覇王の兄の憂鬱 (朝人)
しおりを挟む

プロローグ

基本ノリと勢いで書きました。


 第一管理世界『ミッドチルダ』。

 ある日の昼下がり。その都市――クラナガンの公道を一台の車が走っていた。

 見た目はよくあるデザインのスポーツカーだが、問題なのはその速度だ。如何にスポーツカーといえど最大速度は180〜200がせいぜいだろう……しかし、件の車の現在の速度は260。レーシングカー並の速度で、文字通り“爆走”する。

 

「おいこら、クソ親父。いくら何でも速過ぎないか、これ」

 

 助手席に座る十一歳の少年が冷めた目で父を睨む。

 白衣を纏った、見た目はどう見ても学者姿の男は、そんな息子の視線など何処吹く風。「ふふふ」と不気味な笑みを漏らす。それはまるで、見失まいと飛行魔法で必死に追いかけてくる管理局員を嘲笑うかのようだった。

 現在の速度280km……誰がどう見ても、間違いなく交通違反である。

 ちなみに、この速度で何故事故が起きていないのかというと、一重に管理局員の働きだ。

 

「いや……まだ遅いくらいだよ、息子よ」

 

「――は?」

 

 内心、この騒動に巻き込まれた被害者(局員)達に謝罪していると、何やら父が不穏な事を呟いていた。

 最初は何を言っているのか理解出来なかった。だが次の瞬間、嫌と言う程その言葉の意味を理解した。

 ハンドルの中央部――本来ならクラクションを鳴らすだけの箇所がスライドする。恐らく、上部だけ動いたのだろう。その下には、なにやら怪しいボタンがあった。

 一つだけある赤いボタン。この状況でそれが何を意味しているのか、直感で察した少年は止めようと手を伸ばす。

 

「――加速なう」

 

 しかし現実は非情だった。父のふざけた言葉と共に押されるボタン。

 

「ふざけんな! クソ親父ーーー!!!」

 

 少年の叫びも虚しく次の瞬間、座席に縫い付けられるような感覚に見舞われる。車が一気に100km近く加速したのだ。局員達との差はますます離れていく。此処が一本道で且つ直線なければ確実に事故が起きていたであろう。

 

「はーはっは!! 待っていろ、我が娘よ! 今父が会いに行くぞぉぉぉ!!!」

 

 しかし、現在酷く興奮状態に陥っている彼にそんな事を考える余裕はない。

 一刻も、一時間でも、一分でも、一秒でも早く会いたいが為に彼はアクセルを全力で踏み続けるのだった。

 

 

 クラナガン郊外のとある病院。そこの一室に一人の女性がいた。海を思わせる綺麗な青い長髪に、凛々しい顔立ち……美人の類いだ。

 そんな彼女の腕の中には小さな赤子が眠っている。それはつい先日彼女が生み落とした命。本来であれば、その日の内に彼女の愛する夫と息子にも祝福されるはずだった。

 ……しかしどういう訳か、手違いが起きたらしく、二人に連絡は届いていなかった。

 後日――というより今朝――その事を聞いた夫曰く、「例え世界が滅びようと息子と共に絶対に行く」というメッセージを貰った。

 仕事を早めに切り上げ、学校帰りの息子を回収したのちすぐに向かう。ともいっていた為そろそろ来るのではないか?

 そう思い、壁に備えられていた時計に目を向けた時、廊下から騒々しい声が聞こえた。

 

「はーはっは! 俺、参じょ――」

 

「特撮の見すぎだ、馬鹿親父!」

 

 扉が開き、白衣の男が謎のポーズと共に何か言おうとしたが、その瞬間息子の飛び蹴りが発動。助走をつけ、斜め45°という見事な角度から放たれたそれは父の頭にジャストミート、結果彼は吹き飛ばされ壁にめり込んでしまった。

 

「あら、意外と早いのね」

 

 廊下にいた看護婦や患者達が呆然と困惑する中ただ一人――母だけは落ち着いた様子で息子に話し掛ける。

 

「……あの馬鹿が魔改造した車で来たからな、時間は大幅に短縮されたよ……吐きかけたけど」

 

 まさかもう一つ隠しボタンがあり、更に加速するなど誰が予想出来ようか。危うく昼食べた物を戻してしまう所だった。

 

「そう」

 

「〜♪」

 

 如何にも彼らしいとクスクス笑う母。そんな彼女につられたのか、起きた赤子も笑う。

 

「おお! この子が……我が娘、アインハルト!」

 

 その声を聴いた父はいつの間にか復活し、母の近くに寄ると娘――アインハルトを受け取る。

 この瞬間をどれだけ待った事か、そう思い……抱き上げた父の動きが止まる。

 

「この子は……」

 

 先程までにやけきっていた頬は引き締まり、目から余裕がなくなる。

 父の雰囲気が変わった事を察した二人は、娘に何かあったのではと不安になる。

 

「……この子は……将来美少女になるだろ――」

 

「知・る・か!」

 

 全てを言い終える前に、息子の回し蹴りが父の腰を捉えた。そして、そのまま父“だけ”を蹴り飛ばし、アインハルトはキャッチする。

 

「はぁ……」

 

 普段からハイテンションで馬鹿騒ぎしか起こさない父が急に真面目な顔をした為緊張したが……結局ただの杞憂に終わり、ため息を一つ。

 

「〜♪」

 

 そんな息子に対し、彼の妹――アインハルトは嬉しそうに、その小さな両手を伸ばす。

 

「あら、流石お兄ちゃん。もう懐かれたみたいね」

 

「う……」

 

 茶化され少し戸惑う。随分前から自分が兄になると言われていたが、いざ本当にそう呼ばれるともどかしいというか……くすぐったい気持ちになる。

 妹が自分の何処を気に入ったのかも分からない……もしや男を見る目がないのだろうか? そう思うと妹の将来が少し不安になった。

 

「流石だ、息子よ。出会ってすぐ仲良くなるとは……これも一種の才能だな」

 

「相変わらず復活早いな、クソ親父」

 

 手加減したとはいえ、それでも身体強化の魔法を使って蹴ったというのに何事もなかったかの様にピンピンとしている。

 魔力資質が無いと言っていたが、最近この復活の早さはレアスキルなのではないかと思い始めてきた。……いや、あの耐久性を考慮すると、不死者(アンデット)という線も……。

 

「さて、それでは我が娘の生誕を祝しパーティーでも――」

 

 息子が頭を悩ませている中、対照的に父はいつも通りのテンションで早速何かやろうとしていた。

 ――しかし、何処からともなくガチャリと嫌な音が聞こえた。

 音の発生源を探すとそれは思いの外近く、出所は父だった。……正確にはその手首に掛かった手錠から……。

 

「ふ……ふふ……ようやく見つけましたよ、主任」

 

 そして、それを行なったと思わしき女性はとてもいい表情で父を睨む。

 

「えーと……何故キミが此処にいるのかね?」

 

 その女性は父の部下の一人だった。少し口うるさい所はあるが、真面目でよく気がきく、良き仕事仲間だ。

 だが、確か今日は彼女は非番のはず……それが何故こんな所に居て、且つ自分に手錠を掛けたのか? 父は理解出来ず頭を捻った。

 

「アハハ……何故と言いやがりましたか、この野郎は?」

 

 目が笑っていない。

 額に青筋が浮かんでいる。

 背後に鬼が見える。

 どうやら父は更なる地雷を踏み抜いたらしく、彼女の機嫌は最悪なものになったようだ。

 

「自分の胸に手に当て、よーく思い出して下さい」

 

「むぅ……」

 

 まるで子どもの様に素直に言われた通りにする。胸に手を当て、記憶を今朝まで遡る。

 朝食を取った、仕事に出かけた、やるべき事を済ませ息子を迎えに行った、そして愛しの娘と妻に会いに来た。

 

「うむ、おかしな所は全くな――」

 

「一時間前まで公道爆走してたでしょうが!」

 

 完全に忘れて、且つ悪気のない父の顔を助手の右ストレートが捉える。

 恐らく休日にも関わらず、厄介事を押し付けられたのだろう。父の屈託のない笑顔を見た瞬間、彼女の怒りは頂点に達した。

 反逆罪? 大丈夫、今の光景は『誰も見ていなかった』のだから、彼女に咎はありません。それに彼らにとってはこれも一種のコミュニケーションだと息子は理解している。

 だから例えそのまま父が連行されようとも、誰も止める者はいない。恐らく向こう何週間かは仕事漬けで出てくる事は出来ないだろうが仕方ない、自業自得だ。大人しく責任を取ってくるといい。

 そんな悟った様な馴れた目付きで父を送り出す。

 

「あぅ?」

 

 そんな中、理解出来ていないであろう妹が小首を傾げる。その瞬間、ふとある事が気になった。

 

 ――そういえば、この娘にはあの変人の血が半分流れていたな……。

 

「……頼むから、お前はああならないでくれよ……」

 

 あの親の姿を見た後だからか、妹の将来が激しく不安になった。

 

 




昔にじファンに投稿していたものをリメイク。
バックアップとか取っていなかったから消えたので一から書いてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一話

久々の投稿。
いつも通りのノリと勢いで書いてます。


 ――十数年後。

 

 唐突だが時間とは残酷である。

 例えばどんなに白く純粋な布でも、その色を保つことは出来ないだろう。使った分だけ汚れるのは勿論の事、使わなかったとしても見えない所で徐々に変わっていく。不変や不動という言葉があるが、『時間』という概念の前においてそれは意味を為さない場合が多いのだ。

 『変わる』という事は何も悪い事ではない。退化や劣化というマイナスの見方もあるが、進化や成長といったプラスの見方もある。

 ……しかし、人間は同時に『変わらない』事も求めてしまう。なまじ感情がある所為か、悪い展開しか考えられず、「ならば、このまま」と停滞を望んでしまう場合があるのだ。変わる事を恐れ、未知の自分を恐怖する。……ある意味その究極の体現が「不老不死」なのかもしれない。

 

 さて、少し脱線してしまった所もあるが、用は「変わらないものはない」という至って普通の一般常識の再確認である。

 人間は変わる。特に子どもは周りに影響され易く、場合によってはたった数日で人格や性格まで変質してしまうケースもあるのだ。

 故に彼らを育む親や保護者の責任は重大であり、間違った道に走らせてはいけない――のだが……。

 

「……何処で育て方間違えたんだろ……」

 

 此処に一人、その事で絶賛頭を悩ませている者がいた。

 

 

 とある一軒家。庭付き二階建てとそれなりに裕福な家だ。

 そこのリビングに黒髪の青年、ヒロ・ストラトスはいた。神妙な顔立ちで椅子に座っている。腕を組み、半ば呆れた様に向かいの席に視線を送る。

 テーブルを挟んだ椅子に座っているのは青年の妹――アインハルト・ストラトス。碧銀の髪に、紺と青の虹彩異色という目立つ容姿だ。

 何処からどう見ても似つかない二人だが、これでもれっきとした兄妹である。ちゃんと血は繋がっているし、科学的にも証明されている。見た目や十一も離れた年齢の所為で、その事を知った人からよく首を傾げられる事も多々あるが、ちゃんとした『兄妹』である。

 

「さて、アイン。何故オレが此処()にいるのか、分かるよな?」

 

「…………はい」

 

 本人としては、なるべくいつも通り優しく言おうと努めたつもりだったが、予想以上に声が荒れていたらしくアインハルトは萎縮してしまう。

 ちなみに現在は夕暮れ時、本来であれば彼はまだ仕事の最中なのだ。そんな彼が今此処にいるという事はつまり、仕事を早めに切り上げたか、または『帰された』かの二択だ。

 

 事の発端は昨日の夜。

 仕事が終わり、いざ帰宅しようとした時だ。携帯端末に連絡が入った、出て見れば妹が管理局員にケンカを売って捕まった(簡単簡潔に表現した場合)という内容の物であり、一瞬耳を疑った。

 身内という事に目を瞑ってもアインハルトは典型的な真面目なタイプだ。だから間違ってもそんなデメリットしか生まない事はしない……そう思っていたのだが……。

 

「とりあえず関係者の人達には粗方話はつけてきたが、一歩間違えれば……というか普通に犯罪だ。もうその辺りの分別はついていると思ってたんだが……やっぱりオレの様な奴を親代わりにしたのが間違いだったな……」

 

 叱る一方、そういった考えに行き当たり、軽い自己嫌悪に陥る。

 幼い頃……それこそ赤子の時から懸命に育ててきたし、妹の手本になれるよう頑張ってきたつもりだったのだが……結局は、今回の様な事件が起きてしまった。

 やはり、自分に親の代わりなど無理だったのだ……とはいえ、片やワーカーホリック、片や変人の親に育児をさせるのも問題しかなかった為、あの時は『自分が育てる』という選択しかなかったのだ。……しかし、よく考えてみればその二人の息子である自分も真っ当とはいい難い。この事実にもっと早く気付いていればこんな事態にならなかったのかもしれない。『後悔先に立たず』とは正にこの事。

 

「ち、違います! 兄さんは立派です、尊敬できる人です! 今回は、ただ私が……」

 

 嫌悪感に(さいな)まれてる兄の姿を見て、アインハルトも胸を痛めた。こうなる事がわかっていたから、バレないように努めたつもりだった。しかし、その結果(現実)はこうしてあり、大好きな兄を悲しませてしまった事もまた事実。

 

「こうなったら……私、腹を切ります」

 

「は――?」

 

 何の脈絡もなくそんな事を言う妹に疑問を抱くのもつかの間、いつの間にか白装束に身を包んだアインハルトが床に正座していた。手には日本製の包丁が握られている。どちらも父が趣味で買ってきた物だ。

 

「ニホンの伝統に、どうしても許されない事をした場合“ハラキリ”というものをするそうです。今回の一件、兄さんに多大な迷惑を掛けました。ですから、私なりに誠意を見せます!」

 

 なにやら変に息巻いているが、理屈がおかしい。恐らく、どうにかして兄の信頼度(好感度)を取り戻そうとしているのだろう。

 

「止めなさい」

 

「あぅ!?」

 

 が、無論そんな理由で本当に腹を切られては堪らない。包丁を持った手をはたくと、問題の物は呆気な手放された。一先ず、落下中の包丁は危ないので持ち手の部分を蹴って、壁に突き刺しておく。回収は後回しだ。

 

「言っておくがな、アイン……オレはお前が死んだ後も能々と生きてられる程メンタル強くねぇぞ。寧ろ、そのまま後追って逝きそうなんだから冗談でも止めろ。あと、あれはハラキリじゃなくて切腹(せっぷく)って読むんだぜ」

 

 一見冗談の様にも聞こえるが、この兄(ヒロ)は相当アインハルトの事を溺愛している為、彼をよく知っている人からすれば寧ろ本当にやり兼ねないと危惧するだろう。ちなみに『切腹』に関しては日本出身の知り合いに正しく教えられました。

 

「うぅ……では、私はどうしたらいいのですか……?」

 

「とりあえず、真っ当に生きなさい」

 

 涙目で抗議する妹に兄は間髪入れずにそう応えた。

 危ない事に関わらず、普通に生きてくれればそれだけでいい。親心にも似た心境で語るヒロだが、肝心のアインハルトは納得出来ない様子。

 兄の気持ちは嬉しいものの、何かしら償いたいと思っている辺り、やはり真面目なのだろう。

 そんな意固地な妹に呆れながらため息を一つ。結局、最後には自分が折れるしかないのだ。

 とことん妹に甘い事を自覚しながらも、しかし当人に直す気はない。既に『シスコン(それ)』は彼を形成するアイデンティティーの一つに成っているのだから……。

 

「分かったよ。なら、夕飯の準備手伝ってくれ」

 

 壁に刺さっていた包丁を抜き取り、それの背で軽く肩を叩きながら向き合う。

 

「……そんな事でいいんですか?」

 

「そんなっていうが、今日は和食にしようと思っていたからちょっと面倒なんだがな。一人でも出来なくはないが、やっぱ手伝ってくれる人がいた方が嬉しいんだけど?」

 

「やります」

 

 出された内容が内容なだけに最初は不満を漏らしていたアインハルトだったが、『手伝ってくれたら嬉しい』という言葉に釣られやる気を出したらしい。見れば、いつの間にか戦闘服(エプロン)に着替えていた。昔買ってやったネコがプリントされているそれ(エプロン)に身を包み、同じくネコがプリントされた三角巾が頭を覆う。可愛らしい外見とは裏腹に、その異なる色の瞳には闘志が灯っていた。

 

「ああ、よろしくな、アイン」

 

 そんな愛らしい妹の姿に頬が綻び、つい頭を撫でてしまう。

 

「はぅ……」

 

 三角巾が外れないように優しく撫でる心地いい兄の手に、ついアインハルトも気持ちよさそうに目を細めてしまう。その姿はどこかネコに似ている。

 

 アインハルト本人に関してはこれでいいだろう、そう思いほっと胸を撫で下ろす。あとは今回の一件、保護者として色々としなくてはならない事がまだあるのだが……それは兄の――()いては親代わりとしての責務だから、然したる問題はない。

 

「……やっぱり親代わりは大変だな……」

 

 誰にも聞こえない小さな声でそう呟くヒロ、だがその表情は何処か嬉しそうだった。

 

 




原作のノーヴェに喧嘩売って拉致られた時の後日談的な話です。
なんか流れで連れ帰ってたけど、勿論原作でも家族には連絡しましたよね? じゃないとホントに拉致じゃね、あれ。と見た当初からずっと思っていた自分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話

いつも通りノリと勢いです。


 怪我や病気からは、生きてる限り決して逃れられない運命(さだめ)にある。それは人間だけでなく、あらゆる生き物に精通する(ことわり)だ。

 野生動物は怪我を負い、病に犯されると成す術なく命を落とす場合が多い。しかし、人間は持てる知識と科学技術によって治療を行おうとする。

 人間社会において、それらを扱える『医者』という職種は教師と同じ程安泰なのだ(稀に例外もあるが)。ちなみに一番安泰……というより必要とされる職業は教師と言われている。

 

 ヒロは自身の能力の性質や特性を理解して、その医術を扱える立場にいる。とはいえ病院に属している訳でなく、彼は管理局のある部隊に一応所属しているのだが……。

 

「お前なぁ……」

 

「あ、あははは……」

 

 不機嫌な声と表情。額に青筋が見える錯覚すら覚える程現在進行形でヒロは苛立っていた。その原因たる女性は今、目の前で苦笑いを浮かべている。

 長い茶髪を片方にだけ纏め、まるで尻尾の様に(なび)かせた髪型。白い制服がよく似合う、間違いないなく知り合いの中では美人の部類だろう。しかしその彼女は絶賛苦笑中である。

 

「なんでいつも手加減出来ないんだ、お前は」

 

「痛!」

 

 苛立つ思いが表に出たのか、つい力が入ってしまう。

 

「そして、なんでいつもオレの所に連れてくるんだ」

 

「ちょ、先生痛いっす!」

 

 なんだかんだと文句を言いながらも、一人目の患者の『治療』が終わり二人目に入る。しかし、やはり苛立ちの所為か少し力んでしまう。

 そんなヒロの姿に申し訳ない気持ちで一杯になるものの「ごめんね」としか言えない女性。

 

「はぁ……次、さっさと来い」

 

 そんな女性に呆れながらも、結局断る事が出来ない自分に軽く嫌気が刺す。認めたくないが、(アインハルト)の次辺りに彼女に甘いのだろう……認めたくないが。

 

 

 さて、前記した通りヒロは本来ある部隊に所属している。管理局であれば、それは然程珍しくはないのだが、問題は彼の上司にあった。

 『リード・オルグラス』――異例の早さで昇格を果たした青年で、現在の階級は中将。本人は未だ二十代後半に入ったばかりであり、入局僅か十数年足らずで現在の地位に上り詰めた『天才』である。

 異例なスピードで昇格した為黒い噂が絶えず、管理局上層部においても異端中の異端。それがヒロの上司である。

 そして、ヒロが所属する部隊とは即ち中将直属の部隊である。とはいえ、ヒロは望んで入ってる訳ではなく、ある契約下において入っただけの臨時とも言えるものなので、普段は本局の一室を間借りする形で医師として働いている。口は悪いものの腕は確かなので、それなりに収入はあるのだが……問題の中将の部隊に“一応”所属している為、彼の噂を知る者はあまり近寄らず、行列とは無縁の静かな診療所(仮)なのだ……本来なら。

 

 

「はぁ……」

 

 今月何度目か、そんな事を思いため息を吐く。

 

「あ、あの……」

 

「ん? ああ、悪い」

 

 恐る恐る掛けられた声に気付き、視線と意識を戻す。

 寝台にうつ伏せに寝ている二十前後の青年、恐らく彼で最後だろうと気持ちを入れ替える。

 露になった背中に手を当て、情報を『読み取る』。すると、まるでレントゲンやサーモグラフィの様な特殊な光景に視界が切り替わる。その中で、まるで膿みの様に溜まった点を見つけ、手に持った特性の針をそれ目掛けて突き刺す。

 

「ッ――!」

 

 その際、僅かに青年が顔をしかめたが、気にする事なく続ける。針を通して魔力を送り、問題の箇所を刺激する。

 

「お疲れ」

 

 そのまま針を抜き取ると『治療』は終わった。

 

「あ、ありがとうございます。……え?」

 

 何をされたのか理解出来ない青年は、上着を着た後立ち上がると、違和感を覚えた。

 実は此処に来る前、彼らは訓練を受けていた。しかし当の教導官が“つい”やり過ぎてしまったらしく、誰一人動けずにいたのだ。具体的に言うと、午後の仕事が手につかなくなる程である。

 それに罪悪感を覚えた件の教導官がお詫びと言ってヒロの下に連れて来たのが事の顛末である。

 しかし青年としては、何故連れて来られたのか理解出来なかった。怪我をしたなら分かるが、自分達は完全な過労である。それなら、診療所(こんな所)に連れてくるより休息を与えて欲しいとさえ思っていた……ものの数分前まで。

 

「? ……? ……!?」

 

 手を握って開く、腕を回す、屈伸する、軽くジャンプする。その全てがいつも以上に軽やかに出来た。……もう一度言うが、彼らは此処に来るまで誰一人動けなかったのだ、それこそ午後の仕事に影響が出る程に。

 それが今、全快どころかいつも以上に動けるのだ。何が起こったのか、まるで理解出来なかった。

 

「あの……」

 

「はーい! みんな、終わったね? そろそろ休憩時間終わるから、さっさと戻る戻る」

 

 何をしたのか、青年が訊こうとした瞬間、教導官の声が部屋に響く。結局、時間に追われた青年は同僚達と共に、後ろ髪を引かれる思いでその場を跡にした。

 

「えっと……ごめんね、急に押し掛けて」

 

「ホントだよ、馬鹿」

 

 二十人以上の患者を連れて来た時は一瞬どうしようかと焦ったものだ。しかも、『休憩時間の内に終わらせてくれ』という無茶ぶり付きである。せめて事前に連絡を入れてくれれば余裕を持って対処出来たものを……。何とか間に合わせる事は出来たが、何故“いつも”彼女はこうなのか……確かに昔『頼っていい』と言ったが、ものには限度がある。

 

「……失言だったな」

 

 過去の自分が憎い。時を渡るロストロギアがあったら迷わず使う程に憎い。ついでに若気の至りの一部も消してしまいたい。

 

「……で、お前は帰らないのか?」

 

「うん。今日の教導はあの子達だけだから」

 

「ほー……お前にしちゃあ珍しいじゃないか」

 

 ふと、出ていく気配がない彼女が気になり、訊いてみると面白い応えが返ってきた。

 

「そんなことないよ、最近――娘ができてからはなるべく家に帰れるようにしてるもん」

 

 『失敬な』と言わんばかりに頬を膨らませて抗議する。そういった子どもっぽい反応を見て、可愛い思えてしまう辺り、やはり自分も男だな、と再認識した。

 一昔前までは仕事一筋のワーカーホリックだった彼女が……やはり子どもの存在は大きいようだ。願わくば、そのまま彼女が大人しくなっていって欲しい……そして、出来るなら危ない事に関わらないで欲しい。

 それは医者として、友人としての小さな願望。本当に無茶しかしない彼女だから、ヒロはそんな事を想ってしまう。

 

「……コーヒーあるけど、飲むか?」

 

 この様子だともう暫く――恐らくあと一時間程は居座る気だろう、今までの経験からそう判断するとインスタントコーヒーを片手に訊く。

 

「うん、ありがとう。……砂糖ある?」

 

「ん、ほれ」

 

 予想通りの応えが返ってきた。

 マグカップにコーヒーを注ぎ、角砂糖を一つ入れた後軽く混ぜる。そして出来たそれを彼女に渡す。

 一口含んだ時の表情を見るに、口にあったようだ。何気にインスタントや砂糖、ミルクは毎回違うブランドのを使っている為、稀に顔をしかめられる事があるのだが、今回は及第点らしい。個人としては本格的に豆から挽いた物も作ってみたくもあるのだが……保存等に気を使わなければいけない辺り、やはりインスタントに留めておこう。

 そんな事を思いながらヒロも出来たばかりのコーヒーを一口含む。

 

「……悪くないな」

 

 コーヒーの味にも、この状況にも、ふとそんな感想が口から漏れた。

 

 今日もまた慌ただしい一日が過ぎていく。

 

 




敢えて教導官の名前は出さなかったけど、まあ察しの通りのあの人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話

忘れた頃にやってくる、それが私です。
……まさか半年以上空くとは思いませんでした、すいません。


「あの……兄さん、四日程外出してもいいですか?」

 

 夕食時。いつも通りに食を進ませていると、不意に妹がそんな事を言ってきた。

 いや、実の所帰ってからやけにそわそわしているのには気付いていた。食事の支度中、いつもとは違う……何か伺う様な視線でこちらをチラチラと覗き見ていたのも知っている。その為用があるだろうと予感は出来ていたのだが……。

 

「唐突だな……ちゃんとオレが納得できる理由はあるんだろ?」

 

 アインハルトの質問にヒロはそう返した。

 一方的に否定はしないが、意味も分からず承諾もしない。

 一日二日どころか四日も出かける用事など、普通の一学生からしたら考えられない。しかも『家族』ではなく『個人』で行く事は本来認められない。曲がりなりにもヒロは保護者であり、管理局員でもあるのだ。

 

「あの……実は、この間知り合った方に訓練合宿に誘われて……」

 

「この間っていうと……」

 

「……はい、あの時の人です」

 

 ふむ、と顎に手を当て思い出す。先の件、迷惑を掛けたので直接謝りにいった際、その本人とは会って話しもした。赤毛の、見るからに健康で活発そうな女の子だったと記憶している。個人的に気になる所もあったが、そこは『家庭の事情』だろうから触れないが、しかし彼女かと再び思案する……。

 正直に言うと気乗りはしない。以前の件のこともあるが、最近も妹が厄介になっているという話を聞く。それなのにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかない、というのが一保護者としての意見だ。

 しかし同時に、『あの』アインハルトが自らの意思で兄である自分に許可を求めたのだ。小さい頃からべったりで碌に友達も作らず、自分の言うことだけは素直に聞いていたあのお兄ちゃんっ子のアインハルトが「行きたい」と言っているのだ。兄離れのチャンスかもしれないし、個人としては是非とも行かせたいところだが……。

 

「あの、兄さん?」

 

 保護者として止めるべきか、兄として行かせるべきか。

 アインハルトが困惑して見ている中、知恵熱でも起こしかねないほどにヒロは悩んでいた。

 ……ちなみに全くの余談だが、十年以上もべったりだったアインハルトが今更兄離れすることはほぼ不可能に近い。寧ろ行かせたところで帰ってきた際「四日も離れていたので兄さん分を補充します」とか言って二十四時間終始付き纏われることになるのだが……そこまで考えが及ばない辺り、ヒロも妹離れできないのかもしれない。

 

「……その合宿って他にはどんな奴らが参加するんだ?」

 

 少しその辺りのことが気になり訊いてみる。誘った以上はあの赤毛の彼女が参加することは確定だろうが、出来ればもう少し年が近い子がいてくれた方がいいと思ったからだ。主にアインハルトが友達を作る的な意味で。

 

「えっと、初等科のヴィヴィオさんにリオさんとコロナさん、あとはヴィヴィオさんのお母さまとそのお知り合いの方が……」

 

「あー、うん、大体分かった。行ってきていいぞ、アイン」

 

「え?」

 

 先ほどとは違う手のひらを返したような即答にアインハルトは目を点にする。一体今の説明の何処にヒロを説得出来る材料があったのか分からなかったからだ。

 それを察した兄はかい摘まんで説明する。

 今言った中に昔ながらの知り合いがいること、『彼女』なら安心して任せられることを伝えた--のだが。

 

「むー……」

 

 外泊許可がおりたはずなのにアインハルトは喜ぶどころか寧ろ不機嫌になっていた。

 訳がわからず困惑の色を強める兄を暫しの間ジト目で睨んでいたが、思った以上に鈍感な兄に少しばかり頭にきたアインハルトは固く閉ざしていた口を開いた。

 

「兄さんはいつから遊び人に転職したんですか?」

 

「ごめん、言ってる意味が全然わからないんだけど……」

 

 遠回しに言ったつもりが「オレが知らない内にあの親父(バカ)に毒されたか?」などと検討違いな心配すらされてしまった。

 ……これは、直接言わないとダメだ。

 あまりの察しの悪さにそう思ったアインハルトは呆れながらも兄に向けて言った。

 

「私の知らない間に、いつの間にその方と親密な関係になっていたのですか」

 

「は?」

 

 一瞬何を言っているのか分からなかったが、拗ねたように頬を膨らませながら睨む妹の姿を見てようやく気付いた。

 --ああ、なるほど。つまり、嫉妬しているのか……。

 思えば『彼女』という単語を使った時から徐々に不機嫌になっていた。昔からべったりだったせいか、何気にヒロに対しての独占欲が強いアインハルトにとって、自分の知らない間に見知らぬ誰かと兄が仲良くすることは大変面白くないのだ。……特にその相手が女性なら尚のこと。

 

「別にお前が考えてるような仲じゃないぞ。さっきも言ったが昔ながらの知り合いだ」

 

「……その昔っていつのことですか?」

 

 更に食い下がる妹。この様子だとヘタな嘘は逆効果だなと思い素直に話すことにした。

 

「お前がまだ幼児だった頃のこと。『にーにー』言いながらよちよち歩きでひたすらオレの後ろをついて回っていた頃のこと」

 

「……あぅ」

 

 もっともヒロがアインハルトに対して嘘を言うことはまずない上に、素直に言った方が当の本人的には恥ずかしいのだが……。

 ちなみに、この妹が生まれて初めて言った言葉は「(にー)」である。父でも母でもなく兄を一番最初に呼んだ時点で既にアインハルトのブラコンは始まっていたのかもしれない。その後五、六歳まではずっと「にー」呼びだったのだが、学校に通い始めてからは気恥ずかしさもあってか現在の「兄さん」呼びになった。ただ「にー」に「さん」を付けただけなのだが、当初呼び方を変えられたその本人は少し寂しかったらしい。

 今では完全に「兄さん」呼びが定着したためか、逆に「にー」呼びしていた時のことが恥ずかしいのだとか……故にそれに触れる話題は避けるようになり、今回のような場合ですら恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして引き下がる始末。

 別にやましい関係ではないし、嘘は言っていないのだがなにぶんこの手の話題は少し厄介なのだ。ありえないかも知れないが万が一にも両親の耳に入ったら色々マズイ、特にあのバカ親父は絶対に余計なことをする。その所為で現在の関係が壊れるのはヒロの本意ではないのだ。

 何せ一度はお互いに距離を取っていた時期があり、現在のような関係に戻ったのが三、四年ほど前のこと。喧嘩とは違うがあんなギクシャクした関係に誰が望んで戻ろうか……。

 

「……とにかく、外泊に関してはいい、問題はない。アイツにはオレの方からも伝えておくから」

 

「あ、はい。ありがとうございます、兄さん」

 

 それだけ言うとそそくさと食事を終えて食器を片し、水に浸すヒロ。そのまま部屋を出ていく際気になっているらしい妹に「アイツに連絡してくるから」と言い残して自室に戻った。

 その様子に、やはり不満を抱きつつも半分ほど残っている夕食を再開した。

 

 

「--というわけで、うちの妹が厄介になるみたいなんだが頼めるか?」

 

『もっちろん! 大歓迎だよ』

 

 自室に戻り、通信端末を起動させたモニターの向こう側には件の彼女の姿があった。チャームポイントであるサイドポニーは残念ながらモニターには全て映らなかったが、満面の笑みはよく撮れていた。

 掻い摘んで説明したのだが概ね伝わったらしい。元々教える立場にいるためか快く承諾もしてくれた。話は思ってた以上に早く終わり、では切ろうか思っていると彼女があることを訊いてきた。

 

『ヒロくんは来ないの?』

 

「生憎と仕事だ。まあ、仮に仕事がなくともお前のハードメニューなんかお断りだがな」

 

 期待の篭ったその問い掛けをヒロは心底嫌そうな顔で一蹴した。

 優秀な教導官として知られる彼女の訓練メニューは良くも悪くも他の教導官とは一線を画していた。何せ彼女の特訓にはエースやベテランですら根を上げる者がいるほど厳しいものであり、今まで何人の犠牲者(耐え切れずに倒れた人たち)がいたか。確かに効果は絶大で耐え抜いた者たちは皆一級クラスの戦士にはなるが、そのための苦難の道が冗談抜きで洒落にならないのだ。

 それにヒロの本職は医者だ。ある程度は戦えるが、それでも戦闘員ほど戦いに身を置くわけではない。ならば、彼女の地獄のような訓練メニューには謹んで辞退するのが道理だ。

 もっとも、彼女が来て欲しかった理由は別にあるのだが……。

 

『そっかぁ、残念……ヒロくんがいればちょっとは無理できるかなぁって思ったんだけど……』

 

「いてもするなよ」

 

 そう、別の理由とは正にこのことだ。ヒロは半ば彼女の専属医に近いため彼がいれば「多少はハメをはずせるかなー」という思惑だったのだが、あえなく潰えてしまった。仮に、もしいたとしてもドクターストップが掛かることは目に見えているのだが……。

 下らないことに頭を回すな、そう思いつつため息を一つ。

 

「じゃあな、一応妹の送り迎えはするつもりだから」

 

『あ、うん、じゃあね』

 

 そして、もう伝える用件がないことを再確認すると回線を切った。

 彼女に言ったように妹の送り迎えはする予定だ、何せ自分の家と彼女の家とはそれなりに距離があるのだから。一応免許は持っているため車には乗れるが……さて、どうするか?

 何故か凄まじく嫌な予感が今からするのだが……できることなら外れて欲しい。

 

 そんなヒロの切なる願いは、しかし叶うことはなかった。




うちのアインハルトさん、何でこんなに感情豊かなんですかね? ……あ、ブラコンの所為か(おい)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四話

意外と質問があったので……ヒロの年齢について。
本編では明確な数字は記載していませんが、アインハルトが生まれた際に十一歳だったことからアインハルトより十一歳年上のニ十三歳としています。


 訓練合宿出発の日。

 ヒロは前もって言っていた通り(アインハルト)を見送る為合宿発案者の家、高町邸に来ていた。

 相手が見知った人だったので余計な心配はしていなかったが、親子揃って温かく妹を出迎えてくれた。特に娘のヴィヴィオは知らされていなかったこともあってか目を輝かせ、これでもかという程アインハルトの手を握りブンブン振っている。余程嬉しかったのだろうが、そのあまりのオーバーリアクションに若干目が点になっていたことを兄は見逃さなかった。

 話に聞く限りの元気な子のようだ。おかげで妹は困惑の色を強めているが、ブラコンの塊たるアインハルトの友達になる以上多少は強引でなければそれは勤まらないだろう。何せ行動基準の大半が兄を占める娘なのだ、一々気後れしていては逆に振り回されることになる。

 そのアインハルトだが、現在慣れない対応をされ、どうすればいいかヒロに助けを求めるべく視線を送る……しかし。

 

「ま、がんばれ」

 

「(に、兄さーーーーーーん!?)」

 

 にやにやしながらその救援を拒否した。妹の成長を見守るべくして行ったのだがやられた当人は軽くショックを受けていた。

 まさか拒否されるとは思わなかった、しかしそれが兄からの信頼の裏返しなのだろうとポジティブに受け止めたアインハルトは何とか現状を脱しようと意気込むが……。

 

「あの……えっと、その……」

 

 基本兄以外の前ではあまり感情を出さず喋ることもなかった所為か、うまく言葉を発することが出来ない。よもやこんな形でコミュニケーション能力不足を痛感されることになるとは夢にも思わなかった。

 右往左往していると意外なところから助け舟が出た。長い金髪の綺麗な女性が家に上がってもらうようヴィヴィオに言う。すると我に返り、恥ずかしさを隠すように改まってアインハルトを家に上げた。

 その二人の姿を見た金髪の女性と、実は途中からここまで一緒だった件の赤毛の少女ノーヴェはヴィヴィオの反応が嬉しかったらしく、そのことを小声で話していた。聞く耳立てるつもりはないが、やはりアインハルトのことは伏せていたようだ。

 ちなみに、今までのやり取りは全て玄関で行われていたものである。

 

「さてと、それじゃ用も済んだからオレは仕事に行くとするか。……妹のこと、よろしくな」

 

 時刻を確認し、かなりギリギリだったことを知るとそそくさと切り上げるべく、扉に手を掛ける。その際恐らく合宿先で最も迷惑を掛けるであろうノーヴェに妹のことを託した。その言葉に応えるように「任せろ」と拳を握る。……色々と不安なところはあるが、そこは当人とこの保護者代理を信じるとしよう。

 そう思い、若干の寂しさを抱きつつもあとは任せ、仕事に向かう--はずだった。

 

「あ、休暇届け出してきたからヒロくんも行くんだよ」

 

 奥の方からちょこっと顔を覗かせたサイドポニーの女性のその言葉が玄関付近の時間を一時凍らせた。

 いざ去ろうとしていたヒロも、拳を構えたポーズのまま止まったノーヴェも、割って入れなかった金髪の女性も皆この時同じことを思った。

 --そういうことはもっと早く言えよ、と……。

 

 

 訓練先である無人世界カルナージ。異世界であるそこに行くためには次元船でなければならず、その次元船があるのは管理局の本局か次元港の二つしかなく、主に一般的に使われるのは後者の方である。

 今回の訓練合宿には多くの管理局員が参加するが皆休暇を利用したものであり、つまり私的な目的で向かうのだ。

 それを聞いた際、折角の休日をそんなことに使うとは物好きだな。などと思っていたのだが……。

 

「で、何でお前は勝手なことしてくれてるの?」

 

「勝手じゃないよ、ちゃんとオルグラス中将に許可取ったもん」

 

 次元港に向かう車の中、その後部座席に座るヒロは勝手なことをした張本人--ヴィヴィオの母の高町なのはに白い目を向ける。それに抗議するように助手席から後ろを覗きながら、一番後ろの窓際に座ってるヒロに「手続きもしてきたしね」と付け加えて言う。

 一応のヒロの上司であるリードとなのはは知り合いだ。ヒロを通して知り合い、今ではそれなりに冗談も言えるような関係になっている。確かに最初見たときは噂通り胡散臭く、何か企んでいるのではないか?というほど怪しさオーラ全開だったが、話していく内に『面白い人』という認識に変わっていった。特に何かとヒロにちょっかいを出しては怒られる姿はとても子どもっぽく、元から抱いていたイメージが一気に壊れたほどだ。

 

「……オレ本人への許可はどうした」

 

 上司への報告はともかく、何故肝心の自分を差し置いたのか。そこのところを小一時間ほど問い詰めたいのだが……。

 

「だってヒロくんに直接言ったら絶対来ないでしょ?」

 

「当たり前だ」

 

 不満気に言うなのはにしかし即答でそう返すヒロ。なにより、この前の電話でもちゃんとそういうことの旨は伝えていたはずなのだが……何故こうなったのだろうか?

 一応理由は聞いている、「万が一に備えて来て欲しい。自分達はともかく、まだ子どものヴィヴィオ達が心配だから」というものだ。確かに未だ未発達の少女達には負担が大きいものもあり、子ども故に限界を超えて無茶をやらかす可能性はある。ならばヒロを連れて行きたいという気持ちもわからなくもない……しかし。

 

「アイツのとは別に仕事あるんだけど、オレ」

 

 そう、一番気がかりだったのはこれだ。

 確かに上司であるリードに休暇届けは出したのだろう……だがしかし、それとは別に医者として診察所の仕事があるのだ。

 幾らあまり人が来ないとは言え、それでも休日でもないのにいきなり休んでは本日来る予定になっている患者や常連に申し訳が立たない。

 休暇届けの件を確認した際リードが「代わりを送っておく」とは言っていたが……凄まじく嫌な予感しかしない。技術面よりも人格面的な意味で……。

 

「やっぱり、今からでも戻ろうかな、オレ」

 

「それは無理だと思うよ」

 

 不安を感じ、そんなことを呟いたヒロに間髪入れず否定するなのは。

 「どういうことだ?」と言う前になのはの視線はヒロからその隣へと移る。

 それを追いかけるように首だけを動かすと問題の少女の姿が目に入った。

 

「…………………」

 

 口を横一文字にしているが、これでもかと言わんばかりに目を輝かせているアインハルト。普段よりも数段機嫌がよくキラキラとしたオーラを放っていた(ように周りからは見えた)。

 そのあまりの普段との差に困惑している前列席の友人三名、しかし彼女達のことを気に留めるよりも前にヒロの「戻る」発言に飛びついた。

 

「兄さん……」

 

 兄の腕を掴み、まるで懇願するかのような上目遣い。異なる色の瞳にはそれぞれ寂しさと淡い期待が込められていた。

 紫色の目が語る。「兄さん行きましょう。初めて行くところでも兄さんと一緒なら私はきっと大丈夫です……だから来てください」。

 藍色の目が語る。「兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと旅行兄さんと(以下エンドレス)」

 ……なにやら煩悩のような物が混じっているかもしれないが、ともあれ大好きな兄と一緒に行きたいという一心の視線がヒロを射抜く。

 それを一身に受けたヒロは小さくため息を吐くと携帯用通信端末を弄る。小さいモニターが展開し、数秒後白い髪の青年が画面に出た。

 

「薬は既に袋に入れて棚に置いてある、カルテと薬のリストはデスク漁れば出てくる、あと明日から三日休むことを伝えておいてくれ」

 

 挨拶もなく淡々と以上の内容を伝え終わると何の躊躇いもなく通信を切った。

 

『(あ、折れた)』

 

 この車内にいる全ての人がヒロのことをシスコンと認識した瞬間であった。

 ちなみに全くの余談だが、先程モニターに出た白髪の青年が例のリード・オルグラス中将である。曲がりなりにも自分の上司に一方的に頼むのはどうかと思うが、実はリードの方も人使いが酷いためどっちもどっちだったりする。

 

(……ぐッ!)

 

 兎にも角にもヒロが正式に付いて来てくれることが嬉しいアインハルトは人知れずガッツポーズをとるのだった。




兄絡みだと結構アグレッシブになっちゃうウチのアインハルトさん。
……キャラ崩壊、もしくは性格改変のタグを付けた方がいいですかね?
もし付けるとしたらどっちを付けるべきなのか……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五話

お気に入りが600以上とか意味がわかりません……。
これがアインハルトの力か(え


 生きとし生けるものにとって「水」とは必要不可欠な物である。それは動物であろうと植物だろうと関係なく、生きるとは即ち水を摂取することであると言っても過言ではないだろう。しかしながら陸上で生きるものにとってそれは毒になることもある。

 過剰摂取による体調の乱れ、冷たい水に漬かり過ぎたための低体温症、単純に溺れたが故の呼吸困難など……挙げればキリがない。生きることに必要であるにも関わらず多すぎれば害となる。「過ぎたるは(なお)及ばざるが如し」という言葉があるが、正に水はそれの一例に挙げられるだろう。

 しかして尚人は水を求める。それは原初の海への望郷の表れか、はたまたそこには多くの者達が集まると知っているからか……。

 

 

「……うん?」

 

 バシャバシャという心地良い水が撥ねる音が止んだと思ったら僅かな間を置いて大きな音が何度も耳に入ってきた。

 水を裂くような、押し上げるような、重い物が高速で進むような、そんな音が気になり視界を開く。

 見ると妹と友達が川で遊んでいるようだ。妹が水中で突きや蹴りを放つとその衝撃で小規模な津波や水柱がたっている。

 ふむ、かなり雑で力任せなところはあるが、あれは恐らく「水斬り」をやっているのだろう。脱力と瞬発力のバランスが重要な“遊び”の一つだ。柔軟性と筋力、あとは体の動かし方さえ分かれば苦もなくできるのだが、どうやら妹は手こずっているらしい。融通が利かない性格が、そのまま体現されたかのように力押しの一択だ。

 ……あ、今の水柱六(メートル)くらいいったな……。

 

「お、なんだ起きたのか?」

 

 妹の噴水職人っぶりを観察していると川から上がったノーヴェが話しかけてきた。言われて初めて「ああ、そういえば寝てたな、オレ」と気付いたヒロ。

 

 訓練先である無人世界カルナージ。そこに着いたのはつい一、二時間ほど前のこと。お世話になるアルピーノ母子(おやこ)に挨拶するのも早々に早速二手に分かれた一行。

 なのはや金髪の女性--フェイトを筆頭とした管理局メンバー(大人組)はトレーニングとしてアスレチックフィールドへ。アインハルトやヴィヴィオ達子ども組は川遊びに行くことになった。

 当初はなのはに連行されそうだったヒロだが、そこをアインハルトが無理やり連れてきた結果現在に至る。

 アインハルトとしては一緒に遊びたかったらしいが、肝心のヒロが水着を持っていなかったことでその願いは儚く費えたのだった。そのことに対して「なんで持ってこなかったんですか!」と妹から凄く文句を言われしまったが、忘れてはならない……こちらは当日急に行くことになった人なのだ。代えの着替えなら来る時にさっさと買ってきたが、レジャー用品である水着を買える余裕などあるわけがないのだ、主に時間的に。

 結局のところ、川に来たはいいが特にやることもなく、ただ子ども達の遊ぶ姿を眺めていたヒロはいつしか眠っていたらしい。何かと疲労が溜まっていたのかもしれない。

 

「水斬りか、懐かしいな……」

 

「やったことがあるのか?」

 

 その所為かふとそんなことを呟き、気になったノーヴェがそのことを訊いてくる。

 

「昔にちょっと、な」

 

 少し面倒な事情が含まれているため言葉を濁す。個人的には言っても構わないかもしれないが、近くに妹とヴィヴィオ達がいるので控えることにする。

 

「……それにしても……」

 

 視線を川で遊ぶ子ども達に向ける。

 大人しそうな少女、コロナ。活発そうな少女、リオ。そしてお世話になる家の娘ルーテシア。この三人は、言ってはなんだが大変子どもらしいワンピースやフィットネスタイプの水着を着ている。当たり前だと言えば当たり前なのだが……。

 問題はあの二人--アインハルトとヴィヴィオに視線を向ける。

 この二人……何故かビキニタイプの水着を着ているのである。しかも二人とも胸の前で結ぶタイプのものだ。普通のビキニですら「マセてるな」と思うのに、まさかその上を行くタイプの水着を十歳と十二歳の少女が着ているのである。

 ……軽く頭痛がした。「せめてもう少し大人になってから着ろよ」とか「出るとこ出てないと意味ないだろ」というツッコミが場違いにさえ感じた。

 念のため言っておくが、間違ってもあれは(ヒロ)の趣味ではないし、買った覚えすらないものだ。恐らくアインハルトが密かに買ったか、もしくは母からのプレゼントだろう……胸のサイズ的に。しかも結ぶタイプということは、あれは運動用というよりは人に見せる用なのだろう。まだ十二の娘になんてものを渡しているんだ、あの母は……。そして素直に着るな、妹よ。

 まあいい……いや良くはないがアインハルトの方は家の問題だからまだ対処はできる。……問題はヴィヴィオの方だ。

 何故思春期にすらなっていない子どもがあんなのを着ているのか? もし自分であの水着を選んだのであれば将来が果てしなく不安になり、もし親であるなのはが決めたのであれば育児方針に関して話し合う必要があるだろう。

 どちらにしても娘……もとい、歳の離れた妹を持つ身としては一度は話し合いをしないといけないのかもしれない。

 

 

「え? ヴィヴィオの水着? あれはフェイトちゃんが選んだ物だよ」

 

 子ども組の水遊びが終わり、十人以上の大人数での昼食の後。

 後片付けをしている時それとなく、ヴィヴィオの水着の件を訊ねてると意外な答えが返ってきた。

 「フェイト」とはあの金髪の女性のことだろう。次元港である程度人が集まった時にそこで各々自己紹介したのだが、その際ヴィヴィオの母の一人だという説明をされて一時混乱したからよく覚えている。

 見た目や話した感じはなのはよりは真っ当そうだったが、まさかそんな趣味があったとは……。

 

「ゴメンね、真っ当そうじゃな・く・て! ……あとフェイトちゃんの場合は、趣味というよりはちょっとズレれるだけだと思うけど」

 

 そう言ったなのはの声にはどこか怒気に含まれていた。どうやら無意識の内に口に出してしまっていたようだ。

 しかしズレているとは一体どういうことなのだろうか?

 

「あー……うん、それはね」

 

 疑問符を浮かべるヒロに、作業を途中で止めたなのはが一つの映像を見せる。

 それは、なのはのデバイス--レイジングハートに記録されていた映像。そこには赤い毛並みの狼を引き連れた九歳当時のフェイトの姿だった。

 ツインテールにした綺麗な長い金髪が黒いマントと共に風に靡く、手には斧に似通った黒い杖が握られ、目は九歳とは思えないほど力強く顔は凛々しかった。可愛いよりかっこいいと言ったほうがいいかもしれない雰囲気を纏っていた所為か、一瞬その姿を疑った。

 

「……一つ訊いていいか? 高町さん」

 

「なに?」

 

「まさかとは思うが、これ常時のバリアジャケットじゃないよな?」

 

 バリアジャケット--それは魔力で組まれた防護服にして鎧。万が一の時にでも魔導師を守ってくれる最後の砦。姿形はどうあれどそれの有無は正に命を左右すると言っても過言ではない。

 

「………………」

 

「……おい」

 

 無言の肯定をするなのはにヒロは軽く頬が引き攣った。

 バリアジャケットの形は多様にある。半袖短パンやドレスに中には全身甲冑なんて物もある。しかし、長年生きたがレオタード型は初めて見た。どう見ても装甲が薄い上に、ヘタをしたらこっちが捕まりかねない姿だ。これが常時の姿だとしたら色々問題しかない気がするのだが……。

 

「えっとね、一応この格好にも理由が--」

 

「なのは、こっちは終わったよ」

 

 このままではマズイといざ弁明しようとした瞬間、まるで計ったかのようなタイミングで件の人物、フェイトが現れた。

 

「ちょっといいかハラオウン、話がある」

 

「え?」

 

「あ、待ってヒロくん!」

 

 そしてそれを確認するや否や、なのはの制止の言葉も聞かずフェイトを連れて出て行った。

 ああなったヒロを止めるのは中々に難しい上ヘタをしたらこちらにまで飛び火する、過去のことを出されたら不利になるのは確実にこちらだ、藪蛇以外のなにものでもない。故にここは素直にフェイトが開放されるのを待とう。

 残されたなのはは友の身を案じつつも後片付けを再開した。

 

 

「ねぇなのは……なんで私怒られたの……?」

 

 十数分後。散々叱られて疲弊したのか、目に涙を浮かべて帰ってきたフェイト。何故怒られたのか分からなくなるほどガミガミと言われたらしい。

 その姿を見て、今回の原因たる発言をしてしまったことを激しく後悔したなのはは、今度から口は滑らさないようにしようと誓うのだった。




水着の話にしようとしたらこうなった。
フェイトさんは好きですが、子ども時代のバリアジャケットにはツッコミを入れなきゃいけないかなーと思ったらこうなった。
当時フェイトさんのあの姿を見た時「え……?」と素で思ってしまったのは多分わたしだけ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

六話

息抜きで書いてるはずなのに、気付いたらお気に入り数800超えだと……!( Д ) ゜ ゜
まるで意味がわからんぞ!


 物心付いた時には既に傍にいてくれた、いるのが当たり前だった。

 泣いたら駆けつけて優しく抱きしめて、泣き止むまで頭や背中を撫でてくれた。

 実の兄弟なのに似てないと悪口を言われても、ありのままのお前が好きだからと受け入れ微笑んでくれた。

 悪いことをしたら叱り、正しい道に進めるよう導いてくれた。

 次元世界で一番好きで愛しい人。

 だからいつまでも護られるのが嫌で強くなりたかった。

 大好きな人だからこそ、夢に出た『彼女』のように自分の前から消えていなくなるのではと不安で堪らなかった。

 --強さを求めたのは傍に居たかったから。

 --強くなりたいと願ったのは失いたくなかったから。

 身勝手な独りよがりなのは自覚していた……だがそれでも怖かったのだ。好きな人が手の届かないところにいってしまうことが……。

 そうだ、だから--。

 

「だから私は力が欲しかったんです。……ずっと傍にいたいから」

 

 彼女の口から語られた言葉は苦しいほど重く、その気持ちは痛いほど伝わった。

 彼女--アインハルトにとって兄がどれほど大切な人なのかを。

 しかし、どんなに一途な思いを秘めようとも世界には「決して踏み越えてはならない一線」というものが存在する。

 如何に想い、願おうとも絶対に叶えてはいけないものがあるのだ。

 だが今、彼女はその一線を越えようとしている。

 誰かが止めねばいけない。そう思い勇士達(友達)に力を借りようとした。

 右を見る。リオはこちらの視線に気付くと顔を背けた。

 力になれませんアピールだろうか? それともこちらに押しつけるつもりなのか? どちらにしろヘタレである。

 左を見る。コロナは困惑の表情を浮かべていた。その気持ちはよく分かる、まさか『ここまで』とは正直自分も思っていなかったのだから。

 ……うむ、どうやら未だに考え中らしいのでとりあえず後回しだ。

 正面を見る。ルーテシアが困ったような、しかし何かを期待するような眼差しをしている。

 論外、あてにならない。むしろ燃料投下の可能性大。

 再度コロナに視線を向けると手を合わせられた。「ゴメンなさい」か「お願いします」か、まあどちらにしても自分に頼むようだ。

 

「………………」

 

 お母さん、どうやら友情では解決できない問題がこの世にはあるようです……。

 そんなある意味悟ったような瞳で一度窓から外を眺めた。木々がざわめき、鳥が舞い、蝶が踊った。ああ、かくも世界は美しいものなのか。……例え、その片隅で金髪の方の母親が友人の兄にガミガミと説教を食らっていようとも、そう思わずにはいられなかった。

 すぅ……はぁ……。

 ゆっくりと深呼吸を数回、体に酸素を十分に巡らせたら覚悟は完了。

 --いざ!

 まるで決戦にでも向かうかのような意気込みで振り返ると勇気を持ってこう言った。

 

「それでも、やっぱりヒロさんとの相部屋はダメだと思うよ、アインハルトさん」

 

 荷物を全て持ち、子ども組の部屋から出ようとしていたアインハルトが「何故ですか!?」と振り向く予想はそのまま現実のものとなった。

 

 

 事の発端は昼食を採り終えた後のことだった。

 ヴィヴィオとアインハルトは食器の後片付けをしていると不意になのはとヒロの姿が目に入った。なにやら楽しそうに(二人から見ると)話し込んでいたそれを見てアインハルトはふと思い出したことがあった。

 --そういえば、兄さんの部屋ってどこなんだろう?

 少し気になったアインハルトは片付けを早々に済ませるとヴィヴィオを引き連れルーテシアたちの下へ向かった。世話になるホテルの持ち主の娘であるルーテシアなら知っているだろうと考えたのだろう。そしてそれは的を獲ており、且つ普通に教えてくれた。男女間のことを考慮した造りの所為か、思ったより部屋は離れていた。

 それを聞いたアインハルトはヴィヴィオ達を置き去りにする勢いで部屋に戻ると、荷物を纏めて始め、ヴィヴィオ達が追いついた時には既に部屋を出て行く気満々だったのだ。

 この時点で今朝からのヒロに対するアインハルトを見てきた友人三人は察してしまった……「あ、この人ヒロさんの部屋に行く気だ」と。

 いやしかし、流石にそれは色々とマズイだろうと思った彼女達は何とか引き止めようと説得したのだった。

 

 そして現在に至る。

 

「実は私、枕が変わると寝付けなくて……でも兄さんが傍にいると安心して眠れるんです、だから--」

 

「それでもダメです」

 

 一度は阻止されたアインハルトだが、その後も挫けずに逆に説得し返している。それを間髪入れずNOと言い続けるヴィヴィオ。

 知り合ってからまだ日は浅いが、それでもお互いに妙な所で頑固なのを知っている所為か二人共全く引く気がない。

 極度のブラコンであるアインハルトはともかく、ヴィヴィオが此処まで粘るのはヒロの助言が影響している。この世界に来る前の次元船の中ででのこと、「アインハルトと友達になるなら下手な遠慮はいらない、オレ絡みで暴走することもあるだろうからその時は全力で止めてくれ」と言われたので、その言葉通り絶賛ストッパーとして活躍中だ。

 本来であれば友人達も助力してくれれば有り難いのだが、生憎二人はアインハルトのブラコン力に気後れして戦力外。もう一人に関しては愉快犯になる可能性が高い為全く当てに出来ず、結局ヴィヴィオ一人で頑張っているのが現状だ。

 しかし、上限知らずな兄への想いを原動力にしているアインハルトとは違い、普通に体力と気力で持っているヴィヴィオは流石に疲れてきた。

 もういっそのことダメもとでルーテシアに助力でも求めようかと思い始めて瞬間、救いの手が差し伸べられた。

 

「お、いたいた。こんな所で燻ってる暇があるなら大人組(向こう)の訓練見学しにいかねーか?」

 

「ノーヴェ!」

 

 扉の奥から現れたその姿を確認するや否やヴィヴィオはノーヴェに飛びついた。限界ギリギリの状態で登場した彼女は正に救世主のような存在だった。

 

「ど、どうした?」

 

 いきなりのことに驚きながらもしっかりとヴィヴィオを抱きとめるノーヴェ。

 現状を確認するため、軽く部屋を見渡す。

 何故か荷物を持ったアインハルト、苦笑を浮かべるリオとコロナ、無駄に目を輝かせているルーテシア、そして潤んだ目で自身に飛びついたヴィヴィオ。

 深く考えなくてもわかった。大方アインハルトが暴走し、ヴィヴィオが制止に回っていたのだろう。となるとノーヴェのとるべき行動は決まった。

 

「どうだアインハルト、お前も来ないか?」

 

「そうです! いきましょうアインハルトさん」

 

「あ、いえ、私は……その……」

 

 ノーヴェが誘い、ヴィヴィオがその提案に賛同する。それに対しアインハルトは先程の勢いは何処へやら、あたふたと視線を動かし、どうしようかと考え込む。

 その姿を見て、「ああ、やっぱり兄関連じゃないとこうなんだなあ」と改めて再認識したヴィヴィオ達。そして、なら話は早いとノーヴェはあることを口にした。

 

「ちなみにお前のとこの兄さんは、いざという時のためになのはさん達の方に付いていったぞ」

 

「さあ、行きましょう皆さん」

 

 速いな、おい。

 そんな言葉が出かかったほどの切り替えの早さ。ついさっきまで何がなんでも兄の部屋に行こうとした人が手の平を返したように荷物を全て置き、ノーヴェの後ろ--つまり廊下に移動していた。そして「早く行きましょう」と言わんばかりのキラキラとした瞳によるアイコンタクト。

 本当に人が変わり過ぎだろう、どれだけお兄ちゃんっ子なんだよ。

 そんなツッコミすら出来ないほどのよく分からない疲労感に襲われるノーヴェとヴィヴィオ。

 

 これでもまだ合宿初日という現実に二人は少し先行きが不安になってしまっていた。




ノーヴェとヴィヴィオは犠牲になったのだ、ブラコンの鬼と化したアインハルトの犠牲にな……。

何故かわたしが書くアインハルトって基本暴走しちゃうんですよね。だから子ども組にもストッパーが欲しくなった結果、めでたくヴィヴィオに白羽の矢が立ったとさ。
頑張れヴィヴィオ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

七話

お気に入りが900いっとるがな……。
ブラコンアインが結構人気みたいで正直ちょっと驚いてる私。そんなアインハルトを今回ちょっと暴走させてみた。

※ウチのアインハルトは真正のブラコンです。


 硫黄独特の臭いが鼻を突き、蒸すような熱気で体温が上昇する。

 ホテルアルピーノ名物天然温泉大浴場(自称)。合宿初日の訓練が無事に終わり汗と疲れを洗い流そうと一部の人を除いた女性陣は皆ここにいた。ヘタなレジャー施設以上に充実したそこは体だけでなく心にも十分なケアが行き届いていた。

 とあるアクシデントこそあったものの最後には身も心もサッパリとしてあがる……はずだった。

 

 重い。ひたすら重く、身震いするような冷たい視線が体を貫く。まるで氷の上に正座させられているのではないかという錯覚すら覚えるほどだ。

 あまりの恐ろしさに自然と視線が下を向く。仮に恐怖を押し殺して顔を上げても、そこにいるのは小さいながらも確かな修羅であった。

 左右で異なる青と紫の瞳は端整な顔立ちによく映え、未成熟ながらも良いスタイルは今たったの布一枚で隠されている。美少女と呼んでも差し支えないその少女の目は、しかし今狩りを行う直前の猛禽類と同じ鋭さを秘めていた。

 自分より小さいはずの少女に確かな恐怖を感じている水色の髪の彼女--セイン。怯えるその姿に同情の視線を送りつつ、何故このようなことになったのかと記憶を掘り下げるべくヴィヴィオは静かに目を閉じた。

 

 事の発端はセインの悪ふざけから始まった。

 温泉にゆったりと漬かっている女性陣。その彼女達の体を瞬間的にとはいえ、エロ親父の如き手つきで触っていくという悪戯。しかも見つからないように自身の能力を使ってまでするのだから手に負えない。

 一人、二人と次々に被害者が続出していったが、結局最後の一人--リオに抱きついた瞬間属性付加の蹴りを思いっ切り受けて轟沈。ほどなく事件は解決となった。

 ちなみに完全な自業自得なため誰も技を受けたセインの心配はしなかったそうな。

 それからセインが駄々を捏ねたり、リオに謝ったり、ルーテシアが訴えない代わりの交換条件を出したりと色々とあったが結果はまるく収まった……はずだった。

 ルーテシアの交換条件のおかげですぐに帰る必要がなくなったセイン、そして皆は改めて温泉を堪能する。その際ふと話題に上がった「セインは料理上手」という言葉を耳にした一人がこんなことをアインハルトに訊いた。

 

「ヒロさんって料理できるの?」

 

 実は女性陣が温泉に入ってる間ルーテシアの母--メガーヌとエリオ、ヒロの三人は夕食の用意をしていた。

 顔見知りのメガーヌやエリオのことは知っているが、付き合いが皆無と言っていいヒロの腕前は完全に未知数。世の中料理上手な人だけでないことを知ってる何人かはその質問の返しに内心戦々恐々だった。

 何せ彼女達のよく知る医者の一人が「味は度外視、栄養のみを追及した何か」を作る人であった為に『医者』というワードを聞いただけで身構えてしまうほどだ。

 そんな彼女達の心配なぞ関係のないアインハルトは自信満々に返答した。

 

「勿論できます。特にチーズを使った料理は絶品なんです」

 

 ふふんと鼻を鳴らし、自慢気に語る。

 

 子どもの頃から育児をしてきたヒロは、当然その食事にも気を使っていた。

 自分一人ならインスタント食品で終わらせることもあったが、最愛の妹に与える物としてアインハルトが普通に食べれるようになってからは自ら料理をするようになった。

 経験がなかった為最初こそ苦戦はしたが、よくある料理下手がやってしまう「独創的なアレンジ」は一切せずに地道に一つずつ簡単な物から覚えていった。その結果今ではある程度の料理は作れるようになり、長い間作り続けた為味も相当なものになっている。

 ちなみに何故チーズを使ったものが絶品なのかというと、簡単にいうなら熟練度の差である。

 子育てにおいて誰もが一度は通る道、苦手・嫌いなものの克服はアインハルトの場合にもあった。そしてアインハルトが当時最も嫌いなものがチーズだったのだ。

 曰く、「あの独特な臭いが嫌い」と言って毎回残す為、何とか克服させようとばれないように他の料理に混ぜたり、一般的には知られていない伝統料理や頭を捻って作ったオリジナル料理などあらゆる手を使った。

 右往左往した過程はともかく、結果は苦手を克服。寧ろヒロが作る料理の中では最も好きな料理になったらしい。ついでに苦労したヒロの得意料理にもなったそうな。

 

 その話を聞き安心した子ども組とは別に他に気になったものが何人かいた。

 饒舌に兄のことを語るアインハルトのことを見て、聞いていた以上のお兄ちゃんっ子だったことにあるものはシンパシーを覚え、あるものは羨ましくも微笑ましいと思った。

 仲がいいね、本当に好きなんだね。そんな言葉が行き交う中ある人物が放った一言があった。

 本人も、そして周りもそれが冗談交じりの茶化しなのは言わずとも分かった。基本残念な子だが本気でそんなことを言う相手ではないのは知っていた。

 だがしかし、それでも、その言葉だけはアインハルトにとって最大の禁句(タブー)だったのだ。

 

「結婚とかしそうな勢いだよねー」

 

 --……は?

 

 ビキリと、まるで空間に亀裂でも入ったかのような音が聞こえた気がした。

 出どころはアインハルト。今までに聞いたことのない低い声でそれを言ってしまった主、セインを睨みつける。

 

「今、なんて言いましたか? 結婚とかそんなふざけたこと言いませんでしたか?」

 

 温泉に漬かり、湯気に当てられている。それにも関わらず何故か背筋を冷たい何かが走り、体全体が悪寒に襲われる。

 

「あんな紙切れ一枚で成立し、紙切れ一枚で終わるような関係に私がなりたいと? そんな戯言を貴女は言ったのですか?」

 

 温もりが一切なくなった眼差しがセインを射抜く、するとまるで金縛りにでもあったかのように体が動かなくなった。

 バインドか何かと思ったがそれは違った、体が無意識の内に震えている。寒さや武者震い以外でそんな症状が起きるとすれば、それは恐怖以外の何者でもない。

 つまり、セインは今アインハルトを恐れているのだ。

 確かにあの有無を言わさない猛禽類のような眼は怖い、さっさと逃げ出したい。能力を使ってでも逃げようかとさえ思った。

 

「さあ、答えてください」

 

 しかし目の前の修羅がそれを許さない。「逃げたら殺す」と言わんばかりに殺気立っている。

 後にセインは語るのであった、「地雷って本当に見えないから怖いよね……」と。

 

「あ、アインハルト、さん……? どうしてそんなに怒ってるの……?」

 

 今までとは違ったベクトルの豹変にヴィヴィオは恐る恐る訊ねた。

 セインの助け舟と、そしてそこまで激怒する理由が気になった。

 そんなヴィヴィオたちの視線に気付き、少し頭を冷やす。如何せんこの話題だけは感情的になりやすいようだ。

 そう自己分析した後、彼女は自分の中で出来た『持論』を語り出した。

 

「いいですか、ヴィヴィオさん……結婚とは他人が家族になる為の儀式だと私は考えています。この他人とは即ち血縁関係のある家族を除く人を指します。彼または彼女が結婚という儀式を終えることにより初めて本当の家族になれるのです。結婚とはそうして外側の人を内側に入れることに他なりません。

 故に元々内側にいるはずの人が、同じ内側の人と結婚というのはあり得ないのです。これは法律で定められていますが、私から言わせて貰えばそれは法律以前の問題なのです。

 先程も申し上げましたが結婚とは他人を迎い入れる儀式……それを内側の人とするということは即ち、『この人は他人です』と言ってるようなもの。実の血を分けた兄弟を他人呼ばわりですよ? 同じ親から生まれ、同じ家で育ち、同じ時間を過ごしてきた半身とも呼べる存在を他人と言うのですよ? それはつまり今までの自分と相手を否定することに他なりません。もしそんなことを言われたら私なら一ヶ月は寝込む自信があります。

 よく『愛さえあれば』などと言う人がいますが、結婚を念頭に考えた時点でそれは愛ではなく恋です。つまり自分で外側の人間だと勝手に決め付け、結婚という形でしか愛してることを実感出来ない無礼且つ愚か者なんです、そんな人が真に人を愛することなど出来るはずがない。

 『愛さえあれば』と言うなら形に拘るな、真に愛してるのなら結婚なんて幻想に甘えるな、大事だと言うならその想いを胸に一生を遂げみろ。

 大切なら、愛してるなら出来るはず。もし出来ないというのなら家族()を名乗るな、紛い物。家族とは恋するものではなく愛するものなのですから」

 

 …………………………。

 アインハルトの熱弁が終わると辺りがシーンと静まり返った。

 

「えーと……つまり?」

 

 全員がポカーンとしている中、一早く我を取り戻したヴィヴィオが「どういうこと?」と要点を訊く。

 

「紙切れ一枚で変わる関係が実の妹()よりも上なんて絶対認めません」

 

『(あ、やっぱりそういうことなんだ)』

 

 大層な持論を語ったはずだが、その根底にあるのはやはり兄への想いらしい。つまる話、自分()の地位を揺るがしかねない存在が嫌なのだろう。随分と可愛らしい独占欲と嫉妬だ。

 ちなみに、なんだかんだと言ってはいるアインハルトだが、結婚自体は否定していない。寧ろヒロが行き遅れないか心配するほどだ。しかし結婚=幸せという図式が成立しないことも分かる年頃な為何かと複雑なのだ。……あと、結婚したら自分のことは構われなくなるのではないか?という全くもってあり得ないはずの不安もあったりする。

 

 その後、アインハルトに共感を覚えたある人物が兄弟への思いを一緒に語り始め、そのおかげで何とかセインは逃げ出すことが出来た。しかしこの二人、結局夕飯の準備が終わりメガーヌが呼びにくるまでの間ずっと語りあっていたとか……。

 

 ちなみに、この日のアインハルトの最大の収穫は「ブラコン仲間(同志)に巡り逢えたこと」らしい。




妹物ゲームに真っ向から喧嘩を売りそうなウチのアインハルトさん。ちなみに彼女の中での力関係は、実妹>>>超えられない壁>>>嫁>>>>>義妹くらいらしい。
いつから実妹が義妹より劣ってると錯覚していた? そんなことを言いかねないくらいのブラコン娘です、うちの子は。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

八話

はっはっは、旦那。お気に入り数の桁がおかしいですぜ……(白目)


 騒がしくも楽しかった晩餐も終わり、夜が更けてきた頃。時刻は1時を回っていた。

 皆明日の練習会のために早めに寝付いたらしく、昼間とは打って変わってホテルの中は静かなものだ。

 そんな静寂の中、夜の帳を抜ける少女が一人。赤と緑の左右で異なる瞳、その目元を擦りながらも廊下をうろうろと歩くヴィヴィオ。欠伸を噛み殺し、トイレから自室に戻る途中だった彼女はふと広間に明かりが点いていることに気付く。行く時は眠気の所為で気付かなかったのだろうと七割くらい覚醒した頭で自己解決した。

 明日は大人も子どもも混ざっての陸戦試合、通称『練習会』があるというのに一体誰がこんな遅くまで起きているのだろう?

 そんな疑問を抱き、気になったヴィヴィオは覗いて見ることにした。

 そーっと扉に近付き、ゆっくりとドアノブを回し僅かに開くと中を覗く。

 

「……あれ?」

 

 しかし、そこには誰もいなかった。

 テーブルには何かの資料らしき紙と本の山、飲み掛けのコーヒーカップ、まだ中身が入ってると思わしきポット、それと展開しっぱなしの携帯端末のモニターがあるだけで肝心の主の姿が見えない。

 頭に(クエスチョン)マークが浮かび一体誰のかと確認しに足を踏み入れようと--

 

「何してんだ?」

 

「ひゃう!?」

 

 した瞬間、いきなり背後から声を掛けられ変な声を上げてしまった。

 恐る恐る振り返るとそこには本や資料を数冊抱えて立っているヒロの姿があった。知り合いに頼み独自のルートで昼間の内に送ってもらった本と資料を取りに戻っていたのだ。

 

「子どもはもう寝る時間だろ? ただでさえ明日は練習会があるっていうのに、そんなんじゃ支障きたすぞ」

 

 驚いたヴィヴィオを一瞥した後、呆れたようにそれだけ言うとヒロは作業途中のテーブルに向かう。どうやらそこの主はヒロだったらしい。

 空席だった椅子に腰を掛けるとまるでヴィヴィオのことなど眼中にないかのように黙々と(せわ)しなく紙と本とモニターに目と手を動かし始めた。

 本を読んだと思っていたら資料に目を通し、資料を見ていたらと思うとモニターで確認する、端末で確認し終えたと思ったら今度は別の本を手に取り……その繰り返しが幾度となく行われていた。

 その姿はまるで勉強しているみたいだと思ったヴィヴィオは、少しどんなものを読んでいるのか気になった。読み終えたと思わしき山の中から一冊だけ拝借、それを無限書庫の司書御用達の魔法を使って軽く読んでみる。

 

(……きゅ~)

 

 数秒と経たず轟沈。文字数やページ数はともかく圧倒的に専門用語が多く、全く分からない単語が次々とヴィヴィオの頭を襲った。その所為でたったの数秒で目を回す有り様。

 しかし、ただでは倒れない。その中でも知ってる単語を掻き集め、一体どんな本を読んでいるのかだけはわかった。

 

「医療関係の本とかつまらないだろ」

 

 ヴィヴィオの行動を横目で確認したヒロはそんなことを言った後、また本に視線を落とす。

 そう、ヒロが読んでいたのは医療関係……それも病原体やウィルス、それが人体にどんな影響を与えるかや他の管理世界の病気についてなどの専門書だ。

 そういえば医者という話を聞いていたなと思い出しながら何故今このような本を読んでいるのかと新たな疑問が湧いた。急患の報せでも来たのだろうか?

 

「あの、なんで……」

 

 気付けば口から言葉が出ていた、ハッとしてすぐに塞ぐが聞こえていたらしくヒロがこちらを見ている。

 しまったと気まずそうな表情を浮かべるヴィヴィオとは別に、休憩がてらにでもと考えるヒロ。

 思いついたらすぐに予備のカップにコーヒーを注ぎ、それをヴィヴィオの近くのテーブルの上に置く。無論、砂糖とミルクも忘れずに。

 ちなみに予備のカップがある理由は、コーヒーなどは底の方に残り易いため一つのカップを使い続けるより新たなカップに注いだ方が味に変化をきたさないためだ。……あくまでもヒロ個人の理屈だが。

 

「次元世界の平均的な病気の数って知ってるか?」

 

 砂糖とミルクで十分に甘くしたコーヒーを必死で冷ましてちょっとずつ飲むヴィヴィオ。その姿を微笑ましく思いながらそんな問いを投げ掛ける。

 唐突過ぎるその問い掛けに、しかし根が真面目なヴィヴィオは必死に考え込む。

 百だと少なすぎるし、千は世界規模だと微妙な所。なら五千か……あ、でも科学技術が発展してるし……。などと面白いほど頭を抱え悩んでいる。

 百面相を見るのは楽しいが、流石にいじめるのは可哀想かと思い一分経ってから正解を言うことにした。

 

「はい、時間切れ。答えは一万だ」

 

 頭を悩ませたものの結局答えは出せずに時間切れ。そしてヒロが開示した答えを聞き、予想より意外と多いことに驚きの声が漏れる。

 「病気」と一言に言ってもその種類は数多にあり、病原体やウィルスによるものから遺伝性や生まれつきのもの等まで含めれば幅広く存在する。

 現在確認されている管理世界・管理外世界はともに少なくとも三桁は優に超えている。世界一つにつき一万の病気と言うことは単純計算しても二百万はくだらない。実質調べる際人間に影響があるものだけを選別しても基の数値の桁が大き過ぎる為減った気がしないとヒロは毎回思っている。

 世界を渡航する手段を持ち合わせているという事は何も良いことばかりではない。技術の流通や文化交流に探索、調査。その際に本来ならその世界にはない細菌や微生物を持ってきたりする例も珍しくない。昔、次元渡航が始まった当初は特にそれが顕著だったらしく、中には魔力を通して汚染するものすらあったという話もある。

 故に、そういった『万が一』に備える為に、渡航技術を有する世界の医者は必然的に他の世界の病気も知識にしなくてはいけなくなる。

 「へぇ~」と感心するヴィヴィオ。流石に十歳が受ける授業内容だとまだその辺りはしないようだ。

 

「オレ、技術ならともかくこういった知識は全然でな。だからこうやって毎日勉強してるんだよ」

 

 お手上げと言わんばかりのジェスチャーを見て、抱いた感想は「あ、やっぱり勉強だったんだ」という的外れなもの。

 それが口に出ていたのかヒロは「やっぱ頭悪く見えるんだな、オレ」と自傷気味に笑う。実際試験とかもギリギリで受かった程度なので良くはない。良くはないが、良くはないものなりに努力はしているつもりだ。

 流石に「世界中の人を救う」と言った馬鹿げた妄言は言わないが、頼ってくる人は何とかしたいとは普通に思う。

 

「……ところで、どうだ? アインハルトとは」

 

 うっかり一人で埒外な方向に向かう思考を止めるべく、今日一日妹と付き合った感想を訊く。

 それに対しヴィヴィオから「あ、あはは……」と乾いた笑いを上がった。

 正直に言おう……疲れた。いつもの大人しい、クールな性格は何処へやら兄を前にした彼女は歳相応以上の子どもになることが判明した。普段の大人びた雰囲気から一変、兄一直線のその姿のギャップというか落差が激しすぎる為置いてきぼりを何度も喰らい、必死にそれに追いつこうとして体力と気力がガリガリと削れ、仮に追いついても話し自体についていけずに精神が磨り減る。

 そういった体験を一言で表すならやはり「疲れた」だろう。

 

「あ、でも……アインハルトさん、今までに見たことないくらい楽しそうに笑ってました……」

 

 ふと一日を振り返ると、アインハルトはよく笑っていたと思う。微笑や苦笑と言った少し顔に出る程度ではなく、それこそ心の底から楽しんで笑っていた。……自分達の前では決して見せないであろうその姿に少し寂しさを覚えたのは、やはり本当の友達になりたいと思っているからなのだろう。

 

「? 何か勘違いしているみたいだから言うが、別にオレがいたから笑っていたって訳じゃないぞ」

 

「……ふぇ?」

 

 ヒロのカミングアウトに虚を突かれ間抜けな声が漏れたヴィヴィオは、そのまま訳がわからないと言う顔でこちらを見つめる。

 

「まあ確かにオレの前だと感情や表情が表に出やすいことは事実だが、だからと言って他人の前であそこまで羽目を外すなんてことはそうそうあるものじゃない。……少なくとも、そういった他の人には見せない素顔を見せるほどにはお前達に気を許してるってことだよ」

 

 優しく諭すように、そして嬉しそうに微笑みながら言われた言葉。それが嬉しくて、つい頬がにやけるのを隠すため手で顔を隠した。

 アインハルト(向こう)もちゃんと友達だと思ってくれているのだと……。

 

「なにかと手がかかるし、色々と疲れるかもしれないけどアイツとこれからも仲良くしてくれるか?」

 

「は、はい! こちらこそお願いします!」

 

 改まってお願いされると勢いよく返事をした。それを聞くと「ありがとうな」と感謝され、同時に「それじゃあ、お古で悪いが餞別だ」と一冊の本が渡された。

 

「これはアインハルトのお気に入りの本でな、寝物語にするほど好きなやつだ。何か話のネタに困ったらそれを持ち出して見るといい。恐らく食い付いてくるはずだ」

 

 それは七人の騎士が描かれた見ただけでも古そうな本だった。

 『七騎士』と呼ばれるベルカに伝わる昔話の一つだ。昔話とは言っても実際は史実を基にしたもので、戦乱の時代の中で生きた騎士、その中でも最も優れた七人の生涯を綴ったものらしい。

 彼らは仕えるべき王こそ違ったがその高い忠誠心と数々の武勇伝により後生にまで語り継がれる程の英雄となった。

 生きた時代は聖王や覇王と同じ戦乱の時代。その為か彼らと関わりのある騎士もいるらしい。……もっとも当の覇王の直系子孫であるアインハルトのお気に入りの騎士は、覇王とは無縁の者のようだが……。

 

「いいんですか……?」

 

「ああ、オレはもう嫌というほど読んだし、アインハルトも自分用に何冊か持ってるからな。絵本というよりは写本とかに近い中身だが、速読魔法が使えるようなら問題はないだろ」

 

 実際本は厚く歴史書の如く文字が列なっていた。しかし先程ヴィヴィオが速読魔法を使うのを見て大丈夫と踏んだのだろう。

 それにヴィヴィオ自身少し興味があった。アインハルトが読んだ物というのを除いても、クローンである自分のオリジナルである聖王女オリヴィエ。彼女と同じ時代を生きた英雄達がどんなものなのか知ることが出来るのだから……。

 

「読みたくてうずうずするのは構わないが今日はもう遅い、読むなら明日……というか朝になってからにするんだな」

 

「う……」

 

 考えてることを読まれ注意された。注意された以上は仕方ない、大人しく今日のところは寝るとしよう。

 本を抱え椅子から立ち、部屋に戻ろうとドアノブに手を掛ける。

 

「送っていこうか?」

 

 その瞬間、いつの間にかヴィヴィオの後ろに立っていたヒロがニヤついた笑みを浮かべそう言った。そこに暗い夜道が怖いのではないかという意図が含まれていることに気付いたヴィヴィオは、笑顔を浮かべてこう言い返した。

 

「大丈夫です」

 

 なめられて意地になったわけでも強がりでもなく、自然とその言葉は口から紡がれた。

 その姿を見て、何故か暫し唖然としていたヒロだったが少し間を置くと「そうか」と穏やかに口元を緩ませヴィヴィオの頭を撫でた。

 

「『お前』は大丈夫なんだな」

 

「……え?」

 

 微笑を浮かべているその顔がヴィヴィオにはどこか寂しげに一瞬見えた。

 なんでそんな言葉を、表情をしたのか訊こうとも思ったが、その前に背を向けられた。これ以上は問答できないと感じたヴィヴィオはそのまま広間を後にする。その際に小さいが確かに「おやすみ」という声が聞こえたのは気のせいではないだろう。

 

 

 言われた言葉もあの寂しそうな顔の真相も分からぬまま来た時と同じく廊下を歩くヴィヴィオ。

 子ども部屋の前に来た時、ふと思い出したように頭に手をやり、撫でられた時の感覚を思い出す。

 

 --あの時ヴィヴィオが一番最初に感じたのは『温かい』でも『優しい』でもなく、『懐かしい』という感覚だった。




オリ設定とか独自解釈とか出た今回。今後あまり使わないものがいくつもある気がするが気にしない。物語である以上何処かにシリアスをぶっこまないといけないと思ったらこうなった。
ちなみにこんな感じの流れですが、ヒロにvivid組との恋愛フラグは立たないのであしからず。

それにしても、アインハルトが出ないから凄い静かだったな今回……あれ?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

九話

ちょっと独自解釈とか出てきたけど……大丈夫かな、これ……。


 その夜、ヴィヴィオは不思議な夢を見た。

 どこか古い造りを思わせる建物の通路に『自分』は立っていた。

 建物が大きいのか自分が小さいのか、はたまた両方か。どちらにしても高い天井と広い通路が孤独感を強くした。

 誰かいないかと必死に周りを見渡すが、夜なのか辺りは暗く、まるで見えない。

 『誰もいない』--その事実が恐怖となりざわりと胸を撫でた。

 闇が怖い、一人が怖い、人の温もりを感じられないのが怖い。言い知れぬ恐怖から逃れるため、一時でも早く誰かに会いたかった。

 それからひたすら歩き続けた。何故か思うように動かない体を引き摺るように進み、前へ、前へ。

 暗闇で視界が確保出来ずとも、迷宮のようにいりくんだ道であろうとも関係ない、ただ前へ進んでいた。

 誰かに……■■■■■に会いたいという想いだけを胸に抱きながら。

 

 それから、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。足が棒になるという表現すら生ぬるい、既に歩いているのか止まっているのかすらわからないほど感覚が麻痺していた。

 暗闇の重圧と動き続けていることによる体力の消耗、そして未だ誰にも会えないという現実に精神が摩耗していた。

 もう限界だった、気付けば泣いていた。幼い彼女は恥も外聞もなく喚くように泣いた。

 ここにいると、誰でもいいから見つけて欲しいと願いながら延々と泣き続けた。

 そうして喉が枯れ果てるまで泣いた頃、彼女の耳に確かな足音が聞こえた。それは間違いなくこちらに向かって来ている、先の見えない暗闇だろうと関係なく、迷わず真っ直ぐに歩いてくる。

 そして『それ』は忽然と目の前に現れた。

 黒い、まるで人の形だけを切り取ったような影。黒い(もや)で覆われた『それ』は誰の目から見ても不気味なものにしか映らなかった。それはヴィヴィオも同じはずだった……。

 

「--■■■」

 

 しかし、夢の中の『彼女』にはそんな感情は微塵もなく、寧ろ安堵さえしてその名前を呼んだ。

 物言わぬ黒い影が彼女の腕を牽いて歩く、そして彼女も一切の抵抗を見せず黙ってついていく。

 先程まで恐怖の対象であったはずの暗闇も、不思議と今は怖くない。

 不気味な靄に包まれた手だというのに、氷のように冷たい手なのに、どうしてこんなに心が安らぐのだろう。

 不思議な気持ちに包まれながら『彼女』は……いや、『ヴィヴィオ』は目を覚ました。

 

 ------

 

 

「ふぁ~ぁ……」

 

「大丈夫? ヴィヴィオ」

 

 翌日、陸戦試合開始前。

 試合に参加する全員が揃った頃ヴィヴィオは噛み殺すことが出来ず欠伸が漏れた。それを母であるなのはは心配そうに訊く。普段の生活からも夜更かしするような子でないことは分かってるから余計に気になった。

 

「あ、うん。大丈夫だよママ、ちょっと変な夢見ただけだから」

 

 それを察したヴィヴィオは心配させまいと笑顔を浮かべてそう応えた。実際それだけのことなので他に言いようがないのだが……。

 

「そっか、もし体調が悪くなったら連慮せずにヒロくんの所に行っていいからね」

 

 不安を覚え、心配ながらも気遣うようにそう言う。万が一に備え医者の用意は万端だ(ただし当の本人のコンディションは除く)。例え何があっても彼がなんとかしてくれるだろう。

 何処か投げやりな気もするが、それは信頼あってのものなのだろうとヴィヴィオは解釈し、一人納得した。

 ふと、そのヒロのことが気になり辺りを見渡す。しかしその姿は何処にもなかった。妹のアインハルトなら何か知っているかと思ったが、その前に時間が迫りノーヴェからの試合の説明が始まってしまった。

 

(……なんだったんだろう、あれは……)

 

 医者のヒロなら何か分かるかもしれない。不思議な、だけどどこか懐かしい感覚のあの夢を……。

 そんなことを思いながら試合の用意が整うと突然目の前にモニター現れた。そこにはメガーヌとルーテシアの召喚獣ガリュー、キャロの使役竜フリードリヒ、そして片隅に見切れているがヒロの姿があった。

 「あ、いた」と思うと同時に試合の始まりを告げる銅鑼の音が鈍く響いた。

 

 

「いやあ、みんな元気にやっとるねえ」

 

「ほんとにねえ」

 

 試合が始まり、ものの十秒もしない内に各所で戦闘音が上がった。

 高見の見物をしているセインとメガーヌ、万が一にでも負傷したらすぐに治療出来るよう準備だけはしているヒロ。

 しかし開始早々にそんな出番はないだろうと、二人と同様に今は見物に徹している。

 

「派手だな、ちびっこ達は」

 

 そんな中気になったのは最愛の妹ではなく、創成魔法によりゴーレムを創り上げたコロナと二つの魔力変換資質を用いて二属性の龍を作り出したリオの二人だった。なんとも贅沢な魔力の使い方だ、かろうじてAランクに届く程度の魔力しか持ち合わせておらず、且つあんな使い方が出来ないヒロからするとあの二人の戦い方は少し羨ましかった。そのせいかどうしても粗探しをしてしまう。

 コロナの場合創成魔法に掛かる時間、ゴーレムの大きさや構成具合など。多人数を相手にするならいいだろうが、一対一においてあの大きさはネックにしかならないだろう。第一創成魔法とは本来物量で攻める魔法であり、相当な手練れであれば複数の創成と操作を同時に行うことすら可能なのだ。その為ゴーレム創成とは本来戦闘よりも戦術に特化した魔法と言える。

 リオの場合、変換資質者に見られがちな属性によるごり押し。更に思考が子ども寄りのせいかバインドなどの小細工をしないところがかなり痛い。

 ヒロのように『出来ない』のならまだしも、出来るのに敢えて使わず真っ正直から挑むというスタイルは、いずれは壁にぶち当たることになるだろう。

 将来のことは知らないし、生粋の格闘家を目指すならまだしも、そうでないのなら多少は手の届く範囲にも着手すべきだ。

 --総じて、この二人に抱いた感想は「勿体ない」だった。しかしあの歳でこの評価なのだから正直言って将来有望である。

 

「すっげ! 何今のッ!? 弾丸反射?」

 

 コロナとリオの観戦をしているといきなりセインが声を上げた。

 何があったのか、そう思いセイン達の方を見るとメガーヌがセインに説明している最中だった。

 

反射(リフレクト)でも吸収放射でもないわね、受け止めて投げ返したの」

 

 その言葉を聞き「あー……」となんとなく何をしたのか予想が着いた。その後そんなことできるのかというセインにメガーヌが「真正古代ベルカの術者なら理論上はね」と返していたのでまず間違いないだろう。

 『旋衝破』と呼ばれる覇王流の一つで主に射撃魔法に対して効果のある技だ。この技の本質自体はシンプルなもの、ただ「受け止めて投げ返す」、それだけだ。しかして実際にそれを行おうとして出来るものはそうはいない。ただのボールとかならまだしも、魔力弾を相手にそれを成すのはシャボン玉を割らずに掴むよりも難しい。ヒロのように特化したレアスキルを持っているならともかく、純粋な技量だけで習得したとなれば才能の他にも血の滲むような努力があったのだろう……。

 

「……………………」

 

 そう本気でメガーヌは思っているのだろうが、実はこの『旋衝破』……偶々偶然に習得してしまったものなのだ。昔、まだチーズが苦手だった頃なんとか慣れるだけでもと思いアインハルトに持たせようとしたことがあった。しかし勿論チーズが嫌いなアインハルトは拒んで逃げ、「触るだけでも」と言ってチーズを放りなげたことがある。その際避けられずチーズに当たりそうになったアインハルトはあろうことか「最小限の接触で受け止め、そしてヒロに投げ返す」という手段でチーズから逃げた経緯がある。

 ……察しの良い人は分かったかもしれないが、この「最小限の接触で受け止め、投げ返す」ということこそが『旋衝破』の基礎にして真髄。修練でもなんでもなく、ただ嫌いなものから逃げたいが為に偶然身についてしまったもの、それこそがアインハルトの『旋衝破』である。

 真剣な表情で妹を見つめるメガーヌに、まさかそんな経緯で習得しましたなど口が裂けても言えるはずがない……。

 世の中知らなくていいことって結構あるよな……と黄昏ながらも他のメンツの観戦を続けるヒロ。

 なんだかんだ言っても、試合はまだ始まったばかりなのだから。




この作品のオリ主(ヒロ)の立ち位置は良くも悪くも保護者でいこうと思います。偶に暗躍もどきとかあるかもしれないけど、それでも基本は見守る側にする予定です。
vivid組との恋愛フラグとかは恐らくありませんが、信頼とか絆とかたぶんそんな感じのものならあると思います。

……なんか意外と恋愛フラグに関しての感想が多かったので改めて書きました。ちなみにあくまで“ヒロに対して”vivid組の恋愛フラグが建たないのであって、vivid組自体の恋愛フラグが全くないというわけではありません。私のことだからたぶんオリキャラ増やすと思うし……。
ちなみにアインハルトの扱いですが、彼女はヒロの永遠の妹です。妹は負けフラグと思う人もいるでしょうが、事うちの作品においてはそんなことはないです。寧ろ勝ち組です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十話

(アイン)ハルトオオオオオオオオオオオオ

最近書く時間がないから某兄さんのようになりかけている私だった……。


 ()とは即ち、生き物の頂点に君臨するもののことである。

 強靭な肉体に巨大な翼、鋭く尖った爪と牙。恐竜のような恐ろしい姿のものもいれば、神秘的な姿をしたものもいる。しかし彼らには容姿とは別に共通することがある。それは、見るものを圧倒し、畏怖させる程の『力』を持っているということだ。

 羽ばたくだけで家を吹き飛ばし、吐いた炎で森を焦土と化す。鳥ですら飛べないような高度から地を見下す姿はある種の神々しさすら感じられる。

 その、あまりに生命としての格の違いに人は畏怖とは別に崇拝の念すら抱くこともあるのだ。

 正に『力』という概念そのものが意思を持ったようなもの、事象を超えた存在--そのはずなのだが。

 

 ジーっと先程から視線を感じる。敵意というよりも警戒心か、人というよりは生き物として見極めようとする心意が汲み取れる。

 その視線の主はフリードリヒ--通称フリードと呼ばれている白い竜だ。使役竜とはいえ、それでも立派な竜の仲間であるはずのフリードの恐れるような、しかし興味のある眼差しが痛いほど刺さっているヒロ。気になり振り返ると、傍にいるガリューの影に隠れてしまう。「怖い物見たさ」とは正にこのことを言うのだろうか。

 こうなった原因に心当たりがなくもないが、自分自身が何かしたわけでもないのに避けられるのは少し寂しく思う。

 

「そういえば、貴方となのはちゃんって付き合っているの?」

 

「なんですか? 藪から棒に」

 一人でいらない要素を持ってしまったことに憂いていると唐突にメガーヌがそんなことを訊いてきた、「面白いネタを見つけた」と言わんばかりに目を輝かせているその姿は正にルーテシアと瓜二つだった。流石親子だな、と呆れるよりも先に関心の方が先に出てしまった。

 

「まあ、有り体に一言で表すなら友人ですよ」

 

 個人的にあまり根掘り葉掘りされるとマズイ話題なので無難且つ当たり障りのない答えを返す。実際問題あることを知られるのは非常にマズイ、人によっては避けてくれたりもするが、面白いことが好きな(こういった)人種の場合はそれをネタに今後弄ろうとする者もいる為なるべく知られたくないのだ。実際問題、他人で遊ぶことが趣味の知り合いに知られた際は一週間ほどはそのネタで弄られた……もう二度とあんな居心地の悪い状況には陥りたくないものだ。

 

「本当に? それだけの関係の子が貴方の上司、それも中将クラスの人に独断で休暇申請をした上受理されるなんてことあるのかしら?」

 

 痛いところを突かれ、僅かに顔を(しか)める。

 大方なのは本人がぺらぺらと話したのだろう。肝心なところは言っていないようだが、それでも関係を怪しまれるには十分過ぎる。

 確かにメガーヌの言う通り、如何に親しい間柄とはいえ人の休暇を勝手に申請するのは難しい。家族からの訴えとかならまだしも、今回は完全に他人だ。たかが一友人の言葉を真に受けるほど管理局員は甘くない。しかも仮にもそれが“中将の保有する戦力の一部”なのだから本来なら門前払いもいいところだ。

 ……まあ、リード・オルグラスという人間は基本、面白いことが好きな自己中心的な性格なので特に深い理由もなく受理した可能性がないこともないだろうが……もし他に理由があるとしたらまず間違いなく『あれ』関係とみていいだろう。『候補』が二人--その内最も適正が高い者が一人、この合宿参加者の中にいる。しかしその者達に手を出すということは即ちヒロともう一人の保護者を敵に回すことに他ならない。もう一人の方はともかく、片方に関しては確実にヒロの逆鱗に触れることになる。本当の意味で本気のヒロを相手にするということがどういうことかあの上司が知らないはずがない。……となれば考えられるものは……。

 

(保険か……)

 

 いざという時の、万が一の為の保険。

 あくまでヒロの予想であり推測でしかない為後で直接聞きに行くしかないが、恐らく概ねは当たってるはずだ。故にこの問題は後回しでもいいだろう……。

 

「聞いてるの? ヒロ君」

 

 リードを理由に、ある意味現実逃避を謀っていたヒロだったが不意討ちの様に耳元で囁かれると驚き一瞬で意識が現実に戻ってきた。

 そしてメガーヌは逃がさないようにしっかりと袖を掴み、嘘をつけないないように真っ直ぐに見つめた。……やはり、応えなければいけないようだ。

 

「はぁ……昔、十年以上前にアイツにちょっとした『貸し』を作ったことがあったんですよ、それ以降何かと縁を持つようになって……そういった経緯でオレの上司とも知り合い、仲良くなったんです」

 

「それで、付き合っては?」

 

「……いませんよ、生憎と」

 

 観念したというアピールか、ため息を漏らし不貞腐れるように顔を逸らして大雑把になのはとの関係を白状する。

 つい『貸し』と口を滑らせてしまったが、どうやらなのはと付き合っているか否かだけが気がかりらしくメガーヌはそのことについては完全に聞き流していた。

 

「そうなの? つまらないわね……セインは何か知らないかしら?」

 

 特にこれといった面白い話を聞出せなかったメガーヌはセインにも話題を振ることにした。

 

「あ、アタシ知ってるよ。たしかなのはさんに告って振られたんだよね」

 

「あらそう、なのはちゃんに…………え?」

 

 あまり期待せずに訊いた為か反射的に素っ気ない反応をしてしまった。だがそのすぐ後に予想以上の返答だったことに気付くと好奇心が抑えられず向き直った--

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッ!? 割れる割れる! 頭裂ける! なんか出ちゃう!!」

 

 そこには背後から頭を掴まれ、持ち上げられているセインの姿があった。

 血管が浮き出るほどの握力で頭を握られ、ミシミシと嫌な音を発てている。

 

「--言え。誰に聞いた、その話」

 

 刃のように鋭い視線がセインを射抜き、有無を言わさぬ威圧感が空気を重くした。

 バタバタと手足をひたすら動かして抵抗していたセインだったが、本能的に命の危険を察した為か、その重圧を前に大人しく白状した。

 

「こ、こっち来る前に偶々会った白い服を着た人が『ヒロって人を弄る場合なのはちゃんに振られたことをネタにすると面白いよ』って言ってました!」

 

「あの野郎……!」

 

 心当たりはあった。しかしまさか本当にそんなくだらないことに手間を割くとは……いや、あの性格を鑑みればある意味妥当とも言えるか……。

 自分が楽しむためなら人の秘密や黒歴史をバラすことなど朝飯前。その性格故に同期や近い世代から最も嫌われている男--それが自らの上司であることを一瞬でも忘れていた自分を嫌悪してしまう。

 そうだ、あいつが……リードがただ友人だからといって休暇申請を受理するはずがないのだ。何か裏があると何故思わなかったのか?

 セインを解放した手の中には小さな何かの機械がある。シスター服の襟の部分に忍ばされていた物だ。恐らくは録音機かはたまた盗聴機の類か、どちらにせよこちらの状況をある程度は解る物のようだ。

 怒りに任せてそれを握り潰し、その後通信端末を起動させる。

 

『どうしましたか? ヒロ』

 

 通信モニターに写ったのはまだ十歳にも満たないような少女だった。茶色のショートヘアーの何処か知り合いに似ているような彼女は、しかし歳不相応に落ち着いた表情と雰囲気を持っていた。

 

「あの馬鹿を出せ」

 

『生憎とオルグラス中将は今席を外しております』

 

「いつ戻る?」

 

『さて? 詳しい時間は聞いていなかったのでなんとも』

 

「ちッ……」

 

 淡々と返す少女の応えに少し苛立ち舌打ちをしてしまった。

 無論少女が悪いわけではない。悪いのは他人にヒロの秘密をバラし、現在進行形でエスケープ中のリードだ。だからか悪態をついてしまったことに対して「悪い」と謝った。

 しかし「あの馬鹿」=「リード」で通じるほどそこそこ長い付き合いの彼女は特に気にした様子もなく、ただ「いいえ」と首を横に振った。

 

『何か伝言があれば伝えますが?』

 

「……わかった、じゃあとりあえず--」

 

 少女の言う言葉にヒロは指の骨を鳴らしながら握り拳を作り--

 

「『戻ったら一発殴らせろ』」

 

 人を殺せそうな笑顔でそう伝えた。

 

 

 

「……………………」

 

 今までの様子を見て、「振られた」という話が本当であることを察したメガーヌは、それをネタにしようとしたことに少し申し訳ない気持ちになった。

 そしてもう一つ、実は謝らなければいけないことがあった。

 通信を終え、疲れたと言わんばかりにため息を吐いたヒロに二人は近付いた。

 

「あ、あのね、ヒロくん……」

 

「はい、なんですか?」

 

 言い難そうにしているメガーヌと、全力で明後日の方に視線を逸らしているセイン。

 一目見ただけで後ろめたいことがあるのがわかった。

 一体何を隠しているのか? 目線を細め、続きを言えと暗に促す。

 

「セインがね、暴れたじゃない? あの時にね、どうやらうっかりコンソールに当たったらしくてね………………スピーカーがONになってたみたいなの」

 

「はあ、そうなんですか……え?」

 

 ちょっと待て、今なんと言った? スピーカーがONになっていた?

 それは構わないONになること事態は問題ではない。問題はそれが“何時”起動したかにある。

 確かメガーヌは「セインが暴れた」と言った。昨日の夜を除いてセインが暴れるほど動いたのは一度しかない……。

 

『--言え。誰に聞いた、その話』

 

 額から嫌な汗が流れた。

 そうだ、あの時セインはヒロの拘束から逃れるために手足を思いっきりバタつかせて……そして。

 

『こ、こっち来る前に偶々会った白い服を着た人が『ヒロって人を弄る場合なのはちゃんに振られたことをネタにすると面白いよ』って言ってました!』

 

 その後にセインはそんなことを叫んでいた。

 もし、暴れたのがあの時ならスピーカーはその瞬間起動したことになる。そして……勿論、その後発せられた言葉を拾うことも……。

 まさかと思い、ギギギと壊れたブリキの玩具のようにぎこちない動きでメガーヌとセインに顔を向ける。

 

「……全域放送されちゃった」

 

 死刑宣告に等しい無慈悲な言葉がメガーヌの口から紡がれた。

 その直後、スピーカーを使わずとも、ヒロの断末魔がステージ全域に響き渡ったのは言うまでもないことだった。

 

 

「--殴る」

 

 そして、それに呼応するかのように小さな覇王の中に眠る炎が燃え上がった。

 そう、「怒り」という炎が……。




次回は修羅場(物理)ですね

ところで私の書く主人公っていつも初恋が実らないんだけど、どういうことなの……?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十一話

気付いたらこの作品も初投稿から一年経ちましたとさ。
投稿した当時はここまで行くとは思わなかったよ……。


 --昔、兄に「好きな人はいないのか?」と訊いたことがある。

 アインハルトがそう訊くと何の迷いもなく「アインハルト(お前)」と返した。

 その答えは素直に嬉しいが、将来兄も誰かと結婚するのだろうと思っていたアインハルトは「そういった相手はいないのか?」と再度訊ねた。するとヒロは苦笑を浮かべて「今はいないかな……」 と寂しそうに語った。

 当時はただ出逢いがないことに憂いていると思ったが、思い返してみると何処か悲しそうな目をしていた。

 そして今ようやく気付いた。恐らくその時には既に振られていたのだろう……と。

 

 

「さあ、懺悔は済みましたか? 祈りは終わらせましたか? 遺言は録音しましたか? 心残りはないですね、では死になさい!!」

 

「酷い!?」

 

 出会い頭にそう言い、無慈悲にまでに一切の躊躇いを捨て全力で殴り抜くアインハルト。そしてなんだかんだ言いながらもそれを見事シールドで防ぐなのは。

 初撃を防がれたアインハルトは距離を開かさないよう怒涛のラッシュを繰り出す。しかしなのはは砲撃魔導師という本業からは思いもよらない体捌きで流していく。時に杖状である自身のデバイス、レイジングハートで拳を弾き、逸らし。手のひら台の大きさのシールドで受け流す。

 近接戦闘に特化したベルカ式、その中でも更に特別な「古代ベルカ式」と呼ばれている使い手の技をああも捌き切るとは……。確かに両者の間には圧倒的な経験差が存在する、十年近くも離れたそれをそう易々と埋めることは容易なことではない。

 

「--っ!」

 

 そう頭では解っているはずなのに、なかなか当たらないことに苛立ちが募り、『つい』大きく踏み込み重い一撃を放ってしまう。

 並大抵の相手ならば受け止めるどころかそのまま吹き飛ばされてもおかしくないその拳は、しかし数多の死線を乗り越えてきた猛者の前には通じなかった。

 アインハルトが振りかぶるの見極め、それに合わせて特に強度の高いシールドを展開する。

 拳と盾、ほぼ同時に衝突すると轟、と風が吹きすさぶ。突風でも起きたかのようなこれは純粋な物が当たった時に生じる衝撃波だ。

 鑑みるにやはり『特殊製のシールド』で防いでよかったとなのはの口元が僅かに歪む。そしてそれとは対照的にアインハルトが顔を顰めた。

 防がれた、そう思った瞬間彼女はすぐに次の行動に移そうと拳を引き抜け……なかった。

 何かに捕らえられたように腕がびくともしない。見るとシールドから鎖が出て腕を拘束していた、結果アインハルトはその場から動けずその内になのはに距離を取られることになる。

 即座にチャージし終えた砲撃魔法を放つ、桜色の圧縮された魔力の奔流が呑み込もうとアインハルトに迫る。

 

「邪魔です!」

 

 しかしその前に鎖ごとシールドを壊し、紙一重で回避した。

 水斬りの応用、脱力状態からの加速と炸裂点を扱う技--『アンチェイン・ナックル』と呼ばれたそれを無意識に使ったアインハルトは、そのまま砲撃を撃って隙が生じたなのはに肉薄する。地を蹴り、足場を作って更にそれを伝い頭上を取る。そして最後に力一杯踏み込んで渾身の一撃を叩き込んだ。

 しかしなのはも一瞬の遅れを取るものの再度シールドを展開し防御に徹しようとしてその拳を受け止めた直後、耳を裂くほどの破裂音とともにシールドは粉々に砕け、アインハルトの拳は見事になのはを腹を捉えることに成功する。勢いを逃さぬようにそのまま振り抜くとなのはは地面に叩きつけられた。

 シールドを殴る寸前に炸裂弾を作り、それごとシールドを殴りつけるという暴挙を行ったアインハルトの手は無論無事ではなかったが、そんなことは些細なことと言わんばかりに追撃を掛けようと尚もなのはに迫る。しかし意気込んだ瞬間目の前に『停止したまま』の魔力弾があった。

 僅かにでも時間を稼ぐ為に敢えて停止したままにしたのだろうと考えたアインハルトは回避することなく殴って排除しようと拳を握る。

 空中とはいえ見事なフォームで振り抜くと魔力弾はあっさりと砕け散る。

 アインハルトの想像通り。そして……なのはの予想通りに。

 

「--アクセル」

 

 発動を告げるトリガーを口にすると、背後を取っていた二つの桜色の魔力弾が速度を上げて標的を捉えた。そして、中でも有効打といえる頭に向け牙を剥く。

 あと少し、あとほんの数cmというところでそれは防がれた。咄嗟に身体を捻り、同時に空いた手で魔力弾をガードした。ダメージは軽減できたものの、踏ん張りの効かない空中での衝撃は防ぐことが出来ず吹き飛ばされる。

 しかしそれでも、着地後すぐに行動できるようにと態勢を立て直そうとした瞬間、アインハルトの目に光が差し込んだ。

 

「ストライク・スターズ」

 

 先程のお返しとばかりに加速魔法で頭上を取ったなのはのデバイスの先端は魔力の光が集まっていた。それが圧縮に圧縮を重ね、臨界に到達すると一気に爆ぜ、巨大な魔力の奔流に姿を変えた。

 空中、しかも吹き飛ばされて軌道が安定しない中、まるで針に糸を通すように正確に迫る砲撃に恐怖を覚えたアインハルトは本能の赴くままにシールドを張って受け流そうとする。

 

「あっ--」

 

 しかし次の瞬間、その選択は間違いであったことを思い知らされた。

 受け流すどころかそれは容易くアインハルトを呑み込み、激流のような勢いで地面へと叩き落とす。

 衝撃もさることながら、最も恐ろしいのはその威力だろう。まるで滝のように微かに触れただけでも持っていかれないそれは正に『必殺』と称してもいいのかもしれない。

 その常人どころか上位の魔導師ですら撃墜させてしまうであろうそれを受けたアインハルトは、しかしゆっくりと立ち上がった。

 地面を抉り、クレーターを作るような並外れたものを受けて尚幽鬼の如く立ち上がると、なのはを睨みつけ、「今度こそは」と一歩踏み込んだ……ところで糸が切れたように静かに倒れた。

 

 

「(やっぱり兄妹といってもヒロくんとは全然違う……でも、筋はかなりいい)」

 

 そんな感心を抱きながらもなのは、今倒れた少女のことを思った。

 古代ベルカの中でも特殊な『覇王流』というものを使うためか、はたまた妹に余計な力を持って欲しくないためか……恐らく後者の可能性が高いが、ヒロはアインハルトに武術の類は教えていないことが先程の応酬でわかった。そうでなくてもヒロはそういった技術を誰かに継がせることは全く考えていない上に、先天的な資質が大きく関わってくる為当初からアインハルトが彼の力を使えるとは思っていなかった。

 もし仮に、万が一にでもアインハルトが彼の技を継げるような存在なら、恐らく最初の一撃で勝負は決していたはずだ。

 しかし、それでも想定していた以上になのはと応戦できたこと、なのはの本気の砲撃を受けて耐えれたことは賞賛に値する。

 特に今回は「練習会」ということでライフポイント制であり、ライフが100未満に陥ると活動できなくなる。しかしアインハルトは全力の砲撃を受けて尚、最後は立ち上がり一歩踏み込むところまでやってのけた。「動けた」ということはギリギリ100ポイントは耐えたということ。恐らく動けなくなったのは意識が刈り取られたためと考えるべきか。

 ……いや、寧ろ「意識が刈り取られた」ということは最後の行動は無意識下……意識を手放した状態で行った可能性がある。

 

「……ちょっと妬けちゃうかな……」

 

 そんな行動を起こせるまでの強い想いに、僅かになのはは憧れを抱いた。

 自分が同じことを出来るほど彼を想っているのかと問われれば小首を傾げてしまうだろう。

 --そうだ、振ってから芽生えた(自覚した)身勝手な恋心にどれほどの力があるというのか……?

 そう自問したくなるも、今すべきことではないと頭を切り替え、なのはは戦場へと意識を戻した。

 そしてからはたと思う。

 

「切り替えれるならやっぱりその程度なんだよね……?」

 

 その呟きは誰の耳にも入らず、戦場の音に掻き消されていった。




個人的にマンガの戦闘に脚色つけたらこうなった……。
単純な力対決よりもところどころに小細工を入れたがるのは多分私の性分なんだと思う。あと初恋関係が捻じれるのも多分性分。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十二話

最近暑いですね。
ちょっと説明回になってしまった気がする……。


 (ことわざ)に『塞翁が馬』というものがある。意味は、「人生における幸不幸は予測しがたいということ。幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるかわからないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないというたとえ」を指す言葉である。

 全くもってその通りだ、全面的に同意しよう、故人はなかなか的を得たことをいう。

 現状に対しヒロはそんなことをふと思ってしまった。

 まるで怯えるように兄の影に隠れ警戒心MAXの妹と、そんな対応をされて大変複雑な心境の元想い人を視界に入れたヒロは何故こうなったか暫し物思いに(ふけ)ることにした。

 

 一回目の練習会が終わり、二時間の休憩を挟むことになったなのは達。その際僅かでも怪我を負った者はヒロに手当てを受けることになった。

 治療ではなく手当てと言ったのは、ヒロが行ったものは本当に応急手当てというに相応しいものだったからだ。流石に打撲や手足を捻ったりした者には魔法を使うが、それでも新陳代謝を促したり、本来肉体に備わっている治癒能力を向上させる類いのものばかりで、一瞬で治す即効性のあるものは一切使っていない。擦り傷や浅い傷口に至っては消毒と止血だけで済ませている。

 確かにいずれもが一時間もあれば大体治ったが、それでももっと早く治すことも出来たのではないか?

 そんな疑問を持った子ども達に説明していたのが元々の始まりだったか。

 まだ初等科のヴィヴィオ達は魔法のデメリットというものを知らされていないのだろう。

 確かに魔法というのは極めて万能に近い力だ。普通の人より多くの選択を与えてくれるそれは頼りになる。しかし頼り過ぎれば逆に視野が狭くなる場合もあるのだ。

 例えば今回のように怪我を治す場合においても、時間を考慮して使うという選択は確かにある。しかし、至急の事態や戦場でならいざ知らず常にその存在に頼っていると身体がそれに依存してしまうのだ。

 本来人が持っている治癒能力が低下する……いや正確に言うなら『向上しない』のだ。

 元来人間には怪我をしても自力で治す機能が備わっている。それは時間こそ掛かれど傷を塞ぐ他に、今度はそうならないように強くしようという働きもある。しかし魔法による高速治癒は治すことのみを追い求めている為自然とそういった所に目が向かなくなる。

 それでは本当の意味での「強い身体」は出来ない。特に子どもの頃からそれを怠ると将来見た目に反し虚弱な身体になる場合も多いのだ。

 魔法技術のある世界の多くの医者は如何に早く治すことのみを念頭に置いて治療している。医者なのだから当たり前なのだが、ヒロはできるだけそういったものを利用しようとする。魔法技術が一般浸透した世界では白い目で見るものも少なくはないが、しかしある意味では最も理に適った治療なのだ。

 

 まるで学校の先生の様に講義するヒロの話をヴィヴィオ達子ども組は感心しながら聞く。

 なるほど、便利なのも考えものなのか。そんな感想を抱くと同時に二回目の練習会の時間が迫っていた。

 今度はチームメンバーを入れ替えて行うらしく先とは違った体験ができることだろう。

 一段落ついた為切り上げまた観戦に回ろうとヒロが思っているとアインハルトがある提案をしてきた。

 

「今度のチーム戦、私は兄さんと組みたいです」

 

 手を挙げ楽しそうに進言されたそれにヴィヴィオ達は首を傾げ、ヒロは困ったように苦笑する。

 

「ヒロさんって戦えるの?」

 

 そんなもっともな疑問をヴィヴィオは口にする。

 それはそうだろう。ヒロは戦うことをモットーにするのではなく、寧ろ逆に人を癒す医者なのだ。確かにヒロは魔力もある上、回復魔法が使える為チームにおいては役に立つだろう。しかし、だからこそ最も早く排除される要因にもなる。特に戦闘能力がないのなら尚更だ。

 

「詳しくは知りません。でも『強い』という話は何度か聞きました」

 

 そんな危惧を否定するようにアインハルトは言う。正確な魔導師ランクは知らないが、Sランクオーバーの騎士を倒したことがあるらしい。

 

「誰にですか?」

 

「…………………………父です」

 

 そのことを誰から聞いたか訊ねると凄く言い難そうにしたアインハルト。

 詳しい事情は知らないがその話題は触れない方がいいのだろうと思ったヴィヴィオはそのまま視線をヒロへと移した。

 「本当なんですか?」そんな意味の籠った視線を受けたヒロは、否定も肯定もせずただ困ったように肩を竦めるだけだった。

 

「みんなー! そろそろ始めるよー!」

 

 相変わらずよく分からない、掴み辛い人とヴィヴィオが再認識した時子ども達を呼びに現れたなのは。

 これ幸いと今上がった話題とヒロを入れることができるのかを訊ねてみた。

 

「うん、駄目。流石にヒロくんを入れるのだけは無理」

 

 すると僅かな時間すら置かず即答したなのは。その答えにアインハルトは「何故ですか!?」と強く反論し、他の子ども達は「やっぱり強くてパワーバランスが崩れるのかな?」と思ったのだが……。

 

「確かにヒロくんは強いけど、別に対処できない程の強さじゃないよ」

 

 ヒロは妹のアインハルトとは少し系統の違う古代ベルカ式の使い手だ。その為純粋な近接戦闘においては無類の強さを持つ。それは一般に騎士と呼ばれる者達よりも一線を介しているらしく、例えSランク以上の実力者でも勝つことは限りなく不可能に近いらしい。特にヒロの技はある種の初見殺しであり、初戦なら確実に一撃で落とされることになるだろう。そうでなくても放たれるもの全てが紛うことなき「一撃必殺」なのだから質が悪い。

 しかしその反面、中~遠距離に関しては全くと言っていいほど対応が効かず、距離を取られそのまま延々に攻められると呆気なく撃墜されてしまう。

 近接戦闘に特化したベルカ式……その中でも究極なまでにそれだけに特化した、なんともピーキーな性能を誇る術式。それがヒロの有する力だ。

 なのはの「強いが対処できないわけではない」という言葉は正真正銘の事実なのだ。

 では何故ヒロをチームに加えることができないのか?

 それには純粋な力以外の要素があるからだ。

 

「……ヒロくんが入ったチームってね、絶対に後退しないんだよ……」

 

 どこか遠くを見つめ黄昏るように呟いたなのは。この言葉には酷く哀愁が籠もっていた。

 さて、前記した通りヒロは古代ベルカ式の使い手だ。そうなれば必然的に彼のポジションは前衛ということになるだろう。ただの前衛ならばなのはが此処まで頭を痛めることはない、故にこの問題の原因は他にある。

 念を押すようだがヒロの本職は医者である。これは当人の性格云々よりも、ヒロ自身の能力がそれに特化している為なのだが……。

 よく考えてもらいたい、本職は医者、ポジションは前衛という何とも言えぬアンバランスな組み合わせを。常人であればそんな中途半端で使い辛いものになろうとも使おうとも思わないだろう、純粋に攻め手だけにするか回復を専門にするか、どちらにしろ能力とポジションは分けた方がいい。

 しかしヒロに関しては話は別だ。先も述べた通りヒロは「一撃必殺」を体現したかのような戦い方をする。そんなものに好んで近付く者は滅多におらず、近付かれたら確実に距離を取るだろう。

 前線においてそれは大きなアドバンテージになる。その隙に……ものの数秒程もあればヒロにとっては十分なのだ、回復を行う時間というのは。

 今回の練習会のようにライフポイント制で例えるなら、フルバックのキャロやルーテシアが支援として行う回復量は時間にもよるが三桁が限界だ。完全に回復のみに専念し、且つ時間を掛ければ四桁はいけるだろうが、それでも相応の時間が掛かってしまう。

 だがヒロに関してはその例ではない。医者ということを除いてもその回復スピードは異常なまでに早く、十秒も放って置いたら全快にまで持っていかれてしまう、しかもほぼ同じ魔力量を使用してこの差だ。これは本人の稀有な魔力性質による所が大きいらしい。

 ……さて、此処までの説明で察した者もいるだろう。ヒロの持つ性質と戦闘スタイル、ポジション、そしてなのはの言った「後退しない」という発言。つまり……。

 

「……凄く、厄介なんだよね」

 

 とんでもない速度で回復できる者が前線にいる。その者は近接戦においては無類の強さを誇っており、出会った瞬間即座に距離を取った方が得策である。しかし他の者達との戦闘中にそんなことを行えば折角減らしたライフをほぼ全快にまで回復を許すことになる。ならばと自爆特攻でその者に挑むと一撃必殺のカウンターを喰らうか回復し終わったものが守りに入る為結果は玉砕になってしまう。そしてこれが延々と繰り返されると……。

 

「……ジリ貧ってレベルじゃないんだよね……」

 

 思い出したのはリード・オルグラス中将直属の部隊との模擬戦の時……あれは悲惨の一言だった。

 戦力そのものはほぼ同じはずなのに一方的に追い込まれたなのは達。原因は明らかにヒロのポジションと回復速度の速さだった。

 前線にいるため一々後退する必要性がなく、その分フルバックは本来回復に回す魔力を支援に回し嫌らしい手を次々に打って時間を稼ぐ。結果瞬く間に全快に持っていかれる。

 要のヒロを彼の範囲外から撃ち落とそうとしても、防御に特化した者の手によって悉く阻まれる。射撃(シューター)砲撃(バスター)も、果ては収束魔法(ブレイカー)すら防ぎ切りこちらの手を一つ一つ潰し追い込んでいく。

 そうして一人ずつ確実に倒していく様はまるで獲物を狩るハンターのようだった。

 後にこの模擬戦に参加していた赤い三つ編みの小さな友人は語った「あれ、模擬戦じゃねーよ。ただの殲滅戦じゃねーか」と……。

 そしてなのはの心にもある種のトラウマが刻まれることになったのだった。

 

「だから駄目だよ、絶対」

 

 折角バランスよく振り分けたのにヒロ一人が入るだけで簡単にそれらがひっくり返ってしまう。

 本人に悪気はないのだろうが、もう二度とあんな仮の不死の群隊とは戦いたくないのだ。あれを相手にするなら、同じ不死でもマリアージュ百体を相手にした方がマシだろう。個々の戦力がSランク近い後退しない群隊より、不死とはいえ個々の性能がそこまで高くない後者を相手にした方がまだ先が見えるのだから……。

 故に、やはりなのはの出す答えは「NO」であった。

 

 なのはの説明をあらかた聞いたヴィヴィオ達はヒロが苦笑した理由がなんとなく分かってしまった。つまり『こういう』理由があるから練習会では観戦に回るしかないのだろう、と。一騎打ちならともかく、チーム戦において彼を加えることはメリットが大き過ぎるのだ。ヒロと同格の力と能力、ポジションを持つ者がいれば話は簡単なのだが……無論此処にはそんなことが出来る者はいない。……いや寧ろ、「最前線で戦う医者」なんてまずいないだろう。

 何とも言い知れぬ、しかし納得してしまったヴィヴィオ達とは違い、アインハルトは一人抗議の目を向ける。

 

「駄目だからね」

 

 そんな視線を一身に受けるなのはは念を押すようにもう一度言う。

 

「うぅぅ……」

 

「駄・目・だ・か・ら・ね」

 

 しかしそれでも諦め切れず恨めしそうに睨むアインハルトに笑顔でそう言い聞かせる。

 その瞬間、アインハルトの背筋に冷たいものが奔ったような気がした。

 --笑顔とは本来威嚇の為のものだと聞いたことがある。

 

「う、うわあああん!! 兄さああぁぁああぁぁん!!」

 

 本能的にか、はたまた先程やられたためかそれに恐怖を感じると、脇目も振らずに兄に抱きつきその背中に隠れてしまった。

 そして背中から顔を覗かせると「ふー!ふー!」とまるでネコのように威嚇する。

 

「……えー」

 

 完全に「敵」と認識されたなのはは何とも言えない表情を浮かべるしかなく、その間に立たされたヒロも「どうしたものか」と頭を悩ませるのだった。




うちのアインハルトさん、どんどん威厳とか何かがなくなっていってる気がするんですけど……まあオープンなブラコンなんで別に構いませんかね……たぶん。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十三話

今回から一応念のため残酷な描写タグを付けることにしました。
これも古代ベルカって奴の仕業なんだ……。


「夢?」

 

 一戦目は青組が勝ち、二戦目は赤組が勝った。そうして行われる三戦目。二戦目の試合は観戦に回っていたガリューや結局根負けしたなのはが「回復魔法を使わない」という条件下で採用したヒロを交えて行ったかなり変則的なものになった。ただし兄と組めると知ったアインハルトは正に水を得た魚の如く、破竹の勢いで快進撃を遂げチームの勝利に貢献することになったのは言うまでもないことだ。ちなみに肝心の兄は、遠くからなのはにしつこく狙われ後半にはバスターの直撃を喰らい撃墜されていた。

 それと余談だが、あまりにヒロにだけ注視していたなのははフェイトの接近を許してしまい、ヒロを撃墜後すぐに落とされることになったらしい。

 そうして迎える三戦目。今度はチーム関係なく大規模な入れ替えを行うらしくなのは達は絶賛話し合い中である。ちなみに三戦目にヒロは参加しないのでなのはの肩の荷がいくつか減ったとのこと。

 そんな中朝から気になっていたことを告げにヴィヴィオはヒロの下を訪れていた。

 

「オレ、カウンセラーじゃないんだけど」

 

 質問された内容を思い返し、そんなことを口から漏らす。体を治すのならともかく精神や心の問題は管轄外なのだが……一応真似事程度なら出来なくもないが、それでも所詮は「真似事」、期待はしないで欲しい。

 保証はしないぞ。そう念を押すヒロに「それでも」と頼みこむヴィヴィオ。それだけ気になる内容の夢だったのだろう。

 ヴィヴィオの真剣な眼差しを受け、仕方ないとヒロは折れた。

 

「夢という現象がどうして起きるのか、知っているか?」

 

 人は眠っている間に記憶を整理するという、夢とはそうした際に起こるものだと言われている。つまり全く知らないものを夢で見ることはない、例え見たとしてもそれは当の本人が忘れているか、 もしくは無意識に記憶してしまったものに他ならない。

 専門家ではないので絶対とは言い切れないが、あながち間違ってはいないだろう。

 

「でも私、そんなお城みたいな所に行ったことありませんよ?」

 

 聖王教会には幾度となく足を運んでいるが、あの城は明らかに教会とは造りが異なっていた。一度行った程度の所ならば曖昧に覚えるだろうが、既に見慣れた物をどう間違えるというのか?

 ヴィヴィオのその疑問にふむと顎に手を当て思案する。只の雑談程度であれば「所詮は夢だ」と言えば収まる話だが、生憎と今回の相談者はそれでは納得してくれない様子。ならばと考えられる可能性を思考の海から模索する。

 

「……もしかしたら、“お前自身”が知らない記憶かもしれないな」

 

「え……?」

 

 突飛で唐突なその言葉にヴィヴィオは一瞬理解ができなかった。

 そしてヒロ自身、できれば触れたくない話題でもある。

 

「お前クローンなんだろ? ということはそのモデルとなったものの記憶を幾つか継いでいてもおかしくないんじゃないか?」

 

 ヴィヴィオは「プロジェクトF」という計画の技術に用いて人工的に作られた人造人間(クローン)だ。彼女のオリジナルは現在聖王教会が崇拝している「聖王女オリヴィエ」、長きに(わた)って続いた戦乱の時代をその命を喪って終わらせた聖人。

 完全に絶えた聖王家の血。それを現代に再現するために造られた存在がヴィヴィオだ。

 万が一に備え事前になのはからヴィヴィオの出生は聞かされていたヒロだが、医者としてヒロ自身としてもなるべくならこの話には触れたくなかった……それも当の本人を前にして言う羽目になるとは……。

 少し自己嫌悪しているヒロとは対照にヴィヴィオは特に傷ついた様子も見せずに「なるほど」と感心していた。

 確かに最初は驚いたがなのは経由で知ったことを聞くと納得し、クローンであることには「気にしてませんから」と笑顔で言った。その姿を見て「強い娘」だと再認識したヒロは無性に褒めたくなり、ついまた頭を撫でてしまった。

 

「あ……」

 

「あ、悪い。子ども扱いみたいで嫌だったか?」

 

 ヴィヴィオが声を上げたことで機嫌を損ねたと思ったヒロは慌てて手を離す。しかしすぐに「ち、違います! だから続けてください」と否定どころか催促までされ一時混乱するが、嫌がられていないのならいいかと思いヒロは再び頭に手を乗せる。

 

「…………」

 

 そうして撫でられると前回と同じ感覚が胸の奥から沸き起こった。

 母であるなのはやフェイトのような心が温かくなるものとは違う。はやてや近しい心許せるものに撫でられるものとも違う。かといって不快や気持ち悪いとも思えない。

 一言で表すなら、やはり“懐かしい”。心地いい、昔から知っている者の手のようにすら感じる。最も信頼しているのではないかとすら思えてくる。

 そんなはずはないなのに、このまま身を委ね、いつまでも……。

 そう思ってしまっても、感情は収まりを覚えず、その心地よさにゆっくりと目蓋が落ちていく。

 

 

 別れはいつも唐突だった。

 本人の意思など完全に無視して突然目の前に現れるそれは幾ら強くなろうともどうしようもなかった。寧ろ今回は「強くなりすぎた」ことが最大の過ちだったのだろう--。

 昔、それこそおとぎ話に登場するような馬車の前に二人の男女がいた。

 一人は黒髪の青年。もう一人は金髪の少女。

 少なくとも六つ以上は離れた歳の二人は別に恋人というわけではない。しかしそれなりに……いや下手な友人よりも深い繋がりを持ち「家族」と呼んでもおかしくないほどの絆を築いている彼らは今日この日、恐らく永遠に等しい永い時間離れることになる。

 とても良いとは言えない人生を送ってきた青年を我が子のように可愛がってくれた先代。その先代から託された忘れ形見である娘を護ることが青年の義務であり役割だった。

 両腕のない娘をことを多くのものは「鬼子」と呼び、忌み嫌った。先代が命を賭して行った行為は、他者から見れば親の命を奪ったともみえる。その所為か、娘の風当たりは強く辛い毎日が続いていた。

 ある夜、ついに耐えかね母を求めて城内を探し回ったことすらあった。無論死した母親に会えるはずもなく結局青年が見つけるまで泣き続けていたらしい。

 そんな少女の姿を知っているからか、青年は彼女への風当たりを少しでも減らそうと努力した。

 努力したとは言ったが青年に出来ることは限られており、荒んだ時代においては更に多くはなく、結局取れる方法は「強くなりそれなりの立場を確立する」他なかった。

 そして青年はそれを実現するため強くなった。元々余所者である青年は少女以上に疎ましく思われていた。そんな彼が信頼と実績を得て相応の立場を得ることなどできるはずがないと多くのものは睨んでいた……しかし現実はまったく逆の結果を生み出した。

 

 初陣、青年がまだ少年であった頃。余所者の彼が上司に恵まれることはなく、捨て駒のように一人の尖兵として三百もの軍勢の前に放り込まれることになった。

 本来、そんな状況に追いやられれば戦意を消失するか、敵前逃亡をしてもおかしくはない。事実、彼の上司はそうなることを望んでいた、彼の“噂”を聞いていたからだ。

 だが、少年はそんな上司の期待を見事に裏切った。

 まず手始めに身近にいた十人の首だけを“素手”で切り落とした。そしてそれを残りの軍勢の中に適当に放り込む。

 戦場において死体を見る機会は多い。しかし首だけのように一部分だけが飛んでくることなどなかなかにない。唐突にそんな事態に遭遇すれば人は驚愕し、恐怖する。そして恐怖とは伝播しやすいもの、一度広がれば早々に収まるものではない。それは屈強な軍勢とて例外ではない。

 動揺が広がり、僅かな隙ができると少年は軍勢の中を駆けて行く。最低限邪魔をする者、攻撃する者だけを亡き者に変え突き進む。

 頭を飛ばし、心臓を貫き、腕を()ぎ、脚を砕く。そうして四十人ほどばかりを葬りさって出来た道の先にいた敵の大将の首を、駆けてきた勢いを殺さずそのまま『掠め取る』。

 何が起きたのかわからない。まるで風が去った後のように戦場が静かになると少年は手に持った大将の首をよく見えるように掲げる。

 それだけで自分達がどんな状況に陥っているのか理解した彼らの恐怖は膨張し、破裂した。それから蜘蛛の子のように散り散りに逃げ惑う彼らは誰の目から見ても再起不能だった。

 一刻どころか半刻すら用いずに三百の軍勢はたった一人の手によって壊滅状態に追い込まれた。そのことに敵どころか味方すらも恐怖を覚える者が出た。それには少年の上司も例外ではなく、彼はあの“噂”が本当のことであると思い知らされた。

 曰く、ゼーゲブレヒト家には悪魔がいると--。

 返り血で紅く染まった姿は正にその言葉を体現していた。

 

 その後、少年は青年になるまでに幾つもの死線を乗り越え、ついには連合の三強の騎士の一人に数えられるほどになった。

 悪魔、死神といった侮蔑の言葉を掛けられる機会は以前より増したが、それでもそんなもので少女の安寧を護れるのならば安いものだ。

 少女のこれからを案じ、ようやくここまできたのだと思った--矢先に少女との別れが訪れた。

 なんでも少女は同盟の証として北の国に向かうらしい。つまり人質である。

 これには流石の青年も怒り狂った。彼がここまで連合に尽くしたのは一重に彼女のため、その彼女が連合から離れるのであれば自分もそうする、と。

 しかし、現実はそれを許さなかった。

 青年は既に個人の意思が許されないほどの権威と力を持ってしまっていた。例え彼がこれまで培ってきた権限全てを投げ捨てても彼個人の力そのものがそれを許さない。三強の一人に数えられ、個人で国を傾ける力を持つ彼を手放すことはできない。それに北の国とは『同盟』を結ぶのだ、もしそれほどの力を持つ彼が少女に付いていったらそれは侵略行為と受け取られることになる。そうなれば全面戦争に突入してもおかしくはない。この戦乱の時代、無用な争いはなるべく避けたいと考えるのが世の常だった。

 少女のためにと培ってきた立場が、力が、彼女との別れを強いている……なんという皮肉だろうか。

 愕然とする彼に少女は微笑みながら「大丈夫」と言った。

 少女は知っている。青年が少女のために如何に辛い人生を歩んできたのかを……だからこそ、もうこれ以上自分に囚われずに生きて欲しいと心から願った。少女がこの世に生を得てから今までずっと共にいた『家族』だからこそ、これ以上彼の重荷になりたくはなかったのだ。

 そんな彼女の想いを受けて尚、青年は食い下がる。

 変なところで意固地なのは昔から変わらないな。血縁関係はないが兄と慕う青年の変わらぬ姿につい口元が緩んでしまう。

 ならば、と。少女は一つの条件(願い)を紡ぎ出した。

 それは……。

 

 

「う、ん……」

 

 不意に意識が浮上する感覚に見舞われヴィヴィオは目を覚ます。あまりよく覚えていないが、懐かしいような少し寂しい夢を見た気がする。

 

「お、起きたか」

 

 その様子に気付いたヒロは近寄り安否を確認する。

 

「あれ? 私……」

 

 気付けば室内のベッドの上で寝ていたヴィヴィオ。

 何故こんなところにいるのか理解できないでいると、様子を見終わったヒロが簡単に説明した。

 曰く、疲れていたのか眠っていたらしい。外で意識を失ったヴィヴィオをここまで運び、今まで傍で見守っていたヒロの言葉なのだから間違いない。

 

「す、すみません」

 

 迷惑を掛けたと思い謝るヴィヴィオに「気にしていない」と本心からの返事をする。

 それよりも、実は寝てから一時間も経っていないので恐らく……。

 

「ふむ、そろそろ三戦目が始まるんじゃないか?」

 

「え? …………えぇぇぇぇぇ!?」

 

 ヒロのその言葉を一瞬理解できず、数瞬の間固まっていたヴィヴィオだったが、すぐに時計を確認すると確かに時間が迫っていた。

 いや寧ろ、あと数分足らずで始まってしまうのだが……。

 

「あ、あの、ありがとうございます! では私は急いで行かないといけないので、失礼します!」

 

 状況を理解し、早口で礼を言うとそのまま慌ただしく部屋を飛び出して行った。その姿が面白く、笑顔でおくり出すヒロ。

 本当に元気だな。そんなことを思いながらヴィヴィオの去った後を暫く眺めていた。

 急ぎではないが、万が一に備え自分も向かわなければならないのだが、気になる点が出た為に少し先延ばしにすることにした。

 

「……『ヴェル』か」

 

 目覚める直前ヴィヴィオがうわ言で呟いた単語……名前を口にする。かなり小さく声で、途切れ途切れに言っていた為全てを聞くことは出来なかったが、この名前だけは辛うじて拾い上げることが出来た。

 『ヴェル』--そう呼ばれていた者に心当たりはある。いや、ある意味現在進行形で関わっている。

 ヴィヴィオ自身がその名を知っていることはないはずだ。如何に優秀な子どもとはいえ、隠蔽・秘匿された歴史を読み解くことは不可能に近い。

 そんな彼女がその名を口にしたということは、つまり……。

 

「やっぱり、接触したのが原因か」

 

 先程ヴィヴィオの頭を撫でた手を見てそう結論付ける。

 夢の話を聞いた際「もしや」と思って試してみたのだが、どうやら正解のようだ。

 ヴィヴィオとは違う『紛い物』。しかしこちらも再現者であることに変わりはない。ましてや彼女のオリジナルと最も親しい者なのだからそれなりに影響は出るのだろう。

 今の所は夢程度で収まっているようだがこのまま接触を続ければ何時の日か悪影響が出るとも限らない。

 

「……これからはなるべく触れないように気をつけるか」

 

 不安要素が一つ浮かび上がり、当面のその対処を決め込む。

 正直、ヴィヴィオの頭を撫でるのはなかなかに心が安らぐので後ろ髪引かれる思いなのだが、後々のことを考えるのならば仕方がない。

 ため息とともに諦め、「さて」と気持ちを切り替える。

 

 結局、ヒロが三戦目の試合に着いたのは敵味方ともにボルテージが最高潮に達した時であり、激戦へと昇華した後の後片付け(治療)は本日一番の体力を使ったらしい。




少女に関してはお察しの通りのあの人です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十四話

夏になると暑い所為か更新スピードががくりと下がる、そんな私です。ごめんなさい。


 好きなものの話題とは意図せずとも長くなったり弁に熱が籠りやすいものだ。

 好きだからこそ語りたい、好きなだからこそ知って欲しい。そんな思いから自然と語り部のテンションは上がる。それは良い方向に向かう場合もあるし悪い方に転がる場合もある。

 例えば相手が同じ趣味趣向なら盛り上がり花が咲くだろう。しかし全く興味のない話の場合はほとんど適当に相槌を打って早々に切り上げたいと思うだろう。人は十人十色、合う人もいれば合わない人もいるのだ。

 特に熱が籠り過ぎると、例え趣味趣向が同じでも引かれることは十分にあり得る。

 

「つまりですね、決して早く死ぬこと=弱いというわけではないのです」

 

「あ、はい」

 

 目の前で熱く語るアインハルトを見てヴィヴィオはそう思ったのだった。

 

 発端と呼べるものは恐らく練習会が終わった後、子ども達が自室でダウンしている時になんとなくヴィヴィオが出した話題がそうだろう。

 ヒロから貰い受けたベルカの七人の騎士の昔話。それをアインハルトが好きだということを聞いていたヴィヴィオは本人にそのことを訊ねた。するとヒロの言う通り食いついてきた、それはもう目をキラキラ輝かせながら。

 じっくり堪能しようと未だに読破していないヴィヴィオだったがそれでも七人の内四人までは読み終えていた。

 最も有名な聖剣の担い手である騎士と一度も負けたことのない騎士、それからただの一度も綻びすら見せたことのない盾の騎士と「首狩り」の異名を持つ騎士。

 いずれもが英雄に相応しい逸話を持っていた。特に聖剣の騎士は当時の聖王騎士団の団長ということもあってか、その手の話に事欠かず明らかに他の騎士達よりもページ数をとっていたのは印象的だった。これは聖王を信仰する聖王教会が力を持ったからかもしれない。

 聖王のクローンである身なら本来はその騎士のことを気にかけるのだろうが、ヴィヴィオ個人としては「不敗の騎士」の方が気になったらしい。

 一度も負けたことのない「不敗」の称号を持つその騎士は、その名に恥じぬ力を持っていた。常勝とはいかないまでも負けたことはなく、一騎打ちにおいてはあらゆる騎士や王ですら彼には敵わなかったと記述されている。

 そんな無敵と思われた騎士が実は七人の中で最も早くに命を落としていた。その矛盾と現実は大戦を開くきっかけの一因となった。

 七人は後世に名を連ねる程の強さを持っていた、それは当時も変わらず「七騎士」の存在はある種の抑止力になっていたとされている。

 王以外の強大過ぎる存在はそれだけでも十二分な脅威だ。彼らがいる限り下手に大きくは動けない、如何に国が衰退や疲弊しようともおかしな素振りを見せれば鎮圧するために差し向けられる。聖王を中心とした連合に三人、それとは別に四人の最大勢力が各国に一人ずついた。

 特異な、もしくは強力な力を持つ古代ベルカの王。それらに匹敵、または凌駕する力を持つ七人は正に戦争に対して最高クラスの抑止力と言えた。

 力を持たない小諸国は下手に逆らって滅ぼされないようにと身を縮め、それ以外の大国は始まる前から決まっている大きな損害を恐れて大人しくしていた。結果、小競り合いが起きることはあったが大規模な大戦や戦争は起こらず、静かに鳴りを潜め仮初の平和が続いていた……その七人の一人が死ぬまでは。

 

 ふと、そのことを思い出し彼についてアインハルトに質問したのがいけなかったのだろう。

 --どうしてそんなに強いのに死んだのか?と……。

 実はこの「不敗の騎士」の最後に関しては明確な描写がなく、多くの憶測だけが飛び交っていた。

 曰く、毒を盛られ暗殺された。曰く、病に侵されて病死した。曰く、王や仲間に裏切られ殺されたetc...。

 ヴィヴィオの貰った本にも恐らくこうなったのであろうという顛末は書かれていたが、やはりそれも数ある憶測の一つでしかなかった。

 その為覇王の記憶を継承しているアインハルトにそのことについて訊ねたのだが……。

 

「『不敗のイージェス』に関しての記憶ですか? 生憎とクラウスは自国領土であるシュトゥラから出ることは滅多になく、おまけにイージェスは聖王連合においてもトップの地位にいる人でしたから結局一度もお目に掛かることはなかったようです。クラウスとしては負け無しと謳われていた彼と拳を交えてみたいと常に思っていたらしいのですが、結局その願いは最後まで叶わなかったようです」

 

 まるでその時のことでも思い出しているかのように語ったアインハルト。

 彼女が引き継いでいる記憶の持ち主、覇王イングヴァルトの当時の想いを汲み取っているのだろう。哀愁を漂わせながら残念そうに憂いていた。

 確かに聖王連合とシュトゥラは同盟こそ組んでいるもののそれなりに国の間は離れている。おまけに相手がその連合のトップに位置する者なら如何に王族と言えど易々と会えることはないのだろう。

 アインハルトの話を聴いて「成る程」と納得したヴィヴィオとは別に、質問に応え終わったはずの少女はキラキラと目を輝かせながらヴィヴィオの手を取った。

 

「ヴィヴィオさんも七騎士の中で彼が好きなんですね! 同士がいて嬉しいです!」

 

「へ……?」

 

 まさかの思い違いにヴィヴィオは一瞬呆けてしまうがすぐに思考力を取り戻す。

 不可解なまでに謎が多い『不敗のイージェス』。そんな彼について知りたいという好奇心と探究心からの質問のつもりだったのだが、どうもアインハルトには好きになったと思われたらしい。

 確かに興味を抱いたことは事実だが、よもやそう受け取られるとは……どうしたものか。そう思い、実は先程からアインハルトに体を預けられているヒロに視線を送ってみた。

 練習回で疲れたアインハルトは労いと癒しを求めてヒロを自分達の部屋に呼んだ。ヒロも嫌な顔一つせずに来て絶賛妹の髪を手櫛で梳いている。いつもは纏まっている綺麗な碧銀の髪が、今は解かれストレートになっておりヒロの手によってサラサラと靡いている。

 助けを求め送った視線はしかし、全く気付かれることはなかった。何故ならヒロは現在通信の最中だったからだ。相手はメガーヌのようで「風呂が空いてるので入ったらどうか?」という内容らしい。

 先程まで忙しなく動いていたのでまだ汗を流していないヒロはその言葉に首を縦に振り、すぐに向かった。流石に汗臭いまま少女達の園にいるのは内心気が引けていた。基本的に兄の全てを受け止める妹はともかくとして、他の娘はそうはいかないだろう。女は早熟という話も聞くし、こんな些細なことで嫌われたくはない。

 そうして部屋を出る際ようやくヴィヴィオの視線に気付いたヒロだったが、申し訳なさそうな表情を浮かべると静かに目を瞑り首を横に振った。「すまない」とそう物語る仕草にヴィヴィオはがくりと項垂れ、アインハルトは名残り惜しそうに兄を見送った。

 この時、話が飛び火しないようにとある三人がヒロと共に離脱していたことにヴィヴィオが気付いたのはアインハルトの話が始まってから約三十分は経過した頃だった。

 就寝前には戻ってきた三人にヴィヴィオが「はくじょうものー」と未練がましく睨んだのは言うまでもないことだった。

 アインハルトの好きな騎士のためになるような話や本当にどうでもいい話、世間では意外と知られていないことやヴィヴィオが知りたかったことなどを彼女と共に語る。それは諸手を上げて有意義だったとは言えないが、しかし決してつまらなくはない、そんな時間をヴィヴィオは過ごした。

 

 

「いい加減諦めてくれないかな? 少年。オレ、風呂入りたいんだけど……」

 

「いいえ、まだお願いします!」

 

 そして飛び火を逃れたはずの三人は今、何故か外で一対一の訓練をしている青年と少年を見守る立場になっていた。




いい加減気付く人もいるだろうと思うけど、私複数人を一度に描写するのが苦手です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十五話

戦闘描写ってやっぱり難しい。


 --はてさて一体どうしたものか……。

 目の前にある問題に軽く頭を悩ませるヒロは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 槍を構えた赤毛の少年、エリオ・モンディアルは三十分も打ちのめされ続けているというのに全く諦める気配を見せず、寧ろその闘争心は燃え上がっている。

 その姿を見たヒロはなんで彼の頼みを聞いてしまったのかと激しい後悔の念に襲われた。

 

 事の発端は風呂に向かう途中のことだった。

 元々風呂に行く予定であったヒロの他に話が長くなりそうなアインハルトから逃れてきたリオ、コロナ、ルーテシアの三人は何気ない世間話をしながら歩いていた。

 何気ないというものの既に成人し社会人として働いているヒロの話は、優秀でもまだまだ背伸びをしたい子ども達には大変興味深いものだった。大人独自に抱く思いや暗黙のルール、大人だからやってはいけないことや寧ろ大人だからできること等。三人の中で一番年上であるルーテシアでさえ「へぇー」と感嘆の声を漏らす話が多々あった。

 そうして長いようで短い時間が終わろうとしていた頃--大浴場に近付くとそこで一人の少年と鉢合わせした。その少年こそがエリオである。

 ヒロ同様風呂に入りにきたエリオ。レディファーストになりつつある世の中、こういった場合においても男は後回しなのであった。

 ばったりと遭い「なら一緒に入るか?」と誘うヒロだったが、何か思い詰めた表情を浮かべたエリオは暫くしてあることを頼み込む。

 

「あの、手合わせをお願いしてもいいですか?」

 

 唐突に脈絡もなくそう言ったエリオに三人の少女は驚きを隠せずにいたが、ヒロだけは何か考えて言ったのだろうと思い首を縦に振った。

 

 それから外に場所を移し、準備をすることに……と言ってもヒロはデバイス等は使う気がないらしく素手のままで、用意するのはエリオだけだったのだが。

 そうして観戦者として三人の少女に見守られながら始まる……その前に、エリオがある条件をヒロに申し付けた。

 互いに手は抜かないこと。そして態と負けないこと。

 以上二つのことだ。これは昼間の練習回でヒロを見ていたから前持って言ったのだろう。

 ヒロはあまり自身の勝ち負けには拘らない質だ。不必要だと感じたらさっさと降参(ギブアップ)するし、チーム戦においては必要と感じたら捨て駒としてわざと負ける。

 なのはとの戦闘でそれに気付いたのは偶然だった。偶々自分と同じ飛行魔法を使わない、地上での高速移動による回避行動。他に気付いていた人がいるか怪しいレベルで、彼は最後の砲撃を受ける際わざと速度を緩め、その直撃を食らったのだ。なかなか当たらないなのはが僅かにだが焦り始めたことを見抜き、そしてその僅かに出来た隙を突くために今までより少しだけ溜めが長くなった砲撃に当たった。そうすることで浮き足だつことが予想できたからだ。

 本来のなのはならこんなことはなかったのだろうが以前の中将部隊との模擬戦が余程堪えたらしく、回復魔法を使わないとわかっていても無視することが出来ないほど大きな存在になっていた。結果それを倒した際に一抹の脅威が消えたことで隙が生まれ、フェイトに落とされてしまった。……ヒロの思惑通りに。

 

 昼からずっと考えその答えにエリオが辿り着いた頃、件のヒロが現れた。

 これ幸いと訓練の同伴を持ち出す。もしエリオの予想通りなら喰えない人物であり、エリオが本当の意味で遠慮することがない相手になるだろう。

 そんな思惑と願望を抱いて挑んだエリオは今、完膚なきまでに叩きのめされていた。

 腕、脚、腹部、顔面。あらゆる所に打撲の形跡が見られる。それらは全てカウンターによってつけられたものだった。

 高速戦闘を得意とするエリオ。管理局において最速に近い速さを持つフェイトにも引けとらない彼の攻撃を、よりによってカウンターで悉く破っていくヒロは本当に『いい性格』をしているのだろう。しかも加速魔法まで使うエリオに対してヒロは“強化魔法”しか行っていない。本人としては手を抜いてるつもりはないのだが、エリオからすれば明確な攻撃魔法を使わない所為で余計にそう思われてしまうのだろう。

 

「少年。高速戦闘者が最も油断する瞬間って何時か知ってるか?」

 

 ボロボロになりながらも尚も挑む少年が自身の背後を--いや側面を取ることを察したヒロは拳を振り挙げ、そのまま振り下ろす。するとまるで吸い寄せられたのかように現れた槍の切っ先を打ち落とし、結果加速していたエリオは始点が狂ったことで大きく空中を回転することになった。

 その隙を突けば終わっただろうそれ、しかし律儀に答えを待っているヒロは追い討ちをせず、ただ立っているだけだ。

 何十回と繰り返されてきたカウンターの応酬。それを受け、自らの誇っていたスピードが圧し折られたエリオはその答えがなんとなくだがわかってきた。

 

「はぁ……はぁ……相手の懐に入り込んだ瞬間、ですか……?」

 

 受け身を取ったものの派手に転んだエリオは槍型のデバイス、ストラーダを杖に何とか立ち上がる。そして今までの経験から最も考えられる、しかし同時に最も難しいとも思った答えを口にした。

 それを聴いたヒロは「正解」と微笑んだ。

 

 高速戦闘、特に接近戦を念頭に置いたものは敷き詰めるとヒット&アウェイのスタイルになる。用は一当てして逃げることを繰り返すのだ。防御力を減らし、速度のみを追求した彼らは自然とそういう形になる、それは絶対に当たってはいけないという想いの他に自身の速さに相応の自信を持っているからだ。その為彼らは仕掛ける時でも逃げる時でもなく、確実に仕留められる懐に入った瞬間に隙が生まれる。

 この距離なら避けられない、回避などできるはずがない。

 そんな自信があるからこそ生まれる、正に刹那の隙。

 常人なら対処は絶対に出来ない。同じ速度を持つ者でも先手を取られた以上至難の業だ。糸に穴を通すようなどころか、雨粒一つを掴むような物だ。

 それが出来るものは二つのタイプに分かれる。一つは相手よりも更に速く動ける者。もう一つは相手の動きを先読み出来る者の二つだ。

 しかし言ってはなんだがヒロは自分ほどの速度は出せないだろうとエリオは踏んでいる。そう思うのも、まずヒロは加速中のエリオを目で追ったのが始めのニ、三撃の時だけであとは一切見ていない。寧ろ酷い時は目を瞑った状態で対処する時があるくらいだ。

 その為前者の線はまずないだろうと結論付ける。

 そうすると後者しかないわけだが、これはある意味前者よりも可能性は低く思えた。高速戦闘者の動きを先読みするなど未来予知でも使わなければ不可能だろう。そういった系統のレアスキルがあれば話は別だが、なのはから聴いた話の限りヒロのレアスキルはどれも戦闘向きではない。唯一レアスキル扱いの古代ベルカ式がそれだろうが、未来予知が扱える術式など聞いたことがない。

 

 ならば、どうやって今まで防いできたのか……?

 そんな疑問が頭を埋め尽くし、動きにすら支障をもたらすとヒロは呆れたようにため息を漏らした。

 

「いい加減諦めてくれないかな? 少年。オレ、風呂入りたいんだけど……」

 

「いいえ、まだお願いします!」

 

 納得が出来ないというように食い下がるエリオにヒロは頭を抱えた。

 そしてその瞬間改めてエリオは地を蹴った。強化した脚は地面から体を撃ち出し、加速魔法は自身を風へと変える。矢よりも速く、まるで光にでもなったかのような錯覚さえ与えてくれた感覚の中切っ先は紛れもなく胸を捉え、そして--

 

「青い」

 

 来るのがわかっていたかのように左手で掴み止められてしまった。

 

「な--!?」

 

 疲弊しているとはいえ今自分の出せる最大速度を真正面から受け止めた。しかも勢いすら完全に殺されているのか、全く微動だにしていない。

 本当に強化魔法だけしか使っていないのか?

 そんな疑問が浮かぶほど目の前のそれは理不尽極まりなかった。

 

「少年。オレとお前との決定的な差はな、魔力量でもなければ地の性能差(スペック)でもない」

 

 マズイ。直感でそう感じ取りストラーダすら手放しても距離を取らないと。

 そう思った時には既に遅かった。

 顎を衝撃が襲うと意識が遠退いていくのがわかった。体の自由は利かなくなり、視界が暗転する。

 

「至極単純、経験の差が違うだけさ」

 

 最後に微かに聞き取れたその言葉に何故かエリオは納得できた。

 なるほど。確かに大人にあしらわれる子どものようだった、と……。そう感じるほどの何かを感じていたが、これで道理がついた。

 

 

 倒れこむエリオを抱えるヒロは近くにいたルーテシア達に看病を頼むことにした。手当て自体は既に終わっており、軽い脳震盪で意識を失ったため後は目覚めるのを待つだけだ。

 

「こういうの、本来は高町の仕事だろうに」

 

 らしくないことをしたものだ。なのはとは違い、自分はものを教えるのは苦手なのだが……将来有望であった為か少しやり過ぎたかもしれない。

 しかし手を抜くな、わざと負けるなと言われた以上あれ以外に方法がなかった上、目で追えないほどエリオが速かったのも事実だ。軽く汗をかくつもりがとんだ大仕事になってしまった。

 それが終わり、やれやれやっと風呂だと思っているとリオがある質問をしてきた。

 

「あの、本当に身体強化しか使ってなかったんですか?」

 

 ヒロ達の訓練を一部始終見守ってきた三人だから抱いた疑問。

 実はヒロはエリオにあの条件を出された時、「あ、じゃあオレは強化魔法しか使わないから」と言っていたのだ。その結果本当に使ったのは強化魔法のみ。しかもそれで加速魔法を使った相手に悉くカウンターを叩き込み、果ては必殺に等しい一撃を掴み取ったのだからそう思われても仕方ない。

 

「ん? いつオレが“身体強化”だけを使うって言った?」

 

 だが、その質問に対しヒロはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。

 

「え……?」

 

「あの、それってどういう……」

 

「もしかして……」

 

 返ってきたその応えにリオとコロナはそれぞれ首を傾げ、ルーテシアは心当たりがあるのか呟いた。

 

「ま、色々と思案しろ、若人よ」

 

 愉快そうにそう言うとヒロは改めて風呂に向かうことにした。

 ようやく汗を洗い流すことが出来ると思うと自然と進む足が速くなる。そしてエリオと少女達を残し脱衣所に着いた頃。

 

「……着替え持ってくるの忘れてた……」

 

 大事な物を持ってきていないことを思い出し、一人で勝手にテンションを落としていた。




このペースでいくと合宿の話だけでもあと十話以上使いそう……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十六話

Vivid12巻発売しましたね!(ステマ)


「あの、本当に強化魔法しか使ってなかったんですか?」

 

 温泉で疲れを流し寛いでいると、ふとエリオがそんなことを訊いてきた。

 着替えを取りに戻っている間に意識を取り戻した為結局一緒に入ることになった二人。

 付き合いが短いためいまいち共通の話題というものがわからなく、あまり話す方ではないヒロとの微妙な沈黙空間に耐えられなくなり、その結果つい口から出たものだった。しかしエリオ自体興味があったのも本当のことだ。

 そのことを訊かれるとヒロは「あー……」となんとも言い辛そうに口篭る。言っていいものかどうか扱いが難しいために暫し思案する。一分くらい悩んだ後「大丈夫だろう」と結論付けその問いに応えた。

 

「ま、メジャーな身体強化ではないが、一応強化の部類には入るだろうな」

 

「え?」

 

 困惑するエリオを他所にヒロは話り始めた。

 今現在使われている大多数の魔法。それは長い魔導の歴史の中で洗練され、最効率化されたものだ。安全性を考慮し、余計な手間を省く。その果てに出来たもの、基本的に誰にでも使えるように汎用性を追及した形。

 ローリスクハイリターンを求め出来上がる過程において唾棄されたものの中には安全面や扱い辛さ、燃費の悪さに目を瞑れば現在のものより遥かに優れた性能を誇るものが存在する。

 汎用性という面を見れば明らかなに失敗作だが、もし扱えるほどの者がいればそれは大きな力になる。その非常に『惜しい』ものを独自に発展、昇華させると覇王流(カイザーアーツ)のような形を成すことが出来る。

 ヒロが使ったのは用はそういった類のものだ。しかもその中でも本当に一代限りでしか使えないようなピーキーな代物。下手に調整を間違えるとそれだけで体を壊してしまう場合すらあるものだ。

 

「強化魔法ってそんなに危険なものでしたっけ?」

 

 ヒロの説明を聞いている内にエリオは疑問を抱いた。

 強化魔法とは基本的に誰でも扱え、ほぼ最初期に覚えられるベターなものである。魔力を込め物質の強度を上げたり、筋肉などを活発化させ身体能力を引き上げたりする。確かに過度の使用は危ないが、それでも世間からの「子どもですら使えるお手軽な魔法」という印象が拭えない。

 そんなエリオに対してヒロは「だからさ」と返した。

 

「魔力さえあれば大半の人が使えるそれを、更に向上させようと考える者がいない訳がない。特に戦乱時代とかは一人でも強い兵を求めたんだから尚更だな」

 

 誰にでも使えるというものは何時の時代も重宝される。更にそれが戦いに使えるというのならより強くしようと考えるだろう。特に接近戦を主体にしていたベルカ時代なら当然その考えに至る。酷い言い方かもしれないが兵器と同じようなものだ、改良できる所があるなら徹底して試みる。無論そうしたからといって必ず成功するわけでもない。現に強化魔法は「基本的な初歩の魔法」という認識を受けているのだ、その試みは失敗したと言える。

 どうしてそうなったのか? その答えは至って簡単だ。

 過度な強化は直ぐに体が限界をきたしてしまう、これは普通に考えるだけでも想定できるものだ。故にそれとは別の方向からのアプローチが成された、その中の一つにあと少しで実現できかけたものがある。それは身体全体を一度に強化するのではなく、部位(パーツ)ごとに更に細かく強化するというものだった。

 例えば腕を強化するとしよう。正確にいうならこの場合腕の関節、筋肉、骨というそれぞれ別々に強化するのだ。そうすれば理論上は通常の数倍以上の性能を引き出せるはずだった……。しかし生き物はそう簡単に自分の体を把握することができず、それは人間にも該当する。結果は散々なものだった。見当違いのところを強化したり、僅かにでも加減を間違えると骨が外れたり砕けたり血管が切れたりと実際には使えたものではなかったらしい。

 結局理論としてはよかったが現実の壁に打ち負かされ実現不可能となったそれは闇に葬られることになったのだが……。

 

「え……まさかさっきヒロさんが使った強化って……」

 

「まあ、そういうことだ」

 

 口の端を牽くつかせ恐る恐る訊くとヒロは頬を掻きながらそう呟いた。

 つまりヒロはその欠陥品の烙印を押された魔法を使ったということだ。無論それがそうなった経緯を知っているのだから危険性も承知なのだろう。それを踏まえて使っている……恐らく先に上げた問題点をクリアできる能力を持っているのだろうが、そのような都合のいいものなどあるのだろうか?

 エリオが難しい顔を浮かべ考え込むとヒロは呆れた。自分のレアスキルをなのはから聴いてはずではないのか? 何故それで思いつかないのか。

 ヒロのレアスキルは全部で三つある。正確にはレアスキルが一つとレアスキル扱いされているものが二つだ。

 その希少性故にレアスキル扱いされる二つの能力、その一つは知っての通り古代ベルカ式。そしてもう一つは能力というよりは体質に近いもの……『特異魔力体質』と呼ばれている。

 魔力を炎や電気に変換する『魔力変換資質』とは異なり、この『特異魔力体質』は魔力自体が--リンカーコアそのものが特殊で生成される魔力がかなり偏った性質を持ってしまうのだ。

 例えば魔力そのものが刃の様な切れ味を持ってしまい、ただ垂れ流すだけで凶器になってしまう者もいれば、あまりに結合力が高く回復や補助の類が全く使えない者もいる。

 ヒロもその内の一人で彼の場合“最も浸透率が高い魔力”、『クリアマグナ』と名称されている。恐らく浸透率が高いと聞いてもその具体性は分からないだろう。

 その特徴、まず長所として回復や補助を低コストで且つ最大限に引き出せるということか。その高い浸透率のお陰で本来使う魔力の何分の一でも効果がある故、即効性もある。ヒロが回復役として重宝される理由が正にこれだ。回復と補助という一面だけで見れば最高峰の性能を秘めている。

 そして短所なのだが、浸透率が高い影響なのか代わりに結合力が低い。例えば魔力弾を一つ作ってもものの数秒もしない内に形を保てず壊れてしまい、シールドを作っても紙のような耐久性しかなくその上これも勝手に自壊してしまう。収束砲の類も同様で、距離にして一(メートル)も飛ばないだろう。この性質の所為でバリアジャケットも生成できないのだから困ったものだ。

 以上の事を踏まえこの魔力の性質を言うなら、前線や攻撃には全く向かない優秀な後衛サポーター。その性質は例えるなら水なのだ。

 

 勿論これら二つの能力があっても件の強化魔法を扱うことはできない。この二つの他に保有する正真正銘のレアスキルが影響している。

 ヒロのレアスキルは簡潔に言って解析能力に特化したものであり、触れたり魔力を通したものの情報を読み取ることが出来るという正直かなり地味な能力なのだが、問題はこれが自分に対しても使えるということだ。

 前記した通り普通人は自分の体の細かい仕組みや動き方などを知らない。それは如何に達人と呼ばれる者達ですら同じこと、彼らは長年の経験と研ぎ澄まされた感覚によって動かしているのであって流石に血の流れや筋肉の動きを完全に把握することは出来ない。

 しかしヒロの場合レアスキルそのものがそれに特化しているため容易く把握できてしまう。その為見当違いのところを強化することも僅かでも加減を間違えることもなく最大限に活用できている。

 これはヒロのレアスキルとクリアマグナの二つを組み合わせることでしか出来ない芸当であり、結果件の強化魔法はヒロ専用になった。

 

「大体こんなところだな」

 

 ある程度ヒロが説明を終えるとエリオは今度こそ納得いったようだった。あのふざけた身体能力の謎は解けたし、特定の魔法が使えない理由も分かった。経験差といのもあちらは中将部隊の一員であり危険度の高いロストロギアは回収に激戦区に行くことも多々あるとなのはから聴いてもいた。そうでもなくても中将直属の部隊に属しているのだ、いくらサポート担当だとしても生半可な強さでは務まらないのは考えるまでもなかった。

 なるほどと一人納得していると、「もう訊きたいことはないな?」とヒロは今にも上がりそうな雰囲気だった。

 その姿を見てエリオは慌ててあることを口走っていた。

 それはある意味ずっと気になっていたもの、しかし訊いていいか迷っていたものだったがつい動転してしまい訊いてしまった。

 

「なのはさんに振られたって話……あ」

 

 --直後ヒロの動きが止まった。




気が早いと思うけど、とりあえず憂鬱は原作12巻辺りで一度終わらせるつもりで書いていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十七話

夏場はパソとか使うと室温上がるから嫌いです。


「なあ、なのは。人を好きになるって一体どんな感じなんだろうな?」

 

 いつもの検診が終わり何気ない世間話をしていると、不意にヒロがそんなことを訊ねてきた。

 唐突なその問いになのはは首を傾げるが、珍しく真剣な表情を浮かべていたので変に茶化さずに答える。

 

「よくわからないけど心が温かくなったり、大切だって思えるようになるんじゃないかな」

 

 ただし自分はまだ恋愛感情を抱いたことがないため多分、「そんな感じなのではないか」という願望や妄想が少し混じっている言葉を言う。それを聴くとヒロは何やら思案するように腕組んで目を閉じる。

 一分くらいしてから静かに瞼を開く。

 そして納得したように頷くとなのはに告げる。

 

「じゃあ、オレはお前のことが好きなんだな」

 

 唐突な告白。勿論それが友達に向ける好意とは別の、俗に言う男女間のそれであることをなのはも承知している。

 からかうつもりがないのは顔を見ればわかる。本気でそう想って言ってくれたのは素直に嬉しい。

 付き合い自体はそんなに長くない、あの“事故”で入院していた時にあったから大体六年くらいか。初めて遇った頃に比べればお互いに明るくなったと思うし、よく世間話や談笑をすることもある。もっとも彼がそうなった理由の大半が妹のお陰だと知った時は少しばかり嫉妬してしまったが……それでも良い傾向だ。

 友達とも恋人とも、ましてや赤の他人ともいえない微妙な関係。そのまま続けてきた関係に今変化が起きた。

 理由はわからない、もしかしたらこの前彼から聞かされた縁談が切欠かもしれない。それなりの歴史を持つ家であり、ヒロもそろそろ十八歳にもなるからか稀にそういう話が来るそうだ。ちなみに幼い妹にも話だけでもというものならくるが悉くヒロに切り捨てられてしまってるらしい。

 一応名家の生まれで母が海側の上層委員の一人、父も基本変人だが天才の一人に数えられるほどの技術者。そして当人も駆け出しとはいえ既に頭角を現しているほど将来有望な医者。普通に見れば優良物件なのだろう。断っても次々と来るそれにヒロは嫌気が差していた。

 だからという訳でもないがふと人が好きになるというのがどういうものか気になった。ある事が原因で一時的に記憶障害を起こしてしまった影響か、それから暫くの間は感情があまり表に出にくくなってしまったヒロ。既に大切な存在はいるが“そういった関係”の者はいない。どうせなら自由意志の下で結ばれたいと思い、なのはに訊いて受けた言葉に該当する人物を探してみるとその条件に合うものがいた。

 つい先程質問を投げ掛けたも人物……つまり高町なのはだ。思えばなのはとは奇妙な縁がある。元々はお互いある事情で入院していた時にその病院で偶然出会っただけなのだが、それから紆余曲折を経て今のような微妙な関係になった。

 元よりヒロはなのはの前向きな姿勢には好感が持てていた。絶対に諦めない不屈の精神は見てるだけでも元気付けられたものだ。故に助けようと思ったし、それからも出来る限り助けようと思った。

 

「………………」

 

 最初はただその気質に惹かれていたが、気付けばなのは本人を好きになっていた。改めて自分の気持ちを見つめ直し、そう判断したヒロはただ思ったことを口にした。

 感情をあまり表に出せないヒロが珍しくはっきりと自分の気持ち……感情をぶつけてくれた。それは嬉しい……嬉しいのだが。

 

「--ゴメンね」

 

 しかしその想いには応えられなかった。正直ヒロが嫌いなわけではない、寧ろ好きだ。恋とは違うと思うが、それでも「大切な人」だと思っている。

 なのはは彼に対して大変感謝している、彼が無理をしたお陰で今自分はこうしているのだから。だが同時に、その所為で彼の未来を奪ってしまったという“負い目”もある。

 だから一緒になることは出来ない、許されない。そうなればきっとまた彼を不幸にするから……。

 その日、夕焼けで紅く染まる部屋の中でなのははヒロの告白を断った。

 

 

「うぅー……ヒロくんのバカぁ……」

 

「……どうしましょう」

 

 メガーヌは困っていた。

 偶々なのはと二人になる機会があったので、昼間聞いて興味を持ったことを訊いてみようと口が滑りやすくなるように少し度の強い酒をすすめてみたのだが、思った以上に利いたらしく今ではうわ言で愚痴りながらぐっすりと眠っている。

 なのはがヒロを振った後、一時期ヒロとの交流が薄くなった頃があるらしい。その時なのははずっとヒロのことが気になっていた、最初は罪悪感から来るものだと思っていたが、それは日に日に増して行き、仕事が手に付かないほどにまでなった。

 気分転換を交えての休みを取り、一度実家に帰った際母に近況報告の他に気になっていたそのことを訊ねた。相手は親であると同時に人生の先輩だ、何かアドバイスをしてくれるかもしれないと……。

 そしていざ話してみると母は呆れかえっていた。

 まさかここまで鈍感だとは思わなかった。そう言われたなのははしかし何故そんな反応をされるのか分からなかった。

 疑問符が浮かんでいる娘に母は必死に説明した、このままでは本当に生涯独身もありえると感じ取ったからだ。

 いくつかの質問を投げ掛けそのほとんどが該当したなのはは「いや、まさか」と思いながら母親を見ると首が縦に振られた。

 --つまり自分はいつの間にかヒロのことが好きになっていた、ということらしい。

 恩人としか思っていなかったはずがまさかそんな感情を抱いていたとは……我がことながら驚いた。確かにヒロと居る時はフェイト達とは違う安心感があったし、彼の口から他の女性の名前が出ると少し苛つくこともあった……九割方は妹の話だが。

 そのことに気付いたとしても時既に遅かった、何せなのははヒロを振ってしまった後なのだから。母からは「今度はこちらから告白すれば大丈夫だろう」と太鼓判を押されたが、振ってしまった所為で微妙な空気になっている所に行くのは正直気が進まない。

 とりあえず、今は自分の気持ちがちゃんと解っただけでも収穫だ。好意や告白というのは“負い目”がある為やはり諦めるべきなのだ。

 そう……そうして、今に至るまでズルズルと引き摺る形になってしまった。

 

 ヒロが振られた理由は大体聞けた上、なのは自身は今もヒロのことが好きなことも分かった。お節介かもしれないが一つ手助けでもしようかと考えるものの、問題のなのはの感じてる“負い目”が何なのかわからない為対処のしようがない。

 さてどうしよう、と考えていると大浴場の方から不機嫌そうな雰囲気を纏いながら件の人物、ヒロが歩いてきた。

 エリオがうっかり口を滑らせて訊いたことは一回目ということも「聞くな」と言わんばかりに睨み付けただけで終わらせた。もしそれが自分の上司のように悪意満載で言ったのなら鉄拳が飛んでくるところだが、エリオの場合本当に気になっただけだろうから、今回は不問にすることにした。勿論二度目はないが。

 

「ヒロくん、ちょっと」

 

 そうして少しばかりの徒労を背負ってきたヒロを手招きして呼ぶ。軽く会釈して向かってくるヒロは途中でなのはの姿を確認すると目にわかるほど嫌そうな顔をする。

 なのはは酔うと基本的にハイテンションになるのだが、ヒロ絡みの話になると何故か愚痴ばかりを呟くのだ。もしや変なこと聞いていないだろうな? そんな不安を心中に押し込めメガーヌの下へ着いた。

 

「頼みたいことがあるのだけど--」

 

 実に良い笑顔を浮かべそう言われた時嫌な予感がした。そしてそういうものとは往々にして当たるものだ。

 

 

 

「何でこうなる……」

 

 現在ヒロはなのはを背負って彼女の部屋に向かっているところだ。メガーヌの「なのはを部屋まで連れて行って欲しい」という頼みの所為だ。

 頼みごとをする時のにやにやした顔を見るになのはが口を滑らせてしまったのだろう。出来ることならこういう変な気遣いは止めて欲しい、振られたというのにまだ未練が出てしまう。

 なのはとは『友人』という関係で落ち着いている。下手に刺激されてまた昔のようにぶり返されても困る。

 

「んー……ばかぁ……」

 

「--知ってるよ」

 

 暴れられると厄介だからと背負った酒臭い“元”想い人のぼやきが肩越しに聞こえ、それに対し一人納得するように静かに頷いた。

 




実際になのはさんが酒に強いかどうかは知りません。私の管轄外です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十八話

名状しがたい閑話のような何か。


「あ~、やっぱりダメだったか」

 

 昔ながらの石造り。日の光も差し込まない暗い空間に一人の青年がいた。

 一室というにはあまりに広いそこはまともに電気も通っていないのか、中心部にある明かり以外照明の類はない。その明かりに仄かに照らされている青年。

 暗い周りとは対照的に白い髪と服を纏い、紫色の本を手にしている。灰色の瞳は中央で鎮座している人物に向けられていた。

 そこには直系二(メートル)ほどの結晶の塊があった。目映く光を放っているその中に一人の少女が眠っている。

 身長150cm少ししかない小柄な体型。まるで時が止まってるかのように動く気配がない綺麗な長髪。幼さを残す、あどけない少女のような印象を受ける彼女はしかしベルカ大戦の産物。存在そのものが兵器と言ってもいい、本来なら滅んだはずのものだ。

 

「雷帝程度じゃ“鍵”にはならないか」

 

 一応少ししか血を引いていないとはいえ、仮にも雷帝の血族。如何にもなお嬢様と呼べる少女の血を密かに手に入れたのだが、しかし目の前の結晶に反応がないところを見るに「不適格」ということなのだろう。やはり最も所縁が深い聖王でなければ目覚めないのかもしれない。

 それに関しては当てはある、しかし保護者である彼女が素直に貸してくれるわけもなく、更にはある理由で彼も反対するだろう。流石にあの二人を相手にはしたくない。

 さて、ならばどうするか?

 

「やはり此処でしたか」

 

 そう思案していると階段を降りてくる人物がいた。

 子ども用の制服を着た、見た目十歳ほどのメガネをかけた少女。昼間ヒロとの通信に出た彼女がそこにいた。

 

「やあ、ボクに何か用かい? シュテル」

 

 にこりと笑みを浮かべながら訊ねる青年、リード・オルグラスに対してシュテルと呼ばれた少女は一度浅く頭を下げた後丁寧な言葉で応えた。

 

「ディアーチェとレヴィが新たに王の因子を持ち帰ってきました。そちらの状況はどうですか?」

 

「どうもこうも黎王と共鳴してるからね。相も変わらず休眠中さ」

 

 リードは現在なんとか聖王を使わずに結晶の中にいる少女を目覚めさせようとしている。

 彼女--『黎王』はベルカ最初期には存在していたと言われている旧い一族の末裔だ。詳細は謎だが、他人に力を与えることが出来たらしく、その時に与えられた者の子孫が後に「王」となったとされている。その王達所縁のもの、出来ることなら肉体の一部を回収するようにシュテル達に頼んでいるのだ。

 代わりとしてリードは彼女達の「盟主」の復活に尽力している。曰くギブアンドテイクとのこと。

 しかし現状最も黎王に近い存在の彼女は、どうやら影響を受けているらしく目覚める気配がない。どちらか一方が目を覚ませば連鎖的にもう片方も目を覚ますはずだが……現実はそう上手くいくはずもない。

 だから地道に因子を集め回ったり、彼女が眠る書を管理と修復をしたりと現状やれるだけのことはやっている。

 正直リードが彼女達と出逢ったのは偶然だが、ある意味においては必然でもあった。一族の務めとして少女の容態を確認しに来た際偶々結晶の近くにあった紫の本が目に入った。以前来た時はなかったそれは調べてみれば古代ベルカの遺産の一つらしく、元々壊れかけていたそれを修復していくと「マテリアル」と呼ばれる彼女達を復元することができた。彼女達……いや正確には彼女達の「盟主」と黎王は何かしらの関係があるらしい。そのことに気付いた両者は利害の一致から今のような関係になったのだ。

 

 しかし、我ながら困ったものだ。本来彼の一族は黎王を目覚めさせないためにあるというのにリードは今真逆のことをしようとしている。

 それというのも黎王の封印が半端なものだと知ったからだ。あの結晶は封印魔法の一つなのだが、調査した結果強力な反面いつ解けるともしれない酷く不安定なものだった。それは明日かもしれないし、一年後かもしれない、あるいは自分達が死んだ後かもしれないが、そんないつ爆発するとも分からない危険物が自分の近くにあると知って伸び伸びと生きていけるほど彼はのん気な性格ではなかった。

 数少ない資料を調べて解ったことだが、最後の黎王であるあの少女は、現代でも最高峰の騎士と名高い七騎士を倒した経歴を持っている。元々欠けていた者もいたがそれでも半数を一度に相手にしても全て凪ぎ伏せたほどで、「聖王のゆりかご」を用いても封印しかできなかった正真正銘規格外の化け物なのだ。

 そんなものが何の前触れもなく現れたらこの世界は終わるだろう。冗談や比喩ではない、代々受け継がれる記憶がそう言ってる。確信を持って断言できる。

 だから一度封印を解いて、再度掛け直さなければいけないのだ。生憎とあの封印は上書きすることができない仕様らしくこれ以外の方法がない。無論そう簡単にいかないことは想像が着く、もしそうなった時は「同等の力」をぶつけるくらいしか対処方はないだろう。

 一応保険はあるが、それでも不安要素は多い。問題は山積みだろう。

 

「ああ、そういえば……」

 

 リードが次はどうするかと頭を悩ませていると思い出したようにシュテルが言葉を漏らす。

 

「ヒロから言付かっています、『戻ったら一発殴らせろ』とのことです」

 

 これを聞いたリードは一瞬ポカンと呆けていたが、そういえばヒロに対して悪戯していたことを思い出し、おかしそうに笑い出した。

 

「あーうん、そうだそうだ、すっかり忘れてた!」

 

 なんとも予想通りの反応が返ってきたものだと。本当に彼は事妹と彼女が関わると感情家に成り易いようだ、一度は廃人に片足を踏み込むほど危険な状態からよくぞここまで盛り返したものだ。だから興味深く、そしてついからかいたくなってしまう。そのことを本人が知らないから抜け出せないイタチごっこになる。

 それがおかしくてクスクスと笑い続けているリードをシュテルは冷めた目で見ると同時にヒロに同情する。

 同じくリードに使われる身としてよく彼女達の相談や愚痴を聞いたり、健康状態も見てくれる所為か、本来の契約主であるリードよりもヒロに懐いてしまったらしい。よくレヴィは三人の中で一番懐いており、もし彼の妹と出会おうものなら取り合いが発生するのではないかと危惧してしまうほどだ。

 だからというわけではないが、これからもあの上司にちょっかいを出され続けるであろうヒロが不憫でならない。

 自分達同様、彼と契約を交わしている以上職場を替えれないのが痛いところだ。如何に給料が良くても上がアレでは精神的に辛いだろう……。うん、ヒロはよくやっている。今度時間があれば労いがてら食事にでも誘ってみるべきだろうか?

 そう思案しているとディアーチェから連絡が入った。どうやら出迎えに行った方がいいらしい。

 リードにそう伝えるとシュテルは来た時と同じ階段を登って出ていく。

 その際横目で結晶に閉じ込められた少女を盗み見る。その姿はどこか自分達の「盟主」によく似ていた。

 

 ようやく笑いが収まり、一人残されたリードは変わらず眠り続ける少女を見つめる。

 

「キミの騎士はずっと目覚めを待っている、いい加減目を覚まして欲しいところだよ。ヴェルクトール」

 

 静かに呟くように吐いた言葉は眠り続ける少女--『黎王ヴェルクトール』の耳に届くことはなく霧散した。

 




オリ王とマテ娘登場回。陰謀っぽい感じがするけど実際そこに行くにはまだまだ先の話。
マテ娘を出した理由はオリ王である黎王と関連があるため。
ちなみに黎王は「黎明の王」という意味です。多分ほとんどの人はこれだけで察することができるはず。わからない人は「黎明」という単語を辞書やグーグル先生で調べてみてね。

あとあまり関係ないことかもしれないけど、メガネシュテるんって可愛くないですか?(INNCENTやりながら)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

十九話

「届か○い恋」という歌をBGMにして書くと何故か筆の進みが速い。……どういうことなの?


 最後に青い空を見たのは一体いつだったか?

 既に動かなくなった体は死臭と肉が焼けた臭いが支配する地べたに投げ出され、曇った空を眺めていた。

 もう指一本まともに動かすことができない死に体。恐らく後数分もしない内にその命の灯火は消えるだろう。そして周りに散らばっている屍の仲間入りすることになる。

 死ぬことに抵抗はない。医者から長くはないと言われた命、病にただ蝕まれて朽ちるよりはマシだ。自分の周りに四散している四桁もある屍、これだけの道連れを引き連れて逝くのだから「あの世」というのはこれから大変ごった返すことになることだろう。

 ふと、恩人である女性にもう一度会えるかもという願望が混じっての妄想に苦笑する。何を馬鹿な、地獄に逝くことが確定しているようなこの身が天国で安らいでいる人に逢えるわけがない。そう思い口が歪むのがわかる。

 その瞬間人の気配を感じ取り視線を向ける。

 そこには銀の鎧を身に纏った赤い髪の騎士がいた。手には彼を象徴する剣が握られている。

 嘗て「友」と呼んだ自分の変わり果てた姿を見て、騎士は一瞬ありえないものを見たようにその金の目が見開かれる。しかし既に手遅れであることを知るとやりきれない思いで唇を噛み締めた。

 ああ、本当に優しい青年だ。こんな時代でなければきっと彼は幸せに生きられただろう。彼の力は確かに目を瞠るものがあるが、しかし彼自身は本来戦いには向かない。そんな優しい騎士にこれから非道なことを行わせるかと思うと僅かばかりに心が痛む。

 

「ぁ……」

 

 微かに動く口でなんとか青年に最後の頼みを言うと、やはり彼は首を横に振った。「嫌だ、やりたくない」と言い、果てには涙を流してまで拒絶する。

 しかし自分も此処で退くわけにはいけない。残された最後の力、生きてる時間でこの優しい騎士に教えなければならない。

 --真に人を殺すという意味を。親しい人の命を奪わなければいけない状況に追いやれた時、それを実行できる覚悟を。

 自分のようなただの人殺しでない彼だから知っていて欲しい。恐らくこれから更に戦火が広がることになる、そうなれば謀反を企む者も出てくる。その時「顔見知りだから殺せない」では話にならない。もうその役目を果たしていた自分はいなくなるのだから。一国の騎士達を担う身でそれでは示しがつかないだろう。

 それになにより……。

 

「もう、殺すのは……()きた」

 

 その言葉が全てを物語っていた。誰かの為、国の為、そんな正義を掲げる前から殺し、手どころか全身血に染まった彼。多くの武勇や逸話を持つ彼の遺体がこのまま丁重に葬られるとは思えない。例え自分達の国が許しても他の国は許さないだろう、七騎士の中でも特に恐れられたその力は死した後も使われるかもしれない。

 激化する戦火により、禁忌とされ封印されたモノ達が次々と解禁されている。その中には死体を使った冒涜的なものまである。生きてる時だけでは飽き足らず死んだ後ですらその片棒を担がされるなどあっていいわけがない。

 --させない……そんなことは絶対にさせない。

 彼の友達としてそんなことは許容できない。

 鞘から剣を抜き、大きく振り上げる。暗闇すら切り裂いてしまえそうな輝きを放つ綺麗な刃、手向けには十分過ぎる美しいそれを、友と呼び慕っていた者の心臓目掛けて振り下ろす。

 名剣にして聖剣、名の知れたその刃は容易く彼を貫き、その命を刈り取った。

 最後に彼が見た光景は、黒く濁った空から降ってきた雨粒と、子どものように泣きじゃくる優しい騎士の姿だった。

 それを見取ると彼の体は炎に包まれ、灰になる。青年の力で悪用されないようにそうしたのだ。

 残された騎士はそれを握り締め泣き叫んだ。

 慟哭を掻き消すように激しくなった雨にも負けず、ただただ泣き叫んだ。

 

 

 

「はぁ……」

 

 ヒロの目覚めは最悪だった。

 恒例となる悪夢を見たというのもあるが、目覚めて最初に目に入った部屋の風景で既に目眩がした。

 あの夢を見た後なのだから予想は着いていた。寧ろ経験上そろそろだとわかっていたからなのはもヒロを誘ったのだろう。色々と理由を並べて強化合宿に連れてきたが、それは万が一に備えてのこと。事情を知っているなのはが傍に居れば何かとフォローできると踏んでのことだった。実際そうやって何度か助けられたことはある。

 体質というか、とある後遺症でヒロの体は定期的にある症状に悩まされている。慣れたとはいえやはりないにこした事はないが、病魔の類ではない為に治療することは出来ない。

 難儀なものだな。改めてそう思いながら、いい加減着替えくらいは済ますかとまずは“張り付いた”シャツを脱いだ。

 丁度その時扉をノックする音が聞こえ--

 

「ヒロ、起きてる?」

 

 そして了承の言葉を待たずにフェイトが部屋に入ってきた。

 

「あ……」

 

「え……?」

 

 フェイトがヒロの部屋に来たのは偶然だった。

 朝になり皆が起きてくる中、全く起きる気配がないヒロのことが気になり様子を見に来たのだ。本来であればノックをしてからきちんと返事を待ってから入るのだが、朝食の準備で忙しいなのはから「なかなか起きない人だから勝手に入って起こしていいよ」と言われた為、ノックと軽く言葉を掛けてから入ったのだが、そこで見たのは着替えの為にシャツを脱いだばかりのヒロの姿だった。

 それだけなら誤って着替えを覗いてしまったというハプニング程度で済むのだが、問題なのは部屋の内装だ。部屋の至る所、特にベットの周辺に『赤い液体』が飛び散ったような跡があった。前衛的な模様だというには生々しく、しかもまだ乾いていない。おまけに鼻を突く鉄の臭い、それは仕事上悲惨な現場に赴いた際に必ずと言っていいほど見知ったものだった。

 よくよく見るとヒロの体も傷口こそないが所々に同じものが付いている。手にしたシャツも真っ赤に染まっていた。

 

「ヒロ、一体何が--」

 

 事情を訊こうとするより速くヒロの手がフェイトの口を覆う。いきなりのことで驚くと同時にヒロの手は異常な程鉄臭かった。それで確信した、やはり『赤い液体』の正体は血だ。

 何故一晩でこんな悲惨な部屋が出来上がったのか? ヒロは何をしていたのか?

 そんな疑問が頭を浮かぶ中ヒロが小声で、しかしはっきりと聞こえるように耳元で言う。

 

「知られた以上仕方ないが、騒ぐな。ちゃんと事情は話してやるから、わかったな?」

 

 返事が出来ないため頷くしかないフェイトを見て、「よし」と口から手を離した瞬間ヒロは寄りかかるようにフェイトに体を預けてしまった。

 いきなりの事態に驚くフェイトだったが、ヒロの顔色が悪いことに気付くとすぐに誰かを呼ぼうとする。しかしそれはヒロに止められ、まずは「部屋の中に入れさせてくれ」と頼まれた。

 いまいち状況が把握できないフェイトだったが、説明をしてくれると言ったヒロの言葉を信じて今は彼に従うことにした。

 部屋に入りベットに腰を下ろすと、荷物の中から薬剤が入ったビンを二つ取り出し、それぞれ一粒ずつ口に放り込む。それは何かと訊くと言い辛そうに一拍置いてから「増血剤」と「栄養剤」と応えた。

 その言葉を聞き、まさかこの部屋に血塗られたものは全てヒロの血なのかと思いキョロキョロと部屋の中を見回す。

 挙動怪しくしているフェイト。やはり部屋の血が気になるのだろうと思うとヒロはまた荷物を漁り一冊の本を取り出した。

 それは表紙が白く、それほど厚みのない本だった。開いてとある一文を読み上げる、血が気になって聞き取れなかったが「白く染まれ」、「穢れ、祓え」といった言葉が聞こえた。そして全て読み終えると本から術式が浮かび上がり、部屋全体に行き渡ると染み付いたはずの血痕が消えていく。それは部屋だけでなく、ヒロの体や衣服も同様で瞬く間に綺麗な状態になっていった。

 フェイトが驚く暇もなく、本は役目を終えたと言わんばかりに塵のように消えていく。

 

「凄いだろ? 知り合いの魔導書造り(ブックメーカー)に頼んで作って貰ったんだ。使い捨てだけど、まあ使い終わったらかさばらないし結構便利なんだよ」

 

 一連の光景に呆気に取られていたフェイトを他所にヒロは自慢気に話す。

 それで我に返ったフェイトは約束通りヒロに説明して貰うことにした。




次回はまた説明回。その次からは日常系の予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十話

爆弾投下なう。


「さて、何から聞きたい? 先に言っておくが、立場上話せないものもあるから、そこは理解してくれると助かる」

 

 仮にも中将直属の部隊員なので秘匿された情報は無論幾つか持っている。その中には自身の情報が入っていることもあるので分かって欲しい。

 ヒロの言葉に首を縦に振ると早速フェイトは質問する……前に。

 

「えっと……ヒロ、できれば、その……何か着てくれない……?」

 

 頬を赤らめ視線も逸らしながら言いよどむその姿に一瞬首を傾げるヒロだったが、チラチラと主に首から下を見ていることに気付くと合点がいったらしく、「ああ」と言葉を漏らす。フェイトが来る前に着替えようとシャツを脱いだのだから今自分の上半身は裸だ。別に女性と違い上半分見られたところで恥ずかしくもないし、プールとかそういった施設に行けば普通にいるだろうに……同年代にしてこの反応はある意味凄い。乙女というより少女に近い反応だ。

 つい意地悪したくなる欲求を抑え、替えのシャツを着ると安堵したようにフェイトは息を吐いた。

 脳裏にチラつく先程の光景を何とか彼方に追い出し、まずはなんで部屋がああなっていたのか? あの血はヒロのもので彼自身に影響はないのか?という問いかけをする。

 真剣に、そしてあからさまに分かるほど心配しているフェイト。流石に適当に流して有耶無耶にするわけにはいかない。

 

「あの血はオレのもので間違いないよ。部屋がああなったのは傷口が勢いよく開いて出血した所為だ。……ああ、体に関しては大丈夫、もう傷は塞がったから」

 

 質問に淡々と応えるヒロ。聞く限り大丈夫とは思えないが、事実彼の体には傷一つない。正直納得は出来ないが今は聞ける所まで聞くべきだ。

 次の質問は、いつからこの様な症状が起き始めたか、というものだ。

 それを聞くと一瞬驚いたような顔をヒロは浮かべ、その中々鋭い観察眼に感嘆の声を漏らした。

 ああ、成る程。人柄はともかく執務官としては確かに優秀なようだ。事前に薬剤と魔導書を持ってきていたこと、手馴れた様子からかなり前から症状に苛まれていると考えたのだろう。

 実際、この困った後遺症との付き合いは十年以上も続いている。既に慣れてしまった為今は痛み程度で済んでいるが始めの頃はあまりの激痛に半狂乱になるほどだったらしい。流石に応える時はそこは伏せたが、何か感付かれたかもしれない。

 次に何故そうなったのか、その原因を問いてみたが……。

 

「悪い、そこから先は口外出来ないんだ」

 

 そう申し訳なさそうに手を合わせられた。

 ヒロは部隊に入る前からリードと縁がある。その時『色々』とあり彼に借りを作ってしまった。結果将来彼に力を貸すことを約束させられて今の立場にいるのだ。無論知り合いだからと採用した訳ではない、それだけの『価値』があるからだ。

 それならば仕方ないと思う反面やはり気になる自分がいる。流石にあの光景を目の当たりにして知らん顔できる程出来た人間ではない、寧ろ逆に何とか力になりたいと考えてしまう御人好しなのだ、フェイトは。

 これは下手に対処すると逆効果かもしれない。いつも思うがこういった時悪意より善意の方が扱いは難しい、下心がない所為で無下に出来ず、良心に訴えるような視線がなにより痛い。

 どうするか?

 そう思案していると一つの案が浮かんだ。それは上手く行けば抱えている問題も幾つか解消できる方法。掛けるコストは特にないし、言うだけ言ってみるのもありか。

 一人納得し、頷いた後向き直る。

 

「そんなに気になるか?」

 

「え? そ、それはそうだよ」

 

 フェイトの言葉に「そうかそうか」と呟くとにやりと口元を歪ませ、ある提案を出した。

 

「ならデートしてくれないか? そうしたら一つ情報を開示しよう」

 

「……へ?」

 

 その突拍子もない条件にフェイトは一瞬頭が回らなかった。それはそうだろう、何故このタイミングでデートの誘いが来るのか? 脈絡がないにも程がある上、そんな簡単に開示していい情報とは……。いや、正直この歳にもなって恋愛経験がない自分にとってこの条件は比較的「簡単」と言えるものではないかもしれないが、どう見ても他意があるようにしか思えない。

 実際隠す気はないのだろう。ヒロは愛想笑いを浮かべこちらの様子を窺っている。

 よくわからないが、流石に此処で退き下がるのは負けた気がする。それにやはりヒロの容体が気になるのも事実だ。本人は大丈夫と言ってはいるが、薬が必要な程の症状となるとあまりいいものではないだろう。

 受けてもいいかもしれない、そう思った矢先友人の姿が脳裏にチラつきある質問をしていた。

 

「ヒロは、なのはが好きじゃなかったの?」

 

 この合宿に参加している全員が知っている想い、そして触れられたくないであろう地雷。気になったフェイトは危ないと解っていながらその上を歩いた。

 そうして爆発すると、覚悟を決めていたフェイトの耳に聞こえたのはため息だった。

 

「あのな、お前も聞いていただろう? オレはあいつに振られたんだよ。それなのにいつまでも引き摺っているわけにはいかないだろう」

 

 何を今更。そんな風に額に手を当て、改めて深いため息を吐く。しかしその言葉はどちらかというと自分よりヒロ自身に向けて言っているように感じた。

 叶わないのだから諦めろ。そう言い聞かせているような気がしたのだ。

 

「わかった……いいよ」

 

 本心はわからないが今の気持ちは大体わかった。だから意を決してそう応えるとヒロは意外そうな顔をしていた。恐らく断ると思っていたのだろう。その予想を裏切っただけでも一矢報いたような気分だ。僅かばかりの優越感に浸るフェイトを他所にヒロは少し考える。

 正直了承されるとは思ってもいなかったので多少面を喰らったが、それでも全く予想していないわけではない。なのはの友人ということもあってか妙に負けず嫌いなところが似ている。勢いで言ってしまった所があるのではないかと憶測する。

 これは前日になって後悔するパターンだな。冷静にそうなった時のフェイトを想像して噴きかける。あたふたした挙句恐らく「なんであの時あんなこといっちゃったのかな……」と気落ちしていそうだ。そしてそのまま当日に持ち越して……うん、それは実に面白いかもしれない。自分の情報を売るとしても相応の対価と言える。

 確かにリードに口止めはされているがそれは赤の他人のみ、ある程度事情を知る人間になら開示してもいいはずだ。

 ……尤も、その開示していい段階に至るまでにフェイトがいつ到達できるかは見当も付かないが……。

 とりあえず、核心に触れない程度なら開示できるからそれで一先ず納得して貰うしかないか。

 

「ならオレの連絡先教えておくよ。執務官殿は忙しいみたいだからな、そちらの都合のいい日を教えてくれたら合わせとくから」

 

「う、うん」

 

 早々に連絡先を交換するヒロに対してフェイトはおどおどと危ない手つきだ。

 まさかと思うヒロの予想通り、どうやらフェイトは緊張しているらしい。やはり男性経験がないのにいきなりデートは難易度が高かったのかもしれない、その事実にようやく気付いたようだ。

 よくよく考えてみれば、普通に起こしにきたはずが気付いたらデートの約束までしていたのだから不思議なものだ。

 

「……ヒロって結構遊んでる?」

 

 あまりの手際の良さにふとそんな疑惑が沸く程だ。こうなると先の血痕も怪しく映ってくる。

 

「失礼だな、オレは一途だぞ。……ま、相手には恵まれないがな」

 

 自傷気味にそう応えると同時にお互いの連絡先を交換し終える。

 これ以上聞きたいことはその時に話してやる。そう言うように話を切り止め、フェイトに部屋から出て行ってくれるように頼み込む。

 最初は何故と首を傾げるフェイトだったが、「男の着替えを眺める趣味があるのなら構わないが?」という発言に顔を真っ赤に染めると慌てて--それこそ加速魔法を使った様な速さで部屋を出て行った。

 その姿を微笑ましいと思ったヒロは口を弧にしながらも着替えを始めるのだった。




そんなわけでフェイトさんとデートフラグ。ヒロの中では振られた扱いなので吹っ切るために誘ったのも理由の一つだったりする。
なのはさんが黙って終わるかどうかは……まあ、これから次第。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十一話

この間お気に入り数が2000超えました。……伸びすぎじゃないですかね……?


「おはようございます兄さん。唐突ですが、お願いがあります」

 

「却下で」

 

「少しくらいは聞いてください!」

 

 着替えを終え、待っていたフェイトと共にリビングに降りていくと妹が神妙な顔立ちで出迎え開口一番にお願いをしてきたのでバッサリ切り捨てると食い下がるように声を上げる。

 ヒロはそんなアインハルトを引き連れ椅子に座ると体を向け、なら話せと顎で促す。

 ふん、と意気込む妹の願いとは「インターミドル・チャンピオンシップ」への参加を許可して欲しいというものだ。十代を対象とした全管理世界から集った魔導師が競う魔法戦競技。それへの参加資格そのものはある程度クリアしているアインハルト、しかし彼女はまだ十ニ歳。保護者から反対されれば出場は出来ない、だからヒロを説得しようとしたのだが……。

 

「オレより先に説得しないといけない奴いないか?」

 

 正直ヒロはちゃんと話を通せば反対されることはない。故に実質説得なんてあってないようなものだ。

 本当に問題なのはそんなものに耳すら貸さないような頑固者というか変態が一名。

 

「イエ、私ノ保護者ハ兄サントオ母サンダケデス、他ニイマセンカラ」

 

 視線を逸らす、というレベルではないほど首を90度曲げ、片言で言い逃れようとする。

 

「あのバカ、そこそこ権力あるから取り消すくらい余裕でするぞ」

 

 しかしヒロのその言葉で逃れられないということを理解すると暫くの間頭を抱え込んでしまった。

 そんなアインハルトの姿を心配してかヴィヴィオが近寄ってきた。

 

「あの、アインハルトさんどうしたんですか?」

 

 小声で質問する少女にヒロは「妹は親父が苦手なんだよ」と返す。

 その言葉に以前見た光景が蘇る。確かに父親の話が出ると苦い顔をしていた。そのことには触れるなと言わんばかりに露骨に嫌な顔をするのだ。

 兄であるヒロの話は嬉々と聞かせたいと思い、母親に関しては普通に応えてくれるが、唯一父親に対してだけはそんな表情を浮かべる。そうまでして嫌いなのだろうか?

 この時はその程度にしか思っていなかったヴィヴィオは後にその認識は間違いであることを知る。

 うー、あーと頭を悩ませていたアインハルトだったがついに覚悟を決めたのか通信端末を開く。そして出来ることなら出ることなくメッセージだけ置いてきたいと僅かな願望を籠め通信をする。

 しかしその願いはものの見事に打ち壊された。

 

『娘よぉ! 愛する父に会いたくなったのか! 父も会いたかったぞ! この思いを察して連絡をくれるとはやはり愛娘! はっはっは、本当に可愛いやつだ--』

 

 不精髭を生やした白衣を纏った中年男性、その顔が画面一杯に現れるとコンソール部分を拳で殴り通信を切る。

 一瞬の騒がしさが消え静寂が辺り一帯を支配する。

 がくりと膝を折り床に手を着くアインハルト。そして瞬間的にとはいえあんな濃いキャラを見てしまった周りの一同はなんとも言えない気持ちになった。

 

「……兄さん、やっぱり兄さんが話を通してください……私には、無理です……」

 

 項垂れたまま兄にそう頼むアインハルトの声は何処か震えていた。

 

「はぁ、わかった。親父にはオレから言っといてやる」

 

 その姿を見て、やはり無理だったかと頭を抱えるヒロ。自分達の父は家族愛が強すぎて、それを表に出し過ぎるのが問題なのだ。ただでさえ変人なのに、おかげでアインハルトからは煙たがられるだけ。少しは自重を覚えるべきだと自分のことは棚に上げて思ったヒロ。

 そしてヒロの発言に「ああ、やっぱりあれが父親なんだ」と僅かにでも同情してしまったヴィヴィオ達。正直あんなに個性が強いとは思っていなかった。

 しかし同時に納得もしてしまった、あの愛情を全面に押し出すスタンスはアインハルトがヒロについて語る時に似ている、間違いなく遺伝だ、と。

 そうしてアインハルトの代わりに今度はヒロが連絡を入れる。

 

『おお、今度は息子からか! 今日は千客万来だな--』

 

「黙れ」

 

『……はい』

 

 またすぐに出た父だったが騒ぐよりも早くヒロに一睨みされ口を紡ぐ。その光景からストラトス家における力関係の一端を垣間見たような気がした。

 それからアインハルトがインターミドルに参加したい旨を伝えるが、「怪我をしたらどうする」とか「まだ早い」など反対の声が大きく暫く難航が続いていた。しかしどうにか説得して一度落ち着かせることが出来たが、それでもと粘り「デバイスはどうするのか?」と問う。

 インターミドルでは安全面考慮の為にそこそこ高いデバイスが欲しいのだ。生憎とヒロはデバイスマイスターの資格はない上に工学系は苦手だ。いや、正確にはプラモデルのようにただ組み上げるのなら出来るのだが、一から作り上げることは出来ない。一言で言うのなら向き不向きの問題だ。

 それを知っている父親はどうだと言わんばかりにドヤ顔を浮かべる。正直腹が立つ、今すぐ殴りたいと思った。しかしその思いは胸に押し込め、アインハルトに視線を送る。

 インターミドルに参加すると言ったのだ、流石にその参加条件は知っているだろう。しかも父が苦手な妹のことだ。優秀な技術者とはいえ彼に頼ることは考えていないだろう。

 そう思っていると案の定「当てはあるから大丈夫」と返し、それにより完全論破された父は床に手を付き項垂れた。その姿は先のアインハルトと同じで、やはり親子なのだと周りは再認識した。

 そして敗者と化した父を一瞥した後通信を切り母親にもメールで連絡を入れる。それはものの数分で返ってくる。「了解、あまり無茶しないでね」というありふれた、しかし確かに心配した内容で。

 

「ありがとうございます、兄さん」

 

「別に構わないが、早く克服しろよ」

 

 礼を言うアインハルトにヒロはそう告げる。流石にいつまでも代弁者でいることは無理だろうし、家族なのに間に立たないといけないというのは変な話だからだ。尤も、これはアインハルトだけではなく父親の方にも問題があるのだが……。

 ヒロの言葉にアインハルトは「わかってはいるのですが……」と渋るように応える。嫌われているよりは確かにいいかもしれないが、如何せん愛が重いのだ。

 それを言ったらアインハルトのヒロに対する想いも相当なものだが、こちらはヒロが応えられてしまえるので問題はない。しかしアインハルトが父の想いに応えるには接する時間が少な過ぎたのだ。優秀だが何かと問題も起こし、結局年数回ほどしか帰ってこない父。その癖愛情だけは人一倍ある所為か、戻ってきた時に鬱陶しいと思えるほど気に掛ける。下手をすると親戚よりも会う機会が少ないのにそんな対応をされると正直印象はよくないのだ。

 

「それで、デバイスの当てというのは?」

 

 事情が事情なだけに仕方ないと割り切り、アインハルトが言っていた相手が気になり、話題を変える意味も込め質問する。

 アインハルトが使う術式は古代ベルカ式、旧文明の遺産のようなもので現代でそれを扱えるデバイスを作れる者は限られている。なのは達の人脈を使えばベルカ関係者の二人や三人は余裕で捕まえられるだろう。

 そう睨んだヒロの考えは当たっており、彼女達の旧知の仲で友人の八神はやてが請け負ってくれるらしい。元々ベルカと深い関係を持ち、現代で唯一ユニゾンデバイスを製作した彼女なら確かに適任だろう。

 話を聞く限りアインハルトはサポート型のデバイスが欲しいようでもあるし、その件で自分に出来ることはない。

 そう悟ったヒロはデバイス製作に掛かる費用と手間、そしてそれらを合わせた金額の払う用意だけはしておこうと心に留め置き、アインハルトのデバイスについての話し合いが始まる頃には一人考え事でもしたいのか姿を眩ました。

 

 余談だが兄が近くにいなかった所為でいつもより大人しかったアインハルト。その彼女を見た連絡先のはやて達に誤った印象を与えてしまい、後々再開する際に驚かれることになるのだった。




ViVidがアニメ化するらしいですね。はてさてジークとかあの辺りのキャストはどうなるのでしょうね。
この報せを聞いてつい勢いで書いてしまった感が否めない今回……。
次回からはViVid組と1:1で話をさせようかなあと考えています。……合宿編結構続くな……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十二話

ヴィヴィオ回のはず……なんだけど……。


 鏡のように映す水面の上を小鳥が囀ずり、踊る様に飛び回る。湖面の方を眺めるとまるで小鳥が泳いでいると錯覚してしまう。

 老後はこういったところで余生を過ごしたい、そう思ってしまうほどに心地良い空気が満ちている。

 頬を撫でるように吹く風、髪を温もりをくれる木漏れ日、耳を通し心を穏やかにしてくれる木々のざわめき。ゴタゴタとした人混みはなく、騒がしさもない。自然に囲まれている所為か、それらをただ何も考えずに受け入れるだけでこんなにも心が落ち着く。

 大きな樹を背に腰を下ろし、ついうとうとと舟を漕いでいると草を踏む音が聞こえ、その方に視線を向ける。

 

「あ……」

 

 そこには緑と赤、異なる瞳を持つ少女がいた。少し後ろにはノーヴェも居て、恐らく散歩でもしていたのだろう。一人納得したヒロは興味がなくなったかのように視線を目の前の湖に戻す。

 ヴィヴィオ達がヒロと会ったのは偶然だ。朝食の後ノーヴェと共に軽い腹ごなしとして森の中を散策していると他のよりも少し大きな樹を見つけ、一度そこまで行って引き返そうと考えてここまで来ただけなのだ。確かに朝食後すぐに姿を消したヒロのことは気になっていたが、それでも森の中でばったり会うとは思ってもいなかった。

 予想外の邂逅にわたわたしていると再び舟を漕ぎだすヒロ、寝不足なのか瞼が重そうだ。

 このまま休ませた方がいいだろうか?

 そう思う反面話したいという気持ちもあった。ヒロは他の大人達とは変わった視点でものを見たり、経験や知識もある。恐らくこの合宿が終わった後は会う機会が少なくなる。

 アインハルトの話では診療所の他に中将部隊の仕事を掛け持ったり、場合によっては他の医者から応援を頼まれることもあるらしい。以前自分でも言っていたがヒロの技術はずば抜けて高いらしく、手に負えないと判断された患者を押し付けられることがある。無論ヒロ自身が見捨てるような真似はしないし、その手腕で請け負った患者は皆救ってきたが、それ故に忙しい身なのだ。

 できる限り夜は一緒にいようと努めているが、昼間はともかく最悪休日が潰される日が間々ある。実を言うとアインハルトがヒロと共に合宿に行きたいと思っていた裏にはそんな事情があったりする。なにせ最後に兄妹で旅行に行ったことなど一年以上前の話なのだから……その為この合宿はある意味では奇跡に等しいだろう。本来なら四日も空けるなど不可能だったのだから。

 

「あ、あの!」

 

 だから、そんな機会をみすみす失うことは嫌だった。申し訳ない気持ちを抱きつつもヴィヴィオは声を掛ける。

 その声が届いたのか、ヒロはゆっくりと瞼を開く。

 未だに眠そうな顔を浮かべながら「どうした?」と視線を投げ掛ける。

 

「リオたちから聞きました。ヒロさん強いんですよね? ならわたしとも一度手合わせをお願いします」

 

 昨夜、ヒロとエリオの手合わせを見てきたリオ達から聞いたヴィヴィオ。アインハルトからも強いという話は聞いていたが、未だに半信半疑だった。しかし友人達が直に見てそう思ったというのなら事実なのだろう。

 そうなると唯一見ていない自分だけが除け者になったような疎外感を覚えた。だから見たいという子どもながらの意地だ。

 ……それに、“彼のことを知らない”ということが嫌だった。何故かはわからない、ただ本当にそんな感情に襲われ、そう思ったのだ。

 知りたくて、分かりたくて、だから頭を下げた。

 ヴィヴィオのその熱心な姿勢に一緒に来ていたノーヴェは面を食らっていた。

 

「悪いな」

 

 顔を真っ直ぐに向けヒロはきっぱりと断った。

 その応えにヴィヴィオは「何でですか!」と声を荒げる。それにノーヴェだけでなく言った本人すらも驚いた表情を浮かべている。

 どういうわけか相手にされないと思ったら腹が立ったらしい。

 この合宿に参加してから……いや、正確にはヒロと遇ってからというもの日に日に自分の中でその存在が大きくなっていくのを感じる。今回の件に関してもまるで彼に認めてもらえていないような気がつい言ってしまったからだ。

 あの夢の一件以来、ヒロのことが気になり始めている。それというのも夢の中に現れる黒髪の青年とヒロが似た雰囲気を持っているからだ。あの夢がオリヴィエの記憶だとしたらきっとあの青年は彼女にとって大切な存在なのだろう。夢を見ると決まって感じる気持ち……大切で愛しい感情。何故かそれをヒロにも感じてしまい歯止めが効かなくなっているようだ。

 

 その姿にヒロは危険かもしれないと判断した。ヒロとの接触により少しずつだが記憶が刺激され続けている。このままいけば記憶によって自我が塗り替えられる(おそれ)がある。

 人が自己を形成する上で重要になるのは言わずと知れた記憶だ。積み重ねてきた記憶はアイデンティティーを保持するのに必要不可欠。それを失うか、何らかの要因で障害を受けた場合人格に異常をきたすケースがある。ヴィヴィオの場合、夢を通して他人の人生を垣間見ており共感も抱いてるのだろう。その結果徐々に影響を受けて、最悪人格が変わってしまうかもしれない。

 

「はあ……手合わせは無理だが、話くらいならいいぞ」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

 故に無視することも出来ずにそう言うとヴィヴィオは礼を言い、無邪気に笑った。その笑顔は合宿に参加した時から見せるヴィヴィオのものでそこでヒロは一先ず安堵する。

 それからノーヴェも交えて色々と話込んだ。ヴィヴィオの学校でのことやアインハルトの家での様子、各々の最近あった出来事など他愛のないものから意外と驚く内容のものまで様々。その中でヒロは気になったことがあった。

 

「『聖王の鎧(カイゼルファルベ)』がなくなっただと……?」

 

 それはヴィヴィオが自身のことを知ってもらおうと思って口にしたことだった。『聖王の鎧(カイゼルファルベ)』がなくなったというのに、未だに「陛下」と呼ぶ者がいて困っているという愚痴。心当たりがあるノーヴェは明後日の方に視線を向ける。しかしヒロはその一点が気になったのか小難しい顔を浮かべ考え込む。

 

「えっと……どうかしましたか?」

 

 ヒロの様子に気付いたヴィヴィオは自分が何か機嫌を損ねるような発言をしたのかと内心怯えながら訊く。

 無論そんなことは露とも思っていないヒロは「いや」と一言発した後言っていいものかどうかと再度考え込む。

 

「『聖王の鎧』がなくなることがそんなにおかしいのか?」

 

 ヒロの考え込むタイミングと言いにくそうにしていることから『聖王の鎧』についてだろうと察したノーヴェは訊ねる。その言葉に気になったヴィヴィオも「教えてくれ」と言わんばかりに詰め寄ってきた。

 その姿に気おされたヒロは仕方ないと思う反面、自分も気になっていたのでいいだろうと言い聞かせる。

 

「確かに魔導技能っていうのはリンカーコアが損傷を受けたり、何かしらの外的影響を受けて使えなくなることはある。だがな、そもそも『聖王の鎧』っていうのは魔導技能でもレアスキルでもないんだよ」

 

「へ?」

 

 ヒロの言葉を聞き素っ頓狂な声を上げる二人。それから数秒を持ってようやく頭が理解したのか特大の二重音が森に響き渡った。

 あまりに衝撃的な内容に開いた口が塞がらない。その様子からやはり知らなかったのかとため息を漏らすヒロにヴィヴィオはどういうことかと説明を求めた。

 

「どうもこうも言った通りさ、『聖王の鎧』っていうのは聖王を聖王たらしめんとする最大の要素だからな、必ず発現するとも分からない技能とは根本的に違う。解り易い言い方なら遺伝子とかに近いな」

 

 『聖王の鎧』の本来の機能は『聖王のゆりかご』を動かすための鍵だ。そして鎧と呼ばれる程の高い防衛機能はあくまで鍵を護るためのもの。壊れやすい鍵を作るものなどいない、それは物から人に変わっても同じこと。

 完全な鍵としての役割を得るためには本来であれば『聖王核』と呼ばれるものを体内に取り込む必要がある。この『聖王核』は一般的には魔力補助コアとして認知されているらしいが、実際はハードディスクのようなものだ。聖王の血族には「血」そのものが鍵となれるソフトであり、『聖王核』によって鍵になり得る。ただしゆりかごの乱用を防ぐための自衛手段として特別な「血」でなければ『聖王核』は正常に起動しないようになっている。

 流石に『鍵』については黙っているが、それでも衝撃的なのかまた動かなくなってしまった二人。ヒロは不思議そうな顔をしているが、それはそうだろう。何せ「血」に関する秘密などどの文献を探しても出てこないのだから……普通知っている人はいない上に言った所で世迷言扱いされるだろう。しかしヴィヴィオもノーヴェもヒロの言葉を自然に真実と受け取っていた。何故かは分からないが嘘だと思えなった。

 

「じゃあ、どうしてヴィヴィオは『聖王の鎧』が使えなくなったんだ?」

 

 そう、それが一番理解できない。ヒロの話が本当ならヴィヴィオにはまだ『聖王の鎧』の防衛機能が付いてるはずだ。しかしヴィヴィオは今まで使えた試しがない。

 

「さあな、流石にそれは調べてみないと分からない」

 

 そしてそれはヒロも同じだ。何せヒロはあくまで『鍵』の真相しか知らず、『鍵』を十全に理解しているわけではない。いや、流石に理解していてもこんなイレギュラーは初めてなのではないだろうか? ならば現状対処法はない、本格的に調べなければ何もわからない。

 

「……調べる」

 

 暫くの間大人しくしていたヴィヴィオだったがその言葉に少し反応を示す。

 

「えっと……その、優しくお願いします……」

 

 そして少し悩んだ後、恥ずかしながらそう言って服をたくし上げた--

 

「待てこらなにやってんだ」

 

 瞬間ヒロにすぐ抑えられ、おかげでへその辺りが少し見える程度で収まった。

 いきなりの行動に呆気に取られるヴィヴィオ、「何か?」と言わんばかりに小首を傾げる。

 

「いえ、調べるのならやはり服は捲り上げるべきかと……」

 

「今聴診器なんて持ってないしそんなんでわかるか!」

 

 どうやら健康診断と同じノリで行ったらしい。恐らくヒロが医者という所を意識し過ぎた結果だろうが、流石に音を聞いただけで分かるほど彼は万能ではない。第一先も言った通り遺伝子のようなものなので本来なら専用の機器がなければ調べられないのだ。

 尤も、ヒロのレアスキルならば出来なくもないが、接触によりまた記憶を呼び覚ますような事態は避けたい。しかし見過ごせない問題でもある。

 

「…………合宿が終わった後時間取れる日あるか?」

 

「へ?」

 

「もしあるなら、一度オレの診療所に来てくれないか? ちゃんと調べてみたいから」

 

 思案した結果後日調べることにした。流石に『聖王の鎧』の全容を知っている身としては放置できない。ヴィヴィオは芯がしっかりしているが短期間で連続して記憶を覘くとやはり影響が表れるようだ。故にこの合宿で追求するのは危険と判断した。

 

「え? 行ってもいいんですか?」

 

 ヒロからの意外な招待に気持ちが浮き足立つ、目を輝かしてわくわくしている。

 ヴィヴィオ本人としては今更なことなので対して危険視はしていない。寧ろ会う機会がなくなると思っていたヒロが誘ってくれるのだから行かないわけがない。話ている内になんだかんだで懐いてしまったらしく、離れるのは少し寂しかったのだろう。「いきます!」とヴィヴィオは力強い返事をした。

 

「……ロリコン?」

 

「違う」

 

 一連のやり取りを見ていたノーヴェが不意にそんなことを呟くが、即座にそれを否定するヒロ。

 確かにヴィヴィオのことは色々と気になることが多いが、それは彼女がある意味特別な存在だからでやましい気持ちはない。

 変なレッテルを貼られる前に急いで訂正したヒロは疲れたからか、それとも話が一段落ついたからか、腰を上げ帰って行く。

 

「あ、待ってください」

 

 その後ろを小鴨のように追いかけるヴィヴィオだったが、歩幅の差からか度々距離が開きその度に離されないようについて行く。それを何度か繰り返しているとヒロはため息を漏らし、歩く速度を落とす。

 そうして横に並ぶとお礼を言うかのように笑顔を向けるヴィヴィオに、照れているのか顔を背けるヒロ。

 その二人を見てノーヴェは思った。

 

「懐いてくる娘と不器用な親父か」

 

 未婚のヒロに対しては失礼かもしれないが、ふとそんな感想を抱いてしまった。




ヴィヴィオ分を補充しようとした結果がこれである。

そして安定のオリ設定。
『聖王核』とか明らかに何かあると思っていたのに原作では特に秘密とかなくややスルー気味になったので折角だし使ってみた。とりあえず私の独自解釈とオリ設定を詰め込むとこんな感じになりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十三話

コロナ回


 世間的に勉強熱心な者への風当たりは良い。それは覚えようという姿勢が分かりやすく、好感を持てるからだ。故に無気力な者よりもやる気溢れる者の優遇されるのは当然と言える。その風潮は昔からあり、長い間人間の中に根付いている。

 ヒロも稀に教える--指導する側に回ることもある為その認識は正しくもあり、ヒロ自身も素直に好感は持てる。

 しかしだ……。

 

「あの、他に何か知ってるのはありませんか?」

 

 此処まで熱心で積極的なのは初めてなので正直驚いている。

 

 

 ヴィヴィオと共に戻ってきてから暫く部屋で一人過ごしていると、思わぬ来客が訪ねてきた。

 それはヴィヴィオの友達の一人、コロナだった。普段の大人しそうな雰囲気は鳴りを潜め、真剣な表情を浮かべている。

 --どうかしたのか?

 そう訊くと「教えて欲しいことがある」と言い、姿勢を改めた。

 一体自分から何を聞き出そうというのか? 頭を傾げながらもヒロは了承した。無論、「教えれないものもあるがな」と前以てから。

 

「それで、何を聞きたい?」

 

 部屋に招き入れるとコロナを椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛ける。

 お茶の代わりに缶コーヒーを投げ渡すと、コロナは両手で受け取る。記載情報を見るとどうやら砂糖入りの甘いものらしい、ヒロのはよく見えないが缶が黒いことからブラックなのかもしれない。何故そんな両極端なものがあったのか不思議だったが、『二つだけ』あったことで察した。大方あの兄大好きな妹が訪ねてきた時の為に保管していたのだろう。

 そう思うとアインハルトに申し訳がないような気持ちになったが、しかし出された物に手を付けないというのも失礼だと思い、心の中で謝りながら缶に口を付けた。

 それは思いの外甘く、お陰で緊張は解け、気持ちが落ち着く。

 そして意を決してヒロに言った。

 

「ヒロさんが知ってる魔法を教えて下さい」

 

 思いがけない申し出に一瞬呆気に取られるヒロだったが、何故そんなことを自分に頼むのかを問う。

 それに応えるコロナが言うには、昨日のエリオとの特訓を見た後にルーテシアが言っていたらしい。

 

『恐らくヒロさんが使ってたのは今じゃ失われた魔導の一つだと思う。普通に調べたんじゃ絶対に見つけることの出来ないものだし、たぶん他にも幾つか知ってるかもね……』

 

 そのことを聞いたヒロは呆れていた。

 よくあれだけで見抜くことが出来たものだ。確かにヒントは出したが一発でそれを当てるのは難しいというレベルではない。やはり彼女も天才というものなのだろうか?

 将来が楽しみと言うべきか、末恐ろしいと言うべきか……。どちらにしろ、中々に油断ならない才覚を持っているようだ。

 実際、ヒロはあの身体強化以外にも歴史に埋もれた魔導を幾つか知っている。それは大半が彼には使えないものだが、だからといっておいそれと人に教えていいものでもない。

 そのことをコロナに伝えるが、それでも彼女はなんとか自分にも使えるものはないか? と食い下がる。

 どうしてそこまで力を欲するのか? 先日の練習会の様子を見ても彼女は同年代の少年少女より遥かに強い。根っからの格闘家という訳でもないのに何故そうも強くなろうとするのか?

 ヒロの尤もな疑問に始めは口を閉ざしていたが、次第にぽつぽつと語り出した。

 友人達の中で自分が一番劣っていること、このままじゃ置いていかれるのではないか? という不安、なんとか追い着きたいが今のままでは現状を打開できない焦燥。

 腹を割って言おうとして決意した瞬間、今まで誰にも明かせなかったそれらは雪崩のように溢れ出した。

 「だからカウンセラーじゃねえよ」と内心思いつつも、しっかりその想いを黙って受け止める。

 そうして全てを聞き終えると腕を組み暫く思案する。

 

「……知識としてならある程度は教えよう」

 

 そしてじっくり熟考した結果そう結論出した。

 その言葉を聞いたコロナは何度も礼を言ってきたが、正直ヒロは使わせる気は欠片もないので彼女では絶対出来ないであろう魔法を教えることにした。

 別に嫌がらせでそんなことをするのではない。ただこの少女ならそれらを聞けば何らかの形で自分の力にすると評価しているからだ。

 某スーパーロボットのようなロケットパンチをゴーレムで行わせようという、柔軟で独創的な思考の彼女だからこそヒロはそう判断したのだ。……決して新たなロマンを披露してくれるのではないか? 等という希望や願望はない。ただ、機会があったら見てみたいとは思うが……。

 そういった思惑や私欲は胸の奥に仕舞いつつ、ヒロは自分が知っている魔法の一端を彼女に教えることにした。

 

 コロナは驚くほどの集中力で端末機のコンソールを使いヒロの言葉をメモしていく。その姿はさながら授業を受ける生徒のようであった。

 これでも稀に将来性のある医者の卵に教鞭を振るうこともあるヒロ。その為か、説明は丁寧であり少し表情を曇らせると一旦説明を止め、何処が分からなかった訊いてくる。下手な教師よりも優秀なおかげでコロナは短時間でそれらを頭の中に詰めていった。

 コロナ自身も、本来なら決して知り得なかったであろうその魔法の知識に興奮と抑揚を覚えていた。ヒロが教えてくれるのはそのいずれもが欠陥を持つものだったが、しかしそれ故にそこから学習できることはたくさんあった。だからか、コロナは正に時間を忘れるほど熱心だ。

 暫しの間時間が過ぎると、ふと外が騒がしいことに気付く。時計を見ると正午を回っており、ご飯にうるさい数名が騒いでいたのだろうと判断した。

 そして切りがいいこともあり、ここで切り上げようと言うとコロナは「もう少し」と粘ろうとする。しかし根を詰め過ぎても仕方がない。無理をし過ぎれば毒にしかならない。

 

「とりあえず、今日教えたことをどう応用できるか考えることだな。それができないようじゃ新たに教えたところで意味がない」

 

「……はい、わかりました」

 

 ヒロの言葉に渋々頷くと、二人は一緒に下に降りていく。その先には予想通り昼食の準備が終わり、今にも食べようかという雰囲気が出来ていた。

 

「あら? 二人とも一緒だったのね?」

 

 つまみ食いをして怒られたりと、随分と賑やかな中からルーテシアがヒロとコロナの姿を見つけると近付いてきた。

 

「ヴィヴィオが探してたのよ?」

 

 そしてコロナにそう告げると視線を件の人物に向ける。そこには手を振ってるヴィヴィオとリオがいた。近くにアインハルトやノーヴェがいることから午後のトレーニングについてのことだろうと察したコロナはヒロに先の事の礼を言うと足早に彼女達の許に向かっていった。

 その様子を見守っていると、ふとルーテシアからの視線が気になった。

 

「どうした?」

 

「いえ、ちょっと気になったことがあって……この後少し時間を貰っていいですか?」

 

 ヒロの質問に一瞬言葉を濁すものの、やはり気になるのか食後付き合って貰えないかと言い出す。

 真剣な表情から真面目な話なのだろう。出されるものにもよるだろうが、部外者はあまりいない方が良さそうだ。

 

「ああ、構わないが」

 

 そう応えると一変して笑顔で「ありがとうございます」と告げるルーテシア。その後、コロナ同様ヴィヴィオ達の許に向かう。ただしコロナとは違い、恐らく自分と話す時間を設ける為に向かったのだう。

 さて、一体何を聞きたいのか?

 どんなことを質問するのか、そのことが僅かばかり楽しく思うと静かに微笑を浮かべた。




コロナの心情を原作よりも早く吐露させた理由。それは……インターミドルそんな長くやらないと思うし、飛び飛びになると思ったからです。


以下ちょっとした言い訳と謝罪タイム↓


最近原作読み返してたらアインハルトの年齢ミスってたことに気付きました。あの娘十三やない、十二や。
いや、実は元々は十一か十二の設定で書いていたんですよね、にじファン時代に。でもある号のコンプエースでアインハルトの紹介文が出された時に思いっきり、「十三才」って書かれてたんですよね。その時に「あれ?」となったんですけど、公式がそういうならそうなのだろうと十三にしたんですけどね。でも三巻読んだら普通に十二でしたよ。
やっちまったな公式……おのれ謀りおって……。

つまり、何が言いたいかというと……俺は悪くぬぇ! 公式が十三才って記載したからそうしたんだ! だから俺は悪くないんだ!

……とまあ、そんなこんな今までの話の所々を修正していきます。ちなみ年齢が変化したからといって物語に影響があるわけではありません。そこの辺りは安心してください。……寧ろ年齢が下がった所為でブラコンが強くなりそうだから怖いんだ、あの娘は……。

そんなわけで、お騒がせしてすみませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十四話

実は書き直したルーテシア回。


「それで? 聞きたいこととはなんだ」

 

 午後の一時、一般住宅のものとは思えない立派な書斎に招かれたヒロは呼び出した相手にそう問いた。

 相手はこの家の家主の娘、ルーテシアだ。彼女がこの広い書斎を指定したのはあまり人に聞かれたくないからかもしれない。

 そういった思考を読み取ったからか、頷いて端末を使いある映像が映ったモニターを起動させる。

 

「これを見て下さい……どう思いますか?」

 

「……いや、大変立派な代物だと思うが……」

 

 カーテンを閉め切った部屋の中で映し出せれたものに対し、ヒロは素直な感想を述べた。

 話には聞いていたが、この歳で既にこれほどのことが出来るとは……とことん才能に恵まれた少女だ。そう思いながらも何故こんなものを自分に見せるのか、その意図を図りかねるヒロは視線を送る。

 

「ヒロさん、よく仕事とかで遠出することがあるらしいじゃないですか。だから、外泊は多い方なんですよね? なら、そんな人の視点から見て“これ”はどんな感じですか?」

 

 大方アインハルト辺りから聞いたであろう事情はともかく、真剣な表情で「感想を下さい」と詰め寄る。

 しかしヒロは専門的な知識がないためアドバイスの類はできないのだが……どうするかと思い悩んでいるとルーテシアは「素直な感想が聞きたい」と言葉を足す。

 なら率直に……。

 

「宿泊、レジャー施設としてなら全く問題はないだろう。建てた場所もいいところだし、下手な宿泊施設よりも豪華だ」

 

 ヒロのその言葉を聞き、嬉しいのかふふーんと鼻を高くするルーテシア。

 そう、先程から彼女が訊いてきたのは現在泊まっているこの施設についての感想だった。

 実を言うとこの宿泊施設のほとんどは彼女が設計した物だ。プロでも相当手こずるようなそれをたかだか十四歳の少女が行ったとは到底思えないが、事実なのだろう。現にその際に使われたと思わしき設計図のようなものが何枚かモニターに映っていた。

 本人としては趣味のようなものかもしれないが、しかしそこに掛ける情熱は熱く、設計者故に楽しんでもらいたいという思いもあるようだ。

 特に今回初めて来た上、遠出もよくあるヒロの言葉は今後何かと役に立つかもしれないと踏み感想をお願いしたのだ。

 返って返事は一見心良いように思える。だが「としてなら……」と言われた以上何か問題があるのわけだ。その辺りを詳しく聞いてみたい。

 

「いや、金銭が絡まなければ全く問題はないだろうって意味なんだが……」

 

 あくまでプライベートのものなら気にする必要性は全くないが、もし金が絡むのならば改善する点はそれなりにある。

 つまりそう言ったつもりだったのだが、気になったのかルーテシアはその辺りを掘り下げてきた。なんでも設計(そういう)仕事にも興味があるらしく将来的に役に立つかもしれないからとのことだ。

 ヒロは今まで泊まったことのある施設を思い浮かべながら、ここがこうだった、あそこがこうなっていた、こんな仕掛けがあって驚いた等と出来うる限りために成りそうなことを思い返しながら連ねて言った。

 あらかた語り終えたヒロは一息吐くとルーテシアはその内容をコンソールにメモしていく。その姿に「最近の子どもは勉強熱心だなぁ……」と呑気に考えているとルーテシアが向き直り姿勢を正す。

 

「ありがとうございます。こんなことに付き合わせてすいません」

 

「いや、それは別に構わないがな……それにしても……」

 

 今時の子どもはこうも小難しい趣味を持っているのだろうか? ルーテシアだけではなく、それはヴィヴィオ達にも言えることだが……。自分があの年代の頃は特に将来とか考えずに遊び回っていた覚えしかない。周りの同世代の子どもも似たようなだった故それが当たり前だと思っていたが、彼女達を見るとなんだか自分の方が異端に思えてくるから不思議だ。

 思い返せばあの頃は聖王やらなにやらに振り回されるなど微塵も思っていなかった。寧ろ将来医者になるなど自分でも思いもしなかったはずだ。

 そう考えるとつくづく縁というものは不思議なものだ。

 

「どうかしました?」

 

「いや、なんでもない」

 

 思考があらぬ方向へと向かっていくのを何とか抑える。急に黙り込んだヒロを気にしたルーテシアに問題ないと伝え、用件は終わったと見てヒロは部屋から出て行こうとした。

 

「あ、アドバイスのお返しにお菓子とかいかがですか?」

 

 だがその瞬間制止の声が掛けられる。

 振り返ると既にルーテシアの手にはクッキー箱があった。その様子から、恐らくどちらにしても渡す予定だったのだろう。ちなみに自家製らしい。

 用意がいいというか、サービス満点というか……。

 

「……用意された以上は貰うが……それをダシに他にも質問があるとか?」

 

「え? まあ、確かに聞いてみたいことは色々あるけど、これは本当に気持ちですよ」

 

「そうか」

 

 ここは受け取らなければ失礼なのかもしれないと思ったが、同時に受け取ったらまた何かあるのかと変に勘繰ってしまった自分を恥じ、素直に受け取ることにした。

 

「それにしても、アインハルトが羨ましいな」

 

「どうしたんだ? 突然」

 

 クッキーを貰い、後で妹と一緒に食べるかと考えていたヒロ。その顔を見て、ルーテシアはふとそんなことを口走った。

 

「わたしには兄弟がいないから少し憧れるんですよ、ヒロさん達みたいな関係が」

 

 よく、一人っ子は兄弟というものに憧れる。家族が増えるのはいいことだし、一人で寂しく過ごすことは少なくなると思っているからだろう。実際家族である以上家では必ず会うわけだが、だからと言ってヒロやアインハルトほど仲が良いのは稀だろう。

 大抵小さい頃は仲が良いが、思春期に入ると冷めた関係になることが多い。特に性別の違う兄妹なら趣味や嗜好が異なってくると自然に会話も減っていく、結果『家族』ではあるが距離を置いてしまう場合もある。それだけならまだしも、嫌悪感を抱いてしまうこともあり、更に関係が悪化する事も……。

 同姓の兄弟だと感性が近い所為か以上のような関係にはなり辛いが、それ故に喧嘩にもなり易い。似たような趣味を持っていると、必ず何処かで意見がぶつかる為それはある意味仕方のないことかもしれない。「喧嘩するほど仲がいい」、きっとそういう関係なんだろうとヒロは考えている。

 故に兄弟というのはメリットだけでなくデメリットもある、ある意味最も近しい存在なのだ。

 

「でも、ヒロさんとかがそんな雰囲気になるなんて予想できないです」

 

 アインハルトのあのベッタリっぶりを見るに喧嘩とは無縁に思えるが……。

 

「お前らが知らないだけで、喧嘩自体はそこそこあったんだが」

 

「え……?」

 

 意外なその言葉にルーテシアは声を漏らした。

 「喧嘩はあった」とは言うもののルーテシアが思っている様な殴り合いとかではない。寧ろ、兄であると同時に親代わりとして育ててきたので、そういった「親」としてぶつかることなら幾度かあったのだ。無論兄妹として喧嘩したこともあるが、どちらかといえばそちらの方が多いのだ。

 それに「兄妹喧嘩」と言っても、帰ってくるのが遅いからヘソを曲げたりする程度の比較的可愛らしいものだ。

 「親」として教育する場合は将来のことも見通し少し厳しくなるが、「兄」としては接する時は比較的に優しく、愛情が表に出易いらしい。自他共に認める欠点だが直せる見込みはない為本人は諦めている。

 自分達にとって当たり前になったこんな関係に憧れるその心情は、やはり兄弟を持つ者には分からなかった。

 

 それらの話を聞いたルーテシアは「やっぱり仲がいいな」と呆れるように微笑を浮かべ、そして改めて羨ましく思った。




以前のはこれじゃない感が強かったので原作を読み直し、使えそうなネタを仕入れ書き直しました。

なんか以前のはルーテシアへのヘイトっぽく感じた。やっぱりベルカ事情のもまとめてやろうとしたのが間違いだったのだ……。
アンチやヘイトはやる気がないんですが、あんまり出番がなかったり掘り下げが難しいキャラだとそうなるきらいがあるようなんですよね、私。その犠牲者が主にメガーヌさん。あの人結局どういう位置付けにすればいいのかわからなかった……。
ルーテシアはstsからいるキャラですがvivid軸だと相当性格が変わる為扱いが難しかったんです。流石にstsの頃のを持ち出すのはどうかと思うし、いきなり暗い過去明かすのはいくら何でも早すぎるし……。
そんなこんなで頭を悩ませて書いたのが以前のだったのだけど……やはり納得がいかなかったので消しました。まあ、ネタ自体は使えそうなものがあったのでバックアップは取りましたが……。
そんな訳でして、ご迷惑かけてすいませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十五話

こんな貧相な発想しか浮かばなかった非力な私を許してくれ……。


 息を潜め、体を出来るだけ屈める。姿を見せないよう細心の注意を配り前進する。

 さながら軍人のように任務を遂行すべく、迅速に行動する。

 ターゲットを視認し、気配を殺して近付き、一瞬を持って仕留める。

 思考は狩人、身体は獣にでもなったかのようにうっくりとされど確実に距離を詰める。

 そう、勝負は一瞬。僅かな時間しか許されない。慎重且つスピーディさが求められるそこは、ある種の戦場とも言えた。

 獲物を視界に捉え、息を殺し、気付かれぬようゆっくりと手を伸ばす。

 そして、あと少しで“それ”が手中に収まる――

 

「こら」

 

「痛ッ!?」

 

 瞬間。バシっと硬いもので叩かれ、堪らずリオは声を上げてしまった。

 痛みで悶えるリオの眼前にはおたまを持ったヒロの姿があった。エプロンを掛け呆れたように覗き込む姿勢で主犯を見る。

 夕飯の惣菜が幾つか出揃ったテーブルの下。その下で今正につまみ食いをしようとしていた不届き者がいた、未遂では終わったものの罰として軽い制裁は下した。

 未だに手の甲を撫でるリオを眺めつつ、これで何人目かと深いため息を吐いた。

 今回の夕飯。合宿三日目、最後の晩餐ということもありそれなりに豪勢に振舞うことにしたのだが、気合を入れて作っている所為かキッチンから匂いが漏れ、それに誘われてくるものが後を絶たない。特に普段元気な子ほど釣れるようでつまみ食い未遂犯の数はそろそろ片手では数えれなくなった。

 

「ほら、これやるからもう少し待ってなさい」

 

 涙を浮かべながら物欲しそうに惣菜の数々を見るリオにその内の一つを渡すと台所から出るように促す。

 あと残っているのはデザートくらいであり、それも変に凝ったものではなく普通のゼリーだ。これなら主食を食べてる間に固まるだろう。

 そう思って作業を再開すると一人黙々と手を動かし始めた。

 

「ほぐほぐ……まったく、皆さん揃ってつまみ食いなんてはしたないですよ」

 

「あ、アインハルト……さん?」

 

 ヒロを見送った後近くで見知った声を聴いたリオはその方へと首を向ける。

 今夜の夕飯は主にヒロが大半を務めるらしく、今の所キッチンにはヒロしか立っていない。兄にべったりな彼女が此処にいても差しておかしくはない。

 しかしそこにいたのはペーパータオルに包まれたコロッケをもぐもぐと食べるアインハルトだった。一口食べる毎にとろんと頬が落ちるような恍惚な表情を浮かべる辺り余程そのコロッケが好きなのか、それとも単純に美味しいのか、はたまた両方なのか。

 ともにもかくにも幸せそうなアインハルトの姿がそこにはあった。

 

「…………」

 

 一瞬不意を突かれるものの、そんなに良い物なのだろうかとふと視線を自分の手に落とす。そこには先程渡された一品があり、それは奇しくも今アインハルトが食べているものと同じものだった。

 確かに揚げたてでホカホカ、ジューシーな匂いが鼻腔を刺激する。実際に食べてもいないのに脳が「美味しい」と錯覚する程の出来栄えだ。

 ゴクリと唾を呑む。意を決し、一口食べてみる。

 

「……!?」

 

 衣がさっくりしているのに中身はよく揚がっておりそれでいて溢れ出る肉汁とは別にとろみがある。

 口内から伝わる匂い、そして親しみのある味わいにそれが何かはすぐに分かった。

 チーズ入りコロッケだ。どちらかが際立つ事もなく、自然と溶けるように一体となっている。それだけで如何に熟練されているのかがわかる。

 まだ熱くことなどお構いなしに手と口は勝手に動いていき、あっという間にコロッケはリオの腹に収まった。

 文句の付けようのない美味しさに舌鼓を打った。満足したのかリオの表情は先程のアインハルトと同じになっていた。

 

「もぐもぐ……大体兄さんはちゃんと頼めば味見とさせてくれるのですから、わざわざ危険を冒す必要性はないのです……もぐもぐ」

 

 その横では既に先のコロッケを平らげ、別の惣菜を口にしているアインハルトがいた。

 なるほど、つまり彼女がキッチンにいる理由はそうことらしい。お零れを欲してくるハイエナではなく、親が獲物を持ってくるのを待つ子ライオンと言ったところだろうか。

 

「……そんなに食べて夕飯は大丈夫なんですか?」

 

「兄さんの手料理なら百皿は余裕でいけますが?」

 

 リオの心配など何処吹く風。けろっとそんな応えが返ってきた。しかも彼女なら本当にやりかねない、彼女のブラコンは偶に不可思議な現象なども起こせるから怖い所だ。

 そうですか。あまり深く考えては負けだと悟ったリオはそのまま静かにキッチンを後にした。

 とりあえず、今日の夕食は胸が躍るほど期待できる。

 今から楽しみなリオの足取りは軽かった。

 

 

 -----------------

 

 

「明日で最後」

 

 なんだかんだで楽しい夕食が終わり、自分達の部屋に戻って来て談笑を交わした後就寝時間を迎えたヴィヴィオ達は既に皆寝入っている。

 そんな中唯一起きているアインハルトは窓辺から月を眺め此処三日間の思い出に浸る。

 最初はノーヴェに誘われてきただけだったのに、思わぬところで大好きな兄と一緒に来れることになった。

 それからは大変ながらも楽しい日々だった。練習回に加わったり、ヒロの初恋の相手を知れたりと色々あった。

 しかしそれも明日で最後。そうなればまた今まで通り……いや「インターミドル・チャンピオンシップ」に参加するために特訓の毎日が待っているのだが、兄と一緒にいる時間は減ることだろう。合宿の最中出来うる限りは傍にいたつもりだ、それは向こうに戻ればヒロには仕事が待っているからに他ならない。四日も休んだ以上暫くの間は仕事量が増え、帰ってくる時間も遅くなるだろう。ましてや診療所はともかく中将の方はそれなりに忙しいようだ、そんな中休みを取ったのだから幾分か仕事を回されることだろう。

 故に、明日が正真正銘ヒロと一緒の旅行最後の日。こんな機会今度いつあるかわからない、少なくとも今年はもう無理だろう。今までの経験で大体分かる。

 この世界からミッドチルダまで四時間の航行時間がある。そのことを考慮すると恐らく昼まで……長くても昼過ぎには帰るはずだ。

 午前しか時間はない上、更に時間は限られている。その僅かな間でも出来る限りの思い出を作ろう。

 そんな密かな思いを抱き、ぐっと拳を握る。

 人知れず決意表明を行うとアインハルトもようやくベッドに潜り込む。

 良くも悪くも明日のことで頭を埋め尽くされるが、布団を被ると自然と眠気が襲ってくる。

 うつらうつらと舟を漕ぐ中、とりあえずなるべく早く起きようと思い、そして意識は黒く染まっていく。

 逸る気持ちが胸に押し込め少女は静かに瞼を閉じる。

 

 

 ここ三日は本当に楽しい毎日だった。だからこれからもこんな日々がずっと続くと信じていた。

 しかしその夜そんな思いを壊してしまいそうな『悪夢』がアインハルトを襲った。




大勢書くのは無理なので夕食の風景はカットしました。

合宿はあと二、三話で終わる予定。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十六話

最近なんか伸びがいいんだよね、この作品。やっぱりViVidアニメ化の影響なのかな……。


 暖かな日差しが頬を撫で、囀る小鳥の声が耳に届く。

 微睡(まどろ)む意識の中、目覚めるための道標のようなそれらを辿り静かに目蓋を開ける。

 石造りの天井が視界に入る。視線を横にずらすと最低限の物しか置いていない殺風景な部屋が見えた。

 既視感を覚えた……というよりは既に見慣れてしまったそこは紛れもなく自分の部屋だった。そうしてようやく帰ってきたと実感した。

 そんな物思いに耽っていると部屋の外がやけに騒がしいことに気付く。その中でも特に聞き知った声が近付いてくると嫌な予感が頭を過ぎった。

 

「イージェスいるか! 大変なんだ、王が……王がいなくなってしまったんだ!?」

 

 返答を待たず扉を壊しそうな勢いで開け放ち室内に入ってきたのは女性だった。

 長い銀髪に赤い瞳、黒いを基調とした衣服で着飾った彼女。その容姿は誰の目から見ても綺麗であり、まごうことなき美人の類だ。

 その美人が今、まるで子どものように「どうしようどうしよう」と慌てふためき自分に詰め寄る姿はなかなかに愛らしく思えた。

 「いなくなった」とは言うが大方いつものこと、さして気にしても仕方ないのだが、目の前の女性は根っからの心配性だ。恐らく悪い方へ悪い方へと考えていってるのだろう。その結果何処かで(たが)が外れ暴走するかもしれない。そうなっては面倒な事になる。

 仕方ない。諦めと呆れを半々に抱きつつ、女性に「落ち着け」と言い聞かせる。

 

「……アイツについてはオレの方でどうにかする。お前は無用な混乱が起きないよう気をつけてくれ」

 

「あ、ああ……わかったよ」

 

 制止の言葉に素直に従ってくれるのはありがたい。自分達の王が姿を眩ますことは多々あり、城の者達も既に慣れっこだからその様な自体にはならないだろう。しかし、この期に変なことを考えるものがいないとも限らない。

 ……国外では毎日のように小競り合いが起き、その影に怯えるものが少なくないからだ。主力である彼女達が残るのなら多少はその不安も軽減されるだろう。

 それにしても起きて早々厄介な仕事を引き受けてしまったものだ。食事も済ませていないのに人探しとは……無駄骨にだけはならないことを祈りつつイージェスと呼ばれた青年は窓開ける。

 

「行って来る。留守は任せた」

 

 仕方ないともう一度自分に言い聞かせ、そう言うと彼はそこから飛び降りた。

 高さにして二十m、下は地面になっており着地に成功しても無傷でいられるわけがない。飛行魔法を使えない彼がこのまま落ちれば大惨事にしかならない。しかしイージェスは躊躇いもなく飛び降りると、勢いを殺さず一回転し、その加速を利用し壁を蹴って近くの林の木に跳び移る。

 そして何事もないかのように木から木へと跳び、物の数秒でその姿は見えなくなった。

 一連の様子を眺めていた女性は「相変わらず人間離れした動きをする」と感心とも呆れとも取れない感想を呆然と抱いた。

 それから数秒、ふと我に返ると務めるを真っ当すべく行動に移す。

 まずは自分が命じた王探しをしている守護騎士達に事情を伝えるべく一冊の書を取り出した--。

 

 

「ほら、大丈夫だから。落ち着いて、ね?」

 

 暗い森の奥深く。崖に切り抜いたような小さな洞窟の前で小柄な女性が何ものかに向け必死に話し掛けていた。

 ウェーブの掛かった長い金髪を靡かせ、まるで少女の様に小さな体を更に屈め、真摯に声を掛け続けて早一時間は経っただろうか。

 決して安全とは言い難い森に長時間留まるのは褒められたことではない。きっと帰れば怒られる、しかし目の前にいるものを見過ごせる程冷たい人間にはなりたくないのだ。

 人の上に立つ者としてその甘さは捨てなくてはならない。だが彼女にとってそれは自分の核や芯ともいうべきものだ。他の者達と違い、戦うことができない自分が唯一持って、与えれるものがそれなのだ。

 だからこそ彼女は手を差し伸べる。例え拒まれようと心を開いてくれるまでずっと待ち続ける。

 そんな真っ直ぐな思いがようやく届いたのか、そのものはゆっくりと歩み寄る。

 そうして後少しで手に触れそうになった瞬間--

 

「こんな所にいたのか」

 

「あ……」

 

 女性の後ろから聞こえた声に驚き、洞窟の更に奥に篭ってしまった。

 虚しく差し出された手のひらを一瞥した後彼女は声の主に視線を移す。

 

「アゼル……」

 

「勝手にいなくなるなといつも言ってるはずだが? ヴェル」

 

 そこに立っていたのは黒い髪と瞳、そして赤い服を纏った青年、アゼル・イージェスだった。

 彼は女性--ヴェルクトール・エーベルヴァインが治める国の騎士の一人だ。数ある騎士の中でも飛び抜けた強さを誇り、自国どころか周辺諸国や彼女が加わっている『連合』ですら彼と同等の力を持つ者はそうはいない。

 彼女が持つ中でも唯一他人に胸を張って自慢できる最強の存在だ。

 ただ、強さに関しては文句の付けようもないのだが……少し過保護で口煩い時があるのが玉に瑕だ。いや、過保護度で言えばある守護騎士の方が勝っているか……。

 

「ご、ゴメン……」

 

 兎にも角にも、その恐ろしい程強い騎士の手を煩わせてしまったことに素直に謝る。それに、確か彼は数日前に連合の精鋭と共に悪竜を退治してきたばかりのはず。一夜で一国を焦土としたその竜の討伐となれば相当の労力を費やしただろう、おまけに昨日自分が寝る時には帰ってきた報せがなかったことから恐らくは夜も更けた頃に城に着いたと見るべきだ。

 長旅の疲れを完全に落とせぬまま探しに来たとなれば、申し訳なくて頭を下げることしかできない。

 

「まあ、それに関しては今はいいだろう」

 

 呆れながらそう言う裏には「いつものことだからな」という言葉が隠されていることにヴェルクトールは内心焦った。

 王としての責務があるにも関わらず姿を眩ますことが多いのは既に周知の事実。本来なら信頼などが下がるが、彼女の場合遊んでいるわけではなく、ほとんどが国--民の為を思っての行動であるが故に未だに支持されている。玉座で胡坐(あぐら)をかくよりも現地に向かってなんとかしようという姿勢は好感が持てるのだろう。

 

「それで?」

 

「……え?」

 

「今度はなんだ、また厄介事なんだろう」

 

 故に彼女が此処にいることも用は『そういった事情』なのだ。

 そこを理解しているアゼルは彼女の行動を鑑みて洞窟になにかあるのは理解していた。しかし勝手に入ることはしない、彼女のことを思っているからこそ出方を待っているのだ。

 

「連いてきてくれる?」

 

「当たり前だ」

 

 その意図を察したヴェルクトールはアゼルを伴い洞窟の奥に向かうことを決めた。その先に待つ逃げてしまったものを追って。

 

 

 歩いて数分。そんなに広くなく、開通もされていなかったのか思いの外早く終着点に辿り着いた。

 行き止まりの壁に更に体を押し付け、唸り声を上げる。毛は逆立ち、目は血走っている。黒い体毛が所々赤いのは傷を負っているからだ。

 一見狼を連想させるその獣はしかし、明らかに異なる容姿をしていた。本来顔に二つしかない眼がまるで斑点の様に身体全体に散らばっていた。優に二十はくだらないであろうその眼はそれぞれが意思を持っているようにギョロギョロと動いている。

 

「魔獣か」

 

 異様なその姿にアゼルは顔を顰める。此処のところ同じような異形な獣が各地で目撃されており、人に害を為すことがある。一般的な動物には見られない禍々しい特徴を持つそれらはいつしか『魔獣』と呼ばれ恐れられていた。

 まさか自国にまで入り込んでいようとは……放っておけば作物どころか人も襲われかねない。

 恐らくヴェルクトールが赴いた理由はこれなのだろう。

 そう思いアゼルは自らの王に視線を向ける。

 彼女は何かを覚悟したのか小さく気合を入れると魔獣に向かってゆっくりと歩み寄る。

 名前とは裏腹にヴェルクトールが一歩進む毎に怯えたような鳴き声を上げる。今にも襲い掛かりそうな雰囲気だが、もしそんなことをすれば彼女の後ろにいる規格外の化け物に一瞬で殺されるだろう。本能でそれを悟った魔獣は恐怖に怯えながらも、しかしせめてもの抵抗と唸り声を上げるのは止めない。

 そうして小さいながらも恐れていた手が頭を撫でると、温かいものがそこから流れ込んできた。それは心が安らぐような優しいもので魔獣はいつの間にか抵抗を止め、静かにその身を任せていた。

 

「……ごめんね」

 

 意識が途切れそうな中最後に聞いたのは彼女からの謝罪の言葉だった。

 

 ヴェルクトールが手を触れると魔獣は光に包まれ、それが収まるとそこには魔獣の姿はなく、代わりに一匹の小さな子犬の姿があった。いや、恐らく分類としては狼が正しいのだろう。

 禍々しさはなく、寧ろ人を和ませれるような愛らしい寝顔すら浮かべている。

 これが先の魔獣と同じものと聞いて何人が信じるだろうか?

 禁忌とされた兵器。戦果だけを求め後先考えずそれを使い結果生態系を壊してしまう国が増え始めた。魔獣とはそういった物の影響により変質してしまった動物達のことだ。

 人によって醜い姿に変えられただけならいざしらず、その兵器による影響で体に瘴気を抱え込んでしまった彼らは、生かしておくことが許されない存在になっていった。結果魔獣は見つけ次第即刻殺さなければならなくなった。

 人間達の争いに巻き込まれただけでなく、それにより姿形まで変えられ、あまつさえ殺さなければならない害獣にされてしまった彼らは、きっと誰よりもこの戦乱の犠牲者なのだ。

 ヴェルクトールの国は生憎とその兵器を持っていない上、仮に持っていても彼女がそれの使用を許さない。だからこそ本来なら罪の意識を感じる必要性はないのだ。しかし根元が優しい彼女は「人間の責任」として勝手に背負うだろう。

 故に騎士として傍に仕えるアゼルは彼女の背負うものを幾つか軽減させるように努力する。優しい者が損をするのは嫌だから、それとある少女との約束もあるからだ。

 

「帰るぞ」

 

「うん」

 

 何はともあれ用件は終わった。こんなところからは一刻も早く立ち去るべきだろう。

 勝手に『力』を使ったのは本来なら叱るべきだ、ヴェルクトールのそれはおいそれと使える程緩いものではないのだから。

 しかしいつまでも連れ戻さないのはまずい。流石にあの過保護な騎士が痺れを切らして来るかもしれない。

 一先ずは城に帰ってからだ。

 そう判断したアゼルは小さな狼を抱えたヴェルクトールを抱きかかえ、風のような速さで城に向かった。

 

 

 -----------------

 

 

「はぁ……」

 

 目が覚めたヒロは開口一番にため息を吐いた。

 厄介な夢を見て予想以上に疲れた。服が肌に張り付く感じがして確認すると案の定汗だくである。

 『あの後』城まで猛ダッシュで駆けて行った為こうなるのは仕方ないことだが、できることならもう少し早く目が覚めて欲しいものだ。

 尤も、いつものに比べれば随分と穏やかなものだった為そう言った意味ではありがたい。まさか二日続けて『トレース』が発動するとは思っていなかった故魔導書はもうない。また猟奇殺人よろしくバイオレンスな部屋に模様替えしようものなら言い訳などできるはずがないから汗と疲れだけで済んだのは不幸中の幸いか。

 やはりこうなった原因はヴィヴィオだろう。聖王の……オリヴィエに近い存在である彼女に影響されて予想外の事態が起きたのだ。

 全く持っていい迷惑だ。ヴィヴィオに対してというよりは「そんな身体」になってしまった自分自身に苛立ちを覚えた。

 

「……風呂、入るかな」

 

 マイナス方向に向かう思考を一度止め、払い落とすように頭を数回振る。そして意識を切り替えるべく一通り部屋を見渡す、その中で視界に入った時計はまだ早朝の五時を指していた。

 朝が早いものなら既に起きている者がいるかもしれないが、それでも大抵の人は寝ている時間だ。

 恐らくこの時間なら誰も使っていないだろうと思ったヒロは着替えを持って部屋を出た。

 

 うら若き乙女がいる中流石に汗臭いのはいただけない。立派な紳士を気取るつもりはないが、その中に元想い人やデートに誘ってしまった相手がいるとなれば話は別だ。彼女達の前でみっともない姿を晒すのは一男性として許せない。そこまで鈍感ではないと自負もしている。

 

 案の定誰もいない脱衣所で服を脱ぎ、タオルを片手に温泉区域に足を踏み入れる。

 その時水が撥ねる音が耳に届いた。

 誰か入っていたのか? もし入っていた場合女である可能性が九割強である。

 もし鉢合わせしようものならめでたく「覗き、痴漢」のレッテルを貼られることだろう。流石にそれは避けたいので踵を返す--

 

「……? アインか」

 

 その僅かな時間。奥にあるシャワーによく見知った少女が座っていることに気付いた。

 膝を抱え、小さく縮こまっているがあれは紛れもなく妹のアインハルトだった。例え湯気で視界が悪くともその程度で最愛の妹の姿を見逃すはずがない。

 しかし、何だか様子がいつもと異なる。シャワーを浴びているが動く気配がまるでない。

 気になったヒロは近付いてからもう一度呼びかけた。

 

「どうかしたか、アイン」

 

 その声にピクリとアインハルトは反応した。

 

「に、い……さん……」

 

 振り返ったその眼は酷く虚ろで声にも覇気や活気は感じられなかった。

 そうして弱々しく差し伸ばした手をヒロが優しく握る。それでも安心し切れなかったのかアインハルトはある言葉をヒロに投げ掛けた。

 

「兄さん……兄さんはちゃんと此処にいますよね?」

 

 力の籠もらない震えた状態でも必死にヒロの手を握りながらアインハルトはそう言った。

 




次回アインハルトさんが溜めに溜めたヒロイン力を発揮する! …………かもしれない。

あと雑誌の方でViVid二部読んでみたけど余裕でヒロが入れるスペースあったよ……というか既にある程度の構成が出来てしまっている……どうしよう……。
とりあえず私が二部を書いたら高確率で新キャラの「あの娘」が被害(という名の暴走)を受けることになりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十七話

たぶんシリアス。
一応今回からR15タグ付けます。


 冷えた体を温める為温泉に浸かる。

 疲れが抜けるようにため息を吐き出すヒロとは別に、未だに塞ぎこんでいる様子のアインハルト。

 結局あの後彼女がヒロに何か言うことはなかった。ただ彼女が浴びてたシャワーが水だったこともあり、温泉に入れたのだ。

 妹が何故いきなりあのようなことを言ったのか生憎ヒロにも分からない。アインハルトの前で気になる仕草や素振りをした覚えはない上、仕事が仕事故にそのようなことは常に気をつけている。

 だからこそ何があったのかが余計に分からないのだ。

 

「……夢を、見たんです」

 

 ヒロが頭を悩ませているとふいに呟くようにアインハルトが語り出した。

 

 そこは何処か密閉された空間だった。

 暗く、黒い空間に一人の少年がいた。歳は自分と同じか少し下くらい。黒い髪と瞳を持つその姿をアインハルトは見たことがあった。アインハルトが生まれるより前の家族で撮った写真に写っているその少年は、子どもの頃のヒロだった。

 実物を見たことはないが何度も写真で見ている上、多少姿が変わろうとも最愛の兄を間違えるわけがなかった。

 夢の中とはいえ、既に見れなくなったその姿を拝めたことに喜んでいると少し様子がおかしいことに気付いた。

 子どものヒロはまるでアインハルトに気付いていないらしく、辺りをきょろきょろと見渡し始めたのだ。

 まあ、夢だからこんなこともあるだろうと思っていると、その刹那--突如ヒロの腕が切り裂かれ夥しい量の血が噴き出した。

 

「……え?」

 

 いきなりのことに頭が追い着かないアインハルトを他所に痛みのあまり叫ぶヒロ。

 そしてそれが呼び水となったのか、今度は肩、脚、腹、背中と次々と傷ができ辺りは瞬く間に血の海に変わった。

 激痛で悶え苦しむヒロ。止まれと叫んでも止まらず、寧ろ勢いは増し赤い光景だけが目に映る。

 

「ッ!? 兄さん!」

 

 あまりのことで面を食らっていたアインハルトだったが、兄の一大事に体はすぐに動いた。原因は分からないがどうにか止めようと抱きしめようと……した瞬間アインハルトの体はすり抜けてしまった。

 ――え?

 疑問符が浮かぶ中何度試してみても結果は同じ、ヒロには触れることができない。そのクセ血だけがべっとりと肌と服に張り付く。まるで何も出来ないことをしらしめるかのようなそれにアインハルトは唇を強く噛み締める。

 沸騰しそうな頭を一度冷ますべく思いっきり自分の顔を殴る。すると予想通り痛くはない。

 夢であることを再認識したアインハルトは必死に自身にそう言い聞かせる。

 例え、すぐ傍で助けを呼ぶ悲痛な兄の声が聞こえようとも、目を瞑り、ただ暗示のように何度も、何度も……。

 そうして数分が過ぎた頃、不意に水辺に何かが倒れるような音がした。

 それが何か、予想はついている。だから振り向くなと言い聞かせるが、体はそちらの方に向き直る。

 ――ッ……!

 息を呑む。そこにはやはり血まみれになった兄の姿があった。赤一色に染まり、訴えるように視線はアインハルトを凝視したまま死んだように固まっている。

 言い知れぬ罪悪感が胸を締め付ける。夢の中とはいえ大好きな兄をこんな姿に変えてしまった自分が許せない。

 今にも舌を噛み切りそうなアインハルトの目の前で更に変化は起きた。まるで逆再生でもするかのように傷が塞がっていくヒロ。一分もしない内には完治したのか意識を戻し、体を起こす。

 良かった。夢とはいえあんな悲惨な光景を、しかも最も敬愛する兄の姿で行われては堪ったものではない。細かいことはともかく、戻ったのならばそれでいい……。

 そう思い安堵したのも束の間、再びヒロの体から血が噴出した。

 完全に油断し、気を緩めていたアインハルトの再度起きたそれに、ついに耐えることが出来ず吐いてしまった。

 夢の中である為、あくまで「吐いた」感覚のみだが、しかしそれはアインハルトの精神を蝕んでいった。

 

 ……それから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか?

 ヒロは何度も傷付き何度も元に戻り、そしてまた傷付き倒れた。自動再生のように繰り返される、その度に呪詛とも思える叫びを吐き、最後は決まってアインハルトを睨んで死んだように固まる。

 いつしか悲痛な叫びは二つになっていた。

 一つは悶え苦しむヒロのもの。もう一つはそんな兄の姿を見せないでくれと懇願しているアインハルトのものだ。

 夢と分かっていても、最愛の者がこのような扱いを受けることに耐えられるほど彼女の心は強くない。ましてやこれが一度や二度ならまだしも、既に数えるのが億劫になるほどなのだから、寧ろ未だに心が折れていない方が驚きだ。

 しかしそれも限界に近付いていた。

 既に立つ気力もなく、膝を抱えて座り、顔を埋めている。目は焦点を定めておらず、思考はただこの地獄のような夢から覚めることを望むばかりだった。

 だからだろうか、ふとある時アインハルトは気付いた。今まで絶えることのなかった兄の叫びが聞こえなくなっていたことに。

 ようやく止んだ呪詛、しかし気持ちが落ち着くことはなく、寧ろ不安だけが積もった。

 もし顔を上げた先に兄が倒れていたら。そしてそのまま動くことなく「止まったまま」の姿でいたら……。

 耐えられる自信はない。既にここはアインハルトにとって「夢」の一言では片付けられない程の苦痛に満ち溢れていた。夢現(ゆめうつつ)の境界と断言していいくらいに夢と現実が()()ぜになっていたのだ。

 そんな世界で死んだ兄の姿を見て、もし受け入れてしまったらアインハルトの精神は本当に死んでしまう。

 しかしこのまま塞ぎ込んだままでも現状は変わらない。何か行動を起こさなければ一生このままかもしれない、そう思ってしまうほど長い間夢に囚われていた。

 だからよく思考を巡らせ、慎重に、かつ勇気を持って選択しなければいけない。

 

 長い熟考の末、答えを出したアインハルト。

 彼女はやはり顔を上げることにした。どんなに考えてもやはり自分がこれ以外の選択をする姿が見えなかった。

 例え辛い光景が待ってようと、目を覆いたくなる景色が広がっていようと受け入れよう。それで一度は心が折れようとも必ず立ち上がって見せる。

 アインハルト(自分)は正真正銘あの人(ヒロ)の妹なのだから。故に、それに恥じぬようにしっかりと胸を張らなければいけない。

 そう自分を鼓舞し、アインハルトは顔を上げた。

 その先には、しかし予想していたものはなく、寧ろ彼女の眼前には幽鬼の如く佇むヒロの姿があった。

 頭のてっぺんから爪先まで血で染まった少年は、枯れ木のような腕を持ち上げ弱々しい手でアインハルトの首を締め付ける。そうして虚ろな目で実の妹を見据えると静かに口を開いた。

 

「殺してくれ」

 

 憎悪も、怨嗟も、哀愁も、何も感情も籠もっていない声で少年は確かにそう告げた。

 

 

「そこで目が覚めたんです」

 

 そう締め括ると目に涙を浮かべヒロに抱きついた。

 

「夢だというのは分かっています……でも、それでも怖かったんです……」

 

 あの場所で見たヒロは今のヒロとはかけ離れた存在だった。血で汚され、苦痛に蝕まれ、狂気に犯される。目の前にいる優しい兄とは似ても似つかない雰囲気を持っていた。

 しかし兄妹としての勘が告げている。あれは紛れもない兄なのだと……。

 そんなはずはないと頭が否定しても本能が肯定してしまう。あり得ないものを認めてしまうという矛盾が一種のアイデンティティークライシスを起こしていた。

 そうして泣き喚くしか出来なくなった妹にヒロがしてやれたことは、ただ『抱きしめる』という行為のみ。

 

「あ……」

 

 しかしそれだけでアインハルトの気持ちを一気に静まっていった。

 ヒロの体温が、鼓動が、吐息がはっきりとその身で感じ取ることができ、確かにその存在を認識する。「ここにいる」というただその事実だけで心から安心した。

 

「に、い……さん……」

 

 そうなると自然と目蓋が重くなってきた。あの夢の所為で夜も明けぬ前に起き、また見るのではないかという恐怖から結局ずっと起き続けていた。それに加え、今は湯船に浸かっている為か体から力が抜ける。ほぐれたところに芯から温まる適度な温度がまるで子守唄のように夢の世界に誘い始めている。

 手招きする睡魔に抗うことが出来ないアインハルトだったが、せめてこれだけはとゆっくりと言葉を口にする。

 

「一緒に……いて、くださ……」

 

 最後は言の葉が途切れたが何を言いたかったのか理解したヒロは腕の中にいる妹の頭を優しく撫で、その想いに応えた。

 

 

 温泉から上がり着替え終えたヒロは自室に戻っていた。ベットの上では未だに安らかな寝息を立てている妹の姿がある。

 ある程度こちらの事情を知っているなのはに来てもらい、アインハルトを着替えさせた後連れてきたのだ。

 朝食の時間になったが未だに起きる気配がない。あの夢のこともあり無理に起こすのは気が引けるヒロは、「自分達は遅れて食べる」と連絡を入れる。先の一件でも世話を掛けたなのはからは呆れられてしまったが仕方ない。

 なにせアインハルトが見た夢の原因は自分にあるのだから――。

 

「う、うーん……」

 

 呻くような声を上げながら、何かを求めるように宙を彷徨う妹の手をヒロは両手で包む。それだけでアインハルトの表情は穏やかになり、ヒロは幾分か救われた気持ちになった。




今回で当初予定していた合宿編でのイベントは終了です。
これまで出てきたフラグは回収できるよう努力します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十八話

お気に入りがついに2700を超えてしまった……。


 四日間という、長いようで短い合宿は終わりを告げた。

 世話になったアルピーノ母娘に礼を言って別れ、来た時同様次元船に揺られ帰ってきた一同。

 子供組はともかく、大人組は次元港(ここ)で別れるものが多かった。

 その中の一人ティアナとの別れをより一層悲しんでいるのは、何を隠そうアインハルトである。

 露天での一件で凄まじい勢いのブラコンを披露したアインハルト。その姿に眠っていた兄への想い的な何かが再燃、結果意気投合する程仲良くなった二人は今固い握手をしていた。

 

「じゃあね、アインハルト。ヒロさんと仲良くね」

 

「はい、ティアナさんもお元気で。ご教授ありがとうございました」

 

 限りなく友情に近い、しかしそれとは僅かに異なる……言うならば同志しか持ち得ない様な独特の雰囲気を曝している二人に、周りの人間は完全に置いていかれていた。

 スバルが「ねぇティア……一体何を教えたの?」と訊いてくるが、「あんたには解らない事よ」と軽く一蹴する。

 気にはなるが、同時に聞いても理解できる自信はない。パートナーが遠くに行ってしまったような気がして少しばかり寂しい気持ちになった。

 

「随分と賑やかだね、それに華やかだ」

 

 周りが呆れたり、苦笑を漏らしているとヒロのすぐ隣からそんな言葉が発せられた。

 見るとそこには綺麗な容姿をした人物がいた。160cm前後の身長に、肩口で切り揃えられた黒い髪。青い生地を基調とした浴衣を纏っており、整った顔と相まって日本人形の様に錯覚してしまう。

 そんな「美人」という言葉が似合う人物がヒロに笑みを向け「やあ」と軽い挨拶をした。

 日常生活において滅多に出会うことのない人物との会合にヒロは僅かに面を食らったが、何となく理由を察するとため息が漏れた。

 そして嫌々ながらもなのは達に自分もここで分かれることを告げ、アインハルトを任せるつもりだったのだが……。

 

「それはいいけど……その人誰? ヒロ」

 

 分かっていたことだったがやはり触れられてしまった。

 それはそうだろう。見たこともない美人が現れたと思ったら、その人物と共に姿を眩まそうとする。何処からどう見ても如何わしい関係にしか見えない。

 その所為か視線が痛い。特にフェイトとアインハルトの視線が。事フェイトに関してはデートに誘っている為か僅かばかりの軽蔑の念が籠もっている、その道の人ならば有り難く受け入れるだろうが生憎とヒロにその気はないのであしからず。アインハルトからは「また女か」みたいな呆れたジト目をされてしまった。

 このままではマズイと思い、誤解を解こうとするヒロとは逆にくつくつといやらしい笑みを浮かべた件の人物はべったりと体を寄せてきた。

 ――瞬間、殺気を感じた。

 

「じゃあ行こうか? ヒロ」

 

「……分かってやってるよな、アンタ」

 

「さて、何のことかな?」

 

 口ではそういうものの顔が完全に破綻している。絶対に面白がっている。

 過度なスキンシップ自体は今に始まったことではないから仕方ないと諦めているが、今回ばかりは遠慮して貰いたい。如何に先輩で年上とはいえ、流石に弁えて欲しい。

 止むを得ず無理矢理解こうとするが、なかなかどうして振り解けない。

 それはそうだろう、如何に華奢な身体つきとはいえこの人物はあの曲者揃いの部隊で唯一ヒロに匹敵する近接戦闘者なのだから。

 こうも密着されていてはお互いに何も出来ない。何かアクションを起こす前に阻害できてしまうのだから。

 苦虫を潰したように顔を顰める。その表情が更に加虐心を燻るのか、「ふふん」と鼻を鳴らしヒロの顔をその細い指でなぞる。

 そして更に顔を近づけ――

 

「はい、そこまで」

 

 次の瞬間、呆気なくヒロから離された。

 見るとなのはが自分の方にヒロを引き寄せており、不意を突いたその行動に対応出来なかったと思われる。

 

「流さんやり過ぎ、ちょっとは周りや世間体を気にしてよ」

 

「いや~、ゴメンゴメン。あまりに彼が良い反応するものだから……ついね」

 

 目を据わらせながらそう忠告するなのはに「(ながれ)」と呼ばれた件の人物は舌をペロっと出して謝った。

 茶目っ気を出したその行為、年甲斐も無くと思わなくもないが妙に板に付き、更に容姿も相まってか気持ち悪いほどに似合い過ぎていた。

 なのは達のやり取りを見ていたフェイトは「知り合いなのか?」と訊ねる。するとなのはは一瞬言い辛そうに口を紡ぐものの、意を決して開く。

 

「この人は秋月流さん。ヒロくんが属している部隊の先輩で、私と同じ地球出身者。見た目は若いけどこれでも私達よりも年上、更に言うと既婚者。そして凄く強い人」

 

 大雑把だが簡潔に言葉を連ね、一区切り付いた後「あと……」とある言葉を繋げた。

 

「この人、男性だから」

 

『………………は?』

 

 思考が一度止まり、次いで出たのは素っ頓狂な声だった。

 

 ヒロと同じ部隊の人間だから迎えに来た。これは分かる。

 見た目と実年齢が合っていない。前例があるので納得した。

 既婚者。なのは達よりも上なら最低でも二十代半ば以上、結婚していてもおかしくはない。

 地球出身である。見た目や着ている服、名前から何となくそんな気がしていた。

 凄く強い。ヒロと同じということは中将直轄の精鋭部隊、おかしくはない。

 男性である。ちょっと待て。

 あの容姿と中性的な声、それならまだ分かる、千歩譲って納得しよう。しかし彼は先程からやけにヒロにべたべたしていないか? 具体的に言うなら体を密着させたり、妖艶な空気を作って顔を近づけたり……。

 「まさか……」と視線が一点に注がれた。その先には無論件の人物、流の姿がある。視線に気付くと彼はにやりと口の端を吊り上げる。

 

「ま、僕はヒロのこと気に入ってるしね」

 

 その言葉を聞いて即座に反応したのは言わずもがな(アインハルト)だった。

 彼女はヒロの前で構え、敵意を露わにしている。流石に兄を「そっちの道」に行かせる気はない。非生産な恋、断固反対。

 警戒を通り越して威嚇してくるその姿に流は口を押さえくつくつと笑う。

 

「いや、ゴメンゴメン、冗談だよ。確かに彼のことは気に入ってるけどそういう目じゃ見ないって、第一僕結婚してるし」

 

 結婚してなかったら見てたのか? とは訊かない、藪蛇だから。

 ちなみにスキンシップが激しい理由は元々そういう性分であることとヒロの反応が面白いから、らしい。

 本人のちょっと歪んだ愛情表現は兎も角、そういう関係ではないと誤解が解けると周りは安堵した。しかしヒロとなのはは気が抜けなかった、何せ流にそういう趣味がなくとも、彼の嫁はその趣味を持っているのだから……。

 一応確認の為辺りを見回す。当たり前だが、それらしい人物は何処にもいない。流石に仕事に付いてくる程常識知らずではないとはいえ、ついつい警戒してしまうのは一度暴走した彼女を見た所為だろう。とりあえず、その時なのはが抱いた感想は「出来ることなら関わり合いになりたくない人」というものだった。

 なのはですらそう思った人と籍を入れてしまえる辺り流は心が広いのか変わり者なのか……恐らく後者だろうとヒロは人知れず頷いた。

 

 脱線はしてしまったものの、ヒロが呼び出されたことに変わりはなくアインハルトとは此処で離れることになる。

 恐らく本日中に帰ることは難しい為夜更かししないようにとだけ注意する兄に、妹は早く帰ってきてくれるように言葉を告げる。

 

「兄さん……私、朝食作って待ってますから」

 

「朝帰りは難しいな」

 

「昼食作って待ってますから!」

 

「学校には行きなさい」

 

「ゆ、夕食作って待ってますからぁ!」

 

「ああ、分かったよ」

 

 涙を浮かべた三度目にしてようやく言質を勝ち取ったアインハルトは「約束ですからね!」と念を押す。それに頷くとヒロは踵を返し、流と共に自分達の上司の下に向かう。

 その際振り向き様にフェイトに視線を飛ばす。「予定が決まったら連絡を寄こせ」という意味であり、フェイト自身もそれを理解したらしく頷いて返した。

 

 ――その様子を偶然目撃してしまったなのはの胸中には、複雑な想いが渦巻いていた。





これで合宿編は終わり。
長かった……二十話くらい使うとは思わなかった……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二十九話

名状しがたき閑話のような何かpart2


 首都クラナガンから遠く離れた地。木々が生い茂り、穏やかに流れる川。野生の動物が駆け回る自然豊かなそこは、ある者の私有地だった。

 リード・オルグラス。管理局における高位の役職、中将に位置しており、代々続く名家オルグラスの現当主である。二十代半ばにして現在の地位を築いた天才であり、いずれは大将になるであろうと言われている一人だ。

 彼の一族、『オルグラス』は古代ベルカの末裔とされ、滅びた今尚務めを果たしている。

 その最も所縁が強く、彼らが守り続けている地には古めかしい屋敷が立っていた。白い外装で彩られたそこの庭先でリードはひっそりと読書に耽っている。

 風に靡く白い髪、椅子に腰掛けて文字の羅列がびっしりと連なったそれを黙読する様は何処か詩的に感じられる。ガラスのテーブルの上にはビーダマを思わせる色とりどりの球体が幾つも積まれており、カラフルな山がそこにはあった。その内の一つを手に取り、口に含むと甘味が口内に染み渡っていく。

 ビーダマの正体は飴だ。彼は無類の甘党らしく、口が寂しくなると必ず飴を舐める癖がある。曰くその方が集中できるらしいが、過度な糖分摂取は身体に毒だからと医者を兼ねている部下に常々言われている。もっとも、その程度で抑えてくれるのならば『常々』には言わないだろうが……。

 そんな困った者の下に一人の少女が近付いてきた。

 

「先程、ヒロと流が到着したのを確認しました。これで全員揃いましたよ、リード」

 

 いつもの制服姿からは一変し、私服に衣替えしたシュテル。彼女はリードの傍に寄ると彼が召集したもの達が集まったことを簡潔に伝えた。

 「そうか」と応えると同時に口の中で飴が溶けてなくなるのを感じた。

 

「なら、行こうか」

 

 本を閉じ、静かに立ち上がるとシュテルを引き連れ歩んでいく。

 

 見慣れてしまった大理石を思わせる壁、相当古い物だろう。今更そんな感想を抱くこともなく淡々と進んでいるとシュテルがあることを訊いてきた。

 

「このまま“彼”と会って大丈夫なのですか?」

 

「ん? どういうことだい?」

 

 気遣いや心配の色はなく、ただ確認の為に問うたそれにリードは首を傾げた。その様子に「これでは覚えていないな」と呆れてため息を漏らした。よりによって「オルグラス」の者が「覚えていない」とは皮肉にも程がある。

 それほどまでに忙しかったのか、自分が伝えた「伝言」が印象に残っていなかったのか?

 どちらにせよ、リードの数分先の未来が決まったことにシュテルは心の中で合掌する。

 そうこうしている内にある扉の前に来る。

 シュテルの言葉の意味を模索しつつ、それを開くと猛スピードで迫るものがあった。然程大きくはなく、恐らくは顔の半分程度。固く閉ざされたそれが拳だと気付くと、「あ……」と声を漏らして思い出した。

 次の瞬間、顔面を強い衝撃が襲いリードは壁に叩きつけられた。

 見るからに痛ましいその姿にしかし主だった反応を示す者はおらず、寧ろ殴った当人であるヒロは舌打ちという悪態をついた。

 その行動の意味を疑問に思う前にヒロの背後から声が掛かった。

 

「あーごめんごめん、すっかり忘れてたよ」

 

 振り返るとそこにはリードがいた。

 長机の席には彼の部隊員が揃っている、空席は今立っているヒロとシュテルの二人分だけだ。

 両端に部下を座らせ、自身は中央の椅子にどっしりと構えていた。そしてなに食わぬ顔で飴を一つ口に含んだ。

 殴った感触はあれど叩きつけたはずの壁にその姿は既にない。

 

「これでおあいこ、一発は一発だからね」

 

 そう言いリードはにやりと笑みを浮かべ、紙に包まれた飴を取り出すとそれを解いて口に含んだ。その瞬間僅かに開いた目蓋の隙間から見えた片目は本来のグレーではなく、宝石を思わせる紫色だった。

 宣言通り「一発殴った」事実だけは残っているが当人はピンピンしている。

 ――相変わらず厄介で面倒な能力だ。

 そのことに苛立ちを覚え吐き捨てるように呟いた後シュテルを伴い席に座ろうとする。

 だがその前に一つの水色の影がシュテルに急接近してきた。

 

「みてみてシュテるん! ヒロからお土産貰ったよ!」

 

 元気よく飛び出した少女は手に持った長方形型の箱を見せる。どう見てもお土産コーナーにありそうな定番商品と思わしき物なのだが、それでも嬉しかったのかテンションがやたらに高い。

 それを「一緒に食べよう」と言ってくる彼女の屈託のない笑顔に、シュテルは口元を緩ませ静かに頷く。

 その後視線をヒロに移し凝視。「私の分はないのですか?」という密かなアピールに、ヒロは呆れたようにため息を吐くと「後でな」とだけ言って自分の席に腰を下ろした。了承したシュテルもヒロに(なら)い席に座る。

 全員が各座にいるのを確認する為視線を一周する。

 まず自分の近くにいる三人、マテリアルと呼ばれる者達。何処ぞの三大エースを幼くしたような容姿の彼女、近場の者から順に。

 冷静で感情の起伏が少ない、しかし勝負事には熱くなる一面を持つ『星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)』。通称シュテル。

 シュテルとは真逆に感情表現豊かな、元気で少し頭が足りない『雷刃の襲撃者(レヴィ・ザ・スラッシャー)』。通称レヴィ。

 腕を組み偉そうに踏ん反り返っている、彼女達のリーダー的存在『闇統べる王(ロード・ディアーチェ)』。通称ディアーチェ。

 それぞれが遠距離、近接、範囲攻撃に特化しておりバランスの取れたチームとなっている。しかし最近はシュテルがリードの秘書的なポジションに着くこともある所為かレヴィとディアーチェのコンビを組むことが多い模様。

 

 ディアーチェの向かい側には本を読み耽っている十歳前後の少年がいた。見た目同様の年齢ではあるものの、事魔導書創りに関してはずば抜けた能力を持っている。おまけに使用の不可に関わらず写本・オリジナル問わず膨大な数の魔導書を一個人が所有している。本来なら認められないであろうそれは中将の庇護を受けることによって現実のものとなっている。

 

 次に視線を横にズラすと十代後半と思わしき女性は静かに目を瞑り「我関さず」という姿勢を保っている。

 彼女は正確にはリードの部下ではなく、ヒロ同様『ある契約』において力を貸しているに過ぎない。元より彼女の属しているのは管理局ではなく聖王教会である。とある『繋がり』を持っている騎士団長から特別に許可を貰い借りているのだ。

 

 その正面にいるのは流だ。肩口で切り揃えられた黒い髪。青い生地を基調とした浴衣を纏い、整った顔と相まって日本人形の様に華奢な彼だが、近接戦においてはあのヒロと同じ力を発揮する猛者だ。たおやかな笑顔を浮かべているが、ヒロと同じく一撃必殺の使い手である。

 

 覆面を着けた者が彼の横に座っている。「クロウ」という名の青年だ。

 彼は極度の人見知りらしく、サングラスやバイザー、果ては今回のような覆面を着けていないと人の集まる所に来れないらしい。唯一の肉親とも呼べる「兄」に対しては素顔で接することができるらしい。その「兄」がこの場にいるというのに、それでも顔を隠す辺り徹底している。

 

 そして、最後に一番の問題児であるヒロ。

 クロウの正面に座っている彼は、しかしやる気がしないのか頬杖をし視線が明後日の方を向いている。

 ――いや、その表現はやはり正しくはなかった。

 確かに彼は場違いな方向に視線を飛ばし、他者から見たら不真面目極まりないだろう。だが、この場にいる者は全員が知っている。

 彼の見つめる先には「彼の王」が眠っていることを……。

 

「さて、じゃあいつもの定時報告といこうか?」

 

 それを知っていながら――否、知っているからこそリードは敢えて話題には出さず本題に乗り出す。

 個人個人がエースクラス、もしくはそれ以上の力を持つ彼らが集った理由は、平たく言えば近況報告である。

 月に一度はこうやって集まり、顔を合わせ、話し合うようにしているのだ。

 しかし……。

 

「進展はありません」

 

「同じく!」

 

「右に同じよ」

 

「特になし」

 

「以下同文」

 

「うん、ないね」

 

「……ない」

 

「分かりきったこと訊くなよ」

 

 全員口を揃えて「ない」という始末。

 実際問題、大事が起きれば呑気に報告会などやってはいる場合ではないのだろうが、流石にここまできっぱりと言われると逆に清々しくさえ思える。しかしそれでは定時報告の意味がない。

 だから切り口を変え、ある二人に視線を向ける。

 

「セリア、ヒロ。その後、トレースの具合はどうかな?」

 

 その問い掛けに銀髪の女性はピクリと眉を動かし、黒髪の青年は首すら動かさず「別に」とだけ応えた。

 

「分かっていると思うけど、その魔法は記憶を覗くなんて生易しいものじゃないんだ。何せそれは元は“拷問用に作られた魔法”なんだから」

 

 リードが表情を改め声を強めると、セリアと呼ばれた女性は今まで閉じていた瞳を静かに開く。対してヒロは今更なことを、とでも言いたげにため息を吐いた。

 

 魔導の歴史は長く、その種類は数多にある。戦闘用や日常用の他にも様々な用途に応え生み出された物もある。

 『トレース』とはその中の忌むべき一つ、拷問用という前提を以って作られた魔法だ。物に込めれた記憶を“追体験”という形で発動するそれは、使い回す拷問具とは相性が良く、使い続けるほど効果は絶大になる。昔のイカれた趣向の持ち主が作ったものらしく、何気に現代にまで残っているが、勿論使用は禁じられている。

 しかし、昔の曰くつきの武具にはこの魔法が施されていることがあり、前の持ち主が悲惨な人生であればあるほど常人には耐え切れず絶命してしまう者もいる。恐らく施した当人は使われたくない一心でそうしたのだろうが、後々使う身としてはいい迷惑である。性質としては呪いに近い為か、解除することも難しいらしい。

 その為有名だが使えないという英雄達の武具は少なくなく、ほとんどは管理局か聖王教会で厳重管理されている。

 

「英雄っていうのはね、常人には耐えれない苦難と苦境を乗り切るから英雄なんだ。そんな彼らの人生をキミ達は文字通り体験している。ボクには想像も出来ないような思いもしてるんじゃないかな?」

 

 武勇伝を持つ英雄の人生は何も常に華やかなものだけではない。非業の最期を遂げる者や、常に逆境に立たされる者もいるのだ。

 そんな彼らの勇姿を見聞するならまだしも自ら同じ状況になりたいと思う者はいないだろう。

 それほどまでに彼らの人生は苛烈で儚いのだ。

 

「私は問題ない、防御に優れているからこその「不砕」だからな。むしろ私よりも……」

 

 言葉を切り首を横に振る、その先にはヒロがいた。

 生い立ちからして異質なあの「不敗のイージェス」の人生を追体験している彼の方が問題ではないか?

 そんな意味を込めての視線を向けられたヒロは、しかし大きく息を吐くと立ち上がり部屋から出ようとする。

 

「何処に行くんだい?」

 

「もう話すことはないだろ? だから帰る」

 

 不毛、と言わんばかりにバッサリ切り捨てると扉に手を掛けた。

 ここでくだらない話し合いをするよりも、予定より早く切り上げ愛しの妹に会った方がヒロには遥かに有意義だ。

 だからこそさっさと帰る為に手に力を入れる――

 

「危険性に関してはキミ自身が一番よく知っているだろう? あれとキミの力。その所為で“彼”は死に、“キミ”が生まれたのだから」

 

 寸前、リードの放った言葉に僅かに動きが止まる。

 掘り起こされる忌まわしい記憶に胸がざわめき、息が一瞬詰まる。

 

「……誰の所為だと思っている……」

 

 振り返り、そして言った張本人を睨みつけた。

 お前が原因だろうが。無言で射抜く視線はしかし長続きせず、すぐに元に戻すとそのまま部屋から出て行った。

 見送ったリードは「マズったかな」と近くにいたシュテルに視線を送る。呆れきった表情を一瞬浮かべた彼女だったが、機嫌を悪くしたのかそのままそっぽを向いてしまう。

 大方誰かの所為でお土産が貰えなくなった為だろう。なんだかんだで彼女もヒロに懐いているのだから。

 つくづく好かれない性分だな、と自傷気味に笑う。

 そんな彼の眼差しの向こうは、先のヒロと同じ場所を捉えていた。

 

 

 

 螺旋階段を抜けた先にある、日の光も差し込まない暗い空間。

 宙で鎮座する結晶に囚われた小さき王を見上げる者が一人。

 

「相も変わらず、か」

 

 ヒロがそう呟くと、近くで何かが蠢く気配がした。

 数瞬の合間を以って結晶の後ろから一対の光が現れる。それは珍客であるヒロに近付き、目前まで寄るとその全容を露にした。

 それは、十mはあろうかという巨大な獣だった。黒い毛に覆われた狼、ヒロの身体ほどはある顔を近付かせると彼は優しくその頭を撫でた。

 

「お前も、いつもお勤めご苦労様」

 

 (よわい)数百年になろうとしている彼は守護獣だ。

 水晶の中で眠っている彼女が昔助けたもの。当時は小さな彼女にさえ抱きかかえられる程の大きさだったのに、今では下手な建物よりも大きい。

 かつての主から魔力を供給されなくなってからも、代々オルグラスの者が代わりに与え続けていたらしい。恐らく供給される魔力の性質が定期的に異なっていたのが原因だろう、一時的に守護獣としての形が不安定になり、再度形成。それが幾度も重なった結果なのだ。

 本来生身の使い魔や守護獣がこんな長い期間生存、しかもここまで歪な形で生き続けることはありえない。オルグラスの者が手を貸しているとはいえ、生命としての限界を迎えてまで未だに在り続けようとするのは一重に彼女を守りたいからだ。

 拾われた恩を返したい。それと、こんな所で一人寂しく残されている彼女に孤独を味わって欲しくないからかもしれない。

 既に機能を失った目をヒロに向ける。彼が無言で語ると頷き頭に乗せる。

 そしてそのまま立ち上がると水晶の前へと連れて行った。

 

「ヴェル……」

 

 対面し、儚い存在へと手を差し向ける。

 彼女の元へ突き進むそれは、しかし触れることなくすり抜けてしまった。

 今の彼女は目視できるが、『此処』にはいない。外部から干渉されないように時間と空間をズラされて閉じ込められているのだ。故にこちら側とは時間の流れが違う。彼女の視点からすればほんの数瞬のことかもしれないが、もしかしたら数百年どころか数千年も経っているのかもしれない。願わくば前者であって欲しいが、こればかりは本人にしか分からない。

 時間と空間に干渉する程の高位の封印魔法。それを使わなければいけないほどに危険と判断された彼女は絶えず変わることなくこの地に在り続ける。

 そうなってしまった元凶は他にあるが、発端はアゼルにある。

 その事を思い出したヒロは、すり抜けてしまった手を眺め大きく息を吸う。

 

「――ハンニバル」

 

 そして静かに瞳を閉じ、同時にかつての相棒の名を紡いだ。

 瞬間、容姿は一変した。血を連想させる赤いコートの様な衣を纏い、手には爬虫類の鱗を逆にしたような禍々しい悪魔の手――赤黒いガントレットが備わっている。纏った空気すら変わったのか守護獣が一瞬身震いした。それは久方ぶりに感じた「恐怖」というものだった。

 瞼を開き、捉えた先にある赤黒いガントレット。それを今度は差し伸ばした。

 かつて一夜にして国を焦土と化した悪竜。その逆鱗と心臓を素材として作られた武具。悪竜に(ちな)んだ名を持つそれは、ヒロに苦痛を与え続ける呪われた物の一つだ。

 その為一概に良いものとは言えないが今のヒロを形成する要素の一つであることは他ならない。

 そして何よりこれは眼前の彼女が作ったものだ。壊滅的な芸術センスの所為でこんなにも禍々しくなってしまったが、これには少なからず彼女の力の一部が残っている。

 だから、もしかしたらという僅かな期待を持って差し出すが……。

 

「ま、そうだよな」

 

 結果は変わらず、そのまますり抜けてしまった。

 ヒロは苦笑を浮かべると今の姿を解き、元の姿に戻った。そしてそのまま守護獣の頭から飛び降り、何事もなく着地。

 

「またな」

 

 そうして、そのまま手をひらひらと動かしながらその場を後にする。

 残された守護獣は、見えずともヒロの姿が闇に溶けるまで見送ると、静かに彼女の傍で体を伏せた。

 結局はいつも通り、無人と化した部屋に大きな盲目の守護獣がいるのみとなった。

 

 ――だからだろう……静かに、そしてゆっくりと、時間を掛けてだが彼女の口が動いたことに気付いたものは誰もいなかった。





今回出てきた奴らですが、基本出番はないです。設定上はいるという感じで顔見せとして出しただけです。
A'sやstsならともかくViVidでこんな異常戦力の出番とかあるわけが(ry

シュテル「お土産……(´・ω・`)」

……まあ、マテ娘は出番あるかも……。
あとリードは恋愛絡みでちょっかいかけてきます。実はコイツが動かないとヒロとのフラグが……。

次回からはまた日常回の予定。と言っても四巻の修行期間中の話。
インターミドルに関しては改変するもの以外は基本バッサリカットするつもり。その分オリ回増えます。
インターミドルの方が気になる人は原作を買おうね(ステマ)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十話

これが俺のファンサービスだ!(どこぞのアジアチャンプ風に)


 動物は本能に忠実だ。

 人より優れた感覚を持ち、そこから得た情報を元に即座に対応する。

 自らより劣ると思うものには容赦をせず、優れていると思ったものには従順に徹する。

 そして自らの害になるもの、敵と認識したものには臆することなる牙を突き立てる。特に守るものの為に勇敢と立ち向かう姿は凛々しくも雄々しい。

  --故に。

 

「にゃあああああ!!」

 

「だ、ダメですよティオ! めっ!」

 

 こちらを目一杯威嚇する子猫(のぬいぐるみのような何か)を叱る妹を眺めつつ、こうなることは必然だったのだろうとヒロは虚しい気持ちを抱きながらこう思った。

 --ま、動物ベースにすればこうなるよな……と。

 新たな家族になるべき相手に全力で威嚇される兄、それを必死に宥めようとする妹。そして完全に外野と化している赤と銀の二人組。

 そんな小さな騒動はある日の夕暮れに起きた。

 

 

 事の発端というほどではないが、例の合宿を終えてから二週間ばかり経った頃。ヒロの下に一通のメールが届いた。

 差出人は高町なのは、内容は合宿の際にも話したアインハルトのデバイスについてだ。彼女の古くからの友人にしてデバイスマイスターの資格を持つ女性、八神はやてに製作を頼むことになったのだが、どうやらそのことらしい。はやて本人と面識のない為なのはが代わりに連絡を入れてくれたようだ。

 製作依頼してから実に二週間あまり、まさかと思いつつもメールを開くとそこには「完成した」という結果が載せられていた。予想よりも僅かばかりに速い仕上がりに舌を巻くヒロだったが、すぐさまアインハルトにそのことを伝えると丁度妹にもその報告に伝わったようで、放課後ノーヴェと彼女の姉のチンクが付き添って受け取ってくるらしい。

 逸る気持ちを抑えようとしながらも内心は期待に胸躍らせているであろう妹の姿が用意に想像付く。今はまだ昼休み、午後の授業は身に入らないだろうな、と思いつつヒロは微笑を浮かべた。

 今日は早めに切り上げるつもりだから夕方には帰れるだろう。

 そう思い、仕事を再開し始めた。

 

 ヒロ・ストラトスは医者として卓越した技術を持っておりその道だとそれなりに有名なのだが、妹が第一な性格故にある程度の情報操作を行い、(おおやけ)に広まらないようにしている。それなので表向きは普通の診療所であり、多少早めに切り上げても常連客以外は特に困ることがあまりない。本当に急を要する場合は相応の大きな病院に行くであろうし、そこには優秀な医師やスタッフがいる。大抵はそこで対処できるはずだ。例外として、彼らの手に余る程の重症や極めて難しい手術の場合のみヒロに連絡が来るようになっている。一流の更に上と言ってもいいずば抜けた技術を持っている為幾度も声を掛けられているのだが、前記した理由の他にも中将の部隊員も兼ねていることもあり、断ってきた。代わりとして本当に必要とされた場合は必ず向かうように心がけている。

 ともあれ、そうした事情により本日は早々に切り上げ、出来上がったばかりのアインハルトのデバイスを見ようかと思っていた。……よもやそれが自分のある種の天敵であるとも知らずに。

 

 そうして予定通り時間がくると引き上げ、帰路に着く。家の前で丁度送ってもらったアインハルトと、付き添ってくれた二人とばったり遇い、挨拶もそこそこに喜々としてデバイスを見せる妹だったが……。

 

「にゃあ!」

 

 その瞬間、彼女のデバイスであるアスティオンが異常なまでにヒロを警戒し、威嚇してきたのだ。

 つい先ほどまでは誰が相手でも愛想よく振りまき懐いていたのだが、何故かヒロにだけは態度が一変した。

 その様子に慌てふためくアインハルトだったが、対してヒロは悟ったような表情を浮かべノーヴェに問いかける。

 

「あれ、もしかして動物ベースのAIか?」

 

「え? ああ、そうだけど」

 

「やっぱりか……つか変にリアルさ追及されてるみたいだし、どうしようもないな」

 

 特に今回は作った人の腕が良過ぎたことが災いした。一人で納得したヒロは盛大にため息を吐くが、周りは一体何のことか理解できず揃って小首を傾げる。

 

「いや、なぁ……」

 

 そこでどう説明したものかと悩んだ末、困ったように頬を掻き、それでいて申し訳なさそうに語った。

 

「オレ、ダメなんだよ…………動物が」

 

「え?」

 

「いや、正確には『オレが』というよりは動物の方から避けるというか……怖がるというか……」

 

 言葉を濁し、曖昧に言いながらもヒロが紡いだそれにアインハルトは心当たりがあるのか「あ」と声を漏らす。

 実はアインハルトはペットというものを飼ったことが一度もなかった。それどころか兄と一緒に動物園にもペットショップにも行ったことがない。

 まだ多忙ではなく、時間が取れる時には遊びに付き合ってくれた幼少期。基本何処へでも連れて行ってくれたヒロだが唯一動物がいるところだけには行きたがらなかった。それは長年「数少ない知らない兄の一面」としてアインハルトの記憶の片隅に眠っていたが、今日そのことを思い出し、ようやくその理由が分かった。

 とどのつまり、ヒロは「動物に好かれない部類の人間」ということだ。

 

「おかげで、獣医資格とかも取りたくても取れないしな」

 

 明後日の方を向いて呟いたそれは独り言だったのだろうが、やけに哀愁が籠っていた。

 動物、特に繊細なものにとってストレスは大敵と言える。飼ってはみたものの勝手が分からずストレスを溜めさせて死なせてしまったというケースは珍しくない。それほどまでにストレスとは軽視できないものなのだ。

 それにも関わらず自らが恐れる相手に体を触れられでもしたら急速な精神的負荷で死にかねない。特にヒロの場合、どんな動物ですら畏怖するのだ。熊や虎、ライオンですらヒロの前では大人しく縮こまってしまう。そんな相手が触診した日にはもう……。

 故にヒロは動物を診ることができない、その資格を持つことができないのだ。

 ただ、唯一使い魔は例外だ。彼らは動物をベースにしているが強い理性を持っている。だから動物達のようにはならない、本能を理性が律しているからだ。……とはいえそれでもストレスを全く感じないわけではないので長時間の接触は厳禁らしい。

 

「はぁ……」

 

 普段あまり考えたくないことを思い出した所為か、僅かばかり気落ちした。正直ヒロは動物が嫌いではない、寧ろ好きな部類だ。しかしどうしようもならない現実にため息を吐いてしまった。

 

「だ、大丈夫ですよ、兄さん! 私がいるじゃないですか!」

 

 慰めるべく胸を張ってそう言うアインハルト。傍から見れば自意識過剰と取れる言葉だが、事実としてヒロの心の大半はアインハルトのことで埋め尽くされている。故にそんな言葉ですら本人には嬉しいらしく、沈んだ気持ちが僅かに晴れる。

 その礼をすべく最愛の妹の頭を撫でようと--

 

「にゃ!」

 

 した瞬間、いつの間にかアインハルトの頭の上にいたアスティオンの柔らかくも鋭い肉球パンチに妨害され未遂に終わった。

 

「…………」

 

「あー! 兄さんがいじけた! ティオ離れて、お願いですから! ノーヴェ、チンクさん助けてください!」

 

 妹とのスキンシップを妨害されたヒロは大人気なく肩を落とし項垂れ、そんな兄の姿に妹は狼狽している。

 

「助けろって……どうすりゃいいんだ?」

 

「……姉に聞かれても困るのだが……」

 

 そして助けを求められた二人はどう対処していいのか分からず暫く呆然としていたが、とりあえずあの大人気ない兄をどうにかするのが先と思ったらしく、アインハルトに張り付いているアスティオンを引き剥がすことを決めたのだった。

 




そんなわけでViVid放送日に合わせて更新してみました。え?ズレた?気にするな!

正直、製作会社が変わったのでちょっと不安に感じてる私ガイル……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十一話

 

 二つの時計の針が揃って空を見上げる頃。

 平日の真っ昼間とはいえ人口密度が増した公園のベンチにヒロは腰掛け、医療関係の本を読んでいた。

 天気予報によると日射しが強くなるということなので帽子を被り、更に陰になってもいいように度の入っていない読書用のメガネをかけている。基本ファッションには無頓着なヒロ、そんな兄を見かねて妹が見立ててくれたのだ。

 普段の彼を知っている人が見たら思わず二度見してしまう程には印象が違っていた。

 だからだろう。

 

「えっと、ヒロ……?」

 

 訊ねる声が妙に弱々しく、疑問形だ。

 それに気付いたヒロは本から視線を上げるとそこには待ち人である女性、フェイトの姿があった。

 人違いの可能性を少なからず感じていた彼女は再三顔を見ると本人と分かったらしく、安堵する。

 

「早いな」

 

 そんなフェイトの姿を横に視線を更に斜め上に移す。公園に備えてある大きなアナログ時計を確認するが、約束の時間までおおよそ一回り分の余裕がある。

 

「そういうヒロだって……」

 

「オレは家に居ても特にやることがなかったからな。それにデートで男が遅れちゃ示しがつかんだろ」

 

 インターミドルに向け、最愛の妹は朝早くから特訓に勤しんでいる。その上、本日は手合いをしてくれる相手の下にも行っている為実状家にはヒロ一人しかいなかった。

 元より休みである為勉強以外することはないが、それに集中し過ぎて遅れたのであれば格好悪いことこの上ない。従って、待ち合わせ場所ですることにしたのだった。

 予定ではフェイトが来る前に読み終わるはずだったのだが、思っていた以上に早い到着の所為で六割ほどしか読破出来ていない。

 仕方がない、残りは宿題にするか。そう思い立ち上がると公園にいる人達の視線がこちらに集中

しているのに気付く。

 最初はどうしたのか? と疑問を抱いていたが、向ける視線の主の大半が男であること、視線の集まる中心点が自分ではなくその近くであったことに納得がいった。

 

「どうしたの? ヒロ」

 

 もっとも、当の本人は全く気付いていない模様。可愛いらしく小首を傾げるその様は、なるほどどうして愛らしい。

 美しさと愛らしさを併せ持つ、ある意味において理想的なこの女性は、残念なことに鈍感らしい。向けられる好意の視線を全力でスルーするその姿に呆れ半分……。

 

「ふん」

 

「え!? 何!?」

 

 そして嫉妬を半分抱いたヒロは自分の帽子を突如フェイトに被せた。

 いきなりのことで驚いているフェイトを横目に、僅かに考え込んだ後続けて今度はメガネを掛けさせてみた。

 

「あ、あの……」

 

 「被らせる」のではなく「掛けさせる」という行為故に先程よりも距離が近くなる。更に正面から向かい合うような形になる為恥ずかしいのか頬を赤らめ目があっちこっちを泳いでいる。

 メガネを掛けたことにより多少知的に見える所為か、いつにも増して艶っぽい。

 これでは逆効果だ。そう判断したヒロはフェイトからメガネを外すと自分の上着のポケットにしまい込んだ。

 

「さて、じゃ行くか?」

 

 そうして一人で納得したヒロは未だ呆けているフェイトをしり目に歩き出す。

 

「え? ちょっと、さっきのなんだったの!」

 

 そんなヒロのマイペースさに調子を崩されたフェイトは僅かばかりに唇を尖らせながら後をついていった。

 

 

 合宿の時に交わした約束をする為に二人は時間を合わせ、今日再会を果たした。「交わした約束」とは即ちデートのことである。もっともフェイトにとってはただのデートではなく、あの時起きた出来事の詳細を知るためだが……。

 しかし理由はどうあれ、男性と二人っきりで出かけるのだ。綺麗に見てもらいたいと思うのは至極当然のことだろう。故に休みが取れてからは毎日のように自分なりのコーディネートを考えたつもりだった。あのヒロが素直に褒めるとは思えないからせめて「悪くない」とか「いいんじゃないか?」程度のことは言って貰えるよう試行錯誤を重ねたつもりだ。だが……。

 

「うぅー……」

 

「いやほんと悪かったって」

 

 まずは軽く腹ごなしとして入った手頃な喫茶店にて、不機嫌気味に頬を膨らますフェイトに何度も平謝りを続けるヒロ。

 派手さはなくても個人的にオシャレを決め込んできたつもりだったのだが、当のヒロは特に感想も言わずにいきなり帽子を被せるという暴挙を行った。結果として整えた髪が乱れ、それを先程まで直していたのだ。

 髪は女の命という言葉を痛いほど実感したヒロは腰を低くして謝り続けていた。

 

 先のあの行動に関しては簡単に言うなら独占欲によるものだ。余程の特殊性癖か好みが変わっていない限り男性の大多数はフェイトのことを美人と認めるだろう。その美人が今日に限り自分のデート相手なのだ、他の男の視線に晒されていい思いはしない。容姿そのものはどうしようもないが、顔だけは隠せるだろうと帽子を被せたのが事の真相である。

 

「まあ、そういうわけだから自重してくれ、美人」

 

「……それって、どうすればいいの……?」

 

 十分に謝ったと自己判断したヒロは開き直ってそう言った。

 美人と呼ばれるのは嫌ではない、寧ろ嬉しく思うが、具体的には一体どうしたらいいのだろうか?

 

「美人が発する特有なオーラを抑える、とか」

 

「無理だよ」

 

 無茶な注文に間髪入れずに返す。魔力ならともかくオーラなど生まれてこの方出したことがない。

 そう返されるのが分かっていたのか「だよな」と微笑を浮かべるヒロ。その様子に呆れながらも変な緊張感が解けるのを感じた。どうやら自分でも知らぬ間に力が入っていたらしい、思っていた以上に「デート」という言葉を意識していたのだろう。

 ヒロはそのことを見抜いて気を遣ってくれたのだろうか?

 そんな疑問が浮かんだがすぐに首を振って否定した。

 いや、流石にそこまで空気が読めるのなら出会って間もなくお世辞くらいは言ったはず。美人と言ったのも客観的に見てそう思ったから言っただけだ。それはそれで嬉しいが、そのことと空気を読めるかという話は全くの別物だろう。

 そう、一人で納得したフェイトは気持ちを切り替えてヒロに問いた。

 

「それで、これからどうするの?」

 

「うん? そうだな……パスタとグラタンで迷ってる」

 

「メニューの話じゃないよ、もう……」

 

 しかし当の本人はマイペースにメニューを覗き込んでいる。小腹が空いてることもあってか、少し本気で悩んでるようでもある。

 

「はぁ……なら、私が片方頼むよ」

 

「ん? ……あー、『食べ比べ』ってやつか。なるほど、確かに“らしい”な……じゃ、それで」

 

 話が進みそうになかったのでそう提案したフェイトだったが、何か変に勘繰られてしまったらしい。

 しかし今更取り消すと余計に意識してしまいそうになり、結局ヒロが注文する際も黙っていた。

 件のメニューの他にドリンクを二つ頼み、それを承ったウェイトレスが厨房に引っ込むと「さて」とヒロがフェイトに視線を向ける。

 

「開始早々質問して『はい終わり』じゃつまらないだろう? 何処か行きたいところあるか?」

 

 日帰りで帰れるところなら何処へでも連れてってやるぞ。軽い冗談を付け加えて微笑を浮かべたヒロ。

 本来ならこういうのは発案者もしくは男性がエスコートすべきではないのか?

 そう思いもしたが、実は行きたいところは幾つかある。だから不満とかはなく、寧ろ申し訳なさげに「じゃあ……」と行きたい場所を次々と口にしていった。

 最初はどうしてそれらに行きたいのか分からなかったが、フェイトに関する資料を思い返して納得した。

 

「オーケー。なら、食ったら行くか」

 

 故に首を縦に振り了承した。

 




通算30万UA超えたってこの作品……マジ?

え? 読者は一体何を求めてこの作品を…………あ、ブラコンか(自己完結)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十二話

今回は別視点の話。


「おや? 珍しい」

 

 そう言って興味深そうに寄ってくる和服姿の美青年に、困ったような笑顔を浮かべて応えた。

 

「お久しぶりです。そういう流さんこそ何処か行くんですか?」

 

 管理局本局の通路を歩いていると見知った顔とばったり出会い、互いに挨拶を交わした。

 リードの下で働いている流はともかく、教導官であり、専ら空を飛んでいることの多いなのはがいるのは珍しい。更にそれがフェイトやその義兄クロノに用ではなく、こちらに直接来るとは……本当に希なことだ。

 

「ああ、仕事だよ」

 

 笑顔で応えた後「彼とね」と言って視線を後ろに向ける。

 そこには顔を隠すようにバイザーを着けた成年、クロウがいた。

 

「久し振り、クロウ君」

 

「……お久しぶりです」

 

 気付いたなのはが挨拶すると恥ずかしいのか、顔を逸らしながら返した。

 その様子に「相変わらずだなぁ」と苦笑を浮かべた。

 

「そういうキミはどうしたの?」

 

「あ、私はリードさんに呼ばれて……」

 

 来たんだけど。そう言おうとする前に流の目付きが険しくなる。だがそれも一瞬ですぐにいつもの柔和な

笑顔に戻った。

 

「ふーん……そっか、じゃあボク達はもう行くから」

 

 そう言ってクロウを伴い去ろうとする。その時すれ違う時に「気をつけてね」と声を掛けられたが、それが何に対してか聞く前に二人の姿は見えなくなった。

 

 「気をつけろ」とは何に対してだろうか?

 あの様子から恐らくリードのことを言っているのだろうが、そんなのは言われるまでもないこと。相手の弱みなどを好んで探し出すリード・オルグラスという人間を知っている者なら警戒しないはずがないのだから……。

 それを踏まえた上で言っているのだとしたら流はなのはが呼び出された理由を知っている、もしくは察したのだろうか? 

 そんな疑問が沸いたが、今更聞きに行くのもどうか。何よりすぐにその答えに会うのだから気にしても仕方がない。

 そう思って割り切り足を再び進めたのだった。

 

 

「失礼します、高町です」

 

 それから数分も掛からずに目的の部屋に着くとノックを二回行なってから声を掛ける。数瞬の間を持って

ドアは開き、中から「どうぞ」という声が聞こえた。

 入室の許可が降りたことで一歩踏み出し部屋の中に入れるとリードがいつもと変わらぬ笑顔で出迎えた。

 

「やあ、待ってたよ、高町ちゃん」

 

 成人しているとはいえ、自分より年下の女性の為かリードはなのはのことを「ちゃん」付けで呼んでいる。最初はそうでもなかったが、歳を重ねる事にむず痒くなってきた。

 

「それで、今日はどうしたんですか?」

 

 その気恥ずかしい気持ちを払うように、本来の目的でもある「呼び出した理由」を訊く。流の言葉も思い出し不安を感じたが訊かぬことには始まらない。

 意を決したなのはとは別に、リードは笑顔を絶やさずコンソールを弄った。すると部屋から明かりは消え、窓にもシャッターが降りる。驚く暇もなく、次いでに現れたのは複数のモニター画面だった。

 そこにはフェイトとヒロの姿があった。場所は何処かのホビーショップだろうか。プラモデルの箱とカードゲームのパックをヒロに見せ、どちらがいいかと訊いているところだった。恐らくフェイトが面倒をみている子ども達……特に男の子へのプレゼントだろう。

 即座にプラモデルを選ぶヒロにフェイトは理由を問い、間髪入れずに応えた。その何気ない光景が、しかしどうしてかなのはの胸を締め付ける。

 

「……また盗撮? 趣味悪いよ」

 

 平静を装って言ったはずだが、完全に隠すことが出来なかったらしく、結果不機嫌そうだ。

 それを『確認』するとリードは口を開く。

 

「ボクとしては“どっちでもいい”んだよね。ただ昔からの友人としてキミを応援したかったけど、どうやらそれも終わりみたいだね」

 

「……なんのことですか?」

 

 嫌な汗が流れた。惚けたような振りをしてもリードの表情は崩れない。

 解っているくせに。無言であるにも関わらずそう思っていることが読み取れた。

 

「“彼”は無くすには惜しいし、遺伝子はかなり優秀なものだ。もし子どもができ、仮に魔力適性がなくても血筋的に他の才を有する可能性は高い。確率を上げる為にも彼女は最優と言えるだろうね」

 

 誰のことを言っているのかが解る。

 嫌でもモニターの向こうに視線が向かう。

 笑い合ってる二人を見て、また胸が痛んだ。

 

「どう……して……?」

 

 そんな中辛うじて絞り出した声は酷くか細かったが、何とかリードは拾った。その瞬間から彼の顔から笑みが消えた。

 

「時間は有限なんだよ、高町ちゃん。キミ、最近のアインハルトちゃんを知っているんだろう?」

 

「うん、ヴィヴィオ達と仲良くやってるみたい」

 

「そうか。なら、やはりタイムリミットが迫ってるわけか」

 

 一変してアインハルトのことを聞いたリードの口から不吉な言葉が漏れ、なのはは先程とは違う嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「どういうこと?」

 

「あの娘の成長は何も良いことばかりじゃないってことさ」

 

 リードは語る。

 彼の出生、役割、存在意義。自分が知っている全てを打ち明けた。

 

「え? 待って……確かに彼が“そういう存在”だっていうのは聞いてたけど、でも……そんな……」

 

 リードの言ったタイムリミットもあるせいか、一度に多くの情報を聞いたなのはは暫くの間混乱し、動揺、受け入れるのに時間がかかった。

 更に数分の時を有し、なのはは何とか情報を整理し、気持ちを落ち着かせる。

 彼自身から聞いたことを思い出し、今回のことと合わせると合点のいくところが多々あった。それはリードの言葉が真実であることを意味している。

 

「キミが彼に引け目を感じている間に時はどんどん過ぎていく。思うだけで踏み切れない、その結果彼は先に行きキミは取り残される。そうして距離が離れていき、最後には見えなくなる」

 

 語るリードの言葉に多少の熱が入る。いつにも増して饒舌であり、責めている様な気がした。

 

「――このままだとキミ、後悔するよ」

 

 そこでようやく怒っているのだと理解した。

 誰に対してか? それは間違いなく自分にだろう。明らかな好意を持っているにも関わらず、怖れてずっと手を(こまね)いているなのはに。

 思えば此処数年、分かりにくいが確かにリードは自分のことを応援していた。

 ヒロが半ば強制的に参加させられたあの合宿に関しても、本当はただリードに確認を取っただけで、実はなのはが勝手に休み貰ったわけではなかった。本来の愉快犯としての性分が多少なりともあっただろうが、一応二人の仲が進展する様にと思って許可したのだ。

 しかし結果はご覧の有り様。進展どころか寧ろふっ切る為にフェイトとデートするようになっていた。

 

「……さっきも言ったけど、ボクはね『どっちだっていいんだよ』。だから、あとはキミの頑張り次第かな」

 

 言うことは言ったとばかりに最後は笑顔を浮かべたリード。

 それに対し顔を合わせることが出来ないなのはは視線を僅かにズラし小さく呟く。

 

「わかってるよ……」

 

 

 

「少し卑怯なのでは?」

 

 なのはが帰った後、奥の部屋で待機していたシュテルが入ってきたと同時にリードを咎めるように言った。

 話の内容が内容の為席を外して貰っていたのだが、どうやら聴こえていたらしい。

 

「ん? 何がだい?」

 

 しかし当の本人は何処吹く風。飴を口に含み美味しそうに舐めている。

 

「先程のことです。時間がないのは分かりますが、それでも早急すぎませんか?」

 

 とある理由からなのはを庇うような言い方をするシュテルを横目にリードはため息を漏らす。

 シュテルは彼女の色恋の疎さを知らないからそう言えるのだ。なのはのあれは筋金入りだ。自らの好意に気付かず、他人に指摘されて初めて自覚するほどの鈍さなのだから……。

 そんな彼女がこのままの状態でいれば確実に後悔する。そしてきっと自責の念に圧し潰される。

 それほどまでになのはの中で彼は大きな存在になっているのだ。

 ……例え本人に自覚がなくとも否定しようとも、それは変えようのない事実だ。

 現に『彼を失なった彼女』は――。

 

「早過ぎるってことはないさ」

 

 その思考を切るように、リードは静かに目を閉じ(かぶり)を振るった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十三話

すまない……更新が遅れて本当にすまない……。


「ごめんね、手伝ってもらって」

 

 用事(買い物)を終え、カフェテラスで一息吐くとフェイトが申し訳なさそうな表情を浮かべてそう言ってきた。

 買い物帰りだというのに行きと同様に手荷物が少ない。買った物は宅配サービスで届けることにしたためだ。

 

「自分から誘っておいて文句を言うほどオレは小さい人間じゃないと自負しているつもりなんだが?」

 

 謝るフェイトに対してコーヒー片手に片目を閉じてそう返すヒロ。余計な気遣いは不要とばかりな態度に、フェイトは口元を緩ませた後礼を言った。

 

「うん、ありがとう、ヒロ」

 

 フェイトは何かしらの事情により親元にいれなくなった、一人でいることを余儀なくされた子どもを保護している。エリオとキャロもその内の一人であり、彼らとは本当の家族のように接しているらしい。

 それで今回の買い物の件は、その子ども達へのプレゼントであり、ヒロにも手伝ってもらったのだ。子どもとはいえやはり男の子、女性であるフェイトには分からない趣向もあるからだ。

 実際、先程も人気のカードゲームとロボットのプラモデル、どちらにするか悩んだ時助言を求めたらきちんと応えてくれた。その結果プラモデルに決めることにした。

 尚その際の助言が妙に生々しく変に説得力があったのはきっと気のせいではないだろう……。

 

「さて」

 

 砂糖とミルクを入れ適度な甘さになったコーヒー。そのカップを口から離しテーブルに置くと一息吐くようにそう漏らし、フェイトを見やる。小腹が空いたからと頼んだイチゴのショートケーキは既になくなり、何も乗ってない皿と、同じく頼んだコーヒーカップくらいしか彼女の前にない。

 

「用事は済んだようだし本題に入ろうか?」

 

 その様子にいい加減に頃合いかと思ったヒロは促した。その後「尤も、オレは受け身でしかないがな」と苦笑したのは改めて気負う必要はないという意味なのだろう。

 このデートには二つの目的がある。一つはフェイトの人間性を知ること。もう一つは少しでも『自分(ヒロ)』を知ってもらうことだ。

 何せ話す内容が内容なのだ。なのはの友人とはいえフェイトは部外者、信用に足らなければ僅かすら提示できない情報を開示するのは不可能だろう。だが今日、半日ばかりとはいえ付き合ってみて悪意がないことは分かった。『善意の塊』、『厚かましい好意』。大袈裟な言い方をすればそういう風に例える人もいるだろうが、ヒロにとってそれはマイナスの要因にはならない。だからフェイトに関しては問題なかった。

 もっとも、実はそんな回りくどいことをせずともヒロのレアスキル『ルードロア』を使えば一瞬で済んだのだが、流石にそれではプライバシーも何もあったものではなかったため行わなかった。

 

 もう一つの目的に関しては、今回話す内容如何によってはヒロの過去が関わってくるからだ。訊いてくる内容、話せる範囲。『規制(ルール)』はあれど確実に「ヒロ・ストラトス」という人間に触れることになる。

 当の本人に自覚はないがその生い立ちは「普通」とはとても言い難い。特に「ハンニバル」、「アゼル」、「トレース」この三つのキーワードの内一つでも触れれば必然彼の核心に迫ることになる。今では理解者、友人として付き合いのあるなのはですらそのことを聞いた後暫くの間どう接していいか分からず距離を置いてしまった程だ。

 あの時は時間が経って整理がついたおかげでちゃんと受け入れてくれたが、果たして今回もそうなるとは限らない。

 だからもし伝えるにしても、その前に少しでも今の自分を知ってほしいという思いがあった。元々そこまで触れさせる気はなかったが事情が変わったことと、どうやら本来の性格による所為らしい。

 普段澄ましていたりクールを気取ることもあるが、その実ヒロは人との繋がりが恋しいのだ。

 そんな寂しがり屋な青年の心境など知る由もないフェイトは、しかし思考の海に浸り長考していた。

 恐らく訊く内容を整理しているのだろう。

 コーヒーを(あお)り、そんなことを思ったヒロは暫しの間待つことにした。

 ――時間にして一分。

 

「あのね……」

 

 意を決し、ヒロを見据えるフェイト。それに応えるようにカップを置きヒロも正面を向き直った。

 訊かれる内容はある程度予想が着く、対して「答え」も予め用意してある。故にどんな質問がきても即答できる。

 

「ヒロは、まだなのはのことが好き?」

 

「え……?」

 

 ――そう思ってどっしりと構えていたヒロの心に波紋が広がった。

 完全に想定外、今更聞かれるとも思っていなかったそれに言葉が詰まり、汗すら流れた気がした。

 時が止まったように、虚を突かれ呆然としているヒロだったが、ふと我に返ると落ち着いた風を装う為カップを再び持ち口をつけた。

 

「ヒロ……それ空だよ」

 

 しかし、悲しきかなフェイトの言う通りその中には既に何もなかった。

 

「…………」

 

 そんな簡単な状況把握すらできない程にヒロは動揺していた。

 思わぬ失態を見せたが、すぐに持ち直そうと近くにいたウェイターを呼び止めおかわりを頼む。その後咳払いをして話を再開しようとしたが、羞恥からくる顔の赤みはまだ残っている。

 思った以上に新鮮なその姿にフェイトはほくそ笑む。意外な一面というのが見られたからだ。

 しかしいつまでもその様子を眺めているわけにもいかない。それと同時にヒロが口を開いた。

 

「……まあ、好きか嫌いかと訊かれたら間違いなく好きだ。フラれたのもあるし恋かと聞かれたら迷うところだけどな」

 

 観念したかのように渋々と語る。

 「一つだけ情報を開示する」と言った過去の自分を殴りたくなったが、それこそ正に後の祭りだ。

 質問された以上応えないわけにはいかない。しかもそれが『ルール』に縛られないことなら尚の事、黙秘権も使えないだろう。故にヒロは諦めて応えたのだ。

 

「そっか」

 

 素直に応えてくれたことが嬉しかったのか笑みを浮かべてフェイトは頷いた。

 

「なんで好きになったのかとか聞かないんだな?」

 

「え? だって一つだけって……」

 

「いやそうなんだが……」

 

 踏み込んでこず、肝心なことだけ聞いたらあっさり引くその姿に肩透かしをくらった。

 どうやら再度確認したかっただけのようだ。確かにあの時は「諦める他ない」と口にしたが、今現在の気持ちは告白していなかった。当人としてはやはりその辺りが気になったのだろう。

 しかしと、その様子にヒロは呆れ頭に手を当ててから数秒、気分を変えるように一度大きく深呼吸をしてから向き直った。

 その瞬間、タイミングでも見計らっていたかのようにおかわりを頼んでいたコーヒーが届いた。

 既に空になったカップは下げ、新たに来た方は正に出来たてと言わんばかりに湯気がたっており独特の匂いも漂ってきた。

 

「お前、アイツとは付き合い長いんだろ?」

 

 カップを持ち、揺れる水面を見ながらヒロは問いた。「アイツ」とはやはりなのはのことだろう。

 

「うん、もう十四年くらいかな」

 

 だからフェイトは応えた。なのはと出会ったのは今から十四年も前、まだ互いが十歳にも満たない時だった。

 ロストロギア関連の事件で、当時フェイトは管理局の人間ではなく、寧ろ逆に追われる立場にあった。これは彼女自身が、というよりは彼女の母親が関係していたのだが、ともかくその事件が起こる発端である「ジュエルシード」と呼ばれるものを蒐集していた時に出会ったのが高町なのはなのだ。

 ジュエルシードを取り合ったりぶつかり合ったりと紆余曲折あったが二人は友達と呼べる関係になった。その時に出来た絆は今に至るまで続くほどに強いものだ。

 

「そっか……オレは十二年くらいかな」

 

 懐かしむように遠い目でコーヒーを飲む。

 特有の苦みが舌と喉を通って全身に染み渡っていくようだ。そしてそれがトリガーにでもなったのか、昔のことが次々と頭の中で蘇ってきた。

 ――血によって鮮やかに彩られた白い部屋。

 ――初めて触れた小さくも温かい手。

 ――偶々見てしまった飛べなくなった少女。

 ――悪魔の囁きと『誓約』という名の『戒め』。

 それら全てが今のヒロを形作ったものであり、同時になのはが負った「負い目」でもある――。

 

 今は無理だがきっと話せる日が来る。

 そんな願望を抱きヒロはフェイトに一つのメモリースティックを渡した。

 

「これは?」

 

「『オレ(ヒロ・ストラトス)』のデータ」

 

「え?」

 

 疑問の声は謎を含んで困惑の声に変わった。

 

「オレの公のデータは所々改竄されていてな、これはそのオリジナルだ」

 

 言われて目を見開いた。

 それは、つまり世間一般には晒すことができない何かがヒロにはあると言うことだ。誰にだって隠したいことの一つや二つはある。しかし改竄をするほどとなれば話は変わる。おまけにあの口ぶりでは行ったのは当人ではないのだろう。そうなれば考えられる人物は一人しかいない。

 

「どうして……」

 

 そうまでして隠さないといけないことを自分なんかに渡すのか?

 そんな疑問に思ったよりも明るい声色で返事が返ってきた。

 

「いや、元々は答えられない質問用にせめてヒントくらいは、と思って持ってきてたんだが……」

 

 そこで区切ると少しばがり寂しそうな目になった。

 

「最近アインハルト達を見てると成長が嬉しい反面怖くもなってきてな」

 

「怖い?」

 

「……ああ、時間が過ぎるのが怖くなったんだ」

 

 それは意外過ぎる弱音だった。

 付き合いはそれほど長くはないが、それでもフェイトはヒロのある程度の人物像は掴んでいる。少なくとも日頃から弱音を吐くような人間ではないはずだ。

 何かあったんだろうか?

 その言葉を口にする前にコーヒーを飲み終わったヒロは立ち上がった。

 

「ありがとう、今日は楽しかったよ」

 

 気付けば日は暮れ、辺りは茜色に染まっていた。どうやらもうそんな時間になっていたらしい。

 「会計は払っておくから」そう言って席を発ったヒロの後を慌てて追いかけるフェイト。

 その瞬間、思い出したように振り返り――

 

「出来れば、今日のこと忘れないでくれよ」

 

 ――そう言ったヒロの表情は今日見た中で一番悲しそうだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十四話

すまない、今年で三年目に突入するのに未だに終わる気配がなくて本当にすまない……。



 リビングのソファーに腰かけ昼間読み途中の本に目を走らせていた。

 夜も更け始めてきたこともあってか思いのほか静けさが辺りを支配していた。

 聞こえてくるのは今時珍しいアンティーク(アナログ式)の壁時計の秒針音だけだ。こだわりがうるさい父が買ってきた物らしく、所々細やかではあるが鮮やかな装飾がなされていた。

 普段は邪険に扱われる父だがこういう物を見る目は評価したい。……もっとも、褒めようものなら調子に乗って通常三倍はうるさくなると思われるので決して表には出すことはないが。

 そんな静寂が支配する空間に不意に軋むような音がした。しかもそれは自分のすぐ横で、その後側面に重みを感じた。

 見るとそこにはアインハルトがいた。腰かけるどころか寄り添うようにヒロに体を預けている。

 

「~♪」

 

 何となしに頭を撫でると更に擦り寄って密着してきた。余程気持ちよかったのか顔が破綻している、いつ喉を鳴らしてもおかしくないほど緩み切っていた。

 その様を見て「ネコっぽい」と感想を抱くと同時に思った。

 ――そういえば、普通に触れているな……。

 ここの所、というよりはアスティオンが来てからというもの接触する機会があると必ず妨害されていたのだが、今日はそれがなくスムーズに触れることができた。

 

「ティオは休眠モードに入ってますよ」

 

 そのことに疑問を感じたのを察してかすぐにアインハルトが呟いた。

 ああ、納得した。如何に巧妙高性能に出来ていようともあの子はデバイスなのだ。ならばパワーダウンさせれば必然できることはなくなっていく。特に休眠状態ともなればマスターが危機的状況にでも遭わない限り目覚めることはないだろう。そしてこんな状況で危険な目に遭うはずもなく、寧ろアインハルトにとっての癒しである今目覚める可能性はゼロと言えるだろう。

 それが分かってるからかアインハルトは更に甘えてきた。此処暫くヒロが仕事で遅かったり、修行が長引いたり、ティオに邪魔されたりと二人きりでゆっくりとできなかった反動であろう。

 そこを感じ取ったヒロは優しく髪を撫で、妹の頭を自らの膝の上に置いた。

 膝枕というものだ。一般的には女性が男性に対してやってあげるものらしいが、今はその逆、兄が妹に対して行っている。

 いくら筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)ではないとはいえ、ヒロも男。体の柔らかさでは女性の方が勝り、心地はそれほどよくないと思われたが……。

 

「えへへ」

 

 しかしアインハルトにとってはそんなこと二の次だったらしく、「兄が自分のためにしてくれた」という事実そのものが嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべている。

 誰にも邪魔されず愛しい兄と一緒に居れる。それだけでアインハルトは幸せだった。そんな時間がずっと続けばいいと半ば本気で思っていたのも束の間――

 

『あ、ヒロくん。今ちょっといいかな?』

 

 それはすぐに壊されることになった。

 

「えい」

 

 着信を告げる音が響き、次いで空間モニターが現れた。そこに映っている人物を確認するや否や兄が応えるよりも早くアインハルトはその通信を切った。

 「おいおい」とその様子に呆れていると再度着信が。今度は妹が手を出さないように気を付けて出た。

 

『いきなり切るなんて酷いよ!』

 

「すみません、私の中でエネミー判定が出てしまったもので、つい……」

 

『わたし敵扱いなの!?』

 

 再び出たモニターの向こう側から非難の声が上がった。通話開始僅か五秒で切られるとは思っていなかったから当然と言えば当然の反応だろう。しかし口を尖らせたアインハルトの言葉に今度は驚きの声が上がる。

 

「兄さんを傷つける、傷つけたものは誰であろうと一度は敵認定しますから」

 

『う……』

 

 責めるようなその視線に、覚えがある人物――なのはは言葉に詰まり項垂れた。物理的にでなくとも精神的に傷をつけた過去があるのは事実だからだ。

 結果、罪悪感を感じて正面を見ることはできずに表情も暗くなり、対してアインハルトは胸元にまで寄り添うと「絶対に許さない」と言わんばかりに威嚇してきた。

 その様に当事者であるヒロは頭を抱え、ため息を一つ。

 

「それでオレに何か用か? 高町」

 

 妹の気持ちは嬉しいがこれでは話が進まないと思い、少し強引だが切れだし、その意図を察したなのはは表情を切り替え応える。

 

『あ、えっと、ヴィヴィオのことなんだけどね。今度の土曜の午後空いてるかな?』

 

「ふむ、土曜か」

 

 話とはヴィヴィオのことらしい。恐らく合宿中に伝えた“時間取れる日”のことだろう。常々気になっていた『聖王の鎧』について調べるためヴィヴィオに診療所に来てもらうよう頼んでいたのだ。

 事がことだけになのはにも話は通してある。だからこそヴィヴィオ本人ではなく保護者であるなのはが連絡してきたのだ。

 さて、どうだったか。頭の中で予定を確認しようとした瞬間、

 

「大丈夫ですよ、その日は問題なかったはずですから」

 

 その前に何故か妹が決定事項を伝えていた。

 いや、確かに今思い出した感じでは本当に何も問題はないのだが、別のところで新たな問題が発生した。

 

『えー……と、なんでアインハルトちゃんがヒロくんの予定を知ってるの?』

 

「? 当たり前のことでは? 兄の一週間程度の予定を把握できずして良妹とは言えませんから」

 

 なのはの疑問に小首を傾げたアインハルトは心の底から不思議そうにそう語っていた。

 その様を目の当たりにし、ヒロに視線を移すがその本人は「今更」なことなので特に気にした風もない。

 つい、疑問を感じた自分の方がおかしいのだろうかと思ってしまったが、この兄妹(二人)に一般常識を当てはめて考えるのは無駄だと諦めた。

 

「そういうことだからこっちは問題ないぞ。……要件はそれだけか?」

 

『え? う、うん……』

 

 そっか。普段と変わらない表情でそう言ったヒロだが、少し名残惜しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 気になって名前を呼ぼうとしたが、ふとその瞬間フェイトと一緒にいる姿を思い返してしまった。その時の二人が脳裏にこびりつき言葉が詰まる。

 その様子に気づいたヒロは心配そうに訊ねてきたが、つい反射的に「大丈夫」と返してしまった。その後で少しばかり後悔の念がこみ上げたがなんとか押し殺した。

 

『それじゃあ、またね』

 

 そして悟らせないように微笑を浮かべ、通信を切った。

 

「………………」

 

 多少強引に切ったことと先ほどの表情が気になったヒロは通信が切れた後も黒くなったモニターを見つめて続けていた。

 

「あの、兄さん。少しいいですか?」

 

 そんな兄の姿を見たアインハルトは複雑な思いを抱きつつもヒロにある「お願い」をしたのだった。

 

 

 黒く染まったモニター。先ほどまでそこには好意を抱いている人が映っていたが、今は鏡のように自分の姿しか見えない。

 物理的でなくとも「繋がり」がなくなったことに寂しさを覚えたのはきっと心の何処かでその人を求めているからだろう。

 ふと、無意識に手がモニターに伸びていることに気づいたのは、それがすり抜けた後だった。

 虚しさを覚えた。自分の手はあの人に届かないのではないかという被害妄想が襲う。自分の知らないところで、自分の一番の親友と会っていたというだけで胸が締め付けられる。

 本能はこんなにも焦がれているというのに理性がそれを必死に抑えて込んでいる。「自分に関われば不幸にしてしまう」と何度も囁いている。

 それは、過去なのはを救うために限りある未来を切り捨てた彼を知っているからだ。当人にそんな自覚はないだろう、後悔もしていないだろう。しかし、彼の出生を、存在意義を知っているなのははどうしても考えてしまう。

 なのはと関わらず、本当に自分が望んだ道を生きたであろう彼の姿を……そんな『if』を想像せずにはいられない。

 リードの部下になったのはなのはを救った結果であり、医者になったきっかけはなのはを救ったことが原因だ。

 ヒロの根底にあるのは「妹への想い」だ、そこは揺るがず変わらない。しかし彼の周囲と生き方を変えたのは間違いなくなのはだ。

 その行為は素直に嬉しかった。思えばあれが好きになるきっかけだったのかもしれない。

 故に、だからこそこれ以上彼の人生を狂わせてはいけない。

 身体のことはあれど平和に暮らせるはずだった。あれほど妹を溺愛していようときっと赤い糸は何処かに繋がっているはずだった。

 それを自分は壊した、切った、失わせた。

 平凡とは程遠い環境に彼を置いてしまったのだ……ただ、「もう一度空を飛びたい」という想いを捨て切れなかったが故に……。

 

「ヒロくん……」

 

 それでも求めてしまうのは何故なのだろう。

 分かっているのに、自分がこれ以上彼の人生に踏み込んでいいわけがないって分かっているのに……。

 心は求める。思考は彼のことで絡め取られる。指が自然と彼の連絡先をはじき出している。

 律しようとすればするほど反動が大きくなるのか、無意識下でそんな行動が起きてしまっていた。

 もし仮に、ここでもう一度連絡を取れば彼は迷わず出てくれるだろう、「会いたい」と言えばきっと会ってくれるだろう。

 だがしかし、それを求めてはいけない。今の関係より深く踏み入ってはならない。『現状維持』こそが最善なのだから--。

 

 そうして焦がれる衝動を必死に抑え込んだ頃、なのはの端末に知らない番号から連絡が入った。

 見覚えも身に覚えもなく、最初は警戒したものの着信を告げるアラーム音はなかなか鳴り止まない。仕方なく覚悟して出ると再度通信モニターに明かりが(とも)った。

 そしてそこに映っていた者は……。

 

『先程ぶりですなのはさん。少しお時間よろしいでしょうか?』

 

 想い人の最愛の妹だった。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十五話

 管理局の本局。何度か足を運んだことのあるそこにヴィヴィオはいた。

 用向きは以前より頼んでいた自身の検査のこと。

 医者の中でも優れ、何故かベルカや聖王に詳しいヒロにちゃんと診て貰おうと思い来たのだった。

 仲の良い友人であるコロナやリオ、アインハルトは特訓があるということで今回はいない。だが、デバイスのクリスが一緒の為迷うことなく目的地に着いた。

 

「ここかな?」

 

 一見、普通の一室のようにも思えるが看板にはちゃんと『診療所』と書かれている。なんの捻りもなくただ診療所と書く辺りヒロの性格が良く表れているとつい思ってしまったが、気を取り直し入室の許可を求めると同時に扉が開いた。

 

「おじゃましまーす」

 

 恐る恐る顔を覗かせながら見るとそこには椅子に腰かけ本を読んでるヒロの姿があった。仕事中だからか私服ではなくちゃんとした白衣を纏っている。それを見て改めて「本当に医者なんだ」と実感した。

 

「予定より早いな」

 

 呆けているヴィヴィオが視界に入るとヒロは本を置き、声をかけた。予定していた時間よりも早いが遅れてくるよりは遥かに良い、「偉いな」と頷きながらも感心した。

 学校帰りだからか制服のまま来たようだ。つい最近まで妹も着ていたと思ったがこうして見ると懐かしさを感じる。

 

「えへへ〜。今日はよろしくお願いします!」

 

 褒められて嬉しいのだろう。隠す気は毛頭ないと言わんばかりに笑顔になった。

 さて、来て早々本題に入るためヴィヴィオは軽い質問をいくつかされた後ベットに寝かせられた。何故質問されたのかと疑問を感じたのでヒロに訊くと「軽いコンディションチェック」とのこと。これから行う『診察』はかなり繊細なものらしく、少しでも体調が優れないのなら別の機会にするべきだと思っていたからだ。

 だがそれは杞憂で終わった。悪いどころか、寧ろすこぶる快調な様子。

 これなら大丈夫だろうと判断すると一錠の薬と水を注いだコップを差しだした。

 「?」と首を傾げるヴィヴィオを後目(しりめ)に説明した。

 曰く、睡眠薬とのこと。無論如何わしい理由ではなく、診察中に余分な緊張をさせないためらしい。今回は細部をくまなく調べるためなるべく不安要素は取り除きたいのだ。

 それに睡眠薬と言っても効力はせいぜい二、三時間程度のもの、勿論後遺症もない。

 そう、力説するヒロに後押しされるようにヴィヴィオは睡眠薬を呑んだ。個人的には他愛のない話とかをしたかったのだが仕方がない、諦めよう。

 残念そうに思いながらも、ヴィヴィオの意識はすぐに沈んでいった。

 

「さて、取り掛かるか」

 

 寝たのを確認するとヒロは両手にハンニバルを装備させる。

 ヴィヴィオを眠らせたのは診察の不安要素排除の他にこれを使うためだ。能力を限界まで引き出す以上はデバイスの使用は必要不可欠だ、故にハンニバルを使う他ないのだが……如何せん見た目が禍々しいために起きた状態では余計怖がらせてしまうと思ったからだ。

 あと個人的にこの姿は見せたくない、というもう一つの真相もある。

 さて、気分を入れ替えて横になっているヴィヴィオに手を翳す。

 キラキラとした半透明な粒子(魔力)が身体に染み込んでいく。目を閉じ、意識を集中させ、レアスキル――賢王の眼(ロードロア)を発動させる。

 身体の内部、臓器の細部に至るまでくまなく調べ上げる、あらゆる情報を読み取っていく。

 少しばかりの時間が必要だと感じたヒロは何気なく眠っている少女に視線を向ける。

 ぐっすりと深い眠りに落ちているはずの彼女の目尻に一筋の涙が流れたような気がした。

 その理由を考える前にヒロの意識は再度診察へと向かった。

 

 

 

 それは、昼だというのに曇天で薄暗い日のことだった。

 オリヴィエ・ゼーゲブレヒトは盟友であり友人でもあるクラウスの自室に向かっていた。以前より借りた書物を返すという建前の他にもう一つ。今は離れ離れになってしまった兄と慕う青年からの文通が届いていないかの確認だ。

 如何に待遇がよくとも王族達からの認識では彼女は人質以外に他ならない。血は繋がっていないものの家族同然。しかしそんな相手とはいえ文通も自由に行えるわけではない。ちゃんとした検閲をし、この国の王であるクラウスが『よし』とした物しか認められない。

 それはこちらから送るだけではなく、向こうから送られた場合も同じこと。

 過去の傾向からそろそろ着く頃だろうと推測した彼女は、恐らく一度目通りするであろうクラウスの所に向かっているのだ。

 此処(シュトゥラ)に来てからの楽しみの一つがこの文通だ。彼とは遠く離れてしまったが、こういった形で互いに連絡を取り合っている。内容は周辺の状況や身内話といったものが多い。彼からは多くても三枚ほどしか貰わないが、オリヴィエはいつも五枚以上の分量を送っている。これは元々オリヴィエが話好きな所為だろう。

 しかし、唯一の家族とも呼んでいい存在だ。必然筆が進むのも頷けるというもの。それを書く時と返事を受け取る時の彼女の笑顔は正に極上で周りの人達は皆我がことのように嬉しいようだ。

 ……もっとも、オリヴィエに淡い恋心を抱いているクラウスだけは複雑な心境だったらしい……。例え互いに恋愛感情を抱いていなくても嫉妬してしまう程にその時の彼女は素敵で、そんな表情を浮かべさせることができる彼が羨ましかったからだ。

 そんなクラウスの心境など知るよしもないオリヴィエは足を速めた。

 そして彼の部屋の前に着き、いざ扉に手を掛けようとした時だ。なにやら部屋の中が騒がしいことに気づいた。

 どうしたのだろうか? そう思い少しばかり後ろめたい気持ちを感じながらも耳を澄ませた。

 

『……それは本当のことなのか?』

 

『真相はわからない……でも最も親しかった“彼”からの情報だから確かだよ』

 

『そうか……俄かには信じられないよ』

 

 声は二つ。一つはクラウス、一つはもう一人の親友のものだ。

 何の話かはわからないが、聞き取れた声色だけでもかなり深刻なようだ。これは出直した方がいいかもしれない。

 そう思い、踵を返そうとした瞬間――

 

『まさか“オルトゥスが滅んだ”なんて』

 

 聞き逃してはならない言葉が耳に入った。

 『オルトゥス』。聖王連合に属する国の一つであり、他の諸国と比較しても小さい。しかし、それ故か作物がよく育つ豊かな土地に恵まれている、平穏な国だ。しかし、オリヴィエにとってはそれだけではない。その国には最も古い友人と、実の兄のように慕っている青年がいるのだ。

 

「はっ……はっ……」

 

 動悸が速くなるのがわかった。友人と青年が戦火に焼かれる姿を幻視したためだろう。

 なんとか落ち着こうとして、必死に何度も「大丈夫」と反芻する。青年の強さは知っている、二つ名の「不敗」など連合どころか大陸中に轟くほどだ。名実ともに「最強」の彼を一体誰が倒せるというのか。友人に関しても、そんな彼が守っているのだ、心配する必要がどこにある。

 ――だから大丈夫。

 そうやって立て直そうとしているオリヴィエの前に一人の侍女が近づいてきた。いや、正確には用があるのはクラウスの方にだろう。

 手には一つの封書が握られている。質素で簡素な、感情が全く籠っていない字が目に入る。一見、機械的に書かれたと思われるそれは、何度も見たことがあるオリヴィエでなければ見逃していたであろう。

 青年の――アゼル・イージェスからの手紙。

 視認した瞬間オリヴィエは侍女から手紙を奪い取っていた。

 「オルトゥスが滅んだ」なんて現実に目を背けたいからか、嘘であると思いたいからか。乱暴に封を破き、急いで中の手紙に目を通す。

 いつもは見せることのない鬼気迫る表情に圧倒される侍女。しかしそんな彼女に気を使えるほどオリヴィエの今の精神状態は穏やかではない。

 今はただ「オルトゥスが滅んだ」ということを認めたくなかった、認めてはダメだと……そう強く思わなければ立っていることすら出来なかった。

 その為にはこの手紙が必要なのだ、ここには『数日前のアゼル』がいる。例え、もし仮に本当にオルトゥスが滅んでいたとしても、この手紙の中の彼は生きている。それが一時凌ぎの逃げでしかなかったとしても、辛い現実を受け入れる前に猶予期間が欲しかったのだ。

 勝手に見たことは後で謝ろう。しかし今この瞬間だけは……そう思い、オリヴィエは目を走らせた。

 

「……え?」

 

 ――だが、現実はそれを良しとしなかった。

 

 入っていた手紙は三枚。一枚、二枚と順調に読み進めていたが三枚目に入った瞬間オリヴィエから表情が消えた。

 そこに書かれていたのは、オルトゥスが滅んだことを裏付けてしまうものだったからだ。

 それによって否応なく現実と向き合わされた彼女は力なく、膝から崩れ落ちてしまった。

 人形のような虚ろな瞳から一筋の涙が流れると同時に、義手から手紙がはらりと舞い落ちた。

 一枚目には自身の交友関係と国や連合のこと、二枚目にはオリヴィエの身を案じていること。そして三枚目には……ずっと隠してきた嘘についての、内容と謝罪についてだ。

 

 ――アゼル・イージェスは三年も前から不治の病に侵されていた。

 




半年以上間が空いて本当に申し訳ないです……orz
書くのも久しぶりなので変なところがあったらゴメンなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十六話

久々に書いたので変なところがあったらごめんなさい。


 それは、酷く悲しい夢だった。

 目が覚めたヴィヴィオは先程まで見ていたことをほとんど忘れていた、しかしそれが悲しくて辛い物であることは覚えている。漠然と、だがはっきりとそう感じたのだ。

 その証拠に今尚胸が締め付けられるように苦しい、自然と涙も溢れてくる。

 目覚めてすぐに、そんな症状に陥ったヴィヴィオをヒロは気遣った。稀にアインハルトやレヴィといった子ども達が来るからか、彼女達用にココアのインスタントもある。それを温めたミルクでよく溶かしたものをヴィヴィオに渡し、自分もコーヒーを淹れ落ち着くまで待っている。

 痛い程の沈黙。偶にヒロがコーヒーを啜る音が聴こえるくらいに静かな空間になった部屋。しかしヴィヴィオにとってその静けさは決して不快なものではない。何も言わないものの、ヒロが自分のことを案じていることが分かる。「目は口ほどものを言う」らしいが正に今のヒロはそれを体現していた。

 

「落ち着いたか?」

 

「……はい」

 

 ゆっくりとコーヒーを飲み干し、カップを置く。頃合いかと思い訊くと予想通りの返事が返ってきた。

 

「えへへ、すいません。心配かけちゃって」

 

 まだ潤んでいる瞳を必死に拭い、心配をかけまいとする少女の姿に胸が痛む。

 原因は自分との接触なのだからヴィヴィオがそうも気にする必要はない。だが一体いつの記憶を覗き見たのか分からないため軽々しく励ませない。結果「そうか」と曖昧に言葉を濁し頷くしか出来なかった。

 不安を拭うべく頭でも撫でようと手が上がるが、すぐに自制し、そのままその手はカルテへと向かった。

 

「あの……どうでしたか?」

 

 窺うその真剣な表情に気圧され、恐る恐るといったように訊いた。

 

「そうだな。結論から言うなら『正常』だ」

 

 ヒロの口から紡がれ言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろす――

 

「ただし、“奇跡的に”だがな」

 

「え?」

 

 だが、次いで放たれた言葉にヴィヴィオは言葉を失った。

 

「お前の体内には微細だが『レリック』の欠片が幾つか残っている。調べたところ『レリック』とは『聖王核』と同一の物であることが分かった。お前は一度これを身体に取り込んでいるな? 特異なものでない限り『聖王核』は基本的に如何なる聖王にもマッチするようになっている、つまりお前は他の『レリック』を取り込んだ人間よりも適合率は遥かに高いわけだ。高町はこれを力技で粉々にしたらしいが、やったことはディスクをハードに入ったまま壊すようなものだ。しかもガッチリ嵌っていたのだから影響が出ないはずがない。更にエネルギー結晶体ということも災いしている、本来ここまで砕かれれば魔力素に還元、もしくは魔力に変換できるのだが適合率が高い所為か今尚体を成している、結果微細になりながらも『レリック』はお前の中にあるわけだ。

 そしてこれがまた厄介なところでな。その砕かれた『レリック』は上手い具合に体組織に混じり、それが『聖王の鎧』の発動の妨害をしてしまっているわけだ。奇跡的と言ったのはこれが本当に発動の妨害にしか影響を与えていないところだ。

 何か一つでも食い違っていたら危なかったな」

 

 淡々と語られるそれらにヴィヴィオは絶句した。

 かつて知り合いの医者であるシャマルに診て貰った際にも「奇跡的」という言葉は使われたが、それがどれ程のものか分からずただ漠然と「運が良かった」と受け取ったことがあるが、改めて詳細を聞かされその認識は誤っていたことを思い知った。

 治す専門のシャマルとは違い、驚異的な解析能力を持つヒロがここまで言うのだ。如何に自分が天文学的な数字で救われたのか、驚きを通り過ぎ戦慄すら覚えた。

 

「あ、あの、本当に影響は……」

 

 事細やかに自分の現状を知ると、やはりというべきか不安になってきた。

 今まではなんともなくやってこれたがこれからも同じ風に生きていけるのか、そう考えずにはいられなかった。

 

「ん? ああ、別にその辺りは問題ないさ」

 

 だがそれは杞憂に終わった。

 それはそうだろう。今までやってこれたことが容態を聞いただけで急変する訳がない。ましてやヴィヴィオの場合は精神的なものではなく肉体的なものだ。メンタルが弱ることはあるだろうがフィジカルが激変するのはまずあり得ない。

 だからこれからも今の生活を送り続けるようなら問題はないとのことだ。

 尤も、魔法や魔力に関して言えばそうとも言えないが……。

 現状ヴィヴィオの魔力総量は本来の八割程度しか使えない状態だ。理由は先に述べたレリックの残滓による妨害。ヒロ曰く『聖王の鎧』は防御としてだけでなく魔法の補助も行う簡易デバイスのような働きもあるらしい。故に本人も知らない内に幾らか魔力のリソースをそちらに振っているのだそうだ。しかしそれは残滓の妨害により不発に終わっている。

 だからこのままの状態で生活をするということは、魔力的なハンデを常に負うことになる。

 ストライクアーツという魔力ありき前提で考案されたそれを使い、戦い続けるのならそこはやはり大きなネックになってしまうだろう。

 

「……まあ、オレならなんとか出来なくもないがな」

 

 説明していく内に落ち込んでいく様子のヴィヴィオを見たヒロは、頭を掻きながら一息置いた後そう呟いた。

 

「え?」

 

 それを聞いてヴィヴィオは驚いた。素人としての感想だが、それでも彼女の症状は極めて厄介なものだ。下手に手を出して悪化するぐらいなら放っておいたほうがいい、少なくとも当のヴィヴィオ本人はそれしか思い浮かばなかった。

 

「すげー神経使う上長時間に及ぶ手術になるが、一応オレなら可能だよ」

 

 だがヒロは重いため息を吐きながらもそう応えた。もし仮に挑んだ場合のシュミレートでもしたのか、苦笑を浮かべている。

 これでも医術に関する技量は並外れんばかりに高いのだ。十人の医者が匙を投げる程の重い症状も、ヒロなら救えることが幾度もあった。

 故に今回の件も出来ると言えば出来るのだが……。

 

「ま、治療後は三週間……早くても二週間は療養しなくちゃいけないがな」

 

「に、二週間……」

 

 要求された期間、その日数にヴィヴィオは愕然とした。

 今ヴィヴィオ達はインターミドルの予選に向けて随時特訓の日々を送っている。いくら万全の状態を迎えるためとはいえ、それを怠ることは致命的だ。

 一応ヒロに三日ほどに縮められないかと訊いてみたが「ドクターストップかかって出場停止になってもいいなら構わないが?」と返され項垂れてしまった。

 

「えっと……わたしの身体って今すぐ手術しないといけないわけじゃないんですよね?」

 

 それから暫く、長考の末ヴィヴィオはヒロに再度質問をする。

 

「ああ、あくまで常にハンデを背負っている状態ってだけだからな。一生とまではいかないが焦るほど深刻化もしていない」

 

 それでもやるにこしたことはないんだがな。そう付け加えるヒロを後目にヴィヴィオは静かに息を呑み決意した。

 

「ならわたし、もう少しこのままの状態で頑張ってみます」

 

 強い意志を宿した目がヒロに向けられる。

 

「本来の魔力総量よりも少ないが?」

 

「分かっています」

 

「頭で理解しているのと体感するのはかなり違うぞ」

 

「覚悟の上です」

 

 子どもながらに簡単に決めたわけではないのだろう。

 一生懸命頭を悩ませ、必死に考え抜いた末にその答えを出したのだろう。

 ヴィヴィオはまだ十歳だ、今年を逃したところでインターミドルへのチャンスはまだある。だがそれでも、今まで友人達と一緒に励んだ日々を無為にしたくないのだろう。

 だからこの件は「保留」にしてほしい。少なくとも自分のインターミドルが終わるまでは。

 

「……はぁ」

 

 まだ十歳の少女とは思えない熱意にヒロは呆れたようにため息を漏らした。

 自分はこの“目”を知っている、嫌という程知っている。そしてこうなったら梃子でも動かないことも知っている。

 いやまったくどうして、血の繋がりはないが確かにこの子は『高町なのはの娘』なのだろう。

 それを再認識すると自然と笑みが零れた。

 嬉しく感じたのだろう。なのはの教育の成果が、ヴィヴィオの強さが、そしてそうまで思われていてくれる友人の一人に(アインハルト)がいることが。

 

「いいだろう」

 

 ――ヴィヴィオの手術は保留となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十七話

去年の心残り、ヴィヴィスト見れなかった……。


 暗く、冷たい密閉された空間に彼はいた。

 日の光を浴びる事のなかった肌は雪のように白く、闇に覆われた場所ですらその存在を主張している。

 自分を此処に閉じ込めた者は余程彼のことが恐ろしかったのだろう、手足だけでなく首にまで鎖が巻き付けられている。鎖の長さ的に動く分には不自由はない。しかし此処からは決して出ることは出来ないだろう。

 ふと、唯一の出入口である扉が開いた。

 入ってきた兵士の手には冷え切ったスープやパンがのったトレイがある。

 そういえばもうそんな時間だったか……。

 そんなことをなんとなく思った彼の前にそれを置くと彼らは無言で立ち去ろうとする。

 律儀なものだ。仕事とはいえ毎日毎日大変だろうに……。

 ふと。こんな時には何と言うのかを思い出した彼は労いの言葉を口にした。

 ――ッ!?

 その瞬間兵士達の目が信じられないものを、おぞましいものでも見たかのように恐怖の色へと変わった。

 そして我先にとそこから逃げていく。

 その様子を疑問に思った彼は、自らに備わった能力を使い、逃げ行く彼らの言葉を拾い、理解した。

 

 ――ああそうか、『ヒト』は誰にも教わらずに意味ある言葉を喋ったりしないのか。

 

 納得し、以後注意しようと思い瞼を瞑る彼の耳に馴染みのある言葉が聞こえた。

 ――だから言っただろう! 奴は『悪魔(アゼル)』だと!

 

 

 

「ん……」

 

「あ、起きた?」

 

 意識が覚醒する前に馴染んだ声を耳が拾う。それが目を覚ます手伝いにでもなったのかいつもよりも順調に視界が景色を捉え、思考が澄んでいく。数秒もしない内に少し前に見た夢のことなど忘れてしまうほどだ。

 ただ、それ故に気が緩んだのだろう本来なら決して口にしない言葉を出してしまった。

 

「なのは……」

 

 呼ばれた当人――なのはは驚き、その反応を見てヒロもハッと我に返った。

 

「あ、あはは……久しぶりだね、そう呼ばれるの」

 

 弁明する間もなくなのはは朱に染まった頬を掻きながら照れるようにそう言った。

 いや、事実照れているのだろう。ここ数年、ヒロからファーストネームで呼ばれることはなかったのだから。

 

「……忘れてくれ」

 

「はーい」

 

 苦虫を噛み潰したような顔で今の出来事をなくしたいヒロだったが、返ってきた声色や表情から見るに絶対に忘れる気がないことが分かる。

 「ああ……」と激しく後悔した。

 これはヒロなりの線引きだったはずなのに。フラれたのだからいつまでも未練がましく思わないようにと戒めの意味も込めて行っていたある種の誓約だ。

 それが一瞬とはいえ崩れたのは恐らく此処最近会う機会が増えたことと――

 

「どうしたの? もうご飯出来てるよ?」

 

 テーブルの上に並ぶ家庭的な料理を前に「来て」と言わんばかりに呼びかけるなのは。出来あがったばかりだからか彼女は未だにピンクのエプロンを着けている。その姿がより家庭的に映り、尚且つ(あで)やかで少し動悸が速くなるのを感じた。

 

 ――そんな彼女が今自分の家にいるのが原因ではないだろうか……?

 

 

 ヴィヴィオの件は『保留』という形でひとまず置いておくこととなった、そうなった経緯や現在のヴィヴィオの現状は無論彼女の保護者であるなのはにも伝わっている。

 端的に言って今のヴィヴィオの状態は「詰まったホースのようなものだ」と。総魔力量というタンクからそのホースで魔力という水を使っているようなものだ。水は出る、しかしその勢いは本来のそれとは劣る。無理にでも本来以上の勢いを求めれば下手をしたらホースそのものが破損する虞がある。

 幸いヴィヴィオはなのはと違い、身体に負荷のかかる砲撃魔法などは使えない。接近戦を主体とした戦闘スタイルの為緊急を要することはない。

 しかし人間というのはいつ火事場の馬鹿力が発揮するか分からない。特に格闘技など極限状態になることなどザラにあるだろう。その時に今の状態で無茶な魔力運用を行ってみよう……無事で済む保証はないのだ。

 だから手術が必要だ。

 そう判断し、伝えるとなのはは笑顔で「ありがとう」と言った。真摯にヴィヴィオのことを思ってくれて、気を遣ってくれて、その気持ちが嬉しいと。

 そんな言葉を真っ向から言われたヒロは流石に気恥ずかしくなった。だからとっとと話を切り上げようとしたのだが……。

 

 ――ねぇ、今度の休み何か予定ある?

 

 唐突にそんなことを訊かれ、つい「ない」と言ってしまったのがそもそもの原因だ。

 それから「ヴィヴィオが世話になるお礼」としてその日の夕食はなのはが腕によりをかけて作ると意気込み、静止の言葉も聞かずあれよあれよという間に現在へと至った。

 

 

「……どう?」

 

「美味いよ」

 

 思考の海から引き上げるように件の人物が不安そうに視線を向ける。

 何故こうなったのか。その経緯を軽く思い出していた為か、手の動きが鈍っていたのだろう。口に合わなかったのか等と見当違いのことを思われる前にヒロはスープを掬って一口、素直な感想を述べた。

 それでほっとしたのか、胸を撫で下ろすようになのはは息を漏らした。

 現在ストラトス邸にはヒロとなのはの二人しかいない。父は未だ仕事で帰らず、母もちょっとした出張。妹のアインハルトも、なのはとチェンジするかのように高町邸でヴィヴィオと団欒しているらしい。帰ってくるのも明日だそうだ。

 珍しい。そう思う反面少しつづでも兄離れしていくことが嬉しくもあり、寂しくもあった。

 …………いや、実際は血涙でも流しそうな決死の決意があったのだが、流石にヒロでもそこまでは分からなかったようだ。

 

「そっか、よかった~」

 

 

 アインハルトがそこまでのことをした理由はなのはにある。

 実は先日ヴィヴィオの検診の日程を確認した後のこと、アインハルトからなのはへと連絡が来たのだ。どうしたのだろうと思っていると単刀直入にあることを訊かれた。

 

『正直なところ、なのはさんは兄さんのことが好きなのですか?』

 

『えぇぇ!? な、なんで……!』

 

 完全に油断して所を突かれたなのはは目に見える程に狼狽した。

 それを確認すると「やっぱり」と言わんばかりに彼の妹はジト目で視線を向けた。

 以前からなんとなくではあるが二人には何かあると察していた、それは先程のやり取りで確信に変わった。

 色恋についてはまだまだ至らないところがある為そこは置いておくとしても、互いに好意を持っているのは分かる。ただ、なのはは何かを恐れているように、ヒロは過去にフラれたことで互いにこれ以上近づかないようにしているように感じたのだ。

 

『一つ助言を。兄さんは自分のことに関しては敏感ですが他人の好意には鈍感です、そのまま抱え続けるようなら一生その想いは伝わりませんよ』

 

 兄の幸せを願う妹は頭に手を当てながら、どうしようもなく奥手な乙女に手を差し伸べた。

 恐らく兄の方は『フラれた』という過去がある以上彼女の好意を察せないだろう。気づけてもそれは一般的なものとして受け取り愛情のものとして受け入れないだろう。

 だから必然、発破をかけるならなのはの方になる。

 

『え……? えーと……いいの?』

 

 アインハルトの事情を知らない身としては当然の疑問だった。

 あの、兄にべったりで、自分のことを敵視していた少女が、勘違いでなければなのはを応援している気がするのだが……。

 

『良いも悪いも、最終的に決めるのは兄さんです。兄さんが決めたことなら私は受け入れましょう。……尤もその機会が無ければ話になりませんが……』

 

 兄の幸せを願いはするが、その辺りはやはりジレンマがあるらしい。言葉では納得しているように聞こえるが実際は拳を握りプルプルと震えている。

 ただ、それでもヒロにそんな浮いた話が出ること自体が稀なので機会は失わせたくないというのも事実だ。

 

『そういったわけで、アプローチするならばどうぞ』

 

『いや、どうぞって言われても……』

 

 急に「やれ」と言われてもどうすればいいのか悩む。如何せん今までずっと踏み込むことを恐れていたのだ、彼の実妹の許しが出てもどう実行していいのか困ってしまう。

 そんな様子のなのはにアインハルトはため息を一つ。その仕草はどこかヒロに似ていた。

 

『検診の日にヴィヴィオさんを迎えにいくついでに次の休日でも訊いたらどうですか?』

 

 

 そうした経緯を経てなのはは今に至る。

 アインハルトの助言通り休みの日を聞き出し、勇気を持って来たのだ。アインハルトが変な気を遣い、結果家にはヒロと二人だけになったり、連日他の病院の患者を治療していた疲れからかそのヒロが眠ってしまったり、彼の寝顔を見て余計意識してしまったりと、悶々としながらも何とか夕飯を作り終え一段落着いたところなのだ。

 

「こうして二人だけなのって久しぶりだね」

 

 僅かな沈黙が続いてた中、なのはは懐かしむように言った。

 確かに、あの「合宿」の後は互いに時間が合う日は中々なかった。ましてや一緒に食事をするなど今までを振り返ってみてもそうそうあることではない。

 

「そうだな。ま、厄介事を持ち込まれなくてオレは安心してたが」

 

「あ、ひどーい」

 

 ヒロの皮肉を込めた冗談につい口元が緩む。実際厄介だと分かっていても自分のことは見捨てないのだろう、この人は。

 素直に嬉しい。それ程自分は彼に大切に思われているのだと、つい自惚れてしまう程に。

 

「……ねぇ、確かめたいんだけど」

 

「ん? なんだ?」

 

 だから気になってしまった。

 

「フェイトちゃんのこと」

 

 自分の親友について向けられている感情が、どういう意味で彼女と接触しているのか、その真意が。

 それを訊かれた際ヒロは一瞬バツが悪そうに視線を伏せた。だが数秒には意を決したように向き直る。

 

「アイツには“オレ” のことを知って欲しいと思った」

 

 そこでヒロは合宿の時、フェイトにトレースが起きた後の惨状を見られたことを告白した。それから一度一日付き合うことでその人柄を知り、その結果自分の『秘密』を知って貰おうと考えた。

 その事を聞きなのはは後悔した。まだ追体験が起きるまで一日くらいは余裕があると、過去の経験からそう油断していた。ヴィヴィオとの接触が彼にどんな影響をもたらすのか考慮出来なかった。

 出来ることならあの日の自分を止めたい。フェイトではなく自分が行けば彼女に不必要な重荷を持たせることもなかっただろう。

 自分の親友はとても優しい。あの光景を見て、ヒロが苛まれていると知れば絶対に力になろうとする。事実彼女はヒロからあるデータを貰っている。それは直接的ではないにしろ、ヒロが隠してきたある『真実』に辿り着く為のものでもある。

 しかし……。

 

「フェイトちゃんにも背負ってもらうの?」

 

 その『真実』は探っていいもの……ましてや辿り着いていいものでは決してない。

 世の中には知らなくていいことがある、知る必要のないものがある。ヒロの『秘密』とはその部類に入る物だ。

 知ってしまえば最後、後悔することになる。どうしようもない現実を悲観することになる。

 きっと今まで通りには付き合えない。それは『彼』自身も分かっていることだ。悲しませることになると。

 

「……ああ」

 

 だがそれでも、知って欲しいと願わずにはいられない。

 

 ――だってそれが、彼に出来る最後の悪足掻き(抵抗)なのだから……。

 

『………………』

 

 また、沈黙が訪れた。

 親友のことは大切だが、同様に目の前の人物も大切な存在だ。

 板挟みの状態となり、どう声をかけていいのか分からない。

 それでも何かを言おうとして、口を開きかけた瞬間――

 

『やあ、お邪魔するよ。ちょっといいかな』

 

 空気を読んでか読まずか、突如現れたモニターにはリードの姿が映っている。

 意図せずも沈黙が破られたことにほっとするなのはだったが、次に放たれたリードの言葉に息を呑んだ。

 

『仕事だよ、ヒロ。強行派としての、ね』

 

 




アゼルの名前の元ネタはとある堕天使です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十八話

遅くなりました。二、三話くらいはシリアスな話になります。オリ設定増し増し


 強行派、穏健派。

 組織、多くの人が集まってできた物である以上、そこには色んな思惑や思想がある。人とは二人居れば諍いが起き、十人も居れば争いを起こすようなもの。派閥とは何処にでもある物だ。

 それは法の番人とされる管理局とて例外ではない。

 行き過ぎた理想の為に目に余る行為が多い者達を俗に過激派と呼ぶが、それはかつてあった話だ。今は『強行派』と呼ばれるものがある。

 穏健派がその名の通り物事を穏便に済ませようとするのに対して、強行派とは多少手荒な真似をしてでも問題を解決しようとするものだ。彼らが過激派と違う点は理想を追い求めた結果ではなく、直面した問題を客観的に見て「やむ無し」と判断した場合においてのみその力を使う……ある種の徹底した現実主義者という所だ。

 実はこの強行派は昔からあった……正確には本来の管理局の姿に近いのだが、昨今は情を重んじる者が増えたせいかこのように分かれたのだとか。

 結果、穏健派から疎まれるものの『必要悪』として管理局になくてはならない存在と化したのが彼らだ。

 そしてヒロはそんな強行派の一員なのだ。それというのもリードが強行派の代表とも言えるからだ。情を重んじる穏健派が手をこまねくようなら手遅れにならないように即座に対処する。

 それを何度行ってきたことか……。今回もそんなことだろうと思い駆り出されたヒロの予想は、しかし僅かに外れた。

 

 

 とある管理世界に戦うことを生業にする一族がある。先日、その一族が有する遺産とも言うべきものの中にロストロギアが発見された。調査した所、それは非常にデリケートな物であり、尚且つ膨大なエネルギーを秘めていることが分かった。更に言えば、今は不安定な状態で暴発する虞を常に孕んでいた。

 幸いにして、現代の技術でもある程度制御することができ、事なきを終えるはず……だった。

 その一族は信仰心が強く、件のロストロギアは彼らが神聖な物として崇めていたものだったのだ。

 「渡せ」と言われて応じることがないのは分かっていた。だからせめて安定させるよう調整させるように願い出た。しかしそれも渋られてしまう。だが、管理局としてはこの案件はやはり見逃すことが出来ずに食い下がる。

 次第に「交渉」は「口論」に、「口論」は「諍い」に、そして「諍い」は「争い」へとなった。

 切っ掛けは気の短い一族の男が局員に手をあげたことだ。倒れた際打ちどころが悪かったその者は不幸にも死んでしまった。

 それを火種に争いはどんどんエスカレートしていった――

 

 

「その結果戦争手前は流石に笑えねーよ」

 

 件の管理世界。その問題の一族の村から十kmほど離れた場所に陣取っている避難所には負傷した局員が何人も寝かされていた。

 この世界に来る前や来た後に、上司や現地の局員から話を聞かせて貰った。呆れたようにため息を吐きながらもしかしヒロは治療の手を休ませることはなかった。

 今回の一件、発端自体はある意味「仕方がない」ことだったのだろう。互いに譲れぬ物があり、その結果起きてしまった不幸と言える。

 問題は、そんなことになっているにも関わらず不祥事のペナルティを恐れ、事が大きくさせてしまった彼らの上司にある。『強行派』、『穏健派』どちらにも良い顔をしてコウモリのような態度をしていた彼は、今責任を取らされ牢の中だ。少なくとも彼がもっと早い段階で上に報告していればここまで被害が大きくなることはなかったはずだ。

 新たに運ばれた患者を診て、すぐに手当てしたヒロはそう思わずにはいられなかった。

 なのはと食事をしている最中、空気を読んでか読まずかリードから連絡が入った。その内容は「とある管理世界で戦争が起きそうだから止めるのを手伝ってほしい」とのことだ。急な申し出で困ったが内容が内容な為ヒロはすぐに発つことになった。

 なのはには申し訳ないと思うもそれ自体は仕方ないと割り切って来た……はずだった。

 

「あ、ヒロくん? 向こうは終わったよ」

 

 彼女が「ついてくる」など言わなければ。

 元からなんだかんだで善人のなのはが目の前でそんな事態を聞かされ黙っているはずがない。結果無理を言ってついてきて、今は看護師の真似事をしている。

 戦場医のような真似をしたことは何度かある為人手が欲しいのは承知の上だが、まさかそれをなのはにやらす羽目になるとは……悩みの種が増えたことにしかし頭を抱える暇はなく、次の患者が搬送された。

 戦争には発展していなかったとは言え、それは文面上のことだ。実際抗争は激しく双方共に負傷者と少ないが死者も出ている。ただ向こうは戦闘のエキスパートであった為にこちらの方が被害は大きいと言うだけだ。

 今はリード達が到着したことで戦況は逆転。こちらが優位になってはいるがそれでも抵抗している者はまだいる。ヒロは着いて早々医者としての本分を全うする為真っ先に此処に来た。

 

「酷いな」

 

 運ばれた男性局員は先行していた武装隊の内の一人だが、ヒロの下負傷者を救助する任を与えられていた。どうやらその最中襲われたのだろう、左肩から先がなかった。意識を失っているようだが、その時の光景がフラッシュバックでも起こしているのかうなされている。

 

「腕は?」

 

「こ、こちらに……」

 

 同行していたであろう他の局員に聞くとおずおずと布に巻かれたかつての彼の一部を差し出した。

 それを受け取り『調べる』。鋭利な刃物で切られたように切断面は綺麗で欠けている箇所はそんなに多くない。時間もそれほど経っていない為か壊死もしていない。

 ――問題ない。

 そう判断するとヒロはその腕に魔力を送る。そしてまるで機械のパーツでも付けるように局員の左肩に当てた。それから更に魔力を与えると一瞬局員の顔が悲痛に歪むがすぐに戻る。

 そのことを確認してからヒロが手を放すと腕は何事もなかったかのように元の位置に戻っていた。

 

「まだ完全ではないだろうからな、高町、包帯を巻いてくれ」

 

「はい」

 

 なのはを筆頭に、連れてきた医療班の面々に後を任せるとヒロは休憩がてら気分転換も含めて一度外に出た。

 

 

「はぁ……」

 

 息を大きく吸った後、出たのはこれまた大きなため息だった。

 目の前には広大な自然が広がっており、普段なら癒されるのだろう。しかし今は耳を澄ませば遠くから爆音が、近くでは苦しみの余り叫ぶ人の声が聴こえる。風に乗ってくるのは戦火の熱であり、間違っても心休まる物ではない。

 そんな所にいるせいか皆殺気立っている。正にいつ戦争になってもおかしくないだろう。

 事を収めようと何やらリードが企んでいるようだが、忙なければ更に被害は広がる。

 

「はぁ……ったく」

 

 もう一度ため息を吐いた。

 気配がした、数は三つ、獣を思わすような速度で向かってくる。

 何故こうも厄介事が舞い込んでくるのか。そう思った瞬間、背後から弾丸の様に飛んでくる影があった。

 それはヒロの首を狩り取ろうとして、しかし紙一重の所で躱され失敗に終わった。しかし続けざまに残り二発の弾丸が襲ってきた。

 背後、更に言えば別方向からの同時攻撃。しかも先の攻撃を回避した直後の隙を突いた絶妙なタイミング。

 はっきり言って、ある程度戦い慣れした者でも困難な状況だ。

 だが、彼らが標的に定めた者はそんな生易しいものではない。

 視界に入ることのないその攻撃をヒロは両手で防いだ、それぞれ剣と槍という異なるリーチの得物を使っていたにも関わらず。

 それに驚く暇はなく、その者達は瞬く間に吹き飛ばされた。零距離からによる瞬間的な魔力放出による物だ。その結果二人はゴム玉の如く元来た軌道を辿るように弾かれたのだ。

 二段構えの奇襲が失敗したことを理解した最初の襲撃者は、焦りから一人でも挑もうと踵を返し一歩踏み出した――瞬間、まるで糸が切れた人形のように倒れると、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ふぅ……」

 

 そこでヒロは一息つく。

 視線を襲撃者――倒れた男に向ける。迷彩柄のフードを被り、手には短刀が握られている。少し骨張った顔にはタトゥーのような物が彫られてある。

 先の身のこなしとこの風貌、「なるほど」とヒロは頷いた。自分を襲った経緯が何となくだがわかった。

 同時に、先の気配が近付いてくるのも感じた。

 

「な……!」

 

 舞い戻った二つの影。彼らの目に写ったその惨状に驚愕の声が漏れた。

 今倒れているのは、仲間であった男だ。進んで一番槍をやるほど勇猛な者であり、実力も決して低くはない。

 その男が地に伏している――いや、遠目だが確信を持って言える、アレは死んでいると。

 そう理解した瞬間、彼らを襲った感情は仲間を殺された怒りや悲しみではなく、疑問であった。

 何故? どうやって? 身内から見ても相当な速さを誇る彼を捉え、バリアジャケットとしての役割を持つフードに傷を付けず、ただ彼だけを殺す。そんなことが果たして出来るのだろうか?

 そう思考出来たのは一瞬だった。

 ヒロが目を向けた。その瞬間、言い知れぬ恐怖が彼らを襲った。

 頭が麻痺し、身体から一気に血の気が引いた。そのせいで気温が氷点下にまで下がったように感じた。

 殺気と言う言葉すら生温い。『死』そのものを具現化したかのような存在を目の当たりにしたからか上手く呼吸することが出来ない。

 心臓に冷水を掛けられたように寒くなるが、対照に嫌な汗が溢れ出る。

 

「……死にたくなければこれ以上先には来るな」

 

 向き合っただけで委縮してしまった相手に戦う気が薄れたのか、ヒロはそう忠告だけすると踵を反し避難所に戻ろうとした。

 背を向ける、それは襲撃するには絶好の機会だ。しかし今の彼らにそんな気はない。先の事もあるが、長年培ってきた戦士としての本能が全力で警報を鳴らしているのだ。

 ――あれは化け物だ。規格外の存在だ。自分達とは根本からして異なるものだ。決して関わってはいけない、挑んではいけない。

 もしここで再度奇襲をかけようものなら、間違いなく彼と同じ運命を辿ることになるだろう。

 既に亡骸と化した仲間を見て、彼らはそう確信していた。

 

 

 避難所に戻る最中、一応警戒して周囲を『探る』がどうやら彼らは素直に忠告を聞きいれてくれたようだ。

 ほっと一安心したヒロは息を漏らした。

 あの容姿と身のこなしを見るに彼らは今自分達が争っている件の一族だろう。戦闘種族とは聞いていたが、成る程どうして手強そうだ。

 実際問題としてヒロが一瞬とは言え「本気」にならざるを得なかったのだ。そのせいで一人を殺めてしまったのは心苦しいが、結果としてそれは「見せしめ」の役割を果たし、残り二名は殺さずに済んだ。

 恐らく彼らはあの武装隊員の腕を切り落とした者達だろう。わざと殺さず撤退させ、避難所を襲撃でもする算段だったのだろう。現状はリード達の方が有利だ。状況を立て直す、もしくは立場を対等にでもするべく自分達を人質にでもと思ったのか。

 思惑はどうあれ、それはヒロによって未然に防がれた。

 戦力を増強して再度襲撃も可能性としてはあり得るが、彼らは行わないだろう。

 何せ今戦場にいるのは圧倒的とはいえ「ただ強い」だけの者だ。しかし此処にいるのは「不気味な力を持った者」、イレギュラーとしてはこちらの方が破格だ。

 そんな正体不明のものに現状どれほどの戦力が割けるというのか? そして割いた際もし失敗したら……リスクは計り知れない。

 一族の存亡に関わるかもしれない事態。流石にこれ以上は慎重にならざるをえないだろう。

 

「それに、避難所(あそこ)今高町いるしな」

 

 そして何より、彼らは知らないだろうが今避難所には高町なのはがいる。

 エースオブエース、管理局の白い悪魔、人間砲台etc.

 秘密裏とはいえオーバーSランクがもう一人いると知れば、彼らの絶望感は半端ではないだろう。特に彼女はその砲撃、収束魔法の威力に関して有名なのだ。

 実際今戦場に彼女を投入すれば、それだけで争いは終息に向かうだろう。それだけの過剰戦力なのだ。

 尤も、流石にそんなことをすればなのはの立場が悪くなる為させるつもりはないのだが……。

 どちらにしても彼らは大人しく引き下がった方が身のためだろう。

 どう転んでもロクな未来が見えない彼らの身を案じているとヒロに端末に通信に入った。

 

『やあ』

 

 出るとそこにはリードの姿があった。相も変わらず微笑を浮かべている。

 どうやら向こうはある程度方が付いたようだ。もう後がないと感じた例の一族はリードと話し合うことを決めたらしい。ただ彼らも黙って従うつもりはないらしく、最後の抵抗としてある条件を出してきた。

 

『キミの出番だよ』

 




次回、ようやくヒロに本気出させることになるかもしれない……40話近くになって本気出す主人公って一体……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三十九話

盛大な前振り。短くてゴメンなさい。


 曇天の空の下二人の青年が向き合っていた。

 一人はヒロ。己がデバイス、ハンニバルを展開し、紅一色の外套に身を包んでいる。黒く禍々しいデバイスとの組み合わせにより、見てるだけでも恐ろしいと思わせる程の威圧感がある。

 もう一人はブロンドの長い髪、褐色の肌、タトゥーを思わす刻印を身体のあちこちに彫られた青年だ。件の一族の一人である彼は歴戦の戦士に相応しい、瞳は強い意志を秘めている。

 一触即発。正にその言葉を表すような空気が二人を包んでいる。

 その様子を十分に離れた所、その高台から見ているのはリードと彼直属の部下。そして一族の長と思わしき老人と数人の戦士達だ。

 

「さて、では改めて確認しよう」

 

 皆殺気立ちピリピリとした空気の中、陽気な声でリードは言った。

 

「争いは管理局(こちら側)が圧倒的に有利となった。正直このまま徹底的にやり合ってもいいんだが、しかしそれでは悪戯に戦力を消耗するだけだ。流石にそれではキミ達も困るよね? 何せ戦って稼ぐんだから。頭数がこれ以上減るのは頂けない」

 

 あたかも、いや事実勝者のように仰々しくも余裕のある言い方。敢えて癪に障るようにするイイ性格はこんな時でも健在らしい。

 「だから」ともったいぶった溜めをこれでもかとした後その場の全員に聞こえるよう大きな声で言う。

 

「互いの『最強』同士の一騎打ちで決着といこうじゃあないか」

 

 眼下にいる二人に一斉に視線が向けられた。そこに込められた感情は期待一色。

 ――そう、前述した二人は彼らが『最強』だと信じ選ばれた者達なのだ。

 

 

 リードからの連絡を受けたヒロはえらく不服だった。

 一族の長がこれ以上は後がないと判断し、懇願に近いその提案を引き受けたリードにではない。リードが保有する戦力の『最強候補』に選ばれたこと、だけではなく多数決でそれが決まったからだ。しかも当人がいない所で。

 なんでだよと抗議の声を上げると満場一致で「絶対戦いたくないから相手だから」と返ってきた。一応自覚はあるつもりだが、そうもはっきりと答えられると少し泣きたくなる。

 ちなみにもう一人の最強候補の流は「もういい歳だから辞退する」とのこと。ヒロ個人としては彼を推したかったのだが、どうやらそれは無理なようだ。

 その時のことを思い出し恨むように離れた高台で観客に徹しているリードを睨む。

 医者として役割を果たす為に来たというのに、何故こんなことに……。

 軽い頭痛がし、頭を抱えたくなった。

 

「――ゴズをやったのは貴方か?」

 

 そんな中、今まで黙っていた青年が口を開いた。

 いきなりのことで一瞬面を食らうが、その名には心当たりがあった。

 自分を襲撃した三人の刺客、その内自分が命を奪ってしまった男の名がその名のはずだ。殺めてしまった後情報が欲しくレアスキルで色々と『調べた』のだ。その際彼の名も知った。

 そう多くはない一族だ。親は異なれど家族や兄弟のような関係でもおかしくない。

 

「ああ」

 

 殺してしまった事実は拭えない。ヒロは下手に隠さずはっきりとそう応えた。

 それを聞くと青年は一瞬目を伏せるが、すぐに視線をヒロに向け直す。

 

「ゼフです。よろしくお願いします」

 

 そうして青年、ゼフの身体の刻印が輝くと姿は一変した。

 肌は碧い鱗に覆われ、筋肉は倍程膨れ、爪は鋭く、背中からは羽が現れた。魔力はSランクを超える程一気に上がった。

 

「成る程、これが同化魔法か」

 

 彼の一族には代々伝わる特異な魔法がある、それは「同化魔法」と呼ばれている。物を体に取り込むことによってその特性を自在に扱えるようになるというものだ。例えば鉄や鋼を取り込めばその強度や重さを手に入れることができる。しかしそれらを直接体に取り入れると、常にその特性が表れてしまい何かと不便だった。

 だが何代か前の族長が肉体にある刻印を施すことによって必要な時にだけ同化できる術を生み出した。それは今まで物質だけだったの対し生物の同化も可能にしたのだという。どこでその術を手にしたのかは不明だが、恐らく彼らが神聖視しているロストロギアに関係があるのかもしれない。

 元々その魔法を駆使しそれなりに強かったのだが、その刻印が出来てからは見違える程強くなったそうだ。

 そしてその中でも一代につき一人しか施されない刻印がある。

 彼、ゼフはその刻印を宿した者なのだ。

 

「ヒロ・ストラトス。全力で来い」

 

 生物の頂点に位置する存在――竜の力を操る一族最強の男、ゼフ。

 

 かつて『悪魔』と恐れられた力を持ってしまった男、ヒロ。

 

 互いの勢力が『最強のカード』として出した二人の戦いは完全な殺し合い(サドンデス)

 退くことは許されず唯一勝利だけが許された決戦。

 それを告げる鐘のように稲光が奔り、一際大きな音が轟いた。

 




次、戦闘自体は短いと思うんですけど字数は多くなるので分けました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十話

 雷が落ちたと同時にまた一つ大きな音が響いた。

 それは超常の存在を宿した青年の膂力(りょりょく)から放たれたもの。地面を一蹴りしただけで起きた現象だ。ただそれだけで地は弾け、青年はまるでロケットの如く爆発的な加速力を手にした。

 そしてそのまま標的であるヒロに食らいつく。触れれば木っ端微塵になる殺人的な速度から放たれる一撃。避けることすらままならないであろうそれを、ヒロはあろうことか真っ向から受け止めた。

 

 無論それほど速い物質を受けて無事な訳がなく、ヒロは二十mも後方に下がらされてしまう。あまりの威力に穿かれたように彼のいた軌跡が地面に描かれる。

 それほどの衝撃を受けたのにも関わらず、その手は敵対者を逃してはいなかった。

 

「っ!」

 

 その脅威的な握力と頑丈さに驚く暇はなく、ヒロはお返しとばかりに空いた手で拳を作る。

 来る。そう理解し、今度はこちらが防御に入ろうと瞬間

 

「――透杭(ステーク)

 

 魔導のトリガーと思わしきそれがヒロの口から発せられた。

 同時に彼の中の生存本能が警報を鳴らした。

 ――アレは絶対に受けてはならないものだ。何としても逃げろ! 逃げろ逃げろ逃げろ!

 自身と、自らに宿る竜の本能。その両者が危険だと判断したのだ。

 自分だけでなく竜ですら恐れるものとは……そんな疑問が浮かびそうになったが今はそのような時ではない。何としてでも逃げねばならない。

 何を犠牲にしてでも――

 そう判断してからの行動は速かった。捕らえられていない方の腕を使い、ゼフは自らの腕を『切り落とした』のだ。

 竜の持つ鋭い爪は、例え自らの鱗であろうと容赦なく切り裂いた。

 

「――(スパイク)

 

 そうして間一髪の所ゼフは拘束を逃れ、ヒロの攻撃は空を掠めるだけに終わった。

 傍目からだとただの殴打にしか見えないが、自らの本能に従いゼフは近接戦闘は危険と判断し、翼を広げそのまま上空へと逃げて行った。

 

「チッ……」

 

 それにヒロは苦虫を潰したように舌打ちをする。空戦適性のないヒロ――いや魔導師にとって、空を飛ぶ相手は文字通り天敵と言っていいだろう。

 初見で先の一撃を躱されたことといい、今回の相手はつくづく厄介なようだ。

 そう認識するとヒロは忌々しく空を睨みつけた。

 

 

「へぇ、やるね彼」

 

 一連の流れの見ていたリードはポツリと呟いた。

 あの完全な初見殺しであるヒロの一撃を、その初見で回避するなどそうそう出来るものではない。しかも自らの腕を切り捨ててまで行う者などまずいないだろう。

 だがしかし、それは確かに英断であった。あのままヒロの一撃を受けていたら如何に竜の肉体であっても死んでいたであろう。冗談や比喩ではなく、それがヒロの戦闘スタイルなのだ。

 完全な初見殺しであり、且つ即死級の一撃を見舞う、究極の近接戦闘者(インファイター)。それがヒロの……いや、アゼル・イージェスが得意としたスタイルだ。

 最小の手数でありながら防御を完全に無視した即死攻撃、それには如何な強者であろうと一切の区別なく葬られた。

 矛を交わらせた相手には死を。それが『不敗』の名を冠した男の在り様だ。

 しかしそれは近接戦闘が主だったベルカの時代だから無双できたのであって、中・遠距離魔法が普及した現代では脅威を振るうのは難しい。特にヒロは空戦適性がない魔導師だ、その有無は更に大きいだろう。

 現に、今もああして空に鎮座する竜人を睨むことしか出来ないのだから。

 だがしかし、彼の悪魔の強さが色褪せた訳では決してない。それは揺るぎようのない事実だ。

 それをあの竜人が知ることはないだろう、死を目前にしたその瞬間まで。

 

 

 ――恐怖を感じた。

 ――いくつもの戦場を渡り歩き、数多くの敵をその力で打倒してきた自分が、ついぞ忘れていた感覚。「死の恐怖」という物をあの時確かに感じたのだ。

 

 上空に逃げ去ったゼフは眼下にいる恐怖した存在を見ていた。追ってこないことをみるにあの騎士は飛べないのだろう。それは唯一の幸いだった。

 一時的に夥しい出血をしていた腕は同化魔法の応用で止血した。不幸なのは切り落としたのが右腕(利き腕)ということだろう。しかしそうでもしなければ殺られていた、その確信は今でもある。

 あの武装と身体能力、それから空戦適性の無さから見るに完全な陸戦型の騎士だろう。しかも中・遠距離が使えない古いタイプのものと見た。

 総合ランクとしては低くてA+、高くてAAといった所か。問題は陸戦の、しかも近接戦限定においてはSランクを軽く超えているだろうということだ。実際Sランクに匹敵する自分の一撃を真っ正面から受け止め、挙句の果てに反撃までしようとしたのだから、その見解は間違いではないだろう。

 何より、彼らが自分達の戦力の中で『最強』として引っ張り出した者だ。過小評価をしてはいけない。

 問題は、ゼフ自身も近接戦を得意とした戦士であることだ。彼の放つ一撃は例え大岩であろうと容易く砕くだろう。しかしあの騎士はそんな単純な力比べでどうにかなる相手ではない。事実先の一撃は全力で挑んだ、反応出来ない速度を出したはずだ、しかし結果はあの(ざま)だ。

 ならばどうするか?

 考える間はなく彼はすぐに行動に移した。

 同化の侵食率を更に上げた。体に更なる変化が見られた爬虫類の思わす尻尾が現れ、頭は人から竜のものへと成った。

 一部の力を使うのなら部分的な同化で済むが、本来の力を引き出そうとするならそこまで姿を変えなくてはならない。一歩間違えば竜の本能そのものに呑まれることになるが、致し方ない。今回の相手は出し惜しみして勝てる相手ではないのだ。

 辛うじて人の姿を保ってはいるものの、それでも竜人という言葉を体現したその威容。

 

 ――■■■■■■■■ッッッ!!

 

 内からくる破壊衝動に似た本能を吐き出すような咆哮。

 大気すら震わせるそれは、数秒間続いた。

 そして終えると、再度自らの敵へと目を向ける。

 溢れでる敵意、燃えるような殺意、今度はそれを吐き出すようにその大きな(あぎと)を開いた――

 

 

「ッ!?」

 

 何が起きてもいいように注意深く空を見ていたヒロの表情が険しくなる。数十m離れた所からでも分かる魔力の上昇、次いで獣の如き咆哮が鼓膜を襲う。思わず耳を塞ぎたくなったが、この咆哮には覚えがあった。

 トレースによって何度も戦ったことのあるあの暴竜のそれに似ていたのだ。

 そのことに気づいたヒロは咆哮に耐え、構わず空を睨む。そして念の為自身の魔力を辺りに散布した。

 直後、上から小さな太陽が降ってきた。

 それは半径二mはあろうかという火の玉だった。大きさ的には大した物ではないが問題はその火力だ、出来る限り広げた魔力を通して読み取った情報からして摂氏千度は軽く超えている。直撃したらひとたまりもないどころか下手したら消し炭だ。

 一瞬でそう理解したヒロは出来うる限りの最大速度でその場を離れた。

 数瞬を持って落下した灼熱の玉は、地面に触れると爆発し辺りにある全ての物を薙ぎ倒した。その時の衝撃は凄まじく、地面には小規模のクレーターができ、十mは距離を取っていたはずのヒロが余波で吹き飛ばされた程だ。

 

「クソが」

 

 地面に投げ出されたヒロは口に入った砂利を吐きながら悪態をついた。

 空を飛ぶ者と地を這う者。例え同じ強さを持っていたとしても空戦適性の有無だけで勝負は分かれることがある。地上でしか手が打てない者と違い、空も戦略に取り入れることが出来る者の方が有利なのは明らかだ。

 それは魔導師が持つランクにも反映されている。

 ゼフが睨んだ通りヒロの魔導師ランクはAA-だ。これは総合的な評価であり、空戦が壊滅的だからそのような結果になっている。だが陸戦に関してはかなりもので、足を引っ張っているのは中・遠距離の攻撃方法がないくらいだ。陸戦だけを見るのであればSランク、近接戦闘に関してはSSSに匹敵する程。

 勿論そのことは昔から分かっていたことであり、だからこそ魔導師ランクにはそれぞれ陸戦・空戦・総合の三つが存在しているのだ。

 ――そんな中ヒロが敢えて総合扱いなのは当人が前線に出たがらないことと、リードのいざという時の切り札(ジョーカー)としての役割があるからだ。

 しかしいつしか魔導師の中では空戦の優位性が当たり前になっていた。酷いところでは飛べないというだけで差別されることもあったらしい。

 そういった枠組み、仕切りといった物はどこにでもあって、皆気付かぬ内にそういう考えを持っていたりする。

 飛べない者に空を駆る者は墜とせない。そう考える者が両者に少なからずいる。

 だからこそ彼らは気付かない、自らがある種の驕りを持っていることを。

 

 曇天だというのに空が明るくなった。

 恐らくもう一度あの灼熱の塊が降ってくるのだろう。

 空も飛べず、遠距離用の攻撃を持たないヒロには現状どうすることも出来ない。

 それは当人も、ギャラリーと化してる者達も同じだろう。

 尤も、一部の者はそれでも何とかしてしまうのだろうと心配すらしていないが。

 そしてそれはヒロも同じだった。確かに『今』は打つ手がない。しかしだからといって対抗策がないということではない。

 ――何せほら、あるではないか、遠くに飛ばせる『都合の良い物』が。

 目を瞑り、軽くシュミレートした後ヒロは「よし」と拳を鳴らす。

 そして拳を握り、身構えた。落ちてくる『都合の良い物』に備えて。

 ヒロの心情を酌んだかのように再度灼熱の塊……ドラゴンが放つブレスが降って来た。時速にして八十余りでなかなかに速い、避けても爆風によりダメージを受ける。それが空から次々と降ってくるとは、全くもって厄介極まる。

 しかし今はそれを利用させて貰おう。

 足で大地を踏み締め、拳に力を込める。自身の魔力性質的に考えても勝負は一瞬だろう、失敗は即ち死を意味する。それでもそれしか手段がなければやるしかない。

 

「すぅ……はぁ……」

 

 最後に息を整えた。

 肌で感じる程の熱が迫ってきている。鼓動が脈打つ毎に近づいてくる高熱の塊。全ての物を溶かしてしまいそうなそれを――

 

「フン!」

 

 ヒロは自身の魔力で包んだ後割らないような、しかし確かに火球を押し戻せる程の絶妙な力加減で殴り、空に打ち返したのだ。

 

「な――!?」

 

 そのあまりにデタラメな行動に一瞬呆気に取られたゼフの下に、自身が吐き出したブレスが返ってくる。

 反応が遅れ、回避する暇もない彼に小型の太陽は直撃し爆発を起こした。




近接チート&実は一番デタラメな奴


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十一話

 ――クリアマグナは魔法という技術がない世界では「奇跡の力」として知られている。他者を癒し、救うその力は傍から見ればそう見えてもおかしくないだろう。何よりこの力を宿す者の大半は善人であり力を悪用しようと考えたことも、されたこともなかった。

 しかし偶然その魔力を持ってしまった青年、アゼルはその力をよりにもよって全く真逆のことに使った。

 高い浸透率を持ちながらも治癒に特化しているという特性、それは即ち肉体への影響が高いということでもある。「対物」というより「対生物」に効果を発揮しやすい。反面魔力による構成は難しい、数秒……長くても十秒といったところだ。それしか保てない魔力の刃や盾が一体何の役に立つというのか?

 だが彼にはそれだけで十分だと理解できた。物に対する浸透率の高さ、生物に与える影響力。その特性と自身の持つ能力、それらを組み合わせることで彼は『ある力』を手にしたのだ。

 

 

 燃える大気、舞い上がる煙。

 そこから飛び出したのは人の形をした竜だった。

 どうやら、当たる寸前翼を盾にすることで直撃を間逃れたらしい。尤も、盾として使ったことにより翼は無傷というわけにいかず、所々に穴や焦げ跡が見える。ゼフ自身も直撃を避けただけで相応のダメージを受けている。なにより、これでブレスによる遠距離攻撃も効かないことが判明した。

 撃った後すぐ回避行動を取ろうにも人型の状態では反動があるようで、直後は少しの間無防備になってしまう。先も一発と二発目の間にはタイムラグがあった。一発でも十分な威力を持っているが故に隙も大きいらしい。

 尤も、完全な竜の形態になればそんな制約はなくなるのだが、そうなれば自分の理性と意識は竜の本能に呑まれ、ただ暴れ狂うだけの暴竜と化してしまうだろう。その結果守るべきものすらも壊してしまっては本末転倒なことこの上ない。

 ならばどうするか? 決まっている。

 己が持てる最強の業、究極の一撃でもって打ち倒す他ない。

 決意と覚悟を抱くと、傷付いた両翼を広げその身を更に上空へと打ち上げた。

 今まで辛うじて下から見えていた碧い点に徐々に小さく、最後には厚い雲の中に消えて行ってしまった。

 仕掛けてくるのは誰が見ても一目瞭然だ。だからヒロは何が来てもいいように身体に十分な魔力を巡らせた、どんな一撃が来ても対処できるように……。

 しかし――

 

『何しておるか! 早く逃げんかたわけ!』

 

 そんな彼の下に突如ディアーチェからの通信が入った。

 

「……何だ?」

 

 命懸けの決闘の最中に急な横槍が入ったことにヒロは僅かに顔を顰める。だがそんなこと関係ないとばかりに「早くその場から逃げろ」とモニター越しの小さな王様は捲し立てた。

 何故そうも焦っているのか、そんな疑問を口にする前にディアーチェは説明した。

 彼らの族長から聞いた話ではあるが、曰くどうやらゼフはこれから彼の最大級の魔法を放つらしい。それは純粋な破壊力ではなのはのディバインバスターを軽く凌駕する程の物だとか。

 これから彼が行おうとしているものは魔法というには酷く単純な、高高度からによる落下エネルギーを使った渾身の一撃。ただし竜の特性を最大限に活かした結果それは隕石と同等と言って差し支えない。

 つまり、大体一般成人男性と同じ大きさの隕石が降ってくるのと同義。しかもそれは燃え尽きず、対象に向かって真っすぐ飛来してくるのだ、異常な速度で。

 そんなものを真っ向から受け止めてみろ、如何にバリアジャケットを纏っていようとただではすまない。

 だからディアーチェは急いでヒロに連絡をしたのだ、逃げろと。

 しかし当のヒロ本人は動く気配がまるでない、ディアーチェの忠告が耳に入っていないかのようにその場から微動だにしない。

 

『て、聞いておるのか貴様!』

 

 その様子に流石に頭にきたのか声を荒げる。それでも不動の姿勢に「せっかく心配してやっているというに……」と独りで愚痴まで漏らし始めた。

 そんな態度のヒロだが、無論ディアーチェの言葉が聴こえていない訳ではない。聴いた上で敢えて動かないのだ。

 理由はある。件の魔法が隕石と同等というのなら今更逃げた所で意味がない。速度は勿論だが地面に衝突した時の余波は先のブレスの比ではないだろう。小型の物ですらクレーターを作る程の威力だ、人一人分ともなれば余波ですら凄まじい。ましてや普通の隕石ではなく魔法によるものだ、狙いを絞るのも軌道をズラすのも速度を上げることすら可能だろう。

 なら下手に逃げずに待ち構えればいい。なのはのような高出力の砲撃やフェイトのような常軌を逸した速度を持たぬ身としてはそれが出来る唯一の手と考えたからだ。

 もう一つは相手の状態だ。片腕を失い、致命傷は避けたとはいえブレスを受けた身。その状態で件の大技を使うというのだ、恐らくこの一撃に全てを懸けるつもりなのだろう。

 相手が全力で来るというのならこちらも全力で迎え撃つのが筋という物ではないだろうか?

 誰の影響か、そんなリスペクト精神を抱いた自分に内心笑ってしまった。

 

「それに、元々オレは逃げるのが苦手なんだよ」

 

 まあ色々とあるが一番単純且つ自分らしい理由を口にするとディアーチェは完全に呆れ返っていた。

 

『かっこつけとる場合か』

 

「そりゃあ、男なんてかっこつけてなんぼの生き物だからな」

 

 そしてマテリアルで、女のディアーチェには永遠に分からないであろう自論を告げる。

 それを聴いた瞬間ディアーチェは完全に諦めた。元より殺し合い(サドンデス)である以上どちらかが死ぬまで戦いは続くのだ。分かり切っていたことだ。

 思えば族長がわざわざ彼の魔法のことを公言したのだってゼフが勝つと信じて疑わなかったからだ。最強の戦士であると一連の戦いを見てもそう確信し続けている。

 対してディアーチェはというとその言葉で少しでもヒロの力を疑ってしまった。確かにヒロは一部が特化しているだけで場合によっては自分達より弱いこともある。しかしそれでも自分達は彼が最強であると言った。ならばそうであると言い続けなければならない。

 それが彼らの責任であり義務だからだ。

 「はぁ……」とため息を一つ。

 もういい。そう判断し、通信を切ろうとした時、「ああ、それから」とヒロは付け加えるように言った。

 

「空で輝く星ならまだしも、墜ちる星なんかに負けるかよ」

 

『……最後の最後に惚気るか、阿呆め』

 

 不敵に笑う彼に、ディアーチェは苦笑で返し、今度こそ通信を切った。

 『星』とは暗喩であり、同時に比喩的な表現でもある。そして彼らがそれを例えとして出す者など一人しかいない。

 自分が未練がましく、尚惚れ込んでいることに軽く自己嫌悪し軽く頭を掻く。だが同時にこんな状況でも想えるというのはそれだけ精神的に余裕があるのだろう、口元は絶えず吊り上がっている。

 最後に軽い自己解析を終わらすと深呼吸を一つ。

 その後瞳は厚い雲に消えた竜人へと向けられ、右手は掴み取るかのように空に伸ばした。

 隕石を受け止めるというにはあまりにも無謀、勇気と蛮勇を吐き違えた愚者の様だ。

 だが勝算がないわけでも、自棄になったわけでもない。

 これは彼なりに『出来る』と確信したから行うのだ。

 そして、正に覚悟を決めたその瞬間――空を覆っていた曇天が消し飛んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十二話

このシリアス話は後で一話に纏めようかな


 雲を裂いて飛来してきたのは竜人(ゼフ)だ。

 雲すら超えた遥か上空。自らの生存限界ギリギリのライン、空と宙の境界。そこまで上昇し、魔力を鎧のように展開すると彼はそこから地上のヒロ目掛けて一直線に墜ちてきた。

 本来なら摩擦により発生する高熱、それを魔力の鎧で防ぎ、寧ろ纏うように彼の周りは紅く染まる。

 大気を燃やし、紅い軌跡を残しながら隕石(ゼフ)はただ一人の対象へと墜ちていく。

 ――衝突には数秒もいらない。

 それは誰の見ても明らかであり、ヒロ自身予期していたことだ。

 だからこそヒロは視認するよりも早い段階に仕込みを終わらせていた。

 

 彼方よりの飛来物。それがヒロとぶつかった瞬間、予想を上回る衝撃が辺りを襲った。

 高高度からの落下、大気との摩擦熱、魔力による加速。条件はあれどそれは本来の隕石以上の威力を発揮した。

 その衝撃は凄まじく大地は揺れ、ゼフが纏った炎は爆発へと姿を変え、ぶつかった余波だけでも周囲の木々と岩を諸共消し飛ばした。

 それは距離を置いたはずのリード達の下にまで届いた。ある者は爆発の光に目を瞑り、ある者は余波の衝撃から身を守り、ある者はそんな物を関係ないと言わんばかりに彼らのいる方角を見続けていた。

 あまりの威力により向こうの様子を看視しているはずのモニターがブラックアウトを起こしている。

 しかし構わずリード他数名はその僅かな時間すら目を離さなかった。

 決着は既に着いている。その確信が現実のものとして自らの目にするまで……。

 

 ヒロを襲ったのは溶けるような熱さと潰されるような重圧。

 隕石を受け止めるという愚行を行った者は今地獄の最中にいた。

 爆走する一トントラック、それに真っ向からぶつかったかのような衝撃に、全身の骨は砕け幾つかの内臓は潰れた。尚も圧し潰そうとする力がヒロを通し地面に伝わりクレーターを形成する。

 それだけでも死に至る致命傷だ。だが、加えて彼が纏った炎がヒロの皮膚と肉を焼いていく。

 強化魔法を使っても……いや、なまじ強化魔法を使ってせいで彼は一撃で命を落とせず、生き地獄を味わうことになった。常人どころか訓練された兵士ですら容易く命を落とすであろう。

 しかしヒロはそれどころか意識すらはっきり持ってゼフを睨みつけた。

 同時に肉体の破損が一瞬で治った。まるで時間が戻ったかのような現象にゼフは驚愕の色を隠せない。

 その僅かな隙をヒロは見逃さなかった。

 既に復元した右手で彼の左手をがっしりと掴んだ、異常とも言える力で握った為かその瞬間彼が纏っていた炎が弾けた。

 

「――透杭(ステーク)

 

 空いた手で拳を握る、そして再度魔導のトリガーを口にした。

 先は結局その魔導の正体が何か分からなかったが、竜の眼を持った今ならはっきりと視認できた。

 それは杭だった。まるでパイルバンカーのように拳の先に現れた『透明な魔力の杭』。

 何をするかは明白だ。しかし残った腕を捕まれ、翼もボロボロ、防御するのは不可能だろう。だがそれでも、最後の抵抗と、必ず狙ってくるであろう胸部の鱗を厚くした。

 

「――殺撃(スパイク)

 

 そしてゼフの目論見通りにヒロの一撃は放たれた。

 ただし正確には胸部ではなく、『心臓』を狙ってだ。

 

「かぁッ――!?」

 

 閃光のような跡を残し穿たれた一撃。

 強靭な竜鱗の前に敗れるはずのそれは、しかしそんな物関係ないと言わんばかりに透り抜け精確に心臓を貫いた。

 

 高い浸透率を持つが故にあらゆる物を透り抜け、肉体に与える影響を持っている為内部にはダメージを与えることもできる。

 魔力で杭を生成し心臓目掛けて打ち込めば如何な盾や鎧でもそれらは意味を成さず、ただ命のみを刈り取る。魔力の刃でも同様、それで血管や気管を切れば容易く絶命させることもできる。

 本来なら薬として機能するはずの物を猛毒として使う。

 これはクリアマグナを持つ者皆が使えるものではない。最低でも確実に急所を狙い打つ精密性、それを行えるだけの技量、更には人体について詳細な知識がなければいけない。その上で高度な魔力制御まで要求される。

 そしてそれら全てを兼ね備えていたのがアゼルであり、その力を継承してしまったのがヒロなのだ。

 攻撃範囲は狭く、両手が届くところから精々二m程度。しかしそれ故に圧倒的殺傷力を持っており、文字通り『一撃必殺』。

 

 それを真っ向から受けたゼフはヒロの拳をも喰らい数m後方に飛ばされ、受け身を取ることもなく背中から落ちる。

 地面に投げ出されたゼフの目は既に虚ろだ、しかし辛うじてまだ意識はあった。

 即死級の一撃。それを受け、未だに生きているのは竜人の肉体だから成せるものだろう。

 しかしそれも僅かな間のみ、何故なら既にあの力は竜を殺したという実績がある。しかも竜人ではなく完全な竜を相手に。竜人のゼフが耐えるはずがない。

 現にゼフの呼吸は徐々に弱く、同化も解けていく。

 そんな中、彼は走馬灯を見る暇もなく先の戦いを思い起こしていた。

 一族、自分達にとっては譲れない物の為に命を賭した決闘。決して負けられないはずだったのに全てが終わった今、不思議と悔しいとは思わなかった。

 それは戦闘を生業にしていたからだろう。互いに血を流し、肉を切り、骨が折れ、命を削った。

 我ながら戦闘狂だと自覚しているが、今まで戦ってきた中で一番充実感を得られた。

 個人としてはそのことが嬉しく、自然と口は笑っていた。

 一族のことは心配ではあるが、それは彼らに任せて大丈夫だろう。少なくとも自らが拳を交えた相手は信頼に値すると勘が告げている。

 根拠など真っ向から自分を負かしたというだけで十分だろう。

 ――ああ……。

 もう目が見えなくなってきた。

 ボヤけた視界には人生最大の好敵手がいる。

 よく見えないが、何やら申し訳なさそうに俯いている。恐らく自分の命を奪ったことに罪悪感でも抱いたのだろう。元々医者ということもあり根は優しいようだ。

 そんな彼に、ゼフは気にするなと言わんばかりに笑ってみせた。

 尤も既に感覚など感じなくなっている為あくまでそうしようとしただけだが、それでもその心意気は届いたはず。

 そう思うとゼフは迫っていた眠気に身を任せ、静かに瞼を閉じた……。

 

 

「やあ、お疲れ様」

 

 森の中、ある木に背を預け身体を休ませていたヒロの下にリードが寄って来た。

 こちらの勝利という形で決闘は終結、件のロストロギアと一族に関する問題も先程済んだようだ。

 ロストロギアに関しては元々少し手を加えるだけで良かったこともあり、すぐ解決した。

 一族の処遇に関してはリードが一任する形になり、彼が得意とする『契約』により枷を付けることで今後このようなことは起こらないだろう。

 尤も彼らの最強の戦士を打ち負かした者がいる以上下手な真似はしないだろうというのがリードの見解だ。

 前もって隣に座ることを確認し、了承を得た後リードも腰を下ろす。

 

「食べるかい?」

 

 ポケットからアメを取り出し差し出す、彼なりの労いなのだろう。

 癪だが、まあ形だけでもと受け取ろうして右手を出し――

 

「痛ッ!」

 

 落としてしまった。

 身体に走る激痛。もう少し我慢できるかと思っていたが限界のようだ。腕は力なく垂れ、顔は苦悶で顰める。

 

「やっぱりか、我慢強いのは結構だが無理のし過ぎじゃないかい?」

 

「……そう思うならオレにやらせるなよ……」

 

 やれやれと首を振っているリードを睨む目にいつもの覇気がないのは一々構う余裕がないからだろう。

 あの決闘で、ゼフを真っ向から迎え撃った際の代償。

 隕石を受け止めた際通常の回復では間に合わないことは明白だった。如何に回復に特化している性質の魔力とはいえ限度はある。だからヒロは自らの意志でトレースを発動させたのだ。

 トレースは追体験として肉体に影響を与える魔法だ。それで以前アゼルが全身を高速回復させた場面を再現させた。そして全く同時のタイミングでヒロも回復魔法を使うことで効果を二乗させたのだ。一般の魔導師が使う回復魔法と違い、両者のそれは一線を画すものだ。その同時使用ともなれば効果は絶大だろう。

 唯一の問題は隕石を受けたヒロ自身が即死しないかというものだった。

 実際圧死してもおかしくない重圧と身が焼ける程の熱量だったが、元々痛みには慣れている。

 ――何より、あの程度で死ねるのであれば苦労はしない。

 

「ま、何はともあれご苦労様。休んでいるといいよ」

 

 そう言うとリードはヒロに向け左手を向けた。

 何かするのは明白だが満身創痍のヒロは避ける余裕がない。

 「クソ」と悪態をつきながら意識が遠退いたのを感じ、そのまま身体諸共倒れてしまった。

 それを確認するとリードは立ち上がり、「そろそろだろう」と自分が元来た道を見た。

 十数m程先、そこにはサイドポニーの女性がいた。キョロキョロとしながら歩いてくる様子からして誰かを探しているようだ。

 

「迷惑かけたからね、そのお詫びさ。偶には看病される側になるといい」

 

 いつものニヤけた笑いではなく、労わるように微笑むと、彼女に遭わないようにリードは森の中に消えていった。

 それから少し経った後、倒れているヒロを見つけて彼女――なのはが慌てたのは言うまでもないことだった。




ようやく終わった
戦闘描写はやっぱり苦手かも……でもあと一つ最大の山場が……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十三話

後半扇風機回しながら書きました……色んな意味で熱かった……。


「断っ! 空っ!! 拳っ!!!」

 

 燃え滾る憤怒を纏い放たれる必殺の拳。

 如何な防御だろうと『その上』から螺旋の力を得た強力な一撃が全てを粉砕する。岩は砕かれ、金属は貫かれ、ダイヤモンドは粉々になることだろう。

 未だ嘗て出しえなかった過去最大最高峰の一撃。

 最愛の者を傷つけられた怒り、それは愛と言っても過言ではない。今なら世界チャンプですらその一撃で屠ることが可能だろう。

 

「ちょ、ちょっと待ってー!」

 

 しかしそれは虚しくも空を切っただけで終わってしまった。

 標的にされた女性、高町なのはは高速移動系の魔法を使い、なんとか鬼の攻撃から逃れることに成功した。

 鬼、アインハルトはそれが気に食わなかったらしく「チッ」と舌打ちをした。その様は少しヒロに似ていた。

 

「何故避けるんですか? 言いましたよね? これは制裁です」

 

「制裁どころじゃないよね!? 殺気! 殺気感じたよ!」

 

「安心してください、ちゃんと手加減はします……-100%で」

 

「殺す気満々だよね!? それ!!」

 

 正に怒髪天。触れるもの全てを壊す悪鬼の如く禍々しいオーラを発しているアインハルト。自分より十歳位年下の少女が今、なのはの目にはどんな凶悪犯罪者よりも恐ろしく見えた。

 冗談抜きになのはが命の危機を感じている場所は戦場ではない。ヒロやアインハルトの住む家だ。

 しかしこれだけ騒いでいるのに当の家の主(ヒロ)は姿を見せない。

 彼は今自室のベッドで死んだように眠っていた。

 

 例の一件が終わった後、森で倒れていたヒロをなのはが見つけたのだが、そのままリードに面倒を押し付けられ意識を失っている状態の彼を連れ帰って来たのだ。

 流石になのはの家に連れて行くわけには行かず、だからといって適当な場所では何かあった時対処に困る。そう判断した結果、ストラトス邸に連れて行くことに決めたのだ。

 本当なら対処が可能な物が色々とある診療所が良かったのだが、生憎となのはは合鍵なぞ持っておらず、唯一所持しているリードからは断られてしまった。

 そう言った経緯もありヒロを運んできたのだが……この時なのはは一つ大事な見落としをしていた。

 

『に、兄さん!? 大丈夫なんですか兄さん! 兄さあああああああああん!!』

 

 そう、帰ったら高確率でこのブラコン娘に遭遇するということに。

 

 自分が家を留守にしている間いなくなっていた兄が、帰ってきたと思ったら意識を失った状態だった。眠りが深い所為か必死な呼びかけにも応えず沈黙のみ。

 そんな状態の兄を見たアインハルトが冷静でいられるわけがない。

 何とかなのはが宥め、彼の自室に運ぶのには手を貸したが、それから時間を置いたことで怒りが湧いてきた、結果その矛先がなのはに向くのはある意味で必然だった。

 アインハルトからして見れば自分が目を離した隙に兄が重体(のように見えたらしい)になったのだ。そうなれば一緒にいたなのはが何か関係していると思うのは短絡だが普通だ。

 実際はなのはも「気分転換に席を外す」という言葉を最後にしてから、帰ってくるのが遅く気になって探しに行くまで彼が何をやっていたのかを知らない。

 まあ、なのはの場合リードが現場にいたのを知っている以上彼が関わっていることは明らかであり、原因なのは間違いないと分かるのだが、そんな事を知らないアインハルトからすればなのはを疑ってしまうのは仕方ないだろう。

 だから彼女の怒りは尤もだ、しかし……。

 

「デッド オア ダイ」

 

「ちょっとは話を聞いてー!!」

 

 完全に頭に血が上り、武装形態にもなったアインハルトの耳になのはの抗議の声は届かなかった。

 結局、ヒロが目覚めるまでアインハルトの暴走は続いた。

 

 

「すぅ……すぅ……えへへ~……」

 

 暴れるだけ暴れて力尽きたのかヒロのベッドを枕にアインハルトは眠った。

 その様子に帰ってきたことを実感するヒロは優しく妹の頭を撫でた。寝ている状態でもそれは分かるのか嬉しそうな寝言が聞こえる。

 

「食欲ある?」

 

 そんな微笑ましい姿を見たなのはは微笑を浮かべながらて訊いてきた。

 手にはトレイに載ったお粥と蓮華(レンゲ)。体調を気にしてのことだろうが、先程までアインハルトに付き合っていたというのにまだ余力があるとは……気心は嬉しいが少し呆れてしまった。

 わざわざ無下にするわけにもいかない。ヒロはそれを受け取り、ありがたく食べようと――

 

「うっ……」

 

 持った蓮華を落としてしまった。

 やはり無茶が祟っていたらしく、まだダメージが完全には抜けていないようだ。

 

「もう、またそんな我慢して……」

 

 その様子に今度はなのはが呆れてた。

 医者という立場でもある為かよく人には「無理するな」、「辛かったら言え」とか言う割に当の本人がそれを実践しない。昔からの悪い癖だ。

 常に苦痛に耐え続けていた弊害だろう。痛みに慣れるというのは何も良いだけではない、その分弱みを出すことがなくなるということでもあるのだから。

 それを知っているなのはは彼の代わりに蓮華を持った。

 幸いにしてトレイの上に落ちたから新しいのに替える必要はない。

 ほんのりと頬を熱くなるのを実感しつつ……。

 

「は、はい……あ、あーん」

 

 お粥を一掬いし、そのままヒロの前……より正確に言えば口の前に差し出す。

 それをされたヒロは固まってしまった。物理的にも、思考的にも。

 アナログ時計の秒針を刻む音が数回聴こえた。ようやく思考から動き始めると、顔が赤くなってくる。

 今なのはがやっていることは介護する際には正しい。確かに正しいのだが、それは年が離れた相手や縁が浅い相手、逆に血縁関係だから大丈夫なわけであり……。

 

「あ……あの……はやく、食べ、て……」

 

 何よりやっている当人自身が恥ずかしがっていては本末転倒だろう。時間が経つにつれ目は潤み、耳が赤に染まっていく。

 そんなのを目の当たりにしてしまったら、こちらも恥ずかしくなってしまう。

 

「……いや、その、あとで食べるから……」

 

「……………………」

 

 ドギマギしながらもやんわりと断りを入れるヒロだったが、なのはの無言の訴えが痛い。

 勇気を出してやって貰ったのだから応えてやるのが男の甲斐性というものだ。例えそれがこちらの意志が反映されたものではなかったとしても。

 ……………………。

 三十秒程均衡状態が続いた頃。

 ようやく観念したのか、ヒロは腹を決めた。

 赤くなった顔を隠したいからか、少し早めに口に含みそのまま吞み込んだ。思ったより熱かったが、自分の身体は今それ以上に火を噴きそうな程だ。

 

「は、はい……あーん……」

 

 一仕事終わったと思った矢先にまさかの二撃目。

 相変わらず恥ずかしそうだが何故まだやるのか? そんな疑問は抱いたところで無駄だろう、相手はあのなのはなのだから。

 ――そうだよな、まだ一口目で結構残ってるよな。そしてお前頑固で意固地だから一口じゃ納得しないよな……。

 悟ったヒロは再度覚悟を決め、決意を改に迫りくる猛攻を真っ向から挑むのだった。

 

 ……ただ差し出されたお粥を食べるという行為、それだけのはずなのに先の戦い以上に気力を使った気がする。

 結局、完食するまでこの気恥ずかしい行為は続いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十四話

 自宅に帰ってきた翌日。疲れや痛みは完全に抜けきったものの大事を取って今日は休むことにしたヒロ。本人としてはもう大丈夫だと判断したのだが、アインハルトとなのはから念を押されそのまま押し切られる形で唐突な休日を得ることになったのだ。

 本当にあの二人には弱いと再認識し軽く項垂れるも、怒らせると後が怖い為大人しくしていることにした。

 ちなみにその二人は学校と仕事があるので今はいない。とは言っても時刻は既に15時を回った所だ、アインハルトなら突っ走って帰ってきてもおかしくはないだろう。

 インターミドルに向けての特訓があるだろうが、彼女からしたらそんなことより愛しの兄の方が大事なのだ。

 現に階段をドタドタと駆け上がる音が聞こえる。

 まったく彼女も女の子なのだからもう少しお淑やかにした方がいいのではないか?

 そんな事を思いながら今まで読んでいた医学書を閉じ、注意しようと視線を上げる。

 しかし――

 

「大丈夫ですか! ヒロさん!」

 

 ダン!とドアを壊してしまいそうな大きな音を立て、勢いよく入ってきたのは意外なことにヴィヴィオだった。

 

「アインハルトさんから倒れたって聞いて……! 本当に大丈夫なんですか!?」

 

 ヒロの姿を見つけると飛ぶように駆け寄り、そして詰め寄る。

 どうやら学校で妹が余計なことを言ってしまったようだ。その結果何故ヴィヴィオが慌てる羽目になったのかは分からない。しかしどうやら心配をかけてしまったらしい。

 潤んだ目で案じる様は少し母親(なのは)に似ている。と同時にかつてのオリヴィエ(義理の妹)にも似ている。

 そのことに妙な既視感を覚えながら、「もう大丈夫」とつい頭を撫でてしまった。

 するとヴィヴィオは安堵したのかその場にへたりこむ。心から心配していた為だろう、「よかった~」と大きく息を吐いた。

 どうしてそんなに心配したのか? そんな疑問が浮かんだヒロはそのことをヴィヴィオに訊いてみた。

 そのことに対しヴィヴィオは「えっと、また夢なんですけど……」と前置きをして話した。

 

「――大切な人がいなくなる夢を見たんです」

 

 それは以前診察した時に見た夢だった。ただあの時より鮮明に覚えており、目覚めた時に胸が締め付けられるように悲しく、それでいて虚しさで満たされていた。無意識に涙が溢れる程の絶望感、そんなものが夢から覚めた後だと言うのに襲ってきたのだ。

 ただの夢。そう言い切るにはあまりに現実感(リアル)で、一晩経った後でも忘れられなかった。

 そんな折に「ヒロが倒れた」と聞かされた。アインハルトは大丈夫と言っていたがつい最近そんな夢を見たヴィヴィオの心境は穏やかなものではなかった。

 だからノーヴェに無理を言って特訓を休みにしてもらい、アインハルトに許可を貰い一足先に家に上がったのだ。

 あの夢が現実の物にならないという確信を持ちたかったから。

 

「その、ごめんなさい、いきなり押しかけてしまって……」

 

 そしてそれを確認できたヴィヴィオは今になって自分の行動を思い返し、深く反省していた。

 いくら最近懐いた人が倒れて心配だったからと言っても周りに迷惑をかけてしまった。普段いい子であろうと背伸びしている分今回の一件は本人的にこたえたらしい。

 がっくりと一人鬱オーラを纏っているヴィヴィオに苦笑いを浮かべるヒロ。

 別にその程度の我が儘、気にしなくていいものを……ヴィヴィオはまだまだ子どもだ。勝手に抑え込んでしまう大人と違い、感情が露わになるのは仕方ないこと。それにこの年齢で下手に感情を抑え込むのに慣れてしまうと将来偏屈な性格になってしまうかもしれない。

 できればヴィヴィオにはこのまま元気な姿で育って欲しいと願っている。

 

 そんなことを考える一方、ヴィヴィオが語った夢についても模索した。

 恐らくそれは間違いなくオリヴィエの記憶であろう。彼女にとって「大事な人」というのは義理の兄のアゼルだろう。

 その辺りまでは分かるが、問題は彼女が見たのがアゼルが死んだ後ということを考えるとヒロだと分からないことがある。

 トレースが効くのは前の持ち主生前だけであり、死んだ後のことは全く分からない。そしてアゼルは七騎士の中で一番早くに命を落としており、死の間際まではオリヴィエとは手紙でのやり取りしかしていない。

 だからその時のオリヴィエの事情を把握できない。

 だがしかし、オリヴィエにとってアゼルがどういった存在なのかはよく知っている。

 小さい時から味方が少なかった彼女にとって彼は兄であり、一番の理解者であり、そして最高の騎士だった。

 例え他者から悪魔と恐れられ当時では『騎士』という称号を授かることが出来なかったとしても、彼女にとっては彼を超える騎士はいないと断言できた。

 互いに信頼も信用もして、固い絆を結んでいた。その者が死んだと聞かされて冷静でいられるとは思わない。

 母を早々に亡くした彼女にとってアゼルはそれほどまでに大切な存在なのだ。

 それは死して記憶だけになろうとも色褪せることなく残り続けている。

 結果今ヴィヴィオが苛まれているのだから、想いの力とはつくづく馬鹿にできない。

 

「……知りたいか?」

 

 少し思考したヒロはそう問いかけた。

 唐突なその問いにヴィヴィオは一瞬呆けるとヒロは再度言った。

 

「その夢は恐らくオリヴィエが関係しているんだろう。そしてお前が見たってのはその中でも最も縁が深いアゼル・イージェスが関連していると思う。オリヴィエについての詳細はともかく、アゼルの方ならある程度は分かるぞ」

 

 そう言うとヒロは立ち上がり、本棚から一冊の本を取り出しヴィヴィオに手渡した。

 それは無地の表紙で中身も白紙で埋め尽くされていた『何も書いてない本』だった。

 これは何なのか? そんな疑問の視線を投げかけられたヒロは自らの右手を本に置き、魔力を流す。

 

「え……?」

 

 すると本は瞬く間に色に染まっていく。表紙はタイトルが表れ、白紙には文字が刻まれていく。

 そして物の数秒で白紙の本は一冊の古びた古書に姿を変えた。特定の魔力を与えることで本来の姿に戻す隠蔽魔法の一つのようだ。

 

「こいつは『ホワイトログ』と言ってな、当時の情勢やら何やらで表舞台に置けなくなった本……俗に言う『禁書』を隠すための処置だ。まあ普通は一般の書物に紛れさせても違和感ないようにするものでここまで露骨な物はないんだがな、こいつはある奴が作った贋作さ」

 

 原本(オリジナル)はヒロの同僚のブックメーカーがきっちり保管している。これはあくまでアゼルとは無関係とは言えないヒロに当てて彼が作った物だ。

 そう語るヒロだがヴィヴィオは聞いてはいけない単語を耳にして固まった。

 

「き、禁書?」

 

 その存在は知っている。力の有無に関わらず世に出ることを禁じられた書物の総称だ。ヴィヴィオがよく行く無限書庫、そこにも決して踏み入ってはいけないとされるエリアが存在し、そこに封じられているのか禁書である。

 彼らが日の光を浴びれない理由は多々ある。かつて存在したロストロギア、『闇の書』のように本そのものが強大な力を宿したもの、持ち主を不幸にする曰くつきのもの、そして下手をしたら歴史がひっくり返ってしまう真実を宿したもの。

 今ヴィヴィオの手にあるのはそういったある種の起爆剤のような物の一つに他ならない。物によっては見つけ次第灰にされてもおかしくないだろう。

 何故アゼルの過去がそんな「危険な物」扱いなのか……。

 その真実、事実が今彼女の手にある。

 

「…………………………」

 

 ごくりと唾を飲み、緊張で手が震え、ヒロに視線を向ける。

 何故これを自分に渡したのか? その疑問は尤もだ、しかし同時にヴィヴィオは予感していた。これが自分にとって必要な物であるということを……。

 だが、それでもやはり当人の口から聞きたかった、何故自分に渡したのかを。

 

「……思っていた以上にオリヴィエの想いが強いみたいだからな」

 

 ヒロは応えた。

 唯一の肉親とも言える存在であるアゼルを失ったという事実は、オリヴィエの心に深い傷を残した。それは彼女のクローンであるヴィヴィオに影響を与える程に強い。

 このまま何も知らない状態で彼女の想いに晒され続けるようならヴィヴィオの精神が壊れてしまう可能性がある。特にヴィヴィオは今感受性が豊かな歳だ、危険性は更に上がる。

 だからせめて原因の一端であるアゼルのことだけでも理解できれば多少は緩和されるのではないか? そう思い、ホワイトログを渡したのだ。

 

「それに、気になるんだろ?」

 

 アゼル・イージェス。『不敗』の異名を持つ騎士、悪魔と恐れられた男、オリヴィエの義理の兄、大戦の引き金となった存在。

 思えば、最初にあの本を読んだ時から興味があった。戦績や武勇などは多数描かれているのに彼個人の過去はあまり明かされていない、そして憶測だけで曖昧な死因。

 それは自分の中のオリヴィエが彼を忘れることが出来なかったからかもしれない。

 そしてそれは同時に警告だったのかも、彼のことを知れと、知ってこの想いを分かって欲しいという彼女の叫び。

 

「…………………………」

 

 禁書に触れるという危険性。自らの保身よりもヴィヴィオは純粋に知りたいと思った。

 (アゼル)のこと、彼女(オリヴィエ)のこと、何よりヒロのことが……。

 何故こんな物を持っていて、何故こんなに自分に親身になってくれるのか。その理由ももしかしたら分かるかもしれない。

 そう思うとヴィヴィオは大きく深呼吸した。

 ただ本を開き、読むという行為。今まで何度も繰り返してきたはずのそれが今回ばかりは緊張で上手くできない。

 紙で出来たはずの古書が、岩のように感じる。真実を知りたいという探求の前にしても禁忌という扉は重い。

 それでも、と。

 自らの想いと勇気を指に乗せ、ヴィヴィオは真実の(ページ)を開いた――




次回でこの作品のキーパーソンの一人、アゼルにスポットを当てることが出来そうです。長かったね……。
まあ古代ベルカ編とか真面目にやり始めたら余裕で単行本一冊はできるくらいの分量になると思うので流石に簡略化しますが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十五話

アゼル編、前編


 その国は『白王』という王が代々治めていた。

 王族の直系の者は皆『賢王の眼』という力を持って生まれてくる。それは見た物――視界に入れた物の情報を詳細に読み取るという魔眼。その力によって的確な指揮や治世を行い昔から細々と、しかし確かな平和を築いていた。

 そんな安寧の中、当代の王妃が第一子を産んだ。

 彼らの一族はその名を冠する如く皆白髪だ。これは例え伴侶が他所の国の者とて変わることがなく、それ故に彼らは『白』という色を神聖視すらしていた。

 そして彼女が産んだ子も例に漏れず立派な白髪だった――片割れのみが。

 そう、実は王妃は双子を身籠っていたのだ。そして、いざ産んで見るとその片割れの髪は違う色に染まっていた。

 彼らが神聖視している『白』とは全く真逆の色、『黒』に。

 それを見た時彼らを驚いただろう。何せ彼らにとって「黒」とは不吉な物だ、故にその子を見た際誰しもが恐れのあまり「悪魔(アゼル)」と口にした。

 アゼルとは、彼らの住まう国に古くから伝わる悪魔のことだ。災厄を呼び、国を滅ぼすと言われている。その姿は触媒によって様々なのだが、共通している点は「黒い悪魔」ということだ。その為か『黒』という色は縁起が悪い物とされてきた。

 流石に実の子を悪く言われるのは気分が良いものではない、酷いものでは「不吉なものだから処分した方がいい」と進言した者もいたらしい。

 実際、彼らも異例の事態故に一抹の不安を抱いていた、しかしながら王と王妃両名は彼を育てることを決意した。

 自らの血肉を分けた子だ、悪であるはずがない。

 そう自分自身に言い聞かせるように……。

 

 それから五年が経ち、双子は何の問題なく育った。

 普通に元気に活発な子に育った白髪の子とは対照に、問題の黒髪の子はやけに静かだった。赤子の頃から必要な時以外泣かず、物心ついてからというもの感情が薄くなったような気すらする。

 しかしだからといって何か問題を起こすようなことはせず、寧ろ好奇心旺盛で悪戯好きな白髪の子のストッパーとして傍にいることが多い。

 一応黒髪の子が兄ということになるのだが、数年の月日が経とうとも彼に対する黒い噂は絶えず、更に王族なら誰しもが有するはずの魔眼を持ち得なかったことから王位継承権を持つことが出来なかった。

 その為白髪の子が次の王になるべきなのだが……まだまだ遊びたい盛りの少年にとって勉強よりも身体を動かす方がいいらしい。座学はよくボイコットするが武術は進んで臨む、そんな弟を「仕方がないやつ」と言いながらも何かと面倒を見る黒髪の子。そしてそんな兄に懐く白髪の子。

 その二人を見て、あの時感じた『不安』はやはり杞憂だった、この兄弟ならば将来を国を任せれると……そう思っていた。

 

 予兆はあった。

 それは空気だけでもとして兄弟を軍議に連れてきた時だ。

 弟の方は来て一時間もしない内に舟を漕いでいたが、兄は静観している。ある意味いつも通りであり、居眠りをしていた弟を後で叱ろうと思いながらも軍議を終わらせ、二人を連れ帰ろうとすると不意に兄の方が一枚の紙を差し出した。

 絵でも描いていたのか? 大人びているがやはりまだまだ子どもだな。

 そう思い、軽い気持ちで受け取った彼の表情は次の瞬間凍りついた。

 そこに書かれていたのは絵などという可愛らしいものではなく、先の議題で取り上げられた物についての問題点と対処法――改善策だった。

 しかもそれは本当に小さな、しかしもし破られたら致命的な被害が出る虞があるものであり、五歳の子がどうこう出来るものではなかった。

 何せ軍議で取り上げる物とはつまり戦術や兵法の知識を修めて初めて理解できるものだ。確かに兄は勉強熱心な子だ、しかし兵法はともかく戦術はまだ習っていなかったはずだ。いや、もし習っていたとして付け焼刃の知識でこんな正確に穴もない改善策など出せるはずがない。

 ――悪魔……。

 それを見た瞬間彼の頭にはその言葉が浮かんだ。

 かつて感じた『不安』がまた再度芽生えた。

 

 それからも兄は天才などという言葉では説明できないような事をやってのけた。

 軍事や政治に財政、他にも専門的な知識が必要なはずの物に意見を出し、しかもその悉くが彼の王ですら舌を巻く程の対応。

 何故……何故魔眼を持ち得ぬ子がこうも常軌を逸したことができる。仮に彼に魔眼があればそれは説明できる。『賢王の眼』は一度に大量の情報を読み込むことが可能だからだ。その力を用いれば天才の真似事だってできる。

 しかしあの子にそれはなく、にも関わらず同じ……いやそれ以上のことやっているのだ。

 彼の眼にはあの子は「普通」にしか映っていない、強いていうなら魔力が特殊なくらいだ。だが、それだけでこんなことができるはずがない。

 ――悪魔……。

 日に日に、実の子が彼の理解の範疇から外れていく。

 もう、かつてのように愛しいとは思えなくなっていた……。

 

 そして『それ』は起きてしまった。

 クーデター。正確にはその前だったから未然というべきなのだが、それが起こったのだ。戦乱の世、そんな時世故に僅かに抱いた心の弱さ、そこを的確に突いた甘言によって行動を起こそうとしたらしい。主犯格は臣下の一人、多少欲に弱い所に目を瞑れば有能な人物なのだが、今回はそれが仇になったようだ。

 そうなるよう手引きしていたのは周辺諸国の一つであり、その王だ。最近世代交代があったらしく、新しい王は先代とは色々と違った動きをしている。その一つが今回の一件だ。

 しかしそれは未然に防がれ結局水泡へと帰した。

 そのことに彼の王は安堵……してはいなかった。

 何せ今回のクーデターを未然に防げたのは件の兄が例の臣下が怪しい動きをしていると口にしたのが原因だからだ。今までの慧眼からただの世迷言ではないと確信を持った彼はその臣下の事を秘密裏に探りを入れた、そして結果は『黒』。臣下の計画は頓挫した。

 彼の王にすら見抜けなかった臣下の暗躍。それを見抜いた我が子に恐怖を抱いた。

 ――そして、恐怖から確かな怖れに変わる瞬間が訪れる。

 臣下が自棄を起こし、護身用の短剣を王を……いやその子、正当な後継者である弟を殺そうとした。

 その場には兵士もいたが皆事が終わった安堵から僅かに気が緩んでいた。ましてやその臣下は武術とは無縁な者だった。だからそんな『悪足掻き』をするなど考えもしなかった。

 それは王も同じだったらしく、一瞬の躊躇いが生まれた。そうしてる間にも短剣は弟の心臓目掛けて振り下ろされる。

 間に合わない。

 誰もが思った次の瞬間、黒い影が弟の前に躍り出ると素早い手つきで短剣を掠め取り、それを元の持ち主の心臓に突き立てた。

 一瞬何が起こったか分からない臣下はそのまま苦痛に蝕まれ命を落とす。

 彼が最後に目にしたのは黒い髪の少年(悪魔)だった。

 

 それは弟を守ろうとした兄の行動だったのだろう。

 しかし実際にそれが行われた今、その場にいた誰もが恐怖した。彼らの目には『一切の躊躇いなく人を殺した少年』が映っている。武術を習っていたからとかそんな『言い訳』はもはや通用しない。

 現に兄は人を殺したというのに罪悪感も恐れすら抱いていない。いや、無知であるなら疑問は湧くはずだ。しかし彼にはそれすらない。

 それはつまり、人が死ぬということを理解し、その上で何も感じていないのだ。

 そこで()は限界を迎えた、心が病んでしまった。

 あれは息子ではない。顔は同じだ、声も仕草も似ているだが――ならば何故髪は白くないのだろう。

 弟想いであり、不愛想だが根は優しかった――しかしアレに人の心はなかった。

 ……そうだ、きっと、あれは悪魔なのだ。

 

 そうして悪魔の烙印を押され、かつての名前すら失くした少年は『アゼル』として城の牢へと封じ込まれた。

 逃げださないように何重という鎖で縛り、繋ぎ、生かさず殺さずの地獄を何カ月も与え続けた。

 

 『アゼル』とは、こうして生まれたのだ。

 





アゼル編は最初から最後までシリアスぶっ通しです、ごめんなさい。
ちなみにヒロが見た悪夢と内容が若干違うのは、アレはトレースで追体験した記憶が悪化して見た夢だから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十六話

アゼル編、中編


 暗闇と静寂、凍えるような冷たい地獄はある日終わりを迎えた。

 彼の王……『白王』が聖王を主軸とした連合に属することになった。その際に彼らに同盟の証として『アゼル』を彼らに引き渡すことになった。

 王位継承権を失くしたが実子。それ故に表向きは人質のような物だが、実体は厄介払いだろう。アゼルは彼らにとって手に負える物ではなかった。それでも殺さなかったのは彼を本物の悪魔と信じて疑わない者がいたからだ、そんなものを殺してもし祟られたら……そんな恐怖があったから生かし続けていた。

 だがそれでも、ただそこにいるというだけで怖れる者は少なくない。その上での処遇だ。

 尤も本当にただ厄介払いしたい為に引き渡したわけではない。彼に秘めた素質に関しては彼らは骨身に染みる程痛感している。地下牢(あそこ)で腐らせるより、連合でその力を振るった方が彼らにとっても有益になると見込んだからだ。

 結果、同盟の際幾分か情報を隠し彼を引き渡したのだ。

 

 

 『アゼル』は自らの異常性に気づいてはいなかった。

 王家直系の者なら誰しもが持っているはずの魔眼、それを持ち得なかったと皆は言う。しかし実は彼は持っていたのだ、目に見える形ではなく、変質してしまった故に理解できるものがいなかっただけで彼自身は『それ』を持っていると確信できていた。

 だが実際の所、『それ』は他の者とは一線を画す程の物へと昇華していた。

 白王家が有する力は視界に入れた物質の解析能力だ。それは『視る』という行為が必須であり、同時に視界内の物しか対象にできない。

 対してアゼルが有する力は魔力届く範囲、触れたものなら如何なるものでも瞬時に解析、理解してしまえる。対物どころか下手をしたら相手の思考……心の内すら読み取ることも可能なのだ。

 だからこそ誰がどんなことを望み、どんなことを考えてるのかが手に取るように分かってしまう。物心がつく前から当たり前のように使っていた為にその『異常性』に気づくことができなかった。

 何故皆が自分を恐れ、牢に封じ込めたのか、それが分からなかった。

 それを理解できたのは牢に入れられて一カ月も後からだった。

 

 自分は『異端』である。

 そう自覚してしまったからアゼルに僅かに残っていた感情は完全に消えてしまった。心を殺し、他人を信じることを止め、独りであることを受け入れたからだ。

 それから彼は正に死人の様にただそこにあるだけの存在になった。

 自分以外の存在、外の世界の事を完全に関係ないものとして切り離した。

 だから聖王連合に渡る際も他人事のように常に上の空。関係ないものなら知る必要がないとして『力』を使うことも止めた。

 そうしたからと言って自分を取り巻く環境が変わる訳でもないのに、と……。

 実際それは当たっていた。

 聖王家に渡った彼の処遇、それについて皆頭を悩ませていた。

 あの国が白を神聖視していることは噂でよく耳にしていた。その国から『黒い者』がきたとなれば警戒するのは当然だろう。

 如何に素質溢れる者とて自分達に害なすものであってはならない。

 だからこそじっくり吟味しなくていけないのだ。

 

 値踏みするような、そんな好奇の目に晒されてもアゼルにはもはや関係ないものだった。

 自らの処遇、その扱いがどんな物であろうと彼には興味がない。

 どうせ皆恐れることなど容易に想像できる。現に、今ですら自分を『得体の知れないもの』として見ているのが大多数だ。

 手をこまねき、問題の先送りでもするかのように彼の処遇は難航を極めた。

 扱いが非常に難しい立場、その得体の知れない者など厄介以外の何者でもないだろう。故にこそ、皆慎重(臆病)になっていた。

 ただし例外というものはどこにでも存在する。

 そんな中で名乗りを挙げる者もいた。

 それは当時のゼーゲブレヒト家の当主――後の聖王教会が崇拝する『聖王オリヴィエ』の母だった。

 彼女は決断を渋る彼らに呆れ、自分がアゼルの面倒を見ると宣言した。

 元より面倒見が良いことは周知の事実であった。しかしまさか得体の知れぬものすら招き入れるとは……その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべていたが、彼女からすればまだ年端もいかない子どもを怖れる彼らの方が信じられない。それにそんな幼い実の子を差し出した彼の王もだ。

 彼女の身体には今新たな命が宿っている。生まれるのはまだ先だがもうすぐ親になるのだ。

 一体どんな子が生まれてきてくれるのだろうか。そんな思いを抱きながら過ごしている彼女にとって今回の一件はとても無視できるものではなかった。

 結局、彼女の強い希望と他の者が口出ししなかったことから問題は解決した。

 

 実際の所、アゼルは彼女と出会ったことで救われた。

 彼女と過ごした時間は短かった。しかしその時間は彼にとって何よりも代えがたい物であり、それがあったから彼はオリヴィエや黎王を守る為奮起し歴史に名を刻める程の偉業を成し遂げることができたのだ。

 

 他人の心、思考が分かってしまうアゼルにとって裏がない、純粋な人間というのはそれだけで希少な存在だ。

 人には必ず裏があり、多かれ少なかれ打算を持っている。特に当時は戦乱の時代、腹に一物や二物抱える人間が大多数だ。

 実際問題、彼の実の親ですらそうだったのだ。彼らのそれを解消しようとアゼルは彼なりに努力したが、その結果があの様だ。

 そのような経緯により人間不信……いや人そのものに絶望してしまった。そんな彼にとって初めて『信じられる』と思えた人物、それが彼女だった。

 彼女のアゼルに向ける愛情は正しく母のそれであり、それが本物であると分かるからこそ彼も報いようとした。その姿は本当の親子のようであった。

 『イージェス』という姓も彼女が与えたものだ。アゼルというのが悪魔の名であると知った彼女は怒った、しかし勝手に名を変えることは難しい。そう考えた結果、姓を与えることにした。

 『イージェス』はある女神が持つとされる盾をもじった言葉であり、『アゼル・イージェス』とは『悪魔を払う盾』もしくは『悪魔の力を撥ね退ける者』という意味合いなんだとか。

 そのことを聞いた当のアゼル本人は呆れていた、自分の名など今更気にしても仕方ないもの。しかし、それでも自分のことを想い、与えてくれたその名を彼は名乗り続けていった。

 『母』がくれた大事な物だから……。

 

 平穏な生活は続くかと思われた。しかし出産が迫った日、彼女は娘を、オリヴィエを産んだ後そのまま生涯を終えてしまう。

 自らの死期を悟ってか、それとも生まれてくる子の『家族』としてか、アゼルは彼女にオリヴィエのことを託されていた。

 結局、彼女に恩を返すことが出来なかった。それは彼の人生で一番の心残りであった。

 しかし嘆いてる暇はなかった。

 実の母の命を奪った鬼子としてオリヴィエは疎まれるようになった。

 自身の評価は変わらない、いや寧ろ「悪魔を招き入れたから彼女は死に魅入られた」などという噂が立ち、更に悪化していた。

 しかし彼にそんなことはどうでもよかった。こちらは実の親ですら見捨てたのだ。今更噂を拭うのは無理だと諦めている。

 だがオリヴィエは違う。彼女は正真正銘の人の子だ。彼女の母はちゃんと愛していたのだ。例え自らが命を落とすと分かっていても、それと引き換えにしても我が子の誕生を祝福したのだ。

 確かにオリヴィエは生まれながら腕がない、その容姿故にあらぬ風評が流れるのは事実だ。

 しかし、だからといって彼女の愛すら否定されるのは見過ごすことはできない。

 そのことに少なからず怒りを覚えたが、彼が如何に述べようと他の者は耳を傾けないだろう。それどころか下手に口を出せば、更なる悪評が立ってしまう。

 だからこそ、アゼルは口を閉ざし静観を決め込んでいた。

 それこそが自分にできる最善策だと信じて……。

 

 しかしそれも僅か数年で終わりを告げることになる。

 物心ついたオリヴィエは自身に向けられる雑言を気にするようになり、母がいないことを寂しく思うようになったのだ。

 同年代の子には居て当たり前の母がなぜ自分にいないのか? もしかしたら自分が悪いのでないか?

 そんな疑問が湧き、悪夢にうなされる日が続いた。

 そしてある時限界を迎え母を求め深夜の城内を歩き回った。その時は深夜アゼルが様子を見にきて、部屋にいないことに気づき、『力』を使ってすぐ見つかったから大事にならずに済んだ。

 しかしアゼルは察した。幼い彼女の精神はもう限界が近づいている。そのままあらぬ風評に晒され続けては病んでしまう。

 だが彼がどんなに頑張ったところでオリヴィエにまつわる悪評が拭えぬのは分かっている。

 彼はその『力』故に大抵のことは出来る、しかし万能というわけではない。

 だからこそ彼は自分に出来る手を考えた。

 考えた結果――彼は『本物の悪魔』になることを選んだ。

 

 それから一年もしない内にオリヴィエの悪評は鳴りを潜めた。

 代わりにアゼルの黒い噂が流れ始めた。

 彼は一兵士として戦場に出ることにした。そこで悪目立ちすることでオリヴィエに向けられる視線を失くそうとしたのだ。

 結果として彼の目論見は成功していた。

 初陣ですら数百という軍勢を相手にたった一騎で壊滅に追いやり、その騎士の誇りすら感じぬ効率だけを求めた非道さに恐れた者達が口々にしていた。

 あれは悪魔である、と。

 それ以降も彼は幾度も戦場に赴き見せしめを行った。それは敵だけでなく味方ですら恐れた程。

 奇異の目を自分に向けさせるという目的もあったが、それでもこの頃の彼は非業の行いをしていた。

 許しを請いた者の首を撥ね、立ちはだかった者の臓器を生きたまま引き抜き、戦いを恐れた者の腕を引き千切り、逃げる者は足を砕いた。

 その容赦のない行いは瞬く間に広がった。騎士のする所業、聖王の組みする同盟に相応しくないとし非難する者が続々と声を挙げた。

 しかし、だからといって彼は止めることはなかった。

 オリヴィエを守るには力がいる。偏見や侮蔑、そういった物すら許さぬ程の圧倒的な恐怖()が。

 結局、数年に渡り彼の所業は続いた。

 その中で彼は人の壊し方を理解し、如何に効率よく殺せるのかという術を身につけていた。その力は強力でただ触れるだけ、近づくだけで命を奪える程。

 そこまでの力を持った彼は最早同盟だけでなく、周辺の諸国からですら恐怖の対象になっていた。

 戦果に関しては問題ない所か同盟で一番手柄を立てていると言っても過言ではない。

 しかし彼の行いは『武』を軽んじるとして騎士たちから反感を買っていた。

 

 そしてある年のことだ。ついに彼を正そうとその代の聖王騎士団団長が一騎討ちを挑んできた。

 彼は正に騎士という言葉を形にしたような者で、だからこそ力を有しながらもそれをただ殺すことにしか使わないアゼルが許せなかったようだ。

 実際、アゼルに騎士の誇りはない。だがそれは彼に騎士としての戦い方を教えもせず、悪魔と恐れて次々と戦場に送っていたからだ。そうして手にした力を今更不定され、今度からは『武を讃えて戦え』などと言われても出来るはずもない。

 結果、彼は自力で戦い方を学ぶしかなかった。そうなれば誇りだ何だと言うより効率を求めるのが当たり前だろう。

 だからこそ今更変えることはできず、団長ももはや手遅れでありどうしようもないと匙を投げ、一騎討ちという形で決着をつけようとしたのだろう。

 そうして、当時最強と称されていた団長とアゼルは刃を交えることになる。

 しかし、この時気付く者はいなかった。最強の騎士とて彼と刃を交えるという行為が如何に危険なことであったのかを……。

 

 決着は一瞬で終わったという。

 最強と謳われた騎士の一撃。それをただガントレットで受け止めた。

 それだけだったらしい。ただそれだけで団長は動かなくなり、そしてそのまま倒れ、息を引き取った。

 その光景を見ていた者達は我が目を疑った。同盟最強の騎士がただの一合で命を奪われる。それはあまりに現実離れしていた。

 しかしそれは確かに目の前で起こった物である。だが同時に理解できるはずもない。

 それでも『団長の死』という事実のみを受け入れた彼らは恐怖と混乱で騒いだ。普通なら毒を盛ったなどと言うものがいるだろうが、彼の力を知っている者達は皆ただ怖れて口を噤んでいたという。

 そのことは聖王や他の王の耳にも入ったらしく、アゼルの危険性を再認識した。

 

 そしてこのことが原因で彼は最も守りたかった人と離ればなれになることとなった。





察した人もいると思うけどスペックに関してはヒロよりアゼルの方が数段上です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十七話

アゼル編、後編。


 オリヴィエにとってアゼルとは『家族』であった。

 血の繋がりはない、義理の兄妹。しかしそんなことは関係ないとばかりに彼はオリヴィエの為に常に動いていた。

 彼の出生や経緯、背景はある程度使用人から聞いている。真っ当な扱いはされず畏怖され、全てに裏切られた存在。この世の全てを恨んでも仕方ないであろう過去を持ちながらも、彼は自分に優しく手を差し伸べてくれる。

 片や鬼子、片や悪魔。ある意味自分達は似たもの同士だったのだろう。

 しかしそれでも彼女は彼が優しい人間であると知っている。知っているからこそ恐れていた。

 行き過ぎた優しさはある種の狂気だ。特に特定のみに向けられた場合他を(ないがし)ろにしてしまうケースがあり、アゼルもその例に漏れない。

 彼はオリヴィエの為なら自分が如何に危険な存在と思われようと構わなかった。寧ろそれすらも利用していた。その行為はある意味自傷とも取れ、肝心のオリヴィエが心配していることに気づけなかった。

 だからこそ、自分達はこれ以上近くにいてはいけない。

 そうオリヴィエが判断した時と同じく、彼女にシュトゥラへの出向が言い渡された。

 唯一の肉親とも言っていい存在、それ故に離れることは辛い。しかしこのまま彼が傷付いていく方がオリヴィエには耐えられなかった。

 だからオリヴィエは後の覇王と呼ばれる者の下へと向かうことにした。

 互いに大事な存在だからこそ、近くにいては救えないと分かったから……。

 そしてオリヴィエは彼の下から去っていく、いつか再会出来る日を夢見て……。

 これが今生の別れになるとは知らずに。

 

 

 残されたアゼルはオリヴィエの言もあり、彼女の古くからの友人『ヴェルクトール・エーベルヴァイン』の下に着くことになった。

 『黎王』。黎明の王を冠する通り彼女の一族の歴史は長く、それこそベルカの黎明期から存続しているとも伝わっている。

 そんな由緒正しい家柄に生まれたヴェルクトールだが、元来の性格も相成り争い事を好まない。戦うことより話し合いを良しとする姿勢は戦乱であった当時はあまり良い目では見られなかった。それは当人も自覚していたらしいが治る見込みはないらしい。

 だがそんな性格だからこそ腫れ物扱いだったオリヴィエにも気兼ねなく話すことが出来たのだろう。

 オリヴィエはそんな彼女のことを気にかけ、アゼルを託したのだ。

 実際、争いでしか価値を証明出来なかったアゼルと彼女の相性は良かったらしく、ものの数日でアゼルは忠誠を誓ったとの事。

 オリヴィエの友人に相応しく彼女も裏表がなく、慈愛に満ちていた。常に家臣や兵、民草のことを考えており、彼らからは絶大な支持を受けていた様子。

 アゼルについても元々知り合いであったこともあり、数日もしない内に打ち解け、自身の愛称である『ヴェル』という呼び名すら許した程だ。

 家臣達もそんな彼女の下にいた為かアゼルを恐れる者は少なく、今までと違って扱いは良かったらしい。

 そこが彼にとっての第二の故郷と呼べる程大事な所になるのはそう時間が掛かることではなかった。

 

 黎明の王の下で仕え始め幾年が過ぎた。

 あれから色々な事が起きた。

 聖王騎士団団長を殺したアゼルを恐れ同盟の騎士と王達は今まで以上にアゼルを警戒するようになった。同時にその異常なまでの力に惹かれた者もいたらしく、同盟の内外問わず彼に接触する者が増えた。大半の者は彼の力目当てだったが、ただ一人……ある少年だけは憧れを抱いて接してきた。

 この少年が後に聖王騎士団の長となる『聖剣の担い手』である。彼はアゼルが唯一『友』と認めた者であった。

 アゼルと彼、それからもう一人の騎士の三人が同盟における最高戦力となり、それに対抗するように名のある諸国がそれぞれ有した四人の騎士。これらが『七騎士』と呼ばれる当時最高峰の実力を持つ者達となった。

 彼らによって力は絶妙な均衡を保ち、一時の平和を築いていた。

 しかしそれも長くは続かなかった。何処からともなく現れた『ハンニバル』という暴竜が幾つもの諸国を焼き尽くしたのだ。ベルカにも竜は存在しているが、件の竜はそれらよりも獰猛且つ凶悪なものであった。

 これを危険視した同盟は彼らが有する最強の手でこれを殲滅することを決めた。それには無論アゼルも入っていた。

 結果から言えば、暴竜を退治することには成功した。

 ただしその代償は大きく、有能な騎士を何人も失い、生存した者も多数が傷を負った。

 そして、その中にはアゼルもいた。

 暴竜に止めを刺した彼は、その時竜が持っていた毒を食らったらしい。少量であった為最初こそは何ともなかったが、時間が経つにつれそれは身体を蝕み、自由を奪っていった。

 幸い、それに気づいたヴェルが急いで暴竜の遺体から武器を作り、何とか一命を取り止めた。『ハンニバル』は純粋な武器ではなく、竜の毒に対しての抗体の役割を持っていたのだ。

 しかし対策が遅れた為にその頃からアゼルの身体は徐々に弱っていくことになった。

 そして、禁じれた過去の遺物「禁忌兵器(フェアレーター)」。それによって大気が濁り、汚染された世界にアゼルの身体は耐えることが出来なかった。

 たった数回、戦場に立っただけで彼は床に附くことになった。

 その頃の彼の姿に『不敗』と恐れられたかつての面影はなかった。

 食事は喉を通すことが出来ず水か粥がほとんど、内臓まで侵された所為か一日最低一回以上は血を吐き出し、それらの影響で栄養も血も足らず、一カ月もしない内に痩せ細り病人のようであった。

 一日の大半をベッドで過ごし、まともに動くことも出来ない。医者には「持っても一年はしないだろう」と宣告された。

 それ程の重症になりながらもオリヴィエへの手紙は欠かすことなく毎月書いていたらしい。

 

 だがそれもある日を境に途絶えることになる。

 「禁忌兵器」によって汚染され、食糧の確保が難しくなった。しかし黎王の領土にはその影響があまり見られずそれどころか同盟の国々に僅かながらも施せる程には余裕があった。

 これは彼女が代々の習わしとして『力』を己の為ではなく国の為、民の為に使ってきたからだ。黎王が継承する能力は物に手を加えることが出来る物質干渉系だと言われている。彼女達は昔からその力を戦いの道具ではなく、国を豊かにする為に使っており、その結果汚染を受けようとも何とか浄化出来ていると思われる。

 絶えず穢される大地や大気を浄化することが如何に困難な事かは想像するに難しくないだろう。ヴェルはそれをたった一人で行い、そしてその成果を自国だけでなく他国にも与えていた。

 どこまでも優しい王であった彼女だったが、その優しさが悲劇を招くことになる。

 先に語った黎王の能力に関することとその使用用途を知る者は多くなく、ほとんどの者は知らない。時世は食糧難だ、その中で『そんな余裕』を見せたらどうなるか?

 答えは簡単だ。豊かな国を我が物にしようとする、つまり侵略を受けることになる。

 しかし黎王の国は聖王の隣国、周囲も同盟の国に守られている。普通なら攻めるのは難しい、彼の国を相手にするよりも早く聖王と他の王達の軍勢を相手にすることになるのだから。

 だが実際に黎王の国は攻めら、滅ぼされることになる。外からではなく内から。

 

 黎王と聖王の関係は古くから続いており、彼らの関係は他の同盟との比ではなく固かった。しかし勢力を増したことにより必然分家が多くなった聖王の中にはそのことを忘れてしまった者、知らない者達もいる。

 それを行ったのはそういった者達であった。

 話すら通さず軍を引き連れた彼らはヴェルに今以上の食糧を要求してきたのだ。そこにはヴェルに対し不満を持つ他の王もいたらしい。

 仮にも一国の王であるヴェルは勿論断った。彼らに与えた施しは余裕があったからではない、それは民や彼女自身が節制をしたから出来たものであり、これ以上減らせば民が飢えてしまう。流石に彼女も他国よりも自国の民を優先する、だからこそ引く訳にはいかなかった。

 その答えを聞いた彼らは、大人しく引き下げる……訳がない。

 「ならば」と見せしめとばかりに、民への殺害命令を下した。

 

 それからヴェルの地獄は始まった。

 アゼルが倒れたことにより、代理として有力の騎士を何人か遠征に出していたことが災いした。彼らが率いてきた軍勢を退ける者がおらず、彼女は目の前で起こる惨劇を止めることが出来なかった。

 自分が愛した民が殺され、自分が愛した国が焼かれ、自分の愛した土地を血で穢された。

 彼女の必死な訴えなど聞こえるはずもなく、虐殺は続いていく。

 泣いても許して貰えず、懇願しても突き飛ばされるだけ。目に映るのは燃える家々と次々と倒れていく民。

 戦おうとしても彼女にはそんな力はなく、ただただ無力感が味わうだけだった。

 そうして民の数も減り、彼女の精神も限界に近づいた時だった。

 今まで殺戮の限りを続けていた兵が一陣の風と共に何人も倒れた。まるで恐ろしいものにでもあったかのように皆目を見開いて死んでいる。

 困惑の只中にいた彼女の肩を誰かが叩いた。

 振り返ってみると、そこには彼女の『最高の騎士』がいた。

 アゼルだ。戦闘服を纏い、手にはハンニバルを装備している。かつて『不敗』を誇った彼が再び戦場に立っていた。

 それを見た瞬間、ヴェルは泣き崩れた。

 その涙は、この状況を打開して貰った嬉しさからでも、彼女の騎士が帰ってきた喜びからでもない。

 彼を戦場に立たせてしまったという後悔から来るものだ。

 アゼルが医者に言われたのは二つ。

 一つは「一年しか身体が持たない」こと。

 

 ――そしてもう一つは「次に戦場に立ったら確実に死ぬ」ということだ。

 

 彼は医者の言いつけを破り、自らの命を捨ててこの地に降り立った。

 そうしてしまった原因が自分にあることを自覚しているヴェルは、彼にただ泣いて謝るしか出来なかった。

 しかしアゼルはそんなことは一切気にせず、生き残った民と共に逃げることを促した。

 彼らの行いが独断であることは既に分かっている。聖王の本家の下に行けばきっと彼女のことを助けてくれるであろう。

 彼女達が逃げる時間くらいは稼ぐ、だから早く行け。

 そう言うとアゼルは再び戦場を駆けて行った。そして目についた兵や騎士を片っ端から一挙手一投足で死体に変えていく。

 既に全盛期の力はなく、走るだけでも命を削るような死に体。

 しかし如何なモノも彼を止めることは出来なかった。

 それはそうだろう。彼の命は既に死神が先約しているのだ、それ以外に殺されることはあり得ない。もしそんなことが可能な者はそれこそ勇者しかいないだろう。死神も悪魔も屠れる者などそれしか考えられないのだから……。

 その瞬間、彼の脳裏に一人の男の顔が過った。

 ああ、確かに彼ならばその資格はあるかもしれない。

 そう思うと自然と口が吊り上がった。

 不意に浮かんだ友の顔に力を貰ったように、身体は軽くなった。

 

 ――不敵な笑みを浮かべ、悪魔は最後の殺戮を行う。

 

 

 それから数刻後。

 ぽつぽつと雨が降る中。太陽が昇るよりも早く、かつて黎明の王の国があった丘で炎が上がった。

 それは猛々しくも篝火のような温かさを持っており、まるで送り火のようであった。

 残されたのは悪魔が愛用していた竜の篭手と、灰と化した友を前に涙を流す一人の青年だけだった。

 




ちなみにアゼルの友に関しては『憂鬱』だと詳細は出さない予定。
ベルカ編とか他のvivid関連の二次やる場合は出る可能性あるかも。……そんな余裕があるかは別として。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十八話

ちょっと短いです。


「ふぅ……」

 

 リビングのソファーに腰を下ろしたヒロは淹れたてのコーヒーを口にした。

 あれから数時間程経った。一気に多くの情報を読み込んだヴィヴィオは脳が疲れたのか眠るように倒れ、今はヒロの自室に寝かせている。

 暫くしてから帰って来たアインハルトが看病していたが、特訓から続けてだった為か今は寄り添うように彼女も眠っている。

 

「急ぎ過ぎたか……」

 

 そう思うものの時間がないのは確かだ。

 ヴィヴィオが見た禁書は『アゼルについてのみ』描かれており、実は本当に危険なものについては触れていない。それはもし彼に近しい者が読んだ場合悲しむのではないかという筆者の配慮なのだろう。

 奇しくもヒロは別の方法でそれを知っている為意味を成さなかったが、ヴィヴィオには有効だろう。

 ヴィヴィオとオリヴィエの気持ちが同調していようものなら、過去と同じ結果になった可能性もあり得るのだから……。

 

 ――そう、あれには書かれていなかったが、あの場で涙を流した者は二人いたのだ。

 

 一人は言わずもがな彼の友である『聖剣の担い手』。

 そしてもう一人は、アゼルのことを心配して引き返して来てしまった黎王だ。

 彼女はアゼルのことを好いていたのだろう。従者や騎士としてではなく一人の男性として。だから何としても生きて欲しいと願った。最期まで自分の近くにいて欲しいと想った。

 しかしそれは叶わなかった。

 彼女が現場に着いたのはアゼルが友と認めた者がその聖剣で心臓を貫いた瞬間だった。

 遺言通り彼は己の力でアゼルを灰に変えた。自分の手で友人の殺めただけではなく、その亡骸すらも残さず滅さなければならなかった彼に周囲を確認する余裕はない。

 だから気付くことが出来なった。唯一残された希望を壊された者が傍にいることなど……。

 その時が彼女の心が壊れた瞬間だったのだろう。

 王として愛した国を焼かれ民を殺され、そして女として愛した人の命を目の前で奪われたのだ。

 それが如何な絶望かは計り知れない。

 しかし、慈愛に満ちていた優しい王を破壊の化身に変えてしまう程だったことは伺い知れる。

 国の平和の為に回していた魔力を全て破壊の為に使用した。己が身体や魔力器官にすら手を加え、ただの殺戮兵器としてその姿を変えた。

 彼女の嘆きは大地を抉り、慟哭は人々を鏖殺(おうさつ)した。疲弊していった国は悉くが彼女によって滅ぼされた。

 災害という言葉すら生温い、ベルカを終焉へと到らそうとした彼女を止めたのがオリヴィエだ。

 乗った者の命を奪うとも云われた禁断の兵器『聖王のゆりかご』に乗り、親友の暴走を止めようとしたのだ。

 しかし、その「ゆりかご」を使っても黎王は止まらない。

 黎明から続く原初の力であるそれは想像を絶する程の脅威だった。

 結局は滅びを目の当たりにした他の王族や騎士までもが力を合わせて、禁術の一つであった『ある封印魔法』を用いることでしか黎王を封じることは出来なかった。

 だがそれは急造であった為不完全な物であり、あくまでも「その場しのぎ」でしかない。

 そして数百年の時を超え、その封印は解ける兆しを見せている。

 

「……ッ!」

 

 唐突に襲った眠気に頭を振り、押さえた。気を抜くとそのまま泥沼にでも呑まれそうな感覚に耐え、常備していた薬を取り出した。

 それはかつてフェイトのいる前で飲んだ物であり、当時彼女には『栄養剤』と偽った物だ。片方の薬は増血剤で間違いないがこちらは違う。精神を不安定にさせるという、ある種のドラックだ。

 本来なら害しかないものだが、ヒロが独自に改良を加えたことにより副作用は抑えられている。しかしその用途そのものは変わらない。

 それを飲むということは悪戯に自らを追い詰めるような事だ。だが彼にはそれが必要だった。下手に精神安定剤等を飲めばそれこそ自殺行為なのだ。

 現に彼はそれを飲むことで自己を安定させることに成功している。

 

「……やっぱり、限界が近いな……」

 

 しかし“彼”に残された時間は刻一刻と迫っている。

 ヴィヴィオのことは大事だが、だからと言って時間を無駄に費やすわけにはいかない。

 黎王の封印の解除には聖王の力が必要不可欠だ。

 

「もう少し、なんだがな……」

 

 あと少しで決着がつく。それを迎えなければ安心など到底できるわけがない。

 記憶を継いだとは言え元は過去の遺物。現代を生きる者には到底関係ない話かもしれない。

 しかし“彼”にとってはその限りではなかった。

 継いだどころか自らの一部として組み込まれてしまった彼には黎王のことは人事では終われない。彼女のことに関しては自分は無関係ではいられない。

 だからこそリードに協力しているのだ。

 彼との因縁は長い。それこそ自分が生まれた時からの付き合いだ。

 最初はなのはについてのことで契約を持ち掛けられ、それを承諾してしまった。それから黎王のことを明かされ、ある種の運命共同体とも言える関係になった。

 実際、それ以外にも彼には色々と手を回して貰った。今こうしていられるのは間違いなく彼のおかげだろう。

 だがしかし、同時に彼は自分の『誕生』に大きく関わっている。その結果自分はある“怖れ”を常に抱き続けることになった。

 それを他人に打ち明けたことは数えるくらいしかない。

 両親や、大切な妹にすら明かしていない『秘密』。

 『彼女』にはそこに至る為のヒントを与えたが、果たして辿り着くことができるだろうか?

 真実を知っているリードに訊くのが一番手っ取り早いが、彼が何の核心も証拠も推理もなく来た者に教えるとは到底思えない。あれでも知識を司る者だ、手土産の一つでもなければ口は割らないだろう。

 出来ることなら早めに至って欲しいと願っているが、それは文字通り『神のみぞ知る』と言ったところか。

 兎に角にも自分に残された時間も限られている。

 最低でも黎王の件は解決しなければならない。

 

「タイムリミットはそんなに長くないぞ……フェイト」

 

 それが己のエゴであると自覚しながらも、彼は期待せずにはいられなかった。

 何せそれが“ヒロ”に出来る精一杯の足掻きなのだから……。





これで憂鬱本編の三分の二は終わりました。
あとの三分の一で色々と決着とかつきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

四十九話

 その日、フェイトは画面モニターと睨み合っている最中であった。

 ヒロに渡されたメモリースティック。その中に入っているという彼の公の物とは違う『改竄される前のデータ』がある。それを読み解き『ヒロ・ストラトス』が抱えている謎を解明することが彼の望みなのだろう。

 それを理解し、だからこそ穴が空くほど例のデータと公表されてるデータを見比べていたのだが……。

 

「ダメ、わからない」

 

 お手上げと言わんばかりにモニターから視線を逸らす。

 多少の差異は確かにある。しかしそれは他のデータに対しても同じことが言えた。管理局のデータ以外にも彼のパーソナルデータはある、それらを見比べた結果全く同じものはなかった。僅かだが誤差レベルの記述違いがある。だがしかし、それは正に『誤差』、一見すれば「あろうがなかろうが変わらないのではないか?」と思えるものばかりだ。その中で唯一の間違いを探すなど一朝一夕で済むはずもなく、それどころか下手をしたら一年経っても分からないかもしれない。

 想像以上の難敵にフェイトは頭を抱えため息が漏れてしまう。

 誰かに助言でも聞くべきか? しかし適切な相手が思い浮かばない。

 同じ執務官という点では、後輩のティアナ。義理の兄にしてかつて執務官の先輩であるクロノの二人が思い当たる。

 しかし両者共に忙しい身。個人的な悩みであり、彼女自身に与えられた試練に彼等の力を借りて良いものか?

 そう悩み、暫く唸っていたフェイトの下に一本の通信が入る。

 相手は、今考えていた後輩、ティアナ・ランスターからだった。

 

 

 

「わざわざすみません、送ってもらっちゃって」

 

「なに、気にするな」

 

 翌日。

 ヒロは無事に起きたヴィヴィオを家へと送り届けた。ヴィヴィオとしてはそこまでして貰うのは流石に気が引けたのだが、原因の一端を作ったヒロ本人としてはそうでもしなければ気が収まらない。それに、これでもし何かあれば保護者が黙っていないだろう。彼女の怒りに触れない為にも、やはりヒロが送るという選択以外はあり得ない。

 それも無事に終わり、ヴィヴィオに別れの言葉を告げ立ち去る予定だった。「お茶だけでも」とヴィヴィオは家に上げたがったようだがヒロにも予定がある。

 だからこそ、早々に引き上げるつもりなのだが……。

 

「あ、ヒロ! 丁度良かった!」

 

 奥の方から顔を覗かせたフェイトは、ヒロを見つけるや否や駆け足で寄ってくる。

 

「ああ、ハラオウン、久しぶり――」

 

「ゴメン、ちょっと付き合って!」

 

 呑気に挨拶をするヒロの首根っこを掴むと勢いそのままにフェイトは出て行った。勿論、捕まったヒロも共に。

 残されたヴィヴィオは、彼女が通り過ぎる際に留守番を頼まれたようで、一人取り残された。

 もっとも、あんなに切羽詰まっているフェイトの跡を追うとは欠片も思えず――

 

「……いってらっしゃい」

 

 ただ、呆気に取られながら見送るしか出来なかった。

 

 

 

「――で、何でオレはこんな所に連れて来られなきゃならないんだ?」

 

 不満たっぷりに小声で文句を垂れるヒロ。彼がそう言いたくなるのも尤もだった。

 理由も言わずに彼が連れて来られた場所は、クラナガンの片隅と言わんばかりに人通りの少ない区画(エリア)。更に言うと、その建物群の隙間――脇道とも言う――そこに着いて数分、息を殺し、気配を消し、探偵の真似事のような事をしている。

 視線の先にはレトロな街灯があり、その足下にはオレンジ色のストレートヘアーがよく似合う美女がいる。

 時間を気にしているのか、面を手のひら側にした腕時計をしきりに見ている。

 少し大人びた服装をしているが、ヒロは彼女に覚えがある。合宿の際に出会い、妹と仲良くなった女性――ティアナ・ランスターだ。

 合宿が終わった後も妹とは個人的な付き合いが続いているらしく、彼女の話題がよくあがる。もしここにアインハルトがいたら嬉々として話しかけに行ったかもしれない。

 しかし今妹はおらず肝心なフェイトも様子見一点張りで動く気配がない。

 さて、どうしたものか?

 そう呆れていると、不意にフェイトが「あ……」と声を漏らした。

 何か進展でもあったのだろうか? そう思い視線を彼女と同じくティアナの方に向ける。

 先程まで時間を気にしていた件の彼女はそこから顔を上げある方向を見て、そして「此処にいる」と言わんばかりに手を上げて主張している。

 待ち人がようやく現れたことに安堵したのか、表情は綻んでいるように見えた。

 人目を気にしてこのような場所を選んだのかは分からないが、このような寂れた場所に彼女程の歳の女性が好んで来るとはあまり考えられない。

 相手側の指定だろうか? 一体どのような人物なのか?

 そんな考えを巡らせながら待ち人の姿を確認しようとして――

 

「ようやく来た。遅いわよ」

 

「……ゴメン、電車が遅れて……」

 

「え、そうなの? ……ま、こっちも無理言って来てもらってるんだからそこはいいんだけど」

 

 ――絶句した。

 あとから来たのは一人の青年だ。お世辞にもオシャレとは遠いラフな格好で、少しでも着飾っているティアナとは対照的。そのくせ目元をしっかり隠した不釣り合いなサングラスがこれでもかと主張していた。

 一言で言うなら『怪しい男』だ。実際その姿を見てからフェイトの視線が鋭さを増している。

 きっと事情を知らない者なら皆フェイトと同じことをしたのではないだろうか?

 しかし、生憎ヒロはその事情……いや、問題の『怪しい男』の正体を知っている。

 

 彼の名前は『クロウ』、リード直属の部下の一人だ。魔力量そのものはそれほど多くはないものの、それを補ってあまりある程の射撃の名手である。リボルバーとオートマグ、異なる二丁の専用の銃型デバイスを自在に操り格上の相手ですら『撃ち負かす』、近接が真骨頂のヒロとは真逆のタイプだ。

 性格は基本寡黙で用がなければ自分から話しに行くようなタイプではなく、人とのコミュニケーションも苦手としている。

 そんな彼のことを知っているヒロだからこそ、ティアナの待ち人がクロウであったことに驚きを隠せなかった。

 クロウの仕事は表に立って行うものではなく、どちらかというと裏の……汚れ仕事だ。リードからの指示でターゲットを決め、速やかにそれを処理する。リード直属の戦力の中でも秘密裏にそういった事をこなす専門家だ。

 確かに管理局員として正式に登録はされているが、それでも執務官をやっているティアナと接点を持つ機会などそうあるものではないだろう。

 

 食い入るように見ているフェイト程ではないが、少し興味が出た。そして、おおよそ彼女の目的が分かった。

 だからこそいい加減にこちらに意識を向けて欲しいのだが、当人は先程から微動だにしない。

 

「ハラオウン」

 

 試しに呼んでみるが返答はない。石かと思わんばかりに固まっている。

 その姿に呆れため息を漏らすヒロ。

 顎に手を当て、何なら効果があるか数秒程思考。その結果最も効果的な方法を試してみることにした。

 足を動かし身体を寄せる。『近づいた』というよりは『密着』に近い程の距離。

 その超至近距離になっても動かないフェイトの集中力にはほとほと呆れつつも、更に顔を彼女の耳に寄せる

 そして――

 

「――フェイト」

 

 囁いた。彼女のファーストネームを、出来る限り甘く、優しく。

 

「ひゃぅ!?」

 

 随分と可愛いらしい悲鳴があがった。どうやら効果は抜群のようだ。

 

「な、なに!?」

 

 耳を抑えながらも距離を取り、瞬時に振り返る。顔は真っ赤に染まり、瞳は動揺の色が伺いしれる。

 その姿に一瞬見惚れはするもののすぐに意識を戻し口を開く。

 

「ようやく戻ってきたな、何度呼びかけても返事がないからちょっとイタズラしたくなっただろうが」

 

「ご、ごめん……て、イタズラ?」

 

 苦笑を漏らすヒロに謝ったのも束の間、その言葉の意味を考え、先の出来事を思い返す。

 

「あ、あああ……!」

 

 すると顔が先程とは比べ物にならない程赤くなり俯いて黙ってしまう。完全な不意打ちな上に内容が内容の為だろう、意識をこちらに向けさせるには相応のインパクトが欲しいだろうとして行ったのだが「流石にやりすぎたか」と思ったヒロは「悪かったな」と頭を下げた。

 

「だ、大丈夫……えっと、それより――」

 

「ああ、どうやら移動を始めたようだな」

 

 視界の端で件の二人が動いた事を確認すると、ヒロはフェイトの言葉を切り、あるいは繋げてそう言った。

 その事に不服そうに頬を膨らませるフェイトだったが、ヒロの言った通りターゲットが動いた以上こちらもつけなければいけない。

 不満はあれど見失うのは本意ではない為『その事』に対する言及は後にすることにし、彼らは二人の跡を追うことにした。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十話

 ――唐突に。

 今まで男っ気が全然なかった後輩から、ある日突然「男の人と会う時ってどんな格好したらいいですか?」という質問を投げかけられた場合その人はどうするのだろうか?

 

一概に正しい対処はなく、強いて挙げるなら当たり障りのないことを言うのが大半ではないだろうか?

フェイト・T・ハラオウンもその例に漏れず、動揺しながらもそのような返しを行った。

 それが、つい先日のことである。

 

「――それで気になってつけることにした、と。……ああ、うん、実に『イイ趣味』だな」

 

 思わずほくそ笑んでしまうほどに愉快な気持ちでいっぱいのヒロに対し、フェイトは抗議の視線を飛ばす。

 いや、実際の所後輩が悪い男に(たぶら)かされていないかという過保護にも似た思いが暴走した結果なのであろうことは既に理解している。

 ティアナからすれば余計なお世話だろうし、第三者から見たら過剰とも思える行動だろう。

 しかしそれは彼女の優しさの裏返しとも言える。それを不要や唾棄すべきものとは考えはしない。

 今回は偶々暴走しただけで本来の彼女は慈愛に満ちている。そのことを知っているからこそヒロは彼女を『選んだ』のだ。

 

 さて。

 からかうのはそこそこに改めて状況確認だ。

 あの後ターゲットの二人を尾行していたヒロとフェイトは、彼らがある店に入るのを確認した。

 そこは極めて普通なカフェテリアであり、如何にもデートに打って付けと言わんばかりの所だった。内装、店の雰囲気的にも若者が好みそうだ。

 ――そこに入ったということは本当に『そのような関係』なのだろうか?

 興味はより一層増し、ヒロとフェイトも跡を追って店内に入った。

 そして相手の̪死角になる位置に陣取り、現在様子見をしている最中だ。

 

「……アンタ、よくそんなに食べれるわね……」

 

「……そうかな?」

 

「何であたしの周りには大食いしかいないのよ……」

 

 遠目だが大盛りの巨大なパフェをパクパクと頬張るクロウにげんなりしているティアナの姿を視認できた。ティアナの問いにケロッとした様子で返すクロウ。その様を目前で見て一層落ち込んでいるようだ。

 ――ああ、そういえばあいつ、極度の甘党だったな。

 上司もそうだが、クロウ(あいつ)はそれ以上の甘党だったことを思い出した。普通の食事は平均的な量しか食べないのだが、どういう訳か菓子やデザート類は幾らでも食べれるらしい。それこそ甘いの大好きな女性陣が引くレベルに……。

 十中八九、この店を指定したのはティアナではなくクロウだろう。彼は暇が出来れば専門の情報誌などで独自にリサーチする程には甘い物が好きなのだ。

 恐らく前々からこの店には目星をつけていたのだ、しかし店の雰囲気や自分の容姿を考慮して一人では中々来られなかったと予想出来る。

 どんな経緯でティアナと出会ったのか不明だが、その縁で彼女に店への同行を頼んだのではないか?

 ティアナの態度から「恋人」と見るのは早計だ、良くて「友人」と言った所だろう。

 薄々気付いてはいたがフェイトの早合点であり、ヒロ自身も少しばかりそれに期待してしまった。

 そんな自分の気持ちと行動に落胆するヒロだったが、フェイトは相も変わらず彼らを凝視している。

 これ以上得る物はないと思うが……。

 そう思いつつも、後輩のことを想い真剣に見守る姿が微笑ましくヒロはもう暫く黙っていることに――

 

「それで、教えてくれるんでしょうね」

 

 瞬間。向こうで動きがあった。

 先程までのげんなりしていた姿から一変。目付きは鋭く、纏っている空気も凛としたものになったティアナ。

 対し、クロウも空になったグラスを下げ、彼女に向き直った。

 

「………………」

 

 しかしそれも一瞬ですぐに視線は忙しなく宙に向かい、止まる。

 同時に目を閉じ、思考する。

 数秒、十数秒、一分。もしかしたら数分経ったかもしれない。

 そう思える程に沈黙は長く続いた。

 

「……ふぅ……」

 

 そしてそれを破るように静かに息を吐き出すと、彼はサングラスに手を掛けた。

 同時にヒロの顔色が僅かに変わる。

 しかし、ティアナも近くにいたフェイトもそのことには気付かない。彼女達の視線はそのサングラスの下に向けられているのだから……。

 彼らのそんな些事など気にする事なく、クロウは静かにそれを外した。

 

「――え?」

 

 驚愕、というにはあまりにも呆気ない声がフェイトの口から漏れた。

 彼女の視線の先にあるもの、位置の関係上見え辛いが、此処最近見慣れてしまった『その顔』を見間違うはずがない。

 今しがた一緒にいた者の顔を間違えるわけがない。

 

「“これ”のことだろ」

 

 サングラスの下から露わになったクロウの素顔。

 それはヒロ・ストラトスと瓜二つだった。

 

 

 

 ティアナがクロウと出会ったのは、彼女がある事件の犯人を追っている最中だった。

 とある管理外世界にて、外の世界の技術を流し、元々争っていた二つの国家をより大きな戦火に巻き込んだ犯罪組織があった。彼らが行ったことは管理局が定めた法の中でも特に重いものであり、捕まったら最後二度と牢から抜け出すことが出来ない罪だ。

 捜査の末、その最悪の組織を取り締まることに成功したティアナだったが、僅かな隙を突かれ彼らの首領に逃げられてしまう。

 時間をかければ確実に逃げられることと、『逃げられた』という焦りから彼女は単身彼の追跡に当たってしまった。

 何とか追いつき、その世界からの逃亡を防ぐことは出来たが、窮地に立たされた彼は徹底抗戦を取った。

 元より凶悪犯罪者としてお尋ね者だったが、更に厄介なことに魔法と戦闘の腕も相当な物でありティアナは苦戦を強いられることになった。

 彼女が得意とするのは射撃魔法であり、その性質上、中~遠距離に適している。むろん近距離が不得手なのはティアナ自身理解しており、その対処法も持っていた。

 しかしこの時だけは相性が悪かった。

 相手はかなり硬い防御魔法の使い手であり、尚且つインファイターだった。

 本来であれば距離を取ればティアナが優位を取れるのだが、この時は彼を逃がさない為ある程度は距離を詰めなければいけなかった。もし下手に距離を取り、仮に彼に隠れた仲間がいて妨害でもされたらその瞬間逃げられることは確定だからだ。

 そういった予想される『最悪の事態』を回避するには彼女が苦手とする状況下で戦うしかない。しかしそうなると防御魔法を破る程の強力な魔法を撃つ隙がない。結果、ティアナは逆に追いやられることになった。

 得意の射撃が効かず、拘束魔法や砲撃魔法を使う暇がない。慢心や油断なんてなかった、それでも相手は強く、必死だった。反撃の隙を与えない為の猛攻は嵐のようだった。

 あと少し。ほんの十数秒でもそれに曝され続けていたらティアナの命はなかったかもしれない。

 そんな状況で駆けつけたのがクロウだった。

 彼は別件でその犯罪組織を追っていたらしく、遅れてその世界に来たらしい。そしてティアナのことを聞き駆けつけたのだ。これに関してはクロウだけの意志でなく、どちらかと言えばリードの「貸しを作る好機」という魂胆の方が大きい。

 だが如何な事情があろうとも応援は応援。

 クロウは手にした二丁の得物で、一瞬にして数発の弾丸を叩きこむ。不意の奇襲と予想を上回る衝撃に怯んだ所を突き、ティアナを救出することに成功する。

 しかしこの時、相手も咄嗟に反撃することが出来た。

 それは致命傷どころかかすり傷すら与えられなかったが、彼の顔を隠していたバイザーを弾き飛ばした。

 ――その瞬間、ティアナは確かに見た。彼がヒロと全く同じ顔であったことを。

 困惑するティアナには気にも留めず、クロウは再度弾丸を撃ち出す。

 先と同じ一瞬で放つ数発の弾を、先とは異なり“全く同じタイミングで着弾させる”という神業で以って強固な敵を屠った。

 通常の銃では不可能な、デバイスだからこそ出来た芸当。

 一つ一つでもそれなりの威力を誇る彼の魔弾。それを複数同時に受けたとあっては如何に硬い防御魔法を用いたとしても無事あるはずはなかった。着弾と同時に炎が弾け轟音が響いた。

 そして首領の男は白目をむいて地へと伏した――。

 

 自分を苦しめた相手を、自分と同じ魔法の使い手が倒した。

 奇襲を用いたとはいえ、その事実にティアナは驚愕する。

 そしてそれ以上に何故クロウ()がヒロと同じ顔なのか……。

 色んなことが一気に起き頭がパンクしそうな中、澄ました顔で落ちたバイザーを回収したクロウは再びその素顔を隠した。

 

 ――これがティアナとクロウの邂逅だった。




原作が終わった、この作品はいつ終わるかな……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十一話

『………………』

 

 長い沈黙が再び訪れた。

 質問者のティアナは勿論、盗み見ていたフェイトもクロウの正体が気になり、凝視している。

 口を閉ざし、静かに目を閉じ、思考するように腕を組む。その姿もヒロに似ており、二人は更に視線を強める。

 それに曝され続けるクロウの心中は、中々に穏やかではなかった。

 

『……どうしよう兄さん』

 

 堪らなくなったクロウはついに救援を求め念話を送ってきた。

 

『成る程、詳細は分からないが知られてしまったのか。なら仕方ない、応えられる範囲で答えればいいだろ』

 

 それを受け取った相手は、ヒロだった。

 実はクロウはヒロ達の尾行に既に気付いていた。元々危険が多い職業柄気配には聡いのだ。そしてそれを承知の上でつけていたヒロは特に驚くこともなく簡素に返した。

 あまりに淡白に返されたことにクロウは一瞬戸惑った。この問題は彼だけのものではなくヒロも関わっているのだから……。

 しかし下手な嘘で言い逃れ出来る雰囲気ではない上ティアナは頭が切れる、大凡の見当は着いているだろう。ともすれば、当人の許可も下りたことだ、素直に白状した方がいい。

 観念(意を決)し、クロウは目を開き、ティアナに改めて向き直った。

 

「見当は着いているんだろ? 俺は兄さん……ヒロ・ストラトスの遺伝子データを基に作られたクローン。人造魔導師だ」

 

「やっぱり……」

 

 実の所、ティアナにはある程度の予想が着いていた。身近に似たような者がいるということもあるが、彼とヒロが同一人物として考えるには見過ごせない問題がいくつかあったからだ。

 ヒロの肉親という線は勿論浮かんだが、それにしては『似過ぎている』。定期的にアインハルトと連絡を取り合っているが、彼女にヒロ以外の兄弟がいるという話は聞いたことがない。

 そうなれば考えられるのは二つ。本当に偶々似ていただけの赤の他人か、彼の遺伝子データから作られたクローンの二択だ。

 もし魔法や技術力がそれほど発展していない世界ならば前者の考えに至るだろう。しかし彼女のいる世界は魔法があり、技術的にも十二分に発達している、尚且つ“実例”が存在する。であれば、後者の方が僅かでも可能性は高い。

 多少覚悟していた為ティアナはそれほど動揺していない。

 

「えっと……ヒロ?」

 

 しかし遠くから見守っていたフェイトは違った。

 話の内容は聞こえないが、クロウという青年がヒロと同じ顔をしており、そして二人を包む空気が重くなったのを感じ取った。

 自然と視線は隣のヒロに向けられた。

 彼も真剣な様子で二人を窺っている。今何かを聞ける余裕がないことを察したフェイトは不安を感じつつもヒロと同様、様子見に戻った。

 

「アンタのこと、やっぱりヒロさんは知ってるの?」

 

「ああ」

 

「アインハルトは?」

 

「知らないだろうね」

 

「……そう」

 

 ヒロは知っているがアインハルトは彼のことを知らない。

 それはつまりアインハルトに余計な混乱と不安を与えない為の配慮だ。裏を返せば彼の出生にはそれだけ表に出来ない事情があるということになる。

 人造魔導師という時点で彼は秘匿すべき存在なのだろう。それもオリジナルが存命中の個体となれば周囲に与える混乱は想像に(かた)くない。

 ヒロもそれを理解しているからこそアインハルトに伏せているのだろう。

 

「……まあいいわ。それより『約束』覚えてるわよね?」

 

「え? 射撃のこと? それは覚えてるけど……いいの?」

 

 唐突に話を切り上げたティアナにクロウは面食らった。

 先程までの話の流れ的にてっきり自分の生い立ちやヒロとの関係を探られると思っていただけに呆気に取られてしまった。

 ちなみに『約束』とは、ここの店のデザートを奢る代わりに射撃の稽古をつけて欲しいというもの。同じ使い手としてクロウの腕には目を見張るらしく、彼の技を盗みたく直々の指導を頼み込んだのだ。

 

「いいも何も、あたしはただ気になったから質問しただけ。そこだけははっきりさせたかったのよ」

 

 性格上の問題なのだろう。

 正直彼が人造魔導師だからというだけで態度を変えるつもりはない。寧ろ「つくづく縁があるな」程度の認識しかない。

 従って、彼個人の過去を重要視はしない。彼女(ティアナ)にとって必要なのは『今の(クロウ)』なのだから。

 

「……ありがとう」

 

 ティアナのそんな価値観を悟ったクロウは素直に礼を述べた。

 心なしか、表情は明るく笑っているように見えた。

 

「別に……感謝されるようなことじゃないでしょ」

 

 照れたのか、それを隠すように「フン!」と鼻を鳴らしティアナはそっぽを向いた。

 その姿が微笑ましいのかクロウは今度こそ間違いなく笑ったのだった。

 気にならないと言えば嘘になるが、ある意味自分なりの納得をしたティアナ。

 ――しかし、終始様子を見守っていたフェイトはその限りではなかった。

 

あの後、クロウとティアナの二人は再び重い空気になることもなく、食事を終えるとそのまま出て行ってしまった。

恐らく、『約束』通りクロウに射撃の指導を受けに行くのだろう。先程とは違う意味で気合いを入れたティアナの顔からそれは伺い知れた。

冷や汗をかく事態はあったもののあの二人に関しては問題はないだろう。

それよりも――

 

「ヒロ……」

 

 不安そうな声色で思い詰めた様子のフェイト。

 やはり彼女は気にしているようだ、ヒロとクロウの関係を。

 特にフェイトはクロウが造られた要因となる技術に関与している身だ。肉親的にも彼女自身的にも。

 だから余計に気になるのだろう。例え声が聞こえなかったとしても、クロウとティアナの雰囲気や、ヒロと瓜二つという点から彼女は察してしまったのだろう。

 ヒロもその辺りは理解している。しかしだからと言って容易に喋っていい内容でもない上、これは彼女に課した物にも関係している。

 となれば、必然口を挟むことは出来ない。これはヒロ自身がというより、ヒロがリードと交わした『契約』による所が大きい。

 フェイトがもっとヒロと近しい人間であったなら開示出来たであろうが、今はそんなことを言っても詮無きこと。

 

『………………』

 

 互いに言い出す切っ掛けを作れず微妙な空気になってしまった。

 何とか打開する術はないものか……そうヒロが思考を巡らしていると――

 

「フェイト?」

 

 突如彼女を呼ぶ声が聞こえた。

 驚き、その方に振り返ってみるとそこには良く知った人物がいた。

 

「え? クロノ……?」

 

 そこにはいたのはヒロと同じ髪の色の男性、クロノ・ハラオウンだった。その姓が示す通り彼は義理とは言えフェイトの兄である。

 予想外の家族との邂逅。それも普段なら決して彼が寄り付かなさそうな場所で遇ったのだからフェイトの混乱は増すばかりだ。

 そんな義妹の様子にクロノは苦笑を浮かべつつ、彼の妻であるエイミィに土産としてこの店のケーキを買ってきてくれるよう頼まれたことを簡潔に伝えた。

 それを聞いて合点がいったのかフェイトを「そうなんだ~」と頷いて見せた。

 そんな素直な義妹を「相変わらずだな」と思いつつ、彼女が一緒にいた人物が気になり視線を移した。

 遠目からだったが男性なのは分かっていた。隅に置けないなと思いつつも件の青年を見た。

 

「キミは……」

 

 その瞬間。ヒロを見た僅かな間、クロノは驚きを隠せず目を見開いた。

 だがそれもすぐに鳴りを潜め、努めて冷静に挨拶をした。

 

「やあ、久しぶりだね。変わりはないかい?」

 

「えぇ、そうですね。“変わりない”です」

 

 一見普通の挨拶の応酬だが、それでクロノは何か察したらしく一瞬苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。

 

「あれ? クロノ、ヒロと知り合いなの?」

 

「……ああ、前にちょっとね」

 

 フェイトの疑問に言葉を濁すクロノ。付け加えるようにヒロが「昔世話になったんだよ」と口を挟んだ。

 

「さて、もう用はないだろうし、オレは帰るよ」

 

 クロノが来たことで張りつめていた空気が緩んだ。同時に周囲を気にする余裕も出たのかヒロは時間を確認した。

 「ヴィヴィオを送る」と言って家を出てから既に数時間。流石に帰らないと妹が心配する頃合いだ。連絡せずに長時間帰らないのだ、怒ることはないだろうが拗ねるのは間違いないだろう。へそを曲げたアインハルトは中々に強敵だ。故に早々に引き上げなければならない。

 それに、何よりこの場に留まり続けてフェイトから色々と問われた所で現状ヒロに答えられるものは限られている。

 せめてもう少し『真実』に近付くことが出来たのなら答えられるだろうが……そこは仕方がない。

 

「じゃあな、なんだかんだ楽しかったよ」

 

「え? ちょっとヒロ!」

 

 そう言い今回の駄賃代わりとして自分が頼んだ物以上の額の金をテーブルに置くとヒロはそそくさと帰ってしまった。

 残されたフェイトは「どうしよう」とでも言いたそうな顔を、同じく残されたクロノに向けた。

 そしてそのクロノは唯々苦笑を浮かべる他なかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十二話

ようやく『ヒロ』自身の秘密について触れることが出来ました。


 あれから、フェイトはクロノの家を訪ねた。

 長年の付き合いであり、既に家族であるエイミィやその子ども達に会いたかったという理由は勿論ある。

 だがそれ以上に今フェイトがどうしても知りたい情報をクロノが持っている可能性があったことが大きいだろう。

 フェイトが知りたいもの……そう、ヒロ・ストラトスについての情報を。

 

 

「成る程。事情は分かったよ」

 

 事のあらましを伝えるとクロノは頷いた。

 確かに彼はヒロについて知っている。フェイトでは知り得なかった情報も実際持っている。

 本来ならプライバシーに関わること故他言無用なのだが、当のヒロ自身が「良し」としている以上言っても問題はないのだろう。

 その為、応えれるのであれば応えれるつもりだった。

 しかし……。

 

「あまり言いたくはないが、フェイト。……これ以上彼と関わるのは止めた方がいい」

 

「え?」

 

 突飛もなくそんな事を言われたフェイトは面を食らった。

 それはそうだろう、なにせクロノが交友関係(そういったこと)に口出しするのは初めてのだから。厳しくはあるが基本優しく誠実な性格だ、それ故に偏見を持つことがあまりない彼がヒロとの関りを断つことを進言してきたのだ。

 これはもう彼に何かあることは確定だろう。

 

「キミは優しい性格だ。聞けば絶対に抱え込んでしまうだろう、家族としてはそれを見過ごすことは出来ない」

 

 続けてそう言ったクロノの顔には心配の色が伺えた。言葉通り純粋にフェイトのことを案じているようだ。

 だがしかし。

 

「ゴメンね、お兄ちゃん。それでも私は知りたいの」

 

 フェイトは首を横に振った。

 先の店での出来事が脳裏に蘇る。ティアナがあったヒロと同じ顔の青年、それを見た時のヒロの空気の変わりよう。

 それらを知る術もやはりヒロの過去にあるのだろう。

 フェイトの予想が当たっているのなら、もうこの件は興味本意だけで調べていい案件ではない。

 どんな鬼や蛇が出てきてもしっかりと受け止める覚悟が必要だ。

 ヒロが何故それほどの重要なことを自分に教えたいのかは未だに分からない。

 しかしそこにはやはり何かしらの『信頼』があるのだろう。ならば今はそれに応えたい。

 フェイトの真剣な表情からそれを悟ったクロノは観念したように息を吐いた。

 昔から頑固な所があったが、どうやらそれが働いてしまったらしい。こうなったら梃子でも動かないだろう。

 

「分かった。ボクが知っている範囲のことは教えるよ」

 

「うん、ありがとう、クロノ」

 

 渋々と承諾したクロノだったが、今彼女が浮かべている笑顔が曇ることを思うと、やはりやるせない気持ちは拭えなかった。

 

 

 

 ヒロ・ストラトスの人生は、途中までは特出すべき所がないものだった。

 覇王直系の子孫に当たっていたが、彼自身はその素養はなく、どちらかと言えば能力も解析等に優れていた。その能力を用いれば肉体を上手く動かすことは出来るものの、あくまでも『その程度』であり、正直覇王の力には遠く及ばなかった。

 しかしだからと言って彼も両親も悲観することなどなかった。覇王の直系であることは事実だが、その資質を持って生まれてくる者は稀だ。持って生まれた運命に縛られない分自由なのだと、そう思っていた……。

 全ての発端は妹、アインハルトが生まれてすぐのこと。

 ヒロは学校のレクリエーションで遠出した際ある組織に拉致された。

 その組織は古くは聖王教会に属していた物だが、あまりに過激だった為、彼らから切り捨てられた者達らしい。

 彼らは捨てられた後も信仰心を持っていた。異常な、いっそ狂気と言ってもいい程の……。

 それらは長い月日を重ねる程に歪んでいった。

 いつしか彼らは信仰だけでは飽き足らず、『聖王の完全な復活』を目論むようになっていた。

 そしてその際に必要なデータを蒐集すべく、いくつもの被験体を使い、過去の人間の『再現』を行った。

 その被験体の一人にヒロもいた。古代ベルカに連なる家系の者を探り当て、見事彼らの眼鏡に適った内の一人に。

 拉致された先でヒロに待っていたものは非人道的な実験……などではなかった。

 幾重にも行われる検査という検査。長期に渡る監視の下管理された生活。自由はないが、死の危険はないものだった。

 しかしそれもある日を境に終わりを告げることになる。

 それはある聖遺物との適合検査だった。

 聖王に纏わる物は大半が聖王教会が管理していた。それ故に聖王由来の代物はそこにはなかった。

 代わりに、彼女が敬愛していた兄の遺品があった。

 いくつもの国を焼いた暴竜の遺骸を基に作った禍々しい悪魔の手が――。

 

 それからヒロの地獄は始まった。

 一度取り付けられた悪魔の手、ハンニバルは決して外れぬように身体の内部にコアを埋め込まれた。

 その為彼はハンニバルに掛けられた呪い――トレースからは一日足りとも逃れられなくなった。

 まだ十歳そこらの少年が体験するには過酷な『彼の騎士』の生き様が身体と精神を蝕んでいく。

 彼の騎士だからこそ出来た動き。それを追体験すれば未熟な体の肉は裂け骨は砕けた。

 彼の騎士が平然と行った虐殺。平穏の中で過ごしてきた少年に吐きたくなる程の血の匂いと、人を殺し・壊す不快な感触が襲う。

 彼の騎士ですら苦しませた毒。毒そのものは再現されなかったとはいえその苦痛は本物だった。のたうち回ることすら出来ない強烈な痛みが数日続くことすらあった。

 そして、彼の騎士の生涯を何日も掛けて追体験したヒロの精神は徐々に摩耗していった――。

 

 助けが来たのは何カ月経った後だったろうか。

 もはやこの時のヒロに時間を気にする余裕はない。いや寧ろ常時『死』を望んでいたのだ。

 心はどんなに死を望もうとも肉体は死ぬことはなかった。

 それは他の個体よりもハンニバルとの適合率が高いことに興味を持った彼らが生き続けるような処置をしていたことと。

 もう一つ。ヒロの能力と魔力がハンニバルやトレースの影響を受けてか変質してしまった為だった。

 それは正に彼の騎士が保有していた技能であった。

 クリアマグナと賢王の眼(ロードロア)。回復と解析の最上位に位置する二つの能力の発現が彼の生存を高めてしまった……。

 結果、彼は死ぬことすら許されない地獄を延々と繰り返していた。

 助けに来たのは当時執務官だったクロノとリードだった。この件に関しては元々リードが担当していたが、別の事件の関連性からクロノも同行することになった。

 そして、いざ助けにきた彼らが見たのものは……まるでミイラのような状態になりながらも、辛うじて発せれる声でただ「死にたい」「殺してくれ」と懇願し続ける少年の姿だった。

 

 助け出されたからといってヒロの容態が回復することはなかった。肉体的な面はともかくとし、重要なのは精神の方だ。

 はっきり言ってしまえば、この時のヒロの精神はもう崩壊(死ぬ)寸前だった。いや、もはや死んでいるも同然だ。

 何故なら、既に精神は生きることを放棄してしまっていたからだ。

 これではこちらがどんなに生かそうと努力しても意味がない。

 そのことに両親は愕然としていたが仕方ない。寧ろあんな目に遭ったのに死んでいない方が奇跡だ。

 しかし、それも時間の問題だろう。

 どうしようもない現実。医者ですら匙を投げる程の事態に彼らは嘆き悲しむことしか出来なかった。

 娘も生まれ、これから家族四人で苦楽を共にしていこうとした矢先のこと。

 あまりに酷い。息子が何をしたというのか? ただ平穏に生きていただけの子どもが何故このような目に遭わなければいけないのか。

 生まれたばかりの娘から兄を取ろうとする……そんなこと許されていいはずがない。

 行き場のない怒りをぶつけることも出来ず、ただ呑み込むしか出来なかった両親。

 そんな彼らに救いの手を差し出したのは神や医者ではなく、この事件の担当だった執務官だった。

 彼は言う、「どんな手を使ってもいいのなら何とかしよう」と。

 それは危険な悪魔の囁き。『救う』とも『助ける』とも言っていない、何が起こるか分からないパンドラの箱。

 しかし息子を失う恐怖に耐えきれない両親は彼に乞うた。

 その瞬間、彼は――リードは探し求めていた駒の一つを手に入れる前段階に成功した。

 

 リードは彼らの願いを聞き入れた。

 ヒロの精神を救うべく、死なせない為に。

 あろうことか壊れかけのヒロの精神と、ハンニバルに残った彼の騎士の残留思念を混ぜ合わせるという荒療治を行ったのだ。

 そうして、彼は作り出してしまった。

 ヒロ・ストラトスでありながらヒロ・ストラトスとは異なる、アゼル・イージェスの面も持ち、しかしそれらとはまた違った人格を。

 ――そしてそれを、秘密裏に『代替人格』として使うことを。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

五十三話

こっから先シリアスしかないんですけど……。(番外的な話は除く)
実はシスコンの理由が割と重い。


 『代替』とは何かの代わりを意味する言葉だ。

 例えば、車やケータイが壊れたとしよう。それを修理に出してる間代わりの物が支給される。これが『代替物』だ。

 これらは壊れた物が直るまでの間、無ければ不便だからとして貸し出され、期間を迎えた際返却しなければならない決まりになっている。

 身近な物で例えたが、『代替物』というのは他にも色々とある。しかしそのどれもが一時、一定期間の間しか使われることがない。

 少し物悲しいかもしれないが、仕方がないこと。それが代替物の役割なのだ。

 『代替人格』とは端的に言ってそういった役目を負った人格のことだ。

 似たようなものに『多重人格』が存在するが、それらとは出生と意味合いが異なる。

 多重人格は過度なストレスや特殊な環境下、それから逃れる為のある種の防衛本能により生まれる場合が多い。

 これは完全に無意識で行われ、当人は自分にもう一つの人格が生まれたことに気付くことはない。

 意識こそ出来ないが彼らの役割は元の人格の『負担の緩和』などが主だろう。

 対して代替人格とはまず出生からして違う。彼らは第三者の手によって意図的に造られた存在だ。

 魔法という技術が生まれ、それによって出来ることが増えた結果、今まで手出しが出来なかったものに手を出せるようになった。

 その内の一つに精神崩壊を起こした者への対処もあった。精神が死に、完全に生きた屍となった彼らを救う術はないかと考案され、現実の物にしようとした。

 生身の肉体とは違い、精神とは不確かで不鮮明なものだ。精神や心に関しては明確な『死』というのが実は分かっていない。

 あくまで何に対しても反応がない為にそう判断されるだけだ。

 しかし何かしらの干渉を受け、その影響で意識が戻るという事例は少ないながらもある。

 そこに目をつけ、仮にその状態を沈静しているものとし、代わりに刺激を感受するものを置き、間接的にでも影響を与える存在とする。

 そうした外界とのパイプのような役割を持たせたものが代替人格なのだ。

 作られた人格が使い捨てなのか? という疑問は当然出てきたが、それに関しては完全な受動型にし、尚且つ本来の人格が復活するスパンを考えた際、自我が目覚めることはないと想定された。

 とはいえ『魔法』という免罪符を付けたとしても、端から見ればやっていることは人体実験に近いものだ。

 故にこの技術もまた歴史の闇に葬られることとなったのだが、あらゆる記録を蒐集していたリードはこれを秘密裏に入手していた。

 その技術を使い、造り上げたのがヒロ・ストラトス……いや、彼の代替人格だ。

 当時ヒロが最も心残りだったのは生まれたばかりの妹、アインハルトについてだ。兄としての自覚が芽吹き始めた頃、彼女のことが頭から離れたことはない。

 それほどまでに大事な存在だ。

 そしてまた、ヒロが宿した聖遺物の持ち主も『兄』という立ち位置にいた。

 血の繋がりはなくとも、彼もまた妹のことを大切に想っていた。

 二人には共通点がある。

 その共通点を基に造られた人格は『兄』としてのものだった。

 ヒロ――正確にはその代替人格――のアインハルトに対する深い愛情はここからきている。無論彼自身アインハルトのことが大事だと想っているし、そこに関する感情・想いは嘘偽りのない純粋なものだ。

 しかし、同時にその行動こそが彼の存在証明であり存在意義でもあるのだ。

 何せ、彼は『妹を大切に想っている』二人の兄の記憶と想いから造られた存在なのだから。

 だがらこそか彼等の想いの強さはリードの想定を超えていた。

 本来目覚めることのない自我は目覚め、あまつさえ元の人格が復活するであろう期間を余裕で超えてしまっていたのだから。

 完全な予想外の出来事故に、リードは彼を目の届く範囲に置く為ある取引を持ちかけた。

 『彼』が覚醒した当時、同じ病院に入院していた『ある少女』がいた。その少女は管理局の魔導師であり、任務中の大きな怪我を負い、九死に一生を得ることとなった。

 

 その少女こそが高町なのはだった。

 

 彼等はそこで邂逅を果たす。自我が芽生えたばかりの少年と、二度と飛ぶことが出来ないかもしれないと宣告された少女。

 きっかけは些細なことだったのだろう。当時満足に身体を動かせなかったなのはの落とした物を彼が拾って渡した。そんなありきたりな接触。

 それから二人の交流が始まった。

 身内以外で初めて出来た病院内での共有の友人。

 『兄』としての核以外は知識と記憶だけで補われた彼の行動は時としてなのはを驚かせた。

 無知のようでいて、しかし彼女が知らないことを弁ずることすらあった。

 なのはから見て彼は不思議な少年だったに違いない。

 だが、その存在もあってかなのはの表情に影が落ちることは少なくなった。

 そしてそれは彼も同じだ。

 なのはとの交流は彼に刺激を与え続けた。それは知識であり感情であり、想いでもある。

 だからこそ、彼にとって『高町なのは』という存在は特別なのだ。

 それを見抜いたリードは彼にある提案をする。

 ――彼女を救いたいのなら手を貸そう。代わりにボクの手伝いをしてくれ。

 なのはが『飛びたい』と願っているのを知っていた彼にとってその条件は願ってもいない事。

 元より大事なもの等そう多くない。それ故にその契約を了承してしまった。

 これによりなのははまた空を飛ぶことが出来、彼もまた自らの願いが叶ってめでたしめでたし……というわけには勿論いかない。

 

 彼をより強く繋ぐ為にリードは数年後、なのはにその真実を語る。それだけには留まらず彼の出生の秘密すら教えた。

 自らの為将来への道を縛ってしまったこと、大切な者の一人となった彼がいつかは役割を終えて消えてしまうこと。

 彼は所詮ヒロ・ストラトスの代替品。

 どんなに親しくなろうと特別であろうと待ち受ける運命は変わらない、変えられない。

 イレギュラーは起きた。しかしそれも永続的には続かない。

 陽炎の様にあやふやで、蝋燭の火の如く儚い存在。

 それでも利用出来るものは利用する。己が目的、一族の悲願を達成する為にはリードは手段は選ばない。 

 そして真実を知ったなのはが取った行動は――。

 

 

 気付けば診療所の前にフェイトはいた。

 そこはヒロがいる場所。真実を知った彼女は、つい赴いていた。

 何が出来るか分からない、何故あんな過去を暴いて欲しいと願ったのか理解出来ない。

 でも、それでも、一度は彼に会わないといけないと思った。

 だからこそ、ここに来たはずだ。

 

「………………」

 

 だが、いざ目前にして足が竦む。

 本当に今会って大丈夫なのか? 冷静でいられるか? いつも通りの笑顔を浮かべることが出来るのか?

 そんな疑問が頭を埋め尽くす。そして分かってしまう。

 いや、きっと出来ないだろう。絶対『同情』する。

 フェイトは『優しい』とよく言われる、しかし同時に『甘い』とも言われる。

 優しいことは美点だが時としては欠点ともなり得る。特にフェイトは生粋だ。

 そんな彼女があんな話を聞かされて、今まで通り接する事が出来るかと問われればまず無理だ。

 だからこそクロノは渋り、そして話終えた時の表情を見るに思った通りの結果になっていたのだろう。

 同情が果たして悪しき考えかは分からない。ただ大半は、その感情を向けられるのは嫌なようで、フェイトはよくよくそういう人達と遭遇してしまう。

 だから、もしかしたらヒロにも同じような態度を取られてしまうかもしれない。

 

「――入って来い」

 

 自問自答を繰り返していたフェイトの耳に声が届く。

 扉は開いていない。しかしフェイトが来ていることに気付いたヒロは内からスピーカーを使って呼んだ。

 悩んでいる内に、後戻りは出来なくなった。

 だがお陰で決心もついた。

 俯いていた顔を上げる。不安を帯びた瞳は決意に満ちた。

 勇気を持ち、扉を開いた先には――

 

「……ヒロ」

 

「ああ、ようやく、識ったんだな。『オレ』の事」

 

 白衣を纏ったヒロが笑みを浮かべて待っていた。

 その笑顔が、純粋な喜色だけでないこと見抜いてしまうも、フェイトは歩み寄る。

 『彼』の本心を訊く為に。




代替人格は造語のつもりで書いた。

いつから『彼』だったのかというとプロローグ以外は全部『彼』で、逆にプロローグだけは本来のヒロ。核となる部分は同じなので人格の差異はほとんどないけど。

シスコン(純正)とシスコン(義理)が混ざり合うことによってやべーシスコン(ガチ)になった。何気に存在意義の根底になったのもそれ。だから何をおいても一番大事なのはアインハルトになっていたという話。
アインハルト? あの娘は生まれた時点でブラコンガチ勢なんで。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。