その娘、サラ・ウィーズリー。 (じーじ)
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プロローグ

 ここ数年、人々はほとんど誰も希望を持つことすら出来ずに絶望し、抗うことも諦めていた。

 

 世界を闇に包むほどの力を持った魔法使い。人はその名前を口にすることすら恐れ、ある人は『例のあの人』と呼び、またある人は『闇の帝王』と呼んだ。

 

ただ一人を除いては。

 

 この世界で唯一、その男に対抗できる力量を持つとされた魔法使いがいた。ダンブルドアはただ一人、恐れることなくその名を呼んだ。

 

『ヴォルデモート』と。

 

 しかしその彼でさえ、男の暴走を止めるだけの力を持ち合わせてはいなかった。

 もうダメか。誰もがそう諦めかけたとき、奇跡は起こった。

 

 闇の帝王が倒れたのだ。ハロウィンの夜の知らせは瞬く間に全世界に知れ渡り、人々は歓喜に湧いた。

 

 例え、倒したのが生後3か月の赤ん坊であったとしても、そんなことはどうでもいい。絶望の権化とも言える彼が死んだのだから。

 そんなことを考えるくらいなら両手をあげて喜ぶほうが今は重要だと言わんばかりに魔法界中がお祭り騒ぎだった。

 

そんな中、ダンブルドアは頭を抱えていた。

 

 この騒ぎの中心とも言えるハリー・ポッター……ではなく、その姉。世間には知られていない彼女をどうするか、であった。

 

 5歳になった彼女は1年前、ハリー・ポッターの予見が明らかになったときから、必ず訪れる危険から守るために後見人に名乗り出たシリウス・ブラックに預けられているのだ。

 

しかしその彼も今はアズカバン。本来なら彼女を迎えに行き、弟であり”選ばれた”ハリーと同じようにダーズリー家に預けるのが一番だが、幼いながら、彼女はここを動かないと言い張った。それに、彼女はリリーによく似た明るい、それこそ燃えるような赤毛をしている。さらには頭一つ以上も抜きん出た魔法の資質を持っている。いくらなんでもあのマグルの家族に預けるには目立ち過ぎてしまう。

 

だからこそ、彼は頭を抱えることになったのだ。

 

「ダンブルドア…もう彼女の意思を尊重している場合ではないのでは?あのマグルたちに預けられなくとも、どこか大人のいる安全な場所に預けるべきです」

 

 憂いの篩を前に考えを巡らせる中、向かいに立つマクゴナガルが意見を発した。少し引いたところにいるハグリッドも頷いた。

 

「そうです、ダンブルドア先生。俺もあの家に1人は危ないと思とったです」

 

 ダンブルドアは首を横に振り、自身のこめかみに杖先を当てた。そのまま杖を引くとその先には、まるで蜘蛛の糸が引くように銀色の糸が纏わりついている。

 

「……あの家には数々の保護呪文が掛けられておる。その心配は要らん。わしが気にしとるのはあの子があの家で、あの屋敷しもべ妖精に育てられることで闇に染まらぬか、ということじゃ。クリーチャーは少なからず心を病んでおる。心配なのじゃよ…いつか、あの子がハリーと対立せぬか…」

 

 ダンブルドアは抜き出した糸を篩に落とし、眉間にシワを寄せた。

 

 水面に映るのは、リリーによく似た赤い髪とジェームズのハシバミ色の瞳を持つ女の子の姿。5歳になったばかりではあるが、もうその顔にはリリーの面影を見ることができる。

 

 ハリーがヴォルデモート卿に選ばれたハロウィンの日の翌日、つまりは昨日、ダンブルドアのところに訪れたトレローニーは2つめの予見を発した。

 

━━━光にも闇にも染まりうる者が生まれたり。彼女が闇に染まりし時、闇の帝王をも遥かに凌駕する存在となるであろう。彼女は選ばれし者の近くにて、忌むべき赤毛を持つ者なり。

 

 その予見を聞くなり、ダンブルドアは予見の子が彼女であると考え、こうして今呼べるだけの不死鳥の騎士団員を呼んだのだ。

 

 ハリーが選ばれたことによりあの子は『光にも闇にも染まりうる者』になった。

 

 果たして、この子はどう生きるのか。もし本当に闇に染まるようなことになればそれこそ、闇の時代が再来するだけでなくマグルとマグル生まれ、スクイブたちの滅亡に繋がってしまう。『闇の帝王をも遥かに凌駕する』とは恐らくはそういうことだ。そうならないように手を差し伸べなければいけないのははっきりしている。だがどうするべきか…。差し出す手を間違えればこの子の未来も世界も闇へと傾いてしまう。

 

「ハリーと?まさか、そんなことには━━━」

 

「━━させぬ。そのためにはどうすることが最善か……」

 

 また篩を覗き込み、ダンブルドアはふと、動きを止めた。その目はしっかりと子どもの髪を捉えていた。

 

「ミネルバ━━━━━」

 

 

 

 

 

 

 

 



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賢者の石
第1話


ものすんごい亀投稿  
進まないというよりは書きたいことが多すぎて妄想だけが突っ走る。サラさんには素敵な女性でいてもらいたいですね((((

ところで中世イギリスの文化大好きです。モーニングティー、イブニングティー…それからデビュタントとか。素敵ですよね。夢があります(本編には全く関係ありません)。


9月1日、11歳の子どもがいる家庭はどこも、例外なしに忙しくなる朝。何の変哲もない朝だ。

 

「サリー、そろそろ出るからロンの荷物、手伝ってあげてちょうだい」

 

ひょろひょろと上に伸びたような家の中、燃えるような赤毛たちが忙しく行き来してはあれはどこだ、これはどこだ、と騒いでいる。

 

「オーケー。ああ、そうだわ母さん、フレッドとジョージは?」

 

魔法界でもある意味有名とも言える一家の子どもたちのその1人。数ある中の1人とて、彼女は中でも有名だった。

 

歳は15、整った目鼻立ちにハシバミ色の瞳、背中の中頃まで伸ばした燃えるような美しい赤毛。子沢山で有名なウィーズリー家の4人目にして長女、そしてホグワーツきっての天才サラ・ウィーズリー。日刊予言者新聞に取り上げられ、今やイギリスの魔法族ならほとんど誰もが知っている。

 

まだ学生だが、今まで数々の新しい呪文や魔法薬の開発を成してきた彼女は今や、元々裕福ではなかったウィーズリー家の稼ぎ頭なのだ。

 

「忘れ物を取りに行くって上に上がったっきり降りてこないのよ」

 

モリーは呆れたように言って、彼らが置きっぱなしにしていったパジャマに杖を振って洗濯かごに放り込んだ。そこに、まだ直らない寝癖と格闘しながら、一つ上の兄であるパーシーが洗面所から帰ってくる。

 

「上に行くついでに急かして来てくれ。このままじゃホグワーツ特急に乗り遅れてしまう」

 

もったいぶったような彼の声に嫌な顔1つせず、少女は快諾して長く伸ばした赤毛を揺らしながら弟たちの世話に向かう。ふと彼女は足を止め、くるりと振り返った。視線の先にはもごもごとパンを咀嚼する妹の姿。

 

「そうそう、ジニー。ハリー・ポッターが今年入学だって━━━もう知ってたかな。駅で会えるかもね」

 

サラにとって、この世界的に有名なハリー・ポッターは実弟であるが、ジニーとロン、フレッド、ジョージ━━つまり、サラより下の子どもたちだけは、この家族の中でサラが養子であるとも、まさかあのハリー・ポッターの実姉であるとも知る由もない。

 

ジニーは頬を燃えるような赤毛と同じくらい真っ赤に染めて、ぼそぼそと「そうね」とだけ返した。その様子にサラも嬉しそうに頬に笑みを綻ばせて軽い足取りで階段を上って行く。

 

鼻歌交じりに3階まで上がり、すぐ手前のドアをノックした。扉には『フレッド&ジョージ』の札。中からはドタドタと慌てまわる2人の声が聞こえた。

 

「私よ、安心して」

 

「サリーか!びっくりさせないでくれよ」

 

ジョージの声。その声とともに彼はサラに扉を開けた。寝起きにサラが強制的に梳かしたはずの髪も今暴れたせいでまたぼさぼさになっていた。

 

「色々持って行こうと思ってさ。大丈夫、もう詰めたから。今下りるよ」

 

イタズラ好きでよくモリーにグッズを没収されている2人は、サラをモリーと勘違いして大慌てでグッズを隠そうとしたらしい。彼らの背後にはポケットがパンパンに膨らんだトランクがあった。

 

「来年からはトランクの中だけじゃなくてポケットにも拡張呪文、掛けないとダメね」

 

特に彼らのイタズラに悪い気は感じていないどころか、むしろ母には内密に資金提供までしているサラはにこにことそんなことを言った。

 

「向こうに着いたらまた掛けてくれよ。俺たちまだ上手く使えないんだ」

 

ジョージが言った。

 

「ええ、着いたらね。それと二人とも、その前にもう一度髪を梳かしたほうがいいわ。折角の色男が台無しよ」

 

サラはいたずらっぽく微笑んで、背の高い弟の赤毛に手櫛を入れる。もちろん、背伸びで、だ。この双子もその下の弟も、果ては妹までも、血筋故かとても背が高いのだ。

 

「俺のこと色男だってよ」

 

「同じ顔だろ、バカ」

 

にやつくジョージにフレッドが呆れて言った。

 

「二人ともちゃんと色男よ。さあ、そろそろ車にトランクを詰めてきなさい」

 

クスクスと笑い「さあ行った行った」と彼女は弟たちを部屋から送り出して1つ下の階のもう一人の弟のところに向かう。案の定、彼は階段のところで重いトランクと格闘していた。

 

「手伝うわ、ロン」

 

「ああ、ありがと、サリー。皆、こんなのを毎年持って行くなんてすごいや、ほんとに」

 

ロンはもう疲れたように言って、はあ、と溜息を漏らした。

 

彼はこの家と同じようにひょろひょろと手足だけ長いような非力な少年だ。皆とは違って中々背が伸びないサラにとってそれは羨ましいものではあったが、本人からすればコンプレックスの塊である。

 

「すぐに慣れるわよ。さあ、一斉の声で行きましょう」

 

 

 

 

 

 

先にトランクを積み終わったパーシーに手伝ってもらって、数分がかりでやっとトランクを車に積み終える頃、ホグワーツ特急までの時間はかなり迫っていた。

 

「さあ、早く乗って!ジニーとサリーは前!フレッド、ジョージ!早くしなさい!」

 

運転席に座るアーサーの声に急かされてやっと、ウィーズリー家は揃ってフォード・アングリアに乗り込んだ。

 

魔法で拡張しているとは言えど8人も乗れば当然、鮨詰め状態になるのは不可避なわけで。この4人乗りの小さな車に、運転席1人、助手席3人、後部座席4人なんて頭がおかしいとしか言いようがない状態である。

 

サラは自身もそれなりにギュウギュウ詰めながらバックミラーに映る、すでに疲れた表情の兄弟たちを見て苦笑した。

 

やっとキングズクロス駅に着いたとき、もう刻限は迫りつつあった。車を停めに行く時間すら惜しく、アーサーを車内に置いて行くこととなり、彼はひどく寂しがっていた。

 

「急いで!ほら!」

 

マグルと魔法族で溢れかえる駅構内。ふくろうやネズミを連れた赤毛の一家の大移動なんて嫌でも人目を引いた。さらにはその内の少女━━━サラが次から次へとおかしな格好の人たちに話し掛けられているともあればそれはさらにおかしな光景であった。

 

「サラ!今年はどんな新作を発表するのかな?楽しみにしているよ」

 

「サラさん!いつもありがとうね!重宝させてもらってるよ!」

 

「サリー!久しぶり!また勉強教えてね!」

 

老若男女問わず話しかけられる彼女の姿に、何も知らないマグルたちは何かの女優か有名な研究者かと魔法族につられてざわめき立つので、いつも余計に9と4分の3番線に入るのが難しくなる。

 

「じゃあ、いつも通り先に行ってて。私は向こうで変装してから行くわ」

 

サラは1人、家族から離れようと後ろを振り返り、そして目を見開いた。

 

少し向こうで不安そうにキョロキョロと周りを見渡している、黒いくしゃくしゃの髪に丸眼鏡の少年。

 

「ハリー・ポッター……」

 

思わず口走ったサラの声はホームのざわめきに消えた。

 

サラの記憶にほんの少しだけ残る、丸眼鏡の奥の優しいハシバミ色の目。ハグリッドが見せてくれた写真で見た、亡き父の特徴をよく受け継いだ容姿。不安げに眉根を下げてさえいなければ、もしかしたら、ジェームズと間違えてもおかしくはないだろうというくらいだ。

 

サラはもう一度家族を振り返る。家族はまだそこにいた。

 

「母さん、あそこの子、迷子みたいなの」

 

母はフレッドとジョージを送り出そうとしているところらしく、2人が成り代わってふざけているのをキッと睨み、今度はスイッチを切り替えたように笑顔でサラを見た。

 

「あら、魔法族?」

 

「ハリーよ。ハグリッドに見せてもらったジェームズの写真にそっくりだもの。私じゃ周りの目もあるし、お願いできる?」

 

「もちろんよ。さあ、心配せずにいってらっしゃい」

 

笑顔の母に背を押されるまま、「ありがとう」と礼を言ってサラは自分のカートを押して物陰に入り、自身に変身呪文を掛けた。

 

本来ならニオイで魔法省に厳重注意を受ける行為だが、サラには関係ない。彼女の特殊な状況に見切りを付けた魔法省がこういう事態にのみ使用を認めているのだ。

 

最早完全に別人となったサラはブロンドを靡かせ物陰から出て人混みに紛れると、難なく9と4分の3番線ゲートを通った。もうハリーの姿は見えなかった。

 

「ああ、問題なく来れたのね」

 

出たところすぐのところにいたモリーは壁をすり抜けてきた金髪のサラを見るなりすぐに微笑み、彼女が自身に掛けた変身術を解除した。大抵サラが変身する姿は一緒なのでこの母にはすぐにバレるのだ。

 

「うん、ハリーは?」

 

彼女はぺたぺたと確認するようにサラの身体に触れながら半分サラを引き摺るようにゲートを離れていく。

 

「大丈夫よ。さっきコンパートメントを探しに入ったわ。本当に礼儀正しい子ね」

 

モリーはカートからサラの荷物を下ろし、列車に乗せた。

 

「コンパートメントが見つかったら顔を出して知らせてね」

 

「ええ、わかったわ」

 

 

 

 

━━━と笑顔で返事をしたものの、列車の最後尾から乗り込んでしばらく、まだ空いているコンパートメントには出会えていない。

 

既に特急は出発した後なのでモリーに別れの挨拶もできないままになってしまった。

 

同級生たちとの友達付き合いのようなものがあまり得意なわけでもないサラは、既に3〜4人でグループを築いているコンパートメントに割り込める程仲の良い友だちもおらず、今だトランクを浮かせ引き連れたまま列車を縦断している。

 

「おーい、サリー!まだコンパートメントを探してるのかい?」

 

ふと、少し向こうのコンパートメントの前に2つの赤毛が見えた。フレッドとジョージだ。

 

「ええ…まあね。中々空いてなくて」

 

サラがそう言うとフレッドは苦笑した。

 

「サリーはそういうの苦手だもんなぁ。でももうどこも空いていないだろうし、俺たちのところも空きはないし……あ、ここは?なあ、ロン、ハリー」

 

フレッドは中で事を見守っていた2人を見た。ロンはすぐに頷いた。

 

「いいよ、ハリーは?」

 

「構わないよ」

 

ハリーも嫌な顔1つせず快諾してくれた。

 

「ありがとう」

 

「じゃ、決まり。俺たちもう行かなきゃ。ジョーダンがでっかいタランチュラを持ってるって。来るか?ロン」

 

今度はジョージがコンパートメントに首を突っ込みにやにやと言った。ロンは蜘蛛の仲間が大嫌いだと知っているのにその彼をからかうのは幼い頃からの双子のお気に入りの遊びだ。

 

「ジョージ?」

 

サラは窘めるように名前を呼んだ。

 

「おっと。我らがお姉さまがお怒りだ」

 

「怖や怖や」

 

2人は首を縮め、戯けたようにコンパートメントを去って行った。

 

「イタズラ好きなのよ、寛大に見てあげて━━━ああ、自己紹介がまだね。私はサラ。ロンより4つ年上よ。良かったらサリーって呼んで。よろしくね」

 

ハリーの向かいに座りサラは彼に手を差し出した。

 

「僕はハリー、ハリー・ポッター。こちらこそよろしくね」

 

友好の握手を交わしながらそんな会話を交わした。

 

少し垂れたアーモンド型の目。父とは違う透き通った緑色の瞳に、くしゃくしゃの黒い髪。全体的に整った顔立ちだが、鼻に乗っているのは、何度も折れたのだろう、ブリッジをセロテープでぐるぐる巻きにされ、レンズに小さなひびが入ったボロの丸眼鏡。それがほとんど全て、彼の折角の顔立ちを邪魔していた。

 

サラは腰のホルダーから杖を取り出し、ハリーのお粗末な眼鏡を指さした。

 

「それ、貸して。直してあげる」

 

「直せるの?」

 

ハリーは半信半疑ながらも眼鏡を外して差し出した。

 

「ハリー、ここは魔法界だよ?」

 

ロンが言った。

 

「簡単な魔法よ」

 

サラが微笑み、とんとんとそのブリッジを軽く叩けば、途端に眼鏡は修復し始めた。ひびは火花と共に消え、何重にも巻かれていたセロテープも空中に巻き込まれるように消えた。ブリッジには折れていたような跡も残っていない。

 

瞬きする間もなく、サラの手に乗っていた眼鏡は新品同様になった。

 

「はい、掛けてみて。度数も貴方に合わせて変わるようにしておいたわ」

 

「レパロってそんな魔法だったっけ…」

 

サラがハリーに眼鏡を手渡すのを見ながら、ロンは半分呆れながら言った。

 

「ちょっとした魔力のリサイクルよ。こういう古い魔法って無駄が多いから、本当なら余分に消えちゃう分の魔力をそっちに回したの」

 

さらりととんでも発言をする姉にはもう結構慣れてきているので、ロンはあまり追及はしないと決めている。

 

ハリーは早速眼鏡を掛けてみて窓に流れていく景色を見ながら、感嘆の声をあげていた。

 

「ありがとう!サリーって凄いんだね。うわぁ…ほんとに度が合ってる!遠くまでよく見えるよ!」

 

サラは、嬉しそうに窓に張り付くハリーをにこにこと見守りながらセンチメンタルな感情に浸っていた。

 

もしもこの子が『普通』だったら、私もハリーも、父さんも母さんも仲良く暮らせていたのかな、とか、でも私は義母さんや義父さん、ビルもチャーリーもパーシーも、フレッドもジョージもロンもジニーも皆好きで、皆とは変わらず家族でいたい、とかだ。

 

ふと、ハリーの声に現実に引き戻される。

 

「ねぇ、サリー!この魔法、いつ習うの?」

 

キラキラした無邪気な、無知な目。

 

サラは微笑んだ。

 

「1年生のうちに習うわ。度を合わせようとするとまた違う呪文になるけど、単純に直すだけなら簡単だから」

 

「そうなの?僕も早く使えるようになりたいなぁ」

 

「僕も早く習いたいよ」

 

ハリーに同調しロンが言った。手には新品の杖。元はパーシーのボロを使う予定だったが、臨時で入った収入でモリーには内緒に(当然、後でバレてしまったのだが)サラが勝手に新調したものだ。

 

「え?君は家族から習ったりしないの?」

 

不思議そうにハリーが尋ねた。

 

「んー、フレッドとジョージからポンコツは教わったけど、それ以外は全然。教えてくれないんだ」

 

ロンが肩を竦めて言うと、それにサラが補足を入れる。

 

「まだ訓練を受けていない未熟な魔法使いは事故が多いのよ。家庭で教えるところもあるみたいだけど、危ないから私はおすすめしないわ。前に一度、浮遊呪文の練習をしていた7歳の男の子がそばで寝ていた曾祖母の髪に火をつけて危うく大惨事って、新聞に小さく載ってたこともあるもの」

 

サラの脳裏を過る、新聞の端の小さな記事。5年ほど前のことだが、まだ入学していなかったサラにとっては、それなりにショッキングな記事だったことを覚えている。

 

「そんなことが?どうしよう、不安になってきちゃった…僕なんて絶対へたくそだよ、本当に燃やしちゃうかも」

 

「大丈夫よ、ホグワーツは世界一の学び舎だもの。下手も上手いも関係ないわ」

 

「だといいけど……」

 

元気付けるように言ったサラに、ハリーは絶望的になって言った。

 

数々の呪文や魔法薬の功績から、それなりに自信を持っているサラに対し、今まで虐げられてきたハリーは全く以って自信など皆無だった。育った環境でここまで性格は違ってくるものなのかと少し不安さえ覚えるほどだ。

 

「…そうだわ、ねえ、ハリー。マグルってどんな感じなの?」

 

 

 

 

 

 

ハリー、ロンとマグルのことや魔法のことを話すうち、気付けば列車はロンドンの街を遠に後にしてスピードを上げ、牛や羊が草を食む牧場のそばを走り抜けていた。

 

もう大きな建物やレンガ、アスファルトさえ、この、窓ガラスの向こうに広がる景色には1つもない。誰も口を開かずに、ただ通り過ぎて行く少しくすんだ草原を眺めていた。

 

12時を少し過ぎる頃、通路の方からガチャガチャと大きな音がして、えくぼの可愛らしい老女が引き戸を引いた。

 

「車内販売よ。何かいかが?」

 

老女の押すカートを見るなりハリーはパッと立ち上がった。不自然に膨らんだポケットがジャラジャラと音を立てる。

 

反対にロンはポッと耳元を赤らめて、サンドイッチがあるからと席に縮こまった。そんな弟の様子に、サラは微笑んだ。

 

「大丈夫よ、私が出すから。ほら、好きなの選んで」

 

サラが出した財布には、ガリオン金貨1枚と、シックル銀貨、ヌクート銅貨がいくらか入っている。全て、サラが呪文やら魔法薬やらの開発で得たお金だ。

 

サラは何度このお金を、人数やら大食らいの男ばかりやらで日々火の車になっている苦しい家計に回そうとしたことだろうか。だが変なところが律儀な母モリーはどうしても、サラが差し出すお金を受け取ってはくれないのだ。

 

「貴女が稼いだお金なのだから、貴女の好きなように使いなさい」と、あまりに頑固な母に、サラは交渉に交渉を重ね、やっと毎月2ガリオンずつグリンゴッツの金庫に入れる、という風に落ち着いたのがつい先日。当然、まだロンや他の兄弟たちにまでその潤いは到達していなかった。

 

サラの言葉を聞いて、ロンは顔を輝かせた。

 

「いいの?!」

 

「もちろん。入学祝いよ。私の財布が許す限りなら、好きなだけ」

 

「ありがとう!!」

 

ロンはとびっきりの笑顔で、百味ビーンズやドルーブルの風船ガム、蛙チョコレート、かぼちゃパイ、大鍋ケーキ、杖型甘草あめ、かぼちゃジュースなんかで溢れる販売カートに飛び付くように駆け寄り、ハリーと一緒にお菓子を選び始めた。

 

やがて全種類を少しずつ買って両腕に抱えたハリーは、ポロポロといくつか落としながら席に戻った。ロンも決まったようだ。

 

「僕、蛙チョコ4つと大鍋ケーキとかぼちゃジュースね!」

 

「オーケー。じゃあ、私は蛙チョコとかぼちゃパイ。あと、紅茶はもらえる?」

 

6シックルと3ヌクートとおばさんに手渡し、席に戻るとハリーは既にかぼちゃパイに齧り付いているところだった。

 

「ありがと、サリー!」

 

受け取ったお菓子をロンに渡し、ハリーの向かいに腰を下ろした。

 

「お腹、空いてたの?」

 

ハリーの隣でかぼちゃジュースの固い栓と格闘しているロンが、うんうんと呻き声を上げるので杖を向け、その栓を飛ばした。このジュースの栓は時々、嫌がらせかと思うほど固く閉められているときがあるのだ。ロンは運悪くそれを渡されたらしい。

 

「ペコペコだよ。それより、紅茶なんてあったの?」

 

ハリーは口の端についたパイのくずを拭きながら尋ねた。

 

「ああ、メニューにはないわよ。私、かぼちゃジュースが好きじゃなくて。1年生のときに、車内販売の飲み物がこれしか無いって知らないで来たからおばさんに迷惑かけちゃったのよ。それからずっと、私専用の裏メニューってことにして紅茶を置いてくれてるの」

 

水筒も何も持たず渇いた喉だけがひりひりとして、泣きそうになりながら、カートに積まれている大嫌いなかぼちゃジュースを睨みつけていた4年前を思い出し、サラはくすくすと笑った。

 

「そうなんだ…入学初日にそれって大変だね」

 

自分もそうならなくてよかったという顔で、ハリーは持ってきていたらしいペットボトルに口を付けた。

 

「ああ、そう言えばずっと前にそんなこと言ってたっけ」

 

「今となってはいい思い出ね」

 

 

 

 

 

 




設定ごちゃごちゃし過ぎましたかね…?
サラさんは小さいときの記憶ちょっとだけあります。これだけ言っておきます。あります。

3歳〜の記憶って覚えてるものですよね?私は覚えてるので違和感なく書いたんですが、妹や姉は全く覚えてないらしいんですよね(´∀`;)


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第2話

途中、だらだらと長ったらしい文章があります。
読む必要は皆無な文章です。


追記━━少し加筆修正しました。


お菓子1つについても律儀に説明しているロンの声を聞きながら、サラはぼんやりと窓の外を眺めていた。紅色の列車は、今は荒涼とした風景の中を走っている。もう整然とした畑ものどかな牧場も見えず、暗い森や曲がりくねった道、暗緑色の丘が車窓を流れていく。

 

ふと、コンパートメントのドアがノックされ、サラは顔を上げた。扉のところに立っているのは泣きべそをかいた丸顔の男の子だ。

 

「ごめんね、僕のヒキガエルを見なかった?」

 

どうやら今年も早々にペット探しの生徒が出たようだ。流石に入学前の行きの列車で、というのは初めてだが。

 

サラは首を横に振った。ハリーとロンも同じように首を横に振る。

 

「見ていないわ。一緒に探しましょうか?」

 

サラが提案すると男の子は服の袖で乱暴に涙を拭い、首を横に振った。

 

「だ、大丈夫、きっとすぐ、出てくるから……いつも逃げてばっかりなんだ」

 

慣れてるよ、と言うものの、あまりそういう風には見えなかった。

 

「ごめんね、ありがとう」

 

男の子はしょぼくれたまま、そう言って出て行った。

 

「どうしてそんなこと気にするんだろう?僕がヒキガエルなんて持ってたら、すぐにでもなくしちゃいたいけど……でも、スキャバーズを持ってきたから僕も他人の事は言えないね」

 

言って、ロンは膝の上で百味ビーンズを貪っているネズミを見た。

 

「ご飯じゃないときは本当に動かないんだ。死んでてもわからないよ」

 

まさか、とハリーは言うがサラは苦笑するしかなかった。

 

まさにその通りなのだ、このネズミは。朝夕のご飯の時以外は殆ど寝て過ごし、それ以外に起きるといえばトイレか、サラが研究用に毛を少々頂戴する時くらいだ。

 

「私も何度か生死を疑ったことがあるけど、生きてるわよ、ちゃんと」

 

ハリーが笑った途端、またコンパートメントの扉が開かれた。今度は真新しい、まだ真っ黒のローブを身に纏ったふわふわした栗色の癖毛が印象的な女の子だ。

 

「ネビルの蛙を見なかった?いなくなっちゃったの」

 

ハリーとロンは顔を見合わせ、首を横に振った。

 

「見ていないわ。さっき、男の子にもそう言ったわよ」

 

そう言うが早いか、その子はサラと目が合うなり息を呑み目を見開いた。

 

「ま、まさか………」

 

女の子のような反応には慣れているサラは苦笑した。サラと初めて会う人は大抵こういう反応をするのだ。

 

「サラ…さん?」

 

「『さん』なんて止して、私はそんなに偉くもないわ」

 

「そんな!私、マグル生まれで自分が魔法使いだって知るまで貴女のことを全然知らなくて……ついこの間知ったばかりなんですけど、その、ファンで………」

 

少し鼻にかけたような声でロンが「へえ」と言ったので、ハーマイオニーはサラの正面に座っている彼をギロリと睨み付けた。

 

「貴女の魔法薬や呪文は全て調べました。本当に素晴らしいものばかりで…特に〈完全脱狼薬〉の思考の転換は本当に画期的だと思います。他にも〈増強薬(エネヘィツ)〉や〈反射増幅せよ(ミラージュ)〉も置いてはおけないですし……」

 

よく調べたもので、〈増強薬(エネヘィツ)〉はともかくも、〈反射増幅せよ(ミラージュ)〉はサラの創作した呪文の中でもマイナーだ。それを特別取り上げているものは発表した時の記事くらいだろう。

 

更には、その話し方から〈完全脱狼薬〉の原理は理解、もしくは暗記していることが易く知ることができた。マグル生まれというハンデを持ちながら、まだ入学もしていないというのにこんなにも深い知識の鱗片を持ち、それだけの意欲があるのなら、3、4年にもなればもっと深い話ができるようになりそうだ。

 

そもそも疑問を持つということは、興味を示し、理解しようとした結果だ。こう言っては何だが、興味のない、頭の良くない人間は理解しようともしないせいで疑問を持つことすらない。

 

嬉しくなり、サラは微笑んだ。

 

サラの周りの人間はほとんど誰も、サラの話についていけない。最悪サラに興味は示せど、その内容には少しも興味を示さない。ついていける、もしくはそれなりに理解できるのは僅かに、ホグワーツの教授か魔法省の数人程度。サラにとって、突っ込んだことを気楽に話せる人は皆無だった。

 

「ありがとう。よく調べたのね。魔法薬の原理は理解できた?」

 

「はい!…と言いたいところですけど、〈完全脱狼薬〉の基本的概念の『本来の姿を持続させる』という部分と〈ポリジュース薬〉の材料が上手く結びつかなくて。その人の『人間』の時の体の一部を加えずに、どう『人間体』を持続させているのかがわからないんです」

 

「ああ、鋭いわね。魔法省も同じことを尋ねたわ」

 

そう言うと、ハーマイオニーは嬉しそうに頬を赤らめた。

 

「ありがとうございます」

 

彼女の初々しさに微笑み、サラは続けた。

 

「大切なのは『本来の姿』ということよ。〈ポリジュース薬〉は言わば『偽りの姿をつくる薬』なの。だから〈完全脱狼薬〉にそれは必要ない。でも『本来の姿』に変身するための媒体は必要になる。そこで従来の……〈不完全脱狼薬〉とでも言いましょうか━━━それに使われていたウルフスベーン…もとい、トリカブトを代用する材料の中にリコリスを加えたの。リコリスには、『真偽を惑わせる』というあまり知られていない魔法的効果があるのよ。それは〈ポリジュース薬〉の偽りでもあるし、トリカブトの偽りでもある。この2つの偽りを偽りとして薬自体に認識させないためにリコリスを使ったの」

 

ゆっくりと、ハーマイオニーが飲み下し易いように並べながら話し、間を置いた。彼女は必死にサラの話す内容を噛み砕き飲み込んでいく。脳味噌から猛回転する音が聞こえそうなほどだ。

 

しばらくして、彼女が頷くとサラはまた話を再開した。

 

「………つまり、『本来の姿』とは〈ポリジュース薬〉のつくる姿とは真逆の存在で、本来なら相容れないはずのもの同士。でも〈ポリジュース薬〉はこの薬の基本的概念━━つまり『本来の姿を持続させる』には必要不可欠。それでいてこれに必要不可欠な『体の一部』は最大の偽りであって、『真』を必要とする〈完全脱狼薬〉には不必要な存在なの。………理解できたかしら?」

 

サラが首を傾げれば、ハーマイオニーはゆっくりと頷き、難しい顔をした。その目は、サラによく似た知識に飢えた目だ。

 

「…では、もし体の一部を加えるとどうなるのでしょう?」

 

彼女の問いに、サラは笑みを深めた。

 

「その場合は絶対的な矛盾が生じてしまう。それが解消できないものならば、魔法薬が薬としての機能を失って薬自体の消失、もしくは強制的な水への還元が起こるの」

 

「絶対的な矛盾には耐えられないんですね。……ありがとうございます、勉強になりました!」

 

そう言って頭を下げる彼女と、終始笑顔でいたサラを、ロンとハリーはとんでもないものでも見るような目で見守っていた。

 

「こちらこそ、久しぶりに楽しいお喋りができたわ。ありがとう。また是非、お話ししましょうね」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

何の為に来たのかと聞きたくなるほど満足気に去って行くハーマイオニーの背を見送りながら、ロンが口を開いた。

 

「お喋り?あれがお喋りって言えるのかい?」

 

「何一つ理解できる単語がなかったね」

 

ハリーが言った。

 

廊下からは、ハーマイオニーがネビルに謝る声が聞こえた。

 

 

 

 

 




今回は短めで切りました。次くらいで入学式です。

↓登場した創作呪文等の説明になります。読む必要はないと思いますが一応置いておきます。


━━━創作魔法薬及び呪文━━━

〈完全脱狼薬〉

完成は不可能とされていた脱狼薬の改良版。理性を失うことなく完全な『人間』として満月の期間を過ごすことができる。また、苦味の主な成分であり、砂糖と反応して効能を相殺していたウルフスベーン(トリカブト)をニガヨモギと満月草の根、アスデフォルの球根の粉末、リコリスの球根で代用することで砂糖との反応を解消した。その代わり、多少値が張る。

原材料は従来の脱狼薬(ウルフスベーンの代わりにニガヨモギと満月草、アスデフォル、リコリスを用いる)に加え、クサカゲロウ、ヒル、ニワヤナギ、二角獣の角の粉末、毒ツルヘビの皮の千切り、月長石の粉末である。

基本的な概念は『人狼であることを解消する』ではなく『本来の姿を持続させる』であり、薬の原料もそれに準じたものになっている。

効果は長く、満月の前日の夜に服用すれば4日後の朝まで持続するため、それまでにもう一度服用すれば計二回の服用で満月を乗り切ることができる。


〈エネヘィツ 増強薬〉

一時的に魔法力や身体能力を増強する。持続時間は個人差はあるものの、約2時間程度。

スクイブが魔法を使えないのは『魔力が無いから』ではなく『魔力が極端に少なく、それを上手く引き出し使うことができないから』という考え方から、彼らの魔力を一時的に増強し、使い方を学ぶ事ができればスクイブであることを多少は解消できないかと開発された。

現在、魔法省から不特定多数のスクイブに薬を提供し、実験を行っている。ホグワーツでは、フィルチが対象としてサラから直に薬の服用と指導を受けている。


〈ミラージュ 反射増幅せよ〉

半透明の半球型ドームを築き、内壁で呪文を反射、増幅させる。ドームを築いた後に内部に向けて発した呪文はドームを透過するが、内部から外へ発した呪文は跳ね返される。また、物理攻撃及び通り抜けも不可能。〈フィニート・インカンターテム 呪文よ終われ〉で解除可能。2次的増幅呪文として考案された。



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第3話

いつもながら亀投稿失礼します((((
少しずつ増えるお気に入りにニヤニヤしながら執筆してます笑

これからの展開に悩んでいる部分はまだ多少なりともありますが、これからもどうぞよろしくお願い致します。


「あと5分でホグワーツに到着します。荷物は別に学校に届けますので、車内に置いて行ってください」

 

 

あれからしばらく、それぞれに着替えたり駄弁ったりしているうちに列車は霧深い森の中を走り、窓の外はもう暗くなっていた。途中、どこか見覚えのある青い顔の男の子がノックもなしにコンパートメントを開いたが、それを注意しようと立ち上がったサラを見た途端男の子は顔を赤くして一目散に逃げていった。

 

 

 

アナウンスが流れた途端、ハリーもロンも、緊張が一気に押し寄せたのか顔が真っ青になった。

 

「大丈夫?顔色が良くないわ」

 

「だ、大丈夫だよ。ちょっと緊張してるだけ……」

 

ちょっとにしては青い気がしたが、本人がそういうのだからそうなのだろうと、サラは自分に言い聞かせるようにして席を立った。

 

彼は今から、慣れ親しんできたマグル界とは正反対な魔法界に飛び込むのだ。仕方がないと言えば仕方がない。

 

 

 

暗いプラットホームに降りるなり、夜の冷たさが肌を撫でる。ハリーとロンは、黒いローブが埋め尽くす中に、ちらりちらりと見える赤や黄、青、緑の色を青い顔のままぐるりと見渡した。このうちのどれかが、二人の寮となり第二の家になるのだ。次第に彼らの顔に赤みが戻ってきた。

 

サラは色の付いたローブ━━━上級生たちの流れに向かいながら、二人に手を振った。

 

「じゃあ、1年生は別行動だから、ここで一旦お別れね。また同じテーブルで会えるといいわね」

 

「うん、またね」

 

「バイバイ」

 

彼らに背を向けると、どこかから重い足音が聞こえ、懐かしい声を聞いた。

 

「イッチ年生!イッチ年生はこっち!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独りでに動いているように見える馬車に乗り込み、揺られること数分、狭い道が急に開け、大きな鏡のような黒い湖の畔に出た。

 

すっかり濃紺色に染まった空と大きな白い月が、黒く塗りつぶしたようなシルエットを浮かび上がらせて、城にはいくつか白い明かりが灯ってより一層際立って美しい。その下に張る湖にはいくつもの小舟が浮かび、その影を照らす小さなランタンが水面にゆらゆらと揺れていた。

 

サラを乗せた馬車を含む集団はそのまま湖畔に沿うように進んで城の門へと吸い込まれ、湖は見えなくなる。しばらくすれば例年通り玄関前で止まり、生徒たちは馬車から降りてぞろぞろと大広間へ向かった。

 

 

 

「おーい、サリー!!」

 

生徒の流れに身を任せ、広間へ向かう途中、ふと、後ろからフレッドの声が飛んできた。振り返れば、向かってくる人垣の向こうに赤い頭が2つ。

 

何か用があるのだろうか、と立ち止まるが人の波が押し寄せて満足に立ってもいられない。残念ながらこの人波では彼らと合流するのは困難だ。サラは人を避けながら廊下の端に寄って壁に張り付き、手を上げた。

 

何故なら背の高い他の兄弟やジニーならともかく、背の低いサラをこの人混みの中から見つけるなど、至難の業なのだ。

 

こうでもしないと見つけてもらえない。自分一人でできてしまうことの方が多い故に、そういうことが、サラにはもどかしくてならなかった。手を上げてやっと、皆の頭越しに見つけてもらうことになんとなく慣れているような、そうでもないような、そんな感覚を覚え自分の身長が更に嫌になった。

 

フレッドとジョージはすぐに人混みを掻き分け現れた。そして壁際でぶすくれるサラを見るなり、揃ってくすりと笑った。

 

「居た居た━━━どうしてそんなに不機嫌なんだい?」

 

ジョージがにやにやと言う。わかっているときの顔だ。

 

「………なんでもないわ」

 

「なんでもないわけないだろう?」

 

拗ねてフイ、と顔を背けるサラの正面に周りながら、今度はフレッドが言う。

 

「当ててみようか」

 

ジョージが引き継いだ。

 

こういう時、サラをからかう時の双子はロンをからかう時以上にすごく楽しそうだ。普段サラをからかう機会が極端に少ないせいか、本当に嬉しそうなのだ。

 

「んー、そうだな……あっ!」

 

わざとらしく顎を擦り、考える仕草をする。

 

「身長が伸びなくて見つけてもらえないから」

 

「「拗ねてるんだ?」」

 

二人はステレオ状態で、更にはまるで合わせ鏡でもしたかのようにサラを挟んで笑う。

 

「…いいじゃない、別に。ホントに伸びないんだもの」

 

サラは唇を尖らせ拗ねたようにムスっと眉間にシワを寄せた。

 

「ジニーも最近伸びて来てるからすぐ追い越されそうだし…こんな人混みでも手を上げないと見つけてももらえないし……」

 

「どこが嫌なんだい?」

 

フレッドが言った。

 

「だから背が低いのが━━━━」

 

「可愛いじゃないか」

 

サラを遮り、ジョージが言う。

 

「なんでもできちゃう完璧人間より、ちょっと背が低くてかぼちゃジュース嫌いな方が可愛げがあって俺たちは魅力的だと思うぜ」

 

フレッドがにやりと笑った。

 

「…天然女たらしね」

 

嫌味たらしく言えば、二人は満面の笑みを浮かべた。

 

「モテ男ってわけだ。嬉しいねぇ」

 

「褒め言葉をありがとう」

 

二人のポジティブシンキングにつられて、思わずくすりと笑う。

 

人波はもう粗方過ぎ去り、人はまばらになってきている。壁際から離れて改めて広間へと向かいながら、サラは微笑んだ。

 

「…ありがと、二人とも」

 

「「どーいたしまして」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「━━━そういえば、二人はどうして私を探してたの?」

 

グリフィンドールのテーブルの前方の空いていた席に座り、サラは思い出したように尋ねた。まだ組分けの儀は始まらないようで、広間には生徒たちのざわめきが満ちている。

 

「ああ、ダンブルドアがさ、話があるから解散したあとここに残っていてくれって」

 

フレッドが答えた。

 

「そうだったの?わかったわ。ありがとう」

 

「「どーいたしまして」」

 

二人が声を揃えて言ったとき、広間の後方がざわめき始めた。振り返って見れば、真新しい黒のローブを身に纏った小さな集団を引き連れたマクゴナガルがどこか誇らしげに胸を張り、真ん中の通路をツカツカと進んでくる。後に続く新入生たちは早足気味だ。

 

「おっ!ロンとハリーだ」

 

黄土色の髪の男の子の後ろを、他と変わらず天井を見上げながら歩いてくる二人を見つけ、ジョージが嬉しそうに声を漏らした。それが聞こえたか、ロンがこちらを向きハリーの肩を叩いて、これもまた嬉しそうにサラたちに手を振った。

 

「あまり緊張してないみたいね」

 

良かったわ、とサラは手を振り返しながら言ったが、フレッドが首を振った。

 

「これからだぜ、これから」

 

サラやフレッド、ジョージは人前でもあまり緊張しない質だが、ロンは違う。今まで兄姉の後ろを歩いてきたせいで、前に立つことそのものに対する耐性がない。

 

案の定、大勢の人を前に振り返った途端、ほんのりと上気していたロンの顔は急速に青ざめた。

 

いつもの通りマクゴナガルは新入生を横一列に並ばせて上座の正面にスツールを置き、その上に組分け帽子を乗せた。すると唐突に帽子のシワが裂けたように動き出し歌い始めた。何人かの、帽子に近い位置にいた新入生は驚いて飛び上がっていた。

 

 

━━━私はきれいじゃないけれど

 

 人は見かけによらぬもの

 私を凌ぐ賢い帽子

 あるなら私は身を引こう

 

 山高帽は真っ黒だ

 シルクハットはすらりと高い

 私はホグワーツ組み分け帽子

 私は彼らの上をいく

 

 君の頭に隠れたものを

 組み分け帽子はお見通し

 被れば君に教えよう

 君が行くべき寮の名を

 

 グリフィンドールに行くならば

 勇気ある者が住まう寮

 勇猛果敢な騎士道で

 他とは違うグリフィンドール

 

 ハッフルパフに行くならば

 君は正しく忠実で

 忍耐強く真実で

 苦労を苦労と思わない

 

 古き賢きレイブンクロー

 君に意欲があるならば

 機知と学びの友人を

 ここで必ず得るだろう

 

 スリザリンはもしかして

 君はまことの友を得る

 どんな手段を使っても

 目的遂げる狡猾さ

 

 かぶってごらん!恐れずに! 

 興奮せずにお任せを! 

 君を私の手にゆだね(私は手なんかないけれど)

 だって私は考える帽子!━━━━━━

 

 

歌が終わった。途端に広間は割れんばかりの拍手に包まれ、帽子はそれに応えるように4つのテーブルそれぞれにお辞儀をしてから、また元のようにくたびれた帽子に戻った。一瞬、新入生の列にホッとしたようなざわめきが広がるが、それもすぐに静まっていく。

 

マクゴナガルが巻紙を手に、一歩前へ踏み出した。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子を被って椅子に座り、組み分けを受けてください」

 

新入生たちの顔がサッと青ざめる。

 

「アボット、ハンナ!」

 

組分けが始まった。金髪のおさげが可愛らしい女の子が転がるように列から飛び出すのをぼんやりと眺めながら、サラは4年前の同じ日に思いを馳せていた。

 

 

 

4年前の今日この時、同じように組分けの儀は行われていた。ウィーズリーであるサラは一番最後だった。全校生徒の前に立たされ、ただただ時間が経つのを待ち、やっと名前が呼ばれたかと思えば、埃臭い組分け帽子で目元まですっぽり覆われてそのままスツールの上にはりつけにされる。

 

だが、サラにとって組分けはどうでもいいことだった。大広間に入る前に待機していた部屋でマクゴナガルに呼び出され、手紙を渡されたのだ。

 

内容は、「どの寮を勧められようとも、グリフィンドールを選んで欲しい。もしそうしてくれたなら、どんなことでも、わしが叶えられることなら何でも3つ、願いを叶えてあげよう」とのことだった。幼いながらに自身の生い立ちや周囲の状況をよく理解していたサラは迷いなく頷いた。だが何故か、サラの組分けはことさら時間が掛かった。

 

組分け帽子曰く「どこの寮でも上手く行くだろう」。

 

だったらサラの望むグリフィンドールに組分ければいいものを、帽子は執拗に「どの寮でも構わないが、特にスリザリンに入れば、間違いなく君は偉大になれる」と宣った。後でわかったことなのだが、何者か(・・・)が帽子に錯乱の呪文を掛けてサラをスリザリンに入れたがったそうだ(ダンブルドア曰く「その者はキツく叱っておいたので大丈夫じゃ」)。

 

結局サラの粘り勝ちでグリフィンドールに組分けられたものの、5分以上経っても組分けられなかった新入生に、当時の上級生たちはかなりざわついていた。

 

今年の新入生にはサラのような『超組分け困難者』はいないようだが、それなりに時間の掛かる子はちらほら見られた。

 

気付けば組分けは進み、いつの間にか『P』の行まで来ていた。

 

「ポッター、ハリー!」

 

今の今まで静まり返っていた大広間に低いざわめきが広がっていく。サラは生唾を呑み込んだ。

 

他の力が加わっていたとはいえ、サラは帽子からスリザリンを勧められた。もしハリーもそうだったらどうだろう。ハリーはちゃんと意思を持って、自らの寮を選択できるだろうか?

 

列から進み出たハリーは固い表情のままスツールに腰掛け、マクゴナガルがその頭に組分け帽子を落とし込んだ。

 

広間は、しん、と水を打ったように静まり返る。

 

誰もが帽子の叫びを待った。だがいつまで経っても、どの寮名も叫ばれない。心臓がうるさいほどに早鐘を打っていた。

 

「…長いな、組分け困難者かな?」

 

フレッドが呟いた。

 

「たぶん…そうね」

 

そうは言いながらも、サラにとって、これ以上彼が目立ってしまうのはあまり歓迎できることではない。彼はこれから、否が応でも目立つのだ。不憫でならなかった。

 

口の中が苦くなるような感覚に襲われ思わず眉間にシワを寄せた。

 

耳の鳴るような静寂の中、まだ組分け帽子はハリーを解放しない。刻々と時間は過ぎていく。我慢できなくなってきた生徒たちはひそひそと囁き合い、次第にそれはざわめきに変わっていく。しかしそれもすぐに尻すぼみに消え、皆固唾を呑んでハリーを見守った。

 

どこが”英雄”を取るのか。”英雄”はどれを取るのか。

 

帽子が動いた。息を吸うように、口のような裂け目が開く。皆が耳を澄まし目を見張った。

 

「グリフィンドォオオオオル!!!」

 

赤のテーブルが爆発した。

 

そう形容してもいいほどの大歓声。拍手。まるで何かに勝利したかのような大騒ぎ。サラの隣でフレッドとジョージが狂ったように歓声を上げていた。

 

「ポッターを取った!ポッターを取った!!」

 

当の本人は帽子をマクゴナガルに返し、大歓声と落胆の声の中、歓喜するグリフィンドールのテーブルに満面の笑みを湛え歩いてきた。そして空いていたサラの前の席に座ると、清々しい笑みで手を差し出した。

 

「改めてよろしくね」

 

 

 

 

 




サラをスリザリンに入れたがった『何者か』。十中八九、あの人でしょうね笑

『3つの願い』については今後言及していくつもりです。


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第4話

亀投稿失礼します 

最近忙しくて本も読めない状態が続いています。しばらくは更に亀になりますがご了承ください


 ハリーがサラの隣に座ってしばらく、組み分けはほとんど難なく進み、ついに『W』の行まで来た。

サラの視界の端でハリーが居心地悪そうに席に座り直し姿勢を正した。フレッドとジョージが何かが賭け事でもしているようで、囁き合う声とチャリ、と小銭の擦れ合う小さな音がした。

 

「ウィーズリー、ロナルド!」

 

ロンはひどく青い顔をして、もう列とも言えないそこからよろよろと前に出た。死にそうな顔だった。しかし帽子は彼の頭に触れるか触れないかくらいのときにはもう叫んでいた。

 

「グリフィンドォオオオル!」

 

サラもハリーも皆と一緒に彼に拍手をおくる。後ろからは小さな舌打ちと「どーも」と囁くジョージの声が聞こえた。

ロンは顔面蒼白のままふらふらとグリフィンドールのテーブルまで歩いて来て、ハリーの隣に崩れるように座った。

 

「ロン、よくやった」

 

横からパーシーがもったいぶって声をかけた。

 

残りの2人の組み分けも終わり、マクゴナガルは巻紙をクルクルと仕舞い、帽子を片した。ハリーは目の前の空っぽの皿をぼんやりと眺めていたが、まだ晩餐は始まらない。例年通りなら、ダンブルドアの挨拶…とも言えないが、二言ほど話があるはずだ。

 

上座の真ん中のアルバス・ダンブルドアが立ち上がり両手を広げた。

 

「おめでとう!ホグワーツの新入生諸君、おめでとう!歓迎会を始める前に、二言、三言、言わせてもらおうかの。では……そーれ!わっしょい!こらしょい!どっこらしょい!以上!」

 

いつも通り。ダンブルドアは変わりないようで、彼が席に着くと全員が拍手し歓声を上げた。

こういう時の長ったらしい話は苦痛でしかない。それをよく心得ているダンブルドアは、やはりサラの尊敬に当たる人だ。少しズレているのが玉に瑕かも知れないが。

 

「あの人…ちょっぴりおかしいね」

 

ハリーが言った。

ロンはさあね、とでも言うように肩を竦め、それから目の前の黄金の大皿に手を伸ばした。サラもくすりと笑い、サラダのトングに手を伸ばす。ハリーは突然現れた料理たちに目を丸くしていた。ステーキの焼ける香ばしい匂いが鼻腔を満たし、フライの狐色やサラダの瑞々しい色が視界を彩る。

 

「おかしいだって?」

 

パーシーはウキウキして声を上げた。

 

「あの人は天才だ!世界一の魔法使いさ!…あー、でも、少しおかしいかな、うん。僕は天才というのは少なからずどこか周りとは違うんだと思うよ」

 

パーシーは誰に向けてか、そう言うとサラをちらりと盗み見た。

 

ハリーはパーシーの話は程々に、彼の持つ山盛りポテトの皿やテーブルの上に所狭しと並ぶステーキやソーセージ、ベーコン、ローストチキンの大皿に目を輝かせて嬉しそうにこくこくと頷き、自分の皿を差し出した。

 

ハリーのそんな様子に、事情を知るサラは悲しくなった。ウィーズリー家も貧しいとはいえ、ハリーほど飢える事はない。ハリーの飢えは人為的なのだ。悔しくて仕方がない。

 

「ハリー、サラダはどう?…ロン、お肉ばっかり食べてちゃダメよ」

 

「ありがとう、サリー!」

 

肉料理ばかりに手を伸ばすロンに注意しながらハリーの皿にサラダを盛りつければ、彼は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

どの料理も変わらず美味しく、途中ニックの乱入があったものの賑やかにメインディッシュが終わり、デザートに入る頃、新入生たちの話題は学校のことから家族のことへと移った。

 

シェーマスという男の子や列車でカエル探しをしていたネビルも話に加わって賑わっている。

 

一方でサラはフレッドとジョージのイタズラ専門店についての話に加わっていた。時折パーシーを気にしたが、彼はハーマイオニーとの話に華を咲かせていて、額を寄せ合って声を潜めるサラたちには気付く様子もなかった。

 

 

「━━━ほら、やっぱり結構な金額が必要になるだろ」

 

フレッドが眉をひそめて言う。手元には小さな紙切れとかなりの数字がずらり。彼らの出店資金の見積もりだ。

 

「その金額は……私も協力しかねるわね。それに、その上維持費や材料費もかさむでしょう?」

 

サラが言うと、フレッドは肩を竦めた。

 

「俺たちも流石に全部サリーに頼るつもりはないよ。資金の事ならそれなりには考えてるさ。……それで、全部組み込んだら…これくらいかな」

 

改めて弾き出した数字は、約870ガリオン。

 

今まで呪文や魔法薬で魔法省や各学界から権利の買収や奨励金やらでかなりの金額を手に入れているサラでも、流石に一千ガリオン近いとなると、話は別だった。これではサラの金庫を空にしても3分の2になるかならないか程度だ。

 

「今まで通りにゃ変わりないな」

 

ジョージが言った。

 

「私もできることが━━」

「イタッ!」

 

隣の席で他の1年生たちと盛り上がっていたハリーが唐突に声を上げ、自らの額を手で覆った。

 

「どうしたの?」

 

突然のことで思わず振り返り、ハリーを見た。彼は「痛い」と言った割にはポカンとして、何が何だか理解できていないような顔をしていた。ただ、真っ直ぐに上座の一点を見つめていた。

 

「な、なんでもないよ、急に痒くなっただけ…」

 

ハリーは誤魔化すように傷痕の辺りをポリポリと掻いて微笑んだが、顔色はあまり優れない。サラは顔をしかめ、誤魔化し笑いをするハリーを覗きこんだ。

 

「誰を、見ていたの?」

 

至極小さな声で尋ねた。ハリーはハッとしたようにサラを見る。

 

サラが気付いているとわかったのか、ハリーはしばらく答えあぐねるように目を泳がせ、そして口を開いた。

 

「……あの、クィレル先生と話してる黒い髪の鈎鼻の…目が合った途端、急に」

 

「スネイプ先生が?まさか…」

 

「サリー?どういう……?」

 

ハリーが尋ねるが、サラは深く考えて込むように一点を見つめて、ハリーの言葉は聞いてもいなかった。そんな彼女に代わり、パーシーがセブルス・スネイプについて説明し始める。

 

「セブルス・スネイプ先生だよ。彼は魔法薬学を教えているんだが━━━━」

 

 

遠くでぼんやりとパーシーの声を聞きながら、サラの脳みそは猛烈に回転していた。

 

ダンブルドアからハリーについて少しだけ話を聞いた。昨年度のことだ。何を考えているかわからない彼のことだから全てを話してくれたとは思わないが、ハリーが置かれている状況、例のあの人が死んでいないということ、賢者の石のことは粗方聞いた。

つまり、はっきりとは言わなくてもそういうことだ。

 

11年前ハリーを殺し損ねた例のあの人はハリーをもう一度確実に殺すため、復活を試みるはず。それには少なくとも十分な魔力と生命力が必要になる。あの人は必ず、賢者の石を狙ってくる。

 

ならばここに例のあの人がいても可怪しくはない。

 

だがハリーが痛みを訴えたのが『スネイプと目が合った瞬間』であることがどこか引っ掛かった。セブルス・スネイプがダンブルドアの最も信頼のおける人物であることは、彼らの過去を深く知らないサラでも何となく察することができた。そんな彼が、わざわざここホグワーツで例のあの人に協力するだろうか?ダンブルドアの城であるここで、折角築き上げた信頼を易く無下にするような真似をするだろうか?

 

否、しないはずだ。はっきり言って根拠はない。だが『彼がそんなことをするはずがない』という思いだけが胸に浮かんでいた。

 

ふとサラは顔を上げ、スネイプを見た。目が合った。

 

黒い光のない目は一瞬だけサラを見つめ、ほんの少し目を細めると、弾かれたように他所を向いた。

隣でハリーはまだパーシーからスネイプについて話を聞いている。憶測ばかりが飛んでいたが、サラは彼らに口を出すことはなくしばらくスネイプの横顔を見つめていた。彼は二度と、サラを見なかった。

 

 

しばらくして、とうとうテーブルからデザートが消え、ダンブルドアがまた立ち上がった。広間が再度水を打ったように静まり返る。

 

「オホン━━全員よく食べ、よく飲んだことじゃろうから、また二言三言。新学期を迎えるにあたり、いくつかお知らせがある。1年生に注意しておくが、校内にある森には入らぬように。これは上級生にも、何人かの生徒に特に注意しておこうかの」

 

ダンブルドアはいたずらっ子のようなキラキラとした目で双子を見た。

 

「管理人のフィルチさんから、授業の合間に廊下で魔法を使わないように、とのことじゃ。また、今学期は2週目にクィディッチの予選がある。寮のチームに参加したい人はマダム・フーチに連絡するように」

 

ここでダンブルドアは一度話を切り、今度は真剣な表情で生徒を見回した。

 

「最後に、とても痛い死に方をしたくない人は今年一杯は4階の向かって右側の廊下に入ってはならぬ」

 

一瞬、小さな笑いが起こったが、ダンブルドアが生徒を見回すとそれもすぐに鎮まった。

 

「まじめに言ってるんじゃないよね?」

 

ハリーがパーシーに向かって呟くのを聞いた。

 

「いや、まじめだよ」

 

パーシーはしかめっ面でダンブルドアを見ながら言い、少し残念そうに続けた。

 

「変だな、どこか立ち入り禁止の場所があるときは必ず理由を説明してくれるのに…森には危険な動物がたくさんいるから、先生に直接許可をもらった人しか入れないし…それは誰でも知ってる。せめて僕たち監督生には教えてくれてもよかったのに」

 

パーシーのことなど露知らず、ダンブルドアは一転して朗らかに笑った。

 

「では、寝る前に校歌を歌おうかの」

 

いつものように言うダンブルドアの声に、他の教授たちは顔を強張らせた。スネイプはいつにも増して眉間のシワが濃くなっていた。

 

「ああ、私これ、嫌いなのよね」

 

思わず呟くと、ハリーが振り返った。

 

「どうして?」

 

「すぐにわかるわ」

 

ダンブルドアは杖をヒョイッと軽く振り、杖先から金のリボンを出すと空中に文字を書いていく。

 

「それでは自分の好きなメロディで。さん、し、はい!」

 

掛け声に合わせ、学校中が大声でうなった。

 

 

 

ホグワーツ ホグワーツ

ホグホグ ワツワツ ホグワーツ

教えて どうぞ 僕たちに

老いても ハゲても 青二才でも

頭にゃなんとか詰め込める

おもしろいものを詰め込める

今はからっぽ 空気詰め

死んだハエやら がらくた詰め

教えて 価値あるものを

教えて 忘れてしまったものを

ベストを尽くせば あとはお任せ

学べよ 脳みそ腐るまで

 

 

 

全員がバラバラに歌い終わった。早々に歌い終えたハリーはサラを振り返り「やっぱり、あの人ってちょっと変だね」と囁いた。サラは微笑み、否定することなく肩を竦めた。

当のダンブルドアは、とびきり遅い葬送行進曲を歌うフレッドとジョージに合わせて杖を指揮棒のように振っていた。

 

歌い終わり、まるで舞台俳優のように優雅にお辞儀をする双子に、ダンブルドアは誰にも負けないくらい大きな拍手を送った。

 

「ああ、音楽とは何にも勝る魔法じゃ」

 

感激の涙を拭いながらダンブルドアは言った。

 

「さあ諸君、温かいベッドが待っておる。就寝時間じゃ。かけ足!」

 

先の涙はどこへやら、元気の良い掛け声とともに広間は唐突に動き始める。サラも席を立ち、生徒たちの流れとは逆に向かった。

ダンブルドアのキラキラとした青い目がサラを捉えていた。

 

出口へと流れる人混みをやっと抜けたとき、ダンブルドアの後ろにはスネイプが立っていた。

 

「お久しぶりです、ダンブルドア先生、スネイプ先生」

 

人混みに揉まれ、上がった息を整えてからぺこりと軽く頭を下げればダンブルドアは朗らかに笑った。

 

「おお、久しぶりじゃのう。休暇はどうじゃったかの?」

 

「久々にゆっくりと過ごせました。ところで、お話とは?」

 

「おお、そうじゃ!」

 

楽しそうにニコニコと笑うダンブルドアとは対象的に、彼の後ろに立つスネイプはいつもの通りサラを見ながら無表情を決め込んでいる。変わりはないらしい。

 

「お墓参りについてじゃよ。今年はまた忙しくなりそうじゃからの、早めに決めておくべきじゃろうとな」

 

そこまで言うと、ダンブルドアはサラに顔を近付け、イタズラをする幼い子どものような表情で囁いた。

 

「ちなみに、セブルスの提案じゃ」

 

すぐさまスネイプがイライラと釘を刺す。

 

「聞こえておりますぞ」

 

「はて、何のことかのう」

 

当然のようにダンブルドアはすっとぼけ、スネイプは今すぐにでも、この目の前のボケ老人を殴り飛ばしたいような無表情で(それでも無表情だった)ダンブルドアを睨みつけた。

 

「…少々脱線してしもうたの。時間とルールはいつもの通りじゃ。どちらも厳守するように。良いな?」

 

ダンブルドアが言った。

 

「はい。ありがとうございます」

 

「セブルスも」

 

確かめるように彼はスネイプを振り返り、片眉を釣り上げた。やはりスネイプは表情を崩すことなく、更には唇も殆ど動かすことなく応える。

 

「わかっています」

 

ダンブルドアは微笑んだ。

 

「なら良い。では、解散じゃ。フィルチさんのお仕事を増やさぬように。おやすみ、サラ」

 

 

 

 

 

 

 



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第4,5話

特に意味のない回。
サラさんの人間性というか趣味というか…そんな感じのお話です。


解散後、冷たい廊下を歩いて部屋に向かう。ローファーの踵が石床を打つ音が谺した。

ホグワーツにおいて靴の指定は特にないのだが、サラはわざわざいつもこの靴を履く。この靴が好きだった。石を叩くこの音が、この城によく響く。鼓膜を震わす、この、心地いい音が好きなのだ。

 

音が好き。響きが好き。色が、形が、感触が。全てが好きだ。

 

クスリと笑って軽くステップを踏んだ。

 

帰って来た。この城に、ホグワーツに。音が鼓膜を震わす度、実感する。寝るのも食べるのも笑うのも泣くのも学ぶも忘れるも、全てこの場所にはある。私の全て。

 

サラが寝るのはいつも研究室兼自室だ。城の端っこにある小さな塔の一室で、そこからは禁じられた森とグリフィンドール塔が良く見える。運がいい時には森の生物が見えたりもするから、美しく、時に不思議な魔法生物たちが大好きなサラにとってはこれ以上ない物件だ。

 

風が吹き付け、窓がガタガタと鳴った。その音は虚しく廊下に響き、足音のようには綺麗に響かない。ふと、まるで呼ばれたように足を止めて窓に目を向けた。

ガラスの向こうには白い月が浮かんでいる。半月だ。黒とも紺とも言えない塗り潰したような夜の闇に、白いそれだけがぽっかりと空に張り付いて、星は見えなかった。

 

…残念。

 

満月なら、もっと明るければ、もしかしたらヒッポグリフたちの舞が見られたのに。

 

窓から目を離し、また廊下を歩きはじめる。なんだか、少し気分が下がっていた。我ながら、今日は起伏が激しいと嘲笑いたくなった。

 

この時期、満月の明るい夜になるとヒッポグリフたちは空を舞う。その様子は息を呑むほどに、呼吸さえも忘れてしまうほどに美しい。ただ、その理由は解明されていない。もしかしたら、ホグワーツのこの群れだけの特別な儀式なのかも知れない。不思議な、そして美しい舞だ。

 

石造りの冷たい廊下は暗く、ぽつぽつと灯る松明の明かりが隙間風に揺れてどこか不安定な印象を与えた。相変わらず窓はガタガタと騒がしく鳴っていた。

 

 

恐らく広間から1番遠いであろう自室に辿り着く頃には、夕食の暖かな腹の重みも相まって、ふわふわと心地いい眠気がサラをベッドへと誘っていた。

だがそれに従順になるわけにもいかず、ベッドに乗せられたトランクにため息混じりの息を吐きながら、ぎぃ、と軋む扉を後ろ手に閉めた。

 

バタン、と扉の閉まる音がした途端、サラのローブの内ポケットがごそごそと動き出し青緑色の爬虫類のような生き物が顔を出した。

 

「やっとお目覚めね、フィデル?」

 

今だ眠そうに瞼を瞬きながら、フィデルと呼ばれた生物はクルクルと小さく喉を鳴らした。

 

フィデルは2年前、禁じられた森で保護したスウーピングエヴィルだ。本来もっと暖かい地域にいる生物だが、骨格形成異常のせいで縄張りから追い出されたらしく、生息地より遥かに寒いこの地で凍えていたところを当時ユニコーンの毛を探すために森にいたサラが発見したのだ。

保護後、ハグリッド監修の下、彼を元の生息地に戻そうとしたものの、やけに懐いてしまった彼はサラから離れず、終いにはこの部屋に住み着いてしまったので仕方なく飼うことになった。とは言っても今ではサラ自身、フィデルのために魔法生物医の資格を取得するほどに溺愛している。すなわち、もうどちらも互いに欠け難い存在になっていた。

 

フィデルはポケットの中で小さく伸びをするとそこから這い出て来て、ローブを伝って、お気に入りの場所であるサラの右肩に収まった。変温動物である故、他の動物のような心地いい温かさこそないものの、彼の重みはいつも心に安らぎを与えてくれる。

思わず頬が緩むのを感じ、彼の顎をカリカリと爪で引っ掻くように撫でる。そうすると彼は気持ちよさそうに目を細めて「もっともっと」と言うようにサラに顔を擦り付けた。それにも笑みは広がり、胸の奥で絡まっていた何かが解ける音がした。

 

「ありがとう、フィデル」

 

サラはくすりと笑い、お日様のような独特な匂いのするフィデルを抱き上げ、きちんとベッドメーキングされた毛布の上に下ろした。

彼はサラを見上げ、まるで「どうして?」とでも言うように首を傾げた。

 

「今日は疲れてるのよ。また明日、お願いね」

 

そう言えば、フィデルは聞き分け良くその場で丸くなって目を閉じた。それにさえクスリと笑い、サラはベッドからトランクを下ろし、荷物の仕分けに取り掛かった。

 

 

 

 




キャラクター紹介

フィデル(♂)

サラが2年前に禁じられた森で保護したスウーピングエヴィル。推定年齢3、4歳。体色は青緑色で、光の加減ではエメラルドグリーンにも見える。骨格形成異常のため頭部の外骨格が上手く形成されず、弱い個体として生まれてきた。

甘えたがりな性格。よくサラのローブの内ポケットで寝ている。ただ、聞き分けはいい。

スウーピングエヴィルは元々、南部の比較的暖かい地域の生物であり、他の生物の脳を好物とした肉食だが、フィデルは骨格形成異常のため脳を吸うことを得意としておらず、虫を好んで食べている。ゴキブリゴソゴソ豆板が大好物。たまに蛙をやると喜ぶ。


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第5話

いつも以上に亀投稿すみません
エタらないようにはしていますが今後の展開含め色々考えているうちに書けなくなってズルズル引き摺っていました。生きてます(*‘ω‘ *)


夢を見た。

 

 長い長い廊下を歩く夢だ。石造りの壁には一定の間隔で銀の燭台には小さな炎を揺らめいている。

 どこだろう。きっとホグワーツだ。証拠はないものの、確信にも近い感覚を覚えた。

 ふと足を止めた。右側の小路の奥の扉がやけに目について離れられない。古い木の扉だ。ここからでもわかる程度の簡単な施錠魔法がかけられている。

 

…開けなくては。あの奥に、大切なものがある。この手で守らなければ━━━

 

 頭の奥で誰かが言った。背後で石のガーゴイルが音も立てずに嗤っている。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━

 

 

 目が覚めて見たのは、不思議そうにこちらを覗き込むフィデルの顔だった。正確には、その鼻面だ。骨格形成異常であるフィデルには他のスウーピングエヴィルのような外骨格はない。爬虫類独特のでこぼことした肌についた水滴が、窓から差し込む日の光を浴びて小さな宝石のように光っている。どうやら水飲みに顔を突っ込んでそのままサラを起こしに来たようだ。

 

「おはよう、フィデル」

 

 今日もまた、変な夢を見た。ここ数日ほぼ毎日見ている夢だ。夢が残した違和感を振り払うように頭を振り、いつものようにフィデルの頬を撫でて起き上がってすぐに支度を始める。とは言っても、サラには今日一日の予定は特にない。授業もなければ友だちとの予定もない。所謂『暇』という状態だ。

 

 組分け帽子に示されたスリザリンではなく、グリフィンドールを選ぶ代わりに3つの願いを聞いてもらうというダンブルドアとの約束で、ホグワーツ城の端のこの塔の部屋と飛び級の権利を得て5年目。サラはとっくに7年生の内容を理解し、めちゃくちゃ疲れる魔法テスト(通称いもり)にもかなりの好成績(俗に言う満点だ)で合格しており、授業に出る必要もない。

 そもそも、すでに全課程を終了したことになっているサラが編入されているクラスが存在しない。つまり、学校には所属して寮にも所属しているが、サラは生徒()()()()。グリフィンドール寮に属する一個人としてここにいるだけなのだ。

 

なら何故ここにいるのか。

 

 答えは簡単。ダンブルドアが「少なからず君は、成人まではホグワーツで過ごすのじゃ」とやや威圧気味に言ったからだ。理由は、恐らくあの予言のためだろう。サラがダンブルドアの目の届かないところに行かないように、先人のように闇に滑り落ちないようにするため。サラは自らが危ういことを知っている。その上でここにいるのだ。

 しかしそれ以上に、ここはいい研究室と研究材料、対象がいくらでも手に入る。3度の飯より研究を取るようなサラには持って来いの物件であるし、姿あらわし姿くらましの免許取得のためにも少なくとも17歳のときにはここにいなければならない。だとしたら存外面倒臭がりで研究熱心なサラはここで暮らした方が楽だと考えるのが当然だと言えるだろう。

 

 

さて、今日は一日どうしたものか。

 

 一応指定の制服に着替え、腰に手を当てて一瞬考えてみるものの、思いつくことは1つだけ。つい昨日の朝、家で2つ下の弟たちに頼まれたトランクの改造(?)だ。

 枕元にある金の時計に目をやると、短針はまだ7時過ぎを指している。恐らく2人とも談話室にいる頃だろう。

 

「フィデル、行くよ」

 

 窓のところで外を飛ぶ羽虫を眺めていた彼を肩に呼んだ。

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩きながら、ぼんやりと今朝の夢を思い出していた。いや、今朝というより、あれはもうほぼ毎日だ。長い石造りの廊下を歩く夢。日を追うごとにその距離は伸び、今日遂にあの扉を見た。恐らくあの扉が目的地で、目的も恐らく予想している通りでその理由もきっと同じだが、あまりにも警告染み過ぎている。夢占いは得意ではないがもうそろそろ、()るしか無さそうだ。

 突然、肩でまどろんでいたフィデルが身構え低く警告音を発した。

 

「お、おおおはようございます、ミ、ミス・ウィーズリー!あ、朝からお、おお散歩ですか?」

 

 目の前に立ったのはクィリナス・クィレル教授だった。心臓が飛び跳ねる。

 

「…おはようございます、クィレル先生。弟たちに頼まれごとをしていたものですから、今から寮に」

 

 そっとフィデルの頭を撫でて宥めるが、彼は音は止めたものの一向に警戒を解こうとはしない。休暇の前までにこんなことは一度もなかったはずだ。

 今年、長年勤めていたマグル学を離れ、闇の魔術に対する防衛術の教鞭を執り始めたクィレルは、昨年度までと比べて、どこか違和感を感じる。ひどい臭いもそうだが、物腰が今までより更におどおどしているような気がするのだ。

 クィレルは困ったような笑顔を見せた。彼の背後で、今まさに乗ろうとしていた4階へ向かう階段が方向転換を始めるのが見える。階段はそのまま、立入禁止の右側へ繋がってしまった。

 

…遠回りしなきゃ。

 

 特別急いでいたわけではないが、ここで遠回りしようとすると結構時間が掛かる。面倒極まりない。

 

「ま、ままたあのふ、双子ですか?ほ、程々にしてくださいね。わ、わ私のじゅ、授業でも遊ばれてはた、た対処しきれませんから」

 

「そうですね、あの子たちはイタズラにおいては天才ですから…私からも注意しておきます」

 

「あ、ありがとうございます、ミス・ウィーズリー。で、では、私はもう行かなくては…」

 

 クィレルはいそいそと踵を返し、サラも同じように彼に背を向け階段以外の近道へ歩き出した。はた、と足を止める。クィレルの後ろには立入禁止の4階右側の廊下に繋がっている階段しかなかったはずだ。踵を返して、一体どこへ行くと言うのだ。踵を視点にぐるりと振り返る。

 

…誰の姿もない。

 

 そこに人が居たことさえ疑うほどの静寂。階段は既に動き始めていて、右側から左側へ繋がりつつあった。ぞわり、と気持ちの悪いものが腰から背を駆け上がる。

 あの人は何だか変だ。サラは気を取り直すようにぶるぶると頭を振った。

 

 

 

 

 

 



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