ラブライブ! コネクション!! (いろとき まに)
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Unseal Operation (グランドプロローグ)
活動日誌- み・はミュージックの・み! 1


――伝えよう、スクールアイドルの素晴らしさを! 

――届けよう、私達のこの想いを!!

――繋げよう、みんなで叶える物語を!!!

 

 

 

 

 高坂 穂乃果を始めとする国立音ノ木坂学院スクールアイドル μ's が、全国のスクールアイドル達に呼びかけ――

 第3回ラブライブ! ドーム大会の実現に向けて行われたスクールアイドルの祭典。

 華やかで大盛況のまま、彼女達の歓声と笑い声に包まれながら終わりを迎えた合同ライブ。

 あの日から数年――。

 穂乃果達、彼女達を包む周りの人々、そして全国のスクールアイドル達。

 そんな彼女達に光り輝く時間を与え続けながら、ゆっくりと月日は流れていったのである。

 

 音ノ木坂学院の正門から校舎の入り口へと通ずる道。

 今年もまた2年前と同様に、道の両脇に植えられた桜の木々からは――

 この春に学院を巣立っていった卒業生の想いを受け取り、代わりに託すかの様に。祝福の花びらが、この学院へと歩み寄るすべての人達に降り注いでいる。

 幸せな桜色のフラワーシャワーで彩られた道を、今年も真新しい制服に身を包んだ新入生達が家族であろう人物と共に、期待に胸を膨らませて登校していた。

 そんな真新しい制服の波に紛れて、2年間寄り添い、共に歩んできた制服に身を包む1人の生徒――

 今日、最上級生となった高坂 雪穂は周りを眺めながら、自分の入学式の日のことを思い出して景色や想いを重ねていたのだった。

 

「…………」

 

 彼女はふと、新入生達の制服のリボンを眺めてから、自分のを見つめた。

 新入生達のリボンは水色。そして、自分は緑。

 周りから見れば何も感じないほどの普通のこと。だが、穂乃果達を見続けてきた彼女にとってはリボンの色もまた、彼女達の託していった想いなのだと感じていたのだった。

 

 音ノ木坂学院の制服のリボンの色。

 元々は、世代別ではなく学年別に色分けがされていた。

 1年生は水色。2年生は赤。3年生は緑と言う様に、進級の際に新しい色のリボンへと変えていったのである。

 当然それは学院が決めていること。生徒も特に何も気にせず受け入れていた。そう、1人の生徒を除けば――。

 

♪♪♪

 

 入学当初、彼女は何も疑問に思わなかった。

 入学以前は、そんな通例があることさえも知らなかったのだろう。

 そもそも入学前の学院を知らないのだから、当時の絢瀬 絵里にとってはリボンが変わる様なことなど思いもしなかったのかも知れない。

 当たり前のこと。些細なこと。きっと絵里の祖母も、リボンの色が変わると言う話はしていなかったと思う。

 元より、祖母の通う時代はまだ既存のブレザーではなかったのかも知れないのだが。

 確かに入学の際に学院から学年毎にリボンが変わる話は聞かされていた。

 しかし、絵里は祖母と同じ学院に入学できたこと。自分のできること。やらなければいけないこと。

 そんなことに頭がいっぱいだったのかも知れない。つまり、リボンの話を深く受け止めていなかったのだろう。だから正確には――

 進級するまでは何も疑問に思わなかったのだと思う。

 そんな彼女が学院で1年を過ごし、2度目の春を迎えた始業式の朝。自室で制服に着替え――

 制服のリボンが赤に変わったことを認識すると、ふとタンスで眠る水色のリボンを思い浮かべて懸念を抱くのだった。

 

□■□

 

 国立音ノ木坂学院。その歴史は古く――明治期に建てられた100年以上の伝統を持ち、かつては名門校として名を馳せていたほどの有名な学院であった。

 設立当初はまだ制服と言う制度自体がこの国にはなかった。さらに日清・日露と言う戦争の狭間での設立であり――この国に住まう人々の生活は、今の生徒達には実感しがたいほどに苦しいものだったと言えよう。

 つまり、この学院に根付く教育方針は創立時期の時代背景や国民の精神――『軍隊気質』『秩序と礼節』『贅沢は敵』『譲り合い精神』と言う内面の部分。

 もしくは、貧困からくる外面の部分の表れだったのかも知れない。

 そんな中、この国の時代は大正へと移り変わり、その数年後には制服と言う制度が導入され始めていたのだった。 

 それまでの女生徒の着物や袴と言う和装から一変して――洋装の統一へと変化していった制服事情。

 色味こそ渋さを増したものの、その出で立ちには西洋と言う新しい風を感じていたことだろう。

 そして和装女性の慎ましやかな出で立ちとは逆に、女性の自立を促す兆しを垣間見える洋装に、心奪われる者も多くいたと思われる。

 それはきっと世の中が変わりつつある兆候であり――少なからずとも、戦火に怯える生活を送っていない証拠なのだろう。

 つまり、当時は日本において一時の平穏と休息。復興への兆しを感じさせていた時代背景だったのかも知れない。

 

 しかし時は流れ、そんな人々の希望を嘲笑うかの様に――徐々に過酷さを増して人々を貧困へと導き、世界大戦へと誘っていった世界情勢。

 数年間の悲劇と恐怖の日々を与え、多くの犠牲を払い、終わりを迎えた終戦記念日。そんな時代も音ノ木坂学院は生き抜き、そして人々の暮らしを見続けていたのである。

 終戦を迎え、人々は気持ちを新たに明日へ向かって前向きに生きてきた。

 そして、それから数年後。この国に再び制服と言う制度が戻りつつあった。

 世間の風潮に倣い、学院でも再び制服の導入に踏み出すことにした。

 しかし終戦を迎えたとは言え、国や人々の生活が急激に潤ってきたと言う訳ではない。

 そこで学院は設立当初からある教育方針を全面に押し出す形として校風に取り入れたのかも知れない。

 上の者から下の者へと譲る――世間で言うところの『お下がり』と言う風習を。

 この風習を公言することにより、学院の敷居が低くなることで生徒が賑わう学院となり――

 100年以上も続く伝統校として現在でも存続できているのだろう。

 

 確かに現代の様な、物に溢れた世の中では『忌み嫌われる風習』なのかも知れない。

 しかし当時の生徒達は何も疑問を持たずに、お下がりが当たり前だと感じていた。

 それは物のない時代だから。物のありがたみを感じているから。そして――

 今自分達が着ている制服も、大勢の人達が尊い命を賭して守り抜いた大地があるからこそ、こうして存在するものなのだと感じている。

 そんな誰かの命と引き換えに与えられた制服を、役目が終わったからと粗末に扱える訳はない。

 命を賭して託していった故人の、この国の明るい未来を引き継ぐ様に。

 必要とする誰かへと受け継がれていったのである。

 そして先人への敬意としての考えのもと、お下がりを積極的に行うことで生徒の家庭への負担を多少なりとも減少させ――

 生徒自身の『勉強がしたい』と言う願いを尊重する姿勢。

 そう言った部分に賛同した資本家達の寄付も存続に繋がったのだろう。

 

 そして更に時は流れ、この地が昭和時代を40年ほど過ごしてきた頃――人々の暮らしは戦後間もない頃より格段に豊かさを感じられる様になっていく。

 そんな中、この国の制服事情にも新しい風が吹き荒れようとしていた。

 ――それがブレザーの制服。現在の音ノ木坂学院を彩るブレザーの制服は、当時に切り替えられたものであったのだろう。

 そう、創立より幾年の時を経て環境を変えつつある当時。学院へ通う生徒達の家庭もまた、違ってきているのであった。

 全てにおいて消え去ってしまった訳ではないが、生活において重要視されなくなっていた『お下がり』の風習。その為に制服そのものを譲り受ける生徒はいなくなっていた。

 しかしこれもまた伝統であり、先人より受け継いでいくべき『教訓』として――

 制服のリボンの学年固定の色分けを実施することにしたのだろう。

 

 学年で色を固定する。これは軍隊の階級章の様な縦社会を彷彿とさせる役割なのかも知れない。

 しっかりと縦社会である環境を作り、個人がそれを律する。その為の色分けなのだと思う。

 そして、進級を機に役目を終えたリボンは下級生へと譲り渡すことが可能になる。

 世代別では入替わりでしか不可能な譲り合い。それを踏まえた上での学年固定だったのかも知れない。

 つまり、伝統と設立当時を配慮に入れた実施だったのだろう。

 

□■□



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 2

 ところが、絵里は懸念を抱いていた。それは決して反抗心からくるものではない。

 学院を愛する彼女。真面目な性格の彼女。

 当然、学年固定の概念は理解している。その上での懸念なのであった。

 確かに伝統は守っていくものだ。そして教育方針も素晴らしいと思う。

 しかし逆に言えば、より良く変えていくことを拒んでいる様にも思える。

 学院を愛する彼女は常に『より良い』学院を作り上げることを考えていたのだった。

 もちろん学院の決めたこと。深い考えがあってのことだとは思う。

 しかし、絵里には納得がいかなかったのだろう。

 

 彼女は小さい頃からバレエを習っている。そして類稀な才能と怠らぬ努力により、祖国ロシアでも見る者の心を惹きつけるダンスを披露してきた。

 そう、彼女は小さい頃からの積み重ねでバレエの上達を成し遂げたのである。

 それは1日1日を積み重ねてきたと言うこと。

 歳を重ね身体的にも成長している彼女だが、それは1年毎にリセットして切り替わるものではない。

 初めて踊った日から今まで――楽しいことも悲しいことも。辛くて逃げ出したかったことも、嬉しくて喜んだことも。

 すべての思い出を積み重ねたから、今の自分があるのだと思っている。

 そんな想いがあるからこそ、今自分が身につけている赤いリボン。そしてタンスに眠る水色のリボン。

 積み重ねた去年1年間が――学院をより良くしようと頑張った自分の熱意がリセットされた様で悲しく思うのだった。

 

 とは言え、それは絵里だけの考え。特に周りの生徒が不平を漏らしていた訳ではない。

 その為、彼女は何も踏み出せずにいた。

 個人的に懸念を抱いているだけでは、学院の規律を動かせる訳はない。

 そう、学院を納得させられるだけの言い分がないのだから。

 確固たる言い分がないのであれば、それを押し通すのは学院の為にはならないのだろう。

 それだったら、他に考えるべきことがあるのではないか?

 彼女も頭の片隅にはリボンへの懸念を残してあるものの、他の部分でのより良い学院生活への懸念を重要視し始めていたのだった。

 そんな中、彼女は先代の生徒会長より後任として推薦される。

 人望の厚かった彼女は生徒達の信任投票を経て、次期生徒会長の任に就くのだった。

 

 生徒会長になったのだから、今までよりも更に学院への発言力や影響力は高くなるはず。

 ならば今こそリボンの懸念を解消できるのでは――絵里も一瞬だけ、そんな考えが脳裏を掠めた。

 しかし、学院を納得させられるだけの言い分が未だに見つかってはいない。

 更に、生徒会長として個人的な懸念を生徒会の議題にあげることを良くは思っていなかった。

 あくまでも学院の為。学院の生徒が不満に思っている問題の解決が重要。それが生徒会長としての責務だから。

 次第に、より良い学院生活への思いも個人的な感情から、学院全体への責務と移り変わっていく。

 そんな生徒会としての業務に追われていくうちに――

 彼女の心から『自分の本当にやりたいこと』と言う最後の心の拠り所が消え去っていたのであろう。

 

 そんな彼女も最後の進級を迎え、着替えを終えて、自室の鏡に映る自分が身につけた緑のリボンを眺めることになる。

 しかし、そこには去年の様なリボンへの懸念の表情など一切感じられない。

 ただただ学院への責務が残り1年しかないことへの焦り。そして最上級生として――生徒会長としての全校生徒の模範になるべく、より良い学院にしていくことへの戒めの表情で鏡の中に映る自分を見つめていたのだった。 

 しかし、彼女の決意も虚しく――学院廃校の知らせが理事長先生より通達される。

 目の前に突きつけられた現実を重く受け止めていた彼女は廃校を全力で阻止しようと奮闘する。

 いつしか彼女は『学院存続』と言う4文字を前にして、己の学院への愛ですらも消し去ったのだろう。

 そして、脇目も振らずに学院を存続させる為に生活していたのである。

 学院をより良いものとする――それは生徒の自主性を重んじ、個々の『やりたいこと』『やるべきこと』を尊重して、きちんと理由と意志を聞く。

 その上で公正に判断をして――可能であれば容認や手助けをして、難しい様であれば譲歩案や改定案を。

 そして間違っていると判断したものに対してだけ、正論を提出して却下を提示する。つまり全校生徒が納得できる生活を送れる様にすると言うこと。

 

 しかし当時の彼女は、学院に不利益になり得ると判断したものは、それが本人達のやる気や学院の為の提案――つまり生徒の自主性だとしても生徒の話も聞かずに冷徹に切り捨てる。

 学院を本当に愛する人間とは思えない行動を、当たり前の様に行ってきた。

 それは他人だけではなく、自分自身の『やりたいこと』ですら例外なく蓋をしてしまっていた。

 根が真面目なことが災いしたのだろう。

 理事長に却下をされたことで学院に不利益になると判断したのかも知れない。

 昔の聡明な彼女なら理解できたのだろう。しかし、冷静さを欠如した彼女には『却下』と言う2文字しか理解しようとしなかった。

 そう、理事長の真相など考えもせずに。

 

 絵里が、あくまでも学院の利益として『スクールアイドル活動』を提案していなければ――

 自分自身の『やりたいこと』として押し通していれば、理事長である南女史は頑なに却下をしなかったのかも知れない。

 それが穂乃果の提案した『スクールアイドル活動』として目の前に突きつけられた現実。

 絵里の提案と穂乃果の提案――完全な両極である前面に浮き彫りにされた動機を見抜いた南女史。

 その違いに気づけなかった絵里。

 理事長に提案した『スクールアイドル活動』は既に自身が却下された。

 それなのに穂乃果達が提案した『スクールアイドル活動』は容認された。

 南女史の却下の理由と容認の理由。きっと今の絵里には全てが理解できているのだろう。

 彼女もまた――いや、絵里以上に長く、そして深く学院を愛し、全校生徒がより良い学院生活を送れる様にと、考え抜いてきたのである。

 そんな彼女の想いや真相を今の絵里なら理解できていると思う。

 ――そう、穂乃果によって『本来の自分を取り戻せた』今の絵里ならば。

 

 とは言え、当時の絵里には理解できていなかった。

 だからこそ反抗心を剥き出しにしてでも阻止をしようと思っていたのだろう。

 しかし結果として穂乃果達を育てたのは、他でもない絵里であり――

 絵里を救ったのも絵里に育てられた穂乃果達なのであった。

『情けは人の為ならず』

 学院の為。自分を犠牲にしながら行ってきた活動。穂乃果達への言動。

 きっと絵里が今まで行ってきた学院への『情け』が穂乃果達と言う形で自分へと返ってきたのだろう。

 そして絵里自身が救われ、自分の本当にやりたいことを取り戻せることとなる。

 もしかしたら南女史は、こうなることを予想していたのかも知れない。

 穂乃果達なら必ず絵里を解放してあげられるだろうと――。

 

 絵里のことは生徒会長として良く知る彼女。性格や真面目さが度を通り越していることも知っていたのだろう。しかし、自分や教員が注意を促すことはできない。

 それが生徒の自主性を重んじると言うことであり、度を越しているとは言え欠点でも校則違反と言う部分でもないのだから。

 校則違反ではない部分を注意することは非常にメンタル面に左右する事案。中々踏み込めないのも事実。

 更に絵里の性格上、他人の話で改心するとは思えない。

 それだけ自分自身を律し、誰よりも厳しく自分と向き合っていることを知っているから。

 そんな呪縛とも言える学院への縛りから解放できるのは言葉ではないのだろう。

 真正面からぶつかり、対等な想いや行動を示し、情熱や希望と言う名の手を差し出す。

 そう言うものに引っ張られ、自分自身で鎖を断ち切らなければ何も意味はない。

 南女史は穂乃果達に、絵里を救うことのできる何かを感じ取っていたのかも知れない。

 だから絵里を託したのだろうか。いや、違うのだろう。

 あらゆる手を尽くし続けてきた彼女の最終決断である『学院廃校』は本当に苦渋の決断だったと言える。

 もう為す術を失っていた彼女には穂乃果達が唯一の希望の光に思えたのかも知れない。

 つまり、彼女は絵里も含めた学院のより良い生活の為に穂乃果達に全てを託したのだと思う。

 

 そうして穂乃果達は9人が揃い、活動を通して学院への貢献度を上げ――

 無事に来年度の生徒募集への目処を立て廃校の危機を脱却することになった。

 その後、しばらくは心身共に慌しい生活を送っていた彼女達。

 そんな慌しい生活も一段落がついた、ある日の練習時間――。

 

「……ねぇ、穂乃果。ちょっと良いかしら?」

「ん? 何、絵里ちゃん?」

「穂乃果に話したいことがあるの」

「うん」

「あのね? ――」

「えっ? ……私で良いのかなぁ? もっと適任者がいるんじゃない?」

「そんなことはないわよ? 今は穂乃果以上に適任者はいないと思うから」

「そう? ……うん! 絵里ちゃんがそこまで言ってくれるなら頑張るよ!」

「――まぁ、あくまでも推薦だけだから実際になれるとは言ってはいないのだけれどね?」

「もぉー! 絵里ちゃん、せっかくやる気になっているのに水差さないでよぉ!」

「ふふふ。ごめんなさい……それでね?」

「なぁにぃー?」

「……ここからは私のお願いなんだけど?」

「う、うん……」

「実はね? ――」

「……うん! 凄く良いと思う! わかった。私がなれたら理事長先生に提案してみるよ!」

「本当?」

「もちろん! ……でぇもぉ? あくまでも推薦されただけだから実際になれるかはわからないんだけどねぇ?」

「あらあら……」

 

 絵里は穂乃果に対して、考えていたこと。そして、ずっと封じていた想いを告げるのだった。

 穂乃果は絵里の想いを真っ直ぐに受け止めて、笑顔を浮かべて承諾した。それを聞いた絵里は本当の意味での解放感を味わった様な表情を浮かべるのであった。

 

 そして絵里の願い通り――穂乃果は次期生徒会長として就任することになった。

 その就任式のこと。穂乃果が新生徒会長として挨拶をする為に壇上へと歩みを進める際、絵里は立ち上がり彼女へ拍手を送っていた。

 しかし、それは前生徒会長として送ったものではない。

 この学院を。そして自分を救い出してくれた英雄。

 そんな彼女が更により良い学院生活を与えてくれることへの期待と感謝。

 そして何より、自分が愛したこの学院を更により良くしてもらいたいと言う託した想い。

 自分では見せられなかった学院の素晴らしさを見せてもらえると言う高揚感。

 自分が今――高坂 穂乃果という少女と時間を共にできる喜び。

 ここにいられることへの幸せと、ここへ導いてくれた祖母への感謝。

 そう言った様々な暖かい感情が入り混じっての彼女なりの賞賛――スタンディングオべーションだったのだろう。

 



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 3

「……どうぞ?」

「……失礼します!」

「――失礼します」

「あら? 新旧生徒会長が揃ってどうかしたの? ……あっ、別に生徒会長挨拶は彼女らしくて良かったと思うのだけれど?」

「す、すみませぇん……ではなくてですね!」

「それじゃあ、スクールアイドルの方?」

「いえ、そうではないんです」

「……そう? それじゃあ、何?」

 

 数時間後。理事長室の扉をノックする音が室内に響く。

 中で執務をこなしていた南女史はノックの主に入室を促した。

 すると穂乃果と絵里が連れ立って入ってくるのが見えるのだった。

 確かに南女史は全身から醸し出す優しい雰囲気の母性溢れる女性で、生徒達も母親の様に親しみをこめて接している。

 とは言え、理事長室と言うのは厳かな雰囲気を醸し出しているのだ。

 職員室と違い、気軽に出入りする様な場所ではないのだろう。

 生徒会として絵里が希と共に来た事はある。スクールアイドルの活動として穂乃果達が来た事はある。呼び出して来させたこともある。

 だが、今は学院も軌道に乗り一段落ついている。

 スクールアイドルとしても今は表立って学院へ報告することも申請することもないはず。

 生徒会に関しても今日の就任式を迎え、あとは絵里達が引き継ぎを済ませれば問題はない。

 つまり、今の段階で何か来る理由があるとは思えないと南女史は判断したのだろう。

 それが穂乃果と絵里と言う組み合わせで来た事に疑問を覚えたのだった。

 

 そんな風に思っていた彼女の脳裏に、先ほどの新生徒会長の挨拶を思い浮かべた彼女は――

 きっと絵里のことだから、穂乃果の失態を憂いて、自分のところに謝罪を入れに来たのだろう。

 そう解釈して苦笑いを浮かべながら答えるのだった。

 言葉を受けた穂乃果は苦笑いを浮かべて謝罪をするのだが、即座に否定をする。

 そうではないのならと、スクールアイドル活動の話かと訊ねると絵里が否定をした。

 他に思いつくことがない彼女は2人に優しく話を促すのだった。

 すると穂乃果が並んで立っていた絵里よりも1歩前に進むと――

 

「今日は理事長先生にお願いがあって来ました!」

「お願い? ……何かしら?」

「はい! 学院を廃校から救った私達にご褒美をください!」

「え? ……ご褒……美?」

「はい! ご褒美です」

「…………」

「…………」

「……ふーっ。わかりました……とりあえず、話だけは聞くことにします」

「本当ですか?」

「ただし! こちらの出来得る範囲でなければ却下しますよ?」

「ありがとうございます! ……」

「…………」

「……それで、ご褒美は何がほしいの?」

 

 お願いの為に来たのだと伝える。当然何のお願いなのか知らない彼女は穂乃果に訊ねるのだが――

 彼女は『廃校を救ったご褒美』を要求してきたのだった。

 南女史は耳を疑った。自分の聞き違いかも知れないと復唱するのだが、穂乃果は再びご褒美であることを強調する。

 少し怪訝な表情で彼女を見つめる南女史。無理もないだろう。

 穂乃果達はご褒美が貰いたくてスクールアイドルを始めた訳ではない――

 廃校を阻止する為にスクールアイドルを始めたはず。学院を愛しているから始めたのではなかったのか。

 仮に廃校を阻止できたことにより、ご褒美がほしくなったとも考えられる。

 でも彼女達は既に次の目標――自分達のスクールアイドルと言う活動に向けて突き進んでいた。

 それは自分達の為。仲間の為。そして、学院の為。

 純粋にスクールアイドルを愛し、自分自身がスクールアイドルとして輝きたい。その一心からくる活動だと感じていた。

 だから、そんな彼女達の姿は決して何かが欲しくて動いているとは思えなかった。

 廃校を阻止できたからと言ってご褒美をほしがる様な子達だったとは思えないから、彼女は怪訝な表情を浮かべるのであった。

 

 そう思った彼女は隣に立つ絵里を見つめる。しかし絵里の表情からは驚きや困惑と言った類の感情は見えない。つまりは絵里も納得済みのお願いなのだと思った。

 確かに穂乃果は絵里を救った。学院を救った立役者かも知れない。

 そして現在の生徒会長なのかも知れない。

 しかし絵里は決して穂乃果の意見を鵜呑みにする様な人間ではないと南女史は思っていた。

 学院の為。生徒達の為。

 穂乃果に救ってもらったからと言って、より良い学院生活を送れる様にと言う想いは色褪せてはいない。

 むしろ今まで以上に学院への愛を良い形で表現しているとも思えていた。

 それは先輩として、前生徒会長として。

 学院の為にならない。生徒達の模範にならない様なお願いを許容するはずはないと言うこと。

 ただの我がままや傲慢な自分の利益でしかないお願いを許す訳がないと言うこと。

 そんな絵里が認めたご褒美なのであれば決して悪いことではないのだろうと判断する。

 

 それと同時に――

 確かに全てが彼女達の功績ではないのかも知れない。

 しかし、廃校の危機を救ったのは彼女達の功績があったからだと思っている。

 自分ではどうすることもできなかった。ただ決定を下すしかなかった。

 そんな自分さえも救ってくれた彼女達に、何かご褒美を与えるのは大人として――

 教育者として当然のことなのだろうとも考えていた。

 南女史は一瞬だけ目を瞑り、軽くため息をつくと――決心したかの様に目を開けて穂乃果を見つめて話を聞くことを伝えた。

 彼女の言葉を受け、喜びの表情で確認する穂乃果。

 そんな彼女を諌める様に「こちらの出来得る範囲で」と、釘を差すのだった。

 いくらご褒美を与えるとは言え、生徒としての度を越したものまで与えるつもりはない。

 あくまでも生徒としての範疇でなら願いを受け入れると言うこと。

 えこひいきや特権ではなく、頑張ったご褒美として――全校生徒にも納得してもらえる範囲での許可であること。

 それが彼女の学院への礼儀なのだと感じていたからだ。

 確かに絵里が認めたお願いなのだから心配はないとは思うのだが、敢えて口にすることで理解してもらおうと考えていたのだろう。

 その言葉を受けた穂乃果は南女史にお礼を言うと、絵里の方に微笑みを浮かべていた。

 その微笑みを安堵の表情で受け止める絵里。

 そんな2人の表情を眺めながら、自分の考えは杞憂なのだろうと感じて微笑みを浮かべながら話を促すのだった。

 

♪♪♪

 

「それでは……絵里ちゃん?」

「ええ……」

「…………」

「実は、ご褒美と言うのは制服のリボンのことなのです」

「リボン? ……リボンがどうかしたの?」

「はい……実は――」 

 

 話を促された穂乃果は振り向きながら絵里に声をかける。その言葉を受けて絵里が穂乃果の横に並んだ。

 てっきり穂乃果が発言するのだろうと思っていた南女史は、無言で絵里を見つめた。

 絵里は真っ直ぐに彼女を見つめながら話を始める。

 突然リボンの話が出たので疑問に思いながら先を促す彼女。絵里は2年の進級の際に抱いた懸念を彼女に打ち明けるのだった。

 

 話を聞きながら南女史は気づいたことがある。これは元から穂乃果の提案ではなく、絵里の提案だったのだろうと。

 しかし、あくまでも穂乃果の提案の様に彼女が発言をしていた理由。

 それは制服のリボンへの提案が実施されるとしても、来年度からの適用になることを絵里が理解しているから。

 今年度は既に数ヶ月も経過している。つまり今から実施をしたところで今年度は何も変化がないのだ。

 そう、適用は来年度から――卒業してしまう絵里には卒業後の学院生活の事案を、自分が采配してはいけないと言う考えがあったのだろう。だから来年度の始まりの際の生徒会長である穂乃果に発言をしてもらった。

 それに、絵里は穂乃果に救ってもらった身。そして学院を救ったのは自分ではない。

 穂乃果が発案して、自分の反対にも負けずに頑張って、結果的に自分も仲間に入れてもらって――

 そうして手に入れた功績なのだと考えているのだろう。

 きっと絵里は穂乃果にお願いと言う形で話したのだと感じていた。その上で、穂乃果が了承してくれたのだと思う。

 確かに自分の懸念ではあるが、今回学院にお願いとしてご褒美を貰えるのは穂乃果なのだから。

 来年度の学院をより良くしていくのは穂乃果なのだから。

 きちんと穂乃果自身が賛同して提案をしてくれることが絵里にとっての『自分のやりたいこと』だったのだろう。

 南女史は真剣に想いを伝えている絵里。そんな絵里の意見を後押しする様に真っ直ぐな曇りのない瞳で隣に立つ穂乃果。そんな2人を前にして――

 音ノ木坂学院が大切に守り、受け継いできた伝統や校風は今もなお色褪せることなく、彼女達の胸に宿っていることを嬉しく思う。

 そして、この先もずっと生徒達の胸に宿り続けることを願っていたのだった。

 

「……ふーっ。……そして――」

 

 絵里は自分の懸念を南女史へと伝える。伝え終えると一瞬だけ目を閉じて小さく深呼吸をすると、目を開けて新たな想いをぶつけるのだった。

 

「私には歳の離れた亜里沙と言う妹がいます。妹は穂乃果の妹の雪穂さんの同級生なんです」

「あら、そうなの?」

「はい!」

 

 始めに絵里は亜里沙のことを説明する。穂乃果の妹の雪穂の同級生だと知った南女史は穂乃果へと声をかけた。

 その言葉に満面の笑みで肯定する穂乃果。

 穂乃果の肯定を微笑みの表情で眺めていた絵里は再び南女史へと向き直り――

 

「亜里沙と雪穂さんは今年音ノ木坂を受験します」

「そう? ……合格すると良いわね?」

「「ありがとうございます」」

 

 晴れて入学試験を執り行うことになったおかげで受験する旨を報告する。

 その言葉に感無量な表情で2人の合格を祈る南女史。彼女の言葉に絵里と穂乃果は同時に笑みを浮かべて感謝の言葉を述べるのであった。

 そして絵里は一変、真面目な表情に切り替えて本題へと話を進めていく。

 

「確かに学院の教育概念は素晴らしいと思います。入れ違いでしか可能ではない譲り合いが、どの学年へも可能である慣例は……世代固定よりも理にかなっているのかも知れません」

「…………」

「ですが私は自分がこの学院で培ってきた――3年間で学院に残していったことの積み重ねを、入れ違いで入ってくる私達の知らない世代の子達……亜里沙達へと引き継いでいきたいのです。もちろん学年固定でも引き継げるのかも知れません。ただそれは私達と言う『世代』ではなく『各学年』と言う枠でしかないのだと思います。穂乃果達や花陽達……今の2年生と1年生には私達が直接伝える――いえ、同じ時間を刻み、想いを託していけるものだと考えています」

「…………」

「私は自分達に直接的な関わりはなくても、同じ色のリボンと言う次の世代への繋がりとして託していきたいのです。そして、それが学院を巣立つ私達のバトンなのだと考えています。今のままの学年固定では私達は卒業と同時に託すものを失います。穂乃果達には既に託しているのですから。……ですが、世代固定なら――次の緑のリボンの生徒達が、次の緑のリボンの世代として3年間学院生活を送ってくれます。この学院の入部届――あの用紙の意味は入学式後に先生から聞きました……私はあの入部届の意味をリボンにも持たせたいのです! 入部届は瞬間的に役目を終えてしまうものです。しかし、同じ意味を持たせたリボンなら3年間役目を果たせます。想いを託すと言うのは、そう言うことなのだと思っているのです。……これで私の意見は以上になります……」

「…………」

「…………」

 

 絵里が真摯に訴えかけていた間、南女史は彼女を真っ直ぐに見つめ、何も言わずに言葉を受け止めていた。しかし――

 彼女の話す内容が学院の伝統や運営に関係すること。いかに学院を救ったとは言え、生徒が口を挟むべき問題ではない。

 そんな考えから、学院に不利益だと判断して聞く耳を持たずに――最初から却下をするつもりで何も言わなかった訳ではない。

 より良い学院の為、公正に判断する為に生徒の話をしっかりと聞き、その上で自分の考えに結論を出す。その為に絵里の言葉をしっかりと受け止めていたのである。

 終始、真剣な表情を浮かべて耳を傾けていた彼女を見つめていた絵里は『本来の学院の責務』と言うものを感じると共に――

 改めて、学院存続に囚われていた当時の自分の行動を深く反省するのであった。



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 4

「なるほど……絢瀬さんの意見はわかりました」

 

 言葉を締め、頭を下げた絵里を見て、話が途切れたと判断した南女史は絵里に声をかける。そして向けていた顔を穂乃果へと移しながら――

 

「……それで高坂さんは、この件についての意見はありますか?」

「「――えっ?」」

 

 そのままの表情で問い質したのだった。その言葉に驚きの声をあげる穂乃果と絵里。

 しかし南女史の言っていることは正論なのである。

 確かにリボンの件は絵里の懸念だろうと感じた。それに賛同する形で穂乃果が連れ立って来たのだろうと言うことも――。

 しかし、この話は『穂乃果が学院存続のご褒美』として提案してきた話。

 仮に絵里からの提案を賛同したとしても穂乃果自身の意見が何もないのであれば、それは彼女の提案とは言えない。ただ絵里の考えを鵜呑みにしたと言うことに過ぎないのだ。

 もちろん南女史も意地悪で問い質している訳ではない。より良い学院生活の為――

 現在の学院を担っている生徒会長が、自分の意見も持たずに生徒の意見を鵜呑みにして実行に移したのか。他人の意見に左右されただけなのか。つまり、公正な判断をできるか否か。

 そこを見極める為に問い質したのであった。

 南女史の言葉を聞いた絵里は、自分の迂闊さに気づき心の中で穂乃果に謝罪をする。

 元はと言えば自分の懸念。それを穂乃果が賛同してくれたことが嬉しくて、安堵して、肝心なことを失念していたのだった。

 

 絵里は南女史の言った意味を瞬時に理解していた。

 もし、自分が彼女の立場ならば同じことを問い質していたのだろう。結局、提案した人間の意見が最も効力を発揮するものだと考えているのだから。

 そう、あの時彼女は穂乃果に賛同してもらえた嬉しさから彼女に賛同をした理由を聞いていなかった。 

 ある意味その場の勢いにも近い賛同だった気もする。同じメンバーとしての絆で賛同していただけなのかも知れない。

 つまりは、穂乃果自身は何も言い分としては持ち合わせていないのかも知れないと思っていた。

『学院を納得させられるだけの言い分がない』

 それ故に自分は懸念を押し通すことができなかったのに。誰よりも理解していたはずなのに。

 賛同してもらえたことで舞い上がり、肝心な部分を考えていなかった。そんな状態で穂乃果に発言をしてもらった。このまま穂乃果が何も言い分を提示できなければ――

『穂乃果の生徒会長としての力量に対する学院のイメージや本人の発言力』を著しく低下させてしまうのだ。

 そこを見極める為に敢えて理事長は穂乃果に問い質したのだと感じていた。

 絵里はその場で固く目を閉じて自分の軽率な行動を呪った。

 今回の件は穂乃果には何も責任がない。全て自分の責任だ。 

 それでも理事長には穂乃果の生徒会長としての負のイメージが残ってしまう。

 もうリボンの件など、どうでも良かった。ただ、ひたすらに――

 穂乃果への謝罪を胸に、彼女のイメージを払拭する為にはどうするべきかを頭で。同時に思い考えながら穂乃果の発言を待っているのだった。

 

♪♪♪

 

「……今回の意見は絵里ちゃんの提案によるものです」

「……そう、それで?」

「…………」

 

 絵里の耳に穂乃果の声が響いてきたことに気づいて、パッと目を開ける彼女。

 自分の為に発言をする穂乃果に対して自分が顔を背けてはいけない。

 例え、どんな結末であっても自分には聞く義務があるのだから。

 絵里は穂乃果の第一声を聞いて次の言葉を瞬時に判断した。そう、きっと彼女は――

「だから、私には意見はありません」と言うのだろう。それが普通なのだと感じていたから。

 しかし、彼女の言葉を否定できる資格は自分にはない。

 だからせめて彼女の発言から逃げずに聞き遂げよう。そして残りの学院生活を投げ出してでも彼女に付いてしまったマイナスイメージを払拭をする。

 そう心に誓いながら次の言葉を待つのであった。

 もしかしたら南女史も絵里と同じこと――穂乃果の次に来る言葉を考えたのかも知れない。

 彼女は心なしか苦渋の表情を含ませて先を促す。ところが――

 

「……私はこの学院が好きです。とは言っても、廃校になるって聞いて気づいた気持ちですけど……それでも何かしなきゃって思ってスクールアイドルを始めました。そして海未ちゃんとことりちゃんとで始めた活動に花陽ちゃん達やにこちゃん。そして絵里ちゃん達が集まってくれて……9人で今でも頑張っています」

「…………」

「私達は、この数ヶ月で色々な経験や様々な人達の思いや考えに触れる機会を貰い、沢山のことを学んで考えてきました。そして、絵里ちゃんの提案で私達は『先輩後輩の垣根』を越えて活動しています。だからと言って、そこには学院で学んでいる秩序や礼節がきちんと根付いているからなんだって思っています。だから、今こうして私達が先輩後輩の枠に縛られずに自然に活動できているのも、学院の校則や規律のおかげなんだとは思います。でも……」

「……でも?」

「私達の今があるのは学年の枠のおかげではないと思うんです。いえ、逆に枠を取り除いたから今の様に強い絆を作ることができたんだと思っています。私達が私達としてお互いと接しているから――1人の生徒として向き合っているからなんだと思うんです。それは決して学年毎の繋がりではないんです。今ここにいる私だから皆と接していられるんだと思います。それは去年も今年も来年も――同じ高坂 穂乃果として接しているからなんです。1年生の私が2年生に進級しても周りの接し方は変わっていません。……今年で卒業しちゃう絵里ちゃん達とも来年になったからって何も変わらないんです!」

「……穂乃果……」

「絵里ちゃんの意見を聞きながら私も同じ気持ちでいました。スクールアイドルとして……まだまだ日は浅いですけど、頑張ってきた日々は――私達の想いや絆は学年で切り替わるものではありません。私は――いえ、生徒会長としての高坂 穂乃果は生徒全員に3年間を通して、そう言う気持ちで学院生活を送ってほしいと願っています。今この瞬間――進級で変わるのではなく自分に与えられた世代のリボンの色に誇れる様に、卒業式で3年間を寄り添った1色のリボンにやり切ったと言える様に……この出会いを、ただの偶然じゃなくて奇跡へと変えられる様に頑張ってほしいんです! そして自分がやり切った証しとして、卒業と入替わりに入ってくる生徒達へ残せるものだと思うんです。その為にも世代としてリボンを固定するべきだと感じました。この学院へ入学をして、学んで、卒業するのは区切りを付けていくものではないと思います。3年間の学院生活が私達の思い出になるんです。この学院が古くから守り続けてきた伝統も――1年おきに新しく変わっていったものではないはずです」

「…………」

「先輩達の想いや考えを尊重して自分達で納得をし、それを元に自分達でより良いものへと作りあげていったのだと考えています。それが託すと言うことだと思いますし、託される意味なのだと思ったんです。だから私は絵里ちゃん――いえ、絵里先輩の意見を尊重して学院のより良い未来の為に提案させていただきました! ……以上になります」

「…………」

「…………」

 

 穂乃果は自分の意見を言い終えると深々と頭を下げた。

 そんな彼女をジッと見つめる絵里と南女史。きっと2人の心の中では同じ感情が渦巻いているのだろう。

 それは、高坂 穂乃果が高坂 穂乃果であることを失念していた苦笑いの感情であった。

 

 もう手の打つ術を失っていた状況から学院を救った彼女。

 彼女は決して誰かが敷いたレールの上を進んでいた訳でも、誰かに薦められて始めた訳でもない。

 それ以前に絵里の猛反対を受けながら、初歩の基礎練習。そして部を設立する為、部員集めから始めなければいけないと言う0からのスタート。

 そして誰も集まらないファーストライブを経験した彼女。彼女の行く道は前途多難であった。

 それでも前に進んだ。諦めずに頑張ってきた。壁にぶつかっても乗り越えてきた。

 それは自分の信念があったから。誰かに言われたことを鵜呑みにするのではなく自分の考えで突き進んできたと言うこと。

 自分の絶対的な考えを持っているから揺るがずに進んできたのだと思う。

 そう言う彼女が――周りの意見を鵜呑みにする訳はない。

 聞いた意見をしっかりと考えて、考えて、悩んで考えて。

 その上で自分の思った道は正しいと判断――否、彼女の場合は正しいと思い込んで強引にでも正しくさせる実行力が備わっていると言った方が正解なのかも知れない。

 そう言ったリーダーとしての『天賦の才』を持ち合わせているのだろう。

 自分の信念に基づき、その信念に沿って行動をする――それが高坂 穂乃果と言う少女なのだ。

 

 つまり、彼女が自分の意見を持たずにその場をやり過ごすなどと言うことは愚問である。

 数ヶ月とは言え、密度の濃い接し方をしていた2人は――

 理解していたはずの彼女のことを過小評価していたことに気づき、苦笑いの感情に苛まれていたのだった。



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 5

「……意見はそれで終わりなのね?」

「「……はい!」」

「そう……わかりました」

「「…………」」

「……そうねぇ? とりあえず学院の運営に関わる話だから――理事会と……次の職員会議にでも私からの議題として取り上げておくことにします」

「「――えっ?」」

「その為の議案を提出してちょうだい? そこで理事会と先生方からの了承が得られたら、生徒会としての臨時総会を開くこと。そして全校生徒の信任投票によって正式に決定と言う形で良いですね?」

「は、はいっ! お願いします……」

「…………」

「「――ありがとうございます!」」

「まだ決定した訳ではありませんよ? どうなるかは、あなた達次第ですからね?」

「「――はい」」

 

 南女史は彼女達を見つめて、追加で提示する意見の有無を訊ねる。

 穂乃果と絵里は互いを見つめて頷くと、その言葉に肯定する。そんな彼女達を見つめて了承すると――

 2人の意見による回答を話し始めた。その言葉に驚きの声をあげる2人。

 とは言え、理事長権限で即採用されると思っていた訳ではない。むしろ2人は逆のことを考えていたのだった。

 

 確かに今回、ご褒美としてリボンのことを提示した。それは採用してもらう為――懸念を解消する為に提案したことだ。

 しかし2人とも『1回で事が足りる』などとは思っていなかった。何故ならば『世の中がそんなに甘くない』と言う現実を経験して知っているのだから。

 だから今回はあくまでも『自分達の意見や想いを知ってもらう為』に提案をしたこと。

 反対されても何度でも立ち上がって自分達の信念を押し通す――そんな風に考えていたのだった。

 しかし南女史の口から出てきた回答は、言わば肯定の意味を含ませた正式な手順である。

 もちろん理事にしろ職員にしろ生徒にしろ、了承が得られなければ却下をされる。

 だが少なくとも南女史は肯定の意を唱えているのだった。

 

 自分の名前で議題をあげると言うこと。それは決して悪い意味ではない。

 南女史はこの学院の理事長である。その彼女が自分の名前で理事会と職員会議に取り上げると言うこと。

 それは自らが矢面に立って全ての責任を被ろうとする意志と、彼女達の意見を通したいと言う想いの表れ。

 そして、強大な影響力と発言力を持つ彼女が導き出した最善策なのである。

 確かに絵里も穂乃果も生徒会長として影響力は高いだろう。スクールアイドルとして人望も厚いだろう。しかしそれは生徒としての影響力や人望だ。

 彼女達には申し訳ないが、南女史と彼女達では圧倒的な差が生じるのは紛れもない事実なのだと思う。

 それに、如何に学院の為に行う改革だとしても快く思わない人物もいるかも知れない。そんな火の粉を生徒達へ向けさせる訳にはいかない。

 すなわち2人の意見に賛同した上で、彼女達へのマイナスイメージを持たせない為。

 そして少しでも優位に事を運べる様に考えての提案なのであった。

 

 当然、穂乃果と絵里には南女史の心意は伝わっているだろう。

 元より断られることを前提に考えていたところへ突然差し出された救いの手なのだ。

 穂乃果は彼女の言葉に頭を下げながらお願いをした。そして頭を下げた状態で隣の絵里に視線を向ける。

 すると、同じ目の高さで自分を見つめる絵里の顔が映るのだった。

 2人は同時に微笑みを交わして頭を上げる。そして南女史の顔を見つめて満面の笑みを浮かべて口を揃えて感謝の言葉を伝えるのだった。

 そんな2人を眺めながら一瞬だけ優しい微笑みを浮かべる南女史であったが、すぐに苦笑いの表情に変えて決定ではないことを念押しする。

 その言葉にやる気と希望に満ち溢れた表情で返事をする穂乃果と絵里なのであった。

 

「……では、私からの話は以上です。もう退出しても構いませんよ?」

「……それでは失礼します……」

「失礼します……」

「――そうそう、高坂さん?」

「――はい」

 

 正式な議題として提出する案件についての説明を始めた南女史。穂乃果と絵里は、それを真剣な表情で聞きながら1歩進めている実感に心が暖かくなっていたのだった。 

 説明を終えた南女史は退出しても良いと彼女達に促した。

 穂乃果は絵里に目配せをして一緒に理事長室を出ようと踵を返す。

 しかし突然、思い出したかの様に穂乃果を呼び止めた南女史の声に彼女達が振り向くと――

 

「さっきの発言……あんな風に生徒会長挨拶でも発言できていれば良かったわね?」

「あははははぁ……すみませんでした!」

「……今年の生徒会も前年同様に安泰なのかも知れないわね? 前生徒会長さんも、しっかりフォローお願いね?」

「はい、任せてください!」

 

 優しい微笑みと共に、先ほどの発言への感想を生徒会長挨拶を踏まえて述べた。

 その言葉に乾いた笑いを奏でて、再び頭を下げて謝罪をする穂乃果。

 そんな彼女を微笑みながら見つめ、新旧生徒会長の力量を高く評価していることを遠まわしに口にして、絵里を見つめながらサポートをお願いする。その言葉に新しい責務を感じた絵里は希望に満ちた表情で南女史へと返事をするのだった。

 

♪♪♪

 

 こうして無事に理事長への提案を済ませ、正式に学院の議題として通ることとなった――

 絵里の抱いていた懸念。絵里と穂乃果の提案した『制服のリボン』と言う問題。

 絵里達が南女史へと提案した日から数日後。南女史は理事会と職員会議にて、自分の議題として取り上げた。

 彼女の提案として打ち出された案件に理事会と職員――誰も異を唱える者はいなかった。こうして運営面での憂いは取り除かれたのである。

 

 その朗報を南女史の口より聞かされた数日後、正式に開かれることとなった臨時総会。

 全校生徒の前で穂乃果と絵里は『この学院における学年固定のリボンの意味』と『世代別に変える意味』――

 そして『託した想いと繋いでいくことの意味』について発表したのだった。

 元々、生徒達の人望も厚く影響力も高い彼女達。

 リボンについて薄々懸念を抱いていたが口に出せずにいた生徒がいたのかも知れない。彼女達に言われて初めて考えた生徒もいたのかも知れない。中には彼女達が提案したからと言う理由もあったのかも知れない。

 しかし、ほとんどの生徒の心には彼女達の伝えたい想いが届いていたのだろう。

 彼女達の議案は信任投票の末、規定を大幅に超える得票数により、正式に来年度からの実施へと繋がったのだった。

 

「――やったよ、穂乃果! 議案が正式に通ったよ! おめでとう、穂乃果……そして、絵里先輩!」

 

 開票結果をアイドル研究部の部室で不安を抱えながら待っている穂乃果と絵里。

 そんな彼女達の周りには海未とことりを除くメンバーが寄り添っていた。

 臨時総会を終えて、投票を済ませた時点で放課後に切り替わった本日。

 既に部活や下校を始める生徒達により弱冠静けさを感じる校舎であった。

 そんな彼女達の集まる部室へ駆け込んできたヒデコが、嬉しそうに穂乃果と絵里に声をかけた。

 そう、今回は穂乃果と絵里が発案をしているので、穂乃果は生徒会として開票には携われない。

 その為、副会長の海未が先頭に立ちことりと――お願いをしてヒデコとフミコとミカに手伝ってもらっていたのだ。

 

「…………」

「…………。――ッ! …………」

「――絵里ちゃんっ!? ――?」

「そっとしておいてあげて?」

「……う、うん……」

 

 嬉しい知らせを聞いて穂乃果と絵里は顔を見合わせて微笑みを交わす。

 しかし即座に絵里は顔を背けて足早に部室を出て行ってしまうのだった。

 驚いて声をかけて追いかけようとした穂乃果の肩を優しく掴む手の温もり。

 そっと後ろを振り向くと、希が少し涙ぐんではいたが優しい微笑みを浮かべて、1人にしてあげてほしいとお願いしてきた。

 その言葉を聞いて瞬時に理解した穂乃果は追うことをやめ、優しい微笑みを浮かべて扉を眺めているのだった。

 

 きっと彼女は人知れず――

 ずっと抱いていた懸念への解放。祖母の愛した、自分の愛した学院に残せるモノのできた喜び。

 愛する学院への繋がりを持てた事と次の世代へと託すことのできる嬉しさ。

 そう言った様々な暖かい感情が集まって芽生えた新たな感情。心に作られた雨雲から――

 溢れ出して降り注がれる、暖かな恵みの雨に頬を濡らしていることだろう。

 それでも彼女にはまだ学院生活が残されている。

 明日から――今日まで以上に学院の為。生徒達の為。仲間の為。そして自分の為。

 より良い学院生活を過ごせる様に精一杯頑張ることを決意した彼女。だけど今日だけは――

 この暖かい雨に心を委ねていたいと感じていた絵里なのであった。

 

♪♪♪

 

 この様な経緯のもと、雪穂が入学をした年度から制服のリボンは世代固定へと切り替わった。

 その世代固定のリボンも3度目の春を迎える。

 つまり当時の3年生だった絵里達のリボン――緑のリボンを引き継いだ雪穂達も3年生になったのだ。

 そう、学年固定と同じ色分けになっていると言うこと。

 だから、絵里達以前の卒業生には普通に見える光景なのかも知れない。

 しかし穂乃果達以降の生徒は知っている。 

 そして、穂乃果と絵里の妹である雪穂と亜里沙には姉達の――

 穂乃果と絵里の残した、様々な想いが詰まった『リボンの色分け』だと感じているのであろう。

 同時に、運営ですら変えていった姉達の影響力と絶大な人気による人望。

 学院に残していった威光と伝説の名前と功績。もう誰も残っていない現在――

 受け継いだ者として姉達の栄光を絶やさぬように、新たな光を照らし続けていける様に。

 花陽達の想いを託された新入生の水色のリボンを眺め、自分の絵里達から託された緑のリボンを見つめて決意を新たにしているのだった。



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 6

「おーい?」

「――んぉ!」

「おはよぉ」

「……遅いよぉ?」

「えへへ……ごめぇん」

 

 彼女が周りを眺め、思い出に浸りながら校舎の入り口を目指して歩いていると、彼女の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。

 その声に気づいた彼女は足を止めて、声のする方へと振り向く。

 すると雪穂同様、共に歩んできた制服に身を包んだ彼女の親友。絢瀬 亜里沙が彼女の方へと近づいてくるのだった。

 目の前に来た彼女に苦笑いを浮かべて声をかける雪穂。そんな彼女の言葉に苦笑いで返す亜里沙。

 2人はどちらからともなく、目の前を流れる真新しい制服の波に紛れて、校舎へと歩き出すのだった。

 

「良い? まずは1年生に私達の活動の内容を伝える。もし興味を持ってくれたら、今度はライブに来てもらう」

「だぁいじょうぶ……任せて!」

「本当かなぁ……」

 

 新入生達の波から離れ、校舎に入り自分達の教室へと歩いていた雪穂と亜里沙。

 彼女達は先輩達が託していった『アイドル研究部』を明日へと繋げる為。新入部員の勧誘を兼ねた説明会の為に話し合っていた。

 そう、彼女達はアイドル研究部の現在の部長と副部長。

 入学式である本日の放課後より始まる、部活説明と言う責務が彼女達の小さな肩に課せられているのだった。

 

 去年までの音ノ木坂学院の通例では、部活説明会は入学から1ヶ月ほど時間を置いて、改めて説明の場を設けていた。

 しかし、今年度は入学式直後から数日間に渡り、各部のレセプションと体験入部を設けることになった。 

 だが、それは決して去年までの通例を否定した訳ではない。

 新入生の中には入学前から部活を決めている生徒も少なからず存在する。斯く言うアイドル研究部の現在の部長と副部長もそうなのだった。

 始めから部活を決めている生徒が入学直後に入部届を提出して入部することは可能。

 しかし、決めかねている生徒は部活説明会のある1ヶ月後まで入部に踏み切れない。

 それが生徒達の在籍日数の差へと繋がるかも知れない。

 本人が自主的に入部を遅らせているなら納得がいくだろうが、この場合は学院が遅らせているとも言えるだろう。

 それならば、新入生全員に公平に部活を選ぶ機会を与えるのが良いのではないか。

 去年までの通例を体験してきた彼女達。この学院の生徒達がより良い学院生活を送れるようにと検討した事案。

 これもまた伝統校である学院の校風――託した想いを未来へ繋げる生徒達の自主性なのだろう。

 

 本来ならば彼女達にはもう1人。共にスクールアイドル活動をしてきた親友がいる。

 だが、彼女は――

 雪穂達は知らない生徒会長時代の絵里。雪穂の姉である穂乃果。

 そして真姫と言う、繋いでいった『学院生徒会長』としての責務を受け継ぎ、本日の入学式の進行に携わっている。

 それもあるのだろう。

 別の場所で自分の責務を果たしている仲間の為。自分達も精一杯、責務を果たそうと――

 言葉尻こそ普段通りの会話であるが、真面目に話し合いながら教室へと向かう雪穂と亜里沙なのであった。

 

♪♪♪

 

「新入生の皆さん、入学おめでとうございます。今日から皆さんは、この音ノ木坂学院の一員です。これから始まる学院生活を是非とも楽しく、充実したものにして欲しいと願っております」

 

 此処は学院の体育館。室内では今年度の入学式が厳かに執り行われている。

 新入生への祝辞を述べながら壇上に立つ音ノ木坂学院理事長――南女史は、壇上から見下ろす光景を眺めて、ふと数年前のことを思い浮かべていた。

 

 生徒の減少により学院存続の危機に陥ったことで、来年度の生徒募集を打ち切り――

 在籍中の生徒の卒業を以って廃校にすると言う決定を全校生徒に通達した数年前。

 彼女は、この決定事項を断腸の想いで生徒達に伝えていた。

 長きに渡り大勢の生徒が、この学び舎で学び、育まれ、巣立っていった。

 それは自分の祖母の世代からの伝統。

 当然、本人も――当時は自分の娘も在籍する、大勢の生徒達の思い出が詰まっている学び舎。

 そんな、思い出の地を自分が終わりにしなければいけない。

 なんとか阻止をしようと必死でもがいてきた。あらゆる手を考え実行してきた。

 それでも叶わない。どうすることもできない。

 

 単純に、来年度も生徒を募集して今以上に生徒を減らしてでも入学させる。それは確かに可能だろう。

 しかし、それでは下手をすれば今の在校生を卒業させられない可能性が生じる。

 経営状況はそれほどまでにも切迫していたのかも知れない。

 そんな学院の存続と在校生の行く末。その2つを天秤にかけた結果の廃校なのだろう。

 しかし、それは理事長としての自分の責任であり、理事長としての悩み。

 そして、学院の話であり、経営陣としての話なのだ。

 母親としての悩みや話ではない。つまり、実の娘に不安や心配な顔は見せられない。

 だから、ことりに廃校の話を聞かれた時。

 娘に心配をさせない様に、学院の生徒を不安にさせない様に。

 敢えて「終わったら何処か旅行にでも行きたいわね」と、気にしていない様に言ったのだろう。

 しかし内心では悲しみに打ちひしがれていたのだと思う。

 娘に投げた言葉。

 自ら引き際を決めて、後進に道を譲る。

 その際に心の底から満足感と充実感を得ながら笑顔で言える日を夢見ていたのだろう。

 それがこんな形で、強制的に引き際を決められてしまった。

 そして偽りの言葉として言うことの虚しさ。自分自身の不甲斐なさ。

 更には、卒業生。在校生。そして教職員。全ての人達への罪悪感を胸に刻んでの決定だったはずである。

 

 だがしかし、事態は彼女も予想だにしていなかった方向へと進んでいった。

 それはきっと――

 学院を心底愛し、学院の為に必死で悩み、そして胸を痛めていた彼女を見続けていた学院に宿る神からの恩賞だったのかも知れない。

 

 学院の危機に直面して、初めて芽生えた生徒達の学院への愛。

 何とか存続させようと奮起した生徒達の決意と、困難を打破する為に発案された活動。

 穂乃果の提案で始まり、彼女の周りに集まった8人の生徒達。その彼女達が行った『スクールアイドル』と言う活動。

 彼女達は学院に宿る神からの使い――『9人の音楽の女神』に選ばれし9人だったのだと思う。

 

 その後の彼女達の功績により無事に廃校の危機を乗り越えた音ノ木坂学院。

 例年通りの晴れ晴れした気持ちで羽ばたいていく生徒達を見送ることができた、絵里達の卒業式。

 ――それから数日後に行われた入学式。

 

「……新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」

 

 今と同じく入学式の祝辞を述べる為に壇上に上った南女史は目の前に広がる光景に。

 その光景を再び与えてくれた9人の女神達に。

 多大なる感謝をすると共に、新たなる希望に満ち溢れた新入生を見渡しながら言葉を紡ぐのだった。

 

 それから2年の月日が流れ、先日執り行われた卒業式――

 学院に希望と活力を与え続けた9人の女神達は、最後の3柱の巣立ちを以って全ての役目を終えた。

 しかし、彼女達はこの学院に大きな希望を残していったのである。

 彼女達が大空へと羽ばたく為に広げた大きな翼。

 それは、在籍中に育んでいった羽根の集まりなのだろう。

 想いや願い。希望と言う名の羽根――

 その羽根を飛び立つ際に学院に残る生徒達。学院に携わる全ての人達へと降り注いでいったのだった。

 

 彼女達が託した想いと言う名の羽根を握り締め、受け継いだ彼女達の妹がいる。

 そんな彼女達を支え、明日へと繋げていこうと言う願いを胸に刻んだ後輩達がいる。

 そして学院の全ての人達が新しい希望に向けて歩み出そうとしている。

 それは紛れもなく9人の女神が託していった想いを受け取り、明日へと繋いでいこうとしていることなのだろう。

 その希望に満ち溢れた目の前の光景を目にした南女史は心の中で、役目を終えた9人の女神達への変わらぬ感謝と、彼女達の意志を受け継いだ生徒達を全力で守る決意。そして巣立っていった卒業生達、今目の前に座る生徒達へ――

 いつまでも国立音ノ木坂学院を愛し、大好きだと言ってもらえる様な学院であり続ける。

 改めて、より良い学院生活を送れる様に導いていく。そう邁進する決意をしながら祝辞を述べるのであった。



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 7

 入学式より数時間後――。

 放課後となり、各部の新入生勧誘レセプションは初日を迎えようとしていた。 

 そんな中、アイドル研究部の部室でも――

 沢山の新入生が見守る中、雪穂と亜里沙による説明会が始まろうとしていたのだった。

 

 本来ならば新入生の人数を鑑みて、隣の練習スペースで行えば良い話だとは思う。

 もしくは広い場所を借りて1度に済ませることも可能なはず。

 しかし敢えて狭い部室を選び、人数を制限した雪穂達。

 それは今回が正式な部活勧誘――歴とした学院行事だからなのである。

 元々、先々代の部長が与えられたアイドル研究部の部室はこの狭い方の教室だけだった。

 それが彼女達の功績により隣の広い教室も与えられた。

 そして、彼女達の大半の活動拠点や話し合いの場は常に狭い方の部室だった。

 つまり彼女達にとって正式なアイドル研究部の部室とは、この狭い方の教室を指すのだろう。

 そして新入生達の大半の動機もまた、この狭い部室を選んだ理由の1つなのだと思う。

 新入生の動機――それは伝説と謳われている姉達の残していった功績。

 もちろん中には自分達への羨望として、この場に座っている生徒がいるのかも知れない。

 しかし大半は前者なのだろうと2人は自覚しているのだった。

 とは言え、悔しいと感じている訳でも寂しいと思っている訳でもない。

 どちらかと言えば嬉しく思っているのだ。

 姉達が降り注いだ音楽と言う名の光は、こうして大勢の心で輝いている。

 そして、そんな姉達が残していった光を自分達で曇らせることなく、輝きを増していきたい。

 だからこその、この部室での説明会――

 大好きで尊敬できる先輩達の想いと思い出が詰まった部室での説明会を選んだのだった。

 

 そんな部室を埋め尽くすほどの新入生たちが羨望の眼差しを向ける先。

 向かい合って立っている雪穂と亜里沙。そう、2人だけが説明会に臨んでいた。

 とは言え、部員が2人だけだから2人で臨んでいる訳ではない。

 この場が正式な学院行事であること。この狭い部室を選んだこと。

 それが2人だけで臨んでいる理由なのだった。

 

 そもそも、この場では部活内容を説明するだけだ。説明をするのに何人も必要ない。

 更に正式な場である以上、一般部員が立ち入るのは不自然なのだと思う。

 そう、部長と副部長――雪穂と亜里沙だけが説明会を取り仕切るのが妥当なところ。

 同じ最上級生である彼女達の親友は、入学式の事後処理に追われている為に席を外している。

 しかし、彼女がいたとしても同席は辞退していたのだと思う。

 これもまた、先輩達から学んだ礼節と秩序なのだろう。

 そして部室が狭い以上――横幅いっぱいに前列に並ばれても圧迫感と窮屈さを醸し出すだけ。

 それでは新入生にマイナスイメージしか生まない。

 そう判断してのことでもあるのだと思う。

 その代わり、残りの部員――2年生は隣の教室にて待機をしていた。

 説明会後の歓迎レセプション。隣の教室へ移動しての歓談を行う為に。

 これも雪穂達――アイドル研究部員が先輩達から受け継がれてきた『歓迎の意』なのだろう。

 

 事前に部員達が買い集めてクーラーボックスで冷やしてある紙パックのジュースと、お菓子を並べ――

 先輩達や自分達のライブの衣装を展示して、活動日誌の一部をコピーして閲覧できる様にしてある。

 そして、姉達や自分達のライブの動画を流したりもしている。

 そんな新入生達の緊張をほぐしながら、自然と部員達との色々な会話をする場として設けられたのだった。

 説明とはあくまでも一方通行なもの。

 ただ憧れているだけでは――聞いて理解していても本当の意味で理解したとは言えない。

 もちろん質疑応答は設けてある。しかし、これもまた会話の様に理解できるまで聞けるものではない。

 それならばと、会話と言う言葉のキャッチボールを経て理解を深めていってほしい。

『自分はスクールアイドルが好き』と言う想いを胸に刻んでほしい。

 そう言う気持ちで入部して頑張っていってほしい。

 数年前に行われたスクールアイドル達の合同ライブ。結成前とは言え参加させてもらった雪穂と亜里沙。

 彼女達の開いた歓迎レセプションは、合同ライブから学んだことなのだと思う。

 

□■□

 

 大勢のスクールアイドルが集まった合同ライブは長時間に渡り開催されていた。

 とは言え、大会の様に審査やパフォーマンスを中心とした構成ではなく――

 本当の意味での『お祭り』であり『スクールアイドルの素晴らしさを知ってもらう』ことを中心とした構成になっていた。

 1つのステージには1組が数分のライブを行っている。

 しかし、残りのスクールアイドル達は自分の出番の数分前までは各自で自由にお祭りを楽しんでいたのだろう。もしくはステージ以外でのパフォーマンスをしていたのかも知れない。

 順番はライブを構成する為に作られていたのだろうが――

 特に他のスケジュールや規定などは作らずに、各自の自由な時間を過ごしていたのだと思われる。

 そしてライブを見に来た観客も然り。ステージとは言え公道の真ん中に作られた特設会場。

 見に来る人が自由に行き来できるように、区切りも何もしていない客席スペースとは名ばかりのステージ前にあるスペース。

 ライブを常に見るも良し。お目当てのライブを見終わったら屋台を回るでも良し。

 逆に屋台を回って疲れたら立ち止ってライブを見るでも良し。自由にお祭りを楽しむことができる――

 さながら、広大な敷地での複数のステージを有して行われるロックフェスティバルの様なものなのだろう。

 そしてスクールアイドルも観客も、同じ場所でお祭りを楽しんでいる。

 そう、集まったファンとの交流の場だったのかも知れない。 

 そして、スクールアイドルに興味を持っている子達にスクールアイドルの素晴らしさを伝える機会を設けていたのかも知れない。はたまた――  

 オープニングセレモニーとして行われた穂乃果達 μ's が1曲目に歌ったあの曲。

 あの曲は『みんなで歌って踊れる曲』をコンセプトに参加するスクールアイドル達が協力して作り上げた曲であった。

 とは言え、あくまでも彼女達が主体。他のスクールアイドルはサポートなのだろう。

 つまり彼女達の新曲であり合同ライブのメインテーマと言う訳ではなかった。

 その為に、彼女達がメインとして歌って踊り、バックで他のスクールアイドルが踊ったのだろう。

 そう、本当に合唱して全員で踊るのは最後の最後。閉幕の時なのだから。

 しかし、あの曲のコンセプトの『みんなで歌って踊れる曲』とはスクールアイドルだけを指した言葉ではなかったのだ。

 つまり、見ていた観客にも一緒に歌って踊って盛り上げて――全ての人達の一体感を求めていたのかも知れない。だからこそのオープニングセレモニーであり、振り付け講座の役割を持っていたのだと思える。

 それを見ていた人達が自分も歌って踊りたいと感じて、周りのスクールアイドルへと教えてもらいに歩み寄る。これも1つの気軽に話をするキッカケになったのだろう。 

 

 当初この条件を出した綺羅 ツバサは『スクールアイドルのみんな』を基準に提案していた。

 ところが合同ライブの打ち合わせ中に突然言い出した穂乃果の――

 

「全員で歌って踊るのなら、お客さんも含めた全員で歌って踊りたい!」

 

 その一言で決まった――本当の意味での『みんなで歌って踊れる曲』となったのだった。

 その言葉を聞いたツバサは微笑みを浮かべていた。

 穂乃果達のキャッチフレーズを見た時に納得していた答え。

 穂乃果達の原動力であり活動する意味。彼女の言葉を聞いて実感していたのかも知れない。

 そして、ツバサは感じていた――

 彼女達ならこれからのスクールアイドルの未来を安心して託していけると。

 今よりも素晴らしい未来へと導いていけるのだと。

 そして、旅立つ自分は直接関わることはなくなるが、彼女達の行く末を見届けたいと願っていた。

 そう、演者だけでなく見ている者達さえも巻き込み、全員で楽しみ盛り上げていける――

 そんな『みんなで叶える物語』の輝かしい結末を――。

 

 後に穂乃果達が伝説のスクールアイドルと謳われる様になった背景には――

 結成1年足らずの実績にも関らず、第2回大会で有力候補の A-RISE を打ち破り、続く本大会にて優勝。その後の海外PRと合同ライブの発起が要因として挙げられているのだが。

 実は、合同ライブにおける『スクールアイドルの素晴らしさ』を大勢の人達へと伝える環境を作った。

 誰でも気軽に触れ合い、実際に活動している人達から素晴らしさを聞ける場所を設けた。

 スクールアイドルの素晴らしさを知り、足踏みしていた子達に勇気を与えた。

 そして、みんなで歌って踊れることにより、一体感が生まれて楽しさと喜びを植えつけた。

 その結果として――確実にスクールアイドル人口の増加に繋がった『企画の発案者』としての功績を知る、参加した全員が語り継いでいったのが1番大きかったのだと思う。

 穂乃果達が発起した合同ライブもまた、大会運営側とスクールアイドル達の要望により――

 大会同様、卒業するスクールアイドル達の思い出として。次世代のスクールアイドルを目指す子達へのキッカケとして。3月開催の本大会後に毎年開催される様になったのだった。

 

□■□



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活動日誌- み・はミュージックの・み! 8

 雪穂と亜里沙の実際に経験した合同ライブを踏まえて実施になった歓迎レセプション。

 楽しんでもらおう。少しでも興味を持ってもらおう。入部したいと思ってもらいたい。

 きっと後輩達もそんな気持ちでいてくれているのだろう。

 裏方をやらせて、ごめんね? ありがとう。

 扉の向こうで一生懸命セッティングをしたり、飾りつけやチェックをしている後輩達を想像して、雪穂は心の中で謝罪と感謝をしていた。

 そんな後輩達の為。立場は違えども学院の為に頑張っている親友の為――

 雪穂と亜里沙は自分達の責務を全うする為に、新入生へと説明を始めるのだった。

 

 まずは軽く自己紹介を済ませ活動内容――在籍人数や活動場所。活動時間や練習内容。

 そしてメインとなるライブやイベントへの参加などの話を簡潔に説明する。

 終始、希望と羨望の眼差しで見つめてくる新入生を眺めながら、心の中で苦笑いを浮かべる雪穂だった。

 確かに憧れて部室を訪ねてきたとは言え、今までの内容は言ってみれば事務的な内容だった。

 自分の意志があるにせよ面白い話でも興味が湧く様な話でもないはず。

 まだ自分が中学3年生だった頃。学院存続の為だと絵里のオープンキャンパスでの演説の練習に付き合ったことがある。

 しかし、あまりにも興味が湧かなかったからなのか、雪穂はその場で居眠りをしてしまうのだった。

 そんなことを思い出して、今年の新入生はやる気があるのだと感じていたのだった。

 それは部活の為、先輩の為、親友や後輩の為。きちんと説明する必要があるからと考えた内容とは言え――

 自分自身が興味が湧かない説明だったからなのかも知れないのだが。

 

 そして数名程度の質疑応答を行った後、話はスクールアイドル――主に μ's の話題へと流れていった。

 すると新入生の口から感嘆の声が漏れ始めて、更に瞳を輝かせて真剣に聞こうとする表情へと変化していく。

 それを見た雪穂は「やっぱりね?」と言いたげな表情で亜里沙に目配せした。

 そんな雪穂に同じ様な表情で返す亜里沙。

 当然こうなることは予想していた。だから最後に活動内容を話しても頭に入らないだろうからと、最初に持ってきたのだった。

 新入生の表情に比例するかの様に。期待に応えるかの様に。

 先ほどの説明とは打って変わって、穂乃果達の軌跡を熱く語る雪穂と亜里沙。

 しかしそれは単純に、自分達の大好きな μ's の話をするファンとしての2人の姿なのであった。

 

 自分達が入学する前。穂乃果が μ's を結成してから今まで――。

 学院廃校の危機を救うべく立ち上がった9人の生徒達の物語。

 第1回と第2回ラブライブ! エントリーや出場へのエピソード。

 優勝後の海外PRや合同ライブ。絵里達の卒業からの穂乃果達在校生の道のり。

 苦難や悩み、困難な壁を乗り越えてきた先に待っていた喜び。

 彼女達を1番近くで見続けてきたファンの語る内容に、新入生達は心が踊り、胸をときめかせ――

 時には笑い声が漏れ、すすり泣く声すら聞こえるほどに、聞く者の心を揺れ動かしていたのだった。

 

「……フーッ。……スクールアイドル μ's ――それは、この音ノ木坂学院で生まれました」

「学校を廃校から救い……大会で優勝するまでに……」

「私達はその想いを受け継いで、今まで活動してきました……」

 

 彼女達の話は終盤に差し掛かり、まとめの部分へと到達する。

 一呼吸をしてクールダウンを済ませた雪穂と亜里沙は冷静な表情を取り戻し、改めて説明を始めた。

 見ている新入生も先輩達の優しく落ち着いた声色に、活動内容を説明された時の様な落ち着いた表情へと戻して話を聞いている。

 

「 μ's を中心とした、スクールアイドルの力によって、ラブライブ! はドーム大会が開かれるまでなり――」

「今年もまた、ドーム目指して、予選が開始されることになったのです」

 

 雪穂と亜里沙は、此処にはいない親友。隣の部屋に待機している後輩達へと想いを馳せ――

 輝かしい大空へと巣立っていった先輩達へ。

 産声をあげて眩しい青空を仰ぎ見ている新入生達へ。

 そして受け継いできた想いを、今度は託す立場になる自分達へ――。

 託された想いを胸に刻み込む様に、言葉を紡いでいたのだった。

 

「「――そして……」」

 

 彼女達は一瞬だけ、顔を見合わせて微笑みを交わすと、前を向いて声を揃えて言葉を紡ぐ。

 

「「 μ's の最後のライブは――」」

 

 この言葉を放った瞬間、彼女達は心の中で吹き出し笑いの感情に苛まれる。

 最後のライブ――確かに表現的には間違いではない。

 しかし、彼女達は知っている。自分達の言葉にした『最後のライブ』が『ファンの知る最後』のライブであることを――。

 とは言え、自分も知らない穂乃果達の『本当の意味での最後のライブ』の話などできる訳もない。

 周りも――ファンや学院のほとんどの生徒達も知らないのだから、最後のライブと言っても問題はない。

 だけど自分達は知っているから、心の中で付け加えた「みんなが知ってる物語の」と言う言葉に吹き出し笑いの感情を覚えていたのだろう。

 

 ここで一呼吸を挟み、彼女達は満面の笑みを浮かべながら――

 

「隣の部室に移動して、歓談をしながらでも話をしたいと思います」

「飲み物やお菓子もありますし、ライブ映像や衣装。先輩達の残していった活動日誌の一部も閲覧できますから、楽しんでいってください」

「もちろん私達への質問も受け付けますので、気軽に声をかけてもらえると嬉しいです、これで説明会を終了します……お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「――お疲れ様でした。……それでは、中の方へどうぞ?」

 

 隣の部室への誘導を兼ねて説明会の終了を伝えたのだった。

 雪穂と亜里沙の労いの言葉と共に隣の部屋へと繋がる扉が開かれ、後輩達が労いの声をかけながら新入生達を中へと誘導する。その言葉に列になって中へと進む新入生達。

 彼女達の表情が晴れやかで、楽しそうで、充実している様に見える。

 隣の部屋へと進んでいく、そんな彼女達の姿を後ろから眺めていた雪穂は、軽く安堵のため息をついていた。

 すると彼女の肩を優しく叩く、小さな拳の感触を覚える。

 振り向くと、亜里沙が優しい微笑みを浮かべながら、部長の責務を労う様に軽く肩を叩いてくれていた。

 雪穂は亜里沙の優しさに感謝を含ませた笑顔を送り、自分もまた副部長の責務を労い彼女の肩を優しく叩いてあげる。

 2人はどちらからともなく手を止め、微笑みを交わすと軽くハイタッチをするのだった。

 そして亜里沙は雪穂に笑みを溢して頷くと、先に隣の部屋へと歩き出していた。

 

 雪穂は全員が隣の部屋へと入ったことを確認すると、ふと研究部の部室を一瞥する。

 姉達の思い出、自分達の思い出、後輩達の思い出。

 そんな全ての思い出と、色々な想い。そう言った目に見えないものを沢山詰め込んで見守ってきた部室。

 自分達はこれから――受け止めた先輩達から託された想いを、新しい子達へと託していくのだ。

 そう、あの扉の向こうには自分の知らない新しい未来が待っている。それは楽しみでもあり、緊張や不安でもある。

 まるで彼女には、ライブ直前のステージ袖に立つ様な気分。そんな風に感じていたのだろう。

 でも逃げない。お客さんは待っているのだから。自分で1歩を踏み出さなければ何も始まらないのだから。

 そう決意をして雪穂が歩みを進めようとした瞬間――

 彼女の背中を優しく押し出す、暖かな風が吹くのだった。

 それはきっと巣立っていった先輩達が背中を押してくれた優しい手。

 そう解釈した彼女は無意識に強張っていた肩の力が抜け、嬉しそうに微笑んだ。

 そんな包み込んでくれる暖かで柔らかな風を感じながら、新しい未来の始まりを迎えるであろう――

 新たな『みんなで叶える物語』の1ページ目を綴るべく、眩しい光の方へと歩き出すのであった。

 

♪♪♪

 

 ――こうして始まる、国立音ノ木坂学院アイドル研究部の新たな物語。

 しかし雪穂達『託す側』の生徒達も、最初から託すことを自覚できていた訳ではない。

 穂乃果を始めとする先輩達と共に歩み、先輩達からの『託された想い』をしっかりと受け止め、自分達で考え、考え、悩んで考えて――。

 自分達の信念を作り上げて成長してきたからこそ、後輩達へと想いを託すことができるのである。

 

 この物語は――時を巻戻すこと、雪穂達の入学式。まだ彼女達がスクールアイドルを始める前まで遡る。

 入学当初の雪穂達が穂乃果達と同じ時を刻み、様々な出会いや経験をして、沢山の想いに触れ。

 色々なことを自分達で考え、答えを導き出して進んでいき――

 後輩へ自分達の想いを託していける様になるまでの成長物語。

 そんな彼女達のスクールアイドル活動を、彼女達の活動日誌で読み進める――

 穂乃果達の新しい『みんなで叶える物語』であり、雪穂達の『みんなで夢みる歌作り』なのである。



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=Next Season= Introduction (プロローグ)
活動日誌♪ センチメンタル ・ ステップス!


 暖かくて、眩しい日差しが窓から差し込む――東京 神田にある和菓子屋『穂むら』の二階居住スペースの一室。

 室内では、鏡に映る自分を見ながら悪戦苦闘している一人の少女の姿があった。

 

 全体に短く切り揃えたショートカットの、前の両サイドだけを顎先の長さまで伸ばしている小豆色の髪。

 数日前に義務教育を終えたばかりで、まだあどけなさは残るものの凛とした印象をも併せ持つ目鼻立ち。

 小柄で華奢だが、活発な雰囲気を与える肢体。

 そんな身を包んでいる、真新しい濃紺のブレザー。

 淡い空の青と、濃い海の青のチェック。そのチェックの柄に差し色として使われる、赤のラインの入ったスカート。

 そして、襟元につけた緑のリボン。

 そんな自分を彩る新しい姿――

 さまざまな想いと信念により導かれ、晴れて今日、正式に着ることを許された学院の制服。

 彼女はそんな自分の姿を、芯の強さと真面目さが見え隠れする翡翠の瞳で、鏡の中に映る自分を真剣に見つめているのだった。 

 

「うーん……よしっと!」

 

 少女は自分をさまざまな角度で鏡に映し出しては、自分の身につけた制服とリボンを念入りにチェックしていた。

 自分に課した厳しいチェックに、満面の笑みと納得の声をあげていると――

 

「――ちょっと、雪穂ー! 今日は入学式なんだから、さっさと下りてきて朝食済ませちゃいなさい!」

 

 一階から、彼女を呼び叫ぶ母親の声が聞こえてくる。

 

「はーい。今行くからー」

 

 呼ばれた少女――雪穂は扉を開けて、下へ声をかけると階段に向かって歩き出す。

 しかし、数歩歩いたところで立ち止り……思い出したように踵を返すと自分の部屋を通り抜け、隣の部屋の前で立ち止る。

 そして扉をノックをしてから、部屋の主である姉の穂乃果に声をかけた。

 

「……お姉ちゃーん、起きてるぅ?」

「……おはよう、雪穂! 起きているよっ!」

 

 少しして、姉の部屋の扉が開き、既に制服に着替えている彼女が元気に挨拶をするのだった。

 

「おはよう、お姉ちゃん――って、見ればわかるから。それより……ねぇ?」 

 

 彼女は挨拶を返すと「わざわざ出てきてから起きていることを伝えなくても良いのに」と言う気持ちを含ませて、呆れた表情を浮かべて言葉を返す。

 そして、少し恥ずかしそうに顔を赤らめながら顔を背けて、弱冠制服の裾を両手で摘んで、上半身ごと前に押し出す姿勢になって、疑問の言葉を投げかけた。

 

「ん? どうかした?」

「……な、なんでもないっ! 朝食できているって? 先下りてるからっ!」

「――あっ、ちょっ、雪穂ぉ?」

 

 しかし、訳がわからないと言いたそうな表情で聞き返してきた穂乃果に、更に顔を赤らめて捲くし立てるように言い切ると、その場から足早に去ってしまうのだった。

 

♪♪♪

 

 一階の居間へ下りてきた雪穂は、食卓に朝食を忙しなく並べる母に声をかける。

 

「お母さん、おはよう?」 

「おはよう、雪穂……穂乃果はまだ起きて――」

「もう起きて制服に着替えていたから、そろそろ下りてくるんじゃない?」

「あら、そう……あの子も生徒会長なんだから早く登校するんだし、さっさと朝食済ませてくれないかしらね?」

「あははは……ねぇ、お母さん?」

「何よ、忙しいんだから……あとにしてちょうだい」

「……うん。ところで、お父さんは?」

「厨房で仕込みをしているわよ? ……はい?」

「あっ、ありがとう……いただきます」

 

 母へ話しかけようとしたのだが、今は忙しいと言われ、父の所在を訊ねると厨房にいると言われる。

 ならば先に父の方の話を済ませようと、移動することにした彼女の目の前に、彼女の分の朝食が用意された。

 今席を外せば、きっと母の大目玉は必至だろう。そう解釈した彼女は自分の定位置に座り、食事を始めたのだった。

 彼女が食事を始めると、穂乃果、少し遅れてから母。

 そして母が呼んできたのだろう。母の後ろから父も来て、それぞれの席に座り、朝食を食べ始める。

 全員が食事を始めると、何気ない会話が母と姉の間で繰り広げられていた。

 父はいつも聞いているだけ。彼女も普段から、姉か母が何か話題を振ってこない限りには相槌を打つくらいしかしない。

 そんな、普段通りの朝食の風景。その風景に、何故か不満を覚えていた雪穂だった。

 

「……ご馳走さま……」

 

 少しムスッとした表情をしながら雪穂は席を立つ。その普段とは違う彼女の表情に、誰も何も言わなかった。

 それが余計に腹立たしくなった彼女は、無言で食器を台所の流しに持っていくと、そのまま自室に戻るのだった。

 今日は入学式だから、登校の用意は必要ない。だから本来ならば自室へ戻る用事はないのだが――

 とりあえず、この場には居合わせたくなかったのだ。

 自室に戻り、ソッとベッドに腰をかける。

 今日は彼女の入学式。確かに数日前に制服を着る機会はあった。

 その際に、家族全員が自分の制服姿を見てはいた。

 しかし、それとこれとは別のはず。

 数年前の姉の時は、あれだけ興味を示していた……のではなく、姉が勝手に見せていたのだろうけど、それでも――。

 とても悲しい気持ちになる雪穂の耳に、部屋をノックする音が聞こえてくる。

 とりあえず、気持ちを切り替え、いつも通りに声をかける雪穂。

 

「なーに? ――って、全員でどうしたの!?」

 

 すると、声を待たずに扉が開かれ、家族が揃って中へ入ってきた。そんな自分達に目を大きく見開いて声をかけた妹に、苦笑いを浮かべて答える穂乃果。

 

「いや……たぶん、怒っているんだろうなぁって?」

「――えっ?」

「別に無視をしていた訳じゃないんだよ? ただ、ね? ……落ち着いてから全員で言ってあげようって思っていたからさ?」

「――な、何を?」

「制服……良く似合っているよ? 入学おめでとう!」

「雪穂、おめでとう――似合っているわよ?」

「……まぁ、その、なんだ? おめでとう。似合っているぞ?」

「…………」

「――って、雪穂が泣いてるー!」

「大声ださないの! 近所迷惑でしょ?」

「あぅ……ごめんなさい」

「ほら、雪穂も涙を拭きなさい……もう出かける時間でしょ?」

「う、うん……ありがとう」

 

 誰も何も言ってくれない。自分の制服姿は二番煎じで新鮮味が薄れているのかも……そんな風に考えていた彼女へのサプライズ。

 彼女は嬉しくて溢した涙を、笑顔を浮かべて、人差し指でふき取るのだった。

 ところが母の言った言葉に反応して慌てていたのは穂乃果の方だった。

 新入生は親と一緒に普通に登校すれば問題がない。

 しかし、生徒会長である穂乃果は、早めに登校して入学式の準備をする予定だった。

 それを思い出した穂乃果は、脳裏で親友の怒った顔でも想像したのか……顔を青ざめて、慌てて部屋を飛び出して行ったのだった。

 そんな慌しい姉を眺めながら、もう一度鏡に映る自分を眺めて、優しく微笑んでから部屋を出る雪穂なのであった。



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Track 1 両手を広げて
活動日誌0 ミュージック・スタート! 1


ここから本編(雪穂の活動日誌)になります。
分割話数になっている為、サブタイトルの最後の話数の後書きに
Comments として他のメンバーからのコメントが入ります。


「……新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」

 

 壇上の理事長先生が私達を見渡してから、微笑みを浮かべて言葉を(つむ)いだ。

 その瞬間に私、高坂 雪穂(こうさか ゆきほ)は心の底から込み上げる物と言うか、安堵(あんど)と言うか――そんな感情に全身を包まれていたのだろう。

 

 合格発表で受験番号はこの目でしっかりと確認した。制服だって間違いなく私の手元に届いたモノだ。

 そして、その制服を身に包んで音ノ木坂の校門を通り、学院の先生や先輩方に案内されて入ってきた入学式の会場。

 今、私は他の新入生と共に新入生の席――この場に座っているのだ。

 疑う余地がないことくらい理解はしているんだけど。それでも、今この瞬間に私は祖母や母が通っていた――そして、お姉ちゃんの通う国立音ノ木坂学院(こくりつおとのきざかがくいん)の生徒として認められた。たぶん、そんな気になったのかも知れない。

 

「…………」

「…………」

「「…………クスッ」」

「「…………」」

 

 私は思わず隣に座っていた親友の絢瀬 亜里沙(あやせ ありさ)の横顔を見た。その瞬間、亜里沙も私を見つめ返してきたのだった。

 たぶん同じことを考えていたのだろう。自分の顔は鏡で見ていないからわからないのに――きっと2人は同じ表情をしているんだと思えた。それは亜里沙も同じみたい。

 私達は同時に小さく笑うと、照れくさそうに正面に向き直るのだった。

 

♪♪♪

 

 今日は此処(ここ)、国立音ノ木坂学院の入学式。

 亜里沙のお姉さんの絢瀬 絵里(あやせ えり)さん。そして、私のお姉ちゃんの高坂 穂乃果(こうさか ほのか)

 ――更に7人の先輩達が集まって、スクールアイドル μ's(ミューズ) として輝きながら駆け抜けた姉達の去年1年間が発信され続けてきた場所。

 私の知っている喜びや悲しみや苦労も当然あった。だけど私の知らない色々な困難や苦労や悩みもあったのかも知れない。

 ううん――絶対にあったと思う。ただお姉ちゃんが私に見せまいとしていただけなんだろう。

 でも、それは別に私が妹だからとかって理由ではない気がする。

 単に、お姉ちゃんの輝いた場所がスクールアイドルだったから――学校の部活動だったからなんだと思う。そう、去年の私は音ノ木坂の生徒じゃないから。

 それにお姉ちゃんには素敵な仲間がいた。支えあえる皆がいたのだから。

 私の知らない困難や苦労や悩みは、仲間で乗り越えてきたんだと思う。

 私は、ただ応援しているだけの存在――ただ、勇気と希望をもらっているだけの存在だった。

 

 ――だけど、今日からは違う。私も音ノ木坂の生徒なんだ。

 1年間とは言え、お姉ちゃんと同じ校舎で同じ時を刻む――

 

「…………」

「…………?」

「…………」

 

 私は脳裏に浮かんだ1年間(・・・)と言う単語に顔を曇らせた。

 それに気づいた亜里沙が心配そうに私の顔を覗きこんできたのだけど、苦笑いで返したのだった。だって彼女(・・)には私の悲しむ1年もないんだから。

 入れ違いで入学した彼女には共に刻む時間すらない。私が悲しむことなんて贅沢(ぜいたく)なんだろう。

 そもそも、こんなことをお姉ちゃんが聞いたら――まぁ、ぜっっったいに! お姉ちゃんには言わないんだけどねっ!

 きっと笑顔で、こう言うんじゃないかな?

 そう――

「大丈夫だよ、雪穂。1年もあるんだから! ファイトだよ!!」

 って。

 正直な話、何に対してのファイトなんだか疑問なんだけどね? それでも、お姉ちゃんの1年もあるは説得力があるんだよね?

 

 去年の音ノ木坂は生徒の減少による廃校(はいこう)の危機に(ひん)していた。現に私の耳にも噂が届いて、他の学校を受験しようかと思っていたくらいだし?

 それを救ったのが、スクールアイドル μ's の存在。

 彼女達の活躍により、新年度の募集も(とどこお)りなく済んで、私も入学式の席に座れている訳なのだ。

 ふいに周囲を見回す。マンモス校のような密度はないものの、それなりの密度は保っている会場。合格発表の時も番号に空欄があったのだから定員割れではないはず。

 なにより、会場に(まと)う空気が希望に溢れている気がする。

 それは、新入生だけではなく――先生や先輩方の全ての人から(かも)し出ている雰囲気。とても、廃校の危機に瀕していたなんて思えないくらいに。

 そんな雰囲気を作った立役者は、紛れもなく μ's なんだと思う。

 そして――

 そんな μ's を作った立役者は、紛れもなくお姉ちゃんなんだとも思っている。

 

 前に海未(うみ)さんと、ことりさんに聞いたことがあった――

「なんで、お姉ちゃんがリーダーなんですか?」 

 って。

 だって、お姉ちゃんだよ?

 そりゃあ、優しいところもあるし、明るいし、元気だし。でも、リーダーって、ねぇ? 海未さんの方が向いていると思うし。

 だから、素直な質問をしてみた訳なんだけど――その時、海未さん達は一瞬だけ驚いた表情を浮かべて顔を見合わせていたけど。すぐに吹き出し笑いをしていたっけ――なんでかな?

 でも、笑いを(おさ)えた海未さんが優しい微笑みを浮かべながら言った――

「……わかりませんか?」

 それを隣で聞いていた、まるで自分が褒められたかのように嬉しそうに微笑むことりさんの笑顔に――

「……わかりませんよ」

 恥ずかしくなって、ソッポを向いて答えたんだっけ。

 だって――

 2人の表情に、私の心の奥に大切にしまっていた答えが正解なんだって言われた気がしたから。

 だから、私の表情を見ていた2人は何も言葉を繋げなかった。ううん――繋げる必要はないって理解していたんじゃないかな?

 私はお姉ちゃんの妹で、2人はお姉ちゃんの親友――そんな感じ。

 その後は、恥ずかしそうにソッポを向いている横顔を無言で優しく見守られていたのを覚えている。

 

 もちろんお姉ちゃんに話しても――

「えー? そんなことないよぉ。みんなの力なんだよ? 私、何もしてないもん」

 って、本気で言い返してくるんだろうけど。

 

 でもね、お姉ちゃん?

 他の μ's の皆さんや学校の皆さん。そして μ's を愛する人達は、きっとわかってくれているんだよ?

 お姉ちゃんが諦めずに頑張ってきたから、みんなが集まってくれたんだよ?

 お姉ちゃんが諦めずに頑張ってきたから、みんなの願いが叶ったんだよ?

 それは μ's を愛する人達の1人として。近いところから μ's を――お姉ちゃんを見てきた私が保証するよ?

 

 だから――

 そんな μ's を作った立役者は、紛れもなくお姉ちゃんなんだと思っている。

 

 そして去年の1年間でお姉ちゃんは文字通り光輝いた。

 学院の危機をスクールアイドルとして救った。スクールアイドルの祭典、ラブライブ! で頂点に輝いた。一躍(いちやく)注目を浴びる存在になった。

 とは言え、スクールアイドルになったのも去年だった。基礎だって何もしていない状態からのスタート。

 そもそも、スクールアイドルをやるキッカケって、私が持っていたUTXの入学案内だって言うし。

 つまりは、全てが去年1年間で始めて、叶えた物語(・・・・・)

 

 そう――

 お姉ちゃんは文字通りやりきったんだ! たぶん誰よりも濃密で光に()(あふ)れた1年だったんだと思う。

 だから、お姉ちゃんが言う1年もある(・・・・・)って言葉は誰よりも重く、説得力のある言葉なんだよ? 少なくとも、私には。

 

 それにね? 確かにお姉ちゃんと過ごせる時間は1年なのかも知れない。

 だけど、お姉ちゃんに素敵な仲間がいるように、私の隣には亜里沙がいる。

 彼女との時間は3年もあるんだ。そう、濃密で満ち溢れた1年が3倍(・・)あるんだ。

 だから、お姉ちゃんよりも濃密で満ち溢れた時間を亜里沙と過ごしてやるんだから!!

 

 今までは、ただ応援しているだけの存在――ただ、勇気と希望をもらっているだけの存在だった。

 だけど、今日からは違う。私も音ノ木坂の生徒なんだ。

 1年間とは言え、お姉ちゃんと同じ校舎で同じ時を刻む。そして、亜里沙と共にアイドル研究部に入部して、お姉ちゃん達の背中を追いかけるスクールアイドルになるんだ。

 だから、これからは同じ景色を見て、同じように悩んで、同じように苦しんで。

 そして――

 同じように喜びを分かち合い、一緒に笑い合える。

 ユニットは違うけど、同じ音ノ木坂学院アイドル研究部の一員として色々なことを共有できるんだ。

 きっと私だってお姉ちゃん達にも勇気と希望を与えられる存在になれる! 

 ――のかは、わからないんだけどね。

 

 とにかく、今日から私もお姉ちゃんと同じ舞台に立つことが許された。

 つまりは私にとって、亜里沙にとって。

 ううん――私達にとってのスタートなんだ!

 

「…………」

「…………」

「――!」

「…………クスッ」

「…………クスッ…………」

「「…………」」

 

 そんなことを考えていた私の視界に突然2本の指が映りこむ。驚いて隣に座る指の持ち主を見つめると、亜里沙は満面の笑みを浮かべていた。

 私は(あき)れながらも、笑顔を浮かべて彼女のピースサインの横にピースサインを並べた。

 別に彼女の笑顔と行動に呆れた訳じゃない。

 ただ――私が心の中でやろうと思っていたことを目の前で行動に移してきたから。

 やっぱり亜里沙には敵わないし、親友になって良かったって思える――と言うか、親友でいられることに感謝しているくらいだしね?

 ――なんて、ぜっっったいに! 亜里沙には言わないんだけどねっ!

 

 2人は一瞬だけ見つめると、合図をした訳でもないのに同時に指を水平まで上げた。

 いや、さすがに今は入学式の最中だから――掛け声も当然、心の中でしただけだよ?

 

 だけど、何故か私には亜里沙の声と私の声――2人の掛け声が脳内に響いていた。

 隣で微笑む亜里沙の表情から、彼女にも響いていたんだろうと感じた。

 私達は微笑みを交わして、再び正面に向き直るのだった。

 



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活動日誌0 ミュージック・スタート! 2

 私達が正面を向き直ると、進行は既に来賓(らいひん)の方の祝辞が終わりを迎えていた。

 

「ありがとうございました。続きまして、本校生徒会長より挨拶がございます」

 

 来賓の方が席に戻ると、司会が次の進行を告げる。鳴り響く拍手の中、スポットライトに照らされながら1人の生徒が壇上に歩いてくる。

 それまでの挨拶の際の登壇とは違い、拍手の中に感嘆(かんたん)の声が混ざる。

 私は何故か胸に暖かいものがこみ上げてきた。この感嘆の声こそが、彼女の歩んだ道のり。叶えたかった物語の本当に望んだものだったのだから。

 とは言え、彼女は別に感嘆そのものが欲しかった訳じゃない。

 ただ――彼女の目の前に広がる光景が見たかっただけなんだと思う。

 それが今、壇上に立つ国立音ノ木坂学院の生徒会長(・・・・)

 そして、国立音ノ木坂学院スクールアイドル μ's のリーダー(・・・・)

 私の自慢のお姉ちゃん、高坂 穂乃果の叶えた物語なんだと思う。

 

 ふいに壇上のお姉ちゃんを見つめる。

 ただの挨拶。ただの生徒会長としての挨拶だって理解しているのに。

 スポットライトに照らされたお姉ちゃんは綺麗(きれい)に見えたし、大人びているようにも感じていた。

 実はこの光景を目にするのは2度目なんだけど――あの時には感じなかった何か(・・)が確かに今のお姉ちゃんには感じられていた。

 最上級生になったから? 自分が正式な音ノ木坂の生徒になって見ているから?

 ううん、そう言うのじゃないと思う。

 たぶん1度目の時と今――その間にお姉ちゃんに起こった出来事がお姉ちゃんを成長させたんじゃないかな?

 なんか私(えら)そうだけど、素直にそう思うんだから良いよね?

 

「…………」

「…………」

「…………」

「…………クスッ」

「…………クスッ」

「…………。……皆さん、こんにちは! 生徒会長の高坂 穂乃果です!」

 

 私は壇上に立つお姉ちゃんを見て、ほんの少しだけ寂しくなった。

 いつの間にか、お姉ちゃんは皆の高坂 穂乃果(・・・・・・・)になっていた。

 お姉ちゃんの居場所は私の隣じゃない。あのスポットライトに照らされた場所が、お姉ちゃんの居場所。

 もう手の届かない存在になっちゃったんじゃないか? 私には、もう追いつくことさえ出来ないんじゃないか?

 ――そんな感情が心の奥を(おお)っていた。

 

 そう思いながら壇上のお姉ちゃんを見つめていた私を、お姉ちゃんが見つめ返してきた。

 マンモス校ほどの密度はないものの、それなりに密度を保った会場。同じ制服に身を包んだ新入生の中に埋もれている私。

 学院生徒会長として、学院の入学式の挨拶に立っているのに誰もが知っている皆の高坂 穂乃果(・・・・・・・)が、この瞬間は私だけを見つめている。

 きっと、今の私は悲しい顔でもしていたのかな? 

 大丈夫? って聞こえてきそうな、お姉ちゃんとしての顔。

 その瞬間だけ。ほんの一瞬だけかも知れない。

 私には壇上に立つ皆の高坂 穂乃果(・・・・・・・)が、目の前にいる私だけのお姉ちゃん(・・・・・・・・・)に感じられた。

 その瞬間に私の心の奥を覆っていた悲しみと言う名の雪は――お姉ちゃんの存在と言う名の太陽に照らされて溶けていくのだった。なんてね。

 

 そんな雪解けの心を持て余すように、ただ呆然(ぼうぜん)とお姉ちゃんを見つめていた私。

 私の心の中はわからなくても、表情の変化でお姉ちゃんは理解してくれたのかな?

 心配そうに見つめていた表情が(やわ)らいで、微笑みを咲かせる。私には、その笑顔だけで十分だった。

 だって私には、その笑顔が――

「さぁ、雪穂! 私達はココにいるよ! 待ってるからね? ファイトだよ!」

 って、言っている気がしたから。

 

 もう大丈夫!

 もう迷わない!

 お姉ちゃんはお姉ちゃん。

 私は私でお姉ちゃんの妹――ただ、それだけだったんだ。

 完全に溶け切った心の中に芽生(めば)えた暖かな感情。私は、その感情をお姉ちゃんに向けて表現したんだ。

 そう――

 お姉ちゃんが求めた物語の先にあったもの。今の私のせいいっぱいの笑顔と言う名の答えを。

 

 お姉ちゃんは私の笑顔を見つめると一瞬だけ納得したかのように目を閉じて、生徒会長としての――

 皆の高坂 穂乃果(・・・・・・・)としての顔に戻って言葉を紡ぎ始めた。

 それからは私を見つめることはなかったんだけど、それで良いんだと思う。

 だって――私は私なんだから。不安になっているくらいなら、私が飛び込めば良いんだ! あの光輝く場所へ。お姉ちゃんが見ている場所へ。

 

 私はお姉ちゃんの挨拶を聞きながら、先ほどの脳内で響いた掛け声を思い出す。

 そうだ、私には亜里沙がいる。お姉ちゃんだっている。

 なにより、私達のミュージックは今始まろうとしているんだ。

 この祖母や母が通っていた――

 そして、お姉ちゃんが通う国立音ノ木坂学院で!

 

 私達のミュージックが――

 私達の物語が――

 私達の叶える未来が――。

 

 だからもう一度。

 今度は私の方から亜里沙にピースを差し出す。

 亜里沙は私の表情を見つめて微笑むと、ゆっくりピースを並べた。

 式の間中、気にしてくれていたんだろうな? 口に出さなくてもわかる。

 ありがとう、もう大丈夫だから――そんな感謝の意味をこめて、最高の笑顔を亜里沙に見せる。

 そして、2人同時に指先を見つめて――

 

「……ミュージックゥー スタートォー!!」

「「!?」」

 

 私達の脳内に響いたはずの掛け声が何故か鼓膜(こまく)から聞こえてきた。

 思わず壇上を見つめると、お姉ちゃんが天高くピースサインを掲げていた。

 会場内には笑い声が溢れている。壇上袖(ぶたいそで)では頭を抱える海未さんと、それをなだめることりさん。

 どうやら、お姉ちゃんの突発的な行動だったんだろう。

 ううん――突発的な行動なんかじゃない。そして前言撤回(ぜんげんてっかい)

 お姉ちゃんはずっと私を気にしていたんだね?

 だから私達を応援する為に掛け声をかけてくれたんだね?

 

 その証拠に(かか)げた腕を水平まで下ろして満面の笑みでピースサインを私達に見せているお姉ちゃん。

 本当に、もぉ――お姉ちゃんには敵わないな?

 私はお姉ちゃんに向かって、そんな意味合いの苦笑いを返すのだった。 

 

♪♪♪

 

 こうして、私の音ノ木坂の学院生活は暖かさと希望に満ち溢れた空間の中、始まるのだった。

 まだ先のことなんて何も見えてこない――当たり前だ、今日入学したんだから。

 だけど――

 3年後の卒業式。

 この制服を身に包んで校門を最後に通る時に、やりきったって。駆け抜けたって。

 亜里沙に、両親に――そして、大好きなお姉ちゃんに!

 胸をはって笑顔で答えられるように。

 私、高坂 雪穂は学院生活を全力で楽しむ!

 そんな決意を胸に秘めながら、この学院を眺めているのだった。




Comments 海未

雪穂さん、そして亜里沙さん。まずは入学おめでとうございます。
本来ならば穂乃果が書くべきところなのでしょうが、当の本人が――
「えー? 悪いこと書かれていたらショックだもん! だ、大丈夫……こうやって海未ちゃんの背中を透視して見ているから」
などと訳のわからないことを言って、背中にしがみついているので私が代わりに読ませていただきました。
ですが、ここまでストレートに表現されてしまうと私が読んでも良いのかと言う気にもなりますね? 恥ずかし過ぎます。
いえ、良い意味ですが。
いつか穂乃果にも、この日誌を読んでもらえると良いですね?

ちなみに、雪穂さんが疑問に思っていた点なのですが。
あれは、聞かれる直前に同じようなことをメンバーで話し合っていたからなんです。
だから、まさか他の人からも聞かれるなんて?
そう言う意味の驚きと含み笑いだったのですよ。
とにかく、これからの学院生活を全力で楽しむこと。
微力ながら手助けできればと思っています。
頑張ってくださいね。


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活動日誌1 スタート・ダッシュ! 1

「……ただいまー」

 

 亜里沙と一緒に途中まで帰ってきた私は、家の玄関を開けながら挨拶をして中へ入ろうとした。

 すると――

 

「おかえり、雪穂ぉ」

 

 お姉ちゃんが玄関の上がり框(あがりかまち)に座り、いつもの練習着姿で靴を履こうとしながら声をかけてきた。

 私は少しホッとした。わかっていたし納得もしたんだけど。

 それでも、あの壇上に立ってスポットライトを浴びていたお姉ちゃんは――

 

「――っ! ゆっっきっ……むぎゅ?」

「……なにやろうとしてんのよ!」

「……えー? 入学のお祝いだよぉ?」

 

 私の勘違いだったことにしておこう。

 

 私が玄関に入りきると――正確にはお姉ちゃんが靴を履き終えると、両手を広げて私めがけて飛びついてきたのだ。

 私は(あわ)ててお姉ちゃんの突進を食い止めるべく、手のひらでお姉ちゃんの(ほお)を押さえつけて制止させた。

 そして突進が止まったことを確認すると、頬を挟んでいた両手を放してお姉ちゃんに行動の理由を問いただす。

 そうしたら――両頬をさすりながら、こんな素っ頓狂(すっとんきょう)な答えが返ってきたのだった。

 

 どこの世界に! 入学のお祝いが!! 抱擁(ほうよう)なんて風習があるのよ!?

 そりゃあ、まぁ? 今のお姉さまは?? 誰もが(うらや)む、スクールアイドル様ですから!?

 抱擁をして欲しい人が山ほどいらっしゃるんでしょうけど?

 生憎(あいにく)そう言うのは間に合ってますから――お・こ・と・わ・り・しますっ!!

 

 って、そりゃあ、まぁ?

 何もそこまで否定している話でも、ないん、だけど、さ?

 べ、別に、お姉ちゃんの抱擁が(うれ)しくない訳じゃないんだよ?

 むしろ、嬉しいと言うか――で、でも、ほら?

 やっぱり、嬉しい――じゃなくて!! 恥ずかしいじゃん?

 そ、それに、ほら? 今日初めて着たばかりの制服がシワになると困る。

 そ、そう! 制服がシワになったらイヤだもん――だ、だから断っただけだもん!

 

「……じゃあさー? 雪穂は何が欲しい?」

「――え? 何って何の?」

 

 唐突(とうとつ)に、その場でストレッチを始めていたお姉ちゃんが聞いてきた。

 脳内で自問自答(じもんじとう)を繰り広げていた私は、一瞬お姉ちゃんの言葉が何を指して言ったのかが理解出来ずに聞き返していた。

 お姉ちゃんは私の問いに笑いながら――

 

「えー? いやだなー、入学のお祝いに決まってんじゃん」

 

 当たり前の答えを言い切るのだった。

 

「別にいらない」

「――えっ、何で? お祝いだよ?」

「……欲しくないもん」

 

 私は、お姉ちゃんのお祝いの申し出を断った。別に意地悪でも意固地でもない。

 私にとってはもう貰っているから。

 私がこの制服――音ノ木坂の制服を着れていることが、お姉ちゃんからの私へのお祝い。そう思っているから。

 

「そんなこと言わないでさー? 何かあるでしょー?」

 

 それでもお姉ちゃんは食い下がってきた。

 とは言っても、正直に話すのは恥ずかしいし、本当に欲しいものなんて――

 

「……ねぇ、お姉ちゃん……」

「――な、何? 何か見つかった?」

 

 私は何て言って断ろうか考えていたんだけど、視線がお姉ちゃんの練習着に止まり、あることを思いついた。

 そこで思いついた答えをお姉ちゃんに伝えようとしたら、嬉々(きき)とした表情で聞き返されてしまったのだった。

 私は少し押され気味になりつつも言葉を(つな)げることにした。

 

「……お祝い……」

「うん、うん」

「……何でもいいの?」

「えっ? いや――ほら? その……私のお小遣いの範囲……いや、2,000円くらいでなら……」

 

 最初の意気込(いきご)みは何処(どこ)へやら? だんだんと目が泳いで声が小さくなるお姉ちゃん。

 と言うか、お姉ちゃんのお小遣いから2,000円まで減るって?

 たぶんパンへの愛情(・・・・・・)と妹を天秤にかけたんだろう――結果、妹よりパンを取ったと言うことだ。

 別にそこは良いんだけど――また、大変な事態に(おちい)らないでよね?

 私は脳裏に浮かぶあの悲劇と――頭を抱えて苦悩(くのう)する海未さんの姿を想像しながら、苦笑いを浮かべていた。

 私は苦笑いを抑えて、お姉ちゃんに答えを告げることにしたのだった。

 

「……これから走りに行くんだよね?」

「? そうだけど?」

「……だったら、さ?」

「……うん?」

「すぐ着替えてくるから……ね? 一緒に走っても……良い……かな?」

「別に良いけど? ――あー! うん、待ってるから早く仕度(したく)しておいで?」

「……う、うん……」

 

 私は自分の今の望みをお姉ちゃんに告げた。

 私の今の望み――それは、今日お姉ちゃんと一緒に走ること。

 もちろんアイドル研究部に入部しても、お姉ちゃんと2人だけで走る機会はあるだろう。

 だけどそれは――アイドル研究部の仲間として走ること。実際に、亜里沙と一緒に明日にはアイドル研究部への入部届けを出す予定でいる。

 入部届けが受理された時点で私はお姉ちゃんと同じアイドル研究部の一員になる。

 だから――

 ただの音ノ木坂の生徒として、お姉ちゃんの妹として。

 音ノ木坂学院スクールアイドルの高坂 穂乃果――お姉ちゃんである高坂 穂乃果と一緒に走れるのは今日だけしかない。そして、この時間だけは私だけのお姉ちゃんとして走ってくれる。

 皆の高坂 穂乃果(・・・・・・・)ではない私だけのお姉ちゃん(・・・・・・・・・)として。 

 そう、これが――私の望む、最高のお祝いなんだよ? なんてね。

 

 お姉ちゃんは私の申し出に何やら気づいた素振(そぶ)りを見せて(こころよ)承諾(しょうだく)すると、着替えてくる様に(うなが)した。

 私の望みが理解できたの?

 少し恥ずかしさがこみ上げてきて、曖昧(あいまい)に答えて足早に自分の部屋へ走っていったのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな風に――

 私は感じていたから嬉しくもあり、恥ずかしくもあったって言うのにさ?

 それこそさ? 一緒に走っている間中(あいだじゅう)なんて、お姉ちゃんの顔がマトモに見れないほどだったのに!

 

 一緒に走っていった先。

 お姉ちゃん達がいつもトレーニングしている神社に通じる長い坂の階段道。

 そこを上り切ったところで、先を走っていたお姉ちゃんが突然振り返りながら――

 

「……それで、雪穂は何が食べたいの?」

 

 って、聞いてきたのだった。

 それこそ挨拶をする感覚で、自然かつ唐突に繰り出された言葉。お姉ちゃん(いわ)く、私の願いらしい問いに思考が追いついていかず――

 

「……ほえ?」

 

 我ながら情けない疑問の声を発していた。

 ――のに! 何故か、お姉ちゃんは――

 

「……ほえ? ……ほえって何処で売ってるかなー? と言うか、どんなお菓子だろ?」

「いやいやいや! そうじゃないでしょ? ――なんで、私が何か食べたいって話になってるのよ?」

「……え? だって、その為に一緒に走りにきたんでしょ?」

「…………」

 

 真剣に悩みながら、更に話を進めようとしていた。

 私は一先(ひとま)ず自分の言い間違いは置いといて、話の真相を聞くことにしたのだった。

 

 どうやら、お姉ちゃんは――

 私が一緒に走りにきたのは、何処かで(おご)ってもらう為だと思っていたらしい。

 まぁ、確かに? 私が着替えて戻ってきたとき、やたらとお姉ちゃんウキウキしていたし。私が玄関を出ると、いきなり私のことはお構いなしに突っ走って行っちゃったし。食べ物屋さんの前を通る度に横向いていたし。

 なんか変だとは思っていたんだけど――あれ、ちょっと待って?

 と言うか、アレでしょ? 私をダシに、自分がお菓子や食べ物を買って食べたいから承諾したんでしょ?

 だって、私に買うだけならあんな行動は不自然だもん。

 まったく――お姉ちゃんがそんな考えだなんて知らずに1人で勝手にドキドキしていたなんて。なんか私がバカみたいじゃん!

 

 まぁ、これも私の望んだお祝いのカタチって言えば、間違ってはいないんだけどね?

 少し想像していたのとは違ったけど、コレが私達――高坂姉妹の普段の飾らない日常会話。会話の内容が少しアレだけど、ねぇ?

 でも、私が求めていた望みは叶えられた気がする。

 だから――

 ありがとう、お姉ちゃん。大好きだよ――これからも、よろしくね?

 

 私は心の中で感謝を述べると、お姉ちゃんに向かって言葉の代わりに笑顔を見せる。

 もちろん、何のことだか理解できていないお姉ちゃんは疑問の表情を浮かべていたけれど、当然教えてやるもんか!

 恥ずかしいからね? お姉ちゃんには内緒。

 

 と・は・言・え? ドキドキした私の気持ちは、お返しさせてもらうんだから!

 

「……私が食べたい物はねー?」

「あっ、見つかった? なになに?」

 

 私はお姉ちゃんに笑顔を向けたまま食べたい物を()げようとする。

 お姉ちゃんは私が食べたい物を教えてくれると思い、疑問の表情から嬉々とした表情に変えて聞いてきたのだった。

 だから、私は悪戯(いたずら)が成功した子供のような満面の笑みを浮かべて――()ぐにお姉ちゃんに背を向けて、クスッと小さく吹き出し笑いをすると――

 

穂むらのお饅頭(・・・・・・・)!」

 

 声高らかに伝えるのだった。

 

♪♪♪

 

「……えぇーーーーーー?」

 

 私の背後から、物凄(ものすご)悲愴感(ひそうかん)の伝わる声が聞こえる。

 まぁ、声の持ち主は百も承知ですけどね? いくらなんでも、そこまで悲愴感出さなくても、ねぇ? 私は恐る恐る、背後の惨状(さんじょう)を確認する為に振り返った。

 

 いや、お姉ちゃん? 何もそこまで悲しまなくても良いんじゃない? お母さんに言いつけるよ?

 

 お姉ちゃんは、その場に両膝をつき肩を落とした状態で――まるで、捨てられた子犬のような表情で上目遣(うわめづか)いをしながら見上げていた。

 やめてよ、お姉ちゃん? なんか私の方が悪いみたいじゃん!

 

「……なんで、穂むまん(・・・・)食べなきゃいけないのさー? お姉ちゃんが奢ってあげるって言ってるんだよ? ほら、ケーキとかクレープとかあるでしょ? と言うか、あんこヤダー! チョコとか食べたいんだよー!」

 

 いや、私の食べたい物でしょ? なんで、お姉ちゃんの食べたい物になってんのさ?

 しかも、あんこヤダって――本当に、お母さんに言いつけるよ? なんてね。

 

 ちなみに、私の言った『穂むらのお饅頭(まんじゅう)』通称 穂むまん。

 いや、穂むまんってさ? お姉ちゃんが勝手に言っているだけな気もするんだけど。 

 穂むらとは、私達――高坂家の両親が(いとな)む和菓子屋のこと。

 

 つまりは、お姉ちゃんの願望と言う名の(たくら)みを阻止して――Uターンをして実家に帰って、自分の家のお饅頭を食べる。

 これが私のドキドキへの仕返しなのだった。

 

 まぁ、私自身がお饅頭を食べたいって言う目的もあるし?

 お姉ちゃんが本当にお饅頭を嫌っている訳でもないのは知っているから。

 ただ、お姉ちゃんは洋菓子が食べたいだけなんだよ。実家が和菓子屋だから、パンや洋菓子に(あこが)れがあるんだって。

 だけど、今日は無視をしておこう。

 だって――

 

「……ほら、帰るよ?」

「ぅぅぅぅぅ……」

 

 私が声をかけても、お姉ちゃんは(いま)だにうめき声をあげている。そんなお姉ちゃんに呆れながらも言葉を繋げる。

 

「第一、今日は帰ったら私の入学祝いの料理があるんだよ? 今なにか食べたら料理が入らなくなるじゃん?」

「大丈夫だよぉ。走って帰れば、お腹すくもん……」

「そんな訳ないじゃん! ……あのね? お姉ちゃん……」

「……何?」

 

 私は至極正論(しごくせいろん)(とな)えたつもりなのに、斜め上の回答が返ってくる。

 何となく、あの悲劇の際の海未さんに謝罪したい気持ちで一杯になった。

 とは言え、このままでは(らち)があかないと悟った私は――

 しかたないと諦めて、本当のことを言おうと声のトーンを下げて、少し寂しそうな表情で言葉を繋げる。

 さすがのお姉ちゃんも、私の表情と声の変化に心配そうな表情で聞き返す。

 私は、お姉ちゃんの心配そうな顔を見つめて言葉を紡ぐのだった。

 



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活動日誌1 スタート・ダッシュ! 2

「……実はね?」

「うん……」

「お姉ちゃんには黙っていたんだけど……」

「…………」

「……来る前に、お母さんにお饅頭を夕食の後に食べたいってお願いしていたんだ」

「……はい?」

「だから……」

「……なーんだ。それなら、そうだって言っといてよー? 本当は来たくなかったとか言われたら、どうしようかと……」

「いや、私が来たいって言ったんだし……」

「そうなんだけどさー? ……あー、なんかお腹すいてきちゃった! ……ほら、雪穂? 早く帰るよ?」

「――って、ちょっと待ってよー!」

 

 ほらね? お姉ちゃんはお饅頭が嫌いな訳じゃないでしょ?

 しかも、私を心配するあまりに自分の願望も何処かに消えちゃってるみたいだし――本当に、お姉ちゃんはお姉ちゃんだよね? 

 と言うか、勝手に自己完結したと思ったら、またもや私にお構いなしで突っ走って行っちゃうし。

 私は慌てて後を追いかけるのだった。

 

♪♪♪

 

 私は神社の坂の階段道を、お姉ちゃんの背中を追いかけながら下っている。

 その時に見上げた夕焼け。

 私はあと何回、こんな光景を目にすることが出来るのだろう。

 まぁ? まだ、始まったばかりなんだけどね?

 それでも――

 今日見上げた目の前に広がる夕焼けは今日だけの夕焼け。明日には、この夕焼けは見ることはない。それは当たり前の話。

 そう、当たり前の話だったことも今までの私には気づけていなかった。

 明日も明後日も。それこそ1年後の卒業式ですら同じ今日の夕焼けだと思っていた。

 でも違う。明日には明日の、明後日には明後日の。 

 1年後の卒業式の日には、1年後の卒業式の日の夕焼けを見るんだ。

 そんな当たり前のことすら気づけなかった私に、気づかせてくれたお姉ちゃんの背中。

 決して大きくはない――と言うよりも、私と大して変わらないほどの小さな背中。

 そんなお姉ちゃんの背中が、今日は大きく見えている。

 

 これが1年間をやりきった背中。夢を叶えた背中。

 スクールアイドル μ's を1年間引っ張り続けてきた背中。

 そして――

 これから、私と亜里沙が追い続ける背中なんだ。

 まぁ? いつか、お姉ちゃんの横顔を見てやるんだけどね?

 当然、亜里沙と一緒に両側から、ね?

 

 私は希望と言うか、野望を抱きながら小さいけど大きな背中を見つめているのだった。

 

♪♪♪

 

 今の光景は、はっきり言って偶然の出来事なんだと思う。

 だけど偶然ならば尚更(なおさら)、この出来事はこの先の私(・・・・・)にとって重要な意味を持つことになるだろう。そう、偶然とは奇跡を生み出す原石なのだから。

 それはお姉ちゃんが教えてくれたこと。

 だから私はこの偶然のくれた奇跡の原石である欠片を大切にしなくてはいけない。

 奇跡の欠片。今日お姉ちゃんがくれた私へのお祝い。

 今日一緒に走ることができたこと。夕焼けの意味に気づけたこと。

 そして――

 夕焼けに染まるお姉ちゃんの背中をこれからも追い続けて、いつか隣に並べる自分になる!

 そんな決意を改めて感じさせてくれた私にとっての――スタート・ダッシュの瞬間を。

 

 私は脳内で響くスクールアイドル μ's のあの曲に心を(おど)らせていた。 

 あの曲は確実にお姉ちゃん達のスタート・ダッシュになっていたんだと思っている。

 もちろん私達のスタート・ダッシュは当分先の話だろうし、あの曲は私達の曲ではないのもわかっている。

 だけど今だけ――

 まだお姉ちゃんの妹の雪穂として、聞いていても、良いよね?

 そんな思いを胸に脳内であの曲を。

 そして目の前の――夕焼けの中、前を走るお姉ちゃんの背中を目に焼き付けて走り続けていたのだった。

 

 

♪♪♪♪♪

 

 追加報告。

 

 ちなみに、帰宅した私達を迎えてくれた入学祝いの料理。

 もちろん美味しかったし、お姉ちゃんも結構食べていたのに。

 どうやら、料理に関しては心ここにあらず! な、ご様子だった。

 まぁ、それでも、相手はお姉ちゃんだからね?

 しっかり食べていたんで、普段通りかな?

 

 そんな感じで、お待ちかねのデザート!

 と、思いきや!? 出てきたのが、お饅頭1個!!

 あっ、2人の真ん中に1個だけ出されたって話だからね?

 あの時のお姉ちゃんの一喜一憂(いっきいちゆう)には笑いが止まらなかったなー?

 

 別に、お母さんの意地悪じゃないんだよ? 私がそうしてほしい(・・・・・・・)ってお願いしたんだから。

 そもそも夕食後なんだしさ? いっぱい食べるつもりもなかったから。

 あと、ね? 私が1個にして欲しかった理由――

 

「…………」

「……雪穂?」

「……はい、お姉ちゃん」

「…………。うん、ありがと」

「「…………」」

 

 私は(うら)めしそうにお饅頭を眺めるお姉ちゃんを横目に、お饅頭を手に取った。

 そして1個のお饅頭を半分に割ると、片方をお姉ちゃんに差し出したのだった。

 お姉ちゃんは差し出されたお饅頭と私の顔を交互に見比べると、優しい微笑みを浮かべてお礼を告げながら受け取った。

 2人はどちらともなく無言でお饅頭を食べ始める。

 

 そう、私が1個にして欲しかった理由。

 お姉ちゃんと半分こにしたかったから。

 高坂家に生まれたこと――お祖母ちゃんやお母さん。

 そして、お姉ちゃんと同じ校舎で学べること――そのことに感謝すること。

 

 更にお姉ちゃんの妹であること――いつまでも私はお姉ちゃんの妹なんだと再確認すること。

 

 だから、穂むらのお饅頭を2人で共有したかったのだ。

 

 なんだろう?

 いつも食べなれているはずなのに。

 今日のお饅頭の味は、いつもより――ほんのり甘くて、優しくて。

 暖かい感じがして、とても美味しかったのだった。

 

♪♪♪♪♪

 

 追加報告その2。

 

 と言うより、ことりさんへの報告。

 今日、亜里沙と帰りにファストフードに立ち寄った際。

 あっ、入部届けを書いたり今後の話をしていただけですよ?

 

 その時に隣に座っていた中年の男性数名が μ's の話で盛り上がっていたんですけど?

 その中の1人が――

 

「……いや、ことりちゃんのアノ曲の歌いだしパートの! ~飛ぶ の()の歌い方が良いんだよ! アレ聞いた瞬間にファンになったからね!! と言うか、アレなかったらココまでハマッていなかった気もするしさ……とにかく、良いんだよっ!?」

 

 と、熱弁をふるっていました。

 正直な話、見るからに危ない人に見えたので気をつけた方が良いと思ったので報告しておきます。

 まぁ、私的にはファンなんだろうとは思いますけど?

 ちょっとマニアックすぎて何が良いのかが理解できないので、用心しておくことをお奨めしておきます。




Comments ことり

なんか、海未ちゃんが――
「私には荷が重いようなので、あとは任せます」
って言っていたから、任されました! なんて。

でも、雪穂ちゃん……難しい言葉を知っているんだね?
あがり……かまち? 海未ちゃんに教えてもらったんだけど、良くわかんなかった。
玄関の靴を履くのに座る場所? その段差のこと? それで良いのかな?

お饅頭。 たぶん、お饅頭が美味しかったのはあるんだけど……穂乃果ちゃんと食べたことが美味しく感じられたんじゃないかな?
私も穂乃果ちゃんと食べると美味しく感じるし。

活動報告その2。 ……だめだよ、雪穂ちゃん? ファンの人を悪く言うのは?
……でも、確かに危ない人なのかも知れないから気をつけるね? ありがとう。


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活動日誌2 あいしてる・ばんざーい! 1

 翌日。

 昼休みに私と亜里沙は学院の中を彷徨(さまよ)っていた――とは言え、アイドル研究部の部室を探している訳でも、迷子になっている訳でもない。

 確かに全体的に見れば曖昧な部分はあるけれど、中学時代から何回か足を運んだ校内なので自分の教室の位置くらいは覚えている。

 そもそも、まだ入部届を提出していないのだから部室を探す必要もないのだった――いや、たぶん探さなくても放課後になったら向こうから迎えがくるだろうし、ね?

 

 私達が入部届を提出していない理由。別に入部を躊躇(ためら)っているからではない。当然、学院側から提出を断られている訳でもない。

 ただ――

 今日の放課後まではただの(・・・)生徒でいても良いんじゃないか?

 スクールアイドルは部活動なんだから、放課後に部員になれれば良いんじゃないか?

 その代わり、今日の休み時間はただの生徒として学院を見て回ろう――2人で昨日結論を出した答えだから、入部届けを今はまだ出していない。

 そして休み時間を利用して、2人で時間の許す範囲で学院を見て回っていたのだった。

 

♪♪♪

 

「~♪」

「「…………?」」

 

 私達がとある廊下に差し掛かった時、とても綺麗な音色が私達を包み込んでくれたような錯覚(さっかく)にかられた。

 私達はその音色に引き寄せられ、音のする方へと足を進める。次第に音が大きくなっていき、その音色がピアノと歌声であるのだと気づく。

 音色の流れる場所は音楽室――そして、この音色は私達がもっとも()(した)しんでいる音色のひとつ。

 私達がソーッと音楽室の扉の窓から中を(のぞ)くと――

 

「~ ラーラーラッラララララララー ~」

 

 スクールアイドル μ's のメンバーにして作曲担当。アイドル研究部副部長の西木野 真姫(にしきの まき)先輩。

 真姫さんが、気持ちよさそうに――とても幸せそうに弾き語りをしていたのだった。

 

「……フーッ。……えっ??」

「「わーっ」」

 

 私達は思わず聞き()れてしまい、曲が終わると歓喜の声をあげて、目を見開いて力いっぱいの拍手を送っていた――もちろん、扉の外から。

 私達の拍手と歓喜の声に気づいた真姫さんは目を見開いて、驚きの声をあげる。

 気づいてもらえたことを確認すると、私達は扉を開けて中へと入っていくのだった。

 

「すごく感動しました!」

「とても良かったです!」

「……そう? ありがとう」

 

 私達が各々(おのおの)感想を告げると、真姫さんは少し照れくさそうに――だけど、優しい笑顔を浮かべて私達に礼を告げる。

 

「……だけど、まぁ?」

「……はい……」

 

 礼を告げた数拍後――私達を見つめていた真姫さんは、どこか懐かしむような表情を浮かべて言葉を繋げる。

 その表情と言葉のもつ意味がわからない私は、漠然(ばくぜん)相槌(あいづち)を打っていた。

 すると突然吹き出し笑いをしながら――

 

「プッ――クククッ! ……本当に貴方(あなた)と穂乃果って姉妹なのね?」

 

 そんな事を言ってきたのだった。

 

「だって1年前――穂乃果と初めて会った時、今の貴方と同じことをしていたのよ?」

「…………」

「…………」

 

 目尻に()まった涙を(ぬぐ)いながら、真姫さんは教えてくれた。

 1年前のお姉ちゃんと同じ行動を取っていたなんて――何とも言えない気恥(きは)ずかしさから、私は顔が熱くなるのを感じて(うつむ)いた。

 そんな私を優しく微笑みながら見守る亜里沙。

 ほんの数秒だったけど、真姫さんの弾き語りの音色のような――優しくて暖かな雰囲気が音楽室を包んでいた気がしたのだった。

 

 

「……でも?」

 

 真姫さんが再び言葉を繋げたので、顔をあげて彼女を見る。

 すると、私の熱いのが感染したかのように顔を赤らめながら、髪の毛先を人差し指で(もてあそ)び、私達から顔を背けて――

 

「あの時、穂乃果に出会わなければ今の私はいないと思うわ……だから、感謝しているのよ?」

 

 そう、告げるのだった。

 その言葉を聞いて嬉しさがこみ上げてきた私の表情の変化を、横目でみていた真姫さんは――

 

「たまたま……そう! たまたま貴方達に話しただけなんだから、穂乃果達には内緒にしておいてよね!」

 

 赤らめた顔のまま、私達に向き合い、少し潤んだ瞳で私達を見つめて内緒にするように強要してきたのだった。

 私は失礼だとは思ったけど、彼女のことを可愛いと思ってしまった。

 だって、私の知っている真姫さんは――歌とピアノが上手で、いつもクールでカッコいいイメージしかなかったから。

 

 けっこう前に、真姫さんについてお姉ちゃんと話したことがある。

 

「真姫さんて、クールだし……すごく格好いいよね?」

 

 私の言葉を聞いたお姉ちゃんは含み笑いを浮かべると――

 

「確かに真姫ちゃんは格好いいんだけど……本当の真姫ちゃんは、すっっっごーく! 可愛いんだよー?」

 

 こう言っていたのだった。

 あの時はまったく想像出来なかった。だって、お姉ちゃんにとっては後輩だけど私にとっては先輩なんだから。

 年下の私が見ている真姫さんの格好よさも年上のお姉ちゃんからすれば可愛いと思える――そう言うものだと思っていた。

 いや、違うかも?

 だって、お姉ちゃん――海未さんや、亜里沙のお姉さんの絵里さん。2人に対しても可愛いって言っていたし。単に、お姉ちゃんの感性がずれているんだと思っていた。

  

 だけど今なら違うと素直に思える。

 あくまでも私は外から全員を見てきているから――ステージの上を見上げている私達には見えていない彼女達の横顔(・・・・・・)

 同じステージに立つお姉ちゃんには彼女達の横顔が見えていた――そんな話なんだろう。

 

 と言うことは、私が横顔を見続けてきたから何も感じないお姉ちゃんでも?

 横顔が見えていない人達にとってはクールで格好良く見えている?

 ――ことはないか、やっぱり? お姉ちゃんだしね?

 

 まぁ、お姉ちゃんのことはともかく、そんな横顔が見れた――真姫さんの可愛い部分が見れたのは私達もそのステージの(そで)までたどり着いたってことなのかな?

 まだまだ、彼女達の立つセンターには相当な距離はあるんだろうけど。

 そう思ったら、だんだんと心の中が暖かくなっていく感覚に包まれていた。

 これからの時間の中で、私達はどれだけの彼女達の横顔を見ていけるのだろう。

 そんなことを考えながら真姫さんの顔を見つめているのだった。

 

♪♪♪

 

「……ところで」

「……何?」

「……あっ、いえ……今って、私達がお邪魔していても良かったんですか?」

 

 真姫さんがクールさを取り戻したのを見計らって、亜里沙が口を開いた。

 ――なんで亜里沙はこんなに空気が読めるんだろう? 私、全然考えてなかったよ、そんなこと。

 真姫さんに言ったら「やっぱり姉妹ね(・・・・・・・)?」って笑われるかな?

 

「大丈夫よ? 新しい曲を考えていて息詰(いきづ)まったから、少し気分転換していただけだしね?」

「――えっ? 新曲ですか!?」

 

 真姫さんは私達を優しく見つめて、そう答えた。

 亜里沙は真姫さんの新しい曲と言う単語に即座に食いついて、身を乗り出しながら聞き返していた。

 まぁ、亜里沙は、ねぇ? 私以上に μ's が大好きだから、ね?

 そんな彼女達の新曲なら胸が躍らない訳もなく――

 

「……い、いや、あのね?」

「――はいっ!」

 

 真姫さんは亜里沙の嬉々とした羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しに半歩ほど後ずさりしながら――

 

「期待させて申し訳ないんだけど、特に曲を出す予定はないわよ?」

 

 そう、申し訳なさそうに亜里沙に伝えるのだった。

 

「……そうなんですか?」

 

 真姫さんの答えを聞いた亜里沙は、とても悲しい顔をして真姫さんに聞き返すのだった。

 はっきり言って、亜里沙のこの表情は反則だと思う――だって、あんな顔されたら悪いことしていなくても罪悪感(ざいあくかん)にかられちゃうから。

 

 そんな話を以前、海未さんに話した時――

 

「確かにそうですね? まぁ、あの時は私が悪かったのですが……どうにもならない罪悪感を感じてしまいました。ことりに通じる何かを持っているのかも知れません。もしかしたら、あの2人に勝てる人はいないんじゃないか? とさえ思ってしまいます」

 

 そんなことを言っていた。

 だけど隣で聞いていたお姉ちゃんは――

 

「えー? そんなことないよー? 亜里沙ちゃんはともかく、ことりちゃんには勝てる人いるし?」

 

 そんなことを言い出す。

 当然、海未さんは誰かと聞き返すのだけどお姉ちゃんは満面の笑みを浮かべて――

 

寝起き(・・・)の海未ちゃん!」

 

 と、自ら地雷に飛び込む行為に出た。

 いや? お姉ちゃん――それは勇気とは言わずに無謀と言うんだよ?

 お姉ちゃんは掛け算が苦手なのは知っていたけど――()け引きも苦手なようだった。

 当然、その後お姉ちゃんは正座をさせられて30分ほど海未さんから説教をされていたけど――自業自得(じごうじとく)なので何も言えないね?

 

 私はそんなことを思い出しながら、亜里沙の横顔と困った表情を浮かべる真姫さんの顔を見つめていたのだった。

 

♪♪♪

 

「いや、あのね? ……ほら、私達もまだ何も決めていないから……」

 

 罪悪感たっぷりな表情になりながらも言葉を繋げる真姫さん。

 まだ何も決めていない(・・・・・・・・・・)

 そうなんだ。真姫さん達も()いた隙間(すきま)を持て(あま)しながら前に進んでいるんだ――あまりにも大きすぎた去年1年間(・・・・・)と言う隙間を。

 

「……だけどね?」

 

 真姫さんの言った言葉の意味を感じ取って、暗くなる私達の表情を見て真姫さんは優しく言葉を繋げる。

 

「いつ、その時(・・・)が来ても良いように……私は曲を作り続けているの……それにね?」

 

 真姫さんは、ピアノに視線をおくり優しくピアノを()でながら――

 

「やっぱり、私は音楽が好きだから……」

 

 本当に愛おしそうに、ピアノを撫でながら――本当に音楽が大好きなんだってことが伝わるような微笑みを浮かべて答えたのだった。

 

「だけど、まぁ……」

 

 真姫さんの言葉の意味を感じ取り、真姫さんの表情を眺めている私達の表情を見て、自分で言った台詞(せりふ)が恥ずかしくなったのかも? 

 またもや顔を赤らめて、今度は腕組みをしながら瞳を閉じて――

 

気分転換(きぶんてんかん)のつもりで歌っていたんだけど……納得がいかなくて何度も繰り返していたら、逆に息詰まっていたところなの。だから、気分転換に曲でも作ろうと思っていたところよ?」

 

 ()くし立てるようにそんなことを口走っていた。

 曲作りに息詰まって弾き語りをしていたのに、その弾き語りに息詰まって曲作り?

 これって、場を(なご)ませる為の真姫さんなりの冗談? 笑った方が良いところなのかな? それとも、ただの照れ隠し?

 どっちにしろ、真姫さんの気持ちは伝わったから未だに腕組みをしながら顔を赤らめて――だけど、私達の反応を確かめたいのだろう。

 薄目を開けて私達を見ている――そんな可愛い真姫さんに、優しい微笑みを返しておいたのだった。

 



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活動日誌2 あいしてる・ばんざーい! 2

「ところで……」

「「はい」」

 

 またクールさを取り戻した真姫さんが、今度は何かを思い出したかのように普通に話を切り出した。

 

「貴方達って、アイドル研究部に入部するのよね?」

「はい。今日の放課後に入部届を出すつもりです」

「そうなの? なら、当然スクールアイドルを目指しているのよ……まぁ、愚問(ぐもん)よね?」

 

 真姫さんは私達がアイドル研究部に入部するのかを(たず)ねてきた。だから私は素直に答える。

 その返答を聞いた真姫さんは、私達にスクールアイドルになるのか聞いてきたのだけど、自分の質問が的を得ていないことだと悟り、苦笑いを浮かべて自己完結したのだった。

 

 確かに、私達2人の姉達は真姫さんと同じスクールアイドル μ's のメンバーだ。

 だけど別に――姉達がスクールアイドルだからと言って私達がなる必要性も義務もない。

 そして、アイドル研究部は別にスクールアイドル育成部ではないはずだ。だって研究部なんだから。

 だから、スクールアイドルを目指さなくても――影ながら彼女達を応援するために入部したとしても、それを(こば)む権利はないのだと思う。それは間違っているとは思わない。

 だけど――

 私達にとっては、その答えは間違っていると断言(だんげん)できる。だって、私達はスクールアイドルになるために音ノ木坂に入学したのだから。

 

 私はともかく、亜里沙にとって――スクールアイドル μ's の存在は姉の所属していたグループと言うだけの存在なんかじゃない。

 そもそも亜里沙はまだ絵里さんの所属していない頃の――ううん、違うね?

 お姉ちゃんと、海未さんと、ことりさん――まだ、3人だった頃の μ's のファーストライブの動画を見た時から今まで、ずっと憧れ続けている存在なのだ。

 正直なところ、あの頃の私にはお姉ちゃんの所属するグループと言う存在にしか思えていなかった。 もちろん、応援はしていたよ? それは、本当。

 でも、亜里沙ほどの愛情は注いでこれなかった気がするな?

 

 亜里沙のお姉さんの絵里さんは、とてもバレエが上手だと言う。

 当時の踊りを見たことのある海未さんは――その踊りの、人を()きつけて魅了(みりょう)するパフォーマンスに()せられて、彼女にダンスを習うことをメンバーに提案したらしい。そして当時のメンバー7人で話し合った結果、彼女にお願いをしたのだと言う。

 そして、そのことがキッカケになって7人だった μ's に、絵里さんも加わり――

 9人(・・)になった――(のぞみ)さんも入れて!

 

♪♪♪♪♪ 

 

 番外報告。 

 

 あれ? あれあれ? 少し休憩。

 これは活動日誌を書いている現在の話なんだけど。

 なんかね? 日誌に『絵里さんも加わり』って書いた途端(とたん)にね? いや、8人になったって書こうと思っていたんだよ?

 そうしたら突然、突風が吹いてきたの!

 まぁ、窓開けっ放しだから風は入るんだけど。

 すごく暖かな風に気持ちよくて目を(つむ)っていたんだけど――風がやんだから目を開けて日誌の続きを書こうとしたら?

 こんなのになってた!?

 なに、それ? 意味わかんない!

 一先ず、深く考えると怖いから修正しよう思って修正テープを取り出したんだけど? その途端、急に胸の辺りに悪寒(おかん)が!

 な、なんなの? 本当に怖いんですけどぉ?

 いや、ほら、誰もいない部室で書いているから余計(よけい)に、ね。 

 その時! 突然、生ぬるい風が私の首筋と胸の辺りに触れる。

 だ、だ――誰か助けてーーーーーーーーーーー!

 と、叫んだところで誰もいないんだけど、ね?

 それこそ――ちょっと待っててー! なんて返ってきたら余計に怖いし。

 

 ま、まぁ? 深く考えずに――最後の部分は見なかったことにして、続きを書いてサッサと終わらしちゃお!

 

♪♪♪♪♪

 

 絵里さんの加入に関する経緯(けいい)などはお姉ちゃんと――亜里沙が絵里さんから聞いた話しか知らないから、これは私の推測(すいそく)()ぎないんだけど?

 たぶん、絵里さんが見ていたお姉ちゃん達と亜里沙の見ていたお姉ちゃん達。きっと見方が違っていたんだと思う。

 

 絵里さんはバレエがすごく上手――つまりは、踊りのレベルが高いってこと。

 だからバレエをしていた絵里さんが見てきた周りの人達も、とてもレベルの高い人達だったんだろう。

 そして絵里さん自身――自分がそのレベルに達した時点で周りを見ることが出来たんじゃないか? 余裕が出来たんじゃないかって思う。

 絵里さんって、真面目(まじめ)で格好いい――すごく真っ直ぐな人って感じているから。

 

 だから、そのレベルに達するまでは周りじゃなく――自分を高めることしか頭になかったんだと思う。

 たぶん、絵里さんって誰よりも自分に厳しい人なんじゃないかな? まぁ、そう言う人だから生徒会長として人望(じんぼう)があったんだとも思うし。

 現生徒会長が生徒会長らしくなったのも絵里さんのおかげかな? なんてね。

 

 だけど元々の才能があったにせよ、初めから上手な人なんていない。

 でも、周りを見ずに1人で頑張ってしまうと自分の成長過程と言うか――目的だったり望むものが見えなくなるんだと思う。

 ほら? 自分って1番見えないものだから――周りを見て初めて自分のことが見えるものなんだと思う。

 

 更に、絵里さんは常にバレエと言う枠の中(・・・)にいた。だから自分を含めてレベルの高い人達の表面に(とら)われすぎていたんじゃないかとも思う。

 そう、技術とか見せ方とか――つまり、スポットライトに照らされている、その瞬間に輝くもの(・・・・・・・・・)を見ていたんだと思う。

 

 だけど亜里沙は違う。

 彼女は、そんな絵里さんを1番近くで見てきたんだ――そう、最初(・・)から。

 それも純粋に、踊りの素晴らしさに魅せられていたんだと思う――常に、バレエと言う枠の外(・・・)から。

 だから亜里沙は純粋に――バレエが好きで、何かを伝えたくて。

 想いを表現する為に踊り続ける絵里さんの内面を、スポットライトが消えたあとも見続けてきたんだと思う。

 

 そして、そんな亜里沙だから――お姉ちゃん達の歌にとても感動を覚えたんだとも思う。お姉ちゃん達の歌に内面から(あふ)れる想いを感じ取れたんだと思う。

 そう、純粋に真っ直ぐに。お姉ちゃんの歌に込められた想いと言う名の可能性の欠片を。なんてね。

 

 でも、それは亜里沙が(すご)いって話じゃなくて――そんな背中を見せてきた絵里さんの努力が凄いんだとも思える。

 なんて、亜里沙に話したら怒るかな? それとも、悲しい顔をするのかな?

 ううん、亜里沙だったら――とても嬉しそうに微笑むんだろうね?

 

 そんな亜里沙が感じていたものを、私も近くで見続けてきたのに感じてこれなかった。

 だけど、仕方ないじゃん? 亜里沙は絵里さんを見続けていたのだけれど、私が見続けてきたのはお姉ちゃんなんだもん!

 見続けてきた対象がお姉ちゃんじゃ、亜里沙みたいな考え方なんて土台(どだい)無理だもん! だって、お姉ちゃんだから。

 

 でもね? その代わりに――私はお姉ちゃんを見続けてきたんだよ?

 だから、その場で立ち尽くして踏み出せない誰かに気づいて――その人が見たことのない様な場所へ連れ出してあげる! そんな風に思える様になったんだよ?

 

 絵里さん達の卒業間近。お姉ちゃん達は悩んで苦しんでいたんだと思う。

 そして、希望と憧れを抱いていた亜里沙――私はそんな2人を見ていた。

 とは言え、お姉ちゃん達の悩みはお姉ちゃん達で解決するものだ。それは、私が口出しすることでも、結果を急かせるものでもない――お姉ちゃん達が自分達のペースで納得のいく答えを出すものだから。

 

 だけど、それでは亜里沙は先に進めない――仮に加入が出来たとしても、そこ(・・)に彼女の居場所はないんだと思った。

 そんな亜里沙を私は――その場で立ち尽くして踏み出せないように感じていた。

 だから私は亜里沙を呼び出して、1つの提案を申し出たんだ。

「2人で私達のスクールアイドルを目指そう!」

 って。

 亜里沙は内面に溢れる想いを感じ取れる子だ。だから、私の想いを感じ取って了承(りょうしょう)してくれたんだろう。 

 そんな風に私の想いを感じ取ってくれたから――お姉ちゃんと向き合い自分達の進む道を話した時、とても前向きで希望に満ち溢れた表情でいられたんだと思う。

 

 お姉ちゃん達を見続けてきた私達――だけど、私達はお姉ちゃん達だけを見続けてきた訳じゃなかったんだ。

 亜里沙は私を見続けてくれた。だから、私が引っ張った手を振り(はら)わずに――自分の足で、一緒に前へ進んでいくことを決めた。

 そして、私は亜里沙を見続けてきた。だから――

 私もお姉ちゃん達や亜里沙の内面の想いや伝えたいことに惹かれて――私自身がスクールアイドルに憧れて、自分の足で前へ進み出せた。

 亜里沙と一緒にスクールアイドルを目指そうと思えたんだって考えている。

 

 私と亜里沙は同じような環境だった。

 姉がスクールアイドルのメンバーなこと。姉の背中を見続けてきたこと。同じ中学だったこと。スクールアイドル μ's を応援していたこと。

 共通点は多かったと思う。

 だけど、決して――2人が今、こうして互いの隣にいられる理由にはならない。

 

 私達が一緒にいられる理由。

 それは、お互いを見続けていたから――お互いに惹かれあっていたから。

 そう、親友だったから――それだけなんだろう。

 

 そんな2人だから――

 一緒に前へ進む為、私達のスクールアイドルを始める為。

 スクールアイドルになる為に音ノ木坂に入学したのだった。

 

♪♪♪

 

 私達の心境(しんきょう)と言うか意気込(いきご)みのようなものは、お姉ちゃんや絵里さんには話をしている。別に周りに隠すような話でもないから、特に口止めもしていなかった。

 だから、お姉ちゃん達の口から他のメンバーに伝わっていてもおかしくはない。当然真姫さんも知っていたんだろう。

 それが真姫さんが的を射ていないと悟り、自己完結した理由だと思う。

 

「……貴方達、腕立て伏せって出来る?」

「「えっ?」」

 

 真姫さんは唐突に、そんなことを聞いてきた。私達は驚きつつもその場で腕立て伏せを始める。

 

「……あら? けっこう出来るのね?」

 

 真姫さんは少し驚いて、そんな風に言った。

 だけど、すぐさま含み笑いを浮かべると――

 

「それなら、その状態で笑顔が作れるかしら?」

 

 そんなことを言ってくる。

 

「「…………」」

 

 私達は驚いて顔を見合わせる。そして、同時に微笑みながら――

 

「「~♪」」

「……えっ!?」

 

 笑顔で μ's の――さっき真姫さんが幸せそうに弾き語りをしていた曲のリズムに合わせて、腕立て伏せをしながら歌い始めたのだった。

 当然そんなことをするとは思っていない真姫さんは驚きの声をあげる。

 私達はそんな真姫さんを笑顔で見上げながら、1曲歌いながら腕立て伏せを続けるのだった。

 

「……本当に驚いたわ。突然言っただけなのに……いきなり、そんなことが出来るなんて、ね?」

 

 1曲歌い切って、腕立て伏せをやめて立ち上がった私達に心底呆れた様な表情で声をかける真姫さん。

 

「あはは……実を言うとですね?」

 

 私は苦笑いを浮かべながら、(こと)真相(しんそう)を伝えるのだった。

 



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活動日誌2 あいしてる・ばんざーい! 3

 あれは、私がまだ中学3年生になったばかり――と言うより、お姉ちゃんがスクールアイドルを始めたばかりの頃。

 私が自分の部屋のベッドに寝そべりながら雑誌を読んでいると、突然廊下を走る足音が耳に入ってきた。もちろん、そんな足音を奏でる人物なんて決まっているんだけどね?

 やがて、音が大きくなり私の部屋の前で止まると、刹那(せつな)――

 

「雪穂、雪穂、雪穂ー! 腕立て伏せって出来るー?」

「なっ、なんなのよ! と言うか、ノックくらいしてよ? ……で? 何、その訳わかんない質問は?」

 

 力いっぱい(とびら)を開けて中に入ってきたお姉ちゃんが、唐突にこんなことを聞いてきた。

 足音の持ち主は理解していても私の部屋に入ってくるなんて予想していなかったから、驚いて起き上がるとお姉ちゃんに向かって食ってかかっていた。

 まぁ、お姉ちゃんの唐突さと訳のわからない質問は今に始まったことでもないんだけど? それでも、質問の意図(いと)を知りたいから聞いただけなのにさ?

 

「…………」

「……真姫さん?」

「……あぁ、ごめんなさい。少し……いえ、かなり予想がついたわ。まぁ、気にしないで話を進めて?」

「……はい」

 

 話をしていると、真姫さんが途端に顔に手を当てて何やら苦渋(くじゅう)の表情を浮かべた。私は気になって声をかけたんだけど、先を(うなが)されて返事をする。

 だけど真姫さん? たぶん真姫さんの予想は当たっていますよ? 

 そんな意味を含ませた苦笑いを浮かべて話を進めるのだった。

 

 そう、私はただ質問の意図が知りたかっただけなんだ。

 なのに、お姉ちゃんたら――

 

「えっ、雪穂……腕立て伏せを知らないの? 腕立て伏せってこうやって……」

「それくらい知っているわよ! ……あー、もう! やれば良いんでしょ?」

 

 腕立て伏せのやり方を教えようとしてきた。私も面倒(めんどう)になって、とりあえず腕立て伏せをすることにしたのだった。

 

♪♪♪

 

 この話を聞いた真姫さんは少し驚いた表情をしていた。たぶん予想はしていたけど、それよりも少し斜め上の言動だったのだろう――私は苦笑いを浮かべて話を続けた。

 

「おー! けっこう出来るんだ? 私より凄いや!」

 

 腕立て伏せを始めた私に感嘆の声をあげるお姉ちゃん。

 まぁ、これでも現役女子中学生ですから? これくらいは出来ますよ。

 とは言え、体育会系の部活の子達には(およ)ばないだろうけど、ね? それでも一般の子達とは変わらないくらいには出来るんじゃないかな?

 腕立て伏せをしながら感嘆の声をあげるお姉ちゃんを見上げて、少し得意げになっていた私に――

 

「じゃあさー? そのまま、笑顔を作れる?」

「……えぇ?」

「ほら、笑顔だよ、笑顔!」

 

 満面の笑みを浮かべて、そんな注文をしてきたのだった。

 私は思わず不機嫌な顔を浮かべていた。

 いや、だって、こんな状態で何を簡単に笑顔とか言っちゃっている訳? たぶん、そんな気持ちの表れだったんだろうな?

 だけど、お姉ちゃんは私の不機嫌な顔など無視して笑顔のままで強要してくる。

 どうせ反論をしても仕方ないからと、私は笑顔を作ろうとしたんだけど。

 私の上腕三頭筋(じょうわんさんとうきん)などの腕や胸の筋肉が悲鳴をあげて、笑顔を作る為の筋肉である大頬骨筋(だいきょうこつきん)などに伝えるはずの笑顔を作る為の命令を邪魔していたのだった。

 結果、伝達障害(でんたつしょうがい)が起こって引きつり笑顔を披露することになってしまった。

 私は引きつり笑顔を披露(・・)してしまった恥ずかしさと、腕と顔の疲労(・・)により、うつ伏せのまま数秒間とは言え顔を上げることが出来なかった。

 そんな床を見つめていた私の耳元から――

 

「ほらね? アイドルって大変なんだよー?」

 

 そんな声が聞こえてきたのだった。

 私は身に覚えのある経験を思い出して、顔だけを横に向けてお姉ちゃんを見ながら――

 

「それで? 今回は海未さんに教わった訳ね?」

「――えっ? 何でわかったの?」

 

 これが海未さん発信だと気づいて問いただすと、かなり驚いていたのだった。

 いやいや、お姉ちゃん? さすがに何十回も経験していれば気づくものですよ。

 そう――

 お姉ちゃんは海未さんとことりさん。とりあえず、この2人くらいだからマシなのかも知れないけれど。

 どちらかに教えてもらったことを両親や私――あとは、自分に近しい人へ教えて回るのが(くせ)らしい。

 それも、自分が見つけたような口ぶりで言い始めながら、最後に思い出したかのように教えてくれた人の名前を出すんだよね? だから今回もそうなんだろうと考えた。

 そして、今回のケースはどちらかと言えば体育会系――海未さん発信と考えるのが妥当(だとう)な気がしただけ。

 

 まぁ、その後経緯を聞き出して、この話は終わりなんだけど?

 私はお姉ちゃんに隠れて笑顔の腕立て伏せを続けていたのだった。

 だって――お姉ちゃんが出来るようになった時にさ?

「そう言えば、前に話した笑顔の腕立て伏せって出来るぅ?」

 なんて言われた時に、私だけ出来なかったらシャクじゃん?

 

 まぁ、受験勉強の息抜きにやっていただけだから、そこまで頑張ってはいないんだけど。ただ、私1人だけ疲れるのはイヤだったから亜里沙にも教えて道連れに。

 ――ち、違うの! 亜里沙だってスクールアイドルを目指しているんだから、互いに頑張っている姿を見た方が向上心(こうじょうしん)に繋がると言うか、2人の為だったんだもん!

 

 そして、入試を終えるまでは息抜き程度だった笑顔の腕立て伏せは、入試前までに笑顔の腹筋も追加された。

 そして、無事に入試を終えてからは本格的にランニングなどの基礎トレーニングの一環として練習を重ねてきた。

 そんな私達がたどり着いた笑顔の腕立て伏せの進化形(・・・)――それが歌いながらの腕立て伏せと腹筋だった。

 だって、私達には踊りの基礎がないから。実際に笑顔で踊って歌う練習は無理だから。だから、筋トレをしながら歌うことくらいしか出来ないんだよ。

 元々、お姉ちゃん達と同じ頃から始めたトレーニング。

 まぁ、密度(みつど)が全然違うから足元にも及ばないんだけど――それでも、歌いながら腕立て伏せが出来るくらいには練習を重ねてきていたのだった。

 

「……なるほどね? そう言うことだったの……実は私も同じことをやらされたのよ、穂乃果に……全然出来なかったけどね? ……随分(ずいぶん)頼りになる新入生が入ったものね?」

「「…………」」

 

 説明を終えると、真姫さんは納得したように微笑みを浮かべると言葉を紡いだ。

 私達は頼りになる(・・・・・)新入生の部分に恥ずかしくなり俯いたのだった。

 

 お姉ちゃんにしろ真姫さんにしろ、笑顔の腕立て伏せは最初は出来なかったようだ。

 その笑顔の腕立て伏せを進化させて歌いながら実行した私達。その点を指して、頼りになると言ってくれたのだろう。

 自分達には出来なかったから。

 でも、それは――私には教えてくれた人がいたから。

 一緒に頑張ってくれる亜里沙がいたから――そして、目指すべき場所があったから。

 その場所を与えてくれたのが真姫さんやお姉ちゃん――スクールアイドル μ's だった。だから、これだけのことが出来たんだと思う。

 

 でも、真姫さんは別にそう言う答えを求めて言ったのではないんだろう。

 純粋に1年前を懐かしみ、そして私達を歓迎してくれた。

 真姫さんの表情が物語る心意を、そう解釈した私は自分の考えを心の奥にしまい――恥ずかしさの残る顔で笑顔を浮かべながら真姫さんを見つめていたのだった。

 

♪♪♪

 

「……さてと、そろそろ予鈴(よれい)が鳴る頃かしらね? 私が最後に出るから、先に教室に戻りなさい」

「「は、はい……失礼します!」」

 

 真姫さんが教室の時計を見上げて、そろそろ午後の授業が始まることを教えてくれた。先に教室に戻って良いと言われたので、一礼(いちれい)をして音楽室を出たのだった。

 音楽室の扉を閉めた私達は、振り返って一旦(いったん)教室へと歩きだしたのだけど――再び振り返って音楽室の中を眺める。

 すると――

 真姫さんがピアノの片付けを終えて、ピアノに手を触れて――とても嬉しそうに、愛おしそうにピアノを眺めていた。

 私達は、そんな真姫さんの姿を眺めたあと、互いに見つめて笑顔を交わし――同時に音楽室の中の真姫さんに向かって、無言で頭を下げてから、足早に自分達の教室へと戻っていくのだった。

 

「……あのさ?」

「……ん?」

 

 教室に戻る途中、私は前を向きながら亜里沙に声をかける。同じく前を向きながら、亜里沙が聞き返してきた。

 

「……入部届、放課後に出すって決めて良かったね?」

「……うん!」

 

 私は素直に昨日2人で決めたことを良かったと思っていた。

 もしも入部届を提出してしまっていたら、校内を歩き回ることはしなかった気がする。

 真姫さんに会うこともなかっただろう――そうしたら、真姫さんの横顔(・・)を見れなかった。真姫さんの音楽が好きだって想いに触れられなかっただろう。

 別に部員になってからでも経験できるのかも知れない。

 だけど――これも、偶然の奇跡の欠片。

 ただの生徒として与えられた、私達の物語の1ページ。

 私達の出した答えに(みちび)かれた贈り物――そんな気がしているのだった。

 

 私は心の中で、真姫さんが弾き語りをしていた――そして、私達が腕立て伏せをしながら歌ったアノ曲を口ずさんでいた。

 そう、私は素直に思える――音ノ木坂に入れてよかった。

 今日、真姫さんに会えてよかった。

 私達がお姉ちゃんや絵里さんの妹でよかった。

 だって――私達の今がここにあるから。

 

「~♪~」

「……。 ~♪~」

 

 サビにさしかかった時、私は思わず声に出して小さい声で歌い始めていた。

 隣を歩く亜里沙も、笑顔を浮かべて一緒に歌ってくれていた。

 私は心の中で天高く両手を掲げる。

 そうなんだ、私達は始まったばかりなんだ!

 そんな希望を抱いた私達は、歌い終わって微笑みを交わすと――前だけを見て自分達の教室へと歩き続けるのだった。

 




Comments 真姫

なんか、ことりから――
「あのね? ちょ、ちょっとアルバイトがあるから……真姫ちゃんが代わりに読んであげて?」
って頼まれたから読んだんだけど……そう言うことだったのね?
と言うか、内緒にしておいて! って言っておいたのに日誌に書いていたら意味ないじゃないの!?

……ま、まぁ、別に良いんだけど。隠すようなことでも……な、ないんだし?
何とも思っていないわ! 本当なんだから!!
……でも、そうね。腕立て伏せには驚かされたわ? 
まぁ、説明聞いて納得したけど……穂乃果だしね? わかる気がするわね。 
最後に……頼もしいって言ったのは、本心だから、これから頑張ってちょうだい。  


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活動日誌3 のーぶらんど・がーるず! 1

 放課後。

 HRを終えた教室と言う(かご)の中の鳥のような存在の生徒達が――籠の開閉口(かいへいぐち)を開け放とうとするように、教師が教室を出ていくのを見届けている。

 すると、開け放たれた開閉口から大空へと自由に羽ばたこうとしている――そんな風に一様(いちよう)に各々の行動を始める時間。

 

 授業中にはなかった――座っている私の頭上、斜め上に造られていた教室を囲む壁以外には何もなかった見晴らしも――今はクラスメートの制服の波が行き来して見晴らしを(さえぎ)っている。

 とりあえず、その波に乗り遅れた私は自分の席に座ったまま、時間を持て余しながらその波を眺めていたのだった。

 そう、特に何もすることのないあまり――普段では思いつかないような詩的な表現(・・・・・)が出てきてしまうほどに。

 

 すると、その波を()けながら1人のクラスメートが近づいてくる。

 そのクラスメートは私の前まで来ると――

 

「……雪穂、行かないの?」

 

 そう、聞いてきたのだった。

 私は彼女に苦笑いを浮かべて――

 

「いや、たぶん……もうすぐ、来るんじゃないかなーって?」

 

 そう答える。

 私の答えを聞いたクラスメート――まぁ、亜里沙なんだけど?

 亜里沙は私の意図に気づいて納得の微笑みを浮かべていた。

 そんな私達の耳に、教室の外から響いてくる感嘆の声が聞こえてきた。私達は顔を見合わせて苦笑いを浮かべると、教室の扉の方へと顔を向けるのだった。

 

♪♪♪

 

 次第(しだい)に感嘆の声は大きくなってくる。まぁ、無理もないんだろうけど?

 私や他の学校だったら、いざ知らず――こと、この学院。

 ううん――新入生にとっては起こりうる事態なんだろう。

 もちろん、新入生全員が当てはまるとは思っていないけど――少なくとも、今起きている感嘆の声の持ち主くらいには当てはまるのだろうから。

 

 この学院は去年、廃校の危機に瀕していた。

 それは生徒数の減少による学院存続が難しかったから――つまりは、受験者数が少なかったからなのだった。

 そんな学院の危機を救ったのはスクールアイドル μ's の力が大きかったと思う。

 彼女達が学院のアピールをしたことにより、受験者数が増えて学院は存続できた。

 それは彼女達に憧れて一緒の学院に通いたい――そんな動機(どうき)の生徒が多くいるってことだろう。いや、純粋に学院に惹かれて受験した子が多いのなら、初めから廃校なんて案は出ないだろうしね。

 

 もちろん μ's はあくまでも広告塔(こうこくとう)――彼女達を媒体(ばいたい)として、純粋に学院の魅力に興味を持った子だっていないとは限らない。

 だから全員が当てはまるとは思っていないんだけどね?

 それでも、新入生の大半は μ's に憧れを抱いているんだと思っている。

 それに μ's はアイドルと言ってもスクールアイドル(・・・・・・・・)なんだ。普通に同じ校舎で学院生活をしているのだから、画面で見ているアイドルよりも身近に存在する。

 だけど、私達は昨日入学したばかりだった。そして相手は最上級生。

 ある程度時間が経過でもすれば接点も増えてくるだろうけど?

 そんなに簡単に身近で見れるなんて思っていないんだから、当然感嘆の声もあげたくなるだろう――そうなるの、予想できたよね? 

 何を平然(へいぜん)と私達の教室まで来てんのよ! お姉ちゃんは!?

 

「……うん、ありがと……へぇー? そうなんだぁ……ふむふむ……そっかー! ……」

「…………」

 

 まぁ、元々予想はしていたことだし? 感嘆の声が聞こえてきた時点で来たのは知っていましたけどね?

 ――と言うか、さっさと入ってこれないかなー?

 

 ちょうど、私の視界の先――教室の入り口にお姉ちゃんの姿が現れた。

 ところがお姉ちゃんは教室に入ってこない――正確には、入り口で周りの新入生達と立ち話を始めていたのだった。

 

 気さくで話やすくて、親身(しんみ)になって話を聞いてくれる――現生徒会長にして μ's のリーダー。それは、お姉ちゃんにとって美徳(びとく)な点だと思う。

 そんな雰囲気のお姉ちゃんだから皆が集まるんだと思うし――そんな雰囲気のお姉ちゃんだから皆が応援しているんだと思う。

 だ・け・ど! 正直今はその美徳が(あだ)になっているのだ――私にとっては!

 たぶんお姉ちゃんは――話を聞くのに夢中で当初の目的をすっかり忘れているんだろう。

 だけど、運が悪いことにお姉ちゃんは私の視界に入っている。つまり、お姉ちゃんの視界にも私達は入っているってこと。

 だから下手に次の行動へは移せない――選択を見誤(みあやま)ると大変なことになるのだから!

 

 そんな状況に(おちい)っている私の脳内で2つの選択肢が発生した。

 

 1 お姉ちゃんを無視して教室を出る

 2 お姉ちゃんの方へ行って一緒に教室を離れる

 

 私は脳内に発生した2つの選択肢を苦渋の表情で振り払った。だって、どっちを選んでも結果は同じだから――お姉ちゃんとの関係性がバレるという結末的に。

 

♪♪♪

 

 私はクラスでの自己紹介の際、()えて高坂 穂乃果の妹(・・・・・・・)とは公言(こうげん)しなかった。

 もちろん、憧れを抱いているクラスメートの間で私の苗字(みょうじ)を聞いた時に小さなざわめきが起きていたのは知っている。当然亜里沙の時もだけど。

 それでも、私達は公言をするつもりもなかったから、そのことには触れずに自己紹介を終えて、何事もなかったかのように席に座ったのだった――そう、クラスメート達の疑問や好奇(こうき)の表情を受け流して。

 とは言え、私達は公言をしないってだけで秘密にするつもりはない。まぁ、遅かれ早かれバレるのだろうし、ね? だから、聞かれたのなら答えるつもりではいたのだった。

 

 これも昨日、2人で決めたこと。お姉ちゃん達はお姉ちゃん達で、私達は私達――そしてクラスメート達と接するのは私達なんだから、わざわざ公言をしても仕方(しかた)のないことなんだもん。

 だって、凄いのは――

 憧れているのは、お姉ちゃん達であって私達ではない。そして、そんな理由で集まる友達は友達とは言えない。私達の友達は私達で作るものだと考えている。

 だから、私達は私達の力で相手に飛び込むし? 相手には私達だからと言う理由で飛び込んできて欲しい――そんな思いがあったのだった。

 

 まぁ、(よう)は――

 お姉ちゃんと言う存在があるからって理由で私達との距離感を見誤る――私達から遠ざかったり、近づきすぎたり。そんな風に接してこられたくなかったからなのだよね。

 なので、今回のケースに当てはめてみれば――

 どちらの選択肢を選んだとしても、お姉ちゃんが気づいて声をかけてこないとは思えないから――結局、お姉ちゃんの妹だとバレてしまう。

 ほら? お姉ちゃんのことだし――

ウチの(・・・)雪穂がお世話になってます」

 くらいのことは言い出すんだろうなって考えたから――つまりは、不本意(ふほんい)な状況でバレてしまうと言う訳だ。だから、どちらの選択肢も選べなかったのだった。

 

 と言うよりね?

 特に約束をしていた訳でもないんだし、来るだろうからって待っていないで――先に教室を出てしまえば良かったんだけどね?

 だけど、お姉ちゃんは来るって思っていたし――それに、ほら? お姉ちゃんが教室に来た時に、さ? 

 私達が先に出て行って、教室にいなかったら悲しむかなって?

 

 だけど、それで自分が八方塞(はっぽうふさがり)になっていたら世話がないんだけどね?

 何より、選択肢を選ばずに漠然と待っていても結果は同じなんだから――お姉ちゃんの行動を待っている私達って、蛇の生殺し(・・・・・)状態なんだよねぇ?

 

 私は苦笑いを浮かべつつ、未だ会話を続けているお姉ちゃんを見つめているのだった。

 

♪♪♪

 

「……そろそろ、良いかな? ――失礼します!」

 

 お姉ちゃんは新入生達の会話が途切(とぎ)れたのを見計(みはから)って、承諾(しょうだく)を得てから教室へと入ってきた。

 教室の中で眺めていた生徒達は驚いた表情を浮かべている。たぶん、廊下を通り過ぎるのだと思っていたんだろう。

 私としては、通り過ぎてくれた方が良かったんだけど? そんなことはあり得ないとわかっていたから、普通にお姉ちゃんを見ていたのだった。

 お姉ちゃんは教壇に立つと――

 

「……皆さん、こんにちは! 生徒会長であり μ's のリーダーの高坂 穂乃果です!」

 

 声高らかに言うのだった。いやいや、全員知っているから!

 そんな私の表情に気づいたお姉ちゃんは、含み笑いを浮かべると――

 

「――そして、高坂 雪穂の姉の高坂 穂乃果です!」

 

 そうなるだろうとは予測(よそく)していたものの、バリエーションの一種として挨拶に加えてきたのだった。私はお姉ちゃんの言動よりも周りの反応が気になったんだけど――

 周りにいたクラスメート達は特に驚いた様子もなく、普通に受け止めていたように思える。

 それも全員が全員――

「はい、知っていましたよ?」

 そんな空気を纏っているような感じさえしていたのだった。

 

♪♪♪

 

 実は全員――正確には私達のクラスの全員が真実を知っていたんだって。

 と言うのも、クラスメートの1人は亜里沙と同じくらいに μ's を応援し続けてきたらしい。もちろん μ's のライブにも何度も足を運んでいた。

 その際に、私や亜里沙を良く見かけていたんだって。

 そして彼女はあの日も当然来ていたみたい――あの、1回目のラブライブ! への出場がかかっていた文化祭でのライブ。

 お姉ちゃんが倒れたあの瞬間(・・・・)を彼女は見ていた。

 お姉ちゃんが倒れた瞬間に、無我夢中(むがむちゅう)で叫びながら駆け寄った私――その一部始終(いちぶしじゅう)を彼女は心配そうに見ていたのだった。

 

 だから、私がお姉ちゃんの妹だってことは知っていたし――私が昨日この教室に入ってきた時に凄く嬉しくなって――私と亜里沙が今日の最初の休み時間に教室を離れた時に皆に伝えたんだって。

 だけど私達が何も言っていなかったから、触れられたくないんだろうって――無理に聞くのはやめようって。聞かれるのがイヤだから休み時間毎に教室から離れていたんだろうって。

 そんな風に話し合っていたんだって。ただ、校内を見て回りたかっただけなのにね?

 

 もちろん、聞かないからって友達になりたくない訳じゃないけど。

 つい、何かの拍子(ひょうし)に話題を出しちゃうかも知れないからって、怖くて近づけなかったみたい。

 確かに今日はクラスメートとは挨拶程度しか話をしていなかった気がする――亜里沙以外には。

 そんな感じで彼女達も、今後についてどうしようか悩んでいたのだった。

 

 彼女達がお姉ちゃんが教室の中に入ってきた時に驚いていたのは――私のお姉ちゃんなのは知っているから、私に用があって来たんだろうとは思っていたんだって。

 だから誰かに呼び出してもらうのだろうと思っていたら――本人が普通に教室に入ってきたからなのだと言う。

 ごめんね? お姉ちゃんだから。

 

 そんなことを次の日の朝、私が教室に入った時に――最初に知っていたと言う彼女の口から聞かされた。

 結局、私を含めた全員が空回(からまわ)りをしていたのだろう。私は苦笑いを浮かべて私の考えていたことを打ち明けた。彼女は私の話を聞いて、同じように苦笑いを浮かべていた。

 そして、どちらからともなく握手を交わすと――クラス全員にキチンと説明をして、私達は普通に友達になれたのだった。



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活動日誌3 のーぶらんど・がーるず! 2

 たぶん、あのままだったら私達は何も変わらなかったのかも知れない――どちらも平行線を辿(たど)っていたのだから。

 きっと何かの拍子でバレても同じ状態が続いていたんだろう。 

 

 そんな壁を壊してくれたのは、お姉ちゃんだった。

 だって、クラスメートの前で言われてしまえば(かく)す必要がなくなる。みんなだってバレているのに遠慮はしないだろうしね。

 うん。やっぱり、お姉ちゃんには敵わないな?

 

 そして――

 気さくで話やすくて、親身になって話を聞いてくれる――現生徒会長にして μ's のリーダー。それは、お姉ちゃんにとって美徳な点だと思う。

 でもそれ以上に――

 その場で立ち尽くして踏み出せない誰かに気づいて――その人が見たことのない場所へ連れ出してあげる! 

 それが、お姉ちゃんの最大の美徳だったんだ。

 

 お姉ちゃんはきっと――

 もう、無意識に気づいて最良の方法を実行できるんじゃないかな? 

 ――それが去年1年間の成長の(あかし)

 ううん――ただ純粋に思ったことをそのまま実行して、結果がお姉ちゃんに付いてきた! みたいな感じなのかも?

 とにかく、お姉ちゃん、ありがとう。

 

 私はクラスメートと友達になれた瞬間、その場にいないお姉ちゃんに心の中でお礼を告げて、目の前に広がる景色を眺めていたのだった。

 

♪♪♪

 

「高坂 雪穂の姉の高坂 穂乃果です!」

 

 お姉ちゃんが言い切ったあと、クラスメートは普通に受け止めつつ拍手をしていた。

 えっ? そこ拍手するとこ? まぁ、何となく拍手をしたくなるって気持ちは理解できるんだけど。

 

「ありがとう! ……さて、雪穂? 亜里沙ちゃん?」

「……何よ?」

「は、はいっ!」

 

 お姉ちゃんは、拍手をするクラスメート達に笑顔を振りまいてお礼を述べると――私達に向き合い、声をかける。

 私はぶっきらぼうに、亜里沙は緊張した風に返答する。

 そんな2人を見ながら、満面の笑みを浮かべて―― 

 

「部活行くよ! 部室まで案内するから、ついておいで!」

 

 そう言ってきたのだった。

 あのねー? お姉ちゃんって一応、この学院の生徒会長様なんだよね?

 と言うより、2年間この学院に通ってきたんだよね?

 まぁ、お姉ちゃんの場合――部活を設立した様なものだから、新規部活申請しかしていないんだろうけど?

 

 私が入部届を放課後に提出することは昨日話してある――つまりは、まだ入部届は手元にあると言うこと。

 きっと、部活経験者の海未さんなら知っていること――いや、ことりさんだって知っているだろう。この学院ではまず先にやらなければいけない(・・・・・・・・・・)ことがあることを。

 

♪♪♪

 

 国立音ノ木坂学院の部活動には、他の学校とは少し(こと)なる形式の入部届が(もち)いられてる。

 いや、他の学校は知らないからわかんないんだけど、ね?

 

 とは言え、見た目的には何も変わらないのだと思う。

 普通にクラス、氏名、入部希望の部活名。

 それだけを記入する枠が存在するだけの普通の小さな用紙。

 だけどそれが2枚綴りで渡されるのだった。もちろん転写(てんしゃ)なんてされない普通の用紙がホッチキスで()じてあるだけの用紙。

 つまり、2枚とも記入をしなくてはいけないのだった。

 でも、これにはちゃんとした理由がある。

 

 そもそも、この2枚綴りを綴じているのは教師や事務員ではない。ましてや、外部の人達でもなかった。

 この2枚綴りの用紙を綴じているのは――去年の卒業生の先輩達だったのだ。

 

 これは、毎年の通例行事(つうれいぎょうじ)なのだと言う。

 その年の卒業生達全員が卒業式の前日に集まり――教室で先生から配られる、入部届が印刷された用紙を綴じる。

 卒業生全員に対して新入生分だから、それほどの作業でもない。それに、別に学院側が面倒だからと押し付けている訳でもない。

 

 これは本人達の意思や(たく)した想いなのだと言う。

 自分達はもうこの場所(・・・・)にはいない。だけど自分達が大好きだったこの場所で――新入生達が自分達の居場所を見つけて楽しんで大好きだって思ってほしい。そんな願いを込めて綴じる。

 その場に存在しなくても、自分達は此処にいる。

 そんな私達との繋がりを持っていられる為。時間を越えて私達との絆を持ち続けていきたいから、卒業生達は望んでおこなっているのだと。

 

 この話は入学式を終えて教室に戻ってきた時に、先生の口から伝えられた話。

 繋がる想い、託された時間、次へと繋げる意味。

 たぶん、今年度の新入生には誰よりもその意味(・・・・)が深く感じられているだろう。

 そんな託された想いに、私達は自分達の居場所を決めて希望の部活を書き(しる)す――だから2枚綴りになっているんだと思う。

 勢いやノリで決めて書いた1枚目――もちろん、ちゃんと決めているんだろうけど。

 2枚目を書く時点でキチンと自分の心と向き合えるように――自分の気持ちを再確認する為に、同じことを書くのだろう。そんな気がするのだった。

 

 そんな内面の意味もあるのだけど、当然外面の理由だって存在する。

 それが――

 

「って言うかさ? 私達、先に職員室(・・・)に寄るんだけど?」

「え? ……あーっ! うん、そうだよね? ……ごめんね?」

 

 私の言った『職員室に寄って』と言うのは、先に担任の先生へ入部届の1枚目を提出することだった。

 お姉ちゃんは私の言葉に一瞬戸惑(とまど)ったけど、すぐに気づいて苦笑いを浮かべて謝罪した。

 そう、入部届の1枚目は担任の先生へ――2枚目を部活動の部長へ提出する(なら)わしがあるのだった。

 

 もちろん、これも繋がりの1つなのだろう。

 確かに部活はクラスの管轄外(かんかつがい)だけど、学院生活の一環(いっかん)なのだ。担任の先生は、自分のクラスの生徒が何の部活に入ったのかを知っておく義務がある。

 そこで1枚目を受け取った先生は、名簿の備考欄(びこうらん)に部活の記入をしているのだった。そして2枚目を受け取った部長は、各部活に手渡された名簿に新入部員の名前を書いて、生徒会と部活の顧問へ提出する。

 

 つまり――

 担任の先生、部活の部長、生徒会――私達が学院で生活する上での(ちか)しい主軸(しゅじく)。全員に把握(はあく)してもらう為なのだった。

 そして、担任の先生に先に提出をしなければいけない理由。

 担任の先生は2枚綴りの1枚目を受け取って、2枚目に承認の判を押す――その判のないものを部長は受け取ってはいけない(・・・・・・・・・・)。そんな規則(きそく)があるからだった。

 

 もちろん承認の判を押さない先生はいない。ただ判を押すだけ。

 だったら、承認の判なんて特に必要ないのかも知れない。

 でも、これは押すことに意味があるのではない。

 あくまでも部活動は学院生活の一環なのだ。

 確かに部活動は生徒主体で活動しているものではあるけど、だからと言って学院を無視して活動できるものではない。

 そう言う意味での敬意(けいい)礼節(れいせつ)(おも)んじる校風が生み出した通例行事なのだった。

 

 そして、そんな敬意と礼節を重んじるから転写されない2枚綴りの用紙なのだろう。担任の先生にしろ部活の部長にしろ、目上の人達なのだから。

 キチンと手書きで書くべきだから――手元にある入部届を眺めながらそんなことを思っているのだった。

 

♪♪♪

 

「「失礼します!」」 

「……失礼しまーす!」

「「!?」」

 

 そんな訳で、お姉ちゃんと共に教室を離れた私達は職員室へとたどり着く。

 私と亜里沙は扉を開けて声をかけて中へ入っていく。

 そう、職員室に用があるのは私と亜里沙だけ――のはずなのに!?

 

 何故か背後から、お姉ちゃんの声がして驚いて振り向くと、微笑みを浮かべながら私達の後ろを歩いてきていた。

 いや? なんで入ってきているのよ? まぁ、無視して先生のところへ行こうっと!

 

「先生……入部届を持ってきました」

「……あら、やる気ね? ……はい、確かに受け取りました……じゃあ、これね?」

「「ありがとうございました」」

 

 私達は担任の先生の前まで足を進めると入部届を差し出した。

 先生は私達の入部届を眺めると、微笑みを浮かべて受け取った。

 先生が言った「やる気ね?」とは――実は、この学院の新入生が部活動を決めるのは当分先の話だから。そう、大抵の生徒は部活説明会――そして部活勧誘を受けて決めるものだった。

 

 もちろん、入学をした時点から生徒としての資格はあるのだから、今入部を決めても問題はない。そんな理由で、私達は先生に頼んで昨日入部届をもらっていた。

 だけど先生も、次の日の放課後に提出するとは思っていなかったんだろう。だから、やる気ね? と言ったんだと思う。

 まぁ、実際に私達はやる気なので微笑みを返しておいたんだけど? なんてね。

 

 先生は1枚目を切り取り、2枚目に判を押すと私達に手渡してきた。

 それを受け取って、礼を告げる私達。

 

「……ところで、私の承認がそんなに信用できないのかしら?」

「えっ!? ……そんなことある訳ないじゃないですかー? あはは……」

「……まぁ、いいわ? ――それよりも?」

 

 手渡した先生は、私達への視線を私達の後ろへ向けながら、背後にいるお姉ちゃんへと言葉を投げかける。突然話を振られたお姉ちゃんは慌てて否定をしていた。

 そんなお姉ちゃんを(なが)めながら、呆れた表情を浮かべていた先生は言葉を繋げるのだった。

 

「あなた、園田(そのだ)さんに会った?」

「……いえ、会ってませんけど?」

「そう……さっき探していたわよ?」

「えっ? …………」

 

 お姉ちゃんは先生の言葉を聞いてサーッと血の気が引いていた。まぁ、察しは十分についたんだけど?

 ちなみに先生の言った園田さんとは海未さんの苗字だ。

 つまり、生徒会の仕事を放り出して私のところに来たんだろう。当然海未さんには内緒で。

 

「――そ、そんな訳だから、私は生徒会室に戻るけど部室へは行けるよね? ぶ、部室に行けば花陽ちゃん達が、い、いるからっ! ――じゃ、じゃあね!」

 

 職員室を出るとお姉ちゃんは捲くし立てるように部室への道を教えると、こんなことを言って足早に去っていくのだった。

 そんな慌てて去っていくお姉ちゃんの後姿を眺めて、見えなくなるのを確認すると――私達は同時に吹き出し笑いをしてしまった。

 とは言え、職員室の前だから慌てて口を抑えて――それでも止まりそうになかったので、私達も部室を目指して足早に職員室を離れるのだった。

 

♪♪♪

 

 職員室からアイドル研究部の部室へ歩いている途中――

 教室から職員室へ向かう途中に比べて、とても静かに感じられた。

 それはお姉ちゃんがうるさかった訳でも、元々人通りが少ないからでもない。

 

 ただ、お姉ちゃんへ向けられていた感嘆の声がなくなっただけ。私達は普通の生徒に過ぎないってことを痛感(つうかん)させられた。

 そうなんだ――

 私達は無名の少女達(・・・・・・)なんだ。

 わかっていたはずだけど、改めてお姉ちゃん達と私達の差を感じた瞬間だったのだ。

 

 だけど、良いんだ!

 お姉ちゃん達だって通ってきた道なんだから!

 今、私達の目の前には高い壁があるんだろう――スクールアイドル μ's と私達の間には、知名度や実力と言う壁が。

 

 だけど、壊せるんだ!

 だけど、倒せるんだ!

 

 そう、お姉ちゃんが私達とクラスメートの間の壁を壊してくれたように――私達だって、お姉ちゃん達との間にある壁を壊していくんだ!

 

 だって、私達の手にはチャンスの前髪(・・・・・・・)があるんだから!

 そう、この入部届がチャンスの前髪。

 いつか奇跡の虹を渡るんだから!!

 

 私は歩きながら、お姉ちゃん達のアノ曲を心の中で再生する。

 いつか私達も自分達の手で、天高く突き上げられるように――そんな決意を胸に部室を目指して歩いているのだった。




Comments 穂乃果

ぅぅぅぅー。なんで私に回ってくるのー? 真姫ちゃんったら――
「貴方、お姉ちゃんなんでしょ? 見てあげなさいよ!」
って、私の顔にノート押し付けてくるし……。だって、変なこと書かれていたら悲しいじゃん。

でも、渡されたし、読んで返事しないと怒られるから読んだよ?
……ねぇ? 此処に書いたのって本心? 
まぁ、部分的には雪穂だなって思える部分はあるけど……私に関しては違うよね? 
みんなが見るから、書いているんだよね? ……ねぇ、ねぇ? 

……ごめんね、雪穂? 
まさか、そんなに顔を赤らめて涙目になって横向くほど恥ずかしがるなんて。これが本心だったんだね? ありがと、雪穂。
もう、直接聞いたりしないから……此処には、気持ち書いてほしいな? 
これからも、よろしくね。


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活動日誌4 リッスン とぅー ・ マイ はーと! 1

 私達はアイドル研究部の部室前まで来ていた――と言うか、お姉ちゃんに教わっていなかったら素通りしていたかも?

 だって学院の一角にある普通の部屋――まぁ、普通なのは学院なんだから仕方ないんだけど?

 入り口の扉。

 カーテンで(おお)われて中が見えなくなっているガラス部分の左下に――本当に小さい張り紙で『アイドル研究部』って書いてあるだけなんだもん!

 

 先代の部長である矢澤(やざわ) にこ先輩――

 にこ先輩が――えっ? にこ・()()!! 

 ――が、アイドル研究部を設立(せつりつ)した頃から変わっていないらしい。

 

 まぁ、別に部室が目立っていても仕方ないんだけどね? だけど、わかりやすくしておいて欲しかったなって思いながら、私達は苦笑いを浮かべるのだった。

 

 私達は目配(めくば)せをすると、私が代表でノックをする。すると中から――

 

「……はいニャー! いっまっ、開けるニャー?」

「……ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 そんな甲高(かんだか)くて元気な声と共に、(あわただ)しい足音が近づいてくる。

 その足音の持ち主を制止しようと、別の声が部室の中から聞こえてきた。だけど足音は止まることなく近づいて――

 

「――おっまたせニャー!」

 

 そんな声と共に部室の扉が勢いよく開かれて、中から――

 スクールアイドル μ's の現リーダーの星空 凛(ほしぞら りん)先輩――凛さんが現れた。

 そんな凛さんの後方を――凛さんの突進(とっしん)を食い止めるべく、右手をのばして捕まえようとしていた真姫さんが追いかけてきていたのだった。

 

「あー、雪穂ちゃんと亜里沙ちゃんだぁ! ……どうしたの? 何かご用か――イタッ!?」

「どうしたのじゃないでしょ? まったく……まぁ、中に入って?」

「「失礼します!」」

「いったいニャー! 真姫ちゃんがぶったぁー」

「ぶってはいないわよ? チョップしただけじゃない……」

「チョップもぶってるニャー!」

「あー、はいはい……」

 

 私達に気づいた凛さんは、不思議そうな顔を浮かべて部室に来た理由を訊ねようとしていたんだけど――そんな凛さんの後頭部に真姫さんの水平チョップがクリーンヒットした。

 真姫さんは呆れた顔と言葉を凛さんに向けると、私達の方へ向き直り、微笑みを浮かべて部室の中へ招き入れてくれた。

 私達が中へ入っていく途中、凛さんは後頭部に両手を当てて、涙目になりながら真姫さんに抗議していた。ところが真姫さんは一切相手にせず、軽く聞き流して部室の中央にある椅子に座るのだった。

 

「……とりあえず、座ったら?」

「「あっ、はい! …………」」

「……あぁ、特に決まった席はないから適当で良いわよ? ……まぁ、そっち側に座ってもらえると話しやすいけどね?」

 

 席に座った真姫さんは、私達に席に座るように促してくれた。

 私達は返事をして座ろうとしたんだけど、どこに座れば良いのか迷っていた。

 ――だって、3人が卒業したとは言え6人はまだ在籍(ざいせき)しているんだし。ずっとこの部室が活動拠点(かつどうきょてん)になっている訳だから定位置ってあるのかな? って。

 そんな風に悩んでいた私達に気づいて、真姫さんはフォローを入れてくれたのだった。

 

「じゃあ、私は……ここ、座るニャー!」

「あんたはココッ(・・・)! ……本気で言ってるの?」

「えっ? ……あはははははは……はは」

 

 私達は真姫さんの薦めで真姫さんの向かいの席――入り口から入って右側の椅子に座る。

 それを見ていた凛さんは私達の席の隣に座ろうとしたのだけど、真姫さんが自分の隣の席をバンバン叩いて誘導していた。

 呆れ顔で(たず)ねる真姫さんの顔を見た凛さんは一瞬驚くんだけど、何かを思い出したかのように苦笑いと乾いた笑いを奏でながら、スーッと私達から遠ざかり何事もなかったかのように真姫さんの隣に座るのだった。

 

♪♪♪

 

 今、私達のいるアイドル研究部の部室。正確には彼女達の実績(・・)が認められて、隣の続き部屋に練習スペースが(もう)けられている。そんな練習スペースの続き教室。

 たぶん元々は特別教室――音楽室とか理科室とか美術室。そんな感じの教室だったんじゃないかな?

 あっ、音ノ木坂って言うくらいだし第2音楽室だったりして? まぁ、知らないんだけど? そんな造りの教室に思えた。

 そして私達の今いる教室。アイドル研究部の部室は、さしずめ準備室って感じに思えたのだった。

 

 とは言っても、天気の良い日は屋上や校庭や校外で練習をしているらしいんだよね。

 だから基本、続き教室は彼女達の衣裳部屋兼フリースペースとして使われているのだった。

 

 そんなアイドル研究部の部室――今、私達がいる方の教室。

 入り口側から対極する壁側。つまり奥にある窓へと向かい、中央にテーブルと椅子が並べられている。そして窓際にはパソコンが置かれた机がある。

 更に、入り口を入って右側の、ちょうど私達が座っている後ろの壁には大きな棚が設置(せっち)されている。

 その中にはアイドル研究部らしく、アイドルに関する資料が並べられていた。

 もちろん、学院の部活動だから学院からの資料や書類も並べられている。それでも3つある大きな棚の内、かなりの割合を占めるのがアイドルの資料なのだと言う。

 とは言っても、棚にある物はアイドル研究部の物ではなく――ほどんどが部長の私物(・・・・・)らしい。

 先代の部長である、にこ先輩が元々アイドル研究部に貸し出していたと言う――職権乱用(しょっけんらんよう)と言われかねない言い訳で置いていた私物を卒業と共に整理した為、次の部長へ自分の私物を貸し出すように命じていったみたい。

 ただ、棚や壁に貼られているアイドルのポスターや、とある品物に関しては先代の部長の寄付(きふ)らしいのだけれどね?

 

 まぁ、実はこの話――棚の中身が部長の私物って話。

 今から数分後に生徒会の仕事を終えて部室へ来た、お姉ちゃん達から聞いた話だったんだけど。

 当然、私と亜里沙はとても驚いた。

 だって、大きいんだよ? 部室の右の壁を! かなり占拠しているくらいの!!

 3つ全部ではないと言っても、そんな大きな収納たっぷりな棚の中の物が私物って!?

 

 話を聞いた時に、私と亜里沙は驚きと羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しでアイドル研究部の部長。小泉 花陽(こいずみ はなよ)先輩――花陽さんを眺めていた。

 

「あっ……いや、ほら……私はただアイドルが好きなだけで……そんなに凄くは……それに、にこちゃんの頃はもっと凄かったから……」

 

 すると彼女は恥ずかしそうにそんなことを俯きながら(つぶや)いていた。

 いやいやいや、これは驚くレベルですって! 普通に小さなアイドルショップとか開けそうだし。

 だけど、このレベルで、もっと凄いって言わせるにこ先輩の私物って?

 

 花陽さんの言葉を聞いて、改めてマジマジと眺めてみると――確かに右の壁の大半を占拠(せんきょ)している大きさの棚には、多少の隙間が存在していた。

 いや、本当に多少だよ? それこそ敢えて空間を作っています! って感じの隙間だもん。

 お姉ちゃんの本棚より密集(みっしゅう)――いや、容量はあるのに入れていないだけなんだけどさ? お姉ちゃんの場合。

 とにかく、凄かったの一言に尽きる光景なんだと思う。だけど今の光景より凄いってことは、完全に棚を埋め尽くしていたってこと?

 どんだけ凄かったんだろうって気になってしまったのだった。

 

「そうだよぉー、かよちんは凄いニャー! だって……ほら!」

 

 そんな私達に、凛さんは得意げな表情で答えると指を棚の方へ指して――

 

「幻のブルーレイBOXを持っているニャー!」

 

 棚に置かれている、ブルーレイBOXを教えてくれた。だけど――

 

「あれはねー? とっても、凄いんニャー! えっと……でん……でん……でんぐり返し?」

「なに言っているのよ? ……電光石火じゃない?」

「2人とも違うよぉ。花陽ちゃんに失礼だよ? 確かぁ……伝道師?」

「皆さん、いい加減にしてください……伝達事項です!」

「そんなにフザケていると、本当に怒られるよぉ? ……電撃G――」

「「「「わーーーーーーっ」」」」

 

 ――いや、本当に怒られるよ? お姉ちゃんが! 色んな意味で。

 

 そんな5人のやり取りを(うつむ)きながら小刻みに体を震わせて聞いていた花陽さんは、突然その場に立ち上がると――

 

「みなさん、そこに座ってください!」

 

 ――いえ、花陽さん? みんな(すで)に座っておりますが?

 

「いいですか!? 新入部員もいることですし! もう1度説明させてもらいますとね! この……ブルーレイBOXは! 伝説のアイドル伝説と言って、それこそ各プロダクションやら学校やらが総力(そうりょく)をあげて結集(けっしゅう)した! いわば、アイドルの玉手箱なんです! 前に発売されたDVD BOXなんて……通販、オークションともに瞬殺(しゅんさつ)! 選ばれた勇者(・・・・・・)のみが持つことを許された代物(しろもの)なんです! ……まぁ、そんな勇者が間近にいたのは驚きでしたが……それも3つも……ですが! そんな私達の熱い要望に応えて! ブルーレイ版として発売されたのが、この! 伝説のアイドル伝説ブルーレイBOXなんです! そう、まさに! 伝説のアイドル伝説の伝説の伝承(でんしょう)! 略して……伝・伝・伝・伝なんです!!」

 

 それまでの花陽さんの雰囲気が何かのスイッチが入ったかのように豹変(ひょうへん)して――ブルーレイBOXを手に取り、これだけの長台詞(ながぜりふ)を1文字も()まずに捲くし立てるように言い切った。

 それは、もう――こうやって、私が活動日誌に一字一句()らさずに書けるほどのインパクトと聞き取りやすい声で。

 そんな花陽さんの気迫に唖然(あぜん)としている私達とは対象に、お姉ちゃん達は満面の笑みを浮かべながら彼女の話に耳を(かたむ)けていたのだった。

 

 花陽さんは大のアイドル好きらしかった。

 ううん――アイドルに情熱と愛情を注いでいる。それこそ先代部長のにこ先輩に匹敵するくらいに。

 だからこそ、にこ先輩は花陽さんに部を託したんだろう。

 だけど、花陽さんは普段はとてもおとなしい、とても()()思案(じあん)なところがある。

 もちろん入ったばかりの頃よりは格段(かくだん)に成長してはいるけど――それでも控え目なところは変わっていない。

 だから、会話の最初のように俯きながら呟くことが多いのだと言う。

 

 でも、私と亜里沙はこれからはアイドル研究部の一員。花陽さんの後輩として一緒に活動していくことになる。

 だから、私達には花陽さんの横顔(・・)――アイドルについて語る花陽さんの部分も知っていてほしい。そんな気持ちからの誘導だったらしい。

 当然、お姉ちゃん達は伝説のアイドル伝説のタイトルは知っている。そして、花陽さんもお姉ちゃん達の意図には気づいていたみたい。

 だから長台詞を言い切ったあと、一呼吸をして少し微笑みながら口だけを動かして――

 「ありがとう」

 と伝えていた。

 私はお姉ちゃん達の微笑みと、とても満足そうに輝いた表情を浮かべる花陽さんを眺めて、見えない絆を感じていたのだった。

 



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活動日誌4 リッスン とぅー ・ マイ はーと! 2

 ところで凛さんがブルーレイBOXを指して言っていた幻と言うのは――DVD BOXと同じく、かなりの入手困難な状況だったからなんだって。

 無理もないのかなって思う。だって相手は高画質になったブルーレイ版なんだから。

 元々、DVDを持っている人達だって高画質となれば話は別!

 ましてやコレクターなら購入するだろうし、そこにDVDを買えなかった人たちが加わって、更に困難だったんだろうって簡単に予想できるもん。

 だけど、今回は花陽さんの愛が勝っていたんじゃないかな?

 だから勇者になれたんだと思う。

 だって、ブルーレイBOXを手に熱く語っていた花陽さんは本当の勇者のように輝いていたから。

 そんな――自分を変えられてしまう位のブルーレイBOXなら、本当に幻の代物なんだろう。私は花陽さんの姿を見て素直にそう思っていたのだった。

 

♪♪♪

  

 時間を少し巻き戻すね?

 

 私達4人が部室の椅子に座っていると――

 

「……ごめぇん。アルパカの世話をしていたら遅くなっちゃって……あっ、雪穂ちゃんに亜里沙ちゃん、待たせちゃった?」

 

 部室の扉が開いて、少し焦り気味な苦笑いを浮かべながら、花陽さんが入ってきたのだった。

 彼女は飼育委員として学院で飼っているアルパカ――

 そうそう! 最近赤ちゃんが出来たんだって?

 まぁ、卒業式の日に真姫さんが(めす)のアルパ――ねぇ? 確かに私達は今日初めて見て、お腹大きいから雌だってわかったよ? だけど、お姉ちゃん達って雌だってわかっていたのかな? まぁ、その話は別に良いんだけど? 

 真姫さんが気づいたんだって。

 

 って、そうそう! アルパカと言えば――

 あー、うん。ごめんね? 少し話が逸れちゃうんだけど、アルパカで思い出した話をするね?

 これは亜里沙に聞いた話なんだけど――絵里さんは、あのアルパカが苦手なんだって。

 以前、絵里さんに――学校説明会の日に、学院でアルパカを飼っているって話を隣に座っていた他校の子達が話していたんだよ。

 その話を聞き耳立てて聞いていたんだけど、私も興味があったんだよね。

 だってアルパカだよ? モフモフなんだよ?

 見たいに決まってんじゃん!

 だから、興味があったから訊ねたんだけど――アルパカって聞いた途端、とても顔を引きつらせてイヤそうな顔をしていたんだよ。

 それで亜里沙に話を聞いたら、やっぱり苦手だったみたい。

 だけど、学院で飼育しているアルパカ――学院を愛する絵里さんとしては何とか克服しようとしていたんだと思う。ネットとか本とかでアルパカの飼育について調べていたみたいだし。まぁ、絵里さんらしいかな? なんてね。

 

 花陽さんは飼育委員として、アルパカの世話をしているんだって。去年から継続して世話をしているらしい。お世話をするのが大好きなんだそうだ。

 とても優しくて真面目そうな性格の花陽さんに向いているんだと思う。

 たぶん、私には無理だ――あと、お姉ちゃんも!

 だって――

 誰かに世話してもらっている人間が飼育委員なんて出来る訳ないじゃん!

 なんか悲しくなってきたけど、これが現実なんですね?

 そんなことを考えながら、花陽さんが席に座るのを眺めていたのだった。

 

「……入部届です」

「……はい……確かに受け取りました。…………」

 

 花陽さんが椅子に――奥のパソコンの机で使う椅子をテーブルの方へ向き直して、ちょうど私達と凛さん達の間。いわゆる、お誕生日席に座った。

 私達は花陽さんへと、手に持っていた入部届を差し出す。

 花陽さんは2枚の入部届を数秒見つめると、笑顔を浮かべて承諾して、自分の鞄の中のクリアファイルにしまった。たぶん学院側から用意された生徒会へ提出する為の各部の名簿の用紙が入っているのだろう。

 もちろん、生徒会へ提出するのは先の話だけど――こうして私達の決意が部長の手に渡り、生徒会や学院へと手渡される。つまりは、居場所(・・・)として認められたと言うこと。

 これからの活動を見守ってもらえると言うこと。

 そして、私達の信念(しんねん)を見続けられると言うこと。

 この学院の一生徒として恥ずかしくない――周りにも自分にも胸をはっていられるように頑張っていく為の、決意表明(けついひょうめい)に思えていた。

 私達は改めて、正式に入部を認められたことで気持ちを引き締めるのだった、

 

 真姫さんが私と亜里沙に右側の席に座らせた理由。

 そして凛さんを自分の隣――花陽さん寄りに座らせた理由。

 それは花陽さんがお誕生日席に座るから――

 つまり、アイドル研究部の部長が上座(かみざ)。そして、次にリーダーの凛さん。最後に副部長の自分。

 その対面の私達――つまり、私達を部長に近い席に座らせる為だったのだろう。入部届の受理(じゅり)を最小限の動作ですむ気遣いなんだと思う。

 そして、この部室は続き部屋の一室。真姫さん達の座る左側の壁の向こうが続き部屋になっている。

 つまりは、私達の席は下座(しもざ)になるのだろう。だから私達を誘導したんだと思う。

 

 スクールアイドル μ's には先輩後輩と言う概念(がいねん)がない。それはメンバーが9人揃った時に絵里さんが提案したのだと言う――同じグループで活動する以上、変な遠慮は活動の(さまた)げになるからと。だから、全員が友達のように接しているのだった。

 だけど、それは――

 そう言った先輩後輩と言う概念を持っているから成立するんだとも思う。

 

 音ノ木坂の校風は生徒の自主性を重んじる――生徒が主体となって、より良い学院生活を送れるように運営されている。学院はあくまでもサポートとしての役割に過ぎなかった。

 だけど、それは生徒達が全員で学院や先輩や――全ての他人を(うやま)い、自分達を(りっ)してきたからなんだと思う。

 そうでなければ自主性とは言わないだろうし――そうでなければただの馴れ合い(・・・・・・・)にしかならないだろうから。

 

 目的が同じと言っても感じているものは人それぞれだ。

 結局、自分が! と、言っている人には誰も共感はしないだろうし、身を(ほろ)ぼす可能性がある。

 だからと言って、そう言う人を――自分とは違うからと、勝手に防御壁を作って隔離(かくり)しようとしても先を見出(みいだ)すことはできない。 

 その人の悪い部分を認めて許し、それよりも周りへのイメージを払拭(ふっしょく)する為にはどうすれば良いのかを考えて、自分達のできる範囲で良い方向へと導いていけるように努力してみる。

 みんながみんなを(うやま)い、尊重し、支えあう――それが出来てこその自主性だと思うし。

 それが出来るから友達の様に接していたとしても――固い絆と強い結束力を(たも)てるんだと思った。

 

 そう――今は私達の入部を認めてもらう時。

 私達は別にお客として部室に来たんじゃない。

 新入部員として、後輩として――アイドル研究部の部長や先輩達に認めてもらう為に来ているんだ。

 たぶん普段の時なら適当に座っても問題ないだろう――だけど今日は特別。

 きちんとしたケジメをつける!

 だから、この席順なんだろうと思う。

 

 今、この場にはいないけど――仮にお姉ちゃん達が先に来ていたとしても、下座に座っていると思う。

 確かにお姉ちゃん達は3年生であり、生徒会役員であり、花陽さん達より年上だし――部活的にも学院的にも年齢的にも目上かも知れない。

 

 だけど、お姉ちゃん達なら迷わず下座に座るんだと思う。

 それは――

 今の部長とリーダーと副部長。アイドル研究部としての主軸は2年生が(にな)っているから。

 そう――アイドル研究部にとっては2年生の方が目上だから。

 相手を尊重して互いに支える。

 そんな見えない部分の思いやりを持ち続けているから、お姉ちゃん達は友達のように接していても、強い絆と団結力を保っていられるし、学院は生徒の自主性を尊重できるんだと思う。

 そして、そんな思いやりに応えたいから全員が責任感を持って行動するんじゃないかな?

 だって、私達の目の前にいる3人の表情には――3年生から託された想いに(こた)える、やる気に満ち溢れた雰囲気が(にじ)み出ていたのだから。

 

♪♪♪

 

 私達はお姉ちゃんの妹として、何度か μ's の皆さんとは会っている。何度も彼女達のライブに足を運んできた。

 だけど、音ノ木坂の制服の私達――そして彼女達の想いを発信し続けてきたアイドル研究部の部室で、こうして対面するのは初めてだった。

 

 もちろん、お姉ちゃんを見続けてきたから――

 お姉ちゃん達を追いかけてきたから、この対面は必然(ひつぜん)のことのように思えるかも知れないけど。これも偶然と言う名の奇跡の欠片なんだと思う。

 入れ違いで入学した亜里沙のように――他の悲しい選択だって起こっていたかも知れない。花陽さん達と対面することが叶わなかったのかも知れない。

 だから、この瞬間も偶然なんだって考えている。

 

 花陽さん達の心には大きな隙間があると思う。去年1年間と言う大きな隙間が。

 だけど、前に進もうとしている。

 それは、アイドルが好きだから。

 音楽が好きだから。

 そんな6人分の、それぞれの想いがソコに存在するから。

 でも、きっと彼女達を突き動かしている本当の想いは――

 託された想い、繋げる意味、伝えたい気持ち。

 そう言った自分達の気持ちを、みんなに届けたい――みんなに聞いて欲しいからなんだと思う。

 

 今、目の前に座っているのは2年生の3人だけ。だけど私には、目の前に座っているのが3人しかいないとは思えなかった。

 それは、学院の生徒会室にいるお姉ちゃん達。そして学院を旅立った卒業生達。更に学院の先生や生徒達。

 スクールアイドル μ's を応援する全ての人達の託された想い、繋げる想い、伝えたい想い。

 そう言った人達の気持ちを受けて、私と亜里沙に聞いて欲しい、届けたい――そんな想いを、後輩になる私達へ託す。

 私と亜里沙は言葉にしなくても、しっかりと感じられていたのだった。

 

 正式に部長である花陽さんの手に渡ったことにより、私達は正式な部員となった。

 それまでの私達はお姉ちゃん達の想いを受け取るばかりだった。

 でも、これからは――

 私達が届けるんだ!

 私達が聞いてもらうんだ!

 自分の気持ちを、伝えたいことを、私達が!

 私達の想いで、(さび)しい気持ちも上書きできるように。

 私達の気持ちで、つまらない日常をリセットできるように。

 

 そんな風に、全ての人達へ伝えてきたスクールアイドル μ's のように。

 託された想いと手にした奇跡の欠片を握り締め、花陽さん達へ私達の言葉にならない気持ちを聞かせるように。

 託された想いを聞かせるように真剣に見つめる彼女達を、私達も真剣に見つめ返していたのだった。

 




Comments 花陽

なんか、穂乃果ちゃんが――
「花陽ちゃん、部長なのに全然読んでないじゃーん? 私だって読んだのに、ずっるいよぉー! だから……はいっ!」
って渡されたから、読んでみたよ?

とりあえず……雪穂ちゃん、亜里沙ちゃん入部おめでと……う?
なんか変だね? 

でも、雪穂ちゃん……私の言ったこと、良く覚えていたね?
ちょっとビックリしちゃったかも?

飼育委員。大丈夫だと思うよ?
だって……私だって凛ちゃんや真姫ちゃんにいつも世話してもらっているから。
問題ないと思うよ? もし良かったら、いつでも歓迎するからね?


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活動日誌5 すすめ→とぅもろう! 1

 無事に入部届を受理してもらえた私達はホッと胸をなでおろす。

 その瞬間に手の平の冷たさを感じた――どうやら無意識に緊張をしていたらしい。

 それまで感じていなかったけど、緊張が解けたせいか、途端に汗をかいていたことに気づく。

 私と亜里沙は慌ててスカートのポケットに手を入れて、ハンカチを取り出して手を拭いた。

 そんな私達を何も言わずに微笑みを浮かべて見つめている花陽さん達。

 私達は少し恥ずかしくなって、ハンカチをしまいながら俯いてしまったのだった。

 

「……さてと――私は少し席をはずすわね?」

 

 そんな私達を見つめていた真姫さんは、そう言いながら立ち上がり、扉の方へと歩きだした。

 

「うん。いってらっしゃい」

「わかったニャ!」

「「…………」」

「…………」

「「――! …………」」

 

 花陽さんと凛さんは、真姫さんの後ろ姿にそう告げる。

 真姫さんは花陽さん達の声には反応しなかったけど、声がしない私と亜里沙に気づいて振り返る。

 私達は慌てて無言で一礼をした。そんな私達に微笑みを向けると、真姫さんは部室を出て行ったのだった。

 

「……緊張した?」

 

 真姫さんの出て行くのを眺めていた私達の耳に、優しくて――とても心地よい声が聞こえてきた。

 声のする方へ顔を向けると――

 テーブルに両肘(りょうひじ)をついて指を(から)め、その指で出来た山の(いただき)に――(あご)を乗せて、少し小首を(かたむ)けて笑顔を浮かべる花陽さんの姿があった。

 私達はそんな可愛らしい姿の花陽さんに一瞬見惚(みほ)れていたのだけど、部長であり先輩である花陽さんに聞かれていたんだって気づいて――

 

「「ぁ……ぁぃ……」」

 

 2人同時に答える。

 とても、か細く――聞き取りにくい声で肯定(こうてい)したのだった。

 

「……そっか? 緊張するよね?」

 

 情けない声を発してしまった私達は顔を赤らめて俯く。

 花陽さんは、そんな私達に微笑みながら普通に会話を繋いでくれたのだった。

 

♪♪♪

 

「……そう言えば、かよちんが μ's に入ろうとした時……凛と真姫ちゃんで引っ張っていったんだけど、その時のかよちん……すっごく緊張していたニャ」

「えっ!? ……だって、緊張するよ……私じゃ無理だって思っていたし」

「でぇもっ! そんな緊張していた……あの! かよちんが今じゃ部長さんニャ! 後輩を心配できるくらいに成長したニャ! すごいニャ!」

「それを言ったら、凛ちゃんだって……すっかり女の子らしくなってるよ? 前から可愛かったけど……もっと可愛くなったでしょ? 最初は女の子らしいのは似合わないって……それに、リーダーだって無理だって言っていたよ?」

「……凛、そんなこと言ってた?」

「凛ちゃん……」

「冗談ニャ!」

「「……クスッ」」

 

 花陽さんの言葉を隣で聞いていた凛さんは、突然 μ's に入ろうとしていた時の花陽さんの話を始める。それに呼応(こおう)するように、今度は花陽さんが言い返していた。

 2人のやり取りを見ていた私達は思わず笑みを溢していた。

 そんな私達を見て――

 

「……やっと、笑ってくれたね?」

「良かったニャ」

 

 2人はそんな風に、優しく微笑みながら声をかけてくれたのだった。

 確かに部室に来てから緊張はしていたけど、まったく笑っていなかった訳じゃない。

 だけど、それは造られた笑顔――でもないけど、やはり緊張が下地(したじ)にある笑顔だったのだろう。

 でも今は、緊張から解放されて普通に笑えていたんだと思う。

 彼女達はスクールアイドルだ。

 去年1年間でたくさんの笑顔を見てきた。たくさんの表情を見てきたんだ。だから、私達の笑顔の違いに気づいたんだろう。

 それを気づいたから、こんなやり取りを始めたのかも知れない。

 自分達も通ってきた道。

 きっと自分達もお姉ちゃん達から――先輩から、こんな風に手を差しのべられたんだろう。とても暖かな思いやりと言う()を。

 

 これは緊張が解けたから気づけたことかも知れないんだけれど? 

 いつの間にか、凛さんの一人称が変わっていることに気づいた。

 どうやら、先輩らしく振舞(ふるま)おうと自分のことを()と呼んでいたらしい。だけど花陽さんとの会話になって、普段(ふだん)の呼び方に戻ったみたい。

 まぁ、語尾(ごび)は最初から変わっていないんだけど? 凛さんも緊張が解けたのかな? って感じたのだった。なんてね。

 

 だけど別に凛さんの語尾はテンプレートではないらしい。

 あの語尾は自分が自然体でいられて――なおかつ、気分が高揚(こうよう)している時に無意識に出てしまうものらしい。そんな話を花陽さんに教えてもらった。

 これも凛さんの横顔(・・)なのかな? そんなことを考えて嬉しくなったのだった。

 

♪♪♪

 

 緊張が解けた私達は、真姫さんの戻りを待ちながら、花陽さん達の会話を微笑みながら聞いていた。

 とは言え、会話に参加する訳ではなく――ただ、2人の会話を聞いて(うなず)いているだけだった。

 別にまだ緊張しているからとか、会話に入れないからとかではなく――も、もちろん、話がしたくないからじゃないんだよ? どちらかと言えば会話に参加したかったし。

 でも、それが出来ない状況に私と亜里沙は陥っていたのだった。

 

 そんな感じで花陽さん達が会話を続けていると――

 

「……今、戻ったわ」

 

 扉が開き、真姫さんが戻ってきたのだった。

 中に入ってきた真姫さんの右手には、出て行く時にはなかったビニール袋がある。

 もちろん他人の持ち物を私が疑問に思うのは失礼なんだけど、どうしても中身が気になってしまった。

 そんな感じで、真姫さんのビニール袋を眺めている私の目の前に――

 

「……はい、コレ飲んで? 好みは知らないから、適当(てきとう)に買ってきたけど……(のど)(うるお)すと良いわ?」

 

 そんな言葉を添えて、ビニール袋の中から取り出された紙パックのジュースが置かれたのだった。

 私と亜里沙は驚いて真姫さんの顔を見上げる。真姫さんは全員にジュースを渡して席に座るのだった。

 

「ありがとっ」

「ありがとニャ!」

 

 花陽さん達は特に驚く様子もなく、普通にお礼を()べてジュースを飲み始めていた。つまりは買ってくることを知っていたのだろう。

 私と亜里沙は真姫さんに無言で頭を下げて、ジュースを飲み始めて少し飲み終えてから――

 

「「……ありがとうございます」」

 

 そう、伝えるのだった。

 

 私達は緊張のあまり喉がカラカラになっていた。だから、返事もままならない状態で会話にも参加できなかったのだった。

 かと言って、説明して退出(たいしゅつ)しようにも声がまともに出ないから出られなかった。さすがに勝手に飛び出す訳にもいかないじゃん?

 そんな感じに困っていた時に差し出されたジュースだったのだ。

 

 こんなにタイミング良く出てくると言うことは――

 何かのついで(・・・・・・)とかじゃなくて、ジュースを買いに行く(・・・・・・・・・・)のが目的だったのだろう。

 時間的に考えて、ついでに買ったにしては早い――まぁ、学院にある全ての自販機の位置まで把握(はあく)していない。いや、学院に何台あるのかさえ知らないけどね?

 私の知っている自販機なら? って話なんだけど。

 だから、私達が喉がカラカラなのは、3人とも知っていたんじゃないかなって思った。

 それで真姫さんは代表してジュースを買いに行った。

 私達の曖昧な返答や無言の対応を何も言わずにいてくれた。真姫さんがジュースを買ってくるのを知っていたから――

 気づいていても何も言わなかった。そんな感じなのだろう。

 自分達も経験してきたから。

 自分達も緊張していたから。

 

 そんな風に考えていた私に――

 

「……まぁ、お礼は穂乃果に言ってあげてね?」

 

 真姫さんは微笑んで伝える。

 なんで、お姉ちゃん? 私の疑問の表情に苦笑いを浮かべながら、真姫さんは教えてくれるのだった。

 実は――

 今日の1時間目の休み時間に、真姫さん達の教室にお姉ちゃんが現れたそうだ。

 お姉ちゃんは真姫さんを呼び出してもらうと、突然彼女に小銭を手渡した。

 何がなんだか理解できないでいる真姫さんに向かって――

「今日、放課後に雪穂と亜里沙ちゃん来るでしょ? きっと緊張して喉が(かわ)くだろうから、これでジュース買ってあげて? もちろん、真姫ちゃん達の分もあるから飲んで良いよ?」

 そんなことをお願いしてきたらしい。だから頼まれた真姫さんが買ってきたのだった。

 自分達は生徒会の仕事があるから、たぶん遅くなるだろう。

 それに、その場にいなくても2年生がしっかりやってくれるだろうから。自分達はジュースを買って渡すことはないだろうから。

 だから事前に真姫さんに頼んでいたのだと言う。

 

 だけど、この話には続きがある。

 お姉ちゃんは、真姫さんに小銭を手渡した時――

「ちなみに、これは私のお金だって言わなくて良いからね? 真姫ちゃん達からってことにしておいて?」

 そう言っていたそうだ。

 それは――

 あくまでも、真姫さん達に花を持たせる(・・・・・・)為。2年生を立てて言った言葉なのだろう。

 だけど真姫さんは私達に全てを伝えた。もちろん、意地悪で暴露(ばくろ)した訳ではない。

 そもそも、自分達もジュースを買うつもりではいたらしい――緊張をするしないは関係なく、歓迎(かんげい)すると言う理由で。

 

 それに、さ?

 たぶん真姫さんの方がお姉ちゃんよりも財布の中の在籍人数(・・・・)は多いんじゃない? あと、役職(・・)も!

 きっと、お姉ちゃんが奢らなくても真姫さんは困らないんだろう。だけどお金を受け取った。

 それはお姉ちゃんを立ててくれたから――先輩を立てたからなんだと思う。

 そして――

 私達に伝えたのもお姉ちゃんを立てたからなんだろう。自分達ではなく、お姉ちゃんの功績(こうせき)だと知ってもらう為に。

 

 私はそんな見えない思いやりを感じながら――互いが互いを思いやって私達へ与えてくれた気持ちを()んで、ジュースを美味しく飲んでいた。

 だって、今の私には返せるものがないから。

 それにお姉ちゃんも真姫さんも、別に私達に何も求めていないんだろう。

 お姉ちゃん達から真姫さん達へ――真姫さん達から私達へ。

 そんな風に受け継いだ思いやり。

 だから、私達は次に来る子達へ――緊張していても、いなくても。

 不安を和らげてあげられるように接する。

 それが、私達が返せるものなんだと思う。

 私はジュースを飲みながら、お姉ちゃんと真姫さん達に心の中で感謝していたのだった。

 

 まぁ、話を聞いたんだし、真姫さんからも「お礼を言って」と言われたんだから――

 それから数分後にお姉ちゃんが来た時に、キチンとお礼を伝えておいたんだけどね。

 そんな私たちのお礼を聞いたお姉ちゃんは――真姫さんと、じゃれ合っていた。

 いや、一応怒っている(てい)ではあったのかも知れないけど、周りのみんなは普段通りのお姉ちゃん達のじゃれ合いだと感じていたのだった。

 

♪♪♪

 

「さてと。……だいぶ、落ち着いたみたいだし……隣の部屋も紹介するね?」

「「は、はい!」」

 

 ジュースを飲み終えて一息ついた私と亜里沙を見て、続き部屋を紹介しようと花陽さんは声をかけると立ち上がり、続き部屋の扉の前まで歩いていった。

 私と亜里沙も返事をしながら立ち上がると花陽さんの後ろをついていく。その後ろから凛さんと真姫さんがついてきたのだった。

 まぁ、歩いて数歩の距離だから変な書き方なのかな?

 

 花陽さんは扉を開けて中に入っていった。私達もそれに(なら)い、続き部屋の中へと歩いていく。

 中へ入った私達の目の前には――いや、普通の空きスペースなんだけどね?

 そんな空間が広がっていたのだった。

 

 奥の方には衣装ケースらしきものがある。

 私と亜里沙が釘付けになっているのに気づいた花陽さんは、ケースを開けて衣装を見せてくれた。

 スクールアイドル μ's のステージ衣装。当然ライブや動画で何十回も見てきた衣装。

 だけど――

 こうして衣装として見る(・・・・・・・)のは初めてだった。

 いつもお姉ちゃん達が着ているのを見ていたから――誰も袖を通していない状態で見るのは、とても新鮮な気がした。

 これもスクールアイドル μ's の横顔(・・)なのだろう。

 そんな風に思える一瞬であると同時に――きっと誰よりも、お姉ちゃん達を見てきた存在なんだと感じていた。

 当然主役はお姉ちゃん達なんだとは思う。だけど、この衣装達だって立派な主役なんだって思う。だから、衣装達にだって衣装達だけで輝ける場所があっても良いと思うのだった。

 

 去年の文化祭はお姉ちゃん達にとって大事な時だった。それに、あの頃は応援する人達が多かったんだと思う。

 だけど今は、応援する人達と同じくらいに彼女達に憧れている人がいるんだと思う。

 だから――

 今年の文化祭には彼女達の――スクールアイドル μ's の衣装展をアイドル研究部として開きたい! そんな願望を持ちつつ衣装を眺めていたのだった。

 



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活動日誌5 すすめ→とぅもろう! 2

 私はふと、衣装ケースの中で、ひときわ異彩(いさい)を放っている代物に目を()きつけられていた。

 お世辞(せじ)にも並べられている衣装に合うとは思えない――すごく無骨(ぶこつ)で大きな鎖。

 私と亜里沙は疑問の表情を花陽さん達に投げかけたんだけど――三者三様(さんしゃさんよう)、全員と目を合わせずに苦笑いの表情を浮かべて天井を見上げていた。

 どうやら去年のハロウィンイベントの直前、新たな μ's を試行錯誤(しこうさくご)していた際に(もち)いた小道具だったらしい。

 当然、衣装も鎖を含めた小道具も、借り物だったから返却(へんきゃく)したんだけど。最終的に自分達らしさを追及(ついきゅう)することにした時、また道に迷わないように――

 (あせ)って変えようとしてもロクなことにならないってことを思い出す為に、(いまし)めとして残すように買い取ったみたい。

 そんな話を花陽さんが説明すると――

 

「ほ、ほら? 凛達が使わなくても、後輩ちゃん達が使うかも知れないニャ? その為に残してあるニャ」

 

 そんなことを凛さんは口走っていた。

 いえ、凛さん?

 私達だって使いませんから――お断りします!

 

 まぁ、本人達はあんな風に言っていたけど、結局の話――

 これも1つの9人の良い思い出(・・・・・・・・)の品物だから残したかったんじゃないかなって思う。

 衣装ケースにはたくさんの衣装と小物達が眠っている。そして、同じだけのお姉ちゃん達の思い出も眠っているんだろう。

 今は存在しないけど――

 私達にも衣装ケースに眠る衣装と小物達。そして、思い出が眠る日が来るのかな? そんなことを考えながら、衣装ケースの中を覗いていたのだった。

 

♪♪♪

 

「それじゃあ、改めまして」

 

 衣装を眺めていた私達の背後から、花陽さんの声が聞こえてきた。

 振り向いた私と亜里沙の前には、花陽さん達が横一列で並んでいたのだった。

 

「ようこそ、アイドル研究部へ。自己紹介するね?」

 

 満面の笑みを浮かべて花陽さんは告げた。

 これも大事なケジメなんだろう――だって、自己紹介なんて必要ないんだし。

 そう感じたから私と亜里沙は直立不動(ちょくりつふどう)で花陽さんを見つめるのだった。

 この直後に驚く出来事が待ち受けているとも知らずに。

 

「改めまして、アイドル研究部部長の小泉 花陽です」

「「よろしくお願いします!」」

 

 花陽さんの挨拶に一礼しながら挨拶する。

 そして、視線を隣に向けて――

 

「リーダーの星空 凛ニャー!」

「「よろしくお願いします!」」

 

 同じように挨拶をして、視線を隣に向けて――

 

「副部長の西木野 真姫よ」

「「よろしくお願いします!」」

 

 挨拶する――

 

「……生徒会長の高坂 穂乃果です!」

 

 は?

 

「……副会長の園田 海未です」

 

 へ??

 

「……生徒会の……南 ことりでございますぅ」

 

 な、何???

 まぁ、お姉ちゃん達がいつの間にか現れて続けて自己紹介をしていたのだった。

 と言うか、ことりさん? 何で、その登場台詞(とうじょうぜりふ)なんですか? 

 

 ちなみに、ことりさんが言ったのは――

 うちのお父さん世代――どちらかと言えば、お祖父ちゃん世代なのかも知れないけど。

 その時代で活躍していた、往年(おうねん)の漫才トリオの一世風靡(いっせいふうび)したツカミのネタがモチーフらしい。

 まだ、お姉ちゃん達が3人でスクールアイドルを始めたばかりの頃。

 ユニット名を考えていた際に、なんか漫才師っぽいユニット名を思いついたらしくて――まぁ、ただ名前を繋げただけらしいし、速攻で却下したらしいけど。

 お姉ちゃんがお父さん辺りの影響からか、その漫才師の話の流れで――

「そう言えばさ? ことりちゃんって苗字が南なんだよね? ……じゃあさ?」

 そんな悪巧(わるだく)みを、ことりさんに植え付けたらしい。

 とは言え、ことりさんも完全に前のめりで聞いていたらしいからお姉ちゃんだけのせいでもないんだけどね?

 そんな感じでネタをやれる機会を探していたらしい――って、今やんないでよ!?

 まぁ、身内だけの時以外にやられるよりマシかも? だから、やる機会を探していたんだろうし、ね?

 ただ、ことりさん――

 私もお父さんから聞いただけですけど?

 そのネタは別の名前の人(・・・・・・)がやってツッコミを入れられるから面白いんであって――ことりさんの場合、普通に自己紹介しているようにしか聞こえませんから!

 その証拠に――

 隣で聞いていた亜里沙は、私の呆れ顔を不思議そうに見ていましたし。

 あと、確かにみなみ(・・・)には違わないんですが――字が違いますからね?

 

 まぁ、ここまでは特に驚きはしなかった。

 確かにお姉ちゃん達が続いて自己紹介をしたのは想定外(そうていがい)だったけど――お姉ちゃん達は生徒会室にいたのだし、あとから来るのは知っていたからタイミング良く現れても不思議ではなかった。

 私と亜里沙が驚いたのはお姉ちゃん達にまとめて挨拶した直後。

 ことりさんの自己紹介が最後だと思っていた私達の目の前。お姉ちゃん達へまとめて一礼して、頭を上げた私達の目の前に――

 

「……卒業生の絢瀬 絵里よ」

「……同じく、東條 希(とうじょう のぞみ)や!」

 

 いるとは思っていなかった絵里さんと希さんが立っていたからだ!

 あっ、あと2人から少し間を置いて――

 

「……にっこにこにー! あなたのハートに、にこにこにー! 笑顔届ける……矢澤 にこよ。何か文句ある?」

 

 お決まりのフレーズから、途端に不機嫌(ふきげん)な表情と声色(こわいろ)に変わって問いただす、にこ先輩も立っていた。

 そう――今、私と亜里沙の目の前にはスクールアイドル μ's のメンバーが勢揃(せいぞろ)いしていたのだった。

 そんな驚きを隠せずに絵里さん達を見ていた私達に絵里さんは――

 

「……たまたま近くを通りかかったから来てみたのよ」

 

 そんなことを苦笑いを浮かべて言っていた。

 まぁ、卒業生だから来るのは不思議ではないけど――このタイミングなのは、あきらかに変だ。

 とは言え、会えるなんて思っていなかったから素直に嬉しいし、それほど気にはしていなかった。

 

「花陽? 私と希は理事長先生のところへ行って来るわね?」

「せやね? ……ほな、行ってくるなー?」

「あっ、うん。いってらっしゃい」

「あっ、私も行くよ! 一応、生徒会長だしさ? ……先輩方、ご案内します」

「……それじゃあ、生徒会長さん……お願いするわね?」

 

 絵里さんと希さんは花陽さん達にそう言い残して部室を出て行く――生徒会長としてお姉ちゃんが誘導をしながら。

 とりあえず残った私達は隣の部室まで戻り、席に座るのだった。

 

「へぇー? 中々充実(じゅうじつ)してるじゃない? 今年の研究部も」

 

 唯一、にこ先輩だけは座らずに、研究部の棚をマジマジと眺めていた。

 すると、ある1点に目が止まり――

 

「あら? あんた、ブルーレイBOX手に入れたのね? 良かったじゃない」

 

 例のブルーレイBOXについて花陽さんに声をかけていた。

 だけど、普通に『買った』ではなくて『手に入れた』と言うのが――なんとなく勇者のように思えていた。

 

「う、うん……今回は何とか入手できたよ? ……ちなみに、にこちゃんは?」

「あー、あたし? …まぁ、卒業(・・)したからねぇ?」

「「「「「えっ!?」」」」」

 

 にこ先輩の言葉に照れながらも嬉しそうに答える花陽さん。

 本当に幸せそうな彼女の表情は天使の微笑みに見えたのだけど――にこ先輩と同じく、入手と言うあたりが勇者の雰囲気にしか思えなかった。

 そんな花陽さんは、にこ先輩にも聞き返す。

 だけど、にこ先輩の気だるい雰囲気で紡がれた『卒業』と言う単語に私と亜里沙以外の人が驚きの声をあげる。

 そんな声を聞き流して――

 

「アイドル研究部へ貸し出す必要もないし、部屋もいっぱいだから……2つで抑えたわよ」

 

 そんなことを平然(へいぜん)と言ってのけたのだった。

 にこ先輩の言葉を聞いて私と亜里沙以外の人は唖然(あぜん)としている。にこ先輩は花陽さんと同じく、アイドルが大好きなのだ。まぁ、それ以上なのかも知れないけれど?

 私には優劣(ゆうれつ)は付けられないからね。

 

 そしてDVD BOXを3つ持っていた勇者は、にこ先輩らしい。

 そんな先輩が気だるそうに卒業と言う表現をしたのだから、花陽さん達はアイドルからの卒業なのかと驚いたのだけど―― 

 ただ単に、学院を卒業したから貸し出す分が()らない。

 あと、卒業の際に持ち帰ったグッズが大量にあるから、あまり物を増やしたくないって言う理由だった。

 だけどそんな理由があるにも関らず、入手困難の代物を――花陽さんが苦労して入手した代物を2つで抑えた(・・・・・・)と言うあたり、レベルが違うのだと感じて唖然としていたみたい。

 

 そんな中、部室の扉が開いて――

 

「にっこちゃーん、絵里ちゃん達が職員室にも挨拶しに行くって言ってるよー?」

「あー、今いくわー。それじゃあ、行って来るわね」

 

 お姉ちゃんが戻ってくると、にこ先輩に絵里さんからの伝言を伝えた。

 にこ先輩は了承(りょうしょう)すると、部室を出て行ったのだった。

 

 

♪♪♪

 

 流れ的に前の活動日誌で書いちゃったけど――

 にこ先輩が出て行ってからお姉ちゃん達3年生と花陽さん達2年生と私達――8人の会話はココから始まっているのだった。 

 そう、花陽さんのアイドル好きの話はココからの話だったんだよね?

 だから正確には、にこ先輩と花陽さんの会話は何を言っているのか全く理解が出来ないでいたのだった。

 だから会話の時に書いていることは、現在全てを知った上で思ったことを書いているだけなんだけど――活動報告なんだし許してね?

 

 そんな風に8人で会話をしていたんだけど――

 

「ねぇ、凛ちゃんと真姫ちゃんで2人を屋上へ案内してあげてくれるかな?」

「わかったニャー!」

「そうね、良いわよ? ……それじゃあ、案内するわ?」

 

 突然花陽さんは凛さんと真姫さんに、そんなことをお願いした。

 凛さんと真姫さんは(こころよ)く了承すると私と亜里沙に案内をしてくれる為に立ち上がり、扉の方へと歩き出した。私達も立ち上がり全員に一礼をすると、2人のあとをついて行くのだった。

 

♪♪♪

 

 私達は屋上へ出られる扉の前までやって来た。

 凛さんが扉を開けて、先に出るように促してくれた。私達は凛さんと真姫さんに見守られて、屋上へと出ることにしたのだった。

 

「「…………」」

 

 私達は無言で目の前に広がる光景を見つめていた。まぁ、屋上に来るのは初めてじゃないんだけどね? ライブを見に来ているんだし。

 だけど、あの時のようにステージがある訳でもなく――普通に何もない風景が目の前に広がっていた。

 だけど――当然、この屋上にも彼女達の思い出が眠っている。

 だから彼女達の目には――たくさんの思い出のある風景なんだと思う。

 そんな感じで眺めている凛さん達を見て、漠然(ばくぜん)とそんなことを考えていたのだった。

 

「……んー、ニャーーーーーーーーーー!」

 

 突然凛さんは()たけびのような声をあげて、両手を水平にして――まるで飛行機のごとく屋上の奥へと走り出した。

 驚いて凛さんを凝視(ぎょうし)していると――いきなりターンをして此方(こちら)を向く。そして、此方に向かって踊りながら向かってくるのだった。

 凛さんの身体能力は全国でも有数(ゆうすう)のものらしい――まぁ、頂点に輝いたんだからトップなのかも知れないけど?

 そんなハイレベルの凛さんの踊りに心を()さぶられながら見ていると――私と亜里沙の目の前でピタッと止まり、決めのポーズを取った。

 私達は感動して拍手をしようとしたんだけど、凛さんはキッと空を見上げて――

 

「雨……降らないニャー!」

 

 そんなことを言い出したのだった。

 

「何言い出すのよ? 当たり前じゃない」

 

 呆れた表情を浮かべて答える真姫さんに――

 

「だって、前は降ったニャ! 今日だって降水確率60%だって言ってたニャ! 格好よく決まらないニャー!」

 

 そんな事を言い返す凛さん。

 どうやら、前に降水確率60%の日に同じように踊っていて、決めのポーズを取った瞬間にザーッと雨が降り出して、PVみたいだねって言われたらしい。だから、今日も格好よく決めたかったみたいだ。

 ――いや、凛さん、さすがに無理ですから。

 そんな私達を無視して、再び空を見上げたかと思うと――

 

「雨、ふれーーーーーー!」

 

 突然そんなことを天に向かって叫ぶのだった。

 

「バカなこと言っていないで、部室に戻るわよ?」

 

 真姫さんは凛さんの言動を一刀両断(いっとうりょうだん)にすると、階段へ通じる扉の方へ歩き出した。私達も凛さんには悪いけど、真姫さんと一緒に歩き出していたのだった。

 



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活動日誌5 すすめ→とぅもろう! 3

 それに気づいた凛さんは、すぐに追いついてきたのだけど――

 

「ぅぅぅ。なんで穂乃果ちゃんは出来たのに凛には出来ないのぉ? 凛だってリーダーなんだよぉ? ぅぅぅぅ」

 

 そんなことをブツブツと呟いていた。

 それを聞いていた真姫さんは背を向けたまま――

 

「何、言ってんのよ? あんなこと簡単に出来たら、天気予報なんて要らないでしょ? それに、止むんだったらともかく……降らしてどうすんのよ? ……第一、出来なくたって立派なリーダーだって認めているんだから……」

「真姫ちゃん……」

「抱きつかないでよね? こんなところで抱きつかれたら、階段から落ちて入れ替わっちゃうかも知れないから」

「……お断りします!」

「りぃーんー?」

「もうしないニャ……」

 

 正論と苦情を投げかけ、最後に凛さんをフォローしていた。

 そんな真姫さんの言葉に悲しげな表情から嬉しそうな表情へ変化させて両手を広げる凛さんを――見てもいないのに制止する真姫さん。仲良しなのがよくわかる台詞だった。

 だけど、真姫さん?

 階段から落ちて入れ替わるって――凛さんの雨ふれ! 発言に匹敵(ひってき)すると思いますが?

 

 そんな真姫さんの発言を受けた凛さんは突然――

 下ろした左腕を直角に曲げて、水平を保った手の平で右肘を受けて――右手の人差し指と親指で自分の髪の毛先を弄びながら、クールに言い切っていた。

 どうやら、真姫さんのモノマネらしい。きっと真姫さんの入れ替わりに反応して、真姫さんになりきって拒絶(きょぜつ)をしたのだろう。

 そんな凛さんに、怒気を含んだ声色で声をかける真姫さん。真姫さんの迫力に負けてションボリしながら白旗をあげる凛さんであった。

 

 そう、今の真姫さんと凛さんの会話は全て階段を下りている時にされたもの。どちらも顔を合わせていない。なのに自然と繋がれる会話に、私は2人の時間の濃さを感じていたのだった。

 

♪♪♪

 

 再び部室の前に戻ってきた私達。ところが、扉を開けても誰もいなかった。

 不思議に思う私と亜里沙を横目に、真姫さんと凛さんは続き部屋の方へと歩いていく。

 また続き部屋へ移動したのかな? 軽い気持ちで歩いていって、続き部屋の中へ進んだ私と亜里沙の目の前に――

 

『雪穂ちゃん 亜里沙ちゃん 入部おめでとう』

 

 と書かれたホワイトボードに貼られた張り紙と――その周りを色鮮やかに飾る折り紙。そして、クラッカーの音と共に空へと舞い上がった紙吹雪が映るのだった。

 

 そして目の前でクラッカーの(ひも)を引っ張った、屋上へ行っていた私達以外の人達――と言うより、お姉ちゃんと絵里さんと希さんしかいなかった。

 あれ? にこ先輩と花陽さんと海未さんとことりさんは?

 そんなことを考えていると――

 

「……まったく、卒業生を働かせるんじゃないわよ? あと、時間ないんだから期待すんじゃないわよ?」

「……お待たせー! ご飯も美味しく()けたよー! つやつやだよ? ほかほかだよ?」

「良いタイミングだったようですね?」

「また、にこちゃんのお料理が食べられるなんて嬉しいぃ」

 

 4人が料理と炊飯器を持って入ってきたのだった。

 ふと、教室の中央辺りに視線を移した。そこには――

 さっき教室にはなかった床の上にレジャーシートが敷かれて、その上にお菓子や飲み物が並べられている。

 他には、折り紙で折られた飾りとかがホワイトボードだけではなく壁にも散りばめられていた。

 そう、今日卒業生が集まったのは――

 私達を屋上へ連れて行ったのは――

 私と亜里沙の歓迎会と言う名のサプライズパーティー(・・・・・・・・・・)を開いてくれる為だったのだ。

 

 このパーティーの全貌(ぜんぼう)は、お姉ちゃんが家に帰ってから暴露(ばくろ)してくれた。

 と言うか、お姉ちゃんの発案らしい――まぁ、やっぱりとしか思えないけどね?

 

 不思議に思っていた卒業生が現れたタイミング――これは予想通り計画されたものだったらしい。

 だけど、卒業生の理事長先生や職員室への挨拶――この段階から違っていたようだ。

 実は、挨拶に関しては私達のところに現れる前に済ませていたらしい。

 ――ちなみに、お菓子やジュースやクラッカーは昨日の放課後に2年生が買い集めて今日の朝に生徒会室へ保管していたもの。食材に関しては卒業生が持ち込んだのだと言う。

 

 卒業生は食材を一旦生徒会室に保管して、理事長先生と職員へ挨拶をする。

 そして、お姉ちゃん達と合流してタイミングを見計らって私達の前に現れた。

 あと、ホワイトボードに貼った張り紙は――今日の生徒会の仕事だったらしい。

 ――いや、生徒会がそれで良いんですか? まぁ、昨日の時点で今日の仕事は片付けていたらしいから良いんだけど。

 

 その後、挨拶に行くと言って絵里さんと希さんとお姉ちゃんは出て行った。

 その時点で絵里さんと希さんは、生徒会室よりお菓子とジュースなどを回収して生徒会室で待機。

 お姉ちゃんが食材を持って家庭科室へと運び――鍵を閉めて、絵里さん達のところに戻り、鍵を渡す。

 一応、管理責任もあるだろうし、周りに知られたくないからだって?

 

 その足で部室に戻って、にこ先輩に退出してもらう。

 にこ先輩は絵里さんのところで鍵を受け取って家庭科室へ行き、調理を始める。もちろん、学院側には使用許可を取っていたみたい。

 その後、調理に時間がかかる為に、残った人達で少し雑談をしたあと――凛さんと真姫さんに私達を屋上へと連れ出すようにお願いする。屋上だけしか回らないのに、あんまり時間は(かせ)げないからね?

 私達が出て行ったのを確認して、部屋の飾りつけ班と絵里さん達を呼び戻す回収班に分かれて歓迎会のセッティングをした――そんな実に手の込んだサプライズ演出だったのだ。

 

 ちなみに、壁などに散りばめられていた飾り――これは元から続き部屋にあったらしいんだよね。

 どこにあったと思う? 

 隅にあるホワイトボード――いや、見たよ? 私も亜里沙も!

 ――でも、普通にお姉ちゃん達のラブライブ! への意気込みが書いてあったから、私達は気にも留めずに眺めていたのに――その裏に飾りが既にビッシリ貼ってあったんだって! そんなのわかる訳ないじゃん!?

 あと、衣装ケース――確かに花陽さんは衣装を見せてくれた。手に取って見せてくれたのは確かだよ。

 でも、衣装は9着もあるから見せない衣装の裏に隠してあったんだって!

 どんな宝探しよ?

 まぁ、確かに――花陽さんが衣装を取ろうとした時に、真姫さんが慌てて隣の衣装を取らせていた時があった。あれは、たぶん見せる衣装を間違えていたんだろう。

 確かに、こう言うのお姉ちゃん好きそうだしね?

 何となく何処に隠そうかを悩んでいるお姉ちゃん達を想像したら可笑(おか)しくなっちゃった。なんてね。

 

 そんなサプライズ歓迎会は全員が揃ったところで、花陽さんの乾杯の挨拶により幕を開けた。

 みんな楽しそうで、懐かしそうで、笑いの絶えない空間。驚きの感情はまだ()えていないけど、心地よい空間に身を(ゆだ)ねていたのだった。

 

 とにかく、ビックリだらけの歓迎会だった。

 もちろん演出もだけどさ? これだけの演出を一昨日お姉ちゃんは思いついたらしい。

 確かに、お姉ちゃんにも絵里さんにも入学する前から今日入部届を提出することは話してある。それが可能なのは知っていたから。 

 だから、絵里さん経由で希さんとにこ先輩へ連絡が入っていても不思議ではないけど? それでも卒業生の都合はバラバラだと思う。

 わざわざ私達の歓迎会に出席しなくても問題ないんだし?

 だけど、こうして集まってくれた。

 こうして手の込んだサプライズを成功させた――とても一昨日思いついた演出とは思えないくらいに。

 そんな、スクールアイドル μ's の結束力と適応性(てきおうせい)の高さに驚かされていたのだった。

 

♪♪♪

 

 こうして始まったサプライズ歓迎会は、すごく楽しい時間のまま流れていった。

 そう、サプライズ――私と亜里沙にとっては今までだって完全にサプライズすぎる演出だったのに、終盤の今、本当のサプライズが私達を包み込む。

 とは言え別に手の込んだ演出ではない。どちらかと言えば、起こりうる想定内の出来事なのかも知れない。

 でも――

 私と亜里沙には1番のサプライズ演出になった。

 

「……それじゃあ? …………」

 

 歓談(かんだん)を続けていた私達は、そんな花陽さんの一言で彼女を注目する。

 花陽さんは私と亜里沙以外――スクールアイドル μ's のメンバーに目配せをする。すると、全員は頷いて一斉(いっせい)に立ち上がった。

 唖然とする私達に背を向けながら、座っていたレジャーシートから離れ、横並びに整列して向き直る。

 

「改めて……雪穂、亜里沙ちゃん。アイドル研究部へようこそ。2人の入部を祝って1曲(・・)歌いたいと思います」

 

 センターに立つお姉ちゃんが私達に声をかける。

 え? 1曲??

 そんな驚きを浮かべる私達にお姉ちゃんは言葉を繋げる。

 

「今日から、2人が歩きだす……そんな意味と、新しく歩きだす私達へ向けて……この曲が――」

 

 お姉ちゃんが両側にいるメンバーを微笑みの表情で見つめる。メンバーもお姉ちゃんに微笑み返す。そして、正面にいる私達を見つめて――

 

「スクールアイドル μ's としてのラストの曲(・・・・・)になります!」

 

 そう、言い切ると――

 

「~ ♪ ~」

 

 目を瞑りながら―――

 希さん、絵里さん、にこ先輩、海未さんが頭サビの最初のフレーズを――

 

「~ ♪ ~」

 

 同じように、真姫さん、凛さん、花陽さん、ことりさんが次のフレーズを――

 

「~ ♪ ~」

 

 更に次のフレーズを8人で歌うと――

 

「~ ♪ ~」

 

 お姉ちゃんが最後のフレーズを繋げる。

 数拍を置いて、スクールアイドル μ's のアノ曲をアカペラヴァージョンで歌う。

 そう、文字通り――私と亜里沙だけの為に開催されたライブ。

 何万人と言う人達の前で歌っていたお姉ちゃん達が私達の為に――

 たった2人の観客の前で歌う――そんな感動で胸がいっぱいになりながら、フルコーラスを聴いていたのだった。

 

♪♪♪

 

 可能性を感じて進み続けてきたお姉ちゃん達。

 前を向いて、上を向いて――駆け抜けてきたお姉ちゃん達。

 だけど、その代償に縛られて前に進めないでいたお姉ちゃん達。

 もちろん悪い意味ではなくて――輝きすぎていたからなんだけど。

 たぶん、お姉ちゃん達だけではない。私達スクールアイドル μ's のファン達だって同じだろう。

 でも、それではダメなんだと思う。

 戻らないところに留まっていては先には進まない。

 ううん、それどころか――輝いていた去年すら、輝きを失ってしまう。

 だから、前に進みたい。でも、自分達では進めたくない。

 そんな板ばさみだったのかも知れない。

 だけど、ずっと先延ばしにも出来ない――だから、今日だったのだろう。

 私達が入部することが、お姉ちゃん達の進むキッカケになったんだと思う。

 スクールアイドル μ's に憧れて、追いかけて入部をした私達に――立ち止っている自分達を見せたくない。

 スクールアイドル μ's に憧れて、追いかけて入部をした私達に――憧れて追いかけ続けてもらえるように、前に進む決意をしたんだと思う。

 そんな決意を込めたからアノ曲を選んだのかもしれない。

 だって――

 可能性を感じたんだ、後悔したくないんだ!

 私達の前に私達の道があるんだから――

 アイドル研究部全員の新しい道が!

 お姉ちゃん達の表情が、そんなことを物語っていた。

 

 お姉ちゃん達の表情を見て、私達はこの学院で駆け抜けていくだろう。

 まだ見たことのない輝きの向こうへ――

 まだ見たことのない世界の向こうへ――

 全ての偶然と言う名の奇跡の欠片を集めながら。

 まだ見たことのない明日へと進んでいくんだ。

 そんな決意を胸にお姉ちゃん達の歌を聴いていたのだった。

 

 私は今感じている想いがきっと、音ノ木坂学院アイドル研究部。

 そして、スクールアイドル μ's と言う奇跡を生んだ――

 学院の繋がる想い、託した想い、繋げる想いなのだと感じているのだった。

 

♪♪♪

 

 私、高坂雪穂。国立音ノ木坂学院の1年生。

 去年の廃校騒ぎもなんのその!

 真新しい音ノ木坂の制服を身に包み――無事に入学式の新入生の席へと座ることが出来たんだ。

 今日から始まるんだ。今日から進むんだ。

 隣に座る亜里沙と共に――

 私達のスクールアイドルが!

 

 ……そんな希望に溢れた私達の学院生活。

 素晴らしい先輩や卒業生達。大好きな親友。

 そして、大好きなお姉ちゃんに包まれて――

 歩みだした偶然と言う名の奇跡の欠片を集める物語。

 

 これは、私と亜里沙と――

 みんなで夢見た歌作りの物語。

 奇跡の欠片へ私達が両手を広げたばかりの――

 そんな始まりのお話なのだった。

 

 

=Track 1 → Track 2=

 

 

♪♪♪♪♪

 

 追加報告。

 

 いや、すごく恥ずかしいけど綺麗に終わったじゃん?

 だからこのまま終わらせたいのは山々なんだけどさ?

 実際、お姉ちゃん達のライブは凄く感動したし――これで最後だって感慨深(かんがいぶか)くなっていたから、その時に思ったことを書いているんだけど?

 聞いてよ?

 お姉ちゃんってば歌が終わった時――私達の拍手を笑顔で受け止めてくれた。

 そこは良いの!

 でも、私達が拍手を終えると――

「……ねぇ、絵里ちゃん達は次のライブ、いつ頃なら平気そう?」

 って、絵里さん達に聞いていたんだよ?

 

 いや、意味わかんないでしょ?

 だから――

 最後だって言ったでしょ? 次って何よ! って、お姉ちゃんに聞いたのね?

 そうしたらさ? 平然な顔をして――

「えっ? 最後なのはスクールアイドル μ's だよ? これからやるのは、ローカルアイドル μ's だから!」

 とか言い出してんの!?

 要はね? スクールアイドルだから絵里さん達とアイドル活動が出来ないだけで――ローカルアイドルなら特に問題ないだろうって。

 お姉ちゃんが思いついたんだって!?

 確かに、ローカルアイドルなら問題ないとは思うし――元々メンバーだったのだから、絵里さん達が人気集め(・・・・)にはならないだろうけど。

 特にスクールアイドルの定義にローカルアイドルの掛け持ちを禁止する項目もないだろうし――と言うか、誰が思いつくのよ?

 まぁ、こんなことを言ってはいるけど――

 お姉ちゃんの行動には慣れているし、何より――これからも μ's を見ていられるのは嬉しいかな? なんてね。

 これからも、よろしくね? お姉ちゃん。

 




Comments 凛

かよちんから――
「リーダーなんだから、読んであげなよ?」 って言われたから、読んでるニャ!
……別に凛は、読みたくなくて読んでいない訳じゃないんだけど。
……まぁ、良いニャ!

ちなみに、無言だった2人に真姫ちゃんが振り向いたのは――
別に無視をされたと思ったからじゃなくて、真姫ちゃんが無視をしたように思われたくなかったからニャ?
わかっているとは思うけど、伝えておくニャ。

だけど、私の語尾。
全然気づかなかったニャ。確かに、入学当初は普通に話していた気がするニャ。
と思っていたら普通に使っていた時もあったみたいだけど?
でも、そんなには出ていなかった気がするニャ。

たぶん μ's に入る前は、かよちんが居る時以外は使っていないと思うニャ!
かよちんには気を許せたからね?
普段から使うようになったとしたら―― 
きっと μ's に入れたことで、自分の居場所が出来て自分らしさを取り戻せた気がするニャ!
それを気づいていた、かよちんは凄いニャ!

これからは、同じアイドル研究部の一員として――
楽しい学院生活を過ごしていきたいと思っているニャ!   


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Bonus Track 1 普通じゃない μ's が 『ろこどる』 やってみた。
活動日誌5.5 Re : すたーと・だっしゅ! 1


番外編です!
前話の追加報告。
その部分を詳しく書いてみました。



「……ねぇ、絵里ちゃん達は次のライブ(・・・・・)、いつ頃なら平気そう?」

 

 穂乃果と絵里の妹達。雪穂と亜里沙のアイドル研究部への歓迎会の時だった。

 彼女達の為に、自分達の為に、新しい明日へ進んでいく為に。そんな意味を込めて歌った彼女達の曲。

 歌い終えて、雪穂と亜里沙が感動した表情で拍手を送る中、対面に座る彼女達に笑顔を返した穂乃果は、絵里と希とにこに向かい言葉を投げかけたのだった。

 

「ちょ、ちょっと、お姉ちゃん! 何それ? 意味わかんない! ……だって、ラストって言ってたじゃん!」

 

 絵里達の方を向いて笑顔で問いかけていた穂乃果の耳に、雪穂の怒号(どごう)が聞こえてきた。

 雪穂が怒るのも無理はない。

 穂乃果は歌う前に雪穂と亜里沙、そして自分達に対して高らかに―― 

「スクールアイドル μ's としてのラストの曲(・・・・・)になります!」

 そう宣言していたのだから。

 

 そう、絵里と希とにこは卒業生。もうスクールアイドル μ's としての活動は出来ない。

 だけど、穂乃果達にとって μ's は9人だけのもの。だから新しく6人で進んでいく為にラストと宣言したはずなのだ。

 ところが他でもない卒業生の3人に対して、次のライブの予定を聞いていた穂乃果。ラストの意味が理解できない雪穂は穂乃果に食ってかかっていたのだった。

 そんな雪穂の怒号を聞いた穂乃果は「何を言っているの?」と言いたげな表情を浮かべながら――

 

「えっ? 最後なのはスクールアイドル μ's だよ? これからやるのは、ローカルアイドル μ's だから!」

 

 平然な顔をして、そんなことを言い放つのであった。

 それを聞いた雪穂は愕然とした表情を浮かべたのだが、それもそのはず――

 何故なら、彼女達は第3回ラブライブ! ドーム大会の実現に向けて開催された、スクールアイドル達の合同ライブ前日。

 その場に集まってくれたスクールアイドル達を前に μ's を終わりにすると宣言していたのだった。

 確かにスクールアイドル μ's は終わりなのかも知れない。だからと言って、ローカルアイドルをやると言うのは正直おかしな話だと雪穂は感じていた。

 それは穂乃果達全員が――

「限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが好き!」

 そんな気持ちでいたのだから。

 

♪♪♪

 

 もちろんその言葉に嘘はないのだろう。

 だから、聞いていた全ての人達が彼女達の真摯(しんし)な表情と言葉に、活動の終わりを納得したのだと思う。

 それが舌の根も乾かないうちにローカルアイドルをやると言い出せば、誰でも疑問に思うだろう。いや、それ以前にメンバーですらも最初にローカルアイドルの話を聞いた時には耳を疑ったと言う。

 しかし誰もが忘れていたのかも知れない。

 スクールアイドル μ's のリーダーが他でもない高坂 穂乃果であることを。穂乃果が小さな枠や常識にとらわれずに、常に新しく光り輝く場所へ引っ張っていくことを。

 だけど誰もが知っていたのかも知れない。

 スクールアイドル μ's のリーダーが他でもない高坂 穂乃果であることを。穂乃果が引っ張っていく場所には常に全員にとっての明るいミライが待っていることを。

 

 だからこそ周りにいたスクールアイドル達やファン達は、彼女達のスクールアイドル μ's の終わりを納得したのであり、その先の新しい活動を待ち望んでいたのかも知れない。

 それが彼女達自身の重荷(プレッシャー)になっていたのは事実なのだが、穂乃果以外のメンバーを含めたスクールアイドル μ's を取り巻く全ての人が、そんな壁でさえも飛び越えてくれると。

 穂乃果と言う少女に魅せられた全員がそう願っていたのだった。

 

 もちろん雪穂だってその1人(・・・・)ではある。

 だが、ポンッと目の前に差し出された事実を素直に受け止めることが出来ないのも正直な想いだった。

 穂乃果達の駆け抜けた去年1年間は。学院の為に限られた時間の中で精一杯輝いていた彼女達の姿は。形を変えればそれで何事もなかったかのように進められるものではない。

 去年1年間の彼女達は誰よりも輝いていた。それは、限られた時間があったから。

 限られた時間の中のゴールに到達する時、自分達が1番の高みにいられるように頑張ってきたから。だから彼女達は光り輝いていたのだし、その姿に魅せられたのだとも感じていた。

 それが、ローカルアイドルとして活動を延長すると言うことは、去年1年間の限られた時間で輝いていた、彼女達の努力や意気込みを無かったことにする。

 終わりを迎えるにあたり、あれだけ悩み苦しんでいた彼女達の葛藤が意味を成さないのでは? そんな風に感じているのだった。

 だから、誰よりも近くで彼女達のことを見続けてきた1人として――

 例え本人達が納得をしたことでも「はい、そうですか?」と簡単に割り切れるものではないのだった。

 

 ローカルアイドルとして、再び自分達の前に現れてくれる穂乃果達は素直に嬉しい。

 だけど、スクールアイドルとして1年間やり切ったことを何もなかったかのようにされてしまうのは、見続けてきた人間として――

 自分の1年間も否定されているような気がして非常に悲しいのである。

 そんな相反(あいはん)する感情が交錯(こうさく)して制御できなくなり、ただただ漠然とした表情を浮かべることでしか感情を保てないでいる雪穂に対して、穂乃果は優しい微笑みを浮かべて言葉を紡ぐのだった。

 

「あのね? 私、考えたんだけど――限られた時間って、何なのかな?」

「えっ?」

 

 突然の問いかけに戸惑いの声を上げる雪穂に――

 

「いや、私達が言った……限られた時間の中で精一杯輝こうとするスクールアイドルが好き! って言葉は嘘じゃないよ?」

 

 そう言葉を繋げる。穂乃果の隣で聞いていた他のメンバーも頷く。

 そんな他のメンバーの頷きを見た穂乃果は、再び言葉を繋げたのだった。

 

「だけどさ? 私達にとって μ's は、この9人なんだよ……確かに廃校を阻止するって言う目的の為に集まったのかも知れないけどさ? それでも、この9人だからココまで来れたんだと思うんだ――でもね?」

「……うん」

「確かに去年の春の話なんだから仕方がないのかも知れない……それは、わかっているんだけど……」

「?」

「私と海未ちゃんとことりちゃん……絵里ちゃんと希ちゃんとにこちゃん……花陽ちゃんと凛ちゃんと真姫ちゃん……それぞれに限られた時間(・・・・・・)はあるんだと思う」

「うん……」

「学年が違うんだから限られた時間が違うのは理解しているけど……私は μ's には公平な時間があるべきなんだと思うの」

「…………」

 

 穂乃果の言葉に相槌を打っていた雪穂も、その言葉に言葉を失う。

 そんな雪穂に微笑みを浮かべて――

 

「だからね? 私は少なくとも花陽ちゃん達が卒業するまではアイドル活動を続けるのが μ's にとって公平(・・)なんだと考えたんだ? だけどスクールアイドルとしては活動ができない……だから、ローカルアイドルをやろうって考えたの!」

 

 最後には満面の笑みを浮かべて、そう言い切るのであった。

 つまりは――

 確かに学年が別々なのだから、学年毎に限られた時間は存在する。

 去年のスタートに対して、絵里達には1年しかなかった。しかし1年生だった花陽達には3年あった。

 スクールアイドルは卒業を機に活動の終了を余儀(よぎ)なくされる。だから絵里達の活動は卒業を機に終了したのだった。

 これが全員同じ学年(・・・・・・)ならば、穂乃果も納得がいったのだろう。

 しかし音ノ木坂学院のスクールアイドル μ's には、各学年から3人が在籍しているのだ。

 つまりは、限られた時間と簡単に言っても差が生じている。もちろんそれは全員が了承していることではある。

 だが、去年1年間を共に過ごしてきた彼女にとって、簡単に割り切って良い部分ではなかったのだろう。

 

 同じ目的の為に集まり、新しい目的の為に共に頑張ってきた9人。

 共に歩んでいく為に先輩後輩の垣根を越えてまで進んできた9人。

 そして、スクールアイドル μ's は9人だけのものだと言い切って解散をするほどの9人。

 そんな風に全員を思いやり、支えあい、歩んできた見えない絆で結ばれた9人に、卒業(・・)と言う2文字で壁を作るのを穂乃果は許せなかったのだろう。

 それでも全員で考えて出した結論。そして穂乃果自身も考えて、考えて、悩んで考えて、納得して出した答え。合同ライブで言った気持ちに嘘はなかった。

 

 だけど、それは自分の気持ちに(ふた)をしていただけ。もちろん、あの時はそれが最良なのだと思っていたことに嘘はない。

 でも同時に、心の中で問いただす声が聞こえる――

 

「それが、貴方の飛びたかった理由?」

 

 そう、あの――

 ラブライブ! ドーム大会の実現に向けてPR活動の一環として訪れた海外と。

 帰国して数日が経ち、自分達の今後に悩んでいた際に家の近くで再会を果たした――

 初めて会ったのに何故か懐かしい、ずっと前から知っているような。

 それどころか自分の知らない自分でさえも知っているような。

 そんな歌が上手で、不思議な体験をさせてくれた気のするお姉さんの声が、ずっと彼女の心に問いかけ続けていたのだった。

 

♪♪♪

 

 スクールアイドル達との合同ライブを終えて数日が経ち、雪穂達の入学式を目前に控えた、ある日の午後。

 穂乃果は1人自宅を出て、何処かへ歩いていた。

 とは言え、彼女は特に目的があって出かけた訳ではない。そもそも穂乃果の頭には自分達のこれからのことしかなかったのだから、無意識に出歩いた可能性が高かった。

 

 自分が飛びたかった理由は、あの時(・・・)に決めたこと。それ以外にある訳ない。

 そんな風に考えていた穂乃果は、自然といつもの練習で利用している神社の境内(けいだい)に足を運んでいた。考え事をしていたせいか小雨が降り続けていることにも気づかずに。

 神社でいつものようにお参りを済ませて、絵馬の飾られている場所へと足を進める。

 その時、彼女は――

 彼女の目に映った光景と、脳裏に()ぎる懐かしい光景。そして、あの日に他のメンバーに言われた言葉を思い出していたのだった。

 

 目の前に広がる光景――。

 それは何度も見てきたファンの人達の書いてくれた絵馬。そこに書かれた『みんなで叶える物語』と言う文字。

 この言葉は第2回ラブライブ! に出場するにあたり、穂乃果達で考えた μ's のキャッチコピーだ。

 この言葉のみんなとは、自分達を応援してくれるファンも含めて全員で物語を叶えていく。そんな意味が込められている。

 確かに夢の物語は叶えられたのかも知れない。

 だけど、夢の物語は叶えるだけで良いのだろうか?

 そもそも夢の物語は本当にみんなで叶えたと言っても良いのだろうか?

 新しく芽生える夢の物語があっても良いのではないか?

 自分達を含めた全てのみんなが笑顔でやり切ったと、叶えられたと、誰もが納得をして最高の形になったと思えた時、初めて彼女達の幕は閉じるのではないか? 

 そんなことを考えていたのだった。

 

 そんな彼女の脳裏に過ぎる懐かしい光景――。

 大きな水(たま)りを飛び越える。小さな穂乃果には到底無理な大きさの水溜り。

 それでも諦めなかった。例え何度も転んで水の中に飛び込んでしまって、全身が冷たくビショビショになろうとも。

 自分が飛ぶと決めたことを諦めなかったのだった。

 結果、彼女はその到底無理だと思えた大きな水溜りを飛び越えてしまったのである。

 

 そして、あの日に言われた言葉――。

 ことりが留学をする為に旅立とうとしていた日、講堂で海未に言われた言葉。

 更に第2回ラブライブ! への出場に乗り気でなかった穂乃果に対してメンバー全員が言った言葉。

「穂乃果の我がままには慣れっこなんです。その代わり、連れて行ってください……私達の知らない、私達じゃ見ることの出来ない場所へ!」

 その言葉が再び彼女の心に深く刻まれる。そして、(くすぶ)っていた自分の気持ちに新たな想いが膨らみかけた。

 彼女はキッと小雨の降り続ける天を仰ぐと――

 

「雨、やめーーーーーーーーーーーーーー!」

 

 今の自分の持てる精一杯の声で言い放った。

 するとどうだろう。彼女の気迫に恐れを感じた天は瞬く間に彼女に従い、雨を降らすことをやめ、雨雲を散らし太陽の光を彼女へと降り注ぐのだった。

 刹那、彼女の見上げた空に虹がかかる。太陽の光に降り注がれた虹は幻想的(げんそうてき)な雰囲気を醸しだしていた。

 そんな虹を見上げながら彼女は――

 

「……うん! 人間、やっぱり……その気になれば何だって出来るんだ! 虹だってかけられるんだ! 私の我がままだって、その気でお願いすれば……9人でアイドルを続けてくれる! このまま、9人でアイドルをやりたいって言えば叶えてくれるんだ! だから――」

「……そんなことだろうと思いましたよ」

「――えっ!?」

 

 誰に聞かせるでもなく言葉を紡いでいた。

 ところが、突然返ってきた言葉に驚いて振り向くと、他のメンバーが全員揃って立っていたのだった。

 



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活動日誌5.5 Re : すたーと・だっしゅ! 2

「まぁ、長い付き合いですからね? 穂乃果が何で悩んでいたのかってことくらい、お見通しですよ?」

「穂乃果ちゃん……」

「海未ちゃん……ことりちゃん……」

 

 声をかけてきた海未が優しい微笑みを浮かべながら言葉を繋げる。

 隣にいたことりも声をかけながら、優しい微笑みを浮かべていた。

 そんな2人に驚きの表情を返している穂乃果。

 どうやら穂乃果が悩んでいた理由に関しては、全員が理解をしていたのだろう。そして苦しんでいたことも知っていた。

 でも、全員で決めてしまった答えを簡単に(くつがえ)すのは中々勇気がいる。

 だから穂乃果に背中を押して欲しい。穂乃果に会って、きちんと答えを導き出したい。

 そんな全員の総意から、穂乃果の家まで全員で訪ねた時に、穂乃果が悩んだ表情を浮かべながら家を出て行くのを見つけた。

 当然心配になり――元より穂乃果に会いに来たのだからと、彼女の後を()けていたのだと言う。

 

 穂乃果は全員の顔を見回して、最後に絵里と希とにこ――卒業生の3人を見つめた。

 穂乃果は彼女達の前に歩いていき――

 

「私は、やっぱり μ's を終わりにしたくない……こんな形で終わるのはイヤなの! もちろん絵里ちゃん達の都合だってあるだろうし……私達はスクールアイドルを続けるから、優先できる訳じゃないけど……それでも! まだ私達の……ううん、私の物語には絵里ちゃん達が必要なの! だから……私の我がままを聞いてください!」

 

 そう告げると頭を下げた。

 しかし穂乃果の耳には誰の言葉も聞こえてこない。

 恐る恐る顔を上げて絵里達の顔を覗くのだが、絵里達3人は穂乃果が顔を上げたことを確認すると、とても難しそうな表情を浮かべて全員が無言で首を横に振るのだった。

 

「ぁ……そ、そうだよね? ……みんなにだって都合があるんだもんね……それに、みんなで決めた答えなんだし……今更、何とかなる訳……ないんだよね?」

 

 3人が首を横に振る仕草を()の当たりにした穂乃果は、それまでの自分の熱が冷める感覚を覚えながら、自分の間違いに気づく。

 自分でも理解していたこと。絵里達には絵里達の都合がある。

 そして、あの時に全員で答えを出して納得して終わりにしたのだ。

 だから断られたとしても何も言えない。

 だけど、彼女は心の片隅に希望を抱いていた。自分が頼めば何とかなるんじゃないか? 自分が引っ張れば3人も賛同してくれる。そんな淡い希望を。

 わかってはいたことだとは言え、実際に望みを拒否された現実。

 淡い希望を打ち砕かれた現実を前に、彼女を絶望と悲愴が包み込んだ。

 だけど自分は被害者ではない。苦しい決断は絵里達だって一緒なんだと感じていた。

 それでも、抑え切れない悲しみを隠そうと必死に抵抗していた。だがもう我慢の限界に近づいていることを悟った穂乃果は、思わず俯いて瞳を固く閉じたのだった。

 そんな真っ暗な視界の中――

 

「……ふーっ。……違うでしょ、穂乃果?」

「……えっ?」

 

 優しげな絵里の声が聞こえてきた。

 思わず顔を上げた穂乃果の前には、腰に手を当てて「やれやれ?」とでも言いたげな表情を浮かべる3人の姿があった。

 

「……いつから穂乃果は、そんな風に物分りが良くなったのかしらね?」

「そうやねぇ? さっきのは穂乃果ちゃんらしくないんとちゃう?」

「まったく! あんたがそんなだと、コッチが調子狂うじゃない……」

 

 3人はそんなことを穂乃果に対して告げる。

 何を言っているのか理解出来ていない穂乃果に対して、絵里は微笑みを浮かべながら――

 

「忘れたの? 私が μ's に入るって決めた時……貴方が私にしてくれたことを?」

「…………」

「あたしの時だって似たようなものだったじゃない……正直、あの時に今のあんたみたいな誘い方をされていたんだったら μ's になんて入っていなかったわよ?」

「……絵里ちゃん……にこちゃん……希ちゃん……」

 

 そう告げる。無言で聞いていた穂乃果を見てにこが言葉を繋げると、絵里とにこと希は満面の笑みを穂乃果に見せた。

 そんな3人の満面の笑みを見て次第に表情が柔らかくなる穂乃果。

 穂乃果は数秒間3人と微笑みを交わしていたが、目尻に溜まった涙を人差し指で拭った。

 そして真っ直ぐに3人に向き合って、それまでの表情を一変(いっぺん)させて――

 真っ直ぐな一片(いっぺん)の曇りも無い瞳で3人を見つめると、スッと手を差し伸べて――

 

「絵里ちゃん、希ちゃん、にこちゃん……私達とアイドルをやってください!」

 

 そう言い切ったのだった。

 その言葉を聞いた絵里達は、3人とも納得の笑みを(こぼ)すと――

 

「ハラショー!」

「……カードのお告げ通りやね?」

「まったく、しょうがないわねぇ?」

「……えっ?」

 

 そんなことを告げるのだった。

 すると、まるで示し合わせたかのように、その場でピースサインを並べた。それに倣い、他の5人がピースを並べる。

 

「ほら、穂乃果……あんたがリーダーなんだから、早くしなさいよね?」

「あっ、う、うん……」

 

 自然と並べられたピースサインを驚きの表情で見ていた穂乃果は、にこが声をかけてきて慌ててピースを並べるのだった。

 彼女は全員の顔を見渡し、再びピースを並べられる喜びをかみ締めていた。

 

「……何か一言ないの? これじゃあ、始められないじゃない」

 

 いつまで経っても合図がかからないことに疑問を持った真姫が彼女に声をかける。

 

「あっ、そ、そうだよね? ……それじゃあ、今日から再スタートする μ's の未来に向かって……1」 

「2、3、4、5、6、7、8、9……」

「ミューズ……ミュージックスタート!」

 

 真姫の言葉を受けて慌てて言葉を紡いだ彼女は、全員の顔を見回すと番号を言う。それに倣い、メンバーは番号を繋げる。

 そして、最後の絵里が番号をかけ終えた直後、穂乃果はグッとピースを沈めながらユニット名を叫ぶ。穂乃果のかけ声に合わせ、メンバーもピースを沈めると――

 最後に天高くピースを突き上げながら、声高らかに声を合わせるのだった。

 いつも μ's がライブ前に必ずかけていた声かけ。この声かけを絵里達が率先(そっせん)して始めたことの意味を穂乃果は深く受け止めていた。

 突き上げたピースの指の隙間から(まぶ)しいほどの光が降り注ぐ。

 そんな眩しい光に目を細めながら天を仰いでいた穂乃果の脳裏に、あのお姉さんの声が響いてきた。

 とは言え、たった一言だけ。それも彼女には何もしていないのに何故か――

「ありがとう」

 そう聞こえたのだった。

 その言葉の心意は謎である。だけど、それで良いのだと穂乃果は感じていた。

 今目の前に広がる光景。みんなの笑顔と一緒に探し続けていけば良いのだろう。

 きっと、みんなで叶えた物語の辿りついた最高の形で迎えたゴール。そこに答えが待っているんだと感じていたから。

 新たな決意とみんなの笑顔に包まれた9人に虹のかかった天から、柔らかな、温かな、そして光輝く眩しいエールが降り注いでいたのであった。

 

♪♪♪

 

 絵里達は確かに穂乃果に答えを導いてほしかった。新たな場所へと連れ出して欲しかった。だから穂乃果がお願いをしてきた時、首を縦に振るはずだった。

 だけど彼女達は首を横に振った。

 そして、それを見ていた海未達も同じ気持ちでいたから助け舟を出そうとはしなかった。

 それは穂乃果の瞳の奥に(ひそ)む、迷いや不安や恐れ。そんな感情の入り混じった曇りきった瞳と、紡がれた言葉と、頭を下げてまでお願いをする態度。

 すべてに対して首を縦に振ることを許せなかったからなのだった。

 彼女達は決して意地悪で首を横に振った訳でも、アイドルになることを辞めようと考えたからでもない。

 ただ純粋に、今の穂乃果のお願いを承諾することが彼女達には出来なかったのだ。

 きっと今の彼女のお願いを承諾したとしても、すぐに同じ危機が訪れると理解していたから。だから(かたく)なに拒否の態度を取ったのである。

 何故なら、彼女達は全員が穂乃果の瞳に――

 あの純粋に、ひたむきに、自分の進むべき道だけを見据(みす)えて。それだけの為に自分のすることは正しいと、間違っていないと、我がままだろうと押し通す瞳に惹かれていたのだから。

 それを思い出して欲しくて、敢えて無言で首を横に振った。思い出して欲しかったから、立ち上がって欲しかったから。だから何も言わずに彼女のことを見ていたのだった。 

 

 だけど彼女には伝わらない。それどころか俯いてしまう。

 涙を(こぼ)そうとしている、本当に諦めようとしている。だから絵里達は助け舟を出したのだった。

 誰かが(くじ)けそうになったら、誰かが倒れそうになったら。全員で励ましあう、全員で支えあう。それが自分達 μ's なのだと全員が感じていたこと。

 それにそんな結末(・・・・・)は全員が望んでいないから。だから手を差し伸べたのだろう。

 自分達が差し伸べられた、あの時の暖かな手(・・・・)のお返しに――。

 

♪♪♪

 

「……なるほどねぇ」

「……こんな話になったんだけど……」

 

 全員がアイドルを続けることに了承して、全員で今後のことを話し合った。

 と言うよりも、穂乃果の頭にはローカルアイドルをやると言う野望があったらしい。

 とは言え、いつもの突発的な思いつき。そしてその場で考えた野望だったのだが。

 彼女がそれを全員に提案すると、自然と全員から賛同してもらえたのだった。

 そして公平を()す為に、少なくとも花陽達の卒業までは続ける。

 もちろんその後も続ける可能性はあるのだけど、ひとまずの区切りとして花陽達の卒業までは続ける。つまり全員が同じスタートを切り、同じゴールを迎える。

 そんな公平さを穂乃果は望んでいたのだろう。

 そこに、さきほど見せたような彼女の姿はなかった。

 純粋に、ひたむきに、自分の進むべき道だけを見据えて、それだけの為に自分のすることは正しいと、間違っていないと、我がままだろうと押し通す瞳に、全員は満面の笑みを浮かべて賛同するのだった。

 

 こんな経緯を穂乃果は雪穂に対して話した。

 話が終わると、雪穂は難しい顔をしながら瞳を閉じて答える。

 その難しい顔があの時(・・・)の絵里達に重なって恐る恐る聞き返す穂乃果。もちろん穂乃果達のファンは雪穂だけではない。

 だけど彼女達にとって雪穂は、彼女達の1番身近な理解者の1人だと思っている。そんな身近な理解者が不満に感じている活動を、自分達が楽しんで行えるとは思えない。それはメンバー全員が感じていた。

 だから全員は固唾を飲んで雪穂の次の言葉を待ったのだが――

 

「それが、お姉ちゃん達の望んだことなら……私が何かを言える訳ないじゃん! 頑張って!」

「応援しています!」

 

 パッと花が咲いたような笑顔を浮かべながら、雪穂は対面する μ's に向かいエールを送った。隣で聞いていた亜里沙も笑顔でエールを送る。

 そんな2人のエールを受けて、安堵と喜びの入り混じった表情を浮かべる穂乃果達。

 すると――

 

「2人とも、ありがとう……それじゃあ、聞いてください!」

「……は?」

「私達、ローカルアイドル μ's の最初の1曲!」

「……えーーーーーーーーーーーーー!」

 

 優しげな微笑みを2人に浮かべて声をかけた穂乃果は、突然満面の笑みに表情を変えるとそんなことを言い出した。

 これには雪穂や亜里沙だけでなく、穂乃果以外のメンバーですら驚きの声を上げる。

 

「ちょ、ちょっと、穂乃果! 何なのですか? 最初の1曲って」

「私、何も聞いてないよぉ」

「あっ、いや……」

「……最初の1曲って、私が知らない間に決まっちゃっていたの? どうしよう、私知らないよ……誰か助けてー!」

「そうニャ! 凛だって知らないニャー!」

「……私も知らないんだけど? ほとんどのメンバーが知らないなんて、意味わかんない!」

「あっ、あのね?」

「ふーっ、そう言うことは事前に連絡しておいてもらわないと困るじゃない?」

「……カードのお告げもアテにならん時があるんやなぁ」

「まったく、みんなアイドルって言うのは、何時如何なる時でも臨機応変に対応するものよ?」

「……い、いやね?」

「それじゃあ、何? にこちゃんは知っているって言うの? 作曲している私でも知らないのに?」

「ふんっ! 知っている訳ないじゃない! ……と言うより、作曲関係ないじゃないの!」

「……あーのぉー」

「ど、ど、ど、どうしよう」

「か、かよちん落ち着くニャ!」

「もしもーし?」

「い、衣装、何も考えてないよぉ」

「作詞だって考えていませんよ?」

「あのですねー? ……?」

「……とりあえず、合宿よっ!」

「そうやねぇ、それが1番やね? だけど、その前に……」

「…………」

 

 順々に繰り広げられる会話に、本当のことを言うタイミングを逃して中々真実を言えないでいた穂乃果。

 ところが、段々と会話の流れがおかしなところへ進んでいることに気づいた彼女は疑問の表情でメンバーを見つめていた。

 すると、最後に言葉を繋いだ希が穂乃果を眺めながら、優しく――

 

「するべきことが、あるんとちゃう?」

 

 そう伝えるのだった。

 その言葉に穂乃果はメンバー全員の顔を見つめる。全員が同じように優しい微笑みを浮かべながら穂乃果を見つめていた。

 穂乃果は、そんなメンバーに苦笑いを浮かべると――

 

「……ごめんなさい。特に決めていませんでした!」

 

 そう謝罪をしながら頭を下げた。全員、穂乃果のことなどお見通しなのだった。

 

「それじゃあ、気を取り直して……」

「コレが、本当の私達……ローカルアイドル μ's の最初の1曲になります」

「えっ!?」

 

 頭を下げていた彼女の耳に、絵里と海未の声が聞こえてきた。

 驚いて顔を上げた彼女に、海未は微笑みを浮かべると、雪穂と亜里沙の方へ向き直り――

 

「とは言え、スクールアイドル μ's の曲なのですが」

「えっ? ……私、聞いてないよ?」

 

 そう付け加えた。自分が最初にしてしまったことではあるものの、実際に聞いていなかった彼女は海未に聞き返していた。

 すると、海未は優しく微笑んで――

 

「何を言っているのですか? 私達の始まりの曲と言えばアノ曲しかないでしょ?」

「……? あー! うん、わかった!」

 

 そう伝えるのだった。

 自分達の始まりの曲。その言葉に思い当たる曲が浮かんだ彼女は、すぐに笑顔を浮かべて納得するのだった。

 そんな彼女はメンバーと一緒に再び雪穂と亜里沙の前に整列をする。

 そして――

 

「では、聞いてください! 私達……ローカルアイドル μ's の最初の1曲! ――!!」

 

 声高らかにアノ曲のタイトルを宣言したのだった。

 

 アカペラヴァージョンで紡がれるメロディと彼女達の歌声と彼女達の新しい光り輝く場所へと走り出していくと言う表情。

 そして、彼女達の1番身近な理解者の2人の優しく微笑んで見守る表情。

 そんな暖かな希望に満ち溢れた空間に包まれながら――

 彼女達の新しいスタートダッシュが今、始まったのであった。



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Track 2 受け取るキモチ 繋げるミライ
活動日誌6 ゆうじょう・のーちぇんじ! 1


「うーん……」

 

 サプライズ歓迎会の次の日。

 以前の活動報告に書いた例のわだかまり(・・・・・・・)もなくなり、クラスメート達と友達になった予鈴前。

 そのあと授業が始まり、今は1時限目の授業が終わったばかりの時間だった。

 私は教室の自分の席に座り、机に頬杖(ほおづえ)をついて、目の前の黒板を眺めながら考え事をしながら(うな)っていた。

 私と亜里沙は昨日、正式にアイドル研究部への入部を果たした。つまり、晴れてスクールアイドルの道を歩き始めたのだった。

 だけど正直な話、決意と熱意だけが空回りを起こしている状態だった。

 そう、私達には何をすれば良いのかが見えていなかったんだと思う。

 もちろん身近にお手本となる先輩達はいる。聞けば親切丁寧に教えてくれるだろう。

 でも、それって違うような気がするんだよね? 何て言うのかな?

 確かに私と亜里沙はお姉ちゃん達に憧れている。お姉ちゃん達の背中を追いかけてこの学院に入学をして、スクールアイドルを目指している。

 だけど――

 別にお姉ちゃん達に何かを教わる気はない。

 いや、教わる気がないって言うのは嘘なんだけどさ?

 最初から教わってしまえば、それは私達(・・)のスクールアイドルとは言えない気がする。

 だって、お姉ちゃん達は何もないところから始めたんだから。

 とりあえずは、自分達で試行錯誤(しこうさくご)しながら――

 私と亜里沙の2人で話し合いながら、先を進むことを望んでいたのだった。

 

 今後の活動方針を自分なりに考えながら、黒板を眺めている私の視界の両脇から――

 突然肌色の壁(・・・)が映りこんだかと思うと、そのまま私の視界を(さえぎ)ってしまったのだ。

 そんな真っ暗な視界になった私の耳に――

 

「……だーれだっ?」

 

 とても楽しそうにそんなことを言ってきた、私の良く知る――

 ううん、きっとこれから1番近くで『聴き』続けていくであろう声が聞こえてきたのだった。

 

「……お疲れ、亜里沙」

「…………」

「……どうしたの――」

「なんで、わかったの?」

「……は?」

 

 とりあえず、亜里沙の文字通り――

 お手製の少し暖かなアイマスク(・・・・・)に、1時限目の授業と今、黒板を見続けていた疲労気味の目を(いや)していたかったのだけど?

 いや、たぶん亜里沙のことだから私が答えるまで手を離さないだろうし、ね?

 だけど次の授業の時間が迫っている教室内。私と亜里沙の仲を知っているクラスメートでも、ずっとこのままの状態では変な(かん)ぐりを起こしかねない。

 私は視界が真っ暗だから、周りのクラスメートの良からぬ表情を想像してしまっていた。

 いや、私と亜里沙に限って変な感情なんて芽生(めば)える、わ、け、ない、じゃん?

 いやいやいや、ないから!

 ――本当に、ないからね?

 

 そんなこともあるから、後ろ髪を引かれる思いで亜里沙に声をかけたんだよ。

 声をかけた瞬間、私の視界を遮っていたアイマスクは役目を終えると眼前(がんぜん)から離れる。

 私は明るさを取り戻して――まぁ、目の前には黒板が広がっているから黒には変わりはないんだけど?

 いつもの風景が広がる――はずなのに何故か時が止まっている錯覚に(おちい)る。いや、亜里沙が無言のまま後ろに立っていただけなんだけどね?

 

 私は気になって振り向きざまに「どうしたのよ?」と、亜里沙に問いただそうとしたんだけど――亜里沙がアノ表情(・・・・)を浮かべながら私に理由を聞いてきたのだった。

 だーかーらっ! その表情はやめてってばっ!!

 一瞬、気を抜いていたからゴメンナサイって言いそうになったじゃん!

 まぁ、踏みとどまれたのは単純に聞かれた理由が疑問に思ったからなんだけどさ?

 

 だって、誰だ? って聞いてきたんだよ? 亜里沙が!

 だから普通に亜里沙だってわかったから答えただけ。何? 私がわからないって思ったの?

 そりゃあ? 誰かが目隠しをして、亜里沙が聞いたのだったらわからないけど――さすがに手の平の感触までは覚えていないもん。

 でも普通に亜里沙だけで実行したのなら、声がわからないことはないんだけどね?

 他のクラスメートならともかく、亜里沙の声を間違える訳ないんだから。

 どれくらいの付き合いだと思ってんの? 別に時間の長さの問題じゃなくて――

 一緒に過ごした時間の濃さはお姉ちゃんと同じくらいに濃いんだからね。だから亜里沙の声なら絶対にわかると思うよ。

 色々な亜里沙の声を聞いてきた私。

 嬉しい声、悲しい声、驚いた声、怒った声、そして――決意の声。

 そんな色々な声を隣で聞き続けてきた私なんだから―― 

 

「……わからない訳ないじゃん!」

「そうなんだ……お疲れ様、雪穂」

 

 とりあえず正直に答えるのは恥ずかしいから、最後の部分だけを少し(おど)けて言い放つ。

 そんな私の答えを聞いて何を納得したのか知らないけれど、満面の笑みを浮かべて挨拶してきたのだった。 

 

 次の休み時間に、今度は私が目隠しをした理由を聞いてみた。

 そうしたら、いつものハラショー(・・・・・)な行動だったらしい。

 何かのマンガで描いてあったんだって! それを読んで、仲の良い友達や恋人の必須条件みたいに()り込まれていたらしい。

 ちなみにもう1つ、同じマンガで仕入れたのが『トントン……ツン』だったらしい。

 あっ、後ろから肩を(たた)いて、振り向きざまに人差し指で頬を突くってヤツね? まぁ、不意打(ふいう)ちでされても対応に困るから――

 

「やったら……食べるよ?」

 

 って、言っておいた。

 当然何を食べるのかって聞いてきたんだけど、私は平然と――

 

「亜里沙の()

 

 って、答えておいた。

 あぁ、コレね? 私も昔、クラスで流行(はや)ったことがあってね?

 お姉ちゃんに実行してみたの。どうなったと思う?

 肩を叩いて、お姉ちゃんが振り向いたから頬を突いた――そこまでは成功したんだけど?

 そうしたら、いきなり私の手を(つか)んで人差し指を口に入れたんだよ?

 なんかお腹すいていたからとか訳のわからない理由で!

 それ以来、私はやらなくなったから効果(こうか)あるかな? って思って言っただけなのに――

 亜里沙ったら、やってもいないのに私の前に人差し指を差し出してきた。それも顔を真っ赤にしながら。

 あのね? 私は、やらないで! って意味で言ったのですが?

 これもハラショーな行動なんだと感じていたのだった。

  

 最初は、恐る恐る差し出してきていた人差し指も――

 途中から目を瞑って、決死の表情をしながら私の口元に向かって侵攻(しんこう)してきた。このまま口を開けるだけで()()がれそうな勢いで!

 と言うか、亜里沙は目を瞑っているから距離感が掴めていない。

 当然ながら暴走機関車の(ごと)く、ブレーキ機能が(そな)わっていないのだ。

 ならば、どこかで制止させるしかない!

 意を決した私は――亜里沙の暴走を文字通り食い止める(・・・・・)べく、人差し指を口の中で包み込んだ。

 目を瞑っている亜里沙も人差し指に伝わる私の体温を感じて、侵攻を()めると同時に目を見開いた。

 確かに、亜里沙の人差し指による侵攻は食い止めることが出来た。

 だけど、その代わりに――別の勢力による侵攻が私に(おそ)い掛かる。

 そう、恥ずかしさ(・・・・・)と言う勢力の侵攻により私の心は完全制圧されてしまったのだった。

 まぁ、そもそもの話――普通に手で抑えれば良い話なんだけどね?

 なんとなく口に入れてみたかったのかな? よく覚えていないや。

 

 私が口を開けると、亜里沙は私の口の中から命からがら人差し指の救出に成功する。私も敵軍撤退(てきぐんてったい)が目的だったから成功と言えるだろう。

 だけどお互いかなりのダメージを負っていた。しばらく顔を真っ赤にしながら俯いてしまうくらいに。

 こんな恥ずかしいことを、平然と(おく)せず実行したお姉ちゃんは何者なんだろう?

 熱い顔の火照(ほて)りを冷ましながら、そんなことを考えていたのだった。

 

 だけど、それ以上に目の前で自分達ですら恥ずかしくなる行動をしていたと言うのに、周りの反応は普通通りだったことの方が考えさせられてしまう。

 まぁ、冷やかされたり、距離を置かれたりするよりはマシだけど?

 普通のスキンシップに思われているのかな?

 私達なら指咥え(これくらい)しても何も不思議ではないの? いや、あれで?

 だーかーらっ! 私と亜里沙に限って変な感情なんて芽生える、わ、け、ない、じゃん?

 いやいやいや、ないか、ら、ね?

 ――本当なんだもん。

 そんな周りの普通の反応も相まって、余計に恥ずかしさを覚えていたのだった。

 

♪♪♪

 

「うーん……」

 

 次の休み時間。

 さすがに冷静さを取り戻した私は、朝と同じように今後の活動方針を考えながら黒板を眺めて唸っていた。

 

「どうかしたの、雪穂――」

 

 私と同じく、冷静さを取り戻した亜里沙は私の前まで歩いてくると聞いてきた――

 

「前の前の休み時間から悩んでいるみたいだけど?」

 

 って、時間差ですか?

 まぁ、亜里沙らしくて良いんだけどね?

 そんな風に思いながら苦笑いを浮かべると――

 

「あー、うん……私達のスクールアイドル活動に必要なものをね?」

「必要なもの……確かに必要だよね?」

「――えっ? 亜里沙はわかってるの?」

「――えっ? 雪穂はわからないの?」

 

 私の悩みを亜里沙に投げかけた。だけど、亜里沙はわかっているような口ぶりで私に返答してきた。

 わかっていない私は、驚きの表情を浮かべて亜里沙に聞こうとした。すると、亜里沙は私がわかっていると思っていたらしく、同じく驚きの表情を浮かべて聞き返してきたのだった。

 

「……ごめん、亜里沙。わかんないから考えていたんだけど?」

「そうなの? てっきり、どうやって声をかける(・・・・・)のか悩んでいたんだと思っていたから」

「? ……ねぇ? 声かけるって、お姉ちゃん達に?」

「――えっ? なんで?」

 

 実際にわからないから考えていたと伝えると、こんな答えが返ってきた。

 声をかける? 誰に? と言うか、必要なものって誰かに聞くことなの?

 そんなことを思っていた時、私の脳裏に1時限目の休み時間に否定した考えが浮かんだ。

 でも、これは私だけの考えじゃなかったはず。だって、あの時――

 お姉ちゃんの目の前で宣言したんじゃなかったの? 私達のスクールアイドルを目指すって?

 と言うよりも、2人で話した時に決めたよね? とりあえず、自分達だけで頑張ってみようって?

 私は少しムッとした。

 亜里沙にとって私は何なのだろう。確かに頼りにならないかも知れないけれど、少なくとも一緒に歩いていくのは私だ。そんな私と決めたことを無視するの?

 そして――

 お姉ちゃん達は亜里沙の言葉を聞いて、私達だけのスクールアイドルを了承してくれたんだよ? もちろん、お姉ちゃん達だって聞かれれば教えてくれるとは思う。

 だけど、何もないところから積み上げてきたお姉ちゃん達の苦労や努力を――そんな簡単に教えてもらうのって、凄く失礼なんじゃない?

 

 私は、そんな感情を抑えられず怒気(どき)の含んだ声色で聞き返していた。

 ところが、言われた当の本人は的を得なかった答えを聞いたような――弱冠(じゃっかん)(ほお)けた表情をしながら聞き返してきたのだった。

 

 

「……違うの?」

「……ねぇ?」

「な、何?」

「……私達って、穂乃果さん達に聞かないとクラスメートに声もかけられないの?」

「……は? ……どう言う意味?」

 

 私は心意が知りたくて聞いてみたんだけど、今度は亜里沙が少し怒気を含んだ声色で聞き返してきた。

 そんな亜里沙の声色に私が緊張した声色で聞き返すと――

 途端にアノ表情に変化して悲しそうに聞いてくるのだった。

 はい、ごめんなさい――そうじゃなくて! 何? クラスメートって??

 どこから出てきたのよ???

 そんな表情で疑問を投げかけると――

 

「だって……私達のスクールアイドルの活動に必要(・・)だから、高町さん(・・・・)に声をかけようとしていたんだと思ったから」

 

 そんなことを言ってきたのだった。



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活動日誌6 ゆうじょう・のーちぇんじ! 2

 つまり、亜里沙は――

 スクールアイドル活動に必要なことが、クラスメートの高町さんに声をかけることだと考えていたらしい。

 亜里沙の言った『高町さん』とは――私達と同じ、スクールアイドル μ's のファンであり、入学前から私達のことを知っていた彼女(・・・・・・・)のことだ。

 

 フルネームは高町 涼風(たかまち すずか)さん。

 その名前にふさわしい、涼しげな(たたず)まいに()える長い黒髪。

 凛とした物腰は、どことなく海未さんの雰囲気に似ていると感じていた。

 だけど海未さんと同じく、柔らかな物腰も()(そろ)えているから、私達とも気さくに接してくれている。

 まぁ、お姉ちゃんの話では海未さんは凄く人見知りが激しかったみたいだけど? お姉ちゃんに振り回されている内に克服(こくふく)できたらしい。

 お姉ちゃんにかかれば、そんなことを気にしていられないのかも? なんてね。

 

 そして、高町さんは――

 ううん、正確には高町さんと亜里沙は1年生の中での人気ランキングのトップ2だってクラスの友達に聞いた。

 ――あの? 私達って、まだ入学して3日目なんですけど?

 でも、まぁ? そこは、うら若き乙女ですから、仕方がないことなのかもね?

 確かに私はともかく、亜里沙と高町さんが一緒に活動すれば学院内なら注目度は上がるかも知れない。

 何より、同じ μ's のファンである高町さんなら気が合いそうだし、誘ってみる価値は理解できる。

 

 ――だけど亜里沙は何でそんなことを思いついたんだろう。

 私はこれからの活動方針として、レッスンとかの面について考えていた。

 でも、亜里沙はメンバーを増やすことを考えていた。そしてそれが私達にとって必要なことだと思っている。

 自分では理解できない考えだったから、亜里沙の心意を知る為に彼女に聞いてみることにしたのだった。

 

「ねぇ、なんでメンバーを増やそうと思ったの? それに、それが必要って?」

「えっ? ……だって、スクールアイドルって3人なんじゃないの?」

 

 私は率直(そっちょく)に亜里沙に聞いてみたのだけど、亜里沙らしいハラショーな発言が返ってくるのだった。

 私はその発言を受けて苦笑いを浮かべると――

 

「いや、別に3人(そろ)わないとダメってことはないんだよ? 実際、他のスクールアイドルは3人じゃないグループもあるし」

「……ハラショー!」

 

 優しく亜里沙に伝える。

 それを聞いた亜里沙は例の如く、目を見開いてお決まりの台詞を言い放つのだった。

 

 確かに私も亜里沙も、スクールアイドルそのものを見続けてはいなかった。

 そして、どちらかと言えばお姉ちゃん達と――同じ地区のスクールアイドルで、お姉ちゃん達のライバルである A-RISE(アライズ)くらいしか知らないのだった。

 まぁ、スクールアイドルを目指すんなら周りも見ないといけないんだろうけど?

 とりあえず私達は見ていなかったんだよね。

 お姉ちゃん達 μ's は、去年で言うと――各学年に3人在籍メンバーがいた。加入時期的にズレは生じるけどね?

 更に A-RISE も3人編成だった。

 だから、亜里沙はスクールアイドルとは3人編成が基本なのだと思っていたみたい。

 まぁ、私も良くは知らないけれど、知っている人達が偶然3人だっただけで――他の人数のスクールアイドルも、前のラブライブ! の大会や合同ライブで見たような気がするから、そう教えてあげたのだった。

 

「でも……」

「……まぁ、私も別に亜里沙の考えは良いと思うよ? でも、高町さんが一緒にスクールアイドルをやってくれるかは彼女の意思だから……聞いてみるだけね?」

「雪穂……ありがとっ」

 

 亜里沙はスクールアイドルが3人でなくても大丈夫だと知っても、まだ異を唱えようとしていた。

 たぶん亜里沙は純粋に高町さんと一緒に活動がしたいんだろうと思った。

 でも、それは私も思ったこと――

 もちろん、私も亜里沙も2人で活動することに不満はないし、それでも良いと感じている。

 だけどそれとは別に、高町さんと3人で活動をしていきたいと感じているのも事実なのだ。

 

 高町さんは海未さんに雰囲気が似ている。そして、亜里沙はことりさんに雰囲気が似ていると思う。

 まぁ、私はお姉ちゃんほどリーダーシップが取れる訳じゃないけど?

 お姉ちゃんのようになりたいと思っている。

 そして――

 私の知る限りの人達は、お姉ちゃん達と同じような雰囲気の人達の集まりになっているって思っていた。

 リーダーシップを取れる人。

 優しく包み込んでくれる人。

 そして、そんな2人をキチンと律してくれる人。

 だから私達2人には、高町さんのような人が必要なんだろう。

 お姉ちゃん達の背中を見続けていた私には、そんな考えがあったのかも知れない。

 だから亜里沙が高町さんと言った瞬間――私も彼女と一緒にできたら良いと思ったのだった。

 とは言え、それは私達の考え。高町さんには関係のない話だ。

 断られても仕方のない話――まぁ、お姉ちゃんは真姫さんに数回アタックして玉砕(おことわりします!)しても諦めなかったらしいんだけど?

 さすがに、1日中顔を合わせる相手に嫌われるのは勘弁(かんべん)だからね? 1回だけ聞いてみるって話で亜里沙の意見を了承した。

 亜里沙はそんな私の答えを聞いて微笑みながらお礼を述べるのだった。

 

♪♪♪

 

 昼休み。

 私と亜里沙は昼食を済ませると、高町さんの様子を(うかが)いながら、彼女が昼食を終えたのを見計らって彼女の前まで歩いていった。

 

「高町さん……」

「……雪穂さんと亜里沙さん。どうかしたの?」

 

 私が声をかけると高町さんは顔を見上げて微笑みながら返答した。

 ちなみに彼女が私達を名前で呼ぶのは――お姉ちゃん達のことも話すことがあるから混同(こんどう)しない為なんだって。

 まぁ、友達になれたと言っても、さすがに入学して3日で名前を呼び合えるほど仲も良くなれていないしね?

 

「今、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫だけど?」

「あのね? 私達、アイドル研究部に正式に入部したんだけど……」

「――あぁ! 昨日高坂さんが来たのって、そう言うことだったのね?」

「……うん、お恥ずかしながら……」

「素敵なお姉さんだと思うわよ?」

「ありがとう」

 

 私は高町さんに彼女の都合を聞いてみた。ほら、彼女の予定を邪魔できるような話でもないしね? 

 とりあえず大丈夫そうなので、本題を切り出すことにした。

 一応、話の流れ的に私と亜里沙が入部をしたことを話すと、彼女の口から昨日の話が出てくる。私は昨日のお姉ちゃんの行動を思い出し、恥ずかしくなって彼女に伝える。

 するとフォローを入れてくれたので、苦笑いを浮かべてお礼を告げたのだった。

 お姉ちゃん達のファンなんだし、悪くは言わないだろうけどね?

 

「それでね?」

「うん?」

「私達と一緒にスクールアイドルをやってみないかな? って思ったんだけど」

「……えっ?」

「あっ! 無理にって訳じゃないんだけど……お姉ちゃん達のファン同士、一緒に活動できたら嬉しいかなって思っただけだから」

「…………」

「……もしかして、スクールアイドルに興味はなかった?」

「……そんなことはないわよ?」

「そっか……良かった……どうかな?」

 

 雰囲気的に話がしやすそうだったから、そのままの流れで単刀直入(たんとうちょくにゅう)に聞いてみる。

 一緒にやらない? と聞かれた彼女は驚きの表情とともに声を発した。

 確かに、私達は知り合って3日目だ。お姉ちゃん達のファンだと言う共通点(・・・)があったとしても突然一緒にやろう! って言われて2つ返事で承諾(しょうだく)なんてしないだろう。

 あっ、ココでの重要な部分は付き合いが長くない(・・・・・・・・・)こと前提ですからね?

 突然、一緒にスクールアイドルをやろう! って言われたことじゃないので誤解(ごかい)しないでくださいね! ことりさん?

 

 だから自分の素直な気持ちを彼女に伝えたんだけど、彼女は私と亜里沙をジッと見つめながら無言になってしまっていた。

 その無言が不安になって、私はスクールアイドルに興味があるのかを訊ねる。

 いや、お姉ちゃん達のファンが全員(・・)スクールアイドルを目指している訳じゃないからね? それくらいは理解しているし。

 だけど彼女は肯定した。その言葉を聞いて私は安堵しながら、答えを促したのだった。

 だけど、彼女は悲しそうな顔をして――

 

「……ごめんなさい」

 

 そう答えたのだった。

 いや、彼女が謝ることでもないんだけど。勝手にお願いをしたのはコッチな訳だしね?

 だから、私は苦笑いを浮かべながら――

 

「あっ、変なこと聞いてゴメンネ? 忘れて? それじゃあね……」

「――あっ! ……ううん」

 

 そう彼女に告げると、亜里沙の手を引っ張って自分の席に戻ろうとしたのだった。

 その時、足早に去ろうとした私達に何かを言おうとした彼女だけど――私が振り返ると、目を瞑って首を横に振っていた。

 だから私と亜里沙は再び歩き出した。たぶん、その場に居座(いすわ)れば彼女が辛くなるから――そう感じて教室を離れることにしたのだった。

 

♪♪♪

 

 その日の放課後。

 私達はアイドル研究部の部室を目指して歩いていた。今日から本格的な活動を始めるから。

 そんな希望に満ちた初日のはずだったんだけど――私と亜里沙の足取りは非常に重かった。

 いや、別に体育の授業があった訳じゃないよ? あと、アイドル活動がイヤになった訳でもない。

 活動方針が決まっていないからでもない――まぁ、そこは少しは気にしているけどさ? 活動の時点で決めれば良い訳で。

 私と亜里沙が気にしていたのは高町さんのこと(・・・・・・・)だった。

 別に、断られたことじゃないからね?

 そりゃあ、まぁ? 少し――いや、かなり残念だけどさ?

 それは彼女の自由だし、私達が何か言える話じゃないから。

 だけど、私の誘いを断ってから、高町さんは私達を避けるようになった。

 午後の休み時間毎に何処かへ出て行ってしまう。そして、HRが終わると気づく前に帰ってしまっていたのだった。

 

 私達と高町さんは2日前に知り合ったばかりだ。

 そして今日の朝――お互いのすれ違いを解消して、晴れて友達になったのだった。

 確かに、お姉ちゃん達のファンと言う共通点はある。

 だけど目指している到達点は違ってもおかしくはない。

 きっと、私は――私と亜里沙は自分達の価値観で彼女を見ていたのだろう。

 お姉ちゃん達のファンならスクールアイドルを目指しているだろうと。

 

 彼女に悪気はない。

 単純に私達に申し訳ないと感じているんだろう――そんなことは全然ないのに。

 だから、顔を合わせるのに抵抗があるんだと思う。

 私は今の現状(げんじょう)を、昨日の私達とクラスメート達のように思えていた。

 高町さんは、まさに昨日の私達だ。まぁ、私達は避けていた訳じゃないんだけどね?

 そう、あの時考えたこと。このままだと平行線を辿って私達はわかりあえないんじゃないかって思う。

 せっかくお姉ちゃんが壊してくれた壁を私が作ってしまったのではないか?

 そんなことを考えて気が重くなっていたのだった。

 隣を歩く亜里沙は、私が落ち込んでいるから一緒に落ち込んでくれている。

 私達2人で考えた活動方針だったのだから。

 明日は何とか彼女と話をして、これからも友達として接していければ良いな?

 そんなことを考えながら部室への道を歩いていたのだった。

 

♪♪♪

 

「「お疲れ様です!」」

「あっ、お疲れニャ!」

「お疲れ様」

 

 私と亜里沙は部室の扉を開くと、中にいた凛さんと真姫さんに声をかけた。

 椅子に座ってくつろいでいた2人は挨拶を返す。

 花陽さんはアルパカの世話をしているのだろう。

 まだ、部室には見えていなかった――少し気になって私はキョロキョロと周りを見渡していた。

 まぁ、あんなサプライズは昨日だけの話だろうけどね?

 自分の行動に苦笑いを浮かべて、私達も椅子に座るのだった。

 凛さんの話によれば――今日はお姉ちゃん達は部活に来れないらしい。

 そろそろ部活説明会があるから、直前に行う部長会議の準備に追われているらしい。

 私は、ふいに部活(・・)と言う言葉に顔を曇らせる。

 不思議そうに見つめる凛さんと真姫さんに気づいて苦笑いを浮かべるのだった。

 始める前は何も考えずに、ただ入部したかっただけなのに――今は入部したことが重荷になっていた。

 活動方針のこと。

 高町さんのこと。

 色々なことが私の脳裏に渦巻(うずま)いていた。

 もちろん、そんなことは口に出してはいけないことだから誰にも言わないけどね?

 だから、それ以降は普通に笑いながら会話に参加していたのだった。

 



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活動日誌6 ゆうじょう・のーちぇんじ! 3

「お疲れ様」

「「お疲れ様です!」」

「かよちん、お疲れニャ!」

「お疲れ様……どうだった?」

「うん……特に変わったところもなく普通だったよ?」

「そう?」

 

 私達が普通に会話をしていると、扉が開いて花陽さんが入ってきた。

 私達はそれぞれ挨拶をすると、最後に真姫さんが訊ねた。どうやら、アルパカの様子を聞いていたらしい。

 自分が赤ちゃんに気づいたからなのか、けっこう気にしているみたいだった。

 問題ないことを知るとホッとした表情を浮かべて答えていた。

 まぁ、昨日も花陽さんに聞いていたから毎日聞いているんだろうけど、そんなに変化はないと思いますよ?

 とは言え、律儀(りちぎ)な性格の真姫さんらしい話なんだと思いながら彼女を見ていたのだった。

 

♪♪♪

 

 花陽さんが椅子に座り、また少しの間――雑談を始めていたのだった。

 私は不思議に思っていた。

 今日、お姉ちゃん達は生徒会の仕事で来れないはず。ならば待っていても仕方ないのではないか?

 確かに昨日のサプライズ歓迎会で正式に6人でスタートを切ることを宣言した。いや、ローカルアイドルの方が印象が強くて、書いていなかったんだけど?

 スクールアイドルとしての μ's を、おしまいにすると言うことは――つまり、そう言う話だから。

 だから初日は6人で活動したいのかも知れない。

 だけど、お姉ちゃん達の予定は元々入っていたのだろう。なのにそれ(・・)を理由で活動を再開しないのは変だ。

 そして私達は、お姉ちゃん達とは別のスクールアイドルなんだ。だから別に私達が付き合うのもおかしな話だと思う。

 もし、仮にお姉ちゃん達を待っている――6人で活動を開始する為の雑談なら、花陽さん達は私達に理由を話して先に練習に行かせるだろう。

 でも、それをしないで私達は一緒に雑談をしている。

 もしかして、またサプライズ? 私は周りを気にしながら、会話に参加していたのだった。

 そんな時――扉をノックする音が部室内に響いた。

 

「……どうぞ?」

「……し、失礼します」

 

 1番扉に近い花陽さんが歩いていき、扉を開けて誰かを部室へ手招いた。

 すると、か細い緊張した声色で返事をする――高町さんが中へ入ってきたのだった。

 私と亜里沙は驚きの表情で彼女を見ている。

 そんな私達に申し訳なさそうな表情で一礼して、隣の席に座った。

 

「……き、今日からアイドル研究部に入る……た、高町涼風です。よろしくお願いしますっ!」

 

 席に座ると彼女は花陽さん達と私達を見つめて挨拶をした。

 えっ、だって、スクールアイドルにならないんじゃ?

 そこまで考えて、また私の価値観で彼女を見ていたことに気づく。

 そうだ――

 別にスクールアイドルにならなくても入部できない訳じゃない。それは前に私が思ったことだった。

 それに――

 彼女がスクールアイドルを目指していないとも限らない。ただ、私達と一緒に目指さないだけなのかも知れない。

 実際に亜里沙だって元々は μ's に入ろうとしていたんだから。

 そもそも冷静に考えれば――

 お姉ちゃん達が μ's を9人だけのものにしたから、私達は私達だけでスクールアイドルを目指したのだけど――6人になったのなら、後から加入しても問題ないのかも知れない。

 もしくは、ソロで活動したいのかも知れない。

 自分でメンバーを集めて活動したいと言う考えもある。

 学年単位で複数のスクールアイドルを(ゆう)しても特に問題はないだろうから。

 だから私達の誘いを断っただけ――それだけの話だと思った。

 だって私達に遠慮する必要なんてないんだもん――そんな風に結論を出した私は彼女に微笑みを浮かべた。

 私の表情を見た彼女は、少しだけ安堵の表情に変えて私を見ていたのだった。

 

 ところが――

 

「それじゃあ、今日から3人(・・)は同じユニットで活動するんだよね? 頑張ってね?」

「凛達もフォロー入れるから、安心するニャー!」

「まぁ、みんな付いているから自分達の出来る範囲で頑張って?」

 

 花陽さん達は私と亜里沙――そして、高町さんに向かって同じユニットで頑張ってと言葉をかけた。

 えっ! いや、私と亜里沙はともかく高町さんもって?

 そんな驚きを覚えた私と亜里沙は彼女を見たのだが――

 

「ありがとうございます。頑張ります」

 

 高町さんは嬉しそうに、答えていた。

 

「えっ? あの……花陽さん?」

「どうしたの? 雪穂ちゃん」

「私と亜里沙はともかく、高町さんは――」

「――あっ、あのね? 雪穂さん……」

 

 とりあえず、誤解は解いておこうと花陽さんに声をかけたのだけど――

 私が「高町さんは違います」と伝える前に、少し(あせ)り気味な彼女自身に声をかけられた。

 何がなんだかわからなくなっている私を見て――

 

「……それじゃあ、私達は少し席を外すから3人で話し合って?」

 

 花陽さんが微笑みながら、そう言って席を立ち部室を出ようとする。

 それに倣い、凛さんと真姫さんも立ち上がり、私達に笑顔で手を振ると部室を出て行くのだった。

 まだ、この部室に馴染(なじ)んでいない新入生3人だけの空間はどことなく落ち着かない感じがした。

 そんな落ち着かない空間を変えようと、静まり返っていた空間の中――高町さんが緊張した面持(おもも)ちで口を開くのだった。

 

♪♪♪

 

「……お昼休みはごめんなさい。突然でビックリしてしまって」

「それは良いよ? 私が悪かったんだし」

「あの時は、あんなこと言っちゃったんだけど……凄く嬉しかったの。誘ってくれたこと」

「そんなことは……」

「実はね……私もスクールアイドルになりたくて音ノ木坂学院に入学したの」

「そうなんだ?」

「それで、一昨日の入学式で貴方達を見て……すごく嬉しかったんだ? 私も μ's のファンだし、一緒にスクールアイドルが出来たらなって思ったの」

  

 最初こそ申し訳なさそうに話していたけれど、自分の話になった途端、本当に嬉しそうな表情で話してくれた。   

 ところが、一変――

 

「だけど、凄く不安にもなっていたの。私は部外者(・・・)だから……受け入れてもらえるんだろうかって……」

 

 悲しい表情で言葉を続けた。

 部外者――確かに私達はファンの人達からすれば身内だけど、お姉ちゃん達はそんな偏見(へんけん)は持たないだろう。

 と言うよりも、私と亜里沙だって身内特権(えこひいき)なんて願い下げだ。

 そもそも μ's だって、最初はお姉ちゃん達3年生以外は部外者みたいなものだったのだから。彼女にそんなことを言える義理はないのだと思う。

 だけど、やはり私と亜里沙が身内(・・)なのは事実なのだから彼女からすれば、そんな風に感じてしまうのだろう。

 

「そんなことを考えていたから不安だったんだけど……」

 

 ここまで言った彼女は、ふと笑顔に変わり――

 

「今日の朝に話をして、やっぱり一緒にスクールアイドルをやりたいって思えたの」

 

 そう繋げた。

 私と亜里沙とのすれ違いの話――私と亜里沙だけじゃなくて、お互いの距離が近くなっていたんだと思えて私も嬉しくなっていた。

 

「それでも、やっぱり……どう声をかければ良いのか、わからなくって……」

 

 どうやら、こんなところも私達――はいはい、嘘ついてゴメンナサイ。

 亜里沙と同じだったようだ! ですね?

 どーせ、私は全然考えていませんでしたよーだ!

 

「それに、不安もまだ拭いきれていなかったから、雪穂さん達が声をかけてくれた時には、まだ入部届を出していなかったの」

 

 は?

 

「そんな時に先に手を差し伸べてくれたから、凄く嬉しかったんだけど……」

 

 え?

 

「ごめんなさい。あの時、私はアイドル研究部の部員じゃなかったから……」

 

 そんなことを彼女は申し訳なさそうに告げるのだった。

 つまりは、こう言うことらしい。

 彼女は今朝の私達との会話で一緒にスクールアイドルをやろうと思い直した。とは言え、どう声をかければ良いのかわからなかった。

 そして、まだ受け入れてもらえるかと言う不安が残る。そんな板ばさみになりながら入部届を提出していなかった。

 そんな時、私達から誘いを受ける。驚きながらも凄く嬉しかったから、承諾しようと思ったのだけど――自分はまだ入部届を提出していない身分。

 部員でもないのに簡単に承諾できない。だから、ごめんなさい――そう言うことだったようだ。

 

 だけど、私達が手を差し伸べたことにより――彼女自身、()()りがついたのだと言う。

 午後の休み時間を利用して、職員室に行き先生から入部届を受け取った。

 そして担任の先生に提出して、花陽さんに提出を終えて、無事入部を果たしたのだった。

 休み時間毎に姿が見えなかった理由はこんなところだったんだって。

 そして、HRが終わってすぐに帰ったのは――練習着を買いに行ったのだと言う。

 まぁ、今日は体育がないからジャージもなかったしね?

 

 そんなことを話してくれた彼女を、私と亜里沙は呆然と見つめていた。

 またまた、すれ違いの結果だったんだね?

 彼女が話を終えたから、私と亜里沙も今日の悩み事を打ち明けた。

 私達の話が終わると、誰からともなく吹き出し笑いをしていた。

 さっきまでの落ち着かない雰囲気は、いつの間にか――とても暖かな馴染んだ空間へと変わっていたのだった。

 

「今、戻ったよ? ……はい、これ」

「……はいニャー!」

「今日は私達からの奢りよ? 遠慮なく飲んでちょうだい」

「「「ありがとうございます!」」」

「まぁ、涼風ちゃんの歓迎会は日を改めてってことでね?」

「ありがとうございます」

 

 暖かな空間になり、会話が途切れると――

 花陽さん達が戻ってきて、私達にジュースを差し出した。

 ――たぶん、表で様子を伺っていたのだろう。

 だって、昨日のジュースより少し温くなっていたから。

 でも、この暖かな空間によるものだと思っておくことにして、お礼を言って飲み始めたのだった。なんてね。

 

♪♪♪

 

 私が感じていること、考えていること。

 それは私にしかわからないことなんだと思う。

 そして、亜里沙には亜里沙の――高町さんには高町さんの感じていることや考えていることが存在する。

 私は超能力者じゃないんだから、他人の思考なんてわかるはずはないんだ。

 今回の件――昨日の話もそうだけど、自分だけで考えていても始まらないんだと気づいた。

 そう――

 自分だけで考えているから、私達はシュンとなっていたんだと思う。

 最初から話をして、話を聞いていれば、こんなことにはならなかったんだろう。

 好きなものは同じだし、素敵と思えるものだって同じだろう。

 だから、私達は友達なんだと思っている。

 

 そして、友情に時間なんて関係ない。

 友情に大切なのは相手だけ――

 お互いが友達だと思えば、それだけで友情が生まれるんだ。

 もちろん衝突することはあるだろう。

 でも、それで良いんだと思っている。

 私と亜里沙だって、何度も喧嘩をしてきた。

 お姉ちゃん達だって、衝突はあったのだろう。

 でも――

 それで友情が変わったりなどしなかった。

 ますます仲が良くなったのかも知れない。

 変に気遣いをして、すれ違うよりはマシだとも思うから。

 お互いがお互いに本気でぶつかる――

 それがあってこその目指すべき場所なんだとも思うから。

 

 今、この時点から私達は3人で進んでいく。

 私と亜里沙と高町さん。ううん――

 

「……これから、よろしくね? ……涼風?」

 

 彼女に笑いながら、涼風と名前で呼んで手を差し伸べた。

 そんな私に微笑みながら涼風は――

 

「よろしく、雪穂……亜里沙」

「よろしくね? 涼風ちゃん」

 

 手を差し伸べると握手を交わす。

 そして、亜里沙とも握手を交わしたのだった。

 そんな私達3人のことを懐かしむように花陽さん達が眺めていた。

 花陽さんと凛さんは元々の友達だったそうだけど、真姫さんは μ's に入ってから仲が良くなったらしい。ちょうど私達の関係に似ている。

 だけど1年経った3人の雰囲気は昔からの友達のように思える。

 つまり、時間の長さではなく濃さなんだと改めて感じていた。

 私達も来年の今頃には、花陽さん達のような雰囲気が出ていると良いな?

 そんなことを考えながら、涼風と亜里沙を眺めていたのだった。




Comments 涼風

私、入ったばかりなんですけど星空さんから――
「早い段階で部に慣れるには活動報告を読むのが良いニャ!」
と言われたので、読んでみました。

まずは、誘ってくれてありがとう。
やはり雪穂は高坂さんの妹なんだな? って感じていました。
たぶん、手を差し伸べてくれなかったら入っていなかったかも知れません。
本当にありがとう。

私から2点だけ教えておくと――
ランキングの話。学院に通っている私の中学の同級生から聞いたんだけど――
確かに亜里沙と私は同率らしいんだけど、実はダントツトップは雪穂なんだって?
ただ、本人に言わなかっただけだと思いますよ?
それと2人の行動は、何をやっても絵になるから普通に見ていただけですからね?
改めて、これからよろしくお願いします。


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活動日誌6.5 これからのさむでぃ! (涼風プロローグ)

タイトル通りオリジナルキャラ
高町涼風視点のプロローグになります。

この話のラストが、前話の雪穂達のスクールアイドルへの誘いの場面へと
繋がっていると思ってください。
尚、この話は本来ボートラ扱いですので Comments はありません。

後書きにて彼女のプロフィールを載せておきますので
併せて目を通していただき、彼女の雰囲気を感じ取っていただけたら幸いです。


 私、高町 涼風(たかまち すずか)。国立音ノ木坂学院の1年生。

 この春、期待と希望に満ち溢れて音ノ木坂学院に入学をしたのだけれど。

 入学式から数日経った今、私は不安と心配を胸に学院生活を送っているのだった。

 

 元々、アイドルが好き――と言うよりも、歌って踊れるアイドルが好きだった。

 見ているだけで幸せになれる。元気になれる。そして、自分も同じように歌って踊りたい。

 そんな風に憧れていられる存在のアイドルが好きだった。

 そんな風に好きだから、習慣的(しゅうかんてき)に見ていたアイドルの動画。

 たまたま A-RISE の動画を見てファンになったのが、スクールアイドルを知った(・・・)キッカケ。

 だけど、彼女達の歌と踊りは洗練(せんれん)されすぎている。

 頑張ってみても自分には真似ができない――自分の壁を知り挫折(ざせつ)しかけていた。

 そんな風に(ふさ)ぎ込みながら、日課(趣味)のスクールアイドルの動画を見ていた時――

 画面の向こうに、まだ3人の頃(・・・・)の μ's の動画が映し出されていたのだった。

 

 お世辞にも上手とは言えない踊りと歌。だけど A-RISE では感じていなかった胸の鼓動を感じていた。

 きっと自分の求めていた――憧れていた歌と踊りはコレ(・・)だったのだと確信する。

 A-RISE の歌と踊りはレベルが高いから真似ができないのではなく、周囲の人達を魅了(・・)するものなのだろう。

 きっと、彼女達にしか生み出せないものだと思う。だから、自分が立ってはいけない領域(りょういき)なんだと感じていたのだった。

 だけど自分が求めていたものは、彼女達と同じように歌って踊りたい。

 自分も他の人達へ色々な想いを届けたい。

 想いを繋いでいきたいものだから。

 3人の動画を見て、同じ領域に立ってみたい――そんな気持ちが芽生えていたから、ファンとして1年間彼女達を見続けてきたのだと思う。

 

 動画を見続けていくうちに μ's のメンバーが増えていくのは、とても嬉しかった。

 彼女達の動画再生数やコメントが増えていくのも嬉しかった。

 だって、私が感じたこと。思ったこと。そう言うもの全てが周りの人達も共感してもらえたのだと思ったから。

 もちろん、私の勝手な解釈(かいしゃく)だろうし、彼女達の功績(こうせき)でしかないのだけれど、嬉しく感じていたのだった。

 

 最初は普通に動画だけを見て応援していたのだけれど、彼女達は地元(・・)のスクールアイドル。

 動画だけではなく、実際に私が行っても平気なライブには、何度も足を運ぶようにもなっていた。

 その際に良く見かけていた――同い年くらいだろう。2人の女の子がいた。

 最初は「私と同じで彼女達のファンなのだろう」程度にしか思っていなかった。だけど――

 第1回ラブライブ! を目指していた時に、学院の学園祭で開催されたライブ。

 そのライブで新曲を歌いきった直後、高坂さんが倒れると言うアクシデントに見舞われる。

 突然の出来事で何がなんだかわからなくなって、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていた私の目に――

「お姉ちゃん!」と呼んで走って近づく、ファンだと思っていた彼女達の1人の姿が映っていた。

 そこで初めて、彼女が高坂さんの妹だと気づいたのだった。

 ううん。「そうなのかな?」って感じだったのかも知れない。だって、私は彼女の名前を知らない。

 近所のお姉ちゃんと言う可能性もある。

 だけど何故だか私は、彼女が『高坂さんの妹』のような気がしていたのだった。 

  

 その文化祭のライブは中断され、数日後に μ's がラブライブ! のエントリーを取り消したことを知った。

 その話を知った時。もちろん悲しかったけれど、それでファンをやめるつもりは全然なかった。

 違うのかも知れない。それ以上に応援したいと思えるようになっていたのだから。

 だって、彼女達のあのライブには凄い感動した。

 無理をしてでもステージを成功させたい――みんなに想いを伝えたい。

 ラブライブ! への熱意が、見ている私の心にも熱意を(とも)していた。

 そんな、見ている私も「頑張らなくちゃ!」って思えるようなライブだったと思う。

 だから高坂さんのそんな想いに、私は強く()かれていたのだろう。

 私はエントリーを取り消した後も、変わらず応援し続けていたのだった。

 

 そんな時、第2回ラブライブ! が開催されることを知った。

 正直、私は彼女達が出場するのか、とても不安だった。だって、前回のこと(アクシデント)があるから。

 だけど彼女達は出場した。そして前回以上の感動を、彼女達のライブで感じることになった。

 ――それが絢瀬さん達の『卒業』と言う、彼女達の見えない絆によるものだと知ったのは、だいぶ先の話なのだけれど。

 私は彼女達に前よりも強い憧れを抱いた。前よりも近づきたいと願った。

 

 だから自分のできることを頑張ってきた。

 とは言え、元々近づく努力は(おこた)っていなかったはずだから、前以上にと言う意味なのだけれど。

 音ノ木坂学院に入学する為に勉強も、スクールアイドルになる為にダンスや歌の練習も。

 そう、少しでも彼女達に近づける(・・・・)ように頑張ったのだった。

 

♪♪♪

 

 そして、この春。私は無事に高坂さん達の通う音ノ木坂学院に入学することができた。

 入学式の日。

 私が教室にいると、妹であろう彼女達が揃って教室に入ってきた。

 彼女達の顔を見た私は、何とも言えない嬉しさが込み上げてきて、恥ずかしくなって机に突っ伏してしまったくらいだった。

 そして、次の日の最初のHR。

 自己紹介の時に彼女達の苗字が『高坂・絢瀬』であることを知り、私の思っていたことが確信に変わる。

 まさか高坂さん達の()と同じクラスになれるなんて!? 

 そして直接聞いた訳ではないけれど、2人でスクールアイドルについて話しているのが耳に入った時――

 やっぱり彼女達もスクールアイドルを目指しているんだと思って嬉しくなっていた。

 彼女達もお姉さん達みたいなスクールアイドルを目指していたんだ――

 そんなことを思ったのも(つか)の間。逆に自分よりも確率(・・)の高い話だと感じて苦笑いを浮かべるのだった。

 だけど、彼女達は自己紹介の時に高坂さん達の妹であることを言わなかった。

 彼女達が苗字を言った瞬間に、クラス中から感嘆に似た呟きが()れ広がっていた。

 当然、彼女達の耳にも入っているだろう。だけど――

 そのことには一切触れずに席に座るのだった。

 そして、休み時間(ごと)に姿を消していた。

 最初の休み時間の時に、私はクラスの皆に彼女達が高坂さん達の妹であることを教えた。でも、それと同時に――

 そのことには触れないようにしようと全員で約束をしたのだった。

 

 本人達が言わないこと。私達を()けるように、休み時間ごとに姿を消すこと。

 つまり、あまり騒いで欲しくないのかも知れない。好奇(こうき)の目で見られたくないのかも知れない。

 確かにクラスメートから、姉達のおかげ(・・・)で人気者になっても嬉しくはないだろう。

 それは私達も同じかも知れない。私達のクラスメートは、雪穂さんと亜里沙さんなのだから。

 私達は普通にクラスメートとして友達になりたいと思っていた。

 だけど何か壁を作ってしまえば、少なくとも1年間同じクラスにいるのに距離なんて(ちぢ)まらないのだと思う。

 高坂さん達を見ていて『壁の感じない近しい絆』に憧れていた私は、自然とそんな考えでいたのだろう。

 そのことを伝えるとクラスの皆も同意してくれた。だけど――

 頭では理解できていても、いざ話しかけようとすると尻込(しりご)みをしてしまう。

 あえて触れないようにするのは、逆に意識してしまうものだから。

 何かの(はず)みで話題にしてしまう可能性がある――

 全員がそんなことを考えて、別の意味(思いやり)で壁を作ってしまっていたのかも知れない。

 

 そんな感じで、何とも言えない雰囲気の教室内。結局、誰も彼女達に近づけずに時間だけが過ぎていった、その日の放課後。

 その壁を壊してくれたのは、他でもない高坂さんだった。

 高坂さんの発言により、雪穂さんが高坂さんの妹だと言う事実が知れ渡った。あの状態で隠し通せる訳もないと、苦笑いを浮かべる雪穂さんと亜里沙さん。

 だけど、その表情が安堵感と高坂さんへの感謝を含んでいるように思えていたのだった。

 3人が教室を出て行った後に、私はクラスメートに明日の朝、私達が話し合ったことを全て話そうと提案する。

 私の提案を聞いてくれていた全員が、心に抱えた悩みから解放されたような、晴れやかな表情で賛同してくれていた。もちろん、私も同じように晴れやかな気持ちになっていた。

 自分達では、どうすることも出来なかった壁を簡単に壊していってくれた高坂さん。

 改めて、高坂さんの魅力に()かれて彼女達に近づきたいと願うのだった。

 

 次の日の朝。

 私は教室に入ってきた雪穂さんと亜里沙さんへ近づくと、昨日の話を彼女達に始めた。

 私が彼女達に話を始めると、教室にいたクラスメートが私の周りに集まってきた。

 そんな大人数に囲まれながら、黙って私の話を聞いていた雪穂さんと亜里沙さん。

 私の話が終わると、苦笑いを浮かべながら彼女達の話をしてくれた。

 結局、お互いが同じことを悩んでいたみたい。

 それがなんだか可笑(おか)しくて、クラス中に皆の吹き出し笑いが響いた。

 こうして、私達は高坂さんのおかげで、見えない壁を壊して友達になれたのだった。

 

 だからと言う訳ではないけれど――

 私は雪穂さんと亜里沙さんと、共にスクールアイドルになりたいと言う想いが芽生えていた。

 もちろん入学式の日に彼女達を見た瞬間、私の心に淡い願望としては生まれていた想い。

 だけど、今日色々と話をして友達になれたことで、より強い希望として感じられたのだろう。

 だけど同時に、少し戸惑(とまど)いを覚えていた。

 確かに私は μ's に憧れて学院に入学した。だけど、いざとなると不安が(つの)る。

 私はスクールアイドルになれるのだろうか。そもそも、雪穂さん達に受け入れてもらえるのだろうか。

 正直、私は彼女達と違って何もない(・・・・)。ただのファンなのだし、部外者なのだと思っている。

 そして、姉がスクールアイドルと言うだけではなく、2人は中学からの親友だと言う。

 だから、2人だけでアイドルをやる為に音ノ木坂学院に入学した可能性だってある。

 クラスメートとしてなら仲良く接してもらえるかも知れないけれど、スクールアイドルの仲間としては受け入れてもらえるのか不安だった。

 

 本当なら、友達になれた朝の時点では――

 昨日雪穂さん達が入部をしたのを知っているのだから、私も今日入部をしたいと思っていた。

 だけど授業と言う、行動を制限される時間を(はさ)むことで、私の脳内にこんな否定的な考えが芽生え始めていた。

 そして、彼女達に「一緒にやりたい」と声をかけることもできなかった。

 何も言わずに入部をしてから断られるより、先に声をかけて彼女達の気持ちを聞いた方が良いと思うのだけれど。

 面と向かって断られる勇気がなかったんだと思う。

 もちろん、一緒に活動するだけが音ノ木坂学院のスクールアイドルの条件ではないのは理解している。

 それでも、2人に拒絶をされてから入部をして、同じ部員として活動する自分が――

 高坂さん達も含めた研究部の全員から孤立(こりつ)しているかも知れないって想像をすると、自分の決意や願いが()らぐのだった。 

 

 一緒にスクールアイドルをやりたい。

 だけど彼女達に断られたら? 受け入れてもらえなかったら?

 授業が終わっても結論が出せない。次の行動へと踏み出せないでいる。

 ふと、雪穂さんの方へと視線を向けると、机に座ったまま黒板を眺めて考え事をしているように見える。

 もしかしたら、2人だけ(・・・・)の練習メニューを考えているのかも?

 だとしたら、私が仲間になるのを快く思わないのでは?

 更に拍車(はくしゃ)をかけるように不安が頭を過ぎるのだった。

 

 それでも、高坂さん達に近づきたい。スクールアイドルになりたい。そして――

 雪穂さん達と一緒にスクールアイドルの活動がしたい。

 この願いを失たくはなかった。

 あと1歩踏み出す勇気が。背中を押してくれる手が――

 目の前に差し出してくれる暖かい手が欲しかったのかも知れない。

 

 相反する気持ちの板ばさみな状態のまま、先に進めずに時間だけが流れ、気づいたら昼休みになっていた。

 私は未だに結論が出せずに、踏み出せないでいる自分が情けなく感じていた。

 そんな悲しい気持ちを心に覆いながらも、黙々と昼食を済ませる。

 今日中には結論は出せないかも知れない。

 ううん。もしかしたら、この先も変わらないのかも?

 そんな先の見えない暗い未来を眺めるように、黒板を眺めている私の視界に――

 眩しい光を背負っているような感覚さえも覚えるほどの。

 強い決意を(まと)っている表情の、雪穂さんと亜里沙さんが歩いてくるのが見える。

 私は彼女達の姿に一筋の希望を感じていた。

 彼女達なら私を光輝く場所へと連れ出してくれるのかも知れない。

 新しい景色を見せてくれるのかも知れない。

 ――ううん、そうじゃない。一緒に見ることができるのかも知れない。

 そんな風に感じながら、彼女達が近づいてくるのを眺めていたのだった。




高町 涼風(たかまち すずか) 

 国立音ノ木坂学院 1年生。雪穂と亜里沙のクラスメート。

 身長 157cm
 ※ちなみに、雪穂と亜里沙の身長は――
  設定の身長
  雪穂 154cm→155cm
  亜里沙 150cm→151cm
  と、時間の経過を考慮して1cm増やしておきます。
  (と言うより、全員1cmほど成長している感じです)
  つまり雪穂より2cm背が高いのです。

 体重・スリーサイズ 秘密
 血液型 A型 
 誕生日 7月12日 かに座
  
 容姿 黒髪のストレートロング
    しっかり者のお姉さんタイプ


(活動日誌風プロフィール)
 
 好きな食べ物   お団子
 嫌いな食べ物   タルタルソース
 趣味       ダンス スクールアイドルの動画を見ること
 特技       誰とでもすぐに仲良くなれること
 チャームポイント 身長の割には長い手足?
 得意科目     国語全般
 子供の頃の夢   小説家
 得意料理     炒め物なら何でも。。。


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活動日誌7 ぼくらのライブ・きみとのライフ! 1

「……ねぇ、そろそろ練習始めない?」

「そうだね?」

 

 雑談に花を咲かせている私達に、真姫さんは声をかける。それを聞いていた花陽さんは苦笑いを浮かべて答える。

 そう、花陽さん達が雑談をしていたのは涼風を待っていたからなのだ。つまり、もう練習を始めても問題はないのだった。

 

「それじゃあ、3人とも練習着を持って……隣の教室で着替えるからね?」

「じゃあ、私と凛は先に行っているわね?」

「うん、わかった……それじゃあ、ついてきて?」

 

 花陽さんは優しい微笑みを浮かべて私達に声をかけてきた。

 もう着替えを済ませている凛さんと真姫さんは、先に屋上へ向かう為に花陽さんに声をかけて部室を出て行くのだった。

 花陽さんはその言葉を了承すると、私達を案内する為に隣の教室へと歩き出していた。私達は花陽さんに倣い、隣の教室へと歩いていく。

 ――まぁ、私と亜里沙は昨日案内されているから涼風の為に案内しているんだけどね?

 私達が隣の教室の中に入ると、昨日の歓迎会の時にはなかった――教室の天井から()るされている仕切りのカーテンが設置されていた。きっと簡易更衣室と言った感じなんだろう。

 私達はその中に入り、持参した練習着に着替えるのだった。

 

♪♪♪

 

「……あれ? その練習着(・・・)……」

 

 亜里沙は私の練習着を見ると、少し驚いた顔で訊ねてきた。

 今、私の手に持っている練習着――まぁ、普通のTシャツには違わないんだけど?

 前面に大きく『ほ』とプリントされたTシャツ――そう、お姉ちゃんと色違いのお(そろ)いのシャツなのだ。

 

「穂乃果さんに借りたの?」

「えっ? 違うけど?」

「だって、穂乃果さんの()なんじゃないの?」

「――穂むらの()だよっ!」

 

 亜里沙は当然聞いてくるであろう質問をしてきた。

 お姉ちゃんがいつも練習着として着ていた()のプリントされたTシャツ。

 穂乃果の()だと思っている人が大半(たいはん)だろう。

 さすがに海未さんとことりさんは知っているだろうけど――

 あれはウチのお店の、言ってみればロゴ(・・)なのだった。

 実際にお母さんやお姉ちゃんが店先でかけているエプロンにも()の字が入っている。そして、穂むら名物 穂むらまんじゅうにも烙印(らくいん)がされているのだ。

 つまり、お店のグッズを娘特権で(ゆず)り受けているだけなんだよ。

 だから私にも着る権利があるから、色違いでもらったの!

 ――ほら、お揃いの服なんて制服くらいしか着れないじゃん? さすがに高校生になると、さ?

 そもそも学年でリボンの色が違うから完全に同じでもないし、ね?

 何となく嬉しいじゃん?

 と言うか、そもそも私も雪穂――お姉ちゃんも私も穂むらの()をもらって(せい)を受けているのだから、私が着たって問題ないんだもん。

 

「みんな、着替え終わったみたいだし……屋上に行こっか?」

「「「はっ、はい!」」」

「……別に練習なんだから緊張しなくても大丈夫だよ?」

「「「……」」」

 

 私達が着替え終わるのを見届けて、花陽さんは声をかけてくれた。私達は少し緊張で(うわ)ずった声をあげる。

 そんな私達に微笑みながら花陽さんは優しく(さと)してくれた。

 初めてとは言え、今からするのはライブでも本番でもない、ただの練習(・・)なんだった。そのことに気づかされて、私達は恥ずかしくなり俯くのだった。

 

♪♪♪

 

 花陽さんの後を歩き、屋上へやって来た3人。 

 屋上に出ると、凛さんと真姫さんは既にストレッチを始めていた。

 とりあえず、花陽さんは涼風と――彼女達の隣で、私と亜里沙もストレッチを始める。

 数分かけて、じっくりと丁寧(ていねい)に体をほぐす。

 激しいダンス練習や基礎体力を(やしな)う体力トレーニング。

 大声を出す発声練習や歌唱練習にも、体の柔軟(じゅうなん)は必要なんだって。

 下手に無理をすれば筋肉に負荷(ふか)がかかる。ダンスのキレや連帯感には大事なのだと、絵里さんから教わったことみたい。

 お姉ちゃん達は今やスクールアイドルのトップ(・・・)なのだ。

 当然、他のスクールアイドルよりも注目されている。

 少し油断も認められない重圧(プレッシャー)を持ち続けている。だからこそ念には念を入れているんだって。

 私達も、そんな黙々(もくもく)と真剣に取り組むストレッチを、見よう見真似でこなすのだった。

 正直な感想を言うね? 本当に凄かった。と言うよりも、他の言葉が思いつかないほどに凄かったんだよね。

 私と亜里沙は体力トレーニングを続けている。涼風にしたってダンス練習や体力トレーニングは続けているって聞いていた。

 それなのに――

 ただのストレッチを一緒にやっていただけなのに、私達は(すで)汗びっしょり(・・・・・・)になっていた。

 手足も弱冠(じゃっかん)悲鳴をあげている。

 私達はストレッチが終わると地面に座り込んでしまった。と言うよりも、立っていられなかった。

 それなのに花陽さん達はそのまま立っているし、汗もほとんどかいていない。

 と言うよりも――

 

「それじゃあ、とりあえずアノ振りを練習するニャ!」

「そうだね? 穂乃果ちゃん達は来ないだろうから、アノ振りの方が良いかもね?」

「それは良いけど、何処(どこ)からやるの? 昨日はサビ振りからだったじゃない? 確認のついでに、最初から通しで踊ってみない?」

「そうするニャ!」

 

 凛さんの声と共に、ダンス練習へと突入するらしい。

 話を聞いていて、私達も慌てて立ち上がろうとしたんだけど――

 

「あぁ、少し休んでいて良いわよ? いきなり無理は良くないから」

 

 真姫さんが苦笑いを浮かべながら、休憩するように促してくれた。

 そんな真姫さんの言葉に、優しい表情で花陽さんが――

 

「そうだね? それに私達と同じ練習をする必要はないよ? 私達の練習を見学して、自分達の練習メニューを見つけるのが良いと思うから」

 

 そう繋げてくれたのだった。

 

 自分達の練習メニューを見つける――

 私達は初めての練習と言うことで緊張が解けていなかったのかも知れない。

 そうなんだ、私達は私達の練習メニューを考える為に、一緒に屋上に来たのだった。

 だって、私達だけでは見つからないから――

 闇雲(やみくも)に練習を考えるより、お手本を見て吸収(・・)して自分達らしい練習を探す為に、私達は屋上に来たのだった。

 私はお姉ちゃん達から教えは()わない。

 だけど、まったく無視をする訳ではない。お手本や参考には当然したいと思っている――だって、お姉ちゃん達が私達の目指す場所なんだから。

 そんな風に考えた私は、亜里沙と涼風に目配せをしてから無言で(うなず)いた。2人も私の考えが伝わったのか、無言で頷き返してくれていた。

 まぁ、単純に花陽さんの言葉からの推測だったんだろうけど?

 そのあとは座ったまま、花陽さん達の練習を真剣に眺めていたのだった。

 

♪♪♪

 

 私達の真剣な眼差しを微笑みで返した花陽さん達は、フォーメーションを組むと――

 

「あっ、そこのPCの再生を押してくれるかニャ?」

「はっ、はい……押しました!」

 

 凛さんが私達に向かって声をかけてきた。

 ノートPCの隣に座っていた私は返事をすると、PC画面を覗きこむ。

 すると、画面には音楽プレイヤーが表示されていた。

 曲のタイトルは、えっと?

『まきりんぱな』

 ――まったく知らないタイトルだった。

 新曲? いや、たぶん一昨日話していた新しい曲なんだろう。

 と言うより、これ――

 単純に真姫さん、凛さん、花陽さんの名前なんだろうって思った。

 でも、なんでぱな(・・)なんだろう?

『まきりん()な』より『まきりん()な』の方が響きが可愛いからかな?

 それとも――

 ()ーフェクト・()チュラルの略――いや、前者だな? きっと。

 ちなみにプレイヤーのリストで――

『にこりんぱな』

 と言うタイトルも発見したんだけど、勝手に押せないから普通に再生ボタンを押して声をかけるのだった。

 

 私が声をかけると花陽さん達は微笑みを返したのち、表情を一変して真剣な表情になる。

 私は鳥肌が立った。

 お姉ちゃん達の本番は何度も見ている。でも今は練習だ。

 だけど花陽さん達の表情からは、本番さながらの気迫(きはく)を感じていた。

 これがトップアイドルの練習――そんな風に感じてしまうほどの気迫だったのだ。

 

 以前、海未さんに聞いたことがある。

 海未さんは今でもアイドル研究部と弓道部を掛け持ちしている。更に今は生徒会までも掛け持ちしているのだ。

 だから――

「大丈夫なんですか?」

 って。

 そうしたら海未さんが――

「練習こそ本番のように。本番こそ練習のように。これを心がけていれば、(おの)ずと上手くいくものですよ?」

 そんなことを教えてくれた。

 

 練習こそ本番のように――。

 本番さながらの緊張感と取り組み方で接すれば、少ない時間でも濃い練習が出来る。

 本番こそ練習のように――。

 練習で取り組んだことを練習だと思うことにより、緊張せずに取り組めば、良い結果に繋がる。

 つまり短時間でも効率(こうりつ)が良いのだと言う。

 きっと、そんな風に全員が心がけているんだろう。

 もちろん心がけ(・・・)だけの話じゃないとは思う。

 自分達の目指すべき場所(・・・・・・・)がそうさせているんだろう。

 花陽さん達の気迫を肌で感じて、そう考えていたのだった。

 

 花陽さん達が真剣な表情をするや(いな)や、PCのスピーカーからイントロが流れ出していた。流れてきたのは真姫さんのピアノ演奏。

 そこからは、まさに――

 トップアイドルのライブを見ているファンのように、羨望(せんぼう)の眼差しで3人のダンスを見ていたのだった。

 タイトルで思ってはいたことだけど、流れている曲に聞き覚えはなかった。

 そして、踊っている花陽さん達のフォーメーションは明らかに3人用(2年生)のフォーメーションに感じられていた。

 もしも、お姉ちゃん達と一緒に6人で踊るのなら、3人分(3年生)の空間が生じるはずだから。

 だから、この曲は花陽さん達2年生用の曲なんだと思っていた。

 もちろん、花陽さん達だけで活動する訳じゃないんだろうけど――先を見据(みす)えて、こう言う練習も始めたんじゃないかな? 

 それも去年(卒業)を経験した結果なのかも知れない。

 とは言え、そんな経験のない私達は純粋に、彼女達の踊りに見惚れているだけだった。

 

 花陽さん達が1曲踊りきると、私達は思わず拍手を送っていた。そんな拍手を聞いて苦笑いを浮かべる花陽さん達。

 まぁ、ダンス練習に拍手を送られたら苦笑いにもなりますよね? 同じアイドル研究部の部員なのに。

 それでも、花陽さん達は私達に笑顔で手を振ってくれたのだった。

 

「……それで、サビ頭のフォーメーションなんだけど……横並びより移動した方が良くないかな?」

「それが良いニャ! 凛は逆トラ(・・・)が迫力あると思うニャ!」

「そう? 正トラ(・・・)の方が奥行き出るから、私は良いと思うけど?」

「うーん……私はスラッシュ(・・・・・)の方が綺麗な気がするんだけどなぁ?」

 

 手を振り終えると花陽さん達は、フォーメーションの意見を出し合っていたのだった。それも、あれだけの踊りを終えた直後だと言うのに立ったまま!

 ストレッチだけで、へばっている私達って――ま、まぁ、ライブをこなしている人達と私達を比較しても、仕方のないことなんだけどね?

 

 そんな花陽さん達の話している内容――

 サビの頭の部分。横一列で踊っている部分を変えようとしていたみたいだった。

 とは言え、私は初めて聞いた曲。それもピアノ演奏のダンス練習だから、正直どこの部分なのかは知らないんだけどね?

 でも、真姫さんのピアノのレベルは高いから曲の強弱がしっかりしている。

 そんなことを()まえて、横一列に並んだアノ部分がサビ頭なんだろうと感じていたのだった。

 凛さんの言う逆トラとは、逆三角形のことらしい。

 客席から見て、前にセンター、後ろに両サイドのフォーメーション。

 反対に、真姫さんの言う正トラとは、正三角形のことらしい。

 前に両サイド、後ろにセンターのフォーメーション。

 花陽さんの言うスラッシュとは、斜めのフォーメーションのことらしいのだ。

 とは言え、専門用語ではなく――凛さんが自分達がわかれば良いと名付けただけの言葉なのだと言う。

 その話を聞いて、私は何で凛さんがリーダーなのか納得した。

 だって、お姉ちゃんと感性が似ているから! 凛さんもお姉ちゃんと一緒で、知性よりも先に感性が働くタイプなんだろう。

 そして、そのタイプは自然と周りを納得させてしまうのだ。

 結局リーダーである凛さんの意見が通ることになったのだった。

 だけど、この話には落とし穴があった。

 いや、だって――

 この曲のセンターって凛さんなんだから! 自分が前に出る(目立つ)って話なんだもん。

 まぁ? 花陽さんと真姫さんは、だからこそ(思いやり)凛さんの意見を了承したのかも知れないけどね?

 

 そんな花陽さん達を眺めていて、私は深く感じていたことがある。

 お姉ちゃん達と6人で活動している花陽さん達ですら、3人用の練習を取り入れているのだ。もちろん経験があるから可能なのかも知れないけれどね?

 つまり、私達も色々試行錯誤しながら自分達の練習を始めないと、いつまでも追いつけない――ううん、さらに差が広がってしまうんだと感じた。

 私は花陽さん達を見ながら、少しでも早く近づけるように、自分達の練習メニューを思案していたのだった。



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活動日誌7 ぼくらのライブ・きみとのライフ! 2

「お待たせーっ!」

「遅くなりました」

「お疲れ様ぁ」

「「「お疲れ様ー」」」

「「「お疲れ様です!」」」

「……あっ、あなたが新入部員の……えっと?」

「た、高町涼風と言います。よろしくお願いします!」

「涼風ちゃんかー! よろしくね?」

「よろしくお願いします」

「よろしく、涼風ちゃん」

 

 花陽さん達が意見を出し合っていると――

 屋上の扉が開いて、練習着に着替えたお姉ちゃん達が現れた。

 さすがにお姉ちゃん達が来たのに座っているのも変な話だし、立ち上がって出迎(でむか)えることにした。

 すると、お姉ちゃんは涼風に気づいて彼女に声をかける。

 声をかけられた涼風は緊張しながらも、お姉ちゃん達に挨拶をしたのだった。

 

「では、早速ですが……真姫?」

「そうね? じゃあ、1年生はコッチに集合して?」

 

 海未さんの声かけに真姫さんは納得すると、私達に声をかけながら歩きだす。

 海未さんも真姫さんと一緒に歩きだしたので、私達も後ろをついていくのだった。

 遅れるってだけで、今日も練習に来るのを知っていたのか――

 練習に来た時点での話だったのかは知らないけど、2人はこれからのことを話し合っていたみたいだった。

 

 屋上へ出る扉の前方辺りが、普段お姉ちゃん達が練習するスペースらしい。

 今はお姉ちゃんとことりさんが花陽さん達と合流する為に、ストレッチを開始している。花陽さんと凛さんはさっきの練習をやめて、ダンスの基礎練習を始めていた。

 そして、校舎内へ入る階段室(かいだんしつ)壁面(へきめん)が唯一の日陰になる為に、そこにレジャーシートが敷かれてある。その上にタオルだったり飲み物が置かれているのだった。

 その階段室を横切(よこぎ)り、ちょうどお姉ちゃん達とは反対(・・)のスペースに私達は集まった。

 

「では、まずはダンスの基礎を教えます。とは言え、私の知るダンスでしかありませんが」

 

 海未さんが私達に告げる。そこからはダンスの基礎を真剣に教わったのだった。

 私達で試行錯誤しながら自分なりの練習メニューを考える。

 確かに、そうは言ったけど――

 正直、ダンスと歌に関しては基礎がない状態だからね? 

 それこそ出来ることと言えば、お姉ちゃん達のダンスを見よう見真似で踊って聞いたとおりに歌うことしか出来ないから。

 それでは、いつまでたっても応用なんて出来ないのだ。

 だって、基礎の理屈(りくつ)がわからなければアレンジなんて出来ないじゃん!

 試行錯誤したくても、理屈がわからない部分を下手に変えたら良いものにはならない――思い通りの良いものなんて作れる訳がないんだ。

 だから基礎を教えてもらえるのは凄く嬉しかった。

 そう思って教えを受けていたんだけど、どうやら涼風はダンスを相当やっていたらしい。まぁ、本人も言っていたから知ってはいたんだけどね?

 でも、海未さんに一通りの基礎を教えてもらって、確認の意味で海未さん達の前で実際に踊ってみたんだけど――私や亜里沙とではレベルが違って見えた。

 それを見ていた海未さんは――

 

「けっこう出来るのですね? 基礎もしっかり身についているようですし……これなら3人で練習を始めても大丈夫でしょう」

 

 微笑みながら、涼風を()めていたのだった。

 それを聞いた涼風は恥ずかしそうに――だけど嬉しそうな表情を浮かべて顔を赤らめていた。

 私も自分のことのように嬉しくなった。隣にいた亜里沙も満面の笑みをこぼしていたから同じなんだろう。

 海未さんが認めたと言うこと。それは私達にとって大きな一歩になるから。

 もちろん、ダンスに関して涼風に全部押し付ける訳じゃないよ? でも色々教われるってこと。当然、部活以外の時間でも!

 自分達だけでダンスの知識を吸収していけるってこと。成長できるってことなんだ。

 身近にダンスが出来る人がいるのは、お姉ちゃん達と一緒じゃなくても私達だけで練習が出来るんだから。

 いつかは自分達だけで意見を言い合える――そんな花陽さん達のような関係も(きず)いていけるんだろう。

 改めて、涼風が入部を決意してくれたことを感謝しながら彼女を見つめていたのだった。

 

「さてと……それじゃあ、次は私の番ね?」

 

 海未さんが役目を終えて、真姫さんに目配せをしてから、お姉ちゃん達の方へ歩きだすと――今度は真姫さんが私達の前に立った。

 まぁ、ずっと海未さんの隣にいたんだけどね? 一応、ダンスのサポートをやってくれていたし。

 

「次は歌……と言うより、発声の練習ね?」

 

 そう言いながら、発声の練習が始まった。

 歌は普通に歌えるって思っていたけど――考えが甘かったって素直に思えた。

 確かにカラオケには良く行くし、歌の練習だってしていた。

 だけど基礎を教わると全然違っていることに気づく。

 何て言うんだろう――音の(とら)え方って言うのかな?

 歌ってさ? どうしても音の(つら)なりになるから1音をしっかり意識しないんだけど――

 発声って1音1音をしっかり捉えないとダメだから、ちゃんと意識するよね?

 そうすると音の持つ役割って言うのかな? そう言うものが何となく感じられる気がした。

 きっと、ピアノを弾いて作曲もしている真姫さんだからこそ、感じることだったんじゃないかな?

 そんな風に思えたのだった。

 

♪♪♪

 

「……まぁ、こんなところかしらね? 一応、基礎は教えたから……あとは貴方達で自分なりの練習を見つけると良いわ?」

「「「はいっ! ありがとうございました!」」」

「それで――もし貴方達だけで練習をするんだったら、コッチのスペースを自由に使ってくれてかまわないから」

「「「ありがとうございます!」」」

「でも、そうね? 今日は、もう帰っても良いわよ? 私達はまだ練習していくけど、私達に付き合う必要もないんだし……さすがに初日は疲れた(・・・)んじゃない?」

「「「…………」」」

「……まぁ、帰ってしまうでも良し……どこかで練習メニューを話し合うでも良し。自由に決めなさい?」

「「「はい」」」

 

 基礎を教わり、ちゃんと覚えたことを確認すると――

 真姫さんは今後コッチ側を練習スペースとして使って良いことを告げると、もう帰っても良いと言ってくれた。

 私達は無言で苦笑いを浮かべていた。

 正直な話、まだ居残って練習が出来るほどの体力なんて残っていないから。

 とは言え、基礎を教わったばかりで帰ってしまうのは気が引けるんだよね?

 ほら、お姉ちゃん達が練習するんだったら見ているのも勉強になるしさ?

 自分達で練習メニューを考えて別行動で練習をするとしても、やっぱり部活動(・・・)な訳だし?

 疲れたから帰るって言うのも後輩(・・)としてどうなんだろうって感じていたから。

 それを(さっ)してくれたのか、苦笑いを浮かべて、私達で帰るなり話し合うなりすることを(すす)めてくれていた。

 たぶん、残らないで済む理由を作ってくれたんだろう。

  

 真姫さんは私達が了承すると、微笑みを浮かべて自分の練習に戻ろうとしていたのだけど――

 

「……そうそう、貴方達に伝えることがあったわ」

 

 そう言いながら私達の方へ振り返った。

 そして、微笑みを浮かべると――

 

「別に急いで作る必要はないのだけど……貴方達3人で1曲作詞(・・)してみなさい? 出来たら私が曲を作ってあげるから、持ってきて?」

 

 そんなことを告げたのだった。

 えっ? 作詞ですか?

 私達3人は驚いて顔を見合わせていた。

 だって今日初めて3人で活動したんだし、まだまだ練習メニューを模索(もさく)している――いや、してもいないんだけど。

 そんな状態で、もう作詞ですか?

 そう感じていたのがバレたのか、真姫さんは苦笑いを浮かべて――

 

「別に、急がなくても良いわよ? それに1人1曲じゃなくて、3人で言葉を繋いで(・・・・・・・・・)1つの曲を作れば良いんだから……自分達の曲の方が、色々活動する面で優位(ゆうい)だと思うし、誰かの曲よりも自分達の曲の方が練習も楽しくなると思うわよ?」

 

 優しく伝えるのだった。

 確か、お姉ちゃん達の曲――

 去年の第2回ラブライブ! の最終予選で歌ったアノ曲。

 そう、私達受験生の為に実施された音ノ木坂の学校説明会のあった、大雪の降り続けていた日。

 ステージのイルミネーションが白から――大サビに突入する瞬間にオレンジに変わった感動的なアノ曲。

 アノ曲は、お姉ちゃん達スクールアイドル μ's のメンバー全員で言葉を繋いだ――全員で作った曲だったのだ。

 そんな全員の言葉を繋いだ、まさに雪の光に照らされた結晶のような曲だから――

 見ていた私達全員の心も繋がれ、そして照らされたんだろう。なんてね。

 

 あれは希さんが望んで発案(はつあん)したことだったみたい。

 まさに、()さんの望み(・・)――希望(・・)だったんだね?

 いや、別にダジャレが言いたかった訳じゃないから!

 と、とにかく、そんな風に私達にも全員で作ることの楽しさや絆を感じてほしくて言ったことなんだと感じていたのだった。

 

♪♪♪

 

 とりあえず私達は、お姉ちゃん達に挨拶をして、先に帰らせてもらった。

 とは言え、帰りに3人でファストフード店に寄って、これからの話をしていたのだった。 

 今日の練習を踏まえて、私達で出し合っていた結論。

 意外なことに3人とも同じ答えが揃う。

 それが――

 お姉ちゃん達と一緒に練習をすると言うことだった。

 あっ、別に自分達で考えるのが面倒だからじゃないよ? ただ、今日お姉ちゃん達と一緒に練習をしてわかったこと――

 今の私達が、自分達だけで練習をしても何も始まらないんだと思った。

 だって基礎練習に付いていくのが精一杯(せいいっぱい)なのだから。

 そんな状態では自分達の練習なんて偉そうに言える訳がない。

 まずはお姉ちゃん達と同じ練習メニューを対等にこなす――レベルの問題ではなくて体力的な面で。

 それが出来てから初めて自分達の練習をすることが出来るんだと思った。

 第一、基礎を覚えたと言っても――どんな方向に進んでいくのかは見当(けんとう)がつかないもん。

 悪い方向だとしても、すぐに修正が出来ないのでは時間が無駄(むだ)になるからね?

 涼風がダンスが出来ると言っても、お姉ちゃん達の方が的確(てきかく)な指示が出せると思う――別に涼風が出せないって話じゃなくて、ね?

 より高度なレベルで指示がもらえるって意味だから。

 お姉ちゃん達だって――海未さんが指導していたダンス練習を、絵里さんに教えて欲しくて頼んだのだから。 

 自分たちの向上には必要なんだと思う。

 

 私達はお姉ちゃん達から教えは請わない。

 だけど、お手本や参考にはしたいし――的確な指示や意見は嬉しいと感じている。

 だったら、近くで一緒に練習をするのが1番だと思ったのだった。

 そもそも? 自分達のスクールアイドルを目指すと言っただけ。

 スクールアイドル μ's に入らないと言っただけ。

 だから、完全に独立した活動を始める必要はなかったんだよね?

 同じスクールアイドル研究部。一緒に練習をすれば良かったんだと考え直したのだった。

 その上で自分達だけの練習を増やしていけば良かったんだ――今日の花陽さん達みたいに。

 そんなことを全員が感じていたから、同じ答え(・・・・)になったのだろう。

 

♪♪♪

 

 お姉ちゃん達と一緒に練習をすることについて、特に理由は聞かないし誰も話さなかった――

 ううん、答えなくて良いんだよね?

 みんな、わかっているんだから――

 胸にえがいた場所は同じなんだから。

 その代わり、私達は自分たちの見続けてきた憧れ(・・)について語った。

 今、同じ場所にいる――

 いつか私達も憧れを抱いてもらえるようになりたい――いや、絶対になるんだ!

 そんな譲れない2人の――

 ううん、私も含めた3人の瞳の(きらめ)きを見て――

 やっぱり、この3人なんだって強く感じていた。

 

 とにかく、今日から私達3人の活動が始まったんだ。

 この先、さまざまなことが起こるかも知れない。

 (つまづく)くこともあるかも知れない。

 だけど、思い付きでも良いから追い続けたい。

 こころ踊る場所を、見つめ合える嬉しい冒険の道のりを。

 私達の(ライブ)が! 

 亜里沙と涼風との生活(ライフ)が!

 こうして幕を開けたんだ!

 

 私は心の中で、お姉ちゃん達が9人になって初めて歌ったアノ曲を口ずさむ。

 私達の笑顔はどこまで届くのだろう?

 それはわからないけど、私は亜里沙と涼風と一緒に届けていきたいと強く思った。

 これから始まる――

 私達3人の偶然と言う名の希望の欠片を集める冒険の始まりに胸を躍らせながら――亜里沙と涼風と私。

 3人で、これからの活動について話し合っていたのだった。




Comments 亜里沙

お疲れ様、雪穂。
涼風ちゃんから渡されたので読んでいるよ?
Tシャツは、ハラショーだったよ。でも良いなー、穂乃果さんとお揃い。
私はサイズが合わないから、お姉ちゃんの練習着は着れないから。
でも、制服のリボンはお姉ちゃんから貰ったんだけどね。
練習凄かったよね? 疲れたよね?
家に帰ったら気づいたら寝ちゃっていたよ。
これからも、よろしくね?
一緒に頑張ろっ!


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活動日誌8 ゆめのとびら! 1

今回のみ亜里沙視点の活動日誌になります。


「ただいまー。…………」

「……おかえり、亜里沙」

「――お姉ちゃん、帰ってたの!?」

 

 私、絢瀬 亜里沙は雪穂と涼風ちゃんと別れて帰宅をした。

 練習のあとにファストフード店で色々話し合っていた時に、飲み物で喉を潤しながら話をしていたんだけど。

 帰り道もずっと話をしながら歩いてきたからかな?

 ちょっと(のど)(かわ)いていたの。だからキッチンで水を飲もうと思って――キッチンに通じるリビングの扉を開けて中に入ったんだけど、リビングで座っているお姉ちゃんが出迎えてくれたのだった。

 まぁ? 玄関が開いていたから、いるのは知っていたんだけどね。

 私はビックリして思わず聞き返してしまっていた。

 どうやら高校と違って大学の入学式はまだみたい。だから元々家にいたのかな?

 とは言え私は昼間にいなかったんだから、わからないんだけど。

 私がお姉ちゃんの近くまで歩いて行くと、リビングでノートPCを開いて何か作業をしていたのだった。

 すると――

 

「……おやぁ? ありち(・・・)やん……お邪魔しとるよ?」

 

 キッチンから、お盆にカップを乗せて運ぶ希さんが戻ってきた。

 

「あっ、希さん……いらっしゃいませ」

「――と言うより、希……その、ありちって何よ?」

「えー? 亜里沙ちゃんやから、ありちで良いやん」

「よくないわよっ!」

「なんでぇ? えりち(・・・)ありち(・・・)……ピッタリやない?」

「…………」

「……はいはい、亜里沙ちゃんにしとくわ」

 

 私が挨拶を交わすと、即座にお姉ちゃんから希さんへ疑問が投げかけられていた。

 どうやら、ありちと言うのは私のことだったらしい。

 まぁ、お姉ちゃんのことをえりち(・・・)と呼んでいるのは知っていたし――私に声をかけていたから、そうなんだろうな? って思って挨拶しただけなんだよね。

 と言うよりも、私は別に何でも良かったし、お姉ちゃんと似ているのは嬉しかったのに、ね? 

 お姉ちゃんは一刀両断に否定をするのだった。

 それでも希さんは意見を通そうと努力していたんだけど、お姉ちゃんのジト目(無言の圧力)に苦笑いを浮かべて、あえなく降参した(白旗をあげた)のだった。

 

「亜里沙? うがいと着替えを済ませたらリビングに戻ってきてくれるかしら?」

「……う、うん、そのつもりだけど?」

「…………」

「……? そう……なら、良いわ」

 

 お姉ちゃんは私に微笑みながら伝える。私も元々そのつもりだったから、その言葉に肯定(こうてい)をしておいた。

 ――少し焦った気持ちを抑えて必死で表情に出さないようにしながら。

 そんな私の答えを聞いていた希さんは少し含みのある笑顔で私のことを見つめている。その表情で余計に縮こまりそうになる私。

 そんな2人の表情を眺めて不思議そうに眺めていたお姉ちゃんだったけど、特に追及しないでくれていた。

 私は、お姉ちゃんの返答を聞いてから、慌てて洗面所へ向かうのだった。

 うん。本当に水を飲む前に言われて良かった。だって、うがいの前に水を飲んじゃっていたら――お姉ちゃんに怒られちゃっているからね?

 

「……それじゃあ、ソコに座って?」

「う、うん……」

 

 私はうがいと手洗いを終えて、自分の部屋で着替えを済ませてリビングに戻ってきた。そして、お姉ちゃんに促されるままにお姉ちゃんの前に座ったのだった。

 すると――

 

「はい、コレ……」

「……何?」

 

 お姉ちゃんは、私に4つの包み(・・・・・)を差し出したのだった。

 驚いた私にお姉ちゃんは微笑みを浮かべて――

 

「コレは、お祖母様から……コレが、両親から……そして、私から……」

「……あとウチからやね?」

「――えっ!?」

 

 順に包みを押し出しながら説明を始める。そして、お姉ちゃんが3つの包みを私の前に差し出した直後――お姉ちゃんの隣に座っている希さんの手が包みを押し出した。

 私は思わず驚きの声をあげる。

 そんな私を見て笑いながら――

 

「入学おめでとう、亜里沙……遅くなってしまったけど、入学祝いよ?」

「おめでとう、亜里沙ちゃん」

 

 お姉ちゃん達が言葉を紡いだのだった。どうやら、私の入学祝いだったらしい。

 とは言え、お姉ちゃんと両親の分は一昨日(おととい)の時点で用意されていたらしいけど――お祖母様の分が今日届いたから、それに合わせたんだって。

 まぁ、3つの贈り物に関しては納得がいくんだけど? 身内だしね? 

 だけど希さんが用意していたのには驚きを隠せなかった。

 そんな表情で希さんを見つめていると――

 

「えりちの()ならウチにとっても()やから!」

 

 満面の笑みを浮かべて、凄く嬉しい答えを伝えてくれていた。

 私は2人に微笑(ほほえ)んで――

 

「ありがとう」

 

 それだけを伝える。

 お姉ちゃんは私の言葉に微笑むと――

 

「ちゃんと、お祖母様と――お父さんとお母さんにもお礼を言うのよ?」

「はーい」

 

 そんなことを優しく伝えるのだった。

 

♪♪♪

 

 私は包みを開けながら、お姉ちゃんのことを眺めていた。

 お姉ちゃんはノートPCで作業を再開している。その隣で希さんはカップに入れてきたコーヒーに砂糖とミルクを入れて、お姉ちゃんと私――

 私が着替えに行っている間に温め直して私の分も用意して持ってきていたみたい。

 そして自分の分を各自(かくじ)の前に差し出した。

 まぁ、ココは私達の家で希さんはお客様(・・・)のはずなんだけど?

 ごく自然に振舞(ふるま)われたから、私も普通にお礼を述べて受け取っていた。

 こう言うのを――

 

「何……カードのお告げやから気にしないで?」

 

 と言うのだそうだ、ハラショー!

 目を見開いて驚いている私を見た希さんは、バツの悪そうな苦笑いを浮かべると――

 

「いや……いつもの(くせ)で言うたけど、正確には……勝手(かって)知ったる何とやら? と言うヤツやから」

 

 そんな風に訂正するのだった。

 要は、私達の家のキッチンの配置(はいち)を知っている。だから普通に応対(おうたい)できたから、特に気にしないで良いと言うことらしいんだけど?

 確かにお姉ちゃんと希さんは親友だ。だけど実は家に(まね)き入れたことは少ないはず。

 そもそもお姉ちゃんの性格的に、希さんを招いておいて希さんにやらせるとは思えない。今日はお姉ちゃんが忙しいから、手の()いている希さんが率先(そっせん)してコーヒーを入れてくれたんだろう。

 だからキッチンの配置を知っているとは思えない。

 そして、お姉ちゃんの好みは知っていたとしても――私のコーヒーに入れた砂糖とミルクが、自分で入れたり、お姉ちゃんやお母さんが入れてくれるコーヒーの味。

 そう、いつもの(・・・・)味がしていたんだよ。

 そもそも、私は受け取ったことに対してお礼を述べただけだ。それなのに希さんは普通にそう(・・)返してきていた。

 希さんは言い直したけど、やっぱりカードのお告げだったんだろうなって思っていた。

 まぁ、お客様に振舞ってもらっていることには変わりないんだけどね?

 そんなことを考えながら、コーヒーを飲みながらお姉ちゃんを眺めている希さんを見ていたのだった。

 

♪♪♪

 

「ところで、お姉ちゃんは何やっているの?」

「ん? ……あぁ、学院に頼まれたアンケート用紙を作成しているのよ?」

 

 コーヒーを飲みながら、私はお姉ちゃんに何をしているのか訊ねる。

 お姉ちゃんはPC画面を見て作業をしたまま、私に答えてくれた。

 そう、これはお姉ちゃんが始めたアルバイト(・・・・・)なの。

 ラブライブ! で頂点に輝いて、卒業後もスクールアイドルとして活動していたお姉ちゃん。そんな中、お姉ちゃんの元へ学院側から連絡が入った。

 それが、理事長先生の提案による学院の臨時(りんじ)アルバイトをしてくれないか? と言う話だったのだ。

 

 今年度は新入生が去年よりも増加(ぞうか)した。

 それはお姉ちゃん達の功績(こうせき)だし、学院としても嬉しい限りなんだけど、その反面――運営面では嬉しい悲鳴が上がっていたのだった。

 去年のお姉ちゃん達の頃の生徒会は、お姉ちゃんと希さんを含めて5人(・・)在籍していた。

 しかし今の生徒会は穂乃果さん達3人(・・)だけしかいない。

 それは、お姉ちゃん達の頃の3人は穂乃果さん達と同じ下級生(3年生)だから。部活動の部長ないし役職に()いてしまったから――

 それに生徒会長及び副会長のサポートは下級生が補佐をする方が良いんだって。

 まぁ、今年の生徒会にはことりさんもいるんだけどね?

 それでも本来は、下級生が補佐をする方が良いらしいよ。

 ――何でなのかは良く知らないんだけどね。

 だけど下級生――花陽さん達2年生は1クラスしかないから生徒数が少ない。大半の人達は部活動に入っている。

 そして、何よりも――

 今の穂乃果さん達では応募が殺到(さっとう)してしまうから――選考するのが困難(こんなん)になるから応募出来ないみたいなんだよね。

 そんな中、新年度が始まった。学院側としても生徒会の負担を減らすべく――生徒会補佐の臨時アルバイトを(やと)算段(さんだん)に出たらしい。

 

 とは言え、(れっき)とした音ノ木坂学院の生徒会のアルバイト。誰でも良いと言う訳にもいかないのだろう。

 当然、外部の人間には頼めない。だけど卒業生なら体裁的(ていさいてき)にも問題はない。

 さらに、事務全般を――生徒会の内部事情を知り雑務(ざつむ)仕事をこなせる人間。まぁ、そんな限られた人を私は1人しか知らないけどね?

 そんな理由から、お姉ちゃんに白羽(しらは)の矢が立ったのだと言う。

 これは推測(すいそく)なんだけど――

 理事長先生はお姉ちゃんがいた(・・・・・・・・)から臨時アルバイトの件を持ち出したんじゃないのかな?

 

 去年の春先、まだお姉ちゃんが音ノ木坂の生徒会長をしていた頃。

 廃校の危機に瀕していた時に、お姉ちゃんは何とか学院を存続させようと必死で理事長先生に生徒会での活動をお願いしていた。

 だけど理事長先生は首を縦に振ることはなかったそうだ。

 それでも何とかしようと必死に抵抗していた。そんな時に穂乃果さん達がスクールアイドルを始めた。

 自分が必死に学院を存続させようとしている時に目の前に現れた穂乃果さん達――正直な話、お姉ちゃんは腹が立っていたそうだ。

 それまでスクールアイドルになる為に何か行動を起こしていた訳ではない。廃校を阻止する為に始めたと言うスクールアイドル。

 突発的(とっぱつてき)すぎてブームに乗っかっている(・・・・・・・・・・・)だけのように思えて――自分の2年ちょっとを否定されたように思えて腹が立ったのだと言う。

 お姉ちゃんは音ノ木坂を愛している。お祖母様の愛した音ノ木坂を、自分の力でより良い学院にする為に頑張ってきた。

 だからスクールアイドルになれば生徒が集められる――そんな気持ちで始める穂乃果さん達に八つ当たりじみた怒りを覚えていたんだって。

 そんなお姉ちゃんは何かあるごとに穂乃果さん達に反発をして、否定的な態度と言葉を投げかけていたのだった。



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活動日誌8 ゆめのとびら! 2

 これは前に希さんに聞いた話。

 固く口止めをされているから、お姉ちゃんには話したことはない。

 それが――

 お姉ちゃんが理事長先生にお願いしていた学院存続の活動もスクールアイドル(・・・・・・・・)だったってことなのだ。

 お姉ちゃんは少なくとも、踊りと言う部分に関しては努力をし続けてきたから――何もないゼロからのスタートをするには時間が足りないって思っていたんじゃないかな? 

 あとは単純に、ステージに立つ為の努力と覚悟が感じられなかったのかも知れない。だから反発をしていたのかも知れない。

 

 自分なら、できる努力と覚悟があると――ううん、やらなくちゃいけないって思って提案したんだろう。

 だけど、理事長先生は(かたく)なに断った。

 それは、お姉ちゃんの頭には学院存続しかなかったから――本当の意味で学院の為にスクールアイドルになろうとしているのがわかったからなんだと思う。

 理事長先生は大勢の学院の生徒を見てきた。更に、ことりさんと言う同世代の娘もいる。

 だからお姉ちゃんの考えもわかっていたのだろう――学院が存続出来るなら、自分のことなど構わないって。

 きっと自分が了承をしてしまえば、お姉ちゃんの学院生活を縛ってしまうと――自己犠牲だけではなく、生徒会ですら巻き込んでしまう可能性もあると。

 だから了承をすることが出来なかったんだと思う。

 

 そんな時に現れた穂乃果さん達への理事長先生の対応が、自分の時とは違い寛容(かんよう)なものだったから余計に腹が立っていたのかも知れないけど?

 確かにお姉ちゃんと穂乃果さん達は、学院存続と言う根幹(こっかん)は一緒だったのかも知れない。

 だけど、それだけじゃない――別に理事長先生は、娘可愛さで身内びいきをした訳でもない。

 と言うよりも、もしそうなら止めていたんだとも思う。

 だって自分の娘が苦労しても(みの)らないかも知れないであろう未来に、親だったら賛同なんてしないと思うし。

 それが自分の責任――とまではいかないんだろうけど、理事長先生は感じていたと思う。

 そんな自分の責任で娘を縛らせるなんて親なら考えないと思うから。

 だけど、純粋に彼女達自身の希望が(あふ)れていると感じていたから、理事長先生は穂乃果さん達の活動に関しては許可をしたのだろう。

 当然、お姉ちゃんと同じで、学生としての犠牲(ぎせい)を払う部分に関しては許容(きょよう)しなかったらしいから。

 そして、穂乃果さん達にお姉ちゃんを(たく)したのかも知れない。

 きっと彼女達ならお姉ちゃんを救ってくれるって――誰に縛られることなく、自分の為にやりたいことが出来るようになれるって。

 

 もしも生徒会が主導(しゅどう)でスクールアイドルを始めていたら、穂乃果さん達は加入しなかったのかも知れない。そうなれば、今の私達は存在しなかったんだと思う。

 別にお姉ちゃん達では成功しないって話じゃなくて、やっぱり私にとっての憧れて追いかけたいと思っているスクールアイドル μ's は――

 9人だけのものだと思うし、別の形ではないんだと思う。

 きっと今の私達があるのは、穂乃果さん達がいたから。

 お姉ちゃんの言葉に諦めずに頑張ってきたから――お姉ちゃんを始めとする私達が救われたんだと感じているのだった。

 

 そんな感じで、少し前のめり気味だった頃もあったけど――穂乃果さん達と一緒にスクールアイドルをやり始めて、凄く肩の力が抜けたんだって。

 だけどそれで学院への愛が(おとろ)える訳じゃない。

 周りのみんなと一緒に全員で学院を良くしていこうとしていた――もっと良い方向へ動き出している感じだったみたい。

 でもそれは卒業と言う形で終わってしまった。

 穂乃果さん達との絆、音ノ木坂学院との絆――そして、学院への愛。

 すべてがお姉ちゃんから遠ざかりそうになっていた。

 ――まぁ、ローカルアイドル活動によって穂乃果さん達との絆は繋がってはいたんだけどね。

 それでも学院への絆は『卒業生』と言う形でしか残っていないから。

 だからこそ、理事長先生はお姉ちゃんへのアルバイトを申し出たんだと思う。学院への愛を繋ぎ止めていける手段として。

 当然、お姉ちゃんは二つ返事で了承したのだった。

 

 ちなみに私達の歓迎会を開いてくれた日。

 お姉ちゃん達が理事長先生の所と職員室に挨拶をしに行ったのは――卒業生としてだけではなく、アルバイトをするのに挨拶をしに行ったのだと言う。

 まぁ、希さんとにこ先輩は卒業生としてだし――今日、希さんが来ているのは単なる付き合いなんだって。

 希さんは学院時代から引き続き、神社で巫女さんのアルバイトをしているらしいから――私達で練習しに行けば会えるかも知れないんだって。

 私はコーヒーを飲みながら、お姉ちゃんの真剣な表情で叩くキーボードの音と、出来上がった書類を真剣な表情でチェックする希さんを眺めながら――

 去年の生徒会室はこんな風景だったのかな? なんて思っていたのだった。

 

♪♪♪

 

「……うん、問題ないんやない?」

「本当? まぁ、あとは穂乃果達がチェックするだろうから……終わりで良いわね?」

 

 希さんが一通りチェックを終えて、問題がないことをお姉ちゃんに伝えると――背伸びをしながら解放された表情を浮かべてお姉ちゃんは答えると、ノートPCを閉じた。

 

「それじゃあ、コーヒーのおかわり入れてくるなぁ?」

「あっ、亜里沙がやります!」

「良いって、良いって……ウチに任しとき?」

「はい……」

 

 お姉ちゃんはホッと一息をついて、後ろに回した両手で支えながら、上半身を後ろに反らして、少し首を回していた。

 そんなお姉ちゃんに希さんは微笑みを送ってから、スッと立ち上がりコーヒーのおかわりを入れに行こうとして声をかけていた。

 私は慌てて自分が行こうとしたんだけど、満面の笑みとともに断られたのだった。

 

「……それで、部活の方はどう? 今日からでしょ?」

「……凄く大変だった……改めて、お姉ちゃん達の凄さ(・・)がわかったよ」

「そう? まぁ、最初から思い通りに行く人間なんていないんだから諦めないで?」

「それは、もちろん! ……そうだ、今日から新しいメンバーも入ったんだよ?」

「あら? 凄いわね……」

 

 希さんがキッチンへ向かうのを微笑みながら眺めてから、お姉ちゃんは上半身を起こし、その反動を利用して前かがみになってテーブルに両肘をついていた。そして私に向かって部活について聞いてきたのだった。

 だから、私は素直に感想を伝える。

 それを聞いたお姉ちゃんは少し嬉しそうに――だけど苦笑いを浮かべて言葉を繋げたのだった。

 お姉ちゃんの言った「諦めないで」と言う言葉に、私は胸を張って答える。

 だって雪穂と涼風ちゃんがいるんだもん。諦める訳はないんだから。

 そこで、涼風ちゃんのことを思い出して、お姉ちゃんに教えてあげたのだった。

 お姉ちゃんが驚きの声を上げると――

 

「んー? 何かあったん?」

 

 キッチンから希さんが戻ってきながら声をかけてきた。

 再びコーヒーを差し出されたので、お礼を言って飲み始める。

 コーヒーを一口飲んでから――

 

「今日から、新しいメンバーが入ったんです!」

 

 そう、希さんにも教えてあげた。

 希さんは少し驚きつつも笑みを浮かべて――

 

「それは凄いなぁ……さすがに、カードにも告げられておらんかったよ?」

「…………」

 

 そんなことを言っていた。

 隣で見ていたお姉ちゃんは何とも言えない表情を浮かべている。

 たぶん今の希さんは芝居(しばい)をしているんだろうと思った。

 特に確証(かくしょう)はないんだけど、何となくそう思えたのだった。

 その後は希さんが帰るまでの間、私達(3人)の話をしていた。

 今日のこと、昨日までのこと、これからのこと。お姉ちゃんと希さんは微笑みながら聞いてくれていた。

 希さんが帰ると、私も眠くなったから部屋に戻っちゃったんだけどね?

 だから、実際に私が話していたのは希さんが帰るまで。特にお姉ちゃんだけに話したことはなかった。

 お姉ちゃんと希さんは、とても懐かしそうに――自分達の知らない穂乃果さん達の話が聞けて嬉しそうだった。

 今までは、私の方が穂乃果さん達の話を聞くだけだったのに――こうして私の方が穂乃果さん達の話をするなんて、とても不思議な感じがしていた。

 でも、こうやって私もお姉ちゃんと共通の話題が出来るのは素直に嬉しいと思う。

 お姉ちゃんと希さんに話をしながら――これからも色々な話が出来ると良いな? って感じていたのだった。

 

♪♪♪

 

 私はお姉ちゃんの妹だ。

 だけど、お姉ちゃんの在籍していたスクールアイドル μ's は私にとって憧れでしかなかった。

 そう、私はお姉ちゃんの妹で、スクールアイドル μ's のファンに過ぎなかった。

 だから穂乃果さん達の話はお姉ちゃんから――そして、雪穂が聞いた話を聞いているだけだった。

 もちろん話を聞けるのは嬉しかったけど、私から話せることがないのは悲しかった――それは当たり前の話なんだけどね?

 たぶん私はずっと――お姉ちゃんとの繋がりを探していたんだと思う。

 妹として、ファンとして――そんな受身な立場じゃなくて、私からも話が出来る対等な繋がりを。

 

 今日、私は初めてお姉ちゃんの知らない穂乃果さん達の話――新しい音ノ木坂学院のアイドル研究部の話をすることができた。

 そして、お姉ちゃん達が本当に知らない『涼風ちゃん』と言う存在。

 きっと彼女は、私や雪穂に素敵な風を与えてくれる存在なんだろう。

 私も雪穂も、彼女との出会いの意味を見つけたいと願っていた。

 今日、本当の意味で――

 私達は夢の扉を開いたのかも知れない。

 私の想いが雪穂と涼風ちゃんの想いに重なり大きくなって広がった。

 いつか私達の瞳のレンズでみんなの笑顔を残していきたい――私達を含めて!

 そんなことを思っているのだった。

 

 希望の行方は誰にも解らないけど、私達は確かめようと、見つけようと走っていくのだろう。

 その先に、きっと――新しい夢の扉が現れることを願って。

 

 私は今日の用事を全て済ませ、自分の部屋に戻りパジャマに着替えて――ベッドに横になると音楽プレイヤーからアノ曲を選んで再生しながら目を閉じた。

 私達にとって、夢の扉を開いた先にあるのが明るい未来であることを願って――夢の中へと旅立っていくのだった。




Comments 雪穂

お疲れ様、亜里沙。
入学祝いが4つもって、何か凄いね。
まぁ、私も両親から貰えたんだけどね……ちなみに、お饅頭とTシャツは別だから!
希さんの言った『勝手知ったる何とやら』なんだけど――
正確には『勝手知ったる他人の家』って言葉らしいよ?
ただ、希さん的に他人って言葉を使いたくなかったから、何とやらで誤魔化したんだろうけど?
絵里さんのバイトの話は、お姉ちゃんから聞いたんだけど驚いたよ。
でも、良かったね。
とにかく、これからもよろしくね!


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活動日誌9 わんだー・ぞーん! 1

 私と亜里沙と涼風が初参加をした練習の日から、少し時間が経った日の放課後。

 私達は普段通りに部室まで歩いていた――普段通りって、なにか良いよね?

 いや、別に毎日が普段通りじゃないって訳じゃなくて、私達も普段通りって使えるくらいには部室に通えているんだなって話だからね?

 

 3人で初めて参加した次の日から、私達はお姉ちゃん達と一緒の練習メニューを真剣に取り組んでいる。

 当然、神社の階段道や境内で行う早朝練習にも参加しているし、放課後の練習だって参加している。

 更に私達だけでの練習も、昼休みや休日に3人で集まって頑張っているのだ。

 まだまだお姉ちゃん達には遠く足元にも及ばないし――正直、練習はキツイけどね?

 だけど誰も泣き言は言わないし、弱音も()かない――まぁ、それだけの体力が残っていないだけかも知れないんだけど?

 それでも自分達で決めたこと。自分達が目指そうと歩き出したこと。

 私達の意思で始めたことなんだから、精一杯やるだけなんだと感じていた。

 

 とは言え、常にフルスロットルで駆け抜けても身体が悲鳴を上げるだけ。きちんと休息も取りつつ練習をする。

 その方が(はる)かに効果的だと言うのが、お姉ちゃん達の経験からくる結論なのだ。

 まぁ、確かに365日あんなハードで濃密な練習をこなしていたら、間違いなくステージ上で私達が奏でる(おと)を上げる前に――

 続かなくて()を上げるだろうし? なんてね。

 そんな訳で今日は久しぶりに練習がない。だけど私達は部室に向かっている。

 昨日の練習が終わった時、花陽さんから――

「あっ、明日は1日お休みだから……早朝練習はないからね? ただ、放課後は部室に集合して?」

 そう伝えられたのだった。

 練習はなくてもアイドル研究部は活動(・・)がある――

 スクールアイドルの練習だけが活動じゃないからね? 話し合いも必要なんだろう。

 ちゃんと私達も出席(参加)できる話し合いがあるのは素直に嬉しいことだ。きちんと部員だと認められている感じがするから。

 私達はお姉ちゃん達がどんな話をするのか、期待に胸を(ふく)らませて部室まで歩いていたのだった。

 

♪♪♪

 

「「「……失礼します!」」」

「うんしょ――えっ! ……あははは……サンニントモ、オツカレサマ」

「「…………」」

「?」

 

 私達が挨拶をしながら部室の中へ入ると――

 ことりさんが何やら背伸びをしながら、棚の上に手を伸ばし、ある代物(・・・・)を取ろうとしていた。

 ことりさんは中に入ってきた私達に気づいて驚くと、伸ばしていた手をパッと後ろに隠しながら私達に向き直って――

 乾いた笑いを紡ぎながら、何事もなかったかのように笑顔を浮かべて棒読みで声をかけ――後ずさりをしながら棚から離れるのだった。

 だけど、取ろうとしていた代物は棚の上に置かれているままだった。

 つまり、ことりさんの後ろに回した両手には何も持っていない。だから特に後ろに手を回す必要はない。

 なのに、わざわざ後ろに手を回してまで『何もしていなかったオーラ』を取り(つくろ)うとしている――そんな不自然な行動のことりさんを見ながら私には、表面には見えていない彼女の(あせ)りを感じていたのだった。

 たぶん亜里沙も気づいたんだろう。私と亜里沙は事情を知っているから、ことりさんに向けて苦笑いを浮かべていた。

 だけど、事情を把握(はあく)していない涼風は不思議がっていたのだった。

 

 ことりさんが取ろうとしていた代物(・・)

 それは先代部長のにこ先輩が、自分が卒業するからってアイドル研究部に置いていった1枚の色紙。アキバで伝説のカリスマメイド――ミナリンスキーさんのサイン色紙なのだった。

 ――まぁ、ことりさんのことなんだけどね?

 

 どうやら、お姉ちゃん達と3人でスクールアイドルを結成したばかりの頃。秋葉原を歩いていた時にメイド喫茶――メイドカフェ?

 とにかく、お店の人からアルバイトの誘いを受けたらしい。

 その頃の彼女は他の2人に引け目を感じていたのだと言う。

 そんな自分を変えたくて――可愛い衣装が嬉しくて?

 周りには内緒でアルバイトを始めたんだって。

 元来(がんらい)の物腰の柔らかさに加えて、普段の自分ではない自分を引き出せたのか――丁寧な接客と献身的(けんしんてき)な対応が評判を生んでいた。

 そして(またた)く間に口コミで話題になり、伝説(・・)とさえ言われるようになった。

 どう言う経緯(けいい)で書かれたサインなのかは知らないんだけど――

 にこ先輩は、ことりさんと知り合う前に色紙をオークションで入手していたらしい。

 そして、口コミだけの情報しか知らなかったからミナリンスキーさんが――自分の後輩(・・・・・)だったなんて知らなかったみたい。

 そんな中、 μ's に9人が揃った直後。とあるキッカケでことりさんがミナリンスキーさんだとお姉ちゃん達は知る。

 ――いや、アキバのカリスマメイドのことすら知らなかったんだけどね?

 そのことをキッカケに、絵里さんからの提案で μ's の新曲の作詞をことりさんにお願いしたらしい。

 普段は海未さんが担当している作詞。だけどコンセプトとして秋葉原を題材に書こうと考えていたから――アキバでメイドをしていた彼女が適任(てきにん)だったみたいなんだよ。

 ところが中々良い詞が思いつかない。途方(とほう)に暮れていた彼女に、手を差し伸べたお姉ちゃん。

 まぁ、一緒にメイドのアルバイトをしただけなんだけどね? それも、海未さんを巻き込んで!

 

 その甲斐(かい)があり、無事に作詞が完成して、新曲のお披露目(ひろめ)ライブ――秋葉原で路上ライブが()り行われる。

 その際の宣伝と衣装提供を兼ねていたのかな?

 再びお姉ちゃんと海未さんは、ことりさんと共にメイドカフェでアルバイトをしたのだった。

 その時に私と亜里沙も事情を知り、お店にもお邪魔していたんだよね。

 なんて言うのかな?

 メイドカフェで働くことりさんは――もう、まさに天職(・・)って気がした。

 カリスマメイドなんて言葉では言い表せない何か(・・)を彼女に感じていたもん。

 きっと、ことりさんは根っからのメイドさんなんだろう――まぁ、メイドさんについて、何も知らない私が言うのも変だけどね? そんな風に思えていたのだった。

 ことりさんが作詞をしたアノ曲は、彼女達 μ's が思うアキバのイメージ――

『目まぐるしく移り行く時間の中にある、そんな新しい自分や時間でさえも受け入れてくれる不思議な空間』

 そんな感じの曲だと思う。

 だけど、お邪魔したメイドカフェでのことりさんこそが、優しくもあり、温かくもあり、新しいことりさんや空間を知れた――私にとっての不思議な空間(・・・・・・)に思えていたのだった。なんてね。

 

 ちなみに、ことりさんは今でもアルバイトを続けているらしい。

 まぁ、周りの人には内緒で? みたいなんだけど――暗黙(あんもく)の了解ってヤツ?

 特に、母親である理事長先生には内緒にしたいみたいだけど、きっと理事長先生だって知っているんじゃないかな?

 だけど特に悪いことをしている訳でもないだろうし、敢えて黙認(もくにん)をしているのかも知れない。これも生徒の自主性を尊重する校風なのかも知れないね?

 

 たぶん、知らぬは当人ばかりなりって感じだと思うんだけどね。

 ファンの人達もたくさんの人が知っている事実だと思うよ。

 スクールアイドルの頂点に輝いた μ's のメンバーの1人。

 そして海外PRで人気を広げ、更に合同ライブの発起人の1人。

 注目されない訳がないんだと思う。

 だから普通、そんな彼女がアルバイトをしているなんて知れ渡れば、相当な騒ぎ(・・)が起きることなんて、誰でも簡単に予想できるよね。

 それでも何か騒動が起きる訳でもなく、普通にアルバイトを続けていても営業ができているくらいだった。

 それはきっと、ファンの人達の対応もあるかも知れないけれど――目の前に現れたことりさんがそうさせている(・・・・・・・)のだと思う。

 スクールアイドル μ's の南 ことりさんではなく――アキバのカリスマメイドのミナリンスキーさんとして皆と接しているから。

 そんな彼女との不思議な空間を大事にしたいって思うからなんだろう。

 だからこそ、お店としても彼女にアルバイトを続けて欲しいと願うし、本人も続けたいって願ったんじゃないかな?

 そして、そんな不思議な空間を皆で支えているんだろう。だから今でもアルバイトを続けていられる気がするのだった。

 

 そんな感じでことりさんがミナリンスキーさんだと言うことは、メンバー全員が知っていた。

 だけど、サイン色紙は間違いなく先代部長のにこ先輩の私物(・・)なのだ。

 でも卒業だからと家に私物を持ち帰ることになった際に、ポスターと色紙だけはアイドル研究部に寄付(きふ)をしていった――まぁ、ポスターに関しては貼る場所がないし、()がすのが面倒だからみたいなんだけど?

 色紙に関しては――

「こう言うモノがあった方が、アイドル研究部として(はく)が付くでしょ?」

 そう、あっけらかんと言っていたそうだ。

 別にミナリンスキーさんがことりさんだと知った――価値を失ったから置いていった訳ではない。

 一応、卒業式の段階では色紙の話は解決したかのように思われたらしいんだけど?

 私と亜里沙の歓迎会の時に、ことりさんとにこ先輩が押し問答(もんどう)を繰り広げていた。その時の会話は、確かこんな感じだったと記憶している。

 

♪♪♪

 

「……ねぇ、にこちゃん……」

「持って帰らないわよ?」

「――持って帰ってよぉ」

「――帰らないって言っているでしょうが!」

「なんでぇ?」

 

 歓迎会の歓談中、隣に座るにこ先輩に声をかけることりさん。だけど会話をする暇もなく拒絶(きょぜつ)されるのだった。

 いや、私には全く理解できない会話なんですけど? あとの会話で主語が理解できたような話だったから。

 だって、ことりさんは普通に名前を呼んだだけだよ? それも元々会話をしていた訳じゃなくて、唐突(とうとつ)に始まった会話なんだし――何でアレ(・・)で内容までわかるの?

 アレで成立する関係――他のメンバーもそうなんだけど?

 スクールアイドル μ's の時間の濃さに驚きの連発の私なのだった。

 



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活動日誌9 わんだー・ぞーん! 2

 ことりさんに少し(うる)んだ瞳で聞き返されて、にこ先輩は困りはてた表情を浮かべながら――

 

「……あのねぇ? あたしは別にコレクターじゃないの! 純粋にアイドルが好きなだけ! 寄付したいと思ったから寄付をしただけで、泣く泣く置いていった訳じゃないのよ?」

「だけど、落札(らくさつ)するのにお金かかったんじゃ?」

「はぁ? ――良いこと? あたしは、価値に対してお金を投資(とうし)したの……それに見合うだけの金額だったから払っただけよ。だから、お金がかかったなんて思っていないわ」

「じゃあ、もう価値はなくなったの?」

「――あんた、バッカじゃないの? 価値がなくなったのなら売る(・・)に決まっているでしょうが! 価値はある(・・)に決まっているじゃない!」

「だったら……」

 

 そう言い放つのだった。

 それでも、未だに納得してもらえていないと判断すると――

 

「……あたしが色紙を欲しかったのは、アレが伝説のカリスマメイドのミナリンスキーさんのサインだったからよ? アイドルを目指して必死で頑張ってきたけど、上手くいかずに落ち込んでいた時……ミナリンスキーさんの話をネットで知ったの。誰からも愛される彼女は、本当のアイドル(・・・・)に思えた。だから欲しかった……そして部室に飾っていたのは、あたしも誰からも愛されるアイドルになる為……彼女みたいになるのが目標(・・)だったからよ。……まぁ、ミナリンスキーさんが、あんただって知った時は驚いたけどねぇ? だけど、それでビラ配りの件が納得いったんだけど……」

 

 にこ先輩は少し恥ずかしそうに、だけど真剣な表情で語るのだった。

 

 にこ先輩の最後に言った『ビラ配りの件』とは――

 以前、にこ先輩が加わって7人でスタートした頃。メンバー内でリーダーを決めようとした時に、にこ先輩が提案して実施(じっし)された勝負の1つなんだって。

 秋葉原の街でライブのチラシを誰が1番配れるか?

 そんな勝負で、ことりさんが圧勝したらしい。

 そう言えば、お姉ちゃん達3人での初めてのライブの時もチラシ配りでことりさんは善戦(ぜんせん)していたって聞いた。たぶん、そんな部分もカリスマメイドと呼ばれる彼女の才能の1つなのかも知れない。

 と言うより、これもお姉ちゃんに聞いたんだけど?

 そのファーストライブのチラシを最初に秋葉原の街で配ったらしいけど? いや、海未さんの恥ずかしいって気持ちを克服する為だって言うのは理解したよ?

 だけど? そのファーストライブって――

 学院の新入生歓迎会の直後に学院の講堂で開始されるライブなんだよね? 一般公開されていないんじゃないの?

 まぁ、知名度を上げる為でもあったんだろうから良いんだけどね?

 

 そんなにこ先輩を無言で見つめている私達。

 にこ先輩はコップのジュースを一口飲んで一呼吸(ひとこきゅう)をすると――

 

「だけど、あたしには仲間(・・)ができた。一緒にアイドルを目指せる……思い出を共有できる仲間が。あんた達に誘われた時点で、あたし(・・・)の目標は全員(・・)の目標になったんだから、あたし1人が所有(しょゆう)するものでもないのよ? だから、部へ寄付をした。それだけよ?」

「……にこちゃん」

「それにね? ――」

 

 優しい微笑みをことりさんに向けながら、そんなことを言っていた。

 隣で聞いていたことりさんは柔らかな表情を浮かべて声をかけたんだけど、にこ先輩はことりさんに向かって含み笑いの表情で――

 

「第一、あんたが言ったのよ? 私には私の役目がある……道に迷うことがあっても、それがムダになるとは思わないって。……アノ色紙にはアノ色紙の役目がある。道に迷うことがあっても、部室に飾っていることがムダだとは思っていないわよ、あたしは?」

「…………」

 

 そんな言葉を繋げたのだった。

 

 去年のハロウィンイベントの際、新しい μ's を試行錯誤するあまり――肝心(かんじん)な曲や衣装の進行などが大幅(おおはば)に遅れていたらしい。

 衣装製作担当のことりさんと共に、にこ先輩と花陽さんが衣装製作の手伝いをしたらしいんだけど――にこ先輩が愚痴(ぐち)をこぼした時に、ことりさんから言われた言葉なのだと言う。

 ことりさんは、そんな言葉を受けて苦笑いの表情で何も言えなくなったのだった。

 そんなことりさんを優しく見つめながら――

 

「そもそも、あんたは別に恥ずかしいことをしている訳じゃないでしょ? ただ、純粋にお客様を笑顔にさせる為に頑張って(・・・・)きて……あたし達がそれを認めた(・・・)。そして、そのことがアイドルにとって1番大事(・・・・)だって、あたしが思っているから……アイドル研究部に必要だから部室に飾っている。……それが色紙に対する価値なんだから、胸を張って良いことだと思うけど?」

 

 にこ先輩はそんな言葉で話を()めた。

 ことりさんはその言葉を聞いて、他の μ's のメンバーを見つめていた。周りの皆もことりさんに微笑んで無言の頷きを返す。

 皆の頷きを見て、少し涙ぐむことりさんなのだった。

 

 そんなことりさんを温かく見守るお姉ちゃん達。

 常に新しいことを目指して変化していくお姉ちゃん達。

 そんな1人1人の変わっていく時間を、常に受け入れてくれる――このアイドル研究部と言う場所も、お姉ちゃん達にとっての不思議な空間なのかも?

 そしてこれからは、私や亜里沙や涼風の変化も受け入れていってくれる――

 私は部室の不思議な空間に包まれながら、そんな気がしていたのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな経緯のある色紙――あの時は確かに納得したのかも知れない。

 だけど気持ちが変化したのかも知れない。

 確かに、にこ先輩からあんな風に言われていても、毎日見ることになれば、ねぇ?

 私と亜里沙は知っているから良いとしても、何も知らない涼風が気にならないとは思えない。

 今のところは聞いていないだけで、しばらくすれば誰かに聞くことになるかも知れない。

 そうなった時に、なんて答えれば良いのかが私には想像つかないのだった。

 ありのまま答えると言うのは、ことりさんでないと答えるのが(はばか)られる。だけど情報が出回っている話だから何かの拍子にバレてしまう可能性があるので、下手な誤魔化(ごまか)しは難しいだろう。

 だから、ことりさんは話が出る前に隠そうとしていたんだと思っていた。

 ところが――

 

「あっ、あのね? ……悪いんだけど、この椅子を押さえていてくれないかな?」

「は、はい……これで良いですか?」

「うん、ありがとう。それじゃあ、少しだけ押さえていてね? ……うんしょ」

 

 ことりさんは少しの間、部室の中を彷徨っていたんだけど?

 意を決した表情で私達――ううん、正確には棚の前に立っていた私達の方へ歩いてくると椅子を棚の前に置いて声をかけてきた。

 私が椅子を押さえて声をかけると、ことりさんは礼を告げて――上履きを脱いで椅子の上に立ったのだった。

 ――私、慌てていたから押さえ方を間違えたみたい。

 ほら? 棚の方に背もたれを当てて置いてあるんだけど――私、座るところの(はし)のパイプを押さえているのね? しかも邪魔になるとマズイからって中腰の体勢で!

 その上に、ことりさんが立ったのですよ――そう、私の目の前にことりさんの両足が広がっているのですよ? 今日は練習がないので制服のまま!

 つまり、そのまま見上げると――言わなくても、わかるよね?

 ほら? 女の子同士だし、着替えだって一緒にすることもあるんだろうけど?

 そう言うのとは違うんだよねぇ?

 何て言うのかな? 普通に見るのとは違って、普段見られない時に見れるシチュエーションって――同姓の私でもドキドキするんだよ?

 相手がことりさんなら、尚更だね?

 と言うよりも μ's のメンバーは全員――あっ、お姉ちゃんは別だけどね!

 ドキドキするものなのですよっ!

 ――いや、ことりさんゴメンナサイ。

 なんとなく申し訳なくて、心の中でことりさんに謝罪をしながら俯くのだった。

 

「……うんしょ……ふーっ……」

 

 なんとか色紙を取ることに成功したことりさんは、安堵の表情を浮かべて椅子から下りる。

 一瞬だけ懐かしむように色紙を眺めると、テーブルに置いてある自分の鞄の方へ持っていくのだった。

 やはり持ち帰るのかなって、私と亜里沙は思っていたのに自分の鞄を開けて――色紙をしまわずに、代わりにとある物を取り出したのだった。

 それは、見開きの形状で2枚の色紙が入る色紙フレームだった。

 

「……ごめんね? また、押さえてもらっても良いかな?」

「は、はい……押さえました」

「? ありがとう……あっ、コレ持っていてもらえる?」

「わかりました!」

「ありがとう……じゃあ、渡して?」

「はい……」

「ありがとう……うんしょ」

 

 ことりさんはそのフレームの片方に色紙を入れると、再び私に椅子を押さえてもらうようにお願いしてきた。

 さすがに同じことをするのは進歩がないから、今度は背もたれを立ったままで押さえると――さっきの光景が脳内をよぎり、少し恥ずかしくなって横を向いて答える。

 ことりさんは、最初と違う押さえ方をしながら変な態度で押さえている私に疑問の表情を浮かべていたけど、気にせず隣の亜里沙にフレームを持っていてもらえるようにお願いした。

 亜里沙は元気良く返事をして受け取る。

 すると、ことりさんは上履きを脱いで椅子の上に立つと、色紙を渡すように指示をする。

 亜里沙が手渡すと、ことりさんは再び色紙を棚の上に乗せるのだった。



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活動日誌9 わんだー・ぞーん! 3

「……ふーっ……うん! ……ありがとう。あのね? ――」

 

 色紙を乗せ終えたことりさんは、椅子から下りて一呼吸をすると、色紙を見上げて満面の笑みを浮かべて納得の声を上げていた。

 そして私達に振り返り、改めて礼を告げると――涼風を見つめて、ミナリンスキーさんとしての話を全て打ち明けたのだった。

 自分がメイドカフェでミナリンスキーとしてアルバイトをしていること。

 さすがに自分で伝説とまでは言わなかったけどね?

 飾ってある色紙はお店で書いたサインだったのだけど、にこ先輩の手に渡った色紙だったのだと。更に歓迎会で話された内容を全て、優しい微笑みを添えて語ったのだった。

 そして――

 

「……私はメイドの仕事が大好きなの……誰かの為に何かをするのが好き……誰かの笑顔が好き……だから、私は今でもアルバイトを続けているし、メイドの仕事に誇りを持っているの。そして、色紙(アレ)の持ち主だった……にこちゃんがアイドル研究部に託してくれた。みんなが飾っていることを望んでくれた。だから、飾っていたいと思うんだけど……良いかな?」

 

 そんなことを涼風に語りかけていた。

 確かにお姉ちゃん達 μ's のメンバーと私と亜里沙は飾っていることを賛同(さんどう)した。

 だけど涼風だって立派なアイドル研究部員なんだよね。だから彼女にも賛同を得ようとしたんだろう。

 ことりさんの話を真剣な表情で聞いていた涼風は笑みの表情に変えると――

 

「私も目標(・・)として飾っていてほしいです!」

「ありがとう……今度、お店の方へ遊びにおいでね?」

「ありがとうございます! 是非、お邪魔します!」

 

 そう言い切るのだった。

 

 ことりさんは賛同に対して礼を告げると、微笑みを浮かべてお店の方へ遊びに来るように伝えていた。それを聞いてパッと花が咲いたような笑顔を浮かべて、涼風が礼を告げていたのだった。

 私はそんな2人のやり取りを微笑ましく眺めていたんだけど、ふいに視線を棚の上の色紙に移した。

 いや、気になるじゃん? 見開きの2枚入るフレームの片方しか入れないのが!

 特に色紙を入れている時には、他に何も入れている気配(けはい)がしなかったし?

 そんな風に思ったからフレームを眺めたんだけど、片方には今入れていたサイン色紙が入っている。

 そして、もう片方には――何かの文字が(つづ)られていたのだった。

 つまり鞄から取り出した時には、もう中に入っていたのだろう。

 私は目を()らして何が書いてあるのかを確かめる。

 文字、文章、歌詞。

 段々と私の思考が文字を読み取り始めて、書いてある文字がアノ曲の歌詞だと気づいた。

 そう、ことりさんが作詞をして路上ライブで歌ったアノ曲。

 その歌詞をことりさんの綺麗で可愛らしい文字で書いてあったのだった。

 

 これは私の推測なんだけど――

 ことりさんは歓迎会の時に皆から飾っていることを望まれた時点で、自分も色紙を飾ることに賛同していたんだろう。

 その上で、キチンとフレームに入れることを考えていたんじゃないかな?

 額なし(はだか)の状態で置かれているのって、サインを書いた本人として、なんとなく気が引けるのかも知れないしね?

 だけど生徒会や練習が忙しい――正確にはフレームは色紙2枚の入るサイズだから、簡単に学院に持ってくることは難しいのだと思う。

 いや、学生鞄は学校の教科書やノートや練習着が入っているだろうし? 中々、持っては来れなかったんだろう。

 だけど今日は練習が休みだから、普段なら練習着を入れているスペースが空いている。だから空いているスペースに入れて持って来れたんだと思う。

 そして、色紙と一緒に歌詞を綴る――これも自分の誇れることだから。

 自分がミナリンスキーとして頑張ってきたから、完成することができた詞。

 だから、一緒に飾りたかったんだろう――どちらも自分にとってかけがえのないモノ(宝物)なのだろうから。

 

 だけど、堂々と飾ると言うのは性格的に恥ずかしかったんだと思う。

 だから誰もいない部室でコッソリと手早く済ませたかったんじゃないかな?

 そんな風に焦りながら色紙を取ろうと悪戦苦闘(あくせんくとう)――いや、始めから椅子に上れば良いとは思うけど?

 実は、パイプ椅子って安定性が悪いんだよ? 少しの体重移動でもぐらついちゃって(・・・・・・・・)倒れるか――背もたれの方に体重かけると(はさ)まれるからね?

 いやいや、椅子は座るもので上るものじゃないから――危険なんだから、あんまり1人で上っちゃダメだよ?

 上りそうなお姉ちゃんと凛さんは特に! なんてね。

 正直こんなことで怪我(けが)をしてしまっては、アイドル活動に支障(ししょう)が出る。だから無理に上ろうとはしなかったんだと思う。

 

 そんな感じで、安全に済ませることを優先して――棚に手を伸ばしていたところに私達が来た。だから少しの間だけ何事もなかったように振舞っていたんじゃないかな。

 だけど待っていても私達は部室を出ることはない――だって、今日は練習がないんだから。

 そうしている間にも時間は過ぎていくのだ。

 このままだと皆が部室に来てしまう。

 かと言って、一旦フレームを持ち帰って、明日持ってくるのは大変だろう。そして、明日から練習が続くから持ってこれるスペースもないだろうしね。

 まぁ、ロッカーに置いていくって手はあるんだけどね?

 だけど明日から生徒会も当分忙しくなるだろうから、いつまでも飾れなくなってしまう恐れがある――再来週の頭に控えた新入生歓迎会に向けて色々と準備があるんだって。

 だからロッカーに置いていても、ずっと飾れない――ううん、単純に焦っていて思考が回らなかっただけなのかも知れない。なんてね。

 

 でも、それ以上に――

 ことりさんは涼風がいたから、今飾ることにしたんだと思う。

 アイドル研究部。それは涼風も含めた9人からなる部なのだから。

 涼風だけが知らないと言うことはあってはならない――そんなことを考えていたんだと思う。

 だからキチンと打ち明けるつもりではいたんじゃないかな。

 そして、飾る前にその場に居合わせたから涼風に了承を得たんだと思う。

 たぶん、ことりさんなら――賛同を得なかったら色紙を飾るのをやめていたのかも知れない。

 まぁ、涼風がそんなことを言うとは思えない――

 ずっと気にはなっていたとは思うし。だけど聞いて良いものか悩んでいたのだろう。

 ことりさんから教えてもらい、納得してスッキリした――と言うより、凄く嬉しそうな表情で食い入るように色紙を眺めている涼風。

 きっと私と亜里沙と同じ気持ちなんだと思っっていた。

 私達も目標として、みんなを笑顔にさせられるアイドルになれるように頑張っていきたいって。涼風の横顔を眺めながら、そんなことを考えていたのだった。

 

 その後、私達が歓談をしていると順々にお姉ちゃん達が部室にやって来たのだった。

 お姉ちゃん達は部室に入ってくると、真っ先に色紙の変化に気づいていた。

 その光景を見ながら、お姉ちゃん達はいつも部室に入ってくると1番に色紙を見ているんだってことに気づく。

 それが、お姉ちゃん達の言う目標なのだろう――

 色紙を最初に見ることによって、自分自身のアイドルとしての心構えを再確認しているのかも?

 そんな風に思えたのだった。

 この点は私達にはなかった部分なので、私達もこれからは1番に色紙を見て気持ちを引き締めたいと思った。

 その日の帰りに亜里沙と涼風にそんな話をしたら、2人も色紙は見ていなかったみたいで少しホッとしたんだけどね?

 ほら? 私だけだったら、どうしようって思ったから――まぁ、涼風に関しては今日知ったんだから当たり前なのかも知れないんだけど。何となく安心できたのだった。

 

 とは言え、お姉ちゃん達は特にフレームと歌詞に関して言及することはなく――無言でことりさんに微笑みを浮かべるだけだった。

 ことりさんも微笑みを返すだけ。

 そんな温かな空気に包まれながら、アルパカの世話をしているのだろう――まだ部室に来ていない花陽さんが来るのを待っていたのだった。

 

♪♪♪

 

 私達が今こうして、アイドル研究部にいられるのはお姉ちゃん達のおかげだ。

 でも前にも書いたけど、3人が入部したのは必然じゃなくて偶然なのだ。

 私と亜里沙と涼風の3人が揃って入部することは不思議な出来事だったのかも知れない。

 もしかしたら、私達はお姉ちゃん達に呼ばれたのかな?

 スクールアイドル μ's と言う――不思議な空間から呼ばれた、聞こえない心の声に答えて走ってきたのかな?

 そして私達が3人揃った時点で、きっと不思議な夢の始まりを告げたんだろう――お姉ちゃん達のようなアイドルになるって言う、夢の始まりを。

 

 アイドル研究部の部室やお姉ちゃん達――私達にとっての不思議な空間が私達を強くしてくれたんだろう。

 それは辛くても諦めない心――夢に向かって走り続ける心。

 そして、走り続けた先に――私達に熱い喜びを招いてくれるミライを与えてくれるんだろう。

 一緒に感じられる亜里沙と涼風――2人と熱く動きだせるんだ! 

 ぐっと大きな夢が始まるんだ!

 勇気消えそうで不安な時もあるだろうけど――うんと背伸びして前向いて。

 何度も3人で確かめ合って、合図を送りながら進んでいくんだ!

 

 そうやってお姉ちゃん達だって進んできたんだから――私達だって進んでいけるよね?

 そんなお姉ちゃん達を受け入れ続けてくれた不思議な空間――私達も受け入れてくれるよね?

 これから、私達3人のことも――お姉ちゃん達と同じく、よろしくお願いします。

 私は心の中で部室の不思議な空間にお願いをしてから――

 アノ曲を心の中で口ずさみ、この不思議な空間に包まれていたのだった。 

 




Comments ことり

今日はアノ話なんだね? 
……なんか恥ずかしいな? 嬉しいんだけどね?
でも、椅子に上った時――
私が無神経だったね? むしろ、私の方がごめんね?
でも、にこちゃんが託してくれて――みんなが賛同してくれた色紙。
キチンとフレームに収めておきたかったから、今は凄くホッとしているよ?

えっ? 私のアルバイトって、そんなに知れ渡っているの!?
お母さんも気づいているのかな?
でも、何も言われていないから大丈夫かな?
私はメイドの仕事が好きだし、これからも続けたいと思っているから――
今度、みんなでまた遊びにきてね?


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活動日誌10 ぼくらは・いまのなかで! 1

「……お疲れ様ー」

 

 残るは花陽さんだけになった部室内。

 全員が思い思いに時間を過ごしている中、部室の扉が開いて花陽さんが入ってきた。全員がそれぞれに挨拶を交わしていく。

 そしてお姉ちゃん達と同じく、花陽さんも入ってくると真っ先に色紙の変化に気づいて――ことりさんと優しく微笑みを交わしていたのだった。

 

「……さてと?」

 

 花陽さんがいつものお誕生日席に座り、そう切り出すと――全員が思い思いの行動を止めて、真剣な表情で花陽さんの方へと向き直る。

 私達1年生も、緊張の面持(おもも)ちで花陽さんの言葉を待っていた。

 いよいよ、今日の話し合いの議題が発表されるんだ。

 そんな風に思っていると――

 

「まずは、穂乃果ちゃんより生徒会からのお話があります」

「……えっとね? とりあえず、新入生歓迎会の部活説明――に関しては、花陽ちゃんが出席することになっているんだけどね? 歓迎会の後でライブが出来れば? と思うんだけど……どうかな?」

 

 花陽さんからお姉ちゃんへと話が振られていた。するとお姉ちゃんは全員に向かい、こんな提案をしたのだった。

 新入生歓迎会の後のライブ――

 それは去年、お姉ちゃん達がファーストライブを(おこな)った日。

 本当の意味(・・・・・)でのお姉ちゃん達のスタートになった日だ。

 去年の場合はお姉ちゃん達(自分達)が絵里さん達の在籍(ざいせき)をしていた頃の生徒会に申請書(しんせいしょ)を提出していたんだけどね?

 今年の生徒会は自分達が運営しているから、講堂の使用状況は把握出来ているんだよね。

 今のところ、誰からも使用申請が出ていない――ううん、きっと全員が願望を抱いているからなんだと思う。お姉ちゃん達にライブをやってほしいって!

 だから使用申請を出していないのかも知れない。まぁ、単純にその時間に講堂を使える(・・・)活動がないからだとは思うんだけどね?

 そんな状況だから自分達がライブが出来ると判断して、全員に提案をしたのだろう。

 と言うより? この話って生徒会関係あるのかなぁ?

 どっちかと言えばアイドル研究部の話のような――ま、まぁ、生徒会からの要望ってことなのかも知れないけどね?

 

「凛は、やりたいニャ!」

「……そうね? 新しく6人で活動するって決めたんだし、早いうちにライブをするべきなのかもね?」

「もちろん、私も賛成(さんせい)だよ?」

 

 凛さんと真姫さんと花陽さんは、お姉ちゃんの提案に笑顔で賛同していた。

 まぁ、海未さんとことりさんは許可(賛同)しているから、お姉ちゃんも花陽さん達に提案(・・)したんだろうし。

 うん。話を聞いても何も驚いていなかったからね、海未さんが。

 とりあえず、全員一致でお姉ちゃん達のライブは決まった訳だ。

 久しぶりのお姉ちゃん達のライブ――たぶん私達は裏方仕事(お手伝い)が忙しいだろうけどね? 舞台袖で見れると良いな?

 そんなことを考えていた私の耳に――

 

「それで、雪穂達はどうかな?」

「……何が?」

 

 突然、お姉ちゃんがそんなことを訊ねてきたのだった。

 いや、話の流れ的に私達のライブって話なんだってわかるよ? 今、考えれば!

 だけど、あの時は全然そんなことを考えている訳ないじゃん!

 確かに? 去年のお姉ちゃん達は歓迎会の後にライブをやったよ?

 でも、それは廃校を阻止する(・・・・・・・)為の一環(いっかん)だった訳だし――そうしなければダメだったからなんだもん。

 だけど私と亜里沙と涼風――今年の新入部員には、そんな大義名分(たいぎめいぶん)は存在しない。

 まして、お姉ちゃん達がライブをするのだ。

 想像するだけでも、講堂を埋め尽くす――色とりどりのサイリウム(光の星)脳裏(のうり)に映し出されるほどの、満員を約束されているお姉ちゃん達のライブ。

 そんなステージに私達が一緒に上がるなんて、ねぇ?

 まだまだ、そんな自信も度胸(どきょう)も持ち合わせてはいないから!

 だから、まさか私達もライブをするなんて思っていなかったんだよ。隣に座る亜里沙と涼風も、私と同じような表情でお姉ちゃん達を見ていた。

 きっと、私と同じで――ライブをするなんて思っていないのだと感じていたのだった。

 

「ライブに決まっているじゃん!」

 

 まぁ、そうなんだけどね? お姉ちゃんが笑いながら答えていた。

 私達3人は無言で顔を見合(みあ)わせる。もちろん、私達3人だってライブはやりたいんだけどね?

 でも、さっき書いたように自信も度胸もないから――同じような困惑の表情を突き合わせていたのだった。

 そんな3人を見ながら――

 

「あのね? ……確かに、初めてのライブって緊張するだろうし……怖いかも知れないよね? でも……3人にもライブステージ(あのステージ)に立って欲しいって思うんだ……だって、スクールアイドルを目指しているんでしょ? それなら……スポットライトの下で、お客さんの笑顔の前で歌う喜びを早く味わって欲しいんだよね?」

「凛も、そう思うニャー!」

「……私も花陽の意見に賛成ね? 確かに怖いかも知れないけれど、終わった後には良い経験になるんだから。どの道いつかは通る道なら、早い方が良いでしょ?」

「凛も、そう思うニャー!」

「……。……貴方達のライブの成功を祈って、凛はライブ終了まで大好きなラーメンを断つ(・・・・・・・)そうよ?」

「凛も、そう思……わないニャーーーーーー! ちょっと、真姫ちゃん何を言っているニャ!」

「――それはコッチの台詞よっ! なんで自分の意見を言わないのよっ!」

「えっ? ……い、いや、凛は……2人の意見に……賛同したから……」

「……ふーっ。まぁ、良いけど?」

 

 花陽さんが優しく声をかけてくれていた。そんな花陽さんの意見に賛同する凛さん。

 続けて、真姫さんも優しく声をかけてくれていた。そんな真姫さんの意見に賛同する凛さん?

 そんな凛さんを横目に(むずか)しい顔をしながら見ていた真姫さんは、突然凛さんの麺断(めんだ)ち宣言をする。

 真姫さんの意見に賛同しようとして、(すんで)のところで思いとどまった凛さんは否定をすると――言わせようとした真姫さんに食ってかかっていた。

 ところが真姫さんは正論を投げかける。

 正論を投げかけられた凛さんは、いとも簡単に萎縮(いしゅく)して、弱気な声で反論していた。そんな凛さんを見て、一呼吸をついて苦笑いを浮かべながら、話を止める真姫さんなのだった。

 私達は花陽さん達を見つめながら微笑みを浮かべていた。そして、3人で顔を見合わせ、無言で笑顔を交わすと――

 

「「「……私達もライブがやりたいです!」」」

 

 声を合わせて答えるのだった。

 そんな私達を優しく見つめているお姉ちゃん達。そして――

 

「……あっ、でも……そのライブって、時間をずらせますか?」

「……えっ!?」

 

 私はお姉ちゃん達にライブの時間をずらせるのかを聞いてみたのだった。

 当然、お姉ちゃん達と、亜里沙と涼風は驚いて私の顔を見つめた。

 

「……ずらすって、具体的には?」

「私達のライブを歓迎会直後に……お姉ちゃん達のライブを私達のライブの30分後とかって無理ですか?」

 

 私の時間をずらせるのか(・・・・・・・・・)と言う問いに、ことりさんが具体案を聞いてくる。

 だから私は具体的に、私達のライブとお姉ちゃん達のライブの間隔(かんかく)を30分ほど空けてほしいと答える。

 まぁ、私達のライブと言っても1曲披露する程度で終わる――いや、それ以上は体力的に無理だしね?

 それから30分後にライブを開始しても、お姉ちゃん達だって数曲のライブだろうし? 放課後とは言え、時間的に大丈夫だろうって考えていた。

 

「えっ! ――っでも、それじゃ――ぁっ!? …………」

「……それで……良いのですか?」

「はい! …………」

「「…………」」

「……お願いします!」

「……わかりました。それでは、決定ですね?」

「「「「「…………」」」」」

 

 私の具体案を聞いたお姉ちゃんは、私の言ったことの意味(・・)に気づいて心配そうな――だけど驚きの表情で椅子から立ち上がりながら、前のめりになって声をかけようとしていた。

 だけど言い切る前に海未さんの――瞳を固く閉じた難しい顔で()り出された、無言で目の前に出された彼女の手のひらの前に、()()りながら言葉を失っていた。

 お姉ちゃんの言葉が止まったのを確認すると、海未さんは瞳を開いてジッとコッチを見ながら言葉の持つ意味の重さを感じさせる――そんな声色で私に訊ねるのだった。

 そんな海未さんと同じような表情で私を見つめるお姉ちゃん達。

 きっと海未さんも――ううん、たぶん全員が理解していたんだと思う。そう、私の言葉の心意を。

 歓迎会直後のライブ――その時間は校庭で部活の勧誘(・・・・)が行われる時間だ。説明会で話を聞いて、興味がある部活の先輩から、詳しい話を聞いたり簡単な体験などが出来る時間。

 そこで部活の活動内容などを知って興味を持てた、入りたいと思った部への入部届を後日提出する――部活を決める上での大事な時間なのだった。

 いくら私でも、そんな時間にライブを開始しても人が集まらないことくらい知っている。

 

 そして、お姉ちゃん達とのライブに間隔を空けること。

 それはすなわち――

 お姉ちゃん達目当て(・・・)でライブに来るお客さんを望めないと言うこと。

 確かに、一緒にライブをすれば私達のことを沢山(たくさん)のお客さんが見てくれるだろう。

 でもそれは私達を見に来たのではない。あくまでも、お姉ちゃん達を見に来たついで(・・・)なのだと思う。

 もちろん応援はしてくれるだろう。キッカケにしてくれる人もいるかも知れない。

 だけど私はそれで満足をしたくなかったのだった。

 



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活動日誌10 ぼくらは・いまのなかで! 2

 私達は別に、お姉ちゃん達の妹分(・・)として活動をするつもりはない。だって、自分達(・・・)のスクールアイドルを目指しているのだから。

 自分達を見に来てくれるお客さんは、自分達の力で集めたかった。

 とは言え、たぶん誰も来ないだろう――アイドル研究部に入部した日の職員室から部室へ向かった廊下。そしてアイドル研究部に入ってからも、私達は誰からも注目をされることはなかった。

 まぁ、クラスの子達は応援してくれるし? 別の方向では注目されているようなんだけどね? 

 ランキングとかってヤツで? なんてね。

 

 だから仮に、私達だけのライブを開始しても誰も来ない確率の方が高い。

 きっと自分達がそうだったから、その事態(じたい)を見越してお姉ちゃんは声をかけようとしたのだろう。

 だけどね? 残念ながら私はお姉ちゃんの()なのだ。

 お姉ちゃん達だってファーストライブの時は――

 メンバーになった6人と、友人で手伝いをしてくれた先輩3人しかライブを見に来ていなかった。

 希さんは完敗のスタート(・・・・・・・)って言っていたんだよね。

 だけど私はあえて――完敗のスタートになるかも知れないライブを開きたいって思っていた。

 それは、お姉ちゃん達だって通ってきた道。そんな光景を見ても諦めず、いつか満員のお客さんの前でライブをする! 

 そんな決意があったから頑張ってこれたんだろうし、実現出来たんだと思っている。

 きっと現実を叩きつけられたから、どんな困難にも立ち向かえていたんだとも思っている。

 そして――

 そんな光景を見てきたから、今のお姉ちゃん達のライブで目の前に広がる光景の素晴らしさに気づいているんじゃないか?

 そんな両方の光景の意味と(はかな)さを知っているから、努力を(おこた)らないのではないか?

 そんな風に感じていたから、今の私達にも必要なことだと思っていた。

 

 ずっと今まで、私はお姉ちゃん達のライブ(素晴らしい光景)を見せられ続けてきた。そして相反(あいはん)するような、現実を叩きつけられたファーストライブの話を、最近になって詳しく知ることになった。

 その時に私は、その――

 現実を叩きつけられたことに、今のお姉ちゃん達の原動力(・・・)を感じていたのだった。

 だから正直な話をすると、完敗することを望んでいた(・・・・・)のかも知れない。

 そこから飛び立たないといけないんだって思える――ううん、飛び立ちたいと思っているから。

 

 私達は別に、お姉ちゃん達の妹分として活動をするつもりはない。自分達のスクールアイドルを目指しているのだ。

 そもそも、常に私達の後ろにお姉ちゃん達がいてくれる訳ではないんだ。

 自分達の足でステージを踏みしめて、自分達の目で現実を受け止めて――自分達の手で明るい未来を掴んでいかなくてはいけないんだ。

 それが出来ないようなら音ノ木坂学院スクールアイドルなんて(つと)まらないんだと思っている。

 それが出来ないようなら私達の存在理由なんんてないのだと思う。だって――

 お姉ちゃん達は何もないところから自分達の力で頂点に輝いたのだから!

 私達だって何もないところから自分達の力だけで輝かなければ、決して私達の活動にはならない。

 スクールアイドル μ's の恩恵(おんけい)を受けられるのは、頑張ってきたお姉ちゃん達だけ――私達が受けて良い訳はないんだ。

 それに、スクールアイドル μ's の意思を受け継いでいきたいって思っているのに、最初から頼っていたんじゃ意味ないじゃん! 

 だから、私はお姉ちゃん達とライブの時間をずらしたかったのだった。

 

 海未さんに聞かれて、私は迷うことなく真っ直ぐに見つめて返事をした。だけど、これは私1人のライブじゃないから――亜里沙と涼風と一緒に(3人で)ライブをするのだから。

 勝手に決めてしまってはいけない――こんな(かたよ)った考えなんて普通しないだろうしね?

 だから2人の顔を見つめたんだけど――何故か2人とも笑顔で頷いていたのだった。

 ――えっ!? いや、私が言うのも何だけどさ?

 もう少し考えた方が良いんじゃない?

 だって、誰も来ないかも知れないんだよ?

 お姉ちゃん達とライブをすれば大勢の人に見てもらえるんだよ?

 どっちが得かなんて一目瞭然(いちもくりょうぜん)じゃん!

 と言うことを現在の私は――あの時の私達(・・・・・・)に伝えたかった。

 まさに、覆水盆(ふくすいぼん)に返らずと言う言葉がピッタリだよね。

 受験で一生懸命覚えたのに、全然使うことのなかった言葉――まさか、こんなところで使うことになるなんてね?

 まぁ? 私としては自分から(こぼ)したような水だから、特に後悔はしていないんだけど。なんてね。

 

 たぶん、亜里沙と涼風は私のことを信頼してくれていたのだろう。そして自分達だけのライブを2人とも望んでくれていたんだと思う。

 私と同じように、お姉ちゃん達を見続けてきた者同士なんだから、感じてきたものは同じなんだと――目指す場所は同じなんだと、2人の瞳が語りかけている気がしたのだった。

 そんな2人の語りかけた瞳と笑顔に感謝の意味で笑顔を返すと――再び海未さんの方を見つめてお願いをするのだった。

 海未さんはジッと私達を見つめると、一瞬だけ瞳を閉じて微笑みながら頷き――瞳を開くと、優しい笑顔を浮かべながらお姉ちゃん達に了承を(あお)いだ。お姉ちゃん達は微笑みを浮かべて頷いていた。

 こうして、私達は自分達だけのライブをすることを、全員が無事に認めてくれたのだった。

 

♪♪♪

 

 私の問いを聞いた直後に、心配そうに声をかけようとしたお姉ちゃんは――もう何も言ってこなかった。

 ううん、それどころか満面の笑みを浮かべて――

 

「雪穂、亜里沙ちゃん、涼風ちゃん……ファイトだよ! ……うん、ファイトだよ!」

 

 そんな、いつもの口癖で私達を励ましてくれた。と言うか、何で2回言ったの? 大事だから? まぁ、良いんだけどね?

 たぶん、お姉ちゃんが何も言わなかったのは――

 それが、私達の望んだことだって理解してくれたから。自分が何かを言える訳がない! そう言うことなんだろう。

 以前、お姉ちゃん達がローカルアイドルを始めようとしていた時――最初に話を聞いた時点で私は良い顔をしなかった。

 だけど話を全て聞き終えた時に――ローカルアイドルの活動がお姉ちゃん達の望んだこと。

 自分達で決めたことだって理解出来たから、私に何も言える訳がないと伝えた。そして応援することにしたのだった。

 

 今のお姉ちゃんは、あの時の私――そんな感じでいてくれているんだと思っていた。

 自分達で考えて、考えて、考え抜いて、納得した答え――まぁ、今回は私の独断(どくだん)の考えなんだけどね?

 それでも亜里沙と涼風は賛同してくれた――いや、否定されていないんだし大丈夫だよね?

 だから私達3人(・・)の納得した答えと言っても良いのだろう。

 そんな私達の納得した答えを、お姉ちゃん達が何かを言う権利はない――だって私達のステージにはお姉ちゃん達は立たないのだから!

 ううん、私達のステージとは私達のアイドル活動を指している言葉――だから立たない(・・・・)のではなくて立てない(・・・・)のだった。

 そのステージで何かを得られるのは私達だけなんだから。

 例え、それが辛いことでも苦しいでも――その先にある楽しみや喜びは、辛いことや苦しいことを越えないと得られないのだから。 

 あくまでも、お姉ちゃん達はステージの袖で見守っていることしか出来ないのだ。

 だから全力で応援をしている――お姉ちゃんの口癖と満面の笑顔に、私達の進む道を見守ってくれているんだと思えたのだった。

 

♪♪♪

 

 私の心意は不器用なのかも知れない。もっと器用に立ち回れば上手くいくのかも知れない。

 だけど本気なんだもん――ぶつかり合うのは私の真っ直ぐな想いがみんなを結んだ証拠。

 それでも見たいんだもん、大きな夢は――今、目の前の亜里沙と涼風と一緒にあるんだ。始まったばかりなんだ!

 

 わかっている。

 このライブはきっと楽しいだけじゃない――私達のこれからを試されるだろう。

 わかっている。

 だって、その辛さや苦しさもミライへ繋がるんだから。

 明るいミライを目指して走っていくんだよ――きっと1人だったら、こんな気持ちになっていないかも知れない。

 亜里沙と涼風が集まってくれたから強い自分になっていくんだね?

 きっとね? これから変わり続けて動き出すんだよね?

 

 私と亜里沙と涼風。それぞれが同じ目標、同じ場所――同じ好きなことで頑張れるから、これから迎えるライブのステージ。

 新しい場所が、それまでの私達のゴールだね?

 そして、それぞれが好きなことを信じていれば――いつまでも、ときめきを抱いて進められるんだ!

 

 だから、ファーストライブだからって怖がる癖は捨てちゃえ!

 とびきりの笑顔を見せれば良いんだ!

 そしてファーストライブだからって萎縮する必要もないんだ!

 跳んで跳んで誰よりも高く跳んでみれば良かったんだ!

 だって、私達は今の――この音ノ木坂学院アイドル研究部、スクールアイドル。

 お姉ちゃん達のいるこの空間の中(・・・・・・)にいるのだから。

 

♪♪♪

 

 精一杯楽しんで、精一杯輝いて――精一杯自分達らしいスクールアイドルを披露すれば良かったんだ。

 きっと出来る、自分達らしいライブ。

 完敗からのスタートでもかまわない!

 自分達らしいライブを精一杯披露するんだ!

 やっとライブが出来ることになっただけなのに――私達にはお姉ちゃん達の今の中に入れた気分でいたのだろう。

 隣を見て、亜里沙と涼風も私と同じように希望に満ちた表情を浮かべていたから――同じ気持ちでいてくれているのだろうと思えた。

 まだライブは終わってはいない。それでも、私達にはお姉ちゃん達と同じステージに立つ権利が、正式な形で芽生えたのだ。

 いつかは同じステージに立てるようになりたい!

 その憧れは今でもあるんだけど――でも、権利が芽生えたことにより今までのように、ただ見守るだけの存在ではなくなったのだ。

 さっきまでの私達は、アイドル研究部の一員(後輩)としてお姉ちゃん達の話し合いに参加していたのだけど、今は同じスクールアイドルの仲間(・・)として――

 音ノ木坂学院を、スクールアイドルの素晴らしさを、みんなに伝える仲間として話し合いに参加をするんだ。

 私は心の中でアノ曲を口ずさみながら、この今の中にいられる喜びを深く刻み、今の中にいることの意味を深く受け止めていた。 

 そんな気持ちで真剣な表情を浮かべながら、私達は花陽さんの次の話を待っていたのだった。




Comments 穂乃果

ライブ……いきなり、あんなこと言うんだもん!
ビックリしちゃったじゃん!
だって、泣きそうになるんだよ?
凄く悲しくなるんだよ?
世の中、そんなに甘くないんだよ?

だから、止めようって思ったんだけど――
そんな風に考えていたんだね?
精一杯応援しているから、精一杯頑張ってね?
ファイトだよ! ……うん、ファイトだよ! 


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活動日誌11 きっと・セイシュンが きこえる! 1

「……それでね? 今日集まってもらったのは……そろそろ決めないとダメだと思ったんだ? ……ほら、ライブも決まったんだし、ね?」

 

 私達の真剣な眼差(まなざ)しに微笑みを浮かべながら、花陽さんは言葉を切り出していた。とは言え、何とも曖昧な切り出し方だった。

 まるで、その言葉を言いたくないような――そんな歯切れの悪さを感じていた。

 それでも私達が理解していないだろうから。

 ううん。お姉ちゃん達は理解している感じだったから、私と亜里沙と涼風の為に――

 

「……うん、新しい(・・・)……ユニット名(・・・・・)をね? 決めないといけないんだよね?」

 

 悲しそうな表情を一瞬だけすると、それでも決意を固めた表情に変えて、私達に伝える花陽さん。

 確かに6人で新しく進むことは歓迎会で決めたこと。ユニット名自体(じたい)もローカルアイドルとしては存続をする。

 それでも6人の新しいユニット名を考えると言うことは、スクールアイドル μ's と言うユニット名を正式に終わらせる(・・・・・)こと。

 たぶん花陽さんは、自分の言葉で終わらせるのが(しの)びなかったのだろう。

 だけど、きっと――

 この言葉を使えるのはお姉ちゃん達ではないんだと思う。

 アイドル研究部の部長(・・)か、スクールアイドルのリーダー(・・・・)だけが使える言葉――花陽さんか凛さんのどちらかなんだろうね。

 だって、ユニット名って言うのはアイドルにとって重要なものなんだから――

 お姉ちゃん達の輝かしい1年の代名詞(・・・)と言っても過言(かごん)じゃない存在なんだから!

 そんなユニット名(代名詞)幕引(まくひ)きは、今のお姉ちゃん達が在籍するアイドル研究部の部長か――スクールアイドルとしてのリーダーがするべきことなんだと思う。

 だけどスクールアイドルは活動範囲が特異(とくい)ではあるものの、歴とした部活動(学院生活)だ。

 部活動であるのなら、正式な指針(ししん)は部長がするべきなんだろう。 

 だからアイドル研究部として、花陽さんが言う言葉なんだと感じていたのだった。それが――

 部長としての役割なんだと思うし、責任なんだとも思う。

 そのことを、お姉ちゃん達も私達も深く理解していた。だから無言で花陽さんの言葉を受け止めていたのだった。

 

♪♪♪

 

「……それでね? 新しいユニット名……私達で考えてみたんだけど?」

 

 そんな風に切り出した花陽さん。

 その言葉を受けて、真面目な顔でお姉ちゃん達を見つめる凛さんと真姫さん。お姉ちゃん達は何も言わずに微笑みを浮かべていた。

 きっと、お姉ちゃん達が提案したのだろう――花陽さん達で「新しいユニット名を考えて?」って。 

 いや、お姉ちゃん? まぁ、真剣で大事な場面に水を差すのは悪いんだけどさ?

 お姉ちゃん達がユニット名を考えていた時、結局自分達では思いつかなくて公募(こうぼ)って言う形で丸投げしたんだよね?

 それなのに、今回は花陽さん達に丸投げなの?

 ま、まぁ、公募のおかげで希さんからの μ's と言う素敵なユニット名が与えられたんだし――今のアイドル研究部は花陽さん達を中心に動いているから、お願いしたんだろうけどね。

 

「あのね? 私達考えたんだ? ……私達ってスクールアイドルなんだよね?」

「そうですね」

「つまり、凛達は音ノ木坂学院の生徒ニャ!」

「うん、そうだよぉ」

「だからね? 音ノ木坂から付けてみようと考えたの」

「音ノ木坂から?」

 

 最初に花陽さんが言葉を繋ぐと、海未さんが優しい微笑みを浮かべながら相槌(あいづち)を打つ。

 その言葉に凛さんが言葉を返すと、満面の笑みを浮かべて、ことりさんが相槌を打った。

 そして、結末を真姫さんが紡ぐと、お姉ちゃんが不思議そうな表情で疑問の声を上げていた。まぁ、私にも理解出来ていないんだけど。

 

「つまりね? ……音ノ木坂……その中の()()を使おうと思うの?」

 

 お姉ちゃんの疑問の表情に優しい微笑みを浮かべると、真姫さんはノートを取り出して『音』と『坂』――

 漢字ではなくて、英語で『Music Hill』と、書き記す。

 

「私達は μ's ……9人の女神って意味だったでしょ? そんな私達も解散――したはずだったのにね?」

「あはは……」

 

 真姫さんの言葉に苦笑いを浮かべるお姉ちゃん。

 もちろん真姫さんもお姉ちゃんの――解散したはずの μ's を、今の状態へと導いてくれたことに不満があった訳ではないから、気にせずに話を進めていた。

 

「そんな私達6人は、女神の役目を終えて天上から舞い降りてきたんだと思わない?」

「……上手いこと言うねぇ?」

「ちゃかさないのっ!」

 

 だけど口が災いしたらしく、今度は真姫さんに怒られるお姉ちゃん。

 怒られてシュンとするお姉ちゃんに呆れた表情を含ませた苦笑いを送っていた真姫さんだけど、気を取り直して言葉を繋げる。

 

「9人の女神として天上から音楽を降らしていた――そんな私達が天上を舞い降りて……今度は音楽を地上で降りそそぐ……だから……」

「――音の坂で Music Hill なんだ! ……良いね?」

「「…………」」

「……うん! それじゃあ、ユニット名は――」

「ちょっと、待って?」

 

 自分で言っている言葉が恥ずかしかったのか――終始(しゅうし)、顔を赤らめて説明していた真姫さん。まぁ、自分で天上から音楽を降らしていた(・・・・・・・・・・・・・)とか言うのって、真姫さんの性格的に恥ずかしいんだろうけどね?

 だけど私は、お姉ちゃん達をそんな風に見ていたから、すんなりと心に入っていたのだった。

 そんな真姫さんの言葉を(さえぎ)って、お姉ちゃんが言葉を重ねる。

 Music Hillの意味を知ったお姉ちゃんは、満面の笑みを浮かべて賞賛(しょうさん)をすると、隣に座る海未さんとことりさんに顔を向けて意見を求める。お姉ちゃんの言葉に2人は笑顔で頷いていた。

 そのことを確認したお姉ちゃんは、再度真姫さんの方を向いて正式に決定をしようとしたのだけど――真姫さんの言葉に止められたのだった。

 真姫さんが話しているとは言え、これは花陽さんと凛さんも一緒に考えたユニット名のはず。まぁ、考えたと言うよりは賛同したのかも知れないけどね。

 そして、この時点でお姉ちゃん達も賛同した。

 同じアイドル研究部員ではあるけれど、ユニット名に関しては私達が口を(はさ)める問題ではない。つまり、私達の賛同は要らないんだよ。

 だから正式に決定で良いと思うじゃん?

 なのに、真姫さん達とお姉ちゃん達。メンバー6人全員の賛同が得られたのに止められた。

 そのことを疑問に思ったお姉ちゃんは、不思議そうに真姫さんを眺めていたのだった。もちろん、海未さんとことりさん。そして、私達も。

 そんなお姉ちゃんの表情を眺め、苦笑いを浮かべた真姫さんは――

 

「別に、Music Hillってユニット名にする訳ではないわよ? ……Music Hillは正式な意味なだけ(・・)……本当(・・)のユニット名は、Music Hillを略して……」

「「「……えっ!?」」」

「「「…………!?」」」

 

 そんなことを言いながらノートに正式なユニット名を書き記した。そのユニット名を見たお姉ちゃん達は驚きの声をあげる。

 お姉ちゃん達の驚きの声を聞いて気になった私達も、ノートを覗いてソコに書かれたユニット名を見て、言葉にならない驚きを覚えていた。

 書いた真姫さんと、隣で知っていた花陽さんと凛さんは――いたずらが成功した子供のような(ほこ)らしげな笑顔を浮かべていたのだった。

 そう、お姉ちゃん達と私達が驚いた、お姉ちゃん達の新しいユニット名。

 真姫さんはノートに書き記した文字を――

 

「……略して μ'LL(ミュール)よ!」

 

 声高らかに宣言したのだった。

 

♪♪♪

 

 驚いたままでいるお姉ちゃん達と私達を見ながら、真姫さんが顔を赤らめて言葉を繋げる。

 

「……ほら? にこちゃん達には μ's は私達だけのものにしたいって言ったじゃない? その気持ちは今でも変わらないんだけど……」

「やっぱりね? 完全に消しちゃうのは私達も悲しいから……」

「だから3人で μ's を忘れない――新しいユニット名を考えてみたニャ?」

 

 そして、真姫さんに続いて花陽さんと凛さんが微笑みを浮かべて言葉を繋げていた。

 ミューズとミュール――

 s を LL に変えただけだし、確かに音の響きも似ている。

 きっと、自分達でユニット名を言う時――メンバーとの思い出(去年の想い)を感じながら紹介出来るんだろう。とても良い名前だと思っていた。

 ――なのに、お姉ちゃんときたら?

 

「……履物(はきもの)じゃないよね?」

「――当たり前でしょっ!?」

 

 こんなことを言うんだもん。真姫さんが怒るのも無理はないよね?

 一生懸命考えたユニット名を履物扱いされたら、私でも怒るもん。

 まぁ、お姉ちゃんの場合 μ's の時も石鹸(せっけん)連呼(れんこ)していたそうだから?

 と言うか、空気読もうよ?

 なんて、口には出していないけど同じこと考えた私も同罪なんだけどね? ごめんなさい。やっぱり、姉妹なんだろうね。

 そんな冗談を交わして苦笑いを浮かべると、お姉ちゃんは再び海未さん達に微笑みを向けて――

 

「……私は良いと思うけど?」

「私も良いと思いますよ?」

「私も良いと思う」

 

 そんな風に聞いていた。海未さんとことりさんも笑顔で賛同する。

 

「それじゃあ、新しいユニット名は……」

「…… μ'LL に決定だね!」

 

 賛同を受けて、お姉ちゃんがユニット名を決定しようとして――ユニット名を言う手前で花陽さんに目配せをする。

 そう、今この場は花陽さんが部長として話を切り出したのだから、最終決定も花陽さんがするもの――そんな目配せだったのだろう。

 お姉ちゃんの意図を気づいた花陽さんは、微笑みを浮かべて頷くと、決定を言い切る。その言葉に全員が満面の笑顔を浮かべて拍手を送っていた。

 まるで、新しいユニット名の μ'LL が μ's からバトンを受け取って――今、羽ばたこうとしているのを見送るように。

 そんな全員の願いを受けて送られている拍手の中、これからお姉ちゃん達は μ'LL として活動していくのだった。



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活動日誌11 きっと・セイシュンが きこえる! 2

 そして、これは後日談になるんだけど――

 ()LL() に変えた意味は()にあるんだって。

 s は1つなのに L は2つにした理由。

 スクールアイドル μ's は、去年お姉ちゃん達3人で始めた活動だ。そして、最初なんてほとんど応援する人もいなかった。

 それが完敗のファーストライブなんだけど。

 だけど9人が集まって、全員で頑張ってきたおかげでラブライブ! の頂点に輝き――彼女達の周りには沢山のファンの想い(・・)が集まった。

 その想いを新しいユニットでも引き継ぐと言う気持ちのユニット名。

 最初は自分達だけの()サイズの想いだったものが、みんなから送られた夢と想いによって膨らんで――今ではLサイズでは入りきらないほどの、LL()サイズの夢や想いが、自分達には集まっているのだと思っている。だからLLにした。

 そして、自分達の活動する目的にはスクールアイドルの大会――Love Live!(ラブライブ!) がある。

 去年はその大会のおかげで自分達は成長できたし、頑張ってこれたんだと思っていた。そんな感謝と新たなる挑戦と新しい出会いを願って――頭文字を取ってLLにしたらしいのだった。

 あと、小文字にしなかったのはラブライブ! もあるのだけど――単に小文字よりも大文字の方が見栄(みば)えが良いからでもあるんだって。

 まぁ、見栄えは大事だよね? なんてね。

 

♪♪♪

 

「……それでね?」

「「「……はい」」」

「これは、別に強制じゃないんだけど……3人(・・)のユニット名も考えたから、参考程度に聞いてほしいんだけどね?」

「「「えっ?」」」

 

 拍手がおさまるのを見計らって、花陽さんは私と亜里沙と涼風を見ながら言葉を紡いだ。

 私達が返事をすると、笑顔を浮かべながら私達のユニット名も考えていたことを告げる。私達は驚いて花陽さんを見つめたのだった。

 すると花陽さんは無言で真姫さんに目配せをしていた。花陽さんの目配せを受けた真姫さんは、再びノートに文字を書き始める。

 真姫さんは書き終えて私達を見ると――

 

「私達が音と坂を使った訳だけど……貴方達には()を使ってほしいと思ったの。そんな意味を込めて……Dream Tree(ドリーム ツリー) なんてユニット名を考えてみたのよ?」

 

 優しい微笑みを浮かべて言葉を紡いだのだった。

 ドリームツリー。直訳すると『夢の木』ってこと。私は瞬時にアノ曲を思い出していた。

 私と亜里沙が入部届を提出した日の昼休み――音楽室を訪れた際に真姫さんが弾き語りをしていた μ's のアノ曲。

 アノ曲の歌詞に何度か使われている夢の木(・・・)――そこに真姫さん達の託した想い(・・)が感じられたのだった。

 

 お姉ちゃん達のユニット名 μ'LL は、天上から舞い降りてきた女神が地上で音楽を降り注ぎ続ける坂。

 そんな坂から降り注がれた音楽を私達、夢の木(Dream Tree)が託されて、注がれて、大きく育っていく。

 そして大きくなった私達の夢の木は、やがて大きな想い()をつけるだろう。

 その実に込めた音楽と言う(果実)をみんなへ与えていく――お姉ちゃん達から私達に託された想いを、私達が繋いでいくミライ。

 私達に名付けた Dream Tree には、そんな意味があるのだと思っていた。

 それは私だけじゃなくて、亜里沙と涼風も同じことを思っていたようだった。

 3人とも μ's を見続けてきたんだから、真姫さん達が伝えたいことは理解できるんだと思う。だって、お姉ちゃん達は私達にそんな想いを伝えてきたんだから。

 そんな言葉に出さなくても伝わった想い。私達を想って、考えてくれた名前。

 私達が断る理由は何もない。

 私達は3人で見つめ合い、無言で頷くと――

 

「Dream Tree を使いたいです!」

「――えっ! ……ほ、ほら、参考程度に話しただけなんだし……もう少し考えても良いのよ?」

「大丈夫です! みんなで決めましたから……」

「「…………」」

「うん、それじゃあ決まりだね?」 

 

 代表で私が答えたのだった。その私の答えに慌てて言葉を返す真姫さん。

 どうやら2つのユニット名とも真姫さんの考えた名前だったらしい。だから即決(そっけつ)されたことに責任を感じたのかな? なんてね。

 だけど私達の答えは変わらない。

 この2つのユニット名が、一体(いったい)どんな想いで考えられたのか――もちろん真相(しんそう)は聞いていないのだから違うのかも知れない。

 でも私達には、私達の考えた真相(想い)が真姫さん達の心意(・・)なんだと確信していた。

 それだけスクールアイドルを愛しているから。それだけ音楽を愛しているから。それだけ音ノ木坂学院を愛しているから。そして、それだけ―― 

 スクールアイドル μ's を愛しているって知っているから。だから私達の答えに変わりはないのだった。

 私はみんなで決めたと真姫さんに伝えると、亜里沙と涼風を見つめる。2人は私に笑顔を浮かべて頷いてくれた。

 そんな私達を見つめて納得の笑みを溢すと、花陽さんは笑顔で決定を切り出すのだった。

 花陽さんの決定に全員が笑顔を浮かべて、またもや拍手が部室内を包んでいた。「もう少し考えて?」と言っていた真姫さんも、拍手を送り始めたメンバーを見つめて、一瞬だけ苦笑いの混じった呆れ顔を浮かべていたけど――すぐに笑みを溢して拍手を送ってくれていたのだった。

 そんな拍手が響く部室内。そう、この時点から――

 お姉ちゃん達 μ'LL と私達 Dream Tree と言う、2つのユニットが音ノ木坂学院に誕生した。

 まだ誰も知らない2つのユニット。だけど数日もしない内にライブが開催されるんだ。

 この、真姫さん達が考えてくれて、託してくれた Dream Tree と言うユニット名――

 私は今日から Dream Tree の高坂 雪穂なんだ。

 それは、もう私達が無名の少女ではないってこと。

 だけどその名に恥じないくらい、自分達で頑張らないと、いつまでも無名なのと同じなんだ。

 そして託された想いがある以上、簡単に諦めたり(くじ)けたりは出来ない。

 この名前には大事な使命(・・)があるのだから。

 私は、その意味を深く受け止めながら全員の顔を眺めていたのだった。

 

♪♪♪

 

 私はお姉ちゃん達を素直に追いかけてきた。もちろん、亜里沙と涼風も同じだと思う。

 ただ身近な存在にいたからとかじゃなくて、全てを知って、楽しさだけじゃない苦しさも知った上で――勇気を持って追いかけてきたんだ。

 いつかお姉ちゃん達と同じステージに立ちたい――そんな私達の小さな願いが明日を作ったんだと思う。

 不安は沢山あるけれど、できるかもって思える。

 だって、亜里沙も涼風も――そして、お姉ちゃん達も望んでいるなら!

 

 だから、誰よりも頑張っちゃえ!

 とにかく、心に芽生えている情熱のままに!

 私達が目指すのは、お姉ちゃん達の立つステージへと繋がる――綺麗な、暖かい風が吹く道。

 

 私達には今と言う羽が与えられた。お姉ちゃん達に近づける為の希望の羽。

 だからその羽を広げる様に腕を上げて。お姉ちゃん達が待つ、お姉ちゃん達が見てきた――輝かしくて、まぶしい未来へと飛ぶんだ!

 

 飛び出せば、飛び続けていれば――きっと、いつか私達の心には青春が聞こえるだろう。

 その瞬間に聞こえるだろう――今しか感じられない、今だけの大切な想いを奏でる光景を。私達が笑顔でいれば、いつだって聞こえてくるから大丈夫!

 きっと、いつか私達の心には青春が聞こえるだろう。

 その瞬間を私達も見てみたい――となりには亜里沙と涼風がいて、そんな嬉しい景色を見たい。

 きっと、私だけで見るものでもないし、お姉ちゃん達でもない――私達は Dream Tree と言うスクールアイドルなんだ。

 だから、となりには亜里沙と涼風がいて、3人で素敵な景色を見ていたいんだ!

 それが私の青春なのだから。

 

♪♪♪

 

 こうして、私達のファーストライブとユニット名が決まった。

 まだまだやることは山積み状態だし、不安が大きくなるだけだ。

 そもそもファーストライブは学院で開催されるんだけど、私達の目標はラブライブ! なのだ。

 ラブライブ! を目指す以上、今以上の努力をしていかなければならない。

 元より、私達の目指すべき場所がお姉ちゃん達である以上、それは当然の話なんだ。

 だけど私には亜里沙と涼風がいる――そして、お姉ちゃん達だっている。

 絵里さん達、卒業生がお姉ちゃん達に託したように。

 お姉ちゃん達が花陽さん達に託したように。

 そして、花陽さん達が私達に託した想いや願い――

 私達にはそうやって繋がれてきた想いや願いが受け継がれているのだった。

 これが歴史ある国立音ノ木坂学院の校風――生徒の自主性を重んじる意味を深く受け止めた生徒達が大切に(はぐく)まれてきた繋がりなのだろう。

 だけど受け継いだ以上――私達は次へと繋いでいく義務がある。

 受け継いだ想いが輝きを失わないように、願いの意味が(そこ)なわれないように。

 受け取ったキモチをミライへ。

 自分達の力で繋いでいけるように。

 私達は与えられた Dream Tree と言うユニット名を心に刻みつけて、明日からの練習を頑張ろうと決意するのだった。

 

 

=Track 2 → Track 3= 




Comments 花陽

とりあえず、ライブとユニット名が決まって……本格的に活動開始な感じだよね?
私達のユニット名と雪穂ちゃん達のユニット名。
どちらも真姫ちゃんの案だったけど――
私と凛ちゃんだって、ちゃんと考えていたんだよ?
だけど、真姫ちゃんのユニット名が良いって思ったからコレに決めたんだよ。
……本当だよ?
でも、真姫ちゃんの想いが伝わったみたいで良かった――
うん。雪穂ちゃんの考えたことで合っているからね?
これからは、ライブに向けて忙しくなると思うけど――
お互いユニット名に恥じないように頑張ろうね?


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Bonus Track 2 Leap Day
活動日誌EX さにーでい・そんぐ!


テーマ うるう年 で書いてみました。

そして、元々書きたいな? と思っていた――
劇場版の冒頭シーンを使っています。

そんな穂乃果達の うるう年 をお楽しみください!


「……大きな水溜り発見!?」

「すごい大きいねぇ?」

 

 小さな少女は夕焼けの()える公園に出来ていた大きな水(たま)りを見つけて、嬉々とした表情で隣に立つ少女に声をかける。

 彼女の名前は高坂 穂乃果。のちに全国のスクールアイドルの頂点に輝き、スクールアイドル達の憧れの的になる9人の女神達。そんな9人の女神の一柱にしてリーダー的存在――

 とは言え、まさか自分の身にそんな奇跡が降り注ぐとは思いもしない頃の、あどけなさの残る少女時代のお話である。

 隣の少女、南 ことり。そして今はまだ知り合う前(友達未満)であるが、木の陰で見つめているだけの存在の園田 海未。穂乃果を含めた3人は、公園に出来た夕日に照らされてキラキラと揺らめく水溜りを眺めていたのだった。

 

「ね、ねぇ? コレ飛び越えられるかな?」

「えっ! む、無理だよぉ……危ないからやめようよぉ」

 

 単なる水溜りであるから深さこそないのだが、それこそ広さで言えば、学校にありそうな池ほどの大きい面積を(ほこ)る水溜り。そう、深さがない(ゆえ)(おぼ)れる心配はないのだ。落ちてもビショビショになる程度で済む。

 好奇心旺盛(こうきしんおうせい)な彼女は水溜りを飛び越えたい衝動(しょうどう)にかられた。そんな彼女にやんわり(・・・・)と否定的な言葉をかけることり。

 

「大丈夫だよー? もぉ、ことりちゃんは心配性だなぁ。なんとかなるって! それじゃあ、見ていてね」

「ほ、穂乃果ちゃぁぁぁん」

 

 そんな彼女の心配など聞く耳持たずに、水溜りから遠ざかる穂乃果。彼女と付き合いが長いことりは彼女の性格を良く知っている。一度言い出したら周りが何を言っても聞かない。だけど――

 きっと自分の知らない世界を見せてくれる。そんなことを感じているから、強引にでも止めようとはせずに悲痛の叫びをあげるだけなのであった。

 

(うん。これくらいからで大丈夫かな?)

 

 ある程度水溜りから助走距離を取った穂乃果は、水溜りを(にら)んで走り出した。

 まだまだ、あどけなさの残る小さな小さな女の子。そんな彼女の身長の倍以上はあるであろう水溜りの向こう側。そこを目指して、その水溜りの倍近く取った助走距離。

 彼女は今、必死に水溜りへと近づこうとしていた。

 普段から遊び回っている公園。助走距離以上の距離を走り回っているはずなのに、今の彼女には、その助走距離でさえも千年(千歳)のような感覚を覚えていた。それはきっと――

 普段は誰か(・・)の背中を追いかける。誰か(・・)が付いてきてくれていると言う安心感があるから。だから無我夢中に走り回れるのだろう。

 しかし、今の彼女の目の前には誰もいない。

 正確には飛び越えた先には誰もいない。そして自分を追いかける者も誰もいないのだった。つまり1人きり(・・・・)の空間に(ひと)しい。

 先に何が待っているのかわからない。飛び越えた所で何も変わらないのかも知れない。

 それでも自分で言い出したこと。彼女は必死で水溜りの(はし)まで()け抜けた。

 そして水溜りの端にたどり着くと――

 

「とぉーーーーーーーーーーー!」

「――ぁっ!」

「――ぁぅ!」

「……☆△※□!」

 

 飛行機のように両手を水平に広げ、右足で踏み切って声をあげながら飛び越えようとした。

 そんな彼女を心配そうに見つめる2人の目の前で、彼女はあと少しの所で失速すると、左足が水溜りの中へと水没した。バランスの悪さと水のせいからか、彼女は振り子のように身体を反転して宙に浮くと、そのまま引力に引き寄せられて水溜りへと落下したのである。

 

「つめたぁーい!」

「ほのかちゃぁぁぁん」

 

 半そでの彼女達でも夕日に染まった今の、更には水の中は大変寒いだろう。そんな穂乃果の悲痛(ひつう)な叫びに声を張り上げて心配することり。さすがにもう帰るだろうと近づこうとする彼女を他所(よそ)に、立ち上がると即座(そくざ)に水溜りを出て、穂乃果は再び助走距離まで歩き出したのだった。

 

(なんで? もう十分頑張ったよ? なんで、まだやめないの?)

(この子は何で、ココまで頑張れるんだろう?)

 

 ことりは彼女の頑張りを認め、止めない理由に疑問を覚える。また、海未は彼女の頑張る理由に疑問を覚えながら動向(どうこう)を見守ってる。そんな2人の視線の先、彼女は難しい表情を浮かべながら再び助走位置へとたどり着くと振り返るのだった。

 

「ぅぅぅぅー。なんで……なんで、なんで、なぁんでぇー!」

「やっぱり無理だよぉ……帰ろう?」

 

 髪に残る水滴など気にせず、ただひたすら飛べないことを悔しがり地団駄(じだんだ)を踏む彼女。そんな彼女に涙目になりながら帰ることを提案することり。

 

「大丈夫だよぉ! 次こそできる!」

 

 そんな彼女に宣言した穂乃果は再び足に力を入れて――

 

「いくよっ!」

 

 水溜りを(にら)みつけると再び走り出したのだった。

 とは言え、もう意地でしかない。飛べる根拠(こんきょ)など存在しない。

 仮に飛べたからと言って何が見えるのか? ただ、飛べたと言うだけのことだろう。

 もし飛べなかったら、もう止めよう。これ以上頑張っても意味はないだろう。

 最初に走った時の心と体温の上昇も、水溜りに落ちたせいで冷め始めていたのかも知れない。

 そんな気持ちが(あふ)れ始めていた自分の意地にケリをつける為、水溜りを目指して走っていると――

 

「ラララーラッ ラララーラッ ラララーラララララー」

 

 何処からともなく歌声が響いてくる。その歌声を聞いた彼女は何故だか心が暖かく、軽くなる感覚にかられる。それまで無意識に張っていた肩の力を抜き、笑顔を浮かべて走る彼女。

 そして水溜りの端へたどり着くと、両手を水平に広げて目を閉じ、笑顔を浮かべて踏み切った。

 優しい歌声に誘われるように水溜りを飛び越える彼女。そんな彼女を見守る2人の目の前で彼女は水溜りの先へと――。

 

♪♪♪

 

「……そんなこともありましたね?」

「あの時の穂乃果ちゃん、心配でハラハラしていたんだよぉ?」

「あはは。ごめんね?」

 

 此処(ここ)は音ノ木坂学院の生徒会室。絵里達の卒業式を直前に控えて大忙しの3人。

 そんな作業の合間に、ふと思い出したかのように語り出した穂乃果の思い出話を、海未とことりは懐かしむように聞いていたのだった。

 

「……今だから言いますが、実はあの時の光景が目に焼きついて、その後も穂乃果達をずっと見ていたのですよ?」

「えっ?」

「あー、だからアノ(・・)時に穂乃果ちゃんが見つけられたんだね?」

「そうなりますね? なのに穂乃果ったら、いきなり人に()を押し付けるんですから――」

「ごめんなさい!」

「いえ、感謝はしているのですから問題はありませんよ?」

 

 思い出話の日の数日後。公園で鬼ごっこをして遊んでいた穂乃果達。その光景をアノ日と同じように木の陰から見つめていた海未。

 アノ日の光景が忘れられない。きっと彼女と一緒なら、これからも素敵な光景が見られるかも知れない。

 自分自身も変われるかも知れない。そんな思いがあったから彼女は友達になりたいと願っていたのだが、元来(がんらい)の恥かしがり屋な性格が(わざわ)いして声をかけられないでいた。

 そんな風に見つめていた海未のことを穂乃果が気づいて彼女を見つめると、彼女は(あわ)てて木の陰に隠れてしまった。

 せっかく気づいてもらえた。声をかけるチャンスだったのに。

 やっぱり恥かしくて、踏み出す勇気がなくて、とても(くや)しい気持ちになっていた彼女。

 もう諦めるしかないのだろうか? やっぱり自分には無理なんじゃないか?

 そんな風に思い始めている彼女に――

「――あっ! 見ぃーつけたっ! えへへ」

 目の前に現れた穂乃果が満面の笑みを浮かべて声をかけた。あまりに突然のことに驚きを隠せないでいる彼女に向かって――

「次、あなた鬼だよ?」

 そんなことを言い放つのであった。何があったのか理解できないと言いたげな困惑(こんわく)の表情を浮かべる彼女に、穂乃果は再び満面の笑みを浮かべると――

「いっしょに遊ぼっ!」

 ごく自然に、そう伝えた。その言葉と笑顔に彼女の求めていた素敵な光景を感じていた彼女は、嬉しそうに瞳を輝かせるのであった。 

 

♪♪♪

 

「そう言えば、穂乃果ちゃん……元々リーダーシップが強かったけど、アノ日を(さかい)に磨きがかかったよね?」

「えっ? そうなのかな?」

「うん。だって、海未ちゃんや私を知らない世界へ導いてくれるようになったんだから!」

「なるほど。アノ日が元凶(げんきょう)でしたか」

「海未ちゃぁぁぁん」

「冗談ですよ、ことり? 今では感謝しているくらいなんですから」

「海未ちゃん、ことりちゃん……」

「だけど、穂乃果ちゃん? なんでそんなことを今思い出したの?」

「えっ! だって、ほら――」

 

 ことりの疑問に穂乃果は部屋の壁にかけてあるカレンダーを指差しながら――

 

「今日は閏日(うるうび)だから!」

 

 そんなことを言い放つ。

 閏日。4年に1度だけ存在する閏年(うるうどし)の1日。つまり本日は2月29日なのであった。

 

「それが何か?」

「えっ? あっ、いやね? 閏日って leap day って言うんだって?」

「……そう言うことですか」

「な、何? どう言うことぉ?」

「閏年のことを英語で leap year 閏日のことを leap day と言うのだそうです。そして leap とは飛ぶとか跳躍(ちょうやく)すると言う意味があるのです。だからなのでしょう?」

「やっぱり海未ちゃんって凄い!」

「おだてても仕事の量は変わりませんよ?」

「ぁぅぅぅ」

「ねぇ、海未ちゃん……飛ぶとか跳躍するが何で閏年になるの?」

「あぁ、それはですね? 平年365日の場合、1年後は曜日が1つ()ズレる(・・・)のですが」

「うん。今年が月曜なら来年は火曜ってことだね?」

「そうです。ところが閏年は366日あるので、来年は2日(・・)ズレるのですよ? その為、平年の曜日を飛び越えて次の曜日になることから、そう呼ばれているそうですよ?」

「へぇー? そうだったんだぁ」

「穂乃果が知っているとは思いませんでしたが、大方ネットで見かけたのでしょう」

「あはははは……」

 

 そんな図星を指されて苦笑いを浮かべる穂乃果であったが、優しい表情に一変すると――

 

「でもさ? 今、私達がこうしていられる(・・・・・・・・)ことも閏年なんじゃないかなって思うんだ?」

「「……え?」」

 

 そんな言葉を(つむ)いだのだった。

 彼女の言葉に理解が追いつかない2人は同時に聞き返す。2人を見つめて微笑みを浮かべた彼女は言葉を(つな)げるのであった。

 

「閏年ってさ? 4年に1度しかないじゃん? つまり、2月29日ってソコに存在している(・・・・・・・・・)のに普段は目に映らないものなんだと思うんだよね」

「確かに平年にはありませんが、29日と言う日は存在しますね?」

「うんうん」

「だからね? あるキッカケで目の前に現れるものって意味では今までの私達って、ずっとそんな感じだったって思うんだよ!」

「「…………」」

 

 そう言い切る穂乃果に唖然(あぜん)となり言葉を失う2人。しかし先程のように理解が追いつけないから言葉を失った訳ではなく、彼女の言葉が的を得ていたからなのだった。

 ソコに存在するのに、とあるキッカケで目の前に現れたもの。

 それこそが、彼女達にスクールアイドルとしての輝かしい日々を与えてくれたキッカケ――音ノ木坂学院の廃校(・・)()の当たりにした彼女達の、学院への想いや母校愛なのだから。

 きっと彼女達は廃校の危機に(ひん)していなければ、残りの学院生活を普通に過ごしていただろう。

 ごく平凡に学院生活を過ごし、当たり前のことに不平不満を(こぼ)していたのかも知れない。

 そして、ごく平凡に時を過ごして何も後ろ盾(つながり)のない彼女達は、たぶん他の学年との交流もなかったかも知れない。

 学院全ての生徒が一致団結(いっちだんけつ)をすることも皆無だったのだろう。

 当然、廃校の危機に瀕していなければスクールアイドルにならなかったのだ。と言うよりも、雪穂がUTXのパンフレットを(もら)ってくることもなかったのだろう。だから今の自分達は存在しない(・・・・・)

 穂乃果はソコを指して言ったのだろうと海未は解釈していたのだった。ところが――

 

「あっ、だから思い出話(アノ話)を思い出したんだねぇ?」

「そうだよ、ことりちゃん!」

「――どう言うことなのですか?」

 

 ことりは満面の笑みを浮かべながら先程の思い出話を指して言葉を投げかけた。その言葉を同じく満面の笑みで肯定(こうてい)する穂乃果。

 2人の会話が理解出来ない海未は彼女達に疑問を投げかけるのだった。

 

「いや、ほら? アノ時に私が水溜りを飛ぼうと思わなかったら、もしかしたら海未ちゃんと友達になれていなかったんじゃないかなって?」

「――えっ?」

「あの日から毎日見かけていたし、私も気になっていたんだけどね?」

「――えっ、ことりちゃん知っていたの?」

「う、うん……でも、恥ずかしくて声をかけられなかったから」

「そうだったんだ……ま、まぁ? アノ光景が目に焼きついたから出会えたんだとしてもだよ?」

「わざわざ口に出さないでください! 恥ずかし過ぎます!」

「……あの時に水溜りは存在していたけど、私が飛び越えるってキッカケがなかったら友達になっていなかったかもって思うんだ?」

「穂乃果……確かに、そうかも知れませんね? 友達は欲しかったですが、あれほど毎日のように足を運んだのかわかりません。あの光景が、私を公園に足を運ばせたのでしょうから」

「だから、私達が最初に出会ったアノ日(・・・)が私達にとっての閏年(・・)だったんだと思ったんだ」

 

 もちろん正式な意味ではアノ日の出来事を閏年とは言わない。それは3人も承知の上で話をしている。

 だけど3人は別に閏年を議論していたのではない。ただ、思い出話に花を咲かせていただけ。

 3人の出会いが、その後の出来事が、全てにおいて、彼女達にとって――

 4年に1度しか現れないような、貴重(・・)大切(・・)な思い出達なのだと感じていただけなのだった。

 

「さてと――」

 

 話を締めた穂乃果は生徒会長として仕事に取り掛かる。

 そう、穂乃果達にとって同じように、貴重で大切な思い出達を与えてくれた絵里や希やにこ。

 そして全ての卒業生に貴重で大切な思い出を渡せるように、当たり前に存在する卒業式を素敵な思い出にする為のキッカケを考えるのであった。

 

♪♪♪

 

 声のしなくなった生徒会室。ただ、定期的に何かを書く音、電卓をはじく音、ファイルをめくる音。

 そんな無機質(むきしつ)な音だけが響いている。

 穂乃果は一瞬だけ手を休めて、真剣に下を向いて作業を進める2人を眺めた。

 恥ずかしくて、さっきは伝えられなかった想い――

 穂乃果にとっては、海未とことりが(そば)にいてくれることが自分にとっての閏年なのだ。

 そんな嬉しさを心に刻んで目を(つむ)り、アノ時のことを思い出していた。

 夕焼けの染まる公園。目の前には大きな水溜り。水溜りの横で心配そうに見つめることりと、奥の木の陰で心配そうに見つめる海未。

 もう止めようと思いながら走っていた時に、ふいに聴こえてきたアノ曲。

 もちろん幼い頃の記憶だからメロディーまでは覚えていない。それでも心が暖かく、軽くなったことだけは鮮明(せんめい)に覚えている。

 そのメロディーに包まれながら、両手を水平に広げて目を閉じ、笑顔を浮かべて踏み切った。

 優しい歌声に誘われるように水溜りを飛び越える彼女。そんな彼女を見守る2人の目の前で彼女は水溜りの先へと着地をするのだった。

 そんな彼女に満面の笑みを浮かべることりと、木の陰から羨望の眼差しを送る海未。そんな幼い頃の2人の表情を脳裏(のうり)に焼き付けながら、目を開けて()の2人を見つめる穂乃果であった。

 

(……うん、飛べる! まだまだ、飛べるんだ!)

 

 そんな意気込みを心の中で叫んだ彼女は、再び作業に没頭(ぼっとう)する。

 学院生活はあと1年(・・)残っている。しかし音ノ木坂の生徒としての2月29日は今日(・・)しかない。

 そもそも廃校になっていれば、今日と言う日は来なかったのだろう。

 否、数ヶ月後に入学する雪穂や亜里沙達新入生には(おとず)れないのだ。

 確かに廃校が決まっていたとしても1年生の卒業までは存続するのだから、穂乃果達にとっては、今日と言う日は来るとは思う。

 だが彼女が言いたいのは『明日へと繋げる今日』は来なかった。希望を持って迎える今日と言う日のことなのだろう。

 貴重で大切な2月29日と言う今日、この制服を身に包み、希望を持って学院の生徒としていられる――

 彼女はそんな奇跡を深く心に刻みながら、4年後に訪れる今日の為。見知らぬ誰かへと、より良い学院を繋いでいけるように邁進(まいしん)することを誓うのであった。



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Track 3 STOMP:DASH!!
活動日誌12 たからものず! 1 『ファーストライブ』


この章よりアニメの時系列を踏まえた内容になります。
サブタイトルの後ろの『』はアニメのサブタイトルです。
だいたいその話の1年後だと思っていただければ幸いです。


「私達のライブを開催しまーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 ファーストライブとユニット名が決まった次の日の登校時間。

 早朝練習を済ませた私と亜里沙と涼風は、その足で登校をして、学院に登校してくる生徒達にライブのチラシを配っていた。

 まぁ、普段は一旦家に帰ってから登校しているんだけどね? 早朝練習は練習着な訳だし、制服に着替える必要があるんだから。

 だけど、今日からライブ前日までは特別(・・)! 

 あっ、別に練習着のままで登校した訳じゃないよ?

 希さんが神社の神主(かんぬし)さんにお願いをしてくれたらしくて――今日からライブ前日まで社務所(しゃむしょ)を着替えに使わせてもらえることになったのだった。

 1人でも多くの人にチラシを見てほしいから、みんなよりも先に登校する必要がある。だけど早朝練習の時間を(けず)りたくはない。当然、放課後の練習も削りたくはない。

 あくまでも、私達の目標はお姉ちゃん達なのだから――お姉ちゃん達が練習している時間にチラシを配っていたら、いつまでたっても追いつけないじゃん。

 だから練習時間ではない時間で生徒の集まる時間――つまり、登校時間しかないのだった。

 そのことについて昨日考えていた時に、ことりさんが――

「それなら……お母さんに頼んで練習着のままで登校できるようにしてもらおっか?」

 って、言ってくれたんだけどね?

 さすがにソレは断ったんだよ。

 だって私達はまだ学院に貢献(こうけん)していないんだし、そんな優遇(ゆうぐう)をされるのは困るから。

 

 結局部室(その場)では結論が出なかったんだけど、夜遅くに亜里沙から電話がかかってきて――

「あのね? 希さんが神主さんにお願いして、明日の朝から着替えに社務所を使わせてくれるからって、お姉ちゃんが言っていたよ?」

 と言う連絡が入った。

 まぁ、今更驚かないんだけど、ね?

 カードのお告げは、盗聴器(とうちょうき)でも付いているのだろうか?

 ――なんて考えたんだけど、今回の発信機は亜里沙(・・・)なのかも知れないって思って苦笑いを浮かべていたのだった。

 なにせ、絢瀬姉妹と希さんの連携(れんけい)は高坂姉妹の数倍は早いだろうからね。

 きっと(きび)しさは持ち合わせているだろうけど、絵里さんは亜里沙に甘いと思う。

 だって、自分は否定していたお姉ちゃん達のファーストライブの動画(・・)を、わざわざ別編集(・・・)で亜里沙にあげるくらいなんだし? なんてね。

 

 そんな亜里沙の悩みを聞いた絵里さんは、希さんに即時連絡――まぁ、そこは真面目な絵里さんの性分(しょうぶん)なのかも知れないんだけど?

 連絡を受けた希さんは、即時解決へと話を進める――さすがは先代生徒会の会長・副会長(2トップ)と言うところなのだと思う。

 だけど、実際に亜里沙発信の話なんだとは思う(かたわ)ら。それでも、希さんのカードのお告げを否定できないでいる自分は、すっかり希さんに毒さ――ううん、馴染(なじ)んでいるのだろう。

 と、とにかく、そんな経緯で私達は社務所を借りることになったのだった。

   

 そして、昨日の話し合いではユニット名を決めた後、曲に関しては既存(きぞん)の曲――私達もお姉ちゃん達も μ's の曲を歌うことで話がまとまった。

 まぁ、私達には曲がないんだし、お姉ちゃん達には沢山のファンからの要望(リクエスト)があるだろうから、当然と言えば当然の話なんだけどね?

 そんな感じの話を決めた後、お姉ちゃんから――

「雪穂達はチラシ配りをした方が良いよ?」

 そんなことを言われたのだった。

 そう、別々の時間でライブを開催(かいさい)する以上――私達は私達の力でお客さんを集めなければダメなんだよね。

  

 そして、お姉ちゃん達は今回チラシを配ることはしない(・・・)みたい。

 チラシは掲示板(けいじばん)に貼って、机に配布用のチラシを置いておくだけ――あえて、ライブの宣伝はしないらしい。

 まぁ、人目に付きやすい場所だし、たぶん1人が気づけば――その日の内に全校生徒が知ることになるだろうしね?

 と言うよりも――

 単純にお姉ちゃん達が誰か1人に教えれば、瞬く間に広がるんじゃないかな?

 つまり、宣伝の為にチラシを作る必要性もないくらいの人気を(ほこ)るお姉ちゃん達。だけど、チラシを作るんだって。

 それは、ファンへの感謝と敬意の表れ。

 自分達にとっては何回目(・・・)かのライブかも知れないけれど、ファンにとっては初めて(・・・)のライブかも知れない。

 もしかしたら、何か特別(・・)な意味を持つのかも知れない。

 だから、ライブの記念になるような、思い出になるような――そんな願いを込めて丁寧に作っていたのだった。

 

♪♪♪

 

 そうそう、思い出と言えば――

 以前、お姉ちゃんの部屋でマンガを借りようとした時。まぁ、あの(・・)悲劇の日ではないのだけどね? 

 たまたま、お姉ちゃんの机の上に大事に置いてあるUTX学院の入学パンフレットが目に入った。

 普段はとても生徒会長とは思えない程に、自分の物を大らか(・・・)に扱うお姉ちゃんが――ただ(・・)の入学パンフレットに対して大事に扱っているのが、とても不思議だった。

 いや、お姉ちゃんの気持ちも何となくは理解していたんだけどね?

 それでも、乙女の重要なプライベートデータ(機密事項)が記された書類を平気で床に置いているようなお姉ちゃんが!

 あまつさえ、私が見つけてお母さんと見ていたら――

「あー、こんなところにあったんだ?」

 なんて暢気(のんき)な声で話しかけるようなお姉ちゃんが! 

 そう言う行為に出ていることが不思議だったんだよ。

 そのパンフレット。元々は私が音ノ木坂学院が廃校になるからって、他の学校を受験しようか迷っていた時に(もら)ったパンフレットだった。

 でも、音ノ木坂が生徒募集をするって聞いて、私も音ノ木坂の受験を決めていたから特に必要ないし良いんだけど?

 お姉ちゃん、私が見せた次の日の朝――

ちょっと(・・・・)借りていくよ?」

 って、言っていたはずだよね?

 随分と長い、ちょっとなんじゃ――まぁ、そこに関しては私も忘れていたから良いんだけど。

 

「まだ、持っていたんだ? そのパンフレット」

 

 私自身、特に必要がなくなっていたから、軽い気持ちでお姉ちゃんに聞いたんだけど。その時のお姉ちゃんは、とても優しい微笑みを浮かべて、パンフレットを大事に撫でながら――

 

「だって……このパンフレットが全ての始まり(・・・)だったから……私にとっては思い出のパンフレットだから……」

 

 そんな言葉を紡いでいた。

 その時に思ったこと――

 モノには全てに、等しい価値(・・・・・)存在理由(・・・・)があるものだと言うこと。

 だけどモノに付随(ふずい)する評価は、各自(かくじ)が決めるものだと言うこと。

 そして、その評価は各自で基準や感じ方が違うと言うこと。

 私にとっては、音ノ木坂を受験することに決めた時点で必要性がなくなったパンフレット――正直、手元にあっても意味はないのだから処分していたのかも知れない。

 だけどお姉ちゃんにとっては、今の自分達を与えてくれた大事(・・)な代物。

 言ってみれば、このパンフレットがチャンスの前髪(・・・・・・・)だったのかも知れない。

 だから、お姉ちゃんにとって、パンフレットは思い出の品なのだろうと感じている。

 そしてモノにはスクールアイドルも含まれているんだと思う。

 だからお姉ちゃん達への評価は各自で異なるのだと思うし、お姉ちゃん達のライブのチラシへの評価も感じ方次第で変わっていく。

 それを知っているから、お姉ちゃん達は真心を込めて丁寧に――今でもチラシ作りをしているんだと思えた。

 自分達には必要がないのかも知れないけれど、きっとファン(誰か)は必要に思ってくれているだろうって。

 

 今の私達には宣伝の目的があるのだから、当然チラシを作って配るつもりでいるよ。

 だけど、もしもこの先。

 お姉ちゃん達のようになれて、必要がなくなることがあったとしても――私達もチラシを作り続けていきたいと感じていた。

 もちろん、お姉ちゃん達のようになりたいからと言う理由もあるけれど。

 それ以上に、私達も応援してくれる人達を大切に思うから――自分達の作るチラシを思い出にしてほしいから作り続けていきたいと願っていた。

 まぁ、まだ当分は作らないと人が集まらないから作るんだけどね?

 私達は全員が解散した後、部室に残って3人でチラシを作り始めるのだった。 

 

♪♪♪ 

 

「それじゃあ、今日の話は以上だね? お疲れ様でした」

 

 話し合いが一通り終わると、花陽さんの言葉により、早々(そうそう)に今日の部活は終了となった。だけど終了後の余韻(よいん)(ひた)ることなくお姉ちゃん達と花陽さん達は立ち上がる。

 お姉ちゃん達はその後、生徒会室に戻って新入生歓迎会に関しての詰め作業。

 花陽さん達はライブに向けての打ち合わせ。

 私達はチラシ作りと、それぞれに予定があったから。

  

「それじゃあ、お疲れ様ー」

「お疲れ様です」

「お疲れ様ぁ」

 

 お姉ちゃん達はそれだけ告げると、笑顔で手を振って部室を出ていった。

 

「うん、お疲れ様」

「お疲れ様ニャ」

「お疲れ様」

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 花陽さん達もお姉ちゃん達にそれだけを告げて笑顔で手を振るだけ。

 私達も花陽さん達に倣い、声をかける。特にそれ以上の言葉は交わされなかった。

 それぞれにやるべきことがあるから長居(ながい)はしなかったのだろう。

 花陽さん達は扉が閉まるのを確認すると、振り返り私達を見ながら――

 

「それじゃあ、私達は教室の方で打ち合わせをして……そのまま帰るから、部室はお願いね?」

「はい! わかりました」

「よろしくね? お疲れ様」

「お疲れニャ!」

「「「お疲れ様でした!」」」

 

 代表して真姫さんが私達にお願いをして、扉の方へと歩いていった。

 私が了解すると、花陽さんと凛さんも私達に声をかけながら扉の方へと歩いていく。私達は声をかけながら3人を見送るのだった。

 きっと花陽さん達は、私達がチラシ作りに集中出来るように、教室で打ち合わせをしてくれたんだろう。私は見送りながら、心の中で3人の気遣(きづか)いに感謝していた。

 そして同時に、花陽さん達の行動を見習っていきたいと感じていた。

 それは、気遣いだけ(・・)の話ではなくて――スクールアイドルとしてのお姉ちゃん達との関係は対等(・・)かも知れないし、アイドル研究部としての立場は花陽さん達の方が()かも知れない。

 だけど、その他の部分ではお姉ちゃん達は最上級生(・・・・)なのだ。

 打ち合わせが終わった今――その関係は学院としての上下関係に切り替わる。

 自分達も、そのまま退出するからと言って、お姉ちゃん達と一緒に出ようとはしなかった。

 そう、一緒に出るのではなく、最上級生をきちんと見送って、そして後輩へお願いをしてから退出する。

 それはお姉ちゃん達に敬意を表してのこと。そして、私達(・・)に対して先輩としての責任と気遣いからくる行動なのだと思った。

 だけど決して計算して行動している訳ではない――それが当たり前のことのように接しているから、素直に尊敬の念を抱けるんだろう。

 来年は私達も上級生になる。その時に、後輩から今の私が感じたようなことを思ってもらえるように――自然と接することが出来るように、お姉ちゃん達や花陽さん達を見習っていきたいと思っていた。

 花陽さん達が出て行った後、私は今の思っていたことを亜里沙と涼風に話した。 

 すると、亜里沙と涼風も同じことを思っていたらしい。まぁ、それだけ私達の目指す場所は偉大(いだい)だと言うことなのだろう。なんてね。

 

 そんな私達は3人だけになった部室で色々試行錯誤しながら、ライブのチラシを完成させる。そして、帰りがけにコピーをしてから帰路(きろ)についた。

 そんな感じで昨日作り終えたチラシを、登校してくる生徒達に配っていたのだった。



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活動日誌12 たからものず! 2 『ファーストライブ』

 チラシ配り――

 もちろん想像はしていたのだけれど、かなり大変なことなんだって理解できた。

 だって誰も受け取ってくれないんだから。とは言っても、お姉ちゃん達の頃とは違うんだろうけどね?

 一応、生徒全員が学院のスクールアイドルの存在は知っているだろう。さすがに、お姉ちゃん達を知らないって生徒はいないだろうしね?

 だから私達を気にする人は大勢いる。

 でも、私達にじゃない――お姉ちゃん達(・・・・・・)のチラシだと思う人がほとんどだった。

 この学院でライブと言えば、真っ先にお姉ちゃん達を思い浮かべるだろう――うん、私達の存在なんてそんなものだからね。

 

 私も最初はただ「ライブを開催する」としか言っていなかった。

 だけど、その声に反応して近づいてくる人は決まって――

「あの…… μ's のライブですか?」

 そう、聞いてくるのだった。

 とは言っても、ユニット名の発表をしていないだけの話だよ? それか、ローカルアイドルとしての話かも知れないんだけど。

 6人で活動することは、みんな知っている――でも、何て呼べば良いのかわからないから μ's って言ったんだと思う。

 もちろん、嘘をつくつもりもないから――

「……いえ、私達のライブなんですけど?」

 そんな風に苦笑いを浮かべて答える。

 その言葉を聞いた彼女は、一瞬驚いて「えっ? あなたもスクールアイドルだったの?」と言いたそうな表情から、バツの悪そうな苦笑いの表情に変えてチラシを受け取ると、ソソクサと校舎の方へと歩いていった。

 きっと彼女はライブに来ないと思う――だって、お姉ちゃん達のライブだと思って近寄(ちかよ)ってきたのだから。

 そんな風なことが数回続いた時点で、私達の(・・・)と付け加えることにしたのだった。

 すると、途端(とたん)に誰も見向きもしなくなった。目の前に差し出されて反射的に受け取る人はいたけどね? 

 そんな現実を前に、頭では理解していたけど凄く悲しい気分になる。

 諦めようかとも思い始めていた――そんな考えが亜里沙と涼風の表情にも表われていた。

 

「――ッ! ――私達のライブを開催しまーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 だけど、私は前を見つめて精一杯の声を出して前に進んだ。

 世の中そんなに甘くない――お姉ちゃんの言葉が脳裏に木霊(こだま)する。

 わかっていたことだもん! これが私達の望んだ道なんだもん!

 これくらいで諦めるくらいなら、お姉ちゃん達に強がりなんて言わないから!

 だからライブまで続けるんだ! 1人でも多くの人に受け取ってもらうんだ!

 そんな気持ちでチラシを配り続けた。

 

「……よろしくお願いしまーす。私達のライブを開催しまーす」

「……お願いしまーす! 私達のライブを開催しまーす」

 

 私が諦めずにチラシを配り始めると――亜里沙と涼風も、私に負けないくらいに声を出して周りを歩く生徒達にチラシを配り始めていた。

 私は、そんな2人の声に背中を押されながらチラシを配る――きっと亜里沙と涼風も、自分以外の2人の声に背中を押されていたのだと思う。

 姿は見えなくても、すぐ近くで頑張る声が聞こえる――私達はそんな見えない力(頑張る力)に支えられて、登校の波が落ち着くまでチラシを配り続けるのだった。

 

♪♪♪

 

 それから数日経って――今日はいよいよライブ当日だ!

 前日まで、みっちり練習も頑張ってきた。チラシ配りだって毎日頑張った。

 まぁ、成果(せいか)は良好とは言えないかも知れないけれど――自分達のできることは精一杯やってきたつもり。だから、大丈夫。

 

 昨日は帰りに3人で神社にお参りをしてきた――そう、お姉ちゃん達がしていたように、ライブの成功を祈願(きがん)してきたんだよ。

 お参りを済ませた私達は、自然と絵馬の掛けられている場所へと足を運ぶ。

 目の前にかけられている、沢山の絵馬。

 もちろん、お姉ちゃん達への願いが込められている絵馬ではあるけれど――それは私達も絵馬を書いてくれた人達と同じ立場だから。

 とても身近な存在なのかも知れないけれど、私達の目指すお姉ちゃん達は、遥か遠く。そう、ファンの人達と同じように遠くに感じていた。

 そんなお姉ちゃん達へと()せた想いを明日、私達は実現(具現化)する――近づく為に羽を広げるんだ。

 だけど、今でも不安でいっぱいだよ――だから、応援してね? 力を貸して? 

 そんな願いと――絶対、ライブ頑張るからね?

 そんな決意表明(けついひょうめい)の気持ちを絵馬へと送っていたのだった。

 絵馬に気持ちを送った後、私達は誰からともなく円陣(えんじん)を組んだ。

 だけど誰も口にしない――ただ、円陣を組むだけ。

 でも、肩に乗っかった2人の腕が小刻みに震えながら、ギュッと私の肩に(あつ)をかける。きっと私も同じなんだろう。

 3人は無言で円陣を組みながら、結束を固めていたのだった。

 

♪♪♪

 

 今は新入生歓迎会の最中――私は亜里沙と涼風の横に座り、ステージ上の部活説明会を眺めていた。

 この歓迎会が終わると、あのステージに立つんだな――そんなことを、ただ漠然と考えながら眺めていた。

 とは言え、漠然と考えているからと言って余裕がある訳じゃない。もちろん、緊張と不安に押し(つぶ)されそうになっているんだけど?

 それでも、自分達の足で踏み出さないとダメなんだ――その為に頑張ってきたんだから、()いが残ることだけはしたくない。

 そんな風に自分の気持ちに言い聞かせる。

 だけど言い聞かせる言葉も(むな)しく、何もできない時間が緊張と不安を増幅(ぞうふく)していたのだった。

 だって、今は歓迎会の最中なんだし、好き勝手に身動きが取れないんだからね?

 だから、脳内で必死に押し潰されないように抵抗するのが関の山なんだよね?

 

 そんな感じで必死に抵抗していた私の目の前に――

 ステージ上ではアイドル研究部の部活紹介をする為に、花陽さんが壇上に歩いてきた。その途端、会場中から割れんばかりの歓声が上がる。

 花陽さんは苦笑いを浮かべながらマイクの前に立つと、部活の紹介を始めるのだった。

 花陽さんが話を始めると、それまで上がっていた歓声が嘘のように静まり返る。そして、全員が真剣な表情で話を聞いていた。

 別に花陽さんが何かをした訳ではない――普通(・・)に話を始めただけ。

 生徒会長として挨拶をしたお姉ちゃんの時もそんな感じだった。

 改めて、お姉ちゃん達の凄さを感じると同時に――このタイミングで感じたくはなかったかな? そんなことを思っていた。

 だって、花陽さんの登場は部活紹介の最後(大トリ)なのだ。

 この後、お姉ちゃんが最後に挨拶をして歓迎会は終了――つまり、お姉ちゃん達の凄さを引きずってライブに(のぞ)まなくてはいけないのだから。

 正直、今は感じたくなかった――まぁ、お姉ちゃん達の凄さは最初から理解していたことだし? こうなることは予測していたはずなんだけどね?

 きっと緊張と不安に必死に抵抗していたから、過剰(かじょう)に反応しちゃったんだと思う。なんてね。

 

 そんなことを考えていたら、いつの間にか歓迎会は終わりを告げていた。

 壇上で挨拶を終えたお姉ちゃんが舞台袖に下がると――周りの生徒が一斉に立ち上がり移動を開始する。

 私達もその波に乗って――周りの希望や期待に満ちた表情とは相反するような、緊張と不安の表情を浮かべながら教室へと移動を開始したのだった。

 

♪♪♪

 

 あと少しで、私達のファーストライブが――

 私達の音楽(ミュージック)スタート(スタート)する。

 私と亜里沙と涼風の本当の意味での――

 スタートダッシュ(スタート・ダッシュ)の瞬間が(おとず)れようとしているのだ。

 もちろん、これが最後になる訳ではないのだけれど――

 自分達が愛してる(あいしてる)スクールアイドルとして、胸を張って万歳(ばんざーい)ができるように――

 今は無名の少女達(のーぶらんど・がーるず)でも――

 そんな私達の想いを聞いてほしい(リッスンとぅー・マイはーと)からステージに立つ。

 そして、いつかは光輝くお姉ちゃん達のようになる為に――

 明日に向かってススメ!(すすめ→とぅもろう)

 そんな気持ちでステージに立とう!

 

 きっと私達なら大丈夫!

 どんなに厳しい現実が待ち受けていたって、亜里沙と涼風――

 2人との友情は絶対に変わらない(ゆうじょう・のーちぇんじ)のだから。

 だけど、私達のライブ(ぼくらのライブ)誰かの暮らし(きみとのライフ)()もれた――

 夢の扉(ゆめのとびら)を開いて――

 不思議な空間(わんだー・ぞーん)へと連れ出していきたいと願う。

 だって、私達は今の中(ぼくらは・いまのなかで)にいるんだから――

 同じ今の中にいる人達に届けたい。

 きっと、その先に青春が聞こえる(きっと・セイシュンがきこえる)ように。

 

 教室に戻る廊下を歩いている時、ふいに μ's の曲達(・・)が脳裏に再生される。

 私は脳裏に再生された曲達を聞きながら、自分自身にこんなことを言い聞かせていたのだった。きっとお姉ちゃん達が背中を押してくれたのだろう。

 私は心の中でお姉ちゃん達に感謝をしながら、ポケットの中に手を入れていた。

 指先に伝わる紙の感触(かんしょく)――自分達で作ったライブのチラシ。

 お姉ちゃんにとってUTX学院のパンフレットが思い出(・・・)であったように、チラシが私の思い出――ううん、宝物(・・)になるかも知れない。

 違うかも? だって、結果(・・)じゃないんだから。

 このチラシは私達の思い出と頑張りを見てきた大事な宝物なのだった。

 

 そう、今ココで見つけた私の宝物。

 すぐには無理かも知れないけど、たくさんの笑顔を見せてくれるかも知れない宝物。

 だけど、溢れる夢を見させてくれる宝物。

 そして、まだ誰も知らない場所へと導いてくれる宝物――私達のライブはお姉ちゃん達でも知らない場所だから。

 お姉ちゃん達を始めとするスクールアイドル達は、全員が誰も知らない場所を探して頑張っているんだ。

 そんな誰も知らない場所を目指して、届きそうで届かないから頑張っているんだ。

 そして、頑張るから宝物が増えていくんだと思う。

 私は、そんな――

 初めての宝物の感触を確かめながら、気持ちを引き締めて教室へと歩いていたのだった。




Comments 海未

いよいよ、ライブなのですね?
まずは、チラシ配りお疲れ様でした。
毎朝、行うのは大変だったと思います――
いえ、チラシを配ると言うことだけでも尊敬の念を抱いていますよ?
とても立派だったと思います。

そして、ファーストライブは緊張してしまいますよね?
私も緊張していましたから、良くわかります。
そんな時は、お客様を野菜だと思うと良いそうです――
まぁ、1人で歌う覚悟があるのならお奨めしますけど。

とにかく、悔いの残らないように頑張ってくださいね?


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活動日誌13 それは・ぼくたちのキセキ! 1 『ファーストライブ』

 教室に戻ってきた私達は、HRが終わると足早(あしばや)に教室を出ることにした。

 もちろん、ライブの時間が(せま)っているからなのも、理由の1つだけれど――それ以上に、教室の雰囲気に耐え切れなかったからなのだ。

 自分に言い聞かせていたとは言え――やはり、周りの生徒の希望に満ち(あふ)れた雰囲気を目の当たりにしたくはなかった。だって、自分達に向けられた希望じゃないのを知っているから。

 あくまでも、彼女達の希望は部活への想い(・・・・・・)。言い()えれば、私達のライブには来ないってこと(・・・・・・・)なのだから。

 

「あっ、雪穂――ちょい待ち!」

「えっ?」

 

 そんな風に感じて足早に教室を出ようとしていた私達の耳に、クラスメートの声が聞こえてくる。

 私が思わず振り返ると、そこにはクラスメートのミキ、カオリ、メグミの姿があった。3人は私達に近づくと――

 

「ライブの手伝い、何かある? 何かあるなら、手伝おうか?」

 

 そんな提案(ていあん)を代表してミキがしてきたのだった。

 あまりにも突然の提案に、驚いて声が出なかった私達に、彼女は笑いながら――

 

「ほら? 私達も雪穂達を応援するって言っていたじゃん? 他の子達は部活勧誘に行く手前(てまえ)、手伝えないんだけどさ? 生憎(あいにく)、私達3人は雪穂達と同じで、もう入部済みだから……今日は時間が()いているから、3人で良ければ手伝いたいんだけど?」

 

 そんなことを告げる。そう――彼女達もまた、私達と同じく(すで)に入部を果たしていた。

 入部をしたとは言え、勧誘される側の立場の彼女達に説明会を任せるはずもなく、今日は暇なのだと言う。

 

「――ありがとう! とっても嬉しいよ!」

「よろしくぅ」

「お願いします」

 

 私達は(すご)く嬉しくなり、満面の笑みを浮かべて彼女達の厚意(こうい)に甘えることにしたのだった。

 だけど、手伝ってもらうことに笑みを浮かべていた訳じゃない。

 私達を応援してくれているって――自分の時間を()いてでも私達の為に手伝おうと言ってくれる、そんな彼女達の気持ちがとても嬉しかったからなんだよ。

 そう、今まで私達は3人で(・・・)頑張ってきたと思っていた。だけど違うんだ。

 お姉ちゃん達がいて、クラスメートだっている。

 私達の周りにも、みんな(・・・)がいてくれたんだ。

 そんな風に思えると、今までとはクラスの雰囲気が違って感じられるようになっていた。

 確かに部活への希望に満ち溢れた空気は今でも存在する。でも――

 私達に申し訳ないと感じている雰囲気や、それでも応援はしているよ?

 そんな私達への期待を抱いていることが伝わってきたのだった。

 

♪♪♪

 

 私達がミキ達とライブに関して打ち合わせをしていると、教室の扉が開いて3年の先輩が中を覗いていた。

 私は彼女のことを良く知っている。だから、私に会いに来たと思っていた。

 ――まぁ、実際、私に会いに来たんだけどね?

 

「……あっ、いたいた! 失礼します……こんにちは、雪穂ちゃん」

「こんにちは、ヒデコ先輩」

「今日ライブやるんでしょ? 良かったら手伝う――あれ、ミキ?」

「お疲れ様です。ヒデコ先輩」

「同じクラスだったんだ?」

「そうですよ? 今、彼女達の手伝いをしようって話をしていたんです」

「あっ、そうだったの? いや、ほら……穂乃果達の手伝いをするからさ――雪穂ちゃん達の手伝いもしようと思っていたら、時間が違うって聞いて(いそ)いで来たんだけど?」

「あはは……すみません。実はそうなんです」

 

 私を見つけたヒデコ先輩は、私の目の前まで来ると挨拶をした。私が返事を返すと、私達のライブの手伝いを申し出ようとしていたんだけど、隣に立っていたミキに気づいて声を上げるのだった。

 そんな先輩にミキも声をかけた――どうやら、2人は中学時代の先輩後輩だったらしい。

 ミキが私達の手伝いをすることを伝えると、先輩も私達の手伝いをしようと思って、お姉ちゃんに聞いてみたら、私達は開催時間をズラしているってことを知って、(あわ)てて教室まで来たのだと告げる。

 私は苦笑いを浮かべて謝罪をするのだった。

 先輩達がお姉ちゃんのライブの手伝いをするのは知っていたけど――まさか私達のライブまで手伝ってくれるとは思っていなかったからね? 時間をずらすことは特に誰にも伝えてはいなかったのだった。

 そんな私達の意図(いと)()んでくれたのか――

 

「まぁ、間に合ったから良いし……少し、安心したわ? ほら――私達が手伝えるのも今年まで(・・・・)なんだし、来年の手伝いを……ね? 花陽ちゃん達にも伝えてはいるんだけど――雪穂ちゃん達のことも心配だったんだよね?」

「……先輩」

 

 特に言及(げんきゅう)しないで話を続けてくれていた。

 そうなんだ。ヒデコ先輩はお姉ちゃん達の同級生――つまり、今年しか(・・・・)手伝うことはできないんだ。

 だけど、私達のことまで心配してくれていた先輩の気持ちに()れ、私の心が暖かな気持ちで満たされていたのだった。

 だって先輩はお姉ちゃん達の手伝いなんだもん。

 元々はお姉ちゃん達だけの頃に始めた手伝いだった。だけど去年1年間、学院でのライブに関しては手伝いを率先(そっせん)して買って出ていたらしい。

 だから同じメンバーである花陽さん達の心配はするかも知れないけれど、特に接点のなかった私達のことまで気を使う必要なんてないんだから。

 

「だけど、ミキ達が手伝いをしてくれるんだったら私としても嬉しい限りね? ……と言うより、ミキ達は今日だけの(・・・)手伝いなのかしら?」

「えっ? そんなことはないですよ? 私としては時間が許す限り、手伝いをしていくつもりですから」

「……そう? うん、そうしてあげてね? ところで3人の中で音響(おんきょう)できる子っているの?」

「「「…………」」」

 

 先輩は少し安堵(あんど)の表情を浮かべながらミキ達に声をかける。

 すると私達にとって、嬉しい答えを彼女が答えてくれる。隣にいた2人も笑顔で頷いていた。

 私は言葉にならないほどに嬉しさが込み上げていた。当然、亜里沙と涼風もそうなんだと思う。

 まぁ、面と向かってお礼を告げるのは恥ずかしいから――3人で彼女達に笑顔を向けるのだった。

 そんな私達を眺めながら微笑みを浮かべていた先輩は、ミキ達に向き直ると音響をできる子がいるのかを訊ねていた。その問いにミキ達は困った表情をしながら、誰も名乗りをあげられないでいる。

 そんな3人を見ながら先輩は――

 

「……そっか? なら、ミキが担当ね? 私が教えてあげるから」

「――本当ですか! 実は私達、手伝うとは言っても……音響に関しては良く知らないんで、どうしようか悩んでいたんで助かります」

 

 ミキに音響を教えてくれることを約束していたのだった。

 その言葉にミキは、そんなことを言って苦笑いを浮かべていた。私はその言葉に繋げるように――

 

「……そんな話をしていたんで、先輩にお願いに行こうとは思っていたんですよ?」

 

 彼女と同じような表情で、先輩に伝えたのだった。

 ほら? お姉ちゃん達の手伝いをするんだろうし、帰ることはないだろうって思っていたからね。

 あっ、でも別に頼むって話じゃなくて、あくまでも教えてもらう為にだよ? 

 要は、最初から先輩に会うつもりでいたのだった。

 

 そんな感じで先輩に色々と教わる為、そして手伝いをする為に、先輩とミキ達3人は私達に笑顔で手を振り教室を出て行った。

 私達も4人を笑顔で手を振り見送っていた。

 彼女達が教室の扉を閉めた後、私達3人は顔を見合わせて微笑みを交わしていた。

 だって、すごく嬉しかったから。

 応援してくれる人がいるって、自分では気づかないくらいに凄い力になるんだな? って感じていたんだと思う。

 今までは、お姉ちゃん達を応援しているだけだったから。自分が応援してもらって初めて気づいた気持ちなんだと思う。

 そっか? お姉ちゃん達は今まで、こんな気持ちで頑張ってきたんだね? こんな気持ちに応える為に頑張っているんだね?

 花陽さん達が私達にライブを薦めてくれたのも、こう言う気持ちに気づいてほしかったからなんだろう。

 そう、ライブのステージに立つことだけ(・・・・・・)がライブを開催することの意味じゃない。

 こう言う、みんなの想いに触れて、その想いを受け止める。繋がりを感じることがライブを開催する本当の目的(意味)なのだろうね。

 

 私達はHRが終わった直後の、足早に教室を出ようと思っていた気持ちとは正反対に――クラスに溢れる応援の雰囲気に包まれながら、ゆっくりと確実に、みんなの想いをかみ()めながら教室を出るのだった。

 

♪♪♪

 

「あっ、お疲れ様ー」

「「「お疲れ様です、ことりさん」」」

「お疲れ様」

「「「お疲れ様です、花陽さん」」」

 

 部室を訪れた私達を、笑顔でことりさんが出(むか)えてくれていた。珍しく今日は花陽さんも来ているみたい。

 花陽さんも続いて出迎えてくれていた。

 あっ、普段はアルパカの世話をしていて、みんなよりも遅れてくるって意味だからね?

 私達はそんな2人に挨拶を交わして中に入った。

 だけど珍しい組み合わせかも? 天使と天――恥ずかしいから、やめとこ。

 どうやら、お姉ちゃんと海未さんは生徒会として部活勧誘のサポートがある。そして、凛さんと真姫さんはライブに向けての事前チェックがあるから来ていないらしい。

 本来なら、ことりさんと花陽さんも行くはずなんだろうけど? 

 私達のサポートと、きっと緊張しているだろうからって、緊張を(やわ)らげる為に部室に来てくれたんだって。

 そう言うことなら珍しい組み合わせでもないのかな? だって天使と天――恥ずかしいから言わない! なんてね。

 

 私達がテーブルに鞄を置くと――

 

「あっ、3人ともコッチに来てくれる?」

 

 続き部屋の扉の前でことりさんが声をかけてきた。私達は慌てて彼女の方へ歩いていった。

 ことりさんは続き部屋の中へと歩いていく。それに倣い私達も中へ入ると、そこには3着のステージ衣装が私達を出迎えてくれたのだった。



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活動日誌13 それは・ぼくたちのキセキ! 2 『ファーストライブ』

「「「…………」」」

 

 ピンクと青と緑。それぞれの色を基調としている3つのワンピース風の衣装。スカートの裾のカーブのところが印象的な衣装達。

 私達が忘れるはずもない『お姉ちゃん達のファーストライブのステージ衣装』だった。

 

「あのね? 3人用に手直ししてあるから――今日のライブで着てくれると嬉しいんだけど?」

「「「――えっ!?」」」 

 

 私達は目を見開いて、同時に驚きの声をあげていた。いや、だって――ライブで着てって言ったんだよ?

 実は元々の打ち合わせでは、私達は制服でステージに立つことに決まっていた。

 ほら? 衣装担当はことりさんな訳だし? さすがに同日(同時)にライブを開催するんだから、ね?

 時間がないからお姉ちゃん達(自分達)のだけを作るって話になっていた。

 だけど、手直しって言っても、何時(いつ)()に私達のサイズを?

 あっ! そう言えば、この間の練習中の休憩時間に――

次の(・・)ライブをする時には、ちゃんと衣装考えるから……その時の為にサイズを測らせてね?」

 って言っていたことを思い出した。

 でも、次のライブ用だと思っていたし、普通に作ってもらえることが嬉しかったから何も疑問に思わなかったのだけれど。

 きっと、あの時には既に手直しをすることを決めていたのだろう。確かに驚いたけど、私達の為に時間を割いて手直しをしてくれたことが素直に嬉しかった。

 だけど、私は嬉しさと同時に不安になっていたのだった。

 

♪♪♪

 

 確かに、この提案はことりさんの独断(どくだん)ではないとは思う。ちゃんとお姉ちゃんと海未さんの同意を得ている話なんだろう。

 だけど、お姉ちゃん達の『記念であり思い出の衣装』を着ることは、本当に良いのだろうか?

 そんな考えが脳裏(のうり)()ぎったのだった。

 私達用に手直しをしたと言うこと。その衣装を私達が(そで)を通すと言うこと。

 つまり、それは『お姉ちゃん達の思い出の品がなくなる』ってことを意味するのだから。

 きっと亜里沙と涼風も同じ気持ちだと思う。

 私達は μ's のファン。憧れている彼女達の思い出を自分達が消去して、平気でいられる訳はない。

 そんなことを感じていた私達は、お姉ちゃん達の衣装を手にすることを躊躇(ためら)っていた。私達の躊躇いを理解してくれたのだろう。ことりさんは優しく私達に言葉を紡ぐのだった。

 

「あのね? この衣装は私達3人のファーストライブの時の衣装だったんだけどね?」

「知っています」

「……だよね?」

 

 彼女の言葉に私が返事をすると、苦笑いを浮かべて相槌(あいづち)を打っていた。そして――

 

「もちろん、この衣装に思い出がない訳じゃないの……だけどね? 私達がこの先、この衣装を着ることはないんだよ?」

「「「…………」」」

 

『この衣装を着ることはない』

 この言葉に私達は言葉を失っていた。もちろん9人――今は6人だけど?

 メンバーが増えた時点で、3人だけの衣装が存在しないのは理解しているよ? 

 だけどね? それでも、それが衣装に袖を通して良い理由になるなんて、どうしても納得ができないんだもん。

 そんな想いがあった私達。未だに了承しないでいると、ことりさんは更に言葉を繋いだのだった。

 

「もちろん思い出として残すことも考えたんだけどね? ……それでも私達は雪穂ちゃん達に託そう(・・・)と思ったの」

 

 私達――当然ではあるけれど、お姉ちゃんと海未さんも同じ意見だと言うこと。

 

「1年前のファーストライブ。あの時に諦めなかったから、今の私達があるんだと思うし……」

 

 ことりさんは続きの言葉を飲み込んだけど、きっと「今の雪穂ちゃん達もあるんだよ」と繋がるんだと思っていた。そう、廃校していたら今の私達は存在しないんだからね。

 

「だから、諦めずに頑張ってきた私達の……スタートを見守ってくれた衣装に、もう1度スポットライトを()びる機会があっても良いのかなって思うんだ。それにね? …………」   

 

 ことりさんは言葉を言い終えると無言で視線を部室の方へと移していた。

 まぁ、ことりさんの視線の先は壁しかないんだけどね?

 私達には、ことりさんの見ているのが、隣の部室の棚の上にある色紙なんだと理解していた。

 だって、すごく優しい表情を浮かべていたんだもん。

 ことりさんは、そんな風に感じていた私達の方へと再び向き直ると――

 

「私は絵里ちゃん、希ちゃん……そして、にこちゃん。卒業生から託すと言うことの大切さを学んだの。だから私達も雪穂ちゃん達へ……この衣装を託したいと思ったんだ? だから、着てもらえないかなぁ?」

 

 そんな言葉を優しい微笑みを浮かべながら私達にかけるのだった。

『託す』

 私達もこの言葉を、入学してから幾度(いくど)となく実感してきた。そして(はげ)みにしてきたんだ。 

 託すとは、信頼して想いを(ゆだ)ねること。託されるとは、次へと繋いでいけるようにすること。

 自分達はファンとして、この衣装を着ることを躊躇っていた。

 だけど、私達はアイドル研究部の後輩なんだ。そして、ことりさん達と同じようなスクールアイドルを目指しているんだ。

 ことりさん達は、決してファンである私達に衣装を託しているのではない。

 同じように、スクールアイドルを目指している私達に衣装を託そうとしているんだ。

 先輩が私達を信頼して想いを委ねてくれているのなら、後輩である私達は次へと繋いでいかなければいけないんだ。

 ことりさんの言葉を聞いた私達は、お互い無言で見つめ合うと――

 

「「「ありがとうございます! 着させてもらいます!」」」

 

 声を揃えて、そう伝えるのだった。

 その言葉を聞いて嬉しそうに微笑むことりさんは、1度だけゆっくりと頷くと、何も言わずに部室の方へと歩き出した。

 だけど背中でも嬉しそうなのがわかるくらいに、両手を後ろに回して軽やかに歩いていったのだった。

 扉が閉まると私達は、もう1度だけジックリと衣装達を眺める。

 お姉ちゃん達の始まり。本当の意味でのスタートダッシュのライブ。

 その場面を支えた衣装達が今、私達のスタートダッシュを支えてくれようとしている。

 私達は改めて衣装を眺めながら『音ノ木坂学院のスクールアイドル』になったんだと言う実感(じっかん)()いてきていたのだった。

 だって、それが私達が衣装を着られる理由なんだから。

 だって、それが私達に託された理由なんだから。

 私達は無言で頷くと、誰からともなく衣装に袖を通し始めていた。

 託された想いをかみ締めるように、繋いでいけるように決意を新たにしながら。

 みんなの想いを感じながら、私達のステージ衣装に着替えていたのだった。

 

♪♪♪

 

 さぁ! いよいよ始まるんだ。私達の夢をかなえるのはみんなの与えてくれた勇気なんだよ。

 これから待ち受けている現実になんて負けない心で――

 まだ知らない明るい明日へ全力で()けて行こう!

 

 ずっと心に宿(やど)っていた強い強い、私達の願い事が――

 きっと今の瞬間に私達を導いてくれたんだろう。

 

 今までは、ただお姉ちゃん達を応援することしかできなかった。

 だけど次は絶対この願いは(ゆず)れないよ。

 お姉ちゃんと同じステージに立つ――

 お姉ちゃんと一緒にいられる残された時間を(つか)んだ、この手を握り締めて。

 

 ただの先輩後輩としての思い出。せっかく同じスクールアイドルになれたんだ。

 それだけじゃいやだよ。

 自分達の持てる精一杯。自分達の持てる力の限り。

 お姉ちゃん達を追いかけて走るんだ!

 

 さぁ! いよいよ始まるんだ。私達の夢を抱きしめたら、迷わず上を向いてライブに(いど)もう!

 そうすれば私達の世界が大きく変わるよ!

 さぁ! 私達の願いが実現するんだ。私達の夢をかなえるのはみんなの与えてくれた勇気が力になったんだよ。

 だから、どんな結末にだって負けない心で――

 国立音ノ木坂学院スクールアイドル Dream Tree の明日へ全力で駆けて行こう!

 

♪♪♪

 

 衣装に着替え終わった私達は、開演時間が迫っていることに慌てて、講堂へと急いで移動することにした。

 続き教室から部室へ戻ると、ことりさんと花陽さんは椅子に座って話をしていた。

 2人は私達に気づくと、特に何も言わずに優しい微笑みを浮かべてくれている。

 2人から何かアドバイスとか励ましの言葉はなかった。だけど、それで良いんだと思う。

 だって、みんなの想いはしっかりと受け取っているんだから!

 それに、今の私達には言葉は余計(よけい)にプレッシャーになることを、自分達も経験して知っている2人。

 だから何も言わずに微笑みを浮かべてくれたんだろう。それにね?

「雪穂ちゃん達なら大丈夫! 自分達の思い描いたステージを精一杯楽しんできてね」

 2人の笑顔に包まれた部室の空気、そしてお姉ちゃん達を見守り続けてきたこの空間(・・)が私達に、そう語りかけている気がするから。

 私達は精一杯自分達のステージを楽しむことだけ考えていれば良いんだ!

 そんな風に感じていたのだった。

 私達は今持てる精一杯の答え。満面の笑みを2人に返すと、足早に部室を出るのだった。

 

 いよいよだ! 私達の願いが本当に始まろうとしているんだ!

 私は脳内で、お姉ちゃん達のアノ曲を再生していた。

 そう、この瞬間は私達の奇跡。(まぎ)れもない奇跡なのだと思う。

 偶然の欠片を、諦めずに集め続けた私達の奇跡の始まり。

 だけど、始まりは始まり。終わりなんかじゃない。これからなんだ。

 うん、ライブが終わってもいないんだし? 当たり前なんだけどね。

 ライブが終わった時に、私達がどんな気持ちになっているのかなんて、今は全くわからない。

 だけど、少なくとも「やって良かった」って思えるステージにしたいと願っている。

 それが今、私達の身を包んでくれている『お姉ちゃん達の想い』と――

 私達を支えてくれている『みんなの想い』なんだと思うから。 

 

 講堂を目指して歩いている私達は、終始無言で目的地へと足を進めていた。

 廊下の窓からは、部活説明会で(にぎ)わう生徒達が視線の先に映っていた。

 だけど私達の気持ちは()るがなかった。別に、そんな余裕がなかったからじゃないよ?

 もう私達の心はみんなの想いで()()くされていたから。ただ、それだけ。

 私達は自分達のステージに集中する為に、あえて言葉を交わさずに、見つめ合うこともせずに――

 真っ直ぐに前だけを向いて、講堂へと足を踏み入れるのだった。




Comments ことり

いよいよなんだね? うわー、なんか私の方が緊張しちゃうよぉ。
でも、大丈夫! 雪穂ちゃん達にはみんながいるんだから。なんてね。
衣装……着てもらえて嬉しかったよ。
やっぱりね? 思い出だけにするのは寂しいから――
『思い出以上になりたくて』なのかな?
あっ、海未ちゃん達に怒られそう。。。
と、とにかく、いよいよライブが始まるんだね?
自分達らしく、楽しいライブになるように頑張ってね。


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活動報告14 きらきら・せんせーしょん! 1 『ファーストライブ』

 講堂に足を踏み入れた私達を、冷たい空気が出迎える。

 数分前まで(まと)っていたはずの、暖かい空気なんて感じられないくらいの殺風景な講堂。

 きっと30分も経てば再び暖かい――ううん。熱いくらいの空気を纏っているんだろうけどね?

 たぶん、それまで(・・・・)は今と何も変わらないのだろうと感じていたのだった。

 覚悟はしている。理解もしているつもり。

 そして、心はみんなの想いで()()くされているはずなのにね?

 それでも、やっぱり現実的なことを考えちゃうと、どうしても心の奥に(ほころ)びが生まれちゃうんだよ。うん、私だってそんなに強くはないんだしね。

 

「…………」

「「――ッ! …………」」

 

 私は無意識に、隣に立っていた亜里沙と涼風の手を握っていた。2人は一瞬だけ驚いたけれど、何も言わずに握り返してくれた。

 たぶん同じなんだろう。私達は目の前に広がる冷たい空気の中、ぬくもり(・・・・)が欲しかったのだった。

 

「……行こっか?」

「「……うん」」

 

 少し気持ちが落ち着いた私は2人に声をかけた。2人は私の言葉に賛同してくれる。

 その言葉を聞いた私は、2人と一緒に真っ直ぐステージを見据(みす)えて歩き出したのだった。

 

♪♪♪

 

 ステージの上を眺めると、既に緞帳(どんちょう)が閉じていた。

 この緞帳が次に開く時には――そんなことをぼんやりと考えながら、ステージの中へと進んでいく。

 緞帳を通り抜けた私達の目の前。

 ステージの上は閑散(かんさん)としている。と言うよりも、何も装飾されていないだけ。

 別に私達のステージに間に合わなかったからとか、私達が無名だからではないんだよ?

 今日のライブに関しては、お姉ちゃん達も、何も装飾されていないステージで歌うのだ。

 それは、今日のライブが部活説明会の一環――つまり、歴とした学校行事だから。

 まぁ、別に勧誘目的ではないのだけれど? 

 アイドル研究部として、新しいユニット2組のお披露目と言う名目(めいもく)がある。

 だから、あまり華美(かび)な雰囲気にはしないらしい。とは言え、あくまでも私達主催側(・・・)は! って話なんだけどね?

 

 教室でミキ達にはライブの開始時間を伝えてある。時間になったらスタートしてもらうように頼んでいた。

 だから、私達は彼女達に会わずに講堂に来ているんだよ。

 つまり今、外がどんな状況なのかは私達には全然わからない。

 緞帳で音を()き消してしまっているから、講堂の中の状況もわからない。

 私達は無音状態の広いステージの上に漠然(ばくぜん)と立っている。

 もちろん、自分達で望んで立っているんだけどね。

 何故か私達は周りから取り残された、切り離された感じに陥っていた。

 去年のお姉ちゃん達もこんな気持ちでステージに立っていたのかな? 

 期待と不安。そして、緊張。だけど自分達では何も変えられない。どうすることもできない。

 そんな、不透明なやるせなさ(もどかしさ)を抱えて、緞帳が開くのを3人で待っていたのかな?

 同じ衣装を身に纏っているからなのかも知れないけれど。

 去年のお姉ちゃん達が開演前に抱いていた気持ちは、きっと今の私達と同じ気持ちだったのだろうと感じていたのだった。

 当然、お姉ちゃん達に聞いた訳ではないのだから違うのかも知れないよ?

 でも、こんな気持ちだったのだろうって思う。

 私はそんなことを考えながら、何も変わらない目の前の緞帳を眺めて、開始時間が来るのを待っていたのだった。

 

♪♪♪

 

「間もなく Dream Tree のファーストライブが開演します。ご覧になる方は講堂までお急ぎください」

 

 私達の耳に、ミキの声でライブ開演を知らせる校内放送が聞こえてきた。

 いよいよ始まるんだ。本当の意味での私達のスタートダッシュ。

 

「……緊張しますね?」

「……こう言う時って、お姉ちゃん達はどうしていたんだろう?」

「――えっ?」

「そうですね。高坂さん達はどうしていたんでしょう」

 

 隣に立つ涼風が、ボソッと(つぶや)く。

 だいぶ緊張していたんだろうね? だって普段とは違って、弱冠固さの残る口調だったから。

 そして、その声に反応して亜里沙も呟いていた。

 私も当然緊張はしていたんだけどね? 先に2人が緊張した態度を取ったことによって、少し余裕ができていたのかも?

 2人よりは冷静に反応できていたんだと思う。

 と言うより、2人は本当に緊張のピークなんだろうって感じていた。特に亜里沙はね。

 だって、涼風なら知らないだろうけど――

 亜里沙が『お姉ちゃん達のライブ前の行動』を知らない訳がないのだから。

 私は苦笑いを浮かべて、2人の手を握り締めながら――

 

「こう言う時は番号を言うのが良いんだよ!」

「――あっ」

「……クスッ……1」

「2」

「3」

 

 そう伝えたのだった。

 その言葉に我に返った亜里沙は苦笑いを浮かべていた。

 そんな亜里沙に微笑むと、私は前だけを見つめて番号を言う。私の番号に亜里沙と涼風も番号を繋げてくれた。

 その直後、私達は誰からともなく吹き出し笑いをするのだった。

 だって、可笑しいんだもん。3人しかいないのにね? 番号かけるほどの話でもないんだし。

 だけど心から笑ったからかな? とても気持ちが軽くなった気がしたのだった。

 

 やがて開演を知らせるブザーが講堂に鳴り響く。私達は前を向いて笑顔のまま、握り締めていた手を離し、瞳を閉じた。

 そんな私達の耳に緞帳が開き始める音が聞こえる。

 緞帳の開く音が目の前から遠ざかったと感じた私は、ゆっくりと瞳を開いて目の前の客席を見据える。だけど――

 

「…………」

 

 私の視線には、さっき(・・・)と変わらない殺風景な講堂が映し出されていたのだった。

 

♪♪♪

 

 それは理解していたこと。あえて選んだ道だから。

 当然、覚悟はあったと思う。

 でも、それは自分達の教室に入るまでの話。もちろん今でも理解しているし、覚悟もあるにはあるけれど?

 教室に入るまでの私なら、悲しい気持ちになったとしても「まぁ、仕方ないよね?」って割り切ったのかも知れない。

 だって、3人だけで頑張ってきたと思っていたから。3人で決めたことなのだから。

 わかっていたことなんだって、諦めもついていたのだろう。

 だけど今は違うんだよ? 私達の心には、みんなの想いが詰まっているんだから。

 ミキ達の想い。クラスメート達の想い。お姉ちゃん達の想い。

 そして、私達が気づいていないだけかも知れない、みんなの想い。

 そんな想いを、私達だけの勝手な諦めで片付けて良いものなんかじゃないんだと思うから。

 

 ふいに講堂の最後尾。入り口付近の通路に集まるカオリとメグミの姿が目に入る。

 2人は顔を見合わせて、とても悲しそうに首を横に振っていた。それは――

 今の講堂の中の状況が『私達のライブの現実』だと言うことなのだろう。

 そう受け取った私の脳裏に何故か、これまでの練習やチラシ配りの光景が思い浮かんできていたのだった。

 今日の為に頑張ってきたこと。みんなから受け取った想い。そして、お姉ちゃん達から託された想い。

 それが、私の我がままで何も返せない。何も繋いでいけない。

 みんなに申し訳ない。もう、応援なんてしてもらう資格がないんじゃないか?

 たぶん、素直にお姉ちゃん達と一緒にライブをしていれば、少なくともみんなに何かを返せたんじゃないのかな?

 少なくとも、次へと繋ぐことが出来たんじゃないのかな?

 そんなことを考えていたら、私の心に生まれていた綻びが一気に大きくなって、心の中を埋め尽くしていくのだった。

 

「……雪穂」

「……雪穂」

 

 目の前の現状と、私の表情が曇ったことで不安になったのだろう。亜里沙と涼風が、私と同じ表情で声をかけてくる。

 ダメだね? 2人が賛同してくれたとは言え、言いだしっぺは私なんだ。

 私が自分達だけでライブがしたいって言ったんだ。なのに、私が真っ先に悲しんでいたらダメじゃん?

 だから私は今の心に(ふた)をして、精一杯の強がりで――

 

「――そりゃそうだ! 世の中そんなに甘くない!」

 

 そう言い放つ。そう、これが今の私の精一杯の強がり。

 だけど、やっぱり強がりなんかじゃ心を埋め尽くす悲しみは抑え切れない。

 再び(あふ)れかえってきた悲しみに、心を押し(つぶ)されて泣き出しそうになるのを必死で(こら)えていた。

 私の表情に引きづられるように、2人の表情も泣きそうになっている。

 でも無理だ。今の私には、涙を抑え切ることなんてできない。2人の涙も抑え切ることができない。

 泣かないように必死に堪えてきたけど、私はもう限界を迎えていた。

 

 理解をしていたこと。覚悟もしていたこと。

 お姉ちゃん達も通った――私の望んだ道。

 だけど実際に直面した今。たぶん私達は笑顔でステージを下りることはできないのだろう。

 私達のファーストライブは、涙で幕を閉じるのだと確信していた。

 冷たい空気に包まれながら、私が抑え切れない感情に素直になることを決意して、心を解放しようとした瞬間――

  

「――ご、ごめんなさい! 先生方との話が長くなってしまって! ……あら、も、もしかしてライブは終わってしまったの?」

 

 息を切らせながら、講堂へと()け込む1人の女性の姿が、私の視界に映るのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな風に(あせ)りながら周りをキョロキョロしている女性に向かって、対照的にゆっくりと後ろを付いて来た女性が――

 

「いや、そうではないんやない? えりち……ほら? ソコの椅子の陰に、にこっち隠れとるし?」

「――って、ちょっと希! 何、勝手に暴露(ばくろ)してんのよ? と言うか、何で知ってんのよ!」

「いやいや、椅子に隠れたって……後ろからは丸見えやから」

「うぐぐ……あんた、カードのお告げよりも空気読みなさいよね?」

「空気読んだから暴露したんやけどなぁ」

 

 そんな言葉を繋いでいた。更に私達は全然気づかなかった、椅子に隠れていた女性と会話をしていたのだった。

 ――まぁ、絵里さんと希さんとにこ先輩なんだけどね?

 そう、卒業生が私達のライブの為に集まってくれたのだった。

 歓迎会と同じで、私達――まぁ、絵里さんは亜里沙の為かも知れないけどね。

 わざわざ集まってくれたことが、私には凄く嬉しかった。

 そして、卒業生が集まってくれただけでも嬉しいのに――

 

「……えっと、まだ開演していないのよね?」

「たぶん、そうだと思うが?」

「何とか間に合ったみたいねぇ?」 

 

 絵里さん達の後ろから、綺羅(きら) ツバサさん、統堂 英玲奈(とうどう えれな)さん、優木(ゆうき) あんじゅさん―― A-RISE の3人が講堂に入ってきたのだった。



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活動報告14 きらきら・せんせーしょん! 2 『ファーストライブ』

 とは言え、絵里さん達もツバサさん達が来ることを知らなかったみたいで、すごく驚いた表情を浮かべていた。そんな絵里さん達に――

 

「穂乃果さんにメールを(もら)って、彼女達のライブを見に来たの」

「合同ライブでは妹さん達にも世話になったからね?」

「私達は卒業したけど、スクールアイドルを見守ることは続けていくから」

 

 ツバサさん達は言葉を繋げて説明していた。

 どうやら、お姉ちゃんが呼んでくれていたらしい。もちろん学院の許可を取っての話らしいけれど。

 第3回ラブライブ! ドーム大会実現に向けて行われた、スクールアイドル達の合同ライブ。

 ツバサさん達も当然参加していた合同ライブ。そのライブに、私と亜里沙も参加させてもらっていた。

 まだスクールアイドル始める前なのにね?

 そんな縁で、私達のファーストライブを是非見て欲しいって、お姉ちゃんが彼女達を誘ったんだって。

 もちろん、現役の他校の生徒。現役のスクールアイドルならば呼べないのかも知れない。

 だけど、()他校の生徒。()スクールアイドルだからと、学院側も私達の応援として容認(ようにん)してくれたらしい。

 そう、彼女達も絵里さん達と一緒で卒業生なのだ。もう私達は彼女達と同じステージには立てないんだよね。

 私は、そんな気持ちが顔に出ていたのかも知れない。

 私を一瞬だけ見つめたツバサさんは――

 

「それでも、私達の想いは後輩(・・)へと引き継がれているわ。だからコレは……敵情視察(偵察)なのかも知れないわね?」

 

 絵里さん達に向かって、大胆不敵な笑みを浮かべて言い放つ。その言葉に同じような大胆不敵な笑みを返していた絵里さん達。

 お互いに切磋琢磨(せっさたくま)して、時には競い合い、時には歩み寄る。同じスクールアイドルとして、同じ道を歩んできた彼女達。

 言葉にしなくても伝わる。同じ道を見据えて頑張ってきたスクールアイドルとしての彼女達の深い絆が、私の心に一筋の光を与えていた。

 そして何よりも、私達の為に集まってくれた優しい気持ち。スクールアイドルの未来の為に集まってくれた暖かい気持ち。

 そんな優しくて暖かい空気が、冷たかった講堂を――冷たくなっていた私の心を包み込んでくれていた。

 

「――やろう!」

「えっ?」

「歌おう! 全力で!」

「雪穂?」

「だって、その為に今日まで頑張ってきたんだもん!」

「「――ッ!」」

「雪穂……涼風ちゃん?」

「えぇ」

 

 私は絵里さん達を見据えて、隣に立つ亜里沙と涼風にライブをやろうと告げた。

 私の言葉に驚きの声を投げかける亜里沙。その言葉に私は言葉を繋げる。

 その言葉を受けた涼風が私に声をかける。だから私は2人に向かって言葉を言い放つのだった。

 亜里沙と涼風は、私の言葉に一瞬ハッとした表情を浮かべる。

 だけど亜里沙は希望に満ちた表情へ一変させて私を見つめると、涼風の方へ顔を向けて賛同を求めた。亜里沙と私が見つめると、涼風は同じように希望に満ちた表情で賛同してくれたのだった。

 私達は絵里さん達、ツバサさん達、そしてミキ達に見守られながら――

 ステージの中央で最初の立ち位置に立つと、イントロが流れるのを待つのだった。

 

♪♪♪

 

 ステージ上の照明が落ち、ピンスポットの光が私達に降り注ぐ。

 刹那(せつな)、ピアノのイントロが講堂全体に響き渡る。

 お姉ちゃん達のファーストライブ。お姉ちゃん達のスタートダッシュ。

 今私達が身に纏う、この衣装を着て歌って踊ったアノ曲。

 そして、ファーストライブの動画を見てファンになった亜里沙と涼風。そんな亜里沙と一緒に同じ場所を目指そうと(ちか)った私。

 そんな私達を引き合わせてくれた、このステージに立たせてくれた奇跡の曲。

 こうして私達に、スポットライトの(まぶ)しさと暖かさと心地よさを与えてくれた奇跡の1曲。

 そんなお姉ちゃん達の曲のメロディに包まれながら――

 今講堂で私達を見てくれている絵里さん達、ツバサさん達、ミキ達。

 この場にはいないけれど、応援してくれているクラスメート達、お姉ちゃん達。

 そして、私達を応援してくれているみんなに向けて――

 今の私達にできる精一杯のパフォーマンスをお返しするつもりで、笑顔を浮かべて歌いながら踊ったのだった。

 

♪♪♪

 

 今日のライブに向けて、どんな明日が私達に待っているのだろう? なんてね。

 私達は少しずつ手探りで歩んできた。

 

 辛くなって励ましあった時もある。意見が食い違って、ぶつかりあった時もある。

 だけど言葉にしなくてもわかっていた。同じ夢を見ていると。

 

 目指すのはお姉ちゃん達と言う名の、あの太陽。

 お姉ちゃん達のような、おおきな輝きをつかまえたい。

 いつかの、あの時誓った願いへと近づいて!

 今、光の中で私達は歌うんだ! 今が私達のセンセーションなんだ!

 

 私達の奇跡。それは今さ! 

 私達に降り注いでいる、この場所。ココなんだ!

 私達の想い。お姉ちゃん達の想い。クラスメートの想い。

 みんなの想いが私達を導いてくれた場所なんだ。

 だから本当に、この瞬間。今を楽しんで!

 みんなで叶える物語を書き(つづ)ろう。そう、夢の物語の1ページを。

 

 照らされた光はまぶしいな。 とても気持ちがいいな。 だから、おいでよ?

 この場所で歌えるのはうれしいな。 応援してもらえるっていいな。 だから、もっとね?

 もっと想いをひとつに。目指す場所をひとつに。みんなと夢見る場所をひとつに!

 これからもみんなと、ひとつになりたい。そう、こころをキラキラ輝かせたい!

 ステージに照らされている光だけではない。みんなの場所も。みんなの心にも。

 

♪♪♪

 

 歌い終わり、メロディが消えて3本のスポットライトに照らされた私達を、暖かな拍手が包み込んでくれていた。

 ツバサさん達と絵里さん達はスクールアイドル達を何人も見てきている。そして、その中でトップを走り続けてきた。

 そんな人達からすれば、私達のパフォーマンスなんて全然ダメなのかも知れない。

 それでも、今の私達の精一杯の想いを伝えたつもり。これからも精一杯伝えていきたい。

 私達の想いを感じ取ってくれたのだろう。全員が満面の笑みを浮かべながら()しみない拍手を与えてくれていたのだった。

 私は全員の満面の笑みを眺めてから、笑顔で亜里沙と涼風の方へと笑顔を向ける。

 歌い終わったばかりだから息が上がって声にはならない。それでも亜里沙と涼風も同じ笑顔で私を見つめていた。

 私達は顔を見合わせて、無意識に衣装に手を当てていた。

 汗でビッショリになっているけれど、歌う前よりも何故か馴染(なじ)んでいるような気がする。

 あっ、別に(ちぢ)んだとかじゃないよ?

 きっと、同じ道を進んだ――ひとつになれたからなんだと思う。

 

 これが、お姉ちゃん達が見てきたもの。

 これが、お姉ちゃん達が感じてきた想い。

 これが、お姉ちゃん達の目指しているライブ(・・・)なんだ。

 私は未だに鳴り響く拍手に包まれながら、ライブの余韻(よいん)(ひた)っていたのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな拍手だけが鳴り響いている講堂。余韻に浸っている私の耳に階段を下りてくる足音が聞こえる。

 

「――お姉ちゃん?」

 

 足音に気づいた私が振り向くと、制服姿のお姉ちゃんが私達の方へと歩いてきたのだった。

 だけど普段と雰囲気が違う。お姉ちゃんとは思えないくらいの()ややかな表情。

 ううん。今の目の前のお姉ちゃんの雰囲気を私は初めて見た。まるで――

 今の講堂を包み込んでくれている『充実感に溢れている』私達のライブを全否定(・・・)するかのように。

 

 なんで、そんな表情で見ているの? 自分のライブ直前だから?

 精神を集中しているのかとも思ったけれど、お姉ちゃんは『完璧よりも楽しむ』方を優先する。

 そう、ライブの完璧さよりも、みんなで一緒に楽しんでいられるライブを目指しているんだ。

 そんなライブに亜里沙と涼風は惹かれているんだって。

 私もそうなんだけどね?

 そう言う部分が『応援したくなっちゃう』んだと思うし、そんなライブが『みんなで叶える物語』なんだろうね? 

 それには自分がまず楽しめなくちゃ、ファンの人を楽しませることなんてできやしない!

 それがお姉ちゃんの考えだ。

 だから、今日のライブが再スタートだからとか、トップアイドルとしての重圧とか。

 そう言うモノで違う雰囲気を醸し出すなんて考えられないのだった。

 

 そして、お姉ちゃんは――

『決して人を見下さない』のだ。

 例え、どんなに私達のライブが低レベルだったとしても。

 何よりも、私が自分達だけでライブを開催するって言った時、お姉ちゃんは確かに応援をすると言ってくれた。

 お姉ちゃんは自分が言ったことを『なかったこと』にして、反対の行動をするような人じゃないって思っている。

 もちろん、実際に私達のライブを見た上での厳しい指摘はあるのかも知れない。

 それでも、こんな表情を浮かべてまで否定をするとは思えない。

 確かに私達のライブはお姉ちゃんが想像していたのよりも、見るに耐えないほどの、お粗末(そまつ)で見ていられないような、ガッカリしたパフォーマンスだったのかも知れないけれど?

 お姉ちゃんはソコを突きつけて蹴落(けお)としたりはしない。

 そもそも誰かを突き落として自分達が優位に立とうとは思っていないだろうし、スクールアイドルを侮辱しているなんて思ってもいないだろう。

 お姉ちゃん達はスクールアイドルの頂点。すべてのスクールアイドル達の憧れ。

 だからと言って、お姉ちゃん達はお姉ちゃん達。最初から何も変わっていないんだと思う。

 だから最初から見てきた私は、お姉ちゃんの表情に違和感を覚えていたのだった。

 そう、お姉ちゃんは絶対に相手に欠点を突きつけて蹴落(けお)としたりはしない。

 きっと、相手を()めて応援して――

 自分自身がもっと()を目指して頑張る人なのだから。

 

 だから私は、きっと目の前に来たら表情を一変させて――

「……うん。良かったよ? 3人ともお疲れ様!」

 って、満面の笑みで声をかけてくれるのだと思っていた。なのに――

 

「……それで、この先どうするつもりなの?」

 

 目の前まで来たお姉ちゃんは表情を一切変えずに、冷たい口調で、冷たい言葉を、ステージ上の私達を見上げながら突きつけるのだった。




Comments 絵里

ライブお疲れ様でした。
遅れるつもりではなかったのだけれど、先生との話が長引いてしまったの。でも、間に合って良かったわ。
ライブ……とても感動したわ。正直、あそこまで出来るとは思っていなかったから驚いてもいるのよね? 
とにかく、お疲れ様でした。これからも頑張ってちょうだい。

Comments 希

まずはライブお疲れ様やね。
3人のファーストライブが見れて良かったって思っとるよ。
そうそう! 社務所使わせてもろうてたんやから、いつでも良いから神主さんにお礼言っておくんやで? 
ほな、これからも頑張ってや!

Comments にこ

まったく……折角良いタイミングを見計らって、このにこ様が現れてやろうと思っていたのに希が暴露しちゃったから台無しじゃないの。
ま、まぁ? あんた達も中々やるんじゃないの? 
このにこ様には負けるけれど!
この調子で、これからも頑張りなさいよね!


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活動報告15 みゅーじっく ・ すたーと! 1 『ファーストライブ』

「…………」

「…………」

 

 私は無言でジッとお姉ちゃんの顔を見つめていた。だけど、お姉ちゃんが表情を変える気配はない。

 お姉ちゃんも、表情を変えずに無言で私達を見つめている。

 ううん。睨んでいるって言った方が的確(てきかく)なのかも知れない。だけど、睨んでいるなんて思いたくなかった。

 だから――見つめている。

 そんなお姉ちゃんと私達の間に、見えない不穏(ふおん)な空気が流れ始める。

 不穏な空気を感じ取っていたのだろう。お姉ちゃんと私達のことを、周りの人達は固唾(かたず)を飲んで見守っていた――と思っていたのに、何故か絵里さんだけは唖然(あぜん)とした表情を浮かべているのだった。

 

 お姉ちゃんと絵里さんの心意は全然わからない。でも、お姉ちゃんが言った――

「それで、この先どうするつもりなの?」と言う、言葉の意味は理解できていた。

 お姉ちゃんは「この先も自分達だけ(・・)でライブを続けるつもりなの?」と言いたかったのだろう。

 正直に言って今の現状は、お世辞(せじ)にもスクールアイドルとして、良い結果だとは言えない。

 だって、拍手をしてくれた人達を、ライブの為に集まってきてくれた人たちを、私達の力で集めた訳じゃないんだから。

 そう、絵里さんは亜里沙の為に来たんだろう。希さんとにこ先輩も後輩だから来てくれたんだと思う。

 そして、ツバサさん達に関してはお姉ちゃんが呼んでくれた。

 つまり、私達が何かを頑張った訳ではないんだ。

 だから、自分達で集められなかった時点で私達は完敗なんだよね。

 完敗からのスタート――それはお姉ちゃん達も通ってきた道。

 だけど、お姉ちゃん達と私達では言葉の意味(・・)が違うのだと思う。

 お姉ちゃん達は少なくとも花陽さん達、絵里さん達を、自分達だけの力で集めていた。

 そして、そもそも選択肢が自分達だけで進み続けるしかなかったのだった。

 

 私達は誰も集められなかった。だけど、選択肢が他にもあったんだ――そう、お姉ちゃん達と一緒にライブをすると言う選択肢が。

 現実を知っているから。こうなるって予測(よそく)していたから。

 自分達とは状況が違うのだから、何も(いばら)の道を選ばなくても良いだろう。

 そう思って、お姉ちゃんが好意で差し伸べてくれた手を、私が自分で振り払ったんだ。

 だから、お姉ちゃんは怒っていたのかも知れない。

 みんなの手前(てまえ)、応援していると言っただけ。

 内心では、あの時から私達を応援していなかったんじゃないか?

 そして予想通りの結末を迎えたことで私達の選択は無意味だったと、間違いだったと。そのことを突きつける為に来たのだと、そんな風に思っていたのだった。だけど――

 

「――ッ」

「…………」

 

 私は自分の進んだ結末が間違っているとは思っていない。

 確かに、私達は誰も集められなかった。そして、お世辞にも素晴らしいなんて言えないパフォーマンスしか見せられなかった。

 だから、お姉ちゃんが愛想(あいそ)を尽かしたとしても反論はできないけど。

 それでも、私達で頑張ってきたことに後悔はない。

 そして、これからも私達で頑張っていくこと。その決意は揺るがなかった。

 

 だって、こんなに清々(すがすが)しいんだもん!

 みんなの想いが、心の中に埋め尽くされているんだもん!

 初めて浴びたスポットライトが、凄く気持ち良かったんだもん!

 私達のライブに対しての、拍手と笑顔が凄く嬉しかったんだもん!

 だけど、今感じている気持ちは、決してお姉ちゃん達が与えてくれたものなんかじゃない。

 私と亜里沙と涼風の3人で勝ち得た気持ちなんだ。私達だけで頑張った結末なんだ。

 そう、私は自分の進んだ結末を決して間違えたとは思っていない。そして、これからだって決して変わらないんだと思う。

 私は亜里沙と涼風――3人の力で、みんなの想いを受け止めたい!

 3人の力で、みんなに想いを伝えたい! 

 そう考えているから、お姉ちゃんを真っ直ぐに見つめていた。

 お姉ちゃんは無言で私達を見つめているだけだった。だから――

 

「続けます」

「「――ッ!」」

「…………」 

 

 素直な気持ちをお姉ちゃんに――ううん。私はこの時、目の前のお姉ちゃんは『私のお姉ちゃん』じゃないんだと感じていた。

 あっ、そうか。だから初めて見た表情だったのかも知れないね。

 私達は今日初めてステージに上がった(・・・・・・・・・・・・)んだから。

 

 今私の目の前で対峙(たいじ)しているのは、スクールアイドルの先輩としての高坂 穂乃果さん(・・)なんだ。

 もしくは、学院の生徒会長としての高坂 穂乃果先輩(・・)なんだろう。 

 身内びいきは願い下げ! なんて言っていたのに、1番身内を意識していたのは私だったんだね?

 今の私達は音ノ木坂学院の講堂。ライブをする為のステージに立っている。

 つまり、今の私達はスクールアイドルであり、音ノ木坂の生徒なんだ。

 同じ立場として、彼女はスクールアイドルを愛する者。学院を愛する者として対峙しているんだと思う。

 だから目の前にいるのは私のお姉ちゃんなんかじゃない。高坂 穂乃果さん(・・)なんだと感じていたのだった。

 

 今、穂乃果さんから「この先、どうするつもりなの?」と聞かれたんだ。

 それはスクールアイドルの先輩として、学院の生徒会長として――音ノ木坂学院のスクールアイドルとして結果を出せなかった私達への問いなんだと感じていた。

 だから後輩である私の素直な気持ちを、穂乃果さんへと伝えたのだった。

 私の言葉に驚く亜里沙と涼風。そんな私達を一瞥(いちべつ)した穂乃果さんは――

 

「なぜ?」

 

 冷ややかな表情のまま疑問を投げかけると、誰もいない周囲を見渡して――

 

「これ以上続けても意味があるとは思えないんだけど?」

 

 そう私の言葉を切り捨てるように言い放つ。

 続ける意味――それは音ノ木坂にお姉ちゃん達(自分達)がいる以上、私達だけで頑張っても意味はないと言うことだろう。

 実際にそうなのかも知れない。それはチラシ配りの時に実感していたこと。

 同じ学院にトップと無名のアイドルがいたら、当然トップを応援するだろうと思う。

 つまり2年生の花陽さん達が卒業するまで――少なくとも、私達が3年になるまでは無理なのかも知れない。

 とは言え、それは私達だけで活動をすれば? って話なんだろうね。

 無難(ぶなん)に穂乃果さん達と、一緒に活動をするのが良いことなのは理解している。でも――

 私は、それを認めない。それは私の目指した場所なんかじゃない。

 それは私達が憧れて近づきたい輝きなんかじゃないんだから。

 

 それに、私はもう後悔しかけていたんだ。自分の勝手な(あきら)めで、みんなに何も返せないと言う後悔を。

 もしも、このまま穂乃果さん達と一緒の活動を選んだら――

 私達だけで頑張ったライブに拍手をしてくれた絵里さん達、ツバサさん達、ミキ達。

 そして応援しているクラスメート達。ことりさん達。そして応援してくれているみんなに、本当に何も返せなくなる。

 だから、私達はこれからも続ける! 自分達だけで、みんなへと返していくんだ!

 そんな風に思っていた私だけど、自分の心の1番シンプルで、1番強い想いを穂乃果さんへと言い放つ。

 

「――やりたいからですっ!」

「…………」

 

 うん。もちろん、みんなへ想いを伝えたいとか、何かを返したいと言う気持ちはあるんだけどね?

 でも、やっぱり自分自身がスクールアイドルを――自分達だけのスクールアイドルを進み続けたいって想いが1番強かったんだよね。

 それが私達の憧れて、目指して、近づきたいって思っているスクールアイドル μ's を突き動かしていた原動力なんだと思っているから。

 

 私の言い放った言葉を無言で受け止める穂乃果さん。だから、私は素直な気持ちを繋げるのだった。

 

「今日初めてステージに立って、眺めているだけだったスポットライトの光を浴びながら歌って踊って……私、今……もっともっと歌って踊りたいって思っています。きっと、亜里沙と……涼風も……」

「「…………」」

 

 同じ気持ちでいてくれていると確認するように、2人の方へと振り向いた。2人は笑顔で頷いてくれていた。

 その笑顔に笑顔を返した私は、再び穂乃果さんへと向き直ると――

 

「ステージの上から見た景色は、下から見る景色と全然違って凄くドキドキしました……こんな気持ち、初めてなんです。でも、そう感じているのは……たぶん自分達だけで頑張ってきたからなんだと思います。辛いことや苦しいこともありましたけど……自分達だけで、やって良かったって、本気で思えたんです! 今はこの気持ちを大事にしたい……このまま私達だけで活動しても、誰も見向きもしてくれないかも知れない。無名の私達では、応援なんて誰もしてくれないかも知れない。でも、私達だけで一生懸命頑張って……私達だけで、とにかく頑張って届けたい。今私達がココにいる、この想いを! いつか――」

 

 ありのままの気持ちを、穂乃果さんへと紡いだ。そして、私は一瞬だけステージの上から客席を見据えて――

 

「いつか私達――必ずココを満員にしてみせます!」

 

 穂乃果さんの方へ向き直ると、声高らかに宣言するのだった。

 私達のライブは今日始まったばかり。今は誰も見に来てくれないのかも知れないけど。

 それでも、この講堂を私達のライブで満員にしてみたいと願っている。あの――

 講堂全体が沢山の色の光で包まれていた、お姉ちゃん達のライブのように。

 

♪♪♪

 

「…………」

「…………」

「――ッ」

 

 声高らかに宣言した私は、ジッと穂乃果さんを見据える。そんな私をジッと見据え返している穂乃果さん。

 数秒ほどジッと私達を見据えていた穂乃果さんの口が開き始めていた。

 私は覚悟を決めた。私達の決意は変わらない。

 例え仲違(なかたが)いをしたとしても、自分の選んだ道なんだから。

 どんなに否定的な言葉を浴びせられても私の答えは変わらないんだ。

 そんな決意を持って穂乃果さんを見つめていた。なのに――

 

「……そっか? うん。その夢、絶対に諦めちゃダメだよ? ファイトだよ! ……うん、ファイトだよ!」

 

 それまでの冷ややかな表情から一変して、満面の笑みを浮かべた穂乃果さん――

 ううん、今目の前にいるのは私の良く知っている『私のお姉ちゃん』だ。

 そんなお姉ちゃんが、私達に向かってエールを送ってくれていたのだった。

 突然のお姉ちゃんの態度の変化に、戸惑いを隠せないでいる私達の目の前で――

 

「――ねぇ? ちょっと……」

 

 絵里さんが何とも言えない表情を浮かべながら、お姉ちゃんに声をかけていた。

 

「あっ、絵里ちゃん……希ちゃんとにこちゃんも! それに、ツバサさん、英玲奈さん、あんじゅさん。わざわざ、ありがとうございます!」

 

 絵里さんの声に反応したお姉ちゃんは、満面の笑みを浮かべて、その場にいた人達にお礼を述べる。

 そんなお姉ちゃんに、複雑な表情を浮かべている絵里さんは言葉を繋げたのだった。

 

「ねぇ、穂乃果? まさかとは思うんだけど――」

「うん。そのまさかだよ? あっ、似てた?」

「やっぱり……と言うよりも、私ってそんなイメージだったの?」

「うーん。自分では似ていたと思うんだけどなぁ……」

「いやいや、穂乃果ちゃんの場合……言ってみれば、愛のムチやからねぇ。えりちみたいに全面否定オーラを醸し出せておらんから、及第点ってところなんやない?」

「……ねぇ、希? まさかとは思うんだけど――」

「うん。そのまさかやね? あの時のえりちは、本当に穂乃果ちゃん達をやめさせようとしていたんやし? 真実やと思うけどなぁ? せやから、穂乃果ちゃん以上に冷たくて怖いってイメージやったね?」

「そ、そんなに!?」

「そうね? 確かにあの時のあんたは鬼気迫(ききせま)るイメージだったわねぇ。だからなんじゃない? 花陽と凛があんたを苦手だったのって?」

「……2人とも、そんな風には見えなかったけど?」

「いや、メンバーに入る前の話よ? まぁ、あたしもあの頃はあんたと同じような感じだったし、他人(ひと)の事は言えないんだけどね?」

「…………」

「……何よ、希? 人の顔を不思議そうに見て……何か文句あんの?」

「いや? えりちと、にこっちが同じって言うとるから……えりちは確かに怖かったけど、にこっちは可愛いってイメージしかないんやけど?」

「うぐぐ……人を子供扱いしないでよ!」

「あぁれぇ? ウチは別に子供なんて言うとらんけどぉ?」

「希……あんたねぇ?」

 

 こんな風に、何時(いつ)の間にか周囲に流れていた不穏な空気は姿を消して、他愛(たあい)のない会話が繰り広げられていたのだった。

 正直、その時の私には理解できない会話だったんだけどね? 

 例の(ごと)く、あとからお姉ちゃんが教えてくれたのだった。

 

 どうやらお姉ちゃんが取った不自然な言動(げんどう)は、去年自分達がファーストライブを終えた直後に絵里さんから(・・・・・・)受けた言動だったらしい。それを真似して私達へ言ったんだって。でも、それは――

 お姉ちゃんが絵里さんの取った言動も含めて、自分達のファーストライブだと思っているからなのだと言う。

 ただ普通に、花陽さん達に見てもらって拍手を送られたこと。そして、ライブの充実感と満足感だけでは、今の自分達までには成長することはなかったんじゃないか?

 お姉ちゃんはそう感じているらしい。

 否定的な意見を突きつけられたから『自分達の本当の気持ち』に向き合えた。

 壁にぶつかったから『何があっても進み続ける』決意を持てたのだと話してくれた。

 

 私はその話を聞いて、自分がライブ中に感じていたことを思い出して、納得していたのだった。

 確かに、そうなのかも。

 もしも、あのまま絵里さん達の拍手を受けてライブが終わったのなら――まぁ、嬉しい気持ちが溢れていたんだろうけどね?

 でも、それだけだったんだと思う。

 だって、あくまでもライブ自体には満足出来たと思っていたし、それに対する拍手を送られていたのだから。

 そう、自分達は満足をするだけで終わっていたんだろう。

 もちろん反省はするとは思うよ? パフォーマンスの出来だとか、お客さんを呼べなかったこととか。 

 だけど、自分の気持ちには向き合うことはなかったと思うし、改めて決意を持つこともなかったような気がする。

 否定的な意見が出ないなら、わざわざ自分を追い込まないじゃん? 

 このまま続けても良いのかとか、何の為に続けるのか、なんてね? 

 私は別に、そんなに強くはないんだから。

 

 でもね? それではダメなんだと思うんだ?

 私達は、私達だけのライブをしたいと願っていた。それが辛い結果になることを知っていても、それはお姉ちゃん達が通った道だから望んだこと。

 だけどさ? 真似をするだけじゃ意味はないんだよ。

 ただ完敗からのスタートをするだけじゃダメだったんだよね?

 ううん。違うのかも知れない。

 希さんが言った『完敗』と言うのは、別にお客さんが来なかったことだけを指した言葉じゃなかったのだと思う。

 彼女が言った完敗は、たぶん――

 絵里さんから突きつけられた、否定的な言葉まで含めて言ったのだろうから。

 だって、自分達の想いが伝わっていないってことを意味するのだから。

 そして、それだけ否定的な言葉を突きつけられても、諦めずに前へ進み続けようとしたから『完敗からのスタート』なんだって思うのだった。



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活動報告15 みゅーじっく ・ すたーと! 2 『ファーストライブ』

 私達はお姉ちゃん達に憧れて、近づきたくてスクールアイドルになった。お姉ちゃん達を追いかけて頑張っている。

 だけど、それが『自分自身が本当にスクールアイドルになることを望んでいる』と言えるのか?

 それが『スクールアイドルを目指すだけの理由』になるのか?

 今の私なら、答えは NO だってハッキリと言える。

 だって、自分自身がスクールアイドルになりたいって思わなければ誰にも想いなんて伝わらないんだから!

 だって、自分自身がスクールアイドルが大好きだって思わなければ誰にも好きなんて思われないんだから!

 

 お姉ちゃん達だって、そうだったんだ。

 廃校を阻止する為に始めたスクールアイドル。だけど、もしも順風満帆(じゅんぷうまんぱん)に事が進んでいた状態で、廃校しないで済んでいたとしたら?

 お姉ちゃん達は、今でもスクールアイドルを続けていたのかな?

 自分の気持ちに気づかずに、目的を達成して終わっていたのかも知れない。

 

 つまりね? キッカケや目的は、あくまでもキッカケや目的に過ぎないんだ。

 だってスクールアイドルになるって言うのは、キッカケや目的が達成されたら気持ちが薄れるようなモノじゃないって思うから!

 スクールアイドルになるってことは『自分がやりたいから続けたいと願う意志』と『どんなことが起きても絶対にやり()げる決意』を、自分自身が気づくことが必要だったんだね?

 だけど、キッカケや目的が大きいとソコに集中してしまうから、肝心(かんじん)な部分が見えなくなっちゃうんだ。

 うん。私達も結局、お姉ちゃん達に近づくこと。私達だけのスクールアイドルを頑張ること。

 そんな目的に(とら)われすぎていたんだろう。

 確かに私達も、そしてお姉ちゃん達にも、スクールアイドルが好きだって気持ちは元々あったと思うよ? だから頑張れるんだろうし。

 始めるのはキッカケや目的でも良いんだと思う。

 でも、続けるのには好きだって想いが何よりも大事なんだよ。

 それも漠然(ばくぜん)と思っているんじゃなくて、自分自身の1番大事な想いとして心に刻み込むこと。だって――

 結局スクールアイドルは誰かの為(・・・・)にするものじゃない。

 自分がやりたいから、スクールアイドルが好きだからするものなんだ。

 そして自分自身が、その想いを深く刻み込んで、誰かの為に頑張るから誰かの心に伝わるんだと思う。

 私達の『スクールアイドルが好き』って気持ちが、楽しいって感じる想いが、誰かの心を動かすのだと思う。なんてね。

『自分がまず楽しめなくちゃ、ファンの人を楽しませることなんて出来ない!』

 これはきっと、お姉ちゃんがファーストライブで気づいた気持ちだったのだろう。今ならそう思える。

 

 自分の気持ちに向き合い、本当に望んで、続ける意志を心に刻む。

 だけど、それはファーストライブだけに限った話ではないんだよね。

 1つのライブを区切りに、新たに決意や想いを再確認して次へと進んでいく。

 そうして積み重ねていったから、今のお姉ちゃん達が存在するんだろうね。だから――

 そう言う再認識をすること。次へと繋いでいこうと願うこと。

 それが、ライブを開催する最大の目的(・・・・・)なんじゃないかなって思うのだった。

 

 私達は、こうしてお姉ちゃん――ううん。穂乃果さんのおかげで、本当の意味での『完敗からのスタート』を自分達の足で(・・・・・・)踏み出していたのだった。

 

♪♪♪

 

「――ッ!」

 

 まぁ? 今、日誌に書いていたことは家に帰ってから、お姉ちゃんに話を聞いて考えた部分なんだよね?

 だから、あの時は普通に自分の想いを再確認して頑張っていこうって感じていただけ。

 そして、気づかせてくれたお姉ちゃん達に感謝の気持ちで一杯になっていただけだった。

 

 そんな私は、講堂の外が騒がしくなってきたことに気づく。

 そうなんだ。私は自分達のライブ時間から、だいぶ時間が経過していたことに気づいた。

 つまり、お姉ちゃん達のライブ時間が迫っていたんだよ。だから、声の持ち主は当然お姉ちゃん達のライブを見に来た生徒達なんだよね?

 ――まぁ、今更言っても仕方ないのは理解しているんだし、私が提案したんだから何も言えないんだろうけど?

 お姉ちゃん達――今日(・・)ライブするのって間違っているんじゃない?

 いや、ライブをするのは良いと思うよ? でもさ、今日はマズイんじゃないかな?

 だって、今日は部活説明会の日なんだから!

 私達のライブは部活説明会の方が優先されるから問題ないんだろうけど?

 今のお姉ちゃん達の人気を考えると、どうしてもライブが優先されちゃうんだろうし。

 つまり、肝心な部活説明会そっちのけでライブに集まるってことなんだから!

 生徒会役員としては、どうなのよ? って考えたんだよね。

 とは言え、お姉ちゃんだけならともかく! 

 海未さんがソコを考えいないなんて、思ってはいないんだけどね?

 少し気になったからお姉ちゃんに聞いたんだけど案の定、海未さんがキチンと考えていたらしい。

 どうやら今年の部活説明会は、日を改めて実施されるんだって。

 今日は部活説明会の日時を書いたチラシを配るだけみたい。

 だから気になる部活のチラシを(もら)うだけだから、別にそんなに時間はかからないんだって。

 

 でも、その話を聞いて――

 日を改めるってことは自分の気持ちに向き合える時間があるってこと。

 ちゃんと自分のやりたい部活を選んで、説明会に参加ができるってこと。

 つまり、お姉ちゃん達のファーストライブや私達のファーストライブと同じなのだろう。

 自分達の経験からと、自分達のライブへ来てくれる人達への考慮(こうりょ)なのかな。

 時間に(しば)られることなく、自分自身の気持ちと向き合えるように。

 そう、自分の本当にやりたいことを選べるように。

 と言うよりも、そもそも入部届に込められた意味がそうだったんだよね?

 うん。目的に囚われていた為に、私達は入部届の意味にも気づけていなかったんだ。

 今更な話なんだろうけど、私はそんなことを思い出して心の中で苦笑いを浮かべるのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな風に心の中で苦笑いを浮かべながら入り口の方を眺めていると、沢山の生徒が講堂へと入ってくるのが見えた。

 それは、もう! 全校集会でもあるのかなって、錯覚するくらいに!!

 まぁ、お姉ちゃん達のライブなんだから当たり前なんだろうけどね?

 そんなことを思っていたら、先頭に海未さん、ことりさん、花陽さん、凛さん、真姫さんの姿を見つけた。しかも全員まだ制服のままだし。まぁ、お姉ちゃんもなんだけどね?

 だけど、ライブの主役がお客さんと一緒に入ってくるって!?

 一瞬驚いたんだけど、学院のライブなんだし、部活説明会の一環だからなんだろうなって苦笑いを浮かべて心の中で思いなおしていた。

 親しみやすいって部分もお姉ちゃん達の魅力だろうから。なんてね。

 

 海未さん達は階段を下りて近づいてきた。後ろを歩いていた生徒達も、前の方から席へと移動している。

 だけど前の方にいる絵里さん達、ツバサさん達に気づくと歓喜の声を上げていたのだった。

 まぁ、有名人ですからね? 気持ちはわかりますよ?

 でも、まだ私達ってステージ上にいるんだけどね? まぁ、仕方ないんだろうけど。

 そんなことを苦笑いの表情で見ていた私達に気づいた数名が、笑顔で手を振ってくれていた。

 私達も笑顔で会釈(えしゃく)を返す。

 すると、他の人も前に倣え状態で、私達に手を振ってくれるのだった。

 

 その間、海未さん達は絵里さん達と立ち話をしていた――って、何で!?

 いやいや、お姉ちゃん達これからライブなんだよね? しかも、制服のままじゃん!

 もう、お客さんも半分以上入っている状態なのに。

 ――なんて思っていたんだけど、それ以前に私達がステージにいるのも不自然な話だろうって気がついた。

 だって、私達のライブはとっくに終わっているんだもん。お姉ちゃん達のライブが迫っているんだからね?

 

 私だけじゃなくて亜里沙と涼風も今気づいたみたい。私達は同じような苦笑いの表情で目配せすると、ステージを下りようと舞台袖へと歩き出したのだった。すると――

 

「……あー! たいへんだー!」

「――えっ!?」

 

 突然背後から、あからさまに棒読みだってわかる口調でお姉ちゃんが声を上げる。

 私達が驚いて足を止め、お姉ちゃんの方を見つめると、今度は海未さんが――

 

「わたしたち、まだ制服のままでしたー」

「あー、ほんとうだー! どうしようー! いしょうチェックしないとだしー」

 

 同じように棒読みで声を上げる。その言葉に、ことりさんが言葉を繋げる。

 唖然と見つめる私達を余所(よそ)に――

 

「打ち合わせもあるのにー! もう、おきゃくさん半分いじょう入場しているよー」

「ダンスもチェックしないと、いけないニャー! まだライブは、はじめられないニャー!」

 

 花陽さんと凛さんが言葉を繋げていた。と言うより、なんで全員棒読みなの?

 そもそも、わかっていて話し込んでいたんじゃないの!?

 そんな感じで、正直言っている意味が理解できないでいた私達に苦笑いを浮かべながら――

 

「……まぁ、これは誰かに前座(・・)でもしてステージを温めておいてもらわないとダメね?」

 

 真姫さんが、そんなことを言い切るのだった。

 まぁ、ライブが開始できないんだから、誰かに前座をしてもらうのが妥当なんだろう。

 いや、普通に待っていてもらうだけでも良いんじゃない?

 そもそも、お姉ちゃん達は今まで1度だってそんなことをしたことはない。

 それに、突然前座なんて言っても誰もいないんじゃ?

 私はそこで、あることに気づいた。そう、適任者(てきにんしゃ)がいることを!

 えっ、その為に呼んだの? そんなサプライズ??

 

「…………」

「…………」

 

 私は咄嗟(とっさ)羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しで絵里さん達を見つめる。

 そう、絵里さん達にしろツバサさん達にしろ彼女達以上の適任者なんていないじゃん!

 だから、お姉ちゃん達は芝居をしたんだろうと思っていたのだけど。

 絵里さんは私の眼差しに気づくと苦笑いを浮かべて「生憎(あいにく)だけれど、私達ではないわよ?」と言いたげに首を横に振るのだった。

 まぁ、冷静に考えれば? 先輩後輩を禁止しているとは言え、絵里さん達は卒業生。お姉ちゃん達よりも目上(・・)なんだ。

 目上の人を前座にするなんてお姉ちゃん達が考える訳はないだろう。

 更にツバサさん達は完全なお客さんであり現役のアイドルなんだから、どう考えても頼まないと思う。

 でも、そうなると誰が務まるの? 他に誰もいないじゃん!

 そんな風に自分達のライブでもないのに、何故かパニックに(おちい)りかけていた私の耳に――

 

「そんな訳だから、雪穂と亜里沙ちゃんと涼風ちゃん? 私達の前座をお願いできるかな?」

 

 ごく自然に紡がれたお姉ちゃんの言葉が聞こえてきたのだった。

 

♪♪♪

 

「…………」

 

 私はお姉ちゃんの言葉を聞いて、すぐに言っていることが理解できた。

 そうか、そう言うことだったんだね?

 お姉ちゃん達は最初から私達を、お姉ちゃん達と一緒のステージに立たせる(・・・・・・・・・・・・)つもりだったのだ。

 

 海未さん達が他の生徒と一緒に講堂へ入ってきた理由。来るのが早いと、私達が生徒達の入ってくる前にステージを下りちゃう可能性があるから。

 半分以上の席が()まるまで話し込んでいた理由。時間に余裕があれば準備が間に合うと思われるだろうから。

 そして芝居だってわかるようなやり取りをした理由。私達が自然にお姉ちゃん達の前座を出来るように、一緒のステージに立てるように、私達を立てて(・・・)くれたのだろう。

 

 そう、私達はお姉ちゃん達とのライブの時間をずらした。私達だけのライブをする為に。

 それに関して、全員が了承して応援してくれていた。でも――

 現実を知っているから。辛い結末でファーストライブを終わらせたくないから――ううん、違うね?

 同じアイドル研究部の仲間として同じステージに立ちたいって、そう思ってくれたんだろうね。

 それでも、私達のことを尊重してくれた。そして、今も。

 アイドル研究部の先輩なんだから、命令することもできるはず。自分達の前座をやりなさいって。

 後輩としては命令されれば、否応(いやおう)なく前座をすることになるだろう。

 でも、お姉ちゃん達は命令(・・)ではなくお願い(・・・)をしてきた。

 それは、私達が自分達だけのスクールアイドルを目指しているのを知っているから。

 後輩としてではなく、同じスクールアイドルの仲間として私達を見てくれているからなのだろう。

 だから、命令ではなく――あくまでも『自分達が間に合わないから、それまでの間の前座をお願いしても良い?』と言う風に、自分達の落ち度として私達に頼っているように、私達を立てた『お願い』にしたんだろう。

 

 まぁ、これだけ大勢の生徒の前でお願いされて断れる訳もないんだけど? 

 ましてや、お姉ちゃん達のファンを前にして!

 それこそ私達の今後の活動に左右されかねないんだしさ? なんてね。

 

 それに、お姉ちゃんの瞳が。ううん、みんなの瞳が――

『純粋に、ひたむきに、自分の進むべき道だけを見据みすえて。それだけの為に自分のすることは正しいと、間違っていないと、我がままだろうと押し通す瞳』をしていたんだから、私達が断れる訳はないんだよ!

 だって、その瞳の見据える先には必ず明るいミライが待っているんだから! なんてね。

 

 と言うよりも、私は初めから断るつもりなんてなかったんだよ?

 だって、私達は気づいたんだから! 自分の想いに。

 私達はスクールアイドルが好きだから活動しているんだ。好きだから歌って踊っているんだ。

 前座のステージは私達が頑張って勝ち得たことじゃない。あくまでも、お姉ちゃん達が与えてくれたことだけど。

 私達の『もっともっと歌って踊りたい』って気持ちの前では些細(ささい)なことなんだから!

 そう、これも立派な『偶然と言う名の奇跡の欠片』であり『チャンスの前髪』なんだと思う。

 だったら私達は与えられた奇跡の欠片を、チャンスの前髪を握り締めるだけなんだ!

 

「「「……ありがとうございます! 精一杯、頑張ります!」」」

 

 そう感じた私達は、お互いを見つめて微笑みを交わすと、お姉ちゃん達に向き合い感謝を述べて、前座を受ける意志を伝える。

 私達の表情と言葉を受けたお姉ちゃん達は安堵(あんど)の笑みを浮かべていた。

 やってくれると信じていたかも知れないけど、体力的な面とか精神的な面とか。

 やる気だけでは通用しない部分の心配があったのかもね? 私達にとっては初めてのライブを終えたばかりなんだし。

 だけど、私達が意志を伝えたことで一安心したんだろう。

 お姉ちゃん達は私達を笑顔で見つめると、何も言わずにステージの袖へと歩き出したのだった。

 



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活動報告15 みゅーじっく ・ すたーと! 3 『ファーストライブ』

 そんなお姉ちゃん達の背中を見つめていた私の耳に、緞帳が閉じる音が聞こえてきた。

 えっ? 何で?? だって私達、これから前座をやるんだよ??? 

 私はお姉ちゃん達のライブが始まる訳じゃないのに、緞帳が閉じることに戸惑いを覚えていた。

 いや、良くは知らないんだけど。前座って、別に緞帳を閉じる必要はないと思うし?

 それに、1番最後に歩いていた真姫さんが――

「お客さんが全員入ったら、ちゃんと合図があるから」

 そんなことを言っていたんだけど、前座って別に全員が入らなくても問題ないんじゃないの?

 まぁ、あまり早くにスタートしたらお姉ちゃん達に準備が間に合わないからかな?

 とにかく今の現状を把握できていない私達の視界の先を、緞帳が再び完全に覆っていた。そして――

 

「まもなく μ'LL と Dream Tree の合同ライブ(・・・・・)が開催されます。ご覧になる方はお急ぎください」

 

 ヒデコ先輩の声でライブ開始を知らせるアナウンスが聞こえてきたのだった。

 そこで私は全てを把握した。隣にいる亜里沙と涼風も把握したのだろう。

 3人で顔を見合わせて苦笑いを浮かべるのだった。

 お姉ちゃん達は、初めから私達に『前座』をやってもらおうとは考えていなかったんだね。

 前座はあくまでも私達をステージへ立たせる為の口実。

 そう、最初から『合同ライブ』をやるのが目的だったのだろう。その証拠に――

 まだライブが始められないと言っていたお姉ちゃん達は、既に衣装に着替え終えてステージ袖にいる。

 しかも手にはしっかりとサイリウムを持って!

 とは言え、ことサイリウムに関してはお姉ちゃん達よりも周りの人の方が詳しいようで、近くに来ていたカオリに使い方を聞いて、驚いたり楽しんだりしていた。 

 と言うか、お姉ちゃん。いくらお父さんもお母さんもしているからってバルログ持ちは周りに迷惑だからやめてよ? なんてね。

 

♪♪♪

 

「……ねぇ、亜里沙……涼風……」

「ん?」

「何?」

 

 私はステージ袖のお姉ちゃん達を眺めながら、心が暖かくなり、嬉しくもなり、幸せな気分になっていた。

 でも、それだけじゃダメなんだ。だって私達はスクールアイドルなんだから。

 今度はみんなへ返す番なんだ。今の私達ができる精一杯の想いを込めて。

 私はお姉ちゃん達を眺めながら、亜里沙と涼風に声をかける。私の言葉に返事をする2人。

 私は2人に、とある提案を持ちかけるのだった。

 

「せっかく、もう1度ライブができるんだしさ……こんなビックリするような機会を与えてくれたお姉ちゃん達にも、ビックリしてもらいたくない?」

「うん! そうだよね?」

是非(ぜひ)とも、ビックリしてもらいましょう?」

「じゃあ、アレ……やるからね? ……1!」

「2!」

「3!」

 

 2人は私の意図を理解したみたいで笑顔で賛同してくれた。

 私は念押(ねんお)しをしてから、真っ直ぐ目の前を見据えて番号を言う。亜里沙と涼風も番号を繋いだ。

 だけど、今度は吹き出し笑いはしない。だって既に心は暖かいし、嬉しいし、元々軽いんだからね。

 それに今の私達は、この先に『お姉ちゃん達のビックリする表情』が見られるのかな?

 そんなことを考えてワクワクしていたから、最初から笑顔でいたんだしね。

 そんな感じで、私達は何も変わらない緞帳を眺めていた。ステージ袖にいるお姉ちゃん達に見守られながら。

 

 しばらくして講堂内に開演のブザーが鳴り響く。私達は瞳を閉じて緞帳が開くのを待つのだった。

 

♪♪♪

 

 これが私達の贈るウェルカムソングなんだ。

 そう、ひとつになるんだ。みんなとこころを。

 だから、ここ。このライブが私達の終わらないステージになるんだ!

 

 不思議な景色、たくさん見たいよね?

 みんなと一緒に感じたいよね?

 そんな私達の願いにお姉ちゃん達が奇跡とチャンスを与えてくれたんだ。

 そう、愛に包まれたこの瞬間を!

 

 亜里沙と涼風と言う素敵な出会いをくれてありがとう。

 絶対にスクールアイドルになるって言う信じるチカラをくれてありがとう。

 自分達の勇気で明日は。明るいミライへ変わるんだね。

 

 なんで今まで、私は素直になれずにいたのかな?

 素直にお姉ちゃん達にも聞いて欲しいのに。

 でも今は違う!

 お姉ちゃん達も私達の音楽を聞いてよ! 

 これからはみんなで。そう、これから全力で踊ろう。

 さぁ、始めるよ!

 

 だって私達のパーティーは終わらない。

 だってみんなとのパーティーは終わらない。

 私達のパーティーは始まったばかりなんだから。

 まだまだみんなで、この瞬間を楽しむよ。思い切りみんなに向かって歌うから!

 

 だって私達のパーティーは終わらない。

 だってみんなとのパーティーは終わらない。

 みんなが楽しめることが何よりも奇跡なんだ。

 みんなの与えてくれる笑顔が私達を無敵にするんだ。

 そう、今はそんな気分なんだよ!

 

♪♪♪

 

 再び私の耳に、緞帳が開き始める音が聞こえる。そして私達の前から遠ざかったと感じて、ゆっくりと瞳を開いて前を見据える。そんな私達の目の前を――

 講堂を埋めつくすほどの、色とりどりのサイリウムの光と、割れんばかりの歓声が包み込んでくれていたのだった。

「いつか私達――必ずココを満員にしてみせます!」

 もう実現しちゃったね? なんて言わないよ?

 だって、これはお姉ちゃん達が与えてくれた奇跡。そして、お姉ちゃん達が頑張ってきた証しなんだから。

 でも、この光景は忘れない。いつか自分達の力で実現するんだから!

 そんな想いを込めて、私達は一礼する。そんな私達に大きな拍手が鳴り響く。

 顔を上げた私達は、講堂を埋め尽くす生徒達に見守られながら――

 ステージの中央で最初の立ち位置に立つとイントロが流れるのを待つのだった。

 

 ステージ上の照明が落ち、ピンスポットの光が私達に降り注ぐ。

 刹那、ピアノのイントロが講堂全体に響き渡る。

 お姉ちゃん達のファーストライブ。お姉ちゃん達のスタートダッシュ。

 今私達が身に纏う、この衣装を着て歌って踊ったアノ曲。

 私達のファーストライブで歌った、このステージに立たせてくれた奇跡の曲。

 私達にスポットライトの眩まぶしさと暖かさと心地よさ。そして――

 私達にスクールアイドルへの想いを深く刻み込んだ奇跡の1曲。

 そんなお姉ちゃん達の曲のメロディに包まれながら――

 私達の『私達だけの』ライブが始まるのだった。

 

「アイ セーイ……ヘイ ヘイ ヘイ――」

「!?」

 

 イントロが流れ始めて、私達が歌い出した瞬間。お姉ちゃん達を始めとする全員が驚きの表情を浮かべる。

 だけど聞き間違いなのだろうと、全員が普通の表情に戻る。

 私は心の中が嬉しい気持ちになっていたんだけど、表情には出さずに曲に集中していた。

 一瞬だけ驚いたけど、普通の表情に戻っていた全員も、歌い出しの亜里沙の歌を聴いて再び驚きの表情へと変化させていた。

 そう、これが『お姉ちゃん達へのビックリのお返し』であり『みんなへの精一杯のお返し』なんだよ。

 そして、これが私達の『私達だけの』ライブなんだ!

 私達はお姉ちゃん達の曲のメロディに包まれながら――

 私達だけで紡いだ『私達の歌詞』に、精一杯の想いを込めて私達の『STOMP:DASH!!』を全員に送るのだった――。

 

♪♪♪ 

 

 以前、真姫さんから私達へ出されていた課題(・・)

 私達3人で言葉を繋いで1つの曲を作ること。

 この曲は、私達が3人で言葉を紡いだ曲だった。

 うん。私達にとってもね? この曲は大切な始まりの曲(スタートダッシュ)なんだもん。

 だから、この曲のメロディに言葉を繋げたかったんだよね。

 お姉ちゃん達が伝えてくれた言葉を受けて、お姉ちゃん達を見続けてきた私達の――

 この曲への、お姉ちゃん達へのアンサーソング(・・・・・・・)として作った曲だったのだ。

 

 曲が終わると、講堂内を静寂(せいじゃく)が包む。

 あ、あれ? なんで??

 だって、さっきは絵里さん達とツバサさん達とミキ達しかいなかったけど拍手が聞こえてきたのに。

 私は静寂の意味に一抹(いちまつ)の不安を覚えていた。

 もしかしたら、怒っているのかも? 

 だって、目の前の生徒達は、全員がお姉ちゃん達のファンなんだから。

 いくら妹だからって、いくらアイドル研究部の後輩だからって。

 お姉ちゃん達の曲の『替え歌』を披露されたら良い気分はしないのかも?

 そんな風に考えた私は、自分の軽率(けいそつ)な思いつきを(のろ)った。

 とは言え、時間は巻戻らないんだ。なかったことにはできないんだ。

 だから、今私達にできること。

 とは言っても、早々にステージを下りることしかできないんだけど。

 私達は一礼をすると、足早にステージを下りようとしていた。その時――

 

「良かったよー」

「これからも頑張ってねー」

「応援しているよー」

 

 そんな客席からの声と、溢れんばかりの拍手が講堂中に鳴り響く。

 ステージ袖を見ると、お姉ちゃん達も満面の笑みを浮かべて拍手を送ってくれている。

 私達は客席の方へと向き直り、もう1度深々と頭を下げる。

 そしてステージ袖へと向き直り、お姉ちゃん達に向かって深々と頭を下げるとステージを下りるのだった。

 

 こうして私達の――Dream Tree のファーストライブは、優しくて暖かな空気に包まれながら幕を閉じた。

 今は、お姉ちゃん達のライブ中。私達はステージ袖でお姉ちゃん達を見つめている。

 わかっていたことだけど、やっぱりお姉ちゃん達は凄い。改めて私達との差を感じながら見つめていたのだった。

 

 色々なことを学んで、色々なことを経験して、色々なことを考えさせられたファーストライブ。

 それでも、全て私達が進んでいく為の大事な1歩(・・・・・)なんだ。

 そして、本当の意味での私達のミュージックが始まったんだ。

 いつか私達だけで、この講堂を満員にしてみせる!

 そして、いつか絶対にお姉ちゃん達と一緒にライブをしてみせる!

 そう、絶対に隣を飛ぶんだ!!

 私達はそのことを心に深く刻み込みながら、真剣な表情でお姉ちゃん達のライブを見つめていたのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな感じで幕を閉じたアイドル研究部のお披露目ライブ。

 当然ながら、お姉ちゃん達のライブは、アンコール付きの大興奮なライブだった。

 ライブが終了すると、余韻(よいん)(ひた)りながら、それでも名残惜(なごりお)しそうに生徒達が下校を始める。

 全ての生徒が帰って、誰もいなくなった講堂を確認してから、私達も下校することにしたのだった。

 みんなと別れたあと、私とお姉ちゃんは一緒に帰宅する。

 まぁ、姉妹なんだから当たり前なんだけどね?

 それでも最近は別々に帰ることが多い私達。

 普段から姉妹で良く会話をする方だとは思うんだけど、今日は普段より話をしながら帰り道を歩いていた気がする。

 ライブの興奮が冷めていないのかな?

 だけど、不思議とお姉ちゃんとの距離が近くなった気がする。錯覚なのかも知れないんだけど?

 私がお姉ちゃんと同じステージに立てたからかな? そうだと良いな?

 そんな風に思った私は、少し前を歩いていたお姉ちゃんの背中に――

 

「ありがとう、お姉ちゃん……大好きだよ」

 

 そう呟いていた。もちろん呟き程度の声だし、背中向けているし、雑踏(ざっとう)で私の呟きなんて届いていないだろう。

 だけど、今は言葉にできただけで良いんだ。だって背中を追いかけている今の私には、これで十分なんだから。

 それでも必ず、いつかは隣を歩いて、ちゃんとお姉ちゃんに聞こえるように言いたいな?

 私は、お姉ちゃんの小さいけど大きな背中を見つめて、そんなことを思っていた。

 そんな家までの帰り道。少し遠い距離のお姉ちゃんに近づくように、一生懸命追いかけながら歩いていたのだった。

 

♪♪♪

 

 翌日の昼休み。私達は部室を目指して歩いていた。

 今日はライブの翌日と言うことで、朝練も放課後の練習もお休みだった。

 でも、その代わりにお昼休みに昨日の反省会をしておこうと、部室に集合するように花陽さんに言われていた。

 だから私と亜里沙と涼風は(そろ)って部室へ来たのだった。

 

「「「お疲れ様です!」」」

「――た」

「「「……?」」」

 

 私達が挨拶をして中に入ると、PCに向かい背中を向けている花陽さんが目に入った。

 花陽さんは私達が入ってきたことにも気づかずに、(ひと)(ごと)のように言葉を発した。

 私達が疑問に思いながら見つめていると――

 

「た、た、た、た――」

 

 花陽さんは、未だにPCに釘付けになりながら、徐々に声が大きくなっていき――

 

「たいへんですぅーーーーーー!!」

 

 突然、大音量で叫んだのだった。

 そして、叫んだかと思うと凄まじいほどの勢いでキーボードを叩きながら、画面を食い入るように見つめて何やら独り言を呟いていた。

 そんな豹変(ひょうへん)した花陽さんを唖然となりながら見つめていた私だったけど、以前お姉ちゃんに聞いたことを思い出していた。

 そう、お姉ちゃんは――

「花陽ちゃんが『大変ですぅー!』って叫びながら豹変する時は、必ず楽しいことが始まる前兆(ぜんちょう)なんだよ!」

 そう言っていた。

 楽しいこと。それは私達にも降り注いでくれるのかな? そうだと嬉しいな?

 そんな期待感と高揚(こうよう)感を胸に、私達の、お姉ちゃん達の――

 国立音ノ木坂学院アイドル研究部へと降り注ぐ新しい『楽しいミライ』を知る為に、花陽さんの方へと近づくのだった。

 

=Next Season → New Season=




Comments 穂乃果

ライブお疲れ様!
あんなこと言っちゃって怒んないかな? って心配だったけど、私の言いたいことを理解してくれて嬉しかったよ。
ライブも凄かった。ビックリしちゃった。
本当に雪穂達の曲! って思えるくらいにね?

帰り道の言葉。今は見なかった……ううん。聞かなかったことにしておくね?
だけど、いつか必ずに私の隣で聞かせてね? 
ファイトだよ! ……うん。ファイトだよ!

……ところで、花陽ちゃんの驚きは何だったんだろう?
凄く気になるね? でも楽しみだよね?
新しく訪れた楽しいミライ。一緒に楽しんでいこうね!


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=New Season= Disc Change Operation
活動日誌16 ぼくたちは・ひとつのヒカリ!


ファーストライブを終えた雪穂達なので、ココから新しい季節になります。
そのプロローグ代わりと思ってください。 


「……ねぇ、雪穂?」

「……なぁぃ、ぉ姉ちゃぅ……?」

 

 それは去年の春のこと。私の耳にも噂として流れてきた『音ノ木坂学院廃校』の話。

 廃校の噂を聞いた私が、別の高校を受験しようと思って(もら)ってきたUTX学院の入学パンフレットを目にしたお姉ちゃんと、軽い衝突(しょうとつ)を起こした、あの日――。

 私はお姉ちゃんが簡単に口走った「ことりちゃんと海未ちゃんとで考えているから、なくならない」の一言に、とても腹が立っていた。

 だって、お姉ちゃん達3人の力でどうにかなる問題じゃないんだから。

 どんなに頑張ったって学院は廃校しちゃうんだから。

 

 おばあちゃんやお母さんが通っていた音ノ木坂学院。

 そして、小さい頃にお姉ちゃんと一緒に店の手伝いをしていた時。お店を訪れるお姉さん達が着ていた、私達にとっての憧れの制服(・・・・・)

 一昨年(おととし)のお姉ちゃんの入学式直前。

 真新しい学院の制服を、何度もお母さんや私に見せていたお姉ちゃん。正直すごく(うらや)ましかったのを覚えている。

 お姉ちゃんの妹の私(・・・)には、あの時(・・・)は着て見せることなんてできなかった。

 ううん。去年だって、着て見せることは叶わなかったんだけどね。

 だけど、来年には絶対――そんなことを思っていた矢先(やさき)の廃校の噂だった。

 おばあちゃんやお母さん。そして、お姉ちゃんが通う音ノ木坂学院。

 そんな、お姉ちゃんが身に包んでいる制服を、私は着ることが許されない。学院に通うことが許されない。

 だからと言って、自分ではどうすることもできない――もどかしさ、悔しさ。

 そして、お姉ちゃんと同じ制服を着て、一緒の時間を過ごせない悲しさに(ふた)をして、UTX学院へと気持ちを切り替えていたのにさ?

 あんな簡単に言うんだもん。怒りたくもなるじゃん? でも、それ以上に――

 自分の口から出た「どうにかできる問題じゃない」と言う言葉が、来年の私を閉ざしているようで、何も見えてこないようで――

 

「……悔しいけど、もうどうしようもないじゃん!」

 

 不安で辛くて、悲しくて。気づいたら涙を溢しながらお姉ちゃんに想いをぶつけていたのだった。

 

 そんな私を、無言で優しく抱きしめてくれていたお姉ちゃん。

 もちろん、お姉ちゃんの言動に悪気がないのは理解している。

 お姉ちゃんだって「本気で何とかしたい」って想いからきた言葉なんだろうしね?

 それがわかっているから。それでも何も変わらないことを知っているから。

 暖かいお姉ちゃんの温もりを感じながら――涙はしばらくの間、私の頬を伝い続けていたのだった。

 

♪♪♪

 

 その日の夜。私は数年ぶりに、お姉ちゃんと一緒に寝ることにした。

 何となくだったんだけどね? その場の流れって感じだったんだけど。

 私達はお布団の中で少しだけ話をしていた。

 小さい頃に一緒に寝ていた時の話。 

「一緒のベッドに入ったら同じ夢を見られるのかな?」

 いつも寝る前にそんな話をしていたっけ?

 だけど私はお姫様の夢で、お姉ちゃんは怪獣の夢――いつも同じ夢なんて見れなかったんだよね?

 そんな話をしていたら、私達は同時にクスクス笑いをしていたのだった。

 

 お姉ちゃんがいる布団の温もりと安心感と――笑ったおかげで軽くなった心に、まどろみの天使の(ささや)きが聞こえてくる。

 そんな、ゆっくりとユメノトビラを開こうとしていた私の耳に、お姉ちゃんの優しい声が聞こえてきた。

 私は心地よい子守唄のようなお姉ちゃんの声に、ぼんやりと反応していた気がする。

 いや、半分寝ぼけていたしね? 良く覚えてないや。

 そんな私の言葉を微笑みながら聞いていたお姉ちゃんは――

 

「大丈夫だよ……きっと見れるからね?」

 

 半分寝ぼけていたから夢だったのかも知れないけれど、そんなことを言ってくれたような気がした。

 きっと見れる――同じ制服を着て、一緒に学院に通える夢。

 その日の夢は、きっと同じ夢を見れていたと思いたい。ほら、直接聞くのは恥ずかしいからね?

 聞いていないんだけど、そうだったと思っていたのだった。

 

 ――そう、去年の春。

 あの頃は純粋にお姉ちゃんと同じ制服を着て、一緒の学院に通えることが夢だったのにね?

 まさか、お姉ちゃん達と同じスクールアイドルになって、一緒のステージに立つことが夢になるなんてね?

 あの頃は私も――ううん、お姉ちゃんですら夢見ていなかったことだろう。

 そんな私の知らない世界へとお姉ちゃんが導いてくれた。

 そんな私の新しい夢の実現へとお姉ちゃんが導いてくれた。

 そして()の夢はいつしか私達(・・)の夢へと変わり、昨日のライブで叶えてもらうことができたのだった。

 

 だけど、これで私達の夢が終わった訳じゃない。そして、何よりもこれからが大事なんだと思う。

 そうなんだ。昨日までの私達は、お姉ちゃん達に助けてもらってばかりだった。

 だけど昨日、私達のファーストライブを大勢の生徒に見てもらえた。

 つまり、少なくとも一昨日までのように私達も無名ではいられないんだ。

 私達もお姉ちゃん達と同じで、音ノ木坂学院のスクールアイドルとして認識されたんだと思う。

 これからは自分達の力で、自分達の足で進んでいかなくちゃいけないんだ。それに――

 本当の意味での『お姉ちゃん達と同じステージに立つ』って夢は、まだ実現していないのだから。

 

 そう、私達の夢。それは学院のステージなんかじゃない。

 同じスクールアイドルなんだもん。

 スクールアイドルの大会。ラブライブ! の、あの大きなステージへ一緒に立つのが私達の本当の夢なのだから。

 もちろん簡単なことじゃないのは理解している。

 お姉ちゃん達は前回の優勝者。私達は始めたばかりの無名のスクールアイドル。

 普通に考えても差は歴然(れきぜん)だし、お姉ちゃん達を目標にしている人達は沢山(たくさん)いるだろう。

 そんな人達の中からね? 私達がお姉ちゃん達と同じステージに立つって言うのは、私達が思っている以上に――。 

 

♪♪♪♪♪

 

「たいへんですぅーーーーーー!!」

 

 アイドル研究部の部室内に花陽さんの叫び声が響き渡る。そして、叫んだかと思うと凄まじいほどの勢いでキーボードを叩きながら、画面を食い入るように見つめて何やら独り言を呟いていた。

 そんな豹変した花陽さんを唖然となりながら見つめていた私だったけど、以前お姉ちゃんに聞いたことを思い出していた。

 そう、お姉ちゃんは――

「花陽ちゃんが『大変ですぅー!』って叫びながら豹変する時は、必ず楽しいことが始まる前兆なんだよ!」

 そう言っていた。

 楽しいことが始まる前兆。それは私達にも降り注いでくれるのかな?

 そんな期待を胸に、花陽さんへと近づいてPCの画面を(のぞ)()もうとしていたんだけど――

 

「……ドゥーム……」

「――えっ!」

 

 突然呟いた花陽さんの一言に、私は驚きの声を上げたのだった。

 ドゥームって何? 

 そんな風に困惑していた私の耳に――

 

「あはは……ドームのことだよ?」

 

 何時(いつ)の間に来ていたのか、お姉ちゃんが正解を教えてくれたのだった。

 と言うよりも全員が集まっていたみたい。まぁ、反省会で集合しているんだけどね?

 何が起きるのか楽しみで、後ろに気が回っていなかったのかもね?

 

 そんな私達の会話に気づいたのか、花陽さんは私達の方へと顔を向けると緊張した面持ちで――

 

「……ラ、ラブライブ! 第3回ドーム大会が……決定しました!」

 

 そう、声高らかに宣言した。

 それを聞いていたお姉ちゃん達は、私達とは対象的に、驚きの表情は見せていなかった。でも、その代わりに――

 とても感慨(かんがい)深い表情を浮かべていたのだった。

 でも、それはそうだよね? だって、お姉ちゃん達はドーム大会実現に向かって、ずっと頑張ってきたんだから。

 海外でのPR活動や合同ライブ。

 お姉ちゃん達は、ただラブライブ! ドーム大会が実現することを夢見て頑張ってきたんだもん。

 お姉ちゃん達の頑張りが今、花陽さんの言葉で(むく)われたんだ。

 私は――ううん。きっと亜里沙と涼風も同じだろう。

 私達は微笑みを浮かべながら、心の中で祝福の言葉をお姉ちゃん達に送っていたのだった。

 

 だけど同時に、ラブライブ! が開催されると言うことは、私達の夢が――私達への試練(しれん)が目の前に立ちはだかるってこと。

 確かに私達の夢は、お姉ちゃん達と同じラブライブ! のステージに立つことだよ?

 それはずっと思い描いていたことだし、目標にしていたこと。

 でも別に、私達はお姉ちゃん達と『競い合いたい』とか、お姉ちゃん達に『勝ちたい』訳じゃない。

 ただ純粋に同じステージに立ちたいってだけだから、正直に言うと今はまだ早いのかなって思うんだ。 

 まぁ、ずっとお姉ちゃん達のことを見ていたんだから、当然ドーム大会のことは知っていたけどね。

 合同ライブの盛り上がりを見ても、実現するならそんなに先延(さきの)ばしをするとは思えなかったし。妥当(だとう)な時期なのかも知れないんだけど。

 今すぐに私達が同じステージに立てるなんて思えないから。だって、そんなに簡単なら目標になんてしないんだから。

 

 去年始まったラブライブ! の大会は2回開催されていた。

 もちろん、第1回の反響(はんきょう)を受けて開催されたのだから、今後も定期的に開催されるかは知らないんだけど。

 私は今年中に夢が実現できれば良いな? って考えていた。

 あくまでも第3回ではなくて、第4回が実現したらって目標だったんだよね?

 だけど、第4回が実現するとは限らない。これが私達にとっての唯一のチャンスなのかも知れない。

 それでも、今は流石(さすが)に無理なんだって思う。

 別に頑張らない訳じゃないんだけどね?

 無理だからって諦めなんてしないんだけどね? でも、夢が目の前にあるのに、無理だと感じてしまう。

 自分ではどうすることもできない――もどかしさ、悔しさ。 

 今の私は、あの時に感じたような気持ちに支配されていたのだろう。

 そして、亜里沙と涼風も同じように感じていたんだと思う。

 そんな少し重苦しい表情を浮かべる私達を眺めながら、やわらかな微笑みを浮かべると――

 

「今回のドーム大会には……新しい大会方式が加わるんだって?」

 

 花陽さんが私達に向かって言葉を繋げるのだった。

 

♪♪♪

 

「……新しい大会方式ですか?」

「うん!」

 

 花陽さんの言った『新しい大会方式』と言う言葉が気になったのだろう。疑問を浮かべた表情で、海未さんが花陽さんに訊ねる。

 花陽さんは満面の笑みを浮かべながら、その言葉を肯定すると――

 

「今回から、新人選と本選の2つの大会になるんだって?」

 

 とても楽しそうに、そんなことを伝えてくれたのだった。

 

 確か、第1回はネット投票の上位のグループが大会に選ばれる形式だった。

 それが、第2回では地区予選を()て本選へのグループが選出(せんしゅつ)されていた。

 それは参加を希望する人数が増えたと見越(みこ)したからなのかも知れない。それとも注目度が上がったからなのかな?

 ううん。そもそも第1回だって選ばれなかったグループが存在したんだろうし。

 その時点で地区予選の形式に変更したのかも?

 どちらにせよ、大会を目指す人達は確実に増えたんだろう。

 そんな第2回を優勝したお姉ちゃん達が、その後に第3回の大会実現に向けて頑張ったPRと合同ライブによって、大会の実現が可能になった。

 しかも今回の会場は前回の規模を大幅に上回るドームなんだ。

 それは大会のレベルも上がっていると言うことだと思う。そしてなにより前回と今回の大きな違い――

 年度(・・)(また)いでいるってことが今回の形式の変更なんだと思った。

 

 去年の大会やPR活動。合同ライブを見ていた私達のように――今年の新入生が必ず何処(どこ)かでスクールアイドルを結成しているだろう。

 そうなれば当然、練習量や経験が(わず)かな状態で大会に(のぞ)むことになる。

 それだと私が思ったように、差が歴然だからとエントリーをしないグループが出てくるかも知れない。

 でも運営としては、より多くのスクールアイドルに大会を目指してほしい。それが()に繋がるんだから。

 まぁ、上級生の人達にも新しく結成した人はいるんだろうけどね? さすがに結成時期や経験期間までは運営も把握(はあく)できないだろうし。

 だから、わかりやすいところで運動部のように1年生だけで結成されているスクールアイドルは新人選。それ以外は本選へのエントリーになるらしい。

 そんなことを花陽さんは説明してくれたのだった。

 

「「「…………」」」

 

 私と亜里沙と涼風は、花陽さんの言葉を受けて、誰からともなく顔を見合わせていた。

 3人とも、早すぎる試練に無理だと感じていたから少し安堵(あんど)を覚えていたんだけど――

 それ以上に、今回は私達の夢へ挑戦することも叶わないんだって。目指すこともできないんだって。

 そんな少し悲しい表情を含んだ、何とも言えない顔をしていたんだと思う。

 なんか我がまま言っているみたいだけど、素直な気持ちだから許してね?

 

「……だけどね?」

 

 きっと私達の表情から心情を(さと)ったのだろう。花陽さんは、優しい微笑みを浮かべながら―― 

 

「今回の新人選……その優勝者と本選の優勝者。その2組は大会のフィナーレとして合同ライブが約束されているらしいよ?」

 

 優しく私達に伝えてくれたのだった。

 

「「「…………」」」

 

 その言葉を受けて、私達は誰からともなく表情が(やわ)らいでいた。

 つまり、新人選で私達が。本選でお姉ちゃん達が優勝すれば同じステージに立てるんだから。

 まぁ、私達が優勝するのは非常に困難なんだけどね? 

 それに、前回の優勝者だからってお姉ちゃん達が確実に優勝するとも限らないんだし。とは言え、私達よりは遥かに確率が高いんだろうけど。

 だけど希望は繋がったと思う。

 だって、私達は別にお姉ちゃん達と『競い合いたい』とか、お姉ちゃん達に『勝ちたい』訳じゃない。

 ただ純粋に同じステージに立ちたいってだけだからね。

 少しだけど夢に近づいたのかも知れない。

 私達は顔を見合わせたまま、決意を新たに無言で頷くのだった。




Comments 穂乃果

まずはライブお疲れ様。すごく楽しかったね?
……懐かしい話から始まっているから、どうしたんだろうって思っちゃった。
でも、そう言うことだったんだね。
うん。あの時はちゃんと同じ夢を見れていたよ。安心してね?

そして、ラブライブ! 大会の実現。
そうだね。次に繋がったのは嬉しいね。
もちろん今の夢だって、ちゃんとお互いに見れていると思うから、実現できると良いよね?
お互いに頑張ろう。
ファイトだよ!


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Track 4 ともに目指す場所
活動日誌17 はろー ・ ほしをかぞえて! 1 『まきりんぱな』


「……まぁ、大会の話は追々(おいおい)するとして? そろそろ反省会を始めないと時間なくなっちゃうね?」

 

 意気込(いきご)んで見つめ合っていた私達の耳に、花陽さんの優しい声が聞こえてきた。

 その言葉を聞いて我に返った私は、少し恥ずかしくなって顔の火照(ほて)りを覚えていた。

 目の前の亜里沙と涼風も、少し顔を赤らめている。

 ほら? 今日は昨日のライブの反省会(・・・・・・・)の為に集まったんだしさ?

 私達3人だけ(・・)で集まっている訳じゃないんだもん。

 それに、今から意気込んだって仕方のないことなんだ。

 だって、大会が開催されるって聞いただけなんだからね。

 

 周りを見ると、お姉ちゃん達は既に椅子に座っていた。そう、立っていたのは私達だけ。

 まぁ、実際にお姉ちゃん達は大会の経験者だし、優勝者。

 私達と違って大会そのものに興奮はしていないんだろう。 

 だからなのかも? 私達を見るお姉ちゃん達の表情が、何処か懐かしい光景を見ているような、そんな(おだ)やかなものに感じられた。

 大会そのものに意気込んで、あの大きなステージに立てることを夢見て――

 ただ純粋に出場を目指して頑張ろうと決意をしていた、あの頃の自分達のことのように。

 

 とは言え、別に私は、お姉ちゃん達のラブライブ! に対する熱が冷めたと思っている訳じゃない。

 そして、お姉ちゃん達(自分達)が絶対に出場できると言う、そんな自信からくる態度だとも思っていない。

 お姉ちゃん達は経験者。そして前回の優勝者。

 去年1年間で受け取ってきた、お姉ちゃん達を応援する、周りの全ての人達の想い。

 絵里さん、希さん、にこ先輩から託された想い――ううん。違うのかな?

 お姉ちゃん達は音ノ木坂学院のスクールアイドルなのだから、この学院の卒業生全員から託された想いなのかも知れない。

 そして、ツバサさん達のように、スクールアイドルを卒業していった人達からの託された想い。

 そう言うものを全部受け取って、胸に刻み込んでいるんだ。次へ繋げようと思っているんだ。

 だから、お姉ちゃん達には『やるべきこと』があるんだと思う。

 

 受け取った想いに、自分達の精一杯で(こた)える為。きちんと先を見据(みす)えているから。

 それに向かって頑張るだけだから、こうして落ち着いていられるんだと思えた。そして――

 どんな時でも自分達は自分達。自分らしくいることが何よりも大事だって知っているからなんだろう。

 

♪♪♪

 

 お姉ちゃん達は去年の絵里さん達の卒業――正確にはラブライブ! 第2回大会の終了を()って μ's を終わりにするつもりでいた。

 あっ、ローカルアイドルの話をする訳じゃないよ?

 

 μ's は9人だけのものにしたいと言う、メンバーの総意。そんな想いからくる結論だったよね?

 それが卒業式当日。突然舞い降りた海外からのオファーで話が急展開した。

 そんな突発的な出来事に、全員で思い悩んで出した結論を簡単に(くつがえ)したお姉ちゃん達。

 周りからすれば唐突(とうとつ)すぎて、意味がわからないのかも知れない。

 だけど違ったんだよね? 別にお姉ちゃん達は、自分達の結論を覆した訳じゃないんだ。

 だって、そもそもラブライブ! の大会自体、お姉ちゃん達は優勝を目指していなかったんだから。

 

 いや、目指していなかったって言うと嘘なのかも知れないんだけど。

 お姉ちゃん達が優勝を目指したのは『絵里さん達との思い出を最高の形で残したい』って言う想いからきたものなんだ。

 ラブライブ! の大会において『最高の形』が『優勝』だった。それだけなんだと思う。

 そして、大会が終わったらおしまいにする――

 第2回大会は卒業式直前の開催。大会が終わってから、卒業式までには残された時間なんて全然なかった。

 残りの短期間で、これ以上に形に残せる節目(ふしめ)なんてないと思う。

 そう、あの時点では大会の後に思い出として形に残せる機会なんてなかったからね。

 だから大会終了を自分達の到達点(ゴール)に決めたんだろう。

 つまり、お姉ちゃん達にとって最初から大会は『思い出作り』に過ぎなかったってこと。

 

 それが、卒業式が終わり、全てを終えて全員で校門まで歩いてきた――本当の意味で終わりを迎えた帰りがけ。

 花陽さんの一言から始まった、目の前へと舞い降りた海外PRのオファー。

 それはきっと――風に舞い散る桜の花びらのように。なんてね。

 

 言ってみれば、もう1度思い出作りができる――

 音ノ木坂学院アイドル研究部としての『卒業旅行』のような感覚だったんだろう。

 そして、もう1度ステージに立てる。ライブができる。素敵な思い出になる。

 更に、スクールアイドルにとっての明日に繋がる。そんな可能性を秘めている。

 だから、お姉ちゃん達はオファーを受けたんだと思った。

 別に結論を覆した訳じゃない。ただ――

 最後の曲を歌い切って舞台袖に戻った時に、海外(客席)からのオファー(アンコール)が聞こえた。

 その声に応えて、お姉ちゃん達はステージに戻ってきた。それだけなんだと思う。

 

 まぁ、そもそもの話?

 あの時点でお姉ちゃん達が終わりにするのを知っていたのは、お姉ちゃん達の周りの、本当に一部の人だけだったはず。確か、公表はしていなかったと記憶している。

 だから、ファンの人達は――

 絵里さん達の卒業は知っているだろうけど、別に μ's が解散するなんて思わなかったんじゃないかな? 話を聞く前の亜里沙みたいに。

 もちろん、お姉ちゃん達は考えていたと思うよ? 卒業式の後日、ラストライブをすることは。

 きっと、おしまいにすると決意した時には考えていなかったんだろうけどね。

 

 大会が終われば、周りの人へ「解散する」と言っても、納得してくれるだろうって思っていたのかな?

 絵里さん達が卒業するんだから解散するのは、誰もが理解できるって思っていたのかな?

 だけど亜里沙の件で『周りの人へのけじめ』を意識したのかも知れない。

 自分達だけの決断では誰かを苦しめる、悲しませる恐れがあるって気づいたのだから。

 そこで大会が終了してから正式に、ラストライブを開催して発表するつもりだったんだろう。

 

 でも、お姉ちゃん達にとって――

 ラストライブも大事だけど、絵里さん達の卒業式も大事なこと。

 そんな大事な式を目前にして、(あわただ)しくするのは全員にとって良い思い出になるとは考えられない。

 だから、卒業式を終えて気持ちが一段落してからラストライブをするつもりだったのだろう。

 その為に用意していた曲と衣装。それが海外PRで歌われた曲なんだと思う。

 だって、あんな短期間で完成しているとかあり得ないでしょ!

 そんな、発表しようと思っていたラストライブがPRのライブに変わった。

 その後の展開的にも、ねぇ? おしまいにするって、中々言い出しづらかったんだろうし。

 そのまま話が進んでいってしまっていただけなんだと思う。

 だけど、続けてほしいって話が浮上してきていて、自分達も今後について、もう1度考えなおしていた。

 それでも、やっぱり気持ちは変わらない――

 でも、自分達の為に集まってくれたスクールアイドル達に、後ろめたい気持ちがあったのかな?

 だから、合同ライブの前日に『おしまいにする』って宣言したんだと思う。

 つまり、何も知らされていないファンは、結論を覆したとも思っていなかったんだよね?

 もちろん知っている私達だって、最初から覆したなんて思っていないんだから、お姉ちゃん達は何も間違ってはいなかったと言う話なのだった。

 

 そんな想いでオファーを受けて降り立った、初めての知らない土地。

 目に映る全てが――人も景色も建物も。それこそ空の景色でさえも、自分達の知らない世界に思えていたのだろう。

 ――と言う話を亜里沙としていたら、亜里沙と絵里さんはロシア生まれ。

 お祖母様の故郷とは言え、初めて日本に降り立った時には同じように感じていたらしいよ。

 それにしては、亜里沙は未だにハラショー(そんな感覚)のままのような気がするんだけど?

 まぁ、亜里沙らしいし、私は好きなんだけどね。

 それに、希さんと真姫さんは海外に行ったことがありそうだから。それ以外の人達ってことで!

 

♪♪♪

 

 初めての知らない土地。目に映る景色は、どれも本やインターネットで見ていたものばかり。

 それが目の前に広がることで実感や喜びを感じると同時に、ホームシック(孤独感)を覚え始める。

 日本語が通用しない。聞こえてくる言葉が理解できない。見えるもの全てが馴染みのないものばかり。

 もちろん楽しいって感覚はあったと思う。新鮮に感じられていたとも思う。

 だけど全員がいるから感じられていることも、1人の時間になると、ね?

 どうしても寂しさとか? 不安とかが芽生えるんだろう。

 まぁ、お姉ちゃんが招いた海未さん達の件が、全員に『知らない場所』って言う認識を植えつけたのかも知れないんだけど? なんてね。

 

 そんな空気感を誰もが抱いていたのかも知れないけれど、メンバーの中で1番感じていたのは花陽さんだったみたい。性格的にも嗜好(しこう)的にも。

 そして、1番気にしないでいられたのは凛さん――別に悪い意味じゃないですからね?

 本当ですよ? 凛さん。物怖(ものお)じしないって意味ですからね?

 そんな風に感じていた花陽さんは、人知れず、親友である凛さんにだけ胸の内を伝えたんだって。

 ホテルで自分達の部屋に戻って、2人になって窓から見える『自分達の知らない遠い場所』の夜景を眺めながら。

 

 その時、凛さんは言葉ではなく(ぬく)もりを与えた。それが1番安心するからって。

 ――実際には、安心させられる言葉が見つからないからって理由みたい。

 まぁ、不安な気持ちが(やわ)らいだ訳じゃなくて、物怖じしないから普通でいられた凛さん。

 その理由を説明できなかったんだろう。なんてね。

 

 それでも何とか花陽さんの気持ちを軽くしてあげよう――凜さんはそんな風に考えていたのかも知れない。とは言え、花陽さんだけの為でもないんだろうけどね?

 

 街の人達が、自分の知っている人達と同じように優しい。街の雰囲気も優しい。

 そして上手く説明はできないけれど、自分らしくいられる気がする。

 街を(いろど)る空気に触れ、お姉ちゃん達は徐々(じょじょ)に気持ちが軽くなっていった。

 それでも、何となく伝わるメンバーの不安みたいな感情。

 それを取り(のぞ)ける決定的な一言を、凛さんは探していたみたい。

 

 そんな時に、全員でビルの屋上から見下ろした街の夜景を眺めながら、凛さんは探していた答えを見つけたんだって。それが――

『この街はアキバに似ている』と言うこと。

 凛さんの言葉を聞いてお姉ちゃん達は、心に引っかかっていた今の気持ちに名前を付けられたのだろう。

 この街の優しい雰囲気や空気。段々と居心地の良さを実感していったお姉ちゃん達。

 だけど、その気持ちの変化を曖昧に受け止めていた。それが凛さんの一言で納得したらしい。

 とは言え、漠然と『街がアキバに似ているから』ってだけで納得したんじゃないんだと思う。

 

 日本語が通用しない。聞こえてくる言葉が理解できない。見えるもの全てが馴染みのないものばかり。

 降り立った時から心に芽生えていた、知らない土地への不安。

 つまり、自分が『ここにいても良い』と言う安心感が得られなかった。

 わかり(やす)く言えば、アウェー感って言うのかな?

 まぁ、わかり易いのか判断できないんだけど。なんてね。

 

 そんな感情が無意識に積み重なって、自分らしく自然に振舞(ふるま)えなかったんだろう。

 そんな自分達にも、街の人達や包み込んでくれた街の雰囲気は優しくて暖かかった。

 それはまるで――自分達が慣れ親しんだアキバのように。

 

『目まぐるしく移り行く時間の中にある、そんな新しい自分や時間でさえも受け入れてくれる不思議な空間』

 あの曲で伝えたかったアキバのイメージ。そんなイメージをこの街にも感じていた。

 それで気づいたんだろう。結局自分らしくいれば良いのだと。

「ラブライブ! ドーム大会実現の為に、何としてでもPRを成功させよう」

 もしかしたら、無意識にそんなことを思って肩肘(かたひじ)を張っていたのかも?

 まぁ、表面上では自分らしく振舞っているつもりなんだろうけど。

 

 その話を聞いていた私は、ふいに『ハロウィンイベント』の時の話を思い出していたのだった。

 



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活動日誌17 はろー ・ ほしをかぞえて! 2 『まきりんぱな』

 確かにあの時、自分達は自分達らしくいれば良いと言う結論を出していた。

 そして、そのことを胸に刻んで今まで頑張ってきたのだと思う。

 だけど、今回は不安と重圧――知らない土地。ラブライブ! の大会実現の為のPRと言う運営の期待。

 このPRの結果次第では、大会が開催されない。全て自分達のライブに(ゆだ)ねられている。

 そんな見えない想いに、本来の自分らしさを見失いかけていたのかも?

 だから、TV局側からの要望。自分達で中継場所を選んで良いと言われて候補地を探していても――

「どこも自分達らしいと感じて選べない」と思っていたのだろう。

 だけどね? それって言い換えれば「どこも自分らしいんだけど、その中で1番良いと思える場所が選べない」って話なんだと思うんだ。

 それって、おかしくないかな?

 いや、わからないよ? ただ単に、女の子特有の――

「どこも良いから迷っちゃうぅー」と言うことなのかも知れないけどね?

 でも正直お姉ちゃん達って、そう言う性格(キャラ)じゃない気もするし。違うと思うんだよねぇ?

 

 お姉ちゃん達は今回、海外のTV局からスクールアイドルの紹介番組としてオファーがあった。

 だから、ライブを披露する為に行ったんだよね? 言ってみれば、お姉ちゃん達のライブがメインなんだよね? なんでロケ地の良さを考えているの?

 どこも自分達らしいんだったら、何処でも良いんじゃないの?

 はっきり言えば、私達ファンとしては――

 お姉ちゃん達がライブを披露してくれるんだったら、何処だって良いもん!

 新曲が聴きたいだけなんだもん! 踊りが見たいだけなんだもん!!

 そのお姉ちゃん達のライブを華やかにするステージが見たいだけ!!! ――わかるでしょ?

 要は、私達ファンは別にステージと言うか、ロケ地を見たくてライブを見ている訳じゃないってこと。

 まぁ、普段のお姉ちゃん達なら理解できていたんだろうけどね? 

 

 きっと、お姉ちゃん達は――

 あのハロウィンの時のように、インパクトと言うかライブの成功だとか。

 そんなところに(こだわ)ってしまっていたのかも知れない。それが凛さんの一言を聞いて――

 ここが海外であろうと、今がどんな時であろうと。知らない人からすれば、自分達は自分達でしかない。

 ここが海外であろうと、アキバであろうと、周りの人は変わらない。街の雰囲気だって変わらない。

 だから、この街はアキバ。自分達の良く知るアキバの街。

 とは言え、お姉ちゃん達はきっと――他の場所でも同じように考えたのだろう。

 

 何処にいても、どんな時も。隣にメンバーがいて、光輝くステージがあって。

 伝えたい誰かがいて、応えたい願いがある。そして――

『自分はスクールアイドルが大好き』と言う想いがあるならば、お姉ちゃん達にとっては、その場所がアキバ。自分のホームなんだろうと思う。 

 つまり、自分らしくしていても街は受け止めてくれる。ただ、自分達らしく歌って踊れば良いんだ。

 そんな風に結論を出したから、凛さんの言葉に納得していたのかも知れない。

 

 そもそも、お姉ちゃん達は何もない状態から始めた。誰も受け入れてくれない状態から始めたんだ。

 自分らしく頑張ってきた。自分達らしく目指す場所へ駆け抜けていた。

 だから本来なら、そう言う環境には慣れているはずなんだけど。

 だけど、これまでに色々な想いに触れ、託された想いを受け止めて。

 自分達のこと。ファンの人達のこと。周りの人達のこと。

 そんな色々な想いや気持ちに、たくさん悩んできた。そう、あの頃はまだ悩んでいる最中だったのかも知れない。道を見失いかけていたのかも知れない。

 だから今回のオファーは、そんなお姉ちゃん達に自分らしさを取り戻してもらおうと――

 何もないところから出発して、自分達の頑張りだけでスクールアイドルの頂点へ輝くまでになった μ's への贈り物(・・・)

 アメリカンドリームの象徴である自由の女神からのエールだったように思えたのだった。なんてね。

 

 そのことがきっかけとなり、お姉ちゃん達は自分らしさを取り戻した。

 まぁ、どうやら花陽さんには白米ロス(悲しい現実)が待ち受けていたらしいけど。これも自分らしさなんだと思うのだった。

 

 そして、自分らしさを取り戻したお姉ちゃん達のライブ。もちろん何度も見ていたけどね?

 この話をお姉ちゃん達から聞いたあとに再び見直して、このライブに隠された自分らしさの意味を知ることになったのだった。

 

♪♪♪

 

 あのライブには2箇所のロケ地が使われている。

 1つは高層ビル群をバックに作られた、夜景の()える華やかで豪華なステージ。

 もう1つは対称的に、自然が(あふ)れる公園の草原。昼間に撮影された暖かい感じの場所。

 

 私は最初のステージを見て『ラブライブ! 第2回大会』全国大会決勝のステージを思い浮かべた。

 そして、もう1つの草原は9人が揃って初めてライブを披露したオープンキャンバスでの『学院のグラウンド』を思い浮かべた。

 そして、その2つの場所を交互に繋いでいる演出。だけど衣装は同じ。

 つまり、9人が揃ってから、スクールアイドルの頂点に輝くまで。

 お姉ちゃん達のこれまでの時間を意味するんだと思った。だけど衣装を統一しているってことは――

『自分達はずっと自分達らしく歌って踊っている』

 2箇所の対称的な場所を繋げることで――

『どこでだって自分達らしく歌って踊り続ける』と言うことを伝えたかったんじゃないのかな? 

 

 そして、小道具として使われた扇子。そこから発せられた、光が描く線。

 あれは編集で加工されたのかも知れないんだけどね? 中継なんだし。そこは重要じゃないから追求しないけど。

 あの描かれた線は、もしかしたら『ファンとの繋がりの具現化の光』もしくは単純に『インターネット回線の光』なんだろうと思った。

 そしてハートはファンからの愛。自分達からの愛。そう言う意味が込められているような気がする。 

 つまり、あのライブで伝えたかったことは――

 どんな時でも、何処ででも。自分達は自分達らしく歌って踊る。

 それは見ている人が、目の前にいても、遠くにいても。精一杯の愛を、ファンの元へ振りまく。

 たとえ出会いが必然でも、偶然だとしても――

 いつだってファンの人達の愛を受け取って、自分達の愛を送って。

 そうして、お互いが繋がっている。そんな、みんなでつくりあげているステージ。みんなで叶える物語。

 それがお姉ちゃん達、国立音ノ木坂学院スクールアイドル μ's の自分達らしいライブなんだ。 

 私はお姉ちゃん達のライブに込めた想いを、そんな風に感じたのだった。

 

♪♪♪

 

 まぁ、お姉ちゃん達は海外で経験したことにより、常に自分らしく振舞うことの大切さを学んだのだろうけど?

 生憎、私達はお姉ちゃん達から話を聞いただけ。実際に体験した訳じゃない。

 それは海外だけの話じゃなくて、体験(・・)と言う意味では大会の話でもあるんだよね。

 ずっと夢見ていたラブライブ! の大会。舞い上がるなと言われても舞い上がっちゃうから。

 それでも、目の前に冷静な対応をしているお姉ちゃん達(経験者)を見て、温度差の違いと言うか――

 改めて、スクールアイドルとしての器の差と言うものを知って、私達は自分達の未熟(みじゅく)さを実感して恥ずかしくなっていた。 

 私達は恥ずかしさを隠すように、苦笑いを浮かべながら椅子に座るのだった。

 

♪♪♪

 

「それじゃあ、時間もないことだし始めるね?」

 

 私達が椅子に座ると、反省会が花陽さんの言葉で開始された。

 とは言え、本当に反省会をする訳でもなく――何となく世間話をしていただけなんだけどね?

 だけど、それで良いんじゃないかなって思う。

 だって私達はプロじゃないんだもん。あっ、別に反省しなくて良いって話じゃないからね?

 と言うよりも、プロの人も同じだと思うんだよね? いや、わからないんだけど?

 反省は個人でするもの。自分で課題を見つけて、自分で解決するもの。

 誰かに発表するものでもないんだと思うから。

 きっと、全員が昨日の時点で反省しているんだろう。

 そして各自で課題を見つけて、明日からまた頑張るだけ。誰かの為じゃなくて自分の明日の為なんだもん。

 正直、改めて話し合う必要はないのだと思う。

 だったら、何の為に集まったのか――きっと区切り(・・・)をつける為なんだろう。

 昨日はライブが終わって、慌しく解散したからね。それに私達は初めてのライブで気持ちが高揚(こうよう)していたから。

 1日経った今日。落ち着いた気持ちで、改めて全員が揃うことで、ライブが無事に終了したって。やりきったって実感する――

 つまり、気持ちの整理をする為に集まったんだろうって思っていた。

 だから、練習の話も出ない。と言うよりも、スクールアイドルの話すら出ていない。

 本当の世間話と笑い声が部室内に響いていたのだった。

 

「……ところで?」

「はい」

「忘れないうちに言っておこうと思って……昨日のライブで歌った歌詞は何かに書いてあるのよね?」

「はい! ……あっ、教室にありま――」

「別に今必要な訳じゃないから、持ってこなくても問題ないわよ? 明日、部室に来た時にでも貸してもらえると嬉しいわね?」

「……はい」

 

 世間話と言う名の他愛のない会話が部室内を包む中、真姫さんが唐突に私達へと声をかける。

 私が返事をすると、昨日の私達がライブで歌った、あの曲(・・・)の歌詞の話を始めた。

 昨日のライブで歌った歌詞。私達3人で言葉を繋いで作った私達の歌詞。

 それは以前、真姫さんに出された課題なのだった。

 そして、その時に「できたら歌詞を持ってきて? 曲を作ってあげるから」と言ってくれていた。

 自分達の初めての歌詞。そもそも見ないで歌う(覚える)必要もあるから、各自がノートに書いて持ち歩いている。

 まぁ、ライブは終わったんだけどね?

 真姫さんに言われた言葉を受けて、私は作曲するのに歌詞を渡していないことに気づく。

 だから持ってこようと思って慌てて立ち上がると、苦笑いを浮かべた真姫さんに優しく止められた。

 私達は期限を(もう)けられていた訳でも、急いで作れとも言われていない。

 あくまでも『できたら』と言う話だった。つまり慌てて持ってくる必要はなかったんだよね。

 本当に『忘れないうちに言っておこうと思って』言っただけなんだろう。

 まだ大会への意気込みが解けていなかったのかな? なんてね。

 私は恥ずかしくなって、返事をしながら(うつむ)いて席に座るのだった。

 

 そんな風に、私達の歌詞の話以外は他愛のない世間話が中心だった反省会も――

 昼休みの終わり間近になると、花陽さんの声かけで幕を閉じた。

 その後は各々(おのおの)の教室へと普通に戻っていく。ごく普通の学院生活の1コマのような昼休みの風景。

 まさか学院の講堂とは言え、非日常的で夢のようなステージを体験した私達。

 それが1日前だとは思えないくらいの日常。

 だけど、それが良いのかも知れない。ううん、それで良いんだよね?

 だからこそ、もう1度立ちたいと思えるんだ。もう1度体験したいと願って頑張れるんだと思うから。

 何気ない日常に包まれながら、私は新しい夢のようなステージを思い描きつつ、自分達の教室へと戻るのだった。




Comments 海未

反省会とは名ばかりでしたね? 
ですが、これも1つの部活動だと思っておいてください。

そうですか……私達の態度を、そう感じてくれていたのですか。
海外の怖さ。いえ、あれは穂乃果が悪いのです!
ま、まぁ、あの後で本人も海外の怖さを理解してもらえましたし、
誰もいない時に、私の背中にコツンと頭を預けて――
「本当にごめんね?」と謝っていたので、まったく気にしていませんよ。

昨日の歌詞。
真姫が作曲してくれるようなので、楽しみですね。


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活動日誌18 わんだふる ・ らっしゅ! 1 『まきりんぱな』

「失礼します」

「あれ? 雪穂ちゃん――それに亜里沙ちゃんと涼風ちゃんも? お疲れ様」

「「「お疲れ様です」」」

 

 その日の放課後。

 HRを終えた私達は部室まで来ていた。

 真姫さんは明日でも良いと言ってくれたけど、やっぱり今日渡せるんだったら今日のうちに渡しておきたかったから。

 まぁ、今日は部活がお休みだから、誰も来ていないんだろうなって思っていたんだけど。

 何となくね? 気分的に早く渡したかったのかな? そんな感じ。

 私達が中に入ると、花陽さんが椅子に座って、何かを書いているのが目に入った。

 私達に気づいた花陽さんは、笑顔で声をかけてくれる。私達も声をかけて花陽さんの(そば)へと近づくのだった。

 

「…………」

「ん? あぁ、これ? これは……アイドル研究部としての(・・・・)活動日誌だよ? 一応、部長だしね。昨日のライブの活動記録をまとめてあるんだよ?」

「そうなんですか? 部長って大変なんですね……」

「と言っても、ライブとかイベントがある時にだけ書いているから別に大したことはないんだけどね?」

 

 私達は花陽さんが何を書いているのか気になったので、花陽さんに近づいて眺めようとしていた。

 そんな興味津々(きょうみしんしん)な新入部員3人の好奇心(こうきしん)の眼差しに、苦笑いを浮かべながら花陽さんは何を書いているのかを教えてくれるのだった。

 活動日誌――そう、私の今書いているコレ(・・)も活動日誌。

 基本、部員全員が自主的に各自で書いている。それに対して、読んでくれた他の部員がコメントを()せてくれている。

 だけど、これは別に交換日記のようなものじゃない。(れっき)としたアイドル研究部の財産なのだと思う。

 あっ、もちろんプライベートな話を書いた活動日誌もあるんだけどね?

 私だって書いてはいるけど、それは別のノートだし、本当に交換日記みたいなことしか書いていないから。

 恥ずかしいから、どんなことを書いているかは内緒! なんてね。

 

 そう、アレは本当に個人的な日記みたいなものだから、卒業を機に自分達で思い出として大切に持ち帰ることになっているみたい。

 実際に絵里さん達は持ち帰ったみだいだしね。

 でも、この活動日誌はアイドル研究部に在籍している私達の『活動記録』のようなもの。

 なので、コレに関しては活動を終了した時点で、部室の棚に保管されることになっている。

 だから、絵里さん達3人の活動日誌は部室の棚に保管されていて、私達がいつでも自由に閲覧(えつらん)できるようになっているのだ。

 つまりね? この活動日誌は現在の部員が読む為じゃない――

 これから入部してくる新入生(次の世代)の子達への先輩からの記録なんだよね?

 私や亜里沙や涼風にとっての絵里さん達や、次の世代の子達にとってのお姉ちゃん達3年生。

 その場にいない子達にも、その頃に何があったのか。どんな活動をしていたのか。

 何を考え、何を思い、何を目指して頑張っていたのか。

 そんなことを伝えたくて、私達はこの日誌を書いているんだ。

 これも、音ノ木坂学院アイドル研究部の『託した想い』なのだろうね。

 

 そして、私達も書いているこの活動日誌とは別に――

 部長の花陽さんは、アイドル研究部()活動日誌として、学院への提出用の日誌を書いているのだった。

 まぁ、学院の部活動な訳だし? ライブなどの報告は学院にも提出するのが義務(ぎむ)なんだろうけどね。

 自分の活動日誌だって書いているのに、別に書かなくちゃいけないのは大変だなって思って、花陽さんに素直な感想を告げる。

 花陽さんは私の言葉を受けて、苦笑いを浮かべて答えるのだった。

 実際に花陽さんの書いている日誌を見せてもらったんだけど、確かに簡潔(かんけつ)にライブの報告だけが書かれていた。

 学院も事後報告(じごほうこく)が欲しいだけだろうし、あくまでも部活動の資料として残したいだけなんだろう。

 実際に、ライブとかイベントがある時にだけ書けば良いんだろうしね。

 真面目(まじめ)でマメな性格の花陽さんだから、そこまで大変だと思っていないのかも? なんてね。

 とは言え、自分の日誌を書いた上で別に書くのは普通に大変だろうなって思いながら、花陽さんが書き終わるのを眺めていたのだった。

 

♪♪♪

 

「……うん。おしまいっと……ところで、雪穂ちゃん達は何しに来たの?」

「――えっ? ……あっ! ……あの、今日って、真姫さんは?」

「真姫ちゃん? ……あぁ、詞を持ってきたの?」

「は、はい……なんか早く渡したかったので」

「そっか? でも、真姫ちゃん……今日は用事があるからって、HR終わったらすぐに帰っちゃったんだよね」

「そうなんですか? …………」

「――えっ? ……あ、あのねっ? ……え、えっと……そのぉ……だ、だ、誰か――」

「――あっ、いえ……来ていたら渡したいなって思っただけなので」

「――あっ、そうなんだ?」

 

 花陽さんは日誌を書き終えると、ペンを置いて日誌に目を通している。

 学院への提出だからなのか、性格なのかはわからない。

 ――もしかしたら、アイドルへの情熱スイッチが入っているのかも? なんてね。

 けっこう真剣にチェックをしているから、何故か私達も固唾(かたず)を飲んで見守っていた。何で!?

 ま、まぁ、そんな雰囲気だったんだよ? たぶんね。

 そんな風にチェックをしていた花陽さんが日誌から目を離し、フッと表情を(やわ)らげて、私達を見ながら何をしに来たのかを訊ねてきた。

 今日の部活は休み。昨日の時点で連絡もあったし、昼だって集まっているんだから知っているはず。

 なのに3人して来ているから、何か目的があるのかなって疑問に思ったらしい。

 固唾を飲んで見守っていた私は、急に声をかけられて一瞬驚いて目的を忘れそうになったけど、当初の目的を思い出して花陽さんに真姫さんの所在(しょざい)を訊ねるのだった。

 私の言葉を受けて花陽さんは、すぐに作詞の話だと気づいたみたい。まぁ、昼に話していたのを聞いているしね。

 そして申し訳なさそうに真姫さんが帰ってしまったことを伝えてくれた。

 私達も別に来ているなんて思っていなかったし、真姫さんが来ていたら渡そうってくらいにしか思っていなかったのに!

 隣で聞いていた亜里沙が、いつもの(・・・・)表情で聞いちゃうもんだから!!

 花陽さんが途端(とたん)に困り果ててオロオロしだしちゃったじゃないっ!?

 海未さんや真姫さんや私には通じた亜里沙のアレ(・・)も、花陽さんには逆に強すぎたみたい。

 涙目になって困る花陽さんは、パニックに(おちい)ったらしくダレカタスケテー(例のアレ)を叫ぼうとしていた。

 それに気づいて、亜里沙の方が(あせ)り出して、苦笑いの表情で普通に話を続けたのだった。

 すると、安心して花が咲いたように微笑みながら、花陽さんは納得してくれていた。

 ――まぁ、亜里沙も今回のことで学習して、あの表情を控えてくれると嬉しいんだけど? それはないのかな? 亜里沙だし。なんてね。

 

「あっ、それじゃあ私達はこれで失礼しま――」

 

 とりあえず、真姫さんが来ないのなら私達が残る必要はない。

 私は亜里沙と涼風に目配せをして、花陽さんに声をかけて帰宅しようと思っていたんだけど。

 

「――かーよちんっ! かえろっ?」

 

 勢いよく部室の扉が開かれたかと思うと、外の世界を遮断(しゃだん)していた長方形の空間がくり抜かれたかのように――扉と認識していたその場所は、廊下の風景へと切り替わり、新たに切り替わった風景の真ん中に凛さんの姿が映し出されていた。

 ――刹那(せつな)、彼女は扉が閉まる勢いを利用したかのように、中に突進しながら花陽さんに声をかけたのだった。

 まぁ、ただ普通に――あくまでも凛さんにとっての(・・・・・)、いつも通りなんだけど。なんてね。 

 花陽さんを呼びに来ていただけなんだけどね?

 だから普通に『呼びに来た』で説明は済んじゃうんだけど――ほら? 私達、作詞が楽しいって思えるようになっているからかな?

 色々と表現を模索(もさく)してみようと思ったんだよね。それだけ。

 

「「「お疲れ様です!」」」

「あれ? 雪穂ちゃんに亜里沙ちゃんに涼風ちゃん、お疲れ様ニャ!」

「ちょと凛ちゃん……扉は静かに開け閉めしようね?」

「ごめんニャ……ところで、真姫ちゃん知らない?」

「えっ、さっきHR終わってすぐ帰ったよ? どうしたの?」

「うーん。真姫ちゃん、生徒手帳を落としていたんだよねぇ? ――」

「そうなの?」

「――うん! 一昨日の(・・・・)放課後にっ!!」

「りぃーんちゃーぁん?」

「だ、だぁってぇ……見つけた時には真姫ちゃん帰っちゃったあとだったしぃ、昨日はライブに集中していたしぃ、今日はぁ……すっかり忘れていたニャ!」

「――凛ちゃんっ!」

「……ません!」

「いや、穂乃果ちゃんいないから……」

 

 凛さんに声をかけた私達に気づいて声をかけてくれた凛さん。

 そんな凛さんを、母親が小さな娘に言うような雰囲気を(まと)った花陽さんが(さと)していた。

 うん。お姉ちゃんを諭すことりさんみたいに。なんてね。

 だけど花陽さんの諭しなど軽くスルーして、真姫さんの所在を訊ねる凛さん。

 どうやら生徒手帳を落としていたんだって。一昨日の放課後に!?

 さっきとかなら普通に流せるんだろうけど、昨日ですらない一昨日だってことに、花陽さんは怒気を含んだ声色で凛さんに声をかけた。

 そんな花陽さんの声に焦った表情を浮かべて、必死に弁解をしようとした凛さんだったけど。

 最後には、あっけらかんと笑顔で忘れたことを伝えちゃうもんだから、花陽さんの大目玉が飛んでくるのだった。まぁ、さすがに今のは凛さんが悪いよね? 

 すると凛さんは突然、空中でテーブルに指をついているようなポーズを取り、神妙(しんみょう)な顔つきで頭を下げながら言葉にした。

 ――はい? 「ません」って何??

 そんな凛さんに向かい、真姫さんが良く浮かべるような呆れた表情で声をかける花陽さん。

 お姉ちゃんがいない? 何のこと??

 疑問に思った私の表情に気づいたのか、花陽さんが優しく教えてくれたのだった。

 



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活動日誌18 わんだふる ・ らっしゅ! 2 『まきりんぱな』

 どうやら、まだ絵里さんと希さんが加入する前の7人だった頃。

 お姉ちゃん達は『ラブライブ!』の第1回大会が開催されることを知った。

 そして、エントリーする為には学院の許可が必要らしくて、理事長室へ直談判(じかだんぱん)に行ったらしい。

 ほら? 絵里さんに言っても「認められないわぁ」って言われるだけだからって。

 あっ、これは凛さんとにこ先輩が言っていたんですよ? 私は話を聞いただけですからね! 信じてくださいね? 絵里さん。

 そんな感じで理事長室へ向かったんだけど、運の悪いことに絵里さんと希さんに鉢合わせたみたい。

 当然、生徒会長の絵里さんは認められないわぁ(猛反対)をしていたらしいんだけど、理事長先生がエントリーに必要な学院の許可を出してくれた。

 その際に『テストでの赤点者を出さないこと』と言う条件が出された。

 まぁ、学業を(おろそ)かにして、学院の為のスクールアイドル活動を始めるのは本末転倒だしね?

 元々スクールアイドルをしてもらう為に入学している訳でもないんだし。

 それこそ、赤点なんて取っていたら絵里さんが完全に許すとは思えないもん。なんてね。

 その話を理事長先生から聞かされた時に、ことりさんは「そんなことある訳ないよ」と笑っていたんだけど?

 お姉ちゃんと凛さん――それに、にこ先輩はその場にカックリと項垂(うなだ)れていた。

 そう、3人とも苦手教科があって、赤点になる可能性があったみたい。

 そんな事実を知った時に、お姉ちゃんが海未さん達に対して、テーブルに指をついて神妙な顔つきで頭を下げながら――

「大変申し訳ありません!」と言ったらしいんだけど、その横で即座に「ません!」と繋いで言っていたんだって。

 確かにお姉ちゃんの直後に言ったのなら適用する――いや、するのかな? まぁ、するとして!

 いない場所で単独に使って適用される訳もなく、ただ花陽さんに怒られるだけだった。

 とは言え、そこは花陽さんですからねぇ? それに凛さんも反省しているみたいだったし。

 お姉ちゃんを怒ることりさんみたいな雰囲気のおかげで、私達もほのぼのしながら眺めていられたのだった。

 

♪♪♪

 

「……ねぇ? 雪穂ちゃん達は、これから時間空いてる?」

「「「――えっ?」」」

 

 凛さんへのお説教を終えた花陽さんは、突然思いついたような表情で私達を見つめると、このあと時間が空いているかどうかを訊ねてきた。

 花陽さんの言葉に驚いた私達は、お互いに見つめ合い(うなず)くと――

 

「はい、大丈夫です……何かあるのですか?」

 

 代表して涼風が答えて、このあとに何があるのかを訊ねた。

 そうしたら、花陽さんは笑顔で――

 

「うん……これから真姫ちゃんの家に行ってみない?」

 

 そんなことを提案するのだった。

 えっ? 真姫さんの家?? 私達が!?

 さっきと違う意味で顔を見合わせる私達に――

 

「ほら? 私達、これから真姫ちゃんの家に、生徒手帳を届けないといけないからね?」

「……えっ? かよちん届けてあげるの?」

「凛ちゃんが! ね?」

「……そうだったニャ」

「……だから、もし良かったら一緒に来ない? 詞を渡したいんでしょ?」

「でも、お邪魔(じゃま)では?」

「もちろん、本人がいなければ帰るんだけどね?」

「いえ、花陽さん達のお邪魔なのかなーって」

「あぁ、そっち? 別に邪魔だなんて思わないよ」

「……そう言うことなら、ご一緒します」

「うん! それじゃあ帰ろっか?」

 

 優しく理由を教えてくれた。

 花陽さん達は落とした生徒手帳を渡す為。私達は詞を渡す為。

 どうせ自分達も行くのだから、一緒に行こうと言ってくれたのだった。

 とは言え、花陽さん達にとっては友達だけど、私達にとっては先輩だから。

 いくら部活の先輩だからって、急にお邪魔するのはどうなんだろうって思っていた。

 だから、涼風がお邪魔じゃないかと訊ねたんだけど、花陽さんは家の人へのお邪魔だと思ったらしい。

 花陽さんの言葉を受けて、亜里沙が花陽さん達のお邪魔になるのでは? と聞いてみると、納得したような笑みを浮かべて、問題がないことを伝えてくれた。 

 隣で聞いていた凛さんも笑顔で頷いてくれていたので、私達は顔を見合わせて無言で頷く。

 私の表情も2人と同じだろう。2人は初めて訪れる真姫さんの家に期待が(ふく)らんでいる表情でお互いを見つめていたのだった。

 花陽さんと凛さんに、私が代表で答える――連れて行ってもらいたいことを伝えた。

 そんな私の答えを聞いて、笑顔で頷いた花陽さんは席を立ち上がると鞄を持って、私達に声をかけるのだった。

 

♪♪♪

 

 部室の戸締(とじま)りを終えて、部室の鍵を返却する為に花陽さんと凛さんは職員室へ立ち寄る必要がある。

 その為、私達は先に――ごめんなさい。私達は教室へ向かったのだった。

 いや、だって部室にはノートしか持ってきていなかったからね。

 ほら? 真姫さんがいれば、渡すだけだし? いなければ、すぐに戻ってくるだけなんだから。

 鞄はロッカーに入れっぱなしだったんだよね。

 そんな理由から、私達は先に昇降口で靴を履き替えて、花陽さん達とは校門で落ち合うことに決めていたのだった。

 

「…………」

 

 私達は自分達のロッカーの前まで来ると、それぞれのロッカーを開けて自分の鞄を取り出す。

 私は鞄を開けると、手に持っていたノートを鞄の中にしまうのだった。

 今日は体育も部活もないから普段よりも隙間のある空間。

 もちろん勉強道具とかは入っているけどね?

 そんな、鞄の中に立てて並べられている背表紙達の間に手を入れて、私はノートを差し込む場所を探していた。だって、このノートには入れる場所があるのだから。

 指を動かして背表紙達を移動していた私の目に、少しくたびれたノートの背表紙が映りこむ。

 まだ入学して1ヶ月くらいしか経っていないから、周りの教科書もノートも真新しい背表紙ばかり。その中に紛れている、くたびれた背表紙。

 私は一瞬だけ、そのノートを眺めると手に持っていたノートを隣に差し込むのだった。

 だけど、このくたびれたノート。実は周りの教科書やノート達よりも私と過ごしている時間は短いんだよ。

 別に粗末に扱っている訳ではないんだけどね? ただ、私と一緒にいる時間が、そうさせているだけなんだよ。

 私はその、くたびれたノートに「お疲れ様……今日はゆっくり休んでね?」って思いをこめた微笑みを浮かべてから――

 隣に入れた新しいノートに微笑みを浮かべて鞄を閉めるのだった。

 

♪♪♪

 

 校門で落ち合った私達は、花陽さんと凛さんの誘導で真姫さんの家を目指して歩いていた。

 

「……そう言えばさ?」

「なぁに、かよちん?」 

 

 そんな道すがら、唐突に思い出したかのように花陽さんが凛さんに声をかけていた。

 花陽さんの言葉に凛さんが呼応すると――

 

「真姫ちゃんの生徒手帳って何処に落ちていたの?」

 

 不思議そうな表情で、そんなことを訊ねるのだった。

 その質問に対して凛さんは――

 

「んーとねぇ? 確か……凛達のライブのチラシが置いてあった机の下だったような……?」

「……プププッ! クククッ……あはは」

「――ど、どうしたんですか?」

 

 記憶を呼び戻すように空を(あお)いで、生徒手帳が落ちていた場所を教えてくれた。

 それを聞いていた花陽さんが突然、何かを思い出したように笑い出す。前触れもない笑いに驚いた涼風は、花陽さんに心配そうな表情で声をかけていた。

 すると――

 

「あはは……あっ、ごめんね? 去年のことを思い出しちゃって……」

 

 目尻に溜まった涙を人差し指で(ぬぐ)いながら、花陽さんが答えてくれたのだった。

 

「あのね? 実は去年の……穂乃果ちゃん達が作ったスクールアイドル募集――と言うより、最初に作ったライブ開催や名前募集にペンで訂正しただけ(・・・・・・・・・)のポスターなんだけど」

「あはははは……」

「ファーストライブが終わってからね? ちょうど去年の今頃かな? まだ私も憧れてはいたけど、踏み出す勇気がなかった頃なんだけどね。ちょうどポスターの貼られている場所の前に置かれた、募集用のチラシが置いてあった机の前にいた真姫ちゃんを見かけたことがあったの」

「はい……」

「もちろん、当時は全然話したことがなかったし、私もこんな性格だから……立ち去るのを隠れて見ていただけなんだけど」

「はい……」

「立ち去ったあとにチラシの前まで行ったらね? 廊下に落ちていた真姫ちゃんの生徒手帳を見つけたんだ?」 

「そうなんですか?」

「うん。それで、ないと困ると思ったから職員室で住所を聞いて届けに行ったの……あっ、その帰りにお母さんにお土産買って行こうと思って立ち寄った和菓子屋さんに穂乃果ちゃんが居たんだよ?」

「……あー、あの日だったんですね? ……あの時は大変お見苦しいところをお見せして」

「う、ううん……私が訳もわからずに勝手に開けちゃったんだし……あの時はごめんね?」

「……? ねぇねぇ、雪穂ぉ? 何の話?」

「――何でも良いのっ!」

 

 途中まで思い出話をしてくれていた花陽さんに相槌(あいづち)を打っていた私達だったけど、ちょうど初めて花陽さんが私の家――お姉ちゃんの家に来た日だったみたい。

 思い出したように話を繋いでいたので、私はあの日を思い出して、恥ずかしくなって顔を赤らめて謝罪した。

 すると、花陽さんは苦笑いを浮かべて謝罪を返してくれたのだった。

 そんな2人のやり取りを聞いていた亜里沙は、私に何があったのかを訊ねてきたんだけど。

 あんな恥ずかしいことを話せる訳ないじゃん! 

 だから強引にでも話を切り上げようとしたのだった。

 まぁ、私の気迫(きはく)に押されたのか――真っ赤な顔で焦って言ったから察してくれたのか。

 それ以上言及(げんきゅう)されなかったんだけどね? 思い出すだけでも恥ずかしいな。

 そんな私の表情を見て、優しく微笑んだ花陽さんは言葉を繋げるのだった。

 

「それでね? その日に真姫ちゃんの家にお邪魔して……色々話をして……穂乃果ちゃん達に会って……それで凛ちゃんと真姫ちゃんに背中を押してもらって、私は μ's に入ることが――アイドルになることができたんだよ?」

「かよちん……」

 

 花陽さんは嬉しそうに、そして感謝の気持ちのこもった微笑みを凛さんに向けて――その後、少しだけ遠くを眺めてから、私達に話してくれた。

 きっと真姫さんとお姉ちゃん達に想いを()せていたのだろう。

 そんな微笑みに、満面の笑みで返していた凛さん。

 そして、そんな暖かい空気に包まれて微笑みを浮かべていた私達。

 私達の知らない花陽さん達の話を聞きながら、真姫さんの家を目指して歩いていたのだった。




Comments 花陽

今日はお休みで、誰も来ないって思っていたからビックリしちゃったよ。
でも、良いタイミングだったのかもね?
せっかく部活の仲間になれたんだし、先輩の家にもお邪魔するのは良いことだと思うよ?

……とは言っても、私じゃなくて真姫ちゃんの家なんだけどね?
その内、私の家にも招待するから遊びに来てね?
あっ、でも……ちょっと待ってて?
うん。新米の美味しい季節になったら遊びにおいでね?
美味しいホカホカでツヤツヤの新米をご馳走するから!

とりあえず、真姫ちゃんの家の訪問を楽しんでいてね?


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活動日誌19 ベイビー ・ めいびー ・ コイのぼたん! 1 『まきりんぱな』

「…………。……さぁ、着いたよ?」

「「「…………」」」

 

 先頭を歩く花陽さんが当たり前のように、通い慣れているように、自分の家に着いたように足を止める。

 そして、一瞬だけ横を向きながら、懐かしむような、久しぶりに我が家に帰って来たような笑顔を見せて――私達に振り向きながら、優しい笑顔を浮かべて声をかけてくれた。

 私と亜里沙と涼風は声をかけられて、最初に花陽さんが視線を移していた方向に目を向ける。

 私達は視界斜め前方に見える真姫さんの家を見て、思わず言葉を失っていた。

 ううん、絶対にお屋敷だって言わないと――

「あら? あなたはこの規模でも『家』としか言えないほどに表現力が貧しいのかしら? それとも何? わたくしのように! 逆にお城のような豪邸にでも住んでいるから『家』としか言えないのかしらね? おーほっほっほぉ」

 なんて、アニメなんかで良く見かける高飛車お嬢様(・・・・・・)に鼻で笑われそうなくらいの、建物を目の当たりにして唖然(あぜん)としていたんだよね。

 いや、私の周りに高飛車お嬢様なんていないし、単なる想像でしかないんだけど。

 何故か、そう言われそうなイメージが頭の中に浮かんでいたんだよ。たぶん。

 

 残念ながら、私の周りにはこんなお屋敷に住んでいる知り合いはいない。

 まぁ、唯一可能性のありそうな知り合いは、私の隣で私と同じように口を開けて――

 今にも声になりそうな『ハ』の口をしながらお屋敷を見ているんだけど?

 でもほら? 今の家じゃなくてロシアの家(生家)の方だし、日本とは物価も土地の広さも違うからね?

 比較できる訳もないのだった。

 そもそも飛行機代が高いから、実物なんて(おが)んだこともないし?

 単純に『広い家』と『お屋敷』では違うんだろうけど。なんてね。

 まぁ、要は公共施設でしか見たことのない規模の大きな建物が、個人の所有地だってことに唖然としていたんだよね。つくづく私達って庶民なんだって思う出来事なのだった。

 

『……はーい?』

「ご無沙汰(ぶさた)しています。小泉です」

『あら、花陽ちゃん? ちょっと待っていてね?』

 

 花陽さんが門のところのインターホンを押した――お屋敷だからね?

 私の家と違って『玄関ガラガラ、ごめんください!』では済まないんだよ。

 しばらくして、インターホンのスピーカーから声が聞こえてきた。

 たぶん真姫さんのお母様なのだろう。私も実は何度か見かけたことがあった。

 とても綺麗なお母様なんだよねぇ。

 まぁ、うちのお母さんも美人だと思う――い、いや親子だから自分も美人だって言っている訳じゃないんだよ? 

 そうだよ。お姉ちゃんなら、ともか――い、いやいや、姉妹だから自分も美人だって言っている訳じゃないんだから!?

 何言ってんだろ、私――誰もそんな風に思っていないのにね? 自分の母親を例に出すからダメなのかな?

 ことりさんのお母様――理事長先生なんだけど、先生も美人だし、私の周りには美人な母親が大勢いる。

 お母様が綺麗なんだから、当然娘も綺麗な訳で。

 結果、私の周りには綺麗な人が多いのだった。私以外!

 なんか、前に日誌に書いていた1年生の間で行っていたランキング。あれで私が断トツの1位だって涼風が言っていたんだけど?

 どうせ単なる、お姉ちゃんの威光なんだろうと思うしねぇ。私なんて大したことはないんだと思う。

 ――って、(むな)しくなるから先に進めよっと!

 

「花陽ちゃん……あら、凛ちゃんも来てくれたの? いらっしゃい」

「お久しぶりです、おば様」

「お久しぶりですっ!」

「うふふ。凛ちゃんは相変わらず元気そうで、おばさん嬉しいわ」

「あ、ありがとうございますぅ」

「うふふ……それと?」

「あっ、この子達は新入部員の……」

「高坂 雪穂です!」

「絢瀬 亜里沙です!」

「高町 涼風です!」

「そう、あなた達が……。真姫ちゃんが良く話をしてくれるから、会ってみたいと思っていたの。とっても良い子達だって()めていたわよ?」

「「「……あ、ありがとうございます!」」」

 

 私がそんなことを考えていると、玄関のドアが開いて、真姫さんのお母様が門の方へと歩いてくるのが見えた。そして、門を開けて出てくると私達の前に向かい合ったのだった。

 お母様は自然に花陽さんに声をかけると、隣に立っていた凛さんに気づいて声をかけた。

 その言葉に返事を返す花陽さんと凛さん。元気に答える凛さんに、優しい微笑みを浮かべて話しかけるお母様。凛さんは少し照れくさそうに微笑んで、嬉しそうにお礼を伝えていた。

 その後、お母様は――って、私のお母さんでもないのに『お母様』を連呼するのも変だよね?

 実際には花陽さんに(なら)って『おば様』と呼んでいた訳だし。

 

 そんな照れている凛さんに微笑みを浮かべたおば様は視線を、後ろに立っていた私達へと移して声をかけた。

 その言葉に花陽さんが答えて、後ろを振り向き私達へと目配せをする。

 私達は順に自己紹介を済ませるのだった。

 すると、おば様は納得の表情を浮かべながら会ってみたかったことと、真姫さんが褒めてくれていたことを教えてくれる。私達は嬉しくなって――だけど、こそばゆさを感じながら少し赤くなった微笑みの表情でお礼を言ったのだった。

 挨拶を済ませると、その場で少し立ち話を始めていた私達。その時――

 

「……ねぇ、ママ……何かあったの? ――って、花陽と凛……それに、雪穂達も揃って、どうしたのよ!?」

 

 玄関から出てきて門の方まで近づいてきた真姫さんは、おば様を見つけて声をかけたんだけど――

 向かい合っている私達の姿を見つけて、驚きの声をあげるのだった。

 出て行ったっきり、戻ってこないおば様を心配して出てきたみたいなんだけど?

 そこに私達がいたからビックリしたみたい。

 まぁ、私も何で玄関前――ううん。私達って門も通っていない状態だったんだよね?

 そんな場所で立ち話をしているんだろうって思ってはいたんだけど。

 花陽さんとおば様の朗らかな雰囲気に飲まれて、それが当たり前に感じていたのかも? なんてね。

 

「……あっ、真姫ちゃん? お邪魔して――」

「いないじゃないのよ! ……第一、そこは私の家の敷地ですらないんだから……ママも私の親友達(・・・)なんだから、門前払い(・・・・)していないで中へ通してあげてよね?」

「あら、やだ、私ったら……ごめんなさいね? 久しぶりに遊びに来てくれたものだから、つい嬉しくなっちゃって……」

「もぉ、ママってば……いらっしゃい。さぁ、中へあがって?」

 

 門から出て、私達の方へ歩いてこようとしていた真姫さんに声をかける花陽さん。その言葉に食い気味に否定の言葉を言い放って、呆れた表情を浮かべて言葉を繋げる真姫さん。

 確かにお邪魔はまだしていないからね。それに私達の立っていたのは門の外――公道なんだから。

 そして、おば様に向かって呆れた表情のまま声をかける。その言葉に苦笑いを浮かべて私達へと謝罪をするおば様。そんなおば様に優しい微笑みを浮かべた真姫さんは、苦笑いを浮かべて門の方へ手のひらを向けながら、私達を中へと促してくれるのだった。

 

 これは家にお邪魔した後に真姫さんに聞いた話なんだけど、真姫さんの家はお金持ち――

 いや、事実だけどそこは重要じゃないんだよ。それに本人はお金持ちなんて言っていないし。

 これは私の素直な感想ですよ? 真姫さん。

 そう、真姫さんの家は本来、家の中から門のロックの開閉はできるんだって?

 まぁ、そうでもないと、来客の度に門のところまで出て行かないといけないからね。

 だけどおば様がモニターを覗いた時に、訪ねてきたのが花陽さんだと知り、思わず嬉しくなって、わざわざ門の外まで出迎えに来たみたい。

 娘の親友だしね? 花陽さんだしね? 出迎えたくなったんだろうね。

 実は私達が家の前に辿りついた時、おば様は真姫さんと一緒にリビング――

 応接間? お屋敷のことはわかんないもん。私の家で言う居間ってことで!

 そこで一緒にお茶を飲みながら、くつろいでいたんだって。

 そこへ来客を知らせるインターホンの音色が響いたから「ちょっと見てくるわね?」と、おば様がモニターを見に出て行った――ら! 

 一向に戻ってくる気配がなくて、真姫さんは様子を見に来たんだって。

 でも、普通は玄関まで行けば済む――門のロックを解除してあげれば、お客は玄関まで来れるしね?

 なのに、玄関には人影が見当たらない。

 不思議に思った真姫さんが玄関の外まで歩いてくると、門の外に立つおば様の姿を発見した。

 だから、ご近所さんと立ち話でもしているのだろうと思って、何の気なしに声をかけようと近づいたら?

 向かい合って話をしていたのが私達だってことに気づいた。

 花陽さんと凛さんは真姫さんの親友――当然、自分に用があると思うのに!

 何故か当の本人を蚊帳(かや)の外にして、門の外で立ち話をしているものだから、真姫さんも呆れていたんだって。

 そう言う気持ちでいたから、おば様にあんなことを言ったみたい。

 

 実際には取次(とりつ)ぎ――と言うか、単なる世間話をしているだけだから、門前払い(・・・・)ではないんだけどね?

 軽い焼きもちだったんじゃないか? って、凛さんは言っていた。

 まぁ? 凛さんが言い放った直後、隣で聞いていた――真っ赤になった真姫さんにチョップをされて、涙目になりながら頭を擦っていたんだけどね。

 あっ、でもでも! 真姫さんがおば様に言った『私の親友達』って部分は花陽さんも凛さんも嬉しそうに聞いていたんだよ。

 そう言うのって、なんか良いなって思うのだった。

  

 そんな感じで真姫さん達に中へと誘導されながら、私達は真姫さんの家にお邪魔することになる。

 何度か見かけているとは言え、直接接することがなかったから、今日初めて接したおば様。

 見かけている時は綺麗で上品で優雅で、さすがは真姫さんのお母様だなって思っていた。

 あっ! 過去形だからって、その部分が消えたって訳じゃないよ?

 当然、その部分は今でも思っているんだけど。

 それ以上に、かなり気さくな――ううん、お茶目な人みたい。

 だって、玄関へと歩いている時に私が『おば様』って呼んでも良いですか? って訊ねたら――いや、花陽さん達が言っているからって、私達まで勝手に呼ぶのも変でしょ? だから訊ねたんだけど――

「あら、別に構わないけど――せっかくだから『真姫ちゃんママ』でマママ(・・・)って呼んでも良いのよ? ……そうだわ、ついでだから花陽ちゃんと凛ちゃんも、そう呼んでね?」

 なんて言っていたんだもん。

 たぶん私達1年生だけじゃなくて、花陽さんと凛さんも心の中で「お断りします!」って叫んでいたんじゃないかな? なんてね。

 まぁ、代わりに真姫さんが顔を真っ赤にして「やめて!」って言っていたんだけど――

「えー? 良いじゃないの? たくさん娘ができたみたいで、ママ嬉しいんだけど?」

 と、言われてる意味がわかんないと言いたげに聞いていた。

 

「いや、だから――」

「どうして? ――」

「――」

「――」

「……あ、あの? すみません……申し訳ありませんが、おば様と呼ばせてもらいます」

 

 そんな押し問答を、私達そっちのけで始めていた真姫さんとおば様。

 さすがにマママなんて呼ぶのは色々と失礼だと思うし、2人の会話の終わりが見えなかったので――

 蚊帳の外の全員で見つめ合い、苦笑いを浮かべて無言で頷くと、代表して私が苦笑いの表情のまま割って入らせてもらい、遠慮させてもらう旨を伝えたのだった。

 言いだしっぺの私が言うのが筋だしね?

 真姫さんとおば様は私の言葉を聞いて我に返ったようで、苦笑いを浮かべて了解してくれていた。

 とは言え、実際にはおば様は、ずっと冷静だったんじゃないかなって思う。

 ただ、真姫さんに合わせてあげていた(・・・・・・・・・)んじゃないかな? それとも、親子のコミュニケーション? 

 根拠はないんだけど、親の貫禄みたいなものだと感じていたのだった。

  

 そんな真姫さんとおば様が押し問答を繰り広げていた時。

 隣で聞いていた花陽さんがボソッと呟いた「やっぱり親子なんだね?」の一言が気になって、私達は花陽さんへと視線を投げかける。

 すると気づいた花陽さんは小声で――

 

「あぁ、うん……実はね? 私達が μ's に入って最初の練習に参加した朝にね? それまで私……眼鏡をかけていたんだけど、コンタクトに変えてみたの。それとね? それまでって『西木野さん』って呼んでいたんだけど……真姫ちゃんが『眼鏡取ったついでに名前で呼んでよ』って言ってきたんだ。正直、何のついでか理解できなかったんだけど、名前で呼べるのは嬉しかったから特に追求もしなかったんだけどね?」

 

 そんなことを、懐かしむような優しい表情で教えてくれたのだった。

 



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活動日誌19 ベイビー ・ めいびー ・ コイのぼたん! 2 『まきりんぱな』

 そして花陽さんは、おば様が花陽さん達を相手に、高い頻度で『~のついでに~』と言う言い方をするって話をしてくれた。

 真姫さんのお父様は『西木野総合病院』の院長先生。

 おば様は院長夫人であって、女医さんなんだよ。

 だからなのかな? 1日に大勢の患者さんや色々な人達と応対するから、時間短縮と仕事の効率を上げる為に合理的な考えで身についた癖なのかも? なんてね。

 つまり真姫さんの「ついでに呼んで?」は、おば様譲りだったのかな? 

 まぁ、そうだとしても、そうではないにしても、何のついでかが理解できない話だったけど。なんてね。

 でも、真姫さんは本当に花陽さんと凛さんを名前で呼びたかったから、おば様の真似をしたんだと思う。

 せっかく同じメンバーとして活動することになったんだしさ?

 花陽さんと凛さんが仲良く名前で――まぁ、凛さんの場合は愛称で呼んでいるんだけど。

 自然と呼び合っているのに、自分だけが他人行儀なのがイヤだったのかも。

 2人が羨ましかったのかもね?

 私達の場合は、私の方から『涼風』って呼んじゃったんだけど。たぶん、苗字で呼んでいたら涼風の方から「名前で呼んでほしい」って、言ってきたんだろうなって思った。

 だから、きっとその時が名前で呼べるタイミングだと思って、聞き慣れていたおば様の口癖が咄嗟(とっさ)に出ちゃった言葉だったんだろう。なんてね。

 

♪♪♪

 

「……それで、何しに来たのよ?」

 

 私達を家に案内してリビング――で、良いよね!?

 リビングへと通してくれた真姫さんは私達がソファーに腰掛けると、少し怪訝(けげん)そうな表情で来た目的を聞いてきた。

 そうなんだよねぇ? 私達はまだ何しに来たのか伝えていなかったから。

 元々約束していた訳でもないんだし、花陽さん達が親友だから、無条件で招き入れただけだもん。

 何しに来たのかは気になるんだと思う。

 だけど、弱冠ぶっきらぼうな言い方だったことについては、真姫さんらしいから誰も気にしていなかったみたいだよ。

 

「あっ、うん、あのね? ……ほら、凛ちゃん?」

「……真姫ちゃんの生徒手帳を拾ったから届けに来たニャ!」

「――えっ? ……あぁ、凛が拾ってくれたのね? ありが――」

一昨日の(・・・・)放課後に拾ったニャ!」

「……はぁ?」

「あっ、い、いや、そのぉ、ほ、ほら……」

「……その点については私からお説教しておいたから」

「……ふーっ。まぁ、花陽がお説教しているんなら別に良いわ? ……ありがとう」

「あはははは……」

 

 真姫さんの問いかけに、花陽さんが答えると凛さんへと会話を振る。

 凛さんは鞄から真姫さんの生徒手帳を取り出して彼女へ差し出すと、拾ったから届けに来たことを伝えた。

 その言葉を聞いて驚きの声をあげた真姫さんだったけど、実物を見て納得をしながら受け取り、拾ってくれたことへのお礼を伝えようとしたんだけど――

 凛さんが正直に、一昨日に拾ったことを話しちゃうもんだから、怒気を込めた口調で聞き返していた。

 さっき花陽さんにも同じ事をされたのに、再び繰り返す結末――いや、相手は真姫さんだもん。

 凄みは花陽さんの比ではないと思う。

 そう、お姉ちゃんを(しか)る海未さんなのだろう。なんてね。

 まさに蛇に(にら)まれた蛙ならぬ、真姫さんに睨まれた凛さん――なんて書いていたら、私が蛙になっちゃう気がするんだけど?

 でも、少しは怒られてみたいかな? って思うかも。

 い、いや、別にM気質(怒られてゾクゾクする)とかソッチの意味じゃないよ?

 真姫さんにしろ、海未さんにしろ――絵里さんもかな?

 たぶん本当に好きな相手にしか本気で怒らないんだと思うから。ちょっと羨ましかっただけ!

 

 そんな風に睨まれた凛さんは、しどろもどろになって隣の花陽さんに助けを求めていた。

 花陽さんは苦笑いを浮かべて凛さんのフォローをする。

 涙目になっている凛さんと、苦笑いを浮かべる花陽さんを見つめていた真姫さんは、大きくため息をつくと呆れた表情で凛さんに許しを与え、そして笑顔を浮かべて再びお礼を伝えていた。

 真姫さんの許しを得た凛さんは、安堵したように乾いた笑いを返すのだった。だけど――

 

「……と、ところで、中は、その……み、見ては……いない、わよね?」

「中? だって、中見ないと誰のかわからな――」

「学生証の面じゃなくて裏の方……」

「裏? ……凛ちゃん、どう? ……って、凛ちゃん?」

「――な、な、なにか御用かニャ?」

「――ッ! ……ほ・し・ぞ・ら・さぁーん?」

「ま、真姫ちゃん、なんか恐いニャ……」

「……そうよねぇ? 学生証の面だけ見ればぁ? 誰のかなんてぇ?? わ・か・る・わ・よ――」

「そ、そうニャ! 学生証の部分しか見ていないニャ!」

「……そう? なら良い――」

 

 少し顔を赤らめた真姫さんが、唐突に聞いてきたのだった。

 その言葉に疑問を持った花陽さんは聞き返すんだけど――ほら? 確かに中を見なければ、誰のかなんてわからないんだし。

 だけど、その言葉を遮って真姫さんは裏面を見たのかと訊ねる。

 花陽さんはキョトンとした表情で、凛さんに真相を聞こうと視線を向けた。

 実際に、真姫さんの生徒手帳だってことは凛さんが教えてくれた訳だしね。

 だけど、視線を誰にも合わせずに――冷や汗タラタラ、ただひたすら壁をキョロキョロと眺めている凛さんの態度に、疑問を感じて話しかけてみた。

 そんな花陽さんの言葉に驚いて、凛さんは未だにキョロキョロと視線を誰にも合わせず、少し焦り気味に聞き返していたのだった。

 その言動ですべてを悟ったのか、一瞬だけ驚きと赤面の入り混じった表情を浮かべていたけど、すぐに表情を切り替えて――さっきよりも遥かに凄みを増して、冷たい笑顔を浮かべながら問い詰める真姫さん。

 きっと、凛さんが中身を見ていると理解していたんじゃないかな?

 だから、見ていないと言わせるつもり――話を水に流すつもりで脅しにかかっていたのかも知れない。

 そんな気迫(きはく)に飲まれて、たじろぎながら学生証の部分しか見ていないと伝える凛さん。

 凛さんの「見ていない」の言葉に、真姫さんが安堵を浮かべて話を締めようとしていた時――

 

「そうニャ! 凛は学生証の部分しか見ていないニャ! だから、裏面の……9人の写真と、凛とかよちんとの写真の下にあった……この写真だけ大切にラミネート加工までされている――にこちゃんとの(・・・・・・・)2ショット写真があったなんて知らないニャーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「――あんた、それ全部言っちゃっているじゃない! ――って、こら! 待ちなさいっ!」

 

 凛さんが全部を暴露(ばくろ)した上での『見ていない』発言を言い切って逃亡を開始した。

 そんな凛さんを真っ赤な顔で追いかける真姫さん。

 2人が部屋を飛び出して何処(どこ)かへ行っちゃったのを、唖然とした表情で見送っていた私と亜里沙と涼風。

 

「……ふふふ~ん……えっと? あっ、あった……ふふふ~ん……」

「……花陽さん、何しているんですか?」

 

 真姫さん達が出て行った、リビングの扉の方を見つめていた私達の耳に、花陽さんの楽しげな花歌――じゃなくて、鼻歌が聞こえてきた。

 だから気になって花陽さんの方へと視線を移してみたんだけど?

 凛さんから受け取ったけど、その凛さんを追いかけるのにテーブルの上に放り出していった、真姫さんの生徒手帳を手に取って、裏面の写真の入っているページを開いていた。

 ――いや、花陽さん? いくら気になったからって、本人の了承なしに勝手に開いて見るのはマズイのでは? 親友でもさすがに、それは?

 そう思いながら怪訝そうに花陽さんを眺めていると、花陽さんは突然自分の鞄を開けて何かを探していた。

 そして、鞄の中から――自分の生徒手帳を取り出して真姫さんの生徒手帳と同じ場所を開くと、何かを取り出して、それを真姫さんの生徒手帳へと差し込んだのだった。

 正直、何をしているのかが理解できていない私は思わず花陽さんに問い(ただ)してしまっていた。

 ――本来なら見なかったフリをするのが良かったんだろうけど。気になるお年頃と言うことで!

 

 すると、花陽さんは満面の笑顔を咲かせながら――

 

「あぁ、これ? 新しい『にこちゃんと真姫ちゃんの2ショット写真』が完成したから入れておいたの」

「――えっ!?」

「今生徒手帳に入っている写真も、私が作ってあげたんだよ? ほら? アイドルの切り抜きとか画像加工をするついでにね? と言っても、このことは凛ちゃんには話していないんだけど」

「……そうだったんですか」

「でも、ラミネート加工は真姫ちゃんがしたんだけどね?」

「あはははは……」

 

 そんなことを教えてくれたのだった。

 どうやら真姫さんの持っている写真は、花陽さんが作っていた写真だったみたい。

 ま、まぁ、さすがにこれ以上深く話を聞くのもどうかと思ったんで、苦笑いだけを返しておいた。その時――

 

「……お待ちどう様。お茶が入ったわよ? ――って、あら? 真姫ちゃんと凛ちゃんは?」

 

 おば様がお茶を持って、リビングに入ってきた。そして、2人が席を外しているのに気づいて声をかけたんだけど――

 

「あぁ、はい……いつもの(・・・・)です」

「そう? なら、すぐに戻ってくるわね?」

 

 そんな会話が花陽さんとの間で成立していた――って、いつもなの!?

 どうやら、凛さんが来る度に走り回っているらしくて『室内トレーニング』のように思われているみたい。

 もちろん、最初に2人で遊びに来た時には花陽さんも「うるさくして申し訳ありません」って、おば様に謝っていたみたいなんだけど? って、なんか凛さんの保護者みたいだね。

 そうしたら、おば様が――

「走り回れるってことは元気な証拠よ? ただ、怪我(けが)だけには気をつけた方が良いわね? ほら……怪我をしても本職(・・)だから、すぐに処置はできるのだけれど……医者の家で怪我をするなんて……ねぇ?」

 なんて言っていたんで、苦笑いを浮かべていたんだって。

 うーん。広い家だから心も広いのかな?

 それ以降は『いつもの』で会話が成立しているみたい。 

 私の家なんて、お姉ちゃんが「あんこ飽きたー」って騒ぐだけで、お母さんに怒られているのに?

 いや、和菓子屋で『あんこ飽きた』は禁句だからなんだろうけど。なんてね。

 

 とりあえず、おば様の持ってきてくれたお茶を飲みながら、真姫さん達の帰りを待っていると――

 

「……た、ただいまぁ……」

「ぅぅぅぅぅ……」

「あっ、おかえりー。お茶あるよ? ……はい?」

「あっ、ありがと……」

「ありがとニャ……」

 

 リビングの扉が開いて、汗だくで少し息が切れている――そのせいだけではない、顔の真っ赤な真姫さんが、凛さんの首根っこを掴んで捕獲して戻ってきた。

 そう、捕獲なんだよ。   

 だって凛さん、涙目になりながら猫の手をしながら背中を押されて歩いてくるんだもん。

 悪戯(いたずら)して捕まった猫みたいだったし。

 だけど、普段の練習なら数十分ぶっ通しで練習しないと息が切れない真姫さんが数分の追いかけっこで汗だくになって息が切れるなんて――

 ま、まぁ、凛さん相手の障害物競走じゃ無理もないのかも? 

 本当に『室内トレーニング』だったりして? なんてね。

 

 そんな2人に微笑んで自然とお茶を差し出す花陽さん。

 それを受け取りお礼を伝えると、2人は一気に飲み干していた――首根っこを掴んだままで。

 本当に3人の行動を見ていて『いつもの』なんだと実感するのだった。なんてね。

 お茶を飲み終えると、そのままの体勢でソファーに腰掛ける真姫さんと凛さん。

 私達は、そんな2人を苦笑いを浮かべて見ていたのだった。

 

♪♪♪

 

「……ところで、雪穂達は花陽達の付き添いで来たの?」

「――あっ、いえ……作詞を持ってきました!」

「そうなの? ……まぁ、そうだろうとは思っていたんだけど?」

 

 一息ついた真姫さんは、向かい合って座っていた私達を眺めて3人の来た理由を訊ねてきた。

 花陽さんと凛さんは親友であり、生徒手帳を届けに来た。でも、私達が来る理由は見当たらない。

 だって、そもそも今日は部活は休みなんだし、普通なら花陽さん達との接点もないのだから。

 真姫さんの言葉を受けて、私は今日真姫さんの家に来た目的を伝える。

 そうしたら、真姫さんは見当がついていたことを教えてくれた。

 と言うより、それ以外に考えられることがないんだけどね。

 

「……これです」

「――あれ?」

「……?」

「…………」

「? ……ありがとう。さっそく読ませてもらうわね? ……あら?」

「――ッ! …………」

 

 私は鞄を開けて1冊のノートを取り出すと、真姫さんへと差し出した。

 その時、一瞬花陽さんが驚きの声をあげる。私はその声に驚いて振り向いたんだけど、花陽さんが苦笑いを浮かべて首を横に振っていたのだった。



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活動日誌19 ベイビー ・ めいびー ・ コイのぼたん! 3 『まきりんぱな』

 真姫さんも一瞬だけ怪訝な表情を浮かべていた。

 だけど気を取り直して言葉を紡ぐと、手に持っているノートを開く。そして私達の詞が書いてあるページ上を見た瞬間に、驚きの声をあげるのだった。

 私は真姫さんの驚きの声に姿勢を正して、身体を強張(こわば)らせていた。隣に座る亜里沙と涼風も同じように背筋を伸ばす。

 だけど真姫さんは、すぐに何事もなかったかのように、視線だけ滑らせてノートを真剣に見つめ始めた。

 真剣に見つめている途中、時々視線が止まり、微笑みを浮かべる。小さく吹き出し笑いをする。

 そんな表情を不思議に見ていた私達――だって、そこに書いてあるのは『歌詞だけ』のはずなのに。

 

 真姫さんの視線が下の方へ行き着いて、一瞬だけ瞳を閉じる。

 私達はその仕草に固唾(かたず)を飲んで、言葉を待っていた。

 だけど真姫さんが目を開けて私達を見つめ、口を開いて言葉を紡ごうとした瞬間――

 締め切った室内では通るはずのない一陣の風が、真姫さんの手元にあるノートの1ページ目と2ページ目の間を吹き抜けて、フワッと見ていたページを(めく)ろうとしていた。

 だけど風は途中までページを捲りあげると、勢いを弱めて何事もなかったかのように、また元のページに戻っていた。

 何だったのかがわからない私達は、呆然(ぼうぜん)と真姫さんを見つめていたんだけど。

 真姫さんは何かを思うような表情で――おもむろにページを捲る。そして、捲ったページをジッと見つめていたのだった。

 だけど、そのページには何も書いていないんだけど?

 そんな疑問が頭に過ぎっていた時――私の脇腹に、軽く小突(こづ)かれる感触を覚えた。

 私は小突いた方向――隣の涼風を見つめる。涼風は唖然とした表情で真姫さんを見つめていた。

 彼女の表情の意図が掴めないでいる私の脇腹を、今度は反対側から小突かれる感触。

 反対を振り向いて亜里沙を見つめると、涼風と同じ表情を浮かべて真姫さんを見つめている。

 私は2人の表情が気になり、視線の先――真姫さんが見ているノートを凝視(ぎょうし)してハッと気がついた。

 そして、心の中を恥ずかしい気持ちが充満している感覚に(おちい)った。

 そう、私は真姫さんに見てもらうことに緊張して『見せるノート』を間違えていたのだった。

 

 花陽さんの、私がノートを差し出そうとしていた時に驚きの声をあげた理由。

 それは、花陽さんが見たノートとは違うノート(・・・・・)を差し出していたから。

 花陽さんが見た――部室に持っていったノートは、実は今日の休み時間に提出用として別のノートに書き直したモノだった。

 そして今、真姫さんが見ているノートは、私達が3人で言葉を繋いで完成した後に書き上げて練習に使っていたモノ。

 練習で使っているから所狭(ところせま)しと、練習の時に感じたことや考えたことの走り書き――まぁ、他の人から見たら落書きに思えるんだろうけど。

 そんなものが書かれている。

 たぶん真姫さんはソレを見て微笑んだり、吹き出し笑いをしていたのだろう。

 そう、だからキチンと清書して別のノートに書いたのに――緊張して練習用のノートを渡していたのだった。

 本当に緊張していたんだよ? だって、自分達の作詞を見てもらうんだもん。

 だから緊張のあまり、私達は誰もノートの違いに気づかなかったんだよね。

 だけど真姫さんが次のページを捲って真剣に読んでいることで、亜里沙と涼風は違いに気づいた――渡した本人はまったく気づいていなかったんだけどね。

 それを私に教えようと脇腹を小突いていたんだろう。

 

 そして、それが練習用のノートだと気づいた私達は『もう1つの見せられない理由』を思い出して、恥ずかしい気持ちが充満していたのだった。

 

「……ねぇ? 凛、花陽――ちょっと?」

「なに、真姫ちゃん? ……」

「どうかしたのかニャ? ……」

 

 私達が顔を赤らめながら真姫さんを見つめていると、真姫さんがノートから目を離さずに、私達の隣に座る凛さん達に声をかける。

 ――あっ、凛さんはノートを渡した時に解放されて、私の隣に逃げてきたんだよ。

 呼ばれた凛さん達は真姫さんの方へと近寄った。そんな2人にノートを見せる――2人にわかるように捲る仕草をする真姫さん。

 2人は真剣な表情でノートを捲り、2ページ分を見つめていたのだった。

 

「……どう?」

「うん、良いと思うよ?」

「とっても良いニャ!」

「そうよね? ……読ませてもらったわ」

「「「――は、はい!」」」

「それじゃあ――」

 

 ノートを見つめていた2人に、真姫さんが優しく声をかける。その言葉に満面の笑みを(こぼ)して答える2人。

 そんな2人に向かって微笑みながら言葉を紡いだ真姫さんは、私達の方を向いて読み終えたことを伝える。

 私達は緊張しながら返事を返す。そんな私達に優しい微笑みを浮かべて――

 

「この『新しい詞と、もう1つ』に曲をつけることにするわね?」

 

 そう言葉を繋いでくれた。

 真姫さんの言った『新しい詞』と言うのは、昨日のライブで歌った曲。

 それをオリジナルの歌詞に仕上げたもの。

 あっ、元々オリジナルではあったんだけどね? あくまでも『替え歌』だったって話。

 実は替え歌を書き終えて、この曲で練習していた――まぁ、別にライブで披露しようとは考えていなかったんだけど。

 最初は真姫さんに曲を作ってもらう『課題』として書いたものだった。

 だけど、書き終えた時にね? これで良いのかなって思ったんだよね。

 

 ほら? あくまでも真姫さんに曲を作ってもらったら『私達の歌』になる訳じゃん?

 確かにお姉ちゃん達の曲は好きだし、目標なんだけどさ?

 それでも、替え歌に曲を付けてもらうのは違う気がしたんだよね。

 真姫さんだって、海未さんの詞に想いを寄せて曲を作っている訳なんだから。

 歌詞だけ変えた替え歌に、新しい曲をつけてもらうのって失礼な気がしたんだよ。

 だから3人で話し合って、メロディーラインの取れない。

 オリジナルの詞を作り直していたのだった。

 そう、昨日のライブは本当に偶然だから。お客さんの誰もいない最初のライブ――お姉ちゃん達の曲を披露して終わるライブの予定だったから。

 私達は別に、あの歌をみんなの前で。ライブで披露するつもりはなかった。

 あの曲で練習していたのは、お姉ちゃん達だけに見せるだけの為なんだもん。

 お姉ちゃん達のアノ曲への『アンサーソング』であること。

 私達の素直な今の気持ちと少しは成長できているところを見せる為。

 替え歌の方がわかりやすいと思ったから。

 お姉ちゃん達だけの前で、披露しようと思っていたから練習していたんだもん。

 それが、ねぇ? あんな結末になっただけなんだよ。

 

 つまり、昨日の時点で披露を済ませた『替え歌の歌詞』は役目を終えたってこと。

 そして、真姫さんに提出したノートの詞は、私達の本当の意味でのスタートダッシュ。

 完全なオリジナルで綴る『私達だけが歌う』詞になっているのだった。

 

♪♪♪♪♪

 

STOMP:DASH!!

 

作詞:Dream Tree (高坂雪穂・絢瀬亜里沙・高町涼風)

 

 

大きい翼を広げて

遠い空へと羽ばたく

希望の鳥に光が差すよ

 

信じていなきゃダメだね

いつか隣を飛ぶから

今でも感じているんだから (ときめきの鼓動)

 

未来! 繋がれ! 想いの全てを繋げ!!!

希望! 明るい

優しい 光を抱きしめながら 

繋がってる ほら 先を目指し駆け出そう

 

苦しい気持ちに閉ざされて

立ち止まってる僕じゃない

強い夢 いつでも描いていく筈だよ

苦しい気持ちに閉ざされて

立ち止まってる暇はない

ずっと (ずっと) 僕の (今の)

オモイ (さきを) 夢見るチカラ

気づいてるよ…そうさ STOMP!! STOMP!! 未来へ

 

 

虹を見つけたときにね

似ているような気分で

辛さ不安もときめきにしよう 

 

信じていればできるよ

いつか絶対叶うさ

光を信じて進めばね (みんなで進もう) 

 

未来! 笑うよ!! かならず未来は笑顔!!!

希望! 包んでる僕たちをずっと

想い! 掴んだよ!! 届ける想いをすべて!!!

いつか 幸せな

眩しい 光に包まれみんなで 

輝いてる ほら きみの笑顔のもとへ

 

輝く時間を抱きしめて

僕は手を差し伸べる

暗い道 ぼくならきっと連れ出せる筈だよ

輝く時間を抱きしめて

僕は手を 掴むだろう

いつも (いつも) 見てた (君の)

笑顔 (そして) 届ける笑顔

あの場所へ…だから DASH!! DASH!! 一緒に

 

 

いまここに 希望芽生え…   

 

 

苦しい気持ちに閉ざされて

立ち止まってる僕じゃない

強い夢 いつでも描いていく筈だよ

 

輝く時間を抱きしめて

僕は手を差し伸べる

暗い道 ぼくならきっと連れ出せる筈だよ

輝く時間を抱きしめて

僕は手を 掴むだろう

いつも (いつも) 見てた (君の)

笑顔 (そして) 届ける笑顔

あの場所へ…だから DASH!! DASH!! 一緒に

 

♪♪♪♪♪

 

 とは言ってもねぇ?

 新しく作り直すのは時間的にも、気持ち的にも得策(とくさく)じゃないと思っていたから。

 あくまでも、詞の言葉を修正したリメイクって感じなんだけどね?

 でもやっぱり、詞に込めたアンサーな部分は私達の想いなんだもん。

 そこは残しておきたかったんだよ。なんてね。

 

 そして真姫さんの言った、次のページに書かれていた、もう1つの私達の詞。

 作詞が楽しく思えていた私達はオリジナル――この歌詞を書き終えた時に、新しい詞を作ろうと言う結論に至っていた。

 そこで私達は、自分達のユニット名――真姫さん達に託された想いの名前。

 夢の木が歌詞に出てくるアノ曲のアンサーソングとして、自分達のオリジナルの歌詞を書いてみたのだった。

 だから――夢の木。

 

♪♪♪♪♪

 

夢の木

 

作詞:Dream Tree (高坂雪穂・絢瀬亜里沙・高町涼風)

 

 

ありがとうぜったい 伝えたい 

だから 想いを届けたい

ありがとうぜったい 始まったばかりさ 育つよ ほらこの場所から

 

 

育ってよ そうさ みんなの為に見つめたら

増える笑顔きっと 誰かを照らす 

予感から

かがやきに繋がる道が ここにあるよな晴れた青空(そら)

時々夢を見るけれど 今がなくちゃたいへん 

焦っちゃ だめだよ みんなの思い出 新しい瞬間(とき)へ繋げ

 

さぁ!

頑張ろうぜったい 輝いた

未来 希望だけ胸に秘め

頑張ろうぜったい 微笑んでいてね いつも そうあの夢の木へ

 

 

続いてよ どうか 辛くても見守っていてよ   

続いたら光る 音色が草木

照らすから

悩んでる見えない道の その先にある知らない明日

突然僕らの目のまえを 包む白い霧に

怯えちゃ だめだよ みんなの思い出 この胸に刻み込んで

 

ありがとうぜったい 伝えたい

だから 想いを届けたい

ありがとうぜったい 始まったばかりさ 育つよ ほらこの場所から

 

 

時々夢を見るんだ 歌で愛が実る

一緒にいるんだ 夢の木の実よなれ永遠(とわ)

 

 

さぁ!

頑張ろうぜったい 輝いた

未来 希望だけ胸に秘め

頑張ろうぜったい 微笑んでいてね いつも そうあの夢の木へ

 

♪♪♪♪♪

 

 これも原曲の詞を大事に、私達の想いを寄り添う形にしたかったから、原曲をイメージした形になっている。

 タイトルと歌詞の雰囲気で3人とも理解してくれたのかも。

 詞を読んでいる時に、3人とも微笑みを浮かべながら真剣に読んでいたから。

 

 とは言え、真姫さんは私達が2曲も作っていたなんて考えていなかったと思う。

 そもそもライブで歌った歌詞とは違う、真姫さんの知らない歌詞。

 まぁ、リメイクではあるんだけど。

 ライブで歌った詞に曲をつけるとしか言っていないんだしね?

 まぁ、私達も言っていないんだから知る訳がないんだけど。

 だから真姫さんの負担になるだろうからって、3人で話し合って、別のノートにSTOMP:DASH!!(最初の曲)だけ書いて提出する予定だったのに!

 ――まぁ、知らせずに歌詞を書き直したから、怒られちゃうかなって思って、身体を強張らせていたんだけどね?

 私がウッカリしていたから、結局真姫さんの負担が増えてしまったのだった。

 あっ、清書(せいしょ)したのは落書きだらけだから見せられないって言うのも、元々思っていた本当の理由の1つだからね?

 だけど全然怒る素振りを見せずに、2つとも曲をつけてくれると真姫さんは言ってくれていた。

 凛さんと花陽さんも、私達の詞を良いって言ってくれていた。

 それが私達には凄く嬉しかった。そして、渡せたことと認めてもらえたことに安堵を覚えていた。

 私達は昨日のライブが終わった時のような安心感に包まれながら、しばらく真姫さん達の会話を眺めていたのだった。 

 

♪♪♪

 

「……そう言えばさ? 夢の木で思い出したんだけど……」

「何?」

 

 私達の詞を眺めながら、唐突に花陽さんが真姫さんに声をかける。

 その言葉に真姫さんが聞き返すと――

 

「アノ曲って、真姫ちゃんの作詞作曲なんだよね?」

「……そうだけど、何よ?」

 

 私達の夢の木の詞を見ていて思い出したように、真姫さんに話かける花陽さん。

 そうなんだよね。あの曲は、お姉ちゃん達がスクールアイドルになる前に出来上がっていた曲。その曲に惹かれて、お姉ちゃんは真姫さんに作曲をお願いしていたんだから。

 その言葉を怪訝そうに聞き返していた真姫さんに向かって――

 

「あの頃の真姫ちゃんって、誰とも仲良くなろうなんて、思っていないんだと思っていたけど――本当はみんなと仲良くしたかったんだね?」

「――ヴェッ! な、何言い出してんのよ!?」

「そう言われてみれば、そうニャ! 真姫ちゃんは素直じゃないニャ!」

「り、凛まで何言ってんのよ!」

 

 花陽さんは、優しい微笑みを浮かべて言葉を繋いでいた。花陽さんの言葉に驚いて、顔を真っ赤にしながら言い返す真姫さん。

 そんな2人のやり取りに、さっきの仕返しとばかりに、凛さんも花陽さんの援護射撃に加わっていた。

 私達はそんな3人の仲睦まじい姿を眺めながら、暖かい空間に包まれていたのだった。




Comments 真姫

とりあえず、来てくれたことには感謝するわ。
色々と言及しておきたい部分はあるのだけれど……凛と花陽をお説教しておくから、その点は良いわ。

でも、まさかあの短期間で2曲も完成していたなんてね?
……3曲と言う方が良いのかしら? 
まぁ、どっちでも良いわね? とにかく、お疲れ様。
最初のページを見た時、歌詞が違うことに気づいて驚いたけど――
そうね? 雪穂達の曲である以上、貴方達用に新しい曲として作っていきたいから――そうしてもらえると助かるわね?  

でも、3人で分担しているとは言え、海未よりも早いんじゃない?
なんて言っていたら私が海未に睨まれた蛙になるのかしら。
と、とにかく!
預かったからには良い曲をつけるから、楽しみにしていてちょうだい。
ラブライブ! も控えていることだから早めに仕上げるわね?


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活動日誌20 あいは ・ たいようじゃない? 1 『まきりんぱな』

「それじゃあ……そろそろ帰ろっか?」

「そう? 玄関まで送るわ……」

 

 しばらくリビングでお茶を飲みながら雑談をしていた私達は、立ち上がった花陽さんの言葉で、みんな一斉に立ち上がりお暇することにした。

 その言葉を受けて真姫さんも立ち上がって微笑みながら、見送ってくれることを伝える。

 とりあえず目的は済ませた訳だし、あんまり長居するのは良くないからね?

 真姫さんも予定があって早く帰宅したんだろうし――

 

「……そう言えばさ? 真姫ちゃん、今日用事があったんじゃないの?」

「――え? 別にないけど?」

「だってHR終わったら……先帰るわね? って言いに来てから帰ったでしょ……」

「いや、実際に先に帰ったじゃないのよ。……あれは、ほら? 花陽はアルパカの世話をしてから、日誌を書きに部室へ行くと思っていたから、私は待たずに先に帰るって伝えただけよ?」

「あっ、そう言うこと?」

「……凛には何も言っていなかったニャ」

「――あんた、その時花陽の隣にいたじゃないの! ……と言うより、凛にも声かけたけど何かブツブツ言っていて、聞いていない感じだったわよ?」

「……あー! そう言われてみれば、そうだったニャ! 忘れると大変だから……真姫ちゃんの生徒手帳、真姫ちゃんの生徒手帳……にこちゃんとの2ショット――イタッ!」

「――それは忘れなさいよっ!」

「いったいニャー! ぅぅぅぅぅ……って、忘れずに呟いていたニャ……」

「あはははは……その時にソッと渡しておけば叩かれずに済んだのにね?」

 

 帰り支度をしてソファーから立ち上がった時、花陽さんが唐突に真姫さんに訊ねていた。

 その言葉に「何を言っているのかわからない」って言いたそうな表情で聞き返す真姫さん。

 花陽さんが疑問に思って言葉を繋げると、真姫さんは正論と、考えていたことを「当たり前でしょ?」と言いたげな表情で話していた。まぁ、実際にそうだった訳で。

 その言葉に納得する花陽さん。だけどそんな話を隣で聞いていた凛さんは、突然悲しそうな表情をして、自分には声をかけてもらえなかったと呟く。

 だけど真姫さんが花陽さんに声をかけた時、隣にいたんだって。ただ、声をかけても反応がなかったみたい。 

 そんな真姫さんの言葉で、その時のことを思い出そうとしていた凛さんは――

 ハッとした表情で思い出すと、忘れないように『生徒手帳』って呟いてたことを伝える。

 あー、うん。実際に2日間渡しそびれていたんだし、さすがに凛さんもマズイって思っていたのかな? なんてね。

 ただ、またもや余計な一言を口走り、真姫さんから再び水平チョップをもらっていた。

 それを見ていた花陽さんは苦笑いを浮かべて正論を返していたのだった。

 

 そう、真姫さんの写真は花陽さんが作ったもの。

 まぁ、作っているって教えてもらっただけだから『頼まれて作った』のか『自主的に作った』のかは知らないんだけど。なんてね。

 だから実際に、この場にいるのが花陽さんだけなら――真姫さんはここまで慌てていないのかも知れない。

 だって花陽さんは知っているんだから。

 だから3人だけの時に渡していれば、凛さんは真姫さんに、怒りながら追いかけられることも叩かれることもなかったのかも。

 だけどこの場には、私達が一緒に居合わせている。それで私達にまで知られたくなくて、恥ずかしいから、真姫さんはあそこまで慌てていたのだとも思う。なんてね。

 

 とは言え、その場で生徒手帳を渡していれば、花陽さん達が真姫さんの家にお邪魔する理由はなくなる訳で。

 そうなれば必然的に、私達が真姫さんの家にお邪魔することもなかった訳なんだ。

 真姫さんの家にお邪魔できたって言う貴重な時間も、今日詞を見てもらうこともなかったんだって感じていた。

 これもきっと偶然の生み出した奇跡の欠片――そんな気がする。

 だから、結果的には凛さんが生徒手帳を教室で渡さなくて良かったのかな? って、そんなことを思いながら微笑みを浮かべて花陽さん達を眺めていたのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな感じで真姫さんに見送られて、真姫さんの家をあとにした私達。

 とりあえず目的は真姫さんの家だったから、もう花陽さん達と一緒にいても大丈夫な大義名分はなくなった。

 ――いや、誰もそんなことは思っていないんだけどね。

 なので、私達1年生は全員で目配せをして踵を変えそうとしていたんだけど――

 

「……そうだ! せっかくだから、お母さんにお饅頭を買っていってあげようかな?」

「――凛もお土産買って行くニャ!」

「あっ、亜里沙もスラ――い、いえ……お饅頭買って帰ります」

「……いや、亜里沙のそれは、お饅頭じゃないよ?」

「……もぉ、雪穂ぉ……揚げもち取らないで!」

「いや、せめて足を取らせてよ……って、涼風も来る?」

「お邪魔じゃなければ……」

「ぜーんぜんっ! あっ、でもぉ……決してお姉ちゃんの部屋は覗かないでね?」

「――する訳ないでしょ! ……取り次いでもらえるなら嬉しいけど」

「要は見たいってことね? ……どうだったかなぁ? まぁ、大丈夫だとは思うけど――って、花陽さん?」

「……やっぱり根に持って――」

「――いませんから!」

「――んからっ!」

「……いや、凛さん、それ意味わかりませんから」

「ニャンニャンニャ-ン」

「……と、とにかく! 根には持っていませんし……お姉ちゃんの部屋を見て、夢と幻想を打ち砕かれても……決して、お姉ちゃんをキライにならないでね? ってことを言いたいだけです!」 

 

 花陽さんが唐突にお土産を買って帰ると言い出した。その言葉に凛さんも笑顔で賛同していた。

 たぶん去年と同じ――真姫さんの家に行った帰り道。穂むらの前を通り過ぎようと思った時に、お土産を買って帰ろうと思って立ち寄ったら、店番をしていたお姉ちゃんと出会った。

 だから今年も同じように、真姫さんの家に行った帰りに穂むらに立ち寄って、お土産を買って帰ろうと思ったんだろうね。

 その言葉を受けて亜里沙も買って帰ると言おうとして言い間違えそうになっていた。

 だから私が訂正しようとしたら『ハラショー』な回答が返ってきたのだった。

 そんな亜里沙に呆れながら声をかけた私は隣を歩く涼風にも声をかけた。

 涼風は私の家に来たことなかったし、早めに呼びたいなって思っていたからね?

 まぁ、ついでみたいになっちゃったのは申し訳ないんだけど。私らしいってことで許してほしいかな。なんてね。

 すると涼風は遠慮がちに答えていた。たぶん私への遠慮じゃなくて、花陽さん達――あとは、お姉ちゃんへの遠慮だったのかな? 

 あっ! それがイヤだってことじゃなくて、そうだったら良いなって話。

 ほら? 親友が家に遊びに来るのに遠慮しているなんてイヤなんだもん。何となくね?

 とは言っても彼女の本心がわからないから、笑顔で遠慮しなくて良いことを伝えてあげた。

 一応私の家に招待しているんだから、私が答えたって良いよね?

 だけど少し思い出したように、お姉ちゃんの部屋を覗かないように釘をさしておいた。

 もちろん冗談なんだけど、お姉ちゃんの部屋は涼風にはまだ早いのかなって思うんだよ。

 ほら、憧れを抱いている訳だし、ね?

 なんて書いていると、相当お姉ちゃんの部屋が凄いように思われちゃうかな?

 そんなことはないんだけどね。綺麗に片付いてはいるんだよ。

 ただ、物に対する扱いが大らかなだけ! なんてね。

 

 そうそう、部屋と言えば――

 海外PRから帰ってきてから、お姉ちゃんの部屋には大事に扱われるものが増えていた。

 UTXの入学パンフレット。 μ's で撮った写真の数々。そして新たに増えた――

 窓際に立てかけられたケース。

 1度、何が入っているのかを聞いたことがあったんだけどね?

 すごく優しい微笑みを浮かべて何も答えてくれなかったから、それ以上聞かなかったんだ。

 きっと、聞いてはいけないんだと感じていたから。

 だけど合同ライブが終わって、あれは私達の入学式の数日前。

 ちょうど、お姉ちゃん達がローカルアイドルを始めるって決めた翌日だったんじゃないかな?

 朝食を済ませて自分の部屋でくつろいでいた私の耳に、お姉ちゃんの部屋から――

「なくなっているーーーーーーーーーー!?」

 って言う、大きな悲鳴が響いてきたのだった。

 ビックリして、私はお姉ちゃんの部屋へと向かった。

 そうしたら、部屋の外からでもわかるくらいに、慌てているのか、バタバタと部屋の中から物音がしていたのだった。

 なんか邪魔になりそうだったし、声をかけないで自分の部屋に戻ったんだけど。

 突然ピタリと音がしなくなって、気になっていたら――

 バタバタと足音を立てて「ちょ、ちょっと出かけてくるー」って、慌てた声でお母さんに声をかけて、どこかに出かけて行ったお姉ちゃん。

 どうしたんだろうって気になっていたら、数時間後に戻ってきた。

 そしてバタバタと足音を立てて自分の部屋に入ったと思ったら、また静かになったんだよ。

 だから、気になってお姉ちゃんの部屋を覗いたら――

 大事そうに、丁寧に、1本のマイクを拭いていたお姉ちゃんの姿が目に入った。

 とても幸せそうに、だけど決意のこもった瞳でマイクを眺めて拭いていたお姉ちゃん。

 拭き終わると立てかけてあったケースを開けて中にしまっていた。

 それで『マイクケース』なんだって理解したんだよ。

 もちろん、どう言う経緯でお姉ちゃんが持っているのかは知らないんだけどね?

 だけど、とても大事にしているんだと思えた。

 だって、その時のお姉ちゃん――なんだろう。決意って言うのかな?

 そんなことを感じるような真剣で、でも瞳を輝かせて、マイクを拭いていたから。

 だからお姉ちゃんにとって、そのマイクもパンフレットや写真のように――

 お姉ちゃんの目指す道を照らしているんだと思っているのだった。

 

 話を戻すね? 

 そんな風に涼風と話をしていたんだけど隣を歩いていた花陽さんが急に表情を曇らせたから訊ねたんだけど?

 また真姫さんの家に伺う前の話を蒸し返そうと――いや、していたのは私なんだけどね?

 悲しそうな顔をして「根に持っているんだよね?」って言いそうだったから私は慌てて否定をしていた。

 ――のに、凛さんが例のノリで繋いで言うもんだから呆れて声をかけたのだった。

 なのに凛さんは全然気にしていないようで、両手を猫の手にして、リズムを取って上下に振りながらこんなこと言うんだもん。

 呆気に取られそうになった自分を引き戻して、焦り気味に花陽さんへのフォローと涼風に真相を伝えたのだった。

 



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活動日誌20 あいは ・ たいようじゃない? 2 『まきりんぱな』

 だけど凛さん――お姉ちゃんもだけど。2人を相手にしている海未さん達や花陽さん達って凄いね?

 何が! は言えないけど凄いよね? うん。尊敬するかも。

 でもさ? 私って、お姉ちゃんや凛さんのタイプを目指しているんだよね?

 それって、私もこんななのかな? そうなのかも?

 亜里沙、涼風? 頑張ってキチンとしていくつもりだから、面倒くさがって見捨てないでね?

 私は凛さんの対応を経験して、海未さん達と花陽さん達の凄さを実感すると同時に、亜里沙と涼風に見捨てないでもらえるように心がけるのだった。

 って、この書き方だとお姉ちゃんと凛さんに怒られるかも。そんなことはないんですよ?

 2人とも尊敬する先輩ですから。目標なんです。それだけです! なんてね。

 

♪♪♪

 

 そんな風に話をしながら歩いていると、私の家『穂むら』が見えてきた。

 私はお客じゃないんだから、花陽さんと凛さんを先頭にするべきなんだろうけど。

 花陽さん達に促されて私が入り口を開ける。そうしたら――

 

「いらっしゃいませ――って、雪穂、おかえりー。……あっ、花陽ちゃんと凛ちゃん……亜里沙ちゃんと涼風ちゃんも……いらっしゃいませ!」

 

 お姉ちゃんが割烹着を着て店番をしていたのだった。

 

「穂乃果ちゃん……ぷっ! くくくっ……」

「――は、花陽ちゃん、急にどうしたの?」

「あは……あっ、ごめんね? いや、穂乃果ちゃん、初めて訪れた時もその格好だったから……」

「え? そうだったっけ?」

「そうだよぉ……それで、お饅頭買いに来ただけなのに、2階に通されちゃって……」

「あー、そう言えばそんなこともあったっけ……」

 

 お姉ちゃんの姿を見た花陽さんは突然吹き出し笑いをする。そんな花陽さんを心配そうに訊ねるお姉ちゃん。花陽さんは、あの日を思い出して、同じ格好で迎えてくれたお姉ちゃんがおかしかったみたい。

 花陽さんの説明を受けても思い出せないお姉ちゃんに、詳しく説明する花陽さん。

 その言葉でやっと思い出したお姉ちゃんは納得した表情を浮かべて――

 

「じゃあ、もうすぐ店番終わるから2階上がってて? 海未ちゃんとことりちゃんも来ているから」

「うん……わかった」

「そうするニャ!」

 

 当たり前のように言葉を繋いでいた。さすがに1年経っているし、何度か訪れているから花陽さんも凛さんも普通に答えていた。

 

「あっ、涼風ちゃんは初めてだよね? ゆっくりしていってね?」

「お、お邪魔いたします」

「お、お邪魔します……」

 

 そして涼風に向かって声をかけるお姉ちゃん。と言うより、涼風はどっちかと言えば私の親友なんですけど? まぁ、良いんだけどさ。

 うん、涼風はわかるよ。初めてなんだもん。緊張するのは。

 だけど、なんで亜里沙まで緊張してんのかなー? お姉ちゃんもさすがに苦笑いを浮かべていた。

 そんな感じで私達は玄関の方へと歩いていって2階へと歩いていったのだった。

 他の3人は何度も目にしたウチの風景だけど、涼風にとっては初めての光景だからね。

 まして憧れのお姉ちゃんの実家となれば嬉しいんだと思う。少しは親友の実家って部分で喜んでくれると嬉しいんだけど。

 特に何も変哲のない普通の家。それでも嬉々とした表情で見回していた。

 きっと私と亜里沙が真姫さんの家を嬉々とした表情で見回していたのと同じなんだと思う。少しこそばゆくも感じたけれど、嬉しい気持ちで2階に通じる階段を上るのだった。

 

「……あら、雪穂? それと花陽と凛も……」

「あっ、亜里沙ちゃんと涼風ちゃんも……いらっしゃい?」

 

 お姉ちゃんの部屋の扉を開けると海未さんとことりさんがテーブルを挟んで向かい合って座っていた。

 テーブルの上にはPCやノートが置かれていた。私達に気づいた海未さん達は少し驚いた顔で声をかけてくれた。そんな海未さん達に笑顔を返して中へ入っていったのだった。

 

「お疲れさまー。生徒会の仕事?」

「……ええ、まぁ……」

「穂乃果ちゃんが『学院の為にもっと何か考えよう』って言い出したの」

「何かって何かニャ?」

「――それをみんなで考えるんだよっ!」

 

 そんな2人に花陽さんが笑顔で訊ねる。すると苦渋の表情を浮かべる海未さんが言葉を濁す。そこに苦笑いを浮かべてことりさんが言葉を繋いでいた。

 きっと生徒会長として学院に残すものを考えるのだろう。学院のリボンはお姉ちゃんの代ではあるけれど、絵里さんの発案なんだから。

 お姉ちゃんの生徒会長としての任期も今学期くらいしかないんだし。今から考えているんだと思う。

 そんな言葉に興味を持った凛さんが具体的なことを聞こうとしていた。すると――

 突然部屋の扉の前に立っていたお姉ちゃんが満面の笑みを浮かべて言い切っていたのだった。

 

 お姉ちゃん達が学院にいられるのは残り1年。生徒会として活動できるのは半年くらい。

 去年の絵里さんのように、自分も何かを残そうと考えていたのかな。いつもの思いつきかも知れないけれど。なんてね。

 どうやらお母さんも戻ってきたみたい。割烹着を下で脱いできたから制服姿に戻っているお姉ちゃんは、お盆にお茶とお菓子を乗せて中まで入ってきたのだった。

 そんな感じで何故か私達もそのままお姉ちゃんの部屋にいた。まぁ、断られてもいないし、私の部屋に移動する必要もないからね。全員で『今後の学院の為の話し合い』をしていたのだった。すると――

 

「……お邪魔しま――花陽と凛? 帰ったんじゃないの?」

 

 突然、扉をノックする音が聞こえたと思うと、扉が開いて真姫さんが入ってきた。中にいた花陽さんと凛さんを見て帰宅したんじゃないかと訊ねる。

 

「あー、うん……そのつもりだったんだけどね?」

「お土産に『お饅頭』を買って帰ろうって話になったニャ!」

「……それで穂乃果に強引に呼び止められた訳ね?」

「――真姫ちゃん、エスパー!?」

「何言ってんのよ、いつもそうじゃない!」

「あははははは……」

 

 その言葉に花陽さんと凛さんが答えると、呆れた表情でお姉ちゃんを見ながら言葉を繋げる真姫さん。

 実際にそうだったから驚いて訊ねるお姉ちゃんに、真姫さんはいつものことだと言い放っていた。

 その言葉に苦笑いを浮かべるお姉ちゃんなのだった。

 真姫さんは、あの後でおば様にお饅頭を買ってきてと頼まれたらしい。私の顔を見て食べたくなったんだって。

 ――別に私の顔がお饅頭っぽいんじゃないよ? お姉ちゃんの繋がりでウチのお店の常連なだけ!

 それで買いに来たら、お母さんに「上にみんな来ているわよ?」と上げられたんだって。花陽さんにはお姉ちゃんがしていたしね。

 ウチの姉と母がご迷惑おかけします。なんてね。

 まぁ、私も知っている人が来たら2階に上げちゃうだろうから、人のことを言えないんだけどね。

 そんな感じで、休みなのに結局集まるアイドル研究部なのだった。

 

♪♪♪

 

 その後、少しの時間だけ世間話をしながら過ごしていた。あっ、何となく学院の話は流れちゃっていたんだけど。そんな楽しい時間を過ごしていたのだった。

 だけど、別に私達――真姫さんも含めて、お姉ちゃん達以外は偶然集まったんだよね。

 それなのに、お姉ちゃんの部屋に自然と全員が集まっているのを見ていて『お姉ちゃんはやっぱりリーダーなんだな』って思っていた。

 まるで、お姉ちゃんと言う太陽に集まるように、お姉ちゃんの部屋へと自然に集まる私達。

 何か目的がある訳じゃない。集まった理由だってない。

 それでも、お姉ちゃんの部屋に自然と集まる私達。それが当たり前のように、普通に集まり、何気ない会話で楽しい時間を過ごしている。

 もちろん他のメンバーの部屋でも同じなんだろうけど。私は他の人の家には今日の真姫さん以外、お邪魔したことはない。それにお姉ちゃん達の集まりだって把握している訳じゃない。

 だから実際にはわからないんだけど、きっとお姉ちゃんの部屋が1番多いんじゃないかなって思っていた。

 だって、みんなの表情が『自分の部屋』にいるように思えていたから。落ち着ける場所のように思えていたのだから。

 

 初めて訪れて、しかも憧れのお姉ちゃんの部屋にいる涼風だって、もう自然な笑顔で会話に参加している。

 もちろん、真姫さんの家には目的(・・)があったし、本当に初めてだったからなのかも知れないけれど。それでも、真姫さんの家では見られなかった――涼風にこんな笑顔を与えているのはお姉ちゃんの部屋の雰囲気。

 ううん。お姉ちゃん自身の雰囲気なんだと思う。お姉ちゃんの明るく、人懐っこく、暖かい太陽みたいな笑顔が溢れる雰囲気が、私達に自然な笑顔を与えているんだと思う。

 まぁ、真姫さんの家に関しては私や亜里沙も同じだったけどね?

 お姉ちゃんの部屋に関して――私はともかく亜里沙もこの部屋によく出入りしている。だから馴染んでいるから比較できないしね。涼風が1番わかりやすいってこと。 

 

 そして周りの人達が自分の部屋のように。部室のように。何も変わらないのもリラックスできることなのかも。全員が自然にいられるからなんだと思う。

 それは「何処にいても自分達らしく」って言うことなんだろうけど。その中心にいるのは、いつもお姉ちゃんなんじゃないかなって思うのだった。

 

 それはお姉ちゃんがリーダーだったから。スクールアイドルを立ち上げたからじゃないような気がする。

 もちろん、その点を否定している訳じゃない。

 ただ、お姉ちゃんがお姉ちゃんだったから。太陽みたいな存在だったから。お姉ちゃんの笑顔が――愛が太陽だったから。

 みんながお姉ちゃんの暖かさに惹かれて、お姉ちゃんの恵みに惹かれて。

 こうして集まってきたんだと思う。ずっと一緒にいるんだと思う。

 太陽だって良い時もあるし、悪い時だってある。だけど、それで太陽から離れることはない。

 恵みを求めて集まってきたんだもん。暖かさを知っているんだもん。

 だから絶対に離れることはないんだと思うのだった。

 

 そして、こうして集まってきたから。離れずにいるから。

 お姉ちゃんの愛と言う名の笑顔の太陽が、光を放って、暖かく照らして。スクールアイドルを立ち上げた。そしてリーダーになったんだと思う。

 そう、お姉ちゃんの愛は。笑顔は太陽なんだ。みんなを照らす太陽なんだ。

 部屋に集まった全員の顔を眺めて、私はそう思うのだった。

 

 そんな部屋の雰囲気に包まれてお姉ちゃん達の会話を聞きながら、私もお姉ちゃんと言う太陽に光を求め、追いかけて。

 そして私自身も、亜里沙や涼風。そしてまだ見ぬ次の世代の子達に。

 お姉ちゃんのように、暖かくて恵みを与えられるような太陽のような愛を降り注げるようになりたいと願っていたのだった。

 




Comments ことり

なるほどぉ。帰ってくるまでに、そんなことがあったんだねぇ?
急に全員が入ってきたからビックリしちゃったよ。
花陽ちゃんの発案かぁ。
花陽ちゃんナイスタイミング! なんてね。

でも、穂むらの和菓子美味しいからお土産に買って帰りたくなるよね?
美味しいもんね?
でも穂乃果ちゃんのマイク……なんなんだろうね?
よく知らないんだぁ、気になるけど何も言わないから聞かないの。
そのウチ話してくれると良いね?

……お邪魔しました。なんてね。


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活動日誌21 にこぷり ・ じょしどう! 1 『にこ襲来』

 アイドル研究部の全員が、お姉ちゃんの部屋に集まった日の数日後。

 私達は、いつもの神社の境内で朝練に励んでいた。

 大会と言う目標ができた今。私達は今まで以上に練習に熱が入っているのだ。

 まぁ、それは目標ができたってだけじゃないんだけどね。

 

 集まった日の翌日。練習の為に向かった放課後の屋上。

 

「それじゃあ、これ……まだ、仮歌の段階ではあるけれどね?」

 

 ストレッチを始めていた私達に向かい、そんな風に真姫さんが言って、紙のケースに入った1枚のCDを手渡してくれた。

 私は思わず裏に見返して眺めていた。

 

「あっ……」

 

 そこには真姫さんの筆跡で、小さく『Dream Tree』と書かれている。

 当たり前なんだけど私達のユニット名。

 

「「「ありがとうございます!」」」

「……も、元々約束だったんだし……礼を言われることでもないわ」

 

 私達は揃って真姫さんに頭を下げてお礼を言っていた。

 そんな私達に少し照れた顔でこんなことを言う真姫さん。

 私は真姫さんの照れた顔に微笑みを返すと、手元のCDを見つめるのだった。

 

 当たり前だけど、私達の為の歌。私達に作られた曲なんだ。

 そんなことを考えて、胸が熱くなる感覚にかられていた。

 

「……へぇ? 雪穂達の曲かぁ~」

「――お、お姉ちゃん!?」

「……雪穂のケチ~」

「なにがよ!」

 

 私がCDを眺めていると、突然肩に何かが乗っかる衝撃を覚えた。そして耳元から聞こえるお姉ちゃんの声。

 驚いて横に飛びのいてみると、そのままの姿勢でお姉ちゃんが立っていた。私の肩に乗っかっていたのは、お姉ちゃんの顎なのだった。

 お姉ちゃんは少しムクれた顔で私に文句を言う。まったく、なにがケチなんだか?

 だけど、すぐに笑顔に戻って真姫さんに視線を移すと――

 

「だけど、真姫ちゃん……詞を受け取ったのって昨日の放課後でしょ? やっぱり真姫ちゃんは凄いよねー!」

「――ヴェッ! ……ほ、ほら? 元々の詞は、私達の曲だったじゃない? だから、渡される前に少し作っていたのよ」

「え? ……すみません」

 

 こんなことを言っていた。昨日の放課後に渡した詞が、今日の朝に曲ができている。

 確かに凄いことだと思う。短時間に曲ができるなんてね。私達の詞なんて、3人で何日もかかっちゃったのにさ。

 

 そんなお姉ちゃんの感心している口ぶりに驚いた真姫さんは、顔を真っ赤にしながら説明していた。

 真姫さんの言葉を受けて、今度は私が驚いて、申し訳なさそうに謝罪するのだった。

 だって、ほら? 詞を勝手に変えちゃったんだし、2曲に増えていたし。

 

「いや、あ、いや、それは特に問題ないんだから……って、ああ、もう! 穂乃果が余計なこと言うから!」

「え? 私のせいなの?」

「そうよ!」

「真姫ちゃん、ひどいよぉー」

「……そうニャ! 真姫ちゃんは、ひどいニャ!」

「別にひどくない! と言うか、凛もさりげなく賛同しないで!」 

 

 私の謝罪に必死で弁解しようとしていた真姫さん。すると突然、矛先をお姉ちゃんに向けていた。

 向けられたお姉ちゃんは驚いて言葉を返していたけど、当然と言わんばかりに言い切っていた真姫さんに食ってかかる。

 そんなお姉ちゃんの言葉に加勢するように――いつの間に現れたのか、凛さんも真姫さんに文句を言っていたのだ。って、いつの間に!?

 いきなりのことでビックリしていた私を余所に、自然と2人に言い返す真姫さんなのだった。

 

 私達は早速、PCを借りて曲を聴くことにした。

 真姫さんは驚いて顔を赤くしていたけど、諦めるように何も言わなかった。

 最初「どうしたんだろう?」なんて考えながら、真姫さんを見ていたんだけど。

 

「まぁまぁ……どうせ、練習になったら私達も聴くことになるんだし、さ?」

「そ、それは、そう、なんだけどぉ……」

 

 花陽さんと真姫さんの会話を聞いて、みんなの前で曲を聴くことを恥ずかしく思っていたのだと理解した。

「しまった!」と思ったんだけどね。思った時にはもうイントロ流れていたし、真姫さんも何も言わなかったから、そのまんま。

 アイドル研究部全員の見守る中、私達の曲は初お披露目を終えたのだった。

 聴いた感想? 凄くよかった。ありきたりな言葉だけど、とても当てはまる言葉だと思う。

 真姫さんのメロディーは全部好きだし、作ってくれること自体、ありがたいと思っているけど。

 そう言うのを抜きにしても、凄くよかった。

 なんか「私達の曲」って言うのか「私達だから歌える曲」みたいなイメージが伝わってくるような、そんな感じ。

 うまく説明できないや、ごめんね?

 とにかく、こんな素敵なメロディーが私達の作った詞で、私達の曲としてステージで歌える。

 なんとなくライブで歌う私たちを想像して、胸にこみ上げるものがあったのだ。

 もちろん、まだまだ先の話だろうけど。

 確かな目標として。このメロディーに恥じないパフォーマンスをしよう。

 隣に立っていた亜里沙と涼風からも決意のようなものが感じられていた。

 私達は優しく微笑んでいる全員に見守られ、素敵なメロディーを聴きながら、そんな決意を胸に秘めたのだった。

 

♪♪♪

 

 そんな感じで、自分達の曲を励みに大会を目指して朝練をこなしていた私達。

 練習を終えてクールダウンしている私達に向かって――

 

「ねぇ、雪穂達……今日の放課後なんだけどさ、付き合ってほしいところがあるんだけど、いい?」

「え?」

 

 突然お姉ちゃんがこんなことを言ってきた。驚いた私達に笑顔で言葉を繋げるお姉ちゃん。

 

「うん。一緒に連れて行きたいところがあるんだよ? 雪穂達にとっても、勉強になると思うしさ?」

「行きます!」

「連れて行ってください」

「お願いします……」

 

 お姉ちゃんの言葉に顔を見合わせた私達は、口々にお願いしていた。

 行き先は聞いていないけれど、お姉ちゃんが「雪穂達にとっても、勉強になる」と言っているのだから。

 それはスクールアイドルの活動のことだろう。

 だったら行かないなんて選択肢はないんだよ。私達は何も知らないんだもん。勉強できるのなら勉強しないとダメだもんね。

 そんな私達の返事を聞いたお姉ちゃんは満足そうに頷くのだった。

 

♪♪♪

 

「どこに連れて行ってくれるのかな?」

「亜里沙……遊びに行くんじゃないんだよぉ?」

「わかっているよぉ……でも、楽しみでしょ? 涼風ちゃんも、そう思うよね?」

「もちろん! ……あっ、いや。う、うん……」

「あはは……まぁ、私も楽しみではあるけどね?」

 

 そして、その日の放課後。

 私達はHRが終わると急いで校門まで歩いていた。

 お姉ちゃんを待たせちゃいけないってこともあるんだけど。

 それ以上に、楽しみで仕方なかったんだと思う。どこなのかは知らないんだけどね。

 校門に到着してみると、お姉ちゃんはまだ来ていなかった。

 だから、私達はお姉ちゃんが来るまでの間、こんなことを話しながら待っていたのだった。 

 

「おっ待たせぇー!」

「「「お疲れさまです!」」」

「うん、お疲れさま!」

 

 そんな風に話をしていると、お姉ちゃんが私達に声をかけてきた。って、声大きいよ!

 お姉ちゃんの声に周りの生徒の視線が一斉にお姉ちゃんに集まっていた。

 だけど、目の前に私達がいたことで視線は霧散する。そして普通に時が流れるのだった。

 一応、ライブのお披露目は成功したのかな? すぐに部活の一環だって理解してもらえたのだろう。

 私達はお姉ちゃんに挨拶をした。お姉ちゃんも笑顔で挨拶を返す。

 

「まったく、大きな声を出さないでください」

「あははは……」

 

 そんなお姉ちゃんの後ろから海未さんとことりさんが歩いてきていた。

 

「「「……お疲れさまです!」」」

「お疲れさまです」

「お疲れさまぁ」

 

 2人とも挨拶を交わしていた私達。

 

「それじゃあ、行こっか?」

 

 そんなお姉ちゃんの声かけのもと、私達は自然と歩きだすのだった。

 

 目の前に歩くお姉ちゃん達の背中を追いかけて、私達が向かう先。

 未だに目的地は教えてもらっていないけどね。

 きっと素敵な場所なんだと思う。

 私達のまだ見ぬ新しい場所なんだと思う。

 だって、それがお姉ちゃんなのだから。なんてね。

 だから、どこへだってついていくよ。背中を追いかけていくんだよ。

 お姉ちゃんの背中を追いかけられるのは今年だけ。来年になったら追いかけられない。

 もちろん、目標としてならずっと追いかけていくけどね。

 こうして、目の前に見えるお姉ちゃんの背中は今年しか追いかけられないんだ。

 だから、どこへだってついていくよ。どんな場所だって驚かない。どんな場所だって恐れない。

 私達はお姉ちゃんを信用して、ただ背中だけを見つめて進んでいくのだから――。

 

♪♪♪

 

「「「……」」」

 

 ――なぁんて意気込んで歩き出した私達だったけど。

 目的地に到着した私達は驚いていた。恐れていた。緊張して声が出なかったのだ。

 お、お姉ちゃん、そうならそうと、先に言っておいてよー!

 ここここ心のじゅじゅじゅ準備がでででできてないじゃん!!

 当然、隣の亜里沙と涼風も同じだと思う。

 先日のファーストライブ以上に緊張している私達。どこにいるかと言うとですね?

 

「……お待たせして、ごめんなさいね?」

「――あっ、ツバサさん」

「私達も久しぶりに来たからね? 先生方にも挨拶しないといけないんだよ?」

「すみません、英玲奈さん……」

「はい、飲み物もってきたわよぉ」

「あんじゅさん、久しぶりですぅ」

 

 そんな緊張していた私達の耳に綺麗な声が聞こえてくる。

 声のする方へ向き直る私達の視界に、ツバサさん達3人がお盆に飲み物をのせて運んでくるのが見えた。

 3人に向かって自然と言葉を返していたお姉ちゃん達。

 お姉ちゃん達に微笑みを送ると、私達に視線を移して――

 

「雪穂さん達は、はじめてよね? ……ようこそ、UTX学院へ!」

「「「おおおお、お邪魔しています!」」」

 

 ツバサさんが言葉を紡いでいた。そんな言葉に私達は、綺麗にハモって変なことを言っていた。

 す、凄いシンクロ率だね。自分達でもビックリして顔を見合わせたくらいだし。なんてね。

 そんな私達に大爆笑を送る先輩6人。

 そう、今私達はUTX学院のカフェスペースにお邪魔しているのだった。

 

「悪いわね? 急に呼び出してしまって……忙しいのにね」

「あっ、全然問題ないですよ? 呼んでもらえて嬉しかったです」

 

 ツバサさんがお姉ちゃんに申し訳なさそうに伝える。その言葉に笑みを浮かべて返すお姉ちゃん。

 どうやらツバサさんからメールをもらってお邪魔したみたい。

 だけど、私達まで一緒で良かったのだろうか。

 そんな風に困惑していた私と亜里沙と涼風。

 私達の困惑の顔で悟ったのだろう。ツバサさんが私達に声をかけてくれるのだった。

 

「どちらかと言えば、雪穂さん達をご招待したかったのよ?」

「私達をですか?」

「そう言うことだね? 君達のファーストライブの時にさ?」

「あ、あの時はありがとうございましたぁ」

「いいえぇ。ツバサが絵里ちゃんに言っていたこと、覚えてるぅ?」

「え? ……『それでも、私達の想いは後輩へと引き継がれているわ。だからコレは……偵察なのかも知れないわね?』と言ったところでしょうか?」

 

 涼風の言葉に三人は凄く驚いていた。まぁ、驚きますよねぇ?

 数日前の一言をしっかりと言い当てるなんて、ねぇ?

 もちろん、言葉を覚えていたんじゃなくて。

 印象に残っていたから、その日のうちに私が自分の活動報告に書いた。涼風は、それを読んでいるから言い当てられたんだと思うけどね。涼風は緊張のピークでほとんど覚えていなかったみたいだし。

 でも、私の活動報告をちゃんと読んでくれているんだなって思えて嬉しかったよ。ありがと、涼風。

 そんな驚いたままの三人に苦笑いを浮かべながらネタバラシをすると、納得の笑みを溢していたのだった。

 



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活動日誌21 にこぷり ・ じょしどう! 2 『にこ襲来』

※今後は不定期になりますので、ご理解願います。


「だからと言うことでもないのだけれど、私達だけが偵察をしているのはフェアじゃない気がするの」

 

 一呼吸を置いて、ツバサさんは説明を続ける。

『フェアじゃない』

 そう言い切った彼女の言葉に、私はとても感銘を受けていた。

 確かに現時点でのトップはお姉ちゃん達かも知れない。

 だけど、スクールアイドルの存在を広めたのは紛れもなくツバサさん達の功績なのだと思う。

 実際にお姉ちゃん達にしろ、私達にしろ、ツバサさん達のおかげで今があるんだしね。

 それに彼女達はお姉ちゃんに招待されてライブを見に来てくれていた。

 別に目的が偵察だったとしても、それがフェアじゃないなんて思わないんだけど。

 それでも彼女達は、そう思っているのだろう。

 常にトップであり続ける自分達の信念がそうさせている。自分達を律して高みを目指しているのだろう。

 そして相手が誰であれ。いくら、私達がお姉ちゃん達の後輩だとしても。 

 新人のスクールアイドルにでも礼を尽くす。

 それが彼女達のプライドであり、トップアイドルの資質なのだろうと感じていたのだった。

 

「まぁ、とは言っても、別に君達の為だけではないのだけどね……」

「どちらかと言えばぁ、うちの子達の為なんだけどねぇ?」

 

 ツバサさんの言葉に感銘を受けていた私。隣に座る亜里沙と涼風も感銘を受けていたのだろう。

 そんな私達に苦笑いを浮かべながら、英玲奈さんとあんじゅさんが言葉を繋げる。

 

(うちの子達?)

「「「し、失礼します!」」」

 

 私が、あんじゅさんの言った「うちの子達」に疑問を覚えていると、突然緊張しているような声色の複数の声が響いてくる。

 声のした方を振り向くと、そこには真新しいUTX学院の制服に身を包んだ3人の女の子が立っていたのだった。

 

♪♪♪

 

「――美沙(みさ)!?」

「――みっちゃん!?」

「……久しぶりだね、雪穂、亜里沙?」

 

 そんな目の前の3人。その向かって右側に立っていた彼女の顔を見て、私と亜里沙は思わず声をかけていた。そんな私達に笑みを浮かべて声を返す彼女。

 声をかけられた女の子――折葉野(おりはや) 美沙。彼女は私達と同じ中学のクラスメートだった。

 中学時代。私達3人はよく行動を共にしていた。お姉ちゃん達のライブもそうだし。

 あと、廃校を阻止しようと絵里さんがオープンキャンパスで演説しようとしていた時の練習にも一緒に付き合っていた。

 元々、音ノ木坂の廃校を耳にしていた頃。

 私達は3人でUTX学院を受験しようかとも話をしていた。結局、音ノ木坂を受験できるからって、私と亜里沙は音ノ木坂を選んだのだけど。

 彼女はそのままUTX学院を選んでいた。うん、それは知っていたんだけどね?

 

「スクールアイドル……始めていたんだ?」

 

 全員に頭を下げて私達の前に座る彼女達。そんな美沙に声をかけていた私。

 彼女がスクールアイドルをやっているなんて知らなかった。まぁ、この段階では違う可能性もあるんだけどさ。まだ紹介されていないんだし。

 

「う、うん……穂乃果さん達のライブを一緒に見ていたから、私も憧れていたんだよね?」

「そっか……」

 

 でも、すぐに彼女が言葉を紡いでいたんで、どうやら合っていたみたい。

 私が相槌を打つと、少し慌てた表情で――

 

「べ、別に雪穂達とやりたくないからじゃないよ? 元々、UTX学院を目指していたんだし……」

「知っているよぉ」

 

 こんなことを言ってきた。当然、私も亜里沙も知っていたし、何とも思っていない。

 亜里沙が笑顔で答えると、ホッとしたような顔をする彼女。

 

「だけどね……」

「うん?」

「何となくなんだけど……雪穂達と競ってみたかったのかも? ライバルとして……」

「そっかぁ……」

「うん……今は今年の新入生の二人とユニットを組んでいるの」

 

 そんな風に、力強い瞳で宣言していたのだった。

 

『ライバル』

 一緒に活動する亜里沙や涼風も、本当の意味ではライバルではあるけれど。やっぱり仲間だし、助け合うことの方が大きいと思う。

 だけど仲間ではなく、ライバルとして目の前に立つ彼女達を見て、嬉しさが湧いていたのかも知れない。

 同じスタートラインに立ち、互いを切磋琢磨していける存在。

 お姉ちゃん達にとってのツバサさん達のような存在。それは憧れていたものなのだと思う。

 確かにお姉ちゃん達は私達の目標だけど、ライバルなんて呼べないもん。今はまだ、だけどね?

 いつかは、そう呼べるといいなって思っているんだけど。今はまだ呼べない。

 

 だから、こうして私達と同じように、お姉ちゃん達やツバサさん達を目標に。

 お互いを高めあえるライバルが身近にいることが、何より励みになるんだよ。凄く心強いんだよ。

 

「負けないよぉ!」

「……こっちこそ!」

 

 だから私は満面の笑みで答える。そんな私に満面の笑みで答える彼女。同じように満面の笑みを相手に送っていた4人。

 新人スクールアイドル6人の無言で交わす挨拶を、先輩6人は優しく微笑みながら見守るのだった。

 

「っと……他のメンバーも自己紹介をした方がいいと思うのだが?」

「確かにそうですね?」

 

 笑顔を送り続けていた私達に、英玲奈さんが話しかけてきた。

 その言葉に海未さんも賛同している。

 確かに今の紹介では、私と亜里沙と美沙にしかわからない話だ。なのに新人6人は旧知の仲だと言わんばかりの雰囲気なのだった。

 実際に、私と亜里沙は美沙以外の他の2人を知らないし、涼風は誰も知らない。向こうも同じようなものだよね。

 英玲奈さんの言葉で恥ずかしくなって、俯く新人6人なのだった。

 

♪♪♪

 

「そ、それでは改めまして……国立音ノ木坂学院スクールアイドル『Dream Tree』の高坂雪穂です!」

「同じく……絢瀬亜里沙です」

「同じく……高町涼風と申します」

 

 私達は立ち上がると、自己紹介をした。そして同時に頭を下げ、「よろしくお願いします」と伝える。

 言葉が終わると同時に拍手が聞こえてきた。

 そして拍手がやむと、彼女達が今度は立ち上がる。

 

「はじめまして! UTX学院スクールアイドル『B-revived(ビーリバイブド)』の蒼井 優希(あおい ゆうき)です」

「同じく……折葉野美沙です」

「同じく……神戸 那実(かんべ なみ)です」

 

 3人が自己紹介を終えると、私達と同じように頭を下げて「よろしくお願いします」と挨拶をした。

 そんな3人に拍手を送って自己紹介が終わる。

 

「なるほど…… B-revived ですか。力強い名前ですね?」

「そう? Dream Tree も力強い名前だと思うけどねぇ?」

 

 だけど突然、海未さんが言葉を紡いで、あんじゅさんが答えていた。

 先輩6人が何か大胆不敵な笑みを浮かべながら、見つめ合っていた。な、なに、どうしたの?

 そんな先輩6人の威圧に驚いていた私達。

 ――と、思っていたら、お姉ちゃんはこっちの人間だったようだ。なんてね。

 

「う、うみちゃんうみちゃん…… B-revived って、どう言う意味なの?」

 

 小声で訊ねるお姉ちゃん。って、いや、ツバサさん達がいる目の前で海未さんに聞くのはどうだろう。

 そんなお姉ちゃんに苦笑いを浮かべていた先輩達。すみません、うちのお姉ちゃんが。

 お姉ちゃんと知りたがっていた私達新人に説明する為に、ツバサさんが言葉を紡ぐのだった。

 

「このユニット名は私が名付けたのだけれど……『Be revived』の造語ね? 意味は『蘇る』よ」

 

 ツバサさんの言葉で私達は海未さんの言ったことを理解した。

 蘇るという意味。

 つまり『A-RISE』が築き上げてきた栄光を蘇らせると言うこと。それを可能にしようと頑張るってことなんだと思う。

 今はトップをお姉ちゃん達に譲っているけど、次の彼女達が諦めていないってことだよね。

 そんな決意をツバサさん達が託して、託された彼女達なんだ。

 当たり前のことなんだけど、改めて彼女達を見て身震いしていた。

 だって、ツバサさん達はもう卒業してしまったから、同じステージに立つことができないって悲しかったけど。

 彼女達の意志を受け継いでいる後輩達が、私達と同じステージを目指すってことなんだもん。

 それも3年間共に切磋琢磨できるんだもん。

 それって恵まれているんだと思うんだ。そして負けられないって思うんだよ。

 私達だって、絵里さん達の。ううん、お姉ちゃん達9人の想いを託されるんだから。

 

 お姉ちゃんが私達のユニット名をツバサさん達に説明していた。

 お姉ちゃんの説明を受けたツバサさん達は、私達と同じような顔で、私達を見つめていた。

 うん。やっぱりそうだよね。やる気が出るよね? 楽しいよね!

 私達は大胆不敵な笑みで相手を見つめていたのだった。

 あっ、こう言う意味だったんだ。

 ほら? ファーストライブの時に、絵里さん達とツバサさん達が大胆不敵な笑みを交わしていたじゃん?

 あれって、こう言うことだったんだね。

 もちろん、美沙達のことは知らないだろうけど、絵里さん達には理解していたんだろう。

 同じ卒業生同士、通じる想いがあったのだと思う。

 

 うん。お姉ちゃんに連れてきてもらって本当によかった。やる気が更に出てきたよ。

 隣に座る亜里沙と涼風の顔からも熱意が伝わってくる。当然、目の前に座る美沙達からもね。

 今すぐにでも練習がしたいと言う「やる気が溢れている気持ち」に蓋をして、会話に参加をしている私達なのだった。

 

♪♪♪

 

「それでね? 実は、あと一人。紹介したい人がいるのよ」

 

 カップに口をつけて、紅茶を一口飲んでからツバサさんが声をかける。

 あと一人? メンバーがもう一人いるのかな?

 私がそんなことを考えていたことを悟ったのか、ツバサさんは微笑みを浮かべて言葉を繋げる。

 

「メンバーではないのよ? でも、大事な人だから紹介しておこうと思って」

「大事な人?」

「そうだね。君達には知る権利があるかも知れないね?」

「そうなんですかぁ?」

「そうねぇ……だって、この子達の『コーチ』だからねぇ?」

「コーチですか?」

 

 す、すごい。さすがUTX学院だね。

 スクールアイドルって部活動じゃん。確かにコーチがいる部活も多いけどさ。でもアイドルのコーチだよ? なんか凄いよね。

 でもまぁ、それを言ったら私達なんて現役トップアイドルがコーチしてくれているんだけどね!

 私達の方が凄くない? だって、現役トップだよ、トップ。

 そんな彼女達にコーチが受けられている私達って凄くない!?

 ――うん。別に私達が凄いんじゃないから話続けるね?

 

 そんな感じでコーチの存在を聞いた私達は、どんな人なんだろうって想像していた。

 すると、突然――

 

「ちょぉーっと、あんたたち……いつまで待たせれば気が済むのよ? 練習しないんだったら、今日は帰らせてもらうわ……よ!?」

「あー、にこちゃん! お邪魔してまぁーすっ!」

「――げっ! 穂乃果……と言うか、なんで、あんた達がいんのよっ!」

 

 入り口の方から語気を荒げた声が響く。

 その声に聞き覚えのある私は思わず声の方を振り向いたんだけど、先に気づいたお姉ちゃんが自然と手を振りながら声をかけていた。

 そこには、いつもの練習着姿の『にこ先輩』が立っていたのだった。

 って、え? なんで、にこ先輩がいるの?

 そんな私達の驚いた顔に「クスッ」と吹き出し笑いをしていたツバサさんが言葉を紡ぐ。

 

「それじゃあ、改めて紹介するわね? ……『B-revived』の特別専任コーチの矢澤にこさんよ」

「よ、よろしく……」

 

 ツバサさんの紹介を受けて、恥ずかしそうにソッポを向いて挨拶をする、彼女達のコーチのにこ先輩なのだった。

 




Comments 亜里沙

新曲すごくいい曲だったよね!
早くライブで歌いたいな~? だけど、たくさん練習しなきゃだね!

穂乃果さんに連れて行ってもらえたのがUTX学院でビックリしちゃった。
みっちゃんとも会えるなんてハラショーだよ。
でも、頑張らないとね! 負けられないもんね?

それに、にこ先輩がコーチなんて驚きだよ。
凄いよね。
とにかく、行けてよかったよね。


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