、忘れるところだったぜ」

 

ヴェルフがそう言うと懐から何かを取り出し、

 

「ベル、お前の新しい剣だ」

 

それをベルに差し出すが、それは剣というよりも………

 

「柄だけ?」

 

ベルが呟く。

 

「こいつは俺の最高の“失敗作”だ」

 

「最高の…………失敗作?」

 

「ああ、こいつは使い手を選びすぎる。そういう意味じゃ鍛冶師としては失敗作だ。けど、お前が使えばこいつは最強の剣となる!」

 

その真剣なヴェルフの言葉を、ベルは疑う余地も無かった。

 

「ありがとう、ヴェルフ!」

 

ベルはその柄だけの剣を迷いなく受け取った。

 

 

 

 

 

『それでは、間もなく正午となります!』

 

実況者の声が跳ね上がり、ギルド本部の前庭にざわめきが広がる。

 

「始まるね……」

 

「うん………」

 

前庭に浮かぶ『神の鏡』をエイナと同僚のミィシャも見ていた。

オラリオ中の人々の視線がすべて『鏡』に集まる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)………開ま―――――』

 

そして大鐘の音が鳴り響き、実況者が叫ぼうとしたところで、

 

『ダンジョンファイトォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』

 

その実況者の声をかき消すように更なる大きな声が『神の鏡』から聞こえてくる。

ベルが構えを取りながら叫んでいた。

 

『『レディィィィィィィッ!!』』

 

その言葉に応えるようにリリとヴェルフも声を張り上げる。

 

『『『ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』』』

 

その叫びと共に人並みのスピードで駆け出す三人。

 

『な、何だったのでしょうか今の叫びは!? ですが………何かこう………心が熱くなるというか………気分が高まってくるような叫びです!!』

 

三人に感化されたのか実況にも一際熱が籠る。

実況は気を取り直して現状を伝えた。

 

『【ヘスティア・ファミリア】の三人は、一直線に城へと向かっています! どういうことでしょうか!? これでは狙い撃ちです!』

 

実況が叫ぶ。

ベル達を監視塔から見ていたザニスはニヤリと笑みを浮かべ。

 

「おい、【魔剣】を使え。三人まとめて吹き飛ばしてしまえ!」

 

そう命令する。

 

「よ、よろしいのですか!? 貴重な【クロッゾの魔剣】を!?」

 

「かまわん! この戦いに勝ちさえすれば、【魔剣】はいくらでも手に入る! 目先の利益に囚われて大局を見失うな!」

 

「は、はっ!」

 

ザニスの命に従い、魔剣を持ち城壁の上に出る【ソーマ・ファミリア】の団員。

その城壁の上からは、正面から向かってるく三人の姿が丸見えだった。

 

「ハッ! 真正面からくるなんて馬鹿な奴らだ! 自分達で渡した【魔剣】の餌食にしてやるよ!」

 

紅の魔剣を持った団員があざ笑う様にそう言う。

その団員は紅の魔剣を振り上げ、

 

「くたばりやがれっ!!」

 

振り下ろすと同時にその魔剣から灼熱の業火が放たれた。

 

『なぁああああああああっ!? 何という炎でしょう! この威力は第一級冒険者の魔法と同等! いや、それ以上!? もしやこれは噂の【クロッゾの魔剣】!? 灼熱の炎が【ヘスティア・ファミリア】の三人を襲う! 大ピンチだぁああああああっ!!』

 

凄まじい早口で現状を伝える実況者。

その実況の通りに灼熱の炎がベル達に迫り、

 

「ベルッ!!」

 

ヴェルフの言葉にベルは頷き、先ほど受け取った剣の柄を右手に持ち、

 

「僕は、この剣を信じる! ヴェルフの魂が籠ったこの剣をっ!!」

 

ベルはいつも通りに剣に『気』を流し、迫りくる業火を見やる。

そして、

 

「はぁああああああああああああああっ!!」

 

左下から斬り上げるように『剣』を振った。

その瞬間、業火の塊は左右真っ二つに切り裂かれ、ベル達の横を通過してはるか後方に着弾して爆発した。

 

『は………………………?』

 

実況者が素っ頓狂な声を漏らす。

だがそれは、オラリオの大半の人々の代弁だった。

ベルの持つ剣の柄からは、白く輝く光の刀身が出現しており、その存在を主張していた。

 

『な、なんじゃあの剣はぁあああああああああああっ!!??』

 

オラリオ中の人々が叫ぶ。

その中で、

 

「あれはビームソード…………? いや、闘気を剣の形として固定しているのか………?」

 

自分の記憶の中によく似た武器があるキョウジが驚いている。

ベルはその剣をまじまじと見つめる。

 

「これが……ヴェルフの新しい剣。『気』そのものを剣にするなんてすごい発想だ」

 

一方、【ソーマ・ファミリア】の陣営では動揺が広がっていた。

 

「なっ!? ま、魔剣の炎を斬った!?」

 

「な、何なんだあの光る剣は!?」

 

彼らにとってはとてつもなく信じられない光景だ。

 

「ええい、狼狽えるな! 奴らも魔剣を出してくることなど想定済みだ! 五発同時に魔剣を放て! いくら魔剣鍛冶師が向こうに居ると言っても所詮一人! 打てる魔剣の数には限りがあるはずだ!!」

 

ザニスが叫ぶ。

その言葉に、それもそうだと静まっていく団員達。

 

「よし! 同時に魔剣を放つのだ! 例え防がれても動揺するな! 例え全ての魔剣が砕けようとも、それは向こうも同じことだ!!」

 

「「「「「おお!」」」」」

 

団長のザニスの言葉に、答える団員達。

城壁の上に立つ【ソーマ・ファミリア】の団員達が魔剣を構えていく。

 

「放て!!」

 

ザニスの号令で、次々と魔剣が振り下ろされていく。

灼熱の業火が。

全てを凍てつかせる氷雪が。

轟音を轟かせる雷光が。

全てを吹き飛ばす暴風が。

全てを押し流す水流が。

5つの途轍もない脅威がベル達に襲い掛かる。

だが、その途轍もない脅威すらも、

 

「はぁああああああああああああああああっ!!」

 

ベルの一閃の前に全てが切り裂かれ、ベル達には届かない。

 

「ぬぐ………時間差だ! 時間差で放て!!」

 

ザニスの命令通り、今度は時間差で魔剣が放たれていく。

 

「はっ! せいっ! でやっ! 甘い! そこっ!」

 

だが、ベルの剣技の前にはそれすらも無力。

全てが切り裂かれる。

その後も立て続けに魔剣が放たれるが、それはもう同じことの繰り返しだった。

やがて、

 

「あっ………!」

 

魔剣を放っていた一人が声を漏らす。

その手に持っていた魔剣に罅が入り、やがて粉々に砕け散った。

それは他の魔剣も同じことで、すぐに全てが砕け散った。

だというのに…………

 

「何故だ!? なぜ奴の魔剣は砕ける兆しを見せない!?」

 

ザニスが叫ぶ。

 

「ど、どうしますか、団長?」

 

指示を求める団員達。

 

「え、ええい! 魔剣が駄目なら数だ! 数で押しつぶせ!」

 

「で、ですがあの魔剣を防ぎ切った相手に向かっていく者がいるかどうか………」

 

「ならば奴らを仕留めたものには『神酒』を好きなだけくれてやると言え! 団員達はそれで動く!!」

 

ザニスの言葉にその言葉を聞いた団員は、他の団員にしぶしぶ伝えに行った。

 

 

 

驚きは【ソーマ・ファミリア】だけでは無かった。

城の窓からその様子を眺めていたダフネも驚愕の表情を浮かべている。

 

「……………冗談でしょ?」

 

そう呟くダフネの脳裏には、カサンドラのとある言葉が思い返されていた。

 

『魔の剣が何本あっても、王様の持つ一本の英雄の光の剣の前には敵わない』

 

「…………王の持つ………光の剣…………ハートの王………………ハートのキング……………キング・オブ・ハート………………ぐ、偶然よね………?」

 

ダフネは現実を否定するように呟いた。

 

 

 

 

一方、バベルでは。

 

「な………あ………………」

 

アポロンが開いた口が塞がらない状態になりながら固まっていた。

 

「おんや~? どうしたんやアポロン? 顔色悪いで~?」

 

ロキがニヤニヤしながらアポロンに話しかける。

逆にヘスティア、そしてソーマは、静かに映像の様子を見守っている。

まるでこうなることが分かっていたかのように。

すると、戦場に動きがあった。

 

 

 

 

 

城門の一つから次々と【ソーマ・ファミリア】の団員達がベル達に向かって飛び出していく。

その数は五十人近い。

 

「今度は大量に出てきたな」

 

三人は一度足を止め、出てくる団員達を見つめる。

 

「あれは全部【ソーマ・ファミリア】の団員達ですね。 全団員のおよそ半数といったところでしょうか?」

 

リリがそう推測する。

 

「どうする? 全員片っ端から叩きのめしてもいいが…………」

 

ヴェルフがベルに意見を求めると、

 

「う~ん…………よし、リリ。『あれ』をやろうか」

 

「はい、ベル様!」

 

ベルがそう言い、リリも迷いなく頷く。

そして突如『神の鏡』がベルとリリのアップを映し出し、

 

「超級!」

 

「覇王!」

 

「「電影だぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」」

 

リリとベルが交互に映し出され、ベルが構えを取ったかと思うとベルの背景が黒く塗りつぶされ、雷鳴と共に次の文字が浮かび上がった。

 

 

                     超

                     級

             覇

     電       王

     影

     弾        

              

 

 

 

 

ベルは身体に回転する気を纏い、その中央に頭だけが出た状態で叫ぶ。

 

「打って! リリ!!」

 

「はぃぃぃぃぃぃいっ!!!」

 

ベルの言葉と同時に諸手突きを放ち、リリは思い切りベルを打ち出した。

 

「たぁぁぁぁりゃぁぁぁあああああああああああっ!!!」

 

一発の巨大な弾丸となって突き進むベル。

その直線状にいた【ソーマ・ファミリア】の団員達は呆気なく吹き飛ばされていき、それを逃れた団員達もすぐ傍で腰を抜かしている。

だが、一団を突き抜けたべルが突然急上昇し、空中で飛び蹴りのような体勢を取る。

そして、

 

「爆発!!」

 

その言葉と共にベルが通ってきた軌跡が大爆発を起こし、外に出てきた【ソーマ・ファミリア】の団員達を全て呑み込んだ。

 

 

 

 

 

『な………………なんじゃ今のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!??』

 

オラリオ中の人々が叫ぶ。

 

「い、今身体が…………首だけ…………ええええええええっ!?」

 

その言葉が全員の言葉だろう。

バベルでもその動揺は広がっている。

しかし、

 

「『神の鏡』にあんな演出機能なんて無かった筈だけどなぁ………」

 

と、ヘスティアは少々ズレたことを考えていた。

 

 

 

 

「じょ、城門を閉めなさい! 早く!!」

 

ダフネが団員達に指示を飛ばす。

指示を受けた【アポロン・ファミリア】の団員は慌てて【ソーマ・ファミリア】が出ていくときに開いた城門を閉める。

 

「よし、これで時間は稼げる。今のうちに弓兵で攻撃を………」

 

ダフネがそう思った瞬間、

 

「【行け、ローゼスビット】!!」

 

城壁の向こうからそんな声が聞こえ、赤く光る魔力の光が無数に舞い上がった。

 

「何………あれ…………」

 

ダフネは目を凝らす。

遠目に見て細かな所は分からないが、その形を見ると、

 

「……………薔薇?」

 

そう呟いた瞬間、その薔薇から魔力の光線が放たれ、弓兵を撃ち抜いた。

 

「なっ!?」

 

ダフネが驚いている間に、その薔薇のような魔力の塊は縦横無尽に飛び回り、城壁の上にいる見張りや弓兵達を次々と撃ち抜き、戦闘不能にしていく。

 

「そっ、そんなっ…………!?」

 

瞬く間に城壁の上にいた団員が全滅し驚愕するが、更なる驚愕をダフネは目にする。

閉じられた城門、そのすぐ横の城壁に無数の閃光が奔る。

そして次の瞬間にはガラガラと崩れ去った。

その時に巻き起こった砂煙が晴れていくと、その向こうから光の剣を携えたベルが、ヴェルフ、リリと共に現れる。

わざわざ薄い城門ではなく分厚い城壁を切り裂いてきた事に【アポロン・ファミリア】の団員達は更なる危機感を抱いていた。

すると、

 

「ではベル様。手筈通り私はここで………」

 

「うん、しっかりと決着をつけてきなよ」

 

「はい!」

 

リリがそう言い、ベルが笑顔で見送る。

リリは別行動を取り、【ソーマ・ファミリア】が陣取る監視塔へと向かった。

リリがその監視塔へ近付くと、

 

「フン、わざわざ一人で来るとはいい度胸だな、アーデ」

 

監視塔の最上階のバルコニーからザニスがリリを見下ろしていた。

 

「自分の手で決着をつけるためです。ザニス」

 

しっかりとザニスを見上げ、そう言い放つリリ。

 

「薄汚い小人族(パルゥム)の分際で一丁前の事をほざくな。貴様が今まで生きてこれたのも、我々の恩情あってこそ。その恩も忘れ、あんなガキに鞍替えするとは恥さらしめ」

 

「恥さらしで結構です。ベル様に貰った恩に比べれば、あなた達の恩情など犬の糞以下です」

 

その言葉にザニスは青筋を浮かべる。

 

「そうか………それほどまでに痛い目を見たいようだな…………? 冒険者の才能も無い屑小人族(パルゥム)の癖に………」

 

「そんな屑小人族(パルゥム)相手にそんな離れた所からしか威張れないあなたが何を言おうとも説得力ありませんよ?」

 

その言葉でザニスは完全にキレた。

 

「許しを請えば少し位情けをかけてやろうと思ったが必要ないらしいな? お前たち! その屑小人族(パルゥム)に身の程を分らせてやれ!!」

 

ザニスがそう言うと監視塔の出入り口から3人の男が現れる。

3人はヒューマンでバキバキと指の関節を鳴らしながらリリに近付いていく。

 

「へへっ、調子に乗ってるみたいじゃねえか、アーデ」

 

「俺達が思い出させてやるよ」

 

「お前みたいな糞小人族(パルゥム)は、俺達冒険者に良いように使われてりゃいいんだってなぁ!」

 

3人の中の一番の大男がリリの頭に左手を伸ばし、鷲掴む。

小さなリリの身体は簡単に持ち上げられ、ギリギリと力を込められている。

 

「ほら、どうした? いい声で鳴いてくれよ、なあ!」

 

そう叫ぶと共に空いた右手でリリの腹を殴りつける。

その様子を『神の鏡』で見ていた都市の住人達は軽い悲鳴を上げていた。

 

「ほら! 泣け! 喚け!」

 

「ほらほらどうしたの!? 糞小人族(パルゥム)ちゃぁぁぁん!?」

 

他の2人も剣を鞘から抜かずに打ち付けたり、槍の石突で突いたりしてリリを痛めつける。

 

 

 

「パ、小人族(パルゥム)ちゃん………」

 

『黄昏の館』で同じように『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を観戦していたティオナが心配そうな声を漏らす。

 

「ど、どうしてベルは助けに来ないの!?」

 

その悲惨な映像を見て思わずティオナは叫ぶ。

 

「ふむ……………」

 

逆に団長のフィンは、興味深そうにリリを見ていた。

 

 

 

「はぁ………はぁ………思い知ったか、この糞小人族(パルゥム)め………」

 

息を切らせ、ようやく暴行をやめる【ソーマ・ファミリア】の団員達。

 

「これに懲りたら二度と俺達に逆らう様な事は………「終わりましたか?」なっ!?」

 

言葉の途中で平然と告げられたリリの言葉に驚愕する。

 

「終わったのなら早く離してください。もう私の肌に直接触れていい男性はベル様だけです。他の男に触られるなんて、それだけで虫唾が走ります」

 

頭を掴まれたまま淡々と喋るリリに、リリを掴んでいた団員は恐怖を覚える。

 

「早く離してくださいと………言ったはずです………!」

 

リリは右手を持ち上げ、頭を掴んでいる男の左腕を掴む。

そして力を込め始め、

 

「いぎゃぁあああああっ! は、離せっ! ぎあっ!?」

 

男は悲鳴を上げ始め、リリの頭を離すが今度は逆にリリが男の腕を離さない。

 

「は、離してっ………! お、折れるっ! 折れっ………!」

 

次の瞬間、バキリッという音と共に男の腕が曲がらない方向に折れ曲がった。

 

「ぎゃぁあああああああああああああっ!!?? 腕がっ! 腕がぁああああああっ!!」

 

のたうち回る大男。

 

「骨が一本折れた程度で情けないですね。私が骨折した回数なんて両手の指じゃまるで足りませんよ?」

 

リリが他の2人に視線を向けると、

 

「「ひっ………!」」

 

という悲鳴と共に後ずさる。

そんな彼らをリリは無視し、

 

「ザニス、こんな人達ではなく、あなた自身が出てきたらどうですか?」

 

「ふ、ふん………多少強くなった程度で調子に乗るな。き、貴様などこの私が相手するまでも………」

 

「声が上ずってますよ」

 

「ッ………!」

 

「まあ、いいでしょう。出てこなければ……………隠れるところを無くせばいいだけの話ですから……!」

 

リリは右腕を振りかぶる。

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー】!!」

 

その叫びと共に右の拳を地面に打ち付けた。

その瞬間大地が割れ砕け、隆起し、岩盤が刃となって地面に沿って突き進む。

それが監視塔まで到達すると、監視塔全体に罅割れが走り、

 

「ばっ、バカなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

次の瞬間に一気に崩れ去った。

その瞬間に色めき立つオラリオ。

 

『うぉおおおおおおおおおっ!?』

 

『何じゃ今のぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?』

 

『幼女つえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

盛り上がるオラリオを他所に、リリは崩れた監視塔に歩み寄っていく。

瓦礫の中から無事だった団員達がよろよろと起き上がり、その中にはザニスの姿もあった。

 

「う、うぐぐ…………なんだ? いったい何が起こった………?」

 

そんなザニスにリリは口を開く。

 

「さあ、もう隠れるところはありませんよ。潔く相手をしたらどうです?」

 

「お、おのれ………アーデの分際で………」

 

すると、ザニスは声を張り上げる。

 

「おい! 貴様ら! いつまで寝ている! さっさと起きてアーデを叩きのめせ!!」

 

他の団員も起き上がり始める。

その数はおよそ二十名。

 

「情けないですね。潔く戦う気概も見せないのですか?」

 

「黙れ! この戦いは攻城戦! 多勢に無勢だろうが勝てばいいのだ!!」

 

「貴方の臆病もそこまで行くといっそ清々しいですね」

 

リリは一度ため息を吐くと、

 

「いいでしょう。【グラビトンハンマー】!!」

 

リリが叫ぶと人の頭よりも大きな鉄球が具現されリリの右手には柄のようなものが。

そしてその柄から魔力の鎖が延び、鉄球と繋がった。

リリはそれを振り回し、頭上で回転させる。

 

「来なさい酒野郎ども! フライドチキンにしてあげます!!」

 

その言葉が切っ掛けとなって全ての団員がリリに向かってくる。

だが、

 

「はぁあああああああああああああああああっ!!!」

 

リリが振り回す鉄球によって次々と吹き飛ばされ、瓦礫に突っ込み、地面にめり込む者もいる。

 

『幼女容赦ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』

 

それを見て沸き立つ人々。

 

大した時間も掛けずに団員達が全滅し、残りはザニス一人となった。

 

「な…………あ………」

 

「さあ、もう残ったのはあなただけですよ」

 

「ひ、ひ、ひぃぃぃぃぃっ!!」

 

ザニスは悲鳴を上げながらへっぴり腰で剣を振り回す。

しかし、その剣はリリに素手で止められた。

 

「まったく、そんなへっぴり腰では全然届きませんよ。悪巧みばかりして、自分を鍛えてこなかった自業自得ですね」

 

そう言うと共に剣が圧し折られ、ザニスは丸腰になる。

 

「ひぁっ!?」

 

その瞬間、リリの強烈なボディーブローがザニスの腹部に入る。

 

「ぐぼぉっ!?」

 

悶絶しながら吹き飛ぶザニス。

地面を転がり、仰向けに倒れる。

その状態のザニスにリリが歩み寄り、

 

「【炸裂、ガイアクラッシャー】」

 

その右手に魔力を宿らせる。

 

「な、何をする気だ?」

 

動けないザニスは怯えを隠さずにそう問う。

 

「これはただでさえ大地を砕く威力を持った拳です……………これを直接あなたに叩き込んだら…………どうなりますかねぇ………?」

 

リリはニィっと笑って見せる。

ザニスにはその笑みが悪魔の微笑みに見えた。

 

「や、やめっ………!」

 

「終わりです!!」

 

リリは右腕を振りかぶり、容赦なく叩き込んだ。

……………だが、

 

「が…………あ…………」

 

完全に気絶しているが、五体満足なザニスの身体。

 

「なーんて、そんな事するわけないじゃないですか。ベル様に嫌われたくありませんからね。これに懲りたら二度と私に関わらないでください」

 

そう言って最後にべ~っと舌を出してリリはその場を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』開始より十五分―――【ソーマ・ファミリア】、全滅。

 

 

 

 

 

 






第三十六話です。
ウォーゲーム最後まで行きたかったけどやっぱり時間が足らなかった。
そして時間が足らないので申し訳ありませんが今回の感想返しもお休みさせていただきます。
本編更新で精一杯です。
感想90件以上も頂きながら自分の不甲斐なさに情けなくなります。
とりあえず前回の一番の疑問としてヴェルフの魔法が4つあるということでしたが、説明では分かりづらかったかもしれませんが、ローゼススクリーマーとローゼスハリケーンはローゼスビットの派生魔法で、まあ、リヴェリアの魔法みたいでなもんです。
いわばローゼスビットという魔法の中にローゼススクリーマーとローゼスハリケーンがあるわけです。
納得できますか?
とまあ、今回はウォーゲーム編でしたが、僕らのウォーゲームと聞くとデジモン映画しか出てこない自分のデジモン脳。
とりあえずビームソード擬きと二人電影弾、更にはリリの大暴れをお伝えいたしました。
因みに今回は全部三人称で書いてみましたがどうですかね?
一人称の方がいいですか?
ご意見いただけるとありがたいです。
まあ、次回も三人称で書く予定ですが………
ともかく、次も頑張ります。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第三十七話 僕らのウォーゲーム 後編

 

 

 

リリによる【ソーマ・ファミリア】全滅の報は、瞬く間に【アポロン・ファミリア】全体に行き渡った。

 

「何が………何が起こっている!? 【ソーマ・ファミリア】が全滅しただと!? まだ始まってから三十分と経っていないぞ!?」

 

「し、しかし事実です! 現に【ソーマ・ファミリア】が陣を敷いていた監視塔は跡形もなく崩れ去っています! 更に城壁の上で見張りに就いていた我が団員達も敵の攻撃により全員が戦闘不能です!」

 

「馬鹿な………【心魂王(キング・オブ・ハート)】はつい一週間ほど前に私の前に手も足も出ずに倒れ伏したではないか! 何故こんなことに!?」

 

玉座に座るヒュアキントスが報告を聞いて狼狽する。

すると、

 

「団長様、団長様っ!? お願いです! 早くここから逃げてください!」

 

ヒュアキントスの傍らに控えていたカサンドラが声を上げる。

 

「カサンドラ! しつこいぞ!」

 

ヒュアキントスは朝からずっと同じことを言い続けるカサンドラにイライラしていた。

 

「どうか、どうか私の言葉を信じてください!」

 

カサンドラはヒュアキントスに縋り付くようにそう進言するが、

 

「黙れと言っている! 寝言も大概にしろ!」

 

ヒュアキントスはまだ自分たちが劣勢だとは思ってはいない。

 

「例え【ソーマ・ファミリア】が全滅し、見張りもやられたとは言え、城の中にはまだ八十人以上がいる! 城の中ならば外で使っていた大技も使えまい! 奴らの魔剣もそろそろ打ち止めだろう! 3人で攻め込んできたところで返り討ちだ!」

 

「ち、違います! 彼が使っているのは魔の剣ではありません!」

 

「何だと………!?」

 

「彼が使っているのは…………あ………ああっ…………!」

 

顔を蒼白にして、自分の体を抱くように震えながら現在ベル達がいるであろう方向の虚空を見上げた。

 

「し………城が…………」

 

「何…………?」

 

「天を貫く光の剣が……………城を断つ………!」

 

 

 

 

 

 

 

城の外にいたベル達は、城内へと入らずにいた。

 

「で? どうするベル。ここはやっぱり正攻法か?」

 

「う~ん…………その前にちょっと試してみたいことがあるんだ」

 

「試してみたいこと?」

 

「うん………ヴェルフの作ってくれたこの剣なら………いけると思う」

 

ベルはそう言うと城を正面に見据え、柄だけの剣を右手に持ち、闘気を高めていく。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」

 

明鏡止水を発動させ、ベルが金色のオーラに包まれる。

 

「いくら気が武器を強化できるといっても、必要以上の気を込めれば武器は気の力に耐えきれずに壊れてしまう……………でも、『気』そのものを武器にするこの剣なら!!」

 

ベルの闘気が最大限に高まった。

 

「僕のこの手に闘気が宿る!!」

 

両手を腰溜めに構えた状態で、その両手に闘気を集中させる。

 

「英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

続けて体の正面で両手を組み合わせ、集中させた闘気を全て剣の柄に流し込んだ。

再び輝く刀身が発生する。

 

「くらえ! 愛と! 絆と! 友情の!」

 

その叫びに合わせて数回剣を振り、

 

「アルゴノゥトフィンガーソーーーーーーーーードッ!!!」

 

最後に思い切り振り上げると刀身が凄まじく伸び、天を突くかと思えるほどの長さとなる。

そして、

 

「メン………メン……………メェェェェェェェェンッ!!!」

 

最後の掛け声とともに、その光の剣を振り下ろした。

 

 

 

「ッ! いけない!」

 

カサンドラが突如玉座からヒュアキントスを突き飛ばした。

 

「ッ!? 何を………!?」

 

ヒュアキントスは激昂しようとしたが、次の瞬間に玉座を含めた一直線上に閃光が走った。

 

「なっ!?」

 

その光景に絶句するヒュアキントス。

その閃光が収まった時には、真っ二つになった玉座と幅50cmほどの亀裂が一直線に走っていた。

更に城が揺れ始める。

中央を真っ二つに切り裂かれた城がバランスを失い、崩落を始めたのだ。

 

「な………あ…………!?」

 

ヒュアキントスは驚愕の声を漏らしながら城の崩落に巻き込まれていった。

 

 

 

 

『し、城を斬ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??』

 

『神の鏡』を見ていた面々が驚愕の声を上げた。

 

「あ………あがが…………!?」

 

アポロンの声は既に言葉になっていない。

騒めく神々を他所に、ヘスティアは腕を組みながら平然とその様子を眺めていた。

 

 

 

城が完全に崩れ去ると、

 

「ベル様!」

 

入れ替わるようにリリがベル達と合流する。

 

「お疲れ、リリ」

 

「きっちりケジメは付けて来たみてえだな」

 

「はい!」

 

目の前の惨劇とは打って変わって和気藹々の雰囲気の三人。

 

「さて、仮にも冒険者。この位じゃ即死はしねえと思うが、ほっとけば窒息者が続出だな」

 

「そうだね。ならヴェルフ、頼める?」

 

「おう、任しとけ!」

 

ヴェルフが笑みを浮かべると、先ほど放ったローゼスビットを呼び戻す。

 

「それじゃ行くぜ! 【このエネルギーの渦から逃れることは不可能、ローゼスハリケーン】!!」

 

そう唱えた瞬間、無数のローゼスビットが渦を巻くように回り始め、回転数をどんどん上げていく。

それはやがてエネルギーが迸る赤い竜巻となり、

 

「吹き飛べ!」

 

城の瓦礫を【アポロン・ファミリア】の団員ごと空へ巻き上げた。

意識のある団員達が悲鳴を上げるが、

 

「そらよ!」

 

【アポロン・ファミリア】の団員達が一か所に次々と積み重ねられていく。

そして最後のダフネとカサンドラがその場に落下した時、

 

「【受けよ我が洗礼、ローゼススクリーマー】!!」

 

ローゼスビットが積み重ねられた団員達の周りに浮遊、エネルギーが網状となって結界の様に団員達を包み込んだ。

 

「しばらくそうやって大人しくしててくれ。最後の決着は団長様同士でつけようや」

 

ヴェルフはそう言うと団員達の前で仁王立ちする。

ベルはそれを見届けると、ヴェルフのローゼスハリケーンで見事に瓦礫が取り除かれた更地にポツンと取り残されている一人の男に歩み寄った。

言わずもがなヒュアキントスである。

 

「ば、バカな………こんな筈は………」

 

一人となり狼狽えるヒュアキントス。

そんなヒュアキントスにベルは話しかけた。

 

「さあ、最後の勝負です。安心してください、リリとヴェルフには手は出させません。一対一です」

 

「なっ、なめるなぁああああああああっ!!」

 

ヒュアキントスは波状剣を勢い良く抜剣し、そのままベルへ斬りかかる。

だが、

 

「遅いですね」

 

ベルは右手の人差し指と中指で剣を挟み込み、容易く受け止めていた。

 

「なっ!?」

 

ヒュアキントスが声を漏らす間に、ベルは手首を軽く捻って剣を圧し折った。

 

「なぁっ!?」

 

ヒュアキントスが続けて驚いている合間に、

 

「フッ………!」

 

ベルはヒュアキントスの胸部を蹴りつけ、吹き飛ばす。

 

「がはっ!?」

 

吹き飛び地面に転がるヒュアキントス。

 

「げほっ!? げほっ!? ぐ………がぁああああっ!?」

 

呼吸困難に陥り、咳き込んでいる。

その間、ベルは手を出さずにじっと見ているだけだった。

 

「お、おのれ………」

 

ようやく呼吸が落ち着いたのかよろよろと起き上がり、

 

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】」

 

ヒュアキントスは詠唱を始めた。

だが、ベルはチャンスにも関わらず手を出さない。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪の一投、来たれ西方の風】!」

 

そして詠唱は完成する。

 

「【アロ・ゼフュロス】!!」

 

右手を振りぬくと共に放たれる輝く円盤。

高速回転しながら飛来するそれは、真っすぐにベルへと向かう。

ベルはそれでも全く臆せずにその光輪を素手で掴み、

 

「【赤華(ルベレ)】!!」

 

ヒュアキントスが唱えた瞬間に、その光輪が大爆発を起こした。

爆発に飲み込まれるベル。

ヒュアキントスはニヤリと笑い、バベルではアポロンが高笑いを上げる。

 

「フハハハハハッ! よくやったヒュアキントス! ヘスティア、この勝負は私の勝ちだな! フハハハハハハっ!!」

 

だが、ヘスティアはため息を吐き、

 

「アポロン、君の目は節穴かい?」

 

冷静にそう呟き、目の前の光景を眺めていた。

 

 

 

爆煙が晴れていくと、

 

「この程度ですか?」

 

煙の中からあっけらかんとした声が響いた。

 

「な、何!?」

 

ヒュアキントスが驚愕の声を上げる。

煙の中からは、全くダメージを受けた様子の無いベルが姿を見せた。

 

「この程度でよくあのベートさんを負け犬だのなんだの罵ることが出来ましたね?」

 

ベルは呆れ口調でそう言う。

 

「な、何故だ………お前は一週間前に私の前に成す術無く倒れ伏したはずだ!? なのに何故!?」

 

現実を認められないヒュアキントスはそう叫ぶ。

 

「いや何故って………あの時はやられた振りをしただけですし………気付きませんでした? 結構大袈裟に吹き飛んだのでわざとらし過ぎるかなと思ったんですけど」

 

「そ、そんなふざけた話があるかぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ヒュアキントスは持っていた短剣を抜き、ベルへと襲い掛かるが、

 

「はぁあああああああああああああっ!!」

 

それよりも早く懐に飛び込んだベルの拳がその頬を捉えた。

 

「ぐぼぉおおおおおおおおおおっ!?」

 

派手に吹き飛び、地面に数回バウンドして転がるヒュアキントス。

 

「あがっ!? ぎあっ!? がぁあああああっ!?」

 

ヒュアキントスは腫れ上がった頬を押さえながらのた打ち回る。

ベルはその様子を暫く眺めていたが、

 

「まだ立たないんですか? その程度、ベートさんはすぐに立ち上がってきましたよ?」

 

ベルは、かつて『豊穣の女主人』の前でベートと戦ったときの事を思い出しながらそう言う。

あの時のベートは理由はどうあれすぐに立ち上がってきた。

 

「あぐっ!? あぐぐぐぐ…………」

 

ヒュアキントスは膝を震わせながら立ち上がる。

しかし、

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

一足飛びで踏み込んできたベルのボディーブローが炸裂する。

 

「がはぁあああああああっ!?」

 

だが、それだけでは終わらない。

 

「肘打ち! 裏拳! 正拳! とぉりゃぁあああああああああああああっ!!」

 

あの時のベートとの戦いの焼き直しの様にヒュアキントスに連撃が叩き込まれる。

 

「あがっ!? ぐぼっ!? がっ!? ぎゃぁああああああああああっ!?」

 

最後のアッパーカットがヒュアキントスの顎に決まり、大きく吹き飛んだ。

 

「ぎっ!? あっ!? ぐぅぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

地面に転がるヒュアキントスは、もうボロボロであった。

そのヒュアキントスに歩み寄るベル。

 

「ひっ!? わ、悪かった! 謝る! 【凶狼(ヴァナルガンド)】に……いや、ベート・ローガ殿に言ったことも取り消す! だから………だから………」

 

必死に許しを請おうとするヒュアキントスに、

 

「ベートさんは…………どれだけ打ちのめされようとも決して自分の言葉を曲げる様な事はしなかった………!」

 

静かな、それでいて強い言葉がベルの口から発せられる。

そしてベルは、右手を顔の前に持ってくると、その右手の甲にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がった。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

ベルは右手を強く握りしめる。

そしてヒュアキントスに向かって駆け出した。

 

「キング・オブ・ハート…………!」

 

「や、やめっ…………!」

 

ヒュアキントスは情けなく両手を前に出してやめるように懇願しようとするが、

 

「アルゴノゥト……………フィンガァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

 

それよりも早く輝く右手がヒュアキントスの腹部に叩き込まれた。

最早悲鳴を上げる力のないヒュアキントスは、

 

「た、頼む…………も、もうやめ…………」

 

「ベートさんは…………! 最後まで闘志を失うことはしなかった! あの人は負け犬なんかじゃない。あの人は僕の……………………『ライバル』だ!!」

 

ベルはヒュアキントスを頭上へ持ってくると、

 

「グランドォ……………!」

 

その手の闘気を開放した。

 

「…………フィナーーーーーーーーーーーーッレッ!!!」

 

闘気の開放と共に打ち上げられるヒュアキントス。

ベートに対しては敬意を抱き、落下してきた所を受け止めたが、ヒュアキントスに対しては興味を抱く素振りも見せずに踵を返した。

歩き出すベルの後方でドサッと地面に落ちるヒュアキントス。

当然ながら完全に気絶しており、勝敗は疑うべくも無かった。

 

『戦闘終了~~~~~~~~~~~~~!! 誰が予想したであろうか圧倒的決着!! 『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の勝者は【ヘスティア・ファミリア】~~~~~~~~~~~~!!!』

 

『『『『ヒャッハーーーーーーーーー!!!』』』』

 

『『『『ちっくしょ~~~~~~~~~!!』』』』

 

戦闘終了と共に賭け事をしていた者達から声が上がる。

 

 

同じようにバベルでも大騒ぎになっている中、

 

「こ、こんな………こんなはずでは…………」

 

「ア~ポ~ロ~~~~~ン?」

 

たじろぐアポロンの後ろでヘスティアが笑顔で立っていた。

 

「ヘ、ヘスティア……………」

 

「勝った暁には要求を何でも呑むと約束したね?」

 

「ひ、ひぇっ! そ、それは…………」

 

「出来心だとか悪戯で済ませる気はないぞ。ボクは再三君に対して忠告を繰り返したんだからね? 今更止めますは通用しないよ」

 

「じ、慈悲を! どうか! 慈愛の女神よ!」

 

「そうだね………本来ならオラリオどころか下界から追放しても良かったんだけど…………僕も鬼じゃない、それは止めてあげるよ」

 

「おお! ヘスティア!」

 

「ただし! それなりのケジメは取ってもらう! 君のホームを含めた全財産はすべて没収! それから今回の様に無茶な要求を突きつけて無理やり【ファミリア】に入れた子も少なくないだろうしね。 本気で君の元にいることを望む者以外は全員脱退を認めろ! そして今後はこのような強引な【ファミリア】への勧誘は一切禁止! それが破られた場合は今度こそ天界送還だ! 一から全部やり直せぇ!!」

 

「ひぇえええええええええええええええっ!?」

 

バベルにアポロンの悲鳴が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって【ロキ・ファミリア】

 

「いや~、わかっちゃいたけど清々しいほどの圧勝だったね」

 

ティオナがケラケラと笑いながらそう言う。

 

「見ていて相手が逆に可哀そうに思えるほどだったな………」

 

「それは言えてる」

 

幹部陣が話し合っていると、

 

「おや~? ベート、何か嬉しそうじゃない?」

 

「あん? 気の所為だ馬鹿ゾネス!」

 

ベートはぶっきらぼうにそう言う。

 

「ほら、あれよ。 『あの人は僕のライバルだ』って奴!」

 

「ああ! ベートってばベルにライバル認定されて嬉しいんだ」

 

「で、出鱈目抜かしてんじゃねえ!!」

 

ベートは手を机に叩きつけながらそう叫ぶが、その頬には僅かに赤みがさしている。

 

「照れてる照れてる」

 

「照れてねえ!」

 

【ロキ・ファミリア】のホームは笑いに包まれたのだった。

 

 

 

 

 

 





祝100万UA突破!!!
いや、まさか40話も行ってないのにこんなに早く100万に到達するとは………
これも皆様の応援のお陰です。
これからも出来る限り頑張っていきます。
そして第三十七話の完成。
とりあえずウォーゲームという名の蹂躙劇の後編です。
初っ端からフィンガーソードで城崩壊。
ローゼスハリケーンでお掃除してからヒュアキントスボッコボコの刑でした。
とりあえずベル君ベートライバル宣言。
大物と小物の差が浮き彫りになった結果でした。
でもまあ、時間が無いのでちょっと短いですがおまけがあるので許してね?
それでは次回にレディー………ゴー!!




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番外編 もしも『|戦争遊戯《ウォーゲーム》』の時にベルにこんなスキルが発現していたら

 

 

 

 

『それでは、間もなく正午となります!』

 

実況者の声が跳ね上がり、ギルド本部の前庭にざわめきが広がる。

 

「始まるね……」

 

「うん………」

 

前庭に浮かぶ『神の鏡』をエイナと同僚のミィシャも見ていた。

オラリオ中の人々の視線がすべて『鏡』に集まる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)………開ま―――――』

 

そして大鐘の音が鳴り響き、実況者が叫ぼうとしたところで、

 

『出ろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!! ガンダーーーーーーーーーーーーーーーームッ!!!』

 

その実況者の声をかき消すように更なる大きな声が『神の鏡』から聞こえてくる。

ベルが叫びながら右手を掲げ、フィンガースナップを打ち鳴らした。

その音は天高く鳴り響き…………………空の彼方らから巨大な何かが飛来してきた。

それは、一言で表すなら金属でできた白い巨人。

普通の人間の十倍ほどの高さを誇り、極東の鎧武者のような風格を漂わせる。

白を基調としたカラーリングと赤い目が特徴の、正に巨大な人であった。

その巨人はベルの後ろに降り立つと腹部が開き、入り口のようなものが現れる。

 

「はっ!」

 

ベルは跳び上がるとその入り口に躊躇なく飛び込んだ。

その内部にはある程度の空間が広がっており、手足を伸ばしてもまだ余裕があるぐらいの広さだった。

そこでベルは服を全て脱ぎ去り、その空間の隅にある操作盤を構うと頭上にあった白い膜の張ってある円盤がゆっくりと回転しながら下降を始めた。

ベルはその中心に立っており、降りてくる白い膜がベルの体に張り付いてゆく。

 

「くっ…………ぐぅぅぅぅっ……………!」

 

その膜はかなりの負荷がかかるようで、ベルは少し苦しそうなうめき声を漏らす。

しかし、

 

「ふん! はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

その膜を引きちぎるように腕を絞り、足も張り付く膜を引きはがすように持ち上げると、頭以外の隅々まで白い膜で覆われ、ベルは一度息を吐く。

 

「ふぅぅぅぅぅぅぅ…………はっ!」

 

ベルが横に拳を繰り出すと、巨人が同じように横に拳を繰り出し、

 

「せいっ!」

 

右足を振り上げると同じように巨人も右足を振り上げる。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ…………はっ!」

 

一度腰溜めに構えた後、腕を振り回して一回転。

その動きを巨人は完璧にトレースしていく。

最後に気合を入れて立ち上がる。

この時、ベルは完全に巨人と一心同体となった。

巨人に乗り込んだベルは城を見据え、

 

「はぁああああああああああああああああっ!」

 

巨人が背中から火を噴き、爆発的な推進力で一飛びにヒュアキントスがいる玉座の間の外周部に到達する。

城の中にいたヒュアキントスは悲鳴を上げる間もなく、

 

「はああぁっ!!」

 

巨人の拳の前に成す術無く叩き潰された。

因みにカサンドラはヒュアキントスの説得が無理と分かるや否や逃げ出していたりする。

 

『せ、戦闘終了~~~~~~~~~~~~~~~~っ!! まさに電光石火!! 開始一分での決着となりました! というか、あの巨人は一体何なんでしょうかぁ~~~~~!?』

 

『『『『『『『『『『『な、なんじゃそりゃ~~~~~~~~~~~~~~っ!!??』』』』』』』』』』』

 

オラリオ中の人々が叫ぶ。

その時だった。

 

「ッ!?」

 

ベルが何かに気付いたようにその場を飛び退く。

すると、巨大な光弾が先程までベルの巨人がいた所を通過し、地面に着弾して爆発を起こした。

 

「何だ!?」

 

ベルは光弾が飛んできた方を見上げる。

そこにはベルの巨人とは対照的な、黒い巨人が存在していた。

巨大な二本の角とマントを纏ったような形状のその巨人は悠々と佇んでいる。

すると、

 

「ワッハッハッハッハッハ! ウワッハッハッハッハッハ!!」

 

ベルにとって聞き覚えのある笑い声が響いた。

 

「そ、その声は! まさか師匠!?」

 

「如何にも! 東方不敗 マスターアジア。 そしてその愛機、マスターガンダムだ!」

 

「マスター…………ガンダム…………」

 

「ベルよ! よくぞ己の半身であるガンダムを呼び出した! よって今ここで、お前にガンダムファイトを申し込む!」

 

「ガンダム………ファイト………?」

 

「そう、武闘家とは拳でしか己を表現できぬ不器用な生き物。そして己がガンダムと共に拳を交える。それこそがガンダムファイト!!」

 

その言葉にベルは訳も分からず感銘を受ける。

 

「師匠…………わかりました! その申し出、お受けいたします!!」

 

ベルがそう宣言する。

その時、オラリオ中の人々が見ていた『神の鏡』に変化が起こった。

突如として映像が途切れ、真っ黒な画面が映し出される。

人々は騒めいたが突然一筋の光が映し出され、そこに一人の男が浮かび上がった。

髪型をオールバックにし、右目の丸眼帯と口ひげが特徴的な、真っ赤なスーツとピンクのシャツ、青い蝶ネクタイをした男だった。

その男は何もない空間で丸椅子に座り、足を組み、腹の前で腕を組んだ状態で佇んでいた。

 

「か、『神の鏡』が…………乗っ取られた………?」

 

神の一人が信じられないと言った声を漏らす。

その時、その画面の男が語り出した。

 

『さて皆さん。己がガンダムを呼び出し、見事【アポロン・ファミリア】を打ち破ったベル・クラネル。しかしその前に師匠、東方不敗 マスターアジアの操るマスターガンダムが現れ、ガンダムファイトを申し込んだではありませんか! この師弟は、この異世界の地にどのようなファイトを見せてくれるのでしょうか!』

 

その男の声の調子がどんどんと高まっていき、

 

『それではっ!!』

 

その男が上着を脱ぎ棄てると同時に、眼帯が外され左手に掴まれており、左手の人差し指は『神の鏡(カメラ)』目線に向けられ、右手にはいつの間にか拡声器(マイク)が小指を立てた独特な握り方で握られていた。

 

『ガンダムファイト! レディィィィィィィッ………ゴォォゥッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【続かない】

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルの【ステイタス】

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 

 

 

Lv.東方不敗

 

 

見 天 系 全 王 流

よ 破 列 新 者 派

! 侠 ! ! の !

東 乱     風 東

方 !!     よ 方

は       ! 不

赤         敗

く         は

燃         !

!!!

 

 

 

 

 

《魔法》

【魔法に手を出そうとするうつけ者がぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

乙女(クイーン)戦士(ジャック)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】及び効果上昇

・同じ称号を持つ者との経験が共有される(一度のみ発動。その後にこの効果は消滅する)

 

 

 

出撃頑駄無(出ろガンダム)

・【出ろ、ガンダム】と叫び、フィンガースナップを鳴らすことで発動

・叫ばなければ発動しない

・己が半身であるガンダムを呼び出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ベルのガンダム

【アルゴノゥトガンダム】
外見は青い部分が白くなり、目が赤くなったシャイニングガンダム。
武装、能力もシャイニングガンダムとほぼ一緒。


番外編です。
何となく思いついたから書いてみた。
まあ、突っ込みどころ満載なのは分かってますので突っ込まないでください。
とりあえず書いてたら時間無くなってしまったので今回も感想返しはお休みということで。
真申し訳ない。
それでは今回はこの辺で


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第三十八話 ベル、借金を背負う

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

【アポロン・ファミリア】との『戦争遊戯(ウォーゲーム)』から少しの時が流れた今日。

【アポロン・ファミリア】から乗っ取…………もとい没収したホームの改装が終わり、本日からこの立派な建物が【ヘスティア・ファミリア】のホームとなる。

正面の入り口には神様が予め決めていた【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムである炎と鐘が刻まれている。

このホームにはヴェルフからの要望で専用の鍛冶工房が。

更に前の温泉の事もあってか、神様とリリの強い要望でお風呂もある。

本来なら引越し作業というものがあるが、以前のホームが崩壊し、主だったものが無くなってしまった僕達は元より、毎日が切羽詰まっていたリリも荷物は少なく、まともな荷物があるのはヴェルフだけである。

そのヴェルフの荷物も僕達にかかれば一回で運び終わってしまい、大した時間もかからなかった。

 

 

 

 

「本当に立派だなぁ」

 

僕は新しいホームを見て回っていた。

正直以前のホームとは天と地の差。

外回りを回りながら外観を改めて見てそう思う。

するとその時、

 

「このっ…………いい加減に………!」

 

「い~~や~~~っ………!」

 

塀の向こうからどこかで聞いた事のある声が聞こえた。

 

「ん? この声って………」

 

気になった僕は跳び上がって塀の上に着地する。

そこから外側を見下ろすと、

 

「………ダフネさんと………カサンドラさん?」

 

見覚えのあるショートヘアーとロングヘア―の少女。

【アポロン・ファミリア】にいた2人の少女だった。

 

「あっ………【心魂王(キング・オブ・ハート)】」

 

ダフネさんが僕に気付く。

何故かダフネさんに服を引っ張られているカサンドラさんも僕に視線を向けた。

 

「え~っと…………」

 

僕は何と声を掛けていいか分からず戸惑っていると、

 

「勝ったのは君達なんだから、別に後ろめたく思わなくてもいいよ。喧嘩を吹っ掛けたのはこっちなんだし」

 

「そ、そうですか?」

 

てんで気にした様子もなくそう言ってくるダフネさんに僕はなんとか相槌を打つ。

 

「ウチらは元々強制的に入団させられたようなもんだからさ。逆に君らの所の神には感謝してるぐらいだよ」

 

相変わらずその場に留まろうとするカサンドラさんの服を引っ張りながらダフネさんはそう言った。

 

「は、はあ………それで、お二方は今は何を?」

 

ボクがそう聞くと、ダフネさんはため息を吐き、

 

「この子がね、今まで使っていた枕を無くしたらしいのよ」

 

「枕?」

 

「そう。新しいものを買えばいいって言ってるのに………」

 

「あ、あの枕じゃないとダメなのぉ~。あれが無いと、私、寝付けなくて………」

 

「…………つまりカサンドラさんは、この館に枕を置き忘れたってことですか?」

 

改装するときに【アポロン・ファミリア】の団員の私物は全部出したはずだけど。

 

「その………覚えてはいないんですけど………『予知夢(ゆめ)』でここにあるってお告げを………」

 

「はい?」

 

「だからぁ! そんなバカげた話言うの止めなさいってばぁ!」

 

「お願いだから信じてよぉ~~~~~~っ」

 

つまりは予知夢と言い張るカサンドラさんの夢をダフネさんはそんな理由で他の【ファミリア】を訪ねようとするのは恥だからやめろと言いたいらしい。

 

「わかりました。じゃあ、探してきます」

 

「「えっ」」

 

そう言った僕の言葉に、2人はきょとんとして固まる。

 

「しょ、正気………? 夢よ夢! この子の妄想なのよ!?」

 

「でも、ここにあるって思うんですよね?」

 

僕がそう聞くとカサンドラさんは何度も頷く。

 

「し、信じてくれるんですか………?」

 

「信じる理由はありませんが、信じない理由もありませんから。とりあえず探してきます」

 

僕の言葉に感極まったように瞳を潤ませるカサンドラさんを見て大袈裟じゃないかと思うけど、僕はカサンドラさんに具体的な内容を聞いてそこに向かった。

何故かダフネさんは最後まで引き留めようとしていたけど、そこまで頑なにならなくてもいいのにと思いながら僕は館の中に入っていった。

 

 

 

数分後、カサンドラさんが言った通りの場所で枕を見つけて戻ってきた。

 

「これで合ってますか?」

 

僕がそう言いながら見つけた枕を見せると、

 

「これですっ!」

 

カサンドラさんがにべもなくその枕に飛びつき、ぎゅーっと抱きしめる。

 

「………本当にあった」

 

ダフネさんは信じられないといった表情でそう呟いた。

 

「あのっ! 本当にありがとうございました! 私を信じてくれて、本当に、本当にっ………!」

 

「い、いえっ。そこまで感謝されることじゃないような………」

 

カサンドラさんは何度も頭を下げてお礼を言ってくる。

すると、ようやく気が済んだのか頭を下げるのを止め、ダフネさんに何か耳打ちをした。

 

「えっ……? 本気? それでいいの?」

 

「うんうんっ………!」

 

驚きながら確認しているダフネさんに、カサンドラさんは赤くなってコクコク頷いた。

すると、ダフネさんは僕の方を向き、

 

「【心魂王(キング・オブ・ハート)】、一度出直すわ………またね」

 

そう言いながら2人は立ち去る。

 

「…………また?」

 

ダフネさんが言い残した言葉に疑問を覚えていると、

 

「ベルくーん! ちょっと来てくれー!」

 

ホームの中から神様が僕を呼ぶ。

僕が神様の元へ駆け寄ると、

 

「何か御用ですか?」

 

「ああ。君がいないと格好がつかないからね。まずはこれを見るんだ!」

 

そう言って突き出された手には紙があり、内容を読んでみた。

 

「…………『【ヘスティア・ファミリア】入団希望者募集! 来たれ子供達!!』」

 

所謂勧誘ポスターという奴だった。

 

「これと同じものをギルド本部の掲示板やバイト先にも貼り出してある。指定の時間までもう少し。そろそろ入団を希望する子供たちが集まってくる頃だぜ」

 

そう言って神様は窓の外に視線を向ける。

そこには、

 

「う、うそっ………」

 

五十人を超える数の様々な種族の亜人達が集まっていた。

 

「ゆ、夢じゃないよね?」

 

「現実さ、ベル君。ここにいる子供達はみんな、ボク達の【ファミリア】を選んでくれたんだ!」

 

呆然としていた僕の隣で神様が見よとばかりに手を広げる。

 

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に勝利したことで一躍有名になってしまいましたからね。特にオラリオに来たばかりの新人冒険者達には魅力的に映ったのでしょう。今、一番勢いのある派閥(ファミリア)だと…………まあ、あれだけ大暴れして完勝してしまえばそう見られるのも当然ですが………」

 

リリがそう言うけど、その大暴れの約半分はリリだけどね。

だけど今は、

 

「ついに零細【ファミリア】脱出………! 神様、やりましたね!」

 

「ああ! 【ファミリア】を発足してから苦節三ヶ月………! 短いようで長かった!」

 

僕と神様は手を取り合って喜びを表現する。

 

「………といいますか、ベル様の実力をもっと早く多くの人に広めていれば、いくらでも入団希望者は出てきたと思うんですけどね…………」

 

リリが神様に対してボソッと呟く。

 

「し、仕方ないじゃないか! ベル君のレベルやアビリティがアレだったんだから………」

 

「まあ、確かにアレですからねぇ………」

 

そう言うリリも同じでしょ!

内心突っ込みながら集まった人達を見渡すと、

 

「あっ、ダフネさん、カサンドラさん………!」

 

先程まで話していた少女たちを見つける。

前庭に出てくると、2人が先頭まで出てきた。

 

「この子がね、君達の【ファミリア】に入りたいって………」

 

ダフネさんがそう言いながら隣にいるカサンドラさんの頭に手を置く。

カサンドラさんは恥ずかしそうにこちらに微笑みかけてくる。

さっきの『またね』の意味がようやく分かった。

 

「随分集まってるな」

 

「あ、ヴェルフ」

 

館からヴェルフが出てきて周りを見渡しながらそう言う。

 

「人が増えるのは良い事ばかりじゃないぞ。逆にしがらみなんかも増える」

 

「うん、そうだね。それは分かってる。でも、その辺りは神様なら大丈夫と思うけど……」

 

「ああ。ボクに任せてくれ。一人一人面接してその辺りはきっちりと適性をみるから」

 

僕達で盛り上がっていると、また一人敷地内へ入ってくる気配を感じた。

僕は遅れてきた入団希望者かと思ったけど、

 

「盛り上がってるところ邪魔するわね」

 

「ヘファイストス!」

 

「ヘファイストス様!」

 

神様とヴェルフが声を上げる。

やってきたのは【ヘファイストス・ファミリア】の主神であるヘファイストス様だった。

 

「随分賑やかじゃない」

 

「へっへ~ん! 凄いだろ? 皆ボク達の所の入団希望者なんだぜ!」

 

神様が胸を張ってそう言う。

 

「そう。まだ入団したわけじゃないのね。ならギリギリセーフってとこかしら?」

 

「何のことだい?」

 

ヘファイストス様の言葉に神様は首を傾げる。

 

「はいこれ」

 

ヘファイストス様は何やら紙を取り出し神様に手渡す。

 

「何だいこれ?」

 

そう言いながら神様はその用紙を広げ、

 

「……………………」

 

固まるように無言になった後、

 

「合計十億ヴァリスの請求書~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!???」

 

大絶叫がその場に響いた。

 

「どどど、どーいう事だよヘファイストス!」

 

「あ~それね。少し前にあなたの子供が行方不明になったことがあったじゃない」

 

「まあ、想像通り杞憂だったけどね」

 

「その時にご老体がバベルで暴れたでしょ?」

 

「師匠君の事だね。それとこの請求書に何の関係が…………」

 

「あれだけバベルを揺らしておいて中が無事で済むと思う?」

 

「……………………」

 

「そういう私の店も、結構な被害を受けたしね。私の所だけでも、被害額は五千万ぐらいかしら?」

 

「じゃ、じゃあこの請求書は……………」

 

「ご想像通り、バベル全体の被害額の合計よ」

 

「ちょっと待った! 何でその請求がボクの所に来るんだ!? 師匠君がベル君の師匠だからって、ボクの所に請求が来るのはおかしいだろ! 百歩譲ってそれに納得したとしても、半分はミアハの所のキョウジ君が原因だろう!?」

 

「それについては、はいこれ」

 

ヘファイストス様は別の紙を取り出し神様に見せる。

気になった僕は後ろからその紙を覗き込んだ。

達筆の共通語(コイネー)で書かれたその内容を要約すると。

 

『賠償は全額【ヘスティア・ファミリア】へと請求されたし。ベル、これも修業よ。ウワッハッハッハッハッハ!! by東方不敗』

 

ということだ。

 

「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

僕は思わず叫んだ。

その瞬間、ズザザザザザザっと大移動する入団希望者達。

先程までの賑わいがウソの様に静まり返り、前庭からは誰一人としていなくなった。

……………と思いきや、

 

「幸先悪いわねぇ」

 

「えと………その………」

 

何故かダフネさんとカサンドラさんの2人はその場に残っていた。

 

「あれ? お二方は立ち去らないのですか?」

 

リリが怪訝そうな視線を向ける。

 

「まあ金額には驚いたけど、よくよく考えれば君達なら十億ぐらいすぐに返せそうだって思っただけだよ。ま、これは実際に相対した奴じゃないと分からないと思うけど」

 

「だ、大丈夫ですよ、きっと………!」

 

ダフネさんとカサンドラさんはそう言ってくれる。

 

「で? ベル君、君は師匠君の言いつけを守ってこの借金を背負うつもりかい?」

 

「まあ背負いたくないのは当然ですが、師匠の言いつけを破ると後が怖いので………」

 

「まあ、今の俺達なら『下層』所か『深層』にも行けそうな感じだからな………少し頑張れば借金返すのもそう難しくは無いだろ?」

 

「ごめん皆、師匠の無茶振りの所為で………」

 

「気にしないでください。今回は誰が悪いというわけではありませんので。まあ、少し位キョウジ様に手伝ってもらってもバチは当たらないと思います」

 

何気にリリは根に持ってるっぽい。

 

「で? ウチ等の入団は許可してくれるのか?」

 

「が、頑張ります…………!」

 

「あ~うん。いきなり借金まみれになっちゃったけど、それでもいいかい?」

 

「さっきも言ったけど、そのぐらいすぐに返せると思ってるよ」

 

「うんうんっ………」

 

ダフネさんの言葉にカサンドラさんも頷いている。

 

「そうか………じゃあ改めて、ようこそ【ヘスティア・ファミリア】へ。ボクは君達を歓迎しよう」

 

借金が増えたけど仲間も増えた。

暫くは借金返済が主になると思うけど、とりあえず師匠の言いつけだから頑張ろうと思った。

尚、その数分後、【改宗(コンバージョン)】を終えた神様が、

 

「よく………よく来てくれた二人とも…………重ねて君達が来てくれたことに感謝するよ」

 

と泣きながら2人の手を握る神様の姿を見かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ロキ】

 

 

 

 

 

やれやれ、まーたドチビの【ファミリア】の評価が急上昇や。

おもしろくなーい。

ウチはそう思いながら団員達の【ステイタス】の更新を行っていく。

まあ、フィンを始め高レベルの団員達の上り幅はそれほどでもないんやけど…………

最後に残したベートとアイズたん。

この2人については最近よくわからん。

アイズたんはまあ【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】ちゅうスキルがあるもんやで分からんでもないんやけど、ベートに関しては謎や。

まあ今現在そのベートの更新を行っとるんやけど、それが終わり、ウチが【ステイタス】を確認すると、

 

 

 

 

 

 

ベート・ローガ

 

 

 

 

Lv.少林寺

 

 

 

力  : 父さん………父さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

 

耐久 : 負けない………! 負けるわけには……死んでも負けるわけには!

 

器用 : 少林寺再興は、オイラがやり遂げる!

 

俊敏 : オイラの姿が見えるかな?

 

魔力 : 同じ時を分け合ったアニキとならば!

 

 

 

 

 

蹴撃孤狼(クラブ・エース)

英雄(キング)乙女(クイーン)戦士(ジャック)道化(ジョーカー)とのレゾナンスで【ステイタス】上昇

英雄(キング)に対する対抗心により【ステイタス】上昇

・各【ステイタス】に超補正

・スキル【少林寺拳法】習得

 

 

 

【少林寺拳法】

・少林寺拳法

 

 

 

 

 

それを見た瞬間頭が真っ白になった。

なんやこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!

レベルもアビリティも訳分らんことになっとるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!

い、いったい何やこれは!?

何と言ったらいいかわからん!

こんなこと初めてや!

遂には頭がショートしてウチの意識は遠くなった。

 

 

 

 

気付けば目の前にアイズたんがおってベートはもうおらんかった。

話を聞けばベートは気を失ったウチをほっぽって行ったらしい。

少し位心配せえや。

とりあえずウチは気を取り直してアイズたんの【ステイタス】を更新することにした。

もうアイズたんの【ステイタス】がどんな上がり方しとっても驚かん自信はある。

どんな【ステイタス】でもベートのあの【ステイタス】には敵わんやろう!

さあこいやぁ!!

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.アメリカンドリーマー

 

 

 

 

力  : お前たちに坊や扱いされてたまるかぁぁぁぁぁっ!!

 

耐久 : I'll never give up!!

 

器用 : I will be back!

 

俊敏 : どうした? もう一度笑ってみなよ?

 

魔力 : 例えこの身が砕けようとも!

 

剣士 : 俺が夢だ! 俺が希望だ! 俺は今こそ最高に燃えてやる!! 俺は夢を掴むんだぁぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 

 

「ごふぁっ!!」

 

無理やったぁぁぁぁっ!!

ベート並みの【ステイタス】やった!

あ、また………

再び気が遠くなるのを感じ、ウチはそのままその感覚に身を任せた。

 

 

 

 





第三十八話完成。
何とか今日中に間に合った!
とりあえず原作以上の借金背負うことになりましたがダフネとカサンドラは加入。
ミアハの所はキョウジがいますので、まあ、命の代わりちゅうことで。
あとはお待たせベートとアイズのステイタス。
さて、このネタも既に何度もやってますからそろそろインパクトが薄くなってる頃かなぁ?
ともかく次回からは春姫編になるかと………
でもって今週も時間が無いので返信はお休みさせていただきます。
次回からはちゃんと返せるかと。(仕事の予定次第ですが)
それでは次回にレディー………ゴー!!





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第三十九話 ベル、歓楽街へ行く

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

借金を背負うことになった翌日。

新たなホームになった事によるゴタゴタもとりあえずは落ち着き、明日からダンジョン探索を再開しようと決めたこの日。

夕食が終わり、広くなった前庭でトレーニングを行っていた。

 

「ふっ! はっ! せいっ!」

 

拳や蹴りを繰り出し、体の調子を確認していく。

 

「はっ!」

 

もう一度拳を繰り出した時、

 

「………ん?」

 

視界の片隅にある正門の前を、見知った2人が通り過ぎるのを見かけた。

 

「今のって………命さんと千草さん? こんな時間に何処に………」

 

暗がりではっきりとは分からなかったけど、その表情には焦りが浮かんでいるように見えた。

 

「……………追ってみよう」

 

気になった僕は気配を消して2人の後を追った。

 

 

 

2人は南のメインストリートにある繁華街に到着する。

僕は屋根を飛び移りながら2人を見失わないように追ってきていた。

でもどうやら2人の目的地はここではなく、別の場所のようだ。

2人はまた移動を開始し、繁華街から離れ始める。

僕もその後を追って屋根を飛び移った。

やがて、僕も普段立ち寄らない都市の第四区画、南東のメインストリート寄りに辿り着いた。

その街並みを見て、僕は固まった。

 

「え…………? こ、ここってもしかして…………」

 

淫靡な雰囲気が漂う桃色の魔石灯。

艶めかしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板。

そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾った蠱惑的な女性達。

 

「か、『歓楽街』って奴?」

 

じゃ、じゃああの女性たちは、しょ、娼婦って事!?

僕はその事を理解すると顔が熱くなる。

 

「な、何で命さん達はこんな所に………!?」

 

そこでハッとした。

周りに気を取られ過ぎてて命さん達から目を離した隙にさっきまでの場所に彼女たちは居ない。

 

「み、見失った………!?」

 

僕は慌てて周りを見渡すけど、何処を見てもきわどい服装の娼婦だらけでまともに注視することが出来ない。

僕は仕方なく帰ろうかとも思ったけど、

 

「……………もしかしてあの2人、自分達の【ファミリア】の存続が危ういから身売りとか考えてたり………?」

 

普段の僕なら2人の性格や【タケミカヅチ・ファミリア】の状況からしてあり得ないと却下するところだけど、今この『歓楽街』の空気に中てられた今、まともな思考は不可能だった。

 

「や、やっぱり心配だ!」

 

僕は帰るという選択肢を捨て、2人の姿を探し回った。

 

 

 

 

暫く屋根の上から探し回っていたけど、どうにも見つけることが出来ず、僕は道端に降りる。

ふと見ると、目の前の朱色の柱の独特な作りの門から先の風景は様変わりしていた。

 

「……………極東の………建物?」

 

お爺ちゃんから教えられた偏った知識の中に、似通ったものがある事を思い出す。

こういう極東の歓楽街の事を、確か遊郭と言っていた筈だ。

そして、探していた命さん達の出身も極東。

 

「…………もしかして、ここにいるのかな?」

 

そう思った僕は、朱色の柱の門を潜った。

目の前に広がるのは『着物』と呼ばれる極東の民族衣装に身を包んだ娼婦達。

男性が娼婦に声を掛けたり、逆に娼婦から男性を誘ったり。

そのような光景がいたるところで行われている。

僕は目のやり場に困りながら命さん達の姿を探していると、通りに面した朱塗りの娼館の一階に格子状の大部屋があり、そこに沢山の娼婦が並んでいた。

着物で着飾った娼婦達は往来に向かって声を掛け、客を誘っている。

店先では幾人もの男性達が気に入る女性が居ないか探しているのか、足を止めて吟味している。

その矢先に一人が娼婦と二三言葉を交わして店の中へ入っていく。

僕も男であってそういう事に関して興味が無いと言われれば嘘になるわけで、自分でも気付かない内に見入っていたらしい。

その大部屋の奥にいる一人の寂しそうな眼をした少女と目が合った。

 

「…………………………」

 

光沢を帯びる金の髪。

透き通った翠の瞳に、髪の色と同じ獣の耳と太く長い尻尾。

それは、狐の獣人――――狐人(ルナール)だった。

初めて見る種別の獣人の少女に僕は思わず見入ってしまう。

少女と大人の間を揺れ動く彼女は、可憐で美しかった。

彼女の瞳には、外にいる僕に羨望と憧れを抱くような眼差し。

一瞬の視線の交錯が何十秒にも感じられる。

その彼女がふと唇を綻ばせ、笑った。

他の娼婦達と違う儚げな笑みに、僕は目を見開き固まってしまう。

そして…………

 

「…………もしかして、ベル君かい?」

 

ポンと肩を叩かれ、体が跳び上がる。

周りへの注意がおろそかになっていた証拠だ。

僕が慌てて振り返ると、

 

「へ、ヘルメス様!?」

 

「ははっ、やっぱりか」

 

そこにいたのはヘルメス様だった。

肩に小鞄を背負っている。

 

「こんな所で会えるとはね。 フフ、ベル君もお年頃だなぁ」

 

「えっ? いや、待ってください! 僕がここにいるのはっ!」

 

「張見世を見ていたようだけど、気になる娘でもいたかい?」

 

ヘルメス様! 誤解してます!

 

「え、え~っと………ヘルメス様はどうしてここに? あと、その荷物は?」

 

僕は無理やり話を変えることにする。

 

「ベル君、ここでそんな野暮な事聞いちゃ駄目だぜ」

 

ニヤリと笑うヘルメス様は、何かを隠しているような雰囲気だ。

アスフィさんの目を盗んで遊びに来た…………という訳ではないらしい。

 

「俺がここにいたことは、くれぐれも内密に頼むよ? 約束だ」

 

ヘルメス様と話していたお陰で、余裕のなかった心に安堵感が広がる。

 

「それにしても、あのベル君が一人で歓楽街にね~」

 

と思ったところで、ヘルメス様の言葉で再び身体が硬直する。

ヘルメス様はするりと肩を組んできて、

 

「こういう場所に興味津々なようで、俺も嬉しいよ。もちろんベル君も内緒で来たんだろう?」

 

「ちがっ………!? ヘルメス様っ! だから勘違いです!」

 

「照れる必要は無いさ。ヘスティアには何も言わないよ。もちろん、東方先生にもね」

 

「し、師匠…………!」

 

その言葉は暗に僕の弱みを握ったことを示唆しているように思えた。

確かにこんな所をうろついていたと師匠が聞けば、問答無用で天誅を下されるだろう。

 

「ヘッ、ヘルメス様っ!」

 

「ははっ! 分かってる分ってる。ほら、これは(オレ)からの餞別だ」

 

ヘルメス様は小鞄をごそごそとあさり、赤い液体が入った小瓶を渡される。

 

「な、なんですかこれ?」

 

「精力剤さ」

 

「ぶっ!!??」

 

分かってない!

分かってないですヘルメス様っ!!

 

「それじゃあベル君! お互い楽しい夜を過ごそうぜ!」

 

「ちょ、ヘルメス様ぁっ!」

 

密着していた肩を離し、ヘルメス様は人混みに紛れる。

僕は慌てて薬を返そうと追いかけようとしたところで、

 

「うわっ!?」

 

「おっと」

 

通りがかった人物と肩が接触してしまう。

 

「す、すいませんっ! だいじょう、ぶ………」

 

その言葉は続かなかった。

ぶつかった相手は、美しく長い足を持った、アマゾネスの娼婦だった。

 

「………ご、ごめんなさい、突然ぶつかってしまって………あの、用があるので失礼します!?」

 

僕はまだ遠くへ行っていないだろうヘルメス様を追いかけようとして、

 

「待ちな」

 

「えっ?」

 

突然手を掴まれぐいっと引き寄せられる。

突然のことに僕は抵抗も出来ずに抱き寄せられた。

 

「見ない顔だね?」

 

腰に両手を回され、下半身と下半身が密着した格好で見つめ合う。

立ったまま至近距離で顔を観察され、僕は恥じらいから顔が熱くなるのを感じた。

 

「んー?」

 

その女性は、僕の顔をまじまじと見つめてくる。

 

「へぇ………そそる顔をしているじゃないか」

 

赤い舌がぺろりと唇を舐める仕草を見て、僕は強烈な悪寒に襲われた。

 

「あんた、名前は? 私はアイシャ」

 

「えっ、はっ、えっ!?」

 

「今から、私の一晩を買わないかい?」

 

そう言いながら僕を拘束する腕の力は強く、普通の娼婦ではないと感じる。

強引に抜け出せないことも無いが、下手をすれば彼女を傷付けてしまう恐れがあったので、それも憚られた。

すると、

 

「今日は不作だ!」

 

「なんだか青い男の匂いがする!」

 

「アイシャ、誰それー?」

 

畳みかけるように周囲からわらわらと沢山のアマゾネス達が姿を現す。

 

「今ここで見つけたんだ。うぶな顔してるだろ」

 

「久し振りだな。こういう男を見かけるのは」

 

「ふふっ、歓楽街に来るのは初めて?」

 

アイシャと名乗った彼女の言葉を皮切りに客寄せに出ていたであろう娼婦達は僕をからかってくる。

未だにアイシャさんに抱きすくめられているので、逃げ出すことも出来ない。

その時、一人のアマゾネスが僕の顔を見てはっとした。

 

「ねえ、待って。このヒューマン………もしかして【心魂王(キング・オブ・ハート)】じゃない?」

 

その言葉に、彼女たちはピタリと動きを止めた後、ざわついた。

 

「白い髪に、赤い瞳」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)で、城を一刀両断にしてヒュアキントスを圧倒した………」

 

アマゾネスの一団が揃って僕の顔を凝視し、呟きを漏らす。

僕を捕まえているアイシャさんもジッと僕を見据えていた。

そして、一瞬にして空気が豹変した。

まるで、(えもの)を前にした腹を空かせた獅子の如き空気に僕の冷や汗はダラダラと流れ続ける。

そして、次の瞬間に一気に僕に飛び掛かってきた。

 

「強い男は大歓迎!」

 

「ねえ、あたしを指名しない!?」

 

「そんなちんちくりんより私の方が!」

 

「あ、すごい! 鉄みたいに固い筋肉!」

 

「顔に似合わずいい体してるわね!」

 

歓声と共に四方から掴まれ引っ張られる。

ぎゃああああああっ、と内心叫びながら僕は娼婦に埋もれる中虚空に向かって手を伸ばす。

すると、その手を掴まれ、ぐいっと強引に娼婦の群れから引きずり出された。

 

「こいつは私が最初に目を付けた獲物さ。誰にも渡さないよ」

 

他の娼婦を押しのけ、僕を豊満な胸に抱き寄せたのはアイシャさんだった。

アイシャさんは他の娼婦達から大顰蹙を貰うが、当の本人はどこ吹く風。

僕は慌てて口を開き、

 

「ち、違うんです! 僕はそのっ! 変な目的があって来たわけじゃなくて、知り合いを探しているうちに迷ったというか、なんというか………!」

 

「そんなこと言って、準備万端じゃない。ほら」

 

僕が焦っている間に後ろに回り込んだアマゾネスの少女が僕の手にある小瓶をかすめ取った。

その中身は精力剤。

ヘルメス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

「往生際が悪いよ。さ、来な」

 

「ま、待ってください!? 待って!!」

 

僕を抱きすくめたまま移動を開始するアイシャさん。

ニヤニヤと笑う他のアマゾネスも取り巻きとなって移動を開始する。

肉食獣(アマゾネス)に囲まれた(ぼく)は、ぞろぞろと遊郭を移動する中思ったことは、何で極東の遊郭の区画にこんなにアマゾネスが居るんだろうという割とどうでもいい事だった。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

一方、こちらは【ロキ・ファミリア】。

この『黄昏の館』でも夕食が終わり、食堂では各団員が食後の時間をまったりと過ごしていた。

そんな時、ガタッと椅子が倒れる音が聞こえ、団員達は何事かとその方を向くと、アイズが椅子を蹴倒して立ち上がっていた。

 

「アイズ? いきなりどうしたの?」

 

近くにいたティオナが突然立ち上がったアイズに尋ねる。

アイズはティオナの問いには答えず、振り返って外に隣接する壁の方を向くと、

 

「ベルが危ない………!」

 

「へっ?」

 

そう呟き、ティオナが声を漏らした瞬間、アイズは壁に向かって駆け出す。

 

「ちょ、アイズまさかっ!?」

 

ティオナが呼びかけるがアイズはそれを無視して腕を振りかぶり、

 

「ッ……………!」

 

壁を拳で破壊すると同時に外へ飛び出した。

 

「アイズーーーーーッ!!」

 

アイズは鎧も剣も持たずにどこかへ走り去っていった。

 

「何の騒ぎだ?」

 

「あ、リヴェリア!」

 

騒ぎを聞きつけてリヴェリアが現れる。

 

「なんか、アイズがいきなりベルが危ないって呟いて外に飛び出して行っちゃったの」

 

ティオナは穴の開いた壁を指さしながら説明する。

すると、リヴェリアは頭を抱えた。

 

「またアイズか…………最近のホームの修繕費が馬鹿にならんのだが…………」

 

「あ、あははははは……………」

 

リヴェリアの呟きにティオナは苦笑するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

アイシャさんに抱きすくめられながら辿り着いた場所は娼婦が刻まれた徽章が掲げられた宮殿だった。

 

「お、お城………?」

 

そう漏らす僕。

 

「本当に何も知らないのかい?」

 

狼狽えている僕の様子を見て、アイシャさんは笑みを浮かべる。

 

「ここは私達のホーム、『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』」

 

僕を抱きすくめながらアイシャさんは言葉を続ける。

 

「この建物だけじゃない。この辺一帯は私達の島………イシュタル様の私有地さ」

 

イシュタル……様?

確かそれはフレイヤ様と同じく美の神の………

 

「何だお前たち。ぞろぞろと集まって」

 

吹き抜けとなった上階から声が聞こえた。

フレイヤ様とはまた違った美しさを持った女神がそこに佇んでいた。

 

「そのヒューマンは………」

 

アマゾネスの集団の真ん中にいる僕に目を付けたのか僕を覗きこもうとして、

 

「イシュタル様は見ちゃダメー!」

 

「みんな骨抜きにしてっ、また奪われちゃ堪ったもんじゃないよ!」

 

そんなアマゾネス達を見てイシュタル様は鼻で笑った。

 

「ふふっ………今夜はこれから客が来る。今はそんな青い子供に構っている暇なぞない」

 

イシュタル様はそう言うと、傍らの青年に声を掛け、そのまま歩き去っていった。

アイシャさんは僕を連れたまま支配人らしき人に二三言葉を交わした後三階にある部屋へと移動する。

部屋の中にあるソファーに座らせられるが、アイシャさんは一時も僕の腕を離さない。

 

「あ、あの………手を離してくれませんか?」

 

「嫌だね。離したとたんに逃げるだろう?」

 

「うぐっ………」

 

「まあ、本来ならあたしの力なんざ簡単に振りほどけるだろうけど、私がしっかりと捕まえた所を無理に振りほどこうとすれば、私が怪我をするかもしれないからねえ。振りほどかないのはその為なんだろう?」

 

全部見透かされてる!

 

「部屋が空いてないみたいだから、暫くここで待ってもらうよ」

 

そう言うアイシャさんの傍らで、アマゾネス達が二番目だか三番目だかで揉めている。

 

「僕はっ、別の【ファミリア】でっ………ホームに迂闊に入れたら、拙くないですか? だ、だからっ」

 

「構いやしないよ。冒険者なんて毎晩のようにここに連れ込んでる」

 

アイシャさんは全く気にも留めていない。

 

「それに戦るっていうなら上等だよ。ホームの中だろうと寝台の上だろうと、いくらでも受けて立ってやる」

 

ドカッと長い足をテーブルに振り下ろし、戦いを歓迎すると言わんばかりの物言い。

僕は不覚にもその姿を見て、ほんの少し格好いいと………美しいと感じてしまった。

 

「ど、どうすれば、僕を帰してくれますか?」

 

「イシュタル様のお膝元で、高級娼館、なんて名乗ってるがね………お高く留まるつもりなんてさらさらないんだよ。私達アマゾネスは。ホームで知りもしない奴を大人しく待つなんて、私達にはできない。強い雄は自分で探す」

 

え、と僕は固まった。

 

「アマゾネスの習性を知らないのかい? 男を攫って………“食っちまうのさ”」

 

ぶわっと冷や汗が噴き出る。

まさに僕は『攫われていた』。

こちらの要望など、聞くつもりはないのだろう。

 

「観念しな」

 

そう言い放つアイシャさんの言葉を聞いて、僕の頭は冷静になった。

今までは雰囲気に呑まれてしまったけど、『攫われてしまった』というのなら話は別だ。

大人しく受け入れる気は無いし、抵抗もする。

あまり女性に怪我をさせたくないけど、最悪の場合は仕方ない。

僕は脱出のチャンスを伺おうとして………

 

「……………ん?」

 

地響きと言わんばかりの激しい足音が近付いてくるのに気付いた。

他のアマゾネス達もそれに気付いたのか、次々と扉の方を向く。

すると、

 

「やばいアイシャ! フリュネがここに来る!!」

 

部屋の扉を開け放ち、一人のアマゾネスが飛び込んでくる。

その顔には焦燥の表情が滲んでいた。

それを聞いて、アイシャさん達が顔色を変える。

僕を慌てて隠そうとしたようだけど、その前に部屋の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

扉の前にいたアマゾネスも同時に吹き飛ぶ。

そして、

 

「若い男の匂いがするよぉ~!」

 

大きな鼻孔をひくひくと動かしながら彼女………と言っていいのか分からないけどソレは現れた。

2mを超える巨漢………というか巨女?

褐色の肌からおそらくアマゾネスなんだろうけど、その短い腕や短い足は膨れ上がった筋肉の塊で、とてもじゃないけどアイシャさんと同じアマゾネスとは思えない。

身の丈もそうだが横幅もすさまじく、手足と胴体のつり合いがおかしい。

極めつけはその大きな顔で、黒髪のおかっぱ頭でギョロギョロ動く目玉と横に裂けた口唇は、まるでヒキガエルのような………

 

「…………あの、アイシャさん」

 

「何だい、今余裕が無いんだ」

 

「何でモンスターがこんな所に居るんですか?」

 

「……………まあ、そう言いたくなる気持ちはわかるけど、あれも一応アマゾネスだよ」

 

「マジですか?」

 

「マジだよ」

 

僕達が話していると、

 

「ゲゲゲゲッ! 男を捕まえてきたんだって、アイシャァ~?」

 

いや、その笑い方は本当にヒキガエル…………

 

「何しに来たんだ、フリュネ」

 

「お前達が寄ってたかってガキを連れてきたって耳に挟んでね、興味がわいたのさぁ~」

 

フリュネと呼ばれた彼女?はのっしのっしとアマゾネス達を掻き分けながら歩いてくる。

テーブルやソファーをまるで無い物かのように蹴飛ばしながら真っすぐに進んできた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】の『兎』じゃないか! まだまだ青臭いガキだけど………アタイの好みだよ!!」

 

得体のしれない恐怖が僕の体を駆け巡り、再び固まってしまう。

 

「押し倒した体に跨って、その可愛い顔を滅茶苦茶にして………そそられるじゃないかぁ~!」

 

意識が飛びかける僕。

 

「味見させなよぉ、アイシャ。なに、すぐに返してやるさ」

 

「ふざけんじゃないよ。これは私達が捕ってきた獲物だ」

 

フリュネ………さんの要求に、アイシャさん達は殺気を募らせる。

 

「アタイに相応しい雄が最近めっきり減って、退屈だったのさぁ。少しくらいイイだろう?」

 

「ずっと大人しく館の奥に引っ込んでろ。どれだけの男を使い物にならなくするつもりだ」

 

「美しい、っていうのも罪だねぇ。アタイ以外の女じゃあ満足できなくなっちまって………イシュタル様もいいとこ行っているが、アタイの美貌には敵わない」

 

…………本気で言ってる。

その口振り、仕草からは嘘が感じられない。

 

「お前がいるせいで冒険者はホームにちっとも寄り付かない、捕まえてくるのも一苦労なんだよ。いい加減気付け、ヒキガエル」

 

「女の嫉妬程醜いもんはないよぉ。このアタイに美貌も、力も劣る不細工どもがぁ」

 

美貌はともかくとして、『力』に関してはその通りだろう。

フリュネさんはこの場にいるアマゾネスの中では一番強い。

次点でアイシャさんだけど、その差は圧倒的だ。

と、そこまで考えて気付いた。

アイシャさんは他のアマゾネス達と一緒にフリュネさんと対峙している。

ということは今の僕は自由になっているということだ。

僕は気配を消して床を這いながらこの場を離れようと………

 

「あぁ~、面倒だ! もう無理矢理奪っていくよ!」

 

した瞬間不穏な言葉がもたらされた。

 

「アタイ等は女戦士(アマゾネス)! 気に入った男を見つけりゃ掻っ攫うだけさ!! 違うかアイシャ!?」

 

「……………………」

 

「アタイ等流で白黒つけようじゃないか………それとも怖いかぁ?」

 

「………上等だよヒキガエル」

 

アイシャさんそんな簡単に挑発に乗っちゃダメェェェェッ!

アイシャさんの言葉が引き金となり、全員のアマゾネス達が振り返った。

ギラギラとした眼光が僕に集中する。

僕の脳裏に肉食獣に囲まれた兎の構図が再び思い浮かぶ。

一人のアマゾネスが舌なめずりを行った。

 

「早いもん勝ちさぁぁぁっ!!」

 

それが合図だった。

フリュネさんの雄叫びが轟き、アマゾネス達の腰が沈む。

僕も後は強引に逃げようと思ったその瞬間、

―――バリィィィィィンと甲高い音を立てて、部屋の天井近くにあった窓が突然割れた。

その音に、僕を含めた全員の動きが止まり……………

 

「ぐえっ!?」

 

踏みつぶされたカエルのような声を上げてフリュネさんが上から降ってきた何かに踏みつぶされた。

上から降ってきた何か………いや、人はフリュネさんを下敷きにしたままゆっくりと立ち上がり、こちらを振り向く。

 

「あ…………」

 

僕は思わず声を漏らす。

僕の目に映ったのは、輝く金の髪に透き通るような白い肌。

一対の金の眼が僕を捉える。

 

「見つけた………ベル」

 

「ア…………アイズ………さん?」

 

僕は思わず呟いた。

何故アイズさんがここにいるのか疑問はあるけど、アイズさんは何も気にせずに床に座り込んだ僕に歩み寄ってくる。

 

「ベル………無事?」

 

「えっ? は、はい………」

 

「そう……よかった………」

 

アイズさんはそう言うと微笑みを浮かべる。

その微笑みに、僕は思わず目を奪われた。

歓楽街にいる娼婦達とはまるで違うアイズさんの魅力。

やっぱり、僕にとって彼女は一番なんだと再認識した。

 

「あのっ、アイズさん。何でここに?」

 

僕は先程から思っていた疑問をぶつける。

 

「………ベルが危ないって思ったから」

 

「ど、どうして?」

 

「…………勘………かな?」

 

そう言いながら首を傾げるアイズさんは、自分でも何故そう思ったのかわかっていないようだった。

 

「アイズさんは………もしかして僕を助けに?」

 

「うん…………余計な事………だったかな?」

 

不安そうな表情を浮かべる彼女を見て、僕は全力で首を横に振った。

 

「い、いいえ! そんな事はありません! 本当に助かりました!」

 

僕がそう言うと、アイズさんはニッコリと笑って安堵の息を吐いた。

 

「なら……よかった」

 

再びその笑顔に目を奪われる僕。

と、その時、

 

「いったいねぇ………何だったんだい今のはぁ~」

 

フリュネさんがムクリと起き上がる。

どうやらアイズさんの落下の衝撃は余り効いていないようだ。

そりゃそうだよね、アイズさん軽いし。

以前抱き上げた時のアイズさんの事を思い出し、僕は一人納得する。

フリュネさんの視線がアイズさんを捉えると、

 

「おやぁ~? 誰かと思えば【剣姫】とか大層な名前を付けられた小娘じゃないかぁ~」

 

フリュネさんの口振りは、アイズさんを知っているような口振りだ。

でも、

 

「………………………………………誰だっけ?」

 

アイズさんは首を傾げて声を漏らす。

 

「忘れたのかぁ~? 以前お前を負かしてやったフリュネ様じゃないかぁ~」

 

フリュネさんはそう言うけど、アイズさんは首を傾げ続けて、

 

「…………………………………………………………忘れた」

 

どうやら本当に忘れたみたい。

 

「【剣姫】の小娘がぁ~! 舐めてんじゃないよぉ~! 本気で忘れたというのならぁ~! 思い出させてやるよぉ~! フリュネ・ジャミールの美しさと強さをぉ~!」

 

フリュネさんはそう叫びながら腕を振り上げる。

でも、アイズさんはその場を動かずにフリュネさんを見据え、

 

「………一つ訂正する」

 

アイズさんがそう呟くと共に、フリュネさんの拳が振り下ろされた。

傍から見れば、フリュネさんの拳がアイズさんの顔に直撃したように見えただろう。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 

フリュネさんの笑い声が響く。

でも、アイズさんの左手が顔とフリュネさんの拳の間に滑り込んでおり、実際には左手でフリュネさんの拳を受け止めた格好だ。

 

「私はもう【剣姫】じゃない…………!」

 

「ゲッ!?」

 

フリュネさんが驚き、狼狽えている間にアイズさんは右手を握りしめる。

次の瞬間、強烈なアッパーカットがフリュネさんの顎に入った。

その威力はフリュネさんの巨体を宙に浮かし………いや、飛ばした。

勢いよく打ち上げられたその巨体は減速する兆しを見せないまま天井に突き刺さった。

 

「今の私は【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】。ベルと同じ、『シャッフル同盟』の一人」

 

アイズさんの右手の甲には、クイーン・ザ・スペードの紋章が浮かび上がっていた。

その光景を、ポカーンと見つめるアマゾネス達。

頭が天井に突き刺さったままぶらぶらと揺れるフリュネさんの体。

まあ、死んじゃいないだろうけど…………

すると、床に座り込んだままだった僕の体が、突如浮遊感に包まれた。

 

「へっ?」

 

「行こう、ベル」

 

気付けば、僕はアイズさんに抱き上げられていた。

しかもこの格好はお姫様抱っこ。

いや、ちょっと待ってくださいアイズさん!

これは恥ずかし過ぎます!

僕は声を上げようとしたけど、それよりも早くアイズさんは先程破ってきた窓から外へ飛び出した。

そのまま屋根伝いに宮殿から離れていく。

すると、

 

「ベル………」

 

「は、はい………」

 

アイズさんから話しかけられ、僕は返事を返す。

 

「ベルはこんな所に来ちゃダメ」

 

「い、いえっ………僕は………」

 

「こんな所に来ちゃダメ!」

 

「ご、ごめんなさい………」

 

アイズさんの言葉に僕は大人しくなることしか出来ない。

やがて景色が様変わりし、見覚えのある街並みになる。

あ、ここってさっきも来た遊郭………

アイズさんは極東の独特な作りである瓦が敷き詰められた三角形の屋根の頂点をバランス良く走り抜ける。

屋根から屋根へ飛び移り、遊郭の入り口である朱色の柱の門が見えてきた時、アイズさんが次の建物へ飛び移るために飛び上がり、着地しようとした瞬間、

 

「あっ………!」

 

屋根が脆くなっていたのか、2人分の重さに耐えきれなかったのか、高く飛び過ぎたのか。

アイズさんは屋根を踏み抜き、僕達は建物内へ落下してしまった。

 

「うわぁああああああっ!?」

 

「ッ………!?」

 

僕達は体勢が悪くうまく着地できずに床に倒れてしまう。

 

「いたた………アイズさん、大丈………ん?」

 

体を起こしながらアイズさんを気遣おうとしたが、体を起こす際に着いた手に、むにゅんという柔らかな感触が伝わる。

 

「んっ……………!」

 

僕の下から艶めかしい声が聞こえた。

僕は目を開いて状況を確認すると、僕はアイズさんを押し倒すような格好になっており、先ほど体を起こすために着いた右手はアイズさんの左胸をがっちりと掴んでいた。

その状況を認識した瞬間、僕は固まってしまう。

――――アイズさんの胸、掴んじゃった、嫌われる、柔らかい、離さなきゃ――――――

いろんな事が頭を駆け巡るが、体が反応しない。

その間ずっとアイズさんの胸を掴んでいることになるが、アイズさんは頬を赤くして目を逸らしてはいるが、怒ったり、嫌がったりという仕草は見せず…………

 

「ベル…………こういう所に来るのはダメだけど…………我慢できない時は………私が……………」

 

え?

何言ってるのアイズさん?

そんなこと言うと僕勘違いしちゃいますよ?

そのまま僕の理性の糸が切れる瞬間、

 

「ほぁあああああああああああああああああっ!!??」

 

突然の悲鳴に僕は我に返った。

 

「と、殿方とご婦人のっ、絡みぃ~~~っ!!??」

 

がばっと身を起こした僕の視線の先には、ピンッと尻尾と耳を立てた見覚えのある狐人(ルナール)の少女が顔を真っ赤にして立っていた。

その直後、フッと意識を手放した彼女はその場に倒れた。

僕は思わず体を起こしたアイズさんと顔を見合わせた。

 

 






第三十九話の完成。
犯されそうなヒロイン(ベル君)を間一髪で助けるヒーロー(アイズさん)の図。
…………………………あれ?
何か間違ってるような気が……………
うん、間違ってないよね。
間違ってないよね?
とりあえず春姫もちょこっとだけ登場。
名前も出てきてませんが。
こんな感じになりましたがどうでしょう。
それでは次回にレディー………ゴー!!





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第四十話 ベル、悩む

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

僕とアイズさんの事故を目撃した狐人(ルナール)の少女が突然奇声を上げて気絶してしまい、僕とアイズさんは呆気にとられる。

とりあえずそのままほっとくのも心配だったので、部屋の中にあった布団にその少女を寝かせ、起きるのを待った。

 

 

暫くすると、

 

「もっ、申し訳ありません!!」

 

僕達の前で狐人(ルナール)の少女が頭を下げていた。

 

「ま、まさかただの事故であのような状況になっていただけとは………!」

 

「あ、いや…………まあ……………」

 

その言葉でその時の状況を思い出し、僕は顔を逸らす。

が、

 

「………………………ん」

 

逸らした先で顔をほんのりと染めるアイズさんを目撃してしまい、更に気まずくなる。

 

「いきなり天井から落ちてきた上に、そちらの女性も娼館では見覚えの無い方だったので不思議に思ったのですが………」

 

いや、そこまで思ってるのなら違うと判断できるでしょう?

 

「…………あの、わたくし、春姫と申します。貴方様方は………」

 

「あ………僕はベル・クラネルといいます」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン………」

 

彼女の自己紹介に僕とアイズさんも名乗り返す。

 

「ではクラネル様、ヴァレンシュタイン様は、どうしてこんな所に?」

 

小さく首を傾げる春姫さんに僕は何故かここまでの経緯を話してしまう。

多分、春姫さんは大丈夫だという確信があったんだろう。

 

「それは………大変でございましたね」

 

話し終えるとやはり彼女は態度を変えることはなく、むしろ同情するような表情を浮かべた。

 

「アマゾネスの方々と申しますと………アイシャさん達でございますか?」

 

「アイシャさんの事を知ってるんですか?」

 

彼女から出てきた名前に僕は思わず聞き返してしまう。

 

「はい。わたくしはアイシャさんによく面倒を見てもらっています」

 

その言葉に、失礼ながらあの女傑のアイシャさんが面倒を見ている姿が想像できなかった。

すると、窓の外が騒がしくなってくる。

僕が気配を断ちながら障子の窓をそっと開け、外の様子を伺うと、複数のアマゾネス達が何かを探しているような動きで駆け回っている。

聞こえてくる声からして、どうやら僕とアイズさんを探している様だ。

 

「少し長居し過ぎましたね。アマゾネスの人達が僕達を探しているようです」

 

僕は障子を閉めるとアイズさんにそう言う。

 

「…………強行突破?」

 

アイズさんはやや物騒な事を言うけど、こっそり出ようとしてもあれだけの数だと見つかる可能性が高い。

 

「あまり他の【ファミリア】とは事を荒立てたくないんですけど………」

 

最悪はそれしか無いかなと思っていると、

 

「それでは時間になりましたら、わたくしが抜け道までご案内いたします。娼館の営業時間寸前までここに隠れていれば、きっと見つかりません」

 

「えっ? いいんですか?」

 

「はい。一夜限りの出会いでございましょうが………春姫は、クラネル様のお力になりとうございます」

 

詫びも兼ねてと口にするけど、彼女からは純粋な善意と献身を感じた。

 

「あ、でも、これが見つかったらすぐに居場所がバレるんじゃ………」

 

僕は天井に空いている穴を見上げながらそう言うと、

 

「その際はお二方には隠れてもらって、わたくしが既に逃げ出したと言えば問題ないと思います」

 

あ、そっかと僕は内心で納得する。

 

「それにその………はしたない打算もあるのでございます」

 

「はっ?」

 

「約束のお時間が来るまで………わたくしとお話しませんか?」

 

頬を染めて、勇気を振り絞るように春姫さんはいじらしく尋ねてくる。

その姿が微笑ましくて、僕は苦笑しながら頷いた。

 

 

春姫さんが尋ねてくる質問に、僕は一つ一つ答えていく。

僕の生まれた村の話から始まり、オラリオに来た理由。

逆に春姫さんが極東の出身だということや、貴族の家の生まれだということも聞いた。

まあオラリオに来た理由が、家を勘当されて、客人の小人族(パルゥム)に引き取られた挙句、モンスターに襲われて殺されそうになったところを盗賊に助けられて、オラリオに売られたという怒涛の展開だったことには吃驚したけど………

勘当された理由の、神様へのお供え物の神饌を食べてしまって勘当されたってところまでは、多分客人の小人族(パルゥム)の策略だったんだろうな~と苦笑しつつ聞いていた。

娼婦として売られた話の中に、このオラリオにとっての歓楽街の必要性というものも出てきた。

その話の中でアイズさんから厳しい視線を感じていたため、僕は空返事をすることしか出来なかったけど…………

知らなかったオラリオの一面に、僕は少なからず衝撃を受けた。

その後に、春姫さんも英雄譚などの物語が好きだということが分かり、大いに盛り上がった。

だけど、

 

「わたくしも本の世界の様に、英雄様に手を引かれ、憧れた世界に連れ出されてみたい………そう思っていたときもありました」

 

目を瞑りながら微笑むその姿は、少し儚げに思えた。

そして、

 

「………なんて、ただのはかない?夢物語でございます。連れ出してもらえる資格は、わたくしにはございません」

 

「そっ、そんなことっ!」

 

自傷気味に続けられたその言葉に、僕は思わず口を挟む。

 

「英雄は、春姫さんみたいな人を見捨てない! 資格が無いなんて、あるわけない!!」

 

声を荒げてそう叫ぶように言う。

すると、彼女は微笑み、

 

「きっと物語の英雄様も、クラネル様のようにお優しいのでしょう………けれどわたくしは、可憐な王女でもなければ怪物の生贄に捧げられた哀れな聖女でもありません」

 

そして笑った。

 

「わたくしは娼婦です」

 

まるで僕は突き放されたかのような錯覚に陥った。

 

「未熟ではありますが、わたくしは多くの殿方に体を委ね、床を共にしています」

 

「……………………」

 

「意思を持って貞淑を守るわけでもなく、お金を頂くために春をひさいできました……………そんな卑しいわたくしを………どうして英雄(かれら)が救い出してくれるでしょうか?」

 

春姫さんは儚く笑う。

 

「英雄にとって、娼婦は破滅の象徴です」

 

その言葉を僕は否定することは出来なかった。

今まで読んだ英雄譚に娼婦が出てきた場合、その末路は碌なものではない。

 

「汚れていると自覚したあの日から、わたくしにあの美しい物語を読む資格はございません。憧れを抱くことは、許されません」

 

「…………」

 

「わたくしは、ただの娼婦なのです」

 

僕は何も言えなかった。

アイズさんも何も言ってはくれない。

 

「…………もう、刻限ですね」

 

何もできない僕の前で、春姫さんはそっと横を向き、窓の外を見る。

外は人通りが少なくなり、明かりも減っていた。

 

「とても楽しい時間でございました………ありがとうございます」

 

お礼を言ってきた彼女に、僕は言葉を返すことが出来なかった。

彼女に案内された裏口から出た僕とアイズさんはすんなりと歓楽街から離れることができた。

それでも僕は、別れ際の春姫さんの顔が忘れられない。

 

「ベルは………」

 

突然アイズさんが口を開く。

 

「えっ?」

 

「ベルは、どうしたいの?」

 

突然のアイズさんの問い。

その問いに対し僕は、

 

「……………分かりません」

 

そう答えることしか出来なかった。

 

「そう………」

 

アイズさんは否定も肯定もせずにそう呟く。

 

「…………ベルがどんな選択をしても、私はベルを応援するから………」

 

「…………アイズ………さん」

 

「ベルは…………ベルらしくすればいいと思う………」

 

「僕は………僕らしく…………」

 

「それがきっと、ベルの正しい選択だから…………」

 

「…………………………」

 

アイズさんの言葉に僕は考える。

僕の………僕の気持ちは…………

 

「邪魔したら悪いから………私はここで………」

 

アイズさんはそう言うと、自分のホームの方へ向きを変え、走り去ってしまう。

一人になった僕は、自分の答えを考え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

 

 

ベル様が先日の夕方に姿を消し、今日の早朝に戻ってきた。

しかもその手には精力剤。

ついでに歓楽街に行っていたとかでヘスティア様が激怒し、ベル様を正座させて尋問していた。

一方の私はといえば、

 

「ズズッ………はぁ~、お茶が美味しいですねぇ………」

 

朝食後のお茶をすすっている所だった。

 

「へぇ~、お子ちゃまだと思っていたのに、団長様もやるねぇ~…………」

 

ダフネ様がニヤニヤとベル様の様子を伺っている。

 

「えと、あの、その………」

 

カサンドラ様は頬を赤くしてオロオロしています。

 

「お前はやけに落ち着いてんなぁ………」

 

ヴェルフ様が呆れるように私に言います。

 

「ヴェルフ様も分かっているでしょう? ダフネ様やカサンドラ様、ヘスティア様が思っているようなことは一切なかったと」

 

「ま、だよなぁ………」

 

私がそう言うと、ヴェルフ様は分かっているかのように頷く。

 

「どういうことだい?」

 

ダフネ様が問いかけてきます。

 

「簡単な事です。ヴァレンシュタイン様にこれ以上無いほどに惚れこんでいる純粋なベル様が、歓楽街で娼婦と寝るなどということは、ほぼ100%あり得ないということです。悔しい事ですが」

 

「………………ヴァレンシュタインって…………も、もしかして【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】か!?」

 

「はい。ついでに言えば、ヴァレンシュタイン様も確実にベル様に惚れています」

 

「んなっ!?」

 

ダフネ様は盛大に驚きます。

 

「あ、アンタはそれでいいのかい!? アンタも……その………!」

 

「確かに私もベル様をお慕いしています。それは否定しません」

 

「だ、だったら!」

 

「言いたいことは分かります。しかし、純粋愚直一直線のベル様のお気持ちをヴァレンシュタイン様から奪うことはほぼ不可能と言ってもよいでしょう。更にヴァレンシュタイン様もド天然の為、ベル様の魅力に抗うことは万に一つも無いと思われます。結論を言えば、ヘスティア様達の我儘で先延ばしにすることはあっても、お二人が結ばれるのは最早時間の問題と言ってもよいでしょう」

 

「あ、諦めるのかい!?」

 

「そうですね。諦めるしかないでしょう…………………一番は」

 

「は?」

 

「ベル様の一番は揺るがすことは出来なくとも、二番三番は狙うことは出来ます!」

 

「えっ?」

 

「ヘスティア様にお聞きしたことがありますが、ベル様はその純粋さ故、育ての親であるお爺様から女の子との出会いやハーレムは男のロマンと教育(せんのう)されているようです」

 

「へっ?」

 

「つまり、ベル様にも少なからずハーレム願望があるという事に他なりません。故に、私と志を同じくする者を集め、ベル様の元に押し掛けるのです! ベル様は押しに弱いので数で攻めれば可能性は高いです!」

 

「ふぇっ?」

 

「現在私を含め、4人の同志が揃っています!」

 

「4人? 酒場の2人とリリ助と………後誰だ?」

 

ヴェルフ様が不思議そうに首を傾げます。

 

「はい。私と、『豊穣の女主人』のシル様とリュー様………そして………」

 

私はそう言いながらごく最近ハーレム同盟に入った新入りに視線を向けます。

その人物は、俯きながら頬を赤くしてモジモジしている。

 

「新たにカサンドラ様もお気持ちを確認して同志となっていただきました」

 

「ぶふっ!?」

 

ダフネ様が噴出します。

 

「カカ、カサンドラッ!?」

 

「あ、あうう………」

 

カサンドラ様は耳まで真っ赤にしています。

 

「正直ヘスティア様にも同志となってほしいのですが、御覧の通り未だにヴァレンシュタイン様と張り合おうとしていますからね…………しばらくは無理でしょう。あとの狙い目はギルド職員のチュール様ですが、彼女もまだベル様の一番を狙っている節がありますので彼女も保留ですね」

 

「そ、そうかい…………」

 

ダフネ様は冷や汗を流しています。

まあ、自分が異常なのは理解しています。

ですが、たとえ一番ではなくともベル様の傍にいたいのです。

これは、私の嘘偽りなき本心。

卑怯だと思われてもいい。

これが一番になれない私がベル様の傍にいる唯一の方法。

更に、今回もトラブルと一緒に新しい女性も引っかけてきそうな予感がします。

もう一人二人増えれば確実性が増しますからね。

こういうのも変ですが、期待していますよ、ベル様。

 

 

 

 

 




四十話です。
短い上に間に合わなかった!!
実は旅行行っていたために帰りが土曜日の夜。
更に日曜日の夕方から地元の祭りのみこしを担いでいたので時間が無くなりました。
とまあ、盆休みに入っているのでちゃんと返信は書きます。
今回は大まかな流れは原作通りです。
まあ最後のリリだけはオリジナルですがね。
とりあえずこれで。
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第四十一話 ベル、決心する

 

 

 

【Side タケミカヅチ】

 

 

 

本日、突然ベルを伴ったヘスティアの訪問を受けた。

何でも話があるらしく、主力メンバーを集めてくれと言われた。

何故か、命と千草だけは名指しで連れてくるように言われたが。

とりあえず団長である桜花を加え、4名で話を聞くことにした。

 

「さてヘスティア。話というのは?」

 

私はヘスティアに話を促す。

 

「うん。つい先日の事だけど、ベル君がタケの所の命君と千草君がウチのホームの前を通り掛かる所を偶々目にしたらしいんだ」

 

む?

それがどうかしたのだろうか?

ホームの前を通り掛かる事などいくらでもあるだろうに。

そう思って命と千草に視線を向けると、何故か2人は拙いものを見られたと言わんばかりに目を見開いて動揺していた。

 

「でだ。普通に通り掛かるだけならベル君も気にしなかっただろうけど、ベル君が言うにはただ事じゃないと言わんばかりに険しい表情で駆け抜けていったそうだ。それで気になったベル君が後を付けていったらしいんだけど…………」

 

ヘスティアの言葉を聞いて、2人はギクリと身を震わせた。

冷や汗がダラダラと流れているのが伺える。

 

「2人の行き先が『歓楽街』だったわけだ」

 

「「なっ!?」」

 

私と桜花が驚愕の余りに声を漏らす。

 

「ベル君も驚きのあまりに2人を見失ってしまって、彷徨う内にイシュタルの子供に絡まれたらしいけど何とか逃げてきたそうだ」

 

ヘスティアはそう続けるが、そんな事はもう耳には入っていなかった。

 

「お前達!! 何故『歓楽街』などに!?」

 

私は思わず2人に向けて叫ぶ。

 

「あ………いえ………タケミカヅチ様………これには深い訳が…………」

 

命が何か言おうとするが、

 

「まさかお前達…………身売りなどという馬鹿な真似をしたのではあるまいな!?」

 

桜花が怒りの表情で問いかける。

 

「み、みみみみみ………身売り!!??」

 

「そ、そんな事してない………!」

 

命が顔を真っ赤にして動揺し、千草は全力で首を横に振って否定している。

その様子から、最悪の状況にはなっていないことは分かったため、幾分か落ち着くことが出来た。

 

「ならば何故そんな所へ相談も無しに行ったのだ?」

 

私は落ち着いた声色で問いかける。

 

「そ、それはその……………交流のある冒険者から、数年前に行方不明となった“あの方”によく似た人を『歓楽街』で見たという情報を得まして………」

 

「なんだと!?」

 

「まさかっ!?」

 

桜花と私は驚愕で声を漏らす。

 

「はい………ご想像の通りのあの方です………」

 

そ、それが本当なら2人が確かめに行きたくなるのも頷ける。

 

「そ、それで結果はどうだったのだ!?」

 

私は思わずその先を促す。

しかし、

 

「申し訳ありません。一口に『歓楽街』と言われましても人も多く、そ、その………しょ、娼館も娼婦も数えきれないほどでしたので、先日だけでは………」

 

命と千草は揃って申し訳なさそうに俯く。

 

「……………2人が『歓楽街』へ行った理由は分かった。だが、何故俺やタケミカヅチ様に何の相談も無く行った!? 結果的に何事もなかったからよかったものの、万が一の事を考えれば俺も同行した方が危険は少なかった筈だ!」

 

桜花は何も言わずに『歓楽街』へ行ったことを叱っていた。

すると、

 

「お、桜花を………『歓楽街(あんな所)』に、連れていきたくなくて…………行って、ほしくなくて……………」

 

千草が珍しく大きめの声でそう言った。

 

「何故だ! 俺では頼りないと!? そういう事か!?」

 

「そ、そうじゃない………! そうじゃないけど………!」

 

「なら………!」

 

「そこまでだ! 桜花君」

 

更に問い詰めようとする桜花をヘスティアが止めた。

すると、ヘスティアは千草の肩に手を置き、

 

「君達が2人で行くことにした気持ちはよーーーーーーーーーーっくわかった。それならば仕方ないね」

 

「へ、ヘスティア様…………」

 

む?

ヘスティアには桜花を連れていかなかった理由が分かったというのか?

私にはさっぱりなのだが………

 

「どういうことですか? 神様」

 

ベルも首を傾げている。

よかった。

分からないのは私だけでは無かった。

だが、それを聞くとヘスティアはため息を吐き、

 

「お互いにニブチンが相手だと苦労するね?」

 

「ヘスティア様…………」

 

何故か同意の眼差しを向ける千草。

全くわからん。

そこで一息吐くと、

 

「でだ、話を戻すけど君達が言っている『あの方』って言うのは誰の事だい?」

 

「我々と同郷の知人です。数年前から行方知れずとなっておりまして…………」

 

命がそう言うと、

 

「それでその人に似た人物を見たって情報に食いついて真偽を確かめるために直接赴いたわけだ」

 

ヘスティアの言葉に命は頷く。

 

「気持ちは分からなくもないけど、人伝に聞いた話だろ? 他人の空似ということもあるんじゃないのかい?」

 

「そ、それはもちろん考えました! しかし、そのお方の種族は珍しく、特徴も無視できない点が多かったのです。それにあの方は自分達と違い高貴な身分です。そんなお方が『歓楽街』などにいるとはとても信じられず………この目で確かめずにはいられなくなって…………」

 

「珍しい種族で高貴な身分………? しかも極東………」

 

ベルがポツリと零す。

 

「どうしたんだいベル君?」

 

「あ、はい。神様には少し話しましたけど、【イシュタル・ファミリア】から逃げる時に匿ってくれた方がいまして…………」

 

「ああ、確かそういう子がいたということは聞いているね」

 

「それで匿ってもらっている間に少し話したんですけど、その人の出身も極東の身分の高い家の出だったそうです。しかも狐人(ルナール)という珍しい種族の方だったので…………」

 

ベルの口からもたらされた情報に私は思わずベルをガン見してしまう。

他の3人も一緒だ。

 

「えっ………と…………何か?」

 

私達の視線に気付いたのか尻込みしながらもベルは声を漏らす。

 

「ベ、ベル殿…………その方の…………その方の名はっ………!?」

 

命が震えた声で問いかける。

 

「ほ、本名かどうかは分かりませんが………………春姫………とだけ」

 

その瞬間全員が身を乗り出した。

 

「ど、何処に………! 春姫殿は何処に居られたのですか!?」

 

凄まじい剣幕で問い詰める命。

私や桜花達もベルに詰め寄る。

 

「え、えっと…………ゆ、遊郭の区画の入り口からさほど離れていない極東の娼館で……………」

 

その瞬間、命が立ち上がる。

 

「貴重な情報をありがとうございます! ベル殿!」

 

「待て命! また『歓楽街』へ行く気か!? だったら俺も………!」

 

桜花がそう言って立ち上がろうとした所で、

 

「駄目っ!!」

 

千草が大声を張り上げた。

 

「お、桜花は行っちゃ………駄目………!」

 

「千草…………?」

 

千草は桜花の袖を引っ張りながら必死に止めている。

すると、

 

「ご心配なく。私に秘策があります」

 

命は自信満々にそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

命さんの秘策とは男装して『歓楽街』へ向かうというものだった。

確かに男としていけば『歓楽街』では目立たないし男に絡まれる可能性はずっと少ないだろう。

今夜にもう一度行くらしいけど、僕は神様から絶対に行かないようにと念を押された。

こっそり付いて行こうかという僕の考えは見透かされていたらしい。

それで、僕は少しでも【イシュタル・ファミリア】の情報を知るためにエイナさんに相談しに行ったんだけど、

 

「しょ~~~~~~~~~かぁ~~~~~~~~~~~~~~~~ん?」

 

相談用の個室にて凄まじいジト目で睨まれています。

 

「じゃあ君は、夜の街で遊んじゃったっていうんだ~?」

 

いや、男が『歓楽街』に行ったと聞けばそう言う方向に行くのは当然かもしれませんが………

 

「ちちちちちちちち、違いますぅ~~~~!!」

 

僕は必死に否定する。

 

「ベル君だって冒険者で男の子だし…………そ、そういうことに興味を持つ年頃なのかもしれないけど…………でも………だって………そんな…………」

 

エイナさんは耳まで真っ赤にさせながらブツブツと呟き、

 

「や、やっぱりだめぇ~~~~っ!!」

 

いきなり大声を上げた。

 

「今後一切君は娼館なんかに行っちゃダメ! わかった!?」

 

「え、あ、でも………」

 

「だーめ!!」

 

「は、はいぃぃぃぃぃっ!」

 

身を乗り出してくるエイナさんの剣幕に、僕は強制的に頷かされる。

すると、突然黙り込み、

 

「だ、だけど…………も、もし我慢できなくなった時は…………わ、私に言ってくれれば、いつでも相手してあげるからっ………!」

 

「ぶっ!?」

 

エイナさんの言葉に僕は思わず噴き出した。

 

「ななな、何言ってるんですかエイナさん!!?? 女性が軽々しくそんなこと言っちゃ………」

 

「軽々しくなんかじゃないよ!!」

 

僕の言葉はエイナさんに遮られた。

 

「わかってると思うけど私はベル君が好き! ベル君になら抱かれてもいいって………ううん、抱かれたいって思ってる!!」

 

「え、あ、その………」

 

余りにもドストレート過ぎるエイナさんの言葉に僕はタジタジになる。

一方のエイナさんの顔はトマトのように真っ赤だ。

 

「お、お気持ちはとても嬉しいんですけど、僕はアイズさんが………」

 

「君がヴァレンシュタイン氏を好きな事は分かってる! だけど、私は諦めない! 諦められない!! 例え君がヴァレンシュタイン氏と恋人同士になったとしても、ううん、例え結婚したとしても、私は君を諦めない! いつか君の心を奪って見せる!」

 

暫くして、話が明後日の方向に脱線していることに気付いた僕達は、互いに顔を赤くしながら咳ばらいをして向き直り【イシュタル・ファミリア】の事を聞くことにした。

結果、アイシャさんやフリュネさんは有名なのでいくらかの情報は入ったが、春姫さんに関しては全く手掛かりは無かった。

でも、レベルを偽っていないかという案件に関しては、少し引っかかるものがあった。

 

 

 

 

 

その夜。

僕はホームの屋根の上で星空を眺めていた。

傍らには、故郷から持ってきた英雄譚の一つ。

娼婦が出てくる物語だ。

この物語でも、娼婦は同情や哀れみの対象であっても、『救済』の対象ではない。

春姫さんの言っていた通り、娼婦は破滅の象徴と言ってもいい。

娼婦が救われる英雄譚は無い。

少なくとも、僕は読んだことが無い。

 

「………………………」

 

でも、春姫さんの眼を見て感じたのは、救いを求める渇望の眼差し。

春姫さんも、娼婦という鳥籠から飛び出したいという気持ちが伝わってきた。

でも…………

物語の英雄は、娼婦を救わない。

 

「……………僕は…………どうしたら…………」

 

誰に言うでもなく、そう言葉が漏れた。

その時、

 

「悩み事か? ベル・クラネル」

 

後ろから突然声が聞こえた。

僕がハッとして後ろを振り向くと、そこには月をバックに腕を組んで直立する、覆面を被った男性の姿。

 

「シュバルツさん………」

 

彼は堂々とした態度でそこに立っていた。

 

「…………どうしてここに?」

 

「何、少々出歩いていた時にお前がここにいるのが見えてな」

 

それだけ言うと、シュバルツさんは黙り込み、沈黙がその場を支配した。

僕は前に向き直ると、ポツリと話し出した。

 

「シュバルツさん…………僕は、英雄に憧れてこのオラリオにやってきました」

 

「ほう………『英雄』か」

 

「幼稚と思われるかもしれませんが、本で読んだ英雄たちに…………困る人々を助け、強大な敵を打ち倒し、ヒロインたちと恋をする彼らに…………僕はなりたかった………」

 

「………………」

 

シュバルツさんは僕の言葉を黙って聞いている。

シュバルツさんの雰囲気から、僕の話を馬鹿にしたりせず、真面目に聞いてくれている。

 

「英雄は…………沢山の人達を救ってきました………盗賊やモンスターに襲われた村人………圧政に苦しむ領民達…………一国のお姫さまや生贄にされた聖女…………果ては世界を救ったり、悪に堕ちた敵を救う物語すらありました…………」

 

「ふむ………私は英雄譚には詳しい方ではないが、そのような物語があることは聞いたことがあるな」

 

「でも………その英雄譚の中でも…………救われない人がいます」

 

「む………」

 

「それが…………娼婦です」

 

「…………………」

 

「つい昨日の話ですが、僕は訳あって『歓楽街』に迷い込んでしまったんです。その時に一人の娼婦の少女に助けてもらって、少し話もしました…………僕と一緒で英雄譚が好きな彼女でしたが、『自分は娼婦だから英雄には助けてもらう資格が無い』と言いました…………だけど、彼女の眼は誰よりも助けて欲しいと叫んでいました……………それで…………」

 

「その者を助けて良いかどうかを悩んでいたと?」

 

「……………はい」

 

「………一つ聞くが、お前は過去の英雄が成した事を成すだけで満足なのか?」

 

「えっ?」

 

「“お前の目指す英雄”は、“過去の英雄”が成し遂げた事を成すだけで満足するモノなのか?」

 

「僕の………目指す英雄…………」

 

「どうせ英雄を目指すのならば………『英雄を超えた英雄(ヒーロー・ザ・ヒーロー)』を目指してみるのも、悪くないのではないか?」

 

「『英雄を超えた英雄(ヒーロー・ザ・ヒーロー)』……………」

 

僕の手に力が籠る。

そうだ。

僕は何を迷っていたのだろう。

黒竜の話を聞いた時にも思ったじゃないか。

『過去の英雄が成し遂げられなかった事を成し遂げれば、間違いなく英雄』だと。

決めた。

僕は、春姫さんを助ける。

春姫さんが娼婦だろうと関係ない。

今までの英雄が娼婦を助けなかったというのなら、僕は『娼婦も助ける英雄』になる!

僕は両手の拳を握りしめた。

後は…………

 

「どうやって春姫さんを助けるかだ…………」

 

僕はその言葉を漏らした。

フリュネさんが最大戦力として、アイシャさんはおそらく【イシュタル・ファミリア】の中でも上位に食い込む実力者だろう。

そして、『歓楽街』のほぼすべてを取り仕切る【イシュタル・ファミリア】の勢力は【アポロン・ファミリア】とは比べ物にならない。

例えそうだとしても、単身乗り込んで中核を撃破。

そして春姫さんを連れ出すことは可能だと思う。

でも、そうなれば【イシュタル・ファミリア】との全面衝突は必至だ。

僕とリリとヴェルフがいれば勝てると思うけど、こちらから仕掛ければ、ギルドからもペナルティを受けるだろう。

既に十億の借金がある今、最悪【ファミリア】の解散に繋がりかねない。

そうなると…………

 

「今度は救い出す方法で悩んでいるようだな?」

 

シュバルツさんが見事に言い当ててきた。

 

「私も娼婦については詳しいわけでは無い。だが、『身請け』という方法がある事を聞いたことがある」

 

「『身請け』………?」

 

「ああ………簡単に言えば娼婦を『買い取る』ということだ」

 

「娼婦を………買い取る?」

 

「普段は一夜しか共にできない娼婦を、莫大な金額を払って娼館から買い取り、自分のものにすることだ。娼婦とは言え商売の一種。正式な手順を踏めば、事を荒立てることも無いだろう」

 

その言葉を聞いた瞬間、僕は思わずシュバルツさんに詰め寄った。

 

「そ、それはっ! 『身請け』にかかる金額はどの位なんですかっ!?」

 

「すまないがそこまではわからん。先程も言ったが私は娼婦に詳しいわけでは無い。他の詳しい者に聞いた方が良かろう」

 

「そう言われても…………娼婦に詳しそうな知り合いなんて…………」

 

僕は人間関係がそこまで広い訳じゃない。

【ファミリア】の人達を除けば、ギルドのエイナさんを始めとして、『豊穣の女主人』のシルさんやリュー達。

命さん達【タケミカヅチ・ファミリア】とシュバルツさんと同じ【ミアハ・ファミリア】のナァーザさん。

あとはアイズさん達【ロキ・ファミリア】と少し縁がある程度だ。

神様はヘファイストス様と仲が良いけど、僕自身はヴェルフ以外と交流は無かったし………

というより、改めて思うと僕の知り合い女性率が高いから娼婦の事なんて聞けない!

え~っと…………僕の知り合いで娼婦に詳しそうな“男性”は…………

 

『それじゃあベル君! お互い楽しい夜を過ごそうぜ!』

 

「あっ…………!」

 

一人思い当たった。

と、いうより僕が騒動に巻き込まれた原因の男性(かみさま)だ。

 

「シュバルツさん! ありがとうございます!」

 

僕はそれだけ言って屋根から飛び降り、夜のオラリオへ繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

ベルが走り去った後、

 

「フッ………性格は全く違うが迷いが無くなれば一直線なあの姿は(ドモン)に似ている所があるな」

 

 







第四十一話です。
盆休み最後の一日は憂鬱です。
それでも頑張って書きました。
とりあえずエイナさんがはっちゃけ過ぎたかも…………
戦闘はしばらくないのでご勘弁を………
あ、因みに分かるとは思いますがシュバルツの言っていた『英雄の中の英雄(ヒーロー・ザ・ヒーロー)』の元ネタはガンダムファイト優勝者に送られる称号『ガンダム・ザ・ガンダム』です。
では、今回はこの辺で。
それでは次回にレディー………ゴー!!




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第四十二話 ベル、聞き出す

 

 

 

 

【Side ヘルメス】

 

 

 

 

「ああ…………困ったことになった…………」

 

夜の街を歩きながら俺は呟いた。

 

「まさかイシュタルがベル君に興味を持つとは…………」

 

フレイヤの弱みが無いか聞かれたとき、弱みというほどではないがフレイヤに【魅了】されなかったベル君の事を無理やりに聞き出されてしまった。

それでフレイヤに【魅了】されなかったベル君を自分が【魅了】して見せれば『美の神』としてフレイヤより上に立つことが出来るとイシュタルがやる気になってしまったのだ。

 

「ああ………拙いなぁ………」

 

力尽くでベル君を如何こうできるとは思っていないが、間接的にも自分の所為でベル君に迷惑が被った事を知れば、自分にも少なからず報復………というか罰が下されるだろう。

 

「本当にどうしよう…………?」

 

その時、何処からともなく声が聞こえた。

 

『………メ……ま………!』

 

「ん?」

 

僕は周りを見渡す。

 

『ヘ………スさ………!』

 

そして大通りのはるか向こう側、その先から感じるひしひしとしたプレッシャー。

 

『ヘルメス様………!』

 

声が徐々に大きくなり、俺の背中に冷たい汗が流れる。

 

「ヘルメス様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

そこから現れるのは、兎の皮を被った武闘家。

 

「ヘルメス様、見つけたぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

件の中心人物であるベル君が一直線に俺に向かってきた。

も、もしかして既にイシュタルに絡まれて、その情報源が俺だということがバレたんじゃ…………

そ、それならここは思い切って………

ベル君が俺の両肩を掴んできた瞬間、俺は全力で謝った。

 

「わぁあああああああああっ!! ごめんよベル君っ!! 悪気は無かったんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「ヘルメス様っ!! 娼婦の『身請け』について詳しく聞かせてくださいっ!!!」

 

でも、

 

「「………………えっ?」」

 

話の食い違いに俺達は同時に声を漏らした。

 

 

 

 

 

落ち着いた後にベル君から話を聞くと、

 

「なるほど………タケミカヅチの子供達の知り合いが娼婦にね………で、ベル君はその子と実際に会ってその子を助けたいと思った。だけど無理矢理に連れ出すのは色々と問題があるから、その子を『身請け』して助け出したいと」

 

「はい。ヘルメス様ならその辺り詳しいんじゃないかと思って………」

 

「なるほど………それにしても、俺ってそんなに『歓楽街』で遊び惚けているように見えるかなぁ………?」

 

それはちょっと心外だけど。

 

「いえ………ヘルメス様と会ったのが『歓楽街』でしたから。あと、僕の男の知り合いで娼婦に詳しそうなのはヘルメス様以外に思いつかなかったので………」

 

確かにベル君の知り合いは女性が多いね。

それも見た目麗しい娘ばかりだ。

 

「まあいいか。それよりも『身請け』にかかる金額だったね? 娼婦の位にもよるけど、相場は二、三百万と聞くかな?」

 

「三百万………」

 

ベル君は口元から笑みを浮かべており、握り拳を作っている。

普通の下位【ファミリア】にとっては厳しい金額だろうけど、今の【ヘスティア・ファミリア】なら上手くやれば一回の探索で稼げる金額だろう。

 

「ヘルメス様! ありがとうございます!」

 

光明が見えたためか、ベル君は嬉しそうにそう言う。

だから俺はもう少しお節介を焼くことにした。

 

「ベル君。良ければその娘の事を教えてくれないかな? 俺もイシュタルに探りを入れて力を貸せるかもしれない」

 

「ありがとうございます。彼女は春姫と名乗っていました。命さんと同じぐらいの年齢で、種族は狐人(ルナール)です」

 

俺はそれを聞いた瞬間、思わず動揺してしまった。

 

「………狐人(ルナール)

 

「ヘルメス様?」

 

俺の動揺を悟られたのか、ベル君が怪訝そうな表情をした。

だけど、もし『あれ』の目的がベル君の言う彼女なのだとしたら、なんて残酷な…………

そして気付けば、俺の口から言葉が漏れ出していた。

 

「…………これは俺の信条に反するんだが………ベル君と『歓楽街』で会った昨日、俺は運び屋の依頼を受けて、イシュタルのもとにある荷物を届けに行っていた」

 

「ある荷物………?」

 

「運び屋として依頼主や荷物の情報を明かすのは御法度、失格もいいところなんだけど………俺は君を贔屓している、話しておくよ」

 

俺の言葉にベル君は不思議そうな顔をしている。

 

「俺が届けたのは、『殺生石』というアイテムだ」

 

「殺生、石…………?」

 

聞き覚えが無いのかベル君は首を傾げる。

 

「俺が言えるのはここまでだ。じゃあね、ベル君」

 

俺はそう言ってその場を立ち去る。

まったく、(オレ)が言う事じゃないが、世界はベル君に厳しいね。

俺はそう思いながら夜のオラリオを歩いた。

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

ヘルメス様が立ち去り、僕はホームへの帰路を歩いていた。

それよりも、去り際に言った『殺生石』というアイテムの事。

ヘルメス様は人をおちょくりはするけど、全く意味の無い言葉とは思えない。

あのタイミングで言い出したということは、おそらく春姫さんに関係すること。

『殺生石』というものがどういう物かは分からないけど、碌なものではないんだろう。

僕はそう考えながらホームの玄関を潜る。

 

「ただいま帰りました」

 

「やあ、遅かったねベル君。修業に身が入り過ぎていたのかい?」

 

神様がそう言ってくる。

 

「いえ、そうではありませんが………すみません。皆を集めてもらって良いですか?」

 

「?」

 

僕の言葉に神様は首を傾げた。

 

 

 

「それで? 全員を集めて何の話だい?」

 

ダフネさんが開口一番にそう言う。

 

「はい…………昼間に話したと思いますが、【タケミカヅチ・ファミリア】の皆さんの知り合いである春姫さんの事です」

 

「ああ………狐人(ルナール)の娼婦の………」

 

「はい。悩みましたが……………僕は春姫さんを助けたいと思います!」

 

僕は自分の意思をはっきりと口にした。

その言葉に、その場の空気が張り詰めたことを感じる。

 

「……………ベル様、分かっていると思いますが、他【ファミリア】の構成員を連れ出すことはお勧めできません。全面衝突になっても負けることは無いと思いますが、その場合の非はすべてこちらにあります。ギルドからのペナルティもあるでしょうし、十億の借金もある今、【ファミリア】の解散にも繋がりかねません」

 

リリが僕と同じ可能性を危惧する。

 

「うん、それは分かってる。だから、正攻法で春姫さんを助けようと思ってる」

 

「正攻法…………ですか?」

 

カサンドラさんが首を傾げた。

 

「はい。今回の事は、春姫さんが娼婦である事が有利に働きます」

 

「娼婦である事が有利?」

 

「あまり褒められた方法ではないと思いますが…………春姫さんを『身請け』しようと思います!」

 

「「「「「!?」」」」」

 

僕の言葉に全員が驚愕の表情を浮かべる。

 

「ヘルメス様に聞いたところ、『身請け』に掛かる金額は約三百万との事です」

 

「『身請け』………なるほど、その手がありましたか………しかしベル様、十億という借金がある以上私達にお金を貸してくれる所はないでしょう。そうなると、直接ダンジョンで稼ぐ必要があります」

 

「なんだったら、また俺が『魔剣』を打っても良いが?」

 

リリに続いて、ヴェルフがそう言った。

でも、僕は首を横に振った。

 

「いや、いいよ。これは僕の我儘みたいなものなんだ。そのためにヴェルフの信条を何度も曲げるわけにはいかない」

 

そう言うと、ヴェルフはやれやれと肩を竦める。

 

「それに今の僕達だったら三百万ぐらいならすぐに稼げると思うし………まあ、ある程度深い階層に潜らなきゃいけないとは思うけど」

 

「金額については余裕を持って五百万ぐらいは用意しておいた方が良いと思います。たとえ余ったとしてもその分は借金返済に回せばいいのですから無駄にはなりません」

 

そのまま僕達はどの様にしてお金を稼ぐか話し合おうとしたけど、

 

「ちょーーーーーーーっとまったぁっ!! 何君達はとんとん拍子に話を進めようとしているのさ!? だいたい『身請け』だって!? そんな不埒な事このボクが許すとおもっているのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

突然神様が叫んだ。

 

「だけどヘスティア様。その方法が一番後腐れ無いと思うんだけど?」

 

ダフネさんがそう言う。

 

「む…………?」

 

「ベ、ベルさんなら………こ、困ってる人は見捨てられないと思いますし………」

 

カサンドラさんも便乗する。

 

「むぅ…………?」

 

「ハッキリ言えばベル様がこういう判断を下されることは予想済みです。『身請け』という方法を選んだのは予想外でしたが…………」

 

リリが畳み掛け、

 

「むぐぐ………!」

 

「それに『身請け』って言ってもベルの事だから形式上だけだろ? その娘が自由になったら知り合いの【タケミカヅチ・ファミリア】の方に行くんじゃねえのか?」

 

最後にヴェルフの言葉が止めになったのか、

 

「…………………あ~~も~~~! 分かったよ! ここで駄々をこねたらボクが悪者じゃないか!」

 

神様も最終的には認めてくれたみたい。

 

「ありがとうございます。神様」

 

僕は神様にお礼を言う。

 

「全く、君は少し位自重を覚えた方がいいよ。でもまあ、それこそがベル君だと言えるんだけどね?」

 

「あはは…………」

 

神様の言葉に、僕は苦笑した。

と、そこで僕は気になっていたことを口に出した。

 

「ところで神様、『殺生石』というアイテムをご存知ですか?」

 

「『殺生石』? う~ん…………悪いけど聞いた事ないなぁ…………」

 

僕は皆にも視線を配り、問いかけるけど、皆は知らないと首を横に振った。

 

「そうですか…………」

 

「そのアイテムがどうかしたのかい?」

 

「いえ、ヘルメス様に春姫さんのことを教えた時、意味ありげにその『殺生石』を依頼でイシュタル様に届けたということを口走りまして…………おそらく春姫さん………いえ、狐人(ルナール)に関係するアイテムだとは思うんですが………」

 

「なるほど………ヘルメスはああ見えてかなりの情報通だからね。何か知っていても不思議じゃないか………」

 

神様も春姫さんと『殺生石』の繋がりを示唆する。

 

狐人(ルナール)に関してはボクよりもタケの方が詳しいだろうから、明日またタケの所に行ってみようか。命君の結果も知りたいしね」

 

「わかりました」

 

とりあえず大まかな方針は決まった。

でも、もし何らかの理由で『身請け』が出来なかったとしたら…………

その時は…………実力行使も辞さないだろう。

僕は密かにその覚悟も決めていた…………

 

 

 






第四十二話です。
繋ぎ回なので短い上に盛り上がりが無いですね。
特に特筆するところも無し。
未熟者ですみません。
ともかく次回にレディー………ゴー!!


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第四十三話 ベル、『殺生石』を知る

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「殺生石だとっ!!??」

 

僕達の目の前でタケミカヅチ様が叫ぶ。

春姫さんを助けると決めた翌日、僕達は命さんの結果を聞くと同時に『殺生石』の事を知らないか聞きに来ていたのだが…………

『殺生石』という単語を出した瞬間にタケミカヅチ様の目の色が変わり、御覧のあり様という訳だ。

尚、命さんについては春姫さんを見かけることは出来たのだが、拒絶されまともに話すことは出来なかったということだ。

 

「それは本当か!? 本当に………イシュタルが持っていると言ったのか!?」

 

「タ、タケミカヅチ様!?」

 

「落ち着いてください!」

 

激昂するタケミカヅチ様を桜花さんや命さんが宥める。

タケミカヅチ様はハッとなって正気に戻ると、

 

「す、すまんヘスティア」

 

「いや、いいよ………それより、君がそこまで取り乱すなんて、『殺生石』って言うのはやっぱり碌な物じゃないみたいだね?」

 

神様は真剣な表情でタケミカヅチ様に問いかける。

すると、

 

「『殺生石』は、狐人(ルナール)専用のアイテムだ」

 

 

 

 

タケミカヅチ様が言うには、『殺生石』は狐人(ルナール)の遺骨を原料にした、『妖術』と謳われる狐人(ルナール)の魔法の力を跳ね上げる『玉藻の石』と、月の光を浴びると色を変え、光を放ち、魔力を帯びる特殊な鉱石、『鳥羽の石』別名『月嘆石(ルナティック・ライト)』を素材にして生成する禁忌のマジックアイテム。

そして、『鳥羽の石』の効果が最大限に発揮される満月の夜に、その効果を持つ『殺生石』は狐人(ルナール)の『魂』を石の中に封じ込めるものだと。

『魂』が封じられた『殺生石』は、その狐人(ルナール)の使える『妖術』の力を第三者に与えることが出来るようになるという。

代償として、生贄にされた狐人(ルナール)を魂の抜け殻に変える。

でも、『殺生石』を肉体に注入すればその狐人(ルナール)は目を覚ます。

だが、『殺生石』は砕ける。

その砕けた石の欠片一つ一つですら『妖術』を発動させることが出来るらしい。

そして、『殺生石』が砕けてしまえば、その生贄にされた狐人(ルナール)は元に戻ることはない。

全ての欠片を集めて肉体に戻したとしても、良くて赤子同然、悪ければ廃人だという。

 

 

 

「………『殺生石』の発動が『鳥羽の石』の性質に左右されると言うのなら、魂を移す儀式が行えるのは満月の夜…………」

 

「次の満月は…………」

 

「明後日だ」

 

その言葉を聞いた瞬間、命さんが立ち上がる。

 

「待つんだ!! 命君!!」

 

その命さんを神様が諫める。

僕も思わず立ち上がりそうになっていたが、同時に止められた。

 

「何故です!? このままでは春姫殿が!」

 

命さんは思わず声を荒げるが、

 

「いいから落ち着くんだ! 少なくとも明後日の夜までは無事だ! 最悪ベル君達なら一晩あればどうとでもなる!!」

 

その言葉にハッとなって、命さんは縮こまりながらその場に座る。

 

「も、申し訳ありません………取り乱しました………」

 

「いや、いいよ。それだけその狐人(ルナール)君のことが心配なんだろうし………」

 

命さんはもう一度頭を下げる。

 

「もう一度言うけど、ベル君達が居れば【イシュタル・ファミリア】にカチコミ掛ければどうとでもなる。だけど、先に手を出せばこちらが悪者だ」

 

「で、ですが! 【イシュタル・ファミリア】は春姫殿を!」

 

「たとえその狐人(ルナール)君が君達の友人だとしても、彼女の所属は【イシュタル・ファミリア】なんだ。他の【ファミリア】の内部事情に干渉する権限は、ボク達には無い」

 

「ッ!」

 

神様の言葉に命さんは言葉を詰まらせる。

 

「その彼女を見捨てる気はないから最悪は救い出すけど、ギルドからのペナルティが怖いよ………」

 

「【イシュタル・ファミリア】のホームに潜入して、『殺生石』だけを壊すという手もありますね。それでもペナルティは受けるでしょうが、全面衝突よりは軽くなるんじゃないでしょうか? 【イシュタル・ファミリア】としても、『殺生石』は禁忌のアイテムですから、その欠片でも証拠として抑えておけば強くは言えないでしょうし………」

 

「なるほど、『殺生石』さえ壊してしまえば儀式は行えない。もしかしたら、『殺生石』を証拠に【イシュタル・ファミリア】を告発すれば、保護を名目に狐人(ルナール)君を引き取ることも可能かもしれないな…………まあ、一番手っ取り早いのは向こうから仕掛けてきてくれて返り討ちにすることなんだけど…………」

 

「【イシュタル・ファミリア】には僕達に仕掛ける理由がありませんからね」

 

「とりあえず、明日までにいい方法が無いか考えよう。それで何も思い浮かばなければ、さっきベル君が言った忍び込んでの『殺生石』の破壊を行う」

 

神様の言葉に僕は頷く。

 

「ヘスティア様、ベル殿っ!」

 

その声に振り向けば、命さんが深々と頭を下げていた。

 

「春姫殿の為の尽力、本当にありがとうございます。そしてどうか、春姫殿を救ってください!!」

 

「…………頭を上げてください、命さん」

 

僕は命さんにそう言う。

 

「ベル殿………」

 

顔を上げる命さん。

 

「僕は別に恩に着せるつもりはありません。春姫さんを助けるのは、僕がそうしたいからです。僕が春姫さんを助けたいと思った。だから助けるんです」

 

「ベル殿…………」

 

命さんは、もう一度深々と頭を下げた。

 

 

 

 

僕と神様がホームへ戻ってくると、ホームの前に何やら豪華な馬車が停車しており、僕達が到着するとほぼ同時に動き出し、ホームの敷地内から出ていった。

 

「ヴェルフ、リリ!」

 

ホームの玄関前にいたヴェルフ達に声を掛ける。

 

「ベル様、ヘスティア様!」

 

「今の馬車は何だったんだい?」

 

神様が尋ねる。

すると、リリが手に持った羊皮紙を見せながら言った。

 

「商会からのクエストです」

 

「商会?」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)の影響だろうな。金にがめつい連中が接触してきた」

 

所謂将来有望そうな【ファミリア】に商人たちが接触してきたということだ。

まあ、戦争遊戯(ウォーゲーム)であれだけ大暴れすればね………

たった三人で百人を超える相手を一方的に蹂躙したのだ。

そのインパクトは計り知れないだろう。

とりあえずホームの中に入り、ダフネさんとカサンドラさんを交えて話をすることにした。

 

「投資………とはまた違うが、オラリオではよくある事だな」

 

「ギルドを通さず直接指名してきたので、公式と呼べるクエストではありませんが、相手はハッキリしています」

 

ヴェルフとリリがそう言う。

 

「で? 依頼の内容は?」

 

ダフネさんが問うと、

 

「十四階層の食料庫で、石英(クォーツ)を採掘してこいだそうです」

 

リリが答える。

 

「報酬がおかしなぐらい依頼内容と釣り合っていないな」

 

「これから御贔屓してくださいと真意が見え見えですね」

 

「報酬は?」

 

僕が聞くと、

 

「百万ヴァリス」

 

「ひゃ、ひゃくまん…………ッ!?」

 

カサンドラさんが目を見開いて驚いている。

 

「………………明らかに胡散臭いですね」

 

僕は呟く。

 

「まあ、期待する【ファミリア】に取り入ろうとするなら、この位はポンと出す商会も珍しくないと言えばそうだけど………」

 

神様はそう言うが、

 

「でもやっぱり、あまり商人や商会とは繋がりを持ちたくないなぁ………」

 

神様も利害関係を良しとしないのか気乗りしていない。

 

「先方には悪いけどこの依頼は断って…………」

 

『その答えを出すのは、少し早計かもしれんぞ』

 

神様の言葉の途中で、そんな声が響いた。

その聞き覚えのある声は………

 

「この声って………」

 

すると、床に映る神様の影の中から、シュバルツさんが腕を組んだ直立の姿勢で飛び出してきた。

 

「うわぁぁぁぁぁっ!!??」

 

神様は盛大に驚き、ダフネさんとカサンドラさんは身構える。

 

「シュバルツさん!」

 

僕は思わず叫ぶ。

 

「突然の訪問、失礼する」

 

シュバルツさんは一言断りを入れる。

 

「ダフネさん、カサンドラさん、シュバルツさんなら大丈夫。警戒しなくていいよ」

 

僕は二人にそう言うと、シュバルツさんに向き直る。

 

「それでシュバルツ様、先ほどの答えを出すのは早計とはどのような意味でしょうか?」

 

リリが全く動じてない雰囲気で問いかける。

シュバルツさんは一度頷くと、

 

「うむ。この依頼…………どうやら裏で【イシュタル・ファミリア】が糸を引いている様だ」

 

「なんだって!?」

 

「私もベルに話を聞いてから、個人的に【イシュタル・ファミリア】を探っていた。そして、この依頼を出した商会に、【イシュタル・ファミリア】の構成員が接触していたのだ」

 

「ってことは………この依頼の最中に【イシュタル・ファミリア】が絡んでくる可能性が高いってことか…………でも、何でイシュタルの奴がウチに?」

 

「さてな、詳しい事は分からんが、どうやら【イシュタル・ファミリア】はベルを捕まえる気の様だ」

 

「えっ? 僕を!?」

 

僕は驚く。

 

「またベル君目当てかい? どいつもこいつも懲りないなぁ………」

 

神様は呆れた表情で呟く。

 

「ですが、これはチャンスです」

 

リリが口を開く。

 

「こちらから仕掛けてしまえばペナルティを受けてしまいますが、ベル様が攫われたという大義名分があれば………」

 

「なるほど、うまくやればペナルティを受けることなく【イシュタル・ファミリア】に喧嘩を売れるってことだな」

 

「そういう事です」

 

「なので、ベル様には一旦ワザと捕まってもらわなければいけませんが………」

 

「うん。それに、中から暴れた方が相手の隙を作れるだろうしね」

 

「では、どのようにベル様が攫われるかと、大義名分を得る方法を具体的に煮詰めていきましょう」

 

僕達は、夜遅くまで作戦会議を行った。

 

 

 

 

 

 





第四十三話です。
今回もバトルが無いので短くあっさりしています。
ようやく次回にちょっとバトルが入るぐらいかな?
何だかんだで動かしやすいシュバルツさん。
イシュタルの陰謀をあっさり暴露。
逆にベル君達が嵌めようとする始末です。
さて、イシュタル・ファミリアの命運やいかに!?
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第四十四話 ベル、攫われる

 

 

 

話し合いから二日後。

今日の夜が満月であり、僕達は早朝からダンジョンに潜り、十四階層を目指していた。

因みにこの場にいるのは【ヘスティア・ファミリア】だけではない。

【タケミカヅチ・ファミリア】から桜花さん、命さん、千草さん。

【ミアハ・ファミリア】からシュバルツさん。

更にシュバルツさんの専属鍛冶師で、最近はシュバルツさんとダンジョンに潜っているという【ヘファイストス・ファミリア】のスィークさん。

これだけの人数がパーティとして行動を共にしている。

その理由は、

 

「さて、ではこれより十四階層に入ります。なので、計画の確認をします」

 

リリがそう切り出す。

 

「おそらく十四階層の何処か………もしくは食料庫で【イシュタル・ファミリア】の襲撃があると思われます」

 

「そこで僕がワザと攫われて…………」

 

僕がそう言うと、

 

「念のために襲撃者を2、3人とっ捕まえておいて…………」

 

ヴェルフが続き、

 

「ギルドに襲撃者を突き出して、あんたらが襲われたっていう証人になればいいんだろ?」

 

スィークさんが答える。

ここまで別【ファミリア】のメンバーを集めたのは、同【ファミリア】だけでは証言としては弱いからだ。

でも、複数の【ファミリア】のメンバーが証言すれば、それだけ信用度も増すだろう。

 

「大まかにはそんな感じです。それでは参りましょう」

 

僕達は十四階層へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

十四階層に降りてからしばらく進むと、十字路に差し掛かる。

 

「……………………」

 

僕は、いつも以上に気配に気を配っていた。

だからすぐに気付いた。

 

「…………来る」

 

十字路の前方から、数人の冒険者と思われる気配。

更にそれを追う無数のモンスターの気配。

更には左右の通路からも、同じように冒険者を追ってくる。

 

「なるほど、こう来ましたか………」

 

「確かに効果的だな…………」

 

リリとヴェルフも気付いたようでそれぞれ準備を整える。

 

「ダフネ様、カサンドラ様、【タケミカヅチ・ファミリア】の方々と、スィーク様は自分の身を守ることを優先してください。私とヴェルフ様、シュバルツ様は、一度受け止めた後、ベル様が攫われることを確認して、一人ずつ襲撃者を捕縛します。最悪一人だけでも構いませんが、人数は多ければ多いほど信憑性は増します」

 

「心得た」

 

「おっしゃ!」

 

リリの言葉に、それぞれが返事を返す。

 

「ベル様はすみませんが少し位抗う振りをしながら大人しく攫われてください。【イシュタル・ファミリア】のホームの監禁場所に閉じ込められたらそこからはお好きに暴れて結構です」

 

「うん」

 

僕達は行動の再確認を行うと、それぞれの通路の先を見据える。

そして、ほぼ同時に三方向からの『怪物進呈(パス・パレード)』がぶつかり合った。

明らかに人為的でなければこのようなタイミングはあり得ない。

同士討ちを始めるモンスターに巻き込まれ、その場が混乱に陥る。

更に、モンスターを引き連れてきた冒険者パーティが、標的を変えるように僕達に襲い掛かってきた。

僕はモンスター達を避けながらワザと皆から離れるように動くと、黒い外套に身を包んだ人物が僕に襲い掛かった。

 

「付き合ってもらうよ」

 

聞き覚えのある女性の声に、僕はその人物の目を見る。

外套の隙間から覗くその顔は、

 

「アイシャさん………!」

 

僕が呟いた瞬間、その長くて美しい足が鋭く繰り出された。

 

「くっ!」

 

僕は咄嗟を装ってギリギリガードして、更に後方に飛ぶ。

 

「早い再会だったね」

 

アイシャさんは外套を脱ぎ去ると巨大な朴刀の剣先を僕に突きつけ、

 

「恨むなら、気まぐれな女神様を恨みな………それか」

 

そう語るアイシャさんの全身を、無数の光粒が包んでいる。

僕がその事を怪訝に思っていると、

 

「…………女神様の目に留まっちまった、自分自身を恨むんだねっ!」

 

アイシャさんが一気に襲い掛かってきた。

僕は誘導されるように後方に飛び退きながらアイシャさんの攻撃を躱す。

それでもこのまま素直に逃げ続けるのは怪しまれるかと思い、

 

「ふっ!」

 

アイシャさんの剣戟を横から殴りつけ、その朴刀を弾き飛ばした。

アイシャさんは一瞬だけ目を見張ると、そんな事は気にも留めず、素手で掴みかかってきた。

僕を壁に押し付け、そのまま壁を削りながら走り出した。

 

「ぐうぅ……!」

 

僕は苦しそうなうめき声を漏らしながらふと違和感を覚えた。

エイナさんの話では、アイシャさんはLv.3の筈。

でも、並のLv.3でこんな真似ができるとは思えない。

せめてLv.4は無ければ…………

その時、僕はエイナさんの話の中に、レベルを偽っているかもしれないというものがあった事を思い出した。

これがそうなのか………!

確かにこれはレベルを偽っているとしか思えない。

だけど、それは違っていたとエイナさんは言っていた。

ならば考えられることは、先ほどアイシャさんの全身を覆っていた光粒。

もしあれが【ステイタス】を………

いや、レベルすら覆せるものだとしたら………

そこまで思い至った瞬間、引きずられていた背中の感触が突然消え、浮遊感に包まれた。

気付けば、壁の途中にある下の階層への縦穴に落とされたのだ。

僕はされるがままにその縦穴を滑り落ち、地面へと叩きつけられた。

 

「ぐっ!」

 

僕は声を漏らし、苦しそうな振りをして起き上がろうとする。

 

「残念だけど、そこはもう終わりだよ」

 

アイシャさんがそう言った瞬間、ぬっと巨大な影が僕を包んだ。

僕が振り返ると、そこには演技をするまでもなく恐怖で顔を引きつらせるほどの禍々しい笑みを浮かべたヒキガエル………もといフリュネさん。

こういってはアレだが、もともと見れるような顔では無かったが、アイズさんのアッパーカットで骨格が変形してしまったのか顔の左右のバランスがおかしい。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 

相変わらずヒキガエルのような笑い声をあげて、フリュネさんは丸太のような腕を振りかぶり、僕の腹を殴りつけた。

 

「ぐふっ!?」

 

別にこの程度効きはしないけど、腐ってもLV.5というべきか、僕の体を衝撃が突き抜けて地面を陥没させる。

更に顔面を掴まれ、まるで棒切れを振り回すように壁や地面に叩きつけられる。

暫くして、僕は力尽きた振りをして四肢から力を抜く。

 

「安心しなよぅ。これからたっぷりと可愛がってやる」

 

背中に悪寒が走って思わず体が震えそうなほどの気色悪い声が耳元で囁かれ、体が反応しないように我慢するので必死だった。

暫くすると物資運搬用のカーゴを担いだ一団が到着し、僕は気絶した振りを続けながら薄目を開けて様子を伺う。

人が入れそうなほどの大きなカーゴが降ろされ、その中から一人の少女が現れた。

それを見て、僕は内心驚く。

耳や尻尾は隠されてはいるが、その少女は間違いなく春姫さんだったからだ。

春姫さんはとてもではないけど、戦う人には見えなかった。

事実、このダンジョン内においてもカーゴに入れられ運ばれるということは、戦う力は無いのだろう。

それでも危険を冒して春姫さんをダンジョン内へ連れてくる理由…………

狐人(ルナール)が使うと言われる『妖術』。

狐人(ルナール)の『妖術』を第三者へ与える『殺生石』。

明らかにレベルが一つは違ったアイシャさん。

戦う訳ではないのにダンジョンへ連れてこられた春姫さん。

その瞬間、僕の頭の中で全てのピースがカチリと全て当てはまった。

そういう事………だったのか…………!

僕の仮説が間違っていなければ、確かに春姫さんの魂を『殺生石』へ封じればこの上なく強力なアイテムになる。

ふと、春姫さんが倒れている僕に気付くと、顔を蒼白にした。

フラフラと僕の元へ歩み寄ってくる。

 

「クラネル様………」

 

呆然と立ちすくむ彼女。

 

「アイシャさん…………わたくしたちの標的は………この方だったのですか………?」

 

春姫さんは震える声でアイシャさんに問いかける。

 

「………そうさ、イシュタル様の命令でね」

 

それを聞いた春姫さんがその場に崩れ落ちる。

その横で、僕はカーゴに詰め込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリ】

 

 

 

 

ベル様が襲撃者の一人に連れていかれたのを確認すると、残りの襲撃者達は一目散に離脱しようと動き始めていました。

ですが、

 

「逃がしませんよ! 【グラビトンハンマー】!」

 

私はグラビトンハンマーを具現させ、数回振り回して勢いをつけると逃げようとする冒険者達に向かって放った。

でも、私は直接鉄球を当てることはせず、冒険者の横を通過させると私は横に腕を振った鉄球に繋がる魔力の鎖がフレイルの様に冒険者達に巻き付いていく。

 

「うわっ!? これはっ!?」

 

「う、動けない!」

 

「し、しまった!?」

 

逃げようとした三人を纏めて縛り付けることに成功しました。

 

「さて、他の方々は………」

 

私がヴェルフ様の方を振り向くと、ローゼススクリーマーの結界により閉じ込められている冒険者達。

 

「うし、一丁上がり!」

 

シュバルツ様の方を見れば、鉄の網に捉えられている冒険者達の姿がありました。

 

「他愛ない」

 

相変わらずの余裕のシュバルツ様です。

結局ベル様を攫って行った襲撃者以外は全員捕まえてしまいました。

とりあえず、捕まえた冒険者を一か所に集めて所属を確認します。

 

「捕まえたのは全員アマゾネスですね。やはり【イシュタル・ファミリア】の構成員と見て間違いないでしょう」

 

「ち、違うっ!」

 

アマゾネスの一人はそう叫びますが、

 

「口でいくら否定してもギルドで確認すればわかることです。黙秘するのは自由ですが、仕掛けてきたのはそちらだということはお忘れなく」

 

それを聞くと、アマゾネスはがっくりと項垂れる。

 

「さて、時間はあまりありません。手早く地上へ戻りましょう」

 

 

 

 

 

 

ダンジョンから外へ出た時には、既に日が傾き始める時間でした。

とりあえず私達は、ギルド本部へ捕まえた襲撃者を引き連れて押し掛けた。

 

「報告します! 私達【ヘスティア・ファミリア】は探索中に【イシュタル・ファミリア】の襲撃を受けこれに応戦! 襲撃者の一部は捕らえましたが団長のベル様が攫われました! 証拠として捕らえた襲撃者と、証人として【タケミカヅチ・ファミリア】の桜花様、命様、千草様、【ミアハ・ファミリア】のキョウジ様、【ヘファイストス・ファミリア】のスィーク様がいます!! よって、我々【ヘスティア・ファミリア】はベル様奪還の為に【イシュタル・ファミリア】のホームへと向かいます! 一刻を争う事態なので真偽の確認は後でお願いします!!」

 

私はギルド職員に返答の間も与えずに捲し立てる。

早い話が言ったもん勝ちです。

私とヴェルフ様は早速【イシュタル・ファミリア】のホームへ向かおうとして…………

 

「…………ベルが…………攫われた………?」

 

澄んだ声がその場に響いた。

その声に振り向けば、金髪金眼の第一級冒険者であり、私やベル様、ヴェルフ様と同じようにシャッフルの紋章を受け継いだ、ヴァレンシュタイン様がその場に立ちつくしていました。

次の瞬間、爆音と共にその場に衝撃波が巻き起こり、近くにいた冒険者が吹き飛ばされ、同時にギルドの出入り口の扉も吹き飛ばしながらヴァレンシュタイン様が外へ飛び出しました。

 

「おい、どうすんだリリ助?」

 

「ヴァレンシュタイン様がいたのは予定外でしたね。ですが、このまま【ロキ・ファミリア】も巻き込んでしまえば、私達がペナルティを受ける確率も減るかもしれません」

 

「【ロキ・ファミリア】っつーか、アイズ・ヴァレンシュタイン個人だろうがな」

 

「それでもヴァレンシュタイン様は【ロキ・ファミリア】の幹部なのです。本人にその気は無かろうと、あの人の行いは【ロキ・ファミリア】の行いと周りが勝手に判断してしまいます」

 

「難儀なこって」

 

「当の本人は全く気にした様子はありませんがね」

 

屋根を蹴り壊しながら飛び移っていくヴァレンシュタイン様を眺めながら私とヴェルフ様は後を追っていく。

 

「というか、何でアイズ・ヴァレンシュタインはベルのいる方向が分かるんだ?」

 

「本人は天然とはいえ、大手【ファミリア】の幹部ですから有力な【ファミリア】のホームの位置ぐらいは把握してるんじゃないでしょうか?」

 

「あの迷いの無さはそんなレベルじゃないと思うんだがなぁ………」

 

ヴェルフ様は屋根を飛び移りながら一直線にとある方向へ突き進んでいくヴァレンシュタイン様に目を向ける。

まあ、思う所が無いわけではありませんが、思わぬ助っ人です。

ついでに存分に暴れてもらいましょう。

太陽が沈み、暗くなり始めた街を私達は駆け抜けていった。

 

 

 





第四十四話です。
ベル君あっさり捕まりました。
でも全然ぴんぴんしてます。
何気に襲撃者を全員捕まえていたリリ達。
まあ、あのメンバーなら当然です。
さて、ようやく次回は大暴れの予感。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第四十五話 ベル、大暴れする、ついでにイチャ付く

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ぴちょん、ぴちょんと水滴が跳ねる音で、僕は目を覚ます。

っと、いけない。

運ばれているのが余りにも暇すぎて、思わず寝ていた。

僕は気を取り直して辺りの様子を伺う。

自身は壁にもたれかかるように床に座らせられ、両手が天井から吊るされた鎖で何重にも巻かれている。

部屋は年月を感じさせる石造り。

部屋の各所には拷問器具。

そして、正面には牢屋のような鉄格子。

 

「うわぁ…………」

 

あんまりな部屋のあんまりな状況に、僕はドン引きの声を漏らした。

単純に監禁するならともかく、このような特殊な状況下での監禁では、僕も【イシュタル・ファミリア】の正気を疑わざるを得ない。

というか、最初の疑問は、

 

「何で僕を捕まえたんだろう?」

 

という事だった。

以前の出来事は言わば客に逃げられた商売人って程度だし、ペナルティ覚悟で他の【ファミリア】の団員を拉致する理由には程遠いと思った。

まあ、それはともかく、

 

「そろそろかな…………」

 

僕が行動を起こそうと思ったとき、気配と共に足音が聞こえてきた。

僕は大人しく捕まっている振りをすると、

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 目が覚めたようだねぇ~!」

 

うわぁ~…………

内心思わずドン引きする。

いくら強くなろうとも、この人の顔のインパクトは何度見ても慣れそうな気がしなかった。

 

 

因みに僕がこの部屋に監禁されているのが、このフリュネさんの独断であり、【イシュタル・ファミリア】の団員であるアマゾネス達がその行方を追って駆けずり回っていることを僕は知らない。

 

 

ギョロギョロとまんまヒキガエルのような蠢く目を向けられ、僕は違う意味で背中が冷たくなる。

 

「ここはアタイだけの愛の部屋でねぇ~。『ダイダロス通り』が隣接してる影響さぁ。ホームの地下にはこんな秘密の部屋と通路がある。アタイは気に入った男はいつもここに運んでいるのさぁ。ここはあの不細工どもも、イシュタル様だって知りはしないよぉ~」

 

聞いてもいないのにベラベラと情報を喋ってくれるフリュネさん。

どうやらここは【イシュタル・ファミリア】のホームの地下らしい。

フリュネさんは牢の鍵を開けて中に入ってくる。

 

「誰かのお零れなんかまっぴらゴメンさぁ。喰うなら最初、旨いところも全部独り占めぇ、そうだろぉ?」

 

僕に同意を求められても困ります。

とはいえ、このまま黙っているのも怪しまれるかと思い、

 

「ひぃいいいいいいっ!」

 

パニックになった振りをして、鎖をガシャガシャと揺らす。

 

「無駄だよぉ。その鎖は『ミスリル』製、何重にも巻かれれば上級冒険者だろうとすぐには壊せない」

 

『魔法』を使えばミスリルが反応して手首が吹っ飛ぶとも忠告された。

いや、別に『魔法』使えませんので関係ありませんが。

それから僕に顔を近づけ、

 

「あぁ、美味そうだぁ」

 

凄まじい悪寒を感じた僕は、全力で首を逸らした。

蛙のように長い舌が、先ほどまで僕の頬があった所を通り過ぎる。

あ、危なかった………

 

「ゲゲゲゲッ! そんな照れなくてもいいじゃないかぁ?」

 

自分の都合のいいように解釈するフリュネさん。

そしてそれが心からの本音だというかのだから始末が悪い。

 

「ベッドへ行くか、それとも道具を使うか………」

 

どうしよう、出来ればもう少し穏便に進めようと思ったけど、このままだと僕の貞操が危険だし………

 

「ゲゲゲゲッ! やっぱり最初は無理矢理かねぇ」

 

覆い被さってくる巨躯が右手で僕の口を掴むと、服を破こうとしているのか左手で胸倉を掴む。

僕は仕方なくフリュネさんを気絶させようとして………

 

「…………あぁん?」

 

フリュネさんは僕の下半身を見た。

正確には僕の股を、だけど。

思わず繰り出そうとした足が止まる。

 

「ちっ………これだからガキは。しょうがない、精力剤(くすり)を持ってくるかぁ」

 

反応しない僕に興醒めだと言わんばかりにフリュネさんが身を起こし、胸倉から手を離した。

 

「待ってな、すぐに盛った兎みたいにしてやる。可愛がってやるからなぁ」

 

鉄格子が開閉する音を立てて、牢屋から出ていく。

その際、しっかりと鍵も掛けていったようだ。

足音と気配が離れていく。

 

「………………さて」

 

僕は気を取り直すと、

 

「だれか分かりませんが、そこにいるのは分かってますよ」

 

先程から感じていた気配に声をかけた。

柱の影から現れたのは、

 

「気付いていたのかい」

 

「あなたでしたか…………アイシャさん」

 

数日前に関わったアイシャさんだった。

 

「それでっ………と、目的は何ですか?」

 

鎖を引きちぎりながら僕は尋ねた。

先程、フリュネさんはこの場所は誰も知らないと言っていた。

でも、アイシャさんはこの場にいる。

フリュネさんとアイシャさんには関りが無い事は分かりきった事だ。

 

「ミスリル製の鎖をそんな簡単に引きちぎるなんてねぇ………やっぱり私らに捕まったのはワザとか………」

 

「気付いてたんですか?」

 

「私如きに、あれだけ一方的に捕まればね………安心しな、おそらく私以外は気付いちゃいないよ」

 

やっぱりあからさますぎたかな?

 

「それでどうします? 僕の事を報告しますか?」

 

「そんな事はしないよ。アンタに頼みがあって来た」

 

「頼み?」

 

「あの娘を………春姫を助けてやってくれないか?」

 

その名に僕は一瞬驚いた。

 

「春姫さんを?」

 

「ああ。このままだとあの娘は今夜死ぬ」

 

その言葉に、僕はアイシャさんの目を見る。

アイシャさんの目は真剣だ。

 

「『殺生石』………ですか?」

 

「ッ!? 知ってたのか!?」

 

「ええ。とある筋から」

 

ヘルメス様の名前を出すのは拙いと思い、あの神様の名前は伏せておく。

 

「何故、それを僕に?」

 

「情けない話だけどさ…………情が湧いちまったんだよ…………」

 

「…………………」

 

「最初は命令であの娘の世話を押し付けられた。当然私は嫌々従ってただけさ…………けど、何度もあの娘の面倒を見ていくうちに、まるで妹が出来たような気持になっている自分に気が付いたのさ………」

 

「なら、何故春姫さんを逃がさなかったんですか?」

 

「【ファミリア】は血の掟、離反するには代償が伴う………わかるだろ?」

 

神血(イコル)で『恩恵』を刻まれた眷属は容易く神の元から抜け出せない。

既知の事実に僕は押し黙る。

 

「おまけに私はイシュタル様に【魅了】されてる。イシュタル様を直接裏切ることは絶対にできない。精々、こうやって誰かに助けを求めることくらいさ」

 

「…………そうですか。元より僕は春姫さんを助けるために捕まったんです。頼む必要はありませんよ」

 

「…………そうかい。けど、何でアンタは春姫を助けようとするんだい?惚れたのかい?」

 

一転して面白そうに尋ねてくるアイシャさんに、一瞬言葉が詰まった。

 

「…………春姫さんは、娼婦の仕事にとても苦しんでいます。だから助けます」

 

「…………何を勘違いしているか知らないが、あの娘は男を全く知らない生娘だよ」

 

「えっ?」

 

その言葉に、僕は素っ頓狂な声を漏らした。

 

「いつも本番をやる前に、男の裸を見てぶっ倒れるのさ、あの馬鹿は」

 

「………………」

 

「一昨日だって、客の胸板を見て泡を吹いた。ドン引きされて返品されたよ」

 

うん。

強烈に思い当たることがある。

春姫さん、僕とアイズさんが偶々折り重なった所を見ただけで気絶してたからなぁ…………

 

「でも、春姫さんは何度も………男の人を相手にしたって」

 

「気を失った後に卑猥な夢でも見てるんじゃないのか、あのエロ狐は」

 

呆れたように告げるアイシャさんに、何とも言えない思いをどこかにいる春姫さんに飛ばす。

 

「………あるいは、夢と現実の区別がつかなくなるほど、追い込まれていたって事かもしれないねぇ」

 

その言葉を聞くと、春姫さんの身の上を思い出し、やはり助け出さなければいけないと再度思った。

 

「…………アイシャさん、情報をありがとうございます。僕は………行きます!」

 

僕は鉄格子に手を掛けると力尽くで押し広げ、牢の中から外へ出た。

 

「…………春姫は別館の屋上にある空中庭園に連れていかれる。それからアンタの持ち物は、この通路から出た近くにある宝物庫にある。大事なものがあるなら持っていきな。それと、次に会ったときは容赦できない。アンタも容赦しないことだ」

 

アイシャさんがすれ違う際にそう呟いた。

僕は、感謝の気持ちを胸に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side 春姫】

 

 

 

 

日が沈み、暗闇に包まれたこの街を満月の光が照らす。

私を殺す光だ。

 

「おい、さっさと歩け!」

 

随伴の………いえ、見張り役の戦闘娼婦(バーベラ)の言葉に現実に引き戻されます。

今わたくしがいる場所は、ホームである宮殿の四十階から別館の屋上にある空中庭園までを繋ぐ、石橋の空中廊下です。

空中庭園では、既にわたくしの魂を『殺生石』に封じ込める儀式の準備が進められており、あそこまで辿り着けばさほど時を置かずに儀式が始まり、わたくしの魂は『殺生石』に封じ込められてしまうでしょう。

ですが、それも致し方ありません。

あのお優しいクラネル様を知らぬ間にとは言え、誘拐する手助けをしてしまったのですから………

やはり娼婦は破滅の象徴。

英雄たる者に不幸を振りまく存在。

英雄に憧れるクラネル様を不幸にしてしまった事も、自明の理だったのかもしれません。

わたくしと関われば不幸になる方が大勢いる。

ならば、ここで潔く散ってしまった方が良いのかもしれません…………

わたくしは再び歩みだそうと足を動かした瞬間、

 

「ッ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

ドォンという爆発音とともに、空中廊下に振動が走り、わたくしは思わず足を止めてしまいました。

戦闘娼婦(バーベラ)達が慌てたように胸壁から身を乗り出すように橋下を見る。

わたくしも同じように身を乗り出していました。

わたくしの視界に映ったのは、宮殿の一部が破壊され砂煙が巻き上がっている光景でした。

 

「な、何が起こっている!?」

 

戦闘娼婦(バーベラ)の一人が叫びます。

更に、次から次へと爆発が起こり、宮殿の一部が崩れていきます。

その時、宮殿の中庭に接する壁が爆砕したかと思うと、白い髪の人影が中庭に飛び出してきました。

ここからでは流石に遠すぎて細かい判断はできません。

ですが、あの特徴的な白い髪は、

 

「クラネル様ッ!?」

 

わたくしは思わず叫びます。

その声が聞こえたかどうかは分かりません。

ですが、その人影は立ち止まると、こちらを見上げたように見えました。

そして、

 

『今、助けに行きます』

 

そんな言葉が聞こえた気がしました。

幻聴かもしれない。

唯の気の所為かもしれない。

でも、わたくしは涙が止まりませんでした。

 

「な、なんかヤバそうだぞ!」

 

「は、早く春姫を空中庭園に!」

 

戦闘娼婦(バーベラ)達がわたくしの腕を掴んで走り出そうとしました。

ですが、

 

「うおわっ!?」

 

「こ、今度は何だ!?」

 

更に激しい揺れが襲い掛かり、わたくしたちはたたらを踏みます。

戦闘娼婦(バーベラ)達が再び橋下を見下ろすと、そこには針山のように連続して隆起した大地が宮殿の一角に突き刺さり、宮殿を半壊させた光景が目に移りました。

 

「お、おい………これってまさか………」

 

「【ヘスティア・ファミリア】の『最強小人族(パルゥム)』………」

 

「も、もしかして【ヘスティア・ファミリア】が攻めてきたのか!?」

 

「んなアホな!? たった数人の【ファミリア】でウチに攻めてくるなんて………! 無暗に抗争吹っ掛けたらギルドだって………」

 

「いや、【ヘスティア・ファミリア】の団長攫ったわけだし、抗争の切っ掛けには十分じゃねえのか? むしろペナルティ受けるのウチらじゃね?」

 

「「あ…………」」

 

「お、おい! あれ見て見ろ!」

 

一人の戦闘娼婦(バーベラ)が慌てたように一点を指さしました。

そこには夜の闇の中でも映える美しい金髪を靡かせた白と青の軽装を纏った人物が、隆起した大地を飛び移りながら宮殿内に入っていくところでした。

 

「う、嘘だろ………!? 【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】…………アイズ・ヴァレンシュタイン!?」

 

「ま、まさか【ロキ・ファミリア】まで!? ど、どうして!?」

 

狼狽える戦闘娼婦(バーベラ)達。

そこへ、

 

「何をやっている?」

 

空中庭園のほうからお供のタンムズ様を伴ったイシュタル様が現れました。

 

「イ、イシュタル様っ!? しゅ、襲撃です! ヒキガエルの元から【心魂王(キング・オブ・ハート)】が脱走したらしく、同時に【ヘスティア・ファミリア】が襲撃をかけてきた模様! さ、更に…………」

 

「何だい?」

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】の【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】アイズ・ヴァレンシュタインも襲撃に加わっている模様!」

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

イシュタル様は一瞬顔を顰めましたが、すぐに笑みを浮かべました。

 

「クハハ! 丁度いい。ロキの奴もフレイヤに次いで目の上のタンコブだ。ついでだ、【心魂王(キング・オブ・ハート)】と二人纏めて私のものにしてやる」

 

イシュタル様のその笑みにわたくしは戦慄しました。

 

「お前たちは早く春姫を連れていけ」

 

「「「はっ!」」」

 

再びわたしくしは腕を掴まれ、歩かされます。

わたくしはクラネル様がいた方を向き、どうか逃げてくださいと祈るほか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

先程春姫さんを確認した空中廊下目指して僕は駆ける。

目の前に複数のアマゾネス達が立ちはだかるけど、

 

「邪魔ぁ!!」

 

文字通り一蹴して蹴散らし、先を急ぐ。

一々階段を探すのが面倒になった僕は、

 

「たぁりゃぁあああああああっ!!」

 

天井を蹴破り、最短距離で四十階にある空中廊下を目指す。

時折、偶々いたアマゾネスごと吹き飛ばしたりもしたけど、死んではいないだろう。

多分。

急いだ甲斐あってさほど時間を掛けずに空中廊下に到着した僕の目の前には、

 

「ようこそ【心魂王(キング・オブ・ハート)】。よくもまあ好き勝手暴れてくれたねぇ………」

 

一目で【美の神】と分かる神様が目の前に立ちはだかっていた。

 

「イシュタル様ですね?」

 

「その通りだ。私に喧嘩を売るとはいい度胸してるじゃないか?」

 

「むしろ売ってきたのはそちらなんですがね?」

 

僕がそう言った瞬間、僕の後ろにある空中廊下の出入り口が吹き飛んだ。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 逃がさないよぉ! 【心魂王(キング・オブ・ハート)】!!」

 

またフリュネさんが現れた。

いい加減しつこい。

僕はとりあえず黙らそうと思い、攻撃しようとした瞬間、

 

「邪魔」

 

突然聞こえた澄んだ声と共に、出入り口周辺が爆砕すると共に、フリュネさんが大きく吹き飛んだ。

フリュネさんは空中庭園の方に大きく飛ばされていき、空中庭園の端の方に墜落した。

巻き起こった砂煙の向こうから現れたのは、

 

「よかったベル。無事だった」

 

「えぁっ!? ア、アイズさん!?」

 

突然現れたアイズさんに僕は驚く。

アイズさんは僕に微笑みかけ、その表情を見た僕は思わず顔が熱くなる。

すると、

 

「フフフ、丁度いい。アイズ・ヴァレンシュタインも揃ったか………」

 

イシュタル様は不敵な笑みを零す。

 

「二人纏めて私の物にしてやるよ!」

 

イシュタル様はそう言うと、

 

「ほあぁっ!?」

 

突然服を脱ぎ始めた。

 

 

 

 

 

 

【Side イシュタル】

 

 

 

私は【美の神】だ。

この美しさで男どころか女ですら【魅了】し、私の物にしてきた。

私に【魅了】できない存在は無い。

その【魅了】の力は、あのフレイヤに劣っているとは思っていない。

いや、フレイヤを上回るとすら思っている。

だというのに……………

 

「ア、アイズさん! 前が見えません!」

 

何故だ。

 

「ベルは見ちゃダメ」

 

目の前のこいつらは一体何だ?

 

「そ、そんなこと言われてもぉ~!」

 

何故こいつらは私に【魅了】されない!?

今、私の目の前ではアイズ・ヴァレンシュタインがベル・クラネルの後ろから両手で目を覆い隠し、私の裸体を見せないようにしている。

本来なら、直接私を目にしているアイズ・ヴァレンシュタインはもちろんの事、ベル・クラネルも目隠しされた程度で私の【魅了】から逃れられるはずがない。

それなのに…………

 

「ア、アイズさん! 離れてください!」

 

「ダメ。まだ目を開けちゃダメ」

 

このベル・クラネルは…………

 

「そ、そうではなくて………せ、背中に、背中に当たってますぅ~~~!!」

 

「?」

 

この【美の神】である私を差し置いて、ただのヒューマンであるはずのアイズ・ヴァレンシュタインに欲情してやがる!!

 

「こ、こいつら………私をコケにしやがってぇぇぇぇぇっ!!」

 

私の心に沸々と怒りが湧いてくる。

そして、その怒りに呼応したかのように奴らの背後の崩壊した出入り口の向こうからアイシャが奴らに斬りかかった。

私はよくやったと思ったが、アイズ・ヴァレンシュタインは即座に剣を抜いてアイシャの一撃を受け止めた。

 

「チィッ!」

 

アイシャは身を翻すと私を守るように目の前に着地する。

 

「悪いね、イシュタル様をやらせるわけにはいかないのさ」

 

アイシャがそう言うと、空中庭園の方から配下のアマゾネス達が一列になって向かってくる。

 

「この狭い一橋の上で、数に押しつぶされたらいくらアンタたちでもただじゃすまないだろ?」

 

アイシャの言葉に、アイズ・ヴァレンシュタインは一度考えるような仕草をした。

すると、

 

「ベル、道を開ける。行って」

 

「アイズさん………」

 

「前にも言った。ベルがどんな選択をしても、私はベルを応援する」

 

「……………はい!」

 

こいつら私の前で惚気やがって………

すると、アイズ・ヴァレンシュタインは剣を抜いた右手を引き絞り、突きの体勢を取る。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

短文詠唱。

アイズ・ヴァレンシュタインから風が巻き起こる。

すると、その風が持っている剣に収束していく。

 

「サイクロン…………」

 

「ッ!?」

 

次の瞬間、アイシャが私を押し倒すように石橋の隅に追いやり、私に覆い被さる。

そして次の瞬間、

 

「…………スラスト!」

 

アイズ・ヴァレンシュタインが突き出した剣から竜巻が放たれ、一直線に向かってきたアマゾネス達を吹き飛ばしていく。

 

「なぁっ………!?」

 

視界の隅でその様子を見ていた私は声を漏らした。

 

「ベル!」

 

「ありがとうございます! アイズさん!」

 

ベル・クラネルは空中廊下を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

僕は空中廊下を駆け抜け、空中庭園に到達する。

するとそこには、

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 

いい加減しつこいを通り越して鬱陶しいと思えるフリュネさん………もといヒキガエル。

あ、間違えた。

ただ、先ほどと違う所はその身体を光粒が包んでいることだ。

おそらくこれが春姫さんの力。

僕は、ヒキガエル越しに奥を見る。

祭壇と思われる場所には、春姫さんが膝を付いた状態で無数の鎖に捕らわれていた。

その横にいるアマゾネスの手には儀式剣と思われる剣があり、その剣の柄に拳大の宝珠が取り付けられている。

恐らくあれが『殺生石』だろう。

禍々しい光を放つその石は、間もなく準備が完了することを意味していると思われる。

僕は一歩踏み出す。

 

「クラネル様っ!」

 

春姫さんが叫ぶ。

 

「お逃げくださいクラネル様!」

 

涙を流しながら春姫さんは叫ぶ。

 

「僕は逃げません」

 

その言葉に否定で答えた。

 

「どうしてですか!? 貴方様はいずれ素晴らしい英雄になられるお方。わたくしはそんな貴方様に救われる資格などわたくしにはありません!」

 

「資格とかは関係ありません。僕があなたを助けたいと思った。だから助けます」

 

「ですが………わたくしは娼婦です!!」

 

泣き叫ぶ春姫さん。

でも、その答えはもう得ている。

 

「例えあなたが娼婦だろうと関係ありません…………今までの英雄が娼婦を救わなかったと言うのなら、僕が紡ぐ英雄譚は、娼婦ですら救って見せます」

 

「クラネル……様………」

 

「だから待っていてください春姫さん。今、助けに参ります」

 

僕は姫を助けに来た騎士のように恭しく礼をして春姫さんを見据える。

 

「ッ……………はいっ!」

 

春姫さんは涙を流しながら頷いた。

すると、

 

「ゲゲゲゲッ! 英雄ごっこは終わったかぁ?」

 

空気を読まないヒキガエルが立ちはだかる。

 

「言っておくけどアンタに勝ち目はないよぉ~。何故なら………」

 

「『階位昇華(レベルブースト)』。それが春姫さんの力ですね」

 

「気付いちまったのかぁ~? それなら話が早い。今のアタイはLv.6。如何あがいたって勝ち目はないよぉ?」

 

「何故ですか?」

 

「Lv.5のアタイに手も足も出なかった奴が、Lv.6になったアタイに勝てるわけが、ないじゃないかぁ~!!」

 

その言葉と同時に殴りかかってきた。

でも僕は、軽く飛んでその拳を躱すと同時に頭上を取る。

そして、

 

「はぁあっ!!」

 

かなり力を込めて頭部を殴り落とした。

ヒキガエルは悲鳴を上げる間もなく地面に叩きつけられ、そのまま床を砕いて下層に次々と落下していく。

十階分ほど突き破ったところでようやく止まった。

 

「なっ!? ば、バカな………ヒキガエルとはいえ、その実力は確か………それを……一撃だと………」

 

驚愕しているアマゾネスを他所に。僕は闘気剣を取り出す。

その時、

 

「お前達! 何をやっている!? 『殺生石』を守れ! 命を捨てて阻め!!」

 

後方からイシュタル様の命令が飛ぶ。

その命令に僕は怒りを覚えるが、アマゾネス達は命令通りに次々と立ちはだかる。

普通に『殺生石』を狙えば多くの犠牲を出してしまうだろう。

だから僕は、

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!」

 

僕は両手に闘気を集中させ、闘気剣に一気に流し込む。

 

「くらえ! 愛と! 絆と! 友情の!  アルゴノゥトフィンガーソーーーーーーードッ!!」

 

僕は闘気剣を発生させると同時に高く跳び上がる。

空中から見下ろす僕の視線の先には、当然『殺生石』が取り付けられた儀式剣。

それを狙い、

 

「ツキ………ツキ……………ツキィィィィィィィィィィッ!!!」

 

長く伸びた闘気剣を突き刺した。

狙い通り儀式剣を刺し貫き、『殺生石』も木っ端みじんになる。

そのまま僕は落下し、春姫さんの前に着地した。

そして、通常の状態にした闘気剣を数回振り、春姫さんを縛っていた鎖を全て断ち切った。

 

「助けに来ました。春姫さん」

 

「クラネル様…………」

 

春姫さんは一度僕の名前を呼んだ後、ボロボロと大粒の涙を零し、

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁん! 怖かった! 怖かったよぉ! わぁあああああああんっ!」

 

僕に泣きついた。

 

「大丈夫。もう大丈夫です、春姫さん」

 

僕は抱きしめながら春姫さんをあやす。

 

「ちょっと失礼します。春姫さん」

 

僕は一言断って春姫さんを抱き上げた。

 

「きゃっ!? ク、クラネル様!?」

 

顔を赤くしながら驚く春姫さん。

 

「しっかり捕まっててください!」

 

僕は空中庭園の端に向かって駆け出す。

遅れてアイズさんも後ろから駆けてくる。

そしてそのまま僕達は空中庭園から飛び降りた。

 

「ひゃぁあああああああああああっ!?」

 

悲鳴を上げる春姫さん。

 

「ヴェルフ!!」

 

僕は地上にいるヴェルフに声をかける。

 

「【ローゼススクリーマー】!!」

 

ヴェルフの結界をクッションにして、無事地上へと降り立つ。

因みに春姫さんはこの時点で気絶してしまった。

 

「じゃあ皆、脱出だ!」

 

僕達はこの場から駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

イシュタルは怒っていた。

 

「あいつらぁぁぁぁぁっ!!」

 

イシュタルはすぐに指示を飛ばす。

 

「全員で追いかけろ! 春姫を連れ戻せ!」

 

イシュタルは完全に頭に血が上っていた。

故に気付かなかった。

あれだけ激しい戦闘があったこの場所が、どれだけ危険かということを。

アマゾネス達が動き回る僅かな振動。

それが最後の引き金となった。

ビキリッ、とイシュタルの足元に罅が入る。

 

「なっ!?」

 

イシュタルは慌てて後ずさるが、罅はますます大きくなる。

 

「ま、待てっ!?」

 

そう声をかけるが、いくら神の声とは言え唯の石には無意味だ。

遂に石橋が崩落を始める。

 

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

イシュタルは慌てて駆け出すが、現在の場所は石橋の中央と空中庭園の丁度中間辺り。

そして崩落は空中庭園側から始まっている。

普通の人間並みの能力しかないイシュタルに、間に合うはずもなく、

 

「こ、こんなところでぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

丁度石橋の中央辺りで崩落に巻き込まれた。

落下していくイシュタル。

そして、ぐしゃっという音と共にイシュタルの体が潰れた。

それと同時に死を回避するために神の体が自動的に『神の力(アルカナム)』を発動させる。

瞬く間に再生していくイシュタルの体。

だが、それは同時に下界に降りたルールに違反する。

次の瞬間、凄まじい光の柱が夜空に立ち昇った。

天界への強制送還。

下界のルールに違反した神が辿る末路。

この日、【イシュタル・ファミリア】は崩壊した。

 

 

 





あとがき

第四十五話です。
今日も日曜日中には間に合わなかった。
さて、イシュタルファミリア最後の日です。
こんな感じになりましたがどうでしょう?
イシュタルの最期はありきたり過ぎるかな?
主に活躍したのがベルとアイズだけだったりする。
神の前でも余裕でいちゃつく二人でした。
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第四十六話 春姫、勧誘される

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

【イシュタル・ファミリア】から春姫さんを助け出してから数分後、背後で光の柱が天に上った。

僕達は思わず立ち止まって振り返る。

 

「あれは…………」

 

「もしかして………神様の天界への強制送還………?」

 

「……………もしかしなくてもイシュタル様か?」

 

「あり得ますね。あれだけ暴れれば建物自体にガタが来てもおかしくありませんから、崩落に巻き込まれたのかも…………」

 

「…………もしかして………凄く拙い?」

 

「大丈夫でしょう。あくまでイシュタル様が送還されてしまったのは事故です。私達が直接手を下したわけでは無いので、我々の責任の重さには関係ありません。むしろ先に手を出したのはあちらなのですから自業自得です」

 

「リリ…………少し黒くなってる?」

 

リリの雰囲気に少し引いた。

そのまま僕達はその場を離れ、ホームに戻ってくると、

 

「お帰りベル君!」

 

神様が僕達を出迎え、

 

「春姫殿ぉっ!!」

 

命さんを筆頭に【タケミカヅチ・ファミリア】の人達が僕が抱いている春姫さんに群がってくる。

 

「春姫殿! 春姫殿!」

 

「春姫ぇ!!」

 

気絶している春姫さんに何度も呼びかける命さん達。

気絶させる原因を作った僕は、少し申し訳なく思った。

 

「だ、大丈夫です。僕が少し無茶してしまった為に気絶していますが、しばらくすれば目を覚ますでしょう」

 

その言葉を聞いて、ホッとする【タケミカヅチ・ファミリア】の人達。

すると、

 

「さて、お疲れ様だったねベル君……………ところで………」

 

神様がそう言いながらくるりと後ろを振り向き、

 

「何で君がここに居るんだ、ヴァレン某!」

 

ビシィ、とアイズさんに指を突きつけた。

 

「?」

 

アイズさんは首を傾げるだけで何故問いかけられたのか分かっていないようだった。

 

「あ~、それはですねヘスティア様………」

 

リリが説明を始めた。

どうやらアイズさんは、ギルドに僕が攫われたことを報告する際、偶々ギルドにいたらしく、僕が攫われたと聞いて【イシュタル・ファミリア】に後先考えずに突っ込んだらしい。

僕を助けようとしてくれてたことは素直に嬉しいんですけど、何やってるんですかアイズさん…………

そこからはいつも通り神様がアイズさんを威嚇してアイズさんが天然で受け流す光景があった。

 

 

 

 

 

 

数日後、結局春姫さんがどうなったのかといえば、

 

「わたくしっ、サンジョウノ・春姫と申しますっ! こっ、この度はヘスティア様の【ファミリア】に入団させていただき…………」

 

なんと春姫さんは、同郷のいる【タケミカヅチ・ファミリア】ではなく、僕達【ヘスティア・ファミリア】に入団することを希望した。

その理由は教えてくれなかったけど、何故か僕の事をジッと見ていたような気がする。

そして一通り自己紹介を終えると、春姫さんの方を後ろからリリがガシッと掴み、

 

「突然すみません春姫様。少々お話がありますのでご同行願えますか?」

 

そう言うと、リリは春姫さんの返事も聞かずに強引に連れていった。

 

「えっ? あれ? あれ~~~~~~~~?」

 

春姫さんも意味が分かってないのか変な声を上げていた。

そして何故か、カサンドラさんもその場からいなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

【Side リリ】

 

 

 

 

春姫様を連れて、カサンドラ様とやってきた場所。

そこは、

 

「それではリリさん、お話を伺いましょう」

 

「…………そちらの方は、もしや…………」

 

目の前にいるお二人は、我らが同志であるシル様とリュー様。

そしてここは『豊穣の女主人』。

 

「はい、お二人の予想通りです」

 

私が答えると、

 

「あは~、またですかベルさん」

 

「まったく、ベルにも困ったものです」

 

シル様は苦笑し、リュー様は呆れたように額に手を当てる。

 

「あ、あの、アーデ様…………この方たちは一体………?」

 

春姫様は未だに現状を理解していないようで、疑問を口にしています。

ふむ、それならば、

 

「単刀直入に聞きます。春姫様、ベル様の事をお慕いしていますね?」

 

「ふわっ!?」

 

一瞬で顔が赤くなり、耳と尻尾もピンと立っている。

 

「もう一度聞きます。 ベル様を愛していますね?」

 

「そ、それはその……………はい…………」

 

春姫様は一瞬躊躇しましたが、最後に小さく頷きました。

 

「やはりそうでしたか。では、率直に申し上げます。私も含め、この場にいる皆様も春姫様と同じ気持ちです」

 

「はわっ!?」

 

その言葉が予想外だったのか、春姫様は驚いたように声を漏らします。

 

「はい。私はベルさんの事、好きですよ」

 

シル様が、

 

「私もベルの伴侶として添い遂げたいと思っています」

 

リュー様が、

 

「あうう………わ、私も………ベルさんのこと………好き………だよ」

 

カサンドラ様が、

 

「そして、もちろん私もベル様をお慕いしています」

 

そして私が。

それぞれの言葉でベル様への想いを口にする。

 

「ふ、ふぇぇ………」

 

春姫様は驚きすぎて顔を赤くしながら声を漏らすだけです。

 

「そして、誠に悔しい事ですが、現在のベル様のお気持ちはアイズ・ヴァレンシュタイン様に向いています」

 

「ッ!?」

 

その事実に、春姫様はショックを受けた様子でした。

 

「更にアイズ・ヴァレンシュタイン様もベル様に好意を持っています」

 

「ッッ!?」

 

「まあ、お互いの想いには気付いていない様子ですが、その程度は気休めにもならないでしょう」

 

「そ、それでは…………」

 

「ベル様の一番になることは、残念ながら不可能に近いでしょう」

 

「…………………」

 

春姫様は俯き、頭の耳もその感情を表すようにへたりと垂れてしまっている。

 

「…………ですが…………」

 

「えっ?」

 

「二番目以降でも、あなたはベル様と一緒に居たいと思いますか?」

 

「ど、どういう…………」

 

「つまり、ベル様のハーレムを共に作り上げませんかと言っているのです」

 

「ハ、ハーレムッ!?」

 

「正直、私達がベル様と共にいる方法はそれしか無いと思っています。私とてベル様を独占したいという気持ちは無いわけではありませんが、ヴァレンシュタイン様を相手にベル様の一番を勝ち取ろうとするのは、あまりにも戦力差が大きすぎるのです。それに、万一にもヴァレンシュタイン様を退けられたとしても、ここにいる皆様はもちろんの事、ヘスティア様やギルド受付嬢のチュール様といった同性から見ても魅力的な方々がベル様を狙っているのです。可能性は更に低くなるでしょう」

 

「そ、それは…………確かに………」

 

「とすれば、ハーレム要員となって皆でベル様の元に押し掛けた方が、可能性は高いでしょう。とはいえ、無理強いするつもりはありません。春姫様がベル様の一番を狙いたいと言うのならそれを尊重します」

 

「わ、わたくしは…………」

 

春姫様は軽く俯き、考えを巡らしているようです。

 

「…………わたくしはクラネル様の事を英雄だと思っております」

 

春姫様がそう言う。

 

「そして同時に、素晴らしい英雄の周りには素敵な女性たちが集まると思っております。わたくし如きがその女性達と対等などという自惚れた考えなど持ち合わせてはおりませぬが、どのような形であれ、クラネル様の傍に居とうございます」

 

春姫様は決意した目で前を向きました。

にしても、自惚れとか何言ってるんですかねこの人は?

整った容姿に抜群のプロポーション。

おまけに狐人(ルナール)という希少ステータスまで持っているという私から見たら羨ましい限りですよ!?

謙虚を通り越して既に嫌味ですよこれ!

 

「ですので、どうかこの春姫を、皆様と同じくクラネル様のハーレムの一員に加えていただけないでしょうか?」

 

そう言って春姫様は頭を下げました。

まあ、最初から分かり切っていたことです。

 

「歓迎しますよ。春姫様」

 

そう言って私達は新たなる同志を迎え入れた。

さて、ハーレム包囲も着々と広がってきていますね。

後は出来ればヘスティア様やチュール様にも同志になっていただきたいものです。

この二人を味方にできればベル様のハーレム包囲網も完成したと言って良いでしょう。

今は無理でしょうが…………いずれチャンスも来るでしょう。

その時には…………

私の本気、舐めないでくださいね、ベル様♪

 

 

 

 

 





第四十六話です。
前話の後日談的な話だったので短いです。
とりあえずハーレム包囲網は着々と完成に近付きつつあります。
ベル君の運命やいかに。
次回からは原作8巻に入ります。
お楽しみに。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第四十七話 師匠、はっちゃける?

 

 

 

ある日、その知らせがオラリオに届いた。

ラキア王国軍、出兵。

ラキア王国とは、『軍神アレス』を頂点とする軍事国家だ。

兵士や軍人は全員が『恩恵』を授かった神の眷属。

通常の軍と比べれば、その戦闘力は驚異的だ。

そのラキア王国軍の向かう先は、言わずもがなオラリオであった。

その知らせを聞いたオラリオの人々の心の内は一つ。

 

『ああ、またか』

 

この一言に尽きた。

何故なら、迷宮都市の外にいる兵士のレベルなど殆どが1、もしくは2。

あとはLv.3が数人いるかどうかと言ったところだ。

いくら数を揃えようとも、『量』の差をひっくり返すほどの理不尽な『質』を持つ高レベル冒険者が揃っているオラリオが負ける道理が無いからだ。

故に、今日もオラリオの街はいつもの日常が繰り広げられていた。

 

 

 

 

 

だが、

 

「どーなっとんのや、これ?」

 

「ほんと、どうなってるのかしらね?」

 

ラキア王国軍の迎撃の為に駆り出された【ファミリア】の主神たちが集う本営で、ロキとフレイヤが首を傾げていた。

 

「Lv.4以下の子供達が軒並み倒されて、Lv.5ですら苦戦……………今までのアレスとはまるで別人や」

 

「そうね………今までのアレスは『猪突猛進』。多少の伏兵は使ってたけど、基本的に数にモノを言わせた力押し」

 

「それが不利と見せかけて後退、追撃してきた所を袋小路に誘い込んで袋叩きにするなんて、今までのアレスじゃ想像つかんわ!」

 

「有能な参謀でも雇ったのかしらね?」

 

「それでも、あっちの兵士の強さが説明付かんわ! あっちの兵士、最低でもLv.3は固いで!」

 

ロキが叫ぶ。

そう、今回の進軍は今までとは訳が違った。

まず一つに兵士の練度が今までとは比べ物にならないくらいに上がっていたこと。

個人のレベルはもちろんの事、一糸乱れぬ連携も今までの比で無い。

更にはフレイヤの言った、力押し一辺倒だったものが奇襲、奇策、搦め手といった戦略的な事も多用してきている。

結果、Lv.4未満の冒険者は尽く脱落し、Lv.5でも数人編成の小隊で動くことを義務付けられている。

Lv.6以上の第一級冒険者が戦場を駆けずり回り、何とか戦線を持たせている状況の為、いつもならだらけていても問題が無い本営も、いつ襲われるか分からない恐怖に空気がピリピリとしている。

 

「…………このままいくと、拙いかもしれんなぁ。いくらウチの子が強くても体力は無限やない。そのうち崩れかねんで」

 

「そうね」

 

「はぁ~~~……………気が進まんけど、最悪ベルに応援頼むかなぁ………ドチビの奴に借りを作るのは癪やけど…………」

 

ロキは大きくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

一方、そのため息の元凶となっているラキア王国軍本営では。

 

「戦いとは奇道なり。策なく己が勢いのまま戦うは、敗れる兆しなり。兵法に曰く、戦いとは正法と奇法の運用に過ぎず、水の流れのように極まりなく。戦いは猛進を戒めとする。我が戦力を計り、敵情を計る。それを考えることなく敵を侮っている者は、敵の手に落ちるであろう。今、オラリオは正にそれなり!」

 

盤上を見つめながらそう言うのは、ベルの師匠である東方不敗 マスターアジア。

 

「はっ! お見事です、老師!」

 

その横で跪きながら褒めたたえているのは、ラキア王国の王子であり【アレス・ファミリア】の副団長であるマリウス。

その眼は完全に東方不敗を尊敬し、称える眼だ。

因みに主神であるアレスはその辺に簀巻きにされて転がされていた。

何故この場に東方不敗がいるのかと言えば、東方不敗はオラリオを去った後、当てもなく旅をしていた。

その際に偶々寄ったラキア王国で軍の訓練を目撃したのだが、東方不敗から言わせればぬる過ぎるその訓練内容に思わず口………というか拳を出していまい、最終的に東方不敗VSラキア王国軍というとんでもない事態に発展した。

結果は言わずもがな東方不敗が無傷で全員叩きのめし、序にアレスもボコボコにしておいた。

そのまま東方不敗の気紛れで一時的なラキア軍の客将となり、短い期間だが兵の教育係として軽く訓練を施していた。

因みにその期間、ラキア軍の訓練場から悲鳴が絶えることは無かったという。

その訓練の甲斐あって兵たちはメキメキと頭角を現し、最低でもLv.3。

最大でLv.5というとんでもない軍隊となった。

更に東方不敗は隊長クラスの兵たちに己が兵法を叩き込み、連携の大切さや地理の把握などを徹底させた。

その結果、自称『闘争本能』、他称『猪突猛進』が、智勇併せ持つ最強の軍と化した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side とある冒険者】

 

 

 

 

俺はそれなりに有名な【ファミリア】に所属する冒険者だ。

俺が所属する【ファミリア】もラキア軍の迎撃に参加している。

オラリオに来て早十年。

努力の甲斐あって今ではLv.4だ。

俺はここまでよく頑張ったと自分を褒めてやりたい。

年齢も二十代半ばを過ぎた。

そろそろ頃合いかと自分でも思う。

俺は今こそあの娘に自分の気持ちを伝えよう。

 

「俺、この戦いが終わったらあの娘に告白するんだ!」

 

その思いがあれば俺は頑張れる。

目の前から軍馬に乗ったラキアの兵士たちが突撃してくる。

 

「うぉりゃぁあああああああああっ!!」

 

俺は手に持った槍を振り回した。

殺すなと言われているのでそれなりに手加減して。

それでも敵兵たちは軍馬ごと宙を舞った。

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

吹き飛ばされた兵士たちが悲鳴を上げる。

 

「だめだ! 敵わない! 逃げろぉぉぉっ!」

 

兵士達が向きをくるりと変えてきた道を引き返す。

 

「逃がすかぁぁぁぁぁっ!!」

 

俺は後を追って駆け出した。

その時俺は何も気付いていなかった。

後退のやり方が余りにも鮮やか過ぎることに。

通常、敗走する兵が逃げる場合、必ずと言っていいほど混乱が生じ、事故が多発して死人が出ることも珍しくない。

だというのに、俺の目の前にいる兵たちは一糸乱れぬ動きでくるりと180度向きを変え、混乱を全く起こすことなく流れるような動きで引き揚げていく。

そんな単純な事にも、この時の俺は全く気が付いていなかった。

 

「逃げろぉぉぉぉ!」

 

「もっと速く走れぇぇぇぇぇぇっ!」

 

兵たちは軍馬に鞭打ち荒野を疾走する。

俺もそれを追いかけ、全力で走った。

兵たちは森の中に逃げ込み、俺もすぐに後を追う。

俺はそこで、初めて違和感を感じた。

何故Lv.4の俺が軍馬に追い付けない?

今の俺ならば確実に馬が走るよりも速く走れるはずなのに…………と。

嫌な予感がした俺は走ることを止め、周りを伺った。

気付けば森のかなり奥深くまで入り込んでしまっている。

 

「…………………………」

 

俺の冒険者の勘が言っている。

このままでは拙いと。

 

「まさか…………誘い込まれた?」

 

俺がそう呟いた瞬間、木々の間から鎖が飛び出してきた。

 

「くっ!?」

 

俺は右腕を絡めとられる。

更に反対側と後方からも鎖が伸びてきて、それぞれ左腕と胴体に絡みついた。

 

「ぐぅぅ!?」

 

し、しまった!

そのとき、周りの茂みから幾人もの兵たちが姿を現す。

こ、このままでは…………

俺は何とか脱出しようするが、鎖のそれぞれの持ち主はLv.3ほどの力を持っているのか、振りほどけない。

その間にも、剣を携えた兵士たちが近付いてくる。

……………俺、この戦いが終わったら、あの娘に………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

再びラキア本営に一部隊の勝利が報告される。

沸き上がる将達。

 

「フッ、これぞ東方不敗八卦の陣! 一度嵌れば抜け出せぬ! 覚悟せよ!」

 

そう言い放つ東方不敗。

 

「流石は老師です!」

 

東方不敗を称える将軍の一人。

 

「ですが、老師の采配もさることながら、まさか、“軍馬に『恩恵』を与える”などとは」

 

そう言った将軍は正に妙手だと言わんばかりに笑う。

そう、東方不敗の発案により、ラキア軍は軍馬に『恩恵』を与えるという前代未聞のトンデモ案を実行した。

流石にそれはアレスも渋ったが、東方不敗の誠心誠意籠った説得()により、実行に移されることとなった。

そしてそれは成功し、おそらく歴史上初めてであろう『恩恵』持ちの軍馬が誕生することとなった。

東方不敗の訓練により、軍馬も全てがLv.3以上となっており、元々走ることに特化した馬の脚力はLv.5の冒険者のスピードに匹敵するほどとなった。

 

「騎兵にとって馬は己が足と同じこと。体を鍛えて足を鍛えぬなど、馬鹿のすることぞ!」

 

「いや全く!」

 

ここまでオラリオ相手に有利に進めたことは無かったためか、将軍たちは非常に機嫌が良かった。

東方不敗はオラリオの方角を見ると、

 

「さあベルよ、お前はどうする?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

「ハックション!」

 

いきなり鼻がムズムズしだして、僕は盛大にクシャミをした。

 

「ベル様? 風邪ですか?」

 

僕のクシャミにリリが心配そうな表情を向ける。

 

「いや、そんな事ないと思うけど………誰かが噂してるのかな?」

 

街を歩いていると、時々市壁の向こうから鬨の声が聞こえてくる。

 

「なんか、今回はやたらとラキア軍の声が聞こえてくるな」

 

「噂ですけど、今回は何故か苦戦しているという情報もあります」

 

「マジか!?」

 

「ですから噂です。ですが、もし本当なら私達にも召集がかかるかもしれません」

 

「そういえばカサンドラさんも、高い塔の上に立つ神様達に兵士たちが迫る夢を見たって言ってたっけ」

 

「いや、それは唯の夢だろ?」

 

そんな事を話し合いながら街の中を進んでいくと、

 

「タケミカヅチ様の……………天然ジゴロォォォォォォッ!!!」

 

「ブボァァァッ!?」

 

【タケミカヅチ・ファミリア】の命さんがタケミカヅチ様の顔面にケーキを炸裂させていた。

 

 







四十七話の完成。
師匠再び。
ラキア軍がパワーアップ。
どうなるオラリオ?
乞うご期待!
それでは次回にレディー………ゴー!!



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第四十八話 リリ、求婚される

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

久々に普通にダンジョンの探索を終えた僕は、ギルド本部に顔を出していた。

今日の稼ぎは、人数の増加やリリの力が上がったことにより鞄が最大の大きさになった事で、僕とリリだけの頃よりも遥かに効率よくモンスターを狩れることになったお陰で、7桁を超えた。

とりあえずダフネさん達のレベルも考えて十六階層辺りで荒稼ぎしてたけど、借金を返すためには僕とリリだけでもっと深いところに潜った方が良いかもしれない。

ダフネさんやカサンドラさん、春姫さんの護衛はヴェルフの能力なら一人で対応できるだろう。

そう思いながら今日の結果をエイナさんに報告し、ホームに戻ろうとしていた所、

 

「ベル・クラネル」

 

「えっ?」

 

突然声をかけられた。

僕が振り向くと、

 

「フィン・ディムナさん?」

 

そこには【ロキ・ファミリア】の団長でありリリと同じ小人族(パルゥム)のフィン・ディムナさんがいた。

 

「いきなり呼び止めて済まない。ただ、敵対しようなんて間違っても思って無いから身構えなくていい」

 

その言葉は本当のようで、フィンさんの雰囲気や身のこなしから敵対意思は伺えない。

 

「………僕に何か?」

 

「なに、以前から君とは色々縁があったからね。一度話をしてみたいと思っていたのさ。けれど、今の君を僕が直接伺いに行くと下手に勘繰られる………悪いけどここで君が姿を現すのを待ち伏せていたんだ」

 

フィンさんが僕に興味を持つこと…………

思い当たることは師匠とか師匠とか師匠とか………

駄目だ、

師匠の事しか出てこない。

 

「実は派閥の団員達にもお忍びで来てね、頼み事もあるんだ。時間が空いているならゆっくりと話したいんだけど、どうかな?」

 

「別に構いませんが………」

 

僕はフィンさんの話を聞くことにした。

 

 

 

 

フィンさんに連れてこられた場所は、街の南西地区に存在する喫茶店、『ウィーシェ』という場所だった。

「エルフの魔導士の少女に教えてもらったんだ」って言ってたから、レフィーヤさんの事かな?

テーブル席に座った僕は、フィンさんと向き合う。

 

「一応、派閥の団長同士の密会ということになる。くれぐれも内密にしてもらえるかな?」

 

「はい」

 

店主以外誰も居ない店内で、最初にそう言うフィンさん。

 

「まずは戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝利に祝辞を述べておこうかな? 僕も観戦させてもらったけど、あれは爽快だったね」

 

「はあ………」

 

「話は変わるけれども、最近何か、変わったことはあったかい?」

 

「えっ?」

 

「市壁の中は全く持って平和だけど、身の回りには注意しておいた方が良いかもしれない………近頃は物騒だからね」

 

カップに口付けながら語るフィンさんに、僕は違和感を覚えた。

 

「………もしかして、戦況は良くないんですか?」

 

僕がそう問いかけると、フィンさんは一度黙り込んでしまう。

そのあと、一度息を吐き、

 

「あまり話を広げたくはないんだけど、君も関わることになるだろうから教えても問題ないだろう。正直、今までのラキア侵攻とは訳が違う」

 

「……………」

 

「今までは上級冒険者でも十分に防ぐことは可能だった。だが、今回は第一級冒険者ですら苦戦する有様だ」

 

フィンさんは悔しさを滲ませながら視線を落とす。

 

「今はオラリオトップクラスの冒険者たちが何とか凌いでいるけど、このままいくと押し切られる可能性も出てくる。だから、そう遠くない内に君達【ヘスティア・ファミリア】にも召集が掛かるはずだ。君達は【ファミリア】の規模はともかく、戦闘能力だけで言えば僕達にも負けないだろうからね」

 

「その時には、協力は惜しみませんよ」

 

「ああ、よろしく頼む」

 

「話というのはその事だったんですか?」

 

「いや、ここからが本題だ。まあ、これは僕の個人的な事なんだけどね………」

 

そう前置きすると、フィンさんは口を開く。

 

「君のサポーターの、あの栗色の髪の小人族(パルゥム)と会わせて欲しい」

 

「……………えっ?」

 

予想外の言葉に僕は思わず声を漏らした。

 

「いや、率直に言おう。同族である彼女に縁談を申し込みたい」

 

「え、縁談~~~~~~~~~~~~~~っ!!??」

 

更なる思いがけない言葉に僕は立ち上がりながら叫んだ。

え、縁談ってことは、つまりリリが求婚されているってことで………!

 

「ひとまず落ち着いて欲しい。そして酔狂で事を言っているのでは無いと理解してほしい」

 

落ち着いて話すフィンさんの言葉に僕も冷静さを取り戻し、椅子に腰かけ直す。

僕は一度深呼吸し、フィンさんの目を見つめ返す。

その瞳の輝きに曇りは無い。

つまり、先ほどの言葉は本気だということだ。

 

「冗談で言っているのではないということは分かりました。ですが、率直に言えばそれはお断りさせていただきます」

 

「ほう………何故かな?」

 

「僕にはリリが必要です。僕自身の感情の話かもしれませんが、あなたがリリに縁談を申し込むと聞いた時、驚きと同時に、『嫌だ』という思いも感じました」

 

「なるほど……………では、僕と彼女の仲を取り持ってくれると言うのなら、同時に君とアイズの仲を僕が取り持ってあげよう…………と、言ったら?」

 

僕はそれを聞いた瞬間、頭に血が上るのを自覚した。

 

「…………もしその言葉が本気だと言うのなら、失望するにも程がありますよ?」

 

僕は本気でフィンさんを睨みつけながら言う。

彼が言っていることは、自分が欲しいものを手に入れるために、仲間を売るのと同義だ。

もし本気なら、僕は彼を絶対に許すことは出来ない。

 

「………………もちろん冗談に決まっている」

 

フィンさんは息を吐きながらそう言った。

 

「もし今の条件を受け入れるような人間なら、絶対にアイズを任せることは出来ないからね」

 

「ならいいんですけど…………」

 

僕は幾分か冷静になりつつフィンさんを見る。

 

「でも、話だけは聞いて欲しい。どうして僕が他派閥である同族にこんな申し出をしようとしているのかを………」

 

「………わかりました。聞くだけ聞きましょう」

 

「ありがとう…………君は『フィアナ』という女神を知っているかい?」

 

女神『フィアナ』…………小人族(パルゥム)の間で深く信仰されていた架空の女神。

『古代』の英雄達、精強かつ誇り高い小人族(パルゥム)の騎士団、それが擬神化したものだ。

だが、本物の神が降臨した『神時代』の到来により、『フィアナ』信仰は一気に廃れた。

下界に降りてきた神様達の中に、彼らの崇拝してきた女神の姿は無かったからだ。

それが止めになったかのように小人族(パルゥム)は加速度的に落ちぶれ、今日まで至っているらしい。

僕はフィンさんの言葉に頷く。

 

「今も落ちぶれている小人族(パルゥム)には光が必要だ。女神(フィアナ)信仰に代わる、新たな一族の希望が」

 

「それは………」

 

フィンさんの言おうとしていることが分かった。

 

「考えている通りだ。僕は一族の再興のためにオラリオに来た。名声を手に入れ、同族の旗頭になる為に」

 

なるほど、と僕は思った。

世界でも一番と言えるほど有名なオラリオ。

そこで名を上げることが出来れば、それは世界に名を轟かすに等しい。

名を上げたものと同じ種族にも、確かに希望がもたらされるだろう。

 

「だが………それだけでは駄目だ。一瞬の栄光では一族を奮い起たせるには至らない。希望の光は長くあり続け、小人族(パルゥム)を照らし続けなければならない。でなければ、小人族(パルゥム)の繁栄は叶わない。詰まるところ、次代に続く後継者が必要だ。そしてそれは、【勇者(ぼく)】の血を受け継いでいることが望ましい」

 

「……………!」

 

ここまで言われれば、僕でもわかる。

 

半亜人(ハーフ)では駄目だ。一族に誇りをもたらすためには、純粋な小人族(パルゥム)でなければならない」

 

「………そういう事………ですか………」

 

「ああ。あの娘をお嫁さんに貰って、僕の子を産んでもらいたい」

 

思わず叫びだしたくなる衝動に駆られたが、僕は拳を思い切り握ってそれを我慢する。

まだ、聞かなければいけないことがある。

 

「………他の【ファミリア】同士の結婚は、認められていないのでは?」

 

まずは基本的な問題を問う。

 

「ロキには許しを貰っている。いや、そういう手筈になっている。僕が彼女の眷属に加わる際に突きつけた条件は二つ。一族の再興の協力、そして邪魔立てしないことだ」

 

なるほど、そっちの問題については予め対処済みと。

 

「勿論、今増えた【ファミリア】に愛着を持ってはいるし、守らなければならない場所だと思っているよ。それにロキが許していても、僕の独断で【ファミリア】には迷惑をかけられない。君のサポーター…………リリルカ・アーデ本人や神ヘスティアが断ればそれまでさ」

 

そう言いながらフィンさんは苦笑し、

 

「僕も結構歳も取っているしね。求婚の無理強いは出来ないよ」

 

その言葉を聞いて、ふと疑問に思う。

 

「失礼ですがおいくつですか?」

 

「もう四十は過ぎたかな?」

 

「四十…………」

 

予想以上の年齢に僕は軽く驚いた。

幼く見られがちな小人族(パルゥム)でも、そこまで行っているとは思って無かった。

 

「話が逸れてしまったけど………良ければ彼女と二人で話をさせてもらえないかな?」

 

その答えを言う前に、僕は一番大切な事を尋ねた。

 

「どうして………リリなんですか?」

 

僕の質問に一度目を瞑ったフィンさんは、瞼を開けてこちらを見てくる。

 

「最初に彼女に興味を持ったのは、二ヶ月ほど前の君が覆面の彼と戦っていた時………」

 

最初にシュバルツさんと戦っていた時のことか………

 

「君を救おうと、彼女は第一級冒険者の僕達に対し、臆することなく助けを求めてきた。自分の身を顧みずにね。まずその一欠片の『勇気』に感銘を受けた」

 

更にフィンさんは続けた。

 

「そしてこの前の戦争遊戯(ウォーゲーム)。何があったのかは分からないけど、彼女の『強さ』を目にした僕は、そこで決心したんだ。もちろん『強さ』とは身体的な事じゃない、心の強さの事だ。伴侶が欲しいとは言ったけど、小人族(パルゥム)ならだれでもいいという訳じゃない。今、一族に必要な物は『勇気』………伴侶たる存在にも、僕は失われてしまった小人族(パルゥム)の武器を求める」

 

「それは『資格』…………ということですか?」

 

「そうだね………そう言い換えても良いかもしれない」

 

その言葉を聞いて、僕は改めて思った。

 

「そうですか…………なら、僕は改めてこの話に反対させて貰います!」

 

「………理由を聞いても?」

 

「あなたの目標はとても崇高なものだと思います。ですが、『資格』如何こうで縁談を申し込む人に、リリを任せたくはありません」

 

「………僕はあの時から理屈を置いてきた。この身は、一族の再興の為だけに捧げる。さっきも言ったように、当の本人や神ヘスティアが拒絶すればこの話はそれまでだ。けれど、いい返事が貰えるのなら僕もいい加減ではなく、彼女に真摯に向き合うし、きちんとした関係を育みたい。必ず不幸にはしない、それだけは約束する」

 

「その考え方はある意味立派だと思います。でも、リリは一族再興の為の『道具』じゃない! 真摯に向き合うと言いましたが、それはあくまで再興の為という前置きが付く! 彼女を想っての事じゃない! 不幸にしない? それじゃ足りない! リリは今までずっと辛い目にあって来たんだ! 彼女を幸せに出来ると断言しない人にリリは任せられない!」

 

僕は自分の思いを吐き出す。

 

「それが彼女の想いには応えられなくても………僕の事を好きだと言ってくれたリリに対して僕が出来ることだ!」

 

「……………なるほど、君の思いは分かった。だけど、せめてここでの話を彼女に伝えてくれないか?」

 

「………まだ言いますか?」

 

「何度でも言うさ。それが僕が命に代えても果たしたい僕の望みだ」

 

フィンさんは、睨み付ける僕の視線を真っすぐに見返してくる。

 

「……………僕は武闘家です。貴方の望みが本気であるなら、それを拳に乗せて僕に向かってきてください。もし僕の心に届いた時には、リリに話だけは通しましょう」

 

「わかった」

 

フィンさんは躊躇せずに頷いた。

 

「表に出ましょう」

 

僕は立ち上がり外へ向かう。

フィンさんも後をついてきた。

店の外で僕達は向かい合う。

 

「制限時間は設けません。貴方の気の済むまでやってください」

 

僕はそう言う。

 

「そうか………感謝するよっ!」

 

フィンさんが答えると同時に殴りかかってきた。

僕は左手でそれを受け流す。

 

「ハッ!」

 

フィンさんは身体を捻り、回し蹴りを放つ。

右側頭部を狙われたその蹴りを僕は右腕で防いだ。

 

「この程度では僕には届きませんよ」

 

「ああ………分かっているさ!」

 

フィンさんは体勢を整え、再び僕に向かってきた。

 

 

 

 

 

時間が経ち、既に日が沈みかける頃、

 

「はぁ………はぁ………」

 

フィンさんは肩で息をしながら呼吸を整えている。

 

「まだやりますか?」

 

僕は問いかける。

フィンさんと違って、僕はまだまだ余裕だ。

 

「勿論だ………君に認められるまで止める気はないよ。時間制限は無いんだろう?」

 

疲弊しても僕を真っすぐに見据えてくるその眼に曇りは無い。

僕は一度息を吐く。

次の瞬間、フィンさんは真っすぐに僕に向かってきた。

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

狙いは顔面。

こんな攻撃は普通なら簡単に躱せる。

だけど、

 

「…………どうして避けなかったんだい?」

 

僕はあえてその拳を受けた。

結果は大したダメージじゃないけど、フィンさんの覚悟は十分に伝わった。

 

「根負けって奴ですかね? 少なくとも、リリと直接話すだけの資格はあると判断しただけです」

 

「そうか、感謝するよ」

 

「確かに話だけはしますが、僕自身反対だということは伝えますし、リリがあなたと会うかどうかも分かりません」

 

「いや、十分さ。もし会ってくれると言うのなら、明日、この場所へ来て欲しい。そこで僕は一日待っている」

 

フィンさんはそう言いながらメモを差し出してきた。

僕はそれを受け取り、踵を返す。

そのまま僕はホームへと向かった。

 

 

 

 

【Side リリルカ】

 

 

夕食後、

 

「リリ、ちょっといいかな?」

 

「はい、何でしょうか? ベル様」

 

私はベル様に呼び止められ、

 

「ちょっと話があるんだけど…………」

 

 

 

 

「私に縁談………ですか?」

 

「うん。あ、最初に言っとくけど僕自身はこの話には反対だから。リリには何処にも行ってほしくないし」

 

この話を私に持ち掛けてきた時はちょっとショックでしたが、ベル様自身はこの話には反対のようで安心しました。

まあ、「何処にも行ってほしくない」というありきたりな言葉で幸せを感じてしまっている私は既に手遅れなのですが………

でも、すこしベル様を困らせてみたくなってくる。

 

「反対なのなら、私にこの話を通す必要は無かったのでは?」

 

「え、え~っと………確かに反対なんだけど、フィンさんも縁談自体には真剣で誠意を持って話を持ち掛けてきているから、僕だけの一方的な意見で断るのも違うと思って………」

 

「フフッ……ベル様らしい理由ですね。分かりました、縁談を受けるなどという選択はしませんが、このまま無視するのもベル様の評判に影響しかねませんので、誠意に応えるという意味で直接会って直々に断りましょう」

 

「うん。お願いね、リリ」

 

 

 

 

 

 

 

翌日、私は指定された店の前に来ていました。

そこは『小人の隠れ家亭』という小さな酒場だった。

小人族(パルゥム)以外入店お断り』という看板がある事から、小人族(パルゥム)専用の酒場みたいです。

 

「こんなお店がオラリオにあったんですね………」

 

私は木扉を開けて店内へ入る。

私が待ち人を探していると、一人の店員が近付いてきた。

 

「いらっしゃい。一人ならカウンターに………って」

 

すると、突然その店員は私を指差し、

 

「リ、リリルカ・アーデ!? 【ヘスティア・ファミリア】!?」

 

「どなたですか? いきなり人を指さすなんて失礼な店員ですね」

 

「なっ!? 忘れたとは言わせないぞ! オイラ達【アポロン・ファミリア】を最底辺まで落ちぶれさしたのはお前達じゃないか!」

 

「【アポロン・ファミリア】? ああ、今思い出しました。ベル様にピザを顔面にぶつけられてた方ですね?」

 

「そうだ! お前たちの所為で【アポロン・ファミリア】は有力な冒険者を殆ど失ってしまって、碌なホームも無く、その日の金銭を稼ぐためにこうやってバイトをする始末だ!」

 

「当時構成員がベル様一人だけだった【ヘスティア・ファミリア】に戦争遊戯(ウォーゲーム)を吹っ掛けてきたのはそちらではありませんか。私達は正々堂々正面からぶつかって打ち破っただけなのですが? 特に搦め手も何も使ってませんよ? むしろ【ソーマ・ファミリア】も一緒に参加させたので、言い訳は何もできないはずでは?」

 

「う、煩い!」

 

「…………待ち人がいるはずなので、行かせてもらいます」

 

「勝手にしろ!」

 

私は話を切り上げて店内へと足を進める。

すると、

 

「………やあ、来てくれたんだね」

 

変装用なのかは分かりませんが、メガネをかけているフィン・ディムナ様が声をかけてきました。

 

「まさか本当に足を運んでくれるとは思わなかったよ。しかも本人自ら」

 

「半信半疑なら、最初から声を掛けなければいいではないですか」

 

「………座ったらどうだい?」

 

「では、失礼して」

 

私はテーブルに着く。

 

「こうして二人で面と向き合うのは初めてだし、まずは自己紹介をしておこうか? フィン・ディムナだ。今日は来てくれてありがとう」

 

「リリルカ・アーデです」

 

律儀に名乗って来たので名乗り返す。

そして一息つくと、

 

「さて、来てくれたということは、いい返事を聞けるという事かな?」

 

「その返事をする前に、私を選んだ理由を聞かせてください」

 

「おや、ベル・クラネルから聞いていないかな?」

 

「あなたは人伝に女性を口説くのですか?」

 

「………それは確かに。なら………」

 

フィン様は話始める。

それはベル様から聞いた話とほぼ一緒でしたが、確かにこの方の本気さが伝わってきます。

 

「………という訳だ。僕は一族の再興を何としても成し遂げたい。これから生まれてくる新しい同胞たちの為にも。その為に………後継者はやはり必要になる」

 

全てを聞き終え、その使命に対する姿勢は素晴らしいものだと分かる。

だけど、

 

「…………確かに貴方は素晴らしい人だと思います。貴方の伴侶になる人は最悪でも不幸になることは無いのでしょう…………ですが、お断りさせていただきます」

 

「………理由を聞いても良いかな?」

 

「単純な話です。私はベル様をお慕いしています。この気持ちは、未来永劫変わることは無いでしょう」

 

「彼の心が、アイズに向いているとしても?」

 

「そんな事は承知の上です。確かにベル様の一番になることはほぼ不可能でしょう。それなら、二番三番を狙えばいいだけの話です!」

 

思わず言葉に力が籠る。

 

「おやおや」

 

「私はベル様の一番になりたいわけではありません。私は、どのような形であれベル様のお傍に居たいだけなのです」

 

「フフフッ…………どうやら僕は君を見くびっていたようだ。君は、僕が思っている以上に強かだったようだね?」

 

「誉め言葉として受け取っておきましょう」

 

「やれやれ、これでまた振り出しか」

 

「いい方を見つけたら、私からも紹介しましょうか?」

 

「お願いするよ。どうも僕はこういう事には縁が無い………というより、苦手らしい」

 

フィン様は苦笑する。

話が終わった私は席を立ち、店を出ます。

するとそこには、

 

「やあ、リリ」

 

「ベル様………」

 

ベル様が待ち構えていました。

ベル様は私に手を差し出し、

 

「帰ろう、リリ」

 

その言葉だけで、私は胸がいっぱいになりました。

 

「はいっ!」

 

私はベル様の手を取り、歩き始めます。

ホームに向かって歩き始めてしばらくした時、

 

「そう言えばリリ」

 

「はい、何でしょうかベル様?」

 

「フィンさんってあれでも四十越えらしいんだけど、リリっていくつなの?」

 

そう言えばベル様にも言っていませんでしたね。

 

「はい、私は十五歳ですよ」

 

「まさかの年上っ!?」

 

盛大に驚くベル様がおかしくて私はつい笑ってしまいました。

 

 

 

 

 

 






第四十八話の完成。
リリの縁談の話でしたが、ベル君は原作程優柔不断では無いので割とスムーズに。
リリの強かさが今回も滲み出ていましたね。
さて、次回はヴェルフの番か………
どうするか。
それでは次回にレディー………ゴー!!


あと、序に東方不敗が乗る白馬が出てきた場合のステイタス。




Lv.風雲再起



力  :来たか風雲再起!

耐久 :我が足となって戦えい!

器用 :人の恋路を邪魔する奴ぁ!

俊敏 :馬に蹴られて

魔力 :地獄へ落ちろ


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第四十九話 ヴェルフ、人生の勝負をする

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

 

目の前の巨人が剛腕を振り上げる。

 

「だぁああああああああああっ!?」

 

「ひゃぁああああああああああっ!?」

 

その剛腕から逃げ惑う少女2人。

俺はそれを眺めながら言った。

 

「おーい。逃げてばかりじゃ成長しねーぞ」

 

「そ、そんな事いわれてもぉ!」

 

「これ無理! 無理だから!!」

 

逃げ惑う2人とはダフネとカサンドラ。

そして相対する巨人とは十七階層の階層主『ゴライアス』。

俺は二人に階層主を相手させていた。

途中までは春姫も参加させていたのだが、早々にヤバくなったため、すぐに助けて俺の横にいる。

因みにベルとリリ助の二人はもっと下の階層で荒稼ぎしている。

この戦闘の目的は、簡単に言えばダフネとカサンドラの成長の為だ。

ハッキリ言って、ベル、リリ助、俺の三人は戦力として突出し過ぎている。

その為パーティとしてのバランスが悪く、連携が取れないのだ。

なので、手っ取り早く成長させるための手段として、格上との戦闘を行わせているという訳だ。

だが、

 

「「ひぇええええええええっ!!」」

 

さっきから逃げ回るばかりで碌に戦おうともしない。

 

「しゃーねーなぁ………」

 

流石にゴライアスの相手は早かったかと思い、大刀を抜いて助けに入ろうとした時、

 

「………ふむ、手前もまぜてくれ」

 

聞き覚えのある声と同時にゴライアスの右腕が切り落とされた。

 

「…………何でこんな所に居やがる?」

 

俺は思わず問いかけた。

ゴライアスの右腕を切り落としたのは、俺の古巣【ヘファイストス・ファミリア】の団長でありLv.5の実力者でもある椿・コルブランド。

 

「なに、久々にダンジョンで暴れたくなってな」

 

「チッ………」

 

真意を見せない椿に舌打ちしながら、俺は先にゴライアスに向き直った。

 

 

 

 

 

大した時間を掛けずにゴライアスを倒した後、俺は再び椿に問いかけた。

 

「改めて聞くが、何で中層(こんな所)にいる? いや、何をしに来た?」

 

「先程も言ったであろう? 久々にダンジョンで暴れたくなったと。まあ、強いて言うならお主をからかいに来た」

 

「………………」

 

少し前の俺ならここで激昂するところだが、生憎今の俺はくだらない『意地』は捨てた。

だから今の言葉の意味をじっくりと考えることが出来た。

こいつは今、俺をからかいに来たと言った。

つまり、少なくとも目的があって俺に会いに来たということだ。

そして俺が知る限り、今このオラリオで俺が少なからず関係している問題とはラキア王国の侵攻。

ラキア王国は俺の出身地。

いわば故郷だ。

そんで落ちぶれたクロッゾの栄誉を取り戻すために、唯一魔剣が打てる俺に魔剣を打てと強要してきた。

それが嫌で俺は一族との縁を切って王国を飛び出し、このオラリオに来た。

別の【ファミリア】に移籍したそんな俺に、【ヘファイストス・ファミリア】の団長である椿が接触してきたとなれば、導き出される答えは一つ。

 

「……………親父か爺か………もしくはクロッゾの一族の誰かが俺を狙うためにオラリオに潜入したってところか」

 

「………なんのことやら?」

 

椿は知らないふりをしているが、僅かに眉が吊り上がったのを俺は見逃さなかった。

 

「俺を餌にしようって魂胆なんだろうが、余計な事はするな。身内の問題は俺が片をつける」

 

「ヴェル吉………お主、可愛げが無くなったのう」

 

「くだらねえ『意地』を捨てただけだ。俺は、俺の『誇り』を持ってベルの為に武具を打つ」

 

「そうか…………まあ、鍛冶師としては以前よりはマシになったか?」

 

「うっせ」

 

「ああ、そうそう………お主が出ていってから主神様が腑抜けておってのう。寂しそうにしておるぞ?」

 

ヘファイストス様の事を言われ、内心動揺してしまう。

 

「………嘘つけ」

 

「さてな」

 

椿はそう言うと踵を返す。

 

「ではまたな、ヴェル吉」

 

「もう来んな!」

 

最終的に椿のペースに引きずり込まれてしまった俺は声を荒げた。

椿はクククと笑うと立ち去っていった。

 

 

 

 

その後、下層から戻ってきたベルとリリ助と合流し、俺達は地上へと戻った。

その道中、

 

「す、凄い量ですねクラネル様、アーデ様………」

 

春姫がリリ助が背負っている最大級に大きなバックパックに魔石やらドロップアイテムやらがギッチリと詰まっている光景を見て唖然としている。

 

「こ、これだけの量をたった二人で………?」

 

「あまり時間も経ってなかったよね………?」

 

ダフネとカサンドラも絶句するぐらいだ。

 

「それにしても、『巨蒼の滝(グレート・フォール)』は絶景だったね」

 

そんな三人を他所に、ベルはあっけらかんと下層の感想を述べる。

 

「その『巨蒼の滝(グレート・フォール)』の滝壺に向かって普通に飛び降りたベル様が言いますか? 背負われてた私もビックリしましたよ」

 

「滝壺に向かって飛んだって………」

 

「リリさんもビックリしただけなんですね………」

 

「も、もちろん直接滝壺には飛び込んでないよ!? 途中の岩場を蹴ってちゃんと通路に着地したし………」

 

焦った表情でベルが弁明するが、

 

「ベル様、普通の冒険者はそんな事しません」

 

「………そ、そう言えば途中で変なモンスターに出会ったよね」

 

ベルはあからさまに話題を変える。

 

「変なモンスター?」

 

俺が問いかけると、

 

「う、うん。緑色をした巨人で木の根を鎧みたいに纏った変なモンスターだったよ」

 

「おそらくモス・ヒュージの『強化種』ですね。何か種みたいな弾丸を飛ばしてきましたが…………」

 

「直接触るのはヤバそうだったから、拳圧で全部叩き落して最後は十二王方牌で倒したけど」

 

「そこまで強化されていなかったのは幸いでしたね。ベル様ならともかく、外の冒険者が襲われてたら大分苦戦したと思いますよ」

 

「そう言えば弾丸を叩き落した時点で逃げようとしてたよね?」

 

「ええ。撤退を考えられるほどに知恵を付けたモンスターでした。あのままほっといたら更に強化されて被害も大きくなっていたと思います」

 

「そうか………」

 

「………ヴェルフ、何かあった?」

 

ベルの言葉に一瞬言葉に詰まった。

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「ちょっといつもと雰囲気が違うから………」

 

俺は思わず頭をガジガジと掻く。

ベルには気付かれるか………

 

「ま、ちょっとな…………すぐにケリつけるから心配すんな」

 

俺はそう言って先を急いだ。

 

 

因みに今日の成果は一千万ヴァリスを超えていた。

 

 

 

 

ダンジョンを出て、俺は別行動を取る。

理由は先程から感じる視線。

明らかに俺を見ている気配。

俺は人気のない路地裏に進むと、

 

「いい加減出てきたらどうだ?」

 

俺がそう言うと、一瞬動揺した気配がした後建物の影からよく見知った顔が現れた。

 

「気付かれていたか………」

 

「やっぱりてめえか………親父」

 

その人物は、俺の実の父親、ヴィル・クロッゾ。

 

「久し振りだな………ヴェルフ」

 

「何でアンタがここにいる………? なんてことは聞かねえよ、いくらオラリオとはいっても、いくらでも穴はあるだろうからな…………目的は俺………いや、魔剣を打てる能力だろう?」

 

「ッ…………分かっているなら話は早い。ヴェルフ、我々の為に魔剣を打て」

 

「……………」

 

親父は予想通りの言葉を発する。

 

「王国は今危機を迎えている。アレス様を蔑ろにして客将である筈の老害に皆の心が奪われている。その危機を脱するために魔剣が必要なのだ!! アレス様はお前の………魔剣を打つ力の獲得に成功したら、莫大な栄誉を約束してくださった! だから打てヴェルフ!! 我らの為の魔剣を!!」

 

親父の言い分にムカムカしてくるが、それよりも俺は気になることがあった。

 

「おい親父。今老害つったが、もしかしてその老人は、東方不敗 マスターアジアって言うんじゃねえのか?」

 

「貴様は奴を知っているのか!?」

 

その言葉で確信した。

 

「ククク…………そうか………マスターが居るんじゃアレス様如きじゃ皆の心が離れてくのは当然だよなぁ」

 

思わず笑いが込み上げる。

今のオラリオ侵攻はマスターがラキア軍に居るって事か………

あの方が相手に居るんじゃオラリオの冒険者が苦戦するのは当たり前だな。

 

「おい親父、先に言っておくが、例え魔剣があったとしても、状況は何も変わりゃしねえぞ」

 

「な、何だと!?」

 

「あの方に比べれば、俺の魔剣なんか児戯に等しい。拳一つでかき消されて終わりさ」

 

「で、出鱈目を言うな! 昔、我ら一族を栄光へと導いた魔剣は最強だ!」

 

「別に信じねえならそれでもいいさ。どっちにしろ俺はアンタに付いて行くつもりはこれっぽっちもねえ」

 

「お前が同伴を拒んだら、都市に侵入した同志が『魔剣』で街に火を放つ手筈になっている。無論『クロッゾ』のな」

 

親父は表情を変えずに言った。

 

「嘘を吐くな。王国に『クロッゾの魔剣』は残ってねえ筈だ」

 

「いや、存在する。『精霊』に呪われた際、破壊を免れた五十振りが」

 

「…………………」

 

「王国は残された祖先の『魔剣』を失うことを恐れ、使うことは無かったが………」

 

親父は外套の腰に手を回すとそれを引き抜いた。

 

「証拠に、見ろ」

 

「……………!」

 

血が騒めく。

その剣が紛れもなく『クロッゾの魔剣』だと血が教えてきた。

 

「残る『魔剣』は同志達が持っている。私が合図を出すか、あるいは戻ってこなければ、オラリオの至る所でその力が解放されるだろう」

 

俺は一度ため息を吐く。

そして、

 

「いい加減にしてくれ」

 

俺が呟くと同時に親父の死角から閃光が放たれた。

親父の手から『魔剣』が弾かれ、宙を舞う。

 

「なっ!?」

 

今親父を撃ったのは、親父が出てくる前にあらかじめ唱えておいたローゼスビットだ。

更に空中に舞う魔剣に対し、俺はローゼスビットに指示を送る。

無数のローゼスビットが魔剣の四方八方を取り囲み、

 

「砕けろ」

 

俺の合図と共に同時に光線を放ち、魔剣を粉々に砕いた。

魔剣の破片がパラパラと落ちてくる。

 

「き、貴様………っ!」

 

「俺は行かねえ。そう言ったはずだ」

 

「お、おのれ、こうなれば力尽くで………!」

 

親父は手を上げて合図を出す。

多分隠れてる仲間が出てくる手筈だったんだろうが………

次の瞬間にはドサドサとボロボロになった兵士が吹き飛んできて親父の後ろに折り重なった。

 

「ななっ!?」

 

「ハァ…………心配するなって言ったんだがなぁ………」

 

俺は溜息を吐くが、同時に嬉しさも感じ、思わず口元が綻ぶ。

 

「ごめんねヴェルフ。どうしても気になったからさ」

 

上から飛び降りてきたのはベルだった。

傍らにはリリ助の姿もある。

更には親父を取り囲むように【ヘファイストス・ファミリア】の面々が。

 

「身内の問題は俺が片を付けるって言ったはずだぞ」

 

俺はその中にいた椿に言った。

 

「悪いが、こちらも仕事なのでな」

 

「チッ!」

 

俺は親父に向き直ると、

 

「観念しなさい。もう逃げ場はないわ」

 

「か、神ヘファイストス!?」

 

親父がヘファイストス様の登場にたじろいでいる。

すると、

 

「い、いいのか!? 私に何かあればオラリオが火の海に………」

 

「さっきの一振りしか『クロッゾの魔剣』は無いんだろう?」

 

俺の言葉で親父が絶句する。

 

「流石に五十振りは盛り過ぎたな。十振り程度ならまだ信憑性はあったが、『精霊』が五十振りも魔剣を見逃すはずがない」

 

「グッ…………!」

 

「この際だから言っておくぞ親父。アンタが鍛冶に対して何を求めているかは知らねえ。金か、名誉か。それとも別の何かか……………それが何であれ俺は別に否定はしねえ………だがな」

 

俺は一呼吸置き、

 

「アンタの考えを俺に押し付けるのは止めてもらおうか! アンタはアンタの剣を打てばいい。俺は俺の剣を打つ! 魔剣を打つ力は俺のもんだ! この力を何に使うかは俺の勝手だ!」

 

「黙れ! そんな事はお前に魔剣を打つ力が宿っているから言える言葉だ!! その力が私にあれば今頃っ………!」

 

「俺を言い訳に使うなっ! 何故その手で魔剣を超える剣を生み出そうとしなかった!? 鍛冶師の誇りは何処に行った!?」

 

「人の力が『精霊の力』に届く筈が無かろう!」

 

「いいや、届く!」

 

「戯言だ! それは貴様の『意地』から出てくる綺麗ごとだ!!」

 

「そんな『意地』はもう捨てた!! 人の力は『精霊』に………いや、『神』にすら届く!!」

 

「まだ言うか!?」

 

「ベルがそれを証明してくれた!!」

 

「ッ!?」

 

「ラキアにも情報が届いているはずだ。五振りの魔剣を切り裂いた男の話が」

 

「それは貴様が更なる魔剣を打ったからだろう!?」

 

「あれは魔剣じゃねえ!」

 

「なんだと!?」

 

「あれは使い手の気の力を剣の形に留めるものだ。魔剣の猛攻を凌ぎ切ったのも、城を切り裂いたのも、全てはベルの力だ。だったら、鍛冶師の武具にも同じことが出来ない道理はない!!」

 

「…………………」

 

「俺は全てを賭けてベルに見合う武具を作って見せる。それが俺の『誇り』だ」

 

俺は自分の思いをぶちまけると、

 

「居るんだろ? 爺………」

 

そう呟いた。

建物の影から老人が現れる。

その老人はガロン・クロッゾ。

俺の祖父にあたる人物だ。

 

「今言ったことが俺の選択だ。俺の事は諦めな」

 

「…………そのようだな」

 

爺は意外にもあっさりと頷いた。

 

「父上、それでは………王国に私達の居場所は、もう………」

 

親父が爺の決定に膝と手を地面に付ける。

 

「やり直しだ。鍛冶貴族としてではなく、『鍛冶師』として」

 

爺は俺の顔を見た。

 

「人の力は『神』にすら届く………か………本気でそう思っているのか?」

 

「思っているんじゃねえ。俺は実際に目にしたからな」

 

俺はベルを見る。

すると、爺もベルを見つめるとヘファイストス様に歩み寄った。

 

「投降します、神よ。責任はこの老いぼれに。どうか他の者には慈悲を」

 

「…………わかったわ。受け入れましょう」

 

ヘファイストス様もその降伏宣言を受け入れた。

親父や爺達が捕縛されていくのを見て、何とも言えない気持ちになってくる。

 

「ヴェルフ………」

 

ベルが心配そうに声を掛けてくる。

 

「悪い、暫く一人にしてくれねえか?」

 

ベルは頷き、リリ助と一緒に立ち去っていった。

 

 

 

 

俺はすっかり夜も更けた中央広場で夜空を見上げていた。

すると、気配が近付いてくる。

 

「ここに居たのね」

 

ヘファイストス様だった。

 

「ラキアの兵士達はギルドに引き渡したわ。今は侵入経路なんかを聴取してる。内通者は戦争を起こすことを条件に彼らを都市に入れたみたい。特需が目的だったのか、他に狙いがあったのかは分からないけど………」

 

「………………」

 

「ギルドはラキアに身代金を求めているそうよ。応じなかったとしても、暫くしてから兵士たちは野に放つらしいわ」

 

「…………教えていただき感謝します」

 

俺は静かに頭を下げる。

すると、

 

「ヴェルフ、あなたは(こども)の力は(わたしたち)に届くと言っていたわね? 今でもそう思ってる?」

 

「…………はい!」

 

俺は迷わずに頷く。

 

「フフッ、確かにね。ベル・クラネルが使っているあの光の剣。あれは素晴らしいと思うわ」

 

「………あれは鍛冶師としては失敗作です。余りにも使い手の力に左右され過ぎる」

 

「あら? 使い手が武器の力を左右するのは当然じゃないかしら?」

 

俺は首を横に振る。

 

「あれの刀身を形作っているのは全て使い手の………ベルの力なんです。ただ俺は、ベルの力を剣の形に留めるようにしただけ…………俺の鍛冶師としての力なんて、ほんの少ししか使っていない」

 

「……………それ自体が凄い事なんだけどね………」

 

ヘファイストス様は呆れたように溜息を吐く。

 

「例えそうだとしても、私はあの剣を認めるわ。あれはあなたがベル・クラネルの為に打った剣。使い手に合うようにあなたが試行錯誤し生み出した、ベル・クラネルにとっての最強の剣。使い手に合う武具を作るのも、鍛冶師の大切な力。例え私がベル・クラネルの為に剣を打ったとしても、あれだけの力を引き出せる剣は作れなかった。だから私はあの剣を認めるわ」

 

「ッ……………!?」

 

認められたことが嬉しくて、思わず涙が出そうになった。

 

「流石に私が一目置いていただけの事はあるわね。もし私を認めさせるほどの作品を持ってきたなら、何か褒美を取らせようと思っていたんだけど、もう私の【ファミリア】じゃないし…………残念だったわね?」

 

俺は思わずその言葉に食いついた。

 

「それは今でも有効ですか!?」

 

ヘファイストス様に詰め寄る。

 

「えっ?」

 

「あなたがあの剣を認めたと言うのなら、褒美は貰えるのかって聞いてるんです!」

 

「え、ええ………何か欲しいものでもあるの?」

 

押した甲斐があり、了承させることに成功する。

 

「ならっ、俺と付き合ってください!!」

 

勢いのままにそう口走った。

後悔は無い。

ただドクンドクンと心臓の音がうるさく感じる。

俺の一世一代の告白に対し、ヘファイストス様は呆気にとられた顔をした後、

 

「………………プッ」

 

口を押え、噴き出した。

 

「ひ、人の決意を…………!?」

 

「うふっ、うふふふふっ………!? ごめっ、ごめんなさいっ、でもっ、おかしくって………!」

 

涙の溜まった左目を拭うと、

 

「昔にもいたのよ。私に認めさせることが出来たら自分と付き合ってくれって言ってきた鍛冶師達が」

 

それを聞いてもやっとした感じが胸の中に広がる。

 

「でも、それが叶った子は今まで一人もいないわ」

 

それを聞いてホッとする。

 

「なら、俺が初めての男って事っすね?」

 

俺がそう言うと、ヘファイストス様はクスリと笑い、

 

「まあ、私と付き合う云々は置いておいて、貴方も早くいい伴侶を見つけなさい」

 

「は?」

 

ヘファイストス様から出てきた言葉に、思わず固まる。

 

「少し頑固だけど、貴方ならきっといい子が見つかるわ」

 

「ま、待ってください、俺は冗談なんかじゃあ………!」

 

「ヴェルフ、永遠を生きる私達に纏わりつかれたって、損をするだけよ? 家庭なんてものも作れないしね」

 

慌てる俺をヘファイストス様は笑みで躱す。

 

「それに私は女として失格」

 

そう言うと、右目を覆う漆黒の眼帯に手を触れた。

 

「この下にはね、貴方がびっくりするぐらい醜い顔が広がってる」

 

「………………!」

 

「不思議でしょ、神なのに。私も散々思ったわ。天界では他の神に嫌厭されたし、笑われた。この眼帯の下を見て、笑ったり不気味がったりしなかったのはヘスティアぐらい。あの子達も怯えた。だから、私なんかは止めておきなさい」

 

笑いかけてヘファイストス様は背を向けた。

そのまま歩き出して遠ざかっていく。

このまま見えなくなれば、あの女神(ひと)は二度と手の届かないところへ行ってしまう。

そう感じた俺はすぐに女神の後を追った。

右手でヘファイストス様の肩を掴んで強引に振り向かせ、左手を迷わずに眼帯へと伸ばす。

 

「ちょ、ちょっとっ」

 

ヘファイストス様の抗議の声を無視し、俺は眼帯を外した。

ヘファイストス様はその場で立ちつくし、俺は女神の両眼を見つめ、同時にその素顔を目にした。

その感想は、

 

「拍子抜けですね、ヘファイストス様。この程度で俺を遠ざけられると思っていたんですか?」

 

俺は自信を持って言う。

 

「あなたに鍛えられた(おれ)の熱は、こんなものじゃ冷めやしない」

 

俺はヘファイストス様の顎を持ち上げると、衝動のままに口付けた。

 

「ッ!?」

 

ヘファイストス様は目を見開いて驚いている。

かくいう俺も、以前の俺ならこんなことは出来なかったのだろうが、あのジャック・イン・ダイヤの持ち主の経験からこうするべきだと突き動かされ、思わずやってしまった。

でも、後悔は無い。

俺はヘファイストス様から離れると、

 

「もう一度言います。俺と、付き合ってください!」

 

ヘファイストス様は頬を赤く染めながら、

 

「神の唇を奪うなんて…………不敬どころじゃないわよ」

 

「付き合ってしまえば問題ありません」

 

「言ってくれるじゃない」

 

「………それでヘファイストス様、答えをお聞かせください」

 

「……………少なくとも、唇を奪った責任は取ってもらわなきゃね」

 

ヘファイストス様が顔を寄せてくる。

 

「勿論です」

 

俺達は再び唇を合わせた。

 

 

 

 

 






第四十九話の完成。
……………今回もやっちまった感が半端ねえ!
むしろ今までで一番かも!?
調子乗って書きまくってたらヴェルフがヘファイストス様と付き合うことに!
賛否両論間違いないな………
因みにヴェルフ父&爺がオラリオに来た理由はアレス様の独断なんで師匠は関係ないです。
ともかく次回にレディー………ゴー!!


P.S
今回は時間が無くなってしまったので返信はお休みします。
申し訳ありません。


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第五十話 ベル、ボディーガードをする

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ヴェルフが関係した騒動から数日が経過した。

ヴェルフがヘファイストス様と付き合うことになったと聞いた時にはものすごく驚いた。

ヘファイストス様と仲が良い神様もとっても驚いていた様子だった。

あと、ラキア側に師匠が居るという情報をヴェルフが得たらしい。

何やってるんですか師匠…………

それはともかく今日もダンジョンで荒稼ぎを終え、数日の合計で借金を五千万ほど返せる金額を貯めることが出来た。

その事をエイナさんに言ったら呆れられたけど………

でも、その話の中で僕はエイナさんの様子がおかしいことに気付いた。

 

「エイナさん、何かあったんですか?」

 

「え?」

 

「いえ、エイナさんの様子がなんだか元気がなさそうに見えたので………」

 

「ッ……………」

 

エイナさんが俯く。

その様子から、何かあったのは明白だ。

 

「エイナさん、僕で良ければ相談に乗ります!」

 

「ベル君………でも………」

 

「エイナさんには、冒険者になったときからずっとお世話になっているんです。少し位お返しさせてください」

 

「ベル君………」

 

すると、エイナさんはおずおずと話し出した。

何でも、昨日ギルドの仕事が終わった後に帰宅する際、フードローブを纏った謎の人物に後をつけられたと言うのだ。

それは、まさしくストーカーという奴だ。

エイナさんはそれでどうしようと悩んでいた。

 

「エイナさん、僕がボディガードをします!」

 

気付けば僕はそう言っていた。

 

「えっ? で、でもベル君に迷惑じゃ………」

 

エイナさんはそう言って遠慮しようとするが、

 

「そんなことありません! エイナさんが困っているのなら、それを助けることが迷惑なわけありません!」

 

「で、でも………」

 

エイナさんは尚も渋ろうとする。

だから僕は、

 

「それともエイナさんは、僕がボディーガードでは頼りないですか?」

 

「もう! その言い方は卑怯だよ………! ベル君以上に頼りになる人なんて居ないよ…………」

 

エイナさんはそう言って折れてくれた。

 

「では、早速今日から」

 

「うん………それじゃ、よろしくお願いするね?」

 

「任せてください!」

 

こうして、エイナさんのボディーガードをすることが決まった。

 

 

 

 

その日の夕方、ギルドの仕事を終えたエイナさんと合流する。

 

「お待たせ、ベル君」

 

「いえ」

 

「それじゃあ、よろしくね?」

 

「はい!」

 

エイナさんと共に帰路に着く。

でも移動し始めてすぐ、

 

「……………早速つけられてますね」

 

「えっ!?」

 

後方に気配を感じる。

エイナさんは慌てようとしたけど、

 

「落ち着いてください。下手に反応すると犯人を刺激することになります。幸い敵意や憎悪といった良くない感情はまだ感じません。ただ本当に見ているだけ………見守っているだけと言っても良いかもしれませんね……………今はまだ……ですけど」

 

ストーカーの始まりは気になる異性に対する行き過ぎた感情から来るものが多いと聞いたことがある。

エイナさんが気付いたのも昨日が初めてだという話だし、ストーカーはまだ始めたばかりなのかもしれない。

 

「とりあえず、しばらく様子を見ましょう。もしかしたら、自分から過ちに気付いて止めないとも限りませんから」

 

「うん…………」

 

エイナさんは不安そうに頷く。

 

「安心してください。何があってもエイナさんは僕が守りますから!」

 

僕がそう言うと、エイナさんはいきなり顔を赤くし、

 

「き、期待してるね………ベル君!」

 

「任せてください!」

 

何故顔を赤くしたのかは分からないけど、エイナさんを安心させるために僕は自信を持って頷いた。

とりあえずその日は何事もなくエイナさんの自宅に着くことが出来た。

 

 

 

 

それから二日後。

相変わらずエイナさんを付け回す気配は消えておらず、むしろ増えていた。

エイナさんには言っていないが、エイナさんを直接見ている気配が二つ。

更にその二つの気配を尾行するように別の二つの気配があった。

後者の気配は普通の気配とは違うからおそらく神様だ。

……………何となくこのストーカー騒ぎの全貌が見えてきたような気がした。

一応今日も何事もなくエイナさんの自宅に着いた。

すると、

 

「ねえ、ベル君。上がってく?」

 

エイナさんがそんな事を言い出した。

 

「え?」

 

僕が軽く驚いていると、

 

「その、いつも付き合わせちゃってるし………お茶、ご馳走するよ?」

 

やや緊張しがちな態度でエイナさんはそう言う。

ここでエイナさんの厚意を無碍にするのも憚られた僕は、

 

「えっと…………じゃあ、少しだけ………」

 

エイナさんのお言葉に甘え、少しだけお邪魔することにした。

その際に二つの気配から凄まじい敵意が僕に対して飛んできたが………

 

 

 

そして翌日。

同じようにエイナさんと帰宅していると、凄まじい殺気交じりの敵意が僕の背中に突き刺さる。

その視線に思わずゲンナリしていると、

 

「ベル君? どうかしたの?」

 

エイナさんが僕の様子に気付いたのか尋ねてくる。

 

「いえ、尾行している人の視線が僕に対して厳しいものになっているので………」

 

僕はそう言いながらチラリと後方を伺う。

相変わらずフードローブで頭まですっぽりと覆い隠した二人の人物は下手な尾行を続けている。

あれでバレてないつもりなんだろうか?

尾行するなら気配を消すのは当然で、殺気や敵意を出すのは論外だ。

こんなのを師匠に見せたら間違いなくぶっ飛ばされる。

とはいえ、間もなく僕もラキア迎撃に駆り出されるだろうし、このままの状態を続けて良いはずがない。

 

「……………………」

 

僕は少し考え、おびき出すことにした。

路地裏に続く道に差し掛かった時、

 

「エイナさん…………少し失礼します」

 

僕はエイナさんに一言断り、

 

「えっ………? きゃっ!?」

 

エイナさんの腕を掴んで路地裏に連れ込んだ。

流れ的にエイナさんを路地裏の壁に押さえつけることになり、

 

「ベッ、ベル君!? そ、そりゃあ私はいつでもベル君を受け入れる心の準備は出来てるけど………こんないきなり………は、初めてはせめてもう少し雰囲気を………」

 

エイナさんが妙な事を口走った。

なんか勘違いしているみたいだけど、尾行していた気配の内の一つが近付いてくる。

 

「お、お前! こんな場所にエイナさんを連れ込んで、いったい何をするつもりじゃぁーーーー!!」

 

そう怒鳴りながら駆け込んできたのは、戦槌を手に持ったドワーフの青年だった。

相当ご立腹なのか、顔を真っ赤にしている。

 

「えっ!? ドルムルさんっ!?」

 

エイナさんが叫んだ。

でも、ドワーフの青年はエイナさんに気付いてないのか戦槌を振り上げ、僕に殴りかかってきた。

 

「ベル君っ! あぶなっ…………!」

 

エイナさんが危ないと言い切る前に戦槌が振り下ろされる。

だが、

 

「う、嘘………」

 

エイナさんが呆然とした声を漏らす。

巨大な戦槌を、僕は左手一本で受け止めていたからだ。

 

「んなぁっ!?」

 

ドルムルと呼ばれたドワーフの青年が驚愕の声を上げる。

僕は戦槌を押し返すと、ドルムルさんは後退してたたらを踏んだ。

見た限り力に自慢があっただろう彼の驚きは一押しだろう。

すると、彼は背中にあったもう一つの巨槌を手に取った。

 

「これならどうだ!」

 

僕はその巨槌を注視する。

普通の武器とは違う独特の雰囲気があるあの武器は………

 

「『魔剣』っ!」

 

「くらえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

ドルムルさんは巨槌型の『魔剣』を大きく振り上げた。

その魔剣から稲妻が迸る。

恐らく雷系統の『魔剣』。

そう判断した僕はその『魔剣』が振り下ろされる前に踏み込み、

 

「そんなものをこんな狭いところで使ったら、エイナさんも巻き込んでしまいますよ!」

 

振り下ろされてきた巨槌の打撃部分に右の拳を叩き込んだ。

巨槌の頭部は砕け、雷の魔力は四散する。

更なる驚愕の表情を浮かべるドルムルさんに対し、僕は右の拳を繰り出した勢いを利用して体を回転させ、左の裏拳をドルムルさんの顎を掠めるように繰り出した。

 

「あがっ………?」

 

顎に衝撃を与えたことで脳が揺さぶられ、ドルムルさんは気絶してその場に倒れる。

僕は完全に気絶したことを確認すると、

 

「もう大丈夫です、エイナさん」

 

僕がそう言うとエイナさんは恐る恐る近付いてくる。

 

「ど、どうしてドルムルさんが………」

 

エイナさんは信じられないといった表情を浮かべている。

それとは別に、僕は視線をとある方向へ向けていた。

 

 

 

 

 

翌日。

今日はエイナさんは一人で帰っている。

ドルムルさんが捕まったことでストーカー騒ぎには一応解決したと思ったんだろう。

でも、尾行者は複数いたので僕は屋根の上を飛び移りながらエイナさんの後を追っていた。

尾行者のもう一人と、更にそれを尾行する神様二人を視界に納めながら。

その時、エイナさんが何かに気付いたように足を速めた。

どうやらまだ尾行されていることに気付いたらしい。

すると、エイナさんを追いかけるように尾行者も走りだした。

走る速さは尾行者の方が速い。

見る見るその距離を縮めていく。

もう追いつかれるという所で僕は屋根から飛び降り、二人の間に降り立った。

 

「そこまでです!」

 

エイナさんを庇うように尾行者に向かって立ちはだかる。

 

「ベッ、ベル君!?」

 

「驚かしてすみません。尾行者に複数の気配があったので…………僕がいなくなれば行動を起こすんじゃないかと思って僕も監視させてもらいました」

 

尾行者のフードローブの人物に注意を向けながらエイナさんに説明する。

尾行者は突然僕が現れたことで狼狽えている様だ。

すると、

 

「どりゃぁああああああああああっ!!」

 

脇道から昨日捕まえたはずのドルムルさんが飛び出してきて、フードローブの人物に殴りかかった。

フードローブの人物は慌てて避ける。

 

「無事かぁ、エイナちゃん!?」

 

「ドルムルさんまで………!? どうしてここにっ、いえどうやってギルドから!?」

 

「壁を壊して抜け出して来ただ!」

 

その言葉を聞いて、エイナさんはくらっと額に手を当てながらふらつく。

僕もなんだかなー、と思っているとドルムルさんはフードローブの人物を睨みつけた。

 

「お前かぁ! エイナちゃんを追い回していた変態はっ!」

 

その言葉に、えっ?とエイナさんは目を見張った。

いや、それはあなたもでしょ、と僕は内心突っ込む。

すると、フードローブの人物は頭を覆っていたフードに手を掛け、

 

「へ、変態などと下劣な呼称を抜かすな、ドワーフめ!?」

 

「ル、ルヴィスさん!?」

 

エイナさんが再び叫ぶ。

フードの下から出てきたのは金髪のエルフの青年だった。

 

「変態は変態でねえか、この陰険なエルフめ! この状況をどう説明するつもりだ!」

 

「ぐっ………わ、私はただエイナさんに、お、想いを打ち明けようと………」

 

ルヴィスと呼ばれたエルフの青年が顔を赤くしながらエイナさんを見やるが、すぐに首を振り、

 

「と、とにかくっ、これまでのような回りくどいことは、やはり性に合わぬと思っただけだ! 勘違い甚だしいぞ!!」

 

「あぁ! いったい何が勘違いだってんだ!?」

 

状況は一触即発。

ドルムルさんは拳を構え、ルヴィスさんも短剣を持って迎え撃とうとしている。

このままでは拙いと思った僕は二人の間に割って入った。

ドルムルさんの拳を左手で受け止め、ルヴィスさんの短剣を右手の人差し指と中指で挟んで止める。

 

「二人とも、少し落ち着いてください」

 

僕は冷静な口調で二人に言って聞かせる。

二人は掴まれた拳と短剣を振りほどこうとしているが、僕はまだ離さない。

 

「ちょっと気になったんですけど、二人はエイナさんを影から見守るように誰かから指示された、もしくは勧められたのではありませんか? 主にそれぞれの主神様辺りに………」

 

「「「えっ?」」」

 

動きを止め、エイナさんも含めた三人が声を漏らす。

 

「ど、どうして知ってるだ?」

 

「何故その事を!?」

 

ドルムルさんとルヴィスさんが同時にそう言った後、二人は顔を見合わせる。

 

「先日、ギルドのロビーに足を運んだ時………エイナさんが何者かに追い回されたという話を聞いて、何とかしなくてはと思い、我が【ファミリア】の主神に相談を持ち掛けて………」

 

「男だったら影から見守るべきだと言われただ………それからその男が着ているようなローブが最近の『とれんど』だと訳の分からないことを言われて………」

 

僕はそこまで聞いて二人の拳と短剣を離した。

 

「ベ、ベル君? いったいどういう事?」

 

エイナさんがそう聞いてくる。

 

「つまりこの二人はそれぞれの神様に唆されて、エイナさんを見守るという口実でエイナさんの後をつけていたと言う事です。本人たちにストーカーという自覚は無かったんですね。結論から言うと、エイナさんもこの二人も神様の暇つぶしに巻き込まれたと言う事です」

 

そこまで言って僕は振り返り、建物の屋根の上を見上げる。

 

「そこにいますね、神様達」

 

僕がそう言うとゲラゲラと笑い声が聞こえてきた。

やはり、と僕は思った。

この二人の神様達は、ドルムルさんとルヴィスさんの気持ちを利用して、自爆させるつもりで二人の相談に対し出鱈目な事を言っていたのだ。

結構な頻度で多発する『神の悪戯』だ。

 

「あーあ、どっちもエイナちゃんに紅葉つけられて、こっぴどく振られるとおもったんだけどなぁー」

 

「はい、賭けは俺の勝ちー」

 

月夜を背にしてゲラゲラと笑う二人の神。

その眷属であるドルムルさんとルヴィスさんの顔は真っ赤になって歯を食いしばっている。

 

「ルヴィスー、お父さんギャンブルで一発当たってなー。何か美味いもんごちそうしてあげるぞー」

 

「ドルムルー、お金すっちゃったからちょっと貸してくんなーい? お願―い」

 

その言葉に二人の怒りは頂点に達したらしい。

 

「「死ねぇえええええええええええええええええええっ!!!」」

 

ルヴィスさんは弓を取り出し矢を射り、ドルムルさんはその辺に転がっている石を投げつける。

だが、矢と石が届く前に神々は飛び退き、高笑いを響かせながら月夜の奥に姿を消していった。

これ以上の攻撃は無駄だと判断したのか二人は攻撃を止める。

でも、僕はあの神々をこのまま見逃すつもりは無かった。

建物の傍にあった薪を一本拝借すると、

 

「自分の眷属で遊ぶならともかく、関係の無いエイナさんを巻き込んで怖がらせたまま見逃すつもりは無いので………」

 

僕はその薪を持って振りかぶり、

 

「…………ふっ!」

 

神々が消えた方向に向かって薪をぶん投げた。

薪はクルクルと回転しながら夜空に消え…………

 

「んげっ!?」

 

「んごっ!?」

 

連続で悲鳴が聞こえた。

少しは溜飲が下がったかな?

一方、肩で息をしながら頭を垂れているドルムルさんとルヴィスさんにエイナさんが近付き、

 

「………あの」

 

沈痛そうに声を掛けようとした。

すると、二人はやけくそとばかりにがばっと顔を上げ、

 

「ええいっ、このまま終われるか!? エイナさんっ、私は貴方が好きです! 伴侶の契りを交わしてほしい!!」

 

「オ、オラもエイナちゃんを愛してるだ! お嫁さんになってくれ!!」

 

「え………えええぇっ!?」

 

思わぬ二人の告白にエイナさんは声を上げた。

かくいう僕も驚いた。

 

「エイナちゃんをお前なんかに任せられるか! 森の奥に引っ込んでろ!」

 

「抜かせ、そもそもドワーフの貴様では彼女と子を成すことなどできんだろう!」

 

「ぬあーーーっ!? お前、エイナちゃんに何する気じゃぁああああ!?」

 

「ば、馬鹿者、下世話な考えを巡らすな!? 私はあくまで種族としての観点をだな……」

 

二人は互いに言い争う。

と思うと、二人同時にエイナさんの方に振り向き、

 

「答えを聞かせてください、エイナさん!」

 

「覚悟はできてるだ!」

 

真剣な二人の表情に、エイナさんは珍しくオロオロと取り乱している。

すると、泣き出しそうな表情でエイナさんは縋るように僕を見つめてきた。

助けて欲しいという気持ちがビンビンと伝わってくる。

だけど、この真剣な二人を諦めさせるような理由なんて…………

と、その時一つの案が思い浮かんだ。

ただ、この方法は何故か凄く気が進まない。

ますます泥沼にはまりそうな気がして………

だが、二人に迫られるエイナさんが本気で泣きそうな顔をしている。

………ええい、ままよ!

僕は成るように成れと不安を振り切って行動に出た。

二人に迫られるエイナさんを庇うように僕は二人の前に割り込む。

 

「………す、すみませんが…………エ、エイナさんはお二人の気持ちに応えることは出来ません………!」

 

エイナさんの顔は後ろにいて見えないが驚いたのが気配で分かった。

 

「いきなり横からしゃしゃり出てきて何言ってるだ!?」

 

「私はエイナさんに答えを求めているんだ! 関係の無い者は下がって貰いたい!」

 

二人はそう言ってくる。

僕は少しの沈黙の後、覚悟を持って口を開いた。

 

「………………か、関係なくありませんっ…………! な、何故なら彼女は…………」

 

僕はそこで言葉を区切ると、息を大きく吸い込み、

 

「…………彼女は僕と付き合っているからです!!」

 

エイナさんの肩を抱き寄せながら、僕はそう言い放った。

 

「ッ………!?」

 

エイナさんの体が強張る。

エイナさんが僕の事を好きだと言う事は知っているけど、いくら振りだとしても………

いや、逆に振りだからこそエイナさんに対して残酷な事をしているんだと感じる。

だけど、これで二人はエイナさんの事を諦め………

 

「「………嘘つけっ!!!」」

 

「ええっ!?」

 

何故か二人同時に否定された。

 

「知ってるだぞ! お前、【心魂王(キング・オブ・ハート)】だろ!? その名の通り何人も女を囲ってるっていう!!」

 

ぐふっ!?

 

「私は見たぞ! 【豊穣の女主人】で、そこのウェイトレス二人とサポーターを自分のハーレムだと公衆の面前で宣言したところを!」

 

がはぁっ!?

何気に本当の事だから反論できない。

そ、それでも何とかエイナさんを助けないと。

 

「そ、それは……………か、彼女も僕のハーレムの一員だからです!」

 

苦し紛れにそう言った。

 

「「そんな苦し紛れの嘘が通じるかっ!!」」

 

再び二人同時に否定される。

このままじゃ言い負かされると思ったとき、

 

「嘘ではありませんよ」

 

その場に澄んだ声が響いた。

聞き覚えのある声に、僕はえっ?と思いながらそちらを向く。

するとそこには、

 

「リュー!? シルさんも!?」

 

ウェイトレス姿のリューとシルさんがいた。

二人は僕達の方に歩み寄ってくる。

 

「な、何でここに?」

 

僕が尋ねると、

 

「追加の買い出しの帰りです。お気になさらず」

 

「そこでハーレム云々の声が聞こえたので気になって来てみたんですよ」

 

リューとシルさんはそう言う。

 

「ど、どういうことだ!?」

 

ドルムルさんが叫ぶ。

 

「リューの言った通りですよ。彼女もベルさんのハーレムの一員です。正確に言えば、ハーレムになる“予定”の一人ですね」

 

シルさんがそう言う。

って、何言ってるんですかシルさん!?

ああっ、すぐ横からエイナさんの不機嫌なオーラが………

 

「き、貴様、エルフの癖にそのような女誑しと伴侶の契りと交わすというのか!?」

 

ルヴィスさんがリューに対し指を指して叫ぶ。

 

「はい、その通りです。ベルは女性関係を差し引いても余りある魅力を持っているので」

 

リューは表情を変えずに淡々とそう言う。

ルヴィスさんは勢いよくエイナさんの方を向くと、

 

「エイナさん! このような男は貴方に相応しくない! どうか考え直して私と共に………!」

 

「エイナちゃん! こんな女誑しよりもオラの方が間違いなく幸せに出来るだ! オラと来てくれ!」

 

二人は再びエイナさんに迫る。

僕はエイナさんの顔を恐る恐る見る。

エイナさんはおそらく怒りと羞恥で顔を真っ赤にしていた。

これは軽蔑されたかな………?

そう思っていると、シルさんが近付いてきて、

 

「別にあの二人の想いに応えたってかまいませんよ。私達は別に無理強いするつもりは無いので……………まあ、その程度でベルさんへの気持ちが変わるようなら元々ベルさんのハーレムになる資格も無かったと言う事ですね」

 

そう言いながらエイナさんいる方とは反対側の腕に抱き着いてきた。

まるで勝ち誇った眼をエイナさんに向けながら。

更にはいつの間にか背中にリューがぴったりと張り付いている。

これまた嘲笑を浮かべながら。

その瞬間、エイナさんの顔が更に赤くなり、遂に爆発した。

 

「甘く見ないでください!! ベル君がアイズ・ヴァレンシュタインが好きだろうと、ハーレムを作ろうと、私はベル君が好きなんです!! この気持ちは誰にも負けません!!!」

 

そう言い放ったエイナさんの本気の言葉に、僕は恥ずかしくなって俯き、ドルムルさんとルヴィスさんは雷に撃たれたかのような衝撃で固まっている。

その後、二人は揃ってフラフラと歩き出すと夜道に消えていった。

すると、

 

「フフフ、一応合格にしといてあげます。では改めて、歓迎しますよ、エイナさん」

 

シルさんはそう言ってエイナさんて手を差し出す。

エイナさんはそれを見ると、

 

「一応受け入れますけど、隙あらば私はいつでもベル君の一番を狙いますから」

 

笑みを浮かべでその握手に応じる。

 

「それでこそです」

 

シルさんも笑みを浮かべる。

でも、二人の間で火花が散っていたのは、気の所為だと思い込むことした。

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル達がいる場所から少し離れた屋根の上。

 

「計画通り……………!」

 

栗色の髪の小人族(パルゥム)が黒い笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 




第五十話です。
エイナさんハーレム入りな回でした。
それ以外に言う事は…………
リリがますます黒くなったってことですかね。
それでは次回…………の前に番外編②にレディー………ゴー!!




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番外編② IF END 何故か思いついてしまったエイナさんEND

 

 

 

 

エイナのストーカー騒ぎが解決した翌日。

ギルドの仕事を終わらせたエイナは一人で帰路に着いていた。

 

「…………ふう」

 

短い間とはいえ、ベルと一緒に帰っていたエイナは一人で帰ることに少なからず寂しさを感じていた。

 

「なんだかんだで、私もハーレム入りしちゃったしなぁ………」

 

ベルがアイズだけでなく複数の女性から想いを寄せられていたことは何となく気付いていた。

出来れば一番になりたいと思ってはいるが、ベルの一途さと純真さ。

更には、アイズの天然さを考えると、それも難しいと言う事も自覚していた。

暫く歩いていると、エイナはふと後ろを見た。

解決したとはいえ、どうしても追跡者がいないか気になってしまうのだ。

 

「……………大丈夫だよね」

 

事件はもう解決した。

そう自分に言い聞かせるように言葉にして呟く。

後ろには誰も居ないことを確認し、再び前を向く。

その時だった。

カツンと何か音が聞こえ、エイナはビクリと体を震わせてもう一度振り向く。

だが、月明かりが雲に遮られ周りは暗く、視界が届くところに人影は無い。

 

「…………だ、誰かいるの?」

 

エイナは恐る恐る声を掛ける。

しかし、返事は帰ってこない。

しばらく様子を伺うが、誰かが出てくる様子もない。

エイナはホッと息を吐き、

 

「気の所為か…………」

 

そう呟いて前を向こうと………

 

「………んむっ!?」

 

した瞬間、路地裏に繋がる道の影から手が伸びてきて、エイナの口を塞ぐと同時にエイナを路地裏に引きずり込んだ。

 

「ん~~~~~っ!?」

 

路地裏に引きずり込まれたエイナは壁に押さえつけられ、身動きを封じられる。

口が塞がれているため、声を上げることも出来ない。

エイナは暴れて逃れようとするが、相手は恩恵を持っているのかビクともしない。

その時、月を覆っていた雲が晴れ、月明かりがその人物の顔を照らした。

その人物は、黒髪のヒューマンの男だった。

 

(ヘ、ヘーンさん!?)

 

声を上げられないエイナは心の中で叫ぶ。

その男の名はヘーン・ターイ。

ドルムルやルヴィスと同じく、エイナがアドバイザーを務めていた冒険者の一人だ。

その時は特にこれといった印象は無かったが、悪い人では無いとエイナは判断していた。

だが、今目の前にいる彼は、明らかに普通ではなく、目が血走っている。

 

「き、昨日僕………み、見ちゃったんですよ………」

 

ヘーンはエイナを押さえつけながらいきなり話し出した。

 

「エ、エイナさんが………あ、あんなガキの女になる………? そ、そんな事…………許せない………!」

 

ヘーンは情緒不安定になっているのか、言葉も片言でうまく話せていない・

 

「あ、あんな奴に………ぼ、僕のエイナさんが汚されるぐらいなら………い、いっそ僕の手で………」

 

ヘーンはエイナの口を塞いでいる方の腕の肘を使ってエイナの体を壁に押さえつけ、空いた方の手をエイナの服の首元に掛けると、一気に引き下げた。

ブラウスのボタンが弾け飛び、その大きめの胸を覆う下着が露になる。

 

「ん゛~~~~~~~~~~~っ!!?」

 

エイナは叫ぼうとするが、口を塞がれているためそれも叶わない。

拒絶しようと首を振ろうとしても、恩恵の無いエイナではそれも不可能だった。

 

「はぁ………はぁ………エイナさん………エイナさぁん………!」

 

ヘーンは完全にエイナに対して劣情を催しており、空いている方の手でエイナの体を弄る。

 

(やだ! やだぁ!! た、助けて………誰か!!)

 

声を出せないエイナは心の中で叫ぶ。

しかし、ヘーンの手は止まらない。

下着の上から胸を触られ、エイナは嫌悪感から身体中に鳥肌が立つ。

そのエメラルドの瞳からは涙がボロボロと零れ、恐怖から身体を震わせる。

ギュッと目を瞑り、恐怖から逃れようとするが、現実は変わらない。

胸を触っていた手が、邪魔とばかりに下着に手を掛け、

 

(助けてっ!! ベル君っ!!!)

 

エイナは心の中で愛しい男性に助けを求めた。

その時、

 

「エイナさんっ!!」

 

その声を聞いた瞬間、エイナは目を見開いた。

次の瞬間にはバキッという打撃音と共にヘーンの姿が消えて、代わりに空中で足を振りぬいた体勢のベルがその目に映った。

ベルがヘーンの後ろから空中回し蹴りでヘーンの側頭部を蹴りつけ、路地裏の奥に蹴り飛ばしたのだ。

ヘーンはその一撃で完全に気絶している。

ベルはエイナの前に着地する。

 

「エイナさん! 大丈夫ですか!?」

 

ベルがエイナを気遣うと、

 

「ベル君っ!!」

 

エイナはベルの胸に縋り付いた。

 

「ベル君………! ベル君っ………!!」

 

涙を流しながら何度もベルの名を呼ぶエイナ。

 

「大丈夫です………もう大丈夫です、エイナさん」

 

ベルはエイナを安心させるために声を掛けながらその肩を抱く。

しばらく泣いて落ち着いたのか、エイナは離れる。

 

「ゴ、ゴメンねベル君………いきなり………」

 

「いえ、僕の胸ぐらいならいくらでも貸しますよ」

 

ベルはそう言った所で現在のエイナの服の惨状に気付く。

エイナは腕で隠しているが、チラリと見えた胸の下着にベルは顔を赤くして慌てる。

 

「エ、エイナさん! と、とりあえずこれを羽織ってください!」

 

ベルはダンジョンの帰りだったのか身に纏っていたサラマンダーウールをエイナに羽織らせる。

 

「あ、ありがとう………ベル君」

 

エイナは顔を赤くしながらそう言うと、

 

「で、でもベル君………何でここに?」

 

エイナは気になることを尋ねる。

 

「えっと………何と言うか………嫌な予感がしたと言うか………虫の知らせって奴です」

 

「そう………なんだ………」

 

「でも、本当に間に合って良かったです」

 

ベルはそう言うと、

 

「今日も家まで送ります。行きましょう」

 

「あの………ヘーンさんは?」

 

「かなり強く蹴っ飛ばしたので、数日は目を覚ましません。明日の朝にでも回収して、ギルドに突き出しますよ」

 

ベルはそう言うと、エイナを伴ってその場を離れた。

 

 

 

エイナの自宅に到着すると、

 

「それじゃあエイナさん、今日はゆっくり休んでください」

 

ベルはその場を立ち去ろうとした。

だが、

 

「ま、待って………!」

 

エイナが弱々しくもベルの袖を掴み、引き留めた。

 

「エイナさん?」

 

ベルがもう一度エイナの方を向くと、エイナは俯き、体を震わせながら言った。

 

「ベル君…………今日は………今日だけでいいから………一緒に居て………?」

 

「エイナ………さん?」

 

「ごめんベル君…………でも私………怖くて………」

 

その顔に孤独に対する不安と恐れを浮かべるエイナ。

今にも壊れてしまいそうな雰囲気を感じ取ったベルは、

 

「……………分かりました」

 

エイナの傍に居ることを選択した。

 

 

 

 

食事を終わらせ、ベルはエイナの寝室にいた。

一緒の部屋で寝て欲しいとのエイナの頼みだ。

現在、エイナはシャワーを浴びている。

ベルは、女性の部屋にいるという事実に緊張しているが、瞑想をして誤魔化そうとしている。

暫くすると、部屋のドアが開き、

 

「ベル君………?」

 

エイナの声が聞こえ、ベルは瞑想を止めて目を開く。

 

「ッ………!?」

 

その瞬間、ベルは息を呑んだ。

何故なら、エイナはその身体にバスタオルを一枚巻いただけというとんでもない格好でその場に立っていたからだ。

ベルは反射的に思い切り後ずさったが、ベッドに足を引っかけ、ベッドに腰かける様な体勢になった。

 

「エエエエ、エイナさん!? な、何て格好をしてるんですか!?」

 

ベルはそう言うが、エイナはゆっくりと歩み寄ってくる。

そして、

 

「ベル君…………お願いがあるの…………」

 

「お、お願い………で、ですか………!?」

 

大慌てするベルとは対照的に、エイナは落ち着いているように静かだ。

更にエイナはベルに歩み寄る。

そしてバスタオルを留めてある部分を外すと、バスタオルはハラリと舞い落ち、その裸体が露となった。

 

「私を………抱いて………?」

 

「エ、エイナさん!? 待って、落ち着いて!」

 

顔を真っ赤にするベルは、目を瞑ってエイナを見ないようにしている。

だが、エイナはベルの両肩を掴むと、そのままベッドに押し倒した。

 

「全部………忘れさせて………不安も………恐怖も…………」

 

「エ、エイナさんっ!?」

 

ベルの顔に自分の顔を近付けていくエイナ。

 

「……………………好きだよ、ベル君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半年後、ギルドから寿退職するエイナの姿があった。

そのお腹には、新たな命を宿す膨らみが…………

そしてその四ヶ月後。

無事に赤子を出産。

その赤子は白い髪をしたクォーターエルフだったそうな。

 

 

 

 

 

 

~~~~~Fin~~~~~

 

 

 

 







はい、何故か思いついてしまったエイナさんENDでした。
ここにきて初めてR-15のタグが役に立った気がする。
押して駄目なら押し倒せを実行したエイナさん。
ベルは押しに弱いですからこういうのもアリなんじゃないかと…………
とりあえず番外編なので本編とは何の関わりもありません。
批判もあるかなぁ…………
ともかく次回にレディー………ゴー!!




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第五十一話 キョウジ、過去を語る

 

 

 

【Side キョウジ】

 

 

 

「では行って来る」

 

私はそう言って【ミアハ・ファミリア】のホームを出る。

 

「ん、いってらっしゃい。今日もいい稼ぎを期待してる」

 

「うむ、気を付けてな」

 

ナァーザと神ミアハに見送られ、私は今日もダンジョンへと出向く。

【ファミリア】の借金も大分減り、うまくすれば後一度の返金で借金が帳消しになるところまで来ている。

私がこの世界に来てからまだ数ヶ月しか経ってはいないが、随分と馴染んだものだ。

もうあの二人も家族と呼んで差し障りない間柄となっている。

私は道すがらそう考える。

ダンジョンがあるバベルに向かう前に、私はとある所にある小屋へと向かった。

私は小屋の扉をノックし、

 

「失礼する」

 

一言断って扉を開けた。

私が扉を開けると、部屋の一角にある机にうつ伏せになりながら眠る、一人の赤髪の女性がいた。

これも最近では見慣れた光景だ。

私は不用心な事だと思いながら、彼女に近付き、

 

「スィーク………スィーク、朝だ。起きて欲しい」

 

私は彼女の肩を揺すりながらそう言う。

 

「う……………んんっ……………?」

 

彼女は身を捩りながら声を漏らすと、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「うん…………?」

 

眠そうな目を擦りながら辺りをキョロキョロと見渡し、私と目が合う。

 

「おはようスィーク」

 

私はそう挨拶する。

 

「……………………………キョウジ?」

 

彼女はそう呟くと、徐々に意識がハッキリしてきたのかハッとなり、

 

「キョ、キョウジ!?」

 

ガタッと椅子を蹴倒しながら立ち上がった。

彼女は顔を赤くし、慌てて表情を取り繕う。

 

「お、おう! 早いなキョウジ!」

 

そう言ってくるスィーク。

その様子が微笑ましく思え、口元が自然と吊り上がる。

 

「あ~~~~っと…………そ、そうだ! 頼まれてたもの出来てるぜ!」

 

そう言って工房の奥に一度引っ込むと、布にまかれた細長いものを抱えて戻ってきた。

彼女は作業台の上にそれを置くと、布を解く。

その中から出てきたものは、今使っているブレードトンファーと手甲が一つになったような武器だった。

 

「いやぁ、俺も聞いた事ない武器だったから少し苦労したぜ。でもま、納得のいく物が出来たと自負できるぜ」

 

自信満々にそう言うスィーク。

私はその武器を腕に取り付ける。

通常は肘の方に刃が飛び出している仕様だが、特定の動きで刃が前方に展開する仕掛けとなっている。

 

「うむ、希望通りだ」

 

「へへっ!」

 

私の言葉にスィークは笑って鼻の下を指で擦る。

 

「しかし、鍛冶に夢中になることは仕方ないが、鍵も掛けずに眠りこけるのは不用心と言う他ないな」

 

「うぐっ……………!?」

 

スィークは気まずそうな表情をする。

 

「もし、悪漢にでも襲われたらどうする?」

 

少し脅すつもりで注意を促してみる。

 

「い、いいんだよ! 誰が俺みたいなガサツな男女を好き好んで襲う野郎が居るんだよ!?」

 

スィークはそう言って腕を組みながらそっぽを向く。

ふむ、彼女は自分の魅力を理解していないのだろうか?

 

「少なくとも私は君を魅力的な女性だと思っているが?」

 

私がそう言うと彼女は耳まで真っ赤にした。

 

「なっ!? 何言ってんだキョウジ…………!? お、俺が魅力的とか、馬鹿じゃねえの!?」

 

彼女は完全に後ろを向いてしまう。

やれやれ、怒らせてしまったかな?

元の世界ではアルティメットガンダムの開発で研究漬けの毎日だったからな………

女性と関わることは少なかったから、どう接していいのか。

母さんを除けば、精々レインと偶に会う程度だったからな。

 

「いや、すまない。怒らせてしまったようだな」

 

「あっ! いや、別に怒ったわけじゃ………! 嬉しかったし……………」

 

スィークは慌ててこちらを向いてそう言う。

最後の方は小声でよく聞き取れなかったが………

 

「と、とにかくこれからダンジョンだろ!? 用意するから少し待っててくれ!」

 

そう言われたため、工房の外で待つことにする。

十数分後にスィークが工房から出てきて、

 

「そんじゃ、行こうぜ!」

 

いつもの調子でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が暮れるころ、ダンジョンから私達は戻ってくる。

 

「やっぱすげえなキョウジ! たった二人でここまで稼げる奴なんてそうは居ねえよ!」

 

今日の稼ぎを見て、スィークはそう言う。

少人数で稼ぐと言えば、ベル達もそうだがな。

 

「おっと、そうだ。 キョウジ、その武器の使い心地はどうだった? 細かい調整もするぜ」

 

そう言われ、私は少し考える。

問題と言うほどではないが、指摘したいところはいくつかあった。

しかし、ここで立ち話も何だ。

 

「…………スィーク、この後の予定は空いているか?」

 

「えっ? ああ、特に何もないけど………」

 

「よければ食事でも一緒にどうだ? その話はその時に」

 

「食事!? お、俺と一緒にか!?」

 

「ああ。無理に………とは言わないが」

 

「いや、いいぞ!! 全然大丈夫だ!!!」

 

何故かスィークは顔を赤くしながら私に詰め寄るように頷く。

 

「そ、そうか………ならば行こうか…………」

 

私はスィークを伴い、近くにある店に入る。

注文を済ませると、料理が出てくる前に武器の指摘箇所を話しておくことにする。

 

「スィーク、今日の武器の事だが……………」

 

「なるほど、じゃあここをこうすれば…………」

 

「ふむ、こちらはこうしたらどうだ…………」

 

「おっ、いいなそれ。ならこっちも…………」

 

「そちらはこうした方が………」

 

「いや、それなら…………」

 

武器について話し合っていると、時間が経っていたようで料理が運ばれてくる。

私達は話を切り上げ、食事をとる事にした。

 

「いやぁ、それにしてもキョウジは細かいところまでしっかりと指摘してくれるから助かるぜ!」

 

スィークが食事をしながらそう言う。

 

「む? そうか?」

 

「ああ。前に来た客なんて、『使いにくい。直せ!』なんて言うだけ言って物だけ置いていくんだぜ。せめて何処が如何いうふうに使いにくいか言ってけってんだ!」

 

「ははは、それは酷いな」

 

「だろ? それに対してキョウジはしっかりと重心の位置から振った時の感覚、使い心地から果ては刃の角度まで指定してくるからな。鍛冶師顔負けの拘りだぜ」

 

「いやすまない。元々研究肌なのでな。気になるところがあるととことん追求しなければ気が済まないのだ」

 

私は苦笑しながらそう言う。

 

「研究肌………? そういやキョウジって、オラリオに来る前は何をやってたんだ?」

 

スィークは首を傾けながら訪ねてくる。

 

「オラリオに来る前………か……………」

 

私は元の世界を思い出し、少し俯いてしまった。

 

「あっ、いや! 話したくねえなら構わねえよ! 誰にだって話したくない事の一つや二つあるさ!」

 

「いや、構わない。如何話したものかと思ってな…………」

 

私は何処まで話すべきかと考える。

正直、私自身スィークにはあまり隠し事をしたくないと思っている。

彼女の真っすぐな性格に好感を持っているからだろうか。

私は顔を上げ、

 

「私は元々、遠い国の生まれだ」

 

「遠く?」

 

「ああ。信じられないぐらい遠いところと思ってくれ」

 

「ん~………名前的には極東とかその辺か?」

 

「もっと遠い場所だ…………詳しくは言えない」

 

「そっか…………」

 

「そこで私は父さんと母さん、そしての弟の四人家族で暮らしていた」

 

「へ~、キョウジって弟居たんだ」

 

スィークはいい事聞いたとばかりに笑って見せる。

 

「………自惚れに聞こえるかもしれないが、私は昔から天才だとか神童などと言われてもてはやされていた。事実、私自身も他人よりも優秀だったと思える自覚はあった」

 

「おお、確かにそれっぽい!」

 

スィークはそれを聞いても嫌な顔はせず、笑って済ませている。

 

「私の父は故郷では有名な学者で、ある研究を行っていた。その背を見ながら育った私も、自然と学者の道を歩むようになっていた」

 

スィークは興味津々と言った表情で話の続きを促すように頷いている。

 

「いつしか私は、父の助手として研究の手伝いをするようになっていた。学者の世界で私の若さで父の助手をしたことは、正に偉業と呼ぶべきことだった」

 

「やっぱすっげぇんだな、キョウジって」

 

スィークは尊敬の眼差しで私を見てくるが、私は目を伏せる。

 

「だが…………自分でも気付かなかったが、私は余りにも優秀過ぎた………弟にとって私は尊敬する存在と同時に、コンプレックスになっていたようだ」

 

「あ~……ま~……すげえ奴の身内ってだけで色々と言われそうだからなぁ………」

 

「私はそれに気付けず、ある日十歳にも満たない弟は家を飛び出した」

 

「ぶっ!? じゅ、十歳以下で!?」

 

「後で聞いた話だが、とある武闘家の元に弟子入りしていたらしい。なんでも、何か一つでも私を超えてみたかったんだそうだ」

 

「は、ははは………すっげぇ単純な理由………」

 

スィークは苦笑する。

 

「その後も私は父の助手を続け、何年もかかってようやく父の研究が完成した。だが………」

 

私は一度言葉を区切る。

この先も話すべきかどうか一瞬迷ったが、真っすぐにこちらを見てくるスィークの目を見て大丈夫だと思い、話を続けた。

 

「新しい研究というものは、本来の目的の他にも利用価値がある物が多い」

 

「利用価値…………」

 

「ああ、代表的なのが…………軍事利用だ」

 

「ッ…………」

 

「世界の為にと父が完成させた研究成果に故郷の軍が目を付け、それを手に入れるために兵を送り込んできた」

 

「なっ!? マジかよ!」

 

「父さんは私に研究成果を託し、逃げろと言った。私はそれに従い、研究成果を持って逃げることにした。だが、その際に母さんが私を庇って………死んだ…………」

 

「キョ、キョウジ!? そ、そんなことまで話さなくてもっ………!」

 

「いや、いいんだ。君には知っておいて欲しかった」

 

「…………………」

 

スィークは一度押し黙ると、今まで以上に真剣に私の言葉に耳を傾け始めた。

 

「その場を逃げ果せた私だがとある地方に逃げ込んだ」

 

本来は地球だが、この世界の文明レベルでは理解できないだろうから、このような言い方をする。

 

「故郷の軍も追っ手を掛けたかったようだが、派手に軍を動かせば周辺諸国が黙ってはいない。その為、軍はある方法に出た」

 

「ある方法?」

 

「私を父の研究を奪った指名手配犯とし、父も共謀罪として投獄。他人との接触も一切禁じられた。真実を知る者の、口封じの為に」

 

本来は永久冷凍刑だがな。

 

「………ん? 不謹慎かもしれないけどよ、どうしてキョウジの親父さんは殺されなかったんだ? 口封じの為ならそっちの方が確実だろ?」

 

「それは私の追手として選ばれた人物が関係してくる」

 

「追手?」

 

「ああ。普通に軍の人間を動かせば国家間の問題になってくる。だが、その年はある武闘大会の開催の年だった」

 

「武闘大会?」

 

スィークは怪訝な声を漏らす。

恐らくたかが武闘大会と思っているのだろう。

 

「勿論ただの武闘大会ではない。私の故郷と周辺諸国では、国家間である条約が結ばれていた」

 

「条約………?」

 

「戦争を起こさない代わりに、その武闘大会で優勝した国が、その後数年間の主導権を握るというものだ」

 

「んなっ!?」

 

「いわば、犠牲者を出さないために代表者を出し、行う小さな戦争。それがその武闘大会だ。その為各国がある地方に代表者を集め、十一ヶ月に渡り生き残りをかけたサバイバルバトルが行われ、勝ち残った者が前大会優勝国で決勝リーグが行われる。そして、そのサバイバルバトルが行われる場所こそ、私が逃げ込んだ場所なのだ」

 

「……………」

 

スィークは唖然としている。

この世界の人間からしてみれば、武闘大会一つで国の主導権を争うなど理解不能だろう。

 

「故郷の軍は、その武闘大会の代表者を私の追手として送り込んだ。サバイバルバトルの最中なら、派手に動いても文句は言われんからな。そして、その追手に選ばれた人物こそ、何を隠そう修業を終えて戻ってきた私の弟だった」

 

「なっ!?」

 

「軍は、武闘大会に優勝したら父さんを釈放するという条件を出し、弟に武闘大会への参加を強要した」

 

「マジかよ…………ぜってーその軍の人間性格悪いだろ」

 

「弟は軍に言われるままに私を追った」

 

「で、でもキョウジの弟だろ!? しっかり話せば分かってくれたんじゃ………」

 

「あいつは根が素直な奴でな、軍に騙されていることに気付きもしなかった。更には父さんが投獄された事実を知って頭に血が上っていた。その時のあいつに何を言っても信じはしない」

 

私は同じことをドモンにも言ったなと思い出し、懐かしむ。

 

「それに父さんの命もかかっている。何としても弟を優勝させなければなかった私は、倒されていたある国の選手に目をつけた。その選手は覆面を被っておりその正体も謎に包まれていたため、私にとっては都合がよく、私はその選手に成り代わって弟を見守ることにした」

 

「覆面………って、まさか!」

 

「ああ。その選手こそ私が被っている覆面の男。本当のシュバルツ・ブルーダーだった」

 

「……………」

 

「正体を隠した私は時に助言し、時に立ちはだかり、弟の成長を手助けしていた。そして弟は無事に決勝リーグに勝ち残り、優勝は目前となった。その中で私は弟と戦った。最後は全力を出してな」

 

「あ……………」

 

「弟は私を超え、決勝のバトルロイヤルで己が師匠すら超え、優勝した」

 

「そ、そっか………よかったじゃないか、親父さんも助かったんだな」

 

「そのはずだ………」

 

「そのはず?」

 

「私はその決勝バトルロイヤルの最中に、弟に父さんの研究成果の破壊を頼んだ。この身と共に…………」

 

「ど、どういうことだよ!?」

 

「父さんの研究成果は、トラブルにより危険な物へと変貌してしまっていたんだ。私もその影響を受け、命が残り僅かのはずだった。その為最後の力を振り絞り、変貌してしまった研究成果の動きを止めると共に、弟に私諸共止めを刺すように言った」

 

「そ、そんな……………」

 

「弟は苦悩していたが、最後には私の願いを聞き届け、私を討ってくれた……………私が覚えているのはここまでだ。次に気付いた時、私は神ミアハのホームで保護されていた」

 

ふと見れば、スィークは涙を流していた。

いつもの強気な彼女からは、考えられない表情だ。

 

「何故君が泣く…………? スィーク」

 

「だ、だって………そんなの悲し過ぎるじゃねえかよ! キョウジは何にも悪い事はしてないのに、国の奴らに振り回されて! 弟と争うことになって…………最期には弟に自分を討ってもらうなんて…………! そんなのキョウジが可哀そうだ…………!」

 

スィークが私の為に涙を流してくれている。

それが私にはとても救われた気がした。

 

「ありがとう………スィーク」

 

「えっ………?」

 

「私の為に、泣いてくれたのだな………」

 

私は手を伸ばしてスィークの涙を拭う。

 

「キョウジ…………」

 

彼女は涙を拭った私の手を取り、自分の頬に押し付ける。

彼女は目を瞑り、私の体温を確かめるように暫くそのままでいた後目を開いた。

 

「決めたぜキョウジ。俺はキョウジを幸せにする」

 

「……………む?」

 

突然の言葉に私は意味が分からず声を漏らす。

 

「キョウジは今まで辛い目にあって来たんだ。その分幸せにならなきゃ釣り合わねえだろ?」

 

私はその言葉の意味をよく考え、結論を出す。

 

「…………スィーク。その言葉は“愛の告白”と受け取ってもいいのか?」

 

私がそう尋ねると、スィークは顔を真っ赤にする。

 

「あ…………うう………そ、そうだよ……………悪いか!?」

 

照れがあるのか、語尾が半ば投げやりになっている。

 

「いや、悪いという訳では無いが……………すまないが、その答えは少し待ってもらえはしないだろうか?」

 

「え?」

 

「先程も言った通り、私は研究一筋だったからな…………弟とその幼馴染の恋は応援したことがあるが、自分自身の事はよくわからんのだ。このような気持ちで君の想いに応えるのは失礼だと思っている」

 

「キョウジ…………」

 

「だから少し時間を貰いたい。しかし、必ず答えは出すと言う事は約束しよう」

 

「ああ、いいぜ。いくらでも待ってやるよ! でも、なるべく早くしねえと、俺の方が我慢できなくなるかもな?」

 

スィークはハハハと、いつも通りの気持ちのいい笑みを浮かべる。

私は、幸せになってもいいのだろうか?

その問いに答えるものは誰も居ない。

結局は、自分で自分を許せるかどうかだ。

彼女の笑顔を見ながら、私はそう思った。

 

 

 

 

 

 






第五十一話です。
最近出番の少なかったキョウジにスポットを当ててみました!
原作ではシルさんの出番でしたが、ネタが思い浮かばずいい案が無かったので省略(オイ
まあ、今回ばかりは批判も覚悟してます。
キョウジが恋愛ね………
書いといてあれだが想像できんな。
次回はヘスティアのターン。
アイズから正妻の座を奪えるか!?
それでは次回にレディー………ゴー!!




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第五十二話 ヘスティア、攫われる

 

 

 

「あ~も~、どーしたもんかなぁ…………」

 

ラキア軍迎撃の為の本営でロキが零す。

現在のラキア軍との戦いは一進一退。

ラキア軍の兵士をかなりの数捕虜にしているが、オラリオの冒険者達も少なくない数が捕まっている。

ラキア軍の兵士の数は、軍というだけあってかなりのものだ。

対して、オラリオの冒険者の数は多くは無い。

冒険者になる者達こそ多いものの、その中で大成するのはほんの一握りのみ。

兵の数では圧倒的な差があった。

今まではLv.1が殆どで、Lv.2がほんの僅かにいる程度だったので、数人の第一級冒険者がいれば『数』の差を覆す圧倒的な『質』で簡単に鎮圧できた。

だが、今のラキア軍は『数』と『質』の両方を併せ持っていた。

最高戦力では及ばなくとも、その『数』と数を最大限に利用する『連携』により、『質』が上であるオラリオの冒険者達と渡り合っているのだ。

それと比べてオラリオの冒険者達は同じ【ファミリア】内ならばある程度の連携は取れるが、違う【ファミリア】同士となると元々競争相手。

途端に烏合の衆となり、その実力を十全には発揮できていない。

 

「こりゃ本気でベルに応援頼むしかないなぁ~…………」

 

ロキは机に突っ伏しながら気が進まないと言わんばかりに愚痴る。

まあ、ロキにしてみれば犬猿の仲のヘスティアに借りを作るのが嫌なだけで、ベル自身に応援を頼むことにはそれほど嫌悪感は無い。

 

「まあ、ここで負けたら本末転倒やし、背に腹は代えられんか………」

 

ロキはそう呟くと、本営の神達に【ヘスティア・ファミリア】への応援要請を打診した。

 

 

 

 

 

一方、その【ヘスティア・ファミリア】の主神であるヘスティアは、現在じゃが丸君の露店のバイトに勤しんでいた。

この女神は、未だにバイトを続けているのだ。

本人曰く、少しでも借金返済の手伝いをしたいだそうだ。

ヘスティアが露店で売り子をしていると、

 

「ヘスティアちゃ~ん!」

 

バイトの同僚である獣人の女性に声を掛けられた。

 

「ん? どうしたんだいおばちゃん」

 

「それがねえ、さっき店主さんからお達しがあって、今すぐじゃが丸君の材料に使うハーブを都市の外に取りに行かなきゃいけなくなっちゃって………」

 

「ハーブ? 交易所にでも行って買えばいいじゃないか」

 

「費用削減だってさ。それでヘスティアちゃんにも手伝って欲しいんだけど………」

 

「でもさ、おばちゃん。ボク一応【ファミリア】の主神だから都市の外には出れないんだ」

 

「あ、そうだったわねえ」

 

オラリオに所属する冒険者や主神が都市の外に出るのは難しい。

戦力流出に敏感だからだ。

 

「都市を出る前までだったら、手伝うことも出来るんだけどさぁ」

 

ヘスティアがそう言いながら北門前の広場を見る。

その時、周囲の人々が騒めいた。

 

「ん?」

 

ヘスティアがそちらを見ると、

 

「俺が、ガネーシャだ!!」

 

「あ、ガネーシャ」

 

浅黒い肌に鍛えられた肉体。

黒い髪に顔に装着された象の仮面。

【群衆の主】と呼ばれる男神ガネーシャが門を潜るところであった。

ガネーシャがそのまま進んでくると、ふとヘスティアと目が合う。

 

「むっ、そこにいるのは…………ヘスティアか!?」

 

「いちいち声を張らなくてもいいよ。でもどうしてここに? 戦場に駆り出されてたんじゃなかったのかい?」

 

馬に乗っていたガネーシャは、馬上からヘスティアの前に飛び降りた。

 

「話せば長くなるが、【ヘスティア・ファミリア】にラキア軍迎撃への参加を要請する」

 

「短いよ。っていうか、やっぱり旗色は良くないようだね。ボクみたいな中堅【ファミリア】に参加要請が来るなんて」

 

「面目ない」

 

「まあ、向こうには師匠君がいるって話だし、それも仕方ないと思うけど」

 

ヘスティアは肩を竦める。

 

「で、ヘスティアは何をしている?」

 

「ああ、実はかくかくしかじか………」

 

ヘスティアが説明するとガネーシャが光る白い歯を見せつけながら笑う。

 

「そう言う事ならば今から行って来ると良い! 丁度ヘスティアには都市の外への外出許可が出ている! ヘスティアの団員達には俺から参加要請を伝えよう! 戻ってくる頃には団員達も出発準備が整っている頃だろう」

 

「本当かい!? それは助かるよ!」

 

許可が出ているなら一安心と、ヘスティアはガネーシャに別れを告げ、同僚と共に都市の外へ出ていく。

都市の外にも入門待ちをしている人が並んでいた。

ヘスティアは、どんよりと曇った空を見上げながら一雨来るかもなぁと思いながら並んでいる人々の横を通過していく。

その中で、ふと視線を落としてとあるフードで顔を隠した人物と目が合う。

 

「「ん?」」

 

ヘスティアとその人物は同時に声を漏らした。

フードから覗く金髪に見覚えのある紅い両眼。

ヘスティアとその人物は、お互いに指を指しあって叫んだ。

 

「アレス!?」

 

「ヘスティア!?」

 

そのフードの人物こそラキア王国の主神である軍神アレスであった。

何故アレスがここにいるのかと言えば、ヴェルフの確保に失敗したアレスが、今度はヘスティアを捕まえて神質にし、ヴェルフとの交換を持ちかけようとしたのだ。

因みにマリウスや他の兵たちにも声を掛けたのだが、東方不敗に心酔する彼らが付いてくるはずもなく、アレスは一人である。

誰もが失敗すると呆れる中、アレスは一人オラリオに潜入しようとしていた。

だが、何の因果か偶々外出許可が出たヘスティアとかち合い、今に至るのである。

 

捕獲(ゲット)ォーーーー!!」

 

「ぐああああっ!?」

 

アレスの渾身のタックルによってヘスティアは気絶する。

アレスはすぐにヘスティアを担ぎ上げ、馬に跨ると、

 

「フハハハハハハッ!! 目標捕獲! さらばだっ!!」

 

馬が駆けだし、あっという間に遠ざかる。

因みにこの馬、Lv.4の軍馬をアレスがちょろまかしたものであり、その速度はとんでもないものであった。

 

「ヘ、ヘスティアちゃ~~~~~~~~~~んっ!?」

 

一瞬の出来事に呆けていた同僚の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ガネーシャ様にラキア軍迎撃への参加を伝えられ、皆と一緒に準備を済ませて北門の広場まで来ると、辺り一帯が騒然となっていた。

 

「おいおい、何かただ事じゃねえ雰囲気だぞ?」

 

ヴェルフがそう呟く。

 

「確かに………これほどの騒ぎになるなんて、いったい何があったんでしょう?」

 

リリも周囲を観察しながらそう言った。

そんな中、

 

「ドチビが攫われたぁ~~~~っ!?」

 

聞き覚えのある女神の声に、僕はそちらを向いた。

僕の視線の先に居たのは、【ロキ・ファミリア】の主神のロキ様と団長のフィンさん。

そしてアイズさんがいた。

でも、僕は気が気ではなかった。

ロキ様が言う『ドチビ』というのは神様の事を指す。

つまり、今の言葉は神様が攫われたと言う事を意味していた。

僕は思わずその集まりに詰め寄った。

 

「あのっ………神様が攫われたってどういうことですか!?」

 

アイズさん達は驚いた顔で僕を見た。

 

「ベル………!?」

 

「………端的に説明する。ベル・クラネル、よく聞いてくれ」

 

フィンさんから簡単に状況の説明を聞き終えた僕は、顔から血の気が引くのを感じた。

 

「かっ……神様がいる場所はっ!?」

 

「分からないが、神ヘスティアの同僚からは、神アレスは北の方に逃げて行ったと言っていた。これから追跡隊を編成するところだが………」

 

「僕が行きます!!」

 

フィンさんが言い終わらない内に僕は叫んだ。

 

「大体の方角が分かっているのなら近くまで行けば気配で探れます! それに、僕一人ならだれよりも速い!」

 

「…………確かにその通りだな。それに調べてみて分かったことだが、ラキア軍の軍馬には【恩恵】が与えられていた。それも最低でもLv.3。最大でLv.5が確認されている。神アレスが乗っていた馬がどの程度でかは分からないが、Lv.5以下の冒険者では追い付けないと考えた方が良いだろう…………それにLv.6以上の冒険者を追跡隊に割くことは出来ない。ここはベル・クラネルに任せた方が妥当だろう」

 

フィンさんはそう言う。

 

「それならっ………!」

 

僕はその場を駆け出そうとして、

 

「ならアイズ。ベル・クラネルを手伝ってやってくれ」

 

「えっ………?」

 

フィンさんの言葉にアイズさんは声を漏らし、僕は思わず駆け出そうとした足が止まる。

 

「ちょ、待てやフィン!? ベル一人で十分やろ!? アイズたんが行く必要無いやんか!?」

 

ロキ様が叫ぶ。

 

「もちろん打算はある。こちらとしては少しでも【ヘスティア・ファミリア】に貸しを作っておきたい………いや、少しでも借りを返しておきたいっていうのが本音かな? それにベル以外の【ヘスティア・ファミリア】が合流したのならアイズ一人分以上の働きは出来るだろう。ベルに追随できそうなのはアイズか、もしくはこの場に居ないベートだけだ」

 

フィンさんは僕に向き直ると、

 

「ベル・クラネル、もしアイズを足手纏いと判断したのなら置き去りにして構わない。アイズ、彼に置いて行かれたくなければ死に物狂いで追いかけろ」

 

フィンさんの言葉に、アイズさんは力強く頷いた。

僕とアイズさんで神様達を追うことになったので、僕はリリ達に向き直ると、

 

「そういう訳だから、僕はこれから神様を助けに行って来る! 僕がいない間の代役はリリに任せるよ!」

 

「はい! お任せくださいベル様! ではお早く。ちゃんとヘスティア様を連れて帰って来てくださいね」

 

「うん!」

 

そう言うと、僕はアイズさんと共に門を潜る。

 

「では行きますよ、アイズさん………!」

 

「うん………!」

 

そう言葉を交わすと、北に向けて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

オラリオの真北にある『ベオル山地』。

険しい山道が続くこの場所を私とベルは駆け抜けていた。

私は常に前を走るベルの背中を見る。

暫く走り続けているけど、ベルのスピードは全く落ちていないどころか、呼吸に乱れも感じられない。

私は全力で走っているけど、ベルはまだ余力がある。

フィンには足手纏いなら置き去りにしろとは言われても、ベルは優しいからそんな事は出来ない。

ベルに気を使わせてベルの主神を助けられなかったとしたら目も当てられない。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

私は風を纏い、少しでも速度を速くしてベルを追いかける。

絶対にベルの足手纏いにはなりたくない!

そう強く思いながら足を動かす。

その時、ポツポツと顔に水滴が当たる。

視線だけを空に向けて、雨が降ってきたのだと確認する。

すぐに視線をベルの背中に戻し、追いかけるのに全力を尽くした。

 

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

ベオル山地奥部。

 

「フハハハハハハハッ!! 今度こそオラリオに吠え面をかかせてやったぞ!」

 

崖と谷間に挟まれた険しい山道を一頭の馬が爆走していた。

時折岩の影からモンスターが現れるが、Lv.4の【恩恵】を持つ馬は歯牙にもかけずに轢き殺していく。

先程気が付いたヘスティアが暴れているが、当然ながらアレスは無視する。

 

「今に見ていろ! ベル君がすぐに追いかけてくるぞ!」

 

「ここは既にベオル山地だ。ここまで深く逃げ込んだ時点で俺の勝利は揺るがない!」

 

自信満々に言うアレスをヘスティアは一瞥した後、

 

「ププッ………!」

 

思わず笑いをこらえ切れずに零した。

 

「どうしたヘスティア? 余りの恐怖に頭がおかしくなったか?」

 

「いいや、君の滑稽さが余りにもおかしくてね。確かに普通なら君の言う通りだろうけど、生憎僕のベル君は普通じゃなくてね」

 

ヘスティアはそう言うと、一度大きく息を吸い込み、

 

「ベルくーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんッ!!!」

 

大声でベルの名を呼んだ。

 

「はっ、無駄な事を………」

 

アレスがそう言いかけた所で、

 

「神様ぁーーーーーーーーーーーっ!!」

 

そんな叫び声が返ってきた。

 

「ベル君っ!!」

 

笑顔になるヘスティアと、

 

「ナニィッ!?」

 

驚愕の表情になるアレス。

次の瞬間、アレスの進行方向の崖の上に竜巻が直撃し、崩落が起きて道を塞ぐ。

それは、ベルの後方からアイズが放った物だった。

 

「うおおおおおおっ!?」

 

アレスは慌てて手綱を引き、馬を停止させる。

馬は危うく岩に激突しそうになるが何とか止まった。

アレスは馬から降りると携えていた剣を抜き、

 

「おのれ何者!?」

 

向かってくるベルに構えた。

が、

 

「ぶがっ!?」

 

顔面にベルの飛び蹴りを食らって後ろに吹っ飛ぶ。

 

「神様! 大丈夫ですか!?」

 

「ベル君! 信じてたよ!」

 

縛られていたヘスティアは、声を上げて喜びの表情をする。

ベルはすぐにアレスに向き直った。

遅れてアイズが到着し、ヘスティアを縛っていた縄を切った。

 

「ぬあっ!? ヴァレン某!?」

 

ベルの時とは違い、思いっきり嫌な顔をするヘスティア。

 

「ぬうぅ………神を足蹴にするとは罰当たりな奴め………!」

 

アレスはよろよろと立ち上がり、恨めしそうにベルを睨む。

 

「こちらも神様を危険な目に合わせたことを許すつもりはありません!」

 

ベルはその睨みに怖気もせずにそう言い返す。

すると、アレスは忌々しそうに、

 

「ええい! 貴様のその神をも恐れぬ物言い、あの爺を見ている様だ!」

 

アレスは地団駄をふむ。

 

「…………って、もしかして師匠の事ですか?」

 

「師匠………? 貴様あの爺の弟子か!?」

 

「あなたの言う方が東方不敗 マスターアジアという名前なのならその通りです」

 

「ぐぬぬ………師が師なら弟子も弟子だな! この罰当たりめ!」

 

「とりあえず僕達に文句があるなら拳で語ってください」

 

ベルが握り拳を作りながらそう言うと、

 

「この脳筋師弟が!!」

 

「君が言うなよアレス」

 

密かにヘスティアがツッコム。

 

「えっと……とりあえず大人しくしてください」

 

ベルはそう言うと一瞬でアレスの後ろに回り込み、

 

「フッ!」

 

首筋に手刀を落とした。

 

「あがっ!?」

 

アレスは何が起きたのかも分からずに気絶する。

 

「これで一件落着ですね」

 

ベルはそう言いながらヘスティアとアイズに向き直る。

 

「ベル君っ!」

 

ヘスティアがベルに駆け寄ろうとした。

その時だった。

雨で抜かるんでいた地面に足を取られ、ヘスティアが転倒する。

それも谷間の方に、

 

「あ…………」

 

ヘスティアは思わず虚空に手を伸ばした。

ヘスティアの目に映る景色が流れていく。

その時、

 

「神様っ!!」

 

ベルが躊躇せずに跳んだ。

伸ばされた手を掴み、自分の方へ引き寄せ、小さな女神を守るようにその胸に掻き抱く。

そのままベルは濁流の中へと飲み込まれていった。

 

 

 

 

 

 





第五十二話です。
ヘスティアのターンだと前回言っていたな。
あれは嘘だ。
というかそこまで書ききれなかった。
次回こそヘスティアのターンです。
とりあえず今回はボッチで頑張ったアレス様に称賛を。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第五十三話 ベル、放つ

 

 

【Side ベル】

 

 

 

濁流に呑まれる僕。

水の流れが縦横無尽に僕の体を揺さぶり、時に岩に叩きつける。

 

「ぐっ………!?」

 

それでも僕は腕の中にいる神様だけは決して離さないようにしっかりと抱きしめる。

大自然の力の前には、人間の力などちっぽけなもの。

師匠の言葉を今、肌で感じている。

それでも普段ならこの力に抗えなくとも避ける程度は出来たはずだ。

でも、今の状態から脱するためには気の力を開放して一時的に水を吹き飛ばし、その隙に離脱する程度しか思いつかない。

それをやってしまえば神様を巻き込んでしまうため、今の僕には、ただ耐えることしか出来なかった。

時折水面に顔が出た時に岸の様子を伺うと、アイズさんが走って僕達の後を追ってきている。

そして、流れが岸に近付いた時、僕は腕を伸ばして水面近くに枝を伸ばした木に捕まった。

 

「はぁっ!」

 

僕は自分の身体と神様を水面から引き揚げ、岸に這い上がる。

 

「ベルッ!」

 

すぐにアイズさんも追い付いてきて合流した。

でも、僕はともかく神様の状態が思わしくなかった。

それも当然だ。

地上に降りた神様は普通の人間と変わりがない。

怪我もするし、病気にもなる。

死にはしないが、それほどの状況に陥った場合『神の力(アルカナム)』が発動し、下界のルールに触れて天界送還となる。

 

「神様の様子は?」

 

「意識がありません………! 体温も低下しています………! 今すぐ如何こうという訳ではありませんが、この状態が続けば万が一という可能性もあります………!」

 

僕は内心焦りながら、それでも頭は冷静に状況を判断する。

短時間とはいえ、雨で水温が低下した川に落ちたうえ、水中でもみくちゃに振り回されたんだ。

神様には相当な負担がかかったことが伺える。

 

「早くどこかで休ませないと…………!」

 

僕がそう言いかけた時、甲高い魔物の声が響き渡った。

 

「ッ………!? ハーピィ!」

 

くそっ、神様に気が向きすぎていて、接近に気が付かなった!

無数のハーピィに周りを囲まれる。

 

「アイズさんっ!」

 

「うん………!」

 

僕の呼びかけにアイズさんは剣を構える。

 

「秘技………! 十二王方牌………」

 

「サイクロン………!」

 

僕は左手を伸ばして円を描き、アイズさんは風を纏って剣を引き絞る。

そして次の瞬間、

 

「………大車併!!」

 

「………スラスト!!」

 

僕が放った気の渦とアイズさんの放った竜巻がハーピィ達を蹂躙し、吹き飛ばしていく。

僕はすぐに神様を抱き上げ、

 

「とりあえずここを離れましょう」

 

僕の言葉に、アイズさんは頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

その後、偶然にも近くの村に住むカームという男性の老人と出会い、その老人が村長をしている『エダス村』で休息をとることが出来た。

村長の家の一部屋を借りることが出来た僕達は、そこで神様を休ませた。

暖炉の火で暖められた室内にいたお陰か神様の呼吸は安定し、安らかな寝息を立てている。

その間に僕はアイズさんと話し合い、神様が回復するまでこの村に厄介になることに決めた。

 

 

 

それから三日後。

神様の体調も大分回復し、明日には帰れそうだ。

そんな中、今日はこの村の豊穣の祭りがあるらしく、神様の勧めもあって、僕は恩返しの意味合いも込めて準備を手伝っていた。

僕が十数人がかりで運ぶ柱を一人で、しかも二本担いで運んだ時には村人たちから驚愕の声が漏れていた。

この程度師匠の修行に比べれば軽い軽い。

途中でアイズさんも手伝いに参加していたけど、村長の娘さんから服を借りたらしく、いつもと違う雰囲気のアイズさんに僕は顔が熱くなるのを自覚した。

あっという間に夕刻になり、祭りの準備が整って空いた時間で村をアイズさんと一緒に見て回っていると、村の外縁に沿って石碑のように並べられている漆黒の光沢を放つ黒曜石のような物体が気になった。

見ただけで禍々しさを感じるそれは、いったい何なのかと村人に聞いてみた。

すると、

 

「ああ、それは黒竜様の鱗だよ」

 

「えっ!?」

 

「ッ……………!?」

 

村人の言葉に僕は驚愕したけど、それ以上にアイズさんから感情の乱れを感じた。

 

「『黒竜』って、おとぎ話に出てくるあの………」

 

僕は確認の為に問いかける。

 

「ああ、そうだよ。もうずっと前、英雄様にオラリオから追い払われて、北に飛び去って行ったとき、この集落に欠けた鱗が落ちてきたんだってさ」

 

長命なエルフの里の民から受け継がれているという村の伝承らしい。

 

「モンスターの住処に囲まれるこの村が、どうして襲われないのか、不思議におもわなかったかい?」

 

「………なるほど」

 

「この鱗にね、モンスターは怯えて近付かないらしいのさ。私達は黒竜様のお陰で無事に生活を送れるんだ」

 

あの鱗の欠片から発する黒竜の臭いや残留する魔力の影響で、モンスターが恐れて近付いてこないんだろう。

 

「………モンスターを祀るなんて、おかしいって分かってるんだけどねぇ。でも私達を生かしてくれているのは冒険者でもなければ神様でもない。この鱗なんだ」

 

そう言いながら手を合わせて鱗を拝む姿を見て、僕は複雑な心境になる。

 

「まあ、いつか黒竜様がいなくなれば、私達もこんな真似しなくなるんだろうけどねぇ………」

 

そういって村人のおばさんは立ち去った。

暫く見て回っていると、アイズさんがとある石小屋の前で足を止めた。

その石小屋には黒竜の鱗が祀られており、その前に食べ物や供物が捧げられていた。

多分祭壇なんだろう。

アイズさんは、その鱗を無言で見つめていた。

その表情からは感情は読み取れない。

でも、アイズさんの纏う雰囲気がいつも以上に鋭い事を僕は感じていた。

 

「…………なんだか、神様みたいな扱いですね、これ」

 

僕が思ったことを口にする。

その瞬間、

 

「あれは神なんかじゃない」

 

剣のように鋭く、感情を剥き出しにした否定の言葉がその口から紡がれた。

 

「……………………」

 

僕は軽率な言葉を漏らしたことを恥じた。

恐らくアイズさんと黒竜の間には、ただならぬ因縁がある。

それがアイズさんが強くなりたいと焦っていた理由なんだろう。

 

「……………ごめんなさいアイズさん………軽率でした………」

 

僕は謝罪の言葉を述べる。

 

「謝らなくていい………ベルは悪くない」

 

アイズさんはそう言って許してくれるが、先ほどの一言がどれだけアイズさんを傷つけてしまったのか、僕には想像できなかった。

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

その夜、村の祭りに私達は誘われ、体調の回復した女神と一緒に村の中央広場に来ていた。

広場の中央に組まれた丸太に灯された大きな焚き火が夜の闇を照らしている。

村の人達は私達に気付くと女神の体調を気遣うように私達の周りに集まってくる。

女神は最初は驚いていたみたいだけど、すぐに笑顔を振りまき、村人たちに感謝の意を伝えている。

…………ロキならこんな風に対応できただろうか?

私はそんな事を思ってしまう。

ロキはベルの女神を敵視してるみたいだけど、そこまで嫌悪する性格をしているようには見えない。

ベルにくっつき過ぎなのはちょっとムカッとするけど…………

すると、焚き火の周りで若い男女がペアとなって踊りを踊り出した。

 

「あれは村の踊りかい? 何だか若い子たちが多いようだけど………」

 

女神も気になったのか村人に尋ねる。

 

「ああ、あれは………」

 

村人は苦笑しつつ、

 

「村の仕来りってわけでもないんですが………結婚してねえ男からの踊りの誘いは、要は告白で、女が受ければ晴れて恋人になれる、ってきまりがありまして………」

 

「ほ、ほう?」

 

「ッ………!?」

 

 

その言葉を聞くと、女神は急にそわそわとしだした。

掻くいう私も視線がチラチラとベルに向く。

 

「今日は豊穣を祈る祭りなので、もしよければ女神様も踊っていってください!」

 

「私達に、どうか豊作の恵みを!」

 

女神に対し、村人たちが挙って懇願してきた。

女神はおほんとわざとらしく咳ばらいをすると、すすすとベルの前に移動した。

 

「あー、ベル君? ボクは急遽、神としての務めを果たさなければいけなくなったようでねぇ………その、うん、なんだ」

 

女神は勿体ぶった様に一度区切ると、

 

「ボクと一緒に踊ろうぜ」

 

その言葉に、周囲の村人たちは沸き立った。

逆に私はムスッとしてしまう。

この状況ではベルは断れないだろうし、何より主神からの誘いだ。

眷属のベルとしては断るわけにはいかないだろう。

 

「わかりました………踊りましょう、神様」

 

そう言いながら女神の手を取ろうとベルは手を伸ばしたけど、女神は手を引っ込めた。

 

「ちゃんと誘ってくれよ、ベル君。そこのヴァレン某君………神の宴でその子と踊ったみたいにさぁ」

 

その言葉に私は動きを止めた。

同時にベルも固まったと思ったら、勢いよく私の方を見てきた。

私はベルと踊ったときの事を思い出し顔が熱くなり、見ればベルも顔を赤くしていた。

 

「あ、あれはアイズさんから誘われたからでっ………いやっ、僕からも誘おうと思ってましたけどっ………」

 

「こーいうのは最初から雰囲気を作っていかないといけないんだぜ? なあ、みんな?」

 

女神が周りに同意を求める。

村人たちは神の言葉に意を唱えることが出来るはずもなくウンウンと頷いていた。

私はそれを見てズルイと思った。

ベルの逃げ道を無くしている。

ベルも遂に観念したのか、

 

「………ど、どうかっ、僕と踊ってください、女神様っ」

 

ベルが顔を真っ赤にしながら女神に手を差し出す。

 

「ああ!」

 

女神はベルの手を取って子供のように焚き火の元へと駆け出した。

その光景を見ていると胸がモヤモヤする。

二人が見様見真似で郷土舞踏を始める。

それはとてもぎこちないもの。

ベルが一生懸命リードしようとしているけど、女神はうまく音楽のリズムに乗れていないようだ。

私ならもっと上手くベルと踊れるのに…………

ベルと踊った時を思い出し、どうしても今見ている光景と比べてしまう。

でも、踊りの良し悪しは関係ないと言わんばかりに女神の表情は満面の笑みだ。

ベルも、その笑顔につられるように微笑みを浮かべている。

胸が締め付けられるような痛みに、私は胸に置かれた手で上着を強く握りしめた。

 

 

 

 

その場に居ずらくなった私は、少し離れた小屋の影で遠巻きに祭りの様子を眺めていた。

女神はベルと踊りながら焚き火の周りを何回も回った後、ようやく満足したのか、今はねだってきた子供達と一緒に踊っている。

すると、

 

「アイズさん………」

 

気配を消していたにも関わらず、ベルは何でもないように私を見つけ、駆け寄ってきた。

 

「…………」

 

声を掛けてくるベルに対して、私は何故か目を合わせる気にはなれず、フイッと顔を逸らしてしまう。

 

「ア、アイズさん……? ど、どうかしましたか?」

 

「別に………」

 

私は顔を逸らしたまま投げやり気味に答えてしまう。

 

「楽しそうだったね………」

 

「え、えっと…………」

 

私の口からはベルを突き放すような言葉が出てしまい、ベルは困惑の表情を浮かべている。

何故だろう。

ベルに対してこんな態度を取りたくないのに、感情をうまく制御できない。

 

「あ、あの………踊らないんですか?」

 

「…………踊ってくれる人がいないから」

 

女神と踊ったベルに対して皮肉を込めた一言を言ってしまう。

目を合わせようとしない私に対して、ベルは唸るように迷った後、

 

「ぼ、僕で良ければ…………」

 

その言葉が聞こえた瞬間、私は思わず振り返った。

 

「………踊って、くれるの?」

 

「あー、いやっ、アイズさんが良ければの話ですけど………っ!?」

 

赤くなりながらわたわたとするベルを見て、私はふと思いつく。

 

「なら、ちゃんと誘って……?」

 

「えっ?」

 

「前は私から誘ったから、今度はベルから誘って欲しい…………」

 

「えっ、あ、は、はい………」

 

ベルは一瞬驚いたようだけど、身なりを正し、

 

「ぼ、僕と………私と踊って頂けませんか、淑女(レディ)?」

 

恐らく神の宴の時に見た見様見真似だと思うけど、一礼しての誘いを行った。

私はそっと手を伸ばし、

 

「………喜んで」

 

そう言ってベルの手に重ねようとした。

手と手が重なり合う。

その直前、

 

「「…………ッ!?」」

 

突如として地鳴りと共に地面が揺れ出した。

私達は思わず動きを止め、揺れに耐える。

 

「地震っ………!?」

 

「かなり大きいですっ!」

 

私とベルは体勢を低くし、片手を地面について転倒しないようにバランスを取る。

村人たちも突然の地震にあちこちから悲鳴が上がっている。

その地震は一分ほど続いてようやく収まる。

私達は立ち上がると、

 

「ッ! 神様っ!」

 

ベルが気付いたように駆け出した。

私は周りの様子を伺うけど、幸運にも祭りの途中ということもあり、村人の殆どは中央広場に集まっており、人的被害はほとんど無いと言っていい。

所々民家が崩れているけど、それは仕方の無い事だった。

中央広場でも、櫓が崩れ、多少のけが人は出たものの、死者重症者は居ないようだ。

ベルも女神の無事を確認し、安堵の息を吐いている。

村人たちが気を取り直そうとした時、ズズズっとまた振動を感じる。

 

「また地震!?」

 

女神が叫ぶけど、

 

「違います………! これはっ!!」

 

ベルが切羽詰まった表情になる。

 

「皆さん! 早くここから避難をっ………!」

 

ベルがそう言いかけた時、轟音と共に村の上にある山岳地帯が一気に崩れ出した。

 

「地滑りだぁーーーーーーっ!!!」

 

村人が絶望的な声を上げる。

多分、昨日までの雨のせいで地盤が緩んでいて、さっきの地震が引き金になったんだと思う。

崩れた大量の土砂が、まるで津波のようにこの村に迫る。

土砂がこの村を飲み込むまで一分も無い!

その時、村長が駆け寄ってきた。

 

「冒険者様ッ!! 女神様を連れてお逃げください!! 冒険者様なら逃げ切れるかもしれませぬ!!」

 

村長は必死にそう言う。

すると、ベルは一瞬の思案の後、

 

「アイズさん! 神様を連れて逃げてください!!」

 

「ッ!? ベル!?」

 

私はベルの言葉に驚愕する。

 

「ベル君! 何する気だ!?」

 

女神がそう問うと、

 

「何とか食い止めてみます!」

 

ベルはそう言うと迫る地滑りに向かって駆け出した。

 

「ベル君!!」

 

女神がベルの後を追おうとしたけど、私はその腕を掴んで止めた。

 

「離せ! ヴァレン某!!」

 

「駄目………あなたが行ってもベルの足手纏いになるだけ。だったら、ベルの言った通り早く逃げた方が良い。その方がベルも安心できる。心配しなくても、ベルなら生き残れる」

 

「うるさい! 例え生き残れたとしても、この村を救えなかったらベル君は一生後悔する! ボクはそんなベル君を見たくないんだ!!」

 

「そうだとしても、貴方にできることは無い」

 

私は事実を口にする。

 

「ベル君の事を全部わかったような口振りでベル君を語るなっ!!」

 

「…………………」

 

私は無言で女神の腕を掴んでいた。

離すつもりは無かった。

だけど、

 

「“離すんだ”!」

 

突如放たれた【神威】に、体が反射的に手の力を緩めてしまう。

その瞬間に女神は私の手を振りほどいて、ベルを追って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

迫りくる大量の土砂。

もう時間がない!

僕は左手を前に突き出し、

 

「十二王方牌………大車併!!」

 

気の分身を放つ。

六体の分身は一瞬土砂を押し返す。

だが、次の瞬間には後から来る大量の土砂を支えきれず、飲み込まれ、四散した。

 

「くっ! それならっ…………アルゴノゥト………フィンガーーーーーーーーッ!!!」

 

右手に闘気を集中させ、白い波動としてそれを放つ。

 

「はぁああああああああああっ!!」

 

闘気を放つ間は食い止めていられるが、

 

「くっ……………!」

 

闘気が途切れた瞬間、再び大量の土砂が迫りくる。

一時的に抑えるだけじゃだめだ。

この大量の土砂を一気に吹き飛ばさないと…………!

でもどうやって?

アルゴノゥトフィンガーソード?

駄目だ。

中央を切り裂くことが出来ても周りから土砂が流れ込む。

僕の今習得している技では、対抗できない。

…………………………………………打つ手が………無い………!

僕の心に絶望と諦めの感情が広がってゆく。

四肢から力が抜け、拳も握れない。

せめて神様だけは逃がせたのが不幸中の幸いだ。

アイズさんならきっと逃げ切れる筈。

僕が最早迫りくる大自然の力の前に抗う気力すら無くしかけたその時、

 

「ベル君っ!!」

 

この場に聞こえるはずの無い声がした。

僕は思わずその声がした方に振り向く。

そこには、転んでしまったのか泥だらけになりながらも肩で息をし、僕を真っすぐに見つめてくる神様の姿があった。

 

「神………様………?」

 

僕は何故神様がここにいるのかと呆然となる。

どうして………アイズさんと一緒に避難したんじゃ………

 

「何で………どうして戻ってきちゃったんですか!? 神様!!」

 

僕は叫ぶ。

これじゃあ神様を守れない。

僕の力じゃこの村も、神様さえも救えない。

僕は、英雄にはなれない。

その事実を突きつけられ、僕は涙を流す。

でも…………

 

「ベル君!!」

 

神様に呼びかけられ、僕は顔を上げる。

すると、

 

「信じてるぜ、ベル君!」

 

神様はいつも通りの笑顔を浮かべ、一点の疑いすら持たない瞳で僕を見ながらサムズアップをした。

 

「……………神様」

 

何故だろう。

先程まであった絶望感や諦めの心が、神様の一言で綺麗サッパリ洗い流されていく。

四肢に力が戻り、僕は両手の拳を握りしめる。

神様が僕を信じてくれている。

僕はその信頼に応えたい。

僕は再び迫りくる土砂に意識を向ける。

もう諦めの心は無い。

僕は思考をフル回転させ、対抗する方法を考える。

考えろ。

どうすればこれだけの土砂を防げる?

どうすればいい?

師匠ならどうする?

師匠なら………!

師匠ならっ!!

その時、ある言葉が思い浮かんだ。

 

『大自然の力………それは人間よりも遥かに大きな力を持つ…………!』

 

そうだ。

大自然の力にたった一人の人間が抗おうとしても無理だ。

ならば、方法は唯一つ。

大自然の力には…………大自然の力で!

…………だけど、出来るのか、僕に?

僅かに生まれる不安。

それでも、

 

「ベル君!!」

 

神様の一声がその不安すらも押し流す。

 

「やるしかない!!」

 

僕は両手を腰だめに構え、目を閉じて精神を集中し、闘気を高めていく。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!!」

 

そして右手を前に伸ばし、手を開く。

その手に、辺り一帯の自然から気を集めて集中させていく。

物凄い気の奔流が僕の身体を駆け巡ろうと、暴れようとする。

 

「ぐっ…………!」

 

僕はそれを気合でコントロールする。

膨大な気の力を右手のみに集中させる。

 

「…………今こそ放つは、流派東方不敗が最終奥義………!」

 

僕は右手を握りしめ、再び腰辺りに構える。

目の前には、今にも僕を、村を飲み込もうとする土砂の津波。

その瞬間、僕は目を見開き、

 

「石破ッ………天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

右の拳を繰り出すと共に、極大の気弾を放った。

僕の放った拳型の気弾はその中にキング・オブ・ハートの紋章を輝かせ、大量の土砂を吹き飛ばし、突き進んでいく。

そして、着弾と共に轟音が響き、目の前が爆煙に包まれる。

 

「…………………………」

 

僕は、ただ前だけ見ていた。

そして、砂煙が晴れた時、そこには村の背後にあった山岳の山頂付近が丸々吹き飛び、景観すら変えた光景があった。

 

「………はぁ………はぁ……………う、撃てた………?」

 

僕は少しの間自分が放った技の実感が持てず、呆気に取られていた。

 

 

 

 

 

 

【Side アイズ】

 

 

 

 

私は、精神的に打ちのめされていた。

地滑りが起きた時、私は逃げる事しか考えてなかった。

だけど、ベルは何とかこの村を救おうとし、女神もベルを信じていた。

最初ベルは大量の土砂に成す術なく呑まれようとした。

だけど、女神の一言でベルは沈みかけていた心を奮い立たせ、そしてこの土壇場で最終奥義を会得し、この村を救った。

女神はベルの事を疑いもしなかった。

女神とベルの絆は本物だった。

私の入り込む隙間が無いと思えるほどに…………

私はあの女神に…………勝てない………

そう、思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 




第五十三話です。
ヘスティアのターンとか言っておきながら、視点はベルとアイズだけでした。
でも、ヘスティアの逆襲とも言うべきものは書けたと思います。
まあ、ベルの石破天驚拳に全部持ってかれると思いますが。
山吹き飛ばしたのはやり過ぎだったかなぁ?
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第五十四話 師弟、激突する

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

エダス村を何とか守った僕は、また一日その村で休息を取り、翌日に出発した。

その際に村を救った『英雄』と呼ばれて、少し恥ずかしくも嬉しいと感じた。

でも、帰りの道中でアイズさんの様子がいつもと違って口数が少ないような気がした。

まあ、元々口数が多い人じゃないから僕の気の所為かもしれないけど。

神様を背負いつつベオル山地を駆け抜け、暫く走ってようやく山道を抜ける。

そこで僕達が目にしたものは、未だオラリオに攻め入ろうとするラキア軍の姿だった。

 

「まだ戦いは続いているようだね」

 

神様が呟く。

 

「はい、リリ達も頑張っているようですが、少しずつしか押し返せてはいないようです」

 

「ああ。ここから見るとラキア軍の統率力の高さがよくわかる。対してオラリオの方は烏合の衆と言っていい。これじゃあ苦戦するのは当然だな」

 

神様はそう述べた。

 

「……………………」

 

僕は一瞬の内に思案し、

 

「アイズさん…………神様をお願いできますか?」

 

「え…………?」

 

「統率の執れた軍隊は、逆に言えば統率者さえ討ち取ればその力を大幅に削ることが出来ます。そして、今回の大将は…………」

 

「ッ………! 師匠君か!?」

 

「はい…………なので、僕はこのままラキア軍の背後を取って、師匠に一騎打ちを挑みます」

 

「無茶だ! いくらベル君でも師匠君にはまだ………!」

 

「ええ。まだ本気の師匠には敵うとは思っていませんが、師匠も本気でオラリオに攻め込んでいるわけでは無いでしょう。今回の進軍は、『力試し』の意味合いが強いと思われます」

 

「『力試し』………だって?」

 

「はい。ですから、僕が師匠に力を見せれば、師匠は満足して退いてくれるかもしれません」

 

「なるほど…………それだったら可能性は………いや、でも………」

 

神様は悩んでいるようだったので、

 

「じゃあ、そう言う事なので行ってきます、神様!」

 

僕は神様の返事も待たずに僕は駆けだした。

 

「あっ! ベル君っ!!」

 

神様の静止を振り切って僕は走った。

 

 

 

 

 

【Side Out】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラキア陣営では、数日前より度々起こる地面が割れ砕けたり、赤い竜巻の発生により進軍が滞っていた。

 

「う~む、このまま押し切れるかと思いきや、オラリオも中々どうして。おそらく新たな援軍が到着したんでしょうなぁ」

 

将軍の一人がそう漏らす。

将軍たちは、ここ数日の出来事をオラリオ側の魔法だと思い込んでいる様だ。

まあ、あながち間違いではない。

あの二人の【魔法】を【魔法】と呼んでいいのかは分からないが…………

だが、

 

(あれらの“技”……………ブラック・ジョーカーを受け継いだネオロシアのアルゴ・ガルスキーとジャック・イン・ダイヤを受け継いだネオフランスのジョルジュ・ド・サンドの技だったはず……………技の威力からして本人たちではないようだが、はてさて……………)

 

その場にいる東方不敗も顎に手を添え、思案している。

その時だった。

 

「……………むっ!?」

 

東方不敗が僅かな気配を感じ取り、後方の森を見やる。

 

「老師………?」

 

将軍の一人が声をかける。

次の瞬間、

 

「師ぃ匠ォォォォォォッ!!!」

 

木々の上からベルが飛び掛かってきた。

 

「ベルッ………!?」

 

これには東方不敗も予想外だったのか一瞬驚愕の表情を浮かべるものの、すぐに平静を取り戻し、ベルに対処する。

即座に構えを取り、東方不敗からもベルに向かって跳び上がった。

 

「ダンジョンファイトォォォォォォォッ!!」

 

「レディィィィィィィッ…………!!」

 

「「ゴォォォォォォォォォォォォッ!!!」」

 

その掛け声とともに激突する両者。

 

「おおおおおおおおおおぉっ!!」

 

「はぁああああああああっ!!」

 

ベルから振り下ろされる拳を左手で往なしつつ、右の拳を放つ。

だが、ベルも左手を使って東方不敗の拳を受け流し、直撃を避ける。

その瞬間一瞬静止し、お互いの視線が交わる。

だが、

 

「はっ! だぁあああああああああああっ!!」

 

「ふっ! とぉりゃぁあああああああああっ!!」

 

即座に弾きあうと、拳の弾幕の応酬に移行した。

一瞬の内行われる無数の攻防。

その応酬は、周りから見る者にとっては両者の手が無数に分身して打撃音を打ち鳴らしながら何かをしているという風にしか見えなかった。

時間にして数秒だろうか。

だが、長時間そうしていたと思えるほどの密度の濃い時間がそこにあった。

両者の拳が激突し合い、応酬が一時的に中断される。

そんな中、東方不敗はベルの拳を受け止め、思う。

 

(ほう………ベルの奴め、この短期間でまた一つ腕を上げておるわ……………フッ、やはり弟子の成長を実感できるのは嬉しいものよのう)

 

口には出さないが、内心ベルを褒める東方不敗。

そんな一瞬のスキを感じ取ったのか、ベルは合わせていた拳を一瞬にして外し、東方不敗の拳を跳ね上げる。

 

「むっ!?」

 

声を漏らす東方不敗。

一瞬で気を引き締めたので隙が無くなり、追撃を中断したベル。

お互いの位置が入れ替わり、背中を向けた状態で着地する両者。

だが、即座に振り返ると、

 

「ゆくぞベル!!」

 

東方不敗が渦巻く闘気を身に纏う。

 

「受けて立ちます!!」

 

ベルも同じように渦巻く闘気を身に纏った。

そして、

 

「超級!!」

 

「覇王!!」

 

「電!」

 

「影!」

 

「「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」」

 

同時に突撃し、中央で激突。

闘気の竜巻が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

一方、オラリオ側の本営では、ヘスティアを連れたアイズが到着した所だった。

 

「おうドチビ! 無事やったみたいやな! 残念ながら!」

 

「フン! ベル君が来たんだ、当然だろ? でも、ま、君の所のヴァレン某君にも、少しは………本当に少しだけど世話になったから、その事だけは礼は言っておくよ!」

 

「どうしたドチビ? 変な物でも食ったんか?」

 

「失礼な! ボクは君と違ってちゃんとお礼を言うべきところはわきまえてるだけさ!」

 

「言ってろ。んで、その肝心のベルはどうしたんや?」

 

ロキがそう尋ねると、

 

「フン、そろそろラキア軍の指揮系統が乱れるから、その隙を突いて一気に押し返すよ。因みにベル君はラキア本陣に奇襲を掛けに行った」

 

「ブフッ!? ベルが本陣に奇襲やと!?」

 

「まあ、今のラキア軍の大将は師匠君だろうからね。師匠君さえ押さえれば指揮系統は乱れるだろうってベル君の推測だよ」

 

「師匠君って………ベルの師匠の事やろ!? 話に聞いただけやけど、とんでもない強さらしいやん! ベル一人で大丈夫なんか?」

 

「まあ、師匠君に成長を認めてもらうのが目的みたいだからね。必ずしも勝つ必要は無いみたいだよ」

 

と、その時、

 

「た、大変です!!」

 

冒険者の一人が本営に駆け込んでくる。

 

「ら、ラキア陣営に異変がっ………!?」

 

「なんやとっ!?」

 

ロキを筆頭に神々が外へ様子を見に出ると、

 

『『うぉりゃぁああああああああああああああああああああああああっ!!!』』

 

ベルと東方不敗の超級覇王電影弾の激突により起こった闘気の竜巻が目撃された。

しかも、

 

「なあドチビ。ウチの目おかしくなったんか? あの竜巻の真ん中あたりにベルと変な爺さんの顔がいくつも並んで見えるんだけど…………」

 

「だったらボクの目もおかしくなってるね。ボクにもそう見えるよ」

 

「「……………………」」

 

目の前の非常識に頭を悩ませる二人。

 

「…………とりあえず、間違いなくラキア陣営は混乱するだろうから、今の内に押し返さないか?」

 

「そ、そうやな……………そんじゃ、攻撃開始!」

 

ロキは気を取り直して攻撃を指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルと東方不敗は、激突した時の被害が大きかったため場所を移し、ラキア本営の後方にあった岩山の頂上付近で相対していた。

 

「フフフ………ベルよ。思った以上にできるようになっておるな?」

 

「僕も師匠と別れてから、遊んでいたわけではありませんから」

 

「言いよるわ…………ならば!」

 

東方不敗は構えを変えると、右手を前に伸ばす。

 

「これをどう防ぐ!? ベル!」

 

その右手に自然の気が集まっていく。

それを見たベルの行動は早かった。

 

「はぁあああああああっ……………!」

 

ベルも同じように右手を前に出し、そこに気を集めていく。

 

「何ッ!? まさかっ!?」

 

東方不敗もそれには目を見開いて驚いている。

ベルの目は、真っすぐ東方不敗を射抜く。

東方不敗はすぐに表情を引き締めると、口元に笑みを浮かべる。

 

「面白い…………勝負と行こうではないか!」

 

東方不敗も闘気を高めた。

 

「ゆくぞぉ!!」

 

「はいっ!!」

 

東方不敗の掛け声にベルも応える。

 

「流派っ………!」

 

「東方不敗がっ…………!」

 

「最終ぅぅぅぅぅっ…………!」

 

「奥義っ………!」

 

二人の闘気が最大限に高まり、地面を捲り上げる。

そして、互いに闘気を込めた右手を握りしめ、腰だめに構えた。

そして…………

 

「石ッ!」

 

「破っ!」

 

「「天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!」」

 

同時に右の拳を繰り出し、特大の気弾を放った。

その気弾は地面を抉りながら突き進み、二人の中央で激突。

せめぎ合いながら衝撃波を辺りへまき散らしていく。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

「はぁああああああああああああああっ!!!」

 

両者は気弾に闘気を送り続けながら叫ぶ。

 

「師ぃ匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

二人の叫びに呼応するようにぶつかり合った気弾が膨張していき………………

轟音と共に閃光が弾けた。

 

「うわぁあああああああああああああっ!?」

 

ベルはその衝撃波に吹き飛ばされ、

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅっ……………!?」

 

東方不敗はその衝撃波に耐えつつも後退していた。

 

 

 

 

 

 

そして、その光景は遠く離れたオラリオ本営からも観測できた。

突然岩山の上で光がぶつかり合ったと思ったら、轟音と共に閃光が溢れ、大爆発を起こしたのだ。

その突然の出来事にオラリオの神々だけではなく、戦闘中だった冒険者やラキア軍の兵士達も手を止めてしまい、その光景に見入っていた。

その後に起きた衝撃波で吹き飛ばされる者が多数いたが…………

神々が驚愕しつつも閃光が収まったことを確認し、岩山“だった”場所に目をやると………

 

「な、なんやこれ…………?」

 

ロキが信じられないといった声を漏らす。

神々が見た先には、岩山が丸々吹き飛び、逆に巨大なクレーターとなった光景が広がっていた。

 

「う、嘘やろ……………」

 

流石の神々も、この光景には全員が絶句することとなった。

 

 

 

 

 

「うっ…………!」

 

吹き飛ばされたベルは、少しの間気絶しており、たった今気が付いた。

 

「気が付いたか、ベル?」

 

少し離れた場所に東方不敗が背を向けて立っていた。

 

「師匠っ!?」

 

ベルは慌てて起き上がる。

東方不敗はゆっくりとベルに向き直ると、

 

「ベルよ! 石破天驚拳を習得していたのは予想外であった! 天晴れなり!」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

「だが、その後の対処がまだまだじゃったな。己が技の反動で吹き飛ばされ、気絶するなどまだまだ未熟よ!」

 

「も、申し訳ありません! 師匠!」

 

「じゃが………」

 

「師匠?」

 

「よい拳になった」

 

「ッ…………はいっ!」

 

その言葉が嬉しくて、ベルは目に涙を滲ませていた。

 

「このまま鍛練を続ければ、ワシを超える日も決して遠くは無いだろう! 精進せい!!」

 

「はいっ! 師匠!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、ダンジョンのとある場所。

そのダンジョンの壁面から一つの異形が産み落とされた。

 

「ぐあっ………!? はぁ…………はぁ……………こ、ここは…………?」

 

その異形は言葉を発し、その姿形も人間のそれだ。

だが、その体表は銀色の鱗状のものに覆われ、その目にも狂気が宿っている。

それは地面を這いずりながら辺りを確認すると、

 

「こ、ここは何処だ……………? 私はシャッフル同盟共に……………!?」

 

そう呟く。

その身体は傷だらけでボロボロであり、這いずる程度の力しか残っていないようだ。

 

「い、いかん………急いで回復せねば…………! こんな所で終わってたまるものか…………」

 

その異形は這いずりながらダンジョンの奥へと消えていく。

 

「この力さえ…………DG細胞の力さえあれば……………!」

 

この生れ落ちた異形こそが、オラリオを、いや、世界を震撼させることになるなど、誰も知る由は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 





第五十四話です。
師弟激突をお送りいたしました。
まあ、ストーリーはオリジナルだったので若干表現が物足りん気がしましたが…………
さて、最後に出てきたのは誰か分かりますか?
そう、あの人です!
つまりゼノス編には入らずオリジナルルートに入ります。
そんで完結させる予定です。
期待してた人はごめんなさい。
そろそろネタ切れなので…………
後ほぼオリジナルになるので更新に時間がかかってしまうかもしれません。
そこはご了承を…………
案外直ぐかけたりとかしますが………
それでは次回にレディー………ゴー!!




P.S 今回の返信は個人的事情によりお休みします。ごめんなさい。


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第五十五話 ダンジョンの異変

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

 

ラキアの進軍が収束してから約一ヶ月。

僕と神様、リリ、ヴェルフは緊急の要件ということでフィンさんを通じてロキ様から面会の要請を受けていた。

絶対に漏らす訳にはいかないらしく、面会はギルド本部の一室で行われることになっている。

因みに神様は、

 

「まったく………何でボクがロキと面会なんかしなきゃいけないのさ!?」

 

そう言ってかなり不機嫌そうだった。

でも、話を持ってきたフィンさんの様子からただ事では無いと感じた僕は、神様を宥めながらその要請を受けた。

指定された日時にギルド本部へ行くと、奥の部屋へと通される。

そこには、ロキ様とフィンさん、ベートさん、そしてアイズさんがいた。

僕はアイズさんがいたことで一瞬身体が強張るがアイズさんは少し寂しそうに眼を伏せた。

僕は怪訝に思ったけど、フィンさんに席に着くように促され、少し後ろ髪引かれる思いで席に着いた。

 

「さて、まずはご足労願って申し訳ない」

 

フィンさんが話し出す。

 

「ふん、一体ボク達に何の用があるって言うんだい?」

 

神様は不機嫌そうに腕を組みながら、ふんぞり返りつつ尋ねる。

 

「やかましいわドチビ! ウチだって本当はお前なんぞに頼りたくは無いわ!」

 

「だったら頼らなければいいじゃないか!!」

 

いきなりロキ様とケンカ腰になる神様。

 

「まあまあ神様。まずは最後まで話を聞きましょう」

 

僕は神様を宥める。

神様は渋々と身を引く。

 

「すみません、続きをお願いします」

 

僕がそう言うとフィンさんが口を開く。

 

「…………話というのは最近ダンジョンで起こっている異変についてだ」

 

「異変?」

 

僕は首を傾げる。

フィンさんは頷き、

 

「ああ。最近、ダンジョンで行方不明者が多発している」

 

フィンさんがそう言うと、

 

「お言葉ですがそれが異変と言えるほどの事なのでしょうか? ダンジョンで冒険者が行方不明になる事など日常茶飯事なのでは?」

 

リリがそう答える。

すると、

 

「そう思うのも無理は無いが、今回の異変はそんなレベルではない。何故なら、ある一定の階層以下に進んだほぼ全ての冒険者が行方知れずになっているのだから」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

その言葉に僕達は驚愕する。

 

「そして、その一定の階層………僕達は便宜上デッドラインと呼んでいるが、そのデッドラインは徐々に上の階層に上ってきているようなんだ」

 

「なんですって!?」

 

僕は思わず叫ぶ。

 

「二週間前は深層域だったものが、一週間前には下層域にまで達している。冒険者達にもそれとなく情報は流しているが、未だハッキリとした証拠が無い上に生存者もほぼいないことから眉唾と思われ、有効な抑止力にはなっていない。冒険者達が異変に気付くのには、もう少し時間がかかるだろう」

 

「…………少し気になったんだが、何故君達はその曖昧な情報をそこまで詳しく調べられたんだい? 生存者がいないと言う事は、その情報は一体どこから?」

 

神様がそう尋ねた。

すると、フィンさんは顔を伏せる。

 

「ヘスティア様、フィン・ディムナは、生存者は“ほぼ”居ないと言っていた。つまり、生存者はわずかですが居ると言う事です」

 

ヴェルフがそう補足する。

 

「そして、その情報を【ロキ・ファミリア】が持っていると言う事は…………」

 

「そっちの思っとる通りや。先日、ウチの子供達の内、深層域に入れない二軍の子らだけで、遠征を行ったんや………予定は三十階層で、一軍が居らんくてもそれなりに人数も居ったし、特に問題ない筈やった…………そうやったはずなのに………」

 

ロキ様は悔しそうに唇を震わせながら俯く。

 

「まさか………全滅したのかい?」

 

神様が目を見開きながら驚愕の表情を浮かべている。

 

「“ほぼ”全滅や…………命からがら逃げ果せてきたのがたった一人だけやった」

 

ロキ様は俯いたままそう答える。

 

「……………………」

 

流石に神様も沈痛な表情を浮かべる。

神様はロキ様と仲は悪くても、その【ファミリア】の人達の実力は認めていたし、それを纏めるロキ様の事も、嫌々ながらも認めていた。

 

「そして、その生き残った団員の情報から、今回の異変が発覚したんだ」

 

フィンさんが俯いてしまったロキ様に代わって説明を続ける。

 

「その団員の情報から、金属で出来た一つ目の鬼の大群に襲われたと言う事が分かった」

 

「金属で出来た、一つ目の鬼………?」

 

「そう、大きさは人よりも一回り大きいぐらいだが、体中が金属で出来ていて、頭の半分ほどもある大きな一つ目をしていたらしい。手には金属で出来た棍棒を持っていて、百や二百は下らない数が居たそうだ」

 

「それでも、そう簡単に全滅するなんて事………!」

 

リリがそう言うが、

 

「それにも理由がある。まず一つは、その鬼には、攻撃が全く通用しなかったそうだ」

 

「攻撃が?」

 

「もちろん無敵とか、攻撃がすり抜けたとかではない。単純に相手の身体が硬く、防御を突破できなかったんだ」

 

「………………」

 

「二つ目は、相手の武器だ」

 

「武器………確か金属の棍棒を持ってたって話だったよな?」

 

「ああ………その棍棒自体も鬼そのもののように硬く生半可な防具では全く役に立たなかったらしい。その上、その棍棒は射撃武器にもなるようなんだ」

 

「射撃武器に?」

 

「その金属の棍棒の先には丸い窪みがあって、そこから光が発射されるんだ。その光はかなりの貫通力があるらしく、当たれば全ての防具が貫かれ、やられたらしい」

 

「………………」

 

僕は思わず何も言えなくなってしまう。

すると、

 

「それにしても、これだけの情報を纏めるには時間が必要です。それはどうやって?」

 

リリが尋ねると、

 

「ああ。僕達がこの事をギルドに持ってきた時、個人的に異変に気付いて調べていたギルド職員がいたんだ」

 

フィンさんがそう言うと、部屋の奥から一人の職員が姿を見せた。

それは、

 

「エイナさん!?」

 

僕は驚いて声を上げる。

 

「そうか、彼女は君の担当アドバイザーだったね。彼女のお陰で情報整理が捗り、これだけ早く君達に知らせることが出来たんだ」

 

「ですが、ギルド職員のエイナ様が異変に気付いたのなら、ギルド全体に伝わっていても良いのでは?」

 

リリがそう聞くと、エイナさんは首を振った。

 

「私も同僚に相談してみたんですけど、どうせ気の所為だって………冒険者がダンジョンで行方不明になるのは日常茶飯事だから気にし過ぎだって…………」

 

どうやらエイナさんの言う事は信じてもらえなかったようだ。

 

「僕達としては、手遅れになる前に何とかしたいと考えている。このペースだと、あと一ヶ月もしない内にダンジョン全てに異変が蔓延することになる…………その異変がダンジョン内だけで収まればまだマシだが…………」

 

「その金属の鬼が地上に進出してきたら、オラリオが…………いえ、世界の危機という事ですね?」

 

僕の言葉にフィンさんは頷く。

 

「その通りだ」

 

「それで、僕達にはいったい何を?」

 

僕は本題を尋ねる。

 

「ああ、単刀直入に言おう。ダンジョンの異変を調べるために、君達の力を借りたい」

 

フィンさんはハッキリとそう言った。

 

「彼女の調べでは、Lv.5の冒険者も行方不明リストに入っている。故に、生半可な戦力は連れて行ったとしても足手纏いだろう。僕は、少数精鋭による偵察部隊を考えている。そこで白羽の矢が立ったのが君達ということだ。【ロキ・ファミリア】からは、僕とアイズ、ベートを出す」

 

「それはまた豪華なメンバーですね」

 

リリがそう漏らす。

 

「正直、僕が一番の足手纏いになりそうな気がするが、他の【ファミリア】の団長を行かせて僕が行かないという訳にはいかないからね」

 

フィンさんはそう言って苦笑する。

 

「そんな………僕は団長としてまだまだ未熟ですから、フィンさんが居てくれると、とても助かります」

 

僕はそう言う。

 

「そう言ってくれるとありがたいよ。戦闘力という意味においては、僕は君達の足元にも及ばないからね」

 

「…………戦闘力………」

 

僕は戦闘力と聞いて、ある人物を思い浮かべた。

 

「フィンさん、異変の調査にもう一人増やせませんか?」

 

「もう一人? それは構わないが、最低でもLv.7以上は無いと………」

 

「大丈夫です………その人は僕より強いですから」

 

「君より強い?」

 

「はい、その人は【ミアハ・ファミリア】のシュバルツ………いえ、キョウジ・カッシュさんです」

 

「キョウジ…………ッ!」

 

フィンさんは一瞬考えてハッとなる。

 

「あの覆面の冒険者か!」

 

「そうです。キョウジさんは戦闘力を含め、色々な面で頼りになります。ぜひ連れていくべきかと」

 

「なるほど、僕も彼の戦闘を見たのは君と戦っていた一度きりだが、確かに君と互角以上に戦っていた。連れて行けば、確かに頼りになる」

 

フィンさんも頷く。

因みに僕より強い人と言えば、師匠も居るが、今は残念ながらラキア軍にいて、再度しごき直しているらしい。

一段落したらオラリオに来るそうだが、もう少しかかるだろう。

 

「よし、彼にも協力を要請しよう。伝えるのは………」

 

「それはボクに任せてくれ」

 

神様がそう言った。

 

「ミアハはボクの神友だ。ボクから頼もう」

 

「お願いできますか、神ヘスティア?」

 

「引き受けよう」

 

神様は頷く。

フィンさんはそれを確認すると再び僕達に向き直り、

 

「事は緊急を要すると思っている。できれば明日の朝には出発したい。構わないかな?」

 

そう聞かれ、僕はリリとヴェルフに目配せする。

二人は無言で頷いた。

僕も頷きで返すと、

 

「構いません」

 

その事を了承した。

 

「ならば、明日の朝七時にバベルの前に集合。集まり次第、直ちに出発する!」

 

「わかりました」

 

フィンさんの言葉に、僕は頷いた。

 

 

 

 

その場が解散となり、僕は部屋から出ようとした時、

 

「ベル君」

 

エイナさんに呼び止められた。

 

「何ですか? エイナさん」

 

僕が聞き返すと、

 

「あの………その…………ベル君なら大丈夫だと思うけど………気を付けてね…………」

 

エイナさんは心配そうな表情を浮かべてそう言う。

 

「僕なら大丈夫です!」

 

僕はエイナさんの心配を吹き飛ばすようなつもりで、僕はハッキリとそう言う。

でも、

 

「うん………それは分かってるんだけど…………でも………今回は何か不吉な予感がして…………」

 

それでもエイナさんの表情は曇ったままだ。

だから僕は、

 

「それなら約束しましょう!」

 

「や、約束………?」

 

「はい、僕は必ずエイナさんの前に無事に戻ってきます!」

 

「………………うん! 約束だよ、ベル君!」

 

その言葉でエイナさんに笑顔が戻る。

 

「はい、約束です!」

 

僕はそう言ってギルドを後にした。

なお、神様がミアハ様とキョウジさんに確認を取った所、快く引き受けてもらえた。

 

 

 

 

 

 

そして翌日。

時間通りにバベルの前に集まった僕達は一度バベルを見上げ、

 

「行こう!!」

 

異変を調べるために、ダンジョンへと踏み入った。

 

 

 

 







五十五話です。
ちょいと短いですね。
やはりオリジナルを考えるのは難しい。
さて、今回の話の中に出てきた敵…………
Gガン知ってる人なら直ぐに分かりますよね?
そうです、奴らです。
次回は奴らとの戦いが始まります。
それでは次回にレディー………ゴー!!






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第五十六話 ダンジョンの悪魔

 

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

 

ダンジョンの異変を調べるために、少数精鋭のパーティを組んでダンジョンを進む僕達。

上層や中層のモンスターでは僕達の足止めにもなるはずもなく、ほぼノンストップで安全地帯である十八階層に辿り着いていた。

 

「ふう…………こんなに早く十八階層に辿り着いたのは初めてだよ」

 

フィンさんは一度大きく息を吐いてそう言う。

僕はまだまだ余裕だけどフィンさんの事も考え、この階層で作戦会議も含め少し休憩をとる事になった。

 

「さて皆。この階層までは特に異常は無かったけど、問題はここからだ。僕達の団員が襲われたのは三十階層。それが一週間前だから、現在のデッドラインは二十五階層前後だと僕は読んでいる。ただ、あくまで僕の予想だから、ここから先はいつ襲われてもいいように心構えだけはしておいてくれ」

 

その言葉に僕達は頷く。

すると、

 

「すまないがフィン・ディムナ、今回の敵について、もう少し詳しく教えてくれないか?」

 

シュバルツさんがそう言った。

 

「そう言えば君はあの話し合いの時には居なかったんだったね……………わかった。他の皆も再確認という意味合いで、もう一度話しておこう」

 

フィンさんがあの時の話を再度話始めた…………

 

 

 

 

「………金属の身体を持った………一つ目の鬼…………」

 

シュバルツさんが呟き、何やら考え込んでいる。

 

「いや………まさか………そんなはずは…………だがしかし…………」

 

そんな呟きが聞こえる。

 

「シュバルツさん? なにか心当たりでも?」

 

僕がそう尋ねると、

 

「………いや、おそらく気の所為だ」

 

シュバルツさんはそう言うと、何かを振り払うように首を振る。

 

「…………そうだ………『アレ』がこの世界に存在するはずが……………」

 

シュバルツさんの最後の呟きはうまく聞き取れなかった。

 

 

 

 

小休止の後、僕達は下の階層に向けて出発した。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

十九階層………問題なく通過。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

二十階層………ここも問題なく通過。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

二十一階層。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

二十二階層。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

二十三階層。

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

全て特に異常は無く、普通にモンスターが襲ってくる程度だった。

僕達は二十四階層までの通路を進んでいる。

 

「ここまでは特に問題ないみたいだな」

 

ヴェルフがそう言う。

 

「そうですね。ですが、フィン様の予想するデッドラインまでもう間もなくです。気を緩めずに行きましょう」

 

リリの言葉に僕は頷く。

僕はふと、何となくアイズさんを見た。

気の所為かもしれないけど、アイズさんとの間に何となく距離を感じる。

そう言えば、最近の鍛練にも顔を見せなくなったし、昨日の面会の時に顔を合わせたのは実に一ヶ月振りだった。

 

「…………………」

 

僕は無言でアイズさんを見る。

ふと僕の視線に気付いたのか、アイズさんはハッとするけど、すぐに視線を逸らして俯いてしまう。

もしかして嫌われた?

と一瞬思った。

すると、

 

「……………ベル様」

 

小声でリリが話しかけてきた。

僕はリリの方を向くと、

 

「アイズ様と何かあったんですか?」

 

視線だけをこちらに向けてリリがそう聞いてきた。

 

「いや………特に何もなかったと思うんだけど………」

 

思い当たる事ない僕はそう答える。

 

「明らかにアイズ様の様子はおかしいです。ベル様を避けている………いえ、ベル様と一緒に居ることに心苦しさを感じている…………そんな感じがします」

 

「えっ? そ、そう言われても…………」

 

「ベル様に自覚がなくとも、アイズ様にとって何か重大な事………ショックを受ける様な事があったのは間違いないでしょう。何かしらフォローを入れておかないと、取り返しのつかないことになるかもしれませんよ」

 

「う、うん…………もう少し考えてみるよ」

 

そのまま通路を進み、二十四階層に出た。

その時だった。

 

「ッ!?」

 

猛烈な違和感が僕を襲う。

何かは分からないけど、今までの階層とは全く違う雰囲気がこの階層にあった。

 

「どういうこった………これは?」

 

ベートさんも違和感に気付いているのか辺りを見回しながら目を見開いている。

 

「どうかしたのか? ベート」

 

フィンさんがベートさんに尋ねる。

 

「…………モンスターの声が………聞こえねぇ………!」

 

その言葉に僕達もハッとする。

そうだ、少なくともこれまでの階層ではモンスターの声が反響し、殆ど絶え間なく聞こえていた筈だ。

でも、この階層に入ってからは、異様なほどに静かすぎる。

 

「……………どうやら、この階層がデッドラインのようだ………全員、気を引き締めろ!」

 

フィンさんがそう声を掛け、僕達は辺りに気を配りながら階層の奥へと足を進める。

恐ろしいほど静かな通路に僕達の足音だけが響く。

暫く歩いているけど、モンスター一匹たりとも出会う兆しすら見せない。

完全に異常な事であるのは疑いようがなかった。

 

「……………………ん?」

 

先頭を歩いていた僕は足を止めた。

手を横に翳して後ろのメンバーに止まるように伝える。

 

「どうした? ベル・クラネル」

 

フィンさんが聞いてくるけど、僕は目の前の暗闇に意識を集中する。

すると、暗闇の先に、一つの光が灯った。

 

「何だ?」

 

フィンさんもそれに気づき、警戒を強める。

他のメンバーも戦闘態勢を取った。

すると、その一つの光と同じ光が次々と暗闇の奥に続くように増えていく。

そして、ガシャンガシャンと重鎧を纏った騎士のような足音を響かせて、その光が近付いてくる。

やがて、僕達のいるルームに辿り着き、ダンジョンの僅かな明かりによってその全貌が明らかとなる。

その姿は事前の情報通り、金属の身体を持った一つ目の鬼だった。

黄土色の装甲を鈍く輝かせ、その異様な姿が露となる。

 

「こいつら…………なのか…………」

 

その異様な姿に僕は声を漏らす。

 

「どうしますか? フィンさん」

 

僕はフィンさんに指示を仰ぐ。

 

「…………一度奴らの強さを計りたい。戦ってみてどの程度のレベルなのか判断してほしい。可能ならもっと奥に進んでこの異変の原因を探りたいが、無理はしなくていい。無理と判断したら直ちに引き上げる」

 

「わかりました。リリはフィンさんの護衛を」

 

「了解しました」

 

リリが頷いた事を確認して、

 

「シュバルツさん。僕とシュバルツさんで仕掛けましょう」

 

僕はそう言う。

でも、

 

「……………………」

 

シュバルツさんからは返事は無かった。

 

「シュバルツさん?」

 

怪訝に思った僕はもう一度シュバルツさんの名を呼びながら振り返る。

そこには、

 

「……………バ、バカな…………奴らは…………」

 

あの冷静なシュバルツさんが、驚愕で目を見開いた状態で固まっていた。

 

「シュバルツさん! どうしたんですか!?」

 

僕は少し強めの言動でシュバルツさんに呼びかける。

すると、シュバルツさんはハッとし、

 

「す、すまない。少し呆けていた」

 

シュバルツさんは気を取り直すと腕のブレードを展開する。

 

「こいつらが本当に『奴ら』なのか…………確かめさせてもらう!」

 

シュバルツさんは猛スピードで駆け出す。

僕も負けじと駆け出し、一番近くにいた相手に向かって拳を繰り出した。

この階層のモンスターなら、確実にオーバーキルになるぐらいの力を込めて拳を繰り出す。

でも、ガンッという音と共に多少後退しただけで、その相手は倒れもしなかった。

 

「くっ! 思った以上に硬い!」

 

予想以上の防御力に、僕は声を漏らす。

今度は手加減抜きで拳を振りかぶり、一つ目の頭部に向かって拳を放つ。

僕の拳はガラスを割るような音と共に敵の目を砕き、頭部にめり込む。

僕が拳を引き抜くと、バチバチと稲妻が走り、一瞬後に爆発した。

 

「ッ!? 爆発した!?」

 

今までにない倒され方に、僕は一瞬驚く。

でも、そんな事は気にせず次から次へと敵が迫ってくる。

 

「何だこいつら!? 味方がやられたって言うのに怯みもしねえ!」

 

ヴェルフがそう漏らす。

僕は気を取り直し、闘気剣を抜いた。

 

「はぁああああああああっ!!」

 

目の前の一体を袈裟懸けに切り裂く。

闘気剣の刃は敵の防御力をモノともしなかった。

 

「こっちの方が効率がいいかな!」

 

僕は次々と襲い来る敵を切り裂く。

すると、突然閃光が走った。

 

「うぐっ!?」

 

その光は僕の肩に命中し、無視できない痛みが僕を襲う。

 

「ベル様っ!?」

 

リリが叫ぶけど、

 

「だ、大丈夫! 大したことは無いよ!」

 

安心させるためにそう言って僕は前を見据える。

見れば、敵は手に持った金棒を横向きに持ち、その切っ先を僕に向けていた。

これが光の射撃か。

そう思った瞬間、敵が次々と金棒を横向きに持ち替え、次々と僕に向かって光を放ってきた。

僕は跳躍してその攻撃を避ける。

 

「はぁあああああああああああっ!!」

 

僕はそのまま敵に切り込み、撃たれる前に敵を切り裂いていく。

そのまま僕は他の人達の様子を伺う。

シュバルツさんは問題ない。

腕のブレードの一太刀で次々と敵を屠っている。

ベートさんとアイズさんも大丈夫そうだ。

だけど、

 

「ちぃっ! こいつら!」

 

「はぁ、はぁ…………全力を出せば問題なく倒せますが、如何せん数が多いですね………」

 

リリとヴェルフは体力的に不安が残る。

その時、近付いてきた一体をリリがグラビトンハンマーで攻撃するが、

 

「ッ! 浅いです!」

 

リリが叫ぶ。

その一体は吹き飛ばされるも、ぎこちない動きで起き上がろうとする。

その時、相手の頭部から胴体にかけてピキピキと罅が入り、表面が砕けた。

 

「「「「「「ッ!!!???」」」」」」

 

その瞬間絶句する僕達。

何故なら、その金属の身体の下からは銀色の鱗のような物体に覆われた、スケルトンを思わせる骸骨のような姿をした人型の生物だったからだ。

しかも、その骸骨のような存在は、冒険者の鎧を身に纏っている。

更に、

 

「ッ!? あのエンブレムはっ!」

 

フィンさんが何かに気付いたように叫ぶ。

 

「ッ………あれは【ロキ・ファミリア】のエンブレム!?」

 

リリも叫ぶ。

 

「何だと!? ならこいつは襲われた【ロキ・ファミリア】のっ………!」

 

「「ッ!?」」

 

アイズさんとベートさんが弾かれたように後退し、フィンさんの所に合流する。

 

「今の話………本当か?」

 

ベートさんが問いかける。

 

「ああ………よく見れば、あの装備にも覚えがある………間違いない………彼は【ロキ・ファミリア】の団員だ………!」

 

フィンさんが声をしぼり出すようにそう言う。

 

「ならこいつらは皆【ロキ・ファミリア】の………いや、行方不明になった冒険者ってことかよっ!」

 

ヴェルフが吐き捨てるように言った。

 

「糞がッ! マジかよっ!!」

 

ベートさんが悪態を吐く。

その【ロキ・ファミリア】の団員だったという骸骨は金属の身体から這い出て、皆に迫る。

 

「や、止めるんだ! 僕は君達とは戦いたくない!」

 

フィンさんは必死で呼びかける。

だが、その骸骨は止まる素振りも見せずにフィンさん達に迫る。

だが次の瞬間、脳天から真っ二つに切り裂かれた。

 

「なっ!?」

 

フィンさんは声を漏らす。

その真っ二つになった骸骨の背後にはシュバルツさんが立っていた。

 

「躊躇うなっ!!」

 

シュバルツさんが怒鳴り声を上げる。

 

「DG細胞に侵されたばかりならまだしも、ゾンビ兵となってしまった者を救う手立てはない! ただ奴の操り人形と化し、破壊の限りを尽くすのみ! 貴様は団員の死後もその身体をそのような事に利用されることを黙って受け入れるのか! 答えろ! フィン・ディムナ!!」

 

「僕は………僕は………くそぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

フィンさんは渾身の力で槍を突き出し、敵の腹部を貫く。

 

「畜生がっ!!」

 

ベートさんも蹴りで粉々に破壊し、

 

「ッ!」

 

アイズさんも辛そうな表情で切り裂く。

 

「はぁ………はぁ………」

 

フィンさんは辛そうな表情を浮かべながらも冷静さを取り戻す。

 

「…………キョウジ・カッシュ。君は奴らの事を知っているのかい?」

 

「その問いかけには『知っている』と答えよう。奴らは『デスアーミー』。とある存在の尖兵に過ぎん」

 

「尖兵だと?」

 

「……………フィン・ディムナ。この場は退却することを提案する」

 

シュバルツさんはそう言う。

 

「……………そうだな。君が奴らの事を知っていると言うのなら、無理をしてこれ以上踏み込む意味も無いだろう………よし、全員、撤退を………!」

 

フィンさんがそう言いかけた時、

 

「おやおや、そう慌てる必要も無いだろうに」

 

この場に僕たち以外の男の声が響いた。

 

「誰だっ!?」

 

僕は叫ぶ。

すると、僕が戦っていた敵の動きが急に止まり、その場に整列し始めた。

その隙に僕は一旦下がり、皆と合流する。

僕が改めて前を向くと、その視線の先で、地響きと共に何かが地面からせり上がってきた。

それを一言で言い表すなら、巨大な顔。

巨大な顔に蛇のように長い緑色の首が地面から直接生えている。

 

「ガンダムヘッドまで………」

 

シュバルツさんが呟く。

すると、その巨大な顔の頭の上に、一人の男性が居ることに気が付いた。

深緑の軍服に身を包み、顔の半分近くある銀色の仮面をつけた男だった。

 

「き、貴様はっ! ウルベ・イシカワ!?」

 

シュバルツさんが驚愕したように叫ぶ。

 

「久し振りだね、シュバルツ・ブルーダー。いや、キョウジ・カッシュと呼ぶべきかな? よもや君もこの世界に来ているとは思わなかったよ」

 

その男はまるで懐かしむようにそう口にする。

 

「貴様、何故ここに!?」

 

一方、シュバルツさんはいつもの冷静さが感じられない。

 

「その質問はナンセンスというものだよ。死んだはずの君がここに居て、同じく死んだはずの私がここにいる。何か不思議な事でも?」

 

「………………」

 

シュバルツさんは黙ってウルベと呼んだ男性を睨み付ける。

シュバルツさんと目の前の男性が死んだという言葉には多少引っ掛かりを覚えたけど、今はそんな事を気にしている場合じゃないことは確かだ。

 

「それにしても、この場所………ダンジョンというものだったね。このダンジョンの特性は実に興味深い。ダンジョンから尽きることなく産み落とされるモンスター。まさにそれは自己増殖。そして深部に行けば行くほど強力な姿となりえるそれは………まさに自己進化。これほどDG細胞に近い特性が自然に生まれるとは実に驚きだ。故に、この短期間で再生、増殖、進化が可能になったのだね………」

 

「貴様、まさかこのダンジョンに!?」

 

「察しがいいな。その通りだ。見るが良い!生まれ出でよ!デビルガンダムゥゥゥゥッ!!」

 

その男が叫んだ瞬間、その男性の背後の空間が崩落し、巨大な空間が生み出される。

そして、その背後の闇に浮かび上がる、巨大な悪魔のようなシルエット。

 

「「「「「「ッ!!!???」」」」」」

 

僕達がそのことに驚愕していると、

 

「総員! 速やかに撤退を!!」

 

シュバルツさんの一喝で我に返る。

僕達は言われるままに撤退を始めた。

 

「フハハハハハハッ!! 逃げるが良い!! 何処へ逃げようともこの『デビルガンダム』からは逃げられんことを思い知るが良い!!」

 

耳障りな笑い声を後に、僕達は地上へと向かう。

今までにない強大な存在の気配をその背に感じながら。

 

 

 

 





第五十六話の完成。
微妙にできが悪いような気がする。
それで登場ウルベさん。
この世界に出てきた時は裸だったのに、何故か軍服装着済み。
まあ、DG細胞なら何でもありってことで。
はてさてこの先どうなることやら。
それでは次回にレディー………ゴー!!


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第五十七話 バベル、崩壊する

 

 

 

【Side ベル】

 

 

 

僕達はダンジョンを全力で駆けていた。

 

「ッ!」

 

「ベ、ベル様…………申し訳ありません」

 

僕はリリを抱きかかえながら、

 

「…………すまない」

 

「どうということは無い!」

 

シュバルツさんはフィンさんを肩に担ぎながら。

上の階層へ向けて急いでいた。

下の階層からはゆっくりと、しかし確実に脅威が迫ってきているのを感じる。

そのまま走り続けていると、

 

「そういやベル! 十八階層のリヴィラの町の連中はどうするんだ!?」

 

ヴェルフがそう言ってくる。

そう言えばそうだった。

 

「そうだね……………声はかけてみる。だけど、信じてくれなかったらその時は………」

 

見捨てることも視野に入れなければいけないだろう。

そんな事はしたくないけど、このままあの存在が地上に出ればとんでもない被害になる。

その為には一刻も早く地上へと出て、一人でも多くの人に避難を呼びかけなくてはいけない。

僕達は今、最短距離で地上へと向かっているけど、今日もダンジョンに潜っている冒険者は少なくないはずだ。

すれ違う冒険者には声を掛けてはいるけど、他にも冒険者は沢山いるはず。

多くの冒険者が犠牲になっているのは明白だ。

僕はギリッと歯を食いしばる。

 

「ベル様…………」

 

僕の腕の中でリリが心配そうに僕を見上げていた。

 

 

 

 

やがて十八階層に到達すると、僕達はリヴィラの町に直行した。

そこで僕は声を張り上げる。

 

「皆さん! この階層は危険です! 早く地上に避難してください!!」

 

そう叫ぶ。

道行く人たちは突然の大声に何だ何だと振り返る。

 

「下の階層からとんでもない化け物が上がってくるんです! 早く逃げて!!」

 

僕はそう言うけど、見る限り話をまともに聞き入れている人は殆どいない。

すると、

 

「彼の言う通りだ! このままこの階層に留まっていると死ぬぞ!!」

 

フィンさんも声を張り上げた。

流石に【ロキ・ファミリア】の団長であるフィンさんの言葉は無視できないのかザワザワと困惑した声が広がる。

それでも避難を始めようとする人は少数派だ。

 

「皆さん! 早く………!」

 

僕は叫ぶけど肩に手を置かれる。

振り向けば、フィンさんが首を横に振っていた。

 

「残念だが、聞き入れてもらえなければ仕方がない。ここでこれ以上時間を取られれば、それだけ地上での避難猶予が削られてしまう。納得は出来ないだろうが、見捨てるしかない」

 

「そうするしか………くっ!」

 

僕は拳を握りしめる。

頭では分かっている。

フィンさんの言う通りだと思うし、さっきも自分でそう考えた。

だけど、実際に見捨てると判断しようとしても、どうしても決断に躊躇してしまう。

その時、

 

「……………ベル様、私に任せてください」

 

「リリ?」

 

リリがそう言って僕達の前に出る。

すると、拳を振りかぶり、

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー】!!!」

 

拳を地面に叩きつけた。

地面が割れ砕け、隆起する大地がリヴィラの町を飲み込む。

殆どの家屋が全壊し、見るも無残な光景が広がっていた。

 

「リ、リリ…………!?」

 

突然のリリの行動に僕は目を丸くする。

フィンさんや他のメンバーも呆気に取られていた。

 

「安心してください。死人が出ないように加減はしました」

 

いや、何を安心しろと?

 

「てめえら!? いきなり何しやがる!?」

 

街の住人が次々と出てきて僕達に食って掛かる。

そりゃ怒るのも当然だ。

 

「さっさとあなた達が避難しないからです! 死にたいんですか!?」

 

「はっ! てめえらの言っていることが本当の事だとどうやって証明する!?」

 

一人の男がリリに詰め寄る。

 

「証拠はありません。ですが、私達の言っていることがデマだったら、今出した損害の全てを私達で請け負います。更に賠償金を上乗せしたってかまいませんよ?」

 

「何……………?」

 

「ですが避難して命が助かったのだとしたら、たっぷりと謝礼金を支払っていただきます!」

 

「はっ! 何を言い出すのかと思えば馬鹿馬鹿し………」

 

「待ちな!」

 

また別の男性の声がした。

人混みの中から、何処か見覚えのある大柄の男性冒険者が歩いてくる。

 

「モルド………」

 

リリに食って掛かっていた男性が呟く。

モルドと呼ばれた男が僕達の前に歩いてくると、僕を見た。

 

「【心魂王(キング・オブ・ハート)】…………さっきの話は本当か………?」

 

その人は、僕の目をジッと見ながらそう問いかけてきた。

 

「……………はい!」

 

僕はその視線に応えるように真っすぐ見つめ返してハッキリと頷いた。

 

「…………嘘じゃねえだろうな?」

 

確認するように問いかけてくる。

 

「………神様に誓って!」

 

僕はそう返す。

 

「……………………そうか」

 

モルドさんはそう呟くとくるりと振り返り、

 

「てめえら! 撤収の準備だ!!」

 

そう叫んだ。

僕は思わず目を見開く。

 

「お、おいモルド………こいつらの戯言を信じるのかよ?」

 

「こいつは自分の神をダシに嘘を吐くような奴じゃねえ………それに、万一嘘だとしたら、そこのおチビさんが言った通り、タップリと賠償金を支払ってもらえば良いだけの話だ」

 

モルドさんはリリを見下ろしながら言う。

 

「………という訳だ。その時はたんまりと支払ってもらうからな?」

 

モルドさんはニッと笑いながら右手の親指と人差し指で輪っかを作り、お金のジェスチャーをする。

 

「ええ、構いませんよ。その代わり命が助かった時にはしっかりと謝礼金を支払ってもらいますから」

 

「そいつは他の奴に言いな。少なくとも俺はお前さん達に味方してるんだ。謝礼金は免除で頼むぜ」

 

何だろう?

切羽詰まった状況なのに、この人は死にそうにないなぁと感じてしまう。

ともかく、このモルドさんの言葉で次々と避難が始まる。

フィンさんとシュバルツさんで先鋒を務めてもらい進路の安全確保と誘導を。

残りのメンバーで殿を務めることにした。

 

「皆さん急いでください!」

 

「持ち物は最小限に! 移動の邪魔にならない程度に!」

 

僕達は避難誘導を行い、最後のグループが脱出するのを見届けた。

その時、

 

「ベルッ!」

 

ヴェルフの叫びに僕は振り向いた。

見れば、下層に繋がる世界樹の根元から。次々とデスアーミーの集団が現れていた。

 

「くそっ! もう追いついてきやがったのか!」

 

ベートさんが吐き捨てる。

 

「………………………!」

 

僕はどうするか一瞬で思案し、ふと視界の上の方で輝く巨大な水晶の塊が目に入った。

その瞬間に僕は閃く。

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

僕は闘気を開放する。

 

「ベルっ!?」

 

「ベル様っ! 何を!?」

 

皆が困惑してるけど、説明してる暇はない。

 

「流派! 東方不敗の名の下に!!」

 

僕は右の拳にキング・オブ・ハートの紋章を輝かせながら、顔の前に持ってくる。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

右手を握りしめると、前に突き出して手を広げる。

 

「ひぃぃぃぃっさつ! アルゴノゥトフィンガァァァァァァァァッ………………!」

 

その手に周りの自然から気を集め、集中する。

そして、その右手を握りしめながら振りかぶる。

 

「石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

拳を突き出すと共に、水晶の塊に向けて気弾をはなった。

その気弾は突き進み、水晶の塊に着弾。

爆発と共に崩壊させる。

砕けた水晶や岩の塊が、次々とデスアーミー軍団に降り注いでいき、押しつぶしていく。

その光景を見つめながら、

 

「これで少しは足止めになると良いけど………」

 

僕はそう呟き、呆けている皆に呼びかける。

 

「さあ、僕達も早く地上へ!」

 

そう言って促した。

 

 

 

 

 

 

 

【Side ヴェルフ】

 

 

 

地上へ戻ってきた俺達だが、その場は未だに混乱の渦にあった。

ダンジョンに入ろうとする冒険者と、それを止めようとするフィン・ディムナ達【ロキ・ファミリア】の間で衝突が起こっていた。

【ロキ・ファミリア】の連中は団長の言う事だけあってすんなりと信じたようだが、他の連中はそうはいかない。

いきなりダンジョン探索を禁止にされて文句を言っている様だ。

しかも、それがギルドからの指示ではなく、【ロキ・ファミリア】の独断であるのだから、他の【ファミリア】には受け入れにくいんだろう。

と、そこで俺は気付いた。

バベルには、まだヘファイストス様達が…………!

 

「ベルすまん! この場は任せる!!」

 

俺はそう言い残すとバベルの【ヘファイストス・ファミリア】のテナントエリアに向けて駆け出した。

 

 

 

俺は通路を一目散に駆ける。

時折通行人にぶつかり弾き飛ばしてしまうが、今は後回しだ!

今ここで俺が声を張り上げても、元同僚とはいえ別【ファミリア】の俺の言葉は信じ辛いだろう。

なら、先にヘファイストス様を説得して、ヘファイストス様から全員に呼びかけてもらった方が早い!

俺はノックすらせずにヘファイストス様の執務室の扉を壊すぐらいの勢いで開け放った。

 

「ヘファイストス様っ!!」

 

俺の突然の入室に、ヘファイストス様と、同じく執務室にいた団長の椿が目を丸くする。

 

「ど、どうしたのヴェルフ? ノックもしないでそんなに慌てて」

 

「ヴェル吉、いくら主神殿が恋しいからと言っても、せめて礼節は通すべきじゃぞ?」

 

ヘファイストス様は純粋に驚き、椿はからかい半分にそう言ってくるが、今の俺に付き合っている余裕はない。

 

「ヘファイストス様! すぐにバベルから避難を! 【ファミリア】の連中と、他の神々にも呼び掛けてください!!」

 

「ヴェ、ヴェルフ? 突然何を言い出すの?」

 

「詳しく説明している暇はありません! 簡単に言えば、ダンジョンからとんでもない化け物が迫ってきているんです!」

 

「化け物? モンスターの事?」

 

「モンスターではありません! もっと別の………ああくそっ!」

 

俺はあの存在を言い表す適切な言葉を探す。

 

「………一言で言うなら悪魔です! あんな存在見たことも聞いたことも無い!!」

 

俺は思いついた言葉を口にする。

 

「とにかく早く逃げてください! もう時間が無いんです!」

 

「そうはいってもなヴェル吉。何も根拠がなければ…………」

 

「わかったわ。皆に避難を呼びかけましょう」

 

椿の言葉に被せる様にヘファイストス様が言った。

 

「信じるのか? 主神殿………」

 

「あら? 私の恋人がこんなにも必死になってるのよ。信じない理由が必要かしら?」

 

「こんな時に惚気んでも…………」

 

椿は呆れたようだが、

 

「まあいい。主神殿の命令だ。団員には直ちに避難を呼びかけよう」

 

「損害は気にしなくてもいいわ。とにかく早く避難することを優先させて」

 

「心得た」

 

椿はそう言うと急いで執務室を出る。

 

「私は他の神にこの事を伝えるわ。だけど………」

 

「分かっています。信じていただけない時は仕方ありません…………」

 

ヘファイストス様だけでも助け、バベルを脱出することを密かに誓う。

ヘファイストス様は速足で通路を進み、神々が集まる集会場に入っていく。

ヘファイストス様が入ってすぐに、美の神フレイヤ様が扉から出てきたが、その後には誰も続かない。

この部屋は神しか入れないので俺は入り口の前で待つが、

 

「……………………ッ!」

 

五分、十分と時間が過ぎるだけで、一向に変化がない。

入り口の前でウロウロし続ける俺は焦りに焦って、もうこれ以上待ちきれない。

俺は入り口を破って中に入ろうかと思ったとき、ガチャリと扉が開いてヘファイストス様が出てきた

 

「ヘファイストス様!」

 

俺が呼びかけると、ヘファイストス様は残念そうに首を横に振り、

 

「駄目ね。フレイヤは信じてくれたようだけど、他の神は信じようともしないわ」

 

「………………そうですか」

 

俺も少し俯く。

だが、ここでボンヤリしている暇はない。

 

「ならヘファイストス様。ヘファイストス様だけでも早く避難を……………ッ!?」

 

そこまで言いかけた所で俺は僅かな震動に気付く。

それは最初僅かな震えだったが、徐々にその震えがやがて揺れに変わり、バベルを揺るがすほどの大きな揺れとなる。

天井からバラバラと石の欠片が降り始め、所々に罅が走る。

やばい、このままじゃ普通に避難してたら間に合わねえ!

俺はそう判断すると、背中の大刀を抜いて、窓側の壁に向かって振りかぶる。

 

「おらぁあああああっ!!」

 

大刀を壁に叩きつけ、外に繋がる大穴を開けた。

 

「ヴェルフ!?」

 

「失礼します!」

 

俺は一言断ってヘファイストス様を抱き上げる。

この場所は地上三十階ぐらいだ。

普通に飛び降りたら命は無いだろう。

だが、俺は構わずにその穴から外へ飛び出した。

空中に身を躍らせる俺。

当然ながら飛べない俺は地上へ向けて落下を始める。

だが、

 

「【行け、ローゼスビット】!!」

 

俺はローゼスビットを呼び出し、

 

「【受けよ我が洗礼。 ローゼススクリーマー】!!」

 

以前ベルにやった時と同じようにローゼススクリーマーの結界をクッションにして衝撃を緩和し、地上へと無事に着地する。

地上でも、ようやく異変に気付いた人々が我先にとバベルから離れるように逃げ出していく。

俺はヘファイストス様を抱き上げたまま、バベルから離れる。

暫く走った俺は、バベルに向かって振り返った。

視線の先では、揺れと共に崩れゆくバベルの塔。

 

「バベルが……………」

 

ヘファイストス様も呆けたような声でそう呟く。

ヘファイストス様の言う事を信じなかった神が送還されているんだろう。

バベルの塔が崩れた跡からは、光の柱が次々と立ち昇っている。

だが、

 

「………ッ!」

 

そんなものに見とれている余裕は無い。

 

「なっ!?」

 

何故なら、

 

「あ………あれは…………何…………?」

 

神の塔(バベル)が崩れ去ったその下から、

 

「あれが…………悪魔です…………」

 

悪魔(デビルガンダム)が生まれ出でたのだから……………

 

 

 






第五十七話です。
デビルガンダム地上進出。
一体何人巻き込まれたことやら。
因みに形態と大きさは、第二形態で大きさはオリジナルの十分の一ぐらいです。
この先どうなる?
それは作者にも分からない(オイ
それでは次回にレディー………ゴー


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第五十八話 デビルガンダム進軍! オラリオの危機!

 

 

 

 

その日、オラリオに激震が走った。

比喩ではない。

現実に凄まじい揺れがオラリオを襲い、多くの建物が倒壊。

更にバベルの塔が崩れ落ちた。

それだけならば自然災害で説明が付いた。

だが、バベルが崩れ落ちた跡地から、巨大な、悪魔としか形容できない様な姿をした存在―――デビルガンダム―――がダンジョンより現れたのだ。

それと同時に一つ目の金属の鬼―――デスアーミー―――の大群が現れ、人々に向かって攻撃を開始する。

有力ファミリアの冒険者の内の大半はバベルの塔に神がいた為、バベルの崩壊と共に神が天界送還され、【ステイタス】が封印状態となってしまい、無力化。

その為、Lv.5以下の冒険者ではデスアーミーにすら対抗できない為、次々と敗北した。

 

 

 

 

そんな中、『豊穣の女主人』では、

 

「ニャ~~!? なんニャのニャ、こいつら~!」

 

ウエイトレスの一人であるアーニャが叫ぶ。

この『豊穣の女主人』にも二体ではあるがデスアーミーが攻め込んでいる。

リューやミアを始めとして、戦える者達は抗戦に出ているが、正直吹き飛ばすことは出来ても装甲を貫くことが出来ない為、苦戦は免れていない。

 

「リュー!」

 

店の奥に隠れているシルが声を上げる。

 

「シル! 出てきてはいけません!」

 

リューの言葉に身を屈める事しかできないシル。

 

「……………ベルさん」

 

シルが祈るようにベルの名を呟いた。

その瞬間だった。

 

「ッ………!?」

 

ドォンという破砕音と共に、シルが隠れていたカウンターの背後の壁が爆散し、そこから三体目のデスアーミーが姿を現したのだ。

 

「きゃぁっ!?」

 

シルは思わず後退るが、躓いて尻餅を着いてしまう。

 

「あ…………ああ…………」

 

恐怖で声を漏らすシル。

デスアーミーの一つ目が怪しく光り、ギョロギョロとあちこちを見渡したあと、足元にいるシルの姿を捉えた。

 

「シル!」

 

リューがシルの状況に気付き、駆け付けようとするがその前にデスアーミーが立ち塞がり、足止めされてしまう。

その間にもシルの前のデスアーミーが金棒を振り上げ、

 

「助けて! ベルさんっ!!」

 

シルが目を瞑りながら叫んだ。

 

「シル!」

 

リューが叫ぶが、その叫びもむなしく金棒が振り下ろされようと…………

 

「!?」

 

した瞬間、デスアーミーの動きが硬直した。

何故なら、

 

「シルさんには手出しさせない!」

 

デスアーミーの背後から、ベルが闘気を集中させた輝く右手でデスアーミーの後頭部を掴んでいたからだ。

ベルの声に気付き、シルは目を開く。

 

「ベルさん!」

 

シルが嬉しそうな声を上げる。

そして次の瞬間、

 

「アルゴノゥト…………フィンガーーーーーッ!!!」

 

そのままデスアーミーの頭部を吹き飛ばした。

デスアーミーの身体は力を失い、その場で崩れ落ちる。

すると、

 

「ベルさん!」

 

シルが堪らずベルに抱き着いた。

ベルはシルを優しく受け止めると、

 

「怪我はありませんか? シルさん」

 

そう声を掛けた。

シルは泣いて抱き着きながらもコクコクと頷く。

 

「よかった………」

 

ベルはホッと息を吐いた。

その時、

 

「コラ~~~~~!! 白髪頭! シルとイチャついてニャいで、こっちも助けるニャー!!」

 

外でアーニャが叫ぶ。

ベルはアハハと苦笑し、シルに離れるように促すと、シルは名残惜しそうにしながらも離れる。

ベルは即座に駆け出すと、

 

「皆さん! 離れてください!」

 

そう声を掛ける。

その言葉でウエイトレス達はその場を飛び退き、

 

「はぁああああああっ!!」

 

ベルは闘気剣を抜いて、袈裟、逆袈裟と順に剣を振った。

それぞれの一振りずつでデスアーミーが切り裂かれ、爆散する。

ベルはそれを確認すると刀身を消して柄を懐にしまい込んだ。

すると、

 

「流石です、ベル。私達があれ程苦戦した敵を一太刀とは」

 

リューが労いの言葉をかけてくる。

 

「いや、リュー達も無事でよかったよ」

 

ベルも笑みを浮かべてそれに答える。

 

「いや~、助かったニャー。流石白髪頭ニャ。シルとリューの旦那ニャだけはあるのニャ。嫁のピンチには駆け付けて当然ニャのニャ」

 

アーニャが茶化すようにそう言う。

ベルは一度苦笑するが気を取り直し、

 

「皆さん、ここは危険です。早く避難を………都市内部はもう安全とは言えないでしょうから、都市の外までは逃げてください」

 

ベルがそう言うと、

 

「あの、ベルさんはどうするんですか?」

 

シルがそう聞いてくる。

 

「僕はもう少し都市内部を回ってまだ避難していない人の援護に回ります。あの敵を相手にできるのは、僕達を含めてもごく僅かでしょうから…………」

 

「そうですか…………それではベルさん。お気をつけて」

 

「はい!」

 

ベルはそう返事をすると駆け出していく。

その背中をシルとリューが見つめる。

 

「ベルさん…………どうか無事で…………」

 

「ベルなら大丈夫です…………きっと」

 

シルが祈るように呟き、リューが信頼の言葉を零した。

 

 

 

 

 

 

ベルはオラリオ中を駆け回りながら、逃げ遅れた人々を助け出していた。

しかし、次から次へと湧き出てくるデスアーミー達。

いや、正確には捕まった人々が次々とゾンビ兵へと変えられ、デスアーミーにされているのだろう。

犠牲者が増えれば増えるほど、敵も増えていく。

対してベル達は、デスアーミーに対抗できる者達はごく僅か。

徐々に抑えきれなくなってきていた。

それでもベル達は必死に戦い続け、大半の人達をオラリオから避難させることができた。

それでも逃げ遅れて犠牲になった者達は少なくは無いが…………

 

 

 

 

避難した者達はオラリオを見渡せる離れた丘の上で、一時的な宿営地を作り、そこでオラリオの様子を伺いながら不安な夜を過ごしていた。

その丘から見るオラリオは、凄惨な光景となっていた。

オラリオの中心であるバベルの塔は崩れ落ち、それに代わるように巨大なデビルガンダムが佇んでいる。

街のあちこちからはガンダムヘッドが監視塔のように聳え立ち、侵入者を見逃さないと言わんばかりに動き続けている。

そしてデビルガンダムを中心に隊列を組み、オラリオの三分の一ほどを埋め尽くすほどのデスアーミーの大群。

一先ず急激な進軍は収まったようで、一転して不気味なほどにデビルガンダムは沈黙を保っている。

ただ、ベル達にとってそれは、嵐の前の静けさに思えてならなかった。

 

 

 

 

 

それが間違いでないという出来事が翌日の朝に起こった。

突如として宿営地を影が覆う。

宿営地にいた全員が空を見上げた。

そこには、黒い鱗に覆われた巨大な竜。

片目に傷があり、隻眼であるその竜は、

 

「隻眼の…………黒竜…………!」

 

誰かが呟いた。

その黒竜は大きく羽音を響かせるとオラリオに…………

いや、デビルガンダムの方に飛んでいく。

とはいえ、デビルガンダムに戦いを挑むような雰囲気ではなく、まるでデビルガンダムに従うようにデビルガンダムの前で滞空している。

すると、デビルガンダムの各所から緑色の機械の触手が伸びて黒竜の各所に巻き付いた。

そして、触手が巻き付いた場所を中心に、銀色の鱗状の物質―――DG細胞―――に覆われていく。

その光景を呆然と見ている宿営地の避難民達。

更に、デビルガンダムの身体にも変化が起こった。

デビルガンダムの巨大な身体の後方の一部が突如として盛り上がり、そこから機械化された巨大な蛇のような姿をした存在が生まれ、更に体の中心の側面から両肩に大きな角を持つ巨大な獣の姿をした機械の獣が生み出された。

 

「あ、あれってまさか、ベヒーモスとリヴァイアサンか!? んな馬鹿な! あれは15年前に倒されたはずや!!」

 

ロキがその姿を見て驚くが、

 

「おそらくDG細胞の力により生み出されたコピーだろう。だが、コピーとはいえ侮るわけにはいかん。DG細胞によって作られたのなら、その強さはオリジナルを超えているやもしれん」

 

シュバルツがそう説明する。

 

「そ、そんな…………嘘やろ………黒竜だけでも大概やっちゅうのに…………」

 

ロキが呆然と呟く中、一人飛び出した人物が居た。

 

「あっ! アイズッ!?」

 

飛び出したのはアイズだった。

アイズは周りの声が聞こえていないのか、一目散に黒竜に向けて駆け出していく。

 

「黒竜……………やっと見つけた…………やっと…………!」

 

アイズはそう口にする。

その目には、もはや黒竜しか映ってはいない。

その黒竜は未だにDG細胞を植え付けられている最中。

それぞれの想いが交錯する中、デビルガンダムとの戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

 






第五十八話です。
…………が、余りにも短く説明回となってしまった。
まあ、次の話への繋ぎの回です。
黒竜が出てくるどころか、ベヒーモスとリヴァイアサンまでDG細胞で復活!
とりあえずこいつらがデビルガンダム四天王のような立ち位置です。
外見のイメージとしては、ファイナルファンタジーのベヒーモスとリヴァイアサン。
黒竜は…………バハムート?
でも銀色になってしまったらFF7の零式になってしまう…………
ともかく次回にレディー………ゴー!!


時間が無くなってしまったので、今日の返信はお休みします。
申し訳ない。


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第五十九話 集結!シャッフル同盟

 

 

アイズが独断先行したことは、すぐにベル達の耳にも入った。

 

「どうしてアイズ様はたった一人で向かわれてしまったんでしょう?」

 

リリが疑問を口にする。

 

「うん…………僕も詳しい事は知らないけど、どうやらアイズさんには黒竜に対して何か因縁があるみたいなんだ」

 

ベルは、以前のエダス村の出来事を思い出しながらそういう。

 

「とにかく、いくら何でも一人であの大群に突っ込むなんて無茶だぜ。早いとこ何とかしねえと」

 

ヴェルフがそう言うと、

 

「ふむ、ならばここは、少数精鋭による一点突破しかあるまい」

 

いつからいたのかシュバルツが後ろに立っていた。

しかし、最早慣れたものなのか、特にベル達は驚かない。

 

「一点突破………と言いますと?」

 

リリが聞くと、

 

「複数のデスアーミーを相手にできるのは、お前達シャッフルの紋章を受け継いだ者達と、私ぐらいだ。デスアーミー単体を相手にするにも冒険者ならば最低でもLv.5が数人必要だ。ならば、我々が一丸となってデスアーミーの大群を突破し、あの巨大モンスター3匹と、デビルガンダムを倒す! デスアーミーは、デビルガンダムさえ倒せば行動を停止する」

 

「なるほど、そいつは分かりやすくていい」

 

シュバルツの傍らにベートが現れてそう言う。

 

「既に神ロキからは了承を得ている。これから私達はアイズ・ヴァレンシュタインを追い、合流。その後、三つのグループに分かれてそれぞれの巨大モンスターを討伐。そのままデビルガンダムに対し、攻撃を仕掛ける」

 

「分かりました!」

 

ベルが返事をすると、

 

「ならば行くぞ!」

 

シュバルツを先頭に、全員が駆けだす。

その最中、

 

「今の内に、デビルガンダムに関して警戒すべき点を教えておく」

 

「警戒すべき点ですか?」

 

「ああ。単純に言えば、あのデビルガンダムは三つの特殊能力を備えている」

 

「特殊能力が………三つ………」

 

「それは、『自己再生』、『自己増殖』、『自己進化』の三つだ」

 

「なんか、聞くだけでとんでもねえ能力の気がするんだが………」

 

「自己再生はその名の通り、ダメージを受けても即座に回復するというものだ。対抗策としては、再生が行われる以上の速さで破壊する。もしくは頭部を狙う事だ」

 

「頭部?」

 

「ああ、いくら再生するとはいえ、その中枢は頭部にある。頭部さえ破壊してしまえばデビルガンダムの機能は著しく低下する」

 

「なるほど」

 

「二つ目の能力の自己増殖は、エネルギー源と時間さえあれば、いくらでも増えていけるというものだ」

 

「それは………どういう?」

 

「見ろ」

 

シュバルツの言葉に視線を上げると、デビルガンダムの一部からガンダムヘッドが生み出されたところを目撃する。

 

「あれは…………」

 

「ガンダムヘッドはデビルガンダムの一部。あのように際限なく増えていく」

 

「では、このまま増え続ければ…………」

 

「この国や大陸どころか、この世界全てを埋め尽くすだろう………」

 

その言葉にベル達は戦慄を覚える。

 

「そして最後の一つ、自己進化」

 

シュバルツは一度言葉を区切ると、

 

「デビルガンダムは周囲の環境、状況、戦闘により、自身を進化、適応させ、更に強大な存在へ成長していく能力を持つ」

 

「せ、成長…………」

 

「とはいえ、今のデビルガンダムにはまともな生体ユニットが居ないようだ。故に、急激な進化はほぼ無いと言ってもいいだろう」

 

「生体………ユニット?」

 

「ああ。デビルガンダムが力を発揮するためには、生体エネルギーの源である生体ユニット…………人間が必要なのだ」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

「昨夜の内に偵察に行ったのだが、今の生体ユニットにされた者は、既に生体エネルギーを吸い尽くされ、ゾンビ兵と化していた。おそらく、デビルガンダムの復活に大量の生体エネルギーを吸われたのだろう」

 

「い、いつの間に………」

 

「これほどまでに無茶な強行軍を提案したのもそれが理由だ。デビルガンダムが万全の能力を発揮できない今しか、我々に勝機は無い!」

 

「……………………理由はわかりました。ですが、少し腑に落ちない点があります」

 

リリがそう口にする。

 

「リリ?」

 

ベルが首を傾げる。

 

「シュバルツ様は、何故それほどまでにあの敵に詳しいのですか? 以前遭遇したことがあるにしても、明らかに情報量が多すぎるように思えます」

 

リリがそう言うと、シュバルツは若干俯く。

 

「それは…………」

 

シュバルツは一旦区切ると、

 

「あのデビルガンダムを生み出したのは、私の父であり、私も父の研究の助手をしていたからだ」

 

衝撃の一言を口にした。

 

「「「「!?」」」」

 

「言い訳に聞こえるかもしれんが、私の父はあのようなデビルガンダムを生み出すつもりは無かった…………父の作ったデビルガンダム…………いや、アルティメットガンダムに組み込まれた三大理論、『自己再生』『自己増殖』『自己進化』…………それらは全て自然復活の為に研究してきたものだ」

 

「自然復活?」

 

「私の故郷………地球では、度重なる戦争や自然破壊によって荒れ果て、人が………いや、生き物が住める環境ではなくなってきていた………君達には想像がつかないかもしれないが、空の彼方に人工的に大陸を作り、そこに移り住む者もいた…………私の父もそこに住む者の一人ではあったが、荒廃していく大地に嘆き、それをどうにかする為にアルティメットガンダムを作り上げた」

 

「それがどうしてあんなデビルガンダムに………」

 

ベルが呟く。

 

「アルティメットガンダムの力を狙い、軍の人間が私達に兵を送り込んできたのだ。そして私はアルティメットガンダムに乗り込み、地球へと逃れた。だが、地球へと落下したショックでアルティメットガンダムのプログラムが狂ってしまい、自然再生の為の三大理論を飛躍させ、一つの答えを導き出した」

 

「自然再生の………答え…………?」

 

「そう、それこそが『人類抹殺』」

 

「「「「!?」」」」

 

再び驚愕する一同。

 

「自然を破壊してきたのは人類。故に人類を抹殺すれば、自然はおのずと蘇る…………そう言う事らしい」

 

「何だよそりゃ………」

 

「理解は出来なくもないですが、納得だけは絶対にできませんね」

 

ヴェルフとリリがそう言う。

 

「そうして父の作ったアルティメットガンダムは、あの悪魔のようなデビルガンダムに変貌してしまったのだ」

 

「そういう訳だったんですね…………」

 

ベルが呟いた時、オラリオの方で爆発音が響いた。

 

「ッ!? アイズさん!?」

 

「ちっ! もうおっぱじめやがったか!」

 

ベルとベートがそう言う。

 

「急ぐぞ!」

 

シュバルツの言葉に全員が頷いた。

 

 

 

 

 

オラリオでは、既にアイズが戦闘を始めていた。

 

「邪魔っ………!」

 

闘気を込めた剣でデスアーミーを切り裂く。

対してデスアーミーはアイズに向かってビームを放つ。

 

「ッ!」

アイズは横に飛び退きビームを躱す。

 

「はぁああああああっ!!」

 

そのまま剣を横に薙ぎ払って、闘気の刃を飛ばして複数のデスアーミーを一気に切断した。

だが、

 

「ッ…………!」

 

それ以上のデスアーミーの大群がアイズに迫ってくる。

更に、

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

大地を揺らすほどの足音を響かせながらベヒーモスが現れ、

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

空を泳ぐ様にリヴァイアサンが迫る。

 

「………………………ッ!」

 

しかし、アイズの視線は黒竜だけに注がれていた。

巨大な二体を無視し、アイズは黒竜に向けて駆け出す。

だが、

 

「ッ!?」

 

リヴァイアサンの巨大な咢が横から迫ってきたため、アイズは跳躍して避ける。

リヴァイアサンの長大な身体がアイズの下方を通過するが、尾の先が空中にいるアイズに迫った。

 

「このっ!!」

 

アイズは剣を薙ぎ払い、その尾を切断する。

 

「ギャオオオッ!?」

 

リヴァイアサンは苦しそうな声を上げるが、

 

「えっ?」

 

切断面から触手のような物が延び、尾の形を形作ったかと思うと、一瞬で元通りになった。

その事実にアイズが驚愕し、動きが止まった瞬間、

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ベヒーモスの太い尾が薙ぎ払われ、

 

「ぐぅっ!!」

 

アイズは咄嗟に防御するが、その威力に耐えきれずに吹き飛ばされる。

そのまま建物の瓦礫に叩きつけられた。

 

「かはっ!?」

 

一瞬意識が吹き飛びかけるが、気合で繋ぎ止めるアイズ。

だが、そのダメージは少なくなかった。

意識が朦朧とし、体が思うように動かない。

そんなアイズに向かって、デスアーミーの大群が次々と銃口を向ける。

 

「ぐっ……………!」

 

アイズはデスアーミーを睨み付けるが、その銃口が光を帯びていき、今にも発射されるかというとき、

 

「ッ!?」

 

突然アイズの右手の甲が疼き、シャッフルの紋章が浮かび上がった。

 

「何…………!?」

 

アイズは思わず紋章を見る。

すると地鳴りと共にアイズの周辺の地面が次々と隆起していき、アイズを護る壁となった。

デスアーミーから放たれたビームはその壁に阻まれ、アイズまで届かない。

 

「これは……………?」

 

アイズは声を漏らし、視線を地面の亀裂に沿って辿っていく。

するとそこには、地面に拳を打ち込んだ状態でアイズを見るリリの姿が。

更に薔薇のような魔力の塊が辺りに飛散し、次々とデスアーミーを撃ち抜いていく。

 

「アイズさん!」

 

「一人で勝手に突っ走りやがって!」

 

ベルとベートがアイズの前に降り立つ。

 

「ベル! ベートさん!」

 

更に、

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

次々とデスアーミーを切り裂いていくシュバルツの姿が。

 

「皆…………」

 

「アイズさん、バラバラに戦っていても勝ち目はありません! ここは力を合わせましょう!」

 

「ベル………! でも…………!」

 

アイズは何か言いたげだったが、

 

「アイズ様が黒竜と何か因縁があるのはお聞きしました。 なのでアイズ様にはベル様と一緒に黒竜の討伐をお願いします!」

 

「えっ………?」

 

リリの言葉にアイズが声を漏らす。

 

「無理に引き留めてもどうせ勝手に突っ走るでしょうから、それなら最初からベル様と一緒に行動されていた方が心配も少なくて済みます!」

 

リリはベート、ヴェルフ、シュバルツに向き直り、

 

「残りのメンバーはここでベヒーモスとリヴァイアサンを討ちます! 引くにしろ進むにしろ、この二体は後々を考えてもここで倒しておくべきです!」

 

「文句はねえ」

 

「ちっ、仕方ねえ」

 

「心得た」

 

リリの言葉に三人はそれぞれ了承する。

リリはベルを見ると、ベルは頷く。

 

「では、これより突破口を開きます。ベル様、ベート様、力をお貸しください!」

 

「あれだね?」

 

「はい」

 

「ふん!」

 

ベルは頷き、ベートは不機嫌そうながら了承の意を示す。

リリは真正面に黒竜を見据え、リリの両側にベルとベートが並ぶ。

 

「いきます!」

 

リリが掛け声をかけ、三人が同時に腕を振りかぶり、

 

「トリプル………!」

 

「「「………ガイアクラッシャー!!!」」」

 

同時に地面に拳を打ち込んだ。

すると、今まで以上の地面の隆起が起き、まるでトンネルを作るように岩が次々と隆起していく。

それがデビルガンダム付近まで達した。

 

「………この岩のトンネルを進めば、黒竜の近くまで行けるはずです」

 

「リリルカ………さん?」

 

アイズがリリの名を呼ぶ。

 

「さあ、お早く。迷っている暇はありません! この場は私達にお任せを!」

 

リリがそう言い、

 

「行きましょう、アイズさん」

 

「ベル………!?」

 

「リリ達なら大丈夫です。信じましょう」

 

アイズは黒竜を見た後、後ろにいるベヒーモスとリヴァイアサンを見る。

 

「…………………ありがとう」

 

少し迷ったようだが、アイズは前を向いた。

 

「私は………行きます…………!」

 

アイズが駆け出し、ベルもその後に続く。

 

「やっと行きやがったか…………」

 

ベートが呟く。

 

「意外にも反対しませんでしたね?」

 

リリがベートに言う。

 

「ケッ! あいつが誰を見ているかなんて一目瞭然だろうが!」

 

ベートはやけくそ気味にそう言う。

 

「それはそれで大人というべきでしょうか………」

 

「くだらねえこと言ってねえで、こっちもさっさと始めるぞ!」

 

ベートはそう言って目の前で威嚇するベヒーモスとリヴァイアサンを見上げる。

 

「そうですね……………それではっ!」

 

「「「「ダンジョンファイト! レディィィィィィィッ………! ゴーーーーーーーッ!!!」」」」

 

巨大な敵へと立ち向かった。

 

 

 

 




今年最後の更新です。
相変わらず短い!
次からようやくバトルパートに入ります。
それぞれの闘いは一体どうなるのか!? それでは次回にレディィィィィィィッ!ゴーーーーーーーッ!



それでは皆さんよいお年を。


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第六十話 海王機龍! リヴァイアサン討伐作戦!!

 

 

岩のトンネルの中をベルとアイズが駆ける。

だが、

 

(もう少し…………もう少しで黒竜に…………!)

 

ベルは余裕があるが、アイズにとってはかなりのハイペースで走っている。

 

「……………………」

 

先行するアイズの後ろ姿を見て、ベルは僅かな不安を覚える。

 

「アイズさん、あまり気負わないでください…………」

 

聞こえたかどうかは分からないが、アイズはペースを緩める気配を見せない。

 

「アイズさん……………」

 

ベルは、アイズの背中を心配そうな表情で見つめた。

 

 

 

 

 

 

リリ達は、リヴァイアサンとベヒーモスを相手に二人一組で戦うことにした。

リヴァイアサンにはベートとシュバルツが。

ベヒーモスにはリリとヴェルフが相対することとなった。

 

「オオオオオオッ! ラァッ!!」

 

ベートがリヴァイアサンの背中を駆け上がり、頭部に向かって蹴りを放つ。

 

「ギァッ!?」

 

リヴァイアサンは怯み、大きくのけぞる。

 

「リヴァイアサン……………『三大冒険者依頼(クエスト)』の一角…………相手にとって不足はねえ!」

 

ベートは唇の端を吊り上げ、不敵に笑う。

と、その瞬間、ベートの背後の建物が吹き飛び、巨大な尾の先が襲い掛かってきた。

 

「なっ!?」

 

それはリヴァイアサンの尾の先であり、リヴァイアサンはその長い体を大きく回り込ませてベートの死角を突いたのだ。

 

「ちぃっ!」

 

ベートは回避が不可能と判断し、防御態勢を取り、

 

「はぁっ!」

 

瞬時に現れたシュバルツが尾の先を切り飛ばした。

 

「油断するな!」

 

「ちっ!」

 

シュバルツの言葉にベートは舌打ちする。

彼とて油断したことは分かっている。

今の舌打ちは自分に対しての物だった。

一方、尾を切り飛ばされたリヴァイアサンだが、先ほどアイズが切断した時と同じように尾の切断面から触手のような物が伸びて尾の形を形作り、あっという間に元通りになる。

 

「こいつがさっき言ってた『自己再生』って奴か………」

 

「そうだ。エネルギーがある限り幾らでも再生できる」

 

シュバルツの言葉にベートは改めて気を引き締めると、リヴァイアサンが突然頭を持ち上げ、蛇がとぐろを巻くように体を纏めて中央から頭部が出てくる形になる。

 

「何だ?」

 

「……………」

 

ベートは声を漏らし、シュバルツは静かに注意を払ってリヴァイアサンを観察する。

すると、リヴァイアサンは僅かに口を開き、

 

「「ッ!?」」

 

悪寒を感じた二人は瞬時にその場を飛び退いた。

その瞬間、空気を切り裂く音と共に、細い光線状の何かがリヴァイアサンの口から放たれ、互いに逆方向に飛び退いた二人の間を斜めに通過する。

その光線状の何かは数百メートル先まで届き、その通過点にあった建物は、その光線の軌跡に合わせて綺麗に切断されていた。

 

「な、何だ今のは!?」

 

ベートがその威力を見て声を漏らす。

現在のベートですら、今の攻撃をまともに受ければ命は無い。

いや、例えシュバルツであってもまともに受ければ無事では済まない。

 

「今のはレーザーか? だが、切断面に焼け焦げた跡は無い…………」

 

シュバルツは今の攻撃の正体を予測するが、レーザーは高熱で焼き切るものであり、切断面にはどうしても焦げ跡が付く筈だが、今の攻撃の切断面には焼き切った跡は見られない。

単純に鋭いもので切り裂いたかのように綺麗な切断面だ。

シュバルツが思案していると、リヴァイアサンは再び頭をもたげ、再び光線状の攻撃を放ってきた。

 

「くっ!」

 

ベートは大きく飛び退き、

 

「……………………」

 

シュバルツは先程の攻撃の状況から瞬時に攻撃範囲を割り出し、最低限の動きで攻撃範囲から逃れつつ、その攻撃をよく観察する。

その攻撃は地面にすら綺麗な切断跡を残し、木造の建物はもちろん、石造の建物や鉄製の建築物ですら綺麗に切断している。

そんなことが出来るものなど、シュバルツの知識の中でも限られる。

 

「………………ッ!」

 

そして、シュバルツはその攻撃の正体の最後のピースを見つける。

それは、切断面にある僅かに濡れた跡。

 

「やはりか……………!」

 

シュバルツは確信した。

 

「おい覆面ヤロー! どうかしたのか!?」

 

ベートが問いかける。

 

「ああ、奴の攻撃の正体が分かった」

 

「何だと!?」

 

「奴の攻撃の正体は『水』だ」

 

「は?」

 

ベートはシュバルツの言葉に素っ頓狂な声を漏らす。

 

「こんな威力の攻撃の正体が『水』だと!? 馬鹿言ってんじゃねえ!」

 

ベートは信じられないのか声を荒げるが、

 

「いや、『水』で間違いはない。『水』に超高圧の圧力を掛け、噴出させた『ウォーターカッター』だ。掛ける圧力によっては、ダイヤモンドですら切断する切れ味を誇る」

 

「ッ!?」

 

シュバルツの声色から嘘は言っていないと判断したのか、ベートは声を漏らす。

 

「だがよ、正体が『水』と分かったからってどうだってんだよ…………あんなもん一発受ければお終いだぜ」

 

「ふむ、ベート・ローガ。君はあの攻撃の威力にばかり目が行き過ぎているな」

 

シュバルツは落ち着いた口調で語り掛ける。

 

「……………何?」

 

ベートは馬鹿にされたと思ったのか、少し声が低くなった。

 

「いくら威力が高いとはいえ、その攻撃は直線的だ。顔の向きと発射のタイミングさつかめれば、躱すのは容易い」

 

しかし、続けて言われたシュバルツの言葉にハッとなる。

 

「ちっ、俺としたことがあの威力にビビってたって事かよ!」

 

ベートは不満げにそう言った。

 

すると、三度リヴァイアサンは頭をもたげ、二人の方を向いた。

その瞬間ベートが駆けだす。

流石に三度目ともなればベートも発射のタイミングを掴み始めていた。

ベートはあえて懐に飛び込むことでウォーターカッターの射線軸上から逃れたのだ。

更に、

 

「オラァッ!!」

 

真下からリヴァイアサンの顎を蹴り上げる。

 

「ギャォオオオオオオオオオッ!?」

 

リヴァイアサンは苦しむように鳴き声を上げた。

だが、ダメージを与えた部分は瞬時に回復する。

 

「負ける気はしねえが………キリがねえな」

 

そうボヤくベート。

 

「ふむ…………やはり中枢を破壊せねば倒せんか」

 

シュバルツはそう判断する。

 

「中枢?」

 

「ああ。あれ程の巨体を動かすためのエネルギー源がどこかにあるはずだ。そして、DG細胞の力で機械化されたとはいえ、あれはモンスターを元に生み出されている。ならばその中枢は…………」

 

「…………ッ! 魔石か!」

 

「ああ、おそらく間違いないだろう。とはいえ、あれだけ長い体だ。魔石が胸にあるとはいえ、その正確な位置は把握できん」

 

「はっ! そんなもん、縦にぶち抜きゃ良いだけの話だろう?」

 

ベートはニヤリと笑う。

 

「だが、迂闊に飛び込めばウォーターカッターの餌食だぞ?」

 

「だとしても、てめえなら何とかできるだろ?」

 

ベートは不敵な笑みを浮かべ、シュバルツは目を伏せる。

 

「よかろう。最初の攻撃は私が受け持つ。見事決めて見せろ」

 

「言われるまでもねえ!」

 

ベートは自信を持って頷く。

 

「ならばゆくぞ!」

 

シュバルツは両手を前に突き出し、シュピーゲルブレードを前方に展開する。

同時にリヴァイアサンもウォーターカッターの発射体勢に入った。

シュバルツはブレードを展開したまま胸の前で腕を組むような体勢となり、ブレードが体の左右から出ている状態となる。

そして、その体勢のまま高速回転を始めた。

その回転は、ヘリコプターの回転翼のようにシュバルツの身体を浮き上がらせる。

そしてシュバルツは、その技の名を言い放った。

 

「シュトゥルムッ! ウントゥッ! ドランクゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

シュバルツは回転したままリヴァイアサンに向かって突進する。

 

「ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

同時にリヴァイアサンも渾身のウォーターカッターを放った。

シュバルツの回転する刃と、高圧縮された水の刃が激突する。

シュバルツの刃は、シュバルツが意見し、スィークが何度も改良を加えたもの。

武具の中ではかなり高いレベルに入るだろう。

しかし、それだけではリヴァイアサンのウォーターカッターの足元にも及ばない。

だが、シュバルツの気の力と最大限にまで高められた回転の力は、それを超えた。

黒い竜巻と化したシュバルツの刃は、高圧縮の水を四散させ、無力化していく。

まるで光線を黒い竜巻が切り裂いていくような光景だった。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

「ギャォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

リヴァイアサンも必死に抵抗するが、やがて決着は訪れた。

黒い竜巻がリヴァイアサンの口元まで到達した瞬間、リヴァイアサンの頭の上半分が切断され、宙を舞った。

 

「ギッ!?」

 

それでもリヴァイアサン頭部は再生を始めようとする。

だが、それよりも早く、

 

「天に竹林! 地に少林寺! 目にもの見せるは最終秘伝!!」

 

気を蝶の羽のように纏った狼人(ベート)がその牙を向けていた。

 

「真! 流星胡蝶剣!!!」

 

その気を全身に纏い、切断面に向かって一気に飛翔した。

再生の為に伸びていた触手を吹き飛ばし、切断面からリヴァイアサンの体内へと突き進む。

その勢いは衰えることを知らず、体内を蹂躙していき、やがて尾の先を突き破ってベートが飛び出した。

ベートは勢いよく地面に着地する。

そして、

 

「手応え、あったぜ!」

 

リヴァイアサンの魔石を蹴り砕いた際にその手に掴んだ魔石の欠片を握り砕いた。

その瞬間、リヴァイアサンの生身部分が灰と化し、残った機械部分が力を失ってその巨体を地面へと横たえる。

 

「俺達の…………勝ちだ!」

 

ベートはそう言い放った。

 

 

 

 

 






第六十話です。
対リヴァイアサン編。
苦労した。
ぶっちゃけシュバルツ一人だけで瞬殺できるんじゃね?
って思ったから、悩みに悩んでシュバルツをアドバイスに回してベート君に頑張ってもらいました。
まあ、シュバルツもはっちゃけましたが…………
ちなみにタイトルの海王機龍は自分が適当に作ったデビルリヴァイアサンの称号みたいなもんです。
DG四天王のアレと一緒です。
まあ、次回はヴェルフとリリのターン。
それともベヒーモスの…………?
それでは次回にレディィィィィィィッ…………ゴーーーーーーーッ!!




後、時間が無いので今回の返信はお休みです。
度々すみません。


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第六十一話 震獣覇王! ベヒーモス迎撃作戦!!

 

 

 

ベートとシュバルツがリヴァイアサンと戦っていた頃。

少し離れた場所でもう一つの闘いが始まっていた。

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

ベヒーモスの咆哮が響き渡り、屈強な前足が振り下ろされる。

その一撃は地面を砕き、衝撃波を周りに発生させる。

 

「わぷっ………!?」

 

「くっ………!」

 

その時に巻き起こった砂埃から顔を庇うリリとヴェルフ。

 

「流石は陸の王者と言われたモンスター…………あの巨体は伊達ではありませんね」

 

「だが、動き自体はそれほど速くなさそうだ…………! 【行け! ローゼスビット!!】」

 

ヴェルフはローゼスビットを放ち、無数の薔薇型の魔力スフィアがベヒーモスを取り囲む。

 

「くらえ!」

 

ヴェルフの合図と共に、一斉に光線が放たれた。

ベヒーモスの身体の各所で爆発が起き、ベヒーモスが爆煙に包まれる。

ヴェルフは攻撃をいったん中断するが、

 

「……………ま、この程度で仕留められるほど甘くはねえよな………」

 

少し呆れた様子でそう呟く。

その瞬間、

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

咆哮と共に爆煙が吹き飛ばされ、無傷のベヒーモスが姿を見せる。

 

「強大なパワーと防御力…………シンプルな能力ではありますが、それゆえに弱点も少ないです」

 

リリがそう評すると、ベヒーモスが口を大きく開け、

 

「オォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

その口から凄まじい衝撃波が放たれた。

 

「ッ………! 『咆哮(ハウル)』ッ!?」

 

予想外の攻撃にリリは回避が間に合わず、直撃を受けた。

 

「リリ助っ!」

 

ヴェルフが叫ぶ。

リリの周りの地面は大きく抉れ、十メートル近いクレーターとなっている。

並の冒険者………いや、第一級冒険者ですら命は無いほどの威力。

その直撃を受けたリリは…………

 

「ッ~~~~~~~~~! 油断しました…………まさかあんな基本的な攻撃で来るとは…………」

 

両腕を顔の前でクロスさせた防御態勢で、それなりのダメージを負ったようだがまだ自分の足でしっかり立っている姿を見せた。

 

「リリ助! 大丈夫か!?」

 

ヴェルフがそう声を掛けると、

 

「はい。かなり痛かったですがまだ大丈夫です。しかし、ただの『咆哮(ハウル)』があれ程の威力になるとは…………以前のリリだったら百人いても跡形も残らずにお釣りがくる威力です」

 

「DG細胞って奴で強化されてるとはいえ、流石は『三大冒険者依頼(クエスト)』ってか?」

 

「だとしても、負けるつもりはありません!」

 

リリはそう言うとグラビトンハンマーを具現する。

それを大きく振り回すと、

 

「これはお返しです!!」

 

ベヒーモスに向けてハンマーを放った。

鉄球はベヒーモスの顔面に向かって飛び、

 

「グォッ!?」

 

ベヒーモスが身を屈めたことで狙いが逸れ、鉄球はベヒーモスの左の角に命中した。

鉄球は弾かれるが、その角には大きな罅が入り、ベヒーモスは怯む。

 

「そこだ!!」

 

ヴェルフがそのチャンスを逃さずに飛び掛かり、罅に向かって大刀を振り下ろした。

バキィッという音と共にベヒーモスの角が圧し折れる。

 

「よっしゃぁ!」

 

ヴェルフは思わず声を上げるが、

 

「ヴェルフ様!」

 

リリが切羽詰まった声を上げる。

その瞬間、

 

「がっ………!?」

 

凄まじい横殴りの衝撃を受け、ヴェルフは吹き飛ばされる。

太い尾による強力な尾撃だ。

建物の瓦礫に叩きつけられ、ヴェルフは身体が痺れるほどの衝撃を受ける。

ヴェルフは痛みを堪え、目を開けると、そこにはヴェルフを踏みつけようとするベヒーモスの姿。

 

「やべっ………!」

 

ヴェルフはその場を動こうとするが、身体が痺れているためすぐに動くことは出来なかった。

 

「くっ………!」

 

そのまま踏みつぶされるかと思われたその時、

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー】!!」

 

ベヒーモスの真下から大地が隆起し、針状となってベヒーモスの足、腹部に次々と突き刺さる。

 

「ゴァアアアアアアアアアアアアッ!!??」

 

ベヒーモスは苦しむような声を上げた。

 

「あれだけの巨体なら、ガイアクラッシャーの威力を十二分に発揮できますね」

 

ヴェルフがそちらを向くと、リリが拳を地面に打ち込んでいた。

リリの言う通り、岩の針はベヒーモスの腹を突き破り背中まで貫通し、足の一本は完全にちぎれて地に落ち、他の三本も少なくない傷を負っている。

これが普通のモンスターであったら、間違いなく勝利していた。

だが、

 

「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

ベヒーモスが咆哮を上げると、全身がエネルギーに包まれ、全身に刺さっていた岩の針が砕け散った。

それに伴い、傷が次々と再生していく。

 

「こいつが自己再生って奴か!」

 

「思ったよりも再生スピードが早いです!」

 

角も再生し、既にダメージの半分ほどが回復すると、ベヒーモスは動き出した。

 

「ガァアアッ!!」

 

先程も放った『咆哮(ハウル)』を放ってくる。

しかも、単発ではなく連続で。

 

「うおっ!?」

 

「流石にこれは………ッ!」

 

ヴェルフとリリは拙いと判断したのか回避行動をとるが、着弾時の衝撃波に煽られる。

 

「ぐっ………!」

 

「このままでは………!」

 

次々と放たれる『咆哮(ハウル)』に、二人は逃げ回ることしか出来ない。

しかし、『咆哮(ハウル)』にばかり注意を向けていたため、次のベヒーモスの行動は予想がつかなかった。

 

「くおっ!」

 

ヴェルフが『咆哮(ハウル)』を避けるために今までよりも大きく飛び退いた時だった。

 

「グォッ!」

 

ベヒーモスの目付きが変わったかと思うと、次の瞬間二本の角がまるで矢のように放たれたのだ。

 

「何ッ!?」

 

ヴェルフは驚愕する。

恐らく本来はベヒーモスに角を飛ばす能力など無い。

DG細胞によって追加された攻撃だろう。

空中にいたヴェルフは当然ながら回避などは出来ない。

出来たことは身体を捻って致命傷を避ける事だけ。

二本の角の切っ先はヴェルフの右脇腹と左肩を掠め、ヴェルフを地面に叩きつける。

 

「ぐはっ!?」

 

それでもヴェルフはすぐにその場を離脱しようとしたが、

 

「なっ!?」

 

角の一部がまるで枝分かれするように針状となり、ヴェルフの身体の各所に突き刺さり、その場に縫い付ける様な状態になる。

 

「がぁあああっ!?」

 

ヴェルフは思わず叫び声を上げる。

 

「ヴェルフ様っ………! はっ………!」

 

リリがヴェルフに気が向いた瞬間、再びベヒーモスの『咆哮(ハウル)』が放たれる。

 

「あうっ………!」

 

直撃は咄嗟に避けたものの、至近距離で『咆哮(ハウル)』の爆発を受けたリリは吹き飛ばされる。

地面を数回転がり、仰向けになった状態で止まった。

 

「ううっ………!」

 

一瞬意識が朦朧とするが、リリはすぐに気を取り直す。

だが、

 

「ッ………!」

 

その一瞬が命取りだった。

ベヒーモスが再生させた足を振り上げた状態だったからだ。

その足が容赦なく振り下ろされる。

ズドンという重そうな音と共に地面が陥没する。

その真下にいたリリはあえなく潰されてしまったように思えたが、

 

「ぐ…………うぅ………………!」

 

仰向けに倒れながらも、両手を前に突き出してベヒーモスの巨大な足をギリギリで支えるリリの姿があった。

 

「リリ………助ぇ………!」

 

ヴェルフは地面に縫い付けられながらもなんとか声を掛ける。

 

「ヴェルフ………様………!」

 

リリも必死にベヒーモスの足を支えるが、長くは持たないだろう。

ヴェルフの心に僅かに諦めの気持ちが過る。

だが、

 

「ぐ………ヘファイストス様……………」

 

ヴェルフは愛する神の名を呟く。

そして己に言い聞かせる。

愛する神の為。

何よりベルの力になると決めた自分の『誇り』の為に諦めるわけにはいかないと。

ヴェルフは顔を上げてベヒーモスを睨み付ける。

その時ヴェルフは見た。

胸の辺りに僅かに残っていた傷の隙間から、光る魔石が覗いているのを。

 

「ッ!!」

 

その瞬間、ヴェルフは勝機を見出した。

だが、自分では攻撃力が足りない。

勝つためにはリリの力が必要だと判断する。

そこからは、ヴェルフの行動は反射的と言っていいほどだった。

 

「【このエネルギーの渦から逃れることは不可能! ローゼスハリケーン!!】」

 

ヴェルフは魔法の詠唱を唱える。

だが、その矛先はベヒーモスでは無かった。

その魔法の対象は、

 

「ぐっ………がぁああああああああっ!!」

 

自分だった。

しかし、そのエネルギーの奔流により、ヴェルフを縫い付けていた角が破壊される。

ヴェルフは自由の身になると、自分のダメージも気にせずに飛び出した。

 

「リリ助ぇ!!」

 

リリが踏みつぶされようとしている所にヴェルフは駆け付ける。

 

「ヴェルフ様!?」

 

リリは驚愕するが、ヴェルフはベヒーモスの足に手を掛ける。

そして、

 

「ヘファイストス……………様ぁあああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

愛する神の名を叫びながら、ヴェルフは渾身の力でベヒーモスの足を………

いや、ベヒーモス『自体』を持ち上げようと試みた。

ハッキリ言えば、ヴェルフの行動は無謀以外の何物でもない。

長年鍛え続けたベルや、パワー重視のリリならばまだ可能性はあったかもしれないが、強くなったとはいえ、ヴェルフでは限界まで力を振り絞っても持ち上げることは不可能だ。

しかし……………

 

「ヴォッ………!?」

 

想いの力は限界すらも超える。

ベヒーモスの身体が揺らぐ。

 

「がぁあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

咆哮のようなヴェルフの叫び声と共に、ベヒーモスの身体がゆっくりと、だが確実に持ち上がった。

 

「ヴェ、ヴェルフ様…………?」

 

リリは驚愕の余り一瞬呆けてしまう。

だが、

 

「『狙え』!! リリ助!!!」

 

ヴェルフの叫びと共に、残っていたローゼスビットが次々とベヒーモスの胸部に着弾。

その下に隠されていた巨大な魔石を露にする。

 

「ッ! そう言う事ですか!」

 

ヴェルフの言わんとしたことを理解したリリは身体に鞭打って立ち上がり、渾身の力を込めて右手を握りしめる。

ヴェルフは投げる力も残っていないのか、リリに向かって倒れ込むようにベヒーモスを誘導する。

 

「【炸裂 ガイアクラッシャー】………!」

 

リリの右手に力が宿る。

 

「…………来なさい!」

 

自分に向かって倒れ込んでくるベヒーモスに向かって、リリは右の拳を振りかぶった。

 

「ガァ…………!?」

 

ベヒーモスの目に恐怖の色が浮かんだ。

だが止まらない。

 

「終わりです!」

 

倒れ込んでくるタイミングに合わせて、リリは魔石に向かって拳を繰り出す。

拳が魔石に直撃した瞬間、魔石全体に罅が走り、閃光と共に砕け散った。

 

 

 

 

ベヒーモスの身体は力なく大地に横たわり、生身の部分が灰になっていく。

後に残ったのは機械化された部分だけだった。

すると、瓦礫の一部分がもぞもぞと動き出し、

 

「ぶはっ…………! 危うくペチャンコになるところでした………」

 

リリが瓦礫の中から顔を出した。

 

「あぶねえ所だったぜ………」

 

リリに続いてヴェルフも顔を出す。

 

「これもヴェルフ様が咄嗟に結界を張って瓦礫を防いでくれたおかげですね」

 

「ま、咄嗟の判断だったからな。正直倒した後の事は考えてなかった」

 

「今回ばかりは生きた心地がしませんでした」

 

「そりゃ悪かったな。けど俺は、ヘファイストス様と添い遂げるまで死ぬ気はねえぞ」

 

「むっ! 私だってベル様と添い遂げるまでは死ねません!」

 

何故か惚気るヴェルフと対抗心を燃やすリリ。

それを聞いて、お互いに笑いだす。

ひとしきり笑うと、二人は黒竜の方を向いた。

 

「さて、一休みしたらベルの後を追うか」

 

「はい。もしかしたら、私達がたどり着くまでに終わっているかもしれませんけどね」

 

「あり得るな」

 

二人の口から出るのはベルを信頼する言葉。

二人は信頼する眼でベル達がいるであろう方向を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トンネルの中を駆け抜けるベルとアイズ。

その二人の視線の先に光が見える。

 

「出口だ!」

 

ベルの言葉と共に二人はそのまま外へ駆け抜けた。

そこには、

 

「くっ………間に合わなかったのか………」

 

DG細胞に完全に侵食され、黒い鱗がほぼ銀色となった黒竜の姿があった。

 

 

 

 






皆様お久しぶりです。
一ヶ月近く更新できずに申し訳ありませんでした。
活動報告でも書いた通り、三週連続休日出勤があったので更新できませんでした。
今週は休日出勤無かったので何とか更新出来ましたが、来週は分かりません。
まだ休日出勤があるかもしれないとの事なので何とも言えないです。
しかも昨日から軽い頭痛に悩まされながら書いたので所々投げやりに………
さて、六十一話ですが、ぶっちゃけヴェルフにヘファイストス様ぁぁぁぁぁぁぁっ!と叫ばさせたかっただけだったり(爆)
それだけの為に頭痛い中色々考えました。
さて、次回はいよいよ黒竜編。
でもすでに黒竜ではなく銀竜になっていたり…………
ともかく次回にレディィィィィィィッ………ゴーーーーーーーッ!!




P.S 前途の通り体調あまり良くないので返信はお休みします。
申し訳ない。


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第六十二話 黒竜との決戦! すれ違う二人

 

 

 

 

ベルとアイズが黒竜の前に辿り着いた時、黒竜は既にDG細胞に侵され切っていた。

 

「くっ……間に合わなかったのか…………」

 

ベルは悔しそうに呟く。

しかし、

 

「関係ない…………!」

 

アイズは静かだが強い感情の籠った口調でそう言うと、剣を抜き放つ。

 

「アレは私が倒す………!」

 

そう呟くや否や、ベルが止める間もなくアイズが飛び出す。

 

「アイズさん!?」

 

ベルは手を伸ばしてアイズを止めようとするが、アイズは止まらない。

銀色となった黒竜に向かって跳躍した。

だが、

 

「グォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

黒竜の咆哮と共に凄まじい衝撃が発生し、飛び掛かっていたアイズは逆に吹き飛ばされる。

 

「くっ!」

 

吹き飛ばされたアイズは体勢を立て直して地上に着地するが、間髪入れず再び飛び掛かった。

だが、黒竜はアイズの方に顔を向け口を大きく開くと、喉の奥から細長い棒状のものが迫り出し、

 

「アイズさんっ!!」

 

悪寒を感じたベルが、黒竜に向かっていたアイズを横から抱きかかえて、無理やり黒竜の正面から外した。

次の瞬間、

 

「グワァァァァァァァッ!!!」

 

黒竜の口の中の棒状の先が光ったかと思うと、極太の光の奔流が放たれた。

その光は射線軸上の存在全てを吹き飛ばし、一直線に突き進む。

その一撃は地平の彼方まで届いた。

 

「くっ………! なんて威力………!」

 

ベルはそう漏らすが、

 

「ッ………! 離してっ………!」

 

アイズはベルの腕を振りほどくと、再び黒竜へと向かっていく。

 

「アイズさんっ!」

 

ベルの制止も聞かずに、アイズは黒竜に向かって剣を振るい、気の斬撃を飛ばす。

気の斬撃は一直線に突き進み、黒竜の頭部に直撃。

 

「グォォッ!?」

 

黒竜は大きく頭部を仰け反らせた。

 

「………グゥゥゥッ!」

 

黒竜は頭部を戻し、アイズを睨み付ける。

その顔には、隻眼の黒竜と呼ばれたときのように片目に傷が出来ていた。

 

「……………いける!」

 

自分の攻撃が通用したことに、アイズは口元に笑みを浮かべる。

だが、

 

「グルルルルルル…………!」

 

黒竜が唸るとその傷は瞬く間に再生し、その傷の下にあった紅の眼が見開かれる。

 

「ッ……………!」

 

その事にアイズは一瞬驚愕し、隙を作ってしまう。

 

「ガアッ!!」

 

黒竜が口を開き、火炎弾を吐き出す。

アイズは咄嗟に飛び退いたことで直撃は避けるが、地面に着弾した時の爆発で吹き飛ばされた。

 

「くぅぅぅっ………!」

 

アイズは地面を転がる。

 

「アイズさんっ………! このっ………!」

 

ベルは叫ぶと、黒竜に向かって左腕を突き出す。

 

「秘技! 十二王方牌! 大車併!!」

 

六体の小型の分身を生み出し、それを黒竜に向けて放つ。

六体の分身はまるで螺旋を描くように黒竜に迫り、黒竜の各所に打撃を与える。

 

「グォオオオオオオオオオオオッ!?」

 

黒竜は苦しむような咆哮を上げて墜落。

地面に激突した。

その隙にベルはアイズへと駆け寄った。

 

「アイズさん! 大丈夫ですか!?」

 

ベルはそう言いながらアイズに手を差し伸べようとするが、

 

「……………ッ!?」

 

その手はアイズに払いのけられた。

 

「………邪魔しないで………!」

 

「アイズ…………さん…………?」

 

「黒竜は…………私が倒す………!」

 

アイズは立ち上がって黒竜に向かって歩き出す。

 

「アイズさん!」

 

ベルはアイズに手を伸ばそうとするが、

 

「私は今まで、アレを倒すためだけに強さを求めて……………アレを倒すためだけに生きてきた…………! それが私の信念だった………!」

 

アイズの言葉にベルの伸ばそうとした手が止まる。

 

「それなのに………ベルと出会ってその信念が揺らぎだした…………」

 

「えっ………?」

 

「ベルは私に大切な事を教えてくれた…………強くなることだけじゃない………生きるために大切な事を……………でも…………」

 

そう言いながらアイズはベルに振り向く。

 

「…………ベルが選ぶのは…………あの女神なんだよね………?」

 

その瞳からは涙が零れていた。

 

「な、何を…………?」

 

「いいの………! エダス村の時に全部わかったから…………! ベルが見てるのは、あの女神なんだって…………!」

 

アイズはベルから視線を外して前を向き、俯く。

 

「…………お願いベル…………これ以上…………私に優しくしないで……………!」

 

心が引き裂かれるような切なるアイズの言葉。

その言葉に、ベルは何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

その様子を、デビルガンダムの肩から見ていた者が居た。

 

「フッ…………! ついに見つけたぞ、生体ユニットに相応しき者を…………!」

 

ウルベは唇の端を吊り上げ、ニヤリと笑う。

 

「だがもう少しだ…………もう少しあの者の心を闇に染めなければ…………!」

 

ウルベは地面に横たわる黒竜に視線を移す。

 

「……………やれ!」

 

ウルベが命令すると同時に黒竜に赤い電撃が走り、強制的にダメージを再生、同時に意識を無理矢理に覚醒させる。

 

「グガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

黒竜は半ば苦しむような咆哮を上げて黒竜が起き上がり、ベルとアイズに向けて口を開き、喉の奥から砲口を展開する。

しかし、そこに集中するエネルギーは先ほど放った時を遥かに超える。

黒竜の身体自体にもダメージを与えかねない強烈なエネルギー。

その証拠に黒竜の口の周りがエネルギーの余波により崩壊を始めている。

だが、そんな事も気にも留めず、ウルベは命令を下した。

 

「撃て…………!」

 

その命令で、黒竜は己の身を滅ぼしかねない諸刃の一撃を撃ち放った。

 

 

 

 

アイズの言葉に何も言えなくなってしまったベルだが、突如として気絶していた黒竜が目を覚まし、凄まじいエネルギーに包まれてこちらに攻撃の標準を合わせていることに気付いた。

その一撃は、先ほど放たれたモノとは比べ物にならない。

しかも、運悪くベル達の後方には、オラリオの住民たちが避難している丘。

先程の攻撃を超えるモノなら、まず間違いなくその場所にも届く。

故に、ベルには逃げるという選択肢は選べない。

 

「それなら!!」

 

ベルは闘気を最大限に高める。

黒竜が口にエネルギーを集中させると如何に、ベルもそれに対抗するように構えた。

 

「流派! 東方不敗が最終奥義…………!」

 

右手に自然の気を集中させ、振りかぶる。

黒竜も発射体勢に入った。

 

「石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇん!!」

 

ベルが巨大な気弾を放つと同時に、黒竜も光の奔流を放った。

巨大な気弾と黒竜の閃光が互いの中央でぶつかり合う。

 

「ぐっ………ううぅぅぅぅぅっ…………!!」

 

「グッ………ガァァァァァァァッ………!!」

 

それぞれの中央でお互いの技の押し合いが行われている。

一見それらの威力は互角に思えた。

だが、

 

「グガッ!? ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

DG細胞の力、そしてウルベの命令により、自らの耐久力を超えた限界以上の力を引き出されている黒竜の攻撃が、徐々にベルの石破天驚拳を押し始めた。

 

「ぐううううぅぅぅっ…………!!」

 

ベルは何とか踏ん張ろうとするものの、黒竜の攻撃の威力の前にじりじりと地面を滑るように後退していく。

 

「こんっ……のぉぉぉぉぉぉっ………!」

 

それでもベルは諦めずに気弾に闘気を送り続ける。

しかし、それを嘲笑うかのように黒竜の攻撃は徐々にベルへと迫ってくる。

 

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅ…………!」

 

遂に耐えきれなくなり、ベルは片膝を着く。

それでも、技を放つ拳だけは決して引かずに前へと繰り出し続ける。

逆に黒竜とてそれは同じだった。

操られているとはいえ、目の前にいる敵を排除するために黒竜はベルに意識を集中させる。

余計な思考は排除し、己が限界を超えた一撃に抗おうとする対等以上の敵だけを見ていた。

それ故に、

 

「グガッ………!?」

 

もう一人の存在を忘れてしまっていた。

無数の斬撃が、同時に黒竜に襲い掛かる。

アイズが放ったマシンガンブレイドが黒竜の身体の至る所を傷付けた。

その攻撃に、黒竜の意識が一瞬アイズへと向く。

それに伴い、黒竜の攻撃の勢いにも僅かな隙が出来る。

ベルはその一瞬を逃さなかった。

 

「うぉあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

渾身の力を気弾へと送り込み、黒竜の攻撃を一気に押し返す。

押し切られる寸前だった状況を、ベルは一気に引っ繰り返した。

ベルの気弾は黒竜の頭部へと到達するが、威力が減衰していたのか黒竜を仰け反らせるに留まってしまう。

だが、

 

「うぉおおおおおおっ!! 石破天驚ぉぉぉぉぉっ…………!」

 

ベルは知っている。

兄弟子が生み出した、石破天驚拳を更に超えたその技を。

 

「アルゴノゥトォ…………! フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」

 

石破天驚拳のエネルギーを凝縮し、更なる威力を持った掌の形をした気弾を撃ち放った。

その掌型の気弾は一直線に突き進み、黒竜の首をまるで素手で掴むかのように握り込んだ。

 

「グォォ…………!?」

 

首を掴まれ、身動きが取れない黒竜が唸る。

ベルは開いていた手を徐々に握りしめていく。

 

「グランドォ…………!」

 

そして、その手を思い切り握りしめた。

 

「フィナーーーーーーーーーーーーッレッ!!!」

 

それと同時に大爆発を起こす気弾。

握りしめていた状態だった首は完全に千切れ、爆発によって黒竜の身体も彼方此方に損傷が見られる。

黒竜の身体の胸部には、大きな魔石の姿も覗いている。

その惨状がベルの技の威力を物語っていた。

だが、

 

「ッ……………!?」

 

黒竜の身体が再生を始めていることに気付く。

しかし、ベルは全力で技を放った反動で少しの間は動けそうにない。

故に、

 

「アイズさん!!」

 

ベルが叫ぶとほぼ同時にアイズが飛び出した。

全身に風を纏い、跳躍力と速度を増したアイズは、一直線に魔石へと向かって飛ぶ。

 

「……………これでっ!」

 

アイズは剣を前へ突き出し、己の身を一本の矢と化す。

剣に闘気を集中させ、白く輝き、その光が軌跡を描く。

 

「…………最期ッ!」

 

光の矢と化したアイズは、黒竜の魔石へと到達、一気に貫いた。

ど真ん中を貫通させられた魔石は、中央から外側へと一気に罅が広がり、次の瞬間に粉々に砕け散った。

中枢を失った黒竜の身体は、力を失って横たわる。

空中から地上へと着地したアイズは、顔を俯かせたまま立ち上がる。

そして、

 

「…………皆………やったよ…………!」

 

身体を震わせながら涙を流していた。

詳しい事は知らずとも、因縁のあった黒竜との決着をつけたアイズを、ベルは黙って見守る。

先程のアイズの言葉に答えを返せぬままに……………

 

 

 

 






第六十二話の完成。
黒竜との決戦でした。
まあ、それなりの出来かな?
勘違いなフラグが立っておりますがはたして…………
次回はウルベさんが出張ってきます。
お楽しみに。
それでは次回にレディィィィィィィッ……ゴーーーーーーーッ!


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第六十三話 炸裂! シャッフル同盟拳! そして………

 

 

 

黒竜を倒したベルとアイズ。

涙を流すアイズへベルが声を掛けようとした時、

 

「ベル様っ!」

 

「ベルッ!」

 

同じようにベヒーモスとリヴァイアサンを倒して後を追ってきたリリ、ヴェルフ、ベート、シュバルツが合流する。

 

「皆っ!」

 

ベルはアイズに声を掛けるのを止め、皆の無事を喜び、笑みを浮かべながら迎える。

 

「こちらも黒竜は倒したようだな」

 

シュバルツが金属の外皮に覆われた黒竜の亡骸を見ながら言う。

 

「はい、何とか」

 

「ならば残るは…………」

 

シュバルツはそう言いながら未だ不気味に沈黙を保つデビルガンダムを見上げる。

 

「デビルガンダム…………!」

 

シュバルツは色々な感情を込めた言葉を呟く。

その時、その場に拍手が響いた。

全員が顔を上げると、デビルガンダムの肩に腰かけ、足を組みながら悠々とした態度で手を叩くウルベの姿があった。

 

「見事だ諸君! 我が精鋭のモンスターを倒すとは見事だった! まあ、『三大冒険者依頼(クエスト)』などと大層な名で呼ばれているらしいが、所詮は知性を持たぬ獣風情。期待してはいなかったがね」

 

「ケッ! 負け惜しみ言ってんじゃねえよ、オッサン!」

 

ウルベの言葉にベートがそう返す。

 

「これは心外だね? 私は事実を言ったつもりだったのだが…………おや? もしや君達はあの程度がDG細胞の力の全てだと勘違いしているのかね?」

 

「何だと!?」

 

「これは失礼。まさか君達がそこまで無知だったとは思いもしなかったよ」

 

「一々癇に障るヤローだな…………!」

 

一番沸点の低いベートは怒りを露にし、ベートほどではないがヴェルフもイラついている表情が見て取れた。

 

「フフフ……………ならばDG細胞の力、もう少し見せてあげようではないか………!」

 

ウルベがそう言うと、ゴゴゴと言う音と共に地面が揺れ始める。

 

「何だ?」

 

ベルは辺りを警戒する。

すると、

 

「下だ!」

 

シュバルツが叫んだ瞬間、ベル達の足元の地面が割れ砕け、緑色の金属の触手が何本も飛び出す。

 

「これはっ………!?」

 

ベル達は即座に飛び退いて、地面の崩壊が無いところに着地する。

ベル達が見上げると、

 

「黒竜の亡骸にっ………!」

 

その地面から飛び出した無数の触手が黒竜の亡骸に巻き付き、持ち上げ始める。

 

「何をする気だ?」

 

ヴェルフも怪訝な声を漏らす。

 

「ッ………!? ベル様っ! あれをっ!」

 

リリが叫び、ベルがそちらに目をやると、黒竜と同じようにベヒーモスとリヴァイアサンの機械化された亡骸が触手に巻かれ、持ち上げられていた。

 

「一体何をする気だ!?」

 

ベルがウルベに向かって叫ぶ。

 

「フフフ…………君達に面白いものを見せてやろう」

 

不敵な笑みを浮かべてウルベが言う。

すると、持ち上げられていた三体の亡骸がデビルガンダムの前に集められた。

そして、デビルガンダムの身体の各所から更なる触手が延び、三体の亡骸を完全に覆い隠し、まるで一つの巨大な繭の様な状態となる。

 

「こ、これは…………!」

 

シュバルツが目を見開いて声を漏らす。

その時、

 

「さあ、出でよ我が手足! 『グランドマスタードラゴン』よ!!!」

 

ウルベが高らかに叫ぶ。

その瞬間、触手の繭の中から光が漏れ出し、爆発する。

その衝撃から身を守るベル達。

すると、その爆煙の中から巨大な『何か』が地響きを起こしながら地面に激突するように着地した。

煙が薄れていき、その『何か』の姿が露になっていく。

まず見えたのは足。

機械化された四本の足でその巨大な身体を支えている。

更に前足の上の方から突き出ている二本の巨大な角。

そしてその足と角は、ベヒーモスの物で間違いなかった。

次に見えたのは尻尾。

ベヒーモスの尻尾は太く、そこまで長いものでは無かったが、この『何か』の尻尾はまるで蛇のように長い。

そう、まるでリヴァイアサンのように。

最後に見えたのは上半身。

本来ベヒーモスの頭があるところからは、縦長の上半身が続いており、そして頭へとつながるそれは、黒竜の上半身。

背中にも大きな翼が広げられている。

 

「こ、これは………!!」

 

ベルが驚愕の声を上げる。

完全に煙が晴れ、露になった“それ”は、ベヒーモスの身体を中心に、尻尾にはリヴァイアサンがそのまま繋がり、リヴァイアサンの頭部がベル達を睨み付ける。

更にベヒーモスの頭の部分に黒竜の上半身が繋がっている。

 

「黒竜とベヒーモスとリヴァイアサンの集合体!?」

 

ベルは戦慄を覚える。

 

「そう…………そしてっ!!」

 

ウルベが叫びながら“それ”に向かって跳躍する。

ウルベは黒竜の頭部へ着地するかに思われた。

だが、ウルベの足が黒竜の頭部へ触れた瞬間、まるで下半身が泥沼に沈み込むように黒竜の頭と一体化したのだ。

黒竜の頭から上半身だけを見せるウルベが叫んだ。

 

「これでこの体は我が手足となった! 聞け!! 我が名はグランドマスタードラゴン!!! この姿を見て立ち向かってくる勇気があるなら掛かって来るが良い!! この無敵の私が相手をしてやる!!」

 

圧倒的な存在感を放つグランドマスタードラゴンに、ベル達も驚愕する。

 

「…………三大モンスターの力に、人の知性が加わったっていうのか…………」

 

ヴェルフが何とかそう絞り出し、

 

「なんて厄介な………」

 

リリもそう呟く。

だが、

 

「ハッ! 要は負け犬の寄せ集めだろ? 何をビビることがある!!」

 

ベートがそう言いながら駆け出す。

 

「ベートさん!?」

 

ベルが止めようと叫ぶが、それよりも早くベートは跳んだ。

高く跳躍したベートは、余裕の態度で自分を見上げるウルベを見下ろした。

 

「いくら身体が強くても、弱点が見え見えなら世話ねえよなぁ! ひょろくせえオッサンよぉっ!? 一発で決めてやる!!」

 

ベートは叫ぶと体に気を集中させる。

だがウルベは、両手を腰に当て、悠々と佇んでいた。

 

「真・流星胡蝶けぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

蝶の羽の様な闘気を纏い、ウルベを蹴り抜く勢いで急降下した。

しかし、

 

「フッ…………」

 

ウルベは一度嘲笑を浮かべると、

 

「……………フン!!」

 

腰に手を当てたまま、大胸筋に力を込めた。

ドシィィッと重い音が響くが、

 

「な、何だと!?」

 

ベートが驚愕の声を漏らした。

ベートの渾身の蹴りはウルベを貫くことは無く、腰に手を当てたままのウルベの胸部に止められていた。

 

「……………さて、君が言っていた弱点とは…………ひょろくさいオッサンというのは私の事かな?」

 

ウルベはそう言うと腰に当てていた右手を振りかぶり、拳を握る。

次の瞬間、

 

「…………フンッ!!」

 

強烈なボディーブローがベートの腹部に炸裂した。

 

「ぐほぉおぁぁっ!!!」

 

余りの威力にベートは悶絶し、力なく落下していく。

 

(な、なんつー威力だこのオッサン…………下手をすりゃベルよりも…………)

 

体の芯まで響いた衝撃にベートは驚愕しつつも何とか体勢を立て直して地面に着地しようとした。

だが、

 

「なっ!?」

 

落下していくベートの側面から、リヴァイアサンの頭が接近し、その大きな咢を開き、ベートに食いついた。

 

「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

リヴァイアサンの牙がベートの身体に食い込み、ベートは悲鳴を上げる。

 

「心外だね? 私はこれでも元ガンダムファイター…………もちろんこの世界に来ても鍛練は欠かしていない………………見よ! こんなこともあろうかと、鍛え続けたこの体!!!」

 

ウルベは無造作に上着に手を掛けると、ボタンを引きちぎりながら上着を脱ぎ棄てた。

その上着の下からは、ベル並に鍛えこまれた………いや、下手をすればベル以上に鍛えこまれた鋼の肉体が姿を見せた。

しかし、そんなことを気にせず、一人が飛び出した。

 

「ベートさん!」

 

「アイズさん!!」

 

飛び出したのはアイズだ。

ベルの制止も聞かずに飛び出る。

 

「はぁああああああっ!!」

 

アイズはベートに噛みついているリヴァイアサンの頭を斬り落とそうと剣を振り上げるが、

 

「………はぁっ!」

 

ウルベが左手を伸ばす仕草をすると、それに連動するように黒竜の上半身が左腕を伸ばし、アイズを捉える。

 

「くぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

自身を握る力の強さにアイズは苦しそうな声を漏らす。

 

「やべぇ! 行くぞリリ助!!」

 

「はい!」

 

仲間のピンチに思わずヴェルフとリリも飛び出す。

 

「ヴェルフ! リリ! 待って!!」

 

ベルが声を掛けるが、ヴェルフは攻撃を仕掛ける。

 

「【ローゼスハリケーン!!】」

 

ローゼスビットが渦巻き、エネルギーの奔流となってウルベに襲い掛かろうとするが、

 

「むんっ…………はあっ!!」

 

ウルベは一度気合を入れたかと思うと、両腕をヴェルフに向かって伸ばす。

それに連動して、ベヒーモスの二本の角が延び、エネルギーの奔流を貫いてヴェルフに到達する。

 

「何ッ!? ぐぁあああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

伸びた二本の角はヴェルフの左肩と右腕を貫き、空中で串刺しにする。

 

「ヴェルフ様!?」

 

リリがヴェルフに気を向けた瞬間、

 

「ガアッ!!」

 

黒竜の口から火炎弾が放たれ、リリの後方に着弾する。

 

「あうっ!?」

 

爆風でリリは吹き飛ばされ、グランドマスタードラゴンの前方に転がされる。

そしてそのまま、

 

「あああああああああああああああああああああっ!!??」

 

その足で踏みつけられ、リリの悲鳴が響いた。

 

「リリッ!!」

 

ベルが叫ぶ。

 

「見たかね? いくら粋がっていようとただの人間は所詮ここまで。DG細胞の力を得た私には敵わんよ」

 

ウルベはまるで諭すようにそう言う。

ベルは歯を食いしばる。

 

「その言葉は、この技を受けてから言ってみろ!!」

 

ベルは闘気を高める。

 

「ほう………」

 

ウルベは声を漏らす。

 

「流派! 東方不敗が最終奥義………! 全力の………石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

ベルは全力で石破天驚拳を放つ。

ウルベは余裕の表情で微動だにせず、技の直撃を受けた。

爆炎に包まれるウルベ。

 

「どうだ…………! 何っ!?」

 

ベルの表情はすぐに驚愕に染まった。

何故なら、そこには無傷のグランドマスタードラゴンの姿があったからだ。

 

「む、無傷………?」

 

ベルは呆然と声を漏らす。

あらゆるピンチを跳ねのけてきた流派東方不敗の最終奥義が通用しない。

その事実はベルの心を打ちのめした。

 

「今ので終わりかね? ならば、お次はこちらの番だね」

 

ウルベは自身の両腕を前方に突き出すと黒いエネルギーが凝縮され、

 

「くらえぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

黒い波動が一気に解き放たれた。

それは呆然としていたベルに直撃する。

 

「うぁああああああああああああああああああっ!!!」

 

ベルはその波動を受け、地面に叩きつけられるが、ウルベのエネルギーの放出は続いている。

 

「ベルっ!! おのれっ!!」

 

シュバルツがウルベを睨み付ける。

 

「どうだねキョウジ君。素晴らしい力だろう? まったく君達親子には感謝しているよ。このように素晴らしい力を私に与えてくれたのだから」

 

ウルベの仮面が剥がれ、その下にあったDG細胞がウルベの全身に広がる。

 

「違う! 父さんは………私達はそのような事の為にアルティメットガンダムを開発したわけではっ…………!」

 

「クハハハハハ! 君達が如何言おうと、今この力は私の手の内にある! そして、この力を持つ私こそが世界を統べる覇者となるのだ!!!」

 

「ぐ…………!」

 

ウルベの戯言だと分かっていても、責任感の強いシュバルツ………いや、キョウジにとってはウルベの言葉一つ一つが胸に突き刺さるものだ。

と、その時、

 

「おや…………?」

 

ウルベが何かに気付いたように、ベルの背後を………

いや、オラリオの人々が避難した丘に目をやった。

 

 

 

 

 

 

「ベル君………」

 

「ベルさん…………」

 

「ベル………」

 

「ベル君………」

 

「ベルさん………」

 

「クラネル様………」

 

オラリオを見渡せる丘の先で、ヘスティア、シル、リュー、エイナ、カサンドラ、春姫を筆頭に、多くの人々や神々が祈るように見守っていた。

しかし、大まかな戦況は分かるが、細かいところまでは見えない。

 

「一体今はどうなっているんだ!?」

 

ヘスティアが業を煮やすように叫ぶ。

すると、

 

「それなら見てみればいいじゃないか」

 

そんな声が響いた。

その場の全員が振り返ると、

 

「ヘルメス!」

 

そこには傍らにアスフィを伴ったヘルメスがいた。

 

「見てみるってどういうことだい?」

 

ヘスティアが尋ねる。

 

「おいおい、何を言っているんだ? 『神の鏡』の事に決まっているじゃないか」

 

「でも、それは!」

 

『神の力』の行使は下界に降りた神のルールに違反する。

 

「大丈夫だ。ウラヌスから許可は貰ってきた」

 

そう言ってヘルメスは『神の鏡』を発動する。

ヘルメスの言う通り、天界送還はされないようだ。

それを聞いたヘスティアと、傍に居たヘファイストスは早速『神の鏡』を行使する。

それぞれが一番最初に見た光景は、

 

「ヴェルフ!? いやぁああああっ!!」

 

空中で串刺しにされた血塗れのヴェルフと、

 

「ベ、ベル君!?」

 

黒い波動で地面に押し付けられ、苦しむベルの姿だった。

ヘスティアの叫びにシル達が『神の鏡』の前に殺到する。

その姿を見た全員が悲鳴を上げた。

『神の鏡』には、リヴァイアサンの顎に食らいつかれているベート、黒竜の腕に掴まれているアイズ、踏みつけられているリリが次々と映し出される。

 

「アイズたん! ベート!」

 

ロキを始めとした【ロキ・ファミリア】の団員達。

 

「リリルカ・アーデ…………」

 

リリの元主神であるソーマもショックを受けている様だ。

すると、

 

『おや………?』

 

『神の鏡』に映るグランドマスタードラゴンのウルベが『神の鏡』の視線に目を合わせる。

 

『誰かは知らないが覗き見などとは無粋な真似をするじゃないか』

 

その『神の鏡』から響いてきた声は明らかにこちらに対して語り掛けてきていた。

 

『そのような輩には罰が必要だね…………』

 

グランドマスタードラゴンの黒竜の頭が首を擡げ、口を開いた。

 

『消えろ………!』

 

次の瞬間、光の奔流が放たれ、その場にいた者達の視界を光が覆いつくした。

 

 

 

 

 

 

 

「あ………あ…………そんな…………」

 

ベルは絶望的な声を漏らす。

ベルの視線の先にはモクモクと黒い煙が上がっている。

そこは、オラリオの人々が避難していた丘があった場所。

ウルベは、そこに黒竜の砲撃を撃ち込んだのだ。

 

「神……様…………皆…………」

 

その場に居たであろうヘスティアやエイナ達の顔が浮かんでは消えていく。

 

「神様………エイナさん………シルさん………リュー………カサンドラさん………ダフネさん………春姫さん…………」

 

ベルの心に諦めが広がっていく。

それと同時にベルの四肢から力が抜けていき、ベルの心が完全に折れようとしていた。

 

「フハハハハハハ!! ハーッハッハッハッハ!!」

 

ウルベの耳障りな高笑いが遠くなっていく。

いや、ベルの意識が闇に沈もうとしているのだ。

しかし、今のベルに一人で立ち上がる気力は無い。

 

「………………………」

 

本当に、一人だけなら。

 

『馬鹿者! ベル! それが貴様の実力か!?』

 

聞こえた声にベルは目を見開く。

空を見上げると、そこには空中に現れた『神の鏡』に映る東方不敗の姿があった。

 

「師匠………!」

 

『それでよく流派東方不敗を背負っていくなどと言ったものよ』

 

「で、でも………」

 

ベルは皆を護れなかった事に後ろめたさを感じていた。

だが、

 

『ベル君!』

 

聞こえてきたその声にベルは再び目を見開く。

 

「神様………!」

 

ベルの傍らに小さな『神の鏡』が現れ、ヘスティアの姿が映し出された。

 

「無事だったんですね! 神様!」

 

ベルは涙を滲ませる。

 

『ああ! 間一髪のところを師匠君が攻撃を相殺してくれたんだ! 他の皆も無事だよ!』

 

ヘスティアが横に退くと、その後ろにエイナやシル達が映る。

 

「よかった………! 皆、本当に良かった………!」

 

ベルは涙を流す。

その時、

 

「なっ!? 東方不敗 マスターアジアだとっ!?」

 

ウルベが動揺した声で叫ぶ。

東方不敗は視線をウルベに向けると、

 

『フン、前回のガンダムファイトに出場していたあの小童か………あの時から何も成長しておらん奴よのう』

 

東方不敗は呆れた表情で溜息を吐く。

 

「何を馬鹿な事を! 私はDG細胞の力を得て世界の覇者となった!! 今やその力は貴様をも超える!!」

 

ウルベはそう叫ぶが、

 

『だからお前はアホなのだぁ!!!』

 

東方不敗がものすごい剣幕で叫んだ。

 

「ぬぐっ………!」

 

ウルベはその気迫に気圧される。

 

『貴様のその力は、所詮DG細胞によって得た借り物の力に過ぎん! その借り物の力で強くなった気でいる貴様は正に虎の威を狩る狐! それで世界の覇者とは笑わせてくれるわ!!』

 

「き、貴様ぁぁぁぁぁっ………!」

 

ウルベはわなわなと震える。

 

「貴様とてデビルガンダムの力に縋った一人ではないか! 自分の事を棚に上げるなこの偽善者め!!」

 

『戯け!! ワシがデビルガンダムを欲したのは、その自然復活の為の力よ! 『力』そのものを欲したことなど一度として無いわ!! それも誤った選択ではあったがな………』

 

「くっ…………よかろう………貴様の思い上がり、この私が砕いてやる! このDG細胞の力でなぁ!!」

 

ベルに放っていた黒い波動の力が増す。

 

「ぐっ………!」

 

「さあ来るが良い東方不敗 マスターアジア!」

 

『何を勘違いしておる? 貴様に引導を渡すのはワシではない。そこに居るワシの弟子のベルだ』

 

東方不敗は落ち着いた雰囲気でそう言う。

 

「くっ……! 何処までも舐めおってからに………! 良かろう! ならば貴様の弟子を始末し、その後で貴様を始末するだけよ!!」

 

ウルベは更に力を籠め、ベルを屠ろうとする。

 

「ぐぅぅぅぅぅ……………!」

 

ベルは苦しむ声を上げる。

だが、

 

『負けるなベル君!』

 

ベルの傍らの『神の鏡』からヘスティアが声を掛ける。

 

「神様………」

 

『ベル君! 負けないで!』

 

「エイナさん………」

 

『信じてます! ベルさん!』

 

「シルさん………」

 

『ベル、諦めてはだめです』

 

「リュー………」

 

『ベルさん…………が、頑張って…………!』

 

「カサンドラさん………」

 

『クラネル様…………ご武運を………』

 

「春姫さん…………」

 

ベルに深く関係する者達が声を届ける。

それは、他の5人にも…………

 

『リリルカ・アーデ…………頑張りなさい…………』

 

「ソーマ様……………」

 

『ヴェルフ………こんなに早く私を一人にする気なの?』

 

「ヘファイストス様…………」

 

『アイズたん! ベート! 気張れぇぇぇぇぇっ!!』

 

「ロキ…………」

 

「チッ………うっせーんだよ………」

 

『キョウジ、まだ返事を聞かせてもらってねーんだからよ。待ってるぜ!』

 

「スィーク…………」

 

絆の深い者達から届く言葉が彼らの心を奮い立たせる。

 

「皆…………」

 

ベル達の心に皆の想いが届く。

 

「僕は護りたい…………このオラリオで出会った人達を…………大切な人達を! 皆と生きてきたこの世界を!!」

 

ベルは拳を握りしめる。

その拳にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がり、同時に黄金の闘気を身に纏う。

その闘気がウルベが放っていた黒い波動を掻き消した。

 

「何だと!?」

 

ウルベが驚愕の声を漏らす。

そして、ベルに共鳴するかのようにアイズ、リリ、ヴェルフ、ベートも黄金の闘気を放つ。

それと同時に、アイズが自身を掴んでいた黒竜の腕を切り裂き、リリは自分を踏みつけていた足を持ち上げ、ヴェルフは己に刺さっていた角を砕き、ベートは自分に噛みついていた顎を抉じ開ける。

その隙に、四人はベルの元へ集った。

五人の闘気が混ざり合い、極大の闘気となって彼らを包む。

五人は突き動かされるままに右手を前に翳した。

すると、彼らの前に光が収束していく。

 

「こ、この光は! まさかぁっ!!??」

 

ウルベはその光を見て明らかに動揺した。

 

「「「「「この魂の炎! 極限まで高めれば! 倒せないものなどぉぉぉぉぉ…………無い!!」」」」」

 

五人の言霊が重なる。

だが、それを知るウルベが黙って見ている筈が無かった。

 

「撃たせるものかぁぁぁっ!!!」

 

ウルベは黒竜の口を開き、砲撃を放とうとする。

だが、

 

「でぇえええええええええええええええいっ!!!」

 

一筋の銀閃が走り、黒竜の首を斬り落とした。

 

「なぁっ!?」

 

身体から切り離され、集中していたエネルギーが四散する。

シュバルツが瞬時に首を斬り落としたのだ。

 

「お、おのれキョウジ・カッシュゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!」

 

ウルベは恨みの籠った声を上げる。

だが、その隙が命取りだ。

 

「「「「「我らのこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!! ひぃぃぃぃぃぃぃっさつ!!」」」」

 

五人の輝きが一つに収束し、シャッフルの紋章がその輝きに集う。

その輝きは極大のエネルギーを限界まで凝縮した究極の気弾。

五人は同時に拳を繰り出し、その技の名を言い放った。

 

「「「「「シャッフル同盟けぇぇぇぇぇん!!!」」」」」

 

撃ち出されるその輝き。

 

「くっ………ちぃぃっ!!」

 

ウルベは即座に判断すると融合を解除し、自分だけ離脱する。

その輝きはグランドマスタードラゴンへと到達すると、その凝縮されたすさまじいエネルギーを開放した。

エネルギーに飲み込まれるグランドマスタードラゴン。

そのエネルギーはグランドマスタードラゴンを構成するDG細胞全てにダメージを与え、その機能を破壊した。

DG細胞の機能を破壊されれば、自己再生は不可能。

グランドマスタードラゴンは、その身を徐々に自壊させていった。

その輝きは、避難した丘からも見えており、人々にはその輝きが希望の光に見えたのだろう。

笑みを零す者が後を絶たなかった。

それは、ベルの師匠である東方不敗も同じであった。

その輝きを見て、口元に笑みを浮かべる。

 

「よくやった。ベル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがてその光が収まり、五人は膝を着いていた。

流石に消耗が激しかったのだ。

そんな中、ベルの横に再び『神の鏡』が現れる。

 

『やったな! ベル君!!』

 

ヘスティアがベルに労いの言葉を掛ける。

 

「神様………!」

 

ベルも、ヘスティアに向かって嬉しそうな笑みを浮かべた。

だが、ベルは気付かない。

 

「ッ……………!」

 

そんな些細な行動が、心身ともに疲弊した『彼女』の心をどれほど深く抉ったのかを…………

 

「フ………フフフ……………!」

 

僅かな笑い声が響き、ベルは瞬時に気を引き締め直す。

ガラガラと瓦礫が崩れ、その下からウルベが姿を見せた。

 

「チッ! しつこいヤローだ!」

 

ベートが立ち上がろうとするが、

 

「奴は私に任せてもらおうか」

 

その前にシュバルツが立ちはだかった。

 

「疲弊したお前達では奴は少々荷が重い。それに…………奴は私の母の仇なのでな………!」

 

ギラリと刃を輝かせるシュバルツに、ベートは足の力を抜き、

 

「チッ! おいしいとこ持っていきやがって………!」

 

そんなことを言う。

ベートなりの獲物の譲り方だ。

 

「すまんな」

 

シュバルツは刃を構え、ウルベと対峙する。

 

「諦めろウルベ! 消耗したお前では私には勝てんぞ!」

 

「…………ぬぐっ!」

 

ウルベは悔しそうな顔をする。

 

「母さんの仇………ここで討たせてもらう!」

 

シュバルツが飛び掛かろうとした時、

 

「フ………フフフ…………フハハハハハハハハハハ!」

 

突然ウルベが笑い声を上げる。

 

「何がおかしい!?」

 

シュバルツは油断なくウルベを見る。

例え消耗したとはいえ、DG細胞の力を持つウルベは危険だからだ。

 

「いや、全く予想以上だった。まさかグランドマスタードラゴンが敗れるとは思っていなかった…………だが…………」

 

ウルベは顔を上げる、その顔に浮かんでいた表情は愉悦だ。

 

「全く予想していなかったわけでもない!」

 

ウルベは楽しそうな表情を崩さず続ける。

 

「君は先日コソコソ嗅ぎまわっていたようだから知っていると思うが………何故私がデビルガンダムに新たな生体ユニットを組み込まなかったと思う? あれだけ大量の住民を捉え、ゾンビ兵に変えたにも関わらず………だ………」

 

「ッ!?」

 

それはシュバルツも不思議に思っていたことだった。

もしデビルガンダムに生体ユニットが組み込まれ、グランドマスタードラゴンと共に襲い掛かって来ていたら、先ほど以上の苦戦………もしくは敗北していたに違いない。

だというのに、ウルベはデビルガンダムに生体ユニットを組み込まなかったのだ。

 

「君は知らないと思うが…………デビルガンダムの生体ユニットには相応しい条件というものが二つある」

 

「条件………だと………?」

 

シュバルツはデビルガンダムの開発者の一人として驚愕の表情を浮かべる。

 

「一つは健全で力強い生命力を持つ人間。それは、次の世代への生命を生み出すほどのパワーを備えた生き物…………」

 

「ッ!」

 

その言葉でシュバルツは察する。

 

「そう、すなわち女性であること…………まあ、これはウォンがデビルガンダムを研究して見つけた条件だがね………そしてもう一つ! こちらは私が発見した条件だ!」

 

ウルベは高らかに言う。

 

「デビルガンダムの最終形態は人間の感情、心理をエネルギーとする…………つまり強く、深い感情の持ち主! 即ち! 心に深い闇を持つ女こそが最もデビルガンダムの生体ユニットに相応しい!!」

 

ウルベの視線は、その『彼女』に注がれている。

 

「そして、その生体ユニットに最も相応しい者が…………………………今ここに居る!!!」

 

「なっ!?」

 

シュバルツが驚愕した瞬間、今まで沈黙を保っていたデビルガンダムが動き出した。

眼が赤く光り、上半身を『彼女』へと向ける。

 

「それは………貴様だ!!」

 

その瞬間、デビルガンダムのコクピットが開き、そこから機械の触手が伸びる。

その触手が狙ったのは、

 

「くぅっ!?」

 

「アイズさんっ!?」

 

アイズであった。

アイズの身体の各所に触手が巻き付き、アイズをコクピットに引きずり込もうとする。

 

「アイズさん!!」

 

ベルは疲弊した身体を突き動かし、アイズへと駆ける。

抵抗していたアイズだったが足を取られ、遂に空中に吊られてそのままコクピットに引きずり込まれようとしていた。

そんなアイズに向かってベルは渾身の力で跳び、アイズに向かって手を伸ばす。

 

「アイズさんっ!」

 

「ベルッ!」

 

アイズもベルに向かって手を伸ばした。

その結果は…………

タイミング的に言えば、ギリギリ間に合った。

お互いが手を伸ばし、迷わずに掴んでいれば、何とか間に合っていた。

しかし…………

 

「ッ……………!」

 

お互いの手が触れようとする瞬間、何故かアイズが一瞬躊躇したのだ。

 

「アイズさん!?」

 

躊躇したアイズにベルは困惑する。

そして、その一瞬の躊躇が命運を分けた。

その一瞬の間に触手の力が強まり、アイズの身体を引きずり上げる。

ベルの目の前から離れていくアイズの姿。

そして、アイズはデビルガンダムのコクピットに引きずり込まれ…………その扉が閉じられた。

 

「アイズさんっ!!!!」

 

デビルガンダムにエネルギーが満ち溢れ、大地を揺るがす。

 

「フハハハハハハハハハハハ!!! 今こそデビルガンダムの本当の復活だ!!!」

 

ウルベが叫んだ。

そう、即ち、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生贄(アイズ)が捧げられ、悪魔(デビルガンダム)が蘇った。

 

 

 

 

 







第六十三話の完成。
久々にここまでの長文になった。
今回はシャッフル同盟拳と、同時にアイズが取り込まれるところまで行きました。
アイズの心の闇に気付けなかったことがベル君最大の失態です。
恐らく次かその次で完結になるかと………
できれば最後までお付き合いください。
それでは次回にレディィィィィィィッ……………ゴーーーーーーーッ!!!



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最終話 完全決着! 新たな未来へレディー・ゴー!!

アイズは気付けば暗闇の中に居た。

 

「ここは……………?」

 

アイズは辺りを見回すが何もない真っ黒な空間が続いているだけだ。

 

「…………私は………あのデビルガンダムに捕まって…………ッ!」

 

アイズはデビルガンダムのコクピットに引きずり込まれたことを思い出した。

すると、

 

『……………ねえ』

 

その場にアイズではない、だがアイズによく似た声が響いた。

 

「ッ……………!?」

 

アイズは警戒心を限界まで引き上げて振り返った。

そこには、先ほどまでは居なかった金髪の幼い少女が居た。

 

「誰っ……………!?」

 

アイズはそう口にしたが、内心では驚愕していた。

何故なら、その少女の姿は紛れもない、かつての自分の姿だったからだ。

 

『“わたし”? “わたし”はあなただよ。あなたが心の中に閉じ込めている本当の【私】』

 

「本当の……………私………?」

 

少女姿の【アイズ】はアイズに歩み寄ってくる。

 

『そうだよ。“わたし”は【私】。【私】の事なら何でも知ってる。だって“わたし”は【私】だから…………』

 

まるで問答を口にしているかのように無表情で言葉を綴る【アイズ】にアイズは内心たじろぐ。

 

『胸が痛いんでしょ? 苦しいんでしょ? だって………………ベルが【私】を見てくれないから』

 

「ッ!!??」

 

その言葉にアイズは激しく動揺した。

 

『わかるよ…………“わたし”も【私】だから…………【私】に大切な事を教えてくれた人…………【私】が初めて好きになった人…………………』

 

【アイズ】がどんどん近付いてくる。

 

『………だけど可哀そうな【私】。ベルは【私】を見てくれない………………だって………………』

 

そのまま【アイズ】がアイズとすれ違った瞬間、【アイズ】はアイズと同じ姿になっていた。

 

『ベルが見てるのは、あの女神だから…………』

 

【アイズ】がアイズの耳元で囁く。

 

「ッ!!!!」

 

アイズが目を見開き、胸に走る激しい痛みを掻きむしるように右手で服を握りしめる。

 

『辛いよね? 悔しいよね? だって、ただベルの主神というだけでベルの想いを独り占めしてるんだよ?』

 

「そ………それ………は…………」

 

『あんな女神、居なければよかった…………』

 

「わ、私…………そんな事…………」

 

『あの女神さえいなければ、きっとベルは【私】を見てくれたのに…………』

 

「あ…………あ……………」

 

【アイズ】は後ろからアイズを抱きしめ、耳元で囁く。

 

『あの女神さえいなければ……………』

 

「やめて!!」

 

アイズは大声で叫んだ。

 

「例え………ベルが私を選ばなかったとしても……………ベルが幸せなら…………私は…………」

 

アイズは葛藤を心の隅に押し込めながらそう口にするが、

 

『本当にそれでいいの…………?』

 

「えっ……………?」

 

『本当に【私】はそれでいいの…………?』

 

「そ……れは…………」

 

『想像して? ベルがあの女神と結ばれる所を…………』

 

「あ……………」

 

『恋人同士になって仲良く街を歩いている様子を………』

 

「ああ………………」

 

『結婚して二人で暮らしている様子を…………』

 

「あ……あああ…………!」

 

アイズは涙をボロボロと零す。

 

『辛いよね? 耐えられないよね?』

 

【アイズ】は耳元で囁き続ける。

 

『なら、あの女神がいなくなればいいんだ』

 

「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!!!」

 

アイズを取り込んだデビルガンダムがエネルギーを放出しながら唸り声の様な駆動音を上げる。

 

「フハハハハハハハハハハハ!! 今こそデビルガンダムの本当の復活だ!!」

 

ウルベが高笑いを上げながら叫ぶ。

 

「ア、アイズさん…………」

 

取り込まれてしまったアイズに対し、ベルは呆然と呟く。

 

すると、デビルガンダムのコア部分―――人型の上半身にあたる部分から繋がる巨大な顔まで―――が赤い光を迸らせながら分離。

地上へと降りてくると、両肩部分から禍々しい巨大な腕が生えた。

 

「こ、これは…………」

 

シュバルツが目を見開きながら声を漏らす。

 

「すばらしい! まさかこの短時間で最終形態への進化を遂げるとは…………!」

 

ウルベが歓喜の声を上げた。

 

「最終形態………だと………?」

 

シュバルツがウルベに問う。

 

「その通り。この姿こそデビルガンダムの最終形態! 人間の感情、心理をエネルギー源とした究極の存在!!」

 

ウルベが叫ぶと、肩から生えた巨大な腕にエネルギーが集中し、光の奔流が放たれた。

ビームと呼ばれるそれは、ベル達に襲い掛かるが、危険を察知したベル達は飛び退くことでそれを避ける。

地面に着弾したビームは地面を融解させるが、威力ならグランドマスタードラゴンの砲撃の方が遥かに上だろう。

だが、

 

「なっ……………!」

 

間髪入れずに次の砲撃が放たれる。

ベル達は散開して避けるが、デビルガンダムの砲撃は止まらない。

 

「これほどの威力の砲撃を、タイムラグ無しで連射だと!?」

 

シュバルツはその恐ろしさを正しく理解した。

最大威力では及ばなくとも、その一撃はベル達ですら致命傷を負うほどの威力がある。

それが連射されるとなれば、その恐ろしさはグランドマスタードラゴン以上だ。

ほぼ無差別と言っていいほどに放たれ続ける攻撃は、味方の筈のデスアーミーや、分離した自分の体すら容赦なく巻き込み、粉砕していく。

 

「奴のエネルギーは無尽蔵か!?」

 

一向に終わる気配のない攻撃に、全員は戦慄する。

その時、

 

「アイズさんっ! 目を覚ましてください! デビルガンダムなんかに負けちゃいけない!」

 

ベルが叫んだ。

その場に居る誰もが無駄だと思っただろう。

しかし、その予想に反してデビルガンダムの攻撃は止まった。

 

「何っ!?」

 

「攻撃が………止まった………?」

 

「ベルの声が届いたのか?」

 

それぞれが驚いた反応を見せる。

 

「どうした!? 何故止まっているデビルガンダム!? 早く奴らを始末するのだ!!」

 

ウルベがそう命令するが、デビルガンダムはベルを見たまま動かない。

 

「どうした!? 動け! 私の命令が聞けないのか!?」

 

ウルベが業を煮やして叫んだ瞬間、デビルガンダムの右肩の巨大な腕が伸び、ウルベに襲い掛かった。

 

「なっ!? がぁあああああああああああああっ!!??」

 

ウルベはデビルガンダムから攻撃を受けるとは思わず、避ける暇もなく腕の一撃を受けて瓦礫に埋もれる。

 

「味方を攻撃しやがった………!?」

 

「俺達を助けてくれたのか?」

 

ベートとヴェルフが呟く。

ウルベを攻撃したことに、ベルは頼りないながらも笑みを浮かべる。

 

「ア、アイズさん………! 僕達の事が分かるんですね………? 僕達を助けてくれたんですね? アイズさん………!」

 

ベルは自分の予想を口にする。

いや、ただそうであって欲しいというベルの願望だった。

デビルガンダムはベルを見下ろすと、下半身の巨大な顔の目を光らせる。

すると、上半身と巨大な顔を繋げていた細長い胴が縮まり、上半身と巨大な顔の頭部が繋がった。

更に、巨大な顔が変形を始め、脚部となってその足を地に付けた。

すると、デビルガンダムの胸部の中央に縦線が走り、真っ二つに分かれるようにその内部が露になった。

そこには、

 

「ア…………アイズさん……………」

 

DG細胞に包まれ、銀色の胸像の様な姿になった裸体のアイズが無数の緑色の機械のコードに埋め込まれるようにそこに居た。

変わり果てたアイズの姿にベルは一瞬たじろぐが、

 

「ア、アイズさん……! もう大丈夫です! 敵は居ません………! さあ、早くそんな所から出て、皆の所へ帰りましょう…………」

 

何とかそう語りかける。

 

「…………………………」

 

ベルの言葉にアイズは何も反応を見せない。

だが、

 

『ベル君! いったい何があったんだ!?』

 

「神様!?」

 

ベルのすぐ傍に『神の鏡』が現れ、ヘスティアが呼びかけ、ベルはアイズから視線を外してヘスティアの方を向いてしまう。

その瞬間、一瞬だがアイズがピクリと眉を顰めた。

それと同時にデビルガンダムの左肩の腕が今まで以上の勢いを持ってベルに…………

いや、正確には『神の鏡』に映っていたヘスティアに向けて叩きつけられた。

地面ごと『神の鏡』が粉砕され、その勢いで吹き飛ばされるベル。

 

「ア、アイズさんっ!?」

 

ベルは原型を留めていた建物の壁に叩きつけられ。

地面に座り込む体勢になる。

 

「ぐっ…………ア、アイズさん…………」

 

何とか起き上がろうとするベル。

 

「くそっ! そううまい事はいかねえか…………! リリ助! ベルの援護に行くぞ!」

 

ヴェルフがリリに呼びかける。

 

「………………………」

 

しかし、リリから返事はない。

 

「おい、リリ助!?」

 

ヴェルフは振り返ってリリを見る。

すると、

 

「今のアイズ様の反応は…………」

 

何やら呟いている。

 

「リリ助!?」

 

ヴェルフはもう一度呼びかける。

 

「…………ヴェルフ様、ベート様、今の見ましたか?」

 

「何がだ?」

 

「今、一瞬ですが、アイズ様が反応しました」

 

「何だと!?」

 

「ベルに反応したって言うのか!?」

 

「いいえ。私が見る限りベル様に反応したのではなく、『神の鏡』に映っていたヘスティア様に反応したように私には思えました」

 

「ヘスティア様に………?」

 

「あの男が言っていましたね? デビルガンダムの生体ユニットに相応しいのは心に深い闇を持つ女性だと……………アイズ様の心の闇とは何なんでしょうか?」

 

「アイズの…………心の闇…………」

 

ベートが呟く。

 

「私は最初、黒竜に関することだと思っていましたが…………よく考えれば、既に黒竜はベル様とアイズ様の手によって倒されています。多少のしこりは残るかもしれませんが、深い心の闇になるとは到底思えません」

 

「「…………………」」

 

「先日から気になっていたことがあるんです。アイズ様の、ベル様に対する態度が妙におかしかったんです。その事に関して、ベル様にも心当たりは無いとおっしゃっていたのですが………………」

 

リリも考えるが、ピースが足りないのか答えが出ない。

その時、

 

「アイズさんっ!? 駄目です!」

 

デビルガンダムが砲撃をオラリオの住民が避難していた丘に向かって撃ち込もうとしていたため、ベルは闘気剣を抜いて両肩から生えていた巨大な腕を切断する。

そのお陰で砲撃は中断させることが出来たが、

 

「うぁああああああああああああああああああっ!!!」

 

アイズが悲鳴を上げ、両肩から血が噴き出る。

そこはベルがデビルガンダムに傷をつけた所と全く同じ場所だった。

 

「ッ!? アイズさん! ごめんなさい、大丈夫ですか!?」

 

ベルはアイズを傷付けてしまった事に罪悪感を感じ、駆け寄ろうとする。

しかし、

 

「どうして………あの女神なの…………?」

 

アイズの呟きが聞こえ、ベルは足を止めてしまう。

 

「どうして私じゃないの…………?」

 

デビルガンダムの両肩のダメージが瞬時に再生する。

 

「私を一人にしないで……………! 傍に居てよぉっ!!!」

 

アイズの慟哭の様な叫びと共に開いていた胸部が閉じてアイズの姿を覆い隠す。

更にデビルガンダムにエネルギーが満ち溢れ、全身からビームが乱射される。

 

「ア、アイズさん…………!? 一体どういう…………!?」

 

ベルは気で防御しながらその攻撃に耐える。

アイズの言葉の意味を理解できずにベルは困惑する。

すると、

 

「…………………………ベル様」

 

いつの間にかリリがベルの前に立っていた。

辺りに降り注ぐ攻撃を、まるで無いものかのように動じず、静かに立っていた。

 

「…………リリ?」

 

ベルがリリの名を呟くと、

 

「………………………このヘタレ!」

 

その言葉と共に、ボコッとリリがベルの頬を殴った。

 

「………………………え?」

 

一瞬リリに殴られたことに気付かず、ベルは呆然とリリを見た。

 

「ベル様のヘタレ! 鈍感! 唐変木!」

 

「リ、リリ…………!?」

 

リリの口から次々と出てくる自身への暴言にベルは目を丸くする。

 

「どうしてアイズ様のお気持ちを理解しようとしないんですか? 私から見ても、アイズ様が可哀そうです!」

 

リリは一呼吸置くと、

 

「良いですか? アイズ様はベル様とヘスティア様の関係を羨ましく思っているんです!」

 

「えっ?」

 

ベルは考えもしなかった一言に声を漏らす。

 

「ベル様とヘスティア様の絆は確かに私から見ても強いものです。ですが、それはあくまで『家族愛』という前置きが付きます。違いますか?」

 

「えっ…………う、うん…………」

 

ベルは素直に頷く。

 

「ですが、アイズ様にはそれが分からないんです!」

 

「ッ……………!?」

 

「私もアイズ様と少し付き合ってみて気付きましたが、アイズ様は精神的にはまだ幼いところが多々あります。それは、『恋愛感情』も例外ではありません!」

 

「そ、それは…………」

 

「アイズ様には、ベル様から自分に向けられる『情愛』とヘスティア様に向けられる『家族愛』の違いに気付いてないんです! むしろ、ベル様から向けられる『情愛』にすら気付いていない節があります! だから、ベル様がヘスティア様に向ける『家族愛』を『情愛』と勘違いしてるんです!」

 

「そ、それって……………」

 

「ですから、今のアイズ様を止めるためには、ベル様がアイズ様へ『情愛』を向けていると分からせればいいんです」

 

「えっ………で、でも、どうやって……………?」

 

リリの言葉にベルは少し顔を赤くする。

 

「そんなの簡単です。ベル様がアイズ様に『好き』だと言えばいいんですよ!」

 

その瞬間、リリの横に『神の鏡』が開き、

 

『お、おいリリ君! 何言ってもがっ………………!?』

 

『はいは~い、ヘスティア様。大人しくしましょうね~』

 

『神ヘスティア、ここは大人しく黙っておくべきかと…………』

 

ヘスティアが声を上げようとした所で後ろからシルとリューによって取り押さえられる。

 

「リ、リリ!? 何言って!?」

 

ベルは顔を真っ赤にさせて動揺するが、

 

「冗談で言ってるわけではありません。ベル様。ベル様がアイズ様を慕っていることは既に知っていますが、ベル様はアイズ様に一度でも『好き』だと言ったことがありますか?」

 

「う、ううん…………」

 

ベルは、フルフルと首を横に振る。

 

「なら、ベル様こそ自分の気持ちに素直になるべきです!」

 

リリの言葉がベルの心を揺さぶる。

 

「だったら話は早いな!」

 

ヴェルフが叫ぶ。

 

「言っちまえば良いだけの話だろ!」

 

ベートが、

 

「誰にも遠慮することは無い!」

 

シュバルツが、

 

「お前のありったけの想いを!」

 

ヴェルフが、

 

「ぶつければ良いんです!」

 

リリが、

それぞれがベルの背中を押す。

リリはベルの手を両手で握り、

 

「ファイトです! ベル様!」

 

「皆……………」

 

ベルは一度全員を見回し、

 

「……………ありがとう」

 

ベルは覚悟を決めた。

 

「僕は、もう逃げない…………!」

 

ベルは立ち上がり、攻撃を続けるデビルガンダムに駆け寄る。

ビームの一発がベルへの直撃コースとなるが、ベルはそれを素手で弾き飛ばした。

 

「アイズさぁああああああああああああああああああああんっ!!!」

 

そして渾身の想いを込めてアイズの名を呼んだ。

その瞬間、あれだけ激しかったデビルガンダムの攻撃がピタリと止まる。

 

「止まった……………」

 

誰かが呟く。

 

「デビルガンダムが………止まった」

 

「さあ、ここからです」

 

リリが呟く。

 

ベルは静かにアイズに語り掛けた。

 

「アイズさん…………聞こえますか? アイズさん…………返事はしなくても構いません。ただ、聞いてください……………」

 

その様子を、『神の鏡』を通じてオラリオの住人全てが見守っていた。

 

「アイズさん…………僕は、英雄を目指してこのオラリオにやってきました………子供っぽいと笑うかもしれませんが…………本で読んだ英雄たちに…………困る人々を助け、強大な敵を打ち倒し、ヒロインたちと恋をする彼らに……………僕は憧れました…………」

 

静かに語るベルを前に、沈黙を続けるデビルガンダム。

 

「自分で言うのもおかしいかもしれませんが……………僕は『英雄』になれたんだと思います。仲間達と冒険をして、目についた困る人たちを助け、強大な敵も仲間達と一緒に打ち倒してきました…………………そしてもちろん…………ヒロインに恋もしました…………」

 

デビルガンダムの中で、アイズがピクリと反応する。

 

「僕が恋をしたヒロインとは…………オラリオに来て二週間ぐらいしたころ…………ダンジョンの中で出会いました」

 

アイズは内心困惑していた。

オラリオに来て二週間はともかく、ダンジョン内で出会ったという。

それでは、あの女神には当てはまらないと。

 

「今でもハッキリと覚えています。それは初めてダンジョンの五階層に降りた時、何故かその階層に居るはずの無いミノタウロスと遭遇して、僕が嬉々として戦おうとした時にその人は現れました」

 

五階層、ミノタウロス。

アイズの記憶にもある単語がアイズの心を震わせていく。

 

「僕は一目でその人に心奪われました。自分に降りかかるモンスターの血すら気付けず、その人に見入っていました。完全に…………一目惚れでした…………」

 

デビルガンダムの胸の中央に亀裂が入る。

 

「その後にも魅力的な女の人達と出会うことはありましたが、僕が本当にヒロインになってほしいと思う人は、その人だけです…………………アイズさん。僕は、初めて会ったときから、あなたが……………」

 

デビルガンダムの胸が徐々に開き始める。

 

「あなたが…………」

 

『ムゴ~! ムゴ~!』

 

シル、リューに口を塞がれているヘスティア。

 

「あなたが……………」

 

『フグ~~~~~~!!』

 

『野暮な真似は止めておけ、ロキ』

 

『僕も同感だ』

 

同じようにリヴェリアとフィンに取り押さえられているロキ。

 

「あなたが……………!」

 

『神の鏡』を通じてオラリオの住民全員が固唾を飲んでその瞬間を見守る。

そして遂に、

 

「………ッ! あなたが好きだっ!!!」

 

その言葉が紡がれた。

 

「あなたが欲しいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」

 

デビルガンダムの胸部が開かれ、アイズを飲み込んでいたコードが次々と弾け飛ぶ。

 

「アイズーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」

 

ベルは渾身の想いでアイズの名を呼んだ。

その想いは………………………………届いた。

アイズを覆っていたDG細胞が砕け散る。

 

「ッ! ベルーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

アイズは裸なのも気にせずにコクピットの外へと飛び出す。

 

「アイズッ!!」

 

ベルもアイズを受け入れるために飛び出す。

その瞬間、

 

「ベル様っ!」

 

リリが一瞬で自分のローブを脱ぎ去り、ベルへと投げ渡す。

ベルはそのローブを掴んでアイズの元へと向かった。

 

「ベルッ!!」

 

「アイズッ!!」

 

空中で二人は抱き合う。

 

「ベルッ! 私もっ、私もっ!」

 

「アイズ!」

 

アイズは涙を浮かべながら、ベルは笑みを浮かべて。

 

「私もベルが好きっ!」

 

「はい、愛してます! アイズ!」

 

二人は互いをしっかりと抱きしめる。

 

「……もう離さない!」

 

「離しはしません!」

 

「「ずっと、ずっと一緒(です)!!」」

 

お互いの気持ちを確かめ合い、絆を深める二人。

ベルはアイズにローブを纏わせ、元居た場所に着地する。

アイズに着せたローブは、リリが着ていたボロボロのローブの筈なのだが、今アイズが纏っている物は、不思議とどんな高級なドレスにも劣らない美しさがあった。

すると、生体ユニットを失ったデビルガンダムが、アイズを取り戻そうと体組織を活性化させ、暴走を始める。

それを見たベルは、冷静にアイズへと語り掛けた。

 

「さあ、最後の仕上げです」

 

「………うん!」

 

アイズも迷わずに頷く。

二人は手を繋いでデビルガンダムを見据えた。

 

「「二人のこの手に闘気が宿る!」」

 

「幸せ掴めと!」

 

「轟き叫ぶ!」

 

二人は自然とその言霊を紡ぐ。

今の二人には言葉もアイコンタクトも必要ない。

何故なら、二人の想いは一つなのだから。

 

「「ひぃぃぃぃぃぃぃっさつ! アルゴノゥトフィンガァァァァァァァァァァァッ!!」」

 

ベルがアイズを後ろから抱きしめるように包み込み、二人は揃って気を集中させる。

二人の想いが、愛が、その気の力を極限まで増大させる。

その力は、最早シャッフル同盟拳を超える。

 

「石ッ!」

 

「破ッ!」

 

「「ラァァァァァブラブッ!!」」

 

ベルの右手とアイズの左手が重ねられ、二人の愛の結晶とも言うべき技が繰り出された。

 

「「天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!!!!」」

 

二人の手から放たれた気弾はキング・オブ・ハートの紋章を輝かせ、突き進む。

しかもそれだけではなく、王冠を被った力強い王の姿を現し、防ごうとしたデビルガンダムの両腕、と両肩の腕すら容易く砕いてデビルガンダムの中央を貫いた。

デビルガンダムの動きが止まり、ベルはアイズを抱き上げた。

 

「あっ…………」

 

「これが………僕達の門出です」

 

「ッ………うん!」

 

ベルの言葉に、アイズは嬉しそうに頷く。

二人は揃って前を見る。

そこには体の真ん中にハート型の風穴をあけたデビルガンダムの姿。

それを二人が見届けると、デビルガンダムは用は済んだとばかりに爆発し、跡形も残らず消滅した。

 

 

 

 

 

 

その陰で、

 

「くっ………忌々しいシャッフル同盟の連中め………! だが、この身にはまだDG細胞が残っている…………この私さえ生き残っていればいずれ…………」

 

あの場の全員がデビルガンダムに注目している間に、この場を離れようとしていた。

だが、

 

「ぐはっ!?」

 

ウルベの胸を、銀の刃が貫いた。

 

「逃がすと思っていたのか?」

 

「き、貴様………! キョウジ・カッシュ………!」

 

ウルベの影からシュバルツが現れ、背後からウルベの胸を貫いたのだ。

 

「母さんの仇だ。眠れ、ウルベ!」

 

シュバルツは刃に気を送り込み、ウルベの体を構成しているDG細胞にダメージを与えて破壊する。

 

「がぁああああああああっ!!??」

 

ウルベは断末魔の悲鳴を上げながら崩れ去り、消滅した。

シュバルツは刃を納める。

すると、

 

「終わったようだな」

 

東方不敗が声を掛けた。

 

「ああ」

 

「貴様はこれからどうするつもりだ?」

 

東方不敗がシュバルツ………いや、キョウジに問う。

 

「これから………か…………」

 

キョウジは一瞬考えるが、すぐに一人の女性の顔が浮かび上がり、愚問だと顔を上げた。

 

「私の贖罪は終わった…………これからは、自分の幸せの為に生きてみようと思う」

 

「ほう。自分の幸せか」

 

「ああ。私を幸せにしてくれると言っている女性もいることだしな」

 

キョウジがそう言うと、

 

「キョウジ!!」

 

息を切らせてスィークが走ってきた。

これ以上ここに居るのも野暮かと思った東方不敗はその場を気付かれずに立ち去る。

暫くしてからふと後ろを見ると、スィークが涙を浮かべながらキョウジに抱き着き、そんなスィークをキョウジが微笑みながら優しく抱きしめる光景があった。

 

 

 

 

オラリオを覆っていた暗雲が晴れ、日の光が差し込んでくる。

世界一と言われたオラリオは破壊され、無残な光景を残している。

だが、ダンジョンが消滅した今、オラリオの価値も下がっていっただろう。

それでも、希望を持って新たな未来へ歩む若者たちがいる。

 

 

寄り添うように佇むベルとアイズ。

そんな二人を見て、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ベルく~~~~~~~ん!!」

 

恋に敗れた女神(ヘスティア)が大泣きしている。

そんなヘスティアの肩にポンと優しく手が置かれる。

ヘスティアが振り向くと、優しく、慈しむ様な笑みを浮かべたリリの姿。

更にその後ろには、同じように慈しむ笑みを浮かべた、シル、リュー、エイナ、カサンドラ、春姫の姿。

リリはヘスティアに手を差し出す。

その手は物語っていた。

『ようこそ、ベル様ハーレムへ』

と。

ヘスティアは葛藤した。

天界の『三大処女神(スリートップ)』と呼ばれた自分がこの手を取るわけにはいかないと。

だが、それも一瞬だった。

ヘスティアはその手を取った。

自分のプライドよりも利を取ったのだ。

僅かでもベルと共にいられる可能性があるのなら、と。

 

 

また、別の場所では、

 

「ヴェルフ!!」

 

「ヘファイストス様!」

 

ヴェルフとヘファイストスが抱き合う。

 

「ヴェルフ………良かった、あなたが無事で………」

 

「俺はまだ死ぬ気はありませんよ」

 

「あなたが串刺しにされている所を見た時は、心臓が止まるかと思ったわ」

 

「そ、それは………! 心配かけてすみませんでした」

 

ヴェルフは大人しく謝る。

 

「フフッ! 良いのよ、生きて帰って来てくれた。今はそれだけで十分だわ。さあ、来なさい。まずは怪我の治療よ」

 

「………はい!」

 

二人は揃って歩んでいった。

 

 

 

ベートは寄り添い合うベルとアイズを見て、

 

「……………フン!」

 

腕を組んでそっぽを向く。

だが、チラリと横目で二人の様子を伺うと、

 

「………………………フッ」

 

小さく、本当に小さく笑みを浮かべた。

 

 

 

 

そんな事を知らぬベルは、アイズを見つめる。

 

「オラリオ…………滅茶苦茶になっちゃいましたね………」

 

「うん…………でも、きっと大丈夫」

 

「どうして………?」

 

「だって………ベルがいるから」

 

アイズは笑みを向ける。

 

「アイズ…………」

 

「ベルがいれば、どんな未来でもきっと大丈夫………」

 

アイズの言葉にベルも笑みを浮かべる。

 

「アイズ…………」

 

「ベル……………」

 

見つめ合う二人。

二人の顔の距離が徐々に近づく。

そして、唇を重ねた二人を、雲の隙間から漏れた日光がスポットライトの様に照らし出した。

 

 

 

 

 

 

 

~~~~~FIN~~~~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルの最終【ステイタス】

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 

 

 

Lv.東方不敗

 

 

 

  

 看 石 全 王 東 新

 招 破 新 者 方 一

 ! 天 招 之 不 派

   驚 式 風 敗

 

 

 

 

 

 

《魔法》

【魔法に手を出そうとするうつけ者がぁーーーっ!!!】

 

 

《スキル》

【流派東方不敗】

・流派東方不敗

 

 

 

【明鏡止水】

・精神統一により発動

・【ステイタス】激上昇

・精神異常完全無効化(常時発動)

 

 

 

英雄色好(キング・オブ・ハート)

・好意を持つ異性が近くにいると【ステイタス】上昇

・異性への好感度により効果上昇

・異性からの好感度により効果上昇

・効果は重複する

乙女(クイーン)戦士(ジャック)孤狼(エース)道化(ジョーカー)との共鳴(レゾナンス)により【ステイタス】及び効果上昇

乙女(クイーン)との接触により【ステイタス】限界突破

 

 

 

 

 

 

 

 

二つ名:【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)

 

 

 

 

 

 

 




最終話の完成です。
いや~長かった。
一年ちょっとの連載でした。
何だかんだでやりたい事詰め込みまくりました。
最後の最後はどうしても告白シーンやラブラブ天驚拳シーンに全部持ってかれると思ったので、最後の最後に盛り上げるために【ステイタス】ぶっ今度来ました。
序に二つ名も。
勿論この二つ名は最終話後に行われた神会で決定しました。
これ以上このベル君に似合う二つ名は無いと思います。
とりあえずこれで本編完結です。
後は気紛れに蛇足というか、自分が過去作でもやった外伝的なアレをやろうかな~と思っていたり……………
その後は理想郷に戻って凍結してた小説の続きを書こうかなと思っていたんですけど………
実はこの一年の間に新しくハマった作品がありまして…………
それを使ったクロス小説を書きたいという欲求が湧いていまして………
そっちを投稿してしまうかもしれません。
それはともかく。
今まで応援していただいた皆様には感謝です。
ありがとうございました。
それでは皆さん最後はご一緒に。
ダンジョンファイト!レディィィィィィィッ……………ゴーーーーーーーッ!!!


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エキシビジョンマッチ このベル達が正史に行くのは間違っているだろうか
ROUND【1】 開幕



お久しぶりです。
約一ヶ月振りの投稿です。
蛇足という外伝です。
まあこれは見る人によっては原作蹂躙モノと捉えられても仕方の無いものなので、悪寒を感じた人はプラウザバックを推奨します。
それでも読んでくれるという方は、作中でもストーカーさんがおっしゃっていますが、エキシビジョンマッチという考えの元、本編以上に気を抜いてお読みください。
では、どうぞ。




 

 

 

暗闇の中にスポットライトの光が差し込み、眼帯を付けた一人の男の姿が浮かび上がる。

丸椅子に腰かけ、足を組んだ男性は語り始める。

 

「さて皆さん、またお会いしましたね。皆様とはもう長い付き合いになりますが……………おや? 私とは一度しかお会いになった事が無いという方がたくさんいらっしゃいますね。ですが、そんな事はありません。よ~く思い出してみてください。ほらこの時も………そしてあの時も………ファイトがあるところに、必ず私はそこに居ました……………ふむ………それでも思い出せないという方の為に、自己紹介から始めましょう。私の事は、『ストーカー』…………とでもお呼びください。ファイトをこよなく愛する唯のファンです。さて、東方不敗 マスターアジアとの出会いから始まったベルの英雄譚は、無事大団円を迎えました……………ほう? ベルのその後が気になると、そう仰る方が僅かですがいらっしょる模様…………ならば、もう少しだけ語ることに致しましょう。さて、今日のファイトはこの世界とは少し違った世界から始まります。この世界のベルは、東方不敗 マスターアジアと出会い、大きな転機を迎えました。その出会いを切っ掛けに、その後のベルの運命の道は大きく変わった事は言うまでもないでしょう。ですがもし! 東方不敗との出会いが無かったら………己が師匠との出会いが無く、運命の道を変わることなく進んでいたら………言わば、『正史』とも言うべき世界から今回の物語は始まります」

 

彼はそう語ると一呼吸置き立ち上がる。

 

「それでは!!」

 

そう叫ぶと同時に上着を脱ぎ棄て、眼帯を外し、右手にはマイクが握られる。

 

「ダンジョンファイトエキシビジョンマッチ!! レディィィィィィィッ…………ゴーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

エキシビジョンマッチ

このベル達が正史に行くのは間違っているだろうか?

 

ROUND【1】 開幕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界…………

仮に『正史世界』と呼ぶことにしよう。

この『正史世界』ではベル・クラネルは普通の冒険者だ。

いや、彼も普通とは言い難い。

何故なら、レベルを一つ上げるのに最低でも一年は掛かる所を、彼はオラリオに来てわずか数ヶ月という短い期間でLv.4という前人未到の最短記録を打ち出しているからだ。

ただ、通常のLv.4から大きく逸脱しているわけではない為、そう言う意味では『普通』の冒険者だ。

とはいえ、今回の話の切っ掛けは彼ではない。

今回の話の切っ掛けとなる人物は…………………

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたものでしょうか…………これは……………」

 

何処かの研究室と思われる部屋で、一人の女性が呟いた。

その女性、【ヘルメス・ファミリア】所属のアスフィ・アル・アンドロメダの目の前には、神秘的な輝きを放つ拳大の宝石の様な石。

これはついさっきアスフィにより、偶然に偶然が重なり偶然に生み出された偶然の産物。

同じものを作れと言われても絶対に不可能とも言うべき代物(マジックアイテム)

 

「まさかこんなものを生み出してしまうとは……………」

 

そう独り言ちる。

作った本人には、それがどういう物か分かっていた。

それは世界の壁に穴を開け、別の世界から何人かをこちらの世界に引き込んでしまうというもの。

ただ世界の修正力が働くため、一週間ほどで引き込んだ人間は元の世界へ戻るらしい。

 

「こんなものを作ったことがヘルメス様に知れたら絶対に碌でもないことになります。少々名残惜しい気はしますが、早急に処分してしまいましょう」

 

アスフィは何処からともなくハンマーを取り出し、その宝珠を砕かんと振り上げた。

その瞬間、

 

「やあアスフィ! 何か面白いアイテムでもできてないかい?」

 

ノックすらせずにアスフィの主神であるヘルメスが扉を開けて入室してきた。

 

「ヘヘ、ヘルメス様!? ノックぐらいしてください!」

 

アスフィは慌ててアイテムとハンマーを背後に隠しながらヘルメスに答える。

 

「何を慌てているんだいアスフィ? それと、今背中に隠したものは何だい?」

 

目敏いヘルメスはアスフィの行動を見逃さなかった。

 

「こ、これは………! そ、そう! ただの失敗作です! 今から処分するところで………!」

 

アスフィはそう言うが、

 

「おや、それは勿体ない。失敗作とはいえ見た目は綺麗なんだから、観賞用としては少しは値が付くんじゃないかい?」

 

いつの間にかヘルメスが後ろに移動しており、アスフィの手からそのマジックアイテムをかすめ取っていた。

 

「ヘ、ヘルメス様!?」

 

「何をそんなに慌てているんだい? これは失敗作なんだろう?」

 

ヘルメスは面白そうな笑みを浮かべてそう言った。

そのアイテムがただの失敗作ではないことに気付いている笑みだ。

ヘルメスは好奇心からそのマジックアイテムを起動させようとする。

 

「ちょ、止めてくださいヘルメス様!」

 

アスフィがそう言うが、それでヘルメスが止めるはずもなく、

 

「さあ、何が起こるのかな?」

 

ヘルメスはマジックアイテムを起動させ、宝珠が眩い光を放つ。

余りの眩しさにアスフィは手で目を庇い、ヘルメスは帽子を深くかぶり直して光を防ぐ。

やがてその光は徐々に収まり、次に二人が目を開けた時には………………

何も変わらぬ光景がそこにあった。

 

「おや……………?」

 

何も起こらなかったことに対し、ヘルメスは声を漏らす。

 

「………………どうやら本当に失敗作みたいだったようだね…………おかしいなぁ、あのアスフィの慌てようから絶対に何かあると思ってたんだけど…………」

 

「だ、だから言ったではありませんか………!」

 

そう言うアスフィだが、何も起こらなかったことに対し内心大きな安堵の息を吐いていた。

しかし、二人はすぐに知ることになる。

何も起こらなかったのではなく、“この場では”何も起きなかっただけだということに…………

 

 

 

 

 

 

 

―――同刻、【ヘスティア・ファミリア】ホーム『竃火の館』

 

この世界の【ヘスティア・ファミリア】は派閥の格付けがランクD以上になったため、ギルドからの『強制任務(ミッション)』を受けることになり、その為の会議が行われていた。

この場に居るのは主神ヘスティアを始めとして、先日Lv.4へとランクアップし、二つ名も【白兎の脚(ラビット・フット)】に改められた、この世界のベル・クラネル。

同じように先日【不冷(イグニス)】の名を送られたヴェルフ。

サポーターのリリ。

この世界では一時的に【ヘスティア・ファミリア】に所属している命。

リリと同じくサポーターの春姫の六人だ。

全員で話し合い、『強制任務(ミッション)』を受けることを再確認した六名は、近々行う『遠征』に向けて意気込んでいる。

その時だった。

突如として部屋に光が満ちる。

 

「うわっ!?」

 

「眩しっ!?」

 

「な、何だぁ!?」

 

それぞれが驚いた声を上げる。

そのすぐ後に、

 

「うわっと!?」

 

「ぐえっ!?」

 

「わっ!?」

 

「おわっ!?」

 

「ひゃあっ!?」

 

ベル、ヘスティア、リリ、ヴェルフ、春姫の声が続いた。

しかし、ベル達は目を庇ってはいるが、そんな声を上げてはいなかった。

やがて光が収まり、徐々に視界が戻ってくる。

ベル達が状況を確認すると、

 

「「「「「「「「「「「へっ?」」」」」」」」」」」

 

『十一人』の声が同時に響いた。

この場に居るのはベル、ヘスティア、リリ、ヴェルフ、春姫、命で間違いない。

しかし、人数は『十一人』で間違いないのだ。

何故なら、

 

「ベッ、ベル殿達が二人ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

命が驚愕の声を上げた。

そう、この場に居た者の内、命を除いた全員が、二人ずついたのだ。

 

「ど、どういうことだいこれは…………?」

 

元々この場に居たヘスティアが声を絞り出す。

他の元居たメンバーは未だに驚愕の表情で固まっている。

すると、光と共に現れたヘスティアがキョロキョロと周りを見渡し、

 

「あれ? もしかしてここって『竃火の館』かい?」

 

「あっ、確かに………」

 

「だとすればおかしくありませんか? ホームはあの戦いのときに跡形もなくなったはずですが…………」

 

「と、言うより俺は何で俺達がもう一人いるのかが不思議なんだが?」

 

「ふわわ~!? わたくし達がもう一人います~!?」

 

ヘスティア、ベル、リリ、ヴェルフ、春姫の順でそれぞれが声を漏らす。

 

「な、何が起こったんだ一体…………?」

 

元からいたヘスティアの呆けた呟きは、次の瞬間ベル達の驚愕の叫びによってかき消されたのだった。

 

 

 

 

 

―――同刻、【ミアハ・ファミリア】

 

「「ふわぁああああああああああああああっ!?」」

 

「カ、カサンドラが二人ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 

 

―――同刻、『豊穣の女主人』

 

「ニャーーーーーーーーーーーーッ!? シルとリューが分裂したニャーーーーーーーーー!!」

 

 

 

―――同刻、ギルド

 

「「ど、どうなってるのこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!??」」

 

「エ、エイナが二人……………?」

 

 

 

―――同刻、【ロキ・ファミリア】

 

「アイズたんとベートが増えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「…………………ベル、何処?」

 

「こんなわけ分からねえ状況でもブレねえな、お前は…………」

 

 

 

 

―――さらに同刻、【ヘファイストス・ファミリア】

 

「大変ですヘファイストス様ぁ! 俺が増えた…………って、ヘファイストス様もぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

「どういうことかしら?」

 

「本当、どうなってるのかしらね?」

 

 

 

 

―――更にどこかの荒野

 

「突然別の場所に飛ばされるとは面妖な…………」

 

 

 

 

この世界に、武闘家(イレギュラー)達が迷い込んだ瞬間だった。

 

 

 

 





お久しぶりです皆様。
エキシビジョンマッチという名の蛇足です。
初っ端からご都合主義満載です。
前書きにも書いた通り、見る人にとっては原作蹂躙物と取られても仕方のないものなので、突っ込まれても返答は不可能なので悪しからず。
とりあえず原作ベル達に不敗ベルが正妻やハーレムのイチャイチャを見せつけながら、巻き込まれる騒動を拳で解決するような物語を考えています。
とりあえず今回はプロローグ的な物なので短いです。
因みに投降に一ヶ月も掛かった理由としては、並行して新作も執筆中だからです。
新作の内容としては、インフィニット・ストラトスと超次元ゲイム ネプテューヌThe Animation(+フェアリーフェンサーF ADF(武器・技のみ))のクロス物です。
今回は非転生オリ主にチャレンジしてみました。
簡単なあらすじとしては、ISに関係することによって家族を失った主人公が絶望の中ゲイムギョウ界に転移し、ネプテューヌ達と出会い、立ち直り、新たに大切な存在を見つけ、力を得て、暫くしてから元の世界に戻って来てしまうというテンプレだらけな展開です。
あと、ヒロインはネプテューヌです。(話の進み具合によってはもしかしたら楯無も)
インフィニット・ストラトスはともかくとして、ネプテューヌ(+フェアリーフェンサーF)は割とマイナーな作品だと思っているのでどれだけ需要があるかは分かりませんが………
今の所2、3話分ぐらいは書き上げているのですが、まだプロローグ的なゲイムギョウ界編の段階なので、クロス要素がほぼ無いのでIS編に入るところまで書き上げてから投稿しようと思っていますが、希望があれば現段階でも投稿しようかと思います。

とりあえず、こちらのエキシビジョンマッチ編は気紛れ更新になると思うので、あまり期待せずにお待ちください(エタる可能性も無きにしも非ず)。
それでは次回にレディィィィィィィッ…ゴーーーーーーーッ!!!




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ROUND【2】 平行世界

 

 

 

 

突然現れたもう一人のベル達。

その事に驚愕して大騒ぎした後何とか落ち着いた一同は、大きなテーブルの前で向かい合っていた。

 

「え~っと………君達が何者かは分からないけど、とりあえず自己紹介から始めようか…………ボクはヘスティア。【ヘスティア・ファミリア】の主神で、ここはホームの『竃火の館』さ」

 

ヘスティアが最初に自己紹介をする。

 

「えっと………僕はベル・クラネルです。一応この【ファミリア】の団長で、Lv.4の冒険者です。あと、二つ名は【白兎の脚(ラビット・フット)】です」

 

「リリルカ・アーデです。Lv.1のサポーターで、二つ名はありません」

 

「ヴェルフ・クロッゾ。Lv.2で鍛冶師だ。二つ名は【不冷(イグニス)】っつーもんを先日頂いた」

 

「ヤマト・命です。ヴェルフ殿と同じくLv.2の冒険者です。二つ名は【絶✝影】。本来は【タケミカヅチ・ファミリア】の所属ですが、縁あってこの【ヘスティア・ファミリア】に出向中の身です」

 

「サ、サンジョウノ・春姫と申します。まだまだ未熟な身ではありますが、アーデ様と同じくサポーターを務めさせていただいております」

 

ベル、リリ、ヴェルフ、命、春姫の順で自己紹介を行う。

 

「これでこちらの紹介は全員だよ」

 

ヘスティアがそう言うと、

 

「これで? ダフネ君やカサンドラ君は居ないのかい?」

 

もう一人のヘスティアが首を傾げる。

 

「え? ああ………君の言っている二人が元【アポロン・ファミリア】の二人なら、ミアハの所にいるけど………」

 

「なるほど…………ボク達とは色々と食い違いがあるみたいだね………」

 

もう一人のヘスティアは納得したようにうんうんと頷く。

すると、そのヘスティアは自分のベル達の方を向くと、

 

「皆、ここが如何いう場所か何となくわかったよ」

 

「ホントですか……!?」

 

あちら側のベルが声を上げる。

 

「ああ。おそらくだけど、この世界は『平行世界』って奴だと思う」

 

「平行………?」

 

「世界………?」

 

リリと春姫が声を漏らす。

 

「何ですかそれ?」

 

ヴェルフが尋ねると、

 

「まあ簡単に言えば世界は一つじゃなくてその時の状況、判断によって無限に枝分かれしていくモノなんだ。僕達が居た世界もその一つ。本来ならその世界は交わることはない筈なんだけど………」

 

そう言いながらもう一人のヘスティアはこちらの世界の面々を見る。

 

「どういう訳か、ボク達は世界の壁を越えてこちらの世界に来てしまったようだね」

 

「…………まあ、あまり良くわかりませんでしたが、結局のところ、元の場所には戻れるんでしょうか?」

 

リリが尋ねると、

 

「それはまだ分からないなぁ………一先ずボク達がこちらの世界に来てしまった原因を突き止めないと…………」

 

「そうですか………」

 

「まあ、この世界とボク達の一番の相違はベル君だろうね」

 

彼方の世界のヘスティアがこちらの世界のベルを見ながら呟いた。

 

「えっ? ぼ、僕ですか?」

 

「ああ。君がLv.4っていう所が一番の違いだね」

 

あちらのヘスティアがそう言うと、

 

「ふふん! そうだろう? なんて言ったって、“ボクの”ベル君はオラリオに来てたった数ヶ月でLv.4まで辿り着いた逸材なんだからね!」

 

こちら側のヘスティアが得意げに胸を張って自慢げに語る。

すると、

 

「えっ?」

 

あちら側のヘスティアが不思議そうな声を漏らした。

 

「えっ?」

 

その反応にこちら側のヘスティアも声を漏らす。

 

「「……………………」」

 

暫く二人のヘスティアが見つめ合っていると、

 

「………ああ、そうか…………そうだったね」

 

あちら側のヘスティアが何かに気付いたように頷いた。

 

「ど、どうしたんだい…………?」

 

その反応に困惑した表情を見せるこちら側のヘスティア。

 

「いや、何でもないんだ…………良かったねもう一人のボク。ベル君がLv.4で…………」

 

あちら側のヘスティアが何やら慈しむ様な表情でこちら側のヘスティアの肩に手を置きながら見つめた。

 

「な、何だい………? その、まるで何も知らない子供を微笑ましく見守るようなその目は…………?」

 

「いや、ボクは何も知らなくていいんだ…………『知らぬが“仏”』って奴だよ…………」

 

「いや、意味わかんないよ! それに(ボク)に対して仏ってどういうことだよ!?」

 

ギャーギャー喚くこちら側のヘスティアに対し、何かを悟った様に微笑むあちら側のヘスティア。

すると、

 

―――ドンドンドン!

 

と、ホームの玄関の扉を叩く音が響いた。

 

―――ドンドンドン!

 

再び扉が叩かれる。

かなり強い力が込められていると思われるノックは、何処か必死な思いを感じさせた。

 

「あれ? 来客の予定は無かった筈だけどなぁ………」

 

こちら側のヘスティアが呟く。

 

「あ、僕が出ます」

 

こちら側のベルがそう言って席を立ち、玄関へ向かっていく。

 

―――ドンドンドン!

 

再び叩かれるノックに対して、こちらのベルは小走りで玄関に駆け寄り、

 

「はい、今開けます」

 

そう呼びかけながら玄関の鍵を開け、扉を開いた。

そこには、

 

「ベルさん…………」

 

「カサンドラさん…………?」

 

腰まで届く長い髪をストレートに伸ばしたどこか儚げな雰囲気を持つ少女、カサンドラが居た。

そのカサンドラは、涙を潤ませた瞳で縋るような表情をベルに向けている。

なぜそのような表情を向けられるのか見当の付かなかったベルは、ひとまず質問した。

 

「あの…………カサンドラさん…………? こんな時間に何の御用ですか?」

 

辺りは既に暗くなり始め、この時間にカサンドラが尋ねてくる意図が分からなかったので、そのような質問をした。

その瞬間、

 

「ッ……………!?」

 

カサンドラは僅かに息を漏らしながら口元に手を当て、目を見開いて絶望的な表情を浮かべた。

 

「えっ? カサンドラさん…………?」

 

いきなりそのような表情を浮かべられて、ベルは困惑する。

すると、

 

「…………ベルさんも…………違うんですね………………」

 

今にも泣きそうな声色でそう絞り出すカサンドラ。

 

「ごめんなさい…………!」

 

カサンドラはそう言って踵を返して走り去ろうとする。

 

「カサンドラさん!?」

 

ベルは叫ぶ。

だが、カサンドラは止まらない。

その時だった。

 

「お待ちください! カサンドラ様!!」

 

ベルの横にいつの間にかリリが居て、カサンドラを大声で呼び止めた。

余りにも意外な大声だったのか、ベルも驚いて仰け反り、カサンドラはビクッと身体を震わせて足を止めた。

ゆっくりと振り返る。

 

「リリさん………」

 

カサンドラがリリの姿を見て呟く。

すると、リリがカサンドラに向けて呼びかけた。

 

「カサンドラ様! あなたは…………!」

 

リリはそこで一呼吸置き、

 

「………あなたは『ベル様ハーレム』No.04のカサンドラ様ですか!?」

 

そう叫んだ。

その瞬間、

 

―――ドンガラガッシャン!!

 

と、こちらの世界の面々が派手にズッコケた。

一方、カサンドラは驚愕で目を見開く。

 

「リリさん………何ですか………?」

 

涙を我慢できずにカサンドラが問う。

 

「はい、私は紛れもなくベル様ハーレムNo.01のリリですよ」

 

そう迷いなく答えるリリ。

 

「リリさん!」

 

カサンドラは我慢できずにリリに駆け寄ってその手を握った。

 

「良かった………私一人じゃなかったんですね………?」

 

カサンドラは明らかにホッとした表情で安堵の息を吐く。

 

「はい、それに………」

 

リリがそう言いながら後ろを見るように促した。

そこには、

 

「カサンドラさん………」

 

あちらの世界のベルが心配そうな表情でカサンドラを見つめていた。

 

「ッ! ベルさんっ!!」

 

カサンドラが弾かれたように飛び出し、そのままベルに抱き着いた。

 

「ベルさん! ベルさん! うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

そのまま大声で泣き出す。

ベルもカサンドラをしっかりと抱きしめた。

 

「ふえぇぇぇぇぇん! 目の前が光ったと思ったら何故かミアハ様の所にいるし、ダフネちゃんはいないし………ううん、ダフネちゃんは居たけど私が知ってるダフネちゃんじゃなかったし………何故か私がもう一人いるし………わぁぁぁぁぁぁぁん!」

 

子供の様に泣き喚くカサンドラ。

多くの仲間が一緒に転移したベルとは違い、たった一人だけのカサンドラはさぞ寂しかったことだろう。

 

「大丈夫です。もう大丈夫です、カサンドラさん…………僕達はここにいます………」

 

ベルはそう言いながらカサンドラをしっかりと抱きしめ、子供をあやす様にその頭を優しく撫でる。

暫くそうしていると、カサンドラは落ち着いてきたのか…………

 

「ゴ、ゴメンなさいベルさん………は、恥ずかしい…………!」

 

我に返って顔を赤くしながらベルから離れる。

すると、

 

「カサンドラさん………」

 

「は、はい?」

 

ベルに呼びかけられ、カサンドラはベルの方を向くと、

 

「無事で………良かったです………」

 

優しい微笑みを浮かべてベルはそう言った。

 

「はうっ……………!?」

 

その微笑みに、カサンドラは心臓を撃ち抜かれたような衝撃を受ける。

徐々に顔が真っ赤になっていき、

 

「…………………きゅう………」

 

遂には耐えきれずに意識を手放した。

 

「わわっ! カサンドラさん!?」

 

突然気絶して倒れようとするカサンドラをベルは支える。

それを見ていたリリが、

 

「流石ベル様。一瞬にして好感度爆上げですね」

 

そう感想を漏らした。

 

「何言ってんの!? リリ!?」

 

思わず突っ込むベル。

すると、

 

「「「「「「ポカーーーーーーン………………」」」」」」

 

こちらの世界の面々が一連の流れを見て呆気に取られていた。

 

「ど、どうしたの…………?」

 

ベルが声を掛けると、

 

「って、そっちのベル君は大勢の見ている前で何をやっているんだ!?」

 

こちら側のヘスティアが叫んだ。

 

「はいっ!?」

 

「人前で女の子を抱きしめて頭を撫でるなんて、何て羨ま………じゃなくてけしからんことを!!」

 

やや本音が漏れるこちらのヘスティア。

 

「えっ? いや、その…………」

 

言いどもるあちらのベルだったが、

 

「別にこの程度はこちらのベル様であればいつもの事です」

 

「まあ、そうだな………」

 

全く動じる事無くそう言い切ったのはあちらのリリとヴェルフ。

 

「な、何を言ってるんだそっちのリリ君は!?」

 

こちらのヘスティアが狼狽えるが、

 

「今言った通り、この程度で目くじら立てていては、ベル様と一緒に居られないという事です」

 

嘘偽りなく平然と言い切るリリ。

 

「そ、そちらのリリはベル様の事を何とも思っていないんですか!?」

 

こちらのリリがもう一人のリリに問いかける。

 

「まさか。私はベル様の事をお慕いしていますよ。もうベル様無しでは生きていられないほどに………こちら側の私はどうかは知りませんが、私はベル様のお傍に居られるならどのような形でも構いません。側室でも愛妾でも愛人でもメイドでも…………いっその事性奴隷でも構わないと思っています」

 

「「「「「「ブーーーーーーーッ!!!」」」」」」

 

一斉に噴き出すこちらの面々。

 

「リリ!! だから何言ってるのさ!? しかも前よりも酷くなってるよ!?」

 

「私は本気ですよ?」

 

「もっと悪いよ!」

 

「でしたらハーレムとして認めてください」

 

「うぐっ………」

 

何も恥じらうことなくそうハッキリと言い切るリリの姿に、再び呆気にとられるこちらの面々。

 

「お、おいリリ助………向こうのお前ってスゲーのな?」

 

「リ、リリに聞かないでください!」

 

違う世界と言えど、自分と同じ姿をした彼女の姿にリリは顔を真っ赤にする。

 

「あ、あそこまでハッキリと言い切るなんて………あちらのアーデ様………尊敬します」

 

何やらこちらの春姫はあちらのリリの事を尊敬の眼差しで見ている。

すると、

 

「って言うか、さっきからベル君ハーレムとか何言ってるのさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

こちらのヘスティアが吠えた。

 

「『ベル様ハーレム』はその名の通りベル様をお慕いする同志が集まって結成したベル様のハーレムです」

 

そんなこちらのヘスティアに対しても、冷静に言葉を返すリリ。

その言葉に顔を真っ赤にするこちらの世界のベルと苦笑するあちらのベル。

 

「先程も言いましたが、私が結成当時からいるベル様ハーレムNo.01です。そしてそこで気絶しているカサンドラ様がNo.04です」

 

カサンドラに代わってリリがそう言う。

 

「わ、わたくしもNo.05に名を連ねさせていただいております」

 

あちらの春姫も、やや遠慮がちに発言する。

すると、あちらのヘスティアがそっぽを向き、

 

「ボクがNo.07だ」

 

少し拗ねた様子でそう言った。

それを信じられない表情でこちらのヘスティアが見る。

 

「そ、そっちのボクは何を言っているんだ? ハーレムなんて如何わしいモノを認めたのかい!?」

 

「仕方ないだろう! そうでもしなきゃボクがベル君と結ばれる方法が無かったんだから! あんなことが無ければ……………!」

 

あちらのヘスティアは苦虫を噛みつぶしたような表情で悔しそうに呟く。

 

「あんなこと………?」

 

こちらのヘスティアが呟くと、

 

―――グウゥゥゥゥ

 

と誰かの腹の虫が鳴った。

その場の全員がこちらのヘスティアを見る。

ヘスティアは顔を真っ赤にし、

 

「し、仕方ないだろう!? もう夕食の時間なんだ!」

 

そう叫んで誤魔化そうとする。

そこで命がハッと気付いたように発言した。

 

「あ、あのう………一つ問題が………」

 

「何だい命君」

 

「夕食の材料ですが…………全員分はありません………」

 

食事担当の命がそう言った。

 

「ど、どういう事だい!?」

 

そう問いかけると、

 

「いえ、自分達だけの分なら今日の夕食までは大丈夫だったんです………しかし………」

 

「ああ、ボク達が増えたから材料が足らなくなったってことか」

 

あちらのヘスティアがそう言う。

 

「申し訳ありません。買い出しは明日行うつもりだったので………」

 

「いや、君の所為じゃないよ」

 

「それはともかく、流石に君達を食事抜きにするのは忍びないなぁ…………なら、ここは一つ外食に行こうか!」

 

こちらのヘスティアがそう言う。

 

「しかし、借金がある身であまり無駄遣いはしたくないのですが…………」

 

こちらのリリが心配そうに言った。

すると、

 

「なら、明日はボク達のベル君にダンジョンに潜って貰って稼いでもらったらどうかな? それで貸し借りなしだ」

 

あちらのヘスティアがそう提案する。

 

「僕達なら問題ありません」

 

あちらのベルが頷き、

 

「それならば………」

 

リリも実質的に損害が無いならと、その案を受け入れた。

その後の話し合いの結果、行き先は『豊穣の女主人』に決まった。

 

 

 

 

 






どうも、エキシビジョンマッチ第二話です。
今回はカサンドラとリリのターンですかね?
次回はもちろんウエイトレス二人のターンです。
少しづつ盛り上がってきたと思います。
おそらく次回にはちょっとしたオリモブが出てきてバトルを入れると思います。
にしても、気紛れ更新とか言っときながら結局週一で更新したし………
因みに新作の方も鋭意製作中…………
というかバリバリ筆が進んでます。
いつもなら平日にはあんまり筆が進まないはずなのですが、今週はバリバリ進んで既に五話分以上の話が完成しております。
もうちょっとでゲイムギョウ界編が終わってIS編に入れるので、おそらく次の日曜までには投稿出来るだろうと思います。
というか、平日のどこかで投稿するかも?
お楽しみにしている人はお楽しみに。
後今週も感想の返信もお休みします。
それでは次回にレディィィィィィィッ………ゴーーーーーーッ!!!


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ROUND【3】 殲滅

東方不敗ベル達を(不敗)で表すようにしました。


 

 

 

 

『豊穣の女主人』へ向かう一行を、周りの住人は奇異の目で見ていた。

 

「流石に注目されてますね………」

 

リリが辺りを見回しながらそう呟く。

 

「まあ、これだけ同じ顔が二つ並んでればね」

 

ヘスティア(不敗)がそう答える。

 

「でも、このまま店の中に入ったら、シルさん達驚くだろうなぁ」

 

ベルがそう漏らし、店の扉を開けると、

 

「「いらっしゃいませ~!」」

 

ベルの両側から同じ声が聞こえた。

 

「へっ!?」

 

ベルが素っ頓狂な声を漏らす。

ベルは右を見た。

そこにはシルがいつもの笑顔で立っている。

ベルは左を見る。

そこにもシルがいつもの笑顔で立っていた。

 

「………………………」

 

ベルは暫く沈黙していたが、ようやくその事実を認め、

 

「シ、シルさんも二人ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

驚愕しながら盛大に叫んだ。

 

「悪趣味ですよ………シル」

 

「こちらのシルも変わらないのですね」

 

そんな同じ声で話し合う言葉が聞こえ、ベルはブリキの様にそちらを向いた。

そこには、

 

「クラネルさん、驚かせて申し訳ありません」

 

2人居るリューの片方が頭を下げた。

 

「リューさんもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

再び叫び声を上げるベル。

 

「リューさん…………ですか…………そう呼ばれるのも久しぶりですね」

 

もう1人のリューがボソッと呟いた。

 

「あはは、すみません。少しふざけ過ぎましたか?」

 

シルがそう言うと、

 

「そうでもないと思いますよ。それはお互い様ですし」

 

シルの後ろからベルの声が聞こえた。

 

「えっ?」

 

シルが後ろを振り向くと、

 

「こんにちは、シルさん」

 

ベル(不敗)が笑みを浮かべて立っていた。

 

「えっ? えっえっ?」

 

シルは正面で驚いているベルと後ろにいるベル(不敗)を見比べる。

 

「べっ、ベルさん達も二人!?」

 

珍しくシルも驚いた表情を浮かべる。

 

「僕だけじゃないんですけどね」

 

そう言いながらベル(不敗)はベルの向こう側にいるファミリアの面々を見渡す。

 

「こ、こんなにたくさん!」

 

驚いているシルに、

 

「あの、あまり入り口で騒ぎすぎるのも迷惑でしょうから、席に案内してもらって宜しいですか?」

 

「は、はい! こちらです」

 

ベル(不敗)の言葉でシルは我に返り、一同を席へと案内していく。

長机を挟んでこの世界のベル達と向こうの世界のベル達が向かい合った。

更にその端に二人のリューとシルも向かい合うように座る。

 

「私達もご一緒させてください」

 

「私達に何が起きているのか少しでも知っているだろうとのミア母さんからの配慮です」

 

シルとリューがそう言うと、

 

「そうですか…………では、まず初めに確認しておきたいのですが…………」

 

リリ(不敗)が自分達の方に座ったシルとリューを見て、

 

「あなた方は、『ベル様ハーレム』No.2とNo.3のシル様とリュー様ですか?」

 

そう発言した。

その瞬間、

 

――ドンガラガッシャン!!

 

と、先ほどと同じような反応でズッコケるこちらの世界の面々。

そんな反応とは裏腹に、

 

「はい、間違いありませんよ」

 

「では、やはりあなた達は私達の知るベル達で間違いないのですね?」

 

全く動じずに笑顔で頷くシル(不敗)と、冷静に聞き返すリュー(不敗)。

 

「はい、間違いなく」

 

リリ(不敗)も頷いた。

 

「では、私達にいったい何が起こったのか分かりますか?」

 

リュー(不敗)に問われ、ヘスティア(不敗)が平行世界の事を説明する。

 

「平行世界………? ですか………」

 

「別の世界とは俄かには信じられませんが………こうしてオラリオの街がある以上信じざるを得ませんが………」

 

と、向こうの世界のメンバーが現状把握に勤しんでいた時、

 

「ちょっと待った! 何あっさりスルーして話を進めようとしてるんだ!?」

 

ヘスティアが勢いよく起き上がって叫んだ。

 

「『ベル君ハーレム』とか言ってるけど、一体そっちのベル君は何人の女を引っかけてるんだ!?」

 

うがぁっ、と吠えるように叫ぶヘスティア。

 

「とりあえず、『ベル様ハーレム』のメンバーは7人ですね」

 

リリ(不敗)が何でもないようにそう言う。

 

「ハ、ハーレムとは一体…………」

 

何とか身体を起こしたリューが唖然とした表情で尋ねる。

 

「そのままの意味です。私達はベルに惹かれ、伴侶になることを誓いました」

 

「リュー! 僕はまだ認めてないよ!?」

 

リュー(不敗)の言葉にベル(不敗)が声を上げる。

 

「“まだ”、と言う事はその内認めてくれるという事ですね?」

 

シル(不敗)がベル(不敗)の言葉のあげ足を取るようにそう言った。

 

「あは~………そちらのベルさんは随分おモテになるようで…………リューとも名前で呼び合ってますし…………」

 

シルが苦笑………というより呆気に取られて表情が引きつっているのか、笑う表情でそう言う。

 

「はい。こちらのベルはとても素晴らしい男性です。少なくとも、他の女性関係が如何でもいいと思えるぐらいには」

 

リュー(不敗)がそう言うと、

 

「そっちのリューは随分素直なんですね? その素直さのほんの少しでもこっちのリューにあれば…………」

 

「なっ、何を言っているのですか! シル!」

 

シルがそう言い、慌てたように叫ぶリュー。

すると、いつの間にかズッコケていた面々が身体を起こしており、

 

「ね、ねえそっちのリリ? その確かめ方如何にかならない?」

 

ベルがリリ(不敗)に向かってそう聞く。

流石に平行世界の別人とは言え、自分と同じ名前と姿でハーレム云々言われればベルとしても心臓に悪いだろう。

 

「そうは言われましても、この確かめ方が一番手っ取り早いのですが……………こちらの世界では『ベル様ハーレム』は結成されていないようですし…………」

 

「いや、だからハーレムなんて言わないで………!」

 

困った表情を浮かべるベル。

 

「そ、そうだ! 違う道を歩んでいるのなら、付けられた二つ名も違うんじゃないかな? 僕は以前は【リトル・ルーキー】で、今は【白兎の脚(ラビット・フット)】なんだけど…………」

 

ベルがそう言うと、今度はベル(不敗)が困った顔をした。

 

「ぼ、僕の二つ名は何と言うか…………その…………」

 

言い淀むベル(不敗)。

すると、

 

「はい、ベル様の二つ名は【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)】ですよ」

 

リリ(不敗)があっさりとばらした。

 

「リリーーーーーッ!」

 

思わず叫ぶベル(不敗)。

 

「良いではありませんか。私はベル様に相応しいと思いますよ。【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)】」

 

「い、いや………それはその…………」

 

リリ(不敗)の言葉にベル(不敗)は言い淀む。

 

「まあ、ベル自身にとっては羞恥の塊の過去だからなあ」

 

ヴェルフ(不敗)が呟いた。

 

「言わないでよヴェルフ!!」

 

ベル(不敗)は頭を抱える。

 

「なんだ? そっちのベルは何か恥ずかしい思いをしたのか?」

 

ヴェルフが尋ねると、

 

「まあな…………ほぼ勢いで言った自業自得だけど………」

 

すると、

 

「と、とにかく僕の二つ名が違うのなら、次からは二つ名を聞くことで何とかしてくれないかな? 正直ハーレムとか言われるの恥ずかしいし………」

 

ベルは顔を赤くしながらそう言う。

 

「ああ、そういやハーレムで気になったんだが………全員で七人なら、もう1人は誰だ?」

 

ヴェルフがそう聞くと、ベルの身体がピクリと震えた。

どうやら何だかんだで気になっていたらしい。

 

「もう1人ですか…………?もう一人は……………ギルドのエイナ様ですよ」

 

リリ(不敗)があっさりとそう言う。

 

「エッ、エイナさんが!?」

 

思わず声を上げるベル。

すると、何故かヘスティアが含み笑いを零していた。

 

「フ、フフフ…………聞いたかいベル君? どうやらハーレムを築いた君でもヴァレン某は振り向いてくれなかったようだ……………君の魅力が向こうのベル君に劣るとは思わないが、これで君とヴァレン某が結ばれる可能性はゼロに等しいと分かっただろう? だから君は早く届かぬ想いは捨てて身近にいる君を大切に思ってくれる人を………」

 

と、そこまでヘスティアが言いかけた所で、

 

「アイズ様? アイズ様ならベル様のせ…………………」

 

リリ(不敗)が何か言いかけた時、ドカンと派手な音がして店の扉が乱暴に蹴り開けられた。

その音で、店の全員がそちらに視線を集中させる。

すると、5人ほどのガラの悪そうな冒険者が店の中に入ってきた。

 

「ここが噂の美人エルフの給仕がいるって酒場か!?」

 

その言葉に、ベル達の視線がリューへと集中する。

その冒険者たちは他の客に気を使う気はないのかズカズカと他の冒険者を押しのけ、店の中を我が物顔で歩き回る。

当然ながら客の中には冒険者もおり、レベルが高い者もいる。

 

「何だお前たちは!? 俺達が何処の【ファミリア】か知っての狼藉か!?」

 

その中の一人が立ち上がり、その男たちに叫びながら近づいていく。

すると、

 

「はっ! 知らねえな!」

 

「なら教えてやる! 俺達は…………がふっ!?」

 

男達に近付いていった冒険者が頭を掴まれ、机に叩きつけられていた。

叩きつけられた男は鼻血を流しながら呆然とした表情で固まっている。

 

「ば、馬鹿な…………俺はLv.4だぞ………? なぜこうもあっさり…………?」

 

「ほう? そりゃ気付かなかった。因みに俺はLv.2だ」

 

Lv.4をあっさり無力化した男はLv.2と言い張る。

 

「な、何だと!? そんな馬鹿な!」

 

机に押さえつけられている男は振りほどこうとしているがビクともしない。

 

「な、何故だ!? 力が入らん!?」

 

手足をバタバタとさせるだけで、手も足も出ない。

 

「はっはっは! こいつはいいや! カマー兄貴のスキルは最強だぜ!」

 

押さえつけている男はそう言うと、その集団のリーダー格らしき男に目をやる。

そのカマーと呼ばれた男は押さえつけられている男に近付くと、

 

「何故力が出せないか不思議に思っている様だな? 教えてやろう。この俺様には、自分と同じファミリアを除く【恩恵(ファルナ)】を無効化するスキルがあるのさ。いくらこのオラリオの冒険者が強かろうと、それは『神の恩恵』あってこそ。それさえ無効化してしまえば、いくら高レベルだろうがLv.2相手には何もできない無力な存在と化す。そしてこの俺様はLv.4! 【恩恵(ファルナ)】を持たない人間がいくら鍛えようとも相手にできるのは精々Lv.2になりたての奴までだ! つまり、冒険者で俺に敵う奴はいないという事さ! 例え【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】だろうと俺様の敵ではない! 俺は、オラリオ最強となったのだ!」

 

自慢げに語るカマー。

その言葉に、彼らに絡もうとしていた冒険者達の動きが止まる。

同時に隙を伺っていた『豊穣の女主人』のウエイトレス達の動きも止まった。

その様子にカマーは満足そうな笑みを浮かべると、

 

「さーて! 聞こえていただろう? エルフの給仕ちゃん! 大人しく出てこないとこの店が滅茶苦茶になっちまうぜ!?」

 

そう叫ぶカマー。

どうやら彼らの目的はリューの様だ。

 

「………………ッ!」

 

リューは歯噛みをしながら立ち上がろうとする。

 

「駄目だよリュー…………!」

 

立ち上がろうとするリューをシルが引き留める。

 

「ですが、このままでは店が………!」

 

リューがそのように言ったとき、ガタリと誰かが立ち上がる音が聞こえた。

 

「「え…………?」」

 

シルとリューが目を丸くする。

立ち上がったのは目の前にいるリュー(不敗)だ。

リュー(不敗)は立ち上がると踵を返してカマー達の前に歩いていく。

 

「私に何か御用で…………?」

 

リュー(不敗)は冷静な態度でそう聞く。

カマー達はリュー(不敗)の姿を見ると口笛を吹いた。

 

「ヒュ~~~~~ッ! これは思った以上の別嬪さんだ! 大当たりだぜ!」

 

そう言いながらカマー達はリュー(不敗)の身体を舐め回すように見つめる。

その視線に不快そうな表情を浮かべるリュー(不敗)。

 

「そんな怖い顔をしなさんな。折角の美人が台無しだ」

 

「あなた達に褒められても何も嬉しくありません」

 

茶化そうとするカマー達にリュー(不敗)はぴしゃりと言う。

すると、取り巻きの一人が不機嫌そうな表情になり、

 

「あんまり調子に乗らない方が良いぜエルフの美人さんよぉ………! アンタ、これからどういう目に合うか理解してんのか? ああん!?」

 

「さて? おそらく推測するに私を辱めようとしているのでしょうか? 少々強く見える薄っぺらなスキルを得た程度でそこまで大きな顔が出来るとは嘆かわしいものです」

 

何故かリュー(不敗)はカマー達を挑発するような言動をする。

 

「リューさ………!」

 

その様子を見ていたベルが立ち上がろうとして、

 

「待つんだベル君! もし彼らの言っていることが本当なら、あいつは【恩恵(ファルナ)】を無効化する! いくら君でも【恩恵(ファルナ)】を無効化されたらただの一般人と変わりないんだぞ!」

 

そう言うヘスティアに腕を掴まれて止められる。

 

「でも! このままではあのリューさんが………!」

 

「だけど、このまま突っ込んでもさっきの冒険者の二の舞いだ!」

 

飛び出そうとするベルを、ヘスティアが何とか宥めようとしている。

そんな彼らの前では、

 

「はぁ………ああいう奴は何処にでもいるんだねぇ………」

 

「それも仕方ないのでは? 【恩恵(ファルナ)】を無効化するというのは、普通に考えればかなり強力なスキルですから。まあ、ああやって言いふらしたら警戒されるって事を分かってない時点で三流の宝の持ち腐れですね」

 

特に慌てもせず意見を言うのはヘスティア(不敗)達。

 

「って、君達は何でそんなに冷静なんだい!? このままじゃそっちのエルフの給仕君が大変な目に合うんだぞ!?」

 

あちらの世界の面々の反応が淡白なのが気に障ったのか、少し声を強めてそう言うヘスティア。

 

「彼らのスキルは“【恩恵(ファルナ)】を無効化”するだけなんだろう? だったら心配いらないよ」

 

特に取り乱しもせずにそう言うヘスティア(不敗)。

その時、遂にカマー達がリュー(不敗)に手を出そうとしていた。

すると、

 

「一つ言い忘れましたが…………」

 

リュー(不敗)がそう言ったとき、リュー(不敗)に向かって伸ばされた手が横から掴まれ、止められた。

 

「私に手を出すのなら相応の覚悟が必要ですよ?」

 

その手を止めたのは、いつの間にかリュー(不敗)の横に移動していたベル(不敗)だ。

 

「…………汚い手でリューに触るな………!」

 

そう言いながら睨み付けるベル(不敗)。

手を掴まれた男は一瞬たじろぐが、

 

「は………はっ! お前はまだカマー兄貴のスキルの恐ろしさを理解していないようだな!」

 

そう言いながら掴まれた手とは反対の手で殴りかかってきた。

だが、その男の視界が突如一回転し、

 

「は?」

 

間抜けな声を出した後に頭から床に落ちた。

 

「ぐえっ!?」

 

踏みつぶされたカエルのような声を上げる男。

 

「あまり手荒な事はしたくないんですが…………それでもリューに手を出すというのなら容赦はしません!」

 

カマーを真っすぐに睨み付けるベル(不敗)。

 

「ほう、思ったよりはやるようだな? だが所詮は小手先の技。圧倒的な力の前には無力だという事を教えてやろう。このカマー・セイヌ様がな!!」

 

堂々と名乗るカマー。

それを聞いたベルは、

 

「噛ませ犬?」

 

思わずそう聞いてしまった。

 

「カマー・セイヌ様だ! マの後は伸ばせ!!」

 

何気に言いなれている感じがする訂正を受けてしまった。

どうやらしょっちゅう言い間違えられるっぽい。

 

「それはすみません………」

 

「少しは手加減してやろうと思ったが気が変わった! 泣いて媚びても許さんからな!」

 

「まあ、何でもいいですけど、ここでは店の迷惑になります。外でやりましょう」

 

「ふん、そこまでの戦いになるとは思えんが、まあいいだろう。他の冒険者への見せしめだ!」

 

そう言うと、先ほど倒された男を蹴りつけ、

 

「おい!さっさと起きろ! またそんな醜態を見せたら許さんからな!」

 

蹴り起こして外へ向かう。

ベル(不敗)も外へ向かうと、やはりと言うべきか野次馬が集まってくる。

店の中にいた冒険者達もカマー達のスキルの対策の為か、多くの見学者が並んでいた。

ベル(不敗)がカマー達と相対していると、

 

「いけーーーーーーっ! もう一人の白髪頭! ぶっ飛ばしてやるニャ―――――――ッ!」

 

アーニャが野次馬の中から叫んでいる。

ベル(不敗)が苦笑すると、

 

「覚悟は良いか?」

 

カマーがそう聞いてくる。

 

「いつでも………」

 

ベルが構えると、カマー達はそれぞれ武器を抜く。

 

「さっきは良くもやってくれたな! 今度は油断はせんぞ!」

 

そう言って先程ベルに投げられた男が剣を振りかぶって向かってくる。

だが、

 

「腰が入ってませんよ」

 

ベルは左手の人差し指と中指で剣を挟んで止めてしまった。

 

「な、何っ!?」

 

驚愕するその男。

その隙に、

 

「フッ!」

 

「がはっ!?」

 

一瞬にして肘打ちを男の鳩尾に叩き込み、一撃で気絶させる。

ベル(不敗)は他の4人を見据えると、

 

「来ないんですか?」

 

やや挑発的な声色でそう言った。

 

「舐めるなこのチビ!」

 

「後悔させてやる!」

 

「くたばれ!」

 

チンピラ同然の発言をしながらベル(不敗)に向かってくる取り巻き達。

しかし、いくら三人同時だろうと、Lv.2~Lv.3程度の力量ではベルにとっては隙だらけだ。

一人目にボディーブローを叩き込み、二人目は後ろに回り込んで首筋に手刀を落として気絶させ、三人目は顎にアッパーを喰らわせて吹き飛ばした。

周りから見れば、それはほぼ一瞬の内に行われ、取り巻き達が同時に吹き飛んだようにしか見えない。

 

「な、何が起こった………? 何故だ………? お前はスキルを無効化するスキルでも持っているのか!?」

 

カマーはようやく焦りだした。

本来なら、上級冒険者に勝てる生身の人間などいないだろう。

それ故にタカを括っていた。

だが、彼は知らなかった。

目の前にいるベル(不敗)は、【恩恵(ファルナ)】を受ける前から既に規格外の強さだったことを………

 

「残念ですがあなたを許すつもりはありません。リューは僕の大切な人の一人です。そんな彼女を辱めようとしたあなたは…………泣いて媚びても許すつもりは無い!!」

 

因みに大切な人と言われたリュー(不敗)は、顔を赤くして密かに悶えていたりする。

 

「ま、待てっ………!」

 

カマーが言い切る前にベル(不敗)は懐へ踏み込み、

 

「とぉりゃぁあああああああああああああっ!!」

 

拳の弾幕をカマーへと叩き込んだ。

一秒間に何十発という拳がカマーへと叩きつけられる。

カマーは叫び声を上げることすら出来ずにボコボコになっていった。

 

「ぷげらっ………………?」

 

ようやくベル(不敗)の拳の弾幕が止んだ時、カマーは原型を留めていない顔から変な声を漏らし、その場にバッタリと倒れて気絶した。

それを見ていた面々は唖然としていたが、次の瞬間には爆発的な歓声が上がった。

それを変わらず唖然として見ていたのは、こちらの世界のベル達【ヘスティア・ファミリア】の面々とシルとリュー。

彼らは心配して外まで見に来たのだ。

因みにあちらの世界の【ヘスティア・ファミリア】の面々は、普通に料理を頼んで食事を始めていたりする。

彼らは、全く何も心配していなかったらしい。

歓声が止まぬ中、ベル(不敗)は店の中へ戻ろうとし、

 

「ベルッ!!」

 

突如野次馬の間を縫ってきた金髪の少女に抱き着かれた。

 

「ベル、会いたかった!」

 

「アイズ!?」

 

ベル(不敗)は思わず声を上げた。

その瞬間、沸き起こっていた歓声が一気に静まった。

何故ならベルに抱き着いているのはこのオラリオで有名な【剣姫】だったのだから。

そして次の瞬間、

 

「「「「「「「「「「えぇえええええええええええええええええええええっ!!!???」」」」」」」」」」

 

爆発的な驚愕の声が響き渡った。

 

 

 






お久しぶりです。
こちらでは約一ヶ月振りの更新ですね。
知っている方も居るかと思いますが、新作を投稿しました。
ISとネプテューヌのクロス物です。
興味がある方は覗いてみてください。
さて、今回は豊穣の女主人での邂逅でした。
まあ、一番最後のアイズ登場で全部掻っ攫ってったかもしれませんが。
とりあえずこっちは月一更新位をめどにやっていきたいと思います。
それでは、次回もレディィィィィィィッ………ゴォォォォッ!!


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ROUND【4】 再会

 

 

 

 

 

―――『豊穣の女主人』。

その店内のある一角が異様な空気に堤前包まれていた。

 

「「「「「「「「「「…………………………………」」」」」」」」」」

 

「あ、あはは…………………」

 

「ベル…………♪」

 

ベル(不敗)は苦笑し、その腕には笑みを浮かべたアイズ(不敗)が抱き着いている。

そして、そんなベル(不敗)を射殺さんばかりに睨み付ける2人の女神。

片やこの世界のヘスティア。

そしてもう1人は同じくこの世界のロキ。

ロキはアイズ(不敗)とベート(不敗)が平行世界から来た存在だろうとを辺りを付けた後、とりあえず親睦を深めるために『豊穣の女主人』に来た際、ベル(不敗)達と鉢合わせ、ベル(不敗)を見た瞬間アイズ(不敗)が飛び出して抱き着いたため、ベル(不敗)を尋問するためにこうやって席を共にしているのだ。

因みに【ロキ・ファミリア】のメンバーとして他にはベート(不敗)はもちろんの事、フィン、リヴェリア、ガレス、ベート、ティオナ、ティオネ、レフィーヤといった主なメンバーも揃っている。

尚、こちらの世界のベートはロキと同じようにベル(不敗)を射殺さんばかりに睨み付けている。

 

「で? どーいう事か説明してもらおうか!」

 

ドンと机を拳で叩きながらヘスティアが問いかける。

 

「そや! なんでそっちのアイズたんがドチビんトコのベルに抱き着いて、しかもこんなこっちのアイズたんでは見たこと無い様な幸せそうな笑みをうかべとるんやぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

うがーっと叫ばんばかりにロキも問いかける。

 

「そうさ! さっきそっちのリリ君も言ってたじゃないか! ヴァレン某はベル君のハーレムには入っていないって!」

 

そんなヒートアップするヘスティアとロキを他所に、リリ(不敗)はどこ吹く風と言ったように茶をすする。

すると、

 

「ええ、確かにアイズ様はベル様ハーレムには入っていませんよ」

 

淡々とそう言う。

 

「じゃあこれはどういう事なんだい!?」

 

感情のままにバンと机を両手で叩いてリリ(不敗)に問いかけた。

リリ(不敗)はやれやれと言った表情で、

 

「簡単な話です。アイズ様はベル様の『正妻』なので」

 

何でもないようにそう言った。

だが、

 

「「「「「「「「「「正妻ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!!?????」」」」」」」」」」

 

こっちの世界の面々には途轍もない爆弾が投下されたのと同義だった。

ベル(不敗)は苦笑し、アイズ(不敗)は正妻という言葉に照れたのか頬を赤く染める。

 

「ど、どーいうこっちゃ!?」

 

「どーもこーもそのまんまの意味です。ベル様がアイズ様に告白して、アイズ様もそれに応えたというだけの話です」

 

ロキの驚愕の言葉にリリ(不敗)は淡々と答える。

 

「なんやとーーーーっ!!」

 

ロキはベル(不敗)に詰め寄る。

すると、

 

「ロキ、邪魔しないで…………!」

 

「ぐぇっ!?」

 

アイズ(不敗)が不機嫌そうな表情を浮かべ、ロキの顔を押しのけた。

その様子を【ロキ・ファミリア】の面々は驚いた表情で見ていた。

 

「向こうのアイズって、あんなにコロコロ表情変えるんだ…………」

 

ティオナが呟く。

ティオナの言う通り、アイズ(不敗)は幸せそうな笑みを浮かべたり、照れたり、不機嫌になったりと、こちらのアイズでは乏しい感情をはっきりと露にしていることに驚いていたのだ。

 

「…………………………」

 

そんなアイズ(不敗)を何とも言えない表情で見つめるアイズ。

因みにベルは理解が追い付かず呆然としていた。

すると、

 

「もう一つ気になることがあるのですが…………」

 

リューが控えめに発言する。

多くの視線がリューに集中すると、

 

「そちらのクラネルさんは、何故先程の冒険者のスキルの影響を受けなかったのですか?」

 

リューはその疑問を口にした。

確かにとこちらの世界の面々は頷く。

その殆どが気になっていたらしい。

その問いに答えたのはヘスティア(不敗)だった。

 

「別に影響を受けなかったわけじゃない。影響を受けても問題なかっただけさ」

 

「それは…………どういう……………?」

 

意味を理解できなかったリューは言葉を漏らす。

それを聞くとヘスティア(不敗)は続ける。

 

「言い方は悪いかもしれないが、オラリオの冒険者の強さは【恩恵】あってこその強さ…………つまり、借り物の力に過ぎないんだ。先程の冒険者の【スキル】は【恩恵】を無効化するから、冒険者は無力と化す」

 

「そんなのトーゼンやないか! それとそっちのベルに何の関係があるんや!?」

 

ロキがそう叫ぶと、

 

「ボクのベル君の強さは【恩恵】あっての強さじゃない。元々ベル君が持ってる『素』の力だ。だから【恩恵】が無効化されたところで何の問題も無い」

 

「……………………はぁ?」

 

ロキが、何言ってんだコイツ?みたいな顔をしている。

 

「ボケたんかそっちのドチビは? 【恩恵】無くしてどうやってあそこまで強くなれるんや?」

 

ロキの言葉に、ヘスティア(不敗)は深く溜息を吐いた。

 

「はぁ~~~~~~~~~~~……………………」

 

「何やその馬鹿にしたような深いため息は!?」

 

「いや、馬鹿にしたわけじゃない。こっちの世界には『武闘家』という理不尽な存在が居ないことを再確認して改めて羨ましく思っただけだよ……………」

 

ヘスティア(不敗)はロキを慈しむ様な眼で見つめる。

 

「な、何やその眼は………!? キモイで! それに、“武道家”の何処が理不尽な存在なんや?」

 

再びのロキの言葉に、

 

「『武“道”家』じゃなくて『武“闘”家』、だよ。どんなに分厚く、高い困難の壁も『拳』一つで粉砕していく非常識な存在さ」

 

訂正しつつそう言うヘスティア(不敗)。

 

「あの、神様? その言い方だと、僕が普通じゃないみたいな言い方なんですけど…………」

 

「君が普通だったら、オラリオの冒険者は全員駆け出し未満だよ」

 

にべもなくそう言うヘスティア(不敗)。

思わず項垂れるベル(不敗)。

 

「さっきから聞いとれば好き勝手に言いよるな…………まるでウチの子らでも相手にならんみたいな言い方やないか…………!」

 

静かに怒りを募らせるロキ。

 

「うーん……………ぶっちゃけその通りだから否定できないなぁ…………」

 

ロキの言葉を結果的に肯定するヘスティア(不敗)。

それにはロキも我慢できなかった。

 

「言ってくれるやないかドチビ! なんならこの場で証明してくれてもいいんやで!?」

 

「止めといた方が良いと思うけどな…………ボク達はあくまでこの世界の外から来た存在だ。こちらの世界の常識は通用しないと思っておいた方がいいよ」

 

ヒートアップするロキとは対照的に、ヘスティア(不敗)は冷静に対処する。

 

「ムッカ――――ッ!! そこまで馬鹿にされたらもう我慢できへん! 勝負やドチビ!!」

 

「…………………とりあえず暴れるのは迷惑だから腕相撲辺りで」

 

「上等や! すぐに吠え面かかしたる!!」

 

「じゃあ、こっちからはベル君で。自信が無いならリリ君でも構わないけど?」

 

「ムキーーーーーーッ!? 何処まで馬鹿にしたら気が済むんや!! そんならこっちからも二人出したるわ!!」

 

ヘスティア(不敗)の余裕過ぎる態度に頭に完全に血が上るロキ。

 

「一人目はガレスや! 自慢のパワー見せたれや!! もう一人は…………!」

 

「俺にやらせろ、ロキ…………!」

 

ベートがそう言った。

 

「あんな奴をアイズが選んだだぁ!? んなわけあるはずねえだろ! 化けの皮を剥がしてやる!」

 

ベル(不敗)を睨みつけながら闘志をむき出しにするベート。

 

「よっしゃ! やる気十分やな! やったれベート!!」

 

ロキも勢いのままベートに許可を出す。

その時、

 

「止めとけ」

 

静かに、だがその場によく響く声でそう言ったのはベート(不敗)だった。

 

「お前らじゃ絶対に勝てねえ…………」

 

続けてそう言うベート(不敗)。

ベート(不敗)はエールを煽って黙り込む。

 

「うるせえ! そっちの俺がそんな腰抜けだとは思わなかったぜ!」

 

そう言って話を聞こうともしないベート。

 

「…………チッ」

 

ベート(不敗)は舌打ちをしただけでそれ以上は何も言わなかった。

何故か本人達の同意も得ぬまま腕相撲の勝負をすることになったベル(不敗)とリリ(不敗)は渋々用意された席に着いた。

ベル(不敗)の前にはベート。

リリ(不敗)の前にはガレスが座る。

ヒューマンのベル(不敗)と獣人であるベートの体格差はそれほどでもないが、小人族(パルゥム)であるリリ(不敗)とドワーフであるガレスの体格差はすさまじいものがあった。

背の高さで言えば、ガレスが頭一つ分高い程度だが、腕の太さはリリ(不敗)の三回りから四回りほども太い。

正直、普通に見ればとてもではないが腕相撲などする体格差ではない。

まあ、【恩恵】があるので一概には言い切れないが…………

それでも右手を組み合い、準備をする四人。

 

「よっしゃーーーー!! ベート! ガレス! 吠え面掻かせたれーーーーーっ!!」

 

テンションの高さのままにそう叫びながら応援するロキ。

その周りには、騒ぎを聞きつけた野次馬たちが集まっている。

当然賭け事も行われており、当然だがベート、ガレスが数倍有利だ。

因みに審判はフィンが行うことになった。

 

「それでは四人とも、準備は良いかい?」

 

フィンの声にそれぞれが頷く。

 

「では用意………………!」

 

フィンの言葉で場が静まり返り、緊張感が増す。

そして、

 

「始め!!」

 

スタートの合図が掛かり、それぞれが力を込めた。

一気に場が盛り上がろうと野次馬たちが声を上げる。

その瞬間、

 

「ぬおっ!?」

 

突如としてガレスが宙を舞った。

次の瞬間、バキャッという音と共にガレスの腕が机に叩きつけられ、机が真っ二つになる。

声を上げようとした野次馬たちが一気に静まり返った。

 

「あっ、すみません。力入れ過ぎました」

 

あっけらかんとそう言い放つリリ(不敗)。

何が起きたかといえば、始めの合図が出た瞬間、リリ(不敗)はかなりの力を込めてガレスに対抗しようとしていた。

だが、リリ(不敗)は力の入れ具合を間違え、ガレスが全く抵抗できないほどの力で圧倒した。

その際、ガレスも抵抗はしようとしていたため、自分が入れた力に踏ん張りがきかず、肘を軸に勢いのまま引っ繰り返されたのだ。

更にリリ(不敗)が手を叩きつける勢いもすさまじかったので、机が耐え切れず真っ二つに折れてしまったのだ。

その光景を見て呆気にとられるこちらの世界の両【ファミリア】の面々。

一方、ベル(不敗)とベートの勝負はスタート時点から動いていなかった。

それを見てロキは気を取り直して声を上げる。

 

「よっしゃ、ベート気張れ! いけるで!!」

 

そう応援するが、ベートは必死そうな表情で腕に力を加えているが、ベル(不敗)は涼しい顔でその場を微動だにしていなかった。

 

「ぐ………ぐぐ……………!」

 

すると、徐々にベル(不敗)がベートの腕を倒していく。

 

「ぐう………! このヤロ…………!」

 

ベートは歯を食いしばってベル(不敗)の力に対抗しようとしているが、その勢いは止まらない。

やがて、ベートの腕が完全に倒され、ベートの敗北が決定した。

 

「う、うそやろ……………」

 

呆然と呟くロキ。

 

「これで分かっただろロキ。『武闘家』という存在がどれだけ理不尽か」

 

ヘスティア(不敗)は諭すようにそう言う。

 

「一体………何をどうすればそんな理不尽な存在になれるんや…………?」

 

ロキは心の奥底からの本音でそう聞いた。

と、その時、

 

「あら? 見知った顔がいるわね」

 

聞き覚えのある声に振り向けば、そこには赤髪に右目に眼帯を付けた“2人”の女神がそこにいた。

 

 

 

 

 






あとがき


遅れてすいません。
中々筆が進まなかったです。
ちょいと強引で短いですが完成させました。
今回のお話は武闘家とは理不尽な存在なり。
という事です。
さて、最後に出てきた鍛冶神様。
次回はどうなる?


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ROUND【5】 剣姫と剣女王

 

 

 

 

こちらの世界の【ロキ・ファミリア】と出会い、アイズ(不敗)とベート(不敗)と再会したベル(不敗)達。

一悶着があり、それが一段落したところで現れたのはヘスティアの神友でもあるヘファイストスだった。

しかし、彼女は“2人” いた。

それがベル(不敗)達と同じ状況であると物語っている。

 

「「ヘファイストス!?」」

 

「「ヘファイストス様!?」」

 

ヘスティアとヘスティア(不敗)、ヴェルフとヴェルフ(不敗)が声を上げた。

 

「あなた達も二人いるって事は…………どうやら同じ状況みたいね」

 

ヘファイストスの片方がそう言う。

もう一人のヘファイストスが顎に指を当て、天井を仰ぎながら何やら思案していると、

 

「それじゃあ、彼を知ってる方はどっちかしら?」

 

そう言いながら自分の後方を見るように指した彼女の手の先には、二十代後半の男性と、赤髪の女性が二人立っていた。

 

「キョウジさん!? それに、スィークさんも…………!」

 

ベル(不敗)が声を上げた。

 

「…………誰だい? あの子たちは?」

 

ヘスティアは首を傾ける。

 

「男性の方はボク達の世界のミアハの所に居るキョウジ君。二人居る赤髪の方はヘファイストスの所に居る鍛冶師のスィーク君だ。そっちのボクの反応を見るに、二人の事は知らなかったみたいだね」

 

ヘスティア(不敗)がそう言うと、

 

「まあ、俺は元同僚って事で、スィークの顔見知り程度はあるがな…………少なくとも【ヘスティア・ファミリア】には関わってねえな」

 

ヴェルフが付け足すようにそう言った。

 

「そう、ならこっちのあなた達が私と同じ世界のヴェルフ達って事でいいのかしら?」

 

先程反応したベル(不敗)と同じ方に座っている一同を見渡す。

 

「そうだね。こっちの世界のボク達はキョウジ君を知らないみたいだ。間違いないと思うよ」

 

ヘスティア(不敗)が頷く。

更に、

 

「私は元々この世界から外れた存在だ。平行世界とは言え、私が存在するこの世界はほぼ唯一と言っていいだろう」

 

キョウジがそう付け足す。

 

「で? 皆で話し合っている様だけど、私達も混ざっていいかしら?」

 

ヘファイストス(不敗)が尋ねた。

 

「ああ、もちろんだよ」

 

ヘスティア(不敗)が快く了承する。

すると、こちらの世界のヘファイストスとスィークは、こちらの世界のベル達の隅の方に座る。

しかし、キョウジとスィーク(不敗)はベル(不敗)達の隅の方に座ったが、ヘファイストス(不敗)はヴェルフ(不敗)の隣へ行き、

 

「あら、ありがとう」

 

ヴェルフ(不敗)の隣にいたカサンドラがスペースを開けるように詰めると自然な動作でそこへ座った。

 

「む?」

 

その行動にヘスティアが疑問を覚える。

ベル(不敗)達の席も隅の方は空いているのに、なぜ態々ヴェルフの隣を選んだのか?

すると、その様子に気付いたのか、ヘファイストス(不敗)は口を開く。

 

「………どうかした?」

 

ヘスティアに向かってそう尋ねると、

 

「いや、何でヘファイストスはわざわざヴェルフ君の隣に座ったのかと思ってね」

 

ヘスティアが思った疑問を口にすると、

 

「あら、自分の恋人の隣に座る事がそんなに不思議かしら?」

 

ヘファイストス(不敗)はヴェルフの腕に自分の腕を絡ませながら何でもないようにそう言った。

ヴェルフ(不敗)は恥ずかしかったのか顔を赤くしながら明後日の方向を向いている。

その瞬間、ガタガタガタッと席が崩れる音が聞こえた。

見れば、こちらの世界の面々が椅子からズレ落ちたり、思わず立ち上がって後退ったり、目を見開いて固まっていたりしていた。

特にこちらのヴェルフとヘファイストスは驚きのあまり無反応である。

すると、

 

「君達は一体ボク達を何度驚かせれば気が済むんだぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

余りの衝撃にヘスティアが吠えた。

すると、

 

「お、おいそっちの俺…………まさか俺にも恋人がいるとか言わねえよな…………!?」

 

こちらの世界のスィークが恐る恐るスィーク(不敗)に問いかけた。

 

「………………婚約者ならいるぜ」

 

スィーク(不敗)はあっけらかんと答えた。

その言葉に、スィークは顎が外れんばかりにあんぐりを口を開ける。

 

「どどっ、何処のドイツだそれは!? 俺みたいなガサツな女に惚れる男がいるのかよ!?」

 

スィークはうまく回らない口を動かしながらスィーク(不敗)に問いかける。

それに対してスィーク(不敗)は、

 

「ここのコイツだけど?」

 

隣のキョウジを指しながらそう言った。

 

「…………………………」

 

思わず固まるスィーク。

そんな彼女の様子を見て、

 

「ふむ…………こちらのスィークの時にも思ったが、やはり君は自分の魅力を過小評価し過ぎだな。人の好みはあるかもしれないが、君は十分に魅力的な女性だと言っておこう」

 

キョウジがそう言った。

その瞬間、ボッと火が燃え上がるように顔を真っ赤にさせるスィーク。

 

「なっ!? 何言ってんだお前…………!? お、俺が魅力的とか、馬鹿じゃねえの!?」

 

彼女がそう叫ぶと、

 

「…………フッ」

 

キョウジが口元に笑みを浮かべる。

 

「何笑ってんだよ!?」

 

「いや、すまない。やはり同一人物だと思ってな…………同じことをこちらのスィークに言われた時を思い出してしまった」

 

キョウジは謝りながらそう言う。

 

「む……………」

 

スィークは若干しかめっ面になる。

スィークとしては、違う世界とは言え、自分に婚約者がいるなど信じられたものでは無い。

 

「まあ、それはともかく、ちゃんとこの先の事を話し合いましょう?」

 

ヘファイストス(不敗)が場を仕切り直すためにそう言った。

 

 

 

 

 

それぞれがどうやってこの世界に来たかを話し合っていると、

 

「…………どうやらボク達に共通しているのは、目の前が光に包まれたと思ったら次の瞬間にはこの世界の自分達の所に居たってことくらいだ。キョウジ君は分からないけど………」

 

「それ以前に、こうなった原因が分からないわよね…………元の世界に戻るためにも、原因を探さなくちゃ…………」

 

ヘスティア(不敗)とヘファイストス(不敗)がそう言う。

すると、

 

「私の推測だが……………原因はおそらくこの世界にあると私は思っている」

 

キョウジの言葉に、全員の視線が集中する。

 

「理由として、転移の瞬間に別々の場所にいた私達が同じ世界にいるからだ。元の世界に原因があったとすれば、同じ場所にいた者達はともかく、別々の場所にいた者全員が同じ世界に転移されるなど考えにくい。だとすれば、この世界に原因があり、何らかの因果を持つ我々がこの世界に引っ張られてきたと仮定した方がまだ筋は通る」

 

その言葉を聞いてそれぞれが納得したような声を漏らす。

 

「なるほど…………ならボク達の行動指針としては、この世界で転移の原因となるようなものの情報収集だね」

 

「あと忘れてはならないモノは、何をするにしても先立つ者は必要です」

 

ヘスティア(不敗)の言葉にリリ(不敗)が付け足す。

 

「とはいえ、私達が一度ダンジョンに潜れば、贅沢をしなければ暫く暮らせると思いますが…………」

 

「後は寝床だな。流石にいつ帰れるかも分からねえのに野宿は勘弁だ」

 

ヴェルフ(不敗)もそう言う。

 

「だったらボク達のホームに止まればいいよ。流石にタダとは言えないけど、お金を払ってくれるなら大歓迎さ!」

 

こちらのヘスティアがそう言った。

 

「そ、そうですね! 違う世界の僕達の話も聞きたいですし!」

 

「お、おう! 興味あるしな!」

 

ベルとヴェルフが賛同する。

因みに二人の内心はどうやってアイズ(不敗)やヘファイストス(不敗)を恋人にしたのかで頭が一杯である。

 

「ただし!!」

 

ヘスティアが強く強調して言葉を続ける。

 

「ヴァレン某! 君は駄目だ!!」

 

アイズ(不敗)をクワッと睨みながらそう叫んだ。

 

「えっ…………?」

 

アイズ(不敗)は何故と首を傾げる。

 

「そっちのベル君はどうか知らないが、こっちのベル君はまだ純粋なんだ! 君が居たら汚されるかもしれないだろう!?」

 

ヘスティアは隣にいるベルを抱きしめながらそう叫ぶ。

 

「…………………………?」

 

アイズ(不敗)は意味が分からずに首を傾げている。

すると、

 

「そんなのあたりまえや! 例えドチビが許してもウチが許さんわ! アイズたんはウチで面倒見るで…………! あとベートも」

 

「…………………………チッ」

 

序に付け足されたベート(不敗)は、ややイラついた表情を見せた。

 

その後はいつものごとくヘスティアとロキの口喧嘩が始まり、その勢いのままケンカ別れのような形となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】のホームである『黄昏の館』に戻ってきた【ロキ・ファミリア】一行とアイズ(不敗)とベート(不敗)。

その大半は明日に備えて休もうと思っていたのだが、

 

「……………少しいい?」

 

アイズがアイズ(不敗)に話しかけた。

 

「…………何?」

 

こちらのアイズ(自分)に話しかけられる理由が分からなかったアイズ(不敗)は聞き返す。

 

「私と手合わせして欲しい」

 

アイズはアイズ(不敗)を真っすぐに見てそう言う。

 

「………………いいよ」

 

その視線を少しの間受け止めていたアイズ(不敗)は沈黙の後に了承する。

 

「なら、訓練場で……………」

 

アイズはそう言うと訓練場に向かって歩いていき、アイズ(不敗)もそれに続いた。

 

 

 

 

二人が訓練場で向かい合っていると、やはりと言うべきかその周りには【ロキ・ファミリア】のほぼ全員が集まって観戦していた。

 

「アイズたんとアイズたんの戦いや! これは見ものやで!」

 

ロキが興奮したようにそう言う。

 

「どっちのアイズも頑張れー!」

 

ティオナは両方のアイズを応援する。

 

「おらアイズ! 負けんじゃねえぞ!」

 

ベートはこちらのアイズを応援する様だ。

多くの観衆が見守る中、アイズは愛剣であるデスペレートを抜いて構える。

しかし、

 

「……………………?」

 

相手であるアイズ(不敗)は腰に挿している刀を抜かず、キョロキョロと周りを見回し始めた。

すると、目的のモノを見つけたのか、その場所へ向って歩いていく。

アイズ(不敗)が向かった先は、訓練用の武器が置かれている場所。

当然ながら毎日訓練で酷使されているその武器は実戦で使えるような物は無く、その殆どがボロボロである。

アイズ(不敗)は、その中から一本の長剣を手に取った。

その長剣も例に漏れずボロボロであり、錆が浮いていたり、所々刃毀れもある。

しかし、アイズ(不敗)はその剣を持って元の位置に戻り、アイズと相対する。

そしてアイズ(不敗)はその剣を構えた。

 

「いつでもいいよ…………」

 

アイズ(不敗)はそう言う。

すると、

 

「って、もう一人のアイズたん!? そんなボロボロの剣でやるっちゅうんか!? いくらなんでもそりゃ無茶やで!」

 

ロキが声を上げる。

 

「ううん……………今の(アイズ)なら、これで十分」

 

アイズ(不敗)は淡々と答えた。

 

「チッ! おいアイズ! その舐めた態度を改めさせてやれ!!」

 

ベートが不機嫌そうに声を荒げる。

アイズも多少頭に来たのか僅かだが顔を顰めていた。

 

「なら………行く…………!」

 

アイズが剣を構えなおすと、一気に突っ込んだ。

Lv.6の【ステイタス】による急加速は普通の人間なら消えたように見える程。

アイズは次の瞬間にはアイズ(不敗)を剣の間合いに納めていた。

アイズは勢いをつけ剣を振り抜く。

ボロボロの剣なら容易く断ち切る斬撃だ。

だが、ガキィッという音と共に、その斬撃は容易く止められた。

 

「ッ!?」

 

反応されたことはともかく、あのボロボロの剣で自分の一撃が止められたことにアイズは驚愕した。

だが、アイズはすぐに気を取り直して次の攻撃に移る。

袈裟斬り、横薙ぎ、切り上げ。

次々と繰り出す連続攻撃。

しかし、その全てにアイズ(不敗)は反応し、全てを容易く受けきって見せる。

すると、今度はアイズ(不敗)が剣を軽く振りかぶり、あまり力を入れていない様な動作で剣が振られた。

アイズはそれを弾こうと剣をぶつけた瞬間、

 

「…………ッ!?」

 

両手持ちでかなり強く放った剣戟がアイズ(不敗)が片手で軽く振った一撃に弾き返され、アイズは大きく後退した。

 

「くぅ…………!?」

 

ビリビリと手に残る痺れにアイズは声を漏らした。

 

「何? 今の剣の威力は…………?」

 

アイズは体勢を立て直しながら剣を構える。

アイズは再び真っすぐ突っ込む。

ように見せかけて、アイズ(不敗)の間合いに入る寸前にアイズ(不敗)の後ろに回り込んだ。

アイズの眼には、アイズ(不敗)は変わらず前を見続けていて自分を見失ったように見えていた。

アイズはその背に向かって剣を振る。

その瞬間もアイズ(不敗)は自分を見ておらず、確実に入ったと思っていた。

 

「そんな……………」

 

だが、再びガキィィィンという甲高い音と共に、その一撃は止められた。

しかし、それでいてもアイズ(不敗)の視線は前を向いたままだった。

アイズ(不敗)はアイズを見る事無くその一撃を受け止めたのだ。

アイズは驚愕しながらも距離を取り、油断なくアイズ(不敗)を見据える。

すると、

 

「………………あなたの剣には、余裕が無さすぎるね」

 

アイズ(不敗)が呟く。

 

「えっ…………?」

 

アイズが声を漏らした。

 

「今ならあの時ベルが言ってたことが良く分かる……………今のままじゃ、あなたは黒竜に勝てない」

 

「ッ!?」

 

アイズ(不敗)の言葉に、アイズが目を見開く。

 

「このままダンジョンに潜り続けても同じ。きっと志半ばであなたは倒れる」

 

淡々と言うアイズ(不敗)の言葉にアイズは目を見開く。

 

「取り消して………!」

 

アイズは珍しく感情を露にして叫んだ。

 

「取り消さない。それが事実。私は黒竜と戦ったから良く分かる」

 

「ッ…………あなたは黒竜を倒したの………!?」

 

「ベルと一緒に…………だけど」

 

アイズ(不敗)の言葉にアイズは驚愕の表情を浮かべる。

 

「だから言う。今のあなたじゃ黒竜に傷一つ付けることは出来ない」

 

その言葉が切っ掛けになったのか、アイズはギリッと歯を食いしばり、剣を強く握りしめる。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

詠唱を行い、アイズは風をその身に纏う。

剣を弓矢を引き絞るように振りかぶり、風の勢いが増す。

 

「リル…………」

 

必殺技を放つ体勢に入るアイズ。

それに対しアイズ(不敗)はゆっくりとした動作で剣を前に突き出し、

 

「…………ラファーガ!!」

 

その瞬間全身に風を纏ったアイズが突進してきた。

そして次の瞬間、

 

「「「「「「「「「「ッ………………!?」」」」」」」」」」

 

観衆のほぼ全員が絶句していた。

何故ならば、

 

「……………………」

 

「………………嘘」

 

黙ったままのアイズ(不敗)と、驚愕の声を漏らすアイズ。

何故ならば、アイズ(不敗)はアイズが突き出した渾身の一撃を剣の切っ先で受け止めていたからだ。

アイズ(不敗)軽く押し出してアイズを押し返すと、

 

「………………ベルみたいにうまく出来るか分からないけど…………」

 

アイズ(不敗)は目を瞑ると黄金の闘気を身に纏う。

剣を頭上に掲げるように振りかぶると、その剣にも黄金の闘気が纏われ、眩い輝きを放つ。

 

「あ…………あ……………」

 

アイズは圧倒的な力の前に呆然と立ち竦むことしか出来ない。

そして次の瞬間、

 

「はぁあああああああああああああああっ!!」

 

その剣が振り下ろされた。

 

 

 

 

だが、

 

「やり過ぎだバカ野郎…………!」

 

その剣が振り下ろされる寸前に瞬時にその間に割って入ったベート(不敗)がその剣を蹴りで受け止めていた。

その際に衝撃が辺りに広がり、観衆たちを転倒させた。

 

「……………ごめんなさい。やり過ぎた…………」

 

アイズ(不敗)は佇まいを直してアイズに頭を下げる。

その様子を遠巻きに見ていた幹部陣。

 

「まさかこれほどとはな…………」

 

リヴェリアが呟く。

 

「それに気付いたか? 向こうのアイズは開始地点から一歩も動いていない」

 

フィンがそう言う。

 

「ああ、全く自信を無くすよ」

 

リヴェリアは呆れるようにそう言った。

因みにロキは固まっており、この日は再起動することは無かった。

 

 

 

 







外伝五話です。
とりあえずヘファイストス&キョウジ、序にスィークがやってきました。
スィークはオリキャラですけど原作世界にもいるって事で…………
因みにキョウジさんはスィークと一緒に居ました。
という事は荒野にほっぽり出されたお方は……………
あとはアイズ同士の闘いです。
これはやっておきたかったのでここで入れました。
まあ、不敗側の圧勝ですけど…………
さて次回はダンジョンに潜る予定。
なので一人取り残されてた彼女が出てきます。
それでは次回にレディィィィィィィッ…………ゴーーーーッ!!


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ROUND【6】 探索~エイナとリリのターン~

 

 

 

 

 

平行世界に飛ばされたベル(不敗)達の、波乱の一日が過ぎた翌朝の『竃火の館』。

朝早くからベル(不敗)達はダンジョンに潜る準備を進めていた。

 

「よしっと…………ダンジョンに潜るのも久々だから少し楽しみだね」

 

「ですね。まともなダンジョン探索は1ヶ月振りと言った所でしょうか?」

 

ベル(不敗)の言葉にリリ(不敗)が頷く。

 

「向こうじゃダンジョンが完全に潰れちまったからな」

 

ヴェルフ(不敗)が大刀を担ぎながら話に入る。

 

「……………ダンジョンが潰れたってどういうこと?」

 

こちらの世界のベルがヴェルフ(不敗)の言葉に首を傾げながら訊ねた。

 

「ん? どうも何もそのまんまの意味だぜ。俺達の世界じゃダンジョンが完全に崩壊しちまったんだ」

 

「ええっ!? ダ、ダンジョンが崩壊!?」

 

ヴェルフ(不敗)の言葉にベルが盛大に驚く。

 

「い、一体どうして!?」

 

「我々の世界に、世界にとってイレギュラーな存在が現れたのだ」

 

ベルの問いに答えたのは、共にダンジョンに潜る予定のキョウジ。

 

「イレギュラー…………?」

 

「そう……………本来は存在しない、世界の外から来たイレギュラー…………そのイレギュラーが我々の世界に現れたのだ。おそらく、そのイレギュラーこそがこの世界とあの世界の違いである最大の理由だろう」

 

怪訝な声を漏らすベルにキョウジはそう説明する。

すると、キョウジは少し俯き、

 

「……………そう言う私も、あの世界にとってはイレギュラーなのだがな…………」

 

小さくポツリと呟いた。

その表情は、まるで自分を責めているように見える。

その時、

 

「………ったく、そういう事言うなっていつも言ってるだろ!」

 

そんなキョウジに声を掛けたのはスィーク(不敗)であった。

 

「責任感がつええことは良いけどよ、だからって自分を否定するなっての!」

 

「スィーク…………」

 

「少なくとも俺はキョウジと出会えてよかったと思ってるし、キョウジが居なきゃよかったなんて一度も思ったことは無え。だから何度でもこう言ってやる。俺はキョウジと出会えて本当に幸せだ」

 

元気のいい笑みと共にキョウジに向かってハッキリと言い放つスィーク(不敗)。

その笑みに釣られる様にキョウジも微笑を浮かべ、

 

「ああ…………ありがとう、スィーク」

 

そうお礼を言った。

すると、

 

「……………ポカーン」

 

この世界のヴェルフが言葉通りポカーンとした表情でスィーク(不敗)を見ていた。

 

「何だよ………?」

 

そんなヴェルフに気付いたスィークが不機嫌そうに問いかけた。

 

「いや………お前、本当にあのスィークか?」

 

この世界のスィークを知るヴェルフは、キョウジといい雰囲気を作り出すスィーク(不敗)にそんな質問を投げかけた。

 

「失礼な奴だな。俺が誰かを好きになっちゃワリィのかよ!?」

 

スィーク(不敗)は腕を胸の前で組みながらそっぽを向く。

 

「悪いっつー訳じゃねえが………この世界のお前を知る俺としては、どうにも違和感が…………」

 

そんな話をしながら、一同はダンジョン探索に出る準備を進める。

今回ダンジョンに潜るメンバーは、ベル(不敗)、リリ(不敗)、ヴェルフ(不敗)、キョウジ、サポーターとしてスィーク(不敗)。

こちらの世界からベル、リリ、ヴェルフ、命がついてくることとなった。

残りのメンバーは、こちらの世界の面々が予定していた遠征の準備の手伝いである。

やがて準備が完了し、一同は『竃火の館』を出た。

 

 

 

 

一同は、とりあえずギルド本部のエイナの所に顔を出すことにした。

すると、

 

「ええええええええええええっ!? ベル君達“も”二人!?」

 

エイナが予想通り盛大に驚きながら叫ぶ。

 

「あはは…………………って、僕達“も”?」

 

苦笑するベルだったが、エイナの言葉の中に気になる言い方がある事に気付き、怪訝な声を漏らした。

その言葉にエイナは何とも言えない表情をして、

 

「その………じ、実はね……………」

 

エイナが何か言おうとした時、

 

「どうかした………?」

 

エイナの後ろから声がした。

 

「えっ…………?」

 

ベルは思わず声を漏らした。

何故なら、そのエイナの後ろから聞こえてきた声もエイナのものだったからだ。

 

「あ………………」

 

エイナの後ろから現れた人物…………もう一人のエイナ(不敗)は、二人いるベル達を見て声を漏らす。

 

「…………………エイナさん」

 

ベル(不敗)が声を漏らした。

 

「……………………」

 

エイナ(不敗)は一瞬沈黙した後、

 

「………ベル君!!」

 

エイナ(不敗)は飛び出してベル(不敗)に抱き着いた。

 

「わっ……! っと!」

 

ベル(不敗)は不意に抱き着かれたため僅かにバランスを崩すが、すぐに持ち直す。

 

「えええええええっ!?」

 

その瞬間を目撃したエイナが驚きの声で叫んだ。

目の前では、もう1人の自分がベル(不敗)に抱き着いている。

驚くなという方が無理かもしれない。

 

「ベル君………よかった…………ベル君もいたんだ」

 

エイナ(不敗)は涙を浮かべながらベル(不敗)に縋り付いている。

 

「エイナさん………エイナさんもこっちに来てたんですね」

 

ベル(不敗)は優しい笑みを浮かべてエイナ(不敗)にそう言う。

 

「ベル君…………」

 

エイナ(不敗)は熱っぽい視線をベル(不敗)に向ける。

 

「それにしても、よく僕がエイナさんの知ってる僕だってことが分かりましたね?」

 

ベル(不敗)は一直線に自分に抱き着いてきたエイナ(不敗)に訊ねた。

 

「もちろんわかるよ…………だって、ベル君の事だもん…………」

 

「エイナさん…………」

 

迷いなくそう言い切ったエイナ(不敗)の言葉に照れ臭くなり、赤くした頬を指で掻く。

すると、

 

「ちょ、ちょーーーーっと待とうか!? もう1人の私! な、何でベル君にそんな大胆に抱き着いてるのかな!?」

 

こちらの世界のエイナが動揺を隠せない声で問いかけた。

すると、エイナ(不敗)はきょとんとして、

 

「え? だって私、ベル君の事好きだし………」

 

何を当たり前のことを?、と言わんばかりの表情でエイナ(不敗)は答えた。

 

「「「「「「「「「「うぇええええええええええええっ!!??」」」」」」」」」」

 

その答えには、エイナだけではなく、ベルや周りで注目していた冒険者達が驚愕の声を漏らす。

 

「えっ? で、でも、ベル君はヴァレンシュタイン氏の事を…………」

 

「確かに正妻の座は譲ったけど、だからと言ってベル君を諦める理由にはならないよね? 隙あらば正妻の座を奪う事も考えてるし」

 

「ひえっ!?」

 

「第一、もうベル君が居ない世界なんて考えられない。万に一つも無いだろうけど、ベル君が死んだら、間違いなく自殺するって断言できるよ!」

 

「ひぇええええええっ!?」

 

次から次へと飛び出すベル(不敗)へのエイナ(不敗)の想いにこちらの世界のエイナは驚愕を通り越してドン引きし始める。

 

「流石はエイナ様。押して駄目なら押し倒せを忠実に実行してますね」

 

リリ(不敗)が感心した声を漏らす。

 

「いや、あれはもう『想い』っつーより、『重い』だろ?」

 

ヴェルフが呟く。

 

「俺はヘファイストス様一筋で良かったぜ………」

 

ヴェルフ(不敗)もその様子を見てゲンナリと声を漏らす。

 

「むしろ病んでるのでは?」

 

リリもそう零した。

 

「と、ともかくエイナさん! 僕達はこれから生活費を稼ぐために、ダンジョンに潜ってくるので、戻ってきたら一緒に帰りましょう。この世界の『竃火の館』に神様達も来てますので…………」

 

「うん、わかったよ。大丈夫だとはわかってるけど、気を付けてね」

 

「はい」

 

そう言ってエイナ(不敗)がベル(不敗)から離れようとした時、

 

「いってらっしゃい…………」

 

耳元でそう呟くと、エイナ(不敗)はベル(不敗)の頬に軽くキスをした。

 

「えうっ!?」

 

その光景に思わずエイナが驚愕した瞬間、

 

「エイナちゃんになにしてくれとんじゃぁあああああああっ!!」

 

「エイナさんに何という事を!!」

 

「もう我慢できん!!」

 

「リア充死すべし!!」

 

「死~ね~や~!!」

 

「血の雨見せたる~!!」

 

周りの冒険者がベル(不敗)に向かって一斉に飛び掛かった。

その数およそ数十人。

全員がエイナのファンであった。

その中にはこの世界のベルでは敵わない高ランク冒険者の姿もチラホラと。

その光景を目撃したエイナは思わず目を瞑った。

ドカッ、バキッ、ズカッ、と打撃音が繰り返される。

それが十秒ほど続き、静かになったのでエイナは恐る恐る目を開けた。

エイナはボロボロになって横たわるベル(不敗)の姿を想像していた。

だが、

 

「えっ!?」

 

エイナの目の前に広がっていたのは全く逆の光景。

気絶した冒険者の山が出来上がっていた。

そして、その光景を作り出した本人はと言えば、

 

「お騒がせしました~!」

 

逃げる様にダンジョンの方角へと向かって行く無傷のベル(不敗)達の姿があった。

そして、そんなベル(不敗)達に向かって笑顔で手を振るエイナ(不敗)の姿。

 

「嘘ぉ………………」

 

信じられない光景にエイナは思わず声を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに同じ頃、『黄昏の館』の一部が爆発によって吹っ飛んだことは知る人ぞ知る出来事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、逃げる様にダンジョンに入ってきたベル(不敗)達は、

 

「まさかエイナさんがあんなことをするなんて………」

 

若干あきれ顔のベル(不敗)と、

 

「「「「ポカーン…………」」」」

 

ポカンとした顔のこの世界のベル、リリ、ヴェルフ、命。

エイナ(不敗)の行動もそうだろうが、高レベルも含めた数十人の冒険者を十秒足らずで全員のしてしまったベル(不敗)の強さにも呆然としていた。

 

「こっちの私達の気持ちはよーくわかります」

 

「だな。よーくわかるな」

 

その横でうんうんと頷いているリリ(不敗)とヴェルフ(不敗)。

 

「とりあえずこちらのベル様の強さについてはスルーすることが一番です」

 

「そうだな。気にしないことが一番だ」

 

同じ結論を出す二人。

同じ悩みを持った者として親近感を感じえなかった。

ただし、今ではこの二人もどちらかと言えばベル(不敗)側なのだが突っ込まないのがお約束である。

 

 

 

暫くして落ち着いた一同がダンジョン探索を開始した。

しかし、

 

「ゴブリン、来ま…………!」

 

リリが叫ぼうとした瞬間、赤い閃光がゴブリンを貫き、灰にする。

見れば、ヴェルフ(不敗)の周りにローゼスビットが飛び回っている。

 

「この辺の雑魚の掃除は俺に任せな!」

 

そう自信を持って言うヴェルフ(不敗)。

 

「な、何だそりゃ!?」

 

こちらの世界のヴェルフが問いかける。

 

「こいつは【ローゼスビット】っつー俺の魔法だ。遠隔操作で魔力スフィアから魔力の光線を放てる。雑魚を掃討するには便利だぜ」

 

「いや…………それは良いんだが…………なんで薔薇何だ?」

 

「………………俺に聞くな」

 

ヴェルフ(不敗)はそっぽを向くが、どう考えてもヴェルフ(不敗)が受け継いだジャック・イン・ダイヤの紋章の持ち主であるあの貴族騎士の影響である。

 

 

 

 

 

 

「「「「…………………………」」」」

 

ベル、リリ、ヴェルフ、命の四人は驚きを通り越して半ば呆れていた。

何故なら現在は十七階層への階段を下りている最中なのだが、ここまでベル達は一度とて戦闘行為をしていない。

それどころか、武器を構えることすらしていなかった。

なぜなら、モンスターが現れたと同時にヴェルフ(不敗)の【ローゼスビット】がモンスターを撃ち抜き、灰と返しているからである。

歩みを止める事無くここまで来たことが無いベル達にしてみれば、驚異的なダンジョン踏破速度である。

やがて十七階層に到着すると、

 

『ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

「野郎ども! 気張れぇえええええええええええっ!!」

 

いつだったかと同じようにリヴィラの街のならず者たちによって『迷宮の孤王(ゴライアス)』の討伐作戦が行われていた。

更には見た限りゴライアスも通常よりも一回り大きく全長が8mぐらいあり、冒険者達は苦戦している。

故に、

 

「【リトル・ルーキー】…………! じゃねえ、【白兎の脚(ラビット・フット)】! 助けろぉぉぉぉぉぉっ!! って、なんで二人いるんだぁあああああああああああっ!?」

 

ならず者のリーダー格の一人であるモルドがベル達に助けを求めるのは当然であった。

まあ、ベル達が二人いることに大層驚いていたが。

 

「…………どうする?」

 

ベル(不敗)がそう聞くと、

 

「ベル様、ここは私にお任せを」

 

そう言ったのはリリ(不敗)だ。

 

「えっ? リリ?」

 

「じゃあ、任せて良い?」

 

困惑の声を漏らすベルと、当然のように頷くベル(不敗)。

 

「はい、では…………」

 

リリ(不敗)は1人でゴライアスに向かって行く。

 

「えっ? 何言ってるのさ、もう一人の僕!?」

 

あっさりと認めたベル(不敗)に怪訝な声を漏らすベル。

 

「リリなら大丈夫」

 

ベル(不敗)はそう言って動こうとしない。

リリはそのまま小柄な体を利用してごった返す冒険者達の足元を潜り抜けていき、やがてゴライアスの目の前に出た。

 

「おい! 小人族(パルゥム)のチビッ子! あぶねえぞ! 下がれ!」

 

冒険者の一人がゴライアスの前に出るリリ(不敗)に呼びかける。

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、心配には及びません」

 

そう言ってその身をゴライアスの視界の前に晒す。

 

『ウォオオオッ!』

 

ゴライアスは一人前に出るリリ(不敗)に気付き、拳を振り上げた。

 

「リリッ! 逃げて!!」

 

こちらの世界のベルが思わず叫ぶが、リリ(不敗)は動こうとしない。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

 

ゴライアスがリリ(不敗)を叩き潰さんと拳を振り下ろした。

リリ(不敗)はそれを見ても動こうとはせず、ジッとその拳を見上げていた。

そして……………拳の威力によって地面が割れ砕け、瓦礫が飛び散る。

 

「ああっ!!」

 

ベルがその光景を見て悲痛な声を上げた。

 

「あ、あれでは流石に…………」

 

「嘘だろ…………?」

 

「リ、リリ殿っ!?」

 

リリとヴェルフ、命も最悪の結果を思い浮かべたであろう。

しかし、それとは反対にベル(不敗)達は表情を変える事無く涼しい顔でその光景を見ている。

その時、

 

『ヴ、ヴォッ…………!?』

 

ゴライアスは困惑したような声を漏らした。

繰り出した拳を引き戻そうとしたのだが、その拳が動かないのだ。

すると、その拳がゴライアスの意思とは関係なく持ちあがり、

 

「思ったよりも軽い一撃でしたね」

 

その下からゴライアスの拳の指の一本を抱える様に両手で挟み込んでいるリリ(不敗)が姿を見せた。

 

「「「「「「「「「「………………………!?」」」」」」」」」」

 

その光景に、ベル達だけではなく、その戦いに参加していた全員が驚愕の表情になった。

更に、

 

「せぇのぉ……………!」

 

リリ(不敗)がタイミングを見計らうように呼吸を整えると、

 

「てぇええええええええええええええええええいっ!!!」

 

『ヴォッ!? ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!??』

 

リリ(不敗)の気合の入った声とゴライアスの困惑の叫びと共に、ゴライアスの身体が浮き上がる。

リリ(不敗)はそのまま身体を捻り、持ち上げたゴライアスを、

 

「てやぁあああああああああああああああああっ!!!」

 

後方の『嘆きの大壁』に向かって投げつけた。

それは弧を描く軌跡の放り投げるという生易しいものではない。

重力に逆らって一直線に『嘆きの大壁』に向かって突き進む、紛れもない『投げ』であった。

壁に激突し、『嘆きの大壁』に大きな陥没跡を残すゴライアス。

 

「「「「「「「「「「「…………………………………………………………………………」」」」」」」」」」

 

その光景を、周りの冒険者達は顎が外れると言わんばかりに口をあんぐりと開けて見ていた。

高レベル冒険者ならゴライアスを『斬り落とす』、『殴り倒す』、『放り投げる』ぐらいは出来るだろう。

だが、今リリ(不敗)がしたように『投げつける』真似など出来ようはずがない。

オラリオ最強の『猛者(おうじゃ)』オッタルでも不可能だろう。

まあ、ベル(不敗)の師匠の東方不敗ならゴライアスの二倍以上の大きさを誇り、身体も金属で出来ていて、重さも十倍近くあるだろうオリジナルの『デス・アーミー』を分厚いコンクリートの地面ごと引っ繰り返すという荒業を成し遂げた実績があるため、片手で出来るだろうが…………

ともかく、投げつけられたゴライアスは身体中にダメージを負いながらも、何とか立ち上がろうとしていた。

しかし、

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー!!】」

 

リリ(不敗)が地面に拳を撃ち込むと同時に地面が割れ砕け、針状となって隆起する。

 

『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??』

 

隆起した大地がゴライアスの四肢と体を貫き、動きを完全に封じる。

 

「「「「「「「「「「なんじゃこりゃぁあああああああああああああああああっ!!??」」」」」」」」」」

 

その余波に巻き込まれた冒険者達は悲鳴を上げていたが。

更にリリ(不敗)は、

 

「【グラビトンハンマー】!!」

 

その手に魔力の鎖で繋がれた鉄球を具現し、頭上で振り回す。

 

『ヴォ、ヴォアッ………………!?』

 

理性などない筈のゴライアスの表情に恐怖の表情が浮かぶ。

リリ(不敗)はその顔目掛け、

 

「せぇええええええええええええいっ!!」

 

ハンマーを投げつけた。

 

『ヴォッ………………!?』

 

その鉄球はゴライアスの顔面の中央に直撃し、その顔を破裂させるように粉砕した。

普通のゴライアスは再生能力など持っていないためにそのまま灰となり、大きな魔石がその場に残される。

しかし、リリ(不敗)はそれに構うことなく振り返り、ベル(不敗)の所へ戻っていく。

 

「お疲れ様、リリ」

 

ベル(不敗)は当然のように労いの言葉をかけ、

 

「はい!」

 

リリ(不敗)は嬉しそうにそれに応えた。

因みにこちらの世界のベル達と言えば、

 

「「「「………………………………………………………………………………」」」」

 

目の前の衝撃の光景が信じられず、未だに口をあんぐりと開けた状態で固まっていた。

 

 

 

 

 

 






外伝六話です。
う~ん、相も変わらずエイナさんが爆走中。
この人本編の時から勝手に暴走する感じがあるんですよね。
エイナと出会うシーンは軽く流すつもりだったんですけど、そこからエイナさんが勝手に動き始めてあんな感じに。
そんでリリも(物理的に)大暴れ。
ゴライアスをぶん投げるリリ。
師匠なら片手で投げれますよね?
ゴライアスを一人で完封したリリ、貴方も十分人間やめてます。
お次は誰のターン?
それでは次回も、レディィィィィィィッ………ゴーーーーーーーーーッ!!


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ROUND【7】 探索~ヴェルフとシュバルツのターン~

 

 

 

 

 

リリ(不敗)がゴライアスを一人で粉砕したあと、リヴィラの街に到着した一行は、そのままリヴィラの街を素通りして下層へ向かう。

 

「リヴィラの街に寄ろうとする仕草すら見せずに通り過ぎましたね、この人たち」

 

こちらのリリがポツリと呟く。

 

「今の私達が1日近く掛かって踏破する所を、数刻で辿り着きましたからね………」

 

命も驚愕と呆れが入り混じった表情でそう漏らす。

 

「って言うか、一度も立ち止まって無いぞ」

 

ヴェルフも、

 

「な、何か自信無くしちゃうな…………」

 

そしてベルも何とも言えない雰囲気を漂わせる。

 

「何か黄昏てるな、向こうの俺達………」

 

ヴェルフ(不敗)がこちらの世界の面々を見つめながらそんな言葉を零した。

 

「今の彼らの心境は、私が最初にベル様と出会った頃と同じ心境なのでしょうね」

 

リリ(不敗)はベルと出会った頃の心境を思い出し、遠い眼をする。

 

「他人事みてーに言ってるけどよ、あいつ等からすりゃオメーも同類だぜ」

 

「自覚していますよ?」

 

スィーク(不敗)の言葉にリリ(不敗)当然のように応える。

 

「ある意味一番タチわりーな…………」

 

そんな感想を漏らすスィーク(不敗)だった。

 

 

 

 

 

そんなこんなで『巨蒼の滝(グレート・フォール)』が見える二十五階層に辿り着く一行。

 

「いやあ、何度見ても『巨蒼の滝(グレート・フォール)』は絶景だね」

 

「あ~………『巨蒼の滝(グレート・フォール)』ですか…………」

 

ベル(不敗)の言葉にリリ(不敗)がそんな言葉を漏らす。

リリ(不敗)の脳裏には、ある出来事が過っていた。

 

「それでどうする? こっちのベル達のレベルも考えればこの辺が妥当な所だと思うんだが…………?」

 

ヴェルフ(不敗)がそう言うと、

 

「う~ん………僕としてはもう少し下に降りたい所なんだけど…………」

 

「こちらのベルだけならLv.4。故にもう少し下の階層でも自衛は可能だろうが、他の三人はLv.1とLv.2だ。万一の事を考えるならばこの階層以下の探索は止めておいた方が良いだろう」

 

覆面を被ってシュバルツとなっているキョウジがそう言う。

 

「う~ん………そうだ! それなら僕とリリだけで下の階層に潜ってくるよ! 皆はこの辺りを中心にモンスターの討伐とアイテムの回収をお願い!」

 

ベル(不敗)が思いついたように案を出す。

 

「ふ、二人だけで『深層』に行くおつもりですか!?」

 

リリが驚愕しながら言うと、

 

「あ~、問題ありません。既に私達の元の世界では何度かやっていたことなので」

 

リリ(不敗)が淡々と事実を口にした。

反対する気はないらしい。

 

「俺は構わねえぞ」

 

ヴェルフ(不敗)も当然のように頷き、

 

「もっと深いとこで探索した方が稼げるだろうしな!」

 

スィーク(不敗)も賛成に回る。

シュバルツは一度この場の面々を眺め、

 

「ふむ、問題あるまい」

 

状況を冷静に判断した上で許可を出す。

 

「じゃあ、行こうか。リリ」

 

「はい、ベル様」

 

そう言ってベル(不敗)とリリ(不敗)が踵を返し、

 

「待って!」

 

そんな二人をこちらのベルが呼び止めた。

 

「「?」」

 

何かあるのかと二人がベルの方に振り返ると、

 

「僕も連れていってもらえないかな?」

 

ベルがそう発言した。

 

「おいおい、本気かベル?」

 

ヴェルフが驚きながらそう聞くと、

 

「うん………別の世界の僕の実力を、この目で見ておきたいんだ!」

 

ベルの表情は真剣だ。

 

「ん~………僕としては問題ないけど、リリはどう思う?」

 

ベル(不敗)は一瞬の思案の後そう答え、リリ(不敗)に意見を求める。

 

「大丈夫ではないでしょうか? こちらの世界のベル様もLv.4です。『深層』でもパーティーを組んでいれば問題ない実力なので、私達と一緒なら尚更です」

 

言葉は丁寧だがその中には絶対の自信が伺えるリリ(不敗)の言葉。

 

「うん、そうだね」

 

リリ(不敗)の言葉を聞くと、ベル(不敗)はベルへと向き直り、

 

「いいよ。一緒に行こう!」

 

ベルにそう言うベル(不敗)。

 

「ありがとう!」

 

それを聞いてベルは嬉しそうに頷いた。

すると、

 

「じゃあ早速だけど、僕の手に捕まって」

 

ベル(不敗)がそう言いながら左手を差し出す。

 

「え…………? う、うん…………」

 

突然言われた言葉に困惑しながらも、ベルは差し出された手を掴む。

 

「ベル様………? もしかして“アレ”をやるつもりですか?」

 

リリ(不敗)が呆れた様に聞く。

 

「うん。だってそっちの方が早いでしょ?」

 

ベル(不敗)は笑みを浮かべて頷く。

 

「………まあ、それは否定しませんが…………」

 

リリ(不敗)は諦めた様にベル(不敗)の右手を掴んだ。

 

「え? え? 何? どういう事!?」

 

そんな雰囲気にベルが何となく不安になっていると、

 

「問題ありませんよこちらのベル様。ちょっとショートカットをするだけです」

 

「へっ? ショ、ショートカットって…………?」

 

ベルが困惑していると、ベル(不敗)に手を引っ張られ、『巨蒼の滝(グレート・フォール)』の方へと連れて行かれる。

そのまま通路の端まで来ると、ベルがまさかと戦慄した。

 

「ちょっと待って! ショートカットって、まさか!?」

 

ベルがそう叫んだ瞬間、

 

「飛ぶよ!」

 

ベル(不敗)がベルとリリ(不敗)の手を掴んだまま、滝壺へと向かって飛び降りた。

 

「うわぁああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……………!!??」

 

ベルの悲鳴が響くが、すぐに『巨蒼の滝(グレート・フォール)』の轟音にかき消される。

 

「ベ、ベル様ぁあああああああああああああああああっ!!??」

 

「ベルーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!??」

 

「ベル殿ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!??」

 

こちらの世界の三人が慌てて通路の先を覗き込みながら叫んだ。

 

「心配すんな。あいつ等なら大丈夫だ」

 

ヴェルフ(不敗)が何でもないようにそう言うと、背中の大刀を抜く。

 

「それよりも、こっちはこっちでお客さんだぜ………!」

 

ヴェルフ(不敗)の視線の先には、いつの間に集まったのかモンスターの群れ。

 

「ふむ、ここからは魔石を残さねばな…………」

 

シュバルツがブレードを展開させながら冷静に呟く。

 

「そんじゃ………行くぜ!」

 

二人はモンスターの群れへと駆けていった。

 

 

 

 

 

数分後。

 

「「「ポカーン……………………」」」

 

リリ、ヴェルフ、命の三人は言葉通りポカンとした表情で目の前の光景を眺めていた。

先程までいた通路を埋め尽くすほどのモンスターの群れは見る影もなく、そのモンスターの群れと同数の魔石が転がっているだけだった。

その魔石をサポーター役のスィーク(不敗)がせっせと拾い集めている。

 

「よっと………とりあえずこんなもんか?」

 

「他愛ない」

 

それだけの戦闘を熟したのにも関わらず、余裕の表情で武器を納めるヴェルフ(不敗)とシュバルツ。

結局二人だけでモンスターを全滅させてしまったのだ。

しかも、しっかりと魔石を残したまま。

つまり、魔石に気を使うだけの余裕を持ったまま大量のモンスターと戦っていたのだ。

 

「おーい! いつまでも呆けてねえで魔石拾うの手伝ってくれよ!」

 

スィーク(不敗)が三人に呼びかける。

 

「は、はい!」

 

サポーターのリリが我に返ってスィーク(不敗)の元へ駆けていく。

ヴェルフと命も流石に何もしていないのは拙いと思ったのか魔石拾いの手伝いを始めた。

魔石を拾い続け、ヴェルフ(不敗)とシュバルツがモンスターを全滅させる何倍もの時間を掛けて魔石をほぼ拾い集めた。

リリがこの辺りで見つけられる最後の魔石に手を伸ばした時、魔石がカタカタっと震えた。

 

「えっ?」

 

リリが声を漏らす。

 

いや、魔石が震えているのではない、地面が揺れていたのだ。

その揺れは大空洞全体を震わせ、次いでビキビキビキっと岩に亀裂が入る音が響いた。

 

「こ、これは………まさか!?」

 

リリが絶望的な声を上げる。

その瞬間、二十七階層の『巨蒼の滝(グレート・フォール)』が爆発した。

大量の水しぶきが上がり、一行の居る二十五階層にも雨の如く降り注ぐ。

二十七階層に生れ落ちた『モノ』は滝壺に向かって潜ると、次の瞬間には『巨蒼の滝(グレート・フォール)』に逆らい登り始めた。

 

「二十七階層、『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』…………」

 

そしてその影が一行の居る二十七階層に到達し、

 

「…………『アンフィス・バエナ』!」

 

リリの言葉と共に滝口が爆発し、大量の水が津波のように襲い掛かる。

通常であれば成す術無くその津波に呑み込まれてしまう所であったが、

 

「【受けよ我が洗礼 ローゼススクリーマー】!!」

 

一行の周囲にヴェルフ(不敗)のローゼスビットが集まり、結界を張る。

大量の水はその結界に遮られ、リリ達に届くことは無かった。

津波が通り過ぎると目の前には一匹の竜が居た。

二つの頭を持つ『双頭竜』。

現在確認されている階層主の中で唯一階層間を移動する階層主。

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」」

 

二つの頭が咆哮を上げる。

普通の冒険者なら足がすくむほどの威圧の籠った咆哮。

しかし、

 

「ちったあ手ごたえのありそうなやつが出てきたじゃねえか」

 

「水属性の竜か……………『リヴァイアサン』ほどではあるまい」

 

目の前の二人は全く臆することなく立っていた。

 

「「オオオオオオッ!!」」

 

二つの咢がそれぞれに食らいつこうと襲い掛かる。

だが、

 

「おらよっ!」

 

「オオッ!?」

 

ヴェルフ(不敗)が背中から抜き放った大刀が片方の頭を跳ね上げ、

 

「何処を見ている?」

 

「ウォッ!?」

 

シュバルツに食らいついた方の頭の上にシュバルツは悠然と立っていた。

その瞬間、

 

「はあっ!」

 

シュバルツのブレードが双頭の片方をの首を斬り落とした。

片方の頭は何が起きたかもわからずにその意識を闇に沈める。

 

「オオオオオッ!?」

 

もう片方の頭はようやく理解した。

この二つの存在は決して手を出してはいけない存在だったのだと。

しかし、それに気付くのが遅すぎた。

 

「【このエネルギーの渦から逃れることは不可能】」

 

ヴェルフ(不敗)の口から紡がれる言霊。

それは自らを冥府へ誘う鎮魂歌(レクイエム)

その言霊と共に薔薇型の魔力スフィアが渦を巻き始める。

 

「【ローゼスハリケーン】!!!」

 

赤い竜巻状のエネルギーの渦にアンフィス・バエナは呑み込まれる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!???」

 

そのエネルギーに身を引き裂かれながら、断末魔の叫びを上げる。

そしてそのエネルギーの渦が消えた時、その場には巨大な魔石が残されるだけとなった。

 

「おし! 一丁上がり!」

 

ヴェルフ(不敗)が冗談めかしてそんな事を言う。

 

「…………『下層』の階層主すらも全く歯牙に掛けないなんて………」

 

その様子を見ていることだけしか出来なかったリリが呆然と呟く。

すると、他の冒険者が近付いてきているのか話し声と足音が近付いてきた。

それは…………

 

「………ったく、何でてめえはいつも突発的に八つ当たりするんだよ!?」

 

「…………ごめんなさい………どうしても我慢できなくて………」

 

「おかげでホームの修理代を払えと来た………ったくメンドクセェ」

 

「ううっ…………!」

 

銀髪の狼人の青年と、金髪金眼の少女。

その二人は一向に気付くと、

 

「あん? てめえらは………」

 

「あ…………」

 

声を漏らす二人。

それはアイズ(不敗)とベート(不敗)だった。

ベート(不敗)が彼らを見渡すと、

 

「ベルの奴は居ねえのか?」

 

そう聞いた。

 

「ああ、ベル達なら………」

 

ヴェルフ(不敗)が答えようとした時、

 

「ベルは………もっと下にいる………!」

 

アイズ(不敗)は通路の端から階下を見下ろしながら呟く。

すると、

 

「ベル………会いたい………!」

 

アイズ(不敗)はそう呟くと先程のベル(不敗)と同じように躊躇なく滝壺へ向かって飛び降りた。

 

「おいアイズ…………! 行っちまった…………」

 

ベート(不敗)は面倒くせえと言わんばかりに頭をガジガジと掻くと、

 

「ったくメンドクセェ!」

 

本当に口に出して後を追うように飛び降りた。

 

「……………一体何だったんでしょうか?」

 

呆けていた命が呟く。

 

「…………さあな」

 

ヴェルフが同じく呆けながら呟いた。

 

 

 

 

 

 





こっちでは久しぶりの更新です。
今回はヴェルフとシュバルツのターンでした。
ただのモンスターではつまらないので階層主も出しときました。
原作本編では出てきたばっかでどんな攻撃内容があるかも分からないのですが、攻撃する間もなく退場してもらいました。
まあ、あっさりし過ぎですかね。
最後にアイズとベートが登場。
感想でもありましたがアイズがホームを爆破したのでその為の修理代稼ぎです。
という訳で次回はベルとアイズのターン?
それでは次回にレディィィィィィィッ………ゴォォォォッ!!


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ROUND【8】 探索~ベルとアイズのターン(あとベートも)~

 

 

 

 

 

 

 

 

『下層』で仲間達と別れ、『深層』に向かうベル(不敗)とリリ(不敗)とこちらの世界のベルは37階層に到達していた。

 

「はぁあああっ!」

 

ベルの振るうヘスティア・ナイフと『深層』に出現する骸骨系モンスター、『スパルトイ』の振るう剣がぶつかり合い、火花を散らす。

互いに弾き合うと、

 

「はっ! せいっ!」

 

ベルは即座に踏み込んで腕に一閃。

スパルトイの剣を持つ腕を斬り飛ばす。

更に返す刃で胴を一閃し、真っ二つにした。

灰になるスパルトイ。

だが、ベルの心中は穏やかではなかった。

 

(くっ! モンスターの強さが桁違いだ………!)

 

ベルは心の中でそう叫ぶ。

一対一ならベルはこの階層のモンスターでも勝てる。

しかし、勝てはするが一撃で倒せるわけでは無い。

ダンジョンの一番の脅威は『数』。

一体のモンスターを倒すのに時間がかかるとその分だけモンスターの数が増え続け、瞬く間に囲まれてしまう。

更にはモンスター同士で『連携』もしてくるため、脅威度も跳ね上がっている。

エイナやアイズに話で聞いていた『深層』の危険性を身をもって知るベルであった。

だが、

 

「とぉりゃぁああああああああああああっ!!」

 

その高レベル冒険者ですら注意しなければいけない深層のモンスターを拳一つで次々に粉々にしていく存在に、ベルは視線を向ける。

その拳は、『スパルトイ』や『スカルシープ』といった骸骨系モンスターはもちろんの事、黒曜石の身体を持つ防御力に秀でた岩石系モンスター、『オブシディアン・ソルジャー』ですらガラスのように粉砕していく。

ベルがモンスターを一体倒す間に、彼は十体、二十体のモンスターを軽々と倒しており、その傍でリリ(不敗)がまるでモンスターが居ないかのように平然と魔石やドロップアイテムを拾い集めている。

その存在、ベル(不敗)に圧倒的な高みを感じるベル。

普通なら、心が折れてしまいかねない圧倒的な力量差。

しかし、今のベルの心中は違った。

 

(僕も………あの高みに辿り着ける可能性がある…………!)

 

世界が違うとはいえ同じベル・クラネル。

自分もあの高みに辿り着ける可能性がある事に他ならない。

その事実は、ベルの心を奮い立たせるには十分だった。

 

 

 

 

 

やがてモンスターの出現が一段落し、一行が探索を続けていると、

 

「ねえ、もう一人の『僕』。ちょっと聞いて良いかな?」

 

ベルがベル(不敗)に話しかけた。

 

「ん? 何かな?」

 

ベル(不敗)がそれに応えると、

 

「『僕』は一体どうやってそこまで強くなったの?」

 

ベルはずっと気になっていたことを尋ねた。

すると、ベル(不敗)は少し考える仕草をすると、

 

「う~ん…………逆に聞くけど、こっちの僕はつい最近まで誰かに戦い方を教えてもらった事が無いんじゃないかな?」

 

「えっ? う、うん…………確かにオラリオに来る前までは誰にも師事を受けたことが無かったけど…………」

 

「やっぱり…………」

 

「そっちの『僕』は、師事を受けた人がいるの?」

 

「うん、そうだよ! 僕に武術を教えてくれた師匠がいるんだ!」

 

ベル(不敗)は嬉しそうにそう言う。

 

「どういう人なの?」

 

「僕が師匠と会ったのは八歳の時だよ。村の近くの湖の畔に倒れてた師匠を見つけたのが初めての出会いだったよ」

 

ベル(不敗)は懐かしそうに語る。

 

「そのすぐ後に十匹ぐらいのゴブリンの群れに襲われちゃって、僕はもう駄目だって思った」

 

「ッ………………!」

 

ベルはゴクリと息を呑む。

ダンジョンの外のゴブリンとは言え、八歳の時に十匹の群れに襲われれば一溜りもない。

 

「だけど、師匠がそのゴブリン達をあっという間にやっつけちゃったんだ。その時の師匠の姿は、今でも鮮明に思い出せるよ」

 

当時のベル(不敗)にとって、その光景は正に衝撃的の一言だった。

 

「気付いた時には、僕は師匠に弟子入りを志願してたよ。師匠はそんな突然の僕の言葉を真剣に聞いてくれた。それから弟子入りを許されて修業の日々が始まったんだ」

 

「……………ねえ、やっぱり修業って大変だった?」

 

そう尋ねるベル。

すると、

 

「……………………あはは。『大変』なんて言葉じゃ足りないぐらいにはね…………」

 

ずぅぅぅんと重苦しい空気を纏ったベル(不敗)が渇いた笑いを零す。

 

「え、え~っと…………………」

 

その雰囲気にベルは何も言えなくなってしまい、何とも言えない雰囲気のまま探索は続いた。

 

 

 

 

一行が暫く歩いていると、突然広大な広間(ルーム)に出た。

一行の目の前には橋がかけられており、それが広間(ルーム)中央にある構造物に向かって伸びている。

橋の下には50Mほどの落差に、その底には針状の岩の突起が無数に生えている。

そして構造物の周辺には数えるのも馬鹿らしくなるほどの無数のモンスターがひしめき合っていた。

 

円形闘技場(アンフィテアトルム)…………?」

 

その広間(ルーム)の中央にある構造物を見たベルがポツリと零す。

その構造物はオラリオにも存在する『施設』を彷彿とさせた。

彼らは知らなかったが、その場所は『闘技場(コロシアム)』と呼ばれ、モンスターの数が減った瞬間に構造物よりモンスターが生まれ出て、決してモンスターの上限を割らない特異性を持つ場。

そこは第一級冒険者ですら近付く事ない超危険地帯であった。

しかし、そんな事を知らない一行は悠々とその場所に足を踏み入れた。

ベルだけは最大限の警戒をしていたが…………

すると、一行の存在に気付いたモンスター達が雄たけびを上げながら一斉に襲い掛かってきた。

普通なら、即撤退の判断を下すべき状況。

しかし、この場にいるベル(不敗)は普通では無かった。

 

「ダンジョンファイトォ!! レディィィィィィィッ…………! ゴーーーーーーーーーッ!!!」

 

気合を入れるようにそう叫び、モンスターの群れに突撃していく。

 

「ちょ………もう一人の『僕』!?」

 

その姿を見て思わず慌てるベル。

だが、

 

「大丈夫ですよ、ベル様」

 

落ち着いた声色でリリ(不敗)がそう言った。

その瞬間、

 

「はぁあああああああああああっ!!」

 

拳の弾幕がモンスターの群れを粉砕しながら吹き飛ばしていく。

この場所までの道中と比較にならぬ程のモンスターの数。

しかし、そのモンスター達を超える数の拳の乱撃で粉砕していく。

近付いてくるモンスター達を片っ端から倒していくと、

 

「……………おかしいですね?」

 

暫くした所でリリ(不敗)がポツリと零した。

 

「えっ? どうかしたのリリ?」

 

ベルが尋ねると、

 

「モンスターの数が減りません」

 

リリ(不敗)の言葉にベルもハッとした。

いくらモンスターの数が多くても、秒間に十匹以上のモンスターが倒されているのに減る気配が無いのはおかしい事だ。

 

「ん~…………となると……………」

 

リリ(不敗)が考えるように構造物に目をやると、その構造物からモンスターが大量に湧いて出てくるのが見て取れた。

 

「どうやらベル様が倒した数だけモンスターが生み出されているようですね」

 

ベル(不敗)が倒すモンスターの数と生み出されるモンスターの数を見て、そう結論付けるリリ(不敗)。

 

「そういえば…………エイナさんから『深層』にはそう言う危険な場所があるって聞いたことが…………」

 

ベルもエイナから聞いた知識を思い出してそう呟く。

 

「………………と、いう事は…………」

 

リリ(不敗)が何かを結論付けた様に呟く。

 

「………うん、そうだね…………」

 

ベルも同意する様に頷く。

 

「早く逃げなきゃ「好きなだけ稼ぎ放題という事ですね!!」って、えええっ!!??」

 

撤退を口にしたベルに被せる様に、リリ(不敗)が嬉々としてそう言い放つ。

 

「ベル様、私もお手伝いします!」

 

そう言ってベル(不敗)の元に駆け寄っていくリリ(不敗)。

 

「ちょ、ちょっとぉっ!?」

 

その行動に思わず素っ頓狂な声を漏らすベル。

リリ(不敗)も十分にベル(不敗)に染まっていた。

 

「グラビトンハンマー!!」

 

鉄球を具現し、それを振り回してベルと同じようにモンスターを粉砕していくリリ(不敗)。

まるで宝の山を目の前にしているようなはしゃぎっぷりにベルは呆然としていた。

だが、今いる場所はダンジョンの中。

背後から近付く気配に気付き、ベルは飛び退く。

そこには『闘技場(コロシアム)』の外から来たモンスターの群れが迫ってきていた。

正直、現在のベルでは少々危険な数だ。

だが、ベルはヘスティア・ナイフを強く握りしめると、

 

「もう一人の『僕』ばかりに頼るわけにはいかない…………僕だってこの位は………!」

 

背後では目の前にいるモンスターの数百倍の数を相手にしているベル(不敗)がいる。

その姿に鼓舞されるようにベルは闘志を奮い立たせる。

 

「……………よし!」

 

ベルは覚悟を決めて駆け出そうとした。

その瞬間、ヒュンと風を切る音がしたかと思うと、ベルの目の前にいたモンスターの半分が細切れにされ、もう半分が蹴り砕かれる。

 

「…………え?」

 

突然の事にベルが声を漏らすと、

 

「ベル………見つけた………!」

 

「ははっ! 面白そうな事してるじゃねえか!」

 

背後で男性と女性の声が聞こえた。

ベルが慌てて背後を振り向くと、そこには、

 

「ア、アイズさん!? ベートさん!?」

 

嬉しそうな笑みを浮かべるアイズ(不敗)と獰猛な笑みを浮かべるベート(不敗)が立っていた。

 

「アイズ!? ベートさん!?」

 

戦っていたベル(不敗)も首だけ振り向いて声を上げる。

ただし、余所見していてもその拳は的確にモンスターを捉えている。

 

「ベル………私も一緒に………!」

 

アイズ(不敗)が瞬時にベルの隣に移動し、一瞬にして十数匹のモンスターを切り刻む。

 

「まさか『闘技場(コロシアム)』に挑んでるとはな…………俺も混ぜやがれ!!」

 

跳躍して空中からモンスターの群れに飛び込むように蹴りを放ち、地面を抉る衝撃と共にモンスターを吹き飛ばすベート(不敗)。

 

「『闘技場(コロシアム)』?」

 

その名に首を傾げるベル(不敗)。

 

「うん、この場所の事…………倒したモンスターの数だけモンスターが生み出される特殊な場所。ベルと出会う前の私達でも、この場所は避けてた」

 

「あ、やっぱりそう言う場所なんですね」

 

アイズ(不敗)の言葉にベル(不敗)は納得する。

 

「…………だけど、今の私達なら………!」

 

アイズ(不敗)は信頼の視線をベル(不敗)へと向ける。

 

「そうだね…………僕達なら…………!」

 

その視線に応えるように、ベル(不敗)は頷く。

次の瞬間、爆発的な闘気の衝撃でベル(不敗)とアイズ(不敗)の周辺にいたモンスターは跡形もなく消し飛ぶ。

 

「「出来ないことは何もない!!」」

 

スキルによる『共鳴(レゾナンス)』が起こり、2人の闘気が飛躍的にアップする。

 

「「はぁああああああああっ!!」」

 

ベル(不敗)の拳による衝撃が一撃で数十匹のモンスターを消し飛ばし、アイズ(不敗)の剣の一振りが同じく数十匹のモンスターを真っ二つにする。

アイズ(不敗)とベート(不敗)が加わったことでモンスターの討伐数が飛躍的に上がり、モンスターの数が徐々に減りつつあった。

モンスターが減るスピードが、モンスターを生み出すスピードを超えているのだ。

 

「はぁあああああああっ! ガイアクラッシャー!!」

 

リリ(不敗)が地面に拳を打ち込み、隆起する大地がモンスターを一気に串刺しにしていく。

 

「おらぁっ!」

 

ベート(不敗)は高く跳び上がると気で生み出した複数の棒状の物を広範囲にわたって円で囲う様に放ち、地面に突き立てる。

地面に突き刺さったそれは、まるで旗のように気の残照を揺らめかせると、

 

「『宝華教典・十絶陣』!!」

 

その旗で囲った内部が一気に炎に包まれ、モンスターを消し炭にする。

 

「『バーニングスラッシュ』!」

 

アイズ(不敗)の剣に炎の様な闘気が纏われ、それを一振りすると炎の様な斬撃が飛び、その射線軸上にいた全てのモンスターを真っ二つにする。

 

「アルゴノゥト…………フィンガーーーーーーーーーーッ!!!」

 

ベル(不敗)の掌から放たれる闘気の衝撃が目の前の全てのモンスターを消し飛ばした。

大半のモンスターが消し飛ぶが、広間(ルーム)中央にある構造物からは未だに次々とモンスターが生み出されている。

 

「まだ出てくるんですか………」

 

ベル(不敗)がポツリと呟く。

 

「うん、『闘技場(コロシアム)』はモンスターを無限に生み出すって言われてる」

 

ベル(不敗)の言葉に答えるように、アイズ(不敗)がそう言う。

 

「モンスターは大したことありませんが、魔石やドロップアイテムを回収する暇がありませんね………」

 

リリ(不敗)がそう言うと、

 

「いっその事あれを吹き飛ばしちゃおっか?」

 

ベル(不敗)が思いついたようにそう言った。

 

「…………そうですね。ダンジョンの構造物ですからいつかは再生されると思いますが………多分、暫くはモンスターの出現は止まるんじゃないでしょうか」

 

普通に考えればとんでもない発言だが、それに異を唱える人物はこの場には居ない。

いや、こちらの世界のベルだけは驚き過ぎて声が出ないだけであるが。

 

「それじゃあ、やるよ!」

 

ベル(不敗)は両腕を腰溜めに構えて精神を集中する。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……………!」

 

ベル(不敗)が『明鏡止水』を発動し、金色のオーラに包まれた。

 

「流派! 東方不敗の名の下に!」

 

ベル(不敗)は右手を顔の前に持ってくると、その右手の甲にキング・オブ・ハートの紋章が輝く。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!」

 

その手を一度握りしめると、そのまま前に突き出し手を広げる。

 

「ひぃぃぃぃっさつ! アルゴノゥトフィンガァァァァァァァァッ…………!」

 

その手に気を集め、凝縮させる。

その右手を振りかぶると、

 

「石破! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

その拳を繰り出し、拳型の気弾を放つ。

その気弾は一直線に構造物へと向かって行き、その射線軸上にいた全てのモンスターを消し飛ばしつつ突き進む。

その拳型の気弾が構造物へ到達する寸前、拳型だった気弾が広がり、巨大な掌となって構造物へと直撃した。

巨大な掌の跡を残す建造物だが、それ自体はまだ壊れる気配はない。

しかし、その掌の中央にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がると、その掌の跡の周りからピキピキと罅が広がっていき、建造物全てに行き渡った直後、轟音と共に大爆発を起こした。

跡形もなくなる建造物。

勿論モンスターが生まれる気配はない。

当然のようにその光景を見ているベル(不敗)、アイズ(不敗)、リリ(不敗)、ベート(不敗)。

だが、その後ろでは顎が外れそうになるほどの大きな口を開けたベルが驚愕で固まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに持ち帰った魔石とドロップアイテムの量が多すぎてギルドの財政を傾かせることになるのは余談である。

 

 

 

 

 

 






はい、久々更新の外伝八話でした。
如何はっちゃけさせるか悩んだところ、最新刊で出ていた『闘技場』を完全攻略させるという暴挙に出てしまいました。
因みにその前のネタはウダイオスと戦わせるという案がありましたが余りにも即殺する場面しか思い浮かばなかったのでこのようになりました。
さて、ダンジョン探索は今回まで次回はいよいよ…………
それでは、次回にレディィィィィィィッ………ゴーーーーーーーーー!!


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ROUND【9】 原因

 

 

 

 

 

一行が一日の探索を終わらせ、地上に戻ってきた。

正直、『闘技場』で稼いだドロップアイテムや魔石の量が多すぎてギルドの査定が追い付かず、後日改めて報酬を取りに来る事になった。

因みに持ち帰った方法であるが、ヴェルフ(不敗)を呼びに行ってローゼススクリーマーの結界をネット代わりにして、リリ(不敗)が担いで持ち帰ってきただけである。

ギルドの査定係の人が顔を青くしていたことは言うまでもない。

 

 

 

 

バベルから一行が出てくる。

因みにアイズ(不敗)はベル(不敗)の腕に抱き着いた状態であり、周りの男性冒険者から射殺すような視線の嵐を受けている。

まあ、その程度ベル(不敗)にとっては可愛いものだが。

すると、

 

「や~や~ベル君? 奇遇だね~!」

 

1人の男神が声を掛けてきた。

それは金髪に羽付き帽子を被った神、

 

「ヘルメス様!?」

 

ベルがいち早く反応した。

 

「ダンジョンの帰りかい…………? って、おや?」

 

ヘルメスが違和感に気付く。

ベルのパーティーにしては人数が多い。

いや、それだけなら【タケミカヅチ・ファミリア】や、他のファミリアから協力を得たという可能性もある。

だが、それよりも、

 

「ベル君が2人…………?」

 

ヘルメスにしては珍しく、ハトが豆鉄砲食らったような顔をしながら呟いた。

 

「あ、ヘルメス様。こっちは平行世界の僕達だそうです。ここにいるアイズさんとベートさんもそうです」

 

「平行世界……………ッ!?」

 

傍らにいたアスフィがその言葉を聞いて何かに気付いたように顔をひきつらせた。

 

「…………どうかしましたか? アスフィさん」

 

ベル(不敗)がその反応を見逃さずに問いかける。

 

「えっと…………その……………」

 

アスフィは何やら言い淀んでいたが、

 

「も、申し訳ありません!!」

 

突如としてベル(不敗)達に向かって頭を下げた。

 

「「「「「「?」」」」」」」

 

そんなアスフィを見て一同は同時に首を傾げた。

 

 

 

 

 

一同は場所を『豊穣の女主人』に移し、アスフィから話を聞いていた。

 

「何だ? するってぇと、アンタがその偶然できたマジックアイテムを処分しようとした時、ヘルメス様が横から掻っ攫ってそのアイテムを起動させた」

 

ヴェルフ(不敗)がそう言うと、

 

「その影響で私達がこちらの世界に飛ばされてしまったというわけですか」

 

リリ(不敗)が続けてそう言った。

 

「はい…………おそらく…………」

 

アスフィは肩身が狭そうに項垂れながら肯定する。

 

「あっはっは! アスフィ、そんな面白そうなアイテムなら何でもっと早く教えてくれなかったんだい!?」

 

ヘルメスは笑いながらアスフィに問いかけた。

 

「絶対にヘルメス様がロクでもないことに使おうとすることが目に見えていたからです!!」

 

アスフィは思わず叫んだ。

 

「………それで、僕達は元の世界に戻ることは出来るんですか?」

 

ベル(不敗)がそう尋ねると、アスフィは佇まいを直し、

 

「それならば安心してください。あのマジックアイテムの効果は一週間前後の筈です。効果が切れれば、自然に元の世界に送り返される筈です」

 

「それなら何もしなくても帰れるって事なんだな?」

 

スィーク(不敗)がそう確認する様に言うと、

 

「まず間違いないかと」

 

アスフィは頷く。

その言葉に向こうの世界の面々はホッと息を吐く。

すると、

 

「それよりもさっきから気になってたんだけど、どうしてそっちの世界の【剣姫】がベル君の腕に抱き着いてるんだい?」

 

ヘルメスが話題を変えるようにそう質問した。

この席に着いてからも、アイズ(不敗)はベル(不敗)の腕に抱き着いて、離れようとはしない。

 

「え~っと………それは…………」

 

ベル(不敗)は言い淀んでいたが、

 

「ベル様とアイズ様は正式な恋人同士ですからね。そういう関係になってからはアイズ様はいつもこんな感じです」

 

リリ(不敗)がそう説明する。

 

「ほうほう…………」

 

ヘルメスはニヤリと面白そうな笑みを浮かべると、

 

「聞いたかいベル君? どうやら向こうの君は、【剣姫】を見事射止めたらしいよ?」

 

隣にいたベルの方をバンバンと叩きながらこれみよがしに話を振る。

 

「え、えっと………その…………」

 

ベルは何やら言い淀んでいたが、ヘルメスはその様子を見て更にニヤリと笑うと、ヘルメスは再びベル(不敗)達の方を向き、

 

「もし差し支えなければどちらから告白したのか聞いても良いかな?」

 

「ッ!?」

 

ヘルメスの言葉にベルはピクリと反応する。

 

「ま、まぁ告白したのは……………僕からになりますけど…………」

 

ベル(不敗)が若干言いにくそうに明後日の方向を向きながらそう言う。

 

「おやぁ? どうしたんだい? 多少恥ずかしがることはあってもそこまで言いにくい事でもないだろう?」

 

ヘルメスがニヤニヤと問いかけると、

 

「それは仕方ありませんね。ベル様はオラリオの住人全てが聞いている前で堂々と、盛大に! 告白したのですから」

 

リリ(不敗)がストレートに暴露してしまった。

 

「リリ……言わないで…………!」

 

ベル(不敗)は恥ずかしくなって赤くなった顔を隠すように机に突っ伏す。

 

「因みにその告白の内容は…………?」

 

ヘルメスがニヤニヤしながら興味津々といった様子で更に質問する。

 

「ええ、それはもうベル様らしく単純明快。『あなたが好きだ! あなたが欲しい!』と、それはもう世界に響き渡るかのような大声で叫びましたよ」

 

「おお~!」

 

ヘルメスは感心したように面白そうな声を漏らす。

 

「それは正にベル様の二つ名、【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)】の名に恥じない告白振りでした」

 

「リリ~~~~~!」

 

ベル(不敗)が机に突っ伏したまま恨めしそうな声を漏らした。

尚、アイズ(不敗)はベル(不敗)の隣でその時のことを思い出しているのか幸せそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

暫くして一行が【豊穣の女主人】から出てくると、

 

「いや~、面白い話を聞けて満足だよ!」

 

ヘルメスは満足そうな笑みを浮かべている。

 

「そうですか…………」

 

一方、ベル(不敗)は恥ずかしい過去を暴露され、気が沈んでいる。

精神的にかなりのダメージを受けたようだ。

ベル(不敗)が暫く項垂れていると、

 

 

 

 

「何を下を向いておるか!! ベルよ!!」

 

 

 

 

大声がその場に響いた。

往来の人々が何事かと辺りを見渡す。

 

「い、今の声は………まさか!?」

 

ベル(不敗)が顔をばっと上げ、即座に辺りを見渡す。

すると、屋根の上に佇む1人の人影を見つけた。

その人物も、ベル(不敗)と視線を交わすと、

 

「応えよベルゥゥゥゥゥゥッ!」

 

突然叫びながら屋根の上から跳躍した。

 

「師匠ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

ベル(不敗)も即座に地面を蹴る。

 

「流派! 東方不敗は!!」

 

「王者の風よ!!」

 

屋根の上から跳躍した人物は秒間数十発の拳のラッシュをベル(不敗)に向けて繰り出す。

ベル(不敗)もそれに応えるように同じく秒間数十発の拳のラッシュを放つ。

互いに拳をぶつけ合う2つの影。

 

「全新!!」

 

「系列!!」

 

拳の乱撃を交えながら空中から地上へと降り、

 

「「天破侠乱!! 」」

 

最後に互いの拳をぶつけ合い、左右対称になるような構えを取ると、

 

「「見よ! 東方は赤く燃えている!!!」」

 

2人の後方に炎が巻き起こった。

それを唖然と見ているのは、周りにいた往来の人々。

因みに今の『挨拶』で何人かは衝撃波によって吹っ飛ばされていたりする。

そして、ベル(不敗)が拳を交えた『挨拶』をしたのは当然、

 

「ベルよ。無事であったようだな?」

 

「師匠…………!」

 

ベル(不敗)の師である東方不敗 マスターアジアその人であった。

 

「師匠もこちらの世界にいらしていたのですね!」

 

「ふむ…………『こちらの世界』とな?」

 

ベル(不敗)の言葉に疑問を覚えた東方不敗にベル(不敗)が経緯を説明する。

その話を聞き終えると、東方不敗はギロリとヘルメスを睨む。

 

「な、何かな…………?」

 

その睨みに気後れしたヘルメスは何とか東方不敗を宥めようと考えを巡らせる。

 

「何、貴様という『(うつけ)』はどこの世界でも変わりがないと思ってな…………!」

 

東方不敗はそう言いながらヘルメスに歩み寄っていく。

その雰囲気に何かを察したリリ(不敗)は、

 

「アスフィ様、ちょっとこちらへ…………」

 

アスフィの手を引き、ヘルメスから遠ざける。

 

「え? あの、リリさん?」

 

アスフィが困惑の声を漏らす。

だが、その直後、

 

「少しは反省せぬか! このうつけ者がぁっ!!!」

 

「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!??」

 

東方不敗によるヘルメスへの『天誅(鉄拳制裁)』が下された。

 

 

 

 

 

 

 





外伝9話目です。
遂にヘルメスが原因だと分かりました。
そしてそんな神に天誅を下すのは勿論我らが師匠東方不敗。
師匠見参です!
ヘルメスの運命やいかに!
それでは次回にレディィィィィィィッ…………ゴーーーーーーーーーーーーッ。


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ROUND【10】 師弟

 

 

 

 

 

「神様―! ただいま帰りました!」

 

ベルがホームの玄関を潜りながらそう声を掛ける。

 

「ああ、お帰りベルく…………って、うええええええええええええっ!?」

 

ヘスティアがベルを労おうと声を掛けながらベルの方に振り向いた瞬間、驚愕の声を上げた。

何故ならば、こちらのヘスティアには見覚えの無い初老の男性、東方不敗の存在。

いや、それだけならば驚きはしなかっただろう。

だが、その東方不敗に引きずられているボロ雑巾のようにボコボコにされたナニカ。

 

「どうかしたのかい…………? っておや? 師匠君じゃないか! 君もこちらの世界に来ていたのか!」

 

こちらのヘスティアの声を聞いて何事かと顔を見せたヘスティア(不敗)。

 

「ふむ、ベルの主神殿か。久しいな」

 

「まあそれほどでもないけどね……………ところで、君が引きずっている“ソレ”は何だい?」

 

「コレか? コレはワシらがこのような目に遭う事になった元凶よ」

 

東方不敗がそう言いながら引きずっていたソレを目の前に突き出す。

ボコボコになって顔の原型も留めていないソレは、

 

「ん~~~~~~………………? って、ヘルメスじゃないか!!」

 

僅かな面影と服装からその正体に辿り着くヘスティア(不敗)。

 

「ヘルメスだって!? 何だってそんな…………!」

 

ヘルメスが何故ボロ雑巾のようになっているのかと驚愕するヘスティア。

 

「先程も言ったがこやつがワシらがこのような目に遭う事になった原因だからだ」

 

きっぱりと言い切る東方不敗。

 

「原因? どういう事だい?」

 

ヘスティア(不敗)がそう聞くと、

 

「あ、神様。実は…………」

 

ベル(不敗)はヘルメスが面白半分にアスフィが偶然に作ったマジックアイテムを起動させ、結果的にベル(不敗)達がこちらの世界に来ることになった切っ掛けを作った事を話した。

 

「はぁ~~…………ヘルメス………君はどこの世界でも問題を起こしたがるようだな」

 

ヘスティア(不敗)が呆れた様に溜息を吐きながらそう零した。

すると、

 

「いてて……………ヘスティア、彼は一体何者なんだい? 『神威』すら効かなかったんだが………」

 

「彼はボクらの世界のベル君の師匠だよ。『武闘家』という全ての常識を『拳』だけで殴り倒す理不尽な存在さ」

 

「なんだいそれは……………?」

 

「ぶっちゃけボクも良く分かってないよ。そういう存在だと割り切ってる」

 

「はあ?」

 

「まあ、こちらの世界とボクらの世界の一番の違いは師匠君の存在だろうね。彼が居なければベル君が世界の法則を無視する存在にはならなかった筈だし、ヴェルフ君やリリ君達がベル君に影響されて人としての道を踏み外すことは無かった筈だから」

 

「ヘスティア様、まるで私達が外道に堕ちたような言い方は止めてください」

 

ヘスティア(不敗)の言葉にリリ(不敗)が思わず突っ込んだ。

 

「まあ、並の人間という意味で踏み外してるのは確かだろうけどな」

 

ヴェルフ(不敗)は軽く笑う。

 

「と、とりあえずどうしますか神様? アスフィさんの話では1週間ぐらいすれば自動的に元の世界に返されるという話ですが…………」

 

ベル(不敗)が話を変えようとそう言うと、

 

「そうだね…………この世界にとってボク達は異分子だ。余り余計な事はせず大人しくしてるのが正解なんだろうけど……………」

 

「今更だと思いますがね………」

 

こちらの世界のリリが呆れる様に言った。

 

「ダンジョンを散歩気分で下層まで到達し、階層主を片手間で瞬殺して、挙句の果てに第一級冒険者ですら避ける『闘技場(コロシアム)』を完全攻略してしまったんですよ。これだけやって大人しくするなんてどの口が言いますか」

 

「あ、あはは…………」

 

ベル(不敗)が苦笑しながら頬を掻く。

 

「まあ、騒ぎだけは起こさないようにしようか…………」

 

ヘスティア(不敗)はやれやれと首を振りながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

翌日。

ヘスティア・ファミリアの朝はけたたましい打撃音で始まった。

 

「な、何だいこの音は!?」

 

その音に思わず飛び起きるヘスティア。

 

「う~ん………どうしたんだい?」

 

目を擦りながら欠伸をするヘスティア(不敗)。

 

「わ、分からないけど、凄い音が…………」

 

「ん~~~?」

 

ヘスティアの言葉にヘスティア(不敗)が耳を澄ますと庭から打撃音が鳴り響いている。

だが、

 

「あ~~…………ベル君と師匠君が朝の鍛練を行ってる音だね………気にしなくていいよ………」

 

ヘスティア(不敗)はそう言うとまるで意に介していないように布団をかぶり直す。

 

「え? ちょっともう1人のボク? 気にならないのかい!?」

 

「ベル君と師匠君が揃うと毎日のようにやってるよ…………気にしないことが一番だ」

 

そう言ってまどろみに身を任せるヘスティア(不敗)。

そのまま二度寝に入ったのを確認すると、ヘスティアは仕方なく起き出し、庭へ様子を見に行く。

すると、同じように打撃音で目が覚めたのかこちらの世界のファミリアの面々と玄関前で出くわした。

 

「あ、神様。おはようございます」

 

「おはようベル君。それに皆も………皆も気になって起きてきたのかい?」

 

「気になるというか…………煩くて起きてしまいました」

 

少し眠そうに言ったのは春姫。

打撃音は今も鳴り響いている。

 

「向こうの世界の人達は気にせず眠ってましたけど………」

 

リリがそう言うと、

 

「何でも向こうのベル君とその師匠君が鍛練を行っているって話だったけど………」

 

ヘスティアがそう呟きながら玄関の扉を開けると、

 

「はぁあああああああああああああああああああああっ!!!」

 

「とぉりゃぁああああああああああああああああああっ!!!」

 

空中で無数の拳を繰り出し合っているベル(不敗)と東方不敗の姿があった。

一度の交錯で数十発の拳の応酬が繰り広げられ、それが何度も繰り返されている。

その光景を見て絶句する一同。

 

「こ、こいつはまた予想以上だな………」

 

ヴェルフが呆然と2人を見上げる。

 

「はわわ………手が幾つもあるように見えます………!」

 

春姫は拳のラッシュをそう例える。

すると幾度目かの交錯の後、互いがある程度の距離を開けて対峙した。

その一瞬後、

 

「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

「師ぃ匠ぉおおおおおおおおおっ!!!」

 

東方不敗が右手に黒い闘気を。

ベルは右手に白い闘気を纏わせ、互いに飛び出しその右手を繰り出し合った。

2人の中央でぶつかり、互いの右手を掴みあう状態となる。

 

「うひゃぁあああああああっ!?」

 

「うわぁああああああああっ!?」

 

「うぉおおおおおおおおっ!?」

 

「「「きゃぁああああああああああっ!?」」」

 

その際に生じた衝撃波にこちらの【ヘスティア・ファミリア】の面々は悲鳴を上げた。

だが、それで終わりではない。

 

「ダァァァァァァクネェス………………!」

 

「アルゴノゥトォ………………!」

 

互いにそれぞれの必殺の言霊を唱え、

 

「「……………フィンガァァァァァァァァァァッ!!!」」

 

爆発的な衝撃が広がった。

それは先程までの比ではなく、その衝撃で砂煙が巻き起こり、2人の足元の地面が陥没する。

更にはホームの窓のいくつかにはひびが入っていた。

そしてそれを見ていた面々は漏れなく床にひっくり返っていた。

 

「ベルよ、朝の食事の前の“運動”はこれぐらいにしておこうか?」

 

「はい! 師匠!」

 

そして、その紡がれた言葉に一同は絶句するのだった。

 

 

 

 

そのまま何とも言えない朝食が終わった頃。

不意に玄関の扉がノックされた。

 

「あ、僕が出ます」

 

丁度玄関の近くに居たベル(不敗)が扉を開けると、

 

「ベル……………」

 

そこには、白いワンピースを着た、いつもと違う雰囲気を持つアイズ(不敗)の姿があった。

 

「ア、アイズ……………?」

 

思いがけない来客にベル(不敗)が思わず固まっていると、

 

「…………デートしよ」

 

頬を染めて、照れ臭そうにアイズ(不敗)がそう言った。

 

 

 

 

 





はい、外伝10話です。
かなり久しぶりの割にはめっちゃ短いです。
実は昨日が普通に仕事で執筆時間今日1日で、今日も少し用事があったのでかなり時間が削られました。
繋ぎ回なので中途半端ですが、とりあえず次回がアイズとのデートになります。
お楽しみに。


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ROUND【11】 逢引

 

 

 

 

突然【ヘスティア・ファミリア】のホームへやってきたアイズ(不敗)。

突然デートに誘われ、ベル(不敗)は済し崩しに連れ出されたのだが………………

 

 

二人は現在、オラリオの街を並んで歩いていた。

ただ並んで歩いているのではなく、ベル(不敗)の右手とアイズ(不敗)の左手はしっかりと握られている。

もちろん、ただ手を繋いでいるだけではなく、指同士を絡め合う所謂恋人繋ぎだ。

時折見つめ合いながら頬を染める二人は初心なカップルと一目でわかる。

 

「………………私、こうやってオラリオの街をベルと歩いてみたかったんだ…………」

 

アイズ(不敗)がそう呟く。

 

「僕達の世界じゃオラリオは壊滅しちゃって復興中ですからね」

 

ベル(不敗)もそう返す。

二人の言う通り、向こうの世界ではデビルガンダムの破壊活動によってオラリオの殆どの家屋が破壊され、壊滅的被害を受けたので二人が恋人同士になってからこうしてオラリオの街でデートするのはこれが初めてなのだ。

 

「せっかくですから、今日は楽しみましょう!」

 

ベル(不敗)が笑みを浮かべながらそう言うと、

 

「…………うん!」

 

アイズ(不敗)は満面の笑みを浮かべてベル(不敗)の腕に抱き着いた。

そのまま歩いていく二人。

そんな二人を物陰からコッソリと見ている人影があった。

 

「むぐぐ…………あっちのヴァレン某め…………あっちのベル君とあんなに楽しそうに………!」

 

ギリギリと歯を食いしばりながら恨めしそうな眼で見ているのはこちらの世界のヘスティア。

 

「神様…………悪趣味ですよ…………」

 

そんなヘスティアを何とか宥めようとするベル。

 

「そう言うベル様こそ気になって仕方ないんじゃないですか?」

 

「うっ………………」

 

リリの言葉にギクリとベルの体が震える。

別の世界とは言え自分と同一の存在が、憧れであるアイズとデートをしている。

気にならないわけが無かった。

因みに道を挟んで反対側の物陰では、

 

「ああ~~~…………! 向こうのアイズたんがよりにもよってドチビんトコの眷属と~~~~~~~!」

 

これまた恨めしそうな眼で射殺さんばかりに睨んでいるロキの姿。

 

「何でアイズがあんな兎野郎と…………!」

 

同じように睨んでいるベート。

 

「わ~! 向こうのアイズってば幸せそう~♪」

 

ニコニコと面白そうなものを見るような顔で二人を見ているティオナ。

 

「…………………………………」

 

そして無言だが複雑そうな表情をしてその光景を見ているアイズの姿があった。

 

 

 

 

因みにそんな彼女達の事はとっくに気付いているベル(不敗)とアイズ(不敗)であったが、邪魔されない限りは放置するという方向で行くという事を予め決めていた。

街を歩いていると、多くの露店が店を出している市場に差し掛かり、多くの人々が往来している。

そんな中を、腕を組みながら歩いていく二人。

時折露店に顔を出しては品物を楽しそうに眺めている。

それを何度か繰り返していると、

 

「やあやあ! 他に挑戦者はおらんかね!? この鉱石を割ることが出来たら賞金十万ヴァリスだよ! 挑戦料は一回五千ヴァリス! さあ、我こそはと思う者は是非!」

 

そんな声が聞こえてきた。

二人がそちらを見ると、黒っぽい鉱石の塊の前で呼び込みを行っている男が居た。

ふと気になった二人がその様子を眺めていると、一人の屈強そうな大柄の男が進み出た。

 

「はっ! こんなちんけな塊なんざ俺のパワーで粉々にしてやるよ!」

 

男はムキっと力こぶを作りながら自信を持ってそう言う。

なお、その男の筋肉を見たベル(不敗)の感想は、

 

(無駄に筋肉膨らませてるなぁ…………もっと無駄なく鍛え上げないとスピードが殺されちゃうから本末転倒なんだけど…………)

 

等と思っていた。

その男は鉱石の近くに立てかけられていたハンマーを手に持つと、思い切り振り上げ、

 

「うおりゃぁああああああああああああああっ!!」

 

気合を入れて振り下ろした。

ハンマーが鉱石に叩きつけられた瞬間、ガイィィィィィィィィィンとけたたましい音が鳴り響くが、鉱石は砕ける事無くそこに鎮座していた。

 

「はい、残念!」

 

店の男は笑みを浮かべながらそう言う。

 

「バッ、馬鹿な! 俺はLv.4だぞ!? 力だけならLv.5にも匹敵すると自負できる! それでも砕けないなんてあり得るか!?」

 

挑戦者の男は驚愕しながらそう叫ぶ。

 

「申し立ては受け付けません。さて、次の方…………!」

 

店の男は次の挑戦者を招く。

ベル(不敗)達は暫く見ていたが鉱石は一向に砕ける様子を見せない。

それを見てアイズ(不敗)は目を細めた。

 

「あれ………多分【不壊属性(デュランダル)】が付加されてる……………高レベル冒険者の一撃でも砕けないのはおかしい……………」

 

そう呟く。

 

「やっぱりそう思いますか……………普通ならあんな鉱石に【不壊属性(デュランダル)】が付加されているなんて思わないでしょうからね…………」

 

ベル(不敗)も同じことを思っていたのかそう呟く。

その間にも次々と挑戦者が集まり、お金を支払っていく。

お金を数えながら満足そうに笑みを浮かべるその男を見るベル(不敗)。

やがて挑戦者に名乗り出る者が誰も居なくなり、

 

「さあ! もう挑戦者は居ませんか!? 誰でもよろしいですよ!」

 

男はそう言うが先程から見ている者達は目を逸らすばかりで誰も名乗りを上げようとはしない。

 

「おやぁ? もう誰も居らっしゃらないご様子……………仕方ありませんな。この催しは………………」

 

ここまでと言おうとした瞬間、

 

「はい」

 

1つの手が上がった。

その人物は言わずもがなベル(不敗)であった。

前に進み出るベル(不敗)。

そんなベル(不敗)を眺めていた男は、

 

(ククッ! あれだけ屈強な男たちが根を上げたのにまだ挑戦するなんて馬鹿な奴…………! そうだ、折角だから金をふんだくるついでに場の盛り上げ役に一役買ってもらうか!)

 

「おおっと! ここで名乗りを上げるとは勇気ある少年だ! そんな少年の心意気を評して大チャンスだ! 挑戦料を五万ヴァリス支払えば賞金が何と十倍の百万ヴァリスだ! さあどうする少年!? 挑戦するか!?」

 

その男の言葉に、

 

「では、折角ですから挑戦させてもらいましょう」

 

特に取り乱したりもせずに平然と答え、挑戦料を支払う。

男は内心ほくそ笑んだ。

 

(そいつには【不壊属性(デュランダル)】が付いてるんだ。壊すのは絶対に不可能…………まあ、誰もそんな石ころに【不壊属性(デュランダル)】が付いてるなんて考えもしないだろうけどな!)

 

男は絶対に壊されないことが分かっているからこそここまでの余裕を持っている。

そのままベル(不敗)を眺め続けていると、ベル(不敗)はハンマーを手に取らず、鉱石の前に立った。

 

「お、おい少年!? ハンマーは!?」

 

「要りません。この拳一つで十分です」

 

男の言葉にベル(不敗)はきっぱりと断る。

 

「馬鹿な真似は止めろ! 下手すれば二度と使い物に成らなくなるぞ!?」

 

「そんな事になってもあなたには責任を問うつもりは無いのでお気になさらず」

 

ベル(不敗)はしれっとそう言うと両手を腰溜めに構えた。

 

「すぅぅぅぅぅぅぅ………………はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………!」

 

ベル(不敗)は呼吸を整えながら精神を集中させる。

すると、ベルの体から金色のオーラが立ち昇り、全身を包んだ。

 

「「「「「「!?」」」」」」」

 

観客達はその光景に目を見開いて驚いている。

 

「……………………」

 

しかし、アイズ(不敗)だけは気負うことなく平然と眺めていた。

するとベルは拳を振り被り、

 

「はぁあああああああああああっ!!!」

 

気合を入れて拳を振り下ろした。

その瞬間、ドゴォォォォォォォォォォンと爆発音のような音を立てて辺りが砂煙に包まれる。

 

「「「「「「「「「「どわぁあああああああああああああっ!?」」」」」」」」」」

 

観客達は突然巻き起こった砂煙に悲鳴を上げる。

ゲホゲホと咳き込みながら砂煙が晴れるのを待ち、一同がその大本を目にした。

 

「「「「「「「「「「ッ!?」」」」」」」」」」

 

その瞬間絶句する一同。

そこにはベル(不敗)が立っていた。

だが、その足元には半径2mほどのクレーターと粉々になった鉱石の破片が散らばっていた。

 

「…………………少し力を入れ過ぎてしまいましたね!」

 

てへっと、やりすぎちゃったと言わんばかりに苦笑するベル(不敗)。

 

「なななな………………」

 

店の男は腰を抜かしたように座り込んでいた。

ベル(不敗)はクレーターから出てその男の前に歩み寄ると、

 

「これで宜しいんですよね?」

 

鉱石の欠片を指差しながらそう言った。

すると、

 

「あ…………う……………そ、そんな筈はない! あの鉱石には【不壊属性(デュランダル)】が付加されていたんだ! いくらクレーターを作る威力だろうと……………! あっ!」

 

男は混乱し過ぎて余計な事まで口を滑らせてしまった事に気付いた。

ベル(不敗)はその言葉を耳にすると、

 

「あくどい商売も程々にしてくださいね。あ、参加料だけは返してもらいますので」

 

そう言ってベル(不敗)は男が腰を抜かした時に地面にばら撒いてしまったお金から先程支払った五万ヴァリスを拾う。

そしてその男に背を向けた。

 

「お待たせしましたアイズ。行きましょう」

 

「うんっ」

 

ベル(不敗)はアイズ(不敗)と共に、その男に興味が無くなったかのように立ち去った。

 

「…………………ふう」

 

男は助かったと言わんばかりに息を大きく吐いたが、その男の前にずらりと屈強な男たちが並ぶ。

それは、先ほどまで男に騙されて挑戦していた男達だった。

 

「おいコラ。舐めた真似してくれたじゃねえか…………!」

 

指をボキボキと鳴らしながら男を見下ろす挑戦者たち。

 

「覚悟はできてんだろうな?」

 

「ひ…………ひ……………ひぁああああああああああああああああああっ!!!」

 

男の悲鳴がその場に響いた。

 

 

 

 

 

 

そんな男の悲鳴が聞こえていないかのようにデートを続ける二人。

昼食の代わりに露店で売っていたじゃが丸くんを買って食べていた。

因みにアイズ(不敗)の食べている味は、相変わらず小豆クリーム味である。

アイズ(不敗)がじゃが丸くんを半分ほど食べた時、

 

「…………ベル」

 

「はい?」

 

唐突に名を呼ばれ、ベル(不敗)がそちらを向くと、

 

「あ~ん…………」

 

アイズ(不敗)が頬を染めながら自分の持っていたじゃが丸くんを差し出してきた。

 

「うぇあっ!? ア、アイズ!?」

 

突然の事にベル(不敗)は変な声を上げてしまう。

 

「その…………ティオナにこういう事をすればベルは喜ぶって聞いたの…………」

 

顔を赤くしたままそう言うアイズ(不敗)。

 

「……………………駄目?」

 

アイズ(不敗)が少し寂しそうにそう呟くと、

 

「駄目じゃないです!」

 

ベル(不敗)は強くそう言った。

アイズ(不敗)はホッとしたように笑みを浮かべ、

 

「じゃあ…………あ~ん」

 

再びベル(不敗)にじゃが丸くんを差し出した。

 

「あ、あ~ん…………」

 

ベル(不敗)は恥ずかしさから少し躊躇しながらもそのじゃが丸くんに噛り付いた。

モグモグと咀嚼しながらアイズ(不敗)の顔を見ると、嬉しそうに頬を染めながら笑みを浮かべていた。

 

「………………!」

 

ベル(不敗)はゴクンと口の中の物を呑み込んだ後、意を決して行動した。

 

「ア、アイズ………!」

 

アイズ(不敗)の名を呼ぶベル(不敗)。

 

「…………うん?」

 

アイズ(不敗)が不思議そうに応えると、

 

「あ、あ~ん……………!」

 

今度はベル(不敗)からじゃが丸くんを差し出した。

アイズ(不敗)は一瞬パチクリと驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな顔をして、

 

「あ~ん」

 

躊躇無くそのじゃが丸くんに口を付けた。

咀嚼した後にそれを呑み込むと、

 

「おいしい…………!」

 

頬を染めて満面の笑みでそう言う。

ベル(不敗)もその笑顔に釣られて笑みを浮かべた。

 

 

 

その後も街を回り、日が傾いてきた頃。

噴水のある広場のベンチで二人は休憩を取っていた。

すると、コテンとアイズ(不敗)の頭がベル(不敗)の肩に乗ってきた。

 

「アイズ?」

 

ベル(不敗)が気になって様子を伺うと、アイズ(不敗)は安心しきった表情で寝息を立てていた。

その寝顔を見てベル(不敗)は小さく笑みを浮かべるとアイズ(不敗)の頭に頬を寄せる様に寄り添い、目を瞑る。

それは、周りの人間にもピンク色の空間が目に見えるかのような光景だった。

因みにその光景を見ていた周りの者達は、リア充爆発しろと思う者が約半数。

ラブラブオーラに当てられて胸焼けを起こす者が半数だった。

 

 

 

 

 

尚、ここまでになって何故二人を尾行していた者達(特にロキとベート)が乱入してこなかったのかと言えば、

 

「人の恋路の邪魔なんて情けねえことしてんじゃねえ!」

 

ベート(不敗)によって強制的に沈黙させられていたからであった。

 

 

 

 

 

 






はい外伝十一話です。
ベルとアイズのデートをお送りいたしました。
そして2人の邪魔をしようとする人たちは、(ベート(不敗))に蹴られて地獄へ落ちろって事で。
あと、通算UAが200万を突破してました。
ホントありがとうございます!
ダンまちの原作の中では2位です。
多分今回の更新で1位に行けるはず…………!
もう少しで終わりそうな感じですけど、最後まで応援よろしくお願いします。


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ROUND【12】 リア充死すべし! 結成、オラリオ連合!

 

 

 

 

その日、バベルでは緊急の神会(デナトゥス)が開かれていた。

そのお題は、

 

「【ロキ・ファミリア】の【剣姫】と、【ヘスティア・ファミリア】の【白兎の脚(ラビット・フット)】がデートしていたという情報が…………!」

 

「「「「「「「「「「何――――――――――――――――っ!!??」」」」」」」」」」

 

神々(主に男神)が驚きの声を上げる。

 

「どういう事だ!? ロキ! ヘスティア! って言うか、ヘスティアが二人いるーーーーーっ!?」

 

「よく見ればヘファイストスも二人いるぞ!?」

 

「「「「「「「「「「どういう事だ!?」」」」」」」」」」

 

揃って言及してくる神々に、

 

「もうこの反応にも慣れてきたよ…………」

 

ヘスティアは呆れた様に呟き、

 

「やれやれね…………」

 

ヘファイストスも溜息を吐く。

 

「簡単に言えば、ボク達は平行世界から来たヘスティアとヘファイストスだよ」

 

「「「「「「「「「「平行世界!?」」」」」」」」」」

 

ヘスティア(不敗)の言葉に神々は揃って驚愕の声を上げる。

 

「ああ。こっちのヘルメスが余計な事をしてくれたお陰でこっちの世界に引き込まれたんだ」

 

そう言いながらヘスティア(不敗)はヘルメスを見る。

因みにヘルメスは東方不敗に折檻された怪我が治ってないのか包帯グルグル巻きのミイラ状態になっていた。

 

「あはは……………真に申し訳ありませんでした!」

 

ヘルメスは乾いた笑いを零すが、その直後に土下座して頭を下げた。

 

「あ、あのヘルメスが土下座………だと………!?」

 

「いつも飄々として悪びれないあのヘルメスが…………!?」

 

「自分の楽しみの為には他人の迷惑など考えないあのヘルメスが…………!?」

 

その姿を見て神々がそれぞれ驚愕の声を漏らす。

 

「流石のヘルメスも師匠君のお仕置きには耐えられなかったか…………」

 

ヘスティア(不敗)がうんうんと頷きながら感慨深そうに呟く。

すると、ヘスティア(不敗)は神々の方を向き、

 

「因みにベル君とヴァレン某がデートしてたって言うのはボク達の世界のベル君とヴァレン某だからね」

 

「「「「「「「「「「なん………だと…………!?」」」」」」」」」」

 

その言葉に絶句する神々。

 

「あのアイズちゃんを墜としただと…………!?」

 

「あのバトルジャンキーのアイズちゃんを………!?」

 

「ダンジョン狂いのあの剣姫を…………!?」

 

「あの千人を超える男達を撃沈し、もはや男に興味が無いと噂されるあのアイズちゃんを!?」

 

神々はアイズの事を散々に言っていたが、

 

「殺すぞ!」

 

ロキの一睨みで沈黙した。

 

「まあ、そう言う訳だからこっちのベル君達とは関係ないからね。僕達も、あと数日すれば元の世界に帰れるらしいし……………」

 

ヘスティア(不敗)がそう言うと、

 

「しかぁ~~~し! 神々(オレ達)の嫁であるアイズたんを別世界とは言え嫁にしたベル・クラネルを許すわけにはいかん!!」

 

男神の一人が力強く握り拳を作りながら叫んだ。

 

「いや、まだ『嫁』じゃないよ………そうなる可能性は高いだろうけど…………」

 

ヘスティア(不敗)はぼそりと呟く。

 

「その通りだ! こうなれば別世界のベル・クラネルには神の鉄槌を喰らわさなければならない!!」

 

別の男神が先程の男神の言葉に便乗する様に声を上げる。

 

「そうだ!」

 

「その通りだ!」

 

「ベル・クラネルに神の裁きを!」

 

次々と男神たちが悪ノリしてくる。

 

「…………ボクにどうしろと?」

 

ヘスティア(不敗)は呆れた様に訊ねる。

 

「決まっている! 我々はベル・クラネルに対し、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を申し込む!!」

 

まるで決まっていたかのようにそう言ってのける男神。

それに対し、

 

「…………………正気かい?」

 

ヘスティア(不敗)は目を丸くして聞き返す。

 

「正気だとも!」

 

「リア充爆発しろ!」

 

「慈悲は無い!」

 

何とも個人的な感情で【戦争遊戯(ウォーゲーム)】を吹っ掛けてくる神々にヘスティア(不敗)は頬を掻く。

 

「………………で? 勝負の方法は?」

 

「決まっている! 参加者は希望するもの全員! お前も味方を募る事を許そう! オラリオ連合VSベル・クラネル一味の平原において正面衝突の大決戦じゃぁっ!!!」

 

本来そんな事を言えば大顰蹙ものなのだが、

 

「「「「「「「「「「賛成!!」」」」」」」」」」

 

「決定!」

 

嫉妬に駆られた男神達が一方的に決めてしまう。

 

「あ~はいはい、それでいいよ。じゃあこっちの参加人数はさきに教えとくよ。ボクのベル君を含めた五人…………最大でも七人かな? そっちの参加人数は勝手に決めてくれ」

 

ヘスティア(不敗)は興味無さげに手を振りながら答え、席を立つ。

 

「じゃ、詳細が決まったら教えてくれ。因みにさっきも言ったけどボク達がこっちの世界に居られるのはあと数日だから、やるなら急いだ方がいいよ」

 

それだけ言うと立ち去った。

 

 

 

 

尚、その後続けられた神会により予定は即行で決まり、【戦争遊戯(ウォーゲーム)】は二日後に開催される運びとなった。

それを聞いたヘスティア(不敗)は大きく溜息を吐くことになる。

 

 

 

 

 




超短いです。
今までで一番短いかも?
ネタも尽きてきたので最後に大乱闘を起こします。
では失礼。


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ROUND【13】 戦争遊戯(ウォーゲーム)開始! 参上シャッフル同盟!!

 

 

 

 

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)】開催決定から2日後。

オラリオの街の前に広がる平原に数えきれないほどの冒険者が集っていた。

それは全て、ベル(不敗)に引導という名の八つ当たりをするために集った者達である。

まあ、仕える主神に命じられて仕方なく来た者達もそれなりにいるが………

 

「ぶっ殺せーーーーっ!!」

 

「死~ね~や~~~~!!」

 

「血の雨見せたる!!」

 

殆どの冒険者は血気盛んである。

すると、そんな血気盛んな冒険者達の間を、彼らとは違う冷静な雰囲気を纏った大男が横切る。

あれだけはしゃいでいた冒険者達が静まり返ってその男の前から道を作るように別れた。

その男は冒険者達を意に介さずにそのまま通り過ぎる。

冒険者達はその男を見送ると、

 

「オッタル来た! これで勝つる!!」

 

「勝利の女神(フレイヤ)様は我らにあり!!」

 

大歓声を上げた。

今横切ったのは、【フレイヤ・ファミリア】に所属しているオラリオ唯一のLv.7。

最強の冒険者である【猛者(おうじゃ)】オッタルだったからだ。

オッタルが参加すると分かって更に盛り上がる冒険者達。

そんな冒険者の大軍を遠巻きに見ているのは、広い草原にポツンと立つ5つの人影。

 

「おうおう。向こうの奴らは盛り上がってんなぁ」

 

ヴェルフ(不敗)が右手を額に当てて日光を遮るようにしながら冒険者達を眺める。

 

「ふう………もうすぐ帰れるというのに、ベル様は何もしなくてもトラブルを引き寄せるのですね」

 

そんな事を言うリリ(不敗)。

 

「いや! 僕の所為じゃないよ!?」

 

ベル(不敗)はそう反論するが、

 

「何言ってるんですか? ベル様とアイズ様が堂々とデートしたからこんなことになったんでしょうに」

 

「うぐぅ…………」

 

リリ(不敗)の返しに言葉に詰まるベル(不敗)。

 

「………………ごめんなさい」

 

一緒に居たアイズ(不敗)が申し訳なさそうに謝った。

 

「いや! アイズの所為じゃ…………!」

 

ベル(不敗)は慌ててアイズ(不敗)を止める。

 

「まっ、俺としちゃあ憂さ晴らしに暴れられるんなら何でもいい」

 

ベート(不敗)がボキボキと手の関節を鳴らしながら軽くストレッチをしている。

傍目から見れば5人VS冒険者数千人というふざけた戦いではあるのだが、5人は全く気負うことなくリラックスしている。

 

 

 

オラリオの街の方でも、参加しない冒険者達や一般人などが『神の鏡』で観戦している。

まあ、大方の見物客はベル(不敗)に対する神々による私刑だとしか考えていない。

とは言え、恒例の賭けは行われており、それはここ『豊穣の女主人』でも行われていた。

 

「今のところ全員がオラリオ連合に賭けてるな……………仕方ないっちゃぁ仕方ないが、これじゃあ賭けになんねえよ…………」

 

賭けの元締めの冒険者がボヤく。

 

「せめて大穴狙いの神達が相手側に賭けてくれればよかったんだが…………」

 

そう言う分の悪い賭けを好む神達は、大概アイズのファンなので、今回ばかりはオラリオ連合に賭けているのだ。

 

「ちっ、これじゃあ今回の賭けはお流れだな……………」

 

元締めは舌打ちをしながら、返金が面倒だと内心思いながら行動しようとした時、

 

「は〜い! 私、ベルさんに賭けます!」

 

シル(不敗)が突如として声を上げた。

 

「…………まさかそっちに賭けるとは思わなかったぜ………で? いくら賭けるんだい?」

 

そう言われ、シル(不敗)が少し考えると、

 

「そうですねぇ……………では、リューを賭けましょう!」

 

「…………シル、勝手に人を賭けの景品にするのは止めてください。まあ、心配はないでしょうが」

 

シル(不敗)に押し出されたリュー(不敗)が呆れた様にそう漏らす。

しかし、賭けの景品にされる事には特に拒否しなかった。

 

「へっ………………いや、お友達を賭けると言われても……………」

 

「心配いりませんよ。だって、勝つのはベルさんなんですから!」

 

ニコッと笑みを浮かべてシル(不敗)はそう言い切った。

 

 

 

 

『えーみなさん、おはようございますこんにちは!今回も『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の実況を務めさせていただきます【ガネーシャ・ファミリア】所属、喋る火魔法ことイブリ・アチャーでございます。今回の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』は何と平行世界から来たベル・クラネル率いる5人とこちらの世界のオラリオ連合の戦いになります。というか、これはもう集団リンチではないでしょうか。自分もこんなの実況したくないんですけど…………』

 

実況係はそんな事を言う。

 

『とは言え、私も実況のプロ! ここは我慢して実況を続けたいと思います!『それでは、間もなく正午となります!』

 

実況者の声が跳ね上がり、オラリオ中の人々の視線がすべて『鏡』に集まる。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)………開幕です!!』

 

実況の合図を皮切りに、冒険者達が津波の如くベル(不敗)達に迫る。

 

「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「死~ね~や~~~~!!」」」」」」」」」」

 

「「「「「「「「「「血の雨見せたる~~~~!!」」」」」」」」」」

 

そのままベル(不敗)達は冒険者の波に呑み込まれる。

オラリオの誰もがそう思っていた。

しかし、ドゴォォォォォォォンと爆発するような音が響き渡り、最前列の冒険者達が吹っ飛んだ。

何故なら、リリ(不敗)が地面を殴りつけて巨大な罅割れを起こしていたからだ。

リリ(不敗)は隆起した大地の針先に立ち、冒険者達を見下ろしながら言い放った。

 

「【ブラック・ジョーカー】!! リリルカ・アーデ!!」

 

右手の甲にブラック・ジョーカーの紋章を輝かせながらリリ(不敗)が名乗りを上げる。

『神の鏡』から見ていた人々には、リリ(不敗)のバックに巨大なブラック・ジョーカーの紋章が浮かび上がって見えていた。

続けてベート(不敗)がその場で右の回し蹴りと左の後ろ回し蹴りを繰り出し、リリ(不敗)と同じように右手の甲に浮かび上がったのクラブ・エースの紋章を見せつける様に言い放つ。

その背後には巨大なクラブ・エースの紋章が浮かび上がっていた。

 

「【クラブ・エース】!! ベート・ローガ!!」

 

因みに回し蹴りを繰り出した際、その衝撃で前の方に居た冒険者達は吹っ飛んでいる。

更にヴェルフ(不敗)が大刀を振り回すと共に、ローゼスビットの花びらが舞い散り冒険者達を吹き飛ばしつつ、

 

「【ジャック・イン・ダイヤ】!! ヴェルフ・クロッゾ!!」

 

そのまま流れる様に右手の甲のジャック・イン・ダイヤの紋章を見せつけると同時に背後に巨大なジャック・イン・ダイヤの紋章が輝く。

アイズが剣を振りかぶり、炎のような闘気を纏わせながら薙ぎ払うと、その闘気が迫ってきた冒険者達を吹き飛ばす。

 

「【クィーン・ザ・スペード】!! アイズ・ヴァレンシュタイン!!」

 

前の三人と同じように右手のクィーン・ザ・スペードの紋章を見せつけながら、背後に巨大なクィーン・ザ・スペードの紋章が浮かび上がる。

そして最後に、ベル(不敗)が闘気を開放しながら叫ぶ。

 

「【キング・オブ・ハート】!! ベル・クラネル!!」

 

その闘気の開放でやはり近くに居た冒険者達は吹き飛び、ベル(不敗)はバックの巨大なキング・オブ・ハートの紋章を背に、右手のキング・オブ・ハートの紋章を輝かせる。

そして、

 

「「「「「我ら! シャッフル同盟!!!」」」」」

 

五人が息を合わせてそう名乗りを上げると、一際大きな闘気の爆発が起こり、攻めてきていた冒険者達の約半分を吹っ飛ばした。

その光景に、後続の冒険者達は思わず足を止めてしまう。

すると、

 

「ダンジョンファイトォォォォォォォォォッ!!」

 

ベル(不敗)が高々と叫び、

 

「「「「レディィィィィィィッ…………!」」」」

 

四人が続くように声を張り上げ、

 

「「「「「ゴォォォォォォォォッ!!!」」」」」

 

ベル(不敗)達が本当の始まりを告げたのだった。

 

 

 

 





はい、外伝13話です。
開幕ブッパだと思った?
残念、名乗りを上げただけでした。
それだけでも半分は脱落しましたけどね。
では、次回の活躍に、レディィィィィィィッ………ゴーーーーーッ!


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ROUND【14】 己との戦い

 

 

 

 

 

『ダンジョンファイトォォォォォォォォォッ!!』

 

『『『『レディィィィィィィッ…………!』』』』

 

『『『『『ゴォォォォォォォォッ!!!』』』』』

 

バベルで『戦争遊戯(ウォーゲーム)』の様子を見ていた神々の『神の鏡』から聞こえてくる大音声を前に、全ての神々が度肝を抜かれていた。

 

「な、何や今のは…………?」

 

ロキが震える声で呟く。

その呟きはこの場にいる殆どの神の心の声の代弁だった。

 

「あっちの世界のドチビ! 今のは一体何なんや!? 何でいきなり半分の冒険者が吹っ飛んだんや!? あんな魔法ウチのリヴェリアでも無理やで!?」

 

ロキがヘスティア(不敗)に説明を求める。

すると、

 

「何って…………………気合い?」

 

少し考えた後、ヘスティア(不敗)はそう答えた。

 

「ふざけとんのか!? 言え! あれはどんな魔法何や!?」

 

「いや、だから気合いとしか言いようがないんだけど…………」

 

ヘスティア(不敗)は内心、武闘家のやることに一々突っ込んでいたら身が持たないと半ば考えることを放棄していた。

 

 

 

 

 

そんなバベルでの騒動を他所に、シャッフル同盟の快進撃が始まった。

 

「【グラビトンハンマー】!!」

 

リリ(不敗)がそう叫ぶと、直径が50cmほどもある鉄球が具現され魔力の鎖がいつの間にかリリの手の中にあった取っ手と繋がる。

 

「はぁあああああああっ!!」

 

リリ(不敗)が小さい体に似合わない巨大な鉄球を振り回すと冒険者を次々と吹っ飛ばしていく。

 

「ぐほぁっ!?」

 

「た、大枚叩いて買ったアダマンタイトの鎧がぁああっ!?」

 

「俺の盾がぁああっ!?」

 

相手の防具を無意味とばかりに砕いていく。

しかし、ガアァァァンとけたたましい音を上げて鉄球の一撃が止められた。

 

「うぐぉぉぉぉっ…………!? ッハアッ!! ぎ、ギリギリだが耐えたぞ………流石は【不壊属性(デュランダル)】の盾だ」

 

1人の冒険者が大盾を全身で支えながらそこにいた。

 

「うぉおおおおおっ! 流石は【鉄壁】の兄貴だ! あの攻撃を受け止めたぞ!」

 

「よし! お前ら! 攻撃は兄貴が受け止めてくれる! 俺達は攻撃だ!」

 

「「「「「ウォオオオオオオオオッ!!」」」」」

 

士気を上げる冒険者達。

だが、リリ(不敗)がテクテクと兄貴と呼ばれた冒険者の前に歩いていくと、

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー!!】」

 

右の拳を振り被ってその盾に叩き込んだ。

不壊属性(デュランダル)が付加されている筈の大盾にビキビキと罅が広がり、ガラスのように砕け散った。

 

「………………………は?」

 

その事実に呆然となる兄貴。

そんな兄貴に向かって、

 

「残念でした」

 

リリ(不敗)がいたずらっ子のような笑みを浮かべて右腕を振りかぶっていた。

その右腕が兄貴の腹部に叩き込まれる。

 

「ぐほぁっ!?」

 

堪らず悶絶し、気絶する兄貴。

それを確認したリリ(不敗)はゆっくりと他の冒険者達の方へ向き直ると、

 

「さあ、続きをやりましょうか?」

 

鉄球を振り回しながらそう言うリリ(不敗)の背後には、恐ろしい笑いを浮かべる道化師(ジョーカー)が見えたと後の冒険者は語った。

 

 

 

「おぉぉらあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

ベート(不敗)が大きく回し蹴りを放つとそこから巻き起こった衝撃波が複数の冒険者を吹き飛ばす。

 

「な、何だこの【凶狼《ヴァナルガンド》】の強さは!?」

 

「蹴りの一発だけで人がゴミの様に吹き飛んでいきやがる!」

 

その光景に驚愕する冒険者達。

 

「ハッ! 向かって来る気概のある奴だけ掛かって来な! そうじゃねえやつは………………とっとと尻尾巻いて逃げかえりやがれ!!」

 

踵落としの様に振り下ろした足が地面を陥没させながらベート(不敗)はそう叫んだ。

 

 

 

 

 

「【行け ローゼスビット】!!」

 

ヴェルフ(不敗)の紡いだ言霊と共に、薔薇の形をした無数の魔力スフィアが空中を飛び回り、そこから放つ光線で冒険者達を撃ち抜いていく。

 

「ぎゃっ!?」

 

「あ、足を撃たれた!」

 

「あぐっ!?」

 

ローゼスビットが舞い踊るその中心で、ヴェルフ(不敗)が大刀を地面に突き刺した状態で仁王立ちしている。

 

「くあ…………もうちょっと手応えがねえと欠伸が出ちまうな………」

 

いや、普通に暇そうにしていた。

しかしその間もローゼスビットは的確に迫りくる冒険者達を仕留め続ける。

 

「せめて俺の元まで辿り着いてくれよ」

 

そう呟き、鋭い眼光で冒険者達を睨み付けた。

 

 

 

 

「はぁああああああああっ!!」

 

アイズ(不敗)が赤い炎のような闘気を剣に纏わせ一振りすると、赤い斬撃が飛び、射線軸上に居た冒険者達を一掃する。

しかし、それを逃れた冒険者達が、

 

「アイズさん! 僕とお付き合いしてください!」

 

そう叫びながらアイズ(不敗)に駆け寄ってくる。

 

「ごめんなさい!」

 

その冒険者にその言葉を贈ると共に一振りして吹き飛ばす。

すると、

 

「アイズ殿! 拙者の伴侶になってくだされ!」

 

「嫌!」

 

「アイズちゃーーーーん! 好きだーーーー! 結婚してくれーーーーーーーーーーーー!!!」

 

「お断りします!」

 

次から次へと告白する冒険者が続き、その度にアイズ(不敗)はお断りの言葉と共に斬撃を送る。

更に、

 

「アイズ様! あなたのような可憐な御方にあの様な下賤な男など似合いません! 是非とも貴族であるこのわたくしの…………………」

 

そう言ってきたイケメン冒険者を、その言葉が終わる前に今までで一番巨大な赤い斬撃が呑み込んだ。

 

「ベルを悪く言う人は許さない!」

 

不機嫌そうに表情を顰めたアイズ(不敗)がそう言い放った。

 

 

 

 

一方、ベル(不敗)は一人の冒険者と対峙していた。

ベル(不敗)の周りには今までに返り討ちにしたであろう冒険者達が何人も転がっていた。

そのベル(不敗)の前に立つのは猪人の大男。

このオラリオで唯一のLv.7を誇る【猛者(おうじゃ)】オッタル。

 

「フレイヤ様のご命令だ…………俺の相手をして貰おう」

 

オッタルは背中から無骨な大剣を二本引き抜き、威圧感を出しながら大剣の二刀流として構える。

それを見たベル(不敗)は平然とその威圧を受け流しながら、

 

「構いません。向かって来るのなら迎え撃つのみです」

 

その場に立ちながらそう答えた。

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

一瞬の静寂に包まれ二人の視線が交差する。

そして次の瞬間、オッタルが大剣を持つ腕の筋肉がミシッと軋みを上げ、地面に罅が入るほどの強さで地面が蹴られた。

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

大剣であるにも関わらず、軽々と片手で扱うオッタルの膂力は並ではない。

その一撃は、第一級冒険者ですら一撃で致命傷を与えるであろう一撃。

しかし、それは普通の冒険者が相手だったらの話。

ベル(不敗)は、その一撃を事も無げに片手で掴み取った。

 

「ッ!?」

 

その事実にオッタルは一瞬目を見開くものの、

 

「むぅううううううんっ!!」

 

反対の手の大剣を繰り出す。

しかし、それもベル(不敗)は反対の手で同じように掴んで止めた。

 

「ぐぅうううううううう………………」

 

そのまま鍔迫り合いのような形になり(ベルは素手だが)オッタルは力で押し切ろうとする。

しかしベル(不敗)は真剣な表情こそしているものの、オッタルの様に呻き声や気合いの声を漏らしてはいない。

やがて、ビキッという音と共にオッタルの剣に罅が入る。

ベル(不敗)の握力にオッタルの大剣が耐え切れなかったのだ。

そして、バキィという音を立ててオッタルの剣が砕けた。

 

「ッ!」

 

オッタルは即座に折れた剣を手放すと、

 

「はぁああああああああっ!!」

 

拳を握り、ベル(不敗)に向けて繰り出した。

だがその瞬間、同じようにベル(不敗)も拳を繰り出し拳と拳がぶつかり合った。

大きな体躯を持つオッタルと、小柄なベル。

旗から見れば大人と子供が戦っているようにも思える。

しかしその実態は、

 

「うぐぁっ!?」

 

ビキッと骨が軋む音を立てながら腕の各部から血が噴き出る。

オッタルの腕から。

逆にベル(不敗)の腕は全くの無傷だ。

完全にベル(不敗)の拳の威力がオッタルを上回ったことを証明していた。

 

「ぐっ…………おおおおおおおおおっ!」

 

オッタルは反対の腕でも拳を繰り出す。

ベル(不敗)の顔面目掛けて放たれたその拳は、ベル(不敗)が首を逸らすことであっさりと空を切った。

その瞬間、ベル(不敗)は一歩踏み込み、

 

「はっ!」

 

オッタルの腹部にボディーブローを叩き込んだ。

 

「がはぁっ!?」

 

オッタルの巨躯が宙に浮き、十メートルほど吹き飛ばされて大地に倒れた。

 

「ぐぅぅ…………まさか、これほどの差があろうとはな…………」

 

オッタルは首だけを何とか起こし、ベル(不敗)を見据えながらそう語る。

しかし、それに対し、

 

「確かに実力の差もあったんでしょう。でも、それ以外にもあなたの敗北の理由があります」

 

ベル(不敗)がそう言った。

 

「何…………?」

 

オッタルが怪訝そうな声で聞き返すと、

 

「あなたは………いったいどれほどの間ダンジョンから…………『戦い』の場から離れていたんですか?」

 

「ッ!?」

 

「あなたの体は『戦い』の場から離れすぎた所為で完全に錆び付いているんです。もし万全の状態だったならもう少し善戦出来ていたでしょう。【恩恵(ファルナ)】のお陰で身体能力こそ維持されているようですが、戦いの勘や動きの組み立て方に違和感がありました。そんな状態で僕に…………流派東方不敗に勝つのは不可能です!」

 

そう言い放ったベル(不敗)の言葉にオッタルは思い当たることがあり過ぎた。

 

「フッ…………最初から俺が勝てる要素などありはしなかったわけか…………」

 

オッタルは素直に負けを受け入れた。

 

 

 

 

 

やがて、大した時間を掛けずに冒険者はほぼ全滅した。

 

「もうこれで全員か?」

 

ヴェルフ(不敗)がそう呟く。

すると、

 

「いや、もう一人いるよ」

 

ベル(不敗)が後ろを振り返りながらそう言った。

そこには、

 

「………………………」

 

この世界のベル・クラネルが立っていた。

 

 

 

 

 

「何やってるんだベルくぅぅぅぅぅん!!??」

 

バベルから見ていたこちらの世界のヘスティアが驚愕しながら叫んでいた。

因みに他の神々はあっという間に冒険者達が全滅したことを受け入れられずに未だに放心していた。

 

 

 

 

ベルはベル(不敗)を見据え、

 

「僕は……………【僕】と戦ってみたくてここに来ました」

 

ベルは腰に携えてあるヘスティア・ナイフを抜きながらそう言った。

ベル(不敗)は少しの間ベルの目を見ると、

 

「………………いいよ、やろうか」

 

そう言ってベルの方に歩み寄った。

 

「皆、ここは手出し無用でお願い」

 

ベル(不敗)がそう言うと、

 

「ベル様ならそう言うと思いました」

 

「ああ、いいぜ」

 

「好きにしな」

 

「ベルのしたい様にすればいいよ」

 

それぞれが肯定の意を示した。

ベル(不敗)は再びベルへと向き直る。

 

「いつでもいいよ」

 

ベル(不敗)はそう言って構えも取らずにその場に立ち続ける。

一方、ベルはヘスティア・ナイフを構えてベル(不敗)を見据える。

ベル(不敗)は棒立ちのまま微動だにしないが、ベルはそれがベル(不敗)の絶対の自信の表れだと理解していた。

以前、ダンジョン探索について行ったときに感じた彼の遥かな高み。

ベルも今彼に勝てるとは思っていない。

せめて一太刀。

一矢でも報いたいというのがベルの本音だ。

 

「…………………行きます!」

 

ベルは初めからトップスピードでベル(不敗)へと向かい、ナイフを振るう。

しかし、それはほんの少し下がったベル(不敗)に紙一重で届かなかった。

 

「ッ!?」

 

ベルは一瞬驚くがすぐに気を取り直してナイフを何度も振るう。

だが、その全ては一歩動いたり僅かに体を反らすだけの動きで紙一重で避けられる。

 

「くっ…………!」

 

ベルは更に体術も組み合わせながらベル(不敗)に果敢に攻める。

 

「よっ………ほっ………はっ!」

 

ベル(不敗)は余裕を感じさせる声を漏らしながらベルの攻撃を完全に避けていた。

 

(くっ! 攻撃が全然当たらない………! 完全に見切られてる………!)

 

ベルは否応なしに実力差を感じさせられる。

 

(普通に攻撃しても当たらない………! それならっ!)

 

だが、ベルには秘策があった。

それはベル(不敗)の前では見せたことが無い【魔法】。

ベルは再びナイフで斬りかかった。

当然それはベル(不敗)には当たらない。

だが、ナイフを回避したベル(不敗)に向かってベルは左手を向けていた。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

「ッ!?」

 

こちらの世界のベルが有する詠唱の要らない速攻魔法。

威力こそ詠唱の必要な魔法に劣るものの、その真価は速さにある、

詠唱の要らない発動の早さもさることながら、炎属性の魔法でありながらその軌跡と速さは雷を連想させる。

それを至近距離で放ったのだ。

ベルは当たることを確信した。

発動から着弾までコンマ一秒掛かるかどうか。

初見では恐らく第一級冒険者でも躱すことも防ぐことも不可能だろう。

だが、

 

「はっ!」

 

その僅かな時間にベル(不敗)は反応した。

向かって来る炎の雷を裏拳を放って弾くように四散させる。

 

「なっ!?」

 

その光景を見て、ベルは思わず驚愕の声を漏らした。

必中だと思われたベルの攻撃はあっさりと防がれたのだ。

 

「今のは悪くない攻撃だったよ。もう少しうまく隠して発動してたら防げなかったかも。だけど流派東方不敗に同じ手は二度も通用しない。それだけは言っておくよ」

 

ベル(不敗)はそう言うがベルは内心手詰まりを感じていた。

まともにやっても掠りもせず、隠し玉だった【ファイアボルト】にもあっさりと対応された。

 

「…………………………」

 

ベルの頬に冷や汗が流れる。

 

「…………………降参する?」

 

ベル(不敗)はそう問いかけた。

 

(降参……………?)

 

ベルは心の中で呟く。

 

(…………確かにそうするべきなのかもしれない。元より絶対に敵わないと分かっていた相手。降参しても仕方ないのかもしれない…………………)

 

相手は数々の冒険者を倒し、挙句にオラリオ最強のオッタルすら完封した相手。

ここで降参したとしても、誰もベルを非難することは無いだろう。

 

(………………………………だけど!)

 

だが、

 

「自分に降参だけは…………したくない!」

 

ベルは折れなかった。

確固たる覚悟を持ってベルはそう言い放った。

その言葉を聞いてベル(不敗)は小さく笑みを浮かべた。

すると、ベルは再びヘスティア・ナイフを前方に構え、

 

「次の攻撃に、僕の全てを込める!」

 

「受けて立つ!」

 

真っ直ぐに応えたベル(不敗)に、ベルも笑みを浮かべ、

 

「【ファイアボルト】!」

 

再び魔法を発動させる。

だが、その対象はベル(不敗)ではなく己が持つヘスティア・ナイフ。

そして同時にベルは己の【スキル】を発動させる。

ベルが持つ【スキル】、【英雄願望(アルゴノゥト)】。

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

その特性を生かし、【ファイアボルト】の炎が四散する前に光粒が炎を包み込み、ナイフの刃に留める。

リンリンと(チャイム)の音を鳴らしながら光粒が時間経過で炎と共にさらに大きくなる。

その間、ベル(不敗)はじっとベルの行動を黙って見ていた。

まるでベルを待つように。

一分。

それが通常のベルの【蓄力(チャージ)】の限界。

だがベルは短剣の長さへと至った炎の剣を見て悟る。

 

(足りない………これじゃあ全然足りない…………!)

 

これではベル(不敗)に勝つどころか一矢報いることすら出来ないと直感で理解する。

 

(負けたくない…………自分自身には負けたくない……………! いや、違う……………負けたくないんじゃない…………!)

 

「勝ちたいんだ!!」

 

ベルが叫んだその瞬間、リンリンという(チャイム)の音が、ゴォン、ゴォォンという大鐘楼(グランドベル)の音に成り代わった。

限界突破。

蓄力(チャージ)】の限界である一分を超えて再び光粒が強く、大きく輝いていく。

二分。

炎の剣の長さが長剣の長さへと至る。

三分。

炎の剣は大剣の大きさへと至る。

かつてこの世界でも現れた黒いゴライアスを討伐した際、同じ出来事が起こり、三分まで【蓄力(チャージ)】の限界時間を伸ばし、討伐に成功した。

しかし、

 

(まだだ! もっと力を振り絞れ!!)

 

ベルは更なる限界を突破する。

四分。

炎の剣は更に伸長する。

五分。

ベルは悟った。

これが本当のギリギリの限界だと。

炎の剣は天を貫くと錯覚するほどに長大になっていた。

 

「はぁ………! はぁ………!」

 

ベルはこの炎の剣を維持するだけでも意識が飛びそうなほどに消耗していた。

だが、それを気合で繋ぎ止めている。

 

「これが……………僕の全身全霊です…………!」

 

ベルはベル(不敗)に向かってそう言う。

ベル(不敗)はその姿を見つめ、

 

「ならばこちらも!」

 

真正面から受けて立つことを選択した。

ベル(不敗)は懐から剣の柄を取り出すと、全身に闘気をみなぎらせる。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

その闘気を取り出した剣の柄に集中させる。

 

「愛と絆と友情の……! アルゴノゥトフィンガーソーーーーーーーーーード!!」

 

闘気を刃と化し、光の剣となって天を貫いた。

そしてベル(不敗)は真っ直ぐにベルを見据えると、

 

「勝負だ! ベル・クラネル!!」

 

自分の名を呼んだベル(不敗)に応えるように、ベルは渾身の力で炎の剣を振り下ろした。

 

聖火の英斬(アルゴ・ウェスタ)大鐘楼(グランドベル)!!!」

 

ベル(不敗)もそれに応えるように光の剣を振り下ろした。

 

「メン………メン…………メェェェェェェェェェェェェェン!!!」

 

互いの中央で炎の剣と光の剣が交差する。

その瞬間、ぶつかり合ったエネルギーが大爆発を起こして辺りを光に包んだ。

 

 

 

 

 

『神の鏡』でも映像が白く染め上げられ、状況が分からなくなっていた。

 

「べ、ベルくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

こちらの世界のヘスティアが思わず叫んだ。

やがて光が収まり、映像が回復する。

そこにはモクモクと爆発によって立ち昇った煙が未だ状況を覆い隠していた。

オラリオ中の人々が結果を見守る中、風が吹いて煙を吹き飛ばしていく。

まず最初に現れたのは、剣が激突したであろう中央。

そこは、激突の余波だけで大きく陥没し、クレーターとなっている。

そして、同時に互いのベル・クラネルが居た場所の煙が晴れた。

そこには自分の足でしっかりと立つベル(不敗)と、仰向けに倒れたベルの姿が現れた。

 

「はぁ………! はぁ………! 悔しいなぁ…………!」

 

ベルは指一本動かせないのか仰向けに倒れたままそう呟く。

すると、

 

「確かに今回は僕が勝った………だけどね………」

 

ベル(不敗)はそう言いながら親指で頬を拭った。

そこには小さな傷が出来ている。

 

「君の刃は、確かに僕に届いたよ……………お見事!」

 

ベル(不敗)は純粋にベルを称賛する。

ベルはその言葉で嬉しくなり、笑みを浮かべた。

その時、

 

「見事な戦いであったぞ! 2人とも!!」

 

突然の大声がその場に響いた。

ベル(不敗)が聞き覚えのある声に驚いて辺りを見渡すと、最初にリリ(不敗)が隆起させた大地の切っ先に人影が立っていた。

それは、

 

「師匠!?」

 

ベル(不敗)の師匠、東方不敗 マスターアジア。

 

「ベルは元より、こちらの世界のベルも見事であった! まだ未熟ながら我が弟子のベルに傷を負わせるとは大したものよ! 実に見事であった!!」

 

東方不敗はそう称賛する。

 

「そんなお主に敬意を表し、真のファイトというものをこの世界の者達に見せてやろうでは無いか!!」

 

更に東方不敗の影からシュバルツが現れ、

 

「お前達の成長………確かめさせてもらおう!」

 

シュバルツもベル(不敗)達に向かってそう言い放った。

そして東方不敗とシュバルツは構えを取り、

 

「さあ掛かって来るが良いシャッフルの紋章を継ぐ者よ! この儂、元キング・オブ・ハートが相手をしてやろうではないか!!」

 

東方不敗はそう言い放った。

 

 

 

 

 






外伝十四話です。
何か蹂躙の筈がベル君が出張ってきて盛り上がってしまいました。
しかも最後には師匠とシュバルツがファイトを申し込んでしまいました。
さあどうなる次回?
恐らく次で外伝終了です。


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ROUND【FINAL】 終幕






突然現れた東方不敗とシュバルツにオラリオの住民は困惑した。
たった五人でオラリオ連合を全滅させたベル(不敗)達にたった2人で戦いを挑もうとする者達が現れたからだ。
そして誰もが無謀だと思っていた。
あの五人に勝てる者が居るはずないと。
人々は最後の余興だと思いながら『神の鏡』を眺めていた。
すると、『神の鏡』に変化が起こった。
突然映像が黒く塗りつぶされ、真っ黒になる。
人々は騒めいたが、その闇の中に一筋の光が差し、一人の人物を浮かび上がらせた。
髪型をオールバックにし、右目の丸眼帯と口ひげが特徴的な、真っ赤なスーツとピンクのシャツ、青い蝶ネクタイをした男だった。
その男は何もない空間で丸椅子に座り、足を組み、腹の前で腕を組んだ状態で佇んでいた。

「か、『神の鏡』が…………乗っ取られた………?」

神の一人が信じられないと言った声を漏らす。
その時、その画面の男が語り出した。

『さて皆さん。思わぬトラブルから始まった異世界のベルの物語は間もなく幕を下ろそうとしています。しかしオラリオ連合を打ち破ったシャッフル同盟の前にベルの師匠、東方不敗 マスターアジアと彼に匹敵するシュバルツ・ブルーダーが立ちはだかったではありませんか! さあ、異世界の戦士達はこの地にどのようなファイトを見せてくれるのでしょうか!?』

その男の声の調子がどんどんと高まっていき、

『それではっ!!』

その男が上着を脱ぎ棄てると同時に、眼帯が外され左手に掴まれており、左手の人差し指は『神の鏡(カメラ)』目線に向けられ、右手にはいつの間にか拡声器(マイク)が小指を立てた独特な握り方で握られていた。

『ダンジョンファイトファイナルラウンド! レディィィィィィィッ………ゴォォゥッ!!!』







 

 

 

 

「はぁあああああああああっ!!」

 

「ぬぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!」

 

一瞬にして飛び出したベル(不敗)と東方不敗の拳がぶつかり合う。

衝撃が空気を震わせ、『神の鏡』の前で見ている者達にもその衝撃が伝わる様な錯覚を起こす。

 

「はっ! せいっ! でやっ!」

 

ベル(不敗)は続けて拳の連撃を放つ。

 

「むんっ! そりゃ! なんのっ!」

 

東方不敗はある物は防ぎ、あるものは躱し、まともな一撃を許さない。

 

(ッ………流石は師匠。僕も成長したつもりだけど、まだまだ師匠の方が一枚も二枚も上手だ………)

 

ベル(不敗)は内心そう思っていると、

 

「ベルッ! 下がって!」

 

突然声が聞こえ、その声が彼女のモノだとわかると、ベル(不敗)は反射的に飛び退いた。

その瞬間、

 

「はぁああああああああっ!」

 

空中からアイズ(不敗)が炎のように真っ赤な闘気の斬撃を放つ。

 

「むっ!?」

 

東方不敗は拳を振り被ると、

 

「はぁっ!!」

 

拳の一撃でその斬撃を掻き消した。

アイズ(不敗)はベル(不敗)の隣に降り立つ。

 

「アイズ!?」

 

「ベル、私も一緒に………!」

 

アイズ(不敗)はそう言いながら刀を構える。

 

「ほう、小娘………再びワシの前に立つか…………ベルは武闘家であると同時に冒険者でもある………だったか?」

 

「…………今は違う」

 

「ほう?」

 

「ベルは私の大事な人だから…………愛してる人だから…………一緒に戦う!」

 

アイズ(不敗)はハッキリとそう言う。

 

「アイズ…………」

 

ベル(不敗)は若干頬を染めながら嬉しそうに微笑む。

 

「分かったよ、アイズ。一緒に戦おう!」

 

「うん!」

 

ベル(不敗)の言葉にアイズ(不敗)は頷き、2人は東方不敗に向き直る。

 

「面白い! ベル! そして小娘………! いや、新しきキング・オブ・ハートとクイーン・ザ・スペードよ! かかってくるが良い!!」

 

東方不敗がそう叫ぶと、2人は同時に立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

一方、

 

「おらぁっ!!」

 

ベート(不敗)が空中から飛び掛かりながら蹴りを繰り出す。

 

「甘いぞ!」

 

シュバルツはあっさりとその蹴りを避けると反撃の手刀を繰り出す。

 

「チッ!」

 

ベート(不敗)は舌打ちしながら腕をクロスさせて防御するものの、その威力に吹き飛ばされる。

が、その瞬間、薔薇の形をした複数の魔力スフィアがシュバルツを取り囲んだ。

ヴェルフのローゼスビットだ。

 

「喰らいやがれ!」

 

ヴェルフの合図と共に一斉にレーザーが発射される。

四方八方を取り囲まれ、逃げ場は無いと思われていたが、そのレーザーが着弾する寸前、シュバルツの姿が掻き消えた。

 

「何っ!?」

 

ヴェルフが声を漏らした瞬間、

 

「何処を見ている!?」

 

上空から声が聞こえて見上げれば、シュバルツは一瞬にして空中に跳躍していた。

さらに、

 

「それそれそれそれぇっ!!」

 

次々と苦無を投げつけ、その全てがローゼスビットに命中し、破壊する。

 

「くそっ!」

 

ヴェルフは悔しそうな声を漏らす。

すると、

 

「ですが、空中なら回避行動はとり辛い筈です!」

 

リリ(不敗)はそう言いながらグラビトンハンマーを振り回し、

 

「これでっ!!」

 

シュバルツに向かって投げつけた。

一直線に向かって行く鉄球。

今度こそ命中するかに思われた瞬間、

 

「なんのっ!」

 

シュバルツが四人に分身し、四方に分かれてグラビトンハンマーを躱した。

シュバルツは再び一人になると、

 

「狙いは良かったがまだまだだ。その程度ではこの私を倒すことなど無理の一言!!」

 

シュバルツは腕を組みながらそう言い放つ。

 

「相変わらず影から現れたり分身したり人間離れした人ですね」

 

リリ(不敗)は呆れた様にそう零す。

 

「元々マスターと互角って話なんだ。この程度で倒せるなんて思っちゃいねえさ!」

 

「それはそうなんですけどね!」

 

そう言いながらも苦無を投げつけてきたので躱しながらグラビトンハンマーを振り回すリリ(不敗)。

 

「むんっ!」

 

その鉄球をシュバルツは腕のブレードで弾いた。

そして、

 

「はぁああああっ!!」

 

何処からともなく鉄の網を取り出して投げつける。

それは空中で広がりリリ(不敗)に覆い被さるように落ちてくる。

 

「まずっ!?」

 

リリ(不敗)は慌てて逃げようとしたが、リリ(不敗)の俊敏は一般冒険者とあまり変わりないため間に合いそうも無かった。

だが、その鉄の網が横から飛んできた魔力の旗に貫かれてそのまま岩場に縫い付けられた。

それは、

 

「油断してんじゃねえぞ! チビ!」

 

「ベート様!」

 

ベートが放ったフェイロンフラッグだ。

ベートはそのまま複数のフェイロンフラッグをシュバルツを囲う様に放ち、

 

「宝華教典・十絶陣!!」

 

その範囲内を炎で包んだ。

その炎が収まった後そこにあったのは、

 

「チッ!」

 

黒焦げになった丸太だった。

シュバルツの変わり身だ。

 

「ふはははははっ! 狼の獣人のくせに猪のような奴だ! だから簡単な変わり身にも騙される!」

 

その声にベート(不敗)が振り返った瞬間、

 

「ぐおっ!?」

 

ベート(不敗)の頬に飛び膝蹴りが入る。

 

「はっ!」

 

続けて素早い動きでヴェルフ(不敗)に肉薄し、ブレードによる一閃を加える。

 

「ぐぅぅっ!?」

 

ヴェルフ(不敗)は大刀で防ぐものの、その威力で吹き飛ばされた。

 

「ベート様! ヴェルフ様!」

 

リリ(不敗)が叫ぶ。

 

「気を取られ過ぎだ!」

 

シュバルツにそう言われた瞬間、リリ(不敗)は気付いた。

いつの間にか周りに複数の苦無が刺さっていたことに。

 

「これはっ………!?」

 

嫌な予感に声を漏らした瞬間、苦無が爆発を起こした。

 

「くぅぅぅぅぅぅっ!?」

 

リリ(不敗)は身を固めて爆風に耐えていた。

 

 

 

 

 

その光景を『神の鏡』で見ていたオラリオの人々は声を失っていた。

オラリオ連合を僅かな時間で全滅させたシャッフル同盟。

そのシャッフル同盟を多対一という不利な状況で互角以上に戦う2人。

それは【へファイトス・ファミリア】で同じように観戦していたこの者達も同じだった。

 

「なっ…………あの五人を相手にあそこまで優勢に戦うなんて…………」

 

こちらの世界のスィークが驚愕でそう零すと、

 

「どーだ! キョウジはすっげえだろ!?」

 

誇らしげにそう言うスィーク(不敗)。

 

「流石のヴェルフも彼にはまだ敵わないかしらね………」

 

ヘファイストス(不敗)は『神の鏡』でヴェルフ(不敗)を眺めながらそう零す。

 

 

 

 

一方バベルでは、

 

「な、何やあの爺さんと覆面は…………!? そっちのベル達を簡単にあしらっとる………!?」

 

ロキがそう零すと、

 

「彼らはベル君の師匠と兄弟子の兄だよ。どっちもベル君以上の非常識な存在だね」

 

ヘスティア(不敗)は諦めた様にそう零す。

 

「そっちのドチビたちの世界は一体どうなっとんのや?」

 

「それはボクも知りたい…………」

 

ヘスティア(不敗)は哀愁を漂わせながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

戦場では戦いが続いていた。

 

「秘技! 十二王方牌! 大・車・併!!」

 

東方不敗が己の分身を六体生み出し、それを放つ。

 

「それならこっちも………十二王方牌………大車併!!」

 

ベル(不敗)も同じ技で対抗する。

同じ技が互いの中央で衝突する。

しかし、技は東方不敗が上回っているようで、ベル(不敗)は押されていく。

しかし、今のベル(不敗)は一人ではない。

 

「豪熱………! マシンガン…………スラッシュ!!」

 

アイズ(不敗)から一瞬にして無数の斬撃が放たれ、ベル(不敗)に加勢したためにベル(不敗)は持ち直し、相殺に成功する。

 

「ほほう、やるでは無いか。ベルもそうだが、そちらのクイーン・ザ・スペードの継承者も技のキレが増しておる」

 

東方不敗は不敵な笑みを浮かべながらも嬉しそうに二人をそう評する。

 

「今の僕には護るべき人がいます。だから、僕はもっと強くなります!」

 

ベル(不敗)がそう言うと、

 

「私も………ベルに護られるだけは嫌だから…………私は、ちゃんとベルの隣に立ちたい………!」

 

アイズ(不敗)は真剣な表情でそう口にする。

 

「フフフ…………互いに己が戦う理由を見つけたか……………面白い! ベルよ! 次で決着といこうではないか! お前達の渾身の力をぶつけて来ると良い!」

 

東方不敗は明鏡止水を発動。

金色の闘気に包まれ高まる闘気が周囲の地面を捲り上げる。

 

「……………アイズ!」

 

「うん……………!」

 

ベル(不敗)の言葉にアイズ(不敗)は迷いなく頷き、互いに手を繋ぐ。

すると、二人も金色の闘気を身に纏い、互いの闘気が混ざり合ってその輝きは更に高まった。

 

 

 

 

その様子をシュバルツは眺めていると、

 

「どうやら向こうは決着を付ける様だ。こちらも全身全霊をぶつけ合おうではないか!」

 

シュバルツがそう提案すると、

 

「上等だ!」

 

ベート(不敗)が真っ先に答え、

 

「まあ、このまま続けてもジリ貧でしょうから…………少しでも勝率が高い方に賭けましょう」

 

リリ(不敗)はそう言い、

 

「やってやらぁっ!」

 

ヴェルフ(不敗)も負けじとそう言う。

それを聞くと、シュバルツは両腕のブレードを前方に展開。

更に胸の前で腕を組む様な形を取り、ブレードが真横に一直線になる。

 

「ゆくぞ!!」

 

するとシュバルツはその場で高速回転を始める。

最初は独楽かと思われたが、その回転数はどんどんと上がっていき、周りの空気を巻き込んで黒い、小さな竜巻を思わせる状態となる。

 

「こっちも行くぜ!」

 

ベート(不敗)の言葉を合図に三人は闘気を高める。

三人は共鳴(レゾナンス)によって力を高め、最大限の力を発揮する。

その力が最高に高まった瞬間、

 

「うぉおおおおおおおっ!!」

 

シュバルツは回転したまま突撃した。

 

「シュトゥルムッ! ウントゥッ! ドランクゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

黒い竜巻と化したシュバルツが三人に向かって来る。

 

「はぁああああああっ!! 炸裂! ガイアクラッシャー!!」

 

リリ(不敗)が拳を地面に叩きつけ、その威力によって地面が割れ砕けて隆起する。

針山のように鋭利な岩盤がまるで意思を持つかのようにシュバルツに襲い掛かる。

 

「この程度ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

しかし、シュバルツを貫こうとした岩は、黒い竜巻に触れると同時に細切れにされていく。

そのまま突き出た岩々を細切れにしながらシュバルツは三人に迫る。

すると、

 

「【このエネルギーの渦から逃れることは不可能】」

 

ヴェルフ(不敗)が詠唱を開始する。

 

「ローゼスハリケーン!!」

 

ローゼスビットが渦を巻き、赤い竜巻となってシュバルツに襲い掛かる。

だが、

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

シュバルツはその竜巻をも切り裂きながら突き進む。

岩と赤い竜巻を突破したシュバルツが“二人”に迫る。

 

(二人っ!?)

 

いつの間にかベート(不敗)の姿が消えていることにシュバルツは気付いた。

その瞬間、

 

「真! 流星胡蝶けぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!」

 

真上から気を蝶の羽のように纏ったベート(不敗)がシュバルツに向かって一直線に降下してきた。

ベートの狙いはシュバルツの脳天。

回転の一番遅い中心部。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

回転の中心部を狙うベートに対し、シュバルツは回転を最大限に上げる。

 

「ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

それらが激突した瞬間、爆発に似た衝撃が辺りを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼らと同時に、東方不敗とベル(不敗)、アイズ(不敗)も激突しようとしていた。

 

「流派! 東方不敗が最終奥義…………………!」

 

東方不敗が右手を前に翳し、そこに大自然の力を結集させる。

それに対し、

 

「「二人のこの手に闘気が宿る!」」

 

手を繋いだベル(不敗)とアイズ(不敗)は言霊を紡ぎ出す。

 

「幸せ掴めと!」

 

「轟き叫ぶ!」

 

「「ひぃぃぃぃぃぃぃっさつ! アルゴノゥトフィンガァァァァァァァァァァァッ!!」」

 

ベルがアイズを後ろから抱きしめるように包み込み、二人は揃って気を集中させる。

二人の想いが、愛が、その気の力を極限まで増大させた。

二人の力が最大限に高まった時、東方不敗もまた力を最大限に高めていた。

 

「ゆくぞぉ! ベルゥゥゥゥゥッ!!」

 

「しぃしょぉおおおおおおおおっ!!」

 

東方不敗の声にベル(不敗)も応える。

 

「石破ッ! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!」

 

東方不敗の繰り出された拳から、極大の気弾が放たれる。

それは中に驚の文字を輝かせ、全てを破壊せんと突き進む。

それに対し、

 

「石ッ!」

 

「破ッ!」

 

「「ラァァァァァブラブッ!!」」

 

ベルの右手とアイズの左手が重ねられ、二人の愛の結晶とも言うべき技が繰り出された。

 

「「天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!!!!」」

 

二人の手から放たれた気弾はハートの形をしており、更にキング・オブ・ハートの紋章を輝かせ、突き進む。

それらが中央で激突する。

 

「ベルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!」

 

「しぃしょぉおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

互いの魂の叫びと共に、『神の鏡』の映像が真っ白に染め上げられた。

その輝きにそれぞれが目を庇う中、

 

「あれ?」

 

ヘスティア(不敗)は自分の身体の変化に気付いた。

自分の身体が透けて言っているのだ。

 

「これは……………」

 

ヘスティア(不敗)が呟くと、

 

「あれ? もうタイムリミットなのかい? おかしいなぁ、アスフィの話じゃ最低でもあと一日は余裕があったはずだけど…………」

 

ヘルメスがそう呟く。

すると、

 

「あ~これはね、どうやらボク達はこの世界そのものから拒否された様だ」

 

「世界から拒否されたやと…………?」

 

ロキが信じられないと言った表情で呟く。

 

「多分ベル君達が暴れた所為だろうね。皆の力がこの世界の許容範囲を超えちゃったんだよ、きっと。だから世界の安定の為に異物であるボク達を排除することにしたんだ」

 

「世界の安定すら崩すってなんやねん…………」

 

ロキは呆れた言葉しか出てこない。

その間にもヘスティア(不敗)の身体はどんどん透けて行っている。

それは他の場所のスィークやヘファイストス、シル、リュー、【ヘスティア・ファミリア(不敗)】の面々も同じだった。

 

「まぁ、短い間だったけど貴重な体験が出来たよ。それからこっちの世界のボク!」

 

「な、何だい?」

 

ヘスティア(不敗)が真剣な表情でヘスティアに呼びかけた。

 

「こっちのボクはぜーーーーーーーーーっ対にベル君をゲットするんだぞ!! 特にヴァレン某には絶対に負けるんじゃないぞ!!!」

 

「ええっ!?」

 

その言葉を最後にヘスティア(不敗)は完全にこの世界から消え去った。

 

 

 

 

戦いの場では先程までの激突の轟音が嘘のように静まり返っていた。

風によって巻き起こっていた爆煙も吹き飛ばされても、勝者も敗者もその場には居なかった。

ただ、激突の爪痕である巨大なクレーターだけが彼らが先程まで存在していたことを示していた。

そんな場所に、この世界のベルが駆けてくる。

 

「はぁ、はぁ…………」

 

息を切らせながらベルは周りを見渡す。

ベル(不敗)達の姿が無い事を知ると、

 

「そっか…………帰ったんだね…………」

 

半分は嬉しそうに。

残り半分はどこか寂しそうにそう呟く。

ベルはその場所で天を仰ぐ。

 

「今は届かない………でも、いつか辿り着いて見せる…………!」

 

ベルは知った。

遥かな高みを。

そして、自分もその高みに辿り着ける可能性がある事を。

ベルは天に手を伸ばす。

 

「君達の居る場所に……………!」

 

誓いの言葉と共に、ベルはその手を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

尚、その後に更新した【ステイタス】を見てヘスティアが引っ繰り返ったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャッフル同盟最終【ステイタス】

 

 

 

 

 

リリルカ・アーデ

 

 

Lv.宇宙海賊

 

力  : 来な鳥野郎! フライドチキンにしてやるぜ!!

 

耐久 : 俺は負けるわけには、ゆかんのだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

器用 : 俺の闘いの邪魔はさせない!!

 

俊敏 :例え一つの敗北も、二人のものではなかったのか………

 

魔力 :仲間と俺と、アンタの運命の為に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.貴族騎士

 

力  :マリアルイゼ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!

 

耐久 :私は負けない!!

 

器用 :出陣いたします!

 

俊敏 :騎士は敵に背を向けない!

 

魔力 :戦いはまだ、終わっていないぞ!!

 

鍛冶 :討つべきは、自分の心

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベート・ローガ

 

 

 

 

Lv. 少林寺

 

 

 

力  :父さん………父さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!

 

耐久 :負けない………! 負けるわけには……死んでも負けるわけには!

 

器用 :少林寺再興は、オイラがやり遂げる!

 

俊敏 :オイラの姿が見えるかな?

 

魔力 :同じ時を分け合ったアニキとならば!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.アメリカンドリーマー

 

 

 

 

力  :お前たちに坊や扱いされてたまるかぁぁぁぁぁっ!!

 

耐久 : I`ll never give up!!

 

器用 : I will be back!

 

俊敏 : どうした? もう一度笑ってみなよ?

 

魔力 : 例えこの身が砕けようとも!

 

剣士 :俺が夢だ! 俺が希望だ! 俺は今こそ最高に燃えてやる!! 俺は夢を掴むんだぁぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 

 

 

Lv.東方不敗

 

 

 

  

 看 石 全 王 東 新

 招 破 新 者 方 一

 ! 天 招 之 不 派

   驚 式 風 敗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







はい、ファイナルラウンド完結しました。
決着は読者様方のお好きに想像してください。
終わりがあっさりし過ぎていたので最後にステイタス乗っけときました。
以前、感想であったネタを使わせていただき、”完”なんて付けてしまいました。
スキル等には変化は無いって事で。
ベル君のLv.が揺れている意味は分かりますかね?
さて、外伝も完結しました。
自分はこれで終わらそうと思っていたのですが、感想の中に劇場版もやって欲しいというリクエストがあったのですがどうしましょうか?
自分劇場版見てないんで何とも言えないのですがもしやって欲しいという声が多ければ挑戦してみます。
とりあえずアンケートを取りますんでお願いします。
では、一旦ここで完結します。
長い間お世話になりました。
もう一個の小説はまだ続いてますので、興味のある方はお付き合いください。
ありがとうございました。


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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか? -オリオンの矢ー?
プロローグ



こちらではお久しぶりです。
劇場版を望む声が多かったので頑張ってみました。
尚、時系列的に劇場版アニメは戦争遊戯(ウォーゲーム)前が元になっていましたが、この物語は本編後とします。

注・相変わらずご都合主義満載です。映画の雰囲気を壊したくない人にはオススメしません。

注2・このプロローグはパソコン画面推奨。






 

 

 

 

暗い空間に一筋の光が照らされ、赤いジャケットに眼帯をしたオールバックの男――ストーカー――を浮かび上がらせる。

丸椅子に腰かけ、足を組んだストーカーは俯いた状態で語りだした。

 

「遠い昔、天界の神々は子供達である人々が暮らす下界に刺激を求めて降りてきました。そして神々は決めました。『この下界で、永遠に子供達と暮らそう』と…………神の力を封印し、『不自由さと不便さに囲まれて楽しく生きよう』と…………ある(もの)は下界に『娯楽』を求め、ある(もの)は『英雄』を求めて…………………そして……………………ある(もの)は『救い』を求めて………………………」

 

ストーカーは顔を上げ、前を見据える。

 

「さて皆さん。またお会いしましたね。今回はある一人の女神、『アルテミス』とベルが出会う事で物語は進みます。ですが、アルテミスにはある重大な秘密があり、それはベルに対してとても重い選択を突き付けます。はたして、ベルに襲い掛かる脅威とは? そしてベルに突きつけられた選択とは? それに対するベルの答えとは……………!?」

 

ストーカーの声に力が籠りながら言い終えると、一呼吸置き立ち上がる。

 

「それでは!!」

 

そう叫ぶと同時に上着を脱ぎ棄て、眼帯を外し、右手にはマイクが握られる。

 

「ダンジョンファイト劇場版!! レディィィィィィィッ…………ゴーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

           ―オリオンの矢―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

  ○( ゚Д゚)スッ ―オリオンの矢―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

        (   )≡○✸ドゴォ≡≡≡≡≡≡―オリオンの矢―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

よ~い ⊂´⌒つ´∀`)つ しょっとは王者の風!!~     ≡≡≡≡≡≡―オリ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

C= (-。- ) フゥー~流派東方不敗は王者の風!!~        ドカーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ベルが流派東方不敗継承者なのは間違っているだろうか?

 

       ~流派東方不敗は王者の風!!~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第一話 ベル、アルテミスと出会う

 

 

 

 

デビルガンダムとの戦いから暫くの時が流れたある日。

ベル達は仮住まいにしている被害の少ない建物で、オラリオ復興の為に今日も朝から街へ出かけようとしていた。

服装を整え、準備を完了させる。

 

「よし!」

 

ベルがそう言うと、

 

「こっちも準備OKだ」

 

「私も何時でも大丈夫です!」

 

ヴェルフとリリが笑みを浮かべながらそう言い、

 

「わたくしも大丈夫です」

 

「わたしらもね」

 

「(コクコク)」

 

春姫、ダフネが続き、カサンドラが頷いている。

全員が出発しようとした時、

 

「あっ、皆!」

 

彼らの主神であるヘスティアが声を掛けてきた。

全員が振り向くと、

 

「頑張ってくるんだよ!」

 

満面の笑みとサムズアップでヘスティアは皆を送り出す。

 

「はい! 行ってきます、神様!」

 

ベルが皆を代表して笑顔でそう答えた。

 

 

 

 

一行が復興を始めているオラリオを進んでいくと、

 

「おう! 冒険者! 今日も精が出るね!」

 

「いつも助かってるよ! ありがとう!」

 

「あっ、【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)】だ!」

 

「おはよう!」

 

住民たちが声を掛けて来て、ベル達も笑顔で受け答えしていく。

オラリオの住人たちは逞しく、デビルガンダムによってほとんどの建物が倒壊しても絶望せず、各々が出来ることに取り組み、街を復活させようとしていた。

その復興にも身体能力の高い冒険者達の活躍は目覚ましく、特に最上級であるベルを始めとしたシャッフル同盟はあらゆる者達から頼られていた。

ベルやリリはその力を活かした瓦礫の除去。

ヴェルフは同じように体を使う仕事もあれば、鍛冶の技術を使って大工工具などを必要な者達に作ってあげている。

余り身体能力に優れない(とはいえ一般人よりかは高い)春姫やダフネ、カサンドラはシルを始めとした『豊穣の女主人』の面々と炊き出しの準備に取り掛かっている。

そして太陽が頂点に差し掛かるころ。

 

「皆さーん! お昼ご飯の準備ができましたよー!」

 

シルが声を張り上げながら呼びかける。

その言葉に待ってましたと言わんばかりに、多くの住人が集まってきた。

その一人一人に食事を配っていくシル達。

ベルの順番が回ってくると、

 

「いつもお疲れ様です。ベルさん」

 

明らかに他の人の対応とは違う笑顔を浮かべてベルに食事を渡すシル。

 

「いえ、こちらこそ。いつも美味しい食事を作ってくれてありがとうございます」

 

「もう、ベルさんってばまだそんな他人行儀みたいなこと言うんですから!」

 

ベルの言葉にシルは少し不満そうな表情を浮かべる。

 

「いいですか? 私はベルさんのハーレムの一人です。つまりベルさんの側室になる予定で妻の一人です。妻が旦那様の食事を作るなんて当然じゃないですか!」

 

「あ、あはは…………」

 

言い聞かせるように言ってくるシルに対し、ベルは乾いた笑いを浮かべることしか出来ない。

その時、ドーンという音がしてそちらを向くと、ベル達が受け持っている区画とは別の区画で砂煙が上がっていた。

ベルは何だろうと首を傾げる。

 

 

ちなみのその場所では金髪の少女が今日片付ける予定の瓦礫を全て吹っ飛ばしたとかしないとか。

 

 

ベルが食事を受け取って周りを何となく見回すと、

 

「ニャ~! リュー何処行ったニャー! もー、この忙しい時に~!」

 

アーニャが愚痴を零している。

 

「あれ? リュー居ないの?」

 

その言葉を聞いて、ベルはポツリと呟く。

 

「ええ、出かけてるみたいで………ベルさん、何かご存知ですか?」

 

シルの言葉にベルは少し考えると、

 

「…………あっ、そう言えば少し用があってオラリオの外に出るって言ってたような………」

 

ベルは曖昧に答える。

 

「そうですか………危ない事してなければいいんですけど…………」

 

シルが心配そうにそう言うと、

 

「リューならきっと大丈夫ですよ」

 

ベルが笑みを浮かべてそう言うと、

 

「クスッ、そうですね」

 

シルも釣られて笑みを浮かべながら頷いた。

ベルはその場を離れて食事を摂っていると、エイナが荷物を抱えながら歩いているのを目にした。

ベルは残りの食事をかき込むと、エイナに駆け寄っていく。

 

「エイナさーん! 何してるんですか?」

 

呼びかけながら近付くと、

 

「あっ、ベル君!」

 

エイナは嬉しそうな笑みを浮かべて答える。

 

「今夜のお祭りの準備。ベル君は復興の手伝い?」

 

「はい。それよりも重くないですか? 良ければ持ちますよ?」

 

エイナの持つ荷物を見てベルはそう言うが、

 

「ありがとうベル君。だけど気持ちだけ受け取っておくよ。ベル君の力が必要な人は他にもっといるからさ」

 

「そうですか」

 

ベルも無理に持つつもりは無く、すぐに引き下がる。

 

「じゃあベル君、復興頑張ってね」

 

「エイナさんも! お祭りは僕達も行きますから!」

 

「楽しみにしててね!」

 

そう言ってエイナと別れた。

 

 

 

そのまま今日のノルマを遥かに超えた片付けを終えたその夜。

復興の進んでいる区画に出店が立ち並び、多くの人が賑わっていた。

今日は新月祭と呼ばれるお祭りであり、神々が下界に降り立つ前から行われている祝祭だ。

それは月を神に見立ててモンスターの魔の手から無事を祈る意味合いが込められている。

【ヘスティア・ファミリア】の一行が出店を見て回りながら祭りを各々が楽しんでいると、

 

「さあさあお立合い! 遠き者は音に聞け! 近き者は目にも見よ!」

 

聞き覚えのある男神(だんせい)の声が呼び込みを行っていた。

 

「この声は…………」

 

ヘスティアが声のする方を注視する。

そこには、

 

「そして、腕に覚えのある冒険者ならば名乗りを上げろ!! さあ、この槍を引き抜く英雄は誰だ!?」

 

ベル達もよく知る男神、ヘルメスが簡易的に作ったテントの中にあるステージに立ち、声を張り上げていた。

 

「何をやっているんだヘルメスは………?」

 

呆れた様に呟くヘスティア。

そんなヘスティアを他所にヘルメスは言葉を続ける。

 

「これは選ばれた者にしか抜けない伝説の槍!」

 

ヘルメスの前には水晶のような鉱石に真っ直ぐに突き刺さった長物の柄。

ヘルメスの言葉通りなら槍なのだろう。

 

「手にした者には貞潔たる女神の祝福が約束されるであろう…………」

 

すると、大袈裟な身振りで懐に手を入れ、

 

「更に! 抜いた者には世界豪華観光ツアーにご招待!! 既にギルドも許可済みだぁ!!」

 

ギルドの署名が入った羊皮紙を見せつけながらヘルメスは高らかに叫ぶ。

その言葉に集まった人々は歓声を上げる。

だが、

 

「伝説の槍ぃ………?」

 

ヴェルフが胡散臭そうな声で呟く。

 

「まーたヘルメス様が怪しげな催しを…………」

 

リリも疑り深い視線を向ける。

しかし、

 

「でも面白そうじゃないか! やってみようぜ、ベル君! 君なら力尽くで抜けるだろう!」

 

ヘスティアは楽しそうにそう言う。

彼女にしてみれば、ヘルメスの言っていることが嘘か本当かなどは如何でもよく、純粋にベルと祭りを楽しみたいという思いだった。

 

「あ、はい!」

 

ベルも折角のお祭りなのでこういう事にも参加するのは悪くないと思い、了承した。

すると、

 

「私達もやってみましょう!」

 

直ぐ近くで何となく聞き覚えのある少女の声が聞こえ、ベル達がそちらを向くと、

茶髪をポニーテールにしたエルフの少女、【ロキ・ファミリア】のレフィーヤと、

 

「アイズさん!」

 

「うん、いいよ」

 

レフィーヤに名を呼ばれ、頷いた金髪金眼の少女。

ベルの恋人であり正妻筆頭であるアイズがそこにいた。

すると、その二人もベル達に気付き、

 

「「ああぁ~~~~~~~~~っ!!??」」

 

ヘスティアとレフィーヤが同時に声を上げる。

 

「ヴァレン某!!」

 

ヘスティアがアイズを指差しながら声を上げ、

 

「………ヘスティア様……………それにベル・クラネル!!」

 

レフィーヤはヘスティアに対しては相手が神なので名指しすることは避けたが、ベルに対してはビシッと指を突き付ける。

因みにレフィーヤはベルとアイズが恋人同士な事を未だに認めていない。

一方ヘスティアはベルとアイズの仲は渋々ながらも認めているものの素直になれないでいる。

だが、

 

「ベル…………」

 

「アイズ………」

 

その二人は視線を交差させ、何も言わずともお互いの気持ちを分かり合っていると言わんばかりに幸せな雰囲気を醸し出していた。

それに気付いたヘスティアとレフィーヤはそれぞれの手を取ると、

 

「アイズさん! この勝負負けられません!」

 

「ベル君! これはファミリアの威信をかけた戦いだ!」

 

「いや、これそういうんじゃ無いと思うんですけど………」

 

相変わらずな関係を見て、やれやれと肩を竦める【ヘスティア・ファミリア】一同。

それと、

 

「何やってんだあいつらは………?」

 

深々と溜息を吐く狼の獣人であるベートがいた。

 

「あれ? ベート様もいらしてたんですか?」

 

ベートに気付いたリリがそう言う。

 

「テメーらか…………俺はアイズのお目付け役だよ………ったくメンドクセェ」

 

ベートはそうボヤく。

アイズは前ほどの頻度は無くなったとはいえ未だに暴走することがあり、それを抑えることの出来る【ロキ・ファミリア】で唯一の存在がベートの為、こうしてアイズを監視する様に言われているのだ。

因みにアイズは本日の昼頃にも怪我人は出なかったが少々暴走したらしい。

その頃ステージでは、

 

「ふぬぅぁあああああああああっ!!」

 

既に何人もの冒険者が槍を引き抜くことに失敗している。

今現在チャレンジしているのはモルドだが、槍はビクともしない。

 

「くそっ、抜けねえ………」

 

モルドは悔しそうにステージを降りる。

 

「さあ! 次の挑戦者は誰だ!?」

 

ヘルメスが次を促すと、

 

「はい! 私です!」

 

レフィーヤは勢い良く手を挙げ、意気揚々とステージに上がった。

だが、

 

「…………だめぇ、ピクリとも動きません」

 

呆気なく脱落した。

 

「おっとレフィーヤちゃん…………早い! 早過ぎるぞ!」

 

レフィーヤの諦めの早さにヘルメスも多少呆気にとられた。

 

「さあ次は…………!」

 

ヘルメスが次を促そうとした時、アイズが無言でステージに上がる。

 

「………おおっと、これは! 【剣女王(クイーン・ザ・スペード)】こと、アイズ・ヴァレンシュタインの登場だ!!」

 

オラリオでも有名なアイズの登場にその場が盛り上がる。

アイズはそのまま槍の前に立ち、絵を両手で握って力を込める。

 

「さあ! 力が入るアイズ・ヴァレンシュタイン!」

 

ヘルメスの実況にも力が入り、

 

「アイズさーん! 頑張ってくださーい!」

 

アイズを応援するレフィーヤ。

だが、

 

「ッ…………!?」

 

アイズは何かに気付いたように力を入れるのを止めてしまった。

 

「ダメ………抜けない…………」

 

そう言って、早々にリタイヤしてしまった。

 

「そんなぁ~………」

 

露骨にガッカリするレフィーヤ。

しかし、戻ってきたアイズにベートが小声で話しかけた。

 

「何で抜くのを止めた? お前なら力尽くで抜けただろう?」

 

その言葉にアイズは立ち止まると、

 

「あれは私のじゃない………」

 

それだけを答えた。

 

「さあ、次の挑戦者は………!?」

 

アイズ達を他所に、ヘルメスは次の挑戦者を呼ぶ。

そこに上がってきたのは皆に激励を貰ったベルだ。

 

「おっ、次は君かい? ベル君」

 

ヘルメスはベルに対してフレンドリーに声を掛ける。

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

ベルは礼儀正しく一礼する。

 

「さあ! 真打の中の真打! オラリオを救った救世主! そして、あのアイズ・ヴァレンシュタインに熱~~~~~い愛を叫び、見事彼女のハートを射止めた、その二つ名に恥じない男! 【世界の中心で愛を叫んだ漢(キング・オブ・ハート)】ベル・クラネルの挑戦だ!!」

 

ヘルメスの実況にいっそう熱が籠る。

 

「ヘルメス様………そう堂々と言われると恥ずかしいです…………」

 

思わず力が抜けるベルだったが、気を取り直して槍の柄を掴む。

そして引き抜こうと力を込める瞬間、

 

(見つけた)

 

ベルは声を聞いた気がした。

 

「え?」

 

ベルが声を漏らした瞬間、槍の柄に光の文字が浮かび上がり、それが矛先に到達した瞬間、穂先を覆っていた水晶のような鉱石は粉々に砕け散った。

 

「わっ!?」

 

突然の事にベルは一歩下がる。

そのままベルは露になった槍の全貌を呆然と見つめていた。

それを見たヘルメスは、羽付き帽子を深く被り直し、

 

(そうか………運命は君を選ぶのか…………)

 

僅かに哀れみの籠った瞳でベルを見つめながらそう思った。

そのベルは、ヘスティアや仲間達に称賛されている。

ヘルメスは気を取り直すと、

 

「おめでとう、ベル君」

 

未だに呆然としているベルに手を差し出した。

 

「あ、いえ、僕も良く分からなくて…………」

 

ベルはそう言いつつもヘルメスの握手に応える。

ヘルメスは一度ベルを見据えると、

 

「それじゃあ、今回の旅のスポンサーのお出ましと行こう!」

 

そう言いながら観客達の後方に視線を向けた。

 

「スポンサー?」

 

ベルもつられてそちらに視線を移すと、観客達の後方から歩いてくる人影があった。

その人影が近付いてくるにつれ、観客達が二つに割れ、道を開ける。

それは青い髪の女性だった。

いや、只の女性ではない。

女性の神………女神だった。

その時、

 

「アルテミス! アルテミスじゃないか!?」

 

ヘスティアが嬉しそうに叫んだ。

 

「お知り合いですか?」

 

ベルが尋ねると、

 

「天界で交流していた神友だよ! 僕の神友(マブダチ)さ!」

 

アルテミスに向き直りながらそう言うと、アルテミスは微笑みを浮かべる。

 

「アルテミスーーーーッ!!」

 

ヘスティアは笑みを浮かべながら駆け出し、それに応えるようにアルテミスも笑みを浮かべながら駆け出す。

誰もが熱い抱擁を交わすと思われたその瞬間、アルテミスはヘスティアを素通りした。

 

「……………へ?」

 

ヘスティアは呆気にとられるが、アルテミスはそのまま走り続けると地面を蹴り、

 

「見つけた! 私のオリオン!」

 

そのままベルにダイブした。

 

「オリ……」

 

「……オン?」

 

リリとヴェルフがアルテミスの言葉を復唱し、ヘスティアはギギギとブリキ人形のように首を回すと、そこにはベルの胸に抱き着いているアルテミスの姿。

 

「な………な………な…………!?」

 

ヘスティアがなんじゃそりゃと叫ぼうとした。

その瞬間、―――ビキリ―――とその場の空気が一変した。

 

「いっ!?」

 

ベルにはその空気の出所はすぐにわかった。

 

「……………………」

 

アイズが頭に怒りマークをハッキリと浮かべて不機嫌になっていたからだ。

 

「ア、アイズ………! 待って………! 僕にも何が何だか………!?」

 

ベルは何とかアイズを宥めようとするが、アイズの周辺には闘気の渦が巻き起こり、近くに居た人々が吹っ飛ばされている。

ゴゴゴと地鳴りまで起こし始めたアイズにベルは冷や汗をダラダラと流していたが、

 

「ったくしゃあねえな………」

 

ベートがやれやれとい言わんばかりにアイズの前に立つと、

 

「おいベル! アイズは俺が抑えてやる! お前はさっさとその神達から事情を聞きだせ!」

 

「ベートさん!」

 

「不本意だがこういうアイズを抑えるのは慣れてんだよ!」

 

ベートはそう言うとアイズに向き直る。

そのアイズは、その目に嫉妬の炎をメラメラと燃やしている。

 

「さっさと行け! お前らが居るといつまでもアイズの怒りが収まんねーんだよ!」

 

「す、すみません! この借りはいつか必ず!!」

 

ベルはそう言うと未だ離れないアルテミスを仕方なく抱き上げ、ついでに槍を拾うとヘルメスに呼びかける。

 

「ヘルメス様! ちゃんと説明してくださいね! 一先ず僕達が泊ってる仮住まいに!」

 

「分かったよ……」

 

ヘルメスはそう返事をする。

ベルはアルテミスを抱き上げたまま仮住まいへと向かった。

 

 

 

その後、復興が進んでいた区画の一部が再び瓦礫の山や穴だらけになった事は、被害が大きかったと言うべきか、これだけで済んだと言うべきか微妙な所だったそうな。

 

 

 

 

 








はい、こちらではお久しぶりです。
劇場版第一話の投稿です。
前書きでも書きましたがこれは本編後としております。
正確には外伝後と言うべきか………
とりあえず短ければ三話。
長くても五話前後位を予定しております。
リクエスト取った当初は書けるか不安でしたが実際に見たらネタが出るわ出るわ。
一応師匠の登場も予定しておりますが、最後の方だけです。
キョウジの出番は……………今の所予定して無いんです。(ごめんなさい)
何か理由を付けて参戦出来なかった事にしようかと………
もし何かネタが浮かべば出てくるかもしれませんが。
望みは薄です。
さて不敗ベル君は一体どのような物語を繰り広げるのか乞うご期待。
因みに本編よりもタイトルを作るのに苦労してたり?
それでは次回にレディィィィィィィッ………ゴーーーーーー!!


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第二話 ベル、旅立つ

 

 

仮住まいに戻ってきたベル達だったが、早速ヘスティアが一言、

 

「さっきのはどーいうつもりだアルテミス!?」

 

その言葉にアルテミスは少し気まずそうに、

 

「すまない…………つい嬉しくて…………」

 

「嬉しいってどういうコトだぁぁぁぁっ!?」

 

その返事にヘスティアは納得いかない声を上げる。

すると、

 

「め、女神様………僕達、初対面ですよね…………?」

 

ベルが確認の意味も含めてそう問いかけると、

 

「…………………………」

 

「…………ッ?」

 

アルテミスは悲しみが入り混じった真剣な瞳でベルを見つめていた。

その瞳から目を離せなかったベルは、アルテミスと見つめ合う形となり、

 

「えっ…………? えっ、えっ………?」

 

ベルとアルテミスを交互に見たヘスティアが只ならぬ雰囲気を感じ取り、

 

「ヘルメス~~~!? アレがアルテミスだって!? おかしいだろぉ!?」

 

ヘスティアは天界で交流していた時と雰囲気が違うとヘルメスに詰め寄った。

 

「いや~、アルテミスも下界の生活に染まっちゃったんじゃないかな~?」

 

ヘルメスは飄々とそう答える。

 

「そんなバカなーーーーーっ!!」

 

そんな答えに納得しないヘスティアは声を上げる。

 

「………元々どんな方だったんですか? アルテミス様って……」

 

気になったリリがそう尋ねると、ヘスティアは懐かしそうに話し出した。

 

「アルテミスは天界の処女神の一柱なんだ。貞潔を司り純潔を尊ぶ。言っちゃえば不純異性交遊撲滅委員長…………大の恋愛アンチだ…………」

 

「「「「「「「「恋愛アンチ……………?」」」」」」」」

 

ファミリアの声が唱和する。

 

「それがどうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!?」

 

ヘスティアはアルテミスの変わりように頭を抱えて蹲る。

 

「………でも、何で恋愛アンチの神様がスポンサー何かに?」

 

リリが続けて尋ねると、

 

「実は、オラリオの外にモンスターが現れた」

 

ヘルメスがそう言う。

 

「オラリオの外に?」

 

「あぁ、【アルテミス・ファミリア】が発見したんだが、ちょっと厄介な相手でね……」

 

ヘルメスは参ったと言わんばかりに肩を竦める。

 

「それでオラリオに助けを………」

 

「つまり、観光ツアーとは名ばかりで」

 

「アルテミス様がご依頼されたモンスター討伐の『クエスト』、っていう訳かい?」

 

ヘルメスの言葉を遮ってヴェルフとダフネがそう言った。

 

「流石! 鋭い!」

 

ヘルメスが大袈裟に褒める。

 

「話が旨すぎると思ったら…………」

 

「詐欺ですヘルメス様!」

 

ファミリアの面々が文句を言う。

 

「まあまあ…………」

 

ヘルメスが宥めるようにそう言った。

すると、アルテミスが先程の槍を手に持ち、ベルに向かって歩いていく。

そしてベルの前で立ち止まると、

 

「私はずっとあなたを探していたんだ、オリオン…………」

 

「その、さっきも言ってましたけど、そのオリオンって何ですか? 僕の名前はベル・クラネルって言い…………」

 

「いいや、あなたはオリオン」

 

ベルの言葉を遮ってアルテミスは静かに強い口調でそう言う。

 

「…………私の希望」

 

アルテミスは真っ直ぐにベルを見つめながらそう言った。

その視線に言葉に出来ない覚悟を感じるベル。

 

「……………どうして、僕なんですか?」

 

ベルはそう問いかける。

 

「この槍を持つ資格は強さではない。穢れを知らない、純潔の魂…………」

 

そう言うアルテミスの持つ槍を見て、ヴェルフは引っ掛かりを覚えた。

 

「……………なあヘルメス様…………この槍……」

 

ヴェルフがヘルメスに槍の事を聞こうとした瞬間、突然肩を組まれて言葉を遮られる。

 

「言っただろう!? 伝説の槍だって! ヘファイストスもお墨付きの武器だぜ! 君は槍に選ばれたんだよ、ベル君!!」

 

大袈裟な身振りでベルを指差しながらそう言い切るヘルメス。

 

「…………選ばれた………?」

 

ベルは何となくその槍を受け取ってしまう。

 

「僕が槍に…………?」

 

ベルはその槍を見つめる。

持つだけで分かるその槍に内包された力を感じ取り、これがただの槍や普通の魔槍ではないことはベルにも分かる。

その時、アルテミスの手がベルの頬に添えられる。

 

「その白き魂を携え、私と一緒に来て欲しい………オリオン…………」

 

じっとベルを見つめるアルテミス。

その美しくも覚悟の決まった瞳にベルは吸い込まれるような感覚を覚えた。

その時、

 

「そーーーーーーーーーーい!!」

 

勢いを付けたヘスティアがアルテミスに頭突きをかました。

 

「「うぐぅぅぅぅぅぅぅ…………」」

 

二人揃って蹲る女神達。

 

「………痛いぞヘスティア………!」

 

「僕だって痛いやい!!」

 

自分でやっておいて逆ギレするヘスティア。

すると、ヘスティアの赤く腫れている部分をアルテミスが手で摩り、

 

「大丈夫か? ヘスティア………」

 

「あ………ありがとう…………」

 

ヘスティアは思わず嬉しそうにお礼を言うが、

 

「って違うわい!!」

 

立ち上がりながら叫ぶ。

すると、ビシッとアルテミスを指差し、

 

「アルテミス! そのクエスト引き受けた!!」

 

「えっ? 神様?」

 

ベルはその答えに若干の驚きを見せる。

 

「神友が困っているなら助けるのは当然だよ!」

 

サムズアップしながら笑みを浮かべる。

その姿に、

 

「ッ…………ヘスティア!」

 

アルテミスは感極まった様にヘスティアに抱き着いた。

 

「ありがとう………! 本当にありがとう!」

 

満面の笑みでそう言った。

 

「え…………あ………う…………そ、それに、君とベル君を二人っきりにするのは危険だからね………」

 

ヘスティアは照れた様に顔を逸らす。

 

「ヘスティア様はああ言ってますが?」

 

「このファミリアの団長はお前だぜ、ベル?」

 

リリとヴェルフがベルにそう呼びかける。

 

「さて、後は君の返事だけだぜ、ベル君?」

 

ヘルメスもベルにそう問いかける。

ベルはアルテミスを見つめると、そのアルテミスは不安げな表情を浮かべていた。

 

「答えはもう決まってるんじゃないのかい?」

 

ヘルメスは確信を持った声色でそう問いかける。

ベルはアルテミスに向き直ると、

 

「助けを求めているというのなら、見て見ぬふりは出来ません。そのクエスト、お引き受けします!」

 

ベルはハッキリと頷いた。

 

「…………ありがとう、優しい子供達………あなた達は私の眷属ではない。だけど、これからは旅の仲間………どうか契りを結んで欲しい」

 

アルテミスはそう言って手の甲を差し出す。

 

「あ………………」

 

ベルはその意味を理解していたが、やはり躊躇が生まれる。

 

「ベル君………! ほら、キスだよ、キス………!」

 

ヘルメスに促され、ベルはドギマギしながらその甲に軽く口付けた。

その様子を優しそうに見つめるアルテミス。

更にその様子を興味深げに見つめるリリ。

 

「ん? どうしたリリ助?」

 

そんなリリにヴェルフが気付き、声を掛けるがリリは何やらブツブツと呟いている。

 

「…………これは…………脈アリ……………それなら………………ベル様の女誑しを鑑みれば……………仲間が増える可能性もありますね…………」

 

途切れ途切れに微妙に不穏な単語が聞いて取れる。

 

「まーた変な事考えてやがんな、こいつ…………」

 

ベルに続いて他のメンバーも口付けをすると、ヘルメスがパンと一度手を叩き、

 

「じゃ、話がまとまった所で、出発しよっか!」

 

「「「「「「「「ええっ!?」」」」」」」」

 

突然の出発宣言にその場の全員が驚く。

だが、

 

「と、言いたい所なんだけど、悪いんだけど用意した移動手段じゃ全員は連れて行けないんだよね!」

 

「「「「「「「「はぁっ!?」」」」」」」」」

 

「このメンバーから連れて行けるのは、俺とアルテミス、そして必須のベル君を除いて三人までなんだよ」

 

「ボクは行くぞ! 何せボクはベル君の主神でアルテミスの神友だからね!」

 

何気に神様権限で強引に行く事を決定するヘスティア。

 

「そうなるとあと二人か…………」

 

ヴェルフがそう呟くと、

 

「………では、ここはやはりクロッゾ様とアーデ様が宜しいかと………」

 

春姫がそう発言した。

 

「それが妥当だろうね。クエストはモンスター討伐。戦闘能力が高い方から連れて行くのが当然ね」

 

ダフネもそう言う。

 

「それにオラリオの復興にもまだまだ人手が必要ですし………!」

 

カサンドラはオラリオにも人員が残った方が良い事を理由にする。

それを聞くと、ヴェルフとリリは顔を見合わせ、頷く。

 

「そんじゃ、お言葉に甘えさせてもらうか」

 

「ベル様達の事は任せてください!(アルテミス様も、もしかしたらベル様ハーレムに加えられるかもしれませんしね!)」

 

リリは何気に腹黒い事を考えている様だが。

 

「それじゃあ改めて出発だー!」

 

ヘルメスが何故か締めるのだった。

 

 

 

 

夜明け前。

ヘルメスに案内されたのは外壁の上だった。

ベルは背中に例の槍を背負っている。

 

「オラリオの外に行くのに、どうして外壁の上なんですかね?」

 

ベルがポツリと零す。

 

「さあ? アルテミスー! 何か聞いてるかい?」

 

ヘスティアが外壁の外を見つめていたアルテミスに声を掛ける。

アルテミスはハッとして振り向くと、

 

「いや、何も………」

 

「ヘルメス、どうするんだい?」

 

アルテミスの言葉にヘスティアはヘルメスの方を向くと、ヘルメスは空を見上げており、

 

「来た来た」

 

楽しそうにそう言った。

それにつられて空を見上げると、そこには四匹の竜が飛んでいた。

すると、その一匹から人影が飛び降りる。

 

「はっはっはっはっはぁっ!」

 

その人影は笑い声を上げながら落ちて来て、

 

「うわぁああああっ!?」

 

ヘスティアが驚いて後退ると、目の前にその人影が降り立つ。

それは顔の上半分を隠す象のような仮面を被った男神。

 

「ガ、ガネーシャぁ!?」

 

「そう! 俺が、ガネーシャだ!!」

 

驚いたヘスティアの言葉にいつも通り大声で自分の名を叫ぶガネーシャ。

そのガネーシャに付いて来るように四匹の竜も外壁の上に降り立つ。

ガネーシャ率いる【ガネーシャ・ファミリア】は、怪物際祭(モンスターフィリア)が行われるほど調教(テイム)のレベルが高いので連れている竜もテイムモンスターなのだ。

 

「これに乗っていくって事かい?」

 

気を取り直したヘスティアがヘルメスに訊ねる。

 

「ああ。前もってガネーシャに頼んでおいたんだ。陸路なら一ヶ月かかるが、こいつなら十日で到着ってわけだ……………それに早く戻らないとアスフィに叱られちゃうからなぁ」

 

ヘルメスの言葉に、

 

「片道十日………往復で二十日間…………その間はヴァレン某はいない………その間にベル君と……………」

 

ヘスティアは何かよからぬ考えを持っていた。

すると、

 

「…………私がどうかした………?」

 

ヘスティアのすぐ横でアイズが首を傾げていた。

 

「なぁあああああっ!? ヴァレン某!? どうして君がここに!?」

 

「どうしてって…………私も行くから………?」

 

アイズを指差しながら叫ぶヘスティアに首を傾げるアイズ。

よく見れば面倒くさそうに頭を掻いているベートも居る。

 

「どういうことだヘルメス!?」

 

いきなりのアイズとベートの登場にヘスティアがヘルメスに詰め寄る。

 

「落ち着けよへステイア。言っただろう? このクエストはモンスター討伐だって。なら、腕の立つ冒険者は多い方がいい。今だからぶっちゃけるけど、例えベル君が槍に選ばれなかったとしても、君達五人は最初から連れて行くつもりだったんだ」

 

「「「「「?」」」」」

 

その言葉にシャッフル同盟の五人が疑問符を浮かべる。

 

「君達は今やオラリオの最大戦力だ。君達が居れば、どんな敵が出てきたとしても打ち砕ける! そうだろう?」

 

(……………そう。もしかしたら、『彼女』の運命という壁すらも……………下界の子供達にそこまで期待してしまうのは酷かな…………?)

 

ヘルメスは言葉の裏に僅かな期待を乗せる。

すると、

 

「腕の立つ冒険者ならミアハの所のキョウジ君がいるだろ!? キョウジ君はヴァレン某よりも強いんだ! わざわざヴァレン某を呼ぶことないだろ!」

 

ヘスティアは何気に尤もな事を言う。

それに対し、ヘルメスは苦笑し、

 

「ああ………勿論最初は彼にも頼ろうと思ってたんだけどね。彼は現在大事な用事でオラリオに居ないんだ………」

 

「大事な用事?」

 

その事が初耳だったベルが問いかける。

 

「ああ。彼自身にとって人生を左右する大事な用事さ!」

 

「キョウジさんの人生を…………」

 

ヘルメスが大袈裟に言っているのかもしれないが、あのキョウジの人生を左右する用事と聞いて、ベルは興味を持った。

 

「それは一体…………?」

 

ベルは興味本位でその言葉を口にする。

すると、ヘルメスはフッと口元に笑みを浮かべ、

 

「そう! 彼は今! スィークちゃんの実家に御挨拶に行っているのだ!!」

 

バッと両手を広げ、相変わらずの大袈裟な身振りでその言葉を発する。

 

「ええっ!?」

 

キョウジがスィークの実家に御挨拶に行っていると聞いて、ベルはその理由が一つしか思い浮かばなかった。

 

「へ、ヘルメス様…………そ、それってもしかして………」

 

「君の今考えていることで正解さ! 彼は結婚の許しを得るために行ったのだよ!!」

 

「えええええっ!?」

 

ベルが盛大に驚き、

 

「おおっ、流石キョウジ様! やることが早いです!」

 

「つーか、俺にとっちゃあのスィークが結婚することに驚きだよ………」

 

リリは目をキラキラさせ、ヴェルフは男勝りなスィークに相手が出来たことが未だに信じられない。

 

「冒険者は荒くれ物の集まり…………当然結婚もそれぞれが好き勝手に行う事が多い…………………そんな中、彼は誠実にも筋を通したいとスィークちゃんの両親に御挨拶に伺う為、あらゆる伝手(ギルド職員の不正の証拠による脅迫)を使ってギルドからオラリオの外へ出るための許可をもぎ取った…………! そんな彼の努力を無にして、代役を立てれるクエストに無理矢理引っ張り出せと!? 俺にはそんな非道な事は出来ない!!」

 

ヘルメスの芝居がかった台詞だが、流石にそう言う理由ではヘスティアも我儘は言えない。

 

「むぐぅ~~~~、分かったよ! 我慢するよ!」

 

結局折れたのはヘスティアだった。

すると、

 

「なあ、竜の数足りなくないか?」

 

出発予定の六人に対し、竜が四匹しか居ないことにヴェルフは疑問を覚えた。

すると、

 

「ぶっちゃけ揃えられなかった!」

 

ガネーシャは開き直った様にそう言う。

 

「という訳で、二人乗りという事で」

 

ヘルメスの言葉に、ピクリと反応するのが三人。

 

「ベル、一緒に乗ろう」

 

「ベル君! ボクと一緒に!」

 

「ベル様! 私と………!」

 

アイズ、ヘスティア、リリがベルに詰め寄る。

 

「え、え~~~っと…………」

 

答えに困り苦笑するベル。

 

「はいはい、ベル君が困ってるよ! ここは公平にくじ引きで決めようじゃないか!」

 

何処からともなくクジを取り出すヘルメス。

 

「恨みっこなしの一発勝負。それじゃ、せーのっ!」

 

ヘルメスの言葉でそれぞれが一斉にクジを引いた結果。

 

「よろしくなリリ助」

 

「まあ、妥当なところですか」

 

ヴェルフ&リリ組。

 

「よ、よろしくお願いします。アルテミス様」

 

「ああ、こちらこそ。オリオン」

 

ベル&アルテミス組。

 

「ウザかったら蹴り落とすからな」

 

「あはは………お手柔らかに………」

 

ベート&ヘルメス組。

そして、

 

「…………………(ムスッ)」

 

「どーしてよりにもよって君となんだよ…………?」

 

アイズ&ヘスティア組。

それぞれを乗せ、竜たちが空へ飛び立つ。

まだ暗い空を竜は羽ばたきながら高度を上げていく。

そんな中、

 

「大丈夫ですか?」

 

「え?」

 

竜の手綱を握るベルが、前に座るアルテミスに気遣いの声を掛ける。

 

「怖くないですか?」

 

「……怖い?」

 

ベルの言葉の意味が分からなかったのか聞き返すアルテミス。

 

「暗いし、高いし………もしかして竜が怖かったりとかは………?」

 

ベルの言葉にアルテミスは小さく笑みを浮かべる。

 

「僕は初めて竜に乗ったので、ちょっとドキドキしてます。竜に乗るっていうのは、昔から憧れていた事の一つですから」

 

ベルが好きな英雄譚の中には、竜に跨る竜騎士の物語もあった。

借り物の竜とは言え、憧れの竜の背中に跨るというのは、強くなった今のベルでも興奮することだったのだ。

すると、突然アルテミスがベルの胸に身体を預けた。

 

「えっ………?」

 

ベルは一瞬慌てるが、

 

「………鼓動が早くなってる…………これが『ドキドキ』というのか?」

 

まるで確認する様にベルの胸に耳を当てている。

すると、

 

「こらぁ! アルテミス!! ベル君はボクの眷属だぞ! 離れろぉっ!」

 

ヘスティアは落ちそうになるほど身を乗り出していたが、アイズに首根っこを掴まれて何とか落ちずに済んでいる。

 

「落ち着いて」

 

アイズがそう言うと、

 

「これが落ち着けるかぁ! 大体君は何でそんなに落ち着いてるんだ!? 昨日は思いっきり嫉妬してたじゃないか!?」

 

「……………ベートさんに言われた。ベルが優しいのは誰に対してもだって」

 

「………………むっ!」

 

「その中であなた達ファミリアやギルドのエイナ、『豊穣の女主人』のウエイトレスの二人は特別だって」

 

「にひひ………ベル君の特別かぁ~~」

 

ヘスティアは暴れていたのが一転機嫌が良くなる。

だが、

 

「そして私は…………特別の中の特別だって」

 

頬を染めながら、一言一言しっかりと口にするアイズ。

 

「むき~~~~~~~~っ!」

 

それを聞いてヘスティアは悔しそうに唸った。

 

「ベルは良い男だから他の女から好かれるのは仕方の無い事だって…………でも、最終的にベルが選ぶのは私だから自信を持て。一々嫉妬せずにどっしり構えてろって言われた」

 

それを聞いて、色々負けた気になって項垂れるヘスティア。

すると、

 

「ヘルメス様―っ! ところで目的地って何処なんですかーっ!?」

 

リリがヘルメスに問いかける。

 

「…………目的地は、はるか離れた大陸の果て。大樹海の秘境に存在する、『エルソスの遺跡』だ………!」

 

ヘルメスのその言葉と共に朝日が昇り、その太陽に向かって竜達は羽ばたいて行った。

 

 

 

 






はい、劇場版第二話です。
もう少し進むつもりでしたけど思った以上に長くなったので一旦ここで切って投稿します。
長さも微妙ですけど。
そして原作とは違い何故かアイズとベートが参加。
シャッフル同盟揃い踏みです。
ダンジョン潰れているので冒険者を残しとく意味無いし。
そしてキョウジさんが不参加の理由が何とあんな理由!
感想の中でもあったんですけど、リューやアスフィと一緒に遺跡に行っているというパターンも考えたんですけど、物理法則無効のゲルマン忍術ならベル君達が到着した時には全て終わってそうな気がしたので止めました。
そしてビックリアイズが成長した!?
何気にベートがアイズのオトンになってきているような気がします。
では、次回は漸く初バトル。
それでは次回に、レディィィィィィィッ………ゴーーーーーー!!


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第三話 ベル、到着する

 

 

 

 

オラリオを出発して一週間。

ベル達は野を越え、山を越え、谷を越えて、キャンプを繰り返し、目的地まであと三日所まで来ていた。

 

「いや~、良い風だねぇ~! いつまでも飛んでいられるねぇ~」

 

ヘルメスはそう言うが、

 

「何を暢気な事を………」

 

「もう一週間も飛んで見飽きたぞ? なあベル? お前なら自分で走った方が早かったんじゃないのか?」

 

「あはは………」

 

ヴェルフの言葉だが、本当の事なのでベルは苦笑いをしている。

実際、ベルだけなら走った方が早い。

あとは脚力に優れたベートも行けるだろうし、アイズもそれなりに速い。

ただ、ヴェルフとリリは、瞬間的な強さは上の二人に劣らないものの、元々の体力に差がある為、目的地まで絶えず走り続けることは不可能だろう。

竜が丘を越えると、また森が広がっていた。

 

「そら、また森だ………」

 

先程言った通り見飽きたと言わんばかりにヴェルフは呟く。

その時、

 

「…………………ッ!」

 

ベルは不穏な気配を感じ取り、森を見渡す。

すると、木々の隙間から逃げるように走っている母娘とそれを追いかける不気味な影。

 

「あれはっ…………!?」

 

ベルがその母娘を発見した時、

 

「下へ!」

 

アルテミスが叫んだ。

アルテミスもベルと同じ方向を向いているので、母娘に気付いたようだ。

 

「はいっ!」

 

ベルは戸惑うことなく頷く。

手綱を引き、竜を降下させる。

 

「あの影は………!」

 

近付いた事により、母娘を追っていた影がよりハッキリと分かる。

 

「蠍…………!?」

 

母娘を追っていたのは大量の蠍型モンスター。

しかし、その姿はダンジョン内でも見かけたことは無い。

すると、アルテミスが弓を取り出して矢を番える。

引き絞った後に放たれた弓矢は木々の間を通り抜け、母娘を追っていた先頭の蠍型モンスターを射抜いた。

 

(アルテミス様………中々の腕だ………!)

 

ベルはアルテミスの姿を見ながら彼女の腕前を評価する。

 

「まだだ! そのまま回り込んで!」

 

「はい!」

 

ベルは言われた通りに竜を操作し、モンスターの群れの前方へ先回りする。

前方には森の切れ目があり、そこに母娘とモンスターの群れが出てきた。

その時、母親に手を掴まれて走っていた少女が躓き、転んでしまった。

 

「拙い!」

 

ベルは反射的に竜から飛び降りた。

 

「オリオン!?」

 

アルテミスが叫ぶが、ベルはそのまま母娘の前に着地すると、

 

「はぁああああああああっ!」

 

モンスターの群れに突っ込み、拳でモンスターを砕く。

 

「はぁっ! せいっ!」

 

わらわらと寄ってくるモンスター達を、拳と蹴りで粉砕していくベル。

しかし、ベルは違和感を持っていた。

 

(このモンスターの強さ………大体中層レベル!? ダンジョンの外にいるモンスターにしては強すぎる! それに何でこんな大きさの魔石が………!?)

 

現在、ダンジョンの外に生息するモンスターは遥か太古にダンジョンから溢れたモンスターの末裔。

モンスター達はそれぞれの種族で繁殖を繰り返し、己の魔石を削って子に分け与えてきたため、現在では『外』のモンスターが持つ魔石は砂粒程度。

それに伴いモンスターが持つ能力も著しく衰退させている。

もちろん個で中層モンスターに匹敵するモンスターも居ないわけでは無いが、そのようなモンスターはこの蠍型モンスターのように群れを成す事など無い。

それなのにこの蠍型モンスターの強さは中層レベルなのに加えて群れで行動し、そして魔石も中層レベルの大きさ。

 

(まるで最近ダンジョンから生まれたモンスターと言われた方がしっくりくるぐらいだ!)

 

ベルはそう怪訝に思いながらも、モンスターを倒す事に集中する。

いくら中層レベルとは言え、下層どころか深層でも無双できるベルにとってはさほど脅威ではない。

 

(ただ、数は多いかな? 電影弾で纏めて倒したいところだけど、あの母娘に怪我させちゃうかもしれないし………)

 

まだ近い距離にいる母娘を巻き込まないために、ベルは大技を控えていた。

その時、ベルを囲っていたモンスターの一部が母娘を狙って動き始めた。

 

「っと、いけない」

 

ベルはすかさず援護に向かおうとした。

その時、上空を竜が通り過ぎ、そこからアルテミスが飛び降りて母娘の前に立つ。

 

「アルテミス様!?」

 

突然のアルテミスの行動に驚くベル。

アルテミスは腰の短剣を抜くと駆け出し、モンスターに斬りつけた。

 

「はぁあああああっ!!」

 

灰になるモンスター。

 

「はああっ! ふっ! たあっ!」

 

アルテミスは見事な身のこなしでモンスターに飛び掛かり、一体一体倒していく。

それを見ていたベルは軽く目を見開いた。

 

(アルテミス様、中々の腕前だ………! 中層レベルのモンスターに一歩も引いてない)

 

その見た目とは裏腹に、高い戦闘能力に感心するベル。

 

(って、いつまでも見惚れてちゃいけないね!)

 

ベルは気を取り直す。

アルテミスは敵を倒してはいるが息が上がっている。

あれ程の戦闘能力を継続的に発揮させる体力が無いのだ。

 

「はぁああああああっ!」

 

ベルは闘気剣を抜き、モンスターをすれ違いざまに斬りつけながらアルテミスの元へ到達する。

 

「アルテミス様! 大丈夫ですか!?」

 

「ッ………オリオン!」

 

驚くアルテミスを他所にベルはモンスターに向き直る。

追われていた母娘は安全な場所まで避難出来ている。

 

「これなら!」

 

ベルは左手を前に突き出し、円を描くように回し始め、

 

「流派東方不敗…………秘技! 十二王方牌大車併!!」

 

気で作り出した小さな自分の分身を放ち、それぞれが渦を巻くように螺旋を描き、気の竜巻のようになってモンスターを蹂躙する。

そして、

 

「帰山笑紅塵!!」

 

分身達を帰還させ気に還元すると、そこには地面ごと抉られ、モンスターが全滅して魔石だけが転がっている光景があった。

すると、

 

「ベル様―ッ!」

 

異変に気付いたリリ達が引き返してきた。

 

「って、もう終わってんじゃねえか」

 

ヴェルフが呆れた様にそう言う。

まあベルの手に掛かれば当然だとも思っているが。

 

「アルテミス様、大丈夫ですか!?」

 

ベルはアルテミスに駆け寄る。

 

「ああ。それにしてもオリオン………君は強いのだな。最悪はその『槍』を使ってもらう事も考えていたのだが………その必要も無かった」

 

アルテミスはベルの背中にある『槍』に視線を向けながらそう言う。

 

「この槍もこの位の力があるって事ですか?」

 

ベルは抉れた大地を見てそう聞くと、

 

「………………直接的な『力』はここまででは無いな………」

 

ちょっと納得のいかない様な表情をしてアルテミスは言う。

ベルが母娘に目を向けると、母親が頭を下げている。

ベルは小さく笑みを浮かべた後、アルテミスに向き直った。

 

「それよりもアルテミス様! あんまり無茶をしないでください………!」

 

ベルは半分呆れた様にそう言った。

 

「無茶………? 何故だ………?」

 

護る行動が当然だと言わんばかりに首を傾げる。

 

「いや、アルテミス様が神の力(アルカナム)を封じた神様の中でも強い方だとは思いますが、体は生身の人間と変わりないんです。それに女の子なんですから怪我でもしたら大変でしょう?」

 

ベルの言葉にアルテミスは一瞬きょとんとする。

 

「………クスッ! フフフフフフッ!」

 

すると、いきなり笑い出した。

 

「そのような事を言われたのは初めてだ………!」

 

目に涙を浮かべるほど笑ったのか、アルテミスは涙を拭いながらそう言う。

 

「君の言う通り私はヘルメスやヘスティアよりずっと強いのだぞ?」

 

「それでもですよ」

 

「アルテミスーーー! ベルくーーーーん!」

 

その時ヘスティアが駆け寄ってくる。

 

「二人とも無事かい?」

 

「ああ!」

 

アルテミスが返事をすると、

 

「アルテミス! 君が強いのは知ってるけど、あまり無茶をしないでくれ………!」

 

ヘスティアがそう言う。

 

「………今、あなたの子供にも同じ事を言われてしまった」

 

アルテミスはベルを見ながらそう言い、

 

「あはは………」

 

ベルは苦笑した。

 

 

 

 

その後、母親から話を聞くとあのモンスターは最近になって出没するようになったモンスターで、近隣の村が襲われており、この母娘もいきなり襲われて逃げていたそうだ。

アルテミスの厚意でその母娘に食料を渡して見送る。

 

「さよーならー! かみさまー! ありがとー!」

 

子供が手を振り、母親がお辞儀をする。

そんな母娘を一行が笑顔で見送った。

その母娘が見えなくなった時、笑顔だったリリがアルテミスにジト目を向けた。

 

「人助けは良いんですけど…………」

 

「ん?」

 

「食料、殆ど渡してしまっていいんですか?」

 

棘のある言葉でそう言うリリ。

 

「残りはパンだけだな」

 

ヴェルフが残った食料を確認する。

 

「私は食べなくても大丈夫だ」

 

アルテミスは何でもないようにそう言うが、

 

「アルテミス様は良くても私達はすっかり空腹なんです!!」

 

分かってないアルテミスにリリが叫んだ。

 

「え…………?」

 

アルテミスが他のメンバーを見渡すと、殆どがやや暗い表情をしていた。

 

「……………………」

 

そして、

 

「申し訳ありませんでした!!」

 

地べたに土下座するアルテミス。

 

「何なんですかこのポンコツは!」

 

リリは遠慮が無くなったのかアルテミスに指を指しながらそう言う。

 

「おいおい、一応女神様だぞ!」

 

「女神様だろうとポンコツはポンコツです! ポンコツを司るポンコツ女神ですーーーっ!」

 

フォローするヴェルフに追撃するリリ。

 

「はぁーーーっ………! 何でこうなったかなぁー?」

 

深く溜息を吐くヘスティア。

 

「そんなに違うんですか?」

 

ベルが尋ねると、

 

「ああ、怖いぐらいに毅然として、女傑というか………天界じゃ沐浴を覗かれただけで…………」

 

ヘスティアがその時の光景を思い浮かべる。

 

『恥を知れ! このブタ共っ!!』

 

怖い顔で覗きを行った男神達に弓で制裁を与えていた。

話を聞くだけでも、目の前で土下座しているアルテミスとは似ても似つかない。

因みにその時の男神達の反応は、

 

『『『『『ありがとうございまーす!』』』』』

 

反省の欠片も無かったり。

もう一つ因みに、その中の男神の一人はヘルメスだったりする。

 

「そんな事もあったなぁ………うんうん」

 

懐かしむ様に頷くヘルメスには、冷たい視線が向けられていた。

 

「まあ、今日はもう日が暮れるし、ここで野宿して明日の朝出発しよう」

 

ヘルメスがそう言うと、

 

「えぇ~!? じゃあ食事は……?」

 

「今日は我慢かな………?」

 

「そんなぁ~~~! お腹すいたようぅ~~~……………!」

 

情けない声を上げるヘスティアに、

 

「す、すまない!」

 

頭を下げ続けるアルテミス。

 

「チッ………」

 

「……………」

 

ベートは舌打ちし、アイズもどこか不満そうな顔をしている。

 

「……………………あ」

 

ベルがふと見上げると、そこにはメロンぐらいの大きさのリンゴに似た木の実が生っていた。

 

「何とかなるかも」

 

「「「「「「「え?」」」」」」」

 

ベルの言葉に全員が期待を寄せた。

 

 

 

焚き火の中に、人数分の木の実が入れられている。

因みにベルはこの場には居らず、ベルの指示で準備が進められていた。

すると、

 

「準備は出来た?」

 

森の方からベルの声が聞こえた。

 

「あっ、ベル様? はい、言われた通りに………って、えええっ!?」

 

振り向いたリリは驚愕の声を上げた。

何故なら現れたベルは猪を担いでいたのだ。

 

「ベル様………それ………」

 

「ああ、これ? 今狩ってきたんだよ。あのモンスターの影響で動物が少なかったから探すのに苦労したけど何とか一匹は仕留められて良かったよ。ちょっと待ってて、すぐに捌くから」

 

ベルはそう言うと剣を使ってあっという間に猪を解体する。

必要な分だけ切り分けて火にかけると、

 

「こっちはそろそろかな?」

 

火の中にあった木の実を取り出した。

素手で。

まあ、それで驚いたのはアルテミスぐらいだが。

ベルはナイフを使ってその実を真ん中から横向きに切り分けると、まるで中にはシチューのようになった果肉があった。

 

「いっただっきまーす!」

 

ヘスティアが我先にとスプーンですくってそれを食べる。

 

「うまうまーい!」

 

ヘスティアは満足そうな顔で叫ぶ。

 

「なるほど、マサラの実か! 熱すると中の果肉が溶けて、芳醇な果汁となる。正に森のレストランやー!」

 

ヘルメスがこの実の正体に気付き、そう言う。

 

「おいしい…………」

 

「まっ、悪くねえな」

 

アイズとベートはそう言う。

 

「肉もそろそろ大丈夫ですね」

 

ベルは焼いた肉をそれぞれに配る。

 

「おっ! こいつもうめえ!」

 

「流石ベル様です!」

 

「オリオン! あなたは博識なのだな!」

 

ヴェルフとリリ、更にはアルテミスにも称賛され、ベルは照れ臭くなって頬を掻く。

 

「いや、マサラの実の方はオラリオに来る前にお爺ちゃんに色々教えてもらってて、サバイバル技術の方は師匠との修業中に自然と………あれ?」

 

そこでベルはふと気付く。

アルテミスは先程から一口も食べ物に手を付けていないことに。

 

「食べないんですか………?」

 

「あ、あぁ…………私は…………」

 

アルテミスは気まずそうに眼を伏せる。

 

「そうですか…………」

 

ベルは怪訝そうにアルテミスを見る。

ベルは、ここ一週間で気付いたアルテミスの違和感が気になっていた。

気配が希薄という訳では無いが、普通の神の気配と比べて、存在自体が希薄のような印象を受ける時があるのだ。

ベルがそのような事を考えていると、突然目の前にスプーンが差し出された。

 

「あ~ん」

 

「えっ?」

 

アルテミスがスプーンを差し出していた。

 

「はい、あ~ん」

 

「ええっ!?」

 

アルテミスの行動にベルは驚き、

 

「させるかぁ!」

 

ヘスティアがスプーンを振りかぶってベルの口に突き入れる。

 

「ぐぼっ!?」

 

不意打ちで口にスプーンを突っ込まれたベルは後ろに倒れる。

すると、ヘスティアは首根っこを掴まれてベルから引き離された。

 

「ベルが困ってる」

 

ヘスティアの首根っこを引っ張ったのはアイズだった。

冷静な口調で嗜めるアイズ。

一方、

 

「これは本気で脈アリと考えても良さそうですね…………!」

 

アルテミスの行動に思い描いていたベルハーレムの増員が現実味を帯びてきたと考えを巡らせるリリだった。

 

 

 

 

騒動と食事が終わった後、

 

「それにしても、あのモンスターは何だったんだ?」

 

ヴェルフは、ベルが倒す前に僅かだけ見えた蠍型モンスターについて疑問を零す。

 

「蠍型のモンスターはいますが、あれは見た事はありません………【ロキ・ファミリア】のお二人は如何ですか?」

 

リリはアイズとベートにも訊ねる。

 

「私は見た事無いよ?」

 

「俺もだ。下層や深層でも見た事は無え」

 

ベル達よりも長い間ダンジョンに潜っている二人も見たことは無いと答える。

 

「近くの村を襲っているって言ってたけど………」

 

ヘスティアがそう言った時、

 

「…………事の発端はモンスターの異常な増殖が確認された事だった………」

 

ヘルメスが話し出す。

 

「原因を調べるために多くのファミリアが遣わされたが、全て消息を絶った…………場所は彼の地『エルソス』。そこの遺跡には、ある封印が施されていた」

 

「封印? 何をですか?」

 

「丘を腐らせ、海を蝕み、森を殺し、あらゆる生命から力を奪う………」

 

「………古代、大精霊達によって封印されたモンスター……………『アンタレス』」

 

ヘルメスの言葉を引き継いで、アルテミスが言った。

 

「アンタレス………」

 

「だが、奴は長い時をかけて深く、静かに力を蓄え………遂に封印を破った」

 

「封印を破ったって………」

 

「それじゃあ………」

 

「ああ、今回の件をオラリオも重く受け止めていてね…………俺のファミリアが派遣されたんだ………そこで同じ目的で赴いていたアルテミスと出会った………そして、援軍を呼ぶためにオラリオに戻ったという訳さ」

 

「………なら、他の第一級冒険者のファミリアでも良かったのでは? 例えばアイズ様達の【ロキ・ファミリア】とか…………」

 

「無駄だ。あの『槍』でなければ、アンタレスは倒せない」

 

リリの言葉を否定して、アルテミスは言い切る。

 

「そして………『槍』に選ばれた………あなただ!」

 

ベルを真っすぐに見つめてそう言った。

 

「「「「「「「………………………」」」」」」」

 

全員が押し黙ってしまう。

すると、

 

「なぁーに、大丈夫! 『槍』さえあればすべてうまく行くさ! ほら、明日に備えてもう寝よう!」

 

ヘルメスが場の空気を変えようとそう言った。

 

 

 

 

 

数日後、目的地まであと少しという時、眼下に見えていた森の色がある所を境に一変した。

 

「ッ!?」

 

「どういうことだ………?」

 

「何ですかこれ………?」

 

今までの森は生い茂る緑の葉に覆われていたが、そこからは毒々しい紫色に染まっていた。

木が枯れている訳でも大地が干上がっているわけでもない。

ただ、

 

「森が…………死んでる…………?」

 

『死んでいる』。

そう言い現わす事しか出来なかった。

 

「アンタレスの仕業だ」

 

アルテミスは前を見ながら言う。

 

「そしてあれが………エルソスの遺跡………」

 

その視線の先には、古びた寺院のような建築物。

 

「…………あそこにアンタレスが……………」

 

その時、キィンと槍が鳴った気がした。

 

「ッ?」

 

ベルが振り向いた瞬間、

 

「くっ!?」

 

アルテミスが胸を押さえて蹲った。

 

「ッ!? アルテミス様!?」

 

「ッ…………来る………!」

 

ベルが声を掛けた時、アルテミスがそう呟いた。

 

「ッ!?」

 

その瞬間、ベルは攻撃の気配を感じて上を向く。

その先には無数の光。

 

「皆っ! 上から攻撃が来る!!」

 

ベルは大声で叫んだ。

その瞬間、空から光の矢が降り注いでくる。

ベルは右手に闘気を集中させ、

 

「アルゴノゥト…………フィンガァァァァァァァァァッ!!」

 

真上に闘気の波動を放ち、自分に降り注いでくる光の矢を掻き消す。

 

「【行け! ローゼスビット!!】」

 

ヴェルフがローゼスビットを放ち、魔力スフィアの光線で光の矢を撃ち落としていく。

 

「フェイロンフラッグ!!」

 

ベートは両手に魔力の旗を具現させ、その二つを連結し、頭上で回転させることで光の矢を弾いていく。

 

「サイクロンスラスト!!」

 

アイズも頭上に竜巻を発生させて、光の矢を吹き飛ばした。

無数の矢が通り過ぎた後、ベルは辺りを確認する。

 

「皆、無事!?」

 

ベルが声を掛けると、四騎の竜の内の一騎がよろよろと降下している所だった。

その竜は、

 

「ヴェルフ! リリ!」

 

ヴェルフとリリの竜だった。

 

「わりぃ! しくっちまった!」

 

その竜の翼の翼膜には一ヶ所だけ穴が開いている。

 

「皆! 一旦降りよう!」

 

ヴェルフとリリを追って他の三騎も下へ降りていく。

地面に降りた時には、ヴェルフとリリの竜は翼膜の穴の傷をなめている所だった。

 

「リリ! ヴェルフ! 怪我は無い!?」

 

「ベル様! 私達は大丈夫ですけど………」

 

傷口を舐めている竜を見る。

これでは傷が癒えるまで竜は飛べない。

 

「何なんだ? さっきの光は………」

 

ヴェルフがそう口にする。

 

「………おそらく私を………いや、彼が持つ槍を狙ったのだろう」

 

アルテミスがそう言う。

すると、周りに次々と気配が増えるのを感じる。

 

「ッ!? モンスター!?」

 

「この前の奴か!?」

 

「いいえ、大きさも形も違います!」

 

そのモンスター達はベル達を囲う様に迫ってくる。

 

「けっ! 何でも良い、敵なら倒しゃあいいだけだ!」

 

「………………………」

 

ベートが好戦的な笑みを浮かべながらそう言い、アイズも同意する様に頷く。

 

「………そうだね。ごちゃごちゃ考えるのは後でいい…………皆! 行くよ!」

 

ベルの言葉で全員がシャッフル同盟の五人が一斉に動き出す。

 

「酔舞! 再現江湖! デッドリーウェイブ!!」

 

ベルが気の波動を放ちながら突進し、

 

「グラビトンハンマー!!」

 

リリがグラビトンハンマーを振り回しながら敵の群れに突っ込み、

 

「ローゼスビット!」

 

ヴェルフが先程と同じようにローゼスビットから無数の光線を放ち、

 

「マグナムスラッシュ!」

 

アイズが燃え上がる闘気の斬撃を飛ばし、

 

「宝華教典・十絶陣!!」

 

ベートはフェイロンフラッグでモンスターを囲み、その内部に炎を発生させてモンスターを焼き尽くした。

あっという間にモンスターを全滅させたベル達は今後の方針を話し合おうとして、

 

「ッ!? 誰だ!?」

 

背後に気配を感じて振り返った。

その言葉に警戒を続ける一同。

すると、

 

「あなた達でしたか………ベル」

 

木々の影から出てきたのは、緑のケープを身に纏ったエルフの女性。

 

「リュー!? 何でここに!?」

 

オラリオの外に居ると聞いていたベルは突然の出会いに驚く。

 

「厄介なクエストがあると、同行を依頼されました…………彼女達から」

 

そう言って振り向いたリューの背後にはアスフィを始めとした【ヘルメス・ファミリア】の面々がいた。

 

「アスフィさん!」

 

「【ヘルメス・ファミリア】!」

 

だが、何故かアスフィは怖い顔でヘルメスを睨んでいた。

 

「ヘルメス様~~~っ!」

 

「や、やあアスフィ………」

 

アスフィが近付いてくると、ヘルメスは狼狽える。

 

「このスットコドッコイ! 遺跡の監視を私達に押し付けて一人でオラリオに帰るだなんて………!」

 

「お、落ち着けアスフィ! だから槍の持ち主を探しに行くためだって………!」

 

「それでも勝手に居なくならないでください!」

 

ヘルメスに対し文句を続けるアスフィ。

すると、

 

「アスフィ、ヘルメスを許してやってくれ」

 

アルテミスがアスフィにそう言う。

 

「アルテミス様…………あっ」

 

アスフィがアルテミスに振り返った時、同時にベルの事も視界に入る。

 

「ベル・クラネル………槍を抜いたのはあなたでしたか……………まあ、あなたなら戦力的にも文句の付けようがありません。ヘルメス様の勝手な行動を差し引いてもお釣りがくるぐらいでしょう」

 

そう言って納得するアスフィ。

 

「それでアスフィ、状況は?」

 

ヘルメスが気を取り直してそう聞く。

 

「悪化の一途を辿っています。森の浸食は広まり、モンスターは今も増殖中。近隣の村は、既に壊滅しています」

 

「遺跡へのアタックは?」

 

「『門』に阻まれ、全て失敗に終わっています」

 

「そっか…………」

 

アスフィとヘルメスのやり取りを聞いて、

 

「『門』ですか?」

 

ベルがリューに訊ねる。

 

「ええ、その所為でアンタレスの元へ辿り着けない」

 

「開けられないんですか?」

 

「我々の力では………」

 

リューが説明する中アルテミスはずっと俯いていた。

 

 

 

一行がベースキャンプへ移動していると、ヘスティアがアルテミスに詰め寄っていた。

 

「さっきの光! あれは一体どういう事だ!? どうしてあれが………!」

 

ヘスティアの言葉にアルテミスは黙ったままだ。

ヘスティアは拳を握りしめ、

 

「………確かに君はアルテミスだ。だけど『アルテミス』じゃない。君は誰なんだ?」

 

ヘスティアの言葉に、アルテミスは小さく微笑んだままだった。

 

 

 

 







第三話です。
バトルが入ったけどあんまり盛り上がらなかった。
ベルが強すぎるだけですけど。
後は移動が中心だから変える場所が少なかったのも理由の一つ。
恐らく後二話ぐらいで完結する………と思う。
それでは次回に、レディィィィィィィッ……ゴーーーーーー!!


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第四話 ベル、女神と踊る

 

 

 

 

一行はアスフィ達に案内されてベースキャンプに辿り着いた。

 

「ここはまだ無事ですが………直に侵食されるでしょう………」

 

アスフィはそう予測する。

 

「我々はここを拠点にして、遺跡へのアタックを続けています」

 

そう言われながらテントの一つへ案内される。

すると、

 

「長旅で疲れていませんか? この先に、水浴びが出来る泉がありますよ」

 

「本当ですか!? 助かります!」

 

リリが【ヘルメス・ファミリア】の少女に誘われていた。

 

「ベル君」

 

ベルが声を掛けられ、そちらを向くと、

 

「…………聖戦の始まりだよぉ?」

 

茂みに隠れながらヘルメスがそう言った。

 

 

 

「今日! 君達は伝説になる!」

 

ヘルメスが大勢の男性冒険者達を前に演説していた。

 

「良く聞け! この奥に広がるのは乙女の楽園! リリちゃんやアスフィ、そしてあの【剣女王(クィーン・ザ・スペード)】までもが身を清めている!! そしてアルテミス………三大処女神に数えられる彼女の一糸纏わぬ姿を見た者はいない! 神々でさえ!! 俺の夢は一度破れた………だけど俺の心は言ってるんだ! 諦めたくないって………! そして今、君達が………志を同じくする仲間がいる!! 我々の眼前に立ち塞がるは困難の頂だ! だがこれを乗り越えた時、君達は後世に名を残すだろう! 立ち上がれ若者達!! 真の英雄となる為に!!」

 

ヘルメスは格好いい様に言っているが、要は集団覗きである。

 

「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」」」」」

 

しかし、悲しい男の性か、激的に盛り上がる男性冒険者達。

しかし、そのノリについて行けない者達が約三名。

 

「あの…………恋人がいる所に覗きに行くと目の前で宣言されても……………」

 

「俺はヘファイストス様一筋だ」

 

「糞くだらねえ…………寝る」

 

困った様に頬を掻くベル。

真顔で動じないヴェルフ。

興味無さげに嫌な顔をしてテントに戻ろうとするベート。

 

「天よ! 御照覧あれ!! 誇り高き勇者たちに必勝の加護を!! 続けぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」

 

そう叫ぶヘルメスを先頭に泉へ向かって突撃する冒険者達。

その場に残されたのはベルとヴェルフの二人だけだった。

 

「いいのか? 見逃して………」

 

恋人のアイズがいる場所に覗きを行おうとしている男達を何もしないまま見送ったベルにヴェルフが尋ねる。

 

「まあ、思う所が無い訳じゃないけど、僕が手を下さなくても………」

 

ベルがそう答えようとした所で、冒険者が向かった先でドゴーンと言う音と共に地面が隆起して岩山が飛び出した。

 

「「「「「「「「「「ぎゃぁあああああああああああああああああああああっ!!??」」」」」」」」」」

 

次いで冒険者達の悲鳴が響き渡る。

 

「なるほど………ま、因果応報だな………」

 

納得したようにヴェルフは頷いた。

すると、ヴェルフはその場で伸びをすると、

 

「俺ももう寝るか………ベルは如何する?」

 

「僕は少し修業してから行くよ。この長旅で少し身体が訛っちゃってるからね」

 

「そうか、程々にしとけよ?」

 

「うん」

 

ヴェルフはそのまま宛がわれたテントへ。

ベルは修業が出来る場所を探して移動を始めた。

 

 

木の上から辺りを伺うと、ベルはベースキャンプから少し離れた場所に女性達が使っていた泉とは別の泉を見つけ、そこの畔で修業を行おうと森の中を進んでいた。

やがて森が途切れて視界が広がり、

 

「………………………………あ」

 

月の光に照らされながら泉で水浴びをする、一糸纏わぬアルテミスの姿を目撃した。

思わず目を奪われるベル。

幻想的な美しさに、ベルは目を離さなければいけないと思いつつも目を離せないでいた。

すると、アルテミスが手を空に伸ばし、ベルからの目線で月に重なって見える。

その時、アルテミスの手が透けて月が見えた。

 

「ッ……………!?」

 

その光景に思わずベルは動揺し、前に踏み出してしまって茂みを揺らしてしまった。

 

「ッ!? 誰だ!?」

 

アルテミスがその音に気付いて振り返った。

ベルもそこで我に返り、

 

「えあっ! す、すみません!!」

 

慌てて後ろを向くベル。

 

「しゅ、修業場所を探していたら偶然っ………! け、決して覗きとかでは無く………! すみませんでした!」

 

ベルはそのまま走り去ろうとして、

 

「待ってくれ!」

 

アルテミスに呼び止められた。

 

 

 

「フッ………アハハハハハハっ!」

 

服を着たアルテミスがベルから事の経緯を聞き、思わず笑いを零した。

 

「あなたは運がいい。昔の私なら、即座に弓で射抜いていた」

 

「うえっ!? か、神様の話………本当だったんですね………」

 

アルテミスの言葉にベルは苦笑いを浮かべる。

まあ、例え弓を射られたとしても今のベルなら余裕で掴み取れるだろうが。

 

「さあ、如何だろう?」

 

はぐらかす様にそう言うアルテミス。

 

「それじゃあ神様………ヘスティア様も今とは違ったんですか?」

 

アルテミスはベルの隣に腰かけながら、

 

「そうだな………私の知っているヘスティアは結構グータラで、面倒くさがりで………」

 

「あ~、そこはあんまり変わってないかもしれませんね」

 

「それから、よく神殿に引きこもってたな………」

 

「引きこもりですか!?」

 

「あぁ。私が行くと、それは嬉しそうに、まるで子犬のようにはしゃいでいた…………」

 

「なんだか想像できちゃいます」

 

「………いつも一緒に泣いて、一緒に喜んで、笑顔を分けてくれるヘスティアに、慈愛を恵む彼女に、私は憧れていた…………」

 

「…………僕も、神様が大好きです」

 

そう言いながら空を見上げるベルを見て、アルテミスは俯く。

 

「すまない………巻き込んでしまって…………」

 

「えっ………?」

 

「あなたには………過酷を押し付けることになる………」

 

「大丈夫です! どんなモンスターが現れても、この拳で倒して見せます! 必ず、あなたを護ります!」

 

ベルは拳を握って絶対の自信を持ってそう言う。

その言葉にアルテミスは微笑む。

 

「まるで『英雄』のようだな」

 

「………はい。僕は『英雄』に憧れてオラリオにやってきました。自惚れに聞こえるかもしれませんが、今も『僕の英雄譚』を紡いでいる最中です。仲間と共に冒険をして………どんな強大なモンスターでも打ち倒て………どんな困難も乗り越えて………皆を笑顔にして…………ヒロインと恋をして…………悲劇のヒロインなんて認めない…………在り来たりでもいい………ご都合主義と言われてもいい………最後は皆が笑って終われる【大団円(ハッピーエンド)】………!それが僕の目指す『英雄譚』です」

 

そう言ってベルは笑って見せる。

それを見たアルテミスは、

 

「分かった気がする………」

 

そう言いながら立ち上がる。

 

「えっ?」

 

「ヘスティアがどうしてあなたといると楽しそうなのか………」

 

そう言ってベルに向き直ると、

 

「彼女はきっと、あなたの事を好いているぞ?」

 

それを聞くとベルはバツの悪そうな顔をして軽く俯く。

 

「……………知ってます」

 

ベルが呟くとアルテミスは軽く驚いた表情をする。

 

「神様だけじゃありません。リリも、リューも、シルさんも、カサンドラさんも、春姫さんも、エイナさんも……………皆僕の事を好いてくれています……………もちろん、僕も皆の事が大好きです!…………でも、僕が一番好きで愛している人はアイズなんです…………そしてアイズも僕の事を愛してくれています…………だから、僕は皆の想いに応えることは出来ません……………」

 

「…………何故だ?」

 

アルテミスはきょとんとして訊ねる。

 

「えっ………!? な、何故って…………」

 

思い掛けないアルテミスの言葉にベルはしどろもどろになる。

 

「ヘスティア達はあなたを好きで、あなたもヘスティア達を好いているのだろう? 彼女達の思いに応えることに何の問題がある?」

 

「その………複数の女性と付き合うのは不誠実といいますか何と言いますか…………」

 

「だが、複数の伴侶を娶る事を禁止されているわけでは無いのだろう?」

 

「た、確かにそうですが…………」

 

「それに『英雄色を好む』とも聞くぞ? 複数の伴侶を持つことも『英雄』の甲斐性ではないのか?」

 

「うっ…………」

 

ベルはアイズ一筋のつもりだが、オラリオへ来た当初は『ハーレム』を目指しており、祖父(育ての親)教育(せんのう)により、ベルの心の内にも『ハーレム願望』というものが少なからずある。

 

「………………ううっ…………!」

 

ベルが頭を抱えていると、

 

「ぷっ………あははははははっ!」

 

アルテミスが笑った。

 

「本当にあなたは純粋なのだな」

 

そう言って微笑む。

アルテミスは立ち上がると足首程度の深さしかない泉に足を踏み入れる。

 

「私は貞潔の女神………男女の恋愛など関わる事さえ忌み嫌っていた…………だがある時、子供たちに言われてしまった………恋は素晴らしいと………!」

 

アルテミスは振り向き、

 

「今なら、それが少し分かる…………」

 

ベルに向かって手を差し伸べ、微笑みを浮かべ、言った。

 

「………………踊ろう?」

 

その姿にベルは見惚れた。

自然と足が泉の中へ歩き出し、アルテミスの手を取った。

 

 

 

泉の中央で二人は向き合い、お互いに恭しくお辞儀をした。

互いの手を取ると、自然とステップを踏み出す。

二人のダンスの舞台(ステージ)は泉の水面(みなも)

曲を奏でるのは騒めく木々や虫の声。

二人を照らす照明は月明かりで、観客は瞬く星々。

最初は手を繋いでステップを踏むだけだったが、やがて二人の距離は近くなり、ベルはアルテミスの腰を抱く。

それに伴い、楽しそうに笑顔で舞うアルテミス。

 

―――知っているか? 下界に降りた神々は一万年分の恋を楽しむそうだ―――

 

―――一万年分の恋?―――

 

―――生まれ変わるあなた達。子供達との悠久の恋…………オリオン………あなたに出会えてよかった……………―――

 

 

 

 

 

ダンスが終わり、ベースキャンプへ戻るアルテミスを見送る。

すると、

 

「ベル…………」

 

木々の影からアイズが姿を見せた。

 

「ア、アイズ………!?」

 

本当に気付いていなかったベルは慌てる。

 

「そ、その…………今の………見てた………?」

 

ベルは一応確認を取る。

 

「うん…………綺麗なダンスだったね」

 

そう答えたアイズにベルはその場で土下座した。

 

「ごめんアイズ! 君がいるのに僕は浮気みたいなことを!!」

 

そう言いながら土下座を続けるベルにアイズは歩み寄ると、その場でしゃがみ、

 

「気にしてないよって言えば嘘になるけど………怒ってないよ」

 

そう言った。

 

「えっ………?」

 

ベルは土下座の体勢のまま顔を上げる。

 

「ベルは優しいから…………誰にでも優しいから…………あの女神の事も放っておけなかったんだよね?」

 

「は………はい…………」

 

その言葉で暫く沈黙が支配する。

 

「……………………………ねえベル?」

 

「は、はい!」

 

「ベルは…………ベルの主神やサポーターの女の子達の事も好きなんだよね…………?」

 

「そ、それは……………! はい……………」

 

ベルは一瞬否定しようとしたが、先程の話を聞かれているのなら誤魔化しても無意味だと判断し、頷く。

 

「でも! 僕が一番愛してるのはアイズだ! これだけは決して嘘じゃない!!」

 

直ぐに顔を上げて自分の気持ちをアイズに伝える。

 

「うん、知ってる」

 

アイズは小さく笑みを浮かべて肯定する。

 

「でも…………ベルは皆の気持ちに応えられないことに苦しんでる………違う?」

 

「それは………苦しんでいると言うか………気持ちに応えられない罪悪感のようなものはあるよ…………だけど、君が好きだという気持ちに嘘は吐きたくないから…………」

 

ベルはアイズを真っすぐに見てそう答える。

すると、アイズは手を伸ばしてベルの頬に手を添える。

 

「私はベルの事が好き」

 

「えあっ!? う、うん………僕も好きだよ」

 

不意に『好き』だと言われて思わず照れ臭くなってしまうベル。

 

「私はベルだけしか見ないし、ベルにも私だけを見て欲しい」

 

アイズにしては珍しく、自分の気持ちをハッキリと伝える。

 

「………………でも、その所為でベルが苦しむのは嫌」

 

「アイズ!?」

 

アイズの言葉に目を見開くベル。

 

「ベルは優しいから誰にでも手を差し伸べる。だから誰もがベルを好きになる………」

 

アイズはベルをジッと見つめ続ける。

 

「だからと言って、そこで手を差し伸べなかったら私が好きになったベルじゃなくなる」

 

「そ……れは…………」

 

「優しいベルを誰もが好きになる………それは仕方の無い事……………でも、それに応えられないベルは苦しんでる…………私の我儘で……………」

 

「それはアイズの所為じゃ……………!」

 

「ベルは優しいから………! 私の為に苦しんでる………!」

 

「違う! これは僕自身の問題なんだ! 僕を好きになってくれた女性(ひと)達を、同じように好きになってしまった僕自身の責任なんだ!」

 

つい声を荒げてしまうベル。

 

「だから…………この苦しみは僕自身が負うべきモノなんだ…………皆の気持ちを裏切ってでも………僕はアイズと一緒に居たいんだ…………!」

 

「ベル……………」

 

アイズは顔を上げたベルを抱きしめる。

 

「ありがとう………ベル…………………でも、もう苦しまなくていいよ…………」

 

「アイズ………? それって如何いう…………」

 

ベルの言葉には答えずにアイズは立ち上がる。

 

「ベル………! 『ベルの一番』は私だよね?」

 

「え? う、うん…………それはもちろん」

 

アイズの問いかけにベルが答えると、アイズは笑みを浮かべる。

そして泉に足を踏み入れながら振り返り、

 

「踊ろう………! ベル………!」

 

先程のアルテミスとはまた違った神秘的な美しさを見せて、アイズは笑った。

ベルもそんなアイズを見て笑みを浮かべながら泉に足を踏み入れる。

月下の舞の第二曲目の幕が上がった。

 

 

 

 

 

 

翌日、早朝。

 

「皆も承知の通り、モンスターの巣窟と化している。アンタレスは今この時も、その力を蓄えている! 疑うべくもなく、我々の前には困難が待ち受けているだろう………しかし臆するな! 恐れるな! 敗北は許されない!」

 

アルテミスが冒険者達の前で皆を鼓舞する。

 

「それでは作戦を伝える。【ヘルメス・ファミリア】は敵の陽動。引き付けるだけでいい、決して無理はするな」

 

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 

「ファルガン」

 

「はい!」

 

「指揮はあなたに任せる」

 

「分かりました」

 

アルテミスは言い終えるとベル達の方に向き直り、

 

「そして、陽動部隊が敵を引き付けている間に、我々は内部に突入! アンタレスを討つ!!」

 

「ッ………我々……?」

 

アスフィがアルテミスの言葉に引っ掛かりを覚える。

 

「あの『門』は、私の神威でなければ開かない。私も行く!」

 

「ッ!」

 

ベルは思わず声を出しそうになったが、アルテミスの眼には覚悟がある。

言葉で引き下がりはしないだろう。

すると、

 

「ボクも行くよ」

 

ヘスティアが現れてそう言った。

 

「君を一人にさせるわけにはいかないからね」

 

「なら、当然俺も付いて行こう!」

 

ヘルメスが便乗する様にそう言う。

 

「ちょっとヘルメス様!? またそん………」

 

アスフィが詰め寄ったが、言葉の途中で頭に手を置かれて言葉が途切れる。

 

「あっはっは! こうなる事は分かっていた癖に」

 

「もうヤダ~…………」

 

笑うヘルメスと相変わらずの苦労人気質のアスフィに周りに笑いが起こる。

 

「いっちょやってやりましょう!」

 

「特別報酬、期待していますよ!」

 

「我々は金にはうるさいですよ」

 

【ヘルメス・ファミリア】の面々がそう言う。

いい具合に緊張が解け、

 

「ありがとう子供達………苦しい戦いになるだろう………犠牲者も出るかもしれない。しかし成し遂げて欲しい! 私達の愛する下界の為に!!」

 

「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」」」」」」

 

アルテミスの言葉で全員の士気が最高潮に高まる。

その時だった。

 

「ッ…………!?」

 

ベルが気配を感じて振り返る。

森の中に潜む蠍型モンスター。

 

「モンスターだ!!」

 

ベルが叫んだ。

その言葉に一瞬呆気にとられる面々だが、

 

「はぁあああああっ!」

 

「せやっ!!」

 

「おらぁああああっ!!」

 

「はぁっ!」

 

シャッフル同盟が先制攻撃として斬撃、鉄球、蹴りの衝撃、竜巻を繰り出す。

森に潜んでいたモンスター達が木々ごと根こそぎ吹き飛ばされる。

第一波は全滅するが、すぐに第二波が迫ってきた。

 

「そんなバカな………! モンスターが奇襲!?」

 

アスフィが驚愕する。

だが、

 

「構うか! 予定通りだ!」

 

「確かに! ちょっと早くなっただけってね!」

 

「道を開けぇぇぇぇぇっ!!」

 

【ヘルメス・ファミリア】の面々は臆せずに立ち向かっていく。

 

「アスフィ行け! お前の役目はここじゃない!!」

 

ファルガンに促され、アスフィは頷いた。

 

 

 

 

アスフィの先導で遺跡へ向かうベル達。

陽動部隊のお陰で、モンスターに遭遇することなく遺跡へ辿り着くことが出来た。

 

「こんな遺跡があったなんて………」

 

「結構でけえな………」

 

リリとヴェルフがそう漏らす。

 

「歴史に忘れられた古代の神殿」

 

アスフィがそう言う。

 

「……………静かすぎる」

 

ベルが呟く。

 

「先程の奇襲の事もあります。油断しないでください」

 

リューがそう警告した。

 

「行きましょう」

 

そう言ってリューが先頭になって遺跡に足を踏み入れる。

遺跡内部は青く淡い光に照らされていた。

 

「この光は………?」

 

ベルが呟くと、

 

「封印の光だ。これを遺したのは、私に類する精霊達………言わば、私の最も古い眷属だ」

 

アルテミスがそう言う。

 

「そんな昔から…………」

 

そうやってしばらく進んでいくと、

 

「着きました」

 

立ち止まったリューの目の前には大きな石の扉。

 

「これがお話した『門』です」

 

一見ただの石の扉に見えるが、神の力で封じられているのだろう。

 

「いよいよって訳か………」

 

「この奥に………アンタレスが」

 

すると、アルテミスが前に進み出る。

扉に描かれていたアルテミスの紋章に手を触れると、アルテミスの神威に反応し、扉が開いていく。

だが、その内部が露になった時、アルテミスは目を見開いた。

石造りの筈の神殿の壁や天井はまるで肉の網が張り巡らされたような醜悪なものになっており、それらには無数の木の実のような楕円形の物体が付いている。

 

「これは…………?」

 

「神殿に寄生している……?」

 

それぞれが驚愕の声を漏らす。

 

「そんな…………」

 

「まさか、ここまでとは…………」

 

アルテミスやヘルメスにとっても予想外の状況の様だ。

その時、出口が肉の壁によって覆われる。

 

「ッ!? 出口が!?」

 

アスフィが叫ぶ。 

すると、パキリと言う音と共に天井や壁に着いていた楕円形の木の実のようなモノが割れ、中から蠍型モンスターが産み落とされた。

 

「まさか…………」

 

「あれが全部、卵!?」

 

その言葉を皮切りに、次々と卵が孵化して蠍型モンスターが産み落とされる。

 

「突破します!」

 

リューの掛け声と共に全員が戦闘態勢に入る。

 

「うぉおおおらぁっ!!」

 

ヴェルフが大刀を振り回し、辺りの数匹を纏めて切り裂く。

 

「どきなさい!」

 

リリがグラビトンハンマーを振り回してモンスターを破壊する。

 

「鬱陶しいんだよ! この虫けらが!」

 

ベートが蹴りで粉々に吹き飛ばす。

 

「はっ! せいっ!」

 

アイズがすれ違いざまに次々と切り裂く。

 

「はぁああああああああっ!!」

 

ベルは拳の弾幕で立ち塞がるモンスターを一撃のもとに粉砕していく。

すると、一行の先に一匹のモンスターが立ち塞がる。

 

「下がって!」

 

アスフィがそう言ってビンに入った薬品を投げつける。

それがモンスターに当たるとモンスターが炎に包まれた。

本来ならそれで終わるはずだったのだが、

 

「ッまさか………!」

 

倒れる気配の無いモンスターに戦慄するアスフィ。

すると、見る見るうちにモンスターが巨大化していき、各部も強靭になっていく。

 

「バーストオイルが効かない………!?」

 

「自己増殖、自己進化………それすらもこの内部では異常な速度で進むというのか………!」

 

ヘルメスの言葉に、ベルはあのデビルガンダムの事が頭に過った。

 

「このままでは、ダンジョン以上の脅威に………」

 

リューがそう零すと、

 

「だったら! ぐずぐずしてられない!」

 

ベルは右手を顔の前に持ってくる。

その右手にキング・オブ・ハートの紋章が輝いた。

 

「ボクのこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!!」

 

この右手に闘気を集中させ、モンスターに向けて駆け出す。

 

「必殺っ!! アルゴノゥト…………フィンガァァァァァァァァァッ!!!」

 

巨大な蠍の甲殻を打ち抜き、右手が内部に突き刺さる。

 

「グランドォ…………! フィナーーーーーーーーーーーーッレッ!!!」

 

 

進化したモンスターを一撃で吹き飛ばした。

 

「うひゃぁ………相変わらずベル君凄いねぇ………」

 

ヘルメスは帽子が飛ばされないように抑えながら感想を零す。

 

「行きましょう!」

 

ベルが先を促す。

 

 

 

 

 

侵食された神殿内部を進むベル達。

目の前に立ちはだかるモンスター達をベル達シャッフル同盟が粉砕していく。

時折聞こえるアンタレスの声を頼りに先を進んでいく。

しかし、アルテミスはそこに近付くにつれ、胸を押さえながら苦しそうな表情をしていた。

やがて、封印の間らしき広い空間に出る。

そこの中央には今までに出てきた蠍型モンスターを更に巨大にし、胴体部分から人の上半身と虫を融合させたような形状の本体部分が付いた醜悪な何か。

 

「あれが………アンタレス…………」

 

ベルは想像以上のモンスターの存在に声を漏らす。

すると、アンタレスの各部から青黒い煙のようなモノが噴き出し、月に向かって昇っていく。

 

「くっ………!」

 

アルテミスは突然苦しそうに膝を着いた。

 

「アルテミス様!?」

 

ベルが駆け寄ると、

 

「撃ってくれ………オリオン………! お願いだ………あれを…………!」

 

そう言ったアルテミスの言葉と同時に、アンタレスの本体部分の胸部辺りにあった膨らみが突然開かれ、内部にあった巨大な水晶のようなモノを露にした。

 

「…………くっ!」

 

ヘスティアは現実を認めたくないように目を逸らし、

 

「これは…………」

 

「嘘…………」

 

「何でだよ…………」

 

「こんな事…………」

 

「どういう事だ………」

 

「どうして…………」

 

それぞれが目を見開いて驚愕する。

何故なら、

 

「どうして…………」

 

呆然とベルが立ち上がりながら『それ』を凝視する。

 

「どうして……………………どうして………………アルテミス様が…………!?」

 

その水晶のようなモノの中には、紛れもないアルテミスの姿があったのだから…………

その瞬間、

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

アンタレスが咆哮を上げると青黒い力の波動が月へ向けて放たれる。

次の瞬間、先日ベル達を襲った光の矢が遺跡周辺を含めて一気に降り注いだ。

呆然としていたベル達はその攻撃に対処することが出来ず、更にベル達が居た足場が限界を迎えて崩落。

ベル達はそれに巻き込まれて下層へと落ちていった。

 

 

 

 

 







はい、第四話です。
それなりに手応えがあった気がする。
決戦前夜からアンタレス遭遇まででした。
何気にベル君浮気してる。
でもって正妻さんも登場。
アイズの反応は一体………?
そしてついにアンタレスの所まで辿り着いたベル君達でしたが…………?
さあ、ベル君は一体どうするのでしょうか!?
そしてアルテミスの運命は!?
それでは次回に、レディィィィィィィッ…………ゴーーーーーー!!


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最終話 ベルの英雄譚(ものがたり)


「さて皆さん、遂にアンタレスの元に辿り着いたベル達でしたが、そこで信じられないものを目にします。それはアンタレスに取り込まれた紛れもないアルテミスの姿……………そう、『槍』に選ばれた者の役目とは、アルテミスを………『神を殺す』ことだったのです……………さて、ベルはこの重大な真実にどのような選択をするのでしょうか!? それでは! ダンジョンファイト劇場版ファイナルラウンド! レディィィィィィィッ……ゴォォォォッ!!!」






 

 

 

神殿の遺跡を臨める小高い丘。

その上に頭巾と布で顔を隠し、茶色いマントを羽織った人物が立っていた。

 

「………………大地が………苦しんでいる…………!」

 

そう言う人物の頭上には、二つの月が輝いていた。

いや、一つは本当の月だが、もう一つは神の力(アルカナム)によって無数の魔方陣が集合し、巨大なる『弓矢』を形作ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

アンタレスの攻撃によって神殿の下層に落とされたベル達。

一瞬気を失っていたリリが目を覚ますと、

 

「どういうことですか……!?」

 

アスフィがヘルメスに詰め寄っていた。

 

「あれは神の力(アルカナム)! 何故モンスターがあの力を!?」

 

そう叫びながら問いかけると、

 

「……………アルテミスが喰われたからだ」

 

ヘルメスが真実を口にする。

その言葉に目を見開く一同だったが、ヘスティアだけは今までのアルテミスの様子から予想はしていたのか、何かを我慢する様に俯くだけだった。

すると、そこでリリはベルとアルテミスの姿が無い事に気付き、

 

「ッ…………! ヴェルフ様! ベル様とアルテミス様は!?」

 

そう聞くとヴェルフは首を横に振った。

 

「ここには居ない………おそらく、もっと下だ」

 

そう言いながら視線を向けたヴェルフの先には更に下層に続く大穴があった。

 

 

 

 

一方、最下層まで落ちたベルとアルテミスだったが、そこで二人は無残に殺されていた何人もの冒険者達を発見した。

 

「こ………これは………?」

 

「…………私の子供達だ………」

 

ベルの呟きにアルテミスが自分の眷属だと口にする。

 

「ッ……………………」

 

ベルがその言葉に胸を痛めていると、アルテミスが立ち上がる。

 

「…………私は見ているしかなかった………私を喰らった奴が子供達を殺す所を…………………私自身の手で殺される所を……………」

 

その苦しみは想像を絶するだろう。

アルテミスは眷属の一人に歩み寄り、その頬を優しく撫でた。

 

「………………帰ってきたぞ」

 

その一言に、どれだけの思いが込められていただろう。

ベルはアルテミスに歩み寄る。

 

「……………それじゃあ、今ここにいるあなたは……………?」

 

「………………私は…………残りカス………」

 

「ッ………………!?」

 

その言葉にベルは絶句した。

 

 

 

 

同じ頃、ヘルメスも移動しながら同じ説明を続けていた。

 

「彼女は槍に宿る思念体…………言わば女神の残身……………彼女はアルテミスであって、アルテミスじゃない………」

 

「それって……………」

 

「神の力をその身に取り込んだアンタレスは、全ての理を曲げる。倒せる方法は1つだけだ!」

 

「あの槍ですか?」

 

リューが聞くと、

 

「あれは正確には『槍』では無く『矢』。取り込まれる直前………いや、後か。アルテミスは残された微かな力であの『矢』をこの地に召喚した」

 

「神造武器…………」

 

ヴェルフが呟く。

 

「神造………武器………?」

 

リリが聞き返すと、

 

「ヘファイストス様に聞いた事がある…………天界に存在する、『神々をも殺す武器』!」

 

 

 

 

 

「その名は『オリオン』。神々の言葉で『射貫く者』を意味する」

 

「ッ…………!」

 

その意味をベルは理解した。

理解してしまった。

 

「今は動きを止めているが、アンタレスはすぐにここにやってくる………! モンスターでありながら、神の力を手に入れたアンタレスは、矛盾を孕んだ災厄。葬るには、理を捻じ曲げるこの『矢』で貫くしかない………!」

 

 

 

 

 

「待ってください………!」

 

ヘルメスの説明を聞いたアスフィが彼を呼び止める。

 

「………それは………世界の命運を、ベル・クラネル一人に背負わせるという事ですか!?」

 

「もう………これしか無いんだ…………!」

 

その言葉を聞いてアスフィはヘルメスの胸倉を掴む。

 

「それでも………! それでも一人の少年に押し付けるんですか!? 『神殺し』の大罪を!?」

 

嘆きに等しいアスフィの言葉に、ヘルメスは口を開こうとした。

その時、

 

「しないよ…………」

 

アイズが呟いた。

全員の視線がアイズに集中する。

 

「ベルはそんな事しない…………」

 

「ヴァレン某……………」

 

「ベルは、泣いてる女の子を見捨てたりなんてしない……………絶対に………どんなに可能性が低くても…………その女の子を助ける道を選ぶ…………!」

 

静かな………それでいて何よりも心に響く声でアイズはそう言い切った。

 

「だから私は…………私達はベルを好きになった…………」

 

アイズはリリとヘスティア、リューに視線を向ける。

 

「……………そうだね」

 

ヘスティアが呟いた。

 

「悔しいけど、君の言う通りだ………!」

 

今までのヘスティアは悲壮感に溢れていたが、今のヘスティアはいつも通りの表情に戻っていた。

 

「ベル君ならどんな困難でも打ち砕ける!」

 

ヘスティアが拳を握りしめる。

 

「そうです! ベル様なら!」

 

リリも同意する様に両手を握りしめる。

 

「はい、彼なら必ず!」

 

リューも頷く。

 

「理を曲げるだぁ? ハッ! そんな奴にあいつが負ける訳ねえだろ!」

 

ベートも好戦的な笑みを浮かべ、

 

「もしあいつ一人で駄目なら、俺達がベルを助けてやりゃあいいんだ!」

 

ヴェルフがそう言う。

今の彼らには悲壮感など全くない。

ただ、ベルへの信頼だけがあった。

 

「…………君達は………」

 

ヘルメスは帽子を深く被り直す。

だが、その口元には嬉しそうに笑みが浮かんでいた。

 

「ああ、その通りだ! 俺だってアルテミスに死んでほしい訳じゃない! 君達を連れてきたのだって、心の何処かでベル君なら何とかしてくれるかもって期待してたんだ!」

 

顔を上げたヘルメスがそう言う。

 

「ヘルメス様………」

 

アスフィが小さく微笑む。

 

「ベル君の所へ行こう!」

 

ヘスティアが力強く拳を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

「………………それって、僕にアルテミス様を『殺せ』って事ですか?」

 

ベルは呟く。

 

「…………オリオン…………これしか方法は無いんだ…………! 私が下界を滅ぼす前に…………私を…………殺して(すくって)くれ…………!」

 

アルテミスはそう言ってベルの持つ『矢』に触れようとする。

 

「…………………………………………嫌です」

 

ベルは呟いた。

 

「えっ?」

 

アルテミスは手を止める。

 

「僕は…………………そんなの認めません……………!」

 

ベルは『矢』を持つ右手を握りしめる。

 

「望まない殺戮を悲しむヒロインを解放する(すくう)ためにヒロインの命を奪う………………それは確かに見方によっては救いなのかもしれません……………物語なら琴線に触れる感動のクライマックスなのかもしれません………………」

 

ベルは握りしめた震える手を顔の前に持ってくると、、勢い良く顔を上げ、

 

「だけど…………僕は嫌だ!!」

 

「ッ…………………!」

 

顔を上げたベルの気迫にアルテミスは吹き飛ばされるかと思うほどの衝撃を受ける。

 

「僕は言ったはずです! どんなモンスターが現れても、この拳で倒して見せます! 必ず、あなたを護りますと! その意味は、決してあなたの命を奪う事なんかじゃない! 必ず本当の意味であなたを救って見せる!! 悲劇のヒロインなんて認めない! 在り来たりと言われてもいい! ご都合主義と言われてもいい! 最後は皆が笑って終われる【大団円(ハッピーエンド)】! それが僕の目指す『英雄譚』だ!!」

 

そう叫んだ瞬間、『矢』を握りしめた右手の甲にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がり、その右手に握られた『矢』に罅が広がっていく。

 

「なっ…………!? まさかっ……………!?」

 

目の前で起こっている光景にアルテミスは驚愕で目を見開き、

 

「だからあなたを殺す武器(こんなもの)は、僕には必要ないんです!!」

 

次の瞬間、『矢』は粉々に砕け散った。

 

「理を捻じ曲げる『神造武器』を…………下界の子供が……………!?」

 

目の前で起こったあり得ない出来事にアルテミスは呆然となる。

その時、上層からアンタレスが落下してきた。

『矢』が破壊される前の気配を追ってきたのだ。

 

「アンタレス………!」

 

険しい表情をするアルテミスの前に、ベルが進み出る。

 

「下がってください、アルテミス様……………」

 

「オリオン………!」

 

「違います…………!」

 

オリオンの名で呼ばれたベルはそれを否定する。

 

「オリオン………?」

 

「僕は…………『オリオン』じゃない………!」

 

ベルはアンタレスを睨み付ける。

 

「僕は…………『ベル・クラネル』だ!」

 

拳を握りしめ、

 

「僕は、『女神を殺す者(オリオン)』としてではなく、『ベル・クラネル』として……………一人の『男』としてあなたを! たった一人の『女の子』を救って見せる!!」

 

その叫びと共にベルは駆け出す。

 

「ッ……………………!?」

 

アルテミスはその言葉に胸を撃ち抜かれたような感覚を覚えた。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

アンタレスが唸り声をあげながら巨大な蠍の鋏をベルに向かって叩きつける。

 

「はぁあああああああああああああっ!!」

 

それに対し、ベルは真っ直ぐに拳で迎え撃った。

アンタレスの巨大な鋏とベルの拳がぶつかり合う。

次の瞬間、拮抗する間もなくアンタレスの鋏が砕け散った。

 

「■■■■■■■■■■■■ッ!?」

 

痛みを感じるのか叫び声をあげるアンタレス。

ベルはそのまま飛び上がり、

 

「たぁりゃぁああああああああああっ!!」

 

目玉がある頭部らしき場所に飛び蹴りを叩き込んだ。

頭部が砕け、地に崩れ落ちるアンタレス。

地面に着地したベルは油断なくアンタレスを見据える。

 

「………………………ッ!」

 

すると、再びアンタレスが動き出し、ベルが破壊した部分が瞬く間に再生される。

 

「やっぱり一筋縄じゃ行かないか………」

 

驚きは無いが、厄介な再生能力だと認識する。

アンタレスが再生された鋏で攻撃してきたのでベルは飛び退いてそれを躱す。

 

「はぁああああっ!!」

 

壁を蹴ってアンタレスに向かって跳躍すると、腕の一つを蹴りで吹き飛ばす。

だが、その腕も即座に再生された。

 

「再生能力はデビルガンダム並み………! アルテミス様を助けるためにはアルテミス様の本体以外を完全に破壊するしかない!」

 

攻撃を躱しながらアルテミスを助ける方法を模索するベル。

その時、ベルのキング・オブ・ハートの紋章が共鳴する様に輝き始める。

 

「これは………!」

 

ベルが紋章に目をやると、

 

「「「「ベル(様)ッ!!」」」」

 

アンタレスの後を追ってきたアイズ、リリ、ヴェルフ、ベートが到着した。

 

「フッ!!」

 

アイズが剣で巨大な鋏を斬り落とし、

 

「はぁああっ!!」

 

ヴェルフが大刀で尻尾を切断し、

 

「おらぁっ!!」

 

ベートが蠍の頭に踵落としを食らわせで甲殻を砕き、

 

「てぇぇぇぇぇぇぇやっ!!」

 

リリがグラビトンハンマーで頭部に攻撃。

粉砕する。

 

「皆っ!」

 

仲間達の登場にベルは笑みを浮かべる。

だが、アンタレスはそれらのダメージもすぐに再生させた。

 

「おいおい、あれだけのダメージも一瞬かよ………」

 

ヴェルフがボヤくようにそう言う。

 

「再生能力はデビルガンダム並みでしょうか?」

 

リリもベルと同じようにそう判断する。

 

「でも、そこまで強くない………」

 

「ああ、再生できねえほど粉々にしてやりゃ良いだけの話だ!」

 

アイズとベートはそう言った。

すると、

 

「皆! アルテミス様を助けたい! 力を貸して!!」

 

ベルが叫んだ。

 

「うん………! もちろん」

 

アイズが躊躇なく頷き、

 

「やっぱりそう来たか!」

 

ヴェルフが、

 

「それでこそベル様です!」

 

そしてリリも当然とばかりに笑みを浮かべる。

 

「はっ! 仕方ねえ! しくじるんじゃねえぞ!!」

 

ベートも口は悪いが反対はしない。

皆の言葉に、

 

「皆………ありがとう………」

 

ベルは深く感謝した。

気を取り直すと、

 

「よし! 皆! アルテミス様以外の部分を完全に破壊するんだ!」

 

「「「「おう/うん/はい!!」」」」

 

全員が迷いなく応える。

 

「【炸裂! ガイアクラッシャー!!】」

 

リリが地面に拳を打ち込むと地面が割れ砕け、隆起し、針状になった岩山がアンタレスの足と蠍の胴体部分を串刺しにする。

 

「天に竹林! 地に少林寺! 目にもの見せるは最終秘伝!!」

 

ベートが高く跳び上がり、蝶のような光の羽を纏う。

 

「真・流星胡蝶剣!!」

 

ベートはその光の羽を全身に纏うと急降下。

 

「うぉらぁああああああああああああああっ!!」

 

アンタレスの尻尾の先から根元までを一気に粉砕する。

すると、アイズが剣を振りかぶっており、

 

「豪熱…………」

 

アイズの剣が燃え盛る赤い闘気を纏う。

 

「マシンガンスラッシュッ!!」

 

一瞬にして放たれる無数の斬撃がアンタレスの全ての足と腕を斬り落とした。

更に、

 

「【このエネルギーの渦から逃れることは不可能】」

 

ヴェルフが言霊を唱える。

 

「ローゼスハリケーン!!」

 

ヴェルフのローゼスビットが巻き起こしたエネルギーの渦がアンタレスを包み込み、アイズが斬り落とした足や腕を消し飛ばし、アンタレス本体の甲殻に大きな罅を入れる。

そして、その正面にベルが立っていた。

 

「流派! 東方不敗の名の下に!」

 

ベルは右手を顔の前に持ってくる。

 

「僕のこの手に闘気が宿る! 英雄目指せと憧れ吠える!」

 

右手の甲にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がり、その手を握りしめると、ベルは明鏡止水を発動し、金色のオーラに包まれる。

 

「ひぃぃぃぃぃぃっさつ!! アルゴノゥトフィンガァァァァァァァァッ……………!!」

 

前に突き出した右手に大自然の気を集中させ、それを己の力としてコントロールする。

 

「石破っ! 天驚けぇぇぇぇぇぇぇん!!!」

 

それを正拳突きと共に撃ち出した。

拳型の気弾はアンタレスに向かって突き進み、寸前で拳が開いて掌の形となり胴体部分に直撃。

大きな掌の跡を残す。

すると、その掌の跡の中心にキング・オブ・ハートの紋章が浮かび上がり、アルテミスを除いたアンタレスの体全体に罅が行き渡る。

そして、

 

「グランド………フィナーレ……………!」

 

アンタレスの身体が大爆発を起こして砕け散った。

その場に残ったのはアルテミスの本体が囚われている水晶のような結晶のみ。

 

「やったぁ! ベル君!」

 

それを見ていたヘスティアが喜びの声を上げる。

彼女達はベル達が戦っている間にアルテミスの元へ辿り着いていた。

だが、

 

「いや……………まだだ!」

 

胸を押さえながらアルテミスは叫ぶ。

その直後、アルテミスの本体から青黒いエネルギーが噴き出し、それが形作ると瞬く間にアンタレス本体が再生する。

 

「そんな…………あの状態から再生するなんて…………」

 

アスフィが驚愕に身を震わせる。

 

「はぁ………はぁ…………アンタレスは………私と魂レベルで融合してしまっている………私が生きている限り…………アンタレスもまた滅びることは無い…………!」

 

「そんな…………!」

 

アルテミスの言葉にリューは悲痛な声を漏らす。

すると、アルテミスは声を張り上げた。

 

「オリオン! もういい! あなたの気持ちは十分に伝わった! 私に構わず、アンタレスを討ってくれ!! あなたなら『矢』を使わなくても私を殺せるはずだ!」

 

「アルテミス………」

 

ヘスティアは悲しそうな顔をする。

 

「お断りします!!」

 

だが、ベルはハッキリと拒絶した。

 

「僕は、必ず貴方を助けます!! どんなに小さな可能性でも、必ず掴んで見せる!!」

 

「だが、このままではこの『下界』が……………!」

 

「例え世界の命運を賭けたとしても! 僕は、あなたを…………一人の女の子を救って見せる!!」

 

「オリオン…………!」

 

ベルの言葉にアルテミスは呟くことしか出来ない。

すると、アルテミスの肩に手が置かれ、

 

「諦めなよ。ああなったベル君は絶対に引かないから」

 

「ヘスティア………」

 

アルテミスの肩に手を置いたヘスティアは笑みを浮かべていた。

 

「ベル君にとって、今の君は女神でも世界を滅ぼす魔獣でもない………………救うべき、たった一人の女の子なんだから…………!」

 

ベルを信じって真っ直ぐ彼を見つめるヘスティアに、アルテミスもベルを見つめた。

 

「…………………オリオン……………」

 

 

 

 

再生を終えたアンタレスが動き出そうとした時、

 

「さて、次は如何するよ?」

 

ベルに問いかけるヴェルフ。

そのベルは、自分の右手に浮かび上がったキング・オブ・ハートの紋章をジッと見つめていた。

すると、

 

「………………………皆」

 

ベルは顔を上げ、皆に呼びかける。

 

「紋章が教えてくれた。アルテミス様を助ける方法……………だけど、それはとても危険な方法なんだ…………命を賭けるほどの………………だから…………」

 

ベルがそう言いかけた時、

 

「ごちゃごちゃ言葉を並べてんじゃねーよ!」

 

ベートが叫んだ。

 

「ベートさん………?」

 

「ベル、テメーは一体どうしたいんだ?」

 

ベートはベルに問いかける。

 

「僕は…………僕はアルテミス様を助けたい…………!」

 

ベルは自分の答えをハッキリと告げる。

 

「だったら迷う必要は無えだろ! それとも命を賭ける程度で俺達がビビるとでも思ってんのか!?」

 

ベートの言葉にベルはハッとする。

 

「ベートさんの言う通りだよ」

 

アイズが笑顔で頷く。

 

「ベル、俺達はお前を信じてここにいる」

 

ヴェルフが、

 

「何より、危険な賭けだからこそ皆で力を合わせるんじゃありませんか!!」

 

リリが迷いなく答える。

 

「皆……………」

 

ベルが四人を見渡すと、四人が同時に頷く。

 

「………………よーし!」

 

ベルは顔を上げて気合を入れる。

 

「皆の命、僕に預けて!!」

 

「「「「おう/うん/はい!」」」」

 

ベルの言葉に四人は四方に散り、アンタレスを囲う様な配置に着く。

そして、アンタレスの真正面にはベル。

 

「「「「「はぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁっ!!」」」」」

 

五人が精神を集中させる。

そして、

 

「ブラック・ジョーカー!!」

 

リリが紋章を輝かせながら金色の闘気を纏う。

 

「ジャック・イン・ダイヤ!!」

 

ヴェルフが、

 

「クイーン・ザ・スペード!!」

 

アイズが、

 

「クラブ・エース!!」

 

ベートが、

 

「そして…………キング・オブ・ハート!!」

 

そしてベルが。

五つのシャッフルの紋章が共鳴し合い、アンタレスを中心に五芒星を描いた。

すると、黄金の闘気がまるで炎のように五芒星の線を走り、アンタレスを包む。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!??」

 

アンタレスがまるで苦しむように叫び声を上げる。

 

「こ、これは…………っ!?」

 

リューが襲い来る衝撃波から顔を腕で守りながら驚愕する。

 

「この魂の炎を、極限まで燃やすんだ!!」

 

ベルの言葉に、シャッフル同盟が応える。

 

「「「「「はぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」」」

 

その瞬間、五芒星全体から光の柱が立ち昇った。

 

「■■■■ッ!? ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!??」

 

アンタレスが苦しみながら暴れ狂うが五芒星から外へ逃れることは出来ない。

 

「この光は…………?」

 

アスフィが目の前の光景に目を奪われていると、

 

「………命の光」

 

ヘルメスが呟く。

 

「ああ、ベル君達の…………魂の輝きだ………!」

 

ヘスティアもその光の柱を見上げながらそう言う。

 

「まさか、これほどまでに命を輝かせるなんて………命の光っていうのは、神の眼を通して見ないと分からない程の、本当に小さな輝きの筈なのに………ほんっとベル君達には驚かされるねぇ……………」

 

ヘルメスの驚きを通り越して呆れたような言葉。

だが、その口元にはハッキリと笑みが浮かんでいる。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!??」

 

その光の中では、アンタレスの身体がボロボロと崩れ出していた。

 

「アンタレスの身体が………!」

 

それを目撃したリューが叫ぶ。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!」

 

アンタレスは力を振り絞ってベルに向かって鋏を振り下ろした。

だが、ベルはそれを避けようとはせず、鋏がベルに届く寸前に鋏の先からボロボロと崩れてしまった。

それを皮切りに尻尾の先から、頭から、腕の先から、足の先からその身を崩壊させていく。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!???」

 

アンタレスは断末魔の叫びを上げ、崩れ落ちる身体を止める術も無く、その存在を消滅させていく。

そして、最後に残ったアルテミスを閉じ込めていた結晶も消え去り、アルテミスの身体だけが残る。

すると、ベルが一歩前に踏み出した。

 

「………………………アルテミス様」

 

ベルには分かっている。

アルテミスの中には、未だアンタレスの魂が存在していることに。

ベルはアルテミスの身体を見据える。

 

「……………これで…………終わらせます…………!」

 

ベルはキング・オブ・ハートの紋章が輝く右手に意識を集中させた。

すると、立ち昇っていた光の柱が徐々に小さくなり、消えてしまう。

いや、その輝きの全てがベルの右手に集中されていったのだ。

ベルの右手に全ての光が集中し、ベルは言霊を紡ぐ。

 

「僕のこの手に『命』が宿る! 『彼女』を救えと輝き叫ぶ!!」

 

ベルは地面を蹴り、

 

「キング・オブ・ハート…………!」

 

輝く右手を振りかぶり、

 

「アルゴノゥト………………!」

 

アルテミスの身体に、

 

「フィンガァァァァァァァァァッ!!!」

 

叩き込んだ。

アルテミスの身体に流し込まれる膨大なる魂の輝き。

本来であれば、アルテミスの魂は融合したアンタレスの魂ごと砕け散ってしまうはずだった。

だが、その魂の輝きの中には、『アルテミスを護る』というベルの確かな意思が込められている。

その強い意志がアルテミスの魂を傷付けずにアンタレスの魂を引き剥がした。

それを感じ取ったベルは、

 

「グランドォォォォォォォォォォッ…………………!」

 

アルテミスを救うための最後の言霊を紡いだ。

 

「………………フィナーーーーーーーーーーーーッレッ!!!」

 

魂の輝きの奔流がアルテミスの身体を貫き、背中から放出される。

その眩い光の中に、僅かに青黒く淀んだ何かが押し出される様に混ざっていた。

アルテミスの魂から引き剥がされたアンタレスの魂だ。

『それ』は光の奔流の中で大部分が消え去り、僅かに残った残照は弱々しく天へ昇っていった。

残ったアルテミスの身体には、傷一つ無い。

ベルはアルテミスの身体を抱き上げ、地面に着地する。

 

「ベル様!」

 

リリが一目散に駆け寄ってきて、自分が着ていたローブを脱ぐと、一糸纏わぬアルテミスに被せる。

 

「ありがとう、リリ」

 

ベルはリリにお礼を言う。

 

「いえ、流石にいつまでも女神の肌を晒しておくわけにはいかないので………」

 

リリはそう言うとその場で座り込んでしまった。

 

「リリ!?」

 

ベルが驚いたように声を掛けると、

 

「大丈夫です…………でも、とっても疲れました!」

 

リリはそう言って笑って見せる。

 

「さあ、早くアルテミス様の所へ」

 

リリに促され、ベルはアルテミスの身体を抱き上げたままアルテミスの所へ向かう。

 

「アルテミス様……………」

 

「オリオン…………」

 

ベルはアルテミスの名を呼ぶと、

 

「アルテミス様、約束、守りましたよ!」

 

そう言って満面の笑みで笑って見せた。

 

「ッ………………!!」

 

アルテミスはその笑みに言い様の無い魅力を感じ、赤面して固まってしまった。

 

「……………アルテミス様?」

 

ベルが首を傾げると、

 

「い、いや、何でもない…………!」

 

それを見ていたリリは、

 

「攻略完了ですね、ベル様」

 

ニヤリと怪しい笑みを浮かべていた。

アルテミスは慌てて取り繕うと、手を伸ばして自分の身体に触れる。

すると、思念体のアルテミスの身体が光の粒子となり、アルテミスの身体に吸い込まれていった。

そして、

 

「ッ…………」

 

アルテミスの瞼がゆっくりと開く。

 

「アルテミス様…………?」

 

ベルはゆっくりと問いかけた。

 

「……………未だに信じられないな…………私は…………生きているのだな…………」

 

そう呟いた。

その時、

 

「ッ………ううっ…………アルテミス~~~~~ッ!!!」

 

ヘスティアが涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらアルテミスに抱き着いた。

 

「良かったよう! ホントによかったよう~~~っ!!」

 

ヘスティアは体面など気にせずにわんわんと泣く。

 

「ははは…………泣くなヘスティア」

 

アルテミスはそう言いながらヘスティアの頭を撫でる。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!」

 

それが嬉しかったのか更に大泣きしてしまった。

 

「いや~、良かった良かった。まさか本当に助けちゃうとはねぇ~~」

 

ヘルメスは気楽な雰囲気を出しながらそう言う。

 

「ヘルメス様…………」

 

アスフィも貰い泣きをしたのか目尻に涙を浮かべている。

 

「それにまさか、俺の夢がこんな所で適うとはねぇ~。アルテミスの一糸纏わぬ姿! ありがとうございました~!」

 

「フンッ!!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

ヘルメスをどつくアスフィに、その場の皆が笑いに包まれた。

 

 

 

その後、【アルテミス・ファミリア】の遺体を一ヶ所に集めて身形を正し、埋葬するために運び出す人員を呼ぼうと一行が地上に出てきた時だった。

ズズズズッ、と地面が揺らぐ。

 

「何だ!?」

 

「地震か!?」

 

それぞれが声を漏らすが、

 

「…………違う!」

 

アルテミスが気付いたように空を見上げた。

そこには夜空に浮かぶ月と、その隣に形作られ、引き絞られた巨大な『弓矢』。

 

「あれは…………!」

 

ヘスティアが叫ぶ。

 

「知ってるんですか!? 神様!」

 

ベルが問いかけると、

 

「『アルテミスの矢』…………」

 

ヘルメスが呟く。

一斉にヘルメスに振り向く。

 

「純潔の女神が放つ、天界最強の『矢』だ…………!」

 

ヘルメスは珍しく険しい表情でそう告げる。

 

「アレが放たれれば…………下界なんて吹き飛ぶぞ…………!」

 

その言葉に全員が戦慄する。

 

「アルテミス! 『矢』の発動を止めるんだ!!」

 

ヘスティアがアルテミスに呼びかける。

だが、アルテミスは悔しそうな表情をして、

 

「…………駄目だ。あれはアンタレスの意志によって作り出された『矢』………私では止めることが出来ない…………」

 

そう口にする。

 

「そんな…………!」

 

ヘルメスはその『弓矢』を眺めると、

 

「拙いな…………『弓矢』は殆ど完成している。いつ放たれてもおかしくないぞ………!」

 

時間が残されていないことを仄めかすヘルメス。

 

「アンタレスめ…………下界を道連れにするつもりか…………!」

 

すると、アルテミスは決心した表情をして、

 

「私を送還しろ! もしかしたら、神の力(アルカナム)が消滅して矢の発動が止まるかも………」

 

「却下です!」

 

ベルが言い終わる前に即答した。

 

「オリオン!?」

 

「あくまでそれは可能性に過ぎません。そんな可能性であなたを送還(ころす)ことは出来ません」

 

「しかし…………!」

 

アルテミスはなおも食い下がろうとする。

しかし、

 

「それに…………僕が目指す【大団円(ハッピーエンド)】には、もうあなたがいるんです。アルテミス様!」

 

「オリオン…………!」

 

ベルの言葉にアルテミスは何も言えなくなってしまう。

 

「だが、一体どうするつもりだい? もう時間は残されていない………」

 

ヘルメスがそう聞くと、

 

「………僕は武闘家です……………なら、武闘家は武闘家らしく…………どんな困難でも打ち砕いて見せます!!」

 

「まさか…………!?」

 

ベルの言葉を聞いてヘルメスは絶句する。

 

「はい…………あの『矢』を打ち砕きます!!」

 

「無理だ! いくらベル君が規格外でも、下界を滅ぼす力を持つあの『矢』を止められるわけがない!!」

 

ヘルメスにしては珍しく感情的に声を荒げる。

 

「やってみないと分かりません!」

 

「無理だ!」

 

「だったら諦めるんですか!?」

 

「ッ!?」

 

ベルの言葉にヘルメスは押し黙る。

 

「無理だから………敵わないから…………黙って敗北を受け入れるんですか!?」

 

「それは…………」

 

「僕は諦めません! 例え無理だとしても………僕より遥かに強い相手が居たとしても…………! 何もせずに黙って敗北を受け入れるぐらいなら、最後まで抗う道を僕は選びます!!」

 

ベルの言葉がその場に響き、一瞬静寂が支配する。

次の瞬間、

 

「よくぞ言った! ベルよ!!」

 

上の方から声が聞こえた。

 

「この声は………!」

 

ベルは反射的に上を見上げた。

そこには小高い岩山の上に立つ、白髪交じりの長髪を三つ編みにした初老の男性。

 

「それでこそ流派東方不敗の使い手! それでこそ我が弟子よ!!」

 

それは、ベルの師であり最強の武闘家、東方不敗 マスターアジア。

 

「師匠!!」

 

「ベルよ! 来るが良い!」

 

「はい! 師匠!」

 

東方不敗に呼ばれ、ベルは岩山の上へと駆けあがる。

他のメンバーもそれぞれのペースで岩山に登った。

岩山の頂上では、腕を組んで直立不動の東方不敗と、一歩下がって東方不敗と同じ方向を向いているベルの姿があった。

 

「ヘスティア、あの者は誰だ?」

 

唯一東方不敗を知らないアルテミスが問いかける。

 

「あの人はベル君の師匠で東方不敗 マスターアジアって言う名前さ。まあ現時点で下界最強の御仁だろうね…………」

 

その後に小さく、天界でもどれくらいあの人に敵うか分かんないけど…………と付け加える。

すると、東方不敗は未だに揺れ続ける大地を見渡す。

 

「ベルよ……………この大地の声が聞こえるか?」

 

「……………はい」

 

東方不敗の言葉にベルは頷く。

 

「『恐れている』………だろうね………」

 

ヘルメスは小さく後ろの方で呟く。

言葉には出していないが、ヘスティアもアルテミスも同じ答えだった。

だが、

 

「大地は…………大地は……………『抗おう』としています!」

 

その言葉に、神の三人は驚いた表情で彼らを見る。

東方不敗は頷き、

 

「その通りだ…………大地は………この『星』は、黙って滅びを受け入れるほど弱い存在ではない…………」

 

その言葉にベルは頷く。

 

「ですが………この大地には『アレ』に抗う『(すべ)』がありません」

 

「うむ…………知っての通りこの大自然………この『星』はとても大きな『力』を持っている。だが、その『力』はこの大地に住む『命』を育み、慈しむために使われている」

 

「この大地の力は、この大地に生きる命を『守り育てる』ことに特化しているという事…………」

 

「だが、我が流派東方不敗は『天と地の霊気を父母とし、天地自然の大いなる力をうけて生まれた拳法』。即ちこの『星』の力を借りて戦う事が出来るのだ!」

 

「はい! つまり、僕達があの『矢』に抗う『(すべ)』そのものになれるという事!!」

 

「その通りだ!! この『星』の抗おうとする『力』全てを我らの身で受け止める!! 覚悟は良いか!?」

 

「はい! 師匠!!」

 

東方不敗の言葉にベルは迷いなく頷く。

その時、天空の『アルテミスの矢』が向きを変え、ベル達の方を向いた。

 

「ッ! 『弓矢』がこちらに!」

 

「ハッ! 俺達にやられた恨みを晴らそうってか?」

 

リリとベートがそう言う。

 

「丁度良い! 正面から打ち破るぞ、ベル!!」

 

「分かりました!」

 

ベルと東方不敗の二人が同時に闘気を高める。

明鏡止水の境地により、二人の身体が黄金の闘気に包まれる。

 

「ゆくぞぉ! ベルッ!!」

 

「はい! 師匠ぉっ!!」

 

二人は同時に右手を顔の前に持ってくる。

 

「「我らのこの手に闘気が宿る!」」

 

「世界を護れと!!」

 

「轟き叫ぶ!!」

 

東方不敗とベルが言霊を紡ぐ。

右手を前に突き出し、大自然の…………この『星』の力をこの身に受け入れる。

 

「「ぐぅぅぅぅぅぅぅっ…………!!」」

 

通常とは比較にならない『力』が二人の身体を暴れ狂う。

それでも尚二人は止まることは無い。

 

「流派!!」

 

「東方不敗が!!」

 

「最終ぅぅぅぅっ!!」

 

「奥義ぃぃぃぃっ!!」

 

莫大な気を練り上げ、巨大な気弾を作り上げる。

その時、天空の『矢』が放たれた。

 

「『アルテミスの矢』が…………!」

 

その『矢』は雲を吹き飛ばし、全てを滅ぼさんと一直線にこちらへ向かって来る。

だがその瞬間、

 

「石ッ!」

 

「破ッ!」

 

「「究極!!」」

 

東方不敗とベル。

二人の師弟によるこの『星』の一撃が放たれた。

 

「「天驚けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!!!!」」

 

『星』の力を内包した極大の気弾は凄まじい勢いで天空へ向かって突き進む。

そして、空のド真ん中で激突した。

激しい光と轟音、衝撃が響き渡る。

それは、オラリオからでも確認できていた。

一瞬の拮抗。

 

「「ぐぅぅぅぅぅぅぅぅっ…………!!」」

 

だが、次の瞬間『アルテミスの矢』が二人の石破天驚拳を押し返していく。

 

「やべぇ!」

 

「押されてる………!」

 

ヴェルフとアイズが思わず声を漏らす。

『矢』が迫るにつれ、技を放っている二人にも圧力が掛かる。

 

「ッ…………ううっ……………!」

 

拳を繰り出し続けるベルだったが、足に力が入らなくなり、遂に片膝を着いてしまう。

 

「ベル君!」

 

ヘスティアが叫ぶ。

その時、

 

「何をしておる!? それでもキング・オブ・ハートかぁ!?」

 

東方不敗からの叱咤が飛ぶ。

 

「師匠………!」

 

「足を踏ん張り、腰を入れんかぁ!! 自ら膝を着くなど、勝負を捨てた者のすることぞぉ!!」

 

東方不敗が更に激突する気弾に力を送る。

すると、僅かだが押されるスピードが緩やかになる。

 

「立て! 立ってみせいっ!!」

 

己の師からの厳しくもベルを思う言葉に、ベルは顔を上げる。

 

「し、師匠…………! ッ………ぐぅぅぅぅぅっ………!」

 

ベルは気力を取り戻すがまだ立ち上がることが出来ない。

 

(立つんだ………! 立たなきゃ………!)

 

ベルは必死に立とうと足に力を込めるが、それが逆に焦りを生み、明鏡止水の境地を揺らがせてしまう。

 

「うぐぅぅぅぅぅぅ……………うあっ…………!?」

 

ベルは遂に耐えきれなくなり、吹き飛ばされようとしていた。

だがその時、

 

『『『『ベルさんっ(君)/クラネル様っ!!』』』』

 

ここには居ない筈の者達の声がした。

 

 

 

 

 

オラリオから見える『アルテミスの矢』と『石破究極天驚拳』の激突。

オラリオのほぼ全員が何が起こっているか解っておらず、神々ですら『アルテミスの矢』に何が抗っているのかを理解していない。

だが、ベルを想う少女達はその『矢』に抗う者がベルだと直感的に感じていた。

 

「ベルさん…………」

 

いつものウエイトレス姿で激突の様子を見上げるシル。

 

「ベルさん………」

 

「クラネル様………」

 

【ヘスティア・ファミリア】の仮宿から見守るカサンドラと春姫。

 

「ベル君…………」

 

ギルドの仮設事務所の外で祈るエイナ。

 

 

 

 

ベルが居る所から遠く離れたオラリオの地。

本来なら、彼女達の声が届く事などあり得ない。

しかし、彼女達の想いは星を巡る『力』に乗ってベルの元へと届く。

 

「皆っ…………!」

 

その瞬間、ベルは背中を支えられる感覚がした。

吹き飛ばされそうだった身体がその場で堪えられる。

ベルは何とか持ち直した衝撃の中、僅かに視線を後ろに向ける。

そこには誰も居ない筈だった。

だがベルの眼には、確かに自分の背を支えるシル、カサンドラ、春姫、エイナの姿が映っていた。

 

「シルさん、カサンドラさん、春姫さん、エイナさん……………!」

 

確かに感じる背中の温もり。

それに伴い身体にも力が戻ってくる気がした。

 

「ッ…………! うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

ベルは気合を入れ、体中に力を漲らせる。

着いていた膝が徐々に浮き上がり、ベルは力を振り絞って立ち上がった。

ベルは知らなかったが、その時にベルのスキル、【英雄色好(キング・オブ・ハート)】が発動していた。

 

「師匠っ………!」

 

ベルは立ち上がり、再び東方不敗の隣に並んだ。

 

「よくぞ立ち上がった! ベル! 見事だ!」

 

「師匠!!」

 

「力を振り絞れ! ゆくぞ! ベル!」

 

「はい! 師匠!!」

 

二人は更に気弾に力を送る。

押されるスピードは、先程よりもかなり遅くなっていた。

だが、それでもまだ『アルテミスの矢』は止まらない。

 

「ベル君…………」

 

持ち直したベルをヘスティアが見つめる。

 

「シル…………あなたはベルを支えているのですね………」

 

リューの眼にも、ベルの背を支えるシル達の姿が映っている。

 

「……………私は…………私も…………!」

 

リューが決心したように顔を上げると、ベルに向かって駆け出す。

そしてその背を支え、

 

「ベル! 諦めないで!」

 

「リュー!?」

 

驚くベルだが、支えられた分自分に力が入る様な気がした。

すると、その背に次々と手が添えられる。

 

「ベルなら出来る………!」

 

アイズが、

 

「頑張ってください! ベル様!」

 

リリが、

 

「最後まで付き合うぜ、ベル!」

 

ヴェルフが、

 

「フン、このぐれえでヘバってんじゃねえぞ!」

 

ベートが、

 

「皆で勝とう………! ベル君!」

 

そしてヘスティアが。

全員がベルの背中を支える。

 

「リュー、アイズ、リリ、ヴェルフ、ベートさん、神様……………!」

 

支えられるベルの背中は温もりを越えて熱く燃えるよう。

同時に、体の奥底から力が溢れてくる。

 

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

ベルが限界を超えて『力』を放出し、気弾の勢いが増して『矢』の前進を完全に止める。

『アルテミスの矢』と『石破究極天驚拳』が完全に拮抗したのだ。

だが、『アルテミスの矢』は止まらない。

少しでも力を抜けば再び押し切られる。

 

「オリオン………ヘスティア…………!」

 

その様子を衝撃に耐えながらアルテミスは見ていた。

あらゆるものを滅ぼす天界最強の己の『矢』を、下界の子供達が食い止めている。

僅かに抗う事が出来ただけでも神々にとっては信じられない事なのだが、ベル達はそれに打ち勝とうとしている。

 

「ッ……………あと少し……………もう少しなのに…………!」

 

ベルが悔しそうにそう口にする。

ベル達は限界を超えた状態で拮抗している。

この力の放出は長くは続かないし、それが途切れた時には『アルテミスの矢』は容赦なく下界を滅ぼすだろう。

 

「ベル君…………!」

 

その背を支えていたヘスティアは、ベルの零した言葉を聞いていた。

そして、一度俯くと決心したように顔を上げ、

 

「アルテミスーーーーーーーッ!!」

 

後ろにいたアルテミスに呼びかけた。

 

「ヘスティア…………!?」

 

「君は! ベル君の事を! どう思っているんだいーーーーーっ!?」

 

ヘスティアが大声で呼びかけた。

 

「か、神様!?」

 

「ヘスティア様!? こんな時に何を!?」

 

ベルが僅かに動揺し、リリも怪訝な声を漏らす。

 

「いいから君達はこっちに集中しててくれ!」

 

ヘスティアは説明する時間も惜しいとばかりにそれだけ言うと再びアルテミスの方を振り向き、

 

「アルテミス! 君は今、初めての気持ちに戸惑っていると思う! でも、今その気持ちに向き合って欲しい! 君は、ベル君の事をどう思っているんだい!?」

 

ヘスティアの言葉に、アルテミスは戸惑う。

 

「私の………オリオンへの気持ち………?」

 

『必ず、あなたを護ります!』

 

『悲劇のヒロインなんて認めない! 在り来たりと言われてもいい! ご都合主義と言われてもいい! 最後は皆が笑って終われる【大団円(ハッピーエンド)】! それが僕の目指す『英雄譚』だ!!』

 

『例え世界の命運を賭けたとしても! 僕は、あなたを…………一人の女の子を救って見せる!!』

 

『アルテミス様、約束、守りましたよ!』

 

今までのベルの言葉が思い返される。

 

「私………私は…………! オリオンを…………! 『彼』を…………!」

 

『それに…………僕が目指す【大団円(ハッピーエンド)】には、もうあなたがいるんです。アルテミス様』

 

「私は………『彼』と一緒に迎えたい………『彼』が目指す………【大団円(ハッピーエンド)】を…………!」

 

「アルテミス!!」

 

ヘスティアの叫びと共にアルテミスは駆け出す。

そのままベルの背を支え、

 

「『ベル』! 私は…………あなたが好きだ!!」

 

その想いを口にした。

 

「アルテミス様…………!?」

 

その瞬間、ベルはもう限界を超えていると思っていた自分の身体の奥底から、また新しい『力』が沸き上がるのを感じた。

 

「これは…………!?」

 

ベルは一瞬戸惑うが、

 

「行けぇ! ベル君!!」

 

何の迷いも無いヘスティアの言葉に、ベルは戸惑いを吹き飛ばした。

 

「はぁああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!! いっけぇええええええええええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

ベルの新たなる『力』の最後の一押しが、完全に『アルテミスの矢』の威力を上回った。

『石破究極天驚拳』が『アルテミスの矢』に罅を入れていき、砕けると同時に一気に貫く。

『石破究極天驚拳』は、そのまま直進し、天空に残っていた『弓』さえも貫き、掻き消して空へと消えていった。

先程の閃光と轟音が嘘のように静まり返る。

 

「………………はぁ~~~~っ!」

 

ヘスティアが脱力して崩れ落ちると同時にその場の時間が動き出したような気がした。

 

「ははは…………まさか、天界最強の『矢』を下界の子供達が打ち破るなんてね………」

 

ヘルメスが参ったと言わんばかりに帽子を深く被る。

神の力(アルカナム)を封印し、下界に降りた神々ならともかく、たった今放たれた『矢』は、アンタレスが放ったものとはいえ、紛れもなくアルテミスの神の力(アルカナム)が使われた真の神の力。

それをこの『星』の力を借りたとはいえ、紛れもない下界に住む人間たちが打ち破ったのだ。

流石のヘルメスも驚愕も呆れも通り越して乾いた笑いを漏らすしかなかった。

見れば、ベル達も全員その場に崩れ落ちて座り込んでいる。

だが、

 

「ベルよ! そして仲間達よ! 見事であった!」

 

東方不敗だけは直立で腕を組む余裕すらあった。

 

「この『星』の力。そしてお前達の絆。一つでも欠けていればこの勝利は無かったであろう!」

 

東方不敗はベルを含め、この場の全員を称賛する。

 

「師匠…………!」

 

「ベルよ! 確かにお前個人では儂にはまだ及ばん! しかし、仲間達との絆! そして絆を『力』に変える『(ヘスティア)』! それらは儂には持ち得ぬものだ。それらを踏まえれば、お前は儂を越えたと言えよう………!」

 

「師匠!? そんな事は………!」

 

ベルが何か言おうとした時、

 

「くぁあああああつ!!」

 

東方不敗の一喝が響いた。

 

「何を勘違いしておる!? そしてこの儂を誰だと思っておる!? 未だ負けを知らぬは東方不敗ぞ!! 越えられたからと言っていつまでも弟子に後れを取ったままでいるほど耄碌したつもりはないわぁ!!」

 

それは東方不敗も、もっと強くなるという意気込み。

 

「師匠…………!」

 

それを聞いてベルは自然と笑みを浮かべる。

その時、東の地平線から朝日が顔を出した。

それを眺める東方不敗。

 

「美しいな、ベルよ」

 

「はい、とても美しゅうございます………!」

 

ベルは東方不敗の言葉に同意する。

 

「ならば!」

 

東方不敗の合図と共に、

 

「「流派! 東方不敗は!」」

 

いつもの掛け合いを始めた。

 

「王者の風よ!」

 

「全新!」

 

「系列!」

 

「「天破侠乱!! 見よ! 東方は赤く燃えている!!!」」

 

朝日の中に熱き叫びが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

~FIN~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おまけ

 

 

 

 

 

「ところでアルテミス様、先程のお言葉は本当ですか?」

 

リリがアルテミスに声を掛ける。

 

「えっ?」

 

「先程、アルテミス様はベル様が好きだと仰いましたよね? それは本気ですか?」

 

そう言われると、アルテミスは頬を染めて俯き、

 

「……………ああ………本当だ…………私は、彼が好きになってしまった…………! 恋人が居て…………彼を想う者が多くいるにも関わらずにだ…………」

 

そう口にする。

 

「そうですか…………それならば!」

 

リリはアルテミスに手を差し出し、

 

「アルテミス様も『ベル様ハーレム』の一員になりませんか?」

 

そう宣言した。

 

「ハーレム……………?」

 

アルテミスがきょとんとして首を傾げる。

 

「『ベル様ハーレム』はその名の通りベル様をお慕いする同志が集まって結成したベル様のハーレムです。ベル様の一番になれないなら、二番以降のベル様のハーレムになってでもベル様と添い遂げようとする者達の集まりです! 私が結成当時からいるベル様ハーレムNo.01です。『豊穣の女主人』のウエイトレスのシル様がNo.02。そこにいるリュー様がNo.03。オラリオに残っている【ヘスティア・ファミリア】のカサンドラ様がNo.04。春姫様がNo.05。ギルドのエイナ様がNo.06。そして、ヘスティア様がNo.07となっております。今なら、アルテミス様をNo.08としてお迎え致します」

 

そこまで言うと、

 

「ちょっとリリ! いきなり何言ってるのさ!? しかもアイズの目の前で!」

 

ベルが叫ぶ。

すると、

 

「いいのか?」

 

アルテミスが期待を込めた目でリリに聞き返した。

 

「もちろんです!」

 

リリは即答する。

 

「よろしく頼む!」

 

アルテミスは戸惑うことなくリリの手を取った。

 

「歓迎しますよ」

 

リリはニッコリと笑って握手をする。

それを見たベルは、ギギギとブリキ人形のように首を回してアイズを見る。

何気にアイズは嫉妬深い事を分ってきたベルは、アイズが不機嫌になっていると思ったのだが…………

 

「…………………あなた達も………ベルの事が好きなんだよね?」

 

アイズはリリ達にそう問いかけた。

 

「もちろんです! ですが、アイズ様の邪魔をしようとは思いません。ただ、アイズ様が感じている幸せの一部を、私達にも分けていただきたく思っているのです」

 

リリはアイズを真っすぐ見返してそう言う。

すると、

 

「………………………………ベルが良いなら、良いよ?」

 

「アイズ!?」

 

「本当ですか!?」

 

アイズの言葉に驚愕するその場の全員。

アイズは頷き、

 

「ベルの一番は私だから…………ベルが一番に私を想ってくれれば…………我慢する」

 

「これは、予想外の進展です! 最も最難関と思われたアイズ様の許可をこんな形で認めていただけるとは!」

 

リリが喜びと驚愕を露にする。

 

「え? アイズ? 本気?」

 

ベルの問いかけに、アイズはこくりと頷く。

 

「これで後はベル様自身に認められれば万事オッケーです!! リュー様! 早速シル様達に報告を! 緊急ベル様ハーレム会議を開いてベル様を攻略する手段を話し合うのです!」

 

「分かりました!」

 

リューが即答して駆けていくと、竜の一匹が飛び立つのが見えた。

 

「えっ? リュー?」

 

展開の速さに着いて行けないベル。

オロオロしているベルを見て、

 

「武闘家としては一皮むけたようだが、男としてはまだまだだのう」

 

東方不敗はやれやれと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャッフル同盟最終【ステイタス】

 

 

 

 

 

リリルカ・アーデ

 

 

Lv.宇宙海賊

 

 

仲 例 俺 俺 来

間 え の は な

と 一 戦 負 鳥

俺 つ い け 野

と の の る 郎

  敗 邪 訳 !

あ 北 魔 に 

ん も は は フ

た 二 さ ゆ ラ

の 人 せ か イ

運 の な ん ド

命 も い の チ

の の ! だ キ

為 で ! あ ン

に は   ぁ に

! な   ぁ し

  か   ぁ て

  っ   ぁ や

  た   ぁ る

  の   ぁ ぜ

  か   っ !

  ・   ! !

  ・

  ・

  ・

  ・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴェルフ・クロッゾ

 

 

Lv.貴族騎士

 

 

 

討 戦 騎 出 私 マ

つ い 士 陣 は リ

べ は は い 負 ア

き ま 敵 た け ル

は だ に し な イ

    背 ま い ゼ

自 終 を す ! 様

分 わ 向 ! ! ぁ

の っ け     ぁ

心 て な     ぁ

  い い     ぁ

  な       ぁ

  い       ぁ

  ぞ       ぁ

  !       っ

  !       !

          !

 

 

 

ベート・ローガ

 

 

 

 

Lv. 少林寺

 

 

 

同 オ 少 負 父

じ イ 林 け さ

時 ラ 寺 な ん

を の 再 い  

分 姿 興 ! 父

け が は 負 さ

合 見   け ぁ

っ え オ る ぁ

た る イ わ ぁ

ア か ラ け ぁ

ニ な が に ぁ

キ ? や は ぁ

と   り   ぁ

な   遂 死 ぁ

ら   げ ん ん

ば   る で !

!   ! も !

      負 

      け 

      る 

      わ

      け

      に

      は

      !

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

 

 

Lv.アメリカンドリーマー

 

 

 

 

俺 例 ど I I お

が え う    前

夢 こ し W W  た

だ の た I I ち

! 身 ? L L に

  が   L L 坊

俺 砕 も     や

が け う B N 扱

希 よ 一 E E い

望 う 度    V さ

だ と 笑 B E れ

! も っ A R て

  ! て C   た

俺   み K G ま

は   な ! I る

今   よ    V か

こ   ?    E ぁ

そ         ぁ

最        U ぁ

高        P ぁ

に       ‼ ぁ

燃         っ

え         !

て         !

や      

る    

!     

!     

      

俺    

は   

夢 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 

 

 

流派東方不敗は王者の風

 

 

 

  

 看 石 全 王 東 新

 招 破 新 者 方 一

 ! 天 招 之 不 派

   驚 式 風 敗

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





はい最終話完成しました。
めっちゃ長くなった。
まあ、思いついたネタの殆どが最終決戦でのことなので。
はい、ご都合主義の如くアルテミス様助かりました。
アルテミスを助ける所は、先代シャッフル同盟がDG細胞に侵された新シャッフル同盟を救うシーンと、ギアナ高地でのデビルガンダムへの止めのシーンをイメージしてます。
原作ではアンタレスを倒したところでアルテミスの矢は消滅しましたがこちらでは怨念が残ってぶっ放しました。
それを止めるために登場したのが我らが師匠東方不敗。
いいとこ取りですね。
おまけにベル君ハーレム完成。
こんな感じです。
それでは、こちらでまた会う日が来るかは分かりませんが、未来へ向かって
レディィィィィィィッ……ゴーーーーーー!!


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