エミヤ一家のカルデア生活 (カヤヒコ)
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Another answer

「……当分、治まりそうにはないか」

 

眼前の大嵐を眺め、赤い外套の青年──アーチャー・エミヤは呟いた。

 

轟々と吹きつける強風は木々を軋ませ、水入りバケツをひっくり返したような大雨は五十メートル先の視界の確保すら難しくしている。空は星ひとつ見えず、晴れる気配を微塵も見せない。これでは救難信号を送ったところでろくに伝わらないだろう。

 

「(二人のこともある。大人しく救助を待つほかないな)」

 

背を預けていた岩壁から離れ、エミヤは雨宿りに利用している洞窟の奥へと歩いていった。

 

 

 

 

 

遡ること数時間前。エミヤは素材集めの為、カルデアのマスター他数名と共に、修復されつつある特異点のひとつであるオケアノスへ赴いた。

 

────のは良かったのだが、ここで何時もの如くトラブルが発生。システムに不調があったのか、レイシフトしてみればマスターが不在。夜まで探索してみるも、合流できたのは同じくレイシフトしたサーヴァント二名のみ。更に天候も悪化したのでそれ以上マスターを探すことも出来ず、仕方なく偶然見つけた洞窟で夜を明かすことになったのだ。

 

なんというか、腐れ縁の青い槍兵とは別の意味で幸運Eである。生前からの体質とはいえ、溜め息のひとつでもつきたくなるのだった。

 

パチパチと木が爆ぜる音と光を頼りに少し歩くと、開けた場所に出る。焚き火の側には二人の少女がいて、その片割れがエミヤに気づいて声を投げた。

 

「見張りお疲れ様」

 

「む。まだ寝ていなかったのか」

 

「うら若き乙女はこんなところでそう簡単に寝られないの」

 

褐色の肌、銀色の髪、露出の激しい赤い戦装束。見た目は小学生、しかし戦闘力は一線級な彼女はクロエ・フォン・アインツベルン。とある事件を経てカルデアにやって来たサーヴァントだ。

 

その隣で横になっているのは、クロエと瓜二つの容姿を持つイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。クロエと同じ経緯でやって来たサーヴァントにして魔法少女である。

 

 

「彼女は寝ているようだが?」

 

「この子の適応力が高過ぎるのよ」

 

イリヤの髪を撫でながらクロエが言う。声音は呆れているが、その表情は穏やかだった。常日頃イリヤと姉の座を争っているが、心根では案外どちらでも良いと思っているのかもしれない。

微笑ましい光景に、エミヤの口元もつい緩くなる。

 

「君も早く横になりたまえ。上質な睡眠は難しいだろうが、眠らないよりはマシだろう」

 

 

こうしてレイシフトしている以上、マスターもこの特異点のどこかにいることは間違いない。今頃ロマニと共に探してくれているだろう。なら自分の役目は、それまで彼女達を危険にさらさないことだ。

 

 

もう一度入り口を見てこようと踵を返して、

 

 

「それじゃ、ちょっとだけ付き合ってくれないかしら──お師匠サマ♪」

 

どこか蠱惑的なその声に、緩んだ口元が引き攣る。目が死んでいくのを自覚しながら振り返った。

 

「……その呼び方は控えてくれと言ったはずだがね。それに、付き合うというのは?」

 

「わたしが眠くなるまでお喋りしましょ。貴方、普段すぐ会話切り上げちゃうじゃない」

 

「伝えるべきことは伝えているはずだ。それとも私のアドバイスに不満でも?」

 

「そーじゃなくて、もっと貴方のことを知りたいの。……それともぉ、ここまでレディがお誘いしてるのに断る気なのかしら?」

 

小柄な体躯をくねらせ、指は唇へ。上目遣いと桃色に染まった頬。それらを目にした男を非日常へと誘う魔性の貌。幼いながら整った容姿も相まって、クロエの誘惑は魅了スキルを発揮しそうな程だ。

 

 

だが、

 

「フッ。悪くないが、男を誘うならもう少し女性的な身体に成長してからだね」

 

 

────瞬間、殺気。

 

 

『蹴り穿つ死翔の槍』(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)

 

 

放たれし深紅の流星が、エミヤの立っていた場所に殺到する。間一髪横っ飛びで回避した。

 

 

「チッ、まだ因果逆転は再現できないわね」

 

「君は私を殺す気か!? というかいつの間にここまでゲイボルクを扱えるようになった!?」

「スカサハに教えてもらったのよ」

 

「くっ、ケルトの連中はどいつもこいつも節操がない……! いい加減年相応の落ち着きを覚えたら良いものを」

 

「あ、もしお話してくれなかったら今のスカサハに言っちゃおうかなー?」

 

そんなことになれば朝まで鍛練と言う名の瀕死コース確定である。狂王を除くクーフーリン×3の惨状を思いだすと背筋が凍った。

 

「…………解った。あくまで君が眠るまでは付き合おう」

 

自分の迂闊さを呪いながら、エミヤは嘆息と共に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 

 

率直に言って、初めて会ったときからエミヤはクロエを苦手にしている。

 

数多の英霊が集うカルデアで、イリヤとクロエが真っ先に注目したのがエミヤだったのは、ある意味当然だったのだろう。向こうからしてみれば、自分達の父兄と同じ名を真名とし、さらにクロエの能力──引いてはその核となるアーチャーのクラスカードと同質の力を有しているのだ。これが気にならない方がおかしい。

 

そして彼女達の大体の事情を察したエミヤは、それとなく二人を避けてきた。ただでさえ生前の知り合い(に限りなく似た別人)が増えてきて気まずい上に、二人には自らの出自を悟られかねない。これ以上の職場環境の悪化を防ぐべく細心の注意を払っていたのだが、ある時最も厄介な人物に目を付けられた。

 

 

そのお人好しな性格と行動力と器の大きさで特異点を踏破し続け、またあらゆるサーヴァントと絆を深めている、お前一般人つーか逸般人だろと名高い今のエミヤの主。即ち、人類最後のマスターである。

 

 

『なんかクロエから相談受けてさ、エミヤの戦いを見てると自分の力の使い方が解ってくるんだって。じゃあいっそエミヤに師事させればいいんじゃ? ってことなんだけど、頼めるかな?』

 

 

これにはかなりの難色を示したが、エミヤほどあらゆる戦況に対応できるサーヴァントもそういない。もう一人いれば戦略の幅も広がるだろうというもっともな理由を論破出来ず、渋々クロエの指導を引き受けることになった。厨房などの家事で忙しいと主張することも出来なくはないが、それはサーヴァントとして色んな意味で敗北を意味すると思っている。

 

 

それからはクロエの小悪魔的な言動に振り回されつつもキッチリと面倒を見た結果、効果は如実に顕れた。投影の精度は以前と比べ物にならなくなり、戦闘能力も大きく向上した。流石の責任感の強さと面倒見のよさである。カルデアのおかんの名は伊達ではない。

 

 

「それでね、黒ひげに秘蔵のコレクションを見せてもらう代わりに、わたしの写真を撮らせてあげたのよ。これでネタには困らないとかで喜んでたんだけど」

 

「了解した。ナイチンゲール女史を伴いヤツの部屋を徹底的に掃除して、ついでにあの男ごと焼却しよう。マスターの判断を仰ぐまでもない」

 

まあ仕事だなんだの言いつつ過保護気味なのは、クロエ本人を含めてバレバレなのだが。

 

 

 

しばし、そうしたとりとめもない話に興じる。年相応にくるくると表情を変えるクロエの顔を見つめていると、否応なしにある少女のことが思い出された。

 

 

 

────それは、もう遥か遠い記憶。自分にとって契機となった魔術的儀式で出会った、冬の娘。妖精のような無邪気さと冷酷さを併せ持った、目の前の二人とは似て非なる存在。

 

記憶が摩耗した今となっては、彼女がどういう顛末を辿ったかは思い起こせない。だが写真のように、その姿は色褪せてもなお鮮やかに蘇る。

 

この二人が平行世界の存在で、自分の知る彼女とは関係のないことは理解している。自分では、本来二人を取り巻く問題を直接的に解決することも出来ない。元々イリヤとクロエは迷子のようなものなのだ。人理の修復に成功すれば消える可能性が高い。カルデアでの記憶が、元の世界にいる二人に反映されることもないだろう。

 

 

それでも────

 

 

「ちょっと聞いてるの?」

 

「あ、ああすまない。少し呆けていたようだ。何の話だったかな」

 

「は、話っていうか、その……」

 

 

俯いて、もじもじと身体を動かすクロエ。時折こちらを覗き見るも、辛そうな顔をして黙ってしまう。訓練を始めてから、幾度か見たことがあった。

 

 

「どうした? トイレに行きたいのならすぐ用意して──いやすまない。デリカシーに欠けていたのは謝るからその聖剣を下ろしてくれ!」

 

「そうじゃなくて!! その…………」

 

顔を赤くしたクロエはしばらく逡巡した後、意を決したように顔を上げて、

 

 

 

「お礼を、言いたかったの」

 

 

小さな声でそう言った。

 

 

「……君を鍛えたことに関しては、礼はいらない。私はあくまでマスターの要請に応えただけなのだから」

 

「それもあるけど、そうじゃないわ」

 

 

クロエはその手に、一対の剣を造り上げる。エミヤとクロエの主武装である、白と黒の夫婦剣。哀しみに濡れた視線が、その刀身をなぞった。

 

 

「貴方と打ち合ったとき、この剣を通して流れ込んできたわ。……どんな道を、貴方が辿ってきたのか」

 

 

────ああ、やはりか。

 

 

エミヤの顔が歪む。クロエの指導を拒んだ最大の理由がこれだ。

 

別人であれ、エミヤの力を核に受肉したその身体はエミヤそのものと言っていい。嘗ての自分がそうだったように、成長の代償として記憶が逆流する可能性も十分にあり得た。

 

 

「……すまない。君には酷いものを見せてしまった」

 

「別に良いわ。元はわたしが言い出したことよ。……信じた道を走り続けて、その過程で多くのものを失って──最期まで報われず、あんな荒野(場所)に辿り着いた。貴方のことだから、辛いなんて思わなかったんでしょうけど」

 

 

でも、とクロエは自身の胸に手を当てる。心臓の鼓動と、そこに満ちる力を感じるように。

 

 

「他でもない貴方のお陰で、わたしは生きている。自慢じゃないけど、わたしがいないとヤバかったこともあったから、この子達の恩人でもあるわね」

 

 

幸せな夢でも見てるのか、あまりお茶の間にお見せの出来ない顔となっているイリヤをちらりと見て、クロエはエミヤに向き直る。

 

 

 

 

「だからありがとう。貴方の生涯(ユメ)には、ちゃんと意味はあったのよ」

 

 

 

 

ふわりと、無垢な笑顔が咲いた。

 

 

 

 

「──────」

 

 

殺してきた。ひたすら殺して、少しでも天秤の重い方を救い続けてきた。このグランドオーダーは例外中の例外で、終わればまた守護者として殺戮(救済)する日々が始まる。いつか得た“答え”を胸に、エミヤはこれからも歩き続けるだろう。

 

 

だけど────

 

 

「君に感謝される謂れはないよ。私は、私の為に人生を駆けたのだから」

 

「もうっ、いいから素直に受け取りなさい! 貴方自分のことマスターにすら詳しく明かしてないそうじゃない。周りにあんまり詮索してほしくないんでしょうから、こうして誰も聞いてないところじゃないと言えないの!」

 

 

頭を押さえられ、髪をグシャグシャに乱される。少女の頬の赤色は、果たして焚き火の光なのか。

 

 

それにしても、どうやら随分と気を遣わせてしまっていたようだ。これでは仮といえど師として立つ瀬がない。

 

 

「クロエ」

 

恥ずかしいのか、そっぽを向いている彼女の頭に手を乗せる。驚いたように顔を上げた少女に、エミヤは穏やかに笑いかけた。

 

 

ここに新たな誓いを立てる。

 

自己満足に過ぎなくても。儚く終わる夢だとしても。

 

いつか別れるその時まで、彼女達を支えていこう。

 

 

自ら無意味と断じた生涯を、意味があると言ってくれたように。この奇跡(出会い)を意味あるものにしたいから。

 

 

「“オレ”の方こそ、ありがとう」

 

 

その笑顔は、いつかの少年のようで。

 

 

「~~~~~~~っ!!!」

 

クロエの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていく。

 

「どうした? 顔が熱くなっているぞ」

 

「な、なんでもない! ちょっと外見てくる!」

 

「待ちたまえ! ひょっとして風邪では……」

 

「うるさいこの朴念仁!! こんなとこは変わってないんだから余計に質悪いわ!!」

 

お兄ちゃんなんて絶対呼んであげないんだからあああぁぁぁと叫びながら、クロエは敏捷ステータス(エミヤより速い)フル活用で洞窟の入り口へ消えていった。

 

 

「んにゅ……あれ?」

 

追うべきか迷っていると、イリヤが目を覚ました。考えてみればこれまでずっと寝ていた訳で、中々に大物な気がする。

 

「おや、起こしてしまったかね」

 

「………………」

 

寝惚けているイリヤは答えない。トロンとした眼を幾度かしばたたかせると、

 

「お兄、ちゃん?」

 

「………………」

 

思わず閉口する。さっきのグシャグシャで髪が下りているとはいえ、そんなにあの未熟者と似ているのだろうか。

 

 

「あれ、エミヤさんなんで……ああああ!!」

 

覚醒して状況を思い出したのだろう。慌てた様子でエミヤに背を向けた。髪はボサボサ、唇の端には涎が垂れていて、お世辞にも人前に見せられる格好ではない。女の子にとっては死活問題である。

 

女性の身支度に同席する訳にもいかないので、手鏡と櫛を投影して渡すと、エミヤはその場を後にした。

 

 

そして気づく。あれだけ激しかった風雨の音が聞こえなくなっていて、

 

 

「おーい! みん──だー!」

 

「───エさーん、イリ───ん、エミヤ──ぱーい!」

 

 

こちらを探す主と盾の少女の声が耳に届いた。

 

 

外に出てみれば、水平線の彼方がうっすらと白んでいる。いつの間にか夜を越していたようだ。

 

湿り気を残した風に、赤い外套が舞い上がる。

 

 

「さて、まずは……マスターと合流して、どこかに消えた弟子を探すとしようか」

 

 

やれやれと小さく笑い、エミヤは近づいてくる声の方へ歩き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────なお、ここまでの会話は存在感を消していた愉快型魔術礼装の手によってバッチリ録音されており、それを聞いた影の国の女王に追い回される羽目になるのだが、それはまた別の話である。

 




皆さまはじめまして。カヤヒコと申します。

新年明けて何かしてみようということで、初めて二次創作というものを書いてみましたが、如何だったでしょうか?

プリヤとfgoのクロエ、そしてubwの詠唱文を見ていて、クロエ視点からのこういったAnswerもありなのではないかなーと考えました。



今回書いてみて、改めてfateのキャラは魅力的だと思いましたね。その分キャラの特徴を捉えるのがとても難しく、常日頃拝見させてもらっている良作の作者様には尊敬の念を覚えます。


もしよろしければ感想、意見など、お待ちしています。


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魔法少女と幸福を知らない正義の味方

オーブンを開けると、甘い香りが鼻腔を満たした。

 

 

「よしっ、完成!!」

 

 

プレートを取り出して出来映えを確認し、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは満足げな笑みを溢した。

 

白い湯気を立ち上らせるのは、いつだかの調理実習で作ったパウンドケーキ。今回はしっかり練習もしたし、ナツメグやらフリスクやらを投入するような友人(変人)もいない。

 

 

「おや、君も終わったのか」

 

「あ、エミヤ先生」

 

 

厨房に入ってきたのは、自前のエプロンが似合いすぎる赤い弓兵(バトラー)。料理長の名前を欲しいままにし、今回のお料理教室の講師を勤めるカルデアのおかんであった。

 

エミヤはイリヤの作ったパウンドケーキを一瞥すると、満足そうに頷いた。

 

「ああ、いい出来だな。練習の成果が発揮できている」

 

「えへへー。先生が色々と手伝ってくれたからだよ」

 

「なに、君の場合は大した手間ではないさ。いや本当に……」

 

 

 

エミヤの視線は厨房を離れ、食堂へ。そこには────

 

 

 

『見て見てダーリン! 愛情たっぷり詰め込んだスペシャルケーキだよー!』

 

『あれ? おっかしーなー。なんで表面泡立ってるのかなー。目玉とか尻尾とかがはみ出てるように見えるなー』

 

 

 

『あらどうしたのドラ娘。まさかその毒々しい赤色のそれがケーキなのかしら』

 

『アンタこそ、その石畳みたいにデカイのは何なの? え ……まさかそれがケーキなんて言うつもりなのかしら』

 

 

 

『ふふっ、パウンドケーキを作るのは初めてですけど上手くいきましたね。…………あの、大人の私はどうしてそんなギザギザのナイフでケーキを切ろうとしているのでしょうか?』

 

『これ以上私への風評被害を防ぐためよ! ヘンテコ材料を使ったせいでケーキの中に魔術式が構築されていました、なんてことになったらもう……もう……っ!!』

 

 

 

「──あの連中に比べたら、君はなんて模範的な生徒だったのだろうなあ……!」

 

「泣かないで先生! 多分先生は悪くないから!」

 

『いやーホントどうやったらあんなのを錬成出来るんでしょうかねー?』

 

遠い目をした講師を全力で慰めるイリヤと、惨状に軽く引いている愉快型魔術礼装。流石はサーヴァント。独自性も思い込みも暴走具合も、無駄に一級品である。

 

 

「……まあ、アレは置いておこう。何か手伝うことはあるかね」

 

 

頭を振って、エミヤはイリヤに向き直った。料理教室の講師という立場からすればこんな結果はとても許容出来ないのだろうが、下手に首を突っ込んだら騒ぎは拡大する一方なのも分かっているのだろう。あの未確認物質を口にする人達に黙祷を捧げつつ、イリヤは用意していた包装紙を手に取った。

 

 

「あの、ラッピング手伝ってくれませんか?」

 

「ああ、構わない。お世話になった人への贈り物だな?」

 

「うん! マスターさんに、マシュさんに、クロに、ママに……あ、勿論エミヤさんの分もあるからね!」

 

「ほう、それは楽しみだ」

 

イリヤがケーキに包丁を入れていくのを、エミヤは包装紙に合ったリボンやアイテムを見繕いながら観察する。切り分けたケーキの数からすると、今回プレゼントするのは恐らく六人。今列挙した人物は五人なので、残るは一人なのだが────

 

 

 

 

「……“彼"にも渡すのか?」

 

「……うん。クロには止めとけって言われたんだけど」

 

「…………」

 

 

止めるべきか、エミヤは少し迷った。

 

クロエの懸念は正しい。最悪の場合彼女にトラウマが刻まれる恐れもある。彼と彼女の間には何の関係もないが、それを割り切るにはイリヤは余りにも幼い。

 

 

だが、

 

「うーん、どうやるのがいいかなあ……」

 

『ルビーちゃん的には、キスマークでも付けたらいいと思いますけどねー。皆さんへの愛情がたっぷり伝わりますよー』

 

「その愛情は意味合いが違うから! クロや美々とは違うんだからね!?」

 

包装紙片手にあれこれと悩む少女の姿は、とても尊いものに見えた。

 

感謝を素直に述べるのは、大人になるほど難しい。立場やプライドが、ただ一言を口にするのを躊躇わせてしまう。言いたいことを言いたい時に告げられるのは、子供の特権の一つだろう。

 

何より、恐らく“彼"はソレを言われた経験がない。お節介は百も承知だが────それくらいの報酬は、あっていいと思うのだ。今のカルデアはある意味、英霊達が生前以上に人としての生活を謳歌できる場所なのだから。

 

 

「ひとつ、君にアドバイスをしておこう。彼に渡すのなら、無理矢理にでも押しつけるくらいの方がいい」

 

「う、うんっ! 頑張ります!」

 

元気よく頷いたイリヤはケーキを持って、食堂を飛び出した。あの男の部屋に行くのだろう。

 

その後ろ姿を見送ったエミヤは、柄でもなく心の中で祈る。出会うはずの無かった二人に、どうか──自身が知る二人ですら叶わなかった──奇跡が起こりますようにと。

 

 

「さて、とりあえずは……ドクターに胃薬でも貰いに行くとするか」

 

この後繰り広げられるであろう食中毒騒ぎ(惨劇)に対処するため、エミヤは医務室に足を運ぶのだった。

 

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

イリヤとクロエがそのサーヴァントを知ったのは、彼女達がカルデアにやって来てから一週間後のことであった。

 

 

「この剣は太陽の写し身。あらゆる不浄を清める焔の陽炎。『輪転する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)』!!」

 

「これこそは我が父を滅ぼし邪剣。『我が麗しき父への叛逆(クラレント・ブラッドアーサー)』!!」

 

 

「最果てに至れ。限界を超えよ。彼の王よ、この光をご覧あれ!『連鎖全断・過重湖光(アロンダイト・オーバーロード)』!!」

 

 

大気を焦がす、暴力的なまでの光の奔流。宝具たる剣の先より放たれた光に遮蔽物など意味を成さず、その軌跡には塵ひとつ残らない。

 

 

「ひいいぃぃぃぃぃい!! 今背中焦げてる!焦げてるよー!」

 

「口動かす暇があるなら逃げなさい! 直撃したら死ぬわよアレ!」

 

 

聖剣(ガラティーン)の熱波から全力で退避するも、休む間もなく次なる聖剣がブッパされる。

 

制止の呼び掛けは通じない。イリヤ達に刃を向けるのは誇り高き円卓の騎士ではなく、その姿と力を模しただけのプログラムなのだから。

 

 

事の発端は、イリヤとクロエがカルデア内を探索していたところから始まる。何気なくシミュレータールームの前を通ったクロエが興味を示し、マスターの役に立ちたいと思っていたイリヤもこれに同意。プログラムを起動しようとしたクロエが色々と弄くった結果、何故か暴走。戦闘プログラムが起動し、襲いかかってきた。

 

 

彼女らは知るよしもないが、プログラム名は『ドキッ! 円卓だらけの聖剣☆パーティー! ギフトもあるよ!』。第六特異点でマスターが経験した地獄(獅子王の祝福)をベースに、カルデアの職員と発明家系英霊が深夜テンションで作り上げた結果、クリア難易度はA+という下手な特異点での戦闘よりも危険な代物と化していた。

 

 

「クロ、まだ分からないの!? 早くしないとホントにまずいよ!」

 

「出来るならとっくにやってるわよ!! ああもうどうなってんのよこれ!」

 

 

終了させようと端末を弄るクロエだが、彼女の知識はマスターが操作するのを見た分だけに過ぎず、こうした不足の事態に対応できる程ではない。そもそも敵の攻撃が激しいせいで端末に意識を向けられる時間が極端に少ないのだ。

 

 

そうしている間にも真名解放の連鎖は止まらない。一切を焼き払う閃光の波は、敵対者の身体より先に精神を折る。

 

 

「わっ……!!」

 

「イリヤ!?」

 

 

集中力を欠いたイリヤが、足を滑らせて転倒した。獲物の隙を逃さず、肉薄した敵が湖の聖剣を振り下ろす。

 

 

ルビーが物理障壁を展開しようとし、クロエはイリヤへと手を伸ばす。だが青い剣閃はそれより速くイリヤに迫り、

 

 

 

Time alter(固有時制御)──triple accele(三倍速)

 

 

 

小さく、しかし重い雨垂れのような声の直後、イリヤの視界は溶けるように歪んだ。

 

 

「……え?」

 

 

風景が高速で流れいく。敵を置き去りにして一気に離れていき、数秒後に止まった。そこでイリヤは抱えられていることに気付く。

 

 

顔を上げるとそこには、赤いフードを被った男が見えた。漂う魔力からして、間違いなくサーヴァント。

 

 

「あ、あの……きゃ!?」

 

「シミュレータールームより異常を確認。プログラムが終了出来ない。管制室から介入して、強制終了させてくれ」

 

 

やや乱暴に地面に下ろし、赤衣の男は二人に背を向けた。腕輪型の通信端末を起動させると、感情のない声で通達する。

 

それが終わるや否や、男は懐から銃を抜き放ち、発砲。吐き出された銃弾は敵の鎧に命中する。敵対行動を受けて、排除対象を変更した騎士達の殺気が男に集約した。

 

 

「僕が引き付ける。助けが来るまで離れていろ」

 

 

男は駆け出す。残像を残すほどの速さを以て、全ての攻撃を避けながら、敵をイリヤ達から遠ざけていく。

 

「イリヤ! 無事!?」

 

「あ、うん……」

 

クロエが駆けつけてくる。

 

理解が追いつかず呆然としているイリヤだったが、クロエはサーヴァントが去っていてった方向を見て唇を震わせていた。思わずといった調子で声が溢れる。

 

「あの声……まさか」

 

「クロ?」

 

「……ううん、なんでもないわ。それより、ここから離れるわよ。あのサーヴァントが引き付けてくれてても、万全とは言えないんだから」

 

クロエはイリヤの手を引いて、戦場とは反対の方向へ走り出す。引っ張る力は少し強くて痛くて、イリヤにはそれがクロエの動揺を示しているように思えた。

 

 

数分後、駆けつけたマスターとサーヴァントの手によって敵プログラムは打倒され、事態は一応の解決を迎えたのだった。

 

 

────あの赤いフードのサーヴァントの行方を、誰も知らぬまま。

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

『ああ、あやつか。シミュレーターでの戦闘訓練で一度だけ一緒になったな。とはいえ、あやつは誰とも会話をしておらんかったから、人となりは分からん。目にしたのもそれっきりだしな。済まぬが汝らの力にはなれん。あとは……汝らにこんなことをいうのはあれだが、恐らく私とは相容れぬだろうな』

 

 

『あのサーヴァント殿でしたら成立しかけの特異点を修復した際にご一緒したことがあります。敵勢力は拠点に籠っていたのですが……いやあ、あれは鮮やかな手腕でした。まさか爆弾で建物ごと爆破させるとは。首は取れないのは残念ですが、火で炙り出すよりも手早く済みますね。勉強になりました。……え? その話はいいからどこにいるか、ですか? うーん、少なくともカルデアで見たことはありませんね。かといって、どこかの特異点を拠点にしているわけでもなさそうです』

 

 

「見つからないねー」

 

「目撃情報が少なすぎるわね。そもそも誰も真名を知らないってどういうことなのよ」

 

 

騒動の翌日、イリヤとクロエは昨日のサーヴァントを探してカルデアを歩き回っていた。話をしたことのあるサーヴァントから色々と訊いたものの、得られた証言は二つだけ。しかしその二つも、正体の特定には至らない。せいぜいアサシンのクラスであることが判明したくらいである。

 

手がかりが掴めないまま食堂にやってきた二人は、机に上半身を預けてぐったりしている。一部のサーヴァントが作る絶品料理のおかげでお昼時はとても賑わうのだが、今はピークを過ぎている。

 

 

「……む? どうしたそんなにして。行儀が良いとは言えないな」

 

そこに通りかかったのは、布巾片手に忙しなく歩くエミヤであった。

 

エミヤとは出会った当初こそパニックに陥ったが、今ではすっかり打ち解けている。彼の詳しい事情は知らないが、自分の知る兄とはまた別の、信頼できるお兄さんであることに変わりはない。あと料理の味つけがどこか懐かしく、兄を思い出させることもあってとても気に入っていた。

 

「んーちょっとねー」

 

「何やら悩みがあるようだな。私で良ければ相談に乗るが」

 

「……そうね。ちょっと聞きたいことがあるのよ」

 

「分かった。少し待っていたまえ」

 

そう言うとエミヤは一度厨房へ引っ込み、ティーカップ二つを手に戻ってきた。中には紅茶が注がれており、温かな湯気が立ち昇っている。

 

 

「このカルデアで茶葉の栽培から始めたものだ。味は保証しよう」

 

「す、凄……サーヴァントってそんなことも出来るんだ」

 

「いや、間違いなくこの人くらいでしょ。というか人類救う為の施設で何してるのよ……」

 

 

片方は驚き、片方は呆れながら、同じタイミングで紅茶を口に含む。家のメイドが淹れてくれるものに勝るとも劣らない上質な味わいだった。

 

 

昨日の出来事を話すと、エミヤの眉間の皺が段々と深くなっていく。話し終える時には苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。思い当たる節があるのは明白である。

 

 

「あの、ひょっとして心当たりがあるんですか?」

 

「…………ああ。彼の真名は知っている。エミヤだ」

 

「え、ええええええええええ!!? エミヤさんの別のクラスなんですか!?……いやでも」

 

当然、その真名を知ったイリヤは驚愕する。

 

あのアサシンからは目の前の青年のような暖かさがまるで感じられなかった。むしろこれまで会ったどんな人間より、あの男の纏う雰囲気は機械じみていて。サーヴァントは英霊の特定の側面を切り取ったものだと言うことを考慮しても、とても同一人物とは思えない。

 

「別にそう不思議ではないさ。私という英霊は、本来あちらの側面の方が適当なんだ」

 

どこか自嘲を含んだニヒルな笑みを見せるエミヤ。

 

「……あのアサシン、本当に師匠と同一人物なの?」

 

「完全に同一の英霊かと言われたら違うが、まあ大本は変わらないさ。聖剣と聖槍の騎士王が良い例だよ」

 

イリヤと同じ疑問を抱いたのだろう。エミヤに戦闘の指南を受けているクロエが訊ねた。足を組んだまま送る追及の眼差しを、エミヤは平然と受け止める。

 

そこでエミヤは会話の流れを切るかのように、中身の減っているティーカップ新しく紅茶を注いだ。

 

「とにかく、君は彼にお礼がしたいのだろう?」

 

「うん。でも、どうしたらいいか……」

 

「ならば私が力になろう。彼の好みはある程度把握しているからな。明日以降になるが、構わないか?」

 

「あ、そっかあ。同じエミヤさんなら分かるもんね。よろしくお願いしますっ!!」

 

 

イリヤはぱっと顔を輝かせる。飲み終えた紅茶を片付けて、厨房の流しへと運ぶ。エミヤがその背中を見送っていると、

 

「あのアサシン……“あの人"なの?」

 

イリヤに聞こえない程度の声量で、クロエは疑惑を口にした。赤い瞳は複雑な感情を帯びていて、エミヤはクロエが気づいていることを察する。

 

 

それが誰のことを指すのか知っているのは、この二人と聖杯の端末、後はひょっとしたらマスターくらいのものだろう。

 

青年と少女にとっては、それぞれ別の意味で始まりとなった人。理想を追い続けたその先で、愛を知って折れた男。

 

 

だから、赤い弓兵はこう答えた。

 

 

「別人だよ。私も君も知らない、な」

 

 

 

 

        ●   ○   ●

 

 

代わり映えしないカルデアの廊下を歩き、イリヤはアサシン・エミヤの部屋へと辿り着いた。事情を話して協力してもらったマスターが手を回してくれたので、今の時間に部屋にいるはずだ。

 

 

ドアの前で乱れた呼吸を整えると、控えめにノックする。だが反応はない。

 

もう一度ノックする。しかし反応はない。

 

「あれ? いないのかな……」

 

「何の用だ」

 

「わひゃい!!?」

 

首を傾げた直後にドアが開き、赤いフードが目に入る。驚いて尻餅をついたイリヤを、男は見下ろしている。

 

 

フードと口元を覆う布で顔は見えない。サーヴァント達の話から、カルデア召喚されてから殆ど素顔を見せていないのだろう。単にシャイなのか、それとも顔を見られたくないのか。自分の知るエミヤからしたら、どちらの理由もしっくり来ないのだが。

 

ぞっとするほど何の色もない冷徹な視線に怯えながらも、イリヤはどうにか口を開いた。

 

 

「あの……エミヤさん、ですか?」

 

「……ああ。何の用だ」

 

「わたし、イリヤスフィールって言います。その、この前はシミュレータールームで助けてくれてありがとうございました!! それでこれっ、作ったので良かったら食べてください!!」

 

 

慌てて立ち上がり、頭を下げると共に包みを渡す。赤い紙袋でラッピングされたパウンドケーキは、助言に従ってやや甘めにしてみたものだ。

 

 

緊張で、耳の奥で鼓動が鳴る。それに必死に抗っていると、戸惑いが滲んだ声が降ってきた。

 

「……なんの真似だ」

 

「えと……感謝の証、なんですけど……」

 

どうしてか受け取らないアサシンと、どうしたら良いか分からないイリヤ。互いに固まったまま無言の空間は張り詰めていく。

 

「し、失礼しましたー!!」

 

やがて耐えきれなくなったイリヤは、紙袋をアサシンに無理矢理持たせてその場から走り去った。そのままダッシュで自室に戻ると、驚くクロエの胸に半泣きで飛び込んだ。

 

「クロー!わたしやっちゃったよー! あの人絶対怒ってたよー!」

 

「あーなるほど。大方、反応してくれないから押しつけて逃げ帰ってきたんでしょ」

 

「うぐ……!」

 

ドンピシャで当てられて、イリヤの喉からくぐもった声が出た。折角エミヤやマスターに協力してもらったのに、これでは申し訳ない。

 

「まあ大丈夫でしょ。多分だけど、悪いようにはならないわ」

 

あやすように、クロエはイリヤの背中をポンポンと撫でる。それがとても心地よくて、しかし姉としての矜持が許さなかったので離れた。やれやれとでも言いたげな表情が気に入らなくて、膨れっ面になる。

 

「むー、なんでクロはそんなこと分かるの?」

 

「そりゃあね。彼だって『エミヤ』なんだから」

 

 

そう笑ったクロエの顔は、どこか寂しそうだった。

 

 

        ●   ○   ●

 

 

個室というのは、多かれ少なかれ主の個性が出てくる。それはサーヴァントだろうと例外ではなく、限られた資源の中で、与えられたマイルームを彩っていた。

 

 

その部屋は、ただ無色。或いは鋼色。

 

生活臭を感じさせない、清潔に整いすぎた家具。彼を表すのは、床に置かれた鋼の塊のみ。それらは神秘に対抗できるよう魔術的処理を施された近代兵装の数々だ。

 

 

アサシン・エミヤはベッドに腰を下ろし、手にした紙袋を眺めている。ざっと見たところ異常なし。警戒しつつ封を開くと、出てきたのはケーキだ。毒物の可能性も考えたが、メリットが思いつかないので却下する。

 

 

彼女達を助けたのは、単なる偶然だ。勘を鈍らせないようにとシミュレータールームに足を運び、そこで異常を察知。状況確認の為に踏み込んで、あとは自分に出来ることをやったに過ぎない。あの少女を見てるとなんとなく胸がざわつくが、それも初対面なのだから気のせいだ。

 

 

「─────」

 

 

先の光景を思い出す。面と向かってありがとうと言われた時、彼は柄になく固まってしまった。

 

ああして誰かに感謝されるのはいつ以来だろうか。きっと生前でも、数える程しかなかったように思う。

 

顔のない正義の代表者。抑止力の守護者。世界に召喚され、ただ人類滅亡の要因となるものを排除する鏖殺者。切り捨てた側は勿論、彼が救った側の人間にさえその行為を理解されることはなかった。いつだって一人で、それこそが強さだった。

 

 

きっとこれからも変わらない。────何故この道を歩もうと思ったのか、思い出すことが出来なくても。

 

 

 

ふと、パウンドケーキの甘い香りに意識が引き戻された。この贈り物をどう処理しようかと考える。

 

サーヴァントとなった今、食事の必要はない。生前理想とした兵器としての在り方から考えれば無駄以外の何物でもなく、ゴミ箱に放り込んでしまえばいい。

 

 

でも何故だろう。あの少女の一生懸命な顔を、どうしてか悲しませたくないと思ったのだ。

 

 

ケーキを手掴みで口に運ぶ。久しくしなかった食事に、味覚は驚いたようだ。長い時間をかけて咀嚼し、舌を慣らしていく。

 

 

「……………………甘いな」

 

口にしたのは、そんな短い感想。

 

 

だけど、唇の端は僅かに緩んでいて。

 

 

鉄の心に、仄かな熱が灯った瞬間だった。




1.5章までに間に合わなかった……


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少女と女神の星空飛行

日が沈み、人々の営みが屋内へと移る夜。真っ黒なキャンパスに黄金色の線が引かれるように、夜空を一筋の光が駆けていく。彗星のように見えるソレの正体を、人間が空を飛んでいると気付く者は極めて少ないだろう。

 

扇情的な衣装に身を包んだ、黒髪の少女。傍らには身の丈の倍はある青い大弓を携えている。ルビーを思わせる赤い瞳はただ前を見据え、加速によって発生する空気抵抗などものともしていない。

 

 

女神イシュタル。

 

 

バビロニアの都市神であり、ギルガメッシュ叙事詩にて英雄王が唯一の朋友を失う要因を作り出した傍迷惑神だ。まあ彼女に限らず、有名な女神に関わった者は大抵ロクな結末を迎えないのだが。

 

今はとある少女を依り代に現界した疑似サーヴァントであり、その影響で善性が強調されていることが幸いだろう。もしも生来のままであったなら、ギルガメッシュとエルキドゥが排除にかかってからのカルデア滅亡待ったなしだったに違いない。

 

「……ま、そうでなくともストレスは溜まるんだけどね」

 

飛行機をゆうに上回る速度でかっとびながら、イシュタルはポツリと呟いた。

 

時代と地域の垣根を越え、人類史に名を刻んだ数多の英霊が集うカルデアでは、生前よりも遥かに多様な価値観を有する者たちとの共同生活を強いられる。当然ながら反りが合わない、もしくは怨恨を抱えた相手と顔を合わせることも珍しくなく、下手しなくとも殺し合いに発展するような地雷がゴロゴロ転がっているのだ。

 

人類史を守護するという目的の一致と、マスターという信頼できる主の存在。万一ルールを破ろうものなら自身と同等かそれ以上の実力を持つサーヴァントから物理的な制裁が待っていること。これらの要素が絡み合って始めて平穏が保たれているものの、精神的な疲労はどうしても蓄積していく。生前好き勝手に振る舞っていたイシュタルならなおのことだ。

 

そのためストレス解消として、マスターに連れられた際や、時には勝手にレイシフトして、空を飛びつつ特異点を巡るのが最近の楽しみになっていた。今日はネロ・クラウディウスが治める古代ローマである。

 

スピードを落として、一時停止する。特異点として成立している範囲はぐるりと一周したので、さて次はどこに向かおうかと気になるものを探していたイシュタルは、

 

 

 

「うぷ……もう、駄目」

 

『断固ノーですイリヤさん! 魔法少女がリバースだなんてはしたない真似は許しませんよー!』

 

「………………あ」

 

視界の端。大弓マアンナに銀髪の少女が引っ掛かっているのを今さらながら発見した。

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

「うう……まだ気持ち悪い」

 

「ごめんなさいね? ちょっと興が乗ったと言うか、エンジンがかかったというか」

 

『自分から拉致っておいて酷い扱いですねー。女神になっても、いやだからこそ女神になったんでしょうか。なんて横暴で傍迷惑なんでしょう』

 

「アンタにだけは絶対言われたくないわ」

 

 

 

数分後、青い顔をしたイリヤスフィールを丘稜地帯へ連れていき、イシュタルは謝罪していた。

 

 

「そ、それでり……イシュタル様は私めに何の御用でしょうか?」

 

 

どうにか吐き気を飲み込んだイリヤは、怯えながら女神に訊ねた。

 

 

イリヤからすれば天災にも似た不意打ちである。たまたま管制室の近くを歩いていたら廊下の奥からすっ飛んできたイシュタルに引っ張られ、気付けば満天の空の下。一切の説明がなされないままにジェットコースターが極楽に思えるほどのスピードで振り回され、当然のように酔ってしまった。尤も、酔い程度で済んでいるのはルビーが咄嗟に転身させたからで、それがなければ加速に体が耐え切れずミンチだったことは想像に難くない。

 

「特別用事がある訳じゃないんだけど……ちょっと一緒に空を飛んでくれる相手が欲しいなって思ってたのよ。そしたらちょうど貴女がいたから連れてきたって訳」

 

「な、なんでわたしなんですか!?

空を飛べるサーヴァントさんなんて他にいくらでも……」

 

「だって他の連中は宝具使って空を飛ぶじゃない。相手の魔力消費を気にしなくて済んで、付き合いが良くて、なにより私に逆らわない。この条件を満たしてくれるのは貴女くらいのものだもの」

 

「合理的に見えて自分の都合しか考えてない⁉︎」

 

「神様なんてそんなものよ。さ、いい加減回復したでしょうしそろそろ行くわよ」

 

 

 

言うや否やイシュタルはゆっくりと浮かび上がっていく。イリヤは地に座り込んだまま呆然とその様子を眺めていたが、イイ笑顔でこちらに指を指して(射撃体勢をとって)きたイシュタルを見て慌てて飛び上がった。

 

「出会った頃の凛さんを思い出すなあ……」

 

どちらにせよ勝手にレイシフトしているのだから、イシュタルが満足するかカルデアが捕捉してくれるまで帰れない。自らの巻き込まれ体質を呪いながら、イリヤは空を往く美の女神様に付き従うのだった。

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

空を飛んだ経験はそれなりにあるが、こうして眼下の景色をじっくり眺めたことは少なかったと思う。

 

異常が取り除かれ、徐々に正しき国の形を取り戻しつつある古代ローマ帝国は、闇に沈んだ国土に、首都を中心としてぽつぽつと光が点在している。

 

とはいえイリヤが知る夜景に比べれば、その灯りは線香花火のように小さく頼りない。今日に至るまで影響を与える華やかな文明に彩られようと、この時代の夜は未だ人の手に余る。そんなか弱い人の営みを愛しむかのように、月光のヴェールが大地を優しく包んでいた。

 

 

「確か貴女、マスターと近い文化圏の出身だったわよね? この景色は物足りないかしら?」

 

「そんなことないよ。落ち着いてて、わたしは好きだなー」

 

「なら良かった。一度新宿ってとこにも行ったけど、あそこまでいくと綺麗っていうより痛々しいからね」

 

『綺麗な夜景って、つまりは夜になっても働いている社畜さんがたくさんいるって証ですからねー』

 

「そんな夢のないこと言わないで!?」

 

 

ゆったりとした速度で二人の少女が空を飛ぶ。どちらも生まれと異なる時代の世界を興味深そうに眺めて話している。イリヤも始めはイシュタルに怯えていたが、依り代の影響もあって次第に会話がスムーズになっていた。

 

 

「そういえば」

 

「なに?」

 

「凛さ……イシュタルさん、レイシフトする前焦ってませんでした?拉致される前にちらっとそんな表情してた気がしたんですけど」

 

「……………………………………………………さあ?何のことかしら?」

 

思い出したくないことを思い出したように美貌を歪めるイシュタル。一瞬後には澄ました表情を浮かべるが、額を伝う冷や汗で取り繕ってるのはバレバレだ。

 

イリヤの訝しげな視線から逃れるべく、イシュタルは動揺が残る震えた声で話題を変えた。

 

 

「そ、それより貴女、私のことよく呼び間違えるじゃない。 わざとってこともないだろうし、この依り代(カラダ)に心当たりあるんでしょ?」

 

『おや、やはり気になりますか?』

 

「そりゃあね。いまさらこの娘に配慮するわけじゃないけど、興味はあるわよ。性質が似てるとはいえ、(イシュタル)の能力にここまで干渉できる人間ってそういないんだから。とんでもなく意思が強い……というか感心するくらいがめついわね」

 

「あはは……それは確かに」

 

否定できず乾いた笑みを溢す。彼女ならば女神相手でも、『身体貸してあげてるんだからレンタル料寄越しなさい。出来れば宝石で!』くらいは言いそうだ。

 

「で、どんな奴なのよ」

 

「あ、うん。遠坂凛って人でね……」

 

イリヤは話し始める。横暴で喧嘩っ早く、だけど格好よくて頼りになる女魔術師の話。そんな彼女の隷属強要(めいれい)から始まった、魔法少女としての日常と戦いの日々を。

 

 

胡散臭いステッキによる詐欺同然の契約。

 

クラスカードと呼ばれる礼装の回収任務で遭遇した、七体の黒い英霊達。

 

後に親友となる、寡黙なもう一人の魔法少女との出逢い。

 

自らより別たれた、愛情に餓えたおませな妹。

 

回収したカードを狙う封印指定執行者との死闘。

 

あり得ないはずの八枚目のクラスカード。

 

判明した親友の出自。そして彼女を取り戻すために、かつてない強敵と対峙してーー

 

 

 

 

「ーーーーあ、れ?」

 

 

いつの間にかイリヤは、自分が涙を流していることに気がついた。

 

 

目元を指で拭っても、溢れる雫は止まらない。心臓が締め付けられるような痛みも、胸を抑えても消えてくれない。

 

呆然と涙の理由を考えていると、バツの悪そうな顔をしたイシュタルが、イリヤを自身の胸元に引き寄せた。

 

「ごめん。ちょっと無神経だったわ。……全く別の世界に連れてこられて、心細くないわけないわよね」

 

とある事件でマスターやマシュと共闘したイリヤとクロエは、本人達が意図しない形でカルデアにやって来た。分析によると、マスターとの縁が出来たことで、元の世界に帰還した自分達とは別にサーヴァントとして召喚されてしまったらしい。帰る方法も分からず最初はパニックに陥ったものの、お世話になったマスターに恩返しをするため、こうして人理救済の手伝いをしている。

 

英霊という色んな意味でアクの強い者達と人類史を救う旅は、驚きとトラブルの連続で、危険ながらも心踊る毎日だ。だから今まで、無意識に目を逸らしてしまっていた“それ”が、思い出話をしたことで表出した。

 

 

喧嘩しながらも頼りにしている妹がいて。

 

信頼できる人に囲まれて。

 

数多の英霊の輝きに魅せられて。

 

 

だけど。

 

 

 

元の世界の人達と会えないという現実は、ただの少女が耐えるには重すぎた。

 

 

「………………っ、ぁ……」

 

 

ーーーー会いたい。

 

強烈な衝動が、イリヤの全身を貫いた。家族の、親友の、友達のーーこれまでの人生で関わってきた人達の顔が浮かぶ度に、嗚咽は大きなものになっていく。

 

 

「いいから泣けるだけ泣いときなさい。私のことを、そのリンとかいう娘だと思って良いわ」

 

頭上から降ってきた優しい声に、涙腺が完全に決壊した。イシュタルにしがみついて、みっともなく大声を上げて悲しみを吐き出していく。胸の辺りが涙と鼻水で大変ことになっているイシュタルだが、不思議と不快感はない。

 

(あーあ、らしくないなあ)

 

神体(いつも)なら決して許さないような無礼を自然に受け入れている自分の甘さに苦笑してしまうが、意外と悪くないのだから仕方ない。これも経験か、と神様らしからぬ思考に浸りながら、イリヤが泣き止むまで銀髪を撫で続けた。

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

「ご、ごべんなざい」

 

「いいからまずそのグシャグシャの顔を何とかしなさい。女の子が周りに見せるようなものじゃないわよ」

 

 

それからしばらくして、落ち着いたイリヤはハンカチで涙と鼻水を拭う。ちなみにイシュタルに付着した汚れは、彼女が女神パワー的な何かで綺麗に落としていた。

 

「あの、ありがとうございました。とっても気が楽になりました」

 

「ふふん、光栄に思いなさい。寧ろ崇めなさい。宝石とか供えてくれてもいいのよ? というか頂戴お願いだから!」

 

『人間に物乞いする神様とか(笑)』

 

「うるさい! 何でか知らないけど宝石にしか神気込められないせいで宝石貯まんないんだから!」

 

高度を上げた二人は、宙に浮いたまま満天の空を眺めている。手を伸ばせば触れられそうだと錯覚させるほど煌めきに満ちた星々は息を呑むほどに美しく、心を落ち着かせるのには十分だった。

 

 

「でも、良いの?」

 

「何がですか?」

 

「本腰入れて探せば、元の世界に帰る方法も見つかるんじゃない? マスターなら頼めばノーとは言わないと思うわよ」

 

その言葉に揺れなかったと言えば嘘になる。一度自覚した郷愁の念は、簡単には消えない。カルデアに集う英霊の力を集結させれば、或いは還ることも可能かもしれない。

 

それでも、イリヤは首を横に振った。

 

「いいんです。わたしとクロのためだけに、マスターさんに迷惑をかけるのも違うと思うから。それに、カルデアの生活はあっちのわたしには経験出来ないことだもん」

 

少なくない時間を過ごしたカルデアは、今やイリヤにとって第二の故郷だ。そこにいる大切な人たちを守ることが出来るのなら、怖くても力を振るうことに迷いはない。

 

 

 

いつか、あの場所に帰れたら。もし、この記憶を覚えていたなら。

 

 

その時は皆に、この輝かしい旅路の話を聞かせよう。

 

 

「ーーそ。ま、お節介焼きは何人かいるし大丈夫か。あの口うるさい弓兵とか」

 

「うん。イシュタルさんも親切にしてくれるし」

 

「っ! いきなりなに変なこと口走ってるのよ! 私は完成された女神で、基本的に人間に慈悲なんて掛けないんだから! 今回は単なる気まぐれなの!」

 

『「ええー? ほんとにござるかぁ?」』

 

「揃ってんじゃないわよ!!」

 

ギャンギャン吠えるイシュタルだが、今は少しも迫力がない。赤らめた顔は可愛らしく、イリヤの隠されたSっ気がむくむくと鎌首をもたげてくる。さてどうやって弄ろうかルビーに相談してみようとして、

 

 

 

 

 

「ーー離れなさい!」

 

 

イシュタルに突き飛ばされた直後、一筋の赤い光が彼女を襲った。

 

 

「ウソ、攻撃!?」

 

「そこ!」

 

咄嗟に天舟を盾にして襲撃を凌いだイシュタルは、地上に弓を向けた。青白い魔力を集約させて放った一撃は正に天罰。木々をなぎ倒し、地面に穴を穿つも、下手人の姿はない。先より少し離れた場所から、同じ幾筋もの光がイシュタル目掛けて殺到する。それは魔力の込められた矢だ。

 

「っの、上等じゃない。喧嘩吹っ掛けた代償は高くつくわよ!!」

 

「イシュタルさん!」

 

「ここにいなさい。誰だか知らないけど、あの世で後悔させてやる!」

 

絨毯爆撃もかくやという勢いで光弾の雨を降らせるが、敵はそれを器用に避けながら矢を射かけてくる。撃ち合いでは埒が明かないと思い業を煮やしたイシュタルは、段々と距離を取る敵を追って急降下した。

 

 

取り残されたイリヤは、呆然としていた頭を切り替える。

 

イシュタルは強力なサーヴァントだが、特異点下では何が起こるかわからない。何より、力を振るう理由をたった今見つけたばかりだ。

 

 

「ルビー!」

 

『了解です!迂回して行きましょう』

 

敵に気づかれないように、一度降下したイリヤは、木々の間を縫うようにして遠回りでイシュタルの下へ向かう。風切り音と爆発音の応酬が続いている為、位置の特定には困らない。

 

 

鼓膜を揺るがすそれを頼りに近付いていたが、近くなってきたところでプッツリと音は途切れてしまった。そして甲高い女性の悲鳴が耳に届く。

 

『明らかにヤバそうです。注意してくださいねイリヤさん!』

 

「う、うん!」

 

緊張に身体を強張らせ、イリヤは開けた場所へ飛び出した。

 

 

「イシュタルさん!! 大丈……ぶ……」

 

 

 

「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 何とも無様よなイシュタル!こうも見え透いた罠に引っ掛かるとは、羽虫と同程度の頭しか持ち得ないと見える。飛んで火に入るなんとやらと言うやつだ」

 

「こんの性悪! さっさと逃げ出してーーって嘘、星間転移門(ゲート)が開かない!?」

 

「馬鹿め。この我手ずから開発し、改良を重ねた対愚女神(貴様)捕縛ネットから逃れられると思うたか」

 

ネットの中でに逆さ釣りになっているイシュタルと、とてもご満悦に高笑いを響かせている賢王サマが目に入った。

 

 

「え……と、何が起こって」

 

「おや、イリヤスフィール。追ってきたのか」

 

そして側にいたエミヤがイリヤを見て驚いたが、すぐに事情を察して疲れた表情に戻る。混乱しているイリヤに、エミヤはため息をつきながら事情を説明した。

 

 

「独断で特異点にレイシフトした彼女を連れ戻すために、私とそこのキャスターのギルガメッシュが派遣されたんだ」

 

「ひょっとしてさっきの攻撃は……」

 

「私だ。彼女を捕らえるなら、追うよりも誘い込んだ方が良いからな。まあそれなりに被害は出てしまったが」

 

「ちょっとエミヤとイリヤ! そんなところで呑気に喋ってないで助けなさいよ!」

 

「君は一度反省したまえ。カルデアの設備を壊したの、これで三度目だろう」

 

「な、なによぅ。何故か分からないけど、なんとなく知っていた中華料理っていうの作ろうとしてみただけじゃない」

 

「それで厨房の電化製品を黒焦げにさせては世話がないのだがな! 一晩掛けて仕込みをした食材が全滅だ!!」

 

「あ、怒るところそこなんだ……」

 

スイッチが入ったエミヤは、そのままお説教モードに移行。宙ぶらりんのまま、右を向けば気に入らない腐れ縁から嘲笑され、左を向けばオカンから滔々と小言が続くという地獄に、さしものイシュタルも堪えたようで。

 

「イリヤー。お願いだから助けてよぉ。何でもするからぁ」

 

『ん? 今何でもするって』

 

「アンタにゃ言ってないわよこの腐れステッキ!!」

 

この通り、大変珍しく本気で助けを求めてきた。守銭奴の権化が何でもするというのだから相当である。

 

「……イシュタルさん」

 

「あ、ありがとうイリヤ! とりあえずこの二人をどうにかして」

 

「本気で反省してくださいっ!」

 

ステッキをイシュタルに向けてぶん投げ、その意を汲んだルビーが秘密機能の一端を解放した。ステッキの先端から流れたビームのようなものにイシュタルは悶絶する。

 

 

そもそも夜寝る時間をぶっちぎって好き放題振り回された上、明日の献立の大幅なグレードダウンが避けられないとなれば、温厚なイリヤも腹に据えかねるというものだ。

 

 

 

「フハハハ! このような人畜無害な小娘にすら見捨てられるとは、貴様の塵ほどにしかなかった人望もいよいよ底をついたようだ」

 

「まあ中華料理は後々教えるとして……とにかく家電だな。明日一日で、せめて一般的な電化製品は使えるようになるまでみっちりと使い方を叩き込んでやろう」

 

「とりあえずイシュタルさんは痛い目を見てもらわないと! ルビー、全機能解放を許可するよ!」

 

『了解しました。カレイド流活殺術の真髄をお見せしましょう!』

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

ーーーーその後朝日が昇るまで、この駄女神へのお仕置きは続いたそうな。




初めまして。そうでない方はお久しぶりです。


すみませんメチャクチャ時間かかってしまいました。新生活に中々慣れず、筆が乗らなかったです……。今後はもうちょっと早く更新できるように頑張ります。


皆様CCCイベはいかがでしょうか? まさかの人物がピックアップされましたが、この人あるならあのヤンデレ根源姫もあり得そうな気がして怖いですね。ちなみに筆者はあのエロ尼を引くために課金額が過去最高になりそうです。そこまで好きなキャラでもなかったはずなんですが、魔性に囚われてしまったようです。

あと、この作品についてアンケートを取りたいので、興味のある方は活動報告までお越しください。


ご感想お待ちしています。


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いつかのジゼルに

また2ヶ月かかってしまいました。この遅筆何とかしたい……

活動報告のリクエストより、何名かから要望があった彼女のお話です。


       ●   ○   ●

 

 

ーーーー微睡みの中で、その赤い背中を見た。

 

 

今はもう夢に消えた、虚数の海の出来事。自らが生まれ、自分なりの愛を求め、その果てに恋に殉じた少女の記録。

 

 

合わせ鏡のように無限に広がる光景に映るのは、歪な自分を認めてくれた彼/彼女とその従者の姿。その内のひとつに、『彼』はいた。

 

 

一を切り捨て九を救う、名前の無い正義の味方の代表者。報われないと知りながら、愚直なまでに己を貫き通したその鉄の精神(こころ)に、無垢な少女は憧れた。

 

 

今はもう、その時に感じた熱は思い出せないけれど。

 

 

かつての自分が抱いたその心を、どうしても無下には出来なかったのだ。

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

「ふぁぁ……眠い」

 

 

時刻は夜明け前。最低限の照明だけで薄暗い廊下を、クロエ・フォン・アインツベルンは欠伸を噛み殺して歩いていた。

 

こんな時間に出歩いているのに特に理由はなく、ただなんとなく夜中に目が覚めてしまったのだ。寝直そうとも考えたが、少し思うところがあって部屋を出ている。アレな儀式をしているキャスター達と遭遇してしまったり、更に運が悪いと通りかかったナイチンゲールからお説教(物理)を受けて強制ベッドインと相成る可能性もあるのだが、それらを押しのけても見てみたいものがクロエにはあった。

 

 

若干ふらつく足が向かう先は、食堂である。

 

「さーて、師匠はいるかしらね」

 

カルデアのオカンと名高いーー本人は嫌がっているがーー青年を思い浮かべるクロエの唇が、無意識に弧を描いた。

 

 

父兄と同じ真名()を有し、自分の力の根源でもある英霊エミヤ。出会った当初はそれなりに混乱したものの、付き合っていく内にもう一人の兄として信頼を寄せるようになっていった。彼を師匠と呼ぶのは戦闘訓練と料理の腕を見てくれているからで、最初は面白がって呼んでいたが、今ではすっかり馴染んでしまっている。

 

折角なので朝食の用意をしているであろう彼の姿を拝んでやろう。そしていつものように弄りつつ手伝ってあげようかなと考えていたクロエだったが、

 

 

「……見て…………ではない…………がね」

 

「……を決め…………貴方……………いわ………」

 

 

食堂の扉越しに聞こえる声に、思わず足を止めた。

 

自動ドアが開かないギリギリの範囲から耳を澄ませてみると、中にいるのは二人だと推測できた。片方はエミヤだが、もう片方は聞き覚えがない女性のもの。

 

エミヤがそこらのサーヴァントに、朝の戦場である厨房への立ち入りを許可するとは考えにくい。彼が認めるほどの腕前を持つ新顔が来た(最近はサーヴァントが増えすぎて把握しきれていない)のだろうか。

 

 

或いはーー

 

 

扉がスライドし、暗闇が白く切り取られる。クロエは咄嗟に身を翻し、曲がり角に身を隠した。

 

「どうしたのよ」

 

「……いや、気のせいだろう。というかいい加減に離れてくれ」

 

「嫌よ。それよりちゃんと歩かないと、脚の棘が刺さって溶けてしまうわよ?」

 

伸びる影が二つ、クロエの逆方向に消えていく。角から顔だけ出して様子を伺うと、そこには驚きの光景があった。

 

 

あどけなさを残しながらも流麗な顔立ち。ストレートに伸ばされたすみれ色の髪。(クロエの目測で)起伏に乏しい体躯を包むのは、前がバックリと空いた黒のロングコート。

 

何より目を引くのが、刃のヒールと棘に覆われた鋼の具足。そして、局部にプロテクターをつけているだけでの危なすぎる下半身だ。

 

 

そんな少女が、エミヤに腕を絡めて嬉しそうに歩いていたのである。

 

 

 

 

絶壁&露出狂(ああいうの)が好みなの……っ!?」

 

 

二人を追うことも出来ず、致命的な誤解を抱いたクロエがショックから回復するのは、それから十分後のことであった。

 

       ●   ○   ●

 

 

カルデアの誇る料理人エミヤの朝は早い。

 

 

日が昇る前から食堂に入り、今日の厨房のシフトや食材の残りを確認したあと、考えていたメニューに若干の修正を加えながら調理に入る。隅から隅まで知り尽くしている厨房を駆け回り、一切の淀みのない動きで朝食の支度を整えていく姿は正に鉄人。例え目を瞑っていても、何の問題もなく調理を遂行出来るだろう。

 

 

だが、この日の彼の動きはどこか精細を欠いていた。意識せずとも身体に染み付いた調理手順が滞ることはなく、そこらの料理人を遥かに超える腕前もいつも通りに振るえている。しかし野菜を不均等に切ってしまったり、調理器具を床に落としそうになったりとどこか危なっかしい。

 

 

理由は単純。

 

 

誰だって、他人から一挙手一投足逃さないとばかりに凝視されては、集中力も鈍るというものだ。

 

 

「それで? そろそろ要件を話してくれないかね?」

 

 

下拵えが一段落したところで、エミヤは厨房の外ーー食堂の椅子に座ってこちらを眺めるメルトリリスに声をかけた。

 

 

「気にしないで。見てるだけだから」

 

「見ていて気持ちの良いものではないと思うがね。それにこちらとしては居心地が悪い。時間を改めて来てほしいのだが」

 

「それを決めるのは貴方ではないわ。私は貴方の嫌がる顔が見られればいいし」

 

 

渋面が濃くなるエミヤとは対照的に、メルトリリスの顔には嗜虐的な笑みが広がっていく。

 

 

彼女は通常の聖杯戦争では召喚が困難なサーヴァントが多く集うカルデアの中でも、極めつけの異端児だ。元はAIというのもさることながら、その霊基は女神(ハイ・サーヴァント)の複合体で構成されているのだから驚くほか無い。そんな危険極まりないーーもとい、強大な力を持つサーヴァントに目を付けられる理由が思い当たらないのだ。ひょっとしたらいつかの召喚で面識があるのかもしれないが、だとしても勘弁願いたいのが本音であった。

 

 

「でも、そうね。今回は眺めるだけじゃ解決しないか」

 

 

立ち上がったメルトリリスは、余る袖で見えない手をエミヤに向けて差し出して、言った。

 

 

 

「デートしましょう、エミヤ。この私をエスコートする権利をあげるわ」

 

「………………は?」

 

 

柄にもなく、口を半開きにして立ち尽くす。

 

 

幾重もの修羅場(女難)を潜り抜けた男の本能が告げる。この誘いに乗ったら確実に碌なことにならないと。ついでに『爆ぜて、アーチャー!』という意味不明な電波を受信した気がした。

 

 

「ま、待ちたまえ! 君はいきなりなにを言い出すんだ!?」

 

「だからデートよ。初心な男子学生じゃ無いのだし、貴方にとっては慣れたものでしょう?」

 

「会話に脈絡がないと言っているんだ! それに、私はこれから朝食の用意が」

 

「それなら心配ないわ。昨日の内にブーディカとキャットに代わりを頼んでおいたから」

 

 

どうやら手回しも完璧らしい。断るための大義名分を失い苦しくなるエミヤだったが、そこで根本的な疑問を抱く。

 

 

「何故私を? 君とは面識が無いに等しいだろう」

 

「は?それ本気で言ってーーってそうよね。虚数空間での出来事は無かったことになる。あそこから生まれた私でも実感が湧かないんだから、覚えてなくても不思議ではないか」

 

「む……?」

 

「こちらの話よ。さ、私を案内しなさい。カルデア(ここ)では古参なのでしょう?」

 

 

グランドオーダー開始初期の、まだサーヴァントも少ないときに召喚されたエミヤは、科学技術への抵抗感の無さもあってスタッフと同じ仕事を請け負っていた時期がある。その際にカルデアの設備は大体把握していた。所用で動けなかったマスターやマシュに代わって、新参サーヴァントを案内した経験もあり、特に難しいことではない。

 

 

問題は。

 

 

「おい、何故腕を組む」

 

「デートだもの。それくらい当然ではなくて?」

 

華奢な肢体をエミヤに押し付けながら、妖しく微笑むメルトリリス。なまじ顔立ちが整っている分、嬉しさよりも恐怖が先立つ。思わず顔を遠ざけて振り払おうとするのだが、悲しいかなワンランク上程度の筋力差では難しい。メルトリリスは益々ご機嫌で、嫌がるエミヤの反応を楽しんでいる。

 

 

そのまま引きずられる様にして廊下に出る。誰かの気配を感じた気がしたが、離れてくれないメルトリリスのせいで上手く読み取れなかった。

 

 

「さ、どこに連れていってくれるのかしら」

 

 

エミヤが拒否することを欠片も考えていないーーというより、拒否されようが関係ないというような言動。興味を持った相手に執拗に構いながらも、相手の意思を認めない。そんな酷く自己中心的な在り方を垣間見る。この手の輩は嘘つき焼き殺すガールを筆頭にそこそこいるが、この少女はその傾向が顕著だ。

 

 

「何を期待しているのかは知らんが、まずは基本的なところを押さえておこう。マスターのマイルーム、管制室、シミュレータールーム。あとは……」

 

「そんなところはどうでも良いわ。どうせ覚えるのだし、もっと楽しめそうなところは無いの?」

 

 

「…………なら、君は好きなものはないのか?」

 

「好きなもの? フッ、決まってるわ、フィギュアーー人形鑑賞よ。私人間は嫌いだけど、フィギュア文化を作り上げたことだけは感謝しているの。まあこんな辺鄙なところに私を満足させるような代物があるとは思えないけど」

 

「いや、あるぞ」

 

「………え、本当に?」

 

「現代の文化に触れてのめり込む英霊というのは、一定数いるのだよ」

 

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

 

「ーーーーーー天国は、ここにあったのね」

 

 

恍惚とした表情で、感嘆の息を漏らすメルトリリス。

 

 

マスターキーを使って入ったのは、キャスター・メディアの部屋。何らかの目玉や奇妙な生き物のホルマリン漬けなど魔術師然としたものが飾られている一方で、フリフリのドレスやボトルシップが並べられたりと割とカオスな空間である。

 

 

サーヴァントの私室の中でも広めなその部屋の一角には、美少女モノを中心とした数々のフィギュアとジオラマが棚に納められていた。

 

 

エミヤからすれば頻繁に掃除をしても次に来たときにはゴミの山ができている魔境なのだが、メルトリリスの食い付きっぷりは予想以上だった。頬は恋する乙女のように朱が差して、サファイアを思わせる蒼い瞳はキラキラを超えてギラギラと輝き、食い入るようにフィギュアを見つめている。

 

 

「何の用かしら。掃除を頼んだ覚えは無いのだけれど」

 

 

朝早くからのエミヤの訪問に、不機嫌なのを隠そうともしない神代の魔女。その表情は無断で部屋に入ってきた母親を毛嫌いする娘のそれだ。今の彼女はツナギ姿にブラシとスプレー缶装備で、カルデア屈指の魔術師という事実を吹き飛ばして余りある。

 

「なに、寂しく内職に励んでいる君に新しい交友関係を提供しようと思ってね」

 

「余計なお世話よ……ってあら、また新顔?」

 

 

メディアは鼻息荒くしてコレクションを眺めているメルトリリスに気づく。同じく彼女もメディアに気付き、フィギュアを持って詰め寄った。

 

 

「ねえ! アナタがコレを作ったの!?」

 

「え、ええ」

 

「素晴らしい出来だわ! 特にこの関節部位の滑らかさと髪の質感! このクオリティを1/6スケールで再現できるなんて!!」

 

「……あら、貴女中々分かるじゃない。だったらこちらなんてどうかしら」

 

「っ! なんて精巧なジオラマ……! ねえあなた、私の専属職人になる気はない? 製作協力も報酬も惜しまないわ!」

 

「その話は聞けないけど、そうね……。貴女中々可愛らしいし、ちょっとこの服をーー」

 

 

共通の趣味を通して盛り上がる二人。メディアにしても、今までフィギュアに深く興味を示してくれるのが黒ひげくらいのものだったのでテンションが高い。悪女ぶっても根は箱入りのお嬢様。同じ目線で盛り上がれる同性の存在には密かに憧れていたのだ。

 

 

そうして楽しく話す二人をエミヤは微笑ましく眺めて、

 

 

「逃がさないわよ」

 

 

踵を返した瞬間に感じた殺気に反応し、干将・莫耶を投影。ギロチンの如く落ちてきた(ヒール)を受け止める。

 

 

「貴方、私をここに置いてどこかに行くつもりだったでしょう」

 

「ハッハッハ何のことかな。盛り上がっているところを邪魔しては悪いから、邪魔者は退散しようとしていたのだよ」

 

「私は貴方にエスコートを頼んだのよ。それを放り出すなんて男としてどうなのかしら」

 

「了承した覚えは無いのだがね!」

 

ギチギチと刃を軋ませながら鍔迫り合うエミヤとメルトリリス。本人達はいたって真剣だが、端から見れば迫る女とそれを鬱陶しがる男のそれである。

 

 

「なんだか知らないけど、話は纏まったからさっさと出ていきなさい」

 

 

目の前で痴話喧嘩を繰り広げられては堪らないと、メディアは魔術を行使して二人を追い出した。そのまま扉が閉まる直前、メディアはエミヤを軽く睨む。

 

 

「その子の事情はよく知らないけど、少しは気にかけてあげなさい」

 

「…………」

 

意外な台詞に呆気に取られている間に、扉は完全に閉まった。

 

 

「良く分からんが、随分と気に入られたみたいだな」

 

「…………」

 

「メルトリリス?」

 

「なんでもない。ちょっと寄りづらくなっただけよ」

 

さっきとは一転して不機嫌になったメルトリリスに疑問を抱くも、無言で腕を引っ張られたために追及の機会を逃す。少し気になったものの、エミヤはその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

「……はあ」

 

 

ため息をついて、メディアは作りかけのフィギュアを机に置く。作業に身が入らないのは、先程部屋を訪れた二人の片割れのせいだ。

 

彼女のエミヤを見つめる視線には覚えがある。恐らくだが、自身の運命を決定付けたあの男を見るとき、自分も似たような目をしているのだろう。

 

 

どうしようもなく終わった悲劇で。女神から押し付けられた感情(モノ)で。あの時に戻れるのなら、二度と繰り返さないよう全力を尽くすだろう。

 

 

それでもーー決して、その想いを無かったことには出来ないのだ。

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

お昼時になって、メルトリリスは食堂に戻っていた。

 

というのも、デート相手が厨房に引っ込んでしまったからだ。遠くで交わされる会話を拾ってみると、ある金星の女神が料理をしようとしてやらかしてしまったらしい。これで五度目か、とぼやくエミヤの背中はとても疲れているように見えた。

 

 

「そこのお嬢さん。見ない顔だけど、新しく喚ばれたのかい?」

 

聞き慣れない声に視線を落とすと、そこには茶色い熊のぬいぐるみが立っていた。話しかけてきたのはこの珍妙な生き物らしい。

 

「何なのあなた?」

 

「俺は愛の狩人オリオン。暇なら俺と楽しい時間を過ごさないかい? 訳あってこんな身体だが、お嬢さんを退屈させない自信はあるぜ」

 

 

言い慣れているのが分かる、澱みのない口説き文句。これを爽やかスマイルを浮かべた美男子が言えば絵になるのだろうが、ファンシー系(可愛いかは微妙)のぬいぐるみがキメ顔をしても格好がつかない。

 

 

「……ふうん。中々悪くないわね」

 

「お、おおお!! マジでマジで!?」

 

 

美女揃いのカルデアに召喚されて幾星霜。ようやくの手応えに歓喜の涙を流すオリオン。

 

 

……なお、メルトリリスのオリオンへの評価は、あくまで鑑賞物としてのものである。この認識のズレにオリオンが気づいた頃には、自由を奪われドールハウスに監禁されているだろう。万一逃げ出せたとしても待っているのは女神からの折檻であり、この時点で彼は詰んでいるのだった。どちらにせよ月女神からは逃げられない。

 

 

「よっしゃ、まずはお茶でもーー」

 

「見つけたぞオリオン」

 

「ぐぎゅるぶっ!!」

 

メルトリリスに近付こうとしたオリオンの脳天に矢が突き刺さる。矢が飛んできた方向を見やると、そこには獣耳を生やした緑衣のアーチャーが立っていた。

 

 

「全く、目を離したと思ったらすぐこれか。……知り合いが済まんな。この男は女のサーヴァントが召喚される度にこうして声をかける節操なしなのだ。既に伴侶がいる身で度し難い」

 

「っ、舐めんじゃねえ!! そこに麗しき華があるのに愛でようとしねえなんざ、愛多き狩人の名折れってモン」

 

 

 

 

「ダ ァ リ ン?」

 

「ーーーーあ」

 

 

いつの間にそこにいたのか。熱弁を振るうオリオンの背後にぬるりと現れたスタイル抜群の美女が、ハイライトの消えた目をしてボソリと呟いた。この世の終わりを迎えたようにガタガタと震え出すファンシーベアーの頭部が、引きちぎれる寸前まで伸ばされて歪む。

 

そんな折檻の末、オリオンが謝り倒してお詫びにデートの約束を取りつけると、一転して満面の笑みを浮かべる銀髪の美女。顔を蕩けさせてぬいぐるみを抱きしめる態度の変わりようは、端から見ていると寒気がする。自身の姉妹機がかつてはこんな感じだったなと思っていると、

 

 

「ありがとねーアタランテ。ダーリン探してくれて」

 

「い、いえ。アルテミス様のお役に立てるのであればこのくらい……」

 

「ーーアルテミス?」

 

 

聞こえた名前に、思わず耳を疑った。それは自らに組み込まれた神霊の一柱であり、メルトが尊敬する純潔の女神。確かにオリオンの恋人としては有名だ。

 

 

その女神が、アレ? 脂肪がたっぷり付いただらしの無い身体で恋人を抱き締めている(力が強すぎてオリオンは窒息しかけている)、恋愛脳(スイーツ)全開の女が?

 

 

「う、嘘よ……あのアルテミスが、あんな……」

 

ショックで膝を屈し、項垂れるメルトリリス。側にいたアタランテはそんな彼女にかつての自分を見て、死んだ目と共に慰める。『信仰を張本人に木っ端微塵にされた女子同盟』という悲しすぎる繋がりが二人の間に生まれた瞬間だった。

 

 

しかし……と、メルトは考える。アルテミスが自身を構成する要素のひとつである以上、間違いなく類似する部分がある訳で。つまり将来的にバカップルになって、人前で臆面もなく恋人をダーリン呼びする可能性もなきにしもあらずで。

 

 

「い、いやいやまさか。第一、私には呼ぶ相手も」

 

「大丈夫かね? 何やら目が澱んでいるが」

 

 

目先数センチのところに、こちらを案じるように覗きこんでいるエミヤの顔があった。

 

 

思考が、フリーズする。

 

 

「ーーーー。だー、りん?」

 

「は?」

 

 

動揺して、ついそんなことを口にしてしまう。正気に戻るまでに数秒を要し、自分の発言を理解した瞬間、精神的な沸点を突き抜けた。

 

 

「……ぃ、いやぁああああああ!!!」

 

「お、おい! いきなりどうしたんだ! というかそんなスピードで廊下を走……いや滑る……? ああもうとにかく落ち着きたまえ!!」

 

「なんでもない! あり得ない、絶対にあり得ないんだから!」

 

 

羞恥に耐えきれず食堂を飛び出したメルトリリスをエミヤが追いかける。追走劇はメルトが落ち着くまで続きーー結果として、顔を真っ赤にした少女を必死で追いかける男という通報待ったなしの構図を、少なくないスタッフやサーヴァントに目撃されることになった。

 

 

 

       ●  ○  ●

 

 

その後も色々な場所を回り、随分と時間も経った。デートはこれで最後の場所となる。

 

 

扉を潜ると、爽やかな香りが二人を迎え入れた。

 

 

「……こんなところまであるのね」

 

「無機質な部屋ばかりでは精神衛生上よろしくないからな。外に出られなかった人理修復時代ならなおのことだ」

 

 

そこは豪華絢爛に花々が咲き誇る、カルデアで唯一自然を残した庭園(ガーデン)。元々は職員の慰安のために用意されたエリアだが、今でもロビンフッド等の手によって定期的に手入れされている。暇を持て余したサーヴァント達がよく訪れており、つまりは世界に名だたる王や王妃をも満足させる出来映えなのだ。

 

 

花の香りに誘われて、メルトリリスは近くの花壇に近づいて腰を下ろした。瑞々しい深紅の薔薇は、とあるローマ皇帝がわざわざ自国からレイシフトして持ってきたものである。

 

 

「わぁ……!! きれーーハッ!?」

 

 

思わずが溢れそうになった感想を押し込めて振り返ると、そこには笑いを噛み殺しているエミヤの姿。白磁のような頬に朱が差す。

 

 

「ま、まあまあね! 貴方にしては気が利くじゃない」

 

「お褒めに預かり光栄だよ。私は用事を済ませてくるから、それまで好きにしていたまえ」

 

「言っておくけど、逃げようなんて思わないことね」

 

「承知しているよ。君は私が目を離していると、さっきのように何をしでかすか分からないからな」

 

 

シニカルに笑いながら、エミヤは奥へと消えていった。庭園の隣には、人工照明で野菜を栽培している場所があると聞いたのでそこだろうか。

 

 

「全く、口が減らないんだから」

 

 

嘆息するが、気分を害している訳ではない。敵対していた『あの時』は、こんな風に軽口を叩ける状況ではなかったのだ。根本的に相手が自分に抱く好悪を気にしないメルトリリスだが、やはり好意的な方がいい。女性を一人置き去りにするのはどうかと思うが、この美しい庭園に免じて不問にすることにした。

 

 

誰もいない庭園をしばらく歩くと、ポツンと置かれたベンチが目に入る。頭上には樹木で編まれたアーチがあって、地面も大量の花で溢れている。休憩にはもってこいの場所だ。

 

 

ベンチに座り、投げ出すように具足を広げる。

 

瞳に映るは百花繚乱。

 

空想の楽園といっても過言ではない景色。

 

その中心に一人佇む少女(プリマ)の表情はしかし、憂いを帯びていた。

 

 

「……結局、私は何がしたいのかしらね」

 

 

ここより遠い世界で、メルトリリスは恋を知った。それはただ愛情を注ぐ器を求めるだけの、どうしようもなく未熟で歪な、自己のみで完結した恋心(せかい)。そんな在り方が受け入れられる筈もなく、とあるマスターとサーヴァントの手によって、初恋は終わりを告げたのだ。

 

そうして自分を見つめ直し、少し広がった世界を得て。かつて恋した青年を見つけたとき、心に突き動かされるように彼を誘った。今日は割と頑張ってアピールしてきたし、彼に嫌そうな顔をされて躱されても、それなりに楽しかった。だけど改めて考えてみれば、デートしようと思ったのは何故だろうか。

 

 

もう一度彼に恋がしたい? 今度こそ振り向いて欲しい? 拒絶されたから報復したい? 

 

 

もっともらしい理由を挙げていくが、心が頭を振る。どうあれ、アレは納得の上で終わった恋だ。それを未練がましく掘り返して、あまつさえ覚えのない相手に押しつけるような真似はメルトリリスのプライドが許容しない。

 

 

ならーーーー

 

 

「やはりここにいたのか」

 

背後からの声が、メルトリリスを思考の海から引き上げる。

 

「やはりって何よ」

 

「なに、君は美しいものを見たいという欲求が特に強いようだからな。いるならここかと予想したまでだ」

 

「……ふん。それより、用事とやらは終わったの?」

 

「ああ。どこに咲いているか分からなくて手間取ってしまったが」

 

「?」

 

咲いている、という言葉が気になり振り返る。

 

 

 

「今日のお礼だ。不要なら捨ててもらって構わない」

 

 

純白の花飾りが、目の前に差し出されていた。

 

「ーーーーこれ、は?」

 

「今日は色々と振り回されたが、まあ悪くはなかったのでね。最後にプレゼントの一つでも贈らねば男として格好がつくまい」

 

アマリリスという花だそうだ。と、エミヤは苦笑しながら説明する。聞けば、デートの間良いプレゼントがないかそれとなくサーヴァント達に訊ねて廻っていたらしい。そこで勧められたこの花に、投影魔術で作った留め具を付けたそうだ。

 

 

手渡されたソレを両手で受けとる。捧げるだけだった自分への、初めての贈り物。

 

 

「……付けてみてもいいかしら?」

 

「勿論」

 

許可も貰えたので、いそいそと花飾りを頭に宛がおうとするメルト。だが両手の感覚が鈍いせいで、上手く安定しない。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい! もう少しで……」

 

「ふむ。少し失礼」

 

「な……!?」

 

無骨な手が、すみれ色の髪をさらっていく。すぐ近くに彼の顔があるという事実に鼓動が速まっていくのが分かる。

 

「……こんなところか」

 

手早く付け終え満足そうに頷いたエミヤは、手鏡を投影してメルトリリスに見せる。左側頭部に咲く白色はまるで召喚された時から備わっていたかのように馴染んでいて、少女の魅力をより引き立たせている。当の本人すら、認めてしまうほどに。

 

 

「……あり、がと」

 

 

「私がしたくてやったことだ。礼を言う必要はない。白はどうかとも考えたが、まあなんだ。君には思った以上に良く似合うな」

 

笑顔と共に告げられた言葉が、メルトの胸にストンと落ちた。

 

(ーーーーああ、そっか)

 

どうしてこの男を誘ったのか。抱いていた疑問が氷解していく。

 

 

外見でも良い。在り方でも良い。何ならサーヴァントとしての性能でも構わない。他ならぬ彼に、『メルトリリス』の存在を肯定して欲しかったのだ。

 

 

それは自分の為ではなく。

 

 

最期まで、自らの恋に一途に殉じた誰か(ジゼル)の為に。

 

 

その後もぽつぽつと話をして、気付けば夕刻。キャスター達の手で時間の概念さえも取り入れた庭園は、茜色に染まっていた。

 

 

「……さて、悪いが今日はここまでだ。大飯食らい共がうるさいのでな」

 

「その割には嬉しそうよね貴方。まあいいわ、隣の温室から野菜を持っていくなら手伝うわよ」

 

「…………ああ。ならお願いしよう」

 

「なによ、今の間は」

 

「いやなに、生前(むかし)こんなことがあった気がしただけだ」

 

 

そう言うエミヤは、微笑を浮かべてメルト見た。注がれる眼差しは間違いなく彼女にあるのに、どこか遠いところを見ているような、メルトリリスの顔立ちに誰かの面影見てを懐かしむような、そんな視線。

 

 

何だか無性に腹が立ったので、食堂に着くまで(ヒール)の面でエミヤの脛を蹴り続けた。

 

 

       ●   ○   ●

 

 

 

 

 

「あ、メルト」

 

数日後。廊下を歩いていると、見知った顔が歩いてきた。

 

巨大な爪と胸が特徴的な、まだあどけなさの残る少女。メルトリリスの姉妹に当たるアルターエゴ、パッションリップである。

 

彼女はメルトの姿を認めると、驚いたように目を見開いた。

 

「どうしたのよリップ。そんな顔して」

 

「メルト、再臨したんだね」

 

パッションリップが驚いたのは、メルトの外見だ。

 

鋼の(ヒール)は淡く光る水色に。黒いロングコートは純白のドレスのように。頭部の左側で結ばれていた青いリボンも衣装と同じく白に染まっている。

 

 

「前は完璧な自分にそんなの不要だって言ってたのに。何かあったの?」

 

これまで頑なに霊基再臨を拒んできたのだ。パッションリップが不思議に思うのも無理はない。

 

「別になんでもないわよ。……ちょっと思うところがあっただけ」

 

そっぽを向いて、自分の頭ーー白いアマリリスに無意識に触れるメルト。

 

 

そう、別に大したことではないのだ。ただ、この髪飾りに似合うのがこちらの服装であっただけで。

 

「わあ、その髪飾り綺麗だね。どこで手に入れたの?」

 

「い、言っとくけどあげないわよ!!」

 

「へ? う、うん」

 

 

とまあ、そんな話をしながら二人であてもなく歩いていると、

 

 

「待ちなさい師匠! 今日という今日はあの女についてキッチリ説明してもらうからね!」

 

「待つのは君の方だクロエ! 君はこう、何か誤解していないか!?」

 

「うっさい!! 下を脱がした女の子を敢えて捕らえずに追い回して楽しむド変態野郎なんて滅びればいいのよっ!!」

 

「端から端まで誤解しかないんだが!?」

 

 

二人の眼前を、赤い外套が二つ、猛スピードで通りすぎていった。

 

 

「な、なんだろう今の……メルト?」

 

「……いや、大丈夫。ちょっと頭痛がしただけだから」

 

 

どうやらここでも彼の女難の相は健在らしい。流石に申し訳なくなってきたが、良く考えればあの男にも原因はあるではないか、と責任転嫁。とりあえず次見たら蹴り飛ばそうと心に誓う。

 

 

 

 

ーー未来も過去も、他人も世界も不純だと少女(誰か)は語った。自分だけがあればいいと。他の花は必要ないと。

 

けれど、かつての思い出は孤高の心を破壊した。輝かしいものは限りなく。自分以外の美を尊ぶ弱さを知ったのだ。

 

 

リップから見えないように、さりげなく花飾りを外して眺める。以前の自分には価値を感じなかった、変化と成長の象徴。だけど案外悪くない。

 

 

多くの美を溶かすことなく、そのままのカタチで受け入れて。いつの日か、誰をも魅了する湖上の星(プリマドンナ)として輝こう。

 

 

「光栄に思いなさい。私が美しくなる様を、誰より近くで見せてあげる」

 

 

彼が去っていった方向を見つめて、アマリリスを口元に寄せて小さく呟く。

 

 

どこにでもいる乙女のように。ブーケを抱える花嫁のように。

 

 

輝くばかりに美しい、満面の笑みを溢すのだった。




夏真っ盛りですが、皆様体調はいかがでしょうか。先日念願の鉄拳聖女が引けて喜んでるカヤヒコです。


というわけで今回の主役はメルトリリスですが、書くのは結構難しかったですね。イベントで主人公相手にあそこまでヒロインされると、エミヤとの距離感にちょっと悩んだのですが……まあ、このカルデアではエミヤに若干傾きつつあるということでお願いします。

活動報告のアンケートもまだまだ意見を募集してますので、良かったら協力をお願いします。




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紅い2人のおもてなし

正月イベントと紅閻魔がとても好みだったので思わず久々に投稿……と思いましたが、中々進まず三ヶ月近くの大遅刻してしまいました。

正月イベントの裏側的な話になりますので、ストーリー知らないとわかりにくいと思います。


       ●   ○   ●

 

 

 

 燃え盛る炎の海を、男は歩いている。

 

 

 

 そこで生者の呼吸は聞こえず、あるのはこの世あらざる者の怨嗟のみ。建物はかつての名残を残すのみで、殆ど崩れ去っていた。地平の果てまで広がる光景は、赤に呑まれた岩肌だけ。

 

 

 男には見慣れたもので、同時にその手で幾度となく作り出してきた光景だった。

 

 

 人々の空想から生まれ、暴力と嘆きを糧に現世へ現れる異界。即ち、地獄である。

 

 

 

 「驚きまちた。よもやこの短期間でここまで来るとは」

 

 

 ボロボロの石柱の上に、軽やかに降り立つ影がひとつ。その身に似合わぬ太刀を腰に差した少女が、眼下の男を見て目を丸くしていた。

 

 

 鍛え抜かれた男の観察眼は告げる。その気になれば、あの刃は自分の首を容易く落とせると。地獄にて鍛え上げられたその神速の居合は、彼の知る剣豪達にも劣らない。

 

 

「ですがここまででち。ここから先は今のお前様では耐えられまちぇん。少なくとも一度身体を休めるべきでち」

 

 区切りを付けるように、少女は太刀の鍔を鳴らした。

 

 少女の言葉は正しい。男の様子は、一言で言って満身創痍。外套は最早ボロ布であり、その身に傷がない箇所を探す方が困難だ。

 

 

「済まないが、その言葉には従えない」

 

「何故でちか」

 

「時間が無いからだ。貴女もそれは解っているだろう?」

 

「……」

 

「それに一応、大所帯の代表を任された身なのでね。教え子もいる手前、無様な姿は見せられまい」

 

 

 だが、それがどうしたというのだろう。男にとってこの程度は日常茶飯事。その先に誰かの笑顔があるのなら、どれだけの苦難を前にしても退くことなどありえないのだから。

 

 

「……呆れまちた。お前さま、筋金入りの頑固者でちね」

 

 見上げる瞳に灯る光を見て、少女はため息をついた。腰を落とし、鞘から太刀を抜き放つ。

 

 

 変化はすぐに訪れた。地を這っていた炎が突如として勢いを増して噴き上がり、その形を変える。骸骨、蛇、あるいは鬼。化生に周囲を囲まれた男は、慣れ親しんだ二刀を手にした。

 

 

 張り詰めていく空気。飴色に輝く刃を突きつけ、地獄の支配者は高らかに宣言する。

 

 

「これよりヘルズキッチン第六コース『焦熱地獄』を始めるでち!! 料理に欠かせない火の扱い、その深奥を掴んで見せなちゃい!!」

 

 

「精々拝見させてもらうとしよう。その間に(レシピを)あと二つは貰っていく……!」

 

 

 

 

       ●   ○   ●

 

 

 鍋から装った味噌汁を口に含み、舌で転がすようにして味と香りを確かめる。数秒後、割烹着姿の少女――――紅閻魔は頷いた。

 

 

「合格でち。これならお客様にお出ししても問題ないでちよ、エミヤ様」

 

「了解した、女将殿。配膳の準備をしよう。ああ、今朝入ってきた山菜は煮物用と漬物用に分けてあるから後で確認しておいてもらいたい」

 

 

 手早く食材の仕込みを終えると、エミヤは戸棚から出した器を並べていく。

 

 

 

 

 

 ノウム・カルデアに再召喚され、以前と変わらず台所を任されることとなったエミヤはある日、こんな声を耳にした。

 

 

『エミヤの飯はおいしいけど、ちょっと飽きてきたよな』

 

 声の主も聞かせるつもりはなかったのだろう、ちょっとした不満。いかにエミヤが三ツ星シェフもかくやという腕前であろうと、三年近く料理を作り続けていればレパートリーにも限界が見えてくるし、食べる側の舌も慣れてくる。

 

 だがそれが、エミヤの料理人としてのプライドに火を点けた。

 

 自分は何を驕っていたのだろう。ただ今の技量で最大限美味しく作ることだけを考えて、腕そのものを向上させることを怠っていた。更なる苦難に立ち向かうマスターとマシュ達の憩いになるべく、レベルアップが必要な時がやって来たのだ。

 

別の時空に召喚された自分が知れば突っ込みが入ったに違いない。すっかりカルデアに馴染んだ守護者であった。

 

 そんなことを考えていた矢先に転がり込んできた閻魔亭再興とその女主人の話を聞いて、エミヤはすぐさま行動に移した。厨房で紅閻魔を手伝う傍らでヘルズキッチンで腕を磨く日々を送ること一週間。今では姉弟子の玉藻達を差し置いて、副料理長の地位を確立していた。

 

 

 時折襲い掛かってくる食材を撃退しつつ、つつがなく調理を進めていく。宿泊客全員分の朝食の配膳に出して、エミヤはようやく手を止めた。

 

 

「さて、女将殿は休憩に入ってくれ。私は昼餉の下準備をしておこう」

 

「待つでち。エミヤ様こそいい加減休みなちゃい。朝一のヘルズキッチンが終わってから働きずくめでちよ」

 

「昼食を作り終えたら休ませてもらうさ。昨夜休息は十分取っているし問題は」

 

「昨日の夜、雀が部屋の机に向かっているお前様を目撃しているでち。大方、これまでの教えを纏めていまちたね?」

 

「!!」

 

「勤勉なのは結構でちが、それで無理をすれば元も子もないのでち。閻魔亭を預かる身として、集中力を欠いた料理人を厨房に入れるわけにはいきまちぇん」

 

「・・・女将殿こそ働きすぎだ。ヘルズキッチンの準備で昨夜から休んでいないのでは?」

 

「あ、あちきはいいのでちゅ。いわば経営者なのですから、従業員のように休息を義務付けられてはいまちぇん」

 

「上に倒れられて迷惑を被るのは下なのだがね。特に女将殿の替えは利かないんだ。むしろ本来なら普段より余裕を持って、下の者に指示を出すくらいでいてもらわなければな」

 

「ここで雇われているならまだちも、お手伝いにそこまではさせられまちぇん!」

 

「一料理人と閻魔亭全体の責任者、調子を崩してしまったら困るのはどちら考えるまでもない。女将殿が先に――」

 

「いや、お前様が先に――」

 

 

 

 

「あーもう埒が明かねえです! お二人揃ってさっさと休憩に入ってください! 片付けは私とそこの猫っぽいパチモンで何とかなりますので!」

 

 

 最終的に玉藻に追い出された挙句呪術で扉を閉められた二人は、仕方なく休憩室に向かうのであった。

 

 

 

 

       ○   ●   ○

 

 

 客室と同じく和室の休憩室で、エミヤと紅閻魔は茶を啜る。

 

 

「しかし、かれこれ一週間でちか。最初はどうなることかと思いまちたが、皆様のお陰で軌道に乗りつつありまちね。エミヤ様にも本当に助かっているのでち」

 

「礼には及ばないさ。ここでの生活は新鮮だし、貴女ほどの料理人の下で腕を磨ける環境はありがたい」

 

「元々十分な腕前でちたよ。どこで培ったのか、ちょっと興味がありまちゅ」

 

「特別なことはしていない。昔虎や竜に食べさせていただけさ」

 

「……比喩でちよね?」

 

「……今となってはそうも言えなくなってきてね。頭の痛い話だが」

 

 遠い目をするエミヤに戦慄する紅閻魔。生前はカルデアのマスターと近い年代に生きていたという話だが、どんな環境で育ったのだろうか。

 

 

 現在閻魔亭では、増えてきた宿泊客に対応するために秒単位の並列作業で調理を進めている。一流の料理人でも音を上げるほどに複雑化した手順と要求される技術の高さに、エミヤはきっちりと付いてきていた。

 

 

 ヘルズキッチンは、料理の腕前だけでは決して卒業出来ない。具体的な指導の前に、まず料理人としての心得を徹底的に叩き込まれる。範囲は生産者とのコネの作り方から生存競争を生き抜く術までやたらと広い。

 

 既にヘルズキッチンを八コース中六つ、立て続けに制覇しており、人外魔境の調理技術をも身に付けつつある。カルデアのマスターとマシュが太鼓判を押していたので期待をしていたが、予想以上の逸材だったと言えるだろう。

 

 (正直、適性があり過ぎるとは思いまちが)

 

 

 紅閻魔ほどの料理人ならば、その料理を通じて作った人間の精神性を読み取ることもできる。そこから感じたエミヤという男の精神のバランスは、些か以上に外――――他人に偏っていた。加えて、交えた刃から伝わってきた彼の信念と、地獄の獄卒としての観察眼。これらを合わせれば、エミヤという男がどのような人生を歩んできたのかを凡そ察することができる。

 

 

 料理の時に見た、完成された基礎と優しい顔。戦いの場で目にした、血の滲むような修練の積み重ねと冷徹な眼差し。

 

 

 誰かに笑顔であって欲しい。そんな想いを抱えたまま、どれだけの血を見てきたのか。いったい何度、理想に裏切られ続けたのか。

 

 

「……エミヤ様は」

 

 他人の事情に踏み入るべきではないとわかっていながら、気付けば口に出していた。

 

 だって、どうしても重なる。かつて自分を助けてくれたおじいさん。他者の幸福を望み、自分の富を分け与え、法螺話を聞かせて村人に夢を見せ――――なのに最期まで、変わり者として誰にも寄り添ってもらえなかった恩人と。

 

 

「やれやれ。こんな無骨な男に、そのような顔をするのはやめてもらいたい」

 

「……え?」

 

「その顔を見れば、何を言いたいかは察しがつく。カルデアで『英霊エミヤ()』を知った者の内、何人かはそんな表情だったよ」

 

 顔を上げれば、苦笑する男の顔。そんな風に接してもらう資格はないのだと言うように。

 

 

「幸福の中にいると、叫び出しそうになった。見知らぬ誰かが傷ついているという事実に、身が焼かれるような思いだった。私は悪と呼ばれた者達を討ち続け、最期には彼らと同じになった。……当然の帰結だよ。自身の欲望を満たすために他者を傷つける人間を、悪と言わずに何という」

 

 

 私は我慢出来なかったんだ、と。世間話のような軽さで締めくくり、エミヤは席を立った。

 

 

「守護者として世界に縛られた身だ。まず有り得ないだろうが、あの世(そちら)に行くことがあったなら、遠慮なく地獄に叩き落として貰いたい」

 

「あ……」

 

 そのまま、彼の背中は廊下に消えていく。

 

 

 とある相談事について彼から話を聞いておきたかったのだが、あの様子では攻め方を変える必要があるだろう。

 

 

「ちょっと、皆様に協力してもらいまちょうか」

 

 

 

 

 

 数日後、エミヤは困惑していた。

 

 

 元々ゴルドルフ所長が閻魔亭の賽銭箱を開けてしまったことに起因する閻魔亭の奉公は、マスター達が閻魔亭が寂れた原因を突き止めたことにより意外な展開を見せていた。事のあらましを聞いたエミヤは、秘密裏に動くマスター達に紅閻魔の目を引き付けるように頼まれていたのだが、

 

 

「女将殿、これは一体?」

 

 お昼のピークを過ぎた後、エミヤは話がしたいと言って紅閻魔を休憩室に呼び出した。適当に料理の話題で時間を稼ぐつもりで休憩室に入ってみれば、そこには別風景が広がっていた。

 

 

 「雀のお宿にようこそ、エミヤ様」

 

 背の高い森の中にポツンと佇む純和風の屋敷の前で、紅閻魔はそう告げる。

 

「実はマシュ達から、エミヤ様はカルデアでも働きづくめだと相談を受けてまちて。これまでのお礼も兼ねて、一度あちきからおもてなしをさせていただきたいのでちよ」

 

――――マスター、謀ったな……!

 

 エミヤの性格から、自分たちが素直に礼を申し出ても遠慮される可能性が高いと踏んだのだろう。マスターはこの状況を利用して、紅閻魔に宝探しのことを伏せた上で準備してもらっていたのだ。

 

 

 雀も連れて完全おもてなし体制の紅閻魔には流石にエミヤも断れず。彼女の気を惹かねばならないので大人しく席に着く他ない。中々逞しくなったものだと、エミヤは内心で苦笑した。

 

 

 居間に通され腰を下ろすと、紅閻魔はそこに料理を運んで来た。鮎の塩焼きと猪肉の煮物が中心で、どれも出来立ての良い香りが鼻腔をくすぐる。色合いも鮮やかで目を楽しませるが、そこでエミヤは違和感を抱いた。

 

 一見芸術品のように整えられた品々だが、よく見れば細かい部分に粗が見て取れるのだ。不揃いに切られた胡瓜の漬物や、若干の焦げが残る鮎の塩焼き。別に気にはしないが、僅かの間でも共に厨房に立っていた者として、紅閻魔がこのようなミスをするとは思えない。

 

 

「最初はあちきの出来る限りの腕を振るおうかと考えていまちたが、エミヤ様にはこちらが良いでちょう」

 

 どこからともなく取り出した葛籠を軽く叩くと、中から花束が飛び出してきた。生花ではなく折り紙で作られたもので、花の部分にメッセージが書き込まれている。

 

『いつも美味な食事を作ってくれる貴方に改めて感謝を、アーチャー。久方ぶりの狩りでしたので、獲物が過度に傷ついてなければよいのですが』

 

『今度はオコノミヤキとやらを所望するニャ。あ、でもゴハンの上に載せたりするのはやな予感するからカンベンな!』

 

 

「…………まさか」

 

 1つでは終わらず、次々と葛籠から飛び出してくる花束。そこに記されたメッセージの数々。カルデアを支え続けた男への感謝の言葉が咲き乱れる。

 

 

 

「猪肉はアルトリア様。山菜はシトナイ様とアイリスフィール様。そこの鮎はクーフーリン様。下拵えにはイリヤ様にクロエ様、そしてパールヴァティー様。イシュタル様とジャガーマン様――――はむしろ邪魔でちたね。まあ、他にもお前様のことを話したら、皆協力してくれまちたよ」

 

 慕われているのでちね、と説明を終えた紅閻魔は朗らかに笑っていた。

 

 

「はは……。全く、他にやることがいくらでもあるだろうに」

 

「そういうことを言うものではありまちぇん。皆お前様に感謝しているのでちから、素直に受け取りなちゃい」

 

 人々を救いながら、何も求めなかった生前。その果てに誰にも理解されないまま最期を迎えたことに後悔はない。

 

 でも。だけど。

 

 エミヤが誰かを助けたかったのと同じように、エミヤを助けてあげたかった誰かもきっといたはずなのだ。

 

 

 情けは人の為ならず。当たり前のお返しこそが、雀の女将が選んだおもてなしだった。

 

 

「……いただきます」

 

「はい、召し上がれ」

 

 心を込めて手を合わせ、温かな料理を口に運ぶ。

 

 

 ――――最早霞んで思い出せなくなった遠い記憶。置き去りにしたあの家の日々が、少しだけ懐かしくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 最後に、ちょっとした裏話を。

 

 

 閻魔亭奉公最後の日。エミヤは閻魔亭を離れ、外れにある背の高い丘の上にいた。鷹の目で辺り一帯を睥睨していると、背後から待ち人の気配を感じ取る。

 

「いいのかね? 大捕り物も佳境だが」

 

「私の役目は既に終わったからね。必要以上に見せ場を奪わないのも良い男の条件というものさ」

 

 鮮やかな金の髪を揺らし、待ち人――フィン・マックールは優雅な笑みを浮かべた。

 

 

 風に乗って激しい戦闘音が聞こえてくる。閻魔亭の天守では今頃、紅閻魔とマスタ―達がこの騒動に幕を引こうとしているはずだ。彼らならばしくじることはあり得ないだろう。

 

「万が一の備えも無事不要に終わった。後はタイミングを見計らって迎えに行くだけさ」

 

「それについてだが、本当にいるのか?」

 

「前に『視た』時はそれほど遠くなかったはずだ」

 

 

 そう、万が一。追い詰められた怪異が、悪足搔きとして賽銭箱ではなく紅閻魔の大切なモノを狙う可能性を二人は危惧していたのだ。

 

 この物語において探偵役だったフィンと、端役に過ぎなかったエミヤ。そんな二人だからこそ、舞台の外で出来ることがある。

 

 

「これを渡しておく」

 

 

 投影魔術で作り出されたのは、宝石を埋め込んだ木彫りの短剣だった。感じ取れる魔力は僅かなもので、宝具はおろか礼装と呼べるかも怪しい代物だ。

 

 

「ふむ、それは?」

 

「帰郷を祈るお守りのようなものだ。これを女将に、対になるものを何匹かの魔猿に持たせてある。少なくとも一つくらいは主の手元に渡っているだろう」

 

「……往く人と待ち人が持つことで縁を結ぶ、ということか。これは良い標になりそうだ」

 

 

 受け取った短剣を片手に、フィンは魔術を行使する。眼前の景色が水彩画のように滲み、溶け落ちていく。

 

 

 背を向けたまま、フィンは問うてきた。

 

「しかしまあ、今回は随分と彼女に肩入れするじゃないか。ああいう健気な子も好みだったりするのかい?」

 

「色々と誤解を招きそうなことを口にするのはやめてもらおうか。君のように節操なく女性を口説きはしないし、そもそもそういった事情ではない」

 

「それにしては積極的だろう。元々君は面倒見がよいが、普段はもう少し線を引いている」

 

 

 フィンの指摘を否定しきれず、押し黙るエミヤ。

 

 もてなしてくれた紅閻魔へのお返しというのも勿論ある。だがそれ以上に、蘇った記憶と紅閻魔が重なり、どうしても放っておけなかったのだ。

 

 

 

 海を越えて戦いに明け暮れていた日々。遠く離れた地で戦う自分を、『あの人』はどんな思いで待っていたのだろう。

 

 

「……どこにいるかも知れない相手を待ち続けるというのは、中々に堪え難いと思うだけさ」

 

「……そうか」

 

「それに古来より、日本のおとぎ話はある言葉で締めくくられると相場が決まっているのだよ」

 

 

 

 魔術によって空間に開いた大穴。その先では、瘤のついた老人が目を丸くして立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「めでたしめでたし、とね」




最後の裏話は、Twitterに上がっていた「ラスボス戦でフィンがサポートキャラにいなかった理由」の考察を参考にしました。万が一の備えのために、フィンがある程度事情を知っているエミヤに協力を頼んだ形です。


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シトナイの長い半日(バレンタイン編)

季節感ガン無視の、シトナイのバレンタインイベントの後日談的なお話です。

疑似サーヴァントは依り代と英霊のバランスが難しいと改めて思う今日この頃。


case1.聖杯の端末

 

 

カチャリ、と。

 

机に置いたティーセットの鳴らした音が、いやに耳についた。

 

 

 

 銀髪の少女――を依り代にしたサーヴァントのシトナイは、机の下で両足を揺らしながら、どこか落ち着かない様子で食堂を見渡していた。挙動不審だが、彼女を見止める者はいない。

 

 なにせ今日はバレンタインデー。作法は各国で異なっているが、カルデアではマスターに合わせてお世話になった人にチョコ諸々を渡す日本スタイルを採用している。既に昼過ぎだが、チョコ完成に向けてラストスパートをかけている職員やサーヴァントでキッチンは騒々しくなっていた。

 

 

 約束の時間ぴったりに扉が開き、2人の人物が入ってくる。1人はいつも通りの格好をしたマスター。もう1人は、やや露出の多い白のドレスに身を包んだ、銀髪赤目の美女。丁度シトナイをそのまま成長させたような外見であった。

 

 マスターはシトナイを見つけると、女性の手を引いてこちらまでやって来る。

 

「時間通りだね」

 

「ええ。今日は忙しいでしょうに、わざわざありがとう」

 

「ま、道すがら案内しただけだしね。それよりもこっちが……」

 

言いながらマスターは女性を促し、一歩前に進ませた。シトナイは改めて同じ赤い目と視線を合わせ――胸の内から湧いてきたのは、覚えのない愛情。思わず言葉に詰まる彼女に、女性は口を開いた。

 

 

「こうして面と向かって話をするのは初めてかしら」

 

 整った顔立ちに浮かぶ表情は戸惑いと嬉しさが等分で。

 

 

 

「キャスターのサーヴァント、天の衣よ。アイリスフィールって呼んでちょうだい」

 

 

 

 

 

 2人を引き合わせて、すぐにマスターはどこかへ去っていた。カルデアに召喚されたサーヴァント全てにチョコを渡すのが毎年の恒例のため、この日はいつもに増して多忙を極めている。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 注文した紅茶を前に、しかしシトナイは口を開かない。言いたいこと、聞きたいことは声になる前に音が抜けてしまう。

 

 複合神性サーヴァント(シトナイ)としての自分は天の衣の疑似的な神霊とでもいうべき在り方に興味を抱き、肉体(イリヤスフィール)としての自分はアイリスフィールを痛切に求めている。好意の温度差は、気を抜けば霊基が崩れてしまいそうになるほど。

 

 これでは茶会に招いた側として失格だと、シトナイは気合を入れ直した。

 

 

「改めてこんにちは。急なお願いだったのに、来てくれてありがとう」

 

「ふふ、そんなにかしこまらなくてもいいわ。他でもない貴女の頼みだもの」

 

 背伸びした子供を微笑ましく思うような笑みだった。幼子として扱われるのは少し不満で、でも嬉しくて。

 

 「貴方のことは、なんて呼べば良いかしら?」

 

「…………シトナイ。私は女神の複合体だけど、一番強く表に出てるのはシトナイだから」

 

「…………むぅ」

 

 不満そうなアイリスフィールにちょっと揺らいだが、呼んでもらう名前は事前に決めていたことだった。自意識はシトナイにある以上、もう1つの呼び名は不適だと思ったからだ。依り代と、あの恥ずかしい格好をしたイリヤスフィールへの配慮もある。

 

 

 「その………良ければこれ、食べてくれる?」

 

 

 おずおずと差し出した紙袋の中に入っていたのは、拳大の丸いホワイトチョコ。ふと思い浮かんだ人たちに気まぐれで作ったが、そのままお蔵入りしようとしていたものだ。

 

 不格好ではないだろうか。口に合うだろうか。そんな神霊らしからぬ不安と焦りを今更ながら覚える。

 

 

 

 

「――――ありがとう。本当に、本当に嬉しいわ」

 

 

 

 アイリスフィールは紙袋を胸に抱く。世界中のあらゆる宝よりも、これには価値があるのだと言うように。

 

 

「私の中に、この子の意識は殆ど残ってないわ。だから、そのチョコも本当は……」

 

「関係ないわよそんなの。依り代を許しているくらいだもの、あの子はシトナイちゃんを認めてくれてるわ」

 

 頭を撫でられる。抱いていた不安は杞憂になり、温かな喜びがシトナイの胸を満たした。

 

「私からもこれをどうぞ」

 

 言いながら差し出されたのは、綺麗に整えられたホールサイズのチョコレートケーキ。

 

「いいの?」

 

 

 ケーキに添えられた2つの人形を見れば、それが誰に向けて作られたのかは一目瞭然だ。本当の意味で娘ではない自分にその資格があるのかと、シトナイは遠慮がちな視線を向けた。

 

「勿論。折角作ったんだもの、是非味の感想を聞かせてね」

 

 慈愛に満ちた笑顔で、逆にじっと見つめられる。

 

「…………」

 

 見つめられる。

 

「…………」

 

 キラキラとした期待に満ちた瞳で見つめられる。この場で食べる以外の選択肢はなさそうだ。

 

 

「じゃ、じゃあ、いただきます」

 

「はいどうぞ。食べながら、貴女のお話を聞かせてね」

 

 

 互いの間に横たわっていた緊張は、雪解けのように消えていて。

 

 

 いつかどこかであったかもしれない、ありふれた母子の光景がそこにはあった。

 

 

case2.赤いフードの暗殺者

 

 

 とりあえず宝具を解放した。

 

 

吼えよ我が友、我が力(オプタテシケ・オキムンペ)!」

 

 

 威力は抑えてあるが、神霊サーヴァントの宝具である。白銀の瀑布は瞬く間に部屋を呑み込み、極寒の世界へと変貌させた。

 

「…………」

 

「っと。こんにちは、アサシンさん」

 

 部屋の惨状とは対照的に、軽やかなステップを踏んで入ってきたシトナイは、無邪気な笑顔で挨拶をした。部屋の主は当然ながら臨戦態勢。銃口をシトナイに向けて、油断なく間合いを図っている。

 

 慌てた様子で割り込んできたマスターが事情を説明して、ひとまず一触即発の状況は回避された。

 

 

「何の用だ」

 

 それでも警戒は維持したまま、アサシンは問う。

 

 「特にはないよ。ただ、貴方とお話してみたくて。居場所がわからないから、マスターさんに協力してもらったの。……あ、品のないノックでごめんね。この身体()がそうしろって言ってたから」

 

 微笑を湛えたまま、アサシンを値踏みするように見つめるシトナイ。近くにあった椅子を寄せて座ると、こんな風に切り出した。

 

「ねえ、貴方のお話を聞かせてくれない?」

 

「…………僕のだと?」

 

「そ。貴方がどんな軌跡を辿って守護者(そこ)に至ったか。……ううん、守護者に(そう)なる前の貴方がどんな人間だったのか」

 

「……僕は名も無い人間たちの代表として、サーヴァントになっている。一個人のパーソナリティーを探ることは無意味だ」

 

「それでも基になった人はいるはずでしょう? 貴方はまだそれを無くしていないはずよ」

 

「……何を根拠に」

 

「勘」

 

 言い切ったシトナイは無言で徹底抗戦の意を示す。紅玉を思わせる赤い瞳に見つめられると、どうも居心地が悪い。身に覚えのない感情がアサシンの胸中をかき乱す。

 

 

 冷戦の末、白旗を挙げたのはアサシンだった。

 

 

 

「…………衛宮切嗣。かつての僕だった男の名前だ」

 

「ええっと、キリ継ぐ。キリ嗣。切ツグ。キリツグ。……うん、キリツグ」

 

 名前を噛み締めるように少女は呟いて、可憐な面持ちを綻ばせる。その笑顔にどんな意味があるのかはわからなかったが、アサシンにとって少なくとも不快ではなかった。

 

「まあいっか。今日はこれで勘弁してあげる」

 

「また来るのか……」

 

「当然。あとこれ、貴方にあげる」

 

 シトナイが差し出したチョコを、アサシンはごく自然に受け取った。

 

「……意外。警戒されると思ってた」

 

「3人目ともなれば警戒するだけ無駄だとわかるさ」

 

「……3人目?」

 

「? あの子たちと一緒に用意したんじゃないのか?」

 

 

 比喩ではなく、空気が凍った。

 

 

 部屋を見回すと、机の上に可愛らしくラッピングされたチョコレートが2つ置かれていた。メッセージカードも添えられていて、好意が伝わる文面が綴られている。

 

 

「…………………………ふーん。貰っただけならまだしも、あんな似ても似つかないのと同じ扱いするんだ」

 

「……っ」

 

 思わず後ずさるアサシン。何故だろう、サーヴァントとしての霊格とか戦闘力とは別の部分で、この少女に勝てるビジョンが浮かんでこない。戦場で時折起こる理不尽な幸運(聖杯の寵愛)も、今回は味方してくれそうな気がしなかった。

 

 底冷えするほど綺麗な笑みに呼応するように、廊下までもが霜で覆われていく。

 

 

「ちょっとお仕置き、だね」

 

 

case2,5.豹めいたナニカと赤い背中

 

 

 それは、既知にして未知との遭遇であった。

 

 

「いやぁぁあああああああああああ!!」

 

 誰にも聞かせたことのない本気の悲鳴を上げ、雪の少女は白熊に乗って廊下を爆走中。その背後から、虎の着ぐるみに身を包んだ女性が追いかけていた。神霊サーヴァント(シトナイとしてはあれと同じカテゴリーにされるのは甚だ心外であるが)のジャガーマンである。

 

 

 

 何故か片手に、ブルマと呼ばれる体操着を持って。

 

「弟子EX号も悪くはないんだけどニャー、やっぱバイオレンス&ジェノサイドが足りないZE! ってな訳で、観念してこれを着るのだ!」

 

「絶対イヤ!! 私をそっちに引きずり込まないで!!」

 

「フハハハハハ!! 悠久の時を越え、今こそ師匠とロリブルマは蘇る! 最早我らは道場に収まる器ではない、時代はユ~ニヴァァァス! 女の魅力溢れる謎のヒロインJ&Bとしてマスターを人理の危機(バッドエンド)から救うのニャ!!」

 

 

 訳が分からない、恐らくジャガーマン本人もよくわかっていないワードがガトリング砲の如く吐き出され、パンドラの箱めいた危険な記憶の蓋が開きそうになったシトナイは、白熊シロウの腹を叩いて速度を上げる。構図は残機ゼロで挑む縦スクロールのシューティングゲーム。一度でも捕まって撃墜されれば、摩訶不思議な謎(ギャグ)時空にご案内されることは想像に難くない。女神の威厳などどこぞの自爆宝具持ちの精霊種並みに暴落する。

 

 

 

「その辺にしておきたまえ」

 

「んぎゅるっ!!」

 

 不意に背後から聞こえた男の声と、息を詰まらせるジャガーマン。シトナイが振り返ると、赤い外套を着た青年が腕を伸ばし、ジャガーマンの首根っこを掴み釣り上げていた。逃げるのに必死ですれ違ったことに気づかなかったらしい。

 

 

「HA・NA・SE!! いやマジで離してせめて地に足を着けさせてエミヤ君。ちょっと気道ががが」

 

「時代はユニバースなのだろう? これを機に宇宙遊泳にでも挑戦してみてはどうだね。ケツァルコアトルなら喜んで協力してくれるだろう」

 

「それ別の宇宙が見えるヤツニャー!? 麗しき密林の女神に対してなんたる仕打ち! 私はキミをそんな子に育てたつもりはありませんぞよ!」

 

「………………………………………………面倒を見ているのは、私の方だと思うがね」

 

 

何とも言い難い表情を浮かべて、エミヤは腕を下ろした。ゲホゲホと咳き込むジャガーマンであったが、エミヤが夕飯のことを伝えるとあっさりと機嫌を直して去っていく。「ロリブルマを諦めんぞー!」という、頭の痛い捨て台詞を残して。

 

 

「はあ、はあ…………ありがとう、アーチャー」

 

「偶然通りかかっただけさ。それに、あれに下手に暴れられると色々と厄介だからな」

 

 

 肩を竦めたエミヤは、シトナイが腰に下げている紙袋を見つける。

 

「……順調かね?」

 

「んー、そうね。マスターさんが協力してくれるから」

 

「……そうか。まあ頑張りたまえ」

 

 常よりも眦の下がった、温かい眼差し。それが紙袋に注がれていることに気づいたシトナイは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「ふっふーん。ひょっとして貴方も欲しいの?」

 

「む、いや私は別に」

 

「しょうがないなあ。今は持ち合わせがないけど、後で作ってきてあげる」

 

「だからその必要はないと」

 

「その代わり」

 

 途中で言葉を切ったシトナイはエミヤに背を向けた。一呼吸挟んで紡がれた言葉は少し震えていて。

 

 

「ホワイトデー、だっけ? お返し、ちゃんとしたものじゃないと許さないから」

 

 

 艶やかな銀髪の隙間から、仄かに赤く染まった耳が覗く。素っ気ないそれが遠回しなおねだりだとエミヤが気づくのに、たっぷり十秒かかった。

 

「…………分かった。オレに出来る限りで返礼させてもらうとしよう」

 

「ん。よろしい!」

 

 振り向いたシトナイは両手を腰に当てて、時折見せる自慢げな笑顔。それを見たエミヤの目つきが細くなる。瞳に映る感情の色は複雑で、シトナイにも簡単には読み取れない。

 

 

 基になった人物の間で結ばれた特異な縁は、サーヴァントになったことでより複雑なものとなっている。お互いそれは察しているが、敢えて口にせず、友好的な味方程度の距離感を崩していない。

 

 薄皮一枚を隔てての知らない振りは、余人の目には滑稽に映るだろう。それでもシトナイは、今の関係が気に入っている。彼の側から切り込んで来ることはそうそうないだろうが、ふとした拍子に見せる素顔はお気に入りなのだ。

 

 

「じゃあ私は行くね。…………あ、そうだ」

 

 

 去り際に別の気配を感じ取ったシトナイは、彼の言葉に紛れた嘘を指摘した。

 

 

「心配だからって、レディを付け回すのは感心しないかな。気配遮断もなしだと流石に気づくよ?」

 

「!」

 

 

 エミヤの珍しくばつの悪い顔に心が暖かくなるのを感じながら、銀の女神は次なる相手の下へ走っていった。

 

 

 

 エミヤからその後ろ姿が見えなくなった後、彼は通りかかった魔法少女たちと二人の女神に先の発言について詰問される羽目になったのは余談である。

 

 

case3.無銘

 

 

 

 マスターに教えてもらったシミュレータールームの一角に足を運んだシトナイが目にしたのは、崩壊した近代都市だった。パチパチと何かが小さく爆ぜる音と、鼻を衝く血と硝煙の臭いまでリアルに再現された空間にシトナイは嘆息する。

 

「そういえば、状況まで注文は付けていなかったけど」

 

 だからってこれはない。マスターには『彼』をシミュレータールームに放り込んでおいてくれとは言ったが、彼の得意とする戦場を考えれば、こうなるのは必然だっただろう。

 

強い魔力反応と轟音を標に進んでいくと、次第に肌がひりつくような感覚に襲われる。しばらくして見つけた目的の人物は、大量の自動人形(オートマタ)を相手にしていた。

 

 

「…………」

 

 腰を下ろし、シトナイはその様子を眺める。

 

 

 雲霞の如く押し寄せる自動人形。人体の駆動域を無視した動きで四方から迫りくるそれらを、黒い肌の男は刃付きの二丁拳銃で排除していく。

 

 一切の無駄を排した身体捌きで躱し、撃ち抜き、両断しする。人相手に特化した殺戮機構に狂いはない。避けきれない攻撃も、急所でなければ問題ないと言わんばかりに受け入れ、反撃で人形達を粉砕していく。最も、その受け入れた攻撃でさえ、人体とは思えない剣戟染みた甲高い音(・・・・・・・・・)と共に弾かれるのだが。

 

 

 そうして特に波乱もなく殺劇は幕を下ろす。自動人形が物言わぬ残骸の山になったのを確認した男は、背後のシトナイに銃を向けた。

 

 

 焦点の定まっていなかった瞳が、戦士のそれに切り替わる。

 

 

「誰だ、アンタ」

 

「……初めまして、名無しさん。私シトナイっていうの」

 

 胸に走る痛みは表情に出さす、シトナイは目の前の男――エミヤオルタに微笑んで見せる。同時に用意していたシミュレーターのプログラムを起動させ、マスターとチョコをやり取りしたログハウスへと景色を変えた。

 

 

 先手必勝とばかりに、シトナイはチョコを差し出した。変に勘ぐられる前に言葉を重ねる。

 

 

「バレンタインのチョコレートよ。マスターさんからも貰ったんでしょ?」

 

「――――ああ、アレは今日の話だったか。なら聞いているだろうが、オレに味覚はない。そんなものを渡されたところで資源の無駄だ」

 

「なら捨ててもいいわ。いいから受け取りなさい」

 

 白い手が黒い腕を取り、無理矢理に紙袋を握らせる。オルタからの抵抗は無かった。

 

 

 紙袋をまじまじと見つめたオルタは苦笑する。

 

 

「サーヴァントのアンタに返せるもの、というのも思いつかんな。何を望む?」

 

「私からそれを言ったらお返しにならないでしょう」

 

「さっきまでそこにあった鉄屑共の同類にそれを求めるのは酷だと思うが?」

 

「いいから次会うまでに考えておきなさい。出来てなかったらバーサーカーをけしかけるんだから!」

 

 

 最後に洒落にならない脅しをかけて、シトナイは立ち去った。

 

 

 2人がすれ違う、その瞬間。

 

 

「またね、シロウ」

 

 

 ふわりとなびく銀の髪から、清廉な森の気配をイメージさせる香りが漂った。

 

 

 

 視覚、聴覚、嗅覚の3つが受け取った情報が、錆びついた記憶を刺激する。刹那の間クリアになる思考。

 

 

「…………イ、リ……―――?」

 

 

 呟きは淡雪のように。3文字の名前は、意味を成す前に溶けて消えた。

 

 

 

 

「これで五回目、か」

 

 

 シミュレータールームを出たところで、シトナイはポツリと呟いた。

 

 

 シトナイがオルタと会うのは、実は初めてではない。もう五回、シトナイとオルタはこういった初対面を繰り返している。戦闘以外の人体のあらゆる機能を削ぎ落した彼は、最早記憶さえ混然としていた。去り際に呟いたあの名前も、次に覚えているかは怪しいところだ。

 

 

 偶然を装ったり妖艶な態度で誘ったり、バーサーカーと共に襲撃を掛けたり(この時はジャガーマンやタマモキャットの同類と認識されて本気で落ち込んだ)と色々と試してみたが、全て徒労に終わっている。

 

 

 それでも、今のシトナイは小さな期待を抱いている。在り方が大きく変貌しても、その根底には根付いているものがあるはずだから。チョコのお返しを次の機会にしたのは、なんだかんだと律儀な彼なら覚えてくれているかもしれないかいから。

 

 あの名前を思い出すことがなくとも、シトナイとして新たに縁を結べるのならそれも悪くない。

 

 

 苦笑か、呆れか、はたまた辟易か。『再会』の時に浮かべる彼の表情を想像して、女神は小さく微笑んだ。

 

 

 

case.EX 天の■■

 

 

 

「うーん……」

 

 一通り訪ねた後の夜更け、シトナイは悩んでいた。目の前には自分が作ったホワイトチョコがひとつ、机の上に鎮座している。

 

 アサシンに渡した分なのだが、怒りに任せて思わず取り上げてしまったので、ひとつ残ってしまったのだ。

 

 気は進まないがもう一度訪ねるか。或いはあの甘味好きなヤマトの鬼にでも渡してしまおうか。きっと表情を輝かせた後、威厳がある風に取り繕うのだろう。そんな微笑ましい様子が見られるのならと、悩んだ末にシトナイは自室を飛び出した。どちらに渡すかは、道すがら決めればいい。

 

 

 無機質な内装に変化はないが、時刻は既に夜。今日一日カルデア中を包んでいた甘い匂いも薄れている。人の気配が途絶えた廊下をシトナイは駆けて行き、

 

 

 

 

「おやおやこいつは珍しい。麗しき北欧の女神様がどちらまで?」

 

 

 T字路になっている廊下の曲がり角の先から、軽薄な男の声を聞いた。

 

 足を止めたシトナイがそちらに視線を向けると、うっすらとした影が床に映っている。

 

 

「……珍しいのは貴方でしょう。いつも外を眺めることしかしてない癖に、今日はどういう風の吹き回しなの?」

 

「単なる気まぐれさ。さっきマスターにチョコ貰ってな。滅多にない機会だし、ついでにちょっと中を見てみたくなったワケ。ったく、名高き英霊サマがどいつもこいつも浮かれてたったらありゃしない。つかさー、チョコにしろお返しにしろ皆様気合い入り過ぎじゃないですかね。まあ俺ってば最弱のサーヴァントですし? プレゼントもそれ相応にしみったれた代物がお似合いですけども?」

 

 呆れるように影は言う。どこか子供っぽい口調が拗ねているように聞こえたのは気のせいだろうか。

 

 

 なにせシトナイがこのサーヴァントの気配を感じた時は心底驚いたものだ。  

 

 悪を以て人類を肯定する反英雄の極致であり、最『悪』の悪魔。しかしそのご大層な名前に反して、ロクな力を持たない自他共に認める雑魚である。その弱さの原因は、この影が現界している姿なのだが。

 

 

「まあ、貴方がカルデアに喚ばれるなんてその姿くらいのものでしょうけど。でも随分と気に入ったのね、その(カラ)

 

「んな訳ねえだろ。二度とゴメンだったっつうの。着心地最悪の着ぐるみみたいなモンだぜこれ」

 

 心底イヤそうにそう吐き捨てる影の心情を、シトナイは少し理解できる。

 

 この男の状態は、ある意味シトナイ達のような疑似サーヴァントに近い。孔明のように意図的な区分けをしない限り神霊といえど依り代の影響を受けてしまう。大抵は相性の良い依り代が選ばれるが、それが当てはまらなければ嫌いな相手に人格が歪められる羽目になるのだ。

 

 

「その様子だと、渡すかどうか悩んでる感じか?」

 

「……そんなところよ。女神がこんな真似、似合わないかしら?」

 

「いやいや大いに結構だと思いますよオレは。感謝とか好意を示す機会ってのは貴重だぜ。なにせ放っときゃ勝手に悪い方に解釈して切り捨てる生き物ですからね人間は! 露骨にお膳立てされようが、ちゃんと言いたいことは言っとくべきだ」

 

 今のアンタは女神だけどな、と余計な一言を付けて影は笑った。

 

 

 シトナイは止めていた歩みを再開し、影とは逆の方へ曲がる。後ろを見ないまま、ゴミを放るようなぞんざいさで紙袋を投げた。

 

 

「余っちゃったから、それあげるわ」

 

「え、この流れでオレに?」

 

「折角の感謝を伝える機会だもの。もう一度作り直して、良い出来のものと一緒に言いたいでしょ」

 

「うわひっでえゴミ処分かよ。そこはこう、ちょっと恥ずかしがるくらいの可愛げとかさあ」

 

 戯言を無視して離れていくシトナイ。次に会うのはいつか分からないが、特段惜しくないし話すこともない。この男は本来、カルデアにいていい存在ではないのだから。下界を眺め続けた悪魔が、空を仰ぎ見る星見台にいるというのは、中々に皮肉が効いているとは思うが。

 

 

 

 声が届くギリギリの距離で、いつかの4日間で完結する箱庭の再現のように。

 

 

 

 最後に一言だけ問うた。

 

 

「ねえ、ここは楽しい?」

 

 

 

 

「………退屈だよ。思わず欠伸が出ちまいそうだ」



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