♚IS学園の大魔王 (くぼさちや)
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「プロローグ」

                   

 

 その世界で少女は死ななければならなかった。

 “自同律”という社会を狂わす可能性を生まれ持ったからだ。

 彼女一人の犠牲によって世界の全てが救われる。それが人々、ひいては社会の秩序のを守るために最も効率的で確実な道。

 故に多の為に少を切り捨てる。それが神の下した正義だった。

 しかしある少年はこう考えた。

 そんな正義はただの幻に過ぎない。

 それを善しする理屈は、人々にとって都合がいいだけの物語に過ぎない。

 1000のために900を犠牲にし、500のために400を犠牲にする。そして300のために100を犠牲にする。

 しかし犠牲を連綿に繰り返えせば、いずれ救われた命より犠牲にした命の数が上回るようになってしまう。

 ならば選択肢は二つだと思った。

 全てを救うか、全てを失うか。

 誰も犠牲にする必要のない世界を創る。神にそれができないというなら自分がそれを担う。

 たとえ神を滅ぼしてでも。

 そう思った瞬間から、彼は魔王となったのだろう。

 

 

 

 

 

     

「おおおおおおっ!!」

 

 スハラ神神木の疑似異空間内部。

 二枚の鏡を向かい合わせにしたかのように延々と社が続く空間の中に紗伊阿九斗(さいあくと)はいた。

 四方八方から迫る夥しい数のリラダンを相手にマナの制御すらままならないまま、ひたすらに閃光を放ち続ける。

 

「スハラ神の機能の引き継ぎまで、あとどれだけかかる?」

 

「もうすぐだ! 主よ、持ちこたえられるか?」

 

 魔王として覚醒しても肉体は人、限界は近いかった。

 

「命懸けで持ちこたえるさ。ここまで来て、今さら自分の身を心配するなんて方が馬鹿げてるよ」

 

 ピーターハウゼンから伸びたいくつものケーブルが神木から機能を奪い取り、阿久斗はそれを守る形でリラダンと対面している。

 

(ケーブルを一本でも切断されたら全てが終わりだ。一体たりとも近づけさせない!)

 

 魔王としての覚醒を果たし、溢れ出る力をただぶつけるだけの戦い。

 火力で焼き払い、それ掻い潜って阿九斗に肉薄しようものなら、突き出される薙刀の切先に拳を叩きつけ、刃を砕きながら殴りつける。

 

(くそっ! 数に対抗しきれない。力はあっても、僕にそれを扱いきれるだけの技量がないからか────)

 

 力の奔流を止めることができないまま、阿九斗は向かってくる巫女たちを次々に一掃した。

 その後ろで、ピーターハウゼンの声が怒号のように響く。

 

「スハラ神の機能は奪い取った! このまま随時、人々を管理より解放する! これで心置きなくこいつらを吹き飛ばせるぞ!」

 

 そう叫ぶが、阿九斗の返事はなかった。

 すでにその身体からはすさまじい熱を放っている。

 学院上空での戦闘に始まり、リラダンの侵攻からピーターハウゼンを守るだけでも精も根もつきかけ、放ち続けたマナによって左右の手のひらは黒く焼け焦げていた。

 

「急げ主よ! なんとかして力を解放するんだ! 爆発させろ! そうすれば神木をこの疑似異空間ごと吹き飛ばすことができる!」

 

 阿九斗は力を振り絞り、軋む身体に鞭を打って拳を握りしめる。

 

(迷うなよ、決めたはずだ。僕は神を殺すと!)

 

 両手にマナの青白い光が灯り、徐々に密度が上がっていく。やがてそれが最大まで練り上げられると、握り拳の側面を合わせて空間の壁に放った。

 

「ルゥアアァアアァアアアアッ!!」

 

 人とは思えないような狂声。全身から溢れるマナと皮膚が焼け落ちそうなほどの熱。持てる全てのエネルギーを阿九斗は爆散させた。

 

──────ドゴォォォォォォォォッ!!

 

 轟音に大気が揺れ、熱風が空間に広がり、虚空を穿った。しかし、阿九斗が放ったエネルギーは空間に大穴を空けても、吹き飛ばすまでには至らなかった。

 マナとは感情によってコントロールされる。

 神を殺し、人々の都合の良いままに作られた物語を終わらせる。しかし、その後構築される新たな世界に、阿九斗は最後まで不安を拭い切れなかった。

 気持ちは固めたはずだった。それでも本当にこれで正しいのか、そんな思いがふとよぎる。

 その些細な感情のぶれがマナの爆散を僅かに押し止めてしまったのだ。

 

「やはり難しいのか......」

 

 ピーターハウゼンは渋面を浮かべた。先代魔王とともにいくつもの戦場をくぐり抜けたピーターハウゼンの目から見ても、阿九斗の身体は限界を超えていたのだ。

 そして異空間に開いた大穴は、まるで穴の空いた風船のように大気ごと阿九斗達をその外へと吸い寄せていく。

 

「スハラ神の空間が綻び、他世界との境目に穴が空いたか! 主よ! あれに吸い込まれれば世界の外側に放り出されるぞ!」

 

「.........」

 

 やはり、阿九斗からの返事はなかった。力を使い果たし、朦朧とする意識すら今まさに手放そうとしている。

 

(僕はいつもそうだ......口では大層なことを言っても、いざとなったら立ち止まって考えてしまう......)

 

 阿九斗はただ流れるように大穴へと吸い込まれていく。

 

「いかん! このままでは!」

 

 焦りを含んだピーターハウゼンの声も阿九斗には届いていない。

 神を殺し、世の変革を目指した魔王はこの日、その世界から姿を消した。     

 




はじめまして
「こんな今さらw」というご感想も承知の上での初投稿です。
かなりのまったり投稿になると思いますが、お付きあいのほどよろしくお願いします。


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01話 「大天災と大魔王」

勢いに乗るとけっこう書けるもんですね。
何はともあれ第1話です。


 

 ハワイ沖で試験稼働中の軍事用IS、《銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)》が暴走。超音速飛行でその場を飛び去り、これの無力化にIS学園の専用機持ち二名が作戦に付いた。

 

「箒、よろしく頼むぜ」

 

「本来、男が女の上に乗るのは私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

 箒と呼ばれた少女は展開装甲を全開にする。開口からライトパープルの光が一層強まった。

 一機のISがもう一機を目標まで運び、エネルギーの充実した状態で無力化する。それが今作戦であった。

 

「心配するな。一夏は私が責任を持って運んでやる。大船に乗ったつもりでいい」

 

 箒が一夏を背負う。初陣に現れた大物に声がやや上ずっていた。

 実戦経験が少ない二人が選ばれたのも、箒は最新の第四世代機が持つ機動力、一夏は零落白夜による一撃必殺の攻撃力が今作戦に適しているとされたからだ。

 純白のIS、《白式(ビャクシキ)》を纏う一夏は不安を感じているなか、真紅のIS、《紅椿(アカツバキ)》を纏う箒は一夏を背負って意気揚々と飛び立った。

 

(箒、なんだかはしゃいでいるみたいだ)

 

 なにか良くないことが起こる、そんな予感が一夏の胸には燻っていた。

 

 

 

 

 太平洋沖合いの海底に阿九斗はいた。

 重力を感じさせない浮游感と全身の痛み。しかし光のほとんど届かない暗闇と異様なほどの静寂が、不思議と心を落ち着かせてくれた。

 自分は負けたのだろうか? いや、負けたのだろう。

 海の底で意識が浮きもせず沈みもせず、ただ無気力に漂うような感覚は、眠りに落ちる寸前のそれと似ている。

 身体に力が入らず、指一つ動かせない。ただ上から差す光を阿久斗はぼんやり眺めているだけ。

 そんな光が不意に大きくなり、海上に引き上げられると飲み込んだ海水の重さと急な腹部への圧迫感に阿久斗はむせかえった。

 

「ごほっ! ごほっ! ぐふっ!」

 

「おおー! すごいねぇ君! さすがの束さんでもあんな深くに沈んでたら水圧で『ゲボエッ』ってなっちゃうよ!」

 

 阿久斗が目を開けると、なんとも珍妙な状態だった。

 船板の上で目を輝かせているその女性は、ファンシーなドレスに身を包み、頭にはウサギ耳のような機械のカチューシャを乗せている。

 よく見ると船もそのモチーフに同じくして、白い船の船頭にキョロリとした目が二つ。帆のように伸びた二本の耳は風を受けてなびいているが、推進力を得るにはいささか実用的とは言えない。

 そんなウサギ船のデッキから伸びたアームが阿久斗の腹部をしっかりと掴んでいた。

 

(.......あれで引き揚げられたのか?)

 

 状況を把握しきれない中、阿久斗はひとまずこの人に助けられたことだけをかろうじて理解すると、性格的に言葉が出た。

 

「助けて頂いたようで、本当にありがとうございます。ところで......」

 

 いまだ宙吊りのままで阿久斗は言った。

 

「そろそろ下ろしてはもらえないでしょうか?」

 

 

 

 

「フ~ム...フムフム......ムムム?」

 

「...あの、これはいったい......?」

 

 奇妙な服装の女性は阿久斗を宙吊りからいきなりアームを離してデッキに叩きつけるなり、四方八方から身体を見回している。

 先の魔術学院での戦闘で上半身の衣服は消し飛んでしまい、阿久斗は変な気恥ずかしさを感じていた。

 

「ねぇー。君って人間?」

 

「......一応、人間のつもりです」

 

 自我を持たぬ神を殺すため、マナに調整を加えられた存在。社会に対する絶対的な破壊者。それが紗伊阿久斗だ。

 人ではあるが人ではない。そんな自分の存在を決定付ける言葉があるとすれば『魔王』の他にないだろう。

 

「えっと、失礼ですがあなたは何者なんですか?」

 

 奇妙な服装をしてはいるが、それが趣味でないとすればどこかの神徒の正装にも見えなくはない。

 女性は仁王立ちで両手を腰に当てながら得意気に名乗った。

 

「えっへん! 私は宇宙一の大天災! 篠ノ之束さんだよ!」

 

「は、はあ......」

 

 活気に溢れる束に対し、阿久斗の反応はなんとも薄いものだった。

 助けてもらった恩人の名前を除けば、把握できた状況は海の上にいるということだけだ。

 脱力する阿久斗の様子を見て束は小首をかしげる。予想外の反応、とばかりに疑問の表情が顔に浮かんでいた。

 

(疑問があるのはこっちの方なんだけどなぁ...)

 

 できる限り早くピーターハウゼンのもとへ戻りたかったが、この調子だと急ぎの帰還は難しそうだった。

 

「あれあれ? 君、束さんのこと知らないの?」

 

「知らないもなにも、僕らは初対面のはずですよ? 知っているわけ─────」

 

「よーしじゃあこっちおいで~」

 

 束は阿久斗の腕を引くと船内へ駆けていった。

 

「ちょっと! 『じゃあ』の使い方がだいぶおか───」

 

「宇宙の神秘に比べれば些細な問題だよ!」

 

(そのスケールで日常を量るのはどうなんだ?)

 

 今までに経験したことがないような破天荒さ。

 阿久斗の感想は言葉にされることなく、束の勢いによって封殺されるのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて問題。これな~んだ?」

 

「えっと、これですか?」

 

 さまざまな色のケーブルの先には一体のロボット、でもない。胴体の部分に人が乗り込めるような空洞が空いているところを見ると、金属の鎧にも見える。

 

(でも肝心の胴体を守る部分が見当たらない。鎧にしたって急所を守る部分がこれでは出来損ない過ぎだ。ということは未完成? いや、それじゃあ問題にならない。ならば─────)

 

「......その、なんとも」

 

 結局、あれこれ思考を巡らせたものの、なんの結論も出せずに答えを仰いだ。

 

「正解は~~~じゃじゃん! IS《インフィニット・ストラトス》でした!」

 

「そう、なんですか...」

 

「そうなんです! で、君はISについてどれくらい知ってる?」

 

 呆気にとられながらも答えを返していく。

 

「いえ、なにも知りません。こうした工科知識については一般的な範囲でしか学んだことがなかったので」

 

 阿九斗はコンスタン魔術学院で奨学生になる過程で多くの知識を学んできたし、入学後も勉学はけして怠らなかった。それでもISなんて単語は聞いたことがない。

 

「それはおかしいよ! 今やISは幼稚園児から腰の曲がったお年寄りまで誰もが知ってる一般常識じゃないか!」

 

 出会ってからの束の立ち居振舞いを思い出す。

 

(ここまで常識外れの人に常識って言われても...いやいや、恩人に対して失礼な)

 

「あ! そういえば君の名前聞いてないね」

 

 ここでようやく阿九斗は自分がまだ名乗っていないことに気づいた。

 阿久斗は自分の考えを首を振って戒めながらも、持ち前の社交的な性格からすぐさま頭を切り替える。

 

「申し遅れ失礼しました。コンスタンツ魔術学院一年生の紗伊阿九斗といいます」

 

(って、しまった!!)

 

 そしてその性格が裏目に出たことに気付いた。

 学院での騒動はテレビ等の各メディアを通じて報道されている。今や魔王紗伊阿九斗の名前を知らないものはいないはずだ。

 

「うん? コンスタンツ...魔術?」

 

 しかし、束が反応を示したのは阿九斗の名前ではなく、学校の方だった。それもとりわけ魔術の二文字に疑問符をつけている。

 

「............あれ?」

 

 どう考えてもあり得ない食い違いだった。

 

「あの、僕のこと知らなんですか?」

 

 純粋なまでに嫌な予感がした。そしてスハラ神神木での微かな記憶がそれを裏付けさせる。

────他世界との境目に空いた穴。

 そんな思いを知って知らずか、束は意気揚々と答える。

 

「当然さ! なにせ僕らは初対面じゃないか!」

 

 点と点が確かに繋がった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「なるほどなるほど~。魔術に、人間と魔物との戦争、そして────」

 

 束はビシッと指先を阿九斗に向ける。

 

「君こそが魔物の統率者! 魔王!」

 

「ええ、まあ......本当なら反論したいところなのですが......」

 

 話がこじれるというのもそうだが、魔王になどならないと言っておきながら神殺しを宣言し、魔物を従えて戦争を引き起こしたのはまぎれもない事実なのだ。

 

「それにしてもマナを用いない機械の存在だなんて......」

 

 阿九斗がもといた世界について話すと同様に、束からもこの世界について話を聞いた。

 宇宙空間での活動を想定して作られたマルチフォームスーツ。しかし宇宙進出には進まず、そのスペックをもて余したISは兵器へと変わり、現在ではスポーツというかたちで落ち着いたという。

 そしてそのISを設計したのがこの篠ノ野束だというのだから驚きだ。

 

「それで───」

 

  【 わーにんぐ! わーにんぐ! 】

 

「へ?」

 

 警報、というには危機感を感じさせないような間の抜けたサイレンが鳴った。続いてあちこちで立体のスクリーンが作動する。

 そこに映し出されたのは3つの影。先ほど見せられたものと形状は異なるがそれがISではあることはすぐにわかった。

 

「おーっと、そういえばこっちもそろそろだった!」

 

 思い出したように束は近くのキーボードを操作し始める。

 

「これは?」

 

「うん。めったにないことではあるんだけどね。試験稼働していた無人運用のISが暴走しちゃってて、今そこに映ってる二人がソイツをとめるために戦ってるんだよ」

 

 たいしたことでもない、といった様子で言う束。しかしその口調には先ほどまでの極端な抑揚はなくなっている。

 

「どうして無人で運用する必要があるんです? それではスポーツとは言えないのでは?」

 

「スポーツに使うなら、ね」 

 

「......まさか」

 

 束は阿九斗に顔を向けることなく答えた。

 

「そう、これは軍事用のIS。戦争のために作られた兵器だよ」

 

「っ! ISはスポーツに落ち着いたんじゃ───」

 

 阿九斗の口が止まる。

 

(ああ、そうなのか......)

 

 つかの間の平和も、次の戦争までの準備期間でしかない。スポーツという形をとっていても、人々は争いのために強すぎる爪を研いでいる。

 決められた物語を捨て去った、人と人とが紡ぐこの世界。それはまさしく阿九斗が作り出そうとした世界だった。しかし、それでも本当に変わらなければならないものはなにも変わっていない。

 

(ありもしない幻想を取り払っても、人はまだ争いを続けるのか!)

 

 そんな自分が抱く世界への憤りに気付いて、振り払うように顔を振った。以前いた世界ではその感情がもとで過ちを犯すところだったのだから。

 再びスクリーンに視線を戻す。

 

「この二人は勝てますか?」

 

「二人だけじゃ絶対無理」

 

「なっ!」

 

 実にあっさりと言ってのけた。

 

「勝機はもちろんあるよ。あるけどほとんど賭けかな? なんにしても今のままじゃ絶対に勝てない。軍事用1機を相手に競技用が2機。束さんの仕込んだ種が割れて、あてにしてる4機が合流すれば確実なんだけど」

 

 口振りから察するに、本人自身も上手く事が運ぶか不安なのだろう。

 

「これはね、束さんの戦いなんだよ。自分のばらまいた天災を終わらせるためのね」

 

 束は手を止めてモニターに視線を落とす。

 

「本当はちーちゃんやいっくんを宇宙に連れていってあげるための発明だったんだ」

 

 そう言って束は自嘲気味に笑った。

 

「間違いに気付いたときにはもう手遅れだったんだー。わたしの作った467のISコアは世界中に散らばって、今じゃどこの国もIS開発に躍起になってる。IS技術はもう束さんの手の届かない範疇にまで広がっちゃった。そして、それは大勢の命を奪う化け物になってしまうかもしれない」

 

 最初こそ一人の天才の夢の産物だったかもしれない。しかしそれが多くの思惑に婉曲され、人の野心にあっという間に飲み込まれてしまったのだろう。

 

「魔法の世界の魔王が君なら、この世界の魔王は束さんかもしれないね」

 

 阿九斗はその横顔に言い知れぬ情緒を感じた。

 大天災と呼ばれた彼女は世界に破壊を招きかねない装置を生み出した。そしてそれは本人の意思とは別に世界を混乱へと導こうとしている。

 

(───それなら僕は)

 

 阿九斗はISに繋がれていたケーブルを強引に引き抜いた。

 

「このISをお借りします。僕が行ってあれを止めます」

 

「ええっ!?」

 

 束はすぐさま反論した。阿九斗本人も多少の無理は承知の上だ。

 

「無理だよ! ISは女性にしか扱えないようにできてる! 魔法と違って機械は感情で動く代物じゃあないんだ!」

 

「ものは試しさ」

 

 阿九斗は頬をつり上げて笑うと、置いてあったISに手を当てる。

 

(この世界に神はいない。大気にマナがない以上、僕の体内で生成されるマナだけで魔法を構築できれば)

 

 一定の強弱でマナを保ちながら少しずつISに注ぎ込む。

 

(やること自体はそう難しいことじゃないんだ。服部さんの家からワープしたときと同じように、対象をマナで変質させて、あとは徐々に自分と同化させるだけ)

 

 やがて、手に灯ったマナがひときわ強い光を発した直後、それは阿九斗とISを包み込み大きく形を変えた。

 

「......う、そ」

 

 束はその光景に驚愕した。

 赤と黒を基調としたカラーリング。それを覆い尽くすように大小さまざまな骨を組み合わせたような装甲が銀色に光り、禍々しい印象を放っている。

 

「見たところ武装らしきものはないけど、むしろこれくらいがシンプルでいいじゃないか」

 

 力を込めると鋭利な爪に包まれるようにしてマナが発生した。生身で戦うよりずっとコントロールしやすく、これならもといた世界以上に力を発揮できる。 

 阿九斗は手のひらを上に向けてマナを集中させた。

 

「行ってくる」

 

 放たれた閃光は船室の天井を突き破り、雲を穿った。

 開けた空を一機のISが軌跡を描き、駆けていく。

 

 大天災が生み出した世界の変革を打ち壊し、もう一度ゼロに戻すために。

 

 




原作のストーリーに阿久斗をねじ込む感じでいきたいと思います。

また皆様の評価(重要!)、感想などもお待ちしております。
ではまた次回~


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02話 「銀の福音戦:前編」

はじめて戦闘描写というものを書きましたw
けっこう難しいですね
考えて過ぎて知恵熱が......。
そんなこんなで第3話です。



 

 

 一夏は零落白夜で《銀の福音》の攻撃を弾き返していた。その後方には一隻の船がある。

 国籍不明。密漁船のようだった。

 

「なにをしている! 犯罪者などを庇って!」

 

「ダメだ! 見殺しにはできない!」

 

 着実に防げてはいたものの、やがて零落白夜のエネルギーが切れて刀身が消える。

 

「しまった!」

 

 一夏に飛来するエネルギー弾を箒が寸前で防いだ。

 

「犯罪者など放っておけ! そんな場合では────」

 

「箒!!」

 

「っ!」

 

 一夏の剣幕に言葉が詰まる。

 

「どうしたんだよ。力を手にしたら弱いやつのことが見えなくなるなんて......」

 

「......わたしは」

 

 そこでようやく気がついた。手にした力を自分はまた昔のように暴力に変えてしまったことに。

 

『篠ノ之! 織斑を回収して撤退しろ!』

 

 オープンチャンネルを通じて千冬の声が響く。

 箒は機能を停止した白式を抱える。すでに紅椿のシールドエネルギーも底が見えていた。

 

─────ピピッ

 

「......近くにIS反応?」

 

(ようやく増援が─────)

 

『油断するな! 追撃が来るぞ!』

 

「っ!?」

 

 箒は息を飲んだ。《銀の福音》の36の砲身から放たれた高出力エネルギー弾。自分のシールドエネルギーも底を尽きかけている。まして一夏を抱えたままでは回避しきれない。

 万事休す。箒に打つ手はない。

 そのとき《銀の福音》と箒たちの間を巨大な閃光が遮った。

 

───────ゴオォォォォォォォォッ!!

 

 遅れて咆哮のような爆音。斜め上から放たれたそれは《銀の福音》の攻撃をかき消し、海面をえぐる。

 

「こういう時に格好のいいことが言えればいいんだろうけど、」

 

 放たれた方角には一機の黒いIS。

 

「どうにも僕はそういうことが苦手らしい」

 

 

 

 

 

 

「...復旧はまだか?」

 

 千冬の苛立ち混じりの声に、モニターの前で情報の収集に当たっていた真弥は一瞬ビクリとする。

 

「いえ、それがまだ......」

 

 某旅館に置かれた臨時作戦本部。

 戦闘区域で電波障害が起きてから5分が経過していた。

 二人からの映像データも回線も途絶え、最後に確認できた映像では不意な閃光が、レーダーには高速接近する機影と高熱源反応が確認されて以降、未だ状況が掴めないでいる。

 衛星のカメラすら一時的に麻痺したままだ。

 

「......いったいなにが起きている?」

 

「現状、あちらになんらかの介入があったとしか......」

 

 そのとき、真耶のモニターに内部からと思われる通信が入った。

 

「織斑先生。学園本部からの緊急通信です!」

 

「学園から?」

 

『おお繋がったー! ちーちゃん!』

 

 千冬は目頭を揉む。

 

「束...どうして学園の緊急通信用のコードを知っている?」

 

『それより大変だよ大変!』

 

 そう喚きたてる束にため息をついた。

 

「現場の電波障害ならすでにこちらも把握している」

 

『ふぇ? 電波障害?』

 

 千冬は少し肩すかしをくらった。

 束のことだから、海上での戦闘は様々な方法で確認していただろう。彼女が持つ技術力からすべてとは言い切れないが、いくつかの方法は麻痺しているはず。当然それは束も把握しているものだと千冬は思っていた。

 

「レーダーや回線、急なフラッシュで衛星カメラも麻痺している。お前も状況はモニターしていたのだろう?」

 

『ああ、一応してはいたんだけどね! ちょっとトラブっちゃって、ただいま束さんはウサギ丸の消火活動中だよ!』

 

 回線越しに微かだが消火器らしき空気音が聞こえてくる。

 

「トラブル? お前の船がか?」

 

 束はISを設計者。船や紅椿のフィッティング程度に使う機材ではそうそうトラブルなど起こり得ない。それに消火活動とはまた事だ。

 

『説明すると長くなるんだけどね。でも今起きてる電波障害とも無関係じゃないと思うんだよ』

 

「......わかった。話してみろ」

 

 現状を把握するのは最優先事項といえるし、なによりあの束の口調に余裕が感じられない。そんないつになく重々しい様子に千冬はやや身構えた。

 

『ちーちゃん、魔法ってあると思う?』

 

「......切るぞ」

 

『まじめな話なんだってば~!』

 

 

 

 

 

 

 マナの打ち込まれた海水が蒸発し、周囲の潮の匂いが一層濃くなった。

 阿九斗はIS乗り二人の安全を確認すると《銀の福音》と相対する。

 

(皮肉なことだけど、なかなかにしっくりくる)

 

 阿久斗は軽く拳を握る。

 飛行速度は生身と比べるべくもなく、なにより阿九斗の弱点でもあったマナのコントロール性は格段に向上していた。

 

「君たち! 下がるんだ!」

 

 《白式》を抱えた箒が答える。

 

「私たちの後方に船が! 早く退避させなければ!」

 

 阿九斗は後方の船をセンサーで捕捉した。

 

(中型の漁船か。しかし逃げるには速度が遅すぎる)

 

「彼らは密漁者です! でも見捨てることは────」

 

「それを聞いて安心したよ」

 

 阿九斗は船の周囲に魔方陣を張った。《銀の福音》から放たれた攻撃がそれによって弾かれる。

 

「力を持つ人間が、君のように使い方を見失わずに戦えるなら、この世界にもまだ救いようがあるさ」

 

 阿九斗は《銀の福音》に向かってマナを集中させる。

 

(あの速度で動かれたら、よほど大口径で放たない限り当てるのは無理だ。しかし守りながら戦うとなればさっきのように火力で押し通すわけにもいかない。船を巻き込んでしまう)

 

 考えて出た結論は、

 

「撃って駄目なら、殴るしかないか」

 

 阿九斗は海に潜ると同時に《銀の福音》の背後に展開した魔方陣に自分の姿を投影させる。

 大和望一郎との戦いに使った手品だ。よほどの馬鹿が相手でない限り、近接戦で通用するのは一回きり。だが、

 

───────ドドドドドドドッ!!

 

 大量のエネルギー弾は囮の虚像になんの反応も示さず、水中にいる阿九斗を正確に狙い撃ってくる。

 水中に姿を眩ませても、阿久斗のISに搭載されたハイパーセンサーはしっかり《銀の福音》の位置を捕捉したままだ。同じものが向こうにも付いているなら視覚による騙し討ちは通用しない。

 

(くそっ!)

 

 阿九斗はそのまま潜水して相手の真下を取ると一気に浮上し、距離を詰めた。

 腕にマナを集中させ、拳を叩きつける。2発、3発と食らわせたところで装甲に亀裂が入る。

 

(───このままっ!)

 

 4発目を繰り出す寸前で《銀の福音》は身を翻して距離を取った。

 

「そう上手くは勝たせてくれないね」

 

 しかし活路は見えた。マナを用いた打撃は通用する。それに船がある程度遠くまで逃げられれば爆発力のあるマナの放出で一気に勝負を決められる。

 

「......そろそろいい頃だ」

 

 

 

 

 

 

「白式、紅椿、共に回線が回復しました」

 

「よし、繋げ」

 

 再びモニターに映像が戻り、回線が復旧した。

 

『こちら織斑です。千冬姉?』

 

「作戦中だ、織斑先生と呼べ」

 

『すみません......織斑先生』

 

 まったく、といった様子でため息をつく。

 

「それで、今そちらの状況は?」

 

『作戦は失敗しました。駆けつけた援軍が戦闘に入って、俺たちは密漁船の避難誘導に当たっています』

 

「......援軍、か」

 

 複雑な面持ちで答える。援軍と言い切るには束の話は些か現実味に欠けたのだ。

 理屈として存在する魔法、異世界からの転移、二人目の男性IS操縦者、魔法によるものと思われるISの突然変異やそれをやってのけた魔王。

 何から何までが信じがたい。

 しかし回線より数分早く復旧した衛星カメラからの映像を見ると、確かにその機体には通常のISとは異なる点が多く見受けられた。

 

「了解した。指定ポイントまで誘導した後、近隣の海上保安隊に誘導を引き継ぎ帰投しろ。幸い《銀の福音》は同座標で戦闘を続けている。今補給を済ませて出撃すれば再度接触が見込めるはずだ」

 

『えっ? でも援軍が来るまで時間が稼げたなら、もう俺たちは......』

 

「その援軍についてだが、こちら側の送り出した機体ではないのだ。今は詳しい説明を省くが、今作戦において想定外の介入であることは間違いない。なんにせよ、現状で味方とは断定できないものに任せる訳にはいかん」

 

 千冬は間を置いて言う。

 

「作戦続行。《銀の福音》はお前たちが破壊しろ」

 

 

 

 

 

 

 阿九斗は魔方陣を展開し、マナを集中させる。

 

(回避不能な大口径。それでいて破壊可能な威力を維持して、放つ!)

 

「はぁあああああっ!!」

 ──────ゴオォォォォォォォ!!

 

 膨大なマナが《銀の福音》を包み込む

 確かな手応え。近接戦で推し測った耐久力から、必殺といっていいだけの破壊力を叩き込んだはずだった。

 

────ピピッ

【敵IS、セカンドシフトへの移行を確認】

 

 阿九斗が勝利を確信した瞬間、白銀の閃光がマナをかき消すかのように広がった。

 




次回「銀の福音戦:後編」
これくらいの文字数でやっていこうと思います。
評価(重要!)、感想のなど、お待ちしております。
ではまた~


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03話 「銀の福音戦:後編」

お待たせしました!
怒濤の第4話です。
どうぞ~




「戦闘区域に高エネルギー反応!」

 

 モニターの前で真耶が叫ぶ。レーダーには攻撃対象である《銀の福音》を中心に強力なエネルギー反応を示していた。それも徐々に膨れ上がっている。

 

「例のISか?」

 

 さらに解析を続ける。

 

「いえ、これは...《銀の福音》のセカンドシフトです!」

 

 

 

 

 

 

(これは...いったいなにが?)

 

 白銀の閃光は巨大な球体に形を変えた。その中心で《銀の福音》の左右4対の光の翼が大きく羽ばたいているのが見える。

 全体の形状も先程までと大きく変わっていて、装甲の厚みも増した。

 視界の端で敵機の推定出力が凄まじい勢いで書き換えられていく中でふと、その光が揺らぐ。

 

(────来る!)

 

 渦巻き状のビームが展開した阿九斗の魔法陣に衝突する。口径が広く、威力も先ほどまでのエネルギー弾の比ではない。

 

「くっ...」

 

 なんとか耐え凌ぐも、出力に押されて弾き飛ばされた。そこから間髪入れずに無数のエネルギー弾が降り注ぎ、阿九斗はどうにか距離をとって回避する。

 それから防戦一方の戦いが続いた。

 

 

 

 

 

 

『織斑、篠ノ之、聞こえるな?』

 

「こちら織斑、聞こえてます」

「私も大丈夫です」

 

 千冬は本部で補給を行っていた二人にオープンチャンネルで連絡を取る。

 

『たった今状況に変化があった。《銀の福音》はセカンドシフトを果たし、事前に渡したスペック情報はもう役に立たん。よって本作戦は専用機持ち6名であたってもらう』

 

「セカンドシフト!?」

 

 声をあげたのは箒だった。

 セカンドシフトとは本来、戦闘経験の蓄積によって操縦者とISとの同調が高まり、はじめて発生する形態変化だ。無人機である《銀の福音》には起こり得るはずがない。

 

『詳細は不明だが、当初のスペック以上の性能が予想される』

 

 もともと分の悪い作戦だったが、相手がセカンドシフトを果たし、その性能が未知数ともなれば早期決着は見込めない。素性も得体も知れないとはいえ、その紗伊阿九斗という男は未だ敵機と戦闘を継続しているのだ。

 ならばその間に充実した戦力を整えて作戦にあたれば、勝率はぐんと上がる。

 

『すでにオルコット、鳳、デュノア、ボーデヴィッヒの4名はハッチで待機している。補給が完了次第、合流しろ。くれぐれも無理はしてくれるな』

 

「「了解!」」

 

 

 

 

 

 

 ビーム砲の回避に回れば、雨粒のようにエネルギー弾が降り注ぎ、それを防御すれば高出力のビーム砲で押し負かされる。

 どうにか隙を見つけて反撃しようにも、エネルギー弾と高出力のビーム砲の処理でうまくマナを練ることができない。

 さらに飛行速度もあちらの方が早く、得意の接近戦闘に持ち込むこともできなかった。

 戦局は完全に覆った。その手数と高い攻撃力に阿九斗はじわじわと追い込まれていく。

 

(このままじゃらちがあかない。せめて一発でも当てられれば...)

 

 阿九斗は多少の被弾を覚悟で動きを止め、防御を捨てて両腕にマナを集中させる。するとそれを察知した《銀の福音》はエネルギー弾の連射から高出力ビーム砲にシフトした。

 

(なっ!)

 

 真正面からの直撃。

 そのまま阿九斗を海中深くまで押し込めていく。

 迂闊だった。勝ちを急いで戦法を見誤った。しかし、そう後悔している今でも活路を見出すことができない。方法があるとすれば、ただ単純にマナを放出する以外の広範囲への攻撃か、着実に命中させられるだけの精度の高い攻撃。

  

(あの速度に対応できる攻撃手段なんて僕にはない。そもそも僕はマナのコントロールが下手だったから力で押し通す戦いしかできなかったんだ。高速で動く相手に遠距離から器用に攻撃を当てるような真似、到底僕には......)

 

 単純な戦いしかできないなりに、使える手札は切った。

 

(いや、待てよ)

 

 それはほんの思いつきだった。しかしこの絶対的不利のなかではこれ以上にない切り札。

 

(あるじゃないか、まだ一つだけ残された手が!)

 

 阿九斗はそこに確かな光明を見た。

 拳を開き、周囲の海水にマナを浸透させる。

 

 学園長から学んだ数少ない技術の一つ、『化勁』。

 

(対象の勁を変質させ、さらにそこへ自分の勁を加える。理屈だけはわかっているけど、どうにも僕は化勁を間違って覚えたみたいだ。でも、今は使えるならそれでいい)

 

 勁で重力の作用を反転させ、マナを浸透させた大量の海水を持ち上げるように浮遊させる。

 

「学園長が見たらきっと笑うだろうね。覚え違いが過ぎる。けれど、そんな出来損ないだって使いようさ」

 

 再び現れた阿九斗に《銀の福音》はエネルギー弾での攻撃を開始する。空中に浮き上がった海水を貫いて被弾するが阿九斗は不敵に笑った。

 

「それくらい、いくらでも食らってやろうじゃないか」

 

 攻撃を避けないとみた《銀の福音》は高出力ビーム砲に切り替え、阿九斗に放った。

 

(きた!)

 

 阿九斗の持ち上げた海水を貫いて命中する寸前に海水が一気に沸騰する。

 

─────ドゴオォォォォォォーンッ!!

 

 海水の勁を反転させ、それをビームの熱で急激に気化させて引き起こす水蒸気爆発。限りなく自爆に近い捨て身の一撃は圧倒的な熱量をもって《銀の福音》を破壊した。

 

 

 

 

 

 

 現場へ向かう専用機一同にオープンチャンネルが開かれる。

 

『戦闘区域にて巨大な爆発を確認! 皆さん衝撃に備えてください!』

 

「っ!? みんな僕の後ろに!」

 

 遅れて高熱反応の波が押し寄せてくる。それにいち早く前へ出たシャルロットはガーデン・カーテンを最大出力で展開し、6機のISを覆う。

 やがて熱波が収まるのを確認すると、シールドを戻した。

 爆発のあった方角には先程まではなかった巨大な雲ができている。

 

『お前たち。全員無事だな?現在状況を確認している。そのまま作戦区域の索敵にあたってくれ』

 

 爆発の影響か、千冬からの回線に若干ノイズが混じっていた。

 

 

 

 

 

 前にも一度覚えがある。

 暗闇のなかの浮遊感と上から差し込むほのかな光り。そして腹部への強烈な圧迫。

 

「ごほっ!ごほっ!」

 

「いやー君すごいね。さすがの束さんでもあんな深くにいたら水圧で『ゲボエッ』ってなっちゃうよ。もっとも、ISを纏っていなければ。」

 

 阿九斗はデジャブを感じた。

 違う点は多々ある。主に自分が強引に持ち出したISを纏っていることや、乗っているウサギ船が半壊していること、そして特筆すべきは束がすこぶる不機嫌であるということだ。

 

「......助けて頂いてありがとうございます。それであの、できれば離して─────」

 

「ふん!」

 

 例のごとくいきなりアームを離し、阿九斗をデッキに叩きつけた。しかし今度は以前と違い意図的な悪意をもって。

 しかし、阿九斗にも思い当たる節があったのだから文句の言いようがない。

 

「......天井を撃ち抜いたことは悪かったと思ってるよ」

 

 束はなにも答えない。頬を膨らませたままそっぽ向いている。

 船の様子を見ると、特徴的だったウサギ耳は焼け落ち、見る影もない。阿九斗の開けた大穴は縁が溶けていて、全体を見回すとあちこちが焦げや煤で汚れている。 

 あのあとは大忙しだったに違いない。

 

「それに手土産もある。君の言っていた量子変換というのをやってみた。もっとも、マナを使った性質変化の応用だから実際のものとは異なるだろうけど」

 

 阿九斗が取り出したそれは、

 

「ISのコア!?」

 

 束は思わず口を開いた。

 知らないはずはない。それはまさしく束が自らの手で造り上げた467のISコアの一つだった

 

「あの爆発のなかでそれだけが残った。どうやら物理的に破壊できる代物じゃないようだね」

 

 内側にマナを加え、少しずつ造りを分解していく。すると、阿九斗の手のなかで砂粒のように散り散りにこぼれ落ちた。

 

「...............」

 

 束は表情を変えない。

もともとそうするつもりだったのだ。阿九斗もそれはわかっていた。

 

「ここは君の世界じゃないよ? 魔王としての使命はここにはない。それでも君はこの世界で変革を起こすの?」

 

「人々は物語を捨て去った。そしてこの世界は力あるものが自分にとって都合のいい物語を押し通し、人を殺し戦争をする。そんな物語が生まれる度に魔王は生まれ、ありもしない幻想は創造され続ける」

 

「人は結局、幻想を捨てることはできないってこと?」

 

 阿九斗は首を振る。

 

「それは僕にもわからない。もし物語の終わりが新たな物語の始まりでしかないなら、人は永遠に争い続ける。でも、まずは終わらせないとなにも始まらないんだ。それに、君には君の物語がある」

 

 幼い頃に交わした約束。みんなを宇宙に連れて行く。そのためのIS。

 

「ISを、物語を世界にばらまいたのは束さんだよ」

 

「わかっている。だから決めたんだ。君が天災を引き起こした魔王なら、僕はそれを変革する魔王になる」

 

 残る466のコア、すべてを壊してこの《巨大な物語》を終わらせる。

 宇宙に跳ねる一羽のウサギとその仲間たち。この物語を誰もが笑って終われるように。

 束はニカッっと笑った。

今までにないくらい、ひまわりのような無邪気な笑顔で。

 

「なら! これからもよろしくね! あーくん!」

 




いかがだったでしょうか?
皆さんのご意見や感想、お待ちしております。
ではまた次回~


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04話 「IS学園の大魔王」

お待たせしました!
週1投稿をノルマにしていきたいと思います。
ではどうぞ~


「転校生の紗伊阿九斗くんです」

 

「級友の皆さん、只今ご紹介に与りました、紗伊阿九斗です」

 

 どうしてこのようなことになったのか、それを説明するには少し時を遡らなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

「それにしても派手に壊したよね~!」

 

 阿九斗の展開したISの解析を続けながら、束は言った。

 皮肉を含んでか、それとも特に意識せずに言っているのか、いずれにしても阿九斗には耳が痛い言葉だ。

 なんでも、天井を撃ち抜いたときに火災が発生したとかで、あの場にあった機材のほとんどはデッキに運び込まれている。そのため酷使した機体の整備をやその他もろもろを外で行うことと相成った。

 戦闘で大量の海水を一度に気化させたせいで、湿度と海水の温度が異常に高い。辺り一面を濃霧が立ち込めていて数メートル離れた束の姿もわずかな影が見える程度だ。

 今こそ落ち着いたものだが、爆発からしばらくは波も荒れていたに違いない。 

 それをこの蒸し暑さの中、遠路遥々スクラップ寸前の船で助けに来てくれたのだから阿九斗も頭が上がらないわけだ。

 

「本当にご迷惑をおかけしました」

 

「ああ、全くだ」

 

 どこからともなく聞こえた声は束の柔和なそれと違う、凛と透き通った声。それに続くように濃霧を掻いて船体が姿を現す。

 

「専用機持ち6名で探索すること20分。見つけたと思いきや海の底とはな」

 

「あっ! ちーーちゃーーん!」

 

 霧に隠れて全体は見渡せないものの、大きさは束の船と同じくらいに見える。

 束は全力で助走をつけ、その船に飛び乗った。

 

「ふん!」

 

 ガシッ、という軽い打撃音と束のうめき声が聞こえたが、ケーブルに繋がれたまま動けないでいる阿九斗には向こうの様子が見えない。

 

「あの、束さん?」

 

 問いかけるまでもなく、すれすれまで接近した船の上で顔面を鷲掴みにされている束の姿が見えた。

 今の声の主だろうか、「ちーちゃん」と呼ばれたその女性は“沿岸警備隊”と書かれた船体に似合わず、緑のジャージとラフな服装。それでいながら擦りきれるような緊張感を纏っていて、見ていて自然と気が引き締まる。

 奇想天外な束と並べるとまったく正反対の雰囲気だった。

 ウサギ丸に降り立つと、引きずられるように束も続く。

 

「もー! ちーちゃんは容赦ないなぁー!」

 

「えっと、あなたは?」

 

 束の手を借りながら阿九斗はISから一旦降りる。

 

「IS学園で教員をやっている、織斑千冬だ」

 

「...IS学園っていうと、確かIS操縦者を育成するための教育機関でしたか?」

 

「ほう、一応の知識はあるようだな。なら話が早い」

 

 知識といってもISについての束の説明で軽く触れた程度だ。それより話が脱線したときに度々名前の出た「ちーちゃん」なる人物についての方が余計な意味で知っている。

 そのとき阿九斗が聞いた印象と若干の相違があるのも、長年親しい束だからこそわかることがあるからかもしれない。

 

「束から話は聞いている。正直、お前についてすべてを信じるとまではいかないが、まあいい。ひとまずそれは置いておこう。問題にするべきはそこではないのだ」

 

 うんざりした様子で千冬は続ける。

 

「実のところ、国籍不明のISというのは簡単な問題ではない。性能が高ければなおさらだ。1時間ほど前に上層部に本作戦での断片的な映像データや戦闘データを報告したところ、各国が貴様とそのISは自国の所属であると主張してきている」

 

「なっ!?」

 

(そんな馬鹿な!?)

 

「ISでの戦闘は初めてだろうから分かるまいが、お前の落とした機体、《銀の福音》はアメリカの最新鋭機でな。数あるISのなかでもトップクラスの性能を誇っていた。それをほぼ単独で撃破、この意味がわかるか?」

 

 阿九斗は黙ってうなずく。

 それこそこの事件で最新鋭機を失ったアメリカはその損失を埋めようと躍起になるはずだ。暴走した《銀の福音》を自国の機体で破壊したという内輪での話で通せば、多少強引な方法をとってきてもおかしくはない。

 

(僕だけならまだしも、束さんにこれ以上迷惑はかけられない。でもどうすれば)

 

 当然のことながらこの世界に身寄りはない。

 そんな中で世界中から狙われては、もとの世界に戻るどころではなくなってしまう。

 

「そこで一つ、提案がある。紗伊阿九斗、IS学園に入学する気はないか?」

 

「僕をIS学園に、ですか?」

 

 阿九斗にとってそれは意外な提案だった。

 今聞いた話からして、阿九斗の存在はどう考えても邪魔でしかないはずだ。仮に迎え入れたとして、それで状況が改善するとも思えない。

 

「IS学園特記次項。『本学園においてその生徒はその在学中において、ありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない』。つまり最低でも2年半は国の揉め事から巻き込まれずに済む」

 

 千冬の表情がほころんだ。

 

「なに、ここに来る方法があったなら帰る方法もきっとあるはずだ。腰を据えて、ゆっくりと探していくといい」

 

 強みのある言葉に阿九斗は千冬なりの優しさを感じていた。そのとき感じた印象が束から聞いていた千冬の印象に近いものだったのだ。

 

(確かにこのままここにいては束さんに迷惑をかけてしまう。それに本来、学生である僕にとって勉学は責務だ。IS学園という環境でこの世界について学べば、なにか元の世界に帰るための手がかりが得られるかもしれない)

 

 視線を向ける阿九斗に束はこくりと頷く。

 

(聞かなくたって平気さ! 束さんなら世界中からでも君をかくまってみせるよー!)

 

(......束さんもそう思ってくれているのか)

 

 阿九斗は誤解に気がつかぬまま、柔らかに微笑んだ。

 

「わかりました。今後、学園でお世話になります」

 

 まさかのくい違いに束はズテッとこける。

 

「うむ、入学手続きはこちらで済ませておく。貴様は身一つで来るといい。ではまた、学園で会おう」

 

 船が去ったあと、阿九斗は束に向き直った。

 

「ありがとうございます。入学を許して頂いて─────」

 

「あーくんのドあほー!」

 

「ぐえほっ!」

 

 華麗な束のドロップキック受けて、編入当日に至る。

 

 

 

 

 少し考えればわかることだった。

 ISはただ一人の例外を除いて、女性にしか扱うことができない。ならばその操縦者育成のための教育機関は結果的に女子校同然になるのは自然なことだ。

 

(もう少し考えを巡らせていれば気の持ち方があっただろうに、弱ったな......)

 

 人前で話すことは得意な阿九斗だったが、こうもプレッシャーをかけられるとたじろいでしまう。

 世界で最初の男性操縦者が見つかったのがつい最近であるということを考えれば、人によって認識が多様化していることは十分にありうる。その存在を快く思わない連中もいるだろうし、とくにこの学園においては皆ISの専門知識や技術を学びに来ているのだから、中には複雑な思いを持っている生徒もいるはずだ。

 

(しかし、僕は昔から善を成そうとしているのだし、事実、自己意識として悪いことをしたことはない。きちんとした行動をすれば理解は得られるはずだ。とすると、やはり最初の印象が肝心だろう)

 

 咳払いを一つして、自己紹介に入った。

 

「級友の皆さん、只今ご紹介に与りました。紗伊阿九斗です。ご覧の通り、男性の身でISを動かしたことから急な編入となりましたが、これからの学園生活で共に学び、皆さんと良い思い出を作っていければと思っています」

 

 以前の経験を踏まえ、あえて短くマイルドにまとめる。

 例のごとく小難しい話をして、それが裏目に出てしまっては目も当てられない。実際問題、魔術学院では魔王の噂が先行していたために、自己紹介で思わぬ誤解を生んでしまったのだ。

 しかしここは異世界。成り行きで入学したとはいえ、阿九斗はここでの平穏な学園生活を期待していた。

 

(─────どうだ?)

 

 わずかな沈黙。

 そして次の瞬間、ダムが決壊したかのように歓声があがった。

 

「二人目の男子! 1組でホントよかった!」

「しかも長身で誠実!」

「ちょい悪な顔で紳士的なところがまたいい!」

 

「騒ぐな! 静かにしろ!」

  

 千冬が制するが、阿九斗は内心感激していた。

 

(真意をきちんと受け止めて貰えることがこんなにも嬉しいことだとは!)

 

 学園に二人しかいない男子生徒だ。好奇の目で見られるのは仕方のないことだろう。しかし見た限りでは阿九斗に対して嫌悪感を抱いている様子は全くない。それどころか歓迎すらされていると言っていい。

 こぼれそうな涙を押さえて、阿九斗は席についた。

 

 

 

 

 

 

 午前は実習訓練だった。

 阿九斗が使用したISは束いわくISの定義上不完全な点が多く見られたらしい。

 そのため必要な機能を搭載し、さらに幾重にもリミッターを設定した状態で後日送られてくるそうだ。

 

「俺は織斑一夏。よろしくな」

 

「ああ、こちらこそよろしく」

 

 お互いに握手を交わす。阿九斗は彼に社交的な印象を持った。

 《銀の福音》との戦闘に参加していたIS乗りの二人は阿九斗と同じ1年1組で、名前は織斑一夏と篠ノ之箒。

 教室に入ったとき、ひときわ驚いていた一夏だったが、阿九斗自身もまさかこんな形で再会するとは思ってもみなかった。

 

「まあ、話はあとにして急ごうぜ。実習のときは女子が着替え始めるから」

 

 そう言って一夏教室を出る。阿九斗もそれに続いた。

 本当に急いでいるのもあるが、彼とはしなければならない話もある。更衣室で着替えている途中、阿九斗は意を決して尋ねた。

 

「話というのは福音の暴走の件かい?」

 

「ああ、まだお礼言ってなかったからさ。ありがとな。お陰で助かったよ」

 

 ありがとう、なんて久しく言われていなかった。いつも行動が裏目裏目に出てしまい怖がられてばかりいたせいか、どうにもくすぐったく感じる。

 

「まあ半分はそれが理由だな」

 

「ならもう半分は?」

 

 一夏は苦笑混じりに言った。

 

「千冬姉の授業に遅れると大変だからさ」

 

 それにつられて阿九斗も自然と笑っていた。

 

「なるほどね。それは聞いてよかった」

 

(彼とはどうやら気が合いそうだ)

 

 

 

 

 

 

「大天災と名を轟かせた束にしては、随分と調整に手こずったようじゃないか」

 

「うーん、ま~ね~!」

 

 学園の敷地内にある竹林に千冬と束はいた。

 公の場での運用を考慮して阿九斗の使用していたISを解析すると次から次へと問題が浮上したのだ。

 なにせ、あの場に置いてあったISとは別物と言っていいほど変質している。外部の装甲はもちろん、内部にまで束の知らないシステムが組み込まれていた。

 もともと未完成で動くはずのないISだった。

 拡張領域は『不明』と表示されたスロットによって埋め尽くされていてナイフ一つ装備出来ない。《銀の福音》のコアを阿九斗が量子変換したというが、いったいどこに収納していたというのか。

 さらに束が搭載する前だった絶対防御はあるはずもなく、これでは《銀の福音》との戦いにおいて、シールドバリアを貫通した攻撃を生身で受けていたことになる。

 そしてもう一つ、これが束を悩ませた最大の理由。ISを起動させていたであろう動力源がどこにも見つからないのだ。

 

 もはや男性云々の話ではない。物理的にこれを動かす仕組みが謎のままなのである。

 

「出力調整や絶対防御の搭載は問題ないよ! 動力炉も一応入った!」

 

 しかしこれでは以後どのような不具合が起きるか予想できない。

 《銀の福音》戦後、束が解析したスペックデータを見て千冬は眉をひそめる。

 

「しかし、データを見る限りではとても福音を破壊した機体とは思えんな。武装も絶対防御もないとは」

 

 仮に動力があったとしても標準的なISの性能には程遠い。あるべき機能を積み損ねた第一世代以下の未完成機だ。

 

「考えられるとすれば、沙伊の話していた『マナ』か」

 

「機械の動力が魔法だなんてナンセンスだよね~!」

 

 待機状態のISが入ったアタッシュケースと調整後のスペックデータを受け取って千冬は頷く。

 

「うむ、この性能であれば問題あるまい。紗伊にとっては不満だろうがな」

 

 

 

 

 

 

 ISの知識については、この世界の一般常識のレベルまでどうにか詰め込んだ。 

 そうやって牛歩にも劣るゆっくりとしたペースではあるものの、少しずつ新しい環境に身体を慣らしていく中で、今は事前に渡された参考書を用いて学習を進めている。

 

(授業についていけるようになるまではしばらく時間がいるだろうな)

 

 教科書の入ったカバンを手に学生寮への帰路につきながら、今後の学園生活に思いを馳せていた。

 急な編入で1組のフロアの部屋が用意できず、しばらくは4組の生徒と同室する旨を聞いて少し寂しく思ったが、これから授業でいつでも会えるのだから気にする程のことではない。それに他クラスの生徒と面識を持てる良い機会だ。

 そう思うと、自然と阿九斗の足取りは軽かった。

 

(417号室...ここか)

 

 寮内の自習室で遅くまで勉強していたせいで、時計を見ると時刻はすでに22時を過ぎている。

 同室の生徒はもう寝てしまっているかもしれないと考え、音を立てないようにキーを差し込むと案の定、部屋のなかは暗かった。

 こんなことならもっと早く切り上げるべきだったと思いつつ玄関を進んでいく。すると暗い部屋のなかでうっすらとディスプレイの光に照らされた同室者の存在を認めた。

 水色の髪にハーフフレームの眼鏡をかけた女子生徒はアニメーションが再生されているディスプレイを食い入るように見ている。

 

 繰り返しになるが、ISはただ一人の例外を除いて、女性にしか扱うことができない。ならばその操縦者育成のための教育機関は結果的に女子校同然になるのはごく自然なことだ。

 ならばルームメイトも当然のことながら女子生徒と当たることになる。

 

(僕としたことが...肝心なことを失念していた。それにタイミングもあまり良くない......)

 

 一度出直そうと思い至った瞬間だった。何かの気配を察したようにふと顔を向けた女子生徒と目が合う。

 

「いっ...」

 

 女子生徒は息を飲む。

 

(まずい...これは本当にまずい.......!)

 

「嫌ああああーっ!」

 

 これが紗伊阿九斗と更識簪のファーストコンタクトだった。

 




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次回に続く!



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05話 「勇気を出して一歩前へ」

ずいぶん長くなってしまいました。
インフィニットストラトスはアニメでしか見ていなかったので、更識簪の個性を掴むのに苦労が......
「こんなの簪じゃねえ‼」
と思われる方がいらっしゃいましたら、今後の参考に是非ご意見頂きたいと思っています。
では、どうぞ~




  

 季節が夏だからまだよかったのかもしれない。

 外気を遮断する壁があるとはいえ、冬なら廊下のベンチで一晩明かすなんて訳にはいかなかった。

 

「一夏。もう起きてるかい?」

 

「ああ、ちょっと待っててくれ!」

 

 電子錠のロックが外れる音とともにドアノブが回る。

 

「毛布ありがとう。昨夜は起きててくれて助かったよ」

 

 阿九斗は借りていた毛布を一夏に返す。

 あのあと急な剣幕におもわず部屋から逃げてきてしまい、結局帰るに帰れなくなった阿九斗は起きていた一夏に毛布を借りて廊下で寝ることにした。

 なにかしら行き違いがあったのか、昨日のルームメイトの騒ぎ方から考えると、事前に阿九斗が来ることを知っていた様子はない。

 

「それにしても、転入初日から大変だったな」

 

「まあ、今晩までになんとか釈明できればいいんだけど」

 

 どうにかできなければ今晩も寝床はない。

 こうなってしまうと変な噂が立つ前に学校で事情を説明したほうが良さそうだ。

 

「昼間のうちに一度会ってちゃんと話をしておきたいんだけどね。ただ先生の話から4組ってことは間違いないんだけど名前も聞いてないし、顔も暗くてよく見えなかったんだ」

 

「そっか、なら千冬姉に聞いてみたらどうだ? 寮長をしているから部屋のこともわかると思うぞ」

 

 

 

 

 

 

「......ということなんですが」

 

「なるほど、そうだったか」

 

 HR前の職員室。

 ひとまず阿九斗は一夏の助言通りに千冬のもとへ事情を話しに行った。

 

「それは災難だったな。紗伊の部屋割りについては山田先生に任せていたんだが......さて」

 

 そういって千冬は視線を移す。真耶はまるで蛇に睨まれたカエルのように微動だにしないでいたが、千冬につられて阿九斗までが視線を向けると、プレッシャーに耐えきれず謝り始めた。

 

「すみません! すっかり言い忘れてしまって!」

 

「まあ、そういうことのようだ」

 

 溜め息をつきながら千冬は寮の名簿と思しきファイルをパラパラとめくる。

 

「ルームメイトの名前は更識簪。前にも話したと思うが、4組の生徒だ。先にあちらの担任から事情を伝えさせておこう。お前は1時限目が終わってからにでも行ってこい」

 

 

 

 

 

 

 先んじて話が通っているならさすがに悲鳴をあげられるようなことはないだろう、と思いたい。

 教室を覗くと中の視線が一斉に阿九斗へ向いた。

 校内に二人しかいない男子生徒はどうしたってよく目立つ。しかしその目線には1組のそれと比べてかなりの温度差があった。

 

(しまった...恐れていた事が......)

 

 その場の誰もが阿九斗の来訪に警戒していた。かつての経験でわかる。

 夜遅かったものの、どうやら騒ぎを聞きつけた生徒がいたようで、響き渡った悲鳴と部屋から走り出す阿九斗、そして頑なに事情を話したがらない簪の様子を見て、4組の生徒たちはおかしな誤解をしたようだった。

 

「あいつでしょ? 更識さんのシャワーを覗いたっていう男子」

「私は夜這いだって聞いたわよ」

「サイテー、男ってこれだから」

 

 そんな話し声がいたるところから聞こえてくる。四方から注がれる視線は魔術学院とはまた違う、恐怖というより軽蔑の視線だ。

 そして多数の視線のなかで一人だけ見覚えのある顔があった。

 

(来てみるまで自信がなかったけど、恐らく彼女で間違いない)

 

 一見したときは気付かなかったが、かなり整った顔立ちをしている。気付かなかったのは各顔のパーツに特徴的な点がなかったからだろう。地味ながらずっと見続けて良さに気づく、そういう顔だった。

 大人しげな様子も相まって、なんだか妙に悪いことをした気分になる。

 しかし、今後の寮での生活がかかっているのだ。友好的とはいかないまでも、せめてまともに話ができる程度には関係をつくっておきたい。

 

「昨日は驚かせてしまった。もう寝ているようなら起こすのは忍びないと思って。ごめんよ」

 

 近くの生徒に廊下まで呼び出してもらおうかと思ったが、断られるのは目に見えている。やむなく警戒の視線を全身に浴びながら阿九斗は教室に入っていき、簪の席まで来ると釈明を始めた。

 

「いい。気にしてないから...」

 

 そう言っても顔を伏せたまま先程から阿九斗と目も合わせようとしない。そこから感じられる、この人とうまくやっていけるのだろうか一抹の不安をグッと堪えた。

 怖がられている様子はないが、さて。

 

(どうしよう......)

 

 そう思ったのは簪の方だった。

 すでにさまざま噂が飛び交う中で担任から詳しい話を聞いたのが今朝のHR前。クラスメイト全員にちゃんとした事情を説明することもできず、拍車がかかる噂を止めることもできないまま今に至っている。

 話では1時限目の終わりにこちらへ来るということだったので、それを含めきちんと会って謝るつもりが、こうして逆に阿九斗に謝らせてしまった。しわのついた制服を見るに、あのあと阿九斗がどう寝たのか想像に難くない。

 

(ちゃんと、謝らないと...みんなの誤解を解くためにも、今ここで......)

 

 それに昨夜はプライベートな趣味を見られた羞恥心と、急な入室に驚き思わず大声をあげてしまったが、あの場できちんと話ができていれば阿九斗に要らぬ迷惑をかけることもなかったのだ。

 

「......本当に、気にしてないから」

 

 結局、謝るタイミングを完全にのがしてしまった。

 もともと人と話すのは得意ではない性格もあってクラスメイト全員を相手に誤解を解くことはもちろん、こちらこそごめん、と言えばいいだけのことすら簪にはできないでいた。

 そんなことを知るよしもない阿九斗はどうにかして打ち解けようと話を切り出す。

 

「......ならよかった。それじゃあもし都合が合うなら今日の昼食を一緒にどうかな?」

 

「......うん、平気」

 

 ぎこちなくも返事を返す。阿九斗は精一杯の笑顔で言った。

 

「じゃあ、授業のあと食堂の前で待ってるから」

 

(よし、何とか約束を取り付けた。そこでまたきちんと話しをしよう)

 

 すると、ちょうどそこで2時限目の予鈴が鳴った。

 “紗伊阿九斗が更識さんを口説きに来た”という新たな噂を生み出して。

 

 

 

 

 

 

「自己紹介がまだだったね。僕は紗伊阿九斗」

 

「......更識簪」

 

 昼食を運んで席に着き、まずは自己紹介。それから一向にやり取りが進まない。

 

( ( ......沈黙が重い ) )

 

 軽い冗談でも言える性格であればまだよかったかもしれない。かといっていきなりはじけるというのも無理な話だ。何よりそういうことに向いていないことは阿九斗自身が一番よく知っている

 

「おお、阿九斗じゃないか。そっちも昼飯か?」

 

 その沈黙を破ったのは阿九斗でも簪でもない。偶然通りかかった一夏だった。

 

「ああ、よかったら君も一緒にどうかな?」

 

 一夏の社交的な性格は阿九斗も理解している。彼ならうまく会話を転ばせてくれるかもしれないという期待があった。

 

「いいのか? じゃあ遠慮なく─────」

 

 昼食の乗ったトレーをテーブルに置く。

 この時、一夏に向けられた険悪な簪の表情に一夏も阿九斗も気づいていなかった。

 阿九斗に謝らなければならないという気持ちと平行して、簪のなかで一夏に対する憤りが膨れ上がる。

 

「私、そろそろ......」

 

 気づいたときにはその場から立ち上がっていた。

 まだほとんど手をつけてない食器を手に持つと、阿九斗の静止を振り切るように列の間をすり抜けていく。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや、それが僕にもさっぱり......」

 

 

 

 

 

 

( ......ああ、ダメだなぁ...私)

 

 整備科の倉庫で簪は一人、自分の情けなさに落ち込んでいた。

 

(せっかく誘ってくれたのに、あんなことを。絶対嫌な子だって思われた)

 

 4組での阿九斗の評判は酷いものだった。

 その全てはただの憶測でしかないものだったが、その原因は簪にあるといっていい。にも関わらず、それを止める勇気すらなかった。

 簪は自身の専用機、《打鉄弐式》のディスプレイを展開する。

 プログラムの起動をボンヤリと眺めながら、今後の寮での生活に憂鬱な思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 

 フロアが違うこともあって、あらぬ噂の横行は幸い4組だけに留まっているようだった。

 いつもと変わらぬ1組の雰囲気に安堵する一方で、今阿九斗が思うところは別にあった。

 

(教室のときとは、どうにもなにかが違う)

 

 昼食の一件で、阿九斗は簪の行動を不可解に思っていた。

 朝の段階ではぎこちないながらも事情を理解し合えていたはずだった。

 しかし、一夏が来た途端のあの変わりぶり。なにか自分の知らない要素が絡んでいるように感じていた。

 

「沙伊、次の問題に答えてみろ」

 

 阿九斗自身も自覚しているところではあるが、考え事をするとどうも周りが見えなくなるらしい。

 

「...返事をせんかこの馬鹿者が!」

 

 午後最初の授業で阿九斗の頭頂部に出席簿が叩き付けられる。そこでようやく自分が問題に当てられていることに気づいた。

 

「す、すみません」

 

「私の授業を聞き流すとはいい度胸だ。お前にはこの範囲の宿題をやろう。放課後、職員室まで来るように。いいな?」

 

 阿九斗の返答を聞くこともなく千冬は授業を再開する。

 そして放課後、職員室まで来た阿九斗に前置きもなく言った。

 

「織斑から聞いたが、食堂でひと悶着あったそうだな」

 

 宿題というのは呼び出すための方便だったのだろう。

 

「ええ、どうもわけがわからなくて」

 

 ふむ、と千冬は考え込んだ。

 

「紗伊、代表候補生とは何か説明してみろ」

 

「各国家から選出された国家IS操縦者の候補生、ですか?」

 

「まあ、端的に言えばそういうものだ。補足するなら代表候補生にはデータ収集のため、国から専用のISが支給される。しかし、更職簪は日本の代表候補生でありながら専用機がないのだ」

 

 千冬によるとその理由は一夏の登場が大きく関わっているらしい。

 

 簪の専用機《打鉄弐式》は日本の倉持技研が開発を進めていた。ところが世界初の男性操縦者である一夏のデータ収集のためにその専用機《白式》の開発が優先され、現在では未完成のままだった《打鉄弐式》を簪一人で開発しているという。

 なるほど、阿九斗の感じた違和感はそれなりに的を射ていたらしい。

 

「......それで、その《打鉄弐式》は今どこに?」

 

 

 

 

 

 

 整備棟の分厚い鉄扉を開ける。白熱灯に照らされた倉庫に夕日が差し込んだ。

 千冬の話では放課後はいつもここで専用機の設計に没頭しているらしい。

 

「更識さん?」

 

 阿九斗の声に簪は振り返る。

 その表情は教室のときや、食堂のときとは違う、どこか居たたまれない表情。

 

「......なにしに来たの?」

 

 そのやや震えた声に阿九斗は穏やかな口調で答えた。

 

「織斑先生から話を聞いたんだ。《打鉄弐式》の開発についてね」

 

 簪はうつむいたままなにも答えない。

 阿九斗は何本ものケーブルに繋がれた《打鉄弐式》を見る。

 

「一夏に対して思うところがあるのは仕方のないことだ」

 

 ISがどれほどの性能を持っているのか、阿九斗自信身を持って知っている。だからこそ、それを作り上げるだけの負担がどれほどのものか想像もできない。そしてそれに注がれる簪の思いも同様に。

 

「......確かに僕らにはすれ違いがあったのかもしれない。でもお互いにきちんと向き合って話せばわかりあえると思ってる。事実僕にはその意思があったし、だからこそ教室まで君に会いに行ったんだ。一夏に対して憤る気持ちもわかる。それも含めて僕は君のことを理解したい」

 

 阿九斗は心の思うままに話しを続けた。

 

「もし君が僕にもう一度チャンスをくれるなら、僕は君の気持ちに応えたい。寮の部屋で待ってるよ」

 

 そう言って阿九斗は整備棟を後にする。

 残された簪は胸にじんとしたものを感じた。人との関わりに臆病になって、その上誘ってくれた昼食の場であんなことまでしてしまった。それでも阿九斗は自分のことを理解したいとここまで話しをしに来てくれたのだ。

 そんな阿九斗が簪には眩しく見えた。

 

(私も...今度こそ応えたい。紗伊くんの思いに相応しい人間でありたい)

 

 簪はディスプレイの電源を落とすと機材も片付けぬまま駆け出していった。

 

 簪が向かったのは寮内にある4組用の厨房だった。

 袖を捲くり、材料を揃えて調理に入る。

 

(沙伊くんは臆病な私に手を差し向け続けてくれた。私も精一杯の思いを込めて......)

 

 型に生地を流してオーブンで焼き上げる。

 作ったのは簪が得意とするカップケーキだった。急なことでプレーンしか作れなかったが、丹精込めて作った簪の自信作だ。

 それを適当な大きさの紙袋に詰めて丁寧にラッピングしていく。

 

(...できた!)

 

 

   

 

 

 

 切らせた息を整えながら、寮の部屋の前に立った。意を決してノックしたあとドアを開けて玄関を進んでいく。

 

(このカップケーキを渡して、今度こそ謝ろう)

 

 簪の使っていたベッドの反対側に阿九斗は座っていた。

 簪の足音に気づいてか、すぐにこちらを向き視線が重なる。

 初めて会ったときとは逆の状況に簪は一瞬立ち止まった。

 

 勇気を出して一歩前へ。

 

「その...これっ!」

 

 小さめの紙袋を阿九斗に手渡す。

 

「昨夜は......大声あげてごめんなさい」

 

 このとき、阿九斗はようやく本当の意味で簪とのすれ違いに気づいた。

 彼女も自分と同じように悩んでいたのだ。どうすればいいかわからずに、つい素っ気ない受け答えになった簪を見て阿九斗は勝手に拒絶だと思い込んでしまった。

 思えばそれが簪の気持ちを切り出すきっかけをつぶし、ここまで引きずってきてしまったのかもしれない。

 

「ありがとう。開けていいかな?」

 

 簪は黙って頷く。

 丁寧に包装されたラッピングを外すとカップケーキが一つ。

 

「更識さんが作ったの?」

 

「...お菓子作りは得意だから。材料がなくてプレーンしか作れなかったけど」

 

「それは気が合いそうだ」

 

 カップケーキの入った紙袋をテーブルに置くと、阿九斗はかわりにリボンの飾りが付いた小さな袋を取り出し簪の手に置く。中には綺麗な小麦色に焼かれたクッキーが入っていた。

 

「親愛の印としてね。1組の厨房を借りて作ってきたんだ。もっとも、あり合わせの材料じゃあ砂糖とバターで味付けした簡単なのしかできなかった」

 

 そう言う阿九斗はどこか楽しそうだった。

 

「...同じだね」 

 

「たしかに、そうだね」

 

 まっすぐな阿九斗の眼差しに一瞬目をそらしながらも、やがてしっかりと見返す。

 

「これからもよろしく」

 

 阿九斗の言葉にかすかな予感を感じて簪はそっと目を閉じた。

 

(次に目を開けたとき、きっと私はこの人のことを好きになってるだろう)

 

 高鳴る胸をおさえて目を開ける。

 そこには変わらず阿九斗の笑顔があった。その暖かさに張り詰めていた心が氷解するように自然と微笑みが浮かぶ。

 

「うん......! これからもよろしく、阿九斗!」

 

 

 




最終話まで書き上げたらリメイクを出すのもいいかなと思い始めました。
評価(重要!)、感想お待ちしております。
ではまた次回~


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06話 「男子人権防衛戦線」

 

 

 沙伊阿九斗の朝は早い。

 午前5時にアラームもなく目を覚ますと、隣のベッドで寝ているルームメイトを起こさぬよう、静かにジャージに着替えてランニングにでかけた。

 軽い準備体操を済ませて中庭を走る。

 このIS学園はさまざまな設備を有していてその敷地は広い。特に決められたコースを行く訳でもなく気の向くままに走っていると竹林が見えてきた。

 

(ずいぶん広い学園だと思ってはいたけど、あんなスペースまであるのか。せっかくだし今日はあそこまで)

 

 一定のリズムを刻みながら林へと入っていく。

 存外そこは広く、しばらく走っているとあっという間に周囲は竹に囲まれた。

 

(まさか学園の中にこんなところがあるとは思わなかったな。ちょっとした森林浴のようで落ち着ける)

 

 いい場所を見つけた。これからのランニングコースに入れてみるのも悪くないだろう。

 まだ夏の暑さも残るこの季節に竹の間を通って吹く風が涼しく、周囲を差す木漏れ日はなんともいえない風刺を感じさせた。

 

(さて、そろそろ戻ろう)

 

 そう思って一旦立ち止まり、首に掛けたタオルで汗を拭いていたときだった。

 

「......だ~れだ?」

 

 背後から手が伸び、急に視界が暗くなる。

 一瞬焦ったものの、阿九斗はこの世界に来てから今までの記憶をたどった。しかし全く聞き覚えのない声だ。

 

(.........誰だ?)

 

「はい残念、時間切れ~」

 

 振り返ると、やはりいたのは見知らぬ女子生徒。

 阿九斗も前から思っていたことではあるが、この学園では初対面のはずの相手が自分のことをすでに知っているというケースが多すぎる。

 

「おはようございます。念のためお聴きしますが、初対面ですよね?」

 

 女子生徒は笑顔で頷いて見せる。

 ネクタイの色を見たところどうやら2年生のようだ。肌色は白く、大きな瞳と水色の髪が特徴的で手には扇子を持っている。

 

「1年1組、沙伊阿九斗くん。倉持技研所属の試験パイロットであり、世界で二人目の男性IS操縦者」

 

 阿九斗は頷く。

 それはIS学園に入学する上で千冬が阿九斗に用意した一応の肩書きだった。メディアにも取り上げられている話なので特に驚くことではない。

 

「しかしその実態は《銀の福音》をほぼ単独で撃破した異世界の魔王♪」

 

「なっ!? どこでそれを!」

 

 阿九斗は身構えた。

 その事実は束を除いて千冬や摩耶などの一部の教員しか知らないはずだった。

 

「そんな恐い顔しないで。スマイルスマイル~」

 

 そう言って女生徒は人指し指を頬に当てて笑う。

 しかし阿九斗は依然として警戒をあらわにしたままだ。

 

「あらら、警戒させちゃったかな? 君の事情については織斑先生から聞いたの」

 

 千冬の名を聞いてわずかに緊張が緩む。

 

「私の名前は更識楯無。IS学園生徒会長よ」

 

「...更識?」

 

(更識って......ああ、言われてみれば)

 

 確かに身に纏う雰囲気こそ随分と違うが、髪色や特徴的な癖っ毛などはどことなく簪に似ている。

 

「それで、その生徒会長が僕にいったいなんの用です?」

 

 阿九斗は未だ解ききれない緊張を口に含みながら言った。

 

「まあ、そんなに込み入った話をしに来たわけじゃないわ。実は生徒会から阿九斗くんにちょっとしたお願いがあるの」

 

 バサリと音を立てて扇子が開かれる。

 そこに達筆な文字で『心配無用』と書かれていた。

 

「今度の学園祭で私達生徒会は観客参加型の演劇を計画しているんだけど、人手が足りないの。それでもしよければ阿九斗くんに参加してもらいたいな~ってね」

 

「...え? まあ、そういうことなら」

 

 前置きが前置きだったせいで無駄に警戒していたが、どうやら思い過ごしのようだ。

 阿九斗は拍子抜けた勢いでつい承諾してしまったものの、生徒会長直々の頼みというのだからおいそれと無下にはできない。

 

「オッケ~。じゃあよろしくね」

 

 踵を返して背を向ける。しかし、ふとなにかを思い出したかのように振り向いた。

 

「そうそう、阿九斗くんにお届け物が来てたわよ。今日にでも織斑先生から渡されるんじゃないかしら~」

 

 そう言い残すと手を振りながら去っていった。

 あまりのマイペースぶりに阿九斗は唖然としながら見送る。

 

「...あの人と簪さんが姉妹?」

 

 束と箒、一夏と千冬、そして簪と楯無。

 どうもこの界隈の兄弟姉妹は双方の性格にギャップがありすぎるように思えてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前6時を過ぎた頃。目覚めこそ快適だった。

 

(......あ、うわあぁあぁあぁあぁ~っ!)

 

 簪は布団にくるまりながら羞恥に悶絶する。

 和やかなお茶会の雰囲気を残したまま夜を迎えたため、特になんの緊張もなくナチュラルに眠りについてしまったわけだが、異性と同じ部屋で寝たという事実に今さらながら顔が上気した。

 隣のベッドに阿九斗の姿はなく、浴室からシャワーの音が聞こえる。

 簪はその間に着替えを済ませてついた寝癖を引っ掻くように直すと、シャワーを終えた阿九斗が髪をタオルで拭きながら出てきた。風呂上がりにそのまま着替えたのか、すでに制服を着ている。

 

「おはよう、簪さん」

 

「...おはよう、沙伊くん。...起きるの早いん、だね」

 

 ぎこちない笑顔で挨拶を返すが、簪自身、自分がどんな顔をしているかわかっていない。

 

「朝にランニングをするのが習慣でね。そうそう、実はついさっき生徒会長に会ったんだけど......」

 

 簪の少し驚いたような表情。

 

「......その様子からすると、やっぱり君のお姉さんか」

 

「なにか阿九斗に迷惑をかけるようなこと言ってない?」

 

 真っ先にそれを聞いて来るのだから今度は阿九斗が驚いた。

 

「いやいや、迷惑だなんて」

 

 確かに頼み事をされたわけではあるが迷惑というほどのことでもない。

 阿九斗は現在、IS学園の奨学生として在学している。しかしそれは阿九斗が貴重な男性操縦者であるというだけで得られてもので、それに相応しいだけの知識や努力を積み重ねたわけではない。

 生真面目な性格もあって阿九斗はそれを心苦しく思っていた。

 だからこそ学園の役に立つため行動することは彼自身にとって決してやぶさかではない。

 

(それに、最後に少し気になる話を耳にできた)

 

 楯無の言っていた〝届け物〟

 それには阿九斗も多少心当たりがある。

 

 

 

 

 

 午後のLHRで1年1組の学園祭の出し物を決めることになった。

 クラス委員である一夏が教壇の前に立ち、各々の意見をまとめていく。

 

「......で、クラスの出し物についてだけど」

 

・織斑一夏とポッキーゲーム

・織斑一夏とツイスターゲーム

・沙伊阿九斗のホストクラブ

・沙伊阿九斗と王様ゲーム

 

「全部却下!!」

 

 一夏の一喝に教室中から一斉にブーイングが上がる。

 

「アホか! 誰が喜ぶんだ、こんなもん!」

 

 開始から20分。なに一つとしてまともな意見が出ていなかった。

 

「私は嬉しいわね。断言する」

「そうだそうだ! 女子を喜ばせる義務を全うせよ!」

 

 ほぼ全員の賛成に一夏がたじろぐなか、後ろの席から反対意見が出た。

 

「ちょっと待ってください。当人の同意もなしに決めていいことではないでしょう」

 

 阿九斗はその場で立ち上がる。

 

「確かに男性IS操縦者の存在は我々1組だけが持つ独自性であり、それをクラスの持ち味として全面に出すことは意見の一つとして認めましょう。しかしそれは男性側の意思を尊重した上で決めるべきことで、このような一方的な多数決によって決定されるのは間違っている」

 

(阿九斗...助かったぁ......)

 

 一夏の表情が晴れる。

 そして阿九斗の弁論がさらに熱を帯びた。

 

「そもそも学園祭とは! 各クラスが共通の目的のもとそれを成し、団結力を強めることが目的のはず! しかし、これでは一部の生徒に負担が偏るのは明白であり、それでは本来の学園祭の意義から逸脱してしまうのではなかろうか!」

 

 阿九斗は思うままに正論を羅列していく。いつの間にやら敬語は抜け落ち、その論調はまさしく独裁者のそれだった。

 しかし、その程度で丸め込まれる女子たちではない。

 

「沙伊くんと織斑くんなくして他の出し物などありえない!」

「そうだそうだ~!」

「織斑一夏と沙伊阿九斗は1組の共同財産である!」

 

 男子二人を祭り上げるという共通の目的のもと、それを成すべく女子たちは強固な団結力を見せ始めた。

 それは意見の尊重は愚か、阿九斗たちの人権を侵害せんばかりの勢い。

 

(いかん......これでは収拾が付かない)

 

 『ポッキー』『ホスト』『ツイスター』など、バラバラのコールが飛び交うなか、阿九斗は助けを求めるように摩耶を見た。

 

「山田先生からもお願いします。いくらなんでもこれは横暴だ」

 

 急に話を振ったのがいけなかったのだろうか。

 

「えっと、私は...ポッキーなんかいいんじゃないですか?」

 

 真耶はほのかに頬を赤くして答える。

 

「そうですか......」

 

 阿九斗は大人しく席に座った。

 

(女性のかしましさに理屈なんて通じない...)

 

 

 

 ○

 

 

 

「......よう、阿九斗。おつかれ」

 

「うん、おつかれさま......」

 

 どうにか男の人権を死守した二人はげっそりとした表情で力なく笑った。落としどころとしてはそこそこまともな位置を確保できたと思われる。

 あのあと1組の教室はクラス委員の一夏すら置いてけぼりにその激しさを増し、多数決の暴力を身にしみて感じた阿九斗は、立場上中立にならざるを得ない一夏に代わって女子生徒に対抗して意見をぶつけた。

 女子生徒の意見も尊重しなければならないのはもちろん、他クラスにはない男子を武器にしない手はないという意見も一理あり、それをあえて認めた上で女子たちから譲歩を引き出した。

 その結果、一夏と阿九斗の執事とその他一同のメイドによる喫茶店という形で決着がついた。

 意見をまとめていた一夏も少し変わった格好の喫茶店と思えば、と折り合いをつけている。

 

(けど...なんだか無駄に疲れた)

 

 千冬がいればもう少しマイルドに話が進んだだろうが、真耶いわく〝諸事情〟により今日は午後から姿を見ていない。

 疲労感に耐えかねて机に伏して休んでいると校内放送が入った。

 

『1年1組、紗伊阿九斗くん。織斑先生がお呼びです。至急職員室までお越し下さい』

 

「......なんかやらかしたのか?」

 

 一夏が顔を上げる。やや投げやりな言い方なのは疲労のせいだろう。

 

「どうだったかな?」

 

 そう答える阿九斗もどこか反応に乏しかった。

 

 

 

 

 

 

 放送で呼び出しを受けた阿九斗は職員室のドアをノックする。

 今朝の楯無の話でなんとなく予想できていたがどうやら無事に届いたらしい。

 

「紗伊阿九斗です。お呼び出しを受けて参りました」

 

「よし、入れ」

 

 中から千冬が返事をしたことを確認してドアを開ける。

 そういうタイミングで呼び出したのか、それともわざわざ人払いを済ませたのか、辺りを見回すと千冬以外に職員の姿は見られない。

 閑散とした職員室の奥。千冬のデスクに置かれた黒い小さなアタッシュケースが阿九斗の目に映った。

 

 




皆様の評価(重要!)、感想などお待ちしております。
ではまた次回~


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07話 「阿九斗の慌ただしい一日」

「これがお前の専用機だ。受け取れ」

 

 案の定、届け物とは阿九斗の専用機だった。

 千冬がアタッシュケースの電子ロックとダイヤル錠を外す。赤く光っていたランプが青に変わり、ケースが開かれた。

 

「織斑先生、これは一体......?」

 

 ケースの口から白い瘴気が漏れ、それに紛れるようにして目に映ったのは黒い光沢を発するブレスレット。

 つなぎ目に象られた機械的な造形の髑髏は威圧するかのごとく阿九斗を睨んでいる。そこから伸びた赤のライトラインはまるで頭蓋骨からしたたる血のように妖しく光り、阿九斗の感想は『悪趣味』の一言に尽きた。

 

「待機状態の専用機は持ち歩きが可能なようにこうして小型化されている。お前も待機状態の織斑の白式を見たことがあるだろう?」

 

「いえ、そういうことではなく......」

 

 そんなことは無論知っている。

 実際、阿九斗は一夏のブレスレットがISになったのを見て便利なものだと思っていた。

 

「しかしこれは...学生の持ち物としてとしてふさわしくないかと......」

 

「魔王がえらく真っ当なことを言うではないか。あいつはその髑髏の曲線を見出すために幾度もの試作と改良を重ねたそうだぞ?」

 

 〝あいつ〟というのは束のことだろう。

 

「......その曲線は性能かなにかと関係が?」

 

「一切ない。単なるデザインだ」

 

 泰然と言い切る千冬。

 もはや余計なこだわり以外の何物でもない。

 

「こんな演出まで仕込んで...」

 

 もくもくと立ちこめる靄を手で扇ぐ。気化したドライアイスかなにかだろう。

 

「ようやく到着した専用機なんだ。そうガッカリするな。機能の確認のため第4アリーナの使用申請を出してある。細かな機能や変更点についてはここで説明しておくが、百聞は一見に如かず、そこで性能を試してみろ」

 

 阿九斗は受け取ったブレスレットを装着する。

 内心不服ながらも、考えてみれば簪のように自らの専用機を自作しようと苦労している人もいるのだ。

 

(見た目がどうだなんて贅沢を言うものじゃないな。ありがたく思わないと)

 

 そう思い直して納得しすることにした。

 

 

 

 

 

 

 確認を行うべく第4アリーナに向かうその道中。

 第6アリーナの前を通りかかったときにそこを飛び立つ1機のISが見えた。

 

「あれは、簪さんの《打鉄弐式》」

 

 見覚えのある簪の専用機。どうやら飛行試験の最中らしい。

 

(偶然とはいえ、せっかく居合わせたのだから声くらいかけてから行こうか)

 

 第6アリーナに目的地を変えて走り出す。

 

 

 

 

「おいで、《打鉄弐式》」

 

 簪は自身のISを展開し、キーボードを操作する。動作を常時モニターしながら各部が正常に機能していることを確認するとハッチから飛び立った。

 

(今日こそは...絶対に成功させる......!)

 

 キーボードの上を簪の指が走る。

 

「...機体制御は大丈夫。あとはハイパーセンサーの接続......連動!」

 

 試験稼働は順調に進んでいた。急上昇、旋回を数度繰り返す。

 

「姿勢保持スラスター、問題なし。展開時のポイントを調整。PIC緩衝領域からずらしてグラビティヘッドを機体前方6センチ...調整!」

 

 一つ一つの要素をチェックしながら細かな調整を入れ、誤差を修正していく。今のところは目立った問題はなく、正常に稼働しているようだ。

 

「それから、脚部ブースターバランスを-4で再点火!」

 

 一気に機体の高度を上げていく。

 すると右脚部ブースターの爆発とともに[警告]の文字が点滅した。

 

「反動制御が効かない! どうして...」

 

「簪さん!」

 

 遠目ながら機体のトラブルが目に映り、阿九斗は渡されたばかりのISを展開して飛び上がった。

 

「くっ、前のときより速度が......」

 

 以前との性能差に苦虫を噛み潰したように口元を歪める。速度を含め、全体的な出力が大幅に落ちていた。

 簪は必死にパネルを操作してみるも、機体の不備は次々とエラーを引き起こいていく。

 高度はみるみる下がり、地面が目前まで迫って来ていた。

 

(嫌...嫌だ。まだ追いつけないの?)

 

 不意に姉の後ろ姿が目に浮かんだ。

 落ちる。そう思って目を閉じたとき、急な真横への方向転換と抱きすくめられるような感触を感じた。

 

(......阿九斗くん!?)

 

 化勁で衝突の勢いを緩和しながら抱き止めた阿九斗は進行方向に背を向けてスラスターを吹かす。

 しかしフルブーストで受け止めた阿九斗はそのまま勢いを殺しきれず、簪を庇って背中からアリーナの壁に衝突した。

 

「...痛たたっ、簪さん大丈夫?」

 

 巻き上がる砂煙の中でどうにか間に合ったことを理解すると、簪の安否を確認した。

 

(正直、ここまでとは思っていなかった)

 

 予想以上の大幅なパワーダウン、とはいえ競技用のISの性能がこのレベルなのだと言われれば、それに慣れるしかない。

 

「...もう少し格好良く助けるつもりだったんだけどね」

 

 急な出来事に簪は内心慌てながらも縮こまったまま動かないでいる。

 地面に衝突すると思いきや、気づけば阿九斗の腕の中なのだ。アワアワと口だけが動いて言葉が出ない。

 阿九斗が見たところどうやら簪に怪我はないようだ。

 もっともISの絶対防御が働いている以上怪我のしようがないのだが痛みはある程度伴う。しかし知識として知っていたものの、アリーナの客席に背中から突っ込んだ阿九斗ですら怪我一つしていないのだから、絶対防御という機能には驚いた。

 

 阿九斗にとっても簪にとっても、思わぬ試験稼働となった。

 

 

 

 

 

 

「申請施設外でのISの使用にアリーナの破損、大した悪童ぶりだな。沙伊」

 

「いえ、その、状況的にやむを得なかったと言いますか......」

 

 重量を伴ったプレッシャーに阿九斗は言葉が詰まった。

 千冬の顔は笑ってはいるものの、それが本心のままに笑っているかと問われれば、答えは否だ。

 少し離れたところでは4組の担任を前にしきりに頭を下げている簪の姿があった。

 話しの内容は同じだろうが、こちらに比べてまだ穏やかに会話が進んでるように見える。

 

「なに、私も貴様を責めるつもりはない。が、それとこれとは話が別だ」

 

 そう言って机に置かれたのは報告書の書類と反省文用の原稿用紙。何となく予想がついていたので今さら溜め息も出ない。

 

「明日の放課後までに提出するように。以上だ」

 

 

 部屋に戻る途中、阿九斗は腕につけた待機状態のISを眺めるようにして見る。

 先ほどISを展開したとき、マナを練り上げようとするとそれを抑制するような働きがあった。恐らくこれが千冬の言うリミッターなのだろう。

 今回は限界速度の確認だけで終わったが、その他の出力も抑えられているに違いない。仕方ないことではあるが、本領を発揮できないことに阿九斗は言い知れぬ不安感を覚えた。

 こうなれば出せるエネルギーを最大限活かす術を心得なければならない。

 

(マナのコントロール、苦手だなんだと言ってはいられないか)

 

 阿九斗は指先にマナを集中させて小さな光の球体を作る。不規則なマナの光が頼りなさげに揺らめいていた。

 

 

 

 

 

 

 その夜、ベッドの上で見ていたアニメのワンシーンに今日の出来事が重なった。

 抱き抱えられたヒロインを見て気恥ずかしさがぶり返し、簪は赤くなった顔を隠すようにして枕に顔をうずめる。

 

(阿九斗...格好良かったな...)

 

 まるで今見ていたアニメのヒーローのようだった。

 自らの身体を抱きしめるようにして手を組むとそのときの感覚がより鮮明に浮かんでくる。不思議な安らぎを感じ、そんな心地に浸っている自分に気づくと再び顔が熱くなった。

 

─────コンコン

 

 数回のノックの後ドアノブが回る音がした。

 簪はディスプレイを閉じ、ベッドに座り直す。

 

「お帰りなさい、阿九斗。もしかして今の今まで怒られてたの?」

 

「まさか、今回の報告書だけでも今日中に書いておこうと思ってね。ついさっき出してきたところだよ」

 

 阿九斗は上着をハンガーに掛けてベッドに寝転がる。

 転入してからというものトラブルには事欠かず疲れ気味だった。

 

(平穏とは言えないけど、魔術学院に比べればまだ穏やかな生活か......)

 

 そんな様子を見たからか、簪は申し訳なさそうに肩を落とす。

 

「ごめんなさい、私のせいで阿九斗にまで迷惑かけちゃって...」

 

「気にすることはないよ。機体の事故じゃあ仕方ないさ」

 

「それでも、ごめん」

 

 それから会話が続かず、しばらく間が空く。

 聞くべきかどうか迷ったが阿九斗は意を決して尋ねることにした。

 

「...君の専用機の方はどうだった?」

 

「ブースターの排熱機関が溶解してた...。多分、《打鉄弐式》の出力についていけなかったんだと思う」

 

「直りそうかい?」

 

「部品を取り替えれば大丈夫。でも、もう少し排熱効率を上げないとまた同じことになる......」

 

 そう言う簪はうかない表情だった。

 詳しいことはわからないが簡単なことではないのだろう。

 

「......今日は、ありがと」

 

「え?」

 

 突然のことに阿九斗は簪の方を見た。

 

「その、アリーナで助けてくれたこと...」

 

 制服の裾を掴みながら言う簪に阿九斗は理解と同時に若干の失敗感を覚えた。

 恐らく阿九斗が戻ってからずっとそれを伝えるタイミングを探っていたのだろう。今までのことで簪が内向的な性格なのはわかっていたのだから、報告書は明日に回してもっと早く話す時間を作るべきだった。

 

(僕もつくづく気が回らないな。そうした不理解が原因で初対面のときに溝を作ってしまったというのに)

 

 阿九斗は簪の方に向き直る。

 

「簪さん」

 

「は、はい...!」

 

 いつになく真剣な面持ちの阿九斗に簪は反射的に返事が出た。

 

「僕にはISについての知識はない。出来ることなら力になってあげたいけど、それは無理だ」

 

 今回は阿九斗の助けがあったからよかったものの、あのまま地面に衝突していたら修理箇所はブースターだけでは済まなかったはずだ。もし同じようなことがあったとき対応できる誰かがいたほうがいい。

 

「だからせめて、次の実験のときは僕を呼んで─────」

 

「平気...次こそは絶対に成功させる」

 

 簪の表情にはいつもの大人しげな様子は消えていた。

 強い決意に満ちた横顔に見入っていると、今度は少し照れたように笑う。

 

「......だから、今度は近くで見ててほしい、かな」

 

 その言葉が意味するのは肯。

 

「わかった。楽しみに待ってるよ」

 

 阿九斗はそう言うと寝巻きを手に浴室に向かう。

 アリーナのシャワーで一通り身体を洗い終えていたのであとはもう着替えて寝るだけだった。

 

(思えば最初はあんなに不安視していた簪さんとの同室も、特に目立った問題もなくやって来れてるんだから僕も少し、悪い方向に考えすぎなのかもしれないな)

 

 そんなことを思って洗面台で歯を磨き、着替えから戻るとお香だろうか、部屋のキャビレットに置かれた小瓶からラベンダーの芳香が漂ってきた。

 

「いい香りだね」

 

「うん。すごく...よく眠れる、から...」

 

 答える簪の目はトロンとしている。左右にゆっくりと頭が揺れていて今にも寝てしまいそうだった。

 

「阿九斗...疲れてるみたい、だったから......これで......スゥ...」

 

 簪は倒れるようにしてベッドに横たえた。阿九斗がその上に布団をかけてやると気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。

 その日の出来事が日付を跨ぐと昨日の出来事になるように、慌ただしかった一日もまたこうして終わろうとしている。

 阿久斗はかけたままだった簪の眼鏡を外した後、小瓶を手に取った。

 

「催眠ガス...ではないよな」

 

 あまりの寝つきの良さについ笑ってしまう。

 見ている阿九斗まで眠くなってくるほど穏やかな寝顔だった。

 

(なるほど、たしかによく寝てる)

 

 阿九斗はお香の火を消そうと小瓶の蓋を取る。

 するとそこであることに思い至った。

 体内で生成されるマナしか使えない今なら、以前より繊細な扱い方も実践できるかもしれない。

 

(力加減が分からず、事あるごとに爆発騒ぎを起こしていたけど、自分で生成できる範囲でだけなら僕だってコントロールできるはずだ)

 

 未だ煙の立ち込めるお香を一本抜き取って軽くマナを流す。

 

「うおっ」

 

 多少お香の燃える早さを上げる程度に火を強めてみたつもりが、軽い爆発音とともに灰すら残らず燃え尽きた。

 花の香りとともに煙が立ち上り、天井を覆う。

 

 

 

 

 

     

    「.........ああ、まずい」

 

 

 

 

 

 

───ジリリリリリリリ!!

 

「えっ!? なにっ!? なにっ!?」

 

 鳴り響く火災報知機のベルに簪は飛び起きた。それに続いてスプリンクラーが作動する。

 

「ひゃっ!? 冷たいっ!」

 

 寝起きに水、あまりに突然のことに簪はパニック状態だった。

 

「えっと、その、よくわからないけど、ごめん!」

 

 阿九斗の慌ただしい一日はまだ終わらない。

 

 




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08話 「特別強化プログラム」

「アリーナの破損だけでは飽き足らず、ボヤ騒ぎとは。覚悟は出来ているだろうな?」

 

 千冬から呼び出しを受けたのは翌朝のことだった。

 昨夜はすでに寝静まった生徒も多いなか非常ベルが鳴り響き、そのフロアの全員が中庭に一時避難するという大事にまで発展してしまった。

 やがて危険性がないことが確認され、生徒たちが各々の部屋に戻ったのが騒ぎの起きた約30分後。その後の調べで警報の原因がお香の小瓶であることもあっさりとバレ、水浸しになった部屋で寝るわけにもいかず、仮部屋の確保や細かな事情説明諸々が済んだときには深夜の1時を過ぎていた。

 

「はい、軽率な行いでした」

 

 阿九斗は90°角に頭を下げる。

 アリーナの一件については弁解の余地があったものの、昨晩のボヤに関しては全面的に阿九斗が悪い。寮長であると同時に担任でもある千冬には一切の言い訳もせず洗いざらい白状し、職員用の仮眠室で一夜を明かして今に至る。

 

「いかなる処分も甘んじてお受けします」

 

 千冬はディスクの引き出しからあらかじめ用意していたプリントを取り出す。

 

「明日からの特別強化プログラムだ。それで今回の件については不問とする」

 

「...え?」

 

 千冬から言い渡された沙汰は意外なほど軽かった。

 阿九斗自身、鉄拳制裁と1~2週間の謹慎処分くらいは覚悟していたところだったのだが。

 

「一旦はキャビネットに置かれていたお香が原因とされたものの、燃え残っていた線香の分量から警報が作動するほどの煙を出したとは考えられず、最終的には警報器の誤作動と判断された。お前が言うには、中から取り出した線香を消し炭も残らぬほどの火力で焼き尽くしたそうだが、それを職員会議の場で言うわけにもいくまい。」

 

 お香と警報の関連性は認められなかった以上、責任は発生しない。しかし事実として阿九斗が騒ぎを引き起こしたのだから、事情を含めてそれを知る千冬が出来る範囲で罰を下した、といったところだろう。

 

(しかし、それにしたって─────)

 

「それにしたって罰が軽い、などとは考えないことだ」

 

 そんな阿九斗の心境を見透かすように千冬の眼光が突き刺さる。

 

「逃亡防止のためプログラムの詳細は教えられないが、相応のものを用意してある。首を洗って待っていろ」

 

(逃亡防止......いったいなにをさせるつもりなんだ...?)

 

 

 

 

 

 

 渡されたプリントには1週間にわたる特訓スケジュールとそれを行うアリーナの場所が記されていた。

 あまり期待してはいなかったが詳しい特訓の内容については書かれていない。

 ただ阿九斗の目を引いたのは1日目、つまり今日行われる特訓内容だが、そこには簡潔に『模擬戦』とだけ書かれていた。

 

(第6アリーナ...昨日、簪さんが起動実験をしていた場所か)

 

 場所はわかっているから迷う心配はないだろう。

 ただ、日頃の疲れと若干の寝不足から、気を引き締めて頑張ろう、というテンションにはどうしてもなれない。

 

「おはよう。そっちの階は夜大変だったんだってな」

 

「...ああ、まあね」

 

 昨日まではぐったりとしていた一夏だったが、一晩して息を吹き返したらしい。

 ちょっとした世間話なのはわかっていたものの実行犯であるだけに阿九斗の歯切れは悪かった。

 周囲の話しに聞き耳を立てるとどこもその話題で持ちきりで、どうやらその話はすでに学園中に広まっているらしい。もっとも、夜の寮内でボヤ騒ぎというのだから当然と言えば当然だ。

 

(なんか、疲れがドッと出てきた...)

 

 そんな阿九斗に構うことなく日はまた登り、午前の授業が始まる。

 

 

 

 

 

 

 そして放課後。

 

「プリントによるとここで間違いないはずだけど...少し来るのが早かったかな?」

 

 アリーナに足を踏み入れるが見渡す限り誰もいなかった。

 視線を端に向けると昨日の今日ではさすがに修理が間に合わなかったのか、阿九斗の壊した箇所はそのままになっている。

 

「阿九斗く~ん」

 

 聞き覚えのある声だった。しかしその方へ振り向いても誰もいない。

 するとさっきまで向いていた方向からポンと肩を叩かれ、向き直った瞬間に扇子の先が阿九斗の頬を突く。

 

「あはは、引っかかった」

 

「いつの間に...というか、会長はどうしてここに」

 

 誰もいなかったはずの場所で楽しそうに笑う楯無。口もとを隠すように開かれた扇子に『油断大敵』の文字があった。

 

「織斑先生から頼まれたのよ。昨夜の騒動は阿九斗くんの仕業だっていうじゃない」

 

 仕業、と言われると人聞きが悪いが実際その通りなのだから何も言えない。

 

「ということは、今回の特別強化プログラムは生徒会長が担当されると?」

 

「ええ、異世界の魔王の力なんてそうそうお目にかかれないもの。生徒の長としてその力量を測っておくのも大事なことじゃないかな?」

 

 バサリと開かれた扇子には『勤倹力行』と書かれているが、その一方で『面白半分』と顔に書いてある。

 実のところは楯無が学園祭に関連する書類整理など、ディスクワークをサボりたいという本音も多分に含まれるのだが、初日から模擬戦をするということから阿九斗は要らぬ思考を巡らせた。

 

(本人は面白がってはいるが、学生の長たるこの人が学園祭前の忙しい時期にそんな単純な理由で担当を受けるとは思えない。プログラムが会長に一任されているということは僕がこの人の監督下に入るということだ。織斑先生の言っていた逃亡防止とはすなわち、最初の段階で力量差をわからせ、僕におかしな気を起こさせないようにとの配慮だろう)

 

 そう読んだ阿九斗は深々と頭を下げる。

 思い出せば初めて会ったときも後ろを取られるまで彼女の接近に気付かなかった。開けた場所にいたとはいえ、普通なら足音がするだろうし、そもそも前の世界では隠れていた服部優子の居場所すら見破った阿九斗である。

 相手がただ者でないことは明白だった。

 

「お手前、感服いたしました。これから一週間よろしくお願いします」

 

「うん! 素直でよろしい。それじゃあ始めよっか」

 

 楯無が扇子をたたむとアリーナ全体に巨大なシールドが展開された。

 

(なるほど、これで周りを気にせず戦えるというわけか)

 

「わかりました。胸を借りるつもりで行かせていただきます」

 

 楯無は自分の胸を両手で隠す。

 

「もお! 阿九斗くんのエッチ」

 

「いや胸ってそういうことじゃなくてですね!」

 

 弁明する阿九斗をからかうようにひとしきり笑い終えると、先ほどまでの様子とは真逆の凍てついた殺気が楯無の瞳に宿った。それに反応した阿九斗は反射的に身構える。

 

「ISを展開しなさい。腕試しにお姉さんが遊んで、ア・ゲ・ル♪」

 

 楯無は生身のまま阿九斗に突進した。

 両腕をクロスするようにして衝撃に備えるとぶつかった瞬間に楯無の身体は水しぶきに変わる。

 

「水面に映した影か...!」

 

「─────その通り」

 

 その声が聞こえたのは上空。すでにISを纏った縦無が悠然とたたずんでいた。

 今まで見てきたISの中では装甲が薄く、左右一対の水のヴェールがマントのように浮遊している。

 手に携えたランスにも螺旋状に水を纏っていて、その姿はISというよりも阿九斗のよく知るマナを用いた騎士団の武装に近かった。

 

「遠慮しなくても、私はとっくにISを展開してるわよ」

 

(そんな様子は全く...いや、もしかして話しかけてきた段階ですでに展開済みだったのか。なんにしても、IS相手にいつまでも生身を晒している僕が間抜けだってことか...)

 

 阿九斗はブレスレットをかざした。

 紫色の光が阿九斗を包み込み、《魔王》を展開する。

 

 

 

 

「《魔王》だ」

 

「......今なんと?」

 

「機体名は《魔王》だと言っている」

 

 スペックについて千冬から説明を受けていたとき、阿九斗は言葉を失った。

 八咫烏の診断のときにも似たような衝撃を受けたことがある。

 

「文句があるなら束に言え。名前をつけたのはあいつだからな」

 

 不服そうにしている阿九斗に構わず、千冬は説明を始める。

 

「まずは調整前の機体についてだ」

 

 ディスプレイに機体とそのスペックデータが映し出された。

 五角形のレーダーチャートが三つ、『火力』『速度』『保有エネルギー』と大まかに分けられ、さらに『最大火力』『加速度』『武装エネルギー』など、各性能を細かく表示している。

 

「大まかに言えば、物質や慣性にエネルギーを干渉させるのが最大の特徴といえる。自身に干渉させれば装甲の硬化や出力の向上。それ以外では相当な自由度で物質などをコントロールできるようだ。海水の気化が良い例だな」

 

 今のところは阿九斗が身を持って知っている範疇だ。

 機体の特性もマナの特性に合致した造りのように思える。

 

「またエネルギーを直接放出することで遠距離戦闘やエネルギーシールドによる広域防御も可能。さらに内部で生成されるエネルギーによって装甲やシールドエネルギーを常時修復、回復できる。あえて分類するなら、全域対応戦略型IS。性能だけで言えば並のISが何機束になっても敵うまい」

 

(戦略型か...皮肉だな)

 

 なにせ阿九斗はこの力で束とともに世界を変革しようというのだから。

 その点でまさに魔王の名に相応しい機体と言えた。

 

「もっとも、これらはISの機能というより、搭乗者であるお前の能力によるところが大きいと束は見ている。本来、これだけの機能を維持するには動力をいくつ積んでも足りん。しかしその機体にはそれらしい動力は搭載していないときた」

 

「どういうことですか?」

 

「私が知るものか。束でもはっきりとしたことがわからんのだ。動力すらないISを起動させるなど不可能、魔法でも使わん限りはな」

 

 そこで阿九斗は千冬が言わんとしていることを理解した。

 当然だ。なにせ動力は阿九斗自身なのだから、見つかるはずもない。

 

「次に調整後の《魔王》だ。基本的な機体コンセプトはそのままに、全体的なスペックを落としたものとなっている」

 

 別のウィンドウを呼び出して調整前のデータと並べる。

 

「リミッターを付けるとは聞いていましたが、こうして数字にして見るとすごいですね」

 

 火力、速度、加速度、シールドエネルギーの最大値が大幅に引き下がっていた。

 自己修復機能はあるものの、生成したマナをシールドエネルギーに変換する形になっており、変換効率も申し訳程度まで抑えられている。

 

「ISに必要な絶対防御と動力炉の搭載、マナによるエネルギー供給は...まあ問題にならない程度に残してあるようだ」

 

 表示された武装もISらしい名称に置き換えられてはいるが、目立った変更点は見られない。

 

・動力伝導式硬化腕部装甲《金剛力》

・高出力荷電粒子砲《魔砲》

・多角展開シールド《魔法陣》

・慣性操作結界《魔王の瘴気》

・単一仕様能力《unknown》

 

「...なんと言いますか、あの束さんにしてはえらく常識的ですね」

 

「私も同意見だ。あいつならデタラメなアレンジや、逆にマナを最大限に活かしたとんでもないパワーアップを施していてもおかしくはなかったが...」

 

 おかしくないことがむしろおかしい。

 それが束に対する阿九斗と千冬の共通認識だった。

 

「ちなみに、この単一仕様能力は?」

 

「見ての通り不明だ。解析できない上、展開に必要なエネルギー量が常軌を逸していたため、確認が取れていない。わかっているのはこれが拡張領域のすべてを占領しているせいで一切の武器が装備できないということくらいか」

 

「......確認が取れないというのは、万が一暴走したときに制御しきれない可能性があるということですか?」

 

「ああ、それほどのエネルギーを食う代物だ。IS自体、未だ解明されていない点が多くある。言うまでもないだろうが、その能力の使用は厳禁だ」

 

 

 

 

 

 

 高度を上げて楯無と相対する。相手の機体データを解析し、表示されたスペック情報に目を通した。

 

(機体名は《ミステリアス・レイディ》。見たところでは武器はあのランスとそこに後付けされた4門のガトリング砲。後はさっきのような水を用いた撹乱に注意すべきか)

 

 阿九斗のISには相変わらす武器がなく、使えるものはマナだけ。しかもリミッターで大幅に出力を下げられている。

 

「では、いかせていただきます」

 

 

 




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09話 「楯無の腕試し」

「行きますよ」

 

 阿九斗は金剛力で両腕にエネルギーを集中させて接近する。

 放たれるガトリング砲をかいくぐり拳を振るうと、難なくよけられ再び距離が開いた。

 

「くっ!」

 

 拳を開き、牽制に魔砲を放つがそれも水のシールドに遮られる。

 

「ほら、もたもたしてるとっ!」

 

 楯無はそこから瞬時に加速して距離を詰める。

 突き出された蒼流旋を魔法陣を展開して防ぐがその出力に押されながら、ガトリング砲の追撃をくらった。

 

(────ぐっ、それなら!)

 

 阿九斗は出せるだけのエネルギーをすべて両腕に込めて楯無の蒼流旋を掴む。

 纏った螺旋状の流水がドリルのように手の装甲を削った。

 

「やるじゃない。でも、そこからどうするのかしら」

 

 楯無は一気にスラスターを噴かせて阿九斗を客席のシールドに押し込んだ。

 

「がはっ!」

 

 一瞬、呼吸が止まり、遅れて全身に鈍い痛みが襲ってくる。さらに胸元を突かれたことで絶対防御が発動し大幅にエネルギーが削られた。

 ISの運用において、姿勢維持やブースターの出力は機体のスペックはもとより操縦者の技術にも依存する。ISに乗って間もない阿九斗はそうした点において大きく劣っていた。

 

「こーゆー力比べじゃお姉さんには勝てないぞ♪」

 

「...ええ、確かに勝てそうにありません。ですが一矢報いてみせました」

 

 阿九斗の手から金属片がこぼれ落ちる。見てみると4門すべてのガトリングの砲身が握り潰されたように破損していた。

 

(受け止めた時に...やるじゃない!)

 

 阿九斗は突かれた装甲にマナを集中させて破損を修復する。

 

(なるほど、マナによる修復は可能みたいだ。集中すれば速度も上がるし、わずかだがシールドエネルギーも回復してる)

 

 距離を取る楯無に阿九斗は不敵に笑って見せた。

 

「これであなたに近接戦以外の攻撃手段はなくなりました。ここからが勝負です」

 

 阿九斗は左右に動いて撹乱しながら接近する。それに受けて立った楯無は蒼流旋を横薙ぎに払った。

 武装を一つ破壊したところで阿九斗の不利に変わりはない。拳で戦う阿九斗に対して楯無はランス。リーチの差は依然開いたままだ。

 楯無の攻撃をかわしながら手数で応戦する。

 しかし、かわされることこそ少なくなったがそれ以外の攻撃はすべて蒼流旋に弾かれ、いまだ阿九斗は楯無に有効といえるダメージを与えられずにいた。

 

「あら、もう終わりかしら!」

 

 縦無は蒼流旋の矛先を阿九斗に向け、スラスターから放出したエネルギーを再び取り込む。

 

(─────あれが来る!)

 

 瞬時加速の勢いに乗せて放たれた一突きを阿九斗は紙一重でかわし、そこにカウンターを合わせる。

 拳が砕けんばかりの渾身の一撃が《ミステリアス・レイディ》の装甲を割った。

 

(ぐっ! 狙ってきた...? 間違いない、完全に見切ってる)

 

 距離を取ろうと下がる楯無に阿九斗は食らいつく。

 

(ようやく間合いに入った! ここで仕留められなければもう次はない!)

 

 距離があればランスのリーチに軍配が上がる。しかし間合いの内側に入ってしまえばその長さがかえって邪魔になり、拳の手数が勝る。

 蒼流旋で防ぐ楯無に阿九斗は額に汗をにじませながら猛攻を仕掛ける。

 

(反撃の隙を与えるな! ここで決めろっ!)

 

 楯無のガードを削り取るかのように、前方に向かって狙いもつけずに拳を打ち込む。

 

「はぁああああああああっ!」

 

 金剛力による猛攻を防ぐ一方で楯無は再度、瞬時に速度を上げて距離を離した。

 ガトリングの潰れた蒼流旋を構え直し、体勢を整える。

 

「...その急加速は、あなたのISの機能ですか?」

 

「いいえ、瞬時加速(イグニッションブースト)っていうの。IS運用における加速技術のひとつよ」

 

「つまり僕のISでも同じことができるわけだ」

 

「もちろん♪ でも残念ね、そろそろ終わりよ」

 

(活路があるとすればこれしかない。今見たので癖のようなものは掴んだ)

 

 阿九斗は楯無がそうしていたようにスラスターから放出したエネルギーを再び取り込む。

 

「......ねえ、阿九斗くん。なんだかここ暑くない?」

 

 楯無は構えていた蒼流旋をスロットに収納する。このタイミングで武器をしまうことにどういう意図があるのか阿九斗にはわからなかったが、使うなら今だ。

 一気にエネルギーを放出させ、瞬時加速で楯無に向かって突っ込んだ。

 

「気温じゃなくて、人間の体感温度が」

 

─────ドオオオオンッ!

 

 楯無が指を鳴らすと爆発音とともに阿九斗の周囲が熱風に包まれる。

 

「うおっ!」

 

 加速中に姿勢が崩れ、アリーナの地面を削りながら動きを停止した。

 

「今のは...水蒸気爆発か......!」

 

「あら、よくわかったわね」

 

 なにをかくそう阿九斗が《銀の福音》を仕留めたのがこの水蒸気爆発だ。

 いつの間にか楯無を覆っていた水のヴェールは消えていて、辺りには霧が立ち込めている。

 

「...そして霧は隙間から、装甲の中まで入り込む」

 

「っ!」

 

 阿九斗は最大出力で魔砲を地面に叩き込む。その爆風で霧を払い、さらに高度を上げた。

 

(油断した。まさかあの水にそんな使い方があったなんて)

 

 その上、爆発の規模の割には威力が高すぎる。どうやらただの水ではない。

 体内のマナを消費しながら装甲が修復されていくが、回復が間に合っておらず、恐らく次に同じ攻撃を受ければ確実にエネルギーが尽きる。

 

「お姉さん言わなかったっけ? そろそろ終わりだって♪」

 

「なにを...」

 

 この高さまでなら霧は届かない。幸い攻撃範囲はある程度限られているようだった。にも関わらず楯無は勝利を確信するかのような表情で阿九斗を見上げている。

 

「覚えてる? 私と勝負する前のこと」

 

 阿九斗は記憶を探る。

 アリーナについたら突然背後から楯無が現れ、この腕試しを仕掛けてきた。

 

(そのとき、水面に映った会長の分身が水に戻って─────)

 

「その水は......僕の身体に!」

 

「正解よ。阿九斗くん」

 

 己の失策を知ったときには時すでに遅し。

 

「《ミステリアス・レイディ》、霧纏いの淑女を意味するこの機体は水を自在に操ることができるの」

 

 阿九斗のISスーツから霧が立ち込める。楯無の指が鳴った。

 

清き情熱!(クリアパッション)

 

 勝敗の決した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「は~い、今日の反省!」

 

「......ISを装着していないからと甘く見たことですか?」

 

 真っ逆さまに地面に落ちたせいで、阿九斗は全身泥だらけだ。

 爆発が霧によるものだと判断してとっさに高度を上げたはいいものの、まんまと楯無の手のひらの上で転がされる結果になってしまった。

 それまで散々速度が足りない、パワーが足りないと言っておきながらそれ以前の問題だったのだから遇の音も出ない。

 

「他にもあるわよ」

 

 扇子の先を阿九斗の目元に向ける。

 

「阿九斗くん、試合の途中にときどき敬語が抜けてたでしょ」

 

「...はい、すみませんでした」

 

 どうも阿九斗には真に迫ると敬語が抜け落ちる癖があった。故意にしていることではないものの謝るしかない。

 

「年長者を敬う気持ちを忘れないことね」

 

 戦う前から負けていた、今回の反省はその一点に尽いきる。しかし阿九斗は戦っているときに気づいたことがあった。

 

「一つ、気になったことがあります」

 

「あら、なにかしら?」

 

「織斑先生が会長にプログラムを任せたのは《ミステリアス・レイディ》のコンセプトが僕の戦い方と酷似しているからですか?」

 

 阿九斗がマナを拳に宿して戦うように楯無は水を武器に纏わせ、マナを用いた魔法陣で防御するように水を用いてシールドを張る。楯無の操る攻防自在の水はまさに阿九斗にとってのマナそのものだった。

 このプログラムの人選が千冬によるものなら、ただの偶然ということはないだろう。

 

「ええ、その通りよ」

 

 楯無はタブレットを操作して自らの機体データを表示させる。

 

「私の機体は、ほとんどのパーツにナノマシンで構成した水を使用しているの。攻撃や防御はもちろん、その用途は多種多様」

 

 解説をしつつ楯無は肩を寄せ、抱きしめるようにして阿九斗の腕を取った。

 

「冗談でもそういうことはやめませんか?」

 

「もう、照れちゃって♪」

 

 阿九斗は腕に当たる感触に顔を赤くしながら離れようとするが、楯無がそれを許さない。

 こうして特別強化プログラムの一日目が終了した。

 

 

 

 

 

 

 楯無がアリーナを後にすると、外で千冬が壁にもたれて待っていた。

 

「本気でなかったとはいえ、お前を相手に戦いらしい戦いができたのだから大したものか」

 

 楯無から受け取った模擬戦の映像をその場で確認する。

 実装した絶対防御や各リミッターは束の調整通りに機能している。これなら授業で使用しても問題ないだろう。

 

「潜在能力は特筆すべきものがあると思います。相手の動きへの適応力が高く、反応も申し分ありません。私の瞬時加速に対してカウンターを合わせ、さらにその瞬時加速を体得し、実践してきました」

 

 楯無は機体の破損箇所と阿九斗が握り潰した蒼流旋のデータを追加で送る。

 射撃戦闘や移動技術などは素人同然でも、これだけの機転、判断力、そして相手の攻撃にも臆することなく向かっていける度胸を楯無は高く評価していた。

 

「たしかに、奴は相当高いポテンシャルを秘めているようだ」

 

 とはいえ、これまで阿九斗が経験したIS戦闘は2回、アリーナでの一件を入れても起動経験は3回しかない。いかに才能があろうとも初心者には違いないのだ。

 

「ふん、油断したな。お前とて偉そうなことを言えた義理ではない」

 

 楯無は苦笑して返す。

 正直、ここまでの損壊は予想外だった。

 蒼流旋を破壊した時点でそれなりに阿九斗の実力を測り直したつもりだったが、たったの数回見ただけで瞬時加速を見切り、カウンターで装甲を砕いてみせた。

 

(《ミステリアス・レイディ》は仕様上、装甲の金属部分が極端に少ない。にも関わらず阿九斗くんはその装甲に当ててきた。相手の動きを正確に見切って狙わない限り無理だわ)

 

 仮に見切っていたとしても、そう簡単にできる芸当ではない。戦い慣れた様子こそ感じられなかったが、ビギナーズラックでは片付かないほどの結果を阿九斗は出して見せた。

 

(甘く見ていたのは私のほうだったかなぁ...)

 

 絶対防御があるとはいえ、楯無を相手に阿九斗は装甲のない場所への攻撃をためらったのだ。

 指導する相手にいたわれてしまっては指導者としての立場がない。

 

「これも魔王になるべくして生まれてきた者の力なのか。さて、担当の礼というわけではないが、お前にひとついいものを見せてやろう」

 

 端末の上で千冬の指がスライドする。 

 楯無に送られてきたそこには、通常ではありえないほどの数値がたたき出されていた。

 

「これは...! 紗伊阿九斗くんのISの適正値ですか?」

 

「数値的に、もはや適正とは言えんがな。こうなると同化していると言っていい。そしてやつの戦闘方法上、それだけには一切の制限を設けていない」

 

「...ISのエネルギーをコントロールして戦うスタイル、ですか?」

 

 楯無はナノマシンを媒介にISのエネルギーを伝達した水を操っている。それと同様に阿九斗もなんらかの装置でエネルギーを制御可能なものに変換しているのではないかと楯無は考えていた。

 

「そうだ。やつはこの同化に等しい適正率を活かした、発展型の強力なイメージインターフェースを利用してエネルギーを直接操作している」

 

「そんな単純な方法で......」

 

 イメージインターフェイスとは、ISを搭乗者のイメージで操作するためのシステムだ。本来は加速、旋回や武器の呼び出しに用いられる場合がほとんどで、楯無の《ミステリアス・レイディ》ようにナノマシンによってパーツの大半までコントロールできる機体は希だ。

 しかしパーツですらないエネルギーを意識だけで直接コントロールするなど聞いたことがない。

 

「......規格外ですね」

 

「ああ、まったく大した化物だ」

 

 その言葉に楯無の顔が引きつる。

 千冬の口から『化物』という単語が出るとは思いもしなかった。しかしそれだけのものを阿九斗は持っている。

 楯無は再度、渡されたデータに視線を落とす。

 

(〝Sランクオーバー〟過去にほとんど例がないほどの高いIS適正値。もしこれが事実なら─────)

 

 




評価、感想などよろしくお願いします
ではまた次回~


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10話 「阿九斗の決意と簪の殺意」

 

 夜には寮の部屋に戻ってもいいということだった。

 ドアを開けると濡れたカーペットやベッドはすべて別のものに取り替えられている。

 つい今朝方まで水浸しだったとは思えない。

 

「...ただいま」

 

 夕食に出ているのか、それともISの開発からまだ帰っていないのか、簪の返事はなかった。

 簪が帰ってからだと入りづらいし、プログラムでの疲れを取るためにゆっくりお湯に浸かりたいと思った阿九斗はバスタブの蛇口を捻る。

 

(さて、やることは山積みだな)

 

 お湯が溜まるまでの間にシャワーで汗を流し、ボディーソープを手に取る。

 今回の腕試しで多くの課題が見えた。

 これからはマナのコントロールはもちろん、根本的にISを使いこなすための技術も磨かなくてはならない。

 見よう見まねで使った瞬時加速も楯無に比べれば速度も遅く、発動するまでの時間も長かった。ここは経験の問題だろうが、今の阿九斗と楯無ではその一点に雲泥の差がある。

   

(僕は編入したてで皆に遅れを取っているんだ。知識だけなら独学でどうにかなるけど、実技的な部分はああやって誰かに習うしかない。そういう意味でも今回の強化プログラムは願ってもない機会だ)

 

 コーチはIS学園の生徒会長。

 それも2年生にして全生徒のトップに立った凄腕だ。学べることは多い。

 やがてお湯が溜まると、阿九斗は浴室の照明を消したまま、洗面台からこぼれるほのかな明かりの中でお湯につかった。

 スモークガラスを差すオレンジの明かりに、なんとも落ち着いた気分になる。

 慌ただしさの後の静かな夜を阿九斗は味わっていた。

 

(この一週間で、得られるものはすべて得る)

 

 天井に掲げた拳をグッと握り締め、阿九斗は浴室の戸を開けた。

 

「「えっ...」」

 

 一瞬、状況が理解できずに立ち尽くしたのは阿九斗だけではなかった。

 この世界に来てからというもの『水』が関わるとろくなことが起きない。

 気がついたら海の底だったり、夜にスプリンクラーの水をかぶったり、放課後には服に着いた水が爆発したり。そして今夜、ちょっとした気まぐれでお湯に浸かっていたら裸の簪と鉢合わせたり。

 

「きゃあぁあぁあぁあー!」

 

「うわあああああああー!」

 

 それはほとんど脊髄反射のようなものだった。

 悲鳴を上げた簪の口を手で塞ぎ、阿九斗は首を横に向けて目を瞑る。

 

「見てしまったことは謝る! しかし、ただでさえ僕らはアリーナの一件で問題を起こしたばかりの身だ! ここでまた騒ぎを起こすのはお互いにとって良くない! それにこれは不幸な事故であって、冷静に考えれば下手に騒ぎにすることではないはずだ! 裸体を見られることに男女もなにもないとは僕も言わない! だから─────」

 

 必死に弁明しているなかで阿九斗はあることに気がついた。簪は抵抗どころか、これといって身動き一つする様子がない。

 

(あれ......?)

 

 見てみると簪は立ったまま気を失っていた、かと思えば阿九斗に身を預けるように倒れ込んでくる。

 とっさに支えると、簪の華奢な身体は阿九斗が思っていた以上に軽かった。

 

(いかん、こんなところを誰かに見られでもしたら...)

 

─────コンコン

 

 そのとき鳴ったドアのノックが、阿九斗には死刑宣告のように聞こえた。

 

「おーい、阿九斗く~ん」

 

(生徒会長!?)

 

 タイミングは最悪だった。

 確かに感じた死の予感がピリピリと阿九斗の頬を撫でる。

 

(一糸纏わぬ妹が意識のない状態で抱き抱えられている、こんな状況をもし会長が見たら......)

 

 学園最強の生徒会長。その実力は身を持って知っている。

 

   

 

 

  

    

     「  死は免れない!  」

 

 

 

 

 

 身体も拭かずに服を着るとドアの前まで駆け込む。

 

「すみません、シャワーの途中だったんです。少しお待ち頂けますか?」

 

「あら、ごめんなさいね。お詫びにお姉さんが背中を流してあげよっか」

 

 危機的状況に心臓がバクバクと音を立てるなか、阿九斗は努めて平常を装う。

 

「だからそういう冗談はやめていただけませんか。それはそうと、ご要件は? 簪さんはもう寝てしまっているので長くなるようなら、また明日にでも─────」

 

 しかし、楯無を相手にその手の誤魔化しが通じたかというと微妙なところだ。

 

「......ねえ阿九斗くん、あなた簪ちゃんに変な事してないでしょうね」

 

(なんでそんなに勘が鋭いんだ!)

 

「まあいいわ、用って言っても大したことじゃないの。とりあえずここを開けてもらえる?」

 

「ダメです!!」

 

 つい出てしまった言葉に阿九斗は思わず口を押さえた。これでは疑ってくれと言っているようなものだ。

 ドア越しに楯無が何やら言っていたが、構わずその場を離れて浴室へ走る。

 

(まずい、このままじゃあ部屋に入られるのは目に見えている。せめてこの意味深過ぎる状況をどうにかしないと)

 

 未だ気を失ったままの簪をできるだけ見ないように抱えてベッドに寝かせる。もはや恥ずかしがっている余裕はなく、服を着せることは無理でも、この上から布団をかければ寝ているように見えるはずだ。

 

(あとはこれで─────)

 

─────ドン

 

 次の瞬間、蒼流旋の一撃が部屋のドアを突き破った。

 阿九斗は初めてISの部分展開というものを見たが、そんなことを気にしている場合ではない。

 突き刺さった扉の一部を引き擦りながら現れた楯無は背筋を凍らせるような冷ややかな笑顔で阿九斗に歩み寄る。

 

「阿九斗く~ん。お姉さんを無視した理由、説明してもらおうかしら」

 

「その、服を着なくては...と、思いまして...」

 

 濡れた服の裾を指差して、精一杯の作り笑いを浮かべて言った。

 

 話というのもなんのことはない。明日のプログラムを変更し、1組の代表候補生を招いて射撃訓練を行なうとのことだった。

 当初の予定では5日目のプログラムに遠距離戦が組み込まれていたのだが、その日とスケジュールを振り替えるということらしい。

 

(たしかに、もし今日の試合で僕がまともに射撃戦闘ができていれば、会長のガトリングを封じた時点でもっと優位に立ち回れたはずだ。目立つ欠点がこうして浮き彫りになったなら、優先順位を繰り上げるのは当然のことか)

 

(あの顔、きっと無駄に難しいこと考えちゃってるんだろうなぁ)

 

 その理由は単純な話で、明日の放課後までに楯無の機体の修復が間に合わないというだけのことであったが、そんなことは知る由もない阿九斗だった。

 

 

 

 

 

 

 そして翌朝。

 微かな頭痛を感じて簪は目を覚ました。

 

(あれ...どうして私......)

 

 整備室を後にしてからのことをなにも思い出せない。

 今現在、自分はこうして部屋の寝室で横たわっているわけだが、ベッドに入った覚えすらない。それどころか、自分がどうやって部屋まで戻ってきたのかもあやふやなのだ。

 昨日の疲れが残ってしまっているのか、妙に気だるい身体をよじって時計を確認すると時刻は午前6時。

 

(そろそろ、阿九斗がランニングから戻ってくる時間だ...)

 

 本来であればもう寮に戻っている時間帯なのだが、簪に遠慮してか、最近になってから阿九斗はランニングの時間を遅めにずらしている。

 身支度を整えようと起き上がると、身体に擦れる布団の感覚がいつもと違うことに気づき、ふと簪は自分の身体に視線を落とした。

 

「ひゃっ!?」

 

 短い悲鳴をあげ、すぐさま抱き寄せるように布団を掴む。

 

(な、なんで私...なにも服を着ていないの......!?)

 

 再度、昨夜の記憶を辿るがどうしても思い出せない。

 整理しきれない状況に頭がパンクしそうになりながらも深呼吸を繰り返し、かろうじて落ち着きを取り戻すと、キャビネットに置いていた眼鏡を取る。

 

(......阿九斗は、いない)

 

 隣のベッドを見ると、そこは不自然なほどに整頓されていた。

 それは阿九斗が起きたあと自主的に整えたものであったが、それを簪は妙に思わずにはいられない。

 果たして阿九斗はこのベッドを使ったのだろうか。使ってないとしたら阿九斗はどこで寝たのか。そして身体に残った倦怠感と今の自分の格好から導き出される答えは─────

 

─────コンコン

 

「簪さん、入っても平気かい?」

 

「ひゃい!」

 

 反射的に出た簪の悲鳴ともつかない声を返事と解釈したのか、阿九斗は部屋に入る。

 

「......き、着替えがまだだったなら、済むまで廊下で待っていたのに」

 

「こ、これはその...」

 

 口ごもる簪に阿九斗は背を向ける。

 その様子が、簪にはどこかよそよそしく感じられた。

 

(やっぱり...たった数日で間違いが.......。いいえ、まだ断言することはできない。結論を出そうにも情報が少なすぎる。本人に直接聞くのは...でもどうやって聞けば?「昨日はいったい何があったの?」ダメ! そんなのまともに答えられたら、私死んじゃう!)

 

 なんとかして思い出そうとするが、頭痛が邪魔をしてうまく頭が回らない。

 そんな様子を見かねた阿九斗が口を開いた。考え込んでいる簪の表情が怒って見えたのだ。

 

「あの、昨日の事なんだけど......」

 

(昨日の事ってなに...!?)

 

「君には恥ずかしい思いをさせてしまった。僕もけじめをつけなくちゃいけないと思ってる」

 

(けじめってなんの...!?)

 

 阿九斗としては故意ではないとはいえ、見てしまったことは間違いない。頬を張られるくらいは仕方ないと、覚悟は決めていた。

 しかし、おかしな方向に思考を巡らせた簪には殴られる前の心の準備も、一世一代の男の覚悟とすら見て取れてしまったのだ。

 

「それは...どういう意味、なの......?」

 

「それこそ君次第だよ。それ次第で僕には責任を果たす意思がある」

 

 簪が拳を固めて振り上げようものなら、それを甘んじて受ける。部屋から出て行けと言われれば、黙ってそれに従う。それが自分の取るべき責任だと阿九斗は考えていた。

 しかしそんな阿九斗に、これはいよいよなってしまったのかと簪は慌てるしかない。

 

(まさか......責任を取らなきゃいけないようなことがあったっていうの?)

 

 それがなにか想像もつかないわけではない。むしろ想像できるからこそ、状況の把握が追いつかない。

 ピンク色に膨らんだ妄想の世界で、白いタキシードの阿九斗とウエディングドレスの自分が唇を合わせようとしたところで、簪は両手を振ってそれをかき消した。

 

(な、なにを考えてるの私......!? まだ高校生なのに、ってそうじゃなくて......こういうのはお互いの意思が大事で......でも責任を取るってことは、阿九斗にもその気があったから、そういうことに及んだってわけで......)

 

「簪ちゃんのその格好......ついに成ったのね!」

 

 二人の心臓が飛び出しそうなほどに高鳴った。

 それは阿九斗でも簪でもない、第三者の声だった。手にしていた扇子には『色欲』の二文字。浮かべた下世話な笑みを隠そうともせず阿九斗ににじり寄り、肘で脇腹を小突いている。

 

「せ、生徒会長!?」

 

(お姉ちゃん!?)

 

 簪も、まさかこの状況を身内に見られるとは思いもしなかった。

 しかし関係に溝があるとはいえ、姉は姉。ここは、やはりきちんと話しておく必要がある。

 意を決して簪が口を開こうとすると、

 

「そんなわけないでしょう。昨晩は簪さんが寝付いていたのを見たではないですか」

 

(.........え?)

 

 一瞬早く阿九斗が答えた。

 

「あら、別に隠さなくてもいいのよ♪ 阿九斗くんもずいぶん汗をかいているようだし、昨晩はそんなにハードだったのかしら~」

 

 昨晩の怒り様から一転して楽しそうに言う楯無。阿九斗は思った。

 

(この人はわかってる。わかった上でこうして僕をからかっているんだ)

 

 阿九斗はため息をつく。

 

「ランニングの習慣があるのはご存知でしょう。それに僕らはまだ15の齢い。ましてや簪さんに限ってそのようなこと起こり得るはずがないではないですか」

 

 その言葉に簪はムッときた。

 簪がそんな不純な人間ではないと言いたいのはわかる。でもその言い方ではまるで自分に女性としてのそういった魅力がないかのようではないか。

 

(そっか...起こりえないんだ......そうなんだ.........)

 

 沼のそこから湧き出すメタンガスのようにフツフツと殺意が芽生える。

 それにいち早く気づいた楯無は逃げるように部屋から退散した。

 

「まったくあの人は......」

 

 阿九斗は呆れたように頭を掻く。

 

─────ガシッ ガシッ

 

「.........あの、簪さん?」

 

「.........なに?」

 

─────ガシッ ガシッ ガシッ ガシッ

 

「さっきから僕のすねを蹴飛ばしているのはどうして?」

 

「...自分の胸に手を当てて考えて」

 

 簪の機嫌はすこぶる悪かった

 

 そして、その日の4組の実習後。

 アリーナのシャワーに強烈なフラッシュバック感じた簪は、機械がショートするような奇怪な声をあげて倒れたとか、そうでないとか......

 

 




評価、感想のほどよろしくお願いします。
ではまた次回~


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11話 「見上げた空は心地よく、」

 

 

「それは急なお話ですわね」

 

 阿九斗が1日目のプログラムを終えた後、楯無から連絡を受けたセシリアは予定表を確認する。

 特別強化プログラムの5日目に、射撃戦の指導に付き合う約束をしていたが、急遽予定を変更して明日にお願いしたいということらしい。

 

(明日はシャルロットさんが一夏さんの訓練を担当なさるのでしたね。抜け駆けしないか心配ではありますが...)

 

 一瞬考えた後、返事を返す。

 

「はい、問題ありませんわ。では明日の17:00に第6アリーナで」

 

 そう確認をとってから連絡を切る。

 阿九斗とは一夏といるときにときどき話す程度で、これといって交流がなかったのはセシリアも気にしていたところだ。

 一夏との特訓と予定が重ならない限りであれば、喜んで引き受けたい。

 

「それにしても、2学期からの転入生となると大変ですわね。前期の実習単位取得のために補充プログラムが組まれるだなんて」

 

 表面上、今回の強化プログラムは阿九斗が取れていない1学期分の単位を取るための補充課題とされている。

 なにせIS学園は他の学校とは履修科目が全く違うのだ。

 早い時期に編入した鈴音やラウラたちはまだしも、この時期からの編入となれば単位の回収には骨が折れる。

 

「同じクラスの専用機持ちですもの。困ったときはお互い様、ですわよね」

 

 

 

 

 

 

 

 そして当日の朝。

 

(特訓に付き合うんですもの。まずはきちんとご挨拶を...)

 

 食堂で朝食を取っている阿九斗をみつけ、サンドイッチの乗ったトレーを手に相席を申し出ようとすると、

 

「あ! 紗伊くん発見!」

「紗伊くんも朝食?」

 

 1組の生徒たちが遮るように割って入った。

 それを火種に、周りでタイミングを見計らっていた女子生徒が一斉に阿九斗を取り囲む。

 なにせ普段から一夏は、セシリアを含めた代表候補生たちが独占している。ならばその輪に入れずにいた他の女子生徒がこうして阿九斗へ流れていくのは自然なことかもしれない。

 

(こ、これでは落ち着いて話もできませんわね...。仕方ありませんわ、今は出直して教室でお話しましょう)

 

 阿九斗との交友関係を開拓せんと、あっという間に人だかりができる。

 セシリアはそこから少し離れた席にトレーを置いて朝食を済ませることにした。

 少し待って人が空けばそれで良しと思ったものの、結局、寮長の千冬の一喝が入るまで騒ぎが収まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 HR前の教室。

 30分前とあってまだ人の入りは少なく、自習に励んでいる阿九斗に遠慮してか、周りのクラスメイトも話しかけようとする様子はない。

 

(今がチャンスですわ。ここで話を済ませましょう)

 

「紗伊さ─────」

 

「ねえ一夏、次の週末ってなにか予定はあるかな?」

 

 セシリアの口が止まる。

 一夏と話しをしているのはシャルロットだった。

 

「ん? 特に予定はないけど」

 

「それじゃあさ、一緒にお買い物に行こうよ。そろそろ衣替えの季節だし、新しい服も買いたいなって」

 

 その抜けがけの瞬間をセシリアは見逃さなかった。

 後ろに立ってわざとらしく咳払いをすると、シャルロットはいたずらを見つけられた子どものように肩をすくめる。

 一夏と二人で買い物。

 あわよくば一夏に服を選んでもらいたいという乙女の野心はあっけなく看破された。

 そんな心境も知らずに、一夏は真後ろの席の阿九斗に話しを振る。

 

「そうだ、阿九斗も一緒にどうだ?」

 

「僕もかい?」

 

 阿九斗は手を止めて顔を上げた。

 異世界から来たばかりの阿九斗の私物は、ほぼゼロといっていい。

 衣服もIS学園の制服と寝巻きが一式ずつとTシャツが数枚ある程度だ。

 

(必要な日用品は校内で買い揃えられるから不自由はしていなかったけど、休日出歩くときに着られるような服が何着かあったほうがいいかな。でも......) 

 

 阿九斗は遠慮がちにシャルロットを見る。

 ここ数日で一夏を取り巻く専用機持ちたちの位置取りがなんとなくわかってきた。

 

「かまわないけど......お邪魔じゃあないかな?」

 

「ううん、そんなことないよ。むしろこういうのは人数がいたほうが楽しいし」

 

 そう言うシャルロットは、阿九斗の参加を歓迎しているように見えた。

 

(ああ、どうしてこういう時に、いいよ、って言っちゃうんだろう。僕ってやつは...)

 

 しかし、内心ではだいぶ落ち込んでいた。

 そんなシャルロットの心境を一夏は、

 

「よし、決まりだな。どこに行く?」

 

 察することができない。

 気づいた時には買い物談義に花が咲き、セシリアの入る余地はなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

(...もお、いったいどこにいますの!)

 

 午前の授業が終わり、昼休みに入った。

 今度こそ話しをしようと思っていたのだが、授業を終えて早々に阿九斗は教室を出たらしい。セシリアが気づいたときには、すでに阿九斗の姿はなかった。

 廊下、食堂、売店やフリースペースなど、行きそうな場所をしらみつぶしに探していくが一向に見つからない。

 

(続きはお昼を済ませてからにしましょう)

 

 探しついでに売店で買ったサンドイッチを手に、屋上に上がる。

 ここしばらくは肌寒い日が続いていたが、今日は一転して暖かい。

 こんな日は晴れた空の下でランチというのも悪くないと、屋上の扉を開ける。するとそこには先客がいた。

 

「どこにいらっしゃるのかと思えば、ここでしたのね」

 

 屋上の隅で阿九斗が寝そべっていた。仰向けで組んだ両手を頭に敷いている。

 そっと近くまで歩み寄るとスヤスヤと寝息が聞こえてきた。

 

「こんなところで寝ていたら制服が汚れてしまうでしょうに」

 

 粗野な一面に若干呆れながらも、温かな風に前髪が揺れ、気持ちよさそうに眠る阿九斗を見ていると、試しに自分も横に寝そべってみたくなった。

 隣りに失礼して身を横たえる。

 

(なるほど、たしかにこれなら気持ちよく眠れそうですわね)

 

 視界全体に空が広がり、流れる雲を見ていると、まるで自分が空を漂っているように感じる。

 シートも敷かずに寝そべることには少し抵抗があったが、屋上の固い床も秋晴れの太陽の香りをめいっぱい吸い込んでいて、暖かく、心地いい。

 

「ふふっ、これに免じて、このわたくしを探しまわらせたことは、許してさしあげます...」

 

 セシリアはそうささやくように言ったあと、穏やかな気分で目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 麗らかな昼下がり。阿九斗は昼寝から目が覚めた。

 学園内ではどこに行っても騒がしくなり、こうして一人ゆっくりとできる場所は貴重だった。

 

「う~ん......スゥ...スゥ...」

 

(......あれ?)

 

 誰もいなかったすぐ隣に、いつの間にやら来客がいたようだ。

 色の薄いブロンドに青いヘッドバンド。膝が隠れるほどのドレス風のロングスカートに黒いストッキングを着用している。左耳には機械的なデザインの青いイヤーカフスが輝いていた。

 

(たしか、同じクラスのオルコットさんだったかな)

 

 寝返りをうったときに付いたのか、頬についたホコリを手で拭ってやると気持ちよさそうに寝顔が緩んだ。

 

(...まいったな)

 

 わざわざ隣で寝ているくらいだから、自分を訪ねてきたのだろう。ならこのまま立ち去る訳にもいかない。

 しかし、こうも気持ちよさそうな寝顔を見せられては逆に起こすのも悪い気がする。

 

(仕方ない。起きるまで僕もここでのんびりしていようか。昼休みが終わる前に起こしてあげればいいわけだし)

 

 入学時に支給された電子書籍開く。

 ようやく使い慣れてきた端末に電源が入ると、たまには気分を変えて小説でも読んでみることにした。

 図書館機能を起動。タイトルを眺めながら気になった本を読み始める。

 

 

 

 

 

 

「.........う~ん...あら?」

 

 まだ寝ぼけているのか、トロンとした目で左右を見渡している。

 そんなの様子を呆れ顔でを見ながら、阿九斗は自分の口元を指で差す。

 そこで意識が覚醒したセシリアは、ようやく自分の口の端からよだれが出ていたことに気づいた。

 

「お、お見苦しいところをお見せしましたわ」

 

 セシリアは慌ててハンカチで口元を拭う。

 制服に付いた煤を手で払い、髪を整えてひとまずの体裁を取り繕っていると、阿九斗は微笑んだ。

 

「いいんだ、それより君は僕に何か用があって来たんじゃないのかい?」

 

「そうでしたわ。実は先日、更識会長から紗伊さんの補充プログラムのお手伝いを依頼されましたの。ですのでその説明も含めて、今朝からお話しに参ろうと思っていたのですが、落ち着いてお話できそうになかったので」

 

 阿九斗は昨晩の楯無との会話を思い出す。

 誰とは聞いていなかったが、1組の代表候補生を招いて射撃戦の訓練を行うとのことだった。

 セシリアはその場で立ち上がってスカートの両端をそっと掴む。

 

「改めて自己紹介を、わたくしはイギリスの代表候補生セシリア・オルコットと申します」

 

 上品に微笑むセシリア。

 言葉遣いからも育ちの良さが見て取れる。なにより江藤不二子のような毒々しさも感じない、貴族然とした立ち居振る舞い。

 高貴な家の出であることは阿九斗の目にも明らかだった。

 

(ならば、僕にも取るべき相応の態度というものがあるのか...)

 

 阿九斗も同様に立ち上がり、両足を揃えて頭を下げる。

 

「倉持技研所属、紗伊阿九斗です。この度の非礼をお詫びいたします。本来なら指導を受ける僕からきちんとご挨拶に伺うべきでしたのに」

 

「そんなに固くならないでくださいまし。他のクラスメイトと同じように気軽に接してくださいな。わたくしも普段から勉学に励むご様子を見て感銘を受けておりましたのよ?」

 

 思いのほか紳士的な対応にセシリアは好感を持っていた。

 こうした時の所作は一朝一夕で身につくものではなく、それは阿九斗が普段からやりとりの場で意識を高く持っていることの表れでもあった。

 もちろん、セシリアが担当につくことを阿九斗は知らなかったが、手間を取れせてしまったのは自分なのだから、特に言い訳をすることなく言葉を並べる。

 

(第一印象だけで殿方は語れませんわね。多少の粗野な一面も、男性の美徳のひとつですわ)

 

 IS学園に来てセシリアが学んだことの一つ。

 一夏に重なるものを感じて、セシリアは右手を差し出した。

 

「同じ専用機持ち同士、お手伝いできることがあればなんでも言ってくださいな」

 

 阿九斗はその手を取った。

 

「ありがとう。早速、今日の放課後からお世話になるよ」

 

 セシリアはうなずく。

 

「ではさっそく説明に入りますがご都合はよろしくて?」

 

 それに対して阿九斗は曖昧に微笑んだ。

 

「いや、残念だけど今はお互い時間の都合が悪いかな」

 

 そう言って時計を指差す。昼休みが終わるまであと10分程度だった。

 

 

 

 

 

 

「二人とも揃ったわね」

 

 アリーナには楯無とセシリア、そして阿九斗。

 結局、昨日と同様に細かな特訓内容を知ることなく放課後を迎えた。

 

「今回は事前に話しをした通り、射撃戦闘のプログラムを振り替えて行います。阿九斗くんはISを装備して待機。セシリアちゃんはあれの準備をお願い」

 

「了解しましたわ」

 

 セシリアは楯無の指示通りにその場を立ち去る。

 

(射撃戦闘と聞いてたから、てっきり彼女と戦うのかと思っていたけど、違うのか?)

 

 阿九斗も楯無の指示に従って《魔王》を展開する。

 

「さて、今回の訓練で使うのはこれよ」

 

 パチンッ、と楯無が指を鳴らすとハッチから飛び出た長方形のドローンが阿九斗の前で真っ二つに開き、IS用のライフルが突き出されるように渡される。

 

「...この武装、アンロックされているんですね」

 

 ライフルを構えてみて阿九斗は言った。

 

「あら、よく勉強しているじゃない」

 

「以前、僕の専用機にもどうにかして武器を装備させようといろいろ調べてみたんです」

 

 《魔王》の拡張領域には一切の空きがなく、武器を量子変換して装備することができない。

 そこで阿九斗は相手の武器を奪うか、展開済みの武器をあらかじめ持っておくなどの方法を考えた。

 調べた結果、後者はともかくとして、武器を奪うことのできない理由がそこにあったのだ。

 

「なるほどね。ISの武装には基本的にロックが掛かっていて、持ち主以外には使えないようになっているわ。けれどもアンロックした相手であれば他の機体の武装も使用できる」

 

「でもどうしてわざわざ? 射撃武装であれば僕の専用機にもありますけど」

 

 もっともな疑問に楯無は笑って答える。

 

「当然の配慮よ。備品を壊されたら堪らないもの♪」

 

「えっ、それはどういう─────」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 一斉に射出された無数の小さな影が阿九斗に飛来する。

 

「特別強化プログラム2日目、開始よ」

 

 




評価、感想などよろしくお願いします
ではまた次回~


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12話 「試練と輪舞曲」

 

「これは......」

 

 とっさに上空へ飛び上がった阿九斗の周りを射出された球型のビットが12機、縦横無尽に飛び交っている。

 

『訓練用のボールビットよ。設定した機体を中心に一定の距離を保ちながらランダムに移動するの』

 

 客席に腰掛けた楯無はインカムを手に説明する。

 

『阿九斗くんに渡したのは1年生が射撃実習で使用する赤外線レーザーライフルよ。その赤外線をビットが感知すると自動的に機能を停止して落下するようになっているの。今回、阿九斗くんにはその12機のビットを1分以内に全滅してもらうわ』

 

「この速さで動く的を相手に...無茶な」

 

『あら、それだけじゃあないわよ』

 

 楯無はほくそ笑んだ。

 

『セシリアちゃん、やっちゃって』

 

 合図とともに今度は青いビットが4機、ハッチから飛び出していく。形は一変して細長く、またサイズも大きい。

 

(さっきまでのとは違う! あれは───)

 

─────ビュンッ

 

 同時に発射されたレーザーの一本が阿九斗の肩を打ち抜いた。

 自動的にセンサーが解析を始める。

 

(武装は...第三世代装備ブルーティアーズ。オルコットさんか)

 

 阿九斗はアリーナのハッチにいたセシリアを目視で確認した。

 

『今日の課題は、その4機の妨害を掻い潜りながら、指定武器で正確にボールビットを全滅させること。ノルマは1機あたり5秒。その他の武装もビットを破壊しない範囲で使用を許可するわ。以上よ』

 

「馬鹿なっ、そんなこと───」

 

『いいからやりなさい!』

 

 インカム越しに楯無は一喝する。

 

『よく聞いて。そのライフルの精度と阿九斗くんの射撃能力ではまず全滅は不可能よ。だから絶対に当たらないレーザーを当てるにはどうすればいいのか、それを考えなさい』

 

 反論を許さず、ブルーティアーズのレーザーが阿九斗を捉えた。

 

「くっ!」

 

 阿九斗はライフルを構える。

 

 ボールビットに照準を合わせながら、放たれるレーザーを対処。回避と射撃を同時にこなさなければならないこの特訓は、多大な集中力を必要とした。

 特にセシリアの妨害は厄介で、その都度回避を繰り返し、避けきれないものに魔法陣を展開して防御に回ると、一度合った照準が対象から外れてしまう。

 運良く命中したビットも、落ちてから1分が経過すると再び旋回を始め、特訓は休むことなく継続された。

 楯無はスコアを確認する。特訓の開始からすでに20分。

 

(1分間でようやく3機...それも徐々にペースが落ちてきているわね)

 

 スコア上の数字もそうだが、時間が経つにつれ、レーザーの被弾もところどころ目立ち始めた。

 そんなとき、セシリアから楯無に通信が入った。

 

「あら、セシリアちゃん。どうしたの?」

 

『今回の特訓内容ですが、わたくしはあまり気乗りしませんわ。ISの操縦経験がほとんどない紗伊さんに、この特訓はいくらなんでも過酷過ぎます。まずは基本となる射撃演習から始めるのが定石ではありませんの?』

 

 その声はどこか震えていた。

 安全な位置から逃げ回る素人を相手に一方的に攻撃を与えるような役回りなのだから、さすがに心を痛めているのかもしれない。

 

「無茶は承知よ。多角的な攻撃を回避しながら、動き回る標的を正確に狙撃するのは至難の業。純粋な能力で言えば国家代表並の射撃能力を必要とするわ」

 

『なら尚更ですわ! これ以上の継続に意味などありません。直ちに特訓を中止するべきです』

 

「そうかしら? 少なくとも彼はそう思っていないようよ」

 

 ビットを見据える阿九斗の瞳は、未だ消えぬ闘志を帯びていた。

 

 1機落として残り11機。

 阿九斗はハイパーセンサーを頼りにビットの位置を把握し、照準を合わせる。

 

(...やっぱり、こっちの距離に合わせて軌道を変えてくる。もう少し射距離を詰めれば当たりそうだけど、それは無理か)

 

 ライフルを構えて引き金を引くが、やはり当たらない。

 そうこうしていると死角からレーザーが放たれ、展開した魔法陣に衝突する。

 

(昨日覚えた瞬時加速を使えば、一時的にボールビットとの距離を詰めることができるかもしれないが、溜めの隙が大き過ぎる。そこをオルコットさんが逃すとは思えない)

 

 使える武装はビットを破壊しない範囲と規定されている。

 高い破壊力を持つ魔砲は論外。金剛力もこの距離では役に立たない。かろうじて使えるのは魔法陣だが、阿九斗の集中力では一度に展開できるのは一枚まで、つまり防御できるのは一方向にのみ。これでは4機あるブルーティアーズの射撃に対応しきれない。

 

(せめて、あの4機を無力化できれば...)

 

 それも破壊以外の方法で、だ。

 いつの間にか落とした1機が再び旋回を開始する。これでまた振り出しに戻った。

 

(このまま避けながら撃ち続ける以外になにか方法は───)

 

 わずかな隙を見つけては引き金を引く。当たるのは希、何度か命中したものも、そのほとんどがまぐれといっていい。

 精神的な疲労とともに徐々に苛立ちが芽生え始め、判断や照準を鈍らせた。

 

(会長の言う通り、全滅させるなんて不可能だ。当たらないものを当たるようにするって言ったって、そんな都合のいい方法があるわけ───)

 

 レーザーの青い軌跡が阿九斗のこめかみを掠める。

 ゾワリとした感覚とともに冷静さを取り戻した。

 

(まだだ、考えろ。僕には射撃能力がない。昨晩はそれを高めるためにプログラムを振り替えたと僕は思った。けど本当にそうなのか? こんな無茶な課題が誰にでもこなせるとは思えない。なら裏を返せば、これは僕だからこそできると組まれた課題ということだ。もし射撃能力を必要とせずに正確に当てる方法があるとするなら、恐らくそれは僕にしかできないこと)

 

「ふふ、はは、ははははははっ!」

 

 阿九斗は喜びに声を上げた。

 瞳から血が滴るように痣が浮かぶ。

 

(そうだ。このライフルも撃つ度にシールドエネルギーを消費している。つまり─────)

 

 阿九斗はろくに照準を合わせることなく、頭上に銃口を向ける。

 

「見つけた! 当たらないレーザーを当てる方法を!」 

 

 そのまま発射されたレーザーはビットに当たるはずもなく、上空へ一直線に軌跡を描いていった。

 

「当たらなくていい...後はそれを当てるようにするだけだ」

 

 ライフルを捨て、放ったレーザーに意識を集中する。

 

─────ギンッ─────

 

(曲がれ!!)

 

 空へと登るレーザーが速度を落とし、やがて落下するように阿九斗のもとへ戻っていく。

 

(右下!左上!)

 

 念じたままに右下を旋回していたビットに着弾すると反射するように左上のビットを打ち抜く。

 

「できた...なんだ、やってみれば簡単なことじゃないか」

 

 不敵に笑う。

 一筋のレーザーがまるで生き物のように阿九斗の周りで赤い軌跡を描いていた。

 驚いているのか、セシリアの攻撃が止んでいる。

 

(都合がいい。早々に決着を付けるとしよう)

 

 阿九斗の眼光とともにレーザーがボールビットを射抜いた。

 

(次...上!左下!右上!前方!背後!)

 

 阿九斗の意思に反応して次々とビットを追尾して撃墜していく。

 楯無が通信機に向かって叫ぶ。

 

「セシリアちゃん! 攻撃止まってるわよ!」

 

 すると今まで妨害を停止していたビットが攻撃を再開した。

 4本のレーザーが直撃するが、それでも阿九斗はレーザーのコントロールを手放さない。

 

「......これで、最後!」

 

 赤い曲線が12機目のビットを打ち抜いた。

 

「全機撃墜を確認。1機目撃破から全滅までのタイム17秒。合格ね♪」

 

 インカムを手に取り楯無は言った。

 

『訓練終了よ。お疲れ様』

 

 阿九斗はアリーナに着陸すると、力が抜けてその場に片膝をついた。

 肉体的にも精神的にも疲弊は相当なものだった。

 

『今のはまさか...フレキシブル!?』

 

 驚愕の表情で立ち尽くすセシリア。

 一瞬にして12機のボールビットを撃墜。それもたった一発のレーザーの偏光射撃によって。

 

「いいえ、もっと高度で単純なものよ。彼は光を屈折させてるのではなく、魔王の瘴気をコーティングしたレーザーをイメージで無理やり湾曲させているの」

 

『魔王の瘴気、ですの?』

 

「ええ、彼の専用機の武装。魔王の名に相応しい支配する力。別名、慣性操作結界」

 

 楯無はこれを待っていたのだ。

 内部のエネルギーをコントロールできるだけの強力なイメージインターフェース。そして実弾とは違い、ISのエネルギーを消費して撃つレーザーやビーム系統の武装であれば、発射後に射線を操作することも不可能ではないと楯無は考えた。

 

『操作!? ラウラさんのAICでも停止が限度ですのよ! それがこんなに早く...』

 

 ドイツの第3世代型IS《シュヴァルツェア・レーゲン》。その武装にはAIC、慣性停止結界が搭載されている。だが、まだそれが発表されてから半年も経っていない。

 

「たしかに本来なら相当な出力を必要とするわ。でも赤外線レーザー程度ならスペック上、十分可能よ」

 

(とはいえ、私も高性能な射撃補正くらいに考えてたんだけどね)

 

 曲射レーザーによる追尾射撃が楯無の思い描く到達点であった。しかし阿九斗はその予想を遥かに超え、発射したレーザーを完全にコントロールしてみせた。

 

「これはひょっとしたら、ひょっとするかもしれないわね」

 

『どういうことですの?』

 

「ううん、こっちの話よ。セシリアちゃんもお疲れ様。戻っていらっしゃい」

 

 そう言って通信を切る。

 ホーミングと違い、軌道を自由に変えられるならば戦略の幅は一気に広がる。

 もしリミッターを外した魔王のフルパワーで、阿九斗が高出力の魔砲をコントロールするに至ったら。

 

「......つくづく期待させてくれるじゃない。ここまでお姉さんを夢中にさせるなんてね♪」

 

 楯無はその笑みを隠すように扇子を開いた。

 

 

 

 

 

 

 ISを解除すると身体が石のように重たかった。

 すぐには起き上がる気にもなれず、地面に伏していたら頭に柔らかな感触を感じた。

 

「なっ!?」

 

 見なくともセシリアが息を飲んだことがわかる。

 

「どうかな? お姉さんの膝枕の感想は?」

 

「少し、枕の位置が高いです......」

 

 頭が働かず、何も考えずに思ったままのことをを言うと楯無は畳んだ扇子で阿九斗の額をぺシリと叩く。

 

「女の子の脚になんてこと言うの!」

 

「はい...すみません」

 

 ようやく頭が回ってきて、阿九斗は身体を起こす。

 そこにはISを解除したセシリアと頬を膨らませた楯無がいた。

 

(...しまった。つい失礼なことを)

 

 なにかフォローを考えようとしたが、強烈な頭痛と目眩がそれを邪魔する。

 

「言い訳はいらないから休みなさい。疲れてるでしょうから、反省はまた後日」

 

 

 

 

 

 

 学生寮までの帰り道。

 日が沈んで暗くなった中庭を一定の間隔でライトが照らしている。

 

「...おっと」

 

 ふらついた阿九斗の身体を横からセシリアが支えた。

 階が違っても目的地は同じなのだから、わざわざ別れて帰ることもないとこうして二人で帰路についているわけだが、なんだかんだで阿九斗はセシリアに世話を焼いてもらっていた。

 

「しっかりしてくださいな。エスコートは本来、殿方の役割ですのよ」

 

 そう言うセシリアの表情は呆れ半分。しかし、もう半分には阿九斗への確かな敬意が込められていた。

 出力の低いレーザーとはいえ、あれほどのコントロールを維持するのに必要とされる集中力は計り知れない。阿九斗はそんな芸当で、不可能とすら思われた楯無の課題を見事達成してみせたのだ。

 

「......たしかに、女の子に寄りかかって歩くのは格好がつかないな」

 

 肩を落とす阿九斗にセシリアが寄り添いながら寮に到着する。ここからエレベーターで4階まで上がれば部屋は目と鼻の先だ。

 

「もう大丈夫。オルコットさんも疲れているだろうに、君には迷惑をかけてばかりだ」

 

「わたくしなら平気ですわ。ビットの操作だけで大した労ではありませんでしたもの。それよりも......」

 

 しばらく間を空けてセシリアは言った。

 

「よろしかったら、これからはセシリアとお呼び下さい。同じ専用機持ち同士、ファミリーネームでは他人行儀ですわ」

 

「しかし、君は身分ある人と見た。クラスメイトとはいえ、そこはわきまえるべきじゃないのかい?」

 

 事実、セシリアはイギリスの名門貴族の出身だ。本来なら席を同じくすることもないはずの立場にいる。

 

「ここではただのセシリアですわ。それに、わたくしも簡単に殿方に呼び捨てを許す女ではありませんのよ」

 

「え? それはどういう───」

 

 有無を言わさず、阿九斗の背中をそっと押す。ちょうど開いたエレベーターに阿九斗が尻餅をつくとセシリアは閉ボタンを押した。

 

「ではまた明日、学校でお会いしましょう」

 

 阿九斗が返事を返すまもなく扉が閉まる。

 小さく手を振りながら見送ったあと、セシリアは壁にもたれて待機状態の《ブルーティアーズ》を撫でた。

 

(いけませんわね。危うく決意が揺らぐところでしたわ。どうして闘志に満ちた殿方の瞳は、こんなにもわたくしを心惑わすのでしょう)

 

 胸に手を当てて、想い人の笑顔を思い浮かべる。

 

(心に決めた殿方は、織斑一夏さんただ一人。よそ見などして、皆さんに遅れを取るわけには参りませんわ)

 

 決意を新たに、セシリアは自室へと戻っていった。

 揺れる心は輪舞曲の如く。

 

 

 

 




評価、感想などよろしくお願いします
ではまた次回~


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13話 「学園祭は楽しい?」

 学園祭を直前に控えているにも関わらず、連日に渡って行われた特別強化プログラム。

 楯無による初日の腕試しに続いて二日目のビットの撃墜訓練と、次はいったいどんな無理難題を言い渡されるのかと気を引き締めていた阿九斗だった。

 

「..................」

 

 阿九斗の手の中でボール大のマナの球が浮いている。

 それを一定の高さまで上げたり下げたり、ひたすらこれを繰り返す。

 少し離れた客席では監督をしている楯無が退屈そうにあくびしているのが見える。地味な特訓だった。

 

「それってISの部分展開でやってるんじゃないのよね? 阿九斗くんって本当に魔法使いなんだ」

 

「正確にはそうではありません。国家魔法師の資格は、まだ持っていませんので」

 

 そう返事をしていると途端に上下していたマナ球の軌道がブレた。

 今、阿九斗は生身でマナを操作している。ISの補助なしでは簡単なマナのコントロールにも骨がいるようで、マナの球を上げ下げするだけでも額にジワリと汗が滲む。

 マナの操作に必要な集中力を鍛えるのが今回の課題の内容だった。

 

「ふぅーん、阿九斗くんの世界にはそんな国家資格があるのね」

 

 その質問は少なからず好奇心も含んでのことだろうが半ば退屈しのぎかもしれない。

 最初の方こそは楯無も興味津々といった様子で見ていたが、開始から30分と見ていられるほど楽しい特訓ではなかった。

 それを理解してか、阿九斗もあえて話しを続ける。

 

「空間に満ちているマナを制御するのが僕の世界で言う魔術です。帝都中央の発電施設から地球そのものに直接流し込まれているエネルギーにマナは共振するようにできています。ですので、このように見かけ上はマナがエネルギーそのものになっています」

 

 さらに一般的にはそこまで知られていないことだが、マナは生物の体内にも蓄積することができ、そこからマナを取り出すこともできる。蓄積量には個人差があり、それが多いほど大気のマナにも影響を与えやすい。

 つまりマナと、それを蓄積できる人間、そして共振するエネルギーがあってはじめて魔法が成立するのだ。

 そして紗伊阿九斗は、優秀な人材が数多く集まるコンスタンツ魔術学院の中でも規格外のマナの蓄積量を誇っていた。

 

「でも、この世界にそんなエネルギー施設やシステムはないわよ? マナなんていうのも聞いたこともないし、それに相当する物質にも心当たりはないわ」

 

「マナについては僕の特異性が理由です。ですが、エネルギーに関しては実は僕にもわからないんですよ」

 

 魔王は通常の人間とは違い、自らの体内でマナを生成する仕組みを備えている。しかしエネルギーの供給は〝神〟という世界システムによってもたらされているものだ。

 楯無が言うように、この世界に神がいないのだとすれば、いくら阿九斗と言えども魔法を使うことができないはずだった。どれだけマナがあろうとも、共振するエネルギーがなければマナはただの物質でしかない。

 

(しかし、現に僕はこうして魔法を使うことができている。それは体内で生成するマナに共振するエネルギーがこの世界にも供給されている証拠だ)

 

 冷静に考えればありえないことだった。魔王たる阿九斗が力を行使するのに不可欠な要素が、この世界にはない。それでも阿九斗の手の中で魔法は成立している。

 

(いったいどうして......?)

 

 そんな阿九斗の疑念を投影したかのようにマナの球が揺らいだ。

 思い出したかのように楯無が言う。

 

「......そうだ、簪ちゃんの裸を見た感想は?」

 

「なっ!?」

 

 急激に膨れ上がったマナの球体が阿九斗の腕を押し開くように爆発四散した。

 

────ドゴオオオオオオンッ!

 

 客席のシールドが震え、閃光がアリーナを包み込むように広がったあと、絵に書いたようなキノコ型の煙が立ち上る。

 やがて煙が引くと、そこには小さなクレーターができていた。その中央で阿九斗が大の字になって倒れている。

 

「ちょっと、阿九斗くん!?」

 

 楯無は客席を飛び出して駆け寄る。

 しかしあれだけの爆発を受けたにも関わらず、阿九斗には目立った怪我はない。手の平に軽く火傷を負っているようだったが、それも青白い光を発しながら見る間に消えていった。

 爆発の作用が攻撃的な意思ではなく、羞恥によるものだという証だ。

 

「痛たたっ。それは誤解、でもないのか? といっても故意に見てしまったわけでは─────」

 

 巻き起こった砂塵に咳き込みながら、阿九斗の必死の弁明が始まった。

 

 

 

 

 

 

 学内の生徒はもちろんのこと、外部からの招待客も多く、学園祭は大いに盛り上がっていた。

 執事服に身を包んだ一夏と阿九斗は口を揃える。

 

「「お帰りなさいませ、お嬢様」」

 

 今まで多くのバイトをこなしてきた二人は慣れた様子で来客を捌いていく。

 バイト三昧だった中学時代の経験が奇妙な形で活きた。

 

「見て! 紗伊くんと織斑くんの接客が受けられるのよ!」

「写真も撮ってくれっるって! ツーショットよツーショット!」

 

 開店前からできていた行列は時間とともにその長さを増していき、列の整理に人員を回さなくてはならないほどの盛況を見せた。

 列の遥か彼方には〝最後尾〟と書かれたプラカードが辛うじて見える。

 

(時間があれば簪さんを誘ってみようと思っていたけど、これじゃあしばらくは出られそうにないな......)

 

 時にはマスコミや雑誌などの取材に声をかけられることもあったが、クラスメイトのフォローもあって、どうにか切り抜けられている。

 そうでなくとも、普段お目にかかれない男性操縦者をひと目見ようと上級生が流れ込んできているのだから、休みがいつになるのかわからない。

 

「阿九斗くんただいま~♪」

 

「お帰りなさいませ、お嬢...って、生徒会長?」

 

 半ば自動的に応対していた阿九斗は我に返る。

 長蛇の列に紛れてやってきたのは楯無だった。どういうわけかメイド服に身を包み、口元に添えられた扇子とのミスマッチ感が妙に印象強い。

 

「あら、わたしにもお嬢様って呼んでくれないの?」

 

「......失礼いたしました。お嬢様」

 

 楯無は満足したかようにうなずく。

 

「よし、それじゃあ時間もないし行こっか」

 

 阿九斗の腕を取って列を抜け、こともなさげにグイグイと引っ張っていく。

 

「行くってどこへですか?」

 

 疑問を呈する阿九斗に楯無は小首をかしげるように言った。

 

「あら、生徒会主催の演劇に参加するようお願いしたの、忘れちゃった?」

 

(......はい、今思い出しました)

 

 なにせ承諾してからトラブルの連続だった上に、以降これといって打ち合わせのようなものもなかったのだ。

 劇を引き受けるにあたって、阿九斗はこれまで一切の説明を受けていない。

 

「とにかく、お姉さんと来る♪」

 

 

 

 

 

 

「......こんな感じかな?」

 

 舞台裏で渡されたブルーのスーツに黒いマントを羽織る。

 一見、中世の貴公子を思わせるこの服装も阿九斗が着ると特撮番組で見るような悪党の幹部のような風貌になった。

 そんな自分を姿見で確認しながら阿九斗は思う。

 

(これで善人...なわけないよな。会長からは即興劇と聞いただけで具体的な内容は知らないけど、ナレーションに合わせてそれっぽいセリフを言っておけば大丈夫か)

 

 指示された位置に着くと、やがて開演のブザーとともに舞台の幕が上がる。

 阿九斗にスポットライトが当たり、楯無のナレーションが入った。

 

『───100年前、戦争があった』

 

 ゾワリ、阿九斗の背中の毛が逆立った。嫌な予感がする。

 

『ある者が魔物の軍勢を従えて人類に攻めて来たのだ。その者は、自らを魔王と名乗ったという』

 

(......これは、まさか!)

 

 阿九斗が前の世界で歴史として学んだ、先代魔王の話そのものだった。

 

『人類と魔物の戦争。しかし、その混沌とした戦乱のさなかに1人の少女が立ち上がった』

 

 背景にステンド調の影絵が映し出される。

 鎧を身にまとった女性が魔物をなぎ倒して突き進んでいく。

 

『幾多の戦場を駆け、群がる魔物を打ち破り、返り血に染まることも厭わぬ人類の希望。彼女を呼ぶに相応しいその名は─────』

    

 ───〝勇者(ブレイブ)〟───

 

 特撮のタイトルのような派手な演出。

 状況がまったく読み込めない阿九斗は呆気に取られてそれを見ていたが、その話はたしかに知っている。コンスタンツ魔術学院でクラスメイトだった三輪寛の実家に伝わる魔王討伐の伝説だ。

 

『...今宵、人類と魔物の最終決戦が始まる』

 

 ナレーションの終わりとともにステージ全体がライトアップされる。不穏なBGMと地下洞窟のような背景、そして中央に置かれた玉座がより一層雰囲気を引き立てていた。

 どうやら阿九斗が魔王で勇者役がそれを討伐するシナリオのようだ。それもいきなりのクライマックス。

 

(まあ、いろいろ不満は残るけど、ただの劇だしそんな物騒なことには─────)

 

─────ザンッ

 

 投擲された薙刀が阿九斗のマントを掠めると、あえなくその期待は裏切られた。

 玉座に突き刺さった鋭利な刃がライトを反射して光る。投げられた先にいたのは、

 

「か、簪さん? これはいったい......」

 

 ハーフフレームの眼鏡の奥でワインレッドの瞳が闘志に燃えていた。

 上品な深い青のドレスの上に厚みの薄いプレートアーマーを着用したその姿は、まるで舞踏会からそのまま戦場に赴いたような独特の気高さを感じさせる。

 あまりの出来事に後ずさる阿九斗に、簪は構わず玉座から薙刀を引き抜き、その矛先を向けた。

 

「......お願い阿九斗、大人しくやられて!」

 

 

 

 

 

 

 それは学園祭前日に遡る。

 校内はお祭りムード一色の中、簪だけはいつものように整備棟で専用機の開発に没頭していた。

 静かな部屋でキーボードのタッチ音だけが微かに響く。

 

(マルチロックオンシステムが作動しない...どうして?)

 

 整備課の助力を得て多くの問題をクリアし、後は武装の設計を残すのみとなった。

 しかしメインの武装である荷電粒子砲と第三世代装備の山嵐のシステムが新たな壁となり、作業は再び行き詰まっていた。

 

(コアの適正値が弱い? でもこれなら十分のはず......)

 

 表示された【エラー】の文字に簪はかけていた眼鏡を外し、目頭を揉んだ。

 

「阿九斗...どうしてるかな?」

 

 逃げるように天井を見つめて惚ける。

 

「阿九斗くんなら教室に戻って作業をしてるわよ」

 

「ひゃっ!?」

 

 横からひょいと顔を覗かせた楯無に簪は思わず飛び上がる。

 阿九斗との特訓を終えてきたのだろうが、扉が開く様子もなかった。

 

「お姉ちゃん、いつの間に......」

 

「それはほら、生徒会長だもの♪」

 

 答えにならない答えに対して簪の反応は極めて冷静なものだった。

 性格的な相性も原因でないことはないが、幼い頃から優秀な姉と比較され続けたこともあって、簪は楯無に対して過剰な苦手意識を持っている。

 

「それで...なんの用?」

 

 そっけなく聞く簪。

 

「ねえ、簪ちゃん。この劇に出てみない?」

 

 楯無は大まかな劇の流れと役の説明が書かれたプログラムを渡す。

 あまりに突然の提案に簪は狼狽えた。楯無も簪が人前に出ることが苦手なことくらい百も承知だ。

 

「なっ!?  む、無理......」

 

 そこに大きく丸で示された『勇者』という役は見るからに主役だ。

 学園のホール全体を使った大型の即興劇。細かなセリフも演じ手のアドリブというのだからなおさら荷が重い。

 

「いいのかしら、このまま阿九斗くんと離れ離れになっても」

 

「......どういうこと?」

 

 思わせぶりな楯無の態度を見るに、なにか企んでいる。それも突拍子のない、ろくでもないことを。

 

「これが阿九斗くんの劇の報酬。一人部屋よ」

 

 そう言いながらキーを指先で器用に回す楯無に、僅かだが簪の表情がこわばった。

 

「阿九斗も出るの...?」

 

「ええ、魔王役でね」

 

 話によると、1組の部屋の調整が完了し阿九斗の移動の目処が立ったという。もともと緊急措置として一時的に同居していたわけだし、遅かれ早かれこうなることはわかっていた。

 

「でもこの部屋はあくまで劇で魔王側が勝ったときの報酬なの。このことは阿九斗くんにもナイショ♪」

 

 簪は一通りプログラムに目を通してからそれに答える。

 

「......つまり、わたしが勝てば今まで通り」

 

「ええ、簪ちゃんと阿九斗くんは同室のままよ」

 

 4組のフロアは4階、1組のフロアは1階といったように、IS学園の学生寮はクラス別に部屋の階が違う。

 もし部屋が替わってしまえばいつでも気軽に会おうというわけにはいかなくなる。それにクラスが違うと、昼間に話す機会は無いに等しく、今までと同じように阿九斗の傍にいられないのは明白だった。

 

「...わかった。私、その役やる」

 

 それが自らの日常を守るただ一つの道。

 そして学園祭当日に至る。

 

 




ISの世界にエネルギーを供給している神、勘の鋭い方ならもうお気づきかもしれませんがどうでしょう?
評価、感想などお待ちしております
ではまた次回~


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14話 「それなりに大戦争」

 

 

「はぁあああっ!」

 

 容赦なく振り下ろされた薙刀を阿九斗は紙一重でかわす。

 かなり手馴れた武器なのだろう。刃が空を切っても姿勢はブレることなく、一定の型にはまった斬撃は隙なく阿九斗を追い込んでいった。

 やがて阿九斗の背が壁に付き、とどめとばかりに頭頂部めがけて振り下ろされた一撃を手の平を合わせて受け止める。

 金属独特の冷たさが直に伝わってきた。

 

(ちょっ、これ本物じゃあ───!)

 

「せぁあああっ!」

 

 切り払うような横一閃をかわし、逃げるようにして近くにあった石造りの塔を登る。塔といっても大した高さはなく、内壁に沿って作られた螺旋階段を駆け上がるとそれ以上簪が追いかけてくる様子はなかった。

 

「いったい、なにがどうなって......」

 

 阿九斗は四角く空いた物見窓から外の様子を見る。

 

(────っ!)

 

 すると簪の構えた弓の矢尻がしかと阿九斗に狙いを定めていた。

 反射的に首を曲げて仰け反ると、額があった場所を矢の先端が通過していく。背後で金属がぶつかるような音とともに塔の内壁が欠けた。

 

(飛び道具まで本物じゃないか! 簪さんは気づいていないのか?)

 

 全身から嫌な汗が噴き出る。

 仮に腕がちぎれたとしてもマナによる再生は可能だ。しかし首を落とされたり、心臓を打ち抜かれてもそれができるかと言われれば無理な話だ。

 そうでなくとも痛いものは痛い。

 

「こんなの冗談じゃないぞ!」

 

 どこかで様子を見ているであろう楯無に叫び、阿九斗は塔の頂辺まで駆け上る。するとワイヤースロープで先回りした簪が薙刀を手に待ち構えていた。

 先程の薙刀の太刀筋といい、弓の技術といい、並の身のこなしではない。

 

「どうしてこんなことを...って、ありきたりなことを聞いてもいいかな?」

 

「黙ってやられてくれればいいの......。直ぐに、終わるから...!」

 

 しかし阿九斗といえども真剣で斬られるわけにはいかない。

 狭い塔の上で、簪を軸に薙刀の刃が弧を描くように阿九斗を隅へと追い込んでいく。

 

(くっ...誤算だった。まさか簪さんがこんなに強かったなんて、普通なら誰も思わないじゃないか)

 

 後がなく避けきれなくなった簪の一太刀を阿九斗はクロスした腕で受け止めた。金属同士がぶつかるような音が舞台に響く。

 

「......阿九斗、スーツの下になにを仕込んでるの?」

 

「えっと、それは......」

 

 やむを得ず、とっさに腕にマナを集中させて薙刀を弾いたのだが、幸い鎧かなにかと勘違いしたようだ。しかし阿九斗もこんなふうに何度も上手くマナをコントロールできる自信はない。

 肉体強化の魔法は阿九斗が最も得意としていたのだが、体内のマナのみを使ったものとなるとやはり勝手が違う。

 

───ゴゴゴゴゴゴゴォ...

 

 そのとき、突如舞台のスクリーンに映された『援軍』の文字とともに背景右手の門が音を立てて開いた。

 

「...なんだ?」

 

「えっ、こんなの、プログラムにない...!」

 

 簪にもわからないようで、その表情に驚愕の色が浮かぶ。

 

「紗伊阿九斗! 覚悟しなさい!」

「加勢するわ、更識さん!」

「私達女の敵を討つ!」

 

 現れたのは思い思いの武器と殺意で武装した4組の生徒たちだった。

 

 学園祭当日、『夜這いの恨みを晴らすべく、簪が即興劇で阿九斗と対峙する』という噂が『何者か』(たてなし)によって4組に流された。

 簪が阿九斗との同居生活を守ろうと、教室でやや殺気立っていたこともその裏付けとなって、たちまち闘争心をたぎらせた4組は出し物そっち退けで打倒魔王一色に染まり、募られた義勇兵は総勢36名。

 正義の旗のもと、一斉に塔へと登ってくるのが見えた。

 

(まずい...このままじゃ、あっという間に塔の上が人で溢れてしまう。どうにかして逃げないと)

 

 しかしその武装集団はすでに塔を囲むように群がっていて、登りに使った階段は使えない。

 魔術学院で絢子が行使した『討伐制度』を思い出す。統率の取れた組織的な行動こそ見られないが、阿九斗に向けられた殺意は十分その生徒たちに並ぶものがあった。

 

「簪さん!」

 

「ひゃっ!」

 

 阿九斗は簪を小脇に抱えてワイヤースロープに手をかける。もはや逃げ道はこれしかなかった。

 ハンドルの車輪が音を立てて鳴り、地面に降り立つと勢い余って床に転げた。

 舞台装置のスロープを隠すようにして配置された茂みの裏で簪を押し倒したような体勢になってしまう。客席から見えない位置にいるのが不幸中の幸いだろうが、塔の上にいる4組の生徒たちには完全にその様子が見えてしまっている。

 

(いかん、これでは......!)

 

「見て! 簪さんが!」

「おのれ紗伊阿九斗! 舞台を利用して簪さんを辱めようだなんて!」

 

「違っ! これは誤解で───」

 

 聞く耳を持たず、4組の生徒たちは塔からインクをこぼしたようにステージへ広がっていく。

 それに続いて、再び派手なエフェクトとともに効果音が鳴った。

 

─────デデーン!

 

「今度はなんなんだ!?」

 

 『召喚』の文字とともにステージの左手の床が開き、紫のライトに照らされながら1組の生徒たちが参戦した。

 魔物の仮装のつもりだろうが、中には動物の着ぐるみやメイド服など、どちらかと言うとハロウィンを思わせるような珍妙な服装をしている。それが総勢32名。

  

「我らの男子を守れー!」

「大魔王阿久斗くんバンザーイ!」

「悪に栄光を!」

 

 突如現れた1組と引き返してきた4組がステージ中央の阿九斗と簪を挟むような形で相対する。

 さすがに焦った阿九斗は思わず周囲を見渡した。

 まず映ったのは今使ったワイヤースロープ。しかしさっきまで入っていたはずの電源ランプはついていない。恐らく裏方が、具体的には楯無がタイミングを見計らって意図的に電源を切ったのだろう。

 簪の持っていた薙刀は着地の拍子に根元からポッキリと刃が折れている。それ以前に真剣である以上使う訳にもいかない。

 使えそうなものは何もなく、逃げ道はもうどこにもない。

 

『さあ、魔物と人類の最終決戦!いざ開幕~♪』

 

 活き活きとした楯無のナレーションとともに、観客参加型の大合戦が始まった。

 

「「「「 魔王! 覚悟ぉ!! 」」」」

 

「「「「 悪に栄光をー!! 」」」」

 

「こんなの滅茶苦茶だぁあああー!」

 

 そんな阿九斗の叫びは双方から押し寄せる生徒たちの波にさらわれていった。

 

 それから激しい押し合いへし合いの末、両軍を巻き込んで盛大なドミノ倒しが起こり、阿九斗は生徒たちの下敷きになって埋もれていった。

 一方、幸運にもステージの端に押しやられてしまった簪はその転倒に巻き込まれずにすみ、誰もが地に伏する中でただ一人取り残された様子は、さながら、屍の上に立ち尽くした戦女神にも見えなくはない。

 

─────fin

 

 こうして観客の盛大な拍手に包まれながら、舞台は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「......ああ、ひどい目にあった」

 

 安請け合いは二度としないと心に決め、阿九斗はペットボトルの水を一気に飲み干す。

 演劇は一応、人類側の勝利という結末で終わった。それにしても、あれだけの騒ぎで一人もけが人が出なかったというのだから驚きだ。

 ふと、忙しそうに走り回る裏方の話しに耳を傾ける。

 どうやら午後の部では一夏を王子役に『シンデレラ』をするそうで、舞台の再セッティングに役員たちが右往左往していた。

 一夏がそこで地獄を見るであろうことが容易に想像できる。

 

(......が、正直どうでもいい)

 

 パイプ椅子にだらしなく腰掛けた阿九斗は、無気力に役員たちの様子を眺めていた。

 そのころ簪は衣装のプレートを外し、握り締めた拳を高らかに掲げて人知れず歓喜していた。

 

「よく頑張った...私。これで今までと変わらない...」

 

 大勢の観客の前にすることに耐え、経緯はどうであれ見事勝利を収めてみせた。部屋移動の話はひとまず回避できたと思われる。

 しばらくして楯無が入ってくると、いつものおどけた表情で歩み寄り、簪の手を握った。

 

「はい、特別報酬の一人部屋よ。おめでと~」

 

「.........は?」

 

 ポン、と簪の手に置かれたのは以前整備室で見せられた部屋の鍵。

 意味がわからない、といった様子で楯無を見る。

 

「だから、魔王を倒し、勝利をおさめた簪ちゃんへの特別報酬♪」

 

「なんでそうなるのっ!?」

 

「あら、だって阿九斗くんにだけ報酬を用意するのは不公平じゃない」

 

 簪は頭を抱えた。

 

(は、嵌められたー!!)

 

 阿九斗が勝てば阿九斗が移動、簪が勝てば簪が移動。つまりどちらが勝とうと部屋を移動することに変わりはなかったのだ。

 今回の劇に簪を焚き付けるために、あえて特別報酬の話しをして網を張り、見事に簪は引っ掛かった。思えば最初からそのつもりで仕組まれていたのだろう。

 これなら参加を拒否して他の誰かが阿九斗を倒してくれることに期待したほうがまだ可能性があった。簪がと阿九斗が舞台の参加を受けた段階で、すでに楯無の悪知恵に嵌っていたのだ。

 しかし、簪も骨折り損では終われない。

 

「じ、じゃあ、辞退する! いらない!」

 

 簪は渡された部屋の鍵を突き返した。とくに抵抗もなく受け取る楯無。

 

「そっかー。じゃあこの報酬は魔王側に譲るということで」

 

「そ、そんなぁ...」

 

 どうにか打開策を考えようと脳をフル回転させるが、15の男女が部屋を共にすることを正当化するなどできるはずもなかった。

 それこそ阿九斗も報酬を辞退してくれれば、あるいは可能性があるかもしれない。しかし変に実直な阿九斗のことだ。今回の報酬を魔王側に譲れば、喜んでそれを受け取るに違いない。

 ならばせめて悪評の絶えない4組のフロアから、1組のフロアに阿九斗を逃がすことが最善。

 

「わかった、報酬は阿九斗に譲る。そう伝えて......」

 

 観念した簪はガックリと肩を落とし、溜息とともに渋々ながら阿九斗の部屋移動を了解した。

 

 

 

 

 

 

 事件が起きたのはそれから数時間後のことだった。

 

『専用機持ち各員に通達。現在ロッカールームにて、未確認のIS出現。《白式》と交戦中。直ちにISを展開して状況に備えてください』

 

「敵は単独か。山田先生、増援に警戒、一般生徒には避難命令を」

 

 学園内に警報が鳴り響き、あちこちに指示や報告が飛び交う。

 千冬はオープンチャンネルを開いた。

 

「オルコットと凰は上空で哨戒につけ。篠ノ之、デュノア、ヴォーデヴィッヒは織斑の援護、ロッカールームに向かえ」

 

 モニターでは苦戦を強いられている一夏の姿があった。接近戦しか攻撃手段を持たない一夏に対して、敵機は狭い空間で手数に任せて射撃武器を乱射している。

 

「敵機の参照完了、強奪されたアメリカの第二世代IS《アラクネ》です!」

 

「やはり仕掛けてきたか...しかしなぜだ? なぜ白式を狙ってきた?」

 

 各国の上層部は《銀の福音》撃破が阿九斗によるものだと知っている。恐らく政府にパイプを持つ一部団体にもその情報は流れているはずだった。そして今や世間の注目は一夏以上に阿九斗に向いていると踏んだ千冬は楯無に阿九斗の特訓と警護を依頼したのだ。

 しかし今回の標的は阿九斗ではなく一夏、阿九斗の《魔王》を置いていったいなにが目的なのか。

 千冬に阿九斗から通信が入る。

 

『織斑先生、僕も出撃します。指示を』

 

「......待機だ。」

 

『なぜです!? 今は戦力を出し惜しんでいる場合じゃ───』

 

「落ち着け、敵は単独で学園内部で交戦している。ここを襲撃するのに敵戦力がたった1機とは思えん。交戦中の1機は陽動で、奴らの目的がお前でないとも限らんのだ」

 

 もし目的が《魔王》の強奪だとしたら、むやみに敵に近づけさせるわけにはいかない。

 

(万が一あんなものが亡国企業の手に渡れば、もはや取り返しがつかん...)

 

 スペック上、《魔王》は単独で戦略兵器に相当する戦力を誇っている。束が厳重にかけたリミッターがあるとはいえ、それがもし外されるようなことになれば大惨事になりかねない。

 

「高速で移動中のISを補足。南西から1機、北東から2機」

 

 真耶の報告とともにディスプレイに現場のモニターが映し出される。

 

「南西でオルコットさんと凰さんが交戦開始。識別確認、同じく強奪されたイギリスの第三世代型IS《サイレント・ゼフィルス》。北東の2機は以前現れた無人機と同じもの、いえ、発展機だと思われます」

 

「すぐに北東へ教員機を向かわせろ!」

 

「ダメです、間に合いません! このままでは《アラクネ》と合流します!」

 

「おのれ...!」

 

 千冬はディスプレイに拳を叩きつけた。

 

(新型のゴーレムだと? 馬鹿な、早すぎる...!)

 

 

 白式へ向かって学園の上空を飛行していた無人機に地上から荷電粒子砲が放たれる。

 回避行動を取って2機がアリーナに降り立つと、それを閉じ込めるかのようにドーム状のシールドが張られた。

 

「最大レベルに設定したアリーナのシールド。これを破るには、長時間シールドの破壊のみに専念しない限り不可能だ」

 

 圧を伴う悠々とした歩調で阿久斗はハッチからその姿を現す。

 握り締めた鋼の拳に青白いマナの光が揺らぎ、その頬には血が滴るように痣が浮かんでいた。

 

「来なよ、ゆっくりしていくといい」

 




一話一話をどこで区切るかってけっこう悩むんですよね。
気づいたら一万文字越えててこれはいかんぞ、と思いましたw

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ではまた次回〜


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15話 「ヒーローの条件」 ゴーレムズ戦:前編

 

 

千冬の指示を無視して阿九斗は襲撃してきたゴーレムとの戦闘に入った。

 

(敵機の名称は...ゴーレムとゴーレムⅢ。一度に2機の敵を相手にしなくちゃならないのか...)

 

 ゴーレムは不格好なほどに手足が太く長く、腕の至る所にある砲門からはビーム兵器特有の光の粒子が散っている。

 対してゴーレムⅢは全体的に装甲が細く、女型、といった印象だった。赤いカラーリングの左右一対のシールドビットが機体を軸に浮いていて、腕には大型のブレードが握られている。

 

(時間稼ぎが限界か......いや)

 

 阿九斗は魔砲で牽制しつつ接近し、金剛力で強化した拳を叩き込む。

 楯無との特訓の成果か、追尾とまではいかないものの魔砲の弾道をある程度曲げることができるようになった。中距離まで近づけば有効な攻撃手段として活用できる。

 

(訓練でビット4機の攻撃を回避しながらボールビットを撃墜できたんだ。2機なら僕でも十分対処できる)

 

 ゴーレムの攻撃に集中していると、ゴーレムⅢが背後から接近する。それを阿九斗は振り向くことなく手のひらを後方に向けて魔砲を放った。

 着弾と同時に距離が開く。

 

「ハイパーセンサーを使った死角への射撃は、ビットを相手に散々やってきたものでね」

 

 墜落していくゴーレムⅢをセンサー越しに確認して、正面のゴーレムの頭を掴んだ。

 

「ふん!」

 

 引き寄せながら腹部に拳を叩き込む。

 衝撃で吹き飛んだ機体が後方の客席のシールドに叩きつけられた。

 手足のパーツが四散して重力に逆らうことなくアリーナの地面に落ちていく。しかし、妙なことにその装甲にダメージを与えられているようには感じない。

 

(...おかしい、派手に吹き飛んだ割にはあまりにも手応えが薄い)

 

 ゴーレムは不気味に装甲をよじって立ち上がった。両腕のビーム砲から粒子が漏れ、その照準を阿九斗に向けている。最初に落としたゴーレムⅢも立ち上がり、弾けとんだ腕も磁力で引きつけられるように戻っていった。

 

「気味が悪い...とは思うけど、僕が言えたことじゃあないね」

 

 阿九斗は傷ついた拳を修復しながら言った。

 再びゴーレムⅢが真正面から阿九斗に突っ込む。突き出された大型ブレードの切先を阿九斗は金剛力で受け止めた。掌を胸の前で合わせ、それで刃を挟み込んでいる。

 ゴーレムⅢはブレードを引こうとも押そうともまったく動かないため、左右に身体を揺すっていた。

 

「単純な力比べなら負ける道理はないか」

 

 阿九斗は再び拳にマナを集中させた。

 

 

 

 

 

 

 避難中の生徒の列から簪は飛び出した。

 職員たちの話しから襲撃してきた2機のISと阿九斗が第6アリーナで交戦しているという情報はすでに他の生徒たちの知るところとなっている。

 

(機動試験のために《打鉄弐式》は第6アリーナのハッチに置いてある。早く行かないと......)

 

 教員棟を抜けて第6アリーナへ。

 緊急時のプログラムが作動しているのか、アリーナの出入り口にはシャッターが降りている。

 簪は持っていた端末のプラグを門のロックに差し込んだ。認証キーを読み込み、それを打ち込んでいく。

 

【認証確認】

 

 ランプが点滅し、シャッターが開いた。

 

「待ってて、阿九斗。わたしも一緒に......」

 

 避難勧告の表示を無視して一気に階段を駆け上る。

 機能していない自動ドアを細い腕でこじ開けると、そこにはケーブルに繋がれた自身の専用機があった。そして隣りにはよく見知った女子生徒が一人。

 

「あっ、かんちゃんだ~! やっぱり、ここに来たんだね~」

 

 妙に間延びした口調。丈の長い制服の袖が彼女の腕に吊られるようにして揺れていた。

 

「ほ、本音!? どうしてこんなところに...」

 

「ええ~? だって~みんなが避難したのに、かんちゃんがいなかったから~こうして探しに来たのだ~」

 

 本音の眠たげな目がキラリと光る。

 布仏家は代々更識家に仕えてきた家系であり、本音は簪の専属メイドだ。

 

「...阿九斗がアリーナで戦ってるの。わたしも《打鉄弐式》で出る」

 

 簪は本音が自分を連れ戻しに来たのだと瞬時に悟った。

 

「そう言うと思ってたよ~。でもでも、まだ武装がないよ~?」

 

「ハイパーセンサーもスラスターもちゃんと動く。使えないのは山嵐のマルチロックオンシステムと荷電粒子砲だけ。完成してる近接戦用の夢現があれば十分」

 

「わかったよ~。だけど、無理したらダメだからね~」

 

 無理を承知で言っていたのだが、思いのほかあっさりと聞き入れられた。

 

「......とめないの?」

 

「もちろん。だってわたしはかんちゃんの専属メイドだからね~。かんちゃんが行くって言うなら~温かく見送るのがわたしの仕事だよ~」

 

「...ありがとう」

 

 今回ばかりはその優しさに甘え、簪はケーブルの接続を切って《打鉄弐式》に乗り込んだ。

 まだ量子変換も済ませていない超振動薙刀の夢現を携えて位置に着く。

 

「発進スタンバイ、開けて! 本音!」

 

「りょ~か~い! 第3ハッチ、開放~!」

 

 簪はカタパルトの上で体勢を落とす。

 

「...進路クリア。《打鉄弐式》出ます!」

 

 

 

 

 

 

「......いい加減、こっちも苦しくなってきたな」

 

 阿九斗の息が上がる。

 

(やっぱり、どんなに攻撃しても大した手応えを感じない)

 

 得意の金剛力で無人機を殴り倒しているのだが、攻撃を受けるたびに各身体のパーツの接続部分を外して巧みに衝撃をいなしている。その上、ゴーレム2機の装甲はかなり固い。

 放たれた魔砲をかわし、左右から阿九斗を挟み込むように肉薄する。

 一見、2体の敵を相手にすることに負担が出てきたようにも思えたが、ゴーレムは阿九斗の動きを学習し、少しずつ戦法を変えてくる。連携も上がっているようだった。

 

(長引かせるとこちらが不利か。下手に賢くなられる前にケリをつけないと)

 

 しかし、幾度となく攻撃を繰り返しているが、2機のゴーレムの頑強な装甲には阿九斗の金剛力や至近弾での魔砲ですら決定打にならない。

 

(シールドエネルギーを削り切ることができれば、あるいは機能停止に追い込めるかもしれないが、ここまでの戦闘でエネルギー切れを危ぶんでいる様子はない。いや、そもそも無人機であれば搭乗者を守るような機能はいらないんだ。絶対防御もシールドバリアもなく、ただ強固な装甲だけで身を守れば、移動や攻撃だけにエネルギーを割くことができる)

 

 だとすれば、中途半端な威力の攻撃ではまるで意味がない。

 

「あの装甲を破らない限り、勝機はないってことか」

 

 そのとき、ゴーレムの一体に急速接近する機影があった。

 

「やぁああああっ!」

 

 細身の薙刀がゴーレムⅢの腹部を突く。超振動する刀身が装甲を削るがそれでもやはり刃が立たない。

 

「簪さん!」

 

 《打鉄弐式》を纏った簪が夢現で真一文字に斬り払い、距離を取る。

 

「どうして君がここに?」

 

「一人でなんて無茶しすぎ...。わたしも一緒に戦いたい」

 

 そんな普段とは違う感情的な語気に押されながらも、阿九斗は口を開いた。

 

「無茶なのはわかってる。でも、誰かがやらなくちゃいけないことだ。それに代表候補生である君の腕を疑ってるわけじゃないけど、やっぱり危険だよ」

 

「阿九斗は...どうしてそうやって、全部一人でやろうとするの? 全部抱えて、自分一人で決着をつけようとしてばっかりで......!」

 

 その言葉は阿九斗だけではなく自分自身にも向けられた言葉だった。

 一人でISを開発することにこだわっていたせいで、ここぞという今、不完全なままの力で戦わなければならなくなってしまった。自分一人でことを治めようとした阿九斗にその色を見たのだ。

 

(たしかにその通りかもしれない。なにもかも全部できるつもりでいて、格好つけて行き当たりばったりで失敗した結果、僕は今この世界にいるんだ)

 

 阿九斗は意を決したように首を振ると、簪に呼びかけた。

 

「未完成の機体であまり無理はさせたくない。が、この調子だと多分君には負担をかけてしまうだろう。だからせめて専用機がどこまで完成しているのか教えて欲しい」

 

────ピピッ

 

 送られてきたのは《打鉄弐式》のスペックデータだった。

 口頭で説明されるよりずっとわかりやすい。

 

「なるほど、メイン武装以外は完成しているようだね。よかった」

 

 これなら戦えなくはない。しかし、阿九斗と同様に有効打を与えるには攻撃力不足だった。

 

「一度打ち合ってわかっただろうけど、敵の装甲が硬すぎる」

 

「うん、わたしの夢現でも刃が通らない」

 

「いや、それはまだわからないよ」

 

 阿九斗はほくそ笑んだ。

 そしてブースターを吹かせてゴーレムに掴みかかる。攻撃ではない。金剛力でアリーナの端に押し込んだだけだ。そしてもう1機との間を簪が取り、2機のゴーレムを分断させる。

 簪は数回の立ち合いの末、ゴーレムⅢのブレードをかわして突きを放った。夢現の刃が再びその装甲を削る。

 

「阿九斗! 今!」

 

 その合図で阿九斗は押さえ込んだ客席のシールドと挟み込むように魔法陣を展開してゴーレムの動きを止めた。

 そしてすぐさま瞬時加速で簪の背中を押し、夢現の柄にマナを込める。

 

──────ガガガガガガガガッ!

 

 急速に出力が上がり、刃の振動がチェーンソーのような音を立てて唸る。

 

(畜生、これでもまだか!)

 

 一見、無人機の装甲を削っているように見えたが、マナの強化を受けて削れているのはむしろ夢現の刀身の方だった。

 そのまま阿九斗がさらに力を込めると振動に耐え切れなくなった夢現の刃が弾け飛ぶ。

 

「危ない!」

 

 阿九斗はゴーレムⅢを蹴った反動で簪とともに距離をとった。さっきまで二人が居た場所を後方から放たれたエネルギー弾が通り過ぎていく。

 

(悪くない手だとは思ったんだけどね)

 

 どうやら魔法陣による拘束はそこまで有効には働かなかったらしい。抜け出したゴーレムが再び照準を阿九斗に合わせている。

 

「簪さん。第三世代兵器の山嵐を、照準は適当で構わない」

 

「えっ......? でも、それだと当たらない」

 

「大丈夫、僕を信じて」

 

「...わかった!」

 

 簪は展開したキーボードを操作して山嵐を選択、48発のミサイルが上空に向かって放たれる。

 

──────ギンッ──────

 

 阿九斗は打ち上げられたミサイルに意識を集中させた。

 

「レーザーと違ってミサイルの照準は常時整える必要はない。慣性を操って多少角度を変えてやれば、後はその方向に向かって勝手に進んでくれる!」

 

 一定のシステムに則って行動する無人機はロックオンすらされずに放たれたミサイルを驚異と認識しなかったのだろう。一切照準を合わせず上方に飛んだ山嵐は直角にその進路を変え、2機のゴーレムを捉えた。

  

────ドオオオオオオオンッ!

 

 ミサイルの着弾と同時に爆煙があがる。

 煙が晴れたそこで2機のゴーレムが立ち上がるのが見えたが、山嵐を受けて装甲は酷く損傷していて、ひび割れた胴体に黒い球体が埋まっているのが見えた。

 

(装甲が破れてコアが見えた! 今なら勝てる!)

 

「おおおおおおおっ!」

 

 阿九斗はスラスターを噴かせて接近し、拳を振り上げた。

 

「阿九斗っ! 行っちゃダメッ!」

 

 簪の静止が聞こえたが構わず直進する。

 

(─────もらった!)

 

─────ズンッ

 

 肉が裂けるような音が聞こえた。

 そして腹からなにか熱いものが流れる感覚がする。

 

「な、に...?」

 

 見るとゴーレムⅢのシールドビットが阿九斗の肺に深々と突き刺さっていた。ISのシールドを破った攻撃にもかかわらず、絶対防御が発動していない。

 ビットが引き抜かれると貫かれた腹部から鮮血が吹き出し、傷口を押さえて後ずさる阿九斗に無人機は距離を詰めて顎を蹴り上げた。

 

「ぐあっ!」

 

 数回地面をバウンドした後、客席のシールドに叩きつけられる。

 

「阿九斗! 阿九斗!」

 

 崩れ落ちる阿九斗に、すぐさま簪が駆け寄った。腹部の傷を見るなりその顔が青ざめ、瞳には涙が滲んでいる。

 阿九斗は破れた肺を空気が通っていく感覚に寒気を感じた。

 

(マナによる回復が遅い...これもリミッターの影響なのか......)

 

 阿九斗は血を噛み締めて悔やんだ。相手の情報も不十分だったにもかかわらず、それでもどうにかなると油断していた。

 

「......一夏や、ほかの候補生たちは...?」

 

「......まだ別の襲撃者に、苦戦してる」

 

 ディスプレイには《サイレント・ゼフィルス》を相手に苦戦を強いられている専用機持ちたちの姿があった。

 

「...じゃあ、なおさらあれを合流させるわけにはいかないな。なんとしてもここで」

 

 阿九斗は立ち上がろうとするが身体に力が入らない。

 誰の目から見ても戦闘の継続は不可能だった。

  

「......いや、すまない。まだ戦えるなんて、強がりは...言えそうにないよ......」

 

「言わなくていい...! 何も言っちゃダメ...」

 

「...僕なら平気だよ。でも、あんなのを相手にして......ほかの候補生たちが無事で済むとは思えない」

 

 阿九斗はゆっくりと呼吸を整える。

 

「君が、あれを倒すんだ」

 

 簪は身体を震わせた。夢現の柄に涙が落ちる。

 

「無理だよ...私は、弱くて...臆病で......」

 

 目元を赤く腫れさせて首を振る。

 阿九斗が戦えない以上、簪一人では山嵐を当てることはできない。コアが見えているとはいえ、近接武装一つでどうにかなる相手ではなかった。そうしている間にもゴーレムは阿九斗たちへと迫ってきている。

 

──────ピピッ

 

 ゴーレムのエネルギー弾の照準が阿九斗と簪を捉えた。

 

「......どんなときでも助けてくれる、誰にも負けないヒーローなんていなかった」

 

 そんな簪に阿九斗は優しく微笑みかける。

 

「大丈夫、欠けているものは僕が補う」

 

 阿九斗は簪の額に手をかざす。

 

(......できれば、この方法だけは使いたくなかった)

 

 マナを簪と《打鉄弐式》に注ぎ、コアを簪に適合させる。紫色の光が簪を包むと次々とディスプレイが表示され、データが更新されていく。

 

(なに...? これは......)

 

『コアノリンク最高値、《打鉄弐式》セカンドシフトヲ開始シマス......10...20...30...40...50%到達』

 

 電子音声のアナウンスとともに《打鉄弐式》のカラーリングが侵食するように紫へと変わっていく。

 

「君には勇気がある。ただ、それに相応しい力が欠けているだけなんだ。それにヒーローなんていうのは、別に誰にも負けないからヒーローなんじゃない。誰かを守るために戦う勇気があれば、その瞬間からヒーローになれる。僕は大切な友人からそれを教わった」

 

 ゴーレムからエネルギー弾が放たれる。その射線上には阿九斗と簪がいた。

 

『...80...90...100%到達』

 

 ひときわ強い光がアリーナに広がった。マナの固有の振動がエネルギー弾を打ち消し、客席のシールドを震わせる。

 

 

 

───セカンドシフト完了《黒鉄(クロガネ)》始動シマス。

 

 

 

「心配いらない。ちゃんと僕がついてる。気をつけて」

 




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16話 「黒鉄」 ゴーレムズ戦:中編

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「一夏くん! 行っちゃダメ!」

 

 楯無の静止に構わず一夏は雪平弐型を構えて突進した。

 多方から降り注ぐビットの攻撃を掻い潜り、瞬時加速で接近して斬りかかるとエムは難なくブレードで受け止める。

 

「お前たち、いったい何者なんだ!」

 

 その問いにエムは答えない。ただ愚弄するような笑みを浮かべるだけだった。

 一気にそのまま零落白夜で押し込もうとするが、脇腹に蹴りを入れられ、つかさずビットの追撃が一夏を襲う。

 

「ぐああああっ!」

 

 劇に使われた塔に背中から叩きつけられ、音を立てて石壁が崩れた。

 

「ふん、他愛ない」

 

 エムは専用機持ちたちに包囲されていたオータムのもとへ降り立つ。散開して警戒を現わにする一同を一瞥するとブレードの一閃でラウラのAICを切り裂いた。

 

「この程度か? ドイツのアドバンスド」

 

「貴様...! なぜそれを知っている!」

 

「言う必要はない」

 

【SOUND ONRY】

 

「......スコールか? ......わかった」

 

 プライベートチャンネルでなにやら外部と通信を取った後、《アラクネ》を操縦していたオータムに向き直る。

 

「迎撃態勢が整いすぎた。予定通り、あの2機をけしかけて帰投するぞ。オータム」

 

「てめぇ、わたしを呼び捨てにするんじゃねぇ!」

 

 怒鳴るオータムを鼻で笑い、エムは専用機持ちたちに背を向けて飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

「......セカンド...シフト?」

 

 自身の専用機に起きた現象に簪は驚愕を隠せない。

 

(信じられない。まだトータルでの稼働時間だって10時間もないのに、それがこんなに早く......)

 

 ISのセカンドシフトについては前例自体が少なく、未だに不明な点が多い。

 とはいえ、これが単なる偶然などとは簪も思っていなかった。恐らく阿九斗が発した青白い光が原因であろうことはそれとなく察しがつく。

 

「阿九斗...あなたは......?」

 

 そこから先の言葉が続かない。

 自分の理解の及ばない何かが自分に力を与えている。その正体を問う言葉がなんであるのか、簪には見つけることができなかった。そしてそんな心境が阿九斗にも伝わったのだろう。

 

「わかってる。事が全てまるく収まったあと、君にはきちんと事情を話す。今、僕から言えることは、そのISは操縦者の感情によって制御されている。君に立ち向かう意思があるのなら、その意思に沿って必ず力を貸してくれるはずさ」

 

 簪は《黒鉄》の武装情報を読み込んだ。

 程なくして表示された武装の一覧を目にして簪は眉をひそめる。

 

・高周波振動薙刀「ブレードチェーンソー」

・二連装大型コイルガン「アスタロト」

・回転アーム式プラズマ砲「スカーレットガンナー」

・脚部ヒートブレード「ファング」

・6×8フルマニュアルミサイル「ケルベロス」

 

 膝上の回転アームにはプラズマ砲。盾のような形をした左右の浮遊ユニットには砲身の長い大口径のコイルガンが2門ずつ伸びている。大型の薙刀は紫色に怪しく光り、第三世代兵器の山嵐の代わりにあった武装は全く違うタイプのミサイル兵器だった。

 

(ケルベロス? 山嵐じゃない...。《打鉄弐式》と少し武装が違うけど、今はそんなことは言ってられない)

 

 いくつかの後付け装備が見受けられたものの、セカンドシフトとだけあって、そこにあったのは《打鉄弐式》に搭載していた武装に近いものだった。

 

「...簪さん」

 

 魔法陣を前面に展開し、崩れた客席の壁に身を預けていた阿九斗が言った。

 その声に振り返った簪を後ろめたさを含んだ表情で見つめる。

 

「くどいようだけど、本当に気をつけて」

 

「......大丈夫、あの2機はわたしがやっつける」

 

 簪は手動でケルベロスを選択する。

 

「ケルベロス、全弾一点集中!」

 

 一斉に放たれたミサイルがゴーレムⅢの周囲に散らばるように打ち込まれた。

 さらにそこから爆煙に隠れた機体に向けてハイパーセンサーを頼りにコイルガンとプラズマ砲を放つ。

 熱波が周囲に拡散し、煙に混じってスパークが立ち上る。

 

「......まだ」

 

 黒く溶解したグラウンドの中央で黒い影がのそりと立ち上がった。

 再び2機のセンサーが簪をロックする。

 

(フルファイアで叩き込んでも仕留めきれなかった......ううん、弾道が散ってうまく命中しなかったんだ。このケルベロスって武装、コントロールが難しすぎる)

 

 倒しきれなかったのはこうした仕様の違いが原因だろう。

 山嵐がマルチロックオンによって各ミサイルが個別に敵機を追尾する。それに対し《黒鉄》のケルベロスはフルマニュアル、つまり発射から着弾の瞬間まで最大で48発のミサイルを常時コントロールし続けなければならないことになる。

 

「なんにしても、わたしだって初手で終われるとは思ってない。あなたたちは阿九斗を傷つけた」

 

 ケルベロスの残弾がないとはいえ、プラズマ砲のスカーレットガンナーやコイルガンのアスタロトにもまだ余裕がある。いざとなればシールドビットによる致命傷のリスクを覚悟で接近戦闘に持ち込めばいい。

 

「これ以上、好きにはさせない」

 

 

 

 

 

 

「織斑先生! これは!」

 

「ああ、間違いない。束の話に聞いていたマナによるISの突然変異だ」

 

 マナ特有の光と装甲の変形。コイルガンや脚部ブレードといった本来搭載されていなかった武装の搭載。そして《魔王》に似た禍々しいカラーリングなど、そう結論づける判断材料には困らなかった。

 

「交戦していた《サイレントゼフィルス》と《アラクネ》はどうなった?」

 

「両2機はいずれも学園外へ逃亡。現在、更識生徒会長が単独で尾行中です」

 

 単独とはいえ更識楯無は裏工作を実行する暗部に対する対暗部用暗部〝更識家〟の当主。追跡が本職ではないにせよ、隠密行動は彼女の十八番といえる。

 

「よし、もういいだろう。更識に撤収するよう指示を」

 

 千冬はオープンチャンネルを開いた。

 

「───全専用機持ちに通達する」

 

 

 

 

 

 

(......不思議、どうしてか身体が軽い。)

 

 全身の神経が澄みきってるのがわかる。各スラスターの出力、姿勢制御、その他細かな動作の一つ一つが簪の思い描く通りに動いていた。

 

(初めて扱う機体なのに、今までずっと一緒にいたみたいに戦い方がわかる)

 

 簪は距離を詰める。ブレードチェーンソーの先端がゴーレムの胴体を突いた。

 堅牢な装甲に弾き返されるような手応え。それとともに僅かだが刃の先端が通ったように感じた。

 

「......斬れる...!」

 

 そのままスラスターの出力を上げて急降下。ゴーレムをアリーナに叩きつけると、振動する刃を押し付けながら地面の上を引きずっていく。

 ブレードチェーンソーが音を立てて装甲を削り、やがてそれを貫いた。しかしそれでもまだゴーレムは右腕の砲門を向けてくる。

 

(中心のコアを外した...でもこれなら装甲を破れる)

 

 簪はブレードチェーンソーを引き抜き、後ろに引き下がる。

 左翼のユニットにビームが掠めていった。

 

(可能性は見えた。でも気は抜けない......)

 

 そこから数発のコイルガンで牽制を入れて、簪は両機の位置を確認した。

 たとえ戦闘が有利に進んでいても相手の攻撃は絶対防御を越えて生身へとダメージを与えてくる。それこそ、装甲のない場所へ攻撃を受ければ阿九斗のように一撃で致命傷を負いかねない。

 

(確認する限り、ISの絶対防御そのものが無効化されてる。恐らく武装によるものではなくジャミングかなにかで絶対防御の発動を阻害しているんだ。だとすればあのシールドビットに限らず、中・遠距離での被弾だって許されない)

 

 ゴーレムは砲門の数にものを言わせてビーム兵器を乱射している。ゴーレムⅢは手数こそそれに劣るが近接武装と射撃武装のバランスがよく取れていた。近づかれれば厄介だがまず仕留めるべきは、

 

「先に...!」

 

 簪はゴーレムの弾幕を避けきって叩きつけるようにブレードチェーンソーで斬りつける。

 ゴーレムは対抗して拳を振るうが、やはりその動きは鈍い。

 

「せぇああああああああっ!」

 

 手数で押し通すかのように簪はひたすら攻撃を繰り返した。その度にゴーレムには小さいながらも切り傷が増えていき、立て続けに襲う斬撃の波が徐々に機体を蝕むように装甲を削っていく。

 

(これなら......!)

 

──────ピピッ

 

 ゴーレムⅢが接近していることをセンサーで察知し、大上段から振り下げられた大型ブレードを浮遊ユニットで受け止める。

 その隙にゴーレムはスラスターから黒煙をまき散らしながら簪から距離を取った。

 

(逃がしたけど、着実にダメージは蓄積させられている)

 

 簪はゴーレムⅢの胴体を突いた。

 やはり装甲が細いだけにゴーレムより動きが俊敏で、あっさりとかわされたが、そこから瞬時に手首を返すことで簪は突きから横薙ぎにその軌道を変えた。

 胴体の中間部分にブレードチェーンソーの刃が食い込み、そのまま力の限りなぎ払う。

 

「こういうフェイントは......阿九斗にはできなかったはず......!」

 

 確かな手応えを感じて、簪はコイルガンで追撃した。

 

「学習速度の速さは認める。でもわたしが同じ攻撃を繰り返すとは限らない。変化のパターンは...まだいくつもある」

 

 恐らく同じ攻撃も2度は通じないだろう。

 しかしゴーレムたちは一度見た攻撃のパターンに惑わされ、同じ挙動から簪が打ち込みに変化をつけてきた場合、それを絶対に避けることはできない。

 無人機ならではの弱点を突いた簪の戦略だった。

 

(...これで決める!)

 

 上段に振り上げたブレードチェーンソーに合わせてゴーレムは腕を重ねて防御の姿勢をとる。そのまま振り下ろすと思いきや、簪はそこから脚部ブレードのファングを展開して蹴り上げた。

 ゴーレムは体勢を崩し、その距離から放った2発のコイルガンが摩耗した装甲にめり込む。

 墜落したゴーレムがそれ以上動かないことを確認すると、ゴーレムⅢに視線を移した。

 

(あとは発展型が1機......)

 

 ゴーレムⅢは大型ブレードで簪に斬りかかった。

 

「...当たらない」

 

 体勢を反らせてブレードを避ける。

 わずかに頬を掠めたものの、反らせた身体に隠すように振りかぶったブレードチェーンソーで横薙ぎに払うと、堅牢な装甲に弾かれるようにして両者の距離が開く。

 

「この距離なら...!」

 

 膝下の二つの砲身に紅いプラズマが走ると、それが一直線にゴーレムⅢへと放たれた。

 ゴーレムⅢは二つのシールドビットを重ねて耐え忍ぶが、ビットの許容限界を超える高出力のプラズマは徐々にそれを押し込めていく。

 

「......ずっと、わたしを助けてくれるヒーローを望んでいた。誰にも負けない、どんな時でも助けてくれるヒーローが。でもそれは間違いだった。誰かを守るために戦う意志があるなら、それに強さはいらない。ヒーローじゃないわたしに必要だったのは、勇気だったんだ!」

 

 感情の昂ぶりとともにプラズマの口径が広がった。

 

「わたしは、阿九斗を守る! その為なら誰にも負けたりしない!」

 

 アリーナ中をプラズマが走り、照明設備が一斉に割れる。そして紅い雷光はシールドビットを砕き、ゴーレムⅢを打ち負かした。

 

「......勝った」

 

 アリーナのあちこちでうねるようにプラズマが上がる。

 

「そうだ! 阿九斗!」

 

 阿九斗もとへ駆け寄ろうとすると、最初に仕留めたはずのゴーレムが再び起動した。

 簪を補足し、ゴーレムの腹部からビームの粒子が溢れる。

 

「無駄...そんなの、わたしと《黒鉄》には当たらない......」

 

 簪は自身のスラスターに意識を集中させる。しかし、向けられていた照準が不意に《黒鉄》から外れた。

 ゴーレムは中破した機体を引きずるようにゴーレムⅢのほうへ向くと、高出力のビームを放つ。

 

「なにを!」

 

 その輻射熱に耐えられなかったのか、ビームを撃ち終えるなり、ゴーレムはパーツの各部から小規模な爆発を起こして機能を停止した。

 鉄の塊となった身を横たえて、装甲のライトラインが消える。

 

(まさか情報を消すために......)

 

 しかし、視界の端で敵機の出力データが振り切れた。停止した機体ではなく、撃ち込まれたもう1機の方だ。

 ゴーレムⅢの周囲に高密度のエネルギーが弾ける。

 

「違う...! エネルギーを吸収してる!」

 

 細身の装甲に鎧を纏うかのように次々と追加装備が展開されていく。

 膨れ上がった巨大なエネルギー球の中で身じろぐように動くと、損傷した部分が修復され、やがてそれを収束するように膨大なエネルギーがその機体の中に収まった。

 

『コォオオォオォォオオォオォ......』

 

 吐息のような排熱音がゴーレムⅢから漏れる。

 中世の甲冑を思わせる造形の装甲に足や背中などの複数箇所に小型のスラスターがいくつも備え付けられている。

 後付けされた左右の肩の装甲からは腕が伸び、計4本になった腕にはそれぞれ実体の大型剣が握られていた。

 

──────ピピッ

 

(出力が跳ね上がった...エネルギー反応が通常のISの比じゃない)

 

 次の瞬間、機体の像が陽炎のように揺らめいたかと思うと、ゴーレムⅢが弧を描いて簪に肉薄する。

 

「ぐっ!」

 

 簪はやむを得ず浮遊ユニットを盾に攻撃を防ぐが、切り裂かれたユニットが破損してコイルガンの砲身がスパークを発した。

 

(速い...! 速すぎて照準器が追いつかない)

 

 通常のIS同様の速度で旋回していたと思えば、突然尋常でない速度で接近してくる。近づいては距離を取り、急接近して攻撃を行うヒット&アウェイの繰り返し。

 時には左右に機体を振って照準を撹乱しながら、そして時にサイドから回り込むように加速する。そしてその加速の瞬間、簪はゴーレムⅢのスラスターに不自然なエネルギーの揺らぎを認めた。

 

(......あり得ない、まさかあれは)

 

 一度放出したエネルギーを再び吸収し、螺旋を描くような軌道で簪に迫る。

 

「ぐっ!」

 

 右曲がりに回転がかかり、遠心力の加わった4つの斬撃を簪はどうにか受け止めた。

 強烈な一撃にブレードチェーンソーを握る両腕が痺れる。

 

(一撃が重い......! それにこの尋常じゃない機体加速度、間違いなく瞬時加速!)

 

 瞬時加速は本来、直線軌道しかできない。

 加速中に無理な軌道変更を行うと機体と身体に負荷がかかり、操縦者に骨折などが起こる危険性があるのだ。そのために瞬時加速中は直線軌道しか行うことができず、軌道やタイミングを読まれやすいという難点があったが、搭乗者がいなければその限りではない。

 つまり無人機であれば本来不可能な瞬時加速による旋回、機動変更が可能だということだ。同時に、それが可能なほどの強度をこの機体は有している証明でもある。

 

「こんなの出鱈目すぎる......」

 

 追加装備を纏ったゴーレムⅢには遠距離武装はなく、あるのは規格外の速度と装甲を活かした四振りの実体剣のみ。

 ならば離れて戦うのが近接特化型を相手にする場合のセオリーだろうが、そのスピードの差は圧倒的で照準を合わせるどころか簪は《黒鉄》にとって有利なポジションすら掴めずにいた。

  

「くっ、スピードだけで押し通せるとは、思わないで!」

 

 簪は大きくカーブするゴーレムⅢの軌道を読み、その位置に合わせてコイルガンを放った。

 それをかわされると一時的にゴーレムⅢの速度が落ち、どうにか照準器が機影を収める。

 

「捉えた! この距離なら外さない!」

 

 弾速から計算して必中と言える距離から簪はプラズマ砲を放った。

 しかしゴーレムⅢはそのまま勢いを殺すことなく、着弾したプラズマ砲を剣で切り裂くように突き進んでいく。やがて斬撃の届く間合いで実体剣の矛先が簪の視界に映った。

 

(っ! プラズマの出力が弱い...やられる!)

 

 恐怖に思わず目を瞑った。

 萎縮した身を引いて迫る衝撃に備えるが、一向に攻撃してくる様子はない。

 

(......攻撃が、来ない)

 

 簪は目を開く。

 ブレードの慣性は簪の目前で停止していた。

 

──────ドン!

 

 続いて圧縮された衝撃波がゴーレムⅢを吹き飛ばした。不意の攻撃を受けてホバリングで体勢を整えているとレーザーと実弾の雨がゴーレムⅢを追撃し、止めとばかりに紅と白の斬撃が弧を描く。

 

「あ、あなたたちは......!」

 

 映ったのは純白の翼のような浮遊ユニットと同じく純白の剣。

 それが簪を庇うように背を向けている。

 

「こちら織斑、阿九斗と4組の更識さんに合流しました」

 

『確認した。これより織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒの6名は更識と協力して未確認機を殲滅しろ』

 

「「「「「「 了解! 」」」」」」

 

 1年生の全専用機持ちたちが戦いの場で足並みを揃えた。

 

 

 




とてつもない文字数になりました........
皆さんの評価、感想などお待ちしています。
次なる目標は平均評価7.0!!
ではまた次回〜


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17話 「We are HEROS」 ゴーレムズ戦:後編

一週間遅れで投稿です。
皆さま大変お待たせいたしました。
ゴーレムⅢ戦ついに決着です。


「あ、あなたたちは......!」

 

「こちら織斑、阿九斗と4組の更識さんに合流しました」

 

『確認した。これより織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒの6名は更識と協力して未確認機を殲滅しろ』

 

「「「「「「 了解! 」」」」」」

 

 一夏は背中越しに問う。

 

「簪さん、まだ動けるか?」

 

「う、うん」

 

 簪は驚いたようにうなずくが、ふと我に帰って言った。

 

「待って...敵は絶対防御を無効化するジャミングを発している。迂闊に近づくのは危険......」

 

「ああ、千冬姉...織斑先生から聞いたよ。」

 

「...瞬時加速による軌道変更もできる。強度も出力も他のISとは比較にならない」

 

「それも知ってる」

 

「......ならどうして戦うの? 死ぬかも知れないのに」

 

 一夏は雪平弐型を正眼に構える。

 

「そんなの当然だろ? 俺は、俺の守りたいもののために戦う。それに臨海学校で俺は阿九斗に助けられたからな。今度は俺が阿九斗を助ける番だ」

 

 振り返った一夏は誰もが頼もしいと思えるような笑みをたたえていた。優しさと力強さを同時に感じさせるような、そんな表情だ。

 

「で、でも......」

 

 それでも承服しきれないでいた簪を制するように箒は言う。

 

「その唐変木になにを言っても無駄だ。昔から頑固な奴でな。一度決めたことは絶対に違えない。そういう男なのだ」

 

 箒は一夏の隣に立ち、雨月と空裂を展開する。それに続いて鈴は双天牙月を連結させた。

 

「そうそう。こういうときって絶対に譲らないんだから」

 

「まあ、そんな一夏について来ちゃった僕たちも大概だよね」

 

「何を言う。嫁を守るのが夫の責務だ。貴様らはともかく、夫婦である以上私が一夏のもとへ行くのは至極当然のことではないか」

 

 それに箒とセシリアと鈴が声を揃えて反応した。

 

「誰と誰が夫婦だ!」

「誰と誰が夫婦よ!」

「誰と誰が夫婦ですの!」

 

「まあまあ三人とも落ち着いて」

 

 ラウラの一言に憤る三人をシャルロットがなだめるように苦笑する。

 そんな一同の様子を見ていて簪は思った。

 命を賭けた戦いを前にしているとは思えない、日常的な温かさ。しかしそれゆえにどうにかなるのではないかという期待を抱かせる。

 

「......みんな、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 IS学園から数十キロ離れた海沿いに位置する船舶の駐留所。

 民間の運送会社に上手く偽装していたものの、そこは亡国企業と太いパイプを持つ非正規の物流組織だった。

 

(襲撃してきた操縦者の二人と、あともう一人いるわね)

 

 尾行中の楯無は貨物の影に背を預けるようにして様子をうかがう。

 

「今のところはひとまず予定通りかな。アラクネの損傷が思ったより少ないことを考えれば、むしろ上出来なくらいだ」

 

「ハッ! あんなガキ共相手にやられるかってんだ」

 

「しかし白式のコアの奪取には失敗した」

 

 その場所からでは顔まではっきりと見えないものの、声から察するにどうやら若い男性のようだった。

 

「そのことは気にしなくていい。今回の目的はあくまでIS学園に対する警告だからね。コアの奪取は二の次さ」

 

 聞き耳を立てていた楯無は気配を消しつつ、そこからやや離れた位置にあった貨物に身を移した。

 すでに学園からは帰投するよう命令が下っている。しかし楯無もここまで追って来たのだから、せめて首謀者の顔だけでも確認しておきたいところだった。

 

「ふん、不気味なほど計算高いな。どこまで予測している?」

 

 サイレントゼフィルスの操縦者、尾行中に聞いたところエムと呼ばれているらしい。彼女の問いに男は笑った。

 

「言うほど僕も万能じゃないさ。それにIS学園の生徒もなかなか馬鹿にできない。事実として、まさか一介の学生がこんなところまで嗅ぎつけてくるとは思わなかったよ」

 

 そう言って男は身を隠していた楯無に視線を向ける。

 

(っ! どういうこと? どうしてあの男が......)

 

 楯無の瞳が驚愕に見開かれる。視線が合った瞬間、その男の顔を確認したのだ。

 男はゆっくりとした動作で真一文字に手を振りかざす。すると炸裂音とともに楯無との間の空気が上下に分かれて切り裂かれていくのがわかった。

 それが旋風のように通り過ぎ、楯無の首が宙を舞う。

 

 

 

 

 

 

「一夏! 今だ!」

 

「うぉおおおおおっ!」

 

 瞬時加速に乗せた一夏の零落白夜が避けられ、空を斬った。

 

「ラウラ、頼む」

 

「任せろ!」

 

 一夏の合図で放たれたレールカノンが装甲を掠め、ゴーレムの照準がラウラに向いた隙をついて一夏は再度、零落白夜を振りかざした。

 ゴーレムは右側の二本の実体剣を交差させてそれを受け止める。

 

(押しきれない...!)

 

 雪平弐型と実体剣の間で火花が散る。

 ゴーレムは斬り払うように一夏の斬撃を弾いた。両者の距離が開き、そこへつかさずブルーティアーズから放たれた4本のレーザーが吸い込まれるようにゴーレムⅢに命中する。

 

「わたくしがここにおりましてよ!」

 

 ゴーレムⅢは旋回して体勢を整えてながらセシリアを補足するとすぐさま反撃に転じ、持っていた実体剣のひとつを投擲する。  

 

「なっ!」

 

 今までなかった離れた位置からの攻撃にセシリアの反応がやや遅れた。

 

「危ない!」

 

 シャルロットは剣とセシリアの間を取るとガーデン・カーテンを展開して剣を弾き返す。

 剣はシールドに弾かれた衝撃で回転しつつ来た方向へ戻り、ゴーレムの手に収まった。

 

『コォオオォオォオオォ......』

 

 ゴーレムⅢは放出したエネルギーを再び吸収し始める。そこから一瞬にしてトップスピード出し、その勢いのまま4本の剣をシャルロットに突き出した。

 

「うあっ!」

 

 シャルロットはガーデンカーテンで防いだものの、衝撃で後方に吹き飛んだ。

 そのままアリーナの地面へと流れていく機体をセシリアが受け止める。

 

「っ! 大丈夫ですの?」

 

「うん、でもたった一撃で防御パッケージが......」

 

 展開していたガーデンカーテンに亀裂が走り、やがてパッケージがスパークを発するとバラバラに砕け散った。

 

「これほどの攻撃を絶対防御もなく受けては、ひとたまりもありませんわね」

 

 上空ではゴーレムⅢが瞬時加速を駆使して飛び回っている。一瞬にして距離を詰めては斬りかかり、高速で回避をしては攻撃の隙をうかがうように旋回を繰り返している。

 

「いくわよ、龍砲!」

「捕捉した、スカーレットガンナー!」

 

 鈴と簪はゴーレムⅢに照準を定めてたたみかけるように衝撃砲とプラズマ砲を放つ。

 二人の強力な一撃は受け止めようとしたゴーレムⅢを軽々と吹き飛ばし、火力に押されて機体の姿勢が泳いだ。

 

「織斑君! もう一度!」

 

 簪の合図に零落白夜を発動した一夏は再度、フルブーストで斬りかかる。

 

「今度は逃がさねえ!」

 

 弾丸のように飛び出した一夏はゴーレムⅢの肩を突き、そのまま一直線に客席のシールドに追い込む。

 やがて貫いた装甲ごと雪平弐型が背後のシールドに深々と突き刺ささり、磔のようにしてゴーレムの動きを止めた。

 

「簪さん! 今だ!」

 

「うん!」

 

 後に続いた簪はブレードチェーンソーを振りかぶる。

 一夏は突き刺した雪平弐型から手を離すとゴーレムⅢの腹部を蹴って距離を取り、入れ替わるように簪が一夏の脇を駆け抜けていった。超振動する刀身が音を立てて唸り、スラスターの出力に乗せてゴーレムⅢのコアを真横から斬りつける。

 

「ぐっ...!」

 

 弾かれるような手応えとともに振動する刀身が小刻みに胴体とぶつかる。

 最大出力の斬りつけたものの、やはり堅牢な装甲に阻まれてコアまで刃が通らなかった。

 

(そんな...! みんなが作ってくれたチャンスなのに...まだ......)

 

 耳障りな金属音とともにブレードチェーンソーとゴーレムⅢの間で火花が散る。押し付けるように刃を当てているが一向にコアへ届く気配はない。

 

「やっぱり......わたしには」

 

 

───それにヒーローなんていうのは、別に誰にも負けないからヒーローなんじゃない。その人に戦う勇気があれば、その瞬間からヒーローになれる

 

 

 苦しげに呟いた弱音をかき消すように耳の奥に残ったその言葉が簪の脳裏をよぎった。

 瞳に再び闘志が宿り、薙刀の柄を強く握り締める。

 

(そうだ、ヒーローはこんなことで諦めたりしない。わたしにはまだ戦う意思がある。こんなところで終われない!)

 

 簪の意思に比例してブレードチェーンソーの出力が上昇していく。

 

(阿九斗が、みんながここまで繋いでくれた。わたしは絶対に負けられない!)

 

 刀身に雷光が走り、激しいスパークが大気の塵が焦がしながら装甲を削り始める。

 

「っ! せぇああああああああああっ!」

 

─────キィイィイィイィンッ!

 

 薙刀の刀身が紅く光り、プラズマの熱と悲鳴のような騒音を発しながら激しく振動する。

 

【単一仕様能力 

 プラズマ分解式高熱振動切断「悲鳴狂振」発動】 

 

──────スンッ──────

 

 紙を切り裂くような微かな手応えとともに、薙刀の刃がコアもろともゴーレムⅢの胴体を両断した。

 

 

 

 

 

 

「......ここは?」

 

 気が付くと、そこには見知らぬ天井があった。

 簪はベッドから身体を起こして目元を擦ってみると、大型ブレードを掠めた頬に、じん、と痛みを感じる。その痛みはまるであの戦いが夢ではなかったことを証明しているかのようだった。

 

「気がついたか」

 

 不意にベッドのカーテンが開き、千冬が顔を覗かせる。どうやら簪が寝かせられているのは学園の保健室のようだった。

 あれからずいぶんと時間が経ったのか、部屋の窓から夕日が射し込んでくる。

 

「無人機を撃破すると同時に、力尽きて倒れたのだ。覚えはないか?」

 

「......覚えています。そうだ! 阿九斗は?」

 

 簪がベッドから身を乗り出すと千冬が隣りのベッドを顎で示す。そこには自分と同じように身を横たえる阿九斗の姿があった。

 繋がれた計測器が表示する心拍数と脈拍が正常であることを確認すると簪は安堵したようにため息をつく。

 

「命に別状はない。常識では考えられないほどの生命力だ。いや、やつの場合、治癒力といったほうがいいだろう。医療班が到着した段階では左肺の貫通、骨折12箇所、その他打撲や細かな傷を数えればキリがない程だったが、すでにそのほとんどが完治している」

 

 簪はアリーナで阿九斗の傷を確認したときのことを思い出す。

 あの場で見た限りでは阿九斗の負った傷は確実に致命傷だった。いくらIS学園の医療設備が充実しているとはいえ、一命を取り留めることができるかどうかも怪しい。

 ましてや、ものの数時間で完治などはあり得ないはずだった。

 しかし、現に阿九斗はこうして軽傷の簪と同様に保健室のベッドで眠っている。

 そして打鉄弐式をセカンドシフトさせたと思われる阿九斗が発した青白い光。

 

「彼は、いったい何者なんですか...?」

 

 千冬はそっとため息をついた。

 

「ああ、それについては包み隠さず話すつもりだ。もはや貴様も無関係ではいられんことだしな」

 

「それはつまり、わたしの打鉄弐式のセカンドシフトと関係が?」

 

「その通りだ。これについては各国や学園の上層部にも報告していない、というよりは報告しようのない情報だ。わかっていると思うがこのことは他言無用。IS学園内でも私を含めたごく一部の教員と更識家当主にしか知らされていない」

 

「お姉ちゃんが...?」

 

 ISについては各国に情報の提示とその共有がアラスカ条約によって義務付けられている。未だ謎の多いISのブラックボックスの中でもセカンドシフトはとりわけ例が少なく、それを人為的に発生させたとなればIS学園はその情報を提示しなければならない。それを秘匿するのは協定違反だ。

 しかし、そこに更識家の当主である楯無が関わっているとなれば簪にも話はわかる。

 

「聞かせてください。阿九斗を取り巻いている現状を、彼が何者なのかを......」

 

 千冬は向かい合うようにして近くにあった椅子に座った。

 

「相当あり得ない話だ。紗伊が言うには、どうやらこことは別の世界からやって来たらしい。そこでは科学は過去の遺物と化し、数百年という長きに渡って魔術が発達してきたという。そして阿九斗は我々の世界とは多少、意味合いに違いはあるようだが、俗に、魔王と呼ばれる存在だったそうだ」

 

「............」

 

 それを聞いても簪は驚くことはなかった。むしろ納得すらしている。

 

「現在は他国から紗伊とその専用機を保護するために学園に在学させている。特記事項が適応される2年半の間に元の世界に戻る手立てを見つけるつもりだ」

 

 簪はしばらくなにも言わないでいたが、落とした視線に自身の専用機が映るとおもむろに口を開いた。

 

「阿九斗は、いつもなにかと戦っているようでした。それでもわたしの前では優しく笑いかけてくれる。でもときどき、ふと遠くを見るような目をされると、阿九斗がどこかに消えてしまうような気がして怖いんです。知らない間に、いつか誰にも届かない所へ行ってしまう。だからせめて、わたしはこの人のそばにいたいんです」

 

 簪は紫色に染まった待機形態の黒鉄を撫でる。そして眠っている阿九斗に視線を移した。

 

(そう、この人のためなら、わたしはまた何度でもヒーローになれる)

 

 その様子を見ていた千冬は柔らかく笑った。

 

「ふっ、若いな。だがそれもいいだろう。好きに勝る原動力はないと聞く」

 

「えっ? それは、どういうことですか?」

 

「惚れたのだろう?」

 

「なっ!」

 

 簪の顔が耳まで赤くなる。そして今自分が言ったことを頭の中で復唱してさらに顔が上気した。

 

「さて、軽傷とはいえ、これ以上は傷に障るな。私は退散するとしよう」

 

 千冬はそう言って保健室を立ち去る。

 一人その場に残された簪は羞恥に頬を染めて悶々としていた。正確にはベッドに横たえている阿九斗と二人である。

 

(うっ...うわあぁあぁあぁ~っ!)

 

 簪はそれからたっぷり五分間、ベッドの上でのたうち回った。

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ......紙一枚で、どうにか逃げ延びた...かしら?」

 

 楯無は片膝をつき、わずかに切られた首元の血を拭った。

 プライベートチャンネルをIS学園に繋ぎ、遅れながら状況を報告する。

 

「こちら更識、追跡対象に感づかれました。これ以上の続行は不可能と判断し、帰還します」

 

『更識さん! よかった。無事だったんですね』

 

 若干上ずった真耶の声が聞こえる。どうやら千冬は本部から席を外しているらしく、首謀者については無事に学園についてから話すことになるだろう。

 楯無は報告可能と判断できる情報に絞って報告を済ませると通信を切った。

 それだけ公にできない人物が今回の一件に関わっていたのだ。

 

「とっさに水の分身とすり替わってなかったら、わたしも今頃ここにはいないわね。それにしても驚いたなぁ。まさか亡国企業のバックにあんな大物がいたなんて」

 

 縦無はゆっくりと呼吸を整えてつぶやくように言う。

 

「......アイリス社第三世代兵器技術顧問、大和望一郎」

 

 

 




評価、感想などお待ちしております。
目指せ平均評価7.0!!
また、質問なども受け付けていますのでそちらもどうぞ。
ではまた次回〜


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18話 「おかしな工作員」

お待たせしてすみませんでした(汗)
ここ最近はなにかと忙しく、ちょっとずつでも書いていこうと思った結果こんなことに........



 

 

特別強化プログラムに学園祭襲撃、その他なにかと騒動の絶えない毎日だったが、朝の日課は欠かさない。

 阿九斗はいつものように5時に起床し、ジャージに着替えていざランニングへ、そう思って寮の玄関前を通ったときだった。

 

(あそこにいるのはボーデヴィッヒさん...いや違うな)

 

 見たところIS学園の生徒ではないようだった。

 歳は阿九斗よりいくつか下で、白いドレスにプラチナブロンドの長い髪が腰のあたりにまでかかっている。目を閉じているのと白いステッキを持っていることから、恐らく盲目の身なのだろう。

 エレベーターの前でボタンの位置を探っている右手が揺れていた。

 

「......これでいいかな?」

 

 阿九斗はそっと少女の手を取るとそれをボタンの場所まで持っていく。指先がボタンに触れ、扉が開いた。

 すると扉の方を向いたまま、少女が口を開く。

 

「はじめまして。1年1組、紗伊阿九斗さんですね」

 

「え? そうだけど、君は?」

 

 急な挨拶に阿九斗は驚いた。

 こうして近くでよく見ると、やはりラウラに似ている。

 独特の髪色や小柄な体格がそう思わせるのか。しかし、少女が纏うそれは軍人であるラウラのような張り詰めたものとは違がった意味で、歳不相応なほどに落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 

(でも、どうしてだろう。彼女はどこか......)

 

 単に容姿とは別に阿久斗はラウラに近いなにかを覚っていた。

 しかし次の瞬間、それどころではない事態に阿久斗の思慮は吹き飛ぶことになる。

 

「はい、私は束様の指示で参りました、クロエ・クロニクルと申します」

 

「.........は?」

 

 

 

 

 

 

 この時間に人と出くわすことはまずないのだろうが、阿九斗は念のため、誰にも見つからないように周囲を警戒しながらクロエを連れて自室に引き返した。

 窓際のベッドにクロエを座らせると、それと対面する形で阿九斗は向かい側のベッドに腰を落とす。

 

「...さて、それじゃあ話の続きだけれども、君は誰なんだい?」

 

「はい、私は束様の指示で参りました、クロエ・クロニクルと申します」

 

「うん、それはさっきも聞いた。そうじゃなくてね」

 

 クロエは小首をかしげる。

 

「えっと、君は束さんから僕に会うように言われてきたのかい?」

 

「はい、その通りです。午前5時にエレベーターの前で手を振っていれば必ず話しかけてくると束様から聞き及んでおりました」

 

「ああ、そうなんだ......」

 

 たしかに阿九斗はこうした人助けを率先して行う性格をしているし、阿九斗の他にこんな朝早くから外に出ている生徒も少ない。しかし、それをこうも便利に利用してこられると、阿九斗自身、複雑な心境だった。

 

「それで、僕はなにをすればいいんだい? 束さんからここに来るよう言われたってことは僕にもなにかしらしなくちゃいけないことがあるんだろ?」

 

 すべてのISのコアを破壊し、ゼロに戻す。それが束の目的だ。

 阿九斗はそれに賛同し、世界の変革に協力すると約束して学園に在学している。

 そして、その束から人が送り込まれたということは、近いうちになんらかの行動を起こすということなのだろう。無論、阿九斗もそれに参加ことになる。

 

(ここにきて僕も、本格的に覚悟を決めなくちゃならないみたいだ。国力の要ともいえるISを消し去ろうともなれば、恐らく僕らは世界を敵に回して戦うことになる)

 

 しかし、そんな阿九斗の思いとは裏腹に、クロエの返事はなんとも拍子抜けたものだった。

 

「細かな指示はいくつか出されていますが、『まずはIS学園にいるあっくんのところで待ってて』とのことでしたので、今は束様の指示待ちです」

 

「......そうなの?」

 

「はい、ですので、しばらく私はこちらでご厄介になります。IS学園では阿九斗さんの私生活に合わせ、最大限意に沿って行動するよう指示を受けていますので」

 

 そう言ってクロエは鼻先をぐいっとつき出すようにして阿久斗に顔を向ける。

 

「それは束さんが言ったの?」

 

「はい」

 

 阿九斗は少し意外に思った。

 自分の知っているあの常軌を逸っしたマイペースぶりからは、他人に指示を出す姿があまり想像できない。

 なにより、束は他人に対して細々とした気遣いをするタイプではないと思っていたが、聞く限りでは阿久斗の生活を尊重するよう配慮してくれている。

 

「厳密には『おやつは500円までだよ』『寄り道しちゃダメだからね』『あっくんの言うことちゃんと聞くんだよ』とのことです」

 

「それを指示と取るのはどうかと思うけど......」

 

 子どもを初めての遠足に送り出す母親のように右往左往する束の姿が容易に想像できた。

 どうやら束はクロエに対し、母親のようなポジションをとっているようだった。もっとも、クロエも同じように思っているかというと、それはまた別らしい。

 現に〝あっくんの言うことちゃんと聞くんだよ〟という束の言葉を〝最大限意に沿って行動する〟といった捉え方をしている。

 

(なんにしても、彼女とは長い付き合いになりそうだな)

 

 阿久斗は軽いため息とともにその場から立ち上がった。

 

「わかったよ。寮長の織斑先生には僕から事情を話しておくから」

 

「それは困ります」

 

「え? なんでさ」

 

「せっかくの潜入がバレてしまっては今後の行動に支障をきたすからです」

 

「......え? ちゃんと許可は取っているんだよね? 今潜入って」

 

 クロエは無表情のまま親指をグッと立てて返す。

 しかし無表情に見えたそれも、単純に目を閉じていたせいで表情が読めなかっただけかもしれない。

 

「...ああ、そうなんだ」

 

「はい」

 

 そんなクロエに阿九斗は深いため息とともに頭を抱えた。

 ただでさえ亡国企業による学園祭襲撃を受けて教師陣はピリピリしている。こんな状況で誰にも見つからないように人一人かくまうなど、そう簡単にできることではなかった。

 

(もうこの時点で、僕の私生活に思いっきり干渉しそうなんだけどなぁ......)

 

 少なくとも寮の部屋にいれば見つかることはないだろう。しかし、束からの指示が出るまでずっとここに閉じ込めておくわけにもいかない。

 それにクロエの食事の確保も必要になってくるが、購買や学食で毎度二人分の食事を調達しようものなら、遅かれ早かれ怪しまれる。

 どうしたものかと阿九斗は大いに悩んでいたが、

 

「どうかなさいましたか?」

 

「...いや、なんでもない」

 

 そんなことをクロエが知るよしもない。

 

「そうでした。大事な要件がもう一つ」

 

 思い出したようにクロエはポケットに手を入れる。やがて大型のロケットランチャーを引っぱり上げるように取り出すと片膝をついて構えた。

 

「......間違えました」

 

 取り出したロケットランチャーをポケットに押し込み、再び中を探る。

 

(......え、今のは?)

 

 それを見ていた阿九斗の視線に気付いたのか、クロエは淡々と説明を始めた。

 

「入れたものを瞬時に量子変換して収納できるポケットです。そのため、このサイズには収まりきらないような大きさや重さのものでもコンパクトに持ち運ぶことができます」

 

「へぇ、それは便利だね。なんでも入れられるの?」

 

「はい、もっともISのそれと同様にスロットには限界があります。以前、束様が天体すら収納できるポケットを目指して制作を進めていたそうですが、途中で断念されたそうです。いわば三次元以上四次元以下のポケット、名づけて『三.五次元ポケット』です」

 

 いろいろと言いたいことはあったものの、それより興味が勝ったらしい。阿九斗は自身の顎に手を当てる。

 

「ふむ、でも量子変換であれば、わざわざポケットに手を入れなくてもISの装備みたいに瞬時に手元に出すこともできるんじゃないかな?」

 

「はい、技術的には可能です。ですがあえてポケットから取り出すことに夢があると束様はおっしゃっていました」

 

「...そうなんだ」

 

 阿九斗にはその意味がさっぱりわからないでいたが、そもそも束の言動を理解することが所詮無理なことなのだと一蹴して、考えを放棄した。

 

「そういえばもう一つ要件があるんだったね。続きを頼むよ」

 

「はい、束様が阿九斗さんに直接話されたいことがあるそうで、こちらを預かって参りました」

 

 両手の肘がポケットに隠れるほどまで突っ込んでようやく取り出されたのは、ウサギをモチーフにしたと思われる白いフレームのディスプレイ。子ども向けの絵本のようにデフォルメされ、大きく開いたウサギの口が画面になっている。

 

「ボタンひとつで瞬時に通信、その名もラビットスイッチ。現存する通信機器で唯一束様とコンタクトを取ることができるテレビ電話です」

 

 そう言ってクロエは無造作にウサギの鼻を押そうと手を伸ばした。どうやらこれがスイッチのようだ。だがしかし、気になることが一つ。

 

「あのさ、そんな大事なことを思い出したかのように言うのはどうして?」

 

「思い出したからです」

 

「ああ...そう、なの......」

 

 それ以上の問答をは避けることにして、阿久斗は大人しくクロエの隣に腰をすえた。

 

「では、電源を入れます」

 

 クロエはラビットスイッチの鼻を押した。

 

『はいは~い! みんな大好き束さんだよ!』

 

 電波の送受信のタイムラグすら感じないほど、瞬時にそこへ映ったのは初めて会ったときと同じ、ファンシーな服装を纏った束。

 ウサギの口が画面になっているせいで、まるで束が捕食されているかのような絵面になっている。

 

『やあ、あっくん! 元気にしてる? 束さんからの専用機、気に入ってくれたかな〜?』

 

「ええ、とても...」

 

 もっとも、機体の名称と待機形態の悪趣味なデザイン、そしてケースから立ち込める瘴気の演出を除いてだ。

 

『ちなみに、あのドライアイスの演出は水蒸気爆発のあてつけだよ!』

 

「.........ああ、ほんと、気づかなくてすみませんでした」

 

 阿久斗はディスプレイの前で頭を垂れる。そして深く息を吸って心の準備を整えた。

 

「それで、僕に直接話したいこととは?」

 

 クロエの話を聞いて拍子抜けしたものの、こうして本人から直接話があると言うなら納得できる。

 阿久斗が固唾を飲んで返答を待っていると、束はにんまりと笑い、派手な決めポーズを取って指を鳴らした。

 すると画面が切り替わり、ISのものと思われるスペックデータが表示される。

 

『ご覧あれ!! 《魔王》のデータを元に完成させた生体同期型IS《黒鍵》! 最大の特徴はなんといっても《魔王》と同様に大気中の物質に干渉することができるんだ! さらにこの《黒鍵》は史上初、仮想空間での運用を視野に入れた設計で───』

 

「ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

 突然のことに阿久斗は言葉を制するが、そんなことで束は止まらない。新しいおもちゃを自慢する子どものような口調で阿久斗の知らない専門用語が羅列されていく。

 

「───という訳なのさ! えっへーん! 驚いた?」

 

 言いたいことをひとしきり言い終えると、再び画面に束が映る。確かに驚くほどに束は平常運行だった。

 

「ええ、大まかには。でもそれとこの子を送り込んだことにどういう関係が?」

 

 内容は最近開発に成功したISについての説明だった。

 阿久斗の聞く限り今後のクロエとの行動については触れられておらず、会話の趣旨も掴めない。

 

『しょーがないなー! じゃあもう一回説明するよ!』

 

 画面が黒鍵のスペックデータに戻った。

 

『ご覧あれ!! 《魔王》のデータを元に完成させた生体同期型IS《黒鍵》! 最大の特徴はなんといっても───』

 

「いえ、僕が聞きたいのはそこではなくてですね!」

 

 そこでふと、ひとつの懸念が阿久斗の脳裏をよぎった。

 時間が時間とはいえ、学園祭襲撃の件もある。

 事後調査で教員から聞き取りを受けることもしばしばあり、そのために寮の部屋まで誰かが訪ねて来ないとも限らない。

 そして、そんなトラブルの匂いを嗅ぎ付けたかのように、決まって現れる人物がいた。

 

「おっはよ~♪ 阿久斗くん、もう起きてるかな?」

 

「扉の向こうに反応があります。待機形態のISを確認。機体名は《ミステリアスレイディ》。学園に在学している専用機持ちと思われます」

 

 いつの間に取り出したのか、クロエの持つ端末から伸びたパラポラが音を立てて反応していた。

 

「それさ、もっと早くわからなかったのかい?」

 

 自分の懸念が間違っていなかったことを、阿九斗は身を持って知ることとなった。

 

 

 




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他にも質問なども受け付けていますのでお気軽にどうぞ

ではまた次回~


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19話 「事件後の朝の事件」

皆さん覚えていらっしゃるでしょうか?
いや、忘れてますよね(汗)
ほんのちょーーーっとずつ書いていたのがようやく完成しました!
では、どうぞ~


 

 

「とりあえずクロエはどこかに隠れて」

 

 ガチャリ、とドアノブが回る音がして楯無の足音が聞こえてくる。

 思い出してみればクロエを連れて引き返したあと、部屋の鍵を開けたままだった。

 

(いや、だからって返事も待たずに入るだろうか?)

 

 クロエを隠そうにも玄関から部屋までは目と鼻の先、そうこうしているうちに部屋に入ってこられれば一貫の終わりだ。

 それならクロエが隠れるまでの間、どうにか時間を稼ぐまでのこと。

 阿久斗は慌てて玄関へ駆けた。クロエが盲目であることからうまく隠れられるか心配でならなかったが、そこは祈るほかない。

 

「会長、おはようございます。どうされたんです? こんな早くに」

 

「おはよう阿久斗くん。実は話しておきたいことがあって...あら、まだランニングに行く前だったの? いつもならもう帰ってるころと思って来たのに」

 

 ジャージ姿のままの阿九斗を見て、軽く核心に触れてくる楯無。それでも阿九斗は慣れたもので、いつも通りの様子を崩さない。

 

「ここ最近いろいろありましたからね。少しは身体を休めようかと。それはそうと、お怪我の具合はどうですか? 襲撃者の尾行中に負傷されたと織斑先生から聞いていましたが」

 

 これについては実際、本気で心配していることだった。

 楯無はどうということはないと言わんばかりに首もとに張られたガーゼを指でつつく。

 

「平気平気、かすり傷だから心配しないで」

 

 楯無はVサインとともに、ウインクを飛ばして笑う。

 見たところ本当に軽傷であることに阿九斗は安堵すると、意識をクロエの方へと向けた。

 

(よし、順調だ。このままもう少し会話が進めば、隠れるには十分な時間が稼げる。)

 

 阿久斗は心のなかで拳をグッと握りしめる。

 

「それで話というのは、やはり先日の学園祭襲撃のことですか?」

 

「ええ、そうよ。一応阿九斗くんにも話しておこうかと思って......」

 

 ふと、なにかに気づいたように言いかけた楯無の口が止まった。

 

「......あの、会長?」

 

 そっと阿九斗に近寄って鼻先を突きだし、スンスンと阿久斗の首もとの匂いを嗅ぐと、その表情が豹変する。

 

「.........わたしの知らない匂いがする」

 

「は?」

 

「.........女、ね.........」

 

「いや、会長?」

 

 

 

 

 

 

 

「......... 女 な ん で し ょ ぅ」

 

 

 

 

 

 

 勘がいいにも限度というものがある。

 言葉だけなら嫉妬で言動が行き過ぎてしまった、いわゆるヤンデレ発言に聞こえなくはない。

 しかし、楯無の口調は阿九斗をからかうときのそれで、表情は新しいおもちゃを買ってもらった子どものようにキラキラしている。

 

「な、なんのことですか? あの、会長? いったいなにを......」

 

「...うふふ♪」

 

 楯無が一歩進むごとに気圧されたように阿久斗は一歩下がる。興味津々、意気揚々と迫る楯無に阿九斗はただ黙って後ずさるしかなかった。

 

(クロエはうまく隠れられたか? いや、それ以前にあの杖で辺りを探っていては物音がしないとも限らない)

 

 阿九斗は目の前の楯無を見た。

 杖で探る程度の音ならまだ誤魔化しが利く。しかし、なにか物を落とされればどうだろう、今の彼女がそれを聞き逃してくれるとは思えない。

 

─────ガシャン

 

「うっ」

「...あらぁ?」

 

 音の重さからして、落ちたのはベットに放りっぱなしにしていたタブレット端末か、あるいはキャビネットの上に置いていた置時計か。

 いずれにしても案の定、阿九斗の危惧していたことは現実のものとなった。

 

(どうする...? どう誤魔化す...?)

 

 阿九斗は緊張にゴクリと息を飲んだ。

 

「......隣の部屋が、その...騒がしいですね?」

 

 その瞬間、楯無の疑惑の眼差しが確信に変わった。

 

「わたしねぇ、隠し事するのは好きだけど、隠し事されるのは大嫌いなのよね♪」

 

 楯無は目を細めた。顔では笑っていても、それは以前アリーナでの腕試しに見せた、あの凍てつくような眼差し。

 実力行使の意思をその瞳が物語っている。

 

(それはただのワガママなんじゃ...というか、なんでこんなことにばかりにこの人は......)

 

 阿久斗は肩幅に足を開いて身構えた。

 IS学園の寮といえど、けして広い玄関ではない。阿九斗ほどの長身で道を遮ればそう簡単に突破されはしないはずだった。

 

「甘い甘い...フフッ♪」

 

 ふと、全身の力が抜けたように楯無の姿勢が前のめりに落ちた。獲物を捉えた狩人の瞳が一瞬、水色の前髪に隠れたかと思うと、阿九斗の視界から楯無の姿が消える。

 “縮地”と呼ばれる日本の古武術の技法の一つだ。

 

「まずい!」

 

 それがどういう原理かは阿久斗もわからなかったが、目の前から姿が消えたということは、少なくともその場から移動したということだ。

 それだけを一瞬で判断した阿九斗は咄嗟に後ろに飛び退く。

 

「まだまだね。阿九斗くん♪」

 

「なっ!?」

 

 その声は阿九斗の耳元で発せられたものだった。反射的に視線をそこへ向けると翻った制服の裾がかろうじて捉えられる。

 阿九斗は苦し紛れに楯無の背中に手を伸ばすが、その手が届くより先に距離を離されてしまう。

 

(ダメだ、完全に抜けられた!)

 

 早々に見つかってしまったと阿九斗は思った。

 しかし、どう説明したものかと悩むより先に楯無の声が耳に入る。

 

「あら? ホントに誰もいないの?」

 

(...え?)

 

 それを聞いて阿久斗も部屋に戻るが、ベッドの上にあったはずのタブレットが床に落ちているだけで、クロエの姿はどこにも見当たらない。

 

(タブレットが落ちた時点ではまだ隠れられていなかったのだろうけど、この短い間にどうやって......)

 

 阿久斗はタブレットを拾うとそれをまじまじと見つめる。単純に置き所が悪いせいで落ちたのか、しかしそれにしては落ちるタイミングが良すぎた。

 

「なにもない...わけはないわよね。さっきの阿九斗くんの慌てようからして~」

 

 疑わしげな楯無の視線から逃げるようにわざと顔をそらす阿九斗。

 そのまま目を合わせないでいると、これ以上問い詰めても無駄と思ったのか、楯無はつまらなそうに口元を尖らせる。

 

「まあいいわ。で、話っていうのはこの間の襲撃者についてよ」

 

「まさか、もう襲撃者の正体がわかったんですか?」

 

「ええ。というより、正体自体はかなり早い段階からわかっていたの。それこそ織斑先生は学園を襲撃してきた時点で見当がついていたでしょうしね。むしろ、その勢力ついてはそれなりに学園側も警戒した上で体制を敷いていたわ」

 

「......なるほど」

 

 楯無の口振りからすると、どうやらその勢力による学園祭襲撃はある程度予想できていたようだ。そうした体制の中で襲撃者は学園内部、それも《白式》を持つ一夏のすぐ近くまで侵入を果たしてみせた。

 ISを所持していることからも分かることだが、相手がただ者ではないことは明らかだった。

 

「それで、あの連中はなんなんですか?」

 

亡国機業(ファントムタスク)。第二次世界大戦中に設立して以来、50年以上もの間、暗躍しているテロ組織よ」

 

「テロ組織、ですか?」

 

 楯無は頷いて立体スクリーンを展開する。

 そこには阿九斗が交戦した無人機を含め、合計4機のISが映し出されていた。

 

「今回の襲撃で使用されたISは全部で4機。そのうち、構成員が搭乗していた《アラクネ》と《サイレントゼフィルス》は、いずれも強奪された機体よ。」

 

(強奪...それも国から第三世代の最新鋭機を......)

 

 阿九斗がとりわけ注目したのはイギリスの第三世代IS、《サイレントゼフィルス》だった。

 現在、国のパワーバランスの要とすら言えるIS、それも最新鋭機ともなれば、イギリスは警戒を厳にして管理を行なっていたはずだ。

 

「学園側は襲撃を受けるとして、考えられる襲撃対象の候補を3つに絞ったわ。その中で最も可能性の低いとされていたのが一夏くんと《白式》、次が学園の中心部にあるシステム管理室、そして最も可能性が高いとみられていたのが阿九斗くんとその専用機である《魔王》よ」

 

「しかし、実際に標的にされたのは一夏だった」

 

「その通りね。そう考えてみれば、阿九斗くんが無人機の迎撃にあたったのは結果的に功を奏したといえるわ。とはいえ、もし亡国機業の狙いが予想通り阿九斗くんだったら、愚行もいいところだったけどね。ターゲットが1人で向かってくるだなんて相手からすれば嬉しい誤算だわ」

 

「考えなしだったわけではありませんでしたが、軽率だったと思っています」

  

 そう言って阿九斗は頭を下げた。

 もともと千冬からは待機するように指示を受けていた。にも関わらずそれを無視し、挙句に重傷を負ったのだから、事件後の千冬の怒り加減は恐ろしいものであった。

 そうしたことからも、あの時はこうするしかなかったと思う一方で、阿九斗は自身の行いを反省している。

 

「うんうん、素直に謝れるところが阿九斗くんのいいところね。そういうところ、お姉さん好きよ♪」

 

 そう言ってすり寄ろうとする楯無から阿九斗は慌てて距離を取った。

 不満そうに唇を尖らせる楯無に対し、学園祭襲撃の話に戻すという意味でも、適当に質問を切り出す。

 

「そ、そうですか。ちなみにですが、今回の襲撃者について他になにか情報は?」

 

 その言葉に一瞬、楯無の脳裏に望一郎の姿がよぎった。

 

「いいえ、ないわ」

 

 楯無は躊躇なくはっきり答える。

 そして両手を頭の上で組んで軽く背伸びをすると、まるで緊張感など忘れたと言わんばかりにあくびを一つ。

 

「さて、一応伝えるべきことは伝えたわ。忙しい朝に長居するのもなんだし、このあたりで部屋に戻るわね」

 

 まさに嵐のごとく、突然来たかと思えば突然帰っていく楯無。しかし、部屋を出たあと、楯無は扉の向こうに向けて静かな声でこう言った。

 

「簪ちゃんの《打鉄弐式》については、また......」

 

 

 

 

 

 

 楯無が部屋を後にすると、数秒間を置いてから阿九斗は扉の鍵を閉める。

 手元の時計を見ると、時刻は7時をやや過ぎた頃。

 朝食の前にシャワーでも浴びて、今しがた掻いた嫌な汗を流してしまおうかと思ったところで、最初の来客のことを思い出した。

 

「クロエ、もう大丈夫だから出ておいで」

 

 しかし、クロエからの返事はない。

 阿久斗は部屋全体を見渡した後、ベッドの下、ロッカーの中と、隠れられるような場所は一通り見てまわったが、結局クロエの姿はどこにも見当たらなかった。

 

「......クロエ?」

 

 そのとき。

 

「...わっ」

 

「うわっ!」

 

 小声であったものの、突然耳元で発せられた声に阿久斗は驚いて後ろを振り返った。

 誰もいなかった空間が人の形をした陽炎のように揺れるとクロエが姿を現す。

 

「あの方がIS学園生徒会長、更識楯無さんですか。学園生活では上級生との接点はそれほど多くないでしょうに、なにやら親しげでしたね」

 

「あの人は僕の事情を把握しているからね。しかし、それも束さんの発明かい?」

 

「はい、束様が新たに開発に成功したIS《黒鍵》です」

 

 それを聞いて阿九斗は楯無が来る前に束が話していたことを思い出す。

 クロエがヘッドパーツのみを部分展開していたため、機体の全容は見えなかったが《黒鍵》の名にもあるように、そのカラーリングは黒かった。

 

「確か、僕のISのデータをもとにして開発した、生体同期型のISだったかな? 詳しいことは正直、説明を聞いてもよくわからなかったけど」

 

「その通りです。《魔王》と同様、周囲の物質に干渉する能力を備えています。もっとも、今のように周囲の光を屈折させて姿を眩ませるレベルでしか実用可能ではありませんが」

 

「でも、そんなのを持っているならどうしてだい? これを落としたのは君だろう?」

 

 阿九斗はベットの上に戻したタブレットを視線で示す。

 ベッドの下にでも隠れようとしたのなら、落とすようなことも起こり得る。しかし、《黒鍵》の能力を聞く分にはその場から一歩たりとも動く必要はなかったはずだった。

 

「.........」

 

 阿九斗の問いに対して、急にクロエからの返事がなくなった。相変わらず、その表情からはなんの感情も読み取ることができない。

 答えられないのか、あるいは〝聞くな〟という意思表示のつもりなのか、しかしよく見るとクロエの耳がわずかに赤みを帯びている。そのことから阿九斗は一つの結論にたどり着いた。

 

「もしかして、突然のことでかなり焦ってたとか?」

 

「違いますよ?」

 

 即答で返すクロエ。

 

「別に焦っていたわけではないのです。このIS学園でわたしがISのエネルギーを補給する術はないため、ISの使用はもちろん、エネルギーも必要最低限の消費に抑える必要があります。しかし、今回は事情説明の最中で体制を敷く時間がなく、想定外の事態に対して最も安全と言える策を講じただけなのです」

 

 話に整合性は取れている。しかし、今までの会話からは考えられないほど、クロエの言葉数は多かった。

 それに自分が焦っていなかったことを主張するのに必死で、そのどれもがタブレットを落とした理由になっていないことに本人は気づいていない。

 

(なんというか、おかしな子が来ちゃったな......)

 

 

 




皆様の評価(重要!)、感想などお待ちしております。
これがけっこう励みになるんです(笑)
ではまた次回~


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20話 「悩めるあの娘はシャイガール」

頑張ってますよ?
ちゃんと書いてますよ?
しかし書き始めた当初の勢いはどこへやら(笑)
そんなこんなで第20話です!
ど~ぞ~


「そうか、あの大和望一郎がな」

 

 ディスプレイ越しに、職員室で報告を受けた千冬は腕を組み、椅子の背もたれに背を預けた。

 その後も楯無の報告は淡々と続く。

 

「はい。私自身が肉眼で確認しました。付近の防犯カメラの映像も照合した結果、適合率61%で大和望一郎本人であると思われます」

 

「映像はこちらでも見た。ほぼやつとみて間違いない。」

 

 別モニターに映したカメラの映像を横目でチラリと見る。

 望一郎の顔が確認できるタイミングで停止されたそれは、すでにデジタル処理が施されている。

 解像度の問題で本人と断定するには十分と言えない不鮮明なものではあったが、千冬はこれに確かな確信があった。

 イギリスの第四世代である《サイレントゼフィルス》はもちろん、国家が所有するISは基本搭乗者の手にあるか、量産型IS複数機による警備のもと、厳重に保管されている。

 事実、《サイレントゼフィルス》の保管庫には相当数の《ラファールリヴァイブ》が配備されていた。

 それらISを強奪するには警備を破るだけの武力はもちろん、当然のことながら防衛施設に関する詳細な情報が必要であり、連中はそれを持っていた。

 そして学生とはいえ専用機持ち数名でやっと破壊できるだけの高い性能を持った無人機を所有。となれば、亡国機業に強力な後ろ盾があったことは楽に想像できる。

 

「こちらも襲撃者について、いつか成果がある。解析班からの報告によると、やはり、無人機に搭載されていたコアは以前のクラス別トーナメントと同様、未確認のコアだった。」

 

「となると、やはりこれらの襲撃には束博士も関与しているのでしょうか?」

 

「いや、違うな」

 

 千冬は否定で返すと、手元の資料を見た。今回の襲撃で用いられた無人機に関するデータだ。

 ISのコアとは物理的な衝撃では破壊できない。

 今回の件では、大破したゴーレムのコアこそ無事だったものの、ゴーレムⅢは簪によってコアごと胴体を真っ二つに断たれていた。

 

(あれは束によるものではない。コアの複製は今やどの国も実験を繰り返している。そのいずれかの国かと検討をつけていたが、望一郎が絡んでくるとなれば、話は変わる)

 

「織斑先生?」

 

 楯無の言葉にようやく千冬はディスプレイに視線を戻す。

 

「なんにせよだ。大和望一郎が関わっているともなれば、こちらとしても連中の認識を改めざるを得ない。なにせあれだけの無人機を退却のために切り捨てていくくらいだ」

 

「連中にとって、オリジナルのコアを用いない無人機はそれほど価値のないものなのか、それともあれくらいのものはまたいくらでも作り出せるということなのか......」

 

 千冬はシワの寄った目頭を揉み、ため息をつく。

 

「頭の痛い話だな。いずれにしても今回の襲撃で奴らの挙げた成果はない。しばらくは問題なかろうが、次は今回以上の戦力を投入して《白式》を獲りにくるぞ」

 

「一夏くんはどうします? もともとこうした標的から身を守る実力をつけさせるために、先生はわたしを阿九斗くんの特訓につけたわけですが、亡国機業の狙いが一夏くんだとわかったとなれば......」

 

「その心配はいらん。お前はそのまま紗伊の実力強化にあたってくれ。こんな状況だ。生徒のひいきなどとは言ってられん。織斑は私が鍛え直す」

 

「わかりました。では、こちらからの報告は以上です」

 

 ディスプレイから光が消え、やつれ気味の千冬の姿が暗くなった画面にうっすらと見える。

 ここ連日の疲労を吐き出すように大きく息を吐く。

 

「やつとは5年ぶりか。粗製品でよくもやってくれる。再会したあかつきには刀を交えることになりそうだが、さて」

 

 そう呟く千冬はどこか遠くを見るようにして目を細めた。

 

 

 

 

 

 それはクロエが阿久斗の部屋へやって来た日と同日。

 機材のケーブルをいくつも接続した《黒鉄》を前に、簪は一人、ポツリと呟いた。

 

「コアのリンクが、安定してる」

 

 先日の学園祭襲撃の際、阿久斗のマナによって変質を遂げた専用機。それは簪が解決できずにいたあらゆる問題点を克服し、大幅な仕様変更を加えられた形で目の前に鎮座している。

 

「特殊武装はフルマニュアルミサイル。メイン武装にプラズマ砲とコイルガンが二門ずつと、近接装備の高周波振動薙刀と脚部ブレード......」

 

 もはや簪の知る機体ではなかった。

 解析結果を別の機材に入力し、複数のチャートに基本性能をまとめたところで、簪はひとつの違和感を覚えた。

 

「おかしい。機体の性能、こんなに低くはないと思う」

 

 こうしてデータ上の数値を見ると、第三世代のISの性能として過もなく不足もない。しかし、実際にこれを用いて戦った簪の感覚では、第三世代機のなかでもかなり高い部類だと想定していた。

 

(やっぱり、これは阿久斗のマナによって機体の性能が底上げされているってこと? となると、ゴーレムとの戦闘記録を照合して、どれだけデータに誤差があるのか確認しないと......)

 

 それからコンソールを操作し、調べられるものを一通り調べ終えると、簪は椅子の背もたれに身を預けた。

 ダメ元ではあったものの、いくら解析を進めても《黒鉄》からマナなるものの存在を確認することはできなかった。

 そっと息を吐き、真後ろを逆さまに見るようにして背もたれから首を垂らす。

 

「もっと実戦データが欲しい......」

 

 ゴーレムとの一戦だけではやはり情報が足りない。

 頼める相手となると、真っ先に思い付いたのが阿久斗だった。しかし、学園祭での負傷を考えると傷が完治しているとはいえ、しばらくは安静にさせたい。

 ともなれば、頼みやすいと言う意味において大差なく、それでいておおよそ親しいとまでは至っていない選択肢ばかりが残るのだから、簪は自分のコミュニティの狭さにため息が出た。

 

「頼めるとしたら一年の専用機持ちか、あとはお姉ちゃん......だけど」

 

 簪はその中で姉に頼る選択肢を真っ先に除外した。身内とはいえ、関係にしこりを残した現状では頼りづらく、それこそ、姉の後追いばかりしている自分への嫌悪がそれを拒ませた。

 しかしなんにせよ、取れる手段は多くはない。

 

 翌朝、簪は1組の教室の前に立っていた。

 他の教室とは違い、このクラスには一夏や箒などを初め、多くの専用機持ちが所属している。

 

(まだそんなに話したことはないけど、この前の学園祭のこともあるし、不自然には思われないはず)

 

 簪は1組の教室の戸に手をかけた。

 

「......と思いたい」

 

 教室の戸に手をかけたまま動くことができない。

 はたして皆は他クラスである自分の話しを聞いてくれるのだろうか。話しを聞いてくれたとして、『そんな交流なかったのに、いきなり馴れ馴れしいな』などとは思われないか、そもそも自分のことを覚えているのか。

 そんな不要とも言える懸念がグルグルと脳裏を巡り、渦巻く思考によって簪は完全に行動を止めた。

 

「......ううぅ」

 

 早い話が、臆病風に吹かれたのである。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、簪はベッドに身を投げた。

 

「アニメでも見よう...」

 

 自室で一人、力なくそう呟いてはみたが、ベットに突っ伏したまま一向に動く気配がない。

 この疲労は体力とは違う、気力の問題だった。

 今朝はクラスにいきなり押しかけるような真似は避け、途中からは専用機持ちが単独でいるタイミングを見て話しをしてみるつもりだった。

 しかし、一夏を中心に代表候補生が輪を作り、一組のクラスメイトでさえ近づきがたい雰囲気で一夏を取り合い始めてしまえば、もはや簪の付け入る隙はなかった。

 ならばと、放課後に寮の部屋に訪問しようと意気盛んでみれば、まだほとんど話したことのない各人の扉を前にして、結局は怖気づいて帰ってきた。

 

(やだな、わたしってこんなに臆病だったんだ...)

 

 情けなさが熟成して、半ば憂鬱になり始めたとき、不意に扉をノックする音が聞こえた。

 

 コンコンコン

 

(......誰?)

 

 消灯時間までいくらか余裕があるとはいえ、この時間に人が訪ねて来るのは珍しい。

 心当たりもなくドアを開けると、予想外の来客に簪は一瞬身構えた。

 

「よう、簪さん。阿久斗いるか? この前借りてたノート返すのすっかり忘れててさ」

 

 ノートを片手に、一夏は屈託のない笑顔でそう言った。

 阿九斗が同室だった頃は、ときどきちょっとした用事で一夏が来ることはあったものの、阿九斗と玄関先で話して帰っていくのがほとんどだ。

 簪もそうしたときには顔を合わせることはなく、こうして応対に出たのも初めてのことだった。

 

「もう部屋が変わって、ここにはいない。部屋番号なら117号室だから」

 

 どうやら部屋替えについてはなにも知らなかったらしい。

 驚いた様子で頭を掻いて、来たときと同じく簪に笑いかけた。

 

「いつの間に俺たちと同じフロアになってたのか。じゃあ今からでも行ってみるよ。ありがとな」

 

 軽くお礼を言って立ち去る一夏。その袖を咄嗟に、簪は掴んだ

 

「待って織斑くん。今度よかったら《黒鉄》の戦闘データの収拾を手伝って欲しい...かな」

 

 ふと出た言葉に簪自身も驚いた。

 何を隠そう今日一日、一組の専用機持ちに頼もうと奔走するなかで、意図的に一夏を避けていたのだから。

 そもそも、簪の《打鉄弐式》が未完成であったのは、開発元である倉持技研が一夏の《白式》の製作を優先した結果であった。

 本人に非があるわけではないことは分かっていながらも、一夏に対する憎悪を拭えず、つい威圧的な態度を取ってしまったこともある。

 それが経緯はともあれ、専用機が想像以上の形で完成したことや、学園祭での共闘が簪に心境の変化をもたらしたのかもしれない。 

 今はそれほど、一夏に対して嫌悪感を抱いていなかった。

 そして翌日、織斑一夏の快諾のもと、データ収拾を目的とした模擬戦が行われることとなった。

 

「よし、それじゃあ始めるか。いつでもいいぜ!」

 

 一夏は雪平弐型を展開し、正面に構えた。

 同時に簪も近接武装であるブレードチェーンソーを展開する。

 

「よろしく......お願いします」

 

 構えた薙刀の黒い刃が、午後の西日を受けて妖しく光った。

 




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21話 「黒い鏡の専用機」

阿久斗に釘を刺されたのが効いたのか、思ったより早く書き上がりました!
今度こそ、一夏と簪が戦いますぅ~



「よろしく......お願いします」

 

 構えた薙刀の黒い巨大な刃が、午後の西日を受けて妖しく光った。

 次の瞬間、空気が破裂したかのようなスラスターの点火音とともに、簪は地上を滑空し、一夏に突進した。

 

(なっ! スピードが速い!)

 

 真正面から繰り出された突きを一夏は寸前でかわす。

 追撃を行わず一夏の横をすり抜けた簪は、ハイパーセンサーで《白式》を捉えたまま、素早く振り返った。

 ホバリングで体勢を立て直すと、反対方向への噴射で砂塵が舞う。

 

「うっ...」

 

 突進の勢いを押し殺してさらに加速。牽制にプラズマ砲のスカーレットガンナーを放ちつつ、簪はブレードチェーンソーで一夏に肉薄した。

 

(なんて出力だよ。一撃が重い!)

 

 その攻撃を雪平でまともに受け止めた一夏は、そのままつばぜり合いで押し負けて体勢を崩しながら距離を取る。

 戦局は簪に有利かと思われた。しかしその表情からは焦りの色がうかがえる。

 

(機体の出力をうまく制御できない......この前はあんなに思い通りに動いたのに、どうして!)

 

 初太刀の突きも想定外のスピードで流れた機体を静止することも困難だった。

 進んできた方向とは逆方向にスラスターを吹かせ、無理矢理ホバリングの体勢を取ってみれば、今度は初太刀以上の出力で一夏に向かって加速していく。

 出力調整があまりにピーキーな《黒鉄》を簪は扱いきれずにいた。

 

(直線的な攻撃が多い...? だったら飛んで後ろを取る!)

 

 何度か刃を接するうちにそんな様子を感じ取ったのか、一夏は出力を上げて飛び上がった。それを追うように簪も高度を上げる。

 

「はあっ!」

 

「うっ...」

 

 アリーナの上空で数回の衝突、雪平とブレードチェーンソーが刃を交える。

 ここから簪は徐々に押され始めていた。

 

「なるほどな。直線で動けば簪さんの方が速いけど、空中でなら俺と《白式》の方が上だ!」

 

「さすがに、気づかれた......」

 

 簪は息を飲んだ。

 一夏は縦横無尽に動き、雪平を振るった。

 立体的な操縦能力が求められる空中での接近戦は《黒鉄》の操作性の低さが浮き彫りになる。

 直線軌道においては出力が速度に直結する。それは旋回軌道も同じではあるが、こちらは最終的に操作性がものを言うのだ。

 

(スラスターの出力はこっちが上なのに、《白式》の動きに対応しきれない...!)

 

 ここでは《白式》に軍配が上がった。

 スカーレットガンナーやコイルガンのアスタロトを撃つが全て避けられる。というよりは、そもそもの命中精度が良くない。ハイパーセンサーで狙いを定めても、その通りに弾が飛んでいかないことがほとんどだった。

 動く標的を相手に、まともに当てられたものではない。

 

「そこだっ!」

 

「くっ...! まだ!」

 

 接近され、大上段から振り下ろされた雪平をブレードチェーンソーで受け止める。

 両者の刃が火花を散らせる中、一夏は叫んだ。

 

「いくぜ! 零落白夜、発動!」

 

「っ!」

 

 つばぜり合いの状態から一夏が雪平を振り上げると、実体剣の刀身がシールドバリアを無効化する、非実体剣に切り替わった。

 

(早く距離を! このままじゃ負けちゃう!)

 

 その瞬間、《黒鉄》のスラスターが一気に点火し、瞬時加速にも劣らない勢いで後方へ下がった。一夏の零落白夜が空を切る。

 

「「えっ......」」

 

 しかしそのスラスターの勢いを殺し切れず、簪はアリーナの地面に背中から突っ込んだ。

 盛大に砂煙が上がり、《黒鉄》の姿が一瞬、一夏の視界から消える。

 

「おい! 大丈夫か?」

 

「うう......」

 

 背中の痛みにうめいて、閉じた目を開けると《黒鉄》を中心にアリーナにちょっとしたクレーターができていた。

 

「どうしてこんな......これじゃあ量産機の方がまだ動ける」

 

 初めて乗ったときの操縦性があまりにもよかっただけに、今の扱えなさの意味がわからなかった。

 焦れば出力の加減が利かず、迷えば安定性を失う。動揺すれば姿勢の制御すらできなくなり、当たらないと思った弾は狙い通りの弾道すら描かない。

 それはまるで自分の心のような、そう思った瞬間、簪はあることに気づいた。

 

「まさか...この機体は、わたしの心を写しているの?」

 

 その結論に答えるように、《黒鉄》の制御はわずかながら落ち着きを取り戻しているようだった。

 たしかに初めてこの機体に乗ったとき、簪は自分でも驚くほどに冷静さを保っていた。

 絶対防御が無効化されていたにもかかわらず、頬をゴーレムの剣が掠めても動揺することすらなかったのだ。

 

「簪さん! 大丈夫か!?」

 

 オープンチャンネルに一夏の姿が写った。

 

「大丈夫...ちょっと痛いけど、何か掴めそうかも。もう一度お願い」

 

 簪はその場から立ち上がり、ブレードチェーンソーを構え直した。

 

(《黒鉄》はわたしと同じなのかもしれない。戦うことにすら臆病で、いつも自分にできることすらできずに動けなくなる)

 

「すぅ......はぁ...」

 

 目を瞑り、深呼吸をして気持ちを切り替える。

 

(彼は強い。技術や知識とは違う。誰かのために戦うことを恐れない、阿久斗と同じ心の強さを持ってる。それはわたしにはない力。だからこそ!)

 

────ドッ

 

 簪を中心にエネルギーの波が波紋のように広がった。ゆっくりと目を見開き、上空にいる一夏と《白式》を見据える。

 

「わたしは一夏に勝ちたい!」

 

 そのエネルギーは本来ISが発揮することのない力、マナによるものだった。

 

(相手はほとんど素人とはいえ専用機持ち。機体の制御もできずに勝てる相手じゃない。冷静に、集中して、自分にできる最善を尽くす......)

 

 すると今までの動揺、焦り、そのすべてが嘘のように思考が澄んでいく。

 

(なんだよあれ? 簪の機体からエネルギーが溢れてるのか?)

 

 ハイパーセンサーが認識する機体性能には何の変わりもない。しかし、明らかな《黒鉄》の変化を目の当たりにして、一夏に緊張が走った。

 

「この不思議な感覚、あのときと同じだ。今ならわかる。今のわたしならこの機体の性能を十分に引き出せる......」

 

 簪は機体を上昇させ、一夏と向かい合う形で姿勢を取った。

 

「お待たせ。もう大丈夫」

 

 普段の自信なさげな様子をまったく感じさせない、余裕ある表情。

 

(......気のせいか? なんだか簪さんの様子まで変わったような)

 

 ふと疑問を持ったものの、戦うことに集中しようと一夏は頭の片隅に追いやった。

 

「力を貸して...《黒鉄》」

 

 簪自身でも、聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟く。

 そして一夏が雪平を構えると同時に、簪は行動に出た。

 あえて押されていた接近戦で挑み、横凪ぎに払ったブレードチェーンソーを一夏は後ろにのけ反るようにして避ける。しかしすぐさま流れるように繰り出された突きが眼前に迫り、反応の遅れた一夏はまともにそれを食らった。

 

(ぐっ! なんだ!? さっきまでとは動きがまるで違う!)

 

 頭を撃ち抜かれたような衝撃が一夏を襲った。装甲のない場所への攻撃によって絶対防御が発動し、大幅にエネルギーが削られる。

 

「まだまだぁっ!」

 

 どうにか体勢を整え、一夏は再び簪に斬りかかった。

 

「ケルベロス、全砲門解放......」

 

 《黒鉄》の背部から撒き散らすように48発のミサイルが放たれる。バラバラの方向に放たれたそれは簪の意思に反応して進路を《白式》に向けた。

 

(誘導ミサイルか...? いや、動きがおかしい)

 

 一夏は回避しながらミサイルとの距離を測った。それらはまるで生き物のようにそれぞれがまったく違う軌道を描きながら一夏を追尾する。

 

(ダメだ、避けきるには数が多すぎる。こうなったら雪平で全部落とすしか)

 

 迎撃すべく一夏は雪平を構えると、四方八方から迫るミサイルの中で一番近くのものに視線を向けた。

 

「今っ!」

 

 簪はアスタロトの照準を、放ったミサイルの一つに合わせた。

 

「絶対に当てる......そう思えば当たる!」

 

 そう言って打ち出された弾は簪が思い描いた通りの弾道を描き、ミサイルに命中した。

 爆発したミサイルが他のミサイルを巻き込んで誘爆し、熱波と閃光の壁が一夏を囲う。

 

「ぐあっ!」

 

 命中したわけではなく、誘爆に巻き込まれただけである以上、削られた《白式》のシールドエネルギーは微々たるものだったが、視界は爆発によるフラッシュで完全に封じられた。

 

(まずい! このままじゃ狙い打ちされる!)

 

 とにかくその場で停止しないことだけを念頭に一夏は闇雲に高度を上げる。

 しかし《黒鉄》から照準を合わせられていることを示す警告音が、一夏の耳をつんざいた。それからやや遅れてスカーレットガンナーの紅いプラズマが《白式》を貫く。

 

(戦ったばかりのときは動きが単調だったのに、今じゃこんだけの武装をフルに使いこなしてくる。どうなってるんだ?)

 

 対して、遠距離武装が一切ない一夏はどうしても動きがパターン化してしまう。ジリジリと追い詰められ、残りのエネルギーは1/4を下回った。

 視界の端でシールドエネルギーを示すゲージが赤くなる。

 

(エネルギーの残りが少ない! こうなったらあれをやるしか!)

 

 一夏は雪平を担ぐように構えると、スラスターのエネルギーを再度取り込み、単一仕様能力を発動する。

 

「零落白夜! 発動!」

 

 瞬時加速と零落白夜の併用、一夏の決め手だ。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 トップスピードで接近する一夏に、簪はブレードチェーンソーを右脇に構えた。

 

「悲鳴共振......」

───────キィイィイィイィイィイィンッ!

 

 冷淡にも聞こえるその一言と共に、刃が紅く染まり、悲鳴のような甲高い振動音をあげる。

 

(この音、ゴーレムを倒したあの能力! まずい!)

 

 そう思っても、瞬時加速中は軌道を変えられない。

 カウンターを狙う簪に真正面から零落白夜で突進する。

 

「くっ! 行っけえええええっ!」

 

 たとえ零落白夜の一撃がシールドバリアを無効化できても当てられなければ意味がない。そして薙刀と剣ではリーチに差がある。

 

「これで、決める!」

 

 簪は柄の一番下を片手で持ち、それを頭上で回して軽く遠心力をつけると、一夏と《白式》を凪ぎ払った。

 

 

 

 

 

 

「うーん、途中まではよかったんだけどなぁ」

 

 勝敗は簪の勝利という形で幕を下ろし、日が傾き始めたアリーナで一夏はため息をついた。

 優位を一瞬で挽回されたような試合内容から、一夏もそれなりに落ち込んでいるように見えたが『今後の戦いに活かす』と意気込むと、普段通りの笑顔を取り戻した。

 

「強いんだな、簪さんって。全然敵わなかったぜ」

 

 簪はとんでもないとばかりに、何度も首を横に振る。

 

「そんなことない。わたしなんてまだまだで、最近になってようやく強さがなんなのかってわかって、それで」

 

 うまく喋れず、不器用に話す簪をじっと待つように一夏は優しく見つめた。その視線に気づいた簪は緊張の糸が切れたように、ゆっくりと、たしかに言葉を並べた。

 

「織斑くんに勝てば、少しは本当の強さに近づけるかなって、そう思ったの」

 

 こうして一夏に勝ったとしても、まだまだ及ばない。それでも簪が追い求める強さは以前よりはっきりと輪郭を帯びていた。

 

(わたしには、目標にしてる人がいる。その人と同じ強さを持って、同じ場所に立って、その人のために戦いたいって思えるから)

 

 簪は待機状態の《黒鉄》を見た。指輪に嵌め込まれた黒い結晶は夕陽の光に照らされてなお、妖しく冷たい輝きを放っている。

 

「阿久斗...」

 

「ん? 阿久斗がどうしたんだ?」

 

「なっ! なんでもない!」

 

 真っ赤に染まったその顔は、夕陽かそれとも。

 




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また次回~


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22話 「武士道 : 前編」

やっと書けました......
お待たせしました......
書きすぎて前後編になりました......
どうぞ!!



 

 

 空はうっすらと明るくなり始め、夜の最後の寒さが名残惜しげに阿久斗の顔を撫でていく。

 当初はやや混乱状態にあった生徒たちも、学園祭襲撃から一週間も過ぎればいくらか落ち着きを取り戻し、安穏とした雰囲気が学園を包んでいた。

 阿久斗も怪我の療養のためにここ数日は安静にしていたものの、ゴーレムとの戦いで負った傷は無事に完治。朝のジョギングを再開していた。

 いつもの通り学内をぐるりと一回りしたあと、林道を一定のリズムを刻みながら走る。

 学園の敷地であるのだから、林というには多少手狭ではあるが曲がり道の多く入り組んだそこは、反対側まで抜けようとなるとそれなりの距離になる。

 結果、時間的にもちょうど道の中間辺りが阿九斗の考える引き返しどきになるのだ。

 

「ハァ...ハァ...今日はここまでにしておこうか」

 

 そう言って来た道を引き返そうと思った矢先、離れた場所で朝日を反射しながら不規則に動くものがあった。

 近寄ってよく見ると刀を手携えた少女が一人。なにかの剣術の型だろうか、日に照らされた刀身と流れるような剣捌は風に舞う笹の葉と相まって神秘的なまでの美しさを醸し出している。

 

(あれは、篠ノ之さんじゃないか。)

 

 篠ノ之箒。一夏と共に福音の一件で戦っていたIS操縦者。そしてISの開発者である篠ノ之束の妹にあたる。

 それから何度か同じ型を繰り返すと、大きく深呼吸をしながら刀を鞘に納めた。

 ひとしきり稽古を終えたのか、箒は首に掛けていたタオルで頬を拭う。

 

「おはよう。剣術の練習かい?」

 

 区切りがついたと見て阿九斗は拍手をしながら前にでた。

 少し驚いたようにして阿久斗の存在に気づくと、焦るように返事を返す。

 

「お、おはよう。......なんだ、見ていたのなら一声かければよいだろう」

 

「すまない。盗み見るつもりはなかったんだけど、あまりに美しくてね」

 

「なっ!?」

 

 型の最中の表情から一転、箒は耳まで赤くしてあからさまに視線を反らした。

 阿九斗は剣術に詳しいわけではないが、それに目を奪われていたのは確かだ。

 

「本当に綺麗だったよ。素人目にも洗練されているのがわかる、素晴らしい演舞だった」

 

 それを聞いて『美しい』という評価が自分の容姿ではなく、自分の剣技に対するものであったと瞬時に理解した。

 

「............」

 

 半眼無言で阿久斗を見つめる箒。

 

「うん? どうしたんだい?」

 

「いや、なんでもない...」

 

 このとき、ふと感じた既視感の正体を箒は嫌というほど知っている。

 

(この男は一夏と同じ部類の人間だ)

 

 ただ純粋に、心からそういうことを言えてしまう。腹立たしくも憎めない性格。

 

「沙伊...だったな。名前は」

 

「うん、君は篠ノ之さんだね」

 

 普段は制服でいるときしか会うことがないせいか、稽古着姿をみるのは新鮮だった。

 

(思い返せば《銀の福音》の暴走事件で会って以来あまり話す機会がなかった。これを機に親睦を深めるのも良いだろう)

 

 阿久斗はそう考えた。

 束の妹であるといった理由も少なからずあったが、そうした色眼鏡の抜きに、日頃から見られる清廉潔白な振る舞いには好感を持っていた。

 

「いつもこんなに早くから練習しているのかい?」

 

「ああ、毎朝の習慣なのでな。そういうお前こそずいぶん早いではないか」

 

 そう言いながら汗を拭う仕草に服部絢子の姿が重なって見えた。

 確かに箒の凛とした容姿と強みの帯びた声はどことなく絢子に似ている。

 

(......彼女は元気でやっているだろうか)

 

「紗伊?」

 

「...ああ、すまない」

 

 物思いにふけっていた阿九斗の思考は箒の言葉でふと現実に引き戻される。

 無意識に重ねていた絢子の影が消えた。

 

「知り合いのことを思い出していたんだ。君とよく似た強い人だった」

 

 他意のない阿久斗の一言。

 しかしそれを受けて俯いた箒の表情には陰が差して見えた。

 

「いや。私はお前が思っている以上に、弱い......」

 

「え?」

 

「私はそろそろ部屋に戻る。また教室でな」

 

 それだけ言って箒は阿久斗に言葉をかける隙すら与えずにその場をあとにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「最近、箒の様子が変なんだ」

 

 一夏から相談を受けたのはそんな出来事があった日の昼休みのことだった。

 珍しく自前の弁当を片手に阿久斗のいた中庭のベンチに腰を下ろすと、おかずのソーセージを箸でつつきながら溜め息をつく。

 

「様子、というと?」

 

「話しかけても素っ気ないというか、ここのところは訓練に誘うようなこともしなくなったし、なんか上手く言えないけど、いつも箒と違うんだよ」

 

 編入してまもないこともあって『いつも箒』というものが分からないでいたが、今朝見せた箒の表情がふと阿九斗の脳裏によぎる。

 

「一夏になにか心当たりは?」

 

「それがなにも。箒に聞いても『なんでもない』『いつも通りだ』としか答えてくれないしさ」

 

 そう言って肩をすくめる様子をじっと観察するように見て、阿久斗はここ最近の一夏の行動を記憶の中から手繰り寄せる。

 

(あー、もしかして......)

 

 思い当たる節が確かに合ったのだ。

 一夏は妙なところで鈍感というか察しが悪いというか、時折やり取りのなかで的外れな返答をすることがある。

 事実、急な女子の剣幕にまいったように応対しているのを見かけたことがあるし、助けを求めるように視線を送られたことも何度かあった。

 

(今回についても一夏のなんらかの落ち度があって、一時的に態度が冷めているだけではないだろうか?)

 

 疑念の渦巻く阿九斗の視線に一夏は、なんだ? といった様子で見返してくる。

 

「......原因がわからない以上はどうしようもないし、しばらく様子を見てみればいいんじゃないかな? 気になるようなら僕の方からさりげなく聞いてみるよ」

 

 打開策、というよりは現状維持に等しいアドバイスで一旦その場をおさめた。

 

(......まあ、君が聞くとトラブルが激化しかねないからね)

 

 という本音をゴクリと飲み下して。

 

 

 

 

 

 

 放課後を向かえ、傾きかけた夕日の中を阿久斗はいつもの林道を歩いていた。毎朝のように足を運んでいた学内の竹林も、時間が変われば驚くほどに様子が変わる。

 着いた先は剣道部が主に活動している道場。

 

「ここで間違いないみたいだね」

 

 普段はここまで立ち入ることがなかったせいで知らなかったが、どうも阿久斗のランニングコースであった竹林をそのまま進むと道場があるらしく、格闘訓練用の教室であると同時に剣道部の活動場所にもなっているそうだ。

 周囲を竹林に囲まれるように建てられたそこは、最先端設備の集合体ともいえるIS学園とはまったく違う、どこか古風な雰囲気だった。

 出入り口の前に立ち、阿久斗は腕時計の目盛りを確認する。今は活動時間外、つまり誰もいないはずの時間だ。

 そんな道場の戸を阿久斗は開ける。

 

「やあ」

 

 そう一声だけかけて、阿久斗は道場の中にいるただ一人の人影に目を向けた。

 胴着に身を包み、剣道に使われる竹刀携えている。

 篠ノ之箒だ。

 

「阿久斗か。どうしたのだ? 普段ここに来るようなことはなかったが」

 

 今朝のことを気にしてか、口調からはやや気まずさのようなものが感じられた。

 もちろんこうして会ったのは偶然ではない。放課後に箒がこの道場にいることは一夏から聞いて知っていた。

 それは箒の言葉からも、普段阿久斗が道場に来ることがないとわかるほどに通い詰めていることが伺える。

 

「僕の機体は射撃武装もあるけど、基本的には腕を使った極近距離戦になるからね。そういう技術は生身で体得するのが近道だろうと思ってさ」

 

 阿久斗は壁にあったスイッチを押すと道場の床の一部が開口、そこから押し上がるようにサンドバッグが現れ、設置される。

 

「他の施設とはずいぶん様子が違った場所だけど、こういうところはさすがはIS学園だね」

 

 制服の上着を脱ぎ、それに対面してボクシングのファイティングポーズのような構えをとる。

 半歩踏み込んで腰をひねり、人の身体でいうところの脇腹の位置に向かって阿久斗は拳をぶつけた。

 ドンッ、という重い音と共にサンドバッグが揺れる。

 最初こそはきょとんとした様子で見ていた箒だったが、そんな視線を気にせず自分の練習を続ける阿久斗につられるように再び稽古を始める。

 聞くなら今か、と意を決して阿久斗は口を開いた。

 

「そういえば、代表候補生のみんなは一夏とよく特訓してるらしいけど、箒さんは特訓しないのかい?」

 

「なぜ、そんなことを気にする?」

 

 疑問で返されて、阿久斗はなんでもないといった表情で答える。

 

「特に意味があるわけじゃないよ。よくアリーナの外から様子を見かけるけど、箒さんがいるところ見たことがないからさ」

 

 箒は顔を合わせないまま、竹刀で素振りを続ける。大した話じゃない、ただの世間話という体裁を保つために。

 

「別に大した理由などない。ただ私より他の専用機持ちたちの方が適役だというだけのことだ」

 

「そうかな? 一夏から聞いてる。剣道がすごく強いんだってね。それこそ全国大会で優勝するくらいに」

 

 阿九斗は再び拳を打つ。

 《銀の福音》との戦いで軽く見た程度だったが、箒が使っていた武装が刀状のものだったのは確かだ。操縦技術で遅れをとっても、その腕前は必ずIS戦でも応用が効くはずである。

 

「いや、それではダメなのだ。そんな強さでは......」

 

 不意に竹刀を振る手が止まり、それを見て阿九斗も手を止めて箒を見るがやはり顔を向けようとしない。

 うつむいたままじっと動かないでいる。

 

「弱い...本当に弱い自分を、私は剣術の強さで守ってきただけだ。薄皮ひとつ剥いてしまえば、私はなんとも愚かで弱い......」

 

「誰にだって心のどこかに弱さを持っている。それは僕も君も同じだろうけど、わからないな。君はどうしてそんなにも自分のことを卑下するんだい?」

 

 最初こそは些細な疑問だった。そういう性格なのだといってしまうのは簡単だが、ここまでその姿勢が一貫していると性格的なものではないように思える。

 

「そういうことではないのだ。私は...私はな......」

 

 そのとき、箒はようやく阿久斗に顔を向けた。

 

「......私はあの時、一夏に諭されるまで密漁者などどうなっても構わないと思っていた。本気で、彼らを見捨てるつもりだったのだ」

 

 ぼそりと呟くような声はあまりに小さかったが、しかしはっきりと聞こえた。

 

「強いなどと、私にはそんなことを言われる資格はない!」

 

 箒は今にも泣きそうな表情で、いや、心はすでに泣いていたのだ。あの事件からずっと。

 肺の底に溜まった淀みのようなものを吐き出すように、箒は大きく息を吐く。そのまましぼんでしまうのではないかと思える程に弱々しい肩が微かに震えて見える。

 

「今貴様に口にしてはっきりとわかった。私には力を持つ資格など初めからなかったんだ......」

 

 強く握られた竹刀の柄が音をたてて軋む。

 

「私はもう、《紅椿》には乗らない」

 

 阿久斗はかける言葉が見つからなかった。

 まさかあそこまで箒を追い込んだ原因が自分にあるとは思ってもみなかった。

 『君は正しい』

 阿九斗のその言葉に箒は今までずっと悩まされてきたのだ。

 

「荒っぽいのは好きじゃないけど、仕方がない」

 

 阿九斗は壁のスイッチを押してサンドバッグを格納すると箒に向き直った。

 

「篠ノ之さん、僕と勝負しないかい?」




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ではまた次回~


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23話 「武士道 : 後編」

来ましたよ波が、、、
執筆のムーブメントが、、、
最新話からまさかの翌週投稿です


「篠ノ之さん、僕と勝負しないかい?」

 

 唐突な申し入れに箒は首を振って返す。

 

「言っただろう。私には《紅椿》に乗る資格などなかった。もう二度と、私は《紅椿》には乗らないと」

 

 そんなどこか諦めたような、一切を拒むような雰囲気で箒は同じ返事を繰り返す。

 

「勘違いしないでほしい。別にISで戦おうって訳じゃないんだ。君とは生身で勝負がしたい」

 

「......どういうつもりだ?」

 

 阿久斗の意図が読めず、いぶかしむような視線を送る。

 

「言葉だけじゃ、君には伝えきれないと思ってね。だったら一度ぶつかってみるのもありじゃないかな?」

 

 それはつまり、勝負の中で語るという意味だ。

 

(まさか、私に剣で挑もうというのか?)

 

 箒は確認する程度の意味で壁に立て掛けてあった竹刀を手に取ると、切っ先を持ち、持ち手の部分を阿久斗に向けた。

 

「沙伊阿久斗、貴様これまでに剣術の心得は?」

 

「ない。だから僕はこれを借りるよ」

 

 渡してきた竹刀を阿久斗は手で制すると、道場の端に寄せて置かれていた剣道用の籠手を拾い上げた。

 それを両手にはめ、感触を確かめるように手を開け閉めする。

 

「バカを言うな! それは武器ではなく防具だ! 勝負で丸腰の相手に剣を振れるものか!」

 

「十分武器さ」

 

 そのとき、阿久斗の視線の中から感じ取ったプレッシャーに箒の身体がこわばった。

 明らかな、誰の目にもわかるほどの重圧を合図に阿久斗は地を蹴り、距離を詰めると拳を振り上げる。

 反射的に防御の構えを取る箒の竹刀に拳の軌道を合わせ、当たる瞬間、阿久斗は拳に微かながらマナを込めた。

 

「はあっ!」

 

「くっ!」

 

 その一撃を受けて柔軟性のある竹の刀身がしなり、崩れた体勢をカバーするように箒は後ろへ下がる。

 竹刀で吸収し切れなかった衝撃が腕に伝わり、一瞬、痺れたような感覚が走った。

 

「......なるほどな。確かに貴様の拳は伊達ではない。いいだろう、勝負だ」

 

 拳相手でも侮れないと悟った箒は右足を前に出し、左足の踵を軽く浮かせると竹刀を中段に構え直す。

 剣道の最も基本的な構えだ。

 

(これで彼女もその気になったかな。とはいえ、マナに頼るのはこれっきりだ。ここからはフェアにいかなきゃ意味がない)

 

 阿九斗は箒に対して身体を斜めに向け、自分の胸と同じ高さで拳を握る。

 

「お前の認識を改めよう、沙伊阿久斗。お前は一夏と同じでこうした荒っぽい方法を嫌うやつだと思っていたが、お前はどちらかというと間違いなく私寄りだ」

 

「いや、本来なら僕もあまり争い事は好きじゃないんだ。できることなら平和的なのが一番なんだけど、残念なことに荒事は得意でね」

 

 笑って見せる阿久斗を箒は油断なく凝視した。

 呼吸の間隔を意図的に早め、再びぶつかるその瞬間に備える。

 

(この男は、強い......)

 

 拳から竹刀を通じて感じ取った阿久斗の実力。

 自分が最も得意とする剣術、培った経験、その全身全霊をもって挑んでも勝てないかもしれないほどの相手。

 しかし逆に、自分の全身全霊をもってすれば勝てるかもしれない相手。

 

(これ以上ないほどの“好敵手”だ)

 

 竹刀を握る手に力がこもる。

 

「行くぞ! せあああああっ!」

 

「はあっ!」

 

 籠手と竹刀が音を立ててぶつかる。

 阿久斗は打突ひとつひとつを着実に受け止め、かわし、手が届くまで距離を詰める。

 箒の攻撃のほとんどは剣道でいうところの『面』『小手』『胴』『突き』それらを複数使った連続技とパターン化していた。

 

(頭を打つときは中心線に沿って真っ直ぐ、腕を狙うときは右手が多い、胴体は大抵が左側からで決まってみぞおちの高さに、突きは喉元、ただし放つ角度は変則的、そしてどんな攻撃も上半身以外は絶対に狙わない)

 

 数回の打ち合いで阿久斗は箒の攻撃の癖を見抜いた。ただし、例外的な角度や位置への攻撃があるのも確かで、けして油断はできない。そしてなにより

 

「やああああっ!」

 

「ぐっ...」

 

 上段からの一太刀を後ろに下がることでかわす。

 なにより、剣士としての箒が持つポテンシャルは脅威的なほどに高かった。

 

(また距離を離された。一定の型にはまっているからある程度攻撃の予測はつくけど、それでもかわすのだってギリギリだ)

 

 剣道で有効となる攻撃位置は新剣なら一太刀で生死が決まる、言わば人の急所となる場所だ。

 箒は当たる寸前で竹刀を止めるように打ってはいるが、それが気休めにすらならないほどの冴えと鋭さが、それらの一撃にはあった。

 だが箒と違って阿久斗の目的は勝つことではない。

 

「心の弱いままで、こんなにも強くはなれないんじゃないかい?」

 

 両脇を締めてガードを固めると剣撃の中を突っ切るように押し進む。

 

「こんなものは強さではない! 単なる力だ!」

 

「なら君の言う強さとは? 力を正しく使える力が強さじゃないのかい?」

 

「その通りだ。しかし私は力を正しく使えなかった。それは私が弱かったからだ!」

 

「違う。君は強い」

 

「お前になにがわかる!」

 

 力任せの横凪ぎの一撃が阿久斗の存在を拒絶するように振りきられた。籠手をはめた両腕を十字に重ねて防ぐが、衝撃まではいなせない。

 阿久斗は弾き飛ばされるように横にのけ反る。

 箒はなおも叫んだ。

 

「力が欲しかった! 一夏と並んで戦うための力が! 私はずっと自分が強く、それに見合った力さえあればとばかり思っていた! なのに力を手に入れた私はあんな...!」

 

 気持ちの伝え方がわからない子どものように、箒は泣くに任せてただひたすら竹刀を振るった。型外れで、さっきまでのような鋭さが消えた冴えのない太刀筋。

 阿久斗はそのひとつひとつを籠手で防ぐが、けしてかわすことはなかった。

 

「私にはもう!《紅椿》に乗る資格などっ!」

 

 大上段から振り下ろされた一撃が、ガードの隙間に押し入るようにして阿久斗の頭蓋を打つ。

 確実な手応えと竹刀の炸裂音に箒が感じたのは“恐怖”。

 いつのまにか感情に任せて加減を忘れていたことに気がつき、ゾッとして竹刀を引こうとする。

 また、自分の弱さ故に取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと。

 

「ならどうして...君はそれからも《紅椿》で戦った?」

 

「っ!」

 

 阿九斗は自身の頭に当てられたまま停止している竹刀を掴んだ。

 ISの絶対防御もなければマナによる身体強化もされていない、全くの生身で受けた一撃だ。

 しかしそれを受けて頭から血を流しながらも阿九斗は頑としてその場に立ち続けている。

 

「学園祭襲撃のときもそうだ。君は仲間のために戦っていたはずなんだ。それができたのは自分の間違いを悔いて、正しい道を進み始めたからじゃないのか。初めて会ったとき君は間違えていたのかもしれない。だけど」

 

 手の甲を正面に向け、下からすくい上げるように突き出された拳が箒の顎先でぴたりと止まる。

 

「今の君は、間違っていない!」

 

 その拳はつなぎ止めた意識で辛うじて放った阿久斗の想いだった。 

 直後、膝からガクリと崩れ落ち、木目の床が倒れた阿久斗の頬を打つとそのまま意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 目を覚ましたとき、真っ先に箒の顔が目に映った。

 その心配そうな表情が安堵のそれに変わると阿久斗は頭と両手の違和感に気づく。

 打たれた頭には包帯が巻き付けられていて、防具越しに攻撃を受け続けた両手には湿布の冷たい感触があった。

 

「よかった...気がついたのだな」

 

 阿久斗の横で稽古着のままで正座している箒。その傍らには剣道部の備品であろう救急箱があった。おそらく箒が手当てをしてくれたのだろう。

 阿久斗は半身を起こすと包帯の巻かれた頭部に触れる。

 

「コラ! 無闇に触るな。傷口は塞がったがまた開かんとも限らんだろう!」

 

「ご、ごめんっ」

 

「まったく......」

 

 そう呟いてしばらく膨れていた箒だったが、自分が負わせた怪我が原因なのだと急にばつか悪くなったようだ。

 

「怪我が治って早々にすまなかった。そうとう強く頭を打ってしまったが、気分は悪くないか?」

 

「うん、ああ、心配ないよ。僕は人より体が丈夫だから」

 

 実際に触った感覚から怪我はほとんど治っているようで、これならもう包帯を巻く必要もないくらいだった。

 とはいえ触れただけであの様子なのだから、阿久斗もそれをわざわざ外そうとは思わなかった。それだけ心配されているのだと思えば、多少の剣幕も悪い気はしない。

 

「............」

 

 道場の窓から外の様子を見るとまだ日は沈みきっていない。そうしたことから、勝負を終えて大して時間が経っていないことがわかる。

 

「それにしても大した腕だな。私も本気だったがこうも負かされてしまうとは」

 

「いや、篠ノ之さんの打ちは寸止めだったし、普通にやってたらどうなっていたかわからないよ」

 

「どの口がそれを言うか! 勝負の間、攻撃の隙はいくらでもあってであろうに、それをお前はわざと逃すような真似をして」

 

「それは、その......」

 

 確かにそれは箒の言う通りで、阿久斗は必要以上に攻撃を加えることはしなかった。対等な勝負として臨んだ箒からしてみれば、それは不服以外のなにものでもないだろう。

 

「......だが、そうだな。沙伊のおかげで胸のつかえが取れたような気がする。ありがとう」

 

 そう言った箒は道場の窓から差す夕日を見つめ、遠いなにかを思うように呟いた。

 

「私は、いったいどうしたらお前や一夏のようになれるのだろうな。今の私ではこの手の中にある力ですら、満足に扱うこともできないというのに」

 

 箒は竹刀と、それを握っている右手の手首に着けた待機形体の《紅椿》を掲げるようにして夕日に照らす。

 それら二つはまさに箒が持つ力の象徴でもあった。

 誰かを守りたい。そのための力が欲しい。そう言った一夏はきっとどんな力を得ても、正しく使うことができるだろう。

 それは揺るがぬ信念があるからだと、箒は思った。

 同時に、それが今の自分には欠けているとも。

 しかしわからなかった。それを得ようとするなら、いったい自分はどうすればいいのか。

 

「自分の愚かしさを変えたい。だが、具体的に自分がどう変わりたいかがわからないのだ。目標がない、というのだろうか。私が目指すべき先がどこにあるのかが、今はわからないでいる」

 

 一夏には一夏の信念がある。

 阿久斗には阿久斗の信念がある。

 だからこそ、本気で自分を変えようと思うのであれば、それが他人の模倣であってはならない。

 自分なりの信念を見つけなければならない。

 

「......そっか」

 

 阿九斗はその言葉を自身に置き換えてみる。

 世界を変えたかった。神を中心とした社会が間違っていることはわかっていた。しかし自分が理想の社会を思い描いても、それが人のためになるのか自信を持てなかった。

 それゆえに阿久斗はここにいる。

 だが、どう変わりたいかがわからないというのなら、阿久斗にも言える言葉があった。

 

「今朝話したことを覚えているかい? 君とよく似た知り合いがいるって」

 

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。だが、それが今どうしたというのだ?」

 

「彼女が言うには、争いを制御するのが武、なんだそうだよ」

 

「.........ぁ」

 

 驚いた、の一言では済ませられないような、様々な感情が入り交じった複雑な表情だった。

 例えるなら部屋中探してもまったく見つからなかった鍵が、ふと着ていた服のポケットから転がり出てきたような驚き。

 

(ああ、そういうことだったのか......)

 

 あるいは、そんな驚きとまったく同じものだったのかもしれない。

 

(私は、いったいなにを難しく考えていたのだろうな。答えは自分の歩んでいる道の先にずっとあったのだ。それに今まで気がつかなかったのは、まだ私がそこに行き着く途中だったからというだけ)

 

 間違っていたのではなく、達していなかった。

 答えは実に単純明快で“未熟者”の一言で片が付く。

 自分はまだ未熟だったのだ。

 そう思うと自然と笑いが込み上げた。

 

「......すごい知り合いだな。一度会ってみたいものだ」

 

「会うのは......ちょっとどうだろう。ずいぶん遠いところに居る人だから。でも───」

 

 今はまだ遠い、しかしいずれは帰らなければならない阿久斗の本当の世界。 

 

「もし僕がもう一度彼女に会うことができたなら、君のことを話してみたい」

 

 どこか懐かしむように話す阿久斗に箒は苦笑した。

 

「なら、話をされる前に己を磨いておかないとな。ようやく自分の未熟さに気づいたのだ。人伝てに己の恥を広められてはかなわん」

 

「恥だなんてとんでもないと僕は思うよ?」

 

 そう言って阿久斗は箒の顔を見て、やはりと確信した。

 今朝と同じように箒と絢子の姿が重なって見える。

 

「さっきも言ったことだけど、君は変わった。それはあのときの君と比べて少しの気づきの違いなのかもしれない。でも気づき始めたっていうのは、変わり始めたってことじゃないのかな?」

 

 雲に遮られていた夕方の強いオレンジ色が、阿久斗たち二人を照らす。並んで座る二人の後ろに長く延びた影が映った。

 

「今の君は彼女と同じくらい、立派に見える」

 

 淀み、迷い、それらが澄んで消えていく。

 広い草原に立ちつくして吹きわたる風を全身に受けたような錯覚に、箒は胸の中がさざめくのを感じた。

 

(まったく、こいつにはいったい何度驚かされるのだろうな......)

 

 仲間を守ることが一夏の信念、世界を正しく導くことが阿久斗の信念、なら箒の信念は────

 

「決めた。私は本当の意味での武の道を極める。それが私の信念、“武士道”だ」

 

 箒はそう断じた。瞳には一切の曇りなく、静かに進むべき道を見据えているように。

 

「とてもいいと思うよ。僕はそういう人が好きだな」

 

「なっ!?」

 

 今日何度目の驚きか。

 あまりのことに空いたままの口が塞がらず、全身は微動だにもせず、ただ目だけが狂ったコンパスのようにグルグルと回る。

 

「それは、いったいどういう......」

 

 どうにか動いた口で拙いながらも恐る恐る、といった様子で伺う箒に阿久斗は答える。

 

「そのままさ。篠ノ之さんのように自分の道を信じて真っ直ぐ進んでいく。僕はそれが素晴らしいことだと思うんだ」

 

 泰然と言ってのける阿久斗に一夏の姿が重なると、今までの感動を塗り替えるような言い知れぬ怒りが箒の胸に込み上げた。

 

(落ち着け私、今までそうやって力の使い方を誤ってきたのだろう。わかったそばからこれでは意味がない。平常心だ。今こそ武道を通じて培った不動の心で......)

 

 努めて冷静に、そしてひとつの結論に箒はたどり着いた。

 やはりこやつは“切るべきである”と。

 

「ふん!」

 

 竹刀が空を切り、そのまま叩きつけられた道場の木目に亀裂が走る。

 

「確信したぞ......やはり貴様もそういう男だとな。沙伊阿久斗!」

 

「え?」

 

 思えば今朝話したときもそうだった。

 美しい? なにが? 剣の型だ。

 好き? だれが? 志を持った立派な人がだ。

 ならば自分は?

 その答えは簡単、()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様のような......貴様のような男がいるから、私は...いや私たちはなぁ......」

 

 わなわなと肩を震わせ、唇を噛み締める箒。その目は憤怒に燃えている。それでも思考は冷静に、ただ目の前の敵を討つための最善を模索している。

 

「あの、篠ノ之さん?」

 

「黙れっ!」

 

 尋常ではない箒の様子に歩み寄った刹那、竹刀の一閃が阿九斗の額を掠めた。すると鋭利な刃物で切りつけられたかのように、前髪が横一文字に落ちる。

 

「私は大義を得たぞ。乙女の心をたぶらかすその天性、女生徒に被害が出る前に、今ここで両断させてもらう!」

 

「くちゅん!」

 

 どこか遠くで、簪は盛大にくしゃみをした。

 

「っ!」

 

 阿久斗はとにかく全力で逃げた。脇目も振らず後も振り返らず、ただ走った。

 その後を箒が無闇やたらに竹刀を振り回しながら追いかけてくるのが殺気でわかる。

 耳元で聞こえた竹刀の風切り音にジワリと冷たい汗が背に流れると、阿久斗は今朝感じた箒の認識を改めざるをえない。

 

(篠ノ之さんが服部さんと似てる? 冗談じゃない!)

 

「天誅ーっ!!」

 

「のあっ!」

 

 振り下ろされた箒の一撃が阿久斗の背中を掠める。今ここで阿久斗を仕留めるという一種の正義に、一切の迷いがない。

 

「これじゃあほんとに、服部さんそのものじゃないか!」

 

「このぉ、唐変木があああっ!」

 

 天よ地よ響けとばかりに阿九斗と箒の絶叫が学園中に木霊したのだった。




評価、感想お待ちしています!
また次回~


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24話 「バットタイムなティータイム?」

 文化祭が終わったかと思えば、すぐに中間テストの期間へとなだれ込み、この学園に来てからの勉強の成果が明確な数字となって帰ってくる。

 予想通りだったもの、予想より出来ていなかったもの、それらを見比べて今後の課題を見つけていく。

 そんな中、阿久斗の目の前に今にも消え入りそうなほどに小さくなっているクラスメイトがいた。

 

「一夏、ずいぶん顔が青いけどもしかして試験の結果......」

 

「ああ、これはやばい。千冬姉に殺される......」

 

 テストの上から覆い被さるように机に突っ伏している姿勢からは、この成績を誰にも見せまいという頑なな決意が見て取れた。

 

「確かに織斑先生こういうの徹底してそうだしね。そうか、身内が担任だとこういう苦労もあるのか」

 

「阿久斗はどうだったんだ? 途中編入だったし、かなり大変だったんじゃ......」

 

「正直、満足行く成績には届かなかったよ」

 

「まあ仕方ないよな、どんなだったか見せてくれよ」

 

 そう言って阿久斗からテストを受け取った一夏の表情から一層血の気が引いた。

 

「ってなんだよこれ...ほとんどの科目で平均点超えてるじゃないか!」

 

 一夏が驚く一方で阿久斗の顔がやや渋った。

 

「けど歴史はちょっと無理があったかな。今回は赤点ギリギリだよ」

 

「赤点かぁ、そういやIS学園の赤点って何点からだっけ? 今回の出来は悪かったけど、赤点はとってなかったと思うんだよな」

 

「織斑先生の話じゃIS学園の赤点は35点だったと思うけど......何点だったんだい?」

 

「IS工学のテストで28点くらい......」

 

「......じゃあ、これ以上ないってくらい赤点じゃないか」

 

 返却されたテストの結果にさっきまで青ざめていた一夏だったが、今はなにかに怯えたように震えてる。

 

「えっとー、ちなみに阿九斗はこの科目何点だった?」

 

「82点...同室だった簪さんがこの科目はすごく詳しかったし」

 

 さらりと秀才ぶりを垣間見せた阿久斗に一夏はがっくりとうなだれた。

 

「と、とにかくもうテストは終わったんだ。今日はこれで授業も終わりだし飯にしようぜ! 箒や鈴が弁当作り過ぎたみたいでさ、このあと一緒に屋上で食べるんだ。阿久斗もどうだ?」

 

 強引に話題をすり替えた一夏に苦笑したものの、阿九斗にとっては魅力的な提案だった。

 

 

 

 

「おまたせ!」

 

「もぉ、一夏ってば遅いじゃないのよー!」

 

「お待ちしておりましたわ一夏さん。あら、今日は阿久斗さんもご一緒ですのね」

 

 屋上には鈴とセシリア、そして箒がそれぞれランチマットの上に座っていた。正座していた箒と目が合うが、プイッとそっぽを向かれてしまう。

 阿久斗は箒の隣に腰を下ろすが道場での勝負の後、箒から逃げる形で終わったせいか、なんとも言えない話しかけ辛さがあった。

 どう話したものかと決めあぐねていると、箒は阿久斗の弁当箱に唐揚げを置いた。

 

「ほら、お前にもやる」

 

 ぶっきらぼうな、それでいてどことなく自分と同じような理由で悩んでいた様子を箒から感じて、不思議と阿久斗に微笑みが浮かんだ。

 

「ありがとう」

 

「礼などいらん。むしろこれは私からの礼のつもりだ。お前のお陰で迷いが晴れて私なりの目標も持つことができた。だから」

 

 気まずそうに、それでも確かに笑いながら。

 

「ありがとう」

 

 と、確かに言った。

 

「なんだ、二人ともいつの間にそんな仲良くなったんだ?」

 

 同じく箒からもらった唐揚げを箸でつついていた一夏が二人の輪に入る。

 

「なに、真剣勝負でぶつかり合い」

 

「わかるぜ! 俺とセシリアが話すようになったのもそういうのがきっかけだったよな。ほら、覚えてるか? クラス代表決定戦の時の」

 

「もちろんですわ。忘れるはずがありませんもの」

 

 なにせセシリアにとっては一夏に好意を持ったきっかけだったのだから。

 

「あのときはお互いにずいぶん揉めたよな。セシリアは典型的な女尊男卑思考っていうか、高飛車なお嬢様って感じでさ」

 

「もお、あのときのお話はよしてくださいな。それに一夏さんだってずいぶんな言い様ではありませんでしたの? イギリス料理をあんなに馬鹿になさって」

 

「あのときは俺も悪かったって。イギリスにだってうまい料理あるもんな」

 

 頬を膨らませるセシリアを一夏がたしなめる。

 

「なんとも穏やかだなぁ」

 

 クラスメイトと食事をする、そんな和やかさに、これまでの騒ぎが夢かなにかだったかのようにすら感じる。

 そして秋の陽気に当てられた昼下がりの屋上を凍りつかせたのがセシリアの何気ない一言だった。

 

「そうですわ! わたくしお弁当を用意して参りましたの。でも少し作りすぎてしまいまして、よかったら皆さんもいかがですか?」

 

 一同の表情が文字通り固まる。

 それもそのはず、阿久斗が来る以前からセシリアの猛毒料理の手腕はクラスの誰にとっても周知の事実であった。

 味見をしないこともその一因ではあるが、最大の理由は香りや見た目を意識しすぎて調理に手段を選ばないことだ。

 鈴がひそかに一夏に耳打ちする。

 

「ちょっと一夏! あんたが料理の話なんかするから厄介な流れになっちゃったじゃないのよ!」

 

「す、すまん。けど俺たちみんな弁当持参だし、いつもみたく丁重に断れば普通に乗りきれるんじゃないか?」

 

「まああたしたちはそうだけどさ、阿久斗ってセシリアの料理がヤバイんだってことまだ知らないんじゃないの?」

 

「あっ!?」

 

 そこで一夏はようやくことの深刻さに気がついた。

 

「僕ももらっていいのかい?」

 

「ええぜひ!」

 

 そんな阿久斗の反応がよほど嬉しかったのか、セシリアは持参していた大きめのバスケットを意気揚々と開ける。

 中には三角形にカットされたサンドイッチが丁寧に詰められていた。

 

「これはすごい。盛り付けにも品があって、セシリアさん料理得意なのかい?」

 

「自分で言うのもなんですが、わたくし料理の腕にはそれなりに定評がありましてよ」

 

(((それは悪評の間違い!!)))

 

 心の中でツッコミを入れる一夏と鈴。

 しかし見栄えだけは完璧だった。

 

(食べるな、阿九斗...それを食べたら......)

 

 一夏はどうにか視線で阿九斗に危険を知らせようとする。

 

(育ちの良し悪しで人を測るつもりはないけど、こういうところがしっかり身に付いているところはさすが貴族の令嬢だね)

 

 そんなことを思っていると、阿久斗は周囲の視線に気づいた。

 一夏だけでなく、他の代表候補生たちも食べるなとアイコンタクトを送っていた。

 

「もしかして、皆も食べたいのかい?」

 

 セシリアと阿九斗を除く、その場の全員が視線を泳がせた。

 

「まあまあ、たくさんありますもの。よろしければみなさんもどうぞ」

 

「いや、ごめん、俺はもうお腹いっぱいだから」

 

「わ、私も残った唐揚げを消化しなければならないのでな。今回は遠慮するとしよう」

 

「あ、あたしは...その......減食中なの」

 

「鈴さんはこの中で一番減食が要らなそうですけど」

 

 やや苦しめな言い訳にセシリアの視線が刺さる。

 一同のその異様さが、阿久斗に言い表せない不安を駆り立てていく。

 

「......それじゃあ、いただくね」

 

「ちょっとやめときなさいよ阿久斗! そんなの食べたらあんたただじゃ済まないわよ!?」

 

「鳳さん! それは言いすぎではありませんの!?」

 

「そうだよ、こんなによくできてるのに」

 

 阿九斗は三角形に切り分けられたタマゴサンドを手に取る。

 

(見たところ特に変わったところはないな。それにさほど調理の難しい料理ではないし、いくらなんでもみんな考え過ぎだろう)

 

 そう結論づけて阿九斗はサンドイッチを頬張った。

 

「もぐ...ん?...んぐっ!!」

 

 次の瞬間、針玉を口に入れたかのような激しい酸味が舌の上を突き刺した。

 

「うごぉっ!」

 

 それに続いて鈍い頭痛と激しい目眩を感じ、すぐさまサンドイッチを吐き出そうと思った時、阿九斗はすでに自分の口から泡が吹き出ていることに気づいた。

 反転していた視界がやがて暗くなり、必死に呼びかける一夏たちの声も聞こえなくなる。

 

(.........僕は......死ぬ、のか...?)

 

 金縛りにあったかのように全身が動かない。それどころか全身の感覚すらなくなりつつあった。

 

(......そうか......人は、こうして死んでいくのか...)

 

 生命の危機を目蓋の裏で感じながら阿九斗は朦朧とする意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 そこには見慣れた寮の天井があった。

 

「......あれ? 僕は生きているのか?」

 

「はい、僕らはみんな生きています。生きているから笑うのです」

 

 視界の端ではクロエのうっすらと青みを帯びた長い銀髪が窓から吹く風に揺れている。

 




評価や感想お待ちしております。
ではまた次回~


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25話 「幽霊の正体見たり」

 

 そこには見慣れた寮の天井があった。

 

「......あれ? 僕は生きているのか?」

 

「はい、僕らはみんな生きています。生きているから笑うのです」

 

 視界の端ではクロエのうっすらと青みを帯びた長い銀髪が窓から吹く風に揺れている。

 

「......どこで覚えたの? それ」

 

「はい、以前、束様が歌っておられました」

 

「うん、たしかに歌っていそうだけど」

 

 手のひらを太陽にかざす束の姿が目に浮かぶ。

 

「それにしても驚きました」

 

「ああ、倒れた僕がいきなり運ばれてくるんだものね。誰かに見つかったりしなかった?」

 

「はい、問題ありませんでした」

 

 セシリアの料理を口にしたのは失敗だった。

 そんな後悔が頭を過ぎる頃には様々な感覚が麻痺し始め、気が付けば学生寮の自室。道理でその場にいた誰も料理に手を付けようとしなかったわけだ。

 

「ちなみに僕はどのくらい眠っていたの?」

 

「戻られるまでの経緯を確認していませんので正確には分かりかねますが、運び込まれてから1時間が経過しています」

 

「となると、ここまで来る時間を足して...1時間半は経っていそうだな」

 

 ベッドから身体を起こすと、とくにこれといって異常はなさそうだった。

 

「動いてはいけません。お身体が丈夫とはいえ曲がりなりにも食中毒、安静にする必要があります」

 

 そういってクロエは背中の影に何かを隠すと阿九斗を押し倒すようにして寝かせる。

 

「ねえ、それはなんだい?」

 

「それとは?」

 

「今何か後ろに隠しただろう?」

 

「隠していません」

 

「いや、隠してるじゃないか」

 

 クロエは何事もなかったように後ろ手に隠していたバスケットを阿九斗に差し出す。

 

「セシリアさんがお見舞いに頂いた粗品です。書き置きによると、目が覚めて食欲が戻ってきたら召し上がるようにと」

 

 バスケットの中にはバナナやキウイ、メロンといった色とりどりの果物が詰め合わされていた。

 料理とは違い、こういう類であれば昼間のような事を心配する必要はないだろうが、阿九斗はその中から無造作にりんごをひとつ手に取る。

すると指先に妙に湿った感触があり、そこにはなにやらかじったような跡がくっきりと残っていた。

 

「.........」

 

 よく見てみるとバナナの房も数本もがれていて、メロンに至っては網目模様のの所々に小さな歯型がついている。

 

「......ねずみが出たかな?」

 

「そのようで」

 

「真顔で嘘をつかないでおくれよ。というか、メロンをまるかじりしようとしたのかい?」

 

「全部頂くのは申し訳なかったので」

 

 平然と自白すると、クロエは口の端についたりんごの果汁を舌でペロリと舐めとった。

 

「......台所で切ってくるから、あとで一緒に食べようか」

 

「ありがたく頂戴します」

 

 阿久斗はそのまま身を放るようにして、ごろりとベッドに横たわった。組んだ両手を枕にして部屋の天上を見つめる。

 

「なんというか、僕ってやつは普通の生活を送れないものなのか」

 

 少年時代を孤児院で過ごし、奨学金を得てコンスタンツ魔術学院に入学できたかと思えば魔王として恐れられ、その挙げ句は神殺し。

 こちらの世界に来てからも争いには事欠かず、自分から首を突っ込んだこととはいえ、流血失神生傷の絶えない日々。

 そしてあろうことか今日はクラスメイトに毒を盛られた。

 

「なんともなぁ」

 

 ややブルーになっている阿九斗の服の裾をクロエが引っ張る。

 

「ときに阿久斗様、セシリア様から頂いたフルーツはいつ切るのですか?」

 

「さりげに急かしてないかい?」

 

 無反応のクロエ、しかし掴んだ服の裾を離さないでいることがある種の反応だった。

 

「今切ってくるから......あ、そういえばキッチンの調理器具って申請しないと設備されてないんだっけ?」

 

 そう思い出して阿久斗はキッチンの棚を確認すると、案の定中は空だった。鈴が中華鍋を持参しているように自前の調理器具の持ち込みは許可されているが、無論阿久斗は持っていない。

 

「向かいの一夏のところでキッチンを使わせてもらうよ。部屋まで運んでもらったお礼も言いたいし、少し待ってて」

 

 そう言って部屋を後にする阿九斗をクロエは見届ける。

 正確には阿九斗が部屋から出ていくのを耳から聞こえる音で確認している。そして部屋のドアが閉まってからしばらく静寂が続いた後、ポケットから端末を取り出してスイッチを入れた。

 するとクロエの目蓋の奥で《黒鍵》が反応し、端末から送信されたファイルが視界に映し出される。

 それは束から届いた“次の指示”だった。

 

「亡国機業があっくんの存在に感づいて専用機の魔王を狙っているのだ。欲張りだよねー。あっくんたち専用機持ちが電脳世界にダイブしている間に魔王と未登録コア、あと白式まで奪おうってつもりらしいよ」

 

 淡々とそれを読み上げるクロエの声からは感情を一切感じられない。

 そう遠くないうちに亡国機業はIS学園にハッキングを仕掛ける。それに対する学園側の対応はおそらく代表候補生らによる電脳ダイブであろうと束は読んでいた。

 クロエはファイルを閉じ、端末をしまう。

 

「私の役割は電脳世界で亡国機業が仕掛けてくるであろうサイバー攻撃の無力化、および阿久斗様のワールドパージからの離脱...」

 

 このことは阿九斗にまだ話していない。一夏の部屋から阿九斗が戻って来たら詳しく内容を話すつもりでいた。

 やがて部屋のドアノブが回ると、カットフルーツを持った阿九斗が帰ってきた。と、思ったクロエの油断が事態の悪化を招いたのだった。

 

「え?」

 

 それは聞き慣れない女性の声。

 

「......ぁ」

 

 そしてクロエが来訪者、簪の存在に気がつくこと数秒。

 

「...えっと...こんにちは?」

 

 簪の一言で我に帰ったクロエはすぐさま《黒鍵》で自身の姿を消す。

 

「............」

 

 目の前で起こった怪奇現象に簪は息を飲んだ。

 こめかみに浮かんだ汗の雫が線になって頬をつたい、フル回転する思考が一周回って停止する。

 状況を解析できない。現状が理解できない意味がわからない。

 

(とにかく、今起こったことをそのまま整理してみよう。阿久斗の部屋に入ったら見知らぬ女の子がいて声をかけたら姿が消えた)

 

 整理完了。それからたっぷり10秒ほど考え込み、導き出された結論。

 

「......意味がわからない」

 

 結局はそこに回帰した。そこで簪はあることに気が付く。

 

(それより阿久斗はどこ?)

 

 簪の聞いた話では、セシリアの料理に倒れた阿九斗がベッドに運び込まれたということだが、部屋を見渡しても阿九斗の姿はない。

 それが恐怖感を増大させた。

 

(まさか......阿久斗になにかあったんじゃ......)

 

 その時、後ろから聞こえたドアの開く音に心臓を撃ち抜かれたようだった。

 

「あれ? 簪さんじゃないか」

 

「あ、阿九斗...もう動いて平気なの?」

 

 見ると、色とりどりのフルーツの盛られた皿と空のバスケットを持った阿九斗がいた。

 テーブルに一旦それを置いて自身の身体をポンポンと叩いてみせる。

 

「もう心配はないみたいだ。それにもともと僕は体が頑丈みたいだからね」

 

「そ、そっか...それならよかった......」

 

 平静を取り繕っても、簪は内心は穏やかではない。

 極度の緊張からか果てまた恐怖なのか、今にもまたあの少女が現れそうな、むしろ背後に忍び寄ってきそうな予感すらした。

 

「ひゃっ!」

 

「のあっ!」

 

 突然、その場から飛び退くように簪は阿九斗に抱きついた。

 

「い...今っ! なにかが背中に当たった...!」

 

「えっ!?」

 

 阿久斗の頬を冷たい汗が流れる。そんな様子に気づくことなく簪は掴んだ手に力を込めた。

 気のせいでは済ませられない恐怖感が簪にはあった。

 

「実は...さっき阿久斗の部屋に入るとき見たの」

 

「......見たってなにを」

 

 ゴクリ、そんな息を飲む音が聞こえなかっただろうかと阿九斗は思った。

 

「髪が白くて長い、小さな女の子の......幽霊」

 

 恐怖を押し殺すようにして発した“幽霊”の二文字は、阿久斗を再び頭痛目眩へ陥れるのに十分過ぎるものだった。

 

(間違いない...簪さんが見たのは間違いなくクロエだ)

 

 簪が見たのも、たった今ぶつかってしまったのも、間違いない。

 

「......っ」

 

 震えているのがわかりすぎるほどの密着に、ドキリとする阿久斗。当然その原因を隠していることへの後ろめたさもあったが、それ以上に目の前の簪を意識しないではいられなかった。

 

「......クロエ、出ておいで。このままだと簪さんが可愛そうだ」

 

 状況に耐えかねた阿久斗がそう言うと簪の真後ろの景色が揺らいで、クロエが姿を見せた。

 

「失礼致します」

 

「ひゃっ!?」

 

「簪さん落ち着いて。今事情を話すよ」

 

 ひとまず阿久斗はベッドに腰を落ち着けると事の発端から知る限りの事情を簪に話した。

 

「...事情は理解した」

 

「理解はしても、納得はできない......」

 

「でもクロエの力が必要なのは確かなんだ。実際僕も束さんに協力することになっているけど、スペックを制限されている今はできることにも限りがある。」

 

「そもそも、篠ノ之博士の目的ってなんなの? 阿久斗を元の世界に戻すことなんじゃないの?」

 

「それは......」

 

 阿久斗は言葉を濁した。

 違うと言えばその通りなのかもしれない。しかし阿久斗はそれ以前の束の目的。ISのコア全てを回収し破壊するという真の目的を知っている。

 そんな自分がここで答えを否定で返すのは嘘のような気がしてしまったのだ。

 

「ごめん、君にも話すのが道理かもしれない。ただそれは僕一人が勝手に決めて話していい事じゃないんだ」

 

「わかった」

 

「簪さん...」

 

「......でも条件がある」

 

 簪はずいっと距離を縮めて言った。

 

「朝と夜は必ず私と一緒にご飯を食べること。それから阿久斗はすぐに無茶するから週に一度は私のところにISのメンテナンスに来ること」

 

 そこまで言った後、簪はふと阿久斗から視線を外してモジモジとすると、呟くように続けた。

 

「......それをちゃんと約束してくれるなら、もうこれ以上は聞かない」

 

「わ、わかった。そんなことでいいなら」

 

そう承諾した阿久斗に対し、ニヤけそうな頬を必死に堪えて、あくまでも不機嫌そうな様子を取り繕う。

 

「そう...じゃあ、許す」

 

(いったい僕はなにを許されたんだろう?)

 

 とはいえこれで丸く収まったというのであれば、阿久斗には願ってもない事だ。

 簪自身も別にクロエのことを秘密にしていたことに不満があるわけではない。

 ただ単純に、自分と入れ替わるようにして数日前の自分のポジションにクロエが収まっていることが癪であったのだ。

 そして結果的に、阿久斗との接点が無くなるという最大の懸念は無事解決された。



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26話 「電脳ダイブ」ワールドパージ編Ⅰ

 草木も眠る丑三つ時、という表現がよく似合う静寂と宵の中、一つの影が動いた。

 

「阿久斗さん、起きてますか?」

 

 影はベッドからむくりと起き上がり、隣に小さく投げかけた。

 返事はなく、隣からはただ静かな寝息が聞こえてくるばかりだ。

 

「.........」

 

 そんな様子を確かめたあと《黒鍵》で姿、体温すら眩ませ、ゆっくりと部屋を出て夜の校舎に向かう。

 昼間は学生寮からでもわかるほど活気づいている校舎、しかし深夜ともなれば閑散とした雰囲気がどこか不気味にすら感じられる。

 クロエは校舎に通じる出入り口の前まで歩み寄ると《黒鍵》の部分展開を解いた。

 姿を現してドアの前に立ってみてもなんの反応もない。夜間用に敷かれている警備システムが作動している証拠だ。

 再び《黒鍵》を展開する。ドアの横にある警備用の端末にそっと手を添えるとまぶたの裏の瞳に次々と暗号が表示されては、自動的に解読されていく。順に声紋認証、指紋認証、パスワードロックを解除すると昼間に学生が訪れるときと同様に施錠された自動ドアが開いた。

 そのまま奥へと進み、いくつもの角を曲がってたどり着いたのは図書室だった。

 目的はデータ閲覧用のタブレットPC。それはクロエがここ数日で調べた、学園のシステムに接続されている端末の中で最も警備が薄いものだ。

 クロエは閉ざしていた目を見開く。

 

「《黒鍵》完全展開」

 

 夜を編んだような黒い瞳の奥で金色の光が弾けた。

 クロエの意識がタブレットを通じて学園のシステムを担う“電脳世界”へと飛ぶ。

 

「システムに侵入」

 

 ネットワークを視覚、仮想化した巨大な管をシステムの中枢に向かって進む。行き着いたのは巨大な扉。それは学園の秘匿しているある特殊なサーバーを示す。

 

(やはり、この奥に暮桜のコアが眠っている......)

 

 クロエは扉に手を添え、管理者権限を引き出そうとハッキングで暗号を読み込んだ。扉のセキュリティとは桁違いの情報量、しかしクロエの手を止めたのは全く別の要因だった。

 

(誰かが現実世界の私に近づいてきている)

 

 おそらく巡回の警備員だろうと当たりをつけて、クロエは扉から手を離した。

 

「これ以上のアクセスは危険ですね。とはいえ必要な情報は得られました。」

 

 そう言ってクロエは現実世界に戻る。

 

「亡国機業によるシステム侵入の形跡も確認できました。ワールドパージの始動、近いうちに私も動き出さなければならないでしょう」

 

 そう呟いたクロエは再び夜の闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

「つまり第一世代型と第二世代型の違いは後付武装があるかどうかで機体そのものの基本性能は同じなんだね」

 

「そう、第二世代型は用途に合わせて後付武装を選んで携行装備を変えられる。つまり戦闘の多様化に主眼が置かれた世代なの。現在各国で最も多く実戦配備されているのがこの世代で、他にも専用パッケージで機体そのものの戦闘スタイルを大きく変えることができるのも特徴」

 

 放課後に寮の部屋で勉強に励む阿九斗、そして教えているのは簪だった。

 阿九斗自身は放課後も活用してISについて学んできたものの、やはり途中での転入ということもあり、一学期分の授業内容となれば情報量は膨大。それを自主勉強だけで補うことに限界を感じていた。

 

「なるほどね。簪さんが教えてくれて本当に助かったよ」

 

「私も...授業のいい復習になるし、それに......」

 

「それに?」

 

「...っ、なんでもない」

 

 勉強している間は阿九斗と一緒にいられる。その言葉は羞恥心に埋もれて消えた。

 再び阿九斗は机に向かい、ノートの上を走るペン先の音だけが聞こえる。

 

「そういえば、この間の無人機の襲撃で明日から専用機は全部メンテナンスみたい。当分ISが使えないっていうのは少し不安......」

 

「ああ、僕らの機体も含めて専用機持ちの皆は一旦パーソナルロックモードで待機中みたいだね。特に一夏の《白式》はダメージが酷くて開発元まで修理に行ってるそうだし」

 

 阿九斗、簪の専用機は普段通り、待機形態でそれぞれ管理している。

 マナを用いた機体の特殊性からおいそれと学外に持ち出せる代物でもないが、機体そのものが持つマナによる自動修復があるのだからメンテナンスは不要だというのがその最たる理由。

 それでも完全展開することができないようにロックしているのは万が一に備えて少しでも早く機体を修復する必要があるからだ。

 

「そういえばクロエちゃんはどうしたの?」

 

「そういえば今朝から姿が見えないけど。おーい、クロエ?」

 

 どこにいるかもわからない部屋の住人に向かって声をかける。しかし返事はなく、物音も聞こえない。

 

「......あれ、いないのかな」

 

 そのとき、突如部屋の明かりが消えた。

 

「停電?」

 

 明かりだけではない。勉強に使っていた有線の端末からホログラムのディスプレイまで、一切が消えた。続いて部屋のガラス窓を保護するように防御シャッターが降りて部屋は暗闇に包まれる。

 

「おかしい......」

 

「え?」

  

 そうつぶやいたのは簪だった。

 

「本来、ならすぐ非常用電源に切り替わるはず。なのに非常灯すら点かない...」

 

「つまり、どういうことなんだい?」

 

「考えられるのは...非常時のセキュリティシステムよりもっと根幹の、学園のシステムそのものにトラブルが発生したとしか」

 

 その時、各専用機持ちへ同時に通信しているのか、開かれたオープンチャンネルで千冬の簡潔な指示が出される。

 

「専用機持ちは全員地下のオペレーションルームへ集合。今からマップを転送する。なお、防壁に遮られた場合は破壊を許可する」

 

 千冬の静かだけれど強い声。

 それはこのIS学園にまたしても事件が発生したことを克明に告げていた。

 

 

 

 

 

 IS学園地下オペレーションルーム。

 学園の生徒にはもちろん、教員ですら一部を除いて存在を隠されているその部屋に現在学園にいる専用機持ち全員が集められていた。

 

「まさか、学園の地下にこんな設備があっただなんてね」

 

「わたしも驚いている......」

 

 それとなく周囲を観察しながら阿九斗と簪は呟いた。

 ほどなくして千冬と真耶が状況の説明を始める。

 

「これより状況を説明する。真弥、任せる」

 

「現在、IS学園では全てのシステムがダウンしています。これはなんらかの電子的攻撃、つまりハッキングを受けているのだと断定します」

 

 そんな真弥の声も異様な緊張感があった。それだけこのオペレーションルームに生徒を入れることはただ事とは言えないのだろう。それだけの緊急事態である、と阿九斗は察した。

 

「今のところ、一般生徒には被害は出ていません。防御シャッターで閉じ込められるといったことはあるものの、現状命の危険はないようです。しかしセキュリティを含め、学内のほとんどのシステムがこちらの管理下から離れている状態です」

 

 つまり、ハッキングによってすでにシステムのコントロールは奪われてしまっているということになる。

 

「篠ノ之さん、デュノアさん、オルコットさん、ボーデヴィッヒさんはアクセスルームへ移動、そこで皆さんのISコアネットワークを経由して電脳ダイブ、学園のシステムにアクセスして管理者権限を奪還してください。更識簪さんは皆さんのバックアップを、楯無会長と紗伊くんは想定外の事態に備えて待機していてください」

 

 淡々とした指示に、楯無を除いた全員がポカンと口を開けている。しかし“ 電脳ダイブ”とは? と首を捻っていたのは阿九斗だけだったらしく、すぐさま他の専用機持ち達は揃って驚きの声をあげた。

 

「「「電脳ダイブ!?」」」

 

「あの、質問よろしいでしょうか? 電脳ダイブとは?」

 

 一人だけ状況を把握しきれていない阿九斗が口を開くと簪が代わりに答えた。

 

「ISの操縦者保護神経バイパスから個人の意識をナノマシンの信号伝達によって、仮装可視化した電脳世界へと侵入させる技術のこと」

 

「......つまりその、どういう事なのかな?」

 

「簡潔に言うなら、システムを模した仮装空間に私たちが入るの。そうすることでシステムそのものに操縦者の意識が干渉できる。でも方法論としては非効率的だから、今回みたいなケース、聞いたことがない」

 

 困惑気味に話す簪に千冬は頷いた。

 

「今、更識簪の言った通りだ。確かに本来ならハードウェアかソフトウェア、あるいはその両方をいじった方が遥かに効率がいい。だが、今回のように管理者権限を奪われたあとでは限界がある」

 

 千冬はモニターを操作して学内のシステム状況を表示した。

 次々とエラーの表示を繰り返す中、多重にシステムへのアクセスがなされていることがわかる。

 

「現状、抵抗はしているがかなりの勢いでシステムが剥奪されている。システムの30%を奪われては、同じ時間でシステムの20%を取り返すの繰り返しだ。もはや尋常な方法では対応しきれない。このままの状態が続けば、あと二時間後にはこの学園のシステムを完全に掌握される」

 

 時間を置けば取れる手段もいずれ取れなくなる。ましてや今は船底に穴の空いた船からバケツで水を汲み出しているような状況だ。ならば取れる手段は全て講じなければならない。

 

「独立したシステムで機能しているIS学園がそれほどまでに......」

 

 言葉を失っていたラウラに阿九斗が続けた。

 

「そもそも可能なんですか? 独立したシステムにハッキングだなんて」」

 

 困ったように真弥が視線を泳がせる。それを受けて千冬が口を開いた。

 

「今はそんなことは問題ではない。問題は今現在ハッキングを受けているという事実だけだ」

 

 千冬はパンっと手を叩いた。

 

「目標は電脳ダイブによるシステムの奪還。各人はアクセスルームに移動し、作戦を開始する!」

 

 その激を受けて箒達はオペレーションルームを出た。

 

「さて、残ったお前たちには別の任務を与える」

 

 その場にいるのは、更識姉妹と阿九斗、そして教員の千冬と真弥の5人だった。

 

「なんなりと」

 

 いつものおちゃらけた様子は一切感じない、静かな楯無に一言が簪と阿九斗をいっそう張り詰めさせた。

 

「まもなく、なんらかの勢力が学園にやってくるだろう」

 

「......排除、ですね」

 

「そうだ、今のあいつらは戦えない。本来ならISのない紗伊にも任せられん任務だが今は戦力を出し惜しみできる事態ではない。悪いが頼らせてもらう」

 

「初めからそのつもりです。任されました」

 

「大丈夫ですよ。私、こう見えて生徒会長ですから」

 

 いつになく真剣な表情の阿九斗と不敵に笑う楯無。

 生身での戦いとなっても怯む様子のない2人。千冬は双方を真っ直ぐに見つめて、一言告げた。

 

「では、任せた」

 

 楯無はぺこりとお辞儀をして、オペレーションルームを出ていく。阿九斗もそれに続いた。

 それを追うようにオペレーションルーム防衛に関する作戦内容を記したチャートが二人の待機形態のISを経由して送られてくる。それによると敵が侵入してくると予想されるルートは2パターン。ひとつをルートA、もうひとつをルートBとしてそれぞれAを楯無が、Bを阿九斗が守備するとの事だった。

 

「なお、敵が潜入ではなく破壊強襲によって想定外のルートから突入してきた場合、織斑先生と山田先生が最終防衛ラインで死守、同時に私達も各ルートの防衛を放棄して合流殲滅、っと」

 

 楯無は楽しそうに眺めた。

 

「久しぶりに生身での実戦ねぇ〜。阿九斗くんは大丈夫? ISを使わずに戦うなんてこの世界に来てから初めてでしょ?」

 

「それはそうですが、僕は会長の方こそ心配です。無人機襲撃のダメージもまだ抜けていないでしょう」

 

「確かに完全展開で戦うのは少し無理があるかもね。でも、それならそれで戦いようがあるのよ♪」

 

 やがて二つに分岐した通路で楯無が止まった。ここからは別れて各々の防衛ポジションに付く。

 最低限の電灯で薄暗く照らされた通路は、無数に張られたシャッターで塞がれている。それらが阿九斗たちを招き入れるように一斉に開いた。

 

 

 

 

 




評価お気に入りなどなどお待ちしています。
感想なんて頂いた日にゃ泣きます(笑)


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27話 「迎撃、ルートA」ワールドパージ編Ⅱ

 

 

 

『第三ハッチでプラスチック爆弾の爆破を確認。敵の侵入予想経路はルートA...』

 

『よし、現状にてプランの変更なし。各自迎撃プランA、チャート表通りに行動せよ』

 

 回線から簪と千冬、それぞれの声が聞こえる。

 

「更識楯無、了解」

 

 楯無は回線を繋いだまま有線式のヘッドセットを装着した。

 そうして通路で迎撃態勢を取る。

 

『...お姉ちゃん』

 

「あらら、どうしたのかな簪ちゃん?」

 

『侵入者がルートAのポイント13に近づいてる。迎撃の準備はできてる?』

 

「できてはいるけど、予想よりずいぶん早いわね。」

 

 すでに楯無のいるフロアは《ミステリアス・レイディ》のナノマシンによる霧が充満し、数メートル先の人影すら目視することは難しい。指先一つでいつでもクリアパッションを発動できる状態だ。

 

『センサーで侵入が確認されているのは武装強襲要員が8名。全員ミラージュスーツを装備している』

 

 なにかを思い出すように頭上を見つめ、腕を組む楯無。

 

「ミラージュスーツって、あれよね。周囲の景色に同調して色を変えるっていう光学迷彩。確かちょっと前にアメリカが実装配備してからしばらく流行ってたやつ」

 

「そんな流行知らない......とにかく視覚できないから設置しているカメラだと敵の装備まではわからない。肉眼でも相手の姿は見えないけど平気?」

 

「あら、お姉ちゃんを誰だと思っているのかしら。学園最強の生徒会長よ」

 

『...頼りにしてる』

 

 楯無はディスプレイを開いて観測地点のカメラを確認した。簪の言うとおり確かにカメラの映像には何も映ってはいないが、別に取り付けられているサーモセンサーには8人の人影がばっちりと捉えられている。

 

「さあ、来なさいな♪」

 

 

 

 

 

 

 電脳ダイブをしている一組の各代表候補生たちをモニターしつつ、簪はコンソールの上に指を走らせる。

 ダイブには今のところ問題はないようで、阿九斗と楯無に注意を向ける余裕もいくらかあった。

 

「なに...? 今ルートBの観測地点から不自然なノイズが......」

 

 オペレーションルームで付近の状況を確認していた簪はヘッドセットの音に注意深く耳を傾ける。

 カメラにもセンサーにも一切反応がないルートBの観測地点。しかしそこから微かに聴こえてくるのはモーター音、それが徐々に大きくなったかと思うと何かが通り過ぎたように小さくなっていく。

 

「これは...ノイズじゃない。ISの駆動音! じゃあお姉ちゃんのいるルートAは陽動!」

 

 簪は再び回線を開くと阿九斗に呼びかけた。

 

「阿九斗! 今そっちにISが近づいてる!」

 

『IS? 数は?』

 

 隣から千冬が顔を覗かせると、モニターを睨んだ。

 こちらも侵入者同様、姿は見えない。サーモセンサーに切り替えてもなんの反応もないが、ISの整備を得意とする簪にとっては聞き違えようのないものだった。

 

「数は一機、これはステルス型だな。おそらくこのISが本命だ。こちらの対処は私達に任せろ。紗伊はルートBを一時放棄、楯無と合流して迎撃にあたれ。間違っても生身でISに挑むようなことはするな」

 

『了解しました。会長、僕が行くまで持ちこたえてください』

 

『ありがとう阿九斗くん。でも......』

 

 

 

 

 

 

 

 

「合流する時までには、全部終わらせるわ」

 

 楯無の目の前で防御シャッターが爆破される。四角く壁をくり抜くように破壊されたその瞬間、充満していた霧が一気に流れ込み、侵入者を包んだ。

 

「ずいぶんと短時間で突入してきたわね。常時監視してるってことかしら」

 

 楯無は迎賓と書かれた扇子を開き、頬を吊り上げてみせる。途端に侵入者たちが一斉に射撃を行った。

 特殊迷彩のスーツで敵の姿も見えない中、ライフルの銃口から見えるマズルフラッシュだけが楯無の瞳に映る。しかし放たれた銃弾は一発も楯無には届かない。

 

「ふふっ♪ なんちゃってAICよ」

 

 その全てが展開された水のヴェールの前に動きを止めている。それはまるでラウラのAIC、慣性停止結界と同じように見えた。

 

「ポチッとな」

 

 楯無が指を鳴らすと立ち込めていた霧が一気に蒸発、水蒸気爆発を起こた。その衝撃で装備が破損し、侵入者の姿があらわになる。

 

「アンネイムド、裏の仕事を担う米軍の特殊部隊ね。狙いはゴーレムⅢから回収された未登録コアと白式といったところかしら」

 

 侵入者は咄嗟に銃口を楯無に向けるが、すぐ装備の異変に気がついた。

 

「引き金を引いても弾は出ないわよ。私のクリアパッションはISの装甲の内側にすら入り込む。本調子じゃなくても小銃の内部構造を破壊するくらい訳ないわ」

 

 なんの役にも立たなくなった装備を捨てて、侵入者たちは拳を構える。楯無は八分目まで呼気を吐き出し、呼吸を止めると静かに敵を見据えた。

 

「こちらお姉ちゃんより簪ちゃんへ。敵部隊を目視で確認。強襲要員は8名、全員自動小銃で武装しているわ」

 

『こっちでも確認、無力化して...』

 

「了解♪」

 

 楯無は跳躍すると高い角度から繰り出した踵落としが侵入者のヘルムを砕き、そのまま脳天を穿つ。

 周囲に居るものが慌てて予備の拳銃を乱射するが、敵から敵へと飛びかかり跳躍しながら舞うように移動する楯無にはなかなか当たらない。かと思えば体勢を低くし床を這い回るように接近して侵入者の一人に肉薄した。

 

「せあああああああっ!」

 

 喉元に深々とくい込んだ肘打ちを、同時に顎をかすめるようにして打ち抜いた。その衝撃で大きく脳を揺さぶられ、床が抜けたようにガクリと崩れ落ちる。

 その隙をついて後ろから放たれた右ストレートを楯無は振り向くことなく躱し、カウンターに放った回し蹴りが男の首を捉えた。その一撃で声すら上げることができずにまた一人、通路の床に沈む。

 

「馬鹿な...ISを部分展開してるとはいえ、相手はたった一人だろ」

 

 次々と訓練された兵士が生身の学生相手に倒れていくありさまに指揮官の男は圧倒されている。そんなさなか、獲物を捕らえるかのような視線が不意に向けられると、どうにか気を取り戻し、同時に腰に下げていた拳銃に手を伸ばした。

 

「...くっ...!!」

 

 銃口を楯無に向けようとした次の瞬間、握った右手首ごと下からえぐるように放たれた蹴りが拳銃を弾き飛ばす。

 

「くそっ、たかが学生ごときに...!」

 

「あら、ただの学生じゃないわよ?」

 

 続けざまに足払いで体勢を崩し、流れるように繰り出されたチョップが意識を刈り取った。動かなくなる敵の指揮官を見下ろしながら楯無は妖しく微笑む。

 

「IS学園最強の学生、と訂正してもらおうかしら」

 

 こともなげに、瞬く間に8人の侵入者を撃退した楯無。特殊ファイバーで編まれたロープで一人一人を縛り上げるとひと仕事終えたように息を吐く。

 

(こんなものかな。それにしてもシステムのハッキングから突入までの時間差、なぜ同時ではなかったの?)

 

 学園のシステムがダウンしてから各専用機持ち達をオペレーションルームに集め、電脳ダイブを開始。そして楯無達が迎撃体制を整え、敵部隊の突入はその後である。

 プロとしてはあまりに連携が取れていない。まるでアンネイムドたちも学園のシステムがダウンするタイミングを知らなかったかのような、そんな違和感があった。

 

「まさか、システムダウンはアンネイムドとは別の勢力によるもの!?」

 

―――パンッ!

 

 火薬が炸裂する乾いた音が、通路に響いた。

 

「え?」

 

 楯無の腹部から血が噴き出し、訳も分からずその場に倒れこむ。

 撃たれたのだと、そう自覚するには少し時間がかかった。

 

「やっと隙を見せたな」

 

 見ると侵入者達の拘束が解かれていた。 

 おそらくは隠し持っていたプラズマカッターで切ったのだろう。

 

(しまった...私としたことが......)

 

「隊長、どうしますか?」

 

「こいつはロシアの代表操縦者だ。薬剤を投与して意識を鈍化させたあと、操縦者ごと所有しているISを持ち帰る」

 

 そう言って隊長と呼ばれた男が楯無に向かって手を伸ばした。しかしその手が、見えない誰かに手首をひねり上げられたように曲がると、鈍い音を立てて関節が捻り切れた。

 

「ぎゃああああああああっ!」

 

 あまりの痛みにその場から飛び退いて転げまわる隊長。

 それを見た残りの者は顔をこわばらせた。楯無から少しずつ距離を取り、銃口を向ける。

 

「彼女に触るな」

 

 楯無の身体が青い光を帯びるとふわりと浮かび、何かに吸い寄せられるように声のする方へと飛んだ。

 それを阿九斗が優しく抱きとめる。

 

「大丈夫ですか?」

 

「阿九斗...くん?」

 

「動かないで...」

 

 阿九斗は指先にマナを集中させると傷口に添えた。出血は止まり、徐々に傷口も塞がっていく。

 

「応急処置しかできませんが、オペレーションルームに戻ればもう少しマシな治療ができるはずです。すぐに織斑先生のところへお連れします。ですがその前に」

 

 不意を突いて撃ちだされた弾丸に阿九斗が手を伸ばす。

 金属同士がぶつかるような音とともに拳を握り、阿九斗がそっと手を離すと、そこからコトリと鉛の弾が落ちた。

 

「あれを......少し黙らせてきます」

 

 阿九斗はそっと楯無を横に寝かせると、侵入者に向かって数歩前に出た。楯無と自分の間を隔てるように巨大な魔法陣を張って通路を塞ぐとそれと同様に侵入者たちの背後にも魔法陣を張って退路を断つ。

 

「さて、君たちはなにか目的があってこういうことをしているんだろうけど、それがなんなのか教えてもらえるかい? 僕もわけもわからないまま戦うよりは理解できたほうが安心できる」

 

 阿九斗はそっと手をかざすとマナを集中させ、弾丸のようにそれを打ち出した。

 それが侵入者の腹に命中すると、悶絶して床に倒れる。

 

「クソッ!」

 

 侵入者の一人が銃を撃った。

 銃弾は阿九斗ではなく、倒れている楯無に向かって飛んでいくが魔法陣による障壁に弾かれる。

 

(こいつら、どこまで不愉快な連中なんだろう)

 

 阿九斗は腰の前へ軽く手を振った。机の上のゴミを払うかのような動作だったが、その瞬間、侵入者たちは糸が切れた人形のように膝から崩れ落ちる。 突然のことで何が起きたか分からないでいる様子だったが、すぐ足の痛みに気づいたのだろう。誰ひとり立つことができずにうずくまる。

 

「足の骨を折っただけだ。マナを扱えないんじゃあなんの抵抗もできないだろうけど、悪くは思わないでくれよ」

 

 阿九斗は真っ先に腕を折った指揮官の男に歩み寄ると、胸ぐらをつかんで壁に叩きつけた。その上からマナで圧力をかけ、磔にする。

 

「さっきの質問に戻るけど、君たちの目的はなんだい?」

 

「......」

 

 指揮官の男は答えない。ただ黙って正面から吹き付けるマナの圧力と壁にめり込んでいく背中の痛みに耐えている。 阿九斗はつまらなそうに言った。

 

「話せないならそれでいい。君たちに構っている時間はないんだ。ただしこのまま僕らが引き下がった後を追ってこられても困るからね」

 

「な、なにをするつもりだ...」

 

 阿九斗は男の足にマナを集中させると、ピンポイントに圧力を強めた。後方の壁とマナに挟まれた足が文字通りの意味で潰れる。

 

「ぐああああああっ!」

 

「追えば全員の足を潰す」

 

 周囲でその様子を見ていた侵入者に目を向けると、たった一言、それだけを言い残して背を向けた。

 そんな阿九斗を後ろから撃てるほど、度胸のある者は誰もいなかった。

 

「終わりました。すぐにオペレーションルームまで運びます。少し飛びますが、我慢してください」

 

 阿九斗は楯無を抱きかかえるとマナを纏い、飛翔する。

 傷は癒えたはずだが、依然として意識がはっきりしない楯無は微かに空いた目蓋から阿九斗を見つめていた。

 

「オペレーションルームに戻って...織斑先生に伝えなきゃいけないことがあるの」

 

「......なんですか?」

 

「今回のシステムダウンとこいつらの侵入は無関係よ。おそらく、電脳ダイブをしてる一年生のみんなが危ない」

 

 それだけ言うと、楯無はそっと意識を手放した。

 抱える阿九斗の両手に少しだけ力がこもる。

 

「わかっています」

 

 聞こえていないであろう楯無に、阿九斗は確かにそう言った。

 

(そう、僕はわかっていた。敵の狙いが代表候補生の電脳ダイブにあることを。そして僕は今、彼女たちを助けるために電脳ダイブをしようとしている。それすら亡国機業の筋書きであることをわかった上でだ)

 

 

 

 




いつの間にやら評価値付いてやした!
ご愛読してくださってる皆さんありがとうございます
ではまた次回〜


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28話 「囚われた大魔王」ワールドパージ編Ⅲ

「つまり亡国企業の狙いは、その電脳世界とやらに僕を閉じ込めることなのかい?」

 

 それは阿九斗がセシリアの手料理に倒れ、簪にクロエが見つかってしまった日の夜。クロエによって束から出された亡国機業への対応について話し合いの場が設けられていた。

 

「肯定です。亡国機業の目的は電脳ダイブによって阿九斗様を拘束、その間に学園地下にあるオペレーションルームを制圧して待機形態の《魔王》を奪取することだと思われます。ダイブ中、操縦者の意識は仮想世界に飛ばされている状態。つまり現実の世界では完全に無抵抗でいることになります。ですのでダイブ中に学園のシステムを完全に奪うことができれば阿九斗様はこちらの現実世界には戻れない。事実上、無力化が完了されるということになります」

 

 阿九斗はクロエの話を一つ一つ頷きながら飲み込んでいく。

 

「だけど、束さんの予想では一組の代表候補生たちが人質に取られるんだろう? 結局は誰かがそれを助けに行かなくちゃいけないはずだ」

 

「その通りです。しかし、だからといって阿九斗様がダイブされては敵の思うツボになります」

 

 もし、阿九斗を含む他の代表候補生が電脳世界に囚われたまま学園のシステムが落ちれば、亡国企業は専用機持ち六名を一切の損害を出すことなく無力化できてしまうことになる。それだけはどうしても避ける必要があった。

 

「結論をいいます。阿九斗様はなにがあっても電脳世界へはダイブをしないでください」

 

 泰然と言い切るクロエ。たとえクラスメイトを人質に取られても見捨てろと、暗に言っているようだった。

 阿九斗はしばらく黙ったあと、こう返した。

 

「確かに君の言う通り、僕はダイブするべきではないんだろうね。でも本当にそれしか方法がないとき、僕はみんなを助けるために電脳世界にダイブすると思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

「傷口を見せてみろ」

 

 オペレーションルームに戻った阿九斗と楯無に対し千冬がまっさきに言った言葉がそれだった。

 阿九斗は抱えていた楯無をゆっくり下ろして仰向けに寝かせる。千冬は有無を言わさず血で染まったISスーツの裾をめくった。

 

「ちょっ!?」

 

 咄嗟に外した視線の先には簪の不機嫌そうな顔が見えた。なぜか手にはスタンガンが握られている。

 

「阿九斗、見ちゃダメ...絶対」

 

「いや、今のは不可抗力で僕にはどうしようも」

 

 顔を赤くしながら弁明する阿九斗を他所に、千冬は黙って傷の具合を確認する。止血された傷口は痛々しいものの、命に関わるような状態ではないことだけわかると真耶に治療をするよう指示を出す。

 

「弾は貫通している。まったく悪運の強いやつだ」

 

「到着が遅れればどうなっていたかわかりませんでした。侵入してきた勢力は無力化できましたが、今のこちらの状況はどうなっているんですか? 一組のみんなは?」

 

「ダイブした篠ノ之たちとは現在連絡が途絶えている。こちらから強制的に電脳世界から引き戻そうとしてもアクセスを無効化されて接続を切ることもできん。今は更識簪がブロックをかけてどうにか持ちこたえているが、システムを取り戻すにしても篠ノ之たちを救出するにしても決め手に欠けるというのが正直なところだ」

 

「ならばできることはひとつしかない。織斑先生、僕を電脳世界にダイブさせてください。システムが落ちる前にみんなを救出しないと」

 

 それが亡国機業の策略であることは分かっていた。しかし皮肉なことにその策略にまんまと乗ってしまうことが今考えられる最も勝率の高い方法であることも、間違いないのだ。

 

「......ダメだ、お前にはシステム中枢にアクセスして権限の奪還に当たってもらう。これは決定事項だ」

 

「一組のみんなは今も外部からの攻撃を受けているんでしょう? ならば彼女たちを助けないと」

 

 千冬は首を振った。

 このまま阿九斗を救助に向かわせるのであれば、脱出までの時間を稼ぐためにも同時にシステムの復旧も行わなければならない。しかし電脳ダイブにISのコアネットワークを用いる以上、ダイブするには専用機が必要なのだ。無論簪も専用機を持ってはいるが、今は代表候補生たちをサイバー攻撃から守るために必死にコンソールを操作して、ようやく瀬戸際で食い止めている状態。長時間手を止めるわけにはいかなかった。

 

「今はシステムの復旧が最優先だ。紗伊、私とて歯がゆいんだ。だが皆を助けようにもシステムが完全に乗っ取られればそれもできなくなる。今はお前しかダイブできるものがおらん。ならば」

 

 そのとき、荷電粒子砲の光がオペレーションルームの天井を貫いた。強硬度の壁の破片が崩れ落ちて小さな山ができる。そこへ降り立つように着地したのは一夏が操縦する《白式》だ。

 

「一夏!?」

 

 降り立った一夏が状況を確認しようと周りを見渡す。しかしそこにいた誰もが呆気にとられて一夏を見つめている、という妙な雰囲気に今ひとつ状況が飲み込めなかったのか、阿九斗に向かって首をかしげた。

 

「えぇーと、一体何が......」

 

 そんな一夏を遮るように阿九斗は叫んだ。

 

「説明はあとにしてくれ! 一夏、今すぐ箒さんたちの救出に向かって欲しい! 織斑先生もそれで構いませんね!」

 

「無論だ! 織斑は代表候補生の救助、紗伊はシステムの奪還に当たれ!」

 

「了解!」

 

「ちょっと待ってくれ! 今どういう状況なんだ!? というか皆は?」

 

 一夏が加わったことで話がトントン拍子に進みすぎて、もはやついていけなくなっている。そうでなくとも来たばかりで事情がわからず、たじろぐ一夏。しかし今は一分一秒が惜しかった。

 

「簪さん!」

 

「任せて...!」

 

 簪は一夏に駆け寄った。その手に握られたスタンガンからはスパークが発していて、空気中の塵を焦がしながらジリジリと音を立てている。

 

「ちょっ、簪! 何を!? ぎゃあああああーっ!」

 

 問答無用で一夏の腹部にスタンガンを押し当てる簪。

 そのままぐったりとした一夏を阿九斗はモニタールームにかつぎ込み、他の代表候補生と同様にベッドチェアに横たわせる。阿九斗もすぐさま隣のベッドチェアに飛び乗り、簪へ回線を繋いだ。

 

「こちらの準備は大丈夫、接続してくれ!」

 

『了解。アクセス開始、行きます』

 

 簪がシステムとの接続を行う。瞬間、阿九斗の意識は落ちるような吸い込まれるような、不思議な感覚に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 そこは薄暗い地下宮殿の中、目の前では黒龍ピーターハウゼンが身を横たえていた。地下というのは予想でしかなかったが遥か高いところに岩の天井があるので間違っているとも思えない。

 高層ビルのようなこの高さもさる事ながら広さも尋常ではなく、小さな町が一つ入ってしまうのではないかというような地下空間。真ん中にはこれまた巨大な祭壇があり、阿九斗はそこに立っている。

 

「さあ主よ。私に乗れ! 我らが揃えばこの先阻むものはなにもない。ともに空を駆け、敵を駆逐しようじゃないか!」

 

 その言葉に阿九斗はふと我に帰ったように意識を覚醒させた。

 自分の姿を見ると着ていたのはIS学園の制服ではなく、コンスタンツ魔術学院のもの。腕に装着していた待機形態の《魔王》も見当たらなかった。なにより今は自分の体内のマナだけではない。自分たちを取り巻く空間全てにマナが遍満しているのがわかる。

 それはかつて阿九斗がいた世界のように。

 

「あーちゃん...?」

 

「けーな...」

 

 肩ごしに声をかけられた方へ振り向くと、曽我けーなが心配そうに声を上げていた。

 阿九斗がいたのはコンスタンツ魔術学院の地下最新部、かつて先代魔王が戦争の拠点にしていた場所だ。そしてその状況は大和望一郎から逃れて、ピーターハウゼンとともにスハラ神を殺すために戦争を仕掛ける直前の状況に似ている。

 あるいは全く同じといっても良いかもしれない。

 

(違う、これは現実の世界じゃない。今僕がするべきことは)

 

 そのとき、阿九斗の思考は一瞬止まった。

 

(僕が...するべきこととはなんだ?)

 

 何かを忘れてしまっているようでならない。自分は何のためにここへ来たのか、どうしてここにいるのか、記憶にノイズがかかってしまったようで無理に思い出そうとすると頭の奥が焼き切れそうになる。

 やがて、ひとつの思いが阿九斗に宿った。

 

「ああ、わかっている。僕は決めたんだ。そしてその決意が僕に力をくれる」

 

 阿九斗はピーターハウゼンに跨ると、そばにいたけーなに目を向けた。未だ、どこか心配そうに自分を見つめる彼女にそっと笑いかけ、再びピータハウゼンとその先の戦場を見据える。

 

「僕は彼女の自由を守る。そのために神を殺す!」

 

 ピーターハウゼンが天井を見上げ大きく顎を開くと、そこから巨大な鉄の杭が生成される。轟音を上げて螺旋を描くそれが打ち出されると、天井の分厚い岩盤を打ち抜き、地上に続く巨大な通路を作り出した。

 

 

 

 

 

 

「これは、してやられたかもしれんな」

 

 千冬がモニターを確認しながら言った。そこには阿九斗が今目の当たりにしている情景がそのまま映像として映し出されている。

 阿九斗が電脳ダイブにつくと、すぐに代表候補生たちに向いていたサイバー攻撃が一斉に阿九斗へと集中したのだ。幸いにもそのおかげで他の候補生たちは、ことのほか順調に救出できている。やがて最後に一夏と箒が現実世界に戻ると、阿九斗だけが電脳世界に取り残されたままになっていた。

 

「阿九斗、まだ戻ってこれないのか?」

 

 モニタールームでは阿九斗を囲むように一夏や解放された代表候補生たちが様子を伺っている。現在はシステムの剥奪も収まっていて、少しずつではあるがIS学園も本来の機能を取り戻してきていた。それでもなお、学園側から阿九斗の接続を切るには至っていない。

 

「千冬姉! 俺をもう一度ダイブさせてくれ!」

 

 解決の目処が立たず、辛抱しきれなくなったのか一夏は言った。

 

「いや、しかし......」

 

 今一度、千冬はモニターを見る。

 その光景は一夏たちにとってはただの夢にしか見えないことだろう。しかし阿九斗の世界について多少なりとも話を聞いている千冬はある結論に行き着かざるを得ない。

 すなわち、今モニターで目の当たりにしている光景が別世界にいた阿九斗が実際に経験した事実をもとに作られていることであると。

 

(もしそうだとするなら、無闇にこいつらを電脳世界へ送るわけには行かない。もし行かせるなら......)

 

 千冬は簪を見やった。サイバー攻撃の対象が一人に絞られている今なら、他の代表候補生や真耶の技能でもシステムブロックには事足りる。なにより負傷した楯無を除いて、専用機を持ちながら阿九斗の世界についても情報を共有しているのは簪ただひとりだ。

 

「更識簪、わかっているとは思うが今回の救出にはお前が適任だ。行ってくれるな?」

 

「私しか、いないと思います......」

 

 そう頷いて、一切の躊躇なくモニタールームに向かう簪を千冬は見送った。

 

「教官、どうして簪が適任なのですか?」

 

 ラウラの率直な問いに、一夏を含め他の候補生たちも千冬に視線が向いた。

 

「その質問には答えられん。少なくとも今はな。ただ私から言えることがあるとするなら」

 

 千冬は再びモニターを見やった。

 

「今は、信じて待つしかない」

 

 やがて簪から回線が開かれると電脳ダイブの準備が整った旨が報告され、千冬は通信用のヘッドセットを装着する。

 

「これより、紗伊阿九斗救出のための電脳ダイブを開始する。各候補生は簪のバックアップを、山田先生はサイバー攻撃に備えてシステムブロックによるアシスト!」

 

 千冬はコンソールを操作して、接続ボタンに指を添える。

 

「作戦開始!」




みなさんのコメントお待ちしています!
評価やなんかも頂けると嬉しいです。
じゅわっ!! (●ꉺωꉺ●)


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29話 「学院戦争再び」ワールドパージ編IV

 暗沌とした黒い雲が時折、うねるように雷鳴を轟かせる。

 簪がいたそこはIS学園にも劣らない、広大な敷地といくつもの巨大な校舎。しかし、その建築様式は簪が知るものとは異なる、どこか荘厳で宗教めいたものだった。

 昼間に見ればそれは流麗で美しく見えたのだろうが、ただそこは今、無数の魔物が蠢く地獄と化している。

 

「なに...ここ?」

 

 背筋を撫で上げるような嫌悪感に簪はせり上がる口元を押さえた。

 オペレーションルームのモニターで見たそれとは比べ物にならないようなリアリティ。鉄筋の校舎にまとわりつくように触手がうねり、壁や地面を夥しい数の魔獣が這い、空はには巨大な羽虫が飛び回っていた。

 ここは阿九斗の記憶、ワールドパージによって異世界の情景を元に作られた仮想空間だ。つまり今目の前にある情景は阿久斗の周りで実際に起きた事実なのだと簪は理解する。同時に、これを阿九斗が引き起こしたということも。

 

(とにかく...今は、阿九斗を探さなきゃだけど......)

 

 簪は再び目の前の惨状を見る。

 魔物の要塞、魔王の根城となったコンスタンツ魔術学院。あそこのどこかに阿九斗がいるのは間違いないだろう。

 しかし、ISを使うことは極力避けなければならない。電脳ダイブとはISのコアネットワークを利用して自分自身の人格をパーソナルデータとしてシステムに投影する技術だ。それには少なからず、ISそのものにも負荷がかかっている。この状態でISを起動し、その機体情報をコアネットワークを通じて投影することにはそれなりの危険が伴うのだ。

 

(ISを使うのは最後の手段、だったら正面突破は論外。何らかの混乱に乗じて乗り込む? それならなにか武器だけでも調達して......)

 

「そこでなにをしている!」

 

「ひぇっ...!」

 

 短い悲鳴のような声をあげ、簪は後ろを振り返った。

 背中に長刀、腰に短刀。忍者と侍の中間をとったような和装に身を包んだ青い髪の少女が、凛とした目を吊り上げてこちらを見ている。きびきびとした様子で簪に歩み寄ると少女はなおも続けた。

 

「見たところうちの学院の生徒だな。とっくに避難命令は出ているだろう。ここは危険だ。早く避難を!」

 

 そのとき初めて簪は自分の服装に気がついた。

 IS学園の制服ではない。原色の青に近い色味の強いスカートに特徴的な白いラインの入ったデザイン。ブラウスはシンプルな代わりに胸元には大きめのリボンがあった。

 

(もしかしてこれが...阿九斗のいた魔術学院の制服なの?)

 

「おい! 聞いているのか!」

 

「あっ...ご、ごめんなさい。実はわたし、沙伊阿九斗っていう人を探していて......」

 

「沙伊...阿九斗だと?」

 

 その瞬間、少女の目の色が警戒のそれに変わる。明らかな敵意が簪に向けられていた。

 

(言うべきじゃなかったかも......)

 

 簪がそう思ったときには、少女はすでに腰に下げていた短刀を引き抜いていた。

 逆手に構えられた白い刃が上空の雲を写して黒い陰りを見せる。

 

「さては貴様! 魔王の手の者か!」

 

「ち、違う...! 私はただ阿九斗を助けたいだけで...」

 

「こともあろうに私の前で魔王軍に加勢すると言うか! わかっているのか? やつは世界の秩序を乱し、魔物によって人々を脅かそうとしているのだぞ!」

 

「違う...! 阿九斗はそんなことしない!」

 

「ならどうしてやつはこんなことをするのだ! 魔物を従え、校舎を占領し、あろうことか照屋家当主を手にかけた!」

 

 少女は校舎を指差して言った。そこは依然として魔物の巣窟と化している。

 それに対して簪はただ悲しむようにして首を横に振った。

 

「わからない...でも、少なくとも私の知る阿九斗が戦うときはいつもなにかを守るためだった。どんな相手を敵にしようとも、揺らがないなにかのために。この状況を作り出したのが阿九斗なのはわかる。でもそれは無作為に人を傷つけるためじゃない...!」

 

 それだけは違うと、簪は断じた。ここでそんなことを言えばこの少女と戦うリスクがあったのは理解した上、それでも簪にとってはそれが許せない言葉だったのだ。しかし、それに対する少女の反応は簪の予想の真逆を行くものだった。

 目線の高さにまで上げた短刀を下ろし、どこか迷ったような表情で簪から視線を外す。

 

「......そんなことはわかっているのだ。やつが引き起こした現状がどうであれ、少なくとも、私はクラスメイトとして......いや、友人としてあの男なりの正しさを認めていた」

 

 そう言ったあと、少女は短刀を腰の鞘に納める。それを見て簪も緊張を解いた。

 

「それで、これからお前はどうするつもりなのだ? 紗伊阿九斗を探していると言っていたが、それは今や帝都中が討伐のために行っている。どこか心当たりは?」

 

「ない...だからもし当面の目的が同じなら同行させて欲しい。あなたも阿九斗を探しているんでしょ?」

 

 少女はただ黙ったまま簪を見ていた。今この状況で敵味方を判断するのは軽率な気もしたが、瞳の奥に彼女なりの本気が見えたのだろう。再び魔獣たちが蔓延る校舎へと足を向けた。

 

「紹介が遅れたな。私は学院2年、服部絢子だ」

 

「私は......更識簪」

 

「簪...和名ということは私と同じスハラ神の洗礼を受けているのか。なら刀の扱いはわかるだろう?」

 

 絢子はマナを操作して転送円を描くと、そこから日本刀を取り出す。わずかに刀身を抜いて刃紋を確認するように一瞥すると、鞘に収めて簪に手渡した。

 

「使え。同行しようにもこれから向かう場所は生身では危険すぎる。私も魔物の群れを相手に人ひとり庇いながらは戦えんからな。これで自分の身は自分で守れ」

 

「あ、ありがとう...」

 

 簪は少し驚いた様子で日本刀を受け取る。

 渡すなり、時間が惜しいとばかりに走り出した絢子のあとに続きながら、簪は黒い不吉な雲を見上げて、ただ一つ思った。コンスタンツ魔術学院2年、服部絢子。彼女は阿九斗をクラスメイトだと言った。それが示す事実は至ってシンプル。

 

(阿九斗って、歳上だったんだ......)

 

 それも実の姉と同じ歳なのである。そう考えると複雑な心境だった。

 

 

 

 

 

 

「困ったお方です。まさか本当に来てしまわれるとは」

 

 スハラ神の神殿、その最奥に安置されている神木の前でクロエは自身の専用機《黒鍵》の能力をフルに発揮して阿九斗やそれを救出に来た簪の様子を見ていた。

 《黒鍵》の能力は電脳世界にダイブし、それを構築しているシステムと同等の権限を内部で行使できる。必要であればあらゆる自然現象や物理現象を操作することができ、また人間の意識、記憶にすら干渉することができる。が、それも外部から、すなわち亡国機業からの攻撃にリソースを割かれていなければの話だ。

 それでも残された力で電脳世界のあらゆる事柄をモニターできるクロエは、唯一この仮想可視化された電脳世界の全てを瞬時に把握できる立場にいる。

 そしてクロエの目の前にある巨大な神木こそ、阿九斗の記憶を元に可視化された学園のシステムそのものであるのだ。

 

「すぐに対応する必要があります」

 

 この世界は阿九斗の記憶によって情報が可視化され、場合によっては影響しあって成立している。しかしここには阿九斗の記憶にもクロエの力にも影響されない不確定要素が介在している。それは亡国機業による攻撃、学園の外から電脳世界にダイブしている人格。パーソナルデータが存在しているのだ。

 

「本来なら私がこの場所でダイブしてきた敵を向かい討てば良かったのですが、もしそのパーソナルデータによって阿九斗様に危害が加えられれば、電脳世界としてではなく本当にダメージを受けてしまいかねません」

 

 クロエは亡国機業側の電脳ダイブによって生み出されたデータを捕捉して、その人物と周囲の光景を映像としてモニターに出す。全身を白い装いで身を包め、自身の背丈を優に超えるほどの大剣を片手でいとも簡単に携えている人物。

 

「大和望一郎。束様の読み通り、亡国機業の背後にいたのはやはりあなたでしたか。彼だけは排除しなければならない。そのためにも」

 

 クロエはスクリーンを操作してもう一箇所、景色を映し出した。そこには絢子とともに校舎へと向かう簪の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 走りながら校舎へと向かう道中、簪は絢子に尋ねた。

 

「教えてほしいの。今の状況をできるだけ詳しく、そもそもなにが発端でこんなことに......」

 

「お前、なにも知らずにあんな危険な場所にいたというのか?」

 

 危険、と言われても、ダイブによって簪のデータが送り込まれた場所がそこだったのだ。身の危険は愚か、この世界が今どのような状況にあるのかもきちんと把握できないでいる。もっとも、この世界の人間、服部絢子からしてみれば当然知っているであろうことも簪は知らないのだから、それとなくわかったふうに話を合わせて説明を促した。

 

「ことの発端は、沙伊阿久斗がスハラ教大司祭である照屋栄蔵を暗殺し、学院を占拠したことがきっかけだ。それを受けた我ら服部家は軍を編成、先んじて、一番槍を私と妹の二人が務めることになった」

 

「先んじてって、たった二人で?」

 

 絢子は表情を渋めた。

 

「照屋家と服部家は古くから因縁があってな。それだけにしがらみも多い。しかしあちらの思惑が露骨に見えていようが私のやるべきことは魔王紗伊阿九斗を討伐することだ。いや、私だけではないな。今や帝都の全てがあいつの敵になっているといっていい。」

 

 上空では後続の部隊なのか、各方から飛翔魔法で校舎に接近する人影が見える。絢子と同じスハラ神に仕える伊賀忍軍だ。今もなお、魔獣によって占拠されている校舎を隙なく包囲するようにして徐々に間隔を狭めていく。やがて彼らが包囲網の中心近くまで迫った時、校舎の方から空に向かって一直線に何かが打ち放たれた。

 それは巨大な鋼鉄の杭だった。地下から岩盤を貫き、螺旋を描きながら空高くまで舞い上がった杭は徐々に勢いを失い、地上にいる絢子と簪のそばで落下する。轟音とともに土煙が二人の視界を奪った。

 

「ぐっ!」

 

「なに...?」

 

 あまりのことに反応が遅れたが、それだけでは終わらない。杭によって開けられた大穴から咆哮があたり一面に響き渡り、巨大な黒龍が翼を羽ばたかせながら姿を現す。その背中にいたのは、

 

「「阿九斗!」」

 

 青い光を纏い、マナによる肉体強化で別人のように筋肉が隆起しているが、間違いない。

 それは魔王紗伊阿九斗の姿だった。

 




感想......ほしーな (●ꉺωꉺ●)
評価くれてもいいんですよ?
というわけでよろしくお願いいたしゃしゃすしゃす


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30話 「かつての大魔王」ワールドパージ編Ⅴ

 いち早く動いたのは絢子だった。マナを纏い、空高くまで飛び上がると短刀を逆手に抜き放ち、阿九斗に切り込んでいく。

 しかし、簪は絢子のようにマナをコントロールする術を持たない。ISを操縦しているときは自然と出来ていたことではあるがそれを生身で行おうとするとうまくいかないのだ。

 

(こうなったらISを使う? でも......)

 

 そうこうしているうちに絢子は阿九斗のマナに包まれながらゆっくりと地上へ降下していくのが見えた。折られたのか手に握られていた短刀も刃の根元から先がなくなっているように見える。それを見届けるように阿九斗はしばらくその様子をじっと眺めていると、再び黒龍が翼をはためかせ飛び立っていく。

 

(早い...! このままじゃ追いつけなくなる!)

 

 簪は咄嗟に自身の専用機《黒鉄》に意識を集中させる。

 この機会を逃せばもう阿九斗には近づけなくなる。そんな思いが簪を突き動かした。

 

「脚部スラスターのみを部分展開。瞬時加速で上空まで飛んで展開を解除、そのまま山なりに落ちてあの龍に着地できれば最低限のリスクで阿九斗のところまで行ける...!」

 

 簪は眼鏡型のディスプレイを起動する。必要な情報を打ち込み、飛翔から着地までのタイミングを計算で弾き出す。

 

「目標座標F17。高度80m。着地地点は頭部から首にかけて、横5.5縦2.4m。対象の速度毎秒13m......」

 

 部分展開されたスラスターが一瞬だけ火を吹くと、砂埃を巻き上げながら簪の身体が飛び上がる。それが阿九斗とピーターハウゼンよりやや高い位置にまで達すると、展開を解き、重力に従って落下する。着地点はちょうど阿九斗の目の前だ。

 

「阿九斗! よかった! 助けに来たよ...!」

 

 簪は阿九斗に対して手を伸ばす。

 しかしそれに応じる様に無言で伸ばした阿九斗の手から青い濃密なマナの光が溢れると、一直線に簪を襲った。

 

「っ!」

 

 目をつぶって衝撃に備えたが、痛みはない。ただ直撃したマナの光が簪の全身を包み、ゆっくりと阿九斗との距離を遠ざけていく。そして先ほどの絢子と同じように緩やかな速度で地面に向かって落ちていった。

 

「味方じゃないんだろ? 少なくとも」

 

 そう言う阿九斗の目は今まで簪がIS学園で何度となく見てきた目だった。しかしそれは、今までただの一度も簪には向けられたことのなかった目。

 自身の信念と覚悟をもってなにかを守ろうとする、それを脅かす一切を見据える目だった。

 

「君と僕とは、初対面のはずだ」

 

「阿九斗......」

 

 涙がこぼれたのは、自分のことを覚えていないという理由だけではなかったのかもしれない。今まで簪が強く憧れてきたあの目が、刃のように自分に向かって突き立てられたからだ。

 

(やっぱり、IS学園での記憶がない。一組の代表候補生たちと同じでこの世界に精神そのものが囚われているんだ......)

 

 だとすれば今の阿九斗の人格はIS学園に来る前、人々から魔王と呼ばれ恐れられていた元の世界の紗伊阿九斗そのものだ。

 簪は遠ざかる阿九斗に向かって力の限り叫ぶ。

 

「どうしてこんなことをしてるの! 阿九斗は無闇に人を傷つけるようなことは嫌いな人だった! 少なくとも、私欲で力を振るうようなことは絶対にしない!」

 

「知った風なことを聞くんだね。だけど本当に知らなきゃいけない事実を君は知らない。僕らが戦わなきゃいけないのはなんなのか、それは下らないシステムに準じて思考を手放した人の意思そのものだ。神だの物語だの、そんなもののために罪もない人間の命が脅かされるのが正統だというのなら、この世界に神なんてものは必要ない。だから......」

 

 阿九斗は揺るぎない表情をしていた。

 

「神を殺して、そんな物語の終わりを知らしめる。そうすれば人々もなにが本当に正しいのか自分たちで考え始めるだろう。誰かが勝手に人類の行く末を決めるよりも、その方がずっといい」

 

 それは今まで簪が見てきたものとなにも変わらない、決意に満ちた瞳で、ただ前だけを見据えている。

 

(そっか、阿九斗はこの世界で記憶を無くしても、私の知っている阿九斗なんだね......)

 

 今、なにが起こっているのか、そして阿九斗がなにをしようとしているのかが、簪にはわかった気がした。阿九斗は神を倒すために文字通り自らの全存在をかけている。その理由はきっといつもと変わらない。大切なものを守るためだ。

 やがて地面が近づき、降り立つころには簪の中で気持ちの整理がついていた。そのすぐ側では立ち尽くしている絢子の姿がある。

 

「服部さん...! 大丈夫?」

 

「あ...ああ、問題ない。うむ...」

 

 どこか紅潮した様子の絢子に簪は駆け寄る。

 見たところどこも怪我をしていないようだったが、やはり握られた短刀は遠目で見たとおり、使い物にならなくなっている。

 

「阿九斗にはなにか明確な敵がいる。私たちになんの攻撃もしなかったのは阿九斗の目的が人類を滅ぼすことにはなかったから......」

 

「しかし、だとしてどうすればいい? 私もあいつの目的がなんなのか、なにをしようとしているのか分からないでいる」

 

『それには私がお答えします 』

 

「...? 何者だ」

 

 短刀を失った絢子はソハヤノツルギに手をかけ、油断なく周囲を見渡した。

 感情のない、ともすれば無機質にすら思える声が二人の周囲に響いている。誰の姿も見えず、どこから聞こえてくるのかも伺えないが、簪には確かにその声に聞き覚えがあった。

 

「もしかして...クロエちゃんなの?」

 

 知り合いか? という絢子の問いに簪は頷いて答える。

 それは紛れもなく、先日阿九斗の部屋で会ったあの少女の声だったのだ。

 

『その通りです。私は今、専用機の能力でIS学園の図書室にある端末を経由し、この電脳世界にダイブしています。目的は阿九斗様の救出と学園のシステムの防衛です』

 

「ということは、クロエちゃんは学園側の人間だったの?」

 

『厳密には違います。私はあくまでも束様の指示で阿九斗様を守るためにIS学園に潜入しました。ですが今は学園側と束様の間で利害が一致しているのです。現状のまま学園のシステムが落ちることは直接阿九斗様の実害になりますので』

 

「そう......でも阿九斗の味方をしてくれるのならよかった」

 

 ほっとした様子の簪に、クロエは淡々と続ける。

 

『ですが今の状況は芳しくありません。どうしてもお二人の力を借りたいのですが、その前に先ほどの質問に答えます。この世界の阿九斗様の感情を分析したところ、どうやらスハラ神の破壊が目的のようです』

 

 その言葉にピクリと絢子が反応する。なにせスハラ神とは服部家が代々仕えてきた神なのだから。

 

「スハラ神? それはいったいなんなの?」

 

『可視化された学園のシステムそのもの、この世界では人類を統制する神と呼ばれているAIコンピュータとして機能しているようです。今は私の制御下にありますが亡国機業の最終的な目標でもあり、私の本体データも防衛のためそこにいます。敵の狙いがここである以上、私はこの場から離れることができませんので』

 

 仮想空間へのダイブによって人の意識がシステムに干渉することは、そのまま電子的なデータの接触となる。

 つまり、阿九斗がこのままスハラ神を破壊してしまえばIS学園のシステムに重大な損傷を与える事になるのだ。場合によってはIS学園そのものが機能を停止してしまいかねない。

 同様に亡国機業がスハラ神のもとにたどり着けば、それはシステム奪取に王手をかけたということになる。

 

「そうなると、まずはスハラ神を破壊しようとしている阿九斗を止めないと。でも私のことやIS学園での記憶が今の阿九斗にはないみたい。どうやったら記憶が戻るの?」

 

『電脳ダイブしている敵の排除、あるいはなんらかのダメージでも構いません。亡国企業のシステムに私が介入する隙を作ることができれば阿九斗様に仕掛けられているハッキングを無効化できるかもしれません。そうすれば少なくとも、元の世界の記憶は取り戻せるはずです』

 

「そう。ならまずは、そこから......」

 

「待て! 本当に信用していいのか?」

 

 絢子は簪に習うように上空を見上げ、クロエに向かって言った。

 

「私はこれでも一軍を預かる身だ。くだらない戯言に付き合って命令を放棄するわけにはいかない。もしお前の言うとおりスハラ神を貴様の手で管理しているというのなら、その証拠を示して見せろ」

 

 それに対するクロエの返事はない。

 しかし、返事がないだけで証拠を示さなかったわけではなかった。絢子の背負ったソハヤノツルギがその鍔と鞘の間から小さくも強い光を発したのである。まさか、そんな疑念を抱きながら絢子は恐る恐るといった様子で柄に手をかけてみる。

 

「......」

 

 そのとき、歴代の服部家当主によって連綿と受け継がれてきた伝家の宝刀が、

 

「.........」

 

 これまでいかなるものにも刀身を抜くことができなかった秘めたる宝刀が、

 

「............〜〜っ!!」

 

 その刀身をあっけなく、露にしたのだった。

 驚愕に声にならない悲鳴のようなものを上げて大きく目を開きながら、身体を震わせる絢子。

 それがいったいどれほどの驚きか、簪には知る由もない。

 

 




評価、してあげて?
感想、言ったげて?

ではまた次回〜


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31話 「時間旅行者の剣」ワールドパージ編Ⅵ

話のクオリティ維持すんのホントしんどいっす(笑)
自分でハードル上げすぎて更新にけっこう根気が必要な今日このごろです。
というわけで31話 どーーーん!!


 

 コンスタンツ学院の敷地内に望一郎はいた。

 手には身の丈ほどもある大剣を軽々と携え、上空で伊賀忍軍と戦闘を繰り広げている紗伊阿九斗を地上から見上げている。

 しかしそこにいるのは阿九斗の記憶によって再現された存在ではなく、亡国機業からのサイバー攻撃としてダイブした現実世界の望一郎である。

 

「手っ取り早くシステムを乗っ取って済ませたかったけど、束も手強い。まさかあんな隠し球を用意しているとはね。電脳世界特化のISにそれを操るドイツのアドバンスド、おかげで見事に主導権を学園側に奪い返された」

 

 なら次に取るべき手段は、紗伊阿九斗に攻撃を絞って無力化することだ。

 そう考えた望一郎は空に向かって目を細めた。遠くの空では巨大な飛行空母が阿九斗に向かって特攻を仕掛けているのが見える。飛行していた阿九斗とピーターハウゼンに船体が直撃するとそのまま地面に突っ込んだ。衝突の瞬間、衝撃音と砂煙が周囲に広がる。

 望一郎は持っていた大剣を地面に投げた。

 大剣は反発する磁石のように地面と平行に浮くと、望一郎はその上に飛び乗り、地面を滑走するように墜落した空母に接近する。

 そして現場のそばまで迫ったとき、望一郎の目に信じられない光景が映った。空母が青い光を発したかと思うと途端にその船体が浮き上がったように見えた。しかしそれは浮いているのではなく、船の下、そこにいる一人の人間の手によって持ち上げられていたのだ。

 

「なんと馬鹿けた...」

 

 間近で見ていた望一郎は思わず呟いた。

 横たわっていた全長300メートルを越える空母が持ち上げられてビルのように直立したかと思うと間を置かずして投げ飛ばされる。上空にいた大勢の伊賀忍軍を巻き込みながら空母は再び落下し、圧倒的な質量とそれによって巻き起こされた気流の渦に飲み込まれていく。

 一瞬にして数百の軍勢を圧倒した阿九斗はゆっくりと息を吐き切り、そばにいた望一郎に目を向ける。

 

「やあ」

 

 挨拶でもするように、そう声をかけたのは望一郎。

 

「大和望一郎......」

 

 阿九斗のその言葉に望一朗は眉間にシワを寄せる。文化祭襲撃のときに追跡してきた楯無によって自分の面は割れている。もし亡国機業の後ろ盾にいるのが望一郎であることが明かされていたとしても、ワールドパージによって現実世界の記憶が無い阿九斗にはわかりえないはずだからだ。

 そのまま軽い足取りで瓦礫を踏み越えながら近づいてくる望一郎に阿九斗は身構えた。

 

「名状しがたい世界だ。凄惨的過ぎて、正直僕の趣味じゃないよ」

 

「その意見には同意するよ。僕自身、この力を禍々しいとすら思う。だけど概念でしかないシステムのために人を殺し戦争をするような正しさを許容する訳にはいかない」

 

「なるほど、その様子では君は現実世界の記憶を完全に失っていると見て良さそうだね」

 

「......? なんの話だい?」

 

「こちらの話さ。ただ現実世界の記憶にブロックをかけられた君は、いわば物語の登場人物としての役割を演じているだけに過ぎない存在だ。なのに解せない」

 

 望一郎は右手を開いた。その動きに反応したように地面に寝かせられていた大剣が浮き上がり、望一郎の手に収まる。

 

「どうして君は、僕の名前を知っている?」

 

 そのまま大剣を振りかざすと、切っ先からソニックブームのように空間を切り裂きながら斬撃が迫っていく。

 阿九斗はそれを両手の平で挟み込むようにして受け止めた。かなりの熱が発生しているのか、手の間では煙が音を立てて吹き上がる。やがて空間の歪みが阿九斗の手の中で収まった。

 

(ホジスン式完全切断を防いだ。いや、切り裂いた空間を両手の圧力だけで無理やり押さえつけたのか。なんにしても電脳世界とはいえ、攻撃の理屈もわからずにできることじゃない。彼はこの技術を知っているのか?)

 

 望一郎は小さく息を飲む。

 

「もう一度聞くけど、君とは初対面のはずだが?」

 

「そうだったかな? 僕の記憶じゃこれが三度目だ」

 

 阿九斗は手にマナを集中させて打ち出した。球体の形をとったマナが一直線に望一郎へと飛んでいくが、それを避けようともせず次元切断によって打ち消す。そのまま阿九斗に迫った空間の切れ目を今度は体勢を反らすことで躱す。

 正確には望一郎の動きから大剣の軌道を読み、振り下ろされる前に自身の身体を切断される空間から外したのだ。

 

「なるほど。君が言うように三度目というのも、いよいよ信憑性を帯びてきた。この切断方法は現実世界でも存在は愚か、そもそも理論すら発見されていないはずなのに、君は初見で僕の攻撃を攻略している」

 

「そういうあなたもいよいよわからない。まるでさっき戦った時とは別人のような振る舞いだ」

 

 まるで本当に自分と対峙したことがあるとしか思えないほど、目の前の阿九斗は望一郎の戦い方を知り過ぎている。

 空間ごと対象を切断するホジスン式完全切断は攻撃そのものが視覚しにくい上に、その切断方法から物理的な方法では受け止めることもできない。阿九斗のように切断した空間そのものを押さえつけることで相殺することは可能でも、それは空間を切断するという方法を看破して初めて発想できるというものだ。

 

「君の記憶では僕と君はさっきも戦っていたと?」

 

「違うかい?」

 

 望一郎は徐々に状況を理解し始める。しかしそれでも納得できないでいたが、望一郎は首を振って思案を止めた。

 

「まあいい、どのみち君をここで殺すことに変わりはないんだ。この際難しいことは抜きにしてひとまずの目的は遂行させてもらう」

 

 望一郎は阿九斗に向かって突進した。それに合わせて阿九斗は反射的に後ろに飛び退き、距離を取る。しかし先程まで振りかぶられていた大剣が今はすでに振り下ろされていた。

 次の瞬間、阿九斗の身体の前面から放射状に血が噴き出す。

 

「ぐあっ!」

 

 見てみると阿九斗の右肩から左の脇腹にかけて一直線に切り裂かれていた。

 望一郎は大剣から滴り落ちる血を軽く振るって落とす。次元切断ではなく、直接大剣の刃で切られたのだ。

 

「......剣が見えなかった」

 

「次元切断に頼らなければこれくらいのことはできるさ」

 

 望一郎は縦と横に二回、素早く大剣を振るった。十字を描くように迫る二つの次元切断が阿九斗に迫った。躱しきれず、腕二本だけでは相殺しきれないその攻撃を左右の拳でマナを操作し、空間を圧縮して打ち消す。が、それでは完全には防げないようで身体の端々が小さくも鋭く切りつけられる。

 そのまま連続して放たれる次元切断による斬撃が立て続けに阿九斗を襲った。どうにか防ぐもののマナによる修復も間に合わず、ひたすら気力を消耗していく阿九斗はついに片膝を地面についた。

 

「もういいだろう。次の一撃で終わりにさせる。学園のシステムはそのあとにでもゆっくり奪わせてもらうことにするよ」

 

「......なんの話をしている?」

 

 そんな阿九斗の問いを気にするでもなく、望一郎がもう一度接近して高速の斬撃を繰り出そうとした時だった。

 

「なっ?」

 

 即座に足を止めた。いきなり突き上げるような地響きが起こったのだ。

 

『あなたに阿九斗様を殺させるわけにはいきません』

 

 短調でどこか感情が欠落したような声がその場に響いた。

 それによって望一郎はその地響きの正体を察知したのか、阿九斗から距離を取った。すると地面が割れ、おびただしい数の魔獣が湧き出て波のように押し寄せる。それらはまるで阿九斗の姿を覆い隠すように広がり、やがて望一郎に向かっても攻撃を始めた。

 

「それも君の《黒鍵》の能力かい? まったく、この電脳世界という舞台においてはルール無視に近い干渉をしてくれるね」

 

 空を仰ぐと、虚空に向かって今状況を観察しているであろう人物に向かって言う。

 

『そのためだけに私はここにいるのです。この電脳世界において他の追随を許さないポテンシャルを発揮することが私の存在意義を築いてくれます』

 

「確かに仮想世界の全体像を把握し、こうして事象を操作できる君の専用機はもはや神といっていい。しかしそんな君もIS学園のシステムそのものを相手取るようなことになれば手に負えないはずだ」

 

 望一郎は縦横無尽に大剣を振るった。

 次々に空間ごと切り裂かれていく魔物の軍勢、その奥に人間特有の肌色が埋もれていることを見とめた。そこへめがけて望一郎はとどめとばかりに次元切断の挙動に入る。

 

「それに、ここで彼を仕留めれば外部から集中させたサイバー攻撃を君に移すことができる。内と外から攻撃を受ければさすがの君もシステムを守りきれない。違うかな?」

 

『確かにそうでしょう。ですので阿九斗様は私たちが全力で守らせていただきます。あなたにここのシステムは落とさせません』

 

「私たち?」

 

 その言葉の意味を吟味する間もなく、望一郎の後ろからなにかが飛んできた。

 切り払うようにそれを打ち落とすと音を立てて鋼同士がぶつかる。それは簪が投げた日本刀だった。

 

「伊賀忍法、乱れ月影!」

 

 続けざまに真上からマナで作り出した三体の分身とともに絢子が斬りかかる。計四刀のソハヤノツルギによる攻撃を大剣の影に隠れるように望一郎は防ぐと深追いすることなく絢子は距離を取った。

 

「服部さん、それに君はさっきの......」

 

 服部絢子に続いて簪に目を向ける。

 阿九斗を背にして立ちふさがった簪は弾き返された日本刀を拾い上げると、切っ先の高さを望一郎の喉もとに合わせて構え直す。同様に絢子もソハヤノツルギを上段に振り上げるような形で構えた。刀身が虹色の光を発して内在するマナを引き上げていく。

 

「阿九斗...助けに来たよ」

 

 視線を望一郎から外さずに簪は言った。

 それに対して阿九斗わけがわからないような顔をしていたが、マナによる修復で全身の傷口から未だマナの光の消えない身体に鞭を打ってその場から立ち上がる。

 

「君は学院の生徒だろう? それなら下がっていてくれ。僕の戦いでこれ以上周囲の人を傷つける訳にはいかない」

 

 無理をして笑う阿九斗に簪は首を横に振るった。

 

「彼もこれ以上僕の攻撃を防ぐだけの力は残っていないだろう? お嬢さんたちもそこをどいてほしい。僕はエムやオータムのように殺戮を好むような趣味はしてなくてね。電脳世界とはいえ、殺しは最低限で済むに越したことはない」

 

 その場から一歩前に出る望一郎。明らかな敵意を込めて踏み出されたそれに動じるでもなく、簪と絢子は立ちはだかった。

 クロエは神殿から《黒鍵》を通じて二人に伝える。 

 

『服部様は阿九斗様を連れて距離を取ってください。簪様は大和望一郎の対処をお願いします』

 

「...わかった」

 

 その言葉に応じるように簪は待機形態の《黒鉄》に意識を集中させ、展開する。機械的なデザインの黒い指輪からマナが溢れ、簪を包み込むと《黒鉄》の装甲が顕になった。

 絢子はISという今まで見たことのない異形な装備を目にして驚いた様子だったが、これなら任せられると悟ったのだろう。

 

「阿九斗、ここは一旦引くぞ!」

 

 すぐに阿九斗を抱えてその場から離れ始めた。その後ろをクロエの生み出した魔獣が後に続き、望一郎の攻撃を塞ぐようにして壁を作る。

 ある程度まで距離が開けたことをISのハイパーセンサー越しに確認した簪は望一郎に向き直った。

 

「あなたのような人がどうして...?」

 

「ほう、君も僕のことを知っているのかい?」

 

 簪はブレードチェーンソーを構え、油断なく望一郎を見据えながら話した。

 

「アイリス社第三世代型兵器開発顧問、大和望一郎。一度でもIS工学を学んだことのある人なら知らない人はいない。世界で初めて第三世代型ISの基礎理論を提唱して、ビットを始めとした第三世代兵器のほとんどをデザインした人物......」

 

「その通り。さらに言えば多目標への個別同時照準システム、通称マルチロックオンシステムの技術提供を倉持技研に行ったのも、それに対応した弾道ミサイル“山嵐”を考案したのも僕だ。もっとも、それはあまり君の役には立たなかったらしいがね、更識家のお嬢さん」

 

 




評価値とりあ8目指します
乞うご期待(●ꉺωꉺ●)


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32話 「捨て身の活路」ワールドパージ編Ⅶ

いつの間にかワールドパージで7話書くとか(汗)
ヨソウガイデス(●ꉺωꉺ●)


「......私のこと、知ってるのね」

 

「まあ、それなりにね」

 

 学園の代表候補生であり、先の襲撃でも戦いに加わって無人機を撃破したのだから当然その情報は亡国機業側にも届いているのだろう。ましてや、機体のベースこそ倉持技研が開発したが、それを第三世代型足り得るため必要な特殊武装を考案したのがこの男なのだ。

 今簪が乗るこの機体が本来の専用機《打鉄弐式》とは全くの別物であるということもひと目でわかることだろう。

  

「ただ君はわかっているのかい? 仮想可視化した他の存在と違って僕の攻撃はそのまま電子的なサイバー攻撃だ。意識がデータ化された今の君が僕に殺されれば現実の君も無事じゃあ済まない」

 

「関係ない...私は阿九斗を助けるためにここに来たの。今さら安全策に逃げるなんて馬鹿けてる」

 

「そうか、なら引き下がってくれと頼んでも無駄だろうね。仕方がない」

 

 望一郎は大剣を縦に振るう。簪の目の前で望一郎の姿が歪んで見えたがそれは違った。正確には簪と望一郎の間の空間そのものが歪んでいた。

 それがなんなのかは簪にはわからない。センサーにも反応はない。しかし明らかになにかが目前に迫ってきている。 

 

「っ!」

 

 簪は咄嗟に真横に飛び退いた。するとさっきまで簪がいた位置から見てちょうど真後ろにあった瓦礫が真っ二つに割れる。

 

「ソニックブーム...? 違う、もっと別のなにか......」

 

「ISに乗ってるんだ。これくらい避けられたところで驚きはしないよ」

 

 簪は望一郎を中心に円を描くようにホバリングした。常に敵に対しての位置を変えながら左右に二門ずつ搭載されているアスタロトの照準を望一郎に合わせた。一瞬、砲門内部のコイルに電流が流れ、強力な磁気を発して砲弾が打ち出される。

 しかし、その攻撃に合わせて望一郎は大剣を振るった。剣の軌跡がそのまま風のようにコイルガンの射線を通り過ぎると砲弾が真っ二つに切れる。驚くべきことに切断の瞬間、なんの衝撃音も聞こえなかったのは、砲弾そのものが硬度に対して一切の抵抗もなく切り裂かれたということだ。

 

「ハイパーセンサーでも攻撃が確認できなかった...」

 

「これは攻撃というより現象に近い働きだからね。特別に講義するなら、この技術は剣の切っ先に合わせて空間そのものにズレを作り出している。空間自体はすぐに元に戻るが、それによって結合がズラされた物質は元に戻らない。そういう理屈さ」

 

「ゴーレムⅢに搭載されていた絶対防御を無効化する剣、あれもこの技術で...!」

 

「君は作成途中の専用機を自分で組み上げたんだったね。さすがに鋭い」

 

 望一郎はなおも大剣を振るった。次々と空間の歪みが簪に押し寄せてくる。

 簪はホバリングから一気に上昇、その攻撃を避けながら射撃を行うが、次元切断はアスタロトはもちろん荷電粒子砲であるスカーレットガンナーすらも切り裂いた。赤い雷が望一郎と簪のちょうど中間の位置で拡散し、散っていく。

 その後も中距離での攻撃の差し合いは続いた。簪はアスタロトとスカーレットガンナー。望一郎はホジスン式完全切断による斬撃。どちらの攻撃も当たれば相手にとって致命傷になる。一定の距離を図ったままでの神経のすり減るような持久戦だった。

 

(こっちの攻撃がまったく届かない...全部打ち消される上に、打ち消した攻撃がそのまま襲ってくる。一瞬でも回避を止めたら負けちゃう) 

 

 これが生身での戦いであったなら望一郎相手に一秒と持たないだろうと、簪は思った。ホジスン式完全切断。それは人体ではとても避けきれないほどの速度と、高い切断力を備えていた。なにより電脳世界とはいえ、ISに乗った簪のスピードに望一郎は見事に対応している。

 

「ありえない......生身でISと渡り合うだなんて」

 

「それは僕自身の技術もあるが、結局のところは武器そのものの性能によるところが大きい」

 

 絶対防御すら切り裂く攻撃が次々に飛んでくる。依然としてセンサーに反応はなく、肉眼でそれを避ける度に簪は身のすくむ思いだった。

 

(どうすればいいの? なにも手がないわけじゃない...けど、これで失敗したら......)

 

 そんな思考を遮るように次元切断が迫ってくる。これまでと比べてまるで紙一重の回避、空間の歪みが簪のすぐ目の前を通り過ぎていく。

 表情が青ざめたのは一瞬、しかしそれはすぐさま決心の色に変わった。

 

(やるしかない...!)

 

 間髪入れずに次の次元切断が飛んでくる。

 簪はわずかにその切断面の延長線上から機体の位置を外すと、瞬時加速で一気に距離を詰めた。放たれた次元切断を掠めていくほどに際どく、それでいて無駄のない回避。一瞬にしてトップスピードで接近してくる簪に望一郎は笑ってみせた。

 

「気でも狂ったのかい? 瞬時加速中は回避なんてできないだろう」

 

 再び大剣を横に振るう。加速中の簪と望一郎の間で空間が上下に裂けていくのが見えた。

 簪は強引に機体の軌道を曲げた。螺旋を描くように機体をロールさせ、次元切断をダッキングするように掻い潜る。望一郎の瞳が驚愕に見開かれた。

 瞬時加速は一瞬にして機体のトップスピードを引き出す加速技術だ。直線でしか移動できない代わりに爆発的な加速を生み出す。しかし、その状態で無理な軌道変更を行うと機体に大変な負荷がかかるだけでなく、操縦者にも骨折などの危険を伴う。

 だからこそ、それは完全に望一郎の意表を突いた。

 

「ちぃ!」

 

 望一郎は大剣を振りかぶった。しかしそれは次元切断とは挙動が異なる、素早く足を踏み込んだ実体剣での攻撃だった。

 一方で、簪にはブレードチェーンソーを振り抜く余力はない。無茶な軌道によって機体はもちろん、簪の肉体そのものも悲鳴をあげている。できたのは、望一郎に向かって刃を向けながら突進するだけだった。しかし、触れただけでも十分に効果を発揮する奥の手が簪にはある。

 振り下ろされる大剣に合わせて簪はわずかにブレードチェーンソーの位置をずらした。するとそこへめがけて刃が衝突した瞬間、望一郎の大剣が音を立てて弾かれた。

 

「...っ!」

 

 そのまま後ろに下がる望一郎。衝撃が腕まで伝わったのが、痺れの走った右腕をかばうように左手で押さえつけている。

 

「......極至近距離での一太刀だ。ハイパーセンサーによる警告より僕の刃が届くほうが早かったはずだが、まさか肉眼で僕の攻撃にカウンターを合わせてくるだなんてね」

 

「ここに来るまで、あなたと阿九斗の戦いをずっとISのハイパーセンサーで見てた。阿九斗の目でも追えないほどの超高速の一撃。クロスレンジでの戦いになれば必ずこっちに切り替える。それさえ予測できればあとはタイミングを計ってあなたの大剣の軌道上にブレードチェーンソーの刃を置くだけ......」

 

 簪がかろうじて握っているブレードチェーンソー、それはプラズマによる熱と高周波振動を帯びて赤い光を放っていた。

 

「それがゴーレムⅢの装甲を破った“悲鳴共振”か。確かに凄まじい威力だ。切りつけたこっちの刃が損傷している」

 

 望一郎が携える大剣には大きくヒビが入っていた。

 刃そのものも、内部は精密機械なのだろう。亀裂の入った白銀の隙間からは切断されたチューブや細かい金属部品のようなものが火花を散らしている。

 

「この一撃でクロエちゃんはそっちのプログラムに侵入できたはず。今頃は阿九斗の記憶も戻って必ずあなたから学園のシステムを守ってくれる......」

 

「なるほど、捨て身で活路を開いたわけだ。だけど今の君は満身創痍で戦える状態じゃない。それも見越した上での行動ならこのまま僕に殺される覚悟は決まっているわけかな?」

 

 望一郎はもう一つ、武器を転送した。同じく大剣の形を模したものだったが細部の形状がやや異なる。しかし、それも同じく次元切断を生み出すものであるなら、状況はむしろ圧倒的不利に立たされたことになる。

 

「......」

 

 簪は無言のまま、自身の専用機の状態を見た。 

 コイルガンを内蔵した左右の浮遊ユニットは加速した本体の軌道について行けずに置き去りになって墜落している。機体の複数箇所にあるスラスターもスパークを発してただの一つもまともに動くものは残っていなかった。

 なにより簪自身、身体中の骨に鈍く響くような痛みでまともに立っていることすらできず、地面に膝をついている。

 戦闘の続行は不可能だった。

 

 

 

 

 

 

「傷の具合はどうだ?」

 

「どうやらあの次元切断というのが厄介みたいだ。剣で直接切られた傷の方がずっと深かったのに、その他の細かな切り傷だけが一向に治らない」

 

 校舎の外れ、地理的には納骨堂に近い場所にある森の中で阿九斗は絢子とともに息を潜めて隠れていた。次元切断によって付けられた傷は異様なほど治癒が遅く、ただ横になっているだけでも気力を消耗する。

 

「それでも時間をかけて治ってはいるようだな。お前の目的はスハラ神を殺すことだと聞いた。それは本当なのか?」

 

「ああ、そうだよ。僕は.........っ!」

 

 地下宮殿を出る直前に襲ったノイズが再び阿九斗の思考を掻き乱した。

 

(目的...? それは神を殺すことだ。いや、違う? なんだ...なにかが......)

 

 頭痛に耐えるように、頭を抱えて自分の記憶を辿る。

 

「......行かないと」

 

「阿九斗?」

 

「すべて思い出した。すぐに学院に戻らないと、簪さんが危ない!」

 

『いえ、その必要はありません』

 

 その声はクロエのもの、しかしさっきまでの声とは違い、すぐ近くの木々の間から確かに聞こえてくる。

やがてその間を縫ってクロエが姿を見せた。

 

「クロエ、君もこの世界に来ていたんだね」

 

「ええ、もっともこの姿はあくまで空間に私の姿を投射したもの。本体はスハラ神の神殿にいます。今の私は映像だと思ってください」

 

「この世界における実体はないってことか。それで、簪さんを助ける必要がないって言うのはどういうことなんだい?」

 

「簪様が亡国機業にダメージを与えたことで、私もいくつかの機能が実行可能になりました。今の私の《黒鏡》なら簪様をこの場所まで転送できます」

 

「わかった。すぐに彼女を転送してくれ」

 

 

 

 

 

 

「君の健闘は讃えるよ。もっとも僕も構っている暇はないからね。ここで終わらせてもらう」

 

 大上段に構えた大剣が簪の瞳に映った。次元切断の挙動だ。

 避けられない。というよりも避ける気がなかった。

 

(阿九斗、ごめんね。この世界からちゃんと助けてあげられなかったけど、阿九斗なら必ずIS学園に戻ってきてくれるって信じてるから)

 

 そのとき、簪が膝をついた地面に魔法陣が描かれる。それは絢子が簪に武器を貸し与えた時に出したものと同じ、転送円と呼ばれるものだった。

 

「えっ?」

 

「なに!?」

 

 そのまま地面に沈んでいくように魔法陣の中に簪の姿が消えていく。

 望一郎が大剣を振り下ろすが間に合わない。簪の消えたあとに裂けた空間の歪みが通り過ぎていった。

 

 

 

 



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