あなたと過ごす日常~末咲日和~ (ganmodoki52)
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きっかけは、プレゼント

「はぁ……」

 

 大学内にあるカフェのテラス席から外を眺め、ため息を1つつく。最近、考え事のせいか自然とため息が零れてくる。1人で解決できないのなら誰かに相談すればいいのだが、相談するようなものじゃ無い気がしてしまって相談できずにいる。

 あー、空が綺麗やな……。あの空飛べたら気持ちええやろなー。

 考え事を放棄して現実逃避をするのも最近のお決まりになってしまっていた。

 

「何現実逃避してるのよー」

 

 その声と共に後ろからバシッと肩を叩かれ、現実逃避の世界から帰ってくる。驚いて振り向くと高校時代からの親友である真瀬由子が立っていた。

 

「そろそろ昼休みが終わるのよー。なんも食べてへんみたいやけど大丈夫なん?」

 

 その一言で全てが現実へと押し戻される。今ここにある現実は、昼休みが終わること、私がまだ昼食を取っていないこと、そして咲への誕生日プレゼントを前日にしてまだ決められていないという事だった。

 

「今年もこの季節が来たと思うと嬉しいような悲しいような……。相変わらず恭子はこういうの苦手なのよー」

 

 運よくどちらも3限目が無かった為、お昼にありつくことは出来た。お気に入りのおすすめ定食を手に席に戻ると、由子はニコニコ笑いながらそう言ってくる。

 決して、苦手なわけではない。ただ、咲は人から何かを贈られることに慣れてないし、どうしても遠慮してしまう。昔のことがあったからだろうか、人の好意をうまく受け取れないのだ。その咲に、どんなものを渡せば素直に受け取ってくれるか、考えていたらこうなってしまっても仕方ないと思う。

 

「それはわかるけど、もう前日なのよー。決まらなきゃ渡せないのよー」

 

 由子の言葉に力なく頷く。人には1回目より2回目の方が楽という人が多いが、これに関して私は2回、3回と数が増えれば増えるほど何をあげればいいのかわからなくなる。

 これでも今までは頑張ったのだ。物だと絶対受け取らないからと考えて、一昨年は一緒に行こうとUSJのチケットを、昨年は少し贅沢した夕食を一緒に食べに行った。けど、さすがに今年は何か形に残るものを贈りたい。そう思ってずっと考えてきたのに、出てきた案はありふれたもので、もっと、私にしか贈れないような“特別”が欲しかった。

 

「……プレゼントなんて贈った人の自己満足なのよー……。誰もが贈った人の特別を求める。自己欲求の塊で醜いものなのよー。だから、自分が、“末原恭子”として咲ちゃんに渡したいものを渡せばいいのよー」

 

 由子はそう言うと食器を戻しに立ってしまった。

 

――私が、咲に渡したいもの――

 

 そう単純に言われると更にわからなくなってしまった。

 

 

 

「それで、何にしたんですか?」

「え゛」

 

 誕生日当日は平日という事もあって、土曜日になった約束。私は当日でも良かった、と言うより当日が良かったのだが、咲本人にそう言われてしまっては仕方ない。そして朝1で大阪からやって来て言われた一言がこれである。そりゃ動揺もするわ。

 

「ふふっ、冗談ですよ。まあ、真瀬さんから聞いてますから。『悩んでたみたいだからとりあえず受け取ってあげてくれ』って」

 

 由子も本当にお節介やな……。まあ、空気が和んだ気もするからそれは嬉しいけど。

 なるべく渡さないで済むならその方が嬉しい……。何を言ってるんだと言われるかもしれないが、それほど今回は自信が無い。

 

「まあ、悩んだは悩んだけど、今の方がええ?出来れば遅ければ遅いほど……」

「そう言って渡さない気なのも知ってますから早い方がいいかなって」

 

 なんでバレてるんだろう……。私の心はそんなに読みやすいのか。

 

「恭子さんのことで私がわからない所があると思う方が間違いなんですよ……」

 

 それだけあなたの事を私は見てるって事です、と言う彼女の顔は何度見ても慣れないくらい綺麗で、しばらく目を離すことが出来なかった。

 

「だから、プレゼントとか苦手ですけど、恭子さんからなら例え何だったとしても嬉しいですよ」

 

 そう言われたら渡さない訳にはいかないじゃないか。

 

「まったく、ずるいわ……」

「今更ですか?私はずるいです。そのずるさで恭子さんと付き合えたんですから」

「笑わへん?」

「笑いません」

「本当に笑わへん?」

「だから笑いませんってば」

「ん……。じゃあ……」

 

 私は隠していた“それ”を取り出し、咲に差し出す。

 丁寧にラッピングしてある“それ”を開くと、ちょっと古臭い鍵が入っていた。

 

「鍵、ですか?」

「うん……」

「これ、恭子の部屋のですよね?」

「うん……」

 

 やっぱりすぐバレてしまった。渡したのは私の家の鍵。これを渡す意図もバレてたりするのだろうか。そうなるとこれから話すことはとても恥ずかしい。

 

「由子に、“末原恭子”として咲に渡したいものを渡せばいいって言われた時、元々何を渡したらいいかわからんかったのが、さらにわからんくなった。それで気づいた。そんなもん考えてたこと無さすぎて私には無理やって。だから、もし私が欲しいものを考えたら、私が欲しかったのは『咲と共に過ごす時間』やった。おかしいな。今でも充分幸せなのに、もっともっと欲しくなる。私は咲の特別になりたい。だから、どれだけ醜くても、咲が横にいてくれたらそれでいいなって思った。だから、この鍵で咲の未来を予約しようと思う。咲が卒業したら、一緒に暮してほしい」

 

 お見合い番組の告白シーンみたいに頭を下げ、右手を差し出す。

 ぐちゃぐちゃな頭の中を必死に整理して紡ぎ出した言葉は結局めちゃくちゃで、なんともカッコ悪い感じになってしまった。けど、これも私らしい気がする。

 

「ふふっ、あはははっ」

「な、笑わん言うたやん!?」

 

 目の前から聞こえてきた笑い声におもわず顔を上げてしまう。咲はそうでしたね、なんて言うと1つ咳払いをして真剣な顔をする。

 

「私が言うつもりだったのに取られちゃちました。私でよければ、恭子さんの傍に居させて下さい」

 

 そう言って笑った彼女をギュッと抱きしめた。




すべての始まりのお話、読んで頂きありがとうございます。
これから、徐々に増えていく彼女たちの生活を一緒に見守ってくれたらと思います。


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12月
今は、このままで


 

「すごいふとした疑問なんですけど」

「んー?なんや?」

 

 いつものように、咲の家にやって来て、ベッドでごろごろする。それは、たとえ今日がクリスマス・イヴだとしても変わらない。

 

「恭子さんって、お金どうやって工面してるんですか?休みの度にここにいますけど」

「それ気になるか?」

「気になりますよ、来るのもタダじゃないんですから」

 

 そんなに気なるものなのだろうか?ああ、そう言えば、前読んだ雑誌に、デートの時、毎回お金を出すのは嫌われるから止めた方がいいとか書いてあったな。それに近い感じだろうか?

 

「まあ、うちも大学生やし、高校の時よりはいろいろと余裕があってやな」

「恭子さんアルバイトしてましたっけ?」

「まあ、無理しない程度のは」

 

 基本的に、平日は毎日シフトが入っているって言ったら、咲はどう思うだろう?まあでもそのぐらいしないと今の生活を維持できないから仕方ないやん?別に無理してるわけちゃうし。

 それだけ、今この瞬間が大事だって言ったら、咲はどんな顔するだろう。言葉にしてみたい気もするけれど、どこかもったいないような気がしてならない。

 

 ――それに、もうすぐこの生活も終わりやしな。

 

 季節が冬から春に変われば、彼女は高校を卒業して、プロへの道を進むだろう。そうなれば、今のように、休日を共に過ごすことは難しくなる。 私も、今後徐々に就職活動が始まり、自分の時間を取ることが難しくなってくる。そう思ったら、お金なんか一切惜しくない。

 咲と同じ空間で過ごすこの何気ない時間は、そんなものよりずっとずっと大切だから。

 

 

 

 恭子さんが、日頃無理しているだろうことは、容易に想像できる。私が電子機器が苦手だから、普段はあまり連絡を取らないのをいいことに……、いや、気付いてないと本気で思ってるのかもしれない。

 

 ――そんなはず、ないのにね。

 

 もちろん、会いに来てくれるのはうれしいし、自分が高校生で、大学生の恭子さんとは経済力のレベルが、多少なりとも違うのは理解している。

 でも、流石に目の下の隈がはっきりと出ている状態に気付かないくらい、無理しているのを隠すのは、無理じゃないかなって。

 まあ、強く言えない私も悪いからね。

 今日はクリスマス・イヴ。街では沢山のカップルが、特別な日として今日を捉えている。

 けど、私たちは、この空間は、いつもと変わらないでいよう。それが、私から恭子さんへの簡単なプレゼント。

 そうすれば、今日の恭子さんは、無理をしなくていいから。

 

 何もしなくても時は進んでいってしまうから、今はこのままで。

 そう思ってしまうのは、いけないこと?いや、そんなはずないよね。

 

 ――だって、恭子さんが、あんなに幸せそうな顔をしてるから。

 

「ちなみにプレゼントとかは……」

「移動費でお金が尽きたからない!」

「なんでそんな自信たっぷりなんですか……」

「……すまん」

 

 恭子さんからのプレゼントは、この顔だけで、充分すぎるから、ね?

 

 



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この温かさが続くまでは

 1年の終を告げる除夜の鐘の音が、遠くの空から風に乗り、微かに響いている。

 テレビでは、紅白歌合戦で、今年が最後の出演と言われている超大物歌手が華々しくトリを飾る姿を映し出し、大団円を迎えたところだ。

 そんな中私はと言うと、黙々と初詣に向けた準備を進めていた。

 ――懐中電灯、よし。カイロは今ポッケに入れた。運動に適した靴はちゃんと持ってきてるし、適度な防寒具もある。

 先日怪我した右足のテーピングはガチガチに固めてあるし、デールの厚いタイツを履いてきたから、咲にはきっとバレていない。

 さっさと準備を済ませてしまった咲が、急かすようにこちらをじっと見つめているが、そんなに急かさなくてもいいじゃないかとほんのちょっと思ってしまう。

 ――あぁ、もしもの時の救急セットも必要やな……。

 どこに何があるのかとっくにわかるようになってしまった彼女の家。救急箱はたしかキッチンの上の棚だったはず。

 ――あかん、ギリギリ届かんなぁ。いや、ジャンプすればいけるかな?

 棚は、身長の低い私には高く、つま先立ちして手を伸ばしても届かない。

 無理につま先立ちしているせいで右足が悲鳴を上げているが、咲にバレるわけにはいかない。

 ならばと覚悟を決め、左足だけに体重をかけ、ジャンプしようとすると、その前に咲がサッと救急箱を取ってしまう。8cmの身長差は、無いようで大きい。

 

「届かないのに、無茶しないでください」

 

 そう言った咲の顔はさっきよりも不機嫌で、一瞬バレたんじゃないかと焦ったが、深く追求してこないので、そういうわけじゃなさそうだ。

 

「ええやん、ジャンプすれば届くし。……なんや、こういう時に限って身長自慢か?」

 

 一応、誤魔化すためにそんな軽口を叩く。まあ、うらやましいのも少しあるけど……。

 

「……怪我したらどうするんですか」

「するわけないやろ、咲じゃあるまいし」

「……そうですか」

「ほら、準備できたし、行こか」

 

 心配してくれている咲には悪いが、悟られるわけにはいかないから、私はいつだって平穏を装う。

 

 

 大晦日だというのに、実家に帰らず、私の家にいる恭子さんを見ると、恭子さんのご両親に申し訳なさが湧いてくる。

 恭子さんは「すぐ会えるから大丈夫」なんて言ってた。けど、一人暮らしを始めた娘が、年末年始帰ってこないって、悲しいだろうなって子供がいない私でも思う。今度会った時に謝らなきゃ。

 恭子さんが、私を第一に考えてくれているのはずっとわかっている。

 ――でも、私も恭子さんのことを一番に考えてること、恭子さんはわかってますか?

 知ってますよ?バイトの入れすぎで、授業中よく寝てること。単位落としたらどうするんですか。クリスマスの時、帰りの新幹線乗り過ごしたらしいですね。真瀬さんが新神戸まで迎えに行かされたって嘆いてました。ちゃんと言ってください。お礼ができないじゃないですか。

 恭子さんは、私に隠せていると思ってるんだろうなぁ。そんなわけないのに、なんでそう思ってるんだろう。

 クリスマスの時に言っておけばよかったかな。

 あの時は言えなかったこと、今日、言わなきゃ、だね。

 

 

「恭子さん、やっぱり行くのやめましょう」

「は?」

 

 恭子さんが玄関で、靴を履き始めたタイミングを狙って、そう切り出す。ポカンとしてる顔、かわいい。いや、そうじゃなくて。

 

「右足、痛いんでしょう?」

 

 ちゃんと私は知ってますよ?一昨日、部屋の掃除中に本が雪崩れてきたこと、右足が下敷きになったこと、そのあと痛すぎて歩けなかったこと、そして、今日来るのをお医者さんに止められたこと。

 ストーカーみたいって思われてもいい。あながち間違いじゃないくらい、隠れて真瀬さんと連絡取ってるしね。

 真瀬さん本人も私も、恭子さんが何かあったらとりあえず真瀬さんを頼るのを知っている。

 真瀬さんにはちゃんと「咲には言わないで」と釘を刺してるらしいですね?でも、真瀬さん、聞いたらすぐ答えてくれますよ?さっき言ったようにたまに私のところに愚痴が飛んできますし。あ、でも、真瀬さんを怒らないであげてください。私が今までちゃんと伝えきれなかったのがいけないんだから。

 普段はあまり好まない厚めのタイツを履いてるのも、寒いからじゃなくて包帯を隠すためなことも、いつものようにベッドでごろごろしてるように見せて、足に負担の無いように過ごしていたことも。

 

「みんなみんな知ってますから。強がるのは終りにしましょう?私ってそんなに頼りないですか?」

 

 恭子さんの目を、その奥の心を、まっすぐと見つめて私の気持ちを思いっきりぶつける。届くだろうか?届いてほしいな。

 

 

 

 一切合切、バレているなんて思ってなかった。いや、正しくは、バレていると思いたくなかった。

 だって、もし失望されてしまったら、私はどうしたらいいのだろうか。

 だって、そもそもが釣り合ってないんだから。

 咲は、牌に愛された子と呼ばれる、麻雀界の未来を担う数少ない人間の1人だ。これから、沢山の経験をして心身ともに大きく成長して、私の手には届かないところに行ってしまう。けど、今は、今の間は咲は私の隣にいてくれる。だから、私がいくら無理したってしょうがないじゃないか。

 

「いつか手放さなくちゃいけないなら、せめて手放すまでは、少しでも一緒にいたい」

 

 この私の思いは、咲に伝わるだろうか。何も持っていない私が、唯一持ったこの思い、届け。

 

 

「……恭子さんは、私がいなくなってもいいんですか?」

 

 お互いの思いがぶつかり合った室内は、まるで冷凍庫のように底冷えしてしまった。どちらもが、声を発することも、息をする息づかいの音さえも許されない。

 そんな中、先に沈黙を破る。

 だって、これは絶対に聞かなきゃいけない。

 

「いや」

「え?」

 

 返ってきた恭子さんの言葉は、耳を澄まさなければ聞こえないくらい小さくて、思わず聞き返してしまう。

 

「嫌に決まっとるやん!!絶対に手放したくない!!」

 

 再度返ってきた答えは、私の胸にズシンと刺さる。そもそも、2か月前に、私の未来を持って行ったのは貴女でしょう?そのくせ、今更やめるなんて、許すわけないじゃないですか。

 

「じゃあ、手放さないで、ください。ずっと、恭子さんの横に、私を、置いといてくださいっ」

 

 あれ、おかしいな。恭子さんが歪んで見える。それに、頬が冷たい。私、泣いてる?おかしいな、そんなつもりなかったのに。これじゃ、ずるい女みたい。

 その瞬間、体全体が、温かい何かに包まれる。

 

「ごめんな。本当に、ごめん」

「ばかっ、ほんとに、ほんとに、ばかあぁぁ」

 

 すれ違いの間に、とっくに年は越してしまって、新しい1年の始まりが、この号泣だと思うと、少し恥ずかしいけど、恭子さんに抱きしめられて始まった1年だと思うと、がんばれる気がする。

 

 ――今は貴女の胸の中で――

 

 

 

 咲の涙を見て、自分の自信の無さとか、今までの考えとか、全部馬鹿馬鹿しくなって、私のことを思って、彼女が泣いている。その事実だけで、 私はここに、咲の隣にいていいんだと、思わせてくれる。

 2か月前の誓いを、こんなに早く、しかもまだあの日の約束果たせて無いのに、破りそうになるとは……。

 今年は、心を入れ替えて、咲の隣にふさわしい人に、ならなきゃな。

 

 ――抱きしめた温かさを己を縛る鎖にして――

 

 

 

「抱きしめられてるのに、目の前がよく見えます」

「やめてっ、身長の話で攻撃するのはやめてっ」

 

 しばらく咲のご機嫌とらなあかんな、これ。

 



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1月
成人とはゴールでもスタートでもないもので(前)


諸事情で前後半にわけさせて頂きます。こちらは前半です。では、どうぞ


 

 昔はキラキラ輝いて見えた。大人になるってこんなんなんやなって、テレビを見ながら思ってた。でも、段々大きくなるにつれて、決してあの場所がゴールなんかじゃなくて、もはやスタートの前だってことがわかるようになってからは、あの場所に行くときの自分が、ちゃんとスタートに立てるのかが怖くなった。

 でも、明日、その日がやってくる。

 あれだけスーツがいいって言ったのに聞く耳持たなかったおかんと、振袖合わせに行ったのがほぼ1年前。当日のレンタル料聞いてひっくり返りそうになったのをよく覚えている。

 

ピコン

 

 ベッドでごろごろしながら、明日が来ない事を微かに祈ることを始めて2時間ほどが経つ。そんなことしても無駄だって自分でもわかっている。わかっているからこそ、心のどこかで無駄じゃないような気がしてしまう。

 携帯が鳴ったのは、ちょうどそのころだった。

 覗き込むと、洋榎からの成人式が終わった後の集合場所の連絡だった。 せっかくの晴れ姿なのだから、一緒に写真を撮りたいらしい。

「そんな暇あるんか、っと」

 高校卒業後、エミネンシア神戸に入団した洋榎は関西で、大阪の園城寺怜、江口セーラと並ぶ若手3大プロとして結構な人気を誇っている。本人は大阪に入れなかったことに不満たっぷりだったが、今ではそんなこと忘れたかのように紙面で神戸愛を語っている。

きっと成人式会場にもたくさんのメディアがやって来て、「成人した感想を~」とか、「今年の抱負を~」とか、囲んで取材するはずだ。しかも関西のメディアが、そんな簡単に解放してくれるはずがない。

――ああいう目立つ感じのやつ、大好きやからな、洋榎は。

 それに、学区が違う中集まるという事は、公共交通機関を使うというわけで、晴れ着を着て、電車に乗る自分を想像するのは、なんと言うか、その、恥ずかしい。

 

ピコン

 

 頭でその姿を想像してうんうん唸っていたら、また携帯が音を立てる。洋榎からの返事かと思って覗いてみると、

 

――今、大丈夫ですか?――

 

 なあ咲。愛しい人からの連絡は、よっぽどのことがない限り断らないやろ普通?

 

 

 

「結局電話なんやね……」

「すいません、相変わらず文字打つのが苦手なもので」

 

 だって文字だと、画面の向こうのあなたにちゃんと伝わってるのか不安で、文面を何度も何度も書き直して、結局送らないなんてこともざらで。

 

「それで、どうしたん?」

「えっと、どうせ今頃明日のこと考えて憂鬱になってる頃かなって思って」

「やっぱりバレとるんか」

「だって、最近成人式の話題出すと進んで逸らすじゃないですか」

 

 電話でなら、顔は見ることはできないけど、耳に入ってくる声は偽物だけど、あなたの声の温度は私の胸に届くから、その温かさは、いつだって私の活力になる。

 

「明日、ちゃんと私にも振袖姿の写真送ってくださいね?」

「えー、嫌や、恥ずかしいし」

「ダメですよ、私が見れないじゃないですか」

「……見なくていいわ」

 

 あ、今心ではちょっと見てほしいなって思ったでしょ?口調とか、言葉の温度でなんとなくわかりますよ?

 見れるといいな、きっと今回を逃したら、2度と見られない気がするし。

 

「明日って早いんですか?」

「準備とかいろいろあるから、4時起きとかだった気がする」

「えっ」

「お店まで行って、髪セットしたり、化粧したり、着付けしたりすると考えるとそのぐらいに起きんと間に合わんしなぁ」

 

 4時って、今もう日付回りますよ?なんで早く言ってくれないんですか。って言ったとしても、まともに取り合ってくれないんだろうな。

 

「それなら寝なきゃですね」

「えー、もうちょい話そうや」

「ダメです、式の最中に寝たらどうするんですか」

「あんなん大抵寝てるやろ」

「そ、そんなことない、はず……」

「まあ、咲が寝るの遅くなるのは良くないなぁ」

 

 ――やっぱり私が優先なんですね。ありがとうございます――

 言葉にするにはどこか小恥ずかしい思いを、胸の中でそっと口ずさむ。

そのまま通話はちょっとぐだぐだっとしながらも終わり、真っ暗になった部屋で、こんなことを願う。

 ――明日が、あなたにとって最高の1日になりますように――

 

 

 

 頭がガンガンする。結局咲との通話の後も1時間ほど寝れなくて、睡眠時間は3時間ほどだ。

 「ああ、今日になってしまった」と、ベッドから真っ暗な外を眺めながらひとりごちる。この後、数時間後にはどんなに足掻いてもスタートラインはやって来てしまって、周りの幾人もの人と同時によーいドンをしなくちゃいけない。その時、私は無事にスタートを切れるだろうか?一歩目で壮絶に転んで、そのまま置いてけぼりになったりしないだろうか。覚悟も、心構えもない私がスタートを切っていいのだろうか。

 最近出てきては引っ込んでくれないネガティブな感情が、私の心を支配する。この間、それで愛しい人を泣かせてしまったばかりなのに、どうしても頭の中にこびりついてしまう、「私が咲の隣にいていいのか」と言う思い。当たり前だけど、私は年上だから、彼女より早く大人になる。大人になるという事は、社会に出たり、様々な責任を負わなきゃいけないわけで。愛しい人の想い1つ抱えきれていない私が社会に出る事が、本当に出来るのか。出来る気がしない。私は何も持てない。そんな私にいろいろ背負わそうとしないで。押しつぶされちゃうから。

 

「恭子!はよ降りてこんと遅れるやろ!!」

 

 あ、はい。すいません。

 ……実家に帰って来てること一切合切忘れてたわ。

 

「恭子ちゃん、スレンダーだから振袖似合うわねぇ」

「せやろー?まあ、うちに言わせれば馬子にも衣裳ってやつやけどな」

「自分の娘に馬子とは失礼やなぁおかん!」

 

 着付けの途中でお人形さんみたいに動けない私の後ろで楽しそうにおしゃべりをしているおばちゃん1(オーナーさん)とおばちゃん2(おかん)。

 どうして大阪のおばちゃんは朝っぱらこんな元気なんや……。と言うかおかん、うちが馬子ならあんたも馬子やぞ。

 

「ああぁ~、これが咲ちゃんだったらもっと可愛いんやろな~」

「ちょっ、なんでここで咲の名前が出てくんねん!」

「だって咲ちゃんかわいいやん。あぁ、早くうちに嫁に来てくれんかなぁ」

「なななな何言ってんねん!?」

「はいはーい、セットずれるから動かないでね~」

 

 

 期待の眼差しでこっちを見るおかんを鏡越しで見ながら、髪のセットに移る。後ろではオーナーさんが興味津々に咲のことについておかんに聞きまくってるけど気にしない。

 いや、本当は今すぐやめさせたいけど、動いたらメイクさん怒るから仕方なくやからな!?別に、おかんの咲への誉め言葉聞いててちょっといい気になったわけちゃうからな!

 家を出るまで、あんなにブルーだった胸の中も、今は幾分か和らいでいる。やっぱり咲はすごいわ。ここにはいないのに、間接的に、ここにいる人たちを笑顔にしている。

 いつしか髪は今までしたことのない、けれどもとても綺麗な髪形にされていて、メイクの方も気が付いたら終わってしまった。鏡を見ていて、本当にこれが自分なのかもわからない。

 ――たしかにこれは馬子にも衣裳やな――

 咲はこれを見たらいったいどんな反応をするだろうか。気になるけれど、恥ずかしいのでこの姿の写真は送らない。送らないったら送らない。

 

 

 

「今日から、君たちは成人として、大人の一員として生活することになる」

 

 式のトリを飾るべく出てきた市長が、真剣な顔でそう語りだす。

それ以前の新成人の言葉はよくある当たり前の言葉が並んでいたので、もう内容が思い出せない。どうせこの市長も、ありきたりなことを言って終わるのだろう。

 あれだけ出たくなかった式に出ているというのに、体が特に不調を訴える事もなく、ただただ時が進んでいくのを待つことしかできない。

 

「さて、ここにいる多くの人は、これから訪れる自らの輝かしい未来を想像して、この式に臨んでいる事と思う。しかし、きっと、「大人になんてなりたくない」、「まだ将来なんて何も見えてもいないのに、大人なんて無理だ」、「大人になるのが怖い」、そんなことを感じながらこの式に臨んでいる人も少なくないかもしれない。当たり前だ。君たちは、今日、今、世間では大人になるかもしれないが、そもそも20歳が大人なんて誰が決めたんだ。こには、約1000人の新成人がいる。そのうち半分はまだ学生として、勉学に励むことを生業にしているし、もう半分は様々な理由で、もうすでに社会に出て、その荒波に揉まれながら、今日まで必死に自分が生きるために過ごしている人たちだ。それでも、きっと、ほぼ全員が、これから来る明日が不安で、1年後が不安で、10年後が不安で仕方がないと思う。私は、今から君たち全員を新成人、大人の一員として迎えなければいけないけれど、それは形式的だ。君たちはまだまだ子どもで良い。酒とタバコとギャンブルが出来るようになっただけの子どもだ。犯罪をしちゃいないなんて子どもであってもわかることだ。君たちが大人になるのは、自分がどうなりたいか、どう過ごしたいか、どの人を幸せにしたいか決まってからでも十分遅くない。決まって、それに向かって紆余曲折しながら進むのが大人だ。だから、君たちは、1日1日を悩みながら、楽しみながら過ごしてほしい。そして、先ほど私が言ったことが決まったら、子どものように純粋な気持ちでそれに向かって突き進みなさい!そうすれば、周りはいつしか君たちを大人と認めてくれる。自分でも、大人になったなと思える瞬間が来る。それまで悩み続けなさい。私の話は以上!おめでとう!」

 

 

 

「そっか、まだ子どもでもええんやな」

 

 市長の言葉が終わって、式が終わりへ向かう中、1人そう口ずさむ。今まで、どうにかして大人にならなきゃと思っていた自分が馬鹿馬鹿しい。

 子どものまま突き進めばいいじゃないか。

 ――私はどうなりたい?

 咲に隣にいておかしくない人間になりたい

 ――これからをどう過ごしたい?

 咲の横で過ごしたい

 ――誰を幸せにしたい?

 そんなん、咲に決まってるやろ!

 

 じゃあ、それに向かって真っすぐ進め末原恭子!その道は果てしなく厳しいけど、自分らしく、凡人らしく1歩1歩地に足つけて進め!そうすれば、必ずゴールはある!!

 さあ、これから、あの高い嶺の上に咲く花を摘みに行こう。

 そう心で決意して、私は洋榎や由子との待ち合わせ場所へ向かうために歩を進めた。

 




皆さまここまでの4話読んで頂きありがとうございます。これまでの3話はpixivに先にあげていて物をそのまま載せていましたが、ここからは書下ろしになります。もともと私の主戦場がpixivなこともあり、pixivにアップも致しますが、全部を流れで読めるのはこちらですので、こちらで読んで頂ければ幸いです。
中途半端な切り方だし、なんか微妙だし、没にすることも考えましたがもったいないのでアップします。後半は咲さんメインですご期待ください。
今のところ現実の時間とほぼ同じに進んでいるこのシリーズですが、これからは作品の時間が加速していくはずです。なんとか末原さんと咲さんの1年間を描ければと思いますので、これからも温かい目で見守ってくれればと思います。


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成人式のそのころ

咲さんサイドです!今回からメイン(?)にあの人が加わります!


 

 

 何回目かわからない携帯のアラーム音で、やっと目が覚める。枕元に置いてあるそれを覗くと、最初に設定した7時半のアラームからは20分ほど後のアラーム音みたいだ。休みでもちゃんと起きれるように5分おきに設定してるので、4回ほど完全に無視していたことがよくわかる。

 もう少し自分の力でちゃんと起きれるようにならなきゃ……。そう思ってからもう2年くらい経つけど、この有様なのは気にしちゃいけない。うん。気にしない。

 寝転がって固くなった身体を思いっきり伸びをしてほぐす。肺に溜まった空気が思い切り外に放出される。そして、冬特有の冷え切った部屋の空気を吸い込む。さて、そろそろ準備しなきゃ遅刻しちゃう。

 着替えながら外を見ると、日なんてとっくに登っていて、外がキラキラ光っている。

 ――恭子さんは今、何してるかな。

 昨夜遅くまで電話をしていた愛しい恋人のことが頭に浮かんでくる。今日は、恭子さんは成人式で、4時起きだって言ってたから、とっくに起きて、着付けとかしているんだろうなぁ。

 恭子さんの振袖姿は見たくてたまらないのだが、本人から「恥ずかしいから写真なんか送らんからな!」と言われているので、他の誰かに頼むか、自分で見に行くしかないのだが、前者はバレたらしばらく口きいてくれなくなりそうだし、後者は今からの予定を考えると難しい。今度個人的に着てもらうには手間がかかり過ぎるし……。まあ、今度恭子さんのお母さんに見せてもらえばいいか。

 

 着替えを済ませ、パンを咥えながら今日の予定を確認し直す。と言っても、家まで迎えが来るとか来ないとか言われたからどうすればいいかもよくわかってないんだよね……。

 

ピコン

 

 パンを食べきったころに、件の人物から連絡が入る。どうやらもうすぐ到着するらしい。ちょっとそわそわしながら、準備に不備がないか確認する。うん、大丈夫。

 

ピンポーン

 

 チャイムがなり、出る前に一度大きく深呼吸をする。

 ――大丈夫、いつも通り、いつも通り。よし、いける!

 思いっきりドアを開け、今日、私が倒さなければならないその人と対峙する。

 

「どうも咲ちゃん、久しぶりや、なぁ」

「お久しぶりですね、……園城寺さん」

 

 大阪ドミネーターズの若きエースが、関西人特有の愛想の良い笑みを浮かべ佇んでいた。

 

 

「すいません、わざわざ家まで迎えに来てもらっちゃって」

「ええって、ええって、これもチームからの指示やし、うちも暇やったしな」

 

 園城寺さんが運転する車の助手席に座り、大阪へと向かう。あ、今ちょうど高速に乗った。

 

「でも、成人式だったんじゃないんですか?今日」

「いやぁ、うちらは昨日やで~」

 

 へえ、どこもかしこも今日やるのかと思ってた。もし、昨日だったら、私も恭子さんに会えたのに。到着するまで、まだ時間があるから、世間話に花を咲かせるしかない。じゃあ、あの話でもしようかな。ちょうど、聞きたかったしね。

 

「そういえば、お姉ちゃんと、どうなんですか?」

「ぶふっ!?ななななんやねん突然!!」

「前見てください!危ないですから!!」

「咲ちゃんが変なこと言うからやろ!?」

 

 そう、この園城寺さんは私の姉である宮永照と付き合っている。

 私がそれを知ったのは昨年の夏、インターハイの会場でだった。

 

「え?ごめんお姉ちゃん、もう1回言って」

「だから、園城寺さんと付き合ってる」

「そ、そういう事なんや、よろしくな、えっと、咲ちゃん」

 

 インターハイの解説に来ていたお姉ちゃんに、大切な話があるからと高そうなお店の個室に呼び出されたと思ったら、そこに園城寺さんもいて、突然そう切り出された時、驚いたのはいい思い出だ。

 馴れ初めとか、いろいろ話を聞く中で、2人がお互いを大切に思ってるのが伝わってきたから、私は認めるしかないなぁってなって、その場は解散したんだけど、それ以来なかなか会えなかったから、こっそり気になってた、なんて。

 

「で、どうなんですか?」

「まあ、それなりに、な……」

 

 そう言った園城寺さんの顔が頬から耳までが真っ赤になっているのを見ると、かわいいなぁなんて思いが湧いてくる。大阪の人ってなんでこんなにからかいがいがあるんだろう?今度真瀬さん辺りに聞いてみようかな。きっと上手いからかい方を教えてくれそう。

 

 高速に乗ってしばらく、機嫌を悪くしたのか園城寺さんが黙りこくってしまった。もともと、あまり頻繁に連絡をしていたわけではないので、こうなった時の園城寺さんとの距離の測り方がわからない。早々と謝っちゃった方がいいかな?それとも、何か場を和ます言葉を言った方がいいのだろうか。

 

「なあ、咲ちゃん」

 

 沈黙が10分ほど続いた後、園城寺さんの声音を落としたその呼びかけが、車内の空気を更に引き締める。

 

「どうして、うちなん?咲ちゃんなら、どこからもオファー来とったやろ?」

「まあ、そうなんですけど……」

 

 今日、私は大阪ドミネーターズとの入団交渉に臨むために彼女と大阪に向かっている。そもそもこれは、私からお願いしたものだ。確かに、高校生との交渉が解禁になった年明け以降、たくさんのチームからオファーがあった。地元の佐久もそうだし、お姉ちゃんのいる東京からもだ。でも、私はそのすべてを断って、大阪にいる園城寺さんに連絡を取った。

 それは、恭子さんとの約束を果たすため。

 あの時、恭子さんに貰ったプレゼントは、今もしっかりキーケースの中にしまわれている。

 恭子さんと一緒に生活するには、恭子さんの大学がある大阪、あるいはその周辺のチームに入るしかない。私自身、プロになるからにはもちろんトップで争いたいから、そうなると候補は大阪か神戸の2つしかなくて、そうなるとやっぱり大阪が第1候補になるわけで……。

 

「……きっと咲ちゃんにもいろいろ事情があると思う。けど、咲ちゃんみたいな有名選手がチームに、しかも逆オファーで、となるとあまりよく思わない人たちも出てくる。あんまりうちのチームを悪く言いたくはないけど、うちには気が強くてプライドが高いやつがいっぱいいる。もしかしたらいろんなことされるかもしれん。でも、プロになるってことはそれに耐えるってことや。その覚悟はできとるか?」

 

 なかなか返事を紡ぐことが出来ない私を悟ってか、園城寺さんは少し厳しい事を、私を試すようなことをあえて言ってくる。その顔は、先ほどまでの優しくて、からかいがいのある大阪人の園城寺怜から、大阪ドミネーターズで1年目からエースとして活躍する、競技者園城寺怜に変わっている。

 

「もっかい聞くで。咲ちゃんは、どうして、いい待遇を約束してくれている佐久や東京じゃなく、わざわざ大阪を選んだん?」

 

 園城寺さんの気迫に、適当な答えでは許さないというような視線に、私の覚悟はどんどん砕かれていく。このまま車内から逃げ出してしまいたい。いや、高速じゃなければ止めてもらって逃げ出していたと思う。それほど、園城寺さんは真剣だった。

 

「私は、私の当たり前を守るために、私の一番大切な人と生活を共にするために大阪を選びました。でも、これは別に大阪じゃなくてもいいんです。それでも、私はそれに1番近い大阪を選んだんです。……ごめんなさい、こんなんじゃダメですね。今からプロに入る若輩者が、自分以外の何かを守れるほど、プロは甘くないですよね」

 

 何かを言わなければいけない。そう思って絞り出した言葉は弱々しくて、答えた相手にも、本当に届けたい相手にもきっと届かない。

 

「ふっ、ふふ、あははは!」

 

 そんなネガティブな思考は横から聞こえてきた笑い声によってかき消された。

 

「すまんすまん、ついおもろくてな。まあ、確かに難しいとは思うで?うちかてまだ、自分の分だけで精一杯。と、言うか今の麻雀界でそれが出来るのはグランドマスターとか、照さんとかほんの一握りだけや。なら、咲ちゃんもそこを目指せばええやん。頂上にいる人間にしか無理なら、頂上まで登ってしまえ。ただ、うちらはそれを黙って見てるほど甘くはない。だって、そこはうちらのゴールでもあるからな」

 

 笑われたことがショックだった。けど、その後付いてきた言葉は、私をプロの世界の一員と認めてくれていて。

 

「ありっ、がとう、ございます……」

 

 目からは勝手に涙が零れてきて、止めよう、止めなきゃって思っているのに、零れてしまって。

 

「まあ、本人がそんなに弱気なら無理かもしれんなぁ?」

「そんなこと、ないですっ」

「なら、全力でかかってき!咲!!」

 

 お姉ちゃん、本当にいい人を選んだね。数年前の、恭子さんを知らない頃の私だったら惚れてたよ。この人だったら、安心。

 

「はいっ、怜さん!」

 

 車は大阪への道を進んでいく。新たな決意と覚悟と友情を乗っけて。

 

 

「ところで咲ちゃん、その、相手って誰なん?」

「秘密ですー」

「えー、お義姉ちゃんに教えてくれてもええやん~」

「だ、誰がお義姉ちゃんですか!?」

「いやまあ、いずれそうなるんやし?なあ、教えてや~」

「だから前見てくださいって!!危ないですから!!」

 

 




と言うわけで、園城寺怜登場です。
個人的に照怜が好きなんです怜竜派の皆さん許してください怜竜も好きです。
また、大阪のプロチームの名前に、咲二次創作界でちょくちょく見かけたドミネーターズと言う名前を使わせて頂いております。公式、ではないと思うので、ダメな場合は一声かけて頂ければ、すぐに変更致します。
テスト前最後の投稿となりそうです。続きはテスト後。
また、この話はハーメルンのみの公開になりそうです。ストーリーで追う人にしかいらない気がしますからね……。
ではまた次回!


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ずるいあなたへ

 

 

 

 それは、突然の出来事だった。

 成人式も終わり、洋榎、由子の2人と記念に飲みに行ったとき、“それ”は突然発表された。

 インターハイチャンピオン、宮永咲の大阪ドミネーターズ加入。しかも、ドミネーターズ史上最高額での加入というのだから、地元大阪のメディアはお祭り騒ぎだ。

 そんな中、向かいの席に座っている洋榎は、面白くなさそうにテレビの画面を眺めていた。

 

「なあ恭子」

「んー?」

「これ、知っとったんか?」

「いや……」

 

 知っていた、と言えたらよかったのだが、私自身、今ここで初めて知った。プロになるだろうとは思っていたし、大学受験を考えてなさそうなのは、勉強を一切していなかったところからわかっていたが、まさか大阪に入るとは思っていなかった。連日ニュースでは、地元である佐久や、姉である宮永照が所属する東京がかなり好条件のオファーを出していると報道していたし。

 

「神戸もオファー出しとったって話やったんやけどな。まあ、敵なら敵でやりがいあるしええけど……」

「洋榎は自分が大阪に入れなかったから、うらやましいのよー」

「そんなんちゃうわ!!」

「まあ、これで大阪は後半戦の最注目株なのよー」

 

 前半戦3位で折り返した大阪が冬の補強でここまでの大物を獲得したとなると、もちろんファンは逆転での優勝を望む。逆に他のチームからしてみれば嫌な相手に獲物をかっさらわれた格好になる。5位につけている神戸からしてもそうなのだろう。

 心配なのは、大阪のファンはとても厳しいことで有名なことだ。活躍してる間は選手を手放しで称賛するのだが、少しでも負けが込み始めると手の平を返すかのように非難や怒号が襲ってくる。過去に様々な名選手が、もう一度戻りたいけど、二度と戻りたくないチームとして大阪を挙げているのがいい例だ。

 ――うまく馴染めるといいんやけど……。

 ドミネーターズに、咲が知っているであろう人物は一昨年の全日本で一緒だった園城寺くらいで、中心選手の藤白七実とか会ったことないだろうし……。

 

「なあ、これっていまだに変わってなかったんやな」

「人間そうそう変わらないのよー。大学でも咲ちゃんの話振ると大抵こうなるのよー」

「由子、苦労してんな……」

「もう流石に慣れたのよー」

「おーい、恭子、そろそろ戻ってきーや」

 

 洋榎に肩をつつかれたので、顔を上げると2人とも呆れたような顔をしている。どうやら5分ほど黙りこくって思考の海に潜ってしまったらしい。楽しい飲みの席で、悪いことをしたなと素直に思う。

 

「とりあえず、今は飲もうや!せっかくこうして3人集まったんやし」

「まあ、せやな」

「それじゃあ、とりあえず」

「「「かんぱーい!!」」」

 

 

 久しぶりに3人で飲んで、大学の話やプロの実情、真剣な話もしたし死ぬほどどうでもいい話も3人で笑いながら話した。高校を卒業して2年、なかなか集まれなかった事が嘘のように、あの時のように笑いあう。それはとても貴重で、温かかった。解散した今も、次の機会が楽しみで勝手に頬が緩む。飲んでいたお酒はすでにだいぶ体を巡り、程よい気持ちよさと眠気を催す。もう帰ったらお風呂は朝にして寝てしまおう。そんなことを考えながら部屋の鍵を開ける。

 ――あれ?なんか電気ついてへん?

 玄関からリビングを覗くとどうやら電気が点いている。出るときに切り忘れたかな?いやいや、そしたら実家に帰っていた2日前から点きっぱなしになっていたことになる。それは電気代を考えると非常にヤバい。

 

「あ、恭子さん!おかえりなさいっ」

 

 するとリビングからいるはずの無い―愛しい人―が、ぱたぱたと姿を現した。やっぱり調子に乗って飲み過ぎてしまったか、幻が見えている。

 

「寒かったでしょう?中温かくなってますから、早く入りましょ?」

 

 咲が私に向かって柔らかく微笑む。うん、これは夢やな!咲がこんなに愛想いいわけないし、ここにいるわけもない。ならばいい夢見てもいいだろう。

 靴を脱ぎ捨て、彼女の決してふくよかではない胸に飛び込み、体全身で咲の熱を感じる。

 

「ちょっ、どうしたんですか突然!?」

 

 ――少し強張ったな、緊張せんでもええのに。夢の中くらい、思い通りにさせてや。

 無い胸に顔をうずめて、思いっきり息を吸い込む。なんか変態みたいな気もするが、夢だしいいじゃないか。現実でこんなこと、恥ずかしくて死んでしまう。

 

「恭子さんっ、それ、恥ずかしいからっ」

「うーん、やっぱりちょっと固いよなぁ」

「……もしかしてケンカ売ってます?」

 

 あれ、口に出てたか。口に出したつもりはなかったんやで?

 

「でも、落ち着くし、一番好きや……」

 

 今度はあえて、しっかりと口に出す。あー恥ずかし。絶対現実じゃ言わん。でも、いつかは夢じゃなくて、ちゃんと咲の前で、目を見て言えるようになりたいな。そうなれる私にこれからなる。今日、そう決めたから。

 

 

 私に抱きついたまま、恭子さんは眠ってしまった。今はリビングで、私の膝の上で気持ち良さそうな顔をしている。かなりお酒を飲んでたみたいだから仕方ないか。

 入団会見を終えて、怜さんにここまで送ってもらって、恭子さんが帰ってくるのを待っていた。こんなこと勝手にしたら怒るかな?なんて思ったりもしたけど、そんなこと考えられる状態じゃなかったみたい。

 恭子さん、私の決断、どう思ったかな。何も相談しなかったこと、怒ってないといいけど……。でも、相談したらしたで「自分の将来なんやから、自分で決めな」なんて言うような気もする。好きな人との関わり方って、どうしても慎重になって、大胆に踏み込めなくて。難しい。

 だから、恭子さんが帰ってきて突然抱き着いてきたときは心臓が飛び出るかと思うくらいの衝撃だった。いや、抱き合うのが初めてなわけではない。私の誕生日の時も、年末の時も、とても嬉しくて。けど、今日は、さっきのは、何かあったわけでもないのに“あの”、普段は私と絶対にスキンシップを取りたがらない恭子さんが抱き着いてきたわけで。逆に緊張してしまった。

 ……まあ、確かに、私には胸は無いかもしれないけど。恭子さんは、あった方が好きなのかな……。ま、まあ、まだ成長するだろうし、うん、大丈夫。

 

「成長しなかったからって捨てたら許しませんからね」

 

 寝ていて、だらしなくなっている頬をつまんで引っ張る。あ、柔らかい。むにむにとしていてもまったく起きる気配がないので、しばらくむにむにしていることにした。

 

「ねえ、恭子さん」

 

 返事はない。

 

「ずるくないですか?自分だけ、言いたいこと言って、寝ちゃうなんて」

 

 そう、恭子さんはいつだってずるい。あの夏の日からずっとそう。私はいつも翻弄されてばっかり。だから、今だけは、反撃をするんだ。

 これから、ここで私たちの生活が始まる。今日をスタートにしてしまおう。明日あるはずの学校なんてどうでもいい。どうせもう帰れないしね。

 スタートのしるしとして、これを受け取ってください。

 

 ゆっくりと、ばれないように、唇と唇を重ねる。

 私にとっての初めてをあなたに捧げます。

 でも、あなたは寝ているから、気付けかない。これから先、もう初めてじゃないですよって言って、あなたを困らす、ほんのちょっとの反撃、効果がありますように。

 ああ、もう恥ずかしい。恭子さんをベッドに運んでしまおう。……もう一緒に寝ちゃおうかな。ああ、明日の恭子さんの反応が楽しみだなぁ。

 私もいい夢が見られますように。

 

 




1月も終わりますね。だんだんと作品への愛情が強くなってきていて、キャラへの愛も強くなるばかりです。もう少し投稿間隔を短くしたいものです。


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2月
雨の日は一緒に歩くのも悪くない


お久しぶりになってしまいました……。もう少し頑張ります。


 

 

「やっぱり少し肌寒い……」

 まだ冬の寒さが残る2月半ば。いつものように練習へ向かうため駅への道を歩く。さすがに長野にいたときよりは暖かいし、雪が降ることもほとんどない。油断して薄着をしたのだが、朝というのはどこも変わらず寒いことを今日学んだ。

 これまでとは比べ物にならないほど人で溢れる電車内や、乗り換えの度に迷子になりそうなぐちゃぐちゃな駅。実際何度かは迷子になったんだけど……。

 ――恭子さんに道順を叩きこまれてなかったら、未だに迷ってただろうなぁ。

 1月が終わり、2月の頭。チームに合流することになる前日、私は少しの荷物を持って恭子さんの家に引っ越した。それが、私の誕生日に決めた、2人の約束だから。一応、今のところ問題なく同棲生活は続いている……と思う。私がまともに恭子さんと接することが出来てないだけで。理由は単純で明快。自爆というやつである。

 あの日、あの時、自分で仕掛けた小さな反撃。それが自分の心をこんなに支配するとは思ってなかった。でも、今思うと当たり前かもしれない。好きな人との接吻。それは、幼いころからずっとずっと憧れていた行為。残念なことに私からのものだったけれど、それでも私をその甘美な世界に引き込むには簡単だった。あの日から、恭子さんの顔を見る度、自然に目線が唇へと向かってしまう。でも、恭子さんにはこの気持ちはわからない。なぜなら、私は彼女が寝ている間に一方的にキスをしたから。悪いことはしていないのに、この悶々とした気持ちが、罪の意識を私に植え付ける。打ち明けてしまえば簡単なのだが、小さくはない私のプライドが、それだけは嫌だと強く訴えている。

――はぁ、軽い気持ちでやらなければよかったなぁ。

 後悔の念が一瞬頭に過ったが、即座に頭からかき消す。後悔なんてしていない。それだけ、恭子さんが好きだから。

「はあぁ……」

 とは言ってもまともに顔を見ることが出来ない日が続けば続くほど恭子さんに疑われてしまう。早くどうにかしないと……。

「さーきちゃん」

「ひゃあっ!?」

 突然首に冷たいものを当てられて変な声が出てしまう。振り向くと、アイスを片手にしてやったりな顔をした怜さんが立っていた。

「もう、なにするんですかー!」

「いや、普通に差し入れ配っとったから、咲ちゃんに持ってったろ思ってな」

「それにしても、もう少しマシな渡し方ってあると思います」

「なんか悩んでそうだったから、気分転換にいいかなーなんて……ごめんな?」

 この人は……。本当によく見てるなぁ。

 チームには個人的にうまく馴染めた方だと思う。それは勿論怜さんのお陰。怜さんが私が孤立しないようにこうしてちょくちょく構いに来てくれるから、他のチームメイト相手にも少しずつ話せるようになった。感謝でいっぱいだ。なのにこの人はそれだけじゃ飽き足りず私の深いところにずけずけと進行してくる。きっと昔の私なら、思い切り拒絶していただろう。でも、私にはこうしてくれる人が一人じゃない。最初は清澄の皆が、その後では恭子さんが、私の心の奥の奥まで入り込んできて、ぐちゃぐちゃに踏み荒らしてしまった。そのお陰で今の私がいる。

 たまには、甘えるのも悪くない、か。

「……相談に乗ってくれたら許してあげます」

 心を許してしまった相手だ。すっと言葉は出てきた。どうすれば、前のように接することが出来るだろうか。抜け駆けのように行った行為を素直に告白すればそれでいいのだろうか。わからない。

「キスなんて、しなかったらよかったんですかね……」

 言葉は私の心の奥のドロドロとした部分までもを引きずり出してしまう。拒絶されるのが怖い。彼女に拒絶されるくらいならいっそ……。

「咲ちゃん」

 私の拙い話をゆっくりと、しっかりと聞いてくれた怜さんが口を開く。

「後悔、してるんか?」

「……したく、ないです」

「なら、それは当人たちが解決せな。うちらが手を貸すのは簡単やけど、それで解決するってのは面白くないと思う」

 今にも雨が降り出しそうな空を眺めながら、怜さんが席を立つ。

「せっかくやし、迎えに来てもらい?」

 そう言ってスマホの画面をこちらに向けニコリと笑ううちのエース様。その笑顔は少し意地悪な笑顔だった。

 

 話は数日前に戻る。

「なあ、最近なんかあったんか?」

 都心部にある飲み屋に呼び出したかと思うといきなりこんなこと聞いてくるこいつはいったい何様なんやろか。

「そりゃ、園城寺怜様やで~」

「さらっとうちの心読むのやめーや!!」

 2月になり、大学は春休みに入った。まあ、3月からは就活が始まるので普段よりは短い春休みなのだが、休みは休み。自堕落な生活を送る気でいたのだ。咲が引っ越してくるまでは。引っ越してきた咲は毎日忙しそうにしている。加入したばかりのチームに馴染むために、また、プロの世界に馴染むために。最初はそのせいだと思っていた。

「あ、やっぱりなんかあったんやろ」

 言葉に詰まっていると、そう断言してくる彼女。これと連絡を取るようになったのも、咲がドミネーターズに入ることになったからだ。心配性やし、溺愛し過ぎやなんてこいつには言われたけれども、心配なのは心配なのだ、仕方ない。

「まあ、なにもなくはないけど……」

 最近、咲との間に微妙な空気が流れている。理由は全く見当がついていない。まあ、私が何かしでかしてしまったのが原因なのだろう。そういうの、はっきり言ってくれた方が助かるんやけどな……。

「ふぅん、なんや、自覚ないんか」

「悪かったな自覚なくて」

「気になるんやろ?聞けばええのに」

 そう言って先に頼んでいたであろうビールを口に運ぶ彼女。他人事だからってこいつは……。

「まあ、気になるんやったら、聞いといてあげよか?」

「そのくらい自分で聞けるわ!おっちゃん、生!」

「嘘つけ。自分で聞けるならとっくに聞いとるやろ?それを聞いてないってことは自分では聞くのが怖いって言ってるようなもんやで。おっちゃん、うちにも!」

「あいよ!」

 ……怖いに決まっとるやん。この気持ちはきっといつまでも消えない。私は彼女と対等にはなれない。なれるのは、認めたくはないけど、こいつみたいな選ばれた側の人間だ。麻雀から離れてしまった私なんかよりはよっぽどお似合いだと思う。

「数日後も、咲ちゃんが同じような感じだったら遠慮なく聞かせて貰うで。遠慮してウジウジしてずっと聞かないよりマシや」

 その言葉がずしんと胸の奥の方に刺さる。わかってる、わかってはいる。

 

 そこからの記憶は残念ながらあまりない。次気が付いた時には家のベッドだった。あの後、沢山飲んだ気もするし、飲まずに帰った気もする。――そんな事はどうでもいい。

 私は結局、何もしていない。あの日から咲の態度はさらに悪化していて、顔を合わせようともしてくれない。そんなの、聞けというのが無理じゃないか。否定されるのが怖い。彼女からの否定というのは、私の存在価値を脅かす。脅かすどころじゃない、失くすといってもいいかもしれない。それだけ、私の中の彼女は大きい。

 ――あ、雨降ってきた。

 予報にはなかった大きめの粒の雨が、窓を叩く。彼女は傘を持っていただろうか。玄関を確認しに行くと、長い傘も折り畳み傘もいつもの場所に置いてある。

 迎えに行くべきやろか。いや、彼女だって小さい子どもではない。自分でどうにかして帰れるだろう。もし、濡れて帰ってきた時のためのタオルとお風呂用意しとくか。

 携帯が細かく震えたのは、その直後だった。

 

 

 30分後、傘を持ってやってきた最寄駅は、迎えや、タクシーを待つ人でごった返していた。彼女が乗ってくるはずの電車は2本後。その時には今以上に人で溢れているだろう。わかりやすい場所で待っていた方が私にも彼女にもいいだろうからと思い、改札のすぐ横のスペースに移る。ただ、私なんかが思いつくことは沢山の人が思いつくもので、そこのスペースも人が多い。

 ――まあ、少しの我慢やな。

 屋根の向こうの空はさっきよりも鈍色が濃くなっていた。

 

 電車の窓から見える空がどんどん暗くなっている。それと比例するように私の心も暗く暗くなっていく。

 どうして暗くなっているのかはわからない。怜さんにも「もっと冷静に考えてみ?咲ちゃんからのキスをあいつが嫌がるわけないやん」って言われたし。

 ――意外と仲いいんだなぁ、あの2人。

 見せてきたメッセージアプリの履歴はこまめに連絡が取られていた。この間、恭子さんが帰りが遅かった日も怜さんといたみたい。

 当たり前だけど、人間ずっと一緒に過ごすことは出来ない。私がこうして電車に揺られている間も恭子さんは別の場所で何かをしている。昔、「同じ空の下にいるから、離れてても僕らは繋がっている」みたいなことを歌った歌がヒットしたけれど、そんなわけないじゃないか。その時代よりは今は確かに繋がっていると思う。でも、今の私は恭子さんと繋がっているだろうか。……繋がってないだろう。繋がっているなら、こうはなっていない。それが私を不安にさせる。

 これは立派な依存だ。恋は盲目なんて言うけど、依存している人間はおかしいと、病気だと言われてしまう。今の私は病気なのかな。

――あ、駅。

 その答えが出る前に最寄り駅に辿り着いてしまう。今のまま恭子さんに会って、大丈夫かな。けど、待たせてしまっている以上、会わなければいけない。

 いつも通りで。……いつも通りってどんなだっけ。私は今までどうやって恭子さんと接していた?

 人の波に流されるように改札を出る。少しきょろきょろとして、改札の傍に見慣れた藤色が見える。ゆっくりと近づいて。

「お待たせしました」

「そこはただいま、やろ」

「……ただいま」

「ん、おかえり」

 当たり前のやり取り。それが懐かしく感じるくらい、私たちはギクシャクしていたんだなと改めて実感させられる。

 雨は未だに強く地面を叩き、視界は薄暗く見にくい。そして何より……。

「なんで傘1つしか持ってきてないんですか……」

 肩が密着するほどの距離に恭子さんがいる。嬉しいことのはずなのに、今はそれが一番つらい。

「この方が、都合がいいかなって」

「都合って……、恭子さんが濡れるのがですか?」

 1つしかない傘は私の身体のことはしっかりと守っているが、恭子さんの身体は半分ほどしか守れていない。私の事なんていいから恭子さんはちゃんと傘に入ってほしいけど、それを口に出来ない私も私だ。

「こうすれば、逃げられないやろ?お互い」

 この場でケリをつける。恭子さんの目はあの夏のように真剣で、かっこよかった。

 

「まず、ごめん」

 一拍間があって、やってきたのは謝罪の言葉。

「正直な話、うちが何したかも見当ついてない、だから、教えてほしい。うちが何かやったなら直すから」

 直すも何もない。だって、あなたは何もしていないんだから。それでも、私の態度はそう思わせるには十分だった。それは反省している。

「恭子さん。私たちってもう長いですよね」

「……まあ、もう1年半くらい経ったな」

「楽しかったですか?」

「そりゃもちろん」

「……そっか」

 楽しかった。私も、とても。

「恭子さん。私、怖いんです」

 あなたに否定されるのが、あなたの隣に入れないことが、あなたに溺れてしまうのが。明らかに矛盾しているこの思い。あなたは私には絶対に必要だけれど、あなた無しでは生きられないようにはないりたくない。人間同じ時に死ぬことは出来ないから。

 些細な悪戯のつもりだった行為は、私の胸の奥の不安を引き出してしまった。

「私は、恭子さんといろいろしたいと思ってますよ」

 恭子さんは?

 耳に届くのは、雨を弾きながら走り去っていく車のエンジン音と、それに弾かれなかった雨粒が地面に落ちる音。そして、あなたの微かな呼吸音。

 返事が欲しくて、欲しくない。我儘だ。欲しいのは私が望む返事(肯定)で、望まない返事(否定)はいらない。

「私はもう、咲のもんやから。咲が私無しで生きれないように、私も咲無しじゃ生きれない」

「私だけ見ててくれますか?」

「もとから咲しか見えとらん」

 そう言ってふっと笑う恭子さん。……そうじゃないんだけどな。私以外を一切見ないでほしい。無理なのはわかってるけど。

「証明、してください」

「……もうすぐ着くから、そしたらな」

「今すぐがいいです」

「……」

「私しか見えていないなら大丈夫でしょ?」

 口から出てくる言葉は、普段の私なら絶対に言わないであろうものばかり。何が私を追い詰めている?

 恭子さんは、私の初恋の人。恋というものを知らなかった私に恋を教えてくれた人。けど、この恋という気持ちとの向き合い方は教えてもらえていない。それは自分で学ばなくては意味がないって、恭子さんも怜さんも口にはしないけど背中がそう言っている。

 これは進むためには必要なことだって、きっと恭子さんなら隣を一緒に歩いてくれるって。恭子さんがいない人生はもういらない。そう、いらない。

 

 

 なんとなく兆候はあった……気はする。もともと考え方が重いのは、性格だろうか?それとも過去の体験からだろうか?けど私はそれさえも包み込むと決めた。そうでないと彼女と共に歩むなんて無理だ。でも。

「あほッ」

 眉間を狙い澄まして、思い切りデコに指をヒットさせる。ビシッといい音が耳に届き、いい感触が指にも残った。

「……さっさと帰るで」

 今はこうするのが一番いい。このままだとお互い風邪をひいてしまうから。家で、温かい飲み物を飲みながら話せばいい。

 突然デコピンをされるし、返事はもらえないしで咲はご立腹だ。顔にはっきりと出ている。

 私は、彼女の全てを受け入れて包み込むと決めた。これはさっきも言ったが、わがまま娘になることを許す気はない。今のこれはわがままだと私が感じたから断った。それをわかってほしいところだけど、難しいだろう。今の彼女は自分しか見えていない。私を見ている気になっているだけ。

 雨の降りしきる道端で2人で立ち尽くす。文にしてみるといい雰囲気に見えるが、実際はほかの通行者に迷惑でしかない。早々に家に帰ろう。

「ほら、行くで」

 手握るくらいなら今でも出来る。咲の私より少し大きい手をギュッと握り、ゆっくりとこちらに引き寄せる。一歩彼女が前に進んだところで、少しの背伸び。

「ん、これで満足か?」

 後悔とか色々なものが今日のこの行いのせいで今後襲ってくるだろう。それでもいいかと思ってしまう。偉そうにしていたけど、やっぱり私は彼女に甘い。……きっとあいつにも今度叱られるやろなぁ。

 突然の出来事に頭が回っていない顔をしている咲を引っ張り家へ急ぐ。お、雨も弱くなってきた。これは明日は晴れそうやな。そう言えば今日の夕飯決めてなかった。ま、帰ってから2人で決めればいいか。

 




実はですね。夏コミに応募しました。
受かればpixivなどで活動されているyasuさんと共に「ぼくたちのかんがえたさいきょうのすえさき」という本を出します。私はこのシリーズの番外的な話を書く予定です!受かった際はぜひお願いします!!
詳しい内容はまた日が近くなってから。
それでは!


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6月
それでいいのなら


ちょっと時系列飛びますがあまり気にしないでください。


「……近い、暑い」

「えぇ〜、久しぶりなんやからええやん」

 なぜこの人は私にべったりくっついているのだろう。本気でそう思う。

 久しぶりにやって来た母校は、あの日、夢に向かって走っていた頃と変わっていない。

 ――1番変わってて欲しかったこの人が変わりない時点でもうね。

 季節は春から夏へと変わる足音を連日けたたましく挙げている。外では何かを間違えて早く眠りから覚めてしまった蝉が鳴き、あれだけ人々の鼻や目を襲っていた花粉たちは殆ど姿を見せなくなった。

 私立姫松高校。私の青春を捧げた場所。私はここに生徒としてでも、OBとしてでもなく戻ってきた。大学の教育実習は前提として自分の母校に行く事になっている。基本的に3回生の時にある教育実習だが、何故かうちの大学は4回次に行われる。就活と並行して行わなければいけない為、スケジュール的にも精神的にもキツイ。

「そのうえ職員室でこんなんにベタベタされたら、そらね」

「え〜っ、今うちのことこんなん言うた〜?」

「言いましたはっきり言ったんで離れてください赤阪先生?」

「久しぶりの末原ちゃんが厳しいっ……」

 赤阪郁乃。私の恩師の1人。いや、これを恩師と言って良いのだろうか。まあ、お世話にはなった。善野監督程では無いけれども。

「で、何しに来たんですか?資料の整理と授業の準備手伝ってくれるんですか?」

「そんなん自分でやらな意味無いやん〜。うちは末原ちゃんを部活に呼ぼう思ってな〜」

「……せっかくのお誘いですけどお断りします。まだまだここから手を離せそうに無いので」

「え〜」

「すいません」

 いや、もし今暇だったとしても、私は断るだろう。私にあの場所に行く権利は無い。それは自分が一番わかっている。

 赤阪先生は、私の表情を見てか、諦めたように部屋を出てしまった。やっと居なくなった。そう思うのはあまり良くないけど、あの人がいたら作業が進まないのも確かなのだ。さっさと片付けてさっさと帰る。頬を軽く叩き、画面に集中することにした。

 

「ふぅ……終わった」

 窓の外を眺めると、既に日が落ちかけている。なかなかの時間集中していたらしい。とりあえず今日やることは終わったので帰り支度をする。これなら一応いつもの夕飯の時間に間に合いそうだ。

「それじゃあ、お疲れさまです」

 まばらな返事が返ってくる中教務室を出る。グラウンドでは運動部が夏の大会に向けてまだ練習をしている。

 ――もうすぐ県予選の季節、か。

 思い出されるあの日々。この季節だと私は自分が打つ以上に他校の映像や牌譜を眺めて対策を練っていた気がする。実際、それって監督の仕事なのではと思ってしまうが、赤阪監督にそれを求めるのは酷だ。彼女はどちらかというと私達を信じてどしっと座っているタイプだ。いや、ふらふらしてるけど、どしっとしているというかなんて言うか……。まあ、私を信じてくれていた。

 帰るつもりで進んでいた足取りは何故か帰る方では無い方へと進んでいく。この道を3年間歩き続けた。どれだけスランプだったとしても1日たりともサボったことは無い。やって来たのは、麻雀部部室。明かりはもちろん付いていて、牌の音が部屋の外に立っていてもわかる程度には響いている。私の手は無意識に扉のノブに掛けられ、あと少し力を入れれば扉は開くだろう。

 ――ハハッ。

 耳に聞こえた笑い声。あの時と1つも変わらず耳に入ってくる。慌てて後ろを振り向くが、誰もいない。

 私はここにいていい訳が無い。その資格は無い。そう、アイツに言われている気がする。

 麻雀から逃げた弱い私を嘲笑う様に、外でカラスがひと鳴き。

 ここに来たことを中の人間に気付かれないように、視界がぼやけているのには気付かないふりをして、私はそこを離れ、帰路についた。

 

「はぁ……。末原ちゃん。アホやなぁ〜……」

 教育実習にやって来た元教え子。いつまでも過去に縛られている彼女。

 ――大事なのは今と違うん〜?

 過去に囚われていたら、大事な大事な今を見逃してしまう。

 ――それは嫌やろ〜?

 それを聞くのは私の仕事では無い。もっと適任者がいる。過去から立ち直って今を生きている人間が、彼女の傍にはいるのだから。

「……勝負は夏やな〜」

 愛しい教え子達が切磋琢磨している中、そんな当たり前の事を小さく小さく呟きそっと微笑む。その瞬間だけ、世界が彼女を中心に廻っている、ような気がした。




早めの更新が出来て嬉しいと思うと同時にこの話を今投稿していいのかななんて思ったりしますが、夏の作品への伏線としてはこの頃投稿でも問題ないかなと。
夏コミ受かっててほしいと思う毎日です。
次も早めに頑張ります


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