異聞 艦隊これくしょん~艦これ~ 横鎮近衛艦隊奮戦録 (フリードリヒ提督)
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プロローグ

 朝の方はおはようございます、昼の方はこんにちわ、夜の方はこんばんわ、初めての方は初めまして。
 フリードリヒと申します。
 エブリスタにてDMMゲーム「艦隊コレクション~艦これ~」の2次創作たる本作を書いていた者です。今回執筆環境をこちらに移転し、執筆を続行させて頂く事にしました、宜しくお願いします。
 一応公式などの小ネタはある程度調べて使いつつ、独自の世界観やこれまで書いてきた事で培った独自のタッチ、下手するとキャラ崩壊もありますが、自分なりに自分が歩んできた私の艦これプレイの歴史を、ビックバン級の勢いで拡大してお届けしようと思っています。
 モノとしてはそうですね・・・近未来を舞台とし、艦これを叩き台にした、艦娘達が主役の『仮想戦記』と言う方が正しいです。
はっきりと言えば、ありふれた艦これ二次創作とは一線を画す―――とまでは言い過ぎかもしれませんが、気持ちだけは、それ位のつもりで書かせて頂くつもりです。
 艦これを知らない方には余りよく分からない内容になってしまいますので、艦これを知っていて、なおかつキャラの名前で脳内補完できる方のみ読んで頂ければ幸いです。
またこの作品では戦略的見地や戦術面の描写など、艦これのゲーム内では描かれない部分も取り扱います。出来る限り分かりやすく書くつもりではいますが、もしかすると分かりにくい部分もあるかも知れません、ごめんなさいm(__)m
 まぁ取り敢えず、そろそろ本編が読みたい方もいらっしゃると思うので、早速始めましょう。
私が思い描く艦これワールドを、楽しんで頂ければ幸いです。

注意

※大前提! この小説は作者が書くときの気分とその時即興で思いついたアイデアで構成されることが多々あります。

 この作品では、過激な表現や、残酷な表現が含まれる部分があります。
 この作品ではキャラのセリフを台本形式でお届けしております。ナレーティングに於いて「と、そこへ○○がこう言った。」と言った様な表記は多々ありますが、誰が何を話しているかを明瞭にする為(また作者の記憶を正確にする為)の措置であります。苦手な方はご了承ください。
 この作品ではキャラ崩壊の可能性が少なからず存在します。また、キャラの喋り方など、独自解釈が含まれる部分も少なからず存在します。
 作者は公式設定を最初から度外視しています。公式4コマも艦これ書籍も目を通したことは一度もありませんので、公式ネタなどにも基本疎いです。
 二次創作である事は勿論ですが、艦これとは姿と名前と体裁が同じの別物と考えて頂ければ幸いです。作者自身も艦これその物とは一線を引いて書いていますのでご承知おきください。
なお、コメントでの論争その他荒れる原因となるコメント投稿に関しては御自重願います。なお文中へのご指摘に関しましては即時対応致しますので、品質改良に御協力頂ければ幸いです。
 また艦娘登場の基準を独自に設けていますので『この艦娘を出して!』と言うリクエストはスルーの方向で行きますのでご注意下さい。(ただしこれはコラボなどを拒絶するものではありません。むしろ歓迎する方向で行きますのでご一報下されば対応させて頂きます。)
 最後に、この小説の文中内にある全ての内容は、現実の国家・団体・企業・宗教法人その他一切を誹謗する物ではありません。

以上の注意を反芻してまた飲み込む位読んで3回繰り返してしっかり頭に叩き込んだ方のみお進みください。

2015年3月9日 作者 フリードリヒ


かつて・・・この世界は危機に満ちていた・・・。

 

遡ること50余年前、突如として海底より出現した謎の存在。

 

人間たちによって『深海棲艦(しんかいせいかん)』と呼ばれたそれによって、既存の艦艇は、鉄屑と化した。

 

深海棲艦は人間たちの居住する沿岸を攻撃し、船舶を沈め始めた。その有様は余りにも“無邪気”で、“利己的”であった。

 

世界の人々がその時、国境と言う垣根を越えて団結していれば、彼らに勝利の可能性は残っていた。

 

―――――しかし、彼らはそれをしなかった。

 

 最初に出現したのはベーリング海中心部、この海域に近接する国家はアメリカとロシアであった。互いに大国でありながら、それ故に対立していたこの二国は、互いに自国の面子を保つことに固執し、独力を以ってこれを排除しようとした。しかし、これがこの戦いで最初にして最大の、“間違い”であった。

両国がその総力を結集した攻撃は、両国共に五次に渡り行われ全て失敗、終わって見れば、投入された戦力の内、損失率が実に8割に上ると言う惨敗を喫した。

 

 この報に接した世界各国は驚愕した。どの国家も初めは「超大国であるアメリカとロシアが行くなら」と安心しきっていたのだ。しかしそれが為す術も無く潰滅したのであれば無理もない。

 

 そして次に出現したのは大西洋の欧州側、ポルトガル西方700kmの海域であった。

この時ばかりはどの国家もその面子をかなぐり捨て、EUとアメリカ、南米諸国にアフリカ諸国は大連合を組んで総攻撃に臨んだ。

 

 しかし、人類軍にとってみれば全く以て不可解な生態を持つ、深海棲艦の変幻自在の猛攻を前に彼らは尽く敗走し、人類は深海棲艦に対し抵抗する力を失った。

人類はこの二度の、殆ど致命的とも言える敗北によって、西太平洋の一隅を除く全海洋の制海権を喪失、それは川すら遡り湖であろうと同様であった。

 

 だが人間達のその諦めの悪いことは、いつの時代でも同じであった。

人類は残された陸上兵力と、僅かに残存した海軍戦力を結集して決死の反攻作戦を全世界で敢行し、全湖畔と河川から、深海棲艦を放逐する事に成功した。如何に強力無比な深海棲艦と言えども、地上と言う地の利を得た人類を前にしては、太刀打ちする事は難しかったのである。

しかしその代償として、世界各地で戦禍に呑まれた人類総人口は3割の減少をきたし、更に世界的な荒廃に見舞われたことによって完全に余力を失った人類に、それ以上の攻勢を仕掛ける事は叶わなかった。

 その結果大戦果にも拘らずその後人類は守勢に立たされ、彼らがなんとかしてこの状況を打破しない限り、最終的に全人類が死に絶え滅び去ってしまうという現実が、生き残った者達の前に突き付けられたのだ。

 

しかし天は我々人類に、深海棲艦という試練を与えたとはいえ、決して人類を見捨てなかった。

 

 

 2050年前後から人類の前に救世主のように現れたのが、かつて東洋の新興国であった『大日本帝国』が生み出した艦艇の魂を受け継ぐ存在、『艦娘(かんむす)』であった。

 

 彼らは人類がどれだけ研究しても掴む事の出来なかった、深海棲艦への完全な対抗策と、それを倒すに足る力を持っていた。

彼女らの集まった日本国、その政府は、自らが辛うじて固持した日本領海の制海権を駆使し、幸運にも自衛戦闘を継続し得たアジア諸国の支援と協力を求めた。

政府は同時にそれら艦娘を指揮する、既存の軍からは独立した軍事組織『大本営』を防衛大臣直轄の元設立し、その下に直接指揮を執る『鎮守府』を設置、鎮守府が統括する『艦隊司令部』を多数設け、指揮官として後に『提督』と呼ばれる者達を民間より大量雇用した。

 

 2052年、こうして人類にとって2度目となる、深海棲艦との本格的戦闘が始まった。序盤こそ、圧倒的に物量と経験で勝る深海棲艦の勢い凄まじく、被害に比して得る所少なく、人類側にもかなりの被害が出た。

だが徐々にその勢力と実態が明らかとなるにつれて、艦娘艦隊は形勢を逆転、徐々に深海棲艦側から意志と良識を持つ者が人間側に与したことによって、敵対的深海棲艦はその数を減らし、最初の交戦から19年、最後の棲地(せいち)、北極棲地への総攻撃によって、敵対的深海棲艦は全滅した。

 

残った友好的深海棲艦の勢力は人類側との共存の道を採り、戦争は終結した。

 

そう、それがちょうど、三十数年前であった。

 

 

 

しかし、この本を取った皆さんはご存知であろうか。

 

この一連の戦争の陰で暗躍していた艦隊があったことを・・・。

 

一司令部であるにも拘らずその設備と技術、権限や単純な実力すら鎮守府に匹敵した裏の実力者達。

 

であるにも拘らず表舞台に出ることは無く、ただひたすら陰で暗躍し、深海棲艦を撃滅して行った艦隊があったことを・・・。

 

長い間自衛軍の最高機密として固くその存在を秘匿され続け、大本営の艦籍名簿・・・いや、裏艦籍簿(ブラックボックス)として記された彼女達とそれを指揮した4人の提督達。

 

今回この本を記した私はその存在を知ってから5年に渡る交渉の末、その極秘情報の一つを掴む事が出来た。

 

元政府閣僚のある方の許可を得た私は、その方の根回しを得て、この記録を、いや、正しくは『伝記』と呼ぶべきか、その取材と執筆を始め、今日皆様にお目にかかる事と相成ったという次第である。

 

出来ればこの本が世の中の人々の目に触れ、この事実を、伝説と呼ぶに相応しいこの艦隊の活躍の事実を、世間一般の人達に知ってもらい、また信じて貰いたいと、そう願っている。

 

数多の棲地を屠り、数多の超兵器級深海棲艦を海の藻屑と化した、彼と、彼女達の艦隊、その名は『横須賀鎮守府付属近衛第4艦隊』。

 

それを指揮した男の名は―――――『紀伊 直人』

 

 

この作品は、紀伊直人の遺した記録と、彼とその身辺への取材、そして極秘であった艦隊の活動記録を元に、彼の軌跡を辿る物語である。

 

 

――――これは、一つの英雄譚であり、伝説である。

 

それは、人一人が歩むには余りにも長く、遠い運命の道。しかしながらそれを、数多の艦娘達と共に踏み越えた、一人の男の物語。

 

全てを守ろうとし、しかして守り切れず、全てを救おうとし、しかして果たせず、その一切が、歴史の闇へと葬り去られ知られる事のない筈だった、一人の男の伝説的な――――しかし悲しき英雄譚である。

 

 

長きに渡るこのお話は2052年4月、艦娘が出現を始めた2年後から始まる。



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序章~黎明編~
序章 伝説の始まり


1

 

2052年4月2日、横浜南方沖 海上保安庁所属哨戒艇「はつはる」

 

―――青空の広がる海原を、真っ直ぐ北へと向かう白い1隻の小型船。

 

「その男」はそのまことに小さなブリッジに佇んでいた。

 

まだ二十歳そこそこの男はこの哨戒艇「はつはる」の艇長である。

 

 黒髪のミディアムエッジという髪型に、髪の色と同じく澄み切った黒い眼、自信たっぷりに微笑を浮かべる唇と、スマートな顔つき、少々釣り目気味の眼光に釣られてつりあがったちょっと細めの黒い眉、端的に言っても悪くない顔立ちと言えるだろう。

「航海士、あとどれ程で横浜に着く?」

その問いかけに初老の顎鬚を蓄えた男が、若く活力に溢れたその声に応ずる。

「はっ、あと1時間足らずです。艇長殿。」

その航海士は、少々おだてた調子でそう言う。

「そうか・・・。」

艇長の青年は艇の前方を見据えてそう答えた。舳先の向こうには浦賀水道が、いつもと何ら変わらぬ様子で彼らを出迎えていた。

 

「そう言えば航海士は、艦娘とやらについてどう思います?」

ふと思った青年は航海士に尋ねると、航海士は少し信じられないと言った顔で答えた。

「はぁ・・・初めはどこからともなく流れてきた、狂言とでも思っていましたが、事実のようですな。例の法案も、衆議院に提出されたと言うニュースは珍事扱いでしたが、成立した位ですから。」

 

艇長「そうだな・・・。俺はまだいまいち信じられんが―――」

 

「敵襲ゥー!!」

言葉を遮る形で突如見張りの一人が敵襲を告げる。

「方位と距離知らせ!!」

艇長が慣れた様子で素早く指示を出す。

 

「右舷後方、距離約7千、向かってくる!!」

 

艇長「すぐ陸(おか)に連絡しろ!『我、深海棲艦の追尾を受く、救援を乞う』とな!」

 

「はい!」

命じられた茶髪の若い通信士が通信機に取り付いた。

 

艇長「敵はどこだ?」

 

見張り「あそこです!」

指を指された方向に自ら双眼鏡をのぞき込む艇長。彼は目には自信があるのだ。

 

艇長「敵は・・・イ級elite(エリート)1、ハ級FlagShip(フラッグシップ)1、ホ級1、ロ級2だな。通信士、陣容を報告しておけ!」

 

通信士「はっ!」

 

航海士「どうします、本艇は自衛用の武器以外、何も装備していませんよ!」

 

艇長「分かっているさ、取り乱しては負けだぞ。」

 

航海士「は、はい。」

 この哨戒艇は自衛用の小銃と古びた対物狙撃銃1丁、消火活動用に使うポンプ式消火砲しか積んでいない。有態に言って攻撃能力は殆ど無いと言っていい。

この有様では横須賀や横浜にいる自衛軍が何とかしてくれるのを待つしかなく、出来る事は逃げる事だけである。とてもではないが普通銃で届く距離ではない。

「―――よし、航海士、機関全速! 急ぎ横浜防備港へ戻る!!」

 

「しかし燃料が持つかどうか・・・」

 

「やられるよりマシだ、少しでも陸に近づけるだけでもな。急げ!!」

 

「ハッ!」

 

艇長の決断は悲壮感に満ちたものだったが、彼の言葉にそれを感じさせるものは無かった。

(俺の力が通じればいいが、到底望めんだろう。奴らに効果は望み薄だと分かっているしな。幾つか通じるのを持っているが今の距離では届かんし、人目がある―――)

「総員戦闘態勢のまま待機!自分の身は自分で守れよ!」

 10人に満たぬ乗組員全員が腹をくくり、小銃を手に取り万が一に備える。古びた対物狙撃銃は艇長の父親の形見であり彼の物だ。彼もそれを構え狙撃態勢に入る。曲がりなりにも、一番射程が長いのもこの銃だった。

M82A1 Anti-Material rifle(アンチマテリアルライフル)*1“Kii”Custom と刻まれたそれを、ブリッジ天井のハッチから身を乗り出し構える艇長。

 狙撃銃を構える艇長、彼の名こそは紀伊(きい) 直人(なおと)、この時21歳。海上保安庁所属の一艇長の時の姿である。

彼はかつて海上自衛軍に所属し、その力量で日本を深海棲艦の脅威から救った後に、海上保安官に転職していたが、その話は追々する事にしよう。彼は特に狙撃に秀でた技量を持つことから、小銃の受領を断ってまで、親の形見として自衛官の知り合いから譲り受けた旧式の様々な銃を使い続けていた。

その内の1丁こそ、彼が今持つ銃である。

彼が艇長を務める『はつはる』は、何とか振り切ろうと42ノットと言う自慢の快足で横浜に向かって一直線に突き進む。しかし相手もさるもの、それで振り切れるほど甘くも無かった。深海棲艦の一隊は銃弾の降りしきる中を果敢に追いすがる。

水色の眼光で識別される『無印』と呼ばれる深海棲艦との距離は離れるが、敵の一団の中で唯一黄色い眼光のハ級Flagshipが猛追し、ピタリとはつはる後方1000mの位置につけ、なお迫ってくる。

 

「だめです! 振り切れません!!」

「このままでは・・・!」

 

「諦めるな、走り続けるんだ! 横浜は目と鼻の先だぞ!!」

 

だが、その希望を打ち砕く様に突然スピードが落ちる。急な減速に乗組員がバランスを崩す。

 

「なんだ、どうした!」

 

「ダメです、ガス欠です!」

 

「くそっ―――ここまでか。止むを得ん、撃ちまくれ!!」

 

「「はいっ!」」

 

ガチャガチャッと、乗組員全員が銃を構え直す。少なくなった弾倉を代え、薬室に弾丸があるかを確認する。

 

直人「さて、死ぬならいっちょ派手に死んでやろうか―――」ガチャッ

 

 

ダアァァァァァァーーー・・・ン

 

 

ハ級Flag「ギュアアアアアアッ!?」

直人の放った敵にとって不意の一発が、ハ級Flagの黄色の目に吸い込まれ、そのまま力尽きたように波間に没して行く・・・。

 

だが―――

 

ドガアアァァァァーーーン

 

「うおわっ!?」

船体が突如爆発を起こした。艇の左舷中央部に被弾したのである。

 

「う・・・グフッ・・・」

 

「萩原航海士!!」

その一撃で航海士が負傷していた。一目で見て、もう助からない事は見て取れた。

「艇、長・・・。後は・・・頼みます・・・若造、共を・・・無事に・・・陸・・・までっ・・・」ガクッ

 

「航海士―――萩原さん、萩原さん!!」

呼びかけても、再び声は聞こえなかった。暫しの間航海士の死を悲しむ彼ではあったが、銃声で我に返り、合掌し霊を悼むと立ち上がる。

 

「いやだ・・・まだ死にたくない・・・死にたくないんだぁぁぁぁ!!」ダダダダダダダダ・・・

 人の死を目の当たりにし、恐慌状態に陥った若い見張りの一人が深海棲艦に向かって撃ちまくるが、狙いが甘く失速し、手前の水面に吸い込まれる。それをあざ笑うように、深海棲艦は瞬く間に距離を詰め、必中の一撃を浴びせてくる。

 

「燃料も無く、奴らがすぐそこまで迫ってきている・・・ここまで、だな。」

この場合彼の判断は正しかった。

「艇長! どうしますか!」

通信士の言葉に艇長は力強く答えた。

「この船の命運は尽きた。逃げたい奴は好きにしろ、止めはせん。残る者は最後まで抵抗するんだ!」

 

「―――はいっ!!」

 その言葉に、通信士以下覚悟を決める。例えここで艇を捨て逃げたとしても、生きたまま食われるだけだろう。彼らは手近な敵に照準を合わせ撃ちまくる。艇は急速に浸水し傾いていたが、このご時世に作られた船だ、そう容易く沈むようには出来ていない。

(まったく、考えれば生まれて22年目か、ろくに親孝行らしいこともせず短い一生だったな・・・。だが―――せいぜい派手に死んでやる!)

艇長である直人が腹をくくった・・・その時であった。

 

ホ級の視線が彼の哨戒艇とは別の方向を見る。

 

直後―――

 

ドガアアアアァァァァァァァーーー・・・ン

 

ホ級「ギョワアアァァァァァ!?」

 

直人「なんだ―――!?」

 

直人が深海棲艦の向いた方向を見る。そこには思いもかけぬ光景が広がっていた。

 

???「全砲門、ファイヤー!!」

 

ズドォォォーーン

 

突如現れた女―――艦娘と呼称された存在によって、次々と深海棲艦が撃沈されていく。その存在について未だに半信半疑だった彼にとっては、にわかに信じがたい光景であった。存在を疑っていた艦娘が自分の目の前で敵を粉砕していたのだ、無理もない。

 

「すげぇ―――。」

これが『艦娘』・・・か・・・。

 

 率直にすごいと思った。主砲発射の轟音、普通のミサイル兵器とは次元の違う威力、彼はただただ気圧されるばかりであった。そして気づけば、自分達を追い続けていた敵は、もうどこにもいなかった。ただ、かつて彼が慣れ親しんだ硝煙の匂いだけが漂っていた。

彼は認知せざるを得なかった。その凄まじい力を持つ存在、『艦娘』の存在を。

 

「大丈夫デスカー?」

 

気付くとその艦娘が艇のそばまで来ていた。

 

「あ、あぁ、大丈夫だ。」

 

「あれ? この船エンジンが・・・燃料切れとか起こしてませんよネー?」

艦娘の正確な問いに、彼は苦笑を浮かべて答える。

 

「ははは・・・残念ながらその通りなんだ。私は海上保安庁の者なんだが、よければ横浜防備港まで引っ張って行ってくれないか?」

 

「OK! お安い御用ネー!」

 

「ところで、君の名前は?」

 

「私ですカ? 私は金剛型戦艦の1番艦、金剛デース!」

 

「金剛か、いい名だ―――」

 

金剛と名乗ったその艦娘に曳航されて、彼は命からがら横浜へ帰り着くことが出来た。

 

だが横浜港に着いた直後、気づくと彼女の姿はなかった。

 

 

まるで狐につままれた様な話だったが、それが金剛と―――艦娘と紀伊 直人の邂逅であった。

 

 

2

 

 横浜防備港は、深海棲艦との戦闘に備え、またシナ海航路でやってくる貿易ルートの終着点として防御設備を設置した、日本にとって非常に重要な、防備港の一つである。

陸上自衛隊が常に駐屯して、海の哨戒を海上保安庁がここを基地として行うという連携を取る事で防備に努めている状態である。

辛うじて生還した『はつはる』艇長紀伊 直人は、所属している横浜海上保安部*2に呼び出されていた。そして用件を聞くなり彼は驚いたように声を上げる。

「え? 防衛省へ行けと? 私に、ですか?」

 

「その通りだ。政府直々の召喚命令らしい。召喚状もここにある。」

彼の上司*3は封書を直人の方に押しやっていった。その送り主の名は「防衛省」であった。

 

「ですがしかし、私はもう第一戦を退いた身です。今更なぜ―――」

 

「その理由は分からん。」

 

「・・・。」

言葉を遮られた直人は困り顔になった。上司は彼の事情を朧気ながらに知る一人だったが、自身も皆目要領を得ないと言うように彼に告げる。

「何か重大な用件なのかもしれん。どの道『はつはる』も大破して修理が必要だ。兎に角明日、行ってくれたまえ。いいね?」

 

「は、はぁ・・・。」

頭を掻きながら直人は返事をする。彼としても要領を得ないのは当然だった。

 

「あぁ、そうだ。萩原航海士の遺体は遺族に引き渡しておくから、安心していきたまえ。」

 

「あ、はい。ありがとうございます。」

そういう問題では無いのだがとは思いつつも、直人は立ち去る上司の背中を見送ったのだった。

 

 

夕刻・アパートの一室にて・・・

 

「うーん・・・」

直人はわざわざ政府が合法でない筈である召喚状を出してまで、自分を呼び出そうとしているのかを考えていた。召喚状を出す事は本来、法によって戒められているのだ。

「何かあるかもしれない―――か。だけどなーんでまた、退役した俺なんだろう・・・。」

知恵を絞って考えてみたが、結局答えは出なかった。彼はとっくに第一線を退いた身なのだ。その彼がその目的を推測するのは、確かに難しい事ではあっただろう。

一人暮らしの彼はその夜、いつも通りカップ麺を啜りながらテレビを見て、風呂に入って寝たのだった。

 

その召喚命令が、彼の運命を左右する事になるとは、この時夢にも思わないまま―――。

 

 

翌日早々に自衛官だった頃の制服を着こみ、アパートを出て車を走らせる直人。服装までご丁寧に指定されていたのである。

 

2052年4月3日午前11時、防衛省横浜本庁

 

その召喚状は防衛省―――政府直々のもので、なおかつ自衛軍や防衛省関連の施設では顔パスで通れるほどの有名人である為、召喚状1枚で防衛大臣の待つ会議室まで案内された。

 

「紀伊“元”三等海佐、参りました。」

 

「おぉ、君が噂の紀伊くんか。ま、かけたまえ。」

 

 挙手の礼と共に申告した彼をその言葉と共に出迎えた人物は、政府の要職にある人物だ。大沢(おおさわ) 岩雄(いわお)防衛大臣、年は58、かつて陸将に上り詰めた経歴を持つが今は退役し、政界に身を投じている。温和な表情と白髪の目立つ短めに切り揃えた髪が印象的、瞳は灰色で、肩幅が広い。グレーのスーツに身を包んで、ソファに沈めていたその身を起こして彼を出迎える。

 

「では失礼して――――」

直人は大沢の正面に座ると、引っ掛かった一言について切り出す。

「ところで、私の噂と言うのは?」

 

「はははっ、まぁ悪口ではない。かつての君の上司が君の事を自慢しててね。自慢の部下だったとね。それで君の事も調べさせてもらった。」

破顔してからそう答える大沢防衛相に、彼は得心がいったと言う様に言う。

「成程、あの御仁ですか・・・。」

彼はかつての上司の顔を思い出して苦い笑みを浮かべる。

「して政府―――いえ、防衛大臣直々のお呼び出しとは、相当な重要事項に私をお選びに――正確には()()()()()()しているようにお見受けしますが、如何様な要件でしょうか?」

直人は本題に切り込んでいく。

「流石、土方の言う通り聡明なだけはある、紀伊元三等海佐。では率直に言おう。君にはこれから、防衛省からの特命により、国家機密に関わるある任務に就いて貰おうと思っているのだよ。」

それを聞いて直人は首を傾げ、言葉を返す。

「お言葉ですが大臣。私は自衛軍に復職するつもりはないですよ。私はもう既に第一線を退いた身ですし、今更戻っても、面目が立ちません。」

その痛烈な一言にも動じた様子を見せず、大沢防衛相はやんわりと窘める。

「まぁまぁ、最後まで話は聞くものだよ。」

 

「は、浅慮でした。」

そう言って直人は一度座り直す。

 

「では続けよう。君にはある艦隊を率いてもらい、深海棲艦と戦ってもらおうと思っている。」

 

「艦隊・・・ですか?」

 

「―――『艦娘』の事については、君も耳にしたことがあるかね。」

 その言葉に彼ははっきりと答える事が出来ず、「はぁ、多少なりとは・・・。」と答えるに留まった。

正直なところ、この時点に於ける彼の艦娘に対する見識と言えば、精々小話や噂の域を出ないものでしかない。確かに先年艦娘に関わる法案が成立してはいたが、それにしたって自分には埒外の事と彼も特段関心を示さなかったのである。

「君には彼女達によって編成された艦隊の一つを率いてもらう。近く我々防衛相管轄の下、自衛軍とは独立した組織、『艦娘艦隊大本営』が設置される事になった。君はその大本営直属将官として元帥号を与え、1個艦隊の指揮を執る艦隊司令官――――“提督”になってもらう事になる。」

 

「―――ひとつづつお願いします。大本営とは?」

急に多くの言葉が出てきたのに面食らい、彼は思わずそう返していた。

 

「艦娘達によって構成される艦隊、便宜上『艦娘艦隊』と呼称されるが、これら部隊は、各国協力の元にアジア沿岸部各地に、分散し多数設置される事になっている。それら艦隊や艦隊を地域ごとに纏める鎮守府や基地へ指令を発するのが大本営だ。」

 

「具体的には、何をする組織なのです?」

直人は更に問うてみると、待ってましたとばかりに大沢防衛相も答えた。

「大本営は対深海棲艦部隊として編成される艦隊や、それらを地域別で統括する鎮守府などを統率する上級司令部であり、戦略物資の配分を行う事を主眼としている。また深海棲艦の情報収集も行う事になっており、その情報を使い、提督、つまり艦娘艦隊指揮官らをサポートする事にもなっている。」

 

「成程、大方理解しました。ですがそれならば、何故秘密裏に艦隊を編成するおつもりなのです? 」

これは彼にとって至極真っ当な問いだった。その様な部隊は本来必要とされる類のものではないからだ。大沢防衛相はその問いにこう答えた。

 

「その艦隊は特殊な艦隊でな、通常の任務の他に大本営直々の指令を以て動く艦隊として、各鎮守府に編成される手筈になっている。君は横須賀鎮守府設置と同時にその指揮下という形で、架空名義の下で配属となるが、実際には君の権限は鎮守府のそれに近いものが与えられ、同時に極秘裏に様々な任務を遂行して貰う。」

 

「つまり通常の任務とは異なる形態の任務をこなす艦隊、それがその秘密艦隊という事ですか?」

 

「そうだ。それこそがこの“近衛(このえ)艦隊”と呼ばれるものだ。」

 

「ですが、何も私が司令官である意味が果たしてあるのでしょうか? 私はもう、第一線を退いた身で、しかも部下を預かってもいます。今更第一線に復帰せよと言われましても・・・。」

 

その言葉に大沢防衛相は言い含める様に告げる。

「この艦隊の指揮を取れる人間は、様々な面に於いて相応の力量を備えた人間にしか、任せる事は出来ないのだよ。特に、《以前の計画》の実施部隊長だった君のようにね。」

 

 大沢防衛相のその言葉に、直人は遂に折れた。その計画の事は箝口令が敷かれ、一部の者しか真実を知らされてはいない。そして目の前の人物は、その時に振るった彼の力量に期待を寄せているのだと言う。それを引き合いに出された以上、彼はいよいよ折れるしかなかったのだ。

「・・・分かりました。そこまで私を買って頂けていると言うのであれば、この紀伊 直人、身命を賭して微力を尽くしましょう。」

 

「やってくれるかね。」

 

「大臣からのお話を頂くまでもなく、私は私なりのやり方で、父を殺した奴らを叩くまでと決意していた所です。喜んでご協力させて頂きます。」

 

「それは何よりの事だが―――一つ、君に言って置かなければならない事がある。」

大沢防衛相は、安堵すると共にすぐに真剣な顔に戻って言葉を紡いだ。

「なんでしょう?」

直人の問いに対する大沢の答えはこのようなものだった。

「もし受けるとして、君は先日の一件で戦死したという事になる。君の艦隊はその名も、艦籍にも君の艦隊の艦娘達が載ることは無い。言わば裏帳簿に君達の名が記載される事になっている。君達が活躍しようともそれが報道されないという事を理解してほしい。無論公式な感状も出せん、それでもやってくれるか?」

その言葉は彼らの存在も、彼らが挙げた武勲すらも、表の世界からは抹殺される事を意味していた。しかし彼は何も驚かずただ淡々とこう述べる。

「私は既に5年前、一度死んでいます。死に損なった男が、今更幽霊に扮したとしても、特に不思議な事ではないでしょう?」

 

「そうか、よく言ってくれた―――では宜しく頼む。」

 

「こちらこそ、宜しくご指導ください。」

この時、後の歴史に多くのインクを密かに加え続けた男が、戦争の第一線に舞い戻る事になったと言っていい。かつてと大きく、立場を変えたとはいえ―――

 

「これからは君も、『紀伊提督』と呼ばれる事になる訳だ。」

 

「あぁ、まぁ。そう言う事になりますかね。」

慣れない響きに戸惑いつつも、直人は肯定して見せた。

 

「では、君の着任予定は4月の11日ということにしてある。後で正式な任命書と書類を幾つか郵送するから、必ず着任してもらいたい。」

 

「分かりました。私としても尽力する所存です。そう言えばその、艦娘とやらは今、私の司令部には既にいるのですか?」

 

「勿論だ。全司令部に最初に1隻、始動戦力として配属される事になっている。だが君の最初の艦は特別だ。まぁ行ってからのお楽しみだがね。」

 

「は、はぁ―――分かりました。」

こうして、彼は提督となったのである。

 

※以下主人公のセリフはセリフの前に「提督」と表記。

 

 

3

 

4月10日12時57分 横須賀鎮守府本庁・司令長官室

 

 横須賀鎮守府司令部のある横須賀港は、自衛隊や在日米軍が基地を置く軍港区画と、コンテナ船やタンカーなどが出入りする商工業港区画とに二分できる。

その本部施設があるのは軍港区画に付随する自衛隊所有の敷地の一角であり、宿舎への引っ越し等々を終わらせた直人は、提督の制服として支給された旧海軍第二種軍服に身を包み、着任を知らせる為に鎮守府本部の一隅に設けられた、司令長官室前まで来ていた。

着任時に上に挨拶するのは当然と言えば当然だが、提督達は配属先ごとの管轄基地司令官に挨拶することを義務付けられている為だ。

 

「ふぅ―――緊張してきた・・・。」

直人は緊張しながら長官室のドアをノックする。

 

コンコン

 

「入れ。」

 

提督「失礼致します!」

 彼がドアを開けると、精悍な顔つきの男が執務に精を出していた。年は45ほどであろうか。良く日に焼けた浅黒い肌をしており、海上自衛軍の制服に身を包み、広い肩幅が重厚なボディラインを形成している。

男が顔を上げると直人は驚きと同時に事態を把握する事となる。

「私が艦娘艦隊、横須賀鎮守府司令長官の、土方だ。」ニッ

そして、彼にとっては自衛隊内で最もなじみの深い人物でもあった。

「あ、新しく横須賀に元帥待遇で赴任することとなりました、紀伊 直人です。」

 かつての上司であっただけにたじろぎつつも、挙手の礼をして着任申告を行う直人だったが、実の所悪いイメージはない。むしろ急な事態の移り変わりに動揺していたと言う方が大きい。

 

土方「ハハッ、形式上の挨拶は抜きにしよう。それにしても国民的英雄の君が近衛艦隊司令官とは驚いたよ。まぁ、大沢ならやりかねんがね。」

 

提督「まぁ、虚構の英雄ですがね・・・正直、まだ納得は出来てません。」

 

土方「全くだ。あの作戦は今一歩のところで失敗したと言うのに、政治宣伝に利用したんだからな。あの青二才なら十分やりかねん。」

 

“あの青二才”、牟田口(むたぐち) 廉次郎(れんじろう)陸将のことであるが、詳しい事は後に譲る。

 

提督「確かに。ところで、防衛大臣とは、お知り合いなんですか?」

 

その質問に土方と名乗った男は明快に答えた。

「彼とは同期の親友でね、陸自と海自で縄張りは違ったが、よく飲みに行ったものさ。

それよりも、君が横鎮付属近衛第4艦隊司令官職に就くと、大沢から聞かされた時は本当に驚いた。志願したんじゃないかとも思ったがね。」

 

「まさか、召喚状で呼び出されたんですよ。」

苦笑してそう返す直人である。

 横鎮司令長官土方(ひじかた) 龍二(りゅうじ)。階級は海上自衛軍海将であり護衛艦隊司令長官を務めている。かつての直人の上官であり、彼らに対する風当たりの強い自衛軍内に於ける、数少ない直人の理解者の一人でもあった。

 

「人を救う仕事は、あれで終わりだと思ってたんですがね、またぞろ担ぎ出されて重責を担う事になりましたよ。運命の女神という奴は、余程物好きと見える。」

直人は少しうんざりしたような表情でそう述べる。

 

「全くそうだな、上が何をしたいかなど、私には分からないがね。さて、早速だが君には1隻の艦娘と共に、近衛第4艦隊を率いてもらう。本来なら5隻の駆逐艦の中から好きな者を選んでもらう事になるんだが、近衛艦隊は別なんだ。」

本題に移った事で彼の顔は打って変わって引き締まる。

「それについても防衛大臣の方から話は伺っております。」

 

土方「そうか、それなら話が早い。出てきたまえ!」

 

長官室には奥に別室のドアがある。そのドアの方に土方海将は声をかけた。

 

 

ガチャッ・・

 

 

提督「・・・ん?」

 

「・・・え?」

 

そのドアを開けて出て来たのは、直人にとっては見覚えのある風貌の艦娘であった。

 

提督&金剛「「あああ~~~~~~~~!?」」ビシィッ

 

互いに指を指し合いながら驚く直人と金剛。当の土方は少々戸惑っていた。

 

土方「どうした? 知り合いか?」

 

思わず素の声のトーンでそう問う土方海将である。

 

金剛「この間訓練中に救助したPatrol boat(パトロールボート)のキャプテンデース!!」

 

提督「その時曳航してもらった金剛ですよ!!」

 

実は金剛の写真は過去に数枚見ており、特徴も覚えていた。だが「はつはる」を曳航してくれた金剛は、アホ毛の向きが左右逆だったのでよく覚えていたのである。

 

土方「―――ハッハッハッハッ! こいつは驚いた、運命の女神もよほど悪戯好きと見える。」

 

事情を知るや否や豪快に笑い飛ばす土方海将であった。

「ハハハ、全く、そうですね・・・。」

苦笑と共に呟く直人だったが、こうなった以上は致し方なしと思案を諦める。

 

土方「まぁそう言う訳で、君の初期艦はそこにいる金剛君だ。君の働きに期待しているぞ。」

 

提督「ハッ! 謹んで、お引き受けします。」

 

金剛「テイトクーゥ! 明日から一緒に頑張るデース!」

 

提督「あぁ、頼むぞ!」

 

『元帥』紀伊 直人と金剛は、奇妙な縁の下でこうしてタッグを組む事となったのである。

 

 そんなこんなで、明日から提督業務が始まると言われた直人は、それに備えるべく宿舎に帰って大人しく寝たのだった。

しかしこの時歴史の歯車は、彼が予想もしなかった方向に、ゆっくりと、しかし確実に回り始めていた。それが後に伝説として伝記となるに至る程、その過程は動乱と激動に満ちていた。

彼はこの時、自分がこの戦争に決定的一撃を撃つことになろうとは、夢にも思っていなかったのである。

 

―――彼の残した伝説は、こんな何の変哲もない会話から始まったのである。

*1
対物ライフル

*2
第3管区海上保安本部に属する下部組織、所在地は神奈川県横浜市中区

*3
横浜海上保安部哨戒艇隊司令




やーやー諸君! 初めまして、ナレーター役兼務の天の声です!

一応僕の声は物語の中の人物には聞こえないご都合設定なので好き放題喋れるわけだ。

まぁそれは置いておくとして、今回は序章あとがき丸々使って(と言っても総量で何ページになるやら)、この世界に於ける艦これ用語について軽く、時に重厚に触れておこうと思う! 今後明らかになっていく事ばかりとは思うが予め予備知識があった方が飲み込みやすい場合も無いとは限らないしね。

では早速行ってみよう!




基本的用語

・艦娘

2050年頃から散発的に出現する様になった、艦の魂を受け継ぐ少女たち。
それぞれが自分専用の「艤装」を装着し、深海棲艦と戦うことが出来る。
メンタルに関してはほぼ人間と同じ程度のレベルを有するが、負の感情を若干感じにくいという点に於いて人間と異なる。
また艤装を操る為に「霊力」と呼ばれる力を有する。これは艦種によって異なるが、基本的に艤装を自在に動かすのに困らない程度の力が備わっている。
また、同一名の個体は容姿も基本同一であるが、多少の個体差がある。

・深海棲艦

ある時突如として現れた謎の艦艇群。
駆逐艦級の小さなものから超大型戦艦、果ては泊地クラスや超兵器級に至るまで様々な種類の深海棲艦が存在する。
まだこの時点では明かされていないが、彼女らは負の霊力によって武装を律する。

・妖精

艦娘と同時期に大量に出現した小さい人達。その小ささから妖精と名付けられたが、彼らは前世ではその兵器を使っていた人々である。
時折艦載機妖精の中にベテラン搭乗員が転生する事もある。

・艤装

艦娘達の象徴でもある専用の艦艇型武装。
艦娘によってそれぞれ異なる艤装を持っており、その艤装そのものが力の象徴である場合もある。基本的に艤装に積める物なら戦艦の場合金剛型でも46cm砲が積めるという、妖精さんの素晴らしい仕事の一端が見られること請け合いである。
◎艤装の兵装射界について
無制限ではない、ちゃんと可動範囲がある。
艤装のイラストを見ると、砲塔や砲身が干渉しない限界位置が可動域となるが、普段は敵に正面を向く事でカヴァーしている。ただ砲塔だけ動かすとその追随能力には限界がある。

・大本営

艦隊司令部、ひいては鎮守府を統括する対深海棲艦組織のトップ。
大本営自体は戦力を持たず、大本営直轄戦力としてと近衛艦隊が作られた。
主に諜報と命令伝達、政府との橋渡しや各艦隊への戦略物資の分配を担当している。
所在地は神奈川県横浜。

・艦艇保有上限

ゲーム内では課金コンテンツとして保有枠拡大が存在するが、本作品内では初期が100隻である点は同じであるが、階級と功績により上下する様になっている。
功績のない元帥での保有上限は180隻で、新米中佐が100隻。たとえ中佐のままでも功績如何では200でも300でも保有可能である。
なお近衛艦隊のみ無制限保有が可能、誰だこんな条文作ったの。

・鎮守府/警備府/基地/泊地

大日本帝国時代に設けられていた連合艦隊の基地とそれに関連した航空基地を追憶する形で設置された艦隊司令部の統括組織。
直属/予備戦力として鎮守府艦隊(作中は防備艦隊と呼称)が存在する。
現在ゲーム内では19サーバーだが現時点でのこの世界に於ける基地は横須賀、佐世保、舞鶴、呉の4鎮守府と、大湊に加え旅順の2警備府、高雄(カオシュン/台湾)、上海、リンガ、タウイタウイ、マニラ、パラオの6基地ないし泊地である。
あくまで追憶される形での設置なのでゲームにおけるサーバー名準拠ではない。

・艦隊司令部(艦隊の説明も併記する)

艦娘艦隊組織の最下位組織であり、実戦部隊の運用全般を行う組織。政府が任命した『提督』によって指揮され、司令部ごとに1個艦隊が割り当てられる。
これらは鎮守府等の下位組織である為それらに分かれて配属されるが、近衛艦隊は司令部でありながら鎮守府の上位たる大本営の直属であり、また鎮守府艦隊は鎮守府司令長官がその指揮を執っている。
これら実戦部隊の事を『艦隊』と総称し、名前については艦隊のコードネームないし提督名を使い、「○○艦隊」と呼ばれるが、近衛第○艦隊や○○防備艦隊(鎮守府艦隊の事)と言うように特別な名称が与えられる場合もある。

・鎮守府その他艦隊司令部統括組織の役割

現時点で12カ所あるこれらの基地の役割は、司令部の監視と、軽く言ってしまえば労基の役目も担っている他、提督らによる不正の取り締まりなどの警察的役割も担っている。
司令部はいわば存在そのものが法規的な範疇を逸脱した存在であるが故に、警察に介入の余地があまりないため、直接介入できる組織としての側面も担っている。また直属戦力として鎮守府艦隊とも防備艦隊とも呼ばれる艦隊が所属する理由は、防備艦隊の名の通り、司令部の所在地を防衛する為でもあり、万が一の時に前線に派遣される予備兵力と言う役割も持つ為である。

◎ではその防備艦隊(鎮守府艦隊)とは?

泊地や鎮守府、基地を防備する為に、それらの司令部が直轄して動かす艦隊。
呼称としては横鎮鎮守府艦隊・パラオ防備艦隊といった呼称を使う。
近衛艦隊の様な書類上だけの直属ではない艦隊で、鎮守府司令部や基地・泊地司令部在地の防衛、及び大規模作戦における最後の切り札としての側面もある。


作中用語


・棲地

アニメでは棲地は戦時中の暗号名による呼称(MO=ニューギニア・ポートモレスビー MI=ミッドウェー島 FS=フィジー・サモア)であったが、本作では地名をそのまま使い、「グァム棲地」といった具合に表記する。
この棲地には負の霊力が充満し、深海棲艦が次々と生み出され続けている為、これを全て叩かぬ限り、深海棲艦を撃滅する事は不可能だが、島や占拠された都市の他、海洋のど真ん中にまで存在が確認されており、その数は約230とも300とも言われている。
またその侵食が酷い場合、周辺環境に著しい汚染が確認されるケースもある。

・正の霊力と負の霊力

深海棲艦や艦娘がその武装ないし艤装を律する時に用いる力の事。
正の霊力を艦娘が、負の霊力を深海棲艦が持っている。
これらは互いに打ち消し合う性質を持っており、これが艦娘が深海棲艦をあっさりと倒せる由縁でもある。
深海棲艦でもミサイルが直撃すればダメージを負い、撃沈できることが確認されている為に生物であることは判明している。
だがこれらは軽く迎撃される為に格上の個体となるにつれ有効打とは呼べない代物と化していたのだが、艦娘の持つ正の霊力を使った攻撃を以ってすれば、有効打を与えることが出来る事が分かっている。

・M82A1 紀伊カスタム

紀伊直人が父親の形見として持つワンオフ対物ライフル。
バレットM82A1を基本とし、弾薬の専用弾化(装薬増量による初速強化・弾殻材質変更)やバレル延長やマズルブレーキの構造変更(併せて約80mm延長)、機構の強度強化等の弾丸への対応、専用の8発装填マガシンや銃底の中空化の他、銃床を日本人の骨格に合わせた設計へ変更するなど、モデルとはかけ離れた形状になっている。この他にもM200やUZI、HK416などのワンオフカスタムモデルを所持している。

・提督の父親

自衛官で、陸上自衛隊に所属していた。
レンジャーの資格を持ち、かつ狙撃に室内突入に幅広い才能を持った優秀な自衛官だったが、中国・黄河流域での日米中合同反撃作戦に於いて、黄河の深海棲艦を指揮していたレ級に部下共々吹き飛ばされ戦死した。幾つか企業に発注した改装銃を持っており、それらには紀伊カスタムの刻印が彫られている。
主人公である紀伊直人が愛用する銃達でもある。

・超兵器級深海棲艦

今は多くは語れないが、かつて第2次大戦に投入され、数々の超文明兵器を装備した超巨大艦が深海棲艦化したもの、とだけお伝えする。量産型超兵器級深海棲戦艦としてレ級が存在する。

・深海棲艦の艦種類別

深海棲艦とはあくまでそれらの総称である為、それぞれ艦種類別がされているが、この作品では、『例:深海棲艦の戦艦=深海棲戦艦』と表記する。
なお鬼や姫と言った類別に関してはある程度艦これより引き継ぐ。

・逆アホ毛の金剛

どういう訳かアホ毛が逆に跳ねている金剛、そのままです。
ただその実力の程は・・・?

・近衛艦隊

4鎮守府それぞれに配置される極秘艦隊。
書類上は付属艦隊と言う呼称で各鎮守府の直轄という事になっているが、その実態は大本営の密命を受け活動するシャドウフリート(影の艦隊)で、その為大本営の艦籍名簿に彼らの名は記されず、別途作られた裏艦籍名簿(ブラックボックス=国家最高機密)にその名が記される。
普段の演習時は付属艦隊と名乗りつつ、その存在が気取られぬよう細心の注意を払って行動している。
近衛艦隊には専用暗号として函数暗号と言う解読困難な超高度暗号が使用される。これは深海棲艦に万が一解読される事が無いようにと言う対策であり、また彼らの行動は極秘裏に、つまり行動を開始するその時まで隠匿しなければならないことから、奇襲の容易さを増す為、その意図を悟られぬようにする為でもある。
その権限は一鎮守府に匹敵し、その技術力や工廠の規模も通常の艦隊司令部とは比較にならないほど。
それこそ必要なものがあれば普通になんでも取り寄せられる程度の権限はある。


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第1章~横鎮近衛艦隊、始動!~

前章あとがきから引き続き天の声だ!

つってもこの先余り前章みたく出番少ないけどな・・・(諦め
※当時(2014年に書き始めたばかり)はまだ前書きで解説なんて考えていなかった頃です。

大多数の提督が着任して一番最初にやる事と言えば建造だろう! 多分。

という訳で内容は察したよね? では行ってみよう序章第1章、どうぞ!


2052年4月11日午前9時――――

 

 

提督「すー・・・すー・・・」

 

 この時間になってもまだ寝てる奴が一名。

()()()()()()()宿()()と言っても横須賀市街の郊外に新造された高層マンションの1室である。

このマンションは提督達の官舎であり、間取りは3LDK、家賃は提督である限りタダである。逆に言えば、途中で辞める様な事があれば、それまでの家賃を支払わされるシステムもある。

こんなうまい話はそうそうない訳だが、これだけの好待遇は、それだけのリスクを背負った職業である事をもまた指し示すものだっただろう。因みに直人の部屋は最上階にある一室となっている。

 

提督「くかー・・・」

 

全く平和そうに寝てやがるな。(by作者)

 因みに艦娘は、指揮する提督の許可がなくともこのマンションになら気兼ねなく来ることが出来る。

つまり、そのルール上どう言う事が考えられるかと言うと・・・

 

<ピンポーン・・・

 

金剛「提督ーゥ! 遅刻なのデース!」

 

 つまるところはこういうことである。インターホン越しに金剛が叩き起こしに来る事だって十分あり得るのだ。

むしろ寝坊した提督を起こしに来る事が出来る様に、こう言った規則も組み込まれていると言ってよい。

 

提督「―――うーん、ふあぁ~・・・。」ムクリ

 

やっと起きた。

 

提督「・・・。」チラッ

 

時計を見る。

 

提督「―――9時か・・・あっ、やべぇ!!」

 

 完全に寝過ごしていた事に気が付く直人、海保ではそこまで早起きして無かった事もあって早起きする癖が抜けていたものらしい。当然バタバタし始める。

 

提督「バシャバシャ・・・」

 

顔洗い-の

 

提督「急げ急げ・・・」ジョロロロロ・・・

 

電気ケトルでお湯沸しーの

 

提督「えーっと?」バリバリ・・・

 

カップ麺のビニール剥がしつつふた開けて作り方見てーの

 

提督「・・・おろ?」クルッ

 

―――ここでインターホンに気付いた。

 

インターホンのカメラ映像から金剛と気付き慌てて玄関へ行き、ドアを開けた。

 

金剛「おはようございマース! 初日からお寝坊さんはダメデスヨー? ・・・って、まだパジャマでしたカー。」ニコニコ

 

もう気づいたかと思われるが、直人はまだ着替えてないのだ。

 

提督「おはよー。まぁ取り敢えず中入って。立たせっぱなしも悪いからさ。」

 

金剛「いいんデスカー? じゃぁお邪魔しマーッス!」

 

素早く室内に入って行く金剛。

 

提督(ノリと勢いはいいな!w)

 

素でそう思いながら言葉はそれとは別に疑問を口に出す。

 

提督「にしても、なんで部屋分かったの?」

 

金剛「ヒョウサツに紀伊ってちゃんと書いてあったのデース。」

 

確かに表札もある分にはあるがそれだけでは決め手に欠く答えである。

 

提督「でもなんで最上階だと?」

 

金剛「ウーン・・・勘?」

 

提督(・・・スゲェ。)

 

 女の勘と言うものは凄い、そう思わされる直人であった。そしてその時ちょうど湯が沸いたのでカップ麺を作り始める直人。

 

 

4分後・・・

 

 

直人「ズルズルズル~・・・」

 

金剛「提督ゥ、ボタン一つ付け忘れてるデース。」

 

提督「ん? あ、ほんとだ一つ留め忘れてる。食べてからでいいや。」

 

きっちり第二種軍服(帝国海軍の軍服の一つ・夏服)に着替えている直人、まだいまいち着こなせていない感が無くはない。

 

因みに白い軍帽はテーブルの上。

 

そして襟に付けられた階級章は元帥のものである。着任早々の元帥とは異例の事であるが、なにぶん秘密艦隊である故であろうか。

 

 

この後なんやかんやで司令部正門前に来た直人である。

 

 

9時37分 司令部正門前

 

 

提督「ここかぁ・・・。なんか造船ドック見えるのは気のせい?」

 

金剛「私達の艦隊は特別デース。いっぱい色んな物が作れマース!」

 

その答えに直人は率直に驚きつつ口には出さない。

 

提督「―――さて、ひとまず、執務室とやらに行きますか。」

 

 直人達の司令部の施設配置は、正門から見て正面に中央棟、その奥に艤装保管庫、右手手前に『甘味処』と書かれた看板の掛かった小さな建物、更にその向こうに2列4棟3階建ての艦娘寮が並んでいる。

その更に向こう側に大型船建造/修理も可能な大きなドックと兵器工廠、専用の大型倉庫6棟と言う、どう考えても艦娘を運用するには不必要な施設があった。

 左手には2列6棟の建物があり、開発棟が正門から一番手前に見えている。

 

 中央棟側の一列は、手前から開発棟、食堂、第1資源庫となっており、中央棟と食堂は1階の連絡通路で直結である。

奥の1列は建造棟、入渠棟、第2資源庫となっており、資源倉庫が2つある形になる。また艤装保管庫のさらに向こう側には、鎮守府に直接出入りできるよう艦船停泊用ドックが一つ。

建造棟と開発棟はこれも連絡通路で繋いであり、開発棟は予備装備保管庫も兼ねている。

 これらの共通点は、建物が甘味処が1階建て、艦娘寮が3階建て、建造棟と開発棟が工場の様な建て方である以外は全て2階建てなことである。あと外装が何やら赤レンガを彷彿とさせる感じになっている。

 

提督「なんというか、他の司令部より圧倒的に広い事は理解した。」

 

 それはそうであろう。明らかに他の司令部より規模と言い施設の質と言い、一目見るだけでも圧倒的に上なのだ。艦娘を運用するには余りにも足り過ぎると言って過言ではない。

 

金剛「まぁ、それを把握できていれば今は十分デース。」

 

提督「む・・・そうか。」

 

 それから直人は金剛に案内されながらあちこちを一通り見て周り、中央棟2階にある執務室へ向かった。

中央棟での2階への移動手段はエントランスにある半周螺旋階段である。エントランスは吹き抜けになっているから、2階廊下からでも入り口の様子が見える。

 

金剛「2階の廊下を左に行って突き当りが執務室デース。」

 

提督「ふむ、そんじゃ見てみますか。」

 

 直人が何気ない様子で扉を開ける。中は結構広く、部屋が間仕切りで2つに仕切られている。

壁の向こうが提督用の机と椅子のようで、手前側がどうやら応接用のロングテーブルと椅子が手前と奥に3つづつ計6つある。

そのテーブルの近くに、二人の女性の姿があった。それぞれデザインの違う制服を纏い、何やら話し込んでいる様子である。

 

金剛「提督をお連れしたデース!」

 

提督「―――。」

 

金剛に呼ばれた二人は、直人の方に向き直り敬礼する。

 

「提督、お初にお目にかかります。軽巡洋艦、大淀と申します。」

 

「工作艦、明石です。どうぞ、よろしくお願いいたします!」

 

提督「あ、あぁ。本日付でこの司令部に着任した紀伊 直人だ、よろしく。」

 

 直人は一目見ただけでは艦娘とは判断出来なかったが、そう言われるとここにいる理由にも説明が付く。

 

提督「2人とも艦娘なのか?」

 

大淀「はい、土方海将の命で、提督を補佐せよと仰せつかっています。」

 

明石「私は艦娘の入渠やメンタルケアを担当せよとの命を受けています。」

 

提督「そうか・・・土方さんがな・・・。」

 

直人は改めて土方海将の手回しの早さに舌を巻いた。いや、恐らくは彼一人の力だけではないかもしれないがそれはひとまず頭の片隅に置いた。

 

提督「で? 早速だけど書類どの位貯まってるのかな?」

 

最悪の可能性がある質問を投げかける直人。

 

大淀「執務机の方に、まとめておきました。」

 

大淀にそう言われ早速執務室の奥へと向かう。大淀の言うとおり、執務机には積まれていたのは20cmほど積み上げられた書類の山だった。

 

提督「どれどれ・・・ふむ、多い様な少ない様な・・・。」

 

書類の内容は司令部編成に当たっての事務関係が殆どであった。ただ、もっと大きな書類の山を予想していた直人は、若干拍子抜けしたが反面ほっとしていた。

 

大淀「では早速金剛さんと二人でやって頂きます。」キラーン

 

大淀が眼鏡のずれを直しながら言う。

 

提督「・・・二人で?」

 

金剛「」コクコク

 

金剛が直人に頷きかけた後大淀が教える。

 

大淀「はい。提督にはご自身の秘書艦を1隻選出し、提督の業務をサポートさせるのが決まりになっています。」

 

 これは提督が過労で倒れる事の無い様にしようと言う目的で定められたルールであった。ともすれば大量の書類を処理する必要がある提督だが、それ故に倒れられては困ると言う訳である。

 

提督「そう言う事ね、分かった。よし金剛、始めるか!」

 

金剛「了解デース!」

 

 

1時間後・・・

 

 

提督「―――よし終わった!」

 

金剛「フィニッシュデース!」

 

 書類を慣れないながらも片付ける直人と、そつなくこなして見せた金剛である。直人も別段デスクワークが苦手ではないのだが、哨戒艇長の仕事がそれなりに続いた事から、少々鈍っていたようだ。

 

提督「おー、そっちも早いな。」

 

金剛「それじゃぁ大淀に渡してきますネー!」

 

提督「うん、頼んだ。」

 

 金剛は書類の山を軽々と持ち上げて執務室を後にした。それを見届けてから、直人は席を立ち背伸びをして窓の外を眺める。

 

提督「ふぅ・・・これからどうなるやら。」(それにしても、俺が提督とは、世の中分からんもんだ―――)

 

大淀「提督! ちょっとよろしいですか?」

 

提督「ふぁっ!? な、なんだ、大淀か、何かな?」

 

そんな直人の想念に割って入ったのは大淀だった。唐突だったので直人の方が驚いてはいたが。

 

大淀「どうかなさいましたか?」

 

提督「あぁいやいや、少々考え事をしてたのさ。用件を聞こう。」

 

襟首を正して直人は言った。

 

大淀「では失礼します。」

 

「書類に不備でもあったかな?」とそう思いつつ、直人は大淀の話を聞いた。

 

大淀「これから提督には、様々な業務を行って頂く事になります。その一つに、『艦娘の建造』があります。」

 

提督「建造・・・つまり生み出すという事かな?」

 

大淀「端的に言えばそうです。建造自体は妖精達がやってくれますので、その建造に使う資源の量だけ、指定して頂くだけです。」

 

提督「ふむふむ。で、どうすればいいのかな?」

 

 すると大淀は、例えるなら球根に台座を取り付けたような(と言うかそれ以外例えようのない)形の、執務机に置いてあった機械を差した。

 

大淀「このモニター投影機を使い、資源倉庫に使う資源の量のデータを送信して頂くだけで結構です。」

 

モニター投影機と言うのは、まぁタッチパネルを空中に映し出す機械と思ってもらえればいいか。

 

投影されたモニターには、少々メタい表現で言うと艦これの建造で見慣れた資源量選択画面だった。あの部分だけ切り出して資源の量だけ分かる様にしただけの簡素な画面だ。と言う方が分かりやすいだろう。

 

左端に開発と建造のタブがあった。

 

提督「ふむふむ。MAX999か。まぁ今は司令部の資源事情も厳しいし最低値でやってみようか。」

 

ALL30のレシピで建造発注する直人。

 

(作者)私もデイリーでよくお世話になってますはい。

 

提督「ところで建造ってどうやってるんだい?」

 

大淀「あー、それはですね・・・」

 

 

 

 

 

任務娘(大淀)説明中・・・

 

 

 

 

 

提督「・・・。成程。」

 

中々凄い方法でした。

 

詳細はまたあとで。

 

提督「うーん、で、建造には時間が掛かるけど、その間どうするか。」

 

直人がそう考え始めると大淀が思い出したように言った。

 

大淀「そう言えば提督。土方海将から、呉から艤装倉庫に送られてきた物がある、と聞かされたのですが、それが何なのかは提督に伺えと言われまして。」

 

提督「え? なんで俺?」

 

金剛「そのシークレットアイテム、私も気になりマース!」

 

興味津々なご様子の金剛、困るのは何も聞かされていない直人の方であった。

 

提督「うーん・・・なんだかよく分からんけど行けば分かるかな? 大淀さん。」

 

大淀「大淀で結構です。」

 

すかさず返されてしまった。

 

提督「あぁ、じゃぁ大淀。それがある場所は分かるかい?」

 

大淀「はい。ご案内します。」

 

提督「さてさて、なんだろな。」

 

直人はやはり気楽に構えて執務室を出たのだった。

 

 

艤装倉庫の裏手には、ドックに直接射出するためのものと思われる謎の大型電磁カタパルトがあり、大きな隔壁で出入り口が塞がっている。

 

この艤装倉庫だけは呉のある提督が主導して建てたのだと、大淀がそう教えられたのだ言う。

 

 

 

 

10時50分 艤装倉庫内

 

 

提督「凄いな。」

 

艤装倉庫内は、100隻分の艦娘の艤装を格納しておくラックがずらりと並んでいた。因みに内部容積はまだ広く、上の空間にスペースを求める事無く300隻以上の艦娘の艤装を保管して置けるよう設計されている。

 

大淀「このラック一つ一つに艤装を保管します。今は金剛さんの艤装一式と予備一式のみですが。」

 

提督「ほうほう、成程・・・。」

 

相槌を打ちつつ直人達は奥へ進む。

 

大淀「ここです。」

 

たどり着いたのは倉庫の左奥の壁、その隅であった。

 

その壁の一カ所に端末が設置されていた。

 

提督「これは・・・ドアロック用の端末か。」

 

大淀「どうやら何かのパスワードを打ち込めば開く様なのですが・・・。」

 

提督「うーん―――!」ピーン

 

直人は何かに気付いたらしい。

 

提督(成程・・・だとしたら。)「大淀、メモか何か貰って無い? その呉の提督からの。」

 

大淀「それならここに1通あるのですが、私には何のことやら・・・。」

 

提督「んー? どれどれ・・・なんだこれ?」

 

直人も首を傾げる始末である。

 

受け取ったメモに書かれていたのは「パスワード:」の文字と、6桁の数字の羅列が横並びに3つ。

 

大淀「―――どうですか?」

 

提督「よく分からん―――ん? ちょっと待てよ?」

 

直人はふと懐から手帳を取り出す。引っ越す前大本営の送り主の名で送られてきた物だ。

 

直人が手帳をめくる。

 

提督「分かった。暗号だこれは。」

 

大淀「暗号、ですか?」

 

直人は魔導電卓術式を空中に投影してキーを叩く。この魔術は直人が使える数少ない「普通の」魔術の一つだ。直人には魔術の才能があるのだ。

 

しかも直人の行使する事の出来るそれは、積分式もできる高レベルな術式である。直人はその答えをメモし、手帳の内容と照らし合わせる。

 

二人が無言で見守るなか、対数方程式や水理学に関わる積分式など様々な難解な計算を解くこと数分。ようやく直人が手帳を閉じる。

 

大淀「解けましたか?」

 

直人「あぁ。氷空(ソラ)の野郎、いちいちめんどくせぇことを・・・。」

 

と言いつつパスワードを打ち込む直人。

 

入力したパスワードは、「2246 0120 1159」。

 

「ロック解除、開門します。」と言うロック端末の音声メッセージが流れる。直後、ロック端末のある壁の一角が奥に向かって開く。

 

扉は90度開き再び壁となった。

 

提督「階段か・・・。」

 

扉の向こうは艤装倉庫の壁を外側に沿って地下へ続く階段であった。あとで調べたものだが、この艤装倉庫は通常建てられるものより13m程縦幅の長いものであり、延長部分と通常のスペースとは壁で仕切られていた。

 

パッパッパッパッ・・・手前から奥へ順に電気が点灯される。

 

大淀「これは・・・。」

 

金剛「秘密の通路デスカー。ワクワクするデース。」^^

 

提督「行ってみよう。」

 

3人は直人を先頭に階段を下る。

 

大淀「ところで、さっきのメッセージはどう言う意味だったんですか?」

 

提督「あぁ、あれを解読して出てくるのは3つの時刻だよ。」

 

直人は大淀に軽く説明してやることにした。

 

提督「函数(はこすう)暗号と言う高度な暗号さ。近衛艦隊の専用暗号でわざわざパスワードを隠匿してきやがった。」

 

大淀「函数暗号って、あの暗号ですか・・・。私もある程度は覚えて来たんですが、まだ勉強不足で・・・」

 

提督「なに、日頃から秘匿連絡用暗号文を出し合う位じゃなけりゃ、普通に気付くのは無理な話だよ。」

 

割合トンデモない仲であるが、まぁ小学校から中学校にかけて相当暴れていたのである。その連絡に―――ということだ。

 

提督「ま、精進する事ですな。」

 

大淀「努力します。」

 

そんな会話をする内に階段の一番下にたどり着く。

 

左側に鉄の門扉があり、またもロック端末があった。

 

「手形認証をしてください。」

 

提督「なんかこないだやけにこういうデータ取られたと思ったらそういう事かい。」

 

直人がそう言いつつ認証装置に手の平を当てる。

 

この手形認証は、正確には手の平のしわと血管をスキャンする為、登録更新が頻繁に必要だが破られにくい特徴がある。

 

大淀「厳重ですね。」

 

提督「そうだな。」

 

「ロック解除、開門します」

 

ゴゴゴゴ・・・と重苦しい音をたて、鉄の扉が左右に開く。

 

提督「なっ―――これは・・・。」

 

そしてその扉を潜るより早く、直人は言葉を失った。

 

提督「何故だ・・・なんでこんなところに“コレ”があるんだ・・・!?」

 

そこにあったのは巨大な鋼鉄の塊、と形容した方が早い、圧倒的スケールの艤装だった。

 

敢えて言うなら泊地級深海棲艦の武装より遥かに大きく、かつ戦う事に特化されたと言える物であった―――。

 

直人は困惑していた、彼が凝視していた“ソレ”はかつて、『解体された』と聞き及んでいたからである。

 

大淀「これは・・・艤装?」

 

金剛「ウェポンも沢山、とても大きなキャノンもありマース・・・。艦娘の物じゃないデース。」

 

驚きの視線を注ぐ二人。

 

提督「・・・。」

 

直人はようやく落ち着きを取り戻しつつ、ずれた帽子を被り直す。

 

金剛「・・・?」

 

大淀「提督・・・?」

 

言葉を発しない直人に大淀が思わず声を出す。

 

提督「見てしまったし、ある以上仕方がない。二人ともよく覚えておいてくれ。」

 

直人は意を決して打ち明ける。

 

提督「これが、この司令部の切り札って訳か、俺の―――俺専用の、対深海用の切り札とも言えるものだ。」

 

金剛&大淀「!?」

 

提督「このことは、今は秘密にしてくれ。これはこの司令部どころか、国家の重大機密事項だからな。」

 

そう言ってから少し間を置き、提督はその重い口を開く。

 

提督「この艤装の名は、超巨大機動要塞戦艦「紀伊」、適合者は・・・俺だ。」

 

大淀「提督が!?」

 

金剛「どういう事ネー!?」

 

驚きの声を上げる二人に、直人は首を振ってこう言った。

 

提督「今はまだ、話せない。話す気になれない―――だけど今だけは、この事は伏せておいてくれ、いいな?」

 

二人は無言で頷く。

 

 

3人は何も語らず、地下格納庫を出たのだった・・・。

 

 

直人が呉から送り付けられた自身の艤装『紀伊』は、彼にとって少なからざる因縁をも内包したものであった。それだけに、直人もこの自らの半身が未だ現存する事に、奇妙な因果を感じずにはいられなかった。

 

直人のみが使用する事が出来る超巨大艤装『紀伊』の謎は、物語を進めるにつれていずれ判明するであろうが今は伏せる。

 

2052年4月11日、彼が着任したこの日はまだ、半ばを過ぎていない。




横鎮近衛艦隊艦娘ファイルNo.1

戦艦 金剛改2

装備1:46cm3連装砲
装備2:46cm3連装砲
装備3:三式弾
装備4:94式高射装置

横須賀鎮守府付属近衛第4艦隊、通称『横鎮近衛艦隊』の初期艦。
初っ端から対空カットイン込みの46砲連撃装備を持っていたり、アホ毛の跳ね方が左右逆だったり、片言が中途半端に治っているなど特異点が多い金剛。
話し方については気分によって無意識に変わる。
後に横鎮造兵廠謹製の専用装備を受領するがそれはまた別のお話。


艦娘ファイルNo.2

軽巡洋艦 大淀

装備1:艦隊司令部施設

近衛艦隊へ特別に配備された任務担当武官。
同じタイプがあと3隻いる。
他の艦隊は一般の女性が登用されているが近衛艦隊だけは艦娘である。
艤装受領はまだ先の話。


艦娘ファイルNo.3

工作艦 明石改

装備1:艦艇修理施設
装備2:艦艇修理施設
装備3:艦艇修理施設
装備4:艦艇修理施設

艦隊の工廠担当艦。
大淀とは違い全艦隊に配属されている。
建造・修理・開発と、近衛艦隊には必ずある造兵廠の元締め。
後に改修工廠も掛け持ちするようになる。
金剛と同じく特異点があり、始めから改だったりいきなりフルスロット修理施設だったりする。が、この状態は艤装受領後であり、現状装備は無い。


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第2章~装備開発の時間だ~

というわけで!

いきなりシリアス臭がしだしたが一旦それはどこかへ吹き飛ばしておこう!

この章からこの俺天の声が、この世界に於ける様々な艦これの謎を解説して行くぜ!(出番あったよやったね!)

という訳で、開設の記念すべき第1回目の今回は建造についてだ!


~この世界に於ける『建造』~

この世界では艦娘の建造に於いては、妖精さんの仕事はまず艤装の創造から始まる。

この時の資源投入量と妖精さんの仕事の出来一つで出来上がる艤装は異なるが、それによって出来上がるのが、『基本型艤装』と言われるもの。例えば暁型の基本型艤装は雷が身に着けているそれと同じ。大和型は大和が、金剛型の基本型艤装は金剛のそれが該当する。

上記の様に、その艦型ごとに存在する基本形の艤装が元となる訳で、それによって出来上がる艦が大まかだが決まる。

そして妖精さんはそれら基本型艤装を更に触媒として、艦娘の艤装を触媒とした艤装と置換する形で召喚する。この際にその艤装を使用する肉体も同時に召喚する。ただし既に保有済みの艦娘の艤装が出た場合は、肉体召喚の工程は行わない。

なお艦娘を解体する際にカーンカーンされるのは艤装のみで、艦娘の肉体は普通の人間と同じ状態になるがあくまで艦娘である為、司令部付きのスタッフとして残る事になる。

勿論艤装を解体された後でも、その艦娘自身が適合出来る艤装を装着する事もできるが、新品の艤装だとLv1の状態に戻ってしまうという訳だ。牧場の際はその新品の艤装を着けてまた行ってもらうという事になる訳で。

艤装の強さについてだが、これは戦闘で得たデータを元に艤装の内部機構を、カスタマイズや調整を重ねる事でより艦娘の特性に沿った艤装へと強化されて行く様な感じになる。

まぁ艦娘の技量が優れていても武器(艤装)がそれについて行けない、と言う場合もある訳だが。



ざっとまぁこんなところですな。

ということで、そろそろ次の章の本編を始めよう。

第2章、お楽しみあれ。


4月11日正午 中央棟・提督執務室

 

 

金剛「oh・・・」^^;

 

提督「・・・。」

 初期艦が戦艦であり、司令部の資源を鑑みるに普通に出撃もおぼつかぬ中、淡い期待と共に建造されたその2隻目は・・・

 

木曽「球磨型軽巡洋艦『木曽』、着任した。」

 

提督(・・・。)ゴゴゴ…

 

明石「・・・。」タジッ

 不穏な視線を感じる明石と、「戦艦に続き軽巡って、バランスが悪すぎる。」と本気で憂慮する直人である。駆逐艦ならばまだしも、と考えていたのだ。

 

提督「はぁ、まぁいい。とりあえず、よろしくな、木曽。」

 

木曽「? あぁ、よろしく。」

何はともあれぎこちなく握手を交わす二人。

 

提督「さて・・・建造とくりゃ次は開発だな・・・さてどうするかね。」ピッピッピッ

 言いつつ最低値で開発を発注する直人である。この時の彼らにはまともな物資の備蓄すらないのだから当然であったが。そして直人の嘆息した理由を、木曾は暫く後に知る事となるのだ。

 

 

~3分後~

 

「ズルズルズル~・・・」

 開発の結果が待つまでの間にカップ麺を食する直人、頃合い的に昼食がまだだったのだ。余談だがこの時まだ食堂も機能していないので、食事が自然この様になるのも当然であった。

因みに金剛は木曽に司令部を案内すると言って二人で出て行き、執務室にはこの時彼一人である。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「ん、どうぞ。」

 ガチャッとドアを開けて入って来たのは工廠の妖精さん、頭に装備を乗せてトコトコやって来た。

 

提督「これは・・・ふむ、12.7cm連装砲か、ご苦労様、装備倉庫にしまっておいてくれる?」

 そう言うと妖精さんはコクリと頷き足早に去っていった。どうやら言葉は通じるらしく、この様に一方通行だがコミュニケーションを取っていた。

 

提督「・・・。ズルズル~・・・」

 

妖精さんが去っていくのを見送った後カップ麺(塩ラーメン)を啜りつつ直人は

 

提督(確かあれは駆逐艦用の主砲――――駆逐艦いないぞおい。)

 一日の活動ノルマ*1を確認しながら、色々思案する直人であった・・・。

ただし着任したばかりで覚える事も多かった為、無理はせずこの日これ以上の業務は行わず店じまいとした直人。

では何をしていたかと言うと・・・

 

 

司令部施設西側・造兵廠

 

 建材が主に鉄筋コンクリートと鋼板で構成される造兵廠と呼ばれるこの施設は、軽く言えば兵器や弾薬の生産を行う工場であり、本来は第二次大戦中日本各地にあった軍需工場のジャンルの一つである。

だが横鎮近衛艦隊の造兵廠は様々な兵器や弾薬を一元的に大量生産できると言う、高度にオートメーション化された大規模なものだ。

 

そして、ここを統括するのが・・・

 

明石「あ、提督、どうされたんですか?」

 

御存じ皆さんの修理御用達、明石さんです。

 

提督「いや、どんなもんかと思ってね。」

 

 屋根はトタンだが中に入ると天井が非常に高い。更に天井部材は構造がむき出しになっているのも目に付いた。この二つともその理由が、天井板を梁の下面に張っていないからであるが。

扉は中で作った物が搬出できるよう大きく作られた鉄製、開閉は機械式であり、中には工作機械がかなりの数あった。

 

「今ちょっといろんな機械の整備と調整をしてた所なんです。」

 よく見ると上はタンクトップ、下はツナギの作業着姿と言ういで立ちの明石である。しかも中はかなり広いにも拘らず蒸し暑く、明石もその格好でさえ汗だくで作業をしていた。

 

提督「特に業務も無いのに熱心だねー。」

 

明石「そうですか? ありがとうございます♪」

 

明石「それにしてもここの工廠は凄いです。大がかりな造船も可能な位設備が充実してます!」

 

提督「はぁっ!?」

 

いい笑顔で言い切った明石だが結構とんでもないことである。この司令部固有の艦艇さえも造船し得ると言う事であるからだ。

「今は機械の調整中ですから無理ですけど、近いうちに稼働可能にしておきますね!」

 

提督「そ、そうか―――。」(機械いじりが好きなのだろうか、工作艦なだけに。)

 

明石のはつらつとした様子にその様な事を思う直人である。

 

「んじゃぁ、邪魔になっちゃ悪いし俺はそろそろ退散しますかね。」

そう言って直人は造兵廠を辞去した。

 

 

―――横須賀の立地は非常に重要な意味を持った場所でもある。

明治維新による一連の流れの中で、首都を江戸改め東京とした明治政府にとって、東京が面する東京湾へ雪崩れ込まんとする外敵を防ぐには、その入り口に基地を作る必要に迫られる。

 明治4年に、その目的を達する為に作られたのが、当時東海鎮守府と命名されていた横須賀鎮守府であり、その傘下に横須賀海軍工廠が設けられた。その後鎮守府施設は紆余曲折(うよきょくせつ)を経たものの、現在でもその名残は在日米軍の基地として使われたりしていることから、残留する旧帝国海軍時代の遺構も未だに多く存在する。

現在横須賀港は、壊滅した米軍の中で唯一まとまった戦力を以て存続し得た在日米軍と、中国や日本本土の河川/湖畔奪還で戦力をすり減らしたものの、未だシーパワーを保持し続けた海上自衛軍と在日米軍が半要塞化して使用している状況にあり、艦娘艦隊横須賀鎮守府はこの横須賀基地内に新たに開設される形となっていた。

 横鎮近衛艦隊はこの時点に於いて、体制が整わない東京湾防衛線を支える為の機動戦力として、十全な戦力を備えた強襲遊撃(ゆうげき)部隊という意味合いを色濃く持つ。どの近衛艦隊にせよ目的は全てそう言った重要部防衛という点に於いて一致する。

東京湾制海権の絶対固守、次点に東京湾外に浸透を図る敵勢力殲滅、それが彼ら横鎮近衛艦隊を含む横須賀鎮守府隷下(れいか)各艦隊に当面の間与えられた任務であった。

 提督となった直人はこの時21歳、未熟であると自らを戒めながらも大命を背負った心中たるやいかばかりであったであろうか。

 

 

午後3時 執務室

 

「うーん、どうするかねぇ・・・。」

ひとまず彼は大淀を除く全員を集めて会議をしていた。後の様相と比べれば、この頃の会議の様子など、慎ましやかであったと言えるだろうが。

 

木曽「流石に装備がほんの僅かなのは問題だな・・・。」

 

明石「作ることが出来ればいいんですが資源もあまり無いですし・・・。」

 

まだ司令部編成1日目である事も手伝って、横鎮近衛艦隊の台所事情は逼迫どころか空っ風が吹く有様である。最もそれに輪をかけていたのが、戦艦に類別される金剛だったが。

 

金剛「ここは思い切って作っちゃいまショー!」

 

提督「出撃出来ないのにそれはきついぞ。」

 

4人が応接テーブルを囲んで議論しているのは装備の量の話である。

 

明石「それなんですが、明日大本営から着任の初期資材として資源各2千と高速修復材10、開発資材10、高速建造材5が送られてくると言われて来てるんですが。」

 

3人「「それだ(デース)!!」」

そりゃぁまぁ、如実に食いつきもするだろう。問題になっていた資材が向こうから来てくれるならこれ以上の事は無い訳であり、3人は揃って声を挙げた。

明石「あー、やっぱりそうなりますよね、ハハハ・・・。」

 

提督「この機会に一挙に艦隊戦力の増強をやろう!」

 

木曽「賛成だ。」

 

金剛「ニューフェイスが増えるのはいい事デース!」

 

提督「よし、決まったな。では今日は皆上がっていいぞ、出来る事もないしな。明日、開発は金剛、建造は木曽の担当で行こう。」

 

金剛「了解デース!」

 

木曽「ま、やれるだけやってみようか。」

 

 

午後7時半・執務室にて・・・

 

「書類まだ残ってるの忘れてた・・・。」

慌てて書類を纏め上げようとする直人。それを少々呆れた様子で大淀が見守っていた。

「今まで何をしていたんですか? 提督。」

 

提督「方針の打ち合わせとか施設の下見とか。」

 

大淀「書類を終わらせてからにして下さいよ・・・。あとなんで私も呼んでくれなかったんですか?」

 

提督「大淀さん忙しそうだって金剛が言ってたんで呼ばせなかった。」

 

だって事実なんですもん仕方ない。

 

提督「よし終わった。あと宜しくお願いしますね。」

 

大淀「承知しておりますとも♪」

 

提督(んー? 大淀なんか機嫌いいな、まぁいいか。)

 

そんな様子を気に留めながら特に何も言わず、直人は書類を大淀に手渡した。

 

「よーし、そろそろ上がるかねー、んん~~っ。」ノビ~

そう言って背伸びをして立ち上がった直人は、せっせと自分の家に戻ったのだった。

 

 

 

午後7時 提督寮・紀伊宅にて

 

 

ガチャッ

 

提督「ただいまっと。」

 

金剛「お帰りデース!」

 

提督「・・・へ?」

 

そこには、いつも通りのテンションで、いつも通りの笑顔で、エプロンをつけた金剛がいた。

勿論の事ながら艤装なしで。

 

金剛「どうしたのデース? 顔に何かついてますカ?」

 

提督「・・・。なんで金剛、お前がここにおるん?」

 

金剛「ウーン・・・なんとなく?」

 

提督(素で言い切るんじゃねぇよ。)

 

この後、金剛が無断外出で抜けだしていた事が発覚し、流石の直人もこればかりは司令部に返したのであった。規律が一番だからである。

 

 

そして翌日・・・。

 

 

4月12日午前8時50分 建造棟

 

提督「さぁ、建造&開発の時間だ。」

 

やる気満々の直人、大本営からの資材運搬は既に完了している。

 

木曽「任せろ!」

 

金剛「やってやるデース!」

 

明石「工廠の方は準備OKです、提督。」

 

提督「流石は明石だ。俺は建造を見物させてもらおう。金剛、そちらは任せるぞ。」

 

金剛「了解デース! でも私の方には見に来てくれないんデスカ?」

 

提督「分かってるよ、建造が終わってから行くから待ってて?」

 

とその場は収めた。

 

 

でもって・・・

 

明石「さーて、資源は既に搬入してあります、どんなレシピでもどうぞ!」

 

 直人はその言葉に応じるように5通りの資材比率を端末に入力する。高速建造材は5回それぞれに使用する事にし、その入力内容を明石の端末に転送する。

それを見た明石は

「ほーう、これは太っ腹ですね、では皆さん、始めますよ!」

とすぐさま指定された量の資材を取り分け、妖精さんと共に作業を始める。

よく見ると建造台には何か術式が刻まれており、それが木曽の持つ霊力の力を受けたものか黄緑色に発光していた。

 

明石「建造の工程は、元を突き詰めると降霊術に近いものなんだそうです。」

 

提督「ヒュ~ゥ、こいつは驚いた。そんな大それたものなのか。」

 

明石「正確には降霊術をより高度にしたもの、らしいです。」

 

 プロローグにてこの世界には所持するものこそ少ないが、魔法(この世界では魔術と呼ばれる)や超能力の存在を示唆したことを、読者諸兄は覚えている事と思う。

 一例を挙げるとすれば、かつて錬金術が欧州で流行したようにこの世界でもそれと同じことが起こった。

異なるのは魔術が存在し、様々な形で関与したことであるが、鉄から銀を生成するなどの成功例がいくつかあるものの、有態に言えば金や賢者の石に至った訳では無かった。

 今目の前では妖精さん達が自在に資材の形を変え、基本型艤装の形を作り上げていた。その様は人が及ばざる境地にあるようにも思われた。

 

明石「あ、出来ましたか? ではそろそろやっちゃいましょう。バーナーお願いします!」

 

提督「っ! バーナーって―――」

 

 明石の説明から、高速建造材というのは何か触媒の様な物だと思っていた直人。息を呑みつつ後ろを振り返る。

背後にあったモノは、外見から何から何まで見事なまでにバーナーであった。しかも妖精さん五人がかりの大きなバーナー。それが直人達の脇をすり抜けて前に出る。

 

「明石さん、冗談ですよね?!」と直人が慌てて問い質すと、明石は快活な笑顔で言い放った。

 

明石「エイプリルフールはとっくに終わってますから!」

 

提督(いやいやいや、その単語が飛び出てくる時点でマジなんだよねきっと、しかも場違いだし冗談になってない―――)

 

明石「それではお願いします!」

 

妖精さん「!」ビシッ

 

妖精さんは敬礼した後、右腕を高く掲げ、振り下ろした。

 

 

ゴオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ・・・

 

 

 6つ(あれ?)用意された巨大バーナーが爆炎を完成していた基本型艤装に噴射する。召喚の最終工程である降霊は本来術式のみで完結するのだが、普通にやれば相当な時間を要するそれを促進するのが、炎の力という訳なのだ。

ただ流石に6つも同時に使っているせいか、気流が渦巻き埃が舞い上がり燃え尽きる。

 

提督「・・・煙がすごいな・・・。」

 

 そしてものの見事に煙が建設棟内に充満して視界零に。動力を伝達していた木曽と、それを監督していた直人と明石はそれぞれに別のシールドの陰にいた為、炎の熱をそれほど強く受けた訳では無かったが、余りの煙に呼吸が難しくなる。

 

「換気扇、回してください!」

それでもどうにか声を出し明石がそう指示すると、天井に取り付けられた換気扇が轟音とともに回り始め、煙が薄れていく。

 

提督「うーん、こんな事なら早く言ってほしかったな。」

 

明石「てっきり知っているのかと思いまして・・・すみませんでした。」

 

提督「いや、別にいいさ。しかし対策は必須だな。」

 

明石「そうですね、手法を考えてみます。」

 

 言葉を交わしている内に煙が晴れてくると、同時に直人は“6人”の人影を見つけた。彼が違和感に気づいたのはこの時である。

 

明石「お、無事に建造終了したみたいです。」

 

提督「あれ、なして6人?」

 

「俺は知らんぞ。」

ここまで黙っていた木曽がいの一番にそう言う。

「え? 私も何もしてませんよ? 提督が、ほら。」

そう言って発注表を見せる明石。そこには確かに6隻分の発注がされていた。

「うーん、ぼーっとしてたのかな・・・まぁいいか。」

参ったな・・・と頭を掻く直人。6人も直人に気付きこちらに歩いてくる。

 

提督「やっと呼吸が楽になってきたところで、んんっ、新メンバー、一人ずつ自己紹介をどうぞ。」

色々混乱してきたせいなのか堅苦しさが少し抜けた様だ。

 

神通「軽巡洋艦、神通です。どうか、宜しくお願いします。」

5500トン級軽巡14隻の最後期型である川内型の2番艦である。

 

鳳翔「航空母艦、鳳翔です。不束者ですが、よろしくお願いします。」

鳳翔は日本初の航空母艦である。着物の似合う美しい女性と言った佇まいである。

 

飛鷹「名前は出雲ま・・・じゃなかった、飛鷹です。航空母艦よ。よろしくね、提督!」

太平洋航路向け大型客船を有事に際して徴用・改装した改装空母で、マリアナの七面鳥撃ち被害者の内の一人でもある。

 

綾波「特型駆逐艦、綾波と申します。」

第3次ソロモン海戦第2夜戦の活躍から鬼神と言われた艦であり、世界に衝撃を与えた特型駆逐艦の1隻である。

 

扶桑「扶桑型超弩級戦艦、姉の扶桑です。」

金剛に続く超弩級戦艦であり、様々な経緯で実戦には恵まれず、不運な運命を辿った艦として知られている。

 

蒼龍「航空母艦、蒼龍です。空母機動部隊を編成するなら、私もぜひ入れてね!」

 これはまずまずの大戦果と呼んでいいだろう。ワシントン条約の枠内で建造された中型空母で、南雲機動部隊の一翼として初戦の快進撃を支えた名空母として知られている。

 

木曽「こいつは凄いな、そうそうたる面子だぞ提督!」

 

提督「あぁ、そうだな木曽よ。」

 

確かにそうそうたる面々である。即戦力となる大型艦や武勲艦が複数隻いる辺りもそれを裏打ちした。

 

明石「あとはこちらに任せてもらっても?」

 

提督「あぁ、すまんな。」

 

明石「いえいえ、いいんです!」

 

直人はその場を明石に任せ、開発棟の様子を見に行ったのだが・・・。

 

 

 

4月12日10時過ぎ 開発棟

 

 

提督「金剛! 首尾はどうだい?」

 

金剛「こんな感じデース!」

 

結果はと言うと・・・

 

35.6cm連装砲 12.7cm連装高角砲 22号対水上電探 20.3cm連装砲、そしてペンギンと・・・綿雲?(失敗)だった。

 

提督「うん、装備はいい仕事だが・・・このペンギンは?」

 

「実は・・・金剛さんが開発資材を取り出してはダメだと言うんです・・・。」

 金剛についていた大淀はほとほと困り果てた顔で言う。その金剛はと言うと、目をキラキラさせながらその様子を目で追っていた

そのペンギンはぺたぺたとあちこち歩き回っており、綿雲の様なものがその後ろをふわふわ浮きながら、甲斐甲斐しくついて行っていた。失敗すると確かにあのような形にはなるのだが、本当はこの様に動き回れはしない筈なのだ。

 

提督「ふーむ・・・?」

 

 この後、その様子が(金剛も含めて)何とも愛くるしい光景だったので、直人の鶴の一声によってそのまま飼う(?)事になったのである。ただどうやら種も仕掛けもあったようで、何かの拍子に妖精さんの成り損ねのような形になったらしく、言葉が通じるのが勿怪(もっけ)の幸いと言うべきだっただろう。

 

 

カリカリカリカリ・・・

 

提督「ふ~・・・。」

 

この日の書類を纏めていた直人、その横では大淀が目を光らせていた。こうなっては直人も気が抜けない。

 

大淀「この司令部も一気に人が増えましたね。」

 

提督「そうだな、そろそろ艦隊編成の時かも知れん。」

 

大淀「それは結構な事ですが、まずは書類を済ませてからです。」

 

提督「うっ、はい・・・。」

 

この点については頭の上がらない直人であった。

*1
ゲーム側の言葉に言い換えるとデイリークエストである




艦娘ファイルNo.4

球磨型軽巡洋艦 木曽

装備1:14cm単装砲

初建造の結果がまさかの改2艦だった件は取り敢えず置いておこう。
後にある艦隊の中核を担う事になる艦娘で、地力に於いては重巡に勝るとも劣らぬほどの実力を持ち、尚且つ近接戦闘も得意としている。
作者曰く、「初ドロップの艦が木曽で、その容姿と性格に一時期惚れていた」とのこと。


艦娘ファイルNo.5

川内型軽巡洋艦 神通

装備1:14cm単装砲
装備2:61cm4連装酸素魚雷

間違って建造した6回目の建造(オール30)の結果。
始めから4連酸素魚雷を所持していたり、小さいながら左腕4・右腕3の主砲が右腕4・左腕3となっているという2つの特異点を持つ。


艦娘ファイルNo.6

鳳翔型航空母艦 鳳翔改

装備1:零式艦戦22型(柑橘類隊)(対空+8 命中+2 索敵+1)
装備2:97式2号艦攻(対潜+5 雷装+6 命中+1 索敵+1)
装備3:彗星43型(対潜+3 爆装+12 命中+1)

見ての通り特異点塗れの鳳翔さん。他に甲板が灰一色(大鳳並と言わんが装甲甲板化)になっていたり矢の羽がオレンジではなく明灰白色や緑(つまり練習部隊ではなく実戦部隊)になっていたり。艦載機は上から零戦21型の改良型、三菱製97艦攻、800㎏爆弾搭載型彗星となっている(鳳翔専用装備なのではずせない)。後に食堂のキッチン担当に。尚お酒は相当強い模様。
因みにこの時点ではダントツに鳳翔さんが練度でトップである。(金剛がLv40前後で改2になっている為)
なお零戦の柑橘類隊は作者の知り合い提督との友情コラボです。本当にありがとうございます。


艦娘ファイルNo.7

飛鷹型航空母艦 飛鷹

装備1:96式艦戦(熟練)
装備2:99式艦爆(熟練)
装備3:97式艦攻(熟練)

流石に特異点持ち3連はない。飛鷹型航空母艦の長女。
なお全機熟練部隊なのはデフォです。
後に着任する妹の隼鷹のブレーキ役を見事果たすことになる。


艦娘ファイルNo.8

特Ⅱ型駆逐艦 綾波

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装魚雷

綾波型駆逐艦とも言われる駆逐艦のネームシップ。
後に第1艦隊中核の水雷戦隊に配属されることになる。
常に気遣いを忘れぬ態度と、戦場での艦艇時代を受け継ぐような獅子奮迅ぶりから後に「優しき鬼神」の異名を取る事になる。(この艦娘らしからぬ戦闘能力が特異点の可能性あり)


艦娘ファイルNo.9

扶桑型航空戦艦 扶桑改2

装備1:試製41cm3連装砲
装備2:14cm単装副砲(火力+3・命中+2)
装備3:12cm30連装噴進砲
装備4:瑞雲12型(634空)

いきなり実用段階であるといえる特異点3つを抱えた航空戦艦。
そこまで不幸ぶっている様な様子は見られないのも特異点の影響であろうか、多少前向きである。
強力な41cm10門の斉射と瑞雲との連携で敵を粉砕する頼れる主力艦の1隻で航空火力艦でもある。


艦娘ファイルNo.10

蒼龍型航空母艦 蒼龍

装備1:零式艦戦21型(藤田隊)(対空+8 索敵+2 命中+2)
装備2:99式艦爆(江草隊)
装備3:97式艦攻(金井隊)(爆装+8 索敵+1 対潜+3 命中+3)

2航戦の青い方。(おい
大型空母に関しては初期からネームド所持な点がデフォという典型例。
雷撃隊を持たず爆撃に特化するため基地爆撃に向く。97式艦攻(金井隊)も分類は艦攻/艦爆である。
藤田はミッドウェー海戦で10機撃墜のベテラン、金井は水平爆撃の名手であったがウェーク島空襲で戦死している。
この通り埋めつくせるだけ埋めてしまえと言わんばかりにエースでぎっしりである。


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第3章~俺も出るぞ~

えー、まぁ、イレギュラーと言いますか、そういったものが出現する事は最初から決まっていたのですが、普通じゃつまらんと言って作者が暴走しました。<(_ _)>

とまぁ今回は新艦娘がぞろぞろ新規加入したのですが、今回は開発について解説します。

2章に於いて、建造は錬金術に通ずると言う説明がありましたが、ホムンクルス製造はしてないのでご安心を。開発も錬金術に通ずる部分がある技術が使われているらしいです。

建造に比べて開発は、そこまで複雑でややこしくはありません。

素材を持ってきてそれを錬金して出来上がるのが艤装な訳で、これもまた妖精さん達の仕事の出来一つで結果が変わると言う代物です。

建造と少し違うのは、艦娘の艤装に装備し使う為の霊力回路を組み込んでやる事なんだそうで。

これに関しては妖精さんしか知らないブラックボックスとのことでしたはい。


鳳翔制空隊のネームドとして登場させて頂きました柑橘類氏、ありがとうございます。正直出演希望を頂いたときは「その発想はなかった!」という思いで一杯でした。

柑橘類氏は作者のゲーム仲間で、WT(War Thunder・ウォーサンダー)というゲームを結構やり込んでいる方でして、ステータス補正もその成績に基づいたものにしております。


今後も出演希望は募集しようと思います。需要あるのかどうかは別として。(ないけど)

柑橘類氏には厚くお礼申し上げます。鳳翔航空隊は近々大活躍をしてくれる筈です。その時までもうしばらくお待ち頂けたらと思います。


それでは今回はいよいよ出撃回という事になります。

ではどうぞ。


4月12日午後8時 紀伊宅

 

 

カリカリカリ・・・

 

 

提督「撃針の太さはこうで、次は射撃機構だな・・・」

 

直人は、銃の図面を引いていた。

 

その図面を見るだけでも、それは生半可な大きさではない。

 

長さ約2mと少しの2丁、背負い式の2つの弾倉、その弾倉の上には何やら大きな擲弾が乗っかっていた。

 

※擲弾(てきだん):ライフルの先端に装着し、銃発射のガス圧で発射する兵器。用途としてはグレネードランチャーに近い。

 

図面のタイトルは「30cm速射砲」であった。

 

 

 

翌13日の早朝、直人は早々と横鎮近衛艦隊司令部造兵廠前へと現れた。

 

 

提督「おろ? こんな朝早くに明かり?」

 

直人は誰かいるのかと思い、そのまま造兵廠へ入って見渡してみる。

 

直人「―――誰もいない・・・のかな。」

 

明石「ん。」ヒョコッ

 

明石が機械の群れの中から顔を出した。良く見たらまたもや作業着姿であちこち油で黒く汚れている。

 

直人「あ、明石さん、おはようございます。」

 

明石「え、あっ、提督、おはようございます!」

 

直人「こんな朝早くからっておっとと。」

 

足元を妖精さんが数人明石の元へ走っていく。

 

明石「今朝来てみたらここにいつの間にか妖精たちがいて、ここの機械全部に憑依してるんですよ。」

 

提督(えっと、ここって200以上機材あるよね・・・スゲェひとつ残らず妖精さんが・・・。)

 

感心しながら直人は

 

提督「つまり妖精さん達の力が加わって楽に動かせるようになった、と。」

 

と言った。

 

明石「まぁそういう事になりますね。」

 

提督「ほーん。あぁそうだ明石さん。急いでこれを艤装に装備する兵装と同じ形式で作って欲しいんだけど。」

 

そう言って昨夜突貫で引いた精密図面を渡す。

 

直人は『銃をメンテする以上銃の構造を理解しないといけない』という事で、定規とシャーペンだけで精密図面を引くようになったのだ。

 

明石「30cm速射砲、ですか?」

 

直人「あぁ。それを俺の兵装にしたい。」

 

明石「でも提督の艤装って―――あ。」

 

明石がハッとした表情になる。

 

明石「大淀さんから聞かされましたけど、本当だったんですね。」

 

提督「大淀さん? あの人は・・・言うなとは言ったけどまぁ、明石さんならいいか。そういうことだ。脚部艤装を着けて進水は出来るが気軽に持ちだせるような武器が無いとな。頼めるかい?」

 

明石「わかりました。2時間半で仕上げます。」

 

妖精さんスゲェ!!

 

提督「できたら言いに来てくださいな。」

 

明石「分かりました。さぁみんな! 初仕事にかかるわよ!」

 

提督「あ、艤装の事は他言無用だからね?」

 

明石「それも、大淀さんから承ってます。」

 

提督「なら、いいけどね。」

 

明石さん達が作業を始めたのを後目に、提督は執務室へと赴いた。

 

 

 

13日午前5時 中央棟2F・提督執務室

 

 

 

ガチャッ・・・バタン・・・コツッコツッコツッコツッ・・・

 

 

提督「ふぅ。」ドサッ

 

執務室へとやって来た直人、流石に大淀もいなかったようだ。

 

外を見ればまだ夜が明けたばかり、小鳥のさえずりが聞こえて来た。

 

提督「今日で3日目だな、そろそろ出撃しましょうかねぇ。」

 

などとぼんやり考えていた。

 

 

午前6時

 

 

カリカリカリ・・・

 

 

提督「うごごごご・・・」

 

大淀「さぁ、早く終わらせてくださいね。」

 

いつも通り書類と格闘中。

 

 

そのまま更に1時間・・・

 

 

大淀「さぁ、もう少しですよ!」

 

提督「よーっしゃぁー!!」

 

無理矢理やる気を奮い起こす直人。

 

金剛「終わったらティータイムにするデース!」ガチャッ

 

大淀「まずは書類仕事からですよ。」

 

遅れてきた金剛と冷静にその事を告げる大淀。そこへ・・・

 

 

コンコンコン・・・

 

 

提督「どうぞ!」

 

 

ガチャッ、トコトコトコ・・・

 

 

提督「お? 造兵廠の妖精さんか。」

 

現れたのは安全第一の黄色いヘルメットを着たつなぎ姿の妖精さん。

 

大淀「どうしましたか?・・・ふむふむ・・・提督、工廠で作ってる艤装が出来上がりそうだって言ってますが。」

 

提督「分かった。出来上がったら艤装保管庫裏に届けに来てほしいと伝えて。」

 

そう言うと妖精さんは頷いて執務室を出て行った。

 

大淀「艤装、というのは?」

 

提督「出撃の時に見送りに来れば分かるんじゃないかな?」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「よっしゃぁ、俄然やる気がわいてきた、やるぞぉ!!」

 

 

10分後・・・

 

 

提督「よし出来た!」

 

大淀「お疲れ様でした。」

 

金剛「こっちも出来たのデース!」

 

遅れてきた割には結構早かった。

 

提督「大淀さん、全艦娘を会議室に集めて。」

 

大淀「分かりました。」

 

そう言うと大淀は、書類の山を抱えて出て行った。

 

 

 

4月13日7時29分 食堂棟2階・会議室

 

 

集められた全8隻の艦娘と大淀さん。

 

提督「それじゃぁ始めよう。最初の作戦行動だが、東京湾沖の哨戒行動を行う。だが実戦部隊が編成されていなければ始まらない。よってまずは艦隊を編成しておきたいと思う。」

 

金剛「旗艦は私に任せるデース!」

 

蒼龍「いや私が!」

 

旗艦の座は確かに名誉ある地位だが、故にこういう具合に競合する場合も少なくない。

 

提督「静かに。編成は考えてある。」

 

それを直人は抑える。

 

大淀(提督の思案を、聞かせてもらいましょうか。)

 

大淀は、直人の力量を類推にかかる。

 

提督「まず、横鎮近衛第4艦隊総旗艦は、金剛、お前に任せる。」

 

金剛「やったのデース!」

 

大淀「提督、総旗艦と言うのは?」

 

提督「この鎮守府全ての艦隊を全て統括する、言わば実戦部隊の総指揮官だな。金剛、責任は重大だぞ。」

 

金剛「提督の為に、頑張りマース!」

 

提督(ブレないなぁw)( ̄∇ ̄;)

 

そう思いつつ直人は続ける。

 

提督「なお金剛は第1水上打撃群旗艦も兼務する。第1水上打撃群には金剛の他、飛鷹、蒼龍、木曽、綾波を付ける。」

 

金剛「直属兵力、と言う訳ですネ?」

 

提督「その通り、臨時編成と言っても金剛の本隊であり現状我が艦隊の基幹戦力だ。予備戦力として神通をつける。司令部防備は扶桑と鳳翔でやってもらう。防備の統括は暫く扶桑に任せる。」

 

扶桑「わ、私が、ですか?」

 

提督「あぁ。数少ない砲戦戦力だ。守りは任せるぞ。」

 

扶桑「ありがとうございます。まだまだ未熟ですが、務めさせて頂きます。」

 

提督「うん。では第1水上打撃群には出撃してもらう。俺も出るぞ。」

 

一同「えぇ!?」

 

何も知らないメンバーは驚きを隠せなかった。

 

大淀「提督、まさかあれで出るおつもりでは!?」

 

提督「いや、それはない。あれの脚部艤装は使うけどね。」

 

蒼龍「でも無茶ですよ提督。武器も無いのに!」

 

当然の異議申し立てである。

 

提督「皆の動きを見ておこうと思ってな。なぁに、自分の身は自分で守る。後ろから見ているだけならいいだろう?」

 

と、その場は取り繕う直人。

 

蒼龍「でも・・・」

 

提督「とにかく、出撃準備だ。第1水上打撃群は艤装を装着し哨戒任務に。いいな。」

 

有無を言わさずという口調でキッパリと言って提督は会議室を出た。大淀が慌てて続く。

 

蒼龍「うーん・・・大丈夫なんでしょうか・・・。」

 

金剛「ノープログレムデース。提督は凄い人だから、大丈夫デース!」

 

真実を知る金剛が胸を張って言い切るが、他の7人は首を傾げるばかりであった。

 

 

基本的に艦娘が出撃する時には、艤装倉庫裏のドックから沖へ出ることにしている直人であるが、その決まり通り出撃メンバー全員がその司令部裏ドックに集まっていた。

 

 

7時40分 司令部裏ドック

 

 

金剛「提督を待ってるんですガ、どこにいるか分かりませんカー?」

 

明石「私もここでこれを持って待っていてくれと言われてるので・・・。」

 

金剛「それは?」

 

明石「提督が使うと言ってました、新しい兵装だそうです。」

 

ひとつひとつ妖精さん数人がかりで下から支えていたそれは、銃は優に明石さんの身長より長く、弾倉は2つ、大きな擲弾(てきだん)付きの大型弾倉が用意された。

 

その時であった。

 

 

ズズズズ・・・

 

 

金剛「な、なんですカー!?」

 

明石「壁が開いてます!」

 

横12m、縦8mの隔壁が、左右に開いていく

 

金剛と明石はちょうど隔壁扉の中央付近に立っていた為、扉が直撃することは無かった。

 

提督「お待たせ♪」

 

明石「提督!」

 

エレベーターの様に昇降する地下格納庫の床に立ってせり上がってくる直人である。

 

金剛「提督、凄い足回りネー。」

 

提督「あぁ、まぁね。」

 

直人は背部艤装は勿論だが、傍から見れば某人気アニメに登場したガン○ムヴ○ーチェの脚部を彷彿とさせるような箱型脚部艤装を着けていた。

 

長さは腰下まで、膝の所には関節部が付いていた。

 

また太腿のあたりにユニット接続用スロットがあり、この両側に、2本の滑走路を模した、これもまた長方形の箱型大型航空艤装も装着していた。内蔵されたボウガンで連続射出されるようになっている。

 

 

ズズズズ・・・ゴゴォォ・・・ン

 

 

重い音を立てて扉が止まり、エレベーターフロアが止まる。

 

明石「提督、御注文の装備、こちらで宜しかったでしょうか。」

 

提督「うん、良い出来だ、それにしてもホント早いね。」

 

明石「お褒めに与り恐縮です。」

 

明石は素直に直人の賛辞を受けた。

 

提督「では早速行ってくることにするよ。」

 

そう言いながら直人は弾倉2つを背負い数本のベルトで固定、2つの砲身も支持用のベルト2本を肩と体に巻き安定させる。本来それだけ大重量の装備なのである。

 

明石「お気をつけて。」

 

提督「あぁ。カタパルトへの接続完了。航空戦艦『紀伊』、出撃する。」

 

あとはアメリカ空母式の電磁カタパルトで発進するのみである。脚部艤装後面に左右一つづつ装着された機動バーニアを稼働させておき、電磁カタパルトが直人を一気に前に押し出す。

 

慣れた動きで着水し、バーニアを止めて前進していく。

 

提督「おーい、急げよー!」

 

金剛「ハイ! 出撃デース!」

 

4人「はい!」

 

金剛たちも続いた。

 

直人に追いついた5人はその前方で単縦陣を組み、直人はその後ろをついて行くことにした。

 

 

午前11時半 房総半島南方海上・三宅島東北東沖26km付近

 

 

蒼龍「索敵機からの報告も無し、かぁ・・・。」

 

飛鷹「私の方も何もいないみたい。」

 

索敵機を念の為飛ばした飛鷹と蒼龍ではあったが、現状は空振りに終わっているようだ。

 

金剛「何もいない事に越したことは無いデース。」

 

綾波「そうですね。」

 

木曽「まぁ、一つ言うなら静か過ぎるって位だな。」

 

木曽がそう言った途端直人が何かに気付く。

 

提督「む・・・。」

 

金剛「どうかしたネー? 提督ゥー。」

 

提督「対空レーダー感あり、敵偵察機!」ジャキジャキッ

 

直人が背部艤装に装着してきたレーダーが敵を捉えるや否や、直人はすかさず30cm砲の銃口を空へ向ける。

 

金剛「ええっ!?」

 

ダダンダダンダダンダダンダダァァァー・・・ン

 

号砲一発、直人が30cm速射砲を5連射計10発放つ。セミオートリロードを採用している30cm砲2門は、もの凄い速さで砲弾を送り出す。更に15cm高射砲も連続射撃を開始する。

 

その内の1発が見事敵機を捕えた。

 

綾波「はぁわぁ~・・・。」

 

蒼龍「あれ? もしかして提督一人で足りたんじゃ?」

 

提督「んな訳ないだろ。」

 

すかさずそう言う直人である。

 

金剛「流石デース・・・。」

 

素直に賛辞を贈る金剛をよそに飛鷹が一つ懸念を述べた。

 

飛鷹「さっき落とした偵察機、パッと見だけれど艦上機型よ。空母が付近にいるかもしれないわ。」

 

それを聞いた直人、むしろ余裕である。

 

提督「ふむ。いい機会だ、初実戦にはもってこいだな。では、索敵は俺に任せて貰おう。短時間で確実に見つけてやる。偵察隊発艦初め!」

 

両サイドのボウガンから4本づつ矢が放たれる。

 

1本1本が焔と共に5機の景雲改ジェット偵察機になって飛んでいく。

 

太平洋戦争末期に開発されていた高速偵察機景雲にジェットエンジンを搭載したものが景雲改である。

 

それが全40機、開角8度の扇状に分散し飛び去る。

 

 

ゴオォォォー・・・

 

 

飛鷹「・・・あんなのあり?」

 

提督「ありなんです^^」

 

蒼龍「私の97艦攻より速いなんて・・・」

 

提督「お、早速か。15番機からテ連送、敵発見だな。 続いて6番機、21番機、36番機からもテ連送、多い多い。」(焦

 

流石に直人も焦る。

 

テ連送はモールス信号で「テ・テ・テ・テ・・・」と打電する日本軍の暗号の一つで、「敵発見」を意味する。

 

だが余り間を置かず敵を発見出来たのは、敵が意外に近かった事もそうだが、ジェットエンジンを搭載した景雲改の高速性能のおかげであろう。

 

金剛「打電した機体の向かった方向もバラバラ・・・という事は4個艦隊ですカ!?」

 

提督「まぁ、そうなるな。」

 

因みに最左翼が1番、最右翼が40番までの連番である。角度差は8度であるから、例えば1番機と6番機では48度も針路に角度差がある。1番機と40番機では320度もの差である。そこから4個艦隊と推測するのは容易い。

 

蒼龍「どうします? ここで迎撃しますか?」

 

提督「無論だ。いざという時には俺も参戦する。」

 

金剛「了解、全艦戦闘準備! 蒼龍と飛鷹は攻撃隊を飛ばして下サーイ!」

 

飛鷹・蒼龍「了解!」

 

飛鷹「第1次攻撃隊、発艦開始!」

 

蒼龍「さぁ~、行くわよっ!全艦載機、発艦始めッ!」

 

綾波「私が前に出ます!」

 

提督「艦載機発進後蒼龍と飛鷹は後方に下がって収容と第2次攻撃隊編成を、俺が護衛に付く。あとの3隻は今は待機!」

 

5人「了解!」

 

各々かそれぞれ戦闘態勢に入る。

 

提督「15番機から、編成は空母ヲ級エリート1、軽空母ヌ級2、重巡リ級1、軽巡ヘ級2、駆逐艦ニ級エリート2、無印4、6番機の方はリ級エリート2をメインにヘ級エリート2、軽巡ホ級フラッグシップ1、エリート2、駆逐二級フラッグシップ2、エリート3、ハ級エリート6だ。」

 

蒼龍「それって結構やばいんじゃ・・・」

 

流石の多さとその質に蒼龍がたじろぐ。

 

提督「21番機から、戦艦ル級エリート1、無印2、リ級改フラッグシップ1、フラッグシップ1、エリート2、雷巡チ級フラッグシップ3と軽巡ト級エリート3、無印2、ニ級エリート11、これが多分主力だ。36番機は補給部隊のようだな。補給艦ワ級エリート5と無印が7、随伴にリ級エリート1とホ級エリート1、無印2、ハ級エリート2、無印4だな。6番機から追加、護衛と見られるヌ級エリート2だそうだ。」

 

 

要約(正面0度基準)

◎268度方向(6番機)

軽空母:2 重巡:2 軽巡:5 駆逐艦:11

◎340度方向(15番機)※最短距離

空母:1 軽空母:2 重巡:1 軽巡:2 駆逐艦:6

◎28度方向(21番機)※主力(推定)

戦艦:3 重巡:4 雷巡:3 軽巡:5 駆逐艦:11

◎148度方向(36番機)※補給部隊?

補給艦:12 重巡:1 軽巡:3 駆逐艦:6

 

 

金剛「豪勢デース・・・。」

 

金剛も流石に怖気付くが直人は全く余裕であった。

 

提督「多分俺の気配に釣られてきたな。丁度いい。鎮守府正面海域の敵ごと全て吹っ飛ばしてしまおう。」

 

木曽「おいおい、無茶は言うもんじゃないぜ?」

 

提督「まぁ任せろ。正面と左翼側は俺がやる。金剛達は補給部隊を片付けてくれ。」

 

主力と支援の機動部隊を単艦でやるらしい。

 

木曽「自信の程は?」

 

提督「フッ、まぁ見てりゃわかるさ。」

 

木曽「相当な自信だな、まぁ見させてもらおう。」

 

木曽が期待を込めてそう言うと、直人も俄然気合が入る。

 

提督「おうよ、伊達に西沢隊と江草隊、友永隊乗せてないからな。」

 

蒼龍「えっ!?」

 

例の巨大艤装の事を知らない蒼龍、流石に驚く。

 

提督「蒼龍の江草隊隊長妖精、最初から俺のとこにいたんだぜ? まぁなんとかなるさ、任せとけ。」

 

蒼龍「は、はぁ・・・。」

 

綾波「司令官、御武運を。」

 

綾波の言葉に直人も気楽に応じる。

 

提督「おう、そう簡単には死なんさ。しっかし空母も守りながら、か。きつい相談だぜ全く。」

 

しかし彼は渋面を作るどころかどこかウキウキしている様にも見えて、そうした彼の余裕が、彼女らの緊張を徐々に和らげていった。

 

綾波達3人は取り舵を切って敵別働へ向かい、直人は30cm速射砲のグリップを握り直す。

 

提督「流石に敵機全部は防ぎきれん。蒼龍達も迎撃機を上げておいてくれ。」

 

二人「了解!」

 

弓と式神で艦載機を上空援護に出す二人。

 

提督「さて、派手におっぱじめますか。全艦載機発艦!!」

 

2つのボウガンがけたたましい唸りを上げ次々に矢を放つ。

 

攻撃機、魚雷装備の流星改を友永 丈市(ともなが じょういち)が直卒した180機。その少し後ろ上方に同じく流星改、こちらは爆装で80番(800㎏)の徹甲爆弾を搭載した江草 隆繁(えぐさ たかしげ)指揮の同じく180機。

 

360機の攻撃隊を護衛するのは、別名「ラバウルの魔王」と称された、西沢 廣義(にしざわ ひろよし)(広義)を先陣とした新鋭機震電改180機の内の120機である。

 

※艦これに於いて震電改=震電の艦載機型 という説明があるが、本作ではジェット戦闘機に改修した震電を震電改としている。

 

残り60機は上空援護に残し、全480機の攻撃隊。

 

この数はマリアナ海戦時の日本機動部隊の攻撃隊総数に匹敵する数である。

 

ただしその技量と機材の質は比較にならない事は言うまでもない。

 

飛鷹「・・・。」( ゚Д゚)

 

それを見た飛鷹、完璧に絶句していた。当然である。直援も含めて540機の大編隊、本来日本であれば空母10隻が結集してやっと運用出来る規模の航空部隊である。

 

否、これは最早地上航空部隊である。(米高速空母群であれば空母5隻分である、怖い)

 

蒼龍「凄い大編隊ですねぇ・・・。」

 

提督「フフ~ン。」ドヤァ

 

彼の艤装の持つ実力の一端である。「奴もいい仕事をしてくれた」と感謝の念を心の中に押しとどめながら、自慢げである。

 

蒼龍「案外提督一人でもういいんじゃ・・・。」

 

提督「一人で戦える訳がないのは歴史が証明している。」

 

蒼龍「う~・・・そうですけど・・・。」

 

直人の言葉は否応なく説得力を持つものであった。

 

欧州で二度の世界大戦を戦ったドイツでさえ、その背後には多くの隣人たちの手があった。では日本はどうであったか?

 

日本のWW2時、アジアにおける同盟国は傀儡国家、それも弱小国ばかりであった―――。

 

提督「んなことより、お客さんのお出ましのようだぜ。対空電探に感あり、機数150、200、まだ増える!」

 

蒼龍「えぇ!? こっちまだ二人で38機しか上げてないのに!」

 

飛鷹「流石にまずいですよ提督!」

 

提督「慌てるな。落とせばいいのだろう? 落とせば。弾種変更、対空ベルト。」

 

二人「へ?」

 

直人が大型弾倉の弾薬から砲に内蔵された弾倉の弾に切り替える。

 

提督「直援隊突撃待て。信管よし、対空砲撃連射!!」

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

 

凄まじい勢いで対空砲弾が吐き出されていく。

 

対空ベルトの砲弾は、対空榴散弾・3式弾改・3式弾改・3式弾改・曳光対空榴散弾の順で撃ちだされる。

 

この対空榴散弾は言い換えれば散弾銃のショットシェルと同じで、時限信管で爆発し無数の鉄球を敵にばら撒くものである。曳光対空榴散弾はその曳光弾バージョンであり、多少威力は落ちるが効果は同じことである。

 

しかも見ての通りこの速射砲の対空砲弾薬ベルトには、5発に3発の割合で対空徹甲焼夷弾「3式弾改」が装填されている。これは榴散弾の鉄球を、そのまま大口径機銃の徹甲焼夷弾に置き換えた代物である。

 

これは敵にして見れば、秒間9.4発という凄まじい勢いで鉄と炎の雨が降り注ぐのだから堪ったものではない。

 

弾数こそ片門69発といえど、それにより敵攻撃隊は半壊、残りも編隊を大きく崩し、混乱状態に陥った。

 

二人「!?」( ゚Д゚)

 

安定して絶句する二人。

 

提督「よし、直援隊突撃!」

 

蒼龍「ハッ、私たちも!」

 

飛鷹「えぇ! みんな、やっちゃって!」

 

震電改に続き零戦21型と96艦戦が突撃を開始する。が、ベテラン揃いの3隻の航空隊にとって、指揮統制の混乱した相手など赤子も同然であった。

 

1機また1機と撃墜されるのは敵ばかり。

 

僅かな撃ち漏らしも、直人の正確な対艦徹甲弾による狙撃で撃墜されていった―――。

 

 

 

気付けば敵攻撃隊は影も形も無かった。

 

提督「まぁこんなもんよ!」

 

飛鷹「本当に何とかなったわね・・・。」

 

蒼龍「鮮やかな手際でしたね、提督。見事です!」

 

蒼龍は褒めるが直人は気を引き締める。

 

提督「いや、むしろこっからだ。二人は下がっててくれ。」

 

蒼龍「分かりました。」

 

飛鷹「えぇ。」

 

直人は空母2隻に突出を控えるように言う。

 

提督(さぁて、敵は30隻以上、弾足りるかね――――にしても木曽の奴、「視て」やがったな。)

 

そう―――直人らの上空には、いつの間にやら木曽の放った水偵が飛んでいたのである・・・。

 

 

 

 

 

三宅島東方海域 午後2時10分頃 金剛隊

 

 

金剛「ファイアー!!」ダアァァァ・・・ン

 

綾波「てぇっ!」ダァンダァン

 

木曽「くっ!甘い!」ザザザザバッ ダァン

 

敵別働と3人の戦闘は、事前に蒼龍たちの航空隊がある程度打撃を与えていたおかげで有利に進んでいた。

 

ハ級elite「ギュオアアアアアアッ!」ドガアアァァァーーーン

 

ハ級eliteに木曽の雷撃が直撃、波間に没す・・・

 

事前に艦載機を放てなくなっていたヌ級エリートも綾波と金剛の砲撃で片付く。

 

 

ドガアアァァァァーーー・・・ン

 

 

綾波「ああぁぁぁっ!!」

 

直後ニ級Flagの砲撃が綾波を捉える。

 

木曽「綾波! 大丈夫か!」

 

綾波「うっ、ううぅぅ・・・な、なんとか・・・。」

 

金剛「木曽サン! 綾波サンを下がらせて下サーイ!」ダァァァーーン

 

中破した綾波を下がらせる木曽、金剛がその間に戦艦の大火力で敵を牽制する。

 

その時上空に友軍機が飛来した。蒼龍らの放った第2次攻撃隊である。

 

木曽「金剛、蒼龍からの攻撃隊だ。」

 

木曽がそれに気づく。

 

金剛「分かったネー。」

 

金剛達の戦っていた補給部隊は既に半壊しており、撤退の構えを見せていた。

 

木曽「にしても、提督、中々の強者だな・・・。」

 

木曽は戦闘の合間に、偵察機を介して直人の戦いぶりをつぶさに“視ていた”のである。

 

 

一方その頃・・・。

 

 

 

同刻 三宅島南東海域 紀伊部隊

 

 

提督「水上レーダー感あり、12時と1時半の方向、距離それぞれ25000か。」

 

敵艦隊をレーダーと目視両方で捕えた提督。敵艦隊中央からは猛烈な黒煙と爆発が見受けられた。本隊に対する航空攻撃が未だに続いているのだ。6番機が報告してきた敵別動隊については、紀伊航空隊の集中攻撃で全滅の憂き目を見ていた。

 

提督「そろそろ航空攻撃も完了して徐々に戻ってくる頃合いだな。」

 

蒼龍「凄い事になってますね・・・。」

 

提督「そりゃ最新鋭機による総攻撃だからな。」

 

それを聞いた飛鷹がぶうたれて言った。

 

飛鷹「いいなぁ~・・・私もいい艦載機欲しい。」

 

提督「ま、その内な。」

 

直人がそう言ったその時自身の攻撃隊より、『攻撃完了、我が方被撃墜破42機』と伝えて来た。

 

機数が多い分損害も激しかったようだが、流石に頑丈なだけあるようだ。

 

尤も、これだけで済んだ、と言っても過言ではない。と直人は考えていた。それだけ彼は自身の艤装の実力に自信を持っていた。

 

 

 

提督「うし。ちと突っ込みますかね。」

 

そう言って直人は30cm速射砲2門を構え突撃した。

 

砲戦距離は射程の2万1000より少し内側の2万m。

 

距離一杯で撃つと失速して届かない恐れがある為だ。

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

 

またもや凄まじい勢いで、艤装の射撃管制機能を使い対艦用の徹甲弾が放たれる。

 

リ級改Flag「・・・!!」

 

 

ドガガガガガァァァァーーー・・・ン

 

 

たちまち右翼のリ級改Flagを狙撃した砲弾が6発直撃、ひとたまりもなく轟沈する。

 

立て続けに正面のヌ級2隻もこれまた狙撃で轟沈する。

 

ヲ級elite「・・・!」

 

ル級elite「・・・!」

 

提督「む、突っ込んできますか。」

 

ニ級elite「ギョアアアアアアッ!」

 

チ級Flag「・・・!」

 

正面と右翼からそれぞれ護衛の軽巡以下水雷戦隊が突っ込んでくる。

 

提督「いい筋だ。艦娘相手なら有効だが相手を違えたな。」

 

 

ダダダダダダダダダダ・・・

 

 

左右から挟撃を試みた敵水雷戦隊だが2つの目標を同時に蜂の巣と化す直人。

 

1門ずつ別目標を狙えば問題ないと踏んだのだ。

 

駆逐艦などは耐えられるはずも無く3発以内で爆沈、軽巡や雷巡も瞬殺された。

 

パキィィーーン

 

提督「む!?」

 

気付けば敵の戦艦の副砲有効射程に入っていたようで、放った砲弾がその副砲弾を弾いていた。

 

提督「吹っ飛べやぁおらぁ!!」

 

すぐさまお返しの大連射、それにより敵ル級eliteは原形すら留めぬ無残な姿と化す・・・。

 

その後も30cm砲弾の雨あられ、残った敵も次々と骸と化し、中軸を失った敵残存も散り散りに何とか逃げおおせたほどであった。

 

 

 

蒼龍「・・・。」

 

飛鷹「・・・。」

 

余りの驚愕で言葉が出ないお二人。

 

当然と言えば当然である。これまでに見た事も無い、途方もない大火力を目の当たりにしたのだから。しかし、これはまだその実力のほんのひと欠片に過ぎない・・・。

 

提督「蒼龍! 終わったぞー。」

 

蒼龍「・・・これ、本当に私たち必要だったんでしょうか・・・。」

 

提督「金剛たちの支援にて戦果ちゃんとあげてるじゃない。補給艦隊に手傷負わせてるし。」

 

蒼龍「そりゃそうですけど・・・。」

 

ちょっと不満げである。

 

金剛「“ヘーイ提督ゥー! こっちは終わったのデース!”」

 

金剛から通信か。

 

提督「ご苦労様。浦賀水道で合流しよう。」

 

金剛「“了解デース!”」プツッ

 

提督(切られた!?)ガビーン

 

どっちが指揮官だか分からない始末である。

 

飛鷹「あっちも終わったみたいね。早く帰りましょうか。」

 

蒼龍「そうね。長居は無用よ。」

 

提督「分かってるよ。帰ろうか。」

 

 

 

夕刻 鎮守府建造棟前

 

 

提督「さてどうなりますやら・・・。」

 

実は金剛がさらっと敵艦の残骸を拾って持ち帰っていたのである。

 

直人はル級の艤装の片方を持ち帰るもドロップの判定には何も引っかからなかったのである。

 

そう。今は金剛の持ち帰った残骸が判定に引っかかった為、その結果待ちなのだ。

 

 

ガチャッ

 

 

直人と金剛が待っていると目の前のドアが開き妖精さんが出て来た。

 

金剛「フム、終わったそうデース。」

 

提督「うん。連れて来てちょ。」

 

今日の直人随分と軽い。

 

そして出て来たのは・・・

 

愛宕「私は愛宕。提督、覚えて下さいね?」

 

司令部施設を重視させた結果艦橋が大型化してしまった高雄型重巡の2番艦。

レイテ沖海戦の折、パラワン水道で潜水艦によって沈められちゃったけどね。

 

提督「勿論だ。俺がここの提督だ。一つよろしく頼む。」

 

いい胸だっ`・ω・)b(by作者の心の声)

 

金剛「では提督、後は私がご案内しておきますネ!」

 

提督「あぁ、頼んだ。」

 

 

 

13日薄暮 司令部造兵廠

 

 

明石「この敵の艤装で刀、ですか?」

 

提督「あぁ。」

 

直人はその足で造兵廠へ行き、ル級の艤装を持ち込んだ。

 

明石「浄化処理をすれば霊力刀には出来ますが、そういうことですか?」

 

提督「そういうことだ。頼めるかい?」

 

明石「お安い御用です! しっかり打っておきますね!」

 

提督「ありがとう。じゃぁ俺はこれで。執務机の上に置いといてくれればいいよ。」

 

明石「分かりました!おやすみなさい提督。」

 

提督「あぁ。お休み。」

 

直人が明石にそう言い起き造兵廠を辞する。その足で彼は司令部を出、宿舎へと戻って行ったのだった。

 

こうして、初出撃の1日は終わりを告げたのだった・・・。

 

 

 

13日深夜・硫黄島

 

 

リ級改Flag「申シ訳ゴザイマセン、ヨモヤ一介ノ人間ゴトキニ遅レヲ取ッタヨウデス・・・「モンタナ」サマ・・・。」

 

リ級改Flagが首を垂れる先で、闘志を漲らせる深海棲艦が一人。モンタナと呼ばれたその深海棲艦が言う。

 

ル級改Flag「面白イ奴ガイル様ダナ・・・。宜シイ、デハ次ハ私ガ直々ニ出ヨウ。艦隊ノ編成ヲ。」

 

リ級改Flag「ハ。全力デ行キマスカ?」

 

ル級改Flag「アァ、勿論ダ。ソノ艦隊指揮官、艦娘ニノミ戦ワセルソノ辺ノ連中トハ違ウヨウダナ、実ニ興味ガアル。」

 

モンタナが興味を示したのは、その艦隊が『他とは違う』事だった。そしてそれに気付いた最初の深海棲艦の指揮官が、そのモンタナであった事は事実だ。

 

 

直人達が交戦したのは、硫黄島を拠点とする日本本土攻撃を任務とした、ル級Flag「モンタナ」率いる中部太平洋方面艦隊の分派部隊、そのほんの一部である。更に言えば、その“硫黄島艦隊”の前哨攻撃艦隊と直人達が、偶然接触しただけである。

 

その無傷健在である硫黄島艦隊主力が、直人のその戦いぶりを見て動く、目標は何処へと向けられるか?

 

 

直人の采配や如何に?




艦娘ファイルNo.11

高雄型重巡洋艦 愛宕

装備1:20.3cm連装砲
装備2:61cm4連装魚雷
装備3:零式水上偵察機

初ドロップが特異点を含んでいるのはもう黙っておこう。
三宅島近海での遭遇戦でドロップした初ドロップ艦。
だが時を経るごとに忘れ去られがちになってしまう。だがその豊満なボディは健在である。


艦娘ファイルNo.0b

特殊航空戦艦 紀伊

装備1:30cm速射砲(火力+65 対空+45 命中+7 回避-3)
装備2:30cm速射砲
装備3/4:機動バーニア
装備5(搭載180):震電改(西沢隊)
装備6(搭載180):流星改(友永隊)
装備7(搭載180):流星改(江草隊)
装備8(搭載60):景雲改(第4飛行隊)
装備9:五式15cm高射砲+ウルツブルグレーダー

超巨大機動要塞戦艦『紀伊』の航空艤装特化形態。
といっても航空艤装と脚部艤装以外の殆どを全パージしただけの簡単なものではあるものの、その航空火力は侮れない上、新装された30cm速射砲は元が対物用長距離カノン砲であっただけに、その威力は艦娘のそれとは比較にならないものがある。


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第4章~イッコーセンの到着~

今更ながら備蓄中に小説お引っ越しと言う事象の多忙さを思い知った天の声です!

ヤベェ! 忙しい! 17冬イベが迫ってる!(投稿時17年1月上旬)

頑張れ私!

基礎知識のとこにも書いてた艦種類別を主人公がいつもの癖で普通に呼んでたみたいですねー、なにしてんの。

ということで今日は艤装についてですね。

基礎知識のとこでは色々不足なのでここでもう少し詳しく説明するぜ!

改めて説明すれば、艦娘の艤装は彼女たち専用の艦艇型艤装だ。

金剛や大和のように、その艤装が自らの力を象徴するシンボルである場合も結構ある。

艦種ごとに積める装備が限定されているのだが、その範囲内であれば妖精さんが乗っけてくれる。今の金剛の艤装に設置された主砲は3連装になっている。


こっからは独自設定だ。


艦娘の艤装は大きく分けて脚部艤装・背部艤装とそれ以外に分けられる。

脚部艤装は進水する為に必要になる。これをつけていれば水面を走る事位は出来るが、艦艇の如く水上を疾走するには、背部艤装が必要となる場合が多い。背部艤装は艦娘機関と呼ばれる特殊なエネルギー供給ユニットを有した艤装のコアであり、脚部艤装を稼働させることができる。

無論雪風、島風の様に例外は存在するし、直人の艤装である『紀伊』や金剛のように背部艤装と兵装が一体化している場合もある。そういった艦娘たちは自分の霊力だけで脚部艤装を稼働させる事が出来る、或いは金剛らの場合エネルギーの伝達ロスが無い(少ない)と言うメリットもある。

先週終了した艦これアニメ(無かったとは言わせん)に於いて、艤装浮力という単語が登場していたがその概念は本作品でもある。これに関して解説すれば、艤装浮力とはその字の示す通り、「艤装によって発生させる水面に対する浮力」の事である。

これは背部艤装の有無を問わず常に発生しており、当然だが水面以外に対しては作用しない。

脚部艤装はこの艤装浮力の全てを持っており、艦娘一人一人に合わせた浮力で艤装と体を支えると言う様な役割を果たしている。積載許容限界もそれによって決まる。また被弾しても脚部艤装でない限り浮力減退はない。

また背部艤装と脚部艤装の二つが稼働している状態の場合、装備重量を軽減し、艦娘の機動力を底上げする『装備重量軽減』効果が発生する。これにより、艦娘達は身軽に動き回る事が出来るのである。

脚部・背部艤装とそれ以外の、それ以外というのは言うまでもなく腕部艤装等の兵装のことを指す事は言うまでも無い。

これら艤装の各部位は艦娘の兵装装備リソースであり、そのリソースの限界を超えた装備は、霊力伝達が滞る為、艦娘艤装に特有の「重量負担軽減」の効果が低下する。いやそれだけでは無く、霊力の伝達が遅れる事で兵装の攻撃速度そのものまで低下し、艦娘の身体そのものにも負担が大きいと言うデメリットを持つ。

とまぁこんな感じかね。


よくよく考えれば深海棲艦に関する解説やってないな。


主力で特異点持ち個体の場合や、超兵器級深海棲艦であった場合は初出の章の終わりで紹介する予定でち。

後お知らせですが、クエスト報酬艦ですが、作者は赤城とレーベを除き(枠の関係上保有艦の中には)全員いません。

あと実際の所鳳翔さんも鎮守府に居なかったりします。

なので鳳翔さんは次の戦闘が最初で最後の戦闘になるかも知れませんはい。

白雪と龍田に関しても、何らかの形で本章以降も登場するとだけお伝えしておきます。

まぁ鎮守府に居なくても着任する可能性は常にありまして、その辺り例えば初雪提督(読者の中にいるのか?)とか望月提督とかはまだ希望を持ってもいいかも知れない。

さて、そろそろ本編行きましょうか。今回はいよいよ『あいつ』が登場します。


初の作戦行動から2日経った4月15日、大本営から1枚の連絡文が届く。

 

 

 

10時01分 執務室

 

 

提督「増派、だと?」

 

大淀「先程大本営から通信が入りまして、新たに艦娘4人を我が艦隊の所属とし、今日着任予定なんだそうです。追加で何か要望があれば返信する様にとも。」

 

それを聞き目を輝かせたのは金剛であった。

 

金剛「ニューフェイスですカー!? 楽しみデース!」

 

提督「ほう、随分と太っ腹だな。まぁ無理矢理に近い形で任命しているのだから、まぁ当然か。」

 

有無を言わさずこの職責を拝命した直人にとっては、納得の出来る話ではあった。無理矢理引き受けさせておいてむざむざ捨て駒にするような国民気質ではないからだ。

 

大淀「で、返信の方はどうなさいますか?」

 

直人は暫く目を閉じ考える。

 

提督「そうだな・・・。では、陸戦隊を1個連隊ほど、頂こうかな。」

 

大淀「陸戦隊って、例の対深海棲艦戦闘部隊ですか?妖精さんの?」

 

妖精さんによる戦闘部隊、通称「海軍陸戦隊」。本来艦娘の艤装として海に出る筈の妖精達が、様々な火器を用い武装していたことからこの名が付いた。偶然の一致と見るべきか、彼らもそう名乗っていたのであるが、大本営はこの扱いに困り果てていた。

 

なぜか、それは妖精であるから艦娘か元艦娘のスタッフを介さないと会話できないという事。そしてその人数である。優に七個師団(7万人とちょっと)程度いると言うのだ。

 

一つ一つは小さな集まりから3千人の連隊規模まで様々だったのが、塵も積もれば山となるの如く集まった結果そうなったのだと言う。

 

それを連隊1つ丸ごと貰うと言うのである。

 

提督「ま、いずれ役に立つ時も来るだろう。それに、カードは多いにしくは無かろう?」

 

大淀「は、はぁ・・・分かりました。ではその様に。」

 

提督「うん。」

 

大淀はその場を去り、提督と金剛は書類作業に戻る。

 

 

 

10時54分―――

 

 

カリカリカリ・・・

 

 

コンコン

 

 

提督「ん? どうぞ。」

 

綾波「あの~? お茶を入れてきたんですけど・・・。」

 

やって来たのは綾波。お茶の入ったコップ2つを乗せたお盆を持っていた。

 

提督「あぁ、丁度いいところに来たな、少し休憩にしよう。」トントン

 

直人は書類を纏める。

 

金剛「了解デース。」

 

綾波「はい、どうぞ。」

 

綾波が2人にお茶を配ると、それを一口飲む直人。

 

提督「ん・・・お、緑茶か。」

 

綾波「はい、如何ですか?」

 

舌は肥えている様である。

 

提督「うん、美味しいよ。」

 

世辞でも何でもなくそう言う直人。

 

綾波「良かったです♪」

 

提督(・・・綾波、笑うと結構可愛いな。)

 

その綾波の後ろで一人何とも言えないという表情を浮かべる金剛。

 

提督「ん? どうした金剛?」

 

金剛「ウーン・・・紅茶の方が飲み慣れているせいで、グリーンティーの味は・・・まだ馴染めてないデース・・・。」

 

提督「まぁその内慣れると思うよ。」^^;

 

苦笑しつつそう言う直人。

 

綾波「うーん・・・どうすればいいんでしょう・・・?」

 

提督「流石に日本のお茶は紅茶と違い過ぎる部分あるから、気にする事も無いと思うけどねぇ。」

 

と言うより、気にしても無理なもんは無理である。

 

綾波「うーん・・・そうですね。」^^;

 

提督「ゴク、ゴク・・・ふぅ~・・・。ありがとう綾波。」

 

綾波「いえいえ。」

 

直人が綾波にコップを返す。

 

その後ろで無理やり喉に緑茶を流し込む金剛がいた。

 

その時扉の向こうから、「ペタペタペタペタ・・・」と足音が聞こえてきた。

 

綾波「なんでしょう?」

 

提督「うーん?」

 

 

ペタペタペタ・・・

 

 

ペンギン「・・・♪」

 

現れたのは、開発に失敗した時に出て来たペンギンと綿雲だった。

 

綾波「わぁ! 可愛い!」

 

綾波がペンギンを抱き上げる。可愛いものに目がない様子。

 

ペンギン?【ちょっ、降ろして><】

 

3人「!?」

 

その唐突な念話に3人が驚く。

 

提督「こやつ、直接脳内に!?」

 

ペンギン【気づいたら念話が使えました♪】

 

提督(うそ~ん。装備に成り損ねた反動でこうなっちゃったのか?)

 

綿雲?【綾波さん、ペンギンさんを下してあげてくれない?】

 

綾波「あ、はい。」

 

お前もかい。

 

綾波がペンギンを下してあげるとペンギン達が喋り出す。

 

ペンギン【という訳で、見ての通り僕はペンギンです。】

 

右腕(腕?)を振り上げつつ言う。

 

綿雲【私は綿雲です。繊維の塊じゃないですよ?】

 

う、浮いている・・・だと?(作者)

 

提督「で、なしてここに来たん?」

 

ペンギン【気まぐれです。】キリッ

 

綿雲【ペンギンさんのお守です。】

 

提督「さいですか。」

 

『気まぐれで来られてもなぁ。』と本気で思う直人である。

 

そして綿雲は良い姉ポジと見た。

 

綾波「そう言えばペンギンさん達、あちこちで見かけますけど、お腹って空かないんですか?」

 

ペンギン【言われてみれば。空かないな。】

 

綿雲【私も空かないわ。】

 

綾波「そ、そうなんですね・・・。」

 

提督「ふーむ、妖精さんというのも、意外に謎が深い。」

 

実はこの後、開発棟主任の妖精に話を聞いたのだが、このペンギン達も成り損ねとはいえ妖精の一種であるようだが、ただテレパシー能力は妖精でも極稀であるらしい。と、通訳として連れてった大淀さんからは聞いた。

 

ペンギン【という訳で、この鎮守府が潰れるまでお世話になります。】

 

どういう訳だ。

 

提督「まぁ潰れはせんと思うがな。よろしく。」

 

綿雲【こう見えてペンギンさん、強いんですよ?】

 

提督「マジで?」

 

ペンギン【では証明までに1発。】コオオ・・・

 

提督「やめろ分かったから。ここ執務室だから。」

 

嘴から迸る黄色い閃光を見て慌てて止める直人、なんか嫌な予感がしたようだ。

 

ペンギン【分かって頂ければいいのです。】

 

提督(妖精さんってホント何者なの・・・?)

 

考えざるを得ない直人である。

 

ペンギン【そんじゃま、僕はこれで。】

 

提督「うん。今からどこに行くのかな?」

 

ペンギン【適当に歩き回るまで!】キリリッ

 

提督「あんまり変なとこ行くんじゃねぇぞ。」

 

直人がそう言うと綿雲さん(ほごしゃ)が念話で言う。

 

綿雲【私が行かせませんのでご安心を。】

 

提督「そいつは頼もしいな。」

 

ペンギン【ではこれにて。】

 

綿雲【失礼します。】

 

提督「おう、いつでも来いよー。」

 

2匹の妖精(?)を見送る直人。

 

綾波「あ、私も失礼しますね。」

 

提督「あ、うん。お茶ありがとね。」

 

綾波も見送った後、二人は再び書類仕事に戻ったのだった。

 

 

 

11時55分―――

 

 

金剛「提督~ゥ、マダデスカ~?」

 

提督「これでラスト・・・。」

 

この日はどうやら金剛の方が先に終わったようです。と言っても秘書艦には簡単な書類しか回してはいないが。

 

提督「よし、終わりっと。」

 

判を押し、書類を纏める直人。

 

金剛「そういえば大淀はどうしたのデース?」

 

言われてみれば今日余り姿見ない気がするな。

 

提督「さぁ・・・今日は忙しそうだったからねぇ。」

 

金剛「じゃぁ、この書類を無線室に届けてきマース!」

 

提督「あぁ、頼んだ。」

 

そう言って去る金剛である、無線室は中央棟の一階にあり、大淀が管理しているこの司令部の中枢である。まぁ、いずれ分かるであろう。

 

提督(何とも気が利くなぁ金剛は。紅茶ゴリ押しなのは分かるけども。因みに俺は日本のお茶だと緑茶派だな。)

 

そう思いながら直人は席を立たなかった。何故ならそろそろ横鎮本部から回されてくる新任の艦娘が来る筈だからである。

 

 

12時11分

 

 

大淀「・・・。」

 

提督「・・・。」

 

金剛「・・・。」

 

提督(・・・あれ?)

 

大淀「こない・・・ですね・・・。」

 

窓から正門の方を見つつ大淀が言った。

 

提督「綾波が地下通路の入り口にいるんじゃなかったっけ?」

 

この司令部へは隠匿された地下通路でしか入ることが出来ない様になっているのである。でないと秘匿性を維持出来ないからでもあるが。

 

大淀「綾波さんにはレシーバーも渡してあるんですが・・・。」

 

綾波「“大淀さん、11分オーバーですがまだ来る気配ありません!”」

 

マジで?

 

大淀「何かあったんでしょうか?」

 

提督「どうなんだろうな・・・。」

 

直人は真剣に疑問に思い始めていたが、それ以前に少し疲労を覚えていた。

 

綾波「“何かあったんでしょうか・・・。”」

 

大淀「うーん・・・取り敢えず、来たらもう一度連絡してください。」

 

綾波「“分かりました。”」

 

提督「・・・ふーむ。まぁ、着任遅延の言い訳は後でやってきたら聞く事として・・・さっきから何か訴える様な目線を飛ばしてくる金剛さん?」

 

金剛「な、ナンデスカー?」

 

寒い訳でも無かろうに膝を震わせてる金剛に、直人は大凡察しがついていた。

 

提督「トイレに行きたければ行って、どうぞ。」^^;

 

金剛「行ってきマース!!」ドタドタドタッ

 

大慌てで走って出ていく金剛。やっぱりトイレだったか。

 

大淀「執務前に済ませるようには言っているのですが・・・。」

 

提督「ハハハ・・・まぁいいさ。直るまで言い続けるしかないと思う。」

 

大淀「そう・・・ですね・・・。」^^;

 

大変そうだと直感で思う大淀さんでした。

 

 

 

10分後・・・。

 

 

提督「うーん・・・まだのようだね。」

 

大淀「そうですね。」

 

 

コンコンコン・・・

 

 

提督「入ってどうぞ-!」

 

投げやり気味に言う直人、待たされるのが嫌いな方である。

 

神通「失礼します。」

 

大淀「あら神通さん、お疲れ様。」

 

神通はこの日、鳳翔と木曽を伴って沖合の哨戒に出ていたのである。

 

神通「ありがとうございます。提督、只今戻りました。」

 

提督「ご苦労様。どうだった?」

 

直人が神通に報告を求めた。

 

神通「海は平穏そのもの、でした。ただ偶然偵察機を見つけたので、鳳翔さんの戦闘機隊が撃墜しました。」

 

提督「そうか・・・。敵に目立った動きはなし、今回は物見をしていただけってとこか。よし、今日は上がっていいぞ。あの二人にも伝えておいてくれ。」

 

神通「はい。では失礼します。」

 

そう言って立ち去った神通さん。なんか今日は忙しい。

 

 

 

更に20分後(12時31分)・・・

 

 

提督「zzz・・・」

 

紀伊提督、居眠りナウ。

 

大淀「・・・。」

 

大淀さんは待ちくたびれた直人の気持ちを察してか敢えて起こさずにいた。

 

そこへ・・・

 

綾波「“大淀さん、見えました!”」

 

大淀「“30分遅れね。では正門に到着次第執務室にご案内して。”」

 

綾波「“はい!”」

 

ようやく彼らが到着したようだ。

 

大淀「提督、起きて下さい。」ユサユサ

 

提督「うーん・・・ハッ、俺何時から寝てた?」

 

大淀「15分ほど前からですね。」

 

提督「そ、そうか・・・で、来たの?」

 

大淀「はい、間もなく綾波がお連れするかと。」

 

金剛「遅かったデスネー。」

 

ようやくかぁ~。

 

 

 

更に5分後―――

 

 

提督「さて、来たかな。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ!」

 

綾波「失礼します。お連れ致しました、提督。」

 

綾波が来た時直人は「やっとメシに出来るな」と本気で思っていた。

 

提督「うん、通していいよ。」

 

綾波「はい。どうぞ。」

 

そして案内されてきた4人が提督の前へ歩みを進める。

 

「ハァッ!!」ジャキィィン

 

ところが突然その一人が抜刀して襲い掛かった。

 

大淀「提督!」

 

提督「ほう。」

 

ガキィィン

 

しかし提督は苦も無く1本の剣で止めた。

 

しかもその剣は真っ直ぐ天を仰ぎ、何に支えられるともなく『浮いていた』。

 

天龍「俺の名は天龍。フフ、怖いか?」

 

提督「フッ、気迫と太刀筋は一人前だが、素直過ぎて読み易いな。」

 

直人、余裕の笑みである。

 

天龍「成程、どんなもんかと思ったが、頭が切れるだけじゃなく腕っ節も一流か、こいつぁ恐れ入った、許してくれよ。」

 

提督「俺が頭脳明晰だと誰に吹き込まれた?」

 

天龍「土方、とか言ってたな、そいつにだよ。」

 

提督「成程、土方海将(あのひと)か。」

 

直人は一応納得する。

 

「天龍ちゃ~ん? 初対面の相手にそれは無いんじゃなぁい?」

 

天龍「なに、寸止めはちゃんとするさ龍田。それよりその剣はどうなってやがる?」

 

その質問を直人は軽く躱す。

 

提督「ま、手品の一種とだけ、言って置こうか。」

 

天龍「ほーう? まぁ、そう言う事にしておいてやろう。」ニヤリ

 

提督「それはさておき、自己紹介をしてくれるかな?」

 

毅然とした口調でそう言う直人であった。

 

 

 

今回着任したのは・・・

 

 

天龍「改めて、軽巡天龍だ。よろしく頼むぜ、提督。」

 

近接番長にでもするか。

 

龍田「あたしが軽巡、龍田だよ~。」

 

口調がゆっくりでナンカコワイ。

 

白雪「特型駆逐艦、白雪です。よろしくお願いします。」

 

後方勤務も真面目にやりそう。(小並感

 

赤城「航空母艦、赤城です。空母機動部隊を編成するなら、私にお任せを。」

 

自信満々なのはいい事だ。

 

提督「我が艦隊は4人を歓迎しよう。ところで、だ。30分もの遅刻の理由を聞こうか。」

 

その質問に白雪が答えた。

 

白雪「それが・・・赤城さんがお腹が空いたと言って聞かなくて、近くにあった食堂で昼食をとってたからなんです。本当にすみませんでした。」

 

提督「赤城、以後気を付ける様に。」

 

赤城「はい、すみませんでした。」シュン・・・

 

提督(うーん・・・お財布が寒くなりそうだな・・・。)

 

直人は赤城の燃費の悪さを知っていた訳ではない。が、その様子から何となくその事を察していたのであった。

 

提督「ま、食い意地が張ってること自体はいい事だと思うが度が過ぎるのはね。とりあえず今日はゆっくりして、明日以降に備えるといい。」

 

4人「はい(おう)!」

 

ぐうぅぅぅ~~・・・

 

提督「え・・・」

 

赤城「あの・・・お腹・・・空きました・・・。」

 

提督「・・・。」

 

直人はため息を一つついてからこう言った。

 

提督「綾波、食堂に案内してあげて。」

 

綾波「は、はい。」

 

赤城は綾波に連れられて去り、他の3人も各々執務室を後にした。

 

提督「上も随分と大盤振舞だな、正規空母とは。」

 

大淀「そうですね、まぁ戦力の拡張が出来ただけ、いいのでは?」

 

直人がその言葉にうなづくと、今度は金剛が

 

金剛「また艦隊編成し直すのですカー?」

 

と言った。

 

提督「まぁ、当然だな。」

 

大淀「ですね、これから更なる激戦も予想されますし。」

 

そうだなと呟き、提督も食堂へと向かったのだった。

 

 

 

中央棟西側・食堂棟1階 食堂

 

 

赤城「mgmg・・・」

 

鳳翔「・・・。」^^;

 

提督「あっ、鳳翔さ―――ん!!??」

 

直人も絶句したその視線の先には、山盛りというより塔という方が正しい縁から40cm程積み上げられた丼飯と、それを一気に掻き込んでいく赤城の姿があった。

 

提督「鳳翔さん・・・これは一体・・・。」

 

当惑した様子の直人が、鳳翔さんに質問を飛ばす。

 

鳳翔「それが・・・噂通りの大食いだった、としか・・・。」

 

提督「まぁその噂は知ってるけど・・・ここまでとは・・・。」

 

(直人の心の声)これはやばい、かなりやばい。

 

綾波「いい食べっぷりですねぇ・・・。」

 

(心の声再び)そこー、感心してる場合とちゃうw

 

提督「補給にここまで消費するとは・・・。」

 

鳳翔「あ、提督も昼食ですか?」

 

提督「そうですね、頂きます。あ、いつもの量でいいんで^^;」

 

鳳翔「はい。」

 

笑いながら返事をする鳳翔さん、実は直人直々に厨房を任されていたりする。

 

鳳翔さんの料理の腕は確かなもので、食堂はいつも好評を博していた。

 

赤城「あっ、提督! 鳳翔さんの炊き込みご飯、美味しいです!」

 

丼に積まれてるのは具沢山の炊き込みご飯です。味付けは醤油メイン。

 

提督「釜一つ空ける真似はするなよ?」

 

赤城「分かっています。」

 

(心のry)嘘こけ。

 

 

その日の午後、直人は皆と談笑して過ごし、何事も無くその日は終わるかに思われた。

 

 

 

23時30分 資材倉庫前

 

 

煌々と輝く月明かりの元、一人の人影が資材倉庫へと向かっていた。

 

足音を抑えるように歩き、忍び寄るその人影は、明らかな意思を以って第2資材庫の戸を開けて忍び込んだ。

 

資材庫の中は、明り取りの窓と、開いた扉から差し込む月明かりを除けば漆黒の世界、しかしその影の本人にとっては、明るさなど問題とはしなかった。

 

提督「何をしているのかな?」

 

その開かれた扉の所に立つ直人。

 

「!!」

 

人影が直人の声にビクつき止まる。

 

「いや、その・・・見回りです、提督。」

 

提督「物騒にも完全武装で、か? しかも私は誰にも見回りを頼んだ覚えはないし、出撃命令や指示無くしての艤装持ち出しは軍紀違反だぞ? 1航戦1番艦、航空母艦赤城よ。」

 

赤城「ぐっ・・・!!」

 

多分お察しの通りだったと思うが、赤城である。

 

提督「私がいる以上、ここの資材は無駄に食わせはせんよ?」

 

艦娘達が扱う資材は、非常時にはそのまま摂取する事も出来る艦娘専用の非常食でもあった。但し、後に伝え聞く所には「大して美味しいものではない」らしい。

 

赤城「フフ・・・」

 

不敵な笑みを浮かべる赤城。

 

赤城「提督が如何に凄かろうと貴方は『人間』です。『艦娘』の私を止められるとお思いですか?」

 

提督「俺を甘く見てもらっちゃ困るなぁ。俺はただの人ではないと言うのに。」

 

実際はそんなちゃちなものではないがこの際どうでもいい事である。

 

赤城「フフフッ、そうですね。ですが見られたからには提督とて容赦はしません、お覚悟を。」

 

提督「ほう―――いいだろう、一芸披露仕る。“呼集(コール)”。」

 

直人が1本の剣をどこからか“呼び出す”と一挙に間合いを詰める。

 

 

ザンザンザンザンズバァッ

 

 

赤城「ぐっ・・・かはっ・・・。」ドサァッ(大破)

 

目にも留まらぬ五連撃を前に赤城は為す術もない。

 

提督「もうお手上げか~? ん?」

 

呼び出した剣を消しながら問う直人。

 

赤城「そん・・・なっ・・・。」

 

提督「慢心ダメ、絶対だ。さぁ妖精さん達、入渠ドックへ連れてってあげて頂戴よっと。」

 

そう言った途端、周囲の資材保管棚の陰からわらわらと妖精さん達が現れた。直人にはこういう事が起こるであろうことも全てお見通しだった訳である。

 

妖精さん達は全員入渠棟の妖精である。全員で赤城を担ぎ上げて連行して行った。

 

提督「バケツはぶっかけなくていいからなー。」

 

資材倉庫防衛のミッションを、鮮やかにコンプリートした提督 紀伊直人は、執務室の隣の部屋に持ち込んだ布団で眠りに就くのであった。

 

 

 

同刻 硫黄島

 

 

ル級改Flag「ホウ? “フラッグシップ”直々ノ掃討命令カ。出動ノ理由モ出来タ訳ダ。デハ―――行クトシヨウカ。」

 

リ級改Flag「了解シマシタ、“モンタナ”サマ。」

 

闇夜の中で動き出した影が一つ。

 

モンタナ「ワタシガ一部ノ兵力デ海岸部ヲ攻撃スル。残リノ全戦力ヲ以ッテ一挙ニ敵ノ本拠ヲ潰ストシヨウ。ソノ指揮ハオ前ニ任セルゾ、“サンフランシスコ”。」

 

リ級改Flag「ハッ!」

 

影は次第に大きくなり、やがてその海域一帯を覆い尽す黒い大波へと変わる。

 

彼らの目的地は既に定まっている。しかしまだ、直人達の知るところではない―――。




艦娘ファイルNo.12

天龍型軽巡洋艦 天龍改

装備1:14cm単装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:21号対空電探
装備4:天龍刀(火力+5 回避+2 装甲+2 命中+1)

大本営より送られてきた艦娘の切込み役。
弱い提督には従わない主義を持っていたりするが何より特異点持ち。
天龍のシンボルとも言える刀が装備になってしまっている様だ。
その近接戦闘技量を買い、司令部防備艦隊に所属し陸戦隊1個大隊を預かる事になる。なおこの時点では眼帯を着用していない。


艦娘ファイルNo.13

天龍型軽巡洋艦 龍田改

装備1:14cm単装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:61cm3連装魚雷
装備4:龍田槍(火力+6 回避+1 装甲+1 命中+3)

大本営の増援組二人目で、天龍の妹、同じく特異点持ち。
どちらかというと諜報に長けており、後にその方面を担当する隠密艦隊に配属されることになる。
また天龍と揃って陸戦隊1個大隊を任される。


艦娘ファイルNo.14

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 白雪 (後技術局医療科所属)

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装魚雷

大本営からの増援3人目、戦闘技能に乏しい反面頭脳明晰な吹雪型2番艦。
この艦隊に於いては専ら後方勤務と司令部防衛を兼ねることになる。
更に後に設置される技術局の医療科で、アシスタントをすることにもなる。
(なおアシスタントであり医療科自体もそんなに仕事が無い為基本暇で後方勤務で書類と格闘。)


艦娘ファイルNo.15

赤城型航空母艦 赤城

装備1:零式艦戦52型(板谷隊)(対空+9 命中+2 索敵+2 回避+2)
装備2:彗星11型(千早隊)(爆装+8 対空+1 対潜+3 索敵+6 命中+2)
装備3:天山12型(村田隊)(雷装+15 対空+1 対潜+6 索敵+4 命中+2)

大本営から送られてきた増援組最後の一人、後の横鎮近衛艦隊第1航空艦隊旗艦。
後に配属される他の空母航空隊とと互角以上の技量を持った航空隊を持つという、素晴らしい特異点を持つ一方で、燃費がご存じの通り馬鹿にならない。
さらに他の母艦隊と比して、機種転換が最初からランク2になっている特異点も持つ。
この赤城は増援組の中でも群を抜く殲滅担当で、「雷撃の神様」村田少佐の的確な雷撃を自慢とする。


~深海棲艦紹介~(今回は遅まきながら硫黄島深海側拠点の幹部クラス)

ル級改フラッグシップ「モンタナ」

艦種:深海棲戦艦

装備:17inch3連装砲×2 電探 偵察機青

硫黄島に拠点を置く深海艦隊旗艦、配下に超兵器級深海棲艦1隻を持つ。
通常艦では珍しい知能体であり、主砲口径が1インチ大きい。
人間、特に彼らが持つ技術に興味を示す一面を備えるが、その興味心から硫黄島という彼らの言うところの“辺境”に送られる。


リ級改フラッグシップ「サンフランシスコ」

艦種:深海棲巡洋艦

装備:ゲーム内遵守

深海艦隊硫黄島分遣隊副旗艦であり、モンタナの右腕。
特に何の変哲もない装備であるが、こちらも知能体であり、モンタナの言い分に共感を示している。


紀伊提督の魔術の説明

白金千剣(読み:しろがねせんけん)

属性:無し(物理)
ランク:A+

紀伊直人の固有魔術であるが、魔力消費量も馬鹿にならない為、普段はリミッターを掛けて限定的な行使に留めている。
基本は言うなればソードファンネルと言えるもので、敵を切るのではなく刺突することを基本用法とする。
直人の持つ空前の強大な霊力によって、深海棲艦や仮に艦娘を相手にしても4つに組んで五分以上に戦える能力も有するが、それはあくまで副次的効果である。


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第5章~横須賀防衛戦~

ちわっす! 天の声です!

早速ですが今回はドロップについてと、幾つか新用語の解説に行きます。

ではドロップのメカニズムから説明しましょう。

ドロップ、といえば皆さんが思い描きそうなのが・・・(以下作者の独創と偏見なので悪しからず)

T督「い、今起こったことを簡単に話すぜ!今俺の艦隊が深海棲艦と戦ってて、その戦闘が終わったと思ったら、敵の煙の向こうから艦娘が現れたんだ。な、何言ってるか分からねーと思うが(ry」

と、こんなかんじだと思います。あるいはこれと似たような感じかもしれませんね。

ですが全く以て非科学的すぎる上非合理的過ぎます。そこでこの作品では以下の通り解釈しています。

まず戦闘後、洋上に浮かんでいる敵の残骸をささっと拾って持ち帰ります。(決してモンハン宜しく剥ぎ取りではない。決して。)

その後、妖精さんにそれを渡し、その残骸が発する霊力波、簡単に言ってしまえば字の如く霊力の波ですね、それを計測してもらいます。その波の中に艦娘であることを示すものを検出した場合、浄化処理を施した後艦娘建造と同様錬金に入ります。

この一連の作業を、直人ら横鎮近衛艦隊内では「ドロップ判定」と呼んでいます。言い得て妙ですねw

因みに大抵の場合残骸は纏まった量が無いと浮いてきません、不思議ですね、浮力が残ってるんでしょうか?

続いて新ワード。


・深海棲艦のコードネーム

深海棲艦側だけが用いている物で、ほとんど同一容姿の個体ばかりなので、コードネームが使われている。またクローン個体である場合は「○○1」「○○2」という具合で数字が振られる。

・30cm速射砲

ネタは某吸血鬼バトルアクション系アニメに登場するドラキュリーナのメインウェポンから頂きました。付属する広域制圧用巨大擲弾「ウラズィーミル」も健在でございます。
この世界では艤装の主砲口径はcm⇒mmにしてあるだけなので、30mm対戦車カノン砲は30cm砲となります。(その他の例:41cm砲=41mmなど)
要はセンチをミリに置き換えるだけです。なおミリをセンチに置き換えるケース(通常兵装の艤装化)の場合は、通常の艤装とは桁違いの威力を持っています。が、射程が艦娘艤装のそれに比して劣る点は留意する必要がある。

・浄化処理

ドロップに関連したりする事項である。
簡単に言えば、深海棲艦の持つ負の霊力を浄化し、正の霊力にする工程。
深海棲艦の装甲や艤装は、人間の鉄鋼よりも遥かに優れた剛性と加工のし易さを誇っており、それを利用する際に必要な作業である。
それをしなかった場合、それを使った構造物が負の霊力によって侵食され、最悪意思を持つ化物になる可能性がある。らしい。


・超兵器級深海棲艦についての情報

超兵器級に分類される深海棲艦は、少なくとも250~300存在するとされ、これとは別に量産型超兵器級深海棲艦が数多く存在する。4章末尾にその渾名だけ登場した「マスターシップ」は深海棲艦の頂点に立つ存在であり、人類側から見れば最凶最悪の超兵器級とされる存在。北極棲地に座しているが、今は眠りについていると言う・・・。


ま、ザックリこんなとこだね。


今回はいよいよ硫黄島の敵が動き出すようです。


この危機に彼らはどう対応するのか、ご注目下さい、どうぞ。








と言いたい所ですが、もう少しあります。

この辺りで柑橘類氏について私が把握してる範囲でご紹介させて頂きます。


・柑橘類氏

やっているゲーム:艦これ(鯖:パラムシル 嫁艦:榛名)・WT(ウォーサンダー 主に日本機と英国機、ソ連戦車を使用)・WoT(ワールドオブタンクス 鯖:NA&ASIA)・WoWs(ワールドオブウォーシップス 鯖:ASIA 日本駆逐艦&巡洋艦の使い手)・SF2(スペシャルフォース2)・CX2(コンカークロス2 鯖:統合サーバー)

作者が知っている範囲だけで結構広範囲のゲームをやっている作者のネット上での友人。艦これ提督であり所属は幌筵泊地サーバー、嫁艦は榛名(なお未ケッコンな模様)。その他のゲームもそれなりにやり込んでいる様子。FPSの影響からかはたまた元々からかの銃好きで、作者も何度かその方向のアドバイスを貰っている。
『なんだかんだで色々手助けしてしてくれる頼れる戦友かつ教官』とは作者の弁である。因みに好きな戦闘機は零式艦戦32型。


・零式艦戦22型(柑橘類隊)

機種:戦闘機
装備性能:対空+8 命中+2 索敵+1

作中の2年前に事故死した直人の友人が偶然艦載機妖精に転生した結果生まれた部隊。柑橘類隊の名称はネットでその友人が使っていたハンドルネームから。並外れた空戦技能を駆使した一撃離脱戦法を身上とする。
鳳翔改の1スロ目に配備されている為麾下の部隊は隊長入れて14機と少ないながら、それぞれが卓越した技量を誇っており、中々凄まじい能力を秘めているようだ。
隊長妖精「柑橘類」は、何と喋れる為無線が普通に使える。因みに直人が彼の事を知ったのは鳳翔さん建造の翌日。
なお普段は鳳翔さんの自室におり、たまに肩の上にちょこんと乗っている時がある模様。
柑橘類隊であることを示す為、所属機は垂直尾翼を濃緑色単色迷彩の上から斜め半分をオレンジに塗り、左右主翼上面に稲妻マークを入れている。



フフフ、「流石に紹介しとかないと」と思ってやったった。反省はしていない。(キリッ

では今度こそ本編どぞーww


4月17日早朝 父島北方海上 横須賀鎮守府所属「毒嶋艦隊」所属零式水偵

 

 

グウウウゥゥゥゥゥゥーーーー・・・ン

 

 

エンジンの轟音を唸らせ、1機の零式水偵が父島付近に到達していた。

 

横須賀鎮守府第5036艦隊、通称「毒嶋艦隊」に所属する艦娘から飛び立った哨戒機である。

 

この日は晴れ渡っており雲も少ない、絶好の見回り日和であった。

 

海は父島の漁村から出たと思われる船が数隻浮いている以外は平穏そのもの、彼らの役目は終わるかに見えた。

 

機長妖精「!?」

 

その零式水偵の機長が、前方海上に夥しい数の敵艦がいる事に気付いた。

 

そしてそれを守るように敵機が大量に飛んでいる。

 

その様子はすぐに毒嶋艦隊司令部に知らされた。

 

 

 

4月17日午前6時 毒嶋艦隊司令部執務室

 

 

任務娘「当艦隊の出した哨戒機が今日早朝、夥しい数の敵艦隊を確認したとのことです、提督。」

 

毒嶋「ふーん、その艦隊はどこに向かってる感じー?」

 

この司令部の提督「毒嶋」は、例えるならばド○えもんに出てくるスネ夫をもっとキザっぽくした感じであり、妙にヘラヘラしている感が否めない。

 

任務娘「日本本土に向け北上しているという事です。」

 

毒嶋「ふーん、多分関係ないっしょ、一応上に回しといてー。」

 

任務娘「は、はぁ・・・。」

 

この男、無能に付き。

 

 

 

午前7時ごろになり、毒嶋艦隊の掴んだ情報は横鎮近衛艦隊の直人の耳にも入った。

 

大淀「大本営からは、その敵が脅威となる場合にはこれを撃滅せよとの指示が出ています。」

 

提督「それは承知している。直ちにでも出撃するところだが、各艦隊の掴んでいる情報がばらばらだ。進路は欺瞞航路だとしても何処へ向かっている?」

 

そう、彼が出撃を渋ったのは、敵が欺瞞航路を取っていることが明らかになっているからである。

 

なぜならその後接触した偵察の第2報では、第1報と異なり東北東へ向かっていると知らせてきているし、第3報では南下しているとも言ってきている。

 

これでは何処へ出撃すればいいのやらさっぱりなのである。更に第6報を告げた偵察機が消息を断ち、それ以降敵の動向も不明、深海棲艦に人間側のレーダーを攪乱ないし電波を掻き消す程度簡単に出来る事も推察されることから、迂闊に手を出せないでいた。

 

提督「ふーむ・・・。」

 

直人が暫く押し黙る。

 

暫しの静寂が執務室を支配する。

 

その静寂を破ったのもまた、直人であった。

 

提督「暫く続電を待ち様子を見よう。場合によっては綾波を偵察に出す。」

 

金剛「出撃しないのデスカー?」

 

提督「敵が目標とする可能性のあるのは、呉や大湊、横須賀と言った艦隊司令部の在地、あるいは名古屋、大阪、静岡などの人口密集地であることが考えられる。だがそれを一つに絞るにしては情報が不足している。」

 

大淀「ではその様にします。」

 

金剛「ウゥ~・・・今すぐ出撃したいデース!!」

 

更に駄々をこねる金剛、これを直人は言下に拒絶した。

 

提督「情報不足の中で迂闊に動けば最悪艦隊は生きて帰れんだろう。しかも我々は秘密艦隊であり、派手に動けばその秘匿性が失われる事になる。他者に我が艦隊の情報が知られぬ様、秘匿性保全には最善を尽くさねばならん。今は兎も角待ちの一手しかない、分かってくれ。」

 

金剛「~~・・・。」

 

金剛も不承不承という感じで引き下がる。

 

提督「全艦に通達、臨戦態勢で待機だ。待ちの一手だが緊急出撃に備えてもらう。」

 

大淀「分かりました。」

 

金剛「了解デース。」

 

二人が部屋を去った後、提督はさらに暫くの間思慮に耽った。

 

提督(もし仮にこの敵襲が呉や大湊に向かった場合はその時で判断すればいい。が、問題は浦賀水道へ向かうコースの場合だ。早期発見できねば、侵入の阻止は不可能だ。最も杞憂であればいいが・・・。)

 

待ちの一手はこの場合最良の選択であり唯一の良策であった。

 

しかしこの最悪の想定が皮肉にも現実と化すとは、神の身ならぬ彼が知る由も無かった。東京攻撃の危惧という点では最低でも予想を逸していたという事だけが、唯一幸いであった。

 

 

17時16分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「・・・という事だ。よって、敵の大艦隊による浦賀水道一帯の攻撃が予想される。狙いは恐らくここ横須賀であり、俺個人の予測ではあるが、敵攻撃目標は東京ではないと踏んでいる。」

 

 会議室では、直人と大淀を始めこの鎮守府に集った者達が集められていた。

第一報を受け取ってから10時間程が経過し、その間得られた情報により、浦賀水道周辺ないしその以北への襲撃がほぼ確定されたが、先刻海軍横須賀基地所属のイージス艦「きぬがさ」が、「敵深海棲艦の大群、浦賀水道西岸を北上中。計器にノイズを認む。」と打電した直後攻撃を受けたとの知らせが、緊急電で入ってきたのだ。

 きぬがさは速射砲とミサイルで応戦するも左舷舷側に被弾、ガスタービン1基を損傷しながらも、命からがら横須賀へと逃げ帰ったと言う。

 

大淀「きぬがさの戦闘詳報を見るに、敵旗艦は知能体である事が予測されます。これまでの敵とは段違いの相手である点は明らかです。敵の物量にしても、ヲ級エリートが30隻以上、同フラッグシップだけで10以上確認されることから、空母を主体とし50以上確認されている戦艦と連携した水上打撃群であることが考えられます。」

 

会議室にざわめきが起こる、これまで日本近海では例を見ない大艦隊であるから当然だった。

 

提督「静かに。今次防衛戦は横須賀在駐の全艦隊を挙げて当たる事になっており、我々は敵戦力の内4割半の事前漸減を担当する事になった。敵主力を減殺し、戦力の弱い他艦隊への負担を減らす事が目的だ。」

 

会議室に集まった面子を見ながら提督が言った。中には新参の艦の姿もある。

 

初春「確かにそれも一計じゃな。じゃがそうすればわらわ達の被害も無視は出来ぬぞ?」

 

その新メンバーの一人、初春が正論を突いた発言を返す。

 

提督「分かっている。恐らく横須賀付近沿岸への攻撃もあると思われる。その敵は引き付けつつ俺が叩く。この場所は横須賀鎮守府管轄内で最も入り組んだ場所であり、同時に横鎮司令部群では最も外洋側に突出した位置にある。」

 

横鎮管区の司令部群は、主として横須賀港湾とその周辺区域一帯に集約されている。これに対し横鎮近衛艦隊司令部のある八島入江は、横須賀市街の南、相模半島で最も浦賀水道に張り出した観音崎にあるのだ。

 

最も、その岬は既に原形を留めていないが・・・。

 

提督「今から編成される艦隊はこの司令部の入り江の入り口にて司令部攻撃に来た敵を引き付けてもらう。これを機に艦隊も再編しようと思う。」

 

今度は全員が静かに直人が手にした紙に書かれた内容を、聞き逃すまいとしていた。

 

提督「まず主力、第1水上打撃群。金剛、羽黒、摩耶、木曽、赤城、蒼龍。旗艦は金剛。」

 

金剛「私の主力部隊旗艦は、揺るがないネー。」

 

赤城「わ、私ではないのですかっっ!!??」ガビーン

 

金剛がドヤ顔かましてるが赤城、落ち着け。

 

羽黒「わ、私ですか!? うぅ・・・緊張します・・・。」オロオロ

 

提督「これが初実戦の羽黒には致し方ないか。だが少なからず活躍出来る事を期待させてもらう。なにより、空母を守れる艦として、羽黒の力が必要だ。やってくれるな?」

 

羽黒「は、はい・・・が、頑張ります!」

 

感無量と言う面持ちで羽黒が言う。主力抜擢が余程嬉しかったのだろう。

 

摩耶「全く、こんな気楽な会話が出来る内は、大丈夫だな。」

 

提督「そう言う摩耶は大丈夫だな?」

 

摩耶「当然だっての、任せろ!」

 

自信たっぷりに言い放つ摩耶、羽黒とはえらい違いだが空虚なものではない。

 

提督「摩耶に期待するところはその艦隊防空力だ。空母を敵機から守ってやってくれ。」

 

摩耶「おう!」

 

摩耶は着任当初から改二として着任しているのだ。故に対空火力が他の重巡の比では無い。しかし経験の無さは否めなかった

 

蒼龍「またよろしくお願いします、赤城さん!」

 

赤城「えぇ、よろしくお願いします。」ニコッ

 

提督「蒼龍と赤城は制空と敵艦隊への事前攻撃が主目標だ。初陣の2人の為により多くの戦果を期待する。また第1水上打撃群は湾から出ちゃダメね。」

 

6人「はい!」

 

金剛らは兎も角この赤城(殲滅担当)の本気を舐めてはいけない。

 

提督「続いて第1艦隊、扶桑、愛宕、神通、綾波、初春、飛鷹。旗艦、愛宕!」

 

扶桑「私は今回、旗艦ではないのですね・・・。」

 

提督「扶桑には旗艦任務よりも専ら敵殲滅に努めてもらうのとは別に、空母部隊の前衛としての艦隊の性格から、その火力をより効率的に使ってほしい。」

 

愛宕には愛宕の役割がある様に、扶桑にも扶桑の役目はきちんとある。それを知った扶桑は頷いた。

 

扶桑「提督が、そう仰るなら―――この扶桑、全力で参ります。」

 

旗艦と言う役割は意外に頭を使う。それが攻撃を阻害しては意味がないと言う直人の判断であった。

 

提督「頼むぞ。愛宕に哨戒部隊旗艦を任せたのはこういう状況を見越してだったんだが、まさか今日になろうとは思わなかった。」

 

愛宕「誰も予想だにしなかった事です、私も精一杯頑張りますね!」

 

提督「ありがとう。」

 

雷「ねぇ司令官! 私は?」

 

本作品初登場、『ダメ男製造機』と早くから呼ばれる兆しのある雷が質問を飛ばす。

 

提督「まぁまぁ焦るでない。司令部防備艦隊、鳳翔、天龍、龍田、雷、白雪。旗艦、鳳翔!」

 

つまりお留守番ですえぇ。

 

鳳翔「あらあら、私ですか?」

 

提督(何かの間違いじゃ? と問う視線が突き刺さってくるな。)^^;

 

流石にたじたじとなるもののすぐに気持ちを立て直して続ける。

 

提督「司令部防備艦隊は司令部に来襲した敵機と、迎撃に出る金剛達が撃ち漏らしてこっちに来た敵の殲滅。多分金剛たち12隻では多分完全殲滅は無理だからな。」

 

天龍「おっしゃぁ!腕がなるぜ!」

 

雷「どんな相手でも、雷に敵う訳無いんだから!」

 

白雪「後方勤務、とはいっても防衛任務は付き物ですね。お任せ下さい。」

 

提督「恐らく敵の狙いは横須賀港だ。この防衛が最終目標になるが、それに隣接する鎮守府も攻撃対象になるだろうし、周辺海岸も危険だ。欲を出さず、状況に応じて堅実に立ち回ってくれ。善戦を期待する。以上だ。」

 

一同「はい(おう)!」

 

 

 

しかしこの判断は、問題こそ無いにせよ、完全な間違いとして露呈する事になる。

 

敵、ル級改Flag「モンタナ」率いる硫黄島艦隊の目的は、あくまで「横鎮近衛艦隊の捕捉撃滅」にあったからである。

 

それを知らぬまま、彼らは臨戦体制へ入った。

 

 

 

4月17日20時37分、その轟音は突然にして起こり、それを合図に戦闘が始まった。

 

深海棲艦によって突然の夜襲によって開始された横須賀防衛戦は、深海棲艦の第1撃で、油断しきっていた艦隊司令部数個を、地上待機の艦娘や提督、施設をも纏めて、瞬時にして壊滅状態に追いやった。第二撃、第三撃と続く攻撃で横須賀港内は騒然となり、一部指揮系統で混乱が生じてしまう。

 

このような事態に陥った原因は、敵が予想を上回るスピードで横須賀侵攻を実行した為であり、分析と作戦立案の不備による所が大きかった。

 

だがその混乱から立ち直るまでの時間を稼いだのは、他でもない横鎮近衛艦隊である。

 

 

1時間ほど前

 

 

~第1水上打撃群~

 

赤城「攻撃隊、発艦してください!」

 

蒼龍「第1次攻撃隊、発艦始め!」

 

 

~第1艦隊~

 

飛鷹「攻撃隊、発艦始め!」

 

扶桑「扶桑型の、本当の力、お見せします!」

 

 

~司令部裏ドック~

 

鳳翔「いつまでも演習という訳には行きません。航空隊、発艦!」

 

【柑橘類】「おかん! 見ててくれ!」

 

鳳翔「えぇ、気を付けてね。」

 

【柑橘類】「分かってる。行くぞ皆!」

 

 

 

赤城から82機、蒼龍から63機、飛鷹から58機、鳳翔から42機、そして扶桑から23機、計268機の艦載機が発進、総勢3000を超す深海棲艦の本隊へ突撃を敢行した。

 

鳳翔隊は制空隊を司令部防衛に残し、残る部隊のみで突撃したが、この判断は間違っていなかった。

 

 

 

~第1水上打撃群~

 

 

赤城「指揮官機よりト連送です。」

 

蒼龍「江草大佐、頼むわよ・・・。」

 

 

 

二人がそんな祈りを捧げていた頃、司令官は一人、司令部近くの浜へと繰り出していた。

 

長い銃身と背負った大型弾倉、30cm速射砲と、明石謹製の霊力刀「極光(きょっこう)」を、妖精さんは何をどう頑張ったか黒(うるし)塗りの桐製の鞘に納めている。

 

この刀はあの会議の後すぐに明石さんが届けてくれたものである。

 

 

 

ちょっと遡って15時半

 

 

ジャキッ、ジャキッ

 

 

提督「よし、いってみますか。」

 

艤装倉庫で30cm速射砲の準備をする直人、今回は洋上へは繰り出さず海岸での水際防衛を試みるつもりであった。

 

明石「あ、提督!」

 

そこへ、一振りの刀を納めた鞘を手にした明石がやって来た。

 

提督「おぉ、明石さん・・・その刀は・・・ようやく、出来たんだね?」

 

やたらと時間がかかっていたのを気にかけていた直人である。

 

明石「はい。しっかり鍛えておきましたから、深海の戦艦や巡洋艦クラスであれば通じると思います。」

 

提督「それは凄いな・・・。」

 

直人はそう言いながら、刀を少し引き抜き根元の部分を見る。

 

深海棲艦の使う鉄鋼の最大の特色は、黒い色合いである。

 

ただ、見た目は黒一色だが、光を反射させると紫に輝くのだ。

 

提督「うん、良い刀だ。銘はそうだな・・・極光、とでもしておくか。」

 

即興で銘を決める直人。この“極光”の名を持った霊力刀は、この後事あるごとに彼を救う事になる。

 

明石「極光、ですか・・・いいですね!」

 

提督「ありがとう明石さん。いい仕事だ。」

 

明石「いえいえ、私が今出来る事といったら、これ位ですから。」

 

そう言って謙遜して見せる明石の顔が、今極光を腰に提げた直人の脳裏をよぎる。

 

提督「ありがとう明石さん。必ず勝って帰る、この刀と共にな。」

 

独り言のように呟く直人。

 

その沖合には既に、深海棲艦と思しき無数の黒点が見受けられた。

 

霊力を垂れ流すことで生まれる強大な気配で誘い出したのだ。

 

提督「さて始めようか、化物共。今宵一夜限りのパーティーを!」

 

彼は30cm速射砲を沖合の敵に構え、狙いを定め、射撃を開始した。

 

横須賀鎮守府全体が混乱のるつぼにある中、敵の攻撃を一手に引き受けた横鎮近衛艦隊。

 

赤城と蒼龍の航空隊を軸にした攻撃隊が、悠然と敵に襲い掛かる。

 

その魚雷はたった1本で敵深海棲戦艦をも沈め、その急降下爆撃は深海棲重巡をたやすく葬り去る。

 

殊に金剛がこの時見せた働きは目覚ましく、46cm砲が狙った艦を正確に、しかも2~3隻纏めて一斉射で仕留める神技を披露した。

 

羽黒の火砲が、初陣ながら敵軽巡をしたたかに打ち据え撃沈する。

 

扶桑がその航空甲板に被弾を受けつつもなお41cm砲10門の咆哮を轟かせる。

 

綾波が特型の誇る日本海軍駆逐艦で2番目に多い9射線の魚雷を一斉に放ち、敵を水底へ叩き込む。

 

摩耶が、慣れないながらもその対空火力を以って敵機を叩き落とし、艦隊を敵機から必死に守る。

 

愛宕が、初春が、神通が、それぞれが自らの持てる全てを以って戦い、傷を負おうともなお、直人の命令に沿い戦い続ける。

 

そして空中では、何れも劣らぬ最強の荒鷲達が、数で圧倒的に勝る深海棲艦の艦載機を相手取って大健闘をしていた。

 

被害は敵に比べれば無きに等しく、落ちるのは黒い敵機だけ。

 

横鎮近衛艦隊司令部付近でも、オレンジの映える垂直尾翼を持った柑橘類率いる零戦隊が、僅か14機ながらも180機以上を相手取り五分の戦いをしていた。

 

そして司令部近くの浜辺では、徐々に押されつつも、山なり弾道で8000mへ砲弾を届かせる砲撃を続ける直人の姿があった。

 

 

~観音崎海岸沖~

 

モンタナ「奴ニ違イ無イ! 一斉ニ撃チカカッテ仕留メロ!!」

 

「私の出番はまだかしら? モンタナ。」

 

目標を捉え勝利を確信するモンタナに話しかける影が一人、流暢な言葉で話す。

 

モンタナ「ナニ、モウスグダ。」

 

「・・・そう。」

 

 

 

―――直人は引き金を引き続ける。

 

イ級を徹甲弾が一撃の元に葬り去り、ヘ級の体を薄殻榴弾が断ち切り、ル級の装備と体を弾丸の雨がバラバラにし、空母を何も出来ぬ内に肉塊へ変え、飛び立った敵機も的確に撃ち落とす。

 

直人は元々提督として非凡な才を文武両面で備える逸材だ。しかしそれでさえも限界がある事を、この戦闘は証明していた。

 

しかしその距離は徐々に詰まりつつあり、既に3kmの所まで来られてしまっていた。

 

提督「くそっ、多い・・・!!」

 

直人は自らの読みが誤っていた事への悔しさから唇を噛む。狙いは横須賀ではなく『彼自身』であった。即ち、先の1発を放った事で敵に見つかってしまった事が、敵の策を容易ならしめてしまったのだ。

 

提督(それになんだ・・・この容易ならざる気配は・・・?)

 

少なくとも千隻はいる深海棲艦を既に半数程度まで撃ち減らしているのだから大したものではあるが、未だ衰えぬ敵の勢いの中に、彼は何かとてつもないものを感じ取っていた。

 

彼の感じ取った気配は二つ、一つは通常艦だが、もう一つは何か違う。

 

提督(計器のノイズ・・・そしてこの存在感。成程―――超兵器級か、こっちに来てることは、不幸中の幸いだった。)

 

直人は全てを悟るに至った、計器のノイズは、超兵器級の接近を感知する最も簡易な方法だからだ。

 

愛宕「“提督! 横須賀の他の艦隊が、ようやく出撃を開始しました。”」

 

直人が耳に着けているインカムに愛宕から連絡が入った。

 

提督「“よし、第1艦隊は入り江まで後退し、以後防衛態勢に入れ!”」

 

愛宕「“分かったわ~。”」

 

ズンズンドゴォォォォォーーーーー・・・ン

 

提督「くぅっ!?」

 

直人の周囲に次々と砲弾が着弾し始める。どうやらこちらを視認するほど距離が縮まったようだ。

 

提督「雑魚共が、五月蠅(うるさ)いんだよぉぉ!!」

 

裂帛の気合と共に霊力が背部の弾倉へと伝達される。

 

ガシャンガシャンと音を立て、折りたたまれたアームが、弾倉の上に載った二つの擲弾を持ち上げていく。そのアームが完全に伸び切ったところへ、直人が砲の砲口を擲弾後部に突っ込み接続する。

 

提督「これでも、くらっとけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

ドォォンドォォォォーーーン

 

 

通信をしている所へ砲弾を撃ち込まれた怒りと共に、まるで巨大な艦砲を射撃したような音と共に、後尾の推進薬に点火された巨大擲弾、ウラズィーミルが、不規則な弾道を描いて飛翔する。

 

その威力はすぐに明らかとなった。

 

補助推進があっても所詮は擲弾であり重力に引き寄せられ、5000m飛んで敵艦隊左右両翼に展開する前衛水雷戦隊のど真ん中に着弾した2発のウラズィーミルは、着弾地点の半径800mにいた敵を瞬時に死に追いやった。

 

半径350m圏内では、超高威力火薬による猛烈な爆風と破片、衝撃波の嵐が吹き荒れ、その外側では、高濃度気化焼夷剤が爆発の勢いで撒き散らされ、更にそれが爆風で発火、気化爆発を誘発し、一瞬ながら数千万℃に達する超高温爆発を発生させ、同程度の温度を持った爆風によって、瞬時に敵は塵と化した。

 

その範囲にいた艦は、艦種種類の隔たり無く、全てが大破ないし爆沈、もしくは撃墜されている。

 

更にその範囲の外に居ても安全ではなく、有効半径の外側更に500m円周の敵には漏れなく高温爆風のおまけがつく。

 

余りの高温を持った爆風の為、炎上しなければ運が良いと言える。

 

敵前衛艦隊は文字通り炎の海に消え去った。

 

その炎に包まれた洋上を、悠然とこちらへ進む1隻の敵深海棲艦がいた。

 

容姿はタ級に近いが髪は茶髪で瞳も茶色、服は丁度ナチス海軍第1種軍服に近い。流麗の美女、と言う印象を与える容姿だ。

 

その艤装は、飛行場姫に近いものがある。滑走路に該当する部分が船体のような形になり、右が艦首、左が艦尾であることが窺え、両側に3連装砲塔が2つ。その内側にある飛行場姫での対空砲は、4連装ミサイルランチャーにすりかわり、更に背中側には推進ノズルと思しき構造が見受けられる。どうやら航行時は右側で一本になっているものらしい。

 

さらに両側の外周には4連装魚雷発射管。

 

提督「超兵器級深海棲艦、シュトルムヴィント級超高速巡洋戦艦・・・。」

 

シュトルムヴィント級は超兵器級でもかなり弱い部類に入るがそれでも強敵であることに違いはない。何せその最高速力は65ノットとも80ノットとも言われるからだ。

 

主砲は14inch(インチ)3連装砲を初めミサイルや魚雷など多岐に渡るが一つ一つ脅威になるレベルでもない。

 

その脅威はひとえに速度とそこから繰り出される急加減速性能と、縦横無尽に駆け回る敵が四方八方から放つ多彩な攻撃であると言える。

 

シュトルムヴィント級は、全体的に早くて30ノットから40ノットの艦娘にとっては最も相性が悪いと言える艦の一つだろう。

 

提督「面白い。一つ相手になってやろう。」

 

しかし、強敵を相手取りながらも些かの戦意低下も無し。

 

「図に乗るなよ、人間風情が。」

 

提督「生憎とそんなつもりはないがな。」

 

「私の前で、水面に沈むことを許そう。楽にあの世へ送ってやる。」

 

提督「ほう、それは魅力的だが生憎死んでる暇はない。今ここで勝たせてもらう。」

 

そして戦いは始まった。

 

提督「おらああああぁぁぁぁぁぁ!!」ダダダダダダダダダダダ・・・

 

「ハアアァァァァ!!」ドドドドォォォーーーン

 

巨砲相撃ち、火箭が空を切り裂き怨敵を仕留めんと突き進む。

 

砂が舞い上がり水柱が何本も上がる。そしてその水柱を掻い潜る様に、シュトルムヴィント級が駆け巡る。

 

「食らえ!!」シュゴゴゴォォォーーー・・・

 

提督「む?」

 

シュトルムヴィントが直人を狙いミサイルを放ち、それに合わせて主砲を斉射する。

 

提督「ぬうう!?」

 

土埃が舞い上がり視界を遮る。

 

提督「なんの!!」ダンダダンダダダダン・・・

 

提督がミサイルの推進音のみを頼りに砲を放つ。

 

それらは見事吸い込まれるようにミサイルに命中、4発飛来したミサイル全てを叩き折った。

 

提督「いい加減当たれぇ!!!」ダダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

30cm速射砲はセミオートである為引き金を引く速度=速射速度に直結する。

 

それが今機関銃の様な勢いで砲弾が吐き出され、予想航路上に幅広く弾幕を形成していた。

 

「ッ!!」

 

ドォォンドドドォォーーー・・・ン

 

残響の様に砲弾の炸裂音が響く。

 

しかし有効打は4発のみ、残りは弾かれてしまった。

 

軍艦は大抵の場合、自分の装備した主砲を防ぐ事が出来る様に装甲を設けている。

 

シュトルムヴィントの場合は主砲は14インチであるから、それを防げなければ話にならないという訳であり、直人の砲は30cmである。威力では80cm砲クラスに肉薄するものの、口径の関係上貫通力が威力に見合っていない。

 

つまり正確に装甲を撃ち抜けばどんな装甲でも貫通は可能、しかしこの場合、少しでも角度が悪ければ弾かれるという理屈である。

 

提督「成程、あの個体、オリジナルか。」

 

呟くように言う直人、その結論は正鵠を射ていた。

 

クローンであるならばシュトゥルムヴィント級が相手の場合彼の砲が貫通できない道理はない。なぜならクローンはオリジナルと比べ性能が劣化するからだ。

 

目の前の敵は超兵器としては底辺クラス、そのクローンは量産型超兵器級の上位互換でしかない筈である。それが目の前の敵には弾かれた、つまりオリジナルであると直感したのだが―――

 

提督「くそっ、速いな・・・」

 

その速度に翻弄され如何ともし難かった。

 

予想航路上に砲弾をばら撒くしかしようが無く、それを殆ど躱されているのだから無理からぬことでもある。

 

既に4000m程まで詰められている直人だったが、曲射射撃に囚われていた彼は、ある一つの点に気付く。

 

提督「平射すればいいじゃん。」

 

普通大型砲は山なりに撃ち、銃火器などは真っ直ぐ狙いをつけ撃つのが普通である。

 

如何に大型とは言え銃でそれをやっていては当たりはしない。

 

提督「なーんで気が付かなかったんでしょ。まぁいいや。」

 

水平に構え直し撃つ直人。効果は如実に表れた。

 

元々水上という二次元空間であり、躱すにしても前後左右にしか躱す事が出来ない哀しさ、被弾を重ねていく敵超兵器。

 

「う・・・ぐぅ・・・。」

 

遂に全速行進が不可能になったシュトルムヴィントだったが、半数しか残っていない主砲を使い応戦する。

 

「まだだ・・・まだだぁぁぁぁぁ!!」ドドォォォーーー・・・ン

 

提督「ここは退けん。退く訳には行かんのだ!!」ダダダダダダダダ・・・

 

意思と意思がぶつかり合い、炸裂し合う。

 

そして砲弾応酬約10分足らず、遂にシュトルムヴィントはその戦闘力の過半を失った。

 

「そんなっ・・・私が・・・うぐっ・・・」

 

そこには傷付きふら付きながらも立つ、無残な姿の深海棲艦・・・少女がいた。

 

提督「諦めて沈め、愚かな勇者よ。」

 

そう呼びかける直人であったが・・・

 

「まだ・・・沈む訳にはいかない!!」ザザァッ

 

提督「―――!?」

 

直人の驚きは、突如としてシュトルムヴィントが浜に向けて突進を始めた事にあった。この上は肉弾戦で決着をという事であろうか。

 

さらにそれに呼応するように、敵の生き残りも後に続く。

 

提督「諦めの悪い奴等め!!」ダダダダダダダダ・・・

 

慌てて引き金を引き続けるが、シュトルムヴィントは左右に避けこれを躱す。

 

躱した弾丸は背後の敵艦に命中しそれらを四散させた。

 

これまでは相手が雁行(がんこう)していた事で、左右に走り回っている様に見えていた状態だった為、平射で命中は期待できたものの、それが突進、しかも身軽な敵で左右に不規則にぶれるこの状態では運任せであった。

 

更に不運は重なった。

 

 

ダダダダダダァァァァーー・・・ン

 

 

提督「!?」カチッカチッカチッカチッ・・・

 

弾切れであった。

 

この武装はそこまで多くの敵を相手取る事は想定されていない。濃密な弾幕で少数の敵を掃射することを第一とし弾数重視にしていたが、それが遂に尽きた。

 

「勝った―――!!」

 

勝利を確信するシュトルムヴィント。だが

 

提督「まだだ!」

 

ドスンと重い音を立て、銃と弾倉をパージした直人。

 

提督「俺はまだ、ここに居るぞ!!」

 

そう言って抜刀する直人、迫りくる敵に突進する。

 

「うおおおおおおおおおお!!!」

 

提督「はああああっ!!」

 

 

ガキイィィィィィィーー・・・ン

 

 

二つの力が一瞬交錯しすれ違う。

 

提督「・・・」ザッ

 

「・・・」ズザザッ

 

海岸に、ほんの少し静寂が訪れる。

 

提督「・・・フッ。」ピシッ・・・

 

直人の極光にヒビが入り、刀身がが少し欠け落ちた。

 

「―――ぅぅ・・・。」ドサァッ・・・

 

そして崩れ落ちる敵艦。この時勝利は確定した。

 

シュトゥルムヴィントの突撃に乗じて既に上陸していた敵が砲撃を繰り出す。しかしそれらの敵を、裂帛の気合いで斬り捨てていく直人。

 

内陸への侵入は、ついにただ1隻も許すことなく、敵も残り僅かとなった。

 

直人「ハァ・・・ハァ・・・」

 

モンタナ「オツカレノヨウダナ、人間。」

 

直人の目の前にモンタナが現れる。

 

直人「なんの、少し息が乱れただけのこと・・・貴様が旗艦か。」

 

モンタナ「ソウトモ。人間デアルニモ関ワラズ、ヨクゾココマデ出来タモノダ。」

 

意外な賛辞に内心驚きつつも、直人は言葉を返す。

 

直人「なに、かつてグァムで暴れた超戦艦紀伊の、成れの果てだからな。」

 

モンタナ「ホウ? 貴様ガソノ紀伊ノ媒体ダッタノカ。ソノ実力ハ衰エ知ラズラシイナ。興味深イ・・・。」

 

直人「媒体、ね。生憎だが実験体になってやる暇はない。」

 

モンタナ「ナニ、ソンナツモリハナイ。何故ナラオ前ハココデ死ヌカラダ。」ザッ

 

その途端ル級改の周りにいた取り巻きが一斉に直人に向かう。

 

リ級改「死ネェ!」

 

提督「お断りだ。」

 

 

ザシュッ・・・

 

 

リ級改「ガッ・・・」

 

袈裟懸けに上半身と下半身を断ち切られたリ級改は即死だった。

 

周りにいたホ級ら深海棲軽巡や深海棲駆逐艦は次々と凶刃の餌食となった。

 

モンタナ「バッ・・・バケモノダッ・・・!!」

 

提督「フゥッ。」ガシャッ

 

 

ドムッ・・・

 

 

モンタナ「ウッ・・・」

 

鈍い音と共に、モンタナも崩れ落ちる。

 

周りにいた敵影は既になく、海は元の平静を取り戻していた。

 

提督「ふぅ。何とかなったな。」

 

そこでさらに直人は2つの気配に気づく。

 

提督「・・・。明石、龍田。」

 

呼ばれて出て来たのは、間違いなく明石と龍田だった。

 

龍田「流石ねぇ~、気配だけで当てちゃうなんてぇ。」

 

明石「アハハ・・・やっぱりバレてますよね・・・。」^^;

 

賛辞と苦笑がほぼ同時に飛んできた。

 

提督「で? そっちは片付いたのか?」

 

明石「はい、バッチリ片付いてます。ですが提督が装備を放り出してこないか心配でコッソリ見に来てたんです。・・・すみません。」

 

龍田「私はその護衛役ね。」

 

提督「把握した。」

 

なんだかんだ心配されていた様だ。

 

明石「ところで、極光で2回ほど峰打ちしてませんでした?」

 

なんでバレてるん?

 

龍田「ル級とそこの子に峰打ちしてたわねぇ~。」

 

流石は龍田だ、と舌を巻く直人。

 

提督「まぁな。この二体はたった今俺が捕虜にした。司令部まで運んで手当してやれ。」

 

明石「え!?」

 

龍田「分かったわぁ~。私ル級運ぶ~♪」

 

さり気なく軽い方を選ぶ龍田であった。明石に気を使わんか。

 

明石「捕虜、ですか・・・。」

 

提督「そだよ?」

 

明石「暴れたりしたら―――?」

 

提督「そんときゃ俺が何とかします。それに、色々聞く事もある。」

 

毅然とそう言う直人の目は真剣であった。

 

龍田「そうねぇ~・・・イロイロと、ね?」

 

提督(龍田さんなんか怖いです。)( ̄∇ ̄;)

 

明石「は、はぁ・・・分かりました。あ、装備回収しておきますね。」

 

提督「ありがと、補給頼むわ。」

 

そうして速射砲の弾倉を持った明石はその軽さに気付く。

 

明石「もしかして空になってます? この弾倉。」

 

提督「せやな。」

 

弾薬がぶっ飛ぶことが確定しました。

 

 

 

それから2日後 横鎮近衛艦隊司令部造兵廠

 

「FOOOOOOOOOO!! 楽シイ! 楽シイゾォォォ!! モノヲ弄リ回スノガコンナニ楽シイモノダッタトハナァ!!」

 

何が起こった。

 

提督「・・・で? 気付けばこうなってたと? “ワールウィンド”ちゃん?」

 

ワール「まぁ・・・そうね―――あとちゃん付けやめて。」

 

提督「はいはいw」

 

苦笑するワールウィンドの隣で楽しそうな直人。

 

明石「もう・・・なにがなんだか・・・。」

 

明石は疲れ切っている。

 

造兵廠に呼ばれた提督など3人・・・提督と明石、それにヴィルベルヴィント級4番艦「ワールウィンド」の視線の先にあったのは、改造に目覚めたル級改――モンタナ――の姿だった。

 

どっかで見たぞこの流れ。

 

提督「まぁ分かんないわな、俺も全く。」

 

ル級改「トコロデ? 提督ハ何ヲシニ来タノカナ?」

 

提督「あ? あぁ、明石に呼ばれたついでに刀の修理を明石に頼もうと思ってきたんだよ。」

 

明石「あ、そうだったんですね。拝見します・・・あちゃぁ~、欠けちゃいましたか。」

 

ル級改「ム? ソノ刀は・・・私ト同ジル級タイプノ素材ダナ。」

 

明石「えぇ。提督が拾ってきたル級エリートの艤装で作った物です。」

 

ル級改「ナルホド・・・興味深イナ、深海棲艦ノ素材ヲ使ッタニモカカワラズ正ノ霊力ヲマトッテイルノカ―――コノ修繕、任セテモラエナイカ?」

 

提督「え、あぁ・・・別にちゃんと直してくれるなら構わないけど―――。」

 

何が始まるんです?

 

ル級改「ナニ、同族ノ装備デ出来テイルノデアレバ勝手ハワカッテイルサ。1日デ仕上ゲル。明石、ル級ノ残骸ヲイクラカ持ッテキテクレ。」

 

明石「え、えぇ。」

 

妙にやる気を感じさせるモンタナを見て直人は

 

提督「ふむ、まぁ、付き合ってやんなさい。」

 

と明石に言った。

 

明石「提督がそう言うなら・・・。」

 

 

 

翌日、約束通り仕上げられた刀は見事なまでのスペックアップを遂げていました。

 

提督「はあああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

直人が修繕された極光を試し斬りしていた。

 

ズバババババッ

 

因みに斬っているのは藁を縛り付けた木柱であるが、それらは一つの例外なく両断された。

 

明石「おぉぉ~・・・提督すごいです!」

 

手にした極光は、元来持っている霊力が直人が持つ霊力に共鳴しているのか、白いオーラの様に霊力を纏っていた。光の反射も紫ではなく白。

 

ル級改「刀身ノ霊力ヲ増大サセテオイタ。艦娘ノ砲弾ト同等ノ効果ガ期待デキルダロウ。霊力パターンモオ前ノソレニアワセテオイタ。」

 

ワール「そんなにしちゃっていいのかしら?」

 

ル級改「ナニ、新タナ道ヲ見ツケルキッカケヲ作ッテクレタ、コレハ礼ダ。」

 

目をキラッキラさせながら語るモンタナに、ワールウィンドも下手な事は言わずただ

 

ワール「ふーん。」

 

と応じただけだった。

 

ル級改「ソレニ、奴ナラ深海ノ考エヲ改メサセルコトモ出来ルカモシレン・・・。」

 

独り言のようにそう呟くル級改。

 

ワール「だといいけれど。」

 

提督「なんかいった?」

 

ル級改「イヤベツニ?」

 

ワール「何でもないわ。」

 

すっとぼける二人。

 

提督「ありがとうル級、助かった。」

 

ル級改「コノ程度オ安イ御用ダ。礼ヲ言ワナケレバナラナイノハコチラノホウダシナ。」

 

提督「あぁ。これからよろしく頼む、“局長”。」

 

ル級改「アァ、ヨロシク。」

 

 

 

4月20日正午 執務室

 

 

提督「そうか。やはり我が方にも少なからぬ損害が出たか。」

 

大淀「はい。少なくとも22個の艦隊司令部が壊滅、夜間だったこともあって司令官も就寝中を襲われ戦死しているケースが多く、立て直しには時間がかかるようです。また各司令部から艦娘の沈没報告が相当数あったようです。」

 

横須賀防衛戦は艦娘側の勝利に終わった。しかし物量を頼みに突き進んできた敵により、こちらも相当な被害を被る結果となった。

 

敵をいち早く発見した毒嶋艦隊もこの一件で壊滅、司令官戦死の急報を発している他、提督らの怠慢により被害が拡大してしまったとし、司令部への規律徹底がこれにより図られることになった。

 

無論のこと、近衛艦隊の奮戦は報道される事は無かったのだが。

 

提督「我々がいなければ今頃横須賀は大変なことになっていた。だがこちらも負った損害は少ないものではない。扶桑と愛宕、初春が中破、摩耶と蒼龍、木曽、金剛が小破、航空機47機喪失、か・・・。」

 

近衛艦隊司令部に来襲した180機余りの敵機を迎え撃った柑橘類隊14機は1機損失したものの、2機1個編隊での一撃離脱戦法、彼らが言うところの「旋風(つむじかぜ)戦法」によって敵機を1機たりとも突破させることなく完全防衛に成功、余勢を駆って近衛艦隊上空へ進出して制空戦にも参加していた。

 

艦隊攻撃に参加した攻撃機に関しては、対空砲火により少なからぬ損害こそ出たが殆ど全機が投弾に成功、深海棲艦に甚大な被害を与えた。制空隊の損失は8機喪失、21機被弾に留まり、引き換えに反復発進を以って700機以上の撃墜確実を報じている。これら航空隊の活躍が、以後の戦闘を容易ならしめたことは言うまでもない。

 

また近衛艦隊司令部へ向かった敵艦隊に関しては、防備艦隊と第1水上打撃群が撃破、よって司令部設備の損害はない。

 

提督「だが、我が艦隊ほど戦力が整っていない他の艦隊に関しては、楽観視できる損害でもないだろうな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

提督「だが、これからは忙しくなる。嘆いてばかりもおれんな。」

 

大淀「そうですね、切り替えは大切です。」

 

提督「そんじゃ、今日もやりますかね。ところで金剛は?」

 

大淀「そう言えばいませんね、呼んできますね。先に始めててください。」

 

全く、なにやってんの。

 

提督「分かった。さて、まずは3日前の戦闘関連の書類か・・・」

 

 

 

~ベーリング海棲地~

 

「そうか、硫黄島艦隊は負けたか。」

 

「えぇ、指揮官とワールウィンドは行方知れず、艦隊もほぼ全滅した状態で逃げ帰ったそうよ。」

 

「フン、役立たず共には丁度いい顛末だ。では、そろそろ本腰を入れなければならんか。」

 

「グァム棲地に指示を出しておくわね。」

 

「フフ、流石私の右腕、よく分かっているじゃないか、“リヴァイアサン”。」

 

「伊達に今まで貴方と過ごしてないわ、“ヴォルケン”様?」

 

 

 

~幹部会~

 

 

「近衛艦隊か、予想外の事だが奴らの力は我が国にとって危険すぎる。」

 

「そうだろうか? 彼らは正当な功績を上げたものであると認識しているが。」

 

「奴らが我が国に反乱を起こせば、負けるのは我々だ、何か手を打っておかなくては・・・。」

 

土方「その必要はありません。彼らは反乱を起こすような人柄ではない。来栖、嶋田両海将の懸念は最もですが、その彼ら―――横鎮近衛艦隊無くして防衛は為し得なかった筈なのです。」

 

来栖「だがせめて首輪を付け飼い慣らすべきだ。特に、横須賀の近衛艦隊が深海棲艦を匿っているという話も気になる。」

 

土方「鎮守府の監査を行う憲兵隊に、近衛艦隊の監査を行う権限を持たせなかったのも我々です。我々でさえ干渉は出来ないし、確かめる術もない。そうですな議長?」

 

議長「確かに、彼らの監査は我ら直属の独立監査隊がするものだ。だが極秘組織ゆえ、これも迂闊には動けん。」

 

嶋田「今は様子を見るべき、ということか?」

 

土方「そうだ。我々が任命したんだからな、見守ってやるのもまた責任だ。そうだろう? 嶋田。」

 

 

 

直人達の与り知らぬところで蠢動する二つの影。

 

その目的こそ違うものの、彼らが後に様々な難局をもたらすことを、直人はまだ知る由もなかった。

 

2052年4月19日、戦い終わって尚、彼らの“戦争”は、始まったばかりである。




艦娘ファイルNo.16

妙高型重巡洋艦 羽黒改二

装備1:20.3cm(2号)連装砲
装備2:20.3cm(2号)連装砲
装備3:零式水上偵察機
装備4:22号対水上電探改4

既に実用段階の艦娘シリーズ第二弾。
明らかな特異点持ちである。22号改4を初期から保持。
作中で描かれなかった2日の間に着任した一人目で横須賀防衛線が初陣。


艦娘ファイルNo.17

特Ⅲ(暁)型駆逐艦 雷改

装備1:10cm連装高角砲
装備2:10cm連装高角砲
装備3:33号対水上電探

元々は特異点なんてないただの艦娘だったはずが、改装したら化けた感じの艦娘。
改装後装備で長10cm高角砲2つと33号電探を持ってきてしまった。羽黒同様描かれなかった2日の間に着任、そこから更に叩き上げで鍛えられた艦娘で、初陣は横須賀防衛線前日の哨戒任務中に、浦賀水道で発生した硫黄島艦隊偵察部隊との遭遇戦。


艦娘ファイルNo.18

初春型駆逐艦 初春

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装魚雷

初春型ネームシップ、後に第3遠征部隊旗艦となる。
大局を見ることに長けており、軍師としての才能も無きにしも非ず。
ちょっと態度がでかい。


艦娘ファイルNo.19

高雄型重巡洋艦 摩耶改2

装備1:20.3cm(3号)連装砲
装備2:20.3cm(2号)連装砲
装備3:3式弾
装備4:94式高射装置

作者が防巡(防空巡洋艦)摩耶様と呼んで重用する特異点持ち防空重巡洋艦。
主力となる第1水上打撃群を守る防空艦としての役割を確立し、横須賀防衛戦以後直衛艦として所属し続けることとなる。
所属してこのかた直人のことを慕っており、彼の言うことであれば素直に聞く模様。なお妄想癖がある。


司令部ゲストメンバーNo.1

深海棲戦艦 ル級改フラッグシップ「モンタナ」

司令部に来てからのあだ名は『局長』で、肩書は「横鎮近衛艦隊司令部技術局局長」。
理由は不明だが、なぜかモノ作りの楽しさに目覚め、技術の探求という名目で直人に協力する。
深海の技術を数多く持ち、時を経て超兵器に対抗できるレベルの兵器の開発ができたりする様になっていく。深海の思想に疑問を持ち、深海の変革を試みた過去がある。


司令部ゲストメンバーNo.2

シュトルムヴィント型超兵器級深海棲巡洋戦艦 ワールウィンド

直人がゲストとして招いた超兵器級深海棲艦。
局長の下で戦っていた艦で、ワールウィンドタイプのオリジナル。
上位知能体に該当し、流暢に言語を話す。性格は普段はクールなものの、その実はかなり不安定だったりする。
左右2つの船体型艤装が飛行場姫の滑走路と同じ形で繋がっており、背中側には推進ノズルが取り付けられた武装を使用する。


深海棲艦艦級紹介


シュトルムヴィント型超兵器級深海棲巡洋戦艦

HP:260 火力:122 対空:63 装甲:136 射程:長

装備:14inch3連装砲 対空/対艦ミサイル発射器(副砲/対空砲) 22inch誘導魚雷 電探

肩書は「超高速巡洋戦艦」。ドイツ語で暴風を意味する艦名を持つシュトルムヴィントをネームシップとする超兵器級。
超兵器級は勿論のこと、他の深海棲艦や艦娘に至って見渡してもなお群を抜く高速性能を誇り、その速力は75ノットから80ノットにも達する為、艦娘での追撃は実質不可能といっても過言ではない。しかも急加減速制御能力を持ち、それを駆使した機動性は圧倒的と呼ばざるを得ない。
兵装に関しては特に目を見張る物がある訳ではないが、誘導魚雷とミサイルは、相手によっては十分脅威たり得る。
しかし装甲などの防御能力に関しては、巡洋戦艦である特性上脆いと言わざるを得ず、高速性能を重視したツケが一気に回ってきた形になる。
同型艦として、ヴィルベルヴィント(2番艦 独語でつむじ風の意)、ヴィントシュトース(3番艦 独語で突風の意)、ワールウィンド(4番艦 米語でつむじ風を意味する単語のカタカナ表記)が存在する。
ワールウィンドは2・3番艦で改良を重ねてきたシュトルムヴィントの最終改良型で、防御面での問題が改善されており、武装もそれなりに改良されている。


直人の使用した兵器についての解説


30cm速射砲「ハルコンネン」

全長2.13m 最大幅17.43cm 最大高37.10cm 全備重量5.21トン(ウラズィーミル除く) セミオートリロード方式

門数:2 最大射程:4km 弾種:対空榴散弾、爆裂徹甲弾、徹甲焼夷弾、焼夷榴弾他 弾数:1門当たり弾倉内3700発、銃内臓マガシン1門当たり69発 貫通力:爆裂徹甲焼夷弾にて2km先の160mm戦車用複合装甲を貫通、爆砕可 爆裂徹甲弾では290mm、鋼板に撃った場合340mmまで貫通可

直人が図面を引き明石さんが作り上げた師玉の逸品。2mを超す長大な砲身を持った2門の砲と、背負い式に装備する大型弾倉、後述する広域制圧用巨大擲弾「ウラズィーミル」からなる大型の兵装。艦娘も扱えるよう艤装の規格で作られている為、扱える艦がいなくはない。
様々な砲弾を揃えているが、持っていけるのは基本的に2種、どんなに無理をしても4種までであり、直人は対空射撃用に榴散弾を銃内臓弾倉に入れていることが多く、背中に背負った大型弾倉の中身は相手によって種類を変えるそうです。
通常艦であれば貫通力も破壊力も揃った爆裂徹甲焼夷弾を使用するのが本人のお気に入り。
ル級の様な戦艦クラスはもとより、弾種を変えれば泊地クラスをも手玉に取ることが出来るほどの火力を誇り、殆どの超兵器相手にも十二分に通用する威力を持つ。ワールウィンドに弾かれていたのは、超兵器がいる事を想定せず爆裂徹甲焼夷弾を使用した為で、爆裂徹甲弾であれば容易く貫通出来ていた。
その銃口初速は、爆裂徹甲弾で1092m/sという高初速を誇る。


広域制圧用巨大擲弾「ウラズィーミル」

全長54cm 直径42cm 重量1260kg

弾種:炸裂気化弾頭 最大射程:2.5km(大気条件に依存) 直接効果半径:800m 危害半径:1300m

 対深海棲艦用に設計された最強の擲弾で、燃料気化爆弾と榴弾を合わせた兵器。
 普通に飛ばしたところでその飛距離は100mがせいぜいである為、弾頭の後尾にロケットブースターが装着され、これにより飛距離を稼ぐ仕組みになっている。
2052年の段階で考えられる最高ランクの爆薬が使われており、その威力は折り紙付きである。
 またこの擲弾は近接信管を搭載しているため、水面着弾では爆発せず、標的を探知した時のみ着発される特徴を持つ為、戦略兵器としての配慮は一切除かれ、専ら戦術兵器として用いる事になる。
 弾体内の爆薬は3層構造になっており、外側から特殊サーモバリック爆薬「G326」、G326散布用の濃縮CL-20(ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン)、超高性能爆薬TAIW(トリアミノアザイソウルチタン)で構成され、実に弾体重量の内1200㎏を占める爆薬の比率は、G326:52% 濃縮CL-20:3% TAIW:45%となっており、この3つは3重の筒の中に装薬されそれぞれが隔離されている。

爆発のプロセスとしては、

1.近接信管で目標を探知した弾頭は、まず2層目の濃縮CL-20を撃発し、G326を高速で広範囲に散布、この時ちょうど半径350m付近が最もこの爆薬の濃度が濃い地帯になる。また同時にCL-20の爆圧でTAIWを撃発し爆発を誘発させる。

2.TAIWの絶大な破壊力を持った大爆発と共に散布したG326に着火、これが気化爆発と蒸気雲爆発を同時に起こし、周囲から酸素を奪い去って激しく燃え上がる。

というこの2段に分けられる。

その効果圏内の外側でも、爆発によって生じた超高温爆風が爆発の凄まじい衝撃波によって加速され、衝撃波の消滅する爆心から1300m圏内に存在する物体は尽く炎上ないし溶解、また1000m圏内ではG326によって発生するCO(一酸化炭素)を多量に含むガスを伴う爆風により急性無気肺と一酸化炭素中毒と酸素分圧の低下によって複合窒息を引き起こさせる。
G326はサーモバリック爆薬に特殊調合した液体燃料と濃縮したニトログリセリンを調合したもので、1次爆発で霧状に散布され点火、その最高温度はこの爆薬の最高濃度半径350mで、一瞬だけとはいえ数千万℃に到達し、最大効果半径の800m付近ですら1500万℃を記録する場合がある。


対深海棲艦用霊力刀「極光」

刀身長1.31m 刀身幅3.41cm 刀身厚3.8mm 重量3.72㎏

明石謹製の打刀。ル級が左腕に持っているほうの艤装で作られたもので、正の霊力を纏っている。初めは些か強度不足の節もあり、また技術不足から霊力も弱く、大きな威力を発揮し得るとは言い切れなかった。
しかし横須賀防衛戦後に新たに加わった局長の手により鍛え直された結果、霊力量が増大し更に極光自身の霊力が直人の霊力と共鳴、深海棲艦に絶大な威力をもたらすようになった。また唯一の問題であった強度も改善され、至高の逸品と呼ぶに相応しい出来になった。


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第6章~戦の合間の静かな日々~

はいどうもー!

大分尺を巻きに巻いた表現をぶっ立てた天の声です!

この話は提督目線で主に書くつもりなので艦娘の活躍は余り書けない事の方が多いです。ご了承ください。

妖精さんの活躍の描写は期待しない方がいいです、柑橘類氏本当にごめんなさい。ですが普通喋る事のない人達なので如何ともし難いですはい^^;

あと局長に関してはニコ生民であれば知っている人は知っている某艦これMMD
ドラマシリーズよりアイデアを拝借しました。動画投稿者様の許可も頂きました、本当にありがとうございます。

超兵器級深海棲艦というカテゴリが存在している時点でお察しの方もいるでしょうが、この作品はコーエーから発売されていた「鋼鉄の咆哮」シリーズの世界観をクロスオーバーさせてあります。ゲーム的に言えばプレイヤーの艦がフィンブルヴィンテルを打倒した後の世界ですが、普通に戦争したりウィルキア帝国が存在しないと言う割とごっちゃ混ぜにしております。この辺りは今後設ける資料集(まだ構想のみ)に於いて説明しようと思っています。

鋼鉄の咆哮シリーズの超兵器は、余程突拍子もないものでなければガンナーやコマンダーの隔たり無く全て登場します。なお超巨大列車砲ドーラ・ドルヒや、超巨大衛星砲ソヴィエツキー・ソユーズなどの水上以外の超兵器は基本登場しません。それ最早艦娘じゃないし。あくまで水上に存在しているもので出します。


では今回は、一旦艦これのシステムの方から離れて『艦娘と人間の違い』と、再び戻って羅針盤についてお話しします。


艦娘と人間の違いというと、これは人によって考えが異なると思います。無論二次創作の作品によっても描写は異なります。

例えば、「艤装を使える人間の脳内に戦闘知識を刷り込み戦わせる」という場合、特殊な力があるだけの人間ですし、「船の魂が肉体を持って顕現した」という場合であるとすれば、それは人間とはまた違った別物という事になります。仮にサイボーグだったりアンドロイドであるとすれば最早人ですらないですし。

この世界に於ける『艦娘』。それは、「限りなく人間に近い人間に無い力を持った存在」という定義で成り立っています。

この世界には、魔法や超能力が存在する事は既に述べた通りです。ですが、それでも人間が持ち得ないとされる力は相当数あります。その一つが霊力であり、艤装を操る力です。

紀伊直人は例外とも言える霊力保有者であり魔力保有者であり、また艤装操作能力をも兼ね備えた、言わば才能の塊とも呼べる存在です。

ですが本来霊力というものは外部にしか存在せず、人間が体内に持って産まれる事はかなり数少ないケースです。それを艦娘はただ一人の例外なく持っており、それを艤装に流す事によって艤装を操る力を持っています。

また艦娘は第2次大戦中の艦艇達である為、後の世で艦名が襲名された艦も多く存在します。それらも含め艦によって異なった特殊な能力を持った個体も存在します。これも人間との相違点です。

はっきり言ってしまえば、艦娘と人間はその体の構造から皮膚の色、血液の色、神経の通り方、血管の配置、果ては生殖機能に至るまで全て人間と何ら変わる点を持つことは無いと断言していいという事です。ただただ目に見えない細かい所が少しずつ違うという事だけです。人間と同じ体をした、人間と同じく意思を持ち、艤装を扱う事の出来る少女達、それが艦娘である。という定義で以ってこの世界での艦娘という存在は完全な成立を見ています。

作ろうと思えば艦娘と人間のハーフも作れますが憲兵さん呼びますよ?(ニコニコ

では艦これの羅針盤の方に話を移しましょう。

これは結論から言います。







羅針盤は回すものじゃありません。(迫真

という事でこの世界では羅針盤はちゃんと稼働します、船乗りさん達は安心して羅針盤に頼っていい。あれはそもそも裏で乱数やってる間の飾りみてーなもんだと勝手に思ってるので、磁場が乱され羅針盤が使えないだとかそういう事はありません。

なお超兵器級深海棲艦の近くでは電子機器への干渉でノイズが発生すると言うのはあります。だからと言って磁場そのものが狂ってる訳じゃありません、気候とかにも影響するから。

艦娘達は方位磁針なんて持ってませんが艦の能力として羅針盤機能を艤装に積んでいる為、方向が分からなくなることはまずありません。現場判断でぶらぶらします。

まぁこんなもんでしょうかね。ウラズィーミルの説明長くてすみませんねつい熱が入ってしまいましたww

こんな感じでミリヲタなんでご了承くださいwwww

という訳で初の日常回です。え? 1・2章はって?チュートリアル部分だよ黙ってなさい。

では始めていきましょう、どうぞ。


4月22日正午過ぎ 艦娘寮・鳳翔の部屋

 

 

提督「zzz・・・」

 

鳳翔「フフ・・・」ニコニコ

 

金剛「・・・。」^^;

 

只今、提督昼寝ナウ。

 

鳳翔さんの膝枕で、微笑ましい笑みを向けられながら。柑橘類大尉は不在の御様子。

 

金剛が来てニコニコしているが、特に殺意の様な物は無し。和やかすぎるお昼頃である・・・。

 

鳳翔「提督にもこんな一面があるんですね。」

 

金剛「ムムム・・・提督が甘えん坊サンとは知らなかったのデース・・・。」

 

鳳翔「そ、そうではないと思いますが・・・。」^^;

 

金剛「どうせならワタシが膝枕してあげたかったデース。」ブーブー

 

鳳翔「でもだからと言って提督のお邪魔をするのは、いけませんよ?」

 

金剛「ウ・・・。」

 

しっかりと釘を刺しておく鳳翔。金剛から見れば鳳翔さんは年下の筈なのだが、なぜかそんな金剛を含め皆鳳翔さんには頭が上がらない。

 

流石は艦隊のおかん、格が違う。

 

提督「zzz・・・」

 

そして提督はぐっすりお休み中。

 

鳳翔「それにしても、この艦隊に来て1週間以上になりますけど、良い艦隊ですね。みんな元気ですし、まだまだ人も少ないですけど、これから大きくなるでしょう。」

 

金剛「それは同感デース。提督も普段はいい人なのデス。お仕事中はチョットそっけないですけどネー。」

 

何気に本音をぶっちゃける金剛。

 

鳳翔「生真面目なのも、それはそれでいいんじゃないですか?」

 

金剛「それはそうネー。でも少しつまんないデース。」

 

鳳翔「フフッ・・・そうかもしれませんね。」

 

鳳翔もひとまず同意して置く事にした。

 

 

同じ頃直人は夢を見ていた。昔の、夢を―――

 

 

直人「くたばれぇ!!」ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

そこは戦場であった。

 

直人の放った120cm砲の巨弾が、狙った敵は勿論、周囲の敵をも巻き込み沈める。

 

「直人! ここはもう持たん、先へ進め!」

 

青い髪をなびかせた、直人と同じく巨大艤装を身に着けた青年が叫ぶ。

 

直人「けど・・・!」

 

「行け! 遠くで戦ってるあいつらの努力を、無駄にするな!」

 

直人「氷空・・・。」

 

氷空「安心しろ、俺は必ず生きて帰る。お前も早く行ってあの化け物共を、叩き潰してこい。」

 

直人「・・・氷空、ここは任せたぞ。」

 

氷空「あぁ、任された。」

 

直人は氷空に背を向け、先へと進む。

 

氷空「どこを見ている!お前らの相手は俺だぞ!」

 

背後で氷空が砲を放つ。

 

友の想いを乗せ、直人は敵地を目指す――――

 

 

 

「――――ぃとく、提督!」

 

提督「う、うう・・・」

 

鳳翔「やっと起きられましたね、提督。」

 

提督「うん、おはよぅ。」

 

まだ少し寝ぼけているようだ。

 

大淀「提督、お休みの所すみませんが、直ぐに来て頂けませんか?」

 

提督「あ、あぁ。了解した―――ふあぁ~ぁぁ。」

 

伸びをしながらあくびを一つかく直人。

 

鳳翔「良くお眠りになっておいででした、提督。」

 

提督「え、あぁ、ただ話しに来ただけなのに寝ちゃったりしてすまなかったな。」

 

実際のところ提督は鳳翔さんとのコミュニケーションも兼ねて話をしに来ただけだったのである。

 

鳳翔「いえいえ、ふふふっ。」

 

直人の背後で若干ご機嫌斜め気味な金剛を見て、鳳翔から笑いがこぼれる。

 

提督「?」

 

金剛「提督ゥ~、次は私が膝枕してあげるデース。」

 

提督「え、ええ?」

 

金剛の言が余りに唐突なので困惑する直人である。

 

鳳翔「金剛さんは私が“最初”に提督に膝枕をして差し上げたので妬いてるんですよ。」ゴニョゴニョ

 

提督「別に故意にするつもりは・・・。」ヒソヒソ

 

鳳翔「別にご遠慮なさらずとも宜しいのですよ?」ゴニョゴニョ

 

提督「むー・・・」

 

返す言葉が見つからず困ったところに大淀の声がする。

 

大淀「あの~?」

 

提督「あぁ、すまんすまん、行こう。」

 

そう言って立ち上がる直人。行きがけに顔を洗ってから、大淀の話を聞き建造棟へと向かった。

 

 

 

4月22日午後4時 建造棟前

 

提督「新しいドロップ艦?」

 

大淀「はい、あちらで神通さんと話しておられる4人がそうです。」

 

大淀の言う通り建造棟の少し奥の方で、神通と話し込む4人の姿があった。

 

提督「分かった。」

 

提督が神通の方に歩いていく。

 

神通「あぁ、提督!」

 

提督「神通さん、出撃ご苦労様。」

 

神通「いえ、5つほどの梯団に出くわしましたが、全て撃破して参りましたので。」

 

流石の技量、と言うべきだろうか。

 

提督「そうか。で、こちらが今回着任した艦でいいのかな?」

 

神通「そうです。」

 

提督「では順に自己紹介ヨロシク。」

 

筑摩「初めまして、利根型重巡洋艦、筑摩と申します。」

 

清楚な印象を受ける艦娘だな。

 

青葉「ども、恐縮です、青葉です! 宜しくお願いします!」

 

なーにを持ってんだよお前は。

 

千代田「軽空母、千代田です。」

 

千代田って水上機母艦じゃ・・・もう突っ込んでも無駄だな。

 

妙高「妙高型重巡洋艦、妙高と申します。共に頑張りましょう。」

 

大型艦多いなぁ・・・。

 

直人「あぁ、4人ともよろしく頼む。」

 

妙高「この鎮守府は大きいんですね。」

 

提督「これでも司令部なんだけどね、まぁどっちでもいいや。まぁうちの艦隊が特別だと言うのが理由なんだけどね。」

 

青葉「その辺り詳しくお聞かせ願えますか!?」ババッ

 

おうどっからメモ帳とシャーペン出した。(by直人)

 

提督「まぁ、金剛か大淀、明石さん辺りに聞いてみればいいんじゃないかな。俺が言ってたと言えば話してくれると思う。」

 

青葉「はい!」

 

提督(元気はいいな・・・ブン屋っぽい―――ふむ・・・。)

 

青葉型重巡洋艦、青葉。この世界でもやはりブン屋だった。

 

神通「では、私はこの方達を案内してきますね。」

 

提督「うん、行ってらっしゃい。」

 

神通「ではこの司令部を御案内しますね。」

 

青葉「お願いします!」

 

提督「あ、神通さん、司令部技術局も回っといて。」

 

その言葉に神通が

 

神通「いいんですか?」

 

と聞くが直人は

 

提督「うん。それに局長も紹介しとかんと後で騒ぎになるし。」

 

と気楽な返事である。

 

神通「・・・分かりました。」

 

神通は4人を連れて司令部の東側を案内しに行った。

 

提督「ふぅ・・・。」

 

溜息を一つつく直人。

 

大淀「提督、演習の方は如何しましょうか?」

 

提督「いつも通りお願い。」

 

大淀「了解しました。」

 

提督「大淀さん。」

 

ぼんやりとした調子で大淀を呼び止める直人。

 

大淀「はい?」

 

提督「今日はもう上がっちゃダメかねぇ?w」

 

要は休みたいだけである。

 

大淀「定時までは居て下さい。」

 

提督「あと2時間かぁ・・・。」

 

提督が上がれる定時は午後6時だったりするのだが。

 

提督「しゃーない、夕日でも眺めてきますかね・・・。」

 

そう言って彼は神通達と同じ方向に向かった。

 

 

艤装倉庫裏/司令部裏ドック

 

 このドックには艦艇修理に使う大型クレーンが1基据えてある。その根元に提督、紀伊直人がいた。

 

提督「すぅ~・・・はぁ~・・・。」

さて、行きますか―――。

 

 直人は三歩で思い切り踏み込んで飛ぶ。ダァンともの凄い音がしたのと同時に、直人の体は一気にクレーンの高さを超えていた。

そしてクレーンのてっぺんから1m飛び越したところで降下、ふわりと鉄骨に着地(?)する。このクレーンは高さ17mと結構高いので、司令部の全ての建物よりのっぽである。魔術による身体能力強化を乗せた、人間の能力を超えた跳躍である。

西向きに座る提督。地平線の向こうへ、刻一刻と太陽が沈んでいく。地平線全体を朱に染めんとするかのように、夕日は最後まで輝き続ける。

「あの日の夕陽も・・・あんなだったな・・・。」

直人は一人、物思いに耽った。

 

 

「うぐ・・・」

 西日を横から浴びる様に、直人は北へ向かっていた。艤装からは幾筋もの煙が上がり、あちこちから火花が散り、象徴とも言うべき120()()砲は片方がくの字に直角に折れ曲がっていた。

着ていた軍服もボロボロになり、体にも数カ所傷が出来ていた。だがその痛みに顔を歪めてながらも、突き動かされるように彼は航進する。

「とにかく前へ―――日本に・・・帰らなくては。」

 あらゆる深海棲艦を圧倒する目的で作られた巨大艤装『紀伊』。

しかしそれを以ってしても、妖精の力に根本から頼らなかった機構であるが故に、彼の力は最奥部の敵に、ついに届かなかった。彼はあと一歩の所まで来て、敗北を喫したのである。

氷空や仲間の想いは、遂に届かなかったのである。そしてその日の夕陽は、憎らしいほど美しく、空は朱に染めあがっていた。

 

 

雷「しれいかーん!」

 

「―――ッ。」

雷の声で我に返る直人。

 

雷「そんなとこでボーっとしてたら危ないわよ!」

かなりの距離の筈だが、何でボーっとしていると分かったのだろうか。

 

雷「早く降りた方がいいわよ!」

 

提督「そうだな!」バッ

 

そう言って提督はそこから「飛んだ」。

 

雷「え!?」

 

雷が驚いた表情のまま固まる。

 

提督は高速宙返りをしながら落ちてきて、見事雷の背後4mの位置に着地した後前転して勢いを殺す。

 

提督「もう6時過ぎてるのか、大淀さんに言って今日は上がるか。」

 

雷「し、司令官? なんともないの?」

 

提督「全然。鍛え方が違うからね。」

 

どんな鍛え方をしているのだ、と言う質問は野暮である。

 

雷「というか、どうやって上ったのよ?」

 

提督「飛び乗りましたが?」

 

雷「飛び乗った!?」

 

提督「雷、もう日が沈んだぞ、早く部屋に戻りなよ、風邪引くぞ。」

 

雷「そ、そうね。おやすみ司令官!」

 

提督「あぁ、おやすみ。」

 

そうして直人も大淀さんに一言言った後帰りましたとさ。

 

 

 

翌23日火曜日 食堂にて

 

 

提督「牛丼ウマー」

 

柑橘類「そうだな。」

 

提督「ん?」

 

丼の陰から鳳翔飛行隊長柑橘類大尉が出て来た。

 

柑橘類「ウマー」モグモグ

 

妖精さんスケールの牛丼を持って。

 

提督「なーんだ、おめーも牛丼かい。」

 

柑橘類「それがなにか?」

 

提督「いやいや。おかんの牛丼美味しいよね。」

 

柑橘類「何言ってんのおかんの料理は皆美味いじゃろ。」

 

鋭い切り返しに直人も応じる。

 

提督「特にカレー、だな?」

 

柑橘類「そそ、金曜が楽しみなんだよな。」

 

提督「同感ですわー。」mgmg

 

食べながら喋るな。(作者の声)

 

柑橘類「にしても、うちの鳳翔さん伝説級の空母になっちまったな。」

 

提督「あぁ、少なくとも反復攻撃によって空母12隻、戦艦23隻、巡洋艦大小計61隻、その他敵艦撃沈数約140は下らないそうじゃないか。柑橘類隊も敵機180機以上を尽く叩き落として鎮守府を守り、敵直掩機に猛攻を仕掛けてさらに戦果を拡大したとか。搭載機40機少々の空母の出来る仕事ではないな本来は。」

 

柑橘類「流石俺、流石おかんの子らよ。」

 

自画自賛する柑橘類大尉。

 

提督「同感だ。損失も4機だけだったらしいな。」

 

赤城母艦隊は大小艦艇250隻以上、蒼龍母艦隊も200は下らぬ戦果、その他の艦載機隊も少なからぬ戦果を挙げてはいるが、搭載機数に比しての戦果と言う点に於いて鳳翔以上の戦果は無かったのだ。

 

ただ実際のところ虚を突かれたと言う部分が大きいようである。局長もその点は認めている。

 

提督「って、お前は少し言葉を慎んだらどうよ。」

 

柑橘類「フフフ。」mgmg

 

提督「全く。で相変わらず赤城は凄い食べっぷりだな・・・。」

 

牛丼なのに肉とご飯の山が別々と言うとんでもない状態の卓上である。

 

この日の演習メンバーである分致し方ないのかもしれないが。

 

※因みに演習の際は横鎮防備艦隊の名義でやっています。

 

柑橘類「大食いではこの鎮守府で一番だろうな。」

 

提督「むしろ勝てる奴いんの? あとよくバルジがつかねぇな。」

 

柑橘類「同意だな。」

 

本人に言ったら怒りそうなセリフである。

 

鳳翔「あまり陰口叩くと怒られますよ?」

 

二人「!!」ビクゥ

 

素で体が跳ねるほど驚く二人、背後から鳳翔が接近している事に全く気付いていなかったようだ。

 

提督「そ、そうですね、アハハ・・・」

 

柑橘類「ハハ・・・」

 

苦笑する二人。

 

鳳翔「どこにいるかと思ったらこんな所にいたんですね。さ、行きますよ。」

 

柑橘類「はいよー。んじゃ直人、またなー。」

 

提督「おー、またなー。」

 

柑橘類大尉は鳳翔さんの左肩にちょこんと乗っかって去っていった。

 

提督「・・・。はむっはむっはむっ・・・」ガツガツ

 

それを見届けてから曇り空をチラ見しつつ一気にかきこむ直人であった。

 

 

 

23日午後3時 執務室横 提督仮眠室

 

 

提督「zzz・・・」

 

良く寝る事で。

 

外は雨、結構降ってます。どしゃ降りでないのが幸い。

 

因みに今提督が寝ておる場所ですが、床から65cmほど浮いております。

 

はい、ハンモックです、純白のハンモックです。この部屋横幅はそこまで広くないので設営は余裕だったようです。そしてその部屋のドアを開けて隙間から覗きを働く不貞な艦娘が若干1名。

 

金剛「ムムム・・・ハンモックデスカー、考えましたネー・・・。しかももう寝付いてるデース・・・。」

 

どうやら甘えられるチャンスを虎視眈々と狙っている様子。

 

大淀「金剛さん? どうしたんですか?」

 

そこに執務室から出てきた大淀がやって来た。

 

金剛「イ、イヤァ、ナンデモナイデース。シツレイシマース。(棒)」

 

大淀「??」

 

慌てて去っていく金剛に疑問を抱く大淀であった。

 

金剛(グヌヌ・・・まだまだこれからデース・・・。)

 

直人の安眠は、かくて守られたのであった。

 

 

 

23日薄暮 提督仮眠室にて

 

 

提督「出撃命令だって?」

 

大淀「はい、南西諸島への出撃を行い、同地域を解放せよとのことです。」

 

昼寝から醒めた直人は早速のその命令に、来るものが来たと言う感を強めていた。

 

提督「自由裁量でやって来たが遂に正式命令か。だが少々今の我々には無謀ではないか?」

 

大淀「それに関してですが、呉鎮守府より支援艦隊を送らせるそうです。」

 

この時提督は一つ引っかかる事があった為大淀にこう聞いた。

 

提督「その艦隊については何か言ってきてるか?」

 

大淀「はい。呉鎮守府付属近衛第2艦隊から、2個艦隊が出るそうです。」

 

やはりか・・・と言う顔をする直人。大本営からの命令書なのに、『送らせる』という一言が引っ掛かったのである。

 

提督「・・・そうか。その艦隊の司令官は?」

 

大淀「水戸嶋(みとしま) 氷空(そら)元帥です。」

 

提督「!」

 

それを聞いて直人がはっとなる。

 

「水戸嶋 氷空」―――その名は、彼にとって忘れ得ぬ名であった。この事だけは事実であろう。

 

提督「そ、そうか。うん、大本営には了解したと送っておいてくれ。此方も艦隊を出撃させる。」

 

大淀「分かりました。」

 

大淀が部屋を去る。

 

提督「・・・氷空・・・やはりお前もだったか・・・。」

 

 

 

24日朝 八島入江(やしまいりえ)奥部

 

 

横鎮近衛艦隊の司令部は、観音崎が攻撃で削り取られて出来た、八島入江と呼ばれる少し入り組んだ入り江の奥に建てられている。

 

三宅島沖でその時いた艦娘の動きを一通り見ていた直人は、その後加入した艦娘も含めて個別で特訓をつけていた。

 

 

パァァンパァァンパァァンパァァ・・・ン

 

 

ドォォーンドォォーン・・・

 

 

特訓、とは物は言いようで、実際には砲雷撃戦と同義である。実戦同様の猛特訓を直人はつけていたのだ。ついでに言っておけば砲撃戦とは名ばかりの近接戦闘である。

 

綾波「は、速い!」

 

提督「進路予測を徹底しろ! そんな射撃では掠りもせんぞ!」

 

因みに今日は綾波です。兵装は綾波が艤装フル装備、直人はというと、デザートイーグル.357マグナム2丁と61cm3連装魚雷発射管を両足に航空艤装と交換して装備、背部艤装は機関部だけであったが、その空いた背中に何やら大きいモノを装着していた。

 

更に脚部艤装は箱のような大型のものから、必要な機構だけを装着したというようなスマートな物に変更していた。最も強化セラミック+複合素材の二重装甲が付くので多少ごついし太腿までカバーしている。が、足回りの軽量化によってスピードは大幅に増しているのだ。

 

なお弾薬に関しては互いに演習用の超弱装弾を使用している。(なおマグナムの方は装薬をそのままに貫通しない弾丸を使用、つまり痛いだけ、アホみたいに痛い、多分。)

 

 

結果!

 

 

綾波「きゅぅ~・・・」ガクリ

 

綾波、見事ダウン。

 

提督「少しはやる様になったが、まだまだだな。」

 

圧倒的練度の差に涙を禁じ得ない。大人げないとはきっとこの事である。最も、艦娘をハンドガン2丁でダウンさせることが出来る程の戦闘技量を持った提督も珍しいだろう。

 

綾波「もっと頑張らないと、ですね。」

 

そう言いながら立ち上がる綾波。

 

提督「そうだな。」(まだ無駄弾が少し多いかな・・・)

 

そう思いつつ2丁の銃から2つとも空になったマガシンを取り出しながら言う直人。そこへ―――

 

金剛「ヘーイ提督ゥーーー!!勝負デース!」

 

天龍「今日こそは勝つぜ!!」

 

摩耶「行くぞォォ!!」

 

金剛&天龍「オーーッ!!」

 

―――突撃してくる艦娘が3人。

 

この・・・

 

提督「こんの戦闘狂共がァ!!」

 

そう言いながら背中に背負ったもう一つの獲物を構える。

 

フレームに大型2脚を付けその先に双フロートを据えたその銃は、折り畳まれた機構を展開しつつ、金剛らに向けられた。

 

銃身7本、大型の給弾・射撃機構を搭載したその名は・・・

 

『GAU-8-Ⅱ アヴェンジャー改』

 

提督「ぶっ飛べぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ブイイイィィィィィィィィ・・・ン

 

金剛「あbbbbbbb・・・」ドドドドドド・・・

 

天龍「ぐああああああああっ!!」ドドドドドド・・・

 

摩耶「くっそぉぉぉぉぉぉーー!!」ドドドドドド・・・

 

派手に吹き飛ばされる3人。

 

元モデルが毎分3900発撃てるあたり流石にバルカン砲だけあるっちゃぁあるが、威力と反動がやばすぎる気もする。

 

故に発射サイクルを落として局所防衛用火砲として温存しておく予定のものであるが、戦闘狂の排除に使っていたりもする。(そうでない金剛ごと吹っ飛ばす辺りあれだがきちんと演習用模擬弾を使う辺りは気遣っている。)

 

綾波「・・・。」^^;

 

それを困ったような笑顔で見る綾波。

 

慣れって怖いね。(綾波を見ながら

 

提督「全く懲りねぇんだから。順番待ってなさいな全く。」

 

そう言ってる背中でアヴェンジャー改がガシャンガシャンと音を立てて折り畳まれていた。

 

綾波「いっその事それ艤装にしたらどうですか?」

 

提督「無理です、腕が持たないから。」

 

綾波「アハハハ、そうですよね~・・・。」^^;

 

提督「その代わりと言っちゃなんだがこれ一応砲台だから、弾持ってきて使い方さえ分かってれば誰でも使えるよ。俺とか戦艦クラスであれば移動砲台に出来るけどね。」

 

綾波「成程・・・。」

 

完全に突っ伏している3人をよそに気楽に話す直人。えげつない。

 

提督「んじゃそろそろ戻ろうか。」

 

綾波「はい!」

 

直人はデザートイーグル2丁を脚部武装に付けているホルスターにしまって歩き出す。

 

提督「おーい戦闘狂二人と金剛、戻るぞー。」

 

天龍「オーウ・・・。」

 

金剛「了解、デース・・・。」

 

摩耶「うぐぐ・・・節々がいてぇ・・・。」

 

毎秒65発のサイクルで放たれる30mm弾、演習弾だが当たれば当然痛い。

 

しかも銃口初速が1087m/sと20m/sも引き上げられていたりもする。きっちり改良しちゃった辺り局長も凄い。

 

提督「実弾ならとっくに蜂の巣だぞお前ら。」

 

摩耶「そんなとんでもねー銃を平気で撃つ提督もどうかと、思うがな、クソがっ・・・!」

 

天龍「あー、脳天に当たった、頭くらくらする・・・。」

 

提督「それで済めば儲けもんだろ、技術局行って診てもらっとけよー。」

 

演習弾ですら色々やばいアヴェンジャー改、艦娘だから普通に耐えられるのである。

 

じゃなきゃ演習弾だとしてもボロ雑巾にされているところである。

 

天龍「ていうか、さっきしれっと戦闘凶言ってなかったか?」

 

摩耶「おう、そうだな・・・。後でシメとくか。」

 

天龍「やめとけ。俺の一撃を手品で止める様な奴だ。」

 

素で制止に入る天龍であった。

 

摩耶「・・・なんだって?」

 

天龍「あいつは魔法使い(マジシャン)だ、俺の一撃を瞬き一つせずに止める様な奴だからな。」

 

その手品の正体を言い当てているとは知らず天龍は言った。

 

摩耶「てかお前、提督に何したんだ?」

 

天龍「着任した日に、提督を試そうと思って一太刀浴びせただけだ。首筋を右払いに。」

 

摩耶「おいおい、首狩ろうとしたのかよ。」

 

驚く摩耶に天龍は事も無げに言った。

 

天龍「弱っちい奴に仕えるのは御免だからな。」

 

摩耶「で、止められちまった訳か。」

 

天龍「止められて無けりゃ今頃首筋に切り傷が残ってる筈だぜ。」

 

摩耶「そうだろうなぁ・・・。」

 

ここまで聞いてまだ半信半疑の摩耶。この会話を一言一句漏らさず聞いていた者が一人。

 

提督「ちょっと証拠だけ示しとこうか。」

 

勿論直人である。地獄耳である。

 

提督「呼集(コール)。投擲(シュート)。」

 

直人は剣を1本呼び出すような感じで召喚し、指先をさっと振ってその切っ先を摩耶に首筋に向けさせて放った。

 

摩耶「っ!?」

 

一瞬で摩耶の首筋に突き立てられる白金製の剣。

 

天龍「こ、これだ、この剣だ! って、ヤロー、今の話聞いてやがったか。」

 

摩耶「ん?」

 

その剣には黒い字で「聞こえてるぞー。」と縦書きで書いてあった。

 

摩耶「地獄耳かよ・・・。」

 

白金の剣が直人の元に戻っていった後、摩耶は呆然とした様子で呟いた。

 

摩耶「・・・もうあいつだけでもいいんじゃないか?」

 

天龍「同感だな。」

 実際問題それは事実である。艦娘とか必要なのかというレベルの強さを持っている訳だが、1隻で出来る事なんてたかが知れてるのはお察しである。

因みに金剛達がアヴェンジャー改で薙ぎ払われるところまでがほぼほぼデイリーである。

 

局長「ヨオ。」

 

提督「おっす。」

 

クレーンにもたれ掛って立ってる局長に会った。

 

局長「ドウダ? アヴェンジャー改ノ調子ハ?」

 

提督「素晴らしいね、圧倒的な破壊力をそのままに改良するなんて局長もやってくれちゃいましたなw」

 

局長「ナニ、コノ程度朝飯前ダヨ。ワザワザアメリカカラ買ッテ改造シタンダカラナ。簡単ニ壊シレクレルナヨ?」

 

そう、局長がアメリカからアヴェンジャーの元モデルと弾薬の生産ライセンス取得してたんです。どんなツテだおかしいわ色々と。

 

提督「分かってますよー。さてと、作戦まであと4日だし、色々処理しないとな。」

 

綾波「私も出撃ですか?」

 

その質問に直人はこう答える。

 

提督「機動戦力として綾波は重要だからね、勿論行ってもらう。」

 

綾波「分かりました。頑張りますね!」

 

提督「うん、頑張れ!」

 

綾波「はい!」

 

提督「でも肩の力は抜いて行けよ?そしてなにより、慢心ダメ絶対、だ。」

 

綾波「は、はい。」

 

激励する直人だが注意も歓呼する事を忘れない気の使いようである。

 

提督は綾波達を連れて司令部に戻っていった。各々のその心中は兎も角としても、この日も平穏である事に間違いはない。

 

今日も鎮守府は平和です。




艦娘ファイルNo.20

利根型重巡洋艦 筑摩

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機

艦隊の索敵重巡としての役割を持つ重巡姉妹の次女。
よく仮面ネタが出回るがこの鎮守府の筑摩は仮面ではありません。
作者曰く、『我が鎮守府では何かと影が薄い彼女だが、ゲームシステムや練度とは無関係のこの世界では活躍させたい。』とのこと。


艦娘ファイルNo.21

青葉型重巡洋艦 青葉改

装備1:20.3cm連装砲
装備2:キャノン製一眼レフカメラ
装備3:メモ帳&シャーペン
装備4:ノートパソコン

これを見た提督が最初に放った言葉は、『お前は一体何を持ってるんだ。』であったという重巡。
まともな装備は装備1の主砲だけであとは取材のための道具(ステ無し)という特異点を持つ他、艦娘としての青葉の体に、重巡青葉に生じる物理現象(慣性とか波の抵抗とかね)をインプットする形で自在に操る能力を持つ。
また陸上に於いては群を抜いて足が速い他、屋外側の窓枠に立ち自由にポージングできるという圧倒的身体能力を持ち、挙句の果てには3階建ての屋根に一足飛びで飛び乗ったり、足音を立てずに全速ダッシュ出来たり、極め付けと言わんばかりに短距離ワープまで出来ると言う相当に厄介な艦娘である。なおワープに関しては転移先座標があっさりばれるなど欠点が山積みというガバガバ振りだが。
これだけの力を持っているのなら戦闘も相当なのではないかと思うとは思うが、はっきり言って自衛以上の事は出来ない程度の戦闘技能しか持ち合わせていない。と言っても柔軟な思考を持っているのでその場即興で戦う限りではそれなり、というか並の頭の硬い重巡よりは強い。
この鎮守府では、と言うかこの鎮守府でもと言うべきだろうか、やはりブン屋である。これらの能力はブン屋としての能力にしては出来過ぎているほど向いており、数多くのスクープ写真を撮影しては逃げおおせ、青葉を長とする広報部の発行する鎮守府新聞「横鎮新聞」に1面見出しで掲載されたりする。
なお面白ければ何でもいい模様。

※なお足の速さと言えば島風であるが、彼女と競争した場合、直線で島風が余裕で抜かれ、上り坂では慣性法則インプットによるアシスト込みで距離にもよるが島風に競り勝ち、下り坂で島風が完勝するという特殊な結果になる。


艦娘ファイルNo.22

千歳型航空母艦 千代田航

装備1:零式艦戦52型
装備2:彗星
装備3:天山

デフォから航の航空母艦。
飛鷹とは打って変わって熟練艦載機は乗っていない。


艦娘ファイルNo.23

妙高型重巡洋艦 妙高

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機

はい、ごく普通でした。
水上戦闘部隊の中核戦力ではあるが、普段から出番がある訳でも無い微妙な影の薄さがネックの艦娘。


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第7章~南西諸島解放作戦~

どもー恐縮です! 天の声です!

青葉「私のセリフまねないでください!」

サーセンッフヒヒッwww

青葉「絶対反省してないですねこの人・・・。」

という訳で青葉さん自己紹介どぞ。

青葉「どもー恐縮です! 青葉です! 横鎮近衛艦隊司令部内に発行所を設ける横鎮広報部部長を仰せつかりました!」

という事なので今後天の声と青葉の2人態勢で冒頭はお送り致します。

青葉「では早速ですが、本日の解説事項をお願いします!」

うむ。今回は艤装と今回登場した2つの武器、演習についての解説だ。

まずは手っ取り早く演習の方から行こう。

この世界での演習は、大本営公認の同じ鎮守府の司令部へのカチコミ、つまり殴り込みだな。

まぁ多少の事務事項と決まりはあるが、それに関しては、メンバーは双方共に1個艦隊6人まで、訪問側は演習要請書の提出をし、応対側はこれを必ず受理する事、と言う感じかね。

使用弾丸は専用の演習弾限定、航空機も練習用の機体しか使用してはいけない、という事になっている。

後は決着するまで戦うのみ! とまぁこれがこの世界での演習になる。

これまでに比べて随分と簡潔だが実際こんなシステムだからしょうがない。

青葉「なぜこんなシステムが設けられたのですか?」

一言で言えば練度向上が目的だな、単純にそれだけと言ってもいいが、一種の競技と捉えている者もいる様だ。

青葉「ほうほう。」

では続けて直人の武器についてだな。


・デザートイーグル 14インチバレル仕様
使用銃弾:.357マグナム改(対深海棲艦用実包及び演習用実包)・.357マグナム
銃身長:14インチ(356mm)
全長:473mm(露出銃身長204mm)
発注元:IWI(イスラエル・ウェポン・インダストリーズ)社
装弾数:9発(標準マガシン)・13発(ロングマガシン)

紀伊直人が海自時代から所持していた護身用拳銃。
父親のつてを使い既に生産が終了していた、デザートイーグル用14インチバレルをIWI社に特注し取り付けた長銃身モデルで、射程はおよそ95m程。
局長が近衛艦隊司令部に来た後、直人がこの銃を使って特訓をつけていた所を目撃した局長が、既存の.357マグナムの装薬や使用素材を変更した改造弾を製作、.357マグナム改として使っている。
海自に居た頃この銃を使い一撃で深海棲軽巡を仕留めた実績もあったりする。
使用する銃弾は.357マグナムのホローポイント弾(弾丸の先端がすり鉢状に窪んでいる弾丸)と、.357マグナム改として製作された演習弾(硬質ゴム製ホローポイント弾)及び、造兵廠で作られた対深海棲艦用霊力弾芯を先端以外真鍮で覆った特別製のパーシャルジャケット弾を用いる。


・GAU-8-2 アヴェンジャー改

口径:30mm
砲身数:7本
銃身長:2.3m
使用弾薬:PGU-14/B 焼夷徹甲弾・PGU-15/B 練習用模擬弾
装弾数:7400発
全長:5.46m
重量:1950kg
発射速度:毎分3900発(毎秒65発)
銃口初速1087m/s
有効射程:1320m
装甲貫徹力
500mで75mm
1000mで44mm

KHY(局長が派手にやらかした)シリーズ第1弾。
アメリカ空軍ではこの時既に退役していたA-10 サンダーボルトⅡが搭載していた機関砲、GAU-8 アヴェンジャーを局長がどう言うつてでかアメリカから直輸入し、無理矢理人や艦娘が取り扱う用に改造を施したワンオフバルカン砲。弾薬は同じく局長がアメリカから入手したライセンス権を使い製造させた弾丸を使用する。
元々ドラムマガシンで装填していた砲だがそれを取り外し、代わりに30cm速射砲の大型弾倉を少し改造し人間規格に戻した物を両サイドに2つずつ連結させ、計4つ取り付け、装弾数を従来の約6倍強にまで増やした。
結果機構の重量が100㎏以上増えているが、それも含めて支えられる大型二脚を装着し、更に脚の先端にフロートを取り付ける事によって洋上でも射撃が出来る様になっている。また装甲貫通力・射程・銃口初速も若干ながら改良された。
用途としては、陸上では局所防衛用の移動砲台として用い、海上では後方からの支援射撃に徹することが前提となる。
またこの兵器は艦娘も使用することが出来るが、駆逐艦が使うと輸送は出来るが固定砲台になる為、ちゃんとした運用ができるのは軽巡以上だが、軽々扱うことが出来るのは戦艦組と空母の一部のみである。


まぁこんなところかの。KHYシリーズは今後ちょくちょく登場する筈なので、まぁ生暖かい目で期待しててくれや(´▽`*)

青葉「凄いスペックの武器ばかりなんですねぇ、でも模擬弾って艦娘に当たったらやばいんじゃないですか?」

あぁ、艦娘ってやっぱ艦だからさ、人間と比べりゃ丈夫なんですよね。なので演習弾とか模擬弾であれば余裕で耐えます。

青葉「ただし青あざは残る可能性はあると。」

ねーよ。当たり所が悪いと後でちょっと痛みが続く感じ。

青葉「ほうほうなるほど。」

後は艤装の補足説明だが、これは簡単な話だ。

 改造で艤装形状が変わる艦娘って結構いるけど、改造前と後で全く違う艤装になっている場合、その艦娘に装備が適応する限りその艤装は両方使えます。
例えば大鯨を例に取ると、潜水母艦の艤装と改造後の空母龍鳳の艤装は、艦娘自体を改造する訳ではないので二つ持ってても場合によってどちらでも使う事が出来る。
ちとちよに関しても、水上機母艦の艤装と空母の艤装は改造後でも両方使えますし、吹雪改と改2であってもその艤装は両方使えます。
 このシステム割と遠征と出撃での使い分けで便利だったりする。艦これがこれだったら大鯨を龍鳳にしたり龍鳳を大鯨にしたりって感じでスゲェいいと思う。改造はその段階開放的な感じにしてってすればいいんじゃないのかね。

誰得? 俺得ですよww

んじゃいい加減始めていきましょうか、今回は説明事項多くてすみませんでした、今後ここまで説明することは滅多にないと思いますのでご容赦ください。

ではどうぞ。


4月26日午後4時 執務室

 

 

提督「な・・・に・・・?」

 

執務中の直人が、その報告を聞いた瞬間凍て付いた。

 

直人の手に握られていたペンがするりと抜け落ち、机の上で乾いた音を立てる。

 

その直人の前で、凍て付くほどの衝撃を与えた元凶が言葉を発した。

 

加賀「航空母艦、加賀です。あなたが私の提督なの?まぁ、それなりに期待はしているわ。」

 

4月26日、加賀着任、日本黄金期の第1航空戦隊が揃った瞬間である。

 

提督「・・・あぁ。よろしく頼む。」

 

加賀「もう下がっていいかしら?」

 

と言うか下がらせろ、とその視線が主張していた。

 

提督「ん? あぁ、構わんよ。今日はゆっくりしていていい。」

 

加賀「そう、分かったわ。それでは。」

 

 

ドタドタドタ・・・

 

 

加賀が執務室を出ようとドアノブに手を掛けたその時・・・

 

 

出し抜けにドアが開いた。

 

 

赤城「加賀さんが来たと聞いて。」

 

加賀「赤城さん・・・!」

 

提督(・・・まぁ、来そうだと思ってはいたがマジで来たな。)

 

赤城「お腹減ってません? 食堂行きましょう!」

 

加賀「そうね、行きましょう。」

 

そういやもうすぐ夕飯時・・・にはまだ遠い、たっぷり2時間はある。

 

提督(どんだけ食糧食いつぶす気だ赤城は・・・ハッ!!)

 

この時、直人は悪寒にも似た直感で一つの結論に至っていた。

 

「このままでは食材の在庫が破滅する。」と・・・。

 

提督「・・・。」

 

大淀「・・・?」

 

木曽「ん? どうした、提督?」

 

加賀建造の殊勲艦である木曽が問いかける。

 

提督「いや、なんでもない。よくやった。」

 

木曽「あぁ、礼は妖精達に言う事だ。俺は資材量を考えて運んだだけだしな。」

 

謙遜した風に言う木曽、今回は資源投入量を木曽に一任していたのである。が、この金星である。

 

提督「フフ、まぁそれもそうだな。だがよくやってくれた。これで我が艦隊の戦力はまた充実した訳だ。」

 

大淀「おめでとうございます、提督。」

 

提督「ありがとう。だが、これから戦闘が激化する事を考えると、更なる充実を図る必要が出てくる。資源の方はどの程度ある?」

 

大淀「はい、燃料が7千弱、弾薬が6500ほど、鋼材が5000程度にボーキサイトが3千強と言ったところです。」

 

提督「そうか・・・ふむ・・・。」

 

直人が暫し考え込む。

 

大淀「・・・明後日の出撃編成、ですね?」

 

提督「まぁそうだ。予定外のタイミングで加賀が来てしまったし、と思ってな。」

 

少々唸りながら思案に耽る直人であったが、それに大淀が割って入った。

 

大淀「加賀さんとどなたか、入れ替えますか?」

 

提督「流石大淀さん、話が早くて助かるよ。そうさな・・・取り敢えず赤城を編成から外しておこう。南西諸島にはそこまで強力な敵はいないと聞いている。赤城の助勢が無くても、呉鎮守府と俺達で何とかなるだろう。」

 

大淀「分かりました、ではその様に伝えておきますね。」

 

提督「あぁ、悪いな。」

 

直人が少し申し訳なさそうに言うと、大淀は微笑みを浮かべてこういった。

 

大淀「いえ、今はまだこれ位しか出来ませんし、これが仕事ですから。」

 

大淀の献身的な姿が自らの経験の記憶に重なり、息苦しさを覚えていた直人にとってその言葉は痛いほどありがたかった。

 

提督「・・・ありがとう。」

 

大淀「どういたしまして。さぁ! 提督も仕事仕事!」^^

 

提督「ハハハッ、こりゃ参ったな。まぁ、すぐ終わらせる事にしましょうかね。」

 

いつもの調子に戻る直人、それを見届けた大淀は執務室を去っていった。

 

大淀の発言はいつも決まって裏表がない。だからこそ直人も全幅の信頼を置いていたのだのだが、その姿はかつての自分と重なるところがあった故に、彼は息苦しさを禁じ得なかった。だが、大淀のあの一言を受けた直人は、その後30分で書類を全て片付けたのだった。

 

 

 

4月27日午前11時 食堂棟2階・大会議室

 

 

提督「それでは今から、明日の出撃編成を発表する!!」

 

金剛「やっぱり私が総旗艦デスカー?」

 

提督「それは勿論だ。第1水上打撃群の旗艦も兼ねてもらうぞ、金剛。」

 

金剛「OK! お任せ下サーイ!」

 

金剛はこの日も元気である。

 

提督「では第1水上打撃群、これに関しては前回の防衛戦の編成を引き継ぐ。が、今回赤城には外れてもらい、代わりに加賀に入ってもらう。」

 

赤城「・・・分かりました、提督の指示とあらば、致し方ありません。」

 

赤城はこう言ったが加賀が異議を提言する。

 

加賀「ですが、いきなり私が編成に加わる事で、作戦の失敗は考えられませんか?」

 

これはつまり、経験が不足の加賀を編成に組む事で艦隊運動に連携性を欠き、それが致命的なミスに繋がる事を懸念した意見だった。

 

提督「自信が無いなら私が君の直衛艦として随行してもいいぞ?」

 

直人は真剣な面持ちでそう言った。しかし言葉を返せばそれは、練度不足の加賀の育成を実戦に於いて育成するリスクと釣り合うの作戦であるという事でもあった。

 

加賀「・・・いえ、御心配には及びません。私の子達は、皆優秀ですから。」

 

そう言って加賀は遠回しに断った。

 

提督「結構。第1艦隊の編成についてだが、これは第1水雷戦隊に改編し、よって扶桑と飛鷹は新編の艦隊に移動してもらう。扶桑の代わりに筑摩、飛鷹の代わりに雷を編成する。旗艦も神通に変更だ。」

 

神通「水雷戦隊は軽巡1ないし2に駆逐艦ですよね?」

 

神通の指摘は最もであるが、直人は渋面を作っていった。

 

提督「駆逐艦が少ないんだ、察してくれ・・・。」

 

神通「―――そうですね、つかぬ事をお聞きしました。」

 

扶桑「その・・・新編の艦隊、とは?」

 

先の直人の言に疑問を覚えた扶桑が直人に問いかける。

 

提督「あぁ、それは第1艦隊を第1航空艦隊として新しく作り直そうと思ってな。旗艦は扶桑、君に任せようと思う。」

 

扶桑「本当ですか!?」

 

提督「無論だ。扶桑も瑞雲が使えるから、適任だ。編成は今回出撃しないしあくまで仮編成だが、扶桑、赤城、妙高、千代田の4隻を当面配属する事にする。頭数がそろい次第再編する事にし、今回は第1水上打撃群を主力に、第1水雷戦隊がそれを護衛すること。」

 

「「「はい(おう)!」」」

 

2艦隊の12人が返事を返すと、直人はさらに続けた。

 

提督「今回の攻撃目標は南西諸島、特に敵の補給拠点となっている沖縄本島と、中国沿岸に最も近く、深海棲艦の停泊地となっている尖閣諸島だ。これら一帯の敵を掃討し、南西諸島の島々を奴らの手より解放する事が今回の01号作戦の目的だ。」

 

加賀「敵の陣容の方はどの程度いるのですか?」

 

提督「良い質問だ。当該地域には戦艦級18、正規空母級26、軽空母級が41、だが何れも各諸島に分散しているとのことだ。また敵は律儀にも6隻1部隊で行動しているらしく、それぞれの島ないし諸島におおよそ5個の部隊がいる様だ。艦隊各員に命ずることはただ一つ、これらを虱潰しにして貰いたい。」

 

続いて大淀が補足事項の説明を行う。

 

大淀「今回の作戦に於いては、呉鎮守府より当方の支援の為に2個艦隊が出撃します。呉の支援艦隊は敵が集結している鹿児島県に属する範囲を攻撃して大規模な陽動殲滅戦を実施、我が艦隊は沖縄県側に行動して、敵を排斥すると共にその退路を断つ事になっています。」

 

初春「ふむ、ではわらわ達の側は比較的戦力が少ない訳じゃな。じゃが他の方面から増援が来ることは考えられぬかの?」

 

提督「そうだな、今回も鋭いご指摘、恐れ入るよ。」

 

直人は一呼吸置いて続けた。

 

提督「敵増援の出撃元として考えられる場所は台湾とフィリピン北部だが、このエリアに関してはマニラ基地の連中が良くやってくれているらしく、敵の勢力の矛先はマニラ基地攻撃に向いているそうだ。また台湾の敵もフィリピン方面に出かけており防備の最低限の戦力しかいないとの報が入っている。作戦部隊は安心して任に当たって貰いたい。」

 

初春「そう言う事であればわらわにも異論はない、この上は敵を叩き潰すのみじゃ。」

 

提督「頼りにしている。では本日はここまでだ。解散してもいいぞ。」

 

そう言うと提督は足早に会議室を去った。

 

 

 

大淀「提督。」

 

提督「ん?」

 

執務室に戻る途中で大淀が話しかけてきた。

 

大淀「提督はなぜ金剛さんに総旗艦を任せたんですか?」

 

提督「うーん・・・まぁ、初期艦だったのが一つ、もう一つは、何か天啓の様な物を感じたんだ。」

 

大淀「天啓・・・ですか・・・?」

 

大淀が首を傾げた。

 

提督「あぁ。金剛と初めて会ったとき、彼女に何か底知れぬ才覚の様なものを感じた。彼女と俺は出会う定めの元に生まれ、今こうして同じ場所で戦っている。俺達は深海棲艦を倒す為に、艦娘達はその剣としてここに居る。だが金剛とだけはそれだけの様には思えない、そんな気がしたんだ。そして彼女ならば艦隊をきちんと正しく纏め上げてくれると確信したんだ。」

 

大淀「成程・・・。」

 

提督「勿論俺の気のせいかも知れん。だがなにより、金剛は一番年長者だからな。経験豊富な艦娘に頼むのは当然と言えば当然だよ。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

大淀はまだ何かしら追求したそうな表情だったが、結局諦めたようだった。

 

提督「今は何よりも明日の前処理だ、行くぞー。」

 

大淀「は、はい!」

 

提督は思考をささっと切り替えて執務室へと戻り、以降籠りっぱなしで書類を片付けていましたとさ。

 

 

 

同日夕方・鎮守府裏ドック

 

 

夕日が差す司令部裏のドック、その海向きの縁に座る直人は、一人思案に耽っていた。

 

提督「・・・。」

 

沈黙を保つ直人、辺りを支配するのは波の音のみ。

 

金剛「oh! 提督ゥー、何してるんですカー?」

 

提督「ッ!!??」ビクゥ

 

素で飛び上がる直人。

 

金剛「アハハハハハッ! ど、どうしたんデース?」

 

提督「い、いやいや、少し考え事をしててな。」

 

自分を落ち着かせながら言う直人。どこが少しなのか。

 

金剛「ドコが少しデスカー? 声を掛けただけで飛び上がってましたヨ?」

 

提督「それは・・・あー、うん。まぁ・・・そうだな。」

 

目を泳がせて言う直人。

 

金剛「ねぇ提督ゥー。提督がここに来た理由ってナンデスカー?」

 

提督「!」

 

直人はその問いに一瞬驚いて見せ、再び思考に入った。

 

金剛「何か理由とか、あるんデスカー?」

 

提督「うーん・・・今は・・・よく分からない。俺がここに来ることになったのも命令によるものだったし・・・。思えば何か明確な目的があって、来た訳じゃなかったな・・・。」

 

金剛「そうなんですカー?」

 

提督「うん・・・。」

 

その直人に金剛が諭すような口調でこう言った。

 

金剛「・・・提督ゥ、何か困った事や悩みがあれば、いつでも私の所へ来て下サイ。力になってあげマース。」

 

提督「まだ知り合ったばかりなのに悪いよ、それは・・・。」

 

金剛「ノンノン! 水臭い事を言わないで下さい! あなたは一人じゃないのデス。一人で抱え込まないで下サーイ。」

 

提督「でも・・・。」

 

まだ言葉に詰まる直人、そこに金剛がもう一声かける。

 

金剛「それに、提督のテンションが低いままダト、皆が動揺しマース。落ち込んでる姿はらしくないのデース。何かあれば、何でも話して下サイ。」

 

提督「―――ありがとう、少し気が楽になったよ金剛。」

 

金剛「フフフッ。」^^

 

金剛の言葉に励まされ、直人が立ち上がろうとした、その時だった。

 

局長「オヤオヤ? コンナ時間ニナニカト思エバ、提督ヲ口説イテイルノカナ? 金剛?」ニヤニヤ

 

ワール「おー、アツいアツい。」

 

提督「げっ!」

 

金剛「ナッ!? ナナナナニヲイッテルンデース!?///」

 

思いきり茶化しにくる局長とワールウィンド―――

 

「あらぁ~、いい雰囲気だったじゃな~い?」ニコニコ

 

―――ともう一人。

 

ワール「あら、遠慮しとくとか言って結局来るんじゃない、『荒潮』。」

 

荒潮「だって~、面白そうだったから♪」

 

ワール「あぁそう。」

 

その気まぐれ加減に若干うんざり目に言い放つワールウィンド。

 

朝潮型駆逐艦『荒潮』、局長がどこからか拾ってきた敵艦の残骸を鑑定した結果着任した駆逐艦娘である。

 

ただ正規のルートで得た艦では無い為局長の預かり、つまりゲスト扱いとなり、今は技術局薬品研究科と生体管理科を局長のフラル改から任されているようだ―――適任かは兎も角としても。

 

まぁ艦娘の体調管理と薬品研究を統括していると思って貰えれば十分と思われる。

 

実は荒潮自身はとんでもなく強いという噂もあるが、その真意は定かではない。

 

金剛「私ガ提督ヲクドクナンテマダ早スギルノデース///」

 

局長「口説イテイルヨウニシカ見エナカッタガ?」

 

提督「おいおい、お前らあんまり茶化してやるなよ?」

 

直人がフォローに回っている所へ・・・

 

「フフフフ・・・偶然戻ってみればこれはスクープですね・・・♪」

 

突如クレーンの上から漏れ聞こえた声、その声に金剛と直人は戦慄した。

 

提督「そっ、その声はっ!!」

 

金剛「間違いナイデース。」

 

提督&金剛「青葉(サン)!」

 

おっとこれは一大事、横鎮一のブン屋青葉にまで見つかっていた。

 

青葉「フフフッ、面白い写真を頂きましたよ。1面見出しで来週分の横鎮新聞に載せてあげましょう。『横鎮付属艦隊司令、金剛に惚れ込む!』とでもしましょうか。」

 

金剛「ちょっ・・・!?」

 

普通逆にしないだろうか。

 

提督「・・・。全く、金剛、それ位で慌てんなよ。」スタッ

 

狼狽する金剛にそう言いつつ座っていた姿勢から一気に立位になった直人、その表情は笑っていたが、戦を喜びとする武人のそれであった。

 

普段の笑みではなく、目が異様に吊り上がり、口元は笑みを湛え、その眼光は正に獲物に迫る鷹の如し。

 

一同「!!!」

 

その威圧感と覇気に、その場の全員が凍りついた。

 

青葉「さ、さて逃げるとッ!!!」スタッ

 

飛び降りて逃げようとした青葉は、その瞬間白金千剣の白金剣に囲まれていた。

 

動けばその刃先が体に触れるほどの距離である。そしてその内の1本は、青葉の首筋に突き付けられていた。

 

提督「逃げて? どうするつもりだったのかな? 逃がさないけどね。」

 

余裕を見せる直人。

 

青葉「くうっ・・・」

 

青葉はこの時負けを悟った。というよりこの提督を甘く見すぎていたと気づいていた。

 

提督「カメラを渡してもらおう。」

 

青葉「・・・はい。」

 

小さな声で返事をし、青葉は提督にカメラを手渡し、直人はそれを手慣れた手つきで操作し当該写真をすべて消した。

 

提督「ほれ、返す。言って置くが、今度こんな事をしても俺は必ずお前をその時に見つけ出す。スクープなんぞくれてやらんからな?」

 

青葉「・・・それは、私への宣戦布告、という事でいいですね?」

 

提督「何とでも思え。じゃぁな、お前らも早く帰るんだぞー。」

 

そう言い残して直人はその場を去った。

 

一同「・・・。」

 

それを全員黙って見送る。

 

その沈黙を破ったのは青葉だった。

 

青葉「提督って、お強いんですね。」

 

ワール「ま、これであなたにも分かったでしょうね。あの男の強さが。」

 

金剛「・・・。」

 

金剛などは唖然としていたが。

 

局長「マァ、アイツハ規格外ダカラナ。」

 

荒潮「そうみたいねぇ~。フフフッ・・・」ギラリ

 

人知れず眼光を鋭くする荒潮である。

 

局長「ドウシタ金剛? オ前モ部屋ニ戻レヨ。」

 

金剛「オ、OKデス。」

 

局長「?」

 

局長は金剛が言葉に躓いたことに怪訝な顔をしたが、そのままその場を去った。

 

 

金剛「・・・。」

 

思い思いに立ち去る局長たちの背中を見送りながら、金剛はある一つの結論に至っていた。

 

金剛(提督は色んな面でお強い・・・であればこそ、提督は着任間もない司令部で皆をまとめている・・・。私は総旗艦、本来提督に代わって皆をまとめるべき艦、でも私にはまだ力が足りない、色んな面で・・・。)

 

この時金剛は今一度、この司令部で頑張ろうと、心に決めたのだった・・・。

 

 

明けて4月28日午前7時、直人は出撃する艦隊を見送る為、司令部裏のドックに来ていた。

 

金剛「今回は来ないのデスカー?」

 

その言葉に直人は

 

提督「あぁ、すまないな。俺も色々とやる事があるもんでな。」

 

と言う。

 

金剛「ノープログレム! 私たちは必ず帰ってきマース、期待してネー!」

 

提督「フフフッ、何時にも増して無遠慮だな金剛、まぁ、期待させてもらおう。」

 

金剛「帰ったら飛び切りの紅茶を御馳走するネー。」ゴニョゴニョ

 

提督「・・・! フッ、そいつは楽しみだ。」

 

直人がそう言いながら笑みを浮かべる。

 

金剛「フフッ、さぁ! 皆さん行きますヨー!」

 

「「はいっ(おう)!」」

 

そうして、金剛達は出撃して行った。

 

提督「・・・。さて、俺も仕事をs「提督!こんなところにいらしたんですね!」あっ、やべっ。」

 

やって来たのは大淀だった。

 

大淀「少し目を離せばすぐにいなくなってしまわれては困ります! 何をされていたんですか?」

 

提督「やだなぁ・・・金剛達の見送りだよ。」

 

頭を掻いて言う直人であったが、そこへ大淀がきつい口調で言った。

 

大淀「そんな事をしている暇があるなら執務に専念してほしいものですがね。まだ執務を始めてさえいないではないですか。」

 

提督「―――『そんな事』だと?」

 

大淀の一言に直人は目を剥いた。

 

大淀「えっ?」

 

大淀が珍しく、地雷を踏み抜いた瞬間である。

 

提督「俺は見送りの一つ無しに彼女達を死地に送るつもりには到底なれん。ましてそれ位なら前回の様に俺自ら武器を取って彼女達と出撃するだろう。俺は司令官だ、身の安全を図るのは当然であるが、安全な所から指示を出すのは本来俺の性分じゃないんだ。」

 

大淀「はっ、はいっ。先程の失言、申し訳ありませんでした。」

 

大淀が地雷を踏んだ事に気付いて頭を下げると、特段怒っている風でもない直人は言葉を続けた。

 

提督「まぁ、彼女たちが無事に帰ってくるかが心配でな。生還を祈っていたのさ。」

 

大淀「―――提督は、お優しいのですね。」

 

大淀がそう言うと直人は遠い目をしてこう言った。

 

提督「なに、昔俺も無茶をしたからな、それを艦娘達にやらせるのかと思うと、ね。」

 

大淀「・・・そうですか。」

 

提督「―――さて、俺も支度するか・・・。」

 

大淀「え? どちらへ行かれるのですか?」

 

『何も聞いていませんよ?』と大淀が訊くと、直人は嫌さ加減満々でこう言った。

 

提督「査問会さ。」ハァ~

 

露骨に嫌悪感を漂わせ、あまつさえ溜息さえつく始末である。直人はお説教(受け)や尋問は嫌いなのだ。

 

大淀「査問会!?」

 

提督「あぁ、局長たちをここに置いてる事を上が嗅ぎ付けたらしくてな、それでめでたくお偉方の質問会にお呼び出しだよ。」

 

大淀「あ~・・・そう言う事ですか。」

 

事実として理由としては単にそれだけであった。が、それを口実に直人を反逆者扱いしたい向きも一部には働いていた。

 

提督「なーに、多分すぐ帰れるさ。」

 

と直人は楽観的だったが。

 

大淀「私も副官として、お供します。」

 

提督「うん、元から連れて来いと言われてた。」

 

大淀「そっ、そうだったんですね・・・。」

 

そうだったんです。

 

提督「あ~あ、面倒臭えが大本営まで呼び出し食っちまったって訳だ。」

 

大淀「その大本営ってどこにあるんですか?」

 

提督「旧横浜ランドマークタワー、横浜です。」

 

大淀「案外近かったんですね・・・。」

 

若干驚き交じりに言う大淀である。

 

この頃になると横浜ランドマークタワーは、日本沿岸への深海棲艦の攻撃により半壊していたが、廃墟も同然だったそれを国が買い上げ修繕、改装した上で、艦娘艦隊大本営(軍令部)として機能させている。

 

その機能は深海棲艦による被害を受けた、みなとみらい21の各所に分散されており、光無線通信を用いたネットワーク網で情報やデータなどのやり取りは殆どタイムラグなく出来るようになっている。

 

そして査問会の会場として指定されていたのが、その旧ランドマークタワー、現大本営本庁舎である。

 

提督「というか大淀さん、大本営の場所知らなかったん?」

 

大淀「私、防衛省から直接鎮守府に来たので・・・。」

 

あー、そゆことか。

 

提督「納得した。まぁいきますか。」

 

大淀「え、行くって何でです?」

 

大淀が素朴な疑問を口にした。

 

提督「車。」

 

直人はそっけなく返す。

 

大淀「迎えが来るんですか?」

 

提督「いや? 俺が運転する。」

 

大淀「えっ、提督、車運転できたんですか!?」

 

提督「・・・。」

 

些か傷付いたというような面持ちで大淀の顔を見返す直人。

 

大淀「・・・ごめんなさい。」

 

大淀が事のまずさに思わず素に戻る。

 

提督「いや、いいさ―――ちゃんと免許持ってるんだぞー、引っ越すときも俺の車で来たんだぞー。」

 

大淀「御見それいたしました。」

 

提督「うむ。」

 

満足したようにニコニコとして頷き、直人は大淀を伴って司令部を出て、提督官舎のマンションの駐車場に向かった。

 

 

 

4月28日 提督官舎駐車場

 

 

提督「~♪(リパブリック讃歌)」クルクル~

 

直人はキーを回しながら口笛を吹いて歩いていた。

 

大淀「そんなに気を抜いてていいんですか?」

 

直人「気を張ってたらそれこそ誘導尋問に引っかかっちまうからな俺は。」

 

それに、幹部会の一人にあの土方海将もいるしな。と語ったところで、直人の車の所へ辿り着いた。

 

直人の愛車、それは赤の日産ラフェスタ ハイウェイスター(4WD)であった。

 

なおこの車も父親が使っていたものをそのまま家族から譲り受けた物で、日産側の協力を取り付けエンジンなどを換装したワンオフモデルである。(まぁ40年以上前の車だから普通ならとっくの昔に廃車である。)

 

なおそこへ直人がさらにチューンを施しており、時速160kmを最高速とし、100kmまで5秒あれば加速可能、タイヤは普通のタイヤだが時代の流れに伴って自然と高性能化してきているので問題はない。

 

大淀「いい車ですね・・・。」

 

大淀が言うと提督はこう応じた。

 

提督「親父の形見の一つなんだ、でも7人乗りだから一人で乗るには広くてな、普段は荷物運搬の時にも使ってるんだ。」

 

大淀「そうなんですね。」

 

提督「ま、好きなとこ乗ってよ、ちゃちゃっといくぞー。」スッ

 

そう言いつつ運転席に滑り込む直人。

 

大淀「あ、はい!」

 

2列目の左側に大淀も乗り込み、直人達は横浜へと向かった。

 

横須賀鎮守府の艦隊司令部群は、横須賀市の沿岸部に広く存在するが、横鎮近衛艦隊司令部の在地は、提督官舎からおおよそ1.7km程離れている。

 

八島入江の位置がそれに該当するが、その場所は時系列を遡り現代で言うところの観音崎公園である。

 

観音崎公園を含む観音崎一帯には、旧防衛大学校(老朽化により建物が解体間近)や複数の学校、住宅地などがあったが、第1次対深海戦争で超兵器級深海棲艦の攻撃を受けてその過半を消失し、観音崎公園などは地形が変わり、小さな入り江が出来た。

 

多数の攻撃痕で変貌した地形は当初複雑であり、そこに木々が生い茂り、またその攻撃から10数年経過したことによる水底や入り江の侵食崩壊によって複雑さがかなり緩和され、東西160m、南北51m、観音崎灯台跡から北に30m程の位置に入り口を持つ仮称「八島入江」が出来上がった。

 

この一帯は攻撃による荒廃を理由として唯一横須賀沿岸では司令部建設区画には指定されず、崩壊した旧防衛大学校の跡地を使い、隣接する横鎮馬堀地区の提督官舎が作られたのみに留まった。

 

旧観音崎灯台付近には造兵廠と大型艦用建造ドックが建造されたことは公表されていたが、その管轄は公には大本営管轄となっていたのである。

 

なお横鎮近衛艦隊の司令部施設から造兵廠までは歩きである。

 

因みに司令部施設は下から見る分には巧妙に隠されており、観音崎灯台跡の西側130m付近に居を構えている。またここに来る為には観音崎レストハウス跡に隠した秘密地下通路から観音崎公園内に出る必要もあったりなど、公然とした秘密基地でもある。

 

因みに道路に関しては国道16号が馬堀地区の司令部との連絡の為に復旧されており、只今16号を横浜方面に爆走中である。

 

 

 

~運転中のお話~

 

 

提督「~♪」

 

大淀「運転お上手なんですね・・・。」

 

提督「まぁねー。」

 

まんざらでもなくそう返す直人。

 

16号上り線とか(このご時勢では)まず混んでないから100kmは余裕で出せます。(現在85km)

 

提督「そういや大淀さんって、好きな料理とかあるん?」

 

と直人は少し聞いて見たかったことをこの機会に聞く事にした。

 

大淀「えっ? あぁ―――そうですね、だし巻き卵とかアサリ汁とかでしょうか・・・。」

 

おや、意外にシンプルだった。

 

提督「意外とシンプルなんだね・・・」

 

と口に出してみる。

 

大淀「あまり凝った料理には慣れてなくて・・・。」^^;

 

提督「あー、成程ね。」

 

普通軍艦でそんな手の込んだ料理とかは出さないから当然か。

 

提督「じゃぁそうさな、嫌いな食べ物とかは?」

 

大淀「うーん・・・どうでしょう、そう言えば好き嫌いはあんまりない方ですから・・・。強いて言うならニラでしょうか。」

 

提督「ニラかぁ~・・・美味しいけどなぁ・・・」

 

大淀「あまり好きでは・・・ないですね。」

 

ニラがダメなら、と直人はこんな事を聞いてみる。

 

提督「ニンニクは大丈夫なの?」

 

大淀「それは大丈夫です。後で口の匂いとか気になりますけど・・・。」

 

提督「違いない、ハハハハッ!」

 

大淀「提督は好き嫌いとかないんですか?」

 

逆に聞き返された。

 

提督「毎日同じもんばかり食べさせられなきゃ基本的には無いです。ゲテモノは勘弁ってとこかね、蜂の子とか。」

 

大淀「成程。それは鳳翔さんが喜びますね。」

 

笑顔で言い切る大淀さん。

 

提督「ん? なんで?」

 

大淀「ご存じないんですか? 鳳翔さん結構お残しには厳しいんです。」

 

提督「・・・マジで?」

 

ちょっと意外だった件。

 

大淀「この間天龍さんが、出された青椒肉絲のピーマンだけ抜こうとしたのを鳳翔さんが見つけてお説教した挙句渋々食べたらおいしかったので平げた、なんて話もありますし。」

 

提督「・・・あの天龍がピーマン嫌い(解消)か、フフフッ。」

 

微笑ましい事もあったもんだ。

 

大淀「あとは金剛さんが出された烏龍茶を、「苦手だから紅茶にして欲しい」とダダをこねたらこれまた「駄々を捏ねない!」と怒られて渋々飲み干したりとか。」

 

・・・うわー^^;

 

提督「―――これは俺も留意しとかないとな。」

 

大淀「そうされた方がいいと思います。」

 

と、他愛もない会話をしつつ、二人は横浜に到着した。

 

 

 

午前9時40分 横浜・大本営前

 

 

大淀「ここが・・・。」

 

提督「そう、ここが大本営だ。」

 

旧ランドマークタワー、今の大本営は、健在時の面影はどこへやら消え失せている。

 

なぜなら上から20層ごっそり無くなっている為である。今の大本営は70階建てではなく50階建てだ。(誤値であればお教え頂けると幸いです、外見の写真で判別しています)

 

土方「紀伊君!」

 

提督「あっ、土方海将!」

 

声を掛けて来たのは土方龍二海将であった。

 

土方「まだ忙しい時期なのに呼び出してすまんな、ところで、君が深海棲艦を匿っているというのは―――本当かね?」

 

土方海将は詰問ではなくただの質問をしたに過ぎない。

 

提督「えぇ、匿っていると言う表現には語弊はありますが事実です。」

 

それが分かるだけに諦めたように言う直人。

 

土方「ハハッ、そんな諦めの表情をせんでいいだろう、君を知っている人間からすれば最も君らしい采配だろう。だが他の幹部会の連中が、どうもそれを許せないらしい。」

 

提督「まぁ、私を知らない人間からすれば、敵を匿うなんて、それこそ利敵行為と見て然るべきですからね。ま、よくてキチガイ扱いですか。」

 

土方「そこまで自分を卑下する事も無かろう。それより早く行こう、査問会の時間は待ってはくれん、私もバックアップするから、君なりの正論を通してくれ。」

 

提督「えぇ、そのつもりでいます。」

 

大淀「あの、土方海将。」

 

提督「何かね大淀君。」

 

大淀「この一件で、提督が拘禁、という事は無いですよね?」

 

土方「それについては問題ない。深海棲艦が本土近海に闊歩する今この時期に、近衛艦隊の提督を拘禁するなど戦力ダウンも甚だしいからな。」

 

大淀「それを聞いて、安心しました。」

 

だがこの時直人は土方海将が、“まぁ、査問会の連中の気まぐれとさじ加減で、どうともなりうるが”と呟いたのを聞き逃さなかった。

 

提督「行きましょう、土方海将。大淀、暫く待っててくれ。」

 

土方「うむ。」

 

大淀「はい。」

 

3人は大本営に入り、大淀は1階のエントランスフロアで待ち、土方海将と直人は22階の査問会の会場に指定された部屋に向かった。

 

 

査問会の会場は、中央の床が一段下がっておりそこに査問を受ける者の椅子、その一段下がった床を囲む形で机を並べ査問を行う者達の椅子が置いてある形である。

 

そしてその机には、1席の空席を残し、査問官全員が揃っていた。

 

直人は静かに中央の椅子の横に立つ。

 

提督「本査問会にご出席の幹部会諸兄に於かれましては、わざわざの御足労誠にご苦労様で御座います。当司令部は現在作戦の途上にて、速やかなる帰還が望ましいと存じますので、早急に始めて頂く事を望みます、牟田口陸自軍幕僚長殿。いや、この場合牟田口議長と、お呼びするのが宜しいですかな?」

 

と、直人は皮肉らしさを込めつつ、その椅子の正面に座る査問会の主に言上を述べた。

 

年は50前といったところ、面構えは若干痩せているように見えるが、その体躯は痩せ型ではなくむしろ中庸というべき程度である。何かを見据えるような青みがかった黒の瞳が印象的であり、その表情は、どこか策動家を思わせる趣きがあった。

 

牟田口「ふむ、そうだな紀伊元帥。早急に始めることにしよう。かけたまえ。」

 

やんわりとした口調で告げる牟田口。

 

提督「はっ、では失礼して。」

 

直人はそう言われ椅子に座る。

 

牟田口「では始めていこう。早速本題に入るが、被査問者である紀伊元帥がその司令部に、深海棲艦の者を置いている、というのは事実か否か。」

 

牟田口は口調こそやんわりとはしているが、その声は冷たく、針のような鋭利さで直人をえぐろうとした。が、直人には通用しなかった。それはひとえに彼の胆力の強さを象徴する一幕であるといってもいい。

 

提督「事実です。我々は先の横須賀防衛戦時、交戦した敵艦隊の総旗艦とその主力艦の1隻を捕虜とし、現在は我が鎮守府のゲストとして招聘しております。」

 

嶋田「ゲストだと!?」

 

声を荒げたのは海上自衛隊の海将補で幹部会の序列2席目である嶋田秀一郎(しまだ しゅういちろう)である。

 

小柄であるが横に広く、その顔つきや体躯から猛将に見えるが、裏を返すと冷静沈着なのが一定の定評を受けている男である。

 

短く刈り揃えた灰の髪には少々白髪が混じっている。

 

嶋田「んんっ、貴様は敵である深海棲艦を捕虜ではなく客人として置いているというのか? 何の手も講じずに?」

 

一度咳払いをして問うた嶋田に対して提督はこう返した。

 

提督「私は当初彼らを、申し上げた通り捕虜とし、尋問をするつもりでいました。ですが彼らは自らの立場を鑑みて我々に協力を願い出、私もまた協力を申し入れた間柄にあります。この状況で向こうが危害を加えてくることを、懸念こそすれ危惧する事こそ、ナンセンスだと思いますが。」

 

嶋田「何だとッ!?」

 

嶋田がいきり立つがそれを宥める人物がいた。

 

来栖「まぁまぁ嶋田海将補、落ち着き給えよ。それにしても敵である筈の深海棲艦と協力を申し出あうというのもまた奇怪な話だな。過去の歴史を紐解けばそのような例は多いが、しかし何故そのような事になったのだ?」

 

幹部会序列第3席の来栖良助(くるす りょうすけ)は空将で年は54、少々痩せ形ではあるが肩幅が広く、卑屈っぽい表情が何とも言えぬ印象を与える人物である。近頃髪に白髪が目立ち始めたらしい。

 

提督「理由の一つとして、相互利害の一致があります。我々は深海側の技術を欲し、また彼らも我々の技術を欲する、ただそれだけの事です。それにそうして手元に置いておけば、如何なる時にでも聞きたいことを聞く機会が生じ得ます。あえて敵と通ずることで、双方が互いに利用しあうという事です。何がいけないのでしょう?」

 

相互利害の一致、と言う点には欠点がある。それは局長がもしその人類の技術を深海に持ち逃げしたらと言う点である。だがその点について直人は何の憂慮も無かった。その意志の無い事は確認済みであったからだ。

 

来栖「だがそれなら更に上級の個体を捕縛して尋問すればいいのではないのか?高々戦艦級では得られる情報も限られてくるのではないかね?」

 

提督「それはまるで、今我が司令部に招いているゲストを放逐せよと、仰られている様にも取れるのですが。」

 

来栖「ご明察だ、君の私見はどうかね?」

 

提督「我々は相互の利害一致によって交友を得ている間柄なのです。それをみすみす壊し敵に回したとあっては、交友の機会は永久に失われるでしょう。それにあなた方は御存じないと思いますが、ゲストとして招いているのは超兵器級のオリジナルです。上級の知能体としては、相応しいと思いますが?」

 

来栖「ううぬ・・・。」

 

来栖は最早唸るしかなかった。

 

牟田口「成程、敵と意思疎通を図り友好関係を深め、様々なことを問いただす機会を作る、か。だがその為に我々の技術を与えるとはどういうことかね?」

 

提督「敢えて申し上げると、我々の技術は彼らにはないものばかりではありますが、手に入れても退嬰的なものでしかありません。ですが深海には、我々の知り得ない未知の技術が確かに存在する。それらを融合すれば、我々が超兵器級にも対抗しうる兵器を作りうる可能性を見出した、それだけであります。」

 

嶋田「その可能性の根拠は何かあるのか?」

 

先程直人に一杯食わされた嶋田が巻き返しを図る。

 

提督「我々ヒトと言う生き物は過去にも、個人の独創に於いて古い物と新しい物を組み合わせ、より良い技術を生み出してきた例が幾つもあります。我々が頭で考え、手足で実行する生き物だからこその芸当です。その先例に倣う事の何がいけないのでしょう?」

 

そこへ人知れず戻ってきていた幹部会序列第4席の土方海将が私見を述べた。

 

土方「確かに、深海棲艦はビーム兵器を初め、肉眼でミサイルを落とせる等、尋常ならざる敵である事は事実です。あくまで私見ではありますが、手段はどうあれ我々人類の勝利に繋がるのであれば、それが最善であると考えます。」

 

ううむ・・・と言う唸りが一瞬部屋を支配し、その後査問官が声を潜め互いに話し合う。

 

提督「・・・。」

 

それを腕と足を組んで待つ直人。

 

提督(下らん、こんな精神的リンチに、俺が屈すると思うのか?)

 

その頃・・・

 

 

 

南西諸島東側海域 午後1時過ぎ

 

 

金剛「全砲門、ファイヤー!!」

 

 

ドオオォォォーーーン

 

 

加賀「・・・別の艦隊を発見、攻撃隊、出します。」

 

金剛「お願いしマース。」

 

沖縄本島付近で制圧戦闘を行う横鎮近衛艦隊の面々は、同島にいた深海棲艦と交戦していた。

 

神通「1水戦、突撃します、私に続いて下さい!」

 

1水戦メンバー「はい!」

 

神通を先頭に、雷達駆逐隊が突撃する。

 

その前で、金剛の先制砲撃1斉射で3隻まで数を減らされた深海棲艦が狼狽する。

 

雷「雷の出番ね。」

 

綾波「ここで、負けられません!」

 

雷&綾波「突撃します!」

 

雷と綾波が突出する形で前進する。

 

愛宕「援護するわ!」

 

神通「お願いします、筑摩さんは周辺に別の敵がいないか偵察を!」

 

筑摩「はい。」

 

神通が的確に指示を飛ばす。その間に加賀は攻撃隊の発艦をほぼ終えていた。

 

蒼龍「良い編隊飛行ですね、加賀さん。」

 

加賀「皆、優秀な・・・自慢の子達ですから。」

 

蒼龍「そうね。」

 

加賀は最後の1本を番え、放つ。

 

赤松「おかん! 戦果期待して待っとれ! ガハハハハハ!」

 

加賀制空隊長妖精赤松貞明、後で紹介するが、腕は確かである。

 

加賀「調子に乗るのも程々にね、慢心しちゃダメよ。」

 

赤松「わーっとるわい!」

 

赤松の零戦も先行する攻撃隊と合同し、敵を目指し飛んでいった。

 

蒼龍「・・・相変わらずですね、松ちゃん。」

 

加賀「―――そうね。腕は確かなのだけれど・・・。」

 

豪快すぎる所が玉に瑕である。

 

蒼龍「そう言えばなんか加賀さんの周りにいると何故か暖かいんですが・・・。」

 

加賀「気のせいですっ。」ピキッ

 

蒼龍「そ、そうですよね。」アセッ

 

だが実際暖かい。

 

金剛「そうですカー? やたらと暑い気もしますがネー?」

 

ブラックジョークが好きな辺り流石英国からの帰国子女であろうか。

 

加賀「砲撃しますよ?」

 

金剛「それはノーセンキューデース。」^^;

 

流石に焦る金剛であった。

 

神通「金剛さん、こちらは撃破しました、次に行きましょう。」

 

金剛「OK! 行きマスヨー!」

 

 

~査問会室~

 

提督(あいつら、よくやってるのかね・・・。)

 

こんな状況でも皆を心配している直人であった。

 

嶋田「紀伊提督。」

 

提督「・・・なんでしょう。」

 

嶋田「君の実力は確かだと聞いている。だがもし、もしもだ、その二人が裏切ったら、その時はどうするのかね?」

 

提督「・・・この期に及んでそんな事を聞く必要が、あるのですかな?」

 

ギラリと鋭い眼光を向ける直人。それに恐れをなした嶋田は一瞬言葉に詰まった。

 

嶋田「ね、念の為に聞かせて欲しいのだ。」

 

提督「その場で始末します。何の為の艤装なのでしょう?『あの計画』の提唱者であるあなたにあの艤装の目的が分からない筈がないでしょう? 最も、そんな真似が出来るとはあの二人も思ってはいないでしょうね。私の強さを“よく”知っている筈ですから。」

 

実際は“よく”では無く“身を以て”なのだが敢えてそこは控えめに表現したようである。彼自ら戦ったとも言えないのもあったろう。

 

査問官A「紀伊元帥、君は目上に対して礼を失しているのではないかね!?」

 

幹部会以外にいた二名の査問官の片方が声を荒げて詰問する。

 

提督「貴官の階級はどうあれ、海自と艦娘艦隊の将官とでは階級基準がまるで違う。それを弁えて頂こう!」

 

嶋田「落ち着き給え紀伊元帥。」

 

初めの方で自分から怒鳴りつけておきながら、今度は怒鳴りつけた側を宥める羽目になったのは、痛烈な皮肉であっただろう。

 

嶋田「それで、出来るのかね?」

 

提督「言われるまでも無く身命を賭してやります。」

 

牟田口「そうか、それを聞いてこちらも安心出来るというものだよ。」

 

どこかあざ笑う様に―――少なくとも直人にはそう聞こえた―――言う牟田口。

 

牟田口「退室を許可しよう。君への嫌疑はこれにて不問とする。」

 

提督「・・・そうですか、ではこれにて。」

 

そう言って提督は席を立ち、査問会の部屋を後にした。

 

 

 

午後2時過ぎ 大本営本庁舎1F エントランス

 

 

エントランスのベンチで、大淀は直人が戻ってくるのを不安げに待っていた。

 

 

コツッコツッコツッコツッ

 

 

大淀「・・・?」

 

顔を見上げてその足音の方を見ると、歩み寄って来たのは直人ではなく土方海将だった。

 

土方「大淀君、やはりここか。」

 

大淀「あの、提督は?」

 

土方「査問会は今終わったところだ、多分トイレだろう。」

 

大淀「長かったですものね・・・。」

 

かなり端折りはしたが午前10時頃から行われていたのだ。

 

その提督、直人はというと・・・

 

 

大本営本庁舎1F 東側男子トイレ

 

 

提督「う~ん・・・」

 

 

ポトン

 

 

提督「ふぅ・・・」

 

土方海将の想像こそ当たってはいたが、まさかの小ではなく大だった。

 

 

 

土方「大淀君、君を紀伊元帥の所へと遣わした身として、一つ聞かせて欲しい。」

 

大淀「はい、なんでしょう?」

 

土方「君は提督の傍で任に当たる者として、本来このような事態を、査問会となる前に止める義務があった。だが、大淀はそれをしなかった、なぜかね?」

 

大淀は少し考えた後、土方に対して、限りなく確信に近い程強い口調で強く言った。

 

大淀「土方海将、仰る通りです。ですが、私は提督を信頼しています。提督ならどんな状況でもその挽回策を知っておいでだと感じました。ですから敢えてお止めしなかったのです。・・・おかしい、でしょうか?」

 

土方「・・・フッ。」

 

大淀「?」

 

大淀はこの土方の反応に、「ひょっとしてダメだったのであろうか」という思いも芽生えたが、それに対する土方の答えは、大淀の想いが杞憂である事を証明した。

 

土方「いや、紀伊の想いを洞察したのだな?」

 

大淀「おおよそは・・・。」

 

土方「ならば、それで良い。紀伊は敵味方の区別なく、慈悲を与える事が出来る貴重な人材でもある、それだけ視野が広いのだ。君を遣わしたのはどうやら正解だったようだ、これからもよく彼を補佐してやってくれ。」

 

大淀「は・・・はい―――!」

 

提督「んん~~っ、ふぅ~スッキリした。」

 

そこへ大きく伸びをしながら呑気にやって来たのは直人であった。

 

大淀「提督、お疲れ様でした。」

 

提督「ありがとう、全く査問官共め、おかげでトイレを我慢する羽目になったじゃないか。」

 

重大事を終えてきた事に比べればどうでもいいようなことをぶうたれる直人である。

 

土方「ハハハッ! まぁ致し方あるまい。それで? こうなる事も予見済みだったのか?」

 

提督「・・・。」

 

直人は提督という視点から、目を閉じ瞑目してから答えた。それは、全てを正確に貫く回答でもあった。

 

提督「恐らくは、鎮守府内、それも艦娘の中に幹部会と通じている者がいると見ていいでしょう。まさかあなたがそんな真似をするとは、思いませんがね。」

 

土方「その予想は正しい、恐らくは嶋田か牟田口議長だ。私は何もしていないし何も聞かされておらん。だがそれでいて証拠も何も無いから、君の力にはなれそうにない。すまんな・・・。」

 

提督「―――こういう時に、貴方は嘘をつきません、そのお言葉を聞いて安心しました土方海将。いや、土方『提督』とお呼びすれば宜しいですかな?」

 

そう言う直人の目は少し笑っていた。

 

土方「おいおい、提督は勘弁してくれ、もう8年前の話だからな。」

 

土方海将は、8年前の深海棲艦と日本の戦いの時海将に昇進し、横須賀基地の全護衛艦を率いて戦った身であり、その事から提督と呼ばれる事もある。

 

提督「ハハッ、そうでしたね―――それでは。」ザッ

 

土方「今日は本当にご苦労だった。」

 

互いに敬礼を交わす直人と土方。

 

二人が交わす眼差しには、ただの『部下』と『上司』であったとは思えぬような温情がこもっていた。

 

提督「さぁ、帰ろうか大淀。」

 

大淀「はい!」

 

 

午後2時半、彼らは帰途に就き、提督官舎付近に来る頃には既に5時頃になっていた。横浜の街で少々買い物をしていたのが原因であったが。

 

この日は生憎昼頃から曇り出し、夕日は見えなかった。

 

提督「うーん、今日は夕日は見えんか。」

 

大淀「ですね。」

 

そう返事してから大淀はふと思ったことを質問した。

 

大淀「夕日、お好きなんですか?」

 

提督「ん? あーいや、好きと言うほどではないがな・・・色んな事を思い出させてくれるから、嫌いではない、かな? となりゃ若干なり思う所はあるってことだな。」

 

大淀「そうですか。」

 

そんな事を呟いている頃、一つの出来事が、起こるべくして起こった。

 

 

 

その時金剛達は、敵の残党狩りをほぼ終えている所であった。

 

神通「撃て!」

 

神通に続いて金剛が砲撃態勢に入る。しかしそれを狙う影が一つ―――

 

金剛「これで、フィニッシュデース!!」

 

加賀「―――! 金剛さん、下がって!」

 

金剛に向けて砲撃姿勢を取る敵を見つけ、危険を知らせようとする加賀。

 

金剛「ノープログレムデース!」

 

しかし金剛はその言葉を聞き入れず、目の前の敵に砲を指向する金剛。金剛は左正面の敵影に一切気付いていないのだ。

 

筑摩「っ! 危ない、金剛さん!!」

 

筑摩も気付いて呼びかけるが、意気上がる金剛の耳に、それは届かない。

 

 

ズドドォォォー・・・ン

 

 

摩耶「金剛!!」

 

羽黒「金剛さん!!」

 

金剛「なっ・・・!!」

 

金剛とその他二人がその事に気付いたときには既に、手遅れであった。

 

金剛の死角から既に敵深海棲重巡リ級Flagが、一斉砲火を放っていた・・・

 

 

カッ・・・

 

 

綾波「金剛さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・ん!!!!」

 

 

ドガアアァァァァァァァーーーー・・・ン

 

 

綾波の絶叫と共に、金剛に砲撃が直撃した・・・。

 

 

 

提督「・・・無事に帰ってこいよ、お前達・・・。」

 

大淀「―――はい、無事に帰ってくるといいですね・・・。」

 

そう念じずには居られない二人。

 

しかしこの事を、まだ直人らは知る由もない。

 

 

 

~グァム棲地~

 

 

「・・・ソウカ、沖縄ハ壊滅シタカ。」

 

「次ハココニ来ルト思ワレマス。」

 

「イツデモコイ、相手ニナッテヤロウ。忌々シイ艦娘ドモメ・・・!!」

 

深海棲艦の西太平洋における根拠地であるグァムでは、泊地棲鬼の指揮の下で、迎撃態勢が取られていた。

 

その身に持つ使命を忘れたまま、その身の運命を知らぬまま・・・

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

 

 

艦娘達の南西諸島方面作戦と、提督の査問会と言う、二つの戦いは幕を閉じた。

しかしながら艦娘達は少なからざる傷を負って帰途に就く。

それは艦娘としての宿命でもあった。

そして査問会の理由とは? 深海側の思惑や如何に!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第8章、「戦いの終わりと・・・」

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・




艦娘ファイルNo.24

加賀型航空母艦 加賀

装備1:零式艦戦21型(赤松隊)(対空+8 回避+6 命中+4 索敵+1)
装備2:99式艦爆(牧田隊)(爆装+6 命中+2 対潜+1 索敵+2)
装備3:97式艦攻(北島隊)(雷装+8 命中+3 回避+1 索敵+2 対潜+2)

木曽の初建造における大戦果で建造された正規空母。
特異点らしい点はあまり見られない。赤城と仲がいいが提督の指示は素直に聞く。誰に対しても疑問をズバッという事の出来る性格の持ち主でもあり、また偏見の目を向けること無く艦の実力を洞察できる貴重な才能をも持っている。
赤城に比して殲滅力で劣るが制空能力に秀で、特に赤松隊の制空戦闘機隊は、問題行為も目立つがその戦果も確かなものがある。

零式艦戦21型(赤松隊)
ステ:対空+8 回避+6 命中+4 索敵+1

隊長妖精赤松貞明率いる加賀制空隊。
隊長赤松貞明は酒にたばこ、女に喧嘩好きと問題行動が目立つが、。あと鳳翔制空隊長柑橘類と同様普通に喋れる。
性格は豪放磊落かつ無遠慮。また仲間思いな一面もあり、その事から部下達からは篤く慕われている。
常に煙草を携帯しており相当吸っているようだ。


司令部ゲストメンバーNo.3

朝潮型駆逐艦 荒潮 担当:薬品管理研究科

局長がどこからか拾ってきた深海棲艦の残骸をドロップ判定にかけた結果できた艦娘。正規ルートの入手では無い為に技術局スタッフとして局長の下でのんびりしている。
その正体はこの世界における某鎮守府の荒潮であり、艦娘であるが戦闘方面に才を発揮しなかった(出来るがしていない)為に覚醒はしない、が、次元の違う力を秘める上隠れ戦闘狂。
生体管理科の仕事は後に雷に譲る事になる。
なお夜戦知識のみはそこそこあるが経験はなし。何の事であるかは紳士諸君であればわかる筈だ。(キリッ


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第8章~戦いの終わりと・・・~

ういーっすどうも、横鎮提督の天の声です。

青葉「今回随分と軽いですね、あっ、どもー恐縮です、青葉です!」

いいじゃないたまには。コメント来たらこの辺でコメ返しでもするところなんですが、如何せんまだ知名度「それ以上はいけない。」せ、せやな。(エブリスタ時代の痕跡である。)

まぁ、今回も伏線を幾つかばら撒いたつもりで書き進めましたが、絶対回収するのでその辺は心配しなくてよし。後次回予告の節ですが、やりたかったからやった、準拠するとは言っていない!!

青葉「アッハイ。それにしてもスクープ写真が・・・。」

やかましいわ直人に消されても文句言えんようなスクープだろうが。

青葉「そ、そうですね・・・。」

という事で今回は解説事項として入渠でも説明しましょうか。多分皆想像はついてると思うが。

青葉「ですね。」

ざっくり言っちまうと、入渠=お風呂です。しおいもガッツリ「お風呂直行!」って言ってるしね。

青葉「ちょっとメタいです。」

いいのいいの此処そう言う場所だから。因みに高速修復剤は艦娘に効能がある入浴剤、と言う感じになってます。アニメみたいに上からダバーして・・・とかはないです。

青葉「何で今言うの途中でやめたんですか。」

なんか気恥ずかしくなった。

青葉「さいですか。」

流石に高速建造材=バーナーだとね、修復剤は真面目に考えないと。

青葉「あれ使うと一気に建造棟の中蒸し風呂になりますからね・・・」

ほんの10秒位の間だからいいけどね。

青葉「ですねぇ~。」

さて、この物語は一旦この辺りで節目を迎えます。実の所前章の作戦は2-1~3を統括した作戦(と言うかバシー島沖とかオリョール海とかどこだよっていう。)なのですが、実は作者は13年4月11日頃着任してそのきっかり2週間後に放置に入ってます。

青葉「そうなんですか?」

うん、2-4で心折れたらしい。ついでにプライドも砕け散ったようで。

青葉「あちゃぁー・・・」

という訳でこの次の章以降暫く出撃は余り無いと思います。なので暫くは平和な・・・平和な日常が続くと思います。

青葉「なぜ言い直した。」

こまけぇことは気にするな、では始まりまーす。


午後5時半、直人が司令部に帰り着いたころには辺りはすっかり暗くなっていた。

 

 

天龍「よぉ提督! どこ行ってたんだ?」

 

帰って早々屋内に入る前に天龍に見つかった。

 

提督「まぁ、仕事で大本営にな。」

 

天龍「そうか。冷えて来たから中に入っとけ、金剛達ももうすぐ帰って来るからよ。」

 

見回りに出ていたと言う天龍はそう言う。

 

提督「そうだな、そうしよう。」

 

天龍「おう、お疲れさん!」

 

天龍は“左目”でウィンクして言った。

 

実は天龍は本来つけている筈の“左目の眼帯”を着けていない。彼女の特異点でもあったが、彼女の両目はしっかりと見えているのである。彼女の黄金色の双眸は、宵闇の中であっても輝きを放っていた。

 

大淀「ところで提督? 今日は書類がまだ1枚も片付いてませんが?」

 

提督「ゲッ・・・」

 

嫌な事を想いだした直人であった。デスクワークは傍から見れば達人級だが直人自身あまり好きではないのだ。

 

天龍「アッハッハッハッハッハッ!! 提督、『ゲッ』はないだろwwwww」

 

腹を抱えて笑う天龍である。

 

大淀「キッチリやって頂きます。」キラーン

 

メガネのレンズがきらりと光る。

 

提督「あ、明日じゃ――」

 

大淀「ダメです。」

 

提督「ぐぬぬ・・・はい。」

 

どうにか逃げようと悪知恵を巡らすも、結局観念した直人は執務室へ足取りを速めたのだった。

 

 

 

大淀「次はこの書類を・・・」

 

提督「ぐおおおお・・・」カリカリカリカリ・・・

 

中々に苦行であった。

 

 

 

天龍「・・・あの事伝えなくて良かったのかねぇ、龍田。」

 

龍田「教えたらお仕事に差し障るでしょうし。」

 

天龍「それもそうかぁ・・・。」

 

 

 

提督(―――幹部会との内通者・・・成程、その様子をつぶさに見ていた艦娘が、二人ばかりいたな。成程あいつか。)

 

直人はあれから様々な可能性を考査したが、やはり内通者だろうと考査してみていたのだ。

 

大淀「提督!!」

 

提督「はっ、はいっ!」

 

大淀「ぼーっとしてないで次の書類!」

 

提督「分かった分かった(焦)」カリカリカリカリ・・・

 

案外厳しい大淀さんでした。

 

大淀「あと開発と建造のお仕事も残ってます!!」

 

提督「な、なんだってぇ~~!?」

 

素っ頓狂に驚く直人。流石にその辺りは終わっているのだろうと思っていたらやっておいてはくれなかった。

 

提督「うーむ・・・仕方ない、扶桑を呼べ、早く!!」

 

大淀「はい!」

 

 

~5分後~

 

扶桑「開発と建造、ですか?」

 

事情を説明した直人さん。

 

提督「そうだ、今すぐに取り掛かってもらいたい。資源量は任せる。」

 

扶桑「・・・分かりました。私で宜しいのでしたら、お任せ下さい。」

 

そう言って立ち去る扶桑。

 

提督「ふぅ、あっちは何とかなった。」

 

 

バサッ

 

 

提督「!」

 

大淀「次の書類です。」ニッコォ

 

提督(・・・こいつ、隠れSか。)^^#

 

げんなりしつつも・・・

 

提督「OK任せろ。」ペラッ、カリカリカリ・・・

 

やらざるを得ないのだが。

 

 

・・・で

 

 

提督「これで終わりっと。」

 

大淀「お疲れ様でした。そろそろ金剛さん達が戻ってきますね、お出迎えに行かれますか?」

 

提督「オフコース。」Σd(・ω・

 

という訳で司令部裏の停泊用ドックへ。

 

 

 

4月28日(日)午後8時半 司令部裏ドック

 

 

提督「すっかり暗くなったな・・・。」

 

仁王立ちで待ち構える直人

 

局長「ソウダナ。」

 

と、局長。(ナンデヤ

 

天龍「おせぇなぁ・・・。」

 

更に天龍と陸戦隊第1大隊の妖精達。力仕事があるといけないので妖精たちに来てもらったのだ。彼らならお手の物である。

 

補足すると、この陸戦隊妖精が件の大本営に要請した陸戦隊1個連隊の一部である。この妖精陸戦隊1個連隊は4個大隊より成り、総兵力は3000名程度になっている。1個大隊750名前後の計算だ。

 

大淀「ですね・・・。」

 

当然ながら大淀も同行。

 

提督「そろそろの筈なんだが・・・。」

 

大淀「来ました!」

 

提督「うむ。」

 

金剛達の姿は目視で確認こそできたが、始めは夕闇の中に溶け込んでいてよく見えなかった。だが近づいてくるにつれてそれが鮮明に見えてくると、直人の表情からしても、彼は尋常ならざるものを悟っていた。

 

提督「―――! 天龍、明石さんを呼んで来い、入渠の準備だ! 陸戦隊は損傷した艤装を運べ! 大淀は俺と一緒に戦闘詳報をまとめる用意を!」

 

局長「艤装修理ハ、私ダナ?」

 

提督「いいんですか?」

 

局長「ナントナクコウナル気ハシテイタ、準備ハ済マセテアル。」

 

提督「では、お願いします。」

 

直人が頭を下げる。

 

局長「顔ヲ上ゲテクレ提督、ソレガ仕事ダ。」

 

提督「そう、ですね・・・。では艤装は造兵廠ではなく技術局へ回せ!」

 

明石「もうー! どうしたんですかご飯中だったのに!」

 

そこへ明石さんが食堂の方から姿を現した。

 

提督「あぁ明石さん、食事中すまない、入渠とドロップ判定の準備、特に入渠の準備を大至急!!」

 

明石「―――明石の出番ですね。」

 

提督「あぁ。頼む!」

 

明石「はいっ、お任せ下さい!」

 

明石が走り去った後、金剛達が岸壁にたどり着く。

 

金剛は加賀と愛宕に担がれていた。その艤装も半壊しており、航行するのも青息吐息と言ったところであっただろうことは見て取れた。

 

提督「一体何があった、金剛!」

 

神通「それは私が。」

 

神通が金剛に代わって説明を始める。その神通も左腕を押さえていた。

 

神通「金剛さんは午後5時ごろ、作戦を殆ど終えて残敵掃討をしている時、うっかり突出してしまったんです。そこを死角からリ級フラッグシップに狙い撃たれ、大破してしまいました。」

 

提督「その敵はどうした?」

 

初めてこのような損害を被り動転したのか、提督が強い口調で聞き返す。

 

愛宕「私達が撃沈こそしましたが、金剛さんはここに戻って来る途中で意識を失ってしまいました。」

 

提督「・・・!」

 

その事に、直人は衝撃を禁じ得なかった。金剛の実力は彼も横須賀防衛戦の戦闘詳報で知っていた、しかしその金剛がこの有様になって帰って来るとは考えもしなかったのだ。

 

他に負った損害は、綾波・筑摩・加賀中破、雷・初春・神通・蒼龍・摩耶小破と言うものであった。

 

摩耶「すまねぇ提督、金剛を守り切れなかった・・・。」

 

自責の念に駆られる摩耶を直人は諭す。

 

提督「いや、それは違うぞ摩耶、傷だらけになってまで頑張ったお前も、皆も、賞賛するに足ると俺は思う。今はゆっくり、休んでくれ。」

 

摩耶「おう。」

 

提督「金剛には高速修復剤を使用、入渠終了後、金剛の部屋のベッドに運んでおいてくれ。雷、看病頼めるか。」

 

雷「え、えぇ。勿論よ!」

 

雷は艤装損傷だけで済んでいた為、艤装修理だけで済みそうであった。

 

提督「よし、なら頼む。軽傷者はすぐ入渠に回せ、必要なら高速修復剤も使用を許可する。」

 

大淀「で、ですが在庫が・・・」

 

この頃、司令部の高速修復剤の備蓄は、補充されればすぐ使うと言った状況であった為、大淀のこの危惧は当然だった。

 

提督「構わん、補充出来次第順次充当すればいい。」

 

大淀「・・・分かりました。」

 

しかしいつも通りやるしか、結局はそうするしかないのだ。

 

局長「デハ損傷シタ艤装ハコチラデ預カル、シッカリ直シテオイテヤロウ。」

 

神通「はい、お願いします。」

 

天龍「提督! 担架持ってこさせた!」

 

提督「ナイス天龍! 金剛を入渠棟へ!」

 

そう言うと妖精さん達が金剛を担架に乗せ、実に50人がかりで運んでいった。

 

その妖精達が金剛を運んでいくのを見送る際、直人は視界の隅に、物陰から様子を窺う影を目ざとく見つけた。

 

天龍「龍田の奴どこ行っちまったんだこんな時に!」

 

提督「―――さぁな。」

 

この時、疑惑は確信へ変わった。

 

 

 

午後9時半 造兵廠への小道脇にて

 

 

龍田「・・・えぇ。そうです。横鎮近衛は大損害を負いました。・・・はい・・・はい、暫くは・・・、分かりました。では。」

 

 

ピッ

 

 

龍田「さて――――」

 

 

ヒュッ

 

 

龍田「ッ!」バッ

 

 

ドッ・・・

 

 

龍田「・・・そこにいるのはだぁれ? 出てきなさぁい? 怒らないからぁ♪」ブン

 

自慢の槍を構えながら呼びかける龍田。

 

提督「ほう、あの一撃を避けるか。」

 

木立の陰から出てくる直人。

 

龍田「何のつもりかしらぁ? こんなことをしちゃぁ、天龍ちゃんが黙ってないわよぉ?」

 

提督「それはこちらのセリフだ。龍田。」

 

龍田「?」

 

わざとらしく首を傾げる龍田に、直人は本題を突き付けた。

 

提督「今、どこのどいつに連絡していた?」

 

龍田「!!!」

 

提督「まさか俺の気配に気づきもしないとは、迂闊だな龍田よ。」スッ

 

そう言って構えたのはナイフのグリップ、但し刃がついているはずの方にはばねが付いている。

 

提督「諜報員ならこのナイフの事は知っているはずだ、バリスティック・ナイフだ。それともスペツナズ・ナイフと言った方がいいか?」

 

さっき龍田に向かって飛んで来たのは、刃を飛ばして敵を殺す武器、スペツナズ・ナイフの刃であった。そして直人は帯刀さえもしていた、疑惑でこそあれ龍田の不信さには完全に気付いていたのである。

 

龍田「・・・いつ私と?」

 

提督「確信に至ったのはさっきだ。だが疑念は査問会に呼ばれてよりずっと考え続けていた。誰かであろうとな。」

 

龍田「・・・悟られたんじゃ黙っては返せないわねぇ?」ブン

 

提督「・・・残念だ。」ジャキィン

 

龍田は槍を構え、直人も抜刀し下段に構える。

 

数瞬の沈黙・・・

 

龍田「はぁっ!」ブン

 

最初に動いたのは龍田、直人から見て左下から右上に向けて斜めに払う。

 

 

が―――

 

 

提督「・・・!!」

 

 

ザイイィィィーーー・・・ン

 

 

龍田「!!!?」

 

 

ドッ・・・

 

 

それと対抗する形で直人は刀を振り上げ、龍田の槍を正面から一閃して刃を両断した。

 

提督「ふんっ!!」ヒュッ

 

 

ドッ・・・

 

 

龍田「うっ・・・。」

 

そのまま直人は刀を峰打ちで斜めに振り下ろして龍田の鳩尾を打ち据えた。

 

 

ドサァッ・・・

 

 

提督「フゥ~・・・ッ。」チャキン

 

明石「提督どこ行ったのかなぁ・・・あっ、提督!」

 

提督「おう!」

 

そこに司令部の方から明石がやって来た。

 

明石「って、えぇぇ? 何があったんですかこれ、大乱闘でもしたんですか?」

 

提督「へ?」

 

明石が辺りを見回してそう言うので提督も見てみると、辺りの木々に刻まれた無数の傷が、しかもかなり鋭い。

 

提督「いや、龍田としか戦ってない。」

 

明石「それはそれでどうなってるんですか・・・。まさか衝撃波とかおこってませんよねこれ。」

 

提督「あー、それかもしれない。」

 

明石「え。」^^;;;

 

原因は龍田槍の刃を両断した時。その時の直人の一閃で衝撃波が起こったのである。直人がそう言った時、明石はただただ驚いた。

 

明石「そんな技なんで提督が使えるんですか・・・。」

 

提督「テイ○ズオブデス○ィニーの裂衝蒼破刃(れっしょうそうはじん)真似てたらいつの間にやら出来てた。」

 

明石「なんでゲームの技体得しようとなんか・・・。」

 

提督「浪漫だ。」

 

明石「アッハイ。」

 

一応納得したようです。

 

提督「取り敢えず龍田は司令部にでも運んどいてー。」

 

明石「わ、分かりました・・・。」

 

提督「で? 俺に何か用があったんじゃないのかな?」

 

明石「あっ、そうでした。」

 

明石は忘れてたと言う様子で話し出す。

 

明石「ドロップの判定と建造結果出たんで呼びに来たんです、あと金剛さんの入渠、終わりました。」

 

提督「おっと、それは一大事だ、すぐ戻ろう。」

 

明石「はい!」

 

そう言って直人は駆け足で司令部に向かった。

 

 

 

龍田の名誉の為に補足しておくが、龍田は槍術使いとしては達人クラスの技量を持つ、それこそ片手でぶん回して確実に敵を斬り裂き突き殺す程度には。

 

だがあそこまで龍田があっけなく倒されたのは技と技量もあるがもう一つ、直人自身の殺気と気迫である・・・。

 

 

 

司令部に戻った直人、戦闘詳報の報告を受けてから建造棟に向かう。

 

ドロップ判定も建造も同じ場所でやっていたりする。

 

扶桑「あっ、提督。」

 

提督「扶桑さん、どうなった?」

 

扶桑「それが・・・」チラッ

 

扶桑が見た方向を見ると、中々もの凄いメンバーが一堂に会していた。

 

まず建造組。

 

日向「あなたが提督? ふうん、いいけど。伊勢型戦艦2番艦、日向よ。一応覚えておいて。」

 

雪風「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ、宜しくお願い致しますっ!」

 

響「響だよ。その活躍ぶりから不死鳥の通り名もあるよ。」

 

最上「ボクが最上さ。よろしくっ!」

 

提督「・・・扶桑、よくやった!」

 

扶桑「ありがとうございます。」^^

 

うむ、良い笑顔だ。

 

提督「さてドロップの方は・・・っ」

 

完璧に絶句したその目線に先にはとんでもないメンツがいた。

 

比叡「金剛お姉様の妹分、比叡です!」

 

榛名「高速戦艦、榛名、着任しました。あなたが提督なのね?よろしくお願い致します。」

 

山城「扶桑型戦艦姉妹、妹の方、山城です。」

 

飛龍「航空母艦、飛龍です!」

 

伊勢「超弩級戦艦、伊勢。参ります!」

 

ここまででも十分そうそうたる面々だが、極めつけは・・・

 

紅蓮の眼光、毛先にピンクのグラデーションのかかったベージュの髪、特徴的なくせ毛、両太腿の4連装魚雷発射管、右手に連装砲、左手に魚雷。出会った敵全てを灰塵に帰し鉄底に沈め伏す最強の駆逐艦と言えば、皆さんもご存知であろう。

 

夕立「こんにちは、白露型駆逐艦「夕立」よ。よろしくね!」

 

提督「・・・。」

 

流石に絶句せざるを得ない。

 

提督「・・・。」チラッ

 

さっきからこっちを誇らしげに見つめる雷を見る。

 

雷「フフン。」^^v

 

・・・褒めて貰いたいんだな。

 

提督「雷、よくやったぞ~、今度間宮のアイスでも食べに行こうか。」

 

雷「やったぁーー!!」

 

提督「よしよし。」ナデナデ

 

雷「―――! エヘヘ・・・」

 

提督(・・・なにこれ可愛い。)

 

因みに間宮さん、まだ未登場ですが4日前に着任してオープンしてます。

 

なお雷は建造とは別の用でここにきている。

 

提督「それにしても駆逐艦増えたな・・・ん?」

 

響「・・・。」ジーッ

 

提督「・・・。」

 

直人はため息を一つついてから響の頭もなでてあげた。

 

響「・・・ハラショー///」

 

提督「それにしても今回姉妹同士と対面するケースも発生したな・・・。」

 

扶桑「そうですね・・・。」

 

提督「姉妹二人まとめてと言うケースは置いといてもだ・・・。」

 

伊勢と日向を見ながら言う直人、少し離れて二人で和気あいあいと話をしている。

 

提督「そう言えば雷、金剛の様子は?」

 

比叡「お姉様に何かあったのですか!?」

 

提督「のわっ!?」

 

比叡が急に話しかけるものだから驚く直人。

 

雷「まだ意識は戻ってないみたい。」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

直人の表情が曇る。

 

比叡「提督、何があったんですか!?」

 

必死の様相で問いかける比叡。

 

提督「あぁ、それだがかくかくしかじかでな。」

 

比叡「そんな―――っ。」

 

これで通じるのは2次元だけの特権である。

 

提督「そんな訳だから、俺も付き添おうと思ってる。」

 

比叡「なら私も!」

 

提督「お前は訓練!」デコピン!

 

比叡「ひゃうん!?」ペチン

 

・・・なにこれk(ry

 

提督「俺が無責任に送り出した責任でもある、俺が寄り添わなければ。」

 

比叡「でもそれは、艦娘の宿命でもあるのではないでしょうか?」

 

提督「・・・確かにそうかもしれん。だがな、俺は提督だ、彼女たちを守る義務があると思う。俺はお前たちを、一隻たりと沈めたくはないんだ。察してくれ、比叡。」

 

比叡「・・・。」

 

比叡が沈痛な面持ちで考え込み、そして言った。

 

比叡「分かりました。訓練に精進します。」

 

提督「ありがとう。」

 

比叡「いえ! これからこの鎮守府で、気合!入れて!頑張ります!」

 

提督「おう、頑張れ!」

 

提督と比叡は拳をぶつけ合う。

 

比叡「ではこれで!」

 

提督「おう。」

 

比叡が立ち去った後、提督は雷の案内の元金剛の部屋に行った。

 

 

 

4月28日23時10分 艦娘寮第2棟(大型艦寮)二階・金剛の部屋

 

 

雷「ここが金剛さんの部屋よ。」ガチャッ

 

雷の後から部屋に入る提督。

 

窓は北向き、入って正面にちゃぶ台があり、右奥にベッドが一つある。

 

後はベッドの東側の壁に押入れが1つ、全室共通の内装である。

 

そのベッドに金剛が横たえられていた。

 

提督「金剛・・・。」

 

神通によると、もう少し帰着が遅ければ、どうなるか分からなかったところであったと言う。

 

それだけにより一層直人の想いは深刻であった。

 

提督「雷、今日はもう上がって、明日からまた訓練に精励してくれ。」

 

雷「でも・・・。」

 

提督「金剛は俺が見るから、いいね?」

 

雷「・・・えぇ、分かったわ。おやすみなさい、提督。」

 

提督「おやすみ、雷。」

 

 

 

雷が去った後、提督は雷の使っていたと思われるベッド脇のパイプ椅子に腰掛け、金剛の目が覚めるのを待ち続けた。

 

提督「・・・。」

 

提督はずっと黙ってある事を思っていた。

 

『もし彼女らが帰ってこぬ事があれば』と・・・。

 

今回は運が良かったかもしれないが、次はどうか、次の次はどうであろうか。

 

彼の不吉な想念は尽きる事を知らなかった。

 

 

 

4月29日午前7時前 艦娘寮・金剛の部屋

 

 

チュン、チュン・・・

 

 

提督「うぅ・・・ん・・・」ウトウト

 

流石に眠たいご様子の直人。

 

提督「・・・。」ゴシゴシ

 

瞼をこする。

 

提督「んん~~・・・っ。」ノビ―

 

背伸びをする。

 

提督「・・・。」(`・ω・´)キリッ

 

シャッキリ起きた直人。

 

金剛はまだ目覚めていない。

 

故に直人の顔からも、陰鬱な表情が消えない。

 

提督「―――はぁ・・・。」

 

直人自身、実はなぜここまで金剛の事を心配するのか分かっていなかったのだが。

 

提督「・・・。」クラッ

 

やべぇ―――流石にしんどい・・・。

 

直人がめまいを覚え始めたその時であった。

 

金剛「ウウ・・・ン?」

 

提督「・・・!」

 

金剛「ここは・・・私の、部屋? 一体何があったんデース?」ムクリ

 

提督「金剛・・・ッ!」

 

その瞬間直人は無意識に金剛を抱きしめていた。

 

金剛「テッ、提督ッ、何を・・・」

 

提督「良かった・・・本当に・・・良かった・・・!」

 

涙ぐみながら声を絞り出すように言う直人。

 

金剛「―――!」

 

最初こそ困惑した金剛だったが、その言葉で全てを察した。自分は被弾して重傷を負い、辛うじて司令部に担ぎ込まれたのだという事を。そして彼が、ずっと付きっ切りで自分の意識が戻るまで付きっきりでいた事を。

 

提督「・・・」ギュッ

 

金剛「―――ごめんなさい提督、心配かけて・・・。」

 

提督「いいんだ・・・こうして帰って来てくれたから・・・。」

 

直人は心底安堵していた。金剛が大破したと知った時、的確に指示こそ飛ばしていたが、心中かなり動転していたのだ。

 

金剛「これからは気を付けマス。大好きな提督の為に・・・。」ギュッ

 

金剛も直人を抱きしめる。

 

提督「ありがとう・・・」ボソッ

 

金剛「・・・。」

 

直人と金剛は暫く抱き合っていたが・・・

 

金剛「・・・?」

 

提督「スー・・・スー・・・」

 

金剛「!」

 

安堵と疲れからか、直人はいつの間にか寝息を立てていた。

 

金剛「もう・・・仕方ないですネー。よっと。」

 

 

金剛は直人をお姫様抱っこで抱き上げると自分のベッドに寝かせ、膝枕もしてあげた。

 

金剛「・・・フフフッ。」^^

 

ある意味で金剛大勝利。

 

 

ガチャッ

 

 

榛名「―――! 金剛姉s」

 

金剛「シーッ。」

 

榛名「むぐむぐ・・・。」

 

榛名は咄嗟に口元を押さえて声を殺すと、金剛の所へ歩み寄る。

 

榛名「一体何が・・・?」

 

金剛「私が目覚めるまで、ずっとここで起きて待っていたみたいデース。」

 

榛名「成程・・・さぞや、お疲れだったのですね・・・。」

 

二人は暫く黙っていたが、ふと榛名がこういった。

 

榛名「・・・提督はお優しいのですね。」

 

金剛「心配性なだけデース。」^^

 

榛名「でも、これだけ私達を気遣ってくれる提督も、そういないのではないでしょうか?」

 

金剛「ウーン、言われてみればそうですネー。」

 

榛名「・・・フフフッ。」

 

金剛「ハ、ハハハ・・・^^///」

 

二人が微笑みを交わしている所に、どたどたと慌てた様子の足音がした。

 

雷「提督っ、金剛さんは・・・、―――?」

 

榛名がウインクしながら口元に人差し指を立て当てていた。

 

雷「―――え? これ、どういう状況なの・・・?」

 

雷、困惑中につき。

 

金剛「どうもこうも、こういう状況デース。」^^

 

雷「あー、司令官、疲れて寝ちゃったのね。」

 

半分(←ここ重要)把握したようです。

 

榛名「一睡もしてらっしゃらなかったみたいですね。」

 

雷「えーと? 昨日は司令官がお仕事? で留守にしててその後あの騒ぎだったし・・・寝てないわね。確実に。」

 

榛名「その内過労でお倒れになったりしませんよね?」

 

雷「仕事『だけ』は真面目な司令官の事だから保証はしかねるわ・・・。」

 

金剛「デスネー。」^^;

 

榛名「・・・“だけ”?」

 

なぜか一部分強調したのは理由がある。まぁ大淀さんの目を盗んで色々やってるのもあるが、仕事終わりの行動を一度ならず目にしているのだ。

 

今から4日前の事・・・

 

 

 

4月25日昼過ぎ 司令部裏ドック

 

 

雷「ん~、今日もあったかいわねぇ~。」

 

雷はこの日特に業務も無い為、司令部をうろうろ散歩していた。

 

雷「ん?」

 

雷はドックの先に誰かが座っているのを見た。

 

純白の2種軍装、直人である。

 

傍らにバケツを置き、手に釣竿を持っていた。

 

雷「・・・何やってるのよ司令官・・・。」

 

 

 

提督「~♪」

 

はい、釣り中です。本来ならまだ仕事やってる筈が今日は仕事少なかったっぽいです。

 

提督「!」グイッ

 

 

ピチピチ・・・

 

 

釣れました、アジが。(え

 

提督「アジフライにして貰うかな後で。」

 

針から外した後バケツに放り込み、餌を付け再び仕掛けを投入する。

 

なぜか妙に釣りが上手いと言う特技があるのだ。

 

 

 

雷「全く、仕事から解放されてると妙にノビノビしてるわね。」ボソッ

 

榛名「?」

 

雷「いや、なんでもないわ。金剛さん、もうあんな無茶、やめてよね?」

 

金剛「分かってマース。慢心、ダメ、絶対デース!」

 

どこで知ったかと思えば蒼龍さんが常日頃言ってるからであろう。なんだかんだで金剛は全快した。が、提督が今度は疲労で爆睡すると言う様相を呈した。

 

この様には大淀も・・・

 

 

 

大淀「うーん・・・今日はお休みにしてあげましょう。」

 

金剛「そうデスネー。これじゃぁ仕事もまともに出来なさそうデース。」

 

榛名「なら、今日は私が代行しましょうか? 金剛姉さんもここから動けないでしょうし。」

 

これは取り敢えずの所事実であった、金剛も疲労で動ける状態ではない。

 

雷「私も手伝うわ!」

 

大淀「いいんですか?」

 

榛名「お任せ下さい!」

 

雷「もっと私に頼ってくれていいのよ?」

 

大淀「はいはい。じゃぁ二人とも、お願いします。」

 

この有様である。

 

 

 

3人が去った後、金剛はぽつりと独り言を言った。

 

金剛「・・・。提督は心配性なのかなんなのか・・・、これは分かんないデスネ。」

 

だが信頼や友情とは違う何かを感じる、金剛は微笑みを浮かべながらそう結論付けていた。

 

 

 

そして、その光景を天井裏から隙間越しにシャッターを切りながら眺める者が一人。

 

 

 

青葉(フフフ・・・今度こそ大スクープです! 今度こそ!)カシャカシャカシャカシャ

 

どこにでも現れる最強のブン屋青葉である。

 

実は不幸にも大型艦寮は恐らくそこまで数はいないという事で三階のスペースをケチられ、金剛型姉妹の部屋となる4部屋の区画はちょうどケチられた部分に相当する。つまり金剛型の部屋は二階だが、その真上に部屋はない。

 

しかもその余白を使ってその4部屋は屋根と天井版の間に収納スペースがある為、青葉は余裕で入ってこれると言う寸法だ。こっそり青葉が屋根に作った侵入口から、である。

 

青葉(さて、そろそろお暇しましょうかね。)

 

と、青葉が屋根の上に出た、その時である。

 

 

ヒュッ

 

 

青葉「グホォォッ!?」ズドムッ

 

どこからか飛んできた飛翔体(ほうだん)によって青葉は屋根の上から弾き飛ばされ地面に落下した。

 

青葉「イタタタ・・・」

 

 

ザッ

 

 

仰向けに倒れている青葉の頭上で誰かの足音が。

 

青葉「―――!?」

 

自身の左右をきょろきょろと見て、カメラが無い事に気付く青葉。

 

比叡「『カメラが無い』と仰りたそうな顔ですね、青葉さん?」

 

青葉のスクープ写真入りカメラは、またしても青葉の手から離れ、比叡がボールで遊んでいる感じで弄んでいた。

 

青葉「あの・・・返してくれませんかね?」

 

比叡「勿論お返しします。が、それはお姉様の写真を消してからです。」

 

青葉、再び地獄見ゆ。

 

青葉「そんな事はさせない!」

 

比叡「私に勝てると?」ガシャガシャガシャ

 

何と比叡、フル装備に付き。

 

さっきのも比叡の徹甲弾(信管抜き)だったのだ。

 

青葉「くっ・・・!!」

 

青葉はまたしてもスクープが消える瞬間を見ていることしか出来なかった。

 

比叡「青葉さん?」

 

青葉「は、はい。」

 

比叡「今度お姉様を相手に変な真似をしたら私のカレー(裏)を御馳走するんで、覚悟してくださいよ?」ゴゴゴゴ・・・

 

青葉「!!??」ゾクッ

 

青葉はその光景を想像し戦慄した。

 

今日の比叡、激おこに付き、さわるな危険。

 

比叡「はい、お返しします。」

 

青葉「は、はい。では、これで・・・。」

 

青葉はしょげ返って帰っていった。

 

比叡「・・・比叡、お姉様をお守りしました。」キリッ

 

達成感に満ち溢れた顔の比叡さんでした。

 

 

 

4月29日夕刻

 

 

金剛「~♪(英国擲弾兵行進曲(ブリティッシュグレナディアーズ・マーチ))」

 

提督「う・・・うううん・・・。」

 

お目覚めのようです。

 

金剛「提督、お目覚めですカー?」

 

提督「・・・ハッ、今何時!? てかあれから寝てたのか・・・。」

 

金剛「今午後5時半デスネー。」

 

提督「・・・。」←記憶探り中

 

金剛「・・・?」

 

提督「―――ッ!!///」

 

大体思い出した様子。

 

金剛「・・・クスッ。」

 

提督「・・・なんか・・・ごめん。」

 

金剛「提督へのプロポーズレースは、私の圧勝デスネー。フフッ。」^^

 

提督「そっ、そうだな(赤面)」

 

滅茶苦茶恥ずかしい様子の直人。

 

金剛「フフッ、可愛いデース。」

 

提督「うるせー、俺、こう言う方面の事は、その・・・」

 

彼女いない歴=年齢の哀しさである。

 

金剛「フフ、まぁ、その内慣れるデショー。」

 

提督「だ、だといいがな。その・・・デートとかはしばらく先になりそうだけどな。」

 

金剛「まだ忙しいデース。またいずれ、機会があればにしまショー。」^^

 

提督「あぁ。」

 

思えば直人と金剛はこの頃から深い絆で繋がっていたのであった。直人がそれを思い出すのは、かなり先の事になるが――――。

 

 

同日薄暮 執務室への廊下

 

 

提督「やべぇ、仕事仕事・・・。」

 

直人が慌てた様子で執務室へと向かう。

 

 

ガチャッ

 

 

提督「大淀さ・・・ん?」

 

執務室には誰もおらず、代わりに執務机の上に書き置きが残されていた。

 

提督「・・・。」

 

『今日のお仕事は榛名さんと雷さんに代行して頂きました。

 ゆっくりお休みになって下さい。     -大淀-』

 

提督「はぁ~、弱ったな・・・。あまり貸しは作りたくないんだが・・・。」

 

空いている左手で頭を掻きつつ呟く直人。

 

困ったと言う表情だが自嘲気味に笑っていた。

 

提督「・・・椅子、まだ少し暖かいな。」

 

ふと自分の椅子に手を当てた直人はその事に気付く。どうやら誰かが執務机を使ったらしい。

 

提督「・・・そうだ。~♪」サラサラ

 

直人は執務机の上にあるペン立てからシャーペンを取り出し、その書き置きの裏に大淀宛で書き置きを残した。

 

提督「さて、龍田の部屋に行くか。」

 

直人は険しい顔つきで執務室を後にした。

 

 

~5分後~

 

 

ガチャッ

 

 

大淀「ふぅ、あとはここの戸締りね。」

 

戸締り確認に来た大淀さん。

 

大淀「ここはよし、ここも、よし。って、あら?」

 

大淀が提督の書き置きに気付く。

 

『なんかごめん、ありがとう。

     二人にもお礼伝えておいて。

              -直人-』

 

大淀「直人・・・確か提督の名前でしたね。はぁ・・・。」^^;

 

つくづく忙しい人だなぁ、これからもっと大変そう。と思った大淀さんでした。

 

 

 

4月29日薄暮 艦娘寮・龍田の部屋

 

 

直人が龍田の部屋に出向くと、扉の前に監視を命じた二人がいた。

 

天龍「おぉ提督、遅かったじゃねぇか。龍田ならもう起きてるぜ。」

 

神通「もう下がっても宜しいのですか?」

 

提督「あぁ、うん、ご苦労様。」

 

神通「ではこれで。」

 

神通を見送った天龍が、提督に一つ勧告を飛ばす。

 

天龍「紀伊提督、龍田に妙な事したらタダじゃおかんぞ?」

 

提督「あのなぁ・・・。」

 

直人は腰に両手を当てて言う。

 

提督「他所の無能共と同じにするな、やるにしたって相手選ぶわ。おめぇと言う姉がついてる奴を相手取っちゃ面倒だしな。」

 

割と軽いテンションで言う直人。

 

天龍「ヘッ、よく分かってるじゃねぇか。じゃぁ後は任す。」

 

提督「任された、フフッ。ところでお前は龍田の事は分かってたのか?」

 

天龍「まぁな。だかまぁ敢えて何も言わなかった。提督にも龍田にも。」

 

提督「・・・そうか。」

 

天龍は恐らくそれがお互いを守ると考えたのだろう、それは事実であったが、直人としてはそれを冷徹な事実として、伝えて欲しかったのだったが、彼は敢えてそれを言わなかった。

 

天龍「じゃぁな、おやすみ。」

 

提督「おやすみ。」

 

天龍の背を見つつ、直人は天龍に聞こえない様に呟いた。

 

提督「・・・龍田、良い姉貴持ったじゃねぇか。」

 

そして直人は雑念を振り払い龍田の部屋に入った。

 

 

ガチャッ

 

 

提督「よぉ。」

 

龍田「あらぁ~、女の子の部屋にノックも無しに踏み込むのって失礼じゃないかしらぁ?」

 

提督「陰でうちの動向をスパイしてた奴と、どっちがマシだ?」

 

龍田「フフッ、そうね。」

 

鋭い眼光で言う直人に龍田はただ肯定したのみだった。

 

提督「―――誰の差し金だ?」

 

龍田「独立監査隊、ひいてはそれを操る牟田口陸将ね。」

 

提督「独立監査隊?」

 

眉間にしわを寄せる直人、どんな組織かと問うまでも無く龍田は話す。

 

龍田「憲兵隊では監査権限の無い―――そもそも存在自体知らされていない―――近衛艦隊を監査する、大本営・・・いえ、幹部会議長牟田口陸将の直轄組織でありなおかつ彼の私兵集団。機動人員を人間で、諜報人員を艦娘で固め、近衛艦隊の動静を探るのが、私たち独立監査隊諜報部の仕事。」

 

提督「諜報人員を艦娘で、だと?」

 

龍田「えぇ。それも記憶の刷り込みをして諜報と戦闘に特化した冷徹な諜報員に仕立て上げているわ。」

 

提督「なんと言う悪辣な真似を・・・」

 

憤激を自覚する直人だったがそこへ龍田が畳み掛ける様に続ける。

 

龍田「私も独立監査隊に属しているわ。勿論自然体でね。」

 

提督「―――!」

 

龍田「私は自分の意思で監査隊に参加した。でも、気が変わったわぁ。」

 

龍田はそう言うが、直人は簡単に信用出来なかった。

 

提督「・・・どういうつもりだ?」

 

龍田「考えれば考える程、あの組織はいつ暴走してもおかしくないの。あの組織の真の目的は、人類が“自ら”深海棲艦を打倒する術を見つける事よぉ。いつ腐敗し暴走するか分からない不穏分子ってところね。だから私はやめる、なにかいけない?」

 

提督「・・・成程、だからそこまで喋ったのか。」

 

龍田「で? あなたは私をどうするつもりなの? いっそ手籠めにするのかしら?」

 

発想は天龍と似てるが彼にその考えは絶対的にない、どう考えても姉に殺される。

 

提督「いや、どうもしない。」

 

龍田「!」

 

直人は無能ではない、その程度の言葉で揺らぎはしないのだ。

 

提督「魅力的な提案だがこっちには損しか残らんからな。」

 

龍田「分かってるじゃなぁい?」

 

提督「その代わり、お前にはいずれ役に立ってもらう。俺の艦隊にいる以上、その独立監査隊は無関係だ。むしろ俺がいずれ機会を掴み俺の手で潰す、この俺を相手にナメた真似をした事を後悔させんとな。それに一役買って貰う。これが俺からお前に与える罰だ。」

 

つまり『今までの仲間を裏切れ』と言うある意味最も辛辣な懲罰、という訳である。それを冷厳たる口調で述べた時、龍田は自らに選択肢がない事を知ったのだった。

 

龍田「・・・分かったわ、引き受けてあげる。」

 

提督「そうか。では龍田の拘禁を解く。」

 

龍田「でも、貴方存外甘いのねぇ。」

 

そう言うと直人は

 

提督「深慮遠謀、と言って欲しいがまぁいいだろう。」

 

と言った。

 

龍田「深慮遠謀、ねぇ。ウフフフフッ。」

 

提督「フン・・・じゃぁな。」

 

龍田「あの時の剣捌き。」

 

提督「?」

 

背を向けたまま立ち止まる直人。

 

龍田「見事だったわぁ。天龍ちゃん以上ね。流石は極光、流石は提督ね。」

 

提督「・・・フッ。」

 

直人が向き直り恭しくお辞儀をする。

 

提督「お褒めに預かり光栄の至り。」

 

龍田「フフッ。まぁ、精々頑張る事ねぇ。」

 

提督「そうだな。」

 

そう言って直人は龍田の部屋を後にし、その一日にようやく幕が下りたのだった。

 

 

 

4月29日午後9時 提督宅

 

 

キィィィィィィィィィィ・・・ン

 

 

魔法陣が輝く部屋の中、その陣の中心に直人がいた。

 

提督「―――全工程、終了(クラフトアウト)。」

 

 

シュウウゥゥゥゥ・・・ン

 

 

提督「・・・よし、今日の1本は出来た。」チャキッ

 

直人が中心に置かれた1本の剣を手に取る。

 

白金で出来たその剣は、白金千剣に使う為の物。

 

こうして毎日1本ずつ錬金しているのだ。

 

と言ってもここ5年の間に既に3千本は作っているが。

 

提督「・・・寝よ。」

 

どんなに疲れていても欠かさない日課を終え、直人は深い眠りに就いたのであった・・・。

 

 

 

4月30日黎明 八島入江奥部

 

 

奥部と言っても司令部付近の辺りを指すんだがねww

 

天龍「だぁぁぁぁぁりゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ヒュバッ

 

提督「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」ヒュッ

 

 

ガシイイイィィィィィィィ・・・ン

 

 

天龍の刀と直人の極光がぶつかる。お前ら砲撃戦しろ。

 

提督「筋はいいな、剣筋もいいところを突いてる。」ガチガチガチッ

 

天龍「ヘヘッ、そりゃどうもっ。」ガチガチガチッ

 

鍔迫り合い、拮抗。

 

提督「だがっ!」ガィィィ・・・ン

 

天龍「なっ!?」

 

天龍を弾き飛ばし間合いを取る直人、次の瞬間には突進していた。

 

提督「セィヤアッ!!」ドムッ

 

天龍「ガハッ・・・」ザバァッ

 

右下から天龍の左脇を掠める形で脇腹を一閃する。峰打ちで。

 

天龍はその一撃で両ひざをついた。

 

提督「脇下の守りが薄いな。」

 

天龍「こいつは、一本取られちまったな。だが、」

 

天龍が直人に向き直り刀を構え直す。

 

天龍「まだまだぁぁぁ!!」

 

提督「そうこなくては!」

 

 

 

4月30日同刻 司令部裏ドック先端

 

 

ガキィンガキィンガシィンキィンキィン・・・

 

 

龍田「あらぁ~、いい勝負じゃなぁい~?」

 

荒潮「ほんとねぇ~。」ウズウズ

 

ワール「飛びだしたいのは分かるがやめときな荒潮。」

 

荒潮「分かってるわよぉ~。」

 

観客が若干3名ほど。

 

ワール「それにしても頑丈ね極光は。あれだけ打ち合ってるのに。」

 

荒潮「局長がやわなもの作ると思う?」

 

ワール「それはあり得ないわね。」

 

局長「アァ、アリエナイナ。」

 

荒潮「!?」

 

ワール「やーっぱり来るのね、モンタナ。」

 

局長「面白ソウダカラナ。」

 

ワール「はぁ~。」

 

面白そうだと思うとどこからともなく現れる局長なのでした。

 

 

結局直人が競り勝ったようです。

 

 

 

4月30日午前9時 中央棟2F・提督執務室

 

 

この時直人は執務中であった。

 

大淀「提督、大本営から函数暗号で命令書が届きました。」

 

提督「お?」

 

何気に大本営からの命令はこれが初である。前回の南西諸島沖掃討戦は、大本営の指示を受けた横鎮と呉鎮から命令を受けていたのである。

 

大淀「『5月初頭、横鎮近衛艦隊はその総力を挙げ、フィリピン・ルソン島太平洋岸並びにフィリピン南部に駐留すると思われる敵勢力を殲滅し、マニラ泊地司令部並びに艦隊のパラオ移転の障害を排除せよ。』とのことです。」

 

提督「いきなり大仕事だな、フィリピン南部、特にレイテ島には強力な艦隊が在泊していると聞く。此方もただでは済むまいな・・・。」

 

大淀「できるでしょうか?」

 

提督「やらねばなるまい。そこに敵がいて、上が行けと言うなら。だが準備がいる。戦力強化を徹底しよう、頭数不足は非常にまずい。司令部防備用に新しい艦娘の建造を行っておいてくれ。」

 

大淀「分かりました。」

 

やるとなれば余念はない直人ではあったが、大作戦ともなればその身に負う不安は少なからざるものがあった。慢心によるところが大きいとはいえ、金剛の例もあるのである。

 

提督「あぁ大淀さん!」

 

大淀「はい、なんでしょう?」

 

提督「次の作戦、俺も出撃する。留守は任せるぞ。」

 

大淀「・・・!」

 

大淀はその言葉に一瞬驚き、そして一瞬考え、こう答えた。

 

大淀「分かりました。その間司令部は私が預かりましょう。」

 

提督「・・・。ありがとう、大淀。」

 

大淀「いえ、私は、提督をも艦と成す、近衛艦隊の任務担当武官ですから。」

 

提督「・・・そうか。」

 

提督はその言葉の裏にあるものを聡く読み取った。

 

大淀は、この作戦命令書を受信したとき、直人がこう言うと半ば分かっていた、だが敢えて止めなかったのである。

 

彼は自身の疲労を省みず、艤装半壊、体にも大怪我をして帰って来た金剛の傍についていた。大淀はその姿に、彼が艦娘を道具として見ていない事を悟ったのである。

 

彼女ら艦娘は本来兵器であり、兵器たる以上冷徹であるべき存在である。だが直人はそうは思っていない。

 

提督は大淀も含めて彼女らを自分と同じ人と考え行動し、怪我をすれば彼女らを労わろうと必死で動いた。その表れが、金剛の戻った晩の行動で無かっただろうか?

 

そして直人も、彼女が分かってくれるであろうことを信じて来た。

 

この日直人は遂に大淀にも理解された。彼女らを道具として扱えぬ彼は、執務室に籠るのに限界が来ていたのだ。彼は仲間を『使役』できる人格は持っていないのだ。

そしてその人格は、仲間と『共調』し合い『共同』し合い『協力』することを最初から選択していたのだった。

 

提督「さて、そうと決まれば仕事を片付け出撃の準備だな。」

 

金剛「グッドモーニーング!!」

 

その傷をすっかり癒した金剛が執務室にやってきた。この回復速度の早さもまた、高速修復剤を擁する艦娘ならではであろう。

 

提督「おう、おはよう! 今日はさっさと仕事終わらせて出撃の準備をしよう!」

 

金剛「了解デース!」

 

大淀「ウフフッ。そうと決まれば、早くやっちゃいましょうか!」

 

金剛&提督「OK!」

 

ハモった、見事なまでに。

 

そうして直人はペン立てからシャーペンと万年筆とボールペンを取り出し、仕事を始めたのであった。

 

 

 

その日の正午ごろから武器の手入れを始める艦娘達。

 

直人に至ってはその巨大な艤装に適応すべく霊力を流し込んでいた。今回彼は7割装備で出撃しようとしていた。7割と言っても戦闘を行うに当たり不必要な装備を外すだけなので、実質ほぼフル装備と変わりはしないのだが。

 

提督「フゥー・・・。」コォォォ・・・

 

艤装に適応するには必要の倍の霊力叩きこめばよし。艦娘には出来ない彼なりのやり方である。圧力が掛かればパイプに物が詰まっててもその内抜けるのと一緒と考えた力技である。なぜそうなる。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

適合が終わったようで。

 

提督「それにしてもデカいなぁ・・・」

 

ペンギン【ちわっす!】

 

綿雲【ちょっとちょっと!】

 

赤松「よぉー提督! でけぇ艤装だなぁおい。」

 

提督「おめーらどっから来たんだよ。」

 

3人【「霊体化してきた。」】

 

提督「ええええ!?」

 

妖精と言うのもなかなか奥が深いようです・・・。

 

提督「はぁ~・・・それはさておきなんか用か?」

 

ペンギン【ただの気まぐれです。】

 

綿雲【保護者(お目付け)役です。】

 

赤松「ペンギンと語らってただけだぜ? ヒック。ンム・・・」クビクビ

 

提督(おまえらなぁ。あと松ちゃん一升瓶ラッパ飲みすんなwwww)

 

呆れ顔になりつつ心の中で的確に突っ込みを返す直人である。

 

赤松「プハァーッ。次の作戦もバッチリ任せて貰おうか提督さんよ。なんせ俺は300機以上叩き落としたベテラン中のベテランだからよ!」

 

提督「はいはい。」

 

赤松貞明の撃墜スコアは終戦時35だが、かなり誇張して言う事が度々あり、今赤松貞明の言ったスコアはあくまで自称である。但しエースと言うのは5機落とせば資格を満たすとされるので、彼も立派なエースなのは事実ではあるが。

 

ペンギン【んじゃ私たちはこれで。】

 

綿雲【失礼します。】

 

赤松「またなー。」

 

気まぐれで現れ風のように去っていく3人。

 

提督「・・・何だったんだ一体(汗)」

 

直人は首を捻りながらも装備の調整に勤しむのでした。

 

 

 

5月1日午前9時 八丈島

 

 

「ハァ・・・ハァ・・・」

 

「皐月ちゃん、大丈夫?」

 

皐月「ウン、なんとか・・・平気。文月ちゃん、三日月ちゃんの様子は?」

 

「今は何とか持ち堪えてるクマ。でもそう長くはもたないクマね。」

 

「何とかならんのか・・・。外は敵だらけ、助けも来んし司令部との連絡も・・・。」

 

「球磨。いっそ、救難信号(SOS)を出しつつ横須賀へ戻ってみてはどうだろうか?」

 

皐月「それじゃぁ敵を呼んじゃうかもしれないんだよ!?」

 

球磨「でもそうするしか他に手も無いクマ。三日月を修理するには司令部に戻らないといけないクマ・・・。」

 

皐月「・・・ッ!」

 

三日月「もしかして・・・司令部が・・・無くなってたり、しませんよね・・・?」

 

最悪の想定をする三日月、しかし二人の艦娘が否定した。

 

「馬鹿な・・・敵の侵攻が無い限りあり得ん。」

 

「そうだな・・・。」

 

三日月の予想は正鵠を射ていた。だがそれを知り得た者は彼らの中にはいない。

 

「敵中突破するのぉ~? しんどそう・・・。」

 

気怠そうな声が、彼らの潜む洞窟に響く。

 

「で、そうするんだ? 皐月。」

 

皐月「・・・よし、いこう。」

 

「なら私が信号を出すにゃ。」

 

皐月「でも多摩さん、損傷が・・・。」

 

多摩「大丈夫にゃ、問題にゃい。」

 

多摩の普段少し眠そうな目は、決意の眼差しに変わっていた。悲壮な、決意の眼差しであった。

 

皐月「・・・分かった、お願い! みんな、ボクに続いて!」

 

横須賀防衛戦から15日を経たこの日、八丈島のとある洞穴に潜んでいた皐月たち8人は、SOSを乱発しつつ横須賀を目指し一路北に向かった。

 

それが大海戦の火種になるとは予想だにもせずに・・・

 

 

 

同時刻横鎮近衛艦隊では、艦隊編成の発表が行われていた。

 

艦の数が多くなってきたので今回からは編成表になるのが非常に残念だが。

 

 

第1水上打撃群 旗艦:金剛

金剛 榛名 摩耶 羽黒 筑摩 木曽 蒼龍 飛龍 飛鷹

 

第1水雷戦隊 旗艦:神通

神通 綾波 初春 雷 夕立 響 雪風

 

第1艦隊 旗艦:扶桑

扶桑 山城 伊勢 日向 比叡 最上 赤城 加賀 千代田

 

その他

超巨大機動要塞戦艦 紀伊(艤装7割携行)

 

お留守番艦隊 旗艦:鳳翔

鳳翔 妙高 青葉 愛宕 天龍 龍田 白雪

 

 

はい、重量編成です。かなりの重量編成です。

 

え? 1個艦隊は6隻じゃないかって? そんな決まりこの世界にはない! あっても囚われない!(え

 

山城さんが喜び勇んでました。あと加賀さんが人知れず戦意高揚してます。あと夕立の鼻息がやけに荒いですね、戦闘狂になりそうな予感。(手遅れ)

 

提督「ではこれにて編成発表を終了する。今回はフィリピン方面における敵残存勢力の排斥が主目的だ。敵戦力やその抵抗は相当あるだろう。気を引き締めてかかる様に。1000時に出撃する。各自準備する様に。」

 

一同「「はい!!」」

 

提督「では一時解散!」

 

艦娘達が思い思いに去っていく。

 

そして全員が去った後、唯一残った直人と大淀。

 

大淀が直人にあることを問い質す。

 

大淀「・・・提督、資源大丈夫なんですか?」

 

提督「・・・。」

 

大淀「・・・な、なんで黙ってるんですか?」

 

なぜか返事を返さない直人に大淀が不安になって問う。

 

その答えは想像に難いものではなかった。

 

提督「―――事と次第によっては、やばいかも知れない。」

 

大淀「えっ・・・。」

 

二人「・・・。」

 

はい、資源的にあかんフラグでした。

 

提督「・・・だがこれ位しないと勝てない気がした。」

 

大淀「そ、そうですか・・・。」

 

と言うのはこのフィリピン南部海域、とんでもない強さの巨大な武器を持った深海棲艦がいると噂になっていたのである。

 

その真偽の程を確かめるのも任務であった。

 

提督「・・・遠征とかしなきゃ、ダメかな?」

 

大淀「しないといけない、と思います。」

 

提督「・・・まぁ、考えておきましょう。」

 

大淀「是非御一考ください。」

 

と、そんな会話をしてから二人も会議室を後にしたのであった。

 

 

 

5月1日(水)9時35分―――

 

 

大淀「提督! 緊急電です!」

 

提督「どうした!」

 

大淀「艦娘の一団が、SOSを発しているようです!」

 

提督「なに!?」

 

大淀「発信地点は御蔵島の東10km付近、こちらに向かって移動しています。」

 

提督「・・・!」ガタッ

 

大淀「あっ、提督!」

 

提督「予定を20分繰り上げる! 全艦出撃、白雪と天龍、龍田を随行させろ!」

 

大淀「はっ、はい!」

 

それだけ言うと直人は艤装倉庫に走った。

 

 

 

艤装倉庫地下格納庫

 

 

提督「よし、今回は工作艦機能と強襲揚陸機能、陸戦用装備をパージだ。超巨大機動要塞戦艦紀伊、出撃する!!」

 

 

ゴゴゴゴゴ・・・

 

 

地下格納庫の床はそれ自体が巨大なエレベーターであり、この艤装が出撃する際にのみ使用される。

 

この艤装自体相当な重量物でもある。それこそその発進方向である司令部裏ドックに向かって、この艤装を射出する為の電磁カタパルトが設置されているほどである。

 

そして、エレベーターが上りきると、目の前には司令部裏ドックが。

 

上昇と同時にこの隔壁も開閉しているためすぐに出撃できるのだ。

 

金剛「提督ゥ!」

 

提督「フッ、流石に早いな。他には?」

 

金剛「まだ誰も来てないデース。」

 

まぁ緊急出撃だからか。

 

提督「では先に出る。あとから皆を連れて来てくれ。」

 

金剛「了解デース!」

 

金剛の返事を聞き、直人は脚部艤装をカタパルトに接続する。

 

 

キュゥゥゥゥゥゥゥィィィィィィィィイイイイ・・・

 

 

紀伊のバーニアが点火され、気流が渦巻く。

 

提督「バーニア点火確認、発進!」

 

 

バシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ

 

 

電磁カタパルトに射出され、戦艦紀伊は5年ぶりにその装いを新たに進水したのである。

 

提督「ん? 思ったより随分と軽いな、これが艦娘機関とやらの力か・・・。」

 

その手と背中には、30cm速射砲一式が装備されていた。

 

局長「ホーウ? アレガ『紀伊』カ。」

 

荒潮「凄い装備ねぇ~。」

 

ワール「けど重そうね。」

 

ザックリ言い切るワールウィンド。

 

荒潮「そうでもなさそうだけれどねぇ。」

 

 

 

飛龍「えっ!? なによあれ!?」

 

蒼龍「あんな装備見たこと無いわよ!?」

 

雷「なにあれぇぇぇ!?」

 

直人の艤装の事を知らない3人。

 

金剛「そんなコトより早くするデース!!」

 

3人「は、はい!」

 

 

 

房総半島西端付近 午前9時50分

 

 

提督「間に合ってくれ・・・」

 

出撃10分で既に東京湾抜けだしてるやーつ。

 

大きさで言えば平屋の家に匹敵する程の大きさを誇る紀伊だが、バーニアを点火している為結構スピードは速い。というか下手をすれば滞空する事も出来なくはない。

 

だがバーニアはあくまで機動性確保の為であり持続時間が短いのが欠点なので、あんまり長い事使うと過熱で冷却しないと使えないオチが付きます。海水で急速に冷やすのは焼き付き起こすのでやめましょう。(なんのこっちゃ)

 

 

 

三宅島北方 午前9時57分

 

 

ドオォォォ・・・ン

 

 

「っああ!!」

 

皐月「長月ちゃん!」

 

長月「くっ、やるな・・・!!」ダァンダァンダァァァァァン

 

球磨「左舷に敵艦だクマ!」

 

皐月の決断は、危惧された通りの状況を引き起こしていた。見事に敵を呼び寄せていたのだ。

 

「このままでは半包囲されるぞ!」

 

皐月「どうしよう、菊月ちゃん!」

 

菊月「どうしようといっても・・・」

 

菊月が口ごもりながら三日月を見遣る。

 

文月「みんな! 敵機が来たよ!」

 

長月「なんだって!?」

 

多摩「このままじゃまずいにゃ!」

 

皐月「とにかく逃げるしかないよ!」

 

球磨「皐月! 上!」

 

皐月「なっ!?」

 

皐月の真上にダイブに入っている敵艦爆がいた。

 

菊月「―――皐月! 避けろ!」

 

皐月「そんな―――ボク、ここまで?」

 

回避など、とっくに間に合わなかった。皐月が覚悟を決め目を閉じた。

 

その瞼の隙間から一筋の涙が零れ落ちた刹那――――

 

 

―――――諦めるな!―――――

 

 

そんな声が聞こえた気がした・・・その時であった。

 

 

ゴシャァッ・・・

 

 

皐月「えっ?」

 

菊月「!?」

 

急降下中の敵艦爆に、どこからともなく砲弾が突き刺さった。

 

 

ドガァァァァァァァ・・・ン

 

 

四散する敵機、皐月は済んでの所で救われた。

 

 

 

提督「間に合った・・・」ゼェゼェ

 

円盤状の艤装に据えられた高射砲の1門が煙を曳いている。正確極まる15cm高射砲のレーダー射撃が敵機を射抜いたのである。

 

 

ゴォォォォォォォォォォォ・・・

 

 

その頭上を、彼の艦載機が飛んでゆく。

 

敵を殲滅する為、ただそれだけの為に征く。

 

戦闘機隊は既に敵機と交戦を始めていたのである。

 

 

 

菊月「なんだ? 何が起こってる?!」

 

次々と落ちる敵機、次々と轟沈する深海棲艦達に、8人の艦娘達は困惑の色を隠せなかった。

 

皐月「もしかして、助かった・・・のかな?」

 

球磨「SOSを聞いた味方の艦隊が来たのかもしれないクマ。」

 

長月「これで・・・一安心だな!」

 

多摩「12時の方向、艦影にゃ!」

 

皐月「―――な、なにあれ!?」

 

その時皐月達に無線で呼びかける声が届く。

 

提督「“こちらは横鎮近衛艦隊、提督の紀伊直人だ。SOSを傍受し、出撃予定を繰り上げ参上した。これより貴艦隊を援護する。”」

 

三日月「助かった・・・のですね・・・。」

 

提督「“無論だ。すぐにここを退避してくれ。ここもじき戦場になる。”」

 

皐月「分かりました! 詳しい話は後で。」

 

提督「“話が早くて助かる。では下がっててくれたまえ。”」

 

皐月「はい!」

 

 

 

提督「よーし、ではおっぱじめるとするか。」

 

金剛「提督ゥー!」

 

提督「おー金剛、ちょっと下がっててなー。」

 

金剛「watt?」

 

提督「仰角調整、測的良し、装填良し、誤差修正良し。」

 

直人が久方ぶりにその砲を斉射する時が来た。

 

提督「ファイエル!!」

 

 

ドオオオォォォォォォォーーーンズドドドドドドドドドォォォォォォーーー・・・ン

 

 

幾本もの轟雷を束ねたような轟音と共に、一斉に砲を放つ。

 

その主砲の口径は、肩の後ろから背負い式に装備した巨大な2門の火砲が120cm、両脇にウィング上に展開された台座に据えられた副砲は、80cmと51cm、全て砲塔式だ。

 

金剛「オーウ、ビッグサウンドネー・・・。」

 

夕立「提督、凄すぎるっぽい・・・。」

 

雷「ていうか、司令官一人でもよかったんじゃ。」

 

蒼龍「私もそう思うけどね、いつも『一人じゃ戦えない』って言うのよね。」

 

榛名「確かにそうですけど・・・。」

 

120cm砲弾や80cm砲弾の威力たるや凄まじいものがあった。

 

追撃中の深海棲艦隊の大型艦に絞って撃たれた砲弾は深海棲戦艦に120cm砲弾が容赦なく降って来た。

 

その一撃は1発1隻を屠るという驚異的な命中率で2隻の戦艦を一瞬で沈め、深海棲空母や深海棲重巡に降り注いだ30発の80cm砲弾は、これまたそれぞれが1隻づつ敵を葬り去っていった。

 

ものの見事に跡も残さず沈んでいったのである。

 

また51cm砲弾12発も軽巡に降り注ぎ、見事なまでに高い命中率100%を叩き出していた。これは彼の高い集中力とこれまた優れた針路予測の為し得た技である。

 

提督「全艦突撃!! 1水戦は友軍艦隊の保護を図れ!」

 

金剛「OK! レッツゴーグッドラックガールズ!!」

 

摩耶「いっくぜぇぇぇ!!」

 

天龍「天龍様のお通りだぁぁぁ!!」

 

神通「神通、行きます!」

 

扶桑「私の力、お見せします!!」ドォォンドォォォォーーーン

 

蒼龍「攻撃隊・・・は、いらないわね・・・。」

 

出すほど残ってないし紀伊の艦載機が戻って来てるタイミングだったようです。

 

飛龍「出番なしかぁ。じゃぁここにいよっか。」

 

加賀「そうね。」

 

赤城「そうしましょう。」

 

提督「フィリピンに到着するまでお預けよー。」

 

空母組(加賀以外)「そんなー(´・ω・`)」

 

加賀「まぁ、仕方ないわね。」

 

 

 

その後程無く敵は全滅しました。

 

 

 

同海域 午前10時5分

 

 

提督「ご苦労様、金剛。」

 

金剛「ノープログレムデース!」

 

提督「さて・・・」

 

直人は皐月たちの方に向き直る。

 

提督「君達の所属と艦隊名、旗艦が誰か、教えてくれるかな?」

 

皐月「毒嶋艦隊所属第2艦隊、旗艦はボク、皐月だよ。」

 

提督「・・・!」

 

毒嶋艦隊、確か横須賀防衛戦の折、深海棲艦の先制攻撃で艦娘諸共司令官と司令部を吹き飛ばされたと聞いていたが・・・。

 

皐月「どうかしたんですか?」

 

提督「・・・君達には酷な事を伝える様だが、毒嶋艦隊は、寝込みを襲われて全滅、提督も死亡したそうだ。」

 

直人は事実を、包み隠さず告げた。

 

皐月「そんな・・・!!」

 

提督「お悔やみを申し上げる。」

 

直人は帽子を脱いでそう告げた。

 

菊月「三日月の想像は、半ば当たっていたという事か・・・。」

 

提督「君は?」

 

菊月「第2艦隊3番艦、菊月だ。司令官の名は?」

 

提督「紀伊直人、階級は元帥だ。」

 

皐月「げ、元帥―――!?」

 

改めて胸元の階級章を見た皐月が驚きの声を上げる。当然だろう、彼女らにとっては元帥という高位の将校を見る事の方が稀だからだ。それこそ元帥の指揮する艦隊でもなければ・・・。

 

菊月「では・・・紀伊提督、勝手な事を言うようですまんが、三日月の修理をお願いしたい。」

 

提督「三日月?」

 

菊月「そこで球磨が肩を貸している駆逐艦娘だ。」

 

菊月の指差す方向を見た直人は、大凡の事情を把握した。

 

提督「ふむ・・・分かった、引き受けよう。白雪。」

 

白雪「はい!」

 

提督「この8人を司令部へ―――損傷の大きい艦娘から修理をしてやれ。」

 

見ると8人はいずれもボロボロになりまた埃を被った服を着ていた。

 

白雪「でも司令官、良いんですか? 他所の艦娘を招き入れて・・・機密性が失われてしまいますが―――」

 

提督「彼女らには毒嶋艦隊に代わる新たな『家』がいる。そうだろう?」

 

白雪「―――!」

 

秘匿された艦隊ではあるが、そう言った帰る場所が無い艦娘を招く事が出来るほどの特権すら彼らは持つ。彼はそれを縦横に活用するつもりであった。

 

提督「いいね?」

 

白雪「分かりました。」

 

白雪は納得して頷いた。

 

提督「天龍と龍田は白雪とこの8人を護衛して戻るといい。」

 

天龍「まぁ、元から留守番だったからな、仕方ねぇ。」

 

龍田「分かったわぁ。」

 

直人は二人にそう言うと皐月に向き直ってこう言った。

 

提督「皐月、我々はこれから任務に向かうところだ。すまないが暫く我々の秘密司令部で待ってもらう。転属願いの方も大淀に頼んでおこう。」

 

皐月「じゃぁ!」

 

提督「あぁ、皐月達は消滅した毒嶋艦隊から、我々横鎮近衛艦隊に転属だ。後で自己紹介もしてもらう事にしよう。」

 

白雪「ではその様に大淀さんにも伝えておきますね。」

 

提督「あぁ、頼んだ。」

 

皐月「ありがとう! 司令官!」

 

それまで不安そうな顔をしていた皐月が、この時始めて笑った。

 

長月「そうか・・・これから世話になるぞ、司令官。」

 

菊月「そこまでして貰えるとは、助かる。」

 

球磨「新しい艦隊・・・どんな感じクマ?」

 

多摩「昼寝が出来れば十分にゃ・・・。」

 

途端にのろけを見せる多摩である。

 

提督「では白雪、あとは任せるぞ。」

 

白雪「はい。皆さんお気を付けて。」

 

そうして直人らの艦隊は白雪に見送られ、皐月たちと別れて、遥か遠い決戦海面へ前進を開始したのであった。

 

 

 

――――その先にあったのは、煉獄の戦場であった。

 

しかし、征かざるを得ない、なぜならもう進みだしてしまった足だ。最早止まる事は許されない。

 

横鎮近衛艦隊は征く。彼らは出しうる全速を以って、南下を開始した。

 

目指すはフィリピン諸島東部。そこには、彼らの目指す“敵”がいればこそ、彼らはそれを倒す為に、船足を速めたのであった―――。




艦娘ファイルNo.25

伊勢型戦艦 日向

装備1:35.6cm連装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:零式水上偵察機

扶桑型から発展した伊勢型戦艦の2番艦。
姉の伊勢共々14インチ砲艦としては中々飛び抜けた火力を誇る。
後に航空戦艦となった後は、戦艦として砲撃戦を行うと同時に索敵や瑞雲による爆撃などを一時に行う能力を手に入れ活躍する。


艦娘ファイルNo.26

陽炎型駆逐艦 雪風改

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm連装砲
装備3:13号対空電探

言わずと知れた幸運艦。
装備や錬成度合いから特異点が見て取れる。
彼女が幸運艦たる所以は日頃の鍛錬の賜物でもあり、持ち前の幸運に助けられているからかもしれないとは後の本人の談。
自称どころか本当の幸運の女神だったりはするがそこんところは秘密である。


艦娘ファイルNo.27

特Ⅲ(暁型)型駆逐艦 響

装備:12.7cm連装砲

直人に後に重宝される事になる第6駆逐隊の1艦。
戦闘は勿論遠征や後方勤務もこなせる万能な才を持つ。
ヴェールヌイと名を改めた後は各地で奮戦するがそれはまた別のお話。


艦娘ファイルNo.28

最上型航空巡洋艦 最上改

装備1:瑞雲
装備2:瑞雲
装備3:22号対空電探
装備4:15.5cm3連装砲

(ようやくスロット毎艦載機数を意識し始めたようです)
これだけ特異点持ちが多いと「工廠妖精お前らどんな天才だ」と褒め称えたくなる様な気がせんでもないが、最上型航巡の1番艦である。
なぜか主砲が換装されていないが、これも特異点の一つで、9門の主砲で敵を滅多打ちにしつつ瑞雲での爆撃を加えると言う立体戦術を使う。
配属早々主力艦隊に組まれたが大丈夫か?


艦娘ファイルNo.29

金剛型高速戦艦 比叡

装備1:35.6cm連装砲
装備2:15.2cm単装砲
装備3:3式弾

金剛の妹分としての地位を既に確立した金剛型2番艦。
比叡と言えば2階級特進カレー(=料理下手)だと思っていると推察するが、この比叡は装備だけでなく料理の腕さえも特異点である、めっちゃいい意味で。
というのは比叡はその用途に応じて技量の棲み分けとも言うべき能力を持ち、提督や他の艦娘達に振舞う際はとてつもなく美味な料理を提供するのだが、お仕置き的な意味で2階級特進カレーを作れたりするのだ。


時に比叡は金剛(と提督)の守護者として行動することもしばしばであり、青葉による金剛のスクープ流出が無いと言う面に於いては比叡は陰の功労者である。
主力艦隊の一翼を担って高速戦艦部隊として各地を転戦することになる。


艦娘ファイルNo.30

金剛型高速戦艦 榛名改2

装備1:41cm連装砲(ダズル迷彩)(火力+20 対空+5 命中+1 回避+2)
装備2:41cm連装砲(ダズル迷彩)
装備3:3式弾改
装備4:33号対水上電探

だから妖精お前らなんでこうな(以下略)
直人が絶句した理由その一。
という事で、栄えある30番キリ番は金剛型戦艦の3番艦、榛名(改2)です。
いきなり改2だったり本来の装備の13号対空電探が33号対水上電探に置き換わっているなど特異点は割とある。
挙句ダズル迷彩の砲は41cm砲に上位互換、なぜそうなった。
金剛姉妹が順不同で着任すると言う偶然が(作者の鎮守府でも横鎮近衛艦隊でも)起きているが、榛名は本来第3戦隊の3番艦であるところ2番艦に繰り上げられ、尚且つ金剛ら第3戦隊を戦艦部隊の中で最も重用した為に、金剛に劣らぬ武勲を立てる事となる。


艦娘ファイルNo.31

扶桑型航空戦艦 山城改2

装備1:試製41cm3連装砲
装備2:41cm連装砲
装備3:瑞雲12型(634空)
装備4:32号対水上電探

姉の扶桑に類似した特異点を持った妹。
因みに作者曰く、「山城ほど暗い雰囲気の子は苦手」とのこと。なお扶桑はまだ大丈夫らしい。


艦娘ファイルNo.32

飛龍型航空母艦 飛龍改

装備1:零式艦戦21型(岡嶋隊)(対空+6 命中+2 索敵+1)
装備2:97式艦攻(友永隊)
装備3:99式艦爆(小林隊)(爆装+8 対潜+3 命中+4 索敵+1)
装備4:零式艦戦62型(精鋭/爆戦)(爆装+6 対空+7 対潜+4 命中+1 索敵+2)
装備5:山口多聞&2航戦司令部(対空+8 索敵+4 命中+3 回避+2 射程:長)

沈没時の飛龍艦載機隊に精鋭爆戦と2航戦司令部が合流して最強化している特異点を持つ航空母艦。
まさかの5スロである。
妖精共が張りきった結果やり過ぎたようです。いつかやると思ったと思われていた方もいるかもしれませんがやりやがりました。
なお直人が絶句した理由その2でもある。(南雲艦隊の空母が揃ってしまった為)
雷撃の神様と呼ばれた友永丈市大尉と急降下爆撃の名手小林道雄大尉、芙蓉部隊の主力、戦闘303飛行隊飛行隊長も務めた岡嶋中尉など練度十分であり、殲滅力では赤城にも引けを取らないほど。

指揮官妖精 山口多聞

最終階級は海軍中将、第2航空戦隊司令官として南雲忠一中将麾下で奮戦した潜水艦の専門家。山口提督は日華事変の際重慶に対し護衛無しの爆撃を強行したことから搭乗員には「人殺し多聞丸」の異名を取っていた。
海兵40期の首席という秀才であり、軽巡由良(副長)・五十鈴(艦長)・戦艦伊勢(艦長)・長門(第1艦隊司令部随員)などへの乗艦歴がある。
ミッドウェー海戦時飛龍に乗艦、他の3空母が戦闘力を喪失する中で艦載機を出しヨークタウンを大破させるも力尽き、飛龍艦長加来止男大佐と共に飛龍と運命を共にした。
航空に関しては素人であったがそれにしてはよくやっていたようで、その才幹は妖精となって甦った今でも健在であり、尚且つ『喋れる』←ここ重要


艦娘ファイルNo.33

伊勢型戦艦 伊勢

装備1:35.6cm連装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:零式水上偵察機

扶桑改型戦艦の長女、後に航空戦艦化されるまでは妹の日向と同じであるが、伊勢は艦隊決戦ではなく対潜部隊に配属され、瑞雲での潜水艦狩りに従事することになる。
一応鎮守府防備艦隊旗艦の肩書を貰ってではあるが・・・。


艦娘ファイルNo.34

白露型駆逐艦 夕立改2

装備1:12.7cm連装砲B型改2
装備2:12.7cm連装砲B型改2
装備3:61cm4連装酸素魚雷
装備4:吉川艦長(命中+5 回避+4 運+10)

『ソロモンの(小)悪魔』として艦これ提督には知られる最強駆逐艦の一角。
いきなりガチ状態での見参となった。
更に4スロであり指揮官妖精がまたも乗り込んでいる。
まだ多少可愛げが残っちゃぁいるが夜戦になれば本性剥き出して徹底的に暴れたおす深海棲艦絶対殺すウーマンである。
この艦隊でのあだ名は「ソロモンの小悪魔」。

指揮官妖精 吉川潔

最終階級は海軍少将(死後2階級特進にて)、第3次ソロモン海戦時の夕立艦長。
海軍生活を通して駆逐艦と共に過ごしており、開戦時は大潮艦長として南西方面(東南アジア)で戦果を挙げている。
その戦術は大胆にして沈着冷静、典型的な猪突猛進型の水雷屋であり、「吉川艦長の戦機をつかむことのうまさは特別だった。1小隊(村雨、五月雨 第2駆逐隊第1小隊の2隻の事)も真似てみたが、うまくいかなかった」と評される向きもある。
その最後は夕雲型駆逐艦「大波」艦長としてセントジョージ岬沖海戦に参加、応戦する間も無く撃沈させられると言う悲惨極まるもので、大波生存者はいなかったと言う。
その豪胆さは夕立の猪突猛進型の戦術に深く関わっていたりもする。


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第9章~サンベルナルディノの悲劇~

最近更新ペースが不安定化してますが、そんな事は気にしない天の声です!(またもエブリスタ時代の昔話です)

青葉「どもー、青葉です! ていうかそれは気にしてください!」

つってもアイデア有無で変わるしモチベとか色々とね。

青葉「うー、それはそうですけど・・・。」

前章で出た睦月型に睦月如月いないじゃないかとか思われるかもしれませんが、まぁ、追々という事で今回の解説事項、陣形について行きます。

これまでは正面切っての砲戦だった為陣形等出てきませんでしたが今回からは戦術面にも留意した形となります。

で、艦これでは単縦陣・複縦陣・輪形陣・梯形陣・単横陣の5つが設定されていますが、この世界では基礎知識として梯形陣以外の4種が基本陣形として提督達に教練されておりますが、特に決まりはありません、当然だね。

各地で作為工夫しておる段階、と申しておきましょう。

まぁこれら陣形に意味があるかは提督の戦術次第ではあるのでここでは言及しません。ついでに言うと梯形陣と言うのは存在しません、運営がどこの情報でこんな陣形を組んだのか知りたい。

青葉「まーた随分メタい・・・」

ここまででも様々な艦娘が登場してはおりますが、まぁ、暁、電などの出番は当分先の事になるので、それは勘弁してください、俺も出したいだって可愛いもん!

青葉「アッハイ。」

それでは続きに参りましょう。

この章で直人の提督人生は早くも一つの分岐点に差し掛かります。

フィリピンに向かう横鎮近衛艦隊は、そこで何を見、どの様な結果を得るのか。ご注目下さい、どうぞ。


2052年5月2日6時40分 フィリピン・ルソン島東160km地点

 

 

提督「・・・。」

 

金剛「どうデース?」

 

提督「うーん、まだ捕捉できんな。もう少し沿岸に接近してみよう。」

 

直人自ら陣頭に立つ横鎮近衛艦隊は、一度事前連絡して置いたパラオ泊地駐在の防備艦隊の施設を借りて補給を行い、一夜を明かしたのち再出港してフィリピンへ向かった。

 

そして今は直人がレーダーを使って敵の探知に努めている所であった。

 

補足しておくが、この艦隊は28ノット以下の低速艦を複数含むが、それらの艦は高速戦艦や紀伊などが牽引し、更に高速戦艦を複数艦で牽引する事で、パラオまで2500kmを越える距離を一昼夜で強行軍してきたのだ。中国大返しをやった秀吉もびっくりの速度である。

 

摩耶「ここに敵がほんとにいんのかぁ?」

 

提督「一時期はここを取り巻くように敵の梯団が居たそうだが、マニラの提督達が奮戦した結果、随分と減ったそうだ。」

 

摩耶「ちったぁ残しとけっての。」

 

提督「だが、敵が泊地にしてるレイテにならわんさかいるかも知れんぞ。」

 

摩耶「レイテ・・・捷一号作戦・・・潜水艦・・・うっ、頭が・・・。」

 

捷一号作戦に始まる海軍のフィリピン方面での作戦行動で最大規模のものがレイテ沖海戦であるが、これには摩耶も参加していたのだ。

 

しかし出港直後のパラワン水道で、敵潜水艦の雷撃を受けて呆気無い最期を遂げてしまったのだ。救助も進軍を急ぐ栗田艦隊司令部の意向を受けて中途で打ち切られ、生存者は少なかったと言われる。

 

愛宕「そう考えると、ここは私と摩耶にとっては因縁の場所でもあるのね。」

 

提督「場所は随分と違えども、そうなるな。」

 

綾波「ソナー感あり、潜水艦です!!」

 

摩耶「ゲッ・・・」

 

何とも因縁的な事ではないか。最初のお出迎えはやはり潜水艦らしい。

 

提督「対潜水艦戦闘用意! 扶桑、山城、瑞雲を出せ!」

 

呼ばれた二人は無言で頷き、瑞雲を滞りなく発進させてゆく。

 

雷「いきなり潜水艦なんて、えっ、夕立!?」

 

雷の驚きの声にその方向を見ると、夕立が思い切り突っ込んでいた。

 

それも潜水艦のいる方向に、躊躇いなく一直線に。

 

提督「夕立、何をするつもりだ!」

 

夕立「夕立、突撃するっぽい!」

 

その両手のそれぞれの指の間には爆雷が2個ずつ。

 

提督「よせ! 的になるだけだ!」

 

響「雷跡12、夕立に向かう!」

 

提督「下がれ、夕立!」

 

夕立「・・・任せるっぽい。」ニヘッ

 

夕立が数瞬の間だけ提督の方に振り向き笑って見せる。自信に満ちた、それでいて戦いを喜ぶかのような笑顔だった。

 

提督「――――。」コクッ

 

赤城「よしなさい、無茶よ!」

 

提督「待て、やらせてみよう。」

 

赤城の制止は状況としては正しい、直撃すれば轟沈は免れない。

 

赤城「―――提督ッ!?」

 

だが直人は、先程の夕立の目に、何かあると踏んだ。その直人の視線の先で、夕立に魚雷が迫る。いや、見方を変えると『夕立が魚雷に迫って』いた。

 

夕立「とりゃぁぁぁーーー、っぽい!!」ザバァァァァーーン

 

・・・夕立は想像の範疇にない荒業をやってのけた。

 

否、人間である直人なら一度は考えそうなことではあった。

 

即ち――――

 

提督&摩耶「と、飛んだぁぁぁぁ!?」

 

一瞬後、夕立は宙に浮いていた。それを把握できたのは、直人と摩耶のみ。

 

それも踏み台無し、強いて言うなら水と、夕立の突進針路上で衝突した魚雷の爆圧を足場にして――――

 

夕立「よりどりみどりっぽい、えいえいえーーいっ!」バシャバシャバシャッ

 

その夕立は空中で宙返りしながら見た感じやたらめったらに爆雷投下。

 

提督「あ、あんなの当たる訳―――」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「―――えっ。」

 

当たりました。タネは簡単、ソナー探知で距離、魚雷の雷跡で方向を見抜いただけである、そこからは直感だったようだが。

 

更に・・・

 

夕立「敵艦隊見つけちゃったっぽい! 魚雷投射するっぽい!」

 

空中で更に敵発見の夕立、言うが早いか発射管から魚雷8本全てを抜き取ってぶん投げていた。

 

提督「なにぃぃぃぃ!?」

 

直人が驚きの声を上げる。魚雷は正に投げ槍の如く敵に向かって飛ぶ。

 

金剛「どこデース!?」

 

綾波「電探感あり、敵艦! 方位2-3-5、距離約9,200!」

 

提督「せっ、戦闘準備!」

 

驚きもつかの間、慌ただしく砲を準備する近衛艦隊。

 

夕立「さぁ、素敵なパーティーしましょ!」バシャァァァァーーーン

 

着水と同時に全速行進、もの凄い水飛沫が上がる。

 

提督「なっ!?」

 

最上「うおおおおお!?」ザバァァァァァッ

 

そして飛沫を頭からモロに被ってしまった最上さんでした。

 

提督「も、最上、大丈夫か?」

 

最上「ちょっと、寒いね。」

 

お察しの通り頭からずぶ濡れでした。

 

提督「どないしましょ・・・。」

 

流石にこればかりは困ったという様子の直人であった。

 

 

 

夕立が発見したのはホ級エリート2隻にロ級エリート1、ハ級エリート2、無印1の水雷戦隊。

 

そこへ突如やって来た破局は、一撃で力を根こそぎにするには十分すぎた。

 

 

ドドドドォォォォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

ハ級eliteA「ギュアアアアアオオオオオォォォォーーー!?」(轟沈)

 

ハ級「ギャアアアウウウオオオオオオオーーーー!!」(残HP1)

 

ホ級eliteA「ギュオオオオオオオオォォォォ!?」(轟沈)

 

ロ級elite「キュアアアアアァァァァァァァーーーーッ!!」(轟沈)

 

ホ級eliteB「・・・!?」

 

ハ級eliteB「・・・!」

 

狼狽する辛うじて被害を免れた2隻。そして魚雷が突き刺さり次いで爆発し、見るも無残な状態の4隻。

 

なんとさっき投げた魚雷でこの大戦果である、恐るべきはその自由度の高さであろう。無邪気さというかなんというか、純粋すぎてめっちゃ自由に駆けずり回る性質にあるようです。

 

ハ級「・・・!」

 

その時ハ級が見たものは、紅の眼光を放ち、その火砲と魚雷で敵を尽くその鮮血で朱(あけ)に染める悪魔の行進であった。

 

 

 

夕立「まず何から、撃とうかしらッ!」ダァンダァンダァンダァァァァン

 

 

ズドドドォォォーーー・・・ン

 

 

夕立の砲撃は寸分の狂い無く当たり、深海棲艦の残りは声すらあげられず水底へ沈んだ。

 

摩耶「・・・ウソだろ?」

 

雷「凄すぎる・・・。」

 

提督「あいつ、マジで何者だよ・・・。」

 

驚愕するしかない圧勝劇に一同が言葉を出すので精一杯の有様。

 

夕立「全部倒したっぽーい!」ニコニコ

 

白いマフラーをたなびかせた夕立が笑顔満面で戻ってくる。

 

提督「無傷かよ・・・。」

 

摩耶「いや、わりかしそうでもねぇ。ほれ。」クイッ

 

提督「え?」

 

摩耶が指差した先には、脚部艤装から煙を出している響がいた。どうやら先程夕立の躱した魚雷の1本が、水中で軌道を逸らされたものらしい。

 

提督「響! 大丈夫か?!」

 

響「なんとかね、まだいけるよ。」

 

雷「無茶しちゃダメよ?」

 

響「分かってるさ。」

 

どうやら艤装が損傷したのみで外傷も無さそうだったので、ひとまず安心した所で、直人達は再び進み始めた。

 

 

 

それから10分後に偵察機の触接を受けた直人達は、先に艦載機による一斉攻撃を企図、目につく敵艦全てを薙ぎ倒さんと、艦載機を発進させようとしていた。

 

提督「・・・よし、偵察機からテ連送がドシドシ送られてきてるな。」

 

ほんとは来ちゃダメだけどね。

 

赤城「私の索敵機からも逐次敵情報が来ています。」

 

飛龍「提督、攻撃隊発進を具申します。」

 

提督「・・・よし、いこうか。全航空隊発進、急げ!」

 

飛鷹「よーっし、久しぶりの実戦ね! 全機発進!」

 

山城「提督、私たちも、ですか?」

 

提督「無論だ。連続だが頼むぞ。」

 

扶桑「頼まれますとも。皆さん、お願い!」

 

提督「よし、各空母の攻撃隊はそれぞれ発見した敵艦隊を叩け!俺の艦載機はレイテ湾を叩く!」

 

空母&航戦一同「はい!」

 

提督「発艦始め!!」バシュバシュバシュバシュ

 

因みに紀伊の艦載機発艦機構は弓では無くボウガン、それもフルオートの連射ボウガンである。

 

それを左右に一つづつ、秒間7本の射出速度を誇っている。

 

矢は片方のボウガンに54本、計108本、総勢540機の多数に上る。

 

史実で言えば大戦末期に活躍した米・エセックス級(搭載機108機)5隻分に相当する。

 

更に赤城82機・加賀93機・蒼龍64機・飛龍73機・飛鷹58機・千代田36機・扶桑と山城23機ずつの計432機が加わって992機の大攻撃隊、空母航空隊はこれを6つに分散し軽空母2隻と航空戦艦2隻で共同攻撃、残る空母は単独でそれぞれの敵に当たるとなっていた。

 

そして要塞戦艦紀伊の540機の大編隊は、これら母艦隊を別働ないし陽動とした上で、レイテ湾の敵艦隊に対し、乾坤一擲の総攻撃をかけ、それに呼応する形で艦隊も一点突撃するのである。

 

これは、出撃前に既に作戦要綱として決定された、航空戦術の全容である。

 

空海同時の立体機動戦術であり、立体包囲戦術でもある、しかし練度向上の進んでいないこの艦隊には連携の難しい戦法である。

 

提督「果たしてうまくいくかな・・・。」

 

金剛「信じてみまショー、提督ゥー。」

 

提督「・・・そうだな。俺の策を、皆を信じて勝利にBETするとしよう。」

 

直人が憂慮するのも実はこの練度不足の可能性であり、連携が失敗すればその分勝利の可能性は損なわれ、最悪敗北する危険すらあった。その際の損害は予想不可能という結論すらあったのだ。

 

摩耶「気前のいい天のディーラーに、全て委ねる訳か。」

 

提督「ハハッ、言い得て妙だな。では、状況開始!」

 

 

しかし、その帰趨を予見し得たのは、唯一直人だけであったかも知れない―――

 

 

 

5月2日 13時過ぎ カタンドゥアネス島北100km付近

 

 

カタンドゥアネス島は、サンベルナルディノ海峡から約100km北にあるフィリピンの島々の一つである。

 

グーグルマップなどで見ると分かるが、パラオからレイテに行く場合、わざわざルソン島の北東側から遊撃するのはかえって遠回りになる。直行した方が早い。

 

高雄基地でもよかったのだが、機密保全上(上海基地が途中航路近くにある為)断念してパラオへ寄らざるを得ず、フィリピン北部海岸掃討を行うのに余計な時間ロスをしていたのであった。

 

話を戻し、レイテ島へ向かう横鎮近衛艦隊は、盛んに攻撃隊を繰り出し、外洋に韜晦する敵艦隊を次々と撃沈していた。

 

紀伊の攻撃隊は迂回進路を取って大回りにレイテ湾に接近していた。

 

攻撃予定は16時丁度、そろそろ駆け足で行かなければ間に合わない位だが、始めから全速力である為問題なし。

 

ただ・・・

 

 

ザアアァァァァァァァァァァァァァァァァァーーー・・・

 

 

提督「熱帯特有のスコールかぁ・・・」

 

猛烈にっ、どしゃ降りのっ、雨ッ!!!

 

補足しておくと、彼らはこのスコールを利用して、攻撃隊が戻って来るまで敵の攻撃を避ける腹積もりで自ら飛び込んだのである。こうする事で上空からの敵の目を避けることも出来るのだ。

 

金剛「雨は嫌いデースッ!」

 

提督「同意見だね、雨は嫌いだが、まぁ~この際仕方ないか。」

 

雷「敵機が来ない様に、と分かってても、やっぱり嫌よね夕立?」

 

夕立「うぅ~ん、気持ちいいっぽい!」

 

雷「えっ・・・」

 

その他艦隊一同「えっ・・・。」

 

夕立「え・・・? 夕立、何かおかしい事言ったっぽい?」

 

綾波「うーん・・・音はそんなに嫌いじゃないけど・・・実際こうして濡れるのはちょっと・・・。」

 

扶桑「私も嫌いじゃないけれど、少し陰鬱な気分になりますね・・・。」

 

山城「姉様と同意見です・・・。」

 

雪風「うーん・・・私はどっちでもないです!」

 

提督「夕立の発想の転換がまたすごいね・・・。」

 

加賀「そうね・・・。」

 

赤城「私は、こんな雨の中にいると、真珠湾攻撃の時を思い出します。」

 

提督「確か、開戦を告げる電文が来た時もどしゃ降りだったんだっけ?」

 

『ニイタカヤマノボレ 一二〇八』の電文が南雲機動艦隊に届いたとき、その海上は大しけかつどしゃ降りの大雨という悪天候だったそうで。

 

蒼龍「よくご存知ですね。」

 

提督「なに、その方面の知識をかじってただけだよ。」

 

加賀「・・・またの機会に、一度提督と語らってみたいものです。」

 

提督「その時は、一つお相手願おうかな。」

 

加賀「望むところです。」

 

加賀が微笑みを湛えつつ言う。

 

赤城「加賀さんが笑うなんて、珍しいですね。」

 

飛龍&蒼龍(言われてみれば・・・)

 

千代田(そうなの?)ヒソヒソ

 

飛鷹(まぁね・・・。)ボソッ

 

提督「そろそろスコールも抜ける筈だ、空母全艦、収容準備!」

 

空母組「はい!」

 

スコールを抜けた後、艦隊は偵察機の触接等も無く、カタンドゥアネス島東岸を南下してゆくのであった。

 

 

 

しかし彼らは思いもしなかった。

 

彼女らの動きは、最初から敵に察知されていたのである・・・。

 

 

 

13時43分 ルソン島南端部・バルセローナ沖合7.3km

 

 

バルセローナはルソン島南端部に位置する小さな町で、サンベルナルディノ海峡の出口に程近い場所にある。スペインのバルセロナとは多分無関係と思われる。

 

その沖合に、今正にサマール島を正面に迎え、それを太平洋側に迂回しレイテに向かわんとする横鎮近衛艦隊の壮健な姿があった。

 

提督「よし、サマール島の東側に迂回するぞ。海峡出口中央の小島に注意!」

 

金剛「了解デース!」

 

その時、その小島の輪郭に閃光が走った。

 

提督「!」

 

 

ガアアァァァァァーーーン

 

 

綾波「きゃああああああっ!!」

 

提督「綾波っ! 敵襲、響は綾波を守って一旦後退! その他の艦は左舷回頭、右舷砲雷撃戦用意! 敵の伏兵だ!!」

 

一同「了解!!」

 

榛名「電探に感あり! 方位1-9-6、距離9,100!!」

 

比叡「ひえぇぇっ! 私の電探も新たな敵艦隊を捕えました! 方位1-0-1、距離8600!!」

 

雷「水上電探感あり! 方位0-9-1、距離10,100!!」

 

響「対空電探感あり! 方位1-8-0、機数600以上!!」

 

提督「謀られたか―――ッ!!」

 

報告を突き合わせれば、サンベルナルディノ海峡と海峡出口のサマール島側にある小さな島の影、更に迂回して南下する艦隊の左側面に敵がいる、つまり退路以外はすべて塞がれた状態にある事になる。

 

さらに直人が驚愕の報告を受け取る。

 

提督「レイテに敵がいないだと!?」

 

金剛「どう言う事ネー!?」

 

提督「偵察機からで、レイテ湾内は少数の戦闘艦と空母しかいないとのことだ。」

 

木曽「それじゃこの作戦は!!」

 

提督「作戦は失敗だ! 動きを察知されていたと見るべきだろう・・・待ち伏せだ! 空母は艦載機を全力出撃!! 俺の攻撃隊をレイテ偵察の景雲改に誘導させる!」

 

羽黒「わ、私たちはどうするんですか!?」

 

提督「第1水上打撃群は海峡へ! 第1艦隊は正面の敵に当たれ! 1水戦は俺と一緒に左側面の敵を叩く! 空母は上空に飛来する敵機を1機でも多く叩き落とせ!!」

 

一同「はい!!」

 

提督「各艦隊単縦陣を組め! 突撃する、但し頃合いを見て退くぞ!」

 

 

必要な指示を出し終えると、直人達は三群に分かれて戦闘を開始した。

 

 

~1水戦&提督~

 

提督「お、多くね!?」

 

神通「多い、ですねぇ・・・。」

 

因みに先頭は神通で、響・雷・雪風・初春・夕立、最後尾に直人が位置する。

 

夕立「私に先陣切らせて欲しいっぽい!」

 

提督「さっき十分勝手な行動をしたんだから我慢しろ。」

 

夕立「うー、暴れたりないっぽい!」

 

提督「落ち着けし。」(猛犬かこいつは―――猛犬と言えばケルト神話のクー・フーリンだな、割と皆知らないけど、あの英雄も『クランの猛犬』の異名を持つんだよな。)

 

何の話だと。

 

雷「距離7,000!」

 

提督「近いな、よし、ファイエル!!」

 

雷「てーっ!」

 

神通「主砲斉射!」

 

 

ダダダダダダダダダダダダンダダダダダンダダダ・・・

 

 

提督「流石にこの数の連続射撃だと凄いな、音が被ってる。よーし俺も、いっけぇぇぇ!!」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

ズドドドドドドドォォォォォーーー・・・ン

 

 

夕立「ひゃっ!?」

 

主砲射撃のブラスト圧の余波で夕立がつんのめる。

 

提督「おお、ごめんごめん。」

 

夕立「いいっぽい、それより敵を撃つのに集中するっぽい!」

 

よっぽど素直ないい子なのかそれとも暴れたくて構ってられないか、どっちかかな。

 

(※なお両方の折衷案だった模様)

 

提督「ではお言葉に甘えさせて頂きましょう!」

 

響「敵第1斉射、来るよ!」

 

 

ドドドドドドドドォォォーーー・・・ン

 

 

雪風「ああっ! 至近弾です!」

 

提督「大丈夫か?」

 

駆逐艦は装甲が無きに等しい。故に至近弾でも被害を生じるケースが珍しくない。

 

雪風「まだいけます!」

 

提督「よし、取り舵45度! 敵にイの字にかぶさる形で雷撃戦をやるぞ!」

 

神通「雷撃戦法、ですね。」

 

提督「そうだ、いそげ!」

 

敵には戦艦がいるし、即応はしにくい筈だ。

 

提督「よし、さっきの第1斉射で合計12隻は沈んだな。」

 

うち9隻が俺の戦果ですがね、一撃必殺は王道だと思います。

 

 

~第1艦隊~

 

扶桑「2列縦陣に組み替えて下さい、隊列を短くしたいので。」

 

そう言いつつT字有利の状況を作り上げて行く扶桑さん。

 

最上「分かった!」

 

筑摩「単縦陣という命令では?」

 

赤城「あれは提督のパッと思いついた指示です、ある程度の裁量がありますから、大丈夫です。」

 

伊勢「なら、異論はないね。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

第1艦隊の陣形は、左列に扶桑・最上・伊勢・比叡・赤城、右列に山城・筑摩・日向・加賀・千代田の順、左列の間から右列が撃つ体制である。

 

因みに筑摩は直人の判断で第1艦隊に臨時派遣された増派である。

 

山城「距離、6,200です!」

 

扶桑「では、砲撃戦、始めて下さい!」

 

伊勢「ってーっ!」

 

赤城「撃ち方、始め!」

 

比叡「撃ちます! 当たってっ!」

 

 

ッドドォォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

この編成で組むのが初めてとは思えない列毎統制砲撃を行う第1艦隊、その効果は絶大であった。

 

比叡「敵リ級エリートに直撃弾4! 沈黙!」

 

扶桑「敵ル級クラスに命中3、大破です!」

 

山城「敵敵駆逐艦群に至近弾9、命中1、深海棲駆逐艦2隻撃沈、2隻に損傷を与えました!」

 

最上「敵重巡リ級に命中7、大破だね。」

 

筑摩「うーん、私は至近弾だけね。」

 

日向「私もだ。」

 

伊勢「敵軽空母ヌ級に命中弾5! そばにいた駆逐艦に命中弾1、2隻撃沈だね。」

 

近距離遭遇戦であるだけあって、流石に砲撃に失敗する距離ではない、全艦が砲撃を夾叉弾着させる。

 

赤城「敵駆逐艦ハ級1隻撃沈です。」

 

加賀「お見事です、赤城さん。私は命中弾無しです。」

 

砲撃可能な空母までも撃ちまくっている。

 

日向「敵の反撃、着弾来るぞ!」

 

 

ドドドドドドドドォォォォォーーーー・・・ン

 

 

最上「くっそぉ、直撃かよぉ、冗談じゃないよ!」

 

千代田「飛行甲板に火災!? 消してぇ!!」

 

日向「思わぬカウンターだな。」

 

扶桑「ですが退けません! 第二射、撃て!」

 

第1艦隊の奮戦と相前後して、艦隊主力たる第1水上打撃群も戦闘へ突入した。

 

 

~第1水上打撃群~

 

金剛「行きマスヨー! 摩耶サンは空母の護衛と敵機迎撃をお願いシマース!」

 

摩耶「任せとけ!」

 

的確な指示を飛ばす金剛、同時投入できる戦力は減るがこの場合は適切である。

 

金剛「よーし、全砲門、ファイア!!」

 

榛名「砲撃開始!」

 

羽黒「撃ち方、始めてくださぁーい!」

 

 

ドドォォォンドドォォォンドドォォォンドドォォォォーーー・・・ン

 

 

第1艦隊とは打って変わって各艦順次射撃での時間差攻撃を仕掛ける金剛達。

 

 

ドォォォーーーン

 

 

木曽「うおっ!?」

 

榛名「木曽さん、大丈夫ですか!?」

 

木曽「あぁ、至近弾だ。さて、俺に勝負を挑む、馬鹿はどいつだぁ!!」

 

 

ダダダダダダダァァァァァァーーーン

 

 

木曽が裂帛の気迫と共に彼女を狙った敵艦に順次砲撃を放つ。

 

この部隊の砲撃中の艦娘はたった4人、だが、それぞれが榛名や千代田も含めてたたき上げのベテランである。

 

金剛などは1斉射ごとに2隻は沈めている有様である。

 

榛名「金剛お姉さん、相変わらずお強いのですね・・・。」

 

金剛「まだまだこれからデース! ファイアー!!」ドドドドォォォーーー・・・ン

 

摩耶「近づく敵機は、あたしが全部叩き落とす!!」ドドドドォォォォーーーン

 

羽黒「私だって、負けられませんね・・・!」

 

金剛と摩耶に触発され、この部隊の士気は第1艦隊や1水戦より高かった。

 

多聞「金剛、攻撃隊を突入させる、一旦後退してくれ。」

 

いつの間にか飛龍の肩の上に乗っていた多聞丸が指示を出す。

 

金剛「Oh、山口提督直々のご指示ですカー。OK! では一旦後退デース!」

 

榛名「はい!」

 

摩耶「了解!」

 

飛龍「よーし、皆、やっちゃって!」

 

その言葉と共に飛龍攻撃隊が蒼空を切り裂くように降下、蒼龍と飛鷹の攻撃隊がこれに続く・・・

 

 

 

序盤は近衛艦隊のペースで戦闘は推移した。

 

各艦隊ともに寡兵よく奮闘し、敵艦隊と互角に砲火を交えていた。

 

しかし、破局はすぐそこに、既にやって来ていたのである・・・。

 

 

 

~1水戦&提督~

 

神通「魚雷発射!」

 

提督「副砲斉射ぁぁぁ!!」ドゴオォォォォォォーーーー・・・ン

 

神通達が魚雷を一斉に放ち、直人は副砲を一斉射撃する。

 

凄まじい轟音は敵の目を欺くのに十分であり、魚雷発射は気付かれなかった。

 

数秒後、まず80cm砲弾が敵先頭に降り注ぎ、密集していた軽巡3隻と駆逐艦2隻を瞬時に葬る。

 

その次に神通達の放った魚雷が殺到し、水柱が何本も立ち上るのが視認できた。

 

提督「・・・流石神通、よくここまで鍛え上げてくれた。」

 

神通「皆の飲み込みが、早かったからですよ・・・。」

 

提督「それは教え方も良かったという事だ。」

 

神通「私なんてそんな・・・恐縮です。」

 

この状況でも余裕を見せる直人である。

 

雪風「しれぇ! 私の魚雷も当たりましたよ!」

 

提督「はしゃぐな雪風、慢心は禁物だ。」

 

雪風「はい!」

 

提督(元気な奴だ・・・)

 

響「敵弾来るよっ! 雪風!!」

 

雪風「ふえっ!?」

 

 

ドドゴォォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

雪風「うっ、もーっ、でもっ、し、沈みませんから!」

 

雷「雪風、大丈夫!?」

 

初春「敵弾、更に来るぞ!」

 

 

ドドドドズガアアァァァァァァァーーーン

 

 

雷「きゃああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

雷の周囲に多数の砲弾が弾着する。その内一つは火柱だった。

 

提督「雷!!」

 

雷「なによもう! 雷は大丈夫なんだからっ!」

 

提督(くっ、敵が急に勢いづいた、一体何が!?)

 

直人は急激な状況変化の中で考えうる可能性を急いで思案した。

 

神通「雪風さん、雷さん! 下がって下さい!」

 

雷「わ、分かったわ!」

 

初春「退かねばまずいぞ! ここままでは押さえきれぬ!」

 

提督「分かってる―――ッ!? 9時半方向雷跡! 雪風避けろ!!」

 

雪風「えっ?」

 

雪風が気付いたときには遅かった。損傷を負った雪風では緊急回避は不可能だったのだ。

 

提督「雪風――――!!」

 

 

ドオオオォォォォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

 

 

魚雷が命中する、雪風の小さな体は宙に吹き飛ばされた。

 

雪風(もう・・・ダメ、なのかな・・・しれぇ、皆・・・。)

 

“さよなら”

 

 

 

 

直人らの事前の入念な作戦立案の中で提起された危惧は、現在その最悪を行っていた。そして、同じような惨劇は別の艦隊でも起こっていた。

 

 

~第1水上打撃群~

 

金剛「な、何デスカー!? アレは!!」

 

金剛達の眼前には、巨大な3連装砲塔を幾つも持った巨大なシルエットの深海棲艦がいた。

 

ライトブルーの瞳は薄氷を思わせるような冷たい目、瞳と同じ髪色のショートヘアに、白黒で裾がスカート仕立ての巫女服、そして膝より高いブーツの様な黒い装甲を纏った長身の深海棲艦。

 

???「海ノ底ヘ、沈メェ!!」

 

 

ズドドドドドドドドォォォォォォーーーー・・・・ン

 

 

その主砲は56cm60口径砲であった。

 

金剛「オオオオオオオオ!?」ドドドドォォォォォーーーー・・・ン

 

 

ドガガガアアアアアアァァァァァァァァーーーー・・・ン

 

 

飛龍「キャアアアァァァァァァァァァァッ!!」

 

摩耶「飛龍!! くっ!!」

 

金剛「飛龍サン!!」

 

金剛が被弾した飛龍に駆け寄る。

 

飛龍「金剛、さん・・・あいつを・・・倒さなきゃ・・・。」

 

金剛「何を言ってるんデース! 提督、紀伊提督聞こえますカ!?」

 

 

 

~第1艦隊~

 

 

ドガァァァァァァァーーーー・・・ン

 

 

最上「ああああっ!!」

 

日向「最上!!」

 

加賀「なっ、あれは・・・!」

 

 

ドガアァァァァァーーーー・・・ン

 

 

赤城「きゃああっ!!」

 

加賀「赤城さん!!」

 

赤城「くっ・・・。」

 

赤城は、自分を砲撃した相手を睨みつけた。

 

背は低いが、尻尾の武装は戦艦級のそれ、いや、空母のそれすら併せ持つハイブリッド戦艦。

 

青い眼光を放ち、その口は不気味な笑みを浮かべる。

 

山城「あれが、噂に伝え聞くレ級深海棲戦艦、ですか。」

 

量産型超兵器級、とまで呼ばしめるレ級の一撃が、瞬く間に彼らの戦意を削ぎ取りつつあった。

 

加賀「赤城さん、大丈夫!?」

 

 

普段鉄面皮を崩さない加賀もかなり動揺している。

 

赤城「一航戦の誇り、ここで失う訳には・・・!」

 

扶桑「提督、提督! 許可を、撤退のご許可を!」

 

 

 

~1水戦&提督~

 

雷「雪風ぇぇぇぇぇぇ!!」

 

雷の絶叫が、辺りに響き、虚空に吸い込まれてゆく。

 

猛煙と水柱が晴れてきたその向こう・・・

 

 

 

 

 

 

その向こう側に、『雪風を抱きかかえた直人』がいた。

 

 

雪風「・・・う、うう・・・ん・・・。し、しれぇ?」

 

提督「全く、お前は大した幸運艦だよ、脚部艤装が全部壊れただけで、素足に傷一つないなんてな。」

 

確かに雪風の脚部艤装は吹き飛んでいたが、その露出した素足に傷は無かった。

 

雪風「ごめんなさい、私がはしゃぐからこんな事に・・・」

 

提督「戦場ではよくある事さ、気に病む事は無い。それに・・・」

 

雪風「・・・?」

 

提督「俺はバッドエンドは嫌いなんだ。俺の司令部に来た以上、是が非でも生き残って戦ってもらうぞ。そして、最後に全員揃って笑って終わりたいんだ。」

 

雪風「司令・・・。」

 

神通「提督!」

 

神通に呼びかけられた直人はこくりと頷くと命令を発した。

 

提督「撤退する! 無事な艦は敵を牽制しつつ後退しろ! 可及的かつ速やかに現海域を離脱する!!」

 

金剛「“提督、紀伊提督聞こえますカ!?”」

 

扶桑「“提督、提督! 許可を、撤退許可を!”」

 

無線で撤退命令の具申をしてくる二人、腹は既に決まっていた。

 

提督「各艦隊急ぎ撤退しろ! ルソンの北で落ち合おう!!」

 

金剛&扶桑「“はい!”」

 

提督「ん! 俺の攻撃隊からト連送だ、今の内に逃げるぞ!」

 

1水戦各艦「はい!」

 

 

~第1水上打撃群~

 

金剛「私が殿を引き受けマス! 早く!!」

 

羽黒「でもそれじゃぁ金剛さんが!」オロオロ

 

金剛「羽黒サン。」

 

羽黒「え?」

 

金剛「私を、信じて下さい。」ニコリ

 

金剛はこの様な絶望的状況で笑って見せた。最早勝算など無きに等しいこの状況で。

 

羽黒「・・・は、はい。」

 

摩耶「安心しろ羽黒。金剛はああ見えても強いんだよ。」

 

金剛「『ああ見えて』は余計デース!」ムキーッ

 

摩耶「落ち着けって・・・。さ、行こう。」

 

羽黒「―――はい!」

 

羽黒は摩耶に諭され、飛龍に肩を貸しつつ離脱していく。

 

金剛「サテ、後退の時間は、稼がないとネー?」

 

摩耶「―――全く、アタシの腹の内までお見通しだったか。」

 

金剛「当然デース、手伝ってもらいマスヨ?」

 

摩耶「仕方ねぇ、付き合ってやるよ!」

 

 

 

~第1艦隊~

 

加賀「私の攻撃隊で気を引きます、その間に逃げましょう。」

 

山城「そうね。」

 

扶桑「お願いします。撤退します!」

 

加賀「千代田さん、筑摩さん、赤城さんを安全な所に。」

 

二人「はい。」

 

 

 

こうして、3つの艦隊は四分五裂の有様で、何とかルソン島の北岸へ向かい退却を始めた。

 

いずれの艦隊も負った損傷は大きく、一部は沈没の危機に見舞われたが、金剛と摩耶の奮戦と加賀の牽制攻撃、無駄に終わるかと思われた紀伊航空隊の急襲により、それでも何とか離脱に成功したのであった。

 

 

 

17時半になって、艦隊はようやくルソン島北岸のアパリ沖合60km付近、フーガ島とカミギン島の中間地点の海域に集結を終えた。

 

提督「手酷くやられたな・・・。」

 

こんな事なら修理装備までパージして出撃するのではなかったと後悔する直人である。

 

損害状況を集計すると以下の通りになる。

 

 

大破:綾波・雷・最上・赤城

中破:金剛・山城

小破:日向・千代田・扶桑・初春

艤装全損:雪風・飛龍

 

 

反論の挟みようのないような敗北であった。

 

中には追撃中に姉をかばって損傷したり(山城)、流れ弾に当たって損傷を受けたり(初春)と、割とシャレにはなっていない状況だった。

 

提督「・・・。で? いるんだろ青葉、出てこい。」

 

一同「!?」

 

直人の言葉に驚く一同、数瞬の静寂が訪れる。

 

・・・。

 

青葉「あはー、バレてましたか。」

 

フーガ島側の闇の中から現れる青葉。

 

提督「逆に何故隠れられると思ったのかが気になる。確か別の鎮守府に行ってるんじゃなかったっけ?」

 

前章の編成表に青葉がいなかったのはそのせい。

 

青葉「その別の鎮守府というのがマニラ基地でして。」

 

提督(迂闊だったな・・・。)

 

青葉「だって、正体不明の深海棲艦と聞いたんじゃ居ても立ってもいられませんよ!!」

 

その声に直人は

 

提督「出たのか!?」

 

と言い、

 

金剛「そういえば・・・」

 

榛名「確かに・・・」

 

羽黒「言われてみれば・・・」

 

摩耶「いたな・・・。」

 

第1水上打撃群の面々が口を揃えてそう言った。

 

提督「マジか!?」

 

青葉「バッチリ撮ってきました!」ペロッ

 

舌を出しながら自慢げな笑顔で言う青葉。

 

提督「・・・よく無事だったな・・・。」

 

全く以て、持つべきは優秀な部下である。

 

青葉「艤装なしで陸地から撮りましたから、そうする分には人間と同じ隠匿行動が出来ますよ!」

 

提督「という事は水平角で・・・ハッ、見せてくれ!」

 

青葉「ギャラはいくら貰えますかね?」

 

提督「え、ギャラ取るの?」(焦

 

青葉「冗談です♪」

 

提督(こいつは・・・)^^

 

青葉「ギャラ取らないのは提督だけですからね?」

 

俺以外にはギャラ取るのか・・・。

 

提督「そ、そうか・・・ありがと。」

 

青葉「いえいえ。んで、えーっとですね・・・あっ、これです。」

 

提督「どれどれ・・・?」

 

金剛「・・・」ニュッ

 

直人の肩越しに金剛もカメラの液晶を見る。

 

そのスクリーンには、間違いなく金剛達の見た巨大深海棲艦が。

 

金剛「アアアァァァァァァァァ―――ッ! コイツデース、飛龍を撃ったのは!」

 

提督「~~~~~!?」キーン

 

耳が飛びました、はい。

 

 

1分後

 

 

提督「金剛、声の加減を覚えてくれ・・・。」

 

金剛「ソーリーネー。」^^;

 

そう言いつつも直人は深刻な表情になる。

 

提督「―――こいつは・・・、金剛、こいつは何か話したか?」

 

金剛「確かに何か言ってマシタ、それがどうしたんデース?」

 

提督「片言で? それとも流暢に?」

 

そう聞くと金剛は

 

金剛「カタコトデース。」

 

と言った。それを聞いてないとは一つホッとした。

 

提督「そうか、そいつは運が良かった。」

 

金剛「・・・? どう言う事デース?」

 

おう読者の声代弁すなや(クッソメタい作者の声)

 

提督「・・・端的に言えば、こいつは超兵器級と呼ばれる深海棲艦だ。」

 

金剛「じゃぁまさかコレが・・・!?」

 

提督「そうだ、超兵器級深海棲戦艦『播磨(はりま)』だ。だが片言だという事を加味すれば、こいつは劣化クローン版だな。」

 

深海棲艦にもオリジナルとクローンがいる事がこの時点でも分かっている。オリジナルとなり得るのは上位知能体と呼ばれる上級個体で、複製する場合その能力は一段劣るとされている。

 

提督「そうか、こいつが謎の巨大兵装を持ったとんでもない強さの艦の正体か、なら合点がいく、播磨は56cm60口径3連装砲塔を11基装備していた超巨大双胴戦艦だったからな。」

 

金剛「播磨・・・、あの艦は美しい艦(フネ)デシタ・・・。」

 

榛名「そうですね・・・それがあんな姿に変わってしまうなんて・・・。」

 

提督「かつての播磨を、今でも覚えているのか?」

 

と問うてみた。

 

榛名「はい、トラック泊地にもその姿を浮かべ、第3次ソロモン海戦ではワシントンとサウスダコダを一瞬で屠り、第4次ソロモン沖海戦では単独で敵陣を食い破ってガタルカナル島を砲撃、レイテ沖海戦では米超兵器戦艦リヴァイアサンを食い止め艦隊の撤退を援護、その後刺し違えて沈みました。」

 

提督「そうか、伝え聞く通りなのだな。」

 

榛名「帝国海軍最強の戦艦でした。」

 

間違いないわな。

 

まぁ、播磨より強力な艦砲を持つ超兵器なんてごまんといた、つまり火砲面では中の下だったんだよね、怪力線とか80cm砲とか波動砲とか重力砲とか枚挙に暇無し。

 

提督「そう言えばさっきから深海棲艦の負の魔力の気配が微かにするんだが・・・。」

 

金剛「あー、これですネー?」

 

と言って取り出したのは深海棲艦の残骸。

 

一同(青葉&雪風除く)「皆拾ってますよ?」

 

提督&青葉「ええええええ!?」

 

直人は声を抑えつつ叫んでいたが。

 

提督「よくそんな隙があったな・・・。」

 

こいつらスゲェなと思う直人でした。

 

初春「そんな事より、ここからどうするつもりじゃ?」

 

提督「撤退しかあるまい。雪風はこんな有様だし、飛龍を始め負った損害も大きく、戦える状態であるとは、お世辞にも言い難い。」

 

お姫様抱っこで抱きかかえている雪風に視線を落としながら告げる直人。

 

雪風は安堵からか眠っていたが。

 

初春「しかし、敵前撤退は危険も大きい筈じゃが、勝ち目はあるのかえ?」

 

そう、敵は現在もこちらへ向けて追撃中なのだ。

 

提督「ある。」

 

だが確固たる自信で言い切る直人。

 

初春「ほう、で、その根拠は?」

 

提督「俺は無傷だ。」

 

初春「―――貴様まさか!」

 

その、まさかである。

 

提督「俺が殿張ってる間に逃げろ。横須賀に、真っ直ぐな。」

 

初春「貴様、何を言っておるのか分かっておるのかえ?」

 

提督「無論だ。一度死に損なった命だ、失うのも惜しくはない。」

 

金剛「・・・分かりマシタ。」

 

摩耶「んじゃ、行くか。」

 

提督「!」

 

二人のその一言に驚く直人、そしてその一言に驚き振り返って金剛を凝視する初春。

 

初春「金剛!?」

 

金剛「但し!」

 

叩き付ける様に声を出す金剛、一拍置いて二の句を告げる。

 

金剛「必ず、必ず生きて帰るコト、いいですネ?」

 

それを聞いた直人はこう答えた。

 

提督「・・・フッ、艦隊総旗艦のお前に言われてしまったら、死ぬ訳にもいかんか。」

 

金剛「私の為だけじゃアリマセーン。」

 

提督「・・・?」

 

疑問符3つ浮かべて首を傾げる直人だったが、その答えはすぐに返って来た。

 

金剛「私達『全員』の為に、帰ってきて下さい。」

 

提督「・・・!」(・・・フッ、そうだな、死なば諸共だが、死ねばこいつらが悲しむ、か。)

 

そう思い至り、皆を見渡しながら直人は言った。

 

提督「・・・あぁ。誓って必ず帰る。だから俺を信じて、行ってくれ。雪風を頼む。」

 

金剛に眠っている雪風を託す直人。その瞳にはそれまでの暗く弱い光ではなく、覚悟を決めた鋭い光が宿っていた。

 

金剛「了解デス。皆サン、行きますヨー!!」

 

初春「じゃが・・・」

 

金剛「提督の命令デス、置いて行きますヨ?」

 

初春「・・・致し方ないの。」

 

そして金剛を最後尾に艦娘達が離れていき、直人はそれに背を向けて立つ。

 

提督「・・・金剛!」

 

ふと思い出した事があり金剛の名を呼ぶ。

 

金剛「―――なんですカー?」

 

提督「前に、帰ったら紅茶御馳走してくれるって言ってたよな。」

 

それは、南西諸島沖の一件の際、金剛が大破していた為流れた約束だった。

 

金剛「・・・忘れてマシタ。」

 

提督「そうだな――――この海戦が終わって、俺が帰ったら、お前の紅茶、御馳走してくれ。とびっきり旨いのを頼むぞ!」

 

一言一言紡ぎ出すように言う。

 

金剛「・・・分かりました! カップとスコーン用意して、待ってるネー。」

 

そう言って優しい笑みを浮かべる金剛であった。

 

直人はそれを自分の肩越しに見やり、日暮れの水平線に現れた敵に向き直る。

 

金剛「グッドラックデース!」^^)b

 

提督「サンキュ!」(`・ω・´)b

 

そうして二人は分かれ、一方は彼女らの家に、もう一方は硝煙の渦に、それぞれ突撃した。

 

 

超巨大機動要塞戦艦「紀伊」と、数千の深海棲艦との戦い、『アパリ沖退却戦』の火蓋が、こうして切って落とされた。

 

 

 

5月2日17時06分 アパリ沖

 

 

直人「フルオープンアタック!! 蛟龍達も頼む!」

 

艦載機も全力で放ち、海中、海上、空中三正面からの立体航空砲雷撃戦体制を敷く。今回は景雲改も80番(800㎏)爆弾1発を装備して爆撃に向かう。

 

先手を取ったのは直人、30cm速射砲を皮切りに主砲も副砲も全火器を総動員して、密集突撃してくる敵先頭集団に対し攻撃を加える。

 

 

ドドドドドドドドドド・・・ォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

数知れぬ爆音と共に、1斉射50隻単位で沈んでいく深海棲艦だったが、その勢いは衰えない。

 

提督「オラアアアアアアアアアアアア!!」ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

発せられた砲煙が、次から次へと放たれる砲の起こすブラストで渦を巻く。それだけで彼の姿までも覆い隠す程だ。

 

提督「フッ、横須賀の時より多い! が、的を絞らずとも勝手に当たるっ!」

 

その言葉通りであった。別に見えずとも、彼の艤装に組み込まれた射撃指揮管制は、視界を必要としない艦娘のそれより遥かに進んだシステムである。しかし薙ぎ倒されていく敵の前衛は、どれも軽巡や駆逐艦クラスばかり。

 

提督「指揮統制が取られている様だな、だが関係は、無い!」

 

 

ドドドドドドドドドドドドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

 

17時12分 バシー海峡

 

 

雪風「う・・・ううん・・・?」

 

金剛「お目覚めですカー?」

 

雪風「金剛、さん・・・? しれぇは?」

 

金剛「提督は今、私達を逃がす為に、一人戦ってマース。」

 

雪風「そう・・・ですか・・・。」

 

雪風は不安を覚えた様で、表情を暗くした。

 

夕立「うう~~~・・・」

 

唸る夕立に神通が声をかける。

 

神通「夕立さん、どうかしましたか?」

 

夕立「~~・・・、やっぱり我慢できないっぽい。」クルッ

 

そう言って身を翻す夕立、それに同調する艦娘がもう一人。

 

摩耶「俺も戻るぜ。心配だしよ。」

 

初春「馬鹿者ッ、戻れ!!」

 

初春は止めるが金剛がそれを遮った。

 

金剛「いえ、行かせてあげまショー。」

 

初春「なに?」

 

金剛「アノ二人は、指示に従うよりも自由に動いた方が戦える子ネー。それに、一人じゃやっぱり心配デース。」

 

初春「はぁ~・・・。」

 

一人顔を覆って深くため息をつく初春。しかし金剛の見る目は、確かに二人の本質を見抜いていたのだった。

 

 

 

17時19分

 

 

播磨「ソコマデヨ!」

 

提督「おっと、おいでなすったか。」

 

現れたのは写真にも写っていた深海棲艦、播磨。但しクローンではあるが。

 

播磨「随分トヤッテクレタヨウネ・・・。」

 

提督「生憎と俺たち提督はそれが仕事なもんでね。」

 

間違ってはいない。(提督がこの場にいる事がおかしいだけ。)

 

播磨「貴方ガ噂ノ『紀伊』ネ?」

 

提督「ふーむ、俺の事は深海でも有名であると見える、こいつは参ったな、ちょっとした人気者か。」

 

照れるなぁ、と言いたげに頬を掻く直人。

 

播磨「イイ噂ナンテ無イワヨ?」

 

提督「そりゃそうさな。こんな感じで深海棲艦を何度も大量虐殺した犯人だし。」

 

播磨「自覚ガアルトハ性質ガ悪イワネ。」

 

提督「そりゃ、お互いさまじゃないかな?」

 

そっくりそのままその言葉を返したい直人である。深海棲艦も過去幾人殺した事か、被害者リストでも作ろうものならA3判でも数百枚は下るまい。

 

播磨「・・・ソウネ。私達の『目的』ノ為、ココデ死ンデモラウ!」

 

提督「その目的とやらを話して貰えれば、生かして帰すんだけどねぇ。」

 

播磨「ゴタクハココマデヨ。」

 

提督「そうかい、少しは話せると思ったんだが、残念だね。」ジャキッ

 

数瞬の沈黙の後、両者は同時に戦端を改めて開く。

 

 

ドドォォォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

ズドオオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

直人の120cm砲、播磨の56cm砲、二つの巨砲が轟音を響き渡らせる。

 

提督「ここは退かぬ、あいつらを無事に帰す為に!!」

 

 

ドドドドドドォォォォォォーーー・・・ン

 

 

播磨「私達ハ勝ツ!私達ノ目的・・・イエ、悲願ノ為ニ!」

 

 

ドオオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

提督「ッ!!」ザバァッ

 

咄嗟に危険を感じた直人がバーニアも点火して後ろに飛ぶ。が・・・

 

 

ドガアアァァァァァァァァァァァーーー・・・ン

 

 

提督「くあああっ!!」

 

 

避けきれず被弾する直人だったが、姿勢を整えて後方へ着水する。

 

提督(ぐっ、左舷に1発貰った・・・!! 飛行甲板は大丈夫、左舷潜航艇発着口か・・・!)

 

しかしすぐに反撃する。

 

 

ドドガアアアアァァァァァァァァァァァァ・・・ン

 

 

播磨「アアアアアアアアッ!? グアアアアアアアアアアア!!」

 

少し遅れて播磨に120cm砲弾2発と複数の80cm砲弾が弾着する。

 

提督「フッ、まぁ、どっこいどっこいじゃ済まさんがね。」

 

播磨は56cm砲弾を想定した防御しか施していない為、80cm砲弾はまず受け止めきれない。120cmならなおさらである。

 

巨体故に轟沈しないのが超兵器でもあるが。

 

提督「ぶっ飛べぇ!!」

 

 

ドドォォォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

播磨「アアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ズドドドォォォォォォォーーー・・・ン

 

 

播磨は先の一撃で戦闘力を既に3分の1失い、一斉砲撃も出来なくなるほど理性を喪失していた。

 

まぁ必死ですわな。

 

提督「2度は食わぬ。」キイィィィィィィィィ・・・ン

 

 

ザバアアアァァァーー・・・ン

 

 

播磨「―――ハ!?」

 

播磨は虚を突かれた。夕立に倣った戦法だ。

 

提督「これでも・・・」ガシャンガシャンガシャン・・・ガコン

 

直人がウラズィーミルの射撃体勢を整える。空中で。

 

その真下では播磨の砲弾が着弾し水柱を挙げる一方で播磨は再び120cm砲を被弾していた。

 

提督「食らっとけえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

ドォォンドォォォォーーーン

 

 

播磨「ソンナモノニ当タルカ!」グッ

 

播磨が回避に移る為に足に力を込めたその瞬間・・・

 

 

ズドドドドォォォォォーーーー・・・ン

 

 

突如播磨を襲う雷撃、その威力は回避行動を阻止するに足りた。

 

播磨「グアアアアアァァァァァァッ!! ナッ、ナンダッ!!?」

 

提督「いけええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

播磨「ナッ!!」

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ・・・

 

 

横須賀沖の火焔地獄再び。

 

それも今度は爆心地に手負いの超兵器を巻き込んでの一撃、効果は絶大であり、一帯が紅一色に染めあがる。

 

提督「・・・うーん、熱帯ではそこまで温度上がらないか。」

 

どうやら湿気までまとめて蒸発させるという事は無いらしい。

 

 

ゴオオォォォォーー・・・

 

 

提督「ふぅ、やったかな?」ザバアァッ

 

爆炎に包まれた敵を見遣る直人の傍に、1隻の小さな潜水艦が浮上する。

 

提督「お、蛟龍ちゃん、お疲れさま。」

 

蛟龍妖精「!」ビシッ

 

蛟龍ちゃんは敬礼を交わすと無傷で残る紀伊の右舷甲標的発着口に入っていく。先程の不意の雷撃は、この甲標的の後を継ぐ特殊潜航艇『蛟龍』達によるもの。完璧な連携である。

 

 

―――が

 

 

ドドドドドオオオオォォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

爆炎と煙が立ち上り、轟音と衝撃が大気を揺らす。

 

そしてその中心にいたのは・・・

 

提督「ぐああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

他ならぬ直人であった。

 

直人「ガホッ、ゴホッ・・・!!」

 

喀血する直人、負った損傷は手酷いものであった。

 

左舷腰部艤装半壊、右舷副砲の大半が使用不能、左の120cm砲が使えなくなり、更にブースター全てが動かせず、本人の体にも一発直撃して左のアバラが2本骨折、更に衝撃で体内にまで損傷を生じていた。

 

提督「くっそ―――カッコつけなきゃよかったかな・・・。」

 

播磨「フン、ドウヤラ、コレマデノヨウダナ、紀伊ヨ。」

 

提督「―――ヘッ、沈没寸前の癖に粋がりやがって。」

 

息も苦しい状態で直人が言う。

 

播磨「デモ、ワタシタチノ勝チヨ。」

 

提督「貴様の部下も全滅してるがな。」

 

播磨「1個艦隊ハレイテニ戻シタワ。」

 

提督「っ!」(先程から急激に敵が減ったのは、それか―――!!)

 

直人は自らの失策を知った。

 

播磨「サァ、ソロソロ死ンデモラウワ。」ガシャ

 

提督「ただでは―――死なん!」ガコッ

 

互いにその主砲を構える。

 

そのまま寸刻の静寂が訪れた―――その時

 

夕立「提督さんの事は、私達が守るっぽい!!」バシャバシャッダンダンダンダン

 

摩耶「深海棲艦風情が、粋がってんじゃねぇ!!」ドドドドォォォォーーーン

 

ダイナミックな立体機動で魚雷を投げつつ砲撃を繰り出す夕立と、主砲で牽制しながら直人に近づく摩耶。

 

播磨「ナッ!?」

 

提督「お前達!」

 

摩耶「提督、大丈夫か!」(あぁ~、こういうセリフ一度言ってみたかったんだよなぁ♪)

 

提督「馬鹿野郎! なんで戻ってきた!」

 

そう言う直人であったが、怒鳴り方に勢いがない。

 

摩耶「全く、こんなヒデェザマの癖によ、素直に礼を言えばいいのに。それよりあいつを撃て!」

 

提督「あっ、あぁ!」

 

直人は、残された1門の120cm砲―――それも給弾機構の壊れた最後の一弾を放つ。

 

 

ドオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

夕立「おっと!」バッ

 

射線上にいた夕立は紙一重でこれを躱す神業を披露する。

 

播磨「ソンナッ・・・!!」

 

播磨は突如として現れた夕立の身軽さに動きを封じられていた―――

 

 

ドガアアアアアアァァァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

一際大きな爆発、それが播磨の断末魔であった。

 

播磨「イツカ、青イ・・・静カナ海ヲ・・・見タかった・・・」

 

18時丁度、超巨大双胴戦艦播磨、沈没・・・

 

提督「・・・。うぐぅっ!?」ズキイィッ

 

今まで嘘のようになかった痛覚が突然復活し、目を白黒させながら膝をつく直人。

 

摩耶「提督!?」

 

そして慌てて駆け寄る摩耶様でした。

 

 

 

同刻 台湾東北東沖

 

 

金剛「提督達、大丈夫なんですかネー?」

 

最上「大丈夫、と、思いたいのは皆、一緒だと思うよ。うぐっ・・・!」

 

榛名「最上さん、無理して喋らない方が・・・。」

 

赤城「信じましょう。提督を。」

 

加賀「そうね・・・。」

 

 

 

割と大丈夫じゃないけど生きてるからまぁよし。(良くねぇぞオイ)

 

 

 

18時08分 バシー海峡

 

 

摩耶「提督~、しっかりしろって。痛むのか?」

 

提督「そ、そりゃぁな。」

 

夕立「もうあんな無茶しちゃダメっぽい!」

 

満身創痍の身でありながら、直人はいつもの態度を崩さない。

 

提督「フッ・・・お前が言うか。」

 

夕立「こっちこそ提督さんには言われたくないっぽい!」

 

提督「自覚があるなら、結構。」

 

夕立「提督さんは自覚あるっぽい?」

 

提督「終わってみればね。」

 

結局自力航行は無理だった為、摩耶の肩を借りて曳航してもらう直人。

 

提督「すまん、心配かけたみてぇだな、助けてくれてありがとな。」

 

摩耶「ほんとだぜ。アタシ達が間に合って無かったら、今頃死んでるぞ。」

 

提督「確かにな・・・。けど、何より大切なお前達の事を考えたら、いつの間にか腹括ってたんだ。」

 

摩耶「そうか・・・。」(大切!? 今大切っつったか? あたしに向かって!?)

 

夕立「提督さん、嬉しいっぽいけど、あんな無茶はもうやめるっぽい。」

 

提督「ハハハ、肝に銘じておこう。」

 

折れた左の肋骨の辺りが痛むのを必死で我慢している直人でした。

 

摩耶「・・・ヘッヘヘヘヘ・・・///」デレデレ

 

そして何やら妄想に耽っている摩耶さんでした。

 

夕立「ん? 摩耶さん、どうかしたっぽい?」

 

摩耶「なっ、なんでもねぇよっ!」

 

 

 

強行軍で再び直人達が司令部に帰り着いたのは22時少し前になった。

 

ドックには金剛を始め主だった艦娘達が詰めていた。

 

金剛「見えましター! って、提督ゥー!?」

 

大淀「提督・・・ご無理をなさって・・・。」

 

天龍「おいおい・・・。あんなボロボロにされた提督を見たことねぇぜ俺は。」

 

白雪「皆そう、だとおもいます。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

そう言葉を連ねてはいたが、心底その生還に安堵していた事は事実だった。

 

初春「全く・・・紀伊直人、貴様という奴は・・・。」

 

局長「オーオー、マタ手酷クヤラレタモンダナ。」

 

今回もどこからともなく現れた技術局。

 

ワール「直せるかしら?」

 

局長「直スシカナイダロ。」

 

雷「提督の治療は私の担当ね。」

 

生体保全/医療課統括として雷と白雪(後方勤務兼務で雷のアシスタント、普段技術局の仕事は無い)が加入していたが。

 

ワール「まぁ、その辺は任せるわ。」

 

明石「あちゃぁー、あんな立派だった艤装がボロボロじゃないですか。」

 

雷「あ、明石さん!」

 

明石「確か図面はあるから何とかなると思う。資源の消費が少ない、とは言えないけど。」

 

そりゃぁコスト対効果はそれなりに高いが代償が比べ物にならないほど重い。

 

通常の艦娘機関ではなく局長が超兵器用艦娘機関に改修して、燃費が下がったとはいえ修理コストは若干増大したのだ。

 

局長「ヨシ、デハ一仕事始メヨウカ、明石。」

 

明石「え、えぇ!」

 

金剛「提督!」

 

提督「よぉ金剛、約束通り、帰ったぞ。見ての通りのザマだがね、ハハハ・・・。」

 

金剛「命あってのなんとやらデース、雷サン、お願いシマース。」

 

雷「えぇ。妖精さん達担架を、司令官を技術局の病棟に、急いで!」

 

白雪「私は治療の準備を。」

 

雷「お願い。」

 

結局直人はその豪運を以って、今回“も”命を長らえたのだった。

 

天龍「よっしゃお前ら! 艤装『紀伊』を造兵廠まで運べ!」

 

陸戦隊の出番がここでもあった。

 

ペンギン【私たちに何か出来る事は無いです?】

 

ひょっこり現れたのはペンギンさん。と、綿雲ちゃん。

 

明石「・・・じゃぁ造兵廠の機械の準備、お願い!」

 

ペンギン【ラジャー!】

 

綿雲【分かりました。】

 

造兵廠の方に歩き去る(飛び去る)2体。

 

一同(明石以外)「・・・。」

 

そして唖然となった一同。

 

響「・・・、あのペンギン達、機械使えるの?」

 

明石「可愛い弟子です。」^^

 

響「そ、そうか・・・。」

 

なんでペンギンがメカニックなのかと思わず聞きかけた響だったが敢えて聞かないでおいた。突っ込んだら負けな気がしたのだ。

 

蒼龍「それにしても、帰ってきてよかったねぇ、提督が。ん?」

 

金剛「うぐっ・・・ひっぐ・・・」

 

蒼龍「ちょ、金剛さん、どうしたの?!」

 

話を振る相手を間違えたかと思う蒼龍さんだったが、次の言葉で安心する。

 

金剛「よかっだぁ・・・提督に何かあったら、私どうじようかど・・・グスッ・・・」

 

べそかいてそう言う金剛、そしてその思いを悟った艦娘が一人。

 

蒼龍「あー・・・。」( -∀-)

 

 

 

そもそもこの作戦立案に際して引き合いに出された、マニラ基地移転の理由は、このマニラ基地自体がパラオ基地の分署的な意味合いしか持たなかった為で、フィリピン方面の戦闘が一段落すればすぐにでもパラオに向かう予定だったのだ。

 

だがその矢先にレイテに強力な敵が来援した事でそれが不可能となった為、横鎮近衛艦隊へ出撃命令が出たのである。

 

直人は心の内では反対であったがものの、命令であれば致し方ない為、その不安要因である練度不足を戦術で補おうと企図し、見事なまでに失敗したばかりか、自身も重傷を負うと言う結果に終わった。

 

それと引き換えに深海側のフィリピン方面増援艦隊の大半をアパリ沖で討ち取った事が大きい部分はあるが、横鎮近衛艦隊の負った損害は、修復に多大な時間を要することは明らかであった。

 

更に直人の作戦が失敗した原因は、実はパラオに至った段階で、敵の監視網に引っかかっていた事、この一点に尽きた。これはパラオ基地の動静を探る為のものだったが、それが偶然にも大物を捉えたのである。

 

結果、彼らの行動は逐一報告され、最終的には完全な伏兵による奇襲によって、これを打ち破る事に成功した。

 

結果的に見れば、直人を仕留め損ない、彼一人をして最後に完全勝利を逃し、あまつさえ旗艦を沈められたレイテ艦隊の敗北と見る事は出来る。だがそれでも、彼らの艦隊は1個艦隊を取り逃した。敵の過半を全滅させても、これでは作戦の意味は3割ほど失われたも同然であった。

 

そして、彼らの損害は、未曽有の大戦果と比較しても釣り合わない悲惨なものとなった。

 

彼をして後にサンベルナルディノの悲劇と呼ばしめた一連の海戦は、こうして幕を下ろした。この戦いは、彼らが初めて洋上で超兵器級と対峙し戦闘を行い、且つそれを打ち破ったものとして、以後の戦闘に際し貴重な教訓を齎した。

 

しかしながら、艦隊の半壊と司令官負傷、更には敵哨戒網の推定の甘さを含む敵を見くびっていたツケは、余りにも大きかった。これらの事象はこの後の、彼の手腕にそれなりの変化を齎す事になるのである。

 

2052年5月初旬、紀伊直人と近衛艦隊は、自らの重ね重ねの失態により、癒え難い傷跡を刻む羽目に陥ったのである。




艦娘ファイルNo.0

超巨大機動要塞戦艦 紀伊

装備1/2:120cm超巨大要塞砲(火力+110 命中+5 回避-20 射程:極長 速度:低速)
装備3/4:80cm3連装要塞副砲(火力+85 命中+6 回避-15 射程:極長)
装備5:51cm連装要塞砲(火力+40 命中+4 対空+9 回避-1 射程:超長)
装備6:五式15cm高射砲+ウルツブルグレーダー(火力+5 対空+20 命中+10 索敵+13 回避+2 射程:中)
装備7:三式高射装置(対空+4 回避+2)
装備8:特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」(雷装+16 命中+1 索敵+1)
装備9:三式弾改(火力+1 対空+8)
装備10:一式徹甲弾改(火力+12 命中+2)
装備11~15:機動バーニア(回避+25 速度:高速)
装備16(搭載180):噴式震電(西沢隊)(対空+20 命中+3 索敵+2)
装備17(搭載180):流星改(友永隊)(対空+5 雷装+17 索敵+3 命中+3 対潜+7)
装備18(搭載180):流星改(江草隊)(対空+3 爆装+16 索敵+2 命中+3 対潜+8)
装備19(搭載60):噴式景雲改(第四飛行隊)(索敵+13 対空+2 命中+4 対潜+4)
装備20(搭載270):四式中戦車 チト(第十一戦車連隊)
装備21:海軍特別陸戦隊+二等輸送艦
装備22:応急修理施設&乾ドック

とある計画に基づき、超兵器級深海棲艦に対抗する意図で建造された艤装。
元は装備1~7・11~15と複数のバルジを擁していたが、呉鎮近衛艦隊の造兵廠で、艦娘との共闘を念頭に入れて改装が施された結果、妖精さん達が加わってよりハイレベルな武装になった。
適合者は紀伊直人(提督)。
某計画で建造された4体の艤装の中核を担う超巨大な機動要塞である為、主砲は120cmの単装要塞砲を2つ、担ぐように装備している。また背面は巨大な艦娘機関が核融合炉と交換に取り付けられたバックパックとなっている。120cm砲もこれに接続されている、正に時雨風デンドロビウムの拡張版。
その他にも多数の副砲塔(80cm砲:3連装×10 51cm砲:連装×6)がバックパックからアームに繋がれた台座に備え付けられ、また腰部に取り付けられている半円形の下部構造には滑走路や修理施設、揚陸用ハッチなどが揃っている。脚部艤装は何ともごついのだが、かつては妖精さんの力添えなしでこれを動かしたのだから、当然と言えば当然である。また必要に応じて装備はパージできる。
またこの巨大艤装を作る上で妖精さんの超技術が導入されている。
最初にこの艤装を見た際に大淀と金剛がこの艤装から妖精の気配を感じ取れなかったのは、この艤装が妖精に依存しない人造巨大兵装として作られていた為で、ちゃんと妖精さんは乗っている。

因みに江草・友永隊が乗っているのは単なる偶然で蒼龍・飛龍にも搭乗しているが、指揮官役の妖精は2つの艤装を行ったり来たりする様で、時に2つの部隊をまとめて指揮する場合もある。


深海棲艦級紹介
今回は直人を苦戦させた深海側の超兵器2隻目を紹介します。


播磨型超兵器級深海棲戦艦

ステ(カッコ内はクローン版)
HP:720(630) 火力:411(372) 雷装:0(0) 対空:197(153) 装甲:480(400)

装備 22inch3連装砲 22inch3連装砲 対空ミサイルVLS 5inch30連装噴進砲

肩書は超巨大双胴戦艦、巨大な3連装砲が2つ載った艦首型艤装を両サイドに、背面には複数の巨大砲塔を備えた重武装な深海棲艦。
対空値が戦艦であるにも拘らず異常に高いのは、この播磨が米軍機100機と交戦し、無傷で全機撃墜したというエピソードに基づく。誇張無しで事実、米軍記録にも残っている。
日本軍が生み出した、新造されたものでは世界で最初の超兵器で、この間をきっかけとして、超兵器の建艦競争が勃発することになる。
主砲は56cm65口径3連装砲を11基33門搭載、さらにミサイルや多連装噴進砲、高角砲、機銃などを搭載していた。


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第10章~北マリアナ方面殲滅作戦参加命令~

どうもおはようこんちわこんばんわ。天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉です!」

サンベルナルディノの悲劇、如何でしたでしょうか。今まで書いたことのない尺の戦闘パートを書き上げてしまい書いた本人も困惑しておるようですwww

青葉「あらまー。」

まぁ駄作者の事は置いといてですね。

青葉「駄作者言いますか・・・。」

いいのいいの。

作者(よくねぇわ馬鹿野郎。)

今回はウラズィーミルの補足と補給についてです。

まずはウラズィーミルから。

第5章におけるウラズィーミルの解説に、「爆発で霧状に散布されその最高温度は、この爆薬の最高濃度半径で、一瞬だけとはいえ数千万℃に到達し」と言う説明がありますが、この爆発時の温度はこれだけ高い温度であるだけにこれを叩き出せるか否かは大気条件に依ります。

主に次の3点がその条件ですね。
1.大気の湿度
2.風の温度
3.天候

湿度8%未満・気流の温度16℃未満・雲一つない晴天、これを満たす事が出来れば到達の「可能性はあります」。大抵の場合は1200万℃がせいぜいですので。

ウラズィーミルに使用されるサーモバリック爆薬「G326」の欠点として、燃料気化爆弾とサーモバリック爆薬の合いの子である事から重量がかさみ、また爆薬を混合して貯蔵/充填できない為さらに重量が増すという悪循環がある。

また本来こういった燃料気化爆弾やサーモバリック爆薬は、装甲物を破壊することが非常に困難な事も欠点として挙げられる。

これはごく単純な話で、固形爆弾は爆圧(爆発した時の圧力)と衝撃で装甲物を破壊することが可能であるのに対し、気化爆弾は純粋に爆圧だけで敵を屠る為、装甲物相手では固形爆弾に比べ衝撃が不足していることが原因である。衝撃波と衝撃は別物であると御理解頂きたい。

ならなぜ深海棲艦に通じるか? 生き物だからだよ。

湾岸戦争の折、燃料気化弾が砂漠に潜むイラク軍に対して使用された事があるそうで、その際塹壕や戦車内にいたイラク軍兵士は、気化爆弾の巨大火球によって蒸焼き/焼死体にされるか衝撃波で目立った外傷なしに圧死した。深海棲艦にしたって限定的な装甲を持ってるからって所詮生き物だからね、仕方ないね。(現実は残酷である。)

青葉「・・・米軍えげつない。」

全く以て同意。あと燃料気化爆弾の場合使われる材料ってか燃料は酸化エチレンや酸化プロピレン、これ、当然人体に影響を及ぼす毒なので燃え残りが地面に散布されるだけでも相当にヤバイ。それでも広域地雷原除去にアメリカ軍はホイホイ使うそうです。

青葉「米帝パネェ。」

曰く「最も効率が良い」だそうです。(ウィキより)

青葉「アカンこれ。」

うむ。まぁこんなとこですかね、若干脇道へ逸れましたが。次は補給に行きましょう。

青葉「まぁ、想像には難くないかと。」

せやな。はっきり言おう。メシだメシ。アニメの設定通りとはちと悔しいがな、2次創作の大半はこんな様な設定だし致し方なし。

青葉「鳳翔さんの料理や間宮さんの作るスイーツは絶品です!」

さいですか、それは何よりなんじゃないですかね? まぁこれで大抵の設定についてはおおかたやったのだが、まだなんかあったかな? 次章からはこの世界の設定に移る予定だが、艦これのシステムでまだ説明してないんじゃないかと思うものがあれば教えてほしいと思うんだぜ。

青葉「それだっ! と思ったものは章の初めでまた解説するとのことです!」

青葉「章の初めの所でコメ返しもしたいんだそうです、ご協力して頂けると作者さんが喜ぶと思います!」

それじゃぁ本編、行ってみましょう。

青葉「10章、スタートです!」


~あらすじ~

 

 大本営からの極秘命令により、フィリピン方面の敵艦隊掃滅に向かった横鎮近衛艦隊と紀伊直人。そこで待ち受けていたのは、膨大な数の敵艦隊と、超兵器戦艦「播磨」のクローンと、量産型超兵器級深海棲艦「レ」級であった。

敵艦隊の不意打ちで雪風が、レ級に赤城が、そして播磨の凶弾に飛龍が斃れる中で、サンベルナルディノ海峡から撤退を開始した彼女達は、大損害を被りつつも誰一人欠くことなく敵を振り切ると言う奇跡を成し遂げた。

 アパリ沖まで逃げおおせた彼女らを追う形で襲い掛からんとする播磨と無数の深海棲艦、迫りくる黒き波濤を前に、直人は一人殿として残り敵を食い止める事を決意し、彼女らの元へ必ず帰る事を約して播磨と交戦する。

 直人が播磨に止めを刺さんとしたその時、降り注ぐ播磨の凶弾によって、彼はその戦闘力の過半を削がれ、彼の命脈も断たれたかに見えた。しかしそこへ馳せ参じた摩耶と夕立によって命を繋がれた彼は、残された主砲で播磨を撃ち抜き、打倒する事に成功した。

傷付きながら生き永らえ、摩耶に肩を借り帰途に就く直人。司令部に帰り着いた彼は、乗せられた担架の上で気を失い、そのまま技術局の病棟に運び込まれたのであった。

 

 

 

 

5月6日(月)11時03分 技術局・病室

 

 

ピッ、ピッ、ピッ・・・

 

 

金剛「・・・。」

 

病室の一つで、不安そうな顔で見守る金剛、その病室のベッドには金剛達を率いるべき提督―――紀伊直人元帥―――が横たえられていた。

 

提督は未だ目覚めてはいなかった。金剛が付きっきりであったが、気を失ったまま目覚めない状況が続いていた。

 

提督が気絶した後、妖精さんによる手術で骨折や内臓損傷は治療することに成功していたが、意識が回復しない。

 

術後経過の良し悪しは当人の回復力によるところもある。

 

だが意識喪失状態では食事が出来ず、食事が出来なければ回復力が低下し、治癒速度が低下する。しかし食事が出来なければ回復力も戻らぬし、そうなれば回復力は低下の一方という悪循環に陥る。

 

その最後に待つのは『死』である・・・。

 

金剛「提督・・・起きて下サーイ・・・皆が・・・待ってますヨ・・・。」

 

金剛がそっと呼びかける。

 

金剛「デートにも連れて行ってくれないまま、私を置いてヴァルハラに行ったら・・・許しませんから・・・。」

 

 

・ ・ ・

 

 

・ ・

 

 

 

 

提督「う・・・どこだ、ここは。暗い・・・。」

 

気付くと彼は、全周暗黒の謎の空間に立っていた。

 

「お目覚めか、紀伊。」

 

提督「っ!? 誰だ!」

 

突然聞こえる謎の声、しかし姿は見えない。

 

ヴィンテル「私の名は、フィンブルヴィンテル。」

 

提督「フィンブルヴィンテル? 原初の超兵器―――?」

 

ヴィンテル「よく知っているな。」

 

フィンブルヴィンテル、第2次大戦の折、ドイツ第3帝国が繰り出そうとした最終超兵器であり、超古代文明が遺した唯一の超兵器。かつて人々の意に背き、超古代文明があったとされる北極大陸を丸ごと消し去って眠りについたと、とある文献は告げる存在。

 

提督「ここはどこだ。私は皆の元へ帰らなければならない。」

 

ヴィンテル「ここは私の精神界、そなたの体を離れた意識を呼び出している。」

 

提督「無粋な真似をする―――で? その原初の超兵器・・・“マスターシップ”が俺になんの用だ。」

 

ヴィンテル「力が・・・欲しくはないか?」

 

提督「!!」

 

その言葉に直人は息を呑む。

 

ヴィンテル「そなたの艤装は壊れたまま、直すのには時間が掛かるだろう。ならば今ここで、そなたの新しい力を手に入れてみないか? 全てを滅ぼす、究極の力を。」

 

優しい口調で説くフィンブルヴィンテル。

 

提督「・・・。」

 

直人は考える他無かった。

 

フィンブルヴィンテルの力はあらゆる超兵器をも一瞬で葬る事が出来るとされる。そればかりかその主砲、反物質砲は、チャージして放てば大陸を一つ消すだけの力をも有すると言う。モノに出来れば値千金、いや、万金でも済まされない無限の力である。

 

ヴィンテル「さぁ、どうする?」

 

提督「・・・断る!」

 

ヴィンテル「!!」

 

直人ははっきりとそう言った。

 

提督「超兵器であるという事は貴様は深海棲艦なのだろう。フィンブルヴィンテルの力は強大だ。であるからこそ、その力は人の身に余りある。私は深海に与するつもりは毛頭ない、あくまで人に与し人々の為に思考し動く。それで尚と言われるのであれば、この身粉砕して後とせよ!!」

 

毅然とした態度でそう告げる直人の目に曇りはない。

 

ヴィンテル「・・・。これだけの時間いると言うのに、侵蝕が跳ね付けられている・・・。」

 

提督「さぁ、現世に返して貰おう。」

 

ヴィンテル「・・・ここは私の内的宇宙、よってそなたに拒否権などないのです。」

 

提督「―――なに?」

 

直人は言葉を継ごうとしたがそれを遮ってフィンブルヴィンテルが突き付けた言葉は痛烈だった。

 

ヴィンテル「播磨と戦い分かった筈だ。模造品相手でも死にかねないと。」

 

提督「―――それは・・・」

 

ヴィンテル「私の全能力を顕現する術を授けよう。使いこなせるかは、そなた次第だ。」

 

提督「何を言って、ぐっ、ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」

 

直人の体に力が流れ込む、苦痛に顔をしかめ膝を突く。

 

ヴィンテル「そなたはいずれ私の元へ辿り着くであろう。その時私を倒せるか否か、それは私と同じ力を持つそなた次第・・・。」

 

提督「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」

 

再び意識が遠のいていく。

 

 

 

(ピロリーン♪)巨大艤装紀伊のステータスが更新されました。

 

 

 

5月6日 18時37分 技術局・病室

 

 

金剛「・・・。」ウトウト

 

提督「う・・・うう・・・ん?」

 

金剛「んん~・・・?」

 

提督「ここは・・・」ムクリ

 

直人が起き上がる。

 

金剛「ウウ・・・。」ジワァ

 

金剛が涙を滲ませる。

 

提督「・・・ん、金剛?」

 

完璧に寝ぼけている直人。

 

故にこの次の行動を回避できなかった。最もしなかったであろうが。

 

金剛「提督ゥー!!!」ボフッ

 

提督「うおっ!?」

 

直人の首筋に抱き付く金剛、一発で目が覚め「どうしてこうなった」と状況を精査する。

 

提督「こ、金剛・・・。」

 

金剛「よかった・・・目覚めてくれて、よかったデース・・・!!」

 

涙を零しながらすがるように抱き着く金剛、それで状況を把握した。

 

提督「俺は・・・そうか―――ごめん金剛、心配かけて。」ギュッ

 

直人も金剛を抱きしめる。自分がしたことをそっくりされている事を悟ったからだ。

 

金剛「いいんデス。こうして帰って来てくれましたから。」

 

提督「そうだな・・・。」

 

金剛「提督・・・約束通り、紅茶、ご用意しておきますネ?」

 

直人は金剛の両肩を掴んで自分の体から遠ざけさせ、その眼で金剛の瞳を見据えてこう言った。

「・・・あぁ、楽しみだ。」

と。

 

そして、二人の唇は、意図したかのように重ね合わせられた。

互いに互いをむさぼる、長いキスの中で、直人の中で恋愛に対する迷いとか不安とか躊躇いとかそう言ったものが混じった“何か”が完全に吹っ切れた。

 

 

 

 

――――で、

 

 

ここまでくれば皆さんもお察しのあの人が来ています。

 

 

 

青葉「スクープ! スクープですっ!!」カシャカシャカシャカシャ(鼻血タラー

 

局長「アァ、大スクープダナ。マサカコウナルトハ。」ニタニタ

 

まぁ、その、なんだ、そんなこんなでグルってました、青葉と局長。

 

面白ければ何でもいいのかあんたは。

 

青葉「金剛さんも結構大胆、まっ、まさか【長文かつかなり卑猥な表現であるため自主規制】しちゃうのか!? 提督童○卒業してしまうのか!?」ΦωΦフゥー、フゥー

 

なぜか青葉が発情しかけている件。ゴシップの最たるモノを手に入れて興奮しているのか単に目の前の情事に参加したいだけか、後者ならとんだ痴女だがそんな事は無かろう、多分。

 

局長「ン? アイツ童○ダッタノカ?」

 

青葉「恋人いない歴=年齢『だった』そうですから。」

 

『だった』←ここ重要。

 

局長「ホーウ。」

 

如月「そこまでよ? お二人さん♪」

 

青葉&局長「!!!!」

 

二人の肩に手を置きながら言う如月。

 

直人が眠っている間にドロップ判定で着任した艦娘だが、技術局に入って生体研究科統括になった艦娘である。

 

如月「提督の恋路を邪魔する人は、例えあなた達でも許さないわよ?」

 

既にゴールしている気がするが気のせいか?

 

青葉「あ、・・・いや・・・これは、その・・・」

 

局長「フ、二人ヲ、見守ッテイルノデアッテ・・・」

 

如月「カメラ、渡して貰えるかしら・・・?」ゴゴゴゴ・・・

 

青葉「ッ!!!?」

 

表情が笑ってても目が笑ってない如月さん恐るべし。その眼光、戦艦級に付き。

 

局長も如月から見えない所で脂汗をかいていた。

 

青葉「・・・はい・・・。」(´・ω・`)

 

渋々カメラを渡す青葉さん。

 

青葉のゴシップ写真取得戦争第3ラウンド、完全敗北★

 

そして金剛、完全勝利☆

 

青葉(まだだ・・・まだ諦めないわよ・・・。絶対に提督のゴシップ写真を・・・!!)

 

だがこの時青葉は、後に待ち受ける運命を、知る由も無いのである。

 

何はともあれ二人のプライバシーは守られ、二人の熱く濃厚な一夜は、こうして去ったのである・・・。

 

因みに後日談だが、直人と金剛、出来なかったそうです。(何がとは言わない。察してくれ。)

 

まぁ元々艦娘の艤装側でそう言った方向にはリミッターが掛かってて、現役の艦娘とシても自動的に出来ないんだそうです。なおこのリミッター弄れるのは妖精さんだけ、あと退役した場合外してくれるんだそうです、マジか。

 

まぁ現役艦娘が損傷してもいないのに長期間前線に出られないって問題だからね仕方ないね。

 

 

 

5月7日 10時過ぎ

 

 

ほんの3日で肋骨骨折が完治していた直人であったが、病室で“行為”に及んでいた事について、即刻この日の朝見に来た雷&白雪+荒潮の3人に露見する事となったが、心の内にしまう事にしてくれたのでした。3人ともGJ。

 

荒潮「フフフ、昨夜はお楽しみだった様ねぇ♪」

 

提督「!!」ギクリ

 

荒潮「別に秘密にしてあげるけど、腰痛めちゃダメよぉ~?」

 

暗に皮肉られた直人でした。言われてみればと病室の天井の隅を見れば、見事に監視カメラ(技術局独自設置)がありました。バレててもしゃーなし。

 

で、経過観察の名目(実際は局長のデータ収集への強制協力)で病室に監禁されている直人の元に、意外な来訪客があった。

 

 

コンコン

 

 

提督「ん~、誰~?」

 

 

ガラガラ・・・

 

 

土方「私だよ。」

 

提督「ひ、土方海将! し、失礼しました!!」バババッ、ビシッ

 

慌ててベッドから跳ね起き直立で敬礼をする直人。それを思いきり笑い飛ばす土方海将。

 

土方「ハッハッハッハッハッ! それだけ素早く動けるという事は、もう傷はほぼ治ったらしいな。」

 

提督「はっ、おかげさまで。と言うよりどうやら、局長が私のデータを取っているだけのようで、言わば監禁状態ですな。」

 

土方「ハッハッハ! と言う事は完治しているのか、ま、災難だな。」

 

笑って言う土方海将、冗談ではないと言いたげな直人である。

 

土方「ところで、先の作戦では大変だったそうだな。」

 

提督「今一歩のところで、落命するところでしたがね。悪運強く私は元気ですよ。」

 

土方「それについては、ここに来た時大淀から聞いた。摩耶君や夕立君からもだ。」

 

提督「そうでしたか。大本営、いや軍令部も無謀な命令を出してくれるものですよ。」

 

直人がそう言うと土方海将は渋面を作って言った。

 

土方「あれのしている事は旧帝国軍の大本営軍令部と余り変わっておらん。たった一月ばかりで大規模作戦が出来ると思い込んでおるからな。」

 

提督「前線の練度の向上は、上が思っているほど早くはないですからねぇ。ま、義務感に乏しい者が多いからでもあるのでしょう。」

 

土方「確かに、急に徴用して来て、国家の危機だから頑張ってくれと言われたところで義務感は湧くまい。むしろ夢見心地になる。夢から覚め現実を見た時、正気でいられる者が何人いる事やら。」

 

この重大な問題は暫く後になって、現実のものとなって現出する事となるが、それはまだ先の話である。しかもその問題の根幹は、この頃の大本営が無差別的かつ無分別に提督を徴用した事に端を発していただけに、尚のこと性質が悪いと言わざるを得なかった。

 

提督「我々近衛艦隊司令官は、その現実を知る数少ない人材である、ですね?」ニヤリ

 

土方「そういうことだ。しかし、お前も少し明るくなったか?」

 

提督「え、そうですか?」

 

土方「前と比べて遠慮が無くなった。」

 

提督「そうですか? とすると、艦娘達と出会った事で自分の中で何かが変わったのかもしれませんね。」

 

土方「自分が変わる転機になったか、それなら大いに結構だがね。」

 

提督「仮にそうならですけど。ところで、今日はお見舞いに来てくれたんですか?」

 

直人がそう問うが、答えはノーだった。

 

土方「生憎だが違う。君に作戦指令書を届けに来たんだ。」

 

提督「作戦指令、ですか?」

 

土方「そうだ。軍令部からのだ。」

 

提督「また大本営か・・・。いっぺん大本営の連絡官をこっちに派遣してくれ。うちの実情がよく分かるだろうに・・・。」

 

土方「・・・。」(また始まったな、紀伊の上司への愚痴が。)

 

提督「あっ、すみません、つい。」

 

土方「いつもの事だ、気にしとらんよ。」

 

提督「それで、内容は?」

 

土方「あぁ。来る5月16日、艦隊司令部総動員でのハワイ諸島オアフ島にあるパールハーバー棲地に対する奇襲/総攻撃が行われる事が決まった。」

 

提督「なんですって!?」

 

直人は心底から大本営、軍令部を呪っていた。

 

提督「出鱈目だ、無茶苦茶だ! そんな作戦を今この時期に決行しても成算は半々がいい所だと言うのに・・・!!」

 

土方「そう、軍令部もそれは予期している。近衛艦隊への過信は別としてもだ。」

 

その点は覚悟の上なのだろうと直人も悟った。

 

提督「ふむ・・・それで? 我々に何をせよと言うのですか?」

 

嫌々ながら聞いてみる。

 

土方「これは全近衛艦隊へ発令された命令文である事を念頭に入れて聞いてくれ。『各近衛艦隊はその持ちうる最大戦力を投じ、北マリアナ諸島グァム棲地に対する攻撃を敢行すべし。』これが今回の命令書の概要だ。」

 

提督「・・・!!」

 

土方「この命令書は今頃各近衛艦隊司令官に手渡されている所だ。」

 

その当の直人の表情は、怒りを通り越して呆れに変わっていた。

 

提督「海将、摩耶達と話したなら見たでしょう。我々がサマール沖で負った損害の大きさを。飛龍は大怪我をしたってのに、俺までこの様だから見舞いにも行けないんですよ。」

 

そう、飛龍はあの砲撃をモロに受けており、艤装全壊どころかあわや轟沈という所でダメージコントロールが功を奏し、奇跡的に生還しただけであって、雪風の様な幸運にも恵まれていた訳ではなかったのだ。

 

そして彼は―――直人は決して非戦派ではない。深海棲艦は『ある程度その力を削いでおくべき』と考える者の一人だ。その割に削ぐべき力は余りにも大きいのだが。

 

提督「大淀からの報告もつい50分前に聞いたが、損傷を修理する為の資源も補給に費やしたが為に尽きており、補充分を修理に回せば今度は修理ドックのリソースを上回る有様。これでまた前回のような作戦をやれば今度こそ轟沈艦が出ますよ。」

 

鋼材さえ尽きている今の有様では修理などおぼつかぬ事は明らかである。

 

土方「確かに。だが大本営としては正否は問わないそうだ。」

 

提督「何・・・!?」

 

その言葉にこそ、彼は慄然となった。“成否は問わない”、それは事実上4個近衛艦隊合同とは言えど、敵棲地突撃に成否を問わぬと言うのでは、事実上“死ね”と命じる事と同じだ。棲地と言えば敵の重要拠点である、そこへ『近衛艦隊のみによる突入を仕掛けろ、成否は問わぬ』と命じてきた訳である。

 

提督「・・・一つ聞きましょう、各鎮守府長官とお会いになられましたか?」

 

土方「いや、会っとらんが・・・。」

 

提督「・・・成程。つまり艦隊ごと俺を消すつもりなのか。」

 

つまり幹部会は、横鎮近衛艦隊を全滅という形で消すつもりなのだ。いや、むしろ幹部会が直人が負傷したと聞き、直人を消す為に命じてきたものであろう。

 

纏めれば、直人に対し『我らを侮辱した罪を死で贖え』と言ってきたのである。彼がその意図を悟った時、憤怒の炎が胃を焼き尽くそうとちらつき始めたのを、覚えずにはいられなかった。

 

土方「名目上は真珠湾攻撃から敵の目を逸らす陽動とある。成功すれば生死を問わず『真珠湾奇襲攻撃の陰の立役者』、失敗しても同様の評価だろう。」

 

提督「敵陣へ“単身”殴り込む以上、死んでも不思議ではない訳か、クソッ!!」ドン

 

直人が手近な壁を全力で殴りつけた。そうでもしなければ落ち着かなかったのだ。

 

土方「いや、他の近衛艦隊も―――」

 

提督「アンタ騙されてるよ!!」

 

直人の口から憤怒が溢れ出るのに、それ程の時を要しなかった。これまで幹部会の醜悪な意図を何度も垣間見た直人だったが、これはその中でも特級のものだったのである。

 

土方「―――!」

 

突然の口調の変化に土方は驚いた。今まで彼の事を「アンタ」と呼びつけたことは一度も無かったからである。

 

提督「俺を殺すつもりならば、グァム棲地攻撃の成算を上げる様なことはすまいさ、単身突撃して華々しく戦って散れという事だろう!! 牟田口ィ・・・そうはいかんぞ・・・!!」

 

彼の眼は余りに苛烈な憎悪の炎で彩られていた。そしてそれは幹部会、ひいては牟田口個人に対して向けられている事、疑う余地は無かったのである。

 

土方「紀伊君・・・。」

 

提督「―――っ、すみません海将、口調が乱れました・・・。」

 

慌てて非礼を詫びる直人。

 

土方「いや、いい。となればこの命令書は他の司令部にいっていないという事になるな。」

 

提督「―――それについてはご心配なく、私が直々に応援要請を出しておくので。」

 

土方「そうか、では私も密かに手を回しておこう。」

 

提督「それでは土方海将のお立場が・・・」

 

土方「なに、私だってかなりコネはあるんだ、任せておけ。たまには上司を頼ってくれても、いいんじゃないかね?」

 

元上司の気遣いの言葉に、直人は甘える事にした。余り上司の好意を受けると言う事の無い直人だったが、そう言う機会が無い事も熟知している彼なればこそ、その差し伸べられた手を、無碍に払う様な事はしなかった。

 

提督「・・・そうですね、お願いします。後、頼るついでに一つお願いが。」

 

土方「どうした?」

 

提督「紀伊修理用の鋼材を融通して欲しいんです。何とか間に合わせて実戦に出したいので。あと、恐らく16日に攻撃をかけるのでなければ無理でしょう。作戦指令書には12日となっていますが。」

 

たとえ死ねと命ぜられても簡単には死なじ、である。

 

土方「心得た。なるべく万全の態勢で挑んでもらいたい。」

 

そうして土方は直人に命令書を手渡すと、もう2つ3つ話をして病室を出て行った。

 

土方は幹部会のあり方を快く思ってはいなかったが、彼の知らぬ所で同じ幹部会の牟田口や嶋田が暗躍している事は、許せない事でもあった。

 

直人は土方と協力し幹部会を解体しようと目論むが、それはまた後の話である。

 

直人は、どちらかというと警官だとか憲兵隊だとか、そう言った職業に適性がある。つまり彼は、洞察眼や直観力、推理能力が並に比べて何段も、並の刑事の何倍も鋭い。とは言うもののそれは戦略面に於いて、類まれな千里眼じみた秀才ぶりを見せる彼の能力の、ほんの一端に過ぎない。

 

彼はこの時、その裏にある陰謀をも、うっすらであるが洞察していた。それに自分や、水面下にコネクションを多く持つ水戸嶋が“邪魔”となるであろうことも、全て。そうなってくると彼は自らの命以前に、友の命を救う為にも、率先して動かなくてはならなかった。自らの命が失われれば、水戸嶋を守れる者は誰もいない、そう思ったのだ。

 

最も土方海将ある限り杞憂ではあるのだが・・・。

 

提督「全く・・・。」

 

土方海将がいなくなってから、彼はひとりぼやいた。

 

提督「何ともえげつないことをしてくれる。まぁ、せいぜい幹部会の奴らの目論見を粉砕しますかね。」

 

棲地直接攻撃とはつまり、超兵器がいる可能性が高い場所へ自ら突っ込む、自殺に等しい攻撃手段でもある。

 

本来ならば、錬度が未だ低い近衛艦隊を全て集めた所で成功の可能性は低い。

 

幸いというか災いというか、近衛艦隊には巨大擬装が例外無くある。これに加えて紀伊の未知の力もある。これらの要素が、数少ない勝算の一つだった。

 

提督(それにしても妙だ。前回の命令は確かに増援が来たから発せられたものだ。であるなら敵の陣容を書くべきだがそれがなかった。超兵器級の存在はいずれ露見するであろうことだったのに。そもそも超兵器級の情報それ自体がここまで流布されていない、これは情報統制されているとみていい。つまりこれは・・・。)

 

至った結論は至ってシンプルであった。

 

提督「フィリピンにせよ今回にせよ、どちらも言うことは俺に死ねというだけか、幹部会の連中もやることだけは悪辣な・・・。」

 

ならば散々生き残ってやろうと考える直人であった。

 

 

当然傷が殆ど完治しているのに病室に閉じ込められている状況を看過し得ず、強☆権★発☆動で無理やり出てきた直人が真っ先に向かったのは、旧毒嶋艦隊の8人のところであった。

 

向かう先は中央棟の一階、提督仮眠室の真下の仮泊室である。

 

提督「では手続きは完了済みなのだな?」

 

大淀「はい、横須賀鎮守府からの正式辞令も出ています。」

 

提督「・・・まさか俺のハンコ使ったな?」

 

大淀「な、なんのことでしょうか・・・(焦)」

 

提督「・・・フッ。」

 

大淀「な、なんですか?」

 

提督「大淀、あーた嘘が下手なのな。」

 

大淀「ど、どういう・・・」

 

提督「大淀は嘘をつく時目尻がピクピクしてるぞ。」

 

大淀「―――ッ!?」バッ

 

慌てて隠してももう遅い。

 

提督「フフッ、まぁいい。今回は非常事態だったしな。」

 

そういうと直人は仮泊室のドアノブに手をかけた。内側からは話をする声が聞こえてきた。

 

 

ガラガラッ

 

 

提督「よっ!」

 

割と軽いテンションの直人、軽く手を上げながら部屋に入る。

 

皐月「あっ、司令官!」

 

提督「おう、すまん、待たせちまったな。」

 

皐月「いいよ別に。怪我してたんでしょ?」

 

直人はその皐月の反応を聞きとっさに大淀をきつい目で見たが、是正は無理と諦めすぐに戻す。

 

菊月「司令官、改めて三日月を救ってくれた事、感謝する。」

 

提督「なに、提督として当然の義務を果たしたまでのことだ、そちらにも事情があったとはいえ、このような形で転属という事態になってしまった、許せよ。」

 

長月「許すも何も、あの毒嶋とかいう司令官はとことん気に食わない奴だった。むしろ感謝したいくらいだ、だから詫びないでくれ。」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

 

(作者)ここまで提督たる者がぼろくそに言われるのもどうかと思うがなぁ・・・^^;

 

 

三日月「ありがとうございました、司令官。この上はこのご恩をお返しするつもりで、精進させて頂きます。」

 

提督「期待は・・・してよさそうだな。」

 

望月「あー、私はゆっくりできればそれでいいよ~。」

 

多摩「こたつか布団に入っていられればそれでいいにゃ。」

 

提督「それはそれでまた困るんだが・・・。まぁ改めて自己紹介をしておこうか。俺は紀伊直人。階級は元帥だ。」

 

皐月「じゃぁボクも。皐月だよ、よろしくなっ!」

 

菊月「菊月だ。」

 

長月「長月だ、駆逐艦だと思って侮るなよ。」

 

三日月「三日月です。どうぞお手柔らかにお願いします。」

 

望月「んー? あぁ、望月でーす。」

 

文月「あたし、文月っていうの。よろしくぅ~。」

 

球磨「球磨型軽巡洋艦の1番艦、球磨だクマ。よろしくだクマ。」

 

多摩「軽巡、多摩です。猫じゃないにゃ。」

 

提督(なんだか艦隊の空気が激変しそうな気が・・・しないわ十分すぎるほど現状でも濃い・・・。)

 

実際濃い。(現実は非情である。)

 

金剛に扶桑姉妹、新米潰しの一航戦に夕立荒潮如月と、代表格が既に濃すぎる。(作者談)

 

提督「みんな、よろしくな。」

 

八人「よろしくお願いします(にゃorクマ)!」

 

大淀「部屋を割り当てますか?」

 

提督「あぁ、任せる。」

 

そう言って後の処理を大淀に投げた直人は、さっさと執務室に向かうのでした。

 

 

 

午後4時 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「(書類が)意外と少ないな。」

 

金剛「私が出来るだけ処理しておきマシター!」エッヘン

 

提督「それは、すまなかったな・・・。」

 

金剛「これも仕事デース!」

 

 

(ピロリーン)金剛のデスクワークスキルがランクアップしました。

 

 

提督「あぁそうだ、俺が眠っている間に着任した子たちを全員ここに集めてくれ。」

 

金剛「了解デース!」

 

勢い任せに飛び出していった金剛だったが、戻ってくるのに20分を要した。ダメじゃん。

 

 

 

という訳で。

 

 

霧島「初めまして、私霧島です。」

 

大井「重雷装艦、大井です。」

 

時雨「僕は白露型駆逐艦、時雨。これからよろしくね。」

 

電「電です。どうか、よろしくお願いします。」

 

如月「如月と申します。よろしくお願いしますね?」

 

提督「よろしくお願いする。早速だが如月以外の4人には次の作戦に参加してもらう。それも並大抵のものではない危険な作戦だ。まだ練度が低いのは承知の上だが、よろしく頼む。」

 

霧島「あのー、金剛お姉様は参加されるのですか?」

 

提督「金剛は修理が間に合ったし、榛名や比叡は特に大きなダメージを負っていないから、第3戦隊は総出で出撃できるだろう。夕立は無傷だったしな。」

 

時雨「そうみたいだね。」

 

如月「私は技術局に入っちゃったし、作戦には、出られないわねぇ。」

 

提督「勝手に参入しておいて今更何を言う。それに手空きの時だけだからな? 技術局にいていいのは。」

 

如月「うふっ、そうね。」

 

電「あの、響ちゃんや雷ちゃんは大丈夫だったんでしょうか?」

 

提督「雷は残念ながらまだ修理が出来ていない。が、間に合わせるから心配するな。」

 

電「それなら、いいのですが・・・。」

 

不安げな電である。

 

提督「多少強行スケジュールで演習をこなして貰わなければならんのだが、今日はもう休んでいい。明日から、しっかり頑張って貰いたい。」

 

4人「はい!」

 

如月「頑張ってね、電ちゃん?」

 

電「あ、はい。頑張るのです!」

 

提督「よし、その意気だ。頑張れ。」ナデナデ

 

電「んっ、は、はい、頑張るのです。」

 

提督「呼びつけてすまなかったな。今日はもういいぞ。」

 

霧島「では失礼します。」

 

その言葉を最後に5人が執務室を去ると、すれ違って金剛が入って来た。

 

金剛「フフッ、第3戦隊、全員集合デース!」

 

提督「あぁ、おめでとう金剛!」

 

金剛「フフン、私たちの力、存分に見せてあげるデース!」

 

提督「期待して、良いんだな?」

 

金剛「勿論!」

 

提督「では期待させてもらおうか!」

 

金剛「腕がなるのデース!」

 

第3戦隊、士気十分、15日夜半の出撃に向けて万全の備えを整えつつあった。

 

直人も明石に自らの艤装を託し、デスクワークに精励することにしたのであった。

 

明日修理完了だと言う。

 

提督(まぁ、あの力を試しに使う必要もありそうだ。なんにせよ明日帰ってからだな。)

 

そこまで考えてから直人は目の前の仕事を一挙に片付け始めたのだった。

 

 

 

2052年5月8日午前8時 厚木基地駐機場

 

 

つい20数年前に官民共用となった厚木基地には、直人御自慢、というより近衛艦隊司令官の権限全開のあるものが停めてあった。

 

彼の為に突貫作業で仕立てられた機体は、機体後部(水平/垂直尾翼含う)3分の1が赤く、残りは明灰白色で塗られ、斜めになっている色の境目には黄色い稲妻がペイントされていた。

 

左右両翼に1基づつ取り付けられた2基のエンジンは、レシプロのターボプロップエンジン。

 

この機体の名はサーブ340B、近距離用双発旅客機である。

 

提督「土方海将、お手間を取らせてしまいすみませんでした。」

 

土方「なに、別にこのくらい造作もない。というよりこれが私の仕事の一つでもある。水戸嶋は機械いじりが好きだったな。呉鎮司令長官じゃなくて良かったと思っているよ。」

 

提督「確かに、色々作りたがりそうだし、大変でしょうね。」

 

土方「ところで紀伊君、航空機操縦できるのか?」

 

意外そうに土方海将が訊く。

 

提督「実は軽い気持ちでパイロット資格取ってまして。(汗)」

 

土方「ハッハッハ! 5年の間にそんな事があったのか。」

 

色々な事があった直人ではある。

 

提督「海保の上司が融通の利く人でして、給料はやるが仕事はないぞ、なんて冗談を言われてたりしました。」

 

土方「実際のところは?」

 

提督「哨戒艇長です。」

 

土方「成程、あれはつい1年前に出来た新部署らしいな。」

 

提督「それまでは海保の航空機を使えるようにと、その上司にパイロットの養成学校へ行かされまして。」

 

土方「成程な、お前さんも大変だったと見える。」

 

提督「おかげさまで。」

 

二人「ハッハッハッハッハッハッ!!」

 

土方「それにしても廃棄直前の機体を譲り受けるとは、またすごい手段だな。」

 

提督「そんな機体、そんな都合よくないと思ってたら、あるんですし。」

 

実は目の前のサーブ機は、海保で以前使われていたものだったのだが、廃棄される事が決まったその翌日に譲り受けたのだ。

 

大抵の欲しい物は手段を選べば手に入る、近衛艦隊の特権である。

 

提督「ではそろそろ行って参ります。」

 

土方「お前も気を付けてな。広島西も話は付ける。」

 

提督「あとは高速のボートも。」

 

土方「心得ている。お前も、気を付けてな。」

 

提督「はい。それでは。」

 

そうして直人は自分の物となったサーブ機の操縦席に座り、広島西飛行場へと飛んだ。

 

 

 

2052年5月8日午後2時 広島沖洋上

 

 

広島西飛行場は、元は閉鎖されていた空港で、ヘリポート機能のみが残存していたものの、2045年4月10日の本土一斉大空襲によってヘリポート機能を喪失したが飛行場が使用可能であった。

 

しかし、海自や米軍などの軍事施設はあらかた潰されていた為に、残存した飛行場を使って海保が臨時基地として使っている。

 

とはいっても4~6機程度しか駐機されていない閑散とした飛行場に、直人のサーブ機が舞い降りてきていた。

 

 

~機内にて~

 

夕立「ぽい~・・・むにゃむにゃ・・・」

 

時雨「夕立、起きて。」ユサユサ

 

天龍「ったく。なんで俺ら18戦隊が護衛任務なんだ、戦わせろっつの。」

 

龍田「提督をお守りするのも、立派な任務よぉ~?」ニコニコ

 

天龍「チッ、わーってるよ。」プイッ

 

蒼龍「瀬戸内海の景色、なんだか変わったなぁ。」

 

榛名「あれから100年を隔ててますし、仕方無い事じゃないでしょうか?」

 

蒼龍「そうだけどねぇ・・・昔が懐かしいなぁ・・・。」

 

榛名「夏草や 兵共が 夢のあと、平和な日本になって、もう100年なんですね。」

 

蒼龍「私たちの頑張りは、無駄じゃないってことかぁ~。」

 

榛名「そうであればいいんですけど・・・。」

 

電「着任してすぐにこんな事になっちゃうなんて・・・びっくりなのです。」

 

雷「他の鎮守府を見るのも一ついいんじゃないかしら?」

 

電「そ、そうですね・・・。」

 

という訳で1個艦隊艤装付きで御案内。

 

一応約40人は乗れるのだが、シートの数を18席に減らしてもらい、残りを貨物スペースに当てた結果、客室後方は結束バンドで固定された艤装で一杯。

 

なお直人の艤装は予備に取ってあったストライダーフレームの脚部艤装(スマートなほう、普段使ってるのはブロウラーフレーム)だけ。

 

紀伊の装備の損傷が激し過ぎた為、直人の装備はDE2丁(マガシン12)と極光、ワンオフカスタムのヘッケラー&コッホ(H&K)社製自動小銃『G3』(マガシン7)だけ。何とも寂しい。(本来の人間式に立ち返ったとも言う。)

 

このG3も父の形見の一つで、主に弾数と精度に重きを置いたカスタマイズであり、その為か原形を留めている。

 

提督「“え~、まもなく広島西飛行場に着陸しまーす。寝てる奴起きとけー。”」

 

投げやりアナウンスありがとうございますww

 

時雨「ちょっ、夕立起きてってば!」ユサユサユサユサ

 

夕立「ん~・・・ふあぁぁ~・・・時雨ちゃん、おはようっぽいー。」ムニャムニャ

 

時雨「やっと起きた・・・。」

 

ここまで惰眠を貪るんじゃない、年取った犬か。(砲撃ドーン)

 

という訳で広島西飛行場へ到着。

 

海保隊員「お待ちしておりました。整備と補給の方は済ませておきます。ボートも用意が出来ています。」

 

提督「手間をかけたな。」

 

海保「いえ。」

 

提督「よーしお前ら艤装着けて進水しとけー。」

 

お前も進水しろと言ってはいけない。紀伊は極秘の存在だからだ。

 

ということで。

 

ブオオォォンブロロロロロロロロロロロロ・・・

 

提督「野郎のとこまでぶっ飛ばすぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

呉基地沖合 午後2時8分

 

 

提督「あの赤煉瓦(=司令部施設)の場所って確か工作関係の施設の場所だったはずだな・・・。」

 

今回彼らが来た場所は呉鎮近衛艦隊司令部、正式名称を、呉鎮守府付属近衛第2艦隊という。

 

司令部があるのはかつて海上自衛軍呉造修補給所工作部(深海側の大空襲によって壊滅)の施設があった場所で、小さいながら(と言っても1棟だけという意味だが。)高度な設備を誇る造兵廠が付随している。

 

横鎮近衛艦隊の司令部にもある停泊用ドックは、修理用クレーン付きの岸壁という形で付随している。

 

榛名「あれが・・・呉鎮近衛艦隊の司令部なのですね。」

 

 

 

同刻 呉鎮近衛艦隊司令部外周岸壁

 

 

「フッ、来たか。」

 

落ち着き払った雰囲気で言う男。

 

赤城「えぇ、来ましたね。」

 

その隣で矢筒に手をかけているのは赤城。ただ、横鎮近衛艦隊の赤城と比して、矢筒の掛け方、甲板を装備している場所、弓を持っている手などが左右逆である。

 

北上「おーおー、そうそうたる面々だね。」

 

「確かに。だが8隻だけか。」

 

北上「それ、最初から18隻で挑もうとしてる私達が言えるセリフじゃないと思うよ。」

 

「敵が多ければ実力証明、こちらが多ければ蹂躙、ただそれだけの事さ。」

 

北上「えげつないねぇ~。」

 

「それが戦争というもんさ。そうだろう?」

 

赤城「えぇ。戦う以上、情けをかければ負けです。」

 

「そういうことだ。では、お手並み拝見と行こうか。最も、勝てるとは思わないがね。」

 

 

 

時雨「提督。正面に艦娘が。」

 

蒼龍「・・・まって、お出迎えムードではないみたいよ。」

 

時雨「え!?」

 

榛名「・・・確かに。数18、岸壁沿いに2列単横陣に展開、そこから魚鱗陣に再編しつつあります。」

 

提督「レーダーで分かるっけ?」

 

榛名「偵察機です。」^^

 

提督「 い つ の 間 に 。 」

 

ほんとに気付かなかったよ。

 

榛名「何かあるといけないと思いまして。」

 

提督「そうか、だがGJ。」

 

しかし魚鱗陣とはな・・・当たり方に依っちゃ被害がでかいな。ま、簡単に攻略できますが。

 

夕立「・・・演習、っぽい?」

 

提督「そのようだな。」

 

天龍「ヘッ、腕がなるぜ。」ジャキィン

 

龍田「死にたい船は、どこかしら?」ヒュン

 

電「はわっ!? た、戦うのですか!?」

 

雷「演習よ! 早く!」

 

電「は、はいなのですっ!」

 

提督「流石に蒼龍を戦列に組む訳には行かん、蒼龍は俺と後方へ待機して艦載機を。」

 

蒼龍「あくまで進水はしないおつもりなんですね・・・。」

 

提督「俺が絡んだら勝負にならんからだよ。あと揺れが心地いいしな。」

 

蒼龍「あー、はい・・・。」

 

提督「力試しにゃちょうどいいだろ、天龍や夕立にも存分に暴れて貰いたいしさ。」

 

蒼龍(この人って案外頭いいの? それとも逆?)

 

提督「鋒矢陣形成! 最先頭夕立、右翼は雷・龍田、左翼は電と天龍、中央列は順に榛名・時雨・蒼龍と俺の順だ。」

 

鋒矢陣(ほうしじん)というのは、戦国時代に使われていた陸戦陣形の一つで、部隊を矢印状に展開する。

 

この場合は矢印の頂点に夕立、その斜め後ろ左右に電と雷、天龍と龍田が構え、中央の一列に榛名、時雨、蒼龍の順で並ぶ形になる。

 

この鋒矢陣は突破に適した陣形で、関ケ原の合戦に於いて島津軍(兵3千)が敵中突破での退却を図る際に用い、本多忠勝を落馬させ、松平忠吉・井伊直政に傷を負わせ、更に大幅に打ち減らされつつも退却に成功していることからも、その突破性の高さが窺い知れようと言うものである。

 

一方で数の少なさをごまかす効果もあり、その為少数の軍勢が大軍を相手取る場合にも使用される。最も今回の場合その効果は疑問が残るが。

 

榛名「でも確かこの陣形って、陸戦の時の陣形ですよね?」

 

提督「まぁね。だがそりゃあっちも同じことだろうよ。」

 

榛名「そ、そうですね・・・。」

 

さて、一戦始めるとするか。

 

提督「突破!!」

 

7人「はい!」

 

蒼龍「援護します!」

 

提督「頼んだ!」

 

 

 

14時10分、呉基地沖で、極秘艦隊同士の演習が開始された。

 

 

仮想敵編成は以下の通り

赤城加賀龍驤(最後列中央)

 

五十鈴鳥海利根(最後列左翼)

 

妙高足柄羽黒(最後列右翼)

 

那珂電初霜(中段右)

 

川内神通深雪(中段左)

 

時雨北上木曽(先頭)

 

 

 

提督「敵の先陣に砲火を集中させつつ肉薄せよ! 敵雷巡に魚雷を撃つ隙を与えるんじゃないぞ!」

 

夕立「私の出番っぽい!」ザザザザッ

 

魚雷を投擲する夕立を先頭に砲撃が開始される。

 

蒼龍戦闘機隊は、数十倍もの敵に果敢に挑みかかる。

 

提督(蒼龍航空隊は敵の気を引ければ十分、頼むぞ・・・。)

 

電「突撃するのです!」

 

雷「突撃するんだから!」

 

榛名「榛名、全力で参ります!」

 

 

 

「やはり突撃か。よし、左右に分かれろ。」

 

 

赤城「左右に分散、急いで!」

 

旗艦赤城を通じて指示が飛ぶ。

 

北上「分かれてどうするのさ・・・あぁ、なるほどね。」

 

利根「あ奴の指揮に無駄はあるまい。」

 

 

 

提督「左右に分かれるか、よーし、進路を変えて左翼に食らい付け。右翼の敵には魚雷を!」

 

腹の探り合いが始まる。

 

榛名「“はい!”」

 

蒼龍「右翼が回り込んできたらどうするの?」

 

提督「考えてあるさ。」

 

時雨「“なんだか自分を撃つのって、複雑な気分だね。”」

 

提督「だが演習であっちにもいるし仕方ないさ。」

 

相当気楽な交信が為されている様だ・・・流石と言うべきなのか。

 

 

 

呉鎮近衛艦隊左翼に砲火が集中すると同時に、こちらも動きがあった。

 

妙高「“敵がこちらに猛攻を加えてきます!”」

 

「よし、反対側の部隊に側面を突かせろ!」

 

だがただでは済まされない、鋒矢陣の突撃力は甘くない。

 

初霜「“木曽さんと時雨さんに撃沈判定出ました!”」

 

「くっ・・・流石だな。」

 

 

 

夕立「“木曽撃沈っぽい!”」

 

電「“時雨撃沈、なのです!”」

 

その電の手にはアンカーが、まさかとは思うがまぁいい。

 

提督「よし、全艦一時後退、楔を撃ち込んで牽制しろ。」

 

夕立「わ、分かったっぽい!」

 

素直で宜しい。

 

率直に言えばここまでは想定の範疇であった。この陣形と正面衝突を避けるのは当然であるからである。でなければ10分と持たず攻勢が破綻するだろう。

 

蒼龍「航空隊破られました。敵機来ます!」

 

クソッ、分かってはいたがもう抜かれたか。

 

提督「対空戦闘!」

 

 

 

「下がらせるな、この機に乗じて航空隊と共同して突撃!」

 

北上「よーし、やっちゃいましょ!」

 

右翼先頭北上が意気込み、それに連なって各艦が突撃を仕掛ける。

 

赤城「攻撃隊、突撃!」

 

足柄「よぉーし、やっちゃうわよー!!」

 

 

 

提督「まずい、敵艦隊も来るぞ、榛名、三式弾を! 夕立、敵の突出してくる艦を牽制!」

 

榛名「“はい!”」

 

夕立「“分かったっぽい!”」

 

榛名が8門の主砲から、三式弾を一斉に放つ。

 

晴れ空に8個の大きな花火にも似た火箭が輝く。

 

急降下に移ろうとしていた彗星12甲型の編隊がこの一撃で灰塵に帰した。

 

夕立はやたらめったらにも見える乱暴さ(実はとんでもない正確さ)で主砲を放つ。が、回避され当たらない。魚雷も攪乱効果はあったが命中はない。

 

足柄「当たれええぇぇぇぇぇ!!」ドドドォォォーーーン

 

提督「うおっ! 電、敵弾だ、回避!」

 

電「ええっ!? はにゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

提督「あっ。」

 

中破判定で留まる電、しかし次の瞬間、様子が一変した。

 

電「痛いじゃないですかぁ~・・・。お仕置きしないといけないみたい、なのです。」ゆらぁ

 

天龍「お、おい、どうした・・・?」

 

提督「ヘ?」

 

唐突な変化に驚く一同、その実攻撃に対する反撃という本能が表に出ただけの単純なものであった。

 

電「突撃するのです。」ビシュッ

 

とんでもないスピードで敵に向かう電、そのスピードは駆逐艦という範疇を逸脱していた。

 

提督「ちょっ!?」

 

完璧に頭の中が漂白される直人、突撃した先には妙高ら第5戦隊の姿が。

 

夕立「電ちゃん!?」

 

 

電がアンカーを構える。

 

電「なっ!」

 

 

ドグシャァッ

 

 

羽黒「ああっ・・・!?」

 

脇腹クリティカル。

 

電「のっ!」

 

 

ドッ

 

 

足柄「カハッ・・・!?」

 

鳩尾一閃。

 

電「ですっ!!」

 

 

ズドムッ

 

 

妙高「ああああっ!!」

 

もう1発脇腹クリティカル。

 

 

ザバァァァーーー・・・ン

 

 

提督「・・・ええぇー・・・。」

 

唖然となる直人。因みにさっき電を中破させたのは足柄の砲弾でした。バトルマニアが出しゃばらなかったらどうなってたのか。

 

 

敵艦隊一同「・・・。」

 

全員血の気が引いた様子。

 

提督「電、戻ってこい。」

 

電「あ、分かったのです!」わたわた

 

さっきのあれはどこへやら。

 

提督「榛名、斉射3連!!」

 

榛名「はっ、はい!」ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

 

その戦意喪失はすぐさま呉鎮近衛艦隊を率いる彼にも分かった。

 

「まずい、一旦後退。駆逐艦を前に、空母を下げろ! 巡洋艦はその中間を繋ぐように動け。」

 

北上「うああああっ!!」

 

北上、撃沈判定(榛名の斉射)

 

赤城「“は、はい!”」

 

利根「んなぁっ!?」

 

利根、大破判定(昼戦なのに何故か時雨の主砲主砲魚雷夜戦カット直撃)

 

鳥海「このままでは・・・!!」

 

鳥海も必死の射撃を続けるが、勝敗は目に見えて明らかであった。

 

 

 

提督「チッ、駆逐艦が来るぞ、天龍! 龍田!」

 

天龍「オウ、任せとけ!」ゴゴゴゴ・・・

 

龍田「私達が相手よ? 子猫ちゃんたち?」ゴゴゴゴ・・・

 

第18戦隊、その気迫がやばい。

 

この後、かなりお察しな事に。(深雪・電・初霜尽く斬り捨てられました。)

 

 

 

「やはり抑止にならんか。赤城、加賀、砲戦へ参加せよ!」

 

加賀「“了解。”」

 

赤城「“ですがそれでは私達が・・・。”」

 

「最早艦がそれほど残っていない。頼む。」

 

赤城「“・・・分かりました。”」

 

 

 

提督「赤城と加賀まで砲戦に突っ込むか。勝利は近い、総攻撃だ!!」

 

7人「はい!!」

 

時雨「っ! 蒼龍さん、右舷雷撃機!」

 

蒼龍「えっ!?」

 

提督「マジでってか俺も!?」

 

気付かぬ内に加賀の流星改が肉薄していた。(ついでに直人も強襲したが余裕あり。)

 

蒼龍(間に合わない!)

 

 

ドォォォォーーーー・・・ン

 

 

蒼龍「ぐ・・・。」

 

蒼龍、大破判定

 

提督「おおおおおおお!」ダダダダダダダダダダッ

 

直人に向かった敵機全機撃墜、なんだこの技量。

 

 

ドドォォォォオオオォォーーー・・・ン

 

 

電「あああああっ!! は、恥ずかしいよぅ・・・。」

 

電、撃沈判定

 

撃ったのは加賀の20.3cm砲、元戦艦の面目躍如である。

 

提督「榛名、あの空母を撃て!!」

 

 

 

このあと榛名が赤城と加賀に撃沈判定を出させたところで、相手側の提督から降参してきたため演習は終了した。

 

横鎮近衛艦隊の一方的な勝利であった。

 

 

 

提督「久しぶりだな、氷空。」

 

呉鎮近衛艦隊司令官 水戸嶋(みとじま) 氷空(そら)、階級は元帥、年は直人と同じ21歳。

 

直人とは同じ土を踏み、中学まで同じ学び舎に通い、家も隣同士、誕生日はひと月違い、そして誰より気の合う親友であり、今もそうである。

 

自衛隊批判の急先鋒であるジャーナリストを父に持つことから将来の夢はジャーナリストだったが、その父の意向(というより水戸嶋の祖父の遺言)によって、陸自高等工科学校に進み自衛官となった経歴を持つ。

 

顔立ちも整っており、上から下にスッとすぼむ感じのスマートな輪郭に、細く長く釣り気味の、髪色と同じ黒のまゆと同じく釣り気味で少し細い目、瞳は黒と灰色のオッドアイ。

 

常に微笑を浮かべるその表情は少々冷淡さを匂わせるものの、クールな彼の性格を表に出しているといっていい。

 

氷空「あぁ、1年ぶりか。」

 

提督「もうそんな位になるか、早いものだ。」

 

氷空「あぁ、そうだな。まぁ入れ、中で話そう。」

 

提督「そうだな。」

 

 

 

16時2分 呉鎮近衛艦隊司令部中央棟2F 提督執務室

 

 

司令部の建築規格は統一されてるからどこも同じような建て方だったりする。

 

近衛艦隊みたいなことは他の司令部ではないが。

 

提督「にしても手荒い歓迎だな、氷空。」

 

氷空「なに、(けい)が日頃から研鑽を怠っておらぬか、確かめさせてもらっただけのことだ。」

 

提督「言ってくれるなぁおい。」

 

氷空「フフ、まぁ結果はあの通りだった訳だが、卿の指揮統率能力も相変わらずだな。」

 

素直に称賛する氷空だったが直人はいやいやそんなと言う具合に言葉を返す。

 

提督「それにしちゃぁフィリピンでは惨敗したがね。」

 

氷空「その件については呉鎮司令部経由で聞かせて貰った。播磨を、沈めたそうだな?」

 

提督「這う這うの体だったがね。」

 

氷空「それでも大したもんだ、そうだろう?」

 

提督「まぁな・・・手柄といえば、そっちもレ級を沈めたそうじゃないか。」

 

直人は話題の矛先を変える。

 

氷空「そうだな。まぁ、卿の尻拭いだが、卿らが露払いとなってくれたおかげで比較的損害も出ずに済んだとはいえ、大本営の情報不足で損害が大きい。」

 

提督「拭わせるつもりはなかったんだがな。」

 

直人が眠っている間に、フィリピン方面の残敵掃討の為に呉鎮近衛艦隊に出撃命令が下っており、その際レ級を含む残存は尽く水底に帰したという話を、直人は土方から聞いていた。

 

氷空「そっちは飛龍と雪風が沈みかけたそうじゃないか。」

 

提督「沈む寸前で食い止めた感じだがね。俺もあと一歩で死ぬところだった。」

 

氷空「そうか、帰ってきてくれて何よりだ。」

 

提督「摩耶と夕立のおかげだよ。」

 

氷空「そうか・・・。それで? わざわざ卿直々にここに来るということは、何か重要な案件なんじゃないのか? 少々のことなら無電ないし手紙で済ますお前のことだ。そうだろう?」

 

提督「参ったな・・・お見通しか。」

 

氷空「俺達が生まれてこの方の付き合いだろうが、卿の思っていることはおおよそ分かる。」

 

提督「そうか。では本題に入る。お前のところに大本営からの命令書は来ているか?」

 

氷空「大本営から? いや、そんなものはないぞ。」

 

提督「やはりか・・・。」

 

幹部会は本気で直人を殺す気だった訳だと、これではっきりした。

 

氷空「何か、あったのか?」

 

提督「ハワイ作戦のことは聞いてるな?」

 

氷空「無論だ。だが失敗の公算が大きいと聞いている。」

 

提督「そこで俺の元に、他の近衛艦隊と共同しグァム棲地へ陽動攻撃を行う旨命令が届いたんだ。」

 

本題に入った直人であるが、氷空は疑問を呈した。

 

氷空「グァムか、あの時以来の攻勢だな。だが他の近衛艦隊と共同するのであれば、俺のところにも来るはずだが。」

 

この疑問は直人も予想済みであった。

 

提督「あぁ。恐らくは俺の艦隊を俺ごと潰すつもりだろう。」

 

氷空「あの査問会の一件か。」

 

提督「なんでおめーが知ってんだよ。」

 

氷空「裏のコネというやつだ。」

 

提督「ハッ、お前らしいな。」

 

この辺りは流石だと思う直人ではあった。

 

氷空「それで? 俺にどうしろというのだ?」

 

提督「こいつがその作戦命令書なんだが、グァム棲地攻撃への参加と、他の近衛艦隊の応援を取り付けて貰いたい。」

 

氷空「成程な。お前が行っても快諾はせんだろうしな。」

 

提督「悔しいことにな。」

 

氷空「まぁ、任されるとしよう。ところで・・・」

 

提督「?」

 

氷空が周りを見渡してから言う。

 

氷空「イイ関係の艦娘の一人や二人は出来たのか?」

 

提督「ブッ!?」

 

麦茶を口に含んだタイミングでの不意打ちに思いっきり吹く直人。

 

提督「ゲホッゲホッ・・・」

 

氷空「その様子だと居るらしいなww」

 

イイ関係、というのは超越しすぎている感もあるが。

 

提督「ま、まぁな。そういうお前はどうなんだ?」

 

氷空「まぁ、ボチボチというところか。」

 

提督「お前らしい答えだな。ところで、初期艦は誰だったんだ?」

 

氷空「あぁ、赤城だ。」

 

提督「赤城か・・・消費がきつそうだな。」

 

氷空「夜な夜な資材倉庫の資材をつまみ食いしようとしているな。」

 

提督「フッ、暴食艦とは苦労するな。」

 

うちの赤城は実力行使(ガチ)で大人しくなったが。

 

氷空「そうだな。そういう卿は誰なんだ?」

 

提督「うん、金剛だ、逆アホ毛の。」

 

氷空「ハハハハッ! そりゃぁまたすごい特異点だな。」

 

さらっと笑い飛ばす氷空、お前の赤城も利き手逆だろうが。

 

提督「今日は留守居役だけどな。」

 

氷空「まぁそうだろうな。」

 

提督「俺が鎮守府を離れている間の防御指揮をな。俺の艦隊も、フィリピン沖で大分痛めつけられたからな。今日にしたって修理の間にあった艦だけ連れて来たって有様だ。15日夜の出撃に何隻間に合うか。」

 

氷空「成程、攻撃は16日の夜明け前、か。まぁ陽動攻撃なのだから、そうだろうな。だがお前の艤装もだいぶやられたと聞いたが、修理は間に合うのか?」

 

その質問に対して直人は言った。

 

提督「あぁ、今日中には終わると言っていた。土方さんが資材回してくれたおかげでな。後、うちのゲストがなんか本気出してる。」

 

氷空「そうか。では俺も艤装を装備し出撃しよう。だが佐世保や舞鶴の連中の手を借りる事は無い。」

 

提督「?」

 

氷空「俺達で奴らを叩く。」

 

大言壮語する氷空、だがハッタリでもなさそうである。

 

提督「・・・やれるのか?」

 

氷空「なに、やりようにもよるさ。」

 

提督「・・・分かった、それで行こう。」

 

ここまでくれば直人も腹をくくる。

 

氷空「うちの艦隊は平均的な練度水準で言えばそれなりに高い、まぁ大丈夫だ。最もそう楽観できる相手でもなさそうだがね。」

 

提督「そうか、ではそれに僅かながらでも期待させてもらおう。」

 

氷空「全幅の期待では、ないのか?」

 

提督「俺だって楽観できていないのさ・・・。」

 

氷空「―――そうか・・・。」

 

普段は自信ありげな直人でさえこの有様であるから、棲地攻撃を今の時期することの危険性は理解に難くない。

 

それこそ墓穴を掘ることになる。

 

提督「さて、そろそろ帰るよ。処理せねばならん書類が山積みだろうしな。」

 

氷空「おいおい、執務もせずに来たのか?」

 

提督「朝一でな。」

 

氷空「何をやってんだ、大淀に叱られるぞ。」

 

提督「正式に許可貰ってるんで、御心配には及びません♪」

 

氷空「フッ、お前らしい言い草だ。だが―――」

 

言葉を遮る形で赤城が飛び込んでくる。

 

赤城「提督、敵襲です!」

 

氷空「なに!?」

 

提督「おいおいマジか・・・。」

 

今から帰ろうとしてたのに・・・と肩を落とす直人。

 

しかし氷空は違った。

 

氷空「いいだろう、来い直人。俺の新兵装を見せてやる。」

 

赤城「お持ちしておきます。」

 

赤城が立ち去る。

 

提督「新兵装、だと?」

 

彼が疑問を呈すると氷空は少し笑いながら言った。

 

氷空「まぁついてこいw」

 

提督「・・・??」

 

言われるがままについて行きました。

 

 

 

16時43分 呉鎮近衛艦隊司令部岸壁

 

 

提督「・・・で?」

 

氷空「ん?」ガコン

 

提督「随分でけぇな?」

 

氷空が持っているのは全長3m半、高さは1mと少し、というとてつもない大きさの砲だった。

 

氷空自身艦娘機関の補助付きでようやく持てるサイズ。

 

氷空「まぁな。」

 

提督「で? 威力の程は?」

 

氷空「まぁ見てろ。」

 

沖合には来襲した深海棲艦の一団、戦艦を含む約40隻ほどが。どうやら潜航して姿をくらましていた為警報が遅れたものらしい。

 

 

ドオオンドオオンドオオンドオオォォォォォォォォーーーーーン

 

 

提督「わっぷ!?」ブオオッ

 

ブラストで強烈な風が起こり、直人は思わず目を閉じ顔をそむける。

 

提督「どうなる?」

 

慌てて沖合に目を戻すと、凄まじい光景を目の当たりにした。

 

 

ドドドドォォォォォォォォォーーーーーー・・・・・ン

 

 

凄まじい轟音と共に、水柱と火球が同時にその場所に起こる。

 

提督「!?」

 

直人はウラズィーミルにも似たその爆発に目を見開く。水柱が立ち上る時点で違うのだが。

 

それが収まった時、敵艦の姿はこの世から掻き消えていた。

 

提督「何だ、今のは・・・。」

 

驚愕のあまり思わず問う直人、お前ウラズィーミル持っててそれを言えるのか。

 

氷空「90cm重砲撃艦専用速射カノン砲、弾頭はサーモバリック爆薬32%と固形爆薬68%だ。」

 

提督「90cm・・・まさか、それも艤装なのか?」

 

というのは、見た目が90mm砲にしか見えないからである。

 

氷空「あぁ。但し、水戸と同時運用は無理だ、デカすぎてな。だから局所防衛用として使っている。」

 

提督「そうなのか・・・。」

 

氷空「だがそれを補って余りある火力を持つことが、あれで分かった筈だ。」

 

提督「そうだな・・・、凄い。」

 

氷空「さぁ、帰り道も確保してやったぞ。気を付けてな。」

 

提督「あぁ、ありがとう。よーし、榛名、全員揃ってるな?」

 

榛名「あっ、はい、全員揃ってます。」

 

提督「んじゃ、帰るか。」

 

 

 

何事も無く帰りました(笑)

 

 

因みに書類が溜まっていると言うのは嘘、一日の運行処理に必要な書類は全て金剛他に任せていた直人であった。

 

 

 

22時26分 横鎮近衛艦隊司令部前

 

 

提督「ふー、着いた。」

 

夕立「zzz・・・」

 

直人が夕立をおんぶしてきていたのでした。

 

榛名「遅くなってしまいましたね・・・。」

 

提督「だな。」

 

「スー・・・スー・・・」

 

何故か夕立と別に近くから寝息が。

 

提督「ん?」

 

直人が周りを見ると・・・

 

金剛「スー・・・スー・・・」

 

金剛が門にもたれて寝てました、なにやってん・・・。

 

榛名「姉さん・・・。」

 

思わず額に手を当てる榛名。そりゃまぁ自分の姉がこんなとこで寝てたら目も当てられんでしょうな、俺だってそうだ。

 

提督「・・・榛名、任せていいか。」

 

多少申し訳なさそうに言う直人、夕立をおんぶしている為手が空いてないのが理由である。

 

榛名「任されましょう。」キリリッ

 

即答する榛名さんをその場に残して、一行は素早く宿舎に向かったのでした。

 

 

 

榛名「姉さーん、起きて下さーい。」ペチペチ

 

金剛「ウーン・・・」ムニャムニャ

 

案外こうなると起きない金剛さんと、姉相手でも普通にビンタで起こそうとする榛名さんでした。

 

 

 

5月9日0時06分 三島入江

 

 

提督「・・・うん、ちゃんと直ってるな。」

 

寝静まるのを見計らって艤装の修復チェックをする直人。

 

提督「・・・。」キョロキョロ

 

辺りにだれもいないかを確かめる。

 

提督「・・・よし。」

 

ヒュオオオオッ・・・

 

艦娘機関が出力を上げ、霊力の流れが気流を巻き起こす。そして直人と艤装は、紫の光を帯びる。

 

提督「“我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。我が身今一度物の怪とし、汝の力を以て今一度常世の王とならん。汝こそは艦の王、我こそは武の極致。我汝の力を以て、『大いなる冬』をもたらさんとす。”」

 

 

ゴオオオオオオオオオッ・・・

 

 

彼の体から紫のオーラが溢れ、彼に纏わり付いて行く。

 

 

パアァァァーーン

 

 

何かが破裂したような音と共に、そのオーラが吹き飛び、その内側から装いを新たにした直人の姿が現れた。

 

両腕に新たに現れた彼の腕より長いそれは、仮にその形を形容するならば「四角柱2つを底面で貼り合わせ、それを対角線で4つに割ったその一つ分に肉付けをした」かのような形状をしていた。

 

『大いなる冬』の名を持つその艦の船体をそのまま腕部装備として装着したかのようなそれは薄紫色で、赤紫の筋や斑点があちこちにあった。

 

両肩には円盤にも似た同じ色彩の装備が、これは正面から見ると3つの赤班がこちらを向いている様に見える。

 

そしてその船の特徴とも言える艦橋部分が、体の前面に積層装甲として存在していた。

 

そして変化は艤装である紀伊そのものにも現れている。

 

紀伊のバックパックからは紫色の粒子が漏れ出し、随所に赤紫色のラインで構成される文様が現れていた。

 

そして、直人の瞳は、紫の光を放っていた。

 

提督「これが、新たな力か・・・。っ・・・!?」

 

突然の頭痛に襲われ思わずよろめく直人、それと同時に、頭の中に何かが流れ込んでくる。何かのビジョンが頭の中で描かれていく。

 

それは『大いなる冬(フィンブルヴィンテル)』の在りし日の姿、そしてその内で芽生えた葛藤と、怨嗟の渦だった。

 

提督「くぅっ・・・精神的に辛い、いきなり使いこなすには程遠いな・・・。」

 

深海棲艦の力は、それが例えなんであれそれを扱う者の心を蝕む。故に精神的な疲労は計り知れぬものがあるのだ。もし仮にこれを使いこなさんとするならば、強靭な精神力を以って之を押さえつける必要があるのだ。

 

提督「・・・使う時までに、どこまで慣らせるか、だな・・・。」

 

 

シュオオオオオオオオ・・・

 

 

そう言いつつ変身を解く直人、長時間の変身はまだ不可能である事を知ったのであった。

 

提督「まぁ、この辺は慣れ・・・なのかなぁ・・・?」

 

そこはまだ疑問符でした。




恒例艦娘ファイル。今回ちょっと多いです。なんでか? 転属願いの受理がちょっと遅れてたからです。

艦娘ファイルNo.35

睦月型駆逐艦 皐月改

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12cm単装砲(12.7cm連装砲に換装)
装備3:12.7mm単装機銃(後に電探系無いしソナー系に換装)

旧毒嶋艦隊第2艦隊旗艦、Lv22相当。性格は知っての通り明るい。
小笠原列島線哨戒任務中に毒嶋艦隊が全滅したことによりはぐれ艦隊となり、辛うじて八丈島まで落ち延びるも敵に包囲され、乾坤一擲の脱出を行った際に、彼女らの放っていた電文を受け出撃時間を繰り上げた横鎮近衛艦隊の総出撃に遭遇し、救助される。
その際毒嶋艦隊が潰滅している事と、近衛艦隊の姿を見られた関係上吸収する形で配属となった。
特に秀でた部分はないものの、様々な技能(無論戦闘技能も含む)が高い水準で纏まっている。ただその性能自体は覆りようも無い為主に控えや遠征組(第2艦隊)旗艦である。


艦娘ファイルNo.36

睦月型駆逐艦 文月改

装備1:12cm単装砲(装備2と共に12.7cm連装砲に換装)
装備2:12cm単装砲
装備3:7.7mm機銃(皐月に準ずる)

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv20相当。
実は対潜探知/攻撃が得意な影のサブマリンキラー。
皐月指揮下で動いていたが横須賀防衛戦が起ってしまったために他の7艦と共にはぐれ艦隊になってしまう。その際島伝いに北に行くよう進言したのがこの文月だったりする。
なお作者の誕生月と同じ名前、あと可愛い。


艦娘ファイルNo.37

睦月型駆逐艦 長月

装備1:12cm単装砲

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv9相当。
強力なリーダーシップを持ち、尚且つそれなりに実力もある・・・のだが、直人からは何故か弄られまくる。
楽天家で怠惰であった毒嶋の事を不快に思い、直人に対してそれをずけずけと言う辺り相当な肝っ玉である。


艦娘ファイルNo.38

睦月型駆逐艦 菊月

装備1:12cm単装砲
装備2:12cm単装砲

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv13相当で艦隊の副旗艦。
戦術家の才を持ち、戦闘指揮で艦娘、特に駆逐艦や軽巡の中では一線を画す・・・のだが、副旗艦だったのは毒嶋の気まぐれによるところが大きく、才を見出された訳では無かった。


第2艦隊を最小限の被害で凌ぎきらせたのは菊月の軍才によるものである。
ただ、戦闘技能は今一つ。


艦娘ファイルNo.39

睦月型駆逐艦 三日月

装備1:12cm単装砲

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、同艦隊では最も新参でLv3相当。
基本的に前線に出る事は無く、後方勤務に精励することになる。
戦闘技能はあるが遠距離狙撃に特化している為、鎮守府防備艦隊に所属する。


艦娘ファイルNo.40

睦月型駆逐艦 望月

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12cm単装砲(12.7cm連装砲に換装)

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv19相当
基本非番の睦月型のだらけキャラ。
・・・と思いきや陰で頑張る事になる艦娘。
鍛えもせずだらだらしまくってるので舐めてかかると実はとんでもなく強い。


艦娘ファイルNo.41

球磨型軽巡洋艦 球磨

装備1:14cm単装砲
装備2:零式水上偵察機(搭載数:1)

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv16相当。
鮭とイクラが大好き、語尾に「~クマ」と付き、大抵常に一定のテンションを維持している球磨型の長女。
必殺技(?)を持っており、更に戦闘技能もかなり高い。
あと木曽もなのだが料理が結構できる方。


艦娘ファイルNo.42

球磨型軽巡洋艦 多摩

装備1:14cm単装砲
装備2:7.7mm機銃

旧毒嶋艦隊第2艦隊所属艦、Lv13相当。
魚系大好き、一番好きなのは秋刀魚の塩焼き、たまに(たまに?)魚くわえてたり冬は炬燵 春/秋は布団 夏はシーツに大抵包まってる艦娘。
語尾に「~にゃ」とつくのも相変わらず、猫じゃらしで体が反応する辺りもう猫でしかない(本人曰く「猫じゃないにゃ!(激おこ)」)のだが実は陰で頑張る艦娘。


艦娘ファイルNo.43

金剛型高速戦艦 霧島改

装備1:41cm連装砲
装備2:41cm連装砲
装備3:一式徹甲弾
装備4:零式水上観測機

アパリ沖で皆拾ってることが判明(但し5つ除いてハズレ)した5つのドロップの一人。ズバリインテリヤクザ兼艦隊の頭脳(ネタ?)。
眼鏡が本体なんて事は無いが、眼鏡が無くても実は見えている。なのでレンズは度が入ってない。


艦娘ファイルNo.44

球磨型軽巡洋艦 大井改

装備1:61cm5連装酸素魚雷
装備2:15.2cm連装砲改
装備3:甲標的 甲

作者使用時の武装(将来像)で降誕した重雷装艦。
5連装魚雷発射管が脚部の4つしかないのだが、実はこれ5分おきに2連射全40射線の雷撃が可能という鬼畜仕様、殲滅力も空母に引けは取らない。


艦娘ファイルNo.45

白露型駆逐艦 時雨改2

装備1:12.7cm連装砲C型(火力+2 対空+1 命中+1)
装備2:12.7cm単装砲B型(火力+2 対空+1)
装備3:22号対水上電探
装備4(EX):バックパック型短砲身36cm連装噴進砲(火力+30(-25) 命中+10(-8) 回避-3(+3))

3スロなのに4スロという特殊な扱い方をされてしまった駆逐艦。
装備4はEXスロットである為ステは大半が元ステに織り込まれている。
この装備4のせいでかなり高い殲滅力を誇り、主力の1隻として戦場を駆ける事になる。
作者曰く、「背中の巨大連装砲をステータス化したかった」とのこと。なお弾頭は夕立の魚雷。


艦娘ファイルNo.46

特Ⅲ型(暁型)駆逐艦 電改

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm連装砲
装備3:13号対空電探改
装備4:アイアンチェーンアンカー(火力+5 命中+7 対潜+3)

こっちはマジもんの4スロ、皆さんご存知プラズマさんです。●ヮ●(ゴゴゴゴ・・・
じゃないじゃないじゃない!みんなの大好きなあざとい系大天使電ちゃんです。(※なお多分に偏見が入っています。)
第6駆逐隊の最大戦力で、この鎮守府最強の駆逐艦、本気出すと夕立が一捻りにされるレベル。
秘書艦としてのスキルも申し分ないものがあり、非の打ち所がないように見える。
が、やはりドジっ子。だがそれがいい。


艦娘ファイルNo.47

睦月型駆逐艦 如月改2

装備1:12.7cm連装高角砲(後期型)
装備2:61cm3連装酸素魚雷
装備3:強化型艦本式缶

技術局生体実験部統括兼鎮守府防備艦隊所属の艦娘。
三日月と同じく基本前線には出ないが鎮守府が戦場と化した場合は戦う非常勤艦。
エッチぃ知識は誰より豊富であるが経験なし。
だがそれ故からか影から直人と金剛の行く末を見守り二人の縁が壊れないよう守っている。


艦娘ファイルNo.0

超巨大機動要塞戦艦 紀伊

装備1/2:120cm超巨大要塞砲(火力+110 命中+5 回避-20 射程:極長 速度:低速)
装備3/4:80cm3連装要塞副砲(火力+85 命中+6 回避-15 射程:極長)
装備5:51cm連装要塞砲(火力+40 命中+4 対空+9 回避-1 射程:超長)
装備6:五式15cm高射砲+ウルツブルグレーダー(火力+5 対空+20 命中+10 索敵+13 回避+2 射程:中)
装備7:三式高射装置(対空+4 回避+2)
装備8:特殊潜航艇「蛟龍」(雷装+16 命中+1 索敵+1)
装備9:三式弾改(火力+1 対空+8)
装備10:一式徹甲弾改(火力+12 命中+2)
装備11~15:機動バーニア(回避+25 速度:高速)
装備16(搭載180):震電改(西沢隊)(対空+20 命中+3 索敵+2)
装備17(搭載180):流星改(友永隊)(対空+5 雷装+17 索敵+3 命中+3 対潜+7)
装備18(搭載180):流星改(江草隊)(対空+3 爆装+16 索敵+2 命中+3 対潜+8)
装備19(搭載60):景雲改2(第四飛行隊)(索敵+15 爆装+9 対空+3 命中+4 対潜+5)
装備20(搭載270):五式中戦車改 チリⅡ型(第十一戦車連隊)
装備21:海軍特別陸戦隊+二等輸送艦
装備22:応急修理施設&乾ドック

EXアビリティ:大いなる冬

とある計画に基づき、超兵器級深海棲艦に対抗する意図で建造された艤装。
元は装備1~7・11~15と複数のバルジを擁していたが、呉鎮近衛艦隊の造兵廠で、艦娘との共闘を念頭に入れて改装が施された結果、妖精さん達が加わってよりハイレベルな武装になった。
適合者は紀伊直人(提督)。
サンベルナルディノ沖海戦後の修理と同時に、景雲改が機種転換され偵察爆撃機となっている。

アビリティ:大いなる冬 Lv.1

能力:マスターシップの力を顕現させる。
EX装備:反物質砲 レールガン 超怪力線照射装置 δレーザー 光子榴弾砲

『大いなる冬』の力を開放するアビリティ。
いずれのEX装備も、超怪力線照射装置でさえ通常の深海棲艦を一撃で屠り超兵器とも互角に戦える威力を持つ。また大いなる冬の艦橋部分が体の前面で鎧となりあらゆる攻撃をも防ぎ止める堅牢な積層装甲となる。
ただLv.1である為、反物質砲のチャージショットは撃てない、光子榴弾砲の10連射が3連射になど弱体化している。
またこの時点での連続変身時間は長くて15分ほど。

スキル:魔刻の守護(ヴェスィオス)
 効果:数分間一定の威力以下の攻撃を無力化

『大いなる冬』の守護の元、敵の攻撃を無力化するパッシブスキル。
レ級クラスの攻撃までならあっさりと反射、戦艦棲姫/水鬼の攻撃は反射まで行かず無力化させるに留まるが、それでもその防御力は大概である。
直人はこの存在には気づいてはいるが、まだ力の発現が出来るだけであり、最大出力での発動は不可能。

スキル:???
 効果:???

スキル:???
 効果:???


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第11章~時雨と電の本気~

青葉「どもー恐縮です! 青葉です!」

おっす、天の声です。

唐突ですが今回は世界観の解説に行きましょう。

青葉「もの凄く今更感はありますね・・・。」

俺も思わんでない。10章超えてから今頃紹介するのもおかしいかも知れんが。


物語の流れの始まりは2040年代初頭に、ベーリング海に出現した深海棲艦と人類が、コンタクトを試みようとしたことに始まる。
当時その出現は世界的に報じられ、その中で特に興味を抱いたロシアとアメリカは、深海棲艦との意思疎通を図った。

しかしその試みは深海棲艦による攻撃によって砕かれ、ベーリング海における死闘が幕を開いた。この時米露間で連携する事が出来ていれば、これ以上の深海勢力の進出は無かったかもしれないと、後世の歴史家達は語る。

実際その通りであったのだが、この時アメリカとロシアの二国は互いに自分の面子に気を取られ、双方共に単独で総攻撃を敢行した。

しかしその結果、余りに強大すぎるその力と、テクノロジーの結集されたミサイルを初めとするあらゆる兵器の無力化、変幻自在の戦術によって両国を合して五次約二十波に渡る攻撃は、それなりの戦果こそ上がったが全て失敗に終わった。

その7か月後、今度はポルトガル西方沖200km付近の大西洋に敵の一大棲地が突如出現し、大量の深海棲艦を吐き出し始めた。

これに際して大西洋に面する欧州・アフリカ大陸・南北米大陸の国家は、ベーリング海で苦杯を舐めた米露両国が主導する形で、可能な限りの全力を振り絞って攻勢に出るも、その陣容の規模と深さは並の常識を遥かに超越したものであり、この総攻撃も失敗に終わった。

この結果、海上機動戦力の9割以上を喪失した大西洋諸国は、深海棲艦に対する戦闘力を喪失、人類は陸上部隊を除くと、太平洋戦域以外に於いてはその交戦能力を喪失するに至る。

これによって自由に跳梁が可能になった深海棲艦は各地に出現し始めた棲地から無数の深海棲艦を送り出し陸地を攻撃、結果その支配は湖畔や河川の周囲にまで達することとなり、その後3年間状況は好転を見なかった。

この辺りまではブロローグでも簡略的に触れていたことでもある。

2044年、辛うじて機能を維持していた国連に於いて、全河川と湖畔より深海棲艦を放逐する作戦案が可決され、翌年決行、アジア圏では東亜諸国による共同の撃滅作戦が展開され、世界的に同様の動きが起こった。

日本は在日米軍と共同で本土に付随する(厳密には東京都に属する)島々に対する奪還作戦を展開、東洋一の軍事力を世界に改めて示すに至るが硫黄島奪還を前に作戦が挫折した。

この作戦は人類側の必死の反撃と、余力が十分あった陸軍を投入できたことから成功し、深海棲艦は海洋にその影響圏を狭める事となったが、代償として戦闘地域になった場所が余りにも多く、人類の総人口の3割が大規模戦闘に巻き込まれて死亡するという前代未聞の事態となった。

そればかりか、その戦禍によって世界的な荒廃に見舞われ、世界規模の貧困状態に陥り、更に国連と言う機関を知った深海勢力が世界的にジャミングを開始した為国連も機能を停止した。

各地で暴動や各種犯罪行為が多発したが、その中でも日本を含む幾つかの国はまだ抵抗力を有し、また治安も比較的安定していた。こと日本に関しては、日本近海の制海権は辛うじて維持していた為、行動の自由はまだある程度維持されていたと言っていい。

しかしそれらの国には、B29スーパーフォートレスやB24リベレーターを模した深海の大型爆撃機による集中的な戦略爆撃によって壊滅的被害を被った。それでも2047年には、日本で作られた4体の艤装による反撃も試みられている。

人類と深海棲艦、その攻守の境となったのは、やはり2050年頃から散発的に起こる様になった艦娘の出現であろうか。

日本近海、それも海溝付近の洋上で頻出した戦う力を有する少女たちを、日本は艦娘と名付け、同時に姿を現し始めた妖精達の協力の下でこれを召喚する術を学び、2052年、大本営創設へと至る。

過去の歴史の中では、かつて一定の流行でもあった錬金術による白金等の貴金属製造が成功していた一方で、金や賢者の石の製造は出来なかった。また魔法(魔術)や超能力、霊力が存在する。

かつて第二次世界大戦に於いては、超兵器と言われる古代の遺産をコアとして生み出された、時代を超越した兵器が多数使用され、そのこと如くが海に沈んだことなど、実際と比べ格段の違いが存在しているが、大筋では殆ど何も変わってはいない。


以上になります。

青葉「また随分と・・・。」

結構練りましたよ?

青葉「練った結果がこれですよどうです皆さん?」

まぁそれもともかくとして、今回遂に電と時雨が出陣します。

青葉「私は出陣しませんけどね。」

知ってる。

青葉「・・・。」(´・ω・`)

 そして第10章にて登場した新キャラ「水戸嶋 氷空」は、私の相互FFである「一航宗赤城派憲兵総監」氏の考案/提供を頂いたものを再構築したものです。今章でも登場しますので、少しだけお楽しみに。
この場をお借りして、御礼申し上げます。(2019/09/04追記)

では参りましょう。本編スタートです!


5月15日(水)朝、遂に編成が発表された。

 

 

今回は新艦娘が多数加入したことで編成の幅も広がり、その結果組まれた編成が以下の通りである。

 

 

・第1部隊 総指揮:紀伊

第1水上打撃群 旗艦:金剛

金剛 榛名 摩耶 筑摩 大井 蒼龍 飛鷹 千代田 

 

第1艦隊 旗艦:伊勢

伊勢 日向 比叡 霧島 羽黒 愛宕 天龍 龍田

 

所属無し

紀伊

 

・第2部隊 総指揮:扶桑 参謀:菊月

第1水雷戦隊 旗艦:神通

神通 響 雷 電 時雨 夕立 長月 菊月

 

第1航空打撃艦隊 旗艦:扶桑

扶桑 山城 妙高 木曽 球磨 初春 皐月 加賀

 

・鎮守府防備部隊

鳳翔 多摩 白雪 三日月 如月 文月 望月

 

出撃不能艦艇:雪風(喪失) 飛龍(喪失) 赤城(大破) 最上(大破) 綾波(中破)

 

 

まさかの艦隊を5つに分ける超細分化である。なお赤城の出番、今回は御座いません、修理が間に合わなかったようです。

 

資源は何とか回してもらった分で全力出撃1回分はある。が、修理までは分からない所がある点で不安があった事は否めない。

 

そして超兵器級のいる可能性を踏まえて、紀伊自身も再び出撃することになった。心配性な一部艦娘から大バッシングを食ったが、直人がこれを抑え、今回の出陣と相成った。

 

なお金剛の紅茶の件ですが、この作戦後となりました、これはもう死ねない。

 

提督「水戸嶋のヤローちゃんと来るんだろうな?」

 

執務室で直人は唯一の懸念を口にした。

 

大淀「それを疑い出したらきりがないと思いますよ、提督。」^^;

 

提督「そりゃそうか。」

 

肩を竦めて言う直人、そこへ直人に意見具申に来ていた菊月が言う。

 

菊月「盟友を疑う暇があるのであれば、まずは自分の作戦に不備が無いか、それを調べる事だ・・・。」

 

提督「グッ・・・!?」

 

直人の心にクリティカルヒットをかます菊月であった。

 

 

デーンデンデンデーデデーン デーンデンデデデーン・・・(ドヴォルザーク 交響曲第9番「新世界より」第4楽章

 

 

菊月「?」

 

大淀「!」

 

金剛「??」

 

 

ピッ

 

 

提督「もしもし~?」

 

3人「着信音!?」ズドドッ

 

なんちゅーもんを着信音にしてんだこいつは。

 

提督「おう・・・うん、ちゃんと来るんだろうな?・・・二言は無いな?・・・いいだろう・・・では0時半に小笠原諸島で会おう。じゃぁの。」ピッ

 

直人が通話を切ると金剛が声を絞り出していった。

 

金剛「なんでドヴォルザークなんデスカー・・・。」

 

提督「好きだから。」

 

金剛「おおう・・・。」

 

菊月「まさかクラシック聞く趣味があるとはな・・・。」

 

提督「その辺の無能共と違って趣味が多いんでね。」^^

 

他所の連中が聞いたら殴り掛かってきそうなセリフを公然という奴。毒嶋とやらに対するあてつけでもあっただろうが。

 

菊月「そ、そうか・・・。」

 

少なくともそう取った菊月は「えぇ・・・」と言う顔でそう返しただけだった。

 

大淀「ど、どなたからだったんですか?」

 

提督「水戸嶋から、今回の作戦のことでな。」

 

大淀「そうですか・・・。」

 

提督「集結点の再確認と、来るかどうかの確認を、な。」

 

大淀「で、来ると?」

 

大淀がそう尋ねると、

 

提督「あいつは仁義と恩義にはそれ相応に報いる男だ。仇で無く恩を以て。牟田口には出来ん思考だろう。」

 

と直人がうっかり口を滑らす。

 

菊月「牟田口・・・?」

 

思わず口を滑らせた彼に、菊月が訝しげな顔をする。

 

提督「あっ、いや、何でもない。忘れてくれ。」

 

慌てて訂正した直人。

 

菊月「・・・そうか。」

 

提督「さて、菊月の要件を聞こう。」

 

菊月「あ・・・あぁ、そうだった。実は・・・。」

 

菊月の要件は作戦時の戦術についての異議申し立てであった。

 

直人の当初の予定では、第2部隊を陽動とし、第1部隊に敵の隙を突かせる事で敵を分断、各個撃破しようと考えていた。

 

だが菊月曰く、この艦隊では練度が不足しており、逆に第2部隊が、目的を達せられぬまま壊乱状態に陥る事が考えられるとしていた。

 

提督「ほう。で? 俺にどうしろと?」

 

菊月「錬度が低い場合、むやみに分散する事は愚策だ。ならば一点に集中すればどうだろう。第2部隊を先陣に一点突撃を図れば、自ずと結果も出ると思うが。」

 

これに対し直人には明確な返答があった。

 

提督「だが損害も無視は出来ん。一点突破を図るという事は敵の砲火が集中することに繋がる。それに突撃一辺倒では敵中に孤立することも考えられる。もっと良い代案を持って出直すことだ。」

 

菊月「しかし・・・。」

 

提督「いいか菊月。深海棲艦の陣容は、厚く深い。敵泊地への急襲ともなれば、それはなおさら言える事だ。敵に罠を仕掛けられれば対処が出来なくなる可能性だってある事を、忘れるんじゃない。」

 

直人自身、それを最もよく思い知った人間の一人である。それを知る人間から見れば、その言葉はあまりに重かっただろう。

 

菊月「・・・あぁ、肝に銘じておこう。」

 

そう言って菊月は退散した。

 

大淀「―――よかったんですか? あそこまで言って・・・。」

 

大淀がそう言うと直人はこう述べた。

 

提督「あぁ、作戦に変更はない。菊月の言わんとすることはよく分かるし一理あるが、練度不足では敵の重層縦深防御陣を突破出来ない公算が高い。本末転倒の策だよ。」

 

その返しに対し大淀は、

 

大淀「そうですね・・・。」

 

と述べたのみだった。

 

 

 

その話をドア越しに聞いている艦娘が一人。

 

菊月「フッ、よく分かっているな、毒嶋とはえらい違いだ。」

 

他ならぬ菊月である。

 

無能な指揮官は、菊月のこの扇動にあっさりと乗るものである。

 

正面突破程心躍る展開は無いからである。そしてそれを愚とすることが出来ないからこそ、その指揮官は無能なのである。

 

菊月は、言わば彼を試したのであり、菊月の期待は、裏切られなかったのである。

 

菊月「どうやらこの命、預けてよさそうだな。」

 

その一言を呟いたのと同時に、彼女は出撃準備に入る為、その場を後にした・・・。

 

「フッ、なら俺も一つ試させてもらおうか。」

 

その菊月とすれ違いに執務室に向かう影が一つ・・・。

 

 

 

提督(俺を試そうなんざ10年早いっての。)

 

無論のことながら直人には菊月のしようとしたことはバレバレであった。

 

大淀「ではこれで最後の書類です。」

 

提督「お? もうか?」

 

大淀「はい。今日はいつもより少なかったので。」

 

提督「そうか。」

 

 

ドカアアァァァァァーーーンガラガラガコォォーーー・・・ン

 

 

提督「な、何事!?」

 

天龍「よぉ、提督。」

 

なんと天龍が執務室のドアをけ破りました。やめぇや。

 

提督「はぁ、菊月の次はお前か天龍。」

 

天龍「そううんざりしなくてもいいだろう。」

 

提督「・・・ドア、直しとけよ。」

 

天龍「はいはい。で、単刀直入に言う。お前の実力が知りたい。艤装や手品に依存しない腕っ節の強さだ。」

 

提督「・・・。」

 

天龍「獲物は好きなもん選んで構わねぇぜ?」

 

有無を言わせぬ、と言った様子の天龍の口調に並々ならぬものを感じ取った直人、仕方がない、と腹をくくる。

 

提督「・・・はぁ。分かった、やってやる。2階の廊下、階段のとこ通り越して右の空き部屋使うぞ。」

 

天龍「おう。」

 

大淀「あの、書類は・・・」

 

提督「ほい。」

 

書き終わった書類を立ちながらポンと大淀に渡す直人。

 

大淀「あ・・・では、ご自由に・・・。」

 

提督「おう。」

 

そう言うと何故か小さめの鉛筆の削りカスを2枚取り出して握り締める。

 

天龍「ん?」

 

――――錬成、開始。――――

 

 

キュイィィィィィィィィィ・・・

 

 

素早く手の平に、且つ見えない様に錬金術魔法陣を展開し錬金術を行う。と言っても、これはその応用である。

 

提督「1、2、3!」パチン

 

2枚の鉛筆の削りカスが、指が鳴るのと同時に2本の竹刀へと姿を変える。

 

大淀「これは・・・!?」

 

天龍「おいおい・・・どうなってやがる?」

 

金剛「マジックデース・・・。」

 

提督(まぁマジもんのマジックだな。種も仕掛けもありはせんよ。)

 

そう心の中で呟いている間に完成、見事な出来の竹刀である。安っぽさは欠片も無い。

 

提督「ほれ、いくぞー。」

 

直人はそう言うなりその竹刀の1本を持って執務室を出た。

 

天龍「お、おう。スゲェ、本物と変わらねぇじゃねぇか・・・。」

 

感慨深げに呟きながら天龍もその後を追うのであった。

 

 

 

司令部中央棟2F・空き部屋

 

 

さっきの説明で部屋の場所がピンと来なかった人の為に補足すると、この空き部屋は提督仮眠室から、吹き抜けのエントランスホールを挟んで向こう側にある。なお真下が大淀の無線室である。

 

つまり、長居は出来ないという事である。(防音床ではない。)

 

付け加えると、一瞬たりと手を抜くつもりは、毛頭ないのであった。

 

提督「さて、負け惜しみは聞かんからな?」

 

天龍「ハッ、こっちのセリフだっつうの。」

 

青葉「青葉、気になっちゃいました!」

 

電「お手並み拝見、なのです。」

 

龍田「さぁ、どうなるのかしらぁ~?」

 

審判役に3人呼んできた。

 

提督「フッ、17でタイ捨流皆伝だと言うのに、舐められたもんだ。」

 

天龍「皆伝って―――!」

 

提督「さて―――」

 

直人が目を閉じる。

 

提督「始めようか。」ゴゴゴゴ・・・

 

その言葉と共に瞼を開ける直人、その瞳には、先程までの温厚な感情は一切排除されている。

 

全てを貫く光無く冷たい黒の瞳と、元来若干鋭い眼光が凄まじい鋭さとなり、相手の心を浸食する。

 

天龍「―――!」

 

天龍は、動けない。

 

3人「っ!?」

 

ギャラリーの3人も完全に射竦められる。

 

提督「フゥ~・・・。さぁ、いつでもいいぞ。」

 

直人は中段に正位で構える。

 

天龍「・・・。」ゴクリ

 

天龍が隙を窺う。

 

そして・・・

 

天龍「だああああああっ!!」

 

天龍が直人に向かい竹刀を振り上げた正にその瞬間であった。

 

提督「ハアアッ!」

 

短い裂帛の叫び声と同時に、直人は左手だけで天龍の左手を狙って竹刀を振り抜く。

 

勝負は一瞬であった。

 

提督「小手打ち一本! 胴打ち一本!」バシィィンバシイィィィン

 

天龍「ッああ!?」バッ

 

提督「面打ちいっぽおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーん!!」バアアアアアァァァァァァァァァーーーーーン

 

天龍「ぐあああああああっ!!」ドッタァーーン

 

まるで銃でも撃ったかのような音と共に吹き飛ばされる天龍。

 

何が起こったのか簡単に説明しよう。

 

まず直人は左手だけを使って天龍の左手を狙って薙ぎ払い篭手打ちを決め、その際竹刀を吹き飛ばさせると、振り終わると同時に離していた右手で再び竹刀を握って両手で天龍の脇を一足で飛ぶ要領ですれ違いながら打ち据えて胴打ち、そしてこの時打たれた勢いは相手の体を180度反転させており、直人は飛んで着地した足で体を反転させながら飛び、空中から天龍の顔面に向かってきつい一撃を叩き込んだのである。

 

この間僅か2秒25である。

 

青葉「バッチリ、動画と写真両方頂きました!」

 

電「・・・。」←余りの凄さに言葉が出ない

 

龍田「わー、流石タイ捨流皆伝ねぇ♪」

 

提督「ウーン、それはいいんだが、竹刀が木っ端微塵に・・・。」

 

3人「え!?」

 

そう、直人の竹刀は柄だけを残して粉々になっていた。面打ちをした一瞬後までは原形を留めていたが、そこで強度的に限界を迎えたのだ。

 

さっきの手品は『即製錬成』と言う魔術で、短時間で様々なものを複製出来るのだが壊れる事が前提である。それがボキッと折れるならまだしも粉砕されたのである。

 

一挙動一投足全ての無駄を完全に取り払った結果できた彼の持ちうる限りでの攻めの奥義である。

 

なお砕け散った竹刀の破片は魔力に還元され大気に消えている。

 

天龍「・・・っく、マジかよ、一瞬で3本も取られたぞ・・・。」

 

さっきもんどりうって吹っ飛ばされた天龍がようやく起き上がる。

 

提督「生憎と俺はタイ捨流皆伝じゃ止まらずそれを我流の域に高めたからな。」

 

青葉「でも人間技ではとてもないですねー。」

 

提督「そりゃそうだ、毎日何回木刀を振っていたか。」

 

電「司令官さん、凄いのです!」

 

提督「ありがと。」

 

天龍「いやぁ、完敗だ。強いな、やはり。」

 

提督「お褒めに預かり光栄の至り。」

 

彼の瞳は悪戯っぽく煌いていた。

 

提督「さぁ出撃までなにすっかねぇー。うーん・・・。あっ。」

 

何か思い立った模様。

 

電「?」

 

提督「電、雷と夕立と時雨呼んで来い、間宮さんとこ行こう。」

 

電「本当ですか!?」

 

提督「おう。」

 

電「すぐ呼んでくるのです!」ダッ

 

提督「甘味処前集合なー。」

 

電「はーいなのですー!」タッタッタッタ・・・

 

走り去る足を止めず返事だけ返す電。

 

提督「・・・。」

 

フッ、さて行くか。

 

直人は温かい何かがこみ上げてくるのを感じながらその場を後にしたのであった。

 

 

 

甘味処『間宮』 午前9時40分

 

 

夕立「美味しいっぽい!」ポムシャポムシャ

 

時雨「夕立、そんなに急がなくても、パフェは逃げないよ?」^^;

 

思わずそう言う時雨である。

 

雷「司令官、約束覚えてたのね?」

 

提督「勿論さ。」キリッ

 

多分雷は一度約束したら忘れないタイプだこれ。

 

電「美味しいのです!」

 

間宮「そお、よかったわ。」

 

提督「おぉ、ありがと。」

 

そんな訳で甘味処間宮です。そして漸く御登場の給糧艦間宮である。

 

夕立が間宮スペシャル頬ばってます。2杯目です、やめぇや。

 

時雨も間宮スペシャル、雷は蜜柑パフェ(ポ○キーIN)、電は・・・苺クレープですか。

 

で、今間宮さんにもってきてもらったのはと言いますと・・・

 

提督「ウマー。」ハムッ

 

バニラソフトです。キッ○カットINの。この時代でも人気ですよキッ○カット。なんでバニラソフトかというと単に好きだからです。

 

間宮「提督もようやくお越しになれましたね。」

 

提督「それな。まぁここまで忙しすぎたししゃーない。この作戦終わったら暫く目立った作戦は無いからちょくちょく来ることにするよ。」

 

間宮「お待ちしてますね。」

 

その会話を聞いた雷が飛びあがる勢いで言葉を発する。

 

雷「え! この作戦終わったらお休み!?」キラキラ

 

提督「ドアホ、北上と神通教官にして演習だよ。」(北上と口に出ているが着任していないのは内緒)

 

雷「そうよねー、鍛えないとだもんね・・・。」

 

ちょっと残念そうに言う雷、艦娘としては表情多彩なのも中々珍しい彼女の個性だろう。

 

提督「練度向上これ大事。」

 

時雨「そうだね、皆を守れる位強くならなきゃ。」

 

提督「おっ? 意気込んでるねぇ。だが、守る為の手段を誤るんじゃないぞ?」

 

時雨「―――分かってるさ。」

 

そう返す時雨である。

 

電「まずはマリアナ、ですね?」

 

提督「そうだ、お前達は陽動だが、しっかり頼むぞ。」

 

電「はい、精一杯頑張るのです!」

 

雷「私だって頑張っちゃうんだから!」

 

提督「おう、期待してるぞ~。」ナデナデ

 

雷「えへへ~///」

 

なんだろう、可愛い。

 

電「お姉ちゃんずるいのです! 私にもして欲しいのです!」

 

夕立「私も!」

 

時雨「僕もして欲しい、かな・・・///」

 

提督「おおう・・・分かった分かった。」

 

「まぁ、こうなっちゃうよなぁ~。」と苦笑しつつも結局してあげる直人であった。

 

まぁ、そんなこんなで、出撃の時を迎える。

 

 

 

5月15日午後9時20分 司令部裏ドック

 

 

提督「燃料弾薬、補給はしっかりできてるな。よし、では待機だ。」

 

電「はいなのです!」

 

直人、艦娘達の補給チェック中。

 

天龍「今まで後方で控えだった俺達にも、出撃の機会が与えられるとはなぁ。」

 

龍田「人手不足とも言うのよねぇ。」

 

天龍「それは・・・」

 

提督「そいつは悪うございましたな。」

 

天龍「ぴゃあああああ!?」ビックゥ

 

提督「おう、びっくりしすぎ。」

 

天龍「いきなり後ろに立ってんじゃねぇよ!?」

 

龍田「私は気付いてたわよぉ?」

 

天龍「気づいてたなら教えてくれよ・・・。」

 

提督「ハッハッハッ、まだ甘いな天龍よ。まぁ、そうそうない出撃の機会だ、頑張ってこい。」

 

天龍「当然だ! 斬の双龍の力、見せてやるぜ!」

 

斬の双龍というのは天龍と龍田の事、二人とも名前に龍の字が付く事と、槍や刀を武器とすることから来ている。因みにこの渾名が呼ばれ始めたのはごくごく最近(呉鎮近衛との演習の後)である。

 

似たような渾名には、剣戟の双璧(伊勢・日向)がある。

 

提督「ほう? そいつは頼もしい限りだ。双璧に負けないようにな。」

 

天龍「世界水準超えてっからな、戦艦共にもまだ負けないぜ。」

 

龍田「世界水準に追い抜かれてるけどねぇ?」

 

天龍「それ言うなって。」orz

 

提督「ハッハッハ、よし、補給は万全だな、んじゃ待機だ。」

 

天龍「おう!」

 

龍田「は~い。」

 

提督「さて、俺もそろそろ準備にかかるか。」

 

 

 

午後9時30分 艤装倉庫奥

 

 

ピッピッピッピッ・・・ガシュゥゥゥーー・・・ン

 

 

提督「よし。」

 

秘密の通路の番号ロックを解除する直人。

 

「あの、司令官!」

 

提督「ん?」

 

声を掛けられて直人が振り向くと、そこには青葉がいた。

 

青葉「あの・・・。」

 

提督「・・・どうした?」

 

青葉の表情は、いつもと違って躊躇いに満ちていた。

 

青葉「・・・私も、お供させて下さい。」

 

言いにくそうに切り出す青葉、無論直人は驚いた。

 

提督「何で青葉まで出撃しなきゃならない? 確か戦闘技能は・・・」

 

青葉「分かってます、けど、司令官が呉に行ったとき、思わず後を追ってしまって・・・水戸嶋提督との会話を、聞いてしまったんです。」

 

提督「!!」

 

それこそ直人は驚いた。青葉の存在に一切感づいていなかったのである。

 

青葉「私は、何も知りませんでした。司令官のお立場が微妙である事も、何時大本営によって殺されるかも分からないという事も・・・超兵器という存在の情報が、大本営によって封止されている事も。」

 

提督「・・・。」

 

青葉の言っている事は確かだった。大本営は超兵器級の情報を何故かひた隠しにしていたのである。否、理由はある、提督達がその存在を知り、出撃を手控えない様に、という程度のものだったが・・・。

 

青葉「私は、いざ戦闘になれば、自分を守ることしか出来ません。それでも、超兵器についての情報を掴むことで、少しでも司令官の助けになりたいんです! それが、ひいては未来の犠牲を減らす事に繋がり、司令官がご自分を守る為に手段を講ずることが出来る様にもなる筈です。」

 

提督「だ、だが・・・」

 

青葉「それに・・・不慮の遭遇で、司令官が帰ってこないなんて、嫌ですから・・・。」

 

その一言に、直人の心は締め付けられた。直人が戻ってこない事が、戦局はおろか、彼女たちに与える影響すらも、彼は分かり切っていた筈だったのに、青葉を前線から遠ざけ続けた自分を今この瞬間悔いてもいた。

 

提督「青葉・・・。」

 

青葉「私だって艦娘です、私にも意地はあります。お願いです、司令官。」

 

青葉の眼は、真剣そのものであった。

 

直人が、決断を下した。

 

提督「・・・分かった。第1部隊の戦列に加わってくれ、青葉。お前のブン屋としての実力、見せて貰う。」

 

青葉「司令官・・・」

 

提督「だが無理はするな。奴らは強大だ。なにをするか分かったものではない。それを念頭に入れてくれ。」

 

青葉「はい!」

 

かくして、重巡青葉が戦列へと加わった。

 

青葉「というか誰がブン屋ですか!」

 

提督「人のゴシップ漁ってる癖に何を言う。横鎮新聞は毎号読んでるんだぞ。」

 

青葉「う゛っ。」

 

提督「俺のゴシップ漁りもしてるみてーだが、度が過ぎた事してっとどうなっても知らんぞ?」

 

青葉「あうう・・・」

 

因みに青葉のゴシップ漁りはこのところ大失敗続きである。

 

なおこの青葉の決断は後に彼女が創設する青葉ネットワークによって実を結び、各司令部に超兵器の情報が行き渡った事で、不慮の超兵器戦という事態はそれ以後減少していく事になる。

 

 

 

なんとか出撃メンバー(と大淀)は言葉で言い包めた(ねじ伏せた)。

 

 

 

金剛「青葉さんが戦場取材デスカー・・・。」

 

電「緊張してきたのです・・・。」

 

提督「第2部隊なんだから気にせんでいいでしょ。」

 

山城「私達が気になっちゃいますよ!!」

 

そう猛抗議すると直人は

 

提督「まぁ・・・頑張れ?」

 

と励ますだけ励ました。

 

山城「提督ッ・・・はぁ、不幸だわ・・・。」

 

と肩を落とす山城だったが扶桑が慰める。

 

扶桑「そうでもないわよ? 私たちのいい所、見せる機会じゃない。」

 

山城「姉様・・・そっ、そうですね! 頑張ります!」

 

ポジティブな扶桑さんである。

 

日向「私達は本隊の直衛だ、この刀を使う機会も、あるやもしれんな。」

 

伊勢「それって最終局面じゃない? 悪い方の。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

天龍「俺達が正面突破だからなぁ、第2部隊の連中が上手くやってくれりゃいいんだがなぁ。」

 

夕立「私達が頑張るっぽい、だから天龍さん達も頑張って欲しいっぽい!」

 

天龍「お? 猛犬が言う様になったじゃねぇか。」

 

と天龍が言えば

 

夕立「夕立、犬じゃないっぽい!」プンスカ

 

と夕立が言う。

 

天龍「ハッハッハ、まぁ任せとけよ。ちゃんとやっからよ。」

 

夕立「ぽいっ!」^^

 

摩耶「ったーく、また防空か。」

 

青葉「お手並み拝見です!」

 

摩耶「おうよ、敵機なんざバッタバッタと薙ぎ倒してやる!」

 

蒼龍「摩耶、慢心しちゃダメだよ?」

 

摩耶「わ、分かってるっての!」

 

移動中でも賑やかなのはいいが、潜水艦に見つからないのかと不安になる直人。最も陰ながら潜水艦を見つけたら心配している直人自身が片っ端から撃沈している為問題はないが。(おい)

 

 

 

5月16日午前0時半 小笠原諸島南方沖

 

 

提督「―――来たか。」

 

金剛「ワーオ・・・凄い数デース・・・。」

 

提督「そうだな、ほぼ同数だ。」

 

 

 

実の所、呉鎮近衛艦隊の編成はこのようなものだった。

 

 

第1機動部隊 旗艦:水戸 副艦:赤城

水戸 赤城 千歳(航) 千代田(航) 金剛 伊勢 羽黒 高雄 愛宕 青葉

 

第1艦隊 旗艦:扶桑

扶桑 山城 最上 鳥海 利根 木曽 北上 那珂 長良 蒼龍 龍驤

 

第1機動群 旗艦:加古

加古 龍田 多摩 鬼怒 深雪 白雪 朧 電 雷

 

居残り組

隼鷹 飛鷹 妙高 足柄 川内 神通 時雨 初霜

 

 

 

氷空「よお、馳せ参じてやったぞ。」

 

誠に心強い限りの増援に直人は

 

提督「あぁ、助かる。」

 

と素直に謝した。

 

氷空「それで? 我々は何をすればいいのかな?」

 

提督「俺達は第2部隊が北東側から、第1部隊と俺が北から突入する。氷空には西側に回り込んで大暴れしてもらいたい。」

 

氷空「というと? 卿は大規模な陽動作戦をするつもりなのか?」

 

直人の目論見は、左右で大規模な陽動攻撃を行い、注意を逸らしたところでその間隙に主力をねじ込むと言う戦法であった。状況さえ許せば分進合撃さえ可能な布陣でもある。

 

提督「あぁ。今回はグァム解放が出来ればいい。形勢不利を悟れば、敵も自ずと退くだろう。」

 

氷空「フッ、了解した。せいぜい派手に暴れるついでに、増援が来たら相手しておこう。」

 

提督「ハハハッ、お見通しだったか、すまんが頼む。」

 

氷空「頼まれた。ではいこうか。」

 

提督「あぁ。」

 

 

 

まぁ、別の鎮守府であれば同じ艦娘が着任出来る訳で、当然こんなことが起こります。

 

電「はわわっ!? 私とそっくりの艦娘がいるのです!」

 

呉近衛電「あなたも私とそっくりなのです!」

 

ま、こうなります。

 

同型の艦娘の着任は別鎮守府なら大丈夫です。このように。

 

天龍「おう龍田、あっちにも龍田がいるらしいぜ。」

 

龍田「そうみたいねー。鏡の向こうを見てるみたい。」^^

 

時雨「・・・。」ジー

 

呉近衛龍驤「・・・ん? なんや嬢ちゃん? うちの顔になんかついとるんか?」

 

時雨「君って・・・駆逐艦?」

 

呉近衛龍驤「軽空母や!」

 

時雨「あぁ、ごめんごめん。」

 

まぁ、うん。(うん?)

 

提督「さぁーて、夜明け前に奇襲殲滅する手で行こう。敵超兵器を混乱の坩堝に叩き落としてやる(笑)」

 

氷空「相も変わらんな、卿は。」

 

提督「そう簡単には変われんさ。」

 

氷空「にしても、装備が増えてないか?」

 

提督「あ、気づいた?」

 

やっと気づいたかと直人が喜んだ風な顔をする。

 

氷空「やけに重そうな銃だな。」

 

提督「30cm速射砲、俺が設計した砲だ。威力は折り紙付きだぜw」

 

氷空「ほーう? なら期待させてもらおうか。」

 

提督「当然。」

 

氷空「ではこの辺りだな。あとで会おう。」

 

提督「あぁ―――死ぬなよ。」

 

氷空「お前が言うか。」

 

提督「フッ、そうだったな。」

 

そうして呉鎮近衛艦隊が進路を変更し離れていく。

 

提督「よーし、第2部隊、予定通り敵の北東側から突入する進路を取れ!」

 

扶桑「了解!」

 

神通「了解! 皆さん、行きますよ!」

 

駆逐艦.S「はい!」

 

呉鎮近衛艦隊30隻に続き、第2部隊16隻も戦列を離れ、残るは18隻。

 

提督「さて、こっちは取り敢えず欺瞞進路だ。敵の潜水艦と偵察機は片っ端から落として沈めろ。」

 

第1部隊「はい!」

 

金剛「ン?」

 

提督「お?」

 

無線に耳を澄ましていた金剛と直人が何かを受信したようです。

 

提督「おいおい、これ開戦を告げる暗号を焼き直しただけじゃねぇか。」

 

榛名「ですね・・・」

 

蒼龍「あらら・・・」

 

“ニイタカヤマノボレ 〇五一六”、今回のハワイ攻撃の攻撃開始暗号である。

 

提督「確か陸軍は、“ヒノデハヤマガタトス”、だっけ?」

 

金剛「ザッツライト!」

 

霧島「提督は、戦史にはお詳しいのですか?」

 

提督「ん? まぁ、素人としてはかなりね。」

 

霧島「・・・今度語り合いましょう。」

 

提督「黒霧島片手に?」

 

霧島「よく分かりましたね・・・。」

 

青葉にたまたま聞いた。黒霧が好きらしい、最もこの頃は相当な贅沢品だったが。

 

青葉(私がお教えしました。)

 

まぁ、当然声には出せません。

 

加賀「“その話、私も混ぜて下さい。”」

 

おい、誰だ隊内無線垂れ流してるの、と思ったら青葉だこれ。

 

日向「どれ、私も一つ乗っかるとするか。」

 

提督「いいぜ~、思い切り語ろうじゃねぇか。」

 

ますますフラグが増える・・・。

 

提督「てか青葉、戦地で無線使うんじゃありません。」

 

青葉「すみません。」

 

割とやばいので。

 

蒼龍「提督、うちの子が敵偵察機1機を撃墜しました。」

 

提督「よーし、そろそろ開始時刻かな?」

 

時刻は午前3時半、絶好のタイミングである。

 

後にグァム沖海戦と名付けられたこの戦いの火蓋は、横鎮近衛艦隊第2部隊が、奇跡的かつ投機的夜襲によって切った。

 

 

 

グァム北東海上午前3時半 横鎮近衛艦隊第2部隊

 

 

神通「敵艦捕捉、砲雷撃戦用」

 

夕立「突っ込むのは今っぽい!」

 

時雨「時雨、行くよ!」

 

電「電、突撃なのです!」

 

神通「えっ!?」

 

初春「なっ!?」

 

雷「電!?」

 

扶桑「ちょっと!?」

 

吉川艦長の英断によって突撃した夕立と時雨、更に独断の電によって戦端が開いた。

 

夕立「ぽぽぽぽおおぉぉーーーい!!」バシャシャシャシャ

 

夕立が魚雷をぶん投げ

 

電「なのです!」ドォン

 

電は主砲を撃つ。

 

時雨「トレース、オン。」

 

時雨は周囲の空間に4発づつ魚雷型ミサイルを出現させ、手に持った主砲の射撃と共に敵に投射する。

 

時雨「いっけぇぇぇぇ!!」ドドォォォォーー・・・ン

 

更に背中の主砲を展開し、そこから更に魚雷型ロケット弾を撃ち続ける。

 

神通「ちょっと、戻りなさい・・・」

 

 

ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ・・・

 

 

第2部隊「」( Д )゚ ゚

 

艦種区別なく問答無用で敵を立て続けに破砕する3人、何だこの殲滅劇は。

 

夕立「それ私の魚雷っぽい!」^^

 

時雨「ふふっ♪ よく分かったね。」

 

そりゃまぁ、弾頭に夕立の魚雷と同じノーズアートがあればねぇ?(by作者)

 

電「シャベッテナイデタタカウノデス。」ニシャァー

 

ゆうしぐ「あ、はい。」

 

とんでもない威圧感に委縮させられる二人。

 

電「さぁ、いくのです!」

 

ゆうしぐ(切り替えはやっ!?)

 

そしてその電は・・・

 

電「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! なのですっ!!!」ビュウウウウゥゥン

 

 

ゴシャァッ

 

 

「ギャオアアッ!?」

 

アンカーをチェーン持ってぶん回してました。

 

 

雷「・・・」

 

流石の雷も絶句。

 

神通「仕方ないわね・・・。私達も戦闘へ突入します!」

 

短時間の間に突破口が開かれた事を悟った神通は、予定より早く突撃命令を下す。

 

扶桑「では私達も!」

 

山城「了解!」

 

初春「あとで説教かえ? 神通?」

 

そう問いかける初春に

 

神通「結果次第、ですね。」

 

と神通は言った。

 

初春「フッ、そうじゃな。」

 

結局引きずられる形で先頭に入る第2部隊、しかしこの時幾つかの偶然が重なっていた。

 

1.深海棲艦の注意が北の横鎮近衛艦隊本隊に向いていた

2.たまたま北東側に敵水雷戦隊が突出していた。

3.敵超兵器級が“航行不能”になっていた

 

 

 

「クッ、マサカ推進部ヲヤラレルトハ・・・」

 

膝を突く超兵器級深海棲艦のクローン型、足からは煙が出ている。

 

補足すると犯人は夕立の魚雷である。十数km先のストレインジデルタの推進部を偶然捉えたのである。九三式酸素魚雷の強みである長射程も時には役に立つのだ。

 

泊地棲鬼「大丈夫カ? デルタ11?」

 

デルタ「アァ、ダガ修理ニ時間ガイル。ソレマデ持タセテクレ。」

 

泊地棲鬼「承知シタ。引キ受ケヨウ。」

 

しかしそうは問屋が卸さない。

 

 

 

午前3時40分 グァム西方海上 呉鎮近衛艦隊

 

 

水戸嶋「ん? 向こうは始めたらしいな、予定より早い様だが。」

 

赤城「敵の注意は恐らく向こうに向く筈です。」

 

水戸嶋「あぁ、ではせいぜい派手に暴れて行こうか。」

 

時雨「向こうの時雨に、負けちゃいられないね。」

 

水戸嶋「当然だとも、少なくとも奴にはまだ負けられんさ。」

 

金剛「レッツパーティータイムデース!!」

 

水戸嶋「よし、全艦突撃!!」

 

艦隊「おおぉぉっ!!」

 

 

 

提督「おー、始まったな。」

 

大規模陽動を遠望する提督一名。

 

摩耶「しっかし、提督がここまで人使いが荒いとは。」

 

提督「なーに、利用できるものは利用するだけの事だよ。」

 

摩耶「うへぇ~、鬼だなアンタ。」

 

提督「褒め言葉として受け取っとこう。」

 

摩耶「褒めてねぇよ!?」

 

提督「ハッハッハ。」

 

軽く笑い声を上げる直人を他所に蒼龍がしれっと怖い事を言う。

 

蒼龍「でもそう言う人って大抵利用できなくなれば捨てるんですよね・・・。」

 

羽黒「えっ!?」

 

榛名「ちょっと蒼龍さん!?」

 

提督「っ、おいおい。ねぇから、艦娘に対してそれはねぇから。」

 

蒼龍「ほんとですかね?」

 

提督「二言はねぇっつの。むしろお前らみたいな可愛い娘共をむざむざ捨てるなんて勿体無いとまで思えるぜ。」

 

確かに男から見れば楽園の様な職場である。

 

第1部隊(金剛除く)「なっ・・・///」

 

金剛「素直で宜しいデーッス!」ムギュー

 

提督「おっふ。」

 

霧島「お姉様? 戦場でいちゃつくと言うのは、どうなのでしょうか?」ゴゴゴ・・・

 

金剛「オゥ、ソーリーネー。」

 

提督「えらい素直だな。」

 

金剛「霧島ほど怒らせたら怖い妹はいないデース。」ゴニョゴニョ

 

耳打ちする金剛の言に取り敢えず納得する直人であった。

 

提督「まぁ、そういうことだ、蒼龍の心配は、ただの杞憂だよ。」

 

蒼龍「・・・そう。」

 

羽黒「ホッ・・・」

 

心配し過ぎな。

 

提督「言ってる間に夜明け前だ。」

 

既に東の空が白み始めている。

 

大井「あら、ホント。」

 

時計を見ると午前4時過ぎ。

 

提督「ちょっとはえぇが、総攻撃と行こうか。」

 

大井「それ、大丈夫なの?」

 

提督「何、俺がいるさ。」

 

大井「不安過ぎるんだけど!?」

 

こいつは俺の実力知らんのか・・・。まぁいいか。

 

提督「なぁに、すぐ分かる。蒼龍、飛鷹、千代田!」

 

空母隊「はい!」

 

提督「攻撃隊を発進させる。俺と共同攻撃でな。」

 

蒼龍「了解。攻撃隊、発艦・・・始め!」

 

提督「全機発進! 景雲達も新装した爆装を見せてやれ!」

 

600機の紀伊航空隊と、158機の母艦航空隊とは、先制攻撃を加えるべく進撃を開始した。

 

景雲改2となった第4航空隊60機は、1トン爆弾を吊架しての基地爆撃を任されていた。

 

提督「―――でけぇ爆弾だ。」

 

と飛び去る第4航空隊を見て言う直人。因みに九七式艦攻は八〇番(800㎏)爆弾が限界であるが、これがアメリカでの2,000ポンド相当と言って差し障りない。

 

蒼龍「・・・なにあれずるい。」

 

提督「アメリカに言わせれば2,000ポンド爆弾だな。最もあれは904㎏しかないそうだが。」

 

蒼龍「・・・景雲って、ジェット機(?)みたいだけど、急降下とかできないよね?」

 

提督「無理、空中分解する。だから基地爆撃任せてある。」

 

元々偵察機だから当然である。

 

蒼龍「あぁ、成程・・・。」

 

提督「加速力の違いで先制するのは景雲隊だけどね。」

 

飛鷹「足早いもんねぇ、あの子達。」

 

提督「せやな。そんで基地の方に注意を更に逸らした上で艦隊へ空襲を仕掛ける訳だ。」

 

正面突破を警戒する敵に対し、時間差三段陽動の上最後にやってくる主攻正面は散々陽動に振り回されて崩れた本来の防御線側面と言う戦術である。

 

中国の兵法書「三十六計」の第六計に曰く“声東撃西”の計であるが、これを応用したものだ。

 

飛鷹「陽動に陽動を重ねるのね・・・いい戦法じゃない。」

 

提督「お褒めに与った所で、俺達も突入するぞ。今回羽黒は空母の護衛、愛宕も一緒に残ってやってくれ。」

 

羽黒「はい!」

 

愛宕「あらあら、出番はぁ?」

 

提督「また次な。」

 

愛宕「ふふ、分かったわぁ♪」

 

提督「よーし、突撃!!」

 

 

 

その頃第2部隊は・・・

 

 

夕立「えーいっ!」ドドォォーーン

 

電「やぁっ!」ドォンドォン

 

時雨「はぁっ!」ゴオオ・・・

 

相っ変わらずミサイルだな時雨!!

 

雷「いっけぇ!!」ザババッ

 

神通「てぇっ!」ドドドドォォォーーン

 

球磨「突撃するクマ!!」

 

初春「まったく、あ奴らのおかげで道が拓けるとはな。殲滅じゃ! 撃て!」

 

菊月「無鉄砲なのか計算ずくなのか・・・。」

 

無計算の狂乱が好転に導いた、と考えれば運が良かったのだろう。

 

長月「あの負けず嫌いの吉川艦長ならやりかねんか・・・。」

 

皐月「吉川ってあの夕立の?」

 

長月「そうだ。」

 

加賀「おしゃべりしてないで、集中なさい?」

 

長月「射程外なんだが・・・。」

 

一応14cmや12.7cm砲の射程限界付近で戦ってます。

 

加賀「あと、吉川艦長は妖精として夕立にいるわよ?」

 

3人「え!?」

 

夕立最大の特異点でもある吉川 潔(きっかわ きよし)艦長の妖精化しての乗艦、この3人が知らないのも無理はないが。

 

というより、この通り余裕です。菊月の心配自体が杞憂だったとさえ言えるレベルで。

 

菊月「それにしても何たる強さか・・・。」

 

加賀「当然ね。先日のサンベルナルディノでも、雪風・飛龍の艤装全損以外目立った損害はあまりなく、むしろ無傷で半数以上が帰って来たもの。神通の1水戦は伊達ではない、という事ね。」

 

そこに長月が質問を挟んだ。

 

長月「ではなぜこんな作戦を? 強い艦隊ならば正面突撃させてもいいものだが。」

 

加賀「あなた達が来るまで駆逐艦が少なかったのは知ってるわね?」

 

長月「あ、あぁ。」

 

加賀「それまで提督は駆逐艦をあまり使えず、大型艦だけで戦っていた、つまり、最大の練度を持つのは、第1部隊であると言っていいわ。」

 

皐月「加賀さん・・・。」

 

加賀は艦隊のそれまでの戦闘から、そこまで読み切っていたのだ。無論事実であった。

 

加賀「さ、分かったところで長月さんと菊月さんも突撃なさい? 一水戦は既に突っ込んでるわよ?」

 

菊月「そう、だな。」

 

長月「では征くか。獲物がいなくなられても困るからな!」

 

加賀「そうね。私も艦載機を出す事にしようかしら。」

 

再度言います。こいつら余裕です、殲滅力が余りに高すぎます。

 

さり気なく敵超兵器まで行動不能にしてるあたり最早度し難いです。

 

 

 

午前4時6分 第1部隊

 

 

提督「ファイエル!!」ズドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

金剛「ファイアー!!」ドォンドォォォォォーーーー・・・ン

 

噂の当人たちは正にその瞬間堰を切るかの如く戦端を切った。

 

霧島「砲撃開始!!」

 

比叡「遅れは取りません! 気合い、入れて、撃ちます!!」

 

榛名「全門斉射!!」

 

伊勢「砲戦開始!」

 

日向「撃つぞ、それっ!」

 

続けてその他の5戦艦が一斉に射撃を開始、目標は正面の深海棲艦前衛水上打撃艦隊である。

 

あっちからしてみれば完全に寝耳に水であろうがそんな事は関係無い。

 

弾着観測隊

「紀伊の第1斉射、敵戦艦2隻に直撃、轟沈! 副砲は全弾遠、下げ1!」

「金剛第1斉射、敵駆逐艦2隻に直撃、轟沈!」

「榛名第1斉射、敵軽空母に3発命中、誘爆を起こしている模様。」

「比叡第1斉射、敵戦艦に5発命中、大破炎上中!」

「霧島第1斉射、敵重巡に4発命中、撃沈!」

 

 

提督「あ、先鋒全滅したな。だが副砲が当たってなかったか。」

 

金剛「提督ゥ! 今の見てましたカ!?」

 

提督「あのな金剛、駆逐艦2杯で喜ばんでくれ。敵はまだ一杯いるぞ?」

 

金剛を諫める直人の元に神通から通信が入る。

 

神通「“こちら1水戦神通です。担当方向の敵の5割を撃滅、指示を乞います。”」

 

提督「は? 5割!?」

 

その速さに驚き思わず聞き返す直人。

 

神通「“はい、時雨と夕立、電が開幕に突撃し、続いて戦闘に加入したところ、このような事に。”」

 

提督「んー、よし、そのまま突進して敵本隊に迫るように動いて敵を釣ってくれ。」

 

直人は驚きつつも指示を出した。

 

神通「“了解。”」

 

 

・・・。

 

 

金剛「デストロイヤー、恐るべし、デスネー。」

 

提督「そうだな―――お、攻撃隊からト連送(ト・ト・ト・・・:突撃開始の意)が来たな。」

 

神通の報告と相前後して開始された航空攻撃は、かなりの打撃を敵に与えた。

 

その様子を、景雲改2からの偵察報告が物語っていた。

 

提督「景雲からの第1報だな。“グァム泊地中枢に在泊せる敵艦隊、超兵器級2(うち1隻機関損傷)、戦艦級約890、大型空母級約760、軽空母級約920、重巡級以下多数、総数算出困難”ときた。」

 

敵陣容の深さ、とはこういう意味である。その物量差が著しいものであるのは読者諸兄にもこれでお分かりになった筈である。

 

金剛「オゥ、かなり多いデース・・・。」

 

提督「というか損傷部分まで報告しやがった、どういう目をしてんだあいつらは。」

 

蒼龍「日本海軍は、見張りを特に優先してましたからね、海でも空でも。」

 

提督「そうだな、そう思えば筋は通る。お、第2報だ。」

 

蒼龍「お?」

 

提督「“航空攻撃隊の戦果、極めて大なるを認む。敵在泊艦隊はその戦力を大きく削がれたる模様なり。残存艦艇およそ1,200余りと見られる”・・・だ、そうだ。」

 

蒼龍「・・・何の冗談ですかね?」

 

提督「うーん・・・まさか、水戸のヤローか?」

 

蒼龍「水戸って、例の水戸嶋提督・・・?」

 

 

 

午前5時2分 呉鎮近衛艦隊

 

 

氷空「フッフッフッ、今頃あっちは予想より戦果が多いから驚いてるだろう。」

 

言いながら艦載機を式神に戻し回収する水戸嶋。

 

巨大艤装水戸は、扶桑改2と例えれば分かりやすいと思うが、ああいう感じに大和の艤装主砲をリメイクした巨大砲塔を背負った上で、更に長門の様な艤装が左右2列ずつプラスされている。

 

両肩にまで砲塔がある有様で、この艤装が元来如何に砲撃戦を重視していたかが窺える。が、装備はほぼ全て差し替えたそうだ。

 

やはり脚部艤装は箱型形状でごついのだがここに直人のそれよりも長い滑走路型の航空艤装が装着されていた。

 

赤城「試製連山にまで対艦爆撃させますか・・・。しかも反跳爆撃(※)なんて・・・。」

 

(※反跳爆撃:低高度で水面に爆弾を投下すると、爆弾が水面で跳ねるのを利用した爆撃法で、静水面でないとかなり難易度が高い。)

 

氷空「フッ、俺の航空隊だからな。それに、大戦果を挙げたんだ、よしとしようじゃないか。」

 

「損耗が激しいのは目を瞑る気かテメェ。」と直人が居れば突っ込んだ事だろう。実はこの呉鎮近衛艦隊航空隊の突入は直人らより5分早く、規模も直人らより大きかった為対空迎撃正面に指定されそこへまともに突っ込んだのだ。

 

 

 

提督「・・・あいつならやりかねねぇな。」

 

同時にこちらの被害が予想より少ない事も直人は掴んでおり、水戸嶋が何をしたのか、直人は把握した。

 

蒼龍「おうふ・・・。」

 

天龍「おい、突撃の指示はまだなのかよ?」

 

提督「そうだったな。全艦突貫!!」

 

天龍「よっしゃぁ、行くぞ龍田!!」ザザァッ

 

龍田「もう天龍ちゃんったら、そう慌てないの♪」ザザァッ

 

天龍と龍田を先頭に切り込む第1部隊、時刻は午前5時である。

 

提督(今頃は、ハワイでもとうに始まってる筈だ。)

 

というより、ハワイと東京の時差は19時間の時差があり、尚且つ日付変更線すらまたぐので、本来ハワイ攻撃隊発艦(午前5時)と合わせるなら午前1時に攻撃しなければならなかったりする。

 

だがここにもまた一つ偶然が重なった。

 

ハワイへの攻撃開始が4時間遅れたのである。

 

というのは、敵哨戒艦隊に作戦参加部隊が次々と捕捉され、攻撃位置への到着時間に遅延をきたしたのである。

 

結果的にこれがハワイ攻撃成功に繋がることとなった。

 

提督「ん? 入電・・・え? ハワイ攻撃今開始なの?」

 

金剛「えぇ!?」

 

素っ頓狂に金剛が驚いてるがスルー。

 

提督「よし、敵上層部の指揮系統を混乱させていこう。方針変更はない、突撃!!」

 

伊勢「よぉーし、そういうことなら撃ちまくるよ!」

 

日向「そうだな、全主砲、一斉射!」

 

蒼龍「“提督、航空攻撃は反復しますか?”」

 

提督「うん、お願い。」

 

蒼龍「“了解。”」

 

 

 

天龍「おおおおおおお!!」ズバァッ

 

龍田「フフフフ、アハハハハ、アハハハハハハハッ!! 舞い踊りなさい! 壊れちゃった魂たち!!」ザシュザシュザシュザシュザシュ

 

霧島「・・・物凄い変貌ぶりです、データにはありません・・・。」

 

比叡「というか、なんだか怖いです・・・。」ブルッ

 

正攻法で次々と敵を両断する天龍と、セオリーやノウハウを完璧に無視し、舞い踊るかの如く狂喜して槍を振るう龍田。

 

龍田の方が壊れてんじゃないのかと言いたくなるのはスルーで。

 

愛宕「敵機、来るわよ!」

 

摩耶「まかせろぉ!!」ドドドドドド・・・

(頑張ったらなんっつってくれるかなぁ♪)

 

 

 

提督「トレース、オン!」キリキリキリ・・・

 

なぜか弓と矢じりが錘になっている矢を手にして狙いを定める直人。

 

金剛「?」

 

提督「集中、しろっつの!」パッ

 

 

ヒュッ・・・スコォォォーーーン

 

 

摩耶「あだっ!?」

 

見事後頭部直撃。(よい子はマネしちゃダメだぞッ☆)

 

摩耶「なにすんだよ!?」

 

提督「戦場で気を散らすな!」^^

 

摩耶「うっ!?///」

 

見透かされていたと知ってドギマギしているようです。

 

摩耶「くっそー、やってやる!!」ズドドドドドドド・・・

 

提督「よしよし。」^^

 

金剛「・・・やることがえげつないデース・・・。」

 

提督「何を今更?」

 

金剛「アッハイ。」

 

因みに描かれていないところで数回赤城の魔の手から資材倉庫を守り通してます。実力で。

 

提督「よし、航空隊が戻ってきた、金剛、援護頼む。」

 

金剛「了解デース!」

 

 

 

午前5時34分 第2部隊

 

 

神通「この辺りの敵は、片付きましたね。」

 

夕立「っぽい!」

 

時雨「そうだね。」

 

電「なのです!」

 

この3人を軸に即興で戦況を組み立てる神通である。

 

 

 

加賀「・・・あの3人、本当に駆逐艦なのかしら?」

 

至極もっともな質問です加賀さん^^;

 

皐月「まぁ、駆逐艦、だね・・・。信じられないことに。」

 

至極真っ当な答えです皐月ちゃん。

 

山城「何であんな子が駆逐艦なのか、不思議です・・・。」

 

加賀「全くね。」

 

初春「夕立や時雨はまだ分かるんじゃがの。」

 

山城「そうね。」

 

加賀「そうなの?」

 

初春「うむ。夕立は第3次ソロモン海戦で、たった一人で敵陣中をかく乱し、特定不可能の大戦果を挙げた武勲艦、吉川艦長も乗っておるなら尚更じゃな。」

 

山城「時雨ちゃんは何度も危機に見舞われながらも窮地を脱し、スリガオ海峡海戦でも、続々と私たちが沈んでいく中で唯一生還した幸運艦。しかもある程度武勲もある子。」

 

加賀「・・・でも電は・・・?」

 

雷「正直、私もだけどあまりパッとはしないわね。船団護衛や哨戒活動に従事していたし、最後は潜水艦の雷撃だもの。まぁ、私と一緒に敵軍兵士を救助したのは、加賀さんも知ってる筈よ。」

 

その本人が言うのだから世話ない事である。

 

加賀「そうね、立派だと思うわ。」

 

電「正直・・・ここまで強くなった理由が・・・。」

 

加賀「・・・その強さ自体が特異点である可能性もあるわね。」

 

雷「そうね・・・。」

 

扶桑「では我々も、突撃しましょうか。」

 

第2部隊「はい!」

 

 

 

グァム棲地中枢

 

 

デルタ「クッ、随分派手ニ壊シテクレタナ・・・。」

 

「ドレ、ココハヒトツ私ガ出ヨウ。」

 

デルタ「頼ンダゾ、タイラント。」

 

タイラントと呼ばれた超兵器級は会釈をして前線へと赴く。

 

その先に見据えるのが絶望であるとは露知らず・・・。

 

 

 

5時36分 呉鎮近衛艦隊

 

 

氷空「よし、この一帯は片付いたらしいな。」

 

北上「ちょっと多い気がしたけどね、案外何とかなっちゃうね。」

 

氷空「よし、では奴を支援に向かおうか・・・」

 

赤城「索敵機より入電、“我敵増援を発見、超兵器級と思しき空母を含む”!」

 

氷空「なに!? 形状は?」

 

赤城「・・・、二段甲板状の航空艤装を持っているようです。」

 

氷空「ドイツのベーター・シュトラッサー級の深海版か、相手にとって不足なし! 全艦、敵増援の撃滅に向かうぞ!」

 

呉近衛艦隊「了解!」

 

氷空「しかし、戦艦級主砲を携えた巨大空母がお出ましとは、豪勢だな。」

 

この超兵器級深海棲艦については、いずれ語るとしよう・・・。

 

 

 

同刻 第1部隊

 

 

提督「撃てぇぇ!!」

 

榛名「榛名、全力で参ります、てぇっ!!」

 

蒼龍「第2次攻撃隊、発艦始め!!」

 

天龍「天龍様の攻撃だぁ!!」ザシュズバッ

 

 

ゲシッ

 

 

龍田「あらぁ~、もう声も出ませんかぁ?」

 

おう龍田さんイ級があなたの足の下で溺れてまっせwwww

 

龍田「じゃぁ、バイバイ。」ドシュッ

 

踏んづけたまま串刺しにしよったエグいwwww

 

提督(まぁ人のこと言えんがな。)←有象無象の区別なく消し去ってる人

 

伊勢「ふぅ、あと何隻倒せばいいんだ・・・?」

 

提督「やっぱ瑞雲が積めないときついか?」

 

伊勢「うーん、やっぱり手数が多いに越したことはないし。」

 

提督「そらそうだな。いっそミサイルVLSでもつけるか?www」

 

伊勢「扱えるのかなぁ、私に?」^^;

 

提督「うーん・・・主砲とVLSの同時運用に最適化すればいいんじゃないかな。」

 

日向「VLS・・・? そんな武装は知らんのだが・・・?」

 

※VLS(Vertical Launching System:バーティカル ランチング システム)

 垂直発射装置と訳される現代艦艇の大半に装備される機構。垂直発射という訳が示す通り、ミサイルを垂直発射する為の機構で、日本の護衛艦、世界各国の潜水艦等にも搭載されるなど、割とポピュラーな装備でもある。

因みに核弾頭ミサイル発射可能と言うVLSがアメリカを初めとして存在しており、原子力潜水艦等には平然と搭載されている例が多く、そう言った潜水艦を「戦略原潜」と呼び習わす事が多い。

 

日向「ほーう。聞いてみれば興味深いな。」

 

提督「さいですか・・・っと、おしゃべりは終わりだ、敵が戻ってきたようだ。」

 

伊勢「やれやれ、ま、やるか。」

 

日向「まぁ、そうなるな!」キッ

 

 

 

天龍田「ハアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!」

 

提督「攻撃隊発艦!」

 

蒼龍「おわわっ!?」

 

逐次前進していた蒼龍が敵の襲撃を受け水柱が上がる。

 

提督「蒼龍、大丈夫か?」

 

蒼龍「なんとかします! ゼロ距離発艦!!」

 

そう言いつつ蒼龍は三連バク宙しながら弓を連射すると言う曲芸をこなしてのけるのである。

 

蒼龍「ふぅ。」キラキラ

 

提督「・・・。」

 

これには見ていた直人自身も絶句するのであったが、気を取り直して現実に意識を戻す。

 

提督「・・・一旦集中、全門斉射!!」

 

 

ズドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

蒼龍「む~! 後で目一杯褒めて貰うんだからね!」プンプン

 

金剛「アレ? レーダーが・・・」

 

提督「む、通信にノイズ・・・まさか!?」

 

 

ヒュルルル・・・

 

 

提督「敵弾! 回避!!」

 

「「はい!!」」

 

第1部隊が回避に移る。が・・・

 

榛名「え!? 弾が追いかけてくる!?」

 

提督「誘導砲弾だと!?」

 

 

ズドドドドドォォォォーーーー・・・ン

 

 

榛名「うぐっ・・・大丈夫です。この程度なら!」

 

これを見て直人が素早く思考を巡らす。

 

提督「威力が低い? それに誘導砲弾、もしや・・・」

 

直人が正面を見ると、件の超兵器は正面にいた。

 

リ級とうり二つの体の右側に、衝角のような艦首を模して小さな砲塔がついた形の武装、左右の腕に3つずつ単装の小さな砲塔が付き、背面には艦橋を含む後ろ半分の船体を模した武装がバックパックになっている。

 

提督「やはりか―――インテゲルタイラント―――!!」

 

タイラント「フフフ。オ気ニ召シタカシラ?」

 

提督「随分御挨拶だな。」

 

インテゲルタイラントを睨み据えながら彼は言い放った。

 

タイラント「マァ、155mm砲デ沈ムヨウナ戦艦ナンテイナイトオモウケドネ。」

 

提督「それを戦艦と言うのかねぇ。まぁ、ここで沈める相手と論議してもせんの無い事だ。」

 

タイラント「ソノ言葉、ソックリ返スワ。」

 

提督「全艦撃て!!」

 

タイラント「斉射!!」

 

 

 

超兵器級深海棲艦と横鎮近衛艦隊の、全体戦闘としては初の戦闘が始まった。

 

今までは紀伊単独であった為にこうした機会はなかった感がある為、その帰趨は不明であった。

 

そして、その帰趨は思わぬ形で決することになる。

 

 

 

提督「主砲&速射砲ファイアアアアアアアアアアア!!」ダダダダダダダダ・・・

 

 

ズドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督(周囲の敵艦がうっとおしいので近接してまとめて吹っ飛ばす!!)

 

タイラント「クラエ!!」ドドドドドドォォォォォーーーー・・・ン

 

互いにその主力兵装を叩き込み合う対抗戦、何の事は無い砲戦である。

 

日向「提督、来るぞ!」

 

 

提督「AGSなら届くと? 甘い!!」ザザザッ

 

 

ドドドドドドォォォォーーーー・・・ン

 

 

榛名「提督!?」

 

提督「フッ、こんなもんよ。」

 

無傷☆

 

タイラント「馬鹿ナ!?」

 

提督「誘導砲弾だからっつって必中は、あり得ない!!」

 

 

ズドドォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

タイラント「!!」

 

 

ドッガアアアアアァァァァァァァァァァァーーーー・・・ン

 

 

タイラント「グアアアアアアアアッ!!」

 

一瞬でその戦闘力を削ぎ落されるインテゲルタイラントだったが、その時1発の砲弾が戦闘海域の遥か後方から放たれていた。

 

 

 

提督「よし、トドメだな、装填おせぇ・・・」

 

言いつつ80cm砲の照準を合わせる直人、その時であった。

 

金剛「!!?」

 

 

カッ・・・ドゴオオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

金剛「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

榛名「姉さん!?」

 

天龍「なっ!?」

 

伊勢「金剛!!」

 

提督「っ!?」(どこからッ!?)

 

 

 

午前5時49分、金剛大破。そして、敵にとっての破局の始まりを告げる怒号が飛ぶ。

 

 

提督「金剛!!」

 

金剛「うあっ、っ・・・くう・・・。」ザバババッ・・・

 

提督「金剛、大丈夫か!?」

 

金剛「ダメデース、何とか、沈まないだけデスネ・・・。」

 

提督「―――!!!」

 

その時、男の中で“何か”が切れた―――

 

金剛「ハヤク・・・あいつに、とどめを・・・。」

 

摩耶「金剛!」

 

幸い致命傷は無いものの満身創痍の金剛を見遣り、直人は摩耶に言う。

 

提督「・・・摩耶、金剛を頼む。」

 

摩耶「わ、分かった・・・。」

 

提督「全員下がってくれ。下手すりゃ巻き込みかねん。」

 

天龍「け、けどよ・・・」

 

提督「言いから急げ、すぐに後退するんだ。」ヒュオオオオオオ・・・

 

榛名「っ!! 全艦後退! 急いでください!!」

 

直人から只ならぬ気配を感じた榛名が代わって指示を出す。

 

天龍「お、おう!」

 

伊勢「分かった!」

 

羽黒「は、はい!」

 

慌てて下がる第1部隊。それを黙ってついてきた青葉が初めて口を開く。

 

青葉「あ、あの・・・司令官・・・?」

 

提督「・・・青葉、今から起こる事をよく見ておけ。写真に収めても構わん。だから下がってくれ。」

 

何とか理性を紙一重で食いつなぎ、凄みのある声でそう告げる直人であった。

 

青葉「は、はい・・・。」

 

その言葉に只事ではないと悟った青葉は、大人しく後退した。

 

タイラント「一体ドコカラノ砲撃ダ!」

 

一方狼狽するインテゲルタイラントであるが、砲撃は泊地棲鬼によるものであった。

 

そしてそれを他所に詠唱を始める直人。

 

提督「“我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。我が身今一度物の怪とし、汝の力を以て今一度常世の王とならん。汝こそは艦の王、我こそは武の極致。我汝の力を以て、『大いなる冬』をもたらさんとす。”」

 

タイラント「!! 大いなる冬ダト!?」

 

 

ゴオオオオオオオオオッ・・・

 

 

紫の霊力が奔流となって溢れ、直人の身体を艤装ごと包み込んでゆく。

 

そしてそれが吹き飛んだ時、直人はその能力を発動していた。

 

提督「行くぞ化け物共。超巨大機動要塞戦艦紀伊『終』、出る。」

 

大いなる冬、怒りの顕現であった。

 

タイラント「ナ、ナンダソノ姿ハ!!」

 

提督「消えろ―――!」ブォン、ブォン、ブォン・・・

 

特徴的な音と共に、破滅の黒雷球がインテゲルタイラントに放たれる。

 

タイラント「ナッ・・・!!」

 

提督「ハハハハハハハハハッ!! 消エロ消エロォォォォ!!!」

 

インテゲルタイラントは、黒雷球――――――反物質砲のエネルギー弾――――――によって消滅していた。

 

提督「滅ベェェェェェェェェェェェェェェェ!!」バシュシュシュシュシュシュ

 

更にδレーザーを敵艦に対し連射して行く紀伊。その弾道は後方に発射されUターンして敵に向かうと言う特殊なもの。

 

その一発一発が駆逐級空母級戦艦級艦種不問で数隻単位で串刺しにする。

 

 

 

少し離れた海面で見ていた青葉は、その光景に慄然とした。

 

超兵器級を消し去り、『暴虐と破壊の王』と化した直人が、次々と敵艦をレーザーで串刺しにしながら突貫して行くその姿、後に青葉はその光景を、『マリアナのガゼルストライク』と例えたと言う。

 

単純だが故にその光景を的確に捉えた例えであった。

 

そしてこの光景を見ていた青葉は、他の皆が見てなくて良かった、と思っていた。こんな有様を金剛や皆が見れば、絶句では済まなかったであろうことは明白であるからだ。

 

 

 

提督「アト11分、一気ニ突破する!!」

 

ここで口調が戻る。

 

提督「見えた!」

 

正面に泊地棲鬼を捉えた直人、しかし距離3万3000、砲戦距離には遠い。

 

エリヲ「ヲッ(通さない)!!」

 

提督「どけぇぇぇ!!」バシュウゥゥゥッ

 

超怪力線をエリヲに放ち排除、あっけなく沈むエリヲ、哀れ・・・。

 

提督「射程外か・・・いや、届かせる。レールガン、発射!!」バアァァァァァ・・・ン

 

その瞬間、顕現した武装の先端から、想像を絶する速度で弾丸が射出される。

 

狙われた方はたまったものではない。

 

そう、狙われたのは・・・

 

 

 

ドドドドォォォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

泊地棲鬼「バッ・・・バカナッ・・・アンナ距離カラ・・・ダトッ・・・?」ドシャァァッ

 

デルタ「ナニッ!? ッ!!!」

 

 

ドシュウウウゥゥゥゥゥゥゥッ

 

 

デルタ「馬鹿ナッ!! 消エテイク―――」

 

 

 

 

 

提督「弾着、ストレインジデルタと泊地棲鬼を撃滅。任務達成かな。」

 

レールガンと反物質砲の狙撃によって、敵棲地の機能は完全に覆滅された。目的に於いてはこれで達成であった。

 

「ギョアアアアアアッ!!」

 

提督「だまれぃ!!」バシュウッ

 

レーザーで周囲を薙ぎ払う直人、完全孤立中。しかし・・・

 

提督「常識は、破るモノDA★ZEッ!!」

 

この男この状況で呑気にへらへら笑っている。

 

 

 

20分後・・・

 

 

青葉「あわわわ・・・」オロオロ

 

中々戻ってこないのでおろおろしだした青葉ちゃん、可愛い。(by作者

 

提督「・・・」バシャッバシャッ

 

その青葉に向かって徒歩で戻ってきた直人。

 

青葉「あっ、司令官―――っ!?ww」

 

提督「よう。戻った。」

 

思わず吹いた青葉の目線の先には、『いつも通りの艤装で』、『30cm速射砲の片方を首に担いだ』直人が歩いて来ていた。コ○ンドーのあれを思い浮かべれば簡単にイメージできるだろう。

 

提督「ん? どうした?」

 

青葉「いえ、なんでも、ないです、失礼しました・・・www」

 

提督「・・・?」

 

「一体なんなんだ?」と言いたげな直人である。

 

青葉「ところで・・・今の力って、一体・・・?」

 

提督「それこそ言えんよ。外部に漏らしたりなんかしたら即刻死ぬと思っといてね?」

 

青葉「は、はい・・・。でもひとつ教えて下さい。あの力って、艤装なくても使えるんですか?」

 

提督「背部艤装にある艦娘機関さえ装着すればOK。部分展開ならなくてもいい。」

 

青葉「なるほど・・・。」

 

下手な真似はしない様にしようと心から誓う青葉でした。

 

 

 

青葉「と言うか、どうやって突破してきたんですか?」

 

提督「え? 見てたんなら察し付かない?」

 

青葉「全然。」

 

提督「レーザーを連射しつつ発射方向を変えて『横払いに薙ぎ払って』きた。最後辺りは80cm砲と30cm砲で。」

 

青葉(鬼だ・・・。)

 

殲滅に最も効率のいい方法で文字通り両断して殲滅してきた直人、えげつないなんてものじゃない。

 

 

ズズ・・・ウウウ・・・ン

 

 

提督「な、なんだなんだ?」

 

青葉「なにか・・・爆発した・・・?」

 

 

 

午前6時2分 マリアナ西方沖 呉鎮近衛艦隊

 

 

直人が帰還したのと同じ頃、西側に展開していた呉鎮近衛艦隊も敵超兵器級との決着をつけていた。

 

水戸嶋「ふぅ・・・ようやくくたばったか・・・。」

 

北上「うぅ~、ボロボロになっちゃったよぅ・・・。」

 

龍驤「なんちゅう敵機の数や、何機格納してたんやあいつは・・・。」

 

超兵器級空母の特徴:おっそろしいレベルでとんでもない量の艦載機を吐き出してくる

 

扶桑「空母が何で戦艦級の主砲を持っているのか・・・今でも不思議です・・・。」

 

水戸嶋「それは、あいつを設計した奴に聞く事じゃないか?」

 

扶桑「そうですね・・・。」

 

 

 

~第1部隊~

 

提督「第2部隊に伝達。我が艦隊はこれより敗走する敵を追撃する。第2部隊も参加せよ。」

 

扶桑「“了解しました。”」

 

提督「榛名、部隊の指揮を代行してくれ。」

 

 

榛名「提督はどうなさるのですか?」

 

提督「蒼龍や羽黒、金剛たちとここに残る、後は頼む。」

 

榛名「・・・分かりました。」

 

提督「蒼龍たちは艦載機でロングレンジ攻撃を。」

 

空母.S「了解!」

 

榛名達は、敵部隊追撃の為前進して行く。

 

残留するのは被弾した金剛に加え、摩耶・羽黒・筑摩と蒼龍ら空母3隻と直人である。

 

提督「ふぅ・・・。うぐっ・・・!?」ズキッ

 

突然軽いが頭痛を覚える直人。

 

羽黒「だ、大丈夫ですか!?」

 

提督「あ、あぁ・・・少し無理をし過ぎたらしい・・・くっ・・・。」

 

羽黒「司令官・・・。」

 

上官を心配する羽黒、そこに弱々しいながら金剛の声が耳に届く。

 

金剛「全く・・・提督も・・・無茶苦茶、デース・・・。」

 

提督「金剛・・・大丈夫か?」

 

金剛「無理ばっかりしてる・・・誰かよりは・・・大丈夫デース。」

 

金剛は被弾で数カ所に傷を負っている以外大事は無く、艤装の損傷と、被弾のショックによる痛みで一時的に行動不能になっているだけだった。

 

提督「誰を守る為だと思ってるんだ? お前こそ、ボロボロなくせに・・・。」

 

金剛「ハハハ・・・、お互い様、デース。」

 

提督「だな・・・。」

 

実際少しとはいえ深海の力に意識を侵食されかけた直人ではあったが。

 

金剛「深海の力、デスネー?」

 

その他6人「!?」

 

提督「―――!」

 

そしてそれを見透かす金剛。

 

金剛「霊力には敏感なのデース・・・ワタシの為と頑張るのはいいデスガ、使い過ぎは、ノーですヨ?」

 

提督「・・・あぁ。心得た。」

 

てか、心を読むなし。と心の中で付け加えた直人であった。

 

金剛「・・・フフッ。」^^

 

提督「・・・フッ。」ニッ

 

さて・・・

 

 

 

「・・・はい、ターゲットは攻撃を成功させました。」

 

その姿を、後方から見据える艦娘が一人いた。

 

“そうか。では別の策を講じるとしよう。お前は戻ってこい、陽炎。”

 

陽炎「了解したわ。」

 

 

プツッ

 

 

陽炎「さて・・・」

 

陽炎が身を翻そうとした正にその瞬間であった。

 

電「ここでなにをしているのですか?」

 

陽炎と背中合わせに電が立っていた。

 

陽炎「!!」ブン

 

咄嗟に陽炎が裏拳を放つ。が・・・

 

電「ハッ、なのですっ!!」ガッ、ブゥン

 

陽炎「なっ!!?」

 

電がそのアンカーで相手の肘の裏を引っ掛け、そのまま投げ飛ばした。ノンルックで。

 

陽炎「うあっ!!」ザバアアァァッ

 

派手に水面を転がってようやく止まる陽炎。しかしその頭の上にもう一人の人影があった。

 

夕立「夕立達の司令官に、何の用事っぽい?」

 

ソロモンの小悪魔、夕立が、魚雷を陽炎に突き付けながら立っていた。

 

陽炎「っ・・・やるわね・・・。いいわ、今日の所は退きましょう。」

 

電「そうですか、ならばいいのです。」

 

陽炎「・・・追わないの?」

 

夕立「提督さんからの命令っぽい。でもここに居続けるなら、保証はしないっぽい。」

 

陽炎「・・・。」

 

“覚えてなさい・・・”と心の中で呟きながら、所属不明の陽炎は背を向け去っていった。

 

 

 

提督「・・・そうか、去ったか。」

 

直人はずっと、背後からの視線に気付かぬフリをしただけなのだ。だが戦闘が終わった以上制圧は簡単である―――彼らにとっては、だが。

 

電「“あの・・・よかったのですか?”」

 

提督「あぁ、今余計なごたごたは起こしたくない。」

 

電「“了解なのです。”」

 

提督「ふぅ・・・。」

 

ため息を一つついているところに、摩耶が近づいてきた。

 

提督「ん、どうした?」

 

摩耶「お前、金剛とどういう関係だ?」ゴニョゴニョ

 

提督「うーん・・・ナイショ。」^^

 

笑顔でそう言う直人に摩耶は察しがついた。

 

摩耶「やっぱそういうことか。両想いたぁ羨ましいねぇ~。」

 

提督「提督が艦娘を好きになってはいけないという法はないと思うが?」

 

摩耶「言うじゃんかよ。じゃぁアタシ達全体のことはどう思ってやがんだ?」

 

提督「うーん・・・自慢の部下かな。」

 

この答えが後にグレードアップするとはこのとき本人は知らない。

 

摩耶「へっ、まともな思考が残ってて安心したぜ。」

 

提督「まだそこまで腐っちゃいねぇよ。」

 

摩耶「ま、男なんてものはいつタガが外れるか分かったもんじゃねぇしな。」

 

(作者)それって結構余計なお世話な気がするなぁ、男としては。

 

提督「お前は外れる方か外れない方かどっちがいいんだ?」

 

摩耶「うーん、難しい質問だなぁ・・・ま、ご随意に。」

 

提督「考えるのをやめたかw」

 

摩耶「アタシは難しいことを考えるのは嫌いなんだ。」

 

提督「知ってた。」

 

摩耶「なっ!?」

 

提督「ほれ、戻ったほうがいいぞ、戦闘中だからな。」

 

摩耶「くっ、わーったよ。」

 

そう吐き捨てるように言うと摩耶は守備の配置場所に戻っていった。

 

提督「・・・さてと。金剛を動ける程度には修理しておこうか。」

 

金剛「え、できるんデスカー?」

 

提督「ドック艦装備を今回は持ってきたからな。ほれっと。」ガシャガシャガシャ・・・

 

腰部円盤状艤装から、クレーンなどの大型重機を模した艤装が展開される。

 

紀伊の最大の特徴の一つは、前線で応急修理が出来る点、工作艦機能である。

 

やろうと思えば機関損傷も修理出来るほど多種多様な機材が揃っている。

 

金剛「・・・痛くしないで下さいネー?」

 

提督「艤装の応急修理しか出来ないからね?」^^;

 

(子供か!www)と心の中で突っ込む直人。

 

金剛「そうですカー。」(誰が子供デスッテ?)

 

提督「やるかー。」(心読むなww別に悪い事じゃないと思うww)ガチャガチャ・・・

 

心中で双方舌戦を交えつつ修理を始める直人でした。

 

 

 

摩耶「提督後ろ!!」

 

 

ザバァァァッ

 

 

ハ級Flagship「ギョワアア」

 

提督「五月蠅い。」ダァンダァンダァンダァン・・・

 

「アアアアアアア!?」ダッパァァァァーン

 

直人、DE(デザートイーグル)の片方を9連射(.357マグナムの最大装弾数)してフラッグシップのハ級を撃沈。常に14インチバレルDEは持ち歩いております。

 

摩耶「うっわ・・・そんな玩具みてぇな代物で・・・。」

 

提督「ん? 一応マグナム弾使用する自動拳銃だからな、人体に使ったら一瞬で死ねるぞ?」ガショッ

 

マガシン入れ替えつつ言う。因みにマガシンは捨てません、局長が弾入れてくれるので。

 

摩耶「・・・技術は進歩してんだな・・・。」

 

提督「WW2から1世紀以上隔てた世の中だそりゃそうだとも。」バチバチバチッ・・・

 

今度は溶接に入るようです。

 

摩耶「そうだなぁ~、横須賀も随分変わったみたいだしな。」

 

提督「だな。」

 

一応横須賀港も横浜防備港に取り込まれてるのだ。

 

金剛「今度、私の故郷にも行ってみたいデース。」

 

提督「イギリス、かぁ・・・機会があるといいな・・・。」

 

金剛「この戦いが終わってから、デスネ。」

 

提督「フフ、そうなるな。」

 

そこへ神通が通信を入れてくる。

 

神通「“提督。”」

 

提督「どうした神通。」

 

神通「“山城さんと比叡さんが大破しました。所定の目的も完遂したと判断し、撤退許可を願います。”」

 

通信内容は撤退具申、だが直人もそろそろ帰りたかった。

 

提督「神通の提案を是とする、そろそろ帰るとしようか。摩耶、呉鎮近衛艦隊に伝達、「作戦を終了する」とな。」

 

摩耶「あ? 自分で伝えりゃいいじゃんか?」

 

そう摩耶が返すと直人は

 

提督「通信設備が充実してるお前だからこそ頼むんだ。こちらは修理で手一杯だし、やってくれないか?」

 

と言う。

 

摩耶「・・・そう言われると悪い気はしないな。分かったぜ。」

 

提督「よーし、蒼龍、攻撃隊は?」

 

蒼龍「そろそろ戻ってくるわね、あ、見えた。」

 

上手いタイミングである。

 

提督「よし。攻撃隊の帰還と同時に帰投する。」

 

神通「“分かりました、こちらも司令官達に合流します。”」

 

 

 

午前6時36分、戦闘は終結した。

 

戦果は敵基地の破壊、超兵器級深海棲艦3隻の撃沈、大小敵深海棲艦合計約920隻の撃沈とその3倍以上の数を撃破、マリアナ諸島一帯の制海権奪取、グァム棲地消失に伴う棲地として取り込まれていた北マリアナ全域の解放であった。

 

直人と氷空は、かつて為し得なかった反攻作戦を、艦娘達と共にやり遂げたのであった。

 

 

 

~幹部会~

 

牟田口「チッ、紀伊直人の行動力にしてやられた・・・。」

 

嶋田「どうしますか議長?」

 

牟田口「こうなれば別の手段を講ずる他ないか・・・。」

 

来栖「もっと危険な海域に突入させますか?」

 

牟田口「いや、それも成功されてしまった場合立つ瀬がなくなる。」

 

 

コツッコツッ・・・

 

 

土方「議長。横鎮近衛艦隊が作戦を成功したそうで。これで我々の反攻も一歩前進した、と思いたいものですな。」

 

牟田口「っ! あ、あぁ。そうだな土方。」

 

嶋田「確かに、めでたいですな。」

 

唐突に土方が現れた為に狼狽する3人。しかし土方は気付かぬふりをする。

 

土方「今後更に彼らの作戦行動を容易ならしむる為、横鎮近衛艦隊は北マリアナへ派遣します。」

 

牟田口「なに!?」

 

嶋田「そ、それでは東京湾は誰が守るのだ!?」

 

土方「おや? 我が横鎮の提督達なぞ眼中に無い様な言い草ですな。」

 

来栖「だが錬度はどうする? 近衛艦隊無しで、あの青二才共に本当に守れるのか?」

 

土方「東京湾の守備は、我々横須賀鎮守府根拠地隊と、横須賀艦隊がやります。ご安心召されます様に。」

 

3人「!!!」

 

横鎮根拠地隊、防備艦隊を含んだ横須賀守備部隊の総称である。

 

その編成は土方海将直卒の艦娘艦隊たる横須賀防備艦隊と、陸上自衛軍独立第11旅団、海上自衛軍第1護衛隊群、厚木基地の航空自衛軍第7航空軍を軸に構成される。市民からの志願兵すらこの根拠地隊には含まれるのだ。

 

横須賀を筆頭とする各鎮守府・警備府には、各々根拠地隊が必ず存在するのだ。横須賀のそれはその中でも最も規模が大きく最精鋭でもある、元来横須賀を根拠地とする部隊である。

 

因みに横須賀から艦艇を抽出した根拠地隊として高雄やパラオ基地隊がある。

 

牟田口「・・・本気か?」

 

土方「本気ですとも。」(貴様らの手から直人を護る為だ。気張ってやろうじゃないかね。)

 

これが土方の本音であった。

 

来栖「・・・勝機は?」

 

土方「なに、紀伊元帥はうまくやってくれるでしょう。横須賀艦隊が錬度を上げる貴重な時間は、稼いでくれる筈です。」

 

牟田口「・・・決定は覆らないのか?」

 

土方「命令電は暗号で既にあちらの大淀の渡っているはずです。命令系統最上位たる横須賀鎮守府が、一度放った命令を覆せば、いくら機密文とは言えどもその権威を貶める結果となるでしょう。よろしいですな? 議長。」

 

土方の言は正当なものだった。実戦部隊の命令系統最上位にある鎮守府が命令文の取り消しを行ったとあれば、今後放たれるそれらの電文が軽視される結果を招来しないとは限らないのだ。

 

牟田口「・・・分かった。」

 

牟田口は不承不承という体で引き下がった。

 

牟田口廉次郎は陸将であり、海上の事は権能にない。それを幹部会の権限で断行すれば、その裏の権威すらもが崩壊する可能性を孕んでいた。言わば土方以外の3人は、権力を保守する為の綱渡りをノンストップで渡り続けていると言っていい程厳しい立場だったのだ。

 

その点土方海将にアドバンテージがあった。彼を更迭した所で、それが土方海将自身の手で幹部会の手によるものと告発されれば、牟田口らにして見れば権威など捨てざるを得ないのである。何故なら土方海将は、紀伊直人に勝るとも劣らない英雄なのだから・・・。

 

 

 

ただ、直人本人はと言うと、英雄と言う呼ばれ方には納得していないし、快くも思わないし、良いイメージも無い。

 

 

 

大井「これで提督も、英雄かも知れませんね!」

 

木曽「そうだな。秘密艦隊だが、影の英雄としては十分と思うがな。」

 

伊勢「提督が英雄か・・・。」

 

提督「・・・。」

 

やたら褒めちぎられる直人だが、この褒められ方はあまり嬉しくない様子である。

 

日向「普通に考えれば、まぁ、そうなるな。」

 

夕立「提督さんも凄いっぽいよ!」

 

雷「私達のおかげだけどね。」

 

榛名「少し自重した方が・・・。」

 

雷「そ、そうね・・・。」

 

大井「提督の作戦も悪くはないし、艦を沈めるような真似もしていない、文句なしの英雄ね。」

 

山城「そう、ね・・・。」

 

提督「・・・。」

 

神通「・・・どうしました? 司令官。」

 

先程から黙りこくっている直人に神通が気を使ったものか声をかける。

 

提督「・・・お前ら、それを褒めているつもりで言っているのか?」

 

それを聞いた大井ら7人は素で驚愕した。なぜならその顔は『冗談だろう?』と言う苦笑では無く、静かな怒りを湛えた真剣な表情であったからである。

 

金剛「提督・・・」

 

提督「いい機会だからお前らも全員聞いておけ、いいか。英雄なんてもんはな、大量虐殺者がそう呼ばれるんだよ。戦争中の世の中じゃ、隣人一人殺した奴は犯罪者だが、敵兵多数を死傷させた奴は英雄と呼ばれる。俺はそんな英雄になりたいとは思わんし、そう呼ばれたくはない! 真の英雄ってのはな、初めから誰も殺さず、物事を丸く収められた奴の事だ。お前達に手を汚させ、自分の手すら汚すような奴のどこが英雄か、それをよく考えてみるといい!」

 

7人「・・・。」

 

それを聞いた7人は黙りこくってしまった。

 

彼の言わんとするところは、彼の立ち位置を的確に示していた。

 

「作戦失敗から目を逸らす為の仮初めの英雄」、それが彼の置かれた後始末のポジションであった。巨大艤装4体が作られたある計画で設置された第1任務戦隊が解体され、関係した者が閑職へと追いやられたのがその証拠である。

 

 つまり政府は、彼らが敵棲地に肉薄した点をクローズアップしたに過ぎないのであって、成功したから英雄と呼ばれる様になったのでは無い。それ故に彼は『自分が英雄である』と言う世間のイメージにいい思いはしない。

兎にも角にも、紀伊直人と言う男にとって『英雄』と言うワードはタブーの、それも逆鱗に近い部類であった。

 

大井「人がせっかく褒めてあげているのに・・・」ボソッ

 

提督「なんだと!!」キッ

 

大井「―――ッ!!」

 

「元帥、その辺にしておきたまえ。」

 

提督「っ!?」

 

「んえっ!?」ビクッ

 声の主は、器用な事に蒼龍の甲板状艤装の上辺、つまるところ蒼龍の右肩に座っていた。

垂れた目尻とまゆ、正面から見ると平べったい印象を受ける特徴的な鼻、デフォルメされたとはいえその人物は、二航戦司令官たる人物であった。

 

多聞「あまり娘どもを怖がらせるな、紀伊元帥。怒るにも無理からぬ事があろうことも理解は出来る。」

 

提督「山口・・・提督で、いらっしゃいますか?」

 

 

多聞「ほう。この時勢に私の名を知っているとは光栄な事だ。いかにも、私が山口(やまぐち) 多聞(たもん)だ。」

 

流石の直人もこれには驚いた。吉川艦長の事は聞きもしないのに夕立から知らされていた。が、山口提督の事までは知らなかったのだ。そもそも聞きもしなかったのだ、思いもよらなかった事だから・・・。

 

提督「これはっ・・・提督の前で醜態を晒しまして、お恥ずかしい限りです・・・。しかしまたなぜここに?」

 

多聞「いやなに、飛龍が行動不能と聞いてな、暇だから乗り換えて付いて来たのだ。」

 これにこそ彼は呆気にとられた。軍人と言うしがらみを抜け出て来たからこその気軽さであろうか、或いはたまたま気分が乗ったのであろうか。

 

伊勢「え・・・山口提督・・・ほんとに・・・?」

 

信じられないと言う様子で伊勢が言う。

 

多聞「そうだぞ伊勢。艦長時代は世話になったな。」

 

伊勢「いえいえ、そんな・・・。」

 山口提督が勤務した事のある艦はいくつかあるが、艦長として勤務していたのは五十鈴と伊勢である。

 

榛名「あの時はお守りできず、申し訳ありませんでした、山口中将・・・。」

 榛名と飛龍座乗の山口多聞は、南雲艦隊の僚艦同士として共に走り回った間柄である。期間こそ長くはないが。

 

多聞「いや、皆よくやってくれていた。私はもう一度死した身だ、こうして会えただけでも、良しとしようじゃないかね。」

 

榛名「はい!」

 

「しかし山口提督、フィリピンの時はよくご無事でしたね・・・。」

不死身ですか貴方はと言いかけたがやめた直人であった。

 

多聞「いやいや、この身体も中々便利でね、霊体になれる事で救われたよ。」

その物言いに呆気にとられる直人ではあったが、確かに妖精さんはそう言った方法を使って色んな場所を移動したりもする。不思議ではあるが、訝しむ事でもない。

 

提督「と言うか、どうやって艤装に乗ってるんですか・・・。」

 

一度聞いてみたかったことを聞いてみる直人、答えは意外と気軽に返ってきた。

 

多聞「ん? なんというかな、艤装の中の力、霊力と言う奴か、あれに霊体になって溶け込んでいるような状態か。」

 

提督「―――妖精と言うのも存外奥が深い・・・。」

 

多聞「その様だ。ハッハッハ・・・」

 

提督「ハハハハ・・・」

なんというか、苦笑せざるを得ないのであった。

 

雷「なんと言うか、司令官・・・ごめんなさい。」

 

提督「あ、あぁ、分かってくれればそれでいいんだ。俺も言い過ぎた、ごめんよ雷。」ナデナデ

 

雷「っ! これからも頼ってよね?」

 

提督「なら遠慮なく、頼らせてもらうよ。」^^

 

雷「えぇ!」^^

 

電(なんというか・・・)

 

夕立(なんだか・・・)

 

夕立&電(ずるいっぽい(のです)・・・。)プルプル・・・

 

提督「大井もすまなかったな、怒鳴ったりして。」

 

大井「い、いえ・・・いいんです、私こそ、すみません。何も考えずあんな事を言って・・・。」

 

提督「いやいや、俺も話してさえいないのに叱ると言うのは筋が違った。謝るべきは俺の方だ。」

 

大井「では、お互いさまという事で。」

 

提督「―――フッ、そうだな。」

 

多聞「収まったようだな?」

 

提督「えぇ。」

 

何気に軋轢を生まない結果に丸く収まっている件について、どうしてこうなる?

 

多聞「さて、船幽霊は引っ込むとするか。」

 

そう言って多聞丸も消えた。

 

提督「自分で船幽霊言うのかよ・・・。」

 

摩耶「自分で言うんだから世話ねぇよな・・・。」

 

 

山口中将の言に呆然としつつも、直人は再び帰路に就いた。艦娘達もこれに続いた。

 

後日、その航路を再び通る事になろうとは、直人自身この時は露知らず・・・。




深海棲艦級紹介

今回は水戸嶋と紀伊が沈めた超兵器について。


インテゲルタイラント級超兵器級深海棲艦

ステ(カッコはクローン版)
HP:290(220) 火力:304(284) 対空:47 装甲:98(71) 射程:長

9インチ単装砲(AGS) 6.1インチ単装砲(AGS) 対艦ミサイル発射機 拡散対潜ロケット

肩書は『超高速戦艦』、ラテン語と英語の組み合わせで『無邪気な暴君』の意。
誘導砲弾(AGS)を専門運用する新型砲を装備し、遠距離砲撃を得意とする。
また対潜兵器も装備している上、50ノットと言う高速を発揮する為、潜水艦では近づく事すらままならない。
しかしその能力は低く、シュトルムヴィント級がいなければ最弱とも言える程度。
元々はイギリス軍の超兵器で、その長距離砲戦能力と、228mm(9インチ)と言う口径にありながら15インチ(38.1cm)砲に迫る威力を持つ新型砲を駆使して、フィヨルドに籠る戦艦ティルピッツを撃沈しているが、ドイツの誇る超兵器戦艦、通称“摩天楼”を前に消滅させられている。


ペーターシュトラッサー級超兵器級深海棲艦

ステ
HP:360(300) 火力:310(260) 対空:404(370) 装甲:180(140) 射程:長

17インチ70口径3連装砲 10.5cm連装両用砲 40mmバルカン砲 新型艦戦赤 新型艦戦 新型艦爆赤 新型艦攻赤 新型戦爆

肩書は『超巨大二段空母』、命名は第1次大戦時の独逸飛行船隊総司令官の名前から。
型破りの8スロットから、湯水のごとく猫艦載機が発艦してくるのだが、最も性質が悪いのは、戦略爆撃機(戦爆)を搭載している点で、地上攻撃にとんでもない効果を叩き出してくれちゃったりする。あと超兵器空母は皆積んでいる。
更にこの空母は空母とはとても思えない装甲と火力を持ち、夜戦時は艦載機ではなく、装甲空母姫を超える口径の砲による砲撃(主砲連撃)でその高火力を如何無く発揮してくれる。
ただ装甲がいまいちな事と、HPの低さで付け入る隙はある。
元はドイツの超兵器で、通商破壊にイギリス空襲に大活躍していたが、英超兵器潜水艦に捕捉され撃沈された。


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第12章~サイパン特別根拠地隊~

どうも、だらだら書きなぐってたらいつの間にやら30ページも書いてた天の声です。(1000文字1ページ区切りだったエブリスタ時代の話です。)

青葉「ちょっと、作者だってばれてますよ! あ、どーも恐縮です! 青葉です!」

どーせばれてるでしょもういいでち。

青葉「あらら・・・」

時雨と電ちゃんの本気の方、如何だったでしょうか?地味にとてつもないデストロイヤーですが。

青葉「艦娘でも魔術は使える物なんですか?」

そりゃ勿論素養があれば誰だって使えます。因みに時雨の場合はちと特殊ですが。

青葉「私もですか?」

お前は既にその能力が魔術だっての。

青葉「デスヨネー・・・。」

えー、今回特に説明する事は無い、と思い込んでたら色々あったのでやっていこうと思います。今回は近代化改修(合成)です。

青葉「そう言えば解説してませんでしたね。」

うん。あれは明石さんに聞いて来たんだが、建造した艦娘の艤装には大体どこかに優れたパーツがあるらしく、そのパーツを取り出して集積、その後にその集めたパーツでカスタマイズとチューニングを施す事を言うんだそうです。普通は妖精さんがやるそうで。

青葉「なるほど・・・。」

因みに改造もそう変わらないらしい。ただ単に蓄積したデータを基に艤装の内部構成を変更して、必要な方向に能力の上限を引き上げてやるだけ。でもそれじゃ足りない場合ワンオフの艤装になるそうです。

青葉「私の改2・・・いつですかね・・・。」

・・・いつか、くるさ。

青葉「・・・ですね!」

では12章、横須賀から居を移す事になった直人達、これからどうなるのでしょうか。どうぞ。


提督「その資源は向こうの2番倉庫に搬入! 開発資材は4番に! え? 山城の入渠完了? んじゃ最上を代わりに入渠させて!」

 

雷「司令官、第2班哨戒から戻ったわよ!」

 

提督「よし、時雨の第3班に交代出動を伝達!」

 

雷「分かったわ!」

 

大淀「どうですか? 提督。」

 

提督「あぁ、大淀さんか。どうもこうもないな、まだまだ損害の修復には時間を要する。」

 

大淀「そうですか・・・。」

 

大井「提督、建造ダブったわ。」

 

提督「明石さんの所に艤装搬入急いで! 装備も格納しておいて!」

 

大井「は、はい!」

 

 

 2052年5月18日、土曜日の午前を迎えた横鎮近衛艦隊では、未だに艦艇修理が急ピッチで行われており、書類を仮設本部テント内で金剛が代行し、榛名と霧島がそのサポートに、そして直人は日差しの下で陣頭指揮を執っていた。

 なぜこうなっているのかと言うと、それは二日前の午後の事である。

 

 

6月16日午後3時 司令部中央棟・執務室

 

提督「・・・マジで?」

 

大淀「はい。横須賀鎮守府から、土方海将の名で基地移動命令です。」

 

提督「・・・場所は?」

 

大淀「・・・北マリアナ諸島、サイパンとのことです。」

 

提督「・・・ちょ・・・。」

 

まじかよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?

 

屋根に止まっていた鳥さえ驚き飛び去るほどの絶叫が響き渡った・・・

 

 

 それから2日間、保有する資材の移動準備と、移動に備えて艦娘達を万全の状態に戻す作業が続いていた。

造兵廠も移築するとのことで、明石さんは明石さんでまた忙しいご様子、既に基地を移設する為の輸送船も到着済みである。

 因みに資源を倉庫に搬入する理由は、そこで資源を纏めているからである。

 

提督「ゴクッゴクッゴクッ・・・」

 

スポーツドリンクのペットボトルを一気飲みする直人でした。

 

提督「それにしてもなんでこんな時期に移転なんだ? 今でなくてもよかったろうに・・・。」

 

大淀「うーん、なぜでしょう・・・?」

 

提督「また今度土方さんにお伺い立てるよ。」

 

大淀「そうですね。」

 

明石「提督! 出港準備出来ました、護衛艦隊をお願いします!」

 

提督「おう、早かったな、資源輸送船の準備出来次第出港だ! 入渠も確か最上で最後だな!」

 

雷「そうね!」

 

何時の間にやら入渠ドックに戻ってきている雷。

 

提督「よし、入渠完了次第全艦出港準備!」

 

 因みに先に言って置こう。提督、再びお引っ越しである。

ついでにサーブ機も旧サイパン空港にお引っ越し、燃料は放棄されたものが残っているそうなので安心であるが。(妖精さんに改造してもらうつもりでいる。)

 

雪風「あの、しれぇ。私達はどうするんですか?」

 

飛龍「そうですよ、そこ説明して貰わないと。」

 

提督「ん? 厚木から空路でサイパンへレッツゴーですよ?」

 

大淀「あら? サーブ340の航続距離(1735km)・・・片道ならなんとかって所ですか?」

 

※足りません

 

提督「そうだな。ついでに俺の引っ越し荷物も運ばにゃならんし。」

 

伊勢「提督!」

 

日向「来たぞ。」

 

大淀「あれ? お二人は船団に回る筈では?」

 

提督「同乗者として呼んだんだよ。」

 

その二人は艤装を装着せず、軍刀をそれぞれ提げていた。

 

提督「天龍や龍田でもいいんだが、あの刀や槍は艤装を着けんとしっかり機能しない分、伊勢達は安心できる。」

 

日向「そうとも、任せてくれ。」

 

大淀「はぁ・・・」

 

戦艦2隻を機上に持って行く辺り慢心と言えなくはないが、そこは自信の表れであったかも知れない。

 

提督「と言うか大淀さん、あなたもですよ。」

 

大淀「え、あ・・・そうですね。」

 

どうやら失念していた様子の大淀さん。

 

大淀「それにしてもお車はどうするんですか?」

 

提督「昨日の内に土方さんに話を付けてあるので預かってもらいます。」

 

手回しが鮮やかかつ早すぎる件。

 

大淀「ということは・・・?」

 

提督「横鎮本庁から土方さんに送ってってもらいます。」

 

大淀「あー・・・。」

 

合点は行った様子でした。

 

 

 

5月18日午前11時20分 国道16号

 

 

提督「~♪」

 

提督、七○のニ○ニ○動画オーケストラアレンジ聴いてノリノリになりつつ運転中。

 

(作者)おー、伏字仕事した・・・。

 

一応この道路は横須賀通っているので使うのは止む無しであろうか。

 

 

 

その間特に会話も無く到着。

 

 

 

午前12時過ぎ 横鎮本庁前

 

 

提督「ふぅ。」バタン

 

土方「おぉ、直人か。」

 

提督「土方さん!」

 

土方「おいおい、人前でその呼び方はやめてくれ。」

 

苦笑して言う土方海将だったが、まんざら悪い気もしない様子だった。

 

提督「おっと、ついついさん付けにしてしまうな・・・。」

 

土方「ハハハッ。まぁいい、乗りたまえ。」

 

提督「あぁ、はい。」

 

大淀「あの、ご迷惑じゃないですか?」

 

土方「なぁに、このくらいどうという事も無い。さ、君達も乗りたまえ。」

 

大淀「では失礼して・・・」

 

促されるまま彼らは土方海将の私有している車に乗り込むと、厚木飛行場に向けて一路走り出すのである。

 

 

13時8分 厚木飛行場

 

 

提督「ふー、まさかこんな形で日本を離れる事になろうとは。」

 

デートしづらくなるじゃないか、そう考えて直人は少しこっぱずかしくなる。

 

土方「牟田口の手からお前を守る為だ、許せよ。」ボソッ

 

直人に耳打ちする土方海将、直人はそれで裏の事情を知る。

 

提督「―――成程、そう言う裏が。そう言う事であれば、赴きましょう。」

 

土方「あぁ。サイパン特別根拠地隊として、あの島を頼むぞ、紀伊元帥。」

 

提督「承知しております。では。行くぞ~!」

 

5人「はい!」

 

元気な返事が返ってくる。

 

伊勢「サイパンかぁ、今はどうなってるのかな。」

 

日向「確か、無人化してしまったと聞くが・・・。」

 

そう、棲地化する少し前、マリアナ一帯に深海棲艦の襲撃があった時、マリアナの住民は一目散に逃げ去っていた。今は誰も住まない無人島である。

 

雪風「誰もいない常夏の島、ですか・・・。少し、寂しい気もしますね。しれぇ?」

 

提督「そうだなぁ・・・まぁ、お前達がいるから、多少賑やかになるさ。」

 

雪風「そうですね!」

 

(ただまぁ、確かに寂しい気もするな。)と思った直人でもあった。

 

提督「早く乗れよー。」

 

飛龍「分かってまーす!」

 

 

 

数分の後、直人の操縦するサーブ機は、厚木飛行場を後にした。

 

棲地に取り込まれ、深海棲艦の巣となり無人となったサイパン島。

 

そこで何が起き、どの様に動くのか、彼らはまだ知るところでは無かった。

 

 

 

21時21分 サイパン飛行場

 

 

夜半の無灯火の滑走路に、1機の双発機が着陸してきた。

 

言うまでもなく直人のサーブ機である、さらりとやってる様に見えるがとんでもない技術である。更に言うと既に燃料切れかけている。

 

それもその筈、サーブ340Bは元々短距離機である為、本来航続距離外である。ではどうやったものか。

 

提督「妖精さんいなかったら500km手前でやばかった・・・。」

 

飛龍「航続力延伸しなかったの?」

 

提督「設計からやり直しでしょうが。」^^;

 

飛龍「妖精さんの念動力しかなかったのね・・・。」

 

提督「今度局長に改造してもらうか。」

 

はい、妖精さんにエンジン駆動アシストしてもらいました、燃費が下がったよやったね!ww(超無理矢理なのは気にしない。)

 

提督「妖精さん休ませよ。」

 

飛龍「ですね・・・。」

 

ま、ぶっつけ本番だったのは否定しない。

 

それもかなり強引な手段なもんで妖精さんが10人くらいまとめて疲弊してる訳ですわ、えぇ。

 

提督「そういや施設、無いんだったな・・・。」

 

大淀「言われてみれば・・・。」

 

提督「うーん・・・どうしよ。」

 

雪風「流石に寒いですね・・・。」

 

提督「うむ・・・錬金術でいっそ作るか、鎮守府。」

 

5人「え?」

 

侵入方向は北東からだから・・・

 

提督「よし、飛行機の機首の逆方向にダッシュ! 海岸まで競争だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」ダッ

 

そう言いつつ割と容赦なく走り出す直人。

 

雪風「ちょ、しれぇ! ・・・もう、負けませんから!」

 

飛龍「私と足で勝負なんて、まだ早いんだから!」

 

大淀「全く・・・仕方ないですね!」

 

伊勢「しょうが無い、行きますか。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

因みに一番足の速い艦娘、この5人だとこうなります。

 

大淀「どうしました? この程度ですか、提督。」

 

提督「マジかっ!?」

 

大淀「で? 何をお考えですかね?」

 

提督「・・・喋ると疲れるぜ?」ダン

 

大淀「・・・っ!」

 

急加速で一気に追い抜くのでした。なお大淀さん行き足付かず。

 

 

 

提督「やっほーい、森の中も軽快に抜けていくぜぇ~!ww」

 

クンカクンカ、これは潮風の香り! 前方200m先崖だな! ではこの辺で。

 

提督「大模倣錬金、魔力最大ッ!!」

 

軍港に適さないなら、その地形ごと作り変えるっ!!

 

見る見るうちに森が、地面が、崖が鎮守府へと作り変えられていく。

 

なお高低差が生じる為後続5人は必然的に落下である。

 

大模倣錬金、錬金術を広範囲適用し、その範囲内を脳裏に記憶した物へと作り変える大魔術の一つである。

 

想像による錬金である場合、イメージが固まっていない抽象的な錬金しか出来ない為、木刀だったり小さな家電程度しか作れないのだが、模倣する場合であるなら風景を見ずに明確な記憶を元に模写をするのと同じことである。

 

つまり今錬金術により顕在するのは、八島入江の奥に佇んでいた司令部『そのもの』である。

 

 

 

伊勢「なんなんだぁぁぁ!?」

 

飛龍「地形が、作り変えられている?」

 

雪風「わわわわわっ!?」

 

大淀「どう考えても提督の仕業ですよねこれ!?」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

若干2名冷静に分析してるんですがこれ如何に。

 

 

 

提督「全工程コンプリート、司令部施設いっちょ上がり!」スタッ

 

5人「わああああああああ!?」ドサドサドサドサッ

 

伊勢「キュゥ~・・・」

 

雪風「た、助かった・・・って、皆さん大丈夫ですか!?」

 

伊勢が一番下、大淀を真ん中に雪風が一番上、流石幸運艦。

 

提督「おいおい・・・大丈夫か~?」

 

雪風「え? ここって前の司令部、ですか?」

 

提督「まぁそうだな、一種の手品でこそあるが。」

 

雪風「!?」

 

伊勢「・・・重い・・・。」

 

雪風「あぁ、ごめんなさい!!」

 

雪風がするりと降り、飛龍達も立ち上がる。

 

飛龍「へぇ~、凄いね、雰囲気以外は完全再現してないかなこれ。」

 

提督「そうだね・・・ただまぁ・・・流石に疲れた・・・。」

 

大淀「無理は禁物ですよ? 提督。」

 

提督「うん、分かってるよ。」

 

大淀「でも、艦娘寮には・・・」

 

提督「うん、何にもないよ、何があるか知らないしな。」スットボケー

 

大淀「そ、そうですか・・・。」

 

あえて一部白を切る直人でありました。

 

提督「・・・俺は仮眠室のハンモックで寝よう。荷物は明日当たり届く筈だ、あっちは高速貨物船だしな。」

 

皆お休みー   おやすみなさい!

 

直人達は各々部屋に行って休んだのであった・・・。

 

 

 

直人「スピー・・・」

 

寝付きが宜しゅうござんす。

 

この頃のサイパン島は前述の通り無人である。これについてはグァムやテニアンも同様であったが、特にグァムは、負の霊力による土壌浸食が顕著で居住不能と言う有様であり、アメリカも領有を放棄しているほどの惨状であった。

 

サイパン島にしても辛うじて野鳥がいる程度であり、テニアン島には何者も寄り付かぬ有様である。

 

 

 

2052年6月19日 午前7時

 

 

提督「・・・うーん・・・朝、か。」

 

ハンモックの上で目覚める直人、寝起きは悪くない。

 

大淀「提督、起きてますか?」

 

ドア越しに大淀が声を掛けてきた、ノック無しで。

 

提督「あぁ、起きてるよ。」

 

大淀「失礼します。提督、無線等の準備はどうしましょうか?」

 

提督「うん、運用準備は急いで進めてくれ。入渠ドックの使用や建造なども出来る様に。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「そういや電力ないのはどうしよう?」

 

模倣錬金である為実の所電力は元よりない。発電機の模倣は彼には出来ないからである。

 

大淀「確か荷物の中に発電機、ありませんでしたっけ?」

 

提督「あぁ、そういえば。ほんのちいせぇのがあったけど、あれじゃ到底賄えんぞ?」

 

小さい=電球を幾つかつけられる程度の小型発電機、テント用とかそのレベル。

 

大淀「ですよねぇ・・・。」

 

 

ドカドカドカ

 

 

飛龍「提督!」バタン

 

提督「な、なんだどうした!?」

 

いきなり飛龍が飛び込んできたのに驚く直人であったが、その答えはすぐ帰ってきた。

 

飛龍「船団がもう近くにいます!!」

 

その言葉にキョトンとする直人、それもその筈、船団が来るのは2日後の午後の筈である。

 

提督「・・・え? 嘘だろ?」

 

飛龍「本当です、司令部裏ドックに来てください!」

 

提督「あ、あぁ、わかった。」

 

事情がよく呑み込めなかったが、とりあえず行くことにした直人はそこで驚くべきものを見た。

 

 

 

午前7時10分 司令部裏ドック

 

 

提督「えーと・・・ん・・・―――え!?」

 

飛龍「ね?」

 

本当にいました、サイパン東岸にある司令部からきっちり見えます、艦娘達も全員一緒です。

 

提督「どうやったんだおい!?」

 

大淀「そうですね・・・どうやったのでしょうか・・・。」

 

3人とも流石に首を傾げるばかりであった。

 

 

 

船団は午前8時に全て岸壁に接岸し、直人は艦娘達から事情を聞いたのだが・・・

 

夕立「皆で引っ張ってきたっぽい!」

 

提督「・・・。」

25ノットは余裕で出た計算なのであるが、その辺どうなのかと問いただすと、

 

金剛「27ノットぶっ続けでお腹が空いたのデース・・・。」

 

白雪「私も・・・」

 

鳳翔「お恥ずかしながら、私も・・・」

 

提督「・・・。」

 何をやっているんだと直人は無言で顔を覆ったが、こうなってしまった以上仕方のない事ではある為、渋い顔ながら指示を出していく。

 

提督「鳳翔さん。」

 

鳳翔「なんでしょう?」

 

提督「食堂稼働に必要なものはちゃんとあるんだよね?」

 

鳳翔「それは勿論です。」

 

提督「結構。急いで準備してくれ。間宮さんも手伝いに入って欲しい。」

 

鳳翔「分かりました。」

 

間宮「了解しました。」

 

提督「局長! 発電設備修理用の資材は?」

 

局長「抜カリナイゾ。」

 

今回この輸送船団には、島内に残された発電設備復旧用の資材も積載されているのである。詳細は追って話す事にするが。

 

提督「では急ぎ修理を。明石さん!」

 

明石「なんでしょう?」

 

提督「造兵廠と修理用ドックの稼働準備、お願い。」

 

明石「了解です!」

 

提督「技術局スタッフも運用準備を急いでくれ。」

 

電「分かったわ!」

 

ワール「仕方ないわね・・・。」

 

荒潮「はぁい♪」

 

如月「なら早速始めないと、ねぇ?」

 

局長「アァ、ソチラハ任セルゾ。」

 

提督「よし、各自荷物搬入後作業にはいる様に、解散!」

 

一同「了解!」

 

船員「あの、私達はどうすれば宜しいですか?」

 

提督「あぁ、各種資材と資源の搬入をしてくれ、その後はそちらで動いて貰って構わない。」

 

船員「分かりました、そう伝えます。」

 

提督「うん。金剛! 飛龍! 雪風! あとで俺のところに来てくれ!」

 

金剛「OK!」

 

雪風「はい!」

 

飛龍「了解!」

 

提督「あとの者は適宜各作業の支援に回る様に! ・・・ふぅ。」

 

一通りの指示を出し終えた直人は、執務の準備を整える為執務室へと向かったのであった。

 

 

 

各自荷物搬入、とどのつまり艤装と引っ越し荷物である。

 

そして、そこに一つのダウトがあったのである。

 

 

 

2052年5月19日午前8時半 司令部裏ドック

 

 

赤城「おっとと・・・よっと・・・。」

 

加賀「赤城さん、いけますか?」

 

赤城「なんとか・・・。」

 

ドックに入っている輸送船から、デカいダンボールを運ぶ赤城が、加賀と共に下りてくる。

 

提督「うん・・・よし、搬入していいぞ。」

 

白雪「はい。」

 

前で白雪が提督の検問を受ける中、赤城がそれに臨む。

 

提督「さて次・・・赤城、二人揃ってその大荷物はどうした?」

 

赤城「服の着替えや私服、掛けておくハンガーなど日用雑貨です。」

 

提督「・・・。」ジロジロ

 

訝し気に赤城と段ボールを見る直人。

 

赤城「な、なんですか?」

 

提督「・・・食い物じゃねぇだろうな?」

 

赤城「何を仰ってるんですか、そんな訳ないじゃないですか・・・。」

 

提督「そうか、では搬入してよろしい。」

 

赤城「では。」

 

赤城が加賀と共に去ろうとする。

 

その時、赤城の方から直人の方に、今まで無風であったのに東向きのそよ風が吹いた。

 

そしてそれは、段ボールの中の物に含まれていた、ある物の匂いを、直人の鼻に届けた。

 

提督「・・・!」フワッ

クン・・・むっ、これは、カ○ビーのうすしおのポテチ!

「そこの大食艦、ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!」

 

赤城「!!?」

 

すごすごと逃げるように去ろうとしていた赤城を呼び止める直人。

 

加賀「まずいです、気づかれました。」ボソッ

 

赤城「まさか食べかけの―――!?」ボソボソ

 

なぜ直人が匂いのみでピンポイントに当てたのかが疑問である。

 

加賀「逃げましょう。」

 

赤城「えぇ。」

一航戦、無言でダッシュにて逃亡を図るのだが・・・

「逃げられると、思うなぁぁぁ!!」ダァン

 それを直人はたった数歩で追い抜く、ダンボールを掻っ攫いながら。実はこの男、足の速さなら自信があるどころの騒ぎではなく、跳びの大きい独特の走法とその脚力で、陸上での追いかけっこでは島風などよりよっぽど足が速いのだ。

 

加賀「なっ!?」

 

赤城「あ、あれ!? 段ボールが・・・。」

 

「中身を検閲だぁぁぁぁ!」シャキーン

カッターナイフを取り出し

「~♪」

 

赤城「ま、待ちなさい!!」

封をしている紙テープを切り

「御開帳~!!」

勢いよく段ボールを開く。

 結果、赤城の言っていたことは、確かに嘘では無かった。しかしハンガーは入っていたがたった3本だけ、あとは服だけだがこれも数着のみ。

「こっ、これは!?」

 その下には、無数の保存食品が。カップ麺、缶詰、お菓子など多種多様であった。我、密輸物品を差し押さえたりと勝ち誇る直人である。

 

赤城「くぅっ・・・!!」

 

提督「ハァ~ッハッハッハッハ!! このポテチが命取りだったな!」

 

赤城「何故・・・気づいたのですか・・・?」

 

提督「さっきのそよ風に紛れて匂ったのだよ、残念だったな! 差し押さえさせてもらうぞ。」

再び一航戦、完全☆敗北。

 

加賀「完璧だと思ったのに・・・。」

 

提督「それこそ慢心だよ、慢心はダメ絶対、だ!」

 

赤城「くっ・・・完敗です・・・。」

 高らかに鼻歌を歌いつつ軍靴を鳴らして差し押さえ物品を持って去る直人なのでした。

直人自身元からこれを警戒していたのだが。内地でさえその手の製品は不足しているのだ、それをそんな形で持ち込むなど言語道断である、と言う事だ。

 

 

提督「鳳翔さん、これ管理おなしゃっす。」

 

鳳翔「え? あぁ、そういうことですね。了解しました。」

 

遠い目で呆れたと言いたげな鳳翔さん。

 

提督「ありがと。」

 実の所検閲を始める前に鳳翔に話はつけてあったのだった。ただ送り返したい所ではあったが、如何せん航路の安全性を考え、横鎮本部と協議する事にしており、それまでの間管理をお願いしてあったと言う訳だ。

 

柑橘類「お? なんぞ? 食っていいの?」

そんな所にひょっこり現れる飛行隊長。

「・・・おい。」

駄目に決まってるだろ、と言いたげな直人ではあったが敢えて口に出さないのだった。

 

 

午前9時3分 司令部正門

 

提督「ふーむ・・・」

 

足元に台車4つ積んだ直人が、正門脇に立っていた。

 

金剛「提督ゥー!」

 

提督「ヲッ、来たな?」

 言いながら目をやると、何気ない物真似に後ろの方からついて来ていた雪風が思わず身構えながらきょろこよろ辺りを見回していた。

 

飛龍「ヲ級の声真似ですか~?」

 

提督「よく分かったな。」

 

雪風「思わず身構えちゃいましたよ、しれぇ。」

 

提督「反射的に身構えられるのは良い事だ。」

 

金剛「それで、なんですカー?」

 

提督「うん、ちと荷物を飛行機に取りに行くの。手伝ってちょ?」

 

金剛「おぉ!? 提督の私物デスカー!?」キラキラ

 

雪風「おぉ!?」キラキラ

 

「お手伝いします!」ビシッ

聞いた瞬間飛龍が直立姿勢になった。

 

提督「いくぞー。」

 

3人「はい!」

 

そうして直人達は、正門正面のトンネルに入っていった。

 

 

 

ついでに解説しておこう。

 

この司令部は司令部正門出た正面に防空壕兼務のトンネルがあり、サーブ機を停める為の掩体(機体を爆撃時の爆風から防護する為の構造物、土嚢などで作られる。)の背後に出る様になっている。まぁ地面を思いきり下げた為の代替移動手段だが。なおトンネル全長2km。

 

なお南の島=ビーチであろうが、飛行場の南側にラッダービーチと言う小さな浜があるので問題ない。いずれここが物語の舞台ともなろう。ただ司令部正門から直線で5km程離れているのが泣き所ではあるが、マラソンの範囲内じゃかまへんかまへん!(実際通るルートは約6km(爆

 

 

 

2052年5月19日10時前 司令部前トンネル内

 

 

ガラガラガラ・・・と、台車を押しながら来た道を戻る一行。

 

金剛「暑いデース・・・。」

 

提督「だな、戻ったら水分補給しとけよー。あと金剛、トンネル出るまでに服装戻しとけ。」

 

金剛「分かってマース・・・。」

 

思いきり胸元はだけてて見づらいwww

 

飛龍「サウナの中ですかここは・・・。」

 

飛龍も服をつまんで引いたり戻したりしている。

 

だから目のやり場に困るんだっつーの!

 

雪風「お荷物一杯ですねぇ・・・。」

 

提督「台車持ってきて正解だったな。」

 

一応私服と支給されてる制服の残り(冬服とかね)とハンガー、あとは趣味の小説なりDVDなり銃器弾薬ですね。

 

雪風「早くトンネル抜けたいですね、司令?」

 

その雪風は全身汗だくでバッチリ透けまくり、ブラつけてないのも丸分かり過ぎて一瞬見ただけで目を逸らしたわ畜生めぇ・・・。

 

男って、つらいです・・・。(結論

 

 

 

一つ言っておこう。如何わしい物は何も入っていない、全て金剛にチェックされました。

 

入っててバレたら(100%バレる)今頃血まみれでぶっ倒れてるでしょうが。どっちかが。

 

 

 

因みに中央棟は6つの部屋に分かれてます。

 

エントランスホールを左右に挟んで一階に2つ、二階に2つと、2階廊下の左右突き当りに一つづつ。

 

今回の移転に乗じて部屋の配置が変わり、一階右部屋は大淀さんの管理する無線室、その真上(二階右部屋)が明石や間宮などの特務艦寮、一階左部屋が空室(剣道場)、その真上が提督仮眠室となる。

 

二階廊下突き当りの部屋の内、左突き当りが執務室なのはご存じの通り。ではその反対側はと言うと、実は用途未定で空室になっていた。

 

直人の引っ越し先について、寮の管理人室と予想した人は一人じゃないとは思うが、そんなもの元々ない。どこのハーレムゲーですか? まぁ艦これってハーレムゲーに雰囲気近いけど。(ぶっちゃけ&マジレス&作者の持論)

 

ではどこなのか、答えはその執務室の反対側の空室である。

 

理由は空室である事が一つ、加えて寝たい時すぐ寝られるのと、プライベートスペースに出来るという事。(仮眠室は誰でも立ち入りOK)

 

 

 

午前11時半 提督私室

 

提督「ふぃー。」

 

直人、家具設置完了。

 

提督「・・・そう言えばDVD持ってきたのはいいが、テレビねぇや・・・。あと布団どうしよ・・・。」

ドタバタしていた事もあってその辺りの事は完璧に忘却していた直人である。何分官給品を持ち出す訳には行かなかったからである。

 

コンコン

 

提督「開いてるぞー。」

 

最上「提督、ちょっといいかな?」

 

提督「・・・どうした?」

最上は必要以外直人の所には来てくれない(些か寂しい思いをしてるのは内緒)ので、少々姿勢を正す。

 

最上「提督宛に大荷物があって、下まで持ってきてるんだけど・・・。」

 

提督「ん? 分かった、すぐ行こう。」

直人は最上に続いてエントランスに向かった。

 

 

~司令部中央棟・エントランスホール~

 

「あれだよ。」

最上が直人を連れてきたのはエントランスホールだった。ここまでは運び込んだのだと言う。

 

提督「えーっと・・・って、デカいな。」

 

最上と一緒に荷物を運んで下まで来ていたと言う扶桑が中身について触れる。

 

扶桑「ベッドやテレビみたいですよ?」

 

提督「・・・よし、二階上がって右の突き当りの部屋に運んでくれ。」

 

扶桑「わ、わかりました・・・。」

そう言いながら直人は、

(土方さん、こっそり積荷に紛れ込ませてたな? 官給のベッドやらテレビやらを・・・。)

と心中では結論に至っていた。一体どこで知ったのだろうと本気で思いながら。

 

 

~横鎮本庁~

 

「フフフ、サプライズプレゼント、喜んで貰えるかな?」

 と自分の執務室で一人ごちる土方海将。

土方海将は、輸送船の積み荷の中に官給品であるダブルベッドやテレビなどをこっそりと紛れ込ませ、サイパンに運ばせたのである。

直人が官給品の持ち出し厳禁を留意する事を知る彼なりの、せめてもの気遣いであった。到底そんなものを用意している暇など無かろう事は分かり切ってもいたからだ。

「―――まったく、頭が上がらないな・・・。」

そう呟きながら、ハンガーラックの箱を運ぶ直人でした。(クローゼットなんてないです。)

 

 

その頃(12時過ぎ)、赤城の自室では・・・

 

赤城「クッ・・・今度は別の手段を考えなくては・・・。」

 

「赤城さん、これを見て。」

悔しがる赤城の下に段ボールを持って現れる加賀さん。赤城は疑いなしに渡されたダンボールを覗いた。

赤城「こっ、これは・・・!?」

 

加賀「フフフ、やりました。」

 

赤城「流石ね・・・。」

そのダンボールの中には、僅かながらカップ麺や缶詰などが入っていた・・・。

 

 

 

提督「・・・やらかした気がした。」

 

そんな気がした直人でした。



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第13章~戻ってきた休息の日々~

どうも、天の声です。

青葉「どもー、恐縮です、青葉です!」

11章までシリアスとバトルでぶっ通しだったので、12章は読み易く説明もそこそこに簡潔に書いてみましたが、如何だったでしょうか。小ネタ集になってしまいましたがww

青葉「自覚は、あったんですね、あれ。」

そりゃぁね、小説全体に小ネタをちりばめるスタイルなので。自覚なきゃやってられんです。

青葉「そうですか・・・。」

一応青葉の広報部は新聞発行の都合上横鎮司令部施設内に移転して活動を続けるそうで、基本青葉は鎮守府を不在にしている場合が多い・・・と思います。

青葉「まぁ、横須賀市広報課と連携してますから、仕方ないですね。」

まぁな。今回はなんの解説だったかな?

青葉「艦娘機関の解説では?」

あぁ、そうだったな。

艦娘機関と言うのは、艦娘が航行/戦闘時使用する外部エネルギーデバイスで、艤装を稼働させる為の霊力を供給する為の機構の総称だ。

艦娘の艤装機構と言うものは、人間の機械の機構と全然異なるものであるらしく、電力回路の代わりに霊力回路と言うものが張り巡らされ、これを人間や艦娘の精神や神経と同調させる事で制御するらしい。その霊力回路に霊力を送るのが艦娘機関で、機関を稼働させるのに艦娘の霊力を使うという訳だ。

元々紀伊は精神と神経の同期だけで稼働/制御する大変負荷の多い艤装だったものが、艦娘機関を搭載したことで相当楽になったらしい。

青葉「艦娘の霊力保有量って、どれ位なんですか?」

どちらかと言うと瞬間的な霊力生産量かな、艦娘に転生する前の基準排水量と同数値が普通だな。霊力と言うのは魔力と違って体内に蓄えられないのが難点なんだよ。使われない場合その瞬間に消滅してしまう。

青葉「ほうほう。」

無理に貯めようとした場合、その瞬間に体が霊体化して現世とあの世の間を行き来する幽霊になる。

青葉「えぇぇぇぇ!?」

数例ほど前例があるのさ。霊力者が人前で霊体化すると言う出来事が。それまでは体内に霊力を蓄積しようと試みられていたのが、それ以降ぱったりだ。

青葉「・・・いろいろ危険なんですね。」

そゆこと。ただ熱を持つのは普通の機械と同じらしい。シリンダーとか普通のエンジンにある様なもんもあるらしいから焼き付きとかもあるらしい。

青葉「整備が必要な理由ですね。」

因みに霊力だが、特異点として普通より霊力を多く持った場合は特殊な能力が身に付いている場合があるらしい。

青葉「ほほう?」

お前もだよ?

青葉「ふえっ!?」

因みに時雨のは直人の様に魔力と霊力を両方持った例です。

さて、これ以上は際限なくなっちゃうので行っちゃいましょう次。

青葉「そ、そうですね・・・。」

13章、どうぞ。


2052年5月20日早朝 技術局

 

 

提督「局長ー・・・う!?」

 

局長「・・・。」チーン

 

完全にうつ伏せダウンしているモンタナ局長。

 

提督「局長、どうしたん?」

 

如月「あら、おはよう提督。」

 

そこへ現れる如月。

 

提督「お、おう、おはよう。」

 

如月「局長ね、突貫作業でサイパンの自然発電設備を修理してたのよ。一睡も一食も摂らずにね。」

 

提督「・・・なんか、すまない。」

 

局長「ペラペラ喋リスギダゾ、如月。」

 

いつの間にか仰向けになっていた局長。

 

如月「あら? 私はただの独り言のつもりだったのだけれど?」

 

局長「・・・マァイイ。デ?提督ハナンノ用ダ?」ピンクノレース

 

 

ゲシィッ

 

 

提督「・・・あぁ、少々改造してもらいたいものがあってな。」

 

局長の顔面を踏みつける如月を華麗にスルー。

 

局長「ホウ?」イダダダダ

 

提督「俺がサイパンに乗って来たサーブ機なんだが、本土との往来が出来る様にして欲しいんだ。」

 

局長「具体的ニハドウスルンダ?」

 

普通にしゃべってるし。

 

提督「俺のサーブ340Bはいかんせん短距離機で航続距離が短い。妖精たちのサポート込みで何とか運んできたんだが、それではあまりに心もとない。エンジンの性能を上げて何とかできないか、やってみてほしいんだ。」

 

局長「・・・ソレデ燃費モ下ゲルンダロウ?」

 

提督「あぁ、今の段階だと1700kmちょっとだが、2480km飛べるようにしてほしい。」

 

局長「ソレハマタトンデモナイ注文ダナ。ダガマァイイ。ヤレルダケヤッテミヨウ。」

 

提督「ありがとう。」

 

局長「ダガソノ前ニメシダ。腹ガ減ッタ。」

 

提督「電気はもう使えるのか?」

 

局長「勿論ダ。」

 

提督「鳳翔さんたたき起こしてくるわ。」

 

雷「この時間ならとっくに起きてるわよ?」

 

提督「へ?」

 

雷「おはよう、司令官。」

 

提督「お、おはよう。」

 

電「鳳翔さん、この時間は食材の仕込みやってるわよ?」

 

直人はそう言われて時計を見る。

 

提督「・・・5時半か。」

 

局長「食堂イクカ・・・。」

 

提督「俺も行こう・・・。」

 

雷「私も・・・」

 

如月「私も。」

 

荒潮「私も行こうかしら~。」

 

4人「!?」

 

気配無く忍び寄る荒潮に驚愕する4人。

 

荒潮「そんなに飛び上がらなくてもいいんじゃないかしらぁ♪」

 

・・・確信犯だこいつ・・・。

 

 

 

午前5時40分 鎮守府食堂棟

 

 

サイパン特別根拠地隊総司令部(警備府扱い・管轄は横鎮)となった横鎮近衛艦隊司令部。その食堂棟に朝一に現れたのは言うまでもなく直人達であった。

 

提督「腹減った・・・。」

 

鳳翔「~♪ あ、提督、おはようございます。」

 

提督「おはよ。」

 

鳳翔「今日は、珍しい組み合わせですね?」

 

提督「んお?そうかな・・・?」

 

局長「確カニナ。」

 

疑問符を浮かべる直人と相槌を打つ局長、この差はなんなのか。

 

鳳翔「もう少しお待ち頂ければ、出来ますので。」

 

提督「うん、ありがとう。」

 

雷「お腹空いたぁ~。」

 

雷の言葉を境に、5人は思い思いに席に着いた。

 

 

 

提督「はむっ・・・」モグモグ

 

多聞「おはよう、紀伊提督。」

 

提督「ふへっ!? ぬぐっ、おはようございます。」

 

多聞「ハハハ、そう驚かなくてもいいだろう。」

 

食事中やって来たのは山口多聞提督、足元にいました。

 

多聞<上にあげてくれ アッハイ>提督

 

 

 

多聞「食事中邪魔してすまんな。」

 

提督「いえいえ、それで、何か御用ですか?」

 

多聞「まぁ、用と言うほどでもないが、一つ聞きたい事が出来たのでな。」

 

提督「・・・なんなりと。」

 

多聞「うむ。あの時の会話、『自分は英雄ではない』と言ったな? そう呼ばれたくて戦っている訳でもないと。」

 

提督「えぇ・・・はい。」

 

多聞「では貴官は、この終わる当てのない戦いの先に何を求めるのだ?」

 

提督「・・・!」

 

それは直人の戦う理由の根幹を突く言葉だった。無論、この時その理由すら、定まってはいなかったのだが・・・。

 

多聞「どうなのだ? 富か? 栄誉か? 栄達か? はたまた大それた望みでも持っているのか?」

 

提督「・・・富や栄達の為に戦おうとは思いません。そもそもこの艦隊は秘密の存在、栄達はもとより望めません。」

 

多聞「そうだな、飛龍から聞いたよ。」

 

あいつもおしゃべりだなぁ・・・まぁ山口提督ならいいか。

 

提督「名声も望む事は出来ませんし、富など得ても詮方ない事です。」

 

多聞「随分割り切っているな貴官は。では紀伊提督の戦う理由とは何か?」

 

提督「・・・正直、よく分かりません。」

 

多聞「ほう?」

 

直人はそう答えた後に続ける形でこう述べた。

 

提督「私は、決して恵まれた家庭とは言えない家に生まれましたが、内面は恵まれた人間です。しかし、その日常は時に楽しく時に辛く、しかもこのご時世、明るいニュースも知らせも無い世の中です。だから、『人間にとって』明るい平和な日常を取り戻すと言う『使命感』に縛られてきました。それ以外、戦う理由を見出す心の余裕は、ありませんでした。」

 

多聞「・・・一つ聞くが、『人間にとって』明るい平和な日常と言うが、それが深海棲艦達の幸せに、果たしてなるのか?」

 

提督「それは―――」

 

直人は口籠ったがすぐに続ける。

 

提督「それは、違うと思います。誰かの幸せを排斥する幸福など、ただの偽りです。」

 

直人は少し考えてそう言った。

 

多聞「そうだな、その通りだ。我々の様に、自分達を護る為に戦った軍人と、君の立場は、少し違う。だが理由が無ければ戦いに積極的になれないのも事実だ。そうだろう?」

 

提督「・・・はい。」

 

多聞「土方龍二海将、といったか。彼がせっかく用意してくれたひと時の休息だ、じっくり考えて、答えを見出すといい。」

 

提督「・・・分かりました。」

 

話が区切りを迎えた所に、食堂の喧騒に混じってぼやきと足音が聞こえてきた。

 

飛龍「全く多聞丸ったらどこに・・・」

 

提督「おう、おはよう飛龍。」

 

やって来たのは飛龍であったが。

 

飛龍「あっ、おはようございます提督・・・って、多聞丸こんなとこにいたんだ♪」

 

多聞「なんだ、起きていたのか。」

 

飛龍「ちょっと心外ね。」

 

多聞「いつもはもう少し遅いと思っていたのでな。」

 

飛龍「今日はたまたま・・・ね?」

 

多聞「だろうな。」

 

直人はその会話を聞きながら腕時計に目を落とす。針は6時35分を指していた。

 

飛龍「では提督、私達は、これで。」

 

多聞「ではな。」

 

提督「はい。」

 

山口提督は飛龍の左肩に乗って去り、あとに残された提督は一人、食事に戻った。

 

提督「・・・なんだか親子みたいww」

 

と、一人呟きながら。

 

「ヘーイ提督ゥー!」

 

背後からいつもの声が聞こえるのを捉えながら。

 

彼にとっての安寧の日常の一日は、まだ始まったばかりである。

 

 

 

5月20日 午前9時半 提督執務室

 

 

提督「むー・・・」カリカリカリ

 

大淀「ファイトです。」^^

 

提督「手伝う気ないなお前!?」

 

大淀「当然です、スキルアップの為と思って、頑張って下さい。」

 

このところ立て込んでいた分のツケが来ました。書類に忙殺されております。

 

提督「こんな日に限ってなんで書類出来る奴いないの!?」

 

大淀「近海警備と鎮守府内戦闘訓練で出払ってますね。」^^

 

因みにこの鎮守府も47人(+1&α)の艦娘が着任しているが、書類仕事が出来る艦娘はそこそこにおり、金剛・榛名・霧島・日向・白雪・響・雷・電・長月などがいるが、実はそれらは全員前述の理由で出払っており、秘書艦席には誰も座っていない状態であった。

 

提督「・・・。」(謀られたか・・・。)

 

流石に参ったと書類の山を見る。

 

うず高く積まれた書類の山が3つもあった。

 

提督「・・・そうだ。」

 

大淀「なんでしょう?」

 

直人はここで一計を案じた。

 

提督「ドロップ判定だ、判定の出た奴割とあったろ。全部処理にかけてみよう。そうだな・・・よし、雪風にやらせてくれ。」

 

大淀「そんなことはいいので書るi」

 

提督「提督命令だ、急げ。」

 

大淀「・・・はい、分かりました。」

 

と言っても、ドロップ判定、21もあるのだが。

 

 

 

提督「・・・自己紹介よろしく。」

 

という訳で、判定結果が被りながらも色んな子が来てくれました。

 

※以下着任艦挨拶一覧

 

陽炎「陽炎よ、よろしくね!」

 

不知火「不知火です。御指導、御鞭撻、よろしくです。」

 

黒潮「黒潮や、よろしゅうな!」

 

朝潮「駆逐艦、朝潮です。勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」

 

満潮「満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら。」

 

白露「白露型駆逐艦の1番艦、白露です!」

 

村雨「白露型駆逐艦、村雨だよ。みんな、よろしくね!」

 

五月雨「五月雨って言います! よろしくお願いします!」

 

子日「初めまして! 子日だよぉ!」

 

若葉「駆逐艦、若葉だ。」

 

漣「綾波型駆逐艦、漣です、ご主人さま。」

 

潮「特型駆逐艦、綾波型の、潮です。」

 

初雪「初雪・・・です。よろしく。」

 

深雪「深雪だよ! よろしくな!」

 

睦月「睦月です! 張り切って参りましょー!」

 

長良「軽巡、長良です。よろしくお願いします!」

 

名取「名取といいます。ご迷惑をおかけしない様に、が、頑張ります!」

 

由良「長良型軽巡、四番艦の由良です。どうぞ、よろしくお願いいたします。」

 

 

 

総勢18隻、着任。因みに被り艤装は幸い3つ(金剛・白雪・朝潮)にとどまり、大幅な隻数増加が為されたのであった。

 

提督「こんな司令部によくぞ来てくれた。みんな、歓迎するよ。」

 

大淀「駆逐艦が一気に増えますね、これで。」

 

提督「あぁ。」

 

潮「あの・・・もう、下がって宜しいでしょうか?」

 

提督「ん? あぁ、構わないぞ。あとで誰かに頼んで、司令部を案内してもらうといい。解散!」

 

18人「はい!」

 

うーん、やっぱ現役時代の癖か、号令には鋭いな皆。

 

朝潮「あの、司令官。」

 

提督「ん? なにかな?」

 

朝潮「なにか、私に出来る事はありませんか? 何でもやります!」

 

提督「え、えぇと・・・。」

 

唐突に言われてもなぁ・・・あ。

 

提督「朝潮、書類仕事出来る?」

 

朝潮「はい、出来ますが。」

 

大淀「!!」シマッタ!?

 

提督「じゃぁちょっと書類処理を手伝ってくれるかな? 今日はちょっと書類を処理できる子が出払ってて困っていたんだ、その山なら誰でも処理できる筈だ。好きなだけ持ってって貰って構わない。」

 

そう言って300枚以上重なっている書類の山を指さす直人。

 

朝潮「分かりました!」ヒョイッ

 

そしてそれを『全て』持って行く朝潮、秘書艦席に座ると猛スピードで作業を始めた。

 

提督「・・・。」ポカーン

 

流石に唖然となる直人だった。

 

提督「・・・俺もちょっと頑張ろう。」

 

大淀「・・・。」

 

張り合い甲斐が無いとやる気も出ない性質だと悟る大淀、その横でバリバリと書類を片付ける直人。瞬く間に山が消えていき・・・

 

 

 

~1時間半後~

 

提督「終わり!」

 

朝潮「終わりました!」

 

終わりやがりました。

 

大淀「では、鎮守府に転送しておきますね。」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

朝潮「提督も、デスクワークは出来る方だったのですね。」

 

提督「まぁ、競争相手がいないとやる気も起きないんだけどな。」

 

朝潮は分からない所をちゃんと聞き、各所をしっかりと書いていた。しかも字も綺麗ときていた。

 

朝潮「普段はどなたがお手伝いをなさっているのですか?」

 

提督「まぁ、金剛が中心かな。日によってまちまちだよ。」

 

朝潮「そうなんですね。他に何かありませんか?」

 

提督「うーん、特にはないかな。」

 

朝潮「そうですか、ではこれで。」

 

提督「うん。」

 

敬礼してから去る朝潮。何とも頼もしい事だと、そう思う直人でした。

 

 

 

5月20日 午前12時 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「ごちそうさまっと。」

 

鳳翔「お粗末様でした。」

 

提督「うおおおっ!?」ビックゥ

 

背後の気配に気づかない直人も大概だが気配を消すお艦こと鳳翔さんも大概である。

 

柑橘類「よぉ。」

 

提督「お、おう。」

 

その肩に乗っていた柑橘類戦闘隊長。

 

鳳翔「今日は随分お早かったですが、何かあったのですか?」

 

提督「今日はいつもより早くお腹が空いたので、鳳翔さんの料理を食べに来ました。」(キリッ

 

聞きようによっては口説いている直人。

 

鳳翔「まぁ。」

 

柑橘類「おう、口説いてんじゃねぇ。」

 

提督「・・・この野郎。」

 

鳳翔「フフッ。食器、洗っておきますね。」

 

提督「あぁ、お願い。」

 

鳳翔「ではこれで。」

 

そう言って空の皿を乗せたお盆を持って去っていく鳳翔さんの背中を見送る直人、その時ある言葉が耳に飛び込んできた。

 

「うーん、この司令部、訓練が無いから楽でいいな。」

 

「私に教官を任せて頂けるなら、しっかりご指導させて頂くのですが・・・。」

 

提督「!」クルッ

 

後ろを振り向くと、その言葉の主はすぐに分かった。

 

前者は天龍、龍田に対して言った一言。

 

後者は神通、一人呟いた言葉であった。

 

 

 

提督「・・・ほう?」

 

 

紀伊直人、悪知恵(良)スキル発動。

 

 

 

12時45分 提督執務室

 

 

提督「~♪」

 

大淀「・・・? 提督、戻って来るなり上機嫌、しかも執務も終わってるのに、どうされたんですか?」

 

提督「あぁ、神通待ってるんだ。」

 

大淀「神通さん・・・ですか?」

 

提督「うん。」

 

 

コンコン

 

 

ドアがノックされる。

 

金剛「どうぞ~!」←さっき戻って来たばかり

 

神通「失礼します。」

 

勿論神通がやってきました。

 

提督「おっ、来たか。」

 

神通「司令官さん、あの・・・お呼び、という事でしたが。」

 

提督「うん、お前は食堂で言ったな?『教官を任せて貰えればしっかり指導してやれる』と。」

 

神通「!!」

 

ぎくりとした表情と共に驚く神通。

 

神通「き、聞いてらしたんですか・・・?」

 

提督「たまたまお前の後ろで食べ終わったところだった。」

 

神通「うう・・・提督もお人の悪い・・・。」

 

提督「そう言うな。お前に損な話じゃぁない。」

 

神通「?」

 

そう言われて怪訝な顔になる神通だったが、敢えてスルーして話を続ける直人。

 

提督「明日付でお前に艦隊教導艦を任せたい。」

 

神通「えっ!?」

 

提督「どうした?言いだしっぺは神通だぞ?」

 

神通「そっ、それは・・・。」

 

提督「それに神通といえば、華の二水戦旗艦じゃないかな? 猛訓練で鳴らしたそうじゃないか。」

 

神通「あの・・・その・・・。」

 

提督「これは提督としての正式命令だ。いいな大淀さん?」

 

大淀「えっ、えぇ・・・まぁ。」

 

提督「という事だ。引き受けてくれるな?」

 

神通「・・・分かりました。この一身に賭けて、皆さんを鍛え上げます。」

 

どうやら腹をくくったようである。

 

提督「ありがとう。とりあえず訓練が無いからと弛んでる連中はビシバシ扱いておいてくれ、主に天龍。」

 

神通「了解しました。」

 

提督「じゃぁ下がっていい。明日からに向けて休んでおくといいだろう。プログラムは任せるぞ。」

 

神通「はい・・・では、これで。」

 

 

コツッコツッコツッコツッ・・・、ガチャッ、バタン

 

 

提督「・・・ふぅ~。」

 

大淀「・・・宜しかったのですか?」

 

提督「なにがですか~?」

 

大淀「神通さんに教導艦を任せて?」

 

提督「・・・往時の二水戦の練度は知っておろうが。」

 

大淀「えっ、そこまで引き上げるんですか?」

 

提督「ったりまえだ! あいつらはまだ超兵器とやり合うには未熟に過ぎ、相手を選ばねば俺がやるしかないんだぞ。」

 

大淀「それは、まぁ・・・。」

 

提督「あと、大淀さん達も艤装が着次第加わるんだからね?」

 

大淀「・・・正気ですか・・・。」

 

提督「デスクワークだけじゃダメだぞ、運動しろ運動。」

 

大淀「うう・・・///」

 

提督「司令部内放送の準備を。」

 

大淀「アッハイ。」

 

 

 

雪風「ここが入渠棟で、修理の際に使うんです!」

 

陽炎「へぇ~、こうして見ると、色んな施設があるのね、慣れるまで大変そう。」

 

雪風「明石さんがここには一番詳しいそうなので、聞けば大丈夫だと思いますよ?」

 

不知火「そうね、その方が確実かも知れないわ。」

 

黒潮「明石はんもここにきて出世したんやなぁ~。」

 

提督「“あー、あー、マイクテス、マイクテス。”」

 

黒潮「なんや? 司令はんか?」

 

 

 

提督「“司令部所属各艦娘に伝達する。今までは手が回らず、全くと言っていい程行ってこなかったが明日より――――――”」

 

 

 

~食堂~

 

天龍「おいおい、まさか・・・」

 

摩耶「なんだなんだ?」

 

鳳翔「いよいよ始まりますか。」

 

柑橘類「何がだ?」

 

 

 

~艦娘寮~

 

皐月「なんだろう?」

 

文月「なんだろうねー?」

 

三日月「うーん?」

 

長月・菊月「もしや・・・。」

 

 

 

~造兵廠前~

 

明石「まぁ、いつかやるとは思いましたが・・・。」←艤装着てない

 

局長「ダナ。」←ゲストその一

 

ワール「ま、私達は関係無いでしょ。」←ゲストその二

 

荒潮「そうね~。」←非正規艦娘

 

如月「嫌な予感しかしないわ・・・。」←技術局と艦隊非常勤兼務

 

 

 

提督「“練度向上の為、明日より猛訓練を行う。”」

 

 

 

天龍&摩耶「げえええええええええええええ!?」

 

長月&菊月「やはりか・・・。」

 

皐月&三日月「訓練かぁ・・・。」

 

如月「やっぱりね・・・。」

 

 

 

~その他艦娘の反応~

 

赤城「まぁ、そろそろないとおかしいと思ってましたが・・・。」

 

加賀「そうね。でも、やっと体を動かせるのね。」

 

 

 

蒼龍「うぅ・・・訓練・・・。」

 

飛龍「あちゃぁー・・・よりによって出られない・・・。」←艤装全損

 

 

 

雪風「・・・私どうなるんでしょ。」←艤装全損

 

陽炎「着任早々からかぁ・・・。」

 

不知火「雪風、今まで訓練は無かったのですか?」

 

雪風「無かったですね。」

 

黒潮「あかぁ~ん、ついとらへんなぁ~・・・。」

 

 

 

最上「随分急だねぇ・・・。」

 

妙高「まぁ、何もしないよりはいいんじゃないでしょうか。」

 

最上「そうだね、もっと強くなっておきたいし。」

 

 

 

響「訓練か。」

 

電「どんな訓練でしょう?」

 

雷「今までなかったんだけどとうとうかぁ・・・。」

 

電「無い方がおかしいと思うのです・・・。」

 

 

 

金剛「訓練デスカー!?」

 

榛名「まぁお姉さん、大事な事ですから・・・。」

 

霧島「そうですよ、お姉様。無い方がおかしいと言うものです。」

 

比叡「お姉様となら、どんな訓練でもやって見せます!」

 

金剛「アウウ~・・・。」

 

 

 

夕立「遊ぶ時間減っちゃうっぽい!?」

 

時雨「無い方がおかしいのは分かってたけど、いよいよか。」

 

白露「どんな訓練でも、きっと私が一番よ!」

 

村雨「教官誰だろうね?」

 

時雨「少し、気になるね。」

 

 

 

まぁ多種多様な事で。割り切ってる子も大分多いけども。

 

但し次の一文で絶望の坩堝と化す。

 

「“教導艦は神通に任せた、明日朝8時に司令部正面水面に集結しておくこと。以上。”」ブツッ

 

 

 

「「「な、なんですってえええええええええええええ!?」」」

 

 

 

明石「神通さんといえば、かつての2水戦旗艦ですよ!?」

 

荒潮「・・・大分きつくしそうねぇ。」

 

如月「いやぁぁ~・・・」(涙目)

 

 

 

霧島「そ、そんな・・・」

 

榛名「こんなことって・・・」

 

比叡「ないんじゃ・・・」

 

金剛「あんまりデース。」

 

金剛型「終わった・・・」orz

 

 

 

提督「ふふーふ。」^^

 

大淀「・・・。」(悪い笑みが・・・。)

 

この提督、割と鬼畜に付き。

 

 

 

5月20日午後4時 司令部裏ドック(入泊用ドック・因みに北東向き)

 

 

提督「・・・。」クビクビ

 

 

艤装倉庫裏の岸壁に座り、一人ビール缶をあおる直人。自分の力を確認しながらではあったが。なおビール缶は350ml、土方海将の差し入れの中身に交じってた。

 

因みに直人は酒を飲まない訳ではない。好きで飲む事は少ないだけである。

 

提督「ふぅ。・・・あり? この力、剣術に応用効くってか、これチートじゃね?」

 

と独語しながら。

 

赤松「よぉ! 提督さんよぉ! ヒック。」

 

提督「お、松ちゃん。」

 

加賀制空隊長、赤松貞明。久々の登場。一升瓶片手に。

 

赤松「一人寂しく酒なんぞ飲んでるのか。」

 

提督「いいだろー別に。」

 

赤松「悪いとは言わんさ、隣いいか?」

 

提督「誰とも待ち合わせとらんよ。」

 

赤松「んじゃ失礼して、よっと。」ストン

 

直人の隣に座る赤松大尉。

 

提督「相変わらず酔ってるのね。」

 

赤松「酒が無きゃ戦闘機乗りなんざやってらんねぇっての。」

 

提督「・・・まさかコックピットでも酔ったまま?」

 

赤松「まぁそうなるな、飲酒運転ならぬ飲酒飛行ってか? ガハハハハハッ。」

 

提督「・・・呑まれるなよ?」

 

赤松「ん? 酒にか?」

 

提督「いや、“空”にさ。」

 

赤松「・・・ヘヘッ、なんだ心配してくれんのかぁ? なぁに、俺が帰らなかった日にゃうちの母艦が悲しむ。だから帰ってこなければな。」

 

提督「ま、違いないな。」

 

赤松「それにしたってここの娘共は皆べっぴん揃いだが活きがいいねぇ。」

 

提督「松ちゃんにはそう見えるか?」

 

赤松「そりゃそうともよ。一度負けたくらいでへこたれる様な芯の弱い奴は、そういないと見えるね。んっんっ・・・」ゴクゴク・・・

 

だから一升瓶あおるなと。

 

提督「じゃぁ、逆にへこたれてるのは?」

 

赤松「羽黒だったか? あの大人しそうな重巡洋艦娘。」

 

提督「ん? あぁー、そうだな。」

 

赤松「時々フィリピンの時の事を口にしてるな。ただ、へこむでも無くむしろ気合い入れてるような口ぶりだったな。」

 

提督「・・・ふむ。ならいいんだけどね。」

 

赤松「お前さんもいい部下持ったな提督さんや。みんな羽黒チャンと似たようなもんよ。そうあっさり折れるハートは持ってねぇってことだな。」

 

提督「・・・そっか。」

 

赤松「それはさておきよぉ~。」

 

提督「ん?」

 

赤松「娘共のチチ揉んじゃダメか?」ニヤリ

 

提督「ダメに決まってんだろ。」ニヤリ

 

赤松「だよなぁ~。」

 

提督「相手選んでもダメだからな?」

 

赤松「へいへい。」

 

提督「全く噂通りだな・・・ん? あれは・・・」

 

直人が何かを見つけた様だ。

 

 

 

加賀「まったく、どこに行ったのかしらあの子は。」

 

その頃加賀は、自分の艦載機妖精が一人どこぞへと行ってしまっていた為、艦載機を飛ばして探していた。

 

赤城「どうです?」

 

傍らにいた赤城が問いかける。

 

加賀「まだ見つからないみたい・・・あら、いたわ。艤装倉庫裏よ。提督と一緒にいるみたい。」

 

赤城「行ってあげますか?」

 

加賀「自分の搭乗員だもの、行くしかないわね。」

 

赤城「ふふっ。いってらっしゃい。」

 

加賀「・・・えぇ。」

 

 

 

提督「あれは・・・加賀搭載の97式艦攻じゃないか。」

 

赤松「胴体に赤の2本線、間違いねぇな。」

 

提督「加賀が心配してるんじゃないか?」

 

赤松「ならこっちにくるだろうさ。」

 

提督「あくまで自分で帰るつもりなさそうだな・・・。」

 

赤松「命令も無いのに帰る気になんぞならんよ。」

 

提督「自由奔放だな、ホント。」

 

赤松「ヘヘッ、それが取り柄かも知れんな。」

 

加賀「全く、何をやってるのかしら?」

 

提督「加賀か。」

 

 

赤松「ようおかん! チチ揉ませろー!」

 

提督「ブッ!?」

 

唐突過ぎて口に含んでいたビールを思いきり吹く直人。

 

加賀「なっ、何馬鹿な事言ってるんですか? 帰りますよ、ほら。」

 

一瞬鉄扉面が剥がれた加賀だったが、すぐに元の表情に戻ってしまった。直人が見るより早く。

 

赤松「へいへい。またなー。」

 

提督「お、おーう。」

 

 

 

加賀「ところで赤松さん? 提督とどんなお話を?」

 

赤松「松ちゃんと呼んでくれや。そうさな、最近のお前さん達の様子の事をな。」

 

加賀「・・・そうですか。本当に奔放なのは変わりませんね、あなたは。」

 

赤松「ヘッヘッヘ、まぁな。ヒック。」

 

加賀「全く・・・いつもそうですが飲み過ぎです、あとでお水でも飲みなさい?」

 

赤松「分かった分かった。」ゴクゴク

 

加賀「・・・はぁ。」

 

 

 

提督「・・・ふぅ。」

 

局長「何一人デ黄昏テイルンダ?」

 

提督「ん? 局長か。」

 

荒潮「あたしも居るわよぉ?」

 

現れたのは荒潮を連れた局長であった。

 

提督「よう荒潮。うちでの暮らしはどうだ、不便ないか?」

 

荒潮「おかげさまで~。」

 

提督「そいつはよかった。そんで? 局長は何の用だ?」

 

局長「イヤイヤ、オ前の飛行機改造ノ合間ニ戻ッテミレバココデ黄昏テイタカラナ。」

 

提督「・・・生憎なんも無いぞ。」

 

局長「ラシイナ。」

 

提督「改造のほう、進捗はどうなんだ?」

 

局長「アァ、エンジンノ改造トタンク増設デナントカナリソウダ。」

 

提督「・・・インテグラルタンク(※)はかんべんな?」

 

局長「元カラソウダッタゾ?。」

 

提督「マジでか・・・仕方ない、諦めるか。」

 

 

※インテグラルタンク

機体構造の一部(胴体・主翼など)を水密構造にして燃料を積む形式の燃料タンクの事。

燃料容量の向上に伴う航続力向上や軽量化が見込めるが、反面被弾した際に燃えやすいという欠点がある。

史実では日本海軍の97式艦攻や1式陸攻が採用しており、また現代の旅客機では常識的に搭載されている。

 

 

提督「うーん、まぁ、任せる。」

 

局長「了解シタ。デ? コンナ所デ一人酒トハ、ナニカアッタカ?」

 

提督「別に何もないさ、何もな。」

 

局長「ソウカ、デハ、我々ハ引キ上ゲヨウ。」

 

荒潮「そうね~。」

 

提督「またなー。」

 

局長「アァ。」

 

いつも通りさっさと去っていく局長でした。

 

提督「・・・そういや、話通す時も大変だったなあの二人。嶋田はあの時まで知らなかったようだが。」

 

そう回想する直人でありましたとさ。

 

 

 

2052年5月21日午前8時 鎮守府正面水面

 

 

ざわざわざわ・・・

 

 

神通(取り敢えず、基礎部分は今手にするプログラム通りでいいはず、あとは一人一人問題を是正すれば・・・。)

 

流石にプランを一晩で立案した為不安に思う神通さん。

 

 

天龍(ま、適当にやっときゃいいだろ)

 

三日月(が、頑張りましょうか私!)

 

そして正反対の思惑の二人、この後天龍は激しく後悔することになる。

 

 

 

神通「それでは、今日から教導艦を務める神通です。よろしくお願いします。」

 

一同「よろしくお願いします!」

 

神通「今日は一日目という事で、皆さんの基礎技能の再確認から始めます。なお本日は第1回という事で、提督の御臨席を賜っての訓練ですので、恥ずかしくない様に、訓練に精励して下さい。」

 

提督「あー、一応様子を眺めるだけだから、気負わずやって欲しい。」

 

神通「では早速始めます。まずは全員の航走技能からチェックします。睦月型の皆さんから順に審査して行きます。準備を。」

 

睦月型「了解!」

 

こうして初日の訓練が始まった。

 

航走・砲撃・敵弾回避・雷爆撃回避(協力:鳳翔航空隊)など、一通りの基礎技能のチェックが、神通によって行われていった。

 

それが済めばいよいよ訓練なのだが・・・

 

 

 

神通「天龍さん、そんな砲撃ではいつまでも当たりませんよ! 弾着修正、腰を入れて撃ちなさい!」

 

天龍「お、おう!」

 

神通「如月さん、もっと大胆に回避運動をしなさい! 実戦で身だしなみを気にする暇があると思うの!?」

 

如月「わ、わかってるのだけれど・・・」

 

神通「言い訳は無用です!」

 

如月「ッ!」

 

天龍(やべぇ、厳しいってのは聞いてたが、噂以上だぞ、こいつはやべぇ!!)

 

 

 

神通「陽炎さん。もう少し体全体のバランスを考えながら航走なさい。荒天時に艦隊から遅れますよ?」

 

陽炎「そうは言われても、まだこの身体に慣れて無いのにぃ!!」

 

不知火「それは、少々遅すぎませんか?」スィーッ

 

神通「不知火さんと黒潮さん達は航走はバッチリですね、砲撃訓練に入りましょう。」

 

黒潮「どこまで当てられるんかいなぁ。」

 

不知火「やるしかないでしょう。」

 

陽炎「なんでそんなに適応早いのよ・・・。」

 

陽炎達新着任艦18人は基礎訓練中、すでに長良型の3人と睦月と朝潮、満潮、特型5人は砲撃訓練に移行していたりする。

 

潮「おっとと、わわわ、きゃぁぁっ!」バッシャァァァァーーン

 

神通「潮さん、大丈夫ですか?」

 

潮「は、はい、なんとか。」

 

漣「潮、そんなにドジだった?」

 

潮「中々バランスがうまく取れなくて・・・。」

 

若葉「まぁ、精進あるのみだろうな。」スィー

 

子日「張り切っていきましょう!潮ちゃん!」

 

神通「頑張りましょう、潮さん。」

 

潮「あ、はい。ありがとうございます。」

 

神通「若葉さんと子日さんも航走は出来る様になったわね、じゃぁ砲撃訓練を。」

 

子日「はーい!」

 

若葉「了解した。」

 

新しく着任した艦には丁寧に指導する神通さん。

 

 

 

提督「・・・ふむ、指導として悪くはない、って所、かな?」

 

遠間で見ていた直人はそう感じていた。

 

大淀「あの・・・」

 

提督「ん?」

 

大淀「そろそろ執務の方、始めて頂きたいのですが・・・。」

 

提督「分かった。」

 

飛龍「提督、書類処理、お手伝いしましょうか?」

 

いつの間にか傍らにいる飛龍さん。

 

提督「いつからそこに・・・それより、いいのか?」

 

飛龍「勿論です。」

 

提督「・・・じゃぁ、お願いしようかな。鳳翔さんは訓練の方に回っちゃったし。」

 

飛龍「お任せ下さい♪」

 

提督「神通、すまんが執務室に行く、あと頼むぞ。」

 

神通「“分かりました。”」

 

提督「行こうか。」

 

大淀「はい。」

 

直人は飛龍と大淀を伴って執務室へと向かったのであった。

 

地獄の訓練風景を背後に見ながら・・・。

 

 

 

午前12時前 提督執務室

 

 

提督「よし、書類終わった。」

 

飛龍「少し遅くないですか?」

 

提督「!?」

 

飛龍は既にお茶を飲んでいた。

 

提督「ウソだろ・・・。」

 

飛龍「デスクワークは、私達の勝ちですね。」

 

提督「・・・多聞丸ェ・・・。」

 

多聞「おいおい、そんな事で大丈夫か? 紀伊提督。」

 

虚空から霊体化を解いて現れる山口提督。

 

提督「ハハハ・・・面目ないです。」

 

多聞「まぁそう項垂れるな、軍人として、これも仕事の内だったのでな。」

 

提督「はぁ・・・。」

 

まぁ言われてみればそうなのだが。

 

多聞「もっと精進することだ。ハハハハッ。」スゥーッ

 

そう言って消える山口提督でした。

 

提督「・・・ずりーぞ飛龍。」

 

飛龍「別にいいじゃない、捗るんだし。」

 

提督「・・・はぁ。」

 

思わずため息をついてしまう直人。

 

溜息をつきながら彼は、平和を謳歌できる今このひと時を、天に住まう神々に感謝していた。

 

こんな何のたわいもない会話をしているこの時が、平和なひと時だという事を、知っていたから・・・。

 

大淀「・・・フフッ。」

 

提督「ん? どうした大淀?」

 

大淀「平和ですね。」

 

提督「・・・だな。」

 

大淀「この平和は、守り抜かないといけませんね。」

 

提督「その通りだ大淀。その為にも、打てる手は全て打っておこう。」

 

大淀「まずは、防空から始めますか?」

 

提督「・・・言われてみればここ何にも無いんだったな、防空設備もレーダーも。」

 

大淀「空襲でもあった日には大変ですよ?」

 

ついでに防空壕すら皆無です。(鎮守府前のあのトンネルが兼ねてはいるが。)

 

提督「・・・取り敢えず余ってる装備を据えとくか?」

 

ここで捕捉するが、艦娘が装備する主砲等の装備は、艤装に装着しない場合結構大きかったりする。その為割と場所を食ってしまうのである。因みに艦載用の兵器が陸上転用された例などいくらでもあるので安心してよい。

 

大淀「ついでに睦月型の装備も刷新しますか?」

 

提督「そうだな、12.7cm連装砲は結構あった筈だから、あるだけ2つ一組で積んでおこう。12cm単装砲は海岸線に据えて防御砲台にしよう。」

 

大淀「装備格納庫に連装高角砲もいくらかあった筈です。」

 

提督「飛行場周辺に地上配備という事で宜しく、あと25mm3連装機銃とかの機銃類も。」

 

大淀「レーダーの方はどうしますか?」

 

提督「うちにも数人レーダーを持ってる艦娘はいた筈だ、そいつらで当面は何とかするさ。」

 

大淀「時間が解決してくれる、という事ですね?」

 

提督「そういうこと。」

 

大淀「かしこまりました。」

 

飛龍「そう言えば航空機の機材が大分余ってたはずだけど。」

 

提督「それだ! サイパン飛行場に96式艦戦や97式艦攻とか、余ってる航空機材を配置しよう。」

 

飛龍「分かりました!」

 

提督「任されてくれるか?」

 

飛龍「勿論よ! 任せて下さい? 提督。」

 

提督「では、任せるぞ!」

 

飛龍「ほいさっさ~!」^^

 

・・・漣ェ・・・。

 

兎にも角にも、特別根拠地隊である以上防備も自分たちで固めなければならない。試験的ではあるが、艦娘の装備を転用した日本海軍航空隊が、サイパンに復活する運びとなったのである。

 

機材は27機の零戦21型(予備機8機)、57機の96式艦戦(4号型 予備機18機)、42機の99式艦爆(11型33機・22型9機 予備機11機/3機)、33機の97式艦攻(予備機14機)、総数158機からなる。

 

軍事方面に精通する人からは「なんだこの構成」と言われる可能性があるが、事実これだけしかないのだから仕方ない。

 

作者(私の着任当時の開発がこんな感じで偏ってまして、放置から復活した際にいらない艦載機を纏めてポイしてたりします)

 

直人が驚いたのはその実行スピードである。

 

 

 

飛龍「凄いでしょう? あれ皆航空機妖精の乗る艦載機達なんですよ。」

 

提督「それよりも作業スピードの速さにびっくりしたわ、たった7時間ておま・・・。」

 

只今午後の7時回ったところです。飛行場の着陸管制も復活させやがりました。

 

元々電力は太陽光発電で発電しており、燃料電池に溜め込んで夕方以降も使っていたが、余りまくって消費リソースも無かったものを、それすら解決してしまったようです。

 

提督「俺の知ってるサイパン空港だ・・・。駐機してある機材は別として。」

 

飛龍「旧名アスリート飛行場、日本軍の滑走路だった。でしょ?」

 

アスリート飛行場は日本軍の飛行場であったが、マリアナ諸島の一連の攻略戦によって航空戦力が潰滅、米軍の手に落ちた後、B29の発進基地として機能していた。

 

大戦末期には、日本軍が双発の陸攻『銀河』等による片道攻撃を数度行っている。

 

提督「その頃の面影が今蘇った訳だな。」

 

飛龍「そうね。私の艦載機隊も、暫くここで教官やらせる事にするわね。」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

実はと言うと、飛龍艦載機隊は、フィリピン沖で亡失した訳ではない。

 

飛龍は、失われ行く艤装機能の最後の一欠けらを使い、艦載機隊を全機収容して帰還していた。精鋭パイロット達は、装備格納庫内に埋もれてしまっていたが、その艦載機隊もここに配備されていた。但し定数には含まれていない。

 

飛龍「高角砲の砲座は、徹夜で作るみたい。機銃座は割とすぐ出来上がるらしいから明日やるってさ。」

 

提督「気合入ってるのはいいが、無理はして貰いたくないなぁ。」

 

飛龍「そうね。」

 

提督「そろそろ夕食だな、司令部に戻ろう。」

 

飛龍「そうね。お腹も減ったし。」

 

提督< ぐぐぅぅぅぅぅ~~ >飛龍

 

ハモりました、腹の音が。

 

提督「・・・はやくいこうか。」

 

飛龍「そ、そうね///」

 

二人は揃ってサーブ340B掩体の東側にあるトンネルへの階段へと歩いて行くのでした。

 

 

 

提督「・・・このトンネル長いんだよねぇ。」

 

飛龍「そうですね、熱もこもりますし・・・。」

 

提督「・・・トロッコは願い下げだな。」

 

自然と移動時間短縮の話になってしまう。

 

飛龍「騒音が凄そうです。」

 

提督「動く歩道も無理だな、特に夜間。」

 

飛龍「電力の無駄ですね。」

 

提督「うーん・・・自転車はどうだろう?」

 

飛龍「人数分揃えるのは、無理でしょうね。」

 

提督「難しいねぇ・・・。」

 

飛龍「目立たずなおかつ早い移動手段ですか・・・スケボー?」

 

提督「俺が無理。」

 

飛龍「えっ、そうでしたか。私もですけど・・・。」

 

提督「うーむ・・・手頃かつ素早く移動できる手段を、何か考えないとな・・・。」

 

飛龍「現実的な案って、あまりないんでは?」

 

提督「それな。難しい・・・。」

 

提督と飛龍は揃って頭を捻りながら、白い蛍光灯に照らされたトンネルを、司令部に向け歩くのでした。

 

因みに今回はラッキースケベなんてありませんよ!(当たり前だってのww

 

 

 

5月22日午前1時20分頃 横須賀・???

 

 

「う・・・ここは・・・“私の”甲板?」

 

横須賀にその身を置くある船に、淡い光と共に降り立つ一人の女。

 

その身に深海棲艦と戦う術を持ったその姿は、まごうこと無き艦娘の姿をしていた。

 

「・・・また、私に戦えという事ね・・・。戦争が終わって100年以上、散々酷使されたのに、またなのね・・・。」

 

かつて、日本の栄光と退廃、そして衰退と発展を見、そして今ここに出でた彼女は、何を見、何を聞くのか。その道は彼にとって思わぬ所で直人と交錯することとなるのであるが、それはまだ先のお話である・・・。




艦娘ファイルNo.48

陽炎型駆逐艦 陽炎

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm4連装魚雷

日本の艦隊型駆逐艦、その一つの完成形とも言える陽炎型のネームシップ。
普通にしっかり者の長女と言った具合、特に目立った点も無いものの、リーダーシップは駆逐艦の中ではそれなりにある。


艦娘ファイルNo.49

陽炎型駆逐艦 不知火

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm連装砲

陽炎型の2番艦で、クールな次女ポジなのは知っての通り。
装備に小さな特異点が見られる。
提督に対しては割と寡黙な方で、事務的な事以外は大して余り話さないものの、陽炎や妹達とは色々と話をする。


艦娘ファイルNo.50

陽炎型駆逐艦 黒潮

装備1:12.7cm連装砲

陽炎型の3番艦、関西弁でペラペラよく喋る為、お喋り好きだったりもする直人とは割と相性がいい艦娘でもある。
楽天主義で現金な子だが、素質もかなりある為過剰な自負という事はない様子。


艦娘ファイルNo.51

朝潮型駆逐艦 朝潮

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm4連装酸素魚雷

陽炎型の前級である建造された朝潮型のネームシップ。
努力家で事務処理能力で直人を凌いだ最初の艦娘で、更に特異点として4連装酸素魚雷を持参してくる。


艦娘ファイルNo.52

朝潮型駆逐艦 満潮

装備1:12.7cm連装砲

朝潮型の1隻で、中々素直でないツンデレタイプ。
そのクセ素になると・・・?
なお料理が結構できる様です。


艦娘ファイルNo.53

白露型駆逐艦 白露

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm4連装魚雷

白露型のネームシップ、駆逐艦のネームシップは普通にしっかり者多いよね。(大型艦の1番艦はなんでああなった。)
どんなことでも常に一番を追い求める向上心旺盛な艦娘だが、朝潮の様な努力家とは少し違うようで、朝潮と比べ器用貧乏さが目立つ。
割と思考は楽天的だが、無自覚ながら柔軟な思考を持つ。


艦娘ファイルNo.54

白露型駆逐艦 村雨改

装備1:12.7cm連装砲
装備2:22号対水上電探

白露型の3番艦で、初期から改&電探装備と言う特異点を持つ。
姉の筈の白露より何故かお姉さんっぽいのはご愛嬌。
その才はどちらかと言えば教導艦に向いたもので、戦闘は若干不得手としている。


艦娘ファイルNo.55

白露型駆逐艦 五月雨

装備1:12.7cm連装砲

白露型の1隻。
この司令部でもドジっ子ぶりが健在なのか、期待がかかるところである。


艦娘ファイルNo.56

初春型駆逐艦 子日

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm単装砲A型(→同連装砲)

初春型の2番艦。
実はこちらが初春型の標準装備で、特異点なのは初春の方。
夕立とはまた違う方向とベクトルでやたらと元気がある。
なお装備2の単装砲は装備更新で陸上砲台に回されてしまった。


艦娘ファイルNo.57

初春型駆逐艦 若葉

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm単装砲A型(→同連装砲)

初春型最終の4番艦。
半端じゃなく影が薄かったりはする。


艦娘ファイルNo.58

特Ⅱ型(綾波型)駆逐艦 漣

装備1:12.7cm連装砲

この司令部での第7駆逐隊を束ねる駆逐艦。
中々に普通にキャラが濃い。


艦娘ファイルNo.59

特Ⅱ型(綾波型)駆逐艦 潮

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装酸素魚雷

装備に特異点を持った綾波型の1隻、第7駆逐隊所属。
何がとは言わないが大きい上に、なぜか微妙にサイズの小さい制服を着ている。
その為パツンパツンである。
但し秘める才はその普段の態度や雰囲気からは想像を絶するレベル。


艦娘ファイルNo.60

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 初雪

装備1:12.7cm連装砲

特に取り柄も無いように見える吹雪型3番艦。
その実、実力は高い為だらけまくってるのも見て見ぬフリをされており、完全な利害一致を見ている。


艦娘ファイルNo.61

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 深雪

装備1:12.7cm連装砲

活発さが取り柄の吹雪型の1艦で、史実では電のラムアタック被害に遭った艦娘なのは提督であれば大抵は知っているであろう。
基本は司令部防備部隊に所属している。


艦娘ファイルNo.62

睦月型駆逐艦 睦月改

装備1:12.7cm連装砲
装備2:12.7cm連装砲
装備3:61cm3連装魚雷

2つの特異点を持つ、遅れてやって来た睦月型駆逐艦ネームシップ。
元は12cm単装砲2つに魚雷を持ってきていたが、装備換装&陸上砲台への転用で更新された後の装備。


艦娘ファイルNo.63

長良型軽巡洋艦 長良

装備1:20.3cm連装砲
装備2:61cm4連装魚雷

水雷戦隊旗艦用軽巡である長良型のネームシップ。
特異点はなかったが装備を更新されてこんな装備になっている。
トレーニングが恋人の艦娘である。
ブルマは正g(ゴホゴホあー喉が痛いなぁー


艦娘ファイルNo.64

長良型軽巡洋艦 名取

装備1:20.3cm連装砲

長良型軽巡の1隻で、大人しい性格で物腰の据わった艦娘。
長良と同じくサイパン要塞化の余波を受けている。
中々高い実力を誇るが、覚醒していない様子。


艦娘ファイルNo.65

長良型軽巡洋艦 由良

装備1:20.3cm連装砲

長良型軽巡の1隻、やはり装備更新を受けている。
戦闘より事務の方が若干得意であるという事で後方勤務が大半ではあるものの、実力は平均以上であり、ある意味で器用貧乏。


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第14章~直人の反抗~

どうも、天の声です。

青葉「どもー、青葉です。」ゼェゼェ

・・・どったの青葉ちゃん?

青葉「仕事先へ移動中に急に呼ばないで下さいよ!!」

あー、めんごめんごww

青葉「・・・覚えてやがりなさいよ・・・?」

記憶力悪いからどうなりますやら。

さて、今回の章頭はコメ返しです、やったぜ。

青葉「念願叶うとは思いませんでしたね・・・。」

それです、本当にありがとうございます、幾つか別々の場所にコメント出来るってのが面倒ですが極力全て返していきます。(エブリスタ時代の感謝を忘れない為にそのまま移植させて頂きます、お付き合いください。)


まず一つ目

「ついに飛龍もやって来て……二航戦も出揃いました!」(134ページ)

そうですね、マジで物欲センサーって怖いです。というのは始めたばかりの頃に偶然ポロリと来てしまったお方なんですよね。南雲艦隊の空母(1・2航戦)では最後でしたが。

青葉「初代は2-4に消えてしまったんですよね・・・。」

言わないで・・・黒歴史再燃させるのだけは勘弁。

青葉「あ、はい。」


続いて二つ目

「資材がマッハだ・・・」(132ページ)

何を今更(迫真

青葉「何もない海域でいきなり2個艦隊出撃してるあたりでもうお察しですねこれは。」

ほんとそれですよ、大型艦だらけ過ぎてマッハで消えますよ、一発で勝たないと大損ですはい。


では3つ目

「これぞ夕立無双っぽい~~~☆」(157ページ)

駆逐艦とデストロイヤーは別物ですえぇ。

青葉「・・・あれを見た後だと何も言えないです・・・。」

うちの夕立は最強だという自負が夕立をああさせました。時雨と並んで最強格です、次点の連中もかなりの無双ぶりになる予定です。

青葉「駆逐艦とはいったい・・・」

闇に紛れ完膚なきまでに敵を粉砕する無敵の軍艦、それでよかろうが。

青葉「・・・戦艦は?」

ロマン! 圧倒的ロマン!!

青葉「アッハイ。」


4つ目

「提督も中々頑張っていらっしゃいますね……頭が上がりません(-_-;)
金剛姉様も龍田さん達も、どうかあの人を支えて貰いたいです

PS
飛龍の紹介も見ましたが、今回は多聞閣下もついてくれているのですか……だとしたら、かなりの戦力が期待できそうです(多聞閣下の声が、何故だか石塚運昇さんみたくイメージしてしまう今日この頃。」(シリーズへのコメント)

・・・長いので一つづつ。


『提督も中々頑張っていらっしゃいますね……頭が上がりません(-_-;)』

いやいや、ランカーとかじゃないので、むしろさぼりまくりののろけ提督ですよ。金剛や大淀には痛烈に毎日怒られますえぇ。活動日誌の1日単位の更新量が少ないのもそれが原因です、ごめんなさい。
まぁ、この作品の提督は相当に頑張ります、活躍にご期待ください。


『今回は多聞閣下もついてくれているのですか……だとしたら、かなりの戦力が期待できそうです』

正に正鵠を射ていますね。ただまぁ、あの飛龍の現状では当面出撃も無い感じですね、残念な事に。


『多聞閣下の声が、何故だか石塚運昇さんみたくイメージしてしまう今日この頃。』

ごめんなさいそう言うの詳しくないんで分かりません!ww


青葉「盛大にオチをつけんで下さい提督!!ww」

あはは~wwまぁ声優やら俳優やら全く分からんので仕方ない、余程有名じゃないとね。

青葉「そりゃぁまぁそうですが・・・。」

コメントなどは随時募集中です。こんな感じでコメ返しはするので、ドシドシ色々コメントしちゃって下さいww

青葉「皆様の様々なお声をお待ちしています!」

それでは次の章へと参りましょう。

青葉「どうぞ!」


5月24日(金)正午12時 食堂

 

 

 

グウウゥゥ~・・・

 

 

提督「腹減った・・・」

 

夕立「ねー!」

 

食堂で並んで座る夕立と直人だったが、直人には若干疲れの色が見えた。

 

理由は単純である。

 

 

 

~約30分ほど前~

 

 

提督「おおおおおおおりゃあああああああああああ!!!」ブン

 

 

ギュオオオオオッ

 

 

夕立「絶対に、取るっぽい!!」

 

 

ガシィィッ

 

 

提督「なにっ!?俺の全力の一球が!?」

 

夕立「今度は私の番、ぽおおぉぉぉぉぉ----い!!」ブン

 

 

ギュオオオオッ

 

 

提督「負けるかああぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」

 

 

ガシィィッ

 

 

 

村雨「・・・いつまで続くのこれ・・・。内野もうあの二人しか残ってないわよ?」

 

白露「残念だけど、“ドッジボール”じゃ一番じゃ無かったみたいね、悔しい。」

 

時雨「ブレないねぇ、白露姉さん・・・。」

 

電「なのです・・・。」

 

雷「なんの、練習して強くなればいいわよ!」

 

雪風「そうです!」

 

 

 

金剛「駆逐艦があんなに強いナンテ、聞いてないデース。」

 

榛名「姉さん、抑えて抑えて・・・。」

 

伊勢「でも凄すぎるわね本当に・・・。」

 

長月「改めて規格外だな。」

 

菊月「そうだな。」

 

天龍「敵だったら恐ろしいな。」

 

 

 はい、ドッジボールに付き合わされました。チーム提督とチーム夕立の対決です。なおチーム夕立は7人中5人が規格外という、なんとも言い難い様な状況であった。戦略的不利を自覚しながらも受けた辺りは直人も人がいいと言うものだが。

 ことの発端はさらに2時間半前、午前9時にまで遡る。

 

 

5月24日午前9時 提督私室

 

提督「うー・・・ん。」

 

ベッドの上で伸びをする直人、書類は既に完了済みだった為ゆっくりとしていた。

 

 

バタバタバタ・・・

 

 

提督「・・・?」

 

廊下の足音が近づいてくるのを感じ、気になる直人。

 

「っぽおおぉぉぉぉい!!」

 

 

ドッカアアァァァァァァァーーーン

 

 

突如独特な掛け声と共に吹っ飛ぶドア。

 

提督「ファッ!?」

 

夕立「フフ・・・。」

 

やって来たのは最強格筆頭の駆逐艦夕立改2。

 

提督「・・・夕立、ドア後で直せよ?」

 

夕立「わかってるっぽい。そんなことより・・・」

 

提督「ん?」

 

夕立「ドッジボールで勝負するっぽい!!」

 

提督「・・・へ? どうしたやぶからぼうに。」

 

夕立「ドッジボールの対戦相手が見つからないっぽい!」

 

提督「・・・暇だからと言ってドア破壊して襲撃まがいの勧誘やめて? 神通さんに言いつけるよ?」

 

夕立「そ、それだけは勘弁っぽい!?」

 

鬼教官ポジを確立させた神通さん、名前だけでこの効果である。

 

神通「言われなくとも聞いていますとも。」

 

そして当然来ちゃう神通さん。

 

夕立「うへぇ・・・っぽい。」

 

提督「・・・あとで夕立に特別訓練よろしく。」

 

夕立「今日の訓練もう終わってるっぽいよ!?」

 

神通「分かりました。」

 

夕立「そんなぁぁぁぁ!?」

 

提督「フフフ・・・。で? そっちチーム集まってるの?」

 

夕立「いつも一緒にやってるメンバーで行くっぽい。」

 

提督「・・・まいったな・・・。」

 

直人は頭を掻いた。夕立たちがこの所いくつかのチームを相手にドッジボールで運動能力向上に努めている事は知っていたものの、それに直人が付き合わされることになるとは思いもよらなかったのだ。つまりあては無いに等しい。

 

 

 

で。

 

 

 

~金剛の部屋~

 

 

金剛「ドッジボール、デスカー?」

 

ダメ元で集めにかかる直人であった。

 

提督「うん、6人集めないとらしい。ダメかな?」

 

金剛「勿論提督の頼みならOKデース!」

 

提督「ありがとう!」

 

 

 

~食堂の一角にて~

 

 

長月「夕立達とドッジボールか・・・。」

 

菊月「おいおい、正気か提督?」

 

提督「え? なんで?」

 

長月「夕立のドッジボールグループは最強の呼び声すらあるんだ、私達じゃ勝ち目が・・・。」

 

提督「でも暇そうなの集めるしかなくてさ・・・。」

 

長月「・・・わかった、やらずに無理と言うのもおかしいしな。」

 

菊月「・・・仕方ない、共に征こう。」

 

 

 

~艤装倉庫~

 

 

榛名「ドッジボール、ですか?」

 

天龍「相手は夕立か、面白れぇじゃんか。」バシッ

 

金剛「お願いシマス、榛名。」

 

榛名「・・・分かりました、榛名で良ければ、お相手します。」

 

天龍「勿論やるぜ、いっぺんやり合ってみたいと思ってたとこだ。」

 

 

 

~造兵廠~

 

 

明石「いやいやいや! 私じゃ無理ですよ!?」

 

提督「だよねぇー・・・。」

 

局長「私モ遠慮シテオク。」

 

提督「あーたはまだ改造とか色々あるでしょうに。忙しいのに無理は言わんよ。」

 

伊勢「お? 何々何の話?」

 

提督「かくかくしかじか。」

 

伊勢「成程、ならそのドッジボール、私も混ぜて貰おうかな。」

 

提督「ほんとか!?」

 

 

 

てな感じでかき集めた面子だったが・・・

 

 

 

2時間半後、両チームともリーダー以外外野へ追い出され、見事に夕立と直人によるガチ勝負になっていた。

 

 

 

午前11時半 中央棟玄関前

 

 

ギュンバシッギュンバシッギュンバシッギュンバシッギュンバシッ・・・

 

 

12人(際限ないわね・・・。)

 

提督「はぁ・・・はぁ・・・」

 

夕立「はぁ・・・はぁ・・・提督さん・・・強すぎるっぽい・・・。」

 

提督「これではキリがないな・・・ならば、この一球で、決める!!」キッ

 

夕立「!!」

 

直人は大きく振りかぶり、そして・・・

 

提督「おおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」ブォン

 

満身の力を込めて投げた。

 

夕立「えっ!?」

 

金剛「ジャイロボール!?」

 

時雨「さっきまでより早い!!」

 

夕立「―――“面白いっぽい”。」

 

しかし、夕立は笑みを浮かべ全く退かなかった。自らのプライドに賭けて。それが敵をして『ソロモンの悪夢』と呼ばしめさせた少女の意地だった。

 

提督「いけええええぇぇぇぇぇっ!!」

 

夕立「うぐっ―――!? ぽいいいいいい!?」ズドォォン

 

夕立が受け止めた直人渾身の一撃は、夕立の身体を弾き飛ばすのには十分すぎた。しかし夕立も寸刻とはいえ耐えて見せた。この一点だけでも、称賛に価したのは間違いなかった。

 

そして、ボールの行方は・・・

 

 

 

夕立「うああああっ!!」ズシャアアァァッ

 

時雨「夕立!!」

 

 

タァァァーーーン、ターン、ターン・・・

 

 

金剛「!!」

 

白露「なっ・・・!?」

 

夕立「きゅぅ~~~・・・」

 

一瞬の沈黙が流れ、そして・・・

 

 

 

金剛「ヴィクトリーデーッッス!!」

 

天龍「やったな提督!!」

 

榛名「提督、榛名もお役に立てましたか?」

 

提督「あ、あぁ・・・そうだな・・・。」フラフラッ

 

直人は歩くのもやっとの有様、すぐに膝を突いた。

 

菊月「おいおい・・・」

 

長月「大丈夫か司令官!!」

 

伊勢「今提督の水筒持ってきますね!」

 

はい、熱中病と夕立のボールのダメージです。

 

 

 

時雨「夕立、大丈夫?」

 

雪風「夕立ちゃんでも届かないんですね・・・。」

 

白露「完全に伸びてるわね、技術局へ運びましょ。」

 

村雨「そうね・・・それにしても、提督、強すぎないかしら?」

 

雷「なのです・・・。」

 

夕立側(提督、容赦ないわね・・・。)

 

直人は水筒に入れた水を飲み、夕立は搬送されていきましたとさ。

 

因みにこのあと夕立は技術局に到着するなり即座に目を覚まし、お腹が空いたと言って食堂に行ったところ直人がおり、ちゃっかり隣に座って冒頭に戻る。

 

 

 

提督「そういや今日カレーか。」

 

夕立「金曜日っぽい! カレーっぽい!」

 

回復早い! そしてテンションたけぇww

 

提督「鳳翔さんのカレーいっつも旨いからな!」

 

お前もかい。

 

鳳翔「ふふふ、皆さんによく言われます。」

 

そこにカレーやらなんやらの器を乗せたトレーを持った鳳翔さんが現れた。

 

提督「ありゃま、持ってきてくれたの?」

 

見れば夕立の分もある。

 

鳳翔「お姿が見えましたので。」

 

提督「おおう・・・鳳翔さんみたいな人を嫁に持った男は幸せなんだろうなぁ、きっと。」

 

鳳翔「まぁ! うふふ。」

 

金剛「悪かったデスネー、気が利かなナクテ?」ゴゴゴゴ・・・

 

間が悪すぎる金剛さん。

 

提督「別にそう言う意味じゃない!!」(焦

 

金剛「そうなんデース?」

 

提督「うん、ただ単にふとそう思っただけだよ、誰とも比べてないし、お前と比べるなんて、それこそおこがましい事だしさ。」

 

金剛「・・・ならいいデース♪」

 

夕立(ちょろいっぽい・・・。)

 

鳳翔(ちょろいですねぇ・・・。)

 

柑橘類(ちょろい・・・。)

 

こっそり鳳翔さんの持っていたトレーに乗っていた柑橘類隊長すらそう思うレベルでした。

 

鳳翔「さぁ柑橘類さん? 戻りますよ。」

 

柑橘類「ま、ばれてるよな・・・。」

 

提督「当然だろう。」

 

金剛「提督ゥー、隣いいデスカー?」

 

提督「どうぞー。今日は左右に挟まれるのかぁ、少し狭い・・・。」

 

夕立「美味しいっぽーい!」

 

この日は美女二人に板挟みにされる直人でした、リア充爆発しろ。

 

 

 

その日の夕方、直人は提督執務室に呼び出される。

 

 

 

ガチャッ

 

 

提督「どうした大淀。あれ? なんで明石さん?」

 

明石「ど、どうも。」

 

大淀「関係なかったら呼んでませんよ。」

 

提督「流石に大淀だからな、無駄な事はしないか。それで要件は?」

 

大淀「はい、実は先程、大本営から通信が届きました。こちらです。」

 

大淀が1枚の紙を手渡す。

 

提督「どれどれ・・・」

 

直人はそれを受け取り目を通す。実際内容はこのようなものだった。

 

 

『発 大本営幹部会

 宛 横鎮近衛第4艦隊

 

本文

 

横鎮近衛第4艦隊は、3か月後に行われる大規模作戦に先立ち、作戦予定海面の偵察並びに、敵戦力の漸減を行われたし。

なおこの作戦についての打ち合わせを行うに付き、紀伊直人元帥は出来る限り早い時期に大本営に出頭されたし。』

 

 

 

提督「・・・。」

 

大淀「要約すると、我が艦隊を前哨作戦部隊として投入し、同地にいると推測される超兵器級などを掃滅させる、という事ですね。」

 

提督「・・・はぁ、どうしても厄介払いをしたい訳だ。」

 

明石「正直なところを言います。ワールウィンドさんの性能を見るだけでも、艦娘とはかけ離れた性能です。それに艦娘をぶつけた所で、掠り傷を負わせるのがやっとかと。」

 

提督「それは分かってる。だが艤装に大改修を施したところで結果は見えているだろう。」

 

明石「はい。せいぜい2割増しがいい所です。」

 

提督「・・・つまり、明石は反対だと。」

 

明石「はい。」

 

大淀「我が艦隊の戦力も万全とは言えません。たとえ出撃しても、フィリピンの時の様にはいかないと考えます。」

 

提督「うん。俺も二人に賛成だ。」

 

大淀「では、返信しますか?」

 

提督「いや、しない。返答は俺自ら出向いてする。出頭命令だしな。」

 

明石「しかし危険では?」

 

提督「いざという時は実力行使だ、でなければ何の為の権限だか分からんからな。」

 

大淀「分かりました、何時頃行きますか?」

 

提督「うーん、取り敢えずはサーブ機の改修完了次第だな。」

 

大淀「というと・・・明後日ですか?」

 

提督「いや、突貫させよう。明日夕方には向かいたい。」

 

大淀「分かりました。」

 

 

 

局長「突貫作業ダト?」

 

提督「あぁ。燃料補給も加味して明日の昼頃には作業を終えて貰いたい。飛ぶこと自体には不要な装備は後回しで構わんから、頼めんか?」

 

局長「イヤ、作業自体ハホボ完了シテイル。機銃座ノ追加ニ手間取ッタダケダカラナ。」

 

提督「へ? 機銃座?」

 

局長「アァ。艤装倉庫ニアッタ25mm3連装機銃ヲ1ツ拝借シテ中間銃ヲ撤去シテ旋回機銃ニ、取リ外シタ銃ヲ機首固定機銃ニシテオイタ。万ガ一ノ場合ニモ対応可能ダ。」

 

提督「え!? 艦載機銃積んじゃったの!?」

 

局長「オウ!」

 

やりやがりました。この局長見事やらかしました。

 

提督「じゃぁ残ってる作業というのは?」

 

局長「固定機銃ヘノ回路接続ダケダ、ソレサエナケレバ燃料ヲ入レテスグニデモ飛ベル。」

 

エンジン出力22%増・燃費9.8%向上・重量7.1%減、改造後の性能カタログは性能向上を明らかに示していた。武装搭載等による重心のズレは燃料タンク増設で対応し航続力を向上、要求をクリアしていた。

 

提督「じゃぁ明日早速出る、燃料補給頼めるか?」

 

局長「分カッタガ、テストモマダダゾ?」

 

提督「飛びながらやればよし。」

 

中々のガッツである。

 

局長「・・・ソウイウコトナラ任サレタ。」

 

直人はその答えを聞いて頷くと、技術局を去って私室へと戻っていった。

 

 

 

この時点で、直人、大淀、明石の三人の間で合致していたのは、「作戦実行反対」の意見だった。

 

しかしその日の夜思案していた直人は、その意見とは少し違う結論がふつふつと湧き起っていたのである。

 

 

 

5月25日午前9時41分 サイパン飛行場

 

 

サイパン飛行場では、サーブ340B改造機の低く重みのあるエンジン音が響き渡っていた。

 

提督「ではいってくる。大淀、明石。留守を任せる。」

 

その下には、今まさに乗り込もうとする直人の姿と、随行する護衛役の艦娘、留守を任される艦娘達の姿があった。

 

大淀「はい!」

 

明石「お任せ下さい!」

 

提督「訓練中すまないな神通。恐らく1泊はすることになると思う。訓練は怠りないように。」

 

神通「心得ております。」

 

提督「うん。榛名!」

 

榛名「はい!」

 

提督「金剛不在の間、総旗艦代行を命ずる。」

 

榛名「は、はい・・・。拝命します!」

 

榛名は不安げな表情を改めそう言った。

 

提督「うん、では。いってくる。」

 

大淀「くれぐれもお気をつけて。」

 

大淀と直人は敬礼を交わし、コックピットに乗り込んでいく。

 

金剛「総員搭乗!!」

 

5人「はい!」

 

今回の護衛担当は、金剛・伊勢・天龍・龍田・夕立・電の6人。金剛を除いて近接戦闘に定評がある。無論艤装は携行する。

 

 

 

~サーブ340B改コックピット~

 

コックピットでは、直人が管制塔に向けて連絡を入れるタイミングであった。

 

因みに通常旅客機は機長と副機長で操縦するが、この機体は局長によって一人で操縦するよう改められている。

 

提督「――――管制塔へ、こちら・・・“バルバロッサ”、離陸許可を求む。」

 

飛龍「“管制塔から、バルバロッサへ。離陸を許可します。・・・お気をつけて。”」

 

提督「ありがとう。バルバロッサ、離陸する。」

 

その2分後、直人を乗せたサーブ340B改「バルバロッサ」は、サイパン飛行場を離陸して厚木へと向かった。

 

 

 

~飛行中の機内~

 

金剛「~♪」

 

やたらと上機嫌な金剛さん。

 

天龍「・・・?」

 

やたらといいのでみんなが不思議に思っているほど。

 

伊勢「・・・どうしたの金剛? 妙に機嫌がいいけど。」

 

金剛「ナイショ、デスネー。」

 

龍田(・・・これは、提督と何かあったわね? いい方向で。)

 

日向「まぁ、そうなるな。」(成程な・・・何も言うまい、成り行きを見守ろう。)

 

日向と龍田は察しがいった様子である。

 

電「ほ、本当に飛んでいるのです・・・。」

 

日向「まぁ、“元は”とはいえ、船が空を飛んでいると言うのも、滑稽な話だが。」

 

天龍「お、おう・・・。」

 

まぁ確かにその通りだが。

 

提督「“えー、客室にいる艦娘に連絡。”」

 

そこに唐突に流れる機内放送、全員耳を傾ける。

 

提督「“今日は仕事だけど明日は金剛以外休みにするから、好きに楽しんでくれ。厚木出発は明後日の朝という事でよろしく~”」プツッ

 

夕立「お休みっぽい!?」

 

伊勢「でもなんで金剛さん以外なんだろう?」

 

金剛「“きっと”提督にもお考えがおありなのデース!」

 

日向「まぁ、そうなるな・・・。」

 

一部にバレてるのに擁護を入れる金剛。

 

天龍「急に休みっつったってなぁ・・・。」

 

龍田「買い物でもする~?」

 

天龍「そうだなぁ。」

 

 

 

そんなこんな考えている間に、機は厚木飛行場に辿り着いた。

 

風に乗せて低速飛行(つまり燃料の節約)をしなかった為、所要3時間と少しで到着できたのであった。

 

 

 

午前12時49分 厚木飛行場

 

 

提督「ふぅ~、着いた着いた。」

 

地に足を付け、直人はそう言う。

 

伊勢「お疲れ様です、提督。」

 

伊勢が労いの言葉をかける。

 

土方「紀伊元帥!」

 

提督「土方海将! 迎えに来てたんですか!?」

 

来るとは思っていなかった人が現れ驚く直人、やって来たのは土方海将であった。服装は夏服でもある海軍第2種軍服。

 

土方「遠路ご苦労だったな。」

 

提督「いえいえ、そちらもお忙しいでしょうに。」

 

土方「部下に任せて少しだけ抜け出してきたのだ。君の車をここの駐車場に回してあるから、誰か一人を連れて大本営に行くといい。」

 

提督「残りの5人はどうするのですか?」

 

土方「私の車で横鎮防備艦隊の寄宿舎に、責任を持って送らせてもらう、心配するな。」

 

提督「・・・分かりました。ではそうだな・・・伊勢、一緒に来い。」

 

伊勢「お供します。」

 

金剛「ヘイ提督! ワタシは!?」

 

 

提督「なんというかな・・・うん、口が軽そうで尚且つ何か言われた時逆上しそう、だから駄目。」

 

金剛「そ、そんなこと・・・う~・・・。」

 

否定できず唸る金剛でした。

 

土方「まぁまぁ、一応とはいえ上に対する体面は大事だ、紀伊元帥がそう言うのだから、此処は抑えた方がいいのではないかな?金剛。」

 

金剛「土方サンまで~・・・むー、分かったデース。」(今日の分はきっちり明日返してもらうのデース・・・。)

 

土方海将にまで諭されようやく諦める金剛、しかし心中は微妙にご機嫌斜めである。

 

提督「明後日朝に立ちますので、それまでお世話になります。」

 

土方「おや? すぐ戻らなくて大丈夫なのか?」

 

提督「向こうは大淀と榛名に任せてきましたし、たまには休み位あげないと、皆過労でぶっ倒れた日には目も当てられませんから。」

 

土方「正論だ、では行こう。」

 

提督「はい。」

 

直人達は駐車場で二手に分かれ、直人と伊勢は大本営へ、土方海将と残り5人は横鎮本庁へと向かった。

 

 

 

~直人 ラフェスタ車内~

 

提督「はぁ~・・・幹部会め~、今度は何の用だ・・・。」

 

伊勢「え? 前にもこんなことが?」

 

提督「前回は査問会です。局長の事で呼ばれました。」

 

伊勢「あちゃ~・・・話は通してあったの?」

 

提督「横鎮にはね、それ以外には通さなかった。横鎮経由で伝達する様になってるから。」

 

伊勢「まぁ、それは致し方なしですね。」

 

提督「まぁ今回は作戦についての討議だそうで。それならそっちから来いと言う話なんだが、呼び出すような用事があるらしい。」

 

伊勢「なんでしょうねぇ・・・。」

 

提督「どーせ、碌な事じゃありませんよきっと。」

 

伊勢「ぇぇぇー・・・。」

 

 

~土方 レクサス車内~

 

金剛「む~・・・」

 

電「あの・・・土方さんって、横鎮の長官さん、なんですよね?」

 

土方「そうだが?」

 

電「土方さんも、艦隊を指揮しているのですか?」

 

土方「艦娘艦隊も指揮しているし、自衛隊の護衛艦も指揮している。」

 

電「楽しみなのです! どんな子がいるのですか?」

 

土方「戦艦長門、空母加賀・祥鳳、重巡だと愛宕や古鷹、駆逐艦なら島風や深雪と言ったところか。うちにも沢山の艦娘達がいる。もしかすると横鎮敷地内で会う機会もあるかも知れんな。」

 

電「あるといいですね・・・。」

 

天龍「やっぱ俺もいるのか?」

 

土方「同位体の話か、勿論いるな。」

 

天龍「結構同位体って多いんだな。」

 

土方「どこにでもいるがなぁ。」

 

天龍「マジかよ・・・。」

 

龍田「フフフ。」

 

天龍「あ? どうしたよ龍田?」

 

龍田「別に~?」

 

天龍「お、おう。」

 

 

 

そんなこんな車を飛ばして1時間半程度で、直人と伊勢は大本営に到着した。

 

提督「はぁ~、こんな足労かけさせてまで来させるんだから、まともな用であってくれ・・・。」

 

伊勢「ははは・・・。」

 

直人のぼやきに苦笑する伊勢だったが、大人しく直人についていく。

 

 

 

受付に行くと、23階の小会議室に通された。

 

部屋の中は明かりは付いていたがカーテンが閉じられ、様々な書類や本棚が並んでいた。

 

牟田口「紀伊君か、よく来てくれた。最初は来ないものかと思っていたよ。」

 

提督「・・・曲がりなりにも、上司ですから。」

 

嶋田「なっ・・・」

 

同席している嶋田が声を荒げようとしたが牟田口が制止する。

 

牟田口「・・・まぁいい。かけたまえ。」

 

牟田口の目も、笑ってはいない。

 

提督「失礼します。」

 

彼はその瞳をあえて見ることなく、席に着く。

 

牟田口「さて、君を呼び出したのは他でもない、先の電文の件についてだが、その前にもう一つある。」

 

先の電文の件について――――そこで口を開きかけた直人は、続く言葉を聞いて口をつぐむ。

 

嶋田「どうやら君は戦力面で困窮しているようだ、主に練度の観点に於いてはそれが著しいと聞いた。」

 

提督「・・・龍田ですか。」

 

嶋田「さぁな。」

 

提督「・・・まぁいいでしょう、で?」

 

嶋田「そこでだ、今土方の横鎮預かりの艦娘の中から数隻、貴官に託そうと考えた訳だ。」

 

提督「・・・数と艦種は?」

 

嶋田「重巡2・軽巡2・軽空母1・駆逐艦3だ。詳しい事は土方に任せてある。」

 

提督「・・・ご配慮に感謝します。」

 

嶋田「なに、君は君の仕事をせねばならん、その手助けだと思ってくれればいい。」

 

提督「そうですか。ところで、牟田口陸将。本題へと移りましょうか。」

 

牟田口「そうだな。近くソロモン方面への攻勢作戦が企図されているとの電文は既に読んだな?」

 

提督「それは無論です。SN作戦ですか?」

 

牟田口「そうだ。ソロモン方面に橋頭保を確保したい。」

 

提督「・・・目的こそ違え、やる事は出兵ですか。」

 

心中ではうんざり来ていた。こんな時期に大規模出兵を強い消耗を増大させる事はないと思ったからである。

 

牟田口「だがソロモン方面ともなれば敵の有力な艦隊がいる可能性が高い。超兵器級の存在も想定される状況下だ。そこで―――」

「我が艦隊はその前段階作戦として各司令部艦隊の進発前に敵情強行強襲偵察を敢行し、有力と見做される敵勢力を排除し、本作戦遂行を容易ならしむる事。」

「・・・その通りだ。よく分かったな。」

遮る様に言った直人に感心するような言葉を牟田口陸将が口にした直後、彼は即答する様に言った。

「我が艦隊はご協力できません。」

 

牟田口「!!」

 

嶋田「なに!?」

 

直人は言下にそう言い切った。

 

『作戦への参加拒否』、これが直人の腹案であった。その理由は以下の討議に依る。

 

嶋田「何のつもりだ紀伊元帥! これは大本営からの命令だぞ!」

 

提督「忘れたとは言わせませんよ嶋田海将補。我ら近衛艦隊は大本営からの直接命令であろうと、それを取捨選択できる権限を持つ。全体発令の命令であろうとも、我が艦隊はそれを一蹴する事が出来る権限がある。」

 

嶋田「ぐっ!!」

 

牟田口「では他の司令部の艦隊はどうなる? むざむざ危険な場所に未熟な艦隊を―――」

 

提督「未熟なのは我々とて同じことです。我々はサイパン移転後基礎作りの段階です。防衛態勢も固まらぬ今日では出撃どころか長距離訓練航海すらおぼつきません。海図すらないのですからな。」

 

ここで言う“海図”とは「海底地形図」のことである。

 

牟田口「・・・基盤づくりと訓練にどれ程かかる?」

 

提督「まず以って半年は待って頂く。それ以前に我々は、必要に迫られる何らかの事態が生じ得ぬ限り、作戦することはない。」

 

牟田口「しかし、それは少々長すぎやしないかね?」

 

提督「私からすれば妥当なラインです。」

 

嶋田「紀伊元帥、君は君の勝手な主張を、司令部の基盤固めと艦娘共の未熟さにかこつけて正当化するつもりか!?」

 

伊勢「なっ!!」

 

提督「戯言を・・・。」

 

嶋田「・・・なに?」

 

提督「貴官は何を戯言をほざいておられるのか、と言っています、嶋田海将補。」

 

嶋田「戯言だと―――?」

 

嶋田のこめかみがぴくぴくと震え、次の瞬間怒号が飛んだ。そしてそれは直人と伊勢にとって、到底許容し得ないものだった。

 

嶋田「何が戯言か、艦娘は兵器だ! 兵器に感情はいらん! そんなものは無視して然るべきであろう!!」

 

提督&伊勢「―――!!!」

 

直人と伊勢の心中に激情が沸騰しかけた、伊勢などは拳を握りしめ、今にも掴みかかろうと身を乗り出しかけていた。

 

提督(待つんだ伊勢!)

 

直人は伊勢を左腕で制止し小声で言う。

 

提督(抑えろ伊勢、今此処で激情すれば逆効果だ。頼むから、抑えてくれ。)

 

この時ばかりは膝を屈し頭を地につけてでも頼みたかった直人である。

 

伊勢(・・・はい。)

 

激発しそうになった伊勢を必死に抑えさせた後、直人は嶋田に対して物申した。

 

提督「艦娘は感情を持ち、生殖する兵器であります。そして彼女らは曲がりなりにも人間、それも女性がベースです。彼女らの心は、正当に保護されて然るべきであり、蔑ろにされるべきではありません。彼女ら艦娘達が、訓練によってその技能を向上することが出来る以上、その完熟を待って、我々は行動します。それまで我々は、限りなく危急な事態が生起しない限り、一切作戦行動は執りません。これは我が艦隊の既定方針であります。例え幹部会の命令であろうと、応じかねます。」

 

嶋田「艦娘に人権が適用できるとでも思うのか!? ただ単に心を“持ってしまった”だけの兵器に!」

 

提督「我々は人道に則り、人権を以て彼女らを保護する責任があります。提督たる者全員そうです。それが出来ぬ者に、提督たる資格は無いと断言しておく。仮にそうなのであれば嶋田海将補、あなたもだ!」

 

艦娘達を蔑ろにする発言を続けざまに糾弾する直人、更に嶋田が逆上する。

 

嶋田「貴様っ、上官に対してその様な―――」

 

提督「階級上上官は元帥たるこの私だ! それを弁えて貰おう。必要とあらば、この幹部会の不忠を世間に公表しても構わんが、如何に!!」

 

嶋田「―――!!」

 

伊勢(フッ・・・流石というか、痛快だ。)

 

嶋田は苦虫を噛み潰したような顔をして悔しがる。明らかに嶋田の負けであった。

 

統括してしまえば『横鎮近衛はまだ準備が不足故行動は起こせない。』といった所であった。

 

牟田口「紀伊くん、落ち着き給え。君の意見は了解した、好きにしたまえ。」

 

嶋田「!」

 

提督「了解しました。ではこれにて。行くぞ伊勢。」

 

伊勢「はい。」

 

直人が席を立ち、そのまま伊勢を伴い立ち去る。

 

 

―――バタン

 

 

牟田口「・・・。」

 

嶋田「―――よかったのですか議長? 作戦を強要しなくて?」

 

牟田口「今権限を剥奪した所で、他の近衛艦隊からボイコットを食うだろう。それに、反逆の名目で追討した所で勝てる者はおるまい。」

 

嶋田「は、はぁ・・・。」

 

 嶋田は額の汗をハンカチで拭うが、彼に対する憤りたるや激しいものがあった。

しかし実際には、牟田口陸将の言う通りであった。提督が専用の巨大艤装を保有し、尚且つ数度の激戦を経験した直人ら近衛第4艦隊の練度は、他の艦隊と比べれば目を見張るものがあるからだ。故に簡単に手は出せない。

幹部会と言うものの存在とその力の程を知る彼の狙いは、その持てる力を強固にすることによって、幹部会の束縛をはねつける事だったのである。

 

 

大本営の食堂で昼食をとった直人と伊勢が、横鎮本庁に辿り着いたのは午後3時半の事だった。

 

提督「むー、若干道が混んでた・・・。」

 

伊勢「遅れてしまいましたね、少し急ぎましょうか。」

 

提督「取り敢えず司令長官室に行こうか、多分いるでしょ。」

 

伊勢「そうですね、行ってみましょう。」

 

若干投げやり気味にそう言って直人は本庁舎に入っていった。伊勢も続く。

 

 

 

5月25日午後3時40分 横鎮本庁・司令長官室

 

 

コンコン、コンコン・・・

 

 

提督「・・・。」

 

伊勢「・・・。」

 

 

コンコン・・・

 

 

3度ノックして誰の返事も無い。

 

提督「・・・いないのかな?」

 

土方「おぉ、戻っていたか。」

 

提督「・・・土方さん、なんで右の廊下の奥から出てくるんですか。」

 

土方「すまんな、少しお手洗いに行っていたんだ。」

 

そういうことか。と納得した直人は土方海将に用件を告げる。

 

提督「嶋田海将から、土方海将に我が艦隊に配属になる艦娘を預けてあると聞いたんですが。」

 

土方「あぁ、そうだったな。まぁ、入りたまえ、長官室の奥部屋に待たせてある。」

 

提督「失礼します。」

 

伊勢「どんな子達でしょうね。」

 

提督「そうだな~、どんな艦娘か気になるな。」

 

直人と伊勢は土方海将について長官室に入る。土方海将は奥部屋のドアを開けて、そこにいると思われる艦娘達に声をかけた。

 

土方「さぁ、来たまえ。彼女たちが、今回君の麾下に編入される事になった艦娘達だ。中には解雇された提督の麾下にいた者もいるから、メンタルケアはしっかりやってくれ。」

 

提督「分かりました。」

 

つまりは、横鎮のお荷物持ちと、不祥事隠蔽か、何にせよ戦力増加は有難い、何とかするか。

 

提督「では自己紹介を頼めるかな。」

 

川内「軽巡、川内です。」

 

む? 噂じゃもっとはつらつとしていると聞いたが、随分不愛想だな。

 

高雄「こんにちわ、高雄です。よろしくお願いしますね。」

 

加古「古鷹型重巡の2番艦、加古ってんだー、よっろしくぅ!」

 

五十鈴「五十鈴です。水雷戦隊の指揮ならお任せ、全力で提督を勝利に導くわ。よろしくね。」

 

あれぇ~? 導くのは俺の役目・・・まぁ彼女らの働き如何だしなぁ、あってる・・・か?

 

叢雲「あんたが“新しい”司令官ね。ま、精々頑張る事ね。」

 

大潮「駆逐艦、大潮です! 小さな体に大きな魚雷、お任せ下さい!」

 

島風「駆逐艦、島風です。スピードなら誰にも負けません!」

 

祥鳳「軽空母、祥鳳です。」

 

提督「また大型艦が増えるなぁ、資源が大変だ。ともかく、よろしく頼むよ。」

 

土方「ハハハハ、お前らしいな。」

 

提督「まぁ、これで少しでも勝てない戦いは減るといいんですがね。」

 

土方「1個艦隊でソロモン方面威力偵察、断ったのか?」

 

提督「無論です、無理があり過ぎる。我が艦隊に轟沈艦は出させないつもりですから無理は慎みたいのです。それに―――『死ぬ為』の戦いはしない主義ですから。」

 

土方「そうか・・・。」

 

提督「・・・?」

 

意味ありげに言葉を切る土方海将に、直人は首を傾げた。

 

土方「・・・直人、死ぬな。必ず生き抜いて、この戦いを終わらせてくれ。世界の人々が、静かに笑顔で暮らせるように。」

 

提督「・・・心得ていますとも、土方海将。」

 

川内「・・・。」

 

そのやり取りを、鋭い目線で見る川内。

 

その瞳の奥に映るものが何であるのか、彼はまだ知らない。

 

 

 

~横鎮・艦娘艦隊寄宿舎~

 

横須賀鎮守府は横須賀に在泊する第1護衛艦隊(※)と、艦娘で編成された横鎮防備艦隊を統括指揮する司令部で、尚且つ提督達の艦娘艦隊を管理指揮する管理組織でもある。

 

※第1護衛隊群を改変、横須賀を定係港とする第1護衛隊・第6護衛隊・第11護衛隊、更にこの時系列までに新設された第18・第21護衛隊、合計護衛艦20隻と、横須賀防備の第24・27護衛隊(護衛艦6隻・補助艦艇2隻)、潜水艦部隊の第2・4潜水隊群の潜水艦16隻からなる海上自衛軍主力の一つ。

 

敷地内には艦娘艦隊のスタッフ向けの寄宿舎があるが、直人達はそこで二日泊まる事になっていた。

 

提督「で、寮監に鍵貰ったけど何処だろなっと、あったあった。」

 

なお荷物はちゃんとキャリーバッグで持ってきている模様。休暇用の私服もだが。

 

提督「~♪」カチャリ

 

 

ドタドタドタドタ

 

 

提督「ん・・・?」

 

誰かが直人に向かって走ってくる。

 

金剛「ヘーイ、提督ゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」ダン

 

提督「えっ、金剛ううううううううううう!?」

 

金剛が思いっきり右フックを放つ。

 

直人は必死に躱そうとする、顔面直撃は無かったが・・・

 

 

ガッ

 

 

提督「カハッ!?」

 

その外れて直角に曲がっていた腕が首をひっかけた。

 

金剛「ラリアットォォォォォォォォォゥ!!」

 

提督「ガッ・・・!?」ドッシャアアァァァァァァァァァァァッ

 

右フックはフェイントで、避けさせてのフライングラリアットが狙いであった。

 

提督「ゲホッゲホッ、こ、金剛・・・なんで・・・」

 

金剛「昼間の腹いせデース。」ビキビキ

 

きっちり言うところがいやらしい。

 

提督「あ・・・あの、そのー・・・ごめんなさい。」

 

そして素直に謝るのでした。

 

金剛「宜しい。」

 

提督「でもほら・・・もし、そうして連れて行って、もしだぞ? お前が暴言を吐いたら、艦隊の皆にも迷惑がかかるかも知れないし、お前にも・・・。それが、怖かったんだ・・・。」

 

金剛「ッ・・・。」

 

必死に弁明する直人に、金剛は二つの事を思った。

 

一つは、遠回しかつ他人の心意を踏み躙るやり方であるとはいえ、艦隊全員の事を思っての事であったこと。

 

もう一つは、この男にも恐れるものはあるのだ、という事だった。

 

金剛「・・・もう。次は許さないんダカラネー?」

 

提督「はい・・・。」

 

<大丈夫デース?  な、なんとか・・・>

 

怒らせたら一番怖い女、それの筆頭はもしかしたら金剛じゃなかろうか。

 

 

 

5月26日(日)午前7時 横鎮本庁駐車場

 

 

提督「・・・。」

 

私服姿で自分の車にもたれて誰かを待つ直人。因みに基本早起きである。

 

チョイスしたのは左袖に斜めに2本赤いラインの入った白いスリークォーターズ袖のシャツに青のジーンズ、白のスニーカーと黒いアンクレットソックスと、お気に入りの黒レンズ赤フレームのサングラス。

 

割とチョイスが雑なのは金剛のファッションセンスがいまいち分からなかったからである。

 

金剛「お待たせネー! 提督のコーデもグッドデスネー!」

 

提督「っ、別にそう待っちゃいないぞ~金剛。あと、ありがと。」

 

そう言いながら直人は内心、「しまった」と毒づいていた。

 

金剛の選んできたのは白いワンピにベージュのショートブーツ+白のハイソックス、ベージュ縁のハンドバックだった。

 

髪型はいつも通り。(言わないといけない気がした。)

 

因みにどういう状況か、発端は出発直前にまでさかのぼる。

 

 

 

5月25日朝 提督私室

 

 

提督「1種軍服、はいいか。あと入れるもんはないはずだから・・・。」

 

 

コンコン

 

 

提督「どうぞー。」

 

金剛「失礼しマース。」

 

やって来たのは金剛。

 

金剛「荷造りですカー?」

 

提督「そんなとこだな。そっち荷造り終わったのか?」

 

金剛「まだデース。そんなコトより、横浜観光とかないんデスカー?」

 

そんなことを言い出す金剛。

 

提督「え、横鎮に一泊して帰ろうと思ってたんだが・・・。」

 

金剛「そんなぁー・・・残念デース。」シュン

 

それを聞いて落ち込む金剛だったが、それを見た直人が重々しく口を開く。

 

提督「・・・はぁ、荷物が増えるなぁ。」

 

金剛「え・・・?」

 

提督「仕方ない。観光と言わず、デートでも・・・するか?」

 

少々照れながらそう言う直人である。

 

金剛「本当デスカー!?」

 

案外言ってみるもんである。

 

 

 

てな感じで、機内で機嫌が良かったのもこの事があったから、察しがついた人もいるかも知れないが。

 

言いだしっぺがまさかの直人だった件。

 

金剛「似合ってマスカー?」

 

提督「もうバッチリですはい。で、どこ行く?」

 

金剛「そうデスネー、ショッピングでもしたいデース!」

 

提督「・・・。はぁ、よーし付き合ったろ!!」

 

完全に嫌な予感しかしてはいない。

 

そんなこんなで二人は横浜市街へと繰り出した。

 

 

~とある服屋さん~

 

提督「お、このTシャツいいな・・・む、ちょっとお高い・・・。」

 

金剛「提督ゥ!」

 

提督「ここで提督はどうかと・・・。」

 

金剛「じゃぁ、ナオト!」

 

誰から聞いた俺の名前を!

 

てかなんというか・・・

 

提督「・・・なんというかしっくりこないね。」

 

金剛「デスネ。」

 

提督「そんでどうした?」

 

金剛「この服欲しいデース!」

 

おおう、フリル付きときましたか・・・しかも普通に似合うな。が・・・

 

提督「・・・値段ェ・・・」

 

ざっと2万と3千飛んで60円でおます。

 

金剛「・・・ダメデスカー?」(上目遣い+涙目

 

提督「買ったる!」

 

金剛「センキュー提督ゥ~!」^^

 

提督(おおう、テンションたけぇなおい。)

 

意外にちょろい直人でした。

 

 

 

~昼食~

 

 

金剛「~♪」ズルズル~

 

提督「・・・どうだ?」ドキドキ

 

金剛「美味しいデース!」モゴモゴ

 

提督「おー、よかった。しっかし相変わらず旨いな~。」ズルズル

 

昼飯は安価に済みました、だってス○キヤだったんだもん(ぇ

 

 

 

~午後・映画館~

 

提督「・・・。」^^;

 

金剛「ワーオ・・・。」

 

何故か土方海将の指揮した海戦を題材にした映画見てます、俺知ってるのに。

 

このあと買い物行ったりお土産買ったり色々してるうち日が暮れた頃にやっと帰り着きました。(只今午後7時半でおます。

 

 

提督「・・・。」(焦

 

金剛「今日は楽しかったデース!」

 

提督「おう、そいつはよかった。明日からまた日常に戻るんだな・・・。」

 

何とか買い物の荷物を持ちながら、直人が言う。なお大半は金剛の荷物である。

 

金剛「頑張りまショー、提督!」

 

提督「また少々頭が痛いことだ。まぁ、お前となら何とかやれそうだ。」

 

そんな事を言いながら、二人は寄宿舎に向かった。

 

 

勿論この日使ったお代は直人の官給から、つまり本人のお財布から出ています。

 

 

「・・・ほう? それで、近衛艦隊の現状は?」

 

龍田「かなり厳しいみたいねぇ。“苦し紛れに”艦娘の艤装を砲台にしたり、工夫はしてる“つもり”みたいね。」

 

龍田と話す黒い人影、人相も服装も、暗がりでは分かりようもない。

 

「そうか、これからも情報伝達は頼むぞ。」

 

龍田「フフッ、分かってますよ、それが任務ですものね。」

 

「そうだ、ではな。」

 

龍田「そういえば・・・」

 

「・・・なんだ?」

 

龍田は黒ずくめの男を呼び止めてこんな事を聞いた。

 

龍田「嶋田海将はどんなお考えなのかしら?」

 

「・・・どうやら、密かに監視を近衛艦隊全てに送り込み、必要とあらば消せるようにはしているらしい。」

 

龍田「そ~ぉ、提督達も哀れねぇ、好きな時に切れる駒同然だっていうのにねぇ~♪」

 

男の口ぶりに合わせて龍田もそう言った。

 

「そうだな、そちらも任務を怠るなよ。」

 

龍田「分かってるわぁ、じゃぁね~。」

 

黒い人影は闇へと消え、龍田のみが残される。

 

龍田「フフフ、貴方達に本物の情報をあげる訳ないじゃないの、馬鹿な男達ねぇ~。」

 

そう言って、龍田も横鎮本庁の方角に去る。

 

直人に身の危険が及ぶ前に、この情報を伝える為にも。

 

 

 

直人の持つ装備は貧弱の一語に尽きる。

 

キャリーバッグに詰め込めたのは、対人用護身装備として土方海将に手渡されたSIG P229が1丁と、マガシン2つのみ。いざとなれば魔法もあるが、正直深海棲艦でも来た日には詰むような貧弱さである。因みに銃に関しては帰る時に返却するが。

 

更に言うと直人の射撃は、ある程度高速で左右に動く標的に5分5分で当てられる程度の技量しかない。風を読むのは得意だが、それと命中率はまた別である。

 

提督「はぁ~、渡されて持ってきたはいいが、こんなんでどうしろってんですかねぇ。」

 

故に直人は、割り当てられた部屋で、持ってきたことを後悔していたのだった。

 

提督「何あるか分からんからホントは自前で持ってこないとダメだけどさ・・・。」

 

その後で理屈をこねてみる。が、納得は行かなかったようである。

 

 

 

時は少し遡って午後8時頃、直人は単身、横須賀に戦艦三笠を訪れていた。

 

土方海将に頼み込んで特別に開けて貰ったのである。と言うのも、八島入江にいた頃、落ち着いたら三笠を見に行こうと考えていたからだった。

 

提督「・・・こうして実物を見ると、改めてすごい大きさだな、戦艦と言うものは・・・。」

 

戦艦三笠、日露戦争に於いて、海の戦いを勝利へと導き続けた大殊勲艦である。

 

ヴィッカース社で建造されているので、金剛の大先輩とも言えるだろう、当時の最新鋭戦艦でもある。

 

深海棲艦による日本本土攻撃の折、三笠は辛うじて被害を免れていた、原因は不明であるけれども、むしろ幸いであったかも知れない。なぜならもう1隻の日本海海戦参加の現存戦闘艦、帝政ロシア海軍装甲巡洋艦アヴローラは、深海棲艦によって破壊されていたのだから。

 

提督「そして時は移ろい、砲は換装され、機関も置き換えられ、強大な力を手にした。」

 

「えぇ、そうね。」

 

提督「!!」バッ

 

いきなり聞こえた背後の声に、振り向きざまに身構える直人。

 

声の主は女であった。

 

上和装下スカートと言う金剛のような服装の上から、元帥の軍服を模したロングコートを羽織り、腰には元帥刀を提げ、金剛改2のような形状の艤装(主砲左右1基づつ)を装着している。素足は晒さず黒のタイツを履き、膝の辺りには装甲の様なものを取り付けている。

 

提督「・・・お前は誰だ?」

 

「あなたの周囲を見渡せば、自ずと分かるでしょう?」

 

女はそう言う。

 

提督「・・・まさか、“三笠”なのか?」

 

そう告げる直人、女は首を縦に振った。

 

三笠「そうね、私は戦艦三笠。沢山の船を沈め、今こうして世の移ろいを見守り続けてきた存在。」

 

提督「それが今、艦娘としてここにいる。か。」

 

三笠「えぇ。何かの意志に導かれ、私はこうしてあなたと出会った。」

 

提督「・・・。」

 

三笠「それにしても・・・」

 

提督「―――?」

 

品定めをするように見回す三笠、唐突にこう言った。

 

三笠「あなた、面白いのね。」

 

提督「え・・・?」

 

三笠「あなた、人間でありながら艦娘達と共に戦う力を備え、数多の深海棲艦をその手で沈めたのね。」

 

提督「な―――!?」

 

突然言われたその一言に、二の句が出ない直人、高々ジロジロと見られた程度でどうしてここまで分かるのかと疑問になる。

 

三笠「精進なさい? 私は“原初”を知る者、戦艦三笠。覚えておくと、良いかも知れないわね。」

 

しかし問おうとした時三笠は、踵を返し去るところであった。

 

提督「戦艦、三笠・・・。」

 

思わぬ出会い、その名を、直人は奥歯で噛み潰すように呟いた。

 

 

 

~幹部会~

 

 

牟田口「あの紀伊とかいう奴も存外の阿呆であったか。大人しく従えばいいものを。」

 

どうやら上層部の無能はいつの時代も変わらぬようである。

 

嶋田「よ、よろしかったのですか?殺害命令を出しても?」

 

牟田口「構わん、飼い犬にならないのであれば死んでもらうだけだ、近衛艦隊など所詮我らの飼う狗に過ぎんのだからな。」

 

嶋田「・・・はっ。」

 

嶋田海将はハンカチを取り出し、その場で汗を拭く。

 

牟田口「さて、これで死んでくれれば楽なんだがな。」

 

 

 

~寄宿舎・直人の部屋~

 

 

提督「さて、そろそろ寝るか・・・ん?」

 

 

スタッ

 

 

直人の部屋の片隅に、天井から人が舞い降りた。

 

提督「・・・龍田か。」

 

龍田「えぇ、デートは楽しめたかしらぁ?」

 

提督「だ、誰にも言ってないのに・・・。」

 

龍田「街中で見かけちゃったわぁ~。」^^

 

あ、これ地味にばれてましたわ。(※飛行中の段階でモロバレである)

 

提督「で? わざわざ天井裏からということは、そんな用で来たんじゃないんだろう?」

 

龍田「・・・そうねぇ。」

 

提督「手短にな。」

 

龍田「あなた、命を狙われてるわよぉ?」

 

提督「・・・何?」

 

龍田「特別監査隊は幹部会の指示で監視を潜り込ませ、意に沿わない提督を消すつもりの様ね。」

 

提督「―――成程、暗殺者か。」

 

龍田「明日連れて帰る艦娘達、あの子達に注意なさい? じゃないと、その命は永遠に失われるわよ?」

 

提督「・・・留意させて頂こうか。」

 

誰と言わなかったのは、彼女のせめてもの良心か・・・

 

 

 

翌朝早々、直人達一行はサーブ340B改でサイパン島へと飛び立った。

 

それが、直人の身を危険に晒すとは誰も彼も夢にも思わぬまま、飛行機は一路サイパンを目指したのである・・・。

 

序章 ――完――




横鎮近衛艦隊保有機材紹介


サーブ340B改

機種:武装旅客機
乗員:20名
航続距離:2510km
エンジン:GE社製CT-7-9A/9B型ターボプロップエンジン不法改造型×2
エンジン形式:牽引式双発
武装:25mm機関砲 機首固定1門
   25mm旋回機関砲 連装銃架1基

覚えておいでだろうか。KHYシリーズ第2弾である。
コードネームは『バルバロッサ』、赤をメインに塗装された鮮やかな見た目が特徴。
機体上面に25mm3連装機銃を連装に改修した旋回機銃を装備、取り外した1門は機首下部に固定装備した。
キャビン床面には空挺降下用のハッチがあるなど、スペックに出ない面でも改修された部分が多い。
これだけの改造をしつつも性能は据え置き、一部向上しており、局長の手腕たるや既に常人の域でない事は疑いない。


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第14章別伝~主将無き司令部~

どうも、3日連続で睡眠時間削った強行スケジュールをやった天の声です。

青葉「ご無理なさらないで下さいよ? あ、どもー、恐縮です、青葉です!」

友人宅訪問と近所の祭りに行ったのね、眠いのなんのったらありゃしねぇ。

青葉「ちゃんと寝て下さいね?」

分かってます。さて今回も独自設定の方を紹介していく訳ですが、今回は超兵器級深海棲艦が生まれる原因ともなった兵器、『超兵器』について解説していきます。

この作品に於いては独自解釈によって超兵器の設定が組まれています。

そもそもなぜ超兵器と言うものが作り出されたのか、発端は1932年に遡る。

日本の富士山系で、日本が採掘作業を行っていた時のこと。ある坑道の奥から、当時の科学では解明出来ない未知の動力機関が発見される。

極秘裏に行われた調査の結果、当時の艦艇用機関でさえ到底太刀打ち出来ない程のパワーがある事が判明、日本はこれを軍事転用する事に決め、これを用いた最初の超兵器戦艦、播磨が建造された。これ故播磨は、世界最初の超兵器と呼ばれる事になる。(当時はまだ“超戦艦”と呼ばれていた。)

燃料補給も無しに底無しの膨大なパワーを生み出し、分解しても全く変わらずエネルギーを生み出し続けるその機関を用いた最初の兵器が超兵器だったことから、超兵器機関と後に便宜上名付けられた。それは人類の夢を実現する、文字通りの永久機関であった。

播磨の登場に戦慄した列強各国は、直ちに自国領内の火山帯を採掘調査、超兵器機関を掘り当てるとそれを使った超兵器を作り上げると言った形で、超兵器建造ラッシュが起こった。

1938年、第2次大戦勃発と同時に、各国の超兵器は行動を開始する。

ナチス・ドイツ海軍のシュトルムヴィント級は、大西洋を荒らしまくり連合国商船を尽く破壊、イギリス海軍の超巨大潜水戦艦ドレットノート級も通商破壊を行うと言う端的な言葉からも、超兵器が全面投入されたことは想像に難くない。

41年の日本宣戦からは、元祖超兵器のプライドをも賭けた日本軍が参戦、アメリカ軍の超巨大双胴強襲揚陸艦デュアルクレイターや、超巨大高速潜水艦ノーチラスなどと激闘を繰り広げた。播磨が太平洋を股に駆けて奮戦していたことは以前榛名が語った通りである。

このような激闘の中で超兵器は徐々にその数を減らし、1945年8月15日、遂に新造されたものでは1隻の超兵器も残らぬまま、戦争は連合国の勝利に終わった。超兵器機関発見の当時はまだ帝国主義全盛の時代であり、軍拡は基本であった。故にこうした発見は全てが軍事利用されてしまった。

超兵器機関の正体とは元々、かつて存在した超古代科学文明に於いて、都市の地下に設置されエネルギーを街に供給する、一種のナノマシンで出来たエネルギープラントであったに過ぎない事が、戦後の研究で明らかとなっている。

それを知らぬ内に兵器転用していたのが、超兵器であった、と言えるだろう。

余談だが超兵器は「超常兵器級艦艇」の略称で、縮めて超兵器もしくは超兵器級と呼ばれており、「超兵器級深海棲艦」と言う名称はそれに依る。

こんなとこっすかね。

青葉「お疲れ様です。」

うん。因みに第1部はこの章からではなく次の章からになります。

この章は序章の別伝という事で、14章の時のサイパン司令部の様子という事になります。

青葉「私の出番はあるんですか?」

忘れて無かったらね。

青葉(忘れられてたんだ・・・。)

ではどうぞ。


5月25日午前11時14分 提督執務室

 

 

大淀「ふぅ・・・。」トントン

 

大淀は直人がいつも使っている執務机で、書類処理をしていた。今しがた片付いたところであったが。

 

榛名「大淀さん、この書類のこの部分は、これでいいんですか?」

 

大淀「ええと・・・えぇ、これで大丈夫です。」

 

榛名「ありがとうございます。」

 

秘書艦席には榛名が座って、普段金剛が処理している何のたわいもない資源管理系の書類などの重要度の低く誰でも処理出来る類の書類を片付けていた。

 

 

コンコン、ガチャッ

 

 

雷「近海警備から戻ったわ!」

 

やって来たのは近海警備部隊第3班旗艦、雷であった。警戒任務から戻った旨の報告である。

 

榛名「お疲れ様です、次の当直組に出発を伝え、休んでいいですよ。」

 

雷「分かったわ! お疲れ様!」

 

榛名「はい、お疲れ様です。」ニコリ

 

微笑みながら榛名も労いの言葉をかけ、それを聞いた雷も去っていった。

 

榛名「・・・ふぅ。お姉さんは普段こんなにお忙しかったのですね。やってみて分かりました。少しも疲れを見せずに・・・。」

 

大淀「あら、金剛さんも普段それなりにお疲れでいらっしゃいますよ?」

 

榛名「え、そうなんですか?」

 

そう言って見て分かるほど驚く榛名。

 

大淀「金剛さんは普段、皆さんの前では疲れている様子を見せようとはなさいません。私達だけの時ならまだしも、ですが。」

 

それが総旗艦として気を付けている事だと、金剛に大淀が語っていたのだと言う。

 

榛名「・・・お姉さん・・・。」

 

大淀「戻ったら、榛名さんからも言ってあげて下さい。あまり無理をされると、金剛さんのお体にも障りますから。」

 

本人がいないからこそ明かせる大淀の心配に、榛名は憂いた。

 

他ならぬ自分の姉だからである。

 

榛名「分かりました。お話しする様にします。」

 

きっぱりと言い切ったが、どこまで通じるかは分からない榛名であった。

 

 

 

5月25日午後2時56分 艦娘寮駆逐・軽巡寮

 

 

白露の部屋

 

夕立「もうすぐおやつっぽい?」

 

そんな事を切り出してみる夕立、この日白露型艦娘は全員集合していた。

 

白露「そうねー、何食べる?」

 

時雨「僕、間宮アイス券、5枚持ってるんだけど、どうする?」

 

4人「えっ!?」

 

夕立「なんでそんなに持ってるっぽい!?」

 

時雨「活躍してくれたからって提督から貰ったんだ。」

 

論功行賞としての意味もあるらしい。

 

夕立「白露型全員で行くっぽい!」

 

時雨「そうだね、それに賛成だ。」

 

白露「いいねそれ、そうしよう!」

 

夕立「じゃぁ誘いに行くっぽい!」

 

白露型は提督不在でも本調子です。

 

五月雨「ふんふふ~ん♪」

 

 

ガッ

 

 

五月雨「ふわっ!?」

 

 

バッタァーーン

 

 

重い段ボールの角に躓いてこける五月雨を含めて。

 

 

 

長良の部屋前

 

由良「うーん、いないのかな姉さんは。」

 

名取「どうしたんですか? 由良ちゃん。」

 

由良「ちょっと姉さんに用事があって何度もノックしてるんだけど、返事がないのよ。」

 

名取「それなら・・・お昼が終わった後、司令部の外に出る姉さんを、見ました。」

 

由良「またトレーニング・・・出直しましょうか。」

 

長良さんは日々研鑽を欠かさない人のようです。

 

 

 

朝潮の部屋

 

朝潮「160・・・161・・・162・・・」

 

こちらもトレーニング中の朝潮。

 

スクワットのようです。

 

 

コンコン・・・

 

 

朝潮「170・・・ん? 誰でしょう?」トテトテ

 

朝潮は肩にかけたタオルで顔の汗を拭いながらドアを開ける。

 

満潮「・・・はぁ、今度は何をやってるのよ・・・。」

 

ちょっと呆れすら見せる満潮が来ていた。

 

朝潮「長良さんを見ていて、私も少しでも鍛えた方がいいのかなと思ったから。」

 

満潮「はぁ・・・鍛え過ぎは逆にダメらしいから、気を付けなさいよ?」

 

朝潮「そうね・・・。で、どうしたの?」

 

満潮「大したことじゃないけど、おやつでも一緒にどうかなと思ってきたのよ。」

 

この時間帯駆逐艦娘が思いつくのは大抵おやつの事である。

 

朝潮「それなら私が間宮アイスの券を2枚持ってるけど、どう?」

 

満潮「そうね・・・間宮さんの所に行きましょ。」

 

朝潮「じゃぁ早速行きますか。」

 

因みに朝潮には普段頑張っていると言う理由で渡された様子。士気高揚かよ。

 

 

 

午後3時11分 造兵廠内

 

 

明石「あづい~~~・・・」

 

日本で言えば梅雨前な訳だが、緯度が日本より南な為気温条件が変わる上、ほぼ密閉空間の造兵廠ではその材質も相まって熱が籠りやすい様子。

 

水色のタンクトップにツナギと言う格好だった。

 

局長「マァ確カニ暑イナ。」

 

暑い原因は貴方でもあるぞ局長。と言うのは局長が機械動かしている為。

 

明石「まぁ弾薬作らないといけないのは分かりますけど・・・。」

 

局長「ツイデニ直人ノ分ノ弾ヲ作ッテヤロウト思ッテナ。」

 

直人が心置きなく紀伊の艤装火力をフルバーストできる秘密がここにあった。

 

局長「ソレニ、直人ノ為ニ新シイ武器モプレゼントシテヤロウト思ッテルンダ。」

 

明石「だから金属加工までやってたのね・・・。」

 

余計排熱がやばいパターンでした。

 

 

 

同時刻 技術局

 

 

荒潮「戻ってこないわね局長・・・。」

 

ワール「まさか本当に造兵廠で作業中?」

 

雷「許可降りたのね・・・。」

 

如月「訓練で髪が傷んじゃったわね・・・」

 

話の流れをぶった切っている様に見えて独白なので問題のない如月。

 

ワール「はぁ・・・ここの機材じゃ効率は今一つだけどねぇ・・・。」

 

雷「まぁ、いいんじゃない?」

 

荒潮「ね~。」

 

如月「あとでしっかりケアしないと・・・」

 

ブレない如月であった。

 

 

 

大淀「こうやる事が無いと、流石に暇ですね。提督のお気持ちも分かります。」

 

榛名「そうですね・・・。」

 

提督執務室では榛名が大淀と二人で話していた。

 

しかし、この二人に暇を与えるほど、現実は甘くない・・・

 

 

 

午後3時24分 サイパン島南西海面

 

 

皐月「静かな海だねぇ。」

 

文月「ねー。」

 

長月「まぁこれ位な方が、ありがたいんだけどな。」

 

皐月「だね。」

 

夕方のサイパン西側海域の警備を任される第22駆逐隊、当直第7班は、任務時間も半ばに差し掛かっていた。

 

その時である。

 

長月「それに・・・おい、皐月!」

 

皐月「どうしたの?」

 

長月「空を見ろ。」

 

皐月「空って・・・あれは!!」

 

日も傾いてきた空を飛ぶ深海棲艦の偵察機、サイパン島に向かって一直線に飛んでいく。

 

文月「知らせないと!」

 

皐月「そうだね!」

 

 

 

司令部中央棟1F 無線室

 

 

皐月「“こちら第7班、深海棲艦の偵察機がサイパンに向かってる!”」

 

大淀「なんですって!?発見した場所は?」

 

皐月「“サイパン島南西35km地点だよ。”」

 

大淀「分かったわ、ありがとう。」

 

報告を聞いた大淀は、一つ溜息をつくと無線機のチャンネルを変えてマイクに怒鳴る。

 

大淀「サイパン飛行場管制塔!」

 

飛龍「“はっ、はい!!”」

 

大淀「第7班の皐月さんが敵偵察機を発見しましたけど、そっちはどうです?」

 

飛龍「“あ、はい、既に迎撃機が飛び立っています。管制塔のレーダーは凄いですね、位置まで特定できるし、効果範囲も広いので。”」

 

管制塔のレーダー画面には、1つのエネミーマークと、今風に言うならスクランブル発進した友軍機が20機映っていた。

 

大淀「そうですか、それなら防空は安心ですね。」

 

飛龍「“問題は海だと思います。これは哨戒機を飛ばす他ありませんから。”」

 

大淀「そうですね、何か検討しましょう。兎に角敵の偵察を受けたという事は、この基地の場所自体は割れている筈です。艦隊および防御部隊に、臨戦態勢を発令して下さい。」

 

飛龍「“はい。”」

 

飛龍は航空部隊を初めとしたサイパン守備部隊の司令官と、2航戦旗艦を兼任していたりする。

 

何気に主力部隊の一翼を担い尚且つ司令部防衛の二つを兼ねると言う重要なポストである。

 

 

 

サイパン飛行場管制塔

 

 

飛龍「サイパン島全島、臨戦体制に移行、防空部隊配置に付け!!」

 

 

 

神通「臨戦態勢、ですか。」

 

陽炎「臨戦態勢って?」

 

何故お前が一緒にいるんだ陽炎よ。と思ったがお前元2水戦か。

 

神通「我々の場合は、常時出撃/戦闘可能な状態にしておくという事ですね。」

 

陽炎「実質の戦闘配備ってこと!?」

 

素っ頓狂に驚いて見せる陽炎。

 

神通「そうですね、何かあったのは間違いないでしょう。」

 

陽炎「不知火達にも知らせないと!」

 

神通「えぇ、新配属になっていた艦娘達に伝えてあげるといいでしょう。」

 

陽炎「はい、じゃぁ!」

 

陽炎は軽く手を振ると、艦娘寮に向かって走り出したのであった。

 

 

 

明けて26日の午前10時、丁度直人達が買い物をしている頃、鎮守府は物々しい雰囲気に包まれていた。

 

~提督執務室~

 

 

プロロロロロロロロ・・・(上空を飛ぶ編隊のエンジン音

 

 

大淀「なんでこんな時に限ってぇ・・・」ゴゴゴゴ・・・

 

電文を握りつぶして言う大淀、内容はこんなところであった。

 

 

『こっちで皆に1日休み取らせるから、

それまでよろしくー。

 

            紀伊 直人』

 

 

榛名「・・・。」(普段色々されてるお返しを食らいましたね、これは。)

 

それだけではないのだが、この面々の誰しもそれを知る余地はない。

 

臨戦体制への移行に伴い、全艦娘艤装装着済みである。無論それだけではない、全島を挙げての防衛戦準備が行われていた。

 

そして、そんなときに戻ってきた艦娘が一人。

 

 

 

午前12時前 司令部正面水域

 

 

青葉「おやおや? 何やら物々しいですね。」

 

白雪「えぇ、なにかあったみたいですね。」

 

横鎮広報部で近衛艦隊所属の青葉と、なぜかいる白雪。

 

青葉「提督に聞きに行きましょうか。」

 

 

提督執務室

 

大淀「あら? なぜ白雪さんがここに?」

 

青葉「私もいますよ。」

 

大淀「成程。」

 

青葉「あ、提督不在なんですね。それで、何かあったんですか?」

 

大淀「実はですね・・・」

 

 

 

―――司令官代行説明中―――

 

 

 

青葉「成程、敵襲への警戒ですか。」

 

大淀「提督がいない間、司令部は私達で守らなければ。」

 

青葉「ですね。」

 

大淀「貴方達こそどうしてここに? 白雪を連れてくるような用事なのですか?」

 

青葉「いえいえ、こちらのお引っ越しもひと段落ついたので、司令官の御厚意でお手伝いに来て頂いていた白雪ちゃんをお返ししに来たんです。」

 

移転後白雪がいなかったのはそのせい。あと青葉もサイパンへの回航時に同行していなかったりする。

 

大淀「そうでしたか。」

 

白雪「特型駆逐艦白雪、これより戦列に復帰します!」

 

大淀「ありがとう。用事はそれだけですか?」

 

青葉「いえ、提督の様子を密着しようと思ってたんですがね。」

 

大淀「今日は戻ってこないそうです。」

 

青葉「では、待ちましょうか。」(スクープ! スクープ!)

 

青葉型重巡洋艦青葉、やはりブン屋であった。

 

 

 

大淀「でも程々にしておかないと、知りませんよ?」

 

青葉「こ、心得てますって。」

 

 

 

午前12時9分 サイパン飛行場

 

 

バルルルンバルルルルルルルルウウウウウウウウウ・・・ン

 

 

零戦21型と97式3号艦攻の栄エンジンと、99式艦爆の金星エンジンの爆音が、辺り一帯に響き、サイパン飛行場からテイクオフしようとしている航空部隊がおよそ80機。

 

これは飛龍の独断である。

 

 

 

サイパン飛行場管制塔

 

 

飛龍「第二〇一・五〇一・五〇三航空隊各機、順次離陸。指定方位へと飛行し偵察を行え!」

 

第二〇一は、零戦27機からなる戦闘機部隊、五〇一は99艦爆の内の11型27機よりなる艦爆部隊、五〇三は97艦攻27機よりなる艦攻部隊で、飛龍が旧帝国海軍航空隊の番号附与基準に沿って命名し編成した部隊である。

 

太平洋戦争緒戦に於いて真珠湾を奇襲攻撃したこの3機種に与えられた命令は、マリアナ諸島南方方面への偵察任務。

 

3機種それぞれ1機ずつで3機の小隊を組み、27組の偵察隊を構成してそれぞれに偵察を行わせると言うものである。

 

その範囲は、南はニューギニア方面、西はパラオ基地近傍、東はトラック諸島西方海面と幅広く目標としていた。戦闘機を付ける理由はひとえに偵察隊を護衛する為である。

 

飛龍(お願い、提督の為に少しでも多くの情報を・・・。)

 

多聞「果たして、上手く行けばいいな。」

 

飛龍「・・・えぇ。」

 

飛龍には嫌な予感がしていた。敵の基地の場所が分かれば攻撃は出来る。が、その位置が問題となるのであれば、それはお隣のパラオ泊地にも無関係ではないのだから・・・。

 

 

 

1時間半後、全偵察隊は帰路に就いた。一部は敵戦闘機に出くわすも被害は無かった。

 

そして、有力情報は、その内3つの偵察隊から打電されてきていたのである・・・。

 

 

 

5月26日午後9時11分 グアム島北東海面

 

 

陽炎「私達が寝ずの番とは聞いてないよぉ~・・・」

 

不知火「愚痴を言っている暇は、ありませんよ?」

 

陽炎「分かってるわよ・・・。」

 

黒潮「夜までお勤めはなぁ、女が夜更かしはしたらあかへんでホンマ・・・。」

 

陽炎「肌に悪いしねぇ・・・。」

 

陽炎型1~3番艦からなる当直第10班は、この日まさかの寝ずの番。

 

陽炎「臨戦態勢の次は寝ずの番なんてぇ・・・。」

 

不知火「集中なさい、陽炎。」

 

姉に対しての態度とも思えない件、但しこれが普通だったりも。

 

陽炎「ぶぇーう・・・。」

 

不満げな表情を見せる陽炎。

 

破局は突然であった。

 

不知火「はぁ・・・ん!? 推進音5時方向! 魚雷、黒潮!!」

 

黒潮「えっ!? ギリ間に合わ―――――」

 

 

ドオオオォォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

黒潮「くあああぁぁっ!」

 

陽炎「黒潮! 大丈夫!?」

 

黒潮「な、なんとかな・・・けど駆動系をやられてもうた・・・。」

 

不知火「司令部! こちら哨戒10班、黒潮中破につき、撤退許可を求む!」

 

陽炎「一体どこから魚雷なんて――――!!」

 

 

 

大淀「潜水艦の雷撃ですって!?」

 

不知火「“偵察をしていた敵の潜水艦と思われます。”」

 

大淀「前哨戦のつもりかしら・・・分かりました、戻って下さい。」

 

不知火「“了解。”」

 

大淀「・・・こんな時に提督がいれば・・・。」

 

帰投命令を出した大淀だったが、心の内では困惑の度合いを強めていた。

 

 

 

~トラック棲地~

 

 

「ソウカ、敵基地ノ所在ハ掴メタカ。」

 

「“ハイ、如何シマショウカ、泊地棲鬼サマ。”」

 

泊地棲鬼「今ノ内ニ叩イテオケ。ストレインジデルタ33ヨ。」

 

デルタ33「“ハッ。”」

 

 

 

大淀「・・・明日、提督が戻って来るまで、守り抜かなければ・・・。」

 

その決意とは裏腹に、滅びの荒波は、すぐそこに迫っていた。

 

 

 

2052年5月27日午前5時2分 サイパン飛行場管制塔

 

 

睦月「むにゃ・・・」ムクリ

 

管制室でお目覚めの睦月。昨夜は飛龍の手伝いに来てそのまま寝ていたものであるらしい。

 

飛龍「スコー・・・」

 

その傍らで壁にもたれて寝ている飛龍さん、基本常駐しているご様子。

 

睦月「えへへ・・・寝ちゃったかぁ・・・。ん?」

 

ふと睦月はレーダーディスプレイを見た。その瞬間、異変に気付いた。

 

睦月「・・・これって!! 飛龍さん、起きて下さい!!」

 

飛龍「う、うーん・・・あぁ、おはよう睦月ちゃん。」

 

睦月「挨拶なんてしてる場合じゃないですよ! レーダー見て下さい!」

 

飛龍「え・・・?」

 

状況が呑み込めないまま飛龍もディスプレイを見る。

 

画面には、南西と南東の方角から接近する敵機を示す赤いエネミーマークが大量に表示されていた。

 

飛龍「これは・・・! 空襲警報! 睦月も艦隊へ!」

 

睦月「は、はい!」

 

 

ウゥ~~~~~~~~・・・ウゥ~~~~~~~~・・・

 

 

飛龍「サイパン飛行場、稼働全機発進、急いで!!」

 

 

 

午前5時6分 横鎮近衛艦隊司令部

 

 

司令部にも空襲警報の残響が響き渡る。

 

大淀「空襲警報ですって!?」

 

榛名「何事ですか!?」

 

司令部の玄関先で驚く大淀の元に榛名が駆けつける。

 

大淀「分からないわ、訓練の予定なんてないし・・・。」

 

榛名「とにかく防空の準備をしないと!」

 

大淀「そうね、空母の皆さんを起こして来て頂戴!」

 

赤城「既に起きていますよ、大淀さん。」

 

大淀「!」

 

艦娘寮側から、赤城達空母部隊がやってきていた。

 

鳳翔「いつまでも演習という訳にも参りません。私たちの居場所は、私たちで守りましょう。」

 

鳳翔ら空母部隊はこの事態を正確に把握していた。航空戦のエキスパートである自負は、虚構ではない。

 

大淀「・・・えぇ、お願いします!」

 

大淀もその言葉に事態を把握し、決断した。

 

柑橘類「久しぶりに腕が鳴るな。」

 

鳳翔「そうね。私達の力、見せてやりましょう。」

 

何時にも増して鳳翔の表情が引き締まっている。

 

赤松「実戦かぁ、グァム沖以来だな!」

 

加賀「そうね。1航戦の力、見せてあげましょう。」

 

赤松「勝ったらチチもませろよ!」^^

 

平常運転過ぎる松ちゃん。

 

加賀「冗談も、程々にしなさいよ?」ゴゴゴ・・・

 

赤城「まぁまぁ・・・。」

 

赤松「ガハハハハハッ、んじゃ、いくか!」

 

全く怖気づかない松ちゃんと、慌てて加賀を宥める赤城。

 

赤城「そうですね、食べるだけではだめですものね。」

 

自覚はあったらしい。

 

飛鷹「軽空母だってやれるってことを、しっかり見せてあげるわ!」

 

蒼龍「まだまだ1航戦には負けられません!」

 

千代田「お姉に自慢出来る位頑張るんだから!」

 

空母部隊、士気十分である。しかしそこへ突如グアム東端にある砲台から、追い打ちをかける報告が入る。

 

大淀「ん・・・? はい、こちら大淀・・・え!? 沖合に敵艦隊!?」

 

蒼龍「えぇ!?」

 

それは、敵艦隊来襲を告げる一報だった。

 

大淀「はい・・・わかりました、砲撃準備をお願いします。」

 

大淀は即座に指示を出す。

 

赤城「敵大編隊に敵艦隊、どうしましょう・・・。」

 

不安を抑えきれない赤城。

 

榛名「敵艦隊は私達が。」

 

そこに名乗り出たのは、総旗艦代理の榛名だった。

 

大淀「お願いします。既定の防衛ラインに沿って迎撃をお願いします。」

 

榛名「攻撃はしないのですか?」

 

大淀の策に疑問を覚えた榛名。司令部防衛の際には効果的に防御が出来る様、防衛ラインが策定されている。その防衛プランに則ると言う策だったからだ。些か消極的とも取れなくはない。

 

大淀「出来るだけ戦力は温存します。私達の仕事は、提督が来るまでここを守り抜く事です。」

 

榛名「そうですね、分かりました。榛名に・・・私達にお任せ下さい!」

 

榛名は大淀の考えを飲み込み、指示を了承した。

 

そして、各々が各々の責務を全うすべく、出撃してゆく。

 

航空部隊が次々と飛び立ち、水上部隊は一路敵艦隊との決戦の為に進撃する。陸上砲台は既に砲撃を始めている。

 

新たなる戦いの序曲、それは深海棲艦による、司令部への黎明攻撃から始まってしまったのである・・・。



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第一部~弔鐘編~
第1部1章~マリアナ沖航空決戦~


どうも、イベ当日朝に取り敢えず別伝締めようと一念発起した天の声です。
(※2015年の話です)

青葉「もうメタコメには突っ込みませんよ! あ、どもー恐縮です、青葉ですぅ!」

イベ終了までこっち更新できないしね、仕方ないね。

青葉「は、はぁ・・・。」

さて今日は何をしようかな。

青葉「ノープランだったんですか・・・。」

わざわざ海軍航空隊の番号附与基準をぶち上げる訳にもいかんでしょ、詳しくはググって下さい。

青葉「今後登場予定の艦娘とかどうですかね?」

うーん、まぁそれについて少しだけ言及しようか。

青葉「あ、するんですね。」

うん。まず登場規則についてですが、作者司令部の図鑑に登録されているかの有無によって左右されます。これを大原則とし、その下に司令部に着任した順、現有艦に名前が無い場合は適宜登場ないし、着任時期を覚えている場合はその時期に登場させる、と言った具合になっています。着任タイミングについては一部例外があります。

青葉「金剛さんなんてその最たるものですよね?」

せやな、着任六日でお迎えしたのを初っ端から持って来てる位だし。

改2についてですが、これについては図鑑登録の有無は問わない事にしていますが、無印がいないものを改2にはしません、出せないから仕方ない。

あと私の本当の初期艦は吹雪です。が、実はろくに使いもせず復帰直後に退役させていたりもします。この作品では一つ大きなポジションについて頂く予定ですので、その辺は期待せず待っててください。

青葉「そうですね。」(役回り知ってるとか言えない・・・。)

あと夕立時雨電ちゃん雪風の4トップで駆逐艦は行こうと考えてます。可愛くて強いとかずるい。

青葉「アッハイ。」

あと次点級の駆逐艦の一部について明言します。

島風・秋月・朝霜・天津風・朝潮、この5隻は島風を除き気紛れによって次点級になる可能性があります。島風は確定です、当然です。

青葉「登坂で勝てない私って・・・」(涙

おう涙吹けよ。(サッ

青葉「はい・・・。」ズビーッ

人のハンカチで鼻かむな。

青葉「あ、ごめんなさい。」

はぁ。戦艦についてですが、ぶっちゃけると今はアイオワ、出演予定がありません。

青葉「えっ、なんでですか!?」

作者英語てんでダメです。

青葉「あっ・・・」(察し

この点についてはコマンダン・テスト及びウォースパイトも該当します。またイベ実装駆逐艦の2割強と初風及び浦波も現在出演予定なしですので・・・はい。(17.01.11時点)

艦載機についてですが、図鑑登録の有無は問いません。そりゃオリジナル装備オンパレだし仕方ない。

青葉「震電改持ってませんもんね・・・。」

言うな『横鎮が震電改持って無いヤーツwwwwww』とか言うな。あれ当の横鎮でも入手困難な代物だから。参加すらしてないから持ってないの当然だから。

青葉「分かってますよ・・・。」

あと33号電探はありますが32号電探無かったりします。(H27 12/4追記:15秋イベ前に出ました)

装備についても艦載機を除き図鑑にある事を前提に色々出す予定です。

重巡軽巡その他は全艦出ます。空母に関しては大型空母は全員持ってますが大鳳がいません。

青葉「まぁ仕方ないですね。」

欲しいけどねぇ・・・。

この辺にしておきましょう。いよいよ着任から一応の安定に至るまでの道筋を示す言わば前振りが終わり、ようやく本編な訳です。

青葉(長い前振りだ・・・。)

では行ってみましょう。


2052年5月27日午前6時17分 厚木基地南側空中

 

 

提督「よし、離陸完了、このままサイパンまで2時間半、一気に飛びますかね。」

 

サーブ340改、コード「バルバロッサ」は、搭乗する全員が5時10分起床で身支度を整え、素早く日本を後にした。

 

堂々と離陸する訳にもいかないと言うのが理由であった。わざわざこの時間だけ離陸予定を開けてもらったのである。

 

機体は徐々に高度を上げ南へと飛ぶ。その頃既にサイパンでは敵の攻撃が始まっていた。

 

 

 

午前6時20分 サイパン・横鎮近衛艦隊司令部

 

 

大淀「提督は今どこにいるんです!?このままでは被害が拡大するばかりなのに!!」

 

明石「それが、連絡が付きません、妨害電波が出されています!」

 

執務室では大淀が焦燥感を募らせ・・・

 

榛名「全艦、榛名に続いて下さい!」

 

艦娘全員「はい!!」

 

鎮守府正面では艦隊が出撃・・・

 

柑橘類「くそっ、多い!」ガガガガガガガッ

 

赤松「だな。それになんだこりゃ、なんでペロハチ(P38)や鰹節(P39)がいやがる?」

 

上空では空母と飛行場の航空隊が死闘を繰り広げていた。

 

 

 

提督執務室

 

 

大淀「どうすれば・・・」

 

白雪「上空! 敵重爆侵入!! B-17タイプと思われます!」

 

明石「B17!? この近辺にB-17の基地なんてあったの!?」

 

雷「いえ、無理よ。グアムを奪回した以上、マリアナの南にある島から出撃しないといけないけど、B-17フライングフォートレスの航続力だと、最低爆装じゃないとサイパンまでは来れないわ。トラック棲地では500kg爆弾4発で何とかって所ね、効果は薄いわ。」

 

なぜそこまで詳しいのか。因みに雷は技術局から派遣、白雪は後方担当の為残留という事で出撃していない。

 

明石「じゃぁいったい・・・」

 

白雪「自軍高角砲、重爆1機撃墜!」

 

大淀「間に合わないわね、トンネルに避難しましょう。」

 

明石「はい!」

 

白雪「分かりました。」

 

雷「そうね!」

 

迎撃が間に合っていない以上、大淀達に出来るのは退避することだけであった。

 

 

 

午前6時43分 サイパン飛行場管制塔

 

 

飛龍「攻撃は、司令部施設に向いているわね・・・。」

 

多聞「どうする?」

 

飛龍「・・・とにかく撃ち続けるしか・・・航空隊は全て出払ってるし・・・。」

 

多聞「そうだな・・・。」

 

艤装を持たない飛龍と山口中将は、共に空を見上げて溜息をつくのでした。

 

 

 

午前7時10分頃、サイパン東方沖では、榛名率いる艦隊主力が戦闘に加入しようとしていた。

 

上空では熾烈な空戦が行われていたが、その甲斐もあってさしたる空襲も無く突破したのである。

 

榛名「間も無く戦闘へ突入します、皆さん、用意を!」

 

比叡「了解!」

 

霧島「・・・索敵機より入電、敵艦隊は超兵器級複数を擁するとのことです。」

 

榛名「そんな!」

 

緊張した面持ちの霧島からの報告に、榛名の表情が曇る。

 

綾波「夕立も電もいないのにどうやって!?」

 

綾波の様に一部で狼狽する向きもあった。

 

初春「幸いにも空母は母港待機しておる。ここは隊を二つに分け、注意が陽動に向いた隙に本隊が叩くのが定石じゃろうな。」

 

霧島「いえ、私達はまだ、超兵器級との交戦経験がありません。その状況下で兵力を分散するのは愚策だと思いますよ?」

 

初春「・・・それもそうじゃな。」

 

榛名「・・・なんにせよ、まずは目の前の護衛艦隊から順に倒しましょう。」

 

陽炎「陽炎の出番ね、見てなさい!」

 

不知火「不知火、出ます。」

 

榛名「はい、打ち合わせ通り、先鋒をお願いします。綾波さんと時雨さん、フォローお願いします。」

 

時雨「え、あ、うん、わかった。」

 

綾波「フォロー、ですか・・・分かりました。」

 

榛名は初陣である陽炎と不知火に先陣を任せ、そのフォローにベテランを充てる事でカバーしようとしていた。

 

榛名「では三列単縦陣形成、先頭は中央が私、左列比叡、右列霧島で、かかれ!」

 

一同「はい!!」

 

榛名の号令で、艦隊は三列の単縦陣を形成する。

 

その陣形の先頭に、本来いる筈の直人の姿はなく、夕立や金剛と言った主だったメンバーもまたいない。

 

艦隊はその主力と指揮官を欠いたまま、経験のない、艦娘単独による超兵器級深海棲艦との戦いに、身を投ずることになったのである。

 

その点では彼女らは不運であったとも言えなくはないが、この時の経験が、彼女ら全員を大きく成長させる事にも繋がるのである。

 

 

 

同じころ艦隊上空では、柑橘類隊や赤松隊を中心とした艦隊航空隊と、基地から発進した迎撃機が共同で敵機を迎撃していた。

 

柑橘類大尉はこの時違和感に苛まれていた。

 

柑橘類(なぜ航続力の弱い陸軍機がこんなところを飛んでいる?この近くに敵航空基地があるという報告はない、という事は艦隊からか・・・?)

 

一概に言い切る事は出来ないが、一般的に陸軍の軍用機は航続力があまりない事が多い。特に戦闘機に於いてその傾向が強い。

 

爆撃機であればB-17やB-29、英軍の重爆撃機であるランカスターやスターリング、ハリファックスなど、航続力の大きな航空機は存在する。

 

しかし戦闘機に関して言えば、米軍のP38ライトニングの様な双発機でもない限り、航続力を必要としない為に遠くまで飛ぶことが出来ないものが多い。

 

何せ運用するのは陸軍であり、その目的は陸上の友軍の支援にあるからである。

 

柑橘類大尉や赤松大尉を初めとして、違和感を覚えた者は少なからず存在していた。

 

柑橘類(だが今はそれどころじゃないな。)

 

存在していたところで、出来る事はただただそれを蹴散らす事のみであったが。

 

手近にいる敵のグラマンF4Fを天頂方向から一撃して撃ち落とし、更に返す刀でカーチスP40を、零戦に似合わぬ一撃離脱で撃墜する。

 

松ちゃんこと赤松大尉もまた、格闘戦と一撃離脱で次々とスコアを重ねてゆく。

 

彼女ら艦娘と、彼ら航空隊のこの奮戦が、この後の運命を別ったのである。

 

 

 

午前7時51分 サイパン北方900km付近空域

 

 

提督「あと1時間足らずでサイパンかぁ、大淀待ってるかなぁ~・・・ん?」

 

サーブ340Bコックピットの直人は、前方の水平線上に、何かを認めた。

 

提督「―――黒い筋・・・? 煙か、まさかっ、こちらバルバロッサ、アテナは御座におわすか?」

 

“アテナは御座におわすか”、司令部の無事を確認する為の暗号である。

 

 

“ザザアアアアアアアアアーーーーーーーー・・・”

 

 

しかし向こうからはノイズのみ、この時点で直人は事態を察し、機内放送のスイッチを入れた。

 

 

 

~客室内~

 

 

金剛「~♪」

 

行きと同様機嫌のいい金剛。

 

天龍「・・・昨夜からずっとだよな、金剛。」

 

龍田「・・・そうねぇ。」(ふふふ・・・妬ましいわぁ~^^)

 

と、それを見守る二人。

 

ただまぁ、行きはよいよい帰りは恐いと言いますし・・・

 

提督「“緊急連絡!”」

 

・・・ほらね?

 

提督「“緊急事態だ、司令部が攻撃を受けている可能性がある!”」

 

金剛「なっ・・・!!」

 

さっきまで惚けていたのが嘘の様に表情が引き締まってますよ金剛さん?

 

提督「“全員艤装着装の上待機、空挺降下の用意だけしてくれ。”」

 

伊勢「空挺降下ってまさか!」

 

提督「“客室最後部の床に機械開閉式のハッチあるだろう?”」

 

日向「・・・確かに、あるな。」

 

提督「“そこから艤装を着けて海上にダイブしてもらう。”」

 

因みにこのハッチは直人が局長に密かに頼んだものです。

 

天龍「正気か!?」

 

提督「“低速超低空飛行で降ろすから安心しろ、それとも怖いか?”」

 

天龍「そりゃそうだろ・・・。」

 

金剛「・・・やるしかないデース。」

 

五十鈴「え。やるの!?」

 

祥鳳「ぶっつけ本番なんですよ!?」

 

叢雲「はぁ~、此処でも無茶やらされるわね、全く。」

 

加古「え~、やんのぉ~? 眠い・・・。」

 

新しくきた艦娘達は一様に不安の声を上げる。

 

金剛「私達の帰る場所を護らないと。私達の、貴方達の新しい家なんですから。」

 

五十鈴「!!」

 

金剛のこの一言で、その声は収まり、皆覚悟を決めた様子だった

 

提督「“そうだな、やる以上徹底的にやるぞ、俺も万が一の時に備えて持ってきた脚部艤装と刀で出る。お前らだけで行かせる訳ねぇだろ。”」

 

金剛「言うと思いマシタ。」

 

夕立「やっちゃうっぽい!」

 

提督「“但し今回は防衛だ、引き際を誤るな。これは命令だぞ。”」

 

客室一同「はい!!」

 

伊勢(・・・あれ? この飛行機どうするの・・・?)

 

一人だけ正解な疑問を抱いてましたww

 

 

 

午前9時26分 『榛名』艦隊展開海域

 

 

綾波「う・・・ぐっ・・・!」

 

霧島「これがっ・・・超兵器級・・・!」

 

最上「強さの・・・底が違う・・・。」

 

デルタ「アナタタチニ、私ハ倒セナイワ!」ドォンドォン

 

榛名「―――っ!」

 

 

ドガアアアァァァァーーーー・・・ン

 

 

榛名「きゃああああああああああっ!!」

 

比叡「榛名!!」

 

出動した艦隊は、超兵器の猛威に晒され、皆ボロボロになっていた。

 

響「こんな時に・・・雷がいないなんて・・・」

 

摩耶「諦めんな! 絶対に提督は戻って―――」

 

 

―――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・ン

 

 

一帯に響いてきたプロペラの爆音。土壇場で、間に合った。

 

扶桑「あれは!」

 

初春「鳥じゃ!」

 

皐月「ジェット機だ!」

 

長月「いやいや・・・」

 

提督「“テンプレやらんで宜しい!www”」

 

一同「提督だ!!」

 

 

 

提督「よーしいくぞ! 総員降下!」

 

金剛「一番乗りデース!」ピョン

 

提督「“分担決めるぞ。まず祥鳳は金剛を空中から援護。”」

 

祥鳳「お任せ下さい!」バッ

 

提督「“五十鈴と叢雲は祥鳳を護衛。”」

 

叢雲「しょうが無いわね・・・やったげる。」スッ

 

五十鈴「え―――私も、戦わせてくれるの?」

 

提督「“ただでさえ人手足りんのだ、全員で戦うんだよ。”」

 

五十鈴「・・・えぇ、分かったわ! 任せといて!」バッ

 

提督「・・・高雄は金剛と突撃、大潮も行ってやれ。」(・・・何かありそうだな。)

 

高雄「はい!」

 

大潮「分かりました!」

 

提督「“島風。”」

 

島風「ん~?」

 

提督「“島風はその快速を生かして最前線で退却困難な友軍を救助、その撤退を援護してくれ。”」

 

島風「了解! 連装砲ちゃん、チビちゃん達! いっくよぉ~!」

 

島風の連装砲ちゃんのハッチの中から、小さな連装砲ちゃんの人形が2つ飛び出し、それが大型化してお連れの小さな連装砲ちゃんになった。

 

島風「島風、出撃しまーす!」ザバッ

 

提督(・・・あれ? 今人形が艤装になって動いてるよね!?)

 

偶然立ち上がったら見えた島風の艤装展開方式。

 

島風は人形使い(パペッター)と呼ばれる能力を持つようだ・・・。

 

提督「あとは全員俺についてこい、出撃!!」

 

お供艦娘6隻「了解!」

 

 

 

提督「・・・自動操縦、自動着陸プログラムセット、よし、リミットまでに出よう。」

 

発動までのリミット2分に設定しているこの自動操縦システムも、わざわざ局長に組んで貰ったものである。

 

機器のセットを終えた直人は、操縦室からキャビン後部に向かう。

 

提督「・・・いくか。ストライダーフレーム、着装!」

 

サブでもっているスマートな外観のストライダーフレーム脚部艤装を装着、更に霊力刀『極光』を差す直人。

 

提督「ハッチ閉鎖リミット15秒っと。紀伊直人、いっきまぁぁーーーっす!!」バッ

 

直人はハッチ閉鎖タイマーを設定して、自らもハッチの外へと身を投じるのであった。

 

普段身に着けない、手の甲に魔法陣を刻んだ白い手袋を着けて・・・。

 

 

 

摩耶「・・・おいおい、自動操縦かよ。」

 

流石常に空を睨んで航空機と対峙している摩耶だけに、機体の状況洞察が鋭い。

 

榛名「もう、大丈夫みたいですね、一旦後退しましょう。」

 

摩耶「だな。全艦後退! 提督達の動きに合わせて退け!」

 

 

 

島風「島風、砲雷撃戦、入ります!」

 

連装砲ちゃん「きゅ~!」ドドォォーーーン

 

イ級「ガアアアアアアッ!」ダァンダァン

 

島風「おっ!」サッ

 

連装砲ちゃん「きゅっ!」ドドォォォーーーーン

 

イ級「ギュアアアアアアッ!!」

 

島風「おっそーい! どんどんいっちゃうよー!」

 

 

ザバァッ

 

 

島風「ん?」

 

提督「呼集(コール)!」

 

その俊足ぶりを生かして戦う島風の隣をすり抜ける直人。

 

その両手には2本のショートソード、左右の手の甲には薄い橙色の魔法陣が展開され、両肩の外側に波紋のような文様の魔法陣が右に3つ、左に二つと全部で5つ、そのうち3つに剣の柄が飛び出ている。

 

極光はまだ抜いていない。

 

提督「せいっ、せやぁっ、どりゃぁぁ!!」

 

次々と敵を薙ぎ倒す直人、砲撃戦をしろと言うツッコミはなしである。

 

リ級「・・・!」ドォォンドォォン

 

提督「ぬっ!」シュルッ

 

直人は敵の砲撃に反応して左手のソードを魔法陣に突き刺し、代わりに1本のダガーを引き抜く。

 

提督「はああああああっ、せやぁっ!!」ガキィィィン

 

そのダガーを砲弾に振り下ろす、敵弾は真っ二つになって直人の後方へ飛び去る。

 

提督「くたばれええええええええ!!」ザバアアァァァァン

 

直人が勢いよく先程のリ級に踏み込む。

 

リ級「!!」ドォォン

 

直人「はあぁっ!!」ヒュッ

 

リ級は砲撃、直人は突きを繰り出す。

 

 

 

 

 

直人「・・・!!」ピッ

 

砲撃は左ほほを掠め、

 

リ級「・・・!!!!」ドシュウウッ

 

直人の突きは、リ級の腹の真ん中を貫いた。

 

直人「ふん、そりゃぁぁっ!」ザシュウウウッ

 

リ級「ッ・・・!!」

 

体の勢いを殺さず乱暴に引き抜いたショートソードで、すれ違いざまにリ級の右脇腹を一閃する。

 

それだけで、事足りた。彼が毎日作り上げた白金製の剣は、種類こそ様々だがナマクラではない。そして、近接武器であれば、霊力の有無に関わらず“深海棲艦であれば”倒す事が出来る。

 

島風「は、速い・・・。」

 

そして戦いながらそれを見ていた島風も、思わず驚きの声を上げる。

 

天龍「そうさ、あいつの剣捌きは人間技じゃねぇからなっと!!」ザン

 

島風「天龍さん・・・。」

 

天龍「ぼさっとしてねぇで目の前の敵に集中だ。いくぞ!」

 

島風「()()()()スピードなら、負けないよ!」

 

 

 

川内「・・・。」

 

その戦いぶりを遠目で見ていた川内。

 

川内(・・・一筋縄では、行かなそうね。)

 

そう心の中で締めくくり、戦列に参加して行くのであった。

 

 

 

午前10時前 空母祥鳳周辺

 

 

祥鳳「敵機来襲!!」

 

五十鈴「対空戦闘は任せといて! 祥鳳さんは敵艦隊を!」

 

祥鳳「えぇ!」

 

五十鈴(こんな私を戦わせてくれた、今だけかもしれないけど、それでも全力で!!)

 

 

同刻 戦艦金剛付近

 

高雄「砲雷撃戦、開始!」ドオオオオォォォォーーーーーン

 

金剛「ファイヤーーー!!」ドドォォォォォーーーーン

 

大潮「大潮、行きます!!」

 

 

 

午前10時過ぎになると、敵前衛は殆どが瞬く間に潰滅に近い打撃を受けて潰走、残りも這う這うの体で交戦を続けている有様の中にあって、直人は6隻を従えて、敵中枢へと突撃を図っていた。

 

龍田「さぁ~て、死にたい船は何処かしらぁ?」ザシュゥゥッ

 

天龍「おらあああぁぁぁっ!!」ズバァッ

 

伊勢「全く、次から次へと!!」ズバァッ ドオォォンドオォォン

 

日向「きりがないな!」ザシュッザシュゥッ

 

夕立「より取り見取りっぽい!! ぽぉぉーーーーい!!」ザバババババッ

 

電「私達の家を壊そうとするのは、許さないのです!!」グシャアァァッ

 

提督「貴様ら深海棲艦が何度攻めて来ようとも、この島は我らある限り渡さん!! 横鎮近衛艦隊ここにありという事を、しっかとその目に焼き付けさせてやれ!!」

 

6人「おおおおおぉぉぉーーーーー!!」

 

斬り、突き、払い、殴りつけ、撃ち、薙ぎ払う。

 

7人がそれぞれの持てる全ての武器を使い、懸命な攻撃を続ける。

 

その事が、勝敗を決した。

 

デルタ「・・・モウ持タンカ、退ケ! 退クゾ!!」

 

 

 

伊勢「敵艦隊、退却して行きます!」

 

提督「よし、敵の動きに合わせこちらも退くぞ。全艦司令部へ帰投せよ!」

 

そこへいきなり通信が入る。

 

赤松「“よぉ~提督~、生きてたかぁ~?”」

 

中々な物言いである。

 

提督「松ちゃんか・・・流石にこの程度じゃ死ねんわい。」

 

加賀「“赤松大尉、その辺にしなさい。うちの子が失礼しました。”」

 

提督「松ちゃんなら一向に構わんよ。それより、状況は?」

 

加賀「“敵艦隊の動きに合わせ、敵の航空部隊も撤収して行きました。しかし、司令部の損害は無視できません。”」

 

提督「その様だ、報告は後で別に聞かせて貰う。今は休んでくれ。」

 

加賀「“分かりました。”」

 

提督「さて・・・戻るか。」

 

そこへ、敵を追撃する体制に移っていた島風が現れる。

 

島風「えー、追いかけなくていいの?」

 

提督「ダメだ、これ以上深追いしてもメリットはない、ここは退くんだ。」キッパリ

 

島風「はーい・・・。」

 

提督「さ、帰るぞー。」

 

日向「まぁ、そうだな。」

 

天龍「動いたら腹減ったぜ、朝飯まともに食ってねぇけどよ。」

 

提督「寝坊すんのが悪い。」

 

天龍「くっ・・・くそぉ、昼は目一杯食ってやる!!」

 

この日の朝実は天龍は夜更かしして寝坊してました。何やってんだよとぼやきながら直人自ら起こしに行ってたりする。

 

龍田「元気ねぇ~。」

 

伊勢「元気じゃなきゃ、大立ち回りなんてやってられないでしょう?」

 

天龍「そうさな。にしてもこの新人は鍛えがいありそうだな、魚雷を槍よろしく突き入れるなんざ、並大抵じゃできんぜ?」

 

提督「え!? 魚雷でパイルバンカー!?」

 

島風「ニヒヒ~♪」

 

はい、やってやがりました。陰でひっそりとパイルバンカー。

 

天龍「こいつは並のチビ共より足もはえぇ。島風だしそれもそうか。40ノットの俊足持ちだったからな。」

 

提督「そうだな~。しっかり鍛えてやるよう頼んどく。」

 

神通「心得ました。」

 

提督「・・・!!」ビクッ

 

唐突に姿を現す神通さん。

 

青葉「司令官、御無事ですか!?」

 

と、ブン屋青葉。

 

提督「・・・何で青葉がいるかは後で聞こう。どうした神通。」

 

神通「いえ、榛名さんから、様子を見に行くよう言われまして。」

 

・・・ふむ、指揮を執っていたのは榛名か。

 

提督「こちらは大事ない。すぐに戻るよ。」

 

神通「分かりました、では。」

 

・・・それだけかい。

 

青葉「司令官、お疲れ様です!」

 

提督「取り敢えず戻りながらいる理由は聞こうか。」

 

青葉「はい!」

 

こうして直人は戦闘を終え、取り巻く艦娘達と共に、司令部へと戻っていったのであった。

 

戦後に直人はこの時の戦闘について、青葉にこう漏らしている。

 

『マリアナ沖航空戦に於いて、戦闘に直接的な決着をもたらしたのは水上部隊であったが、そこに至るまでの道を拓いたのは、ひとえに母艦と基地の航空隊と、留守を良く守った艦娘達の尽力であった。』

 

 

午前11時7分 横鎮近衛艦隊司令部敷地内

 

提督「明石さん、どう?」

 

明石「うーん・・・工廠施設への損害は軽微です。ただ入泊設備と資源倉庫に爆弾が集中投弾されていたみたいで、その煽りで技術局“周囲”も酷い事になってます。」

 

提督「・・・どゆこと?」

 

明石「1発も直撃してないんです。どうやら当たりそうなのを全て撃ち落としたらしくて・・・。」

 

提督「だ、誰がさ?」

 

明石「主にワールちゃんですね。」

 

提督「ワールちゃんて・・・」^^;

 

ワール「誠にもって遺憾の極みね。」

 

明石「うっ、ワールちゃん・・・。」

 

噂をすればなんとやら、である。名の呼ばれ方に遺憾の意を示してはいるが。

 

ワール「はぁ、もういいわ。技術局に被害はないわ。それより酷いのは造兵廠とその隣のドック。入泊施設の打撃は主にそっちの事ね。」

 

提督「マジすか・・・。」

 

明石「はい、暫く提督向けの艤装用弾薬や銃弾の供給は滞るかと・・・。」

 

提督「いや、それについては気にしなくていい。命あっての物種であるという事を念頭に入れてくれ。」

 

明石「分かりました、復旧に全力を尽くします。」

 

明石の報告に続き、大淀が報告をする。

 

大淀「司令部施設についてですが、他に寮の一角が被害を受けた程度で、中央棟は辛うじて無傷、艤装倉庫も被害軽微です。」

 

でないと俺が困るわ、と心の中でぼやく直人。

 

提督「それは何より、窓ガラスの破損は折を見て修復でいい。まずは施設自体の修復に注力する様に。あと新人教育も徹底すること。」

 

大淀「了解しました。」

 

そう言って大淀も持ち場へ戻っていく。

 

飛龍「あっ、提督!」

 

提督「はぁ・・・まぁ、報告の雨だよな。」

 

飛龍「仕方のない事ですね、こんな事になっちゃいましたもの。」

 

代わってやってきたのは管制塔で航空隊を指揮していた飛龍である。

 

提督「航空隊の損失などはどうだった?」

 

飛龍「18機が撃墜され、数機がダメになりましたが、それ以外は大丈夫でした。ただ、飛行場周辺施設にダメージが出まして、駐機中の航空機が何機か。あと、バルバロッサはちゃんと降りました。」

 

提督「それは何より。」

 

飛龍「改めて提督、出頭ご苦労様でした。」

 

提督「ん、ありがと。飛龍こそ、防衛戦お疲れ様。」

 

飛龍「ありがとうございます。やれるだけやってみました。」

 

提督「それでいいと思う。不得手な事に全力を尽くすのもいいけど、出来る事には限度があるからな。」

 

飛龍「そうですね。さーて、まだまだやること一杯ですね。」

 

提督「そうだな、しっかり損害を修復しないと。」

 

飛龍「はい!」

 

飛龍共々一念発起していたのでした・・・。

 

 

司令部に何時もの様な賑わいはない。かといって瓦礫運びをしている艦娘も、最初から迎撃に出た艦娘の中では殆どいない。

 

どの艦娘も大小様々な損害を受けて、入渠待ちなのである。

 

辛うじてほぼ無傷で健在なのは・・・

 

響「はぁ・・・後ろに構え過ぎたかな。」

 

綾波「酷くやられましたねぇ・・・。」

 

長良「瓦礫片付け頑張ろ、綾波!」

 

扶桑「はぁ・・・まだまだ大変ね・・・。」

 

この4名だけである。

 

 

 

提督「手酷くやられたもんだ・・・。」

 

直人が考え事をしていると・・・

 

金剛「どうしたんデース? ボンヤリしてますヨー?」

 

金剛がやってきた。

 

提督「・・・瓦礫運びの方は大丈夫か。」

 

金剛「えぇ、ひと段落ついたところデース。」

 

提督「帰って早々ご苦労様だな。」

 

金剛「これ位なんてことはないデース。」

 

電「金剛さん、こっちも手伝ってほしいのですぅ~><」(涙目

 

こう言っちゃ悪いが可愛い、重い瓦礫を懸命に持ち上げようとして1ミリも持ち上がらないので涙目で助けを呼んでる構図とか可愛すぎる(By作者

 

金剛「oh・・・またあとでネ、テイトクゥ!」

 

提督「お、おう・・・。」

 

金剛は急ぎ足で電の元に去り、直人は何をしようかと考え、書類を処理しに執務室へと向かったのでした。

 

 

 

午後10時21分 提督私室

 

 

提督「疲れた・・・。」コトッ

 

直人はライトスタンドの明かり一つで机に向かい、手帳に日記を記し、ペンを置いた。

 

その日思った事などを書き留めておくものである。

 

この日の内容はこのようなものであった。(原文抜粋)

 

 

『5月27日

 

司令部が空襲を受け、所によりかなりのダメージも発生、

艦隊も再び壊滅したが、幸い沈没艦はいなかった。

土方海将の命でここに移転して暫くになるが、

最前線に立つ事は、

幹部会に対する私の影響力を削ぐことになりはせぬだろうか。

幹部会はいずれまた無茶な作戦を立てるだろう。

それにノーを言える者は、土方海将麾下の私以外いない。

明日は先の作戦の統合結果が発表される。

丁度明日の青葉の新聞にも載るだろう。

その文面に異を唱える事も、

幹部会への示威行為として有効なはずである。

しかし今の私に出来る事は、

極力敵の攻勢を抑えつつ戦線を押し上げる事のみである。

非戦論ではないが、無理な作戦は被害ばかり大きく、

故に反対せねばならぬのにそれが出来ないとは、

如何なものであろうか。

提督となって早一月、私の今の立場は、誠に変なもの也。』

 

 

直人は椅子から立ち上がって大きく伸びをする。

 

提督「・・・寝るか。」

 

その時、窓の方から風が吹いてきた。

 

提督「窓は閉めた筈・・・」

 

龍田「閉まってたわねぇ~。」

 

提督「!!」

 

その窓枠に、龍田が腰かけていた。

 

提督「・・・来るならせめて天井裏から来たらどうだ? 外から窓開けて来るんじゃない。」

 

龍田「それより、ちょっと耳に入れておきたい事があってね?」

 

提督「・・・?」

 

何かある事を察した直人は、次の一言を待つ。

 

龍田「今日司令部に着任した子達の中に、独立監査隊の刺客がいるわ。気を付ける事ね。」

 

提督「反艦娘派影の最先鋒から刺客か。諜報人員、つまり暗殺艦か。」

 

龍田「それも、相当に腕の立つ子ね。油断すると、“死ぬ”わよ?」

 

提督「・・・心得た。」

 

龍田はさらに続ける。

 

龍田「あなたが幹部会に明確な反抗意思を示した事で、独立監査隊と牟田口陸将に目を付けられたみたいね。」

 

提督「全く光栄な事だ、出来れば表舞台で有名になりたかったがね。」

 

龍田「フフ、そうねぇ~。」

 

提督「つまり何があってもおかしくはない、という認識で宜しいな?」

 

龍田「えぇ。牟田口陸将は貴方を排斥する気よ。横須賀防備の任から解かれればただの一司令官に過ぎない。艦娘は自分達には“殺せない”けど“記憶操作は”出来るから、あなた一人消せば済むと思ってるらしいわ。」

 

提督「成程ね。じゃぁ見回りはした方が良さそうだな、明日早速始めるとしよう。」

 

龍田「今日はしないの?」

 

提督「腕の立つ刺客だろう? 万全に近い状態で相手にしなければ。生憎まだ死ねんのだ。」

 

龍田「・・・じゃぁ私が今此処であなたを殺すとしたら、どうするの?」

 

軽い脅しであった。が、直人は答えを返す。

 

提督「・・・いや、それは無かろう。あってもこの場で即刻ねじ伏せる、それまでの事だ。」

 

龍田「・・・それは無い、そう言い切れないのが人の心よ。それを覚えておくのね。」

 

そう言い残して、龍田は窓の外へ飛ぶ。

 

提督「・・・。さて、寝よう。」

 

今は兎も角寝る事が先決、そう結論付けて、直人は床に就いたのであった。

 

屋上に不穏な気配を迎えながら・・・

 

 

 

「・・・。」

 

龍田「何をやっているのかしら?」

 

「・・・龍田。」

 

龍田「やめておきなさい? 気分次第では見逃してあげるけど、今夜はダメね。」

 

「いつから・・・あの提督の肩を持つようになったの?」

 

龍田「さぁね? でも、今夜やると言うのであれば、貴方を沈めるわ。」

 

「・・・いいわ。出直す。」

 

龍田「賢明ね。」

 

その晩の直人の命は、微妙な駆け引きで守られたのであった・・・。

 

 

 

5月28日午前10時 提督執務室

 

 

提督「話がある・・・会議室で?」

 

飛龍「はい。」

 

書類作業をしていた直人を突然訪問したのは、基地航空部隊司令官役である飛龍であった。

 

提督「また唐突に何故?」

 

大淀「そうです、提督もそこそこお忙しいのですよ? この時間は。」

 

提督「そこそことは心外な、こき使われてるのはどっちだ。」

 

大淀「サボろうとするのは貴方です。」

 

提督「うっ・・・。」

 

飛龍「お暇になってからで構いませんが、出来るだけ急いで頂きたいのです。敵情について重要な報告が。出来れば大淀さん無しで。」

 

大淀「え!?」

 

提督「・・・極秘か。役に立つのだろうね?」

 

飛龍「必ずや。」

 

提督「・・・了解した。そう言う事なら執務どころではないな。」

 

大淀「ちょっと、提督!?」

 

提督「大淀、完了分の書類、先に鎮守府本部へ送ってくれ。分割である事は通達。」

 

大淀「え、えぇ!?」

 

金剛「アノ・・・ワタシハ・・・?」(汗

 

提督「っ・・・・・・・・・。」(焦

 

飛龍「・・・・・・、・・・? ・・・!」ニヤッ

 

飛龍は納得したらしい、と言うより、どうやら山口中将の仕業らしい。

 

提督「・・・はぁ。」

 

飛龍「分かりました、金剛さんも来て下さい。」

 

金剛「了解デース!」

 

提督「~~・・・はぁ~。」

 

察せられてしまった事に頭を掻く直人であった。

 

提督「・・・いこっか。」

 

飛龍「はい。」

 

 

 

午前10時7分 食堂棟2F 会議室

 

 

提督「それで?」

 

飛龍「はい、この地図を見て下さい。」

 

机4つを合わせた台の上には、サイパン南方、西はパラオ、南はミクロネシア南端、東はトラックに至るまでの範囲の地図。そこには、サイパンを始点として、27カ所の×印に向かって矢印が伸びていた。

 

提督「これは・・・」

 

飛龍「大淀さんには、哨戒と索敵と偽って出した、敵地偵察の記録地図です。結果も資料にまとめてあります。」

 

提督「成程、だから極秘だったのか。」

 

納得した所で飛龍が説明を始める。

 

飛龍「偵察したのは、名も無い島や環礁が大半でしたので、そこにある呼称から、仮称を取ってあります。また、艦攻艦爆用の増槽の試作品が一揃えだけ御座いましたので、それを使いトラック棲地まで偵察を行いました。」

 

提督「随分頑張ったな、で、結果は?」

 

飛龍「まず敵の兵站です。敵は中部太平洋ではトラック島を始点とし、ブルワットアトールを中継してラモトレックアトールに至り、此処が第1の泊地です。更にナルカレクシー、ヤップ島へと通じ、ナルカレクシーが泊地能力のないヤップ島の停泊地を兼ねるようです。」

 

提督「敵艦隊の在泊状況は?」

 

飛龍「はい、報告を統合するに今回の来襲せる敵艦隊は超兵器級要塞艦、それも複数隻を伴い、大規模な空襲を行いました。そして、ストレインジデルタ級要塞艦複数が在泊していたのは、ウルシー環礁。護衛艦隊主力も在泊していたようで、更にラモトレックアトールにも集結する敵艦隊を確認したとのことから、この二つが今回の攻撃の出撃地と思われます。」

 

提督「成程。つまりここを叩けば、ヤップ島は孤立し、トラック島への活路を見いだせるやもしれん、という訳か。」

 

飛龍「そこから先は、提督にお任せいたします。この資料も、提督がお持ちになって下さい。」

 

金剛「出撃しまショー、提督。」

 

提督「ダメだ。作戦は考えておく。ありがとう飛龍。」

 

飛龍「いえ、私は出来る事をしたまでですから。」

 

金剛「提督!!」

 

提督「それでも助かった。ではな。」

 

飛龍「はい。」

 

直人は足早に会議室を去っていく。

 

金剛「提督ゥーーー!!」

 

それを金剛は慌てて追う。

 

飛龍「・・・。」

 

そしてそれを見送る飛龍。

 

飛龍「・・・やれやれ。仲がいいんだか、悪いんだか。」

 

多聞「無理も無い、まだ付き合いも浅いからな。」

 

そしてどこにでもいる多聞丸。

 

飛龍「ですね。行きますかー。」

 

そう言って飛龍も会議室を去るのであった。

 

 

 

5月28日午前11時20分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「さて・・・ナルカレクシー環礁とラモトレックアトール環礁か。主力はナルカレクシー、であれば必然的にここに出向き叩くしかないな。」

 

執務室に戻った直人は、反撃作戦の立案に入っていた。

 

大淀「大小の損害は一両日経ずに修復できるとの報告もあります、少なくとも今日夜半に出撃すれば、夜明けと共に攻撃できるかと。」

 

提督「それもそうだが、俺が行かなければ制空権は取れんぞ?」

 

大淀「いえ、取れます。昨日彼女ら空母部隊が、それを証明したばかりです。」

 

蒼龍「そうですよ。ここは私達に任せて、提督は休んでいて下さい。」

 

提督「なぜ俺が後方で傍観せねばならない?」

 

蒼龍「えっ・・・」

 

その一言に蒼龍が困惑する。

 

提督「俺は確かに提督たる身、本来であれば後方で勝利の報を待つのみの存在だ。だが我が近衛艦隊はそうではないぞ、何の為の私の艤装であるのか、それを考えてもらうぞ。」

 

金剛「いえ・・・私達だけで行かせて下サイ、提督。」

 

提督が拒絶した所に金剛が食い下がる。

 

提督「俺は卑怯者ではないが臆病者でもないぞ金剛。部下を無責任に送り出し、挙句死なせたとあっては、俺のプライドがそれを許さん。俺も出るぞ。」

 

金剛「提督の気持ちはよく分かるつもりデス。ですが敗れたのは私達で、勝ったのは提督デス。私達に、私達の手による再戦の機会を、お願いしマス、提督!」

 

蒼龍「私も、やられたまま黙っているのは嫌です。提督は確かにお強いですが、その力に頼ってばかりいたら、私達は自分が自分である価値を、見出せなくなってしまいます。私達は艦娘です。本来ならば、提督御自身の身も、お守りすべき存在です。そのお命をむざむざ砲火に晒し、お命を粗末になさらないで下さい、提督。」

 

提督「実績とは、弁舌によって成されるべきではない。弁舌による功績など、虚像すら入り乱れるものだろうが。実績は己が実力によって勝ち取るべきものであって、舌先三寸で作り出すものではない!」

 

直人も譲らず食い下がる。

 

蒼龍「だとしても御自重下さい、提督。」

 

金剛「たまにはゆっくり息を抜いて、報告を待って下さい。きっと、皆で帰ってきますから。」

 

提督「・・・。」

 

直人は数瞬の間を置く。

 

提督「・・・分かった。勝手にしろ。」

 

直人もとうとう折れた。

 

金剛「いいんですカー!?」

 

提督「但し、俺は作戦立案はせんぞ、金剛。自分達の手で復讐戦をするのであれば、自分達の作戦でやって見せろ。言いだしっぺはお前らだぞ、いいな?」

 

金剛・蒼龍「はい!」

 

金剛と蒼龍が執務室を後にする。それを見送る直人の心境は妙なものだった。

 

提督「はぁ~、子を持つ父親ってのは、こんな心境なのかねぇ。」

 

何を言っているんだこいつは。

 

大淀「提督、宜しかったのですか?」

 

提督「ん? 何かおかしなところでもあったか?」

 

大淀「あれだけ出撃すると仰っていたのに、金剛さん達に丸投げされてしまいましたが・・・。」

 

提督「あぁ、いいさ。金剛の言う通りだ。それに、あいつらにも超兵器と戦う経験が、今は必要なんだ。榛名達も一度は敗れた。が、それを糧に勝利し、明日への経験に繋げて欲しいのさ。」

 

と、取り敢えず理由だけ付ける直人であった。

 

 

 

そして、日が暮れた。

 

5月28日午後9時41分、残存艦艇の総力と、修復の終わった艦合せて約40隻が、いそいそと司令部を離れ南西へと去った。

 

 

~提督執務室~

 

提督「・・・いったな。空母は総力編成か。」

 

大淀「夜間空襲を仕掛けると聞いています。」

 

提督「・・・照明弾でも落とすのか?」

 

大淀「そこまではちょっと・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

因みに、第2次大戦中空母艦載機による夜間空襲と言うのは例がない。日本の芙蓉部隊の様な、艦上機を用いていた夜襲専門部隊こそいるが、芙蓉部隊は地上航空部隊である。

 

空母艦載機隊はもっぱら明るい内に動くのが基本であるとされていた。でないと洋上であるが故に航法が出来ないからである。(着艦に支障をきたす上夜間発着が潜水艦の標的になりやすくなってしまうのも理由の一つである。)

 

提督「さて・・・そろそろ見回り準備した方がいいか。」

 

大淀「見回り、ですか?」

 

提督「幹部会が何をするかなんぞ分からんからな。」

 

大淀「・・・お気をつけて。」

 

提督「うん。」

 

直人は急ぎ足で執務室を去っていった。

 

 

 

午後11時7分 食堂前

 

 

提督「ふぅ~・・・冷えるなぁ・・・。」

 

バッチリ放射冷却しまくっている夜遅くに司令部を巡回する直人。

 

その手には、昨日身に着けていた白い手袋が。

 

提督「極光か・・・。つくづくいい響きだ。」

 

だがこの気配・・・なんだ・・・?

 

直人は心の中に疑念を抱きつつ、見回りを続ける事にした。

 

 

 

襲撃は突然であった。

 

 

午後11時11分 司令部裏ドック

 

 

提督(気配が強くなった・・・)

 

 

ヒュオオオッ・・・

 

 

何かが空を切ってこちらに飛んでくる。

 

提督「!!」ジャキィン

 

直人はそれを鋭く察し、抜刀術で迎え撃つ。

 

ガシイイィィィィーーーー・・・ン

 

何かが極光にぶつかり、その鋭い剣閃で何かを弾き飛ばしたのが直人には分かった。

 

提督「・・・誰か。」

 

直人は黒フードの相手に問う。

 

「紀伊直人、幹部会の命により、貴方を始末するわ。」

 

提督「その声の響き・・・!」

 

直人には正体が分かった。

 

「覚悟・・・!」ダッ

 

相手の手にはクナイと短刀。対して直人は太刀である極光。

 

どちらが有利であるか、これは興味深い応用問題である。

 

一見すると、レンジで勝る極光が有利に見える。が、刀と短刀では取り回しや重量が異なる。さらにクナイは斬り合いより投擲した方が効果が出る武器である。

 

身軽さに劣る刀である極光を持つ直人は、常識的に考えれば最初の一太刀で決めなければならない。

 

提督「・・・そのツラ、見せてもらうぞ!」チャキッ

 

直人は牙突の構えを取る。

 

提督「ハァッ!!」ダァン

 

一瞬で相手の間合いに、そして、直人はコンパクトに相手の首筋を狙う。

 

「!!」

 

黒フードの相手は慌てて回避しようとする。

 

 

スパァッ

 

 

―――パサッ

 

 

提督「・・・。」ニヤリ

 

二人がすれ違って少し進んでから静止する。

 

相手の背後に、フードが落ちた。

 

提督「・・・成程、お前だったか、川内。」

 

川内「っ・・・!」

 

川内はフードを切り落とされたことに気付く。

 

提督「成程、人は艦娘の記憶を操作するには至っていないが、偽の記憶や人格を『疑似的に植えつける』事は出来るからな。」

 

イメージとしては、川内の記憶や人格に覆いを被せて偽の人格をその覆いに植えつけるイメージ。直接操作は出来ないが覆いを被せて欺瞞する事は出来るって事ね。

 

川内「・・・いつから私だと?」

 

提督「・・・正直、龍田の言を信じたくは無かったよ。刺客がいると聞かされた時、心の中で皆を信じていたのに。」

 

川内「存外、甘いのね。」

 

提督「たまに言われるよ。」

 

川内「・・・正体を知られた以上、死んでもらう。」スッ

 

提督「・・・全く、本当のお前を見てみたいものだな。」チャキッ

 

数瞬の沈黙、互いの間をそよ風が吹き抜ける。

 

提督「はあああああああああっ!!」ダッ

 

川内「やあああああああああっ!!」ダッ

 

一瞬早く直人が動く。

 

 

ガキィンキィンキィンキィンキィンキィンキィン・・・

 

 

互いの刃をいなし合う。直人の剣の腕が、此処で冴え渡った。

 

提督「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ・・・」ヒュヒュヒュヒュッ

 

直人の独特な呼吸リズムによって繰り出される刃は、まるで刀の重量を無視したかのようなスピードで、短刀とクナイを全て受け止めいなしていく。

 

時に持ち替え、時に回転させてひたすらに振るう。

 

川内「・・・!! なんて強さ!」ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン

 

川内の短刀も唸りを上げて直人の急所を狙う。

 

提督「余り舐められても、困る!!」ヒュバァッ

 

川内「!!」

 

その川内の至近で放たれた霊力刃、回避は不可能。

 

川内「っああああぁぁぁぁぁぁっ!!」ドシャァァッ

 

吹き飛ばされた川内は、艤装倉庫裏の壁にぶつかりようやく止まる。

 

提督「ふぅ・・・。こんな立ち回り二度と出来るかっての。」シャァーッ、チャキィン

 

納刀する直人。実際直人はこれ以降、太刀で至近距離戦はしなかったと言う。

 

川内「くっ・・・。」

 

しかし川内に傷は無かった。服を切り裂かれ肌は露わになっていたが、目立った傷は無い。

 

提督「・・・立てるのか、これは驚いた。」

 

龍田に食わせた裂衝蒼破刃もどきでもあるまいし。

 

川内「なんの・・・まだよ、まだ終わらない。」

 

提督「・・・はぁ、仕方ない。俺の秘術を一つ、披露しよう。」キュッ

 

直人は手袋をはめ直す。その魔法陣は、赤色に煌いていた。

 

提督「結界制御術式弐式、解除。白金千剣重複発動。」

 

直人は白金千剣にある程度の機能制限をかけている。その一つが、『白金千剣の重複発動』である。デメリットがある訳ではなく、単純に魔力消費が激しい為で、その術式を刻んであるのが、この白い手袋である。

 

術式解除をしない状態で輝く色は薄い橙色である。

 

提督「さて・・・足利幕府14代将軍足利義輝はその死に際、己の収集した名刀を全て畳に突き刺し、1本ずつ引き抜いて敵を斬り、切れ味が落ちればそれを捨て新たに畳より引き抜いて戦ったと言う。」

 

川内「・・・。」

 

提督「それに比するかはさておき、一芸披露仕る。来い!!」

 

川内「おおおおおおおおっ!!」ダッ

 

川内は直人に迫る。その直人の背後左右には、左右5本づつ、剣の柄が魔法陣から引き出されていた。

 

提督「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

直人がその諸手で背後の剣を左右1本ずつ手に取る。

 

そこからはもの凄い技量を見せた。

 

 

ガキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキ・・・

 

 

直人は素早さを増した川内の動きに完全に同調し、一撃斬っては取り替え、更に一撃切って取り替えると言う芸当で、凄まじい勢いで斬撃を刻み始めた。

 

余りの速さに、音が連続して聞こえるほどの速さである。

 

川内「なんてっ・・・!!」

 

なんて強さ、その後ろ半分は声に出なかった。

 

提督「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!」ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュ

 

川内もこの速さには付いて行けず、徐々に掠り始める。

 

切られた髪が舞い、服が浅く斬りつけられる。

 

川内「くぅっ!!」バッ

 

堪らず川内がバックステップを打つ。

 

提督「はぁっ!!」

 

 

―――――二刀十字斬!!―――――

 

 

直人はショートソード二本で川内の身を十字に斬り裂く。

 

川内「うああああああああああっ!!」ザザザザァァァァァァーーーッ

 

気付けばいつの間にか、中央棟の前のロータリーにまで来ていた。

 

提督「・・・全く、これで倒せれば、苦労は無いんだが。」

 

川内「やるな・・・。」ザッ

 

川内は立ち上がる。

 

服と呼べるものは、もはやほとんど原形を留めていないが、頭から血が流れている以外、大した外傷もない。

 

提督「・・・艦娘に人間は殺せるが、『人間に艦娘は殺せない』てのは、些かフェアじゃないよなぁ・・・。」

 

『近接武器であれば、霊力の有無に関わらず“深海棲艦であれば”倒す事が出来る。』

深海棲艦を倒す際、正の霊力があれば有効打を与えられるが、無くても倒す事は可能である。

では艦娘相手にこれを行うとどうなるか。

 

 

艦娘に有効打を与えられるのは負の霊力であるが、これは純粋な力でなくてはならない。つまり、エンチャント(付与)では完全な負の霊力とは言えず、威力が大きく削がれる。

 

更に、霊力を持たない武器では、艦娘にダメージを与える事すら難しい。打撃であればまだしも、銃撃や斬撃ではほぼ無力化されてしまうのである。打撃であっても、致死に至らしめる事は出来ない。霊力を纏わせた剣でも、致死に至らしめる事は不可能なのだ。

 

失血死ならどうであろうか? 正直なところこれもかなり難しい。艦娘の回復力(彼女らに言わせればダメコンだが)は人間よりもはるかに優れている為である。即ち艦娘を殺せるのは深海棲艦だけであり、深海棲艦を殺せるのもまた艦娘のみである、と言い切れる部分がある。最も深海棲艦はヒトでも倒す事が可能ではあるが。

 

川内「人間がここまで強いなんてね・・・。」

 

提督「生憎その辺のごろごろ転がってるような徴用提督と違って、俺は鍛えてるんでね、人並み以上に。」

 

川内「いいじゃない・・・その方が殺し甲斐がある。」

 

提督「なら、一撃で決めさせてもらおう。」

 

 

―――――艤装へのバイパスライン解放、F武装とのリンク、同調開始―――――

 

 

川内「・・・ならば、私の一撃、受けるがいいわ。」ダッ

 

川内が駆け出す。

 

提督「痛いかも知れんが、許せよ。」ジャキィィン

 

直人が鞘から極光を引き抜く。

 

その刀身は、純白の輝きを宿していた。

 

川内「覚悟!」

 

提督「フンッ!」ヒュバッ

 

直人は峰打ちで鋭く川内をかちあげる形で極光を振り抜く。

 

その瞳は・・・

 

 

――――紫の眼光を帯びていた――――

 

 

提督「いくぞ。」ダン

 

 

―――――同調完了、能力限定解放―――――

 

 

直人が空中の川内に向けて飛ぶ。

 

攻撃は一瞬であった。

 

 

―――――一突、二突、三突、四突!―――――

 

 

直人はサイコロの目の様に、突きを“重ねていく”。

 

サイコロの3の目を突く三突だけは左右逆にして。

 

川内「!!??」

 

 

―――――突技・蝉時雨!!―――――

 

 

その瞬間、サイコロの5の目を突く様に、10の正負混合の霊力突きが同時に襲い掛かる。

 

その向かう先には、川内がいた。

 

川内から見れば、一瞬で10回突きを繰り出したように見えたことだろう。

 

川内「ぐああああああああああああああああああっ!!」

 

川内の身体と四肢に全て突き刺さる。

 

提督「フッ。」スタッ

 

川内「くぁああっ!!」ドシャアアアァァァァァッ

 

川内は今度こそ崩れ落ちた。

 

大淀「何事ですか提督!!」

 

そこに大淀と乱闘の音を聞きつけた一部の艦娘が駆けつける。

 

祥鳳「川内さん!?」

 

扶桑「提督、一体何が?」

 

山城「抜刀している!?」

 

提督「はぁ・・・はぁ・・・大淀。」

 

大淀「は、はい?」

 

状況が呑み込めない大淀に直人が毅然とした声で命じた。

 

提督「・・・こいつを・・・川内を・・・地下牢に閉じ込めておけ!!」

 

大淀「は、はい!」

 

地下牢と言うのはこの場所を新造した際に新たに作ったもので、中央棟の真下にあり、その入り口は大淀の無線室にある。なお書籍で読んだ地下牢を模造錬金したものである。

 

提督「扶桑、山城、今すぐ連行しろ。」

 

扶桑「は、はい・・・。」

 

大淀「だいぶ傷付いてらっしゃいますよ?」

 

大淀が川内を見て言う。

 

提督「修復剤を薄めてぶっかけておけ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。その代わり、しっかり訳は話して頂きますよ。」

 

龍田「提督は殺されかけた・・・それより他に説明が欲しいかしら?」

 

大淀「・・・どう言う事ですか?」

 

容易ならざる言葉に、大淀の表情が真剣になる。

 

提督「川内は刺客だったんだ。幹部会のな。」

 

大淀「えぇ!?」

 

提督「神通になんと言えばいい・・・?」

 

局長「ナニカト思エバ、川内ハ人格矯正サレテイタノカ。」

 

提督「・・・唐突に現れんで下さい。」

 

いきなり現れたのは局長と雷である。

 

提督「雷、出撃はよかったのか?」

 

雷「金剛さんが、司令部に医者がいないと困るだろうって。代わりに白雪ちゃん連れて行ったわ。」

 

提督「・・・あれま、大丈夫かな―――?」

 

白雪は周囲に比べ戦闘技量が一段劣る部分があり、普段後方勤務が多く、哨戒もそれに合わせ融通しているのだ。

 

雷「―――川内の人格、元に戻せるわよ。」

 

提督「・・・おう、マジかよ。」

 

相変わらず微妙にチートじみているぞ技術局!

 

雷「如月ちゃんが人格矯正を無効にする装置を発案してて、出来上がってるのよ。」

 

提督「・・・成程、欲しいのは実働データか。だいぶ染まって来たな雷よ。」

 

雷「失礼ね。欲しがってるのは如月ちゃんよ。」

 

提督「冗談冗談。」^^

 

雷「もうっ・・・!」

 

緊張が解けたおかげかジョークが飛び出した。

 

川内「紀伊直人・・・。」

 

そこに川内が直人に呼びかける。

 

川内「一つ教えて・・・さっきの一撃、あれは一体・・・?」

 

提督「・・・単なる手品さね。」

 

直人が使ったのは、単なる手品などと呼べる次元の芸当ではない。

 

 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)――――『現象を複数の平行世界からひとつの世界に取り出す』魔法に最も近い魔術の一つ。

つまり、現実の自分が、横に剣を払ったとする。すると並行世界ではそれが同じになるとは限らず、縦に両断したり、斜めに切り払ったりなど、様々な現象が起きている可能性がある。

 

キシュア・ゼルレッチはそれらの事象を“こちら側”に呼び出す現象の事を差す。つまり、蝉時雨を放った時、極光は1本ではなく10本に増えていた、と言うのが正しい見方である。彼はそれを、艤装―――Fデバイスが超兵器機関の力を起源とする事を利用し発現させたのだ。

 

川内「・・・へぇ・・・あなた、凄いのね・・・。」

 

提督「こんなとこで提督やってる奴が雑魚でどうする。行け。」

 

扶桑「はい。」

 

直人は厳しい口調で命ずる。川内は扶桑と山城の二人がかりで牢へと運ばれていった。

 

提督「・・・雷、如月にこう言ってやれ。『新装置のモルモットを用意した』とね。あいつならこれで通じる筈だ。」

 

雷「モルモット呼ばわりするのね・・・。」

 

提督「殺されかけて怒ってないと思う?」^^#

 

マジギレである。

 

雷「・・・さ、流石に思わないわね。」^^;

 

提督「結構。明日の朝にでもなったら伝えてやれ。」

 

雷「はーい、おやすみ~。」

 

局長「サテ、私モ戻ルカ。」

 

提督「おう、おやすみ。」

 

今日は珍しく何もしない局長、さっさと退散。

 

大淀「提督、大丈夫ですか?」

 

提督「あぁ、なんとかな。」

 

 

ビリッ

 

 

大淀・龍田「!?」

 

提督「!!」

 

音に気付き直人は反射的に左腕を見た。2種軍服の左袖が中ほどから半分切り落とされかけている。

 

大淀「・・・その袖・・・。」

 

提督「・・・最初の一撃の時か。初めて掠られたな、これで。」

 

龍田「流石川内ちゃんねぇ。」

 

提督「・・・正体知ってるなら教えてくれりゃよかったろうが。」

 

もっともらしい事言って見る。

 

龍田「未遂じゃ責任取らせにくいでしょぉ~?」

 

提督「・・・おま、実行に移して罪を確定させようとしやがったのか、俺が死んだらどうする。」

 

龍田「あなたが川内ちゃん程度の相手で死ぬような弱さなら、独立監査隊には勝てないわよ?」

 

提督「・・・。」

 

黒い、こいつどす黒い。そう確信した直人であった。

 

 

 

5月29日午前8時 提督執務室

 

 

青葉「では私はこれでー!」

 

提督「お疲れさーん。」

 

 

バタン

 

 

提督「さて、どんな発表したのかな?」バサッ

 

一悶着あった翌日、直人は執務室で青葉が手掛ける横鎮新聞の1面を見ていた。

 

提督「・・・。」

 

1面は、真珠湾棲地攻撃の公式発表であった。端的にかいつまむとこの様になる。

 

「今回の敵地攻撃には4万数千個艦隊/320万隻以上(1個艦隊80隻換算)が参加し、およそ17万隻程度が沈没したが、代償に敵泊地潰滅の大戦果を得た。艦娘達は世界の平和の為に敢えて命を投げ打ったのである。この戦果に全国の有志が提督に志願する事を期待するものである。」

 

提督「・・・ふざけてやがる。」

 

大淀「・・・?」

 

提督「これを見ろ大淀。命を落とした艦娘に対する哀悼の意がまるで示されていない。」

 

大淀「・・・確かに・・・。」

 

提督「提督の数が足りんのはよく分かる。だがな、その有志を募るのに艦娘の犠牲をただの数値にしていいという法は無いんだ。民主主義国家が聞いて呆れる。大体今の政治家共の・・・」

 

 

 

~ここから先延々と完全な愚痴なので全カット~

 

 

 

提督「ふぅ、スッキリした。仕事仕事~。」

 

大淀「・・・。」(思わぬ本音を聞いてしまった・・・。)

 

普段言えないようなことを普通に言い切ってスッキリした模様。なお金剛さんは今日も遅刻中。(ただし今回の場合は帰投予定時刻に)

 

 

 

なお、この日の朝、地下牢から女の悲鳴が響き渡っていたと言うが、知る人は少ない。

 

 

 

午前9時 中央棟2F・提督執務室

 

 

如月「貴重な実働データサンプル提供、感謝するわぁ~♪」

 

直人は、川内の処置を終えた如月の訪問を受けていた。

 

提督「おめーも研究者気質に落ちよったかぁ~・・・。」

 

如月「失礼ね・・・まぁいいわ。川内さんは元に戻しておいたわ。これで良かったのかしら?」

 

それでよかったのか、その一言に思わず眉をひそめる直人だったが、構わず言葉を続ける。

 

提督「・・・あぁ。あとはじっくり頭冷やして頂くだけだしな。」

 

如月「別の疑似洗脳、かけなくていいの?」

 

提督「無益だ。人道主義にも反する。」

 

そう言下に言い切る直人であった。

 

提督「実働データが欲しいのは分かる。くれてやったのも俺だ。だが図に乗るなよ如月。川内はお前の実験台ではないぞ。問題解決の為の止む無き手段としてお前の力を借りたまでの事だからな。」

 

如月「・・・。」

 

提督「日本は人道主義、民主主義的国家だ。人を、艦娘を洗脳し意のままに操り、捕虜を虐待することなど認められる訳が無かろうが、それを理解するんだな。」

 

如月「・・・そうね。私達がいた、あの頃とは違うのね。」

 

 当時の日本軍は、連合軍兵士を鬼と呼ばわって銃殺すると言う事態がしばしばあった。伊号第8潜水艦も、イギリス商船を雷撃、撃沈し、その乗員に銃撃を行っている。

逆に言えば、雷と電が行ったように、連合軍兵士を救助する、と言う事態の方が稀有であったのかもしれない。では日本軍はどうであったか。

 アメリカ軍艦艇に救助された日本海軍艦艇の兵士は相応の数はいる。が、『生きて虜囚の辱めを受けず』という、陸軍の戦陣訓に影響されての事か、投降する者は少なかったと言う。

人命軽視の精神論国家が大日本帝国であったなら、人道的民主国家が日本国であるとも言えるだろう。

 

提督「これで納得してくれ。」

 

如月「・・・えぇ。分かったわ。では・・・」

 

提督「うん。ご苦労だった。」

 

如月は、執務室を退室した。

 

 

如月(・・・もう。今のを要約すれば、『自分は利用できうるものは全て利用する』という意味とも取れるわね・・・。詭弁とは、この事ね。)

 

 

提督(そうさ・・・利用できるものは利用する。でなければこの戦い、勝てはしない。俺がしなければならないのは、彼女たちに死を以て勝利させる事をしない事、彼女らを護る事だ、それに勝敗など関係はない。)

 

 

如月(いいわ・・・この事は聞かなかった事にしましょう。)

 

 

 互いの思惑はともかくとしても、如月も直人も、その言い分は明日の勝利を思っての事であったことに、異論を挟む余地はない。誰であっても、異論を挟む事は出来はしないだろう。

ただただ、考え方の相違が、生じただけである・・・。

 

 

 

午前9時41分、提督執務室に情報が入る。

 

 

大淀「提督! 艦隊が帰投しました!」

 

提督「そうか、戻ったか!」ガタッ

 

それを聞くなり直人は執務室を飛び出していったのだが。

 

大淀「あぁ、提督!! ・・・はぁ・・・仕方ないですね、あの人は・・・。」

 

 

 

午前9時48分 司令部裏ドック

 

 

提督「・・・金剛!」

 

金剛「テイトクゥー!」

 

横鎮近衛艦隊、帰投である。

 

提督「どうだった?」

 

金剛「沈没艦無し、敵超兵器全滅デース!」

 

提督「・・・!」

 

流石に予想しなかった大戦果に、驚きを隠せない直人。

 

金剛「・・・? どうしたんデース?」

 

提督「あ、いや・・・なんでもない。ご苦労様、金剛。」ナデナデ

 

 

金剛「っ! ンフフ~、頑張ったのデース///」^^

 

提督「あぁ、そうだな。よく頑張った。」ニコッ

 

金剛「サテ、損傷艦は入渠ドックへ、順番は守るのデスヨー!」

 

夕立「っぽい~。」><

 

提督「おや、夕立が被弾か、珍しいな。」

 

夕立「大破しちゃったっぽい~。いたた・・・」

 

金剛「敵にマークされたみたいデス、夕立さん。」

 

提督「そうか・・・そんな中で良くもまぁ帰ってこれたな・・・。」

 

金剛「今回も大暴れデシタ。」

 

提督「夕立、お疲れ様。ゆっくり休むといい。」

 

夕立「じ~~~っ。」

 

提督「・・・え?」

 

突然見つめられて首を傾げる直人。

 

夕立「私も・・・ナデナデして欲しいっぽい。」

 

提督「っ! ・・・はぁ。我儘だなぁ夕立は。」ナデナデ

 

夕立「っぽい~///」

 

・・・可愛い。

 

金剛「・・・フフッ。」

 

提督「・・・?」

 

金剛「さぁ、私は一休みするデース。徹夜で眠たいデース。」

 

提督「お、おう、おやすみ。」

 

金剛「おやすみデース・・・ふあぁぁ~~・・・。」

 

金剛は大あくびを掻きながら寮の方角へ去っていった。

 

提督「よーし、全員今日はもう上がっていいぞ! ご苦労様!」

 

全員「はい!」

 

揃って返事を返す艦娘達だったが、寮や入渠ドックへ向かう艦娘達の中から、朝潮が直人の前に進み出てこう言った。

 

朝潮「いえ、何かお手伝いさせてくれませんか?」

 

提督「え?でも、疲れてるんじゃ・・・?」

 

朝潮「いえ、大したことはありません。」ハァ・・・ハァ・・・

 

提督「・・・普段と息遣い、少し違う癖して何を言う? 休め。」

 

朝潮「っ! ですが―――」

 

提督「命令だ。今日は休め。手伝いなら明日してくれればいい。」

 

流石に疲れている艦娘に仕事を手伝わせるようなことは出来ない直人であった。

 

朝潮「・・・分かりました。」(まぁ、流石に疲れてはいますが・・・。)

 

無理は禁物、これ絶対。皆さんも疲労の付いた艦娘は、しっかり休ませましょう。

 

 

 

5月29日午後9時 中央棟2F廊下

 

 

提督「・・・。」

 

直人は、夜空に浮かぶ月を眺めていた。

 

金剛「oh、提督ゥ、何をしてるデース?」

 

そこに現れたのは金剛であった。

 

提督「まぁ、見ての通りさ。月を眺めていた・・・。」

 

金剛「そうデスカー・・・今日も綺麗デスネー。」

 

提督「あぁ、“月が綺麗だな”、金剛。」

 

「っ!?」///

てき面に赤面して驚く金剛。

(いざ言ってみるとちょっと恥ずかしいな。)

などと直人が思っていると、その間に直人の言葉を飲み込んだ金剛が、彼に言った。

「提督・・・“月はずっと、綺麗なままネ”。」

それを聞いた直人は思いを抑えきれず、金剛を抱きしめていた。

「金剛・・・本当によかった、帰って来てくれて。」

 

金剛「っ・・・勿論デス。私がいなくなったら、私の元から提督が、いなくなってしまいますから。」

 

提督「はは・・・浮気性なのばれてる?」(汗

 

金剛「とっくにばれてマース。」

 

提督「あはは・・・お帰り、金剛。」

 

金剛「ただいまデース、提督。」

 

月明かりの元で、思いを再確認する二人。

 

 

 

“月が綺麗だな”、その意味は・・・

 

 

 

―――“君を愛している”―――




艦娘ファイルNo.66

高雄型重巡洋艦 高雄

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機
装備3:61cm4連装魚雷

横鎮預かりから近衛艦隊に配属された艦娘。
横須賀防備艦隊で建造されたが、土方海将が直人の近衛艦隊に送るべく準備中に嶋田からの申し出があり、結局近衛艦隊に配備された。
特異点揃いの艦隊にあって珍しく凡庸な艦娘。


艦娘ファイルNo.67

古鷹型重巡洋艦 加古改

装備1:20.3cm連装砲
装備2:20.3cm連装砲
装備3:零式水上偵察機
装備4:13号対空電探

横鎮預かりから近衛艦隊に来た艦娘。
艦娘を酷使していたことで解雇された提督の傘下にいた艦娘。
なので人一倍休息に対する欲求が強い。


艦娘ファイルNo.68

祥鳳型航空母艦 祥鳳

装備1:96式4号艦戦(熟練)(対空+3 命中+1)
装備2:99式艦爆(熟練)
装備3:97式艦攻(熟練)

横鎮預かりから配属された艦娘。
横須賀防備艦隊で偶然建造された特異点持ちで、流石に土方海将が扱いかねた為、近衛艦隊に流そうと考えていた所へこれも嶋田からの要請で配属が決まった。
装備以外の特異点は無いが能力が他の同位体に比べて多少高く、伸びしろも多い。今後の成長に期待がかかる艦娘。


艦娘ファイルNo.69

川内型軽巡洋艦 川内改

装備1:20.3cm(3号)連装砲
装備2:20.3cm(3号)連装砲
装備3:隠密作戦用着(回避+10)

土方が嶋田から仲介されて直人に託した艦娘。8人の中で唯一横鎮預かりではない。
元は独立監査隊諜報部内で随一の技量を誇る最強の暗殺屋で、独立監査隊上層部の手によって疑似洗脳と擬似記憶置換の施術を施され、裏で暗躍していた。
独立監査隊独自のルートで入手した装備を持っており、それをそのまま近衛艦隊が譲り受ける事になった事はある意味での皮肉であろう。
嶋田の命により、『紀伊直人が反抗した場合即刻始末せよ』と言う命を受けて横鎮に送り込まれ、嶋田の直人殺害命令を受けそのまま近衛艦隊に潜り込むことに成功、着任2日目に動き出し、見回り中の直人を暗殺せんと試みるも失敗し逆に捕えられ、翌日疑似洗脳等の解除装置の実験台に供され、見事元の人格と記憶を取り戻す。
その戦闘術は超一流で、直人と一時互角に張り合うも惜敗した。


艦娘ファイルNo.70

長良型軽巡洋艦 五十鈴改

装備:20.3cm連装砲

横鎮預かりから近衛艦隊に転属された艦娘。
装備がない状態で横鎮に預けられたが、土方海将の横須賀防備艦隊には同位体が既にいた為、嶋田からの要請を受けて在庫余りの8インチ連装砲を装備させて直人に託した。
過去に何かあったようだ・・・。


艦娘ファイルNo.71

島風型駆逐艦 島風改

装備1:61cm5連装酸素魚雷
装備2:連装砲ちゃん(火力+7 索敵+2 回避+3 命中+4 照明弾機能 島風専用)
装備3(搭載数:2):ミニ連装砲ちゃん(火力+6 索敵+2 回避+1 命中+2 島風専用)

横鎮預かりから直人の元に配属された特異点持ち艦娘。
横鎮所属の提督が偶然建造してしまい、かつその提督が慌てふためいて横鎮に預けてしまった為、なし崩し的に土方海将が預かったのだが、嶋田の要請を受けて、直人なら扱えると信じ託された。
普通の艤装として連装砲ちゃんが一つと魚雷発射管一つがあり、その連装砲ちゃんの格納しているパペット「ミニ連装砲ちゃん」が、人形使い(パペッター)として生まれた島風の第3の艤装である。
更に島風の魚雷は霊力で編み上げた正の霊力の塊である為、恐ろしい威力を誇る。


艦娘ファイルNo.72

朝潮型駆逐艦 大潮

装備1:12.7cm連装砲

横鎮預かり、と言うより近衛艦隊向けに建造された駆逐艦。
特に何の変哲もない元気な子。


艦娘ファイルNo.73

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 叢雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装魚雷

横鎮預かりだった艦娘。
何気に五十鈴と同じ司令部にいた艦娘で、その初期艦であった。
その司令部の提督が解雇されたことによって次々と同僚の艦娘が解体・退役されていくのを見送った後、五十鈴と共に近衛艦隊に着任した。
龍田と並んで槍の名人とも噂される。


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第1部2章~サイパン司令部の日常~

どーも、WoWSで大奮闘中の天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉です!」

ほんと楽しいですワールドオブウォーシップス。やろうと悩んでる方、取り敢えず触ってみるのもありだと思います。因みに私は日本艦ツリーを全艦種ティア5まで進めた上でティア6空母龍驤開発まで終わってます。(15年9月1日時点)

青葉「購入はしないんですか?」

先立つものが足りんとです。

青葉「アッハイ。」

今回は序盤で少しだけ、ワードのみ出て来た『ある計画』について少しだけ解説します。全貌はいずれという事で。

青葉「ちょっと気になりますね・・・。」

深海棲艦が出現した当初、国連の主導権を握っていたアメリカとロシアは、それぞれがそれぞれの手段を使い、深海棲艦とのコンタクトを試みようとしており、それが国連全体の意志でした。

しかしその試みは深海棲艦による攻撃で実行前に頓挫し、アメリカとロシアはこれに対する報復攻撃を実行に移すとともに、深海棲艦の研究を開始する事を決定。

結果報復攻撃は失敗に終わったのは御存じの通りだと思いますが、結果両国は幾らかの深海棲艦のサンプルを、生死別なく獲得する事に成功。

その生態までは明らかにならずとも、それが生物でありコミュニケーション能力を有する知的生命体である事、そしてそれらが容易ならざる強大な力を有することを突き止めたことで、ある意味この攻撃は成功だったとも言える。

これを受けて国連は、国連はロシアと日本がそれぞれに提唱した計画を裁可し、その内の日本側の計画が、劇中などで言われる“とある計画”です。

青葉「提唱者は嶋田繁太郎海将でしたよね?」

うむ。おっと今回はこの辺にしておきましょう。

青葉(チッ・・・)

ようやくほのぼの系(?)日常パート突入です、延々やってるといつまでモチベ持つか分かりませんが。

青葉「いやそこは頑張って下さいよ・・・」

分かってます。ではどうぞ。


2052年6月1日(木)午後1時半 食堂

 

 

 

ズズズズ・・・

 

 

提督「ふぃ~、何時飲んでもおいしいです。」

 

鳳翔「ふぅ、ふふふっ、ありがとうございます。」

 

食堂の片隅に、一段高く据えられている畳間がある。

 

直人は鳳翔さんに緑茶を振舞って貰い一緒に飲んでいた。

 

提督「何と言うか、やっぱ畳って落ち着く。」

 

鳳翔「ですね・・・。」

 

なんだかんだやっぱり日本人である。

 

鳳翔「それでは、そろそろ厨房の方に戻りますね。」

 

提督「うん、頑張って。無理はしないようにね。」

 

鳳翔「フフッ、心得ております。」

 

直人の気遣いを受けて、いつもの笑顔で鳳翔は厨房の方へと戻っていく。

 

提督「しっかしなんだ・・・うちもちったぁ賑やかになったもんだ。」

 

しみじみとそう呟く直人。

 

僅か2か月で、艦隊の陣容は一挙に充実し、これだけで大機動部隊が組めるまでに至った。しかし、やはりこの時点でも数は不足だと、直人は見ていた。

 

サンベルナルディノから既に1ヵ月が経とうと言う今日、サイパンに装い新たに陣を敷いた横鎮近衛艦隊は、ひと時の平和を謳歌していた。

 

時折敵斥候艦隊や偵察機は来襲するが、それがこの島が最前線であることを指し示していた。

 

夕立「提督さん、どうかしたっぽい?」

 

そんな事を思っていると、直人の所に夕立がやってきた。

 

提督「あぁ、夕立か。いや、ふと想う事があってな・・・。」

 

夕立「ふーん・・・。よかったら、聞かせて欲しいっぽい。」

 

どういう風の吹き回しか興味を示した夕立に直人は言う。

 

提督「いやまぁ・・・平和だなぁー、このひと時がいつまで続くんだろう・・・とね。」

 

夕立「戦いなんて無い方がいいけど・・・攻めてくるんだから、仕方ないっぽい。」

 

提督「それでも今は、此処に腰を落ち着けて、ゆっくり南国暮らしよなぁ。」

 

南国と聞いて夕立の髪がぴょこっと跳ねる・・・髪?

 

夕立「南の島と言えば、やっぱりビーチっぽい!」

 

まぁ、こうなる。

 

提督「測量はしてるけど暫く待ってくれ・・・。」(焦

 

夕立「あちゃー・・・そうだったっぽい。」

 

とにかく今は測量をしなければならない為、艦隊には遊泳禁止令を発布していた。

 

提督「あとまだ夏じゃないし・・・」

 

夕立「6月は夏っぽい!」

 

確かに真夏でないにせよ夏である、ことサイパンでは常夏なので、1年中泳ぎ暮らす事も出来なくはない。

 

提督「そう焦るな、8月まで待てば何とかなるかも知れんから・・・。」

 

苦々しくそう言う直人である、泳ぎたいのは彼も同じだった。

 

夕立「むぅー・・・仕方ないっぽい。」

 

測量を行う理由は、実の所深海棲艦の攻撃痕が至る所にある為に海底地形が変貌しており、場所によっては遊泳出来ない場所がある可能性がある為である。因みに担当は明石とその手下(?)の妖精さんである。

 

提督「と言うか、司令部正面使えば・・・と思ったが、停泊用ドックも船舶規格だったな。ふーむ・・・」

 

夕立「測量待ちっぽいね・・・。」

 

因みに停泊用ドックには、クルーザーや大型漁船はおろか、海自のイージス護衛艦や海保の大型巡視船でさえ余裕で囲い込む大きさがある。

 

護衛艦と言えば先日いずも級護衛艦2番艦「かが」が進水したそうですが(いつの話だ)、いずも級は停泊用ドックには入れないものの、1万t級大型輸送船が横付けできる岸壁が追加で作られている為、停泊できなくはない。修理の際は造兵廠側の大型ドックへどうぞ。

 

提督「取り敢えず今は無理だな、何があるか分からんし。何よりここ俺ら以外誰もいないんだよな。」

 

実際サイパン島は、棲地化した際に島民が例外なく避難した為、

 

夕立「仕方ないっぽい。その分私達がいるから大丈夫っぽい!」

 

提督「あはは・・・そうだな。」

 

逞しいな、そう思った直人なのでした。

 

 

赤城(・・・)ニヤリ

 

時を同じくして、赤城が再び、悪巧み。

 

加賀「・・・やりましょうか、赤城さん。」

 

加賀が何と、共犯者。

 

赤城「えぇ、普段お腹いっぱいに食べさせて頂ける鳳翔さんには悪いですが・・・。」

 

もう、おわかりだろうか。

 

 

 

6月1日午後1時59分 食堂前

 

 

キイイイイイッ(押し戸の軋む音)

 

 

提督「御馳走さんでしt」

 

 

ドガアアアァァァァァァァァーーーーーー・・・ン

 

 

提督「何事!?」

 

雷「な、なんなの!?」バッ

 

電「資材庫の方なのです!」ババッ

 

 

 

赤城「フフフッ、上出来ですね。」

 

加賀「早く、誰かが来る前に。」

 

赤城「そうでした。」

 

1航戦、資材庫破り開始。

 

 

 

提督「いかん、あの資材庫はボーキサイトのだ!」

 

雷「それって今日陸上基地用航空機作るって言ってたじゃない! まずいわ・・・。」

 

電「成程、この“匂い”・・・1航戦のお二人ナノデス。」タン

 

提督・雷「!!」

 

電が急加速で資材庫に突入する。

 

提督「・・・そういやなんで電ちゃんあんな強いの?」

 

雷「グァムの時もそうだったけど、それが分かれば苦労は無いわね。」

 

提督「お、おう。」

 

 

 

電「ソコデナニヲシテイルノデス?」ゴゴゴゴ・・・

 

赤城「誰っ・・・!!!」ゾクッ

 

加賀「くっ・・・!!?」ゾワッ

 

アンカーの代わりに鉄パイプを構える電の目に、光は無かった。

 

そしてその威圧感は赤城と加賀の中で恐怖と悪寒に変換された。

 

電「サァ、ソノボーキサイトヲ置イテ表ヘ出ルノデス。」

 

問答無用でない所が電の優しさの唯一の発露であったと言っていいだろうか、或いは単に慈悲をかけただけか。

 

赤城「あ・・・あわわ・・・」

 

加賀「動け・・・ないっ・・・」

 

竦み上がって動けない二人。

 

慢心は、してはいけない。絶対に。

 

提督「その辺にしておけ電ちゃん。縮み上がってるぞー。」

 

雷「何その威圧感・・・背中越しでも怖くて寒気がするわ・・・。」

 

電「あ、本当ですね。」←戻った

 

提督・電(戻るの早っ!?)

 

揃って一言一句違うことなく同じことを思って驚く二人である。

 

赤城「くっ・・・提督・・・。」

 

何度かのされている赤城はたじろぐ。

 

加賀「なんの、提督と言えど、押し通るまで!」キリリ・・・

 

加賀が弓を番える。

 

赤城「ダメ、加賀さん!!」

 

咄嗟に止める赤城だったが、数瞬遅かった。

 

加賀「!?」

 

ダァンダァンダァァァァーン

 

雷・電「!」

 

加賀「っっ!!」フラッ

 

赤城「!?」

 

提督「・・・フン。」

 

スイッチが入ると容赦のない直人、その右手には14インチバレルデザートイーグルが、銃口から煙を一筋上げていた。

 

撃った3発は胸元を狙った1発が幸運にも弓の弦を切り、両肩に1発づつクリティカルヒット。演習弾ではなくガチもんの実弾である。

 

雷「・・・容赦ない・・・。」

 

電「なのです・・・。」

 

その様子に流石に二人も戦慄した。

 

提督「諦めるんだな1航戦。翔鶴や瑞鶴が来た時にゃ旧1航戦と呼ばれるかもしれんな?」(嘲笑

 

これはプライド高い1航戦にとっては痛烈な皮肉であった。

 

赤城「・・・行きましょう、加賀さん。」

 

加賀「・・・えぇ。」

 

悔しさを押し殺し出口へと向かう1航戦、直人とすれ違う。

 

提督「そうだ・・・足元には気を付けるんだな。」

 

赤城「・・・?」

 

同時に直人は雷と電に言う。

 

提督(雷、電、4歩前に出な。)

 

雷(・・・えぇ。)

 

電(何なのです・・・?)

 

赤城が出口に差し掛かる。その瞬間、二人の足元が光り始める。

 

赤城「っ! まさか!」

 

提督(白金千剣、千剣ヶ原。)パチン

 

赤城「しまっ!!」

 

加賀「な、何がっ!!」

 

 

ズドドドドドドドドドドドドド・・・!!

 

 

 敵にも味方にも容赦はしない直人、その彼がほぼ無傷で見逃す筈は無かった。赤城と加賀に襲い掛かったのは、地面に設置するタイプのトラップであるが、白金千剣を用いた遠隔式のものである。

直人が振り返った時には、それをまともに受けた赤城と加賀はとっくに崩れ落ちていた。

 

電「まぁ・・・そうなりますよね・・・なのです。」

 

雷「自業自得ね。」

 

提督「そんな訳で曳航よろしくw」

 

そう言ってさっさと去って置く直人。

 

雷「そ・・・そこはっ、丸投げなのね・・・。」

 

電「はぁ・・・仕方ないのです、妖精さん呼んで来ましょう。雷姉さん、お願いしていいですか?」

 

雷「・・・成程ね、分かったわ。ここは任せるわね。」

 

赤城・加賀(逃げられない・・・もう動けないけど。)

 

割と抜け目は無い雷電ペアでした。

 

 

 

午後2時20分 提督私室

 

 

提督「いやー、いい仕事した。」コキコキ

 

首を鳴らしながら自画自賛するスタイル。というか、あれをいい仕事言うな、えげつない。

 

提督「・・・することねぇな・・・。」

 

いざ自室に戻るとやる事が無かった。

 

その時、釣り竿のカバンが目に留まった。

 

提督「釣りか・・・いいんだけどな・・・。」

 

直人は考える。

 

やることない→釣りか・・・→気分じゃない→何しよう?→そういや全員非番だ→話し相手が欲しい→誰の所行こう(今ここ)

 

ここまで約7分。

 

提督「うぅーん・・・そうだ!」スクッ

 

“金剛の部屋行ってみよう!”

 

という事で、直人の足は自然と歩き出していた。

 

提督(そういやアポなしだな・・・)

 

てな事を思いながら。

 

 

 

その頃大淀は、一人無線室で入電する情報をさばいていた。

 

大淀「これは艦隊動向、これは基地間の通信・・・ん? これは・・・」

 

その時大淀のヘッドフォンに飛び込んできた一つの情報は、後に始まる死闘の、ほんの序幕の、開かぬ幕でしかなかったのであった。

 

その内容は、『今夏発動予定の作戦は、“諸事情によって”秋に延期する。』と言うものであった。

 

 

 

午後2時27分 艦娘寮大型艦寮2階廊下

 

 

ガチャッ

 

 

霧島「では私はこれで失礼しますね、お姉様。紅茶、御馳走様でした。」

 

金剛の部屋から出てきた霧島は、金剛からの返事を聞いた後ドアを閉める。

 

霧島「さて、自分の部屋に戻りましょうか・・・。」

 

そう呟き歩き出す霧島は、その視線の向こうから何者かが歩いて来るのを見つけた。

 

提督「さて・・・いるかな。」

 

まぁ今回の場合大抵この男である。

 

霧島「こんにちは、司令。」

 

提督「ちわっす、どうした今日は?」

 

それを聞くと霧島は答えた。

 

霧島「いえ、金剛お姉様に紅茶を御馳走して頂いてまして。提督こそ、この様な場所に何用ですか?」

 

逆に反問されてしまったのだった。

 

提督「あぁ、金剛と、たまには他愛のない話でもしようと思ってな。」

 

霧島「話、ですか?」

 

その答えに訝しむ霧島。

 

提督「あぁ。着任して此の方、まともに喋った事って殆ど無かったし、仮にも平和な今だからこそ、と思ってな。」

 

この言葉に嘘は無かった。

 

霧島「・・・成程、ではこれ以上は何も言わないでおきましょう。お姉様はご自分の部屋に居られます、ごゆるりと。」

 

提督「ありがとう。」

 

霧島もそれを察してか、もはや何も言うまいと言う態度で、直人とすれ違って去っていった。

 

提督「・・・。まぁいいか。」

 

何か含むところは感じたが気に留めない事にした直人である。

 

 

 

霧島(・・・お姉様を不幸にしたら、許しませんよ。司令。)

 

 

 

提督「・・・。」

 

 

コンコン

 

 

金剛「ドウゾー!」

 

提督「おっす!」

 

金剛「Oh!?」

 

突然の訪問に驚く金剛、無理はないだろうアポ無しだ。

 

提督「来ちゃった♪」ニヤリ

 

さらっと既にドアの内側でドアも閉めてる直人。

 

金剛「イヤイヤイヤ!?『来ちゃった♪』ジャナクテデスネ・・・/// ど、どうしたんデスカ?」

 

提督「用があって来た訳ではない!」ババン

 

はっきり言ってしまえば直人は嘘は言っていない、『込み入った用事』など欠片もない。

 

金剛「ジャァ何で来たんですカー!?」

 

まぁ当然の返し。

 

提督「まぁ、強いて言うなら、金剛とどーでもいいようなこと喋りに来た。」

 

金剛「つまり話相手が欲しいだけですカー・・・。」

 

流石に金剛も若干呆れた様子で言う。

 

提督「まぁそうなる。と言うか、今までまともに話とかしたことあったかい?」

 

そう直人が言うと、金剛の顔色も明るくなった。

 

金剛「・・・そう言う事ならいつでもウェルカムデース!」^^

 

提督「ふぅ、そりゃよかった。では失礼して。」

 

金剛「しれっとレディーの部屋に入っといて失礼してないと今まで思っていたとは心外デスネー。」

 

提督「おっそうだな。」

 

さらりと言う直人。

 

金剛「自覚ありデスカー・・・まぁいいデス。」

 

いいんかい。と心の中でツッコミを入れながら、いつの間にか増えてた白の丸いテーブルの椅子に腰かける直人、左隣が金剛である。

 

金剛「あ、紅茶飲みますカー? さっき霧島と飲んだ残りデスケド。」

 

提督「ふむ・・・じゃぁ、頂こうかな。」

 

金剛「OK!」

 

そう言って金剛は新しいティーカップを持ってくる。

 

提督「そう言えば金剛ってよく紅茶飲むよね。姉妹皆そうなの?」

 

金剛「ウーン、そうでもないですネー。」

 

紅茶をティーカップに注ぎながら言う金剛。

 

提督「ふむ、具体的には?」

 

金剛「比叡はほうじ茶、榛名は烏龍茶、霧島は確か・・・センチャ(煎茶)、でしたっけ?あれが好きだと言ってマシタ。」

 

提督「何だろう、納得出来た。」

 

納得してしまった、という方が正しかろう。

 

金剛「でも、3人とも私の紅茶も飲んでくれマス。ハイ提督。」

 

金剛が淹れた紅茶が直人の前に置かれる。

 

提督「お、香りからするにピーチティーか。」

 

香りで多少は判別できる直人だった。

 

金剛「提督も紅茶には詳しいんデスカー?」

 

提督「どっちかと言うと、好みの紅茶を模索中って所かな。」

 

金剛「ナルホド。」

 

提督「今のところはレモンティーかな。」

 

某メーカーの、とは言わない直人である。

 

金剛「私はダージリンティー推しデース。」

 

提督「成程、流石英国生まれだ。」

 

金剛「英国生まれの傑作戦艦、それが私デース。」

 

提督「そして日本初の超弩級戦艦で、太平洋戦争最高艦齢の艦でありながら各地を転戦した歴戦艦。」

 

確かに金剛の来歴はその言葉通りである。

 

1914年に就役した金剛は、同型艦3隻と共に第1戦隊を編成、当時世界中の海軍関係者から「世界最強の戦艦戦隊」と称され、日英同盟下の英国から、第1戦隊の大西洋戦線参戦の要請まであったとされる。

 

第2次大戦期の日本では第1次大戦期の旧式戦艦も貴重として各地を転戦し武勲を挙げた。

 

金剛「オバサン呼ばわりはヒドイデース。」ブー

 

ただそれは本人からすればオバサン呼ばわりに聞こえる様だった。

 

提督「割と褒めてるんだけどなぁ、あのレイテ沖でさえ大破したけど切り抜けてるし。」

 

金剛「潜水艦は、トラウマじゃないですケド少し苦手デス。」

 

提督「戦艦である以上避け得ぬ宿命だな。」

 

金剛「デース。」

 

潜水艦が戦艦の天敵、という図式は今日の軍事学では常識である。

 

提督「だが戦艦は良い。その火力で右に並ぶ者はおらんからな。」

 

金剛「半自動装填だったせいで装填速度が遅かった上本当は斉射出来ないんデスケドネ・・・。」

 

※昔の金剛や扶桑と言った世代の戦艦は、斉射時の砲弾の散布界(撃った時弾が散らばる範囲)が広がってしまう事と、装填速度の遅さをカバーするという二つの利点から、各連装砲を片方づつ斉射する「交互射撃」と言う射撃法を使っていた。

 

提督「仰角水平にしないと装填できないから仕方ない。」

 

昔はなんでも不便だったんです。戦艦アイオワの主砲は殆ど機械式装填であり、装填速度は戦艦用の大口径主砲としては非常に速い。が、それも太平洋戦争直前の米国の技術あってこそである。

 

金剛「でももうそんな不便さともおさらば出来たのデース。」

 

提督「そう言えば金剛の今装備してる主砲って・・・」

 

金剛「96式41cm3連装砲デース!」

 

提督「金剛の艤装の主砲、そう言えば3連装だったな。妖精さん達もいい仕事をする。」

 

※96式41cm砲

日本軍が採用した戦艦用主砲。

大和型が搭載していた主砲で口径46cm。

大和を発表した際、他国に対策されぬよう採用名を誤魔化している。

当時の海軍部内でもこの名称で通っている。

 

金剛「生まれ持ったこの主砲で、今度こそ最後まで戦い抜きマース!」

 

提督「そりゃ頼もしいが、無茶はするなよ?」

 

以前油断して突出した前科があるだけに、この心配は金剛も心得ている事だった。

 

金剛「勿論デース。そう言えば今度の作戦、ソロモン方面らしいデスネ?」

 

提督「伊勢から聞いたのか。」

 

金剛「えぇ。兵站はどうするんデショウ? トラック島もまだ敵から解放してないのに。」

 

現状トラック島は敵の棲地となっていたが、今回のSN作戦の作戦範囲に中部太平洋、とりわけ棲地となっているトラックを含んだチューク諸島は入っていない。

 

提督「どうやらトラックは素通りする気満々らしい。あれが深海棲艦の手中にある意味が分かってないみたいだな。」

 

金剛「それじゃぁ死にに行けと言っているようなものデース!!」

 

トラック島は、日本本土とラバウルの間にある補給の要衝でもある。これ抜きに南方戦線の補給を語るのはナンセンスと言えるだろう。ここが敵手に委ねられた場合、ラバウルに基地を設けたとしてもその補給路の途中に敵の泊地がある訳で、これを妨害しないと言う手は、実際ないのだ。

 

提督「そうだな。だから我が艦隊は先遣強行偵察にも、作戦そのものにも参加しない。精々出来るのは退却支援だろうな。」

 

金剛「ウーン・・・。」

 

深刻な表情になった金剛。

 

提督「今はこの話はよそう。」

 

金剛「え、エェ・・・。」

 

そんな暗い話をしに来た訳では無い直人は話題を変える。

 

提督「そういや、建造どうしようか。」

 

金剛「資源貯める為にやらないと言ってませんでしたカー?」

 

提督「まぁそうなんだよね、装備開発だけはしておきたいけど、主に要塞化の為に。」

 

金剛「デスネー。」

 

この点二人の意見は一致している。

 

提督「そういや陸上機開発大淀に任せてあったんだっけ。」

 

金剛「そうなんですか?」

 

思わず流暢になる金剛。

 

提督「飛龍にちょっとしたプレゼントをとね。」

 

金剛「ホウホウ。」

 

提督「流石に足が短めの艦上機ではきついと思ったので。」

 

金剛「そう言えばトラック諸島もやっとの思いで偵察してたんですよネ?」

 

これは北マリアナ沖海空戦の直後に敵の所在を探るため放った偵察の事だ。

 

提督「まぁそうだね。戦闘機の質はともかくインターセプター(迎撃機/要撃機)が不足してるし、滞空時間も少ない、反跳爆撃出来る機体も、シャトルアタックが出来るだけの数も無いからね。」

 

金剛「それを開発して基地に置くわけデスネー?」

 

提督「そんなとこかな。」

 

※反跳爆撃

爆弾を石切りのように水面で跳ねさせ、敵艦の舷側を狙う爆撃法。

普通の爆撃よりも命中率は飛躍的に高く、標的の大きさも選ばないが、

静かな水面でないと出来ない。

 

※シャトルアタック

要は飛行場を有するという地の利を生かし短時間反復攻撃を重ねる戦術の事。

 

提督「修理は何とか終わったからあとはその辺の戦力強化かなぁ、この間の様な事態は避けたい。」

 

金剛「ボロボロにされましたもんネー。」

 

提督「他人事みたいに言うなし。」

 

金剛「だって他人事デス。」

 

軽いコントである。

 

提督「頭痛いんだぞ-修理するだけで。全力出撃されちゃったから資源も食ったし。」

 

金剛「そう言えば川内サンはどうしたんデスカー?」

 

提督「あぁ、提督暗殺未遂で地下牢です。」

 

金剛「ファッ!?」

 

何も聞かされていない金剛は驚く。

 

提督「一応軍機、誰にも言っちゃダメよ。」

 

金剛「オ、OK。」

 

箝口令にも怠りは無い。

 

提督「金剛達が出かけてるタイミングだったからね。知らないのも無理はない。が、ちらほら噂にはなってるみたいね。言いふらしたらダメよ、川内の為にも。」

 

言いふらしたが最後、川内の名誉などへも無くなる。

 

金剛「で、でもなんで提督を?」

 

提督「どうやら幹部会の回し者だったらしい。疑似洗脳掛けられてたので川内への報復代わりに如月の疑似洗脳解除装置の実験台に供しました。」

 

金剛「いつもながらやる事えげつないデース。」

 

提督「実験は成功したそうです。」

 

金剛「良かったデース。」

 

ホッとしたのはそれを聞かされた時の直人も同様である。

 

提督「近く出向いてやらんといかんが。」

 

金剛「そりゃそうデス。冷たい地下牢デスカラ。」

 

提督「管理は大淀さんです。」

 

金剛「oh・・・。」

 

提督「更に地下牢への階段は金庫式の分厚い扉で閉じられ、3重に厳重なロックがかけられているし、開閉も機械式だ。相手からすれば艤装も無い状態で金庫の中に閉じ込められたも同意だ。」

 

金剛「深海棲艦ならともかく、無理デスネー。」

 

提督「ぶっちゃけると直接開けるのは大淀でも10分以上かかるらしい。俺はまず無理だね。電子ロックに30ケタのパスワード、壁に取り付けて電気回路で施錠する難解に組んだ金庫式の鍵。フリーパスで通れるのは登録した霊力波形を持った人間だけらしい。」

 

金剛「流石厳重デスネー。」

 

提督「つまり大淀と俺、あと僅かな真に忠節ある艦娘達の霊力を認証せねば開く事はない。残念だがお前の霊力波形も、認証は出来ん。」

 

金剛「それはまぁ・・・何も言われてませんカラ、分かってマシタ。」

 

提督「こんな形で言うとはなぁ、こんな暗い話をしに来た覚えはないんだが。」

 

頭を掻いてそう言う直人であった。

 

金剛「そうデスネ、やめにしまショー。」

 

提督「そうだな。」

 

金剛「紅茶、冷めますヨー?」

 

提督「そ、そうだった・・・。」

 

直人は、丁度いい温度になった紅茶を一口、香りを楽しんだ後口に含む。

 

提督「ふむ・・・フフフ。何時飲んでも、これに勝る一杯はないな。」

 

金剛「褒めても何も出ませんヨー?」^^;

 

提督「いやいや、謙遜はしなくていいと思うぞ。どんな日本茶よりも、どんな美酒より、この紅茶は旨い。」

 

金剛「アハハハ・・・なんだか照れくさいデース。」

 

提督「こういう紅茶を毎日飲めるってのは、何かと幸福かもしれんな。」

 

金剛「かも、じゃないデショー?」ニコッ

 

提督「っ・・・ハハハハハハッ、これは一本取られたな。『とても幸せな事』の間違いだった。」

 

金剛「デショー?」

 

提督「あぁ・・・ふふっ、ハハハハハハハハ・・・!」

 

金剛「ハハハハハハハハハ・・・!」

 

 

 

午後2時51分

 

 

榛名「姉さんは、今いるのかしら・・・?」

 

廊下を歩いている榛名、金剛の部屋に近づくと、何かに気付いた。

 

榛名「姉さんの部屋から、笑い声・・・? 姉さんと―――提督?」

 

榛名が聞いたのは、二人が談笑する声であった。ダダ漏れではないにせよ、断片的には聞こえてきていた。

 

試しに榛名は金剛の部屋のドアに耳をそばだててみた。

 

提督「全く赤城と加賀にも困ったもんだよ。資材庫破りとはねぇ。」

 

金剛「まぁ分からなくはないデース。改装空母のお二人の腹減りのスピードは、島風でも勝てませんカラネー。」

 

提督「違いない、ハハハハッ!」

 

 

 

榛名「・・・これは・・・お邪魔をしては、悪いですね。」

 

榛名はそう結論付け、金剛の部屋の前を、後にした。

 

 

 

40分の後、直人は金剛の部屋を後にした。

 

 

その頃大淀は、その直人を探して走り回っていた。

 

大淀「こんな時にどこにいるんですかあの人は・・・!!」ドタドタ

 

明石「ん? 大淀さん、こんなところなんかにどうしたんです?そんなに慌てて?」

 

只今造兵廠。

 

大淀「ゼェ、ゼェ、あ、明石さん。提督、知りません?」

 

明石「提督・・・ですか? いえ、見てません。」

 

大淀「ありがとうございます。ああんもう!!」ダッ

 

明石「あぁっ・・・うーん、どうしたんでしょう?」

 

その慌てっぷりに、首を傾げるしかない明石さんでした。

 

 

 

6月1日午後3時46分 司令部前ロータリー

 

 

提督「さてなーにすっかなぁ~・・・」

 

雷「あ、司令官!」

 

提督「ん? 雷か、どうしたの?」

 

雷「うん、局長が技術局に来て欲しいって。」

 

提督「・・・なんか作りよったな? 分かった、すぐ行こう。」

 

直人は言われた通り技術局へと向かった。

 

 

 

午後3時49分 司令部前ロータリー

 

 

大淀「て、提督・・・どこに・・・?」

 

息絶え絶えの大淀、しかし、入れ違いである。

 

 

 

同刻 技術局

 

 

提督「局長ー、来たよ。」

 

局長「オウ。スマンナ呼ビ立テテ。」

 

入って正面で局長が立って待っていた。

 

提督「いいさ。そんで? 今日は何の用事かな?」

 

局長「アァ。ヒトツオ前用ノ武器ヲ作ッタ。納メテモラエナイカト思ッテナ。」

 

提督「ほほう。で? その武器と言うのは?」

 

局長が立つ位置のすぐ右横のテーブルに、2挺の短いライフルが置かれていた。

 

局長「H&K HK53-2、HK53ヲベーストシテ、2.0倍光学スコープトピカティニーレールヲ標準装備サセタ改造モデルダ。」

 

提督「・・・ストックは?」

 

局長「ナイ。イヤ、元モデルニハアッタガ、サブマシンガントシテ運用出来ル様ニ撤廃シタ。ダカラ2挺アル。」

 

提督「という事は全長590mmか。」

 

局長「ソウダナ。極力機構モ軽量合金ニ置キ換エテ重量ヲ削ッテオイタ。2㎏半ナラ片手デ使エルダロウ?」

 

提督「・・・化物扱いされてるらしいな。」

 

局長「艦娘ヤ深海棲艦ニ勝テル人間ガ何ヲイウ。」

 

十分化物である。

 

提督「まぁいい。受け取ろう。」

 

局長「アァ、銃弾ハ対深海仕様ダ。」

 

直人の言わんとすることを局長も察していたのだ。

 

提督「それはありがたい。通常弾は?」

 

局長「ストック含メテチャントアル。」

 

提督「良かった。あぁあと、発注いいか?」

 

局長「ドウゾ。」

 

提督「紀伊に俺が持ってるワンオフガンを仕込めるようにしておいて欲しいんだ。ハンドガンはホルスター脱着で済ますとして、その他のライフル系だな。」

 

局長「承ッタ。」

 

提督「あと、霊力刀の脇差を1本頼みたい。」

 

脇差と言うのは、よく時代劇で侍が刀の他にもう1本腰に差している短い刀の事で、日本での二刀流は長い刀2本ではなく普通は刀と脇差のセットで扱う剣術を指す。

 

局長「・・・ナルホド、極光デ近接戦闘ハ無茶ダカラナ。分カッタ。打ッテオイテヤロウ。」

 

提督「ありがと。正直あの艤装無駄多いんだよな。」

 

局長「アレヲ通常動力デ動カシタンダ、無理モナイダロウ。」

 

巨大艤装『紀伊』の元の動力は、核融合炉である。それこそ最終手段として核融合弾として肉弾突撃することまで考慮されていた代物というだけに、そのトンデモなさが伺えよう。

 

提督「通常時は格納してる艤装はあってもそれは腰部円盤状艤装に格納してあるし、普段付けてるブロウラーフレームレッグ、かさばる割に中が中空なのよ。」

 

これは元々入っていた推進スラスターの容積が、艦娘艤装化に伴い取り出された為にそのまま余った形になる。

 

局長「デハソコニHK53-2入レルカ?」

 

提督「お、いいね! じゃぁあとは―――」

 

局長「フムフム・・・」

 

 

 

雷「・・・凄い話込んでるわね。」(汗

 

如月「まぁ、仕込み武器がカッコいいのは認めるけどねぇ。」

 

荒潮「そうねぇー。」

 

ワール「私の兵装にも仕込み武装はあるけどね。」

 

しれっと凄い事を言う。

 

雷「・・・それホント?」

 

ワール「えぇ。ミサイルVLSも立派な仕込み武器よ?」

 

荒潮「なるほどねぇ~。」

 

雷「あー・・・ああいうのね。」

 

如月「垂直発射機構も悪くないわねぇ。」

 

雷「いずれ私達の艤装もワンオフに出来るかしら?」

 

ワール「マイナーチェンジなら改2ね。夕立がいい例みたい。それ以外だと改2以上のデータ蓄積がいるって話よ。」

 

如月「何で知ってるのよ・・・。」

 

ワール「いや、局長が将来的にそう言うのやりたいみたい。」

 

雷「ほんとに!?」

 

いきなり噛み付いてくる雷に少し焦るワールウィンド。

 

ワール「え・・・えぇ、目をキラッキラさせて語ってたわ・・・。」

 

雷「頑張らなきゃ!」

 

荒潮「頑張ってねぇ~。」

 

何故か燃えている雷であった。

 

如月「正気の沙汰じゃないわね・・・戦力は大幅アップだけど、出来るのかしら?」

 

やる気を何故か見せてしまう雷であった。

 

 

 

10分間話込んだ後、直人は技術局を後にしようとしたのだが・・・

 

大淀「や、やっと見つけた・・・!!」

 

その入り口に、大淀が現れた。

 

 

 

午後4時1分 技術局

 

 

提督「お、大淀・・・さん? どうしたの慌てて。」

 

大淀「どうしたじゃありません、どこにいたんですか! 2時間以上探し回ったんですよ!?」

 

提督「用件を話したまえ、大淀くん。」

 

毅然と、厳しい口調で述べる直人。緊急であると察すればこそである。

 

大淀「は、はい。開発棟ですが、開発結果にイレギュラーが出ました、すぐに来て下さい。」

 

提督「分かった。すぐに行こう。局長、ではまた。」

 

局長「アァ。早メニ仕上ゲヨウ。」

 

提督「急いでも仕方あるまい。ゆっくりと丁寧に、より良いものを頼む。」

 

局長「フフッ、ソウ言ッテクレルオカゲデ、私モ気兼ネナク仕事ガデキルトイウモノダ。」

 

提督「フッ。行こうか大淀。」

 

大淀「はい、提督。」

 

 直人は大淀を引き連れ、開発棟に向かった。

彼が艦娘達が余り図に乗り過ぎない程度に手綱を締めているのは、これまでを見れば既にお分かり頂けるであろう。本来艦娘達は提督と呼ばれる者達の部下であり、提督は艦娘達が尊敬ないし敬愛すべき存在である。だが、直人の見識は少々異なる。

 それは、提督は艦娘達の友として心の支柱となる存在であり、また部下として、最も艦娘達に甘えなくてはならない存在である、と言う考えであり、また彼女らを、単なる道具や手駒としての部下として扱うのではなく、友人、知人、親友として、極端に言えば家族や愛人の様に接し、彼女らと深い絆を持つべきとする人間である。

 

 この際なので、この頃の日本における人々の艦娘に対する考え方について語っておこう。

艦娘達が現れ既に2年以上になる。彼女らは人と同じ体を持ちながら、人以上に有力である。人は常として、自分達より有力な存在を恐れがちになる。このことによって、人々の感情は次の3つに大分され、それ以外は少数派となる。

 一つは、艦娘の存在は兎も角として、それを利用すること自体に反対する勢力。これは俗に「反艦娘派」と呼ばれる。

これは割に根拠のある話で、艦娘は兵器と生物その両面の特質を併せ持つ存在であるが故に、その全体の意志が、『深海棲艦の打倒』から『人間の放逐』に傾いた場合を危惧している勢力が反艦娘派である。

 最も軍上層部がが如何に腐敗しようともあり得ぬ話ではあるが、そうした人々は提督に登用されていない、拒まれたケースが殆どである。

 今一つは、艦娘に枷をはめ、生物ではなく兵器としての面を重視し、戦争兵器として扱う勢力、これは巷に様々な呼び名があるが、一概にいえば「艦娘弾圧派」と呼ばれる。此方は提督に登用された者も多く、どちらかと言うと職業軍人に近い気質を持った人間が多い。

艦娘の自由意志を封滅し、完全な兵器と見做し酷使する提督がいる事もまた事実であり、それの大半は艦娘弾圧派の提督である。当然艦娘との摩擦や軋轢は計り知れない。

無論大本営並びに各基地司令部からは、それを禁ずる厳重指示と艦娘艦隊規則の条文が発行され、破れば厳罰以上の刑法ないし処断が下されるとなっている。

 実例として、佐世保鎮守府のある艦隊が違反行為を働いたことが発覚し、一月程度で解隊されたばかりか提督が刑務所に収監される事案もある。

果てには艦娘に提督が殺害され、その配下の艦娘達の大半は廃人化していたが為に、艦隊は司令部に吸収され解体、残った僅かな艦娘も他艦隊に回され今に至ると言う様な悲惨なケースが既に存在する。それも、1件ではない。

 最期の一つは、艦娘に対してそもそも関わりを持たぬと言う、いわば「艦娘拒絶派」と呼ばれる勢力。

こちらも提督になっている人間も多いが無愛想な場合が多く、こちらも艦娘との軋轢が酷い。結果として艦隊と提督の団結は、ないに等しい。

 

これらは、人の恐怖が転化したものである点で共通点を持つ。

 

恐怖による「拒絶」(艦娘拒絶派)

恐怖による「ヒステリー」(艦娘弾圧派)

恐怖から来る「日和見主義」(反艦娘派)

 

 提督の大半は、こう言った特に才覚を持たず逆に、『艦娘』からの保身の為、上記の様に様々なやり口を持つ者が大半である。

ただこれはあくまで男性に限った話、女性に関しては大半がこれを友人をして認める向きが強い。女性提督もそれ故少ない訳ではない。

 そして、そうして減算して行った数少ない人々の派閥の一つが、「艦娘融和派」と呼ばれる人々である。

『元帥』紀伊直人や水戸嶋氷空といった、近衛艦隊4人の提督はこの派閥に属し、この派閥に属する者は、片っ端から登用されている。女性提督が少なからずいるのもその所以である。

艦娘達は自らの家族同然とするが臣下とも扱う直人を初め、親愛なる部下とする者が多く、弾圧なども一切なく、治安も良好な司令部が、そう言った提督達の艦隊であり、摩擦や軋轢も少なく、団結も強固な場合が殆どである。

その内の一つの事例が、近く語られるかもしれない事を、此処に明記する。

 

そしてその艦娘融和派の一つの事例が直人や水戸嶋の艦隊である。

 

 

6月1日午後4時8分 開発棟

 

提督「で、イレギュラー、と言うのは?」

 

大淀「二つほど。一つは試作さえされていない兵器が顕現されました。」

 

直人は流石にこれに驚いた。

 

提督「っ・・・ふむ? どのような?」

 

取り繕って聞いてみる直人であったが―――

 

大淀「キ-91、試作戦略爆撃機です。」

 

提督「ブッ!?」

 

モノがモノであった。

 

最大爆装量8トン、航続距離は爆弾4トン装備で9000km、無しで1万kmを超えるとされる、陸軍で計画中の試作戦略爆撃機であった。基礎研究自体は1943年から始まっていたと言うが、設計仕様書だけで、図面を引いている途中であったと言う。

 

その他の性能は、計画では高度1万mで速度580km以上、全長33.35m、全幅48m、高さ10m、全備重量58トンと言う巨人機で、人員輸送も出来ると言うものであった。

 

提督「こいつは驚いた・・・ここからソロモン諸島やオーストラリアまで爆撃出来る、戦闘機援護は無理だがな。」

 

大淀「そうですね。」

 

提督「何機あるのかな?」

 

大淀「36機です。」

 

それを聞いて直人は思った。

 

提督「トラック環礁を焦土化するには十分過ぎるな。」

 

大淀「焦土化、ですか?」

 

さらりと怖いことを言ってのける直人。

 

提督「航続力は爆装4㎏で9000km、この内1000kmを予備に割き8000km、航続距離は1回分の燃料でどれだけ飛べるかだから、往復分を考えて飛べるのは4000km。どうだい? 本土がすっぽりと範囲に収まる。」

 

大淀「最大爆装で50番爆弾(500㎏)を8発積み、絨毯爆撃をする訳ですね?」

 

提督「うん。島の塊だ、それで十分すぎる。都市爆撃ならどんと爆撃機がいるがね。」

 

連合軍がドイツ都市部に行った1000機爆撃行がその顕著な例だろう。

 

大淀「ですね。」

 

提督「それで、他のイレギュラーは?」

 

大淀「実は、この航空機なんです。」

 

そう言って大淀が手の平に乗せているのは、ミニチュアのような小さな飛行機であった。

 

提督「これは・・・確かに、開発棟であれば艤装として作れるが、陸軍機―――ではないな。」

 

明石「海軍機、18試陸攻。」

 

居合わせた明石の言葉に直人はさらに驚く。

 

提督「連山じゃないか!? 塗装は明灰白色、試製連山か・・・?」

 

明石「いえ、どうやらその改修型のようです。」

 

提督「言うなれば連山改か・・・。」

 

G8N1、18試陸上攻撃機『連山』、海軍が開発していた4発陸攻で、試作3機と未完の1機が出来た所で生産が途絶、終戦となっている機体である。性能は爆装最大4トン、航続距離は3730km~7470kmに達する。機体の防御性能はともかく、その防御機銃は20mm銃6挺、13mm銃4挺と強力であった。

 

生産機体の内、3機は空襲で破壊、1機が損傷状態で終戦後鹵獲されたが、エンジンが無くスクラップになった。目の前にあるそれはその連山の改修型だと言う。車輪が後の時代の旅客機の様な前輪式であったことが外見上の特徴である。

 

大淀「これなのですが、普通は常時、格納状態と展開状態を自由に切り替えられるはずのところ、誰も展開出来ないのです。」

 

イレギュラー、と言うのは実はこの点であった。

 

提督「つまり? 俺にやってみてくれ、と?」

 

大淀「はい。」

 

提督「・・・成程、分かった。では外に出よう。」

 

大淀「えぇ。」

 

明石「あの・・・頑張って下さい?」

 

なんと言っていいか分からず疑問形になる明石。答えはこうだった。

 

提督「霊力の問題な以上、頑張ってどうにかなるかどうか・・・。」

 

正直なところ直人もここまで聞けばイレギュラーの意味は分かっていたが、解決できるかは別問題と結論付けていた。

 

 

 

大淀「では、お願いします。」

 

提督「あぁ。」

 

直人は大淀から格納状態の小さな連山改を受け取り、左の手の甲に乗せ、腕をまっすぐ伸ばす。

 

提督「―――。」

 

直人は細く長く、息を吸い、吐く。

 

提督「―――ッ。」

 

直人を中心に、風が渦を巻く。

 

(―――――大いなる先人の戦人よ、我が声に応え、顕現せよ―――――)

 

直人の左手の甲から、光が迸る。居合わせた者は視覚を潰される。

 

一人直人を除いて―――――――

 

 

 

気付くと直人は、白一色の空間に浮いていた。

 

提督「これは・・・」

 

その感覚は、実に身に覚えのあるものであった。

 

“待っていた、紀伊直人元帥閣下。”

 

突然何者かが心の中に直接語り掛けてきた。

 

提督「・・・失礼だが、貴官は?」

 

“私は海軍大佐、笹辺 栄吉(ささべ えいきち)。連山改爆撃部隊、第七七三航空隊の指揮官だった者、君とは別の世界の人間の、言わば幽霊と言う所か。”

 

提督「笹辺栄吉・・・いい名だ。」

 

笹辺栄吉と名のったその声はこう言った。

 

“私はかねてから元帥の力に興味があった、その結果は、私の想像以上だったよ。”

 

提督「お褒めに預かり、光栄の至りですな。」

 

“君を見込んで、私の連山改を、私と共に貴殿に預けよう。我が命運は最後まで、貴殿と共にある。”

 

提督「・・・ありがとう、感謝に堪えない。」

 

直人が礼を述べた所で、意識が再び薄れゆく。

 

 

 

気付けば、元の開発棟の前に立っていた。

 

大淀「あれが、連山改、なのですね。」

 

提督「っ―――!」

 

直人は空を見上げる。

 

紅蓮の夕日を全身に浴び、4基の「誉」24型エンジンを唸らせ飛翔する連山改の大きな姿が、そこにはあった。

 

日本機らしく洗練されたその機体は夕日を受けて紅く煌き、得も知れぬ美しさを持っていた。十分以上に絵になる光景であった。

 

明石「凄い・・・。」

 

大淀「綺麗、ですね・・・。」

 

提督「・・・あぁ・・・。」

 

3人は、暫しそれに見とれていたのであった。

 

 

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「あっ、は、はい、なんでしょう?」

 

提督「あの連山改、俺の預かりという事で。」

 

大淀「でもあれは・・・」

 

提督「俺以外の指図は、受けたくないそうだ。」

 

大淀「・・・?」

 

“笹辺隊へ、帰投せよ。”

 

“承知した。”

 

直人は念話で指示を送る。この時期既に、妖精達への指示方法は心得ていたようである。

 

それまで飛び回っていた連山改も、主の元へと戻ってきた。

 

大淀「つ、突っ込んできますよ!?」

 

提督「格納形態へ。」

 

そう言った次の瞬間、連山改の姿が光に包まれ、元の格納形態、より少し大きめの姿でこちらに向かってきた。

 

大淀「サイズ差が凄いですね、また。」

 

提督「おおよそ100分の1スケールと言ったところか。立派にフルメタルなんだから困る。どこにおいたものか。」

 

大淀「滑走距離は短くていいかもしれませんけどねぇ。」

 

と言ってる間に司令部敷地のアスファルト上に着陸した連山改が滑走してきた。

 

提督「うん。ま、妖精さんが一人、俺の部屋に常駐という訳だ。」

 

連山改を掌に載せる直人。

 

大淀「ですね。」

 

手のひらサイズでは到底ない大きさである。横幅が100分の1でも30cm定規より長いのだからバランスを保たせるのが大変であった。

 

提督「本当に、大きな主翼だ。」

 

大淀「そうですね。」

 

明石「調べたい・・・。」ウズウズ

 

提督「却下だ。」

 

明石「なんでですかー!」

 

提督「機長妖精に怒られても責任は取らんぞ?」

 

いつの間にやら直人の肩に乗っていた妖精が思いっきり明石を睨みつけていたのであった。

 

格好は普通に海軍の飛行服一式に、白ではなく赤いマフラーをたなびかせていた。しかも青いオーラを纏っている。キリッとした眼に黒髪のサイドテールという組み合わせだった。

 

“変な事をすれば爆弾と機銃座で薙ぎ払ってやる。”

 

提督「・・・だ、そうだ。」

 

明石「あっ・・・はい。」

 

明石もようやく諦めが付いたようである。

 

提督「さて、明石さん、出来上がった航空機は飛行場に回しといてね。」

 

明石「了解です!」

 

大淀「私も上がって宜しいですか?」

 

提督「分かった。明石さんもこれ終わったら上がっていいぞ。」

 

明石「分かりました!」

 

提督「おつかれさーん!」

 

二人「お疲れ様でした!」

 

直人は連山改と妖精を引き連れて、その日は部屋に戻って寝たようです。

 

連山改の飛行に関して、一部で騒ぎになった以外はどうという事も無かったようです。

 

彼ら横鎮近衛艦隊が精強を誇った所以は、ひとえに単純な力で勝っただけではなく、艦隊そのものの増強をしない時でも、こう言った自身や基地の戦力強化を怠る事が無かった事に由来すると、青葉に対し提督自らが評価している。

 

 

 

2052年6月2日午前10時 提督執務室

 

 

提督「ふーむ・・・。」

 

大淀「・・・?」

 

金剛「~♪」サラサラッ

 

いつも通り職務に精励する仲睦まじいお二人と、大淀さん。(無論大淀は表は知ってても裏まで知らないのだが。)

 

 

ガチャッ

 

 

提督「ん?」

 

青葉「どうも、恐縮です。」^^

 

提督「はぁ~・・・足音も無しとはね、隠密スキルは伊達では無いか。」

 

関心を通り越して呆れる直人である。

 

青葉「お褒めに光栄の至りです、司令官!」

 

提督「・・・それで? 今日も鳳翔さんのカレーかな?」

 

青葉は1週間の内金曜日は、必ず司令部に戻ってくる。

 

青葉「まぁ、そんなところです。」

 

目当ては本人が述べる通り鳳翔さんのカレー、そのご相伴に預からんが為である。

 

提督「はぁ~、分かった分かった、付き合おう。」

 

つまり直人とは1週間置きに、食事ついでの話をしているという事である。

 

提督「言いに来たことは結構な事だな、断り無しでは食えぬしな。」

 

青葉「そうですね、食べに来て食べられないと言うのは、ただの労力の無駄です。そんな事をする間に、取材一つ出来ますから!」

 

青葉の言は全くの正論であった。故に直人も何も言わなかった。

 

提督「はぁ・・・」ピッピッ

 

直人はホログラム端末を操作、食堂の厨房にある端末に回線を繋ぐ。

 

 

プルルル・・・

 

 

提督「・・・。」

 

鳳翔「はい、厨房です。あっ、提督でしたか。」

 

提督「うん、忙しい所を済まない、今日も青葉が来たから、今日の分、1人前追加で頼む。」

 

鳳翔「ふふっ、そう来ると思いまして、もう追加してありますよ。」

 

提督「えっ・・・。」

 

思わずはっとなる直人。

 

鳳翔「あら、そう意外そうな顔をなさらないで下さい、2か月ほど付き合っていれば、それ位は分かりますわ。」

 

人付き合いの長さは相手の思考もある程度理解出来るようになるらしい。しかし些か早い気がしないではない。

 

提督「お、おう、そうだな・・・って、それ青葉こなかったらどうなるの・・・?」

 

鳳翔「その時は責任を取って、提督に食べて頂きます、頼んでくるのは貴方ですからね。」

 

毅然とした声で言われたのでは有無は言えなかった。

 

提督「そ、そう・・・ですか。では、お願いしますね。」

 

鳳翔「はい♪」

 

してやったりと言う感じの笑顔をしていた鳳翔さんでした。

 

直人は多少苦々しく思いつつも回線を切って青葉に向き直る。

 

提督「ということだ。ちゃんと食えるぞ。」

 

青葉「良かったです!」

 

大淀「青葉さんはお忙しいのにカレーだけは食べに来るんですね。」

 

少々嫌味の籠った口調でそう言う大淀、少し落ち込む青葉に対し、異を唱えたのは直人であった。

 

提督「そう言ってやるな、青葉には青葉にしか出来ん仕事と言うものがある。」

 

大淀「そうですね、失言でした。」

 

提督「分かればいい。」

 

青葉「すみません、前回の出撃にも、同行できず・・・。」

 

そう詫びる青葉だったが、慌てるのは直人の方である。

 

提督「いやいや、あれはいい。詫びるべき相手は俺ではないし、各地の情報収集や提督や上層部への取材をドタキャンすれば、お前の信用にも関わるのではないか?」

 

青葉「詫びるべきは・・・というのは、どう言う事です?」

 

提督「金剛と蒼龍の強い主張によるものなんだ、あれは。」

 

青葉「えぇ!?」

 

その青葉の背後で、すまなそうにする金剛がいた。

 

金剛「・・・そうデスネ。あの時は言い過ぎマシタ、ごめんなさい・・・。」

 

提督「謝る事はない、時期が時期であるだけに反対したのだ。作戦そのものは全く以て合理的で効果的だったのだ。」

 

金剛「・・・はい!」

 

その結果が、初の艦娘による超兵器撃破に繋がったと思えば、無駄では無かったとも言える。

 

青葉「珍しいですね、艦娘が提案した作戦を採用するなんて。」

 

提督「・・・青葉がそこまで言うとは、そんなに珍しいのか?」

 

青葉「はい、どこの艦娘も私案を持ち込まない、或いは持ち込んでも却下されている、と言うのが現状のようです。」

 

提督「流石だな、青葉。」

 

青葉の情報収集力は、この艦隊随一であろう。この点を直人も買っていたのだった。

 

青葉「いえいえ、これ位は安い御用です。」

 

彼女は戦闘能力を半ば完全にナーフし、そのリソースを情報収集とその集約に当てたような節がある艦娘であり、実はこの時点でもかなりの有名人である。

 

提督「ついでに、現状の超兵器級の状況、各司令部の状況など、子細を教えて頂けると嬉しいな。」

 

青葉「・・・代金は、頂けますかね?」ニヤリ

 

提督「・・・!」

 

その言葉に直人は驚いた。彼女は商売上手でもあると。

 

提督「情報に値を求めるか。」

 

青葉「個人情報も含まれますから。」

 

提督「おいそれとは教えられんという事ね。ふむ・・・今日のカレーでどうだ?」

 

青葉「少し安いですね。」

 

・・・嘘だろう? 最高級とも言われる鳳翔のカレーで安いだと? あ、オプションねぇや。

 

提督「・・・福神漬付きでどうだ?」

 

青葉「あぁ~、いいですねぇ~、出来ればもう少しスパイシーに。でも安いですね。」

 

・・・マジか。

 

直人は取り敢えず再び端末で厨房に回線を繋ぐ。

 

提督「・・・あ、鳳翔さん? 青葉の頼みなんだが、今日の青葉のカレー、中辛の所辛口で福神漬をセットにして欲しいそうだ。」

 

鳳翔「承りました。御用事はそれだけですか?」

 

提督「あぁ。何度も済まないな。」

 

鳳翔「いえいえ、食べて頂くんですから、その方の好みに合わせないと。」

 

提督「もしかして、カレー鍋は3つですか?」

 

鳳翔「“4つ”です、提督。」^^

 

提督「・・・激辛もあるのね。需要は?」

 

鳳翔「そこそこです。では。」

 

今度は切られてしまった。

 

提督「はぁ・・・鳳翔さんには通したぞ。さてどうするかな・・・。」

 

青葉「・・・。」ワクワク

 

提督「・・・。」

 

大淀「・・・?」

 

直人は顎に手を当て考える。

 

提督「・・・はぁ。」カチャッ

 

観念した直人は執務机の右側の引き出しに手を伸ばす。

 

青葉「?」

 

執務机の椅子側は、椅子を入れるスペースの左右に2段の引き出しと、その下に1段の大きな書類を入れる大きな引き出しがある。いわゆるオフィスデスクと同じ形である。

 

直人はその、右側2段目の引き出しを、鍵を開け引き出した。

 

提督「まったく、こいつを持って行け。」ヒュパッ

 

直人はカードの様なものを投げ、それは直人から見て右にカーブを描きながら回転して飛ぶ。

 

青葉「おっと!」パシッ

 

青葉ナイスキャッチ。

 

青葉「・・・って、これはっ!」

 

提督「間宮券、それもVIP券だ。これでいいだろう?」

 

間宮券は紙ではなくハードカードで、甘味処「間宮」に行ったものが差し出す事でデザートにあやかれるのだが、その後でそのカードは間宮さんから直人、つまり提督に返却されるのだ。

 

通常券とVIP券の違いは、メニュー指定が出来るか否かである。

 

青葉「・・・分かりました。ではお教えしましょう。」

 

ようやく代金に適った様だ。

 

提督「・・・頼む。」

 

青葉「まず超兵器級です。密かに敵に探りを入れていたのですが、敵の前線にいた超兵器は、ひとまず殲滅出来たようです。」

 

提督「そりゃぁあれだけ沈めるか懐柔したんだ。当然だろうな。」

 

敵の超兵器級複数を撃沈破、1隻を鹵獲されれば前線から消えてしまうのも道理だろう。

 

青葉「前線には量産型のレ級が数隻、それも撤退中、投入予定の超兵器も保留となったようです。」

 

提督「我が艦隊に恐れを為したか・・・いや、それはあるまいな。」

 

青葉「はい、どうやら様子見という程度みたいです。逃げると言う様な消極性は見られませんでした。」

 

つまり敵の超兵器はこれ以上の消耗を恐れ、徒党と共に毅然と退いた、と言う事になろうか。

 

提督「となると被害を抑える為、か。」

 

青葉「東南アジア戦線にも敵超兵器の存在は確認済みですが、これも後方に下げられつつあるようです。」

 

提督「ふむ・・・となると暫くは各戦線共に通常艦艇が相手か。」

 

通常艦艇だけであれば簡単な事である、と直人はこの時予想していたのだが。

 

青葉「次に各基地の動向ですが、日本本土と台湾の高雄、東南アジアのリンガの部隊に行動の積極性はありません。今のところは放任主義のようですが、規定違反によって退役させられる提督も相応にいるようです。」

 

提督「提督に主義主張は様々だ、仕方あるまい。」

 

青葉「そうですよね。ただそれ以外の基地は、どうやら緒戦の勝利に味を占め、北方海域への遠征を始めたようですね。」

 

提督「北方戦線は敵戦力の詳細は不明なれど規模は膨大として、出撃は危険視されてなかったかな?」

 

この頃の大本営でも、北方方面の情報は不足の一語に尽きる状況にあった為、直々に各基地に対し注意勧告を出すほどであった。

 

青葉「ですね、なので被害は絶えないようです。」

 

提督「アリューシャン列島への切符を手に出来れば上々という所かな。」

 

青葉「それはそうですが、現状は頑強な敵の抵抗に遭って、撤収を余儀なくされるケースが多々あるようです。」

 

提督「・・・ふむ。」

 

青葉「ただ、退役提督の艦隊に関してなのですが、それに所属していた艦娘の合計が膨大な数に上る事が問題視されているようです。」

 

これについては、提督の退役に自主性の有無を問わないことも含め、問題として中央の頭を悩ませていた。ただ、決まりを破った事に対する懲罰の最終手段として『退役(除隊)』という手段を採っている以上、主な課題はその艦娘の処遇に絞られていた。

 

提督「そうだろうな、なまじ数が数なだけに処理も難しいだろうし、同位体も沢山おろう。中央のお堅い頭じゃ、処理しきれんのも道理だな。」

 

青葉「はい、なのでどの基地も対策に苦慮しているようですが、唯一旅順警備府では解体と言う措置を取っているようです。」

 

提督「なに!? 基地司令官は誰だ!」

 

青葉「嶋田繁太郎海将です。」

 

提督「あの無能な小太り海将か・・・!!」

 

嶋田はここまでくればお察しの通り、艦娘弾圧派に属する人物である。故に虐げられた艦娘の心など見えてはいないし見ようともしない。関心さえも無いのだ。

 

提督「・・・まぁいい。俺にはどうにも出来んしな。」

 

青葉「そうですね・・・。とまぁこんな感じです!」

 

提督「うむ! いつも情報収集ご苦労様。」

 

青葉「いえいえ、間宮のVIP券に比べれば安いモノです♪」^^

 

VIP券に頬擦りまでする青葉、余程うれしいらしい。そりゃそうか。

 

提督「うちも諜報専門艦隊でも作るかねぇ。」

 

青葉「誰か当てがあるんですか?」

 

提督「まぁね、無くはない。」

 

しかし、この艦隊創設は、まだ先の話である。

 

提督「まぁ、暫しくつろぐといいだろう。俺は少々用がある。大淀、来てくれ。」

 

大淀「はい。」

 

大淀を連れて執務室から去ろうとする直人。

 

青葉「どちらに?」

 

提督「司令部の、地下牢さ。」

 

青葉「そうですか。私もご一緒していいですか?」

 

提督「そりゃぁ困る。囚人は見世物じゃないぞ。最も、一人しかおらんがね。」

 

青葉「残念です。」

 

そりゃまぁ当然な話ではあったりはする。

 

直人が去った後、執務室では一人青葉が燃えていた。

 

青葉「必ず、必ずや提督のゴシップを手に入れてやるぅ・・・ガルルルゥ・・・」

 

 

ガチャッ

 

 

提督「それは、金剛との仲を明かせるようになった時な。」ヒョコッ

 

青葉「ひゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」ビクビクゥ

 

提督「はっはっは! 我奇襲に成功せりってかぁ?じゃぁの。」

 

人の悪い笑い声を上げて今度こそ本当に立ち去ろうとする直人であった。

 

 

バタン

 

 

青葉「・・・。」ヘナヘナ

 

そしてまんまとしてやられ、その場にへたり込む青葉でした。

 

 

 

提督「クックックックッwwwww」

 

大淀「提督もいい性格してらっしゃいますねぇ・・・。」^^;

 

提督「褒められたと思っておこう、にしてもあの顔! 最高だったぜwwwww」

 

本当にいい性格してやがりますこの男。

 

 

 

午前10時48分 司令部中央棟1F・無線室

 

 

提督「・・・。」

 

大淀「っ!」ポオッ

 

 

ガコン、ゴゴゴゴゴゴ・・・

 

 

金庫式の厚い扉が、少しずつ開いていく。

 

提督「それにしても、明石もいい仕事をしたものだ、此処には扉なんぞなかったのに。」

 

大淀「後施工にしたのも貴方でしょうに、提督。」

 

呆れて言う大淀。

 

提督「そう言うな。しっかし、霊力波認証装置に指向性霊力波を用いるとはな。」

 

大淀「そう言えばあの艤装倉庫の通路も・・・」

 

提督「そうだな、指向性のある霊力波でないと開かん。放散された霊力で開かれても困るしな。」

 

そう言う間に、扉が開き切った。

 

提督「行こうか。」

 

大淀「はい。」

 

直人と大淀とは、二人で揃って地下への階段を下って行った。

 

 

 

地下への階段は70段に上る。

 

その先にある監獄は、直人が収容所をイメージしたが為に、床も天井も壁もフル鉄筋コンクリ製の厚さ1m半の壁と、最低限の蛍光灯の照明、8室ある監獄から逃亡を防ぐ為にずらして設置された2重の鉄柵で固められている。

 

更にはコンクリの壁は複合装甲で、コンクリの壁の中には、スーパーセラミックと炭素工具鋼と呼ばれる最も硬い炭素と鉄の鋼鉄合金製の装甲板が張り巡らされている。鉄筋コンクリだけで1500mmの装甲である。

 

そこに更に鋼鉄装甲やセラミックの装甲で約3600mm、何よりも強固なシェルタークラスの箱の中身が監獄なのだ、それも地中にあるが故に、脱獄の難易度は並大抵ではない。階段からこの厚い装甲なのだ。

 

それだけに密閉空間なので、音だけはよく響く。

 

足音が響く中、直人は一番左奥の監獄に向かう。

 

提督「やぁ川内、4日、いや5日ぶりかな?」

 

川内「提督・・・。」

 

提督「大淀、出入り口で待つように。」

 

直人は大淀にそう命じた。

 

大淀「はい。」

 

コツーン、コツーンと、足音が響き、大淀は階段の上へと去った。

 

提督「体調は、どうかな?」

 

川内「アハハッ、私を訳も分からぬ間に新装置の実験に付した人が、言うセリフなの? それ。」

 

苦笑しながらそう言う川内であったが、直人はそれに乗らなかった。

 

提督「あれが暗殺未遂の罪に対する罰だ。」

 

目を一挙に鋭くして言う直人。単に気位からではなく、あの発言は現実だったという事である。

 

川内「っ!!!」

 

提督「その様子だと、記憶の追加までは防げていないようだ。」

 

直人が魔力を編み上げながら言った。

 

川内「?」

 

提督「人の技術と言うのは、案外進歩の無い事だ。ほれ。」ヒュッ

 

金属的な音を立てて牢獄の中に投げられたのは、即席錬金で作られた金属製のナイフ、勿論ナマクラではない。

 

川内「どういうこと?」

 

真顔で首を傾げる川内。

 

提督「そのナイフで、俺を刺すか? 俺は逃げも隠れもせんが、どうするよ?」

 

川内「・・・。」

 

直人は真剣な眼差しでそう言う。そこにジョークの要素は一つもない。

 

提督「牢獄の鍵もここにある。望むなら鍵を開け放っても良い。」

 

直人が鍵を8つ付けたリングを指にかけ回す。

 

川内「ふふっ、悪い冗談ね、提督。」

 

提督「ん?」

 

川内「私は、貴方のおかげで元通りになった。あなたは恩人よ? それが、この期に及んであんな馬鹿馬鹿しい組織の命令に、従う事はないわ。」

 

川内は言下にその可能性を否定して見せた。

 

提督「・・・そうか。」

 

川内「龍田が貴方に臣従した理由が、何となく分かる気もするわ。」

 

提督「ほう?」

 

川内「“敵”に容赦せず“味方”に優しく寛大、しかもそのそれぞれの対象に艦娘も深海も無い。逆らえば確実な断罪、但し従えば忠臣として親身に扱ってくれる。龍田はあれで、心の中ではそう言った相手を求めているのよ。」

 

提督「龍田が、ねぇ・・・そいつは驚いた。」

 

艦娘の意外な一面を垣間見た思いである。

 

川内「もしそれが無ければ、今この場で再度の決闘に及んだでしょうね。」

 

提督「その時こそ自らの身命を賭す、という事か?」

 

川内「えぇ。確かに貴方との“夜戦”が出来たことは、僅か残った“私”の心で大きな喜びとして支えになったわ。でも偽の私が消えた今、暗殺に対する意欲も理由も、もうないわ。」

 

川内はそう言い、両者の間にしばしの静寂が訪れた。

 

提督「良かろう。では独立監査隊を離れ我が艦隊に来ないか? 無論すぐという訳にもいかんが。」

 

直人は単に、川内を試しただけの事である。その証拠に、「逃げも隠れもしない」と言う言葉には一つ言葉が抜けている。即ち―――『防がないとは言っていない』のだ。

 

そして直人は満足するに足る回答を得た。これ以上腹の探り合いは無用と判断したのであった。

 

川内「えぇ勿論! 喜んで。」

 

川内はこの申し出を快諾した。

 

提督「うむ。軽巡洋艦川内!」

 

川内「はい!」

 

提督「卿を提督暗殺未遂の罪により、1か月の拘禁に処する。拘禁解除の後は戦列へと復帰し、追って沙汰あるまで待機するものとする。」

 

すぐと言う訳には行かない、とはこのことである。信賞必罰が武門の寄って立つ処である以上例外は無い。

 

川内「勅令、謹んでお受けします。」

 

川内は片膝を屈してこの命を受けた。

 

これは後に、彼の英断と最良の決断の一つとなって、後世へと伝わる。

 

鎮守府内でも並び立つ者の無い、空前の功績を立てた大殊勲の軽巡洋艦、その航跡は、今ここから始まる。そしてそれが語られ始めるのは、まず以てあと数か月の猶予がある。

 

提督「ところで、不自由はないか?」

 

川内「うん、ご飯もおいしいし!」

 

提督「流石鳳翔さんだ、たとえ虜囚たろうと料理に妥協無しか。」

 

それを聞くと直人は身を翻した。

 

提督「ではまたいずれ、な。」

 

川内「はい。」

 

直人は川内の元を去った。

 

川内はその背中を、輝くその瞳で見守っていた。

 

 

 

6月2日午前12時28分 食堂

 

 

提督「すると青葉、お前は巨大な情報ネットワーク網を作ろうという訳か?」

 

青葉の言に、直人は驚いていた。

 

青葉「はい。各鎮守府・司令部とその傘下にある司令部のいくつかに、クモの糸の様にネットワークを張り巡らし、これを使い更にネット上でも情報を集める為の手段を縦横に用いて、方々から集まった情報を集積する事で、正確な情報を絞り出せば、超兵器や敵の、ひいては友軍艦隊の動向までも掴めるようになるでしょう。」

 

提督「また思い切った手段だな。SNSでも使うのか?」

 

青葉「いえ、提督の中から協力者を募り、その協力者間でしか使えないサーバーを用いて情報交流を行います。」

 

それは即ち専用のネットワーク回線を設けて通信を行うと言う事であり、機密性はそれなりに高い。

 

提督「情報統制の恐れもない訳か。ネット上の不特定多数の目にも触れないから炎上やよく分からんデマなども無くて済む・・・いいんじゃないか?思うようにやってみるといい。」

 

大淀も頷く。この青葉の巧妙な策に、直人は乗ってみようと考えたのだ。

 

青葉「ありがとうございます!」

 

提督「それにしても、情報統制を行っている幹部会や大本営の目を欺く訳か、こいつは面白そうだ。」ニヤリ

 

青葉「提督の敵は我が艦隊の敵です。裏の裏、更にその裏もかいて差し上げます。」ニヤリ

 

その言質に直人は満足した。

 

提督「良かろう、任せる。」

 

青葉「但しこの艦隊の存在が公に出ない様に・・・」

 

提督「無論だ、あくまで秘密艦隊、ゴーストフリートとして動く。」

 

青葉「それはなによりです。食べちゃいましょう、冷めますから!」

 

提督「おっ、そうだな。」

 

二人してカレーをかき込む。

 

こうして直人は、間接的にではありながらも諜報面での戦いにも、身を投じる事になったのである。彼自身は謀略の類は得意ではないにせよ、有力な謀略の達人が居る為安心して任せられると言った次第であった。

 

 

 

午後4時 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「内火艇が欲しい。」

 

大淀「・・・。」

 

唐突な切り出しをする直人。

 

分からない人の為に解説すると、日本海軍艦艇が搭載していた艦載艇の事で、内燃機関の事を「内火(うちび)」と呼んでいたことから内火艇(うちびてい・ないかてい)と言う名称が用いられた。端的に言うと戦艦長門のプラモ写真を見ると煙突辺りに乗っているボートがそれ。

 

大きさごとに様々な名称があり、総じて装載艇(そうさいてい)と言われていた。(ググるならこっち)

 

因みに陸軍の上陸用舟艇である大発動艇(大発)も、様々なタイプが海軍によって「特型運貨船」と言う名で大々的に使用されており、これも内火艇の一つとされる。

 

大淀「・・・どうされたんです? 急に。」

 

提督「うん。戦争中の提督は常に前線に在って臨機応変な対応をした訳だ。」

 

大淀「はい。」(やーな予感)

 

提督「たとえ出撃しない時でも提督が前線にいないのは、おかしいと思うんだ。」

 

大淀「陣頭指揮の為に欲しいんですね?」

 

提督「後艤装の運搬用にも。」

 

大淀「うーむ・・・。」

 

艤装の運搬にも使うと聞いて唸る大淀。事実直人が直々に出動する際には艤装を装着する訳だが、その燃費が著しく高いから経費的に困るのである。それが省けるとなると幾分楽になるのだから当然である。

 

提督「だから17m特型運貨船2隻と、17m内火艇1隻だね。三つ組み合わせて改造する。」

 

大淀「・・・と言うと牽引ですか?」

 

提督「舟艇がランチ引っ張るんではねぇ。それに、戦場に仕掛けを運ぶのにも使うんだからね。」

 

大淀「仕掛け・・・?」

 

提督「それはひとまず置くとして、他にどういう形式があるかな?」

 

大淀「えぇ・・・あっ!」

 

提督「っ?」ニヤリ

 

大淀「三胴船ですね!」

 

提督「大正解。二つの特型運貨船で、17m艦載水雷艇を挟み込む。こうすると積載量増加の他に、魚雷を食らった時にも有効だ。片方捨てて逃げればいいんだからね。」

 

ここで大淀の素朴な疑問が飛ぶ。

 

大淀「間違ってもそれで艤装を捨ててしまってはいけませんよね・・・?」

 

提督「そのときゃ装着するさ。それに沈める訳にもいかんし簡易的なバルジも装着する。」

 

大淀「デスヨネー。」

 

しかし今度は直人が思案顔になる番である。

 

提督「問題は造波抵抗だな、3つ合わせて450馬力でも難しいな。元通り10ノットそこそこって所か。」

 

大淀「そうなりますねぇ・・・あら? そう言えば航続距離がありませんけど、それはどうするんですか?」

 

これに直人はすぐに答えた。

 

提督「エンジン止めて戦場まで誰かに引っ張ってもらう。」

 

大淀(自分でなされば宜しいのに・・・。)

 

ド正論である。

 

提督「撃つ気のない時だってあるだろうが。」

 

大淀「さらっと人の心を読まないで下さい。」

 

提督「フッ。」

 

読心スキルは結構高い直人。結局のところ、運送用のボートが欲しいだけの事である。

 

 

ドタドタドタドタ・・・

 

 

提督「ん? 廊下が騒がしいな。」

 

大淀「そうですね。」

 

提督「ちょっと見に行こうか。」スッ

 

その直人が間仕切りから顔を出して執務室のドアを認めた時、ソレは飛び込んできた。

 

 

バタアアァァァァーーーン

 

 

皐月「やあああああああっ!!」ドンドンドン

 

文月「ええええええええええい!!」バッ

 

皐月がバク宙をしながら執務室の僅かばかり開いていた扉を勢い良く押し開けて飛び込み、それを追う形で文月が執務室内に飛び出す。

 

二人の手には、スポンジ製の剣、恐らく強化スポンジ製であろうそれが握られていた。

 

提督「まったくやんちゃだなっ!!」ダァン

 

直人は一瞬の間に即製錬金で長短一対のスポンジ剣を錬成、同時に皐月と文月の間に割って入る形で飛び出す。

 

皐月「たあああああああああああっ!!」

 

皐月は壁際まで後退した後文月に向かって飛び出し、文月もそのまま皐月に迫る勢いで飛ぶ。

 

その約1m半の狭いスペースに、一瞬にして直人が割り込む。

 

提督「ほっ!」ブンブン

 

皐月「ふえっ!?」パシン

 

文月「ふあっ!?」パシッ

 

その一振りで二人のスポンジ剣を叩き落とす。さらに・・・

 

提督「ていっ!」ブォン

 

 

スパパァァァァァーーーン

 

 

提督(喧嘩両成敗、っとね。)

 

皐月「うわっ!」

 

文月「ええっ!?」

 

 

ゴッチーーーン

 

 

因みに直人は、二人の後頭部をノンルックではたいただけである。

 

提督「よっ!」ガッ

 

その直人は正面にあった窓の枠に足を掛けてバク宙2回転して間仕切りの横まで飛んでいた。

 

提督「まったく。」スタッ

 

大淀「――――――。」(唖然

 

一瞬の事に唖然とする大淀である。

 

文月「いててて・・・。」

 

皐月「っ痛ぅーーー・・・。」

 

お互い石頭らしい。

 

提督「さて? 大乱闘の理由を聞こうかな?」

 

皐月「し、司令官・・・。」

 

文月「その・・・。」

 

口ごもる二人、その時ドアをくぐって入ってきた艦娘が一人。

 

三日月「皐月! 文月! どうしたの―――あっ、司令官! これはっ、失礼しましたぁ!!」ビシッ

 

やって来たのは睦月型のまとめ役三日月。

 

提督「一体何がどうなったの??」

 

まともに困惑して尋ねる直人、理由は至ってシンプルであった。

 

三日月「それが、二人がチャンバラごっこをしてまして、それにのめり込み過ぎた結果みたいです・・・。」

 

提督「おいおい・・・。」

 

しかし直人は僅かではありながら、その二人の凡人ならざる能力に気付いていた。

 

提督「・・・まぁ、そういうことならいいんだ。むしろ良いモノを見させてもらった。」

 

三日月「・・・?」

 

提督「取り敢えず皐月と文月は長月あたりに怒られるのは必定だろうな。」

 

三日月「そうですね。」

 

提督「皐月、文月!」

 

皐月・文月「「はい。」」

 

提督「暴れるにも程々に、な。」

 

皐月「はい・・・。」

 

文月「ごめんなさい・・・。」

 

直人がそう言うと、二人も反省するのであった。

 

提督「結構、退室してよろしい。」

 

三日月「はい、では。」

 

三日月がそう言うと3人とも、すごすごと執務室を退去した。

 

提督「はぁ~。」

 

錬成したスポンジ剣を魔力に還しながらため息をつく直人。

 

大淀「無邪気ですね。」

 

提督「ん? あぁ。あいつらはまだ幼子と変わらん、子供と同じ無邪気さを持ってる。そんな子達も戦場に出すんだ、俺たち提督も、存外業が深いと言うもんだな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

直人が叱り付けなかったのは、要はそう言う彼女らの自由さと子供っぽい強い感受性を失わせない為でもあったのだ。叱るだけでは何も解決しない、要は叱られる側が如何に反省するかなのである。それが結局次に繋がるのだから。

 

提督「出来れば睦月型は戦場に、出したくないものだ。」

 

これは紛れもない直人の想いである。幼い内から戦塵に塗れる事も無い、直人はそう思っていたのだった。

 

大淀「と言いますと、司令部防衛ですか?」

 

提督「そうだな。司令部近海も敵潜水艦の宝庫、戦場ではあるがね。全く、こりゃ地獄行きかな。」

 

苦笑して言う直人を見て大淀が言う。

 

大淀「いいえ、提督は天国行きですよ。」

 

提督「どうしてだい?」

 

大淀「皆に等しく親しく向き合うあなたのような提督は、そうはおりませんでしょう?」

 

提督「・・・お、おう。そうだな。」ポリポリ

 

少し照れくさそうに頭を掻く直人であった。

 

 

 

午後4時31分 造兵廠

 

 

明石「~♪」ガチャガチャッ

 

 

コツッコツッコツッ

 

 

明石「ん? あっ、提督!」

 

提督「よぉ、暇か?」

 

明石「丁度持て余してました。」

 

提督「それは良かった。」

 

直人は皐月達を鎮圧したその足で造兵廠にいた。彼の利点は、その行動の速さにあると言ってもいいだろう。

 

提督「実はだな・・・」

 

直人は事情を事細かに説明して行く。

 

明石「三胴の舟艇ですか、中々新しいですね。」

 

提督「うん、頼めるか?」

 

明石「あ、作るの私達なんですね。」

 

提督「そりゃぁこんなドックがあるんだし、持て余すにも勿体無いだろう?」

 

直人はそのドックの方を指さして言う。

 

そのドックは、移転に伴い重要度が下がり縮小こそされたが、1万5千トン程度の大きさの船であれば造船・修理・入港が出来てなお余裕のある程度の大きさを誇っていた。

 

明石(・・・成程、ここの施設を存分に使いササッと作ってくれ、という事ね。)

 

提督「どうかな・・・? 暇を持て余してるんだから、やってくれるかな?」

 

明石「それを引き合いに出されずとも、お引き受けしますとも。」

 

提督「おや? 今回は命令ではないんだけどね。」

 

明石「分かってます、口調違いますもの。」

 

提督「いっ!?」

 

普段は毅然たる口調だが、今回はそれがない。

 

明石「“提督”ではなく“紀伊直人氏”、つまり個人としてのお願いでしょう?」

 

提督「ハハッ、何も言えんな、ホント。」

 

明石はそれを洞察していた。した上に於いて引き受けた。

 

提督「ありがとう、明石さん。」

 

明石「お安い御用です、提督。ところで、資材は何処から出しますか?」

 

提督「余剰気味の鋼材から使うといい。」

 

明石「分かりました!」

 

提督「フッ。御礼に今度一緒に、一杯やるか?」

 

明石「その時は、喜んで。」

 

※但しこの時点で直人はその誘いに先客がいる事を忘れています。

 

提督「ふふっ。ではな。」

 

明石「はい!」

 

直人は明石に別れを告げて、造兵廠を後にしたのであった。

 

明石「さぁーやるぞぉー!!」

 

やる気に満ちた明石の声を背中に受けて。

 

 

 

6月2日午後9時 浴場・男湯(移設時入渠棟が建造棟に統合)

 

 

提督「風呂はいるかぁ。」

 

実は提督用の男風呂も統合前の入渠棟の時から既にある、但し数人用の広々とした浴槽を備える。

 

間違っても艦娘用の女湯に入っちゃ、イケナイゾッ☆(最悪備長炭では済まされない事になります。)

 

その点直人はまともである、ちゃんと男湯の暖簾をくぐり、更衣室で一人服を脱ぎ、さっさと浴場に姿を消す。

 

しかし、この日に限って、男湯は罠であった。と言っても暖簾は普段通りである。(いくらなんでも気付くし)

 

「入ったデース。」キラーン

 

あー、主犯はもう分かっちゃったなこれ。

 

 

 

~午後9時10分~

 

 

カポーン・・・

 

 

提督「ふぃ~、いい湯だ。」チャプッ

 

一応直人は体は一通り洗ってから湯に浸かる派である。

 

提督「ここにきて約2か月、この湯のおかげで頑張れたぁ~。」

 

あながち間違ってはいない。無色透明ながらしっかり入浴剤が入っており、疲労回復と滋養強壮の効果が付与された湯である。

 

但し、この日はちょっとした異変が起こっている事に直人が気付いた。

 

提督「・・・あれ? 何にも見えん。」(・ω・;;

 

湯気が立ち込めているのはいつもの事でありながらも、何も見えない程立ち込めているのは流石におかしいのであった、普通ではない。

 

提督「湯の温度はいつもと同じくらいだし・・・ん? 気流の流れ? 湯気が流入している? 女湯からってどうなって・・・?」ザバッ

 

そこまで思い至った時、直人は、更衣室に何者かの気配を感じた。

 

提督「・・・??」

 

何事かと思い、侵入者の危険を考え取り敢えず白金剣を無言で呼集する。

 

 

ガラガラッ

 

 

提督「何奴ッ!」

 

金剛「ハーイ、提督。」

 

提督「へっ!!??///」

 

その予想外の声(と言っても読者の皆さんにはお分かりの声)に驚きつつ大慌てで白金剣を消す直人。

 

金剛「今日の湯浴みはどうデスカー?」

 

提督「ちょっ、金剛?ここ男湯・・・」

 

困惑する直人が思わず口走った。

 

金剛「分かってマス、フフフフ・・・」

 

提督「分かってるって・・・」

 

そう言われ逆に困惑の度を深める直人。金剛の姿は何とか影が見えるところまで来ていた。同時に何か危機的なものを直人に感じさせながら。

 

金剛「ワタシが一緒じゃ、嫌デスカー?」

 

提督「え、ええええぇぇ・・・っと・・・だな・・・。」

 

この時以上に、直人は危機感を抱いた事は無いと言う。はてさて直人の運命や如何に!?



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第1部3章~平和たる騒乱~

どうも、ナレーター兼解説者の天の声です。

青葉「青葉です!」

9月15日になり、今夏の激闘が早くも懐かしく感ぜられる時期になりました。

5航戦改2情報も公布され、取り敢えず肩を撫で降ろしておるところであります。

青葉「そうですねぇ、あの戦いが終わって早1ヵ月ですし。」

正式な終了と言う意味ではそう経っちゃいないが。

青葉「それ言いますか敢えて。」

提督「言うべきなんじゃないかな。」

青葉「提督!?」

おっと、紀伊提督に於かせられましてはご機嫌麗しう。

提督「面倒な言い回しは結構だ、俺にそんな態度を取られる資格などないのは、卿が一番よく分かっている筈だが。」

・・・そうだったな。

青葉「それで、なんで提督がここに?」

提督「いやいや、偶然見かけたんでな、通りすがりの人さ。ではな。」

青葉「あっ、はい・・・。」

・・・なんだったんですかねぇほんと。

青葉「さぁ・・・。」

まぁ、今日の解説に行きましょう。

青葉「今日はどうしますか?」

うん、実装にはあまりに早いが、この作品ではすでに巨大艤装紀伊の第4飛行隊所属景雲がやってしまったので、機種転換についての解説で行こうと思う。

青葉「なるほど。」

まず機種転換任務に付いておさらいしておこう。

機種転換は、特定の艦に特定のネームド艦載機を搭載した上で旗艦にし、更に特定の艦載機(ノーマルの天山や烈風など)を廃棄する事で達成される。

これに対し、中の人の見解による仕組みはこうなります。

例えば赤城の村田隊が使う機種を、九七式艦攻を上位機種である天山とする場合、村田隊の機材をすり替え、すり替えた九七式艦攻を廃棄し、天山にカスタマイズを施す事によってこれに代える。これが通常の方法。

加賀の赤松隊零戦21型をどんどん進めていくととある局地戦闘機に行きつくのだが、陸上機である為一旦その局戦を開発した上で通常の場合の様に零戦を破棄し、その上で局戦に艦上運用能力を付加する事によって、これに代える。

また機体そのものを変える必要がない場合は、元の機体に改良を施して使う、これが景雲改から景雲改2になった時の手品である。

このようにして機体を変える事により戦力アップを図る、本来の機種転換の形に立ち返ったとも言える仕組みになっております。

青葉「水上機の機種転換も来るといいですよね。」

あればあったに越したことはないが、大して武勲もないし難しい所だな。

現状ストーリー本筋の更新に忙殺された結果、その時登場した超兵器の紹介などが疎かになっている場合がありますが、それらは気付き次第順次更新されておりますので、読み直してみると色々と追加されているかもしれませんね。

青葉「確かにそうですね。色々と手が加えられていない事も無いですね。」

お、おう? えらく控えめだがまぁいい、取り敢えず、次の章に行きましょうか。

青葉「そうですね、いきましょうか。」

ではどうぞ。


2052年6月2日午後9時12分、直人は浴場におけるひと時の安息が崩壊する音を聞きながら、一人の艦娘と、互いに裸一貫で対峙していた。

 

金剛「ワタシが一緒じゃ、嫌デスカー?」

 

提督「え、ええええぇぇ・・・っと・・・だな・・・。」

 

その相手は言うまでも無く、横鎮近衛艦隊司令官である直人の秘書艦であり、艦隊首席幕僚、艦隊総旗艦たる大戦艦金剛である。

 

提督「いいとか、いやとかじゃなく、だな・・・その、物事には、手順と言うものが・・・」

 

金剛「固いこと気にしてちゃノーデース、提督。」

 

頑として互いに譲らぬが、一つ異なったのは、理性の正常さの有無である。

 

提督「いや固い固くないとかじゃないだろう流石に・・・」

 

それは直人が正常な理性を保ち続けた、正確には崩れ去る砂の山を堅守していたのに対し、

 

金剛「じゃぁ、ダメなんですカー?」

 

提督「そんな事は誰も言ってないけども・・・!!」

 

金剛のそれは理性で以ってそれを成すというものであった、すなわち正気なのである。正常であろう筈はない。

 

提督「とっ、とにかくアカンでしょ!? 後でバレたらお互いに怒られるよ!? 大淀さんに!」

 

金剛「その時はその時デース。」

 

だめだこいつううううううぅぅぅぅ~~~~!?

 

崩壊しつつある理性を再構築―――――最もペースの追い付いていないそれを―――――しつつ、いきり立つ劣情を抑え込もうとする直人。

 

常人であれば既に陥落している所を踏みとどまる、それは勇猛であり無謀な試みであった。

 

そして、その様は既に大淀に知れていた。

 

 

 

午後9時19分 中央棟1F・無線室

 

 

大淀「へぇ? 金剛さんは後でお説教、ですね。」

 

大淀はスクリーンの一つから流れてくる音声を聞いてそう言う。

 

大淀「それにしても、男浴場のカメラが真っ白だから音声入れてみたら、金剛さんが乱入してるんですからねぇ。イケナイ艦娘は叱っておいた方が提督の身の為ですしね。」

 

はい、一部始終は全て大淀の掌中に収まっていました。

 

 

 

提督(まずいな・・・実力行使も辞さぬか。ならば・・・)

 

金剛(こうなれば実力を以て成就させるしか・・・!!)

 

互いに形こそ違えど同じ結論に至る。もっとも金剛の目的が「既成事実作り」である点は疑いようがなく、その点直人は全力を挙げて防衛しなければならなかった。

 

提督(生憎と、霊力回路を魔術回路代わりに出来るんだよね。)コオオッ

 

直人がその方法で立ち込める湯気を急速冷却して氷の粒に変えようとした、その時であった。

 

金剛「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」バッ

 

提督「なにぃっ!?」

 

突如雄たけびと同時に金剛の右腕が湯気の向こうから、直人に向かって飛び出してきた。

 

提督「くぅっ!」ザバッ

 

直人は咄嗟に右に躱す。

 

金剛「うわっぷ!?」ザバァァァァーーーン

 

提督「おいおい。」

 

直人が油断した、一瞬の隙が生まれる。

 

金剛「ハッ!!」ゲシッ

 

金剛が思い切り直人の足を払う。

 

提督「ぬあっ!?」ザッバアアァァァァァーーーン

 

払われた方は先に金剛が上げた水しぶきと波紋と湯気の3つが重なり合ってこれを察知できず、そこが浴槽の中であったこともあって足を滑らせ、湯の中に倒れ込む形でこけた上に盛大な水飛沫が上がった。

 

それが見事に視界を遮り結果として金剛の次の挙動に気付く事が出来なかった。

 

金剛「チェックメイトデース!!」ザバアアアッ

 

金剛が覆い被さる様に飛びかかったのである。

 

提督「うぐっ!!」

 

直人は必死に後ろに飛ぼうとしたが、それはかえって体制を崩したばかりか、浴槽の一面を背にした為自ら逃げ道を塞ぐことになった。

 

提督「しまっ!?」ドン

 

案の定背中を打つ直人。

 

金剛「捕まえたデース!」バシャアアァァァァーーーン

 

提督「くっ!」

 

金剛の腰が直人の太腿に座った為動けなくなる直人、ことこの場合に関して言えば、直人の一方的な負けであった。

 

提督「ぬ、う・・・動けん。」

 

金剛「逃がさないデース。」

 

提督「はぁ・・・で? 何が望みだ?」

 

即座に切り替えていくスタンスの直人。

 

金剛「提督と二人でオフロに入る以外何がありマスカ? 未来の旦那様♪」

 

提督「おまっ・・・!!///」

 

ドストレート過ぎて照れると同時に困惑する直人である。

 

提督「こっ恥ずかしい台詞平然と言うな、第一気が早すぎるだろうが・・・。」^^;

 

金剛「でもお互い退役した後どうするんデース?」

 

提督「今から退役後考えるのっ!?」ガビーン

 

金剛「テイトクは年金出るだろうからいいかもしれませんケド、私行く当てもないデース。」

 

提督「んなっ・・・!!///」

 

金剛「最悪身売りして・・・」

 

提督「だぁぁぁぁぁーーーーーもう!! 要するに『そう言う事』だろう!?」

 

金剛「イエス!『そう言う事』デス!」フンスッ

 

鼻息荒いなおい。

 

提督「はぁ~、ここまで最良で図々しい嫁さん貰うとはなぁ・・・。」

 

呆れつつも言う直人。

 

金剛「図々しいとはどういう意味デスカッ!」

 

提督「お前なぁ! 人の想いに付け込んでああいう事言うとか図々しい以外に何がある!?」

 

金剛「想いに付け込んでるつもりは・・・え?///」ハッ

 

ようやく気付いたらしい。

 

金剛「もしかして、あの時の言葉、本気ダッタ・・・?///」(焦

 

月夜の廊下での一件の事である。

 

提督「当たり前だ、あんなセリフそう簡単に言えるか。」

 

金剛「あ、あうう・・・///」

 

完全に赤面してしまう金剛。可愛い。

 

提督「勿論今でも好きだ、金剛。この想いは変わらんよ、ずっとな。」ギュッ

 

金剛「・・・ッ!」

 

金剛を抱き寄せる直人、微妙にヤケクソになっている。

 

金剛「・・・私も、大好きデース・・・!」

 

二人の唇は、自然と引き寄せられ、重ねられる。

 

周囲を白いヴェールに包まれ、何者も目にすることが出来ない瞬間であった。

 

そしてその流れに流されるまま、二人はどんどん大胆に、そしてその状況を把握したものが唯一いたとすれば、それはただ一人である。

 

 

 

午後9時37分 中央棟1F・無線室

 

 

大淀「痴話喧嘩の次はこれですか・・・忙しい人達ですねぇ・・・」ワナワナ

 

男湯の監視カメラのスピーカーから、思いっきり嬌声が流れてきた事で怒りを燃やす大淀。

 

大淀「いい度胸だゴラァ・・・」ゴゴゴゴ・・・

 

指を鳴らしながらそう言う豹変してしまった大淀さん。

 

金剛死亡フラグ成立。

 

 

 

午後12時21分 入渠棟・男湯

 

 

提督「疲れた・・・」チャプッ

 

金剛「フフーフ。」キラキラ

 

行為を終えた二人は体を洗って再び湯に浸かっていた、この時になると流石に湯気も薄れて来ていたが・・・

 

提督「はぁ~・・・ん、んんん?」

 

金剛「ン? どうしたんデース?」

 

提督「金剛、あれ・・・」

 

直人が天井の一角を指を差す。

 

金剛「ん?」

 

指差した方向には、スピーカー付きの監視カメラ。

 

提督「・・・///」(照

 

金剛「・・・///」(焦

 

後先考えないとは正にこの事である。

 

提督「やばい!!」

 

金剛「淀サンにバレてマース!!」

 

大淀「もう遅いんじゃゴルァァァァァァァァァ!!」ドガアアアアアアァァァァァァーーーーン

 

突如蹴破られる浴場の扉、その音が浴場一杯に反響する。

 

提督「お、大淀、サン?」

 

金剛「もしかして・・・全部・・・」

 

大淀「えぇ、しっかり録音テープも。」

 

提督「んなぁぁぁっ!?」

 

金剛「こうなったラ・・・。」

 

提督「そうだな。」

 

金剛・提督「「大淀を排除するまで(デース)!!」」ババッ

 

直人と金剛は一斉に突進、白金千剣で4本の剣を取り出し金剛に2本渡し、突撃を敢行する。

 

大淀「フッ、勝てると?」スッ

 

一瞬で背後を取る大淀。

 

提督「なにっ!?」

 

金剛「速過ぎる・・・!」

 

大淀「はっ、そりゃああぁぁぁっ!!」ドドガアァァァァッ

 

 

 

提督「ぐ・・・あ・・・」

 

金剛「ソン・・・ナ・・・」ガクッ

 

まとめてワンパンダウンされる始末であった。

 

大淀「さ、もう遅いですから、早く寝て下さいよ?」

 

などと言い残しつつ立ち去る大淀である。

 

提督「・・・大淀さん、強すぎやしませんかね?」

 

金剛「・・・。」

 

余りの強さに不意打ちを喰らった直人、次はないぞと心に決めるのであった。

 

提督「ちょ・・・金剛気絶してますやん。」

 

その実力に慄然としながら。

 

提督「ったく・・・うぐっ、いててて・・・。」

 

大淀の全力のヒールキックを受けた背中が痛む直人、しばらく立てそうにはなかった。その場に座るのが精一杯であった。

 

提督「金剛ー、大丈夫かー?」

 

金剛「ウ・・・ウーン・・・テ、テイトクゥ・・・?」

 

提督「だから言わんこっちゃない・・・イテテテ・・・」

 

金剛「酷い目にあったデース・・・。」

 

提督「そうだな・・・立てそうか?」

 

金剛「ダメデスネー。目の前がクラクラするデース。」

 

どうやら軽くめまいでも起こしているらしい。

 

提督「だよなぁー・・・俺も立ち上がれそうにないわ。」

 

金剛「あぁ~・・・少し良くなってキマシタ。」

 

提督「そりゃよかった、治ったら俺の部屋まで運んでってくれない?背中痛くて動けん・・・。」

 

金剛「リョ、リョウカイデース。」

 

ともかくしばらくこのままであることは間違いなかった。

 

 

 

大淀「眼鏡が曇ってしまいましたね。」フキフキ

 

などと言って立ち去っていく大淀、強すぎる。

 

 

 

6月3日午前8時 提督私室

 

 

チュンチュン・・・

 

 

提督「・・・う、うぅ~ん・・・。」

 

え、えぇ~っと・・・俺の部屋・・・か・・・。

 

提督「―――背中に、湿布?」

 

な、何が起きた・・・確か金剛に部屋に運ばれる途中で、寝ちゃったんだっけ・・・。

 

直人が覚えているのは、“お姫様抱っこで”金剛に抱きかかえられている所まで。

 

ではざっと振り返ってみる事にしよう。

 

午後12時33分、随分と早く復活した――――もっともこれは艦娘の本領であったが――――金剛が、直人と自分の身体を拭い、服を着て着せ、入渠棟を後にする。

 

午後12時40分、直人をお姫様抱っこで抱え上げた金剛が提督私室に到着、相前後して雷が救急箱を持って現れる。

 

 

 

金剛「はぁ~、いつの間にかスリーピングナウなんですからネー・・・。」

 

直人をベッドに降ろしながら言う。仰向けではなく横向きに。彼の背中を気遣っての事だった。

 

 

ガチャッ

 

 

雷「まったく、我らが総旗艦様は、男湯に忍び入る痴女でした、なんてシャレになってないわよ?」

 

不意にドアを開けて現れたのは、技術局生体保全課と医療課を統括する雷だった。その左手には大きな救急箱を携えていた。

 

金剛「・・・ドウイウイミデース?」ゴゴゴゴ・・・

 

 

額に青筋が浮かぶ金剛、しかも顔が笑っているが目は据わっている。怖い。

 

雷「あなたもしかして、誰にも見られてないと?私の目が誤魔化せると思った訳?あの暗闇でも資源庫の辺りから見えてたわよ、月も出てたしはっきりとね。」

 

金剛「・・・全然気づかなかったのデース。」

 

雷「目がいいのよ私。」

 

何も特異点が装備だけとは限らない、という好例であろう。

 

暗闇で月明かりだけを使って数百m先の人影を誰と特定するには、少なくとも3.0の視力が必要になるだろう、それに類稀なレベルの記憶力でその人影を記憶しない限り不可能な芸当である。

 

尋常ではない身体面の能力、分かりやすい例を上げれば就役した傍から槍や剣の達人であった龍田や天龍、並外れた能力を持った夕立当たりであろうか。

 

ただ夕立はその運動神経もさることながら、独創性とそれを実践する実行力に秀でるタイプで、決して常識の範疇を超えたものではないのだ。無論それを最初から備えている事は特異点であるに違いない。

 

金剛「・・・マァイイデース。それで、どうしたんデース? 救急箱なんて持って。」

 

雷「司令官の背中、治療がいると思ってね。」

 

金剛「・・・ご推察の通りデース。」

 

雷「だと思った。大淀さん乗り込んでいったのも見たもの。それじゃ少し失礼しますか。」

 

 

 

と言う経緯で雷が湿布を貼って行っていた。

 

その後金剛も部屋に戻り、直人はぐっすり眠っていた。一晩中湿布が貼られているのに気づくことなく。

 

提督「金剛じゃこんな上手い貼り方出来そうにはないなぁ。」

 

かなり失礼なようだが実は半ば以上当たっている。

 

金剛は事務はそつなく、と言うか普通にこなすが、普段やらないこと、例えば医務とか清掃に関しては、出来ても手つきがおぼつかない。という事を差している。

 

何も金剛が不器用とは言っていない。なぜなら金剛の書く字は、端正で美しい字だからだ。

 

提督「では他に手馴れていそうなのは・・・成程雷か。白雪は真面目だから普通の時間に寝ているしね。」

 

裏返すとおませちゃんな艦娘は無自覚に不真面目だから困る、という事になろうか。(やめとけ)

 

提督「だが何で気づいたのか・・・あぁ、風呂入った時間がまだ午後9時だったもんなぁ。」

 

起きていても不自然はない時間ではある。

 

提督「・・・まぁいい、これ以上詮索するのは止すとしよう、飯食って仕事だな。」

 

その前に着替えだ。と付け足しながら直人は今日も一日動き出すのであった。

 

 

 

その後執務に入った直人だったが、1航戦が再び不穏な気配を漂わせた為執務室の窓からロータリーにいた赤城にダイビングヒールシュートを、加賀に流星落とし(イナイレ乙・ちなみにボールは即製錬金+着発爆裂の仕掛け付き)を、それぞれ頭部にクリティカルヒットさせて鎮定した以外は特に変わり映えもなかった。

 

そう、“その時までは”。

 

 

 

6月3日午後2時42分 中央棟2F・執務室

 

 

提督「よし、今日は終了だな。」トントン

 

大淀「お預かりします。」

 

提督「ありがとう。」

 

直人はその時、ちょうど仕事を終えたタイミングであった。

 

 

コンコン

 

 

提督「どうぞー。」

 

那智「失礼するぞ。提督、そろそろ仕事終わりじゃないか?」

 

提督「あぁ、そうだが。」

 

大淀「ではお先に失礼しますね。」

 

提督「お、おぅ・・・お疲れさま。」

 

大淀「お疲れ様です、御健闘を。」

 

ん? それってどういう・・・

 

那智「昼間からで悪いが、一杯やらんか? 加賀も呼んでいる。」

 

提督「・・・マジですか。因みに他に誰か?」

 

那智「千歳と伊勢、朝潮と如月だな。」

 

提督「後ろ二人はともかく・・・。」

 

直人はがっくりと膝をついた。

 

提督(終わった・・・これ潰しにかかる奴だ。)

 

明石「ちょーっとまったぁーー!!」

 

そこに最悪の形で現れるのが明石であった。

 

提督(予感はしたが一番来てほしくなかった・・・。)

 

悪い予感ばかり当たるなと念じるほど当たるものである。

 

いい予感がそうあってくれと念じるほどそうならないのも然りであろう。

 

そして、ちょっと待ったコールという事は、何の話か分かっている証左。つまり・・・

 

明石「その酒宴、私も混ぜて頂きましょう。私は提督と飲む約束もありますし!」

 

那智「いいだろう、飲み相手は多い方がいい!」

 

提督「・・・終わった。」ボソッ

 

落胆しきった声で呟く直人であった、これは潰される事を覚悟するしかない、と言うか7割そう言う未来であろう。

 

那智「ん? どうかしたか?」

 

提督「いえ、何でもないです、付き合いましょう。」

 

明石「あ、それはそうと、ご注文の品出来ましたのでその御報告に上がったんです。」

 

ご注文の品とは勿論内火艇の事である。

 

提督「おう、ありがとね。じゃぁいこうか。」

 

溜息交じりにそう言う直人。

 

那智・明石「おう!」

 

そしてウキウキの二人であった。

 

その二人の後に続いて歩きだす直人、この先に待つ出来事を憂慮しつつ、潰れない方策を考え始めていた。彼自身下戸ではないが酒豪でも無い為、出来るだけ飲まないようにする方策はないものかと考え始めていたのだった。

 

 

 

まぁ、当然ながら小一時間で終わる筈も無く。

 

初めはたわいもない話が、自然と特定の方向に向かっていく。

 

始まりの発端は加賀だった。

 

加賀「そう言えば提督、かつての戦争の知識に詳しいと仰ってましたよね。」

 

提督「ん? うん。」

 

因みに殆ど全員がウィスキーな中、直人だけビールである。

 

これも潰されないようにする策であった。

 

加賀「どれ程のものか、太平洋戦争の主だった戦いを挙げてみて下さいよ。年代別に。」

 

提督「ほう? よかろう。」

 

 ここで直人はただ単に列挙しただけで味気ないと思うので、代わって私(天の声)が概要を説明しよう。

但しこれはあくまで作品世界のものではなく史実に於けるものなので、誤解無きようお願いしたい。

 

 1941年12月8日、日本軍はコタバルへ侵攻、その数時間後に真珠湾奇襲が発生、太平洋戦争は二つの戦域で前後して火蓋が切られた。

マレー攻略の日本陸軍は僅か3か月でマレー半島全域を制圧、そこかしこに英豪軍、更にマレー軍の屍をも晒し、シンガポール要塞も降伏した。南部仏印サイゴンを中心地とした海軍航空隊は英海軍新鋭戦艦P・O・ウェールズを撃沈、真珠湾での大戦果と併せて、航空機中心時代の端緒を開く。

 南洋諸島各地に展開する海軍も陸軍と共同してグァムとウェーク島を占領、そこから足掛け5か月で東はマーシャル諸島、西はビルマ(現在のミャンマー)東部、南はラバウル周辺海域まで進撃し、1942年5月時点でも、広大な地域を占領するに至った。

 珊瑚海海戦では有史史上最初の空母決戦が展開され、祥鳳沈没、5航戦が大小損害を負い、ポートモレスビーの攻略に失敗、引き換えとしてはささやかなもので、空母レキシントン撃沈、ヨークタウン中破と言う戦果を挙げた。戦術的には引き分けであったと言える。

 しかしその直後帝都空襲が行われる。ドーリットル中佐指揮のB-25爆撃機16機が空母ホーネットより飛び立って東京を初爆撃を行った。

それをミッドウェー島からの空襲と早合点した軍上層部は、以前からGF(連合艦隊)長官山本五十六大将の提唱していたミッドウェー島攻略を実行に移し、本土にいた艦艇の全艦艇を投入して、北に陽動を行うと同時にミッドウェーに主力艦隊を振り向けた。

柱島、呉、トラックの各泊地から艦隊が出動、質量、兵の練度も充実した、当時の世界最強艦隊であった。

 しかしミッドウェー海戦は度重なる不幸の連続と、米軍側に情報が漏れていたことと、日本側の作戦指導のずさんさが祟って大敗北を喫し、南雲機動部隊潰滅と言う最悪の結果に終わってしまう。(アメリカ側に曰く、『この戦いでも我々は負ける筈だった』という。)

 そこから日本は敗北への道を転がり始める。42年8月、米軍は対日反攻作戦「ウォッチタワー作戦」を発動し、ガタルカナル島とその対岸にあるツラギ島を急襲してその飛行場を制圧した。

日本軍はラバウルの第8艦隊が急行し、これを迎撃する形で米夜戦部隊が出動、第1次ソロモン海戦が生起した。

日本軍は大戦果を挙げ緒戦の勝利を飾るが、目的の輸送船を目前にして引き返した。司令官三川軍一に曰く、「敵機の襲来を恐れたからだ」とのことだが、この時点では種々の事情から、日本艦隊への空襲は不可能であったと言われる。

 

 そしてこの後足掛け半年に渡ってガタルカナル島を巡る死闘が繰り広げられ、撤退後もソロモン諸島防衛の為の戦いが続き、終結したのは1944年になってからである。

この頃には既にトラック島は無力化、マーシャルも陥落し、ラバウルも敵中に孤立、この年の6月にはマリアナ沖海戦が勃発し空母3隻を喪失するなど、徐々に海軍はその抵抗力を喪失して行った。

 各地の島で玉砕の悲劇が立て続けに起こり、サイパン守備隊を指揮した南雲忠一も自決、さらに山本暗殺事件(海軍甲事件と言う)の後後任となった古賀峰一大将がフィリピン上空で行方不明となる事件(こちらは海軍乙事件と呼ばれる)まで生起。

不運にも防水カバンに収められた作戦指令書を敵に奪われ複写され、原文をGF司令部の福留参謀長の元に戻すと言う謀略によって、マリアナ以後の作戦指導全てがアメリカ側に知れてしまったのである。

 即ちレイテ侵攻に呼応して行われた捷1号作戦も、参加戦力、その指揮官の名前さえも知れていた。レイテ沖海戦はあと一歩と言う所まで迫ったが、栗田艦隊の謎の撤退によって失敗、本来アメリカが負ける筈だった戦いは、再びアメリカの勝利に終わった。

 

ここから続く悲劇は、読者諸氏もご存知の事であると信じ省略させて頂く。

 

硫黄島、沖縄、広島と長崎、そして対ソ戦と本土空襲である。

 

直人がすらすらと時系列順に作戦名を列挙して行ったのを聞いていた加賀は感心していた。これは那智や千歳も同様だった。

 

千歳「すごいわねぇ・・・。」

 

加賀「ここまで整然と並べられるとかえって感心しますね。」

 

提督「俺の知識を得る上でのモットーは浅く広くなもんでね。」

 

加賀「成程。では一つお聞きしましょうか。」

 

提督「なにかな?」クビッ

 

直人は盃をあおりながら言う。

 

加賀「この戦争は防ぎ得たと、お思いですか?」

 

提督「ない。それは無い。」

 

加賀「根拠は如何様に?」

 

どうやら加賀は酒が入ると積極的な答弁が出来るらしい。

 

その加賀の積極さに応えるべく、直人の舌がフル回転を始める。

 

提督「まず大前提に来るのが、戦争と言うのは一種の経済活動だという事。損をするのに戦争なんておっぱじめないし、両国の利害が一致しないという事になると、それは戦争になっても致し方ないと思う。そこへ更にどうしようもなくなってくるのが、アメリカと日本の進みたい方向だ。」

 

朝潮「進みたい方向、ですか?」

 

そこに意外にも朝潮が質問を挟んできた。見ると顔が既に結構赤いが表情はケロッとしている。駆逐艦でも隠れ酒豪であろう、如月は既に寝ている。

 

提督「そう。アメリカはアジアの経済市場を欲していた。それは戦争前に日本や旧ソ連、イギリス・オランダ・ドイツと言った国々が分かち合って利益を得ていたものだ。しかし日中戦争でそれを日本が全部奪っていった。正確には日本以外の国の中国における権益を台無しにした。」

 

加賀「つまり、アメリカは日本による権益独占の破壊を試みようとした訳ですか?」

 

提督「その意味ではそれは正しい。だがわざわざ握った領土を日本が手放す筈は無い。中国に侵攻するなんてナンセンスだし、それをすれば日本本土や満州から日本軍が増援されてしまう。ましてや、経済市場獲得を目的とするアメリカが中国国民に恨みを買う事になってまずい。一方日本は無資源国の悲しさ故に、南方の資源を欲していた。石油禁輸という経済制裁を受けてからは、それがより顕著になった。」

 

千歳「ふむふむ。」

 

提督「つまり日本は南に、アメリカは西に行きたがっていた。そしてその進路はミッドウェー・グァム・フィリピンを繋ぐ横線と、日本本土から父島、サイパン、ボルネオに至る縦の進軍ルートで交差していた。つまり構造上満州問題や日中戦争が無かったとしても、いずれアメリカが戦争を仕掛けた可能性は大いにある。」

 

那智「つまり私達は、いずれにしても戦わざるを得なかったわけだな。」

 

提督「そう言う事になる。つまりアメリカはいずれにしても戦争をしたがっていた。目的は自分の国にいる資本家達を満足させる為。そして太平洋戦争とその後進出した中国市場は、資本家達に莫大な富をもたらした。アメリカの戦争は、当時アジア最大の独立国であり世界有数の軍事力と経済力を誇った日本の無力化と、中国市場席巻と言う二重の意味で成功したと言える。今じゃアメリカ企業は終戦直後程の勢いはないけどね。」

 

2050年当時の中国市場は、日本中国韓国の資本が中心になっている。アメリカはどうしてもこの3か国の後手に回っている感が否めず、一部米資本は撤退している程であった。

 

加賀「では日本にとっては損しかないのでは?」

 

提督「損と分かっててもしなければならなかった。『自分達の国』を護る為、そうせざるを得なかった。大博打だった。勝てばこの上ない儲けだった。南方資源地帯を掌握しアメリカを傀儡に出来た。日本に勝てる国は無かっただろうけど、そんな夢を見るのに日本は弱すぎ、アメリカは強すぎた。正直なところ海軍戦力の逐次投入と分散配置、これはまずかった。」

 

那智「軍事学の基本と言う点からか。」

 

提督「そういうことだ。『戦力の集中運用』、少し意味は違うが投入できる最大戦力を投じて戦わなければならないのは軍事学の基本だ。出し惜しみは良くないし、二兎を追う者は一兎をも得ずという諺を無視した作戦指導も多々あった。緒戦は成功しただろうが、それは海陸それぞれが別でやったからだ。南方作戦で海軍は協力しただけだからね。だがそうして可能だった二面作戦を海軍だけでやったのはまずかったし、情報管理不徹底では勝てる戦も勝てないのは、ミッドウェーを見れば分かる。ガタルカナルの時、陸兵5万とトラック島のGF主力を全て投じた反撃をやってれば、ガタルカナル方面の情勢はかなり好転した筈だったのに。この場合はトラックの燃料枯渇を恐れたが為に躊躇ってたんだけどね。」

 

那智「だがもしそこで駆逐艦や巡洋艦、ソロモン方面に投入した全戦力を結集していれば良かった、という事か?」

 

提督「あれは逐次投入の典型だ。一時の戦力は大したことはなかった。アメリカが総反撃したら壊滅する程度の戦力でしかない。戦艦はトラック島とガタルカナルを往復する形で来てた訳だし。」

 

那智「つまり結局のところは、出し渋った軍部の責任だという訳だな。」

 

提督「そう言う事でもあるし、ガタルカナルへの攻撃を予見できた者が居なかったのも大きかった。そこまで注目されてた島じゃないんだ。ツラギ島の対岸にある島に飛行場を築けば有力な基地になる、その対岸にあったのがガタルカナル島だった。その再三の要請に応えた形だった訳だ。だが軍部はミッドウェーの敗北後、艦隊の再建にのみ追われ、この島の必要性に目を向けるチャンスを逃してしまった。決定的敗因の一つだろうね。」

 

付け加えるならば、ガタルカナル島は陸軍に何の申し開きもなく海軍が勝手に占領した島であった。故に陸軍の参謀たちは『ガタルカナル』という地名さえも、知らなかったのである。挙句米海兵隊の上陸とうち続く敗戦に陸軍に頭を下げる羽目に陥ったばかりか、それだけの努力と犠牲を払った末に奪われたのであるから、何をかいわんやである。

 

朝潮「その結果が、私を含んで敵も味方も数多の屍を海に沈めた、アイアンボトムサウンドと呼ばれる事になるほどの場所が生まれた原因の一つ、という事ですね。」

 

提督「へぇ~、朝潮は飲み込みが速いね、凄い事だ。」

 

朝潮「お褒め頂きありがとうございます。」

 

提督「日本は十分に勝てたんだ。超兵器の元祖だったんだからね。」

 

朝潮「そうですね、私達もその事を誇りに思っています。」

 

提督「俺だって誇りに思う。大戦艦播磨の写真は数多残っているし、その雄姿に魅せられないものは日本男子には居なかった事だろう。実際第3次ソロモン海戦の勝敗は播磨の鉄槌が下したと言ってもいいだろう。」

 

この世界での第3次ソロモン海戦に比叡と霧島は参加してはいないし、夕立に至っては沈没は辛うじて免れている。綾波は沈んでしまったものの、それはアメリカ側超兵器によるものであった。

 

超巨大双胴揚陸戦艦『デュアルクレイター』と呼ばれたそれから発進した魚雷艇の餌食になってしまったのだ。その仇を打ったのが、サンベルナルディノからの退却戦の折に直人が沈めた播磨だったのである。

 

その22インチ砲の巨弾は、デュアルクレイターの船体中央に命中5発を数え、耐えかねた船体は半分に割れて沈んでいったと言う。因みに夕立が沈むことになるのは、それから数か月後のコロンバンガラ島沖夜戦での事であった。

 

余談であるが、吉川艦長はその後大波艦長として赴任するが、セント・ジョージ岬沖での夜戦で乗艦ごと爆散し、艦は爆沈、生存者ゼロという悲劇の被害者となってしまった。

 

話を戻し、超兵器はどの国家においても燃料が不要であると言うただ一点に於いて、7つの海を駆けずり回って奮闘していたのである。

 

ミッドウェーの際に同島に接近し、近づく敵を片っ端から海の底に引きずり込みつつミッドウェー島の地上施設を木っ端微塵にして一矢報い、ソロモン海戦では飛行場砲撃に活躍、一度ならずヘンダーソン基地を壊滅させ味方の窮地をも救い、トラック島空襲の際も空襲によるダメージをゼロに抑え、味方を救い出して後損害を恐れて後退したと言っても、艦砲射撃でトラック島無力化を一時中断せざるを得ない程に痛めつけた。

 

ブルネイから出撃したレイテ沖では見事マッカーサーを葬り去り、ハルゼーの首にあと一歩と言う所で米究極超兵器の前に力尽きるまで戦った勇猛なる日本の守護神。その手に握りつぶされた艦艇40は下らず、台湾沖航空戦の時撃墜した敵機の数を抜いてもその撃墜数はも100や200ではないと公式記録は告げる。

 

超兵器の中でも無類の働きぶりを見せたのが、IJN播磨であった。

その雄姿その戦歴、エピソードに事欠かないその伝説は、今の世にも語り継がれる日本の栄光であったもの、そのものであった。

 

これらを列挙して見せて、最後に直人はこう締めくくった。

 

提督「正直、そんな武勲誉れ高き播磨を一度沈めたのさ、気は進まなかったけどね。超兵器を相手に手加減なんて出来ないけど、出来れば戦う事を好まない性格でいて欲しいね、播磨のオリジナルは。」

 

那智「・・・成程な、それには賛成だ。」

 

千歳「私もぉ~!」フラッ

 

加賀「私も賛成ね。」

 

朝潮「・・・どういうことです?」

 

おう千歳フラフラやないけ。

 

そして朝潮が合点言ってなかったみたいなので説明してやる直人である。

 

提督「つまり、播磨の武勲を直接聞けるって事さ。」

 

朝潮「ではこちらに引き込むという事ですか?」

 

提督「飛びこんでくれば手っ取り早く、何より楽でいいんだけどね。」

 

朝潮「そううまく運ぶことでしょうか・・・?」

 

提督「まぁ、これは俺自身の希望に過ぎないんだけどね。」

 

那智「そうだな、そう簡単な事ではない。」

 

語るに易し、とはこのことである。

 

しかし、この言動が思わぬ結果になるとは、この時誰も予期し得ない事であったが、それはまだまだ先の話・・・。

 

 

 

そんなこんなで午後10時頃まで延々酒宴をやった結果、まぁ、お察しである。

 

提督「zzz・・・」

 

那智「うぅぅ・・・っ、・・・うぅぅぅ・・・」コックリコックリ

 

如月「え、えへへへへ・・・」zzz・・・

 

千歳「あぁ~千代田、らめぇぇ~~・・・」(寝言

 

朝潮「・・・。はぁ~・・・。」(諦観

 

加賀「くー・・・すー・・・」zzz・・・

 

約1名除き大惨事です。案の定やっちまいました。なお明石はちょっと飲んだ後抜けた模様、酒量弁えるのは大事。なお直人の策はあっけなく崩れた模様、無念。

 

むしろこの場合は朝潮が起きている方が不思議ではある。テーブルの上には空になったつまみの皿が積まれ、酒瓶がごろごろと。

 

朝潮「・・・誰か、手空きの人を呼んで来ましょうか・・・。私一人じゃ運べませんよねこれ・・・。」

 

顔は赤くなってはいたが、実際のところ赤くなってからが強い朝潮である。なので思考は辛うじて正常を保っていた。

 

その朝潮は食堂棟2Fに幾つかある食堂の個室の内、直人達がいる部屋を出て、下に降りていった。

 

 

 

午前10時21分 食堂棟1F・食堂

 

 

鳳翔「~♪」(軍艦マーチ)

 

鳳翔さんはその時、食堂のテーブルを一つ一つ順に拭いていた。

 

 

コン、コン、コン・・・

 

 

鳳翔「?」

 

食堂には厨房の上を通る会議室行きの階段と、食堂スペースの壁に設置された個室行き階段の二つがある。

 

その個室行きの二階側から誰かが下りてくる、と言うより朝潮である。

 

朝潮「あ、鳳翔さん。」

 

鳳翔「あら、朝潮さんでしたか。皆さんは?」

 

朝潮「それが・・・?」

 

大淀「鳳翔さん!」バタバタ

 

言葉を切ったのは入り口から慌てた様子で大淀が来るのが見えたからだった。

 

鳳翔「はい、なんでしょう?」

 

大淀「あの、提督知りませんか?」

 

鳳翔「提督なら皆さんと二階だと思いますけれど・・・」

 

朝潮「それが、皆さん寝てしまって・・・。」

 

鳳翔「まぁ・・・。」

 

大淀「手遅れでしたか・・・。」

 

朝潮「司令官はそこまで飲んではおられなかったんですが、話す事が無くなった途端にお酒が回られたようでして。あとは全員酔い潰れてしまいました。」

 

大淀「そこまで飲まれる方ではないのですね・・・。」

 

鳳翔「皆さん何やら賑やかに論議を交わしておいででした。」

 

大淀「そうでしたか。で、どのような?」

 

まぁ、色々であるが。

 

朝潮「特に私達の戦った戦争の事について、様々な討論をしていました。」

 

まぁまず酒の口に出す話ではない。

 

大淀「で、終わると潮が引くように次々と寝てしまったと。」

 

朝潮「はい、それで何とか起きていられたもので、誰かいないかと思いまして。」

 

大淀「運ばないといけませんか、手空きの人を集めて来ましょうか。」

 

鳳翔「提督は私がお運びしておきますね。」

 

大淀「お願いします。」

 

朝潮「では如月は私が。」

 

大淀「分かりました。」

 

朝潮「後は加賀さんと千歳さん、那智さんですが・・・」

 

大淀「最低でも3人ないし4人ですか・・・。」

 

 

この後どうにか手空きの艦娘かき集めて運び出したそうです。

 

 

~で、翌日~

 

 

提督「頭いてー・・・。」

 

大淀「お酒あまり強くないのですか?」

 

提督「そうでもないが強過ぎるほどでもないのよ。」

 

大淀「それはまた微妙な・・・」^^;

 

案の定二日酔いかましました本当にありがとうございました。

 

 

 

6月4日午後1時20分 造兵廠第2船渠

 

 

明石に呼び出された直人、注文の品の仕上がりを見に来てほしいと言われたのである。

 

明石「こちらです。」

 

提督「ふむ・・・ん?」

 

直人はすぐに異変に気付く。

 

提督「中央長くね?」

 

頼んだときは確かに17mで統一していたのが、中央の船体だけやたら大きいのだ。

 

明石「それがですね、図面を引いたら少し無理が出ると分かりまして。それで20m内火艇に置き換えて、あと色々弄っちゃいました。」

 

提督「はい!?」

 

なんとびっくり魔改造、まさかこの人がやるとは思わなかった。

 

明石「エンジンを全部420馬力相当の艦娘機関に換装、エンジンや燃料タンクを撤去して空いた重量の一部を装甲に振り分け、速力29ノットを実現。本来は34ノットだったんですが船体が軽すぎて波で跳ねちゃうので船底にウェイト追加したり・・・」

 

(補足:420馬力エンジン3基搭載して合計1260馬力発揮可能。)

 

提督「なんかとんでもない物になってない!?」

 

明石「そうですか?ありていに言って高速掃海艇じゃないですか?」

 

提督「いやいやいや、そんな掃海艇あってたまるか。と言うか艦娘機関って艤装にしか組めない筈じゃぁ?」

 

明石「そこは妖精さんにお願いして普通のエンジンと同じように使えるようにして頂きました。」

 

うっそだろおまえ。

 

提督「そ、それは凄い・・・それで、装甲板は如何程?」

 

明石「中央船体は甲板装甲8mm、舷側装甲最大12mm、ヴァイタルパートたる機関部と操舵室は舷側装甲のすぐ内側に10mm傾斜装甲を追加、操舵系統の防御には炭素カーボン製の3重構造パイプでガードしてあります。」

 

うっそだろおまえ。(ていくつー

 

明石「左右の大発は甲板(底板)装甲4mm、舷側装甲は洋上での銃撃戦を想定して一律18mmにしておきました。ヴァイタルパートと操舵系統の防御は中央船体と同様に備え付けました。」

 

うっそだろおまえ。(ていくすりー

 

提督「そ、それは頼もしいな。装甲の素材は何を?」

 

明石「はい、最新式の軽量特殊合金を使用しました。装甲最大厚部分であれば20mm機関砲のどんな弾丸でも(理論上)ほぼ完全に防御可能です。ちょっとへこむ位です。」

 

うっそだろおまえ。(ていくふぉー

 

提督「・・・ところで、鋼材どれくらい使った?」

 

明石「確か・・・9500ほどですね。」

 

うっそだろおまえ。(ていくふぁいぶ

 

高々こんな小舟に1万近くだと? 中々やなおい。

 

提督「け、結構使ったな。」

 

明石「基準排水量119トン、コルト・ブローニングM2重機関銃も懸架可能な高速掃海艇です。」

 

うっそだろおまえ。(ていくしっくす

 

提督「それどこに積む気ですかあなた。」

 

明石「操縦室の天板が両開きのハッチになってまして、そこから身を乗り出して頂ければ航空機用旋回銃架が据えてあります。」

 

ほんとだ機銃旋回用の円形レールがあるぞオイ。対空射撃も出来るとか怖い。

 

提督「・・・ところで基準てことは最大は?」

 

明石「満載排水量190トン、積載可能量70トンです。」

 

うっそだろおまえ。(ていくせぶん

 

まぁあの巨大艤装自体質量でいくと30トンちょいあるけども。

 

提督「・・・ちょっと待て、差し引き11トンどこに行った。」

 

明石「気づきましたか。実は船倉に改造した船首の兵員室に前方固定砲架を設置してありまして、57mm砲ないし75mm砲1門を搭載出来ます。」

 

うっそだろおまえ。(ていくえいと

 

提督「は!? いるかそれ!?」

 

明石「心外ですね、自衛用の火砲は必要じゃないですかね?」

 

提督「むっ・・・まぁそれもそうか。で、どうやって撃つのさ。」

 

明石「兵員室の天板の8割が積載用ハッチになっており、船首側の壁が砲身を突き出すための切り欠きを塞ぐハッチになってます。射撃時はこの切り欠きのハッチを開けて仰角を取る感じですかね。」

 

提督「無茶苦茶だな・・・。というかこんな小型艇に75mmなんて積んで大丈夫なのか?」

 

明石「バルジ追加をご要望になったのは提督だった筈ですが? 浮力増大用バルジを船体の間と大発の外側の4か所に設置してあるので大丈夫です。」

 

提督「・・・砲の名前は?」

 

明石「試製機動五十七粍砲と五式七糎半戦車砲Ⅱ型改です。」

 

注:粍=ミリ 糎=センチ

 

うっそだろおまえぇ!?(ていくないん

 

提督「それ射程大丈夫か?」

 

前者(57mm砲):9000m 後者(75mm砲):9000m(推測)

 

明石「どっちにせよそう変わらないでしょう?」

 

提督「お前な、まともに撃てると?」

 

明石「幅が広いので左右の動揺角はかなり抑えられてます。精度はある程度何とかなります。」

 

提督「砲自体の精度はいかんともし難いんだが。」

 

明石「現代規格でしっかり作ってあるので精度も砲弾もバッチリです!」

 

提督「非の打ち所がないわもう!」

 

うっそだろおまえ・・・(祝(?)・ていくてん

 

明石「最高の出来栄えです。」エッヘン

 

胸を張って見せる明石さん、非の打ちようがない見事なものを作ってくれました。

 

明石<ただ75mm積む時船尾にカウンターウェイト入れないとだめです。

 

提督<やっぱりそうかぁぁぁぁぁぁ!

 

小型ボートに大砲積むと、反動が大変です。

 

 

 

提督「で、弾薬庫はどうするん?」

 

明石「実は兵員室のすぐ後ろに。」

 

提督「防御は?」

 

明石「抜かりなく。」

 

提督「航行テストと射撃試験だやるぞもうやってやる!!」(ヤケクソ

 

明石「いっちゃいましょう!」

 

そんな訳でヤケを起こした直人、明石を連れて早速テスト航海に出港した模様です。

 

 

 

午後2時23分 司令部沖合10km付近

 

 

提督「で・・・」

 

兵員室にいる二人、その目の前には砲座に鎮座まします75mm砲

 

提督「勢いでこれ積んだけど撃てるのほんとに。」

 

明石「テストしてみないと・・・」

 

提督「そこは試験してから積むかどうか決めてよ。」

 

明石「エヘヘヘ・・・すみません・・・。」

 

ぶっつけ本番でした。

 

提督「仕方ない。やるか。」

 

直人は決断する。

 

提督「明石、仰角15!」

 

明石「イエッサー!」

 

言うと同時に直人は重量約6kgの徹甲弾を砲の薬室の中に勢い良く押し込む。

 

そして砲栓を閉じ、引き金に手をかける。

 

昔の火砲なのに撃発スイッチが引き金なのは、明石が改修を施して電気着火式にした為である。

 

明石「仰角良し!」

 

提督「ってぇぇぇーーー!!」

 

 

ズドオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

提督「・・・お?」

 

意外な位揺れない。精々艇の位置が後退した位であろうか。

 

明石「いけますね、これなら。」

 

提督「だね。」

 

 

ドォォ・・・ン

 

 

提督「しかも日本の火砲にしては意外なほどまっすぐ飛ぶ件。」

 

戦時中の実物を撃とうとすると、真っ直ぐ飛ばねぇわ当たっても徹甲弾の癖に貫通力弱いと言う欠点だらけのものばかりだったらしい。これは当時の工業と冶金(※)の技術が未成熟だったこともあるが、希少金属が不足していたことも一つの理由である。

 

要するに不良品ばかりであったことになる。

 

※冶金(やきん):大雑把に言うと金属を使える状態にする為の技術で、専門の学問(冶金学)まである。この技術の発達は金属の質や製造可能な合金の種類などにも関わる。

 

明石「日本の大砲は性能は良かったんです。それでも精密に作れなかったのがダメだったと言う所ですね。」

 

提督「哀しいかな工業技術の差が兵器全体の性能を落としていたという。でも、今は違うぞ。」

 

明石「はい!」

 

世界水準の日本の工業力、正直誇っていい。

 

提督「ところで、これ何に使う訳?」

 

核心を突く直人。答えはこうだった。

 

明石「対艦砲撃と対地砲撃です。」

 

提督「・・・。」

 

あのですね・・・

 

提督「砲身旋回できないのにどうやるのそれ。」

 

明石「艇そのものを旋回させるしかないですね。」

 

提督「・・・機銃射撃の時は?」

 

明石「別の人に操縦をして貰うしかないですね。」

 

提督「そうですよねやっぱり。」

 

明石(・・・やな予感。)

 

提督「明石。」キリッ

 

凛とした口調で明石の名を呼ぶ直人。

 

明石「は、はい。」

 

提督「責任持って操縦してくれよ?」^^

 

まぁ、こうなる。

 

明石「あ、あの・・・えと・・・。はい。」

 

勝手に突っ走った報いです、自業自得である。

 

提督「それに工作艦って戦闘出来ませんよね?」

 

明石「は、はい。と言うかなんで工作艦だと?」

 

提督「逆に聞こう、俺が知らないと?」

 

明石「御見それ致しました。」

 

提督「うん。だから艦隊随伴工作艦にもなれるでしょこれなら。」

 

つまり前線まで鋼材運んでいって応急修理が出来るという訳だが。

 

明石「そこまでお考えでしたか、でしたら異存はありません!」

 

明石の立場はかくて陶冶されるのであった。

 

 

 

直人がこうした磐石な備えを怠らなかった事には、彼自身何か、今この現状では計り知る事の出来ない『何か』への悪寒を感じていたからだった。と後に語ったと言う。

 

彼自身でさえその理由はこの時分からなかったが、その悪寒は、後にその理由と原因ときっかけをも全て伴って発露する事になった。

 

後に全艦隊にとって一つの悲劇、そして直人達にとっての『私闘であり死闘』と呼ばれたそれは、そう遠くない未来に控えていたのである。たとえ、それが今日明日、来週と言う単位でないとはいえ、そう遠くはない。

 

そしてその時、それらの備えは完全な利点として縦横に活用される事になる。



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第1部4章~艦娘艦隊、光と影~

どうも、天の声です。

青葉「青葉ですぅ!」

昨日(15年9月25日(金))のアップデート、非常にリアクションに困るアプデでした。なんで村田隊2つ・・・うごごご・・・

青葉「流石に意外でしたね。」

うん。艦攻と艦爆の比率を考えて彗星(高橋隊)(翔鶴艦爆隊長高橋赫一の直接指揮部隊)が来ると思ったんだが、まさか加賀さんに回す気じゃないでしょうな? いつの話になるやら。(´・ω・`)

青葉「た、確かにそうですね・・・。」

コンバート改造をやる条件もLv88ときた。まだ75だよ。

翔鶴「すみません、私が至らないばかりに・・・。」

いえいえ、翔鶴さんの責任ではありませんから気にしないで下さい。

青葉「アイエエエ!? ショウカク=サン!? ショウカク=サンナンデッ!?」

という訳で作者の中の人の鎮守府から翔鶴さんをお連れしちゃいました。今日のゲストです。

翔鶴「翔鶴型航空母艦、翔鶴です。」

青葉「んな無茶苦茶な・・・。」

だってしょうがないでしょう、まだあっちには着任どころか影さえないもの。メタく言えば13春イベ終わってるのになんでおらんのん? と言われても止む無し、作者は参加してませんし。

青葉「まぁそうですけども。」

翔鶴「でも、高橋さんの部隊が実装されてないのも、少し意外でしたね。」

そう、それですよ。もしかすると次のイベント報酬かな?と期待しておきましょうか。

翔鶴「はい。それまでは錬成と改造ですね。」

でしょうな。さて、今回はゲーム内容から抜粋しようと思ったんですが意外に解説する事が無くなって来てます。(探してはいます。)

そんな中でも今回は家具について、ご説明しましょう。

まぁこれは単純な話です。ポイントカードと一緒で、頑張るとだんだん増えていって貯めると交換できると言う様な品物です。

翔鶴「確かに単純ですよね。」

余りややこしくすると提督達がコイン集めする意欲なくすししょうがない。

青葉「まぁそこでしょうね。」

・・・流石に短いんで、少し長めの解説を。ダメージと轟沈についてです。

青葉「なんだか重い話題ですねぇ。」

まぁね。作者の中の人も着任2週間で21隻を沈め、その21隻目がバグで、沈んだのがあの雪風であった為に心がポッキリと音を立てて折れたそうです。

青葉「当時から金剛スキーじゃなかったんですね。」

今と違って当時はかなりのレア艦だった雪風をそれはもう大切に扱ってたみたいです、はい。

青葉「さようで。」

話題を戻しまして、深海棲艦との交戦で負ったダメージは基本的に自然に完全治癒する事はありません。そりゃ大事ない程度までは何とかなりますが、これは深海棲艦も同様です。

また彼女達を構成する概念それ自体は『艦の魂の転生体』であるものの、体の構造自体は『人間と瓜二つ』なので、いくら頑丈だとは言っても深海棲艦との戦闘で体の一部を失う事はあります。戦場に送られた兵士たる者の必然ではありますが、艦娘とて同じなのです。例え傷付いても五体満足でいられるなんて甘い幻想はない訳です。

少し残酷な表現になりますが、例えば腕が千切れかけているという事であれば不思議な事に再生できますが、切断されてしまっている場合は直せません。一から艤装として義手や義足を作る事は出来るみたいですが、その発想に至る前に退役か否かです。

青葉「戦場の現実たるやそんなものですよね。」

そうです。それに精神的な苦痛を受ける事だってままあると思います。それまで同僚として、友人として、親友として戦ってきた仲間が目の前で沈んだとあれば、その苦痛たるや想像を絶するでしょう。現実はゲームほど甘くはない、という事ですかね。

翔鶴「そうですね・・・私達もあの戦いで頑張り抜きましたが、最後まで相手に並び立つことはありませんでした。」

翔鶴さんと瑞鶴は訓練期間もそうですが、タイミングと相手が悪かったとしか言いようがないですよね、真珠湾とコロンボ沖では運が良かったという事ですかね。ただそこで運を使い果たしてしまった、と言うのが正しいのか・・・。

翔鶴「先立つ者と残る者、どちらが幸せなんでしょうね・・・。」

青葉「・・・。」

湿っぽい話題はやめっ! そんな湿っぽい話題は裏でやりましょ裏で!

翔鶴「は、はい。すみませんなんだか・・・」

いえいえ、いいですよ。それにしても一つ言えるのは、高速修復剤って凄い。

翔鶴「あれ中身なんなんでしょうか・・・?」

大淀さんに聞きに行ってもらったんですが、妖精さん曰く、『本人の精神的な意味でも知らない方がいい』だったそうです。

青葉「えぇ・・・ま、まぁいいです。」

だね。という事で、今回のゲストは作者鎮守府から、作者艦隊新一航戦旗艦翔鶴さんでした。

翔鶴「ありがとうございました。」

こんな感じで時折ゲストが来るかもしれません。お楽しみに。(前回は通りすがった紀伊元帥だったな・・・。)

前章はやりたかっただけのネタにお付き合い頂きありがとうございました、そしてすみませんでした。この章から本筋に戻します。という事で始めて行きましょう。

光ある所には必ず闇の側面が付き従う、そんな事を改めて再認識させられるお話です。

翔鶴「それでは、スタート! です。」


2052年6月11日、日曜日。

 

横鎮近衛艦隊はいつも通りの賑やかさである。

 

ところがこの日は何処か少しだけ違っていた。その端緒は提督執務室に始まる。

 

 

 

午前10時3分 中央棟2F・執務室

 

 

提督「~♪」サラサラッ

 

朝潮「えっと・・・」カリカリ

 

その日直人は、何時ぞや朝潮に言ったことを実現させてやっていた。そう、金剛達が司令部南方海域戦から戻って来た時、『手伝いなら後日でいい』と言ったその言葉である。

 

無論朝潮は喜んだが一人だけむくれた艦娘もいた。

 

金剛「ムゥ~~~~・・・」

 

それは執務室の応接テーブルの椅子に腰かけていた金剛である。

 

金剛(テイトクを取られたみたいで納得がいかない・・・。)

 

ま、こんなところである。

 

提督「よし、こっちは終了っと。」

 

だがしかし。

 

大淀「お預かりします。」

 

朝潮「お願いします。」

 

提督(敵わん・・・。)

 

事務処理能力が互いに向上し続けている為二進も三進もいかないのであった。

 

朝潮「お疲れ様です、司令官。」

 

提督「そっちこそ、ありがとうね。」

 

朝潮「いえ、お力になれて私も嬉しいです。」

 

提督「そっか、いずれ朝潮や皆の力になれたらいいな、何てのは俺の高望みかな。」

 

そんな事を呟く直人、これは彼の本心でもあった。

 

朝潮「いえ、そんな事はないと思います。」

 

提督「・・・そっか。」

 

朝潮「まぁ、そう言う事でしたら、皆さんの為に一つ、お力を貸して頂けませんか?」

 

提督「ふむ? 珍しいね。何かな?」

 

急にそんな事を切り出され、朝潮が言うという事に対する物珍しさも手伝って、気になった様子。

 

朝潮「叢雲さんの事なんですが、実はあまり駆逐艦の皆と口を利かないんです。」

 

提督「叢雲か、確か横鎮に行ったときこちらに配置された艦娘だったな。」

 

朝潮「このような事をしてお怒りになるかも知れませんが、気になって叢雲の経歴を調べてみたんですが・・・」

 

 

コンコンコン

 

 

朝潮「――っ、どうぞ!」

 

叢雲「失礼するわ。」

 

噂をすれば影が差す、正に然り。

 

提督「む? どうした。」

 

叢雲「ちょっと設備の不備を見つけてね。修理は誰に頼めばいいのかしら?」

 

提督「うーん・・・うちだと明石かな、暇な様子だったら局長もOKかな。分からんけど。」

 

叢雲「そう、ありがと。」

 

提督「・・・叢雲。」

 

叢雲「何かしら?」

 

目つきを険しくする叢雲に対し、直人は怯まず続ける。

 

提督「今丁度、お前が駆逐艦達と口を利かないと聞いてな。何かあったのかと心配してたところなんだ。」

 

叢雲「・・・提督と言うのは、誰でもそう言う詮索が好きなのかしら?」

 

提督「・・・提督全員がそうではあるまい、人は人それぞれの為人と言うものがある。俺は単純に心配しているんだ。」

 

叢雲「そう。別に何でもないわ。それじゃ。」

 

 

バタン

 

 

提督「あっ・・・。」

 

否応なく扉を閉めた叢雲に、直人は出掛かった言葉を飲み込んだ。

 

 

 

叢雲「・・・。」

 

“そうよ、なんでもない。これは私の事、昔の話だから。”

 

そう言い聞かせ、叢雲は執務室の扉を背に歩き出した。

 

 

 

提督「・・・。」

 

朝潮「・・・。」

 

提督「・・・何かあるね。」

 

そう確信付けるに彼女の態度は十分すぎた。

 

直人は更に、叢雲の衣服の乱れにも気づいていた。なんというか、適当に、取り敢えず着ていればいいという体で着ている様に見て取れたのだ。

 

朝潮「えぇ。彼女の目は常に、怒りと悲しみの色を代わる代わる湛えています。でも、さっきの彼女は、悲しみに満ちた目をしていた・・・。」

 

提督「あぁ。彼女の過去に絡む事なら、厄介だぞ。」

 

心の傷とはそう容易く癒える事はない。その事を彼は良く知っていた。彼の危惧もそれに端を発していたのである。

 

大淀「・・・提督なら―――」

 

提督「え?」

 

思わず声を発する直人に大淀がこう言った。

 

大淀「―――提督なら、何とか出来る筈だと思います。それが、提督としての、務めですから。」

 

提督「・・・はぁ、誠に無責任極まるが、なぜか踏み込む勇気が出た。何とかして見る事にしよう。」

 

その時直人の前に黒い影が舞い降りる。

 

提督「龍田か。」

 

龍田「そうねぇ。」

 

提督「ふむ。話は聞いていたな?」

 

龍田「勿論。」

 

どうやらずっと聞いていた様だ。

 

提督「いい機会だ、お前に辞令を申し渡す。」

 

龍田「・・・。」

 

龍田は黙って聞く。

 

提督「軽巡洋艦龍田を、只今より第8特務戦隊旗艦に任命する。編成は一任する。」

 

龍田「諜報を初めとする隠密任務を主任務とする部隊ね?」

 

提督「最初の任務は既に決まっている。」

 

龍田「叢雲とその近辺の事情調査ね?」

 

提督「ご明察だ。」

 

その慧眼に心底感服して言う直人。

 

龍田「後編成は決まってるわ。望月・満潮・球磨・青葉の4隻を頂けるかしら?」

 

提督「非正規艦隊だ、任務ある時にだけ貸し与えるだけだぞ。」

 

龍田「そうね。出撃と出撃の間にしか動けないわねぇ。」

 

提督「性質上の問題だ、そこは勘弁してくれ。」

 

龍田「そうね、わかってるわ。それじゃぁ、早速声を掛けてくるわね?」

 

龍田はそう言い残して執務室を発つ。

 

提督「健闘を祈る。」

 

『察しのいいことだ、話が早くて助かる。』と本気で思った直人である。

 

直人は、叢雲との今の関係を何とかする為の手掛かりを得る為動く事にしたのである。それは単に彼の益を考えただけではなく、それが土方海将から彼女らを託された意味だと考えていたからである。

 

 

 

2日間の調査の結果、意外と簡単にボロは出た。

 

叢雲はかつての司令部で心に傷を負い、それが癒える事無く転属してきたという事。駆逐艦の皆や、横鎮で関わりのあった者からの聴取により、どうやらその傷によって敢えて距離を取っているらしい事も分かった。

 

そして、彼女と五十鈴がかつての司令部でも同輩であったことが判明した。

 

 

 

6月13日19時21分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「ふむ、意外に脆かったな。ありがとう龍田。」

 

龍田「いえいえ、私が得意なのは、どちらかと言うと諜報だから、気にしなくてもいいわよぉ?」

 

そう謙遜して見せる龍田、彼女なりの照れ隠しでもあったが、動員したのは青葉だけ、策こそ授けたが龍田は何もしていないのだから半ば当然だっただろう。

 

提督「どうやらそうらしいな、認めざるを得んだろう。ところで、編成に挙げた艦娘達は乗ったのか? 話に。」

 

直人は龍田の報告書をめくりながら訊いた。

 

龍田「じゃなければ、その情報はもう少し遅く入って来たでしょうねぇ。」

 

提督「・・・そうか。もう休んでいいぞ。」

 

龍田はその言葉を受け、提督の私室を後にした。

 

提督(乗ったのか、意外だったな・・・。しかし、妙だ―――)

 

妙、と言うのは、報告書によれば判明したのは叢雲と五十鈴についての事だけ、『何があったか』までは判明しなかったと言うのだ。

 

これについては如何せん短期間での調査であった為に、プロテクトの硬い範囲に手が届かなかったのが実際の所であった。或いは、龍田が敢えて手を伸ばせぬよう短期で報告書を纏めた可能性もあった。

 

提督「・・・“そこ”で、何があったか、か。だが、“何か”が、確かに“起こった”事は、間違いないな。」

 

報告書に記載された叢雲と五十鈴の旧所属艦隊名。

 

『横須賀第2912艦隊』。指揮官はレオネスクと言う偽名であった。

 

提督となる際、何と名乗るかは提督個人の自由とされており、故にこうしたペンネームが溢れている。これもそのひとつであった。

 

 

 

直人が調べるべきと踏んだのは、そのレオネスク艦隊で何が起きたのか。

 

そして未だ心を閉ざす叢雲は素直に答えまい、とするなら問うべきは一人。

 

しかし答えてくれるか否かは、これからの深慮遠謀にかかっていた。

 

 

 

6月14日(水)午前11時2分 司令部裏ドック

 

 

提督「~♪」

 

直人は、時を忘れようと釣りに興じていた。

 

提督「~♪」

 

穏やかな風が吹き、波が足元の岸壁に砕ける。空は快晴そのもの、このところだんだんと暑さが目立ってきていた。台風がそうこないのが幸いか。

 

※台風は普通マリアナ諸島の南で出来ます。それが来ると日本列島周辺直撃弾着コースです。

 

突然ぐぐぐっと勢いよく竿がしなる。

 

提督「おっ、なんかかかった! そぉぉぉれえええぇぇぇ!」グオオッ

 

 

ザバアアァァァァァーーーーン

 

 

いきゅう「・・・?」

 

提督「・・・え?」

 

?「!?」

 

その場の空気が凍りつく。ついでに背後から眺めていた何者かも驚く。

 

提督「え―――なに・・・この・・・なに・・・?」

 

いきゅう「・・・きゅ?」

 

なにこれ可愛い。

 

なんだか、イ級をぬいぐるみにしたらこんななんだろうなってのが釣れちゃった。多分深海棲艦だけど。

 

提督「・・・ふむ、逃がしてやろう。」

 

直人はかかった釣り針を外してやり、結局リリースしたのでした。

 

 

 

提督「ふぅ。妙に愛嬌のある深海棲艦だったな。ま、たまにはいいのかな。」

 

いや良くない、絶対

 

五十鈴「よくないでしょ貴方・・・。」

 

・・・セリフ取られた(シクシク

 

提督「おう五十鈴。さっきから何やってたのそこで。」

 

五十鈴「何の事かしら、たまたま見かけたから、来てみただけよ。」

 

提督「・・・そうか。そう言う事にしておこう。」

 

珍しく直人が背後の気配に感づいていたのは、先程五十鈴がいきゅう(?)を見て動揺したからであろう。

 

五十鈴「隣、いいかしら?」

 

提督「構わんさ。」

 

五十鈴は岸壁に座っている直人の隣に腰を下ろす。周囲には僅かだが、海鳥の鳴き声がしていた。

 

生き物とは環境の変化に聡いものであるらしく、この所サイパンにも海鳥が散見される様になってきていた。島の大地には再び緑が溢れようともしている。

 

提督「・・・皆とは、上手くやれてるのかい?」

 

五十鈴「まぁ、なんとかね。向こうにもいた子がいるし、付き合い方に困る様なことも、特にないわ。」

 

提督「だといいんだけど。実はこの間、ちょっと小耳に挟んだことがあってね。」

 

五十鈴「どんな?」

 

提督「お前と一緒に来た叢雲が、他の駆逐艦達と話したがらないと言う話を聞いてね。」

 

五十鈴「変ね―――私とはよく話をしてくれるんだけど・・・。」

 

提督「そうか・・・いや、俺もその話、と言うより報告を受けて心配してるところなんだ。何か、事情があるんじゃないか、とね。」

 

五十鈴「・・・艦娘達はそれぞれに悩みや不安を抱えてるわ。叢雲もそうなんじゃないかしら。」

 

ビンゴ、過去に何かあったことは間違いないな。

 

提督「そうさな・・・まぁ、あまり人見知りとかそう言う事をされても、周りが今度は遠ざけてしまうだろうね。よろしくない事だ。」クイッ

 

言いつつアジを釣り上げた直人。

 

五十鈴「それもそうね、今度一言言っておくわ・・・。」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

五十鈴「・・・。」

 

提督「これも後でアジフライにして貰おうか・・・五十鈴、もうすぐ昼時だけど、アジが何匹か連れたんだ、あとでフライにして食べないか?」

 

と誘うと

 

五十鈴「ホント? じゃぁ頂くわ。」

 

と五十鈴が笑顔で言った。

 

提督「そうか、じゃぁ後で頼まなきゃな。」

 

言いながら針から魚を外しクーラーボックスの中に放り込む。

 

五十鈴「・・・提督。」

 

提督「んー?」ヒュン(これで最後かなっ

 

五十鈴「提督は、なんでこんな私を使ってくれるの?」

 

提督「ん? どういうことかな?」

 

五十鈴「提督は毎朝の訓練にも、戦闘にも私を連れていってくれる。どうして?」

 

提督「・・・それはさ五十鈴。」

 

直人は言葉を選び、そして続ける。

 

提督「お前が俺達艦隊の、“家族”であり、“仲間”だからで、“戦友”だからさ。」

 

五十鈴の顔をしっかりと見据え、微笑んでそう言う直人。その言葉に、嘘偽りなどなかった。

 

五十鈴「でも・・・私達は“兵器”なんでしょう?」

 

提督「いや、お前は兵器なんかじゃぁない。“俺と”同じ人間さ。」

 

五十鈴「え・・・?」

 

五十鈴は直人が、自分のみを指してそう言った事に疑問を覚えた。

 

提督「大体さ、」ガシッ

 

五十鈴「わっ。」

 

直人はそれを誤魔化すかのように、少し乱暴に五十鈴の頭をわしゃわしゃしてやる。

 

提督「こんな傍から見たら幼馴染にしか見えないような兵器が世界のどこにある?」^^

 

五十鈴「やっ、ちょっ、やめてよぅ!」><

 

そう言われてようやく手を放してやる直人。丁度竿先が揺れていた。

 

五十鈴「まぁ、そう言われると答えはノーね。」

 

提督「あぁ。お前は人間で、普通の人よりちょっと強くてカッコいい、正義の味方の女の子さ。それを世の中の大人は一丁前に怖がって、それでそんな事を言うんだ。艦娘は兵器だ! ってね。俺はそうは思わないよ。」

 

おもしろおかしく語るような調子で直人は世の大人を両断する。

 

五十鈴「ふふっ。そんな口ぶりだと大体分かりきっちゃってるけど、理由も聞いておこうかしら?」

 

提督「五十鈴みたいな可愛い子が、兵器だとは思えないからさ。」ニッ

 

五十鈴「ちょっ・・・! は、恥ずかしい事言わないでよ!?」

 

提督「ハッハッハッ、まぁそういうことさね。」

 

さらりと口説いてる様にも聞こえるが、そのつもりはない。

 

提督「さて、いこうか。」(なんで昆布・・・

 

最後に掛かったのは何故か昆布であった。

 

五十鈴「えぇ、行きましょ!」

 

直人は五十鈴と共に、クーラーボックスを持って食堂に向かった。

 

その五十鈴の目は、どこかなにかを吹っ切った感じがあった。

 

 

 

~食堂~

 

 

トテトテ・・・

 

 

提督「鳳翔さん!」

 

鳳翔「あら提督! 五十鈴さんも。」

 

五十鈴「こんにちわ!」

 

鳳翔「また釣りをしていらしたんですか?」

 

提督「あぁ、うん。そこのドックの前不思議な事にアジしか釣れないんだ。」

 

鳳翔「あら、釣り具がアジを釣るのに特化されてるとは仰らないんですね。」

 

バッサリと切って捨てる鳳翔さんである。

 

提督「なぜばれたし。」

 

鳳翔「ふふふっ。アジフライですね?」

 

提督「うん、五十鈴の分も頼めます?」

 

鳳翔「承ります。でも、ちゃんと残さず食べて下さいよ? 残したら拳骨です。」

 

二人「ハイ・・・。」

 

鳳翔さんには頭の上がらない二人でした。

 

 

 

鳳翔「たまには内火艇を使ってマグロの一本釣りでもやって来てくれませんか?」ニコッ

 

提督「無茶言わんで下さい・・・。」(((;゚д゚)))ブルブル

 

放蕩息子に無茶振りする母親の構図がそこにはあった。

 

 

 

6月14日午後3時19分 司令部北・演習場

 

 

ここに移転して此の方、幾つか増えた物もある。

 

その一つが司令部の北側に造営された演習場で、ランニング用野外グラウンドと体育館のほか、射撃訓練場も完備している。本土からわざわざ作業員を呼びつけて作らせたものだ。

 

但しここだと陸地の上の為実弾が使えないと言う欠点があるが、それを除けば最良の訓練場所である。但し直人の銃火器用射撃場まで完備しちゃったが。

 

 

~演習場・屋内射撃棟~

 

提督「・・・。」カチャッ

 

射撃位置についている直人、構えるのは14インチバレルDE。

 

機械起倒式のターゲットは全て倒された状態である。

 

 

ブーッ、ブーッ、ビィィーーーッ

 

ガシャガシャガシャガシャ・・・

 

ダァンダァンダァンダァン・・・

 

 

ブザーを合図に次々と人型の的が起き上がる、その急所を的確に捉え撃つ直人。と言ってもど真ん中には当たらない事の方が多い。

 

 

ビィィーーーッ

 

 

提督「ふぅ。」ガチャガチャッ

 

ワンセットを終え、マガシンを抜きながら背後のテーブルに戻る直人。

 

二つのロングテーブルを合わせた大きなスペースの上には、直人の持つ火器が所狭しと並んでいた。

 

デザートイーグルはさにあらず、他にも沢山の銃を持っている。

主なものを列挙すると次のようになる。

 

 

・DE 14インチバレル .357マグナム仕様×2

・シグ・ザウエル P229

・OSV-96(B32装甲貫通弾)

・M82A2 バレット・カスタム

・PGM ヘカートⅡ・マイナーカスタム

・M200 kiiCustom

・H&K HK53-2 ×2

・H&K HK416(グレネードランチャー付き)

・ベレッタM92F×2

・IWI UZI・ロングバレル(サブレッサー装備)×2

・M39 EMR“kii Custom”

・H&K G3A3・マイナーカスタム

 

 

弾薬費だけで馬鹿にならないが、これだけの銃を持つ理由は、様々な状況に即応する為である。室内突入一つ取っても、敵が多い場合と少ない場合とで銃を使い分けるのである。広いか狭いかでも使い分けるし、まぁ様々という事だろうか。

 

因みにアヴェンジャー改は砲台と言う扱い上、また巨大艤装と30cm速射砲は艤装と言う扱い上除外してあります。またこれ以外にもまだまだあるが直人はこれだけしか使う気はないらしい。

 

 

 

提督「何を撃つかな・・・。」

 

直人が自分の気分にお伺いを立てていると・・・

 

 

ドォンドドォォォーーーンドドドォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「ん? 爆発音? ここじゃ実弾は使えんはずだけど・・・。」

 

直人はその音が気になり、射撃場のドアを開けて屋外演習場を見てみた。

 

 

時雨「はっ!」ボボボボォォォォォーー・・・

 

 

ドガアアアァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

提督「時雨か。」

 

時雨の背後に魚雷型のミサイルが次々現れては標的に向けて飛翔する。

 

それは霊力にあらず、魔力で世界へと干渉し、世界から秘匿し放つ一撃。

 

時雨「はぁ・・・はぁー・・・。」

 

提督「魔術の鍛錬かい?」

 

時雨「提督! 提督こそ何を? ここは艦娘の訓練場じゃぁ?」

 

提督「ほれ。」クイッ

 

直人は自分の背後にある射撃場を親指で指差す。

 

時雨「え・・・あぁ、射撃場があったんだね、どうりで銃声がしてたんだ。」

 

納得した様子である。

 

時雨「ところで、なんで魔術って分かったの?」

 

訝しむ時雨がそう聞く。

 

提督「知らんかもしれないが、俺も魔術師でな。魔力の気配は分かる。」

 

実は案外直人が魔術師である事は知られていなかったりする。

 

『魔術は秘匿しなければ神秘を失う』という決まり文句を、律儀とは言えないが守っている為である。魔術の素養のある時雨には薄々感づかれちゃいる様ではあるがそれ以外には実はバレていない。

 

直人が見せているのはあくまでも魔術によって生じた『結果』であって魔術工程を見せている訳ではない。ので、ただの手品と思われているのだ。

 

時雨「提督もだったんだ、どんな魔術?」

 

提督「あ、えっと・・・」

 

時雨「私の魔術はバレてるんでしょう? なら教えてくれないと。」エッヘン

 

・・・ハメられた・・・久々にハメられたぞ!!

 

提督「・・・まぁ俺が見れば、時雨の魔術が投影って分かるけども。それも六拍だろう?」

 

時雨「ただ僕の場合どうやらこういう魚雷型ミサイルが一番上手くいくかな。」

 

提督「左様で・・・。まぁ俺はこんなんだけどね。トレース・・・。」コオオッ

 

直人はその場で模倣錬金をしてみせる。模倣するのは時雨が投影したミサイルである。

 

大気中に放散された魔力を伝って構造を解析すると言うテクニックを使い、模倣錬金は完全な完成を見た。

 

時雨「投影、じゃないね・・・?」

 

提督「何だと思う?」

 

時雨「・・・これは実物と同じ、まさかっ、錬金術?」

 

提督「正解だね。最も俺の場合は白金が一番上手く造れるし、その造形も巧く造れる。例えばこれだな。コール!」ヒュッ

 

さらに直人は魔法陣を展開して格納している剣を1本空中に射出する。

 

提督「よっ・・・と。プラチナソード、錬金して作ったものさ。」

 

時雨「凄い・・・霊力を纏ってるんだ。」

 

提督「うん、だから深海相手にも使える。時雨のそれは霊力と魔力の集合体だろう? あとナマクラじゃないぞ。」

 

時雨「分かってるよ。そうだね、これは魔力と霊力を使って編み上げた模造品さ。と言ってもオリジナルなんてない、強いて言えばこれがオリジナルって訳さ。」

 

提督「ふむ・・・ちょっと魔術回路を診せてくれるかい?」

 

時雨「え? うん、いいよ。」

 

提督「では失礼するよ、少し痛むかもしれんが、我慢してくれ。」

 

そう言いつつ直人は時雨の背中に回り込み手を当てる。

 

提督「・・・いくよ。」(暖かい。やはり艦娘も同じ人間なんだな。)

 

直人は改めてそう思った。

 

時雨「うん。」

 

直人は時雨の魔術回路に魔力を通していく。

 

時雨「・・・っ!」

 

提督「・・・!!」

 

な、なんだこれは!? 魔術回路、145だと!? しかも霊力回路とバイパスが繋がっている・・・艦娘ならでは、か。

 

直人は心から驚嘆した。彼女の魔術の素養は、艦娘と言う分を超えていたのだから。

 

提督「・・・成程ね。霊力を魔力へと変換し、それを魔術回路に通して魔術を行使する訳か。属性附与の為の回路まであるとは驚いたな。素養はその辺の魔術師より遥かに高い。凄いね。」

 

時雨「ありがと。提督はどんなもんなの?」

 

提督「まぁメイン60本、サブ12本にまぁあとはぼちぼちってとこか。」

 

時雨「じゃぁ僕の勝ちだね。」

 

提督「霊力回路なら140本あります、全魔力変換も出来るのでその辺は侮らないで頂きましょう。」

 

時雨「うむ~・・・。」

 

流石に唸らざるを得ない時雨であった。

 

提督「んじゃ俺は戻るわ。ごゆるり~。」

 

時雨「あ、うん。またね。」

 

提督「またな~。」

 

右手を挙げて屋内射撃場に戻る直人だった。

 

時雨「・・・・・・何者?」

 

紀伊直人元帥閣下であらせられます。(違うそうじゃない)

 

 

 

その後一通りの火器を撃って感触を確認した後、直人は車輪付きウェポンラックにせっせと銃を入れてささっと射撃場を後にした。

 

そんな事ばかりしてる場合でもないからである。

 

 

 

午後4時2分 中央棟1F・無線室

 

 

提督「えー、全館に連絡、只今より集合訓練を開始する。全艦完全装備の上ロータリーに集結、始めっ!!」

 

 

~金剛の部屋~

 

金剛「いやちょっ!?」

 

榛名「そんなっ!?」

 

比叡「トランプ中なのに!?」

 

霧島「急ぎましょう!」

 

金剛「ラジャー!」

 

比叡「ひええぇぇぇぇぇぇぇっ、まずい、まずいですううぅぅぅぅーーー!!」ドタバタ

 

 

~島風の部屋~

 

島風「集合訓練かぁ、行くよ連装砲ちゃん!」

 

連装砲ちゃん「きゅっ!」バッ

 

島風「私の魚雷! ナイスタイミング! じゃぁいっくよー! 私がいっちばぁぁぁーーーん!!」バビュン

 

 

~望月の部屋~

 

長月「早く行くぞ望月!」

 

望月「うへぇ~~い・・・」

 

 

~球磨の部屋~

 

球磨「早く来るクマ!」

 

多摩「嫌にゃぁ~・・・」ウジウジ

 

球磨「シーツに包まってる場合じゃ無いクマ! 早くするクマ!」

 

多摩「嫌にゃぁ~~動きたくないにゃぁ~~~。」バタバタ

 

だめだこりゃ。

 

 

 

午後4時6分 司令部前ロータリー

 

 

島風「いっちばぁーーん! って、あれ?」

 

鳳翔「ふふふっ。」

 

島風「えぇぇぇぇぇぇ~~~~!?」

 

提督「鳳翔に負けちゃったかぁ、島風もまだまだ磨きが足りないようだな。」

 

一番はまさかの鳳翔さんであった。

 

金剛「フィニーッシュ! って、鳳翔サン!?」

 

榛名「は、早い・・・。」

 

提督「お前ら鳳翔さんに負けるのは流石にないぞー。島風までってのが意外だったけど。」

 

無茶振り乙。

 

金剛「いきなり過ぎますヨー!!」

 

提督「じゃなきゃ訓練になるか?ww」

 

金剛「うぐっ・・・。」

 

但し正論だったりもした。

 

 

 

この訓練した結果分かったのは、相当弛んでいるという事だった。

 

流石に放任し過ぎたかと唖然としつつ、直人は思考を張り巡らすのだった。

 

 

 

6月も半ばを過ぎた6月17日。珍しく曇り空の鎮守府では、いつも通りの猛訓練が実施されていた。

 

 

ドーンドー・・・ン

 

 

神通「陣形を崩さず、落ち着いて狙い撃ちなさい!」

 

白雪「はっ、はいっ!!」ドオォォォーーーン

 

扶桑「主砲、斉射!」ドゴオオオォォォォォーーーーン

 

山城「続きます!」ドドオオオオオォォォォーーーーン

 

 

 

ザバァーーーンザザザバァァァ---・・・ン

 

金剛「フフーン。即席部隊とは一味違うとこ、見せてあげるネ!」

 

羽黒「はいっ!」

 

摩耶「おうよっ!」

 

蒼龍「そうね。」

 

木曽「ま、任せとけ。」

 

金剛「ファイヤーーーー!!!」

 

 

ドドドドドドドドォォォォォォーーーーーーーーー・・・ン

 

 

この日はどうやら第1水上打撃群と神通の即製訓練部隊との実戦演習だったようです。

 

艦娘がまだまだ少ない横鎮近衛艦隊に於いて、常設部隊と言うのは希少価値が高い。故に練度は桁が違う。

 

現在常設されているのは、金剛を旗艦とする海空戦部隊である第1水上打撃群と、『夜討ち朝駆け上等』の川内を旗艦とし、拘禁解除までの暫定旗艦として夕立を擁する夜戦部隊、第1水雷戦隊の二つである。

 

機動部隊と通常の艦隊はまだ新設されてはいない。後者に関しては扶桑が旗艦に内定してはいるものの、艦艇不足と言う有様だった。

 

ここで常設となった第1水上打撃群の編成を紹介しておくべきであろう。

 

 

第1水上打撃群 旗艦:金剛

 

・砲撃部隊:金剛・榛名・羽黒・筑摩

・空襲部隊:蒼龍・飛龍(喪失)・飛鷹・祥鳳

・護衛部隊:摩耶・加古・天龍・龍田

・雷撃部隊:木曽・大井

合計:14隻

 

 

これを見れば分かる通り、1個艦隊による敵陣粉砕を意図したものである。ただ飛龍が戦列復帰していない為、戦力不足感は否めない。(それを埋めるため臨編体制になっている)

 

更に駆逐艦がいない分は水雷戦隊を護衛として補い、第1水雷戦隊とこの艦隊とで第1艦隊を編成する。

 

言わば鎮守府の主力である第1水上打撃群、その練度はお墨付きである。

 

 

 

~1時間後~

 

神通「くっ・・・!」

 

伊勢「やっぱり・・・強いね・・・。」

 

白雪「流石司令官に常設のお墨付きをもらっただけ、ありますね・・・。」

 

陽炎「あれ何気にヤバイでしょ。」

 

黒潮「離れたら熟練の航空機、近づけば正確な砲撃、言うて近寄ったら今度は刀と槍っちゅうのはなぁ・・・。」

 

不知火「正直、勝てる気がしませんね。」

 

陽炎「編成に確か飛龍さん入ってるんでしょ? 艤装全損で抜けててまだこの実力・・・加わったらどうなるの・・・?」

 

サンベルナルディノの惨劇に匹敵する損害が出ます。

 

補足すればサンベルナルディノは敵にとっても惨劇であった。その敵の被った打撃に匹敵するレベルの攻撃を叩き付けられるのが第1水上打撃群である。

 

雷「・・・確実に轟沈艦でるわよ冗談抜きに。」

 

陽炎「だよねぇー・・・。」

 

黒潮「なんでおるん・・・。」

 

しれっときた雷。

 

雷「いやいや、後方待機命じられてたのよ。司令官の指示でね。」

 

不知火「そういえば、この演習もそうでしたね・・・。」

 

ワール「そーゆーこと。金剛達凄まじい練度なのよね、だから医療班が待機してる訳。さ、具合悪い人言ってね。」

 

まぁ、数名搬送されました。

 

 

 

叢雲「この鎮守府何なのよ・・・前の鎮守府とはまた別の意味でおかしいわよ・・・。」

 

五十鈴「お疲れ様、叢雲。」

 

何気にその即席部隊に参加していた五十鈴と叢雲。

 

叢雲「五十鈴・・・。」

 

五十鈴「強いわねぇ、やっぱり。紀伊提督の教え子だって言うじゃない。凄いわよねぇ。」

 

叢雲「・・・そうね。」

 

五十鈴「私も、あんな風に強くなれるかな?」

 

叢雲「あれは水準がおかしいわよ。神通さんの訓練だけなら、この短期にあそこまで強くなってないわ。あの司令官の猛訓練とやらが、余程きつかったのね。」

 

叢雲の見る目は確かだった、第一水上打撃群の艦娘の大半は、直人との特別訓練を潜り抜けた猛者達である。

 

白雪「叢雲、お疲れ様! 五十鈴さんも、お疲れ様でした!」

 

話をしながら戻る二人の後ろから追い抜きざまに声をかける白雪。

 

五十鈴「お疲れ様!」

 

叢雲「・・・。」プイッ

 

無言でそっぽを向く叢雲。同じ型の艦娘とさえも、未だ心を開けていない。彼女の過去が、そうさせていた。

 

白雪「・・・ふふっ。」

 

お姉さん肌の白雪は、それがよく分かった。だからこそ敢えて微笑み、そして去っていく。

 

五十鈴「・・・まだ、馴染めない?」

 

叢雲「別に・・・。」

 

五十鈴「提督から聞いたわ。あなた、誰とも話をしないそうね。」

 

叢雲「!!」

 

五十鈴「分かるわ。時々食堂の隅っこで、寂しそうに、でも誰も寄せ付けないような雰囲気で食事をしている、叢雲を見るもの。誰に言われずとも、分かってた。」

 

叢雲「・・・。」

 

五十鈴「叢雲の考えてること、私にもよく分かる。私だってあの提督の『被害者』なんだから。」

 

諭すように言う五十鈴。

 

ドックの先で直人に言われたことは、彼女の心に波紋を作った。

 

かつての提督に『兵器』として『道具』として扱われ続け、蔑ろにされてきた彼女に、新しい提督は『お前は人だ、兵器ではない』と言う。

 

艦娘は、確かに兵器ではある。しかし同時に、意思を持つ生き物でもあり、人である。

 

その思考の矛盾点は、彼女に疑問を投げかけた。『自分達は何なのか』と。

 

その考えに至った時、彼女は進みだした。そして、未だ進みだせないでいる同輩がいる。諭さずには、いられなかったのだろう。

 

叢雲「・・・じゃぁ、私はどうすれば!? 心を通わし合った仲間は、皆沈んでいった!これ以上、大切なものを失う悲しみを味わえと言うなら、いっそ・・・!」

 

五十鈴「そう言えばあなた、この間の出撃で命令無視をしたって話ね。」

 

叢雲「!?」ハッ

 

 

 

5月29日深夜1時41分 ラモトレックアトール沖

 

 

蒼龍「爆撃成功! 敵超兵器撃滅に成功しました。敵艦隊が泊地から出ます。進路は・・・東北東。」

 

夕立「突撃するっぽい?」

 

金剛「・・・ノーデス。それは恐らく撤退する筈デース。陽動が来ないか、今一度様子を見ます。」

 

叢雲「生温いわね・・・これじゃぁ私達が来た意味がない。」

 

金剛「私達は引き立て役デース。目的を達した後はすぐに引くべきデス。」

 

迅速に目的を達成し、終われば迅速に引く。無駄な長居をしないという判断からすれば、彼女は良将であった。

 

叢雲「でも取り逃がしたら後日に禍根を残すわ!」

 

榛名「電探感あり、敵別動です!」

 

金剛「デハ、もっともらしく慌てて後退しますカー。」

 

叢雲「そんなの認められないわ、私だけでも突撃する!」ザッ

 

金剛「ええっ―――!?」

 

神通「叢雲、戻りなさい!!」

 

叢雲「・・・フン!」ザザザザァッ

 

霧島「叢雲、増速して単独で敵陣に!」

 

金剛「あぁーもう! 援護しマース!」

 

叢雲の暴走により、戦果は多少挙がったものの、代償として叢雲が大損傷を負った、と言う一幕が確かにあったのである。これには援護が積極性を欠いたことも原因となっていた。元々一撃加えたら撤退する予定だった為もある。

 

 

 

叢雲「それが、なんだと言うの?」

 

五十鈴「もう今までとは違うって事よ。前の司令部では容認されてたけど、今は違うのよ。ちゃんと旗艦がいて、ちゃんとした作戦で動いてる。お互いに理解し合い、心を開き、協力し合ってる良い例ね。」

 

叢雲「私はもう提督に“飼われる”のは嫌よ。」

 

五十鈴「この鎮守府の皆は飼われていない、自分で営みを歩んでるわ。それに飼うなんて言うのは、もうよした方がいいわ。私達は動物じゃないんだから。」

 

叢雲「・・・どうしたの今日は。」

 

五十鈴「私も、変わるきっかけを掴んだのよ。提督のおかげでね。」

 

叢雲「・・・。」

 

そう言われて考え込む叢雲であった。

 

五十鈴「さ、早く行きましょ。疲れちゃったし。」

 

叢雲「・・・えぇ。」(・・・司令官、貴方は一体・・・。)

 

考え込む叢雲を連れ、五十鈴は司令部へと戻っていったのだった。

 

 

 

6月18日午後11時20分 司令部~造兵廠の林道

 

 

ザッザッザッザッ・・・

 

 

「うひー、暗いなぁ・・・。」

 真っ暗な林道を一人見回りの為歩く直人。別に幽霊の類を信じている訳ではない。この日は月こそ出ていたが、木の枝葉に遮られて辺りは少々薄暗かった。

「・・・!」

直人が、何者かの殺気を感じ、すぐそばの木の方に振り返る。

「へぇ? 殺気だけで位置まで推し量るなんて、流石って所かしら。」

 

提督「ん? 叢雲、何やってんだこんなところで。」

至極真っ当な質問であった。

「・・・司令官、貴方に聞きたい事があって来たのよ。」

 

「ならそれは明日にして今日はもう―――」

直人のその言葉を遮って叢雲は本題を突き付けた。

「五十鈴に何を吹き込んだの?」

それは昨日五十鈴と話した叢雲が考え続けた事だった。

「―――!」

 

叢雲「昨日話をしたら随分明るくなってたじゃない。どんな詐術かしら?」

 

提督「・・・詐術とは心外だな。話したというならその通りの事を俺は言ったんだが。偽りなど介在させる隙間もない。」

 

叢雲「どうかしら。提督と言うものは信用出来ないわ。」

 

提督「信用、か・・・それならお前達艦娘だって同じことなんじゃないか?」

 

叢雲「何ですって!?」

 

提督「お前と前の司令官との遍歴は既に調べさせてもらった。相互間の連携が取れていなかった事も、どの様に扱い扱われていたかもな。」

 

「―――部下の艦娘をあれこれ嗅ぎ回る、それもあんた達の仕事って訳!?」

見れば叢雲は艤装を完全装備していた。その槍の切っ先を直人の首筋に向け詰問する。

 

提督「見方によってはそうなる。提督は艦娘のメンタルケアも仕事の内だからな。曰く付きの艦娘なら、過去の遍歴や資料には必ず目を通す事も大事だ。」

 

叢雲「・・・なら、私達が何をされて来たのかも知っているという訳?」

 

提督「残念ながら、調べようとしたがそこまでは分からなかった。」

 

「え・・・?」

動揺に襲われ無意識に少し槍を下げる叢雲を見て、直人は言葉を続けた。

「短期間で出来る事には限度があってね、君の提督のしたことはA級機密に指定されてロックが堅い。だから調べられなかった。」

 

叢雲「・・・そうでしょうね、それがお偉方のすることよ。」

 

提督「そうだな、お偉方は保身が第一だからな。二流の権力者しか、今の上層部にはいない。」

 

叢雲「・・・二流?」

直人の発言にふと疑問を覚えた叢雲は問いを返す。

「二流の権力者はどうやってそれを守るかに力を注ぐ、一流の権力者はその力で何を為すかを考える。少なくとも俺は後者たらんとしてるんだけどね。」

 

叢雲「・・・貴方は、本当に前の司令官とは違うのね。」

 

提督「そうさ。叢雲の前の提督はどうやら艦娘弾圧派の提督だったようだ、少ない資料でもよく分かった。」

 

叢雲「弾圧派―――ですって?」

 

提督「さっき叢雲は、“提督は信用ならない”と言ったな。それは人間だって同じことなのさ。」

 

叢雲「・・・。」

 

提督「我々人間と艦娘は邂逅してから日が浅いだろう? 故に恐怖から高圧的に接し弾圧する提督も珍しくはないという事だ。完全に支配下に置くべきとする意見もある。そんな下衆みたいな奴らの意見を代弁すれば、『艦娘は信用ならない。ただの兵器じゃないか。』となるのさ。」

 

叢雲「・・・“あいつ”みたいに、下衆みたいな奴らね、本当に。じゃぁ貴方はどうなの? 司令官?」

 

提督「艦娘について、か?」

 

叢雲「そうよ。」

 

強面で問う叢雲に直人はこう言った。

 

提督「俺はむしろ、好意的な見解を持っている。着任の9日前、今この艦隊にいる金剛に危ない所を救われてね。それ以来、艦娘を友人と見る様になった。」

 

叢雲「友人、ねぇ。艦隊の皆の事を貴方は本当にそう思っているの?」

 

提督「金剛とは既に一線越えちまってるからなぁ・・・思ってないと言ったらそれこそ裏切りだな。」

彼としてはここで包み隠すと大変な事になりそうな場面だが、そのぶっちゃけトークに驚くのは勿論叢雲である。

「い、一線越えてるってアナタ・・・。」

 

「半分なし崩しなのがどうにもアレだけどね。」

肩を竦めながらそう言う直人である。

「俺は艦娘を兵器とは思えない。思う事はない。お前達は同じ人だ。他の人よりちょっと凄い人間なんだよ。他人と違うって言うのはむしろステータスじゃないか。それを押さえ付けようなんて、世の中の大人はナンセンスだと思うね。」

言ってる当人もその大人の一人であるが。

 

叢雲「ステータス、ねぇ―――見方に依ればそうかもしれないけど。」

 

提督「そうさ。だが正直言って俺は叢雲が気がかりでならない。」

 

叢雲「・・・どういう意味?」

 

提督「自覚はあるんじゃないか? 命令無視があった件なら既に聞き及んでいるぞ。」

 

叢雲「あれはっ!」

 

「金剛の意見は正しい。無闇に戦果を拡大せず、窮鼠と化した敵を追い詰め過ぎず、敵に合わせて引くのは戦理に適っている。だがお前はそれを無視し大損害を出させた張本人でもある。」

直人の言葉に、叢雲は言葉も無かった。事実であったからだ。叢雲が猪突しなければ、損害も幾分軽く済んだ筈なのだ。

「この艦隊はお前がいた艦隊とは違う。秘密艦隊だからこそ、艦隊の統率には気を使うんだ。」

 

「秘密艦隊―――。」

 叢雲は改めてその言葉を噛み締める様に呟いた。勿論、叢雲も彼女の今の立場は聞かされてはいる。だがその重みまでは理解出来ていなかったのだった。直人はその様子を見て言葉を重ねた。

「そう。お前も艦籍簿上は五十鈴と一緒に退役か精神病院送り扱いになってる筈だな。」

 

「―――と言う事は、提督も・・・?」

 

「さっき言った着任9日前に戦死した扱いだろうな。小さな哨戒艇の艇長として。」

 

「―――!」

 叢雲が再び言葉を失った。直人は自分が、世の人々から“死んだ”と思われている事を、誰にも語った事が無かったからだ。龍田や川内は勿論承知している事だが、固く胸の内にしまったまま、殆ど誰にも告げてはいない。

「俺は鬼籍に入る事を()()()()()()()、お前達を率いて戦っている。向こうにしてみれば、俺は正に地獄の悪鬼には違いないが、世の人間からすれば、既に死んだはずの幽霊に過ぎん。」

 

「―――私は、提督の事、何も知らずに・・・。」

 叢雲はその事実に衝撃を受けた様だった。叢雲も相応につらい経験をしてきたが、彼はその言の葉に乗った不本意さを飲み下して戦場に立っていたのだという事を、叢雲はこの時初めて知ったのだった。気づけば叢雲も、手にした槍を下ろしていた。

提督「―――いっその事、今ここで聞いてしまおうか。」

 

「・・・?」

その言葉で叢雲が訝しみ、直人は真顔になる。

「・・・お前がいた鎮守府で、一体何が起きていたんだ?」

 

「―――!!」

それは、叢雲が最も伏せておきたかった、しかし直人にとっては知る義務のある情報だった。

 

提督「こんな時間にここに来る者などいないだろうしな。」

 

叢雲「そんなこと言える訳・・・!」

 

提督「昨日の内に五十鈴にはある程度話を聞いてるんだ。叢雲、お前が何を気にしているのかも既に明白なんだよ。」

それでも尚、何が起きていたのかまで辿り着けなかったことは事実としても、彼には確信じみたものがあった。それを聞いて叢雲は諦めた様に口を開いた。

「・・・レディの秘密を他人から聞き出すなんて、サイテーな上卑怯ね。」

 

「目的の為に布石は惜しまないと言って欲しいね。」

悪びれず言う直人だった。

「はぁ―――もういいわ、私の負けね。いいわ、話してあげる。よーく聞くのよ?」

叢雲が語るのは、彼女の誇りと名誉と威信、その全てを蔑ろにされつつも、何一つ彼女に為す事無かった、一人の提督不適合者(直人曰く)の話だった。

 

 

彼女が前の鎮守府に着任したの4月23日のことである。

 

艦隊名と艦隊番号(2912艦隊)は別で、艦隊の名は第31遊撃艦隊と言った。

 

指揮官はレオネスク、階級は少将、初期選定した秘書艦は五月雨であった。

 

彼女はこの鎮守府に11人目として招かれた。

 

叢雲「あんたが司令官ね? ま、精々頑張りなさい?」

 

レオネスク「君が叢雲か、どうやら君は組織の上下がなっていないようだな。ここに来た以上その辺りはしっかり弁えておくことだ。」

 

叢雲の着任挨拶は、むしろ悪印象を与えてしまったらしく、この日から彼女にとっての地獄が始まった。

 

 

 

5月1日

 

 

バチン

 

 

叢雲「うぐっ!!」ドサァァッ

 

レオネスク「なんだその口の利き方は、上官に対して減らず口を叩くとは、何事か!!」

 

 

ドムッ

 

 

叢雲「カッ・・・ハァッ・・・!?」

 

容赦なく叢雲の脇腹に蹴りを入れるレオネスク。

 

この鎮守府は半ば、彼の暴力によって抑圧されていると言って良く、その扱いも残酷を極めた。

 

レオネスク「まだ分からぬというなら、お前のその体に焼け火鉢を当ててやってもいいんだぞ?」ギロッ

 

叢雲「・・・っ!」

 

レオネスク「分かればいい。」ツカツカツカ・・・

 

叢雲(こんなっ・・・こんなことって・・・!!)

 

五十鈴「大丈夫? 叢雲。」

 

そんな彼女に唯一優しく接してくれたのは、同じようにおざなりに扱われていた五十鈴であった。

 

彼女は所謂、五十鈴牧場に駆り出されていたが、その損傷の修理もまともにされる事が無く、沈めない程度に放置されている状態であった。着用している制服さえ滅多に予備を出してもらえず、その服はボロボロになっているのが常であった。

 

このような状態であったから、司令部は恒常的な無秩序状態で、かつ無気力が全体を重く支配していた。故に、自ら沈む事を選んだ艦も多く出ていた。

 

そんな中、持ち前のポジティブさで心を支えていた五十鈴は、この重圧に押し潰されきれていない、数少ない艦娘であり、叢雲の理解者でもあった。

 

叢雲「あ、ありがと・・・なんとか、大丈夫よ・・・。」

 

五十鈴「掴まって?」

 

叢雲「え、えぇ・・・。」

 

叢雲にとって、五十鈴は最後の希望であっただろう。

 

そして叢雲は、普段提督に蔑ろにされている恨みを、敵と戦う事で慰めてきた。

 

 

 

5月3日 南西諸島沖

 

 

叢雲「こちら旗艦叢雲、涼風大破、撤退許可求む。」

 

レオネスク「“撤退は許可しない、現海域に踏みとどまって戦闘を続行せよ。”」

 

 

プツッ

 

 

叢雲「そんなっ!!」

 

叢雲は天を仰いだ。この世は100年以上前から何一つ変わっていないのかと。

 

涼風「叢雲―――!」

 

叢雲「大丈夫、沈めさせたりなんかしない。あんな奴にこれ以上沈めさせるものですか。」

 

涼風「いや、いいんだ・・・戻ってもあんな目に遭うだけさ。気まぐれで殴られるんじゃぁな・・・それなら、いっそここで―――」

 

叢雲「そんな―――っ!!」

 

叢雲はこの日、結局この涼風を救う事は出来なかった。

 

敵重巡級の凶弾によって斃れたのである。

 

 

 

レオニダス「フン、役に立たん駒だな。次の駒は役立ってくれるんだろうな・・・。」

 

叢雲「・・・。」

 

この司令官は、沈めた艦の事を悼む事もしない。むしろ駒の様に扱い沈めば新しいものに変えればいいと思っている。

 

しかし反論する事は出来なかった。すればまた暴力の乱打が自分を襲う。

 

『恐怖による支配』、これがこの司令部の実情だった。

 

訓練もしなければ補給も殆ど無い、されても補給を甘んじて受ける者も少ない。

 

司令部の誰もが次々と廃人化して行き、任務担当官も既に逃げ失せ、彼女達に明日はない、と残った誰もが感じていた。

 

 

 

だが、唐突にその終わりは来た。

 

 

 

5月17日

 

 

土方「突入だ! 艦娘と非戦闘員は全員保護、提督は生かして捕えろ! 抵抗する者は射殺も辞さぬつもりで行け! 繰り返すが提督は殺すな、よいか!」

 

憲兵団「「はっ!!」」

 

 

ドカドカドカドカドカドカ・・・

 

 

5月17日、逃げおおせ、横鎮本部に逃げ込んだ任務担当官の証言に基づき、土方海将が直々に、横須賀鎮守府憲兵団の内の3個中隊336人を指揮し、第31遊撃艦隊司令部を検挙するため出動したのである。

 

叢雲「な、なにが・・・?」

 

土方「む? 君はここの艦娘かね?」

 

叢雲「貴方は?」

 

土方「私は横鎮司令長官、土方だ。君たちの保護と、ここの提督の逮捕に来た。もう安心していい。」

 

叢雲「・・・ありがとう―――!!」

 

 

 

同じころ五十鈴を初め、辛うじて意志を残していた数人の艦娘も保護された。

 

 

 

~執務室~

 

 

バタン!

 

 

レオネスク「誰だ!」

 

横鎮憲兵団第1中隊指揮官

「横鎮憲兵団だ。レオネスク少将、貴官を逮捕する、取り押さえろ!」

 

レオネスク「なにっ!?」

 

レオネスクは慌てて執務机から銃を取り出そうとしたが―――

 

憲兵A「やああっ!!」

 

 

カチャアアァァァン

 

 

憲兵B「大人しくしろ!!」

 

「離せ、離せぇぇぇぇ!!」

銃を力ずくで払い落とされ、床に俯せの状態でレオネスク提督は取り押さえられた。

 

憲兵C「16時11分、レオネスク提督、確保!」

 

ガチャッ

 

レオネスク「くそぉっ―――!!」

 

横鎮憲兵団第1中隊指揮官

「恨むなら、愚行に走った自分の身を恨む事だ。連行しろ。」

 

部下達「はっ!」

 

こうして、艦娘達に不当な扱いを続けた提督が一人、敢え無く御用となった次第である。

 

 

この日の16時17分、完全制圧は完了した。

 第31遊撃艦隊はその後、艦隊が機能を喪失していた事もあり止むを得ず解散となった。当時45隻程度いた艦娘の殆どは廃人化しており、まともな艦娘は十指に入るほどしかいないという惨状であった。

この事件は直ちに報道管制され、事件そのものも大本営の手で機密の名の元に隠匿された。無論幹部会の仕業である。

 レオネスク提督は突入した横鎮憲兵団第4大隊第1中隊の本部部隊によって連行・収監され、近いうちに艦娘艦隊基本法第七編~艦娘保護/生活管理基本要件~に基づいて起訴され、軍事裁判が行われるだろう。

その麾下に在って廃人となった30隻以上の艦娘は解体・退役の上精神病院送りとなり、念の為面会謝絶となった。最も、廃人に取材をしたところで無駄であったろうが。

 残った10隻に満たぬ艦娘達の過半は人間不信に陥っており、横須賀鎮守府の預かりとして保護される事になった。このような事の後であった分、彼女達が人間不信に陥るのは半ば当然としても、五十鈴や叢雲の様に辛うじてその一歩手前で踏みとどまったケースはあった。

 叢雲の性格を考えても、レオネスク提督の扱いは彼女の尊厳はおろか、心にも大きな傷を刻み込んだ事は明らかで、彼の下で失われた艦娘達の事を忘れる事が出来ず、故に心を閉ざしてしまったのも、半ば当然というものであった。当の直人とさえ、着任以後殆ど必要以上の口を利かなかった程であったのだから。

 人間不信になった艦娘を土方が直人に殆ど宛がわなかったのは、土方海将の直人に対する一種の気遣いと言う面もあったのかもしれない。幾ら直人が融和派であったとしても、その方法が無ければどうしようもないからである。

 

 

6月19日午前0時5分 司令部~造兵廠の林道

 

「そんな事が・・・。」

相槌を打ちながら彼女の話を聞いていた直人は、全てを理解した。

「今となっては軽い昔話みたいだけどね。」

 

「―――昔話として埋もれさせるのは、余りいいとは思えないな。」

少し考えていた直人が呟くようにそう言った。

 

叢雲「え?」

 

提督「確かに悲しい出来事だが、忘れるのは更につらいと思うぞ? どうせならこの戦いが終わったら、艦娘の人権を擁護する運動でも起こせばいい。その記憶を使ってね。」

 

叢雲「・・・面白い事を考えるのね、司令官は。」

 

提督「発想の転換と言う奴さ。それに、コミュニケーションはしっかり取った方がいい。その方が互いを理解しやすくなる。」

 

叢雲「でも―――心を通わせ合うと、失った時が辛いわ。」

 

提督「安心しろ、俺は誰一人沈めさせはしない。例え艤装を破壊されても俺がそうさせない、その為に俺がいる。提督とは本来君ら艦娘を守る存在だからな。」

 

叢雲「・・・本当に?」

 

提督「笑いたい時に笑え。怒りたい時に怒り、泣きたい時泣き、悲しむ時悲しめ。心はより豊かな方がいいに越したことは無いんだからな。」

 

一度言葉を切って彼は続ける。

「この艦隊では皆自由だ。訓練もしっかりやってるのはもう分かると思うが、それさえ除けば皆が好きに過ごしていい場所なんだからな。」

 

叢雲「・・・ありがとう。少し楽になったわ。これより先、この槍は、貴方の為に。」

 

提督「ふっ、期待させてもらうよ。」キリッ

 

叢雲「当然よ、この叢雲様は無敵なんだから!」

 

提督「そうだな、“今の”叢雲なら天下無敵だな!」

 

 

ハハハハハハハハハハハハ・・・

 

 

二人の笑い声は、夜空の隅々に染み渡る様に響き渡ったのであった・・・。

 

 

6月19日午前8時 叢雲の部屋

 

 

白雪「叢雲、起きなさいってば!」ユサユサ

 

叢雲「うぅ~~~・・・ん。」

 

 朝寝坊の叢雲を起こしに来る白雪。叢雲が起きてこない事が分かると、起こしに行くのはいつの間にか白雪の役目になっていた。今日の総員起こしの時起きてこなかったのである。既に訓練も始まっていた。

 

白雪「もう・・・。」

 

叢雲「今何時よ・・・?」

 

白雪「もう8時よ!」

 

「嘘ッ!? 大遅刻じゃない!!」ガバッ

 慌てて起きる叢雲、白いレース付きワンピに薄手の水色の半ズボンと言う格好だった。訓練開始は7時半という事を考慮すると、大遅刻である。大目玉は、最早覚悟せねばならない所であった。

「はぁ・・・だから言ってるじゃないの・・・。」

溜息をついて言う白雪。

「ありがとう白雪、すぐ支度するわ!!」

 

「――――!」

その言葉は、今まで何度起こしに行っても口にしない言葉だった。最も話すらしなかったのだが・・・

「えっと制服は確か・・・あ、あった!」ガサゴソ

 

白雪「・・・フフッ。」

 

叢雲「―――どうかしたの?」

 

白雪「いえ? 別に。」

 

叢雲「―――そう。」

 

白雪は恐らく、いや確信を持って言えるが、嬉しかったのだろう。

 

妹が心を閉ざし続けていた、だがそれを初めて開いてくれたのだから。

 

叢雲「さ、行きましょ!」

 

指ぬきグローブをはめながら微笑みを浮かべて言う叢雲、その制服は、今まで取り敢えず着ていた、と言う風だったのが、この日はしっかり着こなしている。

 

白雪「えぇ!」

 

白雪は叢雲を追って部屋を飛び出した。

 

 

 

唐突な叢雲の印象変化に戸惑った艦娘もいたが、それも一時の事ですぐに解消された。

 

だがこの後遅刻したことを神通に散々怒られた叢雲なのであった。



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第1部5章~夜闘将(夜戦バカ)川内~

どうも、最近新小説草案作りに忙しい元疑似プラグマティズムの天の声です。

青葉「あ、これもう作者だってこと隠す気も無いわ。あ、どーも、青葉です。」

先日読者さんから誤字指摘を頂きました。ありがとうございます。

なんと言うかお恥ずかしい限りです、既に修正を終えております。誤字指摘、御座いましたらどしどし御投稿頂けますと、この小説のクオリティアップに繋がりますので、御協力願えればと思います。

コメントも一つ頂きましたので、それについて回答して行きたいと思います。

「着任2週間で21隻は多い様な・・・」

ごもっともで御座います、過去の自分をふんじばって操作したいくらいです。

青葉「アハハハ・・・」

聞きたくない方もおられるとは思いますが、敢えてコメントを頂いた方の為にご説明させて頂きます。

かつての自分は勝利の為に手段を選ばないタイプの人間でして、軍人気質と言いますか、一種のプラグマティズムに陥っていた節がありました。

21隻の沈没艦は全て2-4で戦没しておりまして、そのほぼ全てである20隻が、損害無視によるものでした。

中には空母飛龍や駆逐艦綾波、重巡利根も含まれております。

次々と艦を投じては沈め、投じてはまた沈めと言う日々を、私はただ淡々と続けていました。そうして2週間が終わろうとした着任14日目、21隻目の轟沈艦が出ました。

駆逐艦雪風の沈没です。

当時は最低値レシピでも雪風が出まして、その偶然に私は狂喜したものでした。無論のこと他の艦と違い大切にしようと思っていました。

しかしその日、2-4に出撃した雪風は、疲労蓄積も無く、HPが減っていた訳でもないのに、1戦目で敵の3連続攻撃を受けて轟沈しました。

復帰後その話をしたとき、それをバグであったと結論付けるに至ったのですが、その雪風轟沈を見た私は、艦これをすっぱりやらなくなりました。復帰はアルペイベ前の事です。

当時は1日に10回程度2-4に繰り出していました。攻略できず、手前で引き返す事と自分の面子を秤にかけていたのでしょう。そして雪風が沈んだとき、彼女達の地獄は終わりを告げたと言えます。心が折れたのですから。

青葉「復帰して此の方人が変わってましたものね・・・。」

まぁね。ともかくこう言った理由で21隻もの艦が沈んでしまいました。

自責の念に堪えません、今でもです。

この辺りで暗い話はお開きにしましょう、私のテンションが崩壊しそうだ。

青葉「そうですね。」

さて前章は愚行に走ったとある提督の後日譚的なお話でしたが如何だったでしょうか?

青葉「光ある所に必ず影の側面は存在する、ですか・・・。」

それらも全てひっくるめて艦娘艦隊の歴史がある訳です。影が付きまとわなかった歴史なんてありませんし。

青葉「確かにそうですね。」

さてこの章から遂に川内復活です。夜戦のエキスパートの活躍はまだ先の話ですが、その辺りのご期待も頂きたく、始めていきましょう。

青葉「どうぞ!」


6月22日木曜午前11時、直人は思う所があって大淀と話をしていた。

 

提督「大淀。」

 

大淀「はい?」

 

提督「そろそろ期限の筈だが・・・川内は、信用できると思うか?」

 

大淀「そうですねぇ・・・提督のお心内は、決まっておられるのでしょう?」

 

提督「俺は兎も角周りの目を、と思ってな。」

 

そう、直人自身がどう思うかなどは、大衆の目線からすれば些細な事である。

 

問題は周りが川内をどう見るかである。

 

6月28日には川内は拘禁を解かれて第1水雷戦隊旗艦として戦列参加する事が決まっている。彼は常設になった第1水雷戦隊の旗艦の名に、しっかり川内の名を書き記していたのである。

 

故にこの事は暗黙の内に司令官紀伊直人の命令として浸透していた。川内拘禁の事を知っているのは、高速修復剤の管理をしている明石、乱闘騒ぎの時駆けつけた5人と龍田、如月、金剛だけである。固く箝口令を敷いておいた甲斐もあったと言える。

 

大淀「成程・・・。」

 

そして大淀はその箝口令を敷いた一人である。

 

大淀「私としては、信用していいかと思います。」

 

提督「その心は?」

 

大淀「都合の良い様に使われていたというのでしたら、元に戻った以上忠義を疑う余地も無いと思います。」

 

提督「忠義ね・・・いい君主もいい臣下も欲しいとは思わんのだが。」

 

大淀「どういう事です?」

 

提督「友人なら、という事さ。」

 

大淀「成程・・・。」

 

専制君主制を暗に批判した名言がこのように使われるとはこれ如何に。

 

提督「ふむ・・・ま、大淀の意見は分かった。聞く機会があれば他の奴にも聞いてみるとしよう。」

 

大淀「そうですね。もう上がられますか?」

 

提督「そうだね、出撃が無いし、上がりだな。」スクッ

 

椅子から立ち上がる直人、さっさとどこかへ行きたいらしい。

 

大淀「お疲れ様でした。」

 

提督「お疲れ様~。」ツカツカツカ

 

で、さっさと行ってしまったのでした。

 

 

 

午前12時19分 食堂棟1F・食堂

 

 

他の艦娘の意見を聞く機会は、意外に近くに転がっていた。

 

提督「明日はカレーだけど今日はオムレツだったか~。頂きます。」カチャッ

 

この日のメインはトロトロのあんかけのかかったオムレツでした。(メシテロ乙)

 

雷「あら、司令官!」

 

提督「むご?」

 

後ろから雷が声を掛けてきた。

 

雷「隣いいかしら?」

 

提督「どうぞ~。」ムグムグ

 

基本的に直人は一人で飯を食う場合が多いです。

 

雷「いただきまーす!」

 

雷の取り柄はその元気さとポジティブさだが、ここでもそれは健在である。

 

提督「元気だねぇ~。中々どうして羨ましい。」

 

雷「ん? 司令官、何かあったの?」

 

提督「え?」

 

雷「いやいや、普段あれだけ駆け回ってる司令官がそんなこと言うなんて、ちょっと珍しいと思って。」

 

提督「あー、なるへそ。」

 

つまり駆けずり回るくらい元気な俺がって事ね。

 

提督「いやさ、ちょっと考え事をね。」

 

雷「ふーん、そんなに深刻なの?」

 

提督「・・・言っちゃうと、川内の事なのさ。」

 

雷「・・・そう言えば、もうすぐ拘禁解除ね。」

 

雷は小声でそう言った。

 

提督「あの事を知ってる君達がどう見るかって事なのさ。」

 

悩みの理由を聞いた雷は、少し考えてこう言った。

 

雷「・・・うーん、まぁ、司令官がいいならいいんじゃない?川内さんも、あの時はああだったけど、元に戻った川内さん、悪い人には見えなかったわ。」

 

提督「ははは・・・我らが小さなお医者様は人を観察する良い目をお持ちでらっしゃると見える。」

 

雷「人の傷を治す仕事ですもの、自然とそうなるわ。」

 

提督「まぁ、違いないな。」

 

それを聞いて直人は肩の荷を一つ降ろしたのだった。

 

 

バッタァァーーーン

 

 

提督「んお?」

 

誰かが派手にこけた音がした。

 

 

 

五月雨「いたたた・・・。」

 

すっ転んで涙目で座っていたのは五月雨だった。

 

潮「だ、大丈夫ですか?」

 

雷「どうしたの!」

 

駆け付けた雷に潮はこう言った。

 

潮「それが・・・私の座ってた椅子に、五月雨さんが足を引っ掛けたみたいで・・・。」

 

雷「それはまたなんとも・・・はぁ・・・。」

 

ドジだなぁ、とまでは言わなかった。言いかけて言葉を呑む。

 

五月雨「あううう・・・。」

 

雷「診せて五月雨ちゃん。」

 

五月雨「あ、はい・・・。」

 

五月雨の身体の各所に傷が無いか見ていく雷、技術局医療課管轄の本領発揮である。

 

雷「あら、おでこにたんこぶが。医務室に来て。冷やさないと。」

 

五月雨「はい、分かりました。」

 

雷は涙目になっている五月雨を伴って食堂を後にした。

 

 

 

提督「・・・ドジっ子ですねぇ・・・。」

 

と、遠巻きに一人呟く直人がいたのを、五月雨は知らない。

 

 

 

その日の夕方、何となしに司令部の敷地を歩き回っていた直人は、艤装倉庫の裏で佇む扶桑を見つけた。

 

なんで今日はこんなにあの事の関係者と会うのか、自分の強運に関心すらしながら、直人は扶桑の方に歩いていった。

 

 

 

提督「扶桑!」

 

扶桑「っ! あら、提督・・・。」

 

提督「何をしてるんだ?」

 

扶桑「何をしている、と言う訳でもないのだけれど、最近はどうしても、夕暮れの海が見たくなるんです。」

 

提督「そっか・・・。」

 

少々言葉に詰まった直人である。

 

扶桑「何か、御用ですか?」

 

提督「あぁ、うん。実は、川内の事なんだが・・・」

 

扶桑「なさりたい様に、なさって下さい。」

 

提督「えっ・・・。」

 

言い切らぬ内に扶桑は答えを述べた。

 

扶桑「あの時は、ただただ驚きました。でも、事情があったなら、川内さんを赦して差し上げても、いいと思います。」

 

提督「・・・そっか。ごめんな、わざわざこんな事聞きにきちゃって。」

 

扶桑「いえ。来られると思っていましたから。」

 

提督「・・・?」

 

その一言に直人は何と言っていいか分からなくなった。扶桑が次の句を述べた時、それは分かった。

 

扶桑「提督は、私達全員に、責任感を持っておいでになられます。一人一人が、ちゃんとここに居られる様に。それで来られたのでしょう?」

 

提督「・・・そうだね。ありがと、それじゃぁ。」

 

扶桑「えぇ、また。」

 

そう言って直人は去っていった。

 

 

 

タッタッタッ・・・

 

 

山城「姉様~!」

 

扶桑「あら、山城。」

 

山城「そろそろ冷えてきます、戻りましょう・・・あれは、提督?」

 

訝しむように山城が声を発する。

 

扶桑「えぇ、そうよ。」

 

山城「何を、話されたんですか?」

 

扶桑「川内さんの事をどう思っているのか、とお聞きになられたわ。」

 

山城「・・・成程。私も、扶桑姉様と、同じ気持ちです。」

 

扶桑「そう・・・行きましょうか。」

 

山城「はい!」

 

日が暮れた頃、扶桑と山城は、揃って宿舎に戻っていったのだった。

 

 

 

2052年6月24日(土)午前9時20分 中央棟2F・執務室

 

 

ウゥゥゥ~~~~・・・ウゥゥゥ~~~~・・・

 

 

提督「敵の偵察機?」

 

飛龍「“はい。現在上空哨戒中の戦闘機が迎撃に向かっています。”」

 

提督「そうか、なら結構だ。だがいつ敵の空襲があっても良い様、備えておけ。夜間戦闘機や単座戦闘機の数が増えているとはいっても、油断は禁物だぞ、いいな?」

 

飛龍「“承知しております。”」

 

そう言って飛龍は端末の回線を切る。

 

提督「ふぅ。」

 

金剛「相変わらず心配性デスネー。」

 

提督「最前線だからな。それに、金剛達が夜襲に行ってからもうすぐ1ヵ月だ。戦力を回復している可能性は高いからね。」

 

金剛「デスネー。油断は禁物、デス。」

 

提督「そう言う事だね。」

 

だが実際こうして時折偵察には現れる。レーダーによって大半は事前に察知され、偵察を許すことは無いが。

 

大淀「敵艦隊は、此処にまた来るでしょうか?」

 

提督「来ないだろうね。あれだけの被害を被って戦果は艦隊を壊滅させただけ、基地には何の手傷も無い。只事でない事はあっちも承知だろうさ。」

 

大淀「そうですね。」

 

戦果が無いのは事実だった。本来の目的である前進基地破壊は損害すら与えられずに失敗に終わっている事からもこれはよく分かる事でもあった。

 

この時の彼らはフィリピンで撃退した時と今の力では格段の差であったばかりか、攻撃した深海側に驕りがあったことも否定出来ないと言う。後に判明する事だが、この頃の深海側は、艦娘艦隊の為体(ていたらく)と無謀な作戦とそれによって艦娘艦隊に与えた損害から、慢心や驕りがあったと言われる。

 

その様な烏合の衆と同じではない、そう深海側指揮官が考えたとしても不思議はなかっただろう。その結果慎重になった深海側が偵察に終始している事からも、これは証明出来る。サイパン島の海を深海の血で染め上げる訳にもいかないのだ。

 

提督「今はまだ、此処に閉じ籠って様子を見るさ。海図も出来上がって来たし、もはやここは我々のホームグラウンドだ。」

 

大淀「守りに徹すれば敵も出てこない、来たとしても、全島要塞化と飛行場の部隊がかなり整って来た為に、撃滅は余裕を持って可能、ですね?」

 

提督「お? 分かって来たねぇ大淀。その通りだ。言わば我が艦隊はウニと同じさ。」

 

金剛「踏んだら痛いデスネー。」

 

大淀「中々触りづらいですし。」

 

提督「そう言う事さ。サイパン島がそのウニの棘(とげ)さ。」

 

大淀「私達はその中の身ですか・・・。」

 

提督「そんなとこだわね。まぁ、来るならくるで、撃滅するに越したことは無い。奴さんから勝手に出て来てくれるんだし、攻めるよりずっと経済的だ。」

 

大淀「経済的、ですか・・・?」

 

金剛「どうしてマネジメントの話になるんデース?」

 

二人揃って首を傾げた。答えは言わずと知れた事だった。

 

提督「戦争というのは一種の経済活動だ。そこに利益が無ければ攻め込んだりはしないからね。攻め込むにも軍隊がいるが、あれは一種、先行投資の株券なのさ。軍隊はその国の利益の為に戦い、死んでゆく。そして勝てば、攻め込んだ場所にあった利益を手に出来るが、負ければ損をしてしまう。」

 

大淀「成程、一理ありますね。」

 

提督「守る方は必死になって自分達が得ている利益を守ろうとする。防衛戦争の本質はそこだ。そして我々は高い必然性を持って受動的立場に立たざるを得ない。」

 

金剛「なにか、問題が・・・あっ。」

 

提督「資源だね。特にボーキサイトの払底が大きい。更に戦力と錬度の不足。航空隊の所有する機材が旧式である点も問題だ。」

 

大淀「守りを怠ったまま攻めるのは愚策という事ですね?」

 

金剛「でもアタックは最大のディフェンスともいいマース。」

 

お? 珍しく英語が出たな。そう思った直人だったが直人は金剛の発言の落とし穴を突く。

 

提督「資材がないのに出撃できるか?」

 

金剛「うー・・・。」

 

戦力の一斉投入と集中を主体とする横鎮近衛艦隊ではそこが最大の問題である。

 

提督「個人プレーに頼っては戦線が瓦解してしまうしな。」

 

夕立や時雨、金剛もそうだがこの艦隊には異能持ちが多い。

 

しかしそれらは運用をしてこそ真に活かされる類のものであり、好きにやれではダメなのだ。

 

提督「だから今は態勢を整えつつ守る。敵が来るならこのマリアナ海溝をして第2のアイアンボトムサウンドにするだけのこと。あぁ、海溝だからアイアンボトムトランチだな。」

 

金剛「流石に・・・笑えないデース。」

 

当然である。

 

提督「実際そうなったからなぁ・・・。ともかくにも、今はここを守る。本土は本土の連中に任せよう。その方が、何より楽でいい。」

 

大淀「っ・・・。」

 

金剛「oh・・・。」

 

大淀と金剛とは、二人揃って顔を覆うのだった。

 

 

 

6月26日午後2時41分 技術局

 

 

この頃珍しく、局長が呼び出してきた。

 

局長「オウ、来タナ?」

 

提督「来たぜ。それで、出来上がったのか?」

 

局長「無論ダ。シッカリ仕上ゲサセテ貰ッタ。」

 

得意満面で言う局長である。

 

提督「・・・期待しても、良さそうだな。」

 

局長「アァ、コレダ。」

 

そう言って差し出したのは、赤い椿の意匠をあしらった漆塗りの黒い鞘に納められた1本の脇差。鞘の中からでも強烈な霊力を発する、ただものではない力を感じる逸品だった。

 

提督「これは・・・」

 

想像の範疇に無い出来に絶句する直人。

 

局長「深海棲艦ノ艤装ニ使ワレテイル金属、便宜上『深海合金』ト呼バレテイルソウダガ(無粋な名だ)、コレヲ再度鋳造シ、不純物ヲアラカタ取リ除イタ後、一週間ヲカケテ霊力ヲ入念ニ注ギ込ンデカラ打ッタンダ。」

 

・・・再鋳造ってそんなこと出来るのか、うちの造兵廠も凄いな。あとその心の声には賛同だ。

 

提督「ふむ・・・」チャキッ

 

鞘から少し抜いてみると、極光で見慣れた黒色だが光を当てると紫に輝く、深海合金の特徴的な光り方をする刀身が姿を見せた。

 

その霊力の量と密度は、極光の比ではない。

 

提督「ほう・・・何とも噎せ返るような霊力密度だな。」

 

分かりにくい比喩ではあるが的を射ていた。

 

局長「極光ハ明石ノ打ッタ刀ヲ再加工シテイルカラアノヨウナ出来ダッタガ、私ニ打タセレバコンナモノダナ。切レ味ハ太鼓判ヲ押シテオコウ。」

 

提督「極光よりか!?」

 

極光でさえ容易く深海棲艦の装甲を切り裂く。金属が金属を切り裂くのだからその切れ味は凄まじい。

 

局長「無論ダ。」

 

それを超えると言う。それこそ名槍蜻蛉切(とんぼきり)の様に、触れた物が否応なく斬り裂かれるのでは無かろうか。それはもはや人間技でないと言っていい。

 

局長「斬撃ヲ放トウモノナラ極光ノ比デハナイゾ? 刀トシテ使ッテモ霊力ガ追加デ相手ニ傷ヲ刻ミ付ケル程ノ霊力ヲ含有サセテオイタ。」

 

最早、文句の付けどころなどなくむしろツッコミどころ満載である。

 

提督「・・・よくぞやってくれた。」ガシッと

 

局長「オ褒メニ預カリ光栄ノ至リ。」握手!!

 

がっちり握手を交わす二人であった。

 

ともかく盛大に局長がやらかした、というのは間違いない。

 

如月「司令官。」

 

そこに声を掛けて来たのは如月だった。

 

提督「どうした如月?」

 

如月「明後日よね、川内さんの拘禁解除。」

 

提督「!」

 

如月の話は、川内の事であった。

 

如月「提督は、川内の事を信用しているの?」

 

提督「信用しない訳には行かない。でないと戦えない。」

 

如月「彼女個人をどう思うかよ。」

 

提督「川内が俺に恭順の意志が無ければ、川内は今頃死んでいるさ。」

 

如月「・・・成程ね。」

 

提督「或いは俺が死んでいるかもな。」

 

如月「!?」

 

提督「一度牢獄に行ったとき、川内にナイフを渡した。「そのナイフで俺を刺すか? 俺は逃げも隠れもしない」と言ってな。だが俺を刺すとは言わなかった。鍵さえ開けてやると言ったのにな。」

 

如月「――――そう、施術が成功していて、よかったわ。」

 

提督「俺はあいつを信じる。だから重要な1水戦旗艦を任せたんだ。釈放が明後日なのに今更変えられんし、他に適任者もいない。」

 

局長「ダガ仮ニモオ前を殺ソウトシタンダゾ? ソウ簡単ニ信用出来ルノカ?」

 

提督「・・・。」

 

そう言われれば、彼には否であったが、結論は別にあった。

 

提督「戦場に於いては過去何があったかは無関係だ。一度仲間にした以上信じなければ、それは自分が死ぬ時だ。」

 

局長「全幅ノ信頼デハナイノカ、ダト思ッタ。ナラバ私ノ言イタイコトハナイ。」

 

如月「あなたが信頼すると言うのであれば、私にも異存は無いわ。」

 

局長と如月は揃ってそんな事を言う。

 

提督「・・・そうか、よかった。局長、脇差、ありがとね。」

 

局長「銘ハ、決メテアルノカ?」

 

提督「・・・ない。」

 

局長「―――ナイノカ。」

 

ないのである。

 

提督「そうだな・・・“希光”、にしよう。」

 

局長「希光?」

 

提督「“希”望の“光”ということさ。」

 

単純だった。

 

局長「・・・ホウ、即興ニシテハ上々ダナ。」

 

提督「ありがと、じゃぁね。」

 

局長「タマニハ遊ビニ来イ。茶ト菓子位用意シテ待ッテイルカラナ。」

 

提督「ん・・・ま、気が向いたらね。」

 

そう言って直人は技術局を去っていった。

 

局長「・・・ラシイト言エバ、ラシイナ。」

 

如月「そうね。」

 

直人はまぁ、誰かをすぐに信頼することは無い、信用する事はあってもである。むしろすぐに信用するお人よしでもないとは言えなくはない。故に上層部には嫌われ放題だが。

 

 

 

6月28日午前10時 司令部地下牢

 

 

コツーンコツーンコツーン・・・

 

 

川内「!」

 

提督「やぁ、久しぶりだな。」

 

川内「本当にね。」

 

提督「今日は6月28日だ。あれからもうひと月か。」

 

川内「そうね、早いものだわ。」

 

提督「軽巡川内、拘禁を解く。大淀!」

 

大淀「はい。」

 

 

ガチャガチャッ

 

 

大淀が牢屋の鍵を開ける。

 

 

キイイィィィィーーーッ

 

 

その扉を直人が開け放つ。

 

提督「直ちに戦列に復帰し、訓練に参加、第1水雷戦隊旗艦の任に就くように。」

 

川内「承りました。」ビシッ

 

川内は敬礼して応える。

 

提督「今年中は多分実戦は無いだろうが、勘弁してくれ。」

 

川内「そうですね、承知しています。」

 

これは致し方のない事であった。既に公言しているからである。しかしこの言葉はあっけなく覆されることになるが、それは少し後の話だ。

 

提督「すぐに行ってやるといい、旗艦代理の夕立がドックで待ってる筈だ。」

 

川内「はい!」

 

この日から、1水戦の訓練は夜襲をメインにかなりハードになったと言う。夜闘将川内の活躍の裏には、駆逐艦の血反吐を吐くような激しい訓練があった。適応したのは夕立を含め一握りだけだった。

 

 

 

6月29日午前10時40分 屋外演習場

 

 

たまに20日越した頃から月末にかけて何かやらかす習性のある直人、案の定今日もやってしまった。というのは・・・

 

提督「白兵戦技訓練を行う。」

 

全員「・・・。」

 

提督「返事はどうしたァ!!」

 

全員「はっ、はいっ!!」

 

叢雲「まぁ確かに私なんかはいるかも知れないけど・・・。」(槍使い)

 

龍田「そうねぇ・・・。」(槍使い)

 

菊月「一つ聞いていいか?」

 

提督「どうぞ?」

 

菊月「普通艦艇で白兵戦はしないと思うのだが。」

 

確かに中世海軍ではあるまいに敵艦への強襲揚陸と白兵戦は、ほぼ想定しないと言ってもいいだろう。

 

提督「あのな、船と違って人は素手で戦う場面も多いんだ。艦艇だからと白兵戦を想定しないのか? それは戦場を舐めすぎてるな。うちは秘密艦隊故に何でも屋だ。それこそやるなら敵基地への潜入工作、敵前上陸、敵基地制圧作戦、敵艦に対する近接戦闘もこなせないといかん。うちにも天龍姉妹や伊勢姉妹を筆頭として近接戦闘出来る奴はいるが、そいつらが破られたらどうする? 自分の身を自分の拳で守ると言うのも重要なんだ。」

 

菊月「・・・聞いて悪かった、その通りだ。具体的に何をするんだ?」

 

そこが肝心であるが、艦娘達にとっては地獄待った無しである。

 

提督「俺とサシで、つまり1VS1で戦って貰う。」

 

全員「・・・。」

 

 

えええぇぇえぇぇぇえぇええええええぇぇぇぇえええええ~~~~・・・!?

 

 

直人の強さは司令部中に知れている。

 

赤城や加賀を圧倒し、天龍を秒殺し、龍田を一撃で倒し、川内を互角の戦いの後に圧倒し(これについては流布されていないが)、艤装も無しに30cm砲2門と霊力刀1本だけで3000を超す深海棲艦をたった一人で薙ぎ倒した。

 

更に艤装の有無を問わず超兵器を破った。化物以外の何物でもない。

 

それとサシで戦えと言うのだから、彼女らの絶望感たるや凄まじかったろう。

 

金剛「正気デスカー?」

 

提督「狂気でモノを言ったことは一度も無いぞ。」

 

榛名「本気ですか・・・。」

 

提督「無論だ。」

 

蒼龍「・・・でもそれ位しないと、超兵器には勝てないって事よね。」

 

提督「!」

 

菊月「ワールウィンドを倒した張本人だからなぁ。」

 

提督「?」

 

長月「オブラートに包まなくてもいいだろう、化物が相手なんだから。」

 

提督「その言い方やめて、マジで傷付くから・・・。」

 

長月「嘘つけ、この程度で傷つく司令官じゃないだろう。」

 

提督「どういう意味だおい・・・。」

 

愛宕「あらあら・・・。」

 

高雄「駆逐艦に口で負けますか・・・。」

 

ざっくり言われる直人であった。

 

川内「あんまりみんなピンと来てないみたいだし、一つエキシビションマッチでもやっちゃう? 提督!」

 

提督「え、あー、いいけども。」

 

おおおお!?

 

今度はどよめきが起こった。

 

実力未知数の川内と、化物クラスの提督直人の一騎打ち、しかも川内から言い出したのだから当然だ。特に着任して一度も出撃をしていない叢雲なんかは興味津々である。

 

青葉「エキシビションと聞いてきました!」シュタッ

 

川内「おぉっ!?」

 

天空から舞い降りてくる艦娘なんてレア過ぎるわ。

 

提督「お前審判と実況!」

 

青葉「アイアイサー!」

 

特に驚きもせず即座に指示を出す直人。

 

全員「「「どこから来た!?」」」

 

青葉「たまたま近く(近海)を通りかかったので。」

 

 

 

そんなこんなで・・・

 

 

 

青葉「さぁ間もなく始まります紀伊元帥VS川内さんの1戦! 実況は青葉、解説は局長ことモンタナさんと龍田さんでお送りします!!」

 

局長「ヨロシク。」

 

龍田「よろしく~。」

 

なんだかんだ3人ともノリノリである。

 

青葉「さて、今回二人はどちらも刀を使うようですが、どうでしょうか?」

 

龍田「天龍ちゃんを秒殺する事は出来ても、川内ではそうはいかないと思うわぁ。」

 

局長「二人トモアア見エテ殆ド互角ダ。川内ガドコマデ奮戦出来ルカガミドコロダナ。」

 

青葉「互角の勝負ですか、異常な実力を持つ紀伊元帥に匹敵する実力者が現れたという事ですか?」

 

局長「ソウナルナ。」

 

龍田「元独立監査隊トップの暗殺者の実力は、生半可じゃないわ。」

 

青葉「それは凄い一戦です! 全艦娘の耳目が集まる中、間も無く試合開始です!」

 

 

 

提督「本当にいいんだな?」

 

川内「・・・勿論。」

 

提督「ならば手は抜かん。あらゆる手段を使ってでも勝つ。」チャキン

 

川内「そうでなくちゃ、その上で勝つ、それでこそ意味があるというものよ。」

 

提督「・・・そう言うと思った。では俺の本来の太刀を見せようか。」

 

そう言って直人は更に霊力刀“希光”を抜く。

 

極光と希光の二刀流、直人は本来二刀流の担い手なのだ。無論一刀流も出来るのはこれまでで立証済みであるが。

 

川内「・・・面白いわね、二刀流か・・・。」

 

 

 

青葉「あぁっと!? 紀伊元帥、二刀流だ!!」

 

龍田「天龍ちゃんとやった時は、長刀だけだったわねぇ。」

 

局長「私ガ打ッタ脇差“希光”ダ。実力ハ今ニワカル。」

 

青葉「ではその点にも注目しましょう!」

 

 

~観客席~

 

伊勢「なに!?」

 

天龍「二刀流だと!?」

 

伊勢「天龍、前やり合ったって・・・。」

 

天龍「あの時は太刀1本だった。それが二刀流とはな・・・。」

 

伊勢「何の考えがあるんだろうね・・・。」

 

二人がこんな会話をしているのは、二刀流の難しさ故だ。

 

二刀流はアニメで見る様なショートソード2本でやるのを見たことがあるかも知れないが、あれは西洋の両刃剣だからこそで、日本の剣術の場合は異なる。

 

日本の剣術の場合、二刀流は刀と脇差のセットで行う。刀は大抵2.4㎏以上ある為、それを片手で操るには相当な腕力が必要になる他、左右で重さが違う為、取りまわす際にコツがいる。体のバランスもズレてくる。

 

一刀流と二刀流の大きな違いは、立ち回りもさることながら必要な腕力も違う点である。一刀流を修めても、流派によっては二刀流は使えないのだ。

 

天龍「おいおい、提督大丈夫か・・・?」

 

伊勢「どうなんだろうね・・・。」

 

 

 

提督「さて、始めようか。」

 

この司令部で、二度目となる直人と川内の激突が、今始まる。

 

川内「えぇ。」

 

いずれに勝敗が帰してもおかしくはない対決。直人は端から負ける気は無かった。

 

提督「・・・こい!」

 

直人は極光を前に構える。

 

川内「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」ダッ

 

川内が一気に距離を詰める。

 

ここで一つ補足しておこう。

 

「互いに真剣試合」である。

 

提督「スピードは悪くない・・・」ボソッ

 

川内「やあああああっ!!」ヒュバッ

 

互いに間合いに捉え、川内は左払いに直人の首筋を狙う。

 

提督(太刀筋も悪くはない。だが、)「はああああっ!!」ヒュッ

 

 

カシイイィィィィーーーン

 

 

直人は左手の希光で川内の刀を防ぎ弾く。

 

提督「そこだっ!!」ヒュバッ

 

直人は完全に空いていた川内の懐に極光をねじ込む。

 

川内「はあっ!!」

 

 

ガシイイィィィィーーーーーン

 

 

だが川内は弾かれた刀を強引に体の左側に持って来て、極光を防いだ。

 

 

ガチガチガチ・・・

 

 

提督「むぅ・・・やるな。」

 

川内「そっちこそ。」

 

 

ガキィンキィンカシィィンキィンガイィィンカシイイィィン・・・

 

 

 

~観客席~

 

伊勢「ほう・・・やるね。」

 

天龍「それどころか慣れ過ぎだ。まさか・・・」

 

 

 

青葉「序盤から一進一退の激闘です! 希光と極光の二刀流でも、その力は衰えるどころか増している様に見受けられます!!」

 

実況もいきなりヒートアップしてやがる。

 

龍田「これは驚きねぇ、調べたらタイ捨流は一刀流のはずなのだけれど・・・。」

 

局長「恐ラクハアイツガ加エタ“アレンジ”トヤラノ1ツダロウナ。」

 

青葉「なんと!? 紀伊元帥の剣術は我流の域にまで達していた!! 川内さんはどこまで拮抗できるのでしょうか!!」

 

龍田「川内ちゃんもかなりの腕前だから、期待したいわねぇ。」

 

 

~再び観客席~

 

金剛「提督ゥ~~~!! ファイトデェェェ---ッス!!」

 

皐月「司令官、頑張って!!」

 

文月「ふぁいとぉ~!」

 

五十鈴「川内! やっちゃいなさい!!」

 

球磨「頑張るクマ!」

 

多摩「畳みかけるにゃ!!」

 

観客席はと言うと、「直人の実力を知っている」為に「直人が勝つ」グループと、その逆のグループとが応援合戦になっていた。特に前者には単純に直人を慕うグループまで参戦してヒートアップしていた。

 

無論第3のグループもある。それは・・・

 

神通(まぁ司令官さんですし・・・)

 

天龍(提督が勝つな。)

 

日向(まぁ、そうなるな。)

 

伊勢(そうなるね。)

 

「直人がどうせ勝つだろうし傍観しよう」というある種の達観を抱えたグループだった。

 

無論ノリのいい連中もいる。

 

 

 

木曽「さぁ~一口100円だ、どっちが勝つか、さぁ張った張った!」

 

まぁ、こうなる。

 

飛龍「じゃぁ提督に一口賭けとくかな。」

 

那智「私もだ。」

 

陽炎「私もー!」

 

黒潮「ウチは川内はんに一口賭けときまっか。」

 

不知火「はぁ~・・・。」

 

朝潮「そうですね、川内さんに一口。」

 

荒潮「提督に一口よ~。」

 

如月「川内さんに一口賭けておくわ。」

 

叢雲「私も。」

 

暁「私も!」

 

木曽「いいねいいねぇ~!」

 

雪風「私は司令に一口賭けます!」

 

川内サイド(あっ、これ負けた)

 

 

 

提督「ぬうう!」ズザザザザッ

 

川内「おっとと・・・!!」ズザザァァ~ッ

 

互いに弾き飛ばされた模様。

 

提督「好き勝手言ってくれちゃってまぁ・・・。」

 

川内「だねぇ・・・。」

 

かれこれ15分は拮抗している。互いに息が乱れた様子は一切ない。

 

提督「ほんと強いね川内。」

 

川内「近接戦闘の訓練は人一倍受けたからね。」

 

何が近接戦闘だ暗殺術の間違いだろ、急所を的確に狙ってきやがって。

 

提督「名うての暗殺者だったって話だったしな。龍田に聞いたよ。」

 

川内「その名が伊達じゃないって、証明して見せるわ。」

 

提督「されても困るんだが・・・。」コオッ

 

川内「!」

 

川内は気付いた。

 

極光と希光の刀身が、“白く”輝いている事に。

 

 

 

青葉「おぉっと!? 何やら紀伊元帥から霊力が放散されているように見受けられますが・・・。」

 

龍田「・・・いよいよ本気って訳ね。」

 

局長「希光モアイツノ霊力波形ニアワセタ霊力ヲ纏ウ。白ク輝ク刀身ハ、アイツノ霊力ト刀ノ霊力ガ共鳴シテイル証明ダナ。来ルゾ、ヤツノ本気ガ。」ニヤリ

 

 

 

川内「霊力を攻撃転用というのは、些かズルよねぇ・・・。」

 

提督「そーでもねぇだろうが。」

 

霊力使いの常套手段である。

 

川内「でも、勝ちにいかなきゃ。」

 

提督「安心しな。」

 

“近づけもさせねぇから。”

 

その言葉と同時に一挙に霊力が増す。

 

川内「!?」

 

提督「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 

ヒュババババババババババババッ

 

川内「んなっ!?」バッ、ババッ

 

ズドドドドドドドド・・・

 

(光路・一閃!!)ヒュバッ

 直人は霊力刃の弾幕の最後に希光を横に凪いだ。川内に降り注いだのは斬撃の弾幕、更にそこへ希光の横一文字の斬撃が飛ぶ。

それは極光のそれより遥かに巨大で、広範囲を薙ぎ払い川内に迫る。

 

川内「くぅっ!」ダン

 

川内の逃げ場は空中にしかなかった。それが真の狙いだった。

 

提督(五突!!)ヒュヒュヒュヒュヒュッ

 

直人は極光を使って、サイコロの5の目に霊力の槍を飛ばす。

 

提督(取った!)

 

確信した、その時である。

 

川内「フフッ♪」クルッ

 

川内は足場もない空中で更に上に飛び1回転して見せたのだ。

 

提督「は!?」

 

直人は素で驚いた。彼女に異能や特異点は無いと思っていたからである。

 

そう、川内に特異点が無いという彼の予想は間違いであった。それどころかとんでもない異能を隠し持っていたのである。

 

今頃言うのも何だと思うが、疑似洗脳などを行うと改造ランクがワンランク下がる。という欠点がある。彼女も例に漏れなかったのだ。

 

彼女の真の姿、『川内改二』の実力であった。

 

川内「同じ手は食わない、はあああああっ!!」ヒュオオオオッ

 

川内は空中を直人に向けて自由落下で突進する。

 

提督「五突を躱すか、褒めて遣わす。」ニヤリ

 

だがまだ彼は余裕を残す。

(斬技・皐月!!)ヒュバババッ

直人は極光でバツの字で斬撃を放ち、希光でバツの交点に霊力の槍を飛ばす。

 

槍の先端と斬撃の両端を結ぶと四角錐に、頂点が五つになるので「皐月(5月)」である。

 

川内「はっ!」ババッ

 

しかし直人の渾身の対空迎撃さえも、彼女は空中を飛んで回避して見せた。

 

提督「くそっ!」(十文字!)ヒュヒュッ

 

さらに十の字に斬撃を飛ばすもこれまた回避された。むしろその斬撃のせいで、川内は直人の直上を『飛び越えた』。

 

提督「なっ・・・!?」

 

川内は全く想定外の、上面逆進背面展開をやってのけたのである。

 

川内「ふふっ。」スタッ

 

提督「宜しい、本懐である。」カッ

 

直人は希光を鞘に納めて一瞬で180度その場で反転、そのまま一気に距離を詰める、僅か4mをそれこそ一瞬で詰める直人の敏捷さは並外れていた。縮地の奥義を彼は会得していたのだ。

 

川内「!!!!」

 

身構える隙も与えない高速の動きは、どの艦娘にさえ不可能の芸当だった。

 

提督「ワン!!」ピッ

 

 

ズバァァッ

 

 

川内「くああああ――」

 

一撃加え直人は一旦すり抜け、川内の背後で再び進行方向を反転させる。

 

提督「ツー!!」ヒュピッ

 

 

ズバアァァァァァン

 

 

川内「――ああああああっ!!」

 

そしてもう一撃、そのまま川内の脇をすり抜ける。

 

この間、僅か0.8秒

 

提督「ふぅーーー・・・。」ズザザザザザァァァァーーーッ

 

直人は地面に足を立て減速しつつ鞘に刀を納刀する。

 

提督「我流、燕返し。」チャキン

 

川内「っ・・・。」ドシャアアァァッ

 

 

 

青葉「え・・・あっ・・・決まりました!! 勝者、紀伊元帥!!」

 

局長「フッ、流石ダナ。」

 

龍田「そうねぇ。」

 

青葉「お互いに死力を尽くした一戦でした!! 二人ともお強いですね。」

 

龍田「そうねぇ、空中を飛べるとは、川内も中々侮れないわねぇ。」

 

 

~そしてやっぱり観客席~

 

金剛「イエーッスヴィクトリィィィーーー!!」

 

五十鈴「あっちゃぁー、負けちゃったかぁ・・・。」

 

皐月「やっぱりすごいね、司令官は!」

 

文月「うん! 凄い凄い!」

 

 

~賭博サイド~

 

木曽「スゲェな、司令は・・・。」

 

雪風「やりました!」

 

川内サイド(やっぱしな・・・。)

 

伊達に幸運艦ではない、それが雪風である。雪風の幸運は、それに便乗した者にまで分け与えられるという。その一端が、垣間見られる出来事だっただろう。

 

 

~達観サイド~

 

神通「ですよねぇ・・・。」

 

天龍「だろうなぁ・・・。」

 

伊勢「まず勝つね、提督。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

4人揃って9文字のコメントである。

 

神通「でも、あれだけのことをやるってことですよね??」

 

天龍「ない、絶対ない! ・・・とは言い切れないのが辛い・・・。」

 

伊勢「流石に竹刀だろう。」

 

日向「あるいは素手かだな。」

 

4人「そうなることを祈ろう。」

 

まぁ、そうなるな。

 

 

 

川内「相変わらず・・・馬鹿げた強さね・・・。」

 

提督「お前が言うな、空中飛ぶなんて聞いてねぇぞ。」

 

川内「あー・・・やっぱり気付かれちゃったか。まぁ言ってないからねぇ。」

 

提督「む・・・。」

 

まぁそりゃそうだが、と言葉に詰まる直人だった。

 

青葉「お疲れ様です、お飲み物どうぞ!」

 

差し出したのはスポーツドリンクの入った水筒である。

 

提督「ありがと・・・」ゴクゴク

 

青葉「流石に皆さんあれはやりませんよね?」

 

全員が聞きたいであろう事を聞く辺り、流石パパラッチである。

 

提督「うーん、取り敢えず全員相手して見てからに依るけど、取り敢えず真剣じゃなく木刀なのは間違いない。」

 

青葉「ですよねー・・・。え? なんで木刀?」

 

聞いてみると答えはシンプルだった。

 

提督「竹刀だと何本折っても足りん。」

 

青葉「・・・」←絶句

 

川内「だ、だろうね・・・。」

 

つまりそういうことだった。

 

 

 

最初の全員の反応からお察しの方もいたかもしれないが、その後順に試した結果は、近接武器を持った者を除いて散々だった。

 

全員基礎に近いところまではやれるのだが、そこから先がほぼなかった。

 

但し、一部に完全に適応できる可能性のある艦娘はいないでもなかった。そのせいで終わった後はフラフラだったが。

 

その適応出来そうな艦娘も一人ではない。数名いる。

 

 

 

提督「はぁっ!!」ヒュッ

 

 

ピタッ

 

 

黒潮「うっ!?」

 

提督「こいつら~、武器使って素手の俺に負けたら割と話になってないぞ。」

 

はい、長刀や短刀使って素手に勝ててません。割と情けない話である。

 

黒潮「うぅ~・・・面目ないなぁ。」

 

提督「次!」

 

朝潮「お願いします。」

 

朝潮か。

 

提督「おう。来い!」

 

朝潮「はいっ!」ダッ

 

朝潮は素手で直人の懐を目指し一挙に距離を詰める。

 

提督「単純だ、ハッ!!」

 

直人は脇から右の拳を放つ。

 

朝潮「フッ!!」カクッ

 

しかし、朝潮は駆逐艦特有の小柄さ(と言っても身長140ほどあるが)を使い、かがんで躱して見せた。

 

提督「うぐっ!?」しまっ――――――

 

懐は完全にがら空き、その懐を埋める様に朝潮が入り込む。そして右アッパーが・・・

 

 

ズガアアァァァッ

 

 

提督「ガフッ!?」

 

 

ザワザワッ

 

 

直人はモロに一撃を貰った。気付けばこれが艦娘がこの近接戦闘演習にて初めて与えた痛打だった。

 

ギャラリーがざわつくのも道理だろう。

 

提督「ぐううっ!?」ドシャアアァァッ

 

実は素手で相手しているが、そこまで得意ではない。

 

精々見様見真似のマジカル八極拳もどきが使える程度である。(え

 

朝潮「どうしました、素手ではこの程度ですか?」

 

提督「ほう・・・言うねぇ?」

 

立ち上がりながらそう言う直人。

 

提督「ここまで相手した奴がアレだったから少々油断したが、やるな。」

 

朝潮「私は戦う術に関して、日々研鑽は惜しみませんから。」

 

提督「そうか、では仕切り直すか、少々芸を見せてやろう。」

 

朝潮「では、参ります!!」キッ

 

朝潮は先程より鋭く殴り込む。

 

提督(狙い通り、朝潮は一撃必殺型の速戦系ナックラーか!)ニヤリ

 

朝潮「ハッ!!」ヒュバッ

 

凛とした声と共に放たれる右ストレート。だが・・・

 

提督「ハッ!!」ヒュバッ

 

直人も右ストレート、しかしクロスカウンターではなく朝潮の拳を狙った。

 

朝潮「っ!?」

 

敏感にそれを悟った時には既に遅かった。

 

 

ガッ・・・ズドオオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

朝潮「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

朝潮は一撃で吹き飛ばされた。直人が右腕から魔力と霊力の複合したエネルギー流を、拳から勢いよく叩き付けたからである。

 

一時に狭い範囲に膨大なエネルギーを叩き付けた場合、この複合エネルギーの時はエネルギージェット噴流が発生する。朝潮はその噴流で弾き飛ばされたのである。無論ノーダメージじゃ済まされない。

 

朝潮「く・・・う・・・。」

 

提督「若干自信過剰が過ぎた様だな。次!」

 

しかしあの動きとキレ、もの凄かったな。

 

そんな感嘆と共に、審査を続けていくのであった。

 

 

 

電「やああぁぁっ!!」ヒュバッ

 

電が使ったのは長刀だった。が

 

提督「筋はいいが太刀筋ブレ過ぎ、出直せ!」ピッ

 

直人はその木刀を指一本で止めた。

 

電「はにゃああああああっ!?」

 

 

・・・カラァァァーーーン

 

 

止めるどころか直人はその木刀を吹き飛ばしてさえ見せた。

 

電「・・・。」ヘタッ

 

指の先から指向性を持たせた霊力を放出して勢いを止めただけの簡単なマジック、ガンド撃ちの霊力版である。勢い余って木刀を吹き飛ばしたが。

 

提督「おいおいこれ位でへたり込むなよ・・・。」

 

直人本人にすれば全力の欠片も無い程度である。

 

時雨「いや、ガンド撃ちは無茶苦茶だと思うよ? どのレベルまで出来るの?」

 

電の前に出て来たのは次に試験する時雨だった。

 

提督「そうだなぁー、やったことはねぇけどインフルクラスの高熱出させてベッドの上でうならす位は出来る、と思う。」

 

時雨「それ相当な威力だよね?」

 

なんで魔術知識こんなに豊富なんだ。因みにガンドというのは、所謂簡単な呪術の一種である。特に彼の様に指先からそれを放つ使い方をガンド撃ちと言う。因みに普通できる事はせいぜい風邪と同じような症状を付帯する程度である。

 

因みに攻撃に使うと拳銃並の威力があるが、直人のレベルならマグナムクラスである。

 

提督「かもなぁ。電、大丈夫?」

 

電「あ、はい、大丈夫なのです。」

 

時雨「あっちで休んできたら?」

 

電「はい、そうするのです。」

 

電はそう言って立ち上がり、ギャラリーのほうに戻っていった。

 

時雨「さて、僕の魔術の事はもう知ってるよね?」

 

提督「・・・あぁ。」

 

時雨「あれを使ってもいいけど、僕は僕の持つ実力の“全て”で相手になろうと思う。」

 

提督「ほう。」

 

掌を返せばそれは、あんなものは序の口という事である。

 

時雨「始めよっか。」ゴオオオッ

 

提督「・・・来るといい。」

 

直人は身構える。無論素手だ。

 

ここで時雨の能力についてざっとおさらいしよう。

 

時雨の主な戦闘能力は魔術で賄われている。直人の見立てであれば相当な魔術の素養がある。

 

そして思い出してほしい・・・時雨は、「指ぬきグローブをはめている」。

 

その指ぬきグローブの甲は、硬化のルーンが浮かんでいた。ルーン魔術の一つで、北欧に由来を持つこの時代希少化した類の魔術である。

 

提督「魔力・・・!」

 

時雨「やっ!」ヒュッ

 

一瞬で間合いを詰める時雨。

 

提督「ぬっ!」バッ

 

直人は一気に後ろに飛び退る。

 

時雨「ふっ! ふっ! はぁっ!」ヒュッヒュッヒュッ

 

時雨はそれを追いつつ素早くパンチを繰り出していく。

 

提督「・・・!!」スススッ

 

それを的確に回避して行く直人、表面上は時雨が有利に見えるが、実はかなり余裕であった。

 

時雨(一筋縄ではやっぱり行かない、ならば!)「はああああああっ!!」

 

普段の大人しそうな風貌からは想像もできない凛とした声と共に拳から放たれたのは、全てを押し流す大海の荒波。

 

提督「メイルシュトローム!?」バッ

 

慌てて魔術障壁を展開しようとするが、遅かった。

 

提督「ぐうううううううう!!!」ザッバアアァァァァァァーーーーン

 

 

 

川内「へぇ、やるねぇ。」

 

雷「・・・時雨って、凄かったのね。」

 

電「なのです。」

 

摩耶「おいおい、あいつ、なにをやった!?」

 

天龍「・・・種の見えない手品か、しかし時雨が押してるな。」

 

大淀「あらぁ~・・・二人とも全力ですね。」

 

観客衆は時雨の実力に唖然としていた。まぁそうだろうが。

 

 

 

提督「ぐううううう!!」

 

時雨「やあああっ!!」キュイイイイイ・・・

 

更に時雨が氷の魔力を放つ。その魔力は渦を巻き、水を凍らせていく。その一撃は大海を凍てつかす覇道の一撃。

 

提督「何―――ッ!?」カチカチカチ・・・

 

 

カキイイィィィーーーー・・・ン

 

 

時雨「ふぅ。」

 

(まさか氷漬けにされるとはな。と言うか、魔術を使うんじゃないよお前さん。)

見事氷中に閉じ込められた直人、だが思いの外冷静である。

「トレース・・・!」

時雨も追撃とばかり更に魚雷型ミサイルを投影する。

「これでトドメだよ。」

 

(・・・おおっと、流石にやばい。でもこれ不解の魔術がかかってねぇな。なら溶かせるし錬金行ける!)コオオオッ

直人は瞬時に錬金術式を展開し、氷を錬金し始める。

「撃て!!」

時雨の一声と共に放たれたミサイルは13発。

(間に合え!!)

 

ズドドドドドドドド・・・

 

時雨(獲った!)

 

 

ザワワッ

 

天龍(獲られたな・・・)

 

龍田(だめね・・・)

 

川内(そんなことが・・・)

 

金剛(提督・・・!!)

 

大淀(だめですね・・・。)

 

 

ゴオオオオオ・・・

 

 

時雨「・・・。」

 

煙が・・・

 

時雨「・・・?」

 

徐々に・・・

 

時雨「っ!!」

 

晴れる・・・

 

観客「!!」

 

 

 

ヒュッ

 

時雨「うっ―――!?」バッ

 

時雨が煙の中から飛んで来た白金剣を紙一重で何とか躱す。

 

提督「間一髪、だな。」ババァァァァァァァァァン

 

直人はしっかりと立っていた。多少黒ずんだ軍服を着て。いつも通りの余裕を含ませた笑みを湛えて。そしてその突き出された右掌の先には、銀色の液体の様な物が浮かんでいた。

 

時雨「そんな・・・どうやって・・・?」

 

提督「あの氷を錬金しただけさ。水銀にね。」

 

時雨「水銀・・・。」

 

 水銀は常温だと液体になる。金属と液体両方の特性を併せ持った唯一にも等しいだろう物質であることを知ってる方もいる事だろう。

やったことは単純で、錬金した水銀を弾頭に叩き付けただけ、あとは水銀膜を張って出来るだけダメージを抑えただけである。信管を発動させるのであればそれで十分である。

 

提督「甘く見たツケだな。一時とはいえ俺を圧倒したことは褒めて遣わす。が、」ヒュッ

 

時雨「!!?」(消えた!?)

 

直人は驚くべき機動をした。100m以上ある距離を一挙動で詰めたのである。

 

ズババッ

 

時雨「ぐあぁぁっ!!」

 

そして正面から横薙ぎに、背面に抜けてその背を下から上に薙いだ。

 

(我流二刀十字斬・改。)シュウウゥゥゥゥン

 

直人は呼集していた白金剣を戻す。その瞬間時雨も崩れ落ちた。

「硬化のルーンが陽動とは恐れ入った。しかも拳からあのような魔術の使い方、一流以上だ。だがまぁ、今度からは人前では使うな、魔術は秘匿されるべきものだ。いいな?」

 

「う、うん・・・。」

時雨に釘を刺す事も忘れない直人であった。

「御託はいいから・・・」

その横からとんでもない勢いで突っ込んでくる艦娘が一人。

「ん―――!?」

 

「早くやるっぽおおおおおおおおおい!!!!」

時雨との激闘に中てられ、焦れて突っ込んできた夕立であった。

「少しは待つことも覚えないと・・・」グイッ

直人は夕立の一撃を躱すと夕立の襟首をむんずと掴む。

「えっ。」

 

「そおおおおおりゃああああああああ!!」

 

ズドオオオオォォォォォォォーーーーーン

 

「キュゥ~~・・・。」クタッ

一本背負い投げ、一丁上がり。

 

提督「こうなるぞ?」

 

夕立「あ、あいぃぃぃ~~~~・・・っぽい。」ガクリ

 

 いくら徒手での格闘技が苦手と言っても、一撃でダウンさせるだけの実力は、直人にもあるのだ。じゃ無ければ初めて海に出た頃を生き抜くのは困難だったろう事は必定である。因みに土方仕込みであったと言う。

 

(ま、夕立はそれはそれで筋はいいが、相手の状況を把握できる能力に秀でるようだ。)

そう評価する直人でした。

 

因みにヘロヘロになった原因の人は時雨だったり他の面子ではない。大淀も審査はしなかった為除外される。実は・・・

 

ガッ、ガッ、バシッ、ズドッ、ドムッ・・・

 

提督「ぐ、ぬううう!!」シュシュッ

 

鳳翔「まだまだ、ですね!」シュッ

 

ズドムッ

 

提督「カハッ・・・!!」

 

ドッ・・・

 

直人は膝を突く。

 

鳳翔「素手での戦闘も、少し学ばれては?」

 

提督「いや、中々向いてなかったんですよ・・・ゲホッゲホッ・・・」

鳳翔さん、なんと空手でなら有段者レベルの強さでした。そりゃ無理である。

「ならばせめて短刀ならどうですか?」

 

「それなら行けます、けどね・・・。」

結局直人は両手を上げたのだった。

 

 

 

天龍「・・・マジかよ。」

 

龍田「提督が降参するとはねぇ・・・。」

 

軽くのされた二人もこれには驚いた。直人と鳳翔の素手の戦闘に於ける相性も加味して評価する必要もあるが。

 

川内「・・・空母?」

 

赤城「空母ですよ。ああいう戦い方が出来たらカッコいいでしょうねぇ・・・。」

 

加賀「まず似合いませんよ、蒼龍さんなら中々いい感じでしょうけれど。」

 

赤城「―――今日は辛口なんですね・・・。」

 

観客(過去に敗北歴有り)の面子などは衝撃が大きかっただろう。まさか鳳翔が直人に勝つなんて下馬評ではまず出ないであろう組み合わせである。

 

柑橘類「お艦・・・マジか・・・。」

 

勝った当人の航空隊長も唖然である。

 

まぁ、最後フラフラになったのは大体この人のせいでした。そしてもし鳳翔を怒らせればこの二の舞になると、艦娘達も覚悟したのでありましたとさ。

 

 

 

何にもめでたくねぇよ!!(直人談)




※川内のステータスが更新されました※

艦娘ファイルNo.69

川内型軽巡洋艦 川内改2

装備1:20.3cm(3号)連装砲
装備2:20.3cm(3号)連装砲
装備3:零式水上偵察機(958空)(対空+2 爆装+4 対潜+3 索敵+6 命中+2)
装備EX1:隠密作戦用着(回避+10)

土方が嶋田から仲介されて直人に託した艦娘。8人の中で唯一横鎮預かりではない。後に夜戦ジャンキーでもあり夜戦をその本分とすることから夜闘将と呼ばれる。
元は独立監査隊諜報部内で随一の技量を誇る最強の暗殺屋で、独立監査隊上層部の手によって疑似洗脳と擬似記憶置換の施術を施され、裏で暗躍していた。
独立監査隊独自のルートで入手した装備を持っており、それをそのまま近衛艦隊が譲り受ける事になった事はある意味での皮肉であろう。
嶋田の命により、『紀伊直人が反抗した場合即刻始末せよ』と言う命を受けて横鎮に送り込まれ、嶋田の直人殺害命令を受けそのまま近衛艦隊に潜り込む事に成功し着任2日目に動き出すと、見回り中の直人を暗殺せんと試みるも失敗し逆に捕縛、翌日疑似洗脳等の解除装置の実験台に供され、元の人格と記憶、そして力を取り戻す。
自身の戦闘術は超一流であり、暗殺を試みた際は一時互角に競り合い、また格闘戦技講習のエキシビションマッチでは、本来の力をフルに生かして縦横に立ち回って見せた。が、元々暗殺術だったものを発展させたものであった為今一歩で届くことは無かった。
空中跳躍と言う稀な能力を持ち、これを使用した際の機動力は他に類を見ない。
速度でも火力でもなく、機動力に特化した艦娘と言うもの自体が珍しいのも事実である。


川内固有スキル

空中跳躍 ランク:A+

ある世界には魔力を1カ所に固定して、それを足場にジャンプする魔術師がいると言うが、こちらはその霊力版で、沢山の霊力子を1カ所に固着させ、それを足場にして空中で跳躍を行う。夜戦で使えば隠密戦闘用着と併せて、闇に溶け込んで空中から砲撃が出来るというある種のチートである。
疑似洗脳等で一度封印されたが、解かれた事で封印も一緒に解けた。


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第1部6章~司令部の1日~

どーも、天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉です!」

実はこの間翔鶴改2甲沈めちゃってます。(15/10/16)
今は翔鶴改33、翔鶴クエも終わらせて天山村田隊も復活しました。(3-5で余所見運転、烈風601空二つと天山村田隊、流星601空を喪失。皆も気を付けよう。)

青葉「ご愁傷様でした。」

うん、まぁお前ならそうなるな。

青葉「今日は何の解説ですか?」

(・・・慈悲がねぇ)そうだな・・・あらかた説明終わってるんだな、これが。ではどうしようか・・・。

青葉「なにかありましたっけ?」

ない。そんじゃちょっと現状の解説だけしておこう。

青葉「了解です!」

直人達横鎮近衛艦隊は、土方海将の命令で無人のサイパン島に布陣、要塞化を進めている状態にある。

地政学上で見れば南に敵のラモトレックアトール泊地を抱え、南西に壊滅させたナルカレクシー、その先にパラオ、そしてタウイタウイがある。東南東方向に向かえばトラック島があり、北には日本本土、東は無人の大海原が続く。

現状トラック島を発して偵察機や威力偵察は度々であり、海上防衛は現状ザルと言っていい。

本土から2400km離れたこの島は半ば孤立状態にあり、自衛が要求される状態であり、また勢力圏の外周にある為、絶対防衛ラインと言って差し支えない。横鎮近衛艦隊は現状、態勢を整えるべく日夜要塞化を推し進めている状態にあり、艦隊行動など満足に出来る状況ではなくなっている。測量も徐々に進んできている状況だ。

全体を見ると、戦況は決していいとは言えない。シナの海の安定的確保こそ達成したが、東シナ・南シナ海、黄海、渤海、日本海を確保しているに過ぎず、前線は大湊ー横須賀ー小笠原諸島ーサイパンーパラオータウイタウイーブルネイーリンガのラインでほぼ停滞している。西はマラッカ海峡以西には進出していない状況にあってマラッカ海峡を死守している状態にある。

しかしハワイ強襲作戦から1ヵ月しか経っていない事もあって、各鎮守府はその打撃から回復する途上の段階にある。ダウンした戦力がそう簡単に復旧出来ない事は、提督諸氏には周知の事と思う。

アリューシャン列島線へも進撃が度々行われるが、今一つ芳しくない状態にある事も、既に劇中で述べられた通りだ。現状は過半が受けに徹して練度を上げている段階であろう。南西諸島への敵の進軍もこの時期度々ある為でもあり、大きな外征を行いうる能力が今一つ欠けていた事も要因として数えられることが多い。

中央では何やら大掛かりな侵攻作戦が画策されているとまことしやかに噂されているとも言うが、真偽の程は定かではない。

青葉「超兵器級の動向も、現状は前線から遠い地域にいて温存されている様子で、前線に強大な敵の存在は、現在の所見受けられないようです。ただ、絶対数で勝る深海棲艦隊が、前進してきた人類の勢力圏を数に頼んで押し戻しにかかっている状態ですね。」

そうなるな。必然的にそう言う戦略にシフトするだろう。サイパン島やパラオにいつ敵襲があってもおかしくはない状況下にあるという訳だ。

青葉「来ないといいですけどねぇ。」

そりゃそうだ、その方が第一楽だろうしな。

青葉「理想ばかり挙げても詮無い事ですよ。」

わーってますって。10月22日から25日にかけて更新が停止してしまい申し訳ありませんでした。所用にて手が付けられませんでした、御了承下さい。

青葉「そんな時もありますよねやっぱり。」

・・・やっぱりって・・・まぁいい。では始めていきましょう。この章は小ネタ集です、一気に2か月ほどかっ飛ばします。

青葉「あぁ、分かっちゃいましたけど本当の小ネタ集やりますか。」

そう言うな、ネタ切れかました。

青葉「ぶっちゃけるんですかそれ!?」

ぶっちゃけちゃったよもう遅い。(エブリスタでまだのんびり構えてられた時期のお話で御座います。)

青葉「あぁぁぁ~~~・・・。」

取り敢えず、参りましょう。色んな艦娘のエピソードを取り上げる予定です。
どうぞ~。

※注:時系列順ではありませんその保証はしません出来ません。気まぐれの産物ですので御了承下さい。またこの章が一旦終わっても更に増える可能性があります。


~朝潮と長良~ 2052年7月初旬

 

朝潮は努力家気質であり、なにか一点でも人に劣る点があれば、彼女はそれを越えようとする、そんな艦娘だ。

 

そんな朝潮を、直人は珍しい時間に見かける事になる。

 

 

 

7月4日午後2時10分 技術局

 

 

提督「おいすー。」

 

直人は昼食終わりに技術局の門をくぐっていた。技術局を入って真正面に、この時は3人の艦娘がいた。

 

如月「あらぁ♪ いらっしゃぁい!」

 

朝潮「ど、どうも。」

 

雷「いらっしゃい!」

 

提督「おっと―――様子を見に来たら朝潮がいましたよっと、どうした?」

 

朝潮「そ、その・・・」

 

雷「長良さんのトレーニングぶりに触発されて、自分もやってみようとしたらしいんだけど、オーバーワークでちょっと肉離れをね。」

 

長良は言わばトレーニングを恋人にするかのような性格をしている。それを真似るとは相当な気合いだが、何かあったのだろうか。

 

因みにこの時間にいるのがなぜ珍しいかと言うと、この時間朝潮はまたぞろ色々な事をしているからである。その為必ず忙しそうにしている。

 

提督「長良の筋トレは相当やり込んでる風な感じだからなぁ。で、なんでまた?」

 

朝潮「それは・・・。」

 

提督「―――うーん、雷、朝潮借りてっていい?」

 

雷「借りっぱなしでもいいわよ。」

 

提督「おおう、了解。」

 

朝潮「ありがとうございました。」

 

朝潮は雷に一礼して礼を述べると、去っている直人の背中を追いかけていった。

 

 

 

午後2時14分 司令部裏ドック

 

 

提督「・・・ふぅ。」

 

朝潮「司令、何でしょうか?」

 

提督「―――朝潮、なんでまたオーバーワークなんかを?」

 

朝潮「うう・・・それは、提督のお役に立ちたいと、思ったからです・・・///」

 

少し照れながら言う朝潮。

 

提督「・・・はぁ~っ、そんな事だろうとは思ったよ。」

 

若干呆れそうになったが立て直す直人である。

 

提督「朝潮。無理して役に立って貰っても俺はあまり嬉しくないぞ? オーバーワークは逆効果になる。慣れない事をするときはまず軽めにやるのが基本だ、忘れるなよ?」

 

朝潮「は、はい・・・。」

 

提督「いいか。無理はするな、無理が過ぎればそれはお前の身を滅ぼす。それを分かった上で努力を積むんだ。いいな?」

 

朝潮「・・・分かりました、肝に銘じます。」ザッ

 

敬礼してそう言う朝潮。

 

提督「うむ、それでいい。」ザッ

 

直人も答礼して応える。

 

この日以降、朝潮は何事も無理を慎むようになったそうです。

 

 

 

~川内と射撃~ 2052年7月初め

 

提督「川内ってもしかして射撃とか出来たりするの?」

 

直人がある日問うたこの一言は、川内と相互理解を深め合ういい機会となった。

 

 

 

7月3日午前11時43分 訓練場・屋内射撃場

 

 

ガチャッ

 

 

提督「ほれ、ここだ。」

 

川内を案内してくる直人。

 

川内「おぉー、凄いねぇ。」

 

提督「ありあわせの素材で作ったから建物がお粗末だけどね。」

 

屋根がトタン葺き、壁は木材の余りである。

 

川内「流石近衛艦隊って所かなぁ、こんなものがあるなんて。よぉーし、ちょっと張り切っちゃうぞー!」

 

提督「そう言えば、川内が持参してた銃って?」

 

川内の右足には牛革製のホルスターが一つ装着されていた。

 

川内「あぁ、これね。」

 

川内はそう言いつつホルスターの銃を抜き放つ。

 

提督「・・・ふむ。」

 

川内の獲物はH&K USPと言う拳銃だった。銃口にサプレッサーを装着してある。ホルスターの底に穴をあけてあり、サプレッサーが飛び出しているのは直人も気付いていたが。

 

提督「んじゃ、手並み見せて貰っちゃおうかな。」

 

川内「はいはーい。」チャキッ

 

 

ガシャガシャガシャガシャ

 

 

起倒式ターゲットがいくつか起き上がる。

 

川内「―――ッ!」タァンタァンタァンタァン

 

それを次々と撃ち抜く川内。

 

提督「へぇー・・・反応速度も速い、しかも一撃で急所を射抜くか。凄いね、俺なんかよりよっぽど上手だよ。」

 

川内「ふふ、ありがと。提督の射撃も見てみたいかな。」

 

提督「あまり得意じゃないんだが・・・」

 

どの口が言う。

 

直人は自分の14インチバレルDEがホルスターにある事を確認すると、抜かずそのまま位置につく。

 

川内「ん?」

 

川内は首を傾げた。

 

 

ガシャ・・・

 

 

提督「ッ!」ガショッ

 

 

ターゲットが立つか立たないかと言う所で直人はDEを抜き放ち、抜き放ってから構える僅かの間にスライドを引いて薬室に弾を送り込む。そして―――

 

 

ダアアァァァァァァァァーーーーン

 

 

瞬時に放たれたその一撃は、直立した瞬間のターゲットの頭部を撃ち抜いていた。それも眉間の辺りを。

 

川内「おぉーー・・・。」パチパチパチ

 

提督「ふぅ。真面目に狙うよりこういう小芝居じみてた方が良く当たるんだよ。不思議な事にね。」

 

川内「いいじゃない!」

 

提督「え?」

 

川内「そう言うのってむしろ凄いしカッコいいわよ!」

 

提督「まともに狙えたほうがカッコいいと思うけどね。」

 

照れ隠しにそう言う直人。

 

川内「フフ、練習すればうまくなるわよきっと!」

 

提督「ははは・・・ありがと。」

 

 

<でもやっぱり夜討ち朝駆けの方が好きだなぁ。

 

お?提督も夜戦好き?>

 

<そりゃ勿論、スリリングでいいよな!

 

うん! 見えない相手を探し当てて撃つ、いいよね!>

 

 

色々と相互理解が深まったようで、何よりであります。

 

 

 

~サイパンのビーチ~ 7月21日

 

夕立「~♪」

 

夕立は一人、日照り厳しい司令部を徘徊していた。

 

夕立は目的も無く1カ所に留まるのがいまいち苦手で、故に毎日ぶらりと歩いている事が多い。

 

が、この日は明確な目的があって徘徊していた。

 

 

 

午後2時3分 食堂

 

 

この時提督たる直人は、遅めの食事を摂っていた。

 

こう言う場合厨房への事前連絡は欠かさない。でないと下からカチ上げてくるからだ。

 

提督「~♪」ウマシウマシ

 

ご機嫌である。

 

夕立「ん、あ! ここにいたっぽい!」

 

その背後から夕立がご機嫌な足取りでやってくる。

 

提督「ん? ほほひは(どうした)?」

 

夕立「まず飲み込んでから喋るっぽい、私、そんなにせっかちじゃないっぽい。」

 

提督「う、うん・・・んっ。」ゴクリ

 

そう言われて急いで口の中の物を飲み込む直人であった。

 

提督「ふぅ。で、どうかした?」

 

更にお茶も一口飲んで流し込んでから直人は尋ねた。

 

夕立「ビーチの話っぽい!」

 

提督「・・・えーと。」

 

夕立が切り出したのは、何時ぞやに測量中だから待ってと言ったビーチの話だった。

 

提督「あぁ、あれか。測量はビーチ付近は終わってるね一応。」

 

 

ガタガタッ

 

 

その声を聞きつけた、閑散とした食堂にいる数名が直人の方を振り向く。

 

夕立「で、どうだったっぽい?」

 

提督「丁度深海棲艦の攻撃着弾痕やらうちらの攻撃跡が残っててダメだってさ。今年はダメだね。」

 

夕立「そっかー・・・っぽい・・・。」

 

提督「埋め戻せば大丈夫だってさ、それの作業で今年ダメなんだと。結構深いらしい。」

 

夕立「じゃぁ来年なら!?」

 

提督「多分、行ける、筈。」

 

夕立「やったああああああああああ!」

 

提督「今年は御免だけどお預けな。」

 

夕立「分かったっぽい!」

 

ま、どうぞこうぞ今年は無理っすな。

 

 

 

~料理好き~ 6月27日

 

この日鳳翔は、意外な艦娘から意外な言葉を聞いた。

 

 

 

午後0時10分 食堂棟1F・大食堂

 

 

満潮「ちょっと厨房貸してくれないかしら?」

 

鳳翔「―――まぁ。」

 

その相手とはエプロンを持った満潮であった。鳳翔がその背後を見やると、荒潮がテーブルに座っていた。

 

鳳翔「でも何を作るんですか?」

 

満潮「卵焼きと肉じゃがなんだけど、いいかしら?」

 

鳳翔(・・・丁度今日も肉じゃがですし、その残りがありますね。)

 

鳳翔はざっと在庫状況を脳裏で思い出していく。

 

鳳翔「分かりました。どうぞ。」

 

満潮「ありがとうございます。」

 

そう言って満潮は厨房に籠る。鳳翔も続く。

 

 

~そうしてかれこれ50分~

 

 

荒潮「わぁ~。」

 

荒潮の前には見事な肉じゃがと卵焼きが。

 

提督「見事なもんだ。」

 

そこに現れる直人である。

 

鳳翔「でしょう? 中々いい出来です。」

 

満潮「って、なんでアンタがいるのよ!?」

 

荒潮「いいじゃなぁ~い? 時間的にもおかしくないわよ?」

 

提督「こんな面白そうな騒ぎ俺が見逃す訳がない!」

 

面白そうな事に目がないのはどちらかと言えば局長なのだが、直人も多少そう言う所がある様だ。

 

満潮「ちょっ!? どういう意味よ!?」

 

提督「それだけ意外だって事さな。」

 

満潮「・・・フン。」

 

ちょっとだけ照れてそっぽを向く満潮。

 

鳳翔「あのー、」

 

提督「ん?」

 

鳳翔「提督が宜しければ、満潮さんの肉じゃが丁度一食分残ってますので、お出ししましょうか?」

 

提督「おぉ!」

 

満潮「ちょ!? 何を勝手に!?」

 

提督「じゃぁ、お願いしちゃおうかな。」

 

満潮「そんなぁ!?」

 

鳳翔「ではお持ちしますね。」

 

提督「よろしく~!」

 

満潮(くっ・・・分量をミスしたせいで一番知られたく無かった相手に・・・なんてことっ・・・いや・・・期待なんてしてない・・・わよね??)

 

心の葛藤を覚えた満潮である。

 

 

提督「頂きます。」

 

荒潮「頂きま~す。」

 

満潮が緊迫した面持ちで見守る中、直人が肉じゃがのジャガイモを一つ・・・

 

提督「・・・おぉ、旨い! なんというかほっとする味付けだな。」

 

荒潮「流石満潮姉~♪」

 

提督「ホントに美味しいよ。」

 

満潮「そ、そう・・・よかったわ・・・///」カァァァァァッ

 

嬉しさと照れで赤面する満潮。

 

提督(・・・なにこれかわいい)

 

これに内心ニヤ付きながらガッツリ食っていく直人であった。

 

 

 

~ある日の五月雨~ 7月後半

 

五月雨は、優しいが故に荒事を好まない。

 

なので普段は白雪と共に大淀や秘書艦のアシスタントに就いている。

 

 

 

7月22日午前10時48分 中央棟2F廊下

 

 

五月雨「ふぅ~・・・」

 

五月雨は分厚く積まれた書類を一階の無線室にいる大淀の元へと運んでいた。

 

五月雨「この書類で最後の筈、頑張ろう。」

 

 

 

因みに、五月雨は無二のドジっ子として知られる。

 

ちょっと五月雨の書類運びを観察するとしよう。

 

 

~螺旋階段途中~

 

五月雨「こんにちわ!」

 

提督「おう! こけるなよー。」

 

なお直人はトイレに行った帰りの模様。

 

五月雨「こ、転びませんよっ!!」

 

 

~階段下~

 

夕立「五月雨ちゃん、お疲れ様っぽい!」

 

五月雨「ありがとうございます。夕立ちゃん今からどこに?」

 

夕立「哨戒行動っぽい、艤装倉庫に行かなきゃ。」

 

五月雨「頑張って下さいね。」

 

夕立「うん、いってくるっぽい!」

 

五月雨「はい! いってらっしゃい!」

 

 

~1F廊下~

 

五月雨「お、重い・・・」

 

木曽「よぉ、今日も頑張ってるな。」

 

五月雨「あ、ありがとうございます。」

 

木曽「その書類の量じゃ重いだろ?」ガチャッ

 

そう言いながら木曽は無線室のドアを開けてやる。

 

五月雨「あ、ありがとうございます。」

 

木曽「なに、どうってことはないさ。ほれ。」

 

五月雨「あ、はい。では・・・」

 

木曽「無理はするなよ。」

 

五月雨「ありがとうございます!」

 

 

~無線室~

 

五月雨「大淀さん!」

 

大淀「あぁ、五月雨さん、いつもありがとうございます。」

 

五月雨「いえ! 私、これ位しか出来ないので・・・。」

 

申し訳なさそうに言う五月雨。

 

大淀「いいえ、人にはそれぞれ得手不得手があります。皆さん訓練で五月雨さんが頑張ってらっしゃるのを、知っていると思いますよ?」

 

五月雨「そうですね、私にも出来る事はきっとありますよね。」

 

大淀「その通りです。ですから無理をせず、一日を大切に過ごしましょう。」

 

五月雨「はい!」

 

案外こういう役回りをすることも多い大淀である。

 

というかまさか五月雨はドジっ子卒業か!?

 

 

 

午後3時22分 五月雨私室

 

 

五月雨「~♪」ゴロゴロ

 

ベッドの上で何かご機嫌に転げまわる五月雨。

 

五月雨「~♪ ―――おおっ!?」ズルッ

 

気付けばベッドの端っこ・・・

 

五月雨「きゃぁっ!?」ドスン

 

※ベッドの端から落ちました。

 

五月雨「いたたたた・・・」

 

お尻をさすりながら起き上がる五月雨ちゃん。

 

ドジっ子卒業なんてそんなことは無かった。(なお仕事中はドジっ気が抜ける模様)

 

 

 

~追いかけっこ~ 8月中旬

 

島風「提督! かけっこしよ!」

 

提督「・・・。」

 

「うげぇ・・・」というような表情を浮かべる直人。

 

右手にうちわを持ってしきりに扇いでいる直人は、「扇風機欲しいなぁ」と思いつつそんな表情を浮かべていた。

 

今日は8月の19日である。そりゃ暑いわ。

 

大淀「・・・。」(とうとうきますか・・・。)

 

提督「・・・マジでやるの?」

 

島風「もっちろん!」

 

提督「・・・資源が・・・。」

 

大淀「・・・提督、一度本気で相手してやって下さい。」

 

提督「・・・マジで?」

 

大淀「資材は何とかします!!」(迫真

 

提督「・・・!」

 

迫真の言葉に言葉を呑んだ直人である。

 

実は島風、追いかけっこと称して短距離航走で勝負を方々に売りまくっていたのだ。

 

大淀(現状勝てたのはたったの3人だけ、この上提督にまで負けられては困るんですよ・・・。)

 

というのは、島風に負けた場合何度でもリトライさせられると言う性質の悪さであった。

 

現状勝てたのはワールウィンド、川内、そして夕立だけだった。

 

金剛が惜敗したのが唯一の勇戦だった、という所である。

 

提督「・・・わかった、大淀さんがそう言うなら。」

 

島風「やったー!」

 

 

 

14時22分 司令部正面水域

 

 

何故かギャラリーが集まってしまった。(大体局長と青葉のせい

 

提督「で? 1km先に早く辿り着いた方が勝ち、でいいんだな?」

 

島風「うん。」

 

提督(あれを・・・やってみるか。)

 

霧島「ジャッジは私霧島が。」

 

提督「頼む。」

 

スタートラインとゴールラインを示す紅白のブイが浮かべられ、今、フラッグが降りる・・・!!

 

霧島「3!」

 

提督(バーニア、出力フルへ・・・)

 

 

キィィィィイイイイイイイイイ・・・

 

 

島風「?」

 

霧島「2!」

 

提督(フフ、貰うぜ。)

 

霧島「1!」

 

島風「私が・・・」

 

霧島「GO!!」

 

島風「いっち・・・」

 

提督「はああっ!!」ザバッ

 

直人が前方へ跳躍する。力が、解き放たれた。

 

 

キイイイイィィィィィィィィィィーーーーーー・・・ン

 

 

島風「うおわわわわ!?」ザッバーーーーーン

 

そう。この勝負、最初から帰趨は知れていた。

 

覚えている方もいるかもしれないが、直人の艤装『紀伊』には機動力向上用のバーニアが5つ装備されている。

 

元々核融合炉で稼働していたこの艤装は、バーニアで海面から浮揚させ、スラスターで前進や後退をすると言う形態をとっていた。つまり自力航行は前提とされなかったのだ。そのバーニアのうち一つが左右の脚部艤装だった訳だが。(現在は撤去)

 

艦娘艤装の規格へと改装されてからも、このバーニアは残っていた。それが意味するところはただ一つである。

 

提督「ひゃっほおおおおおおおおおおい!!」

 

 

キイイイイイイイイィィィィィィーーーーーー・・・ン

 

 

霧島「なっ・・・!!」ブワッ

 

霧島の前を一瞬で通過する。一足飛びで優に1000m飛んでしまったのである。

 

提督「おっと・・・」ザバアアアアアアアアアッ

 

着水した勢いで反転してスピードを相殺する直人である。因みに艤装は格納状態のままだ。

 

主砲は左右にそれぞれ5×3段のレイアウトで、上から80cm3連装砲・80cm3連装砲・51cm連装砲の配置。金剛型の艤装の様に台座があり、その上に砲が乗っている。

 

展開時は台座ごと下部に接続されるアームで、斜め上・水平・斜め下の3方向にそれぞれ分離展開されるが、格納時は前後方向に折り畳まれている。前から見ても上から見ても逆ハの字に見える感じである。なお主砲の120cm砲は、格納する時には砲座と装填機構ごと外れて後ろに倒れ、背部艤装に装着する形で背負う。バズーカ背負ってるみたいなあんな感じ。

 

島風「・・・はっやーい・・・。」

 

これを遠くから見ていた局長は・・・

 

局長「・・・ホーウ? ウィングデモ付ケテヤルカ・・・。」

 

などとのたもうておりました。(※勿論許可は出ませんでした。)

 

 

 

島風「こんなの聞いてないよぉぉぉ!」

 

などとのたまう島風。

 

提督「ハッハッハー。俺は誰にでも容赦はしない性質なんでな。俺の勝ちだ。」

 

霧島「そうですね、提督の勝利です。」

 

島風「ぐぬぬぬ・・・。」

 

提督「んじゃ、俺が勝ったから今後スピードレースは禁止な、燃料が減る。」

 

島風「えぇぇぇぇぇ!?」

 

提督「えーじゃない! やり過ぎて苦情来てるんだぞ。」

 

 

島風「だってそれは皆が遅いのが悪―――」

 

提督「命令だ、禁止だぞ。」

 

島風「うぐっ・・・。」

 

強☆権★発☆動

 

提督「いつまでも甘やかすだけだと思って貰っては困るぞ。」

 

島風「あ・・・はい。」orz

 

突っ伏す島風でした。

 

この日以降スピードレースは行わなくなったそうな。めでたしめでたし。

 

 

 

~司令部のメカニック~ 8月初旬

 

 

8月3日午後3時10分 司令部南・造兵廠

 

 

明石「20m三胴航洋内火艇・・・改良点とかないでしょうか・・・。」

 

明石は例の直人用内火艇の改良を考えていた。

 

というのは、見た目が滅茶苦茶悪いのだ。更に言うとほぼ取ってつけた状態な為、高性能化の調整に余地があった事も明石の疑問の一助になっていた。

 

局長「ヨォ。ドウシタ?」

 

そこに現れたのは局長とワールウィンドである。

 

明石「あぁ、局長。実はこの提督用のボート、改良できないかなぁと思いまして。」

 

局長「実戦テストヤッテナイダロウ?」

 

明石「それはそうなんですが・・・。」

 

改良するにしたってデータがいる。決定的にデータが無い状態ではやりようもないのだが。

 

ワール「ま、いずれ機会があるまで待つのね。」

 

あっさりと言うワールウィンド。

 

明石「うぐぅ・・・そうですね・・・。」

 

局長「ソレハソウトダ。」

 

明石「なんでしょう?」

 

局長「入渠棟ノ機器ノ調子ガオカシイソウダ、見ニイッテヤッテクレ。」

 

明石「あっ、はい、わかりました。うーん、今から提督の艤装の稼働チェックだけやろうと思ったんだけどなぁ。」

 

局長「イツダッテ出来ルダロウソレハ。」

 

明石「そうですねー。まぁ、一度見てきます。」

 

明石はメカニックだ。局長は開発者だ。彼女らはそう言った体で役割を分担していたのである。

 

この二人のおかげで、この艦隊はまずまずいつも通り生活でき、戦えるのである。

 

そして明石は入渠棟へと向かった。

 

明石にとっての戦いは日常にこそあった、というお話でした。



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第1部7章~第1次SN作戦~

ドーモ、ドクシャ=サン、天ノ声デス。

青葉「乗りませんよ。あ、どーも恐縮です青葉です。」

つまんねぇ。

青葉「いやなんで私に振るんですか。」

いいじゃない別に。

青葉「いや、唐突過ぎますよ。」

はいはい。

ところで第1部6章冒頭で2か月かっ飛ばすと言ったな。





あれは嘘だ。

青葉「嘘だったんですね・・・。」

ホントは3か月かっ飛ばしていきますのでその辺ヨロシク。

あと前の章の小ネタ集は思いつき次第随時増やします。ま、期待せず待っててください。

青葉「で、今日は何か解説するんですか?」

正直現状で解説することが無い・・・。しょうがない、今回はアイテム屋に付いてだな。

青葉「おぉ。」

アイテム屋と呼べるものに、大本営に対する要請があります。造船ドックや入渠ドックの増設、資源の応援要請、まぁ色々ある訳です。

青葉「ふむふむ。」

なお主人公は大本営に対する要請はしません、横鎮本部に直接言う形を取っています。なのでこの要請は劇中ではほぼ行われないと思って頂いていいと思います。

青葉(解説する意味・・・)

無いとか言おうとするな。

青葉「さらっと心読まないで下さい!!」

フヒヒッ、サーセンwww

さぁ行きましょうか。どうぞ~。


2052年10月、秋も半ばに差し掛かったサイパン島だが、サイパン島は相変わらずあたたかかった。

 

そんなサイパン島へ、間も無く一通の寒風を含んだ電報が打たれる事になる。

 

 

 

10月12日午前11時51分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「ふぅ~、8月に比べると過ごしやすくはなったな。」

 

ペンを走らせながら直人はそう言う。

 

大淀「ですね、本土はすっかり秋なんでしょうねぇ。」

 

そして懐かしむような口調で言う大淀。

 

提督「そうだねぇ・・・久々に本土の土を踏みたいな。」

 

などと呟いてみる。

 

大淀「お気持ちは分かりますけれど、先ずは書類ですよ。」

 

提督「やれやれ、いつもより多めに書類なんぞ準備するんじゃないよ。超過勤務手当は出るのかい?」

 

嘆息しながらそう言う直人。

 

大淀「はぁ~・・・膝枕でもして差し上げましょうか?」

 

遠慮するだろうと思った大淀だったが、これは裏目に出た。

 

提督「お、いいね、それに決まり。」

 

大淀(しまっ―――!!)

 

時折やらかしてしまう大淀さんでした。

 

しかし、この時直人が放ったある一言が、後に思わぬ形で実現しようとは、この時誰も知る由は無い。

 

 

 

午後2時12分 司令部正面側岸壁

 

 

輸送船船長「いつもありがとうございます。」

 

提督「いえいえ、ここは重要な補給路ですから、横鎮分遣隊たる我々も、御協力させて頂きますとも。」

 

この日、サイパン島の岸壁には輸送船「第12川崎丸」、タンカー「第4初島丸」を中心とする、南西方面基地への補給船団が寄港していた。

 

サイパン島は本土からパラオ・タウイタウイを結ぶ航路上にある為、ここが寄港地になる事もしばしばあるのだ。

 

船員「燃料補給、終わりました!」

 

船長「分かった。では石川少将、我々はこれで。」

 

石川と言うのは、直人の偽名である。

 

提督「はい、航海の無事を祈ります。」

 

そう返すと、船長と船員たちはすぐに出港準備に取り掛かっていく。

 

大淀「命令とはいえ、補給物資の提供ですか・・・。」

 

提督「やはり帳簿は厳しいか?」

 

大淀「このペースだと、サイパンに物資の生産/供給プラントが必要になりますね。」

 

いつでも彼らを悩ますのが、カッツカツの物資、特に生活必需品だ。

 

食堂で使う食料は、実は本土からの補給物資でやりくりしている。資材から変換出来ればそれに越したことはないが出来ない為、本土からの輸送が必須となるのだ。

 

提督「おいおい、無茶言うな。プラント建設ってどれだけの金と手間と物資がいると。」

 

大淀「分かってはいますが、やはり欲しくはなります。艦娘の人数だって一人二人ではありませんし。」

 

提督「うーん・・・本土も物資窮乏真っただ中で、艦娘艦隊向けの物資が重視されているとはいえ、現状の分で手一杯だそうだ。」

 

※現状は77人分の1週間分ということで資源とその他物資が輸送されている。

 

大淀「1週間+1日分、ではないとかなり危ない状態です。」

 

提督「うーん・・・じゃぁ今度土方海将に打診しておくよ。」

 

大淀「お願いします。」

 

提督「ん。」

 

既にして運営面から苦しい横鎮近衛艦隊であった。

 

 

 

しかしその多忙な平穏は、終焉を迎える事となったのである。

 

第1次パラオ強襲戦である。

 

 

 

10月13日午前11時21分 中央棟1F・無線室

 

 

“こちら、パラオ基地付属第32護衛隊哨戒機、パラオに大挙襲来せると思われる敵艦隊見ゆ。位置、パラオ東方1900km地点、敵進路は西、西です!”

 

大淀「・・・そんな!」ダッ

 

それは、パラオ所属部隊からの緊急電であった。

 

 

 

午前11時23分 中央棟2F・執務室

 

 

提督「書類仕事面倒くせ-。」

 

直人のいつもの口癖である。

 

金剛「ハハハハ・・・頑張りマショウ?」

 

提督「はぁ~・・・そうだな。」

 

 

バタン!

 

 

提督「!」

 

金剛「oh!?」

 

勢いよく開け放たれたドア、現れたのは大淀だ。

 

大淀「提督! パラオ基地の哨戒機から緊急電です!」

 

提督「なにがあった!」

 

大淀「敵の大規模な艦隊が、パラオに向かうようです。」

 

提督「なんだと、TT第18船団はパラオにいるのか!?」

 

TT第18船団は、前日にサイパンを出立した輸送船団の事だ。TTは「東京・タウイタウイ」のそれぞれの頭文字である。

 

大淀「いえ、定時連絡でタウイタウイに向かったと連絡が。」

 

提督「そうか、それならいいが、それは置くとしても厄介な事になった。」

 

大淀「?」

 

金剛「どう言う事デース?」

 

直人は二人に、この事の重要性を説いた。

 

現在日本の艦娘艦隊が太平洋側に確保するラインは、かつて大日本帝国が策定した『絶対国防圏』に近しい範囲。大日本帝国はこれを死守しようとした訳だが、現状でも同じ状況になりつつある。という事だ。

 

知っての通り太平洋は世界一の広さを誇る広大な海洋だ。だがそれは同時に、陸上の様に防衛線を策定した所で、隙だらけである事も意味する。つまり敵の侵入を阻止する方法が無いのだ。

 

現在艦娘艦隊の補給路は、本土からサイパンを経由してパラオ、南西方面へ向かう外洋ルートと、本土から上海・高雄経由でリンガなどに向かうシナ海(内海)ルートの二つ。ただこれら二つともが、常に敵の襲撃に晒される可能性を秘めている。

 

ましてパラオが落とされると、サイパンから南への連絡が断たれ、内海コースが危機に直面する。フィリピンまで遮るものが無いのだ。

 

そこからは無限ループだ。分断された基地はさらに細かく、外堀から埋める様に分断され潰され、本土とサイパン以外はどの基地も残らない、つまり太平洋戦争末期の状態に、囲碁で言えば本土と言う『地』以外の石が全て死んでしまう事を意味する。無論サイパンという石も死んでしまう。

 

艦娘艦隊のやっている事は言わば、太平洋戦争末期からの逆襲劇に他ならない。それがとん挫すれば、人類は終焉を迎えるのだ。

 

断じて、避けなければならなかった。

 

大淀「・・・つまり、防衛戦略上パラオは重要、という事ですね?」

 

提督「“最重要”だ。よって我が艦隊はこれを救援し、敵勢力を可能なだけ掃討する。」

 

大淀「私達が出るのですか?」

 

提督「タウイタウイからでは間に合わん。情報伝達能力の時間的ラグによって出撃まで時間がかかるだろう。」

 

情報処理能力に於いて、一端の基地は貧弱の一語で、パラオは高雄基地の中継基地を用いて本土に情報を伝達する。サイパンの横鎮近衛艦隊の情報処理能力は近衛艦隊ならではという訳だ。

 

大淀「成程。では急がないといけませんね。」

 

提督「そうだ。全艦出撃準備、俺は後方部隊として出撃する。武装は最低限の物だけ携帯して行こう。飛龍に先制攻撃の指示を。」

 

大淀「了解しました。」

 

提督「あと俺の連山に偵察をさせよう。飛龍に言って長距離戦闘機も要請してくれ。」

 

大淀「はい、すぐに。」

 

提督「金剛。敵の予想来襲時刻は、どれくらいだと思う?」

 

直人の質問に、彼女はこう答える。

 

金剛「ウーン・・・敵の位置と発見時刻を考えると・・・夜襲無いし、早暁攻撃デスカ?」

 

提督「よく出来ました。大淀、敵編成について追加情報は?」

 

大淀「すぐ確認します。」

 

大淀は急ぎ執務室を後にする。

 

提督「金剛、全艦出撃態勢、金剛お前もだ!」

 

金剛「編成はどうしますカー?」

 

提督「今回は分散しない、一点集中で効率を重視する。編成は霧島辺りに任せるといい。」

 

金剛「了解ネー!」

 

金剛も執務室から去る。入れ違いに大淀が戻ってきた。

 

大淀「提督、追加情報によると、敵は空母級多数を伴っている様子です。パラオへの早暁空襲が予想されます。またパラオ基地司令は、当初規定通りの1100km・800km・600km・300kmの円弧状に防衛線を敷く構えのようです。」

 

提督「最も外周の1100km地点は夜間戦闘になるだろう。そこである程度食い止めれば、800km地点は早暁だ。だが敵の規模に対してパラオ艦隊は恐らく練度不足だろう。敵艦載機の航続距離も考えて600km地点までで食い止めなくてはならん。だが第1・第2ラインが早期突破されるとまずいな。」

 

読者諸氏には直人が最悪の想定をしている様に見えるだろうが、戦術とは常に最悪を想定するものなのだ。そしてその最悪を打ち破る為に打ち出すのが戦術なのだ。

 

提督「なんにせよ、出撃予定に変更はない。明石にも裏のドックに内火艇を回させろ。鋼材5000と防御用のM2重機関銃、俺の銃火器と予備弾薬も積むように。」

 

大淀「はい!」

 

直人の指示により、出撃準備が進む中、サイパン飛行場ではエンジン音が響き渡っていた。

 

 

 

午前11時39分 サイパン飛行場

 

 

飛龍「さて、今度は私達が先制攻撃をする番よ。陸攻隊と戦略爆撃隊の戦果に期待するわ。戦闘機隊も、しっかり護衛よろしくね!」

 

今回出撃する攻撃隊の陣容は次のようなものだった。

 

戦闘機隊 キ45改 2式複座戦闘機「屠龍」45機

     N1K4-Ja 艦上戦闘機 紫電三二型改 52機

     A6M7 艦上戦闘機 零戦63型 42機

爆撃機隊 キ91戦略爆撃機 24機

     A6M7 艦上戦闘機 零戦63型(50番爆弾装備) 32機

     D4Y3 艦上爆撃機 彗星三三型 35機

攻撃機隊 P1Y1 陸上爆撃機 銀河一一型 20機

     B6N2a 艦上攻撃機 天山12甲型 31機

     B6N2 艦上攻撃機 天山12型 44機

     B7A 艦上攻撃機 試製流星 3機

     G4M3 1式陸上攻撃機三四型 14機

偵察・誘導隊 G7N2 陸上攻撃機 連山改(笹辺機) 1機

       N1K2-Ja 局地戦闘機 紫電二一甲型 10機

 

総計:戦闘機149機 爆戦32機 爆撃機59機 攻撃機92機 偵察機1機

合計:333機

 

※N1K4-Ja 艦上戦闘機 紫電三二型改

架空機体、紫電改(紫電21型)の性能向上型である紫電31型のエンジンを換装した試製紫電32型を艦上戦闘機化したもの。

 

大戦末期の機体ばかりが出そろってるあたりツッコミどころ満載である。

 

まぁそれは置くとしても、戦爆連合333機の大編隊というのは中々壮観である。日本の名機となったかもしれない機体がずらりとその体を並べて飛ぶのだ、壮観と言わずして何と言うのか、最低でも私(天の声)は思う。

 

この攻撃隊はこの出撃が実戦初であった為、多少不安はあったが、先制された事による敵の焦燥を誘う思惑があった為、問題とされなかった向きがある。だが直人はむしろ心配はしていなかった。あの飛龍と多聞丸に鍛えられた航空隊なら大丈夫だろうと、全幅の信頼を置いたのだ。

 

飛龍(その期待に応える為にも、頼むわよ・・・。)

 

飛龍と地上員が見守る中、先発した偵察隊を追う様にして、零戦隊1番機が、ゆっくりと滑走して行くのである。

 

午前11時43分、攻撃隊離陸開始と相前後して、横鎮近衛艦隊主力も、出撃して行った。

 

期は、熟しつつあった・・・。

 

 

 

午後8時11分 パラオ基地総司令部

 

 

オペレーターA「第1防衛線、敵の残敵掃討により崩壊します!!」

 

オペレーターB「第2防衛線、突破されつつあります! 敵艦隊先頭とパラオとの距離も、700kmを割っています!!」

 

美川「極力食い止めろ! 第3防衛線戦闘態勢へ!」

 

彼の名は美川 郡次(みかわ ぐんじ)、階級は一等海佐、このパラオ基地の司令官職にある男だ。

 

年は40前、がっしりしているが何となく細い印象を受ける顔立ちと、大柄な体つきをしている。

 

なんとなく大きく見える目と少し鋭い眼光、あまり目立たない鼻が特徴である。

 

美川「防備艦隊出撃、南から迂回してクロスファイアを仕掛けろ!」

 

長門「承った。艦隊出撃する!」

 

パラオ防備艦隊旗艦長門は、オペレーションルームを去る。

 

 

 

その20分後に、パラオ防備艦隊も出撃して行った。

 

美川「まずい・・・まずいぞ・・・。」

 

状況は、直人が予期した通りの事態になりつつあった。そしてその頃横鎮近衛艦隊は・・・。

 

 

 

午後8時29分 パラオ基地東北東870km付近

 

 

ドドドドドドドドドドドド・・・

 

 

提督「間に合うかな・・・」

 

明石「急いではいますけど・・・」

 

直人は内火艇に銃火器とM2機関銃、それに巨大艤装紀伊の円盤艤装と51cm連装砲、30cm速射砲を携行して、20m三胴航洋内火艇でパラオ近海にいた。この早業は快速艦隊に牽引されて先行した為である。

 

川内「提督! 意見具申します!」

 

提督「許可する。」

 

川内「快速の軽巡洋艦と駆逐艦を分派して、敵本隊に奇襲攻撃を加えるべきかと思います。」

 

要するに夜間強襲である。

 

提督「成程、考えないでもなかった策だな、基地航空隊の空襲でもかなり戦果を挙げているようだし―――。」

 

 

 

午後6時20分 中央棟1F・無線室

 

 

“敵艦隊本隊に対し激烈なる攻撃を敢行し、その中枢並びに護衛の過半に絶大なる戦果を確認せるも、敵艦隊は進撃を続行中の模様なれば、これを艦隊により邀撃する必要有りと認む。我、菅野一番。”

 

大淀「・・・提督に転送しないと・・・。」

 

 

 

てなことがあったのだ。

 

提督「全く、デストロイヤー菅野がいるなんざ聞いてないっての。」

 

そんな事を思い出して言う直人である。

 

デストロイヤー菅野こと菅野 直(かんの なおし)は、日本海軍最後の精鋭部隊の一つ、第343海軍航空隊にも所属したエースパイロットの名である。

 

川内「で、どうするの?」

 

提督「うん、その線で行こう。第1水雷戦隊はお前が指揮しろ、特型を全員連れていくといい。第2水雷戦隊は神通に指揮させろ、白露型・初春型、島風を指揮下に入れる。」

 

川内「フフッ、了解!」

 

さぁー! 待ちに待った夜戦だぁーっ!!

 

提督「全く、元気な奴だ。」

 

明石「良かったんですか?」

 

提督「あぁ、いいんだ。」

 

 

直人は夜襲の決断を下し、1水戦川内以下、駆逐艦初雪・深雪・叢雲・綾波・漣・潮・響・雷・電の全10隻と、2水戦神通以下、駆逐艦白露・村雨・時雨・夕立・五月雨・初春・子日・若葉・島風の全10隻が分派された。

 

 

 

殺戮が・・・始まる・・・。

 

 

 

川内「突撃、我に続けぇ!!」

 

叢雲「さぁ、始めるわよ!」

 

初雪「うー・・・面倒臭い。」

 

叢雲「言ってる場合じゃないでしょ!?」

 

綾波「綾波、参ります!!」

 

響「胸が高鳴るね。」

 

雷「私の手並み、司令官に見せてあげるんだから!」

 

潮「だ、大丈夫、かなぁ?」

 

電「頑張りましょう、なのです。」

 

潮「は、はい!」

 

 

 

神通「全艦単縦陣、訓練通り行きますよ!」

 

夕立「素敵なパーティーの始まりっぽい!!」

 

島風「私がいっちばん活躍するんだから!」

 

白露「負けないよ! 島風!」

 

島風「私だって負けないんだから!」

 

時雨「夜の戦いか、あの時を思い出すね。」

 

初春「不安かえ?」

 

時雨「まさか。」

 

五月雨「精一杯、頑張ります!」

 

若葉「そうだな、目にものを見せてやろう!」

 

 

士気は抜群、栄光ある大日本帝国水雷戦隊が、ここに復活したのである。

 

 

 

敵にとっての破局は、一瞬だった。

 

日本海軍の誇る姿なき長槍、酸素魚雷が、一瞬の内に敵艦隊に襲い掛かる。

 

特型10隻90射線、白露型5隻40射線、初春型3隻18射線、島風15射線、総計して162本の酸素魚雷は、砲戦距離の遥か外、距離1万8000から、狙いすましたように敵艦隊に突き刺さった。

 

 

ドドドドドドド・・・ン

 

 

連続する爆発音の残響は、突撃する2個水雷戦隊の耳にも入っていた。彼女らには命中する水柱すら見えていた。

 

既に、彼女らは自分達の間合いに敵を捉えていた。

 

川内「全艦突撃!!」

 

神通「前へ!」

 

白雪「全艦砲撃! てぇ!!」ドォォーーーン

 

綾波「砲撃開始!!」ドドォォーーーン

 

漣「メッタメタにしたるのね!」

 

潮「えーい!!」ドォォーーーン

 

夕立「夕立、突撃するっぽい!」ザバァッ

 

川内「援護するよ!」ザザッ

 

白露「夕立の道は私が切り拓く!」ドォンドォォーーーン

 

村雨「私達は負けない!」

 

時雨「もう、沈まない!」

 

五月雨「戦艦相手だって、負けません!!」

 

川内と夕立を先頭に、全艦が撃って撃って撃ちまくる。

 

昼の空襲で憔悴しきり、長距離雷撃で大混乱に陥った敵に、それは十分すぎる痛手を与えた。

 

夕立「っぽぉぉぉぉーーーい!!」ドグシャァッ

 

eliteリ級「ガッ・・・!!!」ザバァァァーーン

 

ムーンサルト踵落としで頭部に蹴りを叩き込む夕立、砲撃しろと。

 

Flagハ級「ギュアアアッ!」ザバアアアッ

 

夕立「っ!」バッ

 

気付くが少し遅かった、その時―――――

 

 

ドォンドォンドォン

 

 

Flagハ級「ギョワ・・・ア・・・」ダッパァァァーーーン

 

 

ザバァァーン

 

 

空中から人影が舞い降りる。

 

夕立「!」

 

川内「油断大敵、だよ。」

 

夕立「確かに、っぽい。」

 

その言葉を噛みしめる夕立である。

 

 

 

潮「当たって下さい!!」ダァァァーーーン

 

潮はいつの間にやら漣とはぐれて孤軍奮闘中である。

 

 

ズドオォォォーーーン

 

 

ロ級「ギュオオオッ・・・」

 

無印のロ級(深海棲駆逐艦)を仕留める潮。

 

潮「や、やった・・・!」

 

eliteイ級「ギュアアッ!!」ガバッ

 

潮「ハッ、こ、来ないでッ!!」ドォンドォン

 

背後から襲い掛かったeliteイ級に対し、潮は慌てて振り向き咄嗟に砲撃する。

 

 

ズガガァァァァーーーン

 

 

潮「へ?」

 

eliteイ級「ギャアアアッ・・・!!」

 

気付けばeliteイ級も撃沈していた。

 

漣「こいつぅ!」ダァァン

 

 

ル級「ガッ・・・!?」ザバアアアァァァン

 

 

ル級の顎下から頭部に砲撃を叩き込む漣。一撃で撃沈してしまった。

 

漣「あっ、潮ちゃん発見キタコレ!」

 

潮「漣ちゃん!」

 

漣「もう、あんまり離れちゃダメだよ?」

 

潮「はい、すみません。」

 

漣「謝るのは後! 次行くよ!」

 

潮「あ、はい!」

 

再び敵に突っかかっていく漣と潮、いいコンビである。

 

 

 

島風「おっおお~♪」

 

連装砲ちゃん「キュ~!」ドォンドドォォーーン

 

 

ズガァンズドォンドガァァァーーーン・・・

 

 

何やら余裕を見せつつ敵を蹴散らしていく島風(と、奮闘する連装砲ちゃん)。パペットの主砲も自在に操り的確に良いポイントを突き戦果を挙げていく。

 

若葉「なんだ・・・余裕なのか?」

 

子日「子日アタァァァーーーック!!」

 

 

ドグシャァァッ

 

 

eliteヘ級「グ・・・ァ・・・!?」

 

驚く若葉の隣で素手で敵を殴り飛ばす子日。

 

だから砲戦しろ(ry

 

 

 

叢雲「この叢雲様に触れようなんて・・・」ヒュッ

 

 

ズシャァァッ

 

 

Flagタ級「グゲゲッ・・・!!」

 

 

ザバァァァァン

 

 

叢雲「百年早いのよ。」

 

自慢の槍捌きで戦艦を一薙ぎにする叢雲。

 

深雪「深雪スペシャル、もってきやがれぇぇぇ!!」

 

 

バキグシャドガァッドォンドォンドォンドォン

 

 

Flagヲ級「・・・・・!!」

 

 

ドオオオォォォォォーーーーン

 

 

その背後で三連撃からの主砲四連射でフラヲをK.Oする深雪。

 

だからお前ら砲戦(ry

 

 

 

突入1時間、潮が引く様に横鎮近衛艦隊水雷戦隊は撤収した。

 

損傷は皆無に等しかった。敵艦隊は憔悴と混乱の只中にあっただけに、対応をするにも指示も伝わらず、伝わったところで後手後手に回ったのである。

 

川内「大勝利~♪」

 

神通「そうですね、ひとまず戻りましょう。」

 

川内「お~♪」

 

そう返す川内は、自分の制式服の上から、胸丈までしか無い袖無しチョッキを着ていた。その色は、透き通った夜空と同じ色をしていた。

 

白雪「それにしても、不思議な服ですね。川内さん。」

 

川内「ん? あぁ、これのことね。元は隠密行動時に姿を隠すための装備なんだ。」

 

暗殺用装備、とは川内は言わなかった。

 

艦娘艤装の少ないデータを元に開発された、霊力を使った試作型光学迷彩服である。

 

川内改2装備EX1、隠密戦闘用着の正体は、艤装として使用する事で機能する光学迷彩装備であった訳だ。

 

もっとも、直人と最初に戦った時には身に着けていなかったのだが・・・。

 

川内「ま、意外と役に立ってくれてるんだけどね。」

 

白雪「そうなんですね・・・。」

 

白雪はそれで納得した。確かに不思議に思うのも無理無き事であったのだが。悲しいかな白雪にはその言葉の裏にあるものは、読み取る事が出来なかった。

 

 

 

午後10時07分 パラオ島東北東870km

 

 

神通「提督、戻りました。」

 

提督「首尾はどうだ?」

 

神通「相当の戦果は上げました。敵はかなり疲弊と憔悴に苛まれているようです。」

 

提督「そうか。やはり敵は短期決戦を狙っていたか。では、攻撃機会は早暁攻撃のみだな。但し、その早暁にこちらも敵に空襲を加える。金剛、空母部隊に伝達、航空隊を対艦攻撃装備で、出撃準備だ。」

 

金剛「了解デース!」

 

直人は初めからこれを読んでいた。

 

根拠は、航空隊の攻撃終了時間である午後6時47分から、パラオ艦隊との交戦開始時間が、僅か50分しか開きが無かった事である。

 

午後8時半前で既にパラオ艦隊防御第2陣が突破されていたことを思い出してほしい。ただの力押しでたった20分や30分ではどう見積もっても第2陣まで破る事は到底不可能なのだ。数に頼んで押し切るにも1時間は要する。

 

11の司令部に約100万個程の艦隊が現在いるが、パラオにはその内の8万9千が在地し、第1陣はその内の2万個艦隊からなる。単純計算でも200万隻が防御陣を敷いているのである。たった数分でこれを突破するには、正確な数値こそ不明だが数百万の数を持つ膨大な敵艦隊でも無理である事は、これで分かったと思う。

 

進軍速度の速さは一昼夜での決着を敵が望んでいるという事と、出撃時点で彼は踏み、だからこそ先制して空襲させ、また水雷戦隊による急襲も重ねて敵兵力の漸減を計っていたのだ。そして今や敵は巧妙な戦術を以て防御陣を食い破りつつある訳である。

 

提督「敵は決着を急いでいる。我々に対応する余地を与えぬようにする為なのか、はたまた急進高飛車戦術か、それは分からない。が、我々が黙っている訳がない。索敵網に引っかかったのが、運の尽きだろうな。」

 

明石「提督、これからどうします?」

 

運転席に座る明石が問いを投げかける。この内火艇の運転手は、明石である。

 

提督「そうだな、取り敢えずはこの位置で待機だ。」

 

直人は膝の上に広げた地図を指さして言う。

 

金剛「前進デスネー?」

 

たまたま来ていて覗き込んでいた金剛が言う。

 

提督「そうだ、発艦時刻の午前4時30分に、敵を真南600kmに捉えておきたい。」

 

金剛「了解デース。艦隊前進デース!」

 

金剛は無線で指示を出す。

 

提督「てか何時からいたんだ。」

 

金剛「さっきデース。」

 

提督「用件は?」

 

金剛「眠たいのデース。どこかで寝させて下サーイ。」

 

提督「む・・・。」

 

そう言われると眠気がしないでもない直人だったが、艇後部の士官室は実は自身の火器の倉庫に使い、弾薬箱もそこにある。右舷に艤装、左舷に鋼材を積んでいて、空いてるのは船首側の兵員室(船倉)のみ。

 

明石「・・・じゃぁ私、船倉で寝ましょうか。」

 

提督「操縦は俺なのね、それは置くとしていいのかい?」

 

そこで明石が意外な一言を放った。

 

明石「あれ、気付きませんでした? 船倉、ちゃんとハンモック積んでありますよ?」

 

・・・え?

 

提督「それはよ言わんかい。」

 

明石「す、すみません。あと簡易のダブルベッドも常装してはいますけど。」

 

さらっと重要な事を言う明石だった。

 

提督「それってあれか、災害救助とか考慮したのか。」

 

明石「いや、まぁ何と言いますか、洋上での人命救助を。」

 

提督「艦娘も?」

 

明石「考慮してますが、修理装備はありませんね。」

 

提督「だろうね。」

 

まぁ要するに、洋上での災害を考慮してそう言った収容装備を一応付けた、という程度の物だった。

 

提督「じゃ、金剛と明石先に船倉行ってていいよ?」

 

明石「いいんですか?」

 

提督「いいのいいの、敵襲警戒は他の艦にさせておくから。」

 

金剛「それなら、お言葉に甘えマース。」

 

提督「うん。しっかり寝てらっさい。」

 

明石「はい、私もお言葉に甘えさせて頂きます。」

 

提督「ん。」

 

そうして二人は船倉に潜っていったのであった。

 

提督「艦隊前進! ポイントADに移動する!」

 

そして直人は明石に代わってハンドルを握り、前進を始めたのだった。

 

 

 

提督(あ、まだちょっと明石の温もり残ってるな。温かい。)

 

やっぱり直人だって男である。(今更)

 

 

 

一方パラオ艦隊は、練度は兎も角として他艦隊との連携を欠いたことで思わぬ大苦戦の中にあった。

 

先刻から攻勢の勢いが多少弱まってはいたが、第2陣の状況は惨憺たるものだった。

 

 

 

午後10時43分 パラオ基地総司令部CIC

 

 

オペレーターB「敵艦隊先頭、第3陣の射程圏内に入ります!」

 

美川「第3陣交戦を開始せよ!」

 

オペレーターC「パラオ防備艦隊、交戦に入ります!!」

 

長門「“司令部へ、これより突入する!”」

 

美川「よぉーし、頼むぞ!」

 

オペレーターA「パラオ第1738艦隊通信途絶!」

 

オペレーターD「第1陣潰走中、第2陣は崩壊しつつあります!」

 

美川「第1陣と第2陣を退却させろ!第4陣に臨戦態勢を下令、海軍部隊も戦闘態勢へ!」

 

オペレーターD「はっ!!」

 

美川(せめて・・・増援の一つでもあれば・・・。)

 

美川司令は、手元に置いてある通信端末に手をかけようとし、やめた。

 

美川(いかん、あの艦隊はあくまで極秘だ。それに最早間に合うまい。敵が速戦即決を計ったのは明らか、空襲でこちらを叩くつもりだ。ならもう・・・)

 

美川郡次は、ここが己の死に場所かと、覚悟を決めつつあった。

 

 

 

この頃直人はと言うと・・・

 

 

午後11時03分 パラオ東北東沖770km付近

 

 

ドドドドドドドドドド・・・

 

 

提督「うぅぅ・・・はっ! まだいかん、ブラックガムを・・・」パクッ

 

三胴内火艇を西南西に向けてぶっ飛ばしていた。

 

直人の方はかなり眠たかった様子。

 

 

 

午前4時25分 パラオ東北東沖670km

 

 

「司令・・・司令!」

 

提督「う、うぅ~ん・・・?」

 

誰かに肩を揺らされて直人は目を覚ました。

 

不知火「お疲れ・・・でしたか?」

 

起こしに来たのは不知火である。

 

提督「あぁ、不知火か。すまん、そのまま寝てしまったらしいな・・・。」

 

不知火「いえ・・・それより、間も無く航空隊の出撃時間です、全機待機中ですが。」

 

提督「・・・あぁ、もうこんな時間か。」

 

腕時計に目を通し、直人は指示を出した。

 

「よし、各空母の航空隊は時間通りの時刻に順次発艦するよう伝えてくれ。」

 

不知火「―――はっ。」

 

不知火は返答だけ返して踵を返し、後方へと去る。

 

提督「・・・事務的な事以外話さないよなぁ。」

 

と、頭を掻きながら言うのであった。

 

榛名「あの~・・・」

 

提督「ん?」

 

入れ違いに榛名が現れた。

 

提督「何かあったか?」

 

榛名「いえ、お姉さん見ませんでした?」

 

・・・あ、なるへそ。

 

提督「多分前の船倉で寝てる筈だけど。」

 

榛名「まぁ。すみません、御迷惑じゃなかったですか?」

 

提督「いやいや、空船倉だったからね。」

 

そう返すと榛名はこう言った。

 

榛名「そうでしたか。では、起こしに行ってきます。」

 

提督「俺も行こうか?」

 

榛名「いえいえ、提督はご自分のお仕事を。」

 

提督「そ、そうか。」

 

笑顔でそう言う榛名であった。

 

なんだか突っぱねられた気がしないでもない直人であった。

 

 

 

午前4時30分

 

 

パラオ艦隊は窮地を脱せずにいた。

 

崩壊した部隊は続々と撤収を完了していた。奇跡的に喪失艦は現状出ていなかったが損害が過大に過ぎ、再度の戦線投入が不可能なものが殆どであった。

 

まだ夜明けにもなっていないこの時分、横鎮近衛艦隊の空母部隊各艦は、航空隊を発進させていた。

 

提督「対潜警戒を厳にせよ。いつ敵が忍び寄ってきてもおかしくないぞ!」

 

夕立「どこからでも来るっぽい!」

 

提督「いや来ちゃダメだって。」

 

白雪「そうですね。来ないに越したことは無いですし。」

 

陽炎「そうね、爆雷攻撃って面倒なのよねぇ。」

 

というのは、夜間発進の際に点ける航空機発着灯を点灯させていたからだった。甲板全体を照らす為のものである為滅茶苦茶明るいのだ。潜水艦にとっては格好の餌食である。

 

提督「全機無事に戻ってくる保証もないが、戻ってくることを祈ろう。」

 

陽炎「えぇ、そうね・・・。」

 

間も無く白み始めるであろう暗い空に、1機また1機と、航空隊は飛び立つ。

 

全ては、崩壊を防ぐ為。それは、彼の私戦だった。

 

 

 

~パラオ基地司令部CIC~

 

オペレーターA「敵艦隊、第3ラインを突破、敵空母が発艦準備中の模様!!」

 

長門「“司令部へ! 損傷甚大に付き後退する!”」

 

美川「ばかな・・・早すぎる・・・!!」

 

オペレーターC「パラオとの距離、およそ595km、敵艦載機航続距離圏内です!!」

 

美川「ここまでか・・・!」

 

美川司令は諦めかけた、その時である。

 

オペレーターB「敵艦隊北方より、敵に向かう所属不明の飛行物体有り!」

 

美川「・・・なに!?」

 

美川司令は驚愕した。“来る筈が無いもの”が来たのか、と――――――

 

美川(まさか・・・そんな・・・!?)

 

 

 

赤松「よぉーし野郎ども! いくぞ!!」

 

午前5時47分、巡航速度ガン無視で最大速度でぶっ飛ばした攻撃隊は、水面上と敵直上から敵空母に猛然と襲い掛かった。

 

赤松「戦闘機隊も敵機が飛び立つ前に銃撃を加えてやれ!!」

 

戦闘機隊総指揮の赤松中尉も檄を飛ばす。

 

長門「空母艦載機だと!?」

 

翔鶴「一体、どこの所属機でしょうか・・・。」

 

パラオ防備艦隊側も驚愕に包まれた。旗艦長門と副艦翔鶴も、この事態は想定もしなかった。

 

長門「だが、あの航空隊はかなり高い練度のようだ。」

 

翔鶴「えぇ、素晴らしい編隊飛行です。あの練度は、パラオ艦隊のどこにも見られません。」

 

長門「後はあれに託し、我々は戻るとしよう。」

 

翔鶴「はい。」

 

そうして、パラオ防備艦隊も後退していたのである。

 

 

 

明石「来ました!『ト・ツ・レ(突撃陣形、作れ)』です!」

 

提督「よぉーし、頼むぞ!!」

 

そのパラオ防備艦隊が後退したタイミングで突撃陣形を組んでいた攻撃隊であった。

 

 

 

午前5時48分 パラオ東北東沖670km

 

 

明石「攻撃隊指揮官機より、ト連送!!」

 

提督「始まったか・・・。」

 

舟艇上より攻撃の成功と航空隊の無事を祈った直人。その日の航空攻撃は、彼の戦歴でも稀に見るものとなった。

 

 

 

午前6時00分 パラオ基地司令部CIC

 

 

オペレーターD「敵空母、次々と無力化されつつある模様!!」

 

オペレーターC「発進した敵機は僅かで、尽く撃墜されています!!」

 

美川「・・・凄いな・・・あれがフィリピンやグァムで暴れたと言う・・・。」

 

オペレーターA「所属確認完了、横鎮近衛第4艦隊空母部隊航空機隊です!」

 

美川「うむ。今の内に第3陣を下がらせろ、第4陣も撤収。このまま、彼が下がるとも思えん。」

 

オペレーターB「はっ!」

 

美川「横鎮近衛艦隊の推定位置は分かるか?」

 

オペレーターC「はっ・・・分かりました! パラオ東北東670km付近と推定されます。」

 

美川「函数暗号で電文を送れ。『パラオ基地麾下艦隊全撤収中、タイミングを計り適宜突入されたし。』以上!」

 

オペレーターE「承知しました。」

 

美川郡次は、近衛艦隊創設に携わり、フィリピン方面への出撃でも全面的にバックアップを行っている。オペレーターにも、函数暗号を打てる専属オペレーターがいる程で、全スタッフが近衛艦隊に何らかの形で絡んだ者達である。

 

美川(全く・・・誰も頼んでおらんのにな・・・。)

 

そう思いつつ、美川司令は直人らに感謝するのであった。

 

 

 

午前6時07分 パラオ東北東沖670km

 

 

提督「ふっ、まぁバレるよな。」

 

直人と美川司令は勿論面識があるので、通信が来ることも予期していた。

 

金剛「どうしますカー?」

 

提督「御厚意に甘えさせて頂こう。全艦所定通り行動せよ。空母部隊は収容地点へ移動、護衛を除くその他全艦は期を見計らって突入せよ!」

 

金剛「了解デース! ひとつ行って来るネー!」

 

提督「頼むよ。」

 

因みに陣容を話していなかったが、今回の出撃に際し、あえて投入しなかった艦は極僅かである。

 

 

 

午前6時10分 サイパン島・司令部

 

 

~司令部裏ドック~

 

鳳翔「提督・・・御無事で・・・。」

 

 

~望月の部屋~

 

望月「くー・・・すー・・・」

 

 

 

即ち、戦艦8隻・空母7隻・重巡10隻・軽巡11隻・駆逐艦32隻を投じて行っている一大殲滅戦なのだ。

 

敵に訪れるのは最早、終焉のカタストロフィだけであった。

 

 

 

午前6時47分 パラオ東方沖600km付近

 

 

ル級Flag「被害状況ヲマトメロ!」

 

タ級elite「空母ハ軒並ミ艦載機ヲ叩カレ、行動ハ不能ニ近イカト・・・。敵ノ夜襲デカナリノ艦ガ撃沈ナイシ損傷シテイマス。退却スルガヨロシイカト・・・。」

 

ル級Flag「エエイ・・・今一歩ノトコロデ仕損ジルトハナ・・・。」

 

拳を握りしめる副官格のル級Flag。額には皺を寄せている。

 

リ級改Flag「アイオワ様! 敵襲デス!!」

 

タ級elite「何ィ!?」

 

この空母機動部隊旗艦。タ級elite『アイオワ09』への進言は、しかし遅きに失していた。

 

 

 

金剛「これでフィニッシュデース! オールファイア!!」

 

 

ドオオオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

榛名「全砲門、撃ち方、始めっ!!」

 

伊勢「全主砲、一斉射!!」

 

山城「まだ、伊勢型に遅れは取りません!」

 

高雄「左砲戦、撃ち方始め!」

 

愛宕「主砲、うてーっ!」

 

摩耶「くたばりてぇ奴はどいつだ!!」

 

妙高「右砲戦、撃ち方始めて下さい!」

 

羽黒「主砲、撃ちます!!」

 

最上「撃てぇーっ!!」

 

球磨「球磨型の戦い、」

 

多摩「見せてやるにゃ!」

 

木曽「いくぜぇ!!」

 

長良「コンディション最高! いくよ!!」

 

五十鈴「OK!」

 

白雪「突入!」

 

叢雲「いっくわよー!」

 

綾波「続きます!」

 

漣「メッタメタにしたるのね!」

 

雷「いっくわよぉー!!」

 

初雪「面倒臭い・・・。」

 

特型「「「言ってる場合か!!」」」

 

島風「アハハハハッ!」

 

夕立「島風ちゃん! 早くしないと遅れるっぽい!」

 

島風「オゥッ! じゃぁいこっか! 島風!」

 

夕立「夕立!」

 

「「突撃しまーす(っぽい)!!」」

 

まぁ良くも悪くもこのメンツが揃ってしまったのでは様々な意味でどうしようもない。(主に止めようがないのと敵側視点の話)

 

 

 

ズドドドドドドドドドドド・・・

 

 

 

提督「おー、すげぇ。」

 

その様を後ろから督戦する直人。

 

明石「そうですね・・・。」

 

提督「・・・自分も突っ込みたいなんて考えるんじゃねぇぞ、明石には明石の役割がある。」

 

明石「ど、どうして分かったんです・・・?」

 

提督「わかるさ、じっとしてられんのは俺も同じだし。」

 

本心では陣頭で指揮をしたい直人である。

 

明石「じ、じゃぁ、なんで今回は・・・?」

 

提督「俺が動けるだけの資源がない。」

 

衝撃の事実、出撃出来ないのは気分だのなんだのではなく、もっとリアリティのある理由であった。

 

明石「あぁー・・・かつかつですもんね・・・。」

 

そのことも承知している明石であった。

 

名取「”司令官、大変ですっ!”」

 

そこへ慌てた様子で通信を送るのは、空母護衛隊旗艦の名取である。

 

提督「どうした?」

 

名取「水雷戦隊が4個、そちらに向かってます!」

 

提督「なんだと!?」

 

名取「すぐに救援に!」

 

提督「頼んだ、到着まで持ちこたえる!!」

 

そう言って直人は内火艇後部、士官室に潜り込む。

 

提督「これと、あとこれと・・・」

 

明石「弾薬箱搬出しますか?」

 

提督「頼む!」

 

明石「はい!」

 

明石に弾薬の搬出を任せ、直人は銃を選び取っていく。

 

提督「あとはDEで、これでよし。」

 

ホルスターに14インチバレルデザートイーグルを納め、直人は士官室を出る。

 

選び取ったのは5丁である。

 

提督「明石! 右舷側見張れ!!」ババッ

 

明石「は、はい!」

 

弾薬箱から必要なだけ弾を抜き取り、直人は左舷側に陣取って積んできた鋼材を台座代わりに積み上げる。

 

手にするは全長で人並みの長さを持つライフル。

 

提督「いっちょやるか。」

 

M200対物狙撃ライフル、紀伊カスタムである。

 

提督(距離2600、あ、完全に射程内だ。風左6、ここっ!)

 

 

ダアアァァァァァーーーーン

 

 

ハ級elite「ギュアアァァァァッ・・・!!!」

 

その一弾でハ級eliteが断末魔をあげ海中に没する。現役自衛官並みとは言えないものの、常人以上の狙撃能力を彼は持つ。

 

提督(まっすぐ突っ込んでくるなんざ、自殺行為だぜっ!)ガジャッコッ

 

 

ダアアァァァァァーーーーン

 

 

ヘ級「ガアアアッ・・・!?」

 

その一弾は旗艦と思われた敵軽巡の眉間を的確に捉えた。

 

しかし、敵の駆逐艦は整然と突撃してくる。

 

提督「・・・成程。いよいよ正規部隊のお出ましって訳かい。これからきつくなるな。」

 

これまでであればばらばらと攻撃してくるだけであった。その統率が行き届いているのを彼は見て取った。

 

 

ザバァァァーーーンザバァァァーーーン

 

 

提督「くそっ!」ジャキッ

 

接近を許した事に悪態を突きつつ、直人は別の武器を構える。

 

 

タタタァァンタタタァァンタタタァァァーーーン

 

 

3点バーストで敵を薙いでいく直人。手にしたのはHK416である。

 

イ級「ギュアアアッ!!」

 

ハ級「ギャオォォ!!」

 

ロ級elite「ガギャァァッ!!」

 

次々と敵駆逐艦を屠っていくが、一筋縄ではいかない。なぜなら通常弾だからだ。しかも敵の水雷戦隊は4個、まだ無傷のものが3つもあるのだ。

 

提督(右舷側まだ来るな、ってかこれじゃどうしようもねぇや。)

 

直人は早々にHK416を置き、2丁の銃を手に取った。

 

提督(さぁ、いくぜ!)ジャキッ

 

2丁1対の銃は局長のお手製である。

 

HK53-2、アサルトカービンである。

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

 

提督「む、意外に跳ねるが何とか・・・ッ!」

 

その銃口の先では、対深海用銃弾が確実に敵の息の根を止めていく。

 

2丁の銃からそれぞれ毎秒11発で繰り出される弾幕の先では確実に2隻が沈んでいく。

 

提督「リロード・・・!」ガチャガチャガチャ・・・

 

40発の弾倉を3秒半で撃ち切り、大急ぎでリロードして行く直人、15秒ほどかかってリロードし終えると、彼我の距離は400mにまで縮まっていた。しかし敵影はあまり残っていない。

 

提督「これで終わりだ!!」

 

 

ダダダダダダダダダダダダダダダ・・・

 

 

NATO規格の5.56mm弾が、敵艦を薙ぎ払う。その先でなお健在な深海棲艦は最早いない。

 

提督「ヒュ~、強いねぇ局長謹製のアサルトカービンは。」

 

明石「右舷側、敵視認!!」

 

提督「あ、ちょい撃ち過ぎたかも・・・」

 

若干直人が焦り出したその時である。

 

 

ドゴオオォォォォーーーン

 

 

名取「第7水雷戦隊現着! いきますよ!」

 

睦月型.s「オー!!」

 

空母護衛任務に当たっていた名取率いる7水戦が、直人を守るべく戦線加入したことで、大勢は決しようとしていた。

 

名取「砲雷撃戦・・・大丈夫、訓練はしてるし・・・」

 

不安げな顔でそう言い聞かせる旗艦名取。その両脇は賑やかである。

 

睦月「睦月、砲雷撃戦始めるよ!」

 

如月「さあ! 行くわよ!」

 

皐月「やっちゃうよ!!」

 

菊月「行くぞ!」

 

長月「長月、突撃だ!」

 

三日月「睦月型の本領、今こそ!」

 

文月「いっくよぉー!」

 

提督(最後のでいまいち締まらない・・・^^;)

 

半ばずっこけながら直人は思った。文月は常に何処かしらほんわかしているきらいがある。それをこそ文月の良い所と呼ぶかは別だが。

 

提督「名取ィ!!」

 

名取「っ、はい!!」

 

 

名を呼んで振り向いた名取に向けて、直人は笑顔でガッツポーズを送る。「気合を入れて行け」と伝えたかったのだが。

 

名取「・・・!」コクリ

 

名取はそれを読み取って今一度表情を引き締めて頷くと、睦月型に負けじと突撃を開始した。

 

提督「・・・いい走りだ、不安は拭えた様だな。」

 

明石「提督、どうします?」

 

提督「そうだな、少々撃ち過ぎた様だ。少し下がろう。」

 

明石「はい!」

 

返事をして明石は操縦席に潜り込む。直人は取り出した武器を片付けに入る、その時である。

 

ハ級elite「グオオオオォォォォォッ!!」ザバアアァァッ

 

突如海中から飛びかかるハ級elite。

 

提督「くそっ、潜航していたか!!」

 

これが深海棲艦の厄介な所である、如何なるタイプでも潜航出来るのだ。

 

これは戦術的に活用すれば、どんな状況下でも奇襲が可能になる事を意味する。

 

だが直人は怯まない、むしろ持って来ていた5つ目の銃を咄嗟の動作で構える。

 

提督「30連射、持って行けええええええええ!!」

 

 

ババババババババババババババババババ・・・

 

 

ハ級elite「ギャオオオオオオッ!?」

 

猛烈なフルバーストを腹部に至近距離で受けたハ級eliteは、飛び出した勢いのまま左舷側から右舷側まで飛び、反対側の水面に没した。

 

提督「ふぅ、危ない危ない。」

 

安堵の息をつきながらそう呟く直人の手に握られていたのは、その気にさえなればバッグに入れて運べるような小ささの、黒いT字にも見えるサブマシンガンだった。

 

提督「UZIカスタム持っててよかった、デザートイーグルじゃチョイ厳しかったかもな・・・。」

 

UZIカスタム、主に銃身の30mm延長とサプレッサー装着のみと、簡素なカスタムを施したUZIである。元はイスラエル・IMI社が開発した、軽量コンパクトな傑作サブマシンガンだ。

 

明石「大丈夫ですか!?」

 

提督「どうにかな。」

 

明石「良かった・・・」

 

エンジンが動き始め、内火艇は舳先を北に向けて後退を始めた。

 

その頃の敵本隊の様子は・・・もはや書き起こすまでも無い惨状であることは想像に難くないであろう・・・。

 

 

 

まぁそれでは様子が分からないので簡単に記す位はしておこう。

 

敵本隊は横鎮近衛艦隊の襲撃時、パラオ艦隊全軍が退いたのを確認すると隊伍整頓と退却の準備をしていた。

 

統率もある程度は回復し、秩序も回復されつつあった。

 

しかし、そんな不完全状態の中に横鎮近衛の大艦隊が突如として強襲を仕掛けた。

 

統制を取り戻した一部の分艦隊は、本隊の指揮の元で二方向から攻勢を仕掛けるも、この頃既にイカれていたレベルの戦力を相手に少数の部隊では如何ともし難く、第2戦隊・1水戦と第3戦隊・2水戦の手厚い歓迎(迎撃)を受けて潰滅。

 

その後は各部隊が個別に抵抗を試みるも連携の取れていない状況では無力に等しく、敗走となる筈だった敵の退却は、潰走に成り果てたのである。

 

僅か50分の殲滅劇は、横鎮近衛艦隊にも多少の損害を生じたものの許容範囲の程度でしかなかった。

 

 

 

午前9時40分 横鎮近衛艦隊本隊

 

 

直人の内火艇はサイパンへと帰還の途にあったが、その船上では溶接の音が絶えない。

 

提督「はぁー、戦い終わった後が工作艦の戦いたけなわだってのは、ホントだな。」バチバチバチッ

 

明石「アハハハ・・・」

 

勿論修理をしているのは直人だ。持ってきた背部と腰部の艤装を装着している。

 

最上「ハハハ・・・面目ない・・・。」

 

提督「いやいや、頑張った証拠でしょ、はい終わりっと。一応サイパンまでは持つだろうから、本格修理は到着後だな。」

 

最上「ありがとう。」

 

提督「いいってことよ。次ー。」

 

潮「お、お願いします。」

 

提督「んじゃ、艤装の損傷個所見せて。」

 

潮「は、はい・・・。」

 

苦痛を伴うのかと不安がる様子の潮。

 

提督「・・・! ハハハ、大丈夫、別に痛くも辛くも無いよ、損傷個所の補修だけだし。何なら艤装外すかい?」

 

潮「いえ、大丈夫です!」

 

少しだけ、見栄を張る潮であった。そして後々始まってみて安心するのである。

 

提督「本来ならお前と二人でやる仕事だぞ明石よ。」

 

明石「ア、アハハハ・・・私なら鋼材も格納して運べるんですが・・・すみません。」

 

提督「いや、別に構いやしないさ。」

 

そういいつつ破損個所――――左脚部魚雷発射管――――の修理、というより修復に入った。

 

提督「発射管誘爆か?」

 

潮「敵の砲弾が直撃して、それで・・・」

 

提督「成程、ちょっと右足の発射管見せて。」

 

潮「あ、はい・・・。」

 

提督「ふぅっ・・・!」

 

直人は潮の右脚部魚雷発射管に手を当てると、大きく息を吐きつつそれに魔力を流し込む。

 

解析というのは魔術の基本的なものの一つで、魔力を流して全体的な構造を把握するものだ。

 

提督「・・・成程ね。ちょっと修復しますか。」

 

そう言って直人は工作機械を稼働させていく。この位の修理はお手の物である。

 

潮(あぁ、提督さん、嘘は付いてないんですね。)

 

そんな嘘は基本つかない筈だが。読心術も心得ている彼は心中でそう嘆息した。

 

 

 

一つ補足すると、あくまで工作艦であってドック艦ではないからそんなチートじみた修理工作能力は無い点には留意されたい。(チートとかそんなもん戦闘力だけでたくさんだ。)

 

 

 

午前11時20分 サイパン島造兵廠側ドック

 

 

直人は修理に時間を割いて帰着が遅れに遅れ、この時刻になってようやく帰着した。

 

大淀「お疲れ様でした、提督、明石さん。」

 

提督「おう、お出迎えありがとう。」

 

明石「まだまだ、体力有り余ってます!」

 

内火艇用のタラップを登りながら、出迎えに出ていた大淀に礼を言う。

 

大淀「損傷艦リストはどちらに?」

 

提督「ほれ。」

 

――――言われるまでも無い――――そう言いたげに直人は大淀にリストを渡す。

 

大淀「拝見します。」

 

 

・中破

叢雲 潮 妙高 羽黒

 

・小破

最上 榛名 霧島 摩耶 山城 伊勢 天龍 多摩 名取 如月 三日月

 

・軽損害

大型艦14隻・・・

小型艦16隻・・・

 

 

大淀「・・・意外と少ないですね・・・。」

 

提督「このうち小破と中破の艦には応急修理を施しておいてある。遅れたのはそれが理由だ。」

 

大淀「事情は分かりました。今日はお休みになられますか?」

 

提督「正直後方で督戦するのも暇な仕事だったのでな。ただ徹夜明けだしお言葉に甘えさせてもらうかな。だが、まずはメシだな。」

 

大淀「はい、わかりました。お伝えしておきますね。」

 

 

提督「ありがとう。武士は食わねど高楊枝と言うが、腹が減っては戦は出来ぬともいう。飯もそうだが艦娘への補給も入念にな。」

 

大淀「分かっております。」

 

補給は大切、何時如何なる時もである。

 

提督「宜しい。さて、一度執務室へ行くか。ある程度書類に目を通しておきたい。」

 

大淀「では参りましょうか。」

 

明石「お疲れ様です!」

 

提督「お疲れ様! ゆっくり休んでおけよ。」

 

明石「まだまだ、内火艇の整備が終わるまでは!」

 

明石は何気にいつも意気込みはいい。意気込みだけは。

 

提督「ハハハハ・・・無理は禁物だぞ。」

 

明石「分かってますって! では。」

 

提督「うむ。」

 

その言葉を皮切りに、直人は造兵廠を立ち去ったのであった。

 

 

 

10月14日11時51分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・我がパラオ基地は、貴艦隊が近衛艦隊の遊撃部隊的性質を生かし、パラオに来寇せる敵大艦隊の尽くを壊滅せられたことに深く謝意を表すると共に、今後一層の奮闘を祈るものである。パラオ基地司令官 美川郡次 か。」

 

大淀「わざわざ函数暗号ですか・・・解読に骨を折りましたよ。」

 

今直人が読み上げたのはお分かりの通り、パラオ基地司令部からの感謝の電文である。

 

直人の帰投以前に送られてきたものを、つい先程解読し終えたと言うものであった。それだけ長文であったのだ。

 

提督「まぁ、返信は望んではいないだろう。此方の機密性にも関わるしな。」

 

大淀「・・・そうですね。」

 

提督「さて、そろそろ昼時だな、飯食って寝るとしよう。」

 

大淀「分かりました。お疲れ様です。」

 

提督「ありがとう。」

 

直人はそう言って、執務室を後にした。

 

近衛艦隊とは所謂遊兵であり遊撃隊である。一見無駄な様に見えてその役割は非常に重要なものである、故に専用の暗号や大掛かりな施設まで持つのだ。

 

直人の双肩には、それだけの期待がかけられており、現状それに応え得るだけの一定の成果を上げていたことは事実である。無論、この時世間にその活躍が知られることは無かったのだが。

 

 

 

10月17日10時13分 中央棟1F・エントランスホール

 

 

パラオ沖海戦から3日を経たこの日、直人はこの時、建造棟から執務室に戻ろうとしていた。

 

 

バタン

 

 

提督「ふぅ。開発も終わったし、また書類と格闘だな・・・」

 

一人そうぼやきながら階段へと足を進める直人。

 

 

ドタドタ・・・

 

 

青葉「さっさととんずらですよーっと!」

 

何かの写真を手に入れたと思しき青葉と・・・

 

曙「待ぁぁぁああぁぁてえええぇぇぇえぇぇえええぇぇぇぇえぇぇぇぇ!!!」

 

それを追いまわす曙。

 

提督(・・・ほう?)

 

それを内心ニヤリとして見かける直人である。

 

いやー、女って怖いね(棒)

 

大淀「提督!!」

 

入れ代わり立ち代わり忙しい事だ、と素で思う直人である。

 

提督「どうした?」

 

しかし直人は、大淀の声と表情が含む尋常ならざる雰囲気を感じ取った。

 

大淀「横須賀鎮守府より、大本営発の重要電文が転送されてきました。」

 

そう言う大淀の手には、1枚の紙があった。

 

提督「・・・読もう。」

 

大淀「どうぞ。」

 

大淀はその紙を渡す。それに書かれた内容は以下の通りだった。

 

 

 

『発:大本営

宛:パラオ基地司令官

  上海基地司令官

  高雄基地司令官

  リンガ泊地司令官

  横鎮長官

  呉鎮長官

  佐鎮長官

  舞鎮長官

  大湊警備府長官

本文

以上役職に就く各官は、大規模作戦の作戦会議の為、各自幕僚を伴って大本営に出頭する事。

なお今回の作戦は、「SN作戦」と呼称される。

この作戦に際し、作戦会議を開く為上記9基地の指揮官は、幕僚を伴い大本営に赴くこととする。

日時は・・・』

 

 

 

提督「こ・・・これは!!」

 

その電文は、彼の心中に寒風を吹かせるのに十分であった。

 

大淀「重ねて、横鎮司令部より、電文が。」

 

提督「・・・読んでくれ。」

 

内容が分かり切り過ぎていた為、彼は大淀に読ませる事にした。

 

大淀「・・・発:横須賀鎮守府 宛:横鎮近衛艦隊司令部 本文、先の召喚命令に伴い、横鎮近衛艦隊司令官は、横鎮司令部首席幕僚としてこれに随行/同席すること。なおこの際の肩書は、横鎮防備艦隊指揮官とする。」

 

提督「・・・私も会議に出るのか?」

 

大淀「どうやらそう言う事のようです。」

 

提督「防備艦隊指揮官か・・・面倒な事になったな。」

 

大淀「と、言いますと?」

 

直人のその言葉の心意が気になった大淀は聞いてみる。

 

提督「いや、単純に面倒なだけさ。」

 

大淀「そ、そうですか・・・。」ガックリ

 

そんな答えに肩を落とす大淀であった。怠惰な所は変わっていなかった。

 

提督「だがまぁ、出ない訳にも行かん。土方海将直々の指名だしな。」

 

その点にのみ行く理由を見出す直人であった。

 

 

 

10月16日10時17分 サイパン飛行場滑走路

 

 

この日直人は横鎮に出頭すべく滑走路にいた。

 

しかし、その滑走路に佇む機影と爆音は、サーブ340改のそれではなく、その音はかつて日本からは失われてしまったエンジン――――誉エンジン――――のものであった。

 

提督「まったく・・・、発進前の整備で異常発生ってどうなってる訳。」

 

局長「ハハハ・・・イヤァドウモ、航法装置ガ壊レタラシクテナ。」

 

提督「なにやってんだおい・・・。」

 

そう言う直人の眼前には、日の丸を戴く大型4発爆撃機が暖機運転をしていた。

 

連山改、笹辺大佐機である。

 

提督「これを使う羽目になるとはな・・・。」

 

因みに連山は乗員4名+銃手6人の10人で構成される。

 

空席は僅かに2つしかない為、直人ともう一人、ガードマンを連れていくことに。その艦娘こそ・・・

 

伊勢「今回も私かぁ・・・。」

 

伊勢である。

 

提督「まぁ、腕の立つ剣士だからな伊勢は。」

 

伊勢「褒めて貰えてるんだよね?」

 

提督「それ以外ないと思うけどね・・・。」

 

伊勢「それもそっか、あはは・・・。」

 

伊勢は日向と共に刀を常にその身に帯びている。伊勢自身も相当な力量を持った剣士である。

 

さて、同じ剣士としては天龍がいる。天龍はかつて直人に秒殺されたとはいえ、本来相当に腕の立つ剣士である。

 

ではこの二人をぶつけたらどうなるのか。実はそれをつい前日にやっていた。

 

 

 

10月15日11時59分 中央棟2F・空室(小会議室)

 

 

カァンカァンカァン・・・

 

 

伊勢「てやぁぁぁ!!」

 

天龍「おらあああああ!!」

 

 

カンカンカァンカァン・・・

 

 

提督「ヒュ~。ずっとあの調子で打ち合って息も乱さぬか。」

 

龍田「流石ねぇ~。」

 

日向「まぁ、常時帯刀しているのは伊達じゃないな。」

 

提督「伊達、ねぇ。俺が戦う理由も、伊達と酔狂によってでありたいものだが。」

 

この日直人は、ボディガードを決めるべく伊勢と天龍に試合をさせていた。木刀を打ち合い始めて既に30余分になるが、一向に決着がつく気配を見せず、今の状況に陥っている。完全な泥試合である。

 

ただ二人とも体力面では相当にタフな様で、まだ息が乱れている感じも無いのだ。

 

“完全な拮抗”と言っても良さそうな程のいい試合になっている。

 

提督「・・・。」

 

だがこの時点で既に、直人の心の内は決していた。

 

 

 

時計が12時を指す頃・・・

 

伊勢「やぁっ!!」

 

天龍「うらぁっ!!」

 

提督「そこまで!」

 

 

カァァァァァーーー・・・ン

 

 

二人が放った最後の一閃は、互いに交錯してぶつかり合い、残響音をまき散らして終わった。

 

伊勢「ふぅ・・・で、如何ですか? 提督。」

 

汗を拭きながら一息ついて問う伊勢。

 

天龍「当然俺に決まってるよな?」

 

結論を急ぐ天龍。しかし直人は落ち着いている。

 

提督「この勝負――――」

 

直人の口が、結果を述べる・・・

 

提督「勝敗の面に於いては両者共に甲乙が付け難いが、任務の性質を鑑みるに、伊勢にその適性があるものと認める。」

 

天龍「なにっ!?」

 

伊勢「え?」

 

両者共に信じられないと言った様子で声を上げる。

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

龍田「・・・あらぁ。」

 

天龍「どう言う事だ提督ゥ!!」

 

直人はその理由を説明し始めた。

 

 

 

先程の試合の際、伊勢と天龍はスタイルが違った。

 

天龍のそれは攻撃に特化されており、防御に関しては敵の攻撃を非危害範囲(相手から見て自身に被害を与えられない範囲)へといなして自身の攻撃により有利な位置へ移動する事で補っている。これは攻撃の回転率が上がるがその一方で攻撃一辺倒になりがちであり、守勢に回ると不利になりやすい。

 

対して伊勢のスタイルは堅実で、しっかりとした防御の後攻撃へと移る形を取っている。しかもそのスタイルは練熟したもので、敵の攻撃を受け止めた時にその力の方向を逸らして威力自体を弱める事で、防御から素早く攻撃に移れる様工夫が凝らされているなど、守りに滅法強いのだ。故に隙は少ない。

 

統括すれば天龍は攻めに傾倒し、伊勢は防御の比重が多少多い、という所か。

 

 

 

提督「つまり防衛任務に適しているのは伊勢という訳だ。」

 

天龍「でも攻撃は最大の防御というじゃねぇか。」

 

提督「それだけで護衛対象が守れたら、世の中もっと簡単だろう?」

 

天龍「・・・そうだな。」

 

苦い顔をして天龍が言う。

 

伊勢「ボディガードならば、対象を守り抜いてこそ作戦目的成功である。そういうことですね?」

 

提督「そう言う事だ。覚えておくんだぞ天龍、“攻撃は最大の防御”というのは、自身が能動的に動ける場合に限られているという事をな。」

 

天龍「・・・それもそうだな、いい勉強になった。いい試合だった伊勢、またいずれ再戦願うぜ。」

 

伊勢「いつでも、受けて立つわ。」

 

戦いの後の握手を交わす二人。そしてそれを見ながら「丸く収まってよかった」と心底思う直人であった。

 

 

 

~回想終わり~

 

 

その様な事があったもんだから、伊勢に託した重責は大きい。

 

万が一の場合、守るのは伊勢なのだから。

 

伊勢(ま、頑張るかな・・・。)

 

提督「よーし、そろそろ行きますか。」

 

伊勢「あ、うん。」

 

大淀「お気をつけて、提督。」

 

提督「あぁ、行って来る。」

 

その言葉を最後に、直人は大淀に背を向け、連山改に搭乗した。伊勢がそれに続く。

 

直人と伊勢を乗せた連山改は、4基の誉24-ル型エンジンを轟かせ、誘導路から滑走路へと前進していく。

 

なぜ今回あえて伊勢のみを、それも言わば用心棒として選抜したのかというと、司令部幕僚として会議に出席する身であるなら、自身の幕僚ともいうべき艦娘を率いる理由がないからである。

 

一度停止した後、ゆっくりと滑走に入った連山改は、1000m程滑走した後、ゆっくりとその機体を浮かべ、やがて針路を北へと向けて飛び去って行った。

 

後日直人が「私闘であり死闘」と語った空前の作戦、「第1次SN作戦」の劇場は、この一事を以てかくて開場したと言っても過言ではない。

 

それは、深海と人類/艦娘双方に、甚大な犠牲を強制する惨禍となる戦いの、まだ、ほんの序幕に過ぎないのである―――。



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第1部8章~統合幕僚会議~

どうも、最近WTがプチブーム、天の声です。

青葉「スクラップ量産して何言ってるんです。あ、どもー恐縮です、青葉です。」

スクラップ・・・そうなんだけども、確かに技量不足だけど。ベテランの零戦の強さ思い知ったけども。

青葉「そうでしょう?」エッヘン

お前は艦艇だろうが。

青葉「零戦は海軍ですよ?」

うぬー、まぁいい。

今回からは折を見て史実の解説をさらっとしようと思う。(毎回ではなく劇中で触れた際に解説するのであしからず。)

青葉「・・・うごご。」

今回は一応以前(11章参照)やっていた真珠湾攻撃を含む開戦時の動きについてだ。

1940年暮れ頃から連合艦隊司令部では、「もし南方資源地帯を確保するのであれば、アメリカ太平洋艦隊を行動不能にする必要がある」と考え始めていた。41年に入った後に立案された作戦構想で真珠湾攻撃作戦が入れられたのは、そう言った意見あっての事だ。

ではもし真珠湾奇襲攻撃が無ければどうなっていたか。

太平洋艦隊はハワイを出てマーシャル諸島を始め太平洋を暴れ回る事が予期され、南方資源地帯の確保にも影響が出る事が予想されており、海軍―――特に連合艦隊ではこの点を危惧していた。

このためGF(Grand Fleet=連合艦隊の略)司令部では真珠湾を先制して叩く事を目的として作戦を立案していた。立案者は時のGF長官、山本五十六である。彼は自らの職を賭し、強い意志でこの作戦を実行に結びつけようとした。第一航空艦隊編成もそうした背景に依る。

しかし大本営海軍部では航空機による戦艦攻撃は効果が薄いと見ており、中々賛同を得られなかった。しかし41年半ば頃と推定される(ここは私の知識の浅さ故か)が、この頃に山本の強い働きかけによりようやく認可された。

こうして空母6隻・航空機350機による真珠湾攻撃作戦が動き出した。この任に当たる画期的部隊、「機動部隊」第一航空艦隊の指揮官には、水雷出身の南雲忠一中将が指名された。南雲は生粋の水雷屋で航空部隊の指揮経験は初めてであったが、艦隊運用には定評があった人物である。

一方陸軍では南方作戦を主導する考えで、海軍がその支援に当たる事になっていた。この支援部隊には、フィリピン攻略支援に第3艦隊(高橋伊望中将指揮 重巡摩耶 軽巡2・1個水雷戦隊他)、マレー方面には第2艦隊(近藤信竹中将指揮 重巡13隻・2個水雷戦隊)が充てられる事になった。

第二艦隊は南方作戦全般の支援が任務であり、第一航空艦隊から第四航空戦隊(龍驤及び特設空母春日丸=後の大鷹)が分遣、航空支援を実施する事になっていた。

青葉「因みに私達第六戦隊は、第一艦隊指揮下で瀬戸内海にいました。戦艦部隊の殆どはお留守番ですね。」

実はあまり知られていないが、太平洋戦争で初めて落とされたのはイギリス極東軍のPBY-5カタリナ飛行艇なのだが、その日付は12月7日未明、開戦1日前だったことをここに特筆する。

(以下日本時間)12月8日午前1時30分、日本陸軍第25軍は英領マレー半島北端コタバルへ強襲上陸、太平洋戦争の火ぶたが切って落とされる。続いて午前3時25分には真珠湾攻撃が奇襲成功という形で開始され、米太平洋艦隊は大幅な戦力ダウンを余儀なくされた。

この初動で敵に先んじた日本軍は南方作戦で破竹の勢いで進撃し、12月10日にはマレー沖海戦で英新鋭戦艦を含む東洋艦隊主力を撃滅、その後日本軍は、英軍が爆破した250本もの橋梁を修復しつつ1日最大約100kmを走破し、70日でシンガポールを占領する事に成功した。

この間太平洋では米領グァム・ウェーク各島を占領している。

一方フィリピンでは、12月22日にルソン北端アパリに上陸、明けて42年1月2日にマニラを制圧するも、米軍はコレヒドール島の強固な要塞に立て籠もって徹底抗戦を続け、これが為に日本軍は当初45日で制圧するとした計画を大幅に狂わされ、主要部制圧に150日を要する結果を招いた。

マレー作戦終結後、陸軍は引き続いてジャワ・スマトラ・ブルネイなどの制圧を1ヵ月繰り上げて取り掛かる。この際連合国軍ABDA艦隊(米英蘭豪4か国連合艦隊)の出撃を受けてスラバヤ沖海戦とバタピア沖海戦が生起し、何れも日本海軍の勝利に終わっている。

1月11日にブルネイ東部・タラカン上陸とミンダナオ島・ダバオへの海軍による空挺降下で始まった蘭印作戦は、21日には海路タラカンより同じくブルネイ東部・パリクパパンへ転進上陸、次いで24日にセレベス島ケンダリーへ海軍が上陸し飛行場を制圧した。

2月14日にはパレンバンに対する陸軍の空挺降下が実施され、ほぼ無傷の状態で油田が制圧されるなど陸海軍陸上部隊も快進撃を続け、3月1日に始まったジャワ攻略戦は、オランダ軍の降伏により僅か9日で終了した。スラバヤ沖・バタビア沖の海戦もこの時のものである。

蘭印作戦によって日本の南方作戦は終了し、他方面では42年2月6日にラバウルのオーストラリア軍が降伏、ビルマ方面では5月下旬までに全ビルマを制圧、42年4月にはセイロン沖海戦が生起している。このセイロン沖海戦についてはその時になれば解説させて頂く。

以上がおおよその日本軍の動きだが、その行動範囲は空前の規模であり、日本が戦前に策定した大東亜共栄圏のほぼ全域を手にしていることからも、日本の快進撃ぶりが伺えるが、この事が軍上層部の慢心を生んだとも言えるだろう。

青葉「それがミッドウェーに続きソロモンの敗戦になった訳ですね。」

ソロモンの戦いにはお前も参加してるな、サヴォ島沖に。

青葉「うぅ・・・反省してます。」

よろしい、尺押してるんで本編いくか。

青葉「そ、そうですね。」

ではどうぞ。


2052年10月16日13時01分 厚木飛行場

 

 

 

土方「・・・。」

 

厚木飛行場の格納庫前で、土方海将とその付き添いの男は、直人の到着を待っていた。

 

「もうそろそろですかね?」

 

土方「そう焦る事も無かろう。航空管制の都合もあるのだし。」

 

「は、そうですね。」

 

付き添いの男は、肩に一等海佐の階級章を付けている。

 

髪はベージュにかなり近いブロンド、額を半分隠す程度に切り揃えられた前髪と、短めに刈り揃えられた後ろ髪、黒い瞳のその眼差しは、どこか緊張している様に見て取れた。

 

土方「もうヤツには暫く会ってないだろう?」

 

「えぇ、2年ちょっと前に飲んだくらいですから。」

 

土方「そうか、楽しみだろう?」

 

「積もる話もそれなりにありますから。」

 

土方「そうか。お、来たか。」

 

いよいよ直人の乗る連山改が、その爆音を響かせて厚木飛行場へと降り立とうとしていた。

 

 

 

提督「土方さん!」

 

土方「おぉ! よく来てくれた。」

 

手早く連山改を格納庫に入れているのを脇目に、直人は土方海将と対面した。

 

「よお直人。」

 

提督「お? 大迫さん、久しぶりですね! なんでここに?」

 

直人が大迫さんと呼んだ男は、気さくな調子で質問に応じた。

 

大迫「まぁ軍令部総長の代理だよ。あの方は御多忙でらっしゃるからな。」

 

提督「成程、確か次席幕僚になっていたんでしたっけ? 永納海将の。」

 

大迫「そんなところだな。」

 

提督「そうでしたか。何にせよ、また会えてよかった。」

 

大迫「あぁ!」

 

直人と大迫は、固く握手を交わした。

 

伊勢「お知り合いなんですか? 提督。」

 

提督「あぁ、紹介しておこうか。彼は大迫 尚弥(おおさこ なおや)一等海佐。以前俺が世話になった人なんだ。」

 

大迫「ハハハ、紹介ありがとう。君達艦娘の事は聞き及んでいるが、こうして艦娘と対面したのは初めてだ、会えて嬉しいよ。」

 

大迫は伊勢に手を差し出す。

 

伊勢「あぁ、そうなんですか。此方こそお会い出来て光栄です。」

 

伊勢はその手を握った。

 

軍令部総長次席幕僚とは、とどのつまり軍令部総長の副官と同位の重職であることを、伊勢も把握したのだ。

 

土方「感動の再会はその辺にして、車が回してある、続きはそっちにしてくれ。」

 

提督「あ、はい。分かりました。」

 

苦笑する直人は、土方海将の後に続いて足早に厚木飛行場を後にした。

 

 

 

14時58分 厚木→横須賀 車中

 

 

提督「全く・・・こんな時期に・・・」

 

土方「そうぼやかんでくれ、すまないとは思っている。」

 

提督「いえ、土方さんが悪いんじゃないでしょう? どうせまたぞろ幹部会が・・・」

 

土方「いや、今回は軍令部だ。」

 

提督「・・・なんですって?」

 

直人は耳を疑った。

 

土方「パラオ沖で、派手にやったらしいな。」

 

提督「あー、言われてみれば。で、やったのか?」

 

後部座席に座る直人は隣に座る伊勢に聞いた。

 

伊勢「いや、なんで私に聞くんです、半分提督がやったんでしょう?」

 

提督「俺は半分の指揮しかしてないからもう半分はお前らだぞい?」

 

伊勢「え、あぁ・・・えぇまぁ、やりましたね。」

 

伊勢は苦笑して言った。

 

土方「うむ。それが大本営上層部に知れたんだ。主に5年前の関係者連中だ。」

 

提督「今回の作戦はそれが原因でしたか。如何にパラオ防衛が重要とはいえ、浅慮でした。」

 

土方「別に詫びることは無い。元帥の艦隊無くしてパラオ防衛は無かった。」

 

提督「それはそうですが・・・。」

 

直人は表情を曇らせる。

 

土方「紀伊元帥、君が負い目を感じることは無い。悪いのはいつでも上の連中なのだからな。」

 

大迫「実はその作戦立案者が、今日横鎮司令部に来る予定らしい。」

 

提督「立案者・・・?」

 

直人はふとそう聞いた。

 

土方「そう、今回の作戦はある人物の進言を、永納総長が容れた結果実行が決定された。その立案者が今日、私に会いに来ることになっている。」

 

提督「成程。一度その立案者とやらの顔を拝んでみたいものですな。」

 

大迫「ま、決まってしまった以上やるしかない。それが軍人としての筋だ。」

 

提督「ですね、諦めましょう。」

 

大迫「それにしても、お前が提督だの元帥だの呼ばれる様になるとはな。」

 

提督「いやぁ、私の存在は極秘中の極秘扱いですからね。新聞にも載りはしませんよ。」

 

謙遜、というより少し困った表情で直人は答える。

 

大迫「それでも元帥号なんてそう貰えたもんじゃないぞ? もっと胸を張っていいんだ。」

 

提督「俺には不釣り合いな代物だと思ってますがね。役目を終える時になれば、早々に退役したいものです。」

 

土方「それは困るぞ、君は戦後もやるべきことは多いのだからな。」

 

提督「まぁ、こうなるよな・・・。」

 

露骨に嫌そうな顔を作って見せる怠惰提督であった。

 

土方「本土滞在中は以前使って貰った部屋を使ってもらう。今回は伊勢も同室の方が良かろう。その辺配慮したまえよ。」

 

提督「うぬっ・・・はい。」

 

ボディガードという直人の随員、その性質を重視したこの土方の発言は、実際に現実として実行される事になる。これには流石に反論出来ないのも確かであった。

 

 

 

直人はこの後横鎮司令部に到着、その足で司令部寄宿舎へと向かい、割り当てられた部屋で暫く住み込む用意を整えていった。

 

 

 

15時26分 横鎮本庁・艦娘艦隊寄宿舎209号室

 

 

提督「全く・・・なんでこうなった。」

 

ベッドにシーツを掛けながら、直人はぼやく。

 

伊勢「ま、まぁまぁ・・・そう言わないで―――私じゃ、ダメですか?」

 

提督「はうっ!? い、いや・・・そう言う意味では・・・。」

 

伊勢の一言は直人にクリティカルヒットしたが、金剛が聞けば激昂では済まされないだろう。因みにこの場合、自分が同室では不安か、と言う事である。

 

伊勢「ならいいじゃないですか。」

 

因みに伊勢にもそう言う気持ちが無い訳ではないものの、どちらかと言えば尊敬の念が強かった。要するに、「本当は信頼されていないのでは」という不安から出た一言であった。

 

提督「お、おう・・・。」

 

直人からすれば初の男女同室であった為、どぎまぎしているのが本音であった。金剛とだってここまでは来ていない。(つまり関係の発展が中途半p(ズドォーン

 

インターホンが鳴ったのは、そんな時だった。

 

 

ガチャッ

 

 

提督「はい、209号室。」

 

オペレーター「“石川少将、土方海将がお呼びです。至急貴賓室までお越しください。”」

 

提督「分かりました。」ガチャッ

 

伊勢「どうしました?」

 

提督「土方さんからお呼び出しさ。ちょっと行って来る。」

 

伊勢「はい。行ってらっしゃい!」

 

伊勢に見送られて直人は部屋を出たのだった。

 

伊勢「そう言えば、提督は金剛さんとも相部屋は・・・成程。」

 

そして去った後に合点のいった伊勢である。

 

 

 

15時32分 横鎮本庁2F・貴賓室

 

 

コンコン

 

 

土方「入りたまえ。」

 

提督「失礼します。」

 

直人が貴賓室に来た時、土方は来ていた来客者と話し終わった様子だった。

 

直人は土方の向かい側のソファに座る。隣にはその来客が座っている。ソファに挟まれたテーブルの、直人から向かって右側に壁には壁掛けテレビが設置され、ニュースの映像が流れていた。

 

アナウンサー「“今回大本営から提出され認可された出兵計画に関し、防衛省幹部に取材を行いました。”」

 

シーンが切り替わり取材の映像が流れる。

 

幹部F「私はこの作戦の賛否に関しては反対です。この時期に攻勢をかける必要性は皆無ですし、なにも海上自衛軍に航空自衛軍、二つの軍の主力を投じる必要があるのかが疑問です。」

 

土方「役者だな、この幹部Fというのは、この作戦に強硬に賛成を唱えていた幹部の最先鋒だ。」

 

提督「ですが機嫌取りだとしてもこの言動は正しいでしょう。この作戦、勝てるとは思えない。そう思う方が間違ってる。」

 

「なんですと!?」

 

直人の隣に座っていた来客が鋭い剣幕で勢い良く立ち上がる。

 

短く切り揃えられた黒髪に、縦長でどこか卑屈っぽさを漂わせる人相である。背もそこそこ高い。

 

提督「―――失礼だが貴官は?」

 

唐突だったので驚いた直人は、兎に角名を訊いた。

 

賀美(かみ) 茂徳(しげとく)二等海佐であります。」

 

土方「石川君。今回の出兵案を作成したのが、ここにいる賀美二佐なんだ。」

 

提督「ほう。」ギラッ

 

彼は軽く鋭い眼光を向けるが、賀美二佐は気にも留める様子は無かった。

 

賀美「残念ですな。少将は今回の出兵案に反対のようだ。」

 

提督「―――今の海軍と空軍の戦力、それに艦娘艦隊の練度では不可能だ。」

 

賀美「貴官の率いる防備艦隊の練度を以てしてでもですかな?」

 

提督「1個艦隊程度で戦は出来ん。他の艦隊の支援もあってこそ、我々は最大限のポテンシャルが発揮出来るのだ。」

 

そもそも防備艦隊は本来鎮守府司令部直属として後詰めや予備兵力と言った役割を担う艦隊である。練度こそ高けれど外征は滅多にない。

 

賀美「グァムやパラオ沖の一戦では貴方の艦隊だけで戦局を優位に運んだではありませんか?」

 

提督「それは――――」

 

何故その事を知っているのか、と考えかけて、恐らくは大本営の中枢にいるのだろうと思い至る。そして反論しようとしたが

 

賀美「それとも、少将でなければ勝利は齎せませんかな?」

 

賀美は直人の発言を遮った。

 

提督「・・・。」

 

直人は一つ息をつく。

 

土方「分を弁えろ賀美二佐。用件は済んだだろう、早く退室したまえ。」

 

そう言われた賀美二佐は、黙って土方海将に敬礼すると、足早に去っていった。

 

土方「あれが、永納海将のお気に入り、作戦主任参謀殿だそうだ。」

 

提督「やりにくい性格ですね。」

 

土方「そうだ。話を戻すが、今回の出兵に関し、横鎮近衛には予備兵力となってサイパンで待機してもらいたい。」

 

提督「なんですって!?」

 

直人はその言葉に驚いた。当然自分にも作戦区域が割り当てられると思ったからだ。

 

土方「よく聞くんだ。この作戦は少なからず失敗する。その時、後詰めとして味方の退却を援護する兵力が必要なのだ。横鎮はその役目を負わされている。時が来るまで、辛抱してくれ。」

 

土方は直人に頼み込んだ。それは、土方の先見の明であったろう。

 

提督「―――いや、そこまで仰られるのでしたら異存はありません。」

 

土方「そうか・・・。」

 

土方海将は安心した面持ちでそう言った。

 

提督「しかし、戻ったら大目玉を食らいそうです。」

 

土方「そうだろうな、先の戦いでの活躍は聞き及んでいる、士気も高まっておるだろうが、何とか抑えて貰いたい。」

 

提督「了解しました。」

 

 

コンコン

 

 

土方「入りたまえ。」

 

氷空「失礼します。」

 

 

その顔は、どれだけ経とうが忘れられぬものだった。

 

 

提督「水戸嶋!」

 

氷空「おぉ、直人か! 貴官も到着していたのだな。」

 

提督「・・・貴官“も”? 他に誰か――――」

 

「おっす! 我らが旗艦殿♪」ニカッ

 

「やぁ、久しぶりだね。」フッ

 

提督「泉沢(いずみさわ)浜河(はまかわ)! 久しぶりだなぁ~、元気してたか?」

 

親しみを込めた声で、直人は言った。

 

泉沢「俺はいつでも元気さ。」

 

浜河「勿論。この5年間一度も会わなかったから、どうしてるかと思ってた所だったんだ。」

 

泉沢と呼ばれた方は、茶髪の前髪を逆上げしてまとめており、つり上がった眉毛、快活な瞳と笑みが、活発そうな印象を与える青年。背丈は直人より少し低い程度か。

 

浜河と呼ばれた方は直人より若干背が高く、泉沢とは対照的につり下がった眉毛と少しおっとりした瞳、一見大人しくて知的な印象を与える顔立ちをしている。髪は黒髪のショートヘア。

 

提督「でも、なんでここに?」

 

土方「泉沢は佐世保、浜河は舞鶴の近衛艦隊司令官なのだ、紀伊元帥。」

 

提督「なっ・・・!?」

 

初めて聞く事実に驚く直人。

 

泉沢「そーゆーこと!」

 

浜河「驚いたかい?」

 

提督「そりゃぁ驚くさ―――俺達4人揃って近衛艦隊の司令官だなんて。」

 

直人を含む近衛艦隊司令官は、揃って巨大艤装を使用できるのだ。それはかつてこの4人が、ある計画の実働部隊であることを意味している。

 

浜河「今回の出兵、僕達3人も前線に出る事になったんだ。艤装は勿論出せないけれど、一応海軍の艦に積んで持って行くみたいだね。」

 

提督「そうだったのか・・・。」

 

そう言いつつ心中で嘆息する直人である。

 

泉沢「俺達は割り当てられた護衛艦から陣頭指揮って事になってるらしい。暴れてやりたいんだがなぁ。」

 

提督「いやダメだって。」

 

泉沢「わーってるよ。消化不良になりそうだって事だ。」

 

提督「凄い分かる。」

 

こんなやり取りが、彼らの日常だった。気付けばこんなやり取りもいつ以来だろう、と思いを馳せる直人である。

 

氷空「俺と泉沢は、MI方面への侵攻に同行することになった。」

 

浜河「僕はSN本隊だね。」

 

提督「俺だけ総予備・・・。」orz

 

土方「おいおい・・・そう落ち込まんでくれ。」

 

泉沢「おおう・・・ドンマイな、その分バックアップ頼むぜ。」

 

提督「おう・・・。」

 

やはり煮え切らない直人だった。

 

提督「そ、それは兎も角です、土方海将。」

 

土方「ん? 何かね。」

 

直人は土方に、単純な質問をぶつけた。

 

提督「海将はこの作戦を、支持しているのですか?」

 

土方「・・・我々は軍人だ。艦娘艦隊、大本営だって形の上ではそうだ。我々は命令に従わねばならん。違うか?」

 

提督「は。失礼しました、軍人としては、失言でした。」

 

失言であったと陳謝する直人に土方は訂正を入れる。

 

土方「いや、それと支持するとでは意味合いが違う。だが命令であるならば、我々は出向いて戦わなければならん。例え、どんなに馬鹿げていようともだ。」

 

提督「私はこの作戦には賛成出来ません。しかし、土方海将が参加せよと言うならば私はやりましょう。予備でも我々は遊撃部隊です。尻拭い、などとは言いませんが、その位の事をする準備はしておきますし、非常事態時には戦線加入も予想してはおきます。ですが大本営の命令には従えません、あくまで海将の命令であるからです。」

 

氷空「―――直人・・・。」

 

土方「・・・全く。相変わらず我儘が過ぎるな。5年前より多少はマシになったようだが。」

 

提督「すみません、流石にこれは私の我儘です。土方海将が私を首席幕僚に指名したとあっては、出ない訳には行きません。この上は、最善を尽くします。」

 

土方「うむ。」

 

泉沢「俺も直人には賛成だな。」

 

浜河「そうだね。例え何年経っても、君の号令無くしては、どうにも締まらないらしい。」

 

氷空「フッ、そうだな。そうらしい。この作戦は馬鹿げている、そんな作戦を立てた大本営に従うのは、少々気が進まんのでな。」

 

土方「お前達・・・。」

 

提督「おう・・・マジかよ・・・。」

 

直人は若干戸惑いを覚えた。いつの話だと言う気後れが彼にはあった。

 

土方「全く、紀伊元帥。何時ぞやの様に、ビシッと言ってやれ!」

 

提督「土方海将まで・・・はぁ、仕方がない。」

 

直人は諦観した後、一拍置いて言葉を発する。

 

提督「よし! この戦い、全員揃って生き抜くぞ!!」

 

3人「おう!!」

 

彼らは改めて決意を固める。それは余りにも、悲壮な決意だった。

 

 

 

10月8日10時02分 大本営大会議場

 

 

土方「さて、臨席する将校各位には既に承知の事と思うが、先の南方方面遠征計画案が既に大本営並びに防衛省によって決定された。まず部隊編成を後方主任参謀を務める、大迫一佐から説明してもらおう。」

 

土方の第一声によって幕僚会議が始まる。

 

大迫「ハッ。まず総司令官は大本営総長である、永納(ながの) 将実(まさみ)海将が務められます。

参謀長は横鎮司令長官土方海将ですが、土方海将麾下の兵力は全て予備兵力として本土に残留します。作戦参謀春原(しゅんばら)海将補以下5名、情報参謀東園(ひがしぞの)海将補以下3名、後方参謀は5名。

 実戦部隊として小賀(こが)海将の呉鎮守府、吉村(よしむら)海将の佐世保鎮守府、栗畑(くりはた)海将の舞鶴鎮守府、有田(ありた)海将補の大湊警備府、小澤(おざわ)海将補の高雄基地、門田(かどた)一等海佐の上海基地、美川一等海佐のパラオ基地、そして北村(きむら)海将補のリンガ泊地の、以上8基地の全戦力を投入します。

 その他含めた総動員数、艦艇179隻、航空機822機、人員総数32万0294名、艦娘艦隊は動員数96万2351個艦隊、艦艇総数107万1267隻。」

 

唸り声や感嘆の声が随所から漏れ出す。艦娘艦隊は勿論の事、これだけの遠征作戦は、日本の四方を守る自衛軍でも初めてであった。

 

土方「この遠征軍の具体的な作戦案は、まだ立案されていない。今回の会議はこれを決定する為のものである。各官の活発な提案と討論に期待する。」

 

賀美「総長閣下。」

 

発せられた声にその場の耳目が集中する。

 

賀美「作戦参謀賀美二等海佐であります。今回の遠征は我が自衛軍開闢(かいびゃく)以来の壮挙と信じます。幕僚として、これに参加できるのは武人の名誉、これに過ぎたるはありません。」

 

言い終えて賀美作戦参謀は着席した。

 

提督(能書き垂れるだけか、さっさと提案でも出せばどうだ。)

 

少しでも早く終わらせたい直人は心中でその様な事を思う。

 

小澤「総司令官にお尋ねしたい事がある。」

 

そう発言したのは高雄(カオシュン)基地司令官である小澤 寛三郎(おざわ かんざぶろう)海将補、白人寄りの白い肌が目を引く、顔つきも精悍な風貌をした将官である。

 

小澤「我々は軍人であるからには、行けと命令があった日には何処へでも行く。それが例えば深海棲艦の本拠を叩けと言うのなら、尚更だ。しかしそれには、周到な準備が欠かせない。まずこの遠征の戦略的目的をお聞かせ願いたい。」

 

戦略上の目的は、作戦行動の際最も重要なポイントである、その点小澤海将の発言は正論だった。

 

永納「作戦参謀、説明を。」

 

永納総長は、白いちょび髭蓄えたダルマ、以上。

 

賀美「ハッ。んんっ。」

 

呼ばれた立案者、賀美作戦参謀が咳払いをして起立する。

 

賀美「大軍を以って敵地奥深く侵攻する。それだけで愚昧な深海棲艦共の心胆を寒からしめることが出来るでしょう。」

 

小澤「では侵攻するだけで、戦わずして退くという訳か?」

 

賀美「そうではありませんが、作戦主眼はあくまでも、“人類の”失地回復にあります。敵襲時には高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対処する事になろうかと思います。」

 

小澤「今少し具体的に言ってくれ。余りに抽象的過ぎる。」

 

北村「要するに、行き当たりばったりと言う事ではないかな?」

 

そう言ったのは初老の提督、リンガ泊地司令官北村 雅彦(きむら まさひこ)海将補だった。

 

恰幅の良い体付きと、鼻下に白い髭を蓄え、一見した印象は優しい好々爺と言った方が相応しい。御年69にもなる老骨の名将と名高い提督でもある。

 

賀美「他に何か?」

 

北村海将補の発言に目つきを険しくしつつ賀美作戦参謀はそう言った。

 

浜河「一ついいですか?」

 

土方「湯浅少将、どうぞ。」

 

これは舞鎮近衛・浜河元帥の偽名だ。

 

浜河「侵攻の時期を現時点に定めた理由を、お聞かせ願いたい。」

 

賀美「戦いには、期と言うものがあります。それを逃せば結局運命そのものに逆らう事になります。」

 

浜河「つまり今が我々が攻勢に出る機会だと?」

 

賀美「攻勢ではありません、大攻勢です!」

 

賀美は机を叩きそう断言する。確かに規模だけを見れば大攻勢と呼べた。

 

賀美「大兵力を以って人類の失地を回復しつつ敵の拠点を奪取し、近い将来必ずや行われる大攻勢を行う橋頭保を確保する。さすれば敵は狼狽し為すところを知らないでしょう。第2次大戦以来で最大の艦隊が長蛇の列を成し進軍するところ、勝利以外のなにものも、あり得ないのです。」

 

まるでプロパガンダか何かを喧伝するかのように、自信に満ち誇らしげな様子で説明を続ける賀美作戦参謀だったが、直人は更にアンチテーゼを突きつけていく。

 

提督「しかしその作戦では補給線が余りに長くなり、通信、更に連携にも支障をきたし、また大きな負担ともなろう。更に敵は戦力の集中投入を行い細長い側面を突く事によって、容易に我が軍を細切れに分断する事さえ可能なのだ。」

 

賀美「なぜ分断の危険を強調するのか小官には理解致しかねます。我が軍の隊列に割り込んだ敵は前後から挟まれ、集中砲火によって撃滅される事は疑い有りません。敵はパラオに派遣した雑多な混成軍が無残に敗れ去った事で士気も低下している事でしょう。その敗残兵共に何程の事が出来るでしょう? 石川少将の言われる事は取るに足らぬ危険です。」

 

彼に対して希望的観測を並べる賀美作戦参謀だったが、それで止められる様な男ではない。

 

提督「取るに足らぬというには、この作戦プランは余りにも常軌を逸している。MI方面やAL方面への陽動攻撃は置くとしても、SN方面に対する攻勢に際し、トラック棲地に対する攻撃とその占拠が含まれていないのはなぜか、その理由をお聞かせ願いたい。」

 

賀美「トラック棲地に駐在するのは敗残兵共の集合体である為、例え行動したとしてもさしたる脅威とはなり得ないものと将官は理解しております。」

 

提督「いや、この棲地にいるのはれっきとした正規の艦隊だ、我々は一度これと交戦した事があるが、その統率の取れている事、敵ながら素晴らしいと言わざるを得ないのが正直なところだ。これらがもし進撃途上で迎撃に出てくるのであればいざ知らず、それをやり過ごして補給路を断ち、兵糧攻めにするような事があれば、この大規模な侵攻軍はたちまち明日の食糧にも補給物資にも窮乏する事になり、自壊を招く事は、恐らく必定だと小官は懸念する所だ。」

 

賀美「我が軍が局地優勢を確保し逆にトラック棲地の動きを封じさえすれば、奴等は泊地から出る事もままならず孤立する事でしょう、少将の仰る事は、あり得ない空想に過ぎないと言ってもいいでしょう。」

 

提督「この程度の想定を空想と断じるとは驚きだな。深海にも頭の切れる者がいる事は考慮の内に入れるべきだ。更に敵は陣容の厚みを利してこちらよりも遥かに多い戦力を、一挙に複数投入する事で我が軍を各個撃破する事も可能なのだ。これらの点を考慮に入れた上で今一度慎重な作戦立案をすべきではないか?」

 

土方「石川少将、君が深海側の知能を評価しているのは分かるし、前線の事に精通しているのも分かる。だがそれは推察に過ぎんのではないか?」

 

提督「それはそうです。しかし最悪を想定するのが作戦と言うものです。敵が我が方を上回る、最悪の状況を想定するのは当然でしょう? それに、敵が犯した以上の失敗を我々が犯せば、彼らが勝って、我々が敗れるのです。」

 

作戦立案は常に予測し得る最悪の状況に立って立案すべきもの、仮説や憶測の上に立案した時、それは破綻という最悪の結果を招く。

 

賀美「それは予測にしか過ぎませんな石川少将。敵を過大評価し必要以上に恐れるのは、武人として最も恥ずべき所。ましてそれが味方の士気を損ないその決断と行動を鈍らせるとあっては、言わば敵を利する事となりましょう、どうか注意されたい。」

 

北村「賀美二佐! 今の発言は上官に対し礼を失しておるぞ!」

 

机を強打し北村海将補が怒鳴りつけた。

 

賀美「どこがです?」

 

だが賀美二佐は飄々たる物言いである。

 

北村「貴官の意見に賛同せず慎重論を唱えたからと言って利敵行為とは何だ! それが節度ある発言と言えるか!」

 

賀美「私は一般論を申し上げただけです、一個人に対する誹謗と取られては甚だ迷惑です。それに艦娘艦隊の少将が上官ですと? 冗談も甚だしいですな、北村海将補。」

 

北村「何―――!?」

 

平然とそう言う賀美作戦参謀。今度は直人が机を叩く番だった。

 

提督「貴官は何を言っているのか分かっているのか! 二佐と言えば旧海軍では中佐相当の筈。その身にありながら艦娘艦隊少将の地位にある者を誹謗するのか!」

 

賀美「貴方方の様なエセ軍人を司令官だなどと重用する時点で間違いなのです。艦娘は我々軍人が運用してこそ意味を持つのに、民間から徴用され分不相応な指揮権を振るい、あまつさえ自衛軍士官に上官を気取るつもりですかな?」

 

あざ笑うように堂々と言って見せた賀美作戦参謀。最早何を言っても無駄だと悟り、直人は口を閉ざした。

 

自衛軍と艦娘艦隊は艦娘艦隊関連法案で、対等の立場を持つと明記されている。にも拘らず自衛軍の一部では艦娘艦隊を格下に扱いあざ笑う一派がいる事も事実だった。

 

泉沢「貴様ぁ・・・!!」

 

「喧嘩を売る相手を間違えた、彼は艦娘艦隊と自衛軍が対等とは思ってもいなかった。」直人はこの時それを思い知った。隣で鬼の形相をしつつも必死に抑え込んでいる泉沢を横目に見やり、直人は嘆息した。

 

賀美「そもそも、この戦いは世界各地で孤立し飢えている80億の民衆を救済する、崇高な大義を実現する為のものです。これに反対する者は、結果として深海の支配に甘んじる傍観者と言わざるを得ません。小官の言う所は、誤っておりましょうか? 例え敵に地の利あり、或いは想像を絶する新兵器があろうとも、それを理由に怯む訳には行きません! 我々が・・・」

 

 

 

 最早彼を止められそうな者はいなかった。

話にならぬと言いたげな者もいればあきれ顔で座っている者、部屋の隅の方に座っている者には寝てしまった者さえいる。

結局この会議は、充てられた3時間全てを賀美作戦参謀の演説に費やしてしまい、完全に流れてしまった。

作戦は当初の予定案通り、実行は11月1日付となった。しかし予定案には作戦の子細は無かった為、その辺りは独自に各基地で詰める事となっていた。

 

 

 

10月18日20時11分 横鎮本庁1F・食堂

 

 

提督「はぁ~~~・・・。」グリグリ

 

直人は溜息をつきながら夕食のスパゲッティをフォークでこねくり回していた。

 

そんな事をしていると、突然左の方から「シャーッ」という音と共に小箱が滑ってきた。

 

パッケージには「コーラシガレット」と書かれていた。

 

滑って来た方を見れば・・・

 

土方「フッ、食べるか?」

 

提督「土方さん・・・。」

 

地味にダンディな登場のし方をされたのだった。

 

提督「それはもう頂きますとも、大好物ですよ。」

 

土方「ハハハ、にしてもどうしたね紀伊くん。君がそうして麺類こねくり回してる時は、何かしら考え込んで落ち込んでる時だろう?」

 

提督「そっ、それは・・・。」

 

土方の発言は図星であった。

 

土方「・・・成程、会議の時の話か。」

 

提督「えぇ・・・。」

 

土方と直人の間柄は5年来のもので、それ故互いに思う事はある程度分かる。

 

土方「あれで賀美二佐の為人は分かったろう?」

 

提督「えぇ、まぁ。自己の才能を示すのに実績ではなく弁舌を用い、他人を貶めて自分をえらく見せ、それでいて自分に才能があると思い込んでいる。独善的でしかも無能とは、処置の施しようがない。」

 

土方「ハッハッハッ! 部内でもそこまで手厳しく言える者はおらんぞ。それを快活なまでに一刀両断してくれる。あるいはそれがお前の美点の一つやもしれんな、敵も作りやすくはあるが。」

 

提督「実際それで敵を量産してきましたし。」

 

土方「因みにどのくらいだ?」

 

提督「そうですね、5ダース単位じゃないと数え切れませんかね。」

 

土方「ハハハハッ、そうすると、中々苦労人だな、お前も。」

 

提督「お互いさま、でしょう?」

 

土方「そうだな・・・。」

 

提督「土方さん、明日半日だけここに滞在したいと思います。」

 

土方「そうか、分かった。出立はいつにする?」

 

提督「1400時(14時ちょうど)で。」

 

土方「了解した。」

 

そうしてその日は土方海将と別れた。

 

提督「・・・食うか。」

 

直人は一人、少し温くなったたらこスパゲッティを食すのだった。

 

 

 

10月19日10時07分 横須賀市・戦艦三笠中甲板

 

 

直人は土方海将を介し再び戦艦三笠を訪れていた。

 

戦艦三笠の公開範囲は三笠甲板以上と上甲板・中甲板の後部に限定されており、それ以外の船体内部は公開されていない。

 

その非公開部への進入許可を、土方海将を介して得たのだ。近衛艦隊司令の権限凄いね、ホント。

 

提督「過ぎし日の武士(もののふ)達よ、汝らの御霊靖国にあらんことを・・・。」

 

中甲板中央部は兵員居住区である。遠く去りし日の、祖国の栄光を想って彼は嘆息した。今の我が祖国の、なんと矮小でささやかたる事だろうか、と―――――。

 

そして今、そのささやかなる祖国の、乾坤一擲の作戦が決行され、恐らく敗れ去るだろう。残るのは無人の荒野か、或いは人艦問わず数多の屍晒す酷寒の水底か。彼は少しも楽観出来ないでいた、そしてそれなのに、彼に出来ることは無い。

 

総予備として待機命令が土方海将の名で出される事にもなった、最早滅多な事では動く事もままならない状況に陥っていた。

 

三笠「穏やかなる猛将の、なんと小さき後ろ姿でしょうね。」

 

提督「!」

 

ふと気づくと、彼の背後に三笠がいた。

 

三笠「何が起ころうとしているか、私には分かるわ―――貴方の出る幕は必ず訪れる。それまで辛抱強く、待つのね。」

 

提督「―――なぜ、言い切れる?」

 

三笠「それが貴方の定めだから、と言っておくわ。」

 

提督「それでは説明に――――」

 

三笠「いいこと? 貴方は信じる道を進むの。そうすれば、道は現れる筈。自分を、信じる事ね。」

 

提督「・・・そうか、心得よう。」

 

そう言った後、ふと気づくと三笠の姿は失せていた。

 

提督「―――何やってんだろうな、こんなところで。帰らねば、在るべきところに。」

 

直人の気の迷いは、すっかり晴れていた。

 

 

 

10月19日20時21分 司令部中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「それはどういうことですか!?」

 

司令部に戻り、作戦の骨子を説明した彼は、なぜか大淀から詰問を受けていた。

 

金剛「そうデース! なんで私達は待機なんデスカー!?」

 

提督「そう怒らんでくれ、これは命令なんだ。横鎮からのな。」

 

金剛「私達にも出撃させて下さい! でないとおさまりがつきません!」

 

提督「今回ばかりは何を言われようと動かんぞ。動かんし動かさせもしない、土方海将の“命令”もあるんだからな。」

 

大淀「そんな命令、今すぐにでも拒否して下さい提督。そのような事では艦娘達の士気に―――」

 

 大淀の弁にも一理はあった。近衛艦隊は敵に背を向けず闘い続けた。今更それでは―――ということだ。更にはパラオ沖で士気が昂っている事も積極論に拍車をかけさせたことは事実だった。

しかし命令拒否権を引き合いに出した事が直人の琴線に触れた。

 

提督「いい加減にしろ大淀。俺は確かに以前1度、命令を拒絶した。だがあの時は我が艦隊に、取り返しのつかぬ被害をもたらす危険があったからだ。それに横須賀鎮守府全部隊が総予備となるというのは、作戦基幹の方面配置から決まっている。我々の持つ命令拒絶権は乱用していい性質のものではないし、戦いたいのは、俺達だけではあるまい!」

 

 机を拳骨で叩きながら言う直人。その目の前、執務机の上には、SN作戦の作戦要綱が記された、分厚い書類が置かれていた。

各方面への割り当ては次の様になっていた。大淀達の怒りが、書類のその一点に端を発していたのは間違いないのだが。

 

SN本隊:リンガ・上海・高雄・パラオ・舞鎮

MI方面(陽動):呉鎮・佐鎮

AL方面(陽動):大湊

総予備:横鎮

 

大淀「だからと言って命令を順守するという事にはならないでしょう! そもそもこんな作戦は作戦とは言えません、せめて我が艦隊も参戦して、戦局を優位に運べるようにすべきです!!」

 大淀のこの発言は一種危険な発言であった。それは、上から下への命令系統の墨守を否定する発言だからである。しかし裏を返せば、正規の命令系統上に無い彼らなればこそ、ある程度は許容される考えでもある。

しかしこの言葉を聞いていた彼はむしろ冷静さを取り戻しつつあった。

「大淀。」

 

大淀「なんです?」

 

苛立ちを隠せない声で大淀は言うが、これに対する直人の返答は、至って落ち着いていた。そして静かに、こう言った。

 

提督「作戦と言うものは、実行するより早く失敗はしないものだよ。」

 

大淀「―――!!!」

 

金剛「・・・ナルホド、そう言う事デスカ。」

 

この直人の一言で、金剛と大淀は納得したのであった。

 

 

 

~ガタルカナル島~

 

「ナニ? 敵ノ通信ガ活発ニナッテイルダト?」

 

ヘ級elite「ハイ。ドウヤラ敵ハ、近ク大規模ナ攻勢ヲ行ウヨウデス。」

 

「確カナノカ?」

 

ヘ級elite「10月終ワリニナッテ、急ニ敵基地間ノ通信ノ量ガ増エテイマス。」

 

「成程ナ・・・来襲予想方面ハ割リ出セルカ?」

 

ヘ級elite「調ベサセマシタトコロ、ドウヤラコチラニ来ルヨウデス。」

 

「仕事ガ早イナ・・・ヨシ、全物資ト戦力ヲ4ライン後退サセロ。」

 

ヘ級elite「ト、言ワレマスト?」

 

「敵ヲ誘イ込ミ、殲滅スル。」

 

ヘ級elite「・・・分カリマシタ、飛行場姫様。」

 

飛行場姫「急グノダ。余リ時間モナイヨウダシナ。」

 

ヘ級elite「ハッ!」

 

飛行場姫(さぁ・・・どう出る? 艦娘共め。)

 

ヘンダーソン基地飛行場姫は、艦娘艦隊迎撃の準備を始める。

 

攻勢の情報は、艦娘艦隊側が、迂闊にも、無節操に、乱発し始めた通信によって、深海側に推測という形で知られてしまったのである。そうなれば徹底的に調べ上げられるのは自然な道理であり、攻勢開始時点で、深海側はこの作戦の大半を既に察知していたと言う。

 

 

 

10月30日に内地から、次いで31日にリンガ・パラオ艦隊がニューギニア南岸・ダレス海峡ルートを通るべく出撃、そして11月1日に、AL方面陽動の大湊警備府艦隊と、SN方面の後詰めである高雄・上海艦隊が、それぞれ投錨地を発った。

 

~SN本隊~

 

浜河(どう出てくる、深海棲艦・・・。)

 

~MI部隊~

 

氷空(この動きは、恐らく読まれているな、どうしたものか・・・。)

 

~MI部隊別働~

 

泉沢(ひと暴れ、してやるか!)

 

~サイパン島~

 

提督「いよいよ始まったな。」

 

大淀「・・・はい。」

 

提督「この1戦で、今後の全てが決まる。」

 

金剛「勝てますカー?」

 

提督「分からない。少なくとも、好ましい結果にはなるまい。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

皆、生きて帰れよ。直人はそう念じずにいられなかった。

 

旗艦と共に出撃した各基地司令官以下、一体何人が生きて祖国の、自分達の基地の土を踏むことが出来るか。その念は、土方海将や大迫一佐も同じであった。

 

決戦の時は、すぐそこまで迫っていた。



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第1部9章~熱狂的再征服(レコンキスタ)

どうも、最近再びWoWS熱が再燃してきた天の声です。

青葉「この提督にだけは使われたくありません、青葉です。」

ヒデェなおい。

青葉「だってこの間古鷹(ティア5)で特攻してたじゃないですか。」
↑ティア6で実装中

・・・ティア5でティア7戦場飛ばされたとはいえ弁解の余地が無い。

※コアな話なのでスルーでいいです

さて、話す事がありません。

青葉「無いんですか!?」

うん。無い。かといって史実の話は作中触れてないのでNG。SN作戦?今度ね。

青葉「アッハイ。」

なので今回からは作中設定に関する放談や小ネタ設定なんかを公開して行こうかと思います。

その記念すべき(?)1回目は、艦娘建造の補足です。

青葉「え、前に説明しましたよね?」

うん、どちらかというと小ネタに近いかな。

以前解説した時に、「まず最初に艦娘の基本型艤装を作り、それを触媒として肉体を“召喚”する」という趣旨の説明をしていたと思います。

実は厳密に言うとこれは誤りです。

召喚とはあるものを呼び出すと言う意味で正しいように思われるかもしれませんが、証人を法廷に召喚する、という単語の用法に見られるように、存在するものを呼び出すと言う点で間違っています。

ではどうしているのか、これは降霊によって呼び出しています。

文字である程度察した方もいるかもしれませんが、すなわち艦に宿っていた魂、ここで言うのは艦そのものは勿論それに乗り込んでいた人々も含めた魂の複合体の事ですが、その複製を降霊儀式によって現世に顕現させた上に受肉を施したものが、即ち艦娘なのです。

青葉「漢娘ではないですよー、乗組員の人達皆男の人ですけど!」

ナイスフォロー。解体する際も艤装のみ解体し艦娘そのものが残るのにも理由がありまして、まず受肉している時点で魂は消滅しない上、艦娘には核とも呼べるものがあります。これは艦娘の心臓がそれに該当します。これが止まらない限り、艦娘は“艦娘”であり、純粋な“人間”とは呼べません。

しかし核があっても艤装が無くては無力なのは事実、その艤装にも核があり―――もっともこの艤装側の核が艦娘側の核のオリジナルな訳だが―――、これが同一の核同士で共鳴した時に限って初めて艤装は使用可能になります。但し例外が無い、とは断言しません。

青葉「一体どういう事なんですか・・・。」

どういう事なんでしょうね。

統括すると、「艦娘は有り体に言って召喚、厳密に言って降霊儀式によって、艦とそのクルーの魂の複合体が呼び出され、艤装の核を複製(コピー)して心臓とし受肉したもの。」となります。

その本質は人間に限りなく近いながら一方では限りなく遠いと言う、一つの肉体に対極の特質を持っています。

青葉「それが紀伊司令官が、艦娘の扱いは人道に則るべきと主張する根拠でもある訳ですね。」

正解だな。たとえどのような者でも人は人だ。「人は石垣、人は城」と言われるように人それぞれが非常に重要なのであり、また人心と言うものも非常に大切な訳だ。艦娘艦隊はそれそのものが砦であり兵士で、堅牢な城壁であり防衛兵器である、と形容出来る訳だ。

青葉「“人は石垣、人は城、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。”武田信玄の名言ですね。」

そうだね、堀を幾重に巡らし鉄壁の石垣を築き強固な城塞を造り上げた所で、人を大事にし人の心を大事にしなければ大事を成す事は出来ない、という事だな。

さて、いよいよ物語は序盤の佳境へと突入していきます。御覧下さい。


劇が開演されてみると、SN作戦は、予想よりも早く進展していた。

 

AL方面では、ベーリング海方面と中部太平洋方面から敵を誘致する事に成功し、目下アリューシャン列島線を舞台に大立ち回りを演じている有様。

 

MI方面では南西と北西からの2方向から突入した部隊によって、11月13日にミッドウェー島が、AL方面に戦力が誘致されて手薄“だったにしても”異様な速さで落ちた。

 

南方海域では、一時危惧されたリンガ・パラオ艦隊のダレス海峡突破を、11月6日に無血で達成しその勢いでポートモレスビーを攻略、ソロモン列島線も敵の抵抗なく制圧、11月17日までの間に100余りの島々とニューギニア北岸・南東部を解放し、ポートモレスビーで孤立し虜囚同然に扱われていた人々を初めとし、豪州北端部も併せおよそ10万人の人々を救出した。

 

 

 

2052年11月15日(金)10時31分 中央棟1F・無線室

 

 

提督「・・・敵は出てこないのか。これだけ制圧されて。」

 

直人は無線室の壁にかけられた地図を見てそう呟いた。

 

大淀「些か奇妙ですらありますね。」

 

隣に立つ大淀も言った。

 

普通これだけの範囲を制圧されて抵抗もしないのは、少し考えれば奇妙なのだ。現状反撃も無く、AL方面以外では1発の砲弾も交わされてはいない。しかしどの部署も、予想外の勝利に沸き立っている。今この形だけを見れば、賀美二佐の言った発言も間違いではない様にも見え、一部にはその評価を見直す向きまで見え始めた。

 

提督「ポート・モレスビーはダレス海峡を挟み、豪州北部を望む要衝だ。ラバウルも豪州とニューギニアの連絡を確保/維持するには欠かせぬ拠点だし、ソロモン諸島は航空戦を優位に運ぶための根拠地として大いに利用できる筈。ミッドウェーやウェーク島だってそうだ、北太平洋での航空戦を有利に運ぶだけでなく、ハワイへと進撃する為の拠点としてこれ程好都合な基地は無い。」

 

海峡を望む基地という事は、ポート・モレスビーから敵が出撃すれば容易に海峡封鎖が可能であることを指し示す。しかもダレス海峡は水深が浅く幅も狭い為潜水艦の探知さえも容易である。即ちダレス海峡が無血で突破できるなど、ましてモレスビーを無血占領できるなど、本来であれば画餅で済まされるところだ。

 

大淀「そして、それほどの戦略的意義を持つ基地を無抵抗で明け渡す訳がない、という事ですね?」

 

提督「お? 分かって来たじゃないか。流石俺の副官だな。」

 

大淀「理詰めの大将の副官ですから。」

 

その理詰めの大将としては、この状況は芳しいものでは無い。

 

提督「さて・・・どうしたものか、これは・・・。」

 

姿を現さない敵部隊、大本営ではこれを半ば当然のものとして扱っていた。当然であろう。SN作戦立案者たる賀美茂徳は、自分達が大挙して行けば、敵は大慌てで逃げ惑うと考えていたからある。

 

提督「大本営や一部の提督共の中には、長駆してフィジー・サモアを攻略すべしとの声まである。あまり、いい傾向ではないな。」

 

大淀「そうですね、現状でも些か敵戦力の精査が不十分な様に思われます。」

 

 大淀の言う敵戦力の大小を精査する事は、戦略面で大なる意味を持つ。そこにどれだけの敵がいて、それを打ち破るのにどれだけの準備が必要か分かるからだ。物資や戦力の準備も戦略の一環である以上、そうした情報を集め、敵戦力を見極めるのも戦略の内である。

もっともその偵察任務を、本来であれば直人ら横鎮近衛艦隊が担う筈だったのだが・・・。

 

提督「これは・・・誘い込まれているな。」

 

大淀「えっ?」

 

提督「これは敵の罠だ。この地図自体が、敵の思惑の内なんだ。」

 

大淀は改めて地図を見返す。

 

 味方はいまガタルカナル・ツラギへ上陸している。一部の部隊は、ニューカレドニア方面警戒の為の哨戒基地として、ガタルカナル南東・ヒウ島付近へと向かっている。恐らくはヒウ島付近を拠点に動く事になるだろう。

北はアリューシャン、東はミッドウェー、南はガタルカナル、その戦域は広大だった。

 

大淀「・・・成程。」

 

大淀もこの時初めて、その危険性を悟った。

 

 

 

11月19日11時32分 軍令部第二部長執務室

 

 

大迫「兵士民間人併せて40万人の90日分の食糧。100種に上る食用植物の種子、大規模基地建設用機材6ヶ所分、飛行場設営隊8個、艦娘艦隊への30日分の補給及び補修用資材、並びに艦娘艦隊用基地資材4カ所分。及びこれを輸送する船舶。解放地の維持と兵士住民を養い、恒久的に“飢餓状態”から解放するには、最低これだけ必要である。なおこの数値は順次大きなものになるであろう?」

 

 これは前線指揮官の一人から、大迫一佐の元へと送られて来た上申書の内容である。解放地域の住人たちはまともな食糧にも事欠く有様であり、医療品や衣服なども枯渇していると言う有様であり、現地に不足しているだけならまだよいが、自軍にさえ足らない物資や食料、弾薬その他様々な物を要求してきたのである。

元々遠征軍の手持ち物資さえそれだけの人数分の需要を長期に渡って満たすような量の物資は無く、当面どうにかやっていけるであろう分の物しかなかった。当然のことながら、物資の応援要請が大本営、特に第二部宛に次々と送り付けられていたのである。

 しかもその作戦構想当初から、彼らは思い上がった事に「解放軍」を称していた。この事自体が、彼らを泥沼の補給線へと引きずり込む禍根を生んでいた。敵から土地を奪い返し、人々を解放するという事は、“今現在の解放地域の人々が置かれている状況から”も“解放”するという事を、図らずも意味したからである。

 

副官「40万人分の食糧と言えば、穀物だけで350万トンになります。自衛三軍の全食糧倉庫を空にしても、穀物は74万トンしかありません。」

 

 副官が大迫にそうは言ったものの、大迫一人にどうにか出来るような状況ではそもそもなかった。

それどころか民間の穀物貯蔵庫からもかき集めた所で、市民の生活を考えれば軍の穀物庫に加え官民も合わせて精々300万トン、無理をして漸くこれに50万トン増やせるかどうかという所が関の山であった。

 

大迫「分かっている。今回の補給計画は私が立てたんだ、こんな予定外の消費がどういう結果を齎すか、他の誰よりも私が知ってるよ。全く馬鹿げてる。」

 

 大迫は嘆息した。軍令部第二部は、補給や調達その他の後方業務が主体となっている部署である。その部長でもあり、後方主任参謀である彼の責任は重大だった。

 

大迫「こうなったら直接、総司令官永納海将にねじ込むしかあるまい。」

 

そう言って大迫は立ち上がり、足早に自身の執務室を出た。

 

 

~軍令部総長室~

 

大迫「閣下。我が軍は危機に直面しています。それも、重大な危機に。」

 

副官に発した言葉通り、大迫一佐は総司令官にねじ込む為に総長室に来ていた。

 

永納「各部隊からの上申書の事か? 些か過剰な気もするが、出さない訳には行かないのではないかね?」

 

大迫「軍倉庫にそれだけの物資はありません。生活必需品や医療品もです。」

 

 上申書には、そう言った生活必需品や医薬品、特にキニーネ(マラリアの特効薬)が切望されていた。特にポート・モレスビーに於いてはマラリアの感染者が一番多く、早急に対策が望まれる状態であった。

しかし国内に流通していた物資にした所で、民間でも海外から物が入ってこないが故に国内生産分で賄おうと自給率向上に努めていたものの、供給は軍に比重が置かれていた為、物資が足りていないのが現状だった。

余談だが、そう言った物不足から安定して生活する為に軍に入った者も多い訳だが、海外との貿易に日本国民が如何に依存して来たか、そのツケが、今になって回ってきた次第であった。

 

永納「政府に要求を出せばよかろう。」

 

大迫「そうすれば、多分送ってくるでしょう。最もそれが前線に届けばよいのですがね。」

 

鋭く永納総長を見据えて大迫一佐は言う。

 

永納「どう言う意味だ?」

 

大迫「敵の狙いが、我が軍に補給上の過大な負担を強いる事にあるという事です閣下。」

 

 これは太平洋戦争中でも問題にされた点であった。

ソロモン諸島はおろかマーシャル諸島にまで拠点を構えていた日本軍は、補給物資の輸送に過剰な労苦を強いられ、更に輸送船を輸送路上で次々と撃沈されている。

さらに戦争継続に必要な物資を南方資源地帯に頼っていた為、そのシナ海航路でも輸送船が沈められ、挙句本土を干乾しにされる有様であったことは、ある程度戦史を知る者には周知の事と思う。

補給もままならないという事ではねつけられたハワイや、同じ理由で何度か陸軍に拒絶されたミッドウェーの攻略作戦の経緯からして、陸軍が海上輸送能力の不足を理由に島嶼部に対する補給能力が低い事は自認する所であったらしい。が、フィジー・サモアには行くと言い出していた辺り、限界を見失ってしまった上層部の悲哀がそこには存在する。

 

賀美「つまり? 敵が我が軍の補給線を脅かさんと試みるであろう、それが、後方主任参謀の御意見なのですかな?」

 

 永納海将の隣に立っていた賀美作戦参謀が大仰にそう言う。この程度は補給関係者なら誰でも危惧する事で、実際チューク諸島方面に対する封止に回した艦娘/海自軍潜水艦部隊には既に多大な損害が出始めているのだ。

 

大迫「うむ。」

 

賀美「しかし、解放地域までの海域は我が軍の勢力下にあります。そう御心配には及ばないと思いますが。あぁ、護衛は勿論付けますがね。」

 

軽くあしらう様に賀美二佐は言う。彼には現実が、まるで見えていない様に、大迫には見受けられた。

 

大迫「・・・。」

 

護衛云々の前に撤退を指示すればどうだ、そう言いたかったが、それは彼の職権を逸脱している、言い出す事は出来なかった。

 

大迫「分かりました。この上申書は永納海将の許可済みという事にさせて頂きましょう。では。」

 

彼は永納海将が卓上に置いていた認可用の判を自ら押し、踵を返して勢いよく総長室のドアを潜り立ち去った。

 

大迫(氷空、駿佑、和征、無事に戻れよ。こんなふざけた戦いで死ぬな!)

 

大迫一佐は、そう思わずにいられなかった。

 

 

 

提督「大迫さんも今頃相当苦慮しているだろうな・・・。」

 

大迫一佐がねじ込んでいたころ、直人も遠く離れた親友をおもんばかっていた。この作戦が補給に多大な負担をかける事は彼にもよく承知されるところで、その分軍令部第二部

 

大淀「我が艦隊は、どうしますか?」

 

提督「・・・全艦隊臨戦態勢、沖合へ待機しいつでも出られるようにしておけ。」

 

直人は全艦隊に出動用意をさせる事を選択した。

 

大淀「分かりました。」

 

提督「急げよ、敵に策士がいれば、あまり時間は無いぞ。」

 

直人はいよいよ状況が最悪のものになりつつあることを実感していた。その声にも、気付かぬ内に緊迫感が籠っていた。そして彼は、敵に策士がいるという事も、何となしに看破していたのだ。

 

大淀「了解しました。」

 

大淀は執務室から退去する。

 

提督(このままでは―――まずい。)

 

直人はひたすら、危機感に苛まれ続けていた。

 

 

 

この頃前線部隊では、ようやく事態を把握し始めている頃であった。

 

前例のない大遠征作戦という事もあり、各部隊は熱狂的雰囲気を呈し、驚異的スピードで進軍を続けてきた。誰しもが気の昂りを感じていたのだ。その様な雰囲気の中懸念はいつしか消えていたかに思われた。

 

しかしその興奮状態から徐々に醒めてくると、特に指揮官達は誰しもこう思い始めていた。

 

 

『なぜ敵は出てこないのか』と――――――。

 

 

11月20日14時27分 ガタルカナル沖・ヘリ空母「ほうしょう」

 

 

北村「二佐、高雄艦隊の小澤海将補に映像通信を。」

 

オペレーター「あ、はい。」

 

北村海将補は、ニューブリテン島付近にいる、高雄艦隊司令官小澤海将補に通信を繋いだ。

 

北村「小澤くん。どうやら元気そうじゃな。」

 

小澤「おぉ、北村海将補ですか、如何しましたか?」

 

北村「なに、年寄りがお節介ながらも、一つ君に注意を呼びかけようと思ってな。こうして連絡している訳じゃよ。」

 

小澤「注意、ですか?」

 

少々訝しむ小澤海将補。

 

北村「儂の経験から察するに、これは敵の罠に現在進行形で嵌っていると見た方がいいかも知れん。」

 

小澤「敵の罠・・・? すると、敵は我々を飢えさせるつもりだと言われるのですか? 期を見て攻勢に出る、と?」

 

小澤海将補は、北村海将補の言わんとする所を全て察すると共に、現状の危険性を改めて認識させられた。彼とて、この状況に不信を抱いていたのであるが、それが漠然とし過ぎており、手をこまねいていた所だったのだ。

 

北村「そうじゃ、我が艦隊は既に撤退の準備を始めておる。」

 

小澤「一度も砲火を交えないまま撤退する訳ですか・・・しかし、それでは敵の反撃を誘致させる事に、なりはしませんか?」

 

これは真っ当な疑問だった。撤退した所へ攻勢をかけられると、撤退が敗走に、また潰走になる危険がある為である。

 

北村「反撃の準備はする、それが大前提じゃな。ともかく、飢えてからでは遅い。今だからこそ反撃は出来るが、飢えてからでは士気も低下し反撃はままなるまい。」

 

腹が減っては戦は出来ぬ、正に至言である。

 

小澤「・・・成程、では我々も撤退準備に入りますが、大本営にはどうしますか?」

 

北村「儂が上申する。貴官の他に美川一等海佐にも連絡はしておいたから、連絡を取り合うといい。」

 

小澤「分かりました、では。」

 

北村「うむ。健闘を祈る。」

 

小澤海将補は敬礼をし、通信を切った。

 

北村「さて、どうにかもってくれよ・・・。」

 

北村海将補は前線部隊指揮官で、最初に事の重大さに気付いた高級指揮官であった。

 

 

11月20日深夜から、輸送船28隻、伊集院久直一等海佐指揮下の護衛艦13隻からなる物資輸送船団が横浜・名古屋・大阪を相次いで出港した。積み荷は様々な物資や補給物資、基地建設用資材第1陣など、前線の艦娘達や将兵が切望している荷物を満載していた。

 

 

11月21日6時39分 中央棟2F・提督私室

 

 

提督「なに? 輸送船団が出港した?」

 

大淀「はい。」

 

大淀から受けた輸送船団出港の報は、彼に底知れない焦燥感を与えた。

 

提督「・・・すぐに艦隊を出撃させるぞ、俺も出る!」

 

大淀「ど、どうしてですか!?」

 

提督「このままでは輸送船団が全滅すると言っているんだ、護衛は付いていようが内地には前線を退いた旧式イージスの『こんごう』クラス位しかまともなのはおらん。そんなもので深海に対抗は出来ん。急いで救援するんだ、さもなくば間に合わなくなる!」

 

大淀「わ、わかりました!」

 

直人は輸送船団が深海棲艦に襲われる大きな可能性を危惧して、急ぎ出撃態勢に入ったのであった。事は急を要するものだった、しかし―――

 

 

 

当の船団護衛部隊は、余りに悠長に過ぎた。

 

 

 

11月21日7時21分 父島西方海上

 

 

伊集院「ふぁ~あ・・・。」

 

護衛部隊旗艦の艦橋で大あくびをこいているのが、護衛部隊指揮官伊集院久直一等海佐である。

 

副長「司令官、あくびなどしている場合ですか・・・。」

 

余りに緊張感に欠ける司令官にそう諫言する副長、有能。

 

伊集院「いいんだいいんだ、どうせここに敵は来れない。ここは我々の勢力圏内だぞ? それにしても護衛任務は、退屈だ・・・。」

 

副長「ですがこの船団は前線の兵士に必要な物資は勿論、解放地区の住人の食糧も運んでいるのですよ?」

 

伊集院「説教は嫌いだ副長。」

 

うんざりだと言わんばかりにそう言う伊集院一佐。

 

副長「は、出過ぎたことを申しました・・・。」

 

そう言って悔しいながらも引き下がる副長である。

 

 

 

CICオペレーター「司令官、敵襲です! 総数算定不能!!」

 

突如CICから敵襲の報が艦橋に入る。

 

伊集院「そんな訳がないだろう。寝言は寝て言え!」

 

CICオペレーター「し、しかしレーダーに敵影が・・・」

 

流石に困惑するオペレーター。

 

初風「“海軍は何をやってる訳!? 敵襲よ!準備しなさい!”」

 

横鎮から派遣された艦娘部隊に所属する初風も、敵襲を通報してきた。

 

伊集院「貴様まで何を言ってる、ここは前線ではないぞ? 差し出口を叩くな。」

 

しかしまだ信じようとしない伊集院、挙句差し出口とまで言う始末。しかし横鎮から派遣されていた艦娘護衛部隊を統率していた初風は食い下がった。

 

初風「“目を覚ましなさい、ここは前線よ! 周りを見渡してみなさい!”」

 

伊集院「なんだとっ・・・っっっ!!!」

 

初風に言われ逆上しつつも双眼鏡を覗いた彼は愕然とした。船団周囲を敵に取り囲まれている―――!

 

伊集院「そんな・・・たかが輸送部隊に・・・こんな数が・・・なぜ・・・!?」

 

信じられないと言った様子でそう言う。血の気が上りかけた彼にそれはバケツの水を被るよりも効いた。

 

「敵艦発砲! 直撃、来ます!!」

 

伊集院「なっ・・・応戦だ、全艦攻撃―――!!!」

 

直後、船団の全ての艦艇の周囲を埋め尽くすように、水柱が屹立した、その内の数十から数百が火柱であった・・・。

 

伊集院久直の旗艦「あたご」艦橋にも、2発の砲弾が飛び込んだ・・・。

 

 

 

この時直人ら横鎮近衛艦隊は艦隊を洋上待機させたこともあって、直人の準備が終わり次第直ちに出撃したが、当然間に合う筈も無かった。

 

船団は護衛1隻を除き全滅、伊集院提督以下幕僚も殆どが還らず、横鎮艦娘部隊も旗艦初風は生き残ったものの、その過半が還らなかった。

 

 

 

11月21日8時02分 モレスビー沖・大型ミサイル護衛艦すずや

 

 

門田「なに!? 輸送艦隊が襲われた!?」

 

その報がモレスビー沖の上海艦隊にもたらされたのは、午前8時02分のことである。

 

賀美「従って当分物資の補給は望めません。必要なものがあれば現地で調達して下さい。」

 

門田「現地調達だと!? 我々に略奪をしろというのか!!」

 

賀美「どう取るかはあなた方の自由です。私はただ総司令官の命令を、お伝えしているだけですので、では。」プツン

 

言う事だけ言って賀美作戦参謀は通信を切った。

 

門田「ぐ・・・!」

 

門田一等海佐は思わず目の前の机を目一杯思いきり殴りつけた―――――――。

 

 

 

11月21日10時37分 ガタルカナル沖・ヘリ空母ほうしょう

 

 

北村「私は総司令官閣下に面談を求めたのだ! 作戦参謀如きが、呼ばれもせんのにでしゃばるな!」

 

ほうしょうのCICで北村海将補の怒号が轟いた。

 

賀美「どんな理由で面談をお求めですか?」

 

北村「貴官に言う必要はない!」

 

賀美「ではお取次ぎできません、どんなに地位の高い方であれ規則は遵守して頂きます。」

 

北村「なに―――?」

 

規則を引き合いに出した賀美二佐に呆れ絶句する北村海将補。

 

賀美作戦参謀と舌戦を交える北村海将補は、前日小澤海将補に言った上申をする為、大本営に通信を送っていた。

 

北村「各艦隊司令官は撤退を望んでおる。その件に関して、永納大本営総長閣下のご了解を頂きたいのだ。」

 

賀美「石川少将はいざ知らず、勇猛を以って鳴る北村海将補までもが、一戦も交えず撤退を主張するとは意外ですな。小官ならば撤退などしません、敵を殲滅する好機をむざむざ見逃す事は、小官には出来ません!」

 

例のごとく賀美は自らに陶酔した様子で饒舌に語る。しかしその言い草に対して北村海将補は憤るどころか、至って静かにこう言った。

「―――そうか、では代わってやる。私は部下を纏めてリンガ泊地へ帰投する。貴官が代わりに前線に出てくるといい。」

 

「出来もしないことを仰らないで下さい。」

呆れたと言う様子で賀美二佐は涼しい顔で言う。

 

北村「不可能な事を言い立てるのは貴官の方だ。それも、安全な場所から動かずにだ!」

 

「小官を侮辱なさるのですか!」

怒りに満ちた声で賀美二佐は言うが、老練の名将は若輩者などよりも一枚も二枚も上手であった。

 

北村「貴官は、自己の才能を示すのに弁舌ではなく実績を持ってすべきだろう。他人に命令する事が自分に出来るかどうか、やってみたらどうだ!!」

 

賀美「ぬぐぅぅ・・・うううう・・・!!」

 

賀美作戦参謀は屈辱に唸ったが次第にそれが苦痛の唸りに変わっていった。

 

北村「ん?」

 

賀美「ううううううう・・・あぁっ・・・!!」ドタッ

 

北村「どうしたのだ!」

 

思わず北村は副官のほうを見るが、副官も訳が分からずと言う様子だった。

 

北村のテレビ電話映像の先では、キャリーベッドで賀美作戦参謀が拘束されて搬送されるところであった。

 

土方「提督、お見苦しい所をお目にかけました。」

 

北村「どうしたのです、彼は。」

 

訳が分からない北村海将補は尋ねた。

 

土方「軍医の話によりますと、解離性転換障害によって引き起こされる、神経性の盲目だそうです。」

 

北村「転換障害?」

 

聞きなれない単語に北村海将補は首を傾げた。

 

土方「えぇ、なんでも挫折感が異常な興奮を引き起こし、視神経が一時的に麻痺する、病気だそうです。15分もすればまた見える様になるそうですが、今後も発作を繰り返す可能性があるとのことですので、賀美作戦参謀は、精神病院へ送られる事になりそうです。」

 

北村「ありがたい物ですな。それにしても、病人を要職に付ける程、我が軍の人材も枯渇しているのですな・・・。」

 

土方「・・・。」

 

嘆息して、北村海将補はそれだけ言うのがやっとの有様であった。

 

これは紛れもない事実であった。有為の人材に事欠き、惰眠を貪ったツケが、今になって噴出していた。数少ない猛将や知将達が、辛うじて戦線を維持する事に腐心してきたのが今日の状況に繋がっていると思えば、それは皮肉と言えた。

 

北村「ところで、昨日具申した撤退の件は、どうなりましたかな?」

 

土方「暫くお待ちください。総司令官の裁可が必要です。」

 

少し目を逸らしがちになりながら、土方海将は言う。

 

北村「非礼を承知で申しあげるが、永納総長に直接お話させて頂けるよう、取り計らって頂けませんかな?」

 

北村海将補がそう言うと、土方海将は渋面を作って申し訳なさそうに言った。

 

土方「総長は、昼寝中です。」

 

北村「は―――?」

 

北村海将補は呆気にとられた。普通総司令官がこの大事に寝ているなどあり得ないのだ。そんなことは常識の筈であった。しかし―――

 

土方「永納総長は“昼寝中”です。敵襲以外は、起こすなと・・・。」

 

“敵襲以外は起こすな”、これは命令だった。土方も唖然としたもので、その命令が発せられた直後によもやこの様な事になるとは、土方自身予想もしなかったが――――。

 

北村「はぁ、昼寝―――分かりました。かくなる上は、前線指揮官としての責任を全うするまでです。総長のお目覚めの際は、『良い夢がご覧になれましたか』と北村が気にしていたと、お伝え願おう!」

 

呆れを通り越して怒りに変わった北村海将補がそう叩き付けた。

 

土方「北村海将補・・・。」

 

北村海将補は最早聞く耳持たずと言った様子で通信を叩き切った。土方は、無念そうに通信の切れた画面を見るしかなかった。

 

 

 

前線指揮官が撤退を望んだ理由は、やはり物資不足がその引き金を引いていた。流石に略奪を行う部隊は無かったものの、物資の窮乏は危急課題であった。そこへ来て、今度は輸送船団が全滅したという。最早、予断の許されない段階に来ていた。

 

物資が無ければ軍の物資を民間に供出するしかない。だがSN本隊には出撃したその時点でも、4週間分の物資しか元よりない。その補給が断たれた今となっては、動ける部隊で5日がやっとの有様、動けなければ3日弱しかもたない部隊もある。

 

兵達はようやく事態に気付いた。艦娘達も、どんなに無能な提督でさえも例外なく。しかしその時には、前線の者達は飢え始めていた。

 

艦娘達は全力で動く燃料に事欠き始め、弾薬はあっても動く燃料が無いと言う有様に陥りかけている。当面は随伴してきた給糧艦間宮で凌いではいたが、それにしては供給能力を上回り過ぎていた。

 

燃料不足は海軍や空軍も同じことだった。空軍はラバウルやモレスビーにあった空港跡を仮基地としたが、持参してきた燃料弾薬類が無くなり始め、行動に制約が生じて来ていた。

 

海軍でも給油艦の補給用燃料タンクに入っていた燃料がそろそろ払底する時期に来ており、給糧艦にしても補給用の食糧が底を突き始めていた。

 

最早一刻も選択の余地は無く、撤退意見が一致したが、上申した撤退意見具申の返答は、遂に無かったのである。そしてその上申が叶わなかった時、彼らが全員無事に、本国へ帰還出来るだけの資材は、既になかったのである・・・。

 

 

 

~???~

 

飛行場姫「ソロソロ、カ。」

 

ガタルカナルから深海へと逃れた飛行場姫は、時節の到来をいよいよ確信した。

 

飛行場姫「戦艦棲姫、南方棲姫、南方棲戦鬼、駆逐棲姫、デュアルクレイター133、カネテヨリノ計画ニ従イ、総力ヲ挙ゲテ敵ヲ撃滅セヨ! 一人モ生カシテ帰スナ!!」

 

4人「ハッ!!」

 

駆逐棲姫「はっ!」

 

 

 

時に西暦2052年11月23日、飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」が指揮を執る深海棲艦の大艦隊は、補給線を断たれた日本国軍に対して、反撃を開始した。

 

 

 

11月22日午後4時24分 サイパン東南東沖

 

 

提督「敵はそろそろ攻勢に出るだろう、これに先立って我が艦隊は急遽出撃し、総力を挙げてこれを迎撃し可能な限り味方を救援する。全艦出撃!!」

 

全員「応っ!!」

 

この深海の命令に先立つこと15時間前、横鎮近衛艦隊は、留守居の艦を1隻も残す事無く総力出撃した。無論のこと普段留守居の鳳翔や望月も―――特に後者に至っては無理やり叩き起こされて―――出撃していた。当然ながら直人も自らの艤装に身を固めての出撃であった。

 

目的地は、ひとまず小澤海将補率いる高雄艦隊が前進基地を置いていると思われる、ニューブリテン島ラバウルであった。

 

いよいよ彼らの戦いが、始まろうとしている。

 

 

 

 

~次回予告~

 

 

遂に、深海棲艦の総反撃が始まった。

 

怒涛の猛攻に晒される日本軍、旧第1任務戦隊に属した者達の艦隊も例外ではない。

 

横鎮近衛はこれを看破し、総力を挙げて救援に赴くべくサイパン沖を発った。

 

味方が次々と撃破されていく中、直人は決死の覚悟を決めて、友軍救出を果たすべく包囲線解囲を試みるが―――!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録 第1部10章、「ソロモン北方沖海戦」

 

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・。




深海棲艦紹介


今回は南太平洋方面に配備されていた超兵器の解説を、少し早いですがしていきます。なぜか? そこまで描写できないので。



デュアルクレイター級超兵器級深海棲艦

HP:490(410) 火力:210(185) 対空:59(41) 装甲:193(171)
射程:長 速力:高速

装備:長砲身15インチ3連装砲 60cm噴進砲 88mm連装バルカン砲 20cm12連装噴進砲 艦戦橙 艦攻橙 艦爆橙

肩書は『超巨大双胴強襲揚陸艦』。
アメリカ軍の超兵器が元であり、強襲揚陸艦とは言うが35ノットの速力と戦艦並みの武装、小型艇及び艦上機運用能力を有し、噴式航空機を搭載しているタイプもある。
その肩書通り双胴船体であり、下部構造が他の超兵器と一線を画する浮力を生み出している。
史実に於いては、ミッドウェー海戦前に同島への増援輸送、その後ガタルカナル島奇襲に参加し単独にて2個海兵師団を輸送しツラギとガタルカナルを制圧している。
その後前線に魚雷艇部隊を運搬したもののそれが第3次ソロモン海戦の10日程前の事であり、第3次ソロモン海戦に於いてはガタルカナルへの増援物資を満載してツラギ沖に突入した所へ播磨が突如砲撃、56cm砲弾を甲板中央部に4ないし5発受けて大爆発を起こし、双胴船体が左右に割け、ソロモンの海に沈んでいった。
耐久と装甲はその構造上高いものの、火力は他の超兵器と比べればお世辞にも高いとは言えない。


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第1部10章~ソロモン北方沖海戦~

おはこんばんちわ、天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉です!」

次回予告、定期的にやりたくなってしまう。

青葉「しかも銀○伝14話の次回予告まんまじゃないですか。」

気になる人はようつべで調べて下さい。

青葉「ステマにもならないですよそれ。」

うるせぇ81cm魚雷積んだ内火艇で雷撃やるか?

青葉「ヤメテクダサイシンデシマイマス。」

ちょっと今回はコメ返しの後に前章に引き続いて放談です。(またまたすみません。)

今回からは名前を紹介させて頂きます、御都合が悪い方いましたらご連絡ください。

リオン さんより
「2-4うちも現在そこでストップ中…」

407ページと聞いてハテナマークでしたが、成程前ページの南西諸島沖のワードですね。以前にも言いましたが2-4は悔恨の海ですので記憶に残っています。
実際復帰後攻略する時にレベリングついでに結構周回した覚えがあります(笑

青葉「その時はあっちの私も現役でしたね。」

・・・何が言いたい。

青葉「いえ? 別に。」

OTK さんより
「関数電卓か」

26ページ、魔導電卓術式の事ですね、元ネタは関数電卓・・・ですが科学研究で使うようなのを除けば大抵の計算式は解ける程度の魔術です。因みに直人が錬金術以外で行使できる数少ない魔術だったりします。
因みに名前がぱっと浮かばないのでさらっと募集させて頂きます。
僅か1時間前(15/12/17 9:59時点)にコメント頂きました、ありがとうございます。

青葉「便利なものもあったものですね・・・。」

なおこれは水戸嶋も使えます、日常的に使っていた函数暗号を解く為に習得しています。

青葉「日常的に難解な暗号を使うってどういう環境なんです・・・。」

ナイショです。

青葉「アッハイ。」

コメントして頂きありがとうございます。今後もコメントはこのような形で返させて頂きますので宜しくお願いします。(そういえば紹介分にも書かないとですね。)

今回の設定放談は前章で出たワード、「軍令部第二部」についてです。

そもそも軍令部(大本営)とは何か?
Wikiによると、
「陸海軍を“統帥する”(=率いる)天皇直属の最高統帥機関であり、天皇の命令(奉勅命令)を『大本営命令(海軍は大海令、陸軍は大陸命)』として発令する最高司令部的機能を有する。
その首座に天皇があり、その最高幕僚として「軍令部総長」と「陸軍参謀総長」が連座する形式で、この二人の幕僚の元に大勢のスタッフが作戦の立案から実行に至るまで包括的に指導するという体裁をとっていた。
従来は戦時のみ設置されたが日中戦争(シナ事変)以降事変でも設置されるようになり、対米戦終戦まで半ば常設状態であった。」という事のようです。

要するに旧日本軍の指揮系統のトップが大本営、ということになります。(日中戦争からはその頃既に昭和天皇が主導権を軍に奪われていたので、天皇は裁可するだけと言う様な状態でしたが。)

今回出てきた軍令部第二部というのは、大本営・海軍軍令部第二部がそのモデルとなっています。元々は大本営にも海軍部(軍令部)と陸軍部(参謀本部)が存在していまして、それぞれに組織形成が異なります。

今回は大本営海軍部をモチーフにした組織構成であり、大迫一佐が部長を務める第二部は、『大本営海軍部海軍参謀部第二部』がその元ネタです。具体的には、海軍の「軍備計画・兵器整備・運輸・補給」を担当する部署です。

大迫一佐の軍令部第二部は根本の仕組みとして軍備計画を各艦隊に任せている為、それ以外の3点を主な業務としています。つまり後方担当の部署です。

青葉「海軍参謀部第二部は史実では一応まともに機能していた数少ない部署ですね。」

でも時を経るにつれ輸送船がなかったんや・・・。

青葉「そうですね・・・末期は本当につらかったです。」

なお大戦末期には陸上に発電機を置いたり、陸上から送電線を引いて艦内電力を調達してたそうです。つまりボイラーの火が消えてます。

青葉「後者に関しては現代でもやってる手法ですね。」

燃料の節約にね。でもその当時は燃料が無いからという切実な理由やったんだぜ。

青葉「そう易々戦争なんて、するもんじゃないですね。」

戦争をしないで他国の力をかさに着るのも、国として健全な在り方じゃないけどね。勿論だからと言って常に戦争していればいい訳でもないが。「戦争とは経済行為だ」と言う様に、「正当な権利の元に」「利益を欲するが故に」自分の主張をゴリ押すのに戦争はするもの、それによって認知させるのが狙いな訳で。だから俺は自衛隊なんて張子の虎だと思ってる。

青葉「ボロッカスに言ってますね・・・どこの日章旗の国とは言いませんけど。」

さて、長々とお待たせしました。ようやく横鎮近衛艦隊の出番が訪れます。

無双出来るかはさておき活躍にご期待を! どうぞ!


2052年11月25日3時58分 キスカ島北東沖

 

 

水兵A「いやぁ、やっと帰れるんだな。」

 

水兵B「あぁ、全くだ。本土に家族を残して、こんな北の海まで来たが、無駄じゃなかったと思いたいね。」

 

水兵A「陽動作戦だからな、戦えばそれでいいなんて、楽な仕事だった。」

 

水兵B「そうだな、難しい事ごちゃごちゃやらんといかんとなるときついしな。」

 

水兵A「うん・・・な、なんだあれ!?」

 

水兵B「どうした―――なんだあの光!」

 

水兵A「なんか、やばいんじゃないか?」

 

 

ギュウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥン

 

 

水兵B「すぐに報告を――――」

 

 

ビシャアアアアアァァァァァァァァァァァァーーーー・・・ン

 

 

 

11月25日8時23分

 

 

補給線を断たれ、窮地に陥った日本軍艦隊に対し、深海棲艦は、一挙に反撃に転じた。

 

 

~ニューブリテン島・ラバウル沖~

 

小澤「敵の射程圏内入りまで、あとどれ位だ?」

 

オペレーター「およそ、7分です。」

 

小澤「よぉし! 全艦総力戦用意! 総司令部及びパラオ基地艦隊に連絡、『我、敵と遭遇せり』とな!」

 

オペレーター「はっ! 直ちに。」

 

小澤「さぁ、間も無く美川艦隊が駆けつける。敵を挟み撃ちに出来るぞ!!」

 

CIC一同「オォッ!!」

 

小澤(最も、美川の方も今頃は・・・)

 

 

~ブーゲンビル島北岸沖~

 

美川「いよいよ始まったか・・・。」

 

オペレーター「敵艦ロックオン!」

 

美川「全艦ミサイル順次発射、急げ!」

 

副官「艦娘艦隊は、如何しましょうか?」

 

美川「艦娘艦隊は正面で敵艦隊の迎撃に当たって貰おう、但し深追いはするな、一撃して離脱するぞ。」

 

副官「分かりました。」

 

オペレーター「敵艦発砲!」

 

美川「回避運動!!」

 

 

 

~ニューアイルランド島北方720km付近~

 

提督「全艦ついてきてるな!?」

 

榛名「脱落艦、ありません!」

 

直人は敵の策を最初に看破した一人であり、その窮地から味方を救うべく全速航行を続けていた。

 

明石「提督! パラオ艦隊を始め各艦隊が交戦状態に入った模様です!!」

 

提督「遅かったか・・・。」ギリリッ

 

直人は想像していたより状況が酷い事に歯ぎしりをしていた。

 

提督「急ぎニューブリテン島の高雄艦隊救援に向かう! 針路―――――」

 

金剛「5時方向敵艦隊デス!!」

 

提督「なにっ!?」

 

その方角に確かに敵がいた。戦艦を基幹とした大規模な打撃群が迫ってくる。

 

提督「くそっ、全艦砲雷撃戦用意! 一水戦と二水戦は突入準備、各空母は艦載機を発艦! 第一艦隊は弾薬を極力温存せよ!」

 

扶桑「わ、分かりました!」

 

赤城「全艦載機、」

 

加賀「発艦!」

 

赤松「よっしゃぁ行くぜぇ!!」

 

鳳翔「航空隊、出撃です!」

 

柑橘類「久しぶりの出番だ、行くぞ!!」

 

全空母から艦載機が次々と飛び立つ。零戦21型や22型、99式艦爆や97式艦攻が敵艦隊へ肉薄する。

 

霧島「距離1万1000!!」

 

提督「少し近いな、まぁいい。全艦砲撃準備! 航空攻撃と相前後して撃ちまくれ!」

 

一同「はいっ!!」

 

赤城「提督、私達も砲戦に―――」

 

提督「空母が前にしゃしゃり出るんじゃない、下がってろ。」

 

赤城「は・・・はい。」

 

8時39分、直人達横鎮近衛艦隊は、友軍を目前にして足止めを喰らう格好になった。

 

 

 

~ミッドウェー島近海~

 

氷空「むぅ・・・止むを得んか。」

 

呉近衛赤城「提督?」

 

氷空「艤装を出せ! 呉鎮“防備”艦隊は集結しろ!」

 

呉近衛赤城「ですがそれでは隠匿性が・・・!」

 

氷空「構うものか、現状を打破し撤退する方が先だ!!」

 

呉近衛赤城「わ、分かりました。」

 

水戸嶋は格納庫へと走る。現状を打破する為に。

 

 

 

11月25日11時09分

 

 

~ラバウル沖~

 

副官「敵味方の損害は絶対数に於いてこちらが有利です。ですが艦娘艦隊の燃料不足もあり敵の方が数で勝ります。それに・・・」

 

小澤「我が艦隊は食い物も無く、士気の低下が著しく、また前線にいても燃料欠乏で戦闘継続不能な艦娘も次第に増してきている。」

 

副官「はっ、このままでは・・・。」

 

 

~ラバウル沖・南方棲戦鬼艦隊~

 

ル級改Flag「南方棲戦鬼様、敵ハ既ニ、我々ノ包囲下ニアリマス。」

 

南方棲戦鬼「ヨシ、全艦ニ伝エロ。“撃テバ当タル、只管撃チマクレ”トナ。」

 

ル級改Flag「ハッ!」

 

 

~ガタルカナル島北方沖~

 

副官「敵の追撃を振り切れません。どうされますか?北村提督。」

 

北村「どうするも何も、ここは逃げの一手じゃ。全速でパラオ方面へ撤退するんじゃ。」

 

副官「ハッ!」

 

北村「・・・やれやれ、撤退準備をしていた我々でもこの有様、他の艦隊はダメかね・・・。」

 

副官「何か、仰いましたか?」

 

北村「いやいや、何でもない。年寄りは独り言が、多いのでな・・・。」

 

 

~南方棲姫艦隊~

 

南方棲姫「ふむ、最初から逃げに徹するか・・・戦術的には正しいが――――」ニヤリ

 

 

~ブーゲンビル島北岸沖~

 

美川「直線運動はするな! 蛇行しつつパラオ方面に撤退する! 揚陸艦艇に動けなくなった艦娘を収容しつつ進め!」

 

副官「分かりました。ところで提督、小澤海将補からの救援要請は如何しますか?」

 

美川「援護が出来る余裕はない。小澤さんには悪いが・・・。」

 

副官「・・・分かりました。」

 

オペレーター「5時方向魚雷推進音! 本数4本!!」

 

美川「迎撃短魚雷で撃退せよ!」

 

オペレーター「ハッ!」

 

CICスタッフ「トラックナンバー2107から2113にミサイル発射します!」

 

美川「よし、発射!」

 

副官「我々は助かる、のでしょうか?」

 

美川「―――分からん。天に祈ろう。」

 

 

 

~ラバウル沖~

 

副官「小澤提督。我が艦隊はこの短時間で既に2割の損失を出しています、艦娘艦隊も約5%が沈没ないし、行動不能に陥っています。退却か、玉砕かを選ぶしかありません。」

 

小澤「不名誉な二者択一だな。えぇ?」

 

精悍な顔つきにニヤリとした笑みを浮かべて小澤海将補は言った。

 

副官「・・・。」

 

小澤「玉砕は性に合わん、逃げるとしよう。」

 

副官「ハッ!」

 

小澤「損傷した艦を内側に入れ、紡錘陣形を組め! 敵の防御陣の一角を突き崩すんだ!! 艦娘艦隊も同じようにするんだ、急げ!!」

 

小澤海将補の策は、北の敵包囲の薄い部分を突き崩す事だった。

 

小澤「砲火を集中しろ! 撃って撃って撃ちまくれ!!」

 

 

~南方棲戦鬼艦隊~

 

 

南方棲戦鬼「怯ムナ! 敵ハ最後ノアガキダ!!」

 

タ級Flag「北側ノ防御陣ガ!!」

 

南方棲戦鬼「ナニッ!?」

 

 

 

小澤「今だぁっ!!」

 

 

南方棲戦鬼「ウヌッ!?」

 

 

 

敵包囲の間隙を突き、小澤艦隊の紡錘陣先端が、敵包囲を突破した。

 

副官「提督、本艦も!」

 

小澤「まだだ! ギリギリまで踏み止まって味方の退却を援護する!」

 

小澤海将補の空母しょうほう(翔鳳)もミサイルを撃ちまくる。その間に艦隊の半数以上は脱出に成功した。

 

小澤「よし、脱出する! 最後のミサイルを、全弾発射しろ!!」

 

全ミサイルランチャーが、その最後の装填弾頭を射出する。ガスタービンはフル回転で最大戦速まで艦を加速させていく。

 

その時――――

 

 

ズドオオォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

小澤「うおっ!?」グラグラッ

 

艦が被弾し全体が振動する。小澤もよろめいて転倒した。

 

副官「被害状況知らせ!」

 

オペレーター「右舷後部スポンソン被弾、SSMミサイル発射機が誘爆した模様!」

 

小澤「に、二次被害はどうだ!」

 

オペレーター「誘爆の影響で右舷後部舷側エレベーターのレイルが歪んだようです、使用不能!」

 

小澤「くっ・・・まぁいい、それで済んだのを幸いとしよう。全艦速やかに――――」

 

オペレーター「前方新たな敵艦隊! 数・・・およそ7万!!!」

 

小澤「どこから来た!!」

 

オペレーター「恐らくは・・・未制圧のトラック方面かと・・・。」

 

小澤「これは・・・嵌められたぞ!!」

 

副官「提督!!」

 

小澤「分かっている。このまま強行突破を図る! 突撃!!」

 

 

 

11月25日12時01分

 

 

~ガタルカナル南東沖~

 

戦列の南端にあって、ヌーメアからの敵襲を警戒していた舞鎮艦隊は、深海棲艦高速機動群集団に奇襲され、這う這うの体で離脱を図っていた。

 

副長「ッ! 提督、あれを!!」

 

栗畑「む? んなっ!!」

 

栗畑海将が見た先には、あまりの進軍速度に日本艦隊内に入り込んでしまった深海棲艦の姿があった。

 

栗畑「な、なんと素早い・・・!!」

 

副官「まるで、嵐か何かの様な・・・!」

 

 

 

駆逐棲姫「これは・・・少し速度を落としましょ。距離を置かないと攻撃も出来ないわ。」

 

ネ級Flag「はい、全艦減速!!」

 

 

潮が退く様に深海棲艦が後退、そこから猛攻が始まった。

 

 

 

~ミッドウェー沖~

 

水戸嶋「全艦追い過ぎるなよ! 死にたくなければな。」

 

 

ズドオォォォ・・・ン

 

 

水戸嶋「む!?」

 

その爆発音は呉鎮海軍部隊旗艦、大型イージス巡洋艦みょうぎからのものだった。

 

北上「あれってCICの辺りじゃない?」

 

水戸嶋「卿もそう思うか・・・。」

 

嫌な予感を覚えつつも、それにばかり構ってもいられない状況であるのも確かだったが・・・。

 

 

 

11月25日12時39分

 

 

~ニューアイルランド島北方630km地点~

 

提督「撃てぇ!!」

 

 

ズドドォォォォォーーンドドドドォォォォーーーーー・・・ン

 

 

金剛「何としても切り抜けるのデス!! 突撃デース!!」

 

妙高「2時半の方向敵影です!!」

 

提督「何ィ!?」

 

直人はその方角に敵がいる事を把握した、半ば半包囲された形になる。

 

提督「・・・。」

 

明石「提督!」

 

直人は決断した。

 

提督「よし、一旦後退して陣形を再編する。急げ!」

 

金剛「退くんデスカ!?」

 

提督「そうだ、ここで沈みたくはないだろう?」

 

金剛「・・・そうですね、分かりまシタ。全艦後退デス! 急いで!!」

 

村雨「はぁーい! あっ!!」

 

村雨が声を上げた次の瞬間―――

 

 

ドオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

提督「村雨!!」

 

村雨「ううう・・・本当に困るんですけどぉ・・・。」(涙目

 

艤装から黒煙を出し膝を突く村雨。

 

白露「村雨を援護!」

 

時雨「そうだね!!」

 

傍にいた白露達がカバーに入っていた。

 

雷「村雨中破、後退を具申するわ!」

 

提督「・・・許可する、但し出来るだけ迅速にな。」

 

雷「了解!」

 

直人は、艦娘達の成長を感じていた・・・。

 

 

~モレスビー沖~

 

門田「全艦落ち着け! 冷静に対処しろ!! ここを抜ければ帰れるぞ!」

 

副官「あっ! 駆逐艦いなづま、右舷側より本艦に激突します!!」

 

門田「なんだとっ!?」

 

 

ゴゴオオオオォォォォォォォーーーーン・・・

 

 

門田「うおわっ!!」

 

上海艦隊は既にダレス海峡方面へ敗走中だったが、それを追撃したデュアルクレイター指揮の艦隊によって混乱の渦中にあった。

 

そんな中、ミサイル駆逐艦「いなづま」が、旗艦であるイージス巡洋艦「すずや」に衝突したのだ。

 

門田「そっ、損害状況を!」

 

オペレーター「駄目です、艦首の3分の2が切断されました。浸水が止まりません!!」

 

副官「司令官、退艦を!!」

 

門田「くっ―――止むを得まい・・・!」

 

門田一等海佐は渋面を作ったものの副官の進言を容れ、総員退艦命令を出し、自らも命からがら脱出した。

 

イージス巡洋艦すずやは、遂に帰る事が叶わなかったのである。

 

 

~ガタルカナル南東沖~

 

舞鶴艦隊は壊滅状態にあった。与えられた艦艇はすっかり消耗し尽し、完全に敵の突撃陣に食い殺されたような状態であった。

 

栗畑「・・・味方は後、何隻になっているか?」

 

副官「ハッ―――艦娘艦隊は防備艦隊の艦艇80隻が未だ無傷で残っていますが、損傷を負い行動不能となった艦が1000隻余り、他の艦娘は沈没するか航行不能となり、或いは四散した模様。艦艇はこの旗艦「はやしも」他、護衛艦2隻を、残すのみです。」

 

栗畑「そうか・・・」

 

 

タアァァァァーーーン

 

 

副官「っ!! 栗畑海将!!」

 

副官が駆け寄るが既に遅かった。

 

副官「・・・指揮権を引き継ぐ。全艦機関停止、敵艦隊に交戦の意志の無い事を伝えろ。総員退艦せよ。」

 

最早、水上艦で逃げる道はなかった。副司令官久東海将補の指示で、舞鶴艦隊司令部は、艦を放棄する事を命令として発したのであった・・・。

 

 

 

浜河「・・・まずいね・・・。」

 

指揮官自決の報はすぐに浜河元帥の舞鎮近衛艦隊に伝わった。

 

榛名「どうしますか?」

 

浜河「・・・よし、僕達の戦いはもう終わった。この上は、傷ついている味方や脱出する将兵たちの突破口を作ろう。」

 

榛名「はい。」

 

しかしこの時既に敵艦隊は包囲を解いており、彼らが一戦交えることは無かったのだが。

 

 

 

11月25日15時01分 大本営

 

土方「永納海将閣下。既に上海・大湊・舞鎮艦隊は通信途絶。呉鎮艦隊の小賀海将は重傷、佐鎮の吉村海将は戦死。呉鎮は艦艇の半数と艦娘の3割超、佐鎮は海軍が艦娘艦隊を逃がすべく奮戦し、艦娘艦隊は1割弱の損失に留まりましたが、海軍は2隻を残し、全滅です。リンガ・パラオの両艦隊は辛うじて敵の追撃を振り切りましたが、やはり3割近い犠牲を出しています。高雄艦隊は先刻まで健在でしたが、ニューアイルランド島の北側で足止めを受け、既に4時間弱が経過しました。我々は、敵の策に乗せられたのです。」

 

戦況は深刻なまでに悪化していた。その報告を永納海将は静かに聞いていた。明らかに彼の不徳の成すところであるのは、実感していた。

 

呉鎮艦隊は副官の指揮で退却が出来ているものの、舞鎮艦娘艦隊は四散してんでんばらばらに、上海艦隊は司令部が指揮能力を喪失し潰走、大湊艦隊は艦艇2隻と艦娘の6割を何とかまとめ急速撤退を行っていた。報告によれば大湊艦隊は突如謎の光線に襲われ、瞬時に旗艦他艦艇の殆どと艦娘の4割を消失したと言う。

 

土方「今は一刻も早く、各基地に撤退すべきです。閣下、御決断を。」

 

永納「―――兵力の再編成を行う。SN部隊をソロモン北方沖に集結させよ。」

 

土方「閣下・・・!!」

 

永納「このまま引き下がる訳には行かんのだ。SN全軍ソロモン北方海域で集結! これは命令である!!」

 

これは、永納海将個人の、意地と矜持の問題だった。

 

 

 

11月25日16時18分

 

 

~ニューアイルランド島北岸沖~

 

小澤「簡単に言ってくれるものだな。我が艦隊には既に戦える艦艇はほぼいない。待ち伏せを退け辛うじて浮いてるだけだ。この上一戦交えるのか?」

 

副官「しかし、行かねば敵中に孤立してしまいます。」

 

小澤「そうだな・・・。」

 

 

~ニューギニア北岸・サラモア沖~

 

提督「艦隊集結だと?」

 

明石「傍受した通信によると、その様です。」

 

直人は何かに使うかもしれないと思い牽引してきた内火艇に搭載した通信機でその事を知った。

 

提督「馬鹿な・・・撤退すれば傷口を広げなくても済むのに。」

 

明石「どうしますか? 我々も――――」

 

合流するか、そう言おうとした明石の一言を直人は遮った。

 

提督「いや、耳目に触れる所で大暴れするのはまずい。我が艦隊はあくまで極秘でなくてはならん。」

 

明石「ではどうするんです?」

 

提督「最終局面で敵陣の一角を切り拓く。恐らく包囲されてるだろうし戦える艦も僅かな筈、そこから逃げて貰う。」

 

即ち敵包囲を外から食い破り、一時的に維持した後味方が逃亡出来たタイミングで自分達も退く、ということだ。

 

明石「では表立って参戦はしない、と?」

 

提督「そうだ、機密保持の関係で積極策に出れない分、他の艦から反発もあろうがな。」

 

懸念材料はそこだけだった。

 

提督「我々は近衛艦隊だ。その存在は極秘とされ、俺達の存在は公表されていないし、俺も死んでいる事になっている。そりゃそうだ、どうとでも理由は付けられるからな。」

 

明石「提督―――!」

 

その言い様に明石は目を見張って声を出した。

 

提督「俺達は闇の艦隊、存在が他に知れればはぐれ艦隊、海賊と同じと扱われる危険だってある。そうなれば艦娘と刃を交える事にだって繋がりかねん・・・俺だって、目の前で艦娘や船が、沈むところを傍観するしかないのは悔しいんだ。」

 

明石「・・・。」

 

明石は瞑目した。彼の中には二つの激流が渦巻き、激しくせめぎ合っている事を知ったからだ。

 

直人はそもそも守勢に向いた指揮官ではない。

 

その真髄は、守勢にあっての攻勢防御と、攻勢時における高速機動展開と速攻によって形を成す事が多い。これまでだってそうだったし、これからもそうだろう。

 

防衛省が行った直人を司令官としたこの人選は、土方らにとっては最高の、幹部会などからすれば最悪の人選であったと言える。そしてその真髄の片鱗が今、発揮されようとしていた。

 

提督「作戦はこうだ。我々はまず敵包囲の外側で待機して戦局を見守る。そして時機を見て、俺がウラズィーミルで敵陣を奇襲し包囲を消し飛ばす。その隙間に我が艦隊を二手に分けて入り込ませ、隙間を埋めさせぬよう防壁となり猛攻を加える。味方が離脱し終わったら、素早く陣を纏めて撤収する。殿は俺がやるが各艦は反撃態勢を整える。」

 

明石「でも相手が追ってきたらどうするんですか?」

 

提督「その時は俺達の命運も尽きたって事さ。」

 

明石「え!?」

 

その一言に明石は驚きを隠せなかった。

 

提督「今回は相手の知能を試す意味もある。此方が万全の態勢で退いていると知れば、普通追撃はしない。されれば大損害を与える代わり俺達は海を枕に死ぬだろうね。」

 

明石「提督・・・。」

 

提督「何、そう容易く死ぬ気はないさ。」

 

この戦い、正面からまともにぶつかれば、圧倒的大軍で迫る深海棲艦を相手に、勝算など初めからないのだ。だが一時的に食い止めるだけなら話は別、という訳だ。

 

提督「だがこれには、艦娘達の迅速な展開が欠かせない。うまくいくかね。」

 

直人は、人として生まれ変わった艦娘達の特徴である瞬発力と機動性を最大限活用すべく、機動力に重点を置いた訓練をこれまで積ませてきている。

 

その結果が夕立だったのだが、彼女は傑出し過ぎているだけである。

 

提督「少なくとも、美川提督、小澤提督、そして北村提督にはこれからも、日本を守って貰わんといかんからな。でないと本土が深海棲艦に跳梁されてしまう。」

 

明石「日本を再び焦土としない為にも、ですね?」

 

提督「そうだ。例え一分でも、戦略的勝利の可能性があるなら俺は賭ける。」

 

明石「提督・・・。」

 

那智「うむ! その意気や良し!!」ドドォォーーン

 

提督「いっ!?」ビクッ

 

明石「ふええええ!?」ガタタッ

 

直人の背後から現れたのは、左翼にいた那智だった。

 

提督(気付かなかった・・・)ドキドキ

 

実は背後からのさり気ない接近に弱い直人である。心臓バクバクである。

 

那智「私は全面的に協力させてもらおう。」

 

提督「そ、そうか・・・ありがとう、すまんな・・・。」

 

那智「なに、私達は提督の命令抜きじゃ、動けんからな。」

 

提督「無しで動く奴もいるけどね・・・。」

 

苦笑してそう言う直人であった。

 

 

 

直人はその日の内に左右両翼の戦力の振り分けを決めた。

 

右翼 金剛指揮

戦艦:金剛・榛名・山城・伊勢

重巡:妙高・那智・羽黒・最上

軽巡:球磨・多摩・大井・木曽・川内

駆逐艦:白雪・初雪・漣・潮・初春・子日・若葉・白露・夕立・大潮・満潮・黒潮

 

左翼 霧島指揮

戦艦:比叡・霧島・扶桑・日向

重巡:高雄・愛宕・摩耶・筑摩

軽巡:龍田・長良・五十鈴・由良・神通

駆逐艦:深雪・叢雲・綾波・響・雷・電・時雨・村雨・五月雨・朝潮・陽炎・不知火・島風

 

中央/後衛 紀伊指揮

 

中央

戦艦:紀伊

重巡:青葉・加古

軽巡:天龍

駆逐艦:睦月・如月・長月・菊月

 

後衛

空母:赤城・加賀・蒼龍・鳳翔・飛鷹・祥鳳・千歳・千代田

軽巡:名取(7水戦旗艦)

駆逐艦:皐月・文月・望月・三日月

 

 

 

11月25日22時11分

 

 

名取「さ、流石に御冗談ですよね!?」

 

提督「駆逐艦の頭数の事か?空母が危なくなれば俺も戻るから、その時は呼んでくれ。」

 

青葉「流石に軽巡1と旧式駆逐艦4で空母8隻の護衛は、無理ですからねぇ・・・。」

 

睦月「むぅ~・・・。」

 

長月「なぜ私達は後衛なのだ!? 私達だって戦闘くらいやれる!」

 

まぁ当然反発がある事は覚悟していたが、これも想定内だった。

 

提督「七水戦には今回も前線から引いてもらい空母護衛に就いてもらう。同時に俺を含む本隊の護衛も兼ねるだけの事だ。不満か?」

 

菊月「睦月型は、古いとでも言いたげだな。」

 

早とちりして憤慨した菊月がそう言う。

 

提督「おっと、菊月の言い様は些か心外だな。別にそんな事は思ってないし、単なるエゴだよ、これは。」

 

菊月「エゴ、だと・・・?」

 

提督「そう。お前たち睦月型には、出来るだけ硝煙の中とは別の場所に、立たせてやりたい、とね。菊月達はまだ幼い。それなのに我々提督はそれを戦いの道具として使っている。俺は出来るだけ君達に戦って欲しくないんだ。」

 

いつか大淀に彼は語った。

 

『睦月型の様な幼子を戦場に出すとは、提督というのも業が深い』と。

 

直人は自らの意志の範疇に於いては、睦月型に戦わせるつもりは無かった。例え綺麗事だとしても、それだけは貫こうと、心に決めていた。

 

長月「・・・綺麗事だ・・・綺麗事だよ司令官。」

 

提督「そうさ、だからこれは俺のエゴだ。だがただの綺麗事でも、幼子を使うほど我が艦隊の戦力は困窮していないぞ?」

 

長月「だろうな・・・だが、私達だって艦娘だ、それなりの矜持はあるつもりだ。」

 

睦月「長月ちゃん・・・。」

 

そろそろ止めておこうよ、そう言おうとした睦月だったが、言葉が出てこなかった。

 

提督「―――いいか長月。軍隊や艦娘艦隊というのは一つの道具だ。それも無くてもいい類の道具だ。それを知った上で、出来るだけ無害な道具になってほしい。君達には無限の未来があるかも知れない。それを悔恨と自責の念に駆られて生きたくは、無いだろう?」

 

皐月・三日月「司令官・・・。」

 

菊月「・・・未来、か。」

 

その言葉を、菊月は奥歯で噛みしめる様に呟いた。

 

提督「君達艦娘が、この戦いが終わった後どうなるかなんて誰にも分からない。居られるのも今だけかもしれない。だけど君達には、恐怖や後悔に囚われず、今を平穏に暮らす権利がある。それが今の日本という国だからだ。お前はもう、血猛き戦士の眠る、水底の箱舟ではないだろう?」

 

諭すように直人は言う。

 

長月「・・・そうだな。私達は、最早単なる“戦闘艦”ではないのだったな。」

 

提督「あぁ・・・そうさ。」

 

長月「分かった、司令官。指示に従おう。」

 

長月はようやく分かってくれたのだった。

 

菊月「だが・・・敵が近接してきたなら、その時は発砲してもいいのだな?」

 

提督「無論だとも。その身を守る為なら手は惜しむなよ。」

 

この時放たれた言葉は、自分達を害する者に容赦をしない、直人の信念を形にした命令であった。

 

 

 

当時、横鎮近衛艦隊に勝る艦隊は無い。

 

都合4カ所に近衛艦隊が設置され巨大艤装が配置されているが、近衛艦隊でもトップの練度を持っているのが、横鎮近衛である。

 

他の通常艦隊にしろ、物量はあっても練度は無く、更にハワイ沖や今回の出兵でかなり沈めてしまっている。故に練度向上や装備の質的向上は相当に遅い。

 

徴用された提督達は、誰にも分らぬ艦娘の扱い方に手をこまねき、扱いかねている部分も多く、故に損失がかなり大きかったのも、損耗が拡大した大きな要因となっていた。無論基地クラスや超兵器クラスの敵の強大な力が、消耗を強いて来たのも事実である。大湊艦隊が潰滅した“謎の光線”がいい例であろうし、知能体が多数いる深海棲艦を、人間側がなめてかかったのも一因ではあった。

 

その中でも直人にせよ水戸嶋にせよ、艦娘を扱いかねているのは事実であった。だがその中にあってよく立ち回り、戦力の保全に努めてきたと言える。無論流血が無かったとは言えない。金剛や飛龍、雪風を始め直人もかつて、少しでも運が悪ければ死んでいる程の瀕死の重傷を負っている。

 

これは並大抵の事ではない。だがそのおかげを以て、横鎮近衛は最強の艦隊として、陰に君臨していたのである。それが遊んでいる状態というのが、この状況を作ったと言えなくはないが、それの責任も彼らに帰せられるべきところではないし、泰然自若・“動かざること山の如し”を地で行くようなやり方ではあったが、その結果と成果が今、示される時が来たのである・・・。

 

 

~ガタルカナル島~

 

ル級改Flag「敵は、このガタルカナル北方550km付近に集結するつもりのようです。飛行場姫様。」

 

飛行場姫「最早戦エマイニ・・・イイデショウ。奴ラガソロモンヲ墓ニ選ブト言ウナラソノ願イヲ叶エテヤロウジャナイ?」

 

ル級改Flag「はっ。全艦隊、敵の集結点に進出せよ!」

 

 

 

駆逐棲姫「へぇ、まだやるんだ。いいわ、なら徹底的にやりましょう。艦隊針路350、急ぐわよ!」

 

残敵の掃討中命令を受けた駆逐棲姫は、集結命令地点への移動を開始すべく命令を出した。

 

ネ級Flag「ハッ! 直ちに。残敵掃討はどうしますか?」

 

駆逐棲姫「放っておきなさい。戦意を失った敵を無闇に追撃しても、誇れはしないわ。」

 

ネ級Flag「ですが、後日の禍根を断つ意味で・・・」

 

副官たるネ級Flagの意見は最もだったが、それを駆逐棲姫は制した。

 

駆逐棲姫「セーラム、落ち着くの。これは命令なのだし、従うのが道理よ。」

 

ネ級Flag「分かりました、ギアリング・・・いえ駆逐棲姫様。」

 

ネ級フラッグシップ「セーラム」は、駆逐棲姫「ギアリング」の指揮に従った。

 

深海各部隊は北進を開始、その結果、多くの艦娘が窮地を逃れ、生還に成功したのである。

 

 

 

11月27日正午過ぎ 日本艦隊集結地点付近

 

 

北村「それにしても貴官らが無事でよかった。それに、紀伊元帥の来援には感謝の意に堪えない。」

 

提督「いえ、とんでもありません。どうやら我々が相手にしたのはトラック島からの一隊だったようです。」

 

退却する際に苦心したことを思い出しながら、直人は言った。

 

小澤「では貴官は私の恩人という事だな紀伊元帥、敵戦力を分散してくれた。」

 

提督「いえいえ、私は別に大したことはしてませんから。それにこれは作戦の不備に起因するものですから。それよりも、提督方にお尋ねしたい事があります。」

 

美川「それは?」

 

提督「艦艇の残りの弾薬量です。」

 

北村「成程。要するに、我々に残された継戦能力か。」

 

提督「そうです。」

 

なぜこのような事を聞いたかと言えば、この作戦はタイミングが重要となるからである。少しでもタイミングを誤れば、横鎮近衛艦隊か、包囲された友軍のどちらかに、余計でかつ甚大な損害が生じうるからである。

 

北村「本艦の残った弾薬はスタンダードミサイルが10発と、76mm速射砲弾53発、20mm機関砲弾約1200ほどだそうじゃ。他のどの艦も、弾薬は9割以上使い果たしているようでな。」

 

小澤「我々もそうだ。本艦のミサイルは全弾使い果たしたし、CIWSの弾も500発を割っている。」

 

美川「こちらももってせいぜい3時間というところ、全力戦闘では1時間半だ。」

 

他二人も同意する様に頷く。

 

提督「分かりました。では私の考えている策を説明します。」

 

直人は通信を繋いだ3人に、2日前に考案した作戦を説明した。

 

北村「成程、大胆な策じゃな。」

 

美川「しかしそれでは全滅の危険がある。」

 

提督「ご心配なく、我々は敵の一部分を相手にすることになります。結果それは縦深陣のようなものですが、我々が穿った包囲の隙間から脱出頂ければ、諸提督方にはそれでいいのです。」

 

小澤「・・・分かった。貴官の意見は最もだ。この上は精々派手に敗走するとしよう。」

 

覚悟を決めた様子で小澤海将補が言った。

 

美川「そうだな。艦載機も総動員しよう。」

 

小澤「うむ。」

 

北村「しかし、我々の脱出後はどうするのかね?」

 

提督「我々が殿を務めます―――御心配なく、玉砕は趣味じゃありませんから。」

 

北村「そうか。紀伊くん、死ぬんじゃないぞ。君が儂らを必要としたように、儂らにも君は必要なのだからな。」

 

提督「十分心得ておりますとも。では、御武運を祈ります。」

 

北村「うむ。」

 

三提督と直人は敬礼を交わし、直人は通信を切った。

 

 

 

集結点には、健在だった高雄・リンガ・パラオの3艦隊に加え、指揮官が自決ないし敗亡した舞鎮と上海の敗残部隊が―――もっとも舞鎮に残った艦艇は1隻も無かったが―――合流し、寄せ集めの混成軍という様相を呈していた。

 

大型イージス巡洋艦4隻・イージス巡3隻・イージス駆逐艦4隻・汎用駆逐艦16隻・汎用護衛艦6隻・イージス護衛艦3隻・空母3隻・ヘリ空母3隻・強襲揚陸艦13隻・給糧艦2隻/糧秣合計10トン未満・弾薬補給艦3隻/弾薬合計720トン。泣いても笑ってもこれが、3提督の元に残った、SN方面遠征軍本隊の戦闘可能な艦艇であった。

 

これにSN方面に向かっていた艦娘艦隊5個の内、合流して来て尚且つ戦闘に耐え得る艦、総勢10万5000余隻が結集され、更に小澤艦隊の4隻の空母の内、健在な旗艦しょうほう含む3隻の空母と、統合戦闘機F35のA型76機、B型49機、E型67機、合計して193機の母艦航空隊。ヘリ空母などに搭載された70機余りの戦闘ヘリが加わる。

 

強襲揚陸艦と損傷度合いの酷い艦艇は全艦が本土への帰還途上にある。航行不能、または戦闘不能となった艦娘を満載して。また空母とヘリ空母は本隊後方に位置している。いうなれば、日本国軍の殿とも言うべき戦力であった。

 

陣容だけを見れば、堂々たる艨艟である。しかし弾薬は窮乏し、食料に事欠き、損傷艦が全体の半数近くを占め、まともに戦えるのは航空隊と艦娘達のみという、“惨状”であった。

 

 

 

11月27日13時28分 ガタルカナル北方・横鎮近衛艦隊集結点

 

 

提督「・・・無残なものだな。遠征軍は艦娘艦隊では残存の約11倍強、艦艇でもこれの3倍近い数がいたと言うのに。」

 

 

ビーッ、ビーッ・・・

 

 

提督「はい。」

 

直人の艤装『紀伊』に直通で通信が入ってきた。

 

浜河「やぁ。元気かい?」

 

提督「駿佑! 無事だったのか!」

 

浜河「ハハハッ、名前呼びになってるよ。まぁね、舞鎮近衛、52隻全艦健在さ。僕含めてね。」

 

提督「あぁ・・・良かった! 本当に!」

 

浜河「君は今どこに?」

 

提督「あぁ、集結点の北西370km付近にいる。」

 

浜河「そう、そこで待機するんだね。」

 

提督「・・・あぁ。流石は『駿河』だな、お見通しという訳だ。」

 

浜河「フフッ。」

 

浜河駿佑の艤装は戦艦『駿河』、情報戦に特化された性能を持つが、火力もそれなりに強力である。無論その最大口径は61cmである為、水戸や紀伊には届かない。

 

提督「だが極秘回線だぞオイ。」

 

浜河「適当にチャンネル合せたら聞こえちゃった♪」

 

「嘘こけやおい。」

浜河の言葉に思わずツッコミを入れる直人ではあったが、それに浜河は笑って言った。

「まぁ、適宜突入を頼むよ。白馬の王子様♪」

 

提督「おまっ―――はぁ、まぁいいさ。ちゃんと持ちこたえてくれよな、行く時に死んでたら許さんぞ。」

 

浜河「勿論さ。この艤装が伊達じゃないって事を証明する機会だからね。」

 

提督「おう、頑張れよ。」

 

浜河「うん。」プツッ

 

そして浜河の方から通信を切られるのであった。だが直人は懐かしそうに言った。

「フフッ、良かった、無事で。」

 

「お知り合いから、なんですか?」

いつの間にやらいた明石が言う。

 

提督「・・・明石、いつの間に内火艇横付けしたよ。」

 

明石「さっきですよ?」

 

提督「おおう・・・。」

 

会話に夢中になっていて気づかなかった事に顔を覆う直人である。

 

明石「それより・・・」

 

提督「ん? あぁ・・・まぁ知り合いっちゃ知り合いだな。5年前の元同僚さ。」

 

明石「5年前・・・?」

 

提督「さぁ、そろそろかね。」

 

鳳翔「提督、敵です。方位は本艦隊正面(南東向き)を基準とし、11時半から1時の方角に展開しています。」

 

提督「左右対称の扇型だな?」

 

鳳翔「はい、そうです。」

 

提督「規模は分かるか?」

 

鳳翔「お待ちください・・・・・・規模は5個艦隊、1個が50万から70万程度の戦力を従えているようです。」

 

概算250万~350万というとんでもない数である。

 

提督「これが南方海域の底力か。」

 

鳳翔「そのようですね。」

 

提督「宜しい、その10分の1は沈めてやる。」

 

鳳翔「気合入ってますね・・・。」

 

夕立「やるっぽーいっ!!」

 

那智「夕立よ、出番はもう少し先だぞ。」

 

夕立「待ち切れないっぽい!!」

 

時雨「まぁまぁ、気長に待とうよ夕立。」

 

張り切り過ぎている夕立を諫める時雨。

 

夕立「むー・・・そうするっぽい。」

 

赤城「1航戦の名に懸けて、勝利を!」

 

加賀「提督に、栄光を。」

 

蒼龍「飛龍に手土産を!」

 

妙高「提督のお役に立ちます!」

 

神通「その為にも、勝ちましょう!」

 

二水戦メンバー「オー!!」

 

川内「夜じゃなくても、私達が一番よ! 締まっていこう!!」

 

一水戦メンバー「オー!!」

 

提督(こんな時なのに士気も高いな。これなら・・・いける!)

 

直人は確信に似たようなものを覚えていた。

 

 

 

11月27日14時01分、戦端は開かれた。

 

 

北村「撃てぇ!!」

 

美川「テェーッ!!」

 

小澤「全機突撃! 主砲射撃始め!」

 

 

 

駆逐棲姫「征け! 勝利は目前だ!」

 

戦艦棲姫「撃テ!」

 

デュアル「ファイア!!」

 

南方棲鬼「ファイアー!!」

 

南方棲戦鬼「突撃ダ!!」

 

 

 

霧島「始まりました、提督。」

 

提督「そのようだね。今は待機だ、大丈夫、出番はすぐに来る。」

 

金剛「り、了解デス・・・。」

 

この直前金剛が暴走しそうになっていてほとほと困っていた直人である。

 

直人は3人の提督の言っていた弾薬量から、継戦能力はせいぜい1時間半と見積もっていた。無論そのギリギリまで待つのは得策ではないが、そのタイミングを計るのが重要であった。

 

 

~駆逐棲姫艦隊~

 

ネ級Flag「“全レーダー使用不能!! 敵によるジャミングですッ!”」

 

 電撃的に敵を包囲した敵軍の内、西側から北西にかけてを担当していた駆逐棲姫達は、突如レーダーが使えなくなった。

 

駆逐棲姫「なんですって―――!? 照準をレーダー照準から光学照準へ切り替えなさい!」

 

ネ級Flag「“は、はい!”」

 

セーラムの声には、普段なら有り得ないノイズが混じっていた。

 

駆逐棲姫(おかしい・・・何かが変だわ・・・。)

 

 その状況に駆逐棲姫は疑問を抱いた。そもそも、レーダーは電波を発射して目標を検知する、電子戦装備の基礎とも言うべき装置である。無論使うものは電波であるから、特定の周波数帯というものがある。

しかし深海棲艦や艦娘が使う電子装備と言えば、霊力を交えて機能している、人類の技術とは異なる形態の特殊なものであり、それに対してこれまで人類が積み上げてきた技術では干渉するどころか、混線させる事すらおぼつかないのだ。

 だが事実として、この時一部の深海棲艦部隊はその全てが余りに強烈なジャミングの為、部隊間の通信でさえ困難をきたすような状況になっていた。それはどう考えても普通ではない。

 

駆逐棲姫(とうとう、人類が我々の電子機器を打ち破る方途を見つけた・・・? それとも何か別の方法で? ・・・いえ、それでは―――)

 

―――周波数帯が広すぎる

ギアリングが至った結論はそこだった。ジャミングの中で、アクティブジャミングの片割れである所謂電力妨害(ノイズジャミング)と言うものは、簡潔に言えば電波に電波をぶつける事で妨害する方法である。こうしてみると単純明快なようで、実際にはそう簡単ではない。それには相手の使っている周波数帯に正確に電波を合わせる必要があるのだ。だが、その使用周波数帯を把握するのは容易ではない。安全保障にまつわる事であるから、どこの国も機密扱いなのだ。

 よって電波妨害には3つの方法がある。

 一つは相手の使用周波数帯が特定出来ている場合に行う「狭帯域連続波妨害(スポットジャミング)」である。この方法は1つの周波数帯にのみ攻撃する訳だが、現代ではレーダーでさえ複数の周波数帯を使用出来る為用いられる事が無い。

 二つ目は「広帯域雑音妨害(バラージジャミング)」だ。この方法はスポットジャミングと異なり、一つの周波数帯に絞る事なく、広い範囲の周波数に対して妨害電波を照射する。この方法は相手が周波数を変更しようとも問題なく機能させられるが、代償として必要な出力や電力量が大きく増大する他、余り広い範囲に妨害すると電波強度が弱くなるため、効果が落ちてしまう。

 これらに代替する方法として三つ目の「周波数掃引妨害(スウィープジャミング)」が現代では用いられている。これは相手が現在使用中の周波数に対応して妨害電波を発するやり方で、相手が例えばAからBに周波数を変えた場合でも、装置がそれに対応する形で自動的に周波数を変更する為、継続的に広帯域電波を放射し続けることなく、スポットジャミング並みの効果を発揮させる事が出来るのだ。

 しかしどの方法も、これまで深海棲艦には通用しない筈のものだった。そもそもとして、この世界自体が、強力なジャミングに晒され続けているようなものである以上、発信する側も受信する側も、それこそ高出力で突破できる数百㎞程度ならともかく、それ以遠では通信を始めとした電子装備を使う事すら出来ないのだ。よって、電子戦技術は前提が成立しない。ましてや、人類側の電子攻撃(EA)装備が深海棲艦に通用しなかったとあっては尚更である。

 

駆逐棲姫(だが現実として、我が方の通信やレーダー波が脅かされている。いったい何が―――)

 

 

 一方で日本艦隊は完全に包囲され、その状況にあっても一進一退の攻防が行われていた。その中にあって、海上自衛軍諸艦隊は艦娘艦隊と共同して善戦こそしたが、所詮多勢に無勢に過ぎなかった。

 

14時38分 空母しょうほう

 

 

「“敵艦1隻撃沈!”」

 

「“誘導爆弾1発命中!”」

 

「“こちらブラボー3、損傷の為帰投します。”」

 

小澤「こちらフェニックス、帰投を許可する。」

 

「ブラボー3、了解。」

 

オペレーター「司令! 敵機が数機向かってきます!」

 

小澤「艦隊上空のデルタチームに対処させろ!」

 

オペレーター「はっ!」

 

小澤艦隊はその航空戦力の総力を挙げて敵艦隊を空爆していた。

 

ジェット機な為に深海の艦載機は追い付けず、ステルス機であるが為にレーダーにも映らないF35を前に、深海側も手痛い犠牲を払っていた。無論F35の損害も少ないながらあったが。

 

当然ながら制空権は敵に帰したが、敵航空戦力も膨大な犠牲を支払っていた。敵艦載機はレシプロ戦闘機をモデルとしている物と思われていて、そのクセ機動力は高いが速度が遅いと言う点があり、それを利したF35は、超高速一撃離脱戦法によって無双するが如き威力を発揮したのである。

 

小澤「僅かではあるが、我々は優位に立っているな。」

 

小澤海将補はそう確信した。

 

敵が一部ながらレーダー射撃を出来ない事と、小澤艦隊航空戦力の奮戦がそれを立証していた。

 

最も前者は小澤海将補も知る由が無かったが、空は兎も角海では劣勢一方であり、継戦能力が限界に達するのは時間の問題であることは、小澤海将補も理解していた。

 

 

 

14時43分 大型イージス巡洋艦「くらま(四代)」

 

 

美川「むぅ・・・。」

 

オペレーターB「汎用護衛艦『しきなみ』弾薬欠乏!」

 

オペレーターA「イージス護衛艦『まなたか』大破!」

 

オペレーターC「汎用駆逐艦『しらゆき』『はつゆき』弾薬欠乏!」

 

オペレーターB「ヘリ空母『さつま』沈没!」

 

美川一等海佐のパラオ艦隊は、次第に弾薬が欠乏し、壊滅しつつあった。これにはパラオ艦隊が最南端に配されており、深海ソロモン方面軍主力たる戦艦棲姫艦隊の総攻撃を受けた為もあった。

 

 

ズドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

美川「ぬううっ!?」

 

その最中、彼の乗艦くらまが被弾した。

 

副官「ぐはっ!!」

 

美川「栗谷三佐!」

 

美川一等海佐の副官である栗谷三等海佐は、被弾の衝撃でよろけた拍子にCICの機器に背中を強打していた。

 

副官「ぐ・・・あ・・・」

 

美川「救護班急げ! 被害状況報告!!」

 

オペレーターB「左舷舷側中央部に被弾、第3居住区中破! 第2予備電源室全損、舷外電路も破損しました!」

 

美川「まだ行けるか・・・?」

 

そう思った直後絶望的な知らせが舞い込む。

 

オペレーターD「1番砲塔弾薬欠乏!!」

 

美川「なにっ・・・!!?」

 

大型汎用巡洋艦くらまは、3基の速射砲を装備している。この内2番砲は退却中に弾を使い果たし、1番砲と3番砲で応戦していた。しかしその片方が弾薬を使い果たし、火力が半減した。ミサイルなどとうの昔に欠乏しているし、CIWSなどは射程8000から1万2千で行われる砲戦では到底出番も無かった。

 

美川「くそっ・・・ここまでか・・・?」

 

副官「提督!」

 

美川「分かっている。なんとしても援軍まで持たせろ!」

 

オペレーター「「おぉーーっ!!」」

 

美川一等海佐はCICにいる面々を鼓舞する。しかしジリ貧である事も理解していた。

 

 

 

 一方の北村/リンガ艦隊は、美川艦隊ほど深刻ではないにしろ、南方棲鬼艦隊の粘り強い波状攻撃に晒され窮地にあった。既に攻撃は13波に上り、艦娘艦隊の損害も甚大であった。

だがその時、苦戦する本隊の包囲されている海面の北西では、いよいよ動き始めようとする影がある。

 

―――14時51分

 

提督「―――頃合いか。いくぞ! 全艦突撃、事前指示通り行動せよ!!」

 

金剛「了解!」

 

榛名「了解しました!」

 

夕立「突撃っぽい!!」

 

那智「征くぞ!!」

 

神通「全艦続いて!!」

 

川内「いくわよ!!」

 

名取「行きます!!」

 

赤城「全艦載機発艦始め!!」

 

飛鷹「いくわよ!! 全機発艦!」

 

鳳翔「全機発艦!」

 

柑橘類「突撃陣形作れ! 一挙に押し潰せ!!」

 

加賀「航空隊、出撃!」

 

赤松「全機行くぞ! 生き残れよ!!」

 

直人達はいよいよ動いた。この不毛な戦いを終わらせる為にも、彼らは征かなければならなかった。そこに、例え勝利の栄光がなくとも、自分達の包囲突破を待つ将兵や艦娘達が存在する以上、行かない訳にはいかなかった。

 

 

11月27日15時03分 深海棲艦包囲網北西側外周7.5km

 

提督「混沌は収束されるものだ。収束への引き金、私が引かせて貰おう!!」ガチャッ

 

直人はそうして口上を垂れ、ウラズィーミルを銃口に装着し、決定的一撃となる引き金を引いた。

 

 

ドォォンドォォォォーーー・・・ン

 

 

 

~駆逐棲姫艦隊~

 

駆逐棲姫「電波妨害はまだ解消できないの!?」

 

 その頃深海側では、ジャミングが更に悪化したことで焦りを募らせていた。ジャミングの為に戦果も予想より大幅に下回っていて、その上解決するばかりか悪化したとあっては尚の事があり、深海側も不安と焦燥から士気が下がり始めていた。

最も、ジャミングが更に悪化したのには理由があり、直人が自らジャミングを試みて妨害電波を放っていたからである。ただ、何者かが既にジャミングをかけている事までは把握しておらず、迷彩の効果もあって彼のこの急接近はこの瞬間まで悟られていなかった。

 

ル級elite「ダメデス、アマリニ強ク、サキホドカラ2重ニ妨害ガ・・・」

 

 

ドォンドォォォ・・・ン

 

 

駆逐棲姫「なんだ・・・?」

 

駆逐棲姫がその音に気付いた時、戦端は開かれた。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ・・・

 

 

駆逐棲姫「なっ・・・!!」

 

 

 

ウラズィーミルは、駆逐棲姫艦隊と南方棲鬼艦隊の丁度境目に着弾した。

 

その範囲内ではその海域の好天と好条件により千四百万℃に迫る超高温が瞬間的に発生、文字通り敵を消失させた。

 

それは正しく、満天の星空の元2000隻以上を滅却した横須賀沖の火炎地獄を、そのまま再現した感もあった。そしてその一撃によって、敵包囲は完全に穴を穿たれた状態になった。

 

提督「よし、道は開けた! 全艦突入して包囲再建を防げ!!」

 

一同「おぉ!!」

 

直人の号令一下、航空隊と水上部隊双方が突撃した。

 

提督「敵包囲下の全艦隊に告ぐ! 包囲中の敵は我ら横鎮防備艦隊サイパン分隊が引き受ける!! この突破口から落ち延びられよ!!」

 

直人は呼び掛ける。その呼びかけに応じ、士気の下がっていた全部隊が逃げに入る。

 

提督「よぉしよしいい子達だ、この上は精々、敵の気を引く事だ。」

 

 

ズドオオオォォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

直人は片方だけ120cm砲を撃ち放つ。

 

その時既に艦娘艦隊は包囲を分断された敵の2つの断面にそれぞれ取り付いて猛攻を加えていた。上空からは1航戦航空隊を旗艦とする攻撃隊が猛然と襲い掛かった。

 

 

~左翼部隊~

 

霧島「さて・・・」チャッ

 

霧島が遂に・・・

 

霧島「マイクチェックの時間だゴラァァァァ!!」

 

 

ズドオオォォォォーーーーーーン

 

 

比叡(眼鏡を・・・外した!!)

 

霧島(度なんて、初めから入ってませんけどね・・・。)

 

霧島はメガネこそすれ度など入っていなかったのである。が、気合が入って豹変した様になる霧島である。

 

霧島「ア? 敵機来るぞ! 摩耶ァ!!」

 

摩耶「お、おう! 対空防御射撃、開始だぁ!!」

 

愛宕「さぁ! いくわよ!」

 

高雄「えぇ!」

 

 

ドドオオオォォォーーーーーーン

 

 

龍田「さぁ・・・死にたい船は、何処カシラァ?」ゴゴゴゴ・・・

 

なんかただならぬ雰囲気を漂わす龍田がいる。

 

長良「任されたからには、必ず勝つ!」

 

五十鈴「そして生きて帰る!」

 

長良「えぇ、そうね!」ドドォォォン

 

 

 

時雨「くっ! 多い!!」

 

 

ドォーーーン

 

 

時雨「きゃっ!?」

 

 

バシャアアァァァァーーン

 

 

至近弾の衝撃で尻餅をつく時雨。

 

村雨「時雨! 大丈夫!?」

 

五月雨「ふ、フォローに!」ドンドン

 

時雨「大丈夫、直撃はしてないよ―――!///」

だが時雨はハッとなった後驚きの表情になってから赤面した。

 

村雨「ど、どうしたの? やっぱりどこか・・・?」

 

時雨「いや、違うんだ・・・」

 

村雨「じゃぁ、一体・・・?」

 

そう問いかける村雨に、時雨は少し顔を赤らめて言った。

 

時雨「し・・・下着がっ―――下着が、外れたんだ・・・///」

 

村雨「えっ・・・。」

 

どうやら至近弾と尻餅をついた衝撃で、下着が外れたらしい。

 

村雨「なんだそんなこと・・・早く立って、ここで沈む訳には行かないでしょ!」

 

時雨「あぁ、待ってよ!」

 

慌てて立ち上がり、村雨に続いて突入する時雨であった。

 

 

 

若干苦戦する左翼部隊を尻目に、右翼部隊では圧倒的な優勢で戦況が推移していた。

 

 

~右翼部隊~

 

夕立「えええええええええい!!!」ザバババッ

 

綾波「はあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

ドォンドォンドォンドォン・・・

 

 

金剛「バアァァァァニングゥ、ラアァァァァァァァァァッヴ!!!」

 

 

ズドオオオォォォォーーーーーーン

 

 

初雪「早く帰りたいし、頑張ろ。」

 

 

ズガガガガガガガッ

 

 

大井「93式魚雷、20発! やっちゃってよ!」ザザザザッ

 

なんせこの5人がいる。縦列陣且つ両翼正面の敵が別々の指揮系統で指揮を執っている故に小部隊単位で戦う深海棲艦に勝ち目は今の所無かった。

 

 

~駆逐棲姫艦隊~

 

 

駆逐棲姫「セーラム! ヘレナ!」

 

ヘ級elite「ハッ!」

 

ネ級Flag「なんでしょうか?」

 

駆逐棲姫「・・・セーラムならもう察してるでしょう?」

 

ネ級Flag「私達二人で左右から敵右翼を崩す、ね?」

 

駆逐棲姫「そう言う事よ。行きなさい!」

 

ネ級Flag「了解。」

 

ヘ級elite「了解!」

 

 

 

11月27日15時21分 日本艦隊北東側

 

 

提督「急げ! 長くは持たん!」

 

天龍「急いで包囲の外に出るんだ!」

 

右翼と左翼の奮戦の中、直人は懸命の退避誘導を続けていた。

 

包囲の中で動けなくなった艦娘も少なからずおり、その護送をする艦娘の手助けも、同時にこなさねばならなかったが。

 

提督「名取、七水戦の状況は?」

 

名取「“は、はい。今は全員包囲の中にいますけど、みんな無事みたいです。”」

 

提督「そうか・・・。」

 

天龍「提督! あれ!」

 

そう言って天龍は右翼部隊の方を指さす。

 

提督「どうした・・・?」

 

直人もその方角を見つつ問う。

 

天龍「敵が右翼部隊を左右から挟もうとしてやがる、しかも恐ろしく足が速いみてぇだ。」

 

提督「となると、右翼が危ないな。」

 

蒼龍「“こちら空母部隊、右翼に支援の要有りと認めます、指示を。”」

 

フッ、流石だ。と独り言ちると直人は指示を出す。

 

提督「必要を認める、直ちに航空支援を。」

 

蒼龍「“了解!”」

 

提督「さて、俺もいっちょやりますかね。」

 

距離はおおよそ1万4千、普通に狙い撃てる距離だった。

 

提督「ファイエル!!!」

 

 

ズドドドドドドォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

直人は副砲である80cm砲と51cm砲を全門発射した。

 

 

 

右翼部隊へ左右から側面攻撃を行った深海棲艦隊の内、左翼を指揮したネ級Flagship『セーラム』は、直人が放った砲撃の正確さとその威力に舌を巻いた。

 

ネ級Flag「くっ! 敵もどうして打つ手が早い、これまで相手にしてきた奴らとは全然違うようね・・・。」

 

「敵機来襲、9時ノ方向デス!!」

 

ネ級Flag「チッ・・・! 後退するわ、このままでは不利よ!」

 

「ハ、ハイ!」

 

ネ級Flag(敵にも骨のある奴はいるみたいね、再戦を楽しみにしましょう・・・。)

 

 

 

提督「ほう、後退するか。敵にもやる奴はいるらしい。」

 

天龍「みてぇだな、そうでなくてはこれから面白くねぇ。」

 

敵左翼の後退を見ていた二人はそう言う。統合幕僚会議で彼が賀美作戦参謀に対して言った通り、敵にも出来る奴は確かにいたのである。

 

それも、日本艦隊司令官よりも優秀な人材が数多く。

 

皐月「あっ! 司令官!」

 

提督「おぉ皐月か! どうだ状況は。」

 

護送を終えて戻ってきた皐月に直人は状況報告を求めた。

 

皐月「動けなくなった艦はもういないね。海軍部隊も素早く離脱してたし、三日月と一緒にいる少数の艦娘達が逃げ遅れ出してる、って所かな。」

 

提督「・・・敵が追撃に出ている、という事か?」

 

皐月「うん。」

 

直人はその点も予想の内に入れており、その為の対抗策もあった。

 

提督「ふむ・・・その部隊の包囲離脱までどれ位かかる?」

 

皐月「え、えぇっと・・・?」^^;

 

そう聞かれ困った表情になる皐月である。

 

三日月「司令官、皐月にあまり難しい質問しちゃダメですよ?」

 

そこに護送から戻ってきた三日月がやって来た。

 

提督「あっ―――うん、ごめん。」

 

皐月「アハハハハ・・・。」

 

彼は艦娘の向き不向きを無視した質問をした事を詫びると、三日月が質問の答えを切り出す。

 

三日月「最後の部隊は離脱を終えました。すぐにでも撤収可能です。」

 

その答えに直人は少々意外そうな顔をした。

 

提督「ふむ? 早かったな・・・いやまだだ。味方が完全に離脱しきるまではな。」

 

三日月「ではあと20分ほど粘りますか?」

 

提督「そうなると追撃される可能性もあるな・・・。」

 

「―――そうだね、だから来てあげたよ。」

そこに、直人にとってはよく聞き慣れた男の声がした。

 

「浜河! なんで戻ってきた!?」

驚く直人に、浜河は事も無げに言う。

 

浜河「そりゃ、こうなるのが見えてたからだね。この『駿河』が電子戦を重視した装備だって事、忘れてない?」

 

提督「―――成程。お前のおかげで、俺もあそこまで気づかれる事は無かったと言う事か。」

 

 直人はこの時、起こっていた全てを理解した。ギアリングらが受けていたジャミングの正体、それは巨大艤装『駿河』の仕業だったのだ。超兵器級深海棲艦には及ばぬとはいえ、艦娘に比べれば圧倒的な出力を誇る艦娘機関を用いた電波妨害、しかも浜河はスウィープジャミングを敵の使用している全ての周波数を割り出して複数同時に実行したのである。当然継続的な敵のジャミングによって効果は減殺されるが、そこはそれ、主な狙いを敵レーダー波に絞って出力を集め、敵の妨害をバーンスルーしたのである。これが出来たのは、深海棲艦が力任せに1から10まで全ての周波数に対して、猛り狂ったようなバラージジャミングを仕掛けていたからであった。

が、その張本人である浜河は、涼しい顔をして彼に言う。

「それに、僕達“4人”が揃えば、敵を鼻白ませる位は、出来るでしょ?」

 

提督「―――へ?」

 

その言葉に唖然となる直人。答えはすぐに分かった。彼の後ろに、2人の大きな影が控えている事に気づいたのだ。

 

氷空「全くこんな時に、何とも間の抜けた顔だな、直人。」

 

泉沢「シャキッとしてくれよ、リーダー!」

 

戦艦『水戸』の水戸嶋氷空と、戦艦『和泉』の泉沢和征が、浜河の背後から現れた。

 

提督「お、お前ら!? MI方面にいたんじゃないのか!?」

 

氷空「駿介から連絡を受けてお前の司令部に問い合わせたら、全艦引き連れて出た、と言われたんでな、救援に来た、という訳だ。」

 

泉沢「そういうこと。」

 

提督「そうだったのか・・・。」

 

直人は自らの幸運に深く感謝した。MI方面隊が後退した後、彼らは上官の許可を得て取って返すように南下し、直人の元に急ぎ馳せ参じたという訳である。巨大艤装の高速性能なかりせば不可能な芸当だっただろう。

 

提督「―――すまん、力を貸してくれ。」

 

氷空「水臭いぞ、素直に頼めんか。」

 

笑いながらそう言う水戸嶋。その言葉に力を受けて、彼は力強く言う。

「・・・そうだな、頼む!」

 

3人「オウ!!」

 

ここに5年前、短い間ながらも寝食を共にし、死地を駆けて生き帰った、『第1任務戦隊』の戦友が、艤装を身に纏い一堂に会した。

 

その主砲は最も小さい物でも61cm、最小口径でも46cm砲であり、最大口径は直人の120cmゲルリッヒ砲と泉沢の100cm電磁カノン砲、水戸嶋の90cm連装砲である。

 

提督「さ、久々に、揃ってぶっ放すかね!」

 

氷空「是非も無し!」

 

浜河「攻撃バックアップは任せて。」

 

泉沢「暴れてやるぜ!!」

 

提督「あ、その前に、だ―――」

 

忘れていたものを思い出した様に直人は言う。

 

提督「横鎮近衛全艦、“逃げろ”!!」

 

3人「っ!!」ガクッ

 

余りに間の抜けた命令に3人はずっこけた。言っておくが、直人は至って真面目である。

 

金剛「“りょ、了解デース!”」

 

赤城「“了解!”」

 

霧島「“了解です。”」

 

天龍「し、締まらねぇ命令だなぁ。」

 

苦笑しながら言う天龍である。

 

提督「何言ってんだおめぇも逃げるんだよ。」

 

天龍「馬鹿言え。『一人じゃ戦えん』とか公言してる奴が護衛無しでいいのか?」

 

この一言は地味に痛い所を突かれた形になった。

 

提督「・・・ハッ、一本取られたか。すまんが頼む!」

 

天龍「オウ!」

 

その裂帛の一声と共に天龍は腰に差した刀を抜き放つ。

 

天龍「提督達に近寄る不逞な奴ァ、片っ端から切り刻んでやるよ。」

 

その目をギラつかせる天龍、士気は十分である。

 

氷空「フッ、卿が一本取られるとは、珍しい事もあったものだ。」

 

提督「駄弁ってる場合か、来るぞ。」

 

浜河「索敵データリンク。三次元測的ネットワークセットよし、いつでも行けるよ!」

 

提督「フッ―――懐かしい感覚だ、よく“視える”ぜ。」

 

その時、直人ら4人には敵1隻1隻全てが、正確に、詳細に、はっきりと、“視えて”いた。

 

舞台は・・・整った。

 

 

 

11月27日15時21分

 

 

戦艦棲姫「追エ! 邪魔ヲスル奴モ生カシテ帰スナ!」

 

戦艦棲姫の総指揮の下、勝利を確信した深海棲艦隊は遅ればせながら追撃態勢に入った。その勢いは猛追と呼んで差し支えなく、普通にいけば、止められるものはいない筈だった。だがその先頭に立った駆逐棲姫は、その前面に、今まで見た事もない巨大な艤装を見て思わず目を見張った。

 

駆逐棲姫「―――あっ・・・あれは、なに・・・!?」

 

「あの巨大な艤装・・・まさか!」

ハッとなったのは、傍らにいたネ級Flag「セーラム」であった。

 

駆逐棲姫「セーラム、知っているの!?」

 

ネ級Flag「は、はい。“あの時”私もグァムにいましたから、あれは―――――」

 

戦艦棲姫「アレハ、マサカ・・・!!」

 

 セーラムと戦艦棲姫が、期せずして同じ結論に至った。しかしそれは、余りに遅すぎた。何せ彼女らにしてみれば、こちらの妨害をバーンスルーされ、レーダーと言う目を潰された上で、目視で人を、艤装込みであったとしても発見するのは、余りに困難と言わねばならなかったからである。

しかし、その余りに酷な現実は、実際問題として、これから彼らの上に降りかかるだろう災禍の予言に過ぎなかったのだ。それは、当時でも深海棲艦隊の中で知る人ぞ知る、グァムに血の雨を降らせた張本人であり、彼らにとって、初めて手痛い打撃を負わせたものなのだった―――。

 

提督「各艦砲門順次発射、統制砲火、撃ち方始め。」

氷空「ファイエル!」

浜河「ファイア!」

泉沢「撃てええええ!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドド・・・

 

その砲声は、途切れなかった。

 

―――統制順次砲撃、それは4人揃って初めて出来る戦術であり、4人の火砲と、駿河の持つ戦術情報装備である『三次元測的ネットワークシステム』、紀伊の持つ高度な照準装備を合わせて、精密な連続砲撃を繰り返すというもの。どう少なく見積もっても4人合わせて300門以上の妖精式自動装填砲―――しかも凄まじいサイズのものばかり―――が、間髪無い射撃を加え、敵艦隊を容赦なく食い荒らす、と言うものだが、そこに浜河の駿河が行う正確なナビゲートと、紀伊から貸し与えられる正確無比の測距能力が加わる。

砲撃諸元を瞬時に計算し、さらに敵の回避運動の正確な予測も加わり、その命中率は9割を超える。しかも水戸嶋氷空の水戸に装備されたフェーズドアレイレーダーまでも加わり、航空部隊が紀伊と水戸から飛び立つ。その光景は正に、他者を圧倒するものがあった。

 

―――『第1任務戦隊』は、その威力を数倍、数十倍にして、この海に帰って来たと言っても過言ではないのである。

 

 

ドドドドドドドドドドドドドド・・・

 

駆逐棲姫「くっ!!」

 

南方棲戦鬼「怯ムナ! 反撃シロ!」

 

南方棲鬼「チィッ!」

 

 追撃する深海棲艦隊の先端に集中される、余りの連続砲撃の量と密度に、さしもの深海棲艦も鼻白んだ。1本の矢ではすぐに折れるが3本束ねれば中々折れない、という格言を体現したかの如き観があった。

 

戦艦棲姫「マ、マズイ! 全艦一旦後退! 態勢ヲ立テ直スゾ!」

 

戦局不利と見た戦艦棲姫は後退命令を出した。

 

ネ級Flag「ぐあああああっ!!」

 

駆逐棲姫「セーラム!」

 

セーラムを射抜いたのは、和泉の副砲の一つ、74cm(約29インチ)3連装砲だった。

 

ネ級Flag「くっ・・・大丈夫ですなんとか。沈みは―――しません!」

 

ズドオオオオォォォォーーーーーー・・・ン

 

デュアル133「グアアアアアアアアッ!!」

 

戦艦棲姫「ナッ・・・!?」

 

デュアルクレイターが続いて“撃ち抜かれた”。

 

これは同じく和泉の100cm電磁カノン砲の超音速弾によるものであった。無論セーラムとは被害のレベルが違った。

 

戦艦棲姫「デュアルクレイター、シッカリシロ!!」

 

デュアル133「ダメ・・・デス。モウ・・・助カリマセン・・・。」

 

戦艦棲姫「ソンナッ・・・!」

 

デュアル133「武運、長久ヲ・・・戦艦棲姫、サマ―――!」

 

戦艦棲姫「・・・アァ、アァ勿論ダ! オ前ノ無念、必ズ晴ラシテヤル・・・!」

 

 

―――15時29分、デュアルクレイター133放棄―――

 

 

そこから戦況は、嵐のように変化した。

 

駆逐棲姫「後退よ! 急いで!」

 

南方棲戦鬼「クッ・・・全艦・・・後退!」

 

 

―――15時31分、全深海棲艦戦闘停止/後退開始―――

 

 

提督「よし、敵の後退に合わせて、逃げるか。」

 

氷空「ふむ、そうだな。」

 

泉沢「趣味じゃねぇなぁ・・・。」

 

天龍「全くだぜ・・・。」

 

浜河「まぁまぁ二人とも・・・」^^;

 

 

―――15時32分、第1任務戦隊及び天龍、退却―――

 

 

デュアル133「・・・ココマデ、ダナ・・・アレ・・・ナンで、涙なンか・・・」

 

 

―――15時41分、デュアルクレイター133沈没―――

 

 

戦艦棲姫「ナニ!? 逃ゲ出シタダト!? 奴ラハ勝ッテイタデハナイカ!?」

 

南方棲鬼「ですが、追撃しても間に合わないでしょう・・・。」

 

戦艦棲姫「・・・クッ!!」

 

 

―――15時49分、深海棲艦追撃中止・撤収―――

 

 

15時49分、両軍の撤退を以って、戦闘は終結した。

 

提督「ぬぅー・・・左舷に喰らっちまった・・・。」

 

氷空「敵の反撃も凄まじかった、無傷では、済むまいよ・・・。」

 

浜河「その中で無傷だった僕はどう言えば・・・。」

 

泉沢「運が良かっただけだろうが―――ッ! イテテテ・・・」

 

そんな会話をしながら帰途に就く5人。

 

天龍「オレ様が砲弾を斬って無けりゃ、提督今頃あの世かもな?」

 

提督「ハハハ、感謝しておこう。」

 

天龍「ヘヘッ。」

 

 

 

~15時36分~

 

戦艦棲姫「調子ニノルナヨ―――!!」

 

 

ズドドォォォーーーーン

 

 

その時戦艦棲姫の放った砲弾の内1発は、直人への直撃コースだった。

 

提督「しまっ・・・!!」

 

自らの失態を悟った直人、その時――――

 

天龍「そうは―――」ザバアァァァッ

 

ヒュッ

 

天龍「させるかよ。」ザザァッ

 

提督「なっ・・・」

 

直人は驚いた。天龍が本当なら自分に直撃する筈の砲弾を、真一文字に両断してのけたのだ。

 

 

 

~現在~

 

提督「全く、艦娘達にはいつも助けられる。」

 

氷空「全くだな。」

 

天龍「そうだろ~、褒めろ褒めろ♪」

 

ご機嫌な天龍であった。

 

 

南方棲姫「してやられたな・・・。」

 

駆逐棲姫「そうね、ワシントン。敵にも中々どうして、出来る奴がいるみたいね。」

 

南方棲姫「そうだな、そうでなくては、この先張り合い甲斐がない。」

 

駆逐棲姫「全くよ。次に会いまみえる時が楽しみね。」

 

南方棲姫「うむ・・・。」

 

ワシントンとギアリングは、去り行く横鎮近衛艦隊を、見送る他に術も無かった。それが命令であればこそ、止むを得ざるところはあったにせよ――――

 

 

結果として、第一次SN作戦は、完全な失敗に終わった。

 艦艇179隻、航空機822機、人員総数32万0294名、艦娘艦隊96万2351個艦隊、艦娘総数107万1267隻を動員した遠征軍は、艦艇喪失91隻、航空機損失74機、戦死者9万7480名・負傷者8万6813名、艦娘艦隊喪失19万1968隻という大打撃を被り潰滅した。艦娘艦隊の喪失数が少ないのは、それに倍する数の中・大破艦や行動不能艦の収容と撤収に依るところが大きい。

SN作戦の敗因は、大本営と艦娘艦隊の慢心、敵を過度に過小評価したこと、計画の一貫性の無さとずさんさ、補給線防備の軽視、艦娘艦隊の練度不足、大本営の作戦指導力の欠如、有為の人材の欠如、戦域に関する理解不足などなど、大きな理由だけでもこれだけ存在する。

これ以降、自衛軍はその戦力消耗を終戦まで再建する事が叶わなかった。それほど大きな犠牲を払って尚、作戦は失敗した、失敗してしまったのだ。そしてその補充として、簡便な手法で増強する事が出来る艦娘艦隊の拡充が図られていくことになる。

 ある意味でこの物語は、ここからが本番と言えるだろう。即ち戦いの一方の主導権が、『人間』ではなく『艦娘』に握られるようになっていく事を意味したからだ。

 

 

 

11月28日午後2時11分 サイパン島東岸沖

 

 

提督「ふぅー、着いた着いた。」

 

直人達はあの後、三胴内火艇と艦娘達に合流、その足で撤退中の友軍艦隊に合流し、自らの無事を知らせると、水戸嶋らと別れてのんびりと帰途に就いた。

 

提督(これは、一つのピリオドかも知れん。だがまだまだこれからとも言える。この局地的、戦術的勝利に驕ることなく、大局的敗北を受け止めていく必要がある。大本営でも人事刷新は免れまい・・・。)

 

彼が思っている通り、これは一つの固定したカタチの崩壊というピリオドとなった。そしてその先には、艦娘達の知恵と努力が問われる時代が、到来しつつあるように思われたのである。

 

 

 直人の予想通り、彼のサイパン帰還から三日を隔て、永納総長更迭と、新人事の発表が、為された。その結果は次章で述べるが、主だった幹部クラスはその半数以上が解任となった。

しかし―――直人は手放しで今回の勝利を喜ぶ事が出来なかった。

否、勝利というには余りにも小さな―――そう、小さな勝利であった。横鎮近衛艦隊は退却の手引きをしたに過ぎず、彼らが敵を打ち破った訳ではないからで、仕事が終われば彼らでさえも、脇目も振らず逃げるしかなかったのだ。

 退却の手引きしか出来ない状況であった事は確かだ。その戦力差からして、南方方面の深海棲艦勢力が強大である事は最早言を待たぬ厳然たる事実として、また大きな問題として、首をもたげていた。

だが、それを思い知らされるまでに払った犠牲は、余りにも、大きすぎた。大きすぎたが故に、彼らは今後、方針を転換せざるを得なくなるだろう事は目に見えて明らかだった。

 

 南方海域は今や再び、死の海と化そうとしていた。それを前にして、直人は心の内で、黙祷を捧げるのであった。今回の無謀な作戦で死んだ、多くの烈士たちの御霊が少しでも安らぐ事を願って・・・。



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第1部11章~小康より戦乱へ~

読者の皆々様、新年あけまして、おめでとうございます。(と言っても1年前の挨拶です)

青葉「今年も何卒、宜しく申し上げます。」

2016年の元旦をこうして迎えられたことを嬉しく思います。ここまで来られたのも沢山の応援があってこそです。

昨年は沢山のご愛顧を賜り・・・と言えるほど多くはありませんがしかし、私にとっては十分すぎる程の閲覧と応援、重ねて御礼申し上げると共に、今年1年もどうか、よしなにお願いしたく存じます。

青葉「あまりに感謝し過ぎて読者の方々に媚びている様に思われても仕方ないですが、こう見えて本当に感謝しているんです、私も嬉しいです!」

そうだねぇ、それこそ額を地に付けて礼を言っても足りません。それだけに感謝の言葉を述べる事しか出来ません、そこが限界ですし。

青葉「ですねぇ。」

さて、新年最初の更新、2016年最初の放談は、前章で出てきたゲルリッヒ砲とSN作戦についてです。

青葉「来ました兵器うんちく。」

ゲルリッヒ砲は、正式には「口径漸減(ぜんげん)砲」と呼ばれるもので、砲尾(砲身の最後部)から砲口にかけて、砲身の内径が小さくなると言うタイプの火砲です。砲弾には徹甲弾の芯に軟金属を巻き付けた専用弾を使用します。

この類の砲の利点として、砲弾に巻かれている軟金属がライフリングに食いつきながら変形し、ライフリングと砲弾との隙間を埋める事によって、通常の砲よりも高い圧力で砲弾を撃ち出すことが出来る、砲口初速が大きくなると言う点が挙げられます。これはつまり、口径を縮小しつつ縮小前と同等の貫通力を持った大砲が作れる訳という理屈になります。

しかしその独特の作りが災いして砲身寿命(何発撃ったら砲身交換しないといけないかの目安)が短いと言う欠点があり、また欧米各国では高圧に耐え得る砲弾を実用化できず実用不可能とされた。

ところがこれを理論化・実用化に導いたのがヘルマン・ウルリッヒというドイツの人物。

彼は先に述べた砲弾を考案し、タングステン弾芯に軟金属を巻き付ける事で高圧に耐える砲弾を実用化、1940年には口径の異なる3種の口径漸減砲がドイツ国防軍に採用、ヘルマン・ウルリッヒ氏に因んでゲルリッヒ砲と呼ばれる様になった。

直人の艤装紀伊が装備する120cm(120mm)ゲルリッヒ砲は、砲身寿命120~140発程度、最大射程1万7200m、有効射程は1万1900m、口径は120mm~100mm、弾種は徹甲榴弾のみで初速は902m/sというスペックを持つ。

青葉「・・・射程長くないですか?」

そりゃ洋上で使うんですし。改修したらしいですねぇ。

青葉「なるほど。」

ではSN作戦について説明していきましょう、ちょっと長くなります。

1942年5~6月、日本海軍空母部隊は危機に瀕していた。

5月に珊瑚海海戦で翔鶴・瑞鶴が行動不能、祥鳳が沈没したのに続き、6月にはミッドウェー海戦において、作戦指導不徹底によって空母4隻を葬られた日本海軍は、新たな空母部隊として第3艦隊を編成、第1機動部隊の残存に空母とその護衛艦を追加して、その司令官に小沢治三郎中将が任命された。

しかし空母の数だけは揃えたがその実は大小空母の寄せ集めであり、米機動部隊とやり合うには、艦艇相互間の訓練も航空隊の練度も不足であると言わざるを得なかった。

GF長官である山本五十六大将は既定方針の転換を決定、第2段階作戦として予定されていた『MO』・『N』・『FS』の3作戦の中止を指示すると共に、ソロモン方面の防衛態勢、特に制空権を確固たるものとする為、『SN作戦』を立案・発動した。

この中止された3作戦(第2段階作戦)については機会が訪れ次第説明する。

SN作戦のおおまかな概要は、ソロモン諸島の飛行場立地に適した場所、特に戦略的価値の高いと思われる個所に、必要があれば上陸し制圧後飛行場を建設、航空隊を配備すると言うもので、その一環として行われたのがガタルカナル島への上陸と、飛行場の設営だった。

しかし結果としてこの作戦は米軍の反攻作戦である、『ウォッチタワー(望楼)作戦』によって水泡に帰し、日本陸海軍はガタルカナル島、ひいてはソロモン諸島の覇権を巡り、米豪海軍・米海兵隊・豪陸軍と凄惨な戦いを繰り広げる事となった。

青葉「第1次ソロモン海戦の事は今でも覚えてます。」

だろうね。三川軍一の指揮の元戦術的勝利を得た、でも輸送船さえ叩いていればね。

青葉「済んだ事ですよ・・・。」

そうだな。

放談はこの辺にしてそろそろ始めたいと思います。

青葉「そうですね!」

では第1部11章、どうぞ。


直人がソロモン北方沖海戦から戻って2日が経った。

 

直人は艦隊の損害状況のチェックと艦隊への補給を急ぎ、今日その被害報告書がまとまったことを知らされた。

 

 

 

12月1日11時18分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・白雪・五月雨・深雪・初春大破、但し前線で修理をし中破程度まで修復。その他大小艦艇22隻に大小の損害あれど重大なものには至らず、一部は前線で完全に修理を完了せる模様―――そうか、思いの外損害が少ないのは僥倖だった。」

 

この戦いで金剛は艤装に一部破損を生じたが、紀伊の修理装備によって前線で万全な修理を終えていたのだ。これに見られる様に、少々の損害であれば単独で完全整備が可能な修理能力が伺える。この他にも数隻が前線で損傷を完全に修復している

 

大淀「全くです。修理は急ぎますか?」

 

提督「いや、順次修理という形を取ってくれ。」

 

大淀「分かりました。」

 

大淀はそう言うと一礼して執務室を後にした。

 

提督「・・・はぁ、事後処理が大変だ。」

 

書類の山脈を前にして嘆息して言う直人。

 

金剛「仕方ないデース・・・。」^^;

 

そう言う金剛も目の前には書類の山が積み上がっていた。

 

明石「しかし水際立った撤退でしたね提督。そのおかげで思った程損害もありません。」

 

所用で執務室にいた明石はそう言った。

 

提督「いやいや、艦隊運動は現場に任せてたからね、まぁ今回はこれが吉と出たが凶と出た可能性も否定は出来ん。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

勝ったからと言って決して楽観する事は出来なかった直人。退却のタイミング一つにした所で、現場が一つへまをすれば即壊滅しかねない程、際どいタイミングであった事実がある。最悪食い破った包囲陣を閉じられる過程で挟み撃ちにされて、壊滅した可能性さえある程なのだから。

 

そもそも最初の作戦では直人が自ら「単独で」殿を引き受ける事になっていた。それが予定外の援軍によって退却を容易ならしめたのも事実であった。

 

直人の近衛艦隊自体は『勝った』とはいっても全体としては『負けた』戦いであり、直人らの勝利は退却戦時に日本艦隊側が、それこそ死体の骨にこびり付いた腐肉をナイフでこそげ取る様にして積み上げた攻撃の実効と、複数の事象の積み重なりによってもぎ取った、奇跡的とも言える戦術的勝利に過ぎないのだ。

 

提督「今回も幸運が我が身を助けた。だが次はどうか、その次は? そう考えると楽観できん・・・。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

陰鬱そうな表情をする直人は、秘書艦机に座する金剛に声をかけた。

 

提督「金剛!」

 

金剛「―――ン? なんですか?」

 

提督「艦娘達がこの一戦で慢心しない様、今一度意識の引き締めを図っておいてくれ。」

 

金剛「・・・それがいいデスネ、了解デース。」

 

直人と同じ懸念は金剛も抱いているものだった。これまで殆ど連戦連勝を重ね、戦局に大なり小なり貢献してきたのだが、その度に損害が尋常ではないのは、読者諸氏には記憶にあると思う。

 

直人も金剛も、死線をくぐりかけた。どちらも味方のフォロー無くしてはこの世に最早留まれない程のものであり状況だった。それが今回の私闘に於いては重大と言えるほどの大打撃を受けていないのだ。(唯一つ時雨の下着と、駆逐艦4隻大破を除けばだが)

 

駆逐艦に大破艦が出た以外の目立った損害と言えば、伊勢・日向・山城・蒼龍・摩耶中破、金剛・榛名・霧島・扶桑・赤城・千歳・高雄小破、他に比叡が小口径砲弾を喰らって火災を生じ、一部に損害が見られた程度だ。

 

即ち、直人に限らず全員がみな幸運だったのだ。

 

しかし悲しいかなその幸運はいつの時代も慢心を産み続けている。それを、金剛と直人は危惧していた。つくづく息の合った二人である。仲睦まじいようで何よりでござる。(関係無い)

 

提督「たとえ勝ったからと言って綱紀を逸脱する事が無いよう訓示を厳とするように。OK? 総旗艦殿♪」

 

涼しい顔に微笑を浮かべ、書類に目を通しサインをしつつ言う直人、時折かなり面倒臭がる(あまり口には出さないが)のとは対照に、やると決めたら基本的に通すのが彼の基本姿勢である。

 

但し自分にとって一分の実利も無い事にはあまり乗り気にならないが。

 

金剛「心得ていマース、元帥閣下♪」

 

仲睦まじい事で宜しい事ですなぁ・・・(顎さすり

 

 

 

12月2日12時20分 サイパン島北端/バンザイ・クリフ

 

 

ヒュオオオオオオオ・・・

 

 

提督「・・・。」

 

崖を風が撫で切る音が辺りに響く。

 

12月に入りサイパンでもそこそこ過ごしやすくなってきたこの時期、彼は予想だにしていないタイミングで物思いにふける事になった。

 

それが、この地が彼にとっての因縁の地であったからかも知れない。

 

 

ブロロロロロロロ・・・

 

 

崖の淵に座る直人の背後で、バイクの軽快なエンジン音が響いてきた。

 

提督「ん・・・?」

 

直人の中で、自分以外にバイクに乗れる者と言えば、この時点で一人しかいなかった。

 

直人が見た先には、大淀がバイクで荒廃した道をこちらに来ていた。

 

ただこの時ばかりは直人は立ち上がって出迎えるでもなく、座ったままに視線を戻し、虚ろな眼で北の虚空を眺めていた。

 

大淀「提督。」

 

気付けば、直人の背後に大淀が来ていた。

 

提督「大淀か・・・。」

 

直人は、心此処に在らず、と言った様子でその名を呼んだ。

 

大淀「どう、なさったのですか・・・?」

 

提督「いや、少し物思いにふけっていたのさ、この冬の海に。」

 

大淀「・・・。」

 

大淀は押し黙った。直人もそんな風に考え込むようなことがあるのだ、という事を知って。

 

直人は普段から好意的に艦娘達と接してきた。その様子には彼が悩み事が無いかのように映る事も時折ある程で、その会話の明るさで艦娘達には親しまれている。

 

それが今、自分の目の前で、何処とも知れぬ何処かへ想いを馳せている。そのような一面が、彼にもある事を大淀は知ったのだ。

 

提督「―――5年。」

 

大淀「は?」

 

おもむろに直人は言った。

 

提督「初めて、この海を見てから、だ―――。そうか・・・あれからもう5年か・・・。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「“曙計画”、“巨大艤装”、“第1任務戦隊”、“北マリアナ試験攻勢”、“任務戦隊解隊”、“参加兵の左遷と箝口令”・・・この5年、様々な事があった。」

 

直人もその5年もの間のうのうと生き永らえていた訳ではない。

 

海自によって臨時登用され、正義を信じて戦い、海保に移ってもその持ち前の―――と言っても付け焼刃の―――射撃技術を駆使して沈めた深海棲艦も、1隻2隻という数でない事も確かな事で、感状を何度か授与された事がある程だ。

 

提督「そして今や、俺は横須賀鎮守府の重要で、しかも軍機の艦隊を指揮し、またサイパン特根隊司令の肩書とその為の偽名を得てここにいる。」

 

“あの嶋田の失敗を足場にして”、直人はそう付け加え、自分をあざ笑うかのように言い終えた。

 

大淀「提督、そう御自分を卑下なさることも、無いと思います。」

 

提督「だが事実である。こればかりは覆す術もない。」

 

これは半ば事実である。直人が第1任務戦隊旗艦という席に登用されなければ、近衛艦隊司令長官などという職責に任命する為のリストに、彼の名前など上がる由も無いからである。

 

だが逆に、5年も前の上官の失態によって出世できた、などというのは思い上がりにも類する事であったのもまた事実であったろう。

 

提督「奴は曙計画の一件を巡っての責任を追及され軍のエリートコースを外された。そして俺は口封じに閑職に送られた。だが5年後俺はこうして返り咲いている。奴はどうだ? 冷や飯食いを脱する“苦肉の策”として幹部会などという黒幕に甘んじている。俺の方が100倍もマシと言うものだ。」

 

大淀「提督・・・。」

 

言ってしまえばこれは歴史の必然であっただろう。

 

提督「・・・この崖は、因縁の舞台だ。この場所で、俺は泊地棲鬼と手負いの状態で刃を交え、敗れ去った。当時は野砲などの火器をそのままとってつけたような艤装だったからな、120cm砲がその名残だ。砲尾に自動装填装置と弾倉を付けて手動で弾倉交換してたんだからな。それと比べりゃぁ、随分と楽になったもんだ。」

 

艦娘機関、と暫定的に呼ばれる―――そして定着し、正式にこの名で呼ばれる事となる―――この未知の動力で稼働する艤装であらばこそ、妖精による砲弾供給が行われる。誰が命じるでもなく行われる為に、実質的な自動装填と言えない事もない。

 

だがそうなる前の紀伊などの巨大艤装は、手動と霊動力による弾薬装填を行っていた為に、負担が大きかったのだ。それでなくとも、艦娘機関での霊力出力が無い為、全ての機構操作を自身の霊力で賄っていた事もあり、身体的負担は非常に大きい為、核融合炉から艦娘機関への換装は至極当然であり真っ当な判断であったとも言える。

 

提督「ここで俺は重大な戦闘力欠如を生じ、そして泊地棲鬼に、奴と再戦する事を期待されて、おめおめ生きて帰ったという訳だ・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

そこまで語り直人はふと我に返った。

 

提督「あぁ―――つまらんことを言ったな。大淀はどうしたんだ? お前が用も無いのにこんなところまで来る筈がない。」

 

大淀「あ、はい! そうでした。軍令部から重要な通信が入りましたので、お戻り頂きたく・・・。」

 

その言葉に直人は立ち上がった。

 

提督「承知した。」

 

そして自らも止めておいたバイク―――CRS250・エクストリームレッドカラー―――に跨ってヘルメットをかぶった。

 

ホンダ・CRS250は、CRF250Lを素体にユニットを換装した所謂近代化改修モデルで、スペックは元モデルにほぼ準ずる。その発売色も同じカラーリングである。

 

このバイクは島内の移動用に直人が土方に頼み込んだものだったが、一応『支給品』として配備されたものであり、期を見て二人づつ、計8人を選抜し免許を取らせる気でいたのだった。その第1陣が大淀と直人であっただけである。

 

大淀もブラックのCRS250に乗り、直人と共に司令部へと戻っていった。

 

 

 

12月02日14時39分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・やはり来たか。」

 

直人は、大淀から渡された通信の文面を見せられ、その内容に予想通りという反応を示した。

 

大淀「やはり、とは?」

 

提督「こうなる事は目に見えていた、という事さ。」

 

大淀「・・・。」

 

直人が持つ通信文の内容は、端的に言えばこうである。

 

 

 

『軍令部人事刷新について布告す。』

 

 

 

提督「ま、あれだけ熱心に発案しといてボロボロにされ、取り返しのつかない被害を被ったんだ、当然総長などは辞職だろう。それに連座する形でやめる者もいるだろうね。」

 

大淀「責任を取らされる訳ですね・・・。」

 

提督「うむ。」

 

要するにそうした理由で職を退く者に変わって、職に就くものが必要、という事だ。また戦死した基地司令官に変わる人事も必要になる。その布告書だったのだ。

 

金剛「それで? 新しい軍令部のリーダーは誰なんデスカー?」

 

提督「まぁそう焦るな・・・」

 

直人は人事のリストを見ていった。

 

 

退役

軍令部総長 永納 将実海将

 

解任

軍令部本部作戦参謀 賀美 茂徳2等海佐

(※注釈1:賀美2佐については精神病院へ移送する。)

軍令部第1部第1課長 春原海将補

軍令部第3部長 東園海将補

 

左遷

軍令部第2部長から第21護衛隊補給担当へ

大迫 尚弥1等海佐

 

解任(免兼)

軍令部総参謀長 土方 龍二海将

注釈2:横鎮司令長官職は留任

 

新任

軍令部総長 山本(やまもと) 義隆(よしたか)海上幕僚長

軍令部総参謀長 宇島(うじま) (はじめ)海将

軍令部本部作戦参謀 黒島(くろしま) 高市(たかいち)1等海佐

軍令部第1部第1課長 伊藤(いとう) 孝介(こうすけ)海将補

軍令部第2部長 大井(おおい) 達也(たつや)1等海佐

軍令部第3部長 尾野山(おのやま) 信幸(のぶゆき)1等海佐

 

 

提督「・・・新任の将校は、当代随一との呼び声高い者達ばかりだ。にしても海幕長自ら軍令部総長か・・・。」

 

大淀「海幕長、ですか?」

 

提督「うん、階級は海軍大将ないし元帥に相当する、海軍の最高司令官だ。」

 

海幕長(海上幕僚長)の地位は、まだ自衛隊と名乗っていた頃の名残でもある。

 

提督「何にせよ、大本営は首脳陣から永納閥が一掃された形になる。大迫一佐もだが・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

直人はこの人事を、手放しで喜ぶ気にはならなかったのだった。

 

大本営の人事刷新に呼応して、司令部が潰滅した司令部でも、その再建が図られた。

 

 

まず、戦死したトップ級将官は3人。佐鎮の吉村、舞鎮の栗畑両海将と、大湊の有田海将補がそれにあたる。

 

これにはそれぞれ補充が行われ、佐鎮新長官に達見の戦略眼を持つ豊川(とよかわ) 宗吉(そうきち)海将、舞鎮に深海棲艦研究に携わっている吉田(よしだ) 晴郷(せいごう)海将、大湊警備府長官に、夜戦と潜水艦戦の名手であり闘将として知られる、田仲(たなか) 啓蔵(けいぞう)海将補が任ぜられた。

 

また上海基地司令であった門田(かどた) 陵治(りょうじ)一佐が、前線指揮の職責と持ち場を放棄したことを追及され、左遷の憂き目を見たことを受け、新たな指揮官として水雷戦全般に精通し、土方の下で小笠原諸島方面における夜襲ゲリラ戦を指揮した名将、奈雲(なぐも) 栄一(えいいち)一佐が赴任した。

 

更にSN作戦時に戦線参加して壊滅した艦娘部隊の中に、パラオ・タウイタウイ・高雄基地の防備艦隊の名があり、この3個艦隊に対しては、横鎮・佐鎮・旅順警備府・リンガ泊地から、補充部隊を大本営主導の元で選抜転入させ戦力の回復を図ることとなった。

 

艦娘艦隊の中で壊滅した部隊の任務は、その戦力が回復するまでの間、各防備艦隊と近衛艦隊がその全般を担う事も既に大本営幕僚会議にて決定されており、その旨付属電も届いていたし、彼も了承する所であった。これについて直人は遠征任務として用兵上の要求を充足させる事にしていた。

 

水上部隊に関しては、前線から離れている旅順警備府・上海泊地・舞鶴鎮守府に展開されている部隊を、壊滅した部隊に吸収合併して再編を図る事になっていた。また空軍でも展開した部隊の4割が潰滅の憂き目を見た為、この人員の再配分と再編が急がれていた。

 

 

提督「・・・とにかくにも、新たな体制下で我々は一からやり直さねばならん。此方が苦しい時は敵も苦しい筈だ。」

 

金剛「・・・デスネ。」

 

提督「大淀。」

 

大淀「はい!」

 

直人は大淀に次の指示を出した。

 

提督「司令部周辺海域の警戒体制を一段引き上げてくれ。逆に敵の攻勢があるやもしれん。それと大本営に追加で資源輸送要請を。それに艦艇の修理を急いでくれ。今年年末までに作戦実働態勢に移りたい。」

 

金剛「おぉ!!」

 

その指示に金剛は、気分の高揚を覚えた。

 

大淀「分かりました―――提督、いよいよ作戦開始ですね?」

 

提督「あぁ。ブルネイ東方沖に遊弋する敵を手始めに葬り、各方面の敵を撃滅する事になるだろう。」

 

大淀「はい・・・!」

 

直人もそろそろ決断すべき時期に来ている事を悟っていたものである。遊兵と化していた彼らも、いよいよ戦線へと出る。彼らが、守衛から攻勢へ、受動から能動へと転換する時期が、2052年12月と言う時期であったろう。

 

艦娘達にも、彼自身にも忍耐を強いる臥薪嘗胆の時期は、直人の一声により此処に終わりを迎えたのである。

 

 

 

横鎮近衛遂に起つ! その報と意志は、一両日中に横鎮と各艦に伝達された。

 

 

12月2日17時38分 横鎮本部・司令長官室

 

 

土方「そうか、いよいよ実働準備態勢か。陰ながら数々の激戦を潜り抜けた実力、期待させてもらおう。」

 

土方もその伝達を受けた一人である。

 

 

コンコン

 

 

土方「入れ!」

 

「失礼します!」

 土方の前に姿を現したのは、横鎮の艦艇戦力である第21護衛隊補給担当に転属になった大迫一佐である。

「申告致します。大迫一佐、第21護衛隊補給担当として、只今着任いたしました。」

 

「御苦労。早速で悪いのだが―――実を言うとだ。その隊の補給担当は解任はしておらんのだ。」

 

「それは、一体どういう事でしょうか。」

土方の一言に大迫は疑問を覚えた。

 

「うむ。つまり君の転属命令は、私の指示による偽装だ。これが、本物だよ。」

そう言って土方は大迫に、1枚の辞令を渡す。大迫はそれを一瞥してから悟った様に言った。

「・・・横鎮後方参謀、ですか―――さしずめ直人の・・・横鎮近衛のバックアップに当たれ、という事ですね。」

 

土方「そうだ。奴さんが必要だと言ってきたものを、向こうに届けてもらいたい。これまでは私の仕事だったが、これからは君に任せたい。」

 これまで大迫一佐は、通常業務の傍ら土方からの横鎮近衛向け物資の案件も処理していた。その彼自身も直人とは深い交友がある。

その二人を、実質的に組ませると言う土方海将の人事は絶妙と言うに相応しかっただろう。

大迫「分かりました。謹んで辞令に従います。あいつは私のバックアップ無しでは、恐らくやっていけないでしょうから。大本営の一部からも、よくは思われていないようですしね。」

 

土方「そう言ってくれると思っていた。よろしく頼むぞ。」

 

大迫「はっ!」

 

その頃サイパンの横鎮近衛艦隊司令部では、直人の決定に否が応にも士気が高まっていた。

 

 

 

17時02分 艦娘寮駆逐艦区画・白露の部屋

 

 

白露「いよいよ、アタシの強さを見せる時が来そうね!」

 

白露型の面々は決起集会的なノリで集合していた。

 

夕立「っぽい! どんな戦場でも、暴れて見せるっぽい!」

 

時雨「そうだね、どんな敵が相手でも、負けないよ!」

 

五月雨「やっぱり、私も前線に出るんでしょうか・・・。」

 

不安そうに言う五月雨。

 

村雨「まぁそうなるでしょ、でも、私達がいるわ、大丈夫!」

 

五月雨「村雨ちゃん・・・!」

 

 

 

そう言ったノリで集結しているのは彼女らだけではない。

 

 

~食堂~

 

白雪「いよいよ、私達も本格始動するそうです。」

 

叢雲「フフッ。腕が鳴るわね。」

 

初雪「今までお休み同然だったのに・・・。」

 

綾波「でも、そうも言ってられないです!」

 

漣「早く出撃したいのね!」

 

潮「だ、大丈夫でしょうか・・・。」

 

雷「大丈夫よ! 私か、皆がいるじゃない!」

 

潮「そ――――そうですね!」

 

電「私達も、いよいよ前線ですね。」

 

響「頑張っていこう!」

 

特型.S「オォー!」ババッ

 

 

~多摩の部屋~

 

多摩「にゃぁ~・・・。」ゴロゴロ

 

こたつに入ってごろごろする多摩。

 

球磨「いよいよ、本格的に作戦行動をするそうだクマ。」

 

木曽「らしいな。今までくすぶってたが、これで艦隊の士気も爆発だろうな。」

 

大井「北上さんを見つける為、戦うわ!」

 

長良「いい運動になりそうね。」

 

川内「夜戦の機会も増えそうね。」

 

神通「夜戦、好きですね・・・。」

 

川内「勿論!」

 

五十鈴「なんでもいいけど。私は私を信頼してくれる提督の為に、この力を振るうだけよ。」

 

名取「わ、私だって、睦月型の皆さんを率いて、頑張ります!」

 

由良「私は何処に行けるのかしら・・・。」

 

多摩「こうして楽が出来れば、何でもいいにゃ・・・。」

 

木曽「・・・。」スッ

 

懐から木曽が取り出したるは猫じゃらし。

 

木曽「・・・。」フリフリ

 

多摩「ハッ・・・!」ウズウズ

 

やっぱり猫だった。

 

 

~睦月の部屋~

 

皐月「いよいよだね!」

 

如月「えぇ、そうね。」

 

文月「どんな場所に行けるんだろうねぇ~。」

 

睦月「私達は、皆に比べると少し古いけど、そんな事は関係無いって所を見せる好機よ!」

 

長月「その通りだ! 多少古いからなんだ! 私達は誇りある駆逐艦だ!」

 

菊月「私達を見下すような向きがあるとすれば、それを否定する絶好機だな。」

 

三日月「司令官の指揮の元、私達も頑張りましょう。」

 

望月「ゴロゴロしたーい休みたーい・・・。」ゴロゴロ

 

7人(しまらない・・・。)

 

 

~鳳翔の部屋~

 

鳳翔「いよいよ、ですか・・・。」

 

赤城「はい。私達も私達の誇りを守り、戦いましょう。」

 

加賀「そうね、1航戦の誇り、伊達でない所を、見せましょう。」

 

蒼龍「私達だって、先輩には負けられません!」

 

飛龍「私の艤装、元に戻るといいんだけれど・・・。」

 

多聞「その辺りは、紀伊元帥が何とかしてくれるだろう。」

 

柑橘類「そうそう、気にするには及ばんさ。」

 

鳳翔「ふふっ、そうですね。」

 

 

~金剛の部屋~

 

比叡「お姉様! いよいよですね!」

 

金剛「YES! 気合入れなさい比叡!」

 

比叡「はい! 気合、入れて、行きます!」

 

霧島「先日の様な激闘も、あり得ますね・・・。」

 

榛名「例えそうだとしても、榛名は大丈夫です。提督の為に、勝利を!」

 

 

 

―――各々の動機は兎も角としても、横鎮近衛艦隊の士気高揚は、それそのものが熱を帯びたものとなっていた。

 

艦娘艦隊はその黎明期こそ多難なものであったことは否定出来ない。しかし彼ら横鎮近衛艦隊は、遠くサイパンの地で、新体制の大本営による指導の下で新たな歩みを踏み出そうとしつつ、新たな年に向けて徐々に歩き始めていた。

 

提督(・・・まぁ、思い煩っても致し方ない。新たな年ももう目前だ。新体制となった今の時期なればこそ、再スタートを切る為の準備を、我々はすべきであろうな・・・。)

 

 

 

~ベーリング海~

 

ヴォルケン「・・・そう、反攻は完全に勝ち切ることが出来なかった、か。」

 

リヴァ「サイパンの艦隊、一体何者なのかしら・・・。」

 

ヴォルケン「さぁな。ただ一つ言えるのは、あの艦隊の司令官が、5年前グァムに来寇し取り逃がした奴の一人だ、という事だけ―――。」

 

深海側では、突如サイパンに進出したこの強力な勢力について、その正体を見極めきれずにいた。情報量の少なささとその規模が、それに拍車をかける形になっていた。

 

リヴァ「調査する?」

 

ヴォルケン「―――あぁ。あの艦隊はまだ情報が少なすぎる。攻めるにしても時期尚早であろうよ?」

 

リヴァ「了解♪」

 

ヴォルケン「奴らの動きも活発とは言い切れない。次に何処へ来る気か―――分かったものではない。」

 

そう言いつつ、彼女―――ヴォルケンクラッツァーは、まだ見ぬ強敵に思いを馳せるのである。

 

 

 

彼ら提督と艦娘達の戦いは今、短い小康から戦乱への道を、ゆっくりと進み始めていた。幾十万の屍を水底に晒した大攻勢をその礎とし、彼ら提督達は再び歩みを始めた。

 

横鎮近衛もそれに合わせるかのように、長い眠りから目覚め、躍動の時期を迎えつつあった。ソロモン水域の大敗を経て、彼らの真価が問われるのは正に、これからと言って過言ではなかった。

 

そして深海もまた、戦列の再編と新たな策を以て、人類に対して圧迫を強めんとすべく、強かに準備を進めている事は、間違いないと思われた。

 

西暦2052年12月、世界は、再び騒乱の機運に満ちつつあった。かたや世界何十億もの民を、窮乏の渦中より救う為に。かたや彼女らの望む悲願を達する為に。例えその結果が両者に如何なる影響を与えようとも、最早人類と深海棲艦、その両者の歩みは止まる所を知らない―――。

 

 

 

――――第1部 完――――



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閑話休題

小説の種明かし等々を作者が少ししてくれるだけの章です。


やぁ、作者だよ(´・ω・)ノ

 

弔鐘編、如何でしたでしょうか。

 

この先は第二部である進軍編となります。弔鐘編はここまで。

 

実はこの第一部は途中でほのぼの系を書くのに飽きて駆け足になってしまいました。少しずつ手直しして行こうと思っていますので期待せずに待ってて下さい。

 

 第一次SN作戦、というのはまぁあれです。13年秋イベが題材となっています。

13年は春夏秋とイベントがやはりあった訳ですが、夏の部分は、劇中ではカットしています。というよりストーリーの都合上取り上げましたが中止となっています。夏で予定したが横鎮近衛の協力拒否によって延期したのが13秋、という具合ですかね。

 13年のイベント、実は私は参加していないのです。というのも着任僅か2週間で13年内は殆ど放置し、アルペイベ1日前に復活した、という感じです。ここまで描いた大規模作戦に対する横鎮近衛の間接的参加も、こうした事情もあってあのようなストーリーが構成されるに至りました。

 

後第1部で飛龍&雪風復活の兆しもありませんでしたが、理由はイベと同じです、勘弁してやって下さい、はいm(__)m

 

因みに第一次、という事は第二次もあります。いつになるやら知れたものではありませんがご期待頂ければと。

 

気付いた方もいらっしゃるかもしれませんが、大本営や各基地司令官の名前は、基本的に旧帝国海軍にいた将官が元になっています。お暇な方は「この人はどの人が元ネタだろうか?」などと考えてみるのも一興かと存じますw

 

艦娘の性格についてですが、これは普段作者が艦これをプレイして素直に思った印象が元になっていますので、小難しく考えてる訳じゃありません。構想力の無さがここにも(笑)

 

劇中でも既に語った通り、これから横鎮近衛は再始動し数々の激戦を越える事になります。勿論艦娘達に因んだ戦いやエピソードもあるのでご期待頂ければ幸いです。(但し必ず期待に応えられるとは一言も言っていない)

 

 KHY(局長が派手にやらかした)シリーズは今後思いついたら物語に組み込む予定でいます。その都度解説もします。今のところはアヴェンジャー改とサーブ320改「バルバロッサ」の二つですね。前者に関してはいずれ出番を用意したいと・・・忘れてた訳じゃないです。

 因みにKHYシリーズのネーミングは、仲間内での会話の中で作者がふと思いついて名付けられたものだったりします。局長の設定を一部流用する許可を頂きました動画製作者、秦 禊氏にはこの場にて改めて御礼申し上げます。

 

 一応この先暫くは提督が戦闘に出しゃばらない話になっていきます。但し戦術面を突き詰めより本格的にやる“つもり”でいますのでその辺りもお楽しみに。

 但し超兵器が出てくると必然的に参戦する事になります、黎明編から度々出撃した巨大艤装ですが、「俺TUEEEEE」を期待された方、ご期待を途中で挫いてしまったかもしれませんが、戦いは数です。巨大艤装は確かに強力です、一人で2個艦隊に匹敵すると言っても過言ではないでしょう。

 

 ソロモン北方沖海戦では4人のコンビネーションプレイの結果ですし、それでさえ殆ど互角に近い状態ですので、その辺りはお察し頂ければと思います。物質の総量の多い方が勝つ、近代戦の常識ですね。

 巨大艤装は正に動く城ですが、無敵ではないのです。無双したとしても、例え紀伊直人がこの身は無敵であると夢想しようとも、です。

 

閑話休題というこの機会に、現在横鎮近衛に籍を置く艦娘達をまとめて紹介しましょう。

 

 

戦艦(8隻)

金剛 榛名 比叡 霧島 扶桑 山城 伊勢 日向

空母(9隻)

赤城 加賀 蒼龍 飛龍 鳳翔 祥鳳 飛鷹 千歳 千代田

重巡(9隻)

加古 青葉 妙高 羽黒 高雄 愛宕 摩耶 最上 筑摩

軽巡(12隻)

天龍 龍田 球磨 多摩 大井 木曽 長良 五十鈴 名取 由良 川内 神通

~駆逐艦(35隻)~

睦月型:睦月 如月 皐月 文月 長月 菊月 三日月 望月

特Ⅰ型:白雪 初雪 深雪 叢雲

特Ⅱ型:綾波 漣 潮

特Ⅲ型:響 雷 電

初春型:初春 子日 若葉

白露型:白露 時雨 村雨 夕立 五月雨

朝潮型:朝潮 大潮 満潮 荒潮(非正規)

陽炎型:陽炎 不知火 黒潮 雪風

島風型:島風

その他:明石・大淀・間宮

 

 

合計すると76隻と、現状でも大所帯ですが、うまい具合に編成しないと戦力の不均衡が生じるような構成です。現状軽巡1・駆逐艦8隻で1個水雷戦隊を組んでいる状態ではありますが足りてませんね、はい。

 

 一応艦娘の殆どは参戦します。(現状(17/06/15時点で)出演予定なしが12隻います、すみませんm(__)m)

でもキャラが多過ぎてそれぞれに出番を与えるとなるとちらっと出す程度になると思われます(今現在でも飽和状態なんです許して下さい。)

 

 でもちょっとネタ不足も甚だしいメンバーですね・・・はい、自分で出しといてなんだって話ですねww

ネタ不足が何だ! これからガンガン強くなるんじゃい! という事でこれから練度が上がり無双しまくるであろう横鎮近衛艦隊を今後ともよろしくお願いします。

 

まぁ、第1部のおまけがこれでは少々寂しいので、主人公の紹介だけ後ろに添えましょう。

 

 この作品を書くに当たり、まず最初に念頭に考えていたのは「自分なら艦これアニメよりもっとマシな脚本で艦これと言う世界を書ける」と言う事でした。なので最初は魔術とか超兵器だとか、提督自身が前線に出るなどと言った設定は、未設定段階ではありませんでした。

 ただ、2次創作と言う範に収めるのであれば身の丈を思う存分盛り込んで、どうせなら自分が満足できる様な、ぶっ飛んだ話を書いてやろうと考え気付けばこうなっていました。元々この小説を書こうと思ったそれこそが、伊達と酔狂から発案されたものなのですが。

 

 現状ではいくつか書きたい企画の基礎設定も同時に考えているので、正直無難な筋でこの小説を〆て次に行ってもいいのはいいのですが。(おい)

まぁあれです、着地点を決めてしまっているので皆さんが読んで下さっている事もあり、これからもつらつら書きたいと思います。基本的にはこの様に逐次改稿の方式で長編ものとして纏め上げるつもりです。

 

今後とも、専門的知識を多数取り混ぜつつも分かりやすく、面白おかしく繰り広げられるドラマも織り交ぜながら展開される、『横鎮近衛艦隊奮戦録』の続きをお楽しみ頂ければと思います。それでは。




氏名:紀伊 直人
かな:きい なおと
性別:男
年齢:22(誕生日:3月14日)
所属:横須賀鎮守府付属近衛第4艦隊司令官
階級:元帥(元海上自衛軍(海軍)三等海佐・書類上横鎮防備艦隊司令官・少将)
メイン武装:霊力刀『極光・希光』・14インチバレルDE 2丁他

巨大艤装『紀伊』の適合者で、サイパンに展開する横鎮近衛艦隊司令官職にある青年元帥。
若くしてタイ捨流皆伝と言う剣術の達人であり、また錬金魔術や白金千剣という剣を魔力で操る高等魔術を行使する魔術師でもある。
同い年で呉鎮近衛艦隊司令官の水戸嶋とは幼馴染であり親友同士。
5年前、何のことも無い一介の学生だった彼はある計画により建造された巨大艤装『紀伊』の適合者として海上自衛軍に招かれ、形式的に三等海佐の階級を得てそこで水戸嶋と再会する。
その後ある程度訓練を受けた彼はグァム棲地への殴り込みをかけるも失敗、その後口封じとして海保へ籍を移され、着任の前年、しがない哨戒艇の艇長になっていた。
2052年、提督徴集の直前に深海棲艦の襲撃を受け、あわや戦死と言うところへ逆アホ毛の金剛が現れ、襲撃してきた敵艦を尽く粉砕して見せ、その頃艦娘の存在に半信半疑だった彼を納得させるに至る。
その後近衛艦隊への赴任を命じられ、近衛第4艦隊司令官として当時八島入江の仮称で呼ばれた入り江の奥に立つ極秘の司令部施設に赴任し、東京湾南方・南西諸島・フィリピン方面・北マリアナ沖と次々に転戦、サイパンにその身を移した後も激戦に激戦を重ねた。
戦術家という側面が強いが、戦略家としてはその分析に一定の才を持つ。自ら磨き上げた戦闘技能も一流。
なぜか隠密行動が得意だが語学素養に乏しい一面もある。


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第二部~進軍編~
第2部1章~海霧(ウミギリ)


はいどうも! 新年早々第1部完となりまして、いよいよ激動と激闘の第2部が幕をあけます! という訳で章頭の方針は変更しません! 天の声です!

青葉「一体どういう訳なんですか一体! あ、どうも恐縮です! 青葉ですー!」

何のことは無い、いつもの事ではないか。

青葉「あーはい、そうですね・・・。」(諦観

まぁそれはさておき今日はゲスト、呼んでみた。

明石「その呼ばれてきたゲストです。どうも! 明石です。」

横鎮近衛の造兵廠より明石さんですはい。

青葉「こりゃまたなーんでまた突拍子も無く。」( ̄∇ ̄;)

気分です。

青葉(やっぱり気分か。)

明石(気分なんですね・・・。)

今日は設定放談です。題して、「艦娘はどのように轟沈するか」。

青葉「・・・重いですねぇテーマが。」

提督として、艦娘を無為に沈める、また例え沈めてしまったとしてもそれを容認する事は、私などのように人として、仁義にもとるとお思いの方はそこまで少なくないと思います。

ですが、システムに拘りなく轟沈のプロセスを考えてみたことも、少なくはないと思います。今回は私が考える轟沈のプロセスを、ここで紹介したいと思います。

艦娘達は通常、脚部艤装によってその浮力を得ています。4体の巨大艤装も例に漏れませんが、脚部艤装は艦娘達が進水する上で必要欠くべからざる装備です。

轟沈とは基本的に、脚部艤装の破壊ないし致命的ダメージか、背部艤装に内蔵されるコアの破壊及び致命的ダメージの二つのうちいずれか、または両方が生じた場合に発生します。

脚部艤装は分かりやすいと思います艤装のコアが破壊されると、その艤装の全機能が喪失する為、結果として艤装浮力も失われ沈没する、という訳です。

艦娘とはいえ人の身体である以上、水に沈むと言う性質は変えられません。が、一定時間なら浮いていられるのも事実です。その間であれば使用者を救出する事も可能です。

艤装はその浮力の全てを脚部艤装で補います。なので少しでも損傷すれば、速度の低下や転覆のリスクを背負っています。

現在の飛龍や雪風のような状態は、言わば轟沈と同義なのですが、艦娘と艤装は運命共同体というような関係に無い為、新しい艤装さえ手に入れば再び戦線に出る事も可能です。

SN作戦の折、ソロモン北方沖海戦の前に大損傷を負った艦娘達を強襲揚陸艦で後送していたのは、その事実が既に明らかになっていたからに他なりません。ですがこの場合、極度の戦力低下、現状以上の戦力ダウンを、日本艦隊の3提督が望まなかったから、とも解釈する事が出来るでしょう。

この辺りはご想像にお任せします。

明石「そう言えば紀伊提督も一度沈みかけましたね。」

あぁ、サンベルナルディノ沖海戦ね、あの時は相当ヤバかったようだが。

明石「修理が大変でしたよ・・・。」

でしょうねー。っと、今日はここまでです。

青葉(チッ、明石さんがそれらしい方向に繋ごうとしてたのに。)

明石(ぐぬぬ・・・看破されましたか・・・。)

今はまだ話す時期でもねぇだろうがいい加減にしろ。

二人「はい・・・。」

という事でいつも通り始めていきましょう、どうぞ。


2052年12月も下旬に入った頃、各基地で不思議な現象が報告され始めた。

 

目撃部隊の証言に曰く、『虹色に光る巨大な光球が現れた』というものだった。同時に電測装置は全て駄目になり、光が消えると、共にそれらも同時に元に戻ると言う。

 

最初はただのデマとして誰も歯牙に掛けなかったが、目撃例が10、20ではなく200、300という量に達し、詳細な報告書が短期間に複数大本営に寄せられるに至り、大本営も重大事と見て調査を始めていたものだった。

 

提督「・・・ふむ。」

 

大淀「なんなんでしょう、この現象は・・・。」

 

2052年12月21日(土)、横鎮近衛艦隊司令長官たる紀伊直人元帥は、大淀と共にそれらの怪現象に関する沢山の目撃情報を、土方元帥のつても借りて大量に集め、検討に入っていた。

 

提督「虹色の光球と電測装置の無力化、この二つが同時に起きた事ならば、過去にある。」

 

考えながら彼は言った。

 

大淀「そうなんですか!?」

 

明石「ええっ!?」

 

そう、実のところこの現象には前例がある。そう直人は語った。

 

大淀「一体、どんな状況だったんですか?」

 

提督「うん。今から1世紀以上前、1945年5月4日の事だ。この日ドイツ国防軍海軍の海軍大将、フリーデベルグ大将が、5月5日に停戦するとした降伏文書に調印した。だがこれに同調しない集団があった。キール軍港にいた、ドイツ海軍主力と潜水艦部隊だ。」

 

明石「ドイツ、ですか・・・。」

 

提督「降伏を拒絶した理由は一つ、『我々は十分戦える状態にある! であるから徹底抗戦を!』と言うものだった。」

 

その言葉に意外そうに言ったのは大淀だった。

 

大淀「ですがその頃になってくるとシャルンホルストもグナイゼナウも、ムスペルヘイムやペーター・シュトラッサーも沈んで、主力と言っても・・・」

 

しかしその言葉に直人は首を横に振った。

 

提督「いや、実はそれは違うんだ。」

 

そう断じる直人、立派に根拠あっての事である。

 

大淀「と、いいますと・・・?」

 

提督「キールには、彼らが生み出した超兵器最高の至宝があった。枢軸軍最強にして世界最後の超兵器。“摩天楼(ヴォルケンクラッツァー)”と“蜃気楼(ルフトシュピーゲルング)”という姉妹超兵器が。」

 

大淀「あ、あの、究極超兵器と呼び声高い、あの2隻ですか・・・!?」

 

枢軸軍究極超兵器「ヴォルケンクラッツァー」、艦首に格納式砲塔に収めた、ハーケンクロイツ印の新兵器「波動砲」を1門搭載、世界最強と言われた超兵器機関を搭載し、ドイツの威信そのものと言える戦艦。

 

これを討伐に出た連合国軍究極超兵器「リヴァイアサン」を、瞬時に葬ったという、掛け値無しの最強戦艦である。

 

その姉妹艦たるルフトシュピーゲルングは、ムスペルヘイム級2番艦を計画変更して作られた艦で、本来これに搭載すべく製造されていた重力砲を、生産の間に合わない波動砲の代わりに搭載した、言わば影武者の様な戦艦である。

 

故にヴォルケンクラッツァー(摩天楼)の蜃気楼(ルフトシュピーゲルング)というネーミングを為された。結局竣工こそしたが実戦には間に合わなかったが。

 

提督「公式記録ではこの2隻は連合国軍によって自沈させられた、という事になっている。だが、事実ではないらしい。」

 

大淀「それで、真実の程は?」

 

提督「うん。フリーデベルグ海軍大将の降伏文書調印に反発したキール軍港の主力艦隊では、摩天楼と蜃気楼の2隻が蜂起を起こした。」

 

騒動は一時激化し、港内は一戦も辞さぬと言う緊張状態になった。しかし後が続かなかった。

 

蜂起に参加したのは以下の艦艇である。

 

 

・駆逐艦

Z17型:Z20 カール・ガルスター

Z31型:Z38・Z39

・水雷艇

T13型:T19

T22型:T23・T35

 

その他掃海艇10隻

 

 

提督「港には他に重巡プリンツ・オイゲンや、ドック内で擱座した艦艇なんかもいた。でも蜂起軍の戦力は泣いても笑ってもこれだけ。翻意を促そうとして失敗した蜂起側はヤケを起こし、波動砲で残存艦艇を葬ろうとした。ところが、エネルギーをチャージしようとしたところ突如機関が暴走、周囲は虹色の光球に包まれ、同時に電測装置類が全て麻痺してしまった。」

 

大淀「それって・・・!」

 

提督「そう、今回報告されている多数の事象と同じなんだ。そしてその光球が消えた時、ヴォルケンクラッツァーを初めとする反乱部隊は忽然と消え失せていた。」

 

明石「消えた・・・!?」

 

提督「うん。影も形も、塵も残さずに。」

 

大淀「そんな・・・どうやって・・・?」

 

驚く大淀に直人は説明する。

 

提督「次元転移、とかそんな類じゃないかね。実際超兵器が活動していた時期には、その起動に巻き込まれて別の次元から来訪があるなんて珍しい話じゃなかったらしい。一概にそれらは“転移現象”なんて呼ばれてたしな。」

 

提督「だが、だ。」

 

大淀「まだ、なにか?」

 

大淀は直人が差し挟んだ言葉に疑問を投げた。

 

提督「“霧が発生する”、というのが引っかかる。キール軍港の一件では不可解な霧は目撃されていないんだ。」

 

“霧が発生する”というのは、報告書の一部にそう記載されている事柄である。それに依れば『虹色の光球と共に霧が発生、視界零状態になり、暫くして霧は晴れたが光も消え、辺りは何事も無かったかのようであった』としているものが散見されるのだ。

 

そしてそれについて明石が一つ見解を示した。

 

明石「・・・それが転移現象だとして、転移してきたものが、身を隠す為に霧を発した、とは考えられませんか?」

 

その言葉に直人は意外そうな顔をしつつも否定的見解を示した。

 

提督「君は意外と文学的想像力に富んでいるらしい。でもそんなものがどうやって転移してくるのか、というのが疑問だ。可能性が無い訳じゃないが、低いとみていい。」

 

明石「そうですか・・・。」

 

その説明は些か誇大妄想のそしりも受けかねないものであるが、実際に記録にも残っている事実である以上、なんとも言い難い。

 

明石「信じられません・・・。」

 

提督「俺だってそうさ、そんな事本当にあるのかねぇ・・・。」

 

説明してる本人も半信半疑である。

 

提督「だが実際写真付きで送られてきた報告も多いし何より・・・」

 

青葉「私も偶然撮影に成功しましたから!」フンスッ

 

そう、流石ブン屋青葉、リンガ泊地司令部への取材の為航行中に偶然遠距離から撮影したのだ。そしてその青葉は直人と大淀、明石の話し合いに最初から同席している。

 

青葉「この現象は確かにドイツ海軍降伏の際、数多の目撃情報があったにもかかわらず揉み消されています。」

 

大淀「揉み消されている・・・?」

 

青葉「はい。ドイツの2隻の究極超兵器は、連合軍が自沈処分にしたと。実際それを証明する為に撮影した偽の映像もあります。」

 

明石「終戦処理の陰にそんな裏が・・・。」

 

その様な事をする理由は明白だった。理由の付けようも無く突如消えてしまった自沈処分を予定した超兵器。そのようなものが存在しては戦勝国の威信を損なう恐れもあるからだ。

 

21世紀の初めごろ、ヴォルケンクラッツァー沈没地点とされた大西洋海嶺付近を調査した日米英露の4か国合同調査団が、それらしいものを発見できなかったとし、米国政府に上申を出した。

 

ところが米国政府は「地殻変動によって破壊され、残骸単位になって海底を移動しているので、その地点にはなかった」という見解を示した。事実その見解に基づき、海底の移動の向きや距離を算定し調査したところ、船の残骸らしいものはあった。

 

しかし年代が合致せず、また合致しても超兵器に用いられていたとされるような構造材ではなかった為、再度米国政府に対して上申をしたが、これは握りつぶされてしまった。

 

当然ネット上も騒然となったが、当時の民間用ネットワークは発展途上にあった為、所詮はネット上の空騒ぎとして処理されてしまっていたのだ。

 

提督「だがこのような事態が起こった以上、転移現象の可能性も視野に入れよう。」

 

青葉「そうですね。私もその方向で調べてみます。」

 

提督「何にせよ、現象の詳細な情報が、欲しい所だな・・・。」

 

大淀「ですね・・・。」

 

直人と3人の艦娘達は、目の前の机に積まれた情報の束を前に、ただただ唸り声を上げるばかりだった。

 

 

 

直人達司令部幕僚が頭を悩ませている頃、相当に呑気に過ごしている奴もいた。

 

 

甘味処『間宮』、司令部内唯一の売店であり、甘味処がメインだが僅かばかりの雑貨や駄菓子の売り場にもなっている場所だ。

 

12月22日の正午前、この日もそこを訪れている艦娘の姿があった。

 

 

 

白露「間宮さんの最中美味しい~。」

 

今最中(もなか)を「さいちゅう」って読みそうになった人、注意ね。

 

島風「でもソフトクリームも美味しいよ?」

 

白露「だね。前に食べたことあるけど美味しかった!」

 

島風「はぁ~、これでまた頑張れる。」

 

白露「今から哨戒任務だもんねー・・・。」

 

この時甘味処間宮にいたのは、哨戒14班の旗艦白露と島風である。出動前に一息入れていた様だ。

 

島風「・・・平和だねぇー。」

 

白露「平和が一番だよねー。」

 

島風「ねー。」

 

のんびりできるこのひと時に感謝する二人である。

 

村雨「あらあら。こんなところで平和祈願?」

 

そこへやって来たのは哨戒14班の僚艦、村雨である。基本哨戒班は1つの班に3隻で編成するのが原則である。無論この頃はまだ欠員のある哨戒班も多く、また各駆逐隊混成の変則編成の哨戒班もあったのだが。

 

島風「だって、平和じゃなきゃ色んな事で速さを競えないじゃん。」

 

村雨「フフッ、島風ちゃんらしいわね。でも、確かにそうだわ。平和じゃなきゃ、何かと楽しめないもの。」

 

白露「そうね、村雨の言う通りだわ。」

 

村雨「はいはい、アイス溶けるわよ? そして食べたらお仕事に行かないと!」

 

白露「あっ、いっけない――!」

 

島風「うえあっ!? ちょっと溶けてる!?」

 

いくら12月下旬と言っても、仮に本国だったとしても常温でアイス放置すりゃ溶ける、当然である。(※アイスは普通5℃前後で保管する)

 

ついでに言うと、サイパンでは季節の変わり目が明瞭ではなく、冬になっても温かいのである。と言っても団扇がいるかいらないかは大きいが、年間日平均気温が25度という高さであるから、アイス位余裕で溶けてしまうのだ。

 

村雨「やれやれ・・・。」

 

呆れた様微笑ましいと言う様な村雨の視線の先では、溶け始めのアイスを慌てて食べる白露と島風の姿があった。

 

こんな事をやってられるのも、また平和と言うものである。その上空で、双発戦闘機が1機、飛行機雲をたなびかせて飛んでいた。直人がこの様を見れば、平和な事だと憧憬の念に駆られるに違いなかった。

 

 

 

2052年12月22日(日)13時18分

 

この日直人は、横鎮長官へ報告書(レポートの類だが)の提出を要請されて横須賀鎮守府本庁舎にいた。

 

 

~横鎮司令長官室~

 

提督「いくらうちが情報網持ってると言いましてもレポート提出まで求めますか普通?」

 

土方「その交換条件で情報提供を受けたのは、貴官だぞ?」ニッ

 

提督「その言い方はずるいですよ・・・。」ガックリ

 

余りの言い様に肩を落とす直人。

 

土方「ハッハッハ、冗談だ。実際のところ、調査に猫の手も借りたいのでな。」

 

提督「あたしゃ、猫ですかい・・・ハハハ・・・。」

 

正直そこまで可愛げのあるようには思えないのだった。

 

直人が昨日情報の精査と検討をしていたのにはきちんとした理由がある。でなければ個人的考察に留めているところだ。

 

ところが前述の通り、横鎮から情報を取り寄せる際に『レポート書いて寄越せ(意訳)』という条件を付けられてしまい、しぶしぶ承諾したのだ。

 

土方「フッ。まぁ形式上はそう言う事になるしな。にしても、やはりこういう結論になってしまうか。」

 

提督「はい。なにぶん状況証言が不足していますし、情報も錯綜していますから。」

 

直人が提出したレポートの結論は、「結論を導くにはいまだ時期尚早なれど、現状の情報を統括するところ、転移現象の一種であるとみられる。なおこの件については今後綿密かつ慎重な調査を要するであろう。」と言うものだった。

 

結局のところ彼も結論は出せなかったが、最も可能性が高い物として転移現象を挙げたのだった。

 

土方「そうだな・・・。確認され始めたのもつい1週間半ほど前からだ、そんな短期の情報を集約して2日で結論を出せと言うのも無理だろうな。」

 

提督「はい・・・すみません。」

 

土方「なに、お前に出来なければ誰にも出来んさ。」

 

提督「買い被りですよそいつは。」

 

ちょくちょく買い被られる節のある直人であったが、その実本気で謙遜しているのだった。

 

提督「何にせよ、やる事はやりましたよ。ですのでこれにて。1ヵ所寄っていくところもありますし。」ビシッ

 

綺麗な海軍式敬礼をして、立ち去ろうとする直人に土方が放った言葉は、彼の肝を冷やす一言だった。

 

土方「―――三笠に行くのかね。」

 

提督「え、えぇ、そうですが―――。」

 

土方「成程な・・・大方、三笠の“船幽霊”にでも会いに行くつもりなんだろう?」

 

提督「――――ッ!?」

 

直人には、土方海将の言う“船幽霊”に心当たりがあった。なぜならそれに、何度か“会っている”からだ。

 

提督「―――何のことか、小官には分かりかねますね。」

 

と、直人はしらを切ろうと試みる。

 

土方「フッ、その船幽霊とやらはな、“帝国海軍大将の軍服に似た服装で”、“元帥刀を提げた”、“妙齢の女性”だそうだ。」

 

提督「―――っ。」

 

土方の挙げた“船幽霊”の身体的特徴は、直人の知るその人物に全て通じるもの、図星と言ってもいい。

 

土方「・・・図星らしいな。」

 

提督「は、はい―――。」

 

この人に嘘は付けないな。と改めて感じる直人である。

 

土方「最近街中で噂になっているのだ。戦艦三笠を観覧に訪れた観光客が、その観覧中にその幽霊を見たと、何人も証言しておるのだ。」

 

提督「はぁ・・・。」(成程、幽霊騒ぎか、それなら納得だな。)

 

土方「どうだ。一つ、正体を明かしてはくれんか?」

 

提督「それは―――」

 

直人は言うべきか言うまいか一瞬迷った、しかしすぐ、こう言った。

 

提督「―――それは、出来ません。」

 

その言葉に、迷いはなかった。ただ、土方海将を相手にしているのだから、話した方が良いのではという心理が、一瞬働きかけただけの事である。

 

土方「・・・そうか、そうだろうな。」

 

提督「えっ―――?」

 

分かっていたような返事を、土方海将は直人に背を向けながら言った。

 

土方「その船幽霊と話したものはおらん。いるとすればそれは紀伊君、君だけだ。」

 

提督「・・・そうでしょうね。」

 

土方「手配はすぐ済ませるから、行ってくるといい。レディを待たせては、男の名折れだぞ?」

 

土方海将がそう言うと直人は、その背中に深々と一礼し、軍帽を被って長官室を後にしたのだった。

 

 

 

12月22日(日)15時02分 戦艦三笠・艦首甲板

 

 

提督「海は凪ぎ、街は平穏そのもの、か。」

 

一人呟く直人は三笠1番主砲の右舷側にもたれかかって立っていた。極力目撃されないよう位置取りも巧妙だった。

 

提督「サイパンと比べると、寒いな・・・。」

 

そりゃなんたってもうすぐクリスマスという時期である。無論横鎮近衛にそれを祝うだけの余力も無いのだったが。

 

三笠「船幽霊とは、随分な言われ様だと思わない?」

 

直人がもたれている砲塔から出てきた三笠である。

 

提督「―――フッ、それもそうだ。君が“艦娘”と知れてもまずいだろうしな。」

 

三笠「保護される気はないから、どうにもならないわねぇ・・・。」

 

実際の所を言えば、保護という名の保護観察処分なのだが。互いにそれを知ってるが為に、三笠の素性を隠しているのだ。

 

三笠「それにしても、こんな重大な時期に、基地を離れていいの?」

 

提督「・・・重大、とは?」

 

三笠「各地で起きている現象、あれは全部紛れも無い転移現象よ。太平洋各地に、“特定の次元”から来訪者が訪れているわ。」

 

現象の事については直人の提出したレポートの内容でもあっただけに彼も良く知るところだったが、しかしそれについてなぜ三笠が知っているのか、直人はその点が少し引っかかった。

 

提督「・・・特定の次元? 来訪者の正体は―――?」

 

三笠「気を付ける事ね。“彼女ら”は深海棲艦と組もうとしているわ。その力は深海よりも強い。」

 

三笠は間接的にしか、その疑問に答えなかった

 

提督「な、何故そうと分かる?」

 

そう問うた時、三笠の姿は無かった。

 

三笠「“忘れないで。私は『原初を知る者』、戦艦三笠なのだから。例え時代がどう移ろおうとも―――。”」

 

姿を消した三笠の声が、しかしはっきりと聞こえた。

 

提督「・・・原初を、知る者・・・。」

 

彼は、三笠の名乗る“原初”とは何か、考えざるを得なかった。

 

 

 

同日17時26分 厚木→サイパン 連山改(笹辺機)機内

 

 

提督「転移現象、か・・・。」

 

笹辺「そのなんたら言う現象が原因だと、はっきりとではないとはいえ分かったんでしょう? 紀伊元帥。」

 

帰りの機内は必然その話題になった。

 

提督「それは勿論そうだ。だが一つ気になる点がある。」

 

笹部「と、いいますと?」

 

提督「“何か”がこちら側に来ているとして、それが何なのか、だ。」

 

笹辺「成程・・・しかし、それらのお客人が必ずしも敵対するとは限らんのでしょう?」

 

提督「まぁ、それもそうなんだが・・・。」

 

そう言って軍帽を被りなおす直人。

 

笹辺「ま、もうすぐ今年も終わり、サイパンに戻って、年越しの用意をしないと。」

 

提督「そんな余裕ないの分かって言ってるのか貴官は。」

 

笹辺「言われてみればそうでした。」

 

提督&笹辺「はぁ~・・・。」

 

クリスマスパーティーも出来ない現状に、揃って肩を落とす二人であった。

 

と言っても、準備に半年貰うと言ったのは直人の方であり、その時期が年末年始と重なったのは言わば自業自得と言うものであった。

 

 

 

だが、厚木ーサイパン航路の航空機の往来を、何度も続ければ兵を伏せられるのは自明の理であり・・・

 

 

 

18時27分 サイパン北方1040km洋上

 

 

提督「で・・・」

 

 

フオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

ドダダダダダダダダダダ・・・

 

 

提督「どうしてこうなる!!」

 

笹辺「知りませんよそんな事!!」

 

連山改両翼4基の誉エンジンがフルストロークの唸りを上げ、各銃座に配された20mm機関砲や13mm機銃が、迫り来る深海戦闘機に対し弾丸を放つ。

 

既に10機ばかり落としているが追撃が止む気配はない。連山改も上下左右に機体を振り回し、決死の回避行動を試みる。

 

通信士「御巣鷹山へ、こちら旭光! 我敵戦闘機の追撃を受け南方へ逃走中、至急来援を乞う! 御巣鷹山へ、こちら・・・」

 

"御巣鷹山"は横鎮近衛司令部のコードネーム、"旭光"は連山改笹辺機の近衛での愛称である。

 

連山改の通信士は、敵の追撃を受け始めてからずっとこの通信を立て続けに送っている。

 

提督「援軍は・・・まだか―――!?」

 

 

 

横鎮近衛艦隊司令部側では、送信当初から電波は傍受している。無論手をこまねいている訳ではないし、ぐずついているつもりも微塵も無かった。

 

 

~サイパン飛行場~

 

飛龍「お願いよ、皆。提督を無事に、ここに辿り着かせて・・・!」

 

多聞「信じる他、無かろうな・・・。」

 

 

~司令部沖~

 

赤城「発艦はさせましたけど、着艦はどうしましょう?」

 

加賀「飛行場に降ろさせて、後で迎えに行きましょう。」

 

蒼龍「帰る事には真っ暗だもんねぇ~。」

 

祥鳳「後先考えてから出しましょうよ・・・。」

 

後先考えない一航戦旗艦殿である。

 

基地からは新旧零戦隊計95機、母艦航空隊も4隻の母艦から合計83機の戦闘機を、大淀の指示で選抜して送り出していた。

 

戦闘機隊が発進して既に22分が経過し、今だ笹辺機との接触情報は無かった。

 

 

 

18時37分 サイパン北方963km洋上

 

 

提督「そろそろもうヤバいんじゃないのか!?」

 

笹辺「機体もそろそろ穴だらけですよえぇ!! ラダーやエレベーター、エンジンは無事みたいですが!」

 

分かりやすく言えば操縦系統はあらかた無事、と言ったって高度は4000mを切っている。

 

彼らは徐々に緩降下をかける事で速度を確保していたが、そろそろ高度的に限界が来ていた。余り低く飛ぶと敵艦の対空砲に晒されかねないからだ。

 

つまりここからは降下による加速が出来ない。半ば戦闘機を振り切るのは絶望的となったと言っていい。いくらなんでも水平飛行での最高速448kmが出ればいい方の4発重爆に100km以上速度差のある戦闘機を振り切れと言う方が無理な話。

 

提督「機銃の弾薬はどうだ?」

 

笹辺「・・・全銃座の内、3割方は撃ち尽した、と、残弾は多くても後3割弱。」

 

提督「マジか。」

 

防御機銃の弾が尽きれば抵抗手段は失われる。いくら爆装していないフェリー飛行といっても、機体操作だけの回避には限界がある。

 

笹辺「大丈夫です、必ず送り届けますから。」

 

その時である。機体下部20mm連装機関砲座からの警報が飛ばされたのは。

 

下部銃座「“機長! 洋上に不審な艦影発見! 旧海軍の巡洋艦に酷似!”」

 

笹辺「なに!?」

 

提督「どこだ!」

 

下部銃座「“距離5500、10時方向!”」

 

それを聞いた直人の反応は素早かった。即刻操縦席左側の風防ガラスから小型の双眼鏡で洋上を見渡す。

 

提督「んー・・・本当だ、いるな。」

 

笹辺「どうします?」

 

提督「待て・・・三脚マストに3本煙突、主砲は・・・艦首2基、艦橋脇片舷1基、あとは後部甲板に中心軸線上3基、短船首楼型艦首にスプーンカッターバウ――日本の5500トン級か・・・?」

 

笹辺「5500トン級軽巡ですって!?」

 

提督「間違いはないが――今どき船幽霊でもあるまいし・・・。」

 

5500トン級軽巡とは、艦これにも実装されている球磨型/長良型/川内型の計14隻の軽巡の事である。水雷戦隊旗艦として作られ速力は36ノット、14cm砲を片舷6基指向、7門の14cm砲を装備する。雷装も片舷4門の533mm連装魚雷発射管を合計4基8門装備していた。

 

また強力な司令部施設を持っており、旗艦として用いるに十分な艦艇だった。太平洋戦争時は些か旧式化していたが。

 

笹辺「どうします元帥。」

 

提督「・・・見つかってると見ていいだろうが、出来るだけ遠くへ迂回する様に飛んで置け。この際不審がられてもやむを得ん。」

 

笹辺「はい。」

 

直人はこの時気にも留めなかったが、その軽巡の船体表面には、不思議な光るライン状の文様が刻まれていた。それが、その船が何者であるかを示しているとも知らぬまま、直人は進路変更を指示した。

 

提督「燃料持つだろうな?」

 

笹辺「大丈夫、とは言い難いですな。僅かずつですが燃料漏れが・・・。」

 

提督「―――ヤバイ。」

 

笹辺「ヤバイですね。」

 

提督「言ってる場合か!!」

 

笹辺「分かってます私だって焦ってます!!」

 

表面は落ち着いていても焦る時は焦るものである。

 

提督「増援は・・・」

 

笹辺「まだ、ですね・・・。」

 

提督「・・・そういえばさっきから敵機の数減ってないか?」

 

周囲を見渡した直人は、不自然に敵の数が減った事に気付いた。

 

笹辺「30分以上戦闘機動と機銃射撃の連続でしたし、燃料不足か弾薬切れを起こして引き上げた、と見るべきでしょうか。」

 

提督「そうか、有難いものだな。」

 

そう言っている間にも、深海戦闘機は次々と機首を翻していく。

 

笹辺「それにしても、あの軽巡、何者でしょう・・・?」

 

提督「そういえば、そうだな・・・ん?」

 

直人は再び双眼鏡で先程見つけた軽巡を見やり、気付いた。

 

提督「・・・おい、あの巡洋艦、こちらに砲を向けているぞ。」

 

笹辺「じょ、冗談止して下さいよ。」

 

提督「いや、マジ。」

 

笹辺「なんですって!?」

 

その重大性に気付く笹辺大佐。

 

提督「だが5500トン級の主砲である3年式14cm砲は、対空戦闘が出来なかったはずだが・・・。」

 

笹辺「そ、そう言われれば・・・。」

 

提督「んん? 良く見えないな・・・霧でもかかっているのか・・・?」

 

洋上には霧か何かが出ているようで、相手の位置は徐々に相手の発する光でしか捕捉できなくなっていた。

 

笹辺「では今の内に離脱をしておきましょう。」

 

提督「あぁ、―――ッ!!」

 

直人が唐突に言葉を切った。

 

笹辺「ん? どうかされましたか?」

 

提督「笹辺! 回避運動!!」

 

笹辺「へ!?」

 

提督「急ぐんだ!!」

 

切羽詰まった様子で言う直人。

 

笹辺「は、はい!」

 

提督「恐らくあいつは―――」

 

直人が次の句を述べようとした正にその時、右旋回を始めていた機体左翼を、2本の光線が掠めた。

 

笹辺「・・・な、なんですか今のは!?」

 

提督「連装砲!? 5500トン級――そうか、あれは最終時の五十鈴と同じ状態だ、連装高角砲だが・・・エネルギー弾?」

 

二人は驚くしかなかった。長良型軽巡五十鈴と思われたそれが放ったのは、3年式14cm砲でも、89式12.7cm連装高角砲でも放てる訳がない光線弾だったのだ。

 

提督「分からないが、まずい事は確かだ。被害状況を!」

 

笹辺「1番エンジン破損、最大馬力は出せません。左ラダー牽引ワイヤーもやられたようです。」

 

その報告を聞かされた直人は危機感を募らせた。

 

提督「まずいな。」

 

正確には光線を放ったのは単装レーザー高角砲3基の内の2基であり、連装砲としては若干弾着点も異なったのだが、その事を知る由もないし、知るのはもう少し先の事になる。どっち道長良型にはある筈のない武装だった。

 

提督「まだ飛べるな?」

 

笹辺「大丈夫です。機体制御はまだ可能です。」

 

提督「では全速力で離脱しよう。ここは一刻も離れた方がよさそうだ。」

 

笹辺「了解。」

 

直人と笹辺大佐の乗る連山改は、足早にその場を去っていった。その間謎の巡洋艦は、不気味な沈黙を保ってそれを見送っていた。

 

19時26分、傷付いた連山改はサイパン島北793kmの洋上で、全速飛行してきた零戦隊1個中隊と無事に会合、護衛を受け帰路についた。

 

 

 

翌日彼は戦闘詳報から、艦影は長良型だが、長良型ではないと言う結論に至った。だが、一つ直人には気にかかる部分があった。

 

 

12月23日午前10時28分 食堂棟2F・大会議室

 

 

提督「あれは恐らく長良型の艦ではない。その証拠に、太平洋戦争中に長良型、ひいてはそれに酷似する艦影を持つ球磨型や川内型は、遅くとも1944年までには全艦が沈没している。」

 

大淀「はい、それが何か?」

 

提督「今この星の海洋上に、“深海棲艦が闊歩する海面を”、“単独で”航行できるような、頑強で、強力な戦闘艦は、存在しない。戦艦でもなければな。」

 

明石「あっ・・・!」

 

金剛「そうか・・・!」

 

赤城「成程・・・。」

 

飛龍「そう言われてみれば・・・。」

 

青葉「そうですね・・・。」

 

初春「・・・ふむ。」

 

直人と大淀以外に呼ばれていた6人の会議出席者は直人の言に納得した。実際、イージス艦は深海棲艦を相手に多少頑健だったものの無力だったではないか。

 

まして、“かつて沈んだ”軍艦が、今更浮いている筈はないのだ。

 

初春「では、おぬしはそれをなんだと思うのじゃ?」

 

この初春の問いに対する直人の答えは、たった一言、

 

提督「――分からん。」

 

であった。

 

初春「ふむ?」

 

青葉「分からないって―――」

 

提督「あの艦は我々の常識を外れた、未知の兵器を持っている。それに見た所、艦上には一切、“人の気配が無かった”。」

 

7人「ッ!!」

 

直人は言った。その長良級軽巡艦上には、人の姿などなかった、気配も。しかし起動に人の手を要する兵器が、ひとりでに稼働していた。

 

しかもその艦艇は、人類が開発途上と言われる類の未知の兵器を艦載し、彼の搭乗した連山改を攻撃した。

 

これが、正体不明とする何よりの証拠だった。

 

大淀「・・・もしかして・・・。」

 

金剛「ナルホド・・・。」

 

赤城「そう言う事ですね。」

 

青葉「提督。その船と転移現象、関係があるかも知れません。」

 

洞察力が高い4人が気付いた。

 

提督「やはりその結論に至ったか。私も同感だ。だが、あの船は未だ、この周辺海域に潜んでいると思われる。」

 

明石「ではどうします?」

 

明石の問いかけに、直人は応えた。その答えは、万全を期すものだった。

 

提督「・・・警戒レベルを、現行のレベル2[平時警戒態勢]から、レベル4-フェーズ2[第2種戦時警戒態勢]へ引き上げてくれ。それと全艦に対し準臨戦態勢を発令、サイパン各所の監視塔にも同様の指示を。各沿岸砲は第1級臨戦態勢を発令だ、航空部隊はいつでも出られるように。」

 

金剛・飛龍「了解!」

 

そして直人は立て続けに指示を飛ばす。

 

提督「赤城!」

 

赤城「はい!」

 

提督「全空母の母艦航空隊を実働態勢に、予定より少し早いが頼む。」

 

赤城「分かりました。」

 

赤城は実働可能な空母の全ての航空隊を含んだ空母部隊の長である。赤城にもやる事はあるのだ。

 

提督「大淀!」

 

大淀「はい!」

 

提督「横鎮及び大本営に電報を。『我未知の敵対勢力と遭遇、警戒態勢に入る』と。」

 

大淀「分かりました。」

 

この通報の理由は後述する。

 

提督「青葉!」

 

青葉「謎の艦に関する情報収集ですね? 了解です!」

 

流石青葉である。

 

提督「話が早くて助かる。初春!」

 

初春「なんじゃ?」

 

提督「訓練中の全艦に、金剛に代わってこの事を伝達、神通に訓練の一時中止を伝達。」

 

初春「了解じゃ。」

 

最早訓練どころではない事は明白である以上、中止の命令は半ば当然と言えた。

 

提督「明石!」

 

明石「全艤装最終調整、メンテも万全、提督含め全艦いつでも。」

 

提督「宜しい。では以上の事を関係各所及び全艦に布告。かかれ!!」

 

7人「了解!!」

 

直人の号令一下、7人はそれぞれの持ち場へと散っていく。

 

金剛「それで、私は何をすればいいデスカー?」

 

提督「うん。金剛には俺と共に哨戒行動に来てもらう。」

 

金剛「哨戒、ですか。」

 

その返問に対して、直人は言った。

 

提督「そうだ、敵艦の位置を、調べておきたいのでな。」

 

金剛「分かりマシタ! 腕の立つ艦娘、いくらか連れてきますネ!」

 

提督「ははは、こりゃうっかりしていた。そうだな・・・その方が良かろう。1戦交える事が無いとは言えん。」

 

直人は自分の失念に失笑しつつ、適切な判断を下した。

 

提督「あぁ青葉!」

 

青葉「はい!」

 

部屋を出ようとして資料を纏めていた青葉に直人が声をかけた。

 

提督「おとといはありがとう、レポートに貴重な情報になった。」

 

青葉「本当なら現ナマでギャラ貰う所ですよ? 司令官にだけ、ですからね?」

 

提督「フフッ、あぁ。感謝しているとも。」

 

青葉は22日、つまりこの前日提出したレポートを作成中に偶々司令部に寄港、遠距離からではあるが各地で頻発する現象を詳細に捉え、その写真を持ち寄ったのだ。

 

青葉「ということで、いつもの!」

 

提督「はぁ~・・・言うと思った。ほれ。」

 

そう言って直人は懐から、甘味処『間宮』のVIP券を差し出した。言い換えればこれが直人に対する青葉のVIP対応と言えなくはない。

 

青葉「毎度あり~♪」

 

青葉はそれを自身の懐に収めると、纏めた資料を持って会議室を後にしたのであった。

 

提督「全く、どうしたもんか。」

 

大淀「ですがまぁ、青葉さんの情報はいつも正確ですから。」

 

提督「曰く『正確な情報を届ける事こそ、私のポリシーなんです!』だそうだ。」

 

と直人は青葉の口調をひとしきり真似て見せた後で肩を竦めた。

 

大淀「成程・・・。」

 

大淀はその様子を見て微笑みながら納得したのだった。

 

 

 

その30分後、金剛が選抜した3隻の艦娘を従えて、直人の艤装紀伊と金剛は、マリアナ北方方面の哨戒に出た。

 

 

11時21分 サイパン北岸沖180km

 

 

夕立「ふんふふんふ~ん♪」

 

何があったか妙にご機嫌な夕立である。

 

時雨「ご機嫌だね、夕立・・・。」

 

夕立「だって提督さんと“散歩”するのこれが初めてっぽいよ?」

 

夕立の言う散歩とは、サイパン周辺海域の哨戒行動の事である。

 

時雨「あー・・・ま、そうだけど。」

 

その言い様に何となく納得する時雨ではあったが。

 

大井「まぁ、薄気味悪いのがいてもゆっくり寝られないし、仕方ないから付き合ってあげるけどね。」

 

提督「仕方ないからってどういう事よ・・・。」

 

と呆れたように言う直人に大井はこう言った。

 

大井「命令無くして私達は動けないという事よ。」

 

提督「どう解釈すりゃそうなる。」

 

こじつけもいいところな大井であった。

 

金剛「アハハハ・・・。」

 

随分とまぁ賑やかだ事。腕が経つ艦娘、という条件で金剛の中で理に適う3人がよりによってこの3人であった。

 

提督「というか散歩ってなぁ夕立、哨戒行動は遊びじゃないぞ?」

 

夕立「それはそうっぽい。でも少し退屈っぽい!」

 

分かっててなお散歩言いやがるかこやつめ。と直人は心中で夕立の逞しさ(?)に舌を巻いた。

 

提督「退屈なのはしょうがないにしてももう少し緊張感をだな・・・。」

 

金剛「まぁ、サイパンも平和ですし、緊張感が無くなっちゃうのは一種仕方ないと思いマース。」

 

提督「やれやれ、準備期間が裏目に出た、か。」

 

準備期間と称して平穏に過ごしてきたツケを意外な形で払わされる羽目になりそうだ、と思い直人は肩を竦めた。

 

提督「まぁいいさ。さてと、時雨、先行して索敵を。」

 

時雨「あ、了解!」

 

時雨がまず直人の指示を受けて速力を上げて前進していく。

 

提督「俺が前を見る、夕立は後方に位置して後ろを見張ってくれ。大井は左を、金剛は右だ。」

 

3人「了解!」

 

直人の指示で艦娘達は陣形を組む。上から見ると4人が丁度T字を描く陣形を取っている、名付けるならば梯形陣と言ったところであろう。

 

単横陣をアレンジしたもので、横陣の後ろに1隻を後方警戒として付ける事で、前方と左右の索敵に集中しやすくする目的がある。ただデメリットとして、陣形形状の関係上、回頭する際に陣形を崩しやすい欠点を併せ持つ。

 

また火力の集中が難しい事も欠点の一つとして挙げられるだろう。最も高い火力を出せる左右舷には味方がいるのだから。かといって前方に艦隊の最大火力を発揮する事も、この陣形では難しい。

 

提督「どんな小さなことでも報告しろ。ついでに海鳥を確認できるといいかね、生態系が元に戻って来てるのかどうかという指針になる。」

 

金剛「海鳥、デスカー・・・了解!」

 

サイパン島にはこの時期ある程度植物が自生してきていたと、後年この艦隊に属したある艦娘は言う。しかしながら生物の気配は少ない、それ故の配慮であった。

 

時雨「“提督! 何か見つけたよ、軽巡みたいだ!”」

 

提督「でかした!! 急行するからそのまま接触を―――」

 

その瞬間、時雨から張り詰めた声で通信を送ってきた。

 

時雨「“提督! その軽巡が発砲!”」

 

その通信からは、戦闘音と思われるノイズが入ってきた。

 

提督「やはりそうなるのか、急ぎ後退! 合流せよ!!」

 

時雨「“り、了解!”」

 

時雨も相当慌てているらしく、動揺が声の節々から窺い知れた。

 

提督「陣形再編、単縦陣! 我に続け!」

 

3人「はい!!」

 

直人も麾下戦力をまとめて現場へと急行した。

 

 

 

11時41分 サイパン北方沖115km

 

 

全速で急行した直人は、サイパンの北115kmの地点で時雨と合流した。

 

提督「時雨!」

 

時雨「提督!」

 

提督「大丈夫か? ボロボロじゃないか。」

 

時雨の服は、あちこち鋭い刃物で切られたかのような状態になっていた。

 

時雨「何とか、大丈夫だよ。それより、あれは提督の言う通り、長良型とは全然違う。」

 

提督「そうか・・・。」

 

大井「敵艦視認! 11時半の方向距離2万9000!」

 

提督「っ―――!」

 

大井の通報で直人も“敵”の存在を認識した。

 

提督「では、敵の能力を、今一度精査しておこう。」

 

時雨「待って! あの船の主砲は―――――」

 

提督「安心しろ、奥の手はちゃんとあるのさ。」

 

時雨「っ・・・?」

 

時雨は“奥の手”という言葉に首を傾げたが、直人は兎にも角にも時雨の制止を振り切り、戦闘へと入った。

 

提督「金剛! 弾着観測射撃!」

 

金剛「了解デース! 観測機、レッツゴー!!」

 

金剛にはこの時、3式弾と高射装置による対空射撃装備を外させ、代わって22号電探と零式水観による遠距離砲撃戦装備を装備させていた。

 

金剛「レディー・・・ファイアァーー!!」

 

 

ズドドドォォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

提督「大井! 40射線の一斉雷撃を食わせてやれ!!」

 

大井「両舷分!?」

 

直人の思わぬ命令に思わず聞き返す大井。

 

提督「そうだ、やってくれ。」

 

大井「・・・了解!」

 

紀伊直人に二言無し、それを悟った大井は素直に従った。

 

提督「・・・さぁ、どうだ?」

 

単一の艦艇にこれだけの攻撃を見舞えば、普通はひとたまりもない。そう直人は考えていた。

 

時雨「駄目だ! そんな事をしてもあの船には・・・!!」

 

提督「なに・・・!?」

 

夕立「提督さん! あれなに!?」

 

夕立が驚いて指をさす。

 

提督「ん?」

 

指をさした方を見た直人は驚いた。軽巡洋艦から数十の噴射推進弾――――この場合ミサイルという表現が正しい――――が次々と放たれていたのだ。

 

提督「な、ミサイルだと!?」

 

金剛「えぇっ!?」

 

夕立「敵艦、船体表面に何か展開してるっぽい!」

 

提督「ぬっ!?」

 

直人が目を凝らすと、確かに赤い光の帯が艦首から後方へと流れるように走っていた。

 

大井「敵噴進弾着水! これは・・・水中を走ってる!?」

 

提督「何のつもりだ・・・?」

 

金剛「着弾まで、3、2・・・!?」

 

 

ドオオオォォォォォォォーー・・・ン

 

 

金剛の砲弾は的確に敵を捉えた“様に見えた”。だが―――

 

提督「なにっ!?」

 

その有様に直人は目を剥いた。

 

大井「提督!」

 

 

ドドドドドド・・・

 

 

提督「な、魚雷が・・・!!」

 

大井の放った魚雷が次々と敵を捉える事無く爆発する。同じ頃艦娘達も長良の放った魚雷を躱す。

 

金剛「そんナ―――戦艦級艦娘の艦砲が・・・ワタシの46cm砲が・・・!?」

 

金剛の動揺も大きかった。その砲撃もまた敵艦に直撃せず空中で爆発したように見えたのだから。

 

提督「なんだあいつは・・・!」

 

時雨「僕も砲雷撃を加えたけどダメだったんだ。あれと同じように防がれて、更に光線砲で射掛けられたんだ。」

 

提督「・・・すまん、報告を聞いていればよかった。」

 

時雨「いいんだ、もうしょうがない。」

 

後悔先に立たずとは、正にこのことだった。

 

提督「さて、どうやって退却するかだな。」

 

 

――――F武装、バイパス接続――――

 

 

金剛「でもどうするんデース!?」

 

提督「殿は俺がやろう。全艦急速後退、30ノット全速でな。」

 

 

――――サブバレット1・2、発動――――

 

 

金剛「相っ変わらず殿なんデスネ・・・。」

 

大井「私達じゃできないもの。」

 

提督「そう言う事だ、上手く凌ぐから急げよ。」

 

 

――――F武装、限定展開!――――

 

 

時雨「攻撃、来るよ!」

 

提督「させん。」ヒュッ

 

時雨の攻撃予測と前後して敵が発砲、それを見切った直人が即座に射線上に飛んだ。

 

金剛「!!」

 

大井「!!」

 

夕立「えっ!?」

 

 

ドオオォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

直人に敵弾が着弾した――――――。

 

夕立「提督さん!?」

 

金剛「私達を庇って・・・!?」

 

 

ゴオオォォォ・・・

 

 

提督「―――庇った、という言葉には語弊がある。」

 

4人「!!」

 

晴れてきた黒煙の中から直人は言う。

 

提督「お前らを、“護った”のさ。」

 

直人は、無傷だった。その正面、直人が掌をかざす先には、青白い閃光を放つ紺色の光の幕が張られていた。

 

そしてその左目は、紫の光を、オーラの様に放っていた。

 

金剛「提督、ソレ・・・」

 

提督「気にするな、いいから逃げろ。」

 

大井「金剛!」

 

直人が事もなげに言い、大井が返事を促す。

 

金剛「―――了解。」

 

金剛も決断し、一目散に来たルートを戻り始めた。

 

提督「―――フン、稼働率11%だったが、さほどでもないな。」

 

金剛達が逃げおおせてから、直人はひとりごちた。

 

そしてその言葉に反応したように、目の前の巡洋艦は猛攻を加えてきた。

 

 

ズドドドドドドドドドドド・・・

 

 

提督「全く、無駄だと言うのに。」

 

直人はそう涼しく言いながらもデータを集めていた。明石からの要請ではあったが、直人もそのデータは欲しかったのだ。

 

しかし、その攻撃終焉の刹那、直人を驚嘆させる一幕があった。

 

ズドォォォォーーーー・・・ン

 

それは、1発のミサイルがバリアに着弾した時だった。

 

 

ヒュッ・・・ザバアァァ・・・ン

 

 

提督「・・・穴をあけた、だと?」

 

見るとその着弾点には30cmほどの穴が開いていた。直人は着弾した傍から補修と修復を重ねた為、本来破られる筈がないものだったが、爆発し機能停止した弾頭後部だけとはいえ突入を許したのだ。

 

提督「補修が間に合っていない訳がない・・・だがこのバリアを蝕まれる様なこの感じ、なんだ・・・?」

 

しかしともあれ戦闘はそこで集結した。長良級と推定される敵軽巡洋艦が、これ以上は無駄だと判断したのか撤退した為であった。

 

午前12時05分、長良が退くのに合わせ、直人も自陣へと退いたのだった。

 

 

 

12月23日13時19分 造兵廠

 

 

提督「明石、戻った。」

 

明石「あ、お帰りなさい!」

 

13時19分、帰投した直人はその足で明石の元を訪ねた。

 

明石「データ、バッチリ取って来てくれましたよね?」

 

提督「当然。」

 

胸を張ってそう言う直人、これは掛け値無しの事実だった。

 

明石「ではあとで拝見しますねー。」

 

提督「うん、解析頼むよ。」

 

明石「頼まれます、ですから今日はお休みになって下さいね?」

 

提督「・・・!」

 

しかし明石は、直人が負の霊力を使った事も洞察していた。

 

明石「負の霊力を人間が使えば、その心身に多大な負担を掛けます。大方、頭痛がされているでしょう?」

 

提督「・・・全く、お見通しか。」

 

明石「当然です。」

 

流石に明石に看破されたとあっては、直人も折れた。

 

提督「・・・フッ。分かった分かった、休むよ。」

 

明石「はい、お休み下さい。」ニコリ

 

直人は明石の一言を合図に身を翻し、造兵廠を後にしたのだった。

 

 

 

ザッザッザッザッ・・・

 

 

提督(・・・防壁が蝕まれる・・・あの現象は、一体・・・?)

 

直人は造兵廠から司令部に戻る途中、ずっとその事を考え続けていた・・・。

 

 

 

12月23日15時26分 艦娘寮・摩耶の部屋

 

 

摩耶「~♪」

 

日付を見ればお察しの通り、この日の次の日は本来クリスマスイブである。

 

しかしこの日の直人帰還後、直人は大淀に向け、「パーティーはやれない、やらないのではなくやれない」と明言したことが、1時間待たず既に全艦娘に知れていた。

 

諦観と憤慨と不満の入り混じる艦娘達、その中でもその様な面に囚われない数少ない例外がいた。

 

その一人がこともあろうに摩耶であった。

 

摩耶(提督はパーティーやらねぇって言ったらしいけど、その実こっそりプレゼントを持って来てくれるに違いねぇ。きっとそうだ・・・♪)

 

 

 

で、実のところはというと・・・

 

 

~同刻・提督執務室~

 

提督「プレゼントはくれてやりたい、その思いはある。」

 

大淀「あるんですか、やはり。」

 

そう、そうしたいのは山々だった。

 

提督「でも今は経費がカッツカツでな・・・。」

 

大淀「給金から捻出すれば宜しいのでは?」

 

提督「提督の給金安いよ~? マジで。」

 

金剛「そうなんですか?」

 

思わずすらすらと聞いたのは他ならぬ金剛である。帝国海軍の提督は結構それなりな額の収入があった為意外に思ったからであった。

 

提督「俺らに給付される給料は、施設維持費と軍備の維持増強に必要と思われる分だけ、あとはホント爪に火を点すレベルしか余らない。」

 

金剛「oh・・・。」

 

思わず顔を覆う金剛である。

 

大淀「それじゃぁお給料って・・・」

 

提督「そう、ただの司令部の維持管理費支給さ。階級が上がればそこそこ良くなるけど、元帥でもお財布が寒いのは変わらないね、商売にしちゃ効率が悪いのさ。」

 

大淀「・・・でも提督、元帥ですよね?」

 

提督「うちの場合島の要塞化に必要な戦力補填の費用、一部が俺の財布から出てるんだぜ? 他の費用が艦隊運用をしない分余った経費で出されてるから着服する間もないしな。」

 

大淀「そ、そうでした・・・。」

 

そう、他ならぬ元帥が言うんだから説得力は段違いだった。

 

 

 

提督(摩耶、ごらん。君へのクリスマスプレゼント、持って来たよ。)

 

摩耶(て、提督!? まさか、アタシの為に・・・!?)

 

提督(あぁ、勿論。さぁ受け取ってくれ。)

 

・・・

 

・・

 

 

摩耶「ヘヘ、ウヘヘヘ・・・」

 

そんな直人の苦労も知らず気楽なものである。

 

 

ガチャッ

 

 

愛宕「パンパカパ~ン!」

 

摩耶「ふえっ!?///」

 

そんな妄想の最中に摩耶の部屋へとやって来たのは愛宕さん。

 

愛宕「ん? どうかしたの?」

 

摩耶「いやいや、ノックぐらいしてくれよ!」

 

愛宕「あらごめん、つい♪」

 

故意に、の間違いである(確信)

 

摩耶「ったく・・・で、何の用だよ?」

 

愛宕「間宮さんの所に行かないかな~、って思って誘いに来たのよ、どうする?」

 

摩耶「勿論行くぜ!」

 

愛宕「そう来なくっちゃ♪」

 

間宮さん、この時期でも大人気である。常夏のサイパンだけあってこの時期でもアイスは出しているのである。

 

摩耶は愛宕と一緒に、甘味処へと向かったのであった。

 

 

 

余談ではあるが、直人がパーティーをやらない、という事で、23日から24日にかけて甘味処間宮には喧騒が絶えなかったと言う。

 

これは艦娘達がそれぞれに仲間を集めて宴会になった為であり、鳳翔も食堂のカウンターで居酒屋の様なものを開いた為、司令部中が宴会騒ぎとなったことが要因となっていた。

 

このことを察知した直人も、流石に自分の所業故であった為に静止する訳に行かず、後日平時2割増しの出費に頭痛を再発したと言う。

 

 

 

12月24日早暁、それは、前触れも無く訪れた。

 

 

~提督私室~

 

提督「く~・・・」zzz

 

その時直人は、自室で睡眠をとっていた。

 

提督「・・・ん・・・。」

 

しかし直人は急激に、その深い眠りから呼び戻されようとしていた。

 

提督「ん・・・ううう・・・朝か・・・?」

 

直人は目を開き、ベッド脇にある目覚まし時計を見た。

 

提督「・・・あれ、まだ起床時間に1時間早いじゃないか・・・?」

 

時計は午前4時27分を指していた。目覚ましは午前5時半にセットしてある。

 

提督「じゃぁ、なんでこんなに明るいんだ・・・?」

 

サイパンではこの時間は普通、日の出前のぼんやりとした明かりの中にある筈だが、この日は曇り後雨という気象予報が伝えられており、その明るささえない筈であった。

 

提督「・・・!」

 

直人は司令部沖を望む自室の窓に振り向き、気付いた。

 

窓の外から、強力な光が差し込んでいたのだ。

 

提督「七色の光・・・ただ事では、無い!」バッ

 

言うが早いか直人の行動は素早かった。

 

純白の肘丈袖Tシャツと、同じく純白で膝丈の半ズボンという寝間着の上に、とにかく目についた第2種軍服を慌てて着込み、軍帽を被り、極光・希光の二振りの霊力刀を帯刀し、部屋を飛び出したのだった。

 

 

 

12月24日4時32分 司令部裏ドック

 

 

提督「ハァ! ハァ! ハァ!・・・」

 

大淀「あ、提督!」

 

息を切らして司令部裏の停泊用ドックに来ると、大淀と鳳翔、局長ら技術局の面々と、明石や金剛と言った艦隊の幹部級というべき艦娘達が既に駆けつけていた。

 

提督「あ、あぁ大淀。金剛達も来てたのか、おはよう。」

 

大淀「あ、おはようございます。」

 

金剛「グッドモーニーング!!」

 

提督「それでこの霧はなんだ? サイパンじゃ普通発生しない筈だが?」

 

サイパンは昼と夜でさして体感気温が変動する気候ではない。夜でも暑くなく寒くも無い程度の気温がある。

 

更に言えば11月から3月にかけては、サイパンを含む北マリアナ諸島は乾季である為降雨量が目に見えて減る事から、湿度が極度に上がる可能性は割合低いと見ていい。霧は言うなれば地表に雲が出来る現象の為、サイパンでは靄(もや)はあっても霧がある事は珍しいと言えるのだ。

 

大淀「何か普通でない事が起こっているのです、提督。」

 

局長「ソウダナ、イイ着眼点ダガ、私ニモ分カランノダヨ。」

 

荒潮「珍しい事もあったものねぇ。」

 

提督「・・・本当にそうだな。」

 

赤城「提督・・・この現象はもしや、報告のあった転移現象では?」

 

提督「なに!?」

 

その推測に直人は驚いた。

 

提督「しかし・・・あの現象はアリューシャン列島線と千島列島、南西方面の諸海域でしか観測されてない筈で、台湾沖で観測された事もあるがそれは例外ケースとされてた筈だぞ。」

 

多聞「だが元帥。だとすれば説明がつくのでは、無いかね?」

 

飛龍「多聞丸・・・?」

 

提督「・・・山口中将の、仰る通りではありますが・・・。」

 

<ところで何で帯刀しているの?(雷)

 

<何があるか分からんだろうが。

 

<ふふふ、司令官ったら、心配性ねぇ~。(如月)

 

<万が一という事もあろう。

 

<サモアロウナ。

 

<そうね。(ワール)

 

そんなやり取りが交わされている最中にも、“ソレ”は確実に、彼らの立つ埠頭に近づいていた。

 

 

 

???「・・・霧が濃いな・・・イオナ、ここがどこだか分かるか?」

 

イオナ、と呼ばれた少女はその問いかけに答えた。

 

イオナ「海底地形のデータから、マリアナ諸島・サイパン島東方10km地点と推定。でもデータと少し、海底の地形が違うみたい・・・。」

 

???「サイパン沖だって―――!? 俺達は熊本沖にいたはずなのに・・・。」

 

イオナの答えに、黒いスーツを着た青年は驚いた。

 

イオナ「でも、艦正面10km付近に、島と思われる小さな陸地の存在も確認している。少なくとも、どこかの島の近くにいる事は確か。」

 

???「そうか・・・他に変わった事はあるか?」

 

黒スーツの青年はイオナに聞いた。

 

イオナ「・・・なんでだろう、日付が、さっきまでと違う・・・。」

 

???「日付が違う? どういう事だ、イオナ?」

 

イオナ「さっきまでは、2056年だった。なのに今の日付は、2052年12月24日。」

 

???「“4年前!? そんな馬鹿な!?”」

 

艦橋の中から通信を入れてきたのはこの艦の火器管制担当。

 

イオナ「でも、今入ってくる通信波のデータを解析しても、日付が合致する。」

 

???「ふむ・・・他に、何か分かるか?」

 

イオナ「ん・・・前方の陸地に、人工物あり、ヒトと思われる生体反応も検知した。それと前方の陸地は、何かの火器で要塞化されているみたい。」

 

???「僧、どうする?」

 

黒スーツの青年が通信で声をかけたのはこの艦の副長、織部(おりべ) (そう)である。

 

織部「“人がいると言うのであれば、取り敢えず、今の状況を分析する為にも、接触を試みるのが妥当かと思われます。”」

 

???「・・・分かった、コンタクトを取ろう。イオナ、艦をサイパン島へ向けてくれ。」

 

一方の直人達は、大淀が居座る城であり戦場でもある無線室――――最もこの頃になるとサイパン要塞戦闘指令室に変貌していたが――――に入り、対水上レーダーを監視していた。

 

大淀「サイパン東方沖10km付近、こちらに向かう未確認反応を探知!」

 

提督「敵か?」

 

大淀「いえ、戦闘行動なら既に戦端が開かれているかと。」

 

提督「・・・それもそうだが、忍び寄るつもりであることも考えられる。」

 

直人は攻撃を行うに関しては慎重論を唱えたが、大淀がそこに一つ懸念を差し挟んだ。

 

大淀「しかし、火器管制レーダーではなく捜索用レーダーですので、火器管制は別操作になりますが・・・?」

 

つまり火器管制レーダーを別個に操作して攻撃態勢を整えるまでに多少時間を要する、という事である。

 

提督「それもそうだがとにかく様子を見る。斥候部隊を1戦隊送ろう。」

 

金剛「それがいいと思いマース!」

 

提督「うん。第2戦隊に、第6及び第21駆逐隊を付けて斥候に送ってくれ。」

 

金剛「アラ・・・? てっきりワタシ達第3戦隊かと思ってたんデスガ・・・」^^;

 

意外そうに言う金剛だが直人にはちゃんと理由があった。

 

提督「第3戦隊は司令部防衛の要でもある。もし仮に戦う事になったとして、全滅したら目も当てられんからな。今回は、後詰めで控えて貰おう。」

 

金剛「了解デース・・・。」

 

その会話の横で、「第2戦隊だったらいいのか」と喉元までせり上がってきた飛龍と大淀であった。実際に直人が考えていたのは、『第3戦隊を後詰めにすれば、何かあっても急行できる』という点だったが。

 

 

 

12月24日4時48分 司令部前水域

 

 

扶桑「第2戦隊、出撃!」

 

響「第6駆逐隊、出るよ。」

 

初春「第21駆逐隊、出撃じゃ!」

 

提督「気を付けてなー。」

 

埠頭で直人が見送る中、第2戦隊の戦艦2・航戦2と第6・第21駆逐隊メンバー3隻ずつ、計10隻の小集団が、沖合に出動した。

 

初春「霧がまだ濃いのう。」

 

響「だね、キスカ島の時を思い出すな。衝突に気を付けてよ、電。」

 

電「わ、分かってるのです///」

 

深雪との衝突前科有りの電ちゃん。心配されるのも当然と言えば当然だろうか。

 

伊勢「一体なんだろうね?」

 

山城「さぁ、なんなんでしょう?」

 

若葉「なにかいる、とだけ言われたが・・・ふあぁ~・・・。」

 

因みに大半が寝ているところを叩き起こされた面子である。

 

雷「何かがいるのは間違いないみたいね。レーダーにも映ってたって言うし。」

 

子日「なんだろうねぇ~! 楽しみだなぁ~♪」

 

9人「・・・。」

 

・・・一人だけ雰囲気にそぐわない艦娘がいるのは気にしちゃいけない。

 

 

 

12月24日4時55分 サイパン島東方5km付近

 

 

横鎮近衛艦隊の斥候部隊をイオナが捉えたのは、午前4時55分の事だった。

 

イオナ「前方から、生体反応接近。距離、1800。」

 

???「生体反応だと? 映像、出してくれ。」

 

黒スーツの青年がそう言うと、ブリッジのメインスクリーンに、艦前方の映像が出た。しかし霧で何も見えなかった。

 

???「霧が深いな。イオナ、赤外線映像を重ねてくれ。」

 

イオナ「分かった。」

 

スクリーンは赤外線映像に切り替わる。すると10人前後の人の様なものを捉えた。

 

織部「・・・水面を人が歩いている、ようには見えますが・・・。」

 

「となると、霧のメンタルモデルか?」

 

???「杏平の言いたい事も分かるが、こんなところにメンタルモデルが10人もいると思うか?」

 

そう言われると、火器管制担当の橿原(かしはら) 杏平(きょうへい)は納得した。

 

杏平「ま、流石にねぇな。」

 

イオナ「でも、この生体反応は、サイパン島から来ている。さっき同じような反応を、サイパン島から感知した。」

 

???「・・・何者だろうか。」

 

イオナ「それにさっきから、捜索用レーダーの電波をキャッチしている、前方の生体反応も武装してるみたい。」

 

???「出迎えにしては、少々きついな。探知したから、警戒部隊を送って来た、という所か。」

 

イオナ「多分・・・。」

 

???「・・・なら、接触すれば、その部隊の長に会えるかもしれない。」

 

杏平「・・・艦長、マジで言ってる?」

 

???「あぁ、勿論。」

 

そう言うと黒スーツの青年は、甲板へと出たのである。

 

 

 

1分後、斥候部隊側も洋上を微速で進む艦影を、距離1500で視認した。

 

霧の中故に黒い影だけだったが、扶桑たちの斥候部隊は、確かにその大きな艦影を捉えていた。

 

子日「すっご~い・・・。」

 

扶桑「これは・・・。」

 

伊勢「この艦影、見覚えが・・・。」

 

日向「私もだ。」

 

響「私はないな・・・。」

 

山城「私も無いです・・・でも・・・潜水艦?」

 

雷「あの青いラインは何なのかしら・・・?」

 

初春「用心に越した事は無いかの。」

 

若葉「そうだな。」

 

艦娘達の心境は、好奇心が2割、疑念が2割、警戒が5割、その他1割であった。

 

扶桑「各艦、慎重に接近して。」

 

9人「了解。」

 

旗艦である扶桑が指示を出し、若干の間隔を開け、互いを認識できるようにしつつ接近した。

 

 

 

12月24日5時01分

 

 

伊勢「お、大きい・・・。」

 

伊勢は、所属不明の潜水艦から40mの位置にまで接近していた。そして、その威容に感嘆とし、自分の推測に間違いが無かったのを確認した。

 

伊勢「伊四〇〇型潜水艦と瓜二つだね・・・。」

 

日向「“あぁ、構成素材が青い点が、伊四〇〇型との相似点だろう。”」

 

???「良い観察眼をしているな。」

 

伊勢「!」バッ

 

伊勢が声のした方を見上げると、艦首の甲板上に立つ黒スーツの青年がいた。

 

日向「“どうした?”」

 

伊勢「人がいる。」

 

日向「“何? すぐそっちに行く。”」

 

伊勢「うん―――。貴方の・・・いえ、貴官の氏名と所属を、答えて貰えるかしら?」

 

伊勢は警戒しながらそう聞いた。

 

群像「俺の名前は千早(ちはや) 群像(ぐんぞう)、蒼き鋼のリーダーで、霧の潜水艦イ-401の艦長をしている。」

 

伊勢「蒼き鋼? 霧の潜水艦・・・?」

 

伊勢にとって初めて聞く言葉だった。

 

伊勢「―――ひとまず、ここにいる理由を、聞かせて欲しい。」

 

群像「我々も、なぜ我々がここにいるのか・・・正確にはなぜここへ“飛ばされてしまった”のか、分からないんだ。」

 

伊勢「飛ばされた?」(成程、この船は、例の転移現象、という奴の被害に遭った船、か。)

 

群像「君達は、何者だ?」

 

伊勢「―――それをお話しするには、基地まで同行してもらいかつ、外部に漏らさぬ事を確約してもらう必要がある。私達の所属は極秘事項なので、御承知願いたい。」

 

それを聞いた群像は、少し間を置いて言った。

 

群像「―――分かった。我々も自分達の置かれている状況が分からないままでは、動く事もままならない、君達についていこう。出来れば君達の部隊の司令官にお会いしたいのだが。」

 

伊勢「提督に・・・? 少し待ってくれ。」

 

 

 

提督「何? 所属不明の潜水艦の入港許可と、艦長の面会要請だって?」

 

何を言っているんだと言わんばかり・・・という訳でもなかったがそれでも常軌を逸した話に直人は思わず上ずった声で聞き返していた。

 

伊勢「“あぁ、艦長は“千早群像”と名乗っている。心当たりはないか?”」

 

提督「いや、ない―――とにかく会おう。入港許可を出してやれ。」

 

伊勢「“了解!”」

 

直人は通信が切れるのを確認すると大淀に振り向く。

 

提督「どう思う?」

 

大淀「現段階では、なんとも・・・。」

 

天龍「提督!」

 

その時、後ろから天龍と龍田が、オレンジのシャツに白衣という出で立ちの女を連れて―――連行して―――やってきたのだった。



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第2部2章~迷い人来たりて~

どうもこんにちわ、作者です。

青葉「青葉です!」

お分かりの方が大半かと思いますが、劇中でもようやっとアルペイベントが開幕してます。

青葉「資源が溶けますねぇ・・・。」

実は作者の中の人は大戦艦ハルナを入手するには至っていないのですが、劇中にはきちんと登場します。ご安心ください。(?)

青葉「図鑑に載らなかったからと好き放題やる気ですね・・・。」

勿論です、自分の身の丈盛り込めないとね、面白くないですから。

青葉「否定できない私がいた。」

フフーン。では今回は艦これにまつわる軍事放談です。

青葉「提督の軍事うんちくですが、お付き合いください。m(__)m」

やかましわい。

青葉「事実ですし?」

否定はしない。

青葉「じゃぁ何で反論したんですか。」(´・ω・`)

なんとなくだ。

青葉「やっぱりですか。」

今日のテーマは、度々艦娘達が口にする「第○艦隊・第○水雷戦隊(○水戦)」についてです。


帝国海軍では大艦巨砲主義が主流であったことが知られていますが、日露戦争以降の日本軍、ことに海軍の基本戦略は、本土近海に敵を引きずり出しての艦隊決戦にありました。所謂「艦隊決戦思想」と呼ばれるものの産物です。

これを唱えたのが東郷平八郎元帥閣下だった訳ですが、この通り元々海軍は外征に適した特性は持ち合わせていませんでした。つまるところ、南方資源地帯制圧は兎も角としても、真珠湾攻撃やウェーク・グァム攻略等の外征に関しては、最初(大正初期の仮想対米戦構想で)は考慮されていなかった、というのが実相のようです。

それを逸脱したばかりに惨状を呈したことは言うまでもありませんが、それは今は関係が無いので置いておきましょう。


さて、日本海軍では、近代海軍として編成された当時から2つの常設艦隊を設けていました。それが「第1艦隊」と「第2艦隊」です。

順に説明していきましょう。


第1艦隊は、戦艦を中心に主力艦を集中し、駆逐艦などの補助艦の新鋭艦を集めた艦隊で、専ら決戦艦隊であると位置付けられていました。その任務(艦隊決戦思想下)は、日本近海で敵艦隊と決戦を行うと言うものでした。

1903年の新編成時には、第1戦隊(旗艦三笠以下戦艦6隻及び通報艦宮古)、第3戦隊(防護巡洋艦4隻)と、第1から第3までの3つの駆逐隊、二つの水雷艇隊によって編成されていました。

日本海海戦は教科書にも載ってますし、東郷平八郎直卒のこの艦隊が日本海海戦の主役となったという事は、語るまでも無いでしょう。


第2艦隊は巡洋戦艦や巡洋艦を中心に編成され、第1艦隊の前を行く前線部隊という位置づけが為されました。艦隊決戦思想の下では、艦隊決戦前の夜間強襲が任務とされており、高速性が重視された編成でした。

1903年の新編成時には、第2戦隊(装甲巡洋艦6隻及び通報艦千早)、第4戦隊(防護巡洋艦4隻)と2つの駆逐隊、2つの水雷艇隊で編成されていました。

第2・第4戦隊の諸艦は当時最新鋭の巡洋艦であり、ウラジオストックに在泊するウラジオ巡洋艦戦隊のどの艦艇よりも優速でしかも数で勝りました。上村中将が苦心惨憺、非難轟々の中でそれを壊滅させたことは割と知られていません。残念です。


青葉「上村提督は、東郷元帥の陰で苦労した提督ですよね、第2艦隊による敵捜索が思うに任せず被害だけが増え、御実家に投石されたり罵詈雑言を書き立てた貼り紙を家に貼られたりと・・・。」

そうだね、だが提督の努力の甲斐あって、蔚山沖の勝利に繋がったんだ。そうすると人々は掌を返して絶賛するんだからね、世の中そんなもんさ。

さて、艦隊決戦思想の艦隊編成でWW1の戦時編制を迎えた日本海軍は、第1艦隊と第2艦隊の下に1個水雷戦隊を設けます。

第1水雷戦隊と第2水雷戦隊です。1水戦が第1艦隊、2水戦が第2艦隊の指揮下に編入されました。


第2水雷戦隊は、前線部隊(第2艦隊)に属して共に夜襲を行う事から、最新鋭の駆逐艦と、最精鋭の人員をかき集めた精鋭部隊で『華の2水戦』と呼ばれていました。

最初は旧式小型の3等駆逐艦しか間に合わなかったものの、新型の駆逐艦が整備されると、それ以降新型艦で編成される様になりました。

この精鋭がルンガ沖や坊の岬沖で戦ったのは比較的知られています。マリアナやレイテでも、第2艦隊に付き添って参加しています。


対して第1水雷戦隊は第1艦隊に帰属し、戦艦部隊を護衛する為の水雷戦隊として編成されていました。前線で戦う部隊ではなく、最終防衛線で主力を守ると言う性質上、2水戦に比して旧式であるか、所定性能に達しなかった型落ちの駆逐艦を主として構成されました。

要するに1水戦は寄せ集め部隊であり、麾下の駆逐艦同士の性能差が大きい時期もあった為艦隊運動には苦労したようです。


参考までに、太平洋戦争開戦時の編成では、1水戦が特Ⅲ型4隻と初春型6隻、白露型2隻に対し、2水戦は陽炎型10隻、朝潮型6隻と、かなり優遇されているのがこれで分かると思います。

しかしこの二つの常設水雷戦隊と比べ、特設部隊で世代が違うレベルで旧式な駆逐艦を使う3水戦以降の部隊から見れば、1水戦であっても随分と頼もしく見えた事でしょう。


青葉「睦月型や神風型なんかを投入するんですからねぇ・・・無茶が過ぎるってものですよ。」

思わんでもないが、全てロンドン軍縮が元凶だからいかんともし難い。

青葉「ですよねぇ・・・。」( ̄∇ ̄;)

その神風型が艦これで実装される風な予告が来た時はビビりましたよ。(by作者)

青葉「我が海軍もついにそこまで切羽詰まりましたか・・・。」

ほんとだよ。


さて、いよいよアルペジオとのコラボイベント部に突入する事になります。

キャラ崩壊とかあったりしちゃったらごめんなさいね。それでは、本編スタートして行きましょう!

青葉「本編スタート!」

おいお前それ俺の(ry


~前回までのあらすじ~

 

 実働開始に向けて資源備蓄の最終段階も大詰めになった12月の中旬ごろ、各司令部から届けられる転移現象の目撃情報。直人はそれらの報告情報を横鎮から取り寄せて独自に分析し、レポートを横鎮司令部へと提出した。

 しかしその空路サイパンへと戻る途上襲撃を受け、深海戦闘機と正体不明の巡洋艦による対空砲火によって、搭乗していた連山改は機体を損傷しつつも何とかサイパン飛行場へとたどり着く。

 提督たる直人はその巡洋艦の撃滅を目的として実働態勢突入を早め、襲撃の翌日、情報収集のため再びアンノウンの巡洋艦を捜索し、これと交戦するが正体は分からず、謎は深まるばかりであった。

 そこへ12月24日、「蒼き鋼」と名乗る部隊に属すると自称する潜水艦が、突如としてサイパン近海へと転移してきたのである。

 

 

 

提督「どう思う?」

 

大淀「現段階では、なんとも・・・。」

 

判断しかねる、という様子でそう言う大淀。

 

天龍「提督!」

 

その時天龍と龍田が、揃ってやってきた。

 

提督「おう天龍、司令部周辺の警備に当たって・・・いたのではないのか?」

 

直人は途中から困惑した声になった。

 

「離しなさいよ! イオナ姉様でもない人が私に触れるなんて100年早いのよ! というかここ何処よ!!」

 

オレンジのシャツに白衣という出で立ちの、メガネをかけた女を、力ずくで連行してきたからである。

 

天龍「うるせぇなぁ少し黙ってろ!」

 

龍田「まぁまぁ天龍ちゃん落ち着いて。」

 

天龍「お、おう?」

 

こういう事を言った時、龍田が何か言わんとする時だ、と天龍は知っていた。多少訝しみながらだったが、天龍は龍田の二の句を待った。

 

龍田「あなた、すこーし、静かにして貰えるかしらぁ?」ズゴゴゴ・・・

 

「ヒッ!?」ゾクッ

 

天龍「ッッッ!」ブルッ

 

提督「!?」ゾワワッ

 

その様子を見ていた2人と、連行されてきた女は戦慄と恐怖を禁じ得なかった。

 

口元は微笑を湛えていたが、その他はおおよそ温和な雰囲気とは無縁であった。

 

提督(龍田は怒らすとヤバイ、留意しよう・・・。)

 

余りに笑っていない上気迫と覇気に満ち溢れたオーラを放ちまくっていた龍田を見た直人は、改めて龍田を怒らせるまいと心中で誓ったのである。

 

提督「それで、その女どうした?」

 

天龍「あぁ、それがだな・・・」

 

 

~20分前・訓練場外周~

 

天龍「今日も平和そのものってか・・・沖の光を除いてだが。」

 

 

バキバキバキバキッドシャアァッ

 

 

天龍「な、なんだっ!?」

 

※訓練場の外周は森です。

 

「いててて~・・・」

 

 

ガサッ

 

 

天龍「そこにいるのは誰だ!」ジャキィン

 

「えっ!?」

 

・・・

 

・・

 

 

天龍「んでこの風体だから怪しいと思って、ここまで引っ張って来たんだ。」

 

提督「確かにね。」

 

「ちょ、私は何も怪しくなんて・・・無くはないのか・・・。」

 

反論しようとしてできなかった、というそぶりを見せる女に直人は首を傾げたが、彼はそれを今のところは歯牙にもかけなかった。

 

提督「ま、水先案内人の伊勢や扶桑達が戻ってくるまで、待とうか。」

 

「え、伊勢って・・・?」

 

提督「ん? 戦艦伊勢だが?」

 

「“大”戦艦ではなく?」

 

提督「・・・確かにデカい戦艦“だった”けどねあの船は。」

 

何を言っているんだこいつは、と言いたくなったのを堪えて切り返す直人である。

 

「・・・?」

 

そしてその反応に首を傾げる女。

 

提督「“蒼き鋼”、ねぇ・・・。」

 

「!?」バッ

 

天龍「大人しくしてろ!」

 

「ぐえぇ・・・。」

 

乱暴に静止される謎の女である。

 

 

 

午前5時03分、霧がようやく晴れ出した頃、司令部の埠頭正面に、件の潜水艦がその巨体を現した。

 

提督「・・・伊四〇〇型潜水艦―――5500トン級の次は潜水艦か・・・。」

 

大淀「ですね・・・。」

 

青葉「スクープです!」パシャパシャパシャッ

 

一同(平常運転で安心した・・・。)

 

「あの船は・・・!」

 

龍田「~♪」

 

「!!」ビクッ

 

最早龍田恐怖症に陥りそうな雰囲気さえあるようだ。

 

提督「龍田、やり過ぎるなよ。」

 

龍田「は~い。」

 

金剛「大きな潜水艦(サブマリン)デスネー・・・。」

 

提督「そうだねぇ。排水量何気に秋月型や夕張、天龍型より多いしな。」

 

天龍「お、俺達よりでかい(※)潜水艦だと!?」

 

※マメ知識:艦の大きさ

艦艇の大きさは寸法で見られがちですが、本来は基準排水量で見るのが正解。伊400型の基準排水量は水上での数値で3530トン、あらゆる日本駆逐艦はおろか一部軽巡よりもでかいのである。因みに天龍戦没は昭和17年12月18日の事なので、そんなトンデモの存在知らなくて当然である。

 

提督「他にも凄い点は沢山あるぞ?」

 

飛龍「そうなんですか?」

 

飛龍は純粋な興味で聞いてみた。(飛龍戦没は昭和17年6月6日、やはり知ってる訳がない。)

 

提督「あぁ。地球一周半できる航続距離(3万7500海里(6万9450km))、古鷹型に匹敵する燃料搭載量(1750トン。古鷹型は1850トン)、水上航行からの潜航性能、水中での操作性、3機もの大型水上攻撃機運用能力、更に潜水艦としては規格外の対空迎撃能力、日本潜水艦技術の一つの頂点と言っていい。」

 

飛龍「凄いですね、それは・・・。」

 

提督「あぁ、だが活躍は出来なかった。完成したのは昭和20年初め、活躍するには余りにも遅すぎた。苦し紛れにウルシー環礁を攻撃しようとしたが、直前に終戦になってしまった。」

 

伊400型は同型艦18隻が計画されたが、その後の方針変更で10隻に、5隻にと順次縮小され、就役したのは結局伊400・401・402の3隻に留まった。それらも具体的戦果を挙げる前に終戦を迎えている。

 

大淀「遅すぎた新兵器、その典型ですね。」

 

提督「そうだな。」

 

日本やドイツにはそのような兵器が沢山ある。この小説でもある程度は紹介するが、調べると案外面白いかも知れない。

 

日向「語らっているところ悪いが、もやい綱掛けるぞ。」

 

提督「あ、あぁ。任務ご苦労様。」

 

扶桑「いえ、この位お安い御用です。」

 

直人は戻って来た警戒部隊を軽く労うと、埠頭に向かって歩き出した。

 

 

 

数分を経ずして潜水艦からタラップが降ろされた。そのタラップを通じて、潜水艦の艦長、千早群像が埠頭に降り立とうとしている。

 

提督「御客人に、敬礼!」

 

 

ザッ

 

 

居合わせた一同が整列し、千早艦長に敬礼する。

 

群像「出迎えありがとう。私の名は既に、そちらの部下から伝わっているようだから、貴官の名前をお尋ねしたい。」

 

提督「大本営直属、横須賀鎮守府付属近衛第4艦隊司令長官、紀伊直人、階級は元帥だ。」

 

群像「横須賀に、鎮守府?」

 

提督「その反応を見るに、どうやらこことは別の世界から来られたようだ。」

 

群像「別の・・・? どういう事です?」

 

予想通りの反応に納得しつつ、直人は続けた。

 

提督「―――まぁひとまずそれは置きましょう。まずあなたに尋ねたい事がある。」

 

群像「なんでしょう?」

 

提督「あなた方・・・『蒼き鋼』と名乗ったそうですが、あなた方は、我々の敵か否か。」

 

これは先日、沖合で正体不明艦に攻撃を受けたことによる質問であった。その艦と艦形こそ違え、特徴が類似する事を、直人は一瞥して把握していた。

 

群像「・・・少なくとも現時点に於いては、あなた方の敵ではない。」

 

その答えに直人は満足した。

 

提督「―――そうですか。貴方とは良い協力関係を築けそうだ。」

 

群像「協力、ですか・・・?」

 

提督「会議室へご案内します。お互い聴きたい事は山積みでしょうし。」

 

群像「・・・確かに、そうですね。イオナ、ついてきてくれ。副長、艦を預ける。」

 

イオナ「了解。」

 

織部「承知しました。」

 

直人はこの時、一つ率直な疑問が生まれた。

 

提督「その子は?」

 

群像「ん? あぁ、伊401のメンタルモデルだ。」

 

提督「メンタルモデル・・・艦娘とはまた違うのか・・・。」

 

「艦長!」

 

その時天龍が拘束していた女が群像の名を呼んだ。

 

群像「ん・・・?」

 

「私です! ヒュウガです!」

 

日向「!?」

 

群像「硫黄島を空けている間にメンタルモデルを作っていたのか・・・で、なぜここに?」

 

提督「・・・その辺りも含めて総合的に状況整理をする必要がありそうだな・・・天龍、その女・・・ヒュウガ、といったな、彼女も会議室に通せ。」

 

天龍「いいのか・・・?」

 

提督「最悪俺が“責任”を持つ、いいから通してくれ。」ガチャッ

 

天龍「わ、分かった。」

 

刀の鍔に手を掛けてそう言った直人を見て、天龍は承諾した。

 

提督「電、客人達を会議室に、大淀はこちらで把握している現状を、資料にして持って来てくれ。多少雑でも構わんから急いでな。」

 

大淀「はい。」

 

電「分かったのです。こちらへどうぞ、なのです。」

 

群像「あ、あぁ。」

 

提督「―――。」

 

群像の背を見送りつつ、直人は質問の内容を幾つかにまとめ出すのであった。

 

大淀「提督。」

 

提督「ん?」

 

大淀「あの方達、信用してよろしいのでしょうか―――?」

 

提督「フッ―――、いつもの事さ、信用すれど信頼せず、ってね。」

 

大淀「・・・はい。」

 

大淀はその言葉を聞いて頷いた。

 

提督「自分達は我々の敵ではない、そう断じていたなら、会議室へなぞ通さんさ。そう言う奴ほど信用が置けない。だが千早艦長は現段階での状況を言い今後については言及しなかった。今後敵になる可能性もある、と分かっているなら取り敢えず今は信用していい。」

 

大淀「・・・もし敵になったら、どうなさいますか?」

 

提督「聞くまでも無かろう。そんな事より資料、準備したまえ。私も朝食を摂りたい。」

 

鳳翔「はい、出来てますよ。」

 

いきなり現れる鳳翔に驚く直人。

 

提督「な、なんでいるの!? さっきまでいなかった筈・・・」

 

鳳翔「朝食のご用意を、提督と必要だと思われる方々の分だけ、先にご用意しました。それでお呼びに参ったという訳です。」

 

よく見ると、鳳翔は白い前掛けをしたまま来ていた。

 

提督「全く・・・俺には過ぎた部下が多いな・・・。」

 

鳳翔「私だって、提督だからお仕えしてるんですよ?」

 

提督「少なくとも嫌々ここにいる奴はいないと思うけどね。とにかく、御厚意に甘える事にしよう。」

 

大淀「そうですね、フフフッ。」

 

・・・まだいたんかい。

 

提督「―――資料、飯食ってる間に準備しといてよ?」

 

大淀「分かってます。」^^

 

この副官殿もなんだかんだ言って、艦隊で右に出る者のいない事務処理能力の持ち主てある。

 

提督「フッ・・・まぁいい、取り敢えず腹が減った・・・あ、食堂棟2階の客人にも朝食を出してやってくれないか?」

 

鳳翔「あのお二方ですね、分かりました。」

 

きっちりすれ違っていたお艦、マジ有能。

 

 

 

午前5時53分 食堂棟2F・大会議室

 

 

食事や書類準備や何やかやで、それなりに時間をかけていた直人達だったが、漸く主要人員が会議室へと集まった。

 

集められたのは、蒼き鋼から千早群像とイオナ、それとヒュウガ、更に横鎮近衛艦隊の主要メンバーとして以下の面々が揃った。

 

横鎮近衛艦隊司令官 紀伊 直人元帥

艦隊総旗艦 金剛

総旗艦補佐 霧島

工廠長 明石

サイパン航空隊暫定指揮官 飛龍

サイパン基地防備指揮官兼副艦 大淀

母艦航空部隊統括 赤城

技術局局長 “局長”(モンタナ)

技術局医療課統括 雷

同生体管理課 如月

後方主任艦 白雪 (NEW!)

横鎮広報部所属 青葉

駆逐艦部隊より 初春

 

直人が面々の正面に立ち、会議が始まった。

 

提督「さて、資料も揃った事だし、貴重な時間だ、早速始めていこう。まずここまでのこちらで把握している経緯について軽く述べておこう。」

 

この辺りを要約しておくと、午前4時半頃、大淀が沖合から異常な光線量を確認、前後して直人が起床、同時に気付いた数人の艦娘達も一斉に起床し外へ飛び出した。光の状況から転移現象とみられ、その光球と同時に霧が発生、その発生した霧の内から出てきたのが、件の潜水艦、伊401、という訳だ。

 

提督「横鎮近衛の諸君は知っての通りだが、現状この手の転移現象は南西方面の諸海域で多数観測されている。そして、その内の一つであろうと推測される軽巡に、我々は攻撃された。特徴の類似から伊401と同種の艦艇であろうと思われる。」

 

群像「霧の艦艇・・・?」

 

提督「千早艦長、今度はそちらから、こちらに来た経緯をお聞かせ願いたいのですが。」

 

群像「あぁ、分かった。」

 

そう言うと群像は立ち上がり、ここに至る経緯を説明した。

 

群像「我々は、佐賀県にある宇宙センターからSSTOロケットを打ち上げるに付き、霧の艦艇から打ち上げまでそのロケットを防衛してもらいたい、との依頼に基づき、天草灘の西を航行していた。」

 

提督(佐賀に宇宙センターはない、やはり別世界の住人か。)

 

群像「そこで我々は突然、七色に光る光球に遭遇、躱す間も無くそこに突入してしまい、気が付いた時には、既にこのサイパン島の沖合にいた。」

 

提督「成程・・・とどのつまり転移現象によってこちらに引きずり込まれた、という所ですかね・・・。」

 

その言葉に群像が問いを飛ばす。

 

群像「待ってくれ、その転移現象というのは何なんだ?」

 

提督「転移現象というのは、超兵器機関が持つパワーを、フル出力発揮させた際に起こる現象です。具体的に言いますと、超兵器機関から発せられるエネルギーが、次元境界面を屈曲させ他の次元からこちらへ、あるいはその逆に至る道を開いてしまう現象です。」

 

群像「次元の境界を、歪ませる・・・?」

 

信じられないと言った様子で、群像は声を漏らした。無理からぬことだろう、本来ならばくだらない誇大妄想で片付けられるような言葉である。

 

提督「そうです。付け加えれば、その際時空間にも影響を及ぼす、とも言われてますので、恐らくそちらが先程までいた日付と、今現在の日付は違っているのではないですか?」

 

群像「そういえば・・・」

 

イオナ「ん? うん、確かにさっきまでの時刻と、今の時刻には、2年程の差が生じている。」

 

提督「うん、それが何よりの証明、となるのかは確かとは言い難いが、現段階で最も有力な証拠が時刻の差異だね。」

 

群像「・・・。」

 

提督「それに、君達が我々の組織と艦娘達を知らない様に、我々も君達の事は知らない。これも、ここが君達の元居た世界と違うという事の証拠になるのではないか?」

 

この言葉には群像も頷かざるを得なかった。この直人の言葉は正鵠を射ていたからでもあった。

 

直人は群像が艦娘達の事を、何か珍しいものを見るかのような眼で見ているのを目撃していたのだ。丁度伊401潜の到着が、哨戒班の交代出撃に被っていた事もあるが、何より案内人として付けた電を見る千早群像の視線で彼は気付いたのだ。

 

群像「では教えてくれ紀伊元帥、今この世界では、何が起きているんだ?」

 

提督「・・・遡ること12年程前、人類は、深海棲艦と呼ばれる敵対勢力によって海洋を封鎖され、物流と通信の両面から交信を断たれた。人類は現有戦力の総力を挙げてこれを迎え撃ったが、2割から3割の打撃しか与えられず、欧州連合艦隊は全滅した。2年前に、ここにいる彼女ら艦娘達の出現が確認され、発足から9か月弱になるが、我々艦娘艦隊が設立され、艦娘達の奮闘の甲斐あって、現在は旧帝国海軍の絶対国防圏に該当する海域を手中に収めるに至った。」

 

群像「深海棲艦・・・。」

 

提督「深海棲艦自体はぽっと出の生き物に過ぎない。問題はその正体が、船幽霊の怨念が人の形と、かつての武器をその身に備えて顕現している、という点だ。」

 

この情報は、局長によるものだ。

 

2か月ほど前、局長と直人が一杯やっていた時がある。その酒の席で、局長が教えてくれたのだ。

 

 

 

局長「我々深海棲艦ト言ウノハ、船ニ宿ッタ怨念ガ顕在シタモノニ過ギン。自分達ヲ海ノ底ヘト追イヤッタ、人間達ヘノ復讐ヲ果タスタメニナ。」

 

提督「・・・だが、それは違うんじゃないか? それなら陸地に対して徹底した攻撃を加える筈だ、地形が変わろうが何をしようがお構いなしに――――それこそ、人類が滅びるまでいくらでも。」

 

局長「アァ、深海ノ連中ハホカニ目的ガアッタラシイ。最モ、私ハ興味ガナカッタガ―――」

 

 

 

群像「そんな事が・・・」

 

提督「あると言う証拠は、今この場に一人いるぞ?」

 

局長「アァ、ソウダナ。」

 

群像「!?」ガタッ

 

それを聞いた群像が咄嗟に身構えた。イオナも気付かれ難かったが全身に力を入れているのが、少なくとも直人には見て取れた。慣れている艦娘達は飄々としたものだったが。

 

提督「身構えるな、彼女は協力者だ。」

 

群像「そ、そうか・・・。では、深海棲艦、というのは人類に敵対している、という認識でいいのか?」

 

提督「事実そうであり、それに対抗すべく我々艦娘艦隊がある。艦娘は出所こそ不明だが、深海棲艦に対抗しうる唯一の存在であり、在りし日の武器、艤装を携え戦う存在だ。」

 

イオナ「という事は、ここに来る前に触接して来た、あの女達が付けていたのは、やっぱり武器?」

 

提督「そうだ。そして、海の上を疾駆するのに欠かせないものだ。」

 

イオナ「どうやって稼働しているの?」

 

提督「ブラックボックスが多いから、なんとも言えんな。」

 

と適当にはぐらかす直人である。と言ってもブラックボックスの多さは否めない為誤った事実ではなかった。

 

提督「それよりも、君達の乗ってきたあの潜水艦、あれは一体なんなんだ? 私の知っている伊四〇〇型とは随分雰囲気が違うようだが。」

 

群像「あの潜水艦は普通の船ではない。我々の世界では“霧の艦艇”と呼ばれるものだ。」

 

イオナ「私は霧の潜水艦、イ-401のメンタルモデル。イオナと呼んでほしい。」

 

提督「霧の艦艇のメンタルモデル、か・・・メンタルモデルとはつまり、操縦者との意思疎通を図る為のデバイスと考えていいのか?」

 

イオナ「私達霧は本来、演算中枢(ユニオンコア)だけで艦の全制御を演算し、実行する様になっている。私はそれらの機能を、群像達に預けているだけ。私達メンタルモデルは、人類を学習し、次のステップへと至る為に生まれた手段に過ぎない。」

 

提督「成程ね・・・霧の“艦艇”と言ったな。他にもいるのか?」

 

ヒュウガ「私もメンタルモデルよ? 霧の大戦艦ヒュウガの。」

 

随分軽い口調で答えてくれるなぁ、と半ば本気で思いつつ直人は言葉を返した。

 

提督「そもそも君はなんでサイパンにいたんだ。」

 

ヒュウガ「私が聞きたいわよ。基地で作業してたらいきなり足元にぽっかり穴が開いて、落ちた先がこの島だもの。」

 

提督「あぁ、聞いた俺が悪かった、理由なんて分かる訳も無いな。」

 

群像「だが、いてくれて助かるよ。ヒュウガがいないとイオナも整備できないしな。」

 

話が脇道に大分逸れているのをここにいる誰しもが分かっていた。それを群像も分かっていて正しにかかった。

 

群像「霧の艦艇は地球の海面上昇によって、沿岸各国がその沿岸部の領域を失うのに前後して、突如出現し、海上封鎖と通信妨害によって大陸間の連絡を絶ち、今なお我々人類に敵対している勢力、“霧の艦隊”を構成する艦艇の事だ。」

 

提督「そう考えると、深海棲艦と似たり寄ったり、という訳か。」

 

群像「そうだ。その目的が不明である点も。」

 

提督「成程・・・。」

 

直人は腕を組んで少し考えた後こう言った。

 

提督「ではそのイオナも、本来は敵なのではないのか?」

 

これは事情を知らぬ者からすれば当然の反応であった。これについて群像はこう断言した。

 

群像「イオナは味方だ。でなければ、我々が共に行動出来ている道理が無い。」

 

イオナは群像達の世界で7年前に、横須賀沖に現れたのを日本が鹵獲、極秘裏に隔離と監視の元に置いていたのだが、ある時突如群像の元に馳せ参じ、彼のものとなったのである。

 

提督「・・・違いないな。恐らくは何らかの事情もある事だろう、この件はここまでにしよう。」

 

その事情を知らぬ以上深入りする訳にも行かず、話題を変えようと直人はしていた。

 

提督「その霧の艦艇、他にもこちら側へと来ているのか?」

 

群像「イオナ、どうだ・・・?」

 

イオナ「ん・・・コンゴウ、マヤ、タカオ、ハルナ、キリシマと、多数のナガラ型軽巡洋艦の存在は感じる。」

 

群像「霧の東洋方面第1巡航艦隊主力の過半か・・・。」

 

提督「・・・霧の艦艇について、分かっている事はあるのか?」

 

直人は思いついた質問を投げかけてみた。

 

群像「それは・・・霧の艦艇の性能、などについてか?」

 

提督「敵を知り、味方を知れば百戦危うからずと言う。教えては貰えないだろうか?」

 

少し考えて群像は言った。

 

群像「・・・分かった、情報は提供しよう。」

 

提督「感謝する。」

 

群像「霧の艦艇は、艦を制御する自律型コアとナノマテリアルという物質で構成されている。」

 

提督「ナノマテリアル・・・この世界では未だ発見されていない物質の一つだな。」

 

ついでに言うと、重力を掌るとされるグラビトン(重力子)も未発見である。

 

群像「霧の艦艇と言っても駆逐艦から空母、戦艦クラスをモチーフにした物まで様々だが、ことに巡洋艦以上の艦艇には『強制波動装甲』と言うものが全体に配置されている。」

 

提督「強制波動装甲・・・艦娘達の攻撃を完全に無力化したあれか。」

 

その言葉に群像が言葉を差し挟んだ。

 

群像「ちょっと待ってくれ。君達は霧の艦艇に遭遇したことがあるのか?」

 

提督「2度ほどある。1度は本土から空路戻る際の遭遇戦、2度目は威力偵察での砲撃戦だ。相手は、5500トン級を模したと思われる。」

 

その事を話している時、金剛は余程その時のショックが大きかったのか若干俯いていた。

 

群像「・・・その艦に、赤いラインのような模様は?」

 

提督「入っていた。」

 

群像「・・・霧の艦隊、東洋方面第1巡航艦隊に所属する軽巡洋艦だな。」

 

群像は納得したようにそう言った。

 

提督「あれが霧の船か・・・我々が遭遇したどんな敵よりも手強いと感じたよ。」

 

群像「そうだ。霧の艦艇は、人類の持つ艦艇の攻撃を全て無力化する術―――強制波動装甲の発するクラインフィールドというバリア―――を有している。」

 

提督「クラインフィールド・・・金剛の砲撃を止めたあのバリアか・・・。」

 

初春「その・・・くらいんふぃーるどとやらを破る術は、ないのかのう?」

 

初春の的確な問いに群像が答えた。

 

群像「クラインフィールドは、一定のダメージを蓄積させれば消失する。あのフィールドは受けた攻撃の力を、任意の方向へと逸らす効果を持っているが、受けた時に一定量の力を蓄積する特性がある。その力を放出しない限り、いずれは自壊する。」

 

提督「だが人類の兵器では、難しいと?」

 

群像「そう、人類の持つ兵器は炸薬を用いた実弾だ。表面で爆発してしまって貫通力が無いんだ。」

 逆に言えば、現代の戦闘艦を相手取るならそれで十分なのだ。高速で突入する為に特別貫通させる為の工夫が必要である訳でもないのだ。言い換えれば、ミサイルに徹甲弾はないのだ。

群像「しかし、霧が持つ兵器であれば別だ。」

 

提督「と、言うと?」

 

群像「霧の主兵装は荷電粒子砲と侵蝕魚雷の二つだ。更に大型艦は切り札として超重力砲を装備している。」

 

提督「どれもこれも今の文明水準を超えた兵器だな・・・。」

 

群像「特に、侵蝕魚雷と超重力砲は、クラインフィールドへの効果が高い。」

 

 真面目に説明するとキャラ崩壊起こしそうなので、ここの解説は私こと作者が代行させてもらう。

侵蝕魚雷(侵蝕弾頭とも言う)というのは、弾頭部にタナトニウムと呼ばれる未知の物質を用いる弾頭で、空中を飛翔する事も水中を駆け巡る事も出来る。このタナトニウムという物質は、常に自壊を続けており、物質からは重力子が放出されている。

この侵蝕魚雷が対象に着弾した際、『対象の構成因子を崩壊させる』ことによって原子、またはそれ以下の単位の粉塵に変えてしまう。爆発は起こるが粉塵爆発によるものである。

 一方の超重力砲は、重力レンズと呼ばれる機構を用い、重力子を収束して発射するエネルギー兵器である。莫大なエネルギーを伴って放たれるその威力は圧倒的であり、例え霧であろうとも壊滅的打撃を与えうる。

 侵蝕魚雷はクラインフィールドに命中すると、タナトニウムによる侵蝕を中和してしまうが、そのエネルギーの一部を溜め込む為、撃ち続ければいい。しかし侵蝕弾頭の数にも限りがある上、消耗戦になれば不利となる場合もある。だが超重力砲であれば、一撃でフィールドが溜め込める範疇を超えるエネルギーを叩き付け、エネルギーを飽和、崩壊させることが出来ると言った具合である。

群像が霧の兵器なら対抗出来るとしたのは、この性質が故である。

「成程、分かりやすい説明だ。」

 

「それならいいのだが・・・。」

要点を得ただろうかと不安そうに控えめな返事をするに直人が言葉を投げかける。

「我々は貴官らや霧の艦隊と称される者達が、どこへ行き、何をする為の存在なのかは分からない。

だが、本来我々は出会う事の無い筈の存在の筈だ。超兵器機関はその因果を歪め、こちら側の世界にその“現象”を析出させてしまう。

 それは確かに多くのものを齎すが、同時に多くの得難いものを失う事にも繋がってきた。そして今また、それが繰り返されようとしているし、事実彼らは我々に牙を剥いたと言える。」

 

「仰る通りだ。」

 

「―――これはあくまでも提案だが、貴官ら蒼き鋼と我ら横鎮近衛艦隊、共通の敵に対し、一時的にでも手を携え、共に戦う事は出来ないものだろうか?」

直人のその問いかけに対して群像は慎重に言葉を選んでからこう告げた。

「・・・目指すべきところが同じである限りは無論、そうする事は可能だと思う。俺達も、この世界に留まると言う訳には行かない。」

 

「では、交渉成立、と言った所か。」

直人の言葉に群像が一つ頷いた後、彼はこう口にした。

「だがそうすると、当面の問題は貴艦隊の武装なのではないか? 現状攻撃が通らないと思うが?」

 

「その点は考えないでもなかったが、どうしたものか・・・。」

そこへと口を挟むのはイオナである。

「紀伊直人、貴方の艦隊が装備している武装は、ナノマテリアルで構成されているのではないの?」

 

一同「・・・?」

イオナの一言に、その場が凍り付いた。その例外なども存在し得なかった。

提督「へ?」

 

群像「どう言う事だ、イオナ?」

 

イオナ「艦娘の一団が接触してきたあの時、その武装から微弱だけれどナノマテリアルの反応があった。多分、ナノマテリアルを含有した合金だと思う。」

 

ヒュウガ「へぇ・・・?」

 

提督「そうだった・・・のか・・・?」

 

結果的に言ってしまえば、初めて発覚した事実なだけに、直人も唖然となっていたのだった。

 

 

 

7時58分 第2資源倉庫

 

 

ガラガラガラ・・・と、資源倉庫の鉄扉が開かれる。

 

 

提督「ここが鋼材倉庫だ。」

 

直人達は鋼材を納めてある第2資源倉庫に来ていた。因みにこの時の資源倉庫は5つある。

 

ヒュウガ「へぇ、結構備蓄しているのね。」

 

大淀「現在の鋼材は9000トンきっかりあります。」

 

ヒュウガ「ふーん・・・確かに、ナノマテリアルの感じはするわね。取った形態が違うだけって所ね。」

 

提督「そうだったのか・・・。」

 

ヒュウガ「・・・まぁ、ナノマテリアルが発見されてない、という事なら止む無し、か。」

 

無理矢理納得させたヒュウガである。

 

ヒュウガ「ところでその刀からもナノマテリアルの感じがするんだけど。」

 

提督「え? これは深海棲艦の武装の残骸を浄化して――そう言う事か・・・。」

 

ヒュウガ「深海も同じような鋼材を使っているという事ね・・・。」

 

大淀「確かに、性質としては似ているのかもしれません。」

 

提督「ところで、艦娘達の砲弾にタナトニウム、だったか? それを使うと言っていたが、そもそもこの世界にはない、どうするつもりなのか聞かせて貰おうか?」

 

ここへと来る直前、ヒュウガは戦力強化案として、艦娘の使用する砲弾を侵蝕弾頭とする提案を出していた。しかし侵蝕弾頭の炸薬となるタナトニウム自体この世界には存在しないのだ。

 

ヒュウガ「練成するしかないでしょうねぇ。私達霧は、基本的に補給無しでは戦えない。でもタナトニウムは練成する手段がある。素材と方法については企業秘密だけどね♪」

 

提督「・・・まぁいいだろう。」

 

ヒュウガ「あらぁ? 信用してくれないのかしら?」

 

提督「信用するさ、妙な気さえ起こさなければ、な。」

 

妙に険悪な雰囲気になってきた。

 

ヒュウガ「妙な気を起こしたら?」

 

提督「・・・どうやら、霧とやらを相手取るに人間一人では力不足と言いたそうだな?」

 

ヒュウガ「そうねー、やるなら私じゃなくてイオナ姉様とになるだろうけど、貴方には勝てないわよ。」

 

提督「・・・舐められたものだな。天と地の狭間には、お前達の思いもよらない事があると言う事を、その身を以って知る事となろうさ。」ゴゴゴゴ

 

ヒュウガ「あのコンゴウが相手でも?」

 

提督「この世界に“金剛”は二人も必要ない。霧が敵対する以上、霧の勢力がこの世界から去るまで、俺は奴らを徹底的に追い詰めにかかるだろうよ。」

 

ヒュウガ「・・・。」

 

提督「・・・。」

 

霧の巡洋艦の攻撃を、軽々と防ぎ止めて見せた直人と、それを知らぬヒュウガ。視線がぶつかり合う。

 

ヒュウガ「・・・なら、やってみる事ね。貴方に興味が湧いちゃったわ。」

 

ヒュウガはそう言うと、直人はぶっきらぼうに言葉を返した。

 

提督「フッ―――そうかよ。」

 

 

 

午前12時17分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「うーん・・・」グリグリ

 

ざるそばを笊の上でこねくり回す直人。

 

※サイパンは常夏です

 

提督(霧の艦艇か、中々強敵だった。だがあれに改修を施した程度の艦娘で、果たして勝てるのか・・・?)

 

直人はそう考えずにはいられなかった。

 

鳳翔「提督、どうされましたか?」

 

提督「・・・え? あ、いや、なんでもない―――」

 

鳳翔「嘘おっしゃい、考え込んでいることくらい分かります。」

 

提督「っ・・・はぁ、やれやれお見通しか。」

 

流石だ、そう思う直人である。

 

提督「そりゃ、考えてしまうさ。霧の連中はかつての超兵器並みにヤバい相手のようだ。そうなると、艦娘たちで果たして対抗できるのか? 航空攻撃の効果は? 砲撃が本当に通用するようになるのか? 不安要素は山ほどある。」

 

鳳翔「提督・・・。」

 

そう、この戦いには、あまりにも不安要素が多い。

 

他にも敵がどう動くのか、受動的になるべきか能動的に動くべきか、蒼き鋼と名乗る彼らは信用出来るのか、裏切られた時の対策は?考える事は山積みである。

 

提督「そんな戦場に彼女を送り出すのは、果たして是とされることなのか・・・。」

 

「それは、後世の歴史家が考えることだ、提督。」

 

鳳翔「ふふっ、そうですね。」

 

直人にそう言ったのは、木曽だった。

 

提督「木曽・・・。」

 

木曽「提督は俺達を信じてくれればいい。そうすれば俺達はそれに応える。今までそうだった様に、胸張って号令すりゃいいのさ。」

 

天龍「そうそう、そんなくだらねぇことを考えてるなんざ、似合ってないぜ?」

 

提督「そうかい。」

 

木曽「そうさ、敵に勝つための改良ならいくらでも受ける。それで勝てるなら御の字なんだからな。」

 

提督「―――ふっ、そう言われてしまうと、こんなことを考えていた俺が馬鹿みたいだな。今まで出来ていた事を今更出来ない筈も無かろうにな・・・。」

 

木曽「そうとも、俺達に任せてくれ。任せっきりでなくともいい、時には助力を乞うだろう。それが、俺達の艦隊だろう?」

 

その一言に、彼は吹っ切れた。その言葉こそは、かつて直人が大淀に語った言葉であったからだ。それを思い出した時、直人の心から迷いは消えた。

 

提督「そう、だな・・・ありがとう、おかげで吹っ切れた。」

 

木曽「なに、俺は何もしてないさ。」

 

提督「・・・そうか。」

 

直人はそれだけ言うと、ざるそばをワサビたっぷりで食べだすのだった。

 

 

その日はクリスマスイブであったが、ささやかなパーティーくらいは催すつもりでいたものを、その日一日中、艦娘の対霧装備の開発/製造/装備までを突貫で行った為、まるっと潰れてしまった。と、彼は日記にそう記していたと言う。

 

 

12月25日午前7時28分、横鎮近衛艦隊の全艦と、蒼き鋼の代表者とが、ブリーフィングの為会議室に集った。

 

提督「まず最初に、我々横鎮近衛と、千早群像艦長の蒼き鋼が、共戦関係になったことを皆に伝えておく。今回からの一連の霧の艦隊に対する作戦行動については、主に伊号401潜を軸として行う。」

 

金剛「では、今回のワタシ達のミッションは陽動作戦、デスカー?」

 

提督「そうだ、目一杯暴れて貰いたい。但し主軸となるのは伊401、イオナであって、我々でない点は留意して欲しい。」

 

天龍「つーことはあれか? 俺たち19戦隊は留守番か?」

 

提督「あぁ、司令部防備の予備兵力として残留してもらう。航空部隊に関しても霧の艦艇への攻撃は禁止する。」

 

この一言に空母の艦娘達が騒然となる。

 

蒼龍「えぇっ!?」

 

加賀「理由を、聞かせて貰えるかしら?」

 

飛鷹「そうよ! そんな事を命ずれば航空隊の士気に関わるわ!」

 

イオナ「霧の艦艇に、通常の弾頭による航空攻撃は無効。紀伊直人は航空機に対霧装備を持たせなかったと記憶している。」

 

隼鷹「なっ・・・!」

 

イオナ「それに、霧の艦艇は対空用レーザーターレットを多数装備している艦もある、ナガラ級にも装備されている。だから航空攻撃では、相手の演算を上回らない限り、ダメージは望めない。」

 

提督「そういうことだ。幸いなことに―――他の艦隊にとっては不幸なことに、霧の艦隊と深海棲艦が一隊を組んで航行している姿も相当数目撃されている。空母部隊には周囲の深海棲艦を撃滅してもらう。だが霧の艦艇への攻撃は厳禁とする。これを周知徹底させよ。いいな?」

 

赤城「は、はい・・・。」

 

直人はそう言うが空母部隊は些か気乗りがしない様子だった。そこへ直人はこう付け加えた。

 

提督「なに、君達が行うのはいつも通りの戦闘だ。深海棲艦にだって大物はいる、違うか?」

 

加賀「!」

 

提督「これで納得してくれ。」

 

加賀「・・・えぇ、分かったわ。」

 

結局空母部隊はその言葉で納得せざるを得なかった。

 

提督「では状況を説明する。」

 

そう言うと直人が指示棒を伸ばし、背後の黒板に貼った地図を全員に見えるように立ち位置を変えた。

 

提督「横鎮司令部からの連絡によると、今日午前0時18分頃、マーカス島(東京都南鳥島のこと)東南東沖約200km付近に、所属不明の重巡洋艦1隻と軽巡クラスが4ないし5隻、それと深海4個水雷戦隊と輸送船級数隻を伴った艦隊が北西方向に航行しているのが発見された。これに際し、我が艦隊に対して要撃命令が山本総長の名で出た。」

 

大淀「従って我が艦隊は艦隊を編成して抜錨し、敵の予想進路上に布陣しこれを待ち構える、という算段です。」

 

提督「これに充てる艦隊だが、艦隊行動開始最初の作戦ということで、艦隊を新たに編成し直した上で出撃する。」

 

 

ザワザワッ・・・

 

 

提督「あぁ、合同行動訓練は往路でやってもらう、悠長にやっている時間はないからな。」

 

金剛「進軍速度が落ちてしまいマース。」

 

提督「構わない。我々は最大速力で昼夜兼行急進し、翌朝、大島と房総半島の中間地点に到達する敵を待ち伏せる予定だ。俺も内火艇で出動してカフェイン補給ドリンクを輸送する。徹夜になるぞ。」

 

金剛「そういうことなら了解デース。」

 

そういって金剛が言葉を閉ざすと、直人は作戦概要を説明し始めた。

 

それは大胆にして緻密なものだったのであるが、そのことは実地が証明してくれるであろうから今は割愛する。

 

提督「では編成を発表する。」

 

編成表は以下の通りである。

 

 

第1水上打撃群

旗艦:金剛

第3戦隊第1小隊(金剛/榛名)

第2航空戦隊(蒼龍/飛龍)

随伴:羽黒・摩耶・筑摩

第1水雷戦隊

川内

第6駆逐隊(響/雷/電)

第11駆逐隊(初雪/白雪/深雪)

第21駆逐隊(初春/子日/若葉)

 

第1艦隊

旗艦:扶桑

第2戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向)

第4戦隊(高雄/愛宕)

第11戦隊(大井・木曽)

第3航空戦隊(千歳/千代田)

随伴:最上・加古

第2水雷戦隊

神通

第2駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

第8駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第18駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第1航空艦隊

旗艦:赤城

第3戦隊第2小隊(比叡/霧島)

第12戦隊(五十鈴/由良)

第1航空戦隊(赤城/加賀)

第6航空戦隊(飛鷹/祥鳳)

随伴:妙高・多摩

第10戦隊

球磨

第7駆逐隊(漣/潮)

第27駆逐隊(白露/時雨)

綾波(19駆)・叢雲(12駆)

島風

 

サイパン島防備戦隊

旗艦:鳳翔

第18戦隊(天龍/龍田)

第50航空戦隊(鳳翔)

第7水雷戦隊

名取

第22駆逐隊(睦月/如月/皐月/文月)

第30駆逐隊(長月/菊月/三日月/望月)

 

 

直人はこれまで必要に応じて1隻単位で編成を組み替えていた方針を一転させ、戦隊別の固定編成を8割程度導入して、戦隊別に組み替える方針に転換したのである。

 

そして、これまで艦形を問わず全艦投入していたが、睦月型・天龍型を後方に下げた配置にしたのも大きな変更点である。

 

睦月「鳳翔さんとお留守番かぁー・・・。」

 

睦月は何やら嬉しい様な残念な様な感じで言う。

 

鳳翔「私が旗艦ですか・・・」

 

冗談ですよね? という目線が飛ぶが、今回直人はスルー。

 

島風「空母の護衛かぁ・・・」

 

提督「重要な任務だし、対潜装備や対空装備をきちんと積んでる船も多い訳じゃない、頼む。」

 

島風「・・・了解!」

 

島風は竣工時の武装に於いて、その対空火器の数は卓抜していた。秋月型とは程遠いものの、その弾幕は駆逐艦にしては破格である。この点を直人は買ったのだ。

 

扶桑「私が、主力艦隊の旗艦、ですか・・・?」

 

提督「不服かい?」

 

扶桑「いえ、そう言う訳では・・・ただ、驚いたもので・・・。」

 

提督「扶桑は金剛には及ばないもののかなりの経験を積んでいる。その判断力を、振るって欲しい。」

 

扶桑「・・・分かりました。この扶桑、自らの名に懸けて、任を全うします!」

 

金剛「なんで前線部隊が第1艦隊なんデスカ・・・。」

 

提督「第2艦隊編成は検討してみたが、艦艇数が足りない、割り当て上勘弁してくれ。」

 

金剛「リ、了解デース・・・。」

 

現状動かせる艦が68隻では致し方が無かったのだ。

 

提督「また便宜上編成に組んだ飛龍は留守番だ。まだ艤装が無いからな。」

 

飛龍「その分、留守はお任せください。」

 

提督「期待させてもらう。雪風は同様の理由だが編成は控えさせてもらった。今後折を見て編成するからそれまで待っていてくれ。」

 

雪風「はい! でも、何をしていればいいでしょう?」

 

提督「!」

 

陽炎「そうねぇ・・・大淀さんのお手伝いでいいんじゃない?」

 

大淀「あら・・・。」

 

しっかりした姉と生真面目な妹、いい姉妹だと心底思った直人と大淀だった。

 

陽炎「ね、司令官?」

 

提督「そうだねぇ・・・陽炎の言を是としよう。何なりと手伝ってやってくれ。」

 

雪風「はい! 頑張りますっ!」

 

提督「で、だ。」

 

直人が入口の一角に立つ明石に向き直る。

 

明石「?」

 

提督「準備は万全か?」

 

明石「はい、提督用の舟艇に、武器弾薬食料と、カフェインドリンク、バッチリです!」

 

提督「呼びつけた理由も分かるな?」

 

明石「私も行くんですね・・・。」

 

提督「そうだ。今回は短期決戦だ、鋼材は必要あるまいが・・・戦闘続行が困難になった時は、各員速やかに離脱すること、分かったな!」

 

一同「はい!」

 

群像「了解した。」

 

提督「うむ。では作戦名“制”を発動する。第1水上打撃群・第1艦隊・第1航空艦隊、出撃!」

 

今度は艦娘達から応答はなかった。代わって艦娘達が一斉に立ち、挙手の礼の為に踵を合わせる音が響いた。

 

提督「健闘を祈る。」

 

 

 

後に、3つの作戦を合して『制号作戦』と呼ばれる事となる対霧戦闘が始まった。開始時刻(艦隊出港時刻)は、西暦2052年12月25日午前9時03分であった。




ゲストシップ紹介


伊号第四〇〇型潜水艦 伊401―mist―

装備1:533mm(8門)魚雷発射管
装備2:侵蝕弾頭魚雷
装備EX1:超重力砲―ヒュウガMOD―
装備EX2:ミサイルVLS発射機構

霧の潜水艦伊400型の1隻。
原作に於いてある艦の命を受けて千早群像の元へと来た(その際日本側に秘密裏に鹵獲された)霧の潜水艦級。
以前沈めた霧の大戦艦ヒュウガ(当時東洋方面第2巡航艦隊旗艦)の残骸から剥ぎ取った超重力砲を装備しており、潜水艦としては規格外の戦力を持つ。
本来このタイプはVLSは装備しておらず、対空防御用レーザー機銃10門と各種魚雷を運用可能な魚雷発射管8門、近接防御用14cmアクティブターレット1門以外の装備はない為、大型なタイプの霧の艦艇と比べると見劣りしてしまう。が、諜報能力に優れている。しかし401は千早群像の指示で大幅に攻撃面の強化が行われ、ミサイルVLSや超重力砲の装備を行っている。
メンタルモデルも生成しており、他の霧の艦と異なり、自らの名の他に「イオナ」と名乗っている。
作中に於いてはアルペ世界線から転移現象によって、作中世界線のサイパン島のすぐ沖合に飛ばされ、相互利益の一致から群像を介して共闘の盟約を結ぶに至る。


千早群像

伊401――イオナ――の艦長であり、蒼き鋼のリーダー。
冷静沈着で瞬間的な思考に秀でる。
ことイオナの戦術面での行動を支えており、彼が司令塔たるが故に幾多の窮地を潜り抜けることが出来たとも言える。
一方で相手の策や思考を看破する能力も高く、一見して完璧に見えるが、火器管制担当の杏平によると弱点もあるようで・・・?
「今の世界を変える力が欲しい」という一念でイオナに乗り込んだ後、各方面を転戦する事になる。
作中ではイオナやクルー共々転移現象に巻き込まれ、蒼き鋼の代表者として横鎮近衛との交渉を受け持ち、共戦の盟約を交わした。


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第2部3章~制号作戦―前編―~

お久しぶりです、天の声です。

青葉「どもー、恐縮です、青葉です!」

16冬イベ跨いでの更新となります新章、お待ち頂いた方は申し訳ありません、そしてありがとうございます。

イベント時はイベントに集中する為にこちらの更新は基本的に止めます。攻略完了次第更新は順次再開しますので、提督活動日誌の方も併せてご覧頂けると、どの様な進捗かが分かるかと思われます。

青葉「はいはい露骨な閲覧稼ぎはいいですから。」

ひっでぇ・・・まぁいいや。今回は前章で編成表に顔を見せた水雷戦隊、「第十戦隊」についての解説でもと思います。


第十戦隊は、編成を見れば分かる通り水雷戦隊です。旗艦は長良・阿賀野・秋月・矢矧が歴任していました。軽巡旗艦の駆逐艦中心夜戦部隊を水雷戦隊とすると言う明確な決まりはない為、この名称でも問題はない。

所属していた主な部隊は四駆・六駆・七駆・十駆・十六駆・十七駆・六十一駆など。

この水雷戦隊が編成されたのはミッドウェー戦前の1942年4月の事。その任務は機動部隊の中核たる空母の直衛にありました。この点が、それまでの水雷戦隊と性質を異とする為に、第十戦隊の名称を与えられたものと思われます。ミッドウェー海戦での1航艦潰滅後は、新編された第3艦隊に転出し、再び空母部隊の護衛に当たりました。

第3艦隊への転出後は第2次ソロモン海戦・南太平洋海戦・第3次ソロモン海戦・マリアナ沖海戦、そして第1遊撃部隊指揮下で捷一号作戦を戦い抜いた後、1944年11月15日に解隊されました。


艦これに実装されている任務「海上突入部隊、進発せよ!」に於いて、比叡・霧島・長良・暁・雷・電によって艦隊を編成をするのは、護衛として第十戦隊の旗艦長良他、駆逐艦部隊が参戦したことを再現したと考えられます。因みにその当時響はドック入りしていた為参戦していません。艦これ風に言ってしまえば、暁の沈没を響は出渠後にそれを見届けた妹達から聞いた、という感じでしょうか。

また風雲実装までは知る人ぞ知る部隊だったものの、風雲が実装されて第十戦隊について言及したことで知られる様になったようです。どこまでかは疑問符ですが。


青葉「敗色濃厚でありながらもなお奮闘し続けた、日本海軍の名脇役の一つですね、司令官!」

全くその通りだ、二水戦の活躍は知られているが、第十戦隊は正に縁の下の力持ちと言えるだろう。因みに劇中に於いてもその任務は変わらず機動部隊直衛で、その設置経緯は空母機動部隊の為の専属護衛部隊を創設する必要があった為です。


さて、解説パートはこの位にして、本編に移っていこう。

ゲームシステムは現状大体説明が終わっているので、冒頭の解説は史実の簡単な説明がメインとなるやに思われます。

青葉「一応艦これ、艦娘達に絡めたお話しかしないので、どうかこれからもお付き合い頂けると、ちょっと賢くなれるかも?」

まぁそこは疑問符で正解だろうねぇ・・・。

青葉「普段役に立ちませんしね。」

今回の『制号作戦』は前・中・後の三編構成でお届けします。尺稼ぎなんかではないので御了承頂ければと思います。

青葉「それでは本編「スタート、だっ!」ちょっ、被せないで下さい!」

言わせねぇよ?^^#

青葉「アッハイ。」


2052年12月25日午後11時22分、直人は舟艇で出動してはいたが、今だ本隊と共に、小笠原諸島の南南東約380kmの地点にいた。

 

提督「カフェインドリンクの配布も終わったし、少し休むかねぇ・・・。」

 

明石「了解です、では操縦代わりますね。」

 

提督「ん。」

 

そう言って席を代わる直人。カフェインドリンク配布をしている辺り相当な強行軍である事は窺がえるだろう。

 

ただ、この舟艇も艦娘機関を搭載している上戦場までは牽引前提である為普通に速い速度で走れる訳だが、それにしても2400kmを24時間以内に突っ切るには無理があった。そこで千早群像から出された提案により、1水戦と2水戦、それと一部の大型艦は本隊に随伴していない。

 

提督「それにしても、待ち伏せをするには遠すぎるんだよなぁ、いくら“艦娘ノット”の単位量が船舶のノットの単位量より多いとはいえ・・・。」

 

頭を掻いてそう言う直人である。

 

明石「アハハハ・・・」

 

提督「おめーは18ノットだろうが。」

 

明石「この舟艇だって28ノットじゃないですか。」(´・ω・`)

 

速度が出ないのはお互い様である。

 

提督「二の句も無いな、さ、寝よか・・・。」

 

明石「おやすみなさい。」

 

ここで解説しておくと、艦娘ノットというのは艦娘達の艤装が叩き出す速力を示す値の事。

 

彼女達は実艦の速力値を自身の速力として理解している為、その時速を計測し、その速力で割った値が1艦娘ノット「時速2.638km」である。これを吹雪型の速力38ノットで掛けると、その速度は驚異の時速99.978kmとなる。

 

彼女達が迅速に戦闘海面に到達出来るのは、ひとえにこの高速性能あってこその事である。因みに言っておくと、巨大艤装も全て艦娘ノット単位の速力が出せる。が、以前島風と直人の競争をした際の直人の瞬発力は機械的なものである。

 

提督「さて、こっちの予想通り網に飛び込んでくれればいいんだけどね・・・。」

 

榛名「大丈夫です、お姉さんなら、きっと。」

 

舟艇の傍らにいた榛名がそう言った。

 

提督「フッ・・・そうだな、そうに違いない。そう願うとしよう。」

 

榛名「フフフッ。」

 

提督「お前達にも苦労を掛けるが、もうひと頑張り頼む。戦場への展開は午前10時前だからな。」

 

榛名「分かっています。榛名は大丈夫ですから、提督はお休みになって下さいね?」

 

提督「ではお言葉に甘えて、そうさせてもらう。航空部隊の件はぬかりなく頼むよ、それじゃ。」

 

そう言って、直人は船倉へと潜ったのだった。

 

同じ頃、ある指示を受けて房総沖へ向かう深海棲艦、その中央に位置する重巡の艦上では、一人の女が思案に明け暮れていた。

 

 

 

「全く、なんだってのよ、この状況・・・海面上昇のデータが一致しないし、ジャミング波も薄くなってるし・・・。」

 

などと女はぼやく。状況が掴めていないのは霧とて同じことだった。彼女は自分達の旗艦から指示を受け、状況調査の為に横須賀を目指していた。

 

(状況調査、ねぇ―――本来はナガラ級がやる仕事の筈だけど、警戒するにしくは無いって事ね・・・“深海棲艦”とか言うよく分からない奴らを護衛に付けて貰ったけど、使えるの・・・?)

 

※(これから戦う相手に対しては使え)ないです。

 

タカオ「私は霧の重巡タカオ、どんな状況でも、必ず・・・!」

 

 

 

提督(必ず・・・勝つぞ・・・!)

 

何やら寝付けない模様。

 

 

 

12月26日午前7時19分 房総沖約24km

 

 

タカオ「やっとここまで・・・」

 

 

ヒュウウゥゥゥゥゥ・・・ン

 

 

タカオ「!?」

 

砲弾の飛来音が、大島と房総半島の双方の側から同時に周囲に鳴り響く。

 

 

バシュウウゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・

 

 

直後周囲のナガラ級に侵蝕弾頭着弾の独特の音が鳴り響く。

 

タカオ「砲弾にタナトニウム反応!? 一体誰が・・・」

 

狼狽するタカオ。その時、タカオの船体に侵蝕弾頭の酸素魚雷が突き刺さった―――。

 

 

 

同じころ、大島北東岸では、先遣された横鎮近衛艦隊の一隊が、沖合の敵艦隊に最大射程ギリギリの砲雷撃を試みていた。

 

金剛「巡洋艦部隊も徹底的に撃ちまくるのデース!!」

 

川内「了解!」

 

高雄「“分かっています! 斉射!!”」

 

 

ズドドドォォォーーー・・・ン

 

 

横鎮近衛艦隊は奇襲に成功した。敵艦隊は算を乱して隊列を崩しており、その狼狽ぶりが見て取れた。

 

川内「明け方の砲戦も、悪くない!」

 

そう言う川内の両腕には14cm砲の影は無く、代わって両手に20.3cm連装砲が握られていた。イメージとしては白雪が持っている主砲の様な感じであろうか。

 

金剛「霧島! そっちの状況は!?」

 

霧島「“房総半島側も連続射撃中です、砲身が赤熱しても撃ちまくります!!”」

 

金剛「OK! オールファイアでお客様を歓迎してあげるのデース!」

 

霧島「“はい! お姉様!”」

 

 

 

タカオ「一体、何が起きて!?」

 

一方のタカオは困惑の度合いを深めていた。

 

タカオ「敵の艦影はない、砲炎も無い、熱源反応だってない・・・なのにどこから・・・!?」

 

艦娘達は、房総半島と大島の双方共に沿岸部に散在する攻撃痕に潜んで発砲を続けていた。そこに水が入り込み一種のリアス線のような地形を形作っていたのである。

 

しかもこの時の横鎮近衛艦娘部隊の炸薬は、その全てが白く発火するよう調合されている。その白い砲炎は、海面の反射に紛れて判別困難となっていた為、奇襲の効果を高める事に成功した。

 

熱源探知でさえも、2万を軽く越す距離からの攻撃である以上、地形に身を隠す艦娘の体温などを捉えるのは困難を極める。

 

大島沖の海戦は、横鎮近衛艦隊側の伏兵による奇襲攻撃によって幕を開けたのである。

 

 

 

午前8時11分 大島南方約412km

 

 

提督「急げ! 敵は待ってくれんぞ!!」

 

妙高「は、はいっ!」

 

摩耶「うおおおおおお・・・!!」

 

一方の直人は、内火艇では間に合わぬと見るや即座に艤装へと武装をチェンジし、洋上航行へと切り替えていた。

 

提督「金剛! 状況は!?」

 

金剛「“概ねグッドデース! デモ、そろそろ気づかれると思うネー。”」

 

提督「航空部隊は?」

 

金剛「“深海棲艦に半数以上ブレイクしていって、その部隊はスコアを上げたケド、霧の船に突っ込んだ子達は殆ど撃墜されるか追い散らされたデース。”」

 

提督「奇襲の効果は?」

 

金剛「“バッチリデース!”」

 

直人はそこまで聞き出すと素早く思考を巡らせる。

 

提督(このまま行っても到着は昼を過ぎる、ここは作戦変更か・・・)

 

直人は短時間で結論を導き出す。

 

提督「金剛、敵を大島の南方に200km程釣り出してくれ。」

 

金剛「“ヤッパリ間に合いませんカー・・・。了解デース、このことあるを見越して、策は考えてありマース!”」

 

流石老練の名艦であった。そう直人が言うと当の金剛が心外そうに口を差し挟んだ。

 

金剛「“誰がオバサンデース!?”」

 

提督「そう言う意味で言ってないっ!」

 

金剛「“そう聞こえマース!”」

 

提督「それだけ経験を積んでるって事だよ、金剛。」

 

金剛「“ム~~~・・・。そう言う事にしてあげマス。”」

 

窮地を脱した直人であった。

 

こんな時でも普段と変わらぬ掛け合いがあるのも、この艦隊の長所であったろうか、その是非を言えるのは、この艦隊に属した者達だけであろう。

 

 

 

第1航空艦隊より飛び立った第1次攻撃隊は既に帰途についており、深海棲艦の水雷戦隊は1個が全滅寸前、2個が半壊した。

 

また霧側にも、タカオの前方正面に座位して集中砲火を受けたナガラ級1隻が大破、その他のナガラ級もクラインフィールドにダメージを受け、タカオも飛び込んできた魚雷1本を受け手傷を負う始末であった。

 

この様な状況下、横鎮近衛先遣隊は射撃を継続した。

 

だがそもそもなぜ金剛達の先遣隊は間に合ったのか。それは、直人が一つ策を弄したからだった。

 

その直人が弄した手品の種を、諸氏にお見せしよう。

 

 

 

12月26日午前5時53分 房総南西沖約250km付近

 

 

この日、夜明け前の房総沖は凪いでいた。

 

 

ザザァ~・・・ン・・・ザバアアアァァァァーー・・・ン

 

 

海鳥も飛ばぬ未明の海に突如姿を現したのは、イ401であった。

 

その後部甲板のハッチが、音を立てて開かれた。

 

金剛「下船! 各艦ミーティング通りに展開して下サーイ!」

 

艦娘一同「ハイッ!」

 

イオナから降りたのは、伏兵として派遣された先遣艦隊であった。

 

 

~イ401・司令塔~

 

群像「間に合ったか・・・。」

 

そう呟く群像と、

 

イオナ「なんとか・・・。」

 

ちょっとくたびれた様子のイオナ。

 

杏平「全くあの司令官とやらも、とんでもねぇこと思いつきやがる。」

 

いおり「“全くよ! ヒュウガが整備しながら走らせてギリギリって所だったもの・・・。”」

 

ヒュウガ「疲れた~・・・。」

 

モニターの向こうにはイオナの技術担当四月一日(わたぬき) いおりと、疲れて床に突っ伏すヒュウガの姿が。

 

手品の種、それはイオナの持つギミックの一つである、『高速巡航モード』というものである。

 

これは通常リミッターを掛けて抑えている機関出力を、一時的にフルパワーで運転する事により水中での高速航行を可能とするもの。

 

その速力は60ノットに達するが、連続で使える代物ではない。

 

だが直人の発案でヒュウガが艦に乗り込み、機関部で連続的に補修を重ねると言う荒業によって、19時間の連続高速航行を可能としたのだった。

 

織部「しかし、紀伊直人という人物も中々大胆で破天荒な事を考え着く人ですね。」

 

杏平「そうだな。」

 

群像「全くだ。」

 

破天荒でも実現の可能性あらばこそ、直人も無謀な事を考え着く指揮官ではない。少しでも可能性があれば、あらゆる可能性を計算し演算し、リスクを承知ででも行動するタイプの指揮官である。

 

 

 

金剛(さて・・・やりますか・・・!)

 

金剛は腹をくくった。

 

霧島(ここからが本番、ですね・・・。)キラーン

 

金剛「伊401ヘ、オペレーションプランB-1へ移行しマース!」

 

群像「“承知した。”」

 

イオナ「“がってん。”」

 

霧島「“では、私も動きますね。”」

 

金剛「グッドラックデース!」

 

 

 

午前8時22分、房総半島側の第2水雷戦隊及び、戦艦霧島、重巡愛宕が、プランB-1に沿って伏兵地点から一挙全速力で南進を開始した。

 

同時に金剛ら大島側も大島の南側へと移動を始める、当然砲火は絶やさず可能な限り撃ちまくる。

 

金剛達は背後の島に紛れて後退するだけでよいが、問題は霧島隊である。完全に崩壊したとはいえ敵の艦列を掠める様に突っ切る事になっていた。

 

霧島「霧島艦隊、敵に砲火を集中しつつ戦場を離脱します! 全艦、続けぇ!!」

 

神通「2水戦全速前進、敵の後尾を掠めて離脱します!!」

 

愛宕「いよいよねぇ♪」

 

既に魚雷は撃ち尽していたが、主砲弾はその残弾を全て撃ちまくる勢いで斉射を続ける。

 

ホ級elite「ギュア・・・」

 

陽炎「邪魔よっ!」

 

 

ズドオォォォン

 

 

ホ級elite「アアアア・・・」ザバァァァ・・・ン

 

 

 

タカオ「あれが、あいつらの言っていた“艦娘”ね。散々コケにしてくれちゃって・・・許さないわよ・・・!!」

 

同じころ霧島隊の動きに気付いたタカオも、怒りをその目に湛えて動く。

 

タカオ「全艦あの艦娘を追いなさい! 必ず仕留めて私のところまで持って来ること、いいわね!」

 

※(横鎮近衛の精鋭相手にそんなこと出来っこ)ないです

 

ホ級Flag「ギャオオオオオオオ!!」

 

深海棲艦の僅かな残存が決死の追撃を試みる。しかしその大半は痛手を受けて全速で追う事は不可能であり、タカオがそれを知る由は無かった。

 

 

 

午前8時49分

 

 

霧島隊は高速で敵の脇をすり抜ける事に成功、追撃を引っぺがして航行を続け、タカオからは遂に視認されなくなろうとしつつあった。

 

タカオ「逃げ足だけは早いわね・・・。」

 

タカオはそろそろ追撃をやめるべきか、と考え始めた。任務はあくまで状況調査であった為である。

 

 

 

金剛「oh・・・追撃が緩んでいるネー。401へ、餌をチラつかせてほしいデース。」

 

群像「“硫黄島への偽装航路でいいな?”」

 

金剛「YES、アクティブデコイを一つお願いするデース。」

 

 

~イ401・司令塔~

 

群像「分かった。杏平! 魚雷1番、アクティブデコイ、発射!」

 

杏平「了解! アクティブデコイ、発射!」

 

杏平は素早い手さばきで端末を操作しアクティブデコイを発射した。このアクティブデコイは、イオナが操作するナノマテリアル製のデコイ(囮)で、イ401そっくりの外見と推進音を放つ。このため聴音だけでは区別がつかないと言う代物である。

 

織部「さて、食らいつきますかね・・・。」

 

群像「さぁな・・・。」

 

 

 

タカオ「401の推進音―――!? 401がこっちに来ているという事・・・!?」

 

タカオは401の推進音を探知した時にはむしろ困惑したが、困惑こそすれタカオは決断する。

 

タカオ「だったら・・・401をまず手土産に沈めてあげるわ・・・。」

 

タカオはVLS発射管を次々と展開していく。だが時としてとことん間が悪い事はあるようで・・・。

 

 

 

金剛「ファイアーーー!!」

 

 

ズドドドォォォーーーーー・・・ン

 

 

川内「ってぇぇぇっ!!」

 

 

ドォンドォン・・・

 

 

金剛「深追いはしないで、幾らか撃ったら引きます!」

 

流暢な口調で金剛がそう言い放つ。

 

高雄「更に南へ釣り出す、という訳ですね。」

 

金剛「その通りデス。突撃デース!!」

 

 

 

タカオ「またあいつらなの? しつこいわね―――今度こそ逃がさないわ!」

 

 

ダアァァァンダアァァァン・・・

 

 

タカオが主砲を連射しつつこれを猛追せんとする。

 

金剛「指示通りに後退するデース!」

 

すると付かず離れずの距離で巧妙に金剛が下がる。

 

タカオ「誘い込まれている・・・? 一度速度を緩めましょうか。」

 

そうすると金剛が逆撃を仕掛ける。

 

金剛「ちゃんとついてくるデース、ファイヤー!」

 

タカオ「くううっ!?」

 

艦娘の放つ主砲弾は実際の砲弾並の水柱を立てる。深海の物もそうであるが、金剛が積む主砲は46cm砲、その威力は至近弾でも想像を絶する。

 

ましてそれが霧の持つ侵蝕弾頭と艦娘の艤装技術の融合体であるならば是非も無い。

 

タカオ「なんなのよ・・・あいつらは・・・!!」ワナワナ

 

タカオのメンタルモデルは、怒りに震えていた。

 

タカオ「当てる気の無い砲撃、追えば逃げるし退こうとすれば攻撃してくる、一体何がしたいの・・・?」

 

苛立ちを募らせていくタカオ、それもその筈、金剛達の任務は単なる挑発と誘引であった為、正確に狙いを定めている訳では無い。

 

状況は言わば千日手の鬼ごっこの様相を呈していた。というよりは、金剛達が巧みにその状況を作り出しているような状況だった。かといってどちらかがその状況を打ち切れば、それは互いに自らの死を意味した。

 

タカオ「こうなったら徹底的に追いすがってやるわよ・・・今に見てなさい!!」

 

とうとうタカオがブチギレた。

 

そして―――そこからは簡便なものだった。

 

考える事をやめ猛追に移ったタカオの速度に合わせて距離を保って退く金剛達、時にわざと速度を落として追いつけるかと見せかけてはまた元の距離戻すなどして、タカオの焦燥感は次第に高まっていった。

 

それこそが、金剛と直人の策応とも、気付かぬまま。

 

 

 

策応、とは言うものの、実際のところ直人も全ての状況を把握している訳では無かった。

 

金剛艦隊の損害状況や残弾状況、燃料はどうかなどがそれにあたる。

 

 

 

12月26日午前10時26分 大島南方沖330km

 

 

金剛(そろそろ、デスネー。)

 

金剛はそう呟いた。

 

霧島「お姉様!」

 

そこへ霧島が麾下分艦隊の艦娘を引き連れて追い付いてきた。

 

金剛「霧島! 無事でしたカー?」

 

霧島「全艦壮健です、お姉さま。さ、御指示を。」

 

霧島も他の艦艇にも目立った損害はない。

 

金剛(弾薬は全体として既に切れかかっている、燃料も残量6割・・・ここからは敵の足止めと火力分散、デスネ。)

 

素早く考えると金剛は指示を出す。

 

金剛「霧島たちはこの位置で正面から敵にアタックして、その間に左右に私達が回りマース。」

 

霧島「敵の火力を分散させるのですね? 了解です。」

 

金剛「401、侵蝕魚雷の量はどのくらいデスカー?」

 

イオナ「“今ある分は6本、あとはサイパンで補給分を作って貰っている分だけ。”」

 

金剛「十分デース。敵の焦りを誘いマス、その内の2発と音響阻害デコイをお願いするデース。」

 

群像「“・・・成程、了解した。”」

 

それから少し間を置いて、タカオと艦娘達のソナーは使用不能となった。

 

金剛「oh・・・これは耳にきついネー・・・。」←さり気なくソナー使用可

 

川内「そうねぇ・・・。」

 

顔をしかめてソナーを切る二人。因みに一つ言っておくと、本来は戦艦もソナーは搭載している。メタく言えばゲーム内で戦艦がソナー搭載できないのはおかしいのである。(艦隊防空値宜しく艦隊対潜値新設すれば生きるのにね。)

 

霧島「撃てぇッ!!」

 

 

ドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛「高雄と第6駆逐隊は私と左翼へ、残りは右翼へ展開デース!」

 

高雄「はいっ!」

 

響「Понятно(パニャートナ)(了解した)。」

 

川内「OK! 皆、もうひと暴れだよ!」

 

初春「承知!」

 

白雪「全力で行きます!」

 

神通「ここで敵を抑えます、全力射撃を続けて下さい!」

 

愛宕「はーい♪」

 

陽炎「勿論!」

 

不知火「そのつもりです。」

 

黒潮「いくでぇ!!」

 

そこからその一帯には、連続して砲撃音が響き渡った。

 

その後方から、一つの影が接近しているのには気付かなかったが。

 

 

 

午前10時47分

 

 

しかし、相手は仮にも霧であった。その怒涛の猛攻を前に、艦娘達は図体の小ささと持ち前の火力で対抗する。が―――

 

金剛「くっ!」ザザザッ

 

高雄「そろそろ、しんどいですね・・・。」

 

金剛隊が徐々に音を上げ始め―――

 

 

霧島「残弾後僅か・・・援軍は・・・!」

 

神通「うっ―――ぐ・・・。」

 

霧島隊も弾薬欠乏間近、神通も大破という状況になって、戦線維持は絶望的となった。

 

陽炎「このっ、このっ!!」ドォンドォン

 

 

カチッ

 

 

陽炎「ッ!!!」

 

不知火「陽炎も弾が尽きましたか・・・。」

 

陽炎「不知火も・・・!?」

 

黒潮「うちもや・・・。」

 

陽炎「・・・!!」

 

第十八駆逐隊、戦闘能力喪失。

 

 

川内「いい加減、提督が来ないと持たない!!」

 

白雪「無い物ねだりしたって、弾は増えませんよ!!」

 

川内「分かってる、けど・・・!!」

 

 

 

金剛「まだデスカ・・・提督・・・!!」

 

雷「もう弾が無いわ!!」

 

電「私もなのです!」

 

響「私は後僅かかな。」

 

なんできっちり弾を保持してるんだ響よ。

 

高雄「私も、大破した2番砲の弾を入れてもあと少しです・・・。」

 

金剛「くっ・・・。」

 

思わず金剛が臍を噛んだ。

 

 

 

満潮「もう、だめなのかな・・・。」

 

夕立「諦めちゃダメっぽい!! 提督さんが必ず来てくれるから!」

 

神通「そう、です・・・私達を、信じてくれた提督を、私達が信じなくて、どうするんですか・・・。」

 

愛宕「神通、無理をしないで・・・!」

 

満潮「でも、もし来なかったらと考えちゃうと、ぞっとしない↘わね―――」

 

と言った満潮の声が最後の辺りで小さくなった。

 

時雨「・・・?」

 

神通「何・・・?」

 

 

 

ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・ン

 

 

それは最初、ほんの微かな、それこそ風にかき消されるような小さなエンジンの音。

 

 

 

高雄「この音って・・・?」

 

金剛「この音は・・・!」

 

 

 

ブウウウウウウウウウ・・・ン

 

 

しかし、その音は次第に近づいてくる。それにつれて音も大きくなる。

 

 

 

川内「これは・・・。」

 

白雪「やっと、来ましたね。」

 

 

 

ゴオオオオオオオオ・・・

 

 

神通「全く・・・」

 

霧島「来るのが遅いですよ・・・。」

 

夕立「た、助かったっぽい~・・・?」

 

時雨「気を抜くの早いよ夕立・・・。」

 

 

 

タカオ「今度は何だっていうのよ!?」

 

タカオが次々と起こる状況の急変に狼狽する。

 

 

 

こんなところに“4発機”で飛来する者など、一人しかいないであろう。

 

その4発機はタカオの正面から接近するや、その下面を左右に開く。

 

そして開かれたところから、一人の人影が舞い降りた。

 

 

 

提督「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

直人は金剛らが苦戦する事はお見通しであった。

 

であるが故に大急ぎで内火艇を呼びつけ、艤装を最低限必要なものに絞り、更に近接戦闘装備と、それと別にある武器を錬金して携え、連山改の爆弾槽に乗って前線へと馳せ参じたのである。そして今に至る。

 

因みにこの挺進は全く作戦の埒外に置かれていた。というのは、これはその場の思い付きに因る直人の独走だったからだ。後で本隊からの叱責は免れまい事は承知していたのだが。

 

そして降下を開始したこの時このタイミングで、タカオのクラインフィールドに二条の閃光がほとばしる。

 

金剛「あれはっ、401の侵蝕魚雷デース!」

 

 

 

イオナ「タカオのクラインフィールド、消失。」

 

この侵蝕魚雷は完璧な偶然だった。元々艦娘達が動けなくなればイオナ達の出番だったからだ。

 

群像「ドンピシャのタイミングで空から舞い降りようとするとは、無茶が過ぎるな。」

 

杏平「ま、間に合ったんだからいいじゃないっすか?」

 

群像(お手並み拝見、だな。)

 

 

 

思わぬ方向からの御膳立てに、直人は思わず顔をほころばせる。

 

提督「粋な事をしてくれたもんだ、よぉし、そんじゃ派手にやるか!!」ガチャッ

 

そう言って直人は持ってきた武器を構える。

 

SMAWロケットランチャー、米海兵隊他が採用している軽便な多目的火力支援火器である。対戦車榴弾や通常の榴弾の他、数種類の弾頭を運用できる。

 

提督「デケェの一発、持ってけ泥棒!!」

 

 

ドシュウウウウウゥゥゥゥゥゥ~~~~~~~・・・

 

 

直人の裂帛の気合と共に、その一弾はタカオのメンタルモデルに向かった。

 

消失したクラインフィールドに、タカオはすぐにそれがイオナの仕業とは気づいたものの、空から迫る一弾の正体に、タカオは驚きを禁じ得なかった。

 

タカオ「タナトニウム反応、侵蝕弾頭!? まさか・・・ただの人間が、なぜ!?」

 

 これが錬金術の成果であった。尤も彼の場合、錬金術とは言葉のアヤでその正体はとどのつまり、構成因子を一度完全に分解し、不要な因子と必要な因子を外部から交換して再構築すると言う、高等魔術の最上位に近い魔術なのである。

故に空気を構成する酸素や窒素からも、物質を生成できるという訳である。無論貴金属などになると因子を集めるのも難しく、錬金に時間がかかるのは言うまでもない。

 

タカオ「重巡洋艦を、舐めるな!!!」

 

タカオが自分の正面にバリアを形成する。そのバリアに、直人のランチャーから放たれた侵蝕弾頭が直撃する。

 

 

バシュウウウウウウウウウウ・・・

 

 

タカオ「くっ・・・!」

 

タカオは顔をしかめるが、これを何とか防ぎきる。

 

提督「―――つむじ風。」

 

そう直人が呟いた瞬間、タカオの艦首に猛烈な上昇気流が起きる。それによって勢いを相殺した直人は、無傷でタカオの船首楼に着地した。

 

タカオ「っ!!」

 

タカオは侵蝕弾頭に気を取られるあまり、艦への侵入を許してしまったのである。

 

提督「ふぅ、上手く行ったか。」パッパッ

 

直人が純白の軍服に付いた埃を払う仕草をしてみせる。

 

 

 

金剛「oh・・・。」

 

金剛が顔を覆った。

 

高雄「無茶苦茶ですね・・・。」

 

何も聞かされていない艦娘達は一様に驚きを隠せない。

 

響「司令官は勝算の無い戦いはしない、そうだよね? 金剛さん。」

 

金剛「そ、そうデース。提督にはきっと、勝算があるのでしょう・・・。」

 

 

 

川内「あーっ! 長ドス1本で殴り込みって何楽しそうなコトしてるの提督ぅ!!」

 

と川内がずるいと言わんばかりに訴える。

 

提督「“お前も来るか~? 体力余ってればだけどね。お前確か昼にあまり強くないだろ。”」

 

川内「うぐっ・・・。」

 

二の句も無い川内である。実は昼間に弱い川内は、哨戒班でも夜間哨戒に回してもらうよう融通されているのだ。

 

提督「“分かったら今回は黙って人の戦いぶりを観戦するんだな。”」

 

そう言うなり直人はインカムの電源を切る。

 

 

 

提督「さぁて、やるかね。」

 

タカオ「人の庭に無断で、土足で踏み込むなんて、いい趣味してるじゃない。」

 

提督「そりゃどうも。ついでに言うと、俺達は戦うのが生業でしてね、あなた方の存在を許容出来ない以上排除せざるを得んと、こういう次第な訳です。」キュッ

 

言いながら直人は薄手の白い手袋をはめていく。その左手の甲には、淡い橙色に輝く魔法陣が。

 

直人が持ってきたのはDE2丁と極光・希光だったが、直人はこの時点でこれらを使う気はなかった。むしろこれより遥かに強力な攻撃手段を用意したのだった。

 

タカオ「私としても、あなたのような人は許容し得ないわね。」

 

提督「ならば是非も無し。正々堂々果たし合おうぞ。俺の名は紀伊直人、横鎮近衛艦隊司令官だ。一艦隊の提督と思って貰えばそれで結構。名を名乗って頂こう。」

 

タカオ「フン。私は霧、東洋方面第1巡航艦隊所属、重巡タカオよ。」

 

提督「タカオか、我が艦隊にも同名の艦娘がいるな。だが、その様な事は今はどうでも宜しい。」

 

直人が白金剣(双剣)を錬金する。

 

提督「我らはただ、力によって語らうのみ。」

 

タカオ「そうね・・・。」

 

2番砲塔の上に佇むタカオもナノマテリアルで剣を形作る。

 

提督「・・・。」

 

タカオ「・・・。」

 

数秒とも数瞬ともつかぬ時間が、両者の間を流れる。

 

提督「・・・。」ザッ

 

タカオ「・・・!」

 

直人が、身構える。

 

提督「いくぞ!!」ガシャン、タタタタタタ・・・

 

タカオ「ふん!」タン

 

直人が足以外の艤装を外して一気に走りだし、タカオが砲塔から艦首側に飛び降りる。

 

タカオ「簡単に近づけさせないわよ!」

 

そう言うとタカオは着地して、ヘキサゴン4つを組み合わせたバリアを直人めがけて撃ち出す。

 

提督「そんなちんけなもので・・・」ヒュッ

 

それで直人を吹き飛ばそうとしたタカオだったが直人は右手の剣を振りかぶる。

 

提督「止められる俺ではない!」ブン

 

バリィィィィィーーーン、とガラスが砕けるような音を立てて、バリアは砕け散った。直人の白金剣は―――――無傷。

 

タカオ「なっ・・・!!」

 

提督「やはりな。世界線が異なれば、その特異性を破る術はある訳だ。その程度のナノマテリアルは俺の白金剣には通じん!」

 

白金という物質は、耐久性は兎も角剛性はないが密度が大きいと言う特徴を持つ。しかし直人は錬金した白金剣に強化魔術を施す事で、実際の値からかなり水増しさせている。

 

分かりやすい所を言えば、モース硬度の値では白金は4~4.5である。(鉄が4、銅が3、タングステンは7.5。)

ところが直人の白金剣はモース硬度換算でおおよそではあるが、5.5前後相当である。即ち鉄よりも硬い白金が出来上がるのだ。

 

タカオ「そんなっ・・・!!」

 

その事を知る筈も無いタカオは驚愕して目を見張る。

 

提督「“ただの人間”とタカをくくったツケは高いぞ? セイヤァ!!」ヒュバッ

 

 

ガキィィン

 

 

直人は右の剣を横一文字に振り抜くと同時に左の剣を縦に振りかぶる。

 

タカオ「くっ!!」グラッ

 

スピードが最大に乗った最初の一撃をもろに受け止めてしまったタカオは態勢を崩していた。

 

提督「そこっ!!」

 

タカオ「まだよっ!」

 

 

ガイィィィン

 

 

直人の一閃は弾き返される。

 

提督「むっ、やるな。」

 

タカオ「当然よ、私は霧なのだから。」スタッ

 

直人が弾かれて態勢を崩した隙にタカオはバックステップで距離を取っていた。

 

提督「白兵戦闘ではらちが明かない、か。だが折角だ、本気を出すかね。」

 

そう言って直人は練成した剣を魔力へと還元し、左手に力を込める。

 

提督「結界制御術式弐式、解除。」ゴオッ

 

左の手袋に刻まれた魔法陣が、真紅の煌きを放つ。そして直人の背後に5本の白金剣の柄が現れる。

 

『白金千剣の重複発動』直人が自らリミッターを掛け封じた一手が、今再び炸裂する。

 

タカオ「な、何が・・・!」

 

提督「天と地の狭間には、誰もが思いもよらぬことがあるという事を知るがいい。」ダン

 

直人は一気にタカオの懐へ飛び込む。

 

タカオ「突撃一辺倒、そんな事で私には勝てないわよ!」

 

提督「いくぞ。」シュパッ

 

直人が背後の剣の内2本を取り出す。

 

次の瞬間―――――斬撃の嵐が起こった―――――。

 

提督「“殺劇舞踏剣”。」

 

 

ガキキキキキキキキキキキキキキキキ・・・

 

 

神速で放たれる直人の斬撃は白い剣閃をたなびかせ、必死にガードするタカオを滅多打ちにする。

 

タカオ「ぐううううう!!!」

 

タカオには退く術が無かった。退けばやられる、それが分かっているからこそ尚更であった。

 

提督「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

ヒュババババババッ

 

 

タカオ「はぁっ!!」

 

 

ガキキキキキキィィィン

 

 

例え直人の剣が砕けても、その還元された魔力から新たな剣が背後に練成され、それはまるで、無限に剣を生み出し続けるかのごとき眺めである。

 

タカオも剣が砕かれた先から再構築して防ぎ続ける。が、霧の演算能力にも限界は存在していた。

 

 

 

直人が本気を出して数分、激しい打ち合いは未だ続いている。

 

金剛「つ、強過ぎデース・・・。」

 

これにはさしもの金剛もたじたじである。

 

高雄「提督はご自身も武芸者だったのですね・・・。」

 

 

 

時雨「相変わらず凄いね・・・。」

 

夕立「白兵戦技演習、またやるのかな・・・っぽい。」

 

陽炎「あんな化け物と戦うなんて金輪際御免被りたいわね!」

 

不知火「そうですか? 私は鍛錬を怠っていませんが。」

 

朝潮「次は勝ちますよ・・・必ず。」

 

陽炎「ハ・・・ハハ・・・アハハハ・・・。」

 

その心意気に乾いた笑いしか出ない陽炎である。

 

神通「提督を化け物扱いですか・・・。」

 

18駆(いやいやあなたも例に漏れませんよ!?)

 

息はピッタリである。

 

 

 

提督「ぬぅ・・・!」

 

直人がバク宙3つで距離を取った。

 

タカオ「な・・・なんて、強さなの・・・。」

 

バリアを再構築しながら言うタカオ。攻撃が終わった事で漸く修復が余裕を持って出来ると言う様な有様であった。どうにか破らせない様にするので精一杯だったのだ。

 

提督「ゼェ、ゼェ、ゼェ・・・」

 

あの直人が息を切らしていた。川内や他のどの艦娘と戦っても整然としていた直人が、である。

 

提督「はっ・・・同じ化け物同士・・・強くて当然、だわな・・・。」

 

タカオ「人間からすれば、私達は化物でしょうね。最も、私から見れば、あなたも十分化物だけれど。」

 

提督「化物、ね・・・確かに魔術、それも錬金術なんて異質な代物を扱える人間なんてのが、化物でない道理も無いな。」

 

直人は強いて言うと、アルケミーソルジャーとも言うべき魔術師である。普段扱う分に彼の魔法は錬金術であるが、彼の錬金術は何の不自由なく戦闘へと転用できる。

 

更に言えば、彼の錬金術は戦闘にこそその真価を見出すタイプなのである、これを異質と呼ばざるして何と呼ぶのか。少なくとも私は他に適切な表現を知らない。

 

タカオ「魔術・・・ね・・・。」

 

提督「だが、敵に知られたからにお前は容赦無く潰す。完膚なきまでに、己が一撃を以って。」

 

そう言った瞬間、直人の左手に付けられた純白の手袋、それに刻まれた魔法陣が、より一層輝きを増す。同時に膨大な魔力が渦を巻き、大気がそれに釣られ風が起こる。

 

タカオ「な、なに―――一体・・・なにが・・・!?」

 

提督「俺の本気の剣を受け止めたことは褒めてやる、俺にここまでさせたこともだ。ならば俺の今の全力、受けてなお立てるかな・・・?」

 

 

――――こんなに愉しい事は、久しぶりだ・・・。――――

 

 

直人は心の底からこの戦いを愉しんでいた。その表情は酷薄な、残酷な笑みを浮かべ、その魔力はとめどなく溢れ出す。

 

提督「征くぞ・・・結界制御術壱式、参式、解放。」

 

この解放は、直人の総力の7割を解放したのと同義であった。

 

直人はその魔術を、複重封印によって能力を制限している。それが結界制御術式であるが、そのプロテクトは五重にかけられている。

 

その内最も攻撃的な3つを解放した、これの意味する事は――――――

 

提督「(つるぎ)の門よ開け―――!」

 その瞬間、弐式解放の時に起こった現象が、その規模を数十倍にして起こった。直人の背後に、次々と剣が現れる。それも、切っ先を前にして。

結界制御術式壱式が封じている能力は『結界内物質の物理的取り出し』。要するに直人の内的宇宙に貯蔵されている白金剣を、ひとつの物質として物質界に取り出す能力である。

 

提督「さて、千本の白金剣だ。霧と言えどこれを防げるか?」

 

直人は勝利を確信した。しかし彼は急速に醒めていった。

 

タカオ「そん・・・な・・・。」(負ける・・・!? この私が、人間ごときに・・・!!)

 

提督「終わりだ・・・。」スッ

 

直人が右腕を掲げる。

 

タカオ「くっ・・・!!」

 

タカオも慌てて正面に大きなバリアを張る。

 

「フルファイア。」バッ

直人が腕を正面に振り下ろす。それと前後して千の剣がタカオめがけて一斉に飛翔した。

 

タカオ「っ!!?」

その速度は亜光速に近かった。

 これが結界制御術式参式で抑制している能力『錬金武器の遠隔操作』によるものだ。これに関して言えば、抑制効果はある程度残し、全力は出せない様にしているという二重プロテクトだが、それを解放した場合最高速では、限りなく光速に近いスピードで剣が飛び行くと言う凄まじい状態になる。

 パリィンとまるで小さなガラスが砕けたような音を立てて、タカオのバリアはあっさりと破られた。

 

タカオ「っ―――!!!」

 アインシュタインの相対性理論はご存知であろうか。それによれば、物体は光速に近づくにつれ質量を増すとされている。それが期せずして立証された結果だったが、タカオには最早これを止める術はなかった。

 

提督「――――!」

 

タカオ(終わり、ね・・・。)

 

 

 

群像(やはり、その程度の器か・・・。)

 

群像は心中で失望を覚え始めていた。

 

杏平「ヒュ~ッ、つくづくトンデモねぇなあいつ!」

 

静「でも、これでタカオは・・・。」

 

 

 

タカオ「・・・?」

 

 

ヒュオオオオオ・・・

 

 

提督「―――フッ。」

 

タカオのメンタルモデルはおろか、他の船体にも、その剣は刺さってはいなかった。

 

タカオ「・・・何のつもり?」

 

タカオに向かった剣は、その全てがメンタルモデルを取り囲んでいた。それこそ少しでも動けば、刺さる位の隙間しかない。

 

提督「分からん、か。」

 

タカオ「・・・そうね。」

 

提督「ではこういう事だ。」

 

そう言って直人はインカムの電源を入れた。

 

提督「こちらノーライフキング、霧の重巡タカオを鹵獲した。全艦警戒体制に移行、状況終了だ。」

 

 

 

霧島「はぁ―――肝が冷えますよ、司令・・・。」

 

神通「やはりお強いですね、提督・・・。」

 

朝潮「終わりましたか・・・。」

 

陽炎「やったわね、不知火、黒潮!」

 

不知火「えぇ、そうね・・・。」

 

黒潮「バッチリやで!」

 

陽炎&朝潮「いや主砲飛ばされといてそれはない。」ビシリ

 

黒潮「うぐっ、そ、そんなとこ気にせんでええやろ!!」

 

実はタカオの実弾射撃を喰らった黒潮の主砲、大破して行方不明になっていた。むしろそれだけで済んだのが幸運だったとも言えるかもしれない。

 

 

 

金剛「ノーライフキングって、センスェ・・・。」

 

高雄「どう言う意味なんですか?」

 

金剛「英語で不死者という意味デス。」

 

響「まぁ、気分で変えてるみたいだし、いいんじゃないかい?」

 

金剛「違いないデース・・・。」

 

雷「終わったわねぇ・・・。」

 

電「弾丸も魚雷も無いのです・・・疲れたのですぅ・・・。」ウツラウツラ

 

眠たそうだ。

 

 

 

川内「ふぅ~、終わった終わった~・・・。」

 

白雪「今回ばかりは覚悟決めましたよ川内さん・・・。」

 

川内「まぁ結果オーライって事で!」

 

初雪「それより、早く帰りたい・・・。」

 

初春「同感、じゃな。それにしても無茶な事をやりおるのう、あやつは。」

 

若葉「それが、私達の提督だ。」

 

初春「ふっ、そうじゃな。」

 

 

 

群像「成程、寸止めか。」

 

群像はこの始末を見て、失望しかけていた自分の認識を改めるのだった。

 

杏平「どうします~? 艦長。」

 

群像「全艦警戒態勢、そのまま待機。」

 

杏平「了解。」

 

イオナ「了解。」

 

 

 

タカオ「私が容易く鹵獲されると思っているの?」

 

提督「死にたかったらいいんだよ? いつでも抵抗してくれれば。分かったら、サイパンまでご同行願おう。言っておくがね、君達がユニオンコアと呼ばれるコアが核である事は聞いてるんだ。」

 

タカオ「くっ・・・。」

 

それを知られていては手が出せない――と臍を噛むタカオである。

 

提督「それに自力で行くのが嫌なら曳航しても――」フッ

 

タカオ「分かったわよ! 行けばいいんでしょう?」ギャース

 

とうとうぶっきらぼうになって言ったタカオである。

 

提督「結構。では行こうか。」ガチャッ

 

そう言うと直人は置いた艤装を再装着して艦を降りたのだった。

 

タカオ「―――はぁ・・・、勝てないわね、私では・・・。」

 

タカオは最早そう分析せざるを得ないのであった。

 

こうして大島沖海戦は、横鎮近衛側にも大なり小なり損害が出た。しかしそれと引き換えにタカオという有力な敵艦を鹵獲する事に成功したのであった。

 

大破した艦は神通のみ、あとは艤装の一部を吹き飛ばされたり、被弾したが大して支障の無い程度の範囲で済んでいたことは、霧との交戦では幸運と言えたのだった。

 

 

 

明石「提督~!」

 

直人達が針路を南に取った頃、漸く本隊が追いついて来た。11時29分の事である。

 

提督「おーう!」

 

明石「御無事でしたか、よかったぁ・・・って、本当に鹵獲してたんですか・・・。」

 

タカオ「・・・。」プイッ

 

提督「ワタシテイトクウソツカナーイ。」(爆

 

棒読みで言った後何故かツボる直人である。

 

明石「ハハハ・・・大きいですね・・・。」

 

提督「そうだな・・・戻ったら造兵廠のドックに係留しておいてくれ。」

 

明石「わ、分かりました・・・。」

 

流石にたじたじとなった明石である。

 

島風「ごめんね提督、間に合わなくて・・・。」

 

長良「司令官聞いて下さい、この子ったら――――」

 

提督「一人で飛び出そうとしてた、か?」

 

直人には予想通りだったし予見もしていた事だった。

 

長良「そ、そうです、止めるの大変でしたよ・・・。」

 

そう愚痴をこぼす長良に直人はこう言う。

 

提督「いや、むしろ島風には単独で救援に向かった方が良かったかもしれんよ?」

 

長良「ど、どういう事ですか?」

 

提督「前線部隊の状態を見てみろ、弾薬を使い果たし万策尽きていたんだ。1隻でも増援が欲しかった筈だよ?」

 

長良「戦況を掴む事も大事、という事ですね・・・勉強になります。」

 

そう締めくくる長良だった。

 

蒼龍「何で置いて行くんですか!」

 

摩耶「そーだそーだ!」

 

ブーブーと文句を言う艦娘2名。

 

提督「いやまぁ・・・その、なんだ・・・すまなかった。」ペコリ

 

素直に頭を下げた直人、まぁ本隊を置いて一人で飛び出したのだから二の句も無いのだが。

 

摩耶「いっ、いやいやいや! 謝るな謝るな! 俺達は別に怒ってる訳じゃねぇんだからよ、なっ?」

 

蒼龍「そ、そうですよ! 一応聞いて置きたかっただけで別に怒ってるなんてそんな事は・・・。」

 

焦るご両名である。

 

扶桑「すみません、遅れてしまって・・・。」

 

提督「いや、いいんだ。今回本隊は予備部隊だったしな。」

 

扶桑「そう、なのですか・・・?」

 

提督「うん、今回はスピード勝負だったし、ああでもしなきゃ間に合わなかった。もし万が一の事があった場合に投入するつもりだったんだ。」

 

扶桑「そう言う事でしたら、いいのですが・・・。」

 

赤城「提督、申し訳ありませんでした。」

 

突然謝る赤城。

 

提督「ん? なぜ謝るんだ赤城。」

 

赤城「私達は航空隊に、目標の周知徹底を完遂できず、犠牲を増やしてしまいました・・・。」

 

提督「謝意は無用だ。一度の失敗は一度の成功で補えばよい、百戦して百勝という訳にも行かん。それに今回の事で航空隊の認識も変わるだろう。“触らぬ神に祟りなし”とな。」

 

そう。今回の戦闘でタカオは、自身に攻撃を加える航空機にしか迎撃をしなかったのだ。これは、深海側の霧との共戦協定の甘さ故の失敗であった。

 

赤城「は、はい・・・。」

 

しかしそれでも表情の晴れない赤城に、直人はこう言った。

 

提督「・・・赤城よ。」

 

赤城「はい?」

 

提督「世の中というのはままならぬものでな。人の心理という奴は、必然的により大きな功績を立てようとする物らしい。だが恐れを知らぬ者程命知らずな者もいない。恐れを知らぬという事はつまりそれを“慢心”という訳だ。」

 

赤城「つまり、今回はそれを晴らすきっかけ、と仰られるのですか?」

 

提督「そうだ。よって謝意は無用、今回の反省を生かし次回以降に期待させてもらう。以上だ。」

 

慢心によって戦に敗れるなら、それを晴らすきっかけさえ与えればよい。そしてその際極力小さな負けに留めるならば、授業料としては安い位である、という訳である。

 

榛名「提督、御無事で良かったです。金剛姉さんも。」

 

比叡「お姉様が心配で心配ですぐにでも飛び出したかったですよ~~。」

 

心配性な比叡である。

 

霧島「まぁまぁ比叡? こうして無事で帰ってこれたんだし、いいじゃない。」

 

比叡「それはそうですけど・・・。」

 

白露「どんな感じだった? 夕立!」

 

夕立「凄い弾幕だったっぽい~・・・。」

 

時雨「流石に、休みたいね・・・。」

 

提督「・・・そうだな、帰ったらみんなうんと休もうか。」

 

村雨「哨戒はどうするの?」

 

提督「航空隊に任せるさ。」

 

村雨「成程ね。」

 

摩耶「姉さん達、大丈夫だったか?」

 

愛宕「何とかね~。」

 

高雄「今は食事より睡眠が欲しい気分よ・・・。」

 

摩耶「だ、だろうなぁ~・・・。」

 

提督「・・・そういえば、だ・・・要領のいいお前達だ、どうせドロップ判定出来る様なのは拾ってるんでしょ?」

 

金剛「お見通しデシタカー・・・。」^^;

 

提督「はぁ~・・・。明石はもう少し休憩時間が遅くなりそうだな。」

 

明石「判定可能品と不可能品の選別、ですね・・・。」

 

提督「頼むわ・・・。」

 

その直人本人も、疲労がかなり蓄積していたのは確かであるが・・・。

 

 

 

――――???――――

 

タカオ「・・・。」

 

ヒュウガ「どうしたの~?そんなに不貞腐れて。その様子じゃ、余程悔しかったみたいね~。」

 

タカオ「当然でしょう? 生身の人間に霧が負かされたのよ?」

 

イオナ「タカオの敗因は、人間を甘く見ていた慢心によるもの。」

 

タカオ「401に言われなくても分かってるわよ・・・。」

 

ヒュウガ「でもなーんで大人しくついてきた訳?」

 

タカオ「それは――――」

 

 

 

実際の所、タカオは抵抗することが出来なかった。それは、今タカオと並走しているイオナの仕業、というよりはそれを指示した群像、果てはそれを依頼した直人のせいである。

 

 

 

提督「千早艦長、タカオの武装ロックというのは、出来るものなのかい?」

 

群像「“あ、あぁ―――可能だそうだが。”」

 

提督「ではお願いしたい、俺がよしというまでロックして置いてほしい。港で暴れられても困る。ドックであれば水を抜いて置けるが洋上ではそうもいかんし、武装ロックをしないと、ドックの隔壁ぶっ壊されても文句は言えん。」

 

群像「“了解した。”」

 

提督「戻ったらうちの設備でイオナを整備しよう、今回の様な無理は、もうしないさ。」

 

群像「“そう言って貰えると助かる。”」

 

 

 

タカオ「そっちこそ、なんであなたが401と一緒にいる訳?」

 

ヒュウガ「そりゃぁ勿論イオナお姉様を守る為よ。」

 

タカオ「・・・そう。」

 

これについては話しても無駄だと悟り話題を切り替える。

 

タカオ「ところで、なんであなたは、人間を―――千早群像を乗せているの?」

 

ヒュウガ「なぁに ?うらやましいの~?」ニヤニヤ

 

タカオ「そうじゃないわよ!/// で?401、なぜなのかしら。」

 

イオナ「それが、私の中にあった唯一の命令だから。」

 

タカオ「・・・そう。」

 

タカオは、ひとまずそれで納得するのであった。

 

提督「全く・・・最初は沈める筈が、とんだ大取物だったな。」

 

金剛「ハハハ・・・。」

 

比叡「お姉様、お怪我も無いようで安心しましたぁ~。」

 

 

 

タカオ「・・・。」

 

ヒュウガ「あなたいつまで不貞腐れてるつもりよ?」

 

タカオ「知らないわよ・・・。」

 

群像「まぁ、作戦は脇道に逸れたが、結果オーライって所か。」

 

イオナ「タカオの無力化という、目的そのものは成功している。」

 

群像「紀伊直人、中々豪胆な指揮官だ。」

 

タカオ「・・・。」

 

杏平「ま、あの部下達は肝冷やしまくりだろうけどな。」

 

 

 

タカオ(人間というのは、我々には理解出来ない思考をする生き物。でもその為に予想を超えた作戦を編み出してくる、という事ね・・・。)

 

事実その分析は正鵠を射ていた。直人はタカオに嫌がらせの攻撃をして逆上させる事で、タカオの思考を一本化し、超重力砲とフィールドのエネルギー放出を事実上封殺した。更に艦娘の速度を生かしたヒットアンドアウェイで更に怒りと焦りを増大させ、追撃の手を緩めさせなかった。

 

その総仕上げに、第1艦隊が飽和攻撃で耳目を引き付け、イオナで無力化できるだけの損害を与えるという手筈だったものを、直人が直接降下して決着をつける、という体裁を取ったのだった。

 

タカオ(じゃぁ、人間というユニットを乗せれば、私も強くなれるの・・・?)

 

 

 

提督(タカオに協力の依頼を出すべきだな、これは。)

 

一方の直人は今回の戦訓から、艦娘で正面から霧と渡り合うべきではないと見ていた。実際、弾薬が尽きるまで撃っても、タカオは沈まなかった。

 

提督(俺が駆けつけなかったら、今頃金剛達の艦隊は壊滅していた筈だ。その相手に本隊をぶつけても、撤退の時間稼ぎで精一杯だっただろう。航空攻撃は実質無効な以上、艦娘は霧に対し有効打になり得ない・・・。)

 

これも正確な分析だった。いくら本隊が強力な戦艦と重巡から成ると言っても、艦娘の戦艦2隻がかりでもあのクラインフィールド、しかも重巡級のそれを破るには至らなかったことから、例え本隊が来てもその効果の程は疑わしい。

 

しかも重巡級と違い、大戦艦級ともなればその強固さは比較の段ではない。重巡級は火力では引けを取らないものの防御面では一歩譲る程度のスペックだ。まして巡航潜水艦(イオナ)などでは比較するまでも無い。

 

提督(艦娘が霧と互角の一歩手前であるならば、やはり・・・。)

 

直人は結局の所、大局の勝利を望んでいた。つまり彼自身の手による戦略的勝利を、叶うならば、味方の血を、流させる事無く―――。

 

 

~ハワイ沖~

 

「鹵獲された、か・・・。」

 

「ふんふふ~ん♪」

 

ハワイ沖に静かに佇む二つの鋼鉄の城。片方は戦艦級、もう片方が重巡級。重巡級のメンタルモデルは、ご機嫌な様子でピアノを弾いている。

 

「ハルナ、キリシマ。」

 

キリシマ「“コンゴウか。”」

 

ハルナ「“何かあったのか?”」

 

コンゴウ「どうやらタカオが何者かによって拿捕されたようだ。マヤと共に行方を追い救出して来い。」

 

キリシマ「“分かった。”」

 

ハルナ「“もし仮に、タカオが『敵』に同調した場合は、どうする?”」

 

コンゴウ「それはアドミラリティ・コードに逆らったと見做し、その場合、撃沈して構わない。」

 

ハルナ「“・・・了解。”」

 

それは間接的とはいえ紛れも無い、直人達サイパン特根隊に対する追撃命令であった。

 

コンゴウ「―――聞いていたな、マヤ。」

 

マヤ「はいは~い、いってきまーっす♪」

 

マヤはピアノから立ち上がると、艦を動かし前進を始めた。

 

コンゴウ「艦娘、か・・・それほど侮れぬ敵なのか、それとも・・・。」

 

コンゴウは、目の前に現れた未知の敵に、思いを巡らすのであった。



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第2部4章~制号作戦―中編―~

気付いたら600ページ書いていた天の声です。
(エブリスタ時代のお話、1ページ1000文字なので概算60万文字になります)

青葉「最後には何ページになるのだろうと思いました。どうも、青葉です!」

イヤホントその懸念はある。アルペイベ編中途でこの様だから、これ完結時には数百万文字とか書くんじゃないかな。

青葉「真面目にあり得るんでやめて下さい。」

せやな、そもそもそこまでやる気が続くのでしょうかね。

青葉「それはあなた次第でしょうに。」

分かってます。着地点は既に見据えています。少しだけお話すると、その着地点に吹雪が密接に・・・というか吹雪のお話になります。

青葉「そうですねぇ。」(←一応知っている

まぁ着地点が見えている以上見切り発車でも着地したいですね。

青葉「頑張って下さいね。そう言えばなんで私は編成表に入ってないんです?」

青葉は司令部直属だから。

青葉「あ、納得しました。」

因みにKHYシリーズ第3弾を検討中です。近く登場するのでお楽しみに。

青葉「中々とんでもない代物ですよあれは。」

皐月「今回のはスケールが違うよね。」

青葉「あ、皐月さん。」

という事で今回はゲストとして、5日前に改二改装が実装された皐月をお呼びいたしました。

皐月「呼ばれてきたよ!」

まぁなんだ、まずは改二改装実装おめでとう。

皐月「ありがとう! これでもっと司令官と戦えるよ!」

おっそうだな。ただまぁ、作者の中の人の司令部ではまだ皐月のレベルが73とまだ足りてない様子だったな。(16/03/06時点)

皐月「そ、それはそれで頑張って欲しいかな・・・。」^^;

青葉「努力目標ですね。」

それもそうだろうな。さて今回は艦娘の謎について解明する回にします。題して、
『艦娘の砲弾や魚雷、艦載機について』です。
捻りなんてないよ。

青葉「無くていいです。」

辛辣ッ・・・まぁいい。(平静を取り戻す

艦娘の立ち絵と、実艦の写真を見比べれば分かる通り、艦娘達の兵装と実艦の兵装とではサイズに大きな違いがあります。この為この小説では立ち絵によって異なってくる火砲口径の統一を図る為(設定に於いて)、『12cm→12mm』と言う様にセンチをミリに置換して火砲その他の砲口径としています。これは以前お話した通りです。

付け加えるなら砲身長(一般的にはこちらを口径と呼ぶ)についてもセンチからミリへの置換を行っています。ですので絵師によって描画する大きさが異なっていても、作中では大きさは統一されています。

ここで次に進む為に少し知識勉強になりますが、砲弾自体の威力と言うものは、砲口径と砲弾そのものの長さ(大きさ)という二つの要素に依存します。(極論ですが)即ち12cm砲(4.7インチ・睦月型他主砲)と41cm砲(約16.2インチ・長門型主砲)で威力に差異が出るのは、砲弾の大きさが大きく違うからなのです。

例として、かの有名なアイオワ級戦艦の主砲、16インチ50口径砲Mk.7の榴弾は重量約862㎏なのに対し、睦月型までの駆逐艦級艦砲であった45口径3年式12cm砲の榴弾はたったの20.3㎏でしかありません。

青葉「何故榴弾の弾頭重量を比較しているかというと、この12cm砲の徹甲弾の重量がウィキに記載されて無かったと言うだけの事です。Mk.7の徹甲弾は1225㎏程度あります。」

皐月「こう比較してみると、戦艦の主砲に比べて如何に威力が無かったかが分かるね・・・ハハハ。」

まぁまぁ、戦艦は戦艦を討つ為の主砲だからしゃーなし。

ですがここからが本題です。仮に41cm砲を例にするとして、“ならば41mm口径になった41cm砲の差し引いた残りの威力は何処へ失せたか?”という事なのです。

分かりやすく陽炎型の50口径3年式12.7cm砲を例としましょう。これをミリ置換した場合の口径は12.7mm、つまりブローニングM2重機関銃と同口径になります。知らない方は米軍や陸自はじめ世界中で使ってるロングセラー機関銃という認識でいいです。

この機関銃の使用する12.7×99mmNATO弾の弾丸重量は、種類によって差異はありますが42~52g程度になります。23.5㎏の砲弾重量を持つ12.7cm砲弾とは比較の段でない事はお分かり頂けるでしょうか。

しかし、彼女ら艦娘の兵装は、本来通りの性能を持った砲弾を撃ち出します。これは一体どういう理屈なのか。

普通考えつきそうなのが、威力をそのままに小さくしたと言う方法です。質量保存の法則に反しているので本来はあり得ません。

ですが、世の中には仰天するような話もあったもので、妖精さんの超技術がここで活きてきます。つまり“空母が放つ矢”と同じ理屈です。

砲弾はミリ換算した小さなものを装填しておくのですが、それを発射した際、発射炎の様なものは出ますがその炎で実寸の砲弾に変化する、という寸法です。(適切な表現がいまいち思いつきませんが。)

艦載機にしたって、弓から放たれた矢が、ケースによって違いはあるようですが大抵炎と共に5機の艦載機へと変化する様に、です。

これは魚雷も同じことで、駆逐艦の魚雷は水中に入った直後に実寸大へと変化します。妖精さん最早何でもありです本当にありがとうございましたいい仕事です。

皐月「ホント、凄いよねぇ。」

因みに一つ補足を入れると、直人が艤装として運用している30cm速射砲は射程がすこぶる短い(山なりに撃って約9000m弱が関の山)です。これは霊力の介在しない兵装なので妖精さんが関われないせいです。

青葉「妖精さんがいないと30cm砲と同等の兵器にはなりませんしねぇ。」

そういうことだねぇ。

皐月「そう言えばあの銃って、司令官が設計したって聞いたんだけど。」

まぁそれは当の本人に聞く方が早いんじゃないかな?

皐月「そ、そうだったね・・・。」

そんじゃぁ久々に長々とお送りしましたが、本編へと移行したいと思います。

皐月「第2部4章、スタートだよ!」


タカオとの激闘から二日、横鎮近衛艦隊は漸く基地に帰り着き、ヒュウガは造兵廠1番ドックでイ-401の整備に入り、それ以外は休息をとっていた。

 

タカオも2番ドックに入渠しメンテナンスに入っていた。

 

艦娘部隊も神通が入渠、その他の艦は折を見て順次入渠する形を取って休んでいた。

 

そして司令官兼勝利の切り札の直人はというと・・・

 

 

 

12月28日午前10時49分 提督私室

 

 

提督「ぐ~~・・・か~~・・・」

 

いびきかいて大爆睡中だった。

 

大淀「は、はははは・・・。」

 

執務を放り出された大淀もこればかりは苦笑するばかりであった。

 

因みに明石も寝てしまっているため工廠機能は現状局長が代行する形になっていた。

 

 

 

~入渠棟~

 

 

局長「ナゼ私ナンダ・・・。」

 

ワール「暇そうだからでしょう?」

 

局長「ムゥ・・・。」

 

全く否定出来ないモンタナは、ただただ唸るしかなかった。

 

 

 

皐月「よく寝てるねぇ、司令官・・・。」

 

と直人の私室に来るなり言うのは、司令部守備に当たった皐月である。

 

大淀「そうですね・・・流石に睡眠のお邪魔をする訳にもいかないのですけど・・・。」

 

実際出撃帰りで即ベッドに潜った為、寝坊と咎める事も出来ず、傍観している状態である。

 

皐月「激戦だったって聞いてるよ?」

 

大淀「最後は提督自ら単身で敵艦上で大立ち回りだったそうです・・・。」

 

皐月「そりゃぁ疲れるよねぇ・・・。」

 

大淀「いつも提督は無茶をなさいますから・・・。」

 

そこまで言ってから、大淀は疑問が一つ浮かんだ。

 

大淀「そう言えば、なぜ皐月さん、ここにいるんです?」

 

皐月「ん? あぁ、様子を見に来ただけさ。」

 

大淀「そ、そうですか・・・。」

 

事実そうだったのだから仕方ない。

 

 

 

そこは、海軍横須賀基地の一室―――。

 

紀伊「お前ら、いよいよ明後日だ、しっかり休んどけよ!」

 

氷空「あぁ、分かっているさ。」

 

泉沢「へいへい。」

 

浜河「承知しているよ、旗艦殿。」

 

紀伊「その呼び方やめろって・・・はぁ。」(諦観

 

浜河「フフフッ。紀伊君。」

 

紀伊「ん? どうした?」

 

浜河「あまり、背負い込み過ぎるなよ。僕達は第1任務戦隊の仲間なんだからね。」

 

紀伊「分かってる、と思う・・・。」

 

 

コンコン

 

 

紀伊「どうぞ。」

 

大迫「よぉ、邪魔するよ。紀伊、少し来てくれるか?」

 

紀伊「あぁ・・・わかった。お前らまた後でな。」

 

泉沢「おう!」

 

 

―――バタン

 

 

 

12月29日午前6時05分 提督私室

 

 

提督「―――っ。」

 

直人は結局昨日一日を寝過ごした。

 

提督「・・・夢、か。久しく見ない昔の夢だったな・・・。」ポリポリ

 

頭を掻きつつベッドから身を起こす直人。

 

提督「・・・えっと・・・今何時―――朝の6時、あぁ、昨日1日寝てたのか、あいつには悪い事したな・・・。」

 

参った参ったと言うような反応でひとりごちる直人であった。

 

提督「顔洗って、食堂行かなきゃだな・・・。」

 

 

 

午前6時10分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「鳳翔さんおはよう。相変わらず早いねっ―――!」ピクッ

 

直人が顔を引き攣らせる。当然だ、“タカオ”がいたのだから。

 

タカオ「あら、意外と早いのね。」

 

鳳翔「提督! おはようございます。お身体はもう大丈夫なのですか?」

 

提督「あ、あぁ、そっちについては問題ない、が・・・。」

 

直人はタカオを横目遣いに見つつ言葉に詰まる。

 

タカオ「・・・何よ? ここの食事なら昨日のお昼から既に食べてるわよ?」

 

提督「さ、さよか・・・。」

 

鳳翔さんのバイカル湖(※)より深い慈愛の心に心中深く嘆息しながら、直人は適当に空いている椅子に座るのだった。

 

※バイカル湖

ロシアにある湖、湖としては世界一水深が深いと言われる。

 

 

 

提督「~♪」モグモグ

 

この日はシンプルに、白飯に沢庵、味噌汁に焼き秋刀魚(ポン酢&大根おろし付き)、他に煮物なども付いていた。

 

皐月「美味しいねぇ、司令官。」

 

提督「全くさ、鳳翔さんを厨房担当にしてよかった。」

 

実のところ鳳翔の料理技術は並外れている。和洋中全てのジャンルの料理をそつなく作ってしまうのだ、それもそのどれに於いても一流と来ている辺りその辺はお艦のアビリティであった。

 

(艦娘小ネタ:ミッドウェー海戦の頃鳳翔には、鳳翔主計長曰く連合艦隊随一の超一流シェフが乗り組んでいたそうです。)

 

皐月「そう言えば司令官、一つ聞きたい事があるんだけどさ。」

 

提督「どうした? 答えられる事なら何でも聞いてくれていいぞ。」

 

皐月「司令官が使ってる30cm速射砲って、司令官が設計したって聞いたんだけどホント?」

 

これに関して直人は即答するのである。

 

提督「ホントだよ? 一から図面引いた。」

 

皐月「へぇ~、提督ってそう言うの凄いんだね!」

 

と皐月が褒めると直人は「そんな事はない」という風にこう言った。

 

提督「といってもねぇ、細かい所は明石に任せたんだ。基本設計は俺がしたけど、精密図面が作れる訳じゃないんだよね。俺って銃器を沢山扱うから整備大変なのよ。図面位引けないと壊しちゃうのよね、俺だけかも知れないけど。」

 

実際に1度壊した事もある為余計であった。その時はメーカーに送って修理してもらったのだが。

 

皐月「アハハハ・・・」^^;

 

ただ、整備を明石に丸投げしている皐月には耳の痛い話である。

 

提督「ま、銃器が多過ぎて艤装の整備投げちゃってるけどね・・・たまにやるけど。」

 

そこに皐月が口を挟む。

 

皐月「手伝う程度?」

 

提督「お互いさまって事で。」

 

皐月「そ、そうだね・・・。」

 

皐月も人の事を言える筋ではない。

 

金剛「おはようございマース!」

 

提督「おう金剛、おはよう。隣あいてるぞ~。」

 

皐月とは向かい合わせで座っている為である。

 

金剛「了解デース!」

 

 

 

この後何事も無く駄弁って食事終了した模様。

 

 

 

午前7時04分 提督執務室

 

 

提督「・・・。」カリカリ

 

大淀「・・・。」

 

金剛「多いデース・・・。」カリカリ

 

大淀「当たり前でしょう? 霧の艦艇の整備に莫大な資源を使い、尚且つ数日司令部を留守にしたんですから。」

 

提督「自分で自分の首を絞めるとは、このことか・・・。」

 

流石の量に早くも少しうんざりしだした頃・・・。

 

 

ガチャッ

 

 

明石「提督! ドロップ判定終わりました! 今再構築してます!」バッ

 

唐突に駆けこんで来たのは明石である。

 

提督(抜け出すチャンス、善は急げ!)「よし、すぐに行く。」バッ、ババッ

 

それに完全に対応して見せる直人、次の瞬間には山と積まれた書類の上を悠々飛び越えてダッシュで執務室を去ろうとする。

 

大淀「いやちょっ、提督―――ッ!!」(しまった捕まえ損ねた!!)

 

虚を突かれた大淀、襟首ひっつかんで無理矢理制止しようとするも右手は空を切り、為す術も無く棒立ちである。

 

金剛「ハ、ハハハハ・・・仕事嫌いも相変わらずなのデース・・・。」

 

苦笑する金剛と・・・

 

大淀「はぁ~~~・・・いい加減にして下さいよ・・・。」

 

大きくため息をつく大淀であった・・・。

 

 

 

午前7時12分 建造棟

 

 

提督「で、やって来たぞいっとな。」

 

見事抜けだす事に成功した直人は、建造棟にやってきていた。

 

明石「はい! こちらです!」

 

明石に手招きされ直人が建造棟に入る。

 

最上「明石さん、遅れましたぁ!」

 

そこへ少し息を乱してやって来たのは最上である。

 

提督「ん? 最上?」

 

明石「あぁ、私が呼んだんですよ。まぁ来れば分かります。」

 

提督「お・・・おう・・・?」

 

疑問符を浮かべて直人は明石に案内されて建造棟内を歩く。

 

「・・・まぁこうして会えたんだし、言いっこなしじゃん?」

 

「そうですけれど・・・。」

 

明石「お話中すみませんがね? 提督をお連れしましたので。」

 

「おぉっ!?」

 

連れて来られた場所には最上を除き6人の艦娘がいた。

 

提督「明石さんありがとう。私がここの艦隊の司令官だ。一人づつ自己紹介してくれるかな?」

 

磯波「あの・・・磯波と申します、よろしくお願いします。」

 

敷波「アタシの名は敷波、以後宜しく~。」

 

陸奥「長門型戦艦2番艦、陸奥よ。よろしくね。」

 

夕張「兵装実験軽巡、夕張です!」

 

鈴谷「鈴谷だよ。よろしくね!」

 

熊野「私が重巡、熊野ですわ。以後お見知りおきを。」

 

提督「む・・・うーん・・・。」

 

その面々を前に直人は再び資源の収支について計算しだすのである。

 

鈴谷「ん? どうしたの?」

 

提督「あ、いやなんでもない。6人とも、これから宜しく頼むよ。」

 

6人「はい!」

 

明石「じゃぁそういうことで、6人の司令部中の案内は最上、よろしくお願いしていいかしら?」

 

最上「あ、呼ばれたのってそう言う・・・。」

 

この新入り達の案内役である。そしてそれを理解したのと同じタイミングで鈴谷が最上の姿に気付いた。

 

鈴谷「おぉ! 最上じゃん!」

 

最上「やぁ鈴谷。また会えて嬉しいよ! 熊野も、ようこそ我が艦隊へ!」

 

熊野「お久しぶりですわ、最上。」

 

最上「本当に久しぶりだねぇ、熊野。あ、明石さん、私達はこれで。」

 

明石「はい! お願いしますね。」

 

最上「任せて下さい!」

 

そう言うと最上は6人の艦娘を率いて直人の御前を辞去するのだった。

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・提督?」

 

明石が不思議がったのは、直人が余りにも『まずいなぁ・・・』という表情を浮かべていたからだった。

 

提督「あぁ・・・コストが・・・。」

 

と、直人は腕を組み、組んだ右手の人差し指で左手をトントンと叩きながら言った。

 

明石「あ・・・ア、アッハハハハハハ・・・。」

 

理由が分かった明石も苦笑するばかりであった。再び大型艦が増えたのだ、3隻も。しかも・・・

 

提督「ビッグセブンが一柱、戦艦陸奥と来たか・・・。」

 

陸奥が着任となっては、尚更であった。

 

ここで、作戦帰り故のアクシデントを一つ紹介しておこう。

 

ことの発端は陸奥たちの着任後すぐの事である。

 

 

 

提督「さて、戻るとするか、大淀が顔真っ赤にしてるだろうしn」

 

 

明石「提督! ちょっと来てください。」

 

焦りを見せる明石、只事でない雰囲気を直人も察した。

 

提督「どうした、なにかあったのか?」

 

明石「いえ、艤装の解体リストを見ていたんですが・・・」

 

そう言ってタッチパネルを差し出してくる。

 

提督「―――鈴谷と熊野の名前だと?」

 

思わず眉を顰める直人。

 

明石「・・・という事は提督ではないんですね。」

 

提督「当然だろう、艤装もない艦娘置いとく余裕はそんなにないぞ。ここの工廠機能は明石休んでる代わりに局長が持ってたんだったな?」

 

と言うと―――

 

明石「・・・察しは付きました、外しておきましょう。」

 

と明石が言った。

 

提督「頼んだ。」

 

鈴谷と熊野の艤装、あわや解体の危機を逃れる。

 

後日明石が局長に聞いたところ、「イヤー、イツモハ即解体ダッタカラナ、ツイ手癖デヤッテシマッタンダ。」とのことだったようで。

 

 

 

午前9時27分 造兵廠2番ドック

 

 

提督「・・・艦橋デケェ・・・。」

 

直人は仕事を5割方片付けた所で、休憩と称してタカオの入渠する2番ドックにいた。

 

明石「あ、提督、いたんですか?」

 

提督「あぁ、まぁな。」

 

明石「こうして人の身になってみると、改めて大きいですね。軍艦と言うものは。」

 

提督「本当にそうだな・・・。」

 

<特に艦橋ねww

 

<艦幅一杯に幅取ってますから・・・。

 

最後で滅茶苦茶である。

 

実際高雄型重巡の艦橋は、妙高型に範を取ったとは思えないスケールを持っている。

 

これは高雄型の高雄と愛宕に旗艦設備を持たせようとした為で、摩耶・鳥海では若干縮小されている。更に妙高と比較してかなり大きな艦橋である為、ともすればトップヘビーの恐れがあった。なので材質は7割以上軽合金製の薄い鋼板である、防御能力は・・・お察しください。

 

因みにこれは余談だが、こんごう型イージス護衛艦の写真が初めて公開された際、艦橋を見て海外の関係者はこれを「たかお型」と勘違いしたとのこと。(あたご型だったかもしれない、うろ覚えスマソ)

 

提督「・・・赤いなぁ。」

 

明石「―――ですね。」

 

船体の大部分が赤一色である。

 

タカオ「こんなところで何をしているのかしら?」

 

提督「いやいや、休憩がてら運動も兼ねて見学に来たのさ。だが女性のテリトリーに無断で踏み込むのは無粋と思って、ね?」

 

嘘のような本心って怖い。と、思うのは俺だけですか?(by作者)

 

因みに言っておくと3割嘘である。(でも7割ホントなのでホント。)

 

タカオ「なっ・・・ま、まぁいいわ、見学させてあげる。」

 

若干照れつつそう言うタカオ、それを聞いて上機嫌になるのは他ならぬ―――――

 

提督「許可降りましたぁ~、明石さん、タラップ宜しく~♪」^o^)ノ

 

明石「はいな!」

 

・・・他ならぬ直人である、満面の笑顔である、子供っぽさがまだちょっとは残っている・・・。

 

因みに女性のテリトリーと言ったのは実のところ半分正解である。実際船はクルーに例えさせると女性として捉えられる場合が多い。メンタルモデルが女性しかいないのもこれに由来する。

(もっともその場合女性の体内に入るも同然なのだが・・・細かい事は考えるまい。)

 

 

 

直人は艦橋の中や主砲塔などあちこちを見て回る。しかも時折タカオが指を鳴らせば死ぬようなところも平然と歩いていた。

 

タカオ「あ、あなた、私に撃たれるとか、そう言う事を思ったりしないの・・・?」

 

思わずタカオはそう問うた。

 

提督「武装、ロックされてるでしょうに。それに俺には自分の身を守れる力だってあるしね。」

 

タカオ「・・・あんなの聞いてないわよ・・・。」

 

先日の事を思い出すタカオ。

 

提督「敵に言う訳ないでしょ。むしろレーザー砲なんて撃てるとか、あの時ナガラ級に出会って無かったら寝耳に水だわ、聞いてないってなるよそりゃ。」

 

当然の返答である。

 

タカオ「それは、そうだけど・・・。」

 

提督「だけど、君達は面白い存在だ。」

 

タカオ「え・・・?」

 

その言葉にタカオは首を傾げた。

 

提督「君達はアドミラリティ・コードと言う“命令”によって行動している。しかしその発動者は今となっては分からず、その内容さえも、断片的なもののみであとは失われたまま。言わば、不完全な“絶対命令”によってその行動は束縛されている。」

 

タカオ「ッ―――! 401か・・・。」

 

彼は霧に関する色んな事をイオナ達から聞き出していた。『敵を知り己を知れば百戦危うからず』の模範であろう。そしてそれはタカオ戦で活きた。

 

提督「そう、イオナたちから色々と聞かせてもらった。君達は力押ししか戦術を知らない、だから人類との最後の決戦で損害を出している。そうして、人類から“学ぶ”為にメンタルモデルを生み出した。」

 

タカオ「確かにそうだわ、でもそれがどうしたって言うの?」

 

たまりかねてタカオが言った。

 

提督「我々が保有する“軍事力”、艦娘とは異なるという事さ。」

 

これは直人が確信に至った事であった。

 

提督「そう、この霧の艦艇と艦娘達とでは本質が異なる。霧の艦艇には絶対的な命令があって、それが無くてはいけないものだと“妄執し盲信してしまっている”。それが、自分達の視界と可能性を狭めてしまっている。」

 

タカオ「盲信ですって!?」

 

タカオが目を剥いて叫んだ。

 

提督「一つ確認しておこう。お前達は兵器なんだな?」

 

タカオ「そ、そうよ。」

 

突然の切り返しに驚きつつも答えるタカオ。

 

提督「そうか、では兵器に命令は必要不可欠なのか?」

 

タカオ「当然よ。私達は兵器、与えられた命令の元に動く。」

 

提督「ならばその“命令”とやらは誰が出す?」

 

タカオ「それは、指揮すべき者の口から発せられるものよ。」

 

提督「ではその指揮すべき“資格”は誰が持つ?」

 

タカオ「そっ―――それは・・・。」

 

問題の核心を突く直人の一言に、タカオは言いよどんだ。

 

提督「本来兵器に対する『命令』と言うものは、艦艇で言えば艦長や提督が発するべきものの筈だ。霧のように、それを兵器が下すようであれば、それは最早兵器ではない。」

 

命令を発する兵器、極論してしまえば銃を持ったロボットが指揮する戦車部隊であろうか。しかしそのロボットは兵器たり得るのか? 作者の私見ではあるが、答えは否だと思う。それは最早叡智の結晶、人工の命と言っていいものだ。

 

提督「霧の艦隊は“兵器”が“兵器”に対して『命令』を下す軍事組織だ。提督もいなければ各艦に艦長がいる訳でもない、強いて言えばその艦長に当たるのがメンタルモデルなのだろうが、それでさえ艦を操作する為に“兵器”が自ら考え作り上げた外的デバイスだ。」

 

タカオ「・・・。」

 

タカオには二の句を告げられるだけの余地はなかった。

 

提督「それだけ、霧という存在は、俺達からは異質に見えるんだ。艦娘達は、命令などなくとも自分で考える。自分で行動する。自ら生活を営む。“人”と同じように。霧とはまた違った在り方だ。だがそんな在り方をする霧に、俺は興味がある。」

 

タカオ「他人からはそう視られようとも、霧はそうやってこれまでずっとやってきた!」

 

提督「そうだろうな。だから今更変えられるものでは無いし変えろとも言わん。それは俺の領分ではないし俺がすべきことじゃない。だが命令を下す主がいないからと言って、自ら命令を下すようになった兵器を、俺は兵器とは思わん。」

 

タカオ「・・・。」

 

意志を持つ兵器などあり得ない、あり得るのは『自らの意志で立ち上がる戦士達』だけである。直人の言わんとするところ、彼の持論はそれであり、彼にとっては、その戦士達こそが、『艦娘』であっただろう。

 

提督「それに、だ。」

 

饒舌に語り続けた直人が、一度言葉を切って続ける。

 

提督「お前の様な“美少女”が兵器であって堪るか。」

 

タカオ「な、なんなのよいきなりっ!?」

 

効果てきめん、一気に赤面するタカオ。

 

提督「フッ、その“反応”だよ。」

 

タカオ「え・・・?」

 

直人はタカオの反応を見て言う。

 

提督「お前達は艦の演算能力で生み出された偶像なのかもしれん。だがそうして、怒ったり悔しがったり、恥じらったりしているじゃないか。そんな兵器、何処にある? 自分で人格を形成したのだとしても。」

 

タカオ「・・・。」

 

提督「まぁ、これを機会にして一度自分の事を見つめ直す事だな。自分と、そして“自分達”のことを。」

 

直人はすれ違いざまに言いながらタカオの右肩をポンと叩き、去っていった。

 

タカオ「・・・私は・・・。」

 

「あ~・・・こんな話、しに来たんじゃないんだけどな・・・。」

 

直人のぼやきが聞こえる中タカオは呟く。

 

タカオ「私達は兵器・・・だったもの・・・?」

 

タカオは、自分が何なのかを、考えさせられる羽目に陥ったのであった・・・。

 

 

 

12月30日9時02分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「あっ・・・!」

 

唐突に何かに気付く直人。

 

大淀「どうされました・・・?」

 

金剛「oh?」

 

提督「新年に拝む神社がねぇ。」

 

二人「っ!?」ズドドドッ

 

唐突過ぎてずっこける二人。

 

大淀「き、急ですね・・・。」

 

金剛「もう大掃除の準備中ですヨ・・・?」

 

はい今日は航空部隊に哨戒押し付けて入渠する奴は入渠、手空きの艦娘が大掃除準備中。

 

提督「ふと思ってしまったんだから仕方ない。」

 

実際サイパン島で稼働中の施設と言えば司令部の他、局長が機能復旧させたサイパン飛行場管制施設、稼働中の設備に電力を供給する為のソーラー発電所と高性能蓄電器、あとは訓練場位なもの。

 

他は荒れ果てており、旧市街は瓦礫と廃墟の山、交通網は舗装の損傷と風化が著しくオフロードバイクやバギーなどでないと走行不可能である。

 

金剛「お得意のマジックを使えば・・・」

 

提督「一番楽だけど却下。」

 

大淀「え、なぜですか?」

 

提督「神社は文字の通り『神の社(やしろ)』だぞ? 維持運営しないといかんし何処から分祀するつもりだ?」

 

大淀「あー・・・成程そう言う事ですか。」

 

金剛「いやどういうコトデース?」

 

理解した大淀と呑み込めなかった金剛。

 

大淀「つまりです。神社と言うものは神聖不可侵、それを生半可なやり方で造営するのは神様に対して不敬ですし、何より維持運営にコストがかかる、それを運営するだけの資金も無い、という事ですよね?」

 

提督「パーフェクトだ大淀。分かってるじゃないか。」

 

大淀「これでも、面倒臭がりですが理詰めが得意で経営管理の得意な司令官の副官ですからね。」

 

提督「ア、アッハハハハハハ・・・」

 

苦笑を浮かべる直人であった。上司が問題でも有能な部下は育つ、という事であろうか。

 

金剛「成程・・・それもそうデース・・・。」

 

提督「だが正月休みだからなぁ今・・・。」

 

大淀「いっそ、神社に初詣に行っちゃいますか?」

 

提督「それも却下。」

 

次々と案を却下する直人。

 

大淀「なぜです?」

 

提督「財布。」

 

大淀「そ、それは浅慮でした・・・。」

 

提督「大体厚木から伊勢神宮まで遠い。」

 

大淀「えっ、浅草寺とか・・・。」

 

提督「燃えちゃってもうないよ。」

 

大淀「ええええっ!?」

 

金剛「本当ですか!?」

 

艦娘にも知らない事はあると見える。

 

提督「そう、日本と深海の開戦を告げる、第2次東京大空襲でね。」

 

大淀「東京が・・・!?」

 

大淀はそれを聞き、何かを思い出したようにはっとなっていた。

 

 

 

―――第2次東京大空襲。

それは2045年3月10日に起こった、深海棲艦マリアナ方面軍戦略爆撃軍団によって行われた、カタストロフィである。奇しくも、1度目と同じ3月10日である。

 総数不明(局長によると参加機数483機)の深海の超重爆B-29『スーパーベアフォートレス』が、10日23時41分に東京上空に侵入。第1次(と言っても戦時中の話だが)の時と同じように東京湾を超低空で飛来した為、自衛軍のレーダーは意を為さなかった。

結果全機が無傷で到達、深海棲艦の存在が認知され始め情報が不足する中での奇襲であった為対応も遅れ、関東平野一円に特別非常事態宣言と避難命令が出た時には、既に東京都心は完全に灰燼に帰していた。

 

 即ち、東京都庁・国会議事堂・東京駅・霞ヶ関官庁街・首都高速道路・環状線・首相官邸・東京株式市場などが最初の20分で低空からピンポイントで爆撃され、政治・経済・交通が麻痺、更にその直後防衛省が潰滅し、自衛軍への指示も途絶したことで対応の遅れと混乱に拍車がかかる。

そこから更に新宿・渋谷・世田谷と言った東京の主要部を初め東京の下町や23区も絨毯爆撃により潰滅、更にその攻撃の余波は関東平野の自衛軍関連施設やその周囲の区域に及ぶ。

 横須賀基地は基地司令であった土方海将補(当時)の判断で独自の対応を取った為に被害軽微であったが、厚木基地を初めとする空軍施設が真っ先に壊滅、続いて東京港に存在する港湾施設があらかた爆撃で大打撃を受けて麻痺。丁度この頃になって前述の宣言が出されるに及ぶと、自衛軍関東地方軍は殆ど麻痺状態であった。

陸上自衛軍の各駐屯地も周辺の市街地諸共絨毯爆撃により壊滅的打撃を受けた為に行動に移ることが出来ず、航空自衛軍はいの一番に基地を使用不能にされた為飛び上がれた機体は僅か。

残った海上自衛軍は横須賀基地の全空母を総動員して迎撃部隊を発進させるも、撃墜したのは爆撃後帰投中だった機体ばかりを20機撃墜(内不確実7)したに留まった。

百里基地から緊急出撃した僅かばかりの戦闘機隊が駆けつけるも、ミサイルを防御機銃で殆ど無力化されて撃墜機数は3機しかなく、逆に全機還ることは無かった。

 

 嵐が過ぎ去った後には、戦後復興で築き上げた無数のビル群も、盤石の経済基盤も、政治機構も、生活の場所や娯楽の場さえも全てが硝煙と爆炎と瓦礫の内に奪い去られていた。

全く以て東京大空襲を彷彿とさせる―――規模に至ってはその数倍規模に達する災禍が東京とその一円を襲ったのだ。

 死者の数は概算で49万7千人、都内だけで18万人にも達し、重軽傷者はこの約10倍、行方不明者は約72万5千人に達した。重軽傷者は200万を超えるとされ、被害総額は、算出不能――――。

むしろ人口過密地帯である東京でこれだけの被害で済んだのは、民間企業や各々の大型店舗、消防などが咄嗟の判断で多くの人命を救ったからである。

その上災害対策マニュアルをたたき台にした緊急措置により、多くの人命が廃墟から助け出され、第一次東京大空襲の様なレベルでは確実に救いぞこなったであろう多くの人命をも救い出したからである。

 

 

提督「それから日本の主要都市は立て続けに空襲されて壊滅、今じゃ首都機能は各地に分散して、政治関係の建物がある町は小首都として重点的に復興という形を取ってる。横浜・仙台・名古屋・札幌・福岡が政治の拠点、更に大阪と京都、奈良が経済の中心地になってる。」

 

大淀「そうだったんですね・・・。」

 

提督「補足しておくとその時天皇陛下は御無事だったよ。皇居には爆弾は殆ど落ちなかったんだ。」

 

金剛「なぜデース?」

 

提督「さぁな、そこまでは知れんよ。だが天皇陛下は住まいを変え二条城にお移りになった。日本国は形の上では東京が首都だが、首都機能を分散して、天皇陛下も遷都なされた東京は形だけになってしまった。」

 

大淀「では、東京は今・・・?」

 

提督「廃墟も同然、治安も最悪レベル、かつての煌びやかさなんて微塵も無い! バラックと廃墟に身を寄せる難民の吹き溜まりよ。惨めなものよな、これが十数年前まで平和な惰眠を貪った日本の今だ。」

 

大淀「・・・。」

 

大淀は言葉を失った。今の日本は、敗戦した時の日本と何一つ変わらないではないか、という思いがこみ上げてくる。

 

提督「だが、それをどうにかしてやる為に、今の俺達がいる。艦娘が生まれ、ひとつの運命の元に俺という人物がそれに関わる事になった。俺は、俺達は、明日の日本が平和であるように、平和を守る為に戦う為にここにいるのではないかと思う。」

 

これは彼の本意であり本心である。が、彼は戦う為にこの場にいる事も確かであった。

 

大淀「そうですね、提督の仰る通りです。」

 

金剛「でも、私達が生まれる前は深海には勝てなかったのデース?」

 

これは至極真っ当な質問だった。

 

提督「いや、何度か日本軍も勝ってるよ。沈めた数も100や200じゃないが、それに物量が勝ってしまったんだ。」

 

金剛「そう言う事デスカー。」

 

提督「だがまぁ、こんな下らん昔話をしてもしょうがない、まずは目の前の書類を片付けんと、明日の勝利もおぼつかん。」

 

大淀「そうですね!」

 

そう言いつつ直人は、“あれ? 何の話をしてたんだっけ。”と思ったのだったが。

 

提督「あ、そうだ。タカオの所に行かなきゃ。」

 

大淀「え、なぜです?」

 

提督「味方は、多い方がええじゃろ?」

 

大淀「っ・・・!!」

 

大淀は瞬時に直人の心意を悟ったのだった。

 

 

 

午前9時33分 造兵廠

 

 

明石「~♪」ガチャガチャッ

 

機械弄りの好きな明石さん、今日も機械の手入れです。

 

提督「明石さ~ん。」

 

明石「ん・・・あぁ、提督。どうしましたか?」

 

提督「タカオ見なかった?」

 

明石「いえ、見てません。船にはいなかったんですか?」

 

提督「いない様に見えたけど。」

 

実はタカオの近くにはいったものの、メンタルモデルの方は不在だったのだ。

 

ヒュウガ「タカオならその辺に散歩しに行くって言ってたわよ?」

 

ひょっこり現れるヒュウガ、だが的確な情報を提供してくれた。

 

提督「あ―――あぁ、ありがと。」

 

直人はそれを聞いて造兵廠を去った。

 

明石「・・・。」

 

ヒュウガ「・・・。」

 

その場に置き去りにされる二人。

 

ヒュウガ「昨日からやけにタカオに御執心ね~。」

 

明石「そ、そうですね、ハハハ・・・。」

 

苦笑する明石であった。

 

 

 

提督「散歩・・・散歩ねぇ。」

 

“散歩に行った”などと言われても、直人にはそのタカオが散歩に行く場所の当てがないのだった。

 

提督「・・・ん? 行く当てがない? それはタカオも同じの筈・・・。」

 

そこで直人はピンと来てしまった。

 

“てけとーにぶらつけば会えるのでは?”と。

 

提督(大淀は怒るだろうなぁ~。)

 

そんな事を気にしつつ考えを改める気はないのであった。

 

 

 

しばらく歩くもののまぁ誰にも会わない。(目につかないとも言う。)

 

提督「どこいったかねぇ・・・。」

 

そうして歩く内、無意識の内にか彼は艤装倉庫の裏に来ていた。

 

提督「ん・・・いた。」

 

停泊用ドックの南側岸壁に、タカオがいた。

 

タカオ「・・・。」

 

 

コツコツコツコツ・・・

 

 

タカオ「っ―――。」

 

提督「やぁタカオ。随分探したよ。」

 

気さくに話しかける直人。

 

タカオ「・・・私に何の用かしら?」

 

提督「話・・・と言うより、今日は頼みがあってきた。」

 

タカオ「へぇ・・・? なら手早くして、私も暇ではないの。」

 

提督「忙しくも無いんだろう?」

 

タカオ「・・・。」

 

『分かったから早くして』とタカオの目はそう語っていた。

 

提督「単刀直入に言おう。俺達と一緒に戦って欲しい。」

 

タカオ「それは出来ない相談ね。霧を相手に戦うことなんて、私には出来ない。」

 

提督「だがタカオだって、この世界にいつまでもいるつもりはないだろう?」

 

タカオ「・・・。」

 

タカオは自分の本心を見透かされるような思いだった。

 

提督「俺はこの世界に霧が現れたのには、何らかの作為的要素が働いていると見ている。」

 

タカオ「・・・どういう事かしら?」

 

その話を初めて聞くタカオは首を傾げる。

 

提督「これは推測でしかないが、今コンゴウ達が手を組んでいる勢力、深海棲艦は、各地で一進一退を続け消耗戦に喘いでいる。その戦力補充の為の繋ぎとして、深海に属する何者かが、霧の艦艇群を呼び出したとすれば?」

 

タカオ「つまり私達は、体の良い様に利用された・・・!?」

 

まぁ体の良い捨て駒である。

 

提督「俺としても、言い方は悪いが霧にいつまでもこの世界に居座られるのは、あまりいい心地はしない。」

 

ずけずけと本音を言う直人。

 

タカオ「それはっ・・・そうでしょうね・・・。」

 

否定出来ない事実にタカオは渋々肯定する。

 

提督「何よりこの世界のバランスを崩してしまっている、これは正さなければならないと思う。そしてその作為的要素を発生させた張本人が、霧をあてに出来ないとして送り返すという事になれば、君達も全員元の世界に帰れる筈だ。」

 

タカオ「・・・つまり利害は一致している、と言いたい訳ね?」

 

提督「ご明察。『霧に帰って貰いたい我々』と『帰る術が分からない霧の艦隊』、その双方の問題を解決出来る。」

 

つまりこの理論で行けば、霧が頼りにならぬと、深海側に分からせさえすればいい、つまりコンゴウを倒す必要性も必ずしもない、という事にもなろうか。但し分からせる為に一戦は避け得ぬであろうが。

 

提督「出来ればコンゴウも引き込みたい所だがな・・・。」

 

その呟きにタカオは即答する。

 

タカオ「その点は期待出来ないわね。コンゴウは堅物だから。」

 

提督「その点はまぁ期待出来ないだろうな。で、受けて貰えるだろうか?」

 

タカオ「・・・いいわ、受けてあげる。」

 

タカオは結局その申し出を受けた。

 

提督「ありがとう、助かる―――。」

 

タカオ「但し。」

 

提督「?」

 

言葉を遮られ直人は首を傾げた。

 

タカオ「あなたが私に座乗すること、それが条件よ。」

 

つまり戦う際にはタカオを直人の旗艦にせよ、という訳である。盟約者本人を人質とするのと同義の条件である。

 

提督(盟約するには、リスクが付き物って事か。)

 

肩を竦めかけるが、直人は即答した。

 

提督「それ位の事はお安い御用だ。喜んで乗らせてもらおう。」

 

笑顔まで浮かべてそう言う直人。

 

タカオ「・・・あなた、なにも心配してないのね・・・。」

 

 

提督「してないよ? むしろ艦上から指揮を執るってどんな感じなのかなって思ってたんだ。いい機会だしな。」

 

タカオ「・・・。」

 

ここまでずけずけと言われては二の句も無いタカオであった。

 

提督「じゃ、そう言う事で、よろしく。」

 

直人が右手を差し伸べる。

 

タカオ「・・・えぇ。」

 

タカオはその手をしかと握る。

 

こうして、重巡タカオと直人達との共闘が成立するのである。

 

しかし直人達はこの時、サイパンに向けて巨大な脅威が襲い掛かろうとしている事を知る由はない。そして、この戦いの顛末も・・・。

 

 

 

大淀「提督~~~~?」ゴゴゴゴ・・・

 

提督「・・・。」

 

大淀「一体どこをほっつき歩いてたんですかもう12時前ですよ昼食前ですよタカオさん探すのにそんなに時間かからないでしょう提督!?」

 

提督「それを探してたんだからしょうがないでしょ。」

 

紛れもない事実ではあるが・・・

 

大淀「言い訳しないで下さい提督! そもそも・・・」

 

 

クドクドクドクドクドクドクドクド・・・

 

 

 

~10分後(12時04分)~

 

 

クドクドクドクドクドクド・・・

 

 

提督(・・・長い・・・。)

 

金剛「・・・。」

 

金剛などは完全に血の気が引いているが直人は既に聞いていない。

 

大淀、ある意味一番怒らせちゃいけないタイプ。

 

提督「・・・」チラッ

 

腕時計にさり気なく視線を落とす。

 

提督「あっ、もう12時だメシメシ~。」ダッ

 

正座から一瞬でダッシュ態勢、もう一瞬で踏み込んだ。加速は、お察しください。

 

大淀「いやちょっ、まだ終わってな―――」

 

提督「あとそのお説教が、一番執務妨害だと思うぞ?」

 

出口で立ち止まってそんな事を言う直人。

 

大淀「はっ・・・。」

 

それを指摘されて赤面する大淀なのであった・・・。

 

なんだかんだ言って大淀も心配なのであり、直人もそれは分かっているのだが・・・。

 

 

 

12月31日。

 

 

内地では年の瀬である。大掃除をしたり年の瀬のバーゲンセールでごったがえしたり、色々と忙しい日である。

 

それに関しては艦娘艦隊の海外諸基地やサイパン基地も同様であった。

 

 

 

午前8時38分 サイパン島・射撃練習場

 

 

提督「・・・なぜこうなったし。」ポツーン

 

サイパン基地でも大掃除、なのだが・・・。

 

 

~提督執務室~

 

大淀「どうせ頼んでもやってくれませんしね・・・。」

 

金剛「ハハハ・・・。」

 

 

 

完全に蚊帳の外に置かれた形になったのだった。

 

提督「いいけどさ・・・やりたくはないし・・・。」

 

偶然にも相互の思考の一致を見たのであったが。

 

提督(年末に掃除をしたってびた一文稼げる訳でもない・・・大掃除に何の意味があるやら・・・。)

 

などと直人は考えつつHK416を構える。

 

 

ガシャガシャガシャガシャ・・・

 

 

提督「っ!」

 

 

ダダンダダダンダンダダンダダンダンダダダン・・・

 

 

いつぞに直人は川内に言われた。『銃は訓練あるのみだ』と。

 

その言葉を実践すべく直人はここに来ていた。

 

提督「・・・。」

 

 

カチャーン・・・

 

 

30発マガシン最後の薬莢が床に落ちた。

 

提督「やっぱりリコイルコントロールが甘いか・・・?」

 

標的に命中した弾丸は些か着弾点がばらけていた、誤差の範囲ではあったものの直人は納得には至らない。

 

元々が一介の学生であり、剣は達人でも銃の射撃には慣れていないのだ。

 

 

ギイイ・・・

 

 

提督「ん・・・?」

 

扉が軋む音がした時直人は『風で開いちゃったかな?』と思い扉の方を見ると・・・

 

望月「・・・司令官か~。」

 

望月だった。

 

提督「ハハーン、お前も追い出されたクチだな?」

 

望月「まぁね~。仕方なくうろうろしてたらここに来ちゃった。」

 

まぁ容易に想像はつくが、ここに来てしまったと言うのは偶然にしては出来過ぎてはいないだろうか。

 

望月「へぇ~、演習場のボロ倉庫と思ってたけど、こんなのだったとはねぇ・・・。」

 

確かに外見はボロい、バラックとそう大差ない見た目である。

 

それもその筈この屋内射撃練習場は、中の設備と銃を置くテーブルは兎も角として、あとは廃材利用で妖精さんに頼んで作らせたものなのだ。

 

それでも雨漏りや風雨を想定して作ってくれた妖精さんには脱帽させられるが。

 

提督「・・・そう言えば、望月の腕前に興味あるんだけど?」

 

興味本位で直人はそう言った。

 

望月「ん~? 私の実力に興味あるの? 司令官も物好きだねぇ~・・・。」

 

望月はそう言いながらも割と乗り気なご様子。

 

望月「分かったよ、付き合ってあげるよ司令官に。」

 

提督「そう来なくっちゃ。」

 

いい話相手をゲットした、と思ったのも束の間であった・・・。

 

 

 

望月「ん~・・・。」ガチャガチャッ

 

直人の銃を物色する望月。

 

望月「・・・お、いいねこれ。」

 

と言って手に取ったのはHK53-2 短機関銃である。

 

提督「え、それマズルジャンプ凄いけど大丈夫?」

 

直人でも制御がやっとでブレまでは修正できない代物である。

 

望月「まー見ててよ。」

 

提督「お、おう。」

 

望月はそう言うと位置に付き、グリップとマガシンを握って構える。

 

提督(・・・セミオート?)

 

HK53-2はフルオートとセミオートを切り替えられるが、その切替コックが、セミオートに設定されていた。因みにそのコックでセーフティーもかけられる。

 

望月「いつでもいいよ~。」

 

提督「・・・OK、いくぞ。」ポチィ

 

直人がターゲットの起動スイッチを押す。

 

 

ガシャガシャガシャガシャ・・・

 

 

望月「ん。」

 

 

タンタンタンタンタンタン・・・

 

 

1発づつ放たれる銃弾は、狙い違わず次々とターゲットの頭部に命中する。

 

提督「!?」

 

直人は驚きを隠すことが出来なかった。

 

提督(望月の狙い目は一切無駄が無い一撃一殺、それに反動を完全に近い形で受け止め、マズルジャンプも殆ど感じさせない・・・望月にこれ程の資質があったのか・・・!!)

 

直人は望月に、末恐ろしいものを感じ取っていた。

 

望月「・・・ふぅ。こんなもんかねぇ。」

 

気付けば望月が1マガシン撃ち切っていた。

 

提督「・・・望月、お前凄かったんだな。」

 

望月「あー、うん。私が本気出せばこんなもんかなぁ。」

 

睦月達睦月型の様子を見ていても、主砲の反動制御には苦慮している様子であった。それが望月には感じられない。これは即ち、照準を定めたまま延々と撃ち続けられる事を意味する。

 

望月の前の提督が、彼女を生かせなかったのは、望月にとっては悲哀であっただろう。

 

提督「いっつも寝てるだけだと思ってたけど・・・。」

 

実は訓練さえあまりやってない望月。引きずり出すのはある意味どんな敵と戦うより難しい課題である。

 

望月「才能はあるんだよね、でも活かしてくれる上司に恵まれなかった、それだけかなぁ。」

 

提督「自分で言うのか・・・まぁ、俺は出来るだけ、お前たち睦月型に前線に出て欲しくないと思ってるんだ。」

 

望月「へ、そうなの?」

 

望月にとっては初耳の話である。

 

提督「あぁ。だがお前になら、安心して司令部の護りを任せられるな。お前を妹に、また姉に持っただけで、睦月型の皆は幸せ者だろう。」

 

望月「・・・へへへ、まぁ、それ位なら・・・任されても、いいかな。」

 

提督「そっか・・・一見地味でも、皆が帰る場所を守る事は重要な任務だ。頼むぞ~?」

 

望月「うん、任せといて。」

 

提督「フフッ・・・あぁ。」

 

こうしてまたひとつ、結束の輪が広がったのだった。

 

一方その頃・・・

 

 

 

午前9時02分 食堂棟1F・食堂 厨房

 

 

鳳翔「ええと、あと仕込みは・・・」

 

満潮「佃煮の仕込み、もうすぐ終わります!」

 

間宮「内地からの食材、持って来ました!」

 

鳳翔「ではその調理台の上へ!」

 

間宮「はい!」

 

鳳翔(提督を追い出した判断、間違いだったかもしれませんね・・・。)

 

厨房は既にかなり大忙しと言う状況。

 

 

~艦娘寮・戦艦区画~

 

金剛「モップ掛けデース!」ドタドタドタ

 

比叡「大掃除も、気合! 入れて! 行きます!」ドタドタドタ

 

戦艦寮では金剛と比叡が廊下の掃除中。

 

陸奥「・・・あらあら、賑やかね。」

 

榛名「・・・ははは。」

 

それを傍観する二人。

 

榛名「各部屋のお掃除、やってしまいましょう。」

 

陸奥「そうね。」

 

 

~艦娘寮・巡洋艦区画~

 

 

ドタドタ・・・

 

 

長良「はぁ、はぁ、はぁ・・・」ゼェゼェ

 

寮2号棟、戦艦寮真下の巡洋艦区画では、長良が長大な廊下を雑巾掛けしようとしてダウン。

 

五十鈴「無茶だって言ったのに、言わんこっちゃない・・・。」

 

長良型次女五十鈴は手堅くモップ。

 

長良「だ、だって、いい運動になるかと・・・。」

 

根拠がそこだった。

 

高雄「妙高を厨房にやった関係で、少しきついですね・・・。」

 

愛宕「でも一年の締めくくりよ、頑張りましょう?」

 

五十鈴「勿論!」

 

 

 

由良「まぁ、私達は各部屋のお掃除ですけど。」

 

名取「は、ははははは・・・。」

 

まぁこの二人微妙に体力ないので致し方なし。(それでいいのか艦娘よ)

 

 

~艦娘寮・駆逐艦区画~

 

電「廊下を雑巾掛けなのです!」

 

艦娘寮3号棟は丸々駆逐艦区画になっている。(1号棟は空母と特務艦、4号棟は未使用)

 

その広い廊下の掃除に、蛮勇を以って電ちゃんが雑巾がけを試みんとしていた。

 

雷「隅々まで綺麗にしないとね!」

 

雷が随伴、心強い事この上ない。

 

電「なのでs――――」

 

だが・・・電が廊下に落ちていたモップに、躓いた――――――。

 

電「はわっ――――!?」

 

雷「えっ!?」

 

電が前のめりにバランスを崩す。その過程で、電の持っていた水が滴るほど濡れた雑巾が、前方に飛ぶ。

 

電「ふにゃああぁぁっ!?」ドシャァッ

 

電がこけると同時に雑巾が床に落ちそのまま滑っていく。その先に―――――

 

 

 

 

五月雨「~♪」

 

水入りバケツを持った五月雨がいた。

 

 

ベチャッ

 

 

五月雨「わっ!?」

 

五月雨がその雑巾をまともに踏み抜き、後ろ向きに体勢を崩す。

 

その際持っていたバケツは――――斜め前方にぶっ飛ばされていた。

 

そして運悪くその先には・・・

 

 

 

 

潮「・・・?」

 

U☆SHI☆O

 

 

バッシャーン

 

 

潮「うぶっ!?」ドサァッ

 

五月雨「きゃぁっ!」ドッタァン

 

唐突な事態に体勢を崩した潮がへたり込むのと、五月雨が尻餅をついたのはほぼ同時だった。

 

電「ううう・・・。」

 

五月雨「いたた・・・。」

 

潮「はっ・・・くしゅん!」

 

雷「あちゃー・・・。」(溜息

 

見事な大惨事である、雷も思わず顔を覆ったのであった。フルコンボである。

 

敷波「・・・何やってるのこの子達・・・。」

 

たまたま近くにいた敷波が思わず呟いた。

 

雷「揃いも揃ってドジだって事よね・・・。」

 

敷波「いや、これはむしろ奇跡か何かの類でしょ・・・。」

 

漣「濡れ透け潮っ○い、(゚∀゚)キタコレ!!」

 

やめい。

 

雷「言ってないで着替え取ってきてあげなさいよ・・・。」

 

漣「ハッ、そうだったそうだった~。」トテトテ

 

初春「何事じゃ、これは・・・。」

 

そこへやってくる初春と子日。

 

雷「どこから説明したものか・・・。」

 

子日「大変な事になってるね~・・・。」

 

余りの光景に子日の調子も空回り気味?

 

 

~艦娘寮・蒼龍の部屋~

 

蒼龍「~~♪」

 

蒼龍が窓拭き掃除中。

 

飛龍「もう、鼻歌はいいから早く済ませちゃおう?」

 

蒼龍「分かってるって~。」

 

飛龍が割とごちゃごちゃな蒼龍の部屋を整頓中。二人とも襷を締めてる状態。

 

飛龍「なんで整頓できないかなぁ・・・。」

 

蒼龍「アハハ・・・いまいち苦手で・・・。」

 

多聞「整理整頓はきちっと出来んといかんぞ?」

 

蒼龍「わ、分かってます・・・。」

 

すかさず御小言の飛んでくる蒼龍である。

 

 

 

千歳「私達は廊下掃除楽でいいよねぇ・・・。」

 

千代田「そうね、でも早く済ませないと。」

 

千歳「フフッ、まだやる事沢山あるものね、分かってるわ。」

 

廊下掃除はこの二人の仕事。ただ特務艦と空母の寮なので他の三棟に比べると建物が小さい模様。

 

他の御仁は部屋の整理である。

 

 

~訓練場・屋内射撃場~

 

提督「今頃大変だろうねー。」

 

望月「ねー。」

 

と、呑気に話をする、そのような喧騒とは無縁な位置にいる二人であった。

 

 

 

巻いて巻いて~♪

尺を巻いて~♪(おい)

 

 

 

2053年1月1日午前6時40分 司令部前ロータリー

 

 

提督「・・・。」

 

一同「・・・。」

 

日の出直前のこの時間、皇居遥拝の為全艦娘が司令部前ロータリーに整列していた。直人も普段着ている第2種軍服ではなく、黒の冬服、第1種軍服に身を固めている。

 

皇居遥拝―――帝国海軍では元旦の朝、乗員が一隻単位で総員整列して皇居の方角を向き、敬礼(お辞儀の方)をし、御真影(天皇陛下のお写真)を拝謁すると言う「遥拝(ようはい)式」と言う儀式をしていました。

 

艦娘艦隊では特にこの皇居遥拝をせよと言う規定はない。あったらあったでハト派に叩かれるし、無いからと言って特に必要も無いからだ。

 

ただ直人は、これをする旨全艦に布告を出していたのだった。

 

但し、直人が指示したのは日の出と同時に最敬礼をすると言うだけであった。

 

そして、厳粛な空気の中、朝日がその顔を覗かせた。

 

提督「総員、遥拝!」

 

直人の一声で、全員がその場で皇居を向き最敬礼をする。

 

提督「・・・直れっ!」

 

そう言うと同時朝礼台に乗っていた直人は振り返って艦娘達の方を向く。

 

一同「・・・。」

 

提督「横鎮近衛艦隊の艦娘諸君、新年明けましておめでとう。まずはこの年を全員揃って迎えられる事を、喜びたいと思う。今年一年、宜しくお願いしたい。」

 

一同「宜しくお願いします!」

 

提督「新年を迎えるに当たって、改めて訓示したい事がある。今年は昨年以上の激戦が予想される。多少無理をするだろうことも想像に難くない。だが、例え負け戦だろうが死ぬ事は許さん、必ず生きて帰れ。来年の年明けを、諸君と迎えられる事を楽しみにしている。以上だ。」

 

大淀「気を付けっ!」

 

 

ザッ

 

 

大淀「敬礼!」

 

 

ザザッ

 

 

直人も敬礼でこれに応えた。直人が手を下すと、艦娘達も敬礼を解いた。

 

提督「解散して宜しい。」

 

鈴谷「ふあぁ~・・・眠い・・・。」

 

熊野「寝不足ですの・・・?」

 

鈴谷「朝早かったからさ~。」

 

熊野「そうですわね。」

 

最上「でも遥拝式は大事じゃん、しょうがないよ。」

 

鈴谷「おー最上じゃん、おっはよ~!」

 

熊野「おはようございます。」

 

最上「うん、おはよう!」

 

 

 

提督「・・・ふぅ。」

 

大淀「中々様になっておいででしたよ、提督。」

 

朝礼台から降りた直人を大淀が出迎える。

 

提督「あまり堅い事は苦手なんだけどね。」

 

大淀「そうですね、お似合いではありませんね。」

 

そう返されて直人は苦笑しながら言う。

 

提督「ハハハ―――来年も・・・」

 

大淀「え・・・?」

 

提督「来年もこうして、誰一人欠ける事無く、迎えたいものだな・・・。」

 

大淀「・・・そうですね、頑張りましょう。」

 

提督「あぁ。」

 

直人は力強い声で大淀の言葉に応えたのであった―――。

 

 

 

正月三箇日も明けた1月4日午前9時、サイパン司令部に2隻の輸送船と1隻のタンカーが、横鎮防備艦隊と護衛艦「あさなぎ」「ゆうなぎ」の護衛の下に入港してきた。

 

この護衛艦2隻は、早くも悪名として知られるSN作戦を生き抜いた幸運の船である。

 

提督「遠路、ご苦労様です。」

 

船長「いえ、要望された品を運ぶのが仕事ですから。」

 

直人が輸送船の船長を会話を交わしていると、一人の人物が現れる。

 

「石川君、元気だったかね?」

 

第2種軍服に金モールと、胸章を複数身に着けた士官。

 

提督「ひ、土方海将!」

 

それはまごう事無き横鎮司令長官土方龍二であった。

 

土方「驚いたかね?」

 

提督「そ、それはもう驚きますよ。何故ここに?」

 

土方「あぁ、君にお年玉をと思ってな。急いだのだが色々あってな、年が明けてしまったよ。」

 

なんとなし事情を掴んだ直人。

 

提督「取り敢えず立ち話もなんですから、応接間の方に行きましょう。こちらへ。」

 

土方「そうだな。」

 

そう言われた土方海将は、直人の言葉に乗る事にしたのだった。

 

 

 

~艦娘寮1号棟・応接間~

 

横鎮近衛艦隊司令部で、応接間は艦娘寮1号棟の1階に設けてある。

 

元々1号棟1階が特務艦寮であり部屋数を必要としない事から、直人が大部屋を転用したのだ。

 

提督「取り敢えずは、新年明けましておめでとう御座います。」

 

椅子に腰かけた状態で直人が言う。

 

土方「おめでとう、紀伊君。それにしてもサイパンはいいな、年中常夏で。」

 

提督「はっ、おかげさまで皆、快適に暮らしています。で、先程の件なのですが・・・。」

 

土方「あぁ。お年玉と言うのはな、君に新しい艦娘用の装備を預けようと思ってな。」

 

提督「新たな装備、ですか?」

 

直人が疑問符を浮かべる。

 

土方「そうだ。出来れば実戦運用してデータをくれると助かる。」

 

提督「それは無論です。で、どの様な?」

 

土方「“試製晴嵐”。」

 

その装備名を聞いた途端直人の顔色が変わる。

 

提督「晴嵐、ですか!? あの水上攻撃機の!?」

 

土方「そうだ。去年終わりに開発に成功した新装備だ。」

 

水上攻撃機『晴嵐』、それは日本軍が特型潜水艦用に開発した大型水上機である。800㎏爆弾1発ないし91式航空魚雷1本を懸架可能、フロート切り離し機構などを始めとし速力増大策を盛り込んだ決戦兵器であった。

 

土方「これを1部隊、横鎮近衛艦隊に譲渡する。使ってくれるか?」

 

NOと言う筈のない直人。

 

提督「勿論です土方海将、喜んで使わせて頂きます!」

 

特に航空艤装はあまり保有量の無い事もあり、この申し出は願っても無い事だった。

 

土方「そうか、それはよかった。ここまで来た甲斐もあったと言うものだ。」

 

提督「遠路遥々お疲れ様です。ですがなぜ海将直々に?」

 

土方「あぁ、君に一つ朗報をと思ってな。」

 

提督「と、仰いますと?」

 

土方「君たち横鎮近衛のバックアップに、今大迫一佐が当たっているんだ。」

 

これは寝耳に水であった。

 

提督「大迫さんが!? 確か第23護衛隊の補給担当になったと・・・。」

 

土方「あれは欺瞞だよ、君達のバックアップを大っぴらに任命できる筈無かろう?」

 

提督「成程そう言う手品でしたか・・・いえ、これは確かに朗報です、これで多少は動きやすくなります。」

 

土方「そうか、それはよかった。あぁそうだ、本土の土産だ。」

 

そう言って直人に差し出されたのは―――。

 

提督「コーラシガレットですか、それも一箱とは―――いやはや、ありがたく頂きます!」

 

土方「ハッハッハッ、喜んで貰えてよかったよ。では、そろそろ行く事にしよう。」

 

提督「そうですか、分かりました。またいずれの機会にでも、紅茶を一杯御馳走しましょう。」

 

土方「あぁ、その機会を楽しみにしよう。それではな。」

 

土方はそう言って、サイパンを後にしたのであった。

 

 

 

だがしかしその僅かに2時間後、状況が急変した。

 

 

1月4日午前11時36分 サイパン東方沖57km付近

 

 

操縦員妖精「・・・。」

 

“それ”を発見したのは、昼間の哨戒飛行に出た97式艦攻の内の1機である。

 

偵察員妖精「今日も何もいないといいですね。」

 

操縦員妖精「そう願いたいものだな。」

 

この日のサイパン付近は雲量6~7とそれなりに雲があった。

 

通信員妖精「何もいやしませんよ、今日も平和ですって。」

 

操縦員妖精「・・・。」

 

通信員の気休めはスルーし、操縦員妖精は周辺警戒を行う。

 

すると、ふと奇妙な点が目についた。

 

操縦員妖精「ん・・・?」

 

操縦員が目を凝らしたのは機体左側直下の海面。そこになびく無数のウェーキを、彼は確かに見た。

 

操縦員妖精「通信士! 司令部に打電、『我、敵艦隊ヲ発見ス』とな!」

 

通信員妖精「え、は、はいっ!!」

 

事態の緊急性は明らかであった。

 

通信員が電信を始めた時、操縦員は更なる点に気付く。

 

操縦員妖精「電文に付け足せ、『敵艦隊ハ、霧ノ戦艦2・重巡1ヲ含ム』と―――。」

 

その艦隊は、紛れもなくコンゴウの派遣した横鎮近衛艦隊追討艦隊だった。

 

 

 

その通報が直人の知るところとなるまでには5分を要しなかった。直人は急遽蒼き鋼の二人を呼んで説明を仰ぐことにした。

 

 

~提督執務室~

 

提督「それで、この接近中の戦艦クラスは、一体何者なんだ?」

 

イオナ「こちら側で確認している大戦艦級は、コンゴウ、ハルナ、キリシマの3隻。2隻がこちらに向かっているという事はその内の2隻。そして、多分コンゴウじゃない。」

 

タカオ「そうね、コンゴウの腰は重いから、まずは部下をぶつけて様子を見ると思うわ。」

 

群像「・・・。」

 

提督「成程・・・では、こちらに向かっているのは、そのハルナ・キリシマの2隻ということでいいんだな?」

 

イオナ「断定は出来ない。」

 

イオナはそう言ったが、直人はそれに頷く。

 

提督「それで十分だ。それで、対抗策は何かないのか?」

 

この質問に千早群像が答える。

 

群像「大戦艦級2隻が相手となると、通常の戦闘状態では難しい。侵蝕弾頭は補給して貰ったおかげで相当数ある、それにより物量戦術を取る事も可能だ。」

 

提督「しかしそれでは痛み分けの可能性が高くなる。いっそ2隻とも沈める位の気概がいるだろう。」

 

タカオ「ええっ!?」

 

直人の言葉にその場にいた者は驚愕した。

 

提督「我が艦隊はその総力を以てこれと一戦交え、霧が元の世界に戻れるきっかけを作る。その為には、奴らに分からせる必要がある。『霧の艦隊では艦娘相手には役に立たぬ』とな。」

 

その言葉に群像が口を挟む。

 

群像「だが、簡単ではないぞ。」

 

提督「それが、策はあるんだな、これが。」ニヤリ

 

群像「!?」

 

不敵な笑みを浮かべて、自信満々に言い放った直人である。

 

戦術家紀伊直人。その手腕が活かされる時が遂に来たのだった。

 

そしてサイパン島への敵の来寇を予期した備えが、フルに生かされる時が来たのだ。制号作戦の第二幕、『サイパン沖海戦』の開演時間は間近に迫っていたのである。




艦娘ファイルNo.74

最上型航空巡洋艦 鈴谷改

装備1:22号対水上電探
装備2(6機):瑞雲(634空)
装備3:20.3cm(3号)連装砲
装備4:同上

観音崎沖の一戦の後着任した一団の筆頭格。
特異点を複数盛り込んだ既に一線級の装備を持った艦娘であり、本人も自信を滲ませている。果たして・・・?


艦娘ファイルNo.75

最上型重巡洋艦 熊野

装備1:15.5cm3連装砲
装備2:零式水上偵察機

特異点を一つ持つ最上型重巡4番艦。
大型艦が一挙に増加した原因の一人でもある為直人の頭を悩ませた。
実戦時には最上と共にその巡洋艦としては類稀な分間投射量で敵を圧する。


艦娘ファイルNo.76

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 磯波

装備1:12.7cm連装砲

特異点の無い普通の駆逐艦娘。
性格は司令部では大人しい部類だが、戦闘時の読みの深さは特筆すべきところ。


艦娘ファイルNo.77

特Ⅱ型(綾波型)駆逐艦 敷波

装備1:12.7cm連装砲

凡庸な駆逐艦、綾波の妹。
司令部では割と重要な常識人枠。
これと言って特筆すべき点も無い平凡なスペックではあるものの、駆逐艦不足のこの司令部では重要戦力である。


艦娘ファイルNo.78

夕張型軽巡洋艦 夕張改

装備1:14cm連装砲
装備2:12.7cm単装高角砲
装備3:25mm連装機銃
装備4:94式爆雷投射機

まさかのガン積み装備で来ちゃった兵装実験軽巡。
あろうことか最終時装備での見参である、対空マッシマシですねはい。
機械弄りが大好きで明石と仲がいい。その為造兵廠によくいるようだ。


艦娘ファイルNo.79

長門型戦艦 陸奥

装備1:41cm連装砲
装備2:14cm単装砲(砲郭)(火力+3 命中+1)
装備3:零式水上偵察機

14cm単装砲の戦艦用副砲版持参と言う特異点を持ったビッグセブンの一柱。砲郭とは15.2cm単装砲みたいなやつの事。
気前のいいお姉さんポジだが怒らすと怖いタイプ。
戦闘ともなれば持ち前の火力であらゆる障害を排除してくれる頼もしい戦友である。が、燃費がお察しであり度々直人の頭を悩ませることとなる。
(その割には仮借なく投入するのだが。)


ゲストシップ紹介

タカオ型重巡洋艦 タカオ

装備1:203mm連装荷電粒子砲
装備2:123mm連装アクティブターレット
装備3:対空レーザーターレット
装備EX1:超重力砲
装備EX2:ミサイルVLS

霧の艦隊東洋方面第1巡航艦隊所属。
原作では紀伊半島南方で、台風の目に陣取ってイオナを待ち受け、交戦に入ったものの、その時船底に霧の潜水艦イ501を貼り付かせていた為能動的に動くことが出来ず、超重力砲も群像の咄嗟の判断で回避され、更にカウンター超重砲でイ-501を撃破された事で勝敗を決せられた。結局撃沈はされなかったが・・・?
劇中では五島列島沖にいる所を転移現象に巻き込まれ、ハワイ沖にコンゴウ他と共に飛ばされてしまい、その状況変化に戸惑いを隠せなかった霧の斥候として日本近海へとやってきた。


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第2部5章~制号作戦ー後編ー~

どうも、天の声です。

青葉「青葉です。」

秋雲「秋雲様だよ~!」

青葉「えぇ!?」

はい今回のゲスト、劇中でも近く着任する秋雲です。

秋雲「お招き感謝するよ~?」


こちらこそ。中編が戦闘パートだと思った人、正解は越年パートです。やりたかったことをやっただけなのです。期待してた方はすみません。

青葉「え、でも3つの戦闘行動って・・・。」

お楽しみに。

青葉「アッハイ。」


さぁ霧の艦隊との決戦が大詰めを迎えてきましたが、この章でイオナ達とはお別れとなります。このため今回は尺巻きません。いくらでも書いてやります。()

青葉「なぜかいっつも長くて3万文字強で纏めますもんね。」

秋雲「尺に制限ある訳じゃあるまいに、もっと書けばいいのに~。」

それは自分で思わんでもない、だから今回は尺巻かないようにする練習も兼ねてます。また依然巻いたところは気が向いてネタがあれば、折を見て新ネタをぶち込むかもしれません。

青葉・秋雲(ダメなパターンだこれ。)


あとこのところ様々なイベント海域や通常マップのプロット作りを始めてます。進捗は全然ですが、今後の展開に御期待頂ければと思います。


あ、忘れてましたが、この小説も書き始めてはや1周年(16/03/03)です。時間経つのって早いですね。

青葉「ですね・・・。」

1日1日、噛み締めて生きていきましょう。


ナンノコッチャとなってきたところで今回の放談コーナーです。

今回は、本編中でも随所で活躍する艦種、CV(空母)の歴史をかいつまんで紹介したいと思います。

秋雲「いいねぇ~空母。私も護衛やったんだよねぇ~。」

おっそうだな。


近代海軍史を語る上で空母は切っても切り離せない重要な役割を果たしました。空母という艦種そのものが時代を変えた、と言って過言ではありません。

私自身は大艦巨砲主義者です、その私に言わせれば『飛行機飛ばせるだけが取り柄の貧弱な大型水上艦』を認めたくないのは道理です。まぁ今では両方支持してますが。

しかし空母の存在は、海戦戦術を大きく変えることになりました。ですがその歴史は風変わりな船を多く生み出しました。


そもそも空母の歴史は、航空機の歴史と歩みを共にしています。その艦種の生まれるきっかけが、フロートを装備した水上飛行機(水上機)の登場でした。

飛行機が軍用に使用出来ることは、第一次大戦前の水上機の登場当時世界の軍関係者の間では浸透し始めた常識でした。何故なら空中から偵察や弾着観測が出来る為、正確な情報を基に砲兵の火力を有効に使えるからです。そこへ、飛行場を必要としない水上機が現れると、当然軍関係―――特に海軍―――の興味を引きました。

そして水上機を艦艇に搭載する試みが始まり、フランスで水上機母艦「フードル」(世界初の水上機母艦)として形となります。これにイギリスの水母「アーク・ロイヤル」、日本の運送船改装水母「若宮」などが続きます。


第1次大戦が始まると、水上機母艦搭載の水上機が、偵察や観測他に大いに役立つ事が証明されます。更にそれらの航空機が、敵を攻撃する用途にも非常に役に立つことが分かり、尚且つ敵も航空機を出してくるようになると、自然空中戦が発生するようになります。

やがて固定脚の戦闘機が登場すると、水上機では太刀打ち出来ない事も分かり、固定脚の航空機を艦艇で運用する試みがイギリス等で始まります。

この結果、イギリスで大型軽巡「フューリアス」が、艦橋構造物前後を改装して、実質的な空母としては初の艦として就役します。しかし艦橋や煙突などが艦の中心線上に残されていた為、運用には不便が目立ち、本格的とは言えませんでした。後年フューリアスとその姉妹艦カレイジャスとグローリアスは、特徴的な2段甲板を備えた全通甲板空母に近代化改装されました。


本格的空母として初の艦が登場するのは、客船改装の空母「アーガス」の登場を待つ必要があります。全通甲板を持ち、艦上で車輪式降着装置を付けた飛行機の運用が可能でした。言わば空母の草分け的存在です。この頃空母は「Airplain carrier」=AC、つまるところ航空機運用艦と言う類別でした。


戦間期に入り、“純空母”として最初に起工された空母はやはりイギリスの空母「ハーミス」でしょう。ですが同時期に純空母として設計建造された鳳翔が、純空母として最初に就役した艦となりました。これらはいずれも1万トン未満の小艦でしたが、海軍航空の発展に必要不可欠な様々なデータを残した点に於いて、その功績は並ぶものがありません。


ワシントン軍縮の結果列強各国は主力艦の総排水量を制限されてしまい、空母保有量も自然減る事になりました。そんな中生まれた空母が、八八艦隊計画で建造中だった戦艦/巡戦改装の空母赤城と加賀です。この2隻の特徴でもある三段式飛行甲板の事は赤城がゲーム内で言及しています。

三段式甲板の目的は、大(艦攻)中(艦爆)小(艦戦)3種の艦上機を長さの異なる三段の甲板から個別発艦させ、発艦時間を短縮する意図がありました。実際効果はあるのですが、発艦甲板を3つ必要とする為格納庫容積が小さくなり、搭載数はさほど多くありません。この点同時期就役であり、2段格納庫・全通1段甲板の空母レキシントン級2隻は、時代を先取りしていました。

また軍縮によって一つのカテゴリとして「CV」という艦種が設定されました。この定義として「排水量を問わず、航空機を搭載する目的で建造され、且つ艦上で航空機を発着しうる一切の水上艦艇」と言う文言が適用されました。この略称CVのCはキャリアーのC、Vは羽ばたく鳥の意匠と言う説が定説です。(※諸説有)


この条約下で空母が発展する訳ですが、その中で空母の航空艤装で先鞭をつけた空母がいます。フランスの戦艦改装空母「ペアルン」です。

それまで各国では縦張り式の着艦制動装置を採用しましたが、これでは減速しきれなかったり、引っ掛かりが悪く海上に落ちるなど事故が多発しました。ですがペアルンは甲板に備え付けたワイヤーに、着艦機が装備するフックを引っ掛ける横張式を採用し、その安全性と信頼性が立証されると、各国がこぞって取り入れました。


第2次大戦にはいると、空母は一つの完成形を見ます。日本式空母の完成形である翔鶴型航空母艦、アメリカの工業力の象徴たるエセックス級、装甲空母の先駆けであるイラストリアス級です。

これらはいずれも70~100機前後の搭載数を誇り速力も高く、速力も30ノットを優に超え、非常に申し分ない性能を持った空母でした。このエセックス級と翔鶴型が、太平洋で火花を散らし激突した事は、言うまでもないでしょう。


戦後に入るとすぐ、ジェット機が登場します。これは航空機に於ける革新ではありましたが、このエンジンを搭載した新型戦闘機は大重量であり、それまでの空母甲板の構造では運用困難、最悪運用出来ませんでした。

この問題は、舷側に張り出すフライングデッキと新型の甲板支持構造・大重量機対応の新型カタパルトで解決され、今日のスタンダードを形作りました。


青葉「空母と呼ばれているのは、まだ航空機運用艦と呼ばれている頃の名残な訳ですね。」

そーゆーこと。空母はその草創期は水上機母艦から始まってます。実際各国が多くの商船に水上機運用の為の改修を施したりしています。

秋雲「どんなものにも、歴史はあるんだねぇ~。」

戦艦も駆逐艦も、歴史あってのものですから。


いつもながら長くなってしまいました、この手の話題は長くなるのが常のようです、すみません。
纏めると「水上機発明された→軍用で船に積んでみた→陸上機に勝てない(´・ω・`)→じゃぁ陸上機運用できる船を!」で空母が出来た訳です。

ではこの辺で本編いきましょう。

秋雲「あ、スタートだよっ!」


『策はあるんだな、これが。』

 

直人は確かにそう明言した。

 

では直人の考える策とは如何に・・・?

 

 

 

1月4日11時41分 提督執務室

 

 

群像「その策とは?」

 

提督「うん。まずこの島には、大小合せて300ヶ所以上の砲台がある。いずれも巧妙に隠匿され上空からでは位置も掴めない。しかも艦娘の装備をそのまま陸上転用したから、戦艦の艦砲に関してはある程度防御能力もある。」

 

戦艦の艦砲、例えば金剛型の14インチ砲塔は、天蓋152mm、側面は全周254mmと言う重装甲であり、14インチ連装砲が配備されている砲座は全て金剛型の砲塔が使われている。真上から降ってこない限りは威力が減衰する関係でそう簡単には壊れない。

 

群像「だがそれらはまだ通常弾頭の筈だが?」

 

提督「ご明察だ、だがそれが今回のキーの一つ目だ。」

 

イオナ「?」

 

イオナが小首を傾げた。

 

提督「この島の東岸には占めて147ヶ所・483門の砲台が存在する。これらから一斉に砲撃を行って敵の注意を若干逸らす。次いで間髪入れずその援護下に艦娘艦隊を突入させて敵に消耗を強いる。そして敵が超重力砲発射シークエンスに入ったなら、その重力子レンズに、デカいのを1つ撃ち込んでくれたまえ。」

 

一つ補足を言っておこう。いつから砲台1ヵ所が砲塔一つだと思っていた?

 

群像「成程・・・つまり、またもや貴官らは陽動、という訳か。」

 

群像はそれを聞いてある程度得心した。

 

提督「あぁ、今度は恐らく白兵戦も望めまい、対策されるだけだろう。であれば、俺達は俺達で、侵蝕弾頭をありったけ叩きこむ!」

 

直人は意気込んで見せるが、そこに群像が懸念を挟もうとする。

 

群像「しかしそれだと・・・」

 

提督「うちには79隻の艦娘がいる。」

 

それは、直人の策の核だった。

 

群像「!!」

 

直人の真意を見抜いた千早群像らは、その策に乗ったのだった。

 

 

 

タカオ「でも、相手にはマヤもいるわよ?」

 

提督「マヤの相手は、タカオに任せる。いいかな?」

 

タカオ「わ、分かったわ・・・。」

 

提督「別に沈めろとは言ってない、仮に前に出てきた場合に限り注意を引いてくれればいい。今回はあくまで、ハルナ・キリシマの両艦にターゲットを絞る。深海棲艦ごと吹き飛ばすさ。」

 

タカオ「・・・。」

 

そう言われて気が楽になるタカオだった。

 

提督「あぁ、俺はタカオを含む全艦の戦術指揮に専念するから、兵装運用は任せるよ。」

 

タカオ「なら私は戦況プロットでいい?」

 

提督「あぁ、頼んだ。」

 

初めて組むコンビながら、打ち合わせは入念で隙が無いものであった・・・。

 

 

 

午前12時37分 食堂棟2F・大会議室

 

 

提督「作戦会議を始める!」

 

直人の号令一下、ブリーフィングが始まる。

 

提督「既に下知した通り、本島は間も無く霧の艦隊/深海艦隊の攻撃圏内に入る。これに際し我が艦隊は防衛砲台と連携して出動し、これに決定的一撃を与える。」

 

大淀「本作戦は防衛戦に付き、司令部防備艦隊にも出撃して頂きます。」

 

鳳翔「承知しました。」

 

防備艦隊旗艦である鳳翔が頷く。

 

提督「今回新たに編入した6隻に関してだが、夕張は司令部防備艦隊に、磯波と敷波は1航艦19駆に、鈴谷は第1水上打撃群へ、熊野と陸奥は第1艦隊に配属とする。熊野は最上と共に第7戦隊を形成して貰おう。」

 

最上「はい!」

 

熊野「承りましてよ。」

 

夕張「はーい。」

 

扶桑「・・・旗艦交代では、無いのですか?」

 

提督「俺もそうしたい、だが陸奥には経験が不足している、暫くはこのままだ。」

 

扶桑「分かりました。」

 

陸奥「むぅ・・・。」

 

綾波「また宜しくお願いしますね!」

 

磯波「はい、宜しくお願いします。」

 

敷波「よろしく~。」

 

鈴谷「いきなり主力!?」

 

提督「モチのロンのオフコォ~ス。」^^

 

ニタニタと笑みを浮かべてそう言う直人、いい笑顔である。

 

鈴谷「ア、ハイ・・・頑張るぞ・・・。」

 

提督「アッハッハッハ、そう気張らなくても、皆で戦っていけばいいさ。侵蝕弾頭も積んだ事だし、大丈夫だよ。」

 

鈴谷「そ、そうだね・・・。」

 

ここで赤城が口を差し挟もうとする。

 

赤城「あの・・・」

 

提督「みなまで言うな、今回の標的だろう? 深海棲艦、主に敵空母と戦艦を狙ってくれ。今回は確認されてるからな。どうやら敵深海棲艦は、ヲ級とヌ級が中心の機動部隊らしい、更にナガラ級が4いるようだ。」

 

赤城「承知しました。お任せください提督。」

 

提督「余力があればナガラ級への攻撃は許可する。最も、敵機動部隊がいる状態で余裕があるかは怪しいがな。」

 

赤城「分かりました。」

 

赤城がその旨快諾してくれたのは、直人を安堵させた。

 

提督「今回、俺はタカオ座乗にて出撃する。私の陣頭指揮には従って貰うぞ。」

 

金剛「珍しいデスネー。」

 

提督「これが俺本来の形さ。命令の可動圏内での裁量は、現場指揮官に一任する事とする。」

 

一同「はい!」

 

提督「質問はあるか?」

 

群像「一ついいか?」

 

提督「・・・どうぞ。」

 

群像「艦娘の布陣はどうする? 効果的に布陣しなくてはならないと思うが。」

 

提督「よくぞ聞いてくれた。今回艦娘艦隊の布陣は、中央を防備艦隊、右翼第1艦隊、左翼を第1水上打撃群で固め、後背は第1機動艦隊に預ける。またタカオは中央に布陣し、陣形は鶴翼の陣を採る。」

 

群像「鶴翼・・・?」

 

鶴翼の陣形、古代中国や戦国時代の日本などで使われた布陣陣形の一つで、中央より左右両翼がせり出す形で布陣する陣形である。鶴が羽ばたいている様に見える事からこの名が付いた。

 

攻撃よりは防御に適した陣形であり、このチョイスは適切であった。

 

提督「そうだ、敵は輪形陣を組み進撃中だ。これを3方向から押し包んで殲滅するという訳だ。今回は防御砲台がある、戦力分散のリスクは考慮しなくていいだろう。」

 

つまり艦隊を分散しても射程の長い地上砲台がある為、戦力分散のリスクは帳消しに等しい状態であった。

 

群像「分かった。」

 

提督「他に質問は?」

 

問いかけたものの、返答はなかった。

 

提督「宜しい、では始めるとしよう。全艦総力戦用意! 完全装備で港外へ集結、かかれ!!」

 

一同「了解!!」

 

時に1月4日12時58分、ここに決戦の大命が下ったのである。

 

 

 

13時11分 サイパン東方沖18km

 

 

ハルナ「タカオの反応を掴んだ。サイパン島の南側にいるようだ。」

 

キリシマ「ここが敵艦隊の本拠だと? 何の抵抗も警備も無いではないか。」

 

 

ドドドドドドドド・・・

 

 

戦端は、唐突に開かれた。

 

 

 

砲台妖精「撃てぇッ!!」

 

 

ドオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

サイパン東岸の数百門の火砲が、一斉に連射を開始する。

 

 

 

キリシマ「なんだ!?」

 

 

ドドドドドドドドドドドド・・・

 

 

ハルナ「飛翔体多数着弾! クラインフィールド稼働率、37%!」

 

キリシマ「なに!?」

 

唐突な攻撃で先手を取られるハルナとキリシマ。

 

ハルナ「通常弾頭か・・・。だが集中砲火で消耗を強いるつもりか・・・。」

 

 

~同刻・タカオ艦上~

 

提督「右翼、左翼突撃せよ! 航空隊は深海棲艦隊に対し攻撃開始! 水上部隊は全艦霧の敵1番艦を地上砲台と共に叩け!」

 

金剛「“了解!”」

 

扶桑「“分かりました。”」

 

赤城「“了解しました、全力攻撃します。”」

 

タカオ「私はどうする?」

 

提督「前進、防備艦隊に追いついたらそれとともに進撃開始だ。砲撃目標は敵深海棲艦部隊。」

 

タカオ「分かったわ。」

 

タカオの重力子エンジンが全開で入る。

 

鳳翔「“私達はどうすれば・・・?”」

 

提督「タカオの合流を待って前進開始だ。敵深海棲艦を頼む。」

 

鳳翔「“艦載機は如何しますか?”」

 

提督「発進許可、タイミング任せる。」

 

鳳翔「“了解しました。”」

 

次々と直人の指示が飛び、タカオも前進を開始する。

 

 

 

金剛「ファイアー!!」

 

鈴谷「いっくよー!!」

 

蒼龍「攻撃隊発艦!」

 

響「砲撃開始!」

 

雷「てーっ!!」

 

 

ズドドドドドドド・・・

 

 

両翼の部隊も空母を有するが、これらの艦載機が深海棲艦の牽制を受け持ち、艦隊は敵1番艦ハルナを狙い撃つ。さながら巨大な射撃訓練標的である。

 

左翼も直人の命令を受け、近接防御以外では深海棲艦を無視してハルナを狙った。さらに左右両翼は左右対称の斜陣に展開した為、その陣形は敵陣外周に取り付きこれを圧迫、必然的に敵の輪形陣を崩す。

 

羽黒「敵陣、崩れました!!」

 

提督「“羽黒と鈴谷の牽制砲雷撃で混乱状態に陥れてくれ、それ以外は継続して攻撃だ。”」

 

羽黒「はい!」

 

 

 

提督「攻撃隊がそろそろ到着だな。」

 

タカオ「艦載機なんて使えるの?」

 

提督「艦載機を捨てるなんてとんでもない。我々は最大限活用してるがねぇ。使い方と相手を選べばいいのさ、まぁ見ておけ。」

 

タカオ「えぇ・・・。」

 

 

 

赤松「行くぞ野郎ども! 全機突撃!!」

 

横鎮近衛艦隊母艦航空隊所属の制空隊は、敵艦隊直衛戦闘機に突撃を開始、同時に攻撃隊が効果を開始した。

 

第1艦隊と第1水上打撃群の艦載機隊は一足先に突入、深海棲艦の直衛機はそれに反応して降下を開始した直後であった為、虚を突かれた形になり体勢を崩した。

 

 

 

鳳翔「始まりましたね・・・。」

 

柑橘類「おかん・・・。」

 

鳳翔「もう少し、待って下さいね。タカオが合流してからにしましょう。」

 

柑橘類「あ、あぁ・・・。」

 

この時点で、鳳翔航空隊は発進していない。

 

夕張「はぁ~・・・目の前で味方が戦ってるのに・・・。」

 

鳳翔「大丈夫です、夕張さん。もう少しだけ、待って下さいね。」

 

望月「はぁ~・・・久々の実戦がこれとはねぇ・・・。」

 

菊月「だが、これが私達の任務だ。」

 

長月「そうとも、我々は与えられた命令を遂行するのみ!」

 

睦月「睦月型!」

 

皐月「ファイトー!」

 

睦月型.s「オー!!」

 

 

天龍「元気だなぁチビ共は。」

 

余りの元気さに感心する天龍。

 

名取「そ、そうですね。」

 

天龍「この笑顔が最後まで全員揃って拝めるかは、お前の手腕が問われるぞ、名取。」

 

この天龍の言葉に、名取は自信無さげに答えた。

 

名取「は、はい。分かっている、つもりです・・・。」

 

天龍「・・・今はそれでいい、いつかその重みが、経験で分かるようになるんだからな。」

 

名取「はい・・・。」

 

名取はその言葉に、ただ頷くしかなかった。

 

龍田はそのやり取りを、ただ見守っていた。

 

太平洋戦争に、艦種「CL(ライトクルーザー・軽巡)」として、日本軽巡最古参として参加し、第4艦隊、そして第8艦隊の指揮下で、老骨に鞭打って約1年戦い抜き戦没した天龍。

 

彼女もまた、何隻もの味方の沈没を見届けた一人であり文字通りの精鋭だった。その言葉の重みは、天龍であるからこそであっただろう。

 

鳳翔「・・・来ましたね。」

 

 

 

提督「さて、本艦も進撃するとしよう。」

 

タカオ「えぇ。」

 

鳳翔「“提督。”」

 

提督「うん、前進しようか。」

 

鳳翔「“はい。”」

 

13時35分、霧の重巡タカオは、直人を乗せ進撃を開始する。この動きに困惑したのは他でもない・・・

 

 

 

ハルナ「タカオが、敵艦隊にいるだと・・・?」

 

キリシマ「何を考えている・・・!」

 

 

ダァンダァン・・・

 

 

ハルナとキリシマもただ手をこまねいていた訳では無い。

 

ハルナはと言えば全く余裕が無かったが、キリシマは前部主砲でサイパン島東岸の砲台を狙って砲撃していた。

 

しかし巧緻を極める隠蔽に加え、実弾射撃に依った為に命中率は芳しくない。

 

ハルナ「クラインフィールド、稼働率98.9%、消失まで、あと2分・・・!」

 

キリシマ「なにっ!?」

 

ハルナに余裕は一切なく、その主砲は沈黙を保ったままである。

 

キリシマ「はっ―――! ハルナ! 前方に雷跡、タナトニウム反応あり! 避けろハルナ!」

 

ハルナ「だめだっ! 演算が、間に合わないッ!!」

 

 

バシュウウウウバシュウウウウ・・・

 

 

~同刻・右翼部隊直下水深500m~

 

イオナ「ハルナのクラインフィールド、消失を確認。」

 

群像「驚いたな・・・本当に力技で押し破るとは。」

 

杏平「おまけに艦娘から侵蝕弾頭の雨だろ? ありゃいくら大戦艦級でも無理だって。」

 

直人の策。

 

それは、「如何なる防壁にも限界はある」と言うものだった。これはタカオ戦での戦訓でもある。

 

大戦艦級の強制波動装甲と、クラインフィールドの堅牢さは、重巡級と比較の段ではない。だが、それにだって限界はあると直人は踏んだ。

 

 

“限界があるならそれを越えればいい。”

 

 

これが直人の策の核心だった。即ち、艦娘の可動全艦と陸上の砲台を含めた圧倒的な砲門数で霧を圧倒し、演算能力を超える膨大な数の攻撃を以ってクラインフィールドを臨界にさせる事こそ彼の狙いであった。

 

群像「では我々も動こう。杏平!」

 

杏平「あいよ!」

 

群像がここで動いた。

 

群像「1番2番、誘導魚雷装填、誘導パターン任せる!」

 

杏平「了解!」

 

群像「続いて3番4番に、侵蝕魚雷装填!」

 

静「艦長! 1時半の方向ナガラ級! 距離5600!」

 

群像「まだ気づかれていないな?」

 

織部「はい、敵は水上の味方に気を取られっぱなしのようです。」

 

群像「よし! 3番4番、侵蝕魚雷発射!」

 

杏平「OK!」

 

群像「次いで1番2番、誘導魚雷、目標:ハルナ! テーッ!」

 

 

 

その頃、深海棲艦も動いていた。

 

提督「む・・・?」

 

戦況プロットを見ていた直人は、深海棲艦が防備艦隊に向かって突出するのを掴んでいた。

 

榛名「“提督! 防備艦隊に向かって深海棲艦が、戦線の間隙(かんげき)を抜けて突っ込んでいきます!”」

 

提督「把握している、少し待ってくれ。」

 

左翼、第1水上打撃群から通報を受けた直人が対応する。

 

提督「タカオ、荷電粒子砲で、突出してきた敵の先頭集団を薙ぎ払えるか?」

 

タカオ「それは直射と言う意味かしら?」

 

提督「いや、左右に薙ぎ払う方だ。」

 

この言葉にタカオは呆れつつ承諾する。

 

タカオ「器用な芸当ねぇ・・・やってみるわ。」

 

提督「頼む。十八戦隊! 七水戦! 突撃準備だ、飛び出して来た敵の一団に逆撃を加える!」

 

この時防備艦隊はタカオの左右に展開している。その上鳳翔航空隊が上空でゴーサインを待っている。

 

名取「は、はい!」

 

天龍「了解だ!」

 

タカオ「準備出来たわ。」

 

提督「よし―――」

 

直人がタイミングを計る。敵が突出し、戦線の連絡が切れ孤立した―――

 

提督「主砲発射!」

 

 

ドシュウウウウゥゥゥゥゥゥーーーッ

 

 

機構が展開されたタカオの主砲から、荷電粒子ビームが敵艦隊先端に放たれる。

 

ヲ級elite「――――ッ!!」

 

 

ドドドドドドドドドドド・・・

 

この一撃に呑まれた深海棲艦は例外なく沈み、勢いを失い混乱する深海棲艦。

 

 

提督「突撃! 航空隊もゴーサインだ!!」

 

柑橘類「“待ってました!”」

 

天龍「“いってくるぜ!”」

 

名取「“7水戦、突入します!!”」

 

 

 

天龍「天龍様のお通りだぁ! 俺に続けぇ!!」

 

名取「皆さん、続いて下さい!」

 

夕張「データ取らなきゃ~♪」

 

睦月「突撃ィ~~!!」

 

皐月「いっくよぉ~!」

 

望月「ちょっと本気だぁーーっす!!」

 

文月「私達だって頑張れば、結構強いんだからっ!」

 

長月「その通りだ! 睦月型の意地を見せてやれ!!」

 

 

 

ル級Flag「クッ・・・後退ダ!」

 

しかし、混乱している状態で指示の伝達は滞り、逆に混乱に拍車をかけてしまっていた。

 

 

 

提督「・・・よし、敵の突出した一団に大打撃を与えたか。」

 

タカオ「・・・あなた、相当なやり手だったのね・・・。」

 

提督「じゃなきゃここまで悪運強く生き残ってませんから。因みに観音崎沖の作戦も立案は俺だしな。」

 

タカオ「なっ・・・!」

 

タカオは改めて、敵に回してはいけない相手と戦っていた事を痛感させられたのだった。

 

そんなやり取りが交わされる少し前・・・

 

 

 

キリシマ「ちっ! 今度はこちらに砲撃が・・・!!」

 

ハルナ「クラインフィールド消失により各所に損傷、現在修復中!」

 

キリシマ「これは、演算能力を超えている―――我々大戦艦級を上回るだと・・・!?」

 

その事実を思い知らされたキリシマはそのプライドを痛く傷つけられた。

 

ハルナ「っ・・・左舷に雷跡! これは・・・」

 

 

ドォォンドオオオォォォーーーー・・・ン

 

 

ハルナの無防備な船体に、誘導魚雷がまともに突き刺さった。

 

キリシマ「ハルナ! 大丈夫か!」

 

 

バシュウウウウバシュウウウウ・・・

 

 

直後、タカオとキリシマの左舷側に展開していたナガラ級2隻の左舷に、侵蝕魚雷がまともに突き刺さる。

 

 

ズドドオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

ハルナ「なっ・・・!」

 

キリシマ「馬鹿な・・・!?」

 

水柱が消えた時、ナガラ級2隻はそこに無かった。

 

ハルナが急ぎ、命中箇所から推定される方位をソナーでチェックする。

 

ハルナ「こっ、これは・・・!」

 

キリシマ「なんだ! どうした!」

 

立て続けに展開する事態に狼狽するキリシマ。

 

ハルナ「401だ、8時半の方向距離5500!」

 

キリシマ「なんだと!?」

 

これには驚かされるキリシマだったが、その時間さえ状況は与えなかった。

 

ハルナ「前方のタカオ、深海棲艦に発砲! 突出した奴らがやられた・・・。」

 

キリシマはそれを聞き愕然とした。

 

キリシマ「なんて事だ・・・私達は始めから、罠に嵌められていたのか・・・!?」

 

その事実を知ったキリシマの身体が小刻みに震える。

 

ハルナ「・・・。」

 

キリシマ「私達を手玉に取るだと・・・? つくづく食えん奴らだ。これが人間どもの弄した策か。」

 

キリシマが怒りを煮え滾らせる。

 

キリシマ「そんなもの、力づくで押し破ってやる!!」

 

ハルナ(キリシマの感情エミュレーターの数値が、急激に変動している。これは・・・)

 

ハルナは、キリシマの初めて見る一面に少々驚くが、それを取り敢えず置いておき言葉を紡ぐ。

 

ハルナ「だがどうする、キリシマも集中砲火の真っただ中、処理が追いついていないのだろう・・・?」

 

懸念を口に出すハルナに、キリシマは唯一残された策を述べる。

 

キリシマ「―――超重力砲だ・・・それしかない!」

 

ハルナ「キリシマ!?」

 

キリシマ「策にまんまと嵌ったのだ、勝って帰れる筈はない、ならばせめて一矢! あの裏切者のタカオに見舞ってやる!!」

 

キリシマは相手の指揮官の力量を認めた上で、せめて引き上げる間際に一撃を見舞おうと考えたのだ。

 

ハルナ「・・・分かった、援護する。キヌ、センダイ、続け!」

 

ハルナが砲撃を受け続けながらも援護の為に前進を開始し、ナガラ級がこれに続いた。

 

そしてこの時ハルナは、微損害を修復する事を諦めた。

 

 

 

14時50分 重巡タカオ艦上

 

 

金剛「“提督! フィールドを消した戦艦が前に出るネー!”」

 

提督「なにっ!?」

 

この知らせを受けた直人は一瞬敵の意図を図りかねた。

 

タカオ「キリシマから、巨大なエネルギー反応検知! これはっ・・・!!」

 

提督「どうした?」

 

タカオ「超重力砲。照準は、どうやら私みたいね・・・。」

 

直人は敵の意図を汲み取るまでも無く指示を出す。

 

提督「なに!? 防備艦隊タカオ周辺から退避! 本艦も回避できるか?」

 

鳳翔「“了解!”」

 

タカオ「やってみるわ!」

 

タカオが右舷回頭をし、その左右にいた艦娘が南北に逃げ散る。

 

その時―――――海が、割れた。

 

 

ゴゴーーーーーーーーー・・・ン

 

 

タカオ「くっ!」

 

提督「おわわっ!?」グラッ

 

大きく揺れバランスを崩した直人は、咄嗟に壁にしがみつきバランスを取った。

 

タカオ「拘束ビーム!? 捕まった――!!」

 

提督「脱出だ! 急げ!」

 

タカオ「分かってるわよ! でもなんなのこれ、攻撃を受けてるとは思えない程、と言うか受けてない時よりも強固よ!?」

 

 

 

キリシマ「そうだ、もっと抗え! 足掻けぇ!!」

 

ハルナ「キリシマ、持ちそうか?」

 

キリシマ「あぁ、あと4分は大丈夫だ。」

 

超重力砲は、その発射に全ての演算リソースを使用する。この為クラインフィールドに割ける余力は僅かであり、自然とその持久力に制約が生じるのだった。

 

この段階で霧の艦艇を取り巻いていた深海棲艦は既に4割弱を残すのみとなっている。基地航空隊をも動員した直人による総攻撃により、瞬く間にその数をすり減らしてしまったのだ。

 

キリシマ「臨界まであと40秒。さぁ、どうするタカオ!!」

 

 

 

タカオ「くっ!!」

 

最大出力で脱出を図るタカオだったが、強固なロックビームを前にして、所詮単なる足掻きに過ぎなかった。

 

提督「敵機だタカオ!」

 

目ざとく深海棲艦から飛び立った艦載機を見つける直人。

 

タカオ「あぁもうこんな忙しい時に!!」

 

深海棲艦の残存していた空母の艦載機群が、動けぬタカオに攻撃せんと迫る。

 

タカオ「対空レーザー、オンライン! 墜ちなさい!!」

 

そして、光の火箭が吹き上がる。全く以て正確極まる対空射撃は、瞬く間に“身の程知らずの挑戦者”を叩き落とす。

 

しかし全て落とし切るより、キリシマの方が早かった・・・。

 

 

 

キリシマ「重力子縮退、臨界!」

 

ハルナ「いけ、キリシマ!」

 

 

 

金剛「まずいデース―――ッ!!!」

 

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

榛名「お姉さん!! ああああっ!!」

 

 

ドゴオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

夕立「だめっぽい!? うっ! 至近弾!」

 

五月雨「夕立!?」

 

夕立「私は大丈夫っぽい、それより!」

 

 

 

キリシマ「終わりだァ! タカオ!!」

 

キリシマが、発射方向のクラインフィールドを解放する。

 

膨大なエネルギーが放たれんとした、刹那――――――――――

 

 

ゴオオオオオオオーーーー・・・

 

 

1発の弾頭が、上下に割れ超重力砲を展開しているキリシマへ正面から向かい・・・

 

生じた間隙を――――――――――――すり抜けた

 

キリシマ「――――――ッ!!」(タナトニウム―――!?)

 

ハルナ「しまっ・・・!?」

 

 

提督「あれはっ!?」

 

タカオ「侵食魚雷!?」

 

 

群像「切り札は、最後まで取っておくものだ!」

 

 

 

バシュウウ―――ドオオオオオオ・・・ン

 

 

 

ハルナ「正面から侵蝕弾頭!? ―――こ、これは!!」

 

ハルナが咄嗟の捜索で見つけたのは、サイパン東岸、海底が海溝に向かって傾斜している面にある攻撃痕、そこに設置された自律型の魚雷発射機構、キャニスターポッドだった。

 

キリシマ「発射シークエンス緊急停止、フィールド展開! エネルギーが、制御出来ないッ!!」

 

ハルナ「キリシマ!!」

 

 

ドガアアアアアアアアアアアア・・・ン

 

 

ハルナ「っぁぁ・・・っ!!」

 

キリシマが大爆発を起こし、すぐそばにいたハルナが巻き込まれてしまう。

 

キリシマ「演算が、間に合わない・・・!!」

 

 

 

タカオ「拘束ビーム消失! キリシマのクラインフィールド消失!」

 

提督「今だ、一旦後退!!」

 

タカオ「え、えぇ!」

 

提督「敵機に対処しつつ後退しよう、本当に危なかった、下がって様子を見るべきだな。」

 

指揮官たる者、引き際は大事である。

 

提督「全艦隊後退せよ! 3ライン下げたら被害報告!」

 

 

 

キリシマ(そんな・・・私が負ける・・・!? 全てのスペックで、奴らなど軽く圧倒していた・・・なのに・・・!!)

 

サイパンの砲台からは未だに砲撃が続き、崩壊の始まったキリシマの船体を痛めつける。

 

ハルナ「くっ・・・!!」

 

爆発に巻き込まれ小爆発が続くハルナと、崩壊しつつあるキリシマ。ナガラ級2隻が、慌てて援護に回る。

 

キリシマ「ハルナッ・・・!!」

 

ハルナ「はっ・・・!!」

 

砲台からの一撃が、暴走する圧縮重力子エネルギーの中に着弾する。それが決め手となった。

 

 

ゴオオオオオオオ・・・

 

 

溢れ出すエネルギーの中で、キリシマは心で叫ぶ。

 

キリシマ(ハルナ・・・嫌だ・・・! 私はまだ・・・!!)

 

ハルナ「っ・・・!」

 

ハルナが咄嗟にそのエネルギーの奔流の内へと飛ぶ。

 

キリシマ(“死にたくない!!”)

 

ハルナ(助けるぞ、キリシマ!!)

 

崩壊するキリシマのメンタルモデル、その内から、キリシマのコアが、姿を現す。

 

それをハルナが間一髪の所で捕まえた・・・。

 

 

 

カッ・・・ドオオオオオオオオオオオオオオオオオ・・・ン

 

 

 

15時01分

 

 

タカオ「キリシマの反応は、ロストのまま。」

 

提督「そして、大破・航行不能になったハルナ、か。」

 

タカオと直人は艦首楼に立っていた。

 

結果として、キリシマは撃沈、ナガラ級も401が2隻を沈め、残った2隻がハルナの周囲を警戒している。

 

そのハルナはと言えば、キリシマの爆発に巻き込まれた結果、左舷側中央艦尾寄りにざっくり抉られたかのように巨大な破孔が開き、上部構造物は見るも無残な姿を晒している。

 

が、傾斜もしていなければ沈降する気配さえない。むしろ健在であった2基の前部砲塔は今にも射撃を再開する気配さえもある。

 

ハルナ「・・・。」

 

メンタルモデルのハルナも無事であった。勿論キリシマのユニオンコアも。

 

提督「不沈艦か、霧は・・・!」

 

タカオ「いえ、多分重力子フロートね。」

 

提督「―――成程、バランスを取っているという訳か。」

 

重力子フロートは、潜水艦で言えばバラストタンクと同じ役割を持つ、注排水する事で浮力を調整すると言えば分かりやすいか、その重力子版である。

 

タカオ「大戦艦級とて不沈じゃない、恐らくクラインフィールドを使って、水を遮断しているんだわ。」

 

提督「成程な。」

 

金剛「提督・・・っ。」

 

提督「金剛!」

 

タカオの艦首真下に来たのは金剛と榛名。共にハルナの攻撃を受けて大破してしまった。

 

艦娘艦隊も被害は甚大で、金剛榛名の他、朝潮・大潮・扶桑・陸奥・日向・霧島・羽黒・川内・北上・木曽などが大破。

 

中破艦は約20隻、あれだけの短時間かつ激戦でありながら無傷だった時雨を唯一の例外として、傷つかなかった艦はない。直人とて今一歩で現世を離れる所だったのだ。また航空隊も母艦航空隊に49機、基地航空隊に59機の損失を出した。

 

大激戦であったという事は、推して知るべし、であろう。

 

 

 

ハルナ「・・・退くぞ。戦いは終わった。キヌ、センダイ、曳航してくれ。」

 

大きな損害と引き換えに、深海棲艦はキリシマ爆発の影響をモロに受けて殆どの艦が微塵と化していた。残っている者も逃げ去っていた為、実質的な壊走と言っていい。

 

ハルナは僚艦に曳航して貰い、反転した。

 

 

 

提督「大丈夫か金剛?」

 

屈んでそう言う直人である。

 

金剛「あの戦艦に、砲撃されたデース・・・。」

 

提督「ハルナにか・・・いや、無事で何よりだ。すぐに後退してくれ。榛名も、いいな?」

 

榛名「は、はい・・・。」

 

 

 

ハルナ(私達の負け、か・・・。)

 

キリシマ(そう、だな・・・。)

 

 

 

タカオ「提督、ハルナが・・・。」

 

タカオが状況の変化を告げる。

 

提督「・・・曳航されている・・・反転離脱か。」

 

直人はその意図を悟る。

 

夕立「“提督さん、追わないっぽい?”」

 

提督「・・・そうだな、追尾しよう、敵本隊がいるかもしれん。」

 

夕立「“じゃぁ私も――――”」

 

言いかけた夕立の言葉を直人は遮る。

 

提督「いや、俺と霧の船だけで行く。お前達は下がって修理を始めていてくれ。」

 

夕立「“そんな、無茶っぽい!”」

 

提督「命令だぞ、夕立。」

 

“自分達だけで行く”、そこだけは、譲る気はなかった。

 

夕立「“分かったっぽい・・・。”」

 

夕立もそれを理解すると渋々引き下がった。

 

横鎮近衛艦隊はこの一戦だけで戦闘続行不能の一撃を受けた。これ以上戦わせれば沈む艦娘さえ出かねないと、直人自身も恐れたからであった。

 

提督「鳳翔さん。」

 

鳳翔「なんでしょう?」

 

タカオの傍にいた鳳翔に声をかける直人。

 

提督「あの有様では金剛が指揮を執る事は難しい、代行して艦隊を統率、母港に戻っていて下さい。」

 

鳳翔「分かりました。――――提督。」

 

戦場でしか見せない凛々しい顔つきで、鳳翔は直人を呼び止めた。

 

提督「なんだ?」

 

鳳翔「御無理はなさらないで、御無事にお戻りください、提督。」

 

提督「・・・。」

 

この一言は直人も察しはついていた。『お気を付けて』か、『無事に帰ってきてくれ』の何れかだと、そして恐らくは後者だろうことも。

 

提督「あぁ、必ず帰る。約束だ。」

 

鳳翔「はい、約束です。」ニコッ

 

提督「・・・うむ。」コクリ

 

これは、迂闊に死ねなくなったな。そう思いながら頷く直人だった。

 

提督「・・・さてと、いこうか。」スクッ

 

立ち上がって直人が言った。

 

 

 

19時54分 サイパン東方沖245km付近

 

 

提督「うーん・・・見失ったままか。」

 

直人は艤装を装着し、タカオ・401と共に撤退するハルナを追って追跡をかけたが、1時間半前に見失っていた。どうやら追う内に修理をし、自立航行が可能になった様子であった。

 

イオナ「“霧の艦が、レーダージャミングを出している。今の状況で霧の艦艇を捉える事は、目視とセンサー以外不可能。”」

 

提督「ですよねー・・・。」

 

直人もレーダーが使えず困っているのに、霧の艦だけがレーダーで捉えられる道理はない。

 

タカオ「どうするのよ?」

 

提督「俺もどうにかしたい。でもハルナも見失い敵本隊も見つからん、引き返すべきかな・・・。」

 

そう考え始めた時、群像から待ったがかかる。

 

群像「“いや、少し待ってくれ。”」

 

提督「千早艦長?」

 

疑問に思った直人である。

 

群像「いおりが何かの推進音を捉えたらしい。」

 

提督「・・・分かった、今暫くは前進を続けよう。」

 

直人は群像の意見を容れて、前進を続けた。

 

 

 

事態が展開したのは、それから僅かに1分24秒後だった。

 

イオナ「“提督、マヤとコンゴウの推進音を捉えた、正面に陣取っている。”」

 

提督「なに!?」

 

群像「“前方、距離3万7000!!”」

 

直人が慌てて水平線に目を凝らす。すると、よく目立つ霧独特の発光するライン状の模様が見えた。発光色は―――紫。

 

提督「・・・ふむ、あれか。だが砲戦距離外―――でもないか。」

 

群像「“なに?”」

 

群像がその言葉の意味を図りかねた。

 

 

――――F武装、スロット3番展開――――

 

 

提督「挨拶代わりだ。」

 

その一瞬後、直人の右腕に、“大いなる冬”の艤装が顕現した。

 

タカオ「!?」

 

それを見たタカオは、その力の禍々しさに驚く。

 

提督「レールガン・・・照準、良し。発射!」

 

 

バアアアァァァァ・・・ン

 

 

その右腕に部分展開された艤装から、レールガンが小気味良い音で放たれる。

 

その砲口初速、実にマッハ9―――――。

 

提督「着弾まで約12秒強、初速マッハ9のレールガンなら、クラインフィールドを抜けるかな、なんて思ったんだが。」

 

タカオ「えええ・・・。」

 

そう、変わらずの力技である。

 

 

 

仰天したのはむしろコンゴウ達の方だっただろう。距離37000という遠大な距離から正確極まる音速を越えた砲撃が飛んできたのだから。

 

マヤ「ええええええ!?」

 

コンゴウ「なに・・・!?」

 

 

ドオオオオオオオオオオ・・・ン

 

 

弾体が、コンゴウのクラインフィールドに真正面からぶつかる。

 

コンゴウ「これは、なんだ・・・!」

 

コンゴウは力を逸らそうとするが、圧倒的な運動エネルギーを前に困難を極め、そして・・・。

 

 

バキイイイィィィィ・・・ン

 

 

コンゴウ「っ!!」

 

マヤ「えっ!?」

 

 

ズドオオオォォォォォォォォーーー・・・ン

 

 

 

提督「・・・ストライク。」

 

タカオ「嘘・・・。」

 

 

 

杏平「ヒュゥ~ッ、こいつぁすげぇや、本当に撃ち抜きやがった!」

 

口笛を吹きならして杏平が驚いたと言う様子で言う。

 

群像「凄まじいな・・・。」

 

イオナ「着弾時弾速マッハ7.6、口径254mm、重量211㎏の鋼鉄製弾体の運動エネルギーは膨大。コンゴウは、それを受け止めきれなかった。」

 

織部「確かに、あれだけの兵器は我々も初めて接する次元のものです。演算リソースがあっても1発目はまず防げないでしょう。」

 

群像「相手にデータが無い事を逆手に取り、切り札を撃ち込む戦術的着眼点、見事だ・・・。」

 

群像は脱帽させられる思いだった。

 

ただ実際の所、直人にして見れば相手にデータがあろうがなかろうがその点を憂慮するつもりはなく、ダメで元々であったのだが。

 

だが結果として、弾頭がプラズマ化してそのエネルギーがクラインフィールドを食い千切って無理矢理抉じ開けた、という表現が正しく、本当に力技だけで船体にまでダメージを与えてしまったのだった。

 

提督「・・・なんか煙はいて-ら。」

 

クラインフィールドを貫通した砲弾は、艦首左舷側の薄い強制波動装甲を貫通していた。逆に言うと、着弾点を僅かに10数センチ逸らすのがやっとだったのだ。

 

タカオ&401クルー(グンゾウいがいみんな)(もうこいつだけでいいんじゃないかな?)

 

※(そんな事は決して)無いです。

 

提督「いやー、3万越えの狙撃とか世界記録なんてレベルじゃないんじゃねこれ。」

 

タカオ「言ってる場合じゃないでしょう?」

 

提督「だってまだ3万――――撃ったね、コンゴウ。」

 

それに気づいたのは発射の閃光を認めたからだった。

 

タカオ「いわんこっちゃない・・・。」

 

提督「よし、俺が肉薄してくる。イオナ、タカオ、全力射撃、頼む!」

 

群像「“了解!”」

 

杏平「“マジかよ!?”」

 

タカオ「無茶よ!」

 

提督「なに、戦艦の砲撃ってのは一筋縄では当たらんものさ。」

 

そう、戦艦の砲弾は命中率が悪いのだ。砲弾が大型化する反面空気や風の抵抗を受けて弾道がブレてしまいがちなのである。

 

タカオ「そ、そうね・・・。」

 

まして、『一人の人間を狙撃する事』など戦艦の艦砲では不可能である。

 

提督「頼めるか? タカオ。」

 

タカオ「・・・もう、どうなっても知らないわよ!!」

 

提督「そうこなくっちゃ。合図と共に一斉攻撃を頼む。」

 

群像「“あぁ。”」

 

タカオ「わかった!」

 

提督「高速推進態勢。」

 

そう呟いた瞬間、直人の装備する全バーニアが出力を上げる。自然とその速力も上がっていく。

 

提督「用意・・・。」

 

距離、27000を―――――切った。

 

提督「今っ!!」

 

 

 

群像「フルファイア!!」

 

 

 

タカオから256発の侵蝕弾頭が、401から8発の侵蝕魚雷と40発のミサイルが3連射される。

 

提督「最大加速!」バシャァッ

 

直人もそれに乗じて一挙に加速、水面を滑空してコンゴウに迫る。

 

提督「オープンファイア!!」

 

 

ドォンドォンドドォォンドォォ・・・ン

 

 

主砲を連射し肉薄を図る直人、しかしコンゴウも黙っている訳ではない。

 

コンゴウ「愚かな。マヤ、タカオと401の相手は任せるぞ。」

 

マヤ「はーい♪ よいしょ・・・。」

 

マヤが戦闘態勢に入る。

 

コンゴウ「人間風情が―――消えろ。」

 

コンゴウは侵蝕弾頭兵器を大量展開、主砲も直人を狙い連射を開始した。

 

マヤ「カーニバルだよーっ!」

 

同時にマヤがミサイルの迎撃を行う。

 

 

 

提督「ヒューッ、えげつねぇ事しやがる。」

 

意図を察知した直人も、砲弾を回避しつつ30cm速射砲を構える。使う弾種は・・・

 

提督「3式弾改、持ってけ。」

 

 

ダダンダダンダダンダダンダダンダダンダダン・・・

 

 

次々と連射される徹甲焼夷弾を多数充填した砲弾は、調定した信管によって一定高度で炸裂する。そしてそれらの徹甲焼夷弾が、次々と的確にミサイルを叩き落とす。

 

提督「生憎まだ死ねんのでな・・・。」

 

そう呟く頃には全てのミサイルが撃ち落とされ砲撃を再開していた。

 

 

 

コンゴウ「全て撃ち落とす、か。ならばこれでどうだ?」

 

コンゴウは主砲の機構を展開する。

 

 

ドシュウウウウウゥゥゥゥゥゥッ

 

 

 

提督「おっと。」

 

荷電粒子砲さえも、バーニアで高い機動力を得た直人には通用しなかった。

 

提督「狙いが正確過ぎるってのも、考えものだなぁおい。」

 

 

ズバァッズバァッ

 

 

提督「言ってる傍からだよ、学習しねぇな。そろそろ展開するか。」

 

そうこうするうちに距離は15000まで縮まっていた。

 

提督「艦載機隊、潜航艇隊、緊急発進。」

 

直人は更に特殊潜航艇と艦載機を放った。

 

焦りを募らせるのは当然ながらコンゴウである。

 

 

 

コンゴウ「なんなんだ、あの人間は・・・!」

 

荷電粒子砲による攻撃まで不発に終わった事にコンゴウは驚嘆こそしたが同時に焦りを募らせていた。

 

コンゴウ「ん・・・敵機か、面倒臭い・・・。」

 

そう言い募りつつもコンゴウは迎撃を行う。

 

コンゴウ「マヤ。」

 

マヤ「はーい!」

 

 

 

タカオ「マヤ、超重力砲展開!!」

 

提督「“タカオ、ゴーだ!!”」

 

タカオ「了解!!」

 

タカオも超重力砲を展開する。縮退は既に臨界状態である。

 

マヤ「超重力砲~、発射~!」

 

 

キュィィィンズバアアアアアアアアアーーー・・・ン

 

 

タカオ「発射!」

 

 

キュィィィンズバアアアアアアアアアーーー・・・ン

 

 

発射タイミングはほぼ同時、互いに互いを狙う一撃は必然激突する。

 

マヤ「えぇ~!?」

 

コンゴウ「・・・。」

 

タカオ「悪いけど、元の世界に帰る為、勝たせてもらうわ!」

 

マヤ「タカオのバカ~! 沈んじゃえ~~!」

 

タカオ「同型艦には、負けられないのよ!!」

 

タカオとマヤの超重力砲での対決は、結果引き分けだった。互いに衝突し持て余されたエネルギーは天空へとその行き場を見つけ、一条の閃光となり消えた。

 

 

 

提督「ナイスだタカオ! 俺も征くぜ、3次元立体包囲殲滅戦だ!!」

 

航空隊と潜航艇、どちらも配置についている。

 

提督「全部隊突撃だ!! フルファイアァ!!」

 

 

ドドドドドドドド・・・

 

 

距離は既に8000を割っている、コンゴウでは対空用のレーザーターレットまでもが射撃を始めている有様である。

 

提督「そんなもん、当たらんよ!」ザザザァッ

 

左右に軽やかな回避を行う直人、今回は修理装備と対空砲、揚陸装備をパージして来ている為、軽快そのものだった。

 

その頃・・・

 

 

――――概念伝達空間――――

 

 

タカオ「何よ!? 今忙しいんだけど!?」

 

タカオの方はというと、イオナと共同してマヤを叩いていたが、ミサイルが互いに相殺されて千日手の様相を呈していた。

 

コンゴウ「敵艦隊に鹵獲された挙句敵に手を貸すとは、一体どういう理由だ? タカオ。」

 

タカオ「別に。貴方に話して理解出来る道理ではないわ。」

 

コンゴウ「401もそうだが、お前までも“霧”であることを忘れたか?」

 

タカオ「人間の言葉にいい言葉があるわ。」

 

タカオは椅子に座って言い放った。

 

タカオ「“それはそれ、これはこれ。”」

 

 

 

提督「撃て撃て! クラインフィールドが臨界になるまで撃ちまくれ!!」

 

「“1号艇魚雷発射!”」

「“6号艇雷撃!”」

「“雷撃5中隊攻撃開始!”」

「“爆撃11中隊突入!”」

「“11号艇魚雷発射しました!”」

「“雷撃8中隊突撃!”」

 

次々と攻撃開始の報告が直人のインカムに入る。

 

提督「さぁどうするよ。霧の大戦艦様よぉ!」

 

 

 

コンゴウ「フン・・・。」

 

 

ガコン・・・

 

 

コンゴウが超重力砲を展開した。

 

 

 

提督「ほう?」

 

タカオ「“ちょっと! 臨界まで時間があるわ、退避して!”」

 

提督「そう心配したものでもないさ。」

 

タカオ「な、何を言って!?」

 

提督「“我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。我が身今一度物の怪とし、汝の力を以て今一度常世の王とならん。」

 

直人が詠唱を始める。紫の霊力――負の霊力――が直人を包み始める。

 

タカオ「!!」

 

その光景にタカオは目を疑う。

 

提督「汝こそは艦の王、我こそは武の極致。我汝の力を以て、『大いなる冬』をもたらさんとす。”」

 

直人が、詠唱を終え、霊力の奔流が直人を包む。

 

タカオ「あ、あれは・・・!?」

 

コンゴウ「なんだ・・・?」

 

直人の持つ真の力、大いなる冬の、顕現である。

 

提督「かかってこいよ、超重力砲だか何だか知らんが。」

 

コンゴウ「ほざけ・・・。」

 

 

キュィィィン・・・

 

 

コンゴウの超重力砲が――――

 

 

ズバアアアアアアアアアーーー・・・ン

 

 

直人に向け放たれる――――。

 

 

群像「!!」

 

 

直人は――――――

 

 

タカオ「!!?」

 

提督「フン――――」

 

 

一歩も引かない、むしろ肉薄する。余裕の笑みを浮かべて、堂々の航進を続けていた。

 

 

ドシュウウウウウウウウウウウ・・・

 

 

直人の身を、超重力砲が飲み込む。相互の距離、僅かに4800。

 

コンゴウ「・・・大口を叩いて置いてこの程度か。」

 

 

 

タカオ「提督!? 返事をしてよ!?」

 

 

 

群像「あれでは・・・。」

 

杏平「流石に、ありゃ避けられねぇよなぁ。」

 

イオナ「いや、提督は避けようとしてなかった。」

 

杏平「いっ!?」

 

 

 

ゴオオオオ・・・

 

 

コンゴウ「フン・・・。」

 

タカオ「ああ・・・。」

 

コンゴウが蛮勇とでも言わんばかりに鼻で笑い、避けようとしなかった事を聞いたタカオがおろおろしながら見守る。

 

 

 

提督「“この程度か”? コンゴウ。」

 

コンゴウ「―――!?」

 

タカオ「えっ!?」

 

群像「っ!?」

 

イオナ「!!」

 

マヤ「えぇ!?」

 

 

ドドドドドドドドドドドド・・・ン

 

 

その瞬間コンゴウ周囲に多数の水柱と火柱が沸き上がる。更に多数の爆弾がコンゴウの船体に命中し、魚雷が容赦なく叩き付けられる。その余波はマヤにまで及んでいた。

 

コンゴウ「なっ・・・!?」

 

提督「残念だったな。超重力砲さえ撃てば片が付くと思ったようだが―――」

 

立ち込めていた煙が晴れてくる。

 

 

提督「残念、そう一筋縄ではいかねぇんだな、これが。」

 

そこには、傷一つない直人が、大いなる冬を完全顕現した姿で立っていた。最もその直人も大いなる冬顕現の負荷で冷や汗をかいている。

 

 

コンゴウ「なぜだ・・・!?」

 

提督「この艤装には、展開直後すぐに発動する時限性の防御力場が備わっているのさ♪」

 

防御力場、というのは大いなる冬のパッシブスキル、「魔刻の守護(ヴェスィオス)」のことである。

 

展開後の数分間一定の威力を下回る攻撃を無力化、それ以上の威力を持っていてもある程度までなら任意方向に逸らす事の出来る、言うなれば時間制限付きの半無敵化である。

 

提督「と言っても流石にきつかったから防御重力場と電磁防壁も総動員したけどね。」

 

ナガラのレーザー砲と侵蝕弾頭をほぼ無力化した実績のある、二つの補助兵装を併せて自らを最強の防塁と成し、漸く超重力砲を逸らした、という次第だった。

 

コンゴウ「くっ・・・!」

 

まさかの展開にコンゴウがたじろぐ。

 

 

 

タカオ「ひやひやさせるわねぇ・・・。」

 

提督「でもちゃんと生きてるぞ、タカオ。」

 

そう言いつつ大いなる冬の権限を解く直人、展開しっぱなしでは身が持たない。

 

タカオ「“はいはい分かった、分かったから。”」

 

タカオは流石に投げやり気味に応じた。

 

その時、海域に異変が起こった。

 

提督「・・・?」

 

直人達のいる海域の北側に、突然光が溢れたのだ。

 

時刻は21時37分、月明かりにしては膨大な光である。

 

タカオ「な、何・・・?」

 

401も状況の変化に浮上してきた。

 

 

 

コンゴウ「我々がこちら側に来た時と同じように、戻る為の門が開いた、という事か?」

 

 

 

提督「七色の発光・・・転移現象のゲートか・・・。」

 

直人はその現象の正体を理解した。

 

群像「そうらしいな・・・。」

 

司令塔の上に立つ群像が同意する。

 

提督「・・・千早艦長、どうやら、私の目論見は達せられたようです。」

 

それは同時に、別れの時でもあった。

 

群像「“そうだな―――短い間だが、世話になった。”」

 

タカオ「そうね、割と悪くなかった、かもね・・・。」

 

提督「こちらこそ、色々と御教授頂きありがとうございました。千早艦長、それにイオナも。」

 

イオナ「私達は、出来る事をしただけ、礼には及ばない。」

 

提督「はは・・・そうだな。またいつか会えたなら、今度はお茶でもご一緒したいですな、艦長。」

 

群像「全くだ。最も、こことは全く違う世界です、もう二度と、会うことは無いかも知れません。」

 

イオナ「提督、これを、持って行ってほしい。」

 

群像「イオナ、それは・・・。」

 

イオナが手にしていたのは、伊401の精密模型だった。

 

提督「この模型、ナノマテリアルで出来てる・・・いいのか?」

 

手にして驚いた直人は思わず聞き返してしまった。

 

イオナ「うん。私達がこの世界に来た証を、あなたに持っていて欲しい。」

 

提督「・・・分かった。」

 

直人は力強く頷いた。そしてイオナ―――イ-401がゲートに向け艦首を指向する。

 

タカオ「ほんの少しだったけど、あなたと共に戦えてよかったわ、紀伊提督。」

 

相変わらずの口調でそう言い放つタカオ、彼女は彼女で別れの時が来た事を悟ったようだった。

 

提督「あぁ、俺も船の上から指揮したことは無かったから、新鮮だったよ。ありがとう。」

 

タカオ「私達が元の世界に戻るきっかけを、あなたが作ったなんてね。見た感じは普通の人間なのに、凄いのね。」

 

初めて聞いた――――そしてもう二度と聞かぬであろう――――タカオの賛辞を、直人はありがたく受け取る事にした。

 

提督「お褒めに預かり光栄の至り。それより、早く行かないと門が閉じるぞ?」

 

最敬礼で直人は言う。この時コンゴウとマヤは既に門をくぐった後であった。

 

群像「そうだな・・・紀伊提督。これからの武運を祈る。」バッ

 

群像が敬礼して言う。

 

提督「この先の、蒼き鋼の航海の無事を祈ります、千早群像艦長。」バッ

 

直人も答礼して返す。

 

群像「行こうか、イオナ。」

 

イオナ「うん。」

 

401が門へと進む。

 

タカオ「・・・さて、私も行くわ。」

 

そう言うタカオに直人が別れを惜しむように声をかけた。

 

提督「これからどうするんだ?」

 

我ながら随分世話を焼いたなと思っている次第だったが直人は聞いてみた。

 

タカオ「さぁね・・・まぁ、好きにやるわ。」

 

提督「そうか―――元気でな、タカオ。」

 

タカオ「そっちこそ。簡単に死なないでよ?」

 

悪戯っぽい笑みを残し、そしてタカオも、門へと進み始めた。

 

提督「―――霧の艦隊と、蒼き鋼、か・・・。」

 

直人はタカオと401が門に姿を消し、光が消えるまでそこに佇んでいた。

 

 

 

~同刻・サイパン島東北東沖248km~

 

ハルナ「あの光は・・・。」

 

キリシマ「“どうやら戻れるらしいな。”」

 

同じ頃、敗残の身の大戦艦ハルナも、転移現象に遭遇していた。

 

ハルナ「行こう、キヌ、センダイ。元の世界へ・・・。」

 

直人の目を撒いて後、ハルナはコンゴウの元へと戻っていなかったのだったが、結局転移現象によって送り返される事になったのである。

 

 

 

~同刻・ベーリング海~

 

ヴォルケン「霧も存外役に立たなかったか。」

 

リヴァ「そうね・・・でも、他者の手を借りようとした罰でもあるかも、知れないわね。」

 

ヴォルケン「我々はやはり我々の手で、決着を付けるべき、という事か。」

 

転移現象を引き起こした張本人は、“究極超兵器”ヴォルケンクラッツァーであったのだ。

 

リヴァ「今回の件で、負った傷は大きいわよ?」

 

ヴォルケン「だが、それでも前へと進まなくてはな。我々の念願の為にも。」

 

リヴァ「・・・そうね。」

 

深海棲艦を率い暗躍する二人のリーダー。

 

彼女らが直人の眼前に現れるのは、果たしていつになろうか。それを知る者はまだ誰もいない。

 

 

 

提督「・・・さて。」

 

直人はイオナ達を見送った後、西へと航行を開始した。

 

提督「土産を持って帰るとするかね。俺達の“家”に・・・。」

 

直人の左手には、つい先程まで“彼ら”がいた証が、しかと握られていた。

 

あんまり遅いから皆心配してるかな? などと考えながら、直人は艦載機と特殊潜航艇を収容しつつ、急ぎ足でその海域を後にするのだった。

 

 

 

1月4日23時02分 サイパン司令部前水域

 

 

金剛「提督・・・。」

 

鳳翔「戻って、来ませんね・・・。」

 

綾波「大丈夫・・・だといいのですが・・・。」

 

響「大丈夫さ、きっと。あの司令官の事だからね。」

 

雷「遅いわねぇ・・・。」

 

敷波「だねぇ・・・。」

 

磯波「心配ですね・・・ん?」

 

電「う・・・んん・・・。」ウツラウツラ

 

川内「・・・。」

 

この時間になると流石に艦隊側でも心配になり、急遽高速修復剤で修理を終えた金剛(艤装はスペア)とほぼ無傷だった鳳翔、それに損傷軽微で修理を終えた川内と第6駆逐隊、機動部隊直衛で無傷だった第19駆逐隊で出迎え艦隊を編成。

 

臨戦態勢のまま司令部前の水域で待機していたのである。

 

“傷付いていない艦は1隻もいない”と書いたが、それはあくまで前線部隊の話で、特に空母部隊(1航艦)では航空隊を除くと、流れ弾で損害が出た(霧島小破)以外無傷であった。

 

鳳翔「提督・・・。」

 

鳳翔は、必死に直人の無事を祈っていた。

 

 

 

その頃・・・

 

 

 

提督「爆雷投射!」

 

 

ポン、ポン、ポン

 

 

ドドドォォォォーーーーー・・・ン

 

 

カ級Flag「ガ・・・ハ・・・」ブクブク

 

 

プロロロロロロロロ・・・

 

 

提督「ぬあー・・・まぁ、こうなるな。1時半の方向感3、敵だな、ヤベェ。」

 

夜間の艦載機発着は端的に言って目立つ為、この様に潜水艦を引き寄せるリスクを背負っている。それを直人は承知していた訳だが、案の定わらわらと寄って来ていた。

 

と言ってもたった今着艦した機で最後だったのだが。特殊潜航艇などは最初に収容している。

 

提督「さて、着艦管制灯消して、爆雷ばら撒きつつ逃げるか。」

 

直人としても、潜水艦の狩場と化した海域にいつまでも居座るつもりはなかった。その為、高速推進で一気にその場を離れるのだった。

 

 

 

1月5日3時26分 サイパン東岸沖

 

 

提督「あー・・・酷い目に遭った・・・。」

 

くたびれた様子で漸く御帰還の元帥 紀伊直人。

 

実の所本当はもっと早く帰投出来ている筈であった。少なくとも30分は。

 

しかし彼にものっぴきならぬ事情があったのだ。

 

 

 

午前2時18分 サイパン東方沖57km

 

 

提督「だぁぁぁぁもう!!」

 

 

ドォンドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

リ級elite「ガハッ・・・。」バッシャアアァァァン

 

リ級Flag「撃テ! ココデ奴ヲ殺セ!!」

 

駆逐艦.s「「「ギョワアアアアアアア!!」」」

 

提督「もう1時間も戦ってるぞ、しかも全然数減らねーし!!」

 

直人は1時間も前から深海棲艦の追撃部隊と接戦を繰り広げていた。

 

提督(何とか逃げる隙を見つけなければ・・・!!)

 

しかし追手の側も逃げれば追撃をかけられる態勢を取っていた。しかも巧妙にサイパン島への進路を遮断しており、直接撤退する事は困難だった。

 

提督(勝利か死か、か・・・。)

 

そこには勝つか負けるかという選択肢の負けると言う選択肢はない。霧と交戦した後であるだけに直人が殊更戦う意志を持たない以上、それは自衛的戦闘であって海戦ではない。しかもそれは受動的立場を強いられ消極的にならざるを得ず、結果敗北そのものが、死と同義語と化していた事実もある。

 

何にせよ直人は、ここで敵を全滅させなければ生きて帰る事さえままならないと言う状態に、心ならずも陥ってしまっていたのである。

 

 

 

グウ~・・・

 

 

提督「・・・。そう言えば、ここまで殆ど何にも食ってねぇな。」

 

行って帰ってくるまでに食べたのは、追撃中口にした戦闘糧食(レーション)位なものである。栄養価はそれなり以上にあるものの、味気なかったり味の悪いものばかりでしかも量も大したことは無い。

 

提督「まぁいい・・・今は一杯のスープよりベッドが欲しい、女付きで・・・っ、無くていいな、普通に。」

 

どこぞの漁色家戦闘艇エースO・Pではない。

 

金剛「テイトクゥ~~~ッ!!」ザザァァァ

 

提督「ん・・・やぁ金剛、出迎えに来てくれたのかい?」

 

その声にも心なしかいつもの元気は無いようだ。

 

金剛「勿論デース。それより随分と遅かったデスネー。Oh? 霧の皆さんはどうされたのデスカー?」

 

周囲に姿が見えないので思わず訊く金剛。

 

提督「あぁ、彼らなら・・・。」

 

直人が来た方向を振り返り遠い目になる。

 

提督「元の世界に、帰っていったよ・・・。」

 

金剛「・・・そうデスカ・・・。」

 

寂しげな声で言った直人の様子で、金剛も彼の心情が知れたと言うものだった。

 

鳳翔「提督、お疲れ様でした。御無事で何よりです。」

 

提督「あぁ鳳翔さん、出迎えありがとう。」

 

提督「あら? 提督、何をお持ちなのですか・・・?」

 

提督「ん・・・あぁ、これか。」

 

そう言って差し出した左手には、イオナから貰ったイ401の模型があった。

 

金剛「ワァオ・・・。」

 

あれだけの戦闘の中でも、これだけはと守り通したのがこの模型であった。その為直人自慢の巨大艤装もあちこちダメージが目立つ。

 

直人達と霧の艦隊とを唯一結ぶ絆、と呼べるのであれば、それは唯一無二の大切な贈り物だったのだから、守るのは当然であっただろう。そしてその模型は傷一つ付く事無く、こうしてサイパン島へと届けられたのである。

 

提督「イオナからの贈り物だ。この世界に来た証を、持っていて欲しいとさ。」

 

鳳翔「そうでしたか・・・それなら、飾りましょう!」

 

提督「飾るのか・・・成程。してどのような案があるかな?」

 

その問いかけに鳳翔は考える。

 

鳳翔「そうですね・・・桐箪笥の上、でしょうか・・・?」

 

提督「桐箪笥・・・アッハッハッハッハ! 成程ね、面白い!」

 

鳳翔「そ、そうでしょうか・・・?」

 

苦笑いを浮かべながらそう言う鳳翔。

 

金剛「・・・?? どういうコトネー?」

 

理解出来なかった金剛、その辺りの発想はまだまだのようだ。

 

提督「要するに、“霧”の船の模型だから、“桐”箪笥の上に飾ろう、ってことさ。」

 

金剛「ナルホドッ! うまいデース!」

 

説明させてくれるな、と本来なら言う所だが敢えて言わない直人であった。

 

提督「大喜利なら座布団1枚だな。」

 

金剛「YES!」

 

川内「はいはい立ち話はその辺にして、戻らない?」

 

そこへやってきた川内。

 

提督「なんだ来てたのか。」

 

川内「私だけじゃなく駆逐艦が6隻ほどね。でも皆寝ちゃったわ、流石に。」

 

提督「そう言うお前は元気だなおい?」

 

川内「私、夜は結構強い方なので。」ニヤッ

 

白い歯を覗かせて笑みを浮かべる川内である。

 

提督「成程な、だがしかし川内の言葉にも一理ある、戻るとしよう。俺も疲れた、早く寝たい。」

 

金剛「デ、デスヨネー・・・。」

 

鳳翔「では、戻りましょうか。」

 

川内「はーい。」

 

提督「そうしよう。」

 

金剛「哨戒4班へ、“4770 火口にてフェニックスはその灯を消した”デース。」

 

朝潮「“哨戒4班了解。警備任務を続行します。”」

 

分からない方の為に説明させて頂くが、金剛の言ったのは一種の暗号で、単語を別の単語に置換する(置き換える)事によって、部外者にその真の意味を分からなくする、という手のものである。

 

この場合、

 

4770=0336時

フェニックス=提督(司令官)

火口=司令部

灯(ともしび)=帰還

消した=無事

 

となり、これを並べ替えて一つの文章に繋ぎ合わせると「03時36分、提督は司令部に無事帰還せり」となる訳である。ちょっと捻ると思いつくような稚拙なレベルのものだが、それでも素人や暗号帳の無い者には難問である。

 

提督「お勤めご苦労様~。なんだか安心したら眠くなってきた・・・。」

 

金剛「では、早い目に戻りマショー!」

 

提督「その通りだな。ふぁ~あ・・・。」

 

 

 

こうして、大島沖の迎撃戦に始まる制号作戦は、司令部の防衛戦、そして敗走する敵に対する追撃に端を発する敵本隊との戦闘という3つの戦闘を経て、この瞬間“実質的”には終わった。

 

しかし、書類上はこの翌朝に行われた、制号作戦終結宣言という無意味な儀式まで、まだ数時間という僅かな間続くのである。

 

 

 

1月5日11時26分 中央棟2F・提督執務室

 

 

制号作戦終結宣言という下らないセレモニーを終えた直人は、執務に追われる羽目に陥っていた。

 

何故か。それはイ401にタカオに加え、全艦娘に対霧装備を配布し運用した事により、本来2か月半は作戦行動が可能だった筈の資源を、ひと時に食いつぶしてしまったからである。

 

提督「全く、霧の戦役の後はこれか、いつも通りとはこのことだな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

朝潮「哨戒4班、近海警備任務より帰投しました。」

 

提督「ご苦労。引き続いて哨戒5班を出動させてくれ、金剛。」

 

金剛「了解デース。“哨戒5班、近海警備任務に出動して下サーイ!”」

 

夕立「“りょうかーい!”」

 

結局の所、それは自然資源獲得の為、艦娘達が遠征へと駆り出される一因ともなっていた。更に言えば、それは艦娘の経験蓄積の機会にもなった。

 

実はこの司令部の立地は、完全に資源の自給自足が出来ると言う恵まれた環境にあった。というのは、テニアン・グァムなどに代表される北マリアナ諸島は元々棲地であっただけに、その周囲に資源となる因子が膨大な量存在し尚且つ自然発生している。

 

プレート活動との因果関係も囁かれるが詳細は不明である。

 

そしてそれらが“資源”と呼ばれる形に顕在するのが、旧棲地であり浄化の進行が遅いテニアンやグァムと言ったサイパン以外の島々なのだ。

 

近海警備部隊の任務は、警備任務の傍らでこうした資源をノルマ分だけかき集める事である。これは今まで行っていた司令部周辺警戒態勢を脱した、とも言えるかもしれない。

 

提督(将来的にはテニアンに飛行場を作るのもいいかもしれんな、重爆は勿論だが定期哨戒の基地としても有効だろう、後水上機基地が欲しい所だが・・・どうしたものか。)

 

※波が穏やかな場所じゃないと着水した水上機はそのまま転覆もワンチャンあります。

 

提督(いっそ2式大型飛行艇とか来ねぇかな。)

 

大淀「提督、どうされましたか?」

 

提督「ん? あぁいや、我が司令部の未来像をね。」

 

そう言う直人ではあったが、その未来像は、想像よりも大規模なものとなる事を、彼は知る由もない。

 

提督「それにしても、艦上からの指揮も中々新鮮でしたな。」

 

大淀「なさったこと無かったんですか?」

 

提督「あると思う? 普通。」

 

大淀「は・・・そうでした。」

 

失言に気付く大淀である。

 

提督「さて、この書類を片付けて局長の所に行かなきゃ。」

 

大淀「また何か発注されに行くのですか?」

 

提督「いやぁーまぁ、うん、そうね・・・。」

 

大淀「今度は、何をお考えですか?」キラーン

 

大淀のメガネが光る。

 

提督「いや別に、ナニモカンガエテナイヨー。」

 

絶対に嘘である。

 

大淀「そーですか。」ジージロジロ

 

提督「それにしても今回も損害が酷いな。サンベルナルディノ以来だな。」

 

大淀「そうですね、未だ修理は終わっていません、1週間は動けないかと。」

 

提督「沿岸砲の方はどうなっている?」

 

大淀「はい、D7砲台の5インチ(12.7cm)連装砲1基が大破、それ以外については損害軽微なものが多く、旋回不能になった砲座もあるそうですが、修理にそう時間はかからないとのことです。」

 

提督「そりゃぁそうだろう、撃ち込まれたのが実弾ならな。しかも山なりの砲撃で砲炎の隠蔽まで考慮されているとなれば、位置の算定は極めて難しい。熱放射の隠蔽まで考慮したあたり、妖精達も相当な切れ者揃いらしい。」

 

砲台は洋上からでは捕捉が難しいが、1発撃てば普通配置がばれてしまい反撃を喰らうのが常なのだ。この損害で済んだ事さえも奇跡に価した訳だが、それは巧みに隠匿した妖精達の功績でもあったのだ。

 

砲台が活躍した事例としてウェーク島がある。開戦劈頭ウェーク攻略を任された第4艦隊は、麾下艦隊を以って攻略を試みたが事前砲撃で躓き、大時化で大発への陸戦隊移乗も出来ず、沿岸砲と航空部隊の猛烈な抵抗で夕張座乗の第四艦隊司令部が大混乱に陥り、結果改造爆戦になったF4F艦戦に如月が、沿岸砲の砲撃によって疾風(はやて/神風型駆逐艦・艦これ未実装)が撃沈されると言う醜態を晒している。

 

逆に失敗した事例では硫黄島の戦いがある。硫黄島北部の要衝擂鉢山に布陣した海軍陸戦隊は、防御の要たる砲台の守備を任されていたが、防御総指揮を執っていた栗林中将から反撃を禁じられていたにも拘らず沖合の敵艦に向けて砲撃してしまい、結果火砲の大半を失うと言う結果を出している。

 

砲台とは一長一短ではあるものの、防衛戦では有効に使えば強力な兵器たり得るのだ。事実艦砲より砲台の方が命中率が高い事もある。

 

提督「砲台の奮戦なかりせば、追撃などおぼつかなかったに違いない。砲台と艦娘の共同攻撃によって相手の演算能力を上回ることが出来たのは、備えあればこそだな。」

 

大淀「“備えあれば患いなし”というのは、至言ですね。」

 

提督「全くだ。」

 

大淀「修復は急がせますか?」

 

提督「可能なペースで構わない、確実に修繕してくれ。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「さて、書類終わらせないとな。」

 

大淀「その通りです。」

 

金剛「大淀サン! 書類チェックお願いシマース!」

 

大淀「あ、はい!」

 

直人は金剛の仕事ぶりを見つつ、書類の山と格闘するのであった。

 

 

 

直人が漸く書類の山を片付け、技術局へと姿を現したのは16時43分の事だった。

 

資源関係の書類が溜まっていた事もあって量が多く、且つ昼食も挟んだ為この様な事になっていた。この為にこの日の午後に予定していたドロップ判定も、翌日に延期していた程だった。

 

提督「局長~、いる~?」

 

局長「ン? アァ直人カ。コンナ時間ニ珍シイナ。」

 

ラボで佇む局長はそう言った。

 

提督「まぁな。それより、また局長に作って貰いたいものがあるんだ。差支えなければ聞いて貰えるかい?」

 

局長「勿論ダ、伺ウトシヨウ。」

 

興味を持った局長が少しばかり食いつく。

 

提督「単刀直入に言う。改最上型の重巡を1隻、建造して貰いたい。艦娘ではなく軍艦を。」

 

局長「・・・ホウ。造ル分ニハ構ワナイガ、使用目的ヲ聞キタイナ。」

 

ものがものだけに、その質問は正当性があった。

 

提督「俺が乗り込んで、旗艦にするのさ。」

 

局長「成程ナ、コノ艦隊ノ旗艦ヲ作ル、トイウ訳ダナ。」

 

提督「そう言う事だ、頼めるか?」

 

局長「分カッタ、造兵廠ト明石ヲ借リ受ウケタイガイイカ?」

 

提督「あぁ勿論だ、彼女にも今から言いに行くところだったんだ。」

 

なお実際に行った模様。

 

局長「ソレト一ツ、直人ニモヤッテ貰ウコトガアルゾ。」

 

提督「んあ? なにかな?」

 

急に切り返された直人が応じる。

 

局長「改最上型――――鈴谷――――ノ二面図ガ欲シイ。」

 

提督「ぐぬっ・・・承知した、何とかしてみよう・・・。」

 

 

~翌日~

 

提督「え、すぐにでもコピーを回せるんですか!?」

 

横鎮に連絡を取った直人は、土方海将のその答えを聞いて驚いていた。

 

土方「“あぁ、すぐに必要の無い類の公文書は横須賀基地に移してあってな、重巡鈴谷の精密図面もあった筈だ。何に使うんだ?”」

 

提督「図面を使うとなれば、ひとつでしょう。」

 

直人はそう言った。実際公文書にも様々だが、機密文書や政治関係の物を除く全ての公文書は、焼失を恐れて横須賀基地に収蔵されていた為、第二次東京大空襲の際も無傷で残っていたのだ。

 

土方「・・・成程な、それもそうだ。分かった、すぐコピーしてそちらに送る。だが、なぜ今更?」

 

提督「なに、私も“旗艦”が欲しくなっただけです。」

 

理由としてはそれで十分だった。

 

 

 

1月6日11時37分 建造棟

 

 

提督「来たぞー明石。」

 

明石「あぁ、提督! お待ちしてました! ドロップ判定の準備は既に整えてあります。」

 

直人は執務の合間にドロップ判定の監督に来ていた。

 

提督「そうか、それは結構、早速始めてくれ。」

 

明石「わっかりました!」

 

明石が喜々として作業に取り掛かった――――。

 

 

 

そんでもって

 

 

 

隼鷹「商船改装空母、隼鷹でーっす! ヒャッハー!」

 

提督(噂通りの呑兵衛の酒豪ですか・・・。)

 

龍驤「軽空母龍驤や! よろしゅうな。」

 

那珂「艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー! よっろしくぅ!」

 

提督(面倒なのキター。)

 

イムヤ「伊168よ、イムヤでいいわ。宜しくね。」

 

提督(わーい潜水艦だー)白目

 

提督「よく来てくれたね。我が艦隊は君達を歓迎するよ、宜しく頼む。」

 

龍驤「こっちこそ、これから頑張るさかい、宜しゅう頼んまっせ?」

 

提督「あぁ勿論だとも。」

 

飛鷹「隼鷹、相変わらず飲んでるわねぇ・・・。」

 

自己紹介の場に割り込んできたのは、隼鷹の姉飛鷹である。

 

隼鷹「げっ・・・。」

 

提督「あぁ飛鷹か。悪い、呼び出しちまって。」

 

飛鷹「新しい子達の案内役でしょう? 察しは付くわ。」

 

提督「御察しの通りです、頼むよ。」

 

飛鷹「頼まれますとも、飲んだくれの妹が来たとあればね。」

 

隼鷹もいい姉君を持って幸せ者だと皮肉半分で思う直人である。というかこの手のタイプは身内になると面倒臭いと半ば本気で思っているのだった。

 

要はうるさ型の相手はあまり得意でないのだ。

 

提督「じゃぁお願いしておくよ。」

 

飛鷹「分かりました。では行きましょうか、隼鷹も!」

 

隼鷹「へ~い。」

 

古鷹「はい! ではこれで・・・。」

 

提督「うむ。」

 

 

 

隼鷹達が去っていったあと・・・

 

 

 

提督「明石、昨日の件だが、どれ位掛かりそうだ?」

 

昨日の件、というのは無論改最上型建造の件だ。

 

明石「そうですねぇ・・・4週間ほど待って頂く事になろうかと思います。今夕張と必要な資材の量を算出している所です。」

 

提督「夕張と? またなんで。」

 

疑問に思った直人が問い返す。

 

明石「いやぁ、夕張さんとはすっかり、馬が合っちゃいまして。それから夕張さんにはこっちのお手伝いもして貰ってるんです。」

 

提督「あー・・・そう言う訳か。」

 

合点がいった直人であった。

 

 

 

12時27分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「メシメシ~。」

 

執務を片付けた直人は昼食を摂りに食堂へと足を運んでいた。

 

提督「ん・・・?」

 

 

 

夕張「それで、カタパルトや水上機用クレーンはどうするんですか?」

 

明石「全て搭載する予定よ。でもそうするとどれ位資源が必要になるかなぁって。」

 

夕張「そうですねぇ・・・おおよそこれ位かと。」

 

夕張がタブレットPCで計算して見せる。

 

明石「うーん・・・やっぱこれ位にはなっちゃうのかぁ。」

 

夕張「でも、請け負った仕事に妥協は禁物ですよ。」

 

明石「そうね・・・!」

 

 

 

提督(本当に仲がいいんだな・・・結構結構。)

 

鈴谷「おっ、提督じゃん。ランチどうよ?」

 

提督「では、御一緒させて頂きましょうか。」

 

鈴谷「オッケー♪」

 

少しばかり眺めていた直人は、後からやってきた鈴谷と共にカウンターへと向かうのだった。

 

 

 

艦娘と霧との抗争は、直人の尽力により全面的なものへと発展せぬままに終わった。だがもしも制号作戦が失敗していたらと考えるとゾッとしないのは、何も筆者だけではないだろう。

 

結局の所霧の艦隊を巻き込んだ深海棲艦側は失うものが多く、逆に直人達横鎮近衛艦隊は戦力を増強すると言う結果に終わり、霧の艦隊を用いて戦局を変えようという試みは失敗に終わった。

 

しかし霧の艦隊が齎したモノは、深海と艦娘艦隊双方にとって、小さくなかったのであった。

 

その事を思い知らされるのは、まだ先のお話である。




艦娘ファイルNo.80

龍驤型航空母艦 龍驤

装備1:96式艦戦(熟練)(対空+3 回避+1)
装備2:99式艦爆(和田隊)(対空+1 爆装+6 命中+1 回避+1)
装備3:97式艦攻(熟練)

軍縮の空白を埋める為に建造された小型空母。
日本艦爆隊の育ての親、和田鉄次郎の艦爆隊を有する。
うさん臭くない割とガチ目な関西弁を話すと言う特異点を持つ。また96式艦戦・97式艦攻の熟練部隊を持参してくる。
艦爆隊がその主力であり基地攻撃に非常に適している一方直衛がその機数の関係上苦手。


艦娘ファイルNo.81

飛鷹型航空母艦 隼鷹

装備1:96式艦戦
装備2:99式艦爆
装備3:97式艦攻

酔っ払い軽空母(ぶった斬り)。
素行は兎も角として実力は確か。
但しこれと言って特異点を持たない呑んだくれ。
しかしこの時点では何が得意なのかが釈然としないので一応普通の空母扱い。


艦娘ファイルNo.82

川内型軽巡洋艦 那珂

装備1:14cm単装砲

艦隊のアイドル(笑)。
こちらもこれと言って秀でた点はないが、実は・・・?


艦娘ファイルNo.83

古鷹型重巡洋艦 古鷹

装備1:20.3cm連装砲
装備2:7.7mm機銃

日本初の重巡、かの平賀譲造船中将が手掛けた名艦の1隻。
特に特異点はないが夜間襲撃に秀でた才を持つ。


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第2部6章~内洋制圧~

どーも、天の声です。

青葉「青葉です。」

取り敢えず骨子から書き出してそこへ肉付けすると言う方式で書き進めた結果30ページを超える程度で収まってしまいました。多いのか少ないのか。

青葉「因みに改訂のご予定は?」

筋を壊さない範囲でより分かりやすくはしていく方針です。

青葉「そうですよねー・・・。」


では手っ取り早く解説の方に移りましょう。今回は設定についての放談、資源についてです。(独自解釈を含みます)

イオナは3章で、直人達の使っている艤装がナノマテリアルを含んだ合金で出来ている、としていますが、これは正答です。


何故ならアルペジオに於けるナノマテリアルとは「“構成因子そのもの”」だからです。艦娘達が用いる資源とアルペジオのナノマテリアルの違いはその造られ方にあると言えます。

霧の艦艇を構成するナノマテリアルは、元を正せばただの鉄です。(これでさえ現実の定義ではナノマテリアルとされる。)

霧の艦艇はその船体に中核たるユニオンコアを組み込む事で、その船体構造を部材の構成因子ごと組み替えてナノマシンユニットへと作り替え、そのユニット部材をナノマテリアルで構成する事により、可変性と損傷への即応を可能としているという訳です。

言うなれば霧のナノマテリアルは人為的に造られたものです。


一方艦娘達の使う“資源”は、主に深海棲艦の支配下に置かれ汚染された/されていた地域で、大地から放出された負の因子が自然浄化されて出来た正の因子が、空間中で言わば飽和の様な状態になった結果、資源と呼ばれる“ソレ”の形を取って具現化すると言う、いわば自然発生の様な状態です。

自然発生したナノマテリアルと人工的に作成するナノマテリアルで全く異なるのは言及するまでもないと思います。


今回はこの辺りにしておきましょう。

青葉「具現化、ですか・・・。」

大丈夫この世界魔術も存在する何らおかしくはない。

青葉「アッハイ。」


沢山の閲覧、コメント他誠にありがとうございます。もう何と言いますか、皆さんの御期待に少しでもお応えしたいが為に半ばその心情が強迫観念と化している感はありますが、更新は続けて参りますので、今後とも宜しくお願いします。

では行きましょう、どうぞ。


2053年1月7日10時22分 中央棟2F・提督執務室

 

 

秋雲「秋雲着任~、提督、よろしくねぇ?」

 

提督「あ、あぁ・・・よろしく。」

 

どうしてこうなった?

 

ことの発端は1時間半ほど前だった。

 

 

 

 

 

8時57分 提督執務室

 

 

提督「やりますかねぇ~。」

 

大淀「はい!」

 

金剛「OK!」

 

 

バタン

 

 

明石「提督っ!」

 

執務を始めようとしていた直人達の元にノック無しでやって来たのは明石だった。

 

提督「・・・ノックはしような?」

 

勿論咎める直人、少しばかり驚いて姿勢を崩していた。

 

明石「あっ、す、すみません・・・。」

 

提督「いや、いい。それよりどうした?」

 

明石の慌てた様子を悟った直人が姿勢を正して訊いた。

 

明石「いや、それが―――」

 

提督「・・・?」

 

 

 

提督「一つドロップ判定を忘れていたぁあ!?」

 

明石「は、はい・・・すみません・・・。」

 

こんな事は前代未聞である。直人も驚きの余りつい大きな声が出てしまった。

 

大淀「明石さん、しっかりして下さい・・・。」

 

明石「で、でも発注を受けた件で頭が一杯で―――弁解の余地もございません。」

 

提督「あ、いや―――別に叱責する気も無いよ、迷惑かけたのは俺の方だ。その代わり、大至急ドロップ判定をやって貰えないか?」

 

その言葉に対して明石は難色を示す。

 

明石「うーんと・・・準備とか結構時間かかりますし、今急ぎで仕上げてる作業もありますので、少しお待ち頂けないでしょうか?」

 

提督「あー・・・そうなのか。分かった、では待つとしよう、執務もある事だし。」

 

明石「分かりました!」

 

そう言うと明石は急いで執務室を出ていった。

 

提督「急ぎで上げないといけない仕事・・・?」

 

大淀「艤装の修理、でしょうか・・・?」

 

 

 

明石(提督の艤装修理、急いで仕上げなきゃ・・・。)

 

ご明察であった。

 

 

 

そしてその1時間半後、秋雲着任と相成ったのである。

 

明石「では私はこれにて。」

 

提督「うん、ありがとう。」

 

大淀「確か今、訓練の時間でしたね。」

 

提督「そうだな、神通に連絡を入れておけ。秋雲は、早速だが訓練に合流してくれ。配属は追って知らせる。」

 

秋雲「あ、はい、了解です・・・。」

 

若干嫌そうな秋雲であった。

 

提督「はいはい露骨に嫌そうな顔しない、流した汗の分だけ、血を流さずに済むんだからな。」

 

秋雲「はい・・・。」

 

見事に顔に出ていたのだった。

 

 

 

1月7日15時29分 中央棟1F・無線室

 

 

大淀「・・・。」サラサラ・・・

 

大淀はレシーバーから流れてくる本土からの無電―――勿論函数暗号だが―――を素早くメモしていた。

 

大淀「・・・これは・・・。」

 

大淀はメモしながら記憶の範疇である程度解読してみたのだが、その通信文は、軍令部総長からの命令書だった。

 

 

 

15時45分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「提督、軍令部から命令書が届きました。」

 

提督「ほう、昨今聞かなかったが来たか。で、上はなんと?」

 

大淀「はい―――」

 

大本営からの命令書はつまりこうである。

 

『セレベス海とその周辺海域に、シナ海から排除した敵艦隊が合流して次第に脅威となりつつある、この為タウイタウイ泊地周辺の制海権が不安定な情勢となっている。

横鎮近衛艦隊には艦隊を出撃させ、同方面にある敵艦隊の中核部隊を掃討し、以って反撃の好機形成に尽力されたし。』

 

提督「―――脅威となりつつある、というのは形だけだな。セレベス方面の敵はそう脅威ではない筈だ。大方暴れ回り過ぎていい加減邪魔になったと言う所だろう。」

 

大淀「いえ、その件についてなのですが・・・」

 

言いにくそうにしながら大淀が言う。

 

大淀「“サンベルナルディノの悲劇”を、お覚えでらっしゃいますか?」

 

提督「忘れるべくもない・・・。」

 

「それで?」と直人の目が言っていた。

 

大淀「その際、残敵掃討に当たられた呉鎮近衛艦隊の報告書なのですが・・・。」

 

提督「・・・隠すな、話してみてくれ。」

 

そう直人が言うと意を決して大淀が話す。

 

大淀「は、はい。残敵掃討を行った呉鎮近衛艦隊は、約半数程度を、取り逃がしたようなのです・・・。」

 

直人は水戸嶋が失態を犯した、と考えかけてそれを改めた。何かしら事情があって追撃を“諦めた”という事にした。水戸嶋の作戦立案は水も漏らさない、その事を彼は知っていたからだ。

 

提督「・・・大体1600から2000隻程度か。」

 

大淀「レイテには1個艦隊が残っていたと言いますから、そう言う事になります。」

 

これはその時撃沈した旗艦播磨が言っていた事でもある為確度は高い。

 

提督「だが、なぜこの時期にレイテの艦隊が・・・まさかっ―――!」

 

いまいち呑み込めなかった直人もここで気づく。

 

大淀「はい、どうやらこの残党が東南アジア方面艦隊の残党軍と組んだようなのです。」

 

提督「―――成程そういう・・・、確かに脅威だな。」

 

その脅威性を認識した直人は、指令を受けるかどうかを考え始めた。

 

提督「ふーむ―――ん? 大淀、ではそのレイテから脱出した敵は、いままで何処にいたんだ?」

 

大淀「それが、行方が知れなかったのです。水戸嶋元帥も急遽追討軍を出そうとしたようなのですが、航空偵察結果も思わしくなく、強行偵察を行おうとしましたが当時マニラにいたパラオ分遣艦隊が行動しており断念した、とのことです。」

 

その答えに直人は顔を少ししかめて言った。

 

提督「成程な・・・まぁ、尻拭いをするついでに敵も潰して来いという事か。厄介な仕事だな・・・。」

 

大淀「ですが誰かがやらなくてはならない事です。」

 

それは分かってはいるのだが・・・と返す直人、ここでひとつ気になった事があった。

 

提督「で? その残党共の基幹艦隊の旗艦は?」

 

大淀「ペーター・シュトラッサークラスの超兵器級だったそうですが、今は恐らくル級eliteが指揮を執っているのではとのことです。」

 

提督「・・・ペーター・シュトラッサーと言えば――――」

 

ペーター・シュトラッサー級の超兵器級深海航空母艦は以前、グァム沖海戦に於いて増援に現れた深海棲艦を率いていた超兵器級である。水戸嶋がこれを撃沈している。

 

大淀「―――もしや・・・。」

 

提督「フッ・・・水戸嶋め、ひょんなところで繋がりおるな。」

 

大淀「呉鎮近衛艦隊があの時沈めた超兵器が、今回討滅対象の艦隊の旗艦だった。とすれば、いなくなった理由に説明が付きます。」

 

提督「時を超えた置き土産、という訳か。ふむ、少し考えて答えを出そう。」

 

大淀「返信はどうしますか?」

 

提督「・・・。」

 

直人は目を閉じ腕を組んで考えた。確かに送るべきなのだろうが、何度も交信するのは機密保全上好ましくない。が、礼儀に則ると言う意味では送らない訳にもいかない―――。

 

提督「――――いや、送らないでおこう。」

 

結局直人は送らない事にした。

 

大淀「宜しいのですか?!」

 

提督「―――良くない。」

 

そう、よくない。

 

大淀「えっ、で、では・・・。」

 

提督「だが、上司への礼儀よりは、我が艦隊の機密保全を優先すべきだと思う。」

 

大淀「は、はい・・・分かりました、そのように。」

 

大淀もそれを理解し引き下がった。

 

提督「俺が奴の尻拭いねぇ・・・ふむ、どうしたものか・・・。」

 

2割ほど「やだねぇ・・・」と考えながらも真剣に考え始めるのだった。

 

そうして直人が思案し始めて二日が経った頃、提督執務室のドアを叩いた者がいた。

 

 

 

1月9日14時18分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「ようやく書類が片付いて来たな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

金剛「大変デシター・・・。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「ん・・・? 入っていいぞ!」

 

 

ガチャッ・・・

 

 

執務室のドアが開く音がする。

 

金剛「oh・・・。」

 

提督「・・・?」

 

金剛の反応に首を傾げる直人。

 

間仕切りの向こうから現れたのは――――

 

 

 

神通「提督、少しだけ、お時間宜しい・・・でしょうか・・・?」

 

不安がちに姿を現したのは、訓練担当の神通だった。

 

提督「珍しいな・・・あ、いや、執務は終わってる、構わんぞ。」

 

神通「では――――」

 

その次に発した言葉に直人は考えさせられたのである。

 

 

 

提督「秋雲が、ねぇ・・・。」

 

神通が相談してきたのは、秋雲の戦闘技能についてであった。

 

神通「正直、あの子を戦闘に出すのは・・・。」

 

提督「・・・少し、手並み見させてくれるか?」

 

神通「わ、分かりました。」

 

提督「・・・。」チラッ

 

金剛「・・・。」(`・ω・´)b

 

以心伝心、と言う間柄になるのにあまりに短すぎる気がしないではない。

 

 

 

14時29分 司令部正面水域

 

 

秋雲「・・・。」(汗

 

提督「さて、腕の程を見せて貰おうか?」^^

 

プレッシャーをかける直人。

 

秋雲の正面には訓練に使う射撃標的用ブイが5つ、秋雲は当然完全武装、特別に雷の電探までも借りてきている。直人と神通は脇に控えている。念の為直人も対潜艤装装備+帯刀で来ている。

 

秋雲「ほ、本当にやるの・・・?」

 

神通「二言は無いですよ?」

 

秋雲「あ、はい・・・。」

 

緊張している秋雲である。

 

提督「・・・。」^^

 

秋雲「ぁ・・・。」

 

この時ばかりは直人の笑顔が心に突き刺さる秋雲であった。

 

秋雲「わ、分かった・・・。」

 

そう応じ、秋雲は主砲を構える。

 

 

ドオォォーーーン

 

 

提督「ハズレ。」

 

 

ドオォォーーーン

 

 

提督「ハズレ。」

 

神通「・・・。」^^;

 

秋雲「あ、あれ・・・?」

 

 

ドオォォーーーン

 

 

提督「ハズレ。」

 

 

ドオォンチュィィィン

 

 

提督「惜しい。」

 

これはヒドイ。

 

秋雲(そろそろまずい・・・。)

 

 

ドオォンチュィィィン

 

 

提督「惜しい。」

 

神通「は、ははは・・・。」

 

秋雲「・・・。」(焦

 

 

 

この後、更に5射するものの、2、3掠めただけで全てハズレ。

 

この日はそこそこ風も強く波が荒いとは言っても、ご丁寧に釣り下げ式バラストもつけた球形ブイなので左右の動揺は少なく上下に揺れる程度である。

 

それでこれとは流石に直人も目を覆った。

 

神通「あの・・・提督・・・?」

 

その様子に不安になった神通が思わず言った。

 

提督「磨けば光る宝玉ならいいがな・・・。」

 

神通「そ、そうですね・・・。」

 

提督「うし、なんとか俺がやってみよう。」

 

神通「宜しいのですか・・・?」

 

そう言うと直人が言った。

 

提督「やるだけはやるさ。」

 

因みに直人は座学を教えるのは得意だが、実技だと別問題と言う一面を持つ。

 

秋雲が戦えるようになるかは半々だった。

 

 

 

提督「もっと腰据えて撃て秋雲!! そんな事で敵を沈められるか!!」

 

秋雲「は、はいいぃぃぃーー!!」

 

 

ドォンドォンドォン

 

 

まぁとどのつまりはスパルタ教育になる。

 

 

ダァンズドオォォォーーー・・・ン

 

 

提督「お?」

 

秋雲「あ、当たった・・・?」

 

提督「当たったな。」

 

当たったようです。

 

提督「まぐれだろうがアタリはアタリだ続けていけぇ!!」

 

秋雲「は、はいっ!!」

 

実際日本海軍はスパルタ教育が中心であり、必然的に上官の部下への当たり方が強くなる訳だが、そうすると堪ったものでは無いのは、兵卒と士官(上官)に挟まれた軍曹や曹長と言った、分隊長クラスの兵である。

 

そう言った事情もあり特に大型艦ではすこぶる風紀が悪かった。特に酷い加賀ではギンバイや私的制裁などはごく普通に行われていたと言うから凄まじいものである。

 

他にも訓練の余りの厳しさに自殺や逃亡者も続出した、と言う話もある程であることからも、日本海軍のスパルタぶりが伺えるであろう。

 

 

 

そうこうしているうちに5日程が経った。

 

直人はこの間、重要な書類を全て終えていた為に執務を大淀と金剛らに任せ、秋雲に付きっきりで特訓をつけていた。

 

砲撃、雷撃、対空戦闘と言った基本的な攻撃基礎訓練から、昼間遠距離雷撃、夜襲訓練などの実践的な訓練まで幅広い訓練メニューを秋雲はこなした。

 

結果はと言うと・・・

 

 

ダアァァンダアァァンダァンドゴオォォォォーーーン

 

 

提督「・・・ふむ、3、4発に1発は当てる様になったか。三流にはなったが・・・。」

 

秋雲「ど、どうです・・・?」

 

提督「三流だな。」

 

秋雲「え・・・。」

 

そう、静止目標に対し命中率1/4~1/3と言うのは、艦娘としては言わば三流クラスの戦闘力と言えるのだ。

 

一流と言えるのは、一撃で命中させるか2発で当てるかするレベル、二流は2から3発で命中させる。が・・・

 

提督「当てるのはいいが散布界が広すぎる。」

 

秋雲「は、はははは・・・。」

 

乾いた笑いしか出ない秋雲であった。

 

提督「笑ってる場合か。どうやら秋雲は、艦娘でありながら戦闘には向かないと見える。」

 

苦々しい口調で言った。

 

提督「何か得意な事とかないのかい君は・・・。」

 

頭を掻いて言う直人だったが、それにシャキッとして答えたのは当の秋雲だった。

 

秋雲「絵とか書くのは、得意です!」

 

提督「・・・。」・・・

 

絵、ねぇ・・・。

 

得意満面と言う様子の秋雲だったが、直人から見ればその時は特に参考にもならない特技だった為、余計に頭を悩ます羽目に陥っていた。

 

 

 

1月14日17時37分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「へぇ、最近『横鎮広報』が不振、ねぇ。」

 

青葉「はい、一時期はその話題性で売れていたんですが、最近徐々に売り上げが下降線みたいで・・・。」

 

直人は食堂で、この日偶然来ていた青葉と話をしていたのだが、その話題が青葉の出す新聞に及んでいた。

 

そもそも直人がなぜここにいるのかと言うと、直人はこの時期、暇な時間になると一人食堂にたむろする事が多くなっていた。それも真摯な表情で、今後の方針を思案しているのだった。

 

提督「なにか、策はあるのか? 売り上げ回復の。」

 

青葉「広報部全員で日々考えてはいます、でも妙案が無くて・・・。」

 

提督「妙案、ね・・・。」

 

直人は少し考える。

 

提督「話題性・・・ね、それを生む手段としては、どんなことがあり得るかな・・・。」

 

青葉「そうですね・・・例えば漫画とか、でしょうか・・・。」

 

提督「漫画、か・・・漫画?」

 

そのワードが、直人の脳内で引っかかった。

 

青葉「どうかしました?」

 

提督(漫画・・・絵・・・秋雲・・・・・・ふむ。)

 

直人は一つ策を思いついた。それは、青葉と直人、双方にとって利益となり得るものだった。そして直人は青葉にこう言った。

 

提督「ひょっとすると、解決するかもしれんぞ。」

 

青葉「―――――?」

 

 

 

1月15日9時11分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「駆逐艦秋雲を、青葉直属とする。」

 

青葉「えぇっ!?」

 

秋雲「ど、どういうこと・・・?」

 

その辞令は、昨晩の内に作られた正式なものとしても残っている。

 

提督「つまり、横須賀へ出向だな。」

 

秋雲「な、なんで!?」

 

その疑問に直人は答えた。

 

提督「一つは、戦闘に向かない者を無理に戦わせる事は出来ないと言う点、今一つは、お前、絵が得意だと言ったな?」

 

秋雲「う、うん・・・。」

 

提督「その才幹を、青葉の為に役立ててやって欲しい。これが理由だ。」

 

実際にはその才能の程を見た訳では無かったのだが、得意と言うならやらせてみよう、と言う腹積もりであった。

 

秋雲「一体何の役に・・・」

 

青葉「ありがとうございます、提督!! これで新聞の記事にも華が加わりますね!」

 

提督「だといいのだがね。応援しているぞ、青葉。」

 

青葉「はい!」

 

ここまで聞いていると、秋雲にも事の次第がおおよそ理解出来て来た。

 

秋雲「新聞の紙面を飾る仕事、ですかね・・・?」

 

提督「そう言う事だ、適材適所は人事の基本、そうだな? 大淀。」

 

大淀「その通りですね、提督。」

 

この点については、艦娘にとって非の打ち所の無い正論であった。

 

秋雲「ふーむ・・・了解! 引き受けるよ!」

 

提督「あぁ、頼んだぞ。青葉、お前も頑張れよ。」

 

青葉「恐縮です! 青葉、もっと頑張りますね!」

 

こうして一つの問題が片付いたのであった。

 

 

 

青葉と秋雲が退室した後、直人は大淀と話をしていた。

 

提督「問題一つ、解決だな。」

 

大淀「はい。」

 

提督「あとは―――」

 

直人は、執務机の正面にある、秘書艦席を見遣って言った。

 

そこに本来座っている筈の金剛の姿はない。椅子もすっかり冷え切っている。

 

大淀「きっと金剛さんなら大丈夫です、作戦の成功を、祈りましょう。」

 

提督「そうだな・・・。」

 

 

 

ここから時系列を遡るが、1月14日19時47分、会議室で作戦ブリーフィングが開かれていた。

 

提督「では状況を説明する。」

 

一定の緊張感が張り詰められた会議室で、直人は直人は作戦説明にはいった。

 

提督「先日大本営より、セレベス海方面制海権確保を行う様にとの要請が入った。現状セレベス海にはその外縁部に、タウイタウイ泊地が存在するが、そのセレベス海の制海権が敵に帰する危険が出てきた。」

 

初春「む? ならばそのタウイタウイ泊地の艦隊に任せて置けばよいのではないのかの?」

 

提督「いい事を言った。だがそれが不可能な状況だったのだ、我々がここに来るまでは、な。」

 

初春「ふむ?」

 

初春は要点を得なかったが、直人は説明を進める。

 

提督「元来この海域には、インドネシア方面の深海の大勢力が所在し、その旗艦に超兵器級深海棲艦、ペーター・シュトラッサークラスが在泊していた。タウイタウイ艦隊はこれが為にセレベス海に出る事さえおぼつかぬ情勢にあったし、泊地自体もこれまで何度も空襲を受けている。」

 

初春「なるほどのう・・・。」

 

換言すれば、このペーター・シュトラッサー率いる深海極東艦隊が、その有り余る大兵力を持て余す事なく、タウイタウイ泊地に対しかなりの圧をかけ続けていたが為に、セレベス海の制海権争いでは艦娘側がかなり不利な立場に置かれていた訳である。

 

提督「だが、突如としてこの旗艦たる超兵器が姿を消した。厳密にはグァム沖で戦没したとみられるが、このことが発覚したのはつい最近と言っていい。のだが、気付かなかったのにも理由はある。」

 

ここで菊月が意外な事を口にした。

 

菊月「フィリピン沖で敵が温存した戦力、か?」

 

誰から聞いたんだと思いつつ直人は続ける。

 

提督「あぁ、そうだ。それがセレベス海の敵勢力と合流し、タウイタウイに対して幾度となく圧をかけてきたが為に気付くに至らなかった、と言うのが実態のようだ。だがリンガやパラオ艦隊と数戦交えており、敵が消耗して来た為その圧迫が緩まった事で、その事実が発覚した、と言う次第らしい。」

 

霧島「提督、いいですか?」

 

そこへ挙手したのは霧島だった。

 

提督「どうぞ。」

 

霧島「では。今回は残敵掃討作戦、と言う事になるでしょうか?」

 

提督「残敵ではない、現に敵はまだ基幹戦力と、主力艦隊のほぼ全力を残しているからな。言ってしまえば、敵の増援が来ない内にセレベス島周辺から、敵戦力を一掃してしまおうと言う具合だな。」

 

霧島「それでは今回も全力編成ですか?」

 

提督「いい質問だが制号作戦で膨大な出費をした分、我が艦隊にもあまり余裕があるとは言い難い。それに敵も主力は残存しているが、取り巻きは殆どが既に潰滅している。よって今回は、精鋭部隊を中心に固め、少数の艦隊で出撃する。」

 

これまでは全艦隊を以って圧倒するスタイルを取り続けてきたが、この時期それをする理由も、その余力もないが為の措置であった。実際損傷艦の修理もまだ万全とは言えなかった。

 

提督「では編成を発表する。」

 

直人がその編成表の紙を開く。艦娘達は固唾をのんで直人に視線を集中する。

 

提督「第一水上打撃群、金剛・榛名・蒼龍・羽黒・摩耶・鈴谷・筑摩・大井・木曽、及び一水戦川内以下六駆・十一駆・二十一駆。」

 

これに驚いたのは、第一艦隊の面々であった。

 

扶桑「一体どういう・・・?」

 

山城「第十一戦隊は第一艦隊の指揮下の筈です!」

 

そう、驚いたのは他でもない、編成表では第一艦隊麾下と定められている筈の第十一戦隊(軽巡大井・木曽)が、第一水上打撃群所属になっているのだ。

 

提督「あぁ、すまない、これを期に前回編成表にいなかった者も含め編成を刷新する事にしたんだ。そこも含め説明するから聞いて置いてくれ。」

 

直人がそう言うと先程起こったざわめきも短い間で終息した。

 

提督「第一艦隊第十一戦隊は第一水上打撃群へ転出、一航艦第十戦隊旗艦球磨は多摩と共に第十三戦隊を編成して第一艦隊へ転出、後任に長良を充てる。あと鈴谷と筑摩で第八戦隊を編成する。」

 

扶桑「そう言う事でしたか・・・では異存はありません。」

 

提督「うん。次いで新規編入だが、第十三戦隊として一航艦から転出する多摩に代わり那珂を一航艦へ、隼鷹を六航戦に、三航戦に龍驤を配し名称を五航戦に変更する。また二水戦指揮下に十六駆を編入する。」

 

神通「・・・成程、あくまで形式上、ですね?」

 

提督「そうだ。作戦部隊は先程の一水打群に加えて、第一艦隊より第二戦隊第一小隊、第一艦隊二水戦から二駆、第一航空艦隊より一航戦、一航艦第十戦隊から七駆と十九駆を暫定的に一水打群の指揮下に編入する。」

 

とどのつまり編成表は次のようになる。

 

 

第1水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第十一戦隊(大井・木曽)

第十四戦隊(鈴谷・筑摩)

随伴:羽黒・摩耶

第一水雷戦隊

川内

第六駆逐隊(響/雷/電)

第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪)

第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉)

 

応援部隊

第二戦隊第一小隊(扶桑/山城)

第一航空戦隊(赤城/加賀)

第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

第七駆逐隊(漣/潮)

第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 

合計

戦艦2隻・航戦2隻・空母3隻(飛龍欠員)・重巡3隻・軽巡2隻・雷巡1隻・駆逐艦17隻

 

提督「以上の戦力を金剛に預ける。」

 

金剛「了解デース!」

 

提督「第一水上打撃群の任務は、可及的速やかにセレベス島周辺に遊弋する深海極東艦隊残存部隊を捕捉、これを撃滅ないし撃退、或いは崩壊へと至らしめるにある! 各員の奮戦に期待するや切である!!」

 

金剛「イエスサー! 第一水上打撃群、出撃しマス!!」

 

提督「うむ、健闘を祈る。それと飛龍、君には基地航空隊から長距離偵察隊を編成し、セレベス方面への偵察を行って貰いたい。キ91なら可能なはずだ。」

 

飛龍「了解!」

 

提督「うむ、では一同解散して宜しい。」

 

一同「はいっ!」

 

一足先に出た一水打群の出動艦娘に続き、残留艦娘達も会議室を後にする。

 

 

 

提督「・・・はぁ。」

 

少し疲れた様子の直人。

 

大淀「お疲れ様です、提督。」

 

「貴様が出撃せぬとは、珍しい事もあったものじゃのう。」

 

提督「!」

 

そう言ったのは初春であった。

 

初春「一体どういう風の吹き回しかえ?」

 

提督「俺が動くのに使う燃料も弾薬も不足では、どうにもなるまい・・・。」

 

口惜しそうに言って見せる直人。

 

初春「なるほどのう、それは致し方ないのじゃ。」

 

提督「と、言うのが表向きの理由さ。」

 

初春「む・・・?」

 

口調を戻して言う直人に初春が疑問の視線を送る。

 

提督「今まで散々暴れ回ったが、そろそろあいつらにも経験を積ませてやらねば、と思ったのさ。俺に依存されても困るしな。」

 

初春「ほう・・・最もじゃの、結構結構。ホホホホ・・・」

 

そう言いながら初春は扇子を広げて扇ぎながら、会議室を立ち去って行ったのだった。

 

 

 

提督「上手くやってくれるかね、金剛達は。」

 

大淀「きっと、上手く行くと思います。」

 

昨晩出撃した金剛達第一水上打撃群は、一路セレベス海へと韜晦していた。

 

これを追う様に15日午前6時57分、サイパン飛行場から18機のキ-91戦爆が発進、途中6機が故障で引き返し、残った12機がセレベス海を目指して飛行していた。

 

提督「艦隊の当該海域到達は明日、だったな?」

 

大淀「はい。」

 

提督「そうか・・・とりあえず、無事に戻って来てくれる様に、祈るだけだ。」

 

大淀「はい・・・。」

 

直人は、遠い洋上にいる艦娘達に、思いを馳せるのだった。

 

 

 

2053年1月15日9時59分 司令部裏ドック岸壁

 

 

提督「・・・。」ザッ

 

神通「そこ! 動きが鈍っていますよ!!」

 

白雪「は、はい!」

 

直人はこの日、どういう風の吹き回しか訓練風景の視察に来ていた。

 

大淀「今のところ、訓練の方は滞りなく進んでいますが、人数の増加によって一人の手にはどうにも余るようでして・・・」

 

提督「ほう、と言う事は教官の増員が必要か?」

 

大淀「はい、こと航空戦に関する限りは、神通さんは専門ではありませんから。」

 

神通も空母艦娘の訓練に関しては、鳳翔に意見を聞いている面も強いようである。

 

提督「確かに神通は砲雷屋だからな・・・だが鳳翔に任せる訳にもいくまいと思うが・・・。」

 

大淀「恐れながら提督。」

 

提督「む?」

 

急に畏まった大淀に直人は疑問を覚えた。

 

大淀「鳳翔さん以外の何者が指導しても、一部の艦娘は納得がいかないかと思われます。」

 

提督「・・・。」

 

これは道理である。

 

赤城が指導したならば「どうせなら鳳翔を」となるであろうし、仮に瑞鶴がいたとして指導しようもんなら「何故後輩に指導されなければならないのか」ともなろう。

 

大淀が言うのはその点であり、この点の問題を払拭するには鳳翔を航空戦教練教官に付けるしかない、と言う事であった。

 

提督「・・・あとで打診しておこう。」

 

大淀「ありがとうございます。」

 

提督「勘違いはするなよ、あくまで打診するだけであって、命じる訳ではない。鳳翔さんも日頃何かと忙しいのだしな。」

 

厨房を任せているだけに、鳳翔は毎日多忙を極めていたのだ。

 

「お話は伺いました。」

 

提督「!」

 

気付けば神通が直人の傍らに来ていた。

 

神通「差し出がましいようですが・・・」

 

提督「ん? 話してみるといい。」

 

躊躇いがちに言う神通に直人はそう言った。

 

神通「は、はい。では・・・鳳翔さんがお忙しいのは、提督が“毎日”厨房を任せていらっしゃるから、ですよね?」

 

提督「・・・成程、神通の言は聞くべき価値を含むようだ。もう少し具体的に聞こう――――。」

 

 

 

1月15日10時23分 食堂棟1F・食堂

 

 

鳳翔「私が、航空戦教練を、ですか?」

 

その打診を受けた時、鳳翔は意外そうな顔をした。

 

提督「そうです、鳳翔さんなら内海で沢山の新人搭乗員育成を行ってきた。適任だと、思うのだが・・・。」

 

鳳翔「ですが、私厨房のお仕事がありますし・・・」

 

まぁ当然の切り返しであっただろう。しかし直人はそれを問題としなかった。

 

提督「いえ、その懸念は無効です、鳳翔さん。」

 

鳳翔「はい・・・?」

 

提督「無効というのはつまり、厨房の担当を艦娘の持ち回り制にしようと思っているんです。」

 

これは神通の提案であった。そしてこれは十分に実現性を含むものだった。

 

満潮の例にみられる様に、艦娘達にも料理の出来る者がいる事が、その証明である。

 

鳳翔「持ち回り制、ですか。」

 

提督「えぇ、鳳翔さんに毎日多大なご苦労をお掛けした事には常々悪いと思っていたんです。でも、艦娘達にも料理が出来る子達はいますし、それをこの際利して、鳳翔さんのご負担を、少しでも減らそうと言う訳です。」

 

鳳翔「そう言う事でしたか・・・。」

 

鳳翔が思案顔になる。

 

提督「鳳翔さんにはその担当の艦娘達の監督と、食材の管理を、引き受けて頂ければと思います。これだけでも、かなり楽になると思います。」

 

監督して貰う意味は、諸提督らには既にお分かりの事と思われる為ここでは敢えて述べない。

 

鳳翔「・・・分かりました。そう言う事でしたら、お引き受けしましょう。」

 

提督「良かった・・・ありがとうございます。」

 

ホッとした直人に鳳翔は言う。

 

鳳翔「多分私がご指導して差し上げないと、万人が納得しないでしょう?」

 

提督「・・・!」

 

お艦の慧眼に改めて敬意を払う直人であった。

 

 

 

その後直人は再び訓練の視察に戻ったのだが、この日直人の目の前で驚くべきことが起こった。

 

それは司令部防備艦隊の砲撃訓練中に起きた。

 

 

 

11時26分

 

 

ドォォンドォォン・・・

 

 

皐月(司令官が見てる・・・頑張らなくちゃ!)グッ

 

神通「次、皐月さん!」

 

皐月「はい! 行きます!」

 

射撃標的は横並びに5つ、これを標的の列と平行に航走し、砲撃を行うと言う方式で行う。

 

提督(さて、どうかな・・・?)

 

 

ドォォンズドオォォンズドオォォンズドォォンズドォォンズドォォン・・・

 

 

提督「―――――!?」

 

皐月「えっ・・・」

 

皐月の放った砲撃は命中率100%、しかも全て爆砕すると言う芸当をやってのけたのだ。

 

神通「よく出来ました。」

 

皐月「や、やったぁ!!」

 

提督「―――やるねぇ・・・。」

 

因みに大淀はこの時もう無線室に戻っている。

 

なおこの男、曲芸射撃なら命中率は9割台に乗せている。が、艤装での砲撃は艤装の照準モジュールに頼っている節が強い。

 

提督「―――ほんとに、大したもんだな・・・。」

 

そう呟く直人の心境は少々複雑でもあったが。

 

 

 

12時27分 食堂棟2F・食堂

 

 

皐月「あっ、司令官!」

 

提督「お? おぉ、皐月か。」

 

皐月に呼び止められ振り向く直人、その表情はいつも通り少し笑っている。

 

皐月「司令官、ボク今日の訓練で、砲撃用の的に全弾命中させたんだ! 見ててくれたかい?」

 

提督「あぁ、見てたとも・・・上達したな、皐月。」ポンポン

 

皐月の頭を軽く叩く直人。

 

皐月「へへっ。これ位出来なきゃ、ここを守り切れないからね! まだまだ、頑張るよ。」

 

提督「・・・そうか、そうだな・・・。」

 

皐月を戦場に送り出したくない直人の想いに反して、皐月は皆の帰る場所を“護る為”にその才覚を目覚めさせていく。

 

彼の想いは、至極複雑であった。

 

提督(全く、どうしたものか・・・。)ポリポリ

 

そう心の中で苦笑する直人であった。

 

 

 

1月17日9時05分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「提督、第一水上打撃群より入電です。」

 

提督「聞こう。」

 

大淀「“午前8時58分、我ミンダナオ島北東海面に進出せり、セレベス海突入予定は、一一二八時”、とのことです。」

 

直人が今回留守番の理由、それは鈴谷が建造中であるからであった。これが完成しない事には、直人も出撃するつもりが無かったので留守番を買って出ていたのだ。

 

提督「・・・そうか。いよいよだな。」

 

大淀「はい、吉報を待ちましょう。」

 

提督「・・・。」ポリポリ

 

頭を掻く直人。直人にとってこの選択は間違いではないにせよ、彼自身に相当な忍耐を強要する事になった感は否めない。

 

彼は元々前線指揮官に向いた気質であり、後方からあーしろこーしろと命じる事には向かないタイプの指揮官である。である為今回の作戦に関する限りは、金剛にその全権が委ねられていた。

 

 

~ミンダナオ北東沖~

 

金剛(提督のお手を煩わせることは無いデース。油断せず、戦況を見極める、いつもと同じデス・・・。)

 

鈴谷「金剛さん! 索敵飛ばす?」

 

金剛「飛ばしまショー! 各艦1~2機の水偵を射出して下サーイ!」

 

扶桑「は、はい!」

 

榛名「索敵範囲はどうしましょう?」

 

金剛「・・・デハ、20度間隔、2段索敵デス。」

 

榛名「はい!」

 

直人が後方で心配からくるイライラに苛まれていた頃、出撃した艦隊は手際よく索敵機を発艦させていた。

 

蒼龍「母艦航空隊はどうしますか?」

 

金剛「・・・出撃態勢で待機デース。」

 

蒼龍「はい。」

 

金剛「敵を発見次第、航空攻撃で一撃を加えマス、なのですぐに出られるようにしておいて下サーイ。」

 

赤城「分かりました。」

 

金剛は素早く指示を飛ばしていく。

 

金剛(提督、見ていて下さいネー。)

 

 

 

提督(金剛の手腕、見せて貰おうか。)

 

直人は実戦を通して、艦娘の指揮手腕を見せて貰うつもりでいた。今回たまたま金剛の番だっただけの事である。

 

 

コンコン、ガチャッ

 

 

陽炎「司令!」

 

提督「・・・入って良いとは・・・まぁいいか。」

 

頭を抱える直人だったが。

 

陽炎「いいじゃない細かい事は。哨戒十班、出動します!」

 

提督「うむ、気を付けてな。」

 

直人はそう言って、陽炎を送り出す。

 

大淀「最近皆さんはっちゃけてきましたね・・・。」

 

提督「オマエモナー」

 

そういう大淀がそんなことをいう方が一番はっちゃけていると思うのは彼だけだろうか。

 

提督「しっかしまぁ・・・」

 

直人が背もたれにもたれかかり、頭の後ろで腕を組みつついう。

 

大淀「?」

 

提督「秘書艦いない執務って、結構大変だ。」

 

大淀「・・・はぁ。」

 

結局のろけが出る直人であった。

 

 

 

それで呼ばれるのが・・・

 

 

 

朝潮「お呼びでしょうか。」ザッ

 

並外れた事務処理能力を持つ駆逐艦、朝潮であった。

 

大淀(まぁ、らしいといえば・・・)

 

提督「うむ、さっそく本題だが、金剛不在の間、秘書艦代行をして貰いたい。」

 

朝潮「私が、ですか・・・?」

 

提督「そうだ、頼めるか?」

 

朝潮は少しだけ躊躇った後言った。

 

朝潮「はい! 謹んで御受けします。」

 

提督「ありがとう、助かるよ。」

 

艦娘にとってこの申し出は、本来願っても無い栄誉である。それだけ提督の信任を得たと言う事を指し示すからであるから、尚更であろう。

 

世の中にそれを理解しない提督が多過ぎる事もまた事実ではあったが、少なくともことこの艦隊内に於いては、その価値は何物にも勝る栄誉であり続けていた。

 

 

 

戦闘が開始されたのは11時35分、7分前の28分にダバオ南方から西向き(反時計回り)に突入した艦隊より、索敵機からの報告に基づいて先行した一水戦の川内と麾下の第六駆逐隊によってその第一撃が放たれる。

 

それを本隊が知ればすぐ後方に控える金剛ら高速打撃戦隊が急行して迅速な展開を行い痛打を加える。体勢を崩したところで、先行して予め展開した水雷戦隊の駆逐艦部隊が左右から魚雷と共に突進しこれを混乱させる。

 

そして満を持して第二戦隊の戦艦部隊が突入し、その火力を以って敵を圧し、先立って攻撃を加えた高速打撃戦隊が後退する敵を追撃してこれを潰走に変える。これが直人の考えた、「水上打撃群」という編成体系理論の全貌である。

 

本来これには、初動として艦隊接敵前の航空攻撃が付くのだが、今回の相手は哨戒中と見られる水雷戦隊だった為、航空攻撃を出す事はしなかったのだ。

 

 

 

11時59分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「そうか、最初の戦闘は快勝か。」

 

大淀「その様です、被害は殆ど無いとのことです。」

 

直人はその報告に会心の笑みを浮かべる。

 

提督「それは何よりだ―――俺の理論が、立証されたか。」

 

大淀「いえ、航空攻撃を行わなかったようですのでそこまでは。」

 

提督「む、そうなのか。」

 

少々残念そうにしていたが落胆はしていなかった。

 

提督「ではもう暫く待つ事にしよう。恐らく5時間以内に決着が付くはずだ、俺の理論が正しければ、な。」

 

大淀「はい。」

 

提督「いよいよ始まったか・・・奮戦に期待しよう。」

 

直人は自分が戦いたい欲を抑えながら、昼食を取りに席を立ったのだった。

 

 

 

12時18分 セレベス島ケンダリー沖

 

 

ル級elite「ホウ? マカッサル海峡*1カラ機動部隊ガ突入スル、ト?」

 

チ級「ハイ、ソノヨウデ。」

 

ル級elite「ヨシ、デハソノ動キニ合セテ少ズツ動クトスルカ。」

 

チ級「ハッ。」

 

 

 

ここでセレベス島に付いて少し触れておこう。

 

セレベス島(現:スラウェシ島)は、インドネシアの領土の一角を為す島で、ヒマラヤ造山帯と環太平洋造山帯がぶつかる地点という地政学上、特徴的なK字型の島である。日本の様に山が多く平地が少ないのだが、太平洋戦争前にはオランダ領東インドの一部となっていた。

 

戦争が始まると蘭印作戦序幕であるセレベス北部・メナドへの海軍陸戦隊による上陸/空挺降下を発端として陸戦が各地で発生、全島が制圧され、蘭印方面制海権確保の一翼を担う重要拠点となった。戦争が終わるとインドネシアの独立に伴って、インドネシア共和国の一部となった。近年までイスラム系過激派組織によって政情不安となっていた事でも知られる。

 

今回セレベス海に来たのは別段この島の深海棲艦勢力圏からの解放が目的ではない、その敵の制海権安定にドデカい楔を打ち込む事こそが、その主目的である。その為にこそ、敵基幹艦隊に打撃を与える必要があるのだ。

 

金剛(まずは捜索デスネ、昨日の偵察ではセレベス海一帯の敵情しか掴めてないデース。)

 

鈴谷「偵察機、一度戻す?」

 

金剛「ン・・・そうデスネ、戻しマショー。」

 

鈴谷「OK!」

 

因みにこの時第一水上打撃群は南南西に進路を取っている。マカッサル海峡の入り口東端を目指す形になる。

 

理屈は簡単、タウイタウイ泊地に接近し過ぎないようにする為である。それともう一つ、くまなく探していては時間が無い事が挙げられる。

 

そもそも今回は基幹艦隊撃破が目的で、取り巻きの雑魚に構っていられない、というのが本当の所であった。

 

因みにこの時直人はというと、後方で戦力の増強策を取っていた。

 

 

 

12時21分 食堂棟1F・食堂

 

 

大淀「母艦搭載機の機種転換・・・ですか?」

 

提督「んむ・・・むぐむぐ、ゴクッ・・・」

 

直人は大淀と会食していたのだが、その時話題としてそれを切り出したのは、直人がふと思い至ったからであった。

 

提督「手始めに六航戦から始めていこうと思う。全機種1段階進める。あと飛鷹と祥鳳はもう改装できる筈だ。」

 

六航戦旗艦飛鷹や祥鳳も、既に数度の実戦を経験し、その都度に戦果を挙げているし、明石からも打診はあった為、これを期にまとめて改装する事を考えついたのだ。

 

大淀「そうですね・・・それについては分かりましたが、隼鷹さんはどうしますか?」

 

提督「隼鷹は着任して日も浅い、今回は、搭乗員の習熟を理由に見送るとしよう。機種転換をするにも、一種の勘がある程度培われていなければ、乗りこなす事は容易ではない。マニュアルの相違もそうだが、それぞれの機体によって運動特性も性能も異なるのだからな。」

 

大淀が食しながら頷く。

 

提督「一航戦は戻り次第準備、それが完了したら、一航戦の機種転換の完了を待ってすぐに。その他も一戦隊ごとに順次行う。」

 

大淀「では慣熟訓練は如何しますか?」

 

提督「そうだな、1週間あればいいだろう。」

 

大淀「分かりました、その方向で取り計らいます。」

 

提督「頼むぞ、そろそろ敵も本腰を上げてアジア方面に戦力を集中し始める筈だ。これまでの様に、旧式機材でも一定の戦果を挙げられると言った事は少なくなるだろうしな。」

 

 これまで主に小型空母隊は、九六式艦戦が制空隊の主体であった。零戦に勝るとも劣らない機動力を持っていたが、この機体が装備する機銃の口径は僅かに7.7mmであり非常に貧弱であるばかりか門数も機首固定の2門しかない。その上母艦搭載機としては航続力にも欠ける。

これに比べれば大型空母や鳳翔搭載の零戦二一/二二型は非常に優秀で、20mm2門と7.7mm2門の武装と軽快な運動性能、1000kmを超える作戦行動半径など素晴らしいの一語に尽きる。半面防御がごく貧弱ではあるが、搭乗員が優秀であれば問題にならない。

航空戦力の強化は、今後の海戦を勝ち抜く上で必要欠くべからざる重大な要素であることは、戦闘機の性能差からも目に見えて明らかであろう。

 

大淀「勿論承知しています。これに関しては、万全を期します。」

 

提督「手間をかけるな。」

 

大淀「これが仕事ですから。」

 

実際大淀と金剛は、二人で分担して艦隊内の事務関係を一手に担っているのである。その内の金剛が艦隊運用全般、大淀は後方で戦略物資の管理、情報の伝達など後方事務の一切を担う。

 

一方の直人は艦隊の頭脳の中枢として鎮座して艦隊の運用方針や戦術的指揮、戦略方針策定などを行う。

 

ここで重要なのは直人はあくまで頭脳の『中枢』であるに過ぎない点である。

 

提督「俺達の戦いは、始まったばかりなんだ。恐らくこれまでの道のりは、ほんの序幕に過ぎないだろう。それだけ、苛烈な戦いが幕を開けるって訳さ。」

 

大淀「・・・提督。」

 

提督「なんだ?」

 

大淀の声の調子が変わる、深刻な、憂いを含ませた声で大淀は言う。

 

大淀「我々は、勝てるのでしょうか・・・?」

 

提督「・・・。」

 

これは、誰にも答えの出せない命題である。

 

深海との戦いは早くも長期化の構えを見せていた。これは深海棲艦が、怒り任せに突っ込んでくるような知恵の無い存在ではない事を如実に示していた。

 

今地球の海洋で起きようとしているのは、深海棲艦と人類の、大洋を二分する戦乱の、ほんの幕開けに過ぎなかったかもしれない。

 

提督「我々は、恐らく“負けはしない”。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「だが同時に、勝利と呼べるものを得られるかどうか、という確証も、これもまた“ない”。」

 

大淀「・・・成程・・・。」

 

 『負けはしないが勝ちもしないだろう』と言うのが、この時からずっと続く直人の本音であった。勝利とは、ただ屈服させたと言う事ではなく、『どの様な過程を通って勝ち得たか。』と言う部分に尽きる。

例えば日露戦争の例にある様に、確かに日本は海上に於いては日本海海戦のほぼ無血の完全勝利、陸では奉天会戦の勝利によって講和会議が開かれたとはいえ、この時に至ってもロシアの軍備は未だ膨大であった。こと極東陸軍はその主力が北方へ退避したとはいえ、反撃の構えは十全に出来る状態にあった。だがロマノフ王朝はバルチック艦隊の壊滅に、それ以上の大打撃を受ける事を恐れて戦意を喪失していたので、講和のテーブルに付く事を承知したのである。

一方の日本陸軍は攻勢の限界点に達しており、兵員武器弾薬の損耗も著しく、貧弱な兵站で何とか食い繋ぐと言う有様であったから、講和のテーブルに付く他は無かったのである。これが勝ちと言えようか。

 一般的に日露戦争は日本の「勝利」とされるが、筆者は誤りだと思う。精々両者グロッキーによる引き分けがいい所だろう。事実ロシアは戦争の余力はあったが日本の国力は既に払底し、講和条件に於いても日本側の賠償請求は遂に認められなかったのである。

 

提督「我々は既に十分過ぎる程、艦艇と兵員を失い、艦娘達を多く沈め過ぎた。血は既に、流れ過ぎている。この上で戦争を継続したって、誰も勝ちとは認めないだろうし、勝ちまで持って行く余力は、今のところはない。」

 

大淀「そうですわね・・・敵の総兵力さえも判然としない中で、そんな余力が我々にあるとは思えません。」

 

提督「そうだ。だからこそ我々は力を増強しなくてはならん。際限なく、何処までもな。」

 

大淀「はい。」

 

 

 

午前13時13分 セレベス海南部

 

 

金剛(なんてことを、今頃考えてるデショウネ。)

 

流石金剛、お見通しである。

 

この時金剛らは、セレベス島北西部の小都市、トリトリのほぼ真南の方角にいた。

 

加賀「敵機来襲! 迎撃出します!」

 

金剛「お願いしマース!」

 

加賀の通報に金剛が素早く対応する。

 

蒼龍「さぁて、迎撃しますか!」

 

蒼龍がいの一番に矢を番えて放つ。

 

一航戦も次いで艦載機を放ち始める。

 

金剛「迎撃機発進次第針路九〇、両舷全速でここを離れマス!」

 

榛名「えっ!?」

 

赤城「収容はどうするんですか?」

 

金剛「ゴロンタロ北方沖で拾いマショー。」

 

この言で納得した赤城。

 

赤城「分かりました。」

 

そして得心の行った艦娘もいた。

 

摩耶「・・・成程、そう言う事か。」

 

羽黒「ど、どういう事でしょう?」

 

羽黒は摩耶に問い返した。

 

摩耶「奴さんの艦載機は足が短い、しかも戦爆連合だから足も遅い。それを利用して迎撃機で足止めをし、その間に逃げるのさ。」

 

金剛「ザッツライト! 逃げますヨー!」

 

その言に川内が苦笑して応じる。

 

川内「は、はははは。分かったよ、でも締まらないねぇ。」

 

金剛「フフッ、私も同感デース。でもこれが最善手デス。」

 

苦笑いを浮かべてそう言う金剛だった。

 

 

 

金剛の目論見は図に当たっており、艦隊は一撃も受けぬまま離脱に成功していた。

 

川内「航空反撃はしなくていいの?」

 

ふと思った川内がそう言うと、金剛は少し思案顔になった後言った。

 

金剛「蒼龍サン!」

 

蒼龍「・・・あ、はいっ!」

 

少し遅れて蒼龍が応じる。

 

金剛「敵機の来襲した方角は分かりますカー?」

 

蒼龍「えぇ、方位221度方向から直線ルート、マカッサル海峡方面からと思われます!」

 

金剛「デハ、攻撃隊を。」

 

赤城「え、なぜここで?」

 

得心の行かない赤城に金剛が言う。

 

金剛「赤城サン、敵機の機種は何でしたカ?」

 

赤城「えっ・・・確か――――」

 

言葉に詰まった赤城に代わって加賀が代弁する。

 

加賀「確か、艦上機。来た方角にはジャワ付近まで陸地は皆無よ。ボルネオ島の敵は全て掃討された事が確認されてるわ、セレベスからなら直進した方が確実で早い。」

 

ここから導かれる結論は一つ。

 

蒼龍「・・・敵の機動部隊。」

 

金剛「―――――。」コクリ

 

金剛は頷く。

 

金剛「迎撃の進捗は?」

 

赤城「既に殆どが失敗を悟って離脱して行きます。」

 

金剛「デハ攻撃隊を。今すぐ、予備の戦闘機も全て出して下さい。」

 

蒼龍「!!」

 

普通迎撃用の戦闘機は全力で編成する事はしない。それをすると、再三の攻撃となった場合対処出来ないからであり、また攻撃隊を出す際に護衛が付けられないからだ。尚且つ多少の消耗にも対応出来るよう、空母には必ず常用機の他に補用機と言う枠で予備の機体は装備している。

 

艦娘もこれに倣っている。その数は、装備スロットごとに、多くても1割半。

 

しかし今出せば、敵本隊を発見した場合に於いて航空攻撃が迅速に出来ないばかりか、戦闘機の余力をかなり削ぐ事にも繋がりかねなかった。しかも予備まで出すとあればそれは、空いた傷口を塞ぐ術を失うと言う事でもあった。

 

金剛「そうでないと、数が。」

 

流暢な口調に豹変する金剛の口調は、毅然たるものだった。

 

蒼龍「・・・了解。全力発艦させます。」

 

金剛「お願いしマス、艦爆艦攻の予備機は残して、OK?」

 

蒼龍「承知しています♪」

 

微笑んでそう言う蒼龍、金剛も失敗の無い様念を入れているのが分かればこそ、蒼龍もそのように、気楽に振舞えるのだった。

 

敷波「敵襲! 左舷前方43度40分、距離9000!」

 

金剛「編成は!?」

 

綾波「えっと・・・」

 

綾波が敵影に目を凝らすがそれよりも早く、夕立が報告した。

 

夕立「重巡級3、軽巡級11、駆逐艦80以上!」

 

木曽「多いなぁ・・・。」

 

そう呟く木曽。

 

大井「その為に、私がいるのよ。」

 

木曽「大井・・・。」

 

重雷装巡洋艦は片舷20門の発射管を持っている。

 

雷巡には固有能力が備わっているのだが、それは「魚雷発射管5つから魚雷を“2連射”出来る」と言うものだった。

 

これは両舷合わせ40門の魚雷発射管を再現したものであるようだったが、普通魚雷は霊力によって具現化し構成されるのが当たり前であり、その発射後の弾頭再構築(所謂再装填)には時間がかかるのだ。

 

しかし雷巡はそのタイムラグを限定的ながら克服した唯一の艦種とも言える訳だ。無論2連射すると通常より再装填に時間が余計にかかるのだが。

 

大井「やっと出番ね?」

 

大井は金剛に言う。

 

金剛「露払い、お願いするデース。」

 

金剛はそれに応えた。

 

大井「よーし! 酸素魚雷、20発2連射! やっちゃって!!」

 

シャシャシャシャッとこ気味良い音を立て魚雷が次々と海中に放り込まれていく。射角差は遠距離である為1射目は4度間隔、2射目は8度間隔で放ち、更に魚雷装備の全艦がこれに倣って酸素魚雷を放つ。

 

重巡羽黒・摩耶8門、鈴谷・筑摩6門、川内4門、更に特型(9射線)11隻・白露型(8射線)3隻・初春型(6射線)3隻を加え、大井の40射線を含むと合計で217射線もの膨大な多角度扇状雷撃が行われた。

 

 

ズドオオォォォーーー・・・ン

 

 

敷波「うっ!?」バッ

 

敷波に至近弾が降り注ぐ。

 

磯波「敷波さん!?」

 

敷波「大丈夫・・・!」

 

川内「十九駆を先頭に、全艦突入!」

 

鈴谷「援護! いっくよー!」

 

金剛「ファイアー!!」

 

態勢を整えた高速打撃群が、イの字で敵の頭を抑える形を保ちながら砲撃を繰り出す。

 

敷波「敷波、突撃します!!」

 

綾波「綾波、突撃します!」

 

夕立「夕立、突撃するっぽい!」

 

響「第六駆逐隊、突撃態勢。」

 

雷・電「OK!」

 

川内「一水戦、突入!!」

 

漣「ktkr!」

 

潮「っ、はい! 突撃します!」

 

初春「フッ・・・見事じゃのう。」

 

初春が金剛の采配に感嘆している所、若葉が割り込んできた。

 

若葉「初春! 行こう!」

 

初春「分かっておるわ、急かすでない。」

 

子日「いっくよ~! 子日、突撃の日~!」

 

軽いノリで子日が突撃していく。

 

初春「元気な奴じゃのう。ホホホ・・・。」

 

木曽「初春、何時までも居残りを決め込もうとするな、行くぞ。」

 

初春「そうじゃな・・・征くぞ、突撃じゃ!」

 

木曽「フッ・・・オウ!!」

 

殿を初春と木曽が固める形で水雷戦隊は突撃を開始した。

 

因みに先程の雷撃に木曽だけは参加していない。これは、彼女の魚雷発射管の口径が533mm(酸素魚雷である93式は610mm)である事による。

 

空母部隊は発艦作業と退避を並行する形でセレベス島の沿岸に移動していた。

 

最早何ら憂いの無くなった態勢下で、敵の周囲に水柱が幾重にも屹立した。

 

金剛「・・・突撃でトドメ、ネー。」

 

榛名「はい。」

 

先制雷撃によって敵戦力の過半以上は沈んでいた。世界最高の性能を誇る93式魚雷3型(炸薬量780㎏)を48ノットもの高速で、しかも34ノットで迫る敵快速部隊に対し対向速度82ノット(約151.9km)で叩きつけられては、到底かなわない。

 

しかも逃げ場を予め封じられていたのでは逃げようが無かった。最早残るは、艦隊とは呼べず、散り散りになって敗走する敵だけであった。

 

金剛「砲撃中止デース。」

 

鈴谷「ふえっ? いいの?」

 

金剛「無駄撃ちは避けマショー。」

 

接敵僅か4分で敵を撃滅し、残敵掃討段階に入った事を確認した金剛は、司令部にその旨打電すると同時に、進撃を続けた。一方で母艦航空隊は既に編隊形勢を終えて敵に向かって飛び去っていた。

 

 

 

13時52分 サイパン島司令部

 

 

~中央棟2F・提督執務室~

 

この頃になると、マカッサル海峡方面への索敵攻撃(※)の結果に関する情報も含め、続々と司令部に情報が送られてきていた。

 

※索敵攻撃

敵がおおよそいるであろうと思われる方位にフル装備の航空隊を発進させ、発見出来れば、即座に攻撃に移る戦法。

爆弾や魚雷を抱いて索敵をも同時に行う為索敵できる範囲も狭く、また憶測に基づいた攻撃である為必ずしも成功すると決まっている訳ではない為、不確定要素が大きい攻撃法である。索敵が重要視される航空戦に於いては言わば外道とも言える戦術である。

 

提督「そうか、索敵攻撃を成功させたか。中々金剛も慧眼と言えるだろうな。」

 

大淀「しかしこの機動部隊の情報は、昨日の偵察ではなにも・・・。」

 

提督「恐らくスラバヤにいる深海極東艦隊に付随していた奴が、マカッサル海峡から来たのだろう。」

 

大淀「成程・・・。」

 

大淀は納得したように頷いた。

 

提督「戦果として、ヲ級のほぼ全てを撃滅、残りも致命的一撃を負わせて敗走させている。これだけのものはスラバヤの方に所在が確認されていた奴ら位なものだろう。」

 

南西方面に所在する敵機動部隊はこれまでの偵察を集計すると複数あったが、何れも軽空母クラスが関の山で、正規空母クラスを持つのはスラバヤにいた艦隊くらいであったのだ。

 

大淀「まず是とすべきでしょうか?」

 

提督「うん。艦隊は間も無く、北スラウェシ州北端に辿り着くようだ。マナド北西で偵察も放ったようだ。主力が見つかるとよいが・・・。」

 

 

 

14時ちょうど、その報は呆気無くもたらされた。

 

その報を齎した筑摩索敵機4号機に曰く、「マナド南東100km弱の地点に、敵主力艦隊発見。敵空母の存在認められず、戦艦が主体の模様。」

 

 

 

14時02分 マナド北北東・セレベス北端沖

 

 

金剛「デハ・・・行きマショー。」

 

榛名「はい。」

 

摩耶「おう。」

 

羽黒「は、はい・・・!」

 

鈴谷「先陣は、鈴谷にお任せ~♪」

 

ウインクして言う鈴谷。

 

金剛「では、お言葉に甘えマス。気を付けて下さいネー?」

 

鈴谷「もっちろん!」

 

赤城「私も砲戦に――――――」

 

一同「貴方は下がってて!!」

 

総ツッコミを入れられる赤城である。

 

赤城「は、はい・・・。」

 

加賀「・・・はぁ。」

 

流石にため息をつく加賀であった。

 

川内「各駆逐隊、装備の最終チェックは念入りにね、ここが正念場よ!」

 

響・村雨・漣・綾波・白雪・初春

「了解!」

 

今回引き連れてきた6個駆逐隊それぞれの旗艦が応じる。

 

川内(雷撃は後出来て2回、木曽は3回だったわね。大井さんは・・・)

 

大井「魚雷があと半斉射分・・・」

 

川内(・・・。)呆

 

呆れて思考停止した川内である。

 

川内(重雷装艦があと2隻、いや1隻欲しい。)

 

金剛「oh・・・撃ち過ぎですヨ?」

 

大井「そうですか?」

 

金剛「ハァ~・・・。」

 

本人がこれでは最早何を言わんやである。

 

金剛「蒼龍サン!」

 

蒼龍「はい、攻撃隊、いつでも行けます。」

 

赤城「私達はもう少しかかります・・・。」

 

この差は如実に表れる為、金剛は決断した。

 

金剛「蒼龍攻撃隊、発艦して下サーイ。」

 

赤城「!」

 

金剛「蒼龍航空隊と水爆隊で先制、その後で一航戦航空隊で畳みかけマス。いいですね?」

 

赤城「―――はい、分かりました。」

 

加賀「確かに、合理的だわ。航空戦の原則にも即している。」

 

空母よりも航空戦に精通した戦艦とは如何に。

 

扶桑「航空隊、出撃!」

 

山城「全機出撃!」

 

蒼龍「発艦始め!」

 

 

 

こうして、蒼龍から57機、扶桑と山城から23機の瑞雲12型が発進、編隊を組み攻撃に向かった。

 

 

金剛「十九駆と二十一駆は空母と共に北方へ退避して下サーイ!」

 

初春「護衛か・・・承った。」

 

若葉「む・・・。」

 

綾波「分かりました。」

 

赤城「では私達も、準備出来次第航空隊を。」

 

金剛「OK、グッドラックネー。」

 

金剛は、その指揮下から空母部隊を護衛を付けて分離した。

 

これによって、金剛達はその戦闘態勢を整えたことになる。

 

榛名「では、いきましょう。」

 

金剛「そうネ。突撃シマショー。でも榛名の言う通り焦る事は無いデース。堂々と行きマショー。」

 

 

 

この金剛の言葉は、戦術的には敵に逃げる余裕を与える事に繋がりかねない重要な発言だったのだが、金剛は一切気にしていない。

 

なぜなら、敵主力に逃げ出す意思があれば当の昔に雲隠れしている事はこれまでの所要時間からすれば自明の理であり、その手を選ばず逆に布陣したと言う事ならば決戦の意志の表れと取るのが、自然かつ理に適っている。

 

 

 

こうして14時19分、第一水上打撃群は紡錘陣形を組み焦らず堂々と、かつ整然と進撃を開始した。

 

先頭に鈴谷、その後ろ左右に羽黒と摩耶、その二人を挟んで鈴谷の真後ろに金剛、次いで榛名扶桑山城川内と並び、摩耶の後ろ、右列先頭に大井、その後ろに六駆と七駆、左列先頭は木曽で、二駆と十一駆がその後ろに付く。

 

最後尾は筑摩が固め、これらの序列は丁度ラグビーボールを横に寝かせ上から見たような形を取る。密集隊形で火力を集中する突撃陣形である。

 

 

 

14時27分 サイパン司令部中央棟1F・無線室

 

 

提督「まもなく接敵ってとこかな。」

 

大淀「ですね。」

 

 直人の元に「これより突入する」との旨がセレベス海からモルッカ海へ突入せんとする金剛から届いたのは、14時25分の事だった。そこから暗号解読等に2分ほどかかったが。

今では相当タイムラグが無くなりこそしたが、無線通信にはラグが少なからず存在する。しかも現在の様に全空にジャミングがかかっているようでは尚更だ。艦娘艦隊では各基地間の主要地点に電波中継塔を設けて命令を伝達できるようにしていた。

実は隣のテニアン島にも中継塔はある。横須賀からパラオへと送る場合、利島・青ヶ島・中ノ島・硫黄島・北マリアナ諸島ファラリョン・デ・パハロス島・テニアン・・・といった具合で、細かくリレーして命令を伝達するのだ。

 こうした事情もあり伝達速度はどうしても遅くなることが常であった。

 

提督「全く、ジャミングさえなければな・・・。」

 

大淀「全くです。」

 

このネットワークから米国は外れている為、その動静は今日不明のままである。

 

大淀「それにしても、本当に早いですね・・・。」

 

提督「勿論だ、“水上打撃群”、正しくは『水上打撃任務群』と呼ばれる編成形態の本質は『電撃的速戦即決』にある。数隻の空母とそれに追随できる高速戦艦を軸に、重巡、重雷装艦、水雷戦隊で固める。快速性を持った小規模高速機動部隊のことなのだ。」

 

大淀「ですが、なぜ決戦部隊そのものの中に空母を組むのですか?」

 

提督「いい質問だな。この編成形態が他のそれと一線を画する点は、空母機動部隊の形態とはまるきり逆だという一点に尽きる。」

 

・・・つまりどういうことだ!?

という人の為に軽く説明してみよう。

 

 アメリカ空母機動部隊は、正規空母3~5隻に軽空母1~3隻を編成、そこに高速戦艦を0~2隻、更に重巡等の補助艦艇が周囲を取り囲む形態を取る。日本の南雲機動部隊(第一機動艦隊)や第三艦隊(小沢艦隊)も同様のものだ。

だがこの水上打撃群は、空母ではなく戦艦が主力であり、空母はあくまでも「艦隊決戦支援並びに援護」の任務を帯同することになる。要は艦隊決戦を行う部隊だからこそ重雷装艦が編成されているのだ。

では空母を編成する理由と『電撃的速戦即決』という水上打撃群の本質――――この2点を説明する事が出来る理屈が、存在する。

 

それは――――『空母による短期波状攻撃』である。

 

 普通空母艦載機は戦場へ飛来する際、大抵決戦場の数百カイリ後方に下げる為、発艦してから敵艦隊への到達までに時間がかかってしまう。しかもその間に敵戦闘機との交戦などをやっていて余計に遅くなってしまうこともある。

しかしこの問題を解決する方策はいくつか存在する。その一つが『短期波状攻撃』とも呼べる概念である。

この概念ではまず空母は攻撃隊を発艦させると共に、完了次第全速で『敵のいる方向に向けて』突っ走る。こうすることで復路が短くなり、着艦と補給の時間を考慮しても普通より早く送り出せる上に、第2波発艦時は敵との距離が相対的に縮まる為、より早く敵艦隊上空へ到達出来る。反復する事で波状攻撃の間隔を縮められるのだ。

直人が編み出したのはこれを一歩別方向へと進め、「決戦海面付近において敵へ反復攻撃を仕掛けうる戦術的艦隊編成」としての「水上打撃群」である。機動部隊と戦艦部隊の特性を融合し、敵に接近しながら空母が艦載機を放って敵を漸減し、戦艦の砲戦開始後も間断無く艦載機を発艦させて敵撃破を支援する。

こうすることによって決戦前に空母を分離する手間とリスクを省き、かつ短時間で最大限の打撃を敵に与えうる、というのが直人の考えである。無論空母を帯同したまま砲撃戦をやる為空母が砲火に晒されるリスクはある。だがそのリスクを踏まえた訓練はさせていたこともあり、彼をして、何の躊躇もなくこの戦術を採る事を可能としていたのだった。

 

大淀「成程・・・危険ではありますが合理的でもある訳ですね。」

 

提督「そゆこと。空母を主力から分離すると潜水艦に襲われて一網打尽! なーんてこともあり得るからね。」

 

大淀「た、確かに・・・。」

 

提督「しかも波状攻撃自体も、少数兵力による戦闘行動を容易たらしめる為の概念だ。大規模出兵をせずともよくなる、ということでもあるな。」

 

なら何故にこれまでさんざん大戦力を投入したんだ。と大淀が聞くと直人はこう返した。

 

提督「着任して日も浅く訓練も十全とは言えない連中にいきなりやらせたって、この編成形態は意を為さん。大事なのはまず個人の技量、次いでこの編成の意味と用法を理解し、そして創造することだ。」

 

大淀「創造、ですか・・・?」

 

提督「そう、この編成形態はぽっと出の新米に過ぎん。この編成形態に何が出来て何が不可能か、どこまでも突き詰めていけば、新たな姿が見いだせるやもしれん、そういうことさ。」

 

大淀「・・・仰る通りですね。」

 どんなものにも、見つかった時は分からないこと、証明出来ないことが多々ある。ダイオウイカ然り、ヴェーゲナーの提唱した大陸移動説もまた然り。

しかし後々になってデータが集まると、様々なことが判明したり、類推できるようになったりする。人類はそうして日々賢くなってきたし、これからもそうだろう。水上打撃群にしたって、この考え方がどこまで正しいかなど今の時点では誰にも分かりはしない、だが結局そういうものだと、直人は考えていた。実戦データの蓄積によって、彼の正しさが証明出来る様になる日が来ると、直人は信じていたのである。

「さて、柄にもない話はこの辺にしよう。今は対岸の火事を何とかすることが先決だ。最も遠く離れた我々に打てる手はないがね。」

 

「はい。」

お互いに苦笑して言ったのだった。

 

 

 

14時39分

 

 

金剛「ファイアー!!」

 

 

ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

紡錘陣前半分である高速打撃部隊の金剛の斉射と共に戦闘は始まった。

 

誰が紡錘陣を維持して戦うと言った! 榛名から前を分離すると丁度鋒矢陣なのじゃいっとな!

 

と言う訳で、七駆と十一駆、川内・扶桑などを残し前半分が一斉に突進していたのだ。

 

紡錘陣形を取っていた理由は、敵が前進して防御陣形を組んできた場合に備えてであって、そうでなければ本来の戦術に立ち返るまでであった。

 

金剛「大井サン!」

 

大井「了解、牽制するわ! 酸素魚雷20発、やっちゃってよ!」

 

大井が魚雷を扇状に放つ。

 

榛名「航空部隊、攻撃開始です。」

 

金剛「OK。川内にGOサインをお願いネー。」

 

榛名「はい。」

 

 

 

川内「分かった。漣! 白雪!」

 

漣「ほいさっさ!」

 

白雪「了解!」

 

漣と白雪は、それぞれ麾下の駆逐艦を率いて左右に散る。

 

川内「筑摩さん、私は左翼に回るわ。」

 

筑摩「はい、こちらはお任せください。」

 

川内「お願いします。」

 

そう言って川内も漣に続く。

 

扶桑「フフッ、元気ねぇ。」

 

山城「それより扶桑姉様。急ぎませんと戦闘が既に。」

 

扶桑「慌てないで、山城。私達の速力じゃ、金剛さん達には追いつけないわ。」

 

山城「それは・・・。」

 

扶桑「気持ちは分かるけれど、焦らず、ゆっくり。ね?」

 

山城「―――はい。」

 

山城からすれば早く戦いたいのは道理であり、扶桑もそれはよく分かった。しかし24.5ノットと30ノットと言う格差はそう簡単に埋められるものでは無い。あくまで後詰めとして扶桑達が存在する以上は、仕方の無い事だった。

 

そもそもこの時、彼女らは一番戦いたがっている人物の事を一時的ながらも忘れていたのだったが。

 

 

 

金剛「第4斉射、ファイアー!!」

 

 

ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

榛名「撃ちます!!」

 

 

ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

大井「魚雷、2本命中!」

 

敵との距離は魚雷発射時24.000m、36ノットで射出された魚雷は、1.4秒差2段発射で敵艦隊に殺到した。この為、“回避した先に魚雷があった”と言うパターンで被雷したマヌケがいただけの事である。

 

夕立「魚雷発射っぽい!」

 

雷「テーッ!!」

 

砲撃戦の最中に鶴翼の左右を構築した2駆と6駆が魚雷を放つ。

 

羽黒「魚雷、発射します!」

 

鈴谷「いっくよー!」

 

摩耶「発射!!」

 

次いで中央の重巡隊が魚雷を撃つ。

 

鈴谷「突撃ィ!!」

 

羽黒「は、はいっ!」

 

摩耶「オウ!」

 

夕立「第二駆逐隊、突撃!」

 

響「第六駆逐隊、突撃する。」

 

統制された動きから生み出される機動力は、数で勝る敵を翻弄していく。

 

金剛「ワタシ達は、一旦距離を保つネ。」

 

榛名「はい。」

 

15:09時点での金剛と敵先端部との距離、約18.000m。

 

 

 

艦娘艦隊と深海棲艦との戦い――――と言うより人類と深海との戦い――――に於いて、人類側の戦力が海上に関しては、深海のそれを上回った例は皆無に等しい。

 

無論陸上戦闘も何度となく行ったし、その際は人類軍の陸軍部隊と空軍の人員と兵器数にものを言わせて圧倒したとはいっても、実際には質的に五分五分かそれ未満の戦いであったことは否めないし、戦略レベルで見れば失敗であった。

 

これが故に人類は局所的優勢を確保すべく、『戦力の集中投入』によって敵を撃砕してきた。その実行例の極端な例がSN作戦であるとすれば、その長所と短所は自ずから分かるだろう。広範な作戦では使えないのだ。

 

最も問題となったのが艦娘艦隊で、彼らは6隻1グループのタスクフォースを最小単位として戦闘を行う事になる訳だが、数的劣勢は自ずから明らかであり、これを艦娘達個々の戦術によって補っている形である。

 

この為艦隊個艦単位で想定する戦術も様々である。一見多様性に富んでいるように思われるかもしれないが、これには重大な欠陥を抱えているのにお気づきだろうか?

 

『戦闘中の部隊統制が難しい』のだ。

 

ともすれば旗艦の想定外の行動で僚艦を、全体を危険に晒す場合もある為である。

 

この点彼ら横鎮近衛艦隊程、これほど丁寧に統制された艦隊も珍しいのだ。一癖も二癖もあるような艦娘達を戦闘時には組織的に纏め上げ、平時には交流を深めると言った直人のやり方はある種の正解でもあった。

 

そしてその成果は、徐々に発揮されつつあった。

 

 

 

15時17分 モルッカ海戦闘海面

 

 

漣「七駆、展開OK!」

 

白雪「右翼十一駆、いつでもどうぞ。」

 

川内「よーし! 両翼魚雷発射! 七駆は右砲戦用意!」

 

漣「GOサイン(゚∀゚)キタコレ!! やっちゃうのね!」

 

白雪「発射!」

 

潮「砲戦準備・・・!」

 

 

 

時雨「夕立! 突っ込み過ぎちゃダメだよ!」

 

夕立「分かってるっぽい!」

 

時雨が背部から展開した主砲から通常弾頭で砲撃しつつ注意を飛ばす。

 

五月雨「やあぁぁぁっ!!」

 

 

ドォンドォォーン

 

 

電「そこ! なのですっ!」

 

 

ドドオォォーン

 

 

雷「はっ!」

 

 

ドオォォーン

 

 

雷「流石に多い―――っ!」

 

電「っ――――!?」

 

電は直感的に背後から肉薄する敵、ハ級eliteの気配を捉えた。

 

響「電っ!!」

 

響の叫びが飛ぶ。

 

電「まだ――――」ガチャッ

 

電が反転しつつ艤装背部に付けられたアンカーを外す。

 

電「沈めない!!」ブン

 

電がそのアンカー――――それもチェーンで繋がれたそれを投擲する。

 

 

ゴシャァッ

 

 

ハ級elite「ギョワァッ!?」

 

これにはハ級も面食らったらしく一瞬動きが止まる。

 

電「なのですっ!」

 

 

ドオンズドオォォォーーン

 

 

ハ級elite「ギョ・・・ア・・・」

 

か細い断末魔を上げて沈む敵駆逐艦。

 

響「さ、流石電・・・。」

 

雷「そうね・・・。」

 

これには唖然とする二人である。

 

先陣切って突っ込んだ駆逐2隊は既にして乱戦状態に入っていた。そうは言っても高々6隻である上に、味方の砲撃降り注ぐ中で中々豪胆と言わざるを得なかったが、そこは艦隊でも一・二を争う練度を持つ駆逐隊だけに問題はないに等しい。

 

何より金剛もある程度彼女らの勝手は知っていた為、器用な事に乱戦域を若干躱して砲撃を繰り出している。

 

 

 

金剛「我ながら器用な芸当デース。」^^;

 

榛名「私には真似出来ませんね・・・。」

 

流石の芸当に榛名も嘆息した。

 

以前チラリと出てきた金剛の能力「超精密射撃」は、主砲の着弾散布界を天候状態によって前後するが、1/7~1/9に縮小してしまうと言うもの。

 

分かりやすく散布界を1000mと仮定すると、天候が悪くてもおおよそ300mの範囲に砲弾が落下すると言う話になる。当然艦娘の砲はそんな精度な筈がない為、実際には遥かに縮まる事になろうが。

 

金剛「でも、やらないと夕立サン達が困るデショウし・・・。」

 

うーん相変わらずこの中途半端な訛り方ねw

 

榛名「その通りですね。」

 

金剛「サァ、次デース! 第22斉射、ファイアー!」

 

 

ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

あんまり撃ち過ぎると徹甲弾が無くなる為多少は加減しているが、それでも22斉射の砲撃を行っていた金剛であった。

 

榛名「主砲、斉射!」

 

 

ズドオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

だがそろそろ撃ち過ぎである。

 

 

 

15時20分

 

 

~敵主力艦隊~

 

ル級elite「落チツケ! 隊列ヲ維持セヨ!!」

 

チ級elite「ダメデス! 末端ノ混乱ヲ抑エキレマセン!!」

 

ル級elite「ナニ――――!?」(ちっ、混成部隊である事が裏目に出たか!!)

 

出撃前のブリーフィングの時に述べられたとおり、この深海棲艦の一隊は種々雑多な艦隊を寄せ集めて組織した応急的なものだったのだ。それが空襲からの乱戦に加えて雷撃を受けた事で混乱状態に陥っていた。

 

つまり、余りにも作戦展開ペースの速い彼らの行動に付いていけていないのだ。航空部隊でさえ分散波状攻撃ではなく、基本的には一斉攻撃を行っている為、空襲1回に要する時間は非常に少ないのだった。

 

リ級elite「右舷前方カラ砲撃ヲ受ケテイマス! 軽巡1・駆逐艦2、接近中!」

 

ル級elite「迎撃シロ! 防御ラインノ一部ヲ右ヘ持ッテイケ!」

 

この段階で深海艦隊は半月形に陣を敷いて相対していたのだが、この正面が金剛と榛名の方向から川内ら左翼方向に向いた。

 

 

 

金剛「防御ラインをシフトデスカ。川内は成功したネ。」

 

扶桑「金剛さん、只今到着しました。」

 

金剛「OK。扶桑、ここは預けるネー。榛名!」

 

榛名「はい!」

 

山城「砲撃開始!!」

 

扶桑「撃てっ!」

 

 

ズドドドドオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

金剛型比1.5倍の砲力を持つ扶桑型の主砲が、一斉にその火蓋を切った。

 

金剛「チャージ!!」

 

榛名「吶喊!!」

 

同時にそれまで後衛で支援を行っていた金剛らも突撃を開始する。

 

 

 

白雪「突入します、続いて下さい!」

 

深雪「よっしゃー! 腕が鳴るぜ!」

 

初雪「早く帰りたい・・・。」

 

右翼にあって、半月陣の「無防備な腹を見せつけられた」形になった第11駆逐隊も、白雪の合図で突入を開始していた。

 

 

 

鈴谷「おー、成功しちゃったか。」

 

摩耶「川内も中々策士だな。」

 

前衛で砲火を浴び続けていた(と言っても駆逐艦娘達が乱戦に持ち込んだ為ある程度減殺されていたが)重巡部隊は、敵防御ラインシフトに伴う敵の火力分散のおかげで余裕が出来始めていた。

 

羽黒「でも、皆さん大丈夫でしょうか・・・?」

 

正直大丈夫とは言えなかった。

 

 

~2分前~

 

響「くっ・・・!」

 

 

ザバァンザバアァァァーーン

 

 

響はこの時4隻がかりの袋叩きに遭っていた。

 

電「多過ぎなのです!」

 

雷「このままじゃ・・・!」

 

雷も電も救援しようとしたが目前にして阻まれていた。最もこの状況は防御ラインシフトに伴う敵戦隊移動によって生じた結果ではあったが。

 

響「―――――ッ!!」(5隻目――――!?)

 

 

響の背後に現れた新たな敵影――――重巡クラス。

 

 

ドガアアァァァァァーーーン

 

 

響「ぐああああっ!!」

 

響はソレに対応しきれず、一弾を受け吹き飛ばされる。

 

雷「響っ!?」

 

響「くっ・・・まだだ・・・まだ・・・沈まんさ!!」ヨロッ

 

だが敵とも味方ともつかない飛行機の爆音が鳴り響く中、響の周囲には既に10隻以上の敵が取り囲んでいた。

 

響(ここまで・・・なのかな・・・司令官、すまない―――――)

 

 

ズドオォォンドガアァァァァァーーンダダダダダダ・・・

 

 

響「っ!」

 

雷「なに!?」

 

突如響いた爆音と銃声。

 

電「――――味方の攻撃隊なのです!」

 

 

 

ブオオオオオ・・・ン

 

 

赤松「全く、間に合ったかぁ。」

 

駆けつけたのは後発した赤城及び加賀の航空隊だった。

 

一航戦の航空隊は蒼龍航空隊及び瑞雲隊より北方から航空隊を放った為、到着が遅れてしまったのだ。

 

赤松「――――お、嬢ちゃん達は無事か間一髪だな、流石艦爆隊だ。」

 

一航戦航空隊がシフトした敵艦隊正面に殺到、川内らは既に後退していたし、第六駆逐隊はその混乱に乗じて響を護衛し離脱中であった。

 

代わって来るのが戦艦2駆逐艦3であればむしろ戦力的には増大しているが。

 

赤松「きっちり全員連れ帰らねぇと、提督が悲しむだろうしな、そんなしけたツラは見たくねぇ。」

 

攻撃隊を率いてきた赤松中尉はそう呟く。

 

赤松「お? 遅ればせながらお客人かぁ? 野郎共、出迎えてやれ!! 方位117、敵針路279、距離七〇(7000m)!」

 

現れたのは深海棲艦陸上基地から飛び立ったと思われる陸上機部隊だった。

 

攻撃隊護衛に当たっていた一航戦制空隊がこれに掴み掛っていった。

 

 

 

海戦の様相は、拮抗から横鎮近衛のワンサイドゲームに変貌していった。

 

陣形シフトが完了した段階で攻撃隊が敵陣正面中央に殺到、艦爆の一部が響救援に向かった以外は前衛の混乱状態を増長させる事に成功。更に陣形として横鎮近衛正面に突出する形になった敵左翼の端と左翼側方から、それぞれ金剛・榛名と重巡部隊及び十一駆が突入した。

 

突出していた敵の左翼先端部は金剛と榛名の突入に加え扶桑と山城、筑摩からの砲撃支援もありあっさり壊滅、更に重巡3隻に突入され十一駆にかき乱された事で完全に瓦解。同じくして陣形の向きを元に戻そうとした深海艦隊では余計に混乱の度が増しており、それが陣形崩壊に拍車をかけた。

 

更によく踏ん張り抜いていた夕立率いる第二駆逐隊がここで戦果を拡大、敵中央前衛部隊が壊乱状態へと陥るに至り、15時41分に大勢は決し、敵艦隊は退却を始めるも、更に並行追撃を掛けた金剛達により、戦闘は15時57分まで継続されたのだった。

 

 

~15時57分~

 

 

金剛「ストップ! 追撃終了デース!」

 

夕立「え、もう追わなくていいっぽい?」

 

深雪「追撃しようぜ、ここで逃がしちまったら・・・!」

 

鈴谷「そうだよ、まだあんなに残ってるのに、出来るだけ多く沈めないと!」

 

大井「そうです!」

 

これだけの快勝を収めると士気が高まって、この様な意見も出て来る。

 

金剛「NOデース。」

 

金剛はしかしこの意見を抑えた。

 

夕立「うーん・・・分かったっぽい。」

 

鈴谷「!」

 

鈴谷は夕立の言葉に驚いた。訓練でも猪突する傾向のある夕立が、追撃中止命令にあっさりと従ったのだから、当然と言えばそうかも知れない。

 

摩耶「んだよ、やけに大人しいな夕立。」

 

夕立「これ以上追いかけたら、深入りし過ぎるっぽい。敵の増援が来ちゃうかもしれないっぽい。」

 

金剛「そう言う事デース。」

 

夕立「って、吉川艦長が言ってるっぽい!」

 

一同「!!」

 

この時艦娘達は失念していた。

 

夕立には、吉川艦長が妖精として「乗っている」と言う事に。

 

 

 

この夕立の一言で強硬意見が制圧されたこともあり、15時59分に、艦隊は集結して撤退を開始したのであった。

 

この報が司令部に届いたのは、集結完了の4分後のことだった。

 

 

 

16時03分 サイパン司令部中央棟1F・無線室

 

 

提督「そうか、終わったか。」

 

直人はその知らせに満足していた。

 

大淀「艦隊は今、空母から洋上給油を受けているということです。」

 

提督「でなきゃ帰ってこれまい・・・。」

 

実際ギリギリな部分もなくはない。駆逐艦に関していえば、燃料搭載量の関係もあるので、航続力が不足している状態にあった。

 

その点空母は今回の場合戦闘に参加しなかった為、燃料には余力があった。

 

まぁ大型艦から小型艦への洋上補給は、実際よく行われていたことでもあるにはあるが。

 

大淀「それにしても、早かったですね。」

 

提督「言ったろ? 5時間以内でけりがつくと。」

 

大淀「本当にそうですね。」

 

交戦開始から数えて約四時間ほど経過していたが。

 

しかし予測通りに、5時間以内で決着が付いたことに直人は内心密かに喜んでいた。

 

提督「ところでだ大淀。」

 

大淀「はい?」

 

提督「実は、近く大規模な遠洋練習航海をやろうと思っているんだ。」

 

大淀「遠洋航海の、実習と言う事ですか?」

 

提督「そういうことだ。」

 

遠洋航海は現代に於いても、特に中近東から日本に向けての輸送路に於いても行われているし、太平洋を横断するにも衛星から送られてくるGPSを使うなどして、自艦の正確な位置を確認して行うものである。

 

それをGPS抜きで行う艦娘は、ある程度勘に頼っている部分もある為、訓練が欠かせない。

 

逆に言えばGPSなどと言う便利なものが無い第2次大戦期の艦艇は、遠距離航海の際に海図と天測、それに地形を目印代わりにして自分達が今どこにいるかを見極めていたのだ、手間のかかる事ではあるが確度は高い。しかしそれなりに訓練は必要になる。

 

真珠湾攻撃の往路だって、その方法でオアフ島近海まで進出したのだが、それだってちゃんとした訓練を受けた航海士がいてこそである。

 

提督「今回セレベスまで行けたのは、比較的近場である事もそうだが、偶然と言う部分が大きい。万が一ちゃんと辿り着いたと思ったら敵がいない場所にいた、なんてことになったら洒落にもならん。」

 

大淀「で、ですね・・・。」

 

提督「だから遠洋航海の訓練が必要なんだ。さしずめまずは日本近海へ向かわせるルートを考えている。」

 

大淀「ほうほう――――」

 

そこから直人と大淀は、2時間にも渡る激論に突入していったのだった。

 

 

翌18日、直人は遠征部隊のスケジュールを組みつつ、鳳翔が厨房を離れることが出来るよう、持ち回りを誰に任せるかについて思い悩んでいた。

 

 

1月18日10時41分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「うーん・・・」

 

金剛「フーム・・・」

 

二人して考え込んでしまったのだった。

 

と言うのは、金剛と直人はお互いに、誰が料理出来て誰が出来ないか、それを把握できていないのだ。これまで鳳翔に任せっきりだった弊害でもあっただろうが。

 

しかしこの時の二人にとっては大きな問題であっただけに、考え込むのも無理からぬことだった。

 

提督「どうしよう・・・鳳翔さんにああは言ったけど、正直誰が料理出来るかまで把握してないんだよね。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

提督「あ、そう言えば確か満潮は出来るな。一人決まった。」

 

金剛「え、そうなんデスカー?」

 

読者諸氏、覚えておいでだろうか。

 

劇中の時期的に割と前の事になるが、満潮は以前一度だけ、厨房を借りて荒潮(と御相伴に与った直人)に昼食を振舞っているのだ。

 

提督「美味かったぞ~。」

 

そうニコニコ顔で言う直人。

 

満潮「ちょっと司令官? 何を影であの事をばらしてる訳?」

 

噂をすればである。

 

提督「別に口封じはされてないからね。」

 

満潮「だからってそうペラペラ喋らなくってもいいじゃない!」

 

やれやれ・・・と金剛の方を向くと

 

金剛「・・・~♪」

 

知らぬフリである。

 

提督「・・・やれやれ。それにしてもノックの音が聞こえなかったが、そこはどう説明するのかな?」

 

満潮「・・・!」

 

仮にも上司の、それも執務室なのだからノックは当然である。

 

提督「それに、別に悪意を込めて言ってるんじゃない、むしろ満潮にとっても得な話だよ?」

 

これは事実。

 

満潮「・・・どういう意味?」

 

ジト目で追及を飛ばす満潮だったが直人は揚々として動じない。

 

提督「いやぁね? 今度鳳翔さんに、航空戦教練担当教官になって貰う事にしてね、その代わりの炊事係の人選を考えてたところなのさ。」

 

満潮「それとこれとどう言う――――――」

 

言いかけて満潮も気付いた。

 

満潮「まさか、私が!?」

 

提督「別に構わないだろう? 花嫁修業も兼ねて料理の腕を磨けばね。」

 

そう言う直人の言葉の中程から満潮の顔が徐々に赤くなるのを直人は面白半分で見ていた。

 

満潮「は、花嫁修業って、何の話をしてるのよ!?///」

 

提督「この戦争が終わった後の話さ。お前達だって、戦争が終わったら社会に出る道もある。戦争にしたって、ただ勝てばいい訳でもなし、戦略的な見地から見て、また戦術的な優劣の如何も重要になる。」

 

満潮「―――戦争が、終わった後?」

 

満潮は、その言葉を絞り出すのがやっとと言う様子だった。

 

提督「あぁそうさ。戦争だって、いつまでも続く筈も無し、ちゃんと終わりはある。そうしたらお前達は、自分の道を自分で選択出来る筈だ。」

 

当時の提督達の中で、一般から徴募ないし徴集された提督達には、“戦争”と言う物を理解しているようでそうでない提督達が多く、また艦娘達の知識にも乏しい者が多かった。

 

しかしながら実体験として“戦争”を知る民間人(と言っても公務員ではあったが)と呼べるのは、実際のところ直人を入れてもかなり少ない。そしてその中でも、「この戦争はいずれ終わる」と断言し得たのは直人位なものだったろう。

 

提督「例えどんな形にしろ、この戦いもいずれ終幕を迎える日が来るだろうと俺は思う。例え人類にとって望ましくない、或いは最悪の結果になるにしろ、この戦争が永久に続く物であるという論理は、絶対に成立しない。」

 

満潮「・・・で、何!」

 

提督「もし仮にこの戦いが痛み分けの講和なり、我々の優勢勝ちに終わるなりすれば、我々人類は、君たち艦娘も含めて明日を――――未来を生きる権利を獲得するんだ。そうなった時、君達は不毛な戦いから解放され、平和になった世界で、“自由”を勝ち取ることが出来るかも知れん。そうなれば、社会の仲間入りを果たせるし、自らの生計を立て、“生きる”ことが出来る。素晴らしい事じゃないか。」

 

だが満潮はむしろ食って掛かるのだった。

 

満潮「ちょっと待って、黙って聞いていれば何を言うかと思えば、“痛み分けの講和”? “不毛な戦い”? 何を言ってるの?! 私達は艦娘! 深海棲艦を“滅ぼす”為に生まれた“兵器”なのよ! 私達がやるのは“正義の戦い”なのよ!? それが不毛ですって? “明日を生きる”ですって? 冗談じゃないわ!」

 

金剛「満潮! それが上官に対する態度デスカ!?」バン

 

堪らず金剛が怒鳴りつける。

 

提督「・・・成程、満潮の言いたい事は分かった。では君は平和になった時、どうするつもりだ?」

 

満潮「決まってるわ、自沈するのよ。」

 

提督「!!」

 

金剛「!?」

 

この時金剛は驚愕し、そして直人は満潮が何を思っているのかを理解した。

 

満潮に曰く、「艦娘は深海棲艦を『絶滅』させる為の兵器として出現したのであり、深海棲艦がいなくなれば『自分達も消える』。」と言う事である。

 

提督「成程? 平和な世に兵器は必要ない、確かにその通りだろう。」

 

金剛「提督!?」

 

提督「但しそれは“何も諍いや争いが起らない世”でしか通用しない方便だ。」

 

金剛「!」

 

満潮「・・・。」

 

 成程確かに直人の発言は理に沿っている。

人間と深海棲艦に限らず『人間同士』でも揉め事や紛争が頻発する世の中である。仮に和平を結び終戦となったとしても、その深海棲艦と人間との間に生まれた傷は大きく深い。諍いは絶えないだろう。

 

提督「人間だれしも、自分と相手との違いや、意見の相違から諍いを起こす。この戦争に於いては、単にあちらから先制攻撃を受けただけの事だったが、だからと言って“滅ぼしていい”と言う事にはならん。」

 

深海棲艦を滅ぼすと言う事はこの場合即ち、「一つの生態系を破壊する」事に直結する。それだけ深海棲艦の個体数は膨大なのだ。

 

提督「我々艦娘艦隊は提督も含めてあくまでも『人類の生存権を防衛し確立』する為にこそ戦っているのだ。この事は艦娘艦隊基本法の中に明文化されている。」

 

 

艦娘艦隊基本法――――――

 

 それは、彼ら艦娘達を扱う艦隊司令部の基本的な部分、艦娘の定義から、提督への給与、運用の基本要綱、司令官の裁量の範囲などなどを定めた法の事である。これも含めた艦娘艦隊関連法案が衆参両院で可決され成立したのは2051年の10月の事である。

この法律なかりせば、艦娘艦隊労基法や艦隊司令部不正摘発要綱と言った艦娘艦隊関連法案は成立しない程の重要な法律でもある。

この前文に曰く、『艦娘艦隊は人類が今後生存する為の権利を擁護する軍事組織であり、またその生存圏を防衛し、種としての生存権を確立する為の組織である。』と言う趣旨で、直人の言う「人類生存の権利を防衛し確立する組織」と言う事は明文化されている。

 

提督「そして艦娘艦隊関連法案の中には、艦娘の人道的な保護と人権の保護、及び擁護は明文化されているし、我々提督が無下に艦娘を扱えば、それは提督の座を追われる事にもなる。我々は決して故意に艦娘を沈める事はあってはならないし、艦娘が自決するような事態に追い込んでもいけないんだ。」

 

 つまり艦娘艦隊基本法に於いても、また直人らの近衛艦隊が設立された理由も、直人自身の戦う理由も、つまりは種の存続を賭けた生存競争であり、自分達の明日を「護る」事が念頭に置かれている。

誰も深海棲艦を、この地表から消し去ろうとはしていないのだ。人間達が、その独善と自らの幸福を追い求める余り、数多の生物を絶滅させ、またその淵に瀕しさせたことは、彼らにとって深い薫陶の様な教訓となって、この時代まで生き続けているのだ。

 もし仮に深海棲艦を滅ぼそうとする者がいるとすれば、それは狡猾で狭量で、過去を乗り越える術を知らない復讐者だけであっただろう。それだけ、人類は深海棲艦の力を、知り過ぎる程に知っていた――――。

 

満潮「そんな甘い事だからSN作戦で負けるんだわ。」

 

満潮は先年のSN作戦の事を盾に切り込む。

 

提督「確かにあれは酷い負け戦だった。だがあれは戦争を知らぬ軍政家共に帰せられる罪が多い。我々は民主国家だ。法の下に民衆を弾圧する事はあってはならない。まして粛清など以ての外だ。君達が“艦”として浮いていた時代と、今の時代とでは国の在り様が違う。」

 

 戦後一世紀を経た世界の構造は確かに変遷を遂げてきた。しかし一つだけ変わらなかったのは、日本と言う国が、「国民の権利を擁護し、国民主権の元に政治を行う民主国家」であったことであろう。

満州事変から10年の間に、陸軍強硬派によって民主政治から、その名を借りた軍部独裁政治と化した日本も、敗戦を期に再生を遂げ、それは今もなお続いていた。この事が直人にこう言わしめた事は言うまでもない。

 

提督「もしお前が自決すると言うなら、俺は全力を挙げてそれを阻止する“責任”を負っている。艦娘の生命と権利を擁護し保護するのは、提督の基本的な義務であると法に明文化されているし、俺はその義務を負った、お前の上官だからな。」

 

直人は満潮の敵対的な視線を受け止め、眼をしかと見据えてそう言った。

 

満潮「だけど私達は兵器よ、深海棲艦が居なくなれば、私達の存在理由なんて―――――」

 

提督「理由ならあるぞ。」

 

満潮「え?」

 

思わず首を傾げる満潮に、直人は言う。

 

提督「お前は艦娘である前に、“一人の人間”だからな。」

 

何度も述べている通り、艦娘の本質は、限りなく人間に近い物でありながら一方で人間とは限りなく遠い、そう言う人種である。そうした矛盾を抱えながらも、艦娘達は人々と同じように“生きて”いるのだ。

 

金剛(・・・いつも通り、デスネ。)

 

満潮「な、何を言ってるの!? 私は――――」

 

提督「大体なぁ・・・」ガタッ

 

直人が席を立ち、満潮の正面に歩み寄る。

 

そして直人の両手が満潮のほほに向かって伸びる。

 

満潮「―――――っ!」

 

満潮が思わず目を瞑り力む。

 

金剛「?」

 

 

むにっ

 

 

満潮「・・・?」

 

提督「大体さぁ~・・・」ムニムニ

 

満潮「ふ、ふええぇぇ~?」

 

苦痛を与えられると無意識に思った満潮は当然困惑した。

 

金剛(・・・羨ましい――――。)( 一一)

 

直人が満潮のほっぺをむにむにする。

 

提督「こんなに人間味のある兵器がある訳ないでしょ~?」^^

 

満潮「な、何言ってるのよやめなさいよぉ! やめてってば!///」

 

直人は結局いつもの方便で締めくくったのだった。ほっぺむにむにしながら。

 

満潮「は~な~し~な~さ~い~~~!!」ジタジタ

 

提督「やだ~♪」^^

 

金剛(と言うか妬ましい・・・私もして欲しい・・・。)

 

あんたそんな年じゃないだろ。(←やめい

 

 

 

ひとしきりむにむにした後(満潮が散々ジタバタした後)、直人はおもむろに手を離して、優しい口調で言う。

 

提督「お前達は、自分の意志を持ち、思考を持ち、頭脳を持っている。それは艦娘と言う人々が、ただの兵器を越えた何かであると言う事を示している。違うか?」

 

満潮「そ、それは・・・。」

 

満潮には反論する言葉が浮かばなかった。

 

提督「俺に言わせれば、艦娘達は皆、天の遣わした戦士達だと思う。天におわす海軍100万の英霊達が、1世紀の時の向こうから、我々人類を救う為に手を差し伸べてくれたのだとね。」

 

満潮「フ、フン! おめでたい想像だわ。」

 

提督「そうさ、俺はロマンチストさ。だがそう思わずにはいられない。何しろ―――」

 

満潮「・・・?」

 

直人は言葉を切り、すぐ近くの窓の外を見上げる。雲一つない青空が広がっていた。

 

そして言う。

 

提督「お前達は、我々日本国民に“希望”を教えてくれたんだからな。」

 

 戦後経済大国となった日本も、深海棲艦による主要都市の破壊によって、第一次深海戦争開戦4年でGDP(国内総生産)の実に4割を喪失していた。

政府機構は全て各地に分散され、結果として日本と言う国を統治する日本国政府は、最も統治のし辛い状態に追い込まれていた。

先行きの不安から治安は悪化し、労働者層はその活力と気力を徐々に失いつつあった。亡国の一途を辿る国家と同じことだ。そして人々は求めた。

 

―――人類の生きる希望を。

 

 

満潮「・・・。」

 

「希望」を教えてくれた―――曇りの無い目で彼に言われ、満潮は口に出す言葉も無かった。

 

提督「俺はお前達を率いて戦う身ではあるが、その俺達提督にしたって、最初は先行きに不安を覚えていたのさ。俺達は艦娘達がいるおかげで戦える。人々の明日への希望を切り拓く身分である事を、誇りにさえ思っている。これは俺の本心だよ?」

 

満潮「・・・もういいわ、言うだけ馬鹿馬鹿しくなってきちゃった。」

 

満潮が身を翻そうとする。

 

提督「それはそれとして、何か用があって来たんじゃないのか?」

 

直人はそれが気になり問い質してみると、帰って来たのは些細な質問だった。

 

満潮「あ、いやその、ね。雑品倉庫は何処かなぁって・・・。」

 

提督「なんだそんなことだったか、それなら食堂棟の裏手に併設されてるよ、行けば分かると思う。」

 

満潮「そ、そう・・・ありがと。」

 

提督「・・・!」

 

素直に礼を述べた満潮に、直人は思わず驚いた顔をした。

 

しかし満潮はそれを見る事無く、足早に去っていった。

 

朝潮「・・・満潮が、あんなことを考えていたとは知りませんでした。」

 

そう言って間仕切りの向こうから出てきたのは、秘書艦代理の朝潮だった。

 

金剛「デスネー・・・。」

 

提督「―――聞いていたか。」

 

 朝潮は大淀に処理した書類を届けるついでの用足しに席を外していたのだ。戻ってき他朝潮は満潮とのやり取りを聞き、間仕切りの向こう側で、観賞植物の陰でうまく満潮をやり過ごしたらしい。

では金剛はどこにいるか、実はタウイタウイで秘密裏に補給を受けた後、この時まだ帰投中であり、テレビ通話でパラオ経由で通信していたのだ。

 

画面は、直人の執務机にあるホログラム端末である。

 

朝潮「提督、私は・・・」

 

提督「別にお前が何かした訳じゃ無かろうに。」

 

顔を曇らせた朝潮に直人はそう言った。

 

朝潮「は、はい、それはそうです。」

 

提督「なら結構。だが満潮のあの考えは、ある意味に於いては危険な思想だ。朝潮姉妹の長女として、よく彼女を見てやってくれ。」

 

朝潮「―――承りました、司令。」

 

いつもの顔付きに戻る満潮だった。

 

提督「さて、大分脇道に逸れたな、本題に戻ろうか。」

 

金剛「OKデース。」

 

朝潮「・・・? そう言えば、金剛さんと通信で何を話されているのですか?」

 

実は金剛と通信を繋いだのは朝潮の離席中だったのだ。

 

提督「あぁ、厨房の持ち回り要員の相談をな。」

 

朝潮「持ち回り、ですか。」

 

提督「うん、満潮は決まりとしてあと6人・・・。」

 

金剛「・・・。」ジーッ

 

画面の向こうから直人をじっと見る金剛。

 

提督「―――あ、えーと・・・そうだな、お前の料理も、食ってみたいなぁ。」(棒読み)

 

金剛「お任せデース。」^^

 

流石に空気の読めない男ではない。

 

結局実力未知数の金剛も、この持ち回りに参加する事になったのだった。

 

提督(やれやれ・・・。)

 

金剛「そうだ提督ゥ、比叡も加えるネー。」

 

提督「え、マジで? あいつ相当なメシマズだって専らの噂なんだけど・・・。」

 

これは事実。どの司令部でも比叡は料理が異次元に下手らしい。

 

金剛「うちの比叡なら大丈夫デース、私が保証しマース。」

 

提督「ぬー・・・まぁ、お前が嘘も言うまいな、分かった。」

 

余り気は進まない直人ではあったが、渋々承諾するのであった。

 

金剛「何なら一度毒見ついでに、比叡のディナー食べてみますカ?」

 

提督「・・・うむ、そうしよう。」

 

鳳翔さんの負担を減らす為、直人は腹をくくる事にしたのだった。

 

 

<あとどうしよっか・・・?

 

ソウデスネー・・・>

 

あ、そういえば――――>

 

<・・・ほう、それはそれは・・・

 

 

この後3人の話し合いは長々と続き、その様子に大淀も口を挟む事を憚ったのであった。

 

 

 

そんな論議の翌日、直人は司令部から造兵廠への道を歩いていた。

 

この小道は、サイパン南岸の森を傘にする様に作られ、司令部と造兵廠を繋いでいる、双方を結ぶ唯一の人が移動出来る陸路である。

 

直人の頭上は、繁茂する森の木々に覆われ、さながらトンネルの様に巧みに艤装されていた。

 

飛行場から司令部へのルートが地中を通るトンネルになっている事からも分かる様に、施設間の交通を確保する策は万全を期していたのだった。

 

 

 

1月19日午後1時47分 サイパン南岸/森の小路

 

 

提督「・・・。」

 

直人は、この道を歩いている時が一番心が安らぐのだ。

 

木々の間を走る道、そよぐ風に揺られて、天幕の様に頭上を覆う木々の枝が、音を立ててなびく。

 

常緑樹の深緑に包まれた森の中は空気も綺麗で、豊かな自然そのものが、そこには確かにあったのだ。

 

この付近に存在する防備兵器は少ない。これは、この付近一帯に兵器を配備する事で標的となり、森が焼ける事を、直人が嫌ったからでもある。精々存在するのは防空探照灯とレーダーサイト程度である。それらも、森への延焼対策は可能な限りなされている。

 

提督「―――やはり、自然と言う物は良い。ただひたすらそこに在り続け、悠久の時を刻む。しかし往々にして自然は破壊される、それでも尚ここに森があり続けるのは、自然の生命力の証左ではないか――?」

 

誰に言うともなく、直人は呟く。

 

直人もまた、自然界に畏敬を覚える者の一人だった。自然と人間を護る事は、ある一点に於いて同一なのかもしれない、とは後の彼の言でもある。が、それを語るのは、この戦いの終わったそのまた先の事だ。

 

 

 

造兵廠と司令部の間は、徒歩で大体15分程度かかる。司令部が東岸の端辺りにあるのに対し、造兵廠はサイパン島の南岸オブヤンの東1.5kmの沿岸線沿いにあるからだ。直人などにはちょうどいいウォーキングコースだったが。

 

15分かけて造兵廠に辿り着いた時、そのドックの一つは活気に溢れていた。

 

提督「明石ー!」

 

1番ドックの方にいた明石を大声で呼び付けると、明石も気付いてこちらに走ってきた。

 

明石「提督、どうされたんですか?」

 

提督「“鈴谷”の建造進捗はどうかなと思って。」

 

実はあれから、明石に頼んだ旗艦建造は明石と局長に任せっきりで、ドックにも顔を見せていなかったのだ。

 

明石「順調ですよ。提督もびっくりされると思いますから、楽しみにしていて下さいね?」

 

提督「―――?」

 

それを聞いて直人は思わず首を傾げた。

 

局長「マ、竣工スルマデノ、オ楽シミッテヤツダナ。」

 

提督「局長・・・分かりました、そう言う事なら楽しみにさせて頂きましょう。」

 

明石「船体の方は7割完成しています。艦娘用の資材を流用して作ってますから早いもんです。」

 

発注したのが1月5日、そこからキールを置き、船体を組み上げ、19日午後1時の段階で船体7割完成だと言う。1万トン越えの大型巡洋艦の建造速度ではない。

 

提督「そうか・・・いや、そんなに急いでくれるなよ?」

 

明石「分かってますって!」

 

明石が快活な笑みを浮かべて言う。

 

局長「艤装段階カラガ本番ダカラナ。竣工ハ2月上旬ニナルハズダ。」

 

提督「分かりました。いや、邪魔をしたな。」

 

そう言って直人は辞去したのだった。

 

 

 

1月19日18時06分 司令部裏ドック

 

 

提督「そろそろ戻ってくる筈だが・・・」

 

出迎えに出た直人。この時間に戻ると連絡を貰っていたのだ。

 

大淀「・・・見えませんね。」

 

提督「・・・ソウダネー。」(棒

 

流石に時間に遅れる事も無かろうと思っているのか、棒読みである。

 

提督「・・・お、来たな。」

 

金剛「提督ゥー!」

 

勝利を飾った金剛艦隊の凱旋である。

 

提督「お帰り、金剛。」

 

金剛「ただいまデース。」

 

提督「損傷艦は?」

 

金剛「響サンは直ぐにでも。」

 

提督「引き受けた。で、大淀さん? 明石は?」

 

実は呼びつけた明石が遅刻している。

 

明石「すみませーん!」

 

噂をすれば、である。慌ただしく明石が現れた。

 

提督「事前に言ってあったでしょ!」

 

明石「は、はい、それはそうなんですけど、丁度ブロックの溶接作業をやってまして・・・。」

 

実は鈴谷の建造は全溶接でやっている。当時の日本艦艇は鋲打ちで建造したのだが、それだと工期が長くなる。溶接ならば、それこそブロックを積む様に下から組み立てる事も可能なのだ。

 

日本は溶接を大々的に導入した吹雪型が第4艦隊事件で盛大にやらかしてはいるが、それは吹雪型の軽量化策に伴う構造力学的問題が原因なので溶接技術云々は関係無い。が、当時は溶接工法の未熟が原因として鋲打ちに戻しているのだ。

 

提督「いや、別に後回しで来ればいいでしょうに。」

 

明石「そ、それはそうですけど・・・。」

 

その明石の反応を見てやっと、直人は自分の領分の外に出ていた事に気付く。

 

提督「・・・ま、いいや。損傷艦の修理、頼んだ。」

 

明石「はい、お任せください!」

 

雷「響、大丈夫?」

 

響「う、うん・・・なんとか。」

 

そう言う響の足取りは、少々おぼつかず。

 

提督「響、こんなになるまで、よく頑張ったな。」

 

響「司令、官・・・。」

 

響は痛みに顔をしかめながら、それでも微かに笑顔を作って見せた。

 

響は左腕のシールドを吹き飛ばされ、背部艤装は貫通した敵弾で一部欠損し魚雷発射管もダメージを被っていた。右側は主砲が短いアームから宙吊り状態になり、砲塔も大破し機能していなかった。

 

シールドを吹き飛ばされたのは、大破する寸前背後の砲撃して来た敵に咄嗟に反時計回りで振り向いたからだった。

 

服も派手に吹き飛ばされていたが辛うじて原型は留めていた。傷はそこまで深くなかったが、応急処置のみであったためすぐに処置をしなければならなかった。

 

提督「すまないな、響。ゆっくり休んでくれ。」

 

響「ま、流石にこれは、恥ずかしいしね・・・。」

 

そりゃそうだろうと思った直人は雷に声を掛ける。

 

提督「雷、確か被服も雷の担当だったよね?」

 

雷「なし崩しだけどね、アハハ・・・。」

 

提督「響の予備の服、出してやっておいてくれ。」

 

雷「勿論!」

 

雷は実は無傷で帰投している、それを伺わせる様にはつらつと答える雷だった。

 

金剛「後の損傷艦は―――」

 

損傷した艦艇は響以外に、

 

 

中破:摩耶

小破:鈴谷・電・木曽・夕立・敷波

軽微:綾波・村雨・鈴谷・大井・初春

 

 

以上11隻がいた。

 

摩耶は最後の突撃の際敵の最後の悪足掻きをまともに食らっていた。それが深海棲重巡のものだったのがもっけの幸いと言うべきであろう。

 

小破した5隻は何れも艤装の一部に損傷を負っていただけである。但し夕立は魚雷発射管1基を飛ばされ、綾波は主砲の右側を掠られて連装砲の右1門が使用できなくなった。綾波は運が悪かっただけだが、夕立は敵のど真ん中で大立ち回りをしたのだからある意味当然だった。

 

あとの5隻は、至近弾で脚部艤装にダメージを受けたり艤装を掠めたとかその位である。

 

提督「・・・まぁ、摩耶もドックINだ、後の艦は程度の軽い物から順に修理してくれ。」

 

明石「はい。」

 

金剛「それじゃぁおフロ頂きマース・・・。」

 

提督「あぁ、金剛!」

 

金剛「ん? どうしましたカー?」

 

呼び止められ振り返った金剛に直人は言った。

 

提督「無事に帰って来てくれて、ありがとう。それと、皆を無事に連れ帰って来てくれた事も。」

 

金剛「当然デース、提督一人を遺して、沈める訳がないデース。ソレト、ワタシ達は艦娘を使い捨てる事はしない、デスヨネ?」

 

そう聞かされ、直人は心から言う。

 

提督「あぁ、そうとも・・・本当に、ありがとな。」

 

金剛「どういたしましてネ。」

 

そういって金剛は背を向け、手を振って去っていった。

 

提督「・・・。」

 

日没直後の薄暗がりの中で、直人はそれを見送る――――頭を掻きながら。

 

 

 

司令部の敷地には、既にあちこちに明かりがついていた。

 

明石「あのー・・・」

 

提督「ん?」

 

そこに明石が声をかけてきた。

 

明石「ドロップ判定は、どうしますか?」

 

提督「あぁ、それは明日にしよう、お前も昼夜兼行なんてさせなくていいししなくていいから、しっかり休んでくれよ、俺の為に体壊してくれても困るしな。」

 

明石「あ、はい・・・。」

 

”絶対に無理はするな”と言う直人の薫陶は、この後艦娘達の中に徐々に浸透して行くことになる。

 

提督「さて、俺も上がりにするかぁ、適当に食堂に居よう。」

 

大淀「あ、お疲れ様でした。」

 

提督「大淀さんも上がりねー。」

 

大淀「はい、分かりました。」

 

こうして、直人にとって長い5日が終わったのだった。

 

 

 

結果から言えば、この作戦は成功に終わったと言っていい。

 

バンダ海・ジャワ海・セレベス海・南シナ海・タイランド湾の5つの海域からなる南西方面の深海艦隊は既に、ジャワ海とバンダ海の二つに追い詰められていた。

 

その残っていた敵の、2つの海にそれぞれいた主力を潰走させたのだから、それは必然的に艦娘艦隊がその勢力の伸長を図るのには十分な成果だった。これは戦略的に見ても、南西方面における制海権を手中に収めやすくなった事を意味する。

 

横鎮近衛艦隊はサイパンに来て初めての組織的遠征を、直人抜きで成し遂げた。これはこの後の作戦行動の幅を広げる事にも繋がるのである。判定するなら、戦略的勝利SSと言うのが、今回の作戦であった。

 

ただ直人の方はと言うと、ナルカレクシーへの反撃作戦程ではないが、敵主力の撃滅任務に自分が関与できない事に歯痒い思いをしていたのだった。静より動を好む直人にとってこれは半ば当然とはいえ、動く事もその余力も無いではどうしようもなかったのは事実であり、己の無力さが歯痒さを募らせていた事は間違いない。

 

だがそんな心境とは裏腹に、この状況はしばらく続く事になり、解決には建造中の鈴谷完成を待たなければならなかった。

 

 

2053年は、未だその24分の1を終えたのみである―――――――

 

 

 

 

 

―――――次回予告

 

旗艦の完成まで自制する事を決した直人。しかしそこへ、大本営からの再度の密命が入電する。

 

セレベス海の一戦に参加した艦隊を疲労で動員出来ず、苦慮した直人。

 

彼は残余戦力から艦隊を抽出するが、その中には司令部防備艦隊所属である、第7水雷戦隊の名が載っていた。

 

更に密命の指す行く先には、不穏なる影の情報までも存在していたのだった。

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録 第2部7章

 

『寂寞の千島列島――葛藤と大洋――』

 

艦娘達の歴史が、また1ページ―――――

*1
ボルネオ島とスラウェシ島の間にある海峡。海峡としては幅が広く、最も狭い所で幅が100㎞程もある。ボルネオ島の油田であるパリクパパンはこの海峡に面した地であり、かつて日本海軍が太平洋戦争初期、ABDA連合艦隊に辛酸を舐めたパリクパパン沖海戦の舞台としても知られている。近年では海底油田であるアタカ油田も発見されており、日米の企業が50%づつ権益を有しているが、深海大戦に伴う情勢悪化により、アタカ油田は一時放棄と言う形で操業を停止、無人となっている。




艦娘ファイルNo.84

陽炎型駆逐艦 秋雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

明石がドロップ判定を忘れていたその判定で着任した陽炎型駆逐艦。
戦闘技能は三流程度で、直人の目にも、流石に実戦には堪え得ないと判断される程である。
史実に於いては陽炎型でも抜きん出た航続距離を以って、開戦から南雲機動艦隊の護衛艦の1隻となって活躍したものだが、それを鑑みればお寒い限りである。
その中唯一誇り得たのが絵を書く才能、それも並外れたものであって、直人はそれを買い、青葉の元に在って広報に華を添えるのに貢献している様である。


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第2部7章~寂寞(せきばく)の千島列島―葛藤と大洋―~

どうも、イベ期間もいよいよ大詰めですね、天の声です。

青葉「どうも! 提督から増員を頂きました! 青葉です!」

いぁーね、秋雲、活用してあげて下さい?

青葉「勿論です!」


えーそれでは、のっけからお詫びなのですが。

ケイ氏さん、コメント一つ取り上げてませんでした、申し訳ありません!(昔の大失態である、いやはや。)

青葉(やっと気づいたか。)

と言う事でこの場にてご紹介させて頂きます。

ケイ氏 さん
『これは…まさかの「プラズマちゃん」!?』

エブリスタ側黎明編序章10章へのコメントです。ご明察で御座います。やっぱりネタ不足な分やっときませんと、ね?

青葉「この辺りもう切実ですよね。」

ただこの小説では電ちゃんの出番自体が少なくなりそうです、まぁ人数が人数だけにどうしようもないので、ネタが思いついた時に考慮すると言う事で御勘弁下さい。


さてそれでは本題に入りましょう。今日(今回)は史実放談です。但し今回ネット上の情報に頼りますので、不正確な部分もあります。

青葉「拝聴しましょう。」


1935年9月26日、岩手県沖で海軍演習を予定した海軍では、函館港にて臨時に『第四艦隊』を編成、これは日華事変時の二代目第四艦隊とは別のものであるが、これらが主力・水雷戦隊・潜水戦隊・補給部隊の4群に分かれ、9月24日から25日にかけて函館港を出港した。

この時の第四艦隊の編成は次の通り。


重巡洋艦:妙高・那智・足柄・羽黒(第五戦隊)
軽巡洋艦:最上・三隈(左2艦は後重巡)・木曽・那珂 ほか5隻
駆逐艦:初雪・白雪・白雲・薄雲・叢雲・潮・曙・朧・天霧・夕霧(ここまで那珂麾下4水戦)・睦月・菊月・三日月・朝風・春風 他
航空母艦:鳳翔・龍驤
その他:潜水母艦大鯨


総計41隻もの大艦隊による演習が、かくも重大な事態になろうとは、誰も想像し得なかったであろう。


9月25日、水雷戦隊(4水戦)の駆逐艦初雪で溺者一名が発生、旗艦那珂より『此ノ際油断大敵ナル事ヲ銘記セヨ』と注意を呼び掛けた。

演習当日、即ち35年9月26日、既に岩手沖への台風接近は報じられていたものの、この日の朝の気象情報により、午後には艦隊がこれに遭遇する事が明らかとなった。

第4艦隊司令部では反転退避する事も提起されたが、既に海況は悪化の一途を辿っており、多数の艦による回頭で衝突する危険も懸念され、また台風の克服も訓練上有意義とされ、予定通り航行を続けた。

主力部隊は台風の中心に入り、最低気圧960mbarと最大風速34.5m/sを観測、右半円に入った水雷戦隊は36m/sを記録し、波高20mに達する三角波が発生した。(Wikiより抜粋)

結果転覆艦は居なかったものの、駆逐艦夕霧が艦首を切断(行方不明27名)、これを救援しようとした初雪も艦首切断(行方不明24名、後艦首曳航試行の後断念/撃沈)、更に空母龍驤では波浪により艦橋損傷、鳳翔は前部飛行甲板を損傷する事態に陥った。

更に重巡妙高では船体中央部の鋲が弛緩、軽巡最上では艦首部外板にしわと亀裂が発生、睦月・菊月・三日月・朝風では波浪の為艦橋を大破した。また駆逐艦春風では魚雷発射管を損傷している。

日本で初めて全面的に溶接を採用した潜水母艦大鯨に於いては、船体中央水線部及び艦橋前方上方外板に大型のシワが発生した。

これらを含め全19隻に何らかの損傷が発生し、全体で54名の殉職者を出す大惨事となった。

演習後、野村吉三郎海軍大将を長とする査問会が開かれ、原因究明に当たった結果、特型や最上型といった、溶接で建造された新鋭艦艇の損傷度合いが大きい事から、それらの溶接技術を大々的に採用したことが原因とされた。

無論当時の溶接技術が発展途上の未熟なものだったことは否定出来ないが、主要因となり得ないと言うのが、今日の見方である。即ち以下3点によるものである。(以下Wikiより抜粋)


1.当時世界的に想定されていた「荒天時の波浪」は、波高/波長の比が1/20の波だったが、第四艦隊が遭遇した波浪は各艦の観測によれば(数字の信頼性に若干疑問があるが)1/10に達し、当時の艦体設計強度を遥かに超える海況であった。

2.軍縮条約により保有艦艇数の制限を受けた結果、規定内での排水量を確保しつつ一艦ごとの戦闘力を引き上げるため、できうる限りの武装を装備することになった。その結果、船体強度を計算値ぎりぎりに下げられていた。

3.この事件の前、同年7月の艦体異常の報告(牧野造船少佐による特型駆逐艦の艦体強度に対する提言)があったにも拘らず訓練を強行させた。


総じて言えば、軍縮による個艦能力第一主義と排水量制限の間における設計・計画上の妥協と、太平洋の台風(荒天)に対する認識の甘さからくる構造力学的問題が、この事件の主因である。

この事件の後、条約型の全艦艇にチェックが行われ、そのほぼ全てが改修を要する事が判明したが、そもそも船体強度不足が原因であったため最終的には『船体強度の向上』が優先され、損害の少ない峯風型が参考とされた。更に要改修と見做された艦艇は次々に改修工事を施された。

当時既に旧式化としていた峯風型を参考にした結果、溶接によって建造されていた物がリベット打ち(鋲打ち)に退行すると言う結果を生んだ。これが再び溶接に戻るのは戦時中の事である。


以上が、第四艦隊事件のおおよそ全容だな。

青葉「お疲れ様です!」

ありがとう。しかし情報が不足している。参加艦艇41隻全てを調べ切る事は出来なかった。なので書籍などで情報をお持ちの方は御提供頂ければと思う。そうすればより確度の高い物になる筈だ。

青葉「正確な情報は現代に於ける基本ですからね。」

その通りだ青葉よ。


そう言えば、イベント攻略中にこちらをチェックしてみたら気付かぬ間に7000閲覧と6000応援を突破しておりました。更に沢山のスターもありがとうございます。(エブリスタ時代の感謝を忘れないスタイル)

青葉「読んで頂ければ頂けるほど中の人が頑張り続けると思うので、これからも宜しくどうぞ!」

余計な事は言わんで宜しい!(焦


コホン、さて、今回のお話は北方海域が舞台となる。と言っても日本本土から見れば近場だが、この時はまだ十分危険な海域だった場所だ。

それでは、始めるとしよう。どうぞ。


2053年1月20日、セレベス方面へ出撃した艦隊は、タウイタウイで極秘裏に給油を受けて帰ってきたとはいえ、疲労の極にあった事は否定できない。その為この日はダウンしている艦娘が多かった。

 

 

 

8時37分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「・・・宜しかったのですか?」

 

提督「いいのー! 俺がいいって言ったらいいのー!」

 

大淀「そんな駄々をこねる様に仰られても・・・」^^;

 

提督「まぁ、金剛にもたまには休みをやらんとな?」

 

霧島「その代理として呼ばれたのが私だった訳ですが。」

 

実はこの日、金剛は直人の言で(正確には命令で)1日休養を取っていた。

 

提督「ま、今日1日頼むよ。」

 

霧島「お任せください、司令。」

 

因みに朝潮の続投では無かった理由は、朝潮は5日連続で秘書艦代行であった事と、この日は朝当直の哨戒任務で司令部を留守にしていたからである。

 

提督「あ、大淀さん、ここは大丈夫だから、下に降りて無線受信状況見張ってて? 何かあったらすぐ報告でよろしく。」

 

大淀「了解しました。」

 

直人の指示で大淀が執務室から去った後、直人は霧島と共に執務を始めるのだった。

 

提督「あ、髪の毛ちょっとはねてるな、後で直しとこ。」

 

おいおい。

 

 

 

大淀が退出した10分後、入れ替わりに明石が執務室に来ていた。

 

明石「六航戦艦載機機種転換の準備、整いました!」

 

提督「宜しい、どの位かかるか?」

 

明石「機材も揃ってますから、そうかからないと思います。」

 

それを聞いた直人は即決した。

 

提督「分かった、早速済ませてくれ。後六航戦には転換後すぐに慣熟訓練を開始する様に伝えてくれ。」

 

明石「分かりました! でも隼鷹さん、後着ですから転換出来ないですね。」

 

飛鷹隼鷹祥鳳からなる六航戦は、この内隼鷹が遅れて着任している為、データ量的にも練度的にも機種転換は出来ず、暫くは九六式艦戦のままで戦う事になる。

 

提督「しかし、赤城を除けば初の母艦航空への天山の配備だな。」

 

事実現在の横鎮近衛空母部隊の主力攻撃機は九七式艦攻を使用していた。しかし能力は後継機に劣る為、直人も早急な機種転換を望んでいた。

 

明石「そうですね、ではこれで。」

 

提督「うん、あ、あとドロップ判定も頼むぞ。」

 

明石「お任せあれ!」

 

胸を張って明石が退出する。

 

霧島「これで航空戦がより有利に運べますね、提督。」

 

提督「その通りだ、六航戦の後は五航戦だ。一航戦は悪いが最後だな、疲労度合いと消耗を考えても、それが適当だろう。」

 

霧島「そんなに損失があったのですか?」

 

これも事実で、航空反撃の際に敵戦闘機とかち合ってしまい、一航戦は戦闘機10、艦爆19、艦攻21が未帰還となった。更に敵主力への爆撃に際しても敵陸上機部隊の迎撃で戦闘機7、敵艦隊攻撃で艦爆18、艦攻19が対空砲火によって未帰還となっている。

 

この内赤城は天山と彗星、零戦五二型を搭載しているが、これらの損失は戦闘機18機中6機、艦爆27機中13機、艦攻18機中8機と、何れも酷くて5割弱の損失に留まっている。

 

何分損失が多いのは弱防弾の日本機の性とはいえ、残りは艦攻45機艦爆艦戦18機を擁する加賀航空隊(97式艦攻・99式艦爆・零戦21型)によるものである事からも、性能不足はお分かり頂けるであろう。

 

因みに一航戦だけではなく二航戦も、出撃機数の6割強が未帰還となっている。

 

提督「今後を考えると、あまり損失を出し過ぎる事も良くない。だからこそ機体の性能を上げていく必要に迫られる訳だ。」

 

霧島「戦備増強は戦略の基本、ですね。」

 

提督「よく出来ました、まぁその一環だな。艦の数を増やすだけではだめだ、問題はその艦の搭載している装備の質だからな。」

 

霧島「お言葉、よく分かります。」

 

霧島はその言葉に賛意を示した。直人が言ったのは個艦能力第1主義であるが、当時の日本海軍ではそれが為に戦時になって問題が噴出しているのだ。

 

しかし艦娘であればそれも心配が余りない。と言っても砲そのものの重量で艤装浮力が押されるので、普通は身の丈に合わない砲を積むと鈍重になる。扶桑や金剛型、改扶桑型(伊勢型)では46cm砲の積載さえも無理が出て来るが。

 

提督「艦艇用の装備も、徐々に刷新して行かねばな・・・。」

 

直人はしみじみとそう考えていたのだった。

 

 

 

9時14分 中央棟1F・無線室

 

 

大淀「・・・、っ!」

 

大淀のレシーバーに、大本営からの通信文が飛び込んで来た。

 

大淀「・・・これは・・・。」

 

和文モールスで送られてくる信号をメモしつつ、大淀は脳内で軽く解読してみた。それは、指令文であった。

 

 

 

明石「後は、報告だけっと・・・♪」

 

その5分後、明石は建造棟から中央等に入っていた。

 

大淀「急いで提督に・・・」

 

大淀・明石「あ・・・」

 

解読を終えた大淀と中央棟エントランスホールで鉢合わせた。

 

そして二人はどちらが何言うともなく走り出していた。

 

 

 

提督「今日の分はこれで終わりかな、っと。」ポン

 

直人は執務室で最後の書類にハンコを押していた。

 

霧島「お疲れ様でした。これからどうします?」

 

直人の仕事が終わったのを確認した霧島が訊いた。

 

提督「そうだな、一人釣りでもしようか。」

 

霧島「いいですね~。私もお供していいですか?」

 

提督「お? いいぞ~。」

 

意外な申し出に驚きつつも快諾する直人である。

 

 

<竿はある?

 

無論です。>

 

 

言葉を交わし直人が出口へ向かう。そしてそのドアノブに手を掛けた瞬間、“そのドアノブがひとりでに動いた”。(様に思われた。)

 

 

バン!!

 

 

勢い良く扉が開く。

 

明石「機種転換終わりました!」

 

大淀「大本営から入電です!!」

 

しかし見渡してもパッと見提督の姿が無い。

 

霧島「て、提督、大丈夫・・・ではないですよね?」

 

提督「う、うん、すっげー痛い・・・」

 

明石・大淀「あ・・・。」

 

二人も漸く、事態を理解した。

 

直人は執務室側から見て右側のドアに押しやられ、180度回ってドアと壁の間で板挟みにされていた。

 

 

 

提督「・・・。」^^#

 

流石にお怒りである。

 

明石・大淀「・・・。」m(__)m

 

当事者2名は土下座である。

 

提督「で? 何故二人して大人げなく扉蹴破る勢いで飛びこんで来たのかな?」

 

明石「いや、えと・・・。」

 

大淀「う・・・それは・・・。」

 

提督「・・・。」

 

直人はこの様子で察した。

 

提督「どうせ、どっちが先に報告するかだろう? 子供じゃあるまいし。」

 

ざっくり切り捨てる直人である。

 

明石「め、面目ないです・・・。」

 

大淀「言葉もありません・・・。」

 

提督「それはもういいから頭を上げ給え、話を聞こう。」

 

流石に見かねた直人がそう言った。怒気も吹き飛ばされてしまった。

 

明石「あ、私は、六航戦の機種転換終了の御報告を・・・。」

 

提督「ご苦労様、大淀は?」

 

大淀「大本営から指令が入電したので・・・。」

 

提督「詳しく聞こうか、霧島、釣りは後だ。」

 

霧島「はい。」

 

そして直人は大淀からの報告を聞くべく再び執務机に着いた。

 

―――氷嚢を後頭部に括りつけながら。

 

 

 

―――4分後

 

提督「―――強行偵察任務?」

 

大淀「はい、その様に来ております。」

 

提督「なんでそんな任務がうちに来るんだ・・・?」

 

作戦指令書の内容は、『アリューシャン海西端部強行偵察』と言う物だった。

 

提督「要は制海権確保の為に作戦を行いたいがデータが足りないよって、先行偵察を行いたいが適任がいない、と言う所か。迂遠な事だ。」

 

と直人は言う。

 

大淀「そ、そこまでは、どうでしょう・・・?」

 

提督「それはいいとして、何か付随資料とかは送りつけて来てるか?」

 

大淀「FAXでですか?」

 

提督「しかあるまい。」

 

今更言わすなと言わんばかりである。

 

大淀「あの、まだ確認を―――」

 

提督「はようせい!!」バン

 

大淀「はい今すぐッ!!」ダッ

 

流石にブチギレた。

 

 

・・・バタン

 

 

明石「・・・大淀さんが仕事にミスを出すなんて、珍しいですね・・・。」

 

提督「―――そうだな、余程慌ててたらしい。」

 

 

 

数分して大淀が戻ると、直人はすっかり機嫌を直していた。

 

提督「これが資料か。」

 

大淀「はい。」

 

ただ大淀の方はすっかり恐縮していた。

 

提督「・・・成程? これで納得がいった。」

 

大淀「と、言いますと・・・?」

 

大淀は直人の顔を覗き込んで言った。

 

提督「この北方海域には数件、超兵器級の出現報告があるようだ。古い物ではSN作戦時、新しいとつい先週だな。」

 

大淀「超兵器級、ですか!?」

 

提督「その何れもが、ただならぬ雰囲気を感じた、と艦娘達が証言していたらしく、更に一部がこれと交戦したようだ。」

 

明石「それで、結果は!?」

 

矢も盾もたまらないと言った様子で明石が聞く。技術者としての本能がそうさせたものだろう。

 

提督「・・・6隻からなる1個梯団では勝てんよ。損害率7割を出して撤退したそうだ。」

 

大淀「大損害ではないですか!」

 

大淀は驚いてそう言う、明石も驚愕を隠しきれなかったようだ。

 

霧島「で、どうします? 司令。」

 

霧島がそう尋ねると直人も答えた。

 

提督「我が艦隊は対超兵器戦闘に勝ってきた実績もある。無論幸運だっただけであるにせよ、実績は実績だ、故にこちらに回されてきたものだろう。」

 

大淀「受けなくては非礼に当たる、ですね?」

 

提督「正解。」

 

直人はウインクをしてそう言った。

 

霧島「ですが、ここから千島なら丸4日かかる筈ですが・・・。」

 

提督「そうだな、疲労を考えると2日以上の連続航行をやるのもまずい。」

 

船舶の運用は、基本的に二交代制か三交代制である。

 

しかし艦娘はその身一つで大洋を渡る。それを考えるならば、疲労が瞬く間に蓄積するのは自明の理だ。

 

提督「まぁ、横須賀と大湊を経由するのがいいだろう。ちょっと強行軍にはなるが5日かけるのが現実的かね。」

 

霧島「それで十分かと。」

 

提督「指令書には可及的速やかに、と添え書きされている。ならば今すぐ編成を考える必要もあるし、早速取り掛かろうか。」

 

ここで大淀が一つ懸念、と言うより注意喚起を提起した。

 

大淀「疲労の関係で、前回投入した艦隊は使えません。」

 

提督「分かっている、それも踏まえて編成しよう。」

 

明石「あのー・・・」

 

と横から躊躇いがちに言う明石である。

 

提督「あぁすまん、下がっていいぞ。」

 

うっかり忘れていた直人もそう言うと、明石は慌てて戻っていった。

 

提督「さて、考えるとしようか。」

 

そうして3人は共に思慮に入って行ったのだった。

 

 

 

午前10時41分 司令部裏ドック

 

 

ヒュッ・・・ボチャン

 

 

提督「平和だ~。」

 

霧島「そうですね・・・。」

 

直人は霧島と共に釣り糸を垂れていた。編成が決まった為改めて釣りに来たのである。

 

提督「しっかし~、最近敵の偵察活動が活発化しているように思える。まるで・・・そう、我が艦隊の隙を伺うかのような、そんな気がしているんだ。」

 

 

グオオオオオオオ・・・ン

 

 

霧島「・・・昨日も戦闘機が飛び立っていましたね。」

 

提督「またかな?」

 

言ってる傍から直人のインカムに連絡が入る。直人は如何なる時でもインカムは外さない。風呂の時以外は。

 

飛龍「“提督、また敵の偵察機です。”」

 

提督「昨日も来てただろ?」

 

飛龍「それどころかここ1週間ひっきりなしです。」

 

直人の言う敵の偵察行動活発化、と言うのは正にこの事を指していた。

 

トラック方面から飛来すると思しき長距離爆撃機は、果敢にも単機で侵入を試みて来るのだ。

 

提督「お出迎えの準備は?」

 

飛龍「万端整えました。」

 

サイパン飛行場の管制レーダーを甘く見てはいけない、仮にも旅客機の航空管制用のものを、深海側を探知出来るように改修したとはいえ、その探知範囲は艦娘装備のレーダーとは比較にならない。

 

提督「それならいいが・・・。」

 

飛龍「ただ、今回はダメかもしれません。」

 

提督「なに・・・?」

 

そう聞いた直人が戸惑いを見せる。

 

飛龍「それが今回、敵偵察機は中高度と高高度の2つにそれぞれ偵察機を投入してきているんです。」

 

提督「・・・間に合わないと言う事か・・・。」

 

飛龍「すみません、やはりここのレーダーだけでは・・・。」

 

提督「いや、いい、今以上の条件は望むべくもないだろうし、詳細写真だけは撮らせぬように、いいな?」

 

飛龍「はい!」

 

飛龍との通話が切れると、直人は溜息交じりに言った。

 

提督「こりゃ、近く何か起きるな。」

 

霧島「と、いいますと?」

 

提督「いや、まだ漠然とした不安があるだけだ、そうと決まった訳じゃない。がここまで執念深く偵察行動を繰り返すとは――――何かあるぞ、これは。」

 

霧島「・・・はい。」

 

霧島もそれに同意した。

 

司令部はこの状況下でも平穏そのものだ。何故なら空襲警報が鳴っていないからだ。彼は飛龍に命じ、偵察だけであれば警報を出さないようにと指示していたのだ。

 

提督「・・・ん? ヒット!」グイッ

 

霧島「む、先手を取られましたか・・・。」

 

少し悔しそうにする霧島。

 

提督「俺だって釣りの腕には自信があるんだ、そうやすやす負けるものか。」

 

霧島「言いましたね?」キラーン

 

ここから見事に釣り対決になったのは言うまでもない。

 

 

~12時06分~

 

霧島「私のデータでは・・・こんな事・・・」

 

提督「俺の勝ちだな、霧島よ。」

 

 

提督:霧島

27尾:25尾

 

 

僅差でも勝ちは勝ちである。

 

提督「データは時と共に古くなるのだよ。データに頼るなど二流の将帥のやり口だ。」

 

情報とは常に最新である方が望ましいのだ。情報戦ではその優位性が如実に出る場合も少なくない。

 

そして情報と言う物は、ひとつの判断材料であって金科玉条の如きものではない。この情報はこうだから定石通りこうしなくてはならない、と言うのでは柔軟性欠如も甚だしい物になる。

 

霧島「は・・・はい・・・。」

 

霧島はその事を、この機にみっちりと教えられてしまったのだ。

 

因みに直人はどうしてるかと言うと、いわゆる一つの“野生の勘”というものであろうか、こうすれば多分釣れる、と言う程度である。

 

それで釣れるのは親の影響なのであろうかはたまた別の要因か、それは置いておこう。

 

提督「食堂行くぞ。」

 

霧島「はい。」

 

直人は霧島を伴い釣った魚を持って食堂に向かった。

 

 

~食堂にて~

 

提督「えっと確か今日の当直は・・・」

 

霧島「鈴谷さんですね。」

※1月20日は月曜日、なので月曜担当の鈴谷

 

提督「そうだったな。」

 

鈴谷「お、提督じゃん!」

 

この日の担当だった鈴谷が目ざとく直人に気付く。

 

因みに担当は結局こうなっていた。

 

 

月:鈴谷

火:満潮

水:祥鳳

木:比叡

金:五十鈴(朝夕)/鳳翔(昼)

土:金剛

日:榛名

 

 

金曜日昼はやはりぶれず鳳翔であった。絶品カレーは外せない。

 

提督「ほい、連絡した通り魚は釣って来たんだけど鳳翔さんは?」

 

鳳翔「はい、提督のお背中に。」^^

 

提督「ふえっ!?」ビクビクッ

 

素で驚く直人であった。

 

鈴谷「アッハッハッハッハ! 凄い顔~ウケるwwww」

 

提督「―――にゃろめー・・・。」

 

嵌められた気がして悔しがる直人であった。

 

鳳翔「お魚は水槽の方で泳がせておきますね?」

 

(クーラーボックスに海水を張ってバッテリー式ポンプ差してた。)

 

提督「あぁうん、お願いするよ。」

 

 実は鳳翔さんは金曜昼の厨房の他、食材管理はやっているのだ。

本土からは6日おきに生鮮食品を始め厨房で使う食材が輸送されてくるのである。この他島内で自給自足する計画が妖精の間で持ち上がっており、その為直人が本土に食用植物の種子を発注すると言う有様であった。

 

提督「さぁどうなりますか。」

 

鈴谷「お任せあれ♪」(^_-)-☆

 

提督「あ、あぁ、頼むぞ。」

 

初めての担当で気合が入っているのは分かるが、それがどうも軽く聞こえてしまうのが鈴谷であった。

 

霧島「・・・。」クイッ

 

鈴谷「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

秩序を守る霧島さん、メガネを動かすだけでこれである。

 

提督「では、飯にするか、霧島。」

 

霧島「お姉様はどうします?」

 

提督「そうだねぇ・・・誘っておきましょ、最近一緒にいる事も少ないしな。」

 

直人もこの頃は、明石や局長、それに大淀、飛龍などとの相談や議論、状況の確認などに精励し、かたや執務に精力を傾けた。

 

金剛は秘書艦だが、プライベートで一緒にいる事自体が、こうした職務に押されてかなり削られてしまっている事も事実ではあった。

 

直人も分かっていながら、それを変えることも出来ずにいたのだった。

 

提督(最近ゆっくりお茶もしていない、せめて、昼食位はな・・・。)

 

直人の本音も、実際ここに尽きた。部下に対する配慮も、彼は時折していたのだ。

 

提督「む、噂をすれば・・・」

 

霧島「え、何処に・・・」

 

と霧島が言って数瞬の間を置き、食堂の扉が外から開かれる。

 

 

金剛「ランチタイムデース♪」

 

 

 

霧島「――――。」

 

『どうして分かった?』という疑問を投げかける視線を見て見ぬフリをし、直人は金剛の方に歩いて行ったのだった。

 

まぁ、気配に鋭敏な直人ならではの芸当だっただろう―――唯一背後は死角だったが。

 

 

 

提督「よう金剛、しっかり休めてるかい?」

 

金剛「提督デスカー、それに霧島も。生憎暇を持て余してるデース。」

 

だろうな、と苦笑する直人だったが、すぐに表情を戻していった。

 

提督「どうかな? 一緒に昼食でも。」

 

金剛「勿論デース!」

 

金剛は快諾したが、直人は内心これに驚いていた。

 

休みを命令したのは直人であり、金剛がそれを根に持ってないか、それを心配していたのだ。尤も、金剛も休息の必要は理解出来ていたので、金剛も機嫌を損なうような事は無かった。何はともあれ直人はその事に内心安堵していたのだった。

 

 

 

横鎮近衛艦隊の食堂の食事は、夜以外比較的質素である。

 

この日の昼食は七分突きの麦入りご飯に、肉じゃがと御新香、それに味噌汁であった。栄養価は多いが少々尖りのあるメニューである。

 

艦娘が作る料理は大抵質素の一語だ。が、質素な中に贅沢さを散りばめる事の出来る艦娘もいると聞く。

 

この食事が質素な理由は、第二次大戦中、特に後期は食糧が不足したことによる。ラバウル要塞と呼ばれたラバウル基地の様な自給自足体制が整ってでもしなければ、南西方面軍位しか、食糧自給の出来る部隊は殆どいない為だ。

 

それでなくとも長期航海中は生鮮食品は死活問題だ。それこそ偶然給糧艦にでも行きあたらなければ、航海中に食糧の補充など不可能だからである。

 

なので保存食に頼る、この結果その最悪を極めると壊血病患者が続出すると言う事もあったほどだ。(とまぁこの例は大体神風型や峯風型駆逐艦までの話である。当時の日本駆逐艦は据え付けの冷蔵庫を持っていなかったのが原因)

 

提督「最近どうにも忙しい、今日も作戦指令書が届いたんだよ。」

 

と直人は金剛に漏らす。彼が金剛を腹心として―――それ以上に―――信頼している証左であろう。

 

金剛「指令書、デスカー・・・。」

 

提督「先に言っておくと、金剛は今回留守番だ、榛名もな。」

 

金剛「なぜデース? いつでも出撃出来ますヨ?」

 

と首を傾げる金剛、まだまだ学が足らないらしいので直人はこう言った。

 

提督「今回は長距離航海になる、それもセレベスに行った時よりも長い距離だ。それを考えれば、セレベス海に出撃した艦娘達は疲労も蓄積しているだろうし、今回はそのメンバーは全員外してあるんだ。」

 

金剛「疲労、デスカ?」

 

提督「そう、真に怖いのは、脳が認識しない“隠れた疲労”と言う奴だ。例え自分が疲れていないと感じても、体が疲れている時がある。それがもしもの時に素早い判断を下せず、時として判断を誤る事にもなる。理解OK?」

 

金剛「リ、了解デース・・・。」

 

金剛も熟慮されていた直人の答えに反論する言葉も無かったのだった。

 

金剛「デモ、駆逐艦の主力は大方投入シマシタよね?」

 

提督「安心しろ、今回は戦闘が目的じゃない。裏を返せば、誰でも投入できる。」

 

この言葉を聞いた金剛は、その真意を洞察する。

 

金剛「――――! テイトク、もしかして・・・。」

 

提督「お前の胸の中にある答えで正解だ。」

 

金剛「・・・いいんですか?」

 

提督「状況が状況だ、止むを得まい。」

 

金剛「そ、そうデスカ・・・。」

 

金剛は以前直人が、“睦月型を出来れば戦場に出したくない”と言っていたのを知っていたのだ。だが今日の状況は、彼の思いを是と出来るものでは無かったのもまた事実ではあった。

 

 

直人の腹案は、睦月型を含む第7水雷戦隊を、作戦部隊として投入する事にあったのである。しかし今一度その事は置くとしよう。

 

 

明石「提督、お食事中すみません。」

 

提督「ん、明石か、どうした?」

 

明石は直人に耳打ちする。

 

明石「ドロップ判定の準備が出来ました、これから取り掛かります。」

 

提督「――――分かった、終わったら俺のインカムに連絡入れてくれ。」

 

明石「分かりました。」

 

そう言って明石は去って行った。

 

霧島「何のお話でした?」

 

提督「あぁ、ドロップ判定の話よ。今日はもう一仕事らしい。」

 

霧島「ご苦労様です。」

 

霧島が労う。

 

金剛「付いて行ってもいいデスカ~?」

 

提督「―――ダメと言っても付いてくるんだろう?」

 

金剛「勿論デース。秘書艦デスカラ。」

 

提督「っ・・・はぁ~・・・。」

 

困った奴だ、と直人は思ったが、まんざらでもない自分もいて余計に困惑する直人であった。公私混同は基本的にしない性格だからである。

 

提督「分かった、好きにしていい。」

 

金剛「ありがとうデース。」

 

何処かしら金剛に甘いのは否定できない直人であった。

 

提督「じゃぁ手早く食っちまおう、冷めるといかんしな。」

 

霧島「フフッ、はい。」

 

金剛「デ、デスネー・・・。」

 

そう言って直人達三人は食事を食べ進めて行ったのだった。

 

 

~建造棟への道すがら~

 

提督「お・・・?」

 

龍驤「お、キミかぁ。こないな時間に金剛と一緒になにしとるん?」

 

提督「何もしてないよ、ドロップ判定の結果を見に行くと言ったら、金剛が付いてくるって言ったからこうなってるだけよ。」

 

龍驤「なんやぁ、デートとかじゃないんやね。」

 

金剛「へっ!?///」

 

龍驤の軽い冗談に赤面しかける金剛。

 

提督「おいおい・・・。第一この島にデートスポットないでしょうに。」

 

龍驤に直人はそう返した、まるで考え込まれていたかのような鮮やかさで。

 

一昔前なら兎も角、である。

 

龍驤「それもせやなぁ、ほな、ウチは行くで。」

 

提督「そう言うお前は散歩か?」

 

龍驤「そんなとこや。」

 

 

 

1月20日13時48分 建造棟

 

 

提督「さて、どうなりましたかね。」

 

金剛「楽しみデース。」

 

建造棟建屋内の東側の一角に、ドロップ判定と復元の小部屋がある。

 

直人と金剛はそこに向かっていた。

 

 

ガチャッ

 

 

明石「ふぅ・・・あ、提督!」

 

その小部屋から明石が出てきた。

 

提督「おう、終わったかい?」

 

明石「えぇ、なんとか。」

 

提督「お、そいつは良かった。お疲れ様。」

 

明石「ありがとうございます。」

 

部下の労を労う直人である。

 

 

 

そう言う訳で。

 

利根「吾輩が利根である! 吾輩が艦隊に加わる以上、もう、索敵の心配はないぞ!」

 

提督「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

ミッドウェーでしくじってた人が何を言う、と本心で思った直人である。

 

北上「アタシは軽巡北上、以後宜しく~。」

 

霞「霞よ、ガンガン行くわよ。付いてらっしゃい!」

 

提督(元気だねぇ。)

 

金剛「みんな頼もしそうデース。」

 

明石「あの、実はもう一人・・・」

 

そう言って明石が続けて直人に耳打ちする。

 

明石「実は今朝造兵廠ドックに漂着した敵の残骸がありまして、それを判定しましたところ一人。」

 

提督「・・・ふむ。」

 

 

で、その結果が・・・。

 

舞風「こんにちわ~! 陽炎型駆逐艦、舞風です~。暗い雰囲気は、苦手です!」

 

提督(元気な奴が増えた。)( ̄∇ ̄;)

 

直人は思わずそう思った。

 

明石「以上4名です。最近結果が既存艦と被る事も多くてですね・・・。」

 

提督「それはまぁ仕方が無かろう。4人とも、以後宜しく頼む。」

 

 

北上「ほいほーい。」

霞「ま、よろしくね。」

利根「うむ、よろしくな!」

舞風「宜しく~!」

 

 

そんな訳で司令部にもまた仲間が増えました。

 

 

 

20時19分 食堂棟2F・大会議室

 

 

提督「夜半の招集ご苦労である。今日金剛含む一部艦娘には休息を取らせてあるから、そのメンバー抜きで今日は始める。」

 

この日休んでいるのは金剛の他、羽黒・摩耶・川内・夕立・綾波・白雪の合計7名である。

 

鈴谷「ふあぁ~・・・。」

 

鈴谷があくびを一つ。まぁ致し方ないだろう。

 

提督「―――――。」

 

まぁ、見て見ぬフリをしたが。

 

提督「まず初めに、新たに着任した北上、利根、舞風、霞の4人を紹介しておく。」

 

新着の4人は直人の右側(直人から見て)に横一列に整列していた。

 

提督「じゃ、適当に座ってくれ。」

 

舞風「はーい。」

 

4人が座るのを見届けると、直人が続ける。

 

提督「北上は第十一戦隊に、利根は第八戦隊に、霞は第十八駆逐隊に、舞風は単独だが第四駆逐隊を編成し、司令部直隷とする。異存ないな?」

 

返問は無い、直人は続けた。

 

提督「では本題に入る。今朝大本営より我が艦隊宛に指令書が届いた。今読み上げるから傾注するように。」

 

そう言って直人が手元にある指令書を開く。

 

 

『特秘令第四号

発 軍令部総長

宛 横鎮近衛艦隊司令官

 

大本営より貴艦隊に対し、1月26日を期日として、アリューシャン海西縁一帯の強行偵察任務を要請する。本作戦は、千島列島の安全確保の為行われる、一大攻勢の準備作戦である。作戦を遂行する際には、万難を排し、誓って成功されたし。』

 

 

読み上げが終わった時、会議室は少しの間静まり返った。

 

初春「して、此度の戦いには誰を以って任に充てるのじゃ?」

 

提督「いい質問だ。今回出撃するメンバーは、セレベス海へ出撃したメンバーは全員除外する。」

 

これはここまでに数度言っていた事の反芻だ。

 

扶桑「あら、では、私達はお休み、ですね?」

 

提督「付け加えて言うなら第二戦隊の4隻は全員出撃しない。今回は迅速さの方が重要と判断し、高速艦艇のみを選抜する。」

 

初春「ほう・・・?」

 

初春も関心を持ったようだ。

 

提督「では編成を発表する。まず本隊は快速の水雷戦隊をメインとする。二水戦・第十戦隊の前回残留組と旗艦、更に七水戦の旗艦含め9隻を以って、強行偵察隊とする。」

 

長月「わ、私達が、か!?」

 

提督「不満か?」

 

そう問うと長月はとんでもないと言う様子で首を振った。

 

長月「いやいや! むしろ願っても無い事だ。しっかり任務を果たさせてもらう。」

 

皐月「久しぶりに出撃かぁ。」

 

文月「そうだね~。」

 

如月「私も出撃なのねぇ・・・。」

 

各々言葉を交わす睦月型の艦娘達に、直人はこう付け加える。

 

提督「言っておくが、戦闘は二水戦と第十戦隊がメインになる事は念頭に置くように。旧式故戦闘を絶対避けよとまでは言わんが絶対に無理はするな。名取、その辺りは頼むぞ。」

 

名取「は、はい。分かっているつもりです。」

 

提督「あくまで七水戦の任務は偵察艦としての役割だ。非常時以外戦闘は避けてくれ。」

 

二十二駆・三十駆「はーい。」

 

提督「言うまでもないと思うが、神通と長良、お前達は七水戦の水先案内と露払い役だ。その為に二つの水雷戦隊を投入するんだ、責任は重大と心得よ。」

 

2つの水雷戦隊のそれぞれを指揮する長良と神通が頷く。

 

霞「・・・と言う事は・・・。」

 

陽炎「私達十八駆も出撃ね。」

 

霞「着任早々なのにいきなり出撃なのよね・・・。」

 

提督「そうだな・・・では、寄港先で軽く揉んでやれ、神通。」

 

神通「分かりました。」

 

そう、今回は訓練時嚮導艦を務めている神通が自ら出陣するのである。戦果に期待したい所である。因みに言うとその寄港地での霞に対する訓練によって、霞や舞風がなんとか実地での実戦に耐えられたという見方もできる。

 

提督「続けて支援部隊だが、この任には霧島を旗艦とし、指揮下に比叡と第七戦隊、六航戦と第四駆逐隊を配する。」

 

このチョイスに驚くのは当然ながら舞風である。

 

舞風「え・・・駆逐艦、私だけ・・・?」

 

提督「舞風は第七戦隊の指揮下に入ってくれ。主に最上の瑞雲隊と共同して対潜警戒を頼む。」

 

舞風「えっと・・・護衛するメンバーは・・・」

 

ざっとこんだけ:比叡・霧島・飛鷹・隼鷹・祥鳳・最上・熊野

 

舞風「・・・ガンバリマス。」

 

提督「すまんな・・・駆逐艦の数が・・・足りんのだ・・・。」

 

舞風「い、いいって、大丈夫、何とかなるよ!」

 

舞風、割とポジティブである。

 

提督「おう・・・この支援部隊の任務は、偵察隊の交戦が生じた場合支援する事にある。霧島、頼むぞ。」

 

霧島「お任せください、司令。」

 

霧島も自信の程を覗かせる。

 

今回の編成は、ざっと下記の通りになる。

 

 

本隊 旗艦:神通

◎偵察隊

・第七水雷戦隊

名取

第二十二駆逐隊(睦月/如月/皐月/文月)

第三十駆逐隊(長月/菊月/三日月/望月)

◎警戒隊

・第二水雷戦隊

神通

第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

・第十戦隊

長良

第二十七駆逐隊(白露/時雨)

第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

支援隊 旗艦:霧島

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

第七戦隊(最上/熊野)

 第四駆逐隊(舞風)

 

 

提督「以上、質問は?」

 

神通「一つ宜しいでしょうか?」

 

神通が挙手する。

 

提督「どうぞ?」

 

神通「私が不在の間、訓練を担当する方はどうしましょうか?」

 

分野別で鳳翔と神通の二人が担当している訓練嚮導だが、神通がいないとなれば代役が要る。

 

提督「その点は考えてある。北上、球磨、多摩!」

 

北上「ん・・・?」

球磨「なんだクマ?」

多摩「にゃ・・・?」

 

提督「お前達3人が代わりに訓練嚮導艦を務めてくれ。」

 

北上「え、マジでー・・・?」

 

面倒臭そうに言う北上。

 

提督「マジだが?」(真顔)

 

真顔で返され北上は二の句を告げられなかった。

 

球磨「んー・・・まぁいいクマ、やるクマ!」

 

多摩「んにゃ。」コクコク

 

姉二人は一応快諾。

 

北上「え・・・」

 

球磨「北上は嫌クマ?」

 

北上「え!? あー・・・わかった、やるやる。」

 

姉にそう言われるとやらざるを得ない次第であった。

 

提督「ありがとう、助かるよ。」

 

この人事は決して論拠の無いものではない。

 

この3人は何れも海軍兵学校や海軍機関学校の練習艦だった経歴を持っているのだ。勿論木曽と大井もだ。

 

大井「私にはやらせてくれないんですね。」

 

その大井が皮肉っぽく言う。

 

提督「遠出から戻ってきといて更に訓練嚮導を連続でやるのはハードワーク過ぎる。希望するなら明後日から合流するといい。」

 

大井「・・・分かりました。」

 

大井はこの切り返しに沈黙する。

 

鳳翔「あの・・・。」

 

次に声を上げたのは鳳翔だった。

 

提督「鳳翔さん、何か?」

 

鳳翔「あ、はい。祥鳳さんと飛鷹さんの慣熟訓練はどうしますか?」

 

提督「発着は出来る様になってるのか?」

 

鳳翔「はい、明日から外洋での発着訓練だったのですが。」

 

流石ベテランだな、と舌を巻く直人だったが言葉を続ける。

 

提督「それならば航海中に並行してやれば良かろう。」

 

鳳翔「あ・・・それはそうですね、分かりました。」

 

鳳翔はこれで納得した。

 

提督「他に質問がある者は?」

 

今度こそ質疑の声は上がらなかった。

 

提督「宜しい、では出撃艦は各自出撃準備、全艦揃い次第出港してくれ。以後は霧島に任せる。」

 

霧島「了解しました。」

 

提督「うむ、これで以上だ。夜分遅くご苦労だった、解散して宜しい。」

 

そうして会議室に集まった面々は、思い思いに退室して行った。

 

 

 

大淀「提督、寄港地がどこであるか、言わなくて良かったのですか?」

 

提督「霧島に話を通しておけば、後は大丈夫だろうと思ってな。」

 

これは直人が如何に艦娘達を信頼していたかを示すものだろう。艦娘の長所短所を知っているかは兎も角としても、艦娘を信頼しなければ何にも出来ないのが提督であるのも事実だった。

 

この時期の直人は、確かに世間一般の提督然としたものだっただろう。

 

提督「本当は俺が直々に出て指揮をしたいがな。」

 

その本人は出て行って闘いたい葛藤と戦っていたが。

 

大淀「今は堪えて下さい。」

 

提督「分かってるんや・・・。」(´・ω・`)

 

その提督の暴走をしっかり抑える大淀さんでした。

 

提督「で? 横須賀と大湊に話は通したのか?」

 

そう切り返すと大淀は事もなげに言った。

 

大淀「土方海将と大湊警備府の田仲海将補には、既に段取りも済ませてあります、御心配なく。」

 

提督「そ、そうか。何かと手間をかけるな。」

 

大淀の仕事の早さに舌を巻きつつ言うと大淀はこう言った。

 

大淀「当然です、私はこんな提督の副官なんですから。」

 

軽い嫌味だった。さしもの直人もこれには若干過去の行いを顧みるのだった。

 

 

 

20時41分 司令部裏ドック

 

 

直人は金剛を引き連れて、見送りに来ていた。

 

霧島「・・・それでは。出撃します、司令。」

 

提督「おう、いってらっしゃい。」

 

金剛「いってらっしゃいデース。」

 

返された言葉に、霧島は少し微笑んで言った。

 

霧島「・・・はい、行って参ります。」

 

提督「全員無事に連れ帰ってくれ。初めての旗艦任務だと思うが、頼むぞ。」

 

霧島「分かっています。一同揃ってまた、ただいまと言えるように。」

 

霧島はそう言って踵を返す。

 

提督「―――頼むぞ。」

 

直人は、徐々に小さくなる艦娘達の後ろ姿を見送ってそう呟く。

 

金剛「・・・提督の気持ちが、なんとなく分かる気がしマース。」

 

提督「―――そうか。」

 

直人は出撃する彼女達を見送る度に不安になる。彼女らが再び、必ずここに戻って来るとは限らないからだ。

 

提督「命ってのは―――」

 

金剛「・・・?」

 

直人は金剛に言う。

 

提督「命ってのは意外に呆気無いものだ。俺の父親なんざ、あの頼もしいがっしりとした後ろ姿をした、自衛軍でも、いや当代一のスナイパーが―――殺されたって帰ってくると思わせるような奴でさえ、あっさりと逝っちまった。」

 

金剛「――――!」

 

金剛は息をのんだ。

 

彼の父親は陸上自衛軍きってのベテランスナイパーで、日本沿岸を解放する戦いで数々の武勲を挙げ、それに匹敵する数の窮地をも潜り抜けた、正にレンジャー並みの男だった。

 

在日米軍として駐留していたある米軍士官をして、『世界一優秀な手腕の狙撃部隊指揮官』と称された程の、有能な男であった。

 

しかし自衛軍が増援を送った黄河流域における一連の攻防戦の折、レ級と思しき敵深海棲艦に狙撃地点を吹き飛ばされ、還らぬ人となった。彼の率いた部隊の内生存者は僅かに2名のみ、その内の一人が直人とも付き合いのあった人物だったことから、彼は親の形見の銃を、今でも使い古して使っているのだ。

 

提督「どんなに嫌な奴でも、何時までも生きている訳も無し。戦場に立つ以上は皆等しく平等なのだ。例え、艦娘であろうが人間であろうが、例え俺でも、『死ぬ』と言う意味では平等だ。」

 

金剛「・・・。」

 

提督「だからこそ、祈らずにはいられない。無事に帰って来いとな。」

 

金剛「分かりマス提督。」

 

金剛が直人に言う。

 

提督「うちの連中は、少々無鉄砲すぎるのが玉に瑕だからな・・・。」

 

金剛「ウッ・・・。」

 

過去にやらかした前科もあるだけに、金剛に反論の言葉は無かった。

 

提督「兎に角だ。俺達もお前達も何れは死ぬだろう、だが戦場で死んでくれるな、出撃しても必ず戻ってこい。俺が常々言っている事だがな。」

 

金剛「ハイ・・・。」

 

金剛は改めてその事を心に刻むのだった。

 

 

 

だが20時58分、出撃したばかりの霧島艦隊から通信が入ったのは、直人が浴場に向かおうとした正にその時であった。

 

大淀「・・・なんて格好なんです。」

 

提督「いいじゃない別に。」

 

実はこの男意外と形から入るタイプで、夜は浴衣で過ごしてる時がままある。

 

と言ってもサイパンがかなり温暖な気候なだけなのだが。

 

大淀「提督が浴衣で歩き回るって・・・。」

 

提督「二種軍服も暑いんです。三種支給して下さい。」

 

海軍に限って言うと、第一種軍服は黒い冬服、第二種軍服は白の(階級によっては金モールが付く)夏服と言う認識でいいのに対し、第三種軍服は南方戦線の気候に合わせて作られたカーキ色で軽装の軍服である。

 

ラバウルで航空戦を指揮した草鹿任一海軍少将が着ていた軍服もこれである。

 

大淀「あー、まぁ分かりますがそれどころではありません。」

 

提督「うむ、そうだな。報告せよ。」

 

毅然とした口調で言う直人である。

 

大淀「はい、先程出撃した艦隊が敵の潜望鏡を発見し、爆雷攻撃を実施、これを撃沈した。との報告が入りまして。」

 

提督「なに? 潜水艦だと?」

 

報告を聞いた直人は怪訝な顔をした。普通潜水艦が、何の策も無しに、しかも出撃してくる艦隊と遭遇する程、基地に近い位置に進出する事が果たしてあり得るだろうか、直人は自身にそう問いかけていた。

 

提督「・・・臭いな。」

 

大淀「は・・・?」

 

この時大淀は、自分がまだ風呂に入っていなかった事から意味を履き違えかけたが、直人の次の発言で理解する事になる。

 

提督「このところ、敵の偵察が連日来ているな?」

 

大淀「え、あぁ、そうですね・・・。」

 

提督「それに加えて潜水艦の撃沈報告だ。確実なのか?」

 

大淀「はい、堂々と水面直下まで浮上していたらしく、撃沈は確認した為確実とのことです。」

 

欺瞞行動と言う事も考えられたが、取り敢えずそれは隅に置く。

 

提督「他に何か霧島は言って来たか?」

 

大淀「はい。潜水艦発見の直前に、謎の通信が発信されたのを傍受したと付記してあります。」

 

提督「流石は霧島だ、艦隊の頭脳を自称するだけの事はある。」

 

直人は合点がいった。

 

提督「その潜水艦の任務も恐らく偵察行動だ。我が司令部の動向を逐一監視していたに違いない。沈めても沈めなくてもデメリットはあるがな。」

 

大淀「敵が近く動く、と言う事ですか?」

 

提督「連日の航空偵察と潜水艦の出没、この二つから推測出来るのはそれ位だろう。」

 

直人はそう言いつつ内心では確信していた。

 

提督「潜水艦も恐らくは複数潜伏しているだろう。しかし現在対応策は打てない状況にあるし、難しい所だ。」

 

彼にとって苦渋の選択だった。

 

大淀「では・・・。」

 

提督「KMXでもあれば、話は別なんだが・・・。」

 

KMXとは、日本海軍の開発した航空機搭載用対潜水艦磁気探知機のことである。正式名称は『3式1号探知機』と言う。どんな代物であるか簡単に言うと、鉄製の艦艇は必ず磁気を帯びている。従ってその周囲には波紋の様に固有の磁気の広がりがあるから、これを航空機の機上で捉える装置である。

 

分かりやすく言えば金属探知機もこれとちょっと似た原理である。金属探知機は内側に磁場を作り、そこに金属を通すと磁場が変化するからこれを検知する。この金属探知機に電気コイルを通すと、そのコイルの端子に電圧が生じるので、これを上空で捉えるのがKMXと考えればよい。

 

しかし言うのは簡単だがいざやると一筋縄ではいかない。電圧と磁気場の関係は、距離の四乗に逆比例して急激に弱まる為、機上に届く時は非常に微弱な信号になってしまうからだ。

 

しかもこれを様々なノイズから選別する必要がある。飛行機の爆音による音圧や、地磁気から発する環状電流もそうだし、潜水艦の発する磁気と地磁気とでは、強さが比較にならないのだから殆ど絶望的といってよい。

 

しかし日本の研究陣はこの難題を見事克服し、昭和19年4月より九六式陸攻や対潜哨戒機『東海』などに搭載が始まった。しかし対潜哨戒機が活動出来る機会も限られてきていた時期だけに、少しばかり遅過ぎたと言うきらいがない訳では無い。

 

しかしこの兵器はアメリカにすらない、当時としては正に画期的な新兵器であり、終戦後進駐したアメリカ軍もこの技術に驚かされたと伝えられる。

 

 

提督「KMXはアメリカ潜水艦にとって恐るべき新兵器だったに違いない。事実何故見つかっているかも分からず、追い回された挙句に浮上降伏したものもある程と聞く。」

 

大淀「惜しむらくはその登場時期でしたね・・・。」

 

提督「確かにそうだ、いずれはKMXも手に入れたいものだ。しかしなんにせよ無い物強請りしても仕方があるまい。今は泳がせておいてやろう、それで向こうのアクションが分かる筈だ。」

 

大淀「分かりました。」

 

同時に直人は警戒態勢の強化を指示して、浴場へと向かったのであった。

 

 

~浴場(男湯)にて~

 

提督「・・・。」ーωー

 

のんびりと湯船に浸かる直人。

 

提督(練習航海か・・・ちょっと根回ししておくか。)

 

直人が考えている練習航海は寄港地が多い為、その手回しが必要な事は改めて言うまでもない。

 

提督(・・・この作戦が終わり次第実施準備だな。)

 

直人はそう考えていた。

 

 

 

1月20日

 

 

~大本営本部ビル・とある部屋~

 

嶋田「このところ、サイパンの横鎮近衛艦隊の戦力拡張には目を見張るものがある。」

 

久々に集まった幹部会の面々に、嶋田が懸念を言い立てる。

 

牟田口「その通りだな。」

 

来栖「どうやら近々、何か大掛かりな兵装を作るようだ。」

 

嶋田「大がかりな兵装と言うと、全島要塞化か?」

 

嶋田が訝る。

 

来栖「どうやらこれまでは小規模な砲台程度にしていたものを、完全な要塞にするようだ。」

 

牟田口「それは凄いな。」

 

気の無い声で牟田口が言う。

 

嶋田「それだけではなく、近く造兵廠の造船設備で何か作るらしい。」

 

牟田口「それで?」

 

嶋田「議長、その様な事を仰っている場合ではありません。もし今、横鎮近衛が反逆すれば、我々は真っ先にここから追いやられるのは確実なのですぞ!」

 

土方「ほう、反逆と言うと?」

 

ここまで黙っていた土方が口を開いた。

 

嶋田「横鎮近衛による軍事的手段による我々の告発だ。我々4人は“曙計画”でかなり無理のある根回しもした。その証拠や痕跡さえも隠匿し、国民や議会の目から誤魔化してきた物が白日の下に晒される。」

 

来栖「そうなれば、我々とて今の地位には留まれん。しかも目下、奴を止められる部隊などいない。」

 

土方「だが紀伊直人本人が反逆の意志ありとする証拠は何かあるのですかな? それに私自身は“曙計画”で貴官らのしたような不正は一切していない、少なくとも私は無傷と言う訳だ。」

 

来栖「なっ!」

 

嶋田「貴様、どう言う事だ。その様な事は一度として言わなかったではないか!」

 

土方「言って恥じる事も無ければ言う必要も無い事だった、ただそれだけのこと。逆に不正をしたならそれは告発されて然るべきだろう。」

 

嶋田「貴様は――――」

 

牟田口「その通りだな、土方君。もし仮に紀伊直人によって弾劾されるならば、我々もそこまでだ。」

 

来栖「議長!?」

 

牟田口「だが、反逆すると言う明々白々な“証拠”は無いのだろう? 全ては虚像の上の恐怖に過ぎん。」

 

嶋田「・・・。」

 

嶋田が額の汗を拭う。

 

牟田口「奴ら4人に自由裁量を与えたのは他ならぬ我々ではないかね。である以上、好きにさせておけ。“我々と利害が一致する内”は、な。」

 

来栖「・・・仰る、通りですな。」

 

土方(―――紀伊君、君ならこの様な状況、見過ごす訳は無かろうな・・・。)

 

嶋田「―――分かりました、では証拠を探しましょう。揺るぎの無い証拠を。」

 

来栖「だがこれまでにやった艦娘を潜り込ませる手はもう使えん。川内などは奴に篭絡され、今では奴の忠臣と化したではないか。」

 

嶋田「兎に角手は打つ。それでいいだろう?」

 

来栖「あぁ、杞憂であればそれで良し、事実ならば掣肘せねばならん。」

 

 

~サイパン島~

 

提督「へっぷしっ!!」

 

風呂上がりの提督、牛乳瓶持って立ちクシャミ。

 

雷「あら、風邪?」

 

提督「いや、そんな事は無い。」(誰か噂してるな・・・?)

 

無論ながら直人がこの密談を知る術はない。

 

雷「お風呂上りはきちんと体温管理しないとダメよ?」

 

提督「流石医療課主任だ、心して置こう。」

 

そう言って牛乳瓶の中身をぐい飲みする直人。

 

雷「フフッ。」

 

提督「――――間宮さんのフルーツ牛乳(゚д゚)ウマー」

 

雷「そうね、ホントに美味しいわ。」

 

平和である。

 

 

 

この戦争を通じて、近衛艦隊へ唯一かつ大なる命令権を持っていたのが大本営軍令部ではあったが、その権限は主として幹部会と言う、大本営総長でさえその存在をも知らされていない裏の主に依る所が大きかった。

 

無論軍令部総長も近衛艦隊の存在を把握する者のみがなる資格を持つという条件(これは大本営そのものが近衛艦隊の上位組織である為)から、現軍令部総長兼海上幕僚長である山本義隆海将も命令を発する事はままあった。今回に関してはそうした命令の一つである。

 

しかしどちらにしても、近衛艦隊に対する命令は、命令とは形ばかりの“指令”でしかなく、無論ながら強制力は弱い。その点は山本も、直人も、牟田口さえもよく承知する所であった。

 

 

 

明けて1月21日8時51分、執務を開始していた直人は昨日聞きそびれた事を大淀に訊いていた。

 

 

~提督執務室~

 

提督「そう言えば大淀。」

 

大淀「はい、なんでしょう?」

 

提督「昨日の潜水艦撃沈の件だが、あれは誰が撃沈したのか、言って来てるか?」

 

その言葉を聞いた大淀が手元にあった書類をめくり始める

 

大淀「あ、はい。えっと・・・あぁ、ありました。文月さんですね。」

 

それを聞いた直人は憮然とした。

 

提督「文月か・・・。」

 

大淀「どうかされましたか?」

 

提督「ん? あぁ、いやいや、聞いて置きたかっただけなんだ。」

 

そう言いながらも直人の心境は、嬉しい様なそうでない様なと言う具合で複雑であった。

 

提督(危ない事はするなと、常々あれほど言って置いたのになぁ。)フッ

 

大淀「・・・?」

 

そう、この男、睦月型が割合自由奔放な子が多いので、お節介をかける事もしばしばである。

 

あるときは・・・

 

 

~司令部裏ドック~

 

菊月「待たんかぁ!!」

 

皐月「へへ~ん!」

 

提督「―――――ドックの周りで暴れるな、危ないぞ!」

 

 

 

またある時は・・・

 

 

~食堂~

 

文月「~♪」ユラユラ

 

提督「椅子の前を浮かせてゆらゆらさせると危ないぞ、文月。」

 

文月「あ、うん、分かった。」

 

提督「頼むから危ない事だけは、するんじゃないぞ?」

 

文月「はーい。」^^

 

提督(全く、この笑顔を傷物にはしたくないものだ。)

 

 

 

今回の出撃前にも・・・

 

 

~また司令部裏ドック・夜半~

 

提督「いいか睦月型諸君。くれぐれも危険な行動だけは慎むように。今回の君達の任務は情報を集める事だ。それを良く心する様に。」

 

睦月型「はいっ!」

 

提督「まぁなんだ、危ない事はせず、また元気に帰って来て欲しい。睦月、1番艦として、しっかり頼むぞ。」

 

睦月「はい!」

 

 

 

提督「~~~・・・。」カリカリ・・・

 

故にこの時の直人の心境も複雑であった。

 

大淀「・・・。」

 

大淀にも何となくそれは察する事が出来たので、彼女も敢えてそれ以上は言わなかったのだった。つくづく優秀な副官である。

 

 

グゥゥゥゥウウウゥゥゥゥ・・・ン

 

 

提督「・・・また要撃か。」

 

大淀「その様ですね・・・。」

 

提督「大淀、無線室に戻り、彼我の状況推移に気を配れ。何かあればすぐに俺のインカムの方で報告してくれ。」

 

大淀「はい、承知しました。」

 

金剛「ここはワタシ達にお任せデース!」

 

大淀「ではお願いします。」

 

そう言うと大淀は足早に去っていく。

 

提督「・・・。」

 

「杞憂であればいいが」―――と直人も漠然とであるが、何か起こる予感だけがしたのだ。

 

無論そう茫洋と感じ取っただけでありその時は口に出さなかった。しかしこの予感を、彼はすぐに振り返る事になる。

 

 

 

午前11時31分―――

 

 

~提督執務室~

 

提督「なに? 潜水艦を撃沈した?」

 

大淀からの報告によれば、哨戒5班の駆逐艦五月雨が敵潜水艦を捕捉、これを同班の夕立と共同して撃沈したと言うのだ。場所はサイパン南西沿岸沖17km程である。

 

因みにこの哨戒5班は他に時雨が所属しているが、今回は出撃で司令部を留守にしている為、哨戒5班は暫定的に2隻体制となっている。そんな中でよくぞ見つけたという一面はあるが。

 

提督「ふむ・・・敵がいよいよ本格的に偵察行動を仕掛けてきたと見るべきだな。となれば艦隊の出港は通報された事になる。」

 

大淀「どうしますか?」

 

大淀の問いかけに直人は反問する。

 

提督「どう、とは?」

 

大淀「ここは一旦作戦を中止して、艦隊を呼び戻すべきでは?」

 

提督「いや、それはしない、あくまでも敵のアクションを待つことにしよう。」

 

大淀「些か消極的過ぎはしませんか?」

 

提督「安心しろ大淀、このサイパン要塞、そう敗れはせんよ。」

 

自信たっぷりにそう言う直人。

 

大淀「・・・?」

 

提督「サイパン東方海上80kmの円周上に哨戒線を張れ、常時3個哨戒班を展開させ敵の動きを警戒する。」

 

大淀「3個哨戒班となると最低でも6隻、最大9隻の駆逐艦を展開させる事になりますが。」

 

横鎮近衛で編成している哨戒班は原則として同型の駆逐艦3隻からなる。無論例外はあるが今は省く。

 

提督「当然だ、範囲はかなり広いんだからな。」

 

そう言って直人はサイパン周辺海域の地図とコンパスを出し、サイパンを中心に80kmの円周哨戒線を書き入れる。その範囲は南南東から北東までと言う広範なものだった。

 

大淀「これだけの範囲を海上哨戒するのですか!?」

 

提督「そうだ、多少穴があっても構わん。航空隊も動員して常時警戒する。」

 

それを聞いた大淀が言った。

 

大淀「航空機を動員するなら、駆逐艦を哨戒に出す必要は、無いのではありませんか?」

 

これはもっともである。駆逐艦の哨戒範囲はせいぜい20km弱、対空哨戒ならそれより遥かに短い範囲になる。

 

対して航空機は海上・対空哨戒共に申し分ない範囲の捜索が可能だ。

 

提督「何事にも万全を期すと言うだけの事だ。それに夜間は哨戒機は飛ばせないし、昼間にしても、目は出来るだけ多い方がいいだろう?」

 

大淀「ですが―――」

 

提督「多少の無駄は覚悟の上だ、だがこの司令部を守る為の策だ、理解してくれ。」

 

大淀「―――分かりました。」

 

直人自身、自分の危惧が杞憂であればいいと思ってはいた。

 

提督(杞憂であればそれで良し、だが――)

 

最悪の場合は―――直人はそこまで考え至っていた。だからこそ過敏なまでの警戒網を敷くのである。

 

大淀「ですが、言う程の事は起らないのではありませんか・・・?」

 

大淀がそんな事を言う。

 

提督「・・・。」

 

直人は少し考えて言った。まるで不安を払うかのようなそぶりであった。

 

提督「―――そうかもしれん。大淀の言うとおり言う程の事では、無いかも知れん。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「だがこうも言うだろう。“何かあってからでは遅い”、と。」

 

大淀「――――!」

 

何かあってからでは遅い、それは太平洋戦争における戦訓でもあった筈である。大淀がそこに思い至った時、大淀はこれに同意したのである。

 

 

 

太平洋戦争に於いて、日本軍の取った作戦の捉え方として最も正しいのは、「陣取り合戦」ではないかと思う。

 

要するに日本軍は点と点を取り、それらを繋いで線にする事でそれを自己の領域と見做していた。と言う事である。これはミッドウェー作戦や陸軍の中国戦線における作戦を見れば明らかであろう。敵が仕掛けてくればその行動発起点を潰すと言う手は帝国陸軍の常に使う策だった。

 

しかし、点は所詮点である。と言う事を見落とした帝国陸軍は敗れ去った。占領地政策が、あまりにもおざなりにされ過ぎた結果である。加えて日本は中国大陸で蛮行を働き過ぎた。この事も民心に多大な影響を与えたものだろう。

 

つまり、陣取りゲームと見做すには、その戦域は広すぎ、その空間的な大きさと奥行きは、日清・日露両戦役の比では無かった、その事を日本軍部は認識できなかったのである。

 

 

 

1月21日(火)12時23分

 

 

~食堂にて~

 

提督「・・・。」クールクル

 

つい手癖でこの日の昼食、あっさりめのダシつゆのうどんをかき混ぜながら、直人は一人若干深刻な感じで思慮に耽っていた。

 

提督(これまで殆ど報告の無かったサイパン周辺での潜水艦撃沈、それも2日連続でその情報が来た、となると、敵もかなり無理をして情報集めに精を出しているようだ・・・。)

 

不気味に蠢動する深海棲艦の思考を、直人は敏感に読み取ろうと試みていたのだった。

 

満潮「どうかしたの? 司令官。」

 

そこへやってきたのは、この日の厨房担当の満潮である。エプロンと三角巾を着けている。

 

提督「あ、いや、なんでもないよ。」

 

満潮「そう・・・うどん冷めるわよ。」

 

提督「あっ・・・。」

 

微妙に手遅れだった。(※ちょっとぬるい。)

 

そしてそう言い残して去っていく満潮を見送りながら、直人は再び思案を巡らせる。

 

提督(問題はその無理をしている理由だ。深海棲艦だって戦力は有限である筈だし、その戦力たる潜水艦を投げ捨てるような真似をしてまで情報を集めるのは何の故あっての事なのか、そこが鍵だな。)

 

うどんをすすりながら直人は徐々に問題の核心へと近づく。

 

提督(潜水艦の任務と言えば、偵察・哨戒、そして通商破壊だ。)

 

 潜水艦の特徴の一つがその特性にある。第1次大戦期のドイツ潜水艦作戦を指導したパウエル海軍大将の著書「潜水艦論」の中に出て来る、『遍在性(へんざいせい)』と言う言葉が最も正しいであろう。

つまり、「何処にでも存在する・ありふれている」と言う事である。潜水艦の特性として遍在性と言う言葉で説明する場合、何処にでも出現しうると言う事になる。

例えば大戦後期、アメリカ潜水艦は大胆にも日本本土の港の中にまで入り込み、荷積み中の船舶が次々と沈められた―――。

 即ち潜水艦の特徴はその高い隠密性であり、何処へでも出かけて行って任務に従事する事が可能な唯一の艦艇が、潜水艦なのだ。と今は御理解頂きたい。

 

提督(まず通商破壊をやるなら、何もこんな危険海域まで進出する事は無い。小笠原列島線や南シナ海で十分な筈だし、今回の場合その可能性は低いと見て後の二つだ。)

 

そう考えて再び一口うどんを口に運んで続ける。

 

提督(哨戒ならそもそもここまで進出する筈はない、よって可能性として残るのが偵察だが、仮にそうだとして消耗を恐れない様なその強行偵察の意図だ。一体何が起きようとしているのか、そこが重要なんだ。)

 

 潜水艦による強行偵察と、連日長距離爆撃機を用いた空中を堂々と侵入する偵察飛行。連日深海棲艦側は横鎮近衛の情報収集に励んでいる様にも見受けられる。

(※トラックからサイパン島までならPBY-5 カタリナタイプの航空機も敵にはないではないが、どうやらB-17タイプでもバカスカ落とされる為投入を躊躇っている様だ。)

 

この二つから導き出せることは『敵が何か行動を起こそうとしている』と言う事である。

 

提督(そもそも敵のB-17の策源地でさえ、明らかにはなっていない。探りを入れてないだけではあるが、もし前回の様に超兵器級深海棲艦から送り込まれているとすれば、再度の水上侵攻も考えうる情勢だけに、非常にまずい―――。)

 

直人が東方海上に哨戒線を策定したのもこの重大な懸念からである。今敵艦隊が来襲すれば到底洋上で食い止める事は不可能だからだ。

 

直人にはそれが理解出来るだけに、より深刻ではあったのだが。

 

提督(やめよう、飯の時位―――)

 

不安を振りほどく様に直人は考えるのをやめ、食事に集中するのだった。

 

 

 

13時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

大淀「水上侵攻・・・ですか。」

 

直人の危惧を聞いた大淀もすぐに思案したが、答えは直人のそれと同じであった。

 

提督「今、敵の水上侵攻があるならば、奴らを阻止する事は出来ん、出撃した艦隊は既に父島の辺りの筈だ。呼び戻しても間に合うまい。」

 

腕を組んで瞑目しつつ直人は言った。

 

大淀「主力艦は全て出払っていますから、今攻撃を受ければ防衛するのは至難ですね。」

 

 水上侵攻を危惧する最大の要因はここにあった。水上戦力の基幹部隊である第二戦隊と第一戦隊が全艦出払っていることが、事の重大さを際立たせていたのは事実であった。

まして、その主力たる第1艦隊が全力出撃しており、尚且つ他の艦隊からも駆逐艦が引き抜かれた上、司令部防備艦隊の手持ちには、現状駆逐艦が1隻もいない。こうなると艦隊そのものがあてにならないと見做さざるを得ず、頼みの綱は砲台のみである。

 

提督「我々には砲台による鉄壁の防御陣がある。だが、それとて雲霞の如く押し寄せる敵艦隊に対し、どれだけ持ち堪えられるかと言う勝負だ。恐らく空海同時攻撃を加えられそう長くは持つまい。」

 

 霧の艦隊が攻めてきた時は、サイパン砲台はその完成度の高さを見せつけた。また帯同していた敵深海棲艦の艦載機は艦娘艦隊に注意が向き、砲台は結局手付かずのまま放置されていた。

しかし航空機による砲台攻撃が行われた場合、射撃すれば即時発見は免れず、破壊の憂き目を見る事は必定である。しかも推測ではあったがこの砲台の存在自体は既に敵に知られているだろう。であるならば、空から探して艦砲で撃つ、と言うスタイルを採るであろう。

自分が敵指揮官の立場ならそうする、と直人は考えていた。

 

大淀「そこで何かしらの策がいる、と言う事ですね?」

 

提督「そうだ。敵の艦隊が進撃してくるようならば、基地航空隊と空母部隊による航空(反復)攻撃によってこれを漸減し、司令部に残る艦娘全員を出動させて迎撃、然る後砲台による砲撃で勝敗を決する、と言う三段構えで行こうと思っている。」

 

この戦法は何も真新しいものでは無い。漸減要撃戦術を局地版に縮小しただけの事である。

 

大淀「それ以外でしたら、どうしますか?」

 

提督「うん、航空攻撃なら哨戒線にかかり次第戦闘機によるインターセプトを行う。何も無ければ・・・」

 

大淀「――――無ければ?」

 

提督「いつもの通り。頭を掻いて、誤魔化すさ。」

 

大淀「はぁ・・・。」(嘆息

 

何の屈託も無くそう言いつつも直人の心中には、この事に関して確信に近い何かが確かに存在した。

 

それが現実のものとなるや否や、彼らはまだ知らない――――。

 

提督「潜水艦も動員しよう。」

 

ぽっと出のアイデアである。

 

大淀「まさかイムヤさんをですか?」

 

提督「そうだよ? 駆逐艦は主力の一部が出払ってて現行体制では支えきれんから、その穴を埋める時に投入する形を取る。訓練も兼ねてぜひやろうと思う。」

 

大淀「は、はぁ・・・分かりました。」

 

その反応から大淀が何を思ったか直人にも分かった。

 

提督「――――ハハハッ、流石にトラック島にイムヤを単身送り込むなんてことはしないよ。無謀極まるからね。」

 

大淀「お見通しでしたか・・・。」

 

提督「それで? 潜水艦隊司令殿の所見は如何かな?」

 

イムヤのみとはいえ潜水艦であるのでその訓練は神通にも鳳翔にも手に余るものだった。

 

そこで直人が目を付けたのが大淀であった。大淀は元々潜水戦隊旗艦と言う用途で作られており、その為通信設備が充実していた。また大淀には本職程ではないにせよ潜水艦戦のノウハウがあった。

 

大淀「はい、哨戒なら気兼ねなく出せるかと思います。」

 

その潜水艦隊旗艦のお墨付きを直人は頂いた。

 

提督「ん、そうか。それなら問題ないな。」

 

こうして、イムヤの初実戦が決まった。実戦と言っても哨戒と言う地味な任務でこそあったが、場凌ぎ的な意味で仕方ない一面もそこには存在したのだが――――。

 

 

 

18時00分には早速その第1陣が出動した。

 

 

第1陣には哨戒1班・2班・5班が参加、全部で7隻による哨戒である。

 

3班・4班はどちらも全艦出撃中である。

 

 

~司令部裏ドック・艤装倉庫裏~

 

提督「・・・航空機による哨戒は?」

 

飛龍「一式陸攻二四型乙22機、一式空三号無線帰投方位測定器を装備して夜間哨戒に出します。」

 

提督「結構。重ねて言うが8時間で交代させろ、偵察装備で6000km飛べるとはいっても、搭乗員の疲労は無視出来んからな。」

 

飛龍「分かっています、提督。」

 

 サイパン航空部隊は徐々にその戦力を拡充している。その中で導入できたのが、1式陸攻24型乙である。

一式陸攻は大戦前に正式化されて以来、大戦を通じて改修が続けられたが、その過程で生まれた機体の一つである。

 一式陸攻は一一型に始まり、二二型で初めて全面改修が施されるが、この二二型で搭載したエンジン、火星二一型の減速比からくる振動の強さが問題となり、エンジンを火星二五型に変更したタイプが二四型である。

このタイプは二二型の改修形態を踏襲しており、この中で二四型乙はH-6型捜索用レーダーを装備した二四型甲に、胴体上部砲塔の20mm機銃を短銃身の1号機銃から長銃身の2号機銃に換装したタイプである。

 

簡潔纏め

二二型+H-6型レーダー=二二型甲(二二型甲+改修型火星エンジン=二四型甲)

二二型甲+新型機関砲=二二型乙

二二型乙+改修型火星エンジン=二四型乙

 

 ついでに一式空三号無線帰投方位測定器と言うのは、アメリカで開発された無線帰投装置を国産化したもので、基地(母艦)から電波を放ち、これを装置を搭載した機体が捕えて帰投する方位を確認する、と言う物だ。

 

 さて、H-6型捜索用レーダーであるが、これはアメリカ軍に遅れを取っていた電波兵装の一つである。探知範囲は大型艦に対して100㎞、小型艦に対しては50㎞程度、距離検知誤差は±5%、出力3kWで150MHzの電波を放出する。

日本海軍が唯一実用化した航空機搭載用の捜索レーダーであり、正式には『三式空六号無線電信儀』と言う。目標反射波の表示は最大感度方式であり、かつ波長が2mのメートル波レーダーであった事から航空機の探知は出来ず、対水上用の捜索レーダーとして実用化されたと言う代物である。

だが性能は低いにしろ、サイパン空でも貴重な機上レーダーである。直人はこれを最大限活用し、更に無線帰投装置を用いた夜間哨戒をも実施する構えであった。

 

(以上説明でした。)

 

 

提督「頼むぞ飛龍。敵捕捉の確度の如何は、お前達にかかってる。」

 

飛龍「お任せ下さい、必ず成果を上げて見せます。」

 

頼もしい飛龍の言葉を聞いて直人も安心した。

 

提督「ところでさ飛龍?」

 

飛龍「―――なんでしょうか?」

 

提督「サイパン飛行場って拡張間に合ってるの?」

 

飛龍「あぁ~・・・その件ですか。」

 

実はサイパン空は調子に乗って増やし過ぎている。

 

全て足し合わせて984機の数多に上るのだ。

 

飛龍「実を言うと、航空機の格納機数拡充はまだ間に合ってません。暫くかかると思います。」

 

提督「ぬ、マジか・・・。」

 

飛龍「流石に増やし過ぎましたね・・・。」

 

提督「だが様々な状況に対応出来る様にもなった、どっちがいいんだか。」

 

実際機種転換や機数増強などでも戦力は補強されているのだ。

 

しかし、些か増強し過ぎたのが今の状況である。

 

戦略爆撃機 キ91だけでも41機に増えている。更に機種だけ見てもそれなりに増えている上機体が上位互換されている場合もある為、何度でも言うが結局の所施設拡張が間に合っていないのだ。

 

この機数についてはこの章末に付録として記載させて頂こう。

 

提督「・・・まぁしかたない、取り敢えず可能なペースで拡張を頼む、掩体壕でもハンガーでも構わんから兎に角急いでくれ。」

 

飛龍「はい。ですが私もそろそろ出撃したいです。」

 

提督「すまんな・・・艤装を発見出来るまでは、今暫く辛抱してくれ。」

 

飛龍「はい・・・。」

 

直人はその時飛龍の見せた落ち込んだ表情を見て、どうにもやるせない気持ちになったのだった。

 

 

 

1月22日9時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「・・・進水式やんの?」

 

明石「はい、そうです。」

 

提督「・・・最後に報告求めたのいつよ?」

 

明石「おとといの午後1時頃だったかと。」

 

提督「・・・はえぇよ。」

 

唖然としてただそう言う直人。

 

明石「そうは言われましても、防水隔壁さえ仕上げると船体の階層と部屋の間仕切りは簡単なんですよ。」

 

提督「ブロック工法だからか・・・。」

 

明石「はい、その通りです。」

 

大淀「さ、流石と言うかなんというか・・・。」

 

提督「いや早いわ。どういう手品だ。」

 

明石「いえ、ヒュウガさんから教わった技術です。」

 

提督「霧の置き土産か・・・。」

 

道理でブロック形成も鋼材加工も早い訳だと直人は思った。

 

明石がここに来た用件はたった一つ、鈴谷の進水式を今日やると言うのだ。

 

提督「まさか上部構造物も仕上げたのか?」

 

明石「はい、後は装備を据え付けるだけで完成です。」

 

進水までに艦橋など武装以外の構造物は仕上げるのは通例である。

 

提督「で、俺も出席しろってんですね?」

 

明石「いえ、綱切って下さい。」

 

提督「と言う事は訓示も読むんだよね!?」

 

明石「勿論です。御自分の旗艦なんですから。」

 

提督「アッハイ。」

 

半分程度明石の意趣返しであった。

 

提督(ぐぬぬ・・・まぁいいか。)

 

まぁやらざるを得まいと直人も観念したが。

 

明石「わざわざ内地から銀の斧も取り寄せたので、お願いします。」

 

提督「んー・・・分かった。時間だけ教えて。」

 

明石「14時を予定しています。」

 

提督「分かった、飯食ってすぐそっちに行けば済むな。」

 

明石「ではそう言う事で。」

 

そう言って明石は去って行った。

 

大淀「・・・些か急ではありませんか?」

 

提督「いいさ、いずれやる事だしな。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「それに、進水に失敗したり日程を遅らせたりするとその船は不幸になる。それだけはぜひ避けたい。何せ自分の旗艦なんだからな。」

 

 造船業界にはこんな言い伝えがある。

『進水式に失敗した船は後に不運に見舞われる』

これを聞いただけならただのうわ言だと言われるだろう。では例証を示そう。

 日露戦役の折、主力戦艦2隻を一気に失って戦力的に不安を抱えた日本海軍は、新たに2隻の新戦艦を造船した。これが明治40年に就役した一等巡洋艦*1筑波と生駒である。

しかし筑波は進水式当日、進水台が故障し進水不能となり後日改めて進水式を挙行したが、大正6年1月14日、横須賀港内で突如火薬庫爆発を起こし沈没した。

 

こんな例もある。

 1944年10月5日、レイテ沖海戦に間に合わせるべく突貫工事中の空母信濃が横須賀工廠第6ドックから出渠(即ち進水)出来る状態になった。

しかしドックへの注水の際、工員の手違いで海面との水位差が1mもある時に船渠扉が浮かんでしまい海水がドックに流れ込んできた。この為信濃は船渠前壁に衝突し、勢い余ってドックから半分飛び出してしまった。

その後信濃がどう言う運命を辿ったかご存知の通りであろう。44年11月29日潮岬沖で、米潜水艦「アーチャーフィッシュ」の雷撃を受けて沈んだのである。竣工は11月19日、竣工僅か10日後の出来事であった。

 

 偶然であるかもしれない。勿論偶然であるだろう。ただの言い伝えであろう。

しかし筑波も信濃も共に進水に失敗したという共通点を持つ。しかも筑波の場合、山本権兵衛海軍大臣と皇太子殿下(後の大正天皇)臨御の元の進水式であった。

こう言った例は日本でも何例でもあるし、世界的に見ても進水失敗の例は相当数あるのは事実である。それらの艦が軒並み不運ではなかったにせよ、それが不運であった時人々は噂する。『進水式に失敗したからだ』と。

言い伝えとはそうしたものである。そして直人もこの時、“自らの旗艦にその様な運命は背負わせまいぞ”と心に決めていた。

 

ガチャッ

 

金剛「デイリー業務終わったデース!」

 

そこへ戻って来たのがこの女である。

 

提督「おうお帰り、結果どうだった?」

 

金剛「ダメネー、被りの艤装ばかりデス。」

 

金剛は毎日の建造と開発の為に席を外していたのだ。

 

提督「仕方ないな、いつもより多めに資源は使っているのだが・・・。」

 

この時期直人が毎日建造させているのが、提督諸氏の言う「レア駆逐レシピ」である。目当てはこの資材量で建造が多数報告された雪風の艤装である。

 

金剛「仕方ないネー。元々そこまで率は高くないですカラ・・・。」

 

提督「それもそうか、では始めようか。」

 

金剛「OKネー。」

 

提督「あぁそうだ金剛。」

 

思い出したように直人は金剛に声をかける。

 

金剛「ン?なんデスカー?」

 

提督「お前達第一水上打撃群も出て貰うぞ、俺の旗艦の進水式に。」

 

金剛「oh・・・OKデース。」

 

提督「14時から行うから、それまでに今司令部にいる全員を集めておいてくれよ?」

 

金剛「了解ネー。今日はめでたいデース!」

 

提督「そうだな、楽しみだ。」

 

大淀「では手早く書類を終わらせましょうか?」キラッ

 

提督「あ、はい。」ゾクリ

 

直人と金剛、そして大淀も、この報には少なからず喜びを感じていたのである。このところ明るいとは言えない知らせばかりであった彼らにとって、久々の吉報だったのだから、むしろ当然であっただろう。

 

提督「そう言えば大淀、今日の気象情報はどうなっている?」

 

大淀「昼過ぎから雲が多くなるそうですが、雨は降らないとのことでした。」

 

提督「―――今雲殆どないけどなぁ・・・。」

 

直人も言うとおり、この日の朝は千切れ雲が僅かにあるだけの快晴である。

 

提督「・・・まぁ、ままならんものよな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

サイパンは比較的安定した気候で過ごしやすくはある。内地では梅雨の時期でもサイパンでは内地程降らない、気候に目立って極端さは無いのだ。

 

提督「ま、晴れてる事を祈ろうか。」

 

金剛「デスネー。」

 

そう言って直人と金剛は目の前の書類に取り組み始めた。

 

 

 

―――その報は、唐突であった。

 

 

13時29分 造兵廠建屋内

 

 

提督「お前達集まるの早いな。」

 

金剛「勿論デース、遅刻したら勿体ないカラネー!」

 

鈴谷「そうそう、それに、昔の私を見るみたいで、ちょっと楽しみだしね!」

 

提督「ハハハハ、言えてるな。」

 

蒼龍「でも飛龍は来られないのかぁ、残念。」

 

飛龍は航空管制がある為今はサイパン管制塔にいるのだが。

 

大淀「提督!  緊急入電です!」

 

そこに走り込んで来たのは大淀だった。余程慌てているのか息を切らしていた。

 

提督「なんだ、どうした大淀?」

 

大淀「こ・・・これを・・・」スッ

 

ゼェゼェと息を荒げる大淀が差し出した一枚の紙を、直人は受け取る。

 

提督「なんだ―――?」ペラッ

 

その内容にさっと目を通した直人は驚いた。その内容は直人の直感が、的確にそれを的中させていたからである。

 

 

 

その打電文に曰く『サイパン東南東165海里、高度5500付近に敵爆撃機の大編隊発見、なお、B-17タイプにあらず、形状から見てB-24タイプと思われる』

 

 

 

提督「―――事実か!? 誤報ではないのだな!?」

 

大淀「713-19号機からの正確な情報です、現在こちらに向かっているとの第2報もあります。」

 

この時直人は即座に二つの事を決断していた。

 

大淀「提督、今回の進水式は―――」

 

提督「予定を早めて行う。」

 

大淀の言葉を遮って直人は言った。

 

大淀「提督!?」

 

提督「B-24の巡航速度は最大で346km/時だ。加えて航続距離も非常に長く恐らく1000ポンド爆弾を山と見舞ってくれるつもりなのだろう。」

 

大淀「恐らくはそうでしょう。」

 

提督「だがまだ50分の余裕はある。」

 

大淀「!」

 

そう、“まだ50分ある”のだ。

 

提督「明石、行けるな?」

 

明石「万事お任せ下さい。」

 

提督「そう言う訳だ。飛龍には別途迎撃の指示を。」

 

大淀「は、はぁ・・・分かりました、従いましょう。」

 

不承不承と言った様子で大淀も承諾した。

 

提督「では、行くか。」

 

直人を先頭に、艦娘達が建屋を西側に出る。

 

その正面にある船台には、前檣楼や甲板と言った船体の基本構造を完成させた、まだ艤装工事のされていない1隻の巡洋艦が、進水準備を終えた船台の上にその姿を見せていた。

 

 

臨席する艦娘達が背後に直立不動で整列し、直人は演台に立つ。

 

支綱切断の為の銀の斧は既にマイクスタンドの隣にある、木箱の中に収められている。

 

マイクは事前にテスト済みである。なお明石は進水準備とすぐに艤装工事に取り掛かれるよう準備する為、局長と共に別の場所にいる。

 

提督「・・・。」

 

こうして演台に立つと、成程寂しい進水式だ、と感ずる直人である。

 

戦艦加賀(進水時は戦艦)の進水式には10万人が詰め掛け、負傷者まで出たと言う。それに比べれば殺風景である。

 

直人は神妙な面持ちで言葉を発した。

 

提督「1月6日、建造を開始して以来僅か16日にて進水式を迎えた事は、誠にもって驚きと言う他ない。開戦より間も無く10ヶ月、今だ戦局は我に利、在らざるものの如しであるが、その中、この新巡洋艦の進水は、今後の戦局に大きな影響を与えるものと、確信するものである。」

 

直人は予報通り天気の崩れ始めたサイパンの空に訴えかける様に言葉を紡ぐ。

 

その雲行きは正に、この船の行く手が、波乱に満ちたものである事を予見するかの如しであった。

 

提督「この1隻に戦局挽回の期待を込め、本艦を、“鈴谷”と命名するものである。」

 

鈴谷「!」

 

 2053年1月22日13時42分42秒、僅か16日で船体完工相成った巡洋艦に、艦名が授けられた瞬間である。

それは同時に、今もフィリピンの海に沈む巡洋艦鈴谷の、100年以上の時を越え、面目を一新した復活の日でもあった。

 

明石「“提督、進水準備全て整ってます!”」

 

直人はそれを聞き、傍らの木箱を開ける。その中には刃の左側を上に寝かされた銀の斧が輝きを放っていた。

 

提督(この左側の刻まれた3本の溝と、右側の4本の溝は、それぞれ神仏の加護を願う為のものだったな。)

 

刃の左側の3本の溝は三貴子(みはしらのうずのみこ:アマテラス・ツクヨミ・スサノオ)、右側の4本の溝は四天王を表している。

 

提督(八百万の神々よ、そなたらの加護が我が艦に授けられんことを――――)

 

そう念じ、直人は銀の斧で、綱を切断する。

 

鈴谷の船体が、海に向けて滑り始める。

 

金剛「おぉ・・・。」

 

鈴谷「感無量、だね・・・。」

 

次の瞬間艦首に釣り下げられた薬玉が割れ、中から十羽ほどのハトが紙吹雪と共に飛び立った。

 

金剛「!」

 

金剛はそれを見て、ふと自分の進水式が遠い昔の様に感ぜられるのだった。

 

 金剛の進水式の際、ヴィッカース社に派遣されていた日本人技術者からの要望で、英国での慣習による所のシャンパンの瓶ではなく、日本での慣習であるハトを入れた薬玉を割らせた所、現地の人々から大変珍しがられたと言うエピソードがある。

直人もまた平和を望む男の一人だ。このハトが、平和への道となる事を、彼は切に祈っていたのだった。

 

 

 艦娘達の拍手を一身に受け、やがてその身を海に浮かべた鈴谷の船体は、慌ただしくタグボート数隻の手により艤装岸壁に着けられる。

このタグボートはこの造兵廠に付随していたものであり、妖精さん達の手で運用される。

 

提督「・・・。」

 

直人は真剣な面持ちを崩さぬまま、その様子を見ていた。

 

明石「提督、上手くいきましたね!」

 

そこに明石が歩み寄る。

 

提督「全くだ、大成功だな。」

 

明石「はい!」

 

提督「では明石、後は任せる。」

 

明石「はい! こちらは万事、お任せあれ。」

 

提督「こいつ、言う様になったな。」

 

そう言って明石の額を右の人差し指でツンと突く。

 

明石「フフフッ。」

 

提督「フッ・・・では、征こうか。」

 

金剛「―――。」コクッ

 

直人達は急ぎ造兵廠から司令部へと走る。

 

 

タッタッタ・・・

 

提督「飛龍! 管制塔聞こえるか!」

 

直人は走りながら管制塔を呼び出す。

 

飛龍「“はい! なんでしょうか!”」

 

提督「迎撃の方はどうなっている?」

 

飛龍「“戦闘哨戒中の屠龍丙型20機の他基地から稼働全機を迎撃に上げました。敵編隊はどうやら200機を超えるようです。”」

 

その数に直人は特に驚きはしない。第2次東京大空襲で来襲した敵機は970機、その後も恒常的に200以上の敵が終始日本に来襲していたのだから。

 

提督「迎撃部隊の総数は?」

 

飛龍「“323機です。”」

 

提督「分かった、補給用燃料と弾薬はどうにかする、敵機をこの島に近づけるな!」

 

飛龍「“はい!”」

 

 既に彼らの頭上には、高度を上げ迎撃に向かう戦闘機の大群が視認できた。

沢山のエンジンの共鳴音は、このサイパン上空と言う空間を満たしまだ足りぬと言わんばかりに響き渡る。

 

 

~トラック環礁~

 

泊地棲鬼「フッ、サイパンノ奴ラハ、コレデ終ワリダナ。」

 

不敵な笑みを浮かべ勝利を確信する泊地棲鬼。

 

「イヤ、油断ナランカモシレン。」

 

泊地棲鬼「ドウイウコトダ、“アルウス02”?」

 

アルウス02「ソノママノ意味ダ、敵、イヤ奴ラハ航空戦力ヲ拡充サセテイルノダロウ? “夏島”ヨ?」

 

夏島、と呼ばれた泊地棲鬼は答える。

 

夏島「ナニ、奴ラノ航空機ナド大シタコトハナイ、我々ニトッテトルニタランプロペラ機ダソウジャナイカ?」

 

アルウス02「ダガ偵察ニ出シタB-17ハソノ半分以上ガ落トサレタジャナイカ。」

 

夏島「旧式ノD型ダカラナ。ダガ今度ハ271機ノB-24Eダゾ? アンナ機体トハ比ベ物ニナラン。」

 

アルウス02「ダガ・・・。」

 

夏島「奴ラガ艤装ニ使ウ艦載機ヲ陸揚ゲスルナド不可能ダ、ソウ言ッタノハオ前ダロウ?」

 

アルウス02「“恐ラク”ダ、推測ニスギン。」

 

夏島「兎モ角、今回コソヤツラヲ黙ラセルノダ。敵主力ガサイパンヲ離レタ今ガ好機ナノダカラナ。旧式機ニ乗ッタ素人共ト同ジト見タナラ我々ノ勝チダ。」

 

アルウス02「ソレモソウダナ・・・。」

 

夏島「1000lb(454㎏)爆弾6発装備ノB-24ノ大群ダ、敗レルハズガナイ!」

 

アルウス02(果たして、そうかな・・・奴らがもし・・・)

 

 

 トラック島の深海棲艦は、271機のB-24Eを用いてサイパンを焦土化する腹であった。その爆装量は1機当たり6000ポンド、これが271機翼を連ねる。この大編隊は今正にサイパンに向けてスロットルを上げつつ、洋上を西北西に驀進中であった。

 

 しかしトラック島の深海棲艦達にはこの時、大誤算があった。

サイパン基地の984機の航空機は尽く「艤装として運用/運搬出来る」と言う事に、彼らは気付かなかったのだ。

そして彼らはこれまでの間にその機影に気付くべきであった――――迎撃に上がってきた戦闘機の中に、“明らかに艦載機ではない機体”が“多数”いた事に――――。

しかも隠す気の無い(隠す事の出来ない)、レシプロ双発や四発の大型爆撃機でさえサイパンには在機していたのだ。

 これまで何度でも成功してきた写真撮影で彼らがその事実に気付く事は、その最期の時まで無かったのである・・・否、気付いていれば無謀な偵察行を繰り返す事も無かっただろう。何故ならこれまでサイパン空の被った人的資源喪失はゼロだったからだ。

迎撃に出ても機体は損傷を負う程度、配備早々単機侵入の技量未熟な爆撃機など所詮その程度、しかも場数を踏んだベテランが36機束になって毎回襲い掛かるのだ。墜とせない筈も墜とされる筈もない。

 

その点アルウス02の危惧は現実のものとして彼らを驚愕させる事になるのだ。

 

 

 

 B-24Eの大編隊は洋上に展開する駆逐艦からも捕捉され、サイパン管制塔から指示を受け、H-6レーダーを積んだ哨戒機「東海」3機がこれに触接/監視していた。

326機の戦闘機隊は、1式陸攻24型乙の先導を得て高度6800まで上昇する。因みに補足するが、この段階ではまだ母艦航空部隊はその態勢を整えていない。

 

敵編隊は高度5500付近をキープしたままサイパンににじり寄っていた。

 

機は熟した――――。

 

14時51分、先導の一式陸攻が真下に大編隊を捉え、後続する迎撃戦闘機部隊に通報すると反転、戦闘機は次々とその翼を翻し、眼下の雲海へ、その下に待ち受ける獲物に突っ込んでいく。

彼らに恐れはない。あるのは必殺の心意気と、七生報国の覚悟のみである。

 

 

~同刻 中央棟1F・無線室~

 

この時司令部では、戦闘機隊からの『ト連送(トトトト・・・/全軍突撃せよ)』を受信していた。送信したのは屠龍隊指揮官機である。

 

二式複戦屠龍は複座の双発戦闘機である。なので無線機を装備しているのだ。

 

提督「始まったな。」

 

位置はサイパン島東南東276km、高度6200付近は雲の層がある。

 

大淀「はい、ここを突破されれば、後がありません。」

 

提督「後備の零戦隊は既に発進したか?」

 

基地航空隊零戦隊は零戦六四型を78機装備している。最初は無爆装の六三型だったが、機種転換により零戦最終型である六四型へと更新したのだ。

 

大淀「はい、万が一に備えて分離した零戦29機、しかし迎撃隊を突破されれば、これだけでは防げないでしょう。また零戦隊合わせて17機が故障で引き返しています。」

 

提督「大丈夫だ、弾薬切れを起こせば直ぐに基地に戻れ、と飛龍を通じて言い渡してある。シャトルアタックで出来るだけ阻止する。上手くすれば3周する間はある筈だ。」

 

大淀「味方の奮戦に、期待しましょう。」

 

提督「その通りだ。今は万全の備えをしよう。全島に空襲警報と防空戦闘配備は言い渡してある、後は戦闘機隊次第だ。」

 

島内には艦載砲転用の高角砲や機銃も多数据えてある。いざという時には対空弾幕をお見舞いする事も出来る、言わばサイパンそのものが1隻の戦艦なのだ、と思えばよい。不沈航空戦艦である。

 

その万全且つ鉄壁の空中防御陣を以って彼らは今、リベレーター――――“報復者”の軍勢を迎え撃っていた。

 

 

 

急速に高度を下げ、雲を抜けた戦闘機隊の目の前には、整然と編隊を組んで、だが鼻歌交じりに進む敵爆撃機の大群がいた。

 

先陣を切ったのはダイブ速度制限の比較的軽い紫電改である。

 

艦戦 紫電三二型改84機と局戦 紫電二一型甲52機が、降下の勢いを乗せて零戦や屠龍を追い抜き突撃する。

 

三二型改の武装は20mm4門に13mm2丁、21型甲は20mm4丁、何れも劣らず強力な武装を持つ。

 

この後に続いて陸軍機である四式戦『疾風』一型甲/乙両型合せて54機が突入する。

 

陸軍が自ら「大東亜決戦機」と銘打った、帝国陸軍でも指折りの強力な戦闘機である。

 

武装は12.7mm×2・20mm×2(一型甲)と20mm×4(一型乙)の2種類、敵戦闘機に備えて1型甲も出てきたが、どうやらいないようだ。

 

 

提督「東海からの報告では、敵戦闘機は確認出来ていない。今回ほど仕事の簡単な迎撃も無いだろう。」

 

大淀「はい、B-24は運用高度面ではB-17より下ですから、高高度に行くことは出来ませんし、行ったところで大幅な性能減ですね。」

 

B-24の欠点が実はその点である。B-17より重量のあるB-24は、エンジンや構造が格段に進歩していたB-29とは違い、増えた重量をエンジン出力で補う事が出来なかった。

 

しかも翼面荷重の大きすぎる主翼は、被弾すればあっさりと折れると言う欠点をも内包していた。

 

当然機動力や運動特性も悪い。戦闘機が来た場合、その箱型構造特有の頑丈さと防御機銃に依るしか寄る辺が無い。

 

提督「何機帰って来るか・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

 

 

零戦六四型の金星が、紫電改や四式戦疾風の誉エンジンが、屠龍の瑞星が唸りを上げる。

 

B-24の方は唐突に雲を突き破って来た狩人を見て狼狽したようだ。早くも射線を合わせてきた紫電改の射線を躱そうと編隊を乱す。

 

そこへその真上から疾風の20mmが、屠龍の37mmが降り注ぐ。瞬く間に十数機が撃墜された。

 

戦闘機は再び上方へ離脱するもの、下方へ離脱して反転上昇を加えようとするものとに分かれた。再突入する頃には既に敵も態勢を整え、緊密な編隊を組んで弾幕を張る。

 

しかし我が搭乗員妖精、勇敢にも弾幕突破を多数同時に試みる。未熟な銃手、目標選択に迷い、弾幕が散る。

 

そうして再び十数機が撃墜の憂き目を見る。爆弾槽を直撃され爆発四散するもの、主翼を脆く千切り取られ、錐揉みになって墜落するもの、尾翼制御系統を破壊され、もがく内海上へダイブするものが続出する。

 

中には正面上方から銃弾を撃ち込まれ、操縦席を爆砕されるものまであった。

 

戦闘機の直援無き爆撃機が如何に脆弱か、この空戦場は如実に示していた。

 

無論我が戦闘機隊にも、サイズの大きい屠龍隊を始め損耗が発生する。しかし落ちていく機体は、圧倒的に黒一色の角ばった機体のみ、時折緑のまだら迷彩の双発機(屠龍丙型)など極僅かに日の丸が混じるがごく稀である。

 

弾薬切れを起こしても下方へ離脱し基地へ戻り、弾薬と燃料を補給し再び舞い上がる。

 

サイパン沖は正に今、爆撃機の墓場と化していた!

 

 

 

30分強の応酬の後、敵編隊は算を乱して敗走した。そして横鎮近衛史上空前絶後の、空戦史にさえもその名を残す―――しかし公表される事の無い―――記録を打ち立てる。

 

サイパン空の戦闘機隊の内、帰投せざるもの、屠龍9機、零戦6機、疾風4機、紫電改5機の合計24機のみ。

 

それに対しB-24Eは出撃機数271機の内、210機が撃墜され、49機が帰投途中に被弾による損傷が原因で墜落、7機が脚部を損傷しており着陸に失敗して大破、3機が着陸ミスで胴体着陸、無事に帰投した爆撃機、僅かに2機、しかも各所に被弾を受けている中での生還と言う、陰惨たる結果に終わったのである。

 

もう一つ言えば、爆撃に参加した爆撃機の生還率は1%さえも割り込んでいる。敵にとって乾坤一擲の爆撃行は、その大誤算の末に失敗したのである。

 

 

 

サイパンへの攻撃が、この様に割に合わない事は、既に北マリアナ沖航空戦で証明済みである。にも関わらずこの年に入り2度の攻勢である。学習していないとすればただの阿呆だし、していたならそれはそれで思考が単純なのだろう。

 

そう直人は帰投してくる戦闘機隊を見遣りながら考えていた。

 

 

 

14時52分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「終わったな。」

 

大淀「はい・・・。」

 

結局のところ水上部隊の出番は無かった。迎撃隊が全て片付けてしまったからである。

 

提督「金剛。全哨戒班に帰投命令を、厳戒態勢を解く。各部隊に状況終了を伝達してくれ。」

 

金剛「了解デース。」

 

金剛が執務室を去る。

 

提督「―――どうだ? 俺の危惧は当たっていただろう?」

 

大淀「御見逸れしました、流石ですね。」

 

提督「なぁに、なんとなくこうなる予感がしていたんだ。」

 

と直人も肩を竦めて言ったものだ。

 

大淀「今では、その予感が当たっていて良かったと思います。」

 

提督「ほう? 俺は外れて欲しかったんだがな。」

 

大淀「いえ、その予感が無ければ、ただでは済まなかったでしょう。」

 

大淀も安堵した様子で言った。

 

提督「・・・違いないな。」

 

直人はこの事について、それ以上何か言う事は無かった。

 

 

~サイパン島・???~

 

「フン、案外簡単に上陸出来たな。」

 

全身黒ずくめの男が言う。中肉中背、顔は黒い布で覆っており風貌は分からぬ。身なりも黒いマントで隠されている。

 

「“嶋田”から受けた仕事だ、少々面白みには欠けるが、まぁいい。」

 

その男は、手に持った紙を見て呟いた。

 

 

 

―――数分後、男の姿は消えていた。

 

その足跡は、何処とも知れず・・・

 

 

 

一方深海側では・・・

 

 

~3日後・トラック環礁~

 

ヴォルケン「どう言う事だ夏島。我々に知らせず、独断で兵力を集結させ、あまつさえこの時期に貴重な重爆撃機をむざむざ無に帰しただと?」

 

夏島「・・・。」

 

ヴォルケン「なぜこの様な暴挙に出た?」

 

夏島「ケッ、決シテ暴挙デハナイト思ッタカラデス! 人間ト艦娘ドモノ前進基地ヲ潰シ、敵ヲ撃滅スルコトガデキレバ、我々ノ戦況不利モ覆セルトオモイ―――!!」

 

ヴォルケン「その結果が敵をして勝ち誇らせたのだ、分かっているだろう?」ギロッ

 

夏島「・・・言葉モ御座イマセン、ヴォルケンクラッツァー様。」

 

リヴァ「まぁまぁヴォルケン? その辺にしといてあげたら? この時期だからこそ、今前線上級指揮官を左遷したら大変よ?」

 

ヴォルケン「・・・それもそうだ。夏島!」

 

夏島「ハッ―――!」

 

ヴォルケン「今後を慎め。今は時ではない。いいな?」

 

夏島「承知致シマシタ。」

 

ヴォルケン「次は無いと思え。」

 

鋭い剣幕でヴォルケンが去っていく。その途中アルウス02に鉢合う。

 

アルウス02「ヴォルケンクラッツァー様! イラッシャルトハ聞イテイマセンデシタガ。」

 

ヴォルケン「見送りは良い。それより、奴の独断を制止する為にお前を送り込んだのだ、分かっておろうな?」

 

アルウス02「ハ、以後気ヲ付ケマス。」

 

ヴォルケン「宜しい。行くぞリヴァイアサン。」

 

ヴォルケンクラッツァーはリヴァイアサンを伴って去る。

 

この時は偶然ハワイ基地に視察に来ていたのでついでに詰問に来たのである。

 

ヴォルケン「自由裁量を夏島に持たせたのは失策であったか。」

 

リヴァ「そうでもないかもしれないわ。彼女、貴重な情報をくれたし。」

 

ヴォルケン「と、いうと?」

 

リヴァ「サイパンの連中は、艦載機を地上展開出来ると言う事よ。サイパンを落とすのは、一筋縄ではいかないわね。」

 

ヴォルケン「成程な・・・触らぬ神には祟り無しと言う、サイパンの件は保留と言う事にしよう。」

 

リヴァ「えぇ、そうね。」

 

 

 

ヴォルケンクラッツァーの意向と夏島の消極化によって、以後トラック方面の深海棲艦は行動を手控える様になる。

 

これが直人ら横鎮近衛に与えた影響はかなり大きいものがあるが、それは次の機会に述べる。

 

 

 

そしてこの会話が交わされている頃、千島列島で“彼ら”が動いていた。

 

 

1月25日9時41分 得撫島南端南沖合110km

 

 

神通「行きますよ!」

 

川内「前進!」

 

名取「つ、続いて下さい!」

 

 

 

比叡「大丈夫でしょうか・・・。」

 

霧島「大丈夫かどうか確認する為にも、索敵機は飛ばして置くべきでしょう。」

 

この日の午前8時29分、横鎮近衛艦隊選抜偵察隊は北海道東端沖を通過、南千島沖に入っていた。

 

比叡「そうですね、霧島。」

 

霧島「水上機、発進!」

 

最上「了解!」

 

比叡と霧島、陸奥、最上、熊野がそれぞれ2機の零式水偵を放つ。

 

霧島「では私達は、神通さん達の後ろから、陸奥さんに合わせてゆっくりついて行きましょう。」

 

一同「はい!」

 

舞風(き、緊張する・・・!!)

 

陸奥「―――。」

 

陸奥がガッチガチになっている舞風に気付く。陸奥は本来編成からは外されている筈だが、霧島たっての希望で、出撃直前に編入されたのである。

 

陸奥「舞風?」

 

舞風「ひゃいっ!?」

 

テンプレ過ぎる。

 

陸奥「大丈夫、そんなに気負わなくてもいいから、肩の力を抜いて、ね?」

 

舞風「は・・・はい!」

 

舞風も幾分楽になったようだ。

 

熊野「・・・まぁ、致し方ないですわね・・・。」

 

最上「そうだね、僕が舞風の立ち位置だったらやっぱり緊張するかな・・・。」

 

 

 

横鎮近衛艦隊の主力部隊は、30ノットで北東へ進む3個水雷戦隊の後方10kmに控え、21ノットでゆっくりと追尾する形を取っていた。

 

自然水雷戦隊からは引き離される形になり、進めば進むほど水雷戦隊が危険になる構図ではあるが、直人自身この時期に北方からの深海棲艦の侵攻が行われる可能性は低いと見ていた。

 

理由は単純明快、敵が全ての戦線で守りに入っていたからである。

 

 

まず中部太平洋(トラック・ウェーク・ミッドウェー)方面であるが、ミッドウェー方面の敵はSN作戦支作戦以来動きを見せず、トラックの敵はここまでの数度に渡る横鎮近衛艦隊との交戦によってその主戦力が潰滅している。

 

ウェーク島の敵は現状不気味な沈黙を保っていた。

 

 

次いで南方戦線の敵軍だが、こちらはソロモン北方沖海戦の際、直人ら第1任務戦隊の統制順次射撃を受けて以来守勢に入っており、目下増援待ちのようだ。

 

 

西方戦線では目下アンダマン海を争って一進一退の戦いが繰り広げられており、またスラバヤの敵艦隊が依然残存しておりこれが目下のところ目の上の瘤となっている。

 

敵、深海棲艦東洋艦隊は前進基地としてアンダマン・ニコバル両諸島を拠点化して頑強に抵抗を続けており、未だにアンダマン海の制海権を譲る気はないようだ。

 

 

最後に北方方面だが、こちらは十分兵力は保持していたものの、その他戦域でかなりの消耗が発生した為兵力の抽出と再編成が行われており、中には新たに配属された新鋭艦の姿も見え、戦力的には質量共に大幅な低下をきたしている。

 

が、全戦域の中でも最も多く超兵器を持つだけに侮れない存在である。しかしこの北方方面の敵軍に動きは無い。どうやら万全を期す考えのようで、この為北方方面でも敵は防備を強化していた。目下本州の艦娘艦隊が散発的攻撃を繰り返している情勢だが、両軍とも被害は拮抗している。

 

 

以上は青葉の集めてきた情報を直人が総合したものであるが、この情勢下であれば強行偵察は可能と踏んだのだ。その上で各水雷戦隊には「水雷戦隊が敵と接触した際、独力で解決し得る状況下に在っても極力交戦を控え、本隊がこれを処理するものとする。」との旨布告が為されており、その為の作戦予定案は既に立案済みであった。

 

“戦う勿れ”と言う布告は、(なぜか今回参加しない)川内を初めとして一部の艦娘が文句を言ったが、よく理解させてこれを抑えたのである。直人のリーダーシップの成せる業であっただろう。

 

 

~サイパン司令部~

 

提督「睦月型投入は、あくまで“戦わない事”が前提だ。あの布告に納得しない様なら7水戦は出撃させないつもりだった位だし。」

 

大淀「そ、そうなんですか?」

 

提督「そうだよ? それだけ危険な海域であると言う事だ。青葉の集めた情報だけで10以上の超兵器の情報がある、他の戦域にはない量だ。」

 

大淀「ですが、私達にも対超兵器の経験はあります。」

 

提督「しかしそれは下級の超兵器だ。もっと強力な超兵器などゴマンといる、過信はしない事だ。」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

直人は決して慢心しない、とは言わないが、かなり慎重に情報を精査するタイプであり、戦略的見地から情報を精査する事の出来る貴重な人材でもある。全超兵器のスペックを知る直人は、これまで交戦した超兵器のスペックが全て低い水準である事を知っていた。上には上がいる、と言う事である。

 

上がいる以上は、下級クラス相当の超兵器級を倒したところで何にもならない、と言う認識を持つべきである、と直人は言っているのだ。

 

その直人の思慮をも命令にした作戦が今、北方海域で繰り広げられていたのである。

 

 

 

会敵の報は、意外に早く齎された、10時37分の事である。

 

 

~新知島沖~

 

神通「・・・ん・・・?」

 

最初に気付いたのは神通である。

 

皐月「敵艦発見! 12時半の方向(この場合針路基準で東の方角)距離1万7000!」

 

長良「索敵機からの情報にはないわよ!?」

 

叢雲「索敵の隙間をくぐられたわね。」

 

長良「そんな!」

 

狼狽する長良だったが神通は流石、落ち着いたものである。

 

神通「全艦で足止めしつつ徐々に引き寄せます、長良さんは本隊に通報!」

 

長良「了解!」

 

名取「各艦進撃速度を落とし砲撃準備! 急いで下さい!」

 

22駆/30駆「了解!」

 

長良「本隊へ、こちら偵察隊、敵艦隊と遭遇、来援を乞う!」

 

陸奥「“来援要請了解したわ、敵の陣容を教えて?”」

 

長良「えっと・・・敵は軽巡級複数を基幹とした水雷戦隊、僅かながら重巡クラスが見えます。」

 

陸奥「“ありがとう、打ち合わせ通り逃げつつ誘い込んで頂戴。”」

 

長良「はい、既にその行動に入っています、お任せください。」

 

陸奥「“分かったわ。”」

 

この作戦行動は両部隊の連携がキーになる。失敗すれば偵察隊はただでは済まないだろう。無論この点については神通も扶桑も承知しており、その上で敢えてリスクの高いこの作戦を執り行おうとしたのである。

 

敵は重巡クラスを中心とし、軽巡級複数を基幹とする大掛かりな水雷戦隊。

 

対しこちらは主力水雷戦隊の内2つを含む3個からなる水雷戦隊であるが、その実態は戦力が半減した上で更に司令部防備艦隊の兵力をも併せた混成部隊であり、練度は平均すれば低いと見做さざるを得ない状態である。

 

中には実戦経験の無い新参の艦艇までも含まれていたのであれば、尚更である。

 

しかし少なくとも4割は実戦の経験豊かな艦娘である。この点艦娘達も、直人も、疑念を抱く余地はない。その前提に立って、この誘引作戦は立案された。直人の許可済みである。なれば後は履行あるのみである。

 

神通「砲戦始め!」

 

長良「一斉撃ち方!」

 

神通/長良「撃て!!」

 

『中部千島沖海戦』と呼ばれる事になる戦いの火ぶたが切って落とされた。午前10時40分の事である。

 

 

10時41分

 

 

比叡「25ノットというのは、意外と遅いですね・・・。」

 

霧島「それでも全速を発揮できるようにしておきなさい?」

 

比叡「は、はい―――。」

 

と言いながら艦娘のノットはざっと船舶のノットの2倍あるので実艦より早いと言う恐ろしい罠である。

 

飛鷹「言ってる場合ですか・・・航空隊出します。」

 

霧島「はい、お願いします。」

 

飛鷹「了解。」

 

そのやり取りを境に六航戦が動く。

 

祥鳳「航空隊、発艦始め!」

 

最初に祥鳳から艦載機が発艦し始める。

 

隼鷹「よぉーっし、いっちょ始めますか!」

 

そして快活に、尚且つ気楽にそう言い放つ隼鷹である。

 

飛鷹「はぁ~・・・。」

 

飛鷹が溜息をついた理由、それは隼鷹がシラフである事であった。余りに気楽に構え過ぎていると見えたのだろう。

 

隼鷹「攻撃隊逐次発艦、始めぇ!」

 

飛鷹「航空隊、発艦!」

 

隼鷹型2艦も艦載機を放つ。

 

余談であるが、この六航戦は飛鷹型と祥鳳型と言う艦型の違う組み合わせになっているが、史実に於いてこれは異例の事だったと言う。最もそうした例はいくらかある訳だが。(例えばマリアナ開戦時の一航戦など)

 

もう一つ付け加えると、当初出撃するのは第1艦隊所属である第5航空戦隊(千代田・龍驤)であった。

 

だが機種転換の成熟訓練を行わなければならない関係上からも、実戦を以って訓練と為す、と言う直人の考えによって、第六航空戦隊が第一航空艦隊の指揮から臨時に引き抜かれて編入されたと言う背景がある。

 

因みにその後方では・・・

 

 

~釧路港~

 

千代田「はぁ~・・・。」

 

龍驤「まぁ、後詰めやしなぁ・・・。」ブルブル

 

そう言う事である。外套を着た二人が釧路港の岸壁に座っている。

 

第五航空戦隊は北海道沖までさらっとついて行き、予備兵力として釧路港に待機していたのである。

 

この時期の北海道と言えばかなり寒いのだが。(この日はバッチリ小雪がちらついている。)

 

ついでに言えば、護衛なんてない。(これも全ては頭数不足の所以。)

 

 

 

舞風「寒い・・・。」ブルブル

 

当然緯度の高くなる千島列島の方が寒い訳だが。

 

陸奥「そう?」

 

平気そうな陸奥さん、それもその筈、戦艦部隊は全員全力に比較的近いので艤装の機関部がそれなりに熱を発するのだ。対して舞風は12ノットも余裕がある分機関部の排熱も小さいのである。

 

因みにこの排熱だが、熱帯性気候などではただ暑いだけになる為、体と艤装の間に断熱材をかませたりなど出撃前に色々準備するらしい。(豆知識だよ!)

 

 

誘引戦術とはいってもやり方は簡単だ。単縦陣を組んで敵に対して「イ」の字型(敵針路を斜めに横切る形)に構えて砲撃を加えつつ、波形グラフの様な蛇行運動を行って敵を誘致しようと言う物である。

 

もし敵が進撃速度を緩めようものなら、反転攻勢に出るように見せかけて敵を更にこちら側へ吊り上げると言う算段だ。

 

神通「・・・見えました、支援隊です!」

 

長良「おぉ!」

 

結果から言えば、この行動は10分程度で終了した。まださほど支援隊と偵察隊の距離が開いていなかったのも理由の一つであった。

 

陸奥「撃て!」

 

霧島「撃てぇ!」

 

最上「てーっ!!」

 

 

 

隼鷹「やれやれ、忙しいこった。」

 

その時六航戦の空母は艦載機の収容作業に当たっていた。

 

六航戦航空隊は支援隊の来援3分前に敵に到達、一斉に襲い掛かって僅か1分で攻撃を済ませ、急速前進してきた母艦に収容するという荒業をやったのである。

 

或いはこれが直人の言う水上打撃群本来の姿であろう。迅速の用兵を以って敵に対し急速にかつ柔軟に対応する、と言う点に於いて、彼らの行動はその模範であった。

 

祥鳳「収容終わりました。」

 

飛鷹「私も終わったわ。」

 

隼鷹「終了っと。」

 

出撃機数各艦28機だけだったこともあって収容作業もすぐに終了した。

 

飛鷹「よし、後退!」

 

 

 

一方で戦艦及び重巡部隊は、敵艦に熾烈な砲火を叩きこんでいた。殊に目立つのは最上と熊野の連射速度だろう。

 

最上「いやー、これだけの連続射撃も久々だね。」

 

熊野「そうですわね、砲火を絶やさないように撃ち続けないといけませんわねぇ。」

 

比叡「ひえ~、凄い勢いで発射されていますね。」

 

霧島「流石、というべきでしょうか。」

 

到底真似できない芸当に比叡と霧島が舌を巻く。

 

最上型の初期の主砲は、15.5cm3連装砲5基15門で、速射性能に優れた優秀な火砲であった。

 

しかし最上型は条約失効後に20.3cm連装砲に換装する予定であった為に、この15.5cm3連装砲は全て取り外されてしまったと言う経緯がある。無論現場からは反対の声も多く上がったと言われる。

 

10秒毎に順次射撃を行う最上と熊野の各砲塔、間断ない砲火は敵艦隊を確実に削り取って行った。

 

敵の掃討までに要した時間は、誘引策の成功から僅かに10分、その間に最上と熊野はそれぞれ700発前後の砲弾を放ち敵の撃滅に貢献した。撃ち尽くしては不味いと考え多少は加減したようだが、それにしても多い量である。

 

10時57分、僅かに残った敵艦が敗走し、第1戦は終結した。

 

 

 

10時59分 新知島南東沖約100km付近

 

 

扶桑「では、水雷戦隊は、引き続き進撃を。」

 

神通「はい。」

 

誘引戦法を成功させた水雷戦隊が再び支援隊を離れ前進を開始する。

 

陸奥「お疲れ様。でもまだ始まったばかりよ、頑張ってね?」

 

舞風「は・・・はい!」

 

元気よく返事を返す舞風だったが、実は魚雷の残弾数が少ない状態であった。その点に舞風も一抹の不安を覚えていた。

 

比叡「ふぅ・・・もう敵はいない、でしょうか?」

 

最上「どうだろう、この結果を見て逃げてくれると、助かるんだけど・・・。」

 

隼鷹「大丈夫大丈夫! あれだけやったんだ、もういないって!」

 

と、余裕を見せる隼鷹と

 

飛鷹「そんな事を言って、またいたらどうするつもりよ?」

 

と勝って兜の緒を締める飛鷹である。

 

 

 

一方、偵察隊の意見はと言うと・・・

 

 

~七水戦&二水戦~

 

菊月「まだ、いるな。」

 

名取「まだって、何が・・・?」

 

菊月の言葉に不安になった名取が訊き返す。

 

菊月「あれが、敵の本隊だった、とは思えない。」

 

菊月はその理由として、先程の敵が余りにも脆すぎる点を証拠に挙げた。

 

神通「つまり、本隊は別に存在していると、そう言うのですか? 菊月さん。」

 

菊月「そうだ、先程の敵艦隊は、どうも本格戦闘をする分には構成にバランスを欠く。我々と同じだ。」

 

どんなに強力な艦艇を揃えても編成にバランスを欠けば十全な力を発揮出来ないのは道理だ。理に適った編成こそが勝利へ至る鍵でもある訳である。

 

陽炎「つまり、敵の本隊の位置を突きとめないと、無事では済まないって事ね。」

 

不知火「ですが、私達は索敵能力にかなり乏しい所があります。」

 

神通「そうですね、予備の2機分を入れても偵察機9機だけでは・・・。」

 

霞「それって、このままじゃ不味いんじゃ・・・。」

 

と先程の戦闘で小破状態の霞が言う。と言っても戦闘に差し支えはない。

 

黒潮「うーん・・・。」

 

と黒潮が考え込んだところへ朝潮が意見を言う。

 

朝潮「兎に角ひとまず前進しましょう、出来るだけ急ぎ足で。そうすれば敵と遭遇する率は下がる筈ですから。」

 

その意見に神通が賛意を示した。

 

神通「そうですね。では全速力でここを抜けましょう。長良さん、行けますか?」

 

長良「勿論!」

 

神通「では全艦最大戦速、この海域を突破します!」

 

一同「了解!」

 

3つの水雷戦隊はそれぞれ行き足を速め、新知島沖を北東方向へ突破すべく進撃を始めた。

 

 

 

一方の深海棲艦の主力艦隊は確かに菊月の推測通り存在していた。

 

位置は新知島北北東にある中部千島の一つ、松輪島の南東約200kmの海上であった。

 

 

~深海棲艦主力艦隊~

 

主力の旗艦は深海棲巡洋艦リ級Flagshipであるが、その旗艦は完全に狼狽していた。

 

リ級Flag「偵察部隊ガ全滅ダト!?」

 

リ級elite「ハイ、ドウヤラ敵ノ少数ノ水雷戦隊ト遭遇シ、コレヲ追ッタトコロ、僅カナ数ナガラ強力ナ敵主力正面ニ誘致サレタモノト・・・。」

 

深海棲艦側の目的は、意外な事に威力偵察であった。どうやら北海道方面のこちらの動向を探りたかったものらしかった。

 

リ級Flag「・・・敵主力ハ何隻ダ?」

 

リ級elite「報告デハ9隻、内3隻ハ空母ダッタソウデス。」

 

この報告を聞いた旗艦のリ級Flagは不敵な笑みを浮かべる。

 

リ級Flag「ヨシ、デハ我々ノ物量デ揉ミ消ストシヨウカ。」

 

リ級elite「ハッ!」

 

敵の主力が、扶桑ら支援隊を標的とし進撃を開始した。

 

支援隊に危機迫る――――!

 

 

 

一方で横鎮近衛艦隊司令部でも千島沖での遭遇戦については早い段階で把握していた。その終結に関しても、その3分後に中継通信で受電していた。

 

 

11時02分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「そうか、無事に済んだか。」

 

大淀「敵は、どの様な目的があってこの時期に仕掛けてきたのでしょうか・・・?」

 

大淀はある意味に於いて当然の質問をした。

 

提督「そうだな、この時期本土へ無理に攻勢をかける意味はない、となれば、威力偵察、と言ったところだろうな。」

 

直人はそう仮説を立てるが、それが的中していることまでは知らない。

 

提督「北方海域の兵力が如何に強力と言っても、それを動員するには相応にコストがいる筈だ。青葉の報告にも、敵は十全を期す構えであろうと書かれている。であれば、不完全な態勢での攻勢は避けて来るだろう、その方が戦理に適っている。」

 

大淀「成程・・・。」

 

戦闘の際、攻撃側は好きな所に随意に兵力を投入できる点に於いて、大きなアドバンテージを持つ。これは戦術論の基本的な部分だ。

 

だがだからと言って、闇雲に攻めればいいと言う物ではない。これが戦理だ。即ち、攻撃側の準備が不完全であれば、攻撃側が敗退する事もあり得る。防御側の戦力と態勢が十分な場所に飛び込んだところで勝ち目はない。

 

逆に言えば、多数の敵を少数で打ち破る事の出来る態勢を作り上げる事は勿論、敵の弱点を的確に突く(と見せかけるだけでもいい)と言う事もまた戦理の内である。青葉の報告書の一文「北方海域の敵は万全を期す構えと思われる」と言うのは、裏を返せば敵は十分な態勢構築が出来ていないと言う事を明確に表しているのである。

 

提督「準備不足が負けを生じうることは、ミッドウェーの先例を見れば明らかだ。敵もそれが分かっていて、その轍を踏む気はない、と言う事だろう。」

 

大淀「た、確かに・・・。」

 

大淀もこの辺り、まだ学ぶべき点は多いようだ。

 

提督「戦理とは、戦うに当たり理に適っているかどうかだからな。適っていなければ攻めもしないし守りに徹することもない、と言う事だ。別に覚えて貰う必要も無いが、覚えておくと何かと役に立つかもしれんな。」

 

大淀「はい、勉強させて頂きます。」

 

大淀は素直にそう言ったのだった。

 

 

 

――――別段、彼女らが意識していた訳では無かった。

 

支援隊の艦娘9人は、結局楽観的に構えてこそいたが、念の為哨戒機は飛ばしていた。

 

しかし、敵襲の方は唐突にもたらされた。12時37分の事である。

 

この時支援隊は捨子古丹(しゃすこたん)島沖にようやく差し掛かるところであり、偵察隊は既に千島沖を抜け、カムチャッカ半島東岸沖を航行していた。距離にして既に300kmは離されている事になるが、元々そう言う予定である為、彼女らに焦りはなかった。しかしその空気は、前述の敵艦隊発見の報で崩れる。

 

最上「敵艦隊!?」

 

霧島「えぇ。2番機へ、その敵艦隊の進路は?」

 

発見したのは霧島2番機。艦隊周辺をぐるぐると警戒していたところ予測もしない敵と遭遇したものらしかった。

 

霧島「―――こっちへ向かってる!?」

 

飛鷹「えぇっ!?」

 

陸奥「規模は?」

 

すかさず陸奥が訊き返した。

 

霧島「―――約500隻ないし700隻、戦艦がいなくて重巡少数に軽巡がメイン、駆逐艦が約350程度と推測。」

 

それを聞いた最上が思わず言う。

 

最上「―――多くない?」

 

最上がその危惧を口に出した時、その陰り出した雰囲気を裂くように剣呑な声が聞こえて来るのだった。

 

 

隼鷹「・・・マジかぁ、こりゃ参ったねぇ~、ヘヘッ。」

 

 

それは隼鷹だった。余裕たっぷりに笑っている。

 

 

熊野「―――隼鷹さん? あなた、状況が分かってらっしゃる?」

 

隼鷹「ん~? 勿論。」

 

熊野「ならなぜ笑ってらっしゃるのです? 死ぬかもしれないんですわよ?」

 

思わず消極的な言葉を吐く熊野だったが、しかし隼鷹は動じない。

 

隼鷹「死ぬ、か。そうかもしれないけどさ。」

 

熊野「あなた―――」

 

隼鷹「でも、“それを真っ先に考える程の暇”は、アタシ達にはない筈だよ?」

 

熊野「――――!」

 

隼鷹の言葉を受けて、熊野には咄嗟に反論するだけの言葉が、無かった。

 

隼鷹「それにまぁ、今は戦わないと、帰って酒を飲む事も出来なくなるしね。」

 

生きて後日の再来を期す、と言うには、彼女らは余りに突出し過ぎていた。退くには遅すぎるのである。となれば、戦う以外に道はない。

 

陸奥「・・・そうね、ここまで来たら、やるしかないでしょ。」

 

舞風「そうそう、皆でやれば、何とかなるよ!」

 

最上「そうだね、立ち向かわなきゃ、何も始まらない!」

 

霧島「その通りですね、やりましょう。」

 

隼鷹は飲んだくれである。しかしただの飲んだくれではない、いつでも陽気でポジティブな飲んだくれである。

 

舞風も含めたそのポジティブさが、曇りかかった雰囲気を吹き飛ばしてしまった事実は否定し難いだろう。そしてこの二人がいなければ、彼女達は負けていたとさえ言えるのだ。

 

比叡「・・・そうですね、諦めても、何も生み出せません。」

 

霧島「その通り。全艦、参りましょう。」

 

全員「はいっ!」

 

扶桑の一声で、当座の方針は定まった。

 

熊野「・・・私とした事が―――」

 

最上「諦めたくなる時だってあるさ、熊野。よく分かるから、それ以上は。」

 

熊野「そう・・・ですわね。」

 

先程の発言を悔やむ熊野を励ます最上である。

 

最上「さぁ、いこっか、熊野、舞風!」

 

熊野「えぇ、参りますわよ!」

 

舞風「さぁ! ダンスタイムの始まりだぁ~!」

 

 

 

隼鷹「先陣は、この隼鷹さんに、お任せあれ!」

 

飛鷹「全くすぐ調子に乗るんだから・・・。」

 

祥鳳「まぁ、参りましょうか。」

 

飛鷹「はぁ・・・そうね。やりましょ!」

 

隼鷹が陸奥らの主隊を離れつつ式神を次々と展開する。続けて飛鷹が巻物を広げ、祥鳳が弓を引き絞る。

 

各艦の砲に仰角が掛けられ、戦闘態勢が確立され始める。

 

零戦が、九六式艦戦が、彗星が、九九式艦爆が、九七式艦攻が、そして新装備の二式艦偵が、彼方蒼穹の空へと舞い上がる。

 

敵艦隊は当初布陣位置から支援隊を追う形で針路を採っていた。これを反転撃滅すべく各艦は態勢を形作る。

 

彼我の距離はおよそ83km程、相対針路であれば遭遇まで1時間かかるかどうか。それよりも早く、航空隊が天を駆ける。

 

僅か9隻の小艦隊は、圧倒的多数の敵を迎え撃つ準備を、完全に整えた。

 

 

 

一方で釧路港から、急遽雪の降りしきる中を出撃する艦娘達の姿があった。

 

龍驤「えらいこっちゃでぇ~!」

 

千代田「ホントにそうよ、急ぎましょう!」

 

龍驤「せや! なんとしても、支援隊を敵から守るんや!!」

 

 敵偵察隊の敵との遭遇を警戒して待機していた第五航空戦隊が、陸奥からの中継連絡を聞き出撃していく。護衛が1隻もいない中での出撃である為危険も伴いはするが、戦力の不足からこの方面に割ける戦力は多くない為、この際贅沢は言えない事は確かだった。

 

 

 

13時07分―――

 

 

陸奥「敵艦隊発見!」

 

霧島「予想通り。」

 

隼鷹「“今航空隊が攻撃中だから、もう少し待ってくださいな?”」

 

陸奥「了解。」

 

熊野「でも、どうしてこんなに早いんでしょう・・・?」

 

舞風「向こうの船足が思ったより早いから、とか?」

 

最上「・・・成程、最大戦速で敵が急迫して来たなら説明がつくね。」

 

霧島「と言う事は―――敵の狙いは速戦即決の筈。比叡!」

 

比叡「えぇ、敵の出鼻を挫いて反撃に出ましょう。」

 

飛鷹「もっとも、航空隊にもある程度出鼻を挫くだけの効果はあったようですが・・・。」

 

熊野「いいえ、敵の進路と速度を鈍らせなければ意味がありませんわ、怯んだ相手でなければ、この作戦は成り立ちませんわよ?」

 

祥鳳「―――それもそうですね。」

 

扶桑「五航戦のお二人は、今?」

 

陸奥「えぇ、多分こっちに向かってる筈、それさえ到着すれば勝てるわ。」

 

扶桑「そうですね、では、参りましょう。単縦陣形成、砲撃戦、準備!」

 

5人「はい!」

 

隼鷹「んじゃ、少し下がろっか。」

 

飛鷹「そうね。」

 

祥鳳「了解。」

 

砲撃部隊6隻は縦列を組み、空母3隻は後ろへ控える。

 

やがて、航空攻撃が、終わる―――

 

隼鷹「離脱完了――――今ッ!!」

 

陸奥「撃てッ!」

 

扶桑「撃て!」

 

最上「テーッ!!」

 

13時21分、砲撃戦が開始された。彼我の距離は約1万9000、間合いとしては少し遠い。

 

 

 

ドドドドォォォーーーーー・・・ン

 

 

リ級Flag「クッ!! ナント正確ナ、ヨモヤコレ程トハ・・・!」

 

リ級elite「ド、ドウシマス!」

 

あまりに正確な砲撃に狼狽する敵旗艦。それもその筈、彼女らの半数が、猛訓練を積んできた精鋭である以上その練度が高いのも自明の理であった。

 

加えて、航空攻撃によって戦力の3分の1近くを沈められ、混乱も収まらず戦列の再編も始まらぬ内に砲撃が始まった事が、敵の混迷を深める結果を生じる。

 

リ級Flag「突撃ダ! トニカク前ヘ!!」

 

リ級elite「ハッ!」

 

敵旗艦、下せる命令はそれだけであった。

 

 

 

一方、再び連続砲撃を行い、最初の数分で敵先鋒の足を止めた支援隊だったが、敵旗艦の命令を受けて更に敵が先鋒に構わず押し寄せてきた。

 

扶桑「後続が構わず前進してくるわね・・・。」

 

最上「ここは敵の先頭部に集中砲撃を加えた方がいいかも知れないね。」

 

霧島「そうですね、全艦、敵先頭に砲火を集中!」

 

霧島「了解!」

 

目標変更も迅速な辺り艦娘達の方が有能だった、今回の場合は、だが。

 

舞風「まだ遠いなぁ~・・・。」

 

有効射程がただ一人(空母除く)16000mの舞風は、些か束の間の暇を持て余している様な状態だった。

 

 

ドオオオオォォォォーーーーー・・・ン

 

 

熊野「まぁ、出番がなくなってしまったのなら、それに越した事はないのではありませんか?」

 

熊野が一度斉射した後で舞風にそう言った。

 

舞風「そ、そうだけど・・・。」

 

剣を抜く事が無いに越した事はないのは道理である。熊野はつまりそう言いたいのである。

 

 

 

隼鷹「収容して再発艦だからなぁ、面倒だけど、やるしかないよねぇ。」

 

祥鳳「そうですね、少し時間はかかりますね。」

 

戻って来る自分達の航空隊を見上げて言う隼鷹と祥鳳。

 

飛鷹「ほら、言い出しっぺがそんな事言わない!」

 

隼鷹「へーへー、分かってますよっと。そんじゃ、“前進して”収容、再発進急げ!」

 

二人「了解!」

 

そう言って3人は航空隊の帰投針路と相対して前進した。つまり敵方へ急速前進した事になるが、この方が時間/距離的に見て有利でもあった。

 

 

 

―――結局、敵艦隊の統制は、およそ45分強で崩壊した。

 

態勢を崩されながらも敵艦隊は数度、鋭く支援隊に迫りはしたがその辺りが限界であったらしく、14時09分、敵艦隊は敗走して行った。

 

しかし彼女らは殊更追う事もしなかった。と言うのは、弾薬の欠乏が顕著になり始めていたからである。最上は主砲弾薬の93パーセントを撃ち尽くし、熊野は89パーセント、舞風は魚雷残弾数0、主砲も72%弾薬を消費した。

 

空母部隊は航空機用弾薬が欠乏し始め、全力1回がせいぜいと言うところ、この状態で交戦しても勝ち目はないであろうことは明白と言う有様である。

 

しかしながら特に目立った損傷は見られず至って意気軒高、弾薬の消費量にさえ目を瞑れば、一応は健在といえた。

 

 

 

―――サイパン島司令部

 

 

提督「―――終わったか。」

 

14時15分、第1艦隊戦闘終了の報告を彼は執務室で大淀から知らされた。

 

また、先行した水雷戦隊が所定の任務に就いた事も同時に報告を受けて、彼は取り敢えずホッと胸を撫で下ろす気分である。

 

大淀「ですが弾薬の消費が大きく、まともに戦える状態ではないようです。」

 

提督「強行偵察隊の本隊を叩いたのだ、恐らく同方面に有力な敵はもういるまい。」

 

大淀「客観的に見ればそうですが・・・。」

 

提督「俺がそう思いたいんだ、そう思わせておいてくれ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

直人はそう言ってこの話を終わりにした。

 

 

 

余談ではあるが、釧路から急遽出港した五航戦の千代田と龍驤は距離が距離だっただけに戦線参加は間に合わず、航空隊の航続圏内に敵を捉え攻撃隊の発艦準備作業を行う中戦闘終結の報が齎され、それを受け釧路へと引き返している。

 

最も、快速空母のペアであれば恐らく間に合ったであろう、と言うのが後に直人の示した見解である。

 

 

 

その後横鎮近衛艦隊の強行偵察部隊は、カムチャッカ半島の旧ペトロパブロフスク・カムチャツキー港に仮泊して補給部隊の来援を待ち、翌26日早朝になって大湊警備府防備隊の輸送部隊が同地に到着した。

 

近衛艦隊は補給物資を受け取って仮泊地を出港、当初予定通りの強行偵察を実施して大湊警備府に情報を通達すべく南下し、釧路沖で五航戦と合同して29日に大湊港に帰投した。

 

この間択捉島沖で大湊警備府宛に情報を発信し、情報収集の任を完遂している。

 

 

中部千島沖海戦の顛末は、それに至る過程こそ慌ただしいものではあったが、最後は平静そのものであった。実際任務を無事完遂し、全員打ち揃って帰還したのだから文句のある筈もなかったのだったが―――。

*1
後に巡洋戦艦に類別変更されることになる




艦娘ファイルNo.85

利根型重巡洋艦 利根

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機

セレベス海周辺掃討戦で得たドロップ判定で着任した艦娘3名の内一人。
筑摩・鈴谷と共に第8戦隊を構成する。
筑摩と同じく強力な索敵能力を生かし艦隊の目の役割を果たす重要な艦娘である。


艦娘ファイルNo.86

球磨型軽巡洋艦 北上

装備1:14cm単装砲
装備2:61cm4連装魚雷

球磨型軽巡洋艦の3番艦。
雷巡としてコンビ関係の大井とだと大井が姉だと思われがちだが実際には多摩→北上→大井→木曽と言う順番となるので覚えとくと誤解が無くていいかもしれない。
しかし大井の様な重雷装艦仕様での参陣ではなく、通常の軽巡としての参陣となった。


艦娘ファイルNo.87

朝潮型駆逐艦 霞

装備1:12.7cm連装砲

朝潮型の最終10番艦(末っ子)、ちょっと捻くれてるけど根は優しい名提督製造機。
これと言って特異点がある訳ではないが個性という意味では一番際立っているかもしれない。(作者談)


艦娘ファイルNo.88

陽炎型駆逐艦 舞風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

偶然(?)造兵廠のドックに漂着した敵の残骸を鑑定した結果、利根らと同時に着任した艦娘。
元気とポジティブさだけが取り柄に見えて実は訓練抜きでいきなりの実戦となった中部千島沖で無傷でこの難局を乗り切った潜在能力の高い艦娘である。



章末付録 サイパン基地航空隊全容(2053年1月時点)

戦闘機隊 キ-45改 二式複座戦闘機「屠龍」丙型 76機
362機   N1K4-A 艦上戦闘機 紫電三二型改 94機
     A6M7 艦上戦闘機 零戦六四型 78機
     N1K2-Ja 局地戦闘機 紫電二一型甲 61機
     キ-84-Ⅰ甲 四式戦闘機「疾風」甲型 31機
     キ-84-Ⅰ乙 四式戦闘機「疾風」乙型 22機

爆撃機隊 キ-91 戦略爆撃機 41機
333機   A6M7 艦上戦闘機 零戦六四型(50番爆弾装備) 54機
     D4Y3 艦上爆撃機 彗星三三型 74機
     B7A 艦上爆撃機 流星 59機
     G4M2A 1式陸上攻撃機二四型乙 58機
     G4M3 1式陸上攻撃機三四型 47機

攻撃機隊 P1Y3 陸上爆撃機 銀河仮称三三型 40機
246機   B6N2a 艦上攻撃機 天山一二型甲 54機
     B6N2 艦上攻撃機 天山十二型 71機
     B7A 艦上爆撃機 流星 81機

偵察/哨戒機隊 J1N1-R 二式陸上偵察機 23機
43機      Q1W1a 哨戒機 東海一一型甲 20機

合計984機


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第2部8章~追憶の南西戦域~

どうも、お久しぶりです、天の声です。

青葉「同じくお久しぶりです、青葉です!」

自分で書いといてなんですが中部千島沖海戦、実は終わらせ方明確に考えておらず発想も無くてですね。それであんな締め方になりました、すみません。

今後はしっかりまとめてから書くと思うのでこうはなりにくいとは思います。


青葉「ところで今って夏イベ期間中ですよね?(※更新時16/08/22)」

そうだけど?

青葉「結果の方は如何だったんでしょう?」

あぁ、甲甲甲乙で攻略を完遂しました。ニムもアクィラも掘っておきました。まぁ、ゆくゆくは登場するんじゃなかろうかと言う所ですかね。

青葉「取り敢えずの所は、“おめでとうございます”と言う所ですか?」

そうなるな。さて今回の解説は潜水艦の特性についてだ。前章で既に触れた事ではあるがここで改めて解説しておきたい。


潜水艦の大きな特徴は海中を自在に動く事が出来る点にあると言っていい。

これは第一次大戦以前までの艦艇と異なり洋上に姿を現さない、言わば「不可視の猟犬」とも言える特性であり、それまでの戦術の常識を覆す新機軸だった。

それ故に潜水艦と切って離す事の出来ない特性がある。それが、「潜水艦の遍在性」だ。

しんにょうの遍在の意味は、一般的には“ありふれているもの、またはその様”と理解されている。それが潜水艦の特性として何故当てはまるのか、という疑問が浮かぶことだろう。

答えは単純明快、「潜水艦は時として何処へも現れ得る」兵器であると言う事だ。

いつ何時中国のミサイル搭載潜水艦が日本近海に潜んでミサイルを撃っても、それは潜水艦の特性として正しい運用法であると言えるのだ。つまりこの広大な海洋で、潜水艦に行けない場所はないと言ってもいいのだ。

いや、厳密には遠浅の海などへの潜入にはリスクが付きまとうが兎に角そう言う事なのだ。


例を挙げれば太平洋戦争序盤、アメリカ本土空襲を行った伊25潜や、伊17潜によるカリフォルニア州サンタバーバラのエルウッド製油所砲撃、艦これにも実装された伊19の同型艦、伊26潜によるバンクーバー島所在のカナダ軍無線羅針局砲撃もその例証である。

また42年5月30日、マダガスカル島ディエゴ・スアレス港への甲標的奇襲攻撃も注目すべきだろう。大戦末期には日本沿岸の港湾に停泊中の輸送船が、港内に侵入した潜水艦によって数多く沈められた。

即ち潜水艦は、海洋と言う「影」の中に潜む魔物である―――とも形容できる。


無論剣があれば盾が出来るのは当然であり、この見えざる敵を探知・攻撃する為の兵器がこれまでいくらでも作られてきたのは言うまでもない。アクティブソナーやパッシブソナー、爆雷やヘッジホッグ、対潜魚雷も然りである。

しかし今日では、一時期核ミサイルを搭載し重要なファクターとして君臨した潜水艦も、元の通商破壊や沿岸警備などに立ち返りつつある現実も確かに存在する。だがその出現当時、連合国を震撼させ、イギリスをして飢餓状態寸前にまで追い詰めた潜水艦と言う兵器は、一大革新を海軍業界にもたらした、これは事実であろう。


青葉「潜水艦が無ければ語れない事も多いですよね。」

そうだな、日本のシーレーンである南シナ海航路を断絶させたのはアメリカの潜水艦だし、援ソ航路として重要視されていた北極海航路を度々脅かしていたのが、ドイツ空軍機と並び立つドイツのUボートだしね。

戦後もオホーツク海辺りなんかにはソ連の戦略原潜が遊弋していたとかなんとか(ここは聞きかじったうろ覚えですが)言うしな。アメリカを牽制する目的でだけど。それとキューバ危機だったかの時にカリブ海他に潜入していたソ連ミサイル潜水艦には、核弾頭の発射許可が出されてて、マジで撃つとこだった潜水艦もいくつかあるらしい。

青葉「恐ろしい話ですねそれ・・・。」

ホントね、もしそうなってりゃ時代が時代だ、全面戦争だっただろうね。


まぁ今回はこの辺りにしておきましょう。イベント終了直後で更新ペースが遅いですが、その調子を戻しつつ筆を執ろうと思いますので、のんびりお待ちください。

青葉「では本編をどうぞ。」


2053年1月29日13時26分 司令部裏ドック

 

 

霧島「艦隊、帰着致しました。」

 

提督「ご苦労、まずはゆっくり休息を取ってくれ、後の事は、追って指示する。」

 

扶桑「はい、それでは、失礼します。」

 

帰投した艦隊を出迎えた直人は、全艦健在である事にホッとしていた。その沖合では、北上の共同の元訓練が行われていた。

 

 

 

北上「はいはい利根さん! 針路安定してないよ!」

 

利根「き、厳し過ぎるのじゃぁ~・・・」

 

筑摩「利根姉さん、頑張って、もう少しだから。」

 

 

 

提督「・・・神通顔負けの猛訓練だな。」

 

神通「そうですね、そう思います。」

 

唐突に声を出す神通の直人は思わずこう言った。

 

提督「・・・お前いつから俺の真横に立ってたの?」

 

神通「つい3秒前ですよ?」

 

提督(気付かなかった・・・。)

 

艦娘達がやたらと隠密スキルに長けてる事に疑問を覚える直人であった。最も、軍艦と言う物はそうしたものだが。

 

提督「・・・北上も戦闘教官として付けるか? 神通よ。」

 

神通「宜しいのですか?」

 

提督「これからも艦隊の総数は増えるだろうしな。それを一人でやるのはつらかろう?」

 

そう言うと神通も言った。

 

神通「そこまでお考えでしたか・・・私も同感です、出来ればお願いしてもいいですか?」

 

提督「勿論。」

 

こうして二人目の戦闘教官が誕生したのだった。

 

 

 

北上(なんか、面倒な事になった気がするなぁ・・・。)

 

 

 

14時08分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「―――と言う訳で、北上を神通の補佐として戦闘教官に任ずる。」

 

北上(あの予感はこう言う事だったかぁ・・・。)

 

多少げんなりして北上は思った。

 

提督「なおこれは神通と協議して既に大淀にも許可済みだ。分かるかな?」

 

北上「うーん・・・そこまで言うんだったら、引き受けてあげるよ。」

 

提督「良かった・・・ありがとう、北上。」

 

北上「いいっていいって、それに、開戦前の事を思い出したしね、あの頃が一番楽しかったかなぁ。」

 

別に北上が最初から乗り気であった訳ではない、北上は状況として、この話を受けざるを得なかったのだ。

 

神通との協議済みの点は兎も角としても、「大淀の許可済み」と言う点が、北上に強制力を突き付けたのだ。即ち関係スケジュールの擦り合わせは既に為されていると言う事である。加えてこの事は直人の「指示」として下達されている。この事もまた強制力を発生させる為、結果として北上は最初から断れる状況下にはないのである。

 

神通(提督、意外とえげつないですね・・・。)

 

同席していた神通は、見た事の無い直人の本性を垣間見た気分がしていた。

 

北上「まぁ、何かを教えるってのも悪くないしね~。これから宜しくね、神通さん。」

 

神通「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

神通は深々と頭を下げてそう言った。

 

提督「さて、と。用件は以上だ。すまなかったな、訓練終了してすぐに呼び出してしまって。」

 

北上「あぁいいっていいって、どうせ暇なんだしさ~。」

 

直人が北上に足労を掛けた事を謝したのに対し北上はそう言い置き、執務室を立ち去ったのだった。

 

神通「では提督、私もこれで。」

 

提督「うん、お疲れ様。」

 

神通も北上に続いて退室した。

 

 

コンコン

 

 

提督「入れ!」

 

明石「失礼します!」

 

北上らと入れ替わりに執務室に来たのは明石である。これも直人が呼び出したものだが、少々時間が経っていた。

 

提督「おぉ明石か、どうだ、鈴谷の艤装状況は?」

 

明石「今は艦を動かすのに必要な個所から始めていますが、少々手こずりそうでして。」

 

提督「と言うと、どの程度の遅れを見込んでいるのかな?」

 

そう直人が訊くと明石は

 

明石「完工予定を2月上旬とお伝えしていましたが、中旬までの遅れは見て頂く事になろうかと。」

 

と言った。

 

提督「そうか、それだけ見なければならんか・・・2月の中旬に鈴谷の初陣を飾らせてやろうと思ったのだが・・・。」

 

明石「すみません、提督。」

 

明石が謝ったのを聞いて直人はこう言った。

 

提督「何も謝る事じゃぁない。こうした手の事はスケジュール通りに行き難いのが常と言う物だ。焦らず急がず慎重に、確実な物を頼む。」

 

明石「分かりました、いえ、分かっておりますとも。」

 

と明石は言った。

 

提督「さて、本題だが、先程出撃していた艦隊が帰着したのは、見ていたな?」

 

それを聞いて明石がすかさず言葉を返す。

 

明石「ドロップ判定と補給、艤装の修繕ですね?」

 

提督「話が早くて助かる、早速お願いしたい。」

 

明石「分かりました! ではすぐに取り掛かりますね。ドロップ判定は明日に回しますか?」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

明石「分かりました、では失礼します!」

 

そう言って明石は早足で執務室を後にするのだった。

 

提督「・・・とまぁ、ここまではいつも通りの定型的連絡事項だな。」

 

と秘書艦席に座る金剛に向かって言う。

 

金剛「デスネー。」

 

金剛は基本直人がここで何かを話すときは黙って控えているスタンスを取っているのだ。

 

提督「んー、今日ってあと何かやる事ってあったっけ。」

 

金剛「書類も全部終わってマスネ。」

 

提督「よし、今日はもう上がりにしよう。金剛の紅茶、また飲みたいな。」

 

金剛「OKデース、行きマショー♪」

 

そうして二人して執務室を後にする直人であった。

 

 

 

1月29日15時29分 艦娘寮第2棟2F・金剛の部屋

 

 

提督「今時こんな辺鄙な島でアッサムのレモンティーが飲めるとは思わなかったぞ。」

 

と金剛の紅茶を飲みながら言う直人。

 

金剛「紅茶の葉は妥協しまセーン、しっかり選んでマース。」

 

流石である、としか言い様がない一言である。

 

提督「それにしても、今回の作戦が無駄にならずに済んで、本当によかった。もしあれが失敗してたらとんだ浪費だったところだ。」

 

金剛「デスネー。」

 

“あれ”と言うのは、横鎮近衛艦隊の帰投開始とすれ違いに開始された、ベーリング海西部への攻勢の事である。

 

そもそも霧島や神通らを派遣した理由が、そのベーリング海における敵艦隊、ことに超兵器の動静調査であり、それが必要だった理由が、1月27日にその攻勢を行う予定があったからである。

 

そしてなぜその攻勢が必要であったか、それは、北部千島の制海権を確立する目的があったのだ。

 

提督「全く、警備府がそっくりそのまま引っ越すとはな、新たに幌筵泊地としてスタートを切るらしい。」

 

金剛「そうデスカー、設営は上手く行ったノ?」

 

さらっとため口になる金剛だったが直人は咎める事はしない。

 

提督「そうだな、これまでにない性質の作戦ではあったし多数の輸送船を必要としたが、初めてにしては上出来だったようだ。ま、おかげ様でこちらへの補給が遅れているがね・・・。」

 

そう言って苦笑する直人、因みに軍帽は脱いでいてティーセットの置かれたテーブルの上だ。

 

実はその警備府―――旅順警備府の移転に使う船舶を確保する為、サイパン行きの輸送船が分配できなくなったのである、本来なら補給船団は28日、つまりこの日の前日には来ていた筈であった。最も2,3日程度の遅れならば問題にならない位に物資の備蓄はある為そこは安心していた。

 

なお直人の言を補足するが、初期にあったマニラ泊地のパラオ泊地への合流は、マニラ泊地がパラオの分遣隊という性格を持っていた為、最初から移転前提のものであり今回ほど規模は大きくならなかったという事情もあり、今回が大規模な基地移転の最初と言う事になる。

 

金剛「そこは我慢のしどころ、デスネ?」

 

提督「お、そうだな。」

 

兎にも角にも当座を凌ぐ為に資材と物資の節約に尽力する事が既定事項と言う横鎮近衛艦隊のこの日の実情であった。

 

 

 

でもって翌日。

 

 

1月30日午前9時32分 建造棟

 

 

提督「さて、今回はどんな子かねぇ。」

 

千代田「千歳お姉だったりして♪」

 

提督「結果も出てないのに適当な事を言うんじゃありません。」

 

千代田「はぁい。」

 

雷「まぁ千代田さんの気持ちも分かるわ、まだ私も暁が来てないもの。」

 

果たしていつになるやら。

 

提督「建造結果もそろそろ出揃う頃だった筈だが―――」

 

明石「ドロップ判定、終わりました!」

 

言っていたら明石が出てきた。

 

提督「OK、早速呼んでくれ。」

 

明石「了解です、こっちです。」

 

明石が出てきた方を向いて声をかける。すると奥から今回は二人の艦娘が現れた。

 

千代田「あっ・・・!」

 

提督「・・・取りあえず自己紹介からどうぞ~。」

 

千代田の反応で一人分かってしまったが直人はそう促した。

 

千歳「千歳です、日本では初めての水上機母艦なのよ、宜しくね。」

 

伊168(イムヤ)「伊168よ。まぁ、イムヤでいいわ。宜しくね!」

 

提督「二人ともよろしく。さぁ千代田さん? 待ちかねてた御対面ですよ?」

 

千代田「千歳お姉!」

 

千歳「千代田、久しぶりね!」

 

千代田「ホントそうよねぇ、待ってたんだから!」

 

千歳「フフッ、ありがとう。」

 

 

・・・

 

 

提督「―――イムヤ。」

 

イムヤ「何?」

 

姉妹でじゃれつく二人を見て呆れ顔になった直人はイムヤにこう言った。

 

提督「司令部の案内千代田にして貰おうと思ってたけど、雷に案内して貰え、ありゃ姉妹同士和気藹藹で案内にならんわ、多分。」

 

イムヤ・雷「あぁ・・・。」

 

明石「そう・・・ですね。あ、建造も出揃いましたよ。」

 

提督「お、そうか。そんじゃイムヤ、雷、後でな。」

 

雷「はーい!」

 

イムヤ「分かったわ。」

 

因みに特に用事がある訳ではない。それを雷は分かっていたので軽い返事で対応し、イムヤを連れて建造棟を出ていった。

 

提督「さて、建造結果見ましょうか。」

 

明石「はい!」

 

そう言う訳で建造結果を一つづつ見て回るのだったが、最後の一つに彼は目を止める。

 

提督「・・・明石、これって―――。」

 

明石「そう・・・ですね・・・。」

 

そう、二人には見覚えがある艤装ではある。無論誰も顕現していない被り艤装だ。しかし、その艤装を、彼らは数か月ぶりに見る事になった。それは、“あの時”失われた艤装の片割れであった。

 

提督「―――雪風の艤装、だな。」

 

明石「やりましたね! 建造で狙い続けた甲斐があったってもんですよ提督!」

 

提督「はしゃいでる暇あったら呼ぶんだ雪風を!」

 

思わずそう言う直人も声が上ずっていて説得力は皆無だった。

 

明石「はい!」

 

慌ててかけていく明石を見送ってから、改めて直人はその艤装を見た。

 

雪風の艤装はシンプルそのものだ。背中に装着する魚雷発射管内に艦娘機関を上手く組み込んだ、機械設計の極致とも言えるもの。であるが故にその構造上どうしても防御力が無いと言う欠点もあったが。

 

提督「そうか・・・雪風が戦列復帰か、いいことだ。」

 

直人はそう一人呟いた―――。

 

 

 

1月31日11時11分、待ち望んでいた輸送船団が到着した。北方での作戦からまだ二日しか経っていないにも拘らず、である。最もこれは苦心して船舶を充当した土方海将の努力のおかげでもあった訳だが。

 

そしてこの日は珍しく客人が来ていた。直人の会った事が無い男である、まだ30にもなっていないと言うような風体だが妙な威圧感がある。

 

武官「大本営付武官、森田 貞久(もりた さだひさ)二等海佐です。」

 

提督「横鎮“防備”艦隊、サイパン分遣隊司令官、石川です。遠路、ご苦労様です。」

 

そう挨拶しながら、直人は何かきな臭いと感じていた。

 

提督(大本営付武官、一度リストと経歴をざっと見た事はあるが、嶋田や来栖の息のかかった奴らが多いと言う印象を受けた、それが何の用だ?)

 

森田「本日ここに参上したのは、大本営からの指示で、サイパンの実情を実際に拝見し、少将閣下に適切な支援を行える様にする為です。」

 

提督(成程、読めた。)

 

直人は確信に至ったがおくびにも表情にも出さず、ただ淡々とこう告げたのみだった。

 

提督「分かりました。部屋はこちらで用意致しますので、お帰りになるまでの間、何もない所で恐縮ですがごゆるりと。」

 

森田「宜しくお願いします。」

 

森田と名乗る男が一礼する。その見えなくなった口元が、不敵に笑う。

 

提督「ではすぐに部屋を用意させますので、その間執務室でお待ち下さい。」

 

森田「分かりました。」

 

提督「言って置きますが、私の執務机や書類などは物色しないで頂きます。監視も付けますのであしからず。」

 

森田「・・・はっ。」

 

怪訝な顔をする森田二等海佐を無視し、直人は大淀の姿を見つけて駆け寄るのだった。

 

 

 

直人が交代制で森田の監視役として付けたのは、龍田と川内、叢雲と、執務室では更に大淀が付く。

 

 

11時28分 中央棟2F・提督執務室

 

 

森田「ここの司令部はきちんと手入れが行き届いてるんですな。」

 

大淀「私達の司令官は割と綺麗好きでして、掃除はきちんとやっております。」

 

潔癖症ではないが実は綺麗好きな直人。しかし昨年末の大掃除では何故か除け者にされその時は大いに不貞腐れていたのだった。

 

森田「ほうほう、他の司令部では清掃さえ滞っている司令部もあると聞きますが、流石横鎮の精鋭を束ねる指揮官ともなれば、格が違いますな。」

 

陰で褒めちぎられる直人であるが、どうも世辞臭い。

 

大淀・龍田「・・・。」

 

そして、それに関してはノーコメントの両名である。陰では意外と扱われ方が、良くも悪くも酷いのだった。

 

 

―――森田が執務室から去ると、直人は主要なメンバーを執務室へと集めた。

 

 

 

11時57分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「昼飯前にすまんな。」

 

そう言って直人は議論の口火を切る。

 

明石「いえ、構いません。」

 

金剛「問題ないデス。」

 

龍田「それで、用って何かしら~?」

 

川内「そうそう、気になるよ。」

 

大淀「まぁまぁ、そう急かさず・・・。」

 

この6人が、執務室の応接テーブルを囲んで座っている。

 

提督「そうだそうだ、余り急かすな。だがそうも言ってられん、本題に入ろう。20分ほど前に全艦娘に森田二佐の事を通知したが、その森田の事についてだ。」

 

大淀「森田二佐が、何か・・・?」

 

提督「うん、実は昔、彼の履歴を閲覧した事があるんだが、30にもならないのに二等海佐と言う階級だ。早すぎると思わんか?」

 

大淀「確かに、二等海佐と言えば旧海軍では中佐相当の階級ですわ。」

 

明石「若いのに凄いですねぇ・・・。」

 

龍田「成程ねぇ~。アナタの言いたいことは分かったわぁ。」

 

金剛「―――デスネ。」

 

直人の真意を鋭く悟る二人。

 

提督「そう、彼は幹部会のスパイではないかと思う。」

 

川内「へぇ~、根拠は?」

 

と川内が問う。

 

提督「確証はない。だが反証も無い。」

 

川内「・・・そうね、あの森田と言う男は知っているわ。独立監査隊にしょっちゅう出入りしていた――と言うよりは、牟田口陸将に会いに来てたのね。」

 

龍田「そうねぇ、私も見かけた事はあるわね。」

 

提督「だろうな、年齢と軍歴に比して昇進が早すぎると言う事は、何某かの権力者に取り入っていたと言う事。そしてその履歴にも嶋田と絡みがあったと思われる経歴がいくつかあった。つまりそう言う事なのだろうな。」

 

すると龍田が口を開く。

 

龍田「嶋田自体が牟田口と繋がっている、話は繋がるわね。」

 

提督「何だ、知っていたのか。」

 

龍田「独立監査隊を舐めないで欲しいわね。私達の様な組織にとって敵は常に身内にもいるものなのよ?」

 

提督「・・・心して置こう。」

 

そう言って言葉を切ってから直人は続けた。

 

提督「森田の目的は明白だろう。一つはこちらの状況を克明に調査・記録して持ち帰り、我が艦隊の実戦力を探る事。もう一つは―――」

 

金剛「ちょっと待つデース、ワタシ達の戦力をサーチして何にするノー??」

 

金剛が直人の言葉を遮ってそう言った。

 

提督「我々の軍閥化を恐れている、とすれば説明はつくだろうな、もしくは我々の離反を恐れている、とか。」

 

金剛「ッ・・・成程・・・。」

 

提督「権力者は下の者が力を付ける事を極度に恐れるモノだ。最悪下克上されるのが怖い、と言う事なんだろうな。」

 

大淀「そうですね・・・それで、もう一つとは?」

 

流石、聞き漏らしが無いな。そう大淀に言って直人はその“もう一つ”の目的を推測する。

 

提督「もう一つの目的―――それは恐らく、俺を懲罰する口実を手に入れる事。」

 

金剛「なっ―――!?」

 

大淀「えっ―――!」

 

明石「えぇっ!?」

 

川内「―――。」

 

龍田「・・・。」

 

5人がそれぞれにリアクションを返す。川内と龍田は納得した様に頷いただけ。

 

提督「俺もこれまで幹部会相手に散々派手に舌戦を交えたからな、そろそろ頭に来ていて可笑しくない筈だ。それこそ、反乱の芽だとすれば、密かに俺を消そうともするだろうね。」

 

川内「じゃぁどうするの―――いっそ地下牢に投獄して自白させる?」

 

龍田「スパイ活動罪を口実に八つ裂きでもいいわねぇ。」

 

秘密組織出身者の性かサラッと恐ろしい事を口にする二人。そこに意外な方向から制止が入る。

 

金剛「・・・NO、それはダメネー。」

 

川内「ん?」

 

その声の主は金剛だった。川内は珍しさも手伝ってか金剛の言に耳を傾ける。

 

金剛「今あの男が消息を絶ったとすれば、幹部会は余計に訝る筈、泳がせるのが賢明ネ。」

 

提督「うん、金剛の発言に俺も同意する。だが付け加えるならただ指を咥えて情報を集めさせる必要はない。」

 

金剛・明石・大淀「・・・?」

 

揃って首を傾げる3人に直人はこう切り出す。

 

提督「事実と異なる情報をリークし、幹部会のリアクションを探る。具体的には、俺が反旗を翻すつもりだと知ったらばどうするか、だ。」

 

5人「―――!!」

 

それは、大胆極まる策でもあった。

 

金剛「・・・OKデス、やって見まショー。」

 

川内「そうだね、そこは知りたいし。」

 

大淀「しかし危険です!」

 

明石「そうです、お命に関わるかも知れないんですよ!?」

 

賛否分かれる中、直人は言った。

 

提督「ここがどんな場所か分かるか? それが分かった後で、察知されずにここに近づけると、思うかい?」

 

大淀・明石「―――!!」

 

そう、ここは大陸や列島線とは隔絶した、マリアナ海溝の淵にギリギリくっついている南海の島である。

 

そして工作員を揚陸可能な地点は、北端部の崖をよじ登りさえしなければ西部と南部の旧港湾と海岸だけ。もし北端部に来るのなら、バンザイクリフ近くの山にレーダーサイトはある。

 

また水中から接近するならサイパン島全周の海中に予め敷設されている設置型ソナーがある。この全方位接近探知システムに殆ど穴はないと言って過言ではないのだ。

 

提督「そういうことだ。ここは奴らの地面と陸続きではない。その事が、今回の場合援けになる。」

 

 

 

結局明石と大淀もこの計略に賛同した。

 

そうさせるだけの材料が、この場合揃っていたのだ。

 

―――そう、あらゆる意味に於いて。

 

 

 

森田二佐のその日からの行動は、どちらかと言えば監査と視察の性質の強いものだった。

 

 

30日:提督の勤務内容の視察

31日:司令部施設の視察

2月1日:サイパン飛行場視察

2日:訓練状況視察

3日:サイパン島防衛状況視察

4日:直人との会談

5日:補給船団の帰りに便乗して帰国

 

 

と言うスケジュールであったらしく、実情視察の言葉そのままの行動であった。

 

無論全てを書き記すと長くなるので、ある程度かいつまんでいくつか描写してみよう。

 

 

 

1月30日9時28分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「建造・開発結果の報告ありがとう、おつかれさん。」

 

雪風「いえ! でも、特にこれと言ったものは今日も出ませんでしたね。」

 

この日の建造と開発を雪風にやらせてみたものの不発だった御様子。

 

提督「いや、いいんだ、ノルマみたいなもんだからね。それじゃ、もう下がっていいぞい。」

 

雪風「はいっ! 失礼します!」

 

提督「金剛、今日の訓練はもう始めてるのか?」

 

金剛「定刻通りデース。」

 

提督「ん、それならいい。遠征の方は任せるぞ。」

 

金剛「お任せデース!」

 

森田「・・・。」カリカリ

 

直人の傍らで何かを書き入れている森田二佐。恐らくであるが直人の勤務態度を纏めているのだろう。

 

提督「・・・はぁ、大淀、次の書類は?」

 

大淀「はい、こちらで最後になります。」

 

提督「・・・随分少ない気がするが、気のせいか?」

 

と聞く直人。

 

大淀「いいえ、今日はとりわけ早く書類が書き終わっているだけです提督。」

 

提督「・・・はぁ、そうか、やっぱりな。どうも見張られているのは趣味じゃないし、気を紛らわせる為に執務に集中すりゃこれだからなぁ。」カリカリ

 

と言いながら書類に目を通し、サインをする直人である。

 

改めて言うが、この男、やれば出来るのである。

 

提督「ほい、これで今日は終わりかな?」

 

大淀「そうですね、お疲れ様です。」

 

金剛「こっちもフィニッシュデース。」

 

提督「今から何するかねぇ。」

 

そんな事を考えていると森田二佐が口を開く。

 

森田「もう今日のお仕事は終わりなのですか?」

 

提督「ん? あぁそうだよ。俺は艦娘の実務については正直よく分からん、だから幾つか部署を設けてそいつらに任せてある。俺の仕事は書類の決裁だけだよ。」

 

この言葉、1/3は嘘である。

 

大淀(“艦娘の実務についてはよく分からん”だなんて、よく言ったものですよ。)

 

と、言う訳である。

 

森田「成程・・・。」

 

提督「そうさな、散歩でもしていようかな。」

 

そう言うと大淀がひとつ質問する。

 

大淀「どちらまで行かれますか?」

 

提督「今更聞くのかい?」

 

大淀「・・・そうでしたね、提督は特に目的地をお決めになられませんでしたね・・・。」

 

風の吹くまま気の向くまま、である。

 

提督「じゃぁの。」

 

大淀「行ってらっしゃいませ。昼食までにはお戻りくださいね?」

 

提督「それまでには多分釣りでもしてるよ。」

 

背中越しに手を振ってそう言う直人。

 

森田「では私もこれで。」

 

大淀「あ、お疲れ様です。」

 

とそっけなく応じる大淀。その森田二佐は直人の後を追うように執務室を出て行った。

 

龍田「・・・どうする? あの男、尾行付けてみるかしら?」

 

 

大淀「―――そうですね、お願いしてもいいですか?」

 

龍田「私は柄でも専門でもないわねぇ~。」

 

大淀「・・・成程、そうですね。」

 

龍田の一言に大淀は頷きながら、川内に連絡を取るのだった。

 

 

 

10時01分 司令部西側・森の遊歩道

 

 

司令部を囲むようにして存在する森林には、直人の希望で遊歩道が整備されている。これは造兵廠への小路を作る時同時に造成したものであり、連絡路からも枝分かれしている。

 

提督「くそっ!」ゲシッ

 

直人が悪態をついて足元の小石を思いきり蹴飛ばす。

 

提督「何でお目付け役なんぞ付けられんといかんのだ、嶋田の野郎余計な仕事増やしやがって!」

 

流石にフラストレーション溜まるのが早すぎる気がしないでは無いものの、それが高じて一人ボヤく直人。

 

提督「これはあれか? 俺の激発を誘おうとしているのか? そうすれば俺を懲罰する口実にもなるしな、そうさせたいと望むならそうしてやるぞ、どうなんだクソッたれめ。」

 

と、心にもないことまで言い始める始末。

 

提督「言いたい事があればここへきて直接言えばいい、何をまたあんな小童を寄越してあれこれさせようと言うのか、これがまた分からん。」

 

最早悪口である―――。

 

 

 

森田「・・・。」

 

そしてそれを聞いている影―――森田の姿があった。

 

森田(やはり奴は、幹部会に対し弓を引くつもりなのか―――?)

 

直人の言葉をそう取った森田。無論そう思われてもおかしくはない。

 

 

 

川内(手を出そうと言う様子はないね、その証拠に武器も携帯していない。と言う事はやはり、提督が裏切ると言う証拠を集めている、と言う事かな。)

 

尾行の川内はその真意を見抜いていた。無論全く気付かれていない、隠密用装備を身に着けた川内の隠密性は超ハイレベルである。

 

川内(提督は皆の前で上司の暴言を吐いた事はない。私や森田がいる事も分かっている筈だから、とすればこれは餌ね―――。)

 

提督(川内の気配、か。と言う事は―――)

 

直人がようやく気付いた。

 

提督(背後の気配を悟るのは、何気に時間がかかるな。)

 

やはり背後の気配を察知するのは微妙に苦手であるらしく、今まで気づきもしないのに散々愚痴っていたのである。

 

提督「―――いっそ今度談判にでも行ってくるか・・・?」

 

などと半ば本気で思う直人であった。実際フラストレーションが溜まっているのも事実であった。

 

 

 

31日10時52分 司令部裏ドック→建造棟道中

 

 

森田「少将、この司令部は随分と施設が充実しているんですな。」

 

提督「えぇ、そうです。我が艦隊はあらゆる事態に対応する為、各種施設の拡充には力を入れております。」

 

施設を案内しながら直人は森田二佐の質疑応答に応じていた。

 

森田「鎮守府直属の艦隊とその他の艦隊とではやはり施設規模も大きく違っている訳ですな?」

 

提督「ま、そう言う事になります。」

 

実際はそうではないのだが、直人は口に出さなかった。

 

森田(あらゆる事態、ねぇ―――。)

 

 

 

2月1日11時07分 サイパン飛行場管制塔

 

 

この日は森田の飛行場視察の日だったが、直人の執務が優先したため時間がずれ込んでいた。

 

管制塔の上り下りは5人乗りのエレベーターを使用している。また飛行場内の移動には遺棄されていた構内移動用の車両を使用する。

 

その管制塔のエレベーターが昇り切り、扉が開くと、管制塔周囲を全周見渡せる管制室である。

 

白雪「あっ、司令官、入室されました!」

 

提督「あぁ、楽にしてくれ。」

 

咄嗟に敬礼する白雪に直人がそう言う。

 

白雪「は、はい。」

 

後方勤務が主体となる白雪は、手空きの時はあちこちの部署の手伝いに回っている。名目上は大淀の無線室付であるが。

 

飛龍「あ、提督。お越しになられましたか。」

 

提督「やぁ、すまないね。少し執務が滞って、それで遅れてしまった。」

 

飛龍「いえいえ、お気になさらず。お二方も、どうぞごゆるりと。」

 

と飛龍は言った。

 

提督「時間的にはそろそろ空中戦闘哨戒の交代か。」

 

そう言う直人の視線の先には、滑走路から飛び立つ零戦六四型の姿があった。また駐機場には緊急発進に備え紫電改と屠龍が待機している。

 

掩体壕と格納庫では、様々な機体がメンテを受けている。

 

飛龍「そうですね、四直制ですし。」

 

6時間の4交代がサイパン基地空中戦闘哨戒の基本だ。

 

森田「少将、あの茶色く塗装された機体は何です?」

 

森田二佐が指差して言ったのは、陸軍重爆キ-91だ。駐機場に6機が駐機されている他、掩体壕と格納庫に駐機されている。因みに管制塔すぐそばのエプロンには、洋上空中哨戒用の東海が12機駐機されており、発進待機中だ。

 

提督「あれはキ-91試作長距離爆撃機です。航続距離は最大およそ4000km、9トンの爆弾を積載可能です。5トン弱積載までなら本土の一部が攻撃圏内に入る位には航続力があります。孤島防衛には無くてはならない貴重な反撃用の兵器です。」

 

とは言うが、実際には十分攻撃用として運用出来るのだった。

 

森田「B-29と同等の航続力を持つ訳ですな、それは凄い。しかしこの飛行場には沢山の飛行機が駐機されているのですな、どこから手に入れたのです?」

 

提督「それは機密に付きご容赦願いたい。」

 

人様に向かって、近衛艦隊用の開発設備はかなり制限が緩和されている、などと言える訳がない。

 

森田「そうですか、それは失礼した。」

 

しかし、本土爆撃が可能な爆撃機を持っていると言う事が森田には引っかかった。

 

森田(それは本当に必要なのか? わざわざその様な爆撃機を持つ事が有用とは、とても思えない。まさか―――)

 

邪推は結構な事だが直人にとっては思う壺である。更に言えば、長躯反撃する装備がある事はそれ自体が敵に対し大きな牽制になるし、有力かつ迅速な反撃手段でもあるのだ。勿論敵に『こちらが消極方針を取っている』と思われた場合効果がないのは言うまでもない。

 

 

 

2月3日11時27分 I地区・I121沿岸砲台

 

 

この日はサイパン島の防備状況視察と言う事だった為、直人は司令部から手近な砲台をいくつか案内する事にしていた。

 

I地区は司令部施設周辺の防備を担当する区域で、サイパン島内でも自然に配慮しつつも特に要塞化されている。

 

提督「ここがI121砲台です。ここには35.6cm連装砲2基と14cm単装砲1基、12cm単装砲4基を陸揚げして設置しています。」

 

森田「対空火器はないのですか?」

 

提督「100番台の沿岸砲台には対空砲は有りません、200番台の対空陣地に全て集約して砲台ごとの統一指揮が取れる様にしております。」

 

因みに300番台は地上防御砲台(榴弾砲や迫撃砲など装備・陸戦隊が布陣)、アルファベット無し400番台は探照灯台、同500番台がレーダーサイト、アルファベット有り600番台は歩哨塔である。

 

森田「成程、効率を重視したのですな。」

 

提督「そうです。大淀。」

 

大淀「はい、この島には沿岸砲台だけで212カ所ございます。」

 

直人に促された大淀が言った。

 

森田「成程、かなり堅固な守備態勢なのですね。」

 

 因みに言って置くが、212カ所も砲台があったら自然維持どころではない。

実際は129カ所しかない所を大幅に水増しさせている。無論これには砲塔1基のみのものも含まれている。

一応、対空陣地49カ所、地上防備砲台22カ所などを合わせても200カ所は越える事は無い。また212カ所の沿岸砲台は山腹や崖壁などを利用すればやれない事はないが大工事は必須である。

 

提督「我々の司令部ではこのように空海陸三位一体の防衛体制を確立する事により、難攻不落の孤島要塞を構築しておる訳です。」

 

森田「ですが、サイパンに敵が来ることなどあるのですか?」

 

そう森田が訊くと直人はこう言う。

 

提督「無論です、ここは最前線でありますので、敵の偵察などはままあります。過去数度の敵襲来を経験しておりますが、全てを独力で処理しておる為、問題はありません。」

 

実際にはこれらの戦い自体が本土に報告さえされていない(極秘裏に文章で土方の元にレポートという形で届いている)為、森田はその事を知りようが無かったのだ。

 

森田「それは―――心強いですな。」

 

言葉を選んで森田が言う。

 

提督「もし後方で緊急事態が生じたる場合も、我が艦隊は即応が可能です。」

 

森田「成程、シナ海の安全は保障されている、という訳ですか。」

 

提督「左様です。」

 

そして、本土近海の安全も我々が保全している。と直人は心中で付け加えた。これは事実であり、直人らが自ら身を呈して敵を防ぐ防波堤となっていたのだ。

 

森田(即ち本土近海の安全保障さえも握っている、と言いたい訳か。)

 

森田もそれは見抜いていたが、これで彼の疑念は確定するに至る。

 

提督(馬鹿め、それこそ思う壺だと、分からんのか。)

 

完全な二枚舌である。直人もその様な発言が思い上がったものだと言う事は百も承知である。直人は三十六計の第十計「笑裏蔵刀」を、内容を逆転させて応用したものを駆使して調略を仕掛けたのだ。

 

即ち「在りもしない刀を暗にチラつかせる事によって敵の反応を探る」策だ。これを発展させると、偽情報を流して敵を釣り出し殲滅すると言う形になる。

 

 

 

2月4日10時21分 中央棟2F・応接室

 

 

中央棟の応接室は、提督の仮眠室が本人の私室が出来た事によって不要になり、それに代わる用途としてしつらえられたものだ。なので提督執務室の隣が応接間になっている。

 

実質的には客間であるが、直人が会談をする時にはこの部屋を使う事にしていたのだった。

 

部屋の構造は中央にロングテーブル、窓側に提督用シングルソファ、扉側に来賓用のロングソファがあり、いくつかの装飾家具が置いてある以外はシンプルなものである。

 

森田二佐と会談する直人は、森田二佐から色々と質問を受けていた。

 

森田「少将はこのサイパン島の価値についてどうお思いですかな?」

 

提督「サイパン島は本土から2400kmの隔たりがありますが、南西にパラオ泊地が存在し、これと本土との距離はサイパンのそれより長く、為にサイパン島はそのパラオと本土との中間地点の一つと考えます。また内海航路への敵の侵入を防ぐ前進基地の一つとしてもまた、重要だと考えております。」

 

内海航路と言うのは、シナ海航路の事だ。

 

東/南シナ海はれっきとした海だが、第2次大戦時日本はここをマーレ・ノストロ化して航路保全を図り、戦略物資の効率的入手を行っていた。彼の内海航路という発言はそれに依る。

 

提督「更に申し上げれば、我々人類は現状、アジア圏では東南シナ海が交通や貿易と言った面に於いて極めて重要である事は明白であり、我々の当面の目的は、我々人類が必要とする海面における制海権、制空権の防衛と考えております。サイパン島に基地を置く事は、外海からの敵の侵入を事前に察知、牽制できるばかりか、逆に敵の喉元にナイフを突きつけているのと同様の状況だと小官は考えております。」

 

このご時世では、空の安全は無いに等しい。いつどこから敵の航空機が飛来するとも限らないからだ。

 

故に海上貿易が重要視されている。故に制空権と制海権の確保は必須なのだ。

 

森田「成程、少将の仰る通りだ。では本土で有事が発生した場合どう為されるのです?」

 

提督「上層部の指示を待ち、適切と思われる対処を行うつもりです。」

 

森田「成程。」

 

提督「我々はあくまでも横須賀鎮守府直属の一艦隊に過ぎません。であるならば、横鎮司令部の命令を待たなくてはならないと考えておりますので。」

 

これは、森田が彼の素性を知らないからこそできる弁であった。実際には彼にはかなり自由な裁量が与えられているのである。

 

森田(この男、暗にいつでも本土へ逆侵攻出来る事をほのめかしているのか? だとすれば―――)

 

提督(この男、奥が深そうに見えて実はそうでもない、割合単純で実直だ。であるならば情報操作も容易いと言う物―――)

 

内心でほくそ笑みながら直人は森田と会談を続けたのだった。

 

 

 

2月5日11時17分 司令部裏ドック・岸壁部

 

 

森田「ではこれにて。少将の武運長久を祈りますよ。」

 

提督「このような僻地までご苦労様でした、どうぞ帰りもお気を付けて。」

 

事務的な挨拶をする直人だったが、この言葉だけが彼の本心であった。

 

森田「ありがとうございます。では―――」

 

そう言って森田二佐は輸送船に乗船する。

 

森田(あの男は危険だ、早く嶋田海将にお伝えせねば。)

 

提督(さぁ、大々的に触れ回ってくれよ? でなくては策を掛けた意味がない。)

 

それぞれの思惑が交錯する中、近衛艦隊司令部へ物資の輸送に来た輸送船が岸壁を離れていく。

 

幹部会と直人、その行く末には何が待つのか、この時誰もその未来を予測し得る者はいない。

 

 

 

2月7日午前9時40分 艤装倉庫西側脇

 

 

金剛「第1水上打撃群、旗艦金剛以下22隻、スタンバイOKデース。」

 

艦隊主軸を担う第一水上打撃群旗艦、金剛が直人に報告する。

 

提督「ご苦労。今回のお前達の任務は、昨日言い渡した通り遠洋航海演習だ。嚮導は北上に一任する、遠洋航海の基本を今一度叩き込んで戻って来てくれ。」

 

北上「ほいほーい♪ お任せあれ。」

 

二つ返事で北上が応じる。

 

今回は以前直人が構想していた遠洋練習航海を具体化させたものだ。各艦隊に順番に実施するものではあるが、今回は最初と言う事で第一水上打撃群が参加する。

 

提督「練習巡洋艦の1人でもいれば任せられるんだがな、無い物ねだりをしても仕方があるまい。兎に角、無事の帰投を願う。以上だ。」

 

そう結んで直人は訓示を終える。

 

金剛「第一水上打撃群、抜錨しマース!」

 

 

提督「了解。」

 

互いに敬礼を交わし、金剛達は海へと出る。直人はそれを静かに見送る。

 

提督「・・・可愛い子には旅をさせよ、か。正にこの事かも知れんな、だが寂しくもある・・・。」

 

その場から艦娘達の姿が見えなくなってから直人はそう一人呟いた。この時大淀は直人の傍らにはいない。

 

提督(・・・さて、執務するか。)

 

そう考え直人は司令部裏のドックに背を向け、中央棟に向かうのだった。

 

 

 

10時02分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「~♪」サラサラッ

 

大淀(・・・今日は随分筆が早いですね・・・。)

 

陽炎「この書類終わったわ、大淀さん、チェックお願い!」

 

大淀「あ、はい。」

 

今回の代打は陽炎である。

 

1時間40分ほど前の事―――

 

 

 

8時40分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「―――。」モグモグ

 

直人は遅ればせながら朝食中。

 

 

バタン

 

 

提督「―――?」ムグ

 

陽炎「ヤバヤバ、訓練に送れるぅ~!」バタバタ

 

陽炎、珍しく寝坊した模様。

 

提督「お寝坊さん発見。」ペロリ

 

陽炎「ウッ―――!」

 

直人が完全に獲物を見る目で陽炎を見る。

 

提督「珍しいねー、昨夜はもしや?」

 

陽炎「え、えぇ・・・夜間哨戒よ、9時半までだったけれど。」

 

警戒態勢:5時~13時・13時~21時・21時~5時の3交代

 

提督「・・・ん? 9時半?」

 

直人はそこが引っかかり訊いてみると

 

陽炎「あぁ、引継ぎ予定だった11班の潮ちゃんがうっかり寝てたみたいで遅れたのよ、その繋ぎ。」

 

と答えた。

 

提督「成程ね~、それで寝不足と?」

 

陽炎「う、うん・・・。」

 

提督「ふーむ・・・。」

 

何かを考え込む直人、そこへ

 

陽炎「司令っ! お願い見逃し―――」

 

提督「却下デース。」^p^

 

陽炎「そ、そんなぁ!?」( ;∀;)

 

提督「罰として金剛帰って来るまで代理で秘書艦ね。」

 

陽炎「え・・・」

 

 

そ、そんなああああああああああああ―――――

 

 

 

と、言う事があったのである。

 

提督「いやー、秘書艦代理を“名乗り出てくれた”子がいて助かったよ全く、いやー良かった良かった。」^^

 

陽炎(どう考えても拒否権ないでしょあの状況!?)

 

全くいい性格をしている男である。

 

大淀(提督もえげつない事を・・・。)

 

と直人の行動を唯一教えられた大淀である。

 

提督「しっかし、お前が執務出来るとは思わなかったぞ、陽炎よ。」

 

陽炎「んー? あぁ、不知火が旗艦業務出来ない時、私がやらないとだったしね。」

 

史実に於いては、十八駆の旗艦は実は陽炎では無くて不知火なのだ。しかし不知火もずっと動き続けでは不具合が頻出してしまう、それでメンテナンスのドック入りをする訳だが、それでは旗艦が使えなくなる、という訳で霞なり陽炎なりが代理で一時的に旗艦を務める、と言う様な事は日本海軍でもままあった事である。

 

提督「いい心掛けだな、でも確かかつてはその機会も無かったんじゃなかったっけ?」

 

陽炎「今こうしてあるじゃない?」

 

提督「む、それもそうだな。」

 

痛烈に混ぜっ返されて苦笑しつつも、つくづくできた長女だな、と思う直人であった。

 

提督(それに比べて、他の長女連中は―――)

 

 

 

睦月「―――。」

 

多摩「・・・。」じっ

 

自分の部屋でゴロゴロしていた多摩、と何気なく来た睦月。その睦月の手には、猫じゃらし。

 

睦月「―――」フリフリ

 

多摩「にゃっ!」シュッ

 

睦月「そう簡単に捕まらないよ~♪」

 

多摩「はっ、思わず手が、じゃらすなってば~!」

 

なお睦月はいたずらのつもりである。

 

 

~北マリアナ北方海域~

 

川内「夜戦したい・・・。」

 

初春(はぁ~・・・これで4回目じゃの。)

 

電「また言っているのです・・・」ヒソヒソ

 

雷「放って置きなさい、電・・・」ヒソヒソ

 

川内さん、どうやら最近夜間戦闘をやってないせいで欲求不満らしい。

 

 

 

白露「こんのぉ~~~!」

 

島風「おっそーい~!」

 

演習海域ではこの二人がいつもの如くスピードレースである。と言っても単純な速さだけではない、これはれっきとした走破演習である。

 

要するに一定区間内に設置された標的を次々と撃ち抜きゴールを目指す、と言ったものだ。

 

神通(まぁ、競い合うのは良い事ですし・・・。)

 

と神通も傍観の態度である。

 

 

 

提督(・・・うん、一部ダメだなこりゃ。)

 

と半ば考える事を諦めるのだった。

 

補足するが、演習は何も全員毎日やる訳ではない。ある一定周期毎に1日休みがあったりする訳で、そうしないと艦娘が過労でぶっ倒れる為である。

 

 

 

そんなこんなで1週間経ったある日の事である。

 

 

2月16日(日)13時38分 食堂棟1F・食堂

 

 

提督「おうどん(゚д゚)ウマー」

 

漣「(゚д゚)ウマー」

 

何気に仲のいい二人が、この日は昼食を伴にしていた。

 

熊野「簡単なものですけれど、お口に合って良かったですわ。」

 

この日榛名は遠洋航海演習に出ているため不在、他にも持ち回りが二人ほど遠征中の為、この日の代理担当は熊野だった。

 

料理も出来て社交的、お淑やかで戦闘もそつなくこなす、あらゆる面でパーフェクトな正にレディである。ついでに美人でスタイルも良いと来てもう完璧である。

 

提督「まーったく、うちの艦隊はなんでまた色んな才能を持った奴が多いんだか。」

 

熊野「あら、素敵な事じゃなくって? そう言う多彩な技能者の集まった部隊は、様々な面で強い、と思うのですけれど。」

 

おまけに弁も立つと来た。

 

提督「いや、これは参ったな。熊野の言う通りだ。まぁ、そう考えれば俺は部下に恵まれたと言う事なのだろう。」

 

熊野「嬉しいお言葉ですわ。」

 

漣「あたしは何も出来る事ってないんだけどなー。」

 

という漣に

 

提督「それもいいさ。何も、全員が全員何か出来る必要はないさ。」

 

熊野「そうですわね、フフフッ。」

 

と、そこへ―――

 

 

ガチャッ・・・

 

 

提督「―――ん?」

 

熊野「あら、大淀さんではなくって?」

 

提督「そうだな。」

 

珍しい、と言った様子の二人。この時間に来るのは珍しいと思ったのだ。

 

大淀「提督、お食事中申し訳ありません。すぐにお耳に入れたい事が。」

 

提督「大丈夫、もう食べ終わったところだ。執務室で聞こう。」

 

大淀「分かりました。」

 

直人は立ち上がって

 

提督「熊野、御馳走さま。漣、またな。」

 

と言って食堂を後にした。

 

熊野「夕食もお待ちしておりますわ。」

 

漣「はいはーい。」

 

 

 

13時44分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「作戦指令書か。何となくそんな気はしていたがね。」

 

陽炎「作戦かぁ、どんなの?」

 

同じく呼び出された陽炎が興味を示す。

 

大淀「まぁ、そう焦らず・・・。」

 

提督「そうそう・・・。」

 

と読みながら返す直人。

 

提督「・・・これまた随分と遠出だな。」

 

大淀「その様ですね。」

 

陽炎「んー? 今回の目標は?」

 

と聞かれたので直人が作戦目的を読み上げる。

 

提督「“来たるべきインド洋方面に対する攻勢に備え、比較的敵の警戒が薄いスンダ海峡よりインド洋へ侵入、アンダマン諸島方面へと進出し同島に橋頭保を確保せられたし。上記任務終了後尚可能であれば、敵超兵器の動静調査並びに、ベンガル湾に対する通商破壊戦を展開すべし。”だ、そうだ。」

 

陽炎「あ、アンダマン諸島・・・?!」

 

余りの距離に思わず素っ頓狂な声を上げる陽炎。陽炎はこの沖合を通過したことがある。

 

恐らく知らない人が多いであろうと思うので、ここでアンダマン諸島について少し説明しておこう。

 

アンダマン諸島は、マラッカ海峡のインド洋側出口に、ニコバル諸島と共に弧状列島を構成する島々である。このインド洋側出口はアンダマン海と呼ばれる内海で、こことインド洋/ベンガル湾とはこのアンダマン・ニコバル両諸島からなる弧状列島で分かたれている。

 

言ってしまえば、日本海と太平洋&東シナ海&オホーツク海が日本列島で区切られている事と同じ様なものである。(些か極端だが)

 

このアンダマン諸島は、マラッカ海峡への入り口であるアンダマン海の制海権を確保する為には重要な場所であり、現状深海棲艦の手にある為、南西方面艦隊は目下このアンダマン海の制海権掌握と、アンダマン諸島制圧に奔走している。

 

しかしセイロン島及びインド東岸を根拠地とする敵東洋艦隊の抵抗を前に膠着状態に陥っているのが実情である。

 

提督「大本営と北村海将補にして見れば、我が艦隊の派遣/遠征を仰ぐ事で戦局を変えたい、と言ったところだろうな。」

 

大淀「北村海将補と言えば、リンガ泊地の司令官ですね、お知り合いですか?」

 

提督「あぁ、北村海将補とは海軍に入った直後に個人的に面識を持ってね、余り誰彼構わず話をするなと言われちゃいたのだが、その関係で北村海将補もこの近衛艦隊計画には多少関わっているらしい。」

 

と既に思い出となった出来事をしれっと話す直人である。

 

提督「今度機会があれば会わせてやれん事もないと思うがな。」

 

陽炎「それは兎も角として、まずはこの作戦でしょ。」

 

提督「分かってるよ、そう慌てるな。」

 

陽炎「は、はい。」

 

提督「本来この任務は非常に重要であり、機動力の高い部隊を以って任に充てる所ではある。しかし、一航艦は今回使えない。」

 

と直人は断言した。

 

陽炎「えっ、なんで!?」

 

と陽炎が思わず口を挟んだ。

 

提督「この艦隊はまだ護衛の戦力が足りていない、だから第一水上打撃群とペアで運用すべき所だ。だがその一水打群は日本海だ、おいそれとは呼び戻せない距離にいる。」

 

陽炎「戦力不足かぁ・・・またここで足を引っ張ってきちゃう訳ね・・・。」

 

提督「逆に考えろ、この他に機動戦力で誰が動けるかをだ。」

 

そう言われ陽炎は合点がいった。

 

陽炎「・・・私達第一艦隊。」

 

提督「そうだ。重要とはいえ特段の緊急性はない。であれば最大戦力を投じる事も策の内だ。」

 

陽炎「じゃぁ第一艦隊のメンバー召集する?」

 

提督「それはまだだ、タウイタウイ泊地に連絡を入れて置きたい。補給中継地に使いたいしな。大淀、頼む。」

 

大淀「畏まりました。」

 

ともかく、作戦の基本部分は既に定まっている。あとは投入部隊を送り出すだけであった。その点立案をしなくて済む為直人は気が楽であった。

 

提督「取り敢えず言えるのはまぁ・・・陽炎、頑張ってこい。」

 

大淀が去ってから直人はそう言った。

 

陽炎「勿論!」

 

陽炎は気合十分にそう応じたのだった。

 

 

 

明けて2月17日午前7時、直人から第1艦隊に対し召集が命じられた。

 

 

~陽炎/不知火の部屋~

 

陽炎「よし、バッチリね。」

 

この1週間秘書艦を代行して来ただけに、起きるのは流石の速さ、身支度も整えていた。

 

不知火「あとは・・・もう少し待ってて下さいね? 陽炎。」

 

陽炎「分かってるわよ♪」

 

ちゃんと寝られたようできちんと冴えているのだった。

 

 

 

7時19分 食堂棟2F・大会議室

 

 

ザワザワ・・・

 

 

大淀「・・・。」

 

会議室の出口を開け放って直人を待つ大淀。

 

 

コッコッコッコッ・・・

 

 

大淀「―――提督、入室されます。」

 

扶桑「敬礼!」

 

 

ザザザッ

 

 

扶桑の号令に合わせ一斉に立ち上がって敬礼する第一艦隊の面々。

 

提督「うむ。明け方からの招集ですまない、着席してくれ。」

 

そう言って直人は登壇する。全員の着席を見届け直人は口を開いた。

 

提督「今回君達を招集したのは別に君達に非があった訳ではない事を先に言っておこう。」

 

扶桑/山城(副旗艦)/加古(ホッ・・・)

 

この心配性な3人を宥める一言である。

 

提督「今回君達第一艦隊に招集をかけたのは詰問でも論説を交わす事でもない、陽炎は知っていると思うが、出撃命令だ。」

 

扶桑「目的地は?」

 

提督「タウイタウイで一度補給の後、スンダ海峡を抜けアンダマン諸島へ向かって貰う。そこに橋頭保を築く事が目的だ。可能であれば麾下水雷戦隊を使い、通商破壊戦を展開して貰う。」

 

霞「随分と、遠回りなんじゃない?」

 

とここで霞が口を挟んだ。

 

提督「中央の判断だから俺には何とも言いにくい。何せ作戦案は全て立案の上で送られてきている。恐らくこの裏口を使う事での奇襲効果を狙ったものだろう。」

 

霞「・・・そう。」(何よ、思ってた程大したことないじゃない。)

 

霞が落胆した理由は、陽炎や不知火、他の僚艦達から、直人の才を聞き及んでいたからだった。しかしこの時ばかりは直人ものろけが出ていた事は否定できない。

 

提督「本来なら俺も旗艦鈴谷で参陣する所だが、生憎工期が伸びまだ完成しておらず、公試もまだだ。この為今回も俺の出撃は見合わせる、次回と言う事で。」

 

公試とは海上公試の事で、要は性能試験の事である。

 

扶桑「そうですか・・・では、いつもより踏ん張らないといけませんね。」

 

山城「そうですね、姉様。」

 

ここまでくるとただのイエスマンである。

 

陽炎「まぁ、仕方ないわねぇ~。」

 

提督「それと今回は雪風の復帰戦でもある、新しい艤装には慣れたか?」

 

雪風「はい! バッチリです!」

 

と元気よく答える雪風。雪風は二水戦で単独ながら第十六駆逐隊を編成している艦娘だ。

 

提督「宜しい。重ねて言うが、ただの一人たりとも沈む事は許さん、必ず生還しろ、どんな姿ででもいい、メンツなど気にするな、必ず生きて戻れ。以上だ。」

 

28人「ハイッ!」

 

最後の言葉は最早お決まりの文句になりつつはあったが、同時に直人の絶対命令でもあった。

 

 

 

その後7時19分、簡単な作戦討議を行った後第一艦隊は出撃した。

 

だが、直人は再び先陣を切って共に戦いたいと言う欲求不満と戦う羽目になった。

 

提督「・・・明石~。」

 

明石「―――すみませんです。」

 

明石、現在執務室で土下座中、7時31分なり。

 

提督「いいけどさー、俺が納得いかないだけで済む事だからねー、“今は”。」

 

明石「ぐぬぬ・・・。」

 

本来ならこの作戦に出られる筈だった直人、不満が爆発している模様。

 

提督「・・・はぁ~、もういいよ、無意味に急いだっていいことないしな。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

提督「その代わりちゃんと造ってくれよ?」

 

明石「―――それは勿論です。」

 

と断言する明石。

 

提督「しっかし出撃したかったなぁ~。」

 

明石(それだったら御自分の艤装で・・・って資材的に無理でしょうね・・・。)

 

分かっているだけに言い出せないのだった。

 

 

 

ところで、今回の出撃に際し、秘書艦代理だった陽炎が出撃した為、これに代えて秘書艦代理の座に座ったのが・・・

 

妙高「はい、妙高にお任せ下さい。」

 

妙高であった。

 

提督「あぁ、では早速取り掛かろうか。」

 

妙高「畏まりました。」

 

大淀「では始めましょうか。」

 

因みに妙高の秘書艦代理任命まで秘書艦代理の座に就いたのが殆ど駆逐艦だったのは手空きの艦娘がいなかっただけの事で決して直人がロ○コンと言う事はない、決して。

 

 

 

2月18日11時33分 中央棟2F・提督私室

 

 

提督「・・・。」パラッ・・・

 

 

ポトッ・・・ポトッ・・・

 

 

直人は自室の円卓で戦術書を読んでいたが、その近くのテーブルから滴の滴る音がしていた。特に水道が据え付けてあると言うことはない。因みに筆記用の机と所用用の円卓は別である。

 

実は直人は紅茶も飲むがコーヒーも飲む、コーヒーに関しては自分で淹れる程で、わざわざ内地にいる時から持っていたドリッパーを一式持って来ていたのである。

 

最も、今まで使わずじまいだったが。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

直人がふと本から目を話しドリッパーを見ると、ちょうど一杯分、淹れ終わっていた。

 

提督「よーし出来た出来た。」

 

淹れ終わったコーヒーをカップに注ぎ、砂糖とクリープを入れ、円卓に戻る。そして受け皿に乗っているカップを手に取り、香りを楽しむ。

 

と、そこに―――

 

 

コンコン

 

 

大淀「“提督、今お時間宜しいですか?”」

 

提督「む―――入れ。」カチャッ

 

直人はカップを皿の上に置いてそう言った。

 

大淀「失礼します。」ガチャッ

 

大淀は入室して来てすぐコーヒーの香りに気付く。

 

提督「やぁ、こんな格好だが失礼するよ。」

 

直人は二種軍服こそ着ていたがボタンは全部外していると言う着崩しぶりだった。帽子は円卓の上だ。

 

大淀「え、えぇ、お仕事の後ですから結構ですけど―――」

 

提督「普段はやらんよ、分かってるって。」

 

大淀「なら、いいですが・・・。」

 

提督「あ、コーヒーどうだ?」

 

と勧めるものの

 

大淀「あ、いいえ、結構です。」

 

提督「む、そうか・・・。」

 

遠慮されてしまった、残念。

 

大淀「ドリッパーなんて持ち込んでらしたんですね。」

 

提督「ん? あぁ、今まで暇がなかったんで使わなかったんだけどね。」

 

と言ったところで直人が言う。

 

提督「それで、どうした?」

 

大淀「あ、はい。第一水上打撃群が佐世保を出港し、南西諸島沖に到達しました、あと3日で戻って来るそうです。」

 

大淀が持ってきた報告は、金剛達の現在地報告だった。この後南シナ海外縁からパラオに向かい、そこで補給の後全速遠距離航海訓練としてサイパンへ直行するルートだ。

 

提督「お、そうか、それは何より。特に異常はないのか?」

 

大淀「はい、機関故障と言ったことも報告には。」

 

提督「なら良かった、あとは戻って来るのを待とうか。」

 

大淀「はい。」

 

そう言って直人は一つ胸を撫で下ろしたのだった。

 

 

 

2月19日22時26分 ジャワ島・ジャカルタ北方海域

 

 

熊野「月の明るい夜ですわねぇ・・・。」

 

第一艦隊はこの時刻、巡航速度18ノットでジャワ東部バンタム湾の北に到達していた。ここからスンダ海峡までの距離は僅かである。

 

陸奥「敵艦隊の掃討戦が終結した後だけど、皆、油断しないでね。」

 

と陸奥が注意を促す。

 

 

 

時系列は遡るが2月18日、スラバヤ沖でリンガ・タウイタウイ・ブルネイ3基地合同による敵艦隊撃滅戦が展開された。このスラバヤ沖の一戦は艦娘艦隊側の勝利に終わり、南西方面各海域から撤退/集結していた寄せ集めの敵残存艦隊は、その戦力の大半を失って勢力としての体を為さなくなっていた。

 

これによって南シナ海の制海権は殆ど保証されていると言っても過言では無かったが、その敗残艦隊の動向が、何やら物々しいと言う情報も、リンガ泊地司令部からタウイタウイ泊地司令部経由で得ていたのだった。

 

 

 

最上「それにしても、こうも月の明るい夜にここに来ると、あの夜を思い出すね。」

 

熊野「そうですわね、あの夜は少々醜態でしたけれど。」

 

最上「バタビア沖かぁ、もうあの日も随分昔になっちゃったんだねぇ・・・。」

 

最上と熊野が口を揃えて言うのは、1942年2月28日から3月1日にかけて行われた、バタビア沖海戦(連合国側呼称:スンダ海峡海戦)のことだ。この海戦に第七戦隊第二小隊として、重巡最上が参陣している。

 

熊野は? と言うと、第七戦隊第一小隊として栗田健男少将(当時)の旗艦だったのだが、決戦そのものに非常に消極的であり、ジャワ沖で二度砲火を交えた五水戦司令部との間でスラバヤ沖海戦(一度目の海戦)の前、丸一日無電で激論を交わした挙句、連合艦隊司令部からの仲裁でそれは終結するも戦闘には参加していない。

 

最上「まぁ、次があれば頑張ろうよ。」

 

熊野「そうですわねぇ、無ければ無いに越した事はないですけど。」

 

と言葉を交わす二人。因みにバタビア沖海戦の時も、月齢13と非常に月が明るい夜だったと言う話である。

 

村雨「・・・水上電探感あり! 11時半の方向距離1万3000!(13km)」

 

最上「えぇっ!?」

 

熊野「待ち伏せですの?」

 

朝潮「―――目視で捉えました、針路は恐らく270、全速で真西へ向かっています。」

 

朝潮が扶桑にそう報告する。

 

扶桑「何処へ、向かうつもりかしら。」

 

山城「向かう先にはリンガ泊地があります。ですがそれは今の敵残存には手に余ると思われます。」

 

陸奥「となると、相手は撤退を試みている、という可能性もある訳ね。成程、闇に紛れてであればこちらの目を欺く事も可能ね。」

 

山城と扶桑の分析は推測の域を出ないがその点では正確だった。

 

扶桑「それでは、敵は撤退を試みていると言う事ですね?」

 

陸奥「推測の域は出ないわ。」

 

扶桑「分かりました、兎に角戦闘開始です、総員、戦闘態勢! 左舷砲雷同時戦用意、針路290、複縦陣を成せ!」

 

27人「「了解!!」」

 

22時30分、第1艦隊は遭遇した敵に対し戦闘態勢を取った。

 

状態としてはお互いに偶然敵に出くわしたと言う状態で、完全な遭遇戦となった形だ。

 

しかし悲しいかな、敵は逃げるので頭が一杯と言った様子である―――。

 

 

 

陸奥「撃てェーッ!!」

 

 

ドドドドオオォォォー・・・ン

 

 

22時35分、陸奥の第1斉射によって戦端が開かれる。

 

神通「突撃!」

 

夕立/朝潮/陽炎/雪風「突入開始!」

 

球磨「援護するクマ!」

 

多摩「砲雷撃戦、用意にゃ!」

 

続けて第二水雷戦隊が突入を開始、援護の為第十三戦隊がこれに続く。

 

扶桑「いけるかしら・・・。」

 

山城「敵からの反撃はある程度想定した方がいいかと思われます。」

 

扶桑「そうね・・・。」

 

一抹の不安を抱えながらも、扶桑らもこれら戦闘開始に続き攻撃を開始した。

 

 

 

神通「先手必勝です、撃て!」

 

雪風「魚雷発射します!」

 

陽炎「続くわ!」

 

砲撃の光が闇を照らさんばかりの勢いで溢れ、砲弾が闇を切り裂く。

 

朝潮「第八駆逐隊、旗艦朝潮に続け! 撃て、撃てぇっ!」

 

 

二水戦の一番槍は第八駆逐隊である。訓練通りのスムーズな動きで敵針路に対し直角に割り込む態勢を取る(針路180度)。雷撃を行う十六駆と十八駆は敵針路の進行方向とは逆の方向に45度舵を切り(針路135度)、敵の中堅から後尾を狙って雷撃を試みる。

 

扶桑「同航砲撃戦、撃て!」

 

山城「てーっ!!」

 

 

ドオオオォォォーー・・・ン

 

 

主力部隊は針路225度を取って敵艦隊に詰め寄りつつ同航戦を行う。神通と第二駆逐隊・第十三戦隊は針路195度でより敵艦隊に急迫するコースで敵の頭を抑えにかかる。

 

 

 

リ級Flag「ナンダッ!? 待チ伏セカッ!?」

 

状況が分からないのは敵艦隊も同じである。しかし艦娘艦隊と異なったのは、彼らが否応なしに戦闘状態に突入する事を強制された、という一点に尽きる。この点先手を取った第一艦隊は優勢に立った。

 

ホ級elite「――――!」

 

リ級Flag「クッ、戦闘態勢、急ゲッ!!」

 

リーダー格だった重巡は指示を出すが、混成部隊でなおかつ敗残部隊、士気は低く態勢確立もままならない―――。

 

チ級「――――?」

 

ヘ級elite「―――! ――――!」

 

ハ級elite「―――!?」

 

指揮系統は混成部隊の欠点である統制の欠如を曝け出し、隊列が各所で崩れる―――最も、隊列と呼べるかも怪しい様な縦列だったが。

 

リ級Flag「チィッ、煙幕ダ! 煙幕ヲ張レ!!」

 

号令一下、先頭を走る基幹部隊が煙幕を展張する。だが―――

 

 

 

逆に深海棲艦は砲撃が滞ってしまった。それもその筈まともなレーダーさえ殆ど持ち合わせていない上夜戦にも慣れちゃいないのだ。

 

 

 

リ級Flag「何ヲヤッテイル!!」

 

扶桑「馬鹿め、何をやっているのか。」

 

実は第一艦隊の駆逐艦の一部は、これまでの間に改装を受けて改となった駆逐艦が数隻いる。

 

朝潮・満潮・陽炎・不知火に加え、元から改装済みの夕立(改2)・村雨・の6隻は、それぞれが装備スロットに主砲2つと電探を装備している。

 

扶桑と山城、陸奥も電探を装備している為砲撃が滞る事はない。その上最上搭載機が寸刻前から照明弾を持続的に投下しており、夜間弾着観測射撃まで開始する様な状況だった。

 

扶桑も人が変わった様な口調である。

 

唯一滞ったと言えば・・・

 

球磨「見えないクマ。」

 

多摩「にゃー・・・。」

 

第十三戦隊である。改装が間に合わず可載許容量に余裕が無かったのだ。

 

更にもう一つ、戦闘加入していない部隊がある。ここで遅ればせながら編成表を見てみよう。

 

 

第一艦隊

旗艦:扶桑

 第二戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向)

 第四戦隊(高雄/愛宕)

 第六戦隊(古鷹/加古)

 第七戦隊(最上/熊野)

 第十三戦隊(球磨/多摩)

 第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

 随伴:陸奥(第1戦隊)

第二水雷戦隊

 神通

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 雪風(十六駆)

 

戦艦5隻 重巡6隻 軽巡3隻 駆逐艦11隻 “軽空母3隻”

 

 

 

―――お分かり頂けただろうか。

 

 

 

龍驤「夜やん!! 出番あらへんやん!!」

 

と絶叫する軽空母部隊第五航空戦隊、旗艦龍驤。(なんと旗艦だったのだ!)

 

千歳「ハ、ハハハ・・・。」

 

千代田「夜間だけど対潜哨戒ね・・・。」

 

月が明るい為夜でも飛べると言うのは有利だが、敵艦隊攻撃は避けている様だ。

 

龍驤「あ~・・・よりにもよってなんでこんなタイミングなんや・・・。」

 

千歳「まぁ、“常在戦場”とはよく言ったものよね・・・。」

 

龍驤「常に戦場におると思えっちゅーやつかい。ほんまやなぁ・・・。」

 

改めて龍驤もその言葉の意味を噛み締めるのだった。

 

龍驤「しっかし・・・歯痒いなぁ・・・。」

 

 

 

龍驤が自分が関与出来ない事に歯痒さを覚える目の前で戦闘は迅速に終了した。22時57分、雷撃と突入で混乱の極にあった敵の水雷戦隊を中心とした艦隊は、あっけなく壊滅した。

 

扶桑「全艦集合せよ!」

 

扶桑が集結命令を発した、正にその時だった。

 

神通「“扶桑さん、3時の方向新たな敵影を視認しました!”」

 

扶桑「えっ!?」

 

報告の主神通はバンタム湾に入り込んではいたが、その東方正面に敵の艦影を捉えたのだ。

 

陸奥「・・・成程、敵はいくつかに分散して脱出するつもりだったのね。」

 

山城「ならばここで1隻でも沈めましょう。今ここで見逃せば、後日に禍根を残す事になりませんか?」

 

高雄「ですが、私達の任務はあくまでもインド洋への進出作戦です。ここで燃料弾薬を消費しては、作戦遂行に支障が出ます。」

 

陸奥「―――サイパン司令部より入電!」

 

一同「!」

 

第一艦隊で屈指の通信設備を備える陸奥が素早くサイパンからの無電を傍受した。

 

陸奥「―――これはっ・・・!」

 

扶桑「どうか、しましたか?」

 

不安げに扶桑が言う。

 

陸奥「・・・提督からの指示を伝えます。提督は―――」

 

 

 

―――第一艦隊は当該海域に於いて、予想される敵艦隊の航過を伏撃、脱出を試みる敵艦隊を撃滅せよ。なお、当初予定任務は本命令の完遂後尚余力あらば実施されたし。―――

 

提督「敵に出くわしておいて背を向けるなど、我が艦隊にあってはならん。意地ではない、後日に禍根を残してはならないのだ。」

 

大淀「はい。」

 

第一艦隊への無電が発せられたのは午後11時48分、リレー送信のタイムラグと電波状況のせいで遅れこそしたが、しかと届いたのだった。

 

そもそも直人が戦闘開始を知ったのは11時41分の事。扶桑が陸奥に命じ、一応戦闘開始の報告と現在位置の詳細、それに状況推測を戦闘隊形への陣形変更中に打電させていたのである。

 

提督「だがこれで、アンダマン行きは中止、だろうな。」

 

大淀「―――え?」

 

大淀が首を傾げる。

 

提督「アンダマン諸島は迂回航路でも十分遠い、駆逐艦が往復できるギリギリの範囲なんだ。勿論戦闘用の燃料は抜きでだがな。」

 

大淀「・・・つまり、どう言う事です?」

 

提督「―――分からんか?」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

ちょっと気まずそうに大淀が返事を返す。

 

提督「スンダ海峡で大規模な海戦をやるんだ、それも長期戦と来ている。となると、アンダマン諸島とタウイタウイ泊地を往復するだけの燃料は、無かろうよ?」

 

と直人は返した。

 

要するに、駆逐艦娘の航続距離では、大規模海戦の後アンダマン諸島に行って帰って来るだけの燃料は無かろう、ということだ。

 

大淀「そ、そうですね、それを失念していました・・・。」

 

どうやら長期戦になると言う事を失念していたらしい。

 

提督「こちらにも被害は及ぶだろう、だから今回は恐らく無しになるだろう。」

 

大淀「そう、ですね・・・。」

 

提督「命令未完遂の心配か? 安心しろ、上に話は付ける。」

 

大淀「・・・提督には、敵いませんね。」

 

提督「褒めるな、照れるだろうが。」

 

と肩を竦めて見せる余裕ぶりだった。

 

大淀「しかし、御迷惑ではありませんか?」

 

今度は人の心配をする大淀である。

 

提督「アホ、それが俺の仕事だろうが。それに今回の功績で、今回は帳消しに出来るだろう。そもそもベンガル湾への足掛かりを得たいだけの筈だからな。」

 

大淀「成程、重要度はさして高くない、と?」

 

提督「中央にして見れば、インド洋方面にいる敵艦隊に対しいつまでも受け身でいるのもまずいとの判断で、その反撃の為の足掛かりがアンダマン諸島という位置づけをしている筈だ。しかし迎撃にはマラッカ海峡と言う飛び切りの良用件がある。」

 

大淀「・・・成程、回廊地形と同じ理屈ですね。」

 

回廊地形、要するに2つの地域を繋ぐ陸路が細い廊下の様になっている場所を指す言葉だ。当てはまる場所としてはパナマなどの中米の国家群などがある。

 

提督「そうだ、あの狭い海峡であれば敵が大艦隊を動員したとしても一度に展開する事は出来ん。狭隘な海域での迎撃戦でこれまで彼らは南シナ海を守り通して来たのだからな。」

 

つまりこうだ。細い水道管に大量のティッシュや、多量の便と同じく多量のトイレットペーパーを同時にぶち込むと詰まってしまう。これと同じ事で、狭い所に大戦力を同時に展開させる事は不可能であるが故に、これを利用し先頭の敵から順に叩く。

 

こうなってしまえば敵が後からやって来ようとも、こちらは戦力交代で防御が出来る。蓋さえしておけば、迎撃は容易だ。

 

戦術や陣形と言う物は、ちゃんと物理法則の応用であるのだ。細い針で障子紙を破る事は容易であるが障子の枠は木であるから(硬いから)突き抜けられないと言う様な事は、用兵でもしばしば起こる事でもある訳だ。

 

提督「まぁ、上でもすぐにこの優位な状況を捨てる事は考えていないだろう、些か時期が時期だったこともあり今回は失敗だ。まぁさっきも言ったが上に話は付ける、そして次で成功させればそれでいい。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「責任を負う事も俺の仕事だかんな、命令を履行出来なかった責任と、達成する責務とを、俺は背負う訳だ。伊達と酔狂の下でな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

兎も角にも、この時点で主目的は失敗に終わろうとしていたが、その代わり貴重な戦果が相手から飛び込んできたと考えれば安いものだ、と直人は考えていたのだった。

 

 

 

直人の鶴の一声で交戦を開始した敵第2陣は、軽空母を主体とした小規模な機動部隊であったが、護衛がそれなりに強力であり、柔軟な対応で第1艦隊の猛攻に応じるも、1時間であえなく潰滅の憂き目を見た。この際、かつて夜間泊地攻撃に参加した艦娘から進言を受けた扶桑の指示により、照明弾を用いた夜間空襲が決行され大戦果を挙げている。

 

龍驤「むっふ~ん♪」

 

龍驤、一転上機嫌である。

 

ちとちよ(単純・・・。)

 

一方であらぬ印象を受けられてしまう龍驤でもあった。

 

扶桑「全艦、集結して下さい、これより海峡へ向かいます!」

 

23時51分、扶桑から2度目の集結命令が発せられた。

 

神通「“了解!”」

 

球磨「“了解クマ!”」

 

妙高「“了解!”」

 

今度は三者からしっかり応答が帰ってきた。

 

扶桑「これでもう、行けるかしら。」

 

山城「一応付近に新たな敵影は認められません、姉様。」

 

扶桑「・・・そうね、それじゃぁ、急いでここを離れましょ。」

 

扶桑の思惑もあってか、集結は迅速に行われた。

 

扶桑「全艦、集結したわね?」

 

神通「欠員、無し。」

 

 

23時55分には全艦が集合した。

 

扶桑「では進撃を再開します。予定通りスンダ海峡を抜け、アンダマン諸島方面へと韜晦します!」

 

第1艦隊「「「はいっ!」」」

 

そして全艦が25ノットの速力でスンダ海峡を一挙に突破にかかった。

 

 

 

23時59分―――

 

 

ヒュルルルルル・・・

 

 

扶桑「・・・!」

 

スンダ海峡上空に突如鳴り響く飛翔音。

 

山城「―――ッ、姉様、危ないっ!」

 

砲弾の飛来とその狙いを悟った山城が咄嗟に割って入る。

 

 

ズドオォォォォーー・・・ン

 

 

山城「くぅっ!」

 

砲弾は山城の艤装左側下段の砲塔を直撃した。

 

扶桑「なっ―――!」

 

 

バチバチバチッ―――カッ

 

 

山城「―――ッ!?」

 

 

ボオオォォォーーー・・・ン

 

 

山城「きゃああああっ!!」

 

直後、破片で損傷していた左上段砲塔が誘爆を起こし、背部艤装にまでダメージが及んだ。

 

扶桑「山城っ!」

 

伊勢「山城、大丈夫!?」

 

 

陸奥「一体どこから―――2時50分の方向敵ッ、更に発砲!!」

 

扶桑「全艦反転、戦闘展開!」

 

神通「二戦隊二小隊と第一戦隊は前面で敵の阻止を、第七戦隊は前進―――」

 

扶桑の命令一下神通が素早く指示を出す。

 

山城「姉様・・・。」

 

艤装に甚大な損傷を受け、自らも傷を負った山城の声に力はない。

 

扶桑「山城、ありがとう。おかげで助かったわ。」

 

山城「いえ・・・ですがまだ、沈みません。まだ、脚部艤装は―――」

 

扶桑「えぇ、そうね。無理して話さなくてもいいわ、傷に触るから。」

 

山城「はい・・・。」

 

神通「山城さん、大丈夫ですか!」

 

そこに戦闘序列を指示していた神通が駆けつける。

 

扶桑「どうにか、脚部艤装は無事みたい。」

 

神通「分かりました、第八駆逐隊を護衛に付けさせますので、扶桑さんは戦線参加を。」

 

そのいつになく凛とした口調に、扶桑は何事が生じたかを悟る。

 

扶桑「―――敵の戦艦部隊、ね?」

 

神通「はい、お急ぎ下さい。」

 

朝潮「第八駆逐隊、護衛を交代します!」

 

扶桑「えぇ、お願いするわ。」

 

神通「では急ぎ山城さんを護衛してタウイタウイ泊地へ、私達も敵を殲滅次第後退します。」

 

朝潮「分かりました!」

 

満潮「山城さん、肩を貸すわ。」

 

山城「ありがとう、満潮・・・。」

 

朝潮率いる第八駆逐隊は、山城護衛の任を受けて後退を開始した。

 

扶桑「―――行きましょうか。」

 

扶桑の目に、闘志が宿る。

 

神通「はい。」

 

神通は扶桑に続き前線へと向かう。前線ではすでに、戦闘が始まっていた。砲声がスンダ海峡に響き渡る―――。

 

 

24時03分、扶桑の戦列参加を以って、第一艦隊は戦闘態勢を確立した。

 

伊勢「私達っていっつも貧乏くじ引くよねぇ。」

 

日向「まぁ、否定はしないね。」

 

陸奥「あら、武勲と経験を積むいい機会じゃない?」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

相手が戦艦部隊でもこの余裕、流石と言ったところであろうか。

 

一方前線では・・・

 

 

 

陽炎「魚雷発射!」

 

霞「てーっ!」

 

黒潮「当たってーな!」

 

十八駆が敵正面から魚雷を発射する。4艦合計32射線の九三式魚雷が敵の艦首正面から殺到する形だ。

 

何故正面からなのかという疑問にお答えしておくと、敵に当てるのではなく敵艦両舷を通過させる事で敵の進路を固定させ、戦艦群の砲撃を容易にするという目的がある。

 

転舵すれば直撃するコースである。

 

不知火「牽制を当ててどうするのです、黒潮・・・。」

 

黒潮「あ、そうやったな・・・。」

 

その事に言ってから気付く黒潮であった。

 

霞「何言ってんだか・・・。」

 

陽炎「まぁ、いつもの流れだけどね。」(苦笑)

 

だ、そうです。

 

 

 

夕立「さぁ、パーティー始めちゃいましょ!」

 

夕立は相変わらずの一番槍。

 

五月雨「ま、待ってください~!」><;

 

その動きにまだ追従しきれない五月雨と

 

村雨「はいはい、援護してあげるわ。」

 

お姉さんオーラ丸出しできっちり合わせて前進する村雨との動きの違いである。

 

雪風「雪風、援護します!」

 

夕立「お願いするっぽい!」

 

1隻だけの駆逐隊にも利点はある。それは僚艦がいない事によって隊内に於ける陣形構築を無視した柔軟な動きが可能なことだ。

 

雪風と夕立は共に先頭に立って敵艦隊を大きく北側に回り込み突入を図る。

 

 

 

ここで一つ驚くべき一コマがあった。

 

それは夕立と雪風が援護下に布陣を終え、突入に移ろうという時だった。

 

 

 

夕立「今! 突撃するっぽい!」

 

夕立が吉川艦長の指揮下突入する。(忘れてるかもしれないが夕立には艦長要請が一人乗っちゃってるのだ!)

 

雪風「続きますっ!」

 

雪風が続けて突入に移ろうという時それは起こった。

 

 

ヒュゥゥゥゥ・・・

 

 

雪風「っ―――!」

 

夕立「!」

 

接近してくる飛翔音、標的は―――

 

雪風(私ッ―――!)

 

 

ズドドドドドドドド・・・

 

 

夕立「雪風!?」

 

雪風の周囲に大小の水柱が多数屹立する。明らかに戦艦級の砲弾も混じっていた。

 

吉川艦長(あれでは助かるまいな・・・)

 

夕立「雪風・・・!」

 

雪風がいた周囲は砲弾の着弾数が余りに多く、海水の表面が蒸発し靄のようなものがかかっていた。

 

五月雨「あ、あわわわ・・・」

 

それを遠くで見ていた五月雨が思わず狼狽して声を上げる。

 

村雨「―――今度こそ、大丈夫。雪風は強運の船だから・・・!」

 

村雨も祈るような気持ちで引き金を引き続ける。

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

凛とした一声に端を発するかのように、それは姿を現す。

 

雪風「雪風はもう、沈みません!」

 

白いヴェールを突き破って、敵に向かい真一文字に全速航走する雪風、その身その艤装には、一欠けほどの傷も入っていない。

 

夕立「す、少し濡れただけ・・・!?」

 

吉川艦長(流石強運の船だな。さ、行こう。)

 

夕立「そ、そうだった、突撃するっぽい!」

 

夕立がそれに倣い突撃を始める。

 

雪風の不変の覚悟が、雪風に奇跡を与えたもうたのか、それとも―――?

 

それは今、語るべき節ではないだろう、たまたまかも知れないのだから―――。

 

 

 

その頃、横浜市街の一角で、深夜にも拘わらず密談をする者があった。

 

「石川好弘は、口にこそ出しませんでしたが反乱を仄めかしてきました。何かしら動きに出られる体制と思われます。」

 

「やはりそうか、しかし公には動けんぞ。」

 

「しかし嶋田海将、このままでは御身に危険が及びます。」

 

嶋田「分かっている・・・」

 

「何か手を打ちませんと・・・。」

 

嶋田「そうだな、こうなれば牟田口陸将に相談してみるとしよう・・・。」

 

「御供致します。」

 

中央では再び、不穏な企みが、しかし水面下に於いて進行していた。

 

それが、かの者の掌の上でタップダンスを踊っているのと同じとは、露とも知らず・・・。

 

 

 

高雄「照明弾、撃ちます!」

 

龍驤「“はいな!”」

 

 

ドォンドォンドォンドォォォ・・・ン

 

 

照明弾4発を順次発射する高雄。照明弾は空中で眩い光を放ち、それを合図に艦載機が突入する。

 

愛宕「大忙しねぇ~、ふふふっ。」

 

高雄「そうね、でもやらないと。」

 

確かにその通りである。第四戦隊はこの艦隊の巡洋艦では最大の火力を持ち、それを用いた前線の維持と砲撃に加え、味方艦載機の攻撃目標に対する誘導もこなさなければならないのだった。

 

投射量の第七戦隊と1回の斉射威力に優れる第四戦隊、両戦隊とも2隻のみで構成されてこそいるが、いずれはそれぞれもう1隻づつ戦力が増え、尖兵の役割を十全に果たす事になるだろう。

(※高雄型3番艦摩耶と最上型3番艦鈴谷は共に引き抜かれて第1水上打撃群に配属されているため3隻しか揃わない。)

 

高雄「さぁ、行きましょうか。」

 

愛宕「えぇ!」

 

第四戦隊と第七戦隊の任務は、突入する二水戦と第一戦隊・第二戦隊の間を繋ぐ事。そうする事によって、二水戦が孤立する事が無い様にする事が彼女らの目的であった。

 

 

 

陸奥「まさか、三段構えとはね・・・。」

 

陸奥は自身の予測しない敵残存主力艦隊の出現に臍を?んでいた。

 

元々この部隊だけ所在不明だったのだが、それでもだからと言って居る可能性を除外していた甘さを悔いていたのだった。

 

伊勢「でも、向こうから出て来てくれた分好都合じゃない?」

 

扶桑「えぇ、そうね。ここで一気に片付けてしまいましょう。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

陸奥「それもそうね。どうせもう当初の命令は達成出来ないなら、ここで暴れていきましょ!」

 

3人「おう(えぇ)!」

 

第一艦隊、1隻を大破戦線離脱で無力化されるも、未だ士気旺盛意気軒昂、その戦闘力は依然高かった。

 

 

 

夕立「おおおおおおおおっ!!」

 

 

ドォンドォンドォンドォンドォンドォン・・・

 

 

敵陣のど真ん中で夕立が暴れ回る。

 

雪風「魚雷発射!!」

 

 

ザザザァッ

 

 

雪風がそれを援護し敵陣外周で近接砲雷撃戦を行う。

 

村雨「ほら五月雨、遅れないの!」

 

五月雨「は、はいぃ!」

 

少し距離を置いて第二駆逐隊の2隻が、再布陣と短時間の援護砲撃を繰り返す。

 

そしてそれを支援し砲撃戦を展開するのが

 

陽炎「はぁ~、派手に暴れてるわねぇ・・・。」

 

第十八駆逐隊である。

 

黒潮「雪風って、あんな大胆やった?」

 

不知火「少なくとも以前までは、あんなアグレッシブな戦い方はしてませんね。」

 

霞「どれだけ接近してるのよあの二人・・・。」

 

雪風は兎も角夕立の大乱戦ぶりを初めて見る霞は驚きを隠せない。

 

陽炎「あぁ、夕立あれが普通だからね・・・。」

 

不知火「そして損傷して帰って来るか、その援護をやるのも私達の仕事という訳です。」

 

霞「はぁ・・・世話の焼ける子・・・。」

 

言い得て妙である。

 

タ級elite「クソッ――夜ナラバト思ッタガ・・・甘カッタカ・・・。」

 

壊滅しつつある敵艦隊の中心で、旗艦であり最初の一打を叩きこんだタ級eliteは、余りにも大きな誤算に唇を噛み締めていた。

 

「――――!」

 

タ級elite「逃ゲハシナイ。私ハココデ責任ヲ負ッテ死ンデユク。」

 

「ッ―――」

 

タ級elite「オ前達ハ逃ゲロ、恰好ガ悪クテモナ。」

 

「―――。」

 

配下にいた深海棲艦の脱出の進言を退け、僅かばかりの手勢を率い前線へ向かうタ級elite。その意志は明確であった。

 

 

 

陸奥「敵艦隊が転進している!?」

 

その報が戦艦部隊に入ったのは、2月20日0時37分の事だった。

 

扶桑「どちらへ?」

 

高雄「“こちらを無視し、応射しつつまっすぐ海峡へ。”」

 

日向「成程、1隻でも多く逃げ出そうと言う事か。」

 

そこへ第五航空戦隊から通信が入る。

 

龍驤「“ごめん、やってしもうた・・・。”」

 

扶桑「龍驤さん、どうしました?」

 

 

 

4分前―――

 

 

龍驤「艦載機収容完了や! 急いで次の攻撃隊を―――」

 

千代田「龍驤、雷跡ッ!!」

 

龍驤「えっ!?」

 

 

ドオオオォォォォーー・・・ン

 

 

龍驤「くああっ・・・!」

 

千歳「龍驤ッ!」

 

龍驤「こりゃ、まずいでぇ・・・。」

 

千代田「付近に艦影はない。まさかっ、潜水艦―――!?」

 

それは、先刻まで散々警戒し続けた、空母にとっての最悪の敵であった。

 

 

 

扶桑「・・・そうですか、分かりました。航空攻撃を中止、こちらへ合流してください。」

 

千歳「“了解。”」

 

五航戦からの通信が切れると、扶桑の顔に深刻そうな表情が浮かぶ。

 

扶桑「これ以上ここに留まるのは、危険かもしれませんね・・・。」

 

伊勢「そうね、潜水艦だとすると・・・。」

 

日向「この周辺海域から敵の潜水艦が集まってきかねないな。」

 

陸奥「そうなったら大変だわ、どうする?」

 

扶桑の腹の内は決まっていた。

 

扶桑「・・・引き揚げましょう、全艦に集結の指示を。適宜援護します!」

 

陸奥「OK。」

 

伊勢「了解!」

 

その眼前では、敵艦隊が振り向きもせず、戦艦部隊の前を横切る形で遁走を図っていた。

 

 

 

夕立「急がなきゃ・・・。」

 

後退命令が出た直後、夕立は敵中から強行突破を試みていた。

 

夕立「邪魔、っぽい!」

 

 

ドオォォン

 

 

ヘ級「ギャオオオ―――ッ!」

 

夕立「むー、少し深入りし過ぎたっぽい・・・?」

 

タ級elite「随分派手ニ暴レテクレタヨウダナ。」

 

夕立「―――!」

 

背後からの殺気に夕立は振り向きざま主砲を構える。

 

夕立「・・・あなたが旗艦っぽい?」

 

タ級elite「ゴ明察。」

 

夕立「なら、沈んで貰うっぽい。」

 

夕立の鋭い眼光が迸る。

 

タ級elite「宜シイ。我ガ同胞達ノ離脱ノタメ、暫シ付キ合ッテモラウゾ!!」

 

タ級も武装を構える。

 

夕立「はああああああ!!」

 

タ級elite「オオオオオオオッ!!」

 

両雄、雌雄を決する為砲門を開いた―――

 

愛宕「敵艦隊の一部、突出してくるわ!!」

 

扶桑「“なんですって――!?”」

 

同じ頃、敵旗艦直隷の部隊が、無謀な突撃を開始していた。

 

愛宕「敵は戦艦が大半だけど、後退中の今の態勢じゃ支えきれないと思うわ。」

 

扶桑「“了解、援護します。”」

 

 

 

陸奥「測距、諸元よし。てーっ!!」

 

 

ドオオオオオォォォォーー・・・ン

 

 

伊勢「味方を逃がす盾となるつもりね、あれは。」

 

日向「まぁ、そうなるな。だが―――だからと言って容赦はしない。」

 

伊勢「勿論。ここで沈めないと。」

 

第一艦隊も第四・七戦隊と戦艦部隊がこれに応対する。

 

扶桑「向かって来るなら、容赦はしません!!」

 

扶桑の10門の主砲が、今閃光を放つ。

 

 

 

提督「やはり、損傷艦が出たか・・・。」

 

大淀「山城は大破し、第八駆逐隊の随伴で現在タウイタウイへ向け後退中、龍驤は敵潜の雷撃を受け中破、五航戦は旗艦が航空戦続行不能となり、また護衛無しでは危険と判断したとのことで、第二戦隊と合流しています。」

 

陸奥からの戦況報告を直人が受け取ったのは、0時54分の事であった。

 

提督「そうか、ではそろそろ潮時だな、第一艦隊全艦へ撤退命令を。」

 

大淀「直ちに。」

 

大淀が退室すると、直人は一人憮然とした顔になっていた。

 

提督「遭遇戦とはいえ、窮鼠と化した敵の底力を見せられた訳か。これはある意味で一杯食わされたな。」

 

直人は後にこれと同じような内容で、今回の一連の海戦――バンタム湾夜戦を振り返ったという。

 

 

 

夕立「はぁ・・・はぁ・・・」

 

タ級elite「―――見事ダ、艦娘・・・」

 

 

バシャアァァァーーン

 

 

 

神通「“敵艦隊は可能な限り沈めはしましたが、一部には逃げられました。”」

 

扶桑「そう、分かったわ。」

 

陸奥「司令部より撤退命令を受信。終わりね。」

 

扶桑「・・・分かりました、では、帰るとしましょうか。」

 

伊勢「―――そうね。」

 

日向「結局、目的は果たせなかったか・・・。」

 

 

 

2月20日午前1時18分、撤退命令に基づき各艦は戦闘を停止、集結の後撤退した。

 

 

深海棲艦、極東方面連合艦隊の残存戦力は、その8割強を喪失しながらも一部がインド洋への脱出に成功した。これを阻止すべく奮戦した第一艦隊も、相応の損害を被り、当初の目的を達する事が出来ぬまま帰途へ就く事になった。

 

直人にしても参加艦娘達にしても、無念の臍を噛んだ事は確かだったが、大本営からの指令はあくまでも打診の体裁をとったものであったことで、直人にして見ればその敵艦隊が主目標で無かったこともありそこまでの落胆はないのだった。

 

 

 

提督「ふああ・・・あぁぁぁ~~~・・・。」

 

何分夜中である為大欠伸をかく直人、因みに時刻が1時26分を少し回った所である。

 

大淀「お休みに、なられますか?」

 

提督「そうだな。戦いも終わった事だし、なにせ寝ている所を叩き起こされてしまったしな。」

 

大淀「そ、そうでしたね・・・では、この場はお任せ下さい。」

 

提督「分かった、それじゃぁ寝直すとするよ、おやすみ。」

 

そう言って直人が自室へと戻る。

 

明石「・・・まぁ、眠いですよね・・・。」

 

と、同席していた明石が言う。

 

大淀「明石さんは寝なくてもいいのですか?」

 

明石「あ~、まだやること盛りだくさんだしねぇ~、細かい所を調整しなきゃ。」

 

大淀「余りご無理はされないで下さいね?」

 

明石「分かってますよ~。」

 

と言いながらカフェインドリンクを一気に呷る明石。眠気を覚まして明石も退室した。

 

大淀「・・・はぁ。まぁ、何もしてないよりは、マシでしょうけど・・・。」

 

一人残された大淀はその場を掌握して、直人が起き出すのを待つのだった。

 

 

 

夜が明けて2月20日午前9時30分、直人が漸く戻ってきた。

 

 

キィィッ

 

 

提督「おはよう、大淀。」

 

大淀「あ、おはようございます。お食事はお済みですか?」

 

提督「食事は部屋で食べてきた、引き継ぐよ。」

 

大淀「はい。」

 

そう言って直人が自分の立ち位置に就く。

 

提督「さて、現在の状況は?」

 

大淀「報告します。」

 

直人が求めたのは全戦域の情報の統括であった。無論青葉の協力があった事は無視してはならない、故に相応の情報は集まっていた。

 

大淀「まず北方海域についてですが、2月4日以降活動を開始しているキスカ島駐在の前哨警戒基地は今の所整備が進みつつあるそうです。現在のところ既にSTOL機用の900m滑走路の造成は終わっており、現在1900mの滑走路を造成中とのことです。」

 

提督「幌筵艦隊も、まずまず仕事はしているという訳だな。北方海域は他に変わった所は?」

 

大淀「特に見受けられないそうです。続いて南西方面ですが、我が第一艦隊のバンタム湾夜戦に先だって行われていた、リンガ艦隊によるアンダマン海方面への攻勢により、マラッカ海峡の制海権をほぼ完全掌握したとの報告が入りました。」

 

この攻勢についてだが、2月18日から19日夕刻にかけて、リンガ泊地艦隊の北村海将補独自の発案による単独攻勢が決行されており、これによってマラッカ海峡への圧力を、一時的でこそあるが削ぐ事に成功したのである。

 

本来ならこの攻撃に前後して、横鎮近衛艦隊による突入作戦が敢行される筈であったが、何度も言う通り突入前の往路の時点で敵と交戦した為失敗に終わっている。

 

提督「それは吉報だな、それで他に成果はあったか?」

 

大淀「はい、その攻勢成功に伴い本日夕刻までに、マラッカ海峡北部、マレー西岸ペナン島に、リンガ泊地にいる通信隊から1個中隊が分遣されて、通信隊として駐屯するそうです。」

 

提督「予定通り、と言う事か。西方海域に関しての情報は?」

 

大淀「不明な事は多いですが、どうやらアンダマン海方面から逆侵攻を企てているようです。しかし少し及び腰になっているようで、様子見というのが現状のようですね。今回の戦いで失った戦力の補充をするつもりでしょうが。」

 

提督「まぁ、そうなるだろうな・・・中部太平洋方面はどうか?」

 

これは直人が最も気にする懸案事項である。

 

大淀「トラック方面は一時期が嘘のような平静ぶりです、最近は偵察飛行もまばらになってきていますし、こちらは警戒する必要はないと思われます。ウェーク島は徐々に防備を強化している様で、容易には近づきがたいそうです。」

 

提督「そうか・・・そうだろうな。これだけこちらが動いているのだから、その動きを警戒するのは至極真っ当な判断だな。」

 

大淀「報告は以上です。南方海域に関しては今回情報らしいものがありませんでした。」

 

提督「それはそうだろう。ラバウルへの航路さえ安泰とは言い難いのだしな。」

 

これは無論トラック諸島が敵中にある事が主要因である。

 

この島々は大環礁であり、尚且つ確保すれば中部太平洋海域の航路保全を半ば保証される位置にあると言っても過言ではない。しかしここは現在敵の棲地と化している為、迂闊に攻め難い情勢下にある。

 

提督「いずれ余裕が出来たら、トラック諸島方面へ鈴谷も使い攻勢に出てもいいやもしれん。そうすれば予定されている小澤海将補の高雄基地艦隊が移転する事も出来る、尚且つ、中部太平洋航路の安全性も高められる、一石二鳥とはこの事だろう。」

 

大淀「棲地に対する攻勢を、お考えなのですか!?」

 

そのアイデアに大淀が驚きの声を上げる。

 

提督「そうだよ? 我々には曲がりなりにも棲地攻撃には一定の実績がある。心配はいらないさ。」

 

大淀「そ、それは、そうですが・・・。」

 

提督「・・・その様子は、この策には反対かな?」

 

大淀「そうではありません、ですが・・・」

 

語尾を濁す大淀。

 

提督「――言いたい事ははっきり言え、大淀。俺はまどろっこしいのが嫌いだ。」

 

と言い放つ直人である。

 

大淀「は、はい、失礼しました。私が懸念しているのは艦隊への損害です、リスクが大きいのではないでしょうか?」

 

提督「やるとすればその程度の事は織り込んでやるに決まっているだろう、今更言わせないでくれ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

まだやると決めた訳ではないにせよ、メリットとデメリットは全て考慮した上で行動するのが、彼の鉄則だった。それ故大淀の懸念は杞憂ではないにせよ、それを念頭に置く直人にとっては無用の心配であった。

 

 

これは余談ではあるが、高雄基地の艦隊とその司令部は、トラック島(チューク環礁)の制圧が為された場合早急に移転する予定になっていた。無論現状では『捕らぬ狸の皮算用』になっていた訳だが、後にこれは成就する事になるのである。

 

 

 

2月23日16時27分、第一艦隊は大破した山城を取り囲む形で護衛しつつ、やっとマリアナ諸島近傍へと戻ってきていた。

 

タウイタウイ泊地でどうにか航行可能な状態に戻しての事だった為でもあるのだが。

 

陸奥「やっとグァムが見えたわね・・・。」

 

扶桑「えぇ・・・。」

 

神通「山城さん、大丈夫ですか?」

 

山城「え、えぇ。もう少しね。」

 

神通「はい、もう少しです。」

 

山城は損害状況をチェックした結果、被弾した左側の3連装砲はジョイントごと全損、誘爆を起こした連装砲は砲身折損の上駆動不能という状態であり、戦闘力を半減していたが辛うじて脚部艤装はほぼダメージが無く、従って補修のみで済んだのだ。

 

酷かったのは雷撃を受けた龍驤で、被雷本数こそ1本のみだったが、左脚部艤装半壊という痛手を被っていて、応急修理でも一応航行出来る程度という有様だった。

 

龍驤「まぁ、お互い助かりそうで、良かったなぁ。」

 

山城「えぇ、そうね。」

 

ただ龍驤本人は怪我が軽かったおかげで自走可能であり尚且つピンピンしていた。(山城も至近で主砲塔誘爆のショックを受けといて大した怪我が無かったのは幸いであったが、それでも背中にやけどと裂傷を負っていた。)

 

夕立「くたびれたっぽい~。」

 

一方前線で最も激しく戦った夕立は、最後にやり合ったタ級eliteとの戦いで主砲の砲身を片方折られ、左魚雷発射管も全損していた。服も至る所ボロボロで煤けていた。ただこちらも破片により出血数カ所のみの軽い切り傷を十数カ所に負った程度であった。

 

霞「あんなにボロボロになるまで無茶しちゃって・・・。」

 

陽炎「でも止めると夕立らしい戦い方は出来ないしねぇ。」

 

読者諸兄は既にお気付きの事と思うが、夕立のスタイルはとかく猪突一本(=勢い任せ)なのだ。これまでもそれを全体の一部に組み入れる直人の采配が見事であっただけなのだが、今回は偶然この程度で済んだだけの事である。

 

黒潮「でも雪風があないな戦い方するとは思わんかったで?」

 

雪風「その、夕立さんが突進していったので、出来るだけ近い所で援護しようと思いまして。」

 

黒潮「あぁ、成程なぁ・・・。」

 

そう考えると今回の夕立小破止まりは雪風のアシストのおかげだったのかも知れなかった。

 

朝潮「・・・? 水上電探感あり、12時方向、数1、距離約2万2000!」

 

朝潮の通報でそれまでの場の空気が一挙に緊張する。しかし次の言葉でその緊張は疑問へと姿を変えた。

 

朝潮「――但し、深海棲艦にしては“大きすぎます”・・・識別指標に一致ないし類似無し、なんでしょう、これは・・・?」

 

その反応の大きさが深海棲艦のそれではない、識別データに類似も無いとなると、むしろ謎になって来るのがその正体であろう。

 

扶桑「と言う事は、深海棲艦ではない・・・?」

 

陽炎「えぇ・・・?」

 

陽炎が思考を巡らせるがどれも一致を見なかった様で渋面を作る。

 

神通から通報があったのはその時だった。

 

神通「――12時方向、艦影視認! 真っすぐこちらへ向かっています!」

 

扶桑「!」

 

その声で扶桑もその艦影に気付いた。此方に向かっているのが分かるのに少し時間を要したが、その艦影は徐々に大きくなっている。

 

神通「レーダーに映っているのはあれで間違いないですか? 朝潮さん。」

 

朝潮「はい、間違いありません。あの艦影以外に対水上電探にかかるようなものは、何も。」

 

その点に関して朝潮は確信を持って断言できるのであった。

 

伊勢「成程、民需用の船舶か・・・。」

 

わざわざ最初から、軍用でも民需用でも護衛対象でない限り、船舶の識別データは入れる事が無い為この伊勢の推測は的外れではない。

 

伊勢「でも、それだと不味くないかい?」

 

陸奥「確かに、目撃されるのはね・・・。」

 

そう、彼女らの作戦行動は表向きには無かった事になっている。そして近衛艦隊の曖昧さやその存在そのものが秘匿対象であることから、目撃情報が「何某艦隊の独断専行」として、要らぬ所で処断が行われる可能性も否定は出来ないのだ。

 

何せ通常航路からは遠く外れている上に作戦行動を禁じられている海域(表向きサイパン一帯は“危険”な為)であるからである。

 

扶桑「けど、躱すには近すぎるわ・・・。」

 

陸奥「・・・でも、船舶と言うにはシルエットが―――」

 

神通「前方の“船舶”より発光信号!」

 

扶桑がそれを言い終わるより先に神通の知らせが入る。

 

最上「解読、出来る?」

 

神通「少し待ってください・・・」

 

神通が目視で信号灯の明滅を読み取り、それを解読していく。

 

神通「『ワレ“スズヤ”、コレヨリ貴艦隊ヲ収容スル。』以上です。」

 

陽炎「“鈴谷”ですって!? まさか、あれはまだ建造中の筈――」

 

日向「そ、そうだ、一体どうなって・・・?」

 

陸奥「・・・?」

 

 

 

提督「機関室! 最大出力用意!」

 

機関科妖精「“了解!”」

 

機関室と念話でやり取りを行う直人。

 

明石「ちょっと提督!? まだ全速公試は――」

 

提督「今やれば宜しい! 時を選ぶより今は第一艦隊収容が先だ!」

 

明石「やっぱりそうなりますよね・・・。」

 

局長「機関ハイツデモ全速デ回セルゾ。」

 

明石「段取りいいですね相変わらず・・・。」

 

もう諦めモードの明石。

 

提督「はっはっはっ、まぁそう言うな、折角のお披露目ついでの外洋航海だ、派手にやらんとな?」

 

鈴谷「そうそう、張り切ってやっちゃいましょ?」

 

提督「そゆ事、鈴谷、対空火器の管制任せるぞ。」

 

鈴谷「はいはい♪」

 

そんなやり取りを交わす二人だが、お互いに自身を囲む様に光の帯の輪――艦艇指揮管制モジュール――を展開していた。鈴谷がそのサークルを使い対空機銃座に指示を飛ばす。直人は機関室へ全速航行の指示を詳細に出していく。

 

そのサークルデバイスの各所には、その元の技術の残滓を残すかのように、ヘキサゴンの意匠が浮かんでいた―――。

 

提督「しかし初の外洋航海が艦隊の収容とはな。全く想像して無かったが。」

 

大淀「私だって数日前まで予想だにしませんでしたよ・・・。」

 

そう、鈴谷は既に竣工していたのだ。4日前の2月19日、重巡鈴谷はその艤装を完全に終え、その壮麗な姿を再び蘇らせたのだ。その姿は明石や夕張が鈴谷型の図面と睨み合いを重ね、苦心に苦心を払って図面を引いて忠実に完成させた、横鎮近衛艦隊技術関連部署の持てる技術の結晶であった。

 

そして鈴谷も2月21日に第一水上打撃群と共に帰陣し、2月22日の昼過ぎに、竣工此の方公試航海に出ていた直人からの連絡で、重巡鈴谷に乗艦していたのだ。

 

提督「さぁ、では始めようか! 最大船速、針路180度! 艦尾両舷ハッチ開閉準備、右舷側のみ収容準備だ、短時間で収容を完了させるぞ!」

 

妖精達「“了解!!”」

 

念話で(この場にいる全員が聞こえているが)快活な返事が返ってくる。もう念話を受け取るのは連山改を手に入れて此の方慣れっこである。

 

これまで鈴谷の帰陣と第一艦隊の帰還予定時刻を待って全速公試はまだやっていなかった。しかし最早、それを行うのを妨げる理由は最早ない。

 

提督「全く、良い船を作ってくれたよ、お前達は。」

 

明石「いえいえ、提督の為ですから!」

 

夕張「そうそう、もう少し頼ってくれてもいいんだから。」

 

局長「仕事ニ妥協ハシナイカラナ、当然ダナ。」

 

そうこう言っている内に30ノットを超える。

 

鈴谷「おー、懐かしいねぇ、この感じ。」

 

スペシャルサンクス乗艦枠鈴谷もご満悦である。

 

提督「おっと、最大速力―――」

 

いよいよ船の命、速度性能が出る時がやってきた。居合わせた4人はそれを固唾を飲んで待つ。

 

提督「―――37.1ノット!」

 

局長「フッ。」

 

夕張「よしっ!」

 

鈴谷「嘘ォ!? 往時の私より速いの!?」

 

※最上型は当初37ノット出るよう設計されていたが、最上と三隈は第四艦隊事件後改修を施す為ドックインした結果速力が落ち、鈴谷と熊野はそれを設計改正として建造時に取り入れている為、最上・三隈と異なり最初から35.5ノットとなっている。(最上と三隈もほぼ同じ速力)

 

夕張「どうです! 横鎮近衛式1号艦艇用艦娘機関の性能の程は!」

 

提督「・・・あぁ、正直に凄い。思ってたより1.6ノット優速とは思わなかった。」

 

仮通称「横鎮近衛式1号缶」と呼ばれるこの機関は、夕張と局長の合作である。

 

夕張「そうでしょう? 今回は16万2000軸馬力4軸推進ですが、この機関は出力制限リミッターで定格の8割に抑えてあるんです。」

 

提督「・・・と言う事は、リミッター外すとどうなるんだ?」

 

夕張「20万2500軸馬力で39.4ノットになります。」

 

提督「・・・並の駆逐艦よりもずっと速いじゃねぇかそれ。」

 

それだけ出せる巡洋艦があるなら十分化物だが、リミッターで制限している為最大出力は出せないという。

 

夕張「まぁこれだけ速度が出てしまうと、造波抵抗との兼ね合い上旋回半径が大きくなってしまうというのが、リミッターを掛けた理由です。」

 

提督「それはまぁそうだな、配慮に感謝しておこう。」

 

夕張「いえいえ、なんてことありません!」

 

旋回半径の大きさは、大きく高速な艦艇程大きくなる傾向にある。同じ高速艦艇でも球磨や阿賀野と駆逐艦とでは旋回半径がまるで違うと言う訳だ。これらと金剛型やアイオワ級と比較すれば、高速戦艦の方が明らかに大きい半径で回る事になるのだ。

 

提督「しかしたった9500馬力の向上で1.6ノットも上げるとは、どんな手品を使ったんだ?」

 

明石「それは私から、鈴谷型では建造途中に最上と三隈で行った改正を取り入れて建造されている為、少なからず非合理的な構造になっていたものを修正し、且つ装甲配置を再検討の上、艦娘運用を行う分には不要となる余分な居住区画などを取り払い、浮いた重量を改正前の最上型で不足していた強度補填と装甲に充て、構造の合理化を行った結果、速力の向上を達成しました。」

 

ついでに言うと、艦娘機関は煤煙を発生しないため煙路等の機関用の排煙/吸気機構も無いので、前檣楼周りが幾分すっきりしており、浮いた重量とスペースは別の設備に充てられている。その上この鈴谷は元の鈴谷型と異なり、1番砲が元より少し前にずらされているのも相違点である。

 

提督「と言う事は内部は結構がらんどうなのか。」

 

明石「そうですね、その分拡張性は抜群です。」

 

提督「成程ね。」

 

因みに改鈴谷型(伊吹型)重巡もこれと似た様な船体構造の合理化などを始め様々な改修を行った巡洋艦となる予定であったらしい。戦局悪化でお釈迦になってしまったとはいえ・・・。

 

取り敢えず言えるのは、設計は鈴谷型にほぼ準拠しているが細部の外観が異なる点と、煙突はダミーである事であろうか。(但し発煙装置をダミー煙突内に取り付けた為煙幕展開は可能。)

 

あと一つ、中身は全くの別物である。

 

鈴谷「第1艦隊との距離5000だよ、提督!」

 

提督「おぉ、そうだな。減速だ、スクリュー反転両舷後進一杯! 15ノット割った辺りで前進微速に入れるぞ。」

 

鈴谷「はいよっ!」

 

直人と鈴谷の息はピッタリであった、機関出力を一気に落とした事で推力を失った1万2000トンの巨体は、一気にその速力を落としていく。

 

 

 

陽炎「お、大きいわね・・・。」

 

すぐ近くまでやってきた鈴谷を見て言う陽炎。

 

最上「水線長197.0m、最大幅19.0m、喫水5.5mで排水量約1万2000トン、と言うのが、私たち最上型の最終スペックだったからね。」

 

このサイズは水線長116.2m・最大幅10.8m・喫水3.76mと、並べてみると親子程も違いのある艦隊型駆逐艦であった陽炎からすればまぁ至極当然であろう。計画数値上の基準排水量でたった2000トンの小艦である。

 

最上「まぁ最初は8500トンで収まる筈だったんだけどね。設計ミスで1000トン増えた上各所に強度上の問題が見つかっちゃったりして、改正や小改修を重ねた結果1万2000トンまで膨れ上がっちゃったんだ。」

 

因みに最上型も対外的には排水量を詐称しており、1万2000トンの所計画数値通りの8500トンと公表していたそうな。

 

陽炎「第四艦隊事件があったとはいえ、大掛かりな改修をしたのねぇ。」

 

最上「まぁ、そうなるのかな? ハハハ・・・。」

 

因みに明石や夕張が鈴谷型の船体構造を合理化することが出来たのは、ガンルーム(士官室)一本で兵員居住区の大部分を省略出来たこと等もそうだが、排水量の縛りが無かった事が最大の要因である。実際横鎮近衛艦隊造兵廠製の鈴谷の排水量は、基準排水量で1万1700トンと多少減ってさえいる。

 

最上「しっかし、15.5cm3連装砲かぁ。私達と同じ砲だね。」

 

熊野「そうですわね。」

 

艦首側3基9門の15.5cm砲は、夕暮前の日差しで仄かに色づいていた。

 

 

 

提督「速力7ノットになったな。ハッチ両舷開放! 収容急げよ!」

 

距離1500の段階でハッチ開放の指示を出す直人。相対速度的に考えうる最適の距離である。相前後して、艦尾第4砲塔直下の舷側両舷にあるハッチが外側に倒される形で開き、水平まで倒されると右舷側のみハッチ内壁の一部がせり出してスロープとなる。

 

左舷側はバランスを取る為に開いただけである。

 

鈴谷「い、色々仕込んじゃってまぁ・・・。」(゚Д゚;)

 

そう、色々仕込んじゃった☆

 

局長「マァ、ゴ希望ニ添エタヨウデナニヨリダッタガナ。」( ー`дー´)キリッ

 

提督「俺も最初やってくれるとは思わなかったよ・・・。」(・ω・;)

 

まーた局長が何かをやらかしたらしい。

 

提督「さて、収容作業が始まるな。」

 

誰にともなく、直人がそう告げるのと前後して、スロープの方に第1艦隊の艦娘達が集まり出していた。

 

 

 

最上「あちゃー・・・これは局長派手にやったねぇ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

熊野「まぁ、艦娘運用母艦、と言うべき船でもあるでしょうからある意味当然かもしれないけれど―――ここまでしますのね・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

最上と三隈もこの反応である。

 

陸奥「お気持ちお察しするわ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

揃いも揃って呆れと苦笑の入り混じったような複雑な心境であった。

 

 

 

伊勢「へぇ~、これは便利だねぇ。」

 

最初にスロープに辿り着いた伊勢はその凝りように感心した。スロープは艦娘二人を余裕を持って同時展開/収容出来るだけの幅があり、収容時には足幅に合わせて据えられたベルトコンベアが稼働する仕組みである。ここに乗り上げれば簡単にスロープ上に上がれると言う寸法だ。

 

射出時のギミックはまぁ次の機会にでも紹介する事としよう。

 

日向「そうだな、コンベアーがあるとないとではスロープへの上り下りのしやすさが違う。」

 

これはまぁ当然な話で、微速航行中の艦のスロープに、相対方向から何もなしでガッツリ行ったら躓いてつんのめる未来しかないのだ。この辺りを配慮して局長が付けたものであろう。

 

朝潮「今の技術はここまで進歩しているのですか・・・。」

 

伊勢「流石に局長だけの持ちネタだと思いたい。」

 

朝潮「で、ですよね・・・。」

 

伊勢さん、御名答である。正確にはそんな突飛なアイデアを出せる奴がいないのだが。

 

提督「“ハイハイ後がつっかえるから出撃待機所入ってから会話してどうぞ~。”」

 

伊勢「あ、ごめんなさい。」

 

日向「フッ、まぁ取り敢えず、中へ入ろうか。」

 

朝潮「ですね。」

 

 

 

提督「まーったく、人が目を離せばすぐこれだからな・・・。」

 

直人、指揮用サークルデバイスを展開したまま羅針艦橋甲板の後部にある右舷ウィングブリッジから、双眼鏡で収容作業を見守っていたので、その様はありありと見て取れたのだった。

 

鈴谷「まぁまぁ、いいんじゃない? 帰ってきた時位はさ。」

 

提督「う・・・そう言われると二の句もないな。」

 

些か失言だったと反省するのであった。

 

提督「さて、出迎えに行きますかね。鈴谷、全艦の制御頼むわ。取り敢えず司令部に戻ろう。」

 

鈴谷「了解、全艦の制御、掌握しま~す。」

 

直人はサークルデバイスで鈴谷に制御を委譲してデバイスを消す。

 

提督「しっかし便利だよなぁ。使えさえすれば簡単に操縦出来るんだから、この方式は。」

 

鈴谷「そうだねぇ~。」

 

明石「あの時に貰っていた技術が役に立ってよかったです!」

 

提督「そうだな、その辺りは流石明石だ。技術交流をやっていたとは。」

 

この鈴谷の艦艇制御モジュール――早くも“サークルデバイス”の通称が使われ出していた――は、厳密に言うと各部への指示を送る為のものだが、実は霧の艦艇の技術を流用して開発されたものなのだ。霧の艦艇制御方式を通常艦艇に適用出来るよう、妖精達への伝達系統にしたと考えればよい。

 

この技術をこっそりヒュウガから受け取っていた明石の手腕は流石と言えるだろう、霧の遺産の力は絶大であった。

 

提督「んじゃ、会議室まで行ってくるよ。彼女達には妖精さんを通してそこへ来るよう案内してもらってる筈だから。」

 

鈴谷「いってらっしゃーい。」

 

そう言って直人は羅針艦橋の後ろにあるエレベーターに向かう。この場所は休憩室と上部艦橋配電室のある場所だが、配電室と休憩室の一部をエレベーターに仕立てたのだ。前檣楼は作戦室等一部の区画が作られていない為、こうしたことが出来た訳である。

 

なお前檣楼の配電室は羅針艦橋直下の元々発令所のあった場所の後部に一括に配置されている。なお内部は一種の空間装甲化されているため被弾でも安心である。(確約するとは言っていない。)

 

 

 

この艦の会議室は後檣楼直下の下甲板にある。因みにその真上の中甲板には艦載機の格納庫があり、艦尾両舷のハッチも出撃待機所と一体化する形で下甲板に設けられている。

 

全速公試ついでに艦隊を回収した重巡鈴谷は、鈴谷操艦の元北へ針路を変え、サイパン島へ14ノットで巡航していた。その時直人はその会議室にいたのだった。

 

提督「皆、今回はご苦労だった。今後の予定については追って指示するので、まずは休息を取って貰いたい。」

 

扶桑「分かりました。」

 

提督「山城の艤装については母港にて修理を行う。負傷した者は後で医療科に出頭するように。今の所指示は以上だ。ゆっくりと次の作戦に向け英気を養ってくれ。」

 

陸奥「次の作戦、ね・・・。」

 

提督「内容は言うまでもないな? と言うか言わせてくれるなよ?」

 

陸奥「えぇ、そうね。」

 

提督「このまま負けっぱなしで終わらせはせん、そこは安心して貰いたい。それでは母港に帰投次第下艦しておくように。解散。」

 

28人「はい!」

 

 

 

今の言にも見られた通り、直人はこのまま引き下がるつもりはなかった。むしろ次で目的を達すると息巻いてさえいたのである。当然プレゼンの内容を検討しなくてはならなかったが、特に今の直人に苦になるような作業でないことは明白である。

 

 

 

17時41分、鈴谷は司令部裏の停泊用ドックに接岸した。無論タグボートでだが。

 

提督「ふぅ~、公試終了っと。」

 

タラップを降りながら一息つく直人。

 

金剛「提督~ゥ! お帰りデース!」

 

とそこへ熱烈お出迎えの艦娘が一人。

 

提督「ただいま、金剛。留守番させて悪かったな、今度じっくり艦内案内するから。」

 

金剛「ノープログレムデース、いつでもいいですからね?」

 

提督「そ、そうか、そう言ってくれると助かる。」

 

思わぬ一言に面食らいながら平静を装う直人。今すぐ案内しろと請われると思ったからだ。

 

提督「んじゃ、中に戻ろう、そろそろ涼しくなるしな。」

 

金剛「そうしまショー。」

 

そう言って金剛は直人の手を繋いで歩き出す。直人もそれに乗ったのだが金剛が多少強引だった感じはあったのだった。

 

 

 

鈴谷「おー、お熱いお熱い。」←タラップの上から見下ろす

 

 

 

青葉「むー、熱愛報道と騒ぐには決定打に、ムグムグ」←クレーンの上からカメラ向けかける

 

比叡(ジーッ・・・)←青葉ガン見

 

 

 

まぁ、色んな艦娘達の思索は兎も角としても、第一艦隊の出撃と、第一水上打撃群の遠洋航海演習、重巡鈴谷の公試運転は無事に終わった。

 

この3つの事が、後の戦局をどう左右するかは提督の彼次第である事はひとまず事実であった。が、当座の課題は、大本営に何と言うかであったのだった。

 

2053年は未だ2月半ばを過ぎたに過ぎず、その前途は未だ多難であった―――。




艦娘ファイルNo.89

千歳型水上機母艦 千歳改

装備1(12):零式水上偵察機
装備2(6):瑞雲
装備3:12.7cm連装砲

本人の自称通り日本初の水上機母艦。但し前提があり、「日本初の“最初から水上機母艦として設計”された」艦としては初の艦。
改として着任すると言う特異点を抱えているが能力に特に遜色あるかと問われればない。


艦娘ファイルNo.90

海大六型a一等潜水艦 伊168

装備無し

日本で建造された潜水艦でも優秀な部類に入る海軍大型潜水艦六型aの第一艦、最初の艦である事から「伊一六八型」とも呼ばれる。
提督の間ではイムヤの愛称でお馴染みであろうが、艦これに登場する潜水艦最高齢と言う潜水艦の中では老齢艦。(やめい)
浮き輪があるから潜り難そう? そうだよ急速潜航は苦手だよ。(元々)


日本の潜水艦あれこれ

何? 日本の潜水艦はやかましいだと? ドイツと比べてだろしかもあいつら狭いとこでしか動かんし。でもそれが発展した結果静粛性の高い航洋型潜水艦が出来たって考えりゃ確かに凄い。
第一、航続力増やす為にエンジンは水上用ディーゼルなんだよォ! 水中はモーターだから勘弁してくれ・・・てか米潜水艦も太平洋で動き回る為に大型大騒音の潜水艦なんだよなぁ・・・。
まぁいい訳にならんけども。(独潜と比べると日米潜水艦はドラム缶打ち鳴らして潜ってるのと一緒とのこと)
―――ほ、ほら、日本の魚雷は世界一だから、ね?(潜水艦用酸素魚雷である九五式魚雷は偉大)
え? アメリカには磁気信管があるって? ・・・ほら、初期不良が極秘扱いで解消されずWWⅡ突入してから慌てて改修してたから・・・(でも後期には完全に治していた、閑話休題。)


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第2部9章~横鎮近衛艦隊、休暇の巻~

どうも、天の声です。

青葉「青葉です! 最近出番が少なめです。」(´・ω・`)

基本裏方なのでシカタナイネ、まぁ考えとくよ。

青葉「あ、はい。」


えー、16年9月作戦に参戦して更新も遅れ気味でしたが今日からまたしっかりやっていきましょうか。今日の解説は史実解説、バタビア沖海戦です。

青葉「日本軍の同士討ちについても解説しますよ!」


1942年2月27,28両日に渡って繰り広げられたスラバヤ沖海戦に於いて、ジャワ方面に展開する連合軍ABDA艦隊(豪英蘭(オランダ)米4国艦艇からなる多国籍艦隊)は、旗艦たる軽巡デ・ロイテル(蘭)と指揮官カレル・ドールマン提督の戦死によって統制を失った。

残存艦艇である米重巡ヒューストンと豪軽巡パースは、先任であるパース艦長の指揮の下でバタビア(現ジャカルタ)へと撤退した。

その頃バタビア西方のバンタム湾には既に日本軍輸送船団が近接しており、バタビアが既に安全な場所でないことから、28日夕刻になって、停泊僅か半日でパースはヒューストンと共に出港、ジャワ島南岸にある港湾、チラチャップに向け、スンダ海峡を抜け離脱を図った。


スンダ海峡はジャワ島とボルネオ島の間にある海域であり、インド洋へと抜けることが出来る場所である。

ただ日本軍の第16軍司令部が上陸予定だったバンタム湾はそのスンダ海峡の近くにあった為、連合軍にとっては時間との勝負であった。


一方の日本軍は2月18日、ジャワ島攻略に向け第16軍が仏印のカムラン湾を56隻からなる大船団に分乗して出港した。第16軍司令部は司令官今村均陸軍中将、司令部乗船は陸軍丙種特殊船「神州丸」である。

これを取り巻くのは第五水雷戦隊(名取旗艦)を主軸とした第三護衛隊、指揮官は五水戦司令官原顕三郎少将で、指揮下に5個駆逐隊を擁しており、間接支援部隊として栗田健男(当時少将)の第七戦隊(最上型重巡4隻 旗艦:熊野)と、第十九駆逐隊の1個小隊が所在していた。


しかし第七戦隊と五水戦、2つの司令部は戦闘方針が真っ向から対立、2月27日(スラバヤ沖海戦開始直前)に熊野所属水偵が敵艦隊発見の報を発した際、栗田司令部と五水戦司令部は、兵力保全を重視する栗田と、艦隊決戦を主張する原少将で真っ向から対立し、丸一日電文で言い合った挙句GF司令部が仲裁に入る一幕もあった。

そのあげく、第七戦隊はスラバヤ沖海戦には参戦していない。


3月1日午前0時、日本軍船団はバンタム及びメラク湾へ上陸を開始、バンタム湾に軽巡1・駆逐艦10、メラク湾に駆逐艦6隻が護衛に付き、第七戦隊から第二小隊(最上・三隈)と十九駆所属の駆逐艦「敷波」が分派され、三隈艦長の指揮で西方支援隊として参戦した。

連合軍は指揮艦である軽巡パースを始めとし、重巡ヒューストンと蘭駆逐艦エヴェルトセンの3隻のみである。


連合軍はバンタム湾に東方から接近する形となったが、前方に輸送船団を発見し、照明弾射撃の後ヒューストンが遠距離から砲撃を行う。しかし護衛艦艇がいないものと思い込んでいた2隻は0時9分に駆逐艦吹雪に接触されており、砲撃中その後方に艦艇がいる事にようやく気付いた。

気付いた直後の0時47分に触接を続けていた吹雪が距離2500から魚雷9射線雷撃を行い、続けて主砲弾16発を射撃した。いないどころか哨戒にかかっていた事を知った両艦は右回頭しつつ吹雪に反撃を行った。海戦の戦端はこの段階で開かれたと言える。(第1合戦 吹雪は反撃を避け煙幕で逃走)


また0時37分から20分間駆逐艦春風が船団と敵の間に割り込んで煙幕を張った為、ヒューストンとパースは砲撃続行が出来なくなった。

また0時45分には原少将より突撃命令が発令、それに伴い各駆逐隊は集結の後突入を開始、また1時13分に西方支援隊(七戦隊二小隊)とメラク湾にいた第十二駆逐隊(白雲(未実装)・叢雲)が後着、それぞれ戦線参加するに至り、連合軍の劣勢は明白となった。(第2合戦)


1時10分頃から2時にかけて各部隊は砲雷撃を次々と敢行しその結果パースとヒューストンはそれぞれ大破し、1時42分にパースは沈没した。ヒューストンはパース沈没後も15ノットで突破を図るも敷波の雷撃と銃砲撃によって退艦命令が出され、2時06分に沈没した。(第3~4次合戦)


だがここでバンタム湾で悲劇が起こる。1時35分、バンジャン島沖合を航行中の第2号掃海艇が突如第2缶室に魚雷を受け沈没、続いて1時38分に陸軍輸送船「佐倉丸」(9,246トン)が第4船倉に、2時頃に更に左舷機関室に被雷し沈没、1時40分に病院船「蓬莱丸」(9,192トン)の左舷機関室にも1本が被雷、横転着底、更に輸送船「龍野丸」(7,296トン)が魚雷回避中座礁、神州丸も魚雷1本を受け大破着底してしまう。


今村中将は3時間重油の浮く海を泳ぎ続け4時30分に拾い上げられた後岸へ上陸したが、無線機を海没してしまい司令部機能を喪失してしまった。第16軍司令部に欠員が出なかった事は幸いであったが、作戦進捗状況が分からない不便には耐えねばならなかった。不幸中の幸いだったのは、那須支隊を始めとした第2師団を主軸とした各部隊指揮官が、所期の予定通りに作戦を遂行した事であった。

その後、海戦直後から調査を行った結果、敵が雷撃を行った痕跡の無い事、魚雷の射線、爆発の威力に加え、上陸地点近くに九三式魚雷(俗に言う“酸素魚雷”)の尾部が打ち上げられたことが判明する。


これらから導かれた結論が、1時27分に放った最上の2度目の雷撃(左舷8射線)が目標とした軽巡パースを外し、輸送船団へ殺到したものだ、と言う事だった。

当然第三護衛隊の主要幹部総出で第16軍司令部に陳謝に行ったのだったが、今村均中将はこれを快く受け入れると、今回の1件を「敵魚雷艇による損害」として公表する事を提案し、海軍の顔を立てたのであった。

なお文献によっては、誤射を行ったのは駆逐艦吹雪であったとするものもあり、諸説ない訳ではない。


長くなりましたがこんな感じです。

青葉「栗田中将ェ・・・。」

なんでも後で五水戦司令部にいた(?)人が七戦隊の先任参謀に「一体どこにいた!」と聞いたら「栗田少将が“七戦隊を大切にして欲しい”と言われたんだ。と言っておられた」と返されたそうだ。

だからと言って後ろに下がるのはおかしいと思うがね。結局第七戦隊の第一小隊(鈴谷・熊野)はスラバヤ・バタビア沖の両海戦に参加していないし。

青葉「最上さんと熊野さんが話していたのはこの事ですね。」

うん、艦娘なら誰しもこう言う様な話がない訳じゃないし。

では少しコメ返しをば。(現在エブリスタ側では閲覧できないコメントですがご了承ください。)


オタ☆ さんより
『本当に良い性格してるww』

これは主人公に対するものですが、えぇ自分でそう思います。基本作者の性格と持論を投影しているキャラ(=紀伊直人)なので、ちょいちょいこういうとこはあります。まぁ作品内では少ないでしょうが。


いつき さんより
『砲声』

これは前章で山城が被弾した際に敵の砲声が無かった事についてですね。
この部分に関しては、「突然の遭遇」と言う描写を際立たせる為に敢えて敵の最初の斉射については砲声を描写していません。レーダー射撃を使った大遠距離砲撃によるラッキーショット(深海側視点)と言う事で。


以上ネタばらしでした。

青葉「そろそろ本編行きませんか?」

同意、んじゃ始めようか。


2月26日のことである。直人の唐突な発言が、思わぬ方向に発展する。

 

 

 

2月26日午前11時10分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「艦娘に久々に休暇取らせようか。」

 

大淀「仕事終わらせて下さい。」^^#

 

提督「はい。」(´・ω・`)

 

金剛「―――。」アホ毛プルプル

 

この日仕事をだらだらとやっていた直人は、大淀から散々怒られながら書類を進めていた。

 

大淀「終わらせるまで昼食は無しですからね?」

 

提督「そ、そんなご無体な―――」

 

大淀「何か?」

 

提督「・・・何でもないです。」

 

自分に非があると分かっていた為二の句を返さなかった直人である。

 

提督(きゅ、休暇は絶対取らせるぞ・・・。)

 

 

 

同じ頃、司令部裏には訓練を終えて艤装の整備に入ろうとする艦娘一同の姿があった。

 

暁「つ、疲れた・・・。」

 

響「暁、お疲れ様。」

 

そう言って暁にタオルと水(訓練後必ず配給される)を手渡す響。

 

実は作戦直後のドロップ判定にて―――

 

 

 

2月24日9時18分 建造棟

 

 

暁「暁よ、一人前のレディとして扱ってよね!」

 

提督「―――。」

 

 

 

雷「暁じゃない!」

 

電「お久しぶりなのです!」

 

響「ハラショー、今日はいい一日だ。」

 

暁「皆、待たせちゃったみたいでごめんね?」

 

雷「ホントよ! どれだけ待ってたと思ってるの。そういうとこも相変わらずなんだから。」

 

 

 

ワイノワイノ

 

 

提督「・・・ま、第六駆逐隊、全員集合って事で。めでたしめでたしっとな。」

 

那智「あぁ、そうだな。」

 

大淀「えぇ・・・。」

 

 

 

てな事があったのだ。

 

暁「あぁ、ありがとう響・・・。」ゴキュゴキュ

 

暁が受け取った水を喉を鳴らして一気に飲む。

 

響「ふふっ、どうだい? うちの訓練は。少しは慣れたかな?」

 

暁「慣れる訳ないでしょ! 物凄く厳しいじゃない!」

 

電「厳しいのは当たり前なのです。」

 

暁「うぐっ・・・。」

 

末っ子にぴしゃりと言い返されて二の句が出ない暁である。

 

まぁ厳しいのも当然だろう、何せあの神通と北上が教官なのだから・・・。

 

 

 

那智「しかし、中々の厳しさだな。」

 

羽黒「でも戦いの基本を改めて習得するという意味では、神通さんにはお世話になってます。」

 

羽黒は気弱な部分もあるが生真面目な艦娘、この言葉も本心から出たものである。

 

妙高「その通りですね、那智もこの艦隊に馴染めるといいのですが・・・。」

 

那智「まぁ、それは時間が解決してくれるだろう。今急いて何かをしても始まらない。」

 

那智は暁と同時に着任した艦娘である。即日訓練に参加したが基礎訓練は順当に済ませ基本戦術から叩き込まれていた。現在は第1艦隊第5戦隊所属である。

 

妙高「それもそうですね、ふふっ。」

 

那智「ん? 何か、おかしなところがあったか?」

 

妙高「いえ、相変わらずだと思って。」

 

那智「―――そうか。」

 

 

 

陽炎「疲れた~・・・。」

 

雪風「陽炎姉さん、はい、お水です!」

 

艤装倉庫東側の壁面に座り込んでいた陽炎の下に、雪風が水を運んできた。

 

陽炎「あぁ、ありがと、雪風。」

 

雪風「今日の訓練も疲れました・・・。」

 

陽炎「そうね・・・でももう慣れたわ。慣れって、恐ろしいわね。」

 

雪風「でも、ちゃんとお休みも貰えるみたいですし、大丈夫ですよ。」

 

陽炎「はぁ~、一度休暇届だそうかしら・・・。」

 

休暇届は文字通りの代物である。海路で五日(往復十日)かかりはするが、本土に行く事も出来る立派な休暇取得届である。

 

雪風「それも一つ、いい手かもしれません。」

 

陽炎「何なら雪風も一緒に取る?」

 

雪風「私はまだ大丈夫です、お気遣いありがとうございます。」

 

と言う雪風。実際雪風は姉妹の中でも体力がかなりある方ではあるのだが。

 

陽炎「・・・まぁそれだけ元気なら大丈夫だろうけど、無理しないでよ? ちゃんと休まないと、倒れたりしたら大変よ?」

 

雪風「はい!」

 

元気に応じ、雪風はその場を去った。

 

陽炎「・・・休暇届、か。たまには艦娘じゃない、人らしいことを、か・・・。」

 

この休暇届のシステムは正式に定められたものではない。その設けられた理由は直人の意向による所が多かった。

 

「艦娘も人間であるならば、たまには人らしい日常を送っても、許される筈である。」と言うのが直人の持論の一つであった。そして艦娘がそうした日常を送る手助けとして、休暇届の仕組みが設けられたのだ。

 

当然その手回し(輸送船への便乗・滞在に関する諸々など)をするのは大淀と直人である。そしてその直接の上司が彼に対する理解の深い土方海将と、彼の親友大迫尚弥一佐なのだからその点は楽だ、何せ互いに気心の知れた間柄なのだから。

 

 

 

提督「お、おわったぁ・・・。」

 

12時手前で漸く終わらせる直人。

 

大淀「お疲れ様です、提督。」

 

提督「メシだメシ~っと。」

 

金剛「そうデスネ~。」

 

金剛が背伸びをして直人の言に応じる。

 

大淀「今日はもう上がられます?」

 

提督「うん、そうだね。遠征と警備の処理は任せるよ。」

 

大淀「はい、お任せください。」

 

直人はその面に関しては専門家ではない。ならば誰か他の、そう、専門家に任せた方が賢明である、と直人は思っていた。

 

ある意味でその考え方が彼ののろけではないかと言えなくはないのだが。

 

提督「よっしゃ、んじゃ金剛、行こうか。」

 

金剛「ランチタイムデース♪」

 

金剛が直人に続いてその背中をちょこちょこと追いかけ、二人して執務室を出る。

 

大淀「―――はぁ、仲が宜しい事で・・・人の前では程々にしているようですが・・・。」

 

大淀は普通に格好のつかない直人を見て溜息をつくのだった。

 

 

 

2月26日は水曜日である。その厨房担当は―――

 

 

12時04分 食堂棟1F・食堂/厨房カウンター

 

 

提督「お疲れさん、祥鳳。」

 

祥鳳「提督こそ、毎日お疲れ様です。」

 

担当は祥鳳である。

 

提督「にしても祥鳳が作る飯は無難で堅実だな、失敗も少ないから皆安心して食べてくれるだろう?」

 

祥鳳「はい、私も偶には凝った料理をお出ししたいとは思うのですが、中々踏み込めなくて・・・。」

 

提督「フフフ、まぁ凝った料理は凝った料理でそれが得意な奴がいるさ。無理して一歩踏み出す事はない、それで転がり落ちてもいかん、何事も確実にな。」

 

祥鳳「はい。」

 

金剛「・・・ワタシの時は論評しませんデシタヨネ?」ゴゴゴ

 

提督「金剛は美味しいし手は込んでるけど、その手の入れ方が今一歩感がある。ま、精進するんだな。」

 

金剛「ぐっ―――。」カキーン

 

その言葉に固まる金剛も日々努力中なのである。

 

提督「―――フッ、食べよっか。」

 

金剛「オ、OKデース。」

 

二の句が返せなかった金剛は、より一層の努力を誓って直人に続くのだった。

 

 

 

金剛と一緒に祥鳳の肉じゃがを食している所へ、一人の艦娘が昼食のトレーを持ってやってきた。

 

提督「―――!」

 

大淀「お向かい宜しいですか?」

 

提督「うん、いいけど。」

 

大淀「では失礼します。」

 

そう言って大淀が直人の向かい側に座る。

 

なお直人の左隣に金剛が座っている。

 

大淀「頂きます。」

 

提督「―――。」

 

何をしに来たのだろう、そう思いながら直人は無言で箸を進める。

 

大淀が食べ始めて少しして、大淀が口を開く。

 

大淀「そう言えば、執務中に仰っていた事、詳しくお聞かせ願えますか?」

 

提督「・・・艦娘に休暇取らせたいって言ってたアレ?」

 

大淀「えぇ。」

 

提督「うーん、そこまで深く考えてた訳じゃないんだけどね、ほら、そろそろ横鎮に出向かんといかんし。」

 

大淀「それのついで、ですか。」

 

提督「大当たり~。と言っても作戦準備もあるからすぐ戻る必要もあるしどうするかまだ決めてないんだ。」

 

笑顔で直人が言った。

 

大淀「成程、考えましたね。」

 

と、少し考えていた大淀が言った。

 

提督「まぁメインは横鎮での会議なんだけどね。」

 

因みに何故大本営への説明と再作戦の打ち合わせに横鎮へ態々行くのかと言うと、その方が他者の目を欺きやすいからだ。

 

大淀「それで、どうなさるんです?」

 

提督「うん、まだ、何とも言えない。呼び出しさえまだ来てないしな。」

 

大淀「それが、先程届いたからこうしてお話に来たのです。」

 

それで直人は合点がいった。何もなく大淀がこうして話をしに来る訳はないのだと、直人は思っていたのだった。

 

提督「成程な・・・期日は?」

 

大淀「3月1日の午後2時とのことです。」

 

提督「土曜日だな、今回金剛は随員にするにしては外れるな。」

 

金剛「な、なんでデース!?」

 

金剛が慌てて問い返してきたが、直人は厨房の方を左手の親指で指した。

 

金剛「う・・・ウヌヌ・・・。」

 

そう、土曜日は金剛の厨房担当日である。

 

提督「休暇の為に厨房抜ける、は論外だぞ。お前の腕に全艦娘の食事がかかってるんだからな。」

 

金剛「あう・・・ハイ・・・。」

 

バッサリ言われて金剛がしょげる。

 

提督「まぁ、なんだ。またの機会に考えておこう。」

 

金剛「我慢しマース・・・。」

 

残念そうだが切り替えるのも早かった。

 

提督「大淀、休暇を取らせるとして、連れて行けそうな艦娘のリスト、まとめてくれるか?」

 

大淀「スケジュールからでいいですか?」

 

提督「それだけじゃダメだ、どの程度働き詰めであるかとか、そうした面からも頼む。」

 

大淀「承りました。」

 

執務優先で一度は蹴り飛ばされたかに見えた休暇案が、一挙に日の目を見ようとしていた。本当に見るかは兎も角として―――。

 

 

 

2月29日8時47分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「で、行けそうな奴のリストが漸く出来上がったと。」

 

大淀「まぁ、各艦とのスケジュールの擦り合わせもありますので・・・。」

 

特に駆逐艦に関して言えば、哨戒班のスケジュール等を勘案して訓練日程をも組み立てているだけに、神通や北上とも協議がいるのである。因みにこの時第一航空艦隊は遠洋練習航海で留守である。

 

提督「―――成程な、少し考えさせて貰おう。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「ところで今日の書類は?」

 

自分の執務机に紙切れ1枚見当たらない事に気付いた直人がそう言った。いつもなら予め書類は全て机に準備されているのだ。

 

陸奥「あら、そう言えばそうねぇ・・・。」

 

と、この日秘書艦席に座る陸奥も言った。

 

大淀「本日提督が処理する案件は、ございません。」

 

提督「・・・ゑ?」

 

思わず直人の口から声が漏れた。

 

大淀「本日の提督の業務は、訓練視察です。」

 

提督「・・・それで書類が無いと?」

 

大淀「いえ、書類が無いですので代わりと言う訳です。」

 

と大淀は言う。

 

陸奥「あらあら、大変ねぇ。」

 

完全に他人事のように言う陸奥。因みにこの日金剛は定期的に艦娘達が取っている(取らされている)休養日で訓練にも参加していない。

 

提督「それならいっそ休みでええやん・・・。」

 

大淀「提督が休みを取っていいとでも?」

 

提督「軍隊じゃあるまいに・・・。」

 

確かに正規の軍ではない。

 

大淀「それに提督はいつも半日しか仕事やってないじゃないですか!」

 

提督「うぐっ・・・!?」

 

そう、この男一日働き詰めではなくいつも半日で仕事を終わらせているのだ。

 

提督「―――はぁ、分かった分かった・・・。」

 

とうとう観念する直人であった。

 

提督「てか気になる奴は“特別教練”していいんだよな?」

 

大淀「御随意に。」

 

その点は適当にはぐらかす大淀だった。そもそも訓練内容は大淀の与り知るところではない。

 

提督「さいで。」

 

結局直人は軍服をそのままに黒いマントを着け、帯刀して執務室を出たのだった。

 

 

 

9時26分 司令部正面水域

 

 

ドォンドォンドォン・・・

 

 

司令部正面の訓練水域はこの日も盛んに砲声が響いていた。

 

提督「お、やってるねぇ~。」

 

とそこへ直人がやってきた。

 

神通「提督! 執務の筈ではなかったのですか?」

 

提督「これが仕事だとー、訓練の視察してこいって大淀が。」

 

神通「えっと、書類の方は・・・?」

 

提督「かくかくしかじか。」

 

神通「成程、そう言う事でしたか・・・。」

 

これで分かるのは小説の特権です()

 

提督「まぁ、少しだれか借りるかもしれんが基本気にせずやってくれぃ。」

 

神通「分かりました。」

 

北上「こうなったら今日はとことんしごかないと、ねぇ?」

 

六駆「「!?」」ギョッ

 

提督「気にせんでもいいからいつも通りやってやれ。」

 

北上「んー、まぁそう言うなら・・・。」

 

六駆(ホッ・・・。)ホッ

 

北上をすかさず諫める直人である。グッジョブ。

 

 

 

横鎮近衛艦隊の訓練は実戦形式で行われる。ウォームアップなどなし、最初から全力である。

 

仮想敵を決め、様々な想定で戦闘教練を行う。無論これには双方の側に立った指揮官の柔軟な対応力が問われる訳だが・・・。

 

提督「へぇ~、確かにこいつは苛烈だ、軽い戦にさえ見える。」

 

神通「恐縮です。」

 

観戦していた直人はそう論評した。

 

提督「しかし双方共に固定概念があるな、動きが硬い。」

 

今回仮想敵は敵艦隊の中央部と言う想定で、これを側面から水雷戦隊で強襲し、その後ろから重巡部隊がついてくると言った形である。

 

指揮は仮想敵側が霧島、水雷戦隊側が指揮官役初抜擢の木曽で、水雷戦隊側は一水戦を指揮し、後方に第五戦隊がいた。

 

提督「霧島は基本に忠実で堅実だな、しかし一つ手を打てば崩れそうだ。」

 

仮想敵艦隊を指揮する霧島は密集隊形からの集中砲火で水雷戦隊を迎え撃つ。これによって木曽の率いる水雷戦隊の駆逐隊は近寄れないでいる。

 

提督「木曽は木曽で突入するのはいいんだが、引いて突っ込んでまた引いてを繰り返しているのでは密集した敵陣は崩せん、神通はいい采配をしていたようだが、木曽ではそうはいかんか。」

 

神通「何分、旗艦役が初めての方ですので・・・。」

 

提督「いや、経験不足もそうだが、一番の理由は固定概念の存在だ。木曽は恐らく魚雷発射を狙っているのだろうが、我が艦隊は総じて練度は高いから、中距離でも当たらないと踏んだのだろう、踏み込もうとしているように見える。」

 

神通「成程、それでしたらあの行動にも説明はつきます。」

 

霧島「霧島も霧島だ、黙って耐えれば敵は退くと思っているらしい。密集隊形は却って魚雷の的になりやすいのにな。」

 

神通「はい・・・。」

 

この後も少し直人の論評は続いたが、総じて言えば『両者共に赤点』であった。

 

 

 

9時36分、このせめぎ合いは結局物別れのまま終了した。結局木曽は霧島の防御陣を崩すには至らず、霧島も攻め手に欠いてみすみす取り逃がす事となったのだ。

 

提督「・・・見るに耐えんな。」

 

神通「・・・提督?」

 

そう言って直人が拳を握る。

 

提督「ここはひとつ、柔軟な戦術がどんなものか見せてやらねばなるまい。俺が防御側指揮官をやってやる、一度やってくれんか?」

 

この突然の申し出に神通は

 

神通「それは――構いませんが、どの様な編成になさいますか?」

 

と応じた。この直人の返答が―――

 

提督「うん、司令部防備艦隊と司令部直隷部隊を使わせてもらう。」

 

というものだった。

 

 

 

9時50分、状況が開始される。

 

 

想定は「“敵の前線へ回航中の超兵器を発見、航路上で待ち伏せ攻撃を行う”」と言う物だった。無論直人の指定である。

 

攻撃側指揮官は霧島のまま、横鎮近衛の第一航空艦隊を除いた全艦艇、対する直人は司令部直隷戦力である第四駆逐隊と第一潜水戦隊のほか、以下の艦艇が加わる。

 

 

サイパン島防備戦隊(鳳翔旗艦)

第十八戦隊(天龍/龍田)

第五十航空戦隊(鳳翔)

随伴:夕張

第七水雷戦隊

名取

第二十二駆逐隊(睦月/如月/皐月/文月)

第三十駆逐隊(長月/菊月/三日月/望月)

 

 

全ての艦が揃いも揃って旧式艦である。(それを言うと新鋭阿賀野型はまだ着任さえしていないが。)

 

しかし直人の装備は、ストライダーフレームの脚部艤装と言う以外はほぼフル装備である。(※実は最初から)

 

天龍「ひっさびさだなぁおい、提督の指示を仰げるとは。」

 

夕張「だ、大丈夫かな・・・。」

 

名取「だ、大丈夫です、提督の采配を信じましょう。」

 

鳳翔「その通りです、提督は腕は確かですから。」

 

夕張「そ、それを聞くと逆に緊張するなぁ・・・。」

 

鳳翔の言葉であればこそだろうが・・・。

 

提督「駄弁るな、始まるぞ。」

 

3人「はい。」

 

龍田「―――フフッ。」

 

鳳翔「参りましょうか。」

 

 

 

神通「“状況開始!”」

 

 

 

提督「全機発艦!」

 

鳳翔「参ります!」

 

 

 

蒼龍「発艦始め!」

 

龍驤「いくでぇ!!」

 

霧島「二水戦、一水戦、突入準備!」

 

神通・川内「“了解!”」

 

双方共に艦載機が発進する。

 

今回直人は出撃機数を定数の半分にしている。なので定数600機の所半数の300機のみが出撃する。

 

補足しておくが、言うまでもなく撃沈判定を出させる目標は直人である。相変わらずの化物扱いである。(最も自分で言い出したものが納得されてしまったのだが。)

 

提督「戦爆攻90機ずつ、いつもの半分だが、まぁハンデだな。」

 

この他直人は120cm砲と30cm速射砲も装備していない。当然であるが上陸戦装備も搭載していない。

 

鳳翔「いい艦載機ですね―――私にも、扱えるのでしょうか・・・。」

 

提督「艦娘の身体になった今なら使えると思うよ。流星でも烈風でも。」

 

鳳翔「フフッ、そうでしたね。」

 

柑橘類「おいそこぉ! うだうだ喋るなぁ!」

 

提督「黙って突っ込め!」

 

柑橘類隊長のツッコミをしっぺ返しで返す直人である。半ばその流れを懐かしく思いながらも直人は、鳳翔と話しているその間にも戦術を組み立てるのである。

 

 

提督(配下部隊は空母1軽巡3駆逐艦9潜水艦1。ここはひとつ、天龍と龍田の突っ込ませるのも一興だが返り討ちになるのがオチだな・・・いや、まてよ?)

 

直人は一つ、思いついた事を実行する。

 

提督「天龍、龍田! 敵左翼隊に航空攻撃とタイミングを合わせて斬り込め!」

 

天龍「えぇっ!? 正気か提督! 接近する前に―――」

 

提督「考えがある、撃たせはせんから突っ込め!」

 

龍田「はぁい♪」

 

龍田はノリノリで突っ込む。

 

天龍「あっ、おい龍田! ええいもうなるようになれ!!」

 

龍田に続いて天龍がヤケクソになって突っ込む。

 

提督「駆逐隊は舞風を中央に逆楔型の陣形で待機だ、内角130度、間隔180m。」

 

菊月「ちょっと待て、少し広くないか?」

 

菊月の指摘は直人の想定範囲内である。確かに艦娘の展開範囲としては広い。

 

提督「そうだよ? 広けりゃそれに越したことはない、後は分かるな?」

 

菊月「なに・・・?」

 

提督「右翼隊の突撃に備えろ、夕張は・・・まぁ不測の事態に即応出来るよう待機。」

 

夕張「了解!」

 

夕張を予備戦力とした直人は、残った最後の1隻に指示を出す―――

 

 

 

霧島「右翼及び左翼、突入!」

 

霧島は左翼を指揮して指示を出す。右翼に伊勢と山城と榛名、左翼に日向と扶桑、中央に陸奥を配している。

 

ところで霧島がなぜいるのかと思われた方もいるだろう。(※霧島は1航艦所属)

 

実は霧島、一航艦の出港時、風邪でダウンしていたのである。なお霧島曰く心当たりはないらしい。そんでもって霧島は第一艦隊の遠洋練習航海時に随伴させる事となり残留していたのである。

 

陸奥「果たして、上手く行くかしら?」

 

霧島「敵の戦力はごく少数かつ弱体です。分進合撃による時間差攻撃で、取り巻きは崩せるでしょう、後は数の差で圧倒するまで。」

 

榛名「どうでしょう、提督は時に驚くような戦術を編み出しますから・・・。」

 

霧島「大丈夫です榛名。私の戦況予測によれば、多少の不測の事態は十分対応可能です。」

 

そう霧島は断言して見せる。勿論霧島も数度の実戦を経験してはいるのだが、その時は参謀程度の立場であり、一度旗艦は経験しているがこれだけの規模を一度に統率するのはこれが最初である。

 

榛名「だと、いいのですが・・・。」

 

榛名は不安を隠せなかった。

 

 

 

その頃攻撃側左翼隊は、猛烈な空襲に見舞われていた。無論の事ながら本隊の空母部隊から戦闘機の応援は出ているのだが、護衛戦闘機が異様なほど手練れているのだ。

 

それもその筈、直衛に出ていたのは鳳翔戦闘機隊の他戦艦紀伊の震電改(西沢隊)のうち40機である。震電改の残り50機は上空直援で現在進行形で二航戦その他の攻撃隊を防いでいる。

 

補足しておくがこの震電改は艦これに実装されたそれではなく、“噴式機”(ジェット機)である。

 

柑橘類「・・・相も変わらず、ずっこくねぇか? あれ・・・。」

 

柑橘類隊の零式艦戦二二型とは次元が違う強さを誇る震電改噴式戦闘機。攻撃力は比較の段ではない30mm機関砲4門と言う重武装である。(零式艦戦22型:20mm×2 7.7mm×2)

 

圧倒的な速度差で零戦を翻弄する震電改40機の乱舞する姿がそこにはあった。しかもそれに乗り込むは百戦錬磨の妖精達である。手が付けられないこと請け合いである。

 

一方直人の本隊を襲おうとした攻撃隊も、艦爆や艦攻が徹底的に狙い回され、航空攻撃は頓挫しようとしていた。

 

柑橘類「下の連中もやってるねぇ。」

 

 

 

提督「航空攻撃は上手く行きそうだな。」

 

一方左翼隊の艦娘へは景雲改2を始め流星改の爆装/雷装90機ずつが猛然と襲い掛かっていた。

 

 

 

ドオオォォォーーーン

 

 

日向「くぅっ!!」

 

扶桑「敵機、来ます!」

 

 

―――ィィィィィィ・・・ン

 

 

爆弾を投下し終えた景雲改二が肉薄する。

 

日向「このままでは・・・!」

 

熊野「対空射撃、撃ちますわっ―――!?」

 

 

ドドドドドドドドドド・・・

 

 

那智「なっ――!?」

 

その様を唯一まともに見た那智は目を疑った。景雲改二は確かに数機が那智へ攻撃を仕掛け那智を中破に追いやっている。しかし爆撃機と思っていたそれが機首から火を噴いたではないか。

 

熊野「きゃぁっ! 何をするんですの!?」

 

 

キイイィィィィィィーーー・・・ン

 

 

突入してきた景雲改二は銃撃したのみで航過した。元よりその胴体中央下部のパイロンに爆弾はなかったが。

 

景雲改二(景雲改 V2)にも30mm機関砲が4門備え付けられている。震電改が搭載しているものと同じモデルだ。所謂自衛用であるが、威力は手加減ない。

 

日向「くっ、早すぎる・・・!」

 

扶桑「爆弾を投下しない・・・どういう・・・?」

 

 

 

天龍「どうなってやがる、こんな至近まで接近出来たぞ。」

 

それから数分後、天龍は左翼隊から900mまで肉薄していた。

 

前方では駆逐艦を主な目標として随所で航空機による執拗な銃撃が続けられている。

 

龍田「銃撃で気を引いてた訳ね。ここまでくれば、私達のものよ。」

 

天龍「おうよ、前進!」

 

流星改にも20mm機関砲2門がこちらは翼内固定で付いている。その割りに艦これではそれが対空値に反映されていないのだが。(自衛用だからか?)

 

直人の考えとは正にこの銃撃だった。銃撃によって戦闘力と注意を徐々に削いでいく事で、天龍達の接近を容易とするのが目的だったのだ。

 

提督「“峰打ちだぞー、刺突も禁止だからな。分かってるなー?”」

 

天龍「わーってるよ、いくぜ。」

 

提督「“頼んだぞ。”」

 

天龍「おう、手助け感謝するぜ、これで暴れられる。」

 

因みに銃撃の効果は敵の戦闘力を削ぎ落とすのに十分役に立つ。何故なら日本の重巡や軽巡、駆逐艦の砲塔防御は弾片防御を考慮したものであり、敵の砲弾を防御する様には出来ていない。

 

戦車でもあるまいしそんな大きな砲塔に装甲を着けたら大抵重心が上がってしまい、条約型などでは排水量超過の原因になるのだ。

 

その様な装甲で口径20mmや30mmの銃弾を防ぎ得るかどうか、少し考えればお分かり頂けるであろう。

 

暁「ちょっ、撃てないんだけど!?」

 

電「私もなのです~!」

 

猛爆を受ける左翼隊ではこうした主砲の不良が続出していた。

 

最上「うそっ、3番砲がっ!」

 

熊野「私は見事に、左足の1基しか動きませんわね・・・。」

 

完全にボロボロである。

 

最上と熊野が固定装備している15.5cm砲は、全周25mmNVNC甲板で防御されているのだが、肉薄して放たれる大口径機銃弾を防げる代物ではない。

 

これは他の重巡の20.3cm連装砲も然りで、弾片防御程度の装甲であり、弾丸を撃ち込まれることは想定されていない。防げても小銃弾がせいぜいであろう。

 

那智「くっ・・・武装の半数がダメになったか・・・。」

 

妙高「考えましたね、提督・・・。」

 

 

 

提督「高々スプリンター防御程度の装甲なら、機銃掃射で事足りるのだよ。」

 

夕張「えげつない事するわねぇ・・・。」

 

提督「夕張相手なら航空機関砲だけで戦闘不能に出来るが試してみるか?」

 

※夕張の装甲は何処であろうが景雲や震電に積まれた30mm機関砲の演習弾で貫通できます。

 

夕張「正直勘弁して下さりませんか!?」

(※更に夕張は対空火器のプラットフォームが不足しています。)

 

提督「そうだろうな。ただでさえ装甲薄いものに機関砲の徹甲弾だの徹甲榴弾だの撃ち込まれたんじゃ敵うまいな。」

 

夕張「大体ジェット機なんてどうやって迎撃しろっていうんですかぁ!」

 

正に正論である。

 

 

 

天龍と龍田が左翼隊に斬りかかった頃、攻撃側右翼隊は直人が左翼に配した駆逐艦隊と交戦していた。当然ながら突撃態勢を取る右翼隊を止める術はない。

 

舞風「この編成でどうすればいいのよ~!!」

 

菊月「・・・待てよ? この状況、この態勢―――まさか!」

 

提督「“はい菊月ご明察。ではそのように指示できるね?”」

 

9人「!!」

 

直人に丸聞こえであったらしい。

 

菊月「あ、あぁ。各艦に通達、敵の突進に合わせ中央は後退、右翼左翼は前進、その際楔型を崩すな!」

 

長月「――そうか!」

 

皐月「成程ね。」

 

文月「行くよ~!」

 

菊月「そこから先は私がタイミングを合わせる、指示を待ってくれ。」

 

8人「“了解!”」

 

こうして直人と菊月の作戦が始まった。

 

 

 

鳳翔「・・・えーと、提督は何をお考えなのです?」

 

提督「フッ、今に分かりますよ。」

 

直人は余裕である。

 

夕張「提督! 敵中央隊突っ込んで来たよ!」

 

提督「――! 遂に動くか、だが―――」

 

 

 

陸奥「続けぇ!」

 

陸奥率いる中央隊は、第六戦隊を中心に大井/北上/木曽の第十一戦隊をも含む高速打撃群だ。左翼隊は一水戦、右翼隊は二水戦が配されている為この中央隊は予備戦力に近い。駆逐艦は1隻もいない。

 

加古「さぁ化物退治だ、やるぞぉ!」

 

青葉「なんで私まで~!」><;

 

たまたま居合わせた場合訓練へ参加させられる青葉だったが、どうやらかなり間の悪いタイミングだったようだ。

 

北上「さぁ、いっちょやりましょうかね!」

 

大井「突撃します!」

 

利根「いざ!」

 

筑摩「えぇ、参りましょう、姉さん!」

 

木曽「一気に懐に潜り込んでやる!」

 

 

 

名取「・・・あれっ? そう言えばイムヤさんは・・・?」

 

実はイムヤの居所は誰も知らない。

 

提督「ヘヘヘ~、内緒♪」

 

名取「え、えぇ・・・。」

 

 

 

摩耶「ええい、こうなりゃあの駆逐艦共打ち破って本隊へ肉薄だ!」

 

右翼隊で歯噛みしてそういう摩耶。右翼隊への航空攻撃はなかったからである。

 

羽黒「お、落ち着いて下さい摩耶さん・・・。」

 

と宥める羽黒。

 

摩耶「だってよ―――ん? そういや向こうに潜水艦いたよな?」

 

羽黒「え、えぇ・・・。」

 

摩耶「何処へ行きやがった・・・?」

 

 

 

球磨「や、ヤバイクマ、下がるクマ!」

 

多摩「にゃ、にゃぁ~!!」

 

重巡組が止める隙に下がる第十三戦隊の球磨と多摩。

 

球磨「なんてことだクマ、空襲で主砲を壊す作戦とは、考えたクマね・・・。」

 

多摩「も、もう1発も撃てないにゃ・・・。」

 

多摩は主砲全損と言うとんでもない状態だったのだ。後退命令もやむなしだったかもしれない。

 

多摩「―――にゃ? そう言えば、提督の方には潜水艦がいたはずにゃ。」

 

察しの良い猫は嫌いだよ。

 

球磨「そ、そうだクマ! 一体どこへ・・・!?」

 

球磨はその直感から、直人の意図とその狙いを洞察した唯一の艦娘だった。

 

多摩「ど、どうしたにゃ?」

 

球磨「陸奥が危ないクマ!」

 

 

 

利根「―――! 前方雷跡、鈴谷!」

 

鈴谷「えっ!? どこっ―――」

 

 

ドオオォォンドオオォォォーーーン

 

 

鈴谷「や、ヤダ、マジでっ・・・!?」

 

鈴谷に出た判定は、大破(戦闘続行不能)。

 

利根「くっ、一体どこからっ!」

 

 

ドオオォォォーーーン

 

 

蒼龍「くああああっ!?」

 

陸奥「蒼龍!?」

 

蒼龍「ごめん、ドジった・・・。」

 

青葉「ど、どうなってるんですかぁ!?」

 

陸奥「と、とにかく突撃態勢解除、散開!!」

 

 

 

イムヤ「――フフッ、海のスナイパーイムヤに、お任せよっ!」

 

イムヤが中央隊右前方に移動し魚雷4射線を放つ。

 

潜水艦の潜航は霊力で自身の周囲に空気球を作り出して行う。

 

要は泡の中で活動する為呼吸などをすれば必然空気球は小さくなるが、それが潜航可能時間である。無論艦娘によって生み出せる空気球の大きさも異なるが。

 

そしてその魚雷は、水中に霊力を用いて顕現させる方式、方法としては一部軽巡などと同じ手法だ。

 

話を戻すが直人のイムヤに出したミッションは、「突撃してきた場合の中央隊の足止め」であった。

 

イムヤ「これ位お手のもの、よ!」

 

イムヤは存分に活躍できる舞台とタイミングを十全に整えて貰えた事で御機嫌であった。

 

 

 

提督「おーおー、やってんな。」

 

と手を眉間に当てて日光を遮りながら見据えて言う直人。

 

名取「す、すごい・・・。」

 

提督「何の、まだまだ。鳳翔さん、行けます――行ってますねもう。」

 

鳳翔「はい、お任せ下さい。」

 

鳳翔は既に第2次攻撃隊を出していた。直人も攻撃隊の収容と再装填を行っていた。

 

提督「よーし、順次発艦、鳳翔航空隊に続け!」

 

鳳翔に続き、直人も準備出来次第航空機を出撃させる。

 

柑橘類「おうおう、ちょい遅いんじゃねぇのぉ?」

 

提督「その口縫い合わすぞ。」ゴゴゴゴ

 

柑橘類「オーコワイコワイ」

 

鳳翔「お二方とも、程々にして下さいね?」

 

二人「はい。」

 

流石おかんの貫禄である。

 

 

 

一方で左翼でも直人の策が始まろうとしていた。

 

舞風「ま、まだ~!?」

 

睦月「そ、そろそろ・・・」

 

如月「こっちも限界よぉ~!」

 

菊月「よし今だ! 全艦魚雷全弾発射!!」

 

8人「魚雷!?」

 

てっきり砲撃と思い込んでいた8人はそう問い返してしまった。

 

菊月「早くしないかッ!!」

 

長月「わ、分かった!」

 

全艦相前後して魚雷を放つ。姿なき暗殺者、九三式魚雷56射線が、右翼隊両側面から正面までの全面から迫る。

 

 

 

摩耶「なんだ? 包囲でもしようってのか?」

 

羽黒「さ、さぁ・・・。」

 

逆楔型の陣形、いわゆる鶴翼の陣形だが、本来は攻勢側が包囲戦術を用いる際に使われるものだ。

 

羽黒「包囲するには隻数が―――ッ!?」

 

摩耶「どうし―――」

 

 

ドドドドドドドド・・・

 

 

摩耶「ぐあああっ!」

 

伊勢「ぐおっ!?」

 

山城「いやああああっ!!」

 

愛宕「そんなっ・・・!」

 

密集隊形は完全に仇となった。

 

ごく狭い範囲を狙って扇状に放たれた56射線魚雷は、完全なクロスファイアとなって襲い掛かった。

 

逃げ場は、無い。

 

右翼隊は殆どが魚雷を受けて満足に動ける状態ではなかった。が―――

 

 

 

夕立「あちゃぁ~・・・」

 

雪風「計算ずく、でしたか・・・。」

 

この二人が無事であった。二人ともきょろきょろしている。

 

神通「夕立、雪風! 無事、でしたか・・・。」

 

雷撃を受け航行不能の神通がその二人の状態を確認し安堵の声を漏らす。

 

夕立「どうするっぽい? まともに動けるのは私達だけっぽいよ?」

 

神通「そうですね、でも“あなた達だった事が”この際幸いでしょう・・・。」

 

雪風「神通さん、もしかして・・・。」

 

雪風は神通の意図が分かった気がした。

 

神通「えぇ―――行ってきなさい。」

 

夕立「・・・了解っぽい!」

 

神通「伊勢さん、いいですね?」

 

伊勢「え、えぇ。それしか手はないわね。」

 

伊勢も神通の策に乗った、それは唯一勝つ可能性を秘めた策だった。

 

雪風「神通さん―――行ってきます!」

 

神通「行ってらっしゃい。気合を入れてやるのよ、いいわね?」

 

雪風「はいっ! 頑張ります!」

 

夕立と雪風、絶望的な突撃が始まった。

 

 

 

提督「後は任せときゃ勝手に片が付くでしょ。中央隊を砲撃、撃て撃てぇ!!」

 

と直人はらしくも無い事を言う。

 

名取「あの、夕立さんの事は・・・?」

 

と名取が恐る恐る指摘する。

 

提督「・・・あ、それを失念してたわ、ありがと名取。」

 

名取「いえ!」

 

その短いやり取りの後、直人・名取・夕張の3人は徹底的に中央隊を打ちのめす。航空攻撃は早々に終わっており、雷撃と砲撃のみが降り注いでいた。相変わらず航空機も一斉攻撃をやっているのだが、その練度たるや素晴らしいものである。

 

提督「成程、あの陣を突破する事は容易いが、夕立となると、厄介だな・・・。」

 

その事を再認識しつつも、頭の片隅に留めるだけであった。

 

 

 

雪風「私が引き付けます、夕立さん、前へ!」

 

夕立「了解!」

 

雪風が正面にいる舞風に砲撃を放つ。

 

舞風「うおおおおっ!?」

 

夕立「そこをどくっぽいッ!!」

 

 

ズドドドドド・・・

 

 

舞風の周囲には次々と至近弾が着弾する。

 

舞風「うう・・・ん? 夕立は何処――」

 

雪風「あなたの相手は、私ですっ!」

 

舞風「ッ!!??」

 

水柱に紛れ詰め寄る雪風を躱す舞風、その隙に夕立が舞風を突破し後方へ回る。

 

 

 

提督「よし、大方大破判定が出たかな?」

 

呆れる位早い仕事である。数こそ少ないとはいえ大型艦だらけであったのだが・・・。

 

鳳翔「っ! 提督、9時半の方向!」

 

提督「何ッ!?」

 

直人は咄嗟にその方向を向く。

 

夕立「うおおおおおおおおおお!!」

 

雄叫びを上げ突撃する夕立の姿が、そこにはあった。真っすぐ、真一文字にである。

 

提督「夕立か、本当にきやがった!」

 

名取の進言は現実のものとなった。

 

提督(こいつらじゃ反応が間に合ってない、ならば!)

 

直人は夕立と正面対峙し、80cm砲弾と51cm砲弾の雨を降らせる。が、夕立の勢いは止まらない。巨大な水柱を掻い潜り急速に直人に迫る。

 

夕立(主砲じゃ絶対に届かない、魚雷も普通に撃ったら外れる、なら――!)

 

提督(零距離雷撃か、安全装置までも外す訳だな。是非も無し。)

 

夕張「提督!」

 

名取「司令官!」

 

提督「任せろ―――」

 

そういうと直人は、脚部以外の艤装を殆どパージし、艦娘機関の部分のみを装着した状態で抜刀する。

 

因みに鋼鉄の塊なので普通は水没するが、内蔵式フロート付きなので安心である。

 

提督「参る!」チャキッ

 

直人は刀の刃を返すと猛然と夕立に斬りかかる。

 

 

キィンガキィンドォンドドォォンカシィンガィンピィンズドォンズドォンガキンガキィンキィンキィン・・・

(※余りの高速なので効果音のみでお届けしております。)

 

 

名取「―――!?」

 

名取、呆然。

 

夕張「この二人強すぎない・・・?」

 

鳳翔「フフッ、そうですね。」

 

驚く夕張とそして笑顔で返す鳳翔。なお鳳翔は特定条件下ではあるが直人に勝った経験を持つ。

 

鳳翔「でも提督、格闘戦は然程お強くないんですよ。」

 

その勝った話を引き合いに出す鳳翔。

 

夕張「そ、そうなんだ・・・。」

 

厳密に言えば形式ばったのが苦手なのだが。

 

 

ガキイイィィィィーーー・・・ン

 

 

直人渾身の縦割り斬りを主砲の砲塔で受ける夕立。

 

提督「や、やるな・・・。」

 

夕立「ヘヘッ、勿論っぽい。」

 

因みに夕立は近接戦闘演習で順番を待ち切れず飛び出した挙句背負い投げ一本で綺麗にダウンしている過去がある。

 

夕立「あれから少しは腕を磨いたっぽい。」

 

提督「ほう? では今度またアレをやらんとな。」

 

夕立「望むところっぽい。」

 

提督(しかし離れれば即座に魚雷が飛んでくるな。はてさて・・・)

 

直人は即興で策を立てる。

 

提督「はぁっ!!」

 

 

ギャリイィィィィーー・・・ン

 

 

直人は鍔迫り合いから一挙に攻勢に転じる為一気に振り抜き夕立を吹き飛ばす。

 

夕立「今ッ―――!」

 

夕立は吹き飛ばされる中で魚雷を放つ。確かに吹き飛ばした時の直人は完全に踏み込んでいてすぐに動けはしない、しかし夕立は一つ盲点があった。

 

提督「ふんっ!」

 

 

ゴオオオオオオオオオ―――ッ

 

 

夕立「ッ!?」

 

夕立は、直人がわざわざリスクを冒した理由をすぐに察するに至る。

 

提督「はっはっは! 甘いわぁ!」

 

なんと直人、力んだ足で動けない所へ無理矢理脚部ブースターのバーニアを点火し、踏み込みも足して一気に飛んだのだ。

 

夕立「くっ!!」ドォンドォン

 

夕立が咄嗟に主砲で対空砲撃を撃つ。

 

提督「はあああっ!!」

 

それを直人は極光で斬撃を飛ばし、砲弾をいなしつつ夕立を攻撃する。

 

但し負の霊力で傷を付けないよう、自らの霊力を刀に纏わせてそれを飛ばすという迂遠な形ではあったが。

 

夕立「くぅっ!」ガガガガッ

 

夕立がそれを受け止める。しかし、真打は最後にやってくる。

 

提督(――光路・抜刀――!)

 

直人がまだ鞘に納まっていた希光を左手で抜き打ちの要領で抜刀、そのワンアクションで斬撃を飛ばす。こと霊力を用いた“斬撃を飛ばす”事については極光より希光に分があるのだ。

 

夕立「ぐっうあっ!!」

 

その一撃を夕立は受けきれず、大きく態勢を崩す。

 

提督「はああああああっっ!!」

 

直人は希光を素早く納刀すると極光を振りかぶり、夕立の左肩から右脇腹にかけ一閃した。(※当然峰打ちです)

 

夕立「ぽ・・・ぽいぃ。」

 

 

バッシャアアァァーーン

 

 

提督「ふぅ・・・」シュゥゥゥッ、チャキン

 

鳳翔「提督、お見事な手前でした。」

 

提督「世辞にも良い流れとは言いにくいね、あれ抜刀術で1回で決めるとこだよ。」

 

直人は苦笑して言う。

 

そしてこの瞬間、直人の勝利が確定した。

 

 

 

天龍「ふぅ、やっと片付いたか。」

 

龍田「そうねぇ。」

 

球磨「ク・・・マ。」ガクッ

 

多摩「にゃぁ~・・・。」

 

 

 

陸奥「くっ・・・やるじゃない、提督も・・・。」

 

鈴谷「か、加減しなさ過ぎ・・・。」

 

利根「のじゃ・・・。」チーン

 

筑摩「姉さん、大丈夫です、か・・・?」

 

 

 

神通「だめ、ですか。」

 

扶桑「そうね・・・。」

 

日向「届かない、か・・・。」

 

村雨「うそでしょ・・・。」

 

 

 

雪風「むー・・・。」

 

皐月「や、やっと大人しくなったね・・・。」

 

睦月「終わったのね・・・。」

 

菊月「どうなる事かと思ったがな・・・。」

 

 

 

榛名「ダメ、でしたね・・・。」←右翼隊

 

霧島「“そうね・・・私もまだまだ、経験不足みたいね。”」←左翼隊

 

両者共に大破判定でへばっている模様。

 

直人が自ら、久々に指揮を執ったこの演習は、直人の防衛側が旧式艦の寄せ集めであったにも関わらず勝利した。

 

無論直人自身の力が圧倒的であった事は言を持つまでもないが、それでも単独では全員を倒す事は不可能であった事も事実で、それを補ったのが僚艦との連携と彼の戦術であった。

 

 

 

柑橘類「おーおー、やってくれたねぇ・・・。」

 

提督「よう、お疲れ。」

 

柑橘類「お疲れさん。」

 

今日も大奮闘の柑橘類隊長、1人で30機は撃墜判定を出したという。

 

柑橘類「だがそろそろ新しい機体が欲しいとこだな。」(´・ω・`)

 

提督「はいはい、検討しておこう。」

 

と応じる直人であった。

 

 

 

その日の昼下がり食堂で霧島と会食した直人は、霧島からその演習の事を切り出され、こう質問を受けた。

 

霧島「本日の演習の際、司令が用いた策。あれは何か参考にしたこと等あるのですか?」

 

これに対する直人の答えは単純明快だった。

 

提督「いや、ない。」

 

霧島「・・・え?」

 

提督「俺は基本戦術書とかそういった類の物は読まない事はないけど、そんなに深く知ってる訳じゃぁない。それらの知識を使ってそれらしいことをやってるだけさ。独創と閃きでね。」

 

実の所直人の言には偽りはない。事実として直人の内には最初から腹案と呼べるものはないし、単なる趣味から入っただけに固定観念もない。最も直人の発想力はここからきているのだろうが。

 

霧島「で、では、参考にした戦術も、何も・・・?」

 

提督「無い。自分で見て、感じた事を、戦術に反映する、それが俺のやり方だ。」

 

霧島「成程・・・。」

 

提督「と言っても理屈ありきの直感だけどね。」

 

彼の戦術理論は理屈と直感が全てだ。理詰めの大将と大淀には言われた事もあるが、実際には野性的な一面もあるのが、彼の考え方の一端を示しているのだろう。

 

提督「中央隊の編成不備に関しても最初から洞察はしてたしな。だから潜水艦を配置して足止めをした訳だが。」

 

霧島「その根拠は?」

 

提督「軽巡以下の小型艦の姿が無かった。」

 

霧島「見てらしたんですか?」

 

霧島がそう問いかけた。

 

提督「いや、始まる前に見た。戦場と同じようにね。だからイムヤには最初に指示を出しておいた訳だ。」

 

霧島「で、では左右の敵に対しては?」

 

提督「うん、右翼方向へは徹底的な空襲と銃爆撃で特に武装と推進系を破壊、更に注意を逸らしている隙に十八戦隊の突入で無力化、左翼方向へは誘引戦術による魚雷のクロスファイアで足を止め砲雷撃で沈黙させるつもりだった。正面方向は俺と名取、夕張で黙らせればいい。」

 

直人はこれを全て自分の目で見て立てたのだ。既存の戦術に囚われないという点に於いて、直人が霧島の様な軍師タイプの艦娘達に勝るポイントでもあっただろう。

 

霧島「・・・どうやら、私の完敗ですね。」

 

提督「フッ、そうか。」

 

霧島は改めて、自分が未熟である事を知ったのだった。

 

天龍「よう、提督。」

 

そこへ天龍がやってきた。

 

提督「おう、今日はご苦労さん。」

 

天龍「ホントだぜ全く、たった二人で敵打撃群のど真ん中に突っ込めって言うから何事かと思ったぜ。」

 

提督「だが見事やってのけたじゃないか。」

 

天龍「援護なしじゃ到底叶わなかっただろうさ、ありがとよ。」

 

天龍は素直に謝意を表する。

 

提督「なんの、日本巡洋艦と駆逐艦の弱点って砲の装甲が皆無な事だからな。」

 

因みに言うと5500トン級までの軽巡は悲惨である、なんせ砲塔ではないので砲が殆ど剥き出しなのだ。こうなると機銃弾でも致命的である。

 

天龍「しっかし戦闘機の機関砲で重巡洋艦の主砲を無力化できるとはねぇ。」

 

提督「日本の重巡は重量削減と言って砲塔装甲削ってるから仕方ない側面はあるがね。」

 

海外を見ると、妙高と同時期の米・ペンサコラ級重巡(20.3cm砲10門・32.5ノット)の主砲装甲は正面だけは64mm厚を確保している事を見ても、日本の重量削減策は徹底したことが見て取れる。(エスカレートした結果が最上ではあるが。)

 

その分欠点も内包してはいたものの、米国をしてその性能に恐れを為させたのは納得のいく話である。(ペンサコラ級以降は3連装×2+連装×2から無難な3連装3基になり、砲力的に劣りまた依然欠陥も多かった。)

 

提督「まぁ今回はその欠点をモロに突いた訳だがね。」

 

そう考えれば直人も人が悪いというものだが。

 

天龍「まぁなんにせよ上手く行って良かったぜ、霧島の姉さんにはちと手こずったがね。」

 

提督「・・・マジ?」

 

そう言われて思わず霧島を見る直人。

 

霧島「――不覚は取りましたが。」

 

提督(マジかよ・・・。)

 

素で思う直人でございました。

 

 

―――彼が物心ついた頃、海はまだ、人々の娯楽の場だった。

―――彼が少し賢くなった頃、海はまだ、人々にとって魅力と恵みに溢れていた。

―――しかしいつしか、海は脅威と恐怖の溢れる場所として、誰からも近寄られなくなっていった。

―――それでもロマンとスリルを求めてか、はたまた愛国心か、或いは正義感からか、様々な動機で、海へ漕ぎ出す者は大勢いた。

―――しかし、待ち受けていたのは、冷厳たる現実に他ならなかった・・・。

 

 直人は彼が初めて見た時の、喧騒と笑顔に溢れた海の姿を知っている。またその沖合で毎日漁に繰り出す小さな船達の事を知っている。

彼がこうしてこの場にいるのは、まだ幼い純粋な心に、あの光景をもう一度取り戻したいと、そう思ったからなのだろうか・・・。

 

 

3月1日土曜午前8時37分、サイパン飛行場の一角には、慌ただしく発進準備の進むサーブ340B改の姿があった。

 

提督「これに乗るのも久々だな。」

 

タラップを横付けされているそれを見上げて言う直人。既に暖気運転は始まっており辺りにはエンジンの爆音が響く。

 

 

 

陽炎「休暇かぁ。」

 

雪風「休暇です!」

 

黒潮「でも急やなぁ。」

 

不知火「ですね。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

陽炎「でも霞は勿体ないわねぇ、わざわざ断ってまで訓練なんて。」

 

雪風「そうですねぇ~、でも、それも一つだと思います!」

 

日向「そうだな、なにも無理して休む事はない、それがしたいなら、それをしている時が一番気の休まる時間だ。」

 

 

 

神通「まぁ、たまにはいいかもしれませんけど・・・。」

 

提督「まぁ流石に、神通さんもたまには休んで下さいな。働きづめじゃいつか倒れますよ?」

 

神通「そうですね、お心遣い、本当に嬉しいです。」

 

 

 

熊野「本土の“今”、どうなっているのかしら。」

 

最上「楽しみだねぇ。」

 

鈴谷「ねー!」

 

古鷹「加古、向こうに着いたらどうする?」

 

加古「そうだねぇ~、取り敢えず散策かねぇ。」

 

 

 

村雨「新しい服とか、買っちゃおうかしら?」

 

五月雨「お給金、普段使わないので溜まってますし!」

 

実はお給金も艦娘には多少出ているのだ。が、艦娘の諸々の維持管理経費に含まれる=提督の財布から出るという事で直人達提督の首を絞める結果を生んでいたが。(結果として貰える量そのものは多いがほぼそう言った事に消えてしまうのが常であったが。)

 

夕立「それもいいけど、色んなもの食べたいっぽい!」

 

五月雨「それもいいですねぇ~・・・。」

 

村雨「食べ過ぎると太るわよ?」

 

夕立「き、気を付けるっぽい・・・。」

 

あの夕立も女の子であった。(←超失礼

 

 

 

提督「気楽なもんだねぇ・・・。」

 

神通「・・・提督は、そうではないのですか?」

 

提督「ん? あぁ、俺仕事なんで・・・。」

 

神通「そ、そうだったのですか?!」

 

あくまで直人は仕事である。

 

大淀「提督・・・。」

 

見送りに来ている大淀が心配そうな目で見る。

 

提督「大淀、心配性なのはいいが、もちっと気楽に構えときな、大丈夫さ。俺は幹部会の連中に、そう簡単にやられはせん。」

 

大淀「そう・・・ですよね――はい、そうします。」

 

大淀が心配しているのは、直人と大淀が一部の艦娘を巻き込んで仕掛けた計略の作用を心配しての事であったことは事実だ。それが分かった直人はそう言って大淀を落ち着かせようとするのだった。

 

 

提督「んじゃそろそろ、行こうか。」

 

日向「あぁ。」

 

神通「はい。」

 

直人に続き、今回選ばれた艦娘達14人が次々に乗り込む。

 

大体の艦娘は訓練や実戦での実績や頑張りを評価されたものであったが、神通に関しては直人に無理矢理説き伏せられて休暇を取り、雪風は霞が辞退した空き枠に充当されていた。

 

まぁ雪風は前回の作戦で、夕立と揃って勲功第一の殊勲を賜った艦であったが。

 

川内(いよいよ、巨悪の総本山へ殴り込みかぁ、どうなりますか。)

 

そして今回護衛役として、川内が随行する事になった―――。

 

 

 

8時43分、サーブ340B改はサイパンを離陸し、途中まで戦闘機の護衛を受けつつ一路厚木へと向かった。

 

 

 

~横浜・某所~

 

嶋田「今日、紀伊直人が本土に戻って来るそうです。」

 

牟田口「それについては私も知っている。しかし護衛はいないそうじゃないか。」

 

嶋田「はい、休暇を取る艦娘共以外は。」

 

来栖「では、この機会が最大のチャンスかもしれん。一挙に始末してしまいましょう。」

 

牟田口「いや、待て。奴は2日の間滞在すると言う、今は様子を見よう。護衛が本当にいないのか、それを見極めてからでも可笑しくあるまい。」

 

嶋田「はっ。」

 

来栖「分かりました。」

 

 

 

16時19分、紀伊直人率いる横鎮近衛艦隊の一行は、厚木へと降り立った。

 

例の如く機体はそそくさと格納庫へと秘匿され、直人達は迎えの車で横須賀鎮守府へと向かった。

 

 

 

16時38分 国道16号・横浜市旭区付近

 

 

提督「わざわざ出迎えてくれなくても・・・。」

 

大迫「なんの、久々に親友が戻って来るっていうんだ、出迎えなくてどうする。」

 

直人らの乗る先頭車のドライバーは、直人の親友でもある大迫尚弥一等海佐であった。SN作戦以来直人ら近衛艦隊の補給を担当していたのだが、この日は土方海将の代役として出迎えに来たのだった。

 

 

提督「そう言われると、確かにその気持ちは分かりますね。」

 

すると川内がこんな事を口に出した。

 

川内「へぇ~、提督本土に友達いたんだ。」(超失礼テイク2)

 

提督「―――おい。」

 

大迫「こらこら、提督に失礼だろう。」

 

二人してそれぞれに反応を返す。

 

川内「だって意外だったんだもん。」

 

提督「だもんて・・・。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

提督「日向もか・・・。」

 

話していないとはいえそう言われてしまうのは些か傷付くのであった。

 

大迫「やれやれ、直人、お前のとこの艦娘は皆こうなのか?」

 

提督「皆、と言うより、特別規則も設けてないんで基本フレンドリーなだけですよ。」

 

と言う直人であった。軍規の無い軍隊の特殊性であっただろうが。

 

大迫「へぇ~、そうなのか。」

 

提督「まぁうちは“非正規兵”ですから、それなのに更に規則でがんじがらめなんて可哀想ですし、基本的な部分の規則はないんですよ。それでもいくつか決まりごとはありますけど。」

 

大迫「逆に言ってしまえばそれだけなんだな。」

 

提督「そうなりますねぇ。」

 

ただそれでも敬称で呼ばれる事が多いのだったが・・・。

 

大迫「―――あぁそうだったな、お前堅苦しいの苦手だったな!」

 

提督「それでもあなたと土方海将には頭が上がりませんよ。」

 

大迫「ははっ、そうか。」

 

川内&日向(この男、何者・・・?)

 

提督たる直人に頭を下げさせるだけの人物であるから、部下から見れば存在さえ知らなかったその友人の正体が気になるのは道理だったが、彼はこの時多くは語らなかったという。

 

 

17時47分、直人らは横鎮本庁へ到着、ここで直人と休暇の艦娘達は別れ、日向が直人に随行して本庁に赴いた。

 

 

 

17時53分 横鎮本庁1F・大会議場

 

 

横鎮本庁にあるこの大会議堂は、統合幕僚会議をやった大本営の会議場には劣るが、それでも数個艦隊の幕僚が一堂に会し、会議をする事が出来るだけの広さはある。

 

今ここに集ったのは、横鎮長官 土方 龍二海将、横鎮防備艦隊後方参謀 大迫 尚弥一等海佐、軍令部総長 山本(やまもと) 義隆(よしたか)海将他数名である。

 

無論直人と、金剛の代わりに副官として指名された日向もいる。

 

提督「海幕長、お久しぶりです。」

 

直人が敬礼をして言う。山本海将(※海幕長たる海将)も直人の第1任務戦隊に関わっていた軍人の一人である。

 

山本海将もおよそ軍人らしいとは言いにくい面構えをしている。ぱっと見だとどちらかと言えば肉屋の店頭にいるオヤジ、と言う印象を受ける。

 

山本「紀伊君も元気そうで何よりだ。まずは今回の作戦、ご苦労であった。」

 

提督「ありがとうございます。結果は思わしくありませんでしたが。」

 

山本「はっはっはっ、まぁ詳しい事は座って話そうではないか。」

 

と静かに笑って山本海将は言った。

 

山本「ところで、私の隣の者の事は知っているかな?」

 

提督「存じております、宇島(うじま) (はじめ)海将でいらっしゃいますね? 山本海幕長の片腕と名高い。」

 

宇島「まぁ、そう褒められるような実績を積んできた訳ではないがね。君が紀伊 直人君か、宇島だ。宜しく。」

 

握手を求められ直人は応じる。

 

提督「宜しくお願い致します。確か今は、軍令部の総参謀長でしたね。」

 

宇島「そうだ、君にはぜひ会ってみたいと思っていた、こうして会えて嬉しいよ。」

 

宇島海将は目つきは中々鋭いが、面長で頬が痩せているのが色濃く印象に残る人物であった。そのせいなのか表情に乏しいようだった。

 

この二人は面識が無かったのだが、何せこの人物も中々の有名人な為直人はそれなりに知っていた。

 

提督「尾野山一佐と黒島一佐も、お久しぶりです。」

 

黒島「久しぶりだな。」

 

尾野山「あぁ、“曙”の一件以来だね。」

 

尾野山(おのやま) 信幸(のぶゆき)一等海佐は、軍令部第3部長として、SN作戦後に就任した人物である。曙、と言うのは、直人がかつて関わった計画の名前である。

 

ある計画――曙計画では作戦前の敵の動静を調査し、直人が動くに当たり貴重な情報を齎した情報戦のスペシャリストである。直人とも面識があり、丸顔にべっ甲柄の角眼鏡が印象深い。

 

一方黒島(くろしま) 高市(たかいち)一等海佐は、賀美二佐の後任として作戦参謀となった人物で、正確な戦力分析と作戦立案に定評のある人物で、丸めた頭に三角に近い様な特徴的な瞼の開き方、への字に曲がった口元が特徴でこちらも丸顔。

 

直人は海自内に結構知り合いが多いのだ。それも立場柄上層部に。

 

 

 

提督「では早速ご報告させて頂きます。」

 

全員が着席してから、直人はそう切り出した。

 

土方「うん、失敗したそうだが?」

 

提督「残念ながら、お手元にご用意した資料を見て頂ければ、おおよその事情が分かる筈です。参加した艦娘からの報告を統括したレポートです―――」

 

そこから直人は掻い摘んで説明した。だがそれについては前述した通りなのでここでは省略する。

 

土方「ふむ、致し方ない状況とはいえしかし、作戦は失敗と言わざるを得んな。」

 

提督「その点については小官も同意見です。誠に申し訳なく思うと共に、小官の不徳を恥ずる所です。」

 

直人は自らの非を認めていない訳ではない。しかし今回は釈明をする為に来た訳ではない。

 

提督「しかし私としましては、再度今回の作戦について、再検討を加えた上でもう一度行う機会をお与え頂きたく、今日は参りました。」

 

と直人は言った。

 

山本「ほう、聞こうか。」

 

と山本海将は言った。

 

 

提督「まず元の作戦案ではスンダ海峡を越える事になっています。しかしこれでは余りに大回りに過ぎ、駆逐艦では航続力のギリギリです。」

 

タウイタウイ泊地を経由するとは言っても、スンダ海峡を越えてインド洋経由でアンダマン諸島へ突入するのでは、足の短い駆逐艦はそもそも使えないという点を直人は指摘した。

 

第二次大戦中にしても、駆逐艦はその大きさの都合上重油搭載量は少ないのに大出力のボイラーを搭載する為燃費がそれなりに悪く、従って足も短いと言う難点を抱えていた。洋上補給にしろ限度もある。

 

艦娘になろうが、それは同じ事である。

 

提督「我が艦隊では先日、艦娘運用の母艦として重巡鈴谷を完成させた事は先日ご報告した通りです。しかしそれにした所で、ルートは短い方が良い。攻撃を受けるリスクは減らすに越した事は無いのですから。」

 

これに黒嶋一佐が反論する。

 

黒嶋「それは私も考えた。しかしアンダマン海方面は敵の防御正面であり、少数の艦隊で撃砕するにはリスクが大きいと思うが。」

 

東からアンダマン海方面に向かうには二つのルートがある。スンダ海峡からインド洋へ出て北上するルートと、マラッカ海峡から西進するルートだ。

 

距離的に見て近いのは後者である。しかしマラッカ海峡ルートでは敵本防御線に正面から突入する事になる。

 

提督「アンダマン海についてですが、先日リンガ泊地の艦隊が制海権を奪取しております。従って敵の防御力が最も発揮されるのは、アンダマン・ニコバル両諸島の周辺に限定されると考えてよいでしょう。」

 

 

これに対し、総参謀長 宇島海将が意見を述べる。

 

宇島「目下セイロン島方面は敵の棲地となっており、そこには有力かつ大規模な敵が在泊している事が判明している。これが東進して作戦中の部隊を攻撃する事態は想定しているのか?」

 

提督「無論です、しかし勝ち目はないでしょう。よって我が艦隊は可及的且つ速やかにアンダマン諸島に展開する必要があります。これを達する為重巡鈴谷に加え、稼働可能の全艦艇を動員し、且つ急襲によって一挙に制圧するつもりです。」

 

これを将棋で例えれば急戦中飛車戦法であろう。即ち五筋に上下左右に無限に動く事が出来る飛車を構え、相手の玉に対して強襲を仕掛ける戦法だ。

 

尾野山「しかし、人目に付くのではないか? マラッカ海峡沿岸には少なからず居住区域もあることだし。」

 

尾野山一佐がこう述べたが、直人はこう切り返した。

 

提督「それに関しては情報と諜報を担う軍令部第三部の力量が試されるのでは?」

 

尾野山「・・・情報統制か、已むを得まいな。」

 

人目に付くのでは? と今更心配するには既に遅すぎる節が無い訳ではない。実際艦娘艦隊は避けて通っているが、一般の住民に対しては普通の艦娘艦隊を気取る艦隊だ。その特殊性を考えると、水面下で噂になっていると考えられなくはないのである。

 

提督「すみません、この様な言い草で大変恐縮ではありますが、尾野山一佐にはまたお手数をお掛けする事になりますが、お願いします。」

 

と直人は頭を下げた。

 

尾野山「分かった。そもそも近衛艦隊の活動を秘匿する事も仕事の内だ、任せて貰おう。」

 

提督「助かります。」

 

土方「しかし、マラッカ海峡を通るとなると、リンガ泊地がかなり近い場所を通る事になるが、それについてはどうかね?」

 

と土方海将が言う。

 

提督「その件に関してですが、北村海将補にお会いして、協力を仰ぎたいと考えております。」

 

土方「・・・ほう?」

 

提督「我が艦隊だけが先走ることは望ましくはないでしょう。それに、制圧後の維持については、その戦域を担当する司令部が行う事になっている事もあります。手前勝手に動く訳にもいかないでしょう。」

 

土方「一理あるな、お前らしい。」

 

と土方海将は言った。山本海将と大迫一佐も同意するように頷いた。

 

宇島「北村海将補と言えば、今定例報告のため横浜へ来ておりますが。」

 

山本「おぉ、そうだったか。紀伊君、何なら北村海将補と話しておくか? そう言う事なら私から言付けておく。」

 

提督「ありがとうございます、そうして頂けると助かります。」

 

山本「なに、サイパンからリンガまではまた遠いだろうからね。それにまたとない機会なのだし、会って行くといい。」

 

提督「感謝します。」

 

直人は、山本海将の好意を素直に受け取って置く事にしたのであった。

 

 

 

「確かに、情報通り護衛は付いていないようだ――あぁ、副官と思われる艦娘が一人。」

 

その直人を、遠距離からストーキングする黒い影が二つあった。

 

独立監査隊の実働部隊でも、情報収集を担当する部署の構成員である。

 

「―――分かった、監視を続ける。」

 

 

 

提督(―――馬鹿め、反射抑制用の塗料くらい、レンズに塗って置かんか。)

 

彼らの動きは既にバレていた。直人は目ざとく、反射対策もしていない間抜けな諜報員の双眼鏡が、反射した光を目ざとく見ていたのである。

 

提督「では明日午前、北村海将補の宿泊先に伺います。」

 

山本「分かった、伝えておこう。」

 

そうして直人は彼らと別れ、宿舎に戻るのだった。

 

その日の夜―――

 

 

 

 

 

3月1日23時10分 横鎮防備艦隊宿舎付近

 

 

ガサッ、ガサッ・・・

 

 

闇夜に溶け込み、宿舎に忍び寄る複数の人影。全員が武装している。

 

川内「・・・。」

 

その光景を屋根上から見る川内。手には直人から借り受けた、サプレッサーを装着したHK416が握られていた。

 

川内(悪く思わないでよ、これも提督の為―――)カチャッ

 

山型屋根に伏し隠れて銃を構える。

 

 

 

「あの部屋だな?」ヒソッ

 

「あぁ。」ヒソッ

 

 

パシュッパシュパシュッ

 

 

「うっ!」

 

「ぐあっ!」

 

 

ドサドサドサッ

 

 

「狙撃かッ! 散れっ!」

 

リーダー格と思しき黒覆面の男が指示を出す。しかし、艦娘であり戦闘の専門家でもある川内から、散開程度で逃れられるほど甘くはない。

 

川内「―――っ。」バシュッバシュッバシュッ

 

川内が引き金を引けば必ず一人が倒れる。精密な射撃が、確実に、しかも殆ど悲鳴も上げさせずに暗殺者達の息の根を止めていく。

 

「馬鹿な・・・情報が違うぞ、こんな馬鹿な話があるか!」

 

暗闘のスペシャリストであった川内を護衛に随行した、直人の人を見る目は確かであった。5分経たぬ内に、念に念を押し50人以上を送り込んだ暗殺部隊は全滅した。

 

 

 

牟田口「なんだと―――!?」

 

来栖「バカな、50人以上送り込んだのだぞ!」

 

幹部会の面々は驚いた。

 

嶋田「間違いないのか?」

 

森田「は、はい。全員の反応が、ロストしています・・・。」

 

牟田口「まさか・・・護衛がいたか―――。」

 

彼らはきちんと、彼が熟睡した事さえも掴んでいたのだ。しかし送り込んだ暗殺部隊は全滅した。そこから導かれる結論はそれしかなかったと言っていい。

 

嶋田「何たる事だ、欺かれていたのか・・・。」

 

気付きはした、しかし後の祭りであった。

 

牟田口「よくもコケにしてくれたな・・・許さんぞ。」

 

牟田口はプライドをいたく傷つけられていた。正面からやり合う事は望むところだ。しかしこうも容易く欺かれたのだ、無理もないだろう。

 

牟田口は紀伊直人を必ず消してやると、心に誓った。

 

戸籍上は兎も角としても、社会的には消されている直人であるが、それでも生ある限り一人の人間である以上は、である。

 

 

 

提督「ん・・・」

 

寝ていた直人はサプレッサーの付いた銃の銃声で目を覚ます。サプレッサーは射撃音を消すとは言っても、意外と作動音など音はするのだ。

 

少しして銃声は止む。

 

 

スタッ。

 

 

提督「・・・川内か。」

 

川内「えぇ。」

 

川内がベランダに姿を現す。日向はよく眠っているようだ。

 

提督「やはり消しに来たか。」

 

川内「50人以上、全員殺しました。」

 

普段の川内からは想像出来ない冷淡な声で川内は言った。

 

提督「・・・そうか。」

 

直人はそれだけ言って、再び床に就いた。

 

川内「フフッ。お疲れ様。」

 

川内はいつもの様子に戻り、ベランダから姿を消したのだった。

 

 

 

3月2日8時41分 横浜市街・大本営仮泊舎106号室

 

 

ピーンポー・・・ン

 

 

「どなたかな?」

 

インターホンから返って来る如何にも好々爺と言う温和な老人の声。

 

提督「石川です。」

 

と告げると声の主は言った。

 

「おぉ、来ると聞いとったよ、開いているから上がりなさい。」

 

提督「はい。」

 

直人は玄関の扉を開け、中に入る。

 

室内は至って簡素な造りの部屋で、間取りも1LDKだが必要な物は全て揃っている。

 

提督「お邪魔します、北村提督。」

 

北村「ほっほっほ、そう畏まらんでいい、まぁ、掛けてくれ。」

 

その日の部屋の主である北村海将補は、椅子に腰かけて直人が来るのを待っていたようだった。

 

 

北村「それにしても、こうして話をするのは何年ぶりかな?」

 

提督「そうですね、二人きりで話をするのは、5年ぶりだと思います。」

 

北村「そうか、あれからもう5年になるか。年を取ると日が経つのも早いもんじゃ。」

 

提督「何を仰いますか。提督は幾つになってもご壮健であられる。今でもリンガ泊地の司令官職にあって、その巧みな手腕を発揮しているじゃありませんか。」

 

北村「ふふふ、そうじゃな。じゃがな紀伊君、それは我が海上自衛軍の人材が、枯渇寸前である事もまた指し示しておる。現に儂はとっくに引退しても可笑しくない歳じゃが、お偉いさん方が中々ウンと言うてくれんでな。」

 

北村海将補は海上自衛軍最年長の提督として知られる人物だ。そのキャリアは周辺国との、今では最早馬鹿馬鹿しいとまで言われる領海争いをしていた頃から培われてきた経験に依って立つ。

 

その老練な手腕は内外問わず評価されており、一時は『アドミラル・トーゴーの再来』とさえ謳われた名将である。

 

この年の1月に70歳になったが、まだまだ現役である。最も北村海将補も言う通り、且つ誤解を恐れずに言えば、“挿げ替える首も無いのにあたら有能な人材を失う事は出来ない”と言う軍上層部の意向があった事は否定出来ないが。

 

提督「確かに、有能な人材程、今まで煙たがられてきましたからね。」

 

北村「それが日本式社会の弊害じゃ。異端を排除し自らの保身を図らんとする輩が日本には多過ぎる。」

 

提督「全くそうです。それが為に今の日本は人材の発掘さえ難しい状態にある。」

 

例え日本の地中深くに希少な資源が眠っていた所で、見つけられなければただの石ころ同然である、直人が言いたいのはその事であった。

 

提督「ところで北村提督、本日お伺いしたのは、ただこうしてお話をする為ではないのです。山本海将から既にお話のあった事と思いますが。」

 

北村「そうじゃな。山本海将を通じて話は聞いとるよ、とんだ災難だったそうじゃな。」

 

提督「はい、提督にもご協力頂いたにも拘らず、とんだアクシデントでした。」

 

北村「それで再度の作戦決行を願い出たそうだが、この老人に頼みがあると聞いてな。わしに出来る事なら協力しよう。」

 

その言葉に、直人は本当に頭の下がる思いであった。

 

提督「その言葉に甘えていくつかお願いがあります。一つは、アンダマン諸島を制圧するに際し、同島の維持に関してリンガ泊地の戦力を抽出し、警備隊を組織して派遣して頂けないかと思うのです。」

 

これは山本海将に語っていた事そのままの内容だ。

 

北村「成程な、そういう事なら、こちらでもなんとかしてみるとしよう。で、他には?」

 

提督「はい、ペナンに、通信隊を派遣されたそうですが、補給地として、ペナンをお貸し頂けないかと思うのです。」

 

北村「補給地・・・?」

 

その用途に北村海将補は首を傾げた。

 

提督「我が艦隊は艦娘運用の為の母船として、重巡鈴谷を竣工させました。この船の装備する機関は、艦娘機関の基幹設計をそのままに大型化したものと言って差し支えの無いものなのですが、それでもサイパンからアンダマン海へ直行となると航続力が足りません。」

 

北村「成程、それで補給用の場所が必要だが、人目に付かない方が良い、と言う事じゃな?」

 

提督「ご明察、恐れ入ります。」

 

直人は素直に頭を下げた。

 

北村「分かった、それに関しても防備艦隊の方に言付けて手を打って貰う。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

北村「それで、何時頃決行の予定なのかの?」

 

提督「それをここで申し上げると機密上の問題もありましょう、ですので決行直前になりましたらこちらから函数暗号でご連絡するという事で構いませんか?」

 

北村「承知した、ではこちらでも準備を進めておくとしよう。」

 

提督「御協力感謝致します。」

 

直人がそう謝意を表すると

 

北村「なに、貴官とは五年前からの仲ではないか、必要とあらば頼ってくれ。」

 

と北村海将補は言うのだった。

 

 

 

直人が仕事をしている一方で艦娘達はと言いますれば・・・

 

 

 

3月2日9時56分 横須賀市街・ショッピングモール

 

 

村雨「この服いいわねぇ~。」

 

夕立「おぉっ、似合ってるっぽい!」

 

五月雨「村雨姉さんはセンスいいんですね~!」

 

若干褒め言葉になっていない言葉をサラッという五月雨である。村雨の表情が一瞬引き攣ったのは言うまでもない。

 

 

 

陽炎「へぇ~、基本的に何でもあるのね~。」

 

不知火「そうですね――はむっ。」

 

不知火は1階のフードコートでイチゴのクレープを買ったようだ。

 

黒潮「それにしてもおっきいなぁ、そこいらの工場より大きいんとちゃう?」

 

そういう黒潮は手にたこ焼きの器を持っている。2個食べて6個残っていたが。

 

雪風「凄いです、食べ物も服も何でも、戦争中なのに結構安く売ってます。これが今の日本なんですねぇ。」

 

雪風の言は色々な意味で正しかった。商売人の逞しさを垣間見るエピソードとしてここに記しておくが、物流が交通網の復旧中で思うに任せない今日、物価はかつて高騰したまま下がろうとしないのが現状であった。

 

しかしそれでもショッピングモールなどではできる限りの商売をしようと、この様な情勢下でもより良いものを出来るだけ安く提供しているのだ。物資が窮乏しているにも拘らず、である。

 

 

 

加古「お、この本は良さそう・・・」

 

一人で書店で本を物色する加古。

 

古鷹「―――加古?」

 

その加古をようやく見つける古鷹。

 

加古「お、古鷹。」

 

 

古鷹「詩集なんて買ってどうするの? 加古、いつもごろごろしてるじゃない。」

 

加古「馬鹿だなぁ、寝る為の本だよ。」

 

古鷹「あっ・・・」( ̄∇ ̄ )

 

趣味とは関係無い事を悟る古鷹であった。

 

加古「これ頂戴。」

 

店員「1080円になります。」

 

加古「ほいほいっと・・・」

 

 

 

筑摩「あの戦争からもう100年以上になりますけど、日本はこんなに進歩していたんですね・・・。」

 

鈴谷「そうだね~、こんな事なら熊野や最上もつれて来たかったけどねぇ。」

 

利根「無理強いは出来んじゃろ、吾輩達だけでも楽しまねば。」

 

利根がこう言う裏には、あくまでこの休暇メンバーの選出は、直人の厚意に基づく向きが強かったことが際立って理由として立っている。

 

第一休暇とは言ってもその為だけに司令部の主力艦隊を見掛け倒しにする訳に行かない事も事実だった。

 

鈴谷「そうだねぇ~、それじゃ、たっぷりお土産買って帰らなきゃ♪」

 

利根「そうじゃな、そうするとしようか!」

 

第八戦隊の面々も、この休暇をのびのびと楽しんでいるようだった。

 

 

 

一方で、12隻の休暇組を他所に『それどころではない』とばかりに職務で走り回る直人は、3月2日のお昼過ぎ、横鎮本庁の食堂で大迫一佐と話をしていた。

 

提督「北村海将補も相変わらずお元気そうでしたよ。」

 

大迫「そうか、それは何よりだが、あの人も本来、もう既に隠棲している歳だからな・・・。」

 

直人の持ち出した北村海将補の話題で話をする二人。

 

今更であるが、“北村”と書いて“きむら”と読む。

 

提督「えぇ、しかし戦争の真っ最中ですからね、有能な人材は手元に置いておきたいのでしょうね。」

 

大迫「今まで散々有望な人材をぞんざいに扱っておいて、今更気のいい事だと思わないではないがね。」

 

提督「新進気鋭の若手士官達の可能性を潰してどうして軍隊が成り立つのか・・・。」

 

自衛軍は今、下級士官が、人材の数と能力の両面から不足していると言う大問題を抱えているのだ。その根源が、指導層の傲慢と保身故である事は一部の軍人などには分かっていたのである。

 

大迫「それは兎も角としても、必要なものがあったら、いつでも言ってくれよ。何もお前一人だけで戦ってる訳じゃないんだからな。」

 

提督「ありがとうございます、自分の方でも少し考えてみます。」

 

と直人は謝した。

 

提督「しかしいつ見ても、横須賀と横浜は昔と変わらぬ賑やかさですね。」

 

大迫「まぁな、横須賀には軍港があるし、横浜は官庁の一部がある、自然の帰結として物資や人が集まる分、已む無い事だな。」

 

提督「そうですね、今頃あいつらも市街地ではしゃぎ回ってるでしょう。」

 

と直人は休暇中の艦娘達に思いを巡らせる。

 

日向「提督――」

 

提督「どうした日向?」

 

日向「あそこに座っているのはまさか・・・」

 

そう言って指を差したのは直人達のいる食堂隅の反対側の隅の席。

 

提督「あれは―――!」

 

大迫「あぁ、って落ちつけ、敵ならこんなところにいるものか。」

 

ホルスターから銃を抜こうとした直人を静かに、しかしピシャリと制止する大迫一佐。

 

そこに座っていた人物は二人。どちらも深海棲艦と会いまみえた者には馴染の深いモノクロの外見であり、双方共に白髪である―――と言うより、モノクロの外見と言う時点で直人が敵と思ったのも無理からぬことだっただろう、彼も前線に立つ者の一人であるのだから尚更である。

 

提督「大迫さん、あれは一体・・・。」

 

大迫「あぁ、内地では控えめながら報道されてたんだが、深海から“亡命”してくる深海棲艦が、ほんの少しだがいない訳じゃないんだ。」

 

提督「亡命、ですか・・・?」

 

それを聞いた直人と日向は当惑気な顔をした。それもそうであろう、これまで深海棲艦は個々の意識に疎い所があると考えられてきた、いや信じ込まれていたからである。

 

大迫「彼らの話によれば、深海棲艦にも派閥があるそうで、その派閥抗争に敗れた深海棲艦が、僅かな手勢と共に亡命してくる事が、これまでで2件だけあったんだよ。」

 

提督「派閥抗争・・・。」

 

直人はこの時初めて、深海棲艦も結局は人と殆ど変わらない事を認識したのである。

 

大迫「ただ上では扱いかねてるようで、一応は横鎮預かりと言う体裁をとっているが、処置がまだ未定なんだそうだ。」

 

提督「そう言う事か・・・。」

 

つまりこうだ。国と国との戦争であれば、敵国出身者ないし敵国人の血筋にある者を自国の兵士にして、敵国民に「我々はこれだけ寛容な国家である」と言う事を見せつける事で自分達は勿論相手に対する宣伝材料にする事が出来る。

 

しかしながら、深海棲艦は国ではない。ただ単に「裏切り者とそれに加担する賊共を討つべし」となるだけである。つまり軍事利用はするだけ無駄、しかし放逐して自分で養わせた所で出来る筈も無ければ敵愾心を抱く国民に袋叩きに遭うだけだ。

 

なので大本営では民主国家の建前上からも、ましてこれ以上敵を増やしたくも無いと言う考えからも、手元に置く以外どうしようもないと言うのがこの時の状況だった。

 

日向「あの深海棲艦二人の艦名と所属は明らかになっているのです?」

 

大迫「ん? あぁ、こちらから見て右に座ってるのが“アルティメイトストーム”、元は深海中部太平洋方面軍隷下にいて、強襲揚陸部隊を指揮していた超兵器級のオリジナルだ。その隣りがタ級Flagship“アラスカ”、アルティメイトストームの副官だったそうで、こちらもオリジナルらしい。」

 

それを聞いて仰天するのは直人の方である。

 

提督「オリジナルの個体なんですか!?」

 

大迫「あ、あぁ。」

 

提督「てっきりクローンだと思ってましたが・・・そうか、“派閥争い”と言うのは生半可ではないと見える・・・。」

 

大迫「そう、なのか?」

 

と大迫に問われた直人はこう答えた。

 

提督「えぇ、私の知る限り、オリジナルの超兵器が出てきた例と言えば、例の横須賀防衛戦くらいで、それ以外我々が接敵した超兵器は全てクローンです。つまりオリジナルの超兵器は、地位的にかなり高位にいると言う事になる。」

 

大迫「成程・・・。」

 

提督「・・・。」

 

大迫・日向「・・・?」

 

直人が急に考え込んだので二人は何だろうと思った。

 

 

 

アルティ「・・・。」

 

その3人の会話を見て黙りこくっているのは当のアルティメイトストームだった。

 

アラスカ「また私達の話でしょうか・・・“アルティ”様。」

 

流暢な発音で話すのはアラスカだ。超兵器アルティメイトストームは、名前が長く愛称としてアルティと言う名前で親しまれていた。

 

アルティ「えぇ、しかし一人は何度か見たことあるけど、もう一人は見かけない顔ね。」

 

この発言は直人を見ての事だ。

 

アラスカ「そう言われてみれば、確かにそうですね。新任の士官でしょうか・・・。」

 

アルティ「いずれにしても、余り関わりはないわね。」

 

アラスカ「そ、そうですね・・・。」

 

 

 

提督(・・・そうだな、この際―――)

 

大迫「・・・直人?」

 

提督「―――大迫さん。」

 

大迫「お、おう?」

 

唐突に声を出した直人に大迫は当惑しながら応じる。

 

提督「さっきの物資補給の件ですがね。」

 

大迫「うん。」

 

提督「霊力偽装曳航ブイを80、曳航用フックの部品を4組―――」

 

大迫「ふむふむ。」

 

大迫一佐はさっとシャーペンとメモ帳を取り出して、直人の言った内容をメモしていく。

 

提督「それと―――」

 

大迫「―――?」

 

直人が一拍置いて続ける。

 

―――あの二人を亡命してきたグループごと―――と。

 

 

 

3月3日午前10時28分、直人のサーブ340B改は厚木基地を離陸し、サイパン島へと戻る。それから程無くして、直人は次段作戦の実施準備完了を確認し、作戦発動準備体制に移る。

 

直人ら横鎮近衛艦隊の手に移された、アンダマン諸島攻略作戦再実施の時は、刻々と迫りつつあった。そしてそれはまた、新たな時代の先駆とも言うべき事態への、ほんの踏板に過ぎなかったのである。




艦娘ファイルNo.91

特Ⅲ型(暁型)駆逐艦 暁

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装魚雷

第6駆逐隊が待望した旗艦で、特Ⅲ型のネームシップ。
本来ならばこのクラスは10隻以上を建造する筈であったが、軍縮により4隻止まりに終わった経緯がある。
直人を加えた特別演習では天龍龍田に軽くシメられてしまったが―――?


艦娘ファイルNo.92

妙高型重巡洋艦 那智

装備:20.3cm連装砲

妙高型の2番艦、特異点も無い。
姉妹の中では観察能力に優れるタイプで、熊野への銃撃を唯一目視した艦娘でもあり、その行動と光景に驚く一コマもあった。


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第2部10章~速攻!アンダマン海争奪戦~

どうも、天の声です。

青葉「毎度毎度恐縮です! 青葉です!」

鈴谷「皆ち~っす! 鈴谷だよ!」

と言う事で今回はゲスト呼びました、鈴谷さんです。

鈴谷「お声掛けありがとね~ん♪」


いやーそれにしても200ページ以上もある分割対象部分を全てコピってはっつけるの相当な作業でしたよ。おかげさまで進軍編(※エブリスタ側 現在非公開)としては最初の新章と言う事になりましたが。

青葉「また凄い量ですね・・・1000文字びっしりと考えて20万文字以上ですか?」

まぁそうなるかね。

鈴谷「ほえー、第2部だけで随分とまぁ書いたねぇ~。」

言うてもう10章ですし、ぶっちゃけそんなにビックリする量じゃないよねってか他の作品を見たことある人は知ってるかもしれないけどもそれに比べると薄いよね、内容。

青葉(また始まった・・・。)

思いついた小ネタに肉付けするだけの作業を小さなチェーンで繋いで出来てる作品だから仕方ないけどまぁ~その薄っぺらい事甚だしいやな、一枚岩より更に薄い。

鈴谷「今後の改善点だねぇ。」

いや、正直ここまで来るともう変えようがないよね、慣れてしまって^^;

と言う事で今後もこのスタイルで通しますので一つ生暖かい目で見守って下さい。

鈴谷「自分で言っちゃうんだ・・・。」

欠点なのは明らかだしね、読む人によるかも知れないが。清濁入り混じってこその現世です、見逃してくだしあ。

青葉「ハイハイ露骨な自虐とアピールはその辺にして解説の方お願いしますよ。」

・・・相変わらず歯に衣着せぬ物言いだねぇ青葉よ。まぁいいけど。


今回は日本海軍の条約型巡洋艦について解説します。


日本における条約型重巡のコンセプトは「重武装」と言う一語に尽きる。

確かに妙高を見れば、舷側甲帯最大厚100mm、主砲203mm連装砲5基10門、61cm3連装魚雷発射管4基12門は他国のどの第1世代条約型重巡と比較しても最大規模のもので、強力無比であった事は言うまでもない。

ただ軍部が過大要求を通した、と言う節が無い訳ではない。現にそれだけの重武装を施せば、1万トン程度の巡洋艦では各所に無理が出る事は必然である。故に日本海軍ではより重武装化を推進すべく、贅沢と贅肉を削ぎ落とした、と御理解頂ければ適切である。

その例外と言えば古鷹型と最上型であろう。

古鷹型は1922年に建造が決定されたが、その頃ワシントン軍縮条約会議が締結されておりその結果、1万トン未満の小排水量で最低限必要な装備を持たせる事をメインに作られている。

巡洋艦の排水量1万トン以下と言う軍縮の約定は、戦闘に最低限必要な8インチ(203mm)砲6門を搭載する為の最小排水量と言う基準で、日本ではその必要最小限と見做された装備をより小型の艦形で達成しようとした結果生まれたのが古鷹型と青葉型であった。逆に言えば、軽巡と重巡の定義には、何ら意味がなかったという事にもなる。これは事実であり、そうでなければ日本の様な重武装艦が出来よう筈がない。

だが軽巡の延長線上にあった筈の古鷹/青葉型はロンドン軍縮の際重巡に分類されてしまい、その点ハンディを背負わされる事になったのは事実である。

そのハンディを逆用して生まれたのが最上型である。155mm3連装砲5基15門を持ちながら、僅かな改装で203mm連装5基に改められる様に設計された最上型は、重巡戦力を補う上で重要な位置を占めたと言っていい。

本来の分類で言えばどちらも軽巡だったのだが、条約の余波を受けた結果重巡となった(或いはなるよう計画された)、と言う意味では例外と言えるだろう。

但しいずれのタイプでも砲塔装甲を始め上部構造物の構造材に軽量化の工夫が多彩に盛り込まれている事は、日本条約型の特色だろう。

補足すると、アメリカのブルックリン級軽巡洋艦は最上に対抗されたもので、152mm砲3連装5基15門を持つが、こちらは203mm砲への改修は行う様に出来ていない。持つ者持たざる者の発想の違い、と言うべきであろう。


以上です。

鈴谷「軍艦に歴史ありって感じだねぇ。」

お前は最上型の1隻でしょうに。

鈴谷「まぁそうだねぇ~、そういう意味では私も例外かぁ。」

青葉「そう言えば古鷹さんと加古さんは新造時主砲は単装でしたね。」

あぁ、3年式20cm砲単装6基搭載、後年とは似ても似つかない姿だな。砲口径も200mmだし。ついでに言うと高雄型のどデカい前檣楼は司令部施設設置用だったんだけど、いざ使ってみるとデッドスペースが多く後で小型化改修がされたとか。(鳥海は未実施)

鈴谷「その後最上型ではよりコンパクトになりました、計画よりもずっとね♪」

うむ、なんか知らんが計画より二周り位小さく纏まってたね。(詳しくは大分古いけど「丸スペシャル特別増刊号『軍艦メカ2 日本の重巡』」を読めばいいと思うゾ☆)


では始めていきましょう。なんか今回のタイトルイベントチックだなと思った方、図星ですが通常戦です、ではどうぞ。


3月4日の事、提督執務室でこんな愚考をする奴がいた。

 

 

 

3月4日8時49分 中央棟2F・提督執務室

 

 

明石「大型建造やりません!?」

 

提督「・・・」(;゚д゚)

 

作戦発令前になにを言っているんだこいつは、と言いたげに唖然となる直人である。

 

大淀「明石さん、今の状況分かってます?」

 

明石「勿論ですよ?」

 

大淀「・・・はぁ~。」

 

これには大淀も溜息をつく。

 

提督「・・・一応聞いて置こうか、理由は?」

 

明石「我が艦隊には戦力が不足していますよね?」

 

提督「艦娘80隻以上抱えてて不足も何も無いと思うが。」

 

明石「ですがまだ拡張の余地はありますよね?」

 

提督「・・・。」

 

要するに明石は、作戦前に少しでも艦隊の戦力を増強し、以って少しでも作戦遂行を楽にしよう、と言いたいのだ。

 

大淀「ですが今作戦の準備中で艦娘部隊も訓練大詰めという所なんですよ?」

 

明石「そこは神通さんがなんとかしてくれます!」

 

大淀「ですがそんな余分な資材はありませんよ?」

 

明石「多少の端数はありますよね?」

 

大淀「それはあくまで万が一に備えての保険としてですね――」

 

提督「はいはい待った!」

 

見かねた直人が割って入った。

 

提督「まず落ち着け、明石が言う事には一理確かにある。」

 

明石「ですよね!」

 

提督「だがうちにそこまで使える資材は残ってない。今回鈴谷も出るしその補給を考えれば尚更だ。」

 

大淀「その通りです。」

 

そこから直人が導き出す核心が次の通りだ。

 

提督「その端数とはどれ程ある?」

 

大淀「えっ? えーっとですね・・・燃料約4200、弾薬3300、鋼材5100、ボーキサイト2900です。」

 

提督「よし最低値で行こう。」

※1500/1500/2000/1000/1 である

 

大淀「えぇっ!?」

 

明石「やった!」

 

提督「確かに戦力増強は弛まず行うことが肝要だ。それが如何なる形でも可能なら、やるべきだろう。」

 

大淀「は、はぁ・・・提督がそう仰るなら・・・。」

 

かくして、直人の一声でこの司令部初の大型建造が決定した。

 

 

 

9時41分 司令部敷地北側・建造棟

 

 

提督「さて、どうなるかな。」

 

直人が建造棟にいる理由は暇だからである。書類は9時半前に終わっている。

 

何故かと言えば、作戦準備中直人が決裁する書類と言えば資源の使用許可だとか内地からの補充に関するものだとかで、それ以外の書類に関しては金剛(艦隊司令部)の持ち分なのである。

 

この際なので解説しておくと、横鎮近衛艦隊の司令官は直人だが、艦娘を実際に指揮するのは金剛である為、艦娘実戦部隊司令部を束ねているのは金剛なのだ。

 

金剛は直人の次席幕僚でもあると同時に艦娘部隊の一切を取り仕切っていると言っていい。これに更に大淀が統括する陸上砲兵隊や防空砲台、飛龍が現状統括している航空部隊、天龍と龍田が指揮している妖精陸戦隊を全て合わせたものが『横鎮近衛艦隊』と言う組織なのだ。

 

従って直人の仕事は司令部に対し行動せよと指示を与えるだけ、具体的な作戦案や行動などの諸々は、金剛達艦娘部隊司令部が立案行動する訳だ。言わば連合艦隊司令部の下に各艦隊司令部があるのと、この状態は同じなのだ。

 

直人の幕僚は各部門のトップ、と言う事になる。

 

提督(しかし皮肉だな、忙しくなる前の一時が一番暇とは。)

 

そう思わないでもない直人ではあったものの、実際暇なのだから事実なのであろう、と考えていた。

 

明石「提督、いらっしゃったんですか?」

 

そこへ明石がやってきた。妖精達の指揮が一段落ついたと見えた。

 

提督「おう、さっき来た。」

 

明石「そうでしたか、今からお呼びに上がろうかと。」

 

提督「・・・早くない?」

 

明石「1時間でした。」

 

提督「先に伝えといてよね・・・。」

 

普通にやったらハズレの時間である。(未着多いのでそうでもないが。)

 

明石「し、失礼しました・・・。」

 

提督「まぁいいや、それで?」

 

明石「あ、はい。こちらの方が今回新たに。」

 

と紹介されて挨拶したのが―――

 

阿賀野「こんにちわ~! 最新鋭軽巡の、阿賀野でーす!」

 

提督「よく来てくれた。俺がここの提督だ、宜しく頼む。」

 

阿賀野「宜しくお願いしまーす。」

 

提督「しかし新鋭艦か、二水戦は大凡新しめの艦を配すると決まっておるな。」

 

以前章頭でも解説したが、二水戦は夜間切り込み部隊だ。それも決戦直前に一撃を加えて決戦を有利に運ぶ事を目的とする。故に阿賀野の同型艦能代や矢矧も二水戦旗艦の経歴を持っているのだ。

 

阿賀野だけは空母直衛部隊である第十戦隊旗艦であったが。

 

阿賀野「え? もしかして・・・。」

 

提督「まぁ暫く二水戦は阿賀野の指揮下に入る事になるな。うちでも重要な部隊だし。」

 

と、言う事になる。

 

提督「ついでに二水戦と一水戦入れ替えて第一水上打撃群を名実共に主力にするか。」

 

などとも考える直人であった。

 

 

 

3月5日10時46分、司令部主要メンバーに招集がかけられた。

 

 

11時01分 食堂棟2F・小会議室

 

 

提督「招集ご苦労、今回集まって貰ったのは他でもない、次期作戦の検討の為である。」

 

この小会議室は大会議室の隣に設けられたもので主要幹部参集の会議に使われる。食堂棟二階の会議室区画はこの2部屋で占められている。

 

今回参集したのは、一水打群旗艦/総旗艦 金剛、第1艦隊旗艦 扶桑、副官 大淀、工廠長 明石、サイパン航空部隊統括 飛龍の5人、この他一水打群副旗艦 榛名、一水戦旗艦に異動した神通、二水戦旗艦となった阿賀野、第一艦隊副旗艦陸奥が同席する。

 

陸奥「そう、意外と早かったわね・・・。」

 

提督「うん、俺もそう思わんではない。取り敢えず概要だが、これは前回と同様、目的はアンダマン諸島の制圧だ。但し、今回その経路を変更する。」

 

大淀「経路変更、ですか。」

 

提督「うん。まず今回は俺と完成相成った重巡鈴谷が全ての中心だ。指令も全てここから出す。そして作戦の起点は、通信施設の出来たペナン島だ。」

 

この言に金剛が質問する。

 

金剛「ンー? ペナンには艦艇へ補給が出来る設備はないハズでは?」

 

提督「それについては北村海将補に話を付けて、秘密裏に補給港にしつらえてある。またそこが起点となることとリンガ泊地に協力して貰う事についても、既に海将補の了解を得てある。」

 

大淀「今回手回しが早いですね、提督。」

 

提督「たまたま北村海将補が横浜に来てたからね。おかげで楽が出来たし、ことも運びやすかった。」

 

と言ってから直人は続ける。

 

提督「今回我々は、速攻を以ってアンダマン海の制海権掌握並びに、アンダマン諸島の制圧を行う。」

 

神通「速攻、と言いますと?」

 

提督「うん、我々はまずペナンを発った後、アンダマン海の南側に沿って迂回し、ニコバル諸島南に到達した後、列島線を北上する。ニコバル諸島付近からは艦娘艦隊を展開し、最高速力でアンダマン諸島を目指す。あとはアンダマン海周縁に警戒線を敷きつつ陸戦により同島を制圧した後、その制圧と維持、アンダマン海警戒線をリンガ泊地防備艦隊に引き継いで離脱する。」

 

この間、重巡鈴谷の機関が最大出力である事は言うまでもない。37.1ノットとまではいかずとも、36.5ノットは確実に出るであろう。

 

神通「成程、しかしなぜ、そう急いで事を運ぶのでしょうか?」

 

提督「言わずと知れた事、コロンボからの増援に横槍を刺されん為だ、仮に出てきたとしても正面からであれば撃砕できるが、島内制圧中ではそれは望むべくもないだろうしな。」

 

神通「・・・それもそうですね。」

 

しかし直人のこの言質に納得しかねた者がいた。

 

陸奥「ん? 少し待って? それは私達が“陸戦”をやるってこと?」

 

提督「選抜するけどな。」

 

陸奥「・・・無謀じゃない? 少なくとも専門外なのだけど――」

 

提督「いつぞに言った事があるけどな、うちの艦隊は何でも屋だ、その気になりゃ強襲上陸だってこなせる必要がある。今回は一種その予行と言う位置づけもある。無論実戦の場での予行だが。」

 

陸奥「・・・。」

 

改めて言うまでもなくこの艦隊は特殊な艦隊である。無論機密艦隊である事もそうだ。しかしその真に特殊な点は、彼らが事前掃討/漸減や強襲偵察など、露払いだとか本来専門外の性質の任務をもこなす艦隊である事だ。

 

その性格的な通常艦隊と自分達との乖離ぶりに陸奥は閉口した。

 

提督「差しあたって近接戦闘の得意な者はアンダマン諸島制圧に割り振る。その他の者は列島線に沿って警戒線を敷く。これはリンガ防備艦隊に後で引き継ぐまで継続する。」

 

阿賀野「最初から大変な作戦ね・・・。」

 

提督「だが、重要な作戦だ、やらねばなるまい。」

 

緊急性の有無と重要性の如何は別問題である。緊急性が如何に伴わないからと言って重要でないかと問われれば、実はそうではないと言う事は往々にしてある。

 

阿賀野「―――そうよね。頑張っちゃいますか!」

 

と張り切ってみせる阿賀野である。

 

明石「提督、対潜装備はどうしますか?」

 

と明石が進言する。

 

提督「いや、今回は艦娘に対潜装備は装備させない。少なくとも今回それに拘泥している場合ではない。」

 

と言うのは、アンダマン海中央付近には敵潜水艦による警戒線が確認されているからだ。しかし直人は速攻を掛けるに当たりこれを度外視するつもりでいた。

 

明石「分かりました。では鈴谷に予備鋼材を多めに積んで置きます。」

 

提督「―――そ、そうか、分かった。」

 

と若干戸惑いを見せながら言う直人。実はまだ仕様説明を受けていないのである。

 

飛龍「上空直援はどうしますか?」

 

提督「いつも通り途中までは頼む。最も、今回は味方の制海権下を直進するのだし、大丈夫と思いたいが、油断は禁物だしな。」

 

飛龍「はい。」

 

常在戦場の心得は常に直人の胸中にある。今この瞬間にも、この島が戦場となる可能性は否定出来ないのだ。

 

大淀「補給用の資材搬入はどうなっていますか?」

 

明石「バッチリです、修理用の鋼材も積み込みはほぼ。」

 

提督「宜しい、では作戦発動までに両艦隊とも準備を整えて貰いたい。」

 

金剛・扶桑「了解!」

 

提督「うむ。参集ご苦労だった、解散して宜しい。」

 

そうして、短いながらも意味深い作戦会議が終わる。

 

各艦娘達は3月9日と定められた出港予定日に向け装備や訓練の最終調整に入る。

 

 

 

その最中、一つの事件がサイパンで生起した。紀伊直人暗殺未遂事件である。

 

―――その事が露見したのは意外と早い段階であった。

 

 

3月7日22時33分 中央棟1F・通信指令室

 

 

最早サイパン島のCICと化した感のある無線室改め通信指令室で、寝ようとしたところを呼び出されしかめっ面の直人と大淀が、サイパン島の周囲海底に敷設した水中聴音機のデータを拝聴して表情を曇らせていた。

 

提督「海軍の潜水艦か・・・。」

 

大淀「もう一つ、そのエコーに混じって水の抵抗で発生した僅かなエコーが。」

 

提督「・・・はて、その微弱なエコーの正体とは何ぞや。」

 

大淀「現時点では、何とも・・・。」

 

 

――日本国海上自衛軍潜水艦『みちしお』ブリッジ――

 

副長「今頃無人になったサイパンを測量して、何にしようって言うんですかねぇ。」

 

艦長「知らんよ、俺達はただ命令された通り、海底探査輸送艇を牽引すりゃそれでいいんだよ。」

 

副長「ですけど・・・。」

 

艦長「そら、そろそろ切り離す時間だ。“すめらぎ2号”へ、こちらブリッジ、予定地点に到達、ここで切り離す。」

 

「“わだつみ2号了解。協力感謝する。”」

 

 

~22時51分~

 

大淀「先程から探知している別のエコーは、民間の潜水輸送艇のもののようですね。」

 

提督「ふむ? では先程の潜水艦は?」

 

大淀「遠ざかりつつあるようです。」

 

その返答を聞いた直人は、その潜水輸送艇がきな臭いと感じた。

 

提督「・・・とすると、何らかの工作員を送り込む気か、或いは――。」

 

大淀「―――まさか、暗殺ですか?」

 

提督「有り得ん話ではない。事実横須賀ではまんまと一杯食わせたんだし、それで意地になったってな。」

 

大淀「そ、そうですね・・・。」

 

直人が幹部会の暗殺者共に一杯食わせてやった顛末は大淀も直人から聞いて知っている。ただその汚名返上となれば話は別になってくる。逆効果だった、と言う訳だ。

 

提督「暗殺なら、狙いは俺だろうな。」

 

大淀「そうですね、避難されますか?」

 

提督「何処に逃げる場所があると? ここは最も近い陸地から1500km以上離れてる、すぐに逃げるのは無理だよ。」

 

島と言う立地条件は退却が一番困難な地形である。故に直人の中で逃げると言う選択肢は最初からない。

 

大淀「では・・・?」

 

提督「ま、出迎えてやろう。潜水輸送艇の推定目標地点は?」

 

大淀「Kg(カッグマン)地区のマリーンビーチかと。」

 

提督「んじゃ、ちょいと夜風に当たりに行こうか。」

 

と軽い調子で出て行こうとする直人に

 

大淀「―――提督、お気をつけて。」

 

と心配そうに言う大淀であった。

 

尤も、この時素直に大淀が送り出してくれたのは、これまで数度の窮地に立った彼が、その腕っ節だけでその難局を打開して来た事を知るが故であった。

 

 

 

23時51分、マリーンビーチ―――

 

 

「おう、待ちかねたぞ。」

 

ビーチで黒装束の男たちを出迎えたのは、いつぞにどさくさ紛れに忍び込んでいた謎の男。

 

黒装束A「潜入ご苦労だったな、で、司令部は?」

 

「こっちだ、近くに道がある。」

 

黒装束B「信用してもいいんだな?」

 

「おいおい、フリーとはいえプロの諜報員だぞ俺は。」

 

提督「ほーう? そいつは随分御大層な肩書だ事で。」

 

「「!!」」ザザッ

 

突如聞こえた声にその場にいた黒装束の男達が身構える。

 

提督「成程? 不審者情報の根源は貴様だった訳だ、ドブネズミとハイエナが一堂に会してると思うと失笑するがな。」

 

各種防御施設を合わせて400以上の設備があるサイパン島に潜入しておきながら、完全に隠れ切るのは不可能である。故にこの所サイパン島各所で、不審な影や痕跡を見つけたという報告が多数寄せられていたのである。

 

諜報員「紀伊直人―――!」

 

提督「いかにも。」

 

何事も無いかのごとくそう答える直人の左手には、白い手袋がされていた。

 

黒装束A「武器も持たず現れるとは馬鹿な男だ。」

 

黒装束B「ここで血祭りにあげてやろう。」

 

 

ガチャガチャガチャッ

 

 

暗殺者達が銃を構える。

 

提督「――30人、いや、少し足りんな。銃はAK系統か。だがどうでもいいことだ、俺に銃を向けると言うなら是非もない。」

 

そう言って直人が右腕を払う動作に入る。その右手が、微かに光を帯びた次の瞬間―――

 

 

ドスッ―――

 

 

黒装束B「ガッ―――!?」ドシャァッ

 

黒装束の男の一人に、鋭利なダガーが突き刺さっていた。それも左胸――心の臓腑を貫いていた。

 

黒装束A「なに、何処から―――」

 

提督「タネは無い、ただ仕掛けだけさ。」

 

と直人は飄々と答える。

 

黒装束A「どういう意味だ。」

 

提督「冥土の土産に、“この世の神秘”と言うものを見せてやろうと思ってな。」

 

そうして直人の背後に展開された数十本の白金の剣。

 

諜報員「なっ!?」

 

黒装束A「貴様は、一体―――」

 

提督「安心して、“死ね”。」

 

 

パチン―――

 

 

直人が指を鳴らした瞬間、それは、瞬転の内に起こった殺戮であった。

 

ものの一瞬で、その場にいた暗殺者達は全員絶命していた。

 

提督「フン、哀れな奴らだ。フリーの諜報員も暗殺者とやらも、聞いて呆れる。今更第二次大戦でもあるまいに。」

 

そう言って、直人は海岸を去っていくのであった・・・。

 

 

 

3月9日13時02分、第一水上打撃群及び第一艦隊に招集が下される。場所として指定されたのは、重巡鈴谷ブリーフィングルーム、全員フル装備携行でと命じられた。

 

 

13時10分 中央棟2F・提督執務室

 

 

提督「いよいよだな。」

 

大淀「はい。」

 

慌ただしく艦娘達の走り回る司令部の敷地内を見遣りながら、直人は言った。

 

提督「ご老体に電文の打電は既にしてあったな?」

 

大淀「はい、昨日中に既に。」

 

提督「結構、では行くとしよう。」

 

時は来たれり、直人は二種軍服を纏い、執務室を後にし、重巡鈴谷にいの一番に乗り込んだのだった。

 

 

 

13時32分 重巡鈴谷・ブリーフィングルーム

 

 

金剛「全員揃いましタ!」

 

提督「ご苦労。」

 

ブリーフィングルームで全員集合を報告された直人は頷いて応じる。

 

提督「では作戦を説明する。各部隊指揮官には既に周知のことと思うが、改めて述べる―――」

 

直人は集まった面々に対し作戦の説明を行った。予定は一切が直人の腹案通りである為ここでは省略する。

 

提督「―――作戦説明は以上だ。何か意見はあるか?」

 

初春「敵潜の哨戒を考慮しないと言うなら、正面突破でいいのではないかの?」

 

これは正論だ、堂々と乗り込むなら何もわざわざ迂回する事はないのだ。

 

提督「初春ならば、少し考えれば分かる事だろう?」

 

初春「―――欺瞞、じゃな。」

 

実はアンダマン海に敵潜水艦哨戒網が張り巡らされている事は周知の事実で、堂々と水上艦が通ればたちまち餌食になるという事は知れていた事であった為、ベンガル湾へ抜ける為のルートとして、北周りか南回りでアンダマン海を抜けるという方策が取られていた。

 

これは通商破壊を行いたいリンガ泊地艦隊によって立案されたルートであった事は言を待たないだろう。今回直人はそのルートを使用して大兵力を投入する事で、敵の裏をかくつもりだったのである。

 

提督「正解だ。他に何か質問は?」

 

榛名「第一航空艦隊は参加しないのですか?」

 

提督「戻って来るまで三日は優に見んといかん、待っていては時期を逸する恐れもある。今回は迅速性が肝心故、今回は司令部防備に当たって貰う事にする。既に大淀を通じて伝達済みだ。」

 

要約:一航艦はお留守番。

 

榛名「成程・・・。」

 

提督「他には?」

 

蒼龍「航空攻撃をする機会はあるでしょうか?」

 

提督「敵の配陣を考慮した上で判断するが、恐らく敵は空母を擁しているだろう、航空戦になる事は覚悟しておいてくれ。」

 

これは直人も確信を持って言う事が出来る事だった。実際当該方面に空母が所在する事は確認済みであった。

 

蒼龍「分かりました! その段になったならば、お任せ下さい。」

 

提督「期待している。他にはいるか?」

 

「「「―――。」」」

 

提督「結構、では編成を伝える。今回の作戦を機に編成を一部変更する。」

 

この編成変更が、ブリーフィングで最も重要である事は言うまでもない。それを纏めると下記の通りとなる。

 

 

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第二水雷戦隊

阿賀野

第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

雪風(十六駆)

 

第一艦隊

旗艦:扶桑

第二戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智)

第七戦隊(最上/熊野)

第十三戦隊(球磨/多摩)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

随伴:陸奥(第一戦隊)

第一水雷戦隊

川内

第四駆逐隊(舞風)

第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪)

第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉)

 

付属:天龍(横鎮第一特別陸戦隊第一大隊三千名)

 

 

提督「――以上だ。」

 

どよめきがルーム内に起こる。

 

川内「おぉっ! 前衛部隊かぁ!」

 

提督「うん、そうだな。暁はまだ訓練未了だと思うが、しっかり頼むぞ。」

 

そう言うと暁が応える。

 

暁「勿論、レディに全て任せておきなさい!」

 

熊野「あらあら、張り切ってますわね。」

 

陸奥「ふふっ、そうね。」

 

提督「張り切り過ぎるなよ。あ、そうそう、陸戦要員だが、第一大隊と第十一戦車連隊の他、夕立・不知火・朝潮・電・深雪に回って貰う。言っておくが天龍は上陸地点の確保と全体指揮だからな?」

 

天龍「わーってるよ、任せとけ。」

 

電「はわわっ!? 私なのですか!?」

 

夕立「任せるっぽい!」

 

不知火「私が、ですか・・・。」

 

深雪「よーっし! やってやるぜ!」

 

朝潮「ご期待に応えます。」

 

6人それぞれに反応するのを見ていた直人。ただこれに何らかの選考基準があるとすれば、格闘戦の素質があると見た艦娘達である。

 

ただ近接戦闘訓練はこの所やっていない為、航海中に行っておく必要があった。

 

天龍「しっかし近接戦闘の才能ある奴が見事駆逐艦揃いたぁな・・・。」

 

提督「まぁ、余り肉付きの良い奴だと却って動きにくいからな、得物持ちならまだしも。」

 

天龍「・・・まぁ言いたい事は分かるぜ。」

 

色んな意味で―――とは付け加えない天龍であった。

 

提督「指名した5人は明日近接戦闘訓練やるから、呼び出し掛かったらすぐにトレーニングルームに集合な。」

 

5人「はい!(なのです!)」

 

提督「うむ。では各自解散して宜しい。」

 

そう締めくくって直人はブリーフィングルームを出た。金剛がその後を追った―――。

 

 

 

金剛「提督ゥ!」

 

提督「どうした?」

 

背後から呼び止められた直人は振り向いて返事をする。

 

金剛「“次の機会に艦内を案内する”って言ってましたヨネー?」

 

提督「―――よく覚えてるな。」←忘れてた

 

金剛「勿論デース、記憶力には自信がありマース!」

 

胸を張って(揺らして)いう金剛に、直人は諦めと一緒にこう告げた。

 

提督「・・・はぁ、仕方ないな、んじゃ明日、近接戦闘訓練と昼食終わったらね。」

 

金剛「了解デース!」

 

提督「まぁ金剛には艦橋に上がって貰うんだけどね。」

 

金剛「オ、OKデース。」

 

提督「別に持ち込んでる物とかはもう自分のガンルーム(士官室)に運んであるんでしょ?」

 

金剛「ソ、ソレハ勿論・・・。」

 

提督「結構、ではこのまま行こうか。」

 

と、いうことになりました。

 

 

 

13時49分 鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

 

提督「ふぅ~、やっぱり形式ばった会議って慣れるのに時間要るな。」

 

明石「ハハハ・・・お疲れ様です。」

 

と応じたのは、全員乗船後すぐに出港させるよう命じられた明石だった。サークルデバイスを展開し、鈴谷を外洋に向け航海させている。

 

金剛「こうして見るト、重巡のブリッジも中々高いデスネー。」

 

提督「あったりめーよ、駆逐艦や軽巡と比にはならんと思うぞ。戦艦には負けるけど。」

 

金剛「で、デスネー。」

 

因みに何で戦艦の檣楼は背が高いのか。簡単に言えば『より遠くまで見渡す為』である。

 

戦艦は真っ向からの長距離砲撃戦が主任務とされる艦艇である。(もう時代遅れだけども)

だが長距離砲戦をやるならば、より遠くまで見渡す事が必要となる。無論索敵上の見地からでもあるが、しかし見渡す事が出来る範囲には限りがある。何せ地球は球体なのである。

 

なので戦艦はかなり高い檣楼やマストを持っていることが多い。扶桑の大改装後や金剛型の新造時の写真を見て頂ければよくお分かり頂けるだろう。

 

提督「しかし何だな、上から見ても大きな砲だな、この「新型砲」は。」

 

明石「そうですね、スペースと重量の関係で4基8門しか積めませんが、強力な砲兵装です。」

 

これを説明する為には日付を戻す必要があるだろう―――

 

 

 

3月6日13時27分 重巡鈴谷上甲板・1番砲塔付近

 

 

提督「うむ、改めて見ると、3連装砲と言うものはやはりいい。だが20.3cm砲を装備した姿も捨てがたいものだがな。」

 

明石「この鈴谷でも8インチ砲は搭載可能となっています。」

 

提督「ほう? しかし改装となれば日数がいるのではないか?」

 

明石「いえ、そうお時間は取らせません。」

 

その一言に直人が疑問を呈する。

 

提督「どういうことだ?」

 

明石「この艦が艦娘機関を装備している事はもう御存じですね?」

 

提督「あぁ、そのおかげで妖精さんによる兵装運用が出来る訳だな。」

 

明石「実は、この鈴谷の武装はそれぞれが一つの“装備スロット”なのですよ。」

 

提督「何―――?」

 

明石「その気になればすぐにでも8インチ砲に出来ますし、12.7cm高角砲も長10cm砲に出来ます。」

 

提督「それでは殆ど艦娘の艤装と大差ないのか!?」

 

明石「そうなりますね。」

 

何気ない様に見えてこれは凄い事である。これはスタンダード・フレックス(※)構造の艦艇とほぼ同じなのだ。

 

 

※スタンダード・フレックス(スタンフレックスとも)

艦艇の兵装など(速射砲やミサイル発射器など)をユニット化し、用途に応じて積み替える事が出来る艦艇設計の事。

例えばフリゲートでありながらミサイル艦として運用出来たり、索敵モジュールを搭載したりという具合で1隻で多彩な運用が可能になり、また兵装ユニットを陸揚げすればメンテナンスも出来る為、艦自体をメンテナンスの為に入渠させると言う事が少なくなるなどのメリットもある。

 

 

提督「スタンフレックス構造か、局長のやりそうなことだが・・・。」

 

明石「そう言えば局長が、航空甲板もユニット化してましたよ。」

 

提督「嘘ォ!?」

 

局長が、見事にやらかしました☆

 

明石「あと対潜兵装や色んなオプション品に新しい兵装があるみたいですよ、ほら。」

 

そう言って明石がリストを直人に差し出す。

 

提督「ふむ・・・ん? 25.4cm砲?」※10インチ砲です

 

明石「あぁ、局長曰く、3号砲の発展改良型だそうで、4基しか積めない代わりに小型戦艦並みの火力が発揮可能になります。」

 

提督「・・・小型戦艦ってそれ海防戦艦(※)じゃ?」

 

海防戦艦:小型の船体に大口径砲を2基程度搭載した沿岸防衛用艦艇。有名どころではタイのmade in Japan艦艇であるトンブリ級やフィンランドのイルマリネン級など、中小国で保有している国が多い。

 

明石「そうですね~。」

 

提督「んでえっと・・・爆雷投射機?」

 

明石「高角砲座を片舷一つづつ転用して爆雷搭載が可能だそうです。勿論艦尾にもですが。」

 

提督「色々転用がきくなこの船!?」

 

流石にビックリせざるを得ない直人だったが、更に彼を驚かせたものは別にある。だが、これは後の楽しみに取っておいたほうが良かろう―――

 

 

 

金剛「oh・・・主砲減ってるネー・・・。」

 

提督「ま、第一次大戦初期の巡洋戦艦にほぼ匹敵する砲力とそれと比にならない雷装なんだから良しとしましょ。」

 

妥協、と言う訳でもないが、今回の作戦の性格上選定した兵装だった事は事実である。

 

提督「そういや金剛もこれ運用出来るんやで。」

 

金剛「そうなんデスカー!?」

 

露骨に食いつく金剛。

 

提督「何なら分担指揮できるしな。明石、操艦引き継ぐよ。」

 

明石「了解です。」

 

直人は両腕を目一杯前に伸ばした後、左右に後ろまで一杯に開く。そうするとその手の通った軌道に合わせてサークルデバイスが展開された。

 

提督「一応特定の艦娘のみ接続出来る様になってるんだけどね、やってみ。」

 

金剛「OK。」

 

そう言うと金剛は右腕を伸ばすとその場で1周回って円を描く。

 

金剛「出来たネー。」

 

提督「危うく見えるとこだったけどね。」

 

金剛「ウ、それを考えてなかったデース・・・。」

 

見えませんでした。何がとは言わない。

 

提督「使い方はまぁ使ってりゃ覚えると思うよ。」

 

金剛「デスネ。」

 

そう言うと直人はサークルデバイス上に必要な情報を呼び出し、操艦を継承する。

 

提督「さて、目指すはマラッカ海峡ペナン島、総距離5200km以上の航海だ、1週間かかるけど。」

 

そう言ってる間に、艦はテニアン島沖合を通過しようとしていた。上空にはサイパンから飛び立った零戦隊が飛んでいる。

 

提督「よし、速力14、針路二七〇、テニアンの南を西太平洋側へ抜ける。」

 

機関長「“機関室了解!”」

 

機関室から妖精の威勢のいい返事が、念話で伝わってくる。

 

提督「面舵一杯っとな。」

 

直人はサークルデバイスで舵の操作を行う。

 

金剛「フムフム・・・色々と便利になってますネー・・・。」

 

提督「細かい所は妖精さんがやってくれるから、人海戦術で巨艦を動かしてたのと比べたらね。」

 

日本艦艇で言えば、戦局の推移に伴って艦艇乗員は増加傾向にあった。原因は対空兵装の強化が主因だったのだが、これはアメリカなど他国についても同様に言える事であった。翻って現代では、最低限且つ大戦型艦艇以上の効率を持たせた兵装が多い。それと比べれば人海戦術で対空砲を使い、やたらに弾幕を張っていた第二次大戦の時は、とかく人手が必要なのだった。

 

明石「そう考えたら、一人一隻分の実力を持った艦娘と言うものは、兵器としての重要性も高い訳ですね。」

 

提督「まぁね、俺としては凄く複雑だけども。」

 

金剛「どうしてデース?」

 

提督「うん―――艦娘を運用している側の人間が言っていい事かどうか怪しいけど、艦娘の兵器利用と言う点に於いて、その価値は下手な艦艇を凌ぐと言っていいんだ。」

 

明石「ふむふむ。」

 

提督「でも、その価値が大きい故に物議を醸してる事も確かなんだ。純粋な“兵器”として“運用”すべきか、自分達と同じ“人”として“接する”べきかと言う議論は今も絶えないんだ。」

 

これは人類が邂逅して未だ間もない艦娘と言う存在を、どう扱って良いものか、扱いかねている証左でもあっただろう。またそれ故に、艦娘を拒絶する者、強圧的に接する者、抑圧する者も現れる理由の一つになっている事は確かだった。

 

明石「提督は、どうお考えなんですか?」

 

金剛「それデス、私も気になりマース。」

 

提督「俺は後者だな、俺は艦娘は“兵器”ではなく“戦士”だと思ってる。」

 

明石「成程・・・。」

 

これは読者諸氏も知っての通り、直人の常々言っている持論の一端でもある。

 

金剛「フフッ、いつも言ってマスネ。」

 

提督「まぁね。ただまぁ、俺も一から十まで踏み込めるかと言われればそうじゃないのは確かだよね、それだけ君達艦娘は不思議な存在である、と言う事だけど。」

 

金剛「そう・・・かもしれませんね。」

 

明石「確かに、私達の出現の経緯から見れば、そうですね。」

 

直人は考える、艦娘とは何ぞや、と―――。

 

 

 

3月10日8時22分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

 

提督「ふい~、食った食った。」

 

朝から何言ってやがるかこいつは。

 

鈴谷「お、朝ご飯終わった?」

 

提督「うん、鈴谷も飯にしていいよ。」

 

鈴谷「オッケー、操艦渡しまーす。」

 

提督「はいよ、継承します。」

 

直人は食事の間艦を預けていた鈴谷からコントロールを返還されると、デバイスを素早く操作していく。

 

明石「ふ~、あ、提督、お疲れ様です。」

 

そこへ明石も戻ってきた。

 

提督「ん? 明石か、ゆっくりしてて良かったのに。」

 

明石「なんか、落ち着かなくてですね。」

 

提督「―――そうか。」

 

と直人は応じた。

 

提督「よし、これでいいな。」

 

明石「ん? 自動操舵ですか?」

 

提督「うん。と言ってもサンベルナルディノ海峡入るまでは直線コースだし、舵固定でいいかなと思ったけど、潮流に流されるとね。」

 

明石「成程、そうですね。で、どちらに?」

 

と聞かれると

 

提督「昨日言ってたでしょ?」

 

と答える直人。

 

提督「“ハイ業務連絡~、アンダマン島制圧担当の天龍以下6名、〇八三〇時(午前8時30分)までにトレーニングルームに集合するように、艤装は最低限装着する事、以上。”」

 

直人は全艦放送で呼びかけを行った。

 

明石「言ってましたね~そう言えば。」

 

提督「でしょ? 自動操艦だけど一応預かっといてくれる?」

 

明石「了解です、引き継ぎます。」

 

そうして直人は再び元来たルートを辿って中甲板へと降りるのであった。

 

 

 

トレーニングルームがあるのは、ブリーフィングルームの艦首側、位置的には第二煙突直下から後檣楼までの範囲になる。

 

別に特別な設備はない、どちらかと言えば体育館か武道館と言った方がいい趣だ。

 

電「広いのです~。」

 

不知火「そうね・・・。」

 

それもそうだ、この場所は本来下士官室や煙路がある場所である。それが不要になったのでそのスペースに設けたと言う具合だ。因みに艦娘用のガンルームは艦尾側にある。

 

提督「広いと言ってもこの真上左舷魚雷発射管とかの区画だぞ。」

※ブリーフィングルームも中甲板左舷側にあり、右舷側には修理設備のスペースがあって、中甲板の艦中心線に沿って縦に伸びる通路が1本ある構造である。

 

 

朝潮「誘爆した時には真っ先に吹き飛びますね・・・。」

 

提督「まぁそうなるな。」

 

天龍「んで? どうするんだ?」

 

提督「どうするも何も―――」

 

直人は抜刀するモーションで木刀を錬金する。

 

提督「こうするのさ。」

 

天龍「ヘッ、回りくどくなくていいや。」

 

電「やってやるのです――。」

 

提督・天龍「!」

 

電がチェーン付きのアンカーを艤装から取り振りかざす。因みに言うと、天龍は自身の刀だけだったが、それ以外は真面目さが祟ってか完全装備であった。(弾薬は全て無力化済み)

 

提督「――良かろう、来い!」

 

直人も一瞬で身構える。

 

電「では――――いくのです!」ジャラッ

 

電が取ったのは正面対決、しかし直人の意表を突いた一撃が間合いの“外”から飛び込んできた。

 

 

ジャラララ―――ッ

 

 

提督「むうっ―――」

 

アンカーがまっすぐ直人目掛けて投擲されたのだ、直撃すればただでは済まない。

 

提督「――はあっ!!」

 

 

ガアアアアン

 

 

直人はタイミングを合わせこれを上方へ打ち払う。しかしこの間に電との距離が急速に詰められていた。

 

電「なのですっ!」ダン

 

提督「むっ!」

 

直人はこの時「しまった」と思った。電が打ち払ったアンカー目掛けて飛んだからだ。

 

電「はあああああっ!!」

 

電はアンカーを空中でひっ掴むと、一気に直人目掛けて叩き付けんとする。

 

提督「やるな―――はっ!!」

 

 

ガシイイイィィィィン

 

 

力と力が交錯し、そして―――

 

提督「ぐあっ!?」ドシャッ

 

吹っ飛ばされたのは直人の方であった。

 

5人「―――!?」ザワッ

 

電「そこ、なのです!」ダッ

 

更に電が飛び込む。

 

提督「ふんっ、まずいなこりゃ。」タッ

 

直人は受け身からバク宙1回して着地はしていたが、木刀を落としていた。と言うよりは握れないのだ。

 

提督(腕、痺れた・・・どうしよ・・・。)

 

正面から両手で受けた際、落下と振り下ろしと重量(アンカー+電本人&艤装)による運動エネルギーをまともに受け止める事になった為だった。

 

直人は瞬転の内に思考を巡らす。

 

提督(向こうはもう飛び込んできてる、俺はまともな武器を使う事は出来ない、となれば―――)

 

直人は我が身を支えるので精一杯の両腕と足で何とか出来るか考えた。

 

電「はっ!!」

 

 

ブゥン

 

 

アンカーが直人を薙ぎ払おうと迫る。

 

提督「そこっ―――!」バッ

 

直人はそれを屈んで紙一重でかわし―――

 

 

ガッ―――

 

 

電「―――ッ!?」

 

提督(計算通り☆)

 

電の足を引っかける形で脛に蹴りを入れた。

 

電「はにゃあああっ!?」ベシャァッ

 

不意を突かれて顔からこける電であった。これは痛い。

 

因みに床面はタイルではなく硬質マットなのだが顔から入るとやっぱり痛いのはお察しである。

 

電「あう・・・っ。」ガクリ

 

更に電は指示に従って背部艤装を装備していた為、その艤装と床面に体が挟まれそのまま伸びていた。

 

天龍「おー・・・。」パチパチパチ

 

提督「うっはー、久々にヤバいと思ったわ。腕が―――まだ痺れてやがる。」

 

天龍「マジかよ、まぁ鋼鉄製アンカーだからな、そりゃ凄いわな。」

 

しかし直人もここまで追い詰められたのは久しぶりである。(鳳翔さんの時か播磨との戦闘以来)

 

提督「しっかしいつの間にこんなに強くなったんだ?」

 

と言うと天龍が言った。

 

天龍「なに、ちょっと俺が手ほどきをしてやっただけさ。」

 

提督「―――おめーの仕業かい、いいけど。」

 

天龍「それよりちょっと休むか? その腕じゃ得物が握れんだろ。」

 

提督「おう、ちょっと頼むわ。」

 

天龍「あいよ。」

 

そう言って直人は錬金した木刀を魔力に還元してやると、トレーニングルームの壁際の一角に腰を下ろすのだった。

 

天龍「さぁ、提督が復帰するまで相手するぜ! 最初はどいつからだ?」

 

朝潮「では、お願いします。」

 

提督「あー、腕の感覚が―――」

 

不知火「司令。」

 

そこへ不知火がやって来た。

 

提督「おう?」

 

不知火「電さんを、壁際に寄せた方がいいのではないでしょうか?」

 

とさばさばした調子で言う。

 

提督「ん、それもそうだな。夕立、手伝ってやってくれるか?」

 

夕立「分かったっぽい!」

 

近くにいた夕立に指示を出すと、直人は天龍と朝潮の訓練を観戦するのだった。

 

 

~2時間後~

 

深雪「深雪スペシャルゥ! もってけえええ!!」

 

1発目(右フック);MISS 2発目(左アッパー):MISS 3発目(右飛び蹴り):MISS

 

深雪「へっ!?」

 

提督「隙ありィ!」ヒュッ

 

直人の鳩尾正拳突き!▽

効果は抜群だ!▽

 

深雪「ぐふっ・・・。」ドシャアアッ

 

深雪渾身の必殺技を難無くカウンターで撃破する直人であった。中々容赦がない。

 

天龍「ヒュ~ッ、相変わらず強ぇなぁ・・・。」

 

提督「ったりめーよ、じゃなきゃのこのこ前線に出張るもんかよ。」

 

天龍「違いねぇや、このご時勢前線に出たがる人間といやぁ、軍人や軍属じゃ無けりゃ余程の考え無しか無知な馬鹿だけだからな。」

 

提督「間違いないな。」

 

直人は天龍の言に賛同した。実際にそうして死んでいった者はいるからだ。

 

提督「んじゃ、また観戦しますかね。」

 

この場にいるのは7人なので、割り当てるとどうしても一人あぶれるのは仕方ない事である。

 

天龍「おいおい、そこは俺の相手してくれねぇとな?」

 

提督「マジかぁ。」

 

サボりぞこなった直人、仕方なく得物の木刀を握りしめ、天龍の相手をしてやるのであった。

 

 

~11時50分~

 

提督「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・よし、今回はこれまでとしようか。」

 

流石に息を荒げる直人。足は最早立たない。

 

天龍「つ、疲れた・・・。」

 

朝潮「そう、ですね・・・。」

 

不知火「ふぅ・・・ふぅ・・・」

 

電「お疲れ様、なのですぅ~・・・。」

 

深雪「きっつい・・・。」

 

夕立「確かにそうっぽいぃ~・・・。」

 

疲労で見事全員ダウン。

 

提督「少し休んで飯にしよう・・・疲れた・・・。」

 

常人にしては直人も体力がある方なのだが、それがここまで疲弊している所からも、如何に激しく長時間やり合ったかが伺えるだろう。艦娘達も同様のザマなのだが。

 

夕立「そう言えば、お腹空いたっぽい~。」

 

深雪「あたしはシャワー浴びて思いっきり寝たいぜ・・・。」

 

提督「分かるわー。」

 

天龍「おめーは操艦があるだろうが・・・。」

 

提督「まだフィリピン近海に着くまでは大丈夫だもの、直線に進めばいいだけだし。自動操艦にして来た。」

 

天龍「そ、そうか――ま、無理すんなよ。」

 

提督「ありがと。」

 

天龍「それにしてもチビ共も技術の会得が早えぇなぁ、メキメキ強くなりやがる。」

 

天龍は素直にそう評価した。

 

提督「お、そうだな・・・俺も数発食ったし。」

 

天龍「そういやそうだったな・・・。」

 

直人もその技量向上に追従できず何度か一撃見舞われていたようだ。

 

提督「ま、これなら安心して任せられるな。」

 

朝潮「そう言って頂けると、嬉しいです。」

 

直人はそう締めくくり、この後昼食を摂りに食堂へと行くのであった。

 

 

 

15時10分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

 

提督「ZZZ・・・。」

 

備え付けのベッドで昼寝をしている直人、相当疲れていたようだ。

 

この艦長室は前檣楼の最下層にあり、羅針艦橋のエレベーターから直通で降りる事が出来る。なおエレベーターで中甲板まで降りるとその降りたすぐ近くに食堂の出入り口がある。前檣楼の真下の区画である。

 

 

~羅針艦橋~

 

明石「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

鈴谷「・・・。」(;・∀・)

 

明石に呼び出された鈴谷はその光景に唖然となった。

 

鈴谷「て、提督は・・・?」

 

明石「御仮眠中でして、私も朝からずっとこれなんです・・・。」

 

鈴谷「あぁ、近接戦闘訓練って奴か~、疲れてたんじゃしょうがないか。」

 

明石「引き継いでくれません? 流石に疲れました・・・。」

 

鈴谷「はいよ~。」

 

鈴谷が明石から操艦を引き継ぐと、明石は疲れた体を引きずって自分のガンルームに向かうのであった。

 

鈴谷「えーっと・・・って、自動操艦―――っていうか航行予定の航路図まで全部打ち込んであるし・・・。」

 

「これってこのルート上をまっすぐ行けばいいんじゃ?」と思った鈴谷であった。(ご明察)

 

 

18時ごろ、ようやく起きた直人は、早速艦橋に上がったのだが・・・。

 

鈴谷「おはよ~う。」ニコニコ

 

提督「・・・。」(;・∀・)

 

いつの間にか人員が入れ替わっている事に一瞬焦るのだった。

 

 

 

3月16日11時35分 マラッカ海峡・ペナン沖

 

 

提督「やはりサイパンより暑いな・・・。」

 

鈴谷「そうだねぇ・・・。」

 

赤道に近いので致し方ないが、艦内電源を使って空調を完備させてはいるので万全である。

 

では何を以って暑いと言ったのかと言うと、外気温の温度計である。

 

鈴谷「提督、ペナン島より発光信号だよ。」

 

提督「どれどれ・・・“フナタビゴクロウ、トウチャクヲカンゲイス。(船旅ご苦労、到着を歓迎す)”か。」

 

鈴谷「良かったね~、歓迎されてて。」

 

鈴谷にそう言われ直人は真剣な目でこう言った。

 

提督「招かれざる客と言う事もあるまいがな、まぁ嫌われるような事したつもりもないが。」

 

鈴谷「・・・ハハハ、やだなー、ちょっとした冗談だよ冗談。」

 

提督「知ってるよ。入港したら取り敢えず1個駆逐隊を周辺警邏に、1個戦隊2個駆逐隊でアンダマン海方面に偵察に出してみるか。」

 

と笑顔で言い放つ直人の目に真剣さは残っていない。

 

鈴谷(知ってて尚且つあの表情!?)

 

そうなのである。知ってて真剣な目になっていたのである。

 

明石「提督、入港準備してきました!」

 

提督「えっ、やってくれたのか、気が利くねぇ。ありがとう。」

 

頼んでいなかったようです。

 

明石「どういたしまして。」

 

提督「んじゃ接舷準備、後部甲板のハッチと換気扇は全開しとく。」

 

明石「了解です。」

 

明石はそう言うと再びエレベーターに乗って下へ降りて行った。

 

提督「ハッチ遠隔開閉できるのは良いねぇ。」

 

鈴谷「ね~。」

 

このハッチと言うのは、甲板上にある甲板(or艦内)への出入り口の事だ。普通は出入りする兵員がいちいち開け閉めするものではあるが、この艦では艦橋から開閉できるようにもなっているのだ。

 

換気扇については、特に説明は要らないだろう。軍艦にも吸排気口はあるのだ。(目立たない所にあるだけの話。)

 

提督「まぁあっちにあんまし迷惑はかけられんし、上陸は半数づつ2時間半な。」

 

鈴谷「はーい。」

 

提督「・・・鈴谷、お前が伝達するんだぞ?」

 

鈴谷「あっはい。」

 

と返事をすると鈴谷はすごすごと羅針艦橋を後にしたのだった。

 

 

 

11時49分、現地時間の10時49分、重巡鈴谷はペナン島の海峡に面した仮設埠頭にその身を接舷した。

 

これが初の出征、しかも新装備の実戦テストを兼ねているときていた。更に言えば戦闘艦を用いる戦闘自体、直人にとっては未知数な領域を含んでいた。何故なら彼は艦娘艦隊の司令官であり、水上艦艇の指揮官ではない。

 

彼にとって初の領域に踏み込むに足ると判断したとはいえ、直人にとっても少なからず不安は拭えなかった。艦娘と船とでは回避スピードが比較にならないのであるから当然である。

 

しかし引き返そうにも、彼らの目指すアンダマン諸島は、すぐ目と鼻の先にあった・・・。

 

 

 

(以下マレーシア時間でお送りします)

 

 

 

15時29分、そろそろ半数上陸の後発組が戻って来ようと言う時である。

 

 

~重巡鈴谷・左舷ウィングブリッジ~

 

提督「もうすぐ日没かな?」

 

電「まだ2時間は早いのです。」

 

提督「そ、そうか。」

 

電は第六駆逐隊に属している事は周知のことと思うが、この第六駆逐隊と言うのは開戦時南方部隊の構成部隊の一つとして東南アジア攻略に参陣していた駆逐隊の内の一つでもある。

 

なので当該方面の時差を知っているのか、と言われれば微妙なのだが。海軍部隊は全て日本時間で統一していた様子で、時差など関係無いのだ。(かといって現地時間を使わない場合ややっこしい事になる例がある為現地時間を採用するが。)

 

 

―――タタタタタタタタタタタ・・・

 

 

提督「・・・ん? 何だこの音。」

 

電「なんでしょうか・・・。」

 

直人は音の正体を確かめようと辺りを見渡すが、音の方向と別の方らしくそれらしいものは見当たらない。

 

提督「反対舷かな・・・?」

 

直人はすぐさまウィングブリッジの右舷側に回る。

 

電「どうなのです・・・?」

 

提督「んー・・・ん?」

 

直人が何かに気付き、双眼望遠鏡の一つに飛びついた。因みに当時の日本のものは日本工学製口径150mmとか言う何気にすごいデカさである。

 

提督「・・・ヘリだ。単発、白い塗装だから海軍のヘリだな。」

 

接近方向は南南東の方向、錨泊中の鈴谷の艦尾側からほぼ平行に進入してくることになる。

 

明石「“提督! 接近中のヘリから通信です、そちらに回しますか?”」

 

提督「ん? そうか、頼む。」

 

直人は明石の言を聞きサークルデバイスを片手だけで展開して羅針艦橋内に戻る。

 

提督「こちら重巡鈴谷、どうぞ。」

 

北村「“石川君か、わしじゃよ。”」

 

声を聞くなり直人は「やはりか。」と思った。

 

提督「どうかされましたか、何かご用件が?」

 

北村「“なに、少し打ち合わせだけしておこうと思ってな。”」

 

提督「成程、それもそうですな。では航空甲板にお降りください、クレーンは旋回させます。」

 

北村「“相分かった。では後程な。”」

 

そう言って北村海将補は通信を切った。

 

提督「――ふぅ、やれやれ。元気なご老体だ。」

 

そう言いながらも直人は航空甲板上の艦中心線に沿って固定されているクレーンを左舷側一杯に旋回させる。

 

電「どなたなのです?」

 

提督「ん? まぁ、海軍でも古い付き合いの人だ、前はよく面倒見て貰ったがね。」

 

電「そうなのですか・・・。」

 

提督「―――まぁ会わせてあげよう、いい人だよ。」

 

電「分かったのです!」

 

そう言って直人はサークルデバイスを消した後、電を伴って後檣楼に向かった。

 

 

 

16時33分 後檣楼後部・航空甲板

 

 

航空甲板へ出るには、中甲板の通路を後檣楼真下まで歩き、そこから左右に伸びる階段で甲板に出ればよい。この階段への出入りはハッチである。

 

 

バタタタタタ・・・

 

 

提督「ローターの風がまだ凄いな。」

 

この日鈴谷を訪れたのは海軍が保有するMCH-101(VIP仕様)輸送ヘリ8653号機である。

 

このヘリは2015年頃から配備されたものだが、次期機体へ更新しようとした矢先に深海棲艦の一件があり、そのままずるずると使い続けている老齢の機体であった。

 

北村「やぁ紀伊君、出迎えご苦労。」

 

提督「このような場所にまで足をお運び頂き恐縮であります。」ザッ

 

と直人は堅苦しく敬礼までしてみせる。

 

北村「あぁいやいや、いつも通りで、堅苦しくせんでくれてええぞい。」

 

提督「はい、では艦内へどうぞ。後檣基部に部屋がございます。」

 

と直人が言った。

 

北村「うむ。ところでそちらの子は?」

 

提督「あ、えぇ。我が艦隊の艦娘、駆逐艦『電』です。アンダマン諸島制圧に際し地上制圧部隊の一人として上陸戦を行う予定です。」

 

電「よ、宜しくお願いします!」

 

電が礼儀良くお辞儀をする。

 

北村「ほう、そうかね。いや、人は見かけによらんものじゃな、宜しく頼むぞ。」

 

電「はいなのです!」

 

すると何かを思いついたように北村海将補が言う。

 

北村「ふむ、そうじゃ、手土産にと思って持参したカステラがある、2本あるから、1本を電君にあげよう、姉妹で分けるといいじゃろう。」

 

電「い、いいのですか?」

 

北村「いいんじゃよ、遠慮無く受け取ってくれ。」

 

電「ありがとう、なのです! お姉ちゃん達と分け合って食べるのです!」

 

電は北村海将補からカステラの箱を受け取って満面の笑みで行った。

 

北村「うむうむ。」

 

そしてその反応に満足げに頷いて見せる海将補。

 

提督「北村さん、宜しいのですか?」

 

北村「うむ、君も遠慮なく受け取ってくれい、その方が老人と言うのは気分がいいものじゃよ。」

 

提督「は、では有難く頂戴します。」

 

直人もカステラを一本受け取ると、電はさっき上ってきた階段を下りて艦内に姿を消し、直人と北村海将補は後檣楼基部にある貴賓室に向かった。貴賓室と言いつつ応接間と同様の扱いなのは言ってはいけない。

 

 

 

17時13分 重巡鈴谷後檣楼・貴賓室

 

 

北村海将補を前に作戦の説明を行った直人。それについて北村海将補からこんな言葉があった。

 

北村「ほほう、艦娘と上陸部隊の併用か、成程面白い。」

 

提督「ありがとうございます。上陸地点は今の所2カ所、ここと、ここです。この南北から一挙に全島を制圧し、後事を北村海将補にお預けすると、こういう訳です。」

 

アンダマン諸島の地図を指さしながら直人は説明する。

 

北村「分かった、その点については引き受けよう。して、何時出撃かね。」

 

提督「補給を終了し、明朝には。」

 

北村「分かった、ではわしももたもたしてはおれんな。」

 

提督「お手間をお掛けします。」

 

と言うと北村海将補が言った。

 

北村「なぁに、他ならぬ紀伊君の頼みだ。喜んで引き受けさせて貰おう。」

 

提督「―――ありがとうございます、我々も全力を尽くします故、ご安心を。」

 

北村「うむ、宜しく頼むぞ。」

 

提督「はい!」

 

直人は北村海将補と固い握手を交わし、その後海将補は足早に鈴谷を発って南の空へと消えた。

 

 

 

一方カステラをもらった電はと言えば・・・

 

 

17時41分 重巡鈴谷中甲板後部・第6駆逐隊ガンルーム

 

 

暁「美味しいわね!」

 

響「あぁ。甘味加減と言い食感と言い、実にハラショーだ。」

 

雷「その北村海将補って人にも感謝しないとね。」

 

電「なのです、優しそうな人だったのです。」

 

電には好印象に映ったようだ。

 

暁「このお返しは、今回の作戦の成功でしなきゃね。」

 

雷「頼むわよ、電!」

 

電「はいなのです! お姉ちゃん達も、宜しくお願いします!」

 

響「あぁ、任せてくれ。」

 

暁「今回も勝つわよ!」

 

4人「「オーッ!!」」

 

第六駆逐隊、士気は十分。暁も初実戦とは思えないほど緊張は解けていた。

 

最も無頓着だったと言ってしまえばそこまでだが。

 

 

 

その日の夜、前檣楼基部にある艦長室では、夕食を終えた直人が一部の艦娘を招いて一席設けていた。

 

 

19時57分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

 

提督「うん、紅茶とカステラ、いいなぁ。」

 

金剛「意外なコンビがお好みだったのデスネ・・・。」

 

扶桑「ふふっ、そうですね。」

 

神通「私も、この組み合わせはいいと思います。」

 

招かれていたのは実戦部隊のトップの内の3人、紅茶のティーカップと切り分けられたカステラを手元に談笑していた。

 

提督「しかしリンガ泊地の料理人達も侮れんな。これほど旨いカステラを作れるとは。」

 

北村海将補の持参したカステラは、実はリンガ泊地の厨房で作られたものである。内地から甘味を仕入れるのも一苦労する為、現地で作っているのだ。

 

扶桑「そうですね、給糧艦も数が少ないですし・・・。」

 

必要ないと言うのが正解だが、なぜか海軍は2隻ほど持っている。

 

提督「いや、今の世の中艦内にデカい冷蔵庫は普通だからね・・・。」

 

と直人が指摘する通り。

 

扶桑「そうなのですか? 時代は変わったのですね・・・。」

 

第二次大戦当時、特に暑い地域では生鮮食品の保存が利きにくいと言う問題があった。これは今の様に、大型の電気式冷蔵庫が無かった事が由来しているのだが、それ故日本海軍では大きな氷式冷蔵庫を備えた給糧艦を数隻保有していたのだ。

 

神通「今の世の中は、昔と比べて便利な事が多いですね。」

 

提督「そうだな・・・色々な意味で。」

 

金剛「ンー? どういう意味デース?」

 

提督「なにも生活周りだけが便利になった訳じゃない。今の時代、ボタン一つでミサイルを撃てる時代だからな。」

 

神通「成程・・・。」

 

技術の進歩は戦争さえも変えてしまった。昔の戦争の様な美談も、今の時代余りないのだ。

 

提督「お前達、明日は頼むぞ。今回も、皆で無事に帰る事が出来る様に、お前達の采配に期待する。こんな戦争で死ぬもんじゃないぞ。」

 

金剛「ハイ、必ず。」

 

扶桑「微力を尽くします。」

 

神通「私達の実力を、敵に見せましょう。」

 

提督「うむ。乾杯。」

 

4人はティーカップを掲げる。

 

こうして彼ら4人は改めて、作戦の成功と全員の帰還を、心に誓うのだった。

 

 

 

明けて3月17日7時12分、重巡鈴谷は艦娘達を乗せ、ペナンを発った。

 

 

針路278度、真西より少し北にずれているが、その方角へ全速力でひた走った。

 

 

 

9時23分―――

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「・・・速力36.9ノット、公試より0.2ノット遅いだけか。」

 

明石「ほぼスペック通りです、機関も快調に運転しています。」

 

提督「大変結構。」

 

満足げに頷く直人。

 

明石「乗り心地、ここまで如何でした?」

 

提督「俺には過ぎた代物とまで思えるよ、いい船だ。」

 

明石「お褒めに与り、光栄です!」

 

提督「フフフ・・・ん? ソナーに探有り、潜水艦!」

 

直人が真っ先にそれに気づいた。

 

明石「方角は2時半から3時の方向、距離6200!」

 

提督「水偵射出用意、爆装:六番爆雷4! 航空対潜戦闘用意!」

 

直人が手早く指示を出していく。

 

提督「敵の魚雷に注意、見張りを厳とせよ! 注排水装置用意! 防水隔壁も閉鎖!」

 

明石「はいはいはいっと~!」

 

明石が直人の指示に沿い対潜戦闘の準備を進める。と言っても今回爆雷を装備してきた訳ではない、専ら水偵に任せる事になる。

 

因みに言っておくと、この時鈴谷のソナーはほぼ効いてない。全速航行中故、敵のエコーが入りにくいのだ。ではなぜさっきは敵潜と思しきエコーを捉えたのか、恐らく偶然であろう。

 

提督「――ダメだな、ソナーでは見失った。」

 

明石「ですよね・・・。」

 

見張員「“右舷前方、敵潜望鏡! 距離5400!”」

 

提督「・・・マジの潜水艦だったのか。」

 

直人自身が半信半疑な反応だった事からもこの事は分かるだろう。

 

明石「右前方と言う事は敵の魚雷の射線上に位置する事になりませんか?」

 

提督「そうだな、2番4番高角砲射撃用意! 目標右前方、水面下の敵潜! 対潜砲弾用意!」

 

「“2番了解!”」

 

「“4番了解!”」

 

ここで言う対潜砲弾とは、太平洋戦争後期に、八九式12.7cm高角砲から射撃する為に作られた特殊砲弾の事を指す。高い角度で撃ち出し、敵潜の真上付近に着水させる事で爆雷代わりに使う砲弾である。

 

その代わり射程は短いが、対潜兵器としては十分な位にはある。

 

提督「1番主砲準備、弾種榴弾、信管遅発、秒数4秒っとな。」

 

明石「敵潜望鏡、方位38度、距離5000!」

 

提督「了解、右舷高角砲射撃始め! 1番砲発射!」

 

 

ドドオオォォォォーーーン

 

 

鈴谷の主砲が火を噴く、その砲声にかき消されながらも高角砲も射撃を開始する。

 

明石「敵潜望鏡水没!」

 

提督「遅すぎるわ。」

 

直人の言葉から数瞬置いて、潜望鏡の水没した辺りに水柱が立ち、次いで水面が盛り上がる。

 

水偵一番機「“こちら一番機、探知機より敵潜の反応消失、付近に別の潜水艦の反応有りに付き、捜索許可願う。”」

 

提督「許可する、やれるだけやってくれ。以後の連絡は不要、そちらの裁量に委ねる。」

 

水偵一番機「了解。」

 

提督「雷跡に引き続き注意、先程沈めた潜水艦が撃ってないとは限らんぞ。」

 

明石「は、はい。」

 

鈴谷の水偵は3機を搭載出来る、補用として分解格納されているものが更に2機存在するが、その1番機はKMX「三式一号探知機」を装備した零式水偵一一型乙なのだ。

 

この一一型乙はKMX装備の他、排気管に消炎装置を付けた対潜哨戒型である。

 

 

 

提督「―――雷跡は、なさそうだな。」

 

ずっと双眼鏡に張り付いてた明石に直人が加わって魚雷の航跡を探していたのだが全く見当たらない様子。

 

明石「良かったですね・・・。」

 

提督「うん、どうやら5km以内に敵潜水艦もいないようだ、雷跡警戒を解く訳に行かんが、一安心だな。」

 

明石「ふぅ・・・。」

 

明石が緊張を解くように大きく息をついた。

 

提督「まだ安心するのは早いぞ。ここは戦場だ、何処に敵がいるか知れたもんじゃないぞ。」

 

明石「は、そうでした・・・私、実戦の雰囲気は余り慣れなくって・・・。」

 

提督「――それもそうか。」

 

ただこればかりは慣れてもらうしかないよなぁ、と思う直人だった。

 

<私、特務艦ですから・・・

 

でもオペレーター他に誰がやるの>

 

 

 

14時47分、鈴谷はスマトラ北端部・ウェー(We)島の東100kmの付近まで進出していた。水偵はその後周辺海域の掃討を行い不確実ながら3隻を撃破した後、10時頃に一度減速した鈴谷に収容されていた。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「ここまではほぼ予定通りだな。あの潜水艦に見つかって以来7時間になるか。」

 

明石「はい。」

 

鈴谷「ま、予定通りなのはいい事じゃん? んじゃ、次は夜ね~。」

 

提督「おう、ありがとね。」

 

食堂から昼食を届けた鈴谷は、直人と明石からトレーを受け取ると、エレベーターで厨房に向かった。

 

提督「さてと、敵影は・・・ん?」

 

直人が目に留めたのはレーダーの反応だ。

 

明石「どうしました?」

 

提督「いや、レーダーに反応がある。識別は―――」

 

明石「本当ですね・・・艦首右舷方向―――提督これは!」

 

提督「あぁ、間違いない。敵だろう。」

 

出撃から8時間を過ぎ、遂に敵艦隊がやってきた。

 

明石「しかし、なぜこんなところに・・・。」

 

提督「詮索は後だ。全艦娘展開! 総員、第一級臨戦態勢!」

 

明石「は、はい! “全艦へ伝達、総員、第一級臨戦態勢! 全艦娘、展開をお願いします!”」

 

 

 

この時、艦娘達の半数以上はガンルームへ戻る途中であった。その道すがらには艤装格納庫を兼ねる艦娘発着場がある。

 

中甲板通路は、後部主砲塔バーベット(基部)を左右に避けて伸び、その途中で4番主砲塔バーベットに隣接する艦娘発着場の壁面を通る。ここから直接発着場に降りられるのだ。

 

明石「“全艦へ伝達、総員、第一級臨戦態勢! 全艦娘、展開をお願いします!”」

 

金剛「全艦出撃デース!」

 

羽黒「は、はい!」

 

白雪「初雪ちゃん、行きますよ!」

 

初雪「面倒臭い・・・。」

 

天龍「言ってる場合か!」

 

初雪「はぁ~・・・。」

 

艦娘の反応は流石素早かった。鉄製の階段を下り、左右両舷に割り振られた艤装格納庫から艤装を取り出す。

 

その間に両舷の発着用ハッチが開き、出撃準備が整う。

 

 

 

14時49分 鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

 

提督「両舷ハッチ開放よし、カタパルト用意よし!」

 

蒼龍「“空母蒼龍、出撃します!”」

 

千代田「“航空母艦千代田、出ます!”」

 

真っ先に出たのは空母部隊であった。

 

 

~右舷発着用ハッチ~

 

蒼龍「に、2回目だけど、大丈夫かな・・・。」

 

千歳「なる様になるでしょう。“水上機母艦千歳、出ます。”」

 

と言いながら蒼龍と千歳は艤装を装着した両足をカタパルト上のシャトルに固定すると膝を屈ませる。

 

このカタパルトは電磁式で、シャトルはハッチに埋め込まれた六輪装輪式の合金製台座と言う形状になっており、ハッチの縁と台座の後縁が重なった所で折れて裏面に回り込み、足から離れると言う駆動をする。

 

シャトルへの固定は艤装のかかとのみで、撃ち出す直前に固定が外れるようになっているが、これは加速を加える際にシャトルから艦娘が落下しないようにする為の安全装置代わりである。

 

言っておくが局長印明石製なので機械的信頼性は太鼓判3つ分はあると断言していいだろう。

 

蒼龍「―――そうね。」

 

提督「“固定確認、射出カウント、3・2・1・GO!”」

 

直人のGOサインと同時にガラガラと騒がしい音を立てて台車が徐々に加速していく。

 

そしてたった2秒足らずで二人の身体は“艦尾側”に射出されていた。

 

 

ザバアアァァーーン

 

 

蒼龍「ふぅ、慣れると便利そうだけどね。」

 

千歳「ふふっ、そうですね。」

 

言い忘れていたがこの電磁カタパルト、後ろ向きである。発着用ハッチには左右2基づつの発進用電磁カタパルトが装備されているが、全て後ろ向きである。なのでタイミングが揃うとこう言う事が起きる。

 

暁「暁、出撃します!」

 

響「響、出る。」

 

雷「雷、出撃するわ!」

 

電「電、出撃するのです!」

 

提督「“はいはい~固定確認、射出カウント、3・2・1・GO!”」

 

 

ガララララララッ

 

 

ザバアアァァァーーン

 

 

響「よし。」

 

 

ザバアアァァァーーン

 

 

雷「よーし、行くわよ!」

 

 

ザバアアァァァーーン

 

 

電「なのです!」

 

 

バッシャアアアーーーーン

 

 

暁「わぷっ!?」

 

3人「何やってるの・・・(なのです)。」

 

暁「うー、もう!」

 

まぁ、それは兎も角として(笑)

 

 

 

14時52分、真っ先に出た空母蒼龍を皮切りに、艦載機が次々と飛び立っていく。

 

 

提督「“提督より各空母ヘ、艦載機隊は敵哨戒部隊を攻撃せず、北西へ飛んでアンダマン諸島南方海域を索敵、同方面に確認される敵機動部隊に対し索敵攻撃を実施されたし。”」

 

蒼龍「えっ、あの敵艦隊は気にしなくていい、ってこと?」

 

と蒼龍が問い返すと直人はこう言った。

 

提督「“そう言う事、第1艦隊と第1水上打撃群の2個艦隊だ、軽巡クラスが主力の艦隊にわざわざ艦載機を使う事も無かろう、水上機で十分だ。ほれ、行った行った。”」

 

蒼龍「りょ、了解。」

 

龍驤「五航戦了解!」

 

しかしそこで異議を申し立てた者がいた。

 

千歳「では提督、私の水偵隊も混ぜて頂きますよ。“水上機”ですから。」

 

提督「“うっ・・・はぁ~、24機、目一杯ちゃんと積んでるだろうな?”」

 

千歳「はい、半数は瑞雲です。」

 

きっちり開発はやっていたようだ。

 

提督「“はぁ~、仕方ない。許可する。瑞雲隊だけだぞ!”」

 

千歳「了解!」

 

龍驤「ほほぅ、上手いことやり込みよったで・・・。」

 

千代田「盲点ね・・・。」

 

まだ千歳は空母ではなく水上機母艦であったからこそこの弁が通用したのだったが。

 

千歳「瑞雲隊全機発艦! やっちゃって!」

 

千歳のカタパルトから次々に瑞雲が飛び立つ。全機が250㎏爆弾装備だ。

 

 

 

その頃羅針艦橋―――

 

提督「はぁ~、俺としたことが一本取られたな。」

 

明石「そ、そうみたいですね。」

 

提督「しかしどうやら、我々の存在は通報されていたらしいな、やはりと言うべきだろうが。」

 

現れた敵艦隊は大した構成ではない。中枢こそ重巡級だが、残りは雷巡と軽巡、駆逐艦と言う水雷戦隊である。数は700ないし900隻。

 

明石「でも、大丈夫でしょうか?」

 

提督「大丈夫だ、うちの主力艦隊だぞ。少しは腕を信じてやれ。」

 

明石「は、はい・・・。」

 

提督「それに明石よ、またとないデータ収集のチャンスだろう、機会を掴めよ。」

 

明石「は、はい!」キリッ

 

艤装開発者魂が唐突に騒いだ明石、スイッチが切り替わった。

 

提督「よぉし! 金剛、行ってこい!」

 

金剛「“イエッサー!”」

 

直人は艦娘艦隊に対しゴーサインを出したのだった。

 

 

 

金剛「久しぶりの実戦、やるデース! ファイア!」

 

 

ドドドドオオオォォォーーーーン

 

 

榛名「参ります!」

 

摩耶「いくぜ!」

 

神通「えぇ!」

 

羽黒「私だって、やります!」

 

阿賀野「やっちゃうんだから、続いて!」

 

二水戦「「はい!」」

 

一番槍を付けた金剛に続いて第一水上打撃群諸艦が猛突進を掛ける。

 

扶桑「参ります! 全機発艦!」

 

山城「はいっ! 発艦!」

 

陸奥「左翼から回り込むわよ! てーっ!」

 

 

ズドオオォォォォーーーン

 

 

伊勢「前進!」

 

日向「あぁ!」

 

最上「全速、続け!」

 

三隈「分かりましたわ!」

 

球磨「七戦隊に続くクマ!」

 

多摩「にゃー!」

 

川内「吶喊!!」

 

一水戦「「おーっ!!」」

 

第二艦隊は第一水上打撃群の左翼側から敵艦隊側面へ回り込もうと勇躍する。

 

提督「1番、2番、撃てッ!!」

 

 

ドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

続けて鈴谷の10インチ連装砲が轟雷を束ねた咆哮を上げる。

 

そして猛烈な砲火を縫って瑞雲隊が攻撃を仕掛ける。

 

提督「阿賀野、余り突出し過ぎるなよ、集中砲火を浴びる恐れがある。」

 

阿賀野「“り、了解!”」

 

戦闘チャートを見て直人が細かに指示を出す。

 

明石「初弾命中! 行動不能に陥れました!」

 

提督「そうだろうな、実寸大に戻す工程を省略した10インチ砲だ。工程があればこそ無駄なロスもあろうがそれがない分、威力は普通の火砲と同じだ。いや、艦娘の艤装だから深海棲艦には一段と効くな。」

 

ミンチより酷い事になるが。

 

提督「第二射、新目標諸元修正、撃て!」

 

直人は的確に砲撃を叩きこんでいく。距離約1万2000ほどあるが、艦娘と違い射程は並にある、これは後方からでも余裕を持って戦線参加できる事を指し示していた。

 

提督「しっかし、機動部隊使えないのが辛いな。」

 

明石「ですね・・・。」

 

今更言い出しても詮無い事である。現有の戦力でどうにかする以外他に手はないのである。

 

 

 

敵艦隊の崩壊は存外に早く、僅か35分で敵艦影は無くなった。15時27分の事である。完全に一方的な戦いでもあった為、敵が壊乱状態に陥るまでの時間もそう長くは無かった。

 

金剛「手応えがないデース。」

 

神通「油断は禁物ですよ、金剛さん。」

 

金剛「うっ・・・。」

 

摩耶「しっかし、こうまで不甲斐ねぇとなぁ。」

 

提督「“そんな事言ってると足すくわれっぞ摩耶。”」

 

摩耶「ちょっ、聞いてやがったのか!?」

 

と驚く摩耶に直人は

 

提督「“通信でダダ漏れだったぞ。”」

 

摩耶「あっ―――」

 

と、返すのだった。

 

榛名「ここからどうしますか? 提督。」

 

提督「“お、榛名は要領が分かってるな。”」

 

金剛「どういう意味デース?」

 

提督「“終わって第一声があの発言の癖して何を言う?”」

 

金剛「ウッ・・・。」

 

返す言葉の無い金剛である。

 

提督「“よし、ここはもう列島線の端だ。針路を310度にする。全艦鈴谷周囲に展開して護衛を頼む。”」

 

金剛「了解デース!」

 

扶桑「承知致しました。」

 

と意気揚々に応答する二人。

 

提督「“金剛。”」

 

金剛「何デース?」

 

と明るく聞き返す金剛に直人はこう言う。

 

提督「“周囲警戒怠るんじゃねぇぞ。”」

 

金剛「わ、分かってマース・・・。」

 

気分が高揚するのは結構なのだが、それが油断を生むなら鎮静させるのも直人の役目なのであった。

 

 

 

16時02分、日が西に傾いてきた頃、横鎮近衛艦隊は前面に索敵機を飛ばしつつ全速力で北へ向かっていた。

 

鈴谷「索敵任務かぁ~、まぁ、敵がいないとは限らないけど・・・。」

 

利根「そう言うでない、索敵も重要な任務の一つじゃ。特に吾輩達第8戦隊はな。」

 

鈴谷「そうだよねぇ~・・・。」

 

筑摩「まぁそう気を落とさないで下さい、戦闘の後ですし気持ちは分かりますけど――あら?」

 

鈴谷「ん? どったの?」

 

そう聞き返す鈴谷の声に対し、筑摩は無言で、だが真剣な眼差しで通信を受け取っているようだった。そして―――

 

筑摩「提督! トリンケット島東方約150kmに、西進する敵輸送船団です、恐らく退避中と思われる、とのことです!」

 

 

 

提督「ここからは北東方向に敵か、となると交錯地点に達する頃には敵は通り過ぎておるな。」

 

直人は冷静にその進路と時間の進路とを照らし合わせ、状況を読む。

 

明石「どう、されますか?」

 

提督「―――うん、決まった。金剛!」

 

金剛「“どうしマシター?”」

 

提督「発見した敵艦隊を攻撃してくれ、水上打撃群の快速性を、ここで見せてくれ。」

 

そう言うと金剛が直人の期待の言質に応える。

 

金剛「“OKデース! ワタシ達の実力、見せてあげるネー!”」

 

かくして金剛ら第一水上打撃群は、本隊から分離して敵に向かった。一方鈴谷は針路を変えず依然全速力で北進を続けていた。

 

 

 

16時17分、重巡鈴谷にモールス信号が飛び込んで来た。

 

―――「テ」連送である。

 

提督「テ連送か、やったな!」

 

この無電の持つ意味は重大だ、敵主力の位置を特定できたのだから。

 

明石「続いてト連送です。」

 

提督「よしよし、首尾は順調だな。」

 

明石「さ、流石です・・・。」

 

この辺りは直人の洞察力の鋭さだろうか、それとも運が良かっただけなのか。

 

提督「あ、そうだ、大事な事言ってねぇ。」

 

と直人が艦隊通信を流す。

 

提督「“各空母へ、収容は日没直後になるぞ、夜間着艦の準備急げ。各艦は対潜警戒を怠るなよ。”」

 

龍驤「“了解!”」

 

提督「しっかし、訓練させといてよかったな。」

 

流石、抜かりはなかった。

 

明石「念の為、どころかやる気満々だったんですね・・・。」

 

提督「当たり前でしょう!」

 

明石「デスヨネー・・・。」

 

それもこれもバンタム湾夜戦で夜間空襲をやったという報告を直人が昇華させたものであったのだが。

 

 

 

16時44分、第1水上打撃群より『敵輸送船団撃滅せり』との入電があった。この時も鈴谷は列島線を北上していた為、金剛らは急ぎ北上して合流する事になったのだが・・・

 

 

17時07分―――

 

 

雷「夕日が綺麗ねぇ~。」

 

電「雷お姉ちゃん、そんな事言ってる場合じゃないのです。」

 

雷「う、いいじゃない別に・・・。」

 

初春「言うておる場合かや?」

 

雷「それはそうだけど・・・。」

 

電と初春が言うのは、今現在第一艦隊では艦載機の収容作業中だったのだ。

 

龍驤「呑気なもんやなぁ・・・こんな時に敵が来たらどないすんねん・・・。」

 

龍驤の心配は尤もであった。

 

千代田「大丈夫よ、流石に敵もこんな時間に艦載機は動かせない筈。」

 

龍驤「そうやのうてウチが心配してるんは潜水艦や!」

 

千歳「それはそうね、対潜哨戒機を飛ばしておくわ。」

 

そう言って千歳は零式水偵6機を発艦させる。

 

雷「はぁ・・・ん? んん??」

 

初春「今度はなんじゃ?」

 

やれやれと言った様子の初春に雷が緊張感を持った声で言う。

 

雷「いや、対空レーダーに何か・・・ッ! これは―――」

 

 

 

提督「敵機!?」

 

雷「“えぇ! 方位2度、距離は1万1000あるわ。”」

 

龍驤「“えらいこっちゃで! うちらは攻撃隊の収容中で迎撃機は上げれへんで!”」

 

提督「―――ええい已むを得ん、龍驤と千代田は順番に迎撃機を上げろ! 収容は燃料が少ないか損傷の激しいものから優先で降ろせ、どちらに降ろしても構わん急げ!!”」

 

これは所謂苦肉の策であったが、それで間に合わぬ場合不時着させるほかないのだった。

 

龍驤「“よっしゃ、じゃぁウチから上げるわ!”」

 

千代田「“了解!”」

 

提督「第六駆逐隊各艦搭乗員回収準備! その他の艦は対空戦闘配備!」

 

全員「「“了解!!”」」

 

直人が全ての指示を出し終えると、彼は嘆息する。

 

提督「全く予想外の攻撃だな、しかも場所が特定されていると来た。」

 

明石「攻撃隊が後を付けられていたのかもしれません。」

 

提督「・・・成程、そうかもしれん。索敵攻撃も仇になる事はある訳か。」

 

空母の隠匿性と言うものは、数百kmもの大遠距離から艦載機を放っている事で成り立っている。しかし発見されてしまえばそこまでなのである。ついでに言えば、最初に接敵した段階で無線封止を解いてしまった事が、この際仇になっていた。

 

提督「だがこうなっては致し方ない。やるだけやろう。“総員戦闘配備、対空戦闘用意!”」

 

 

パパパパパーパーパーーーッ、パパパパパーパーパーーーッ ――――

 

 

ラッパ手のラッパの音を合図にたちまちにして各高角砲、主砲、機銃がその鎌首をもたげ空を見据える。

 

提督「明石、第一水上打撃群に緊急通信、“我、敵の空襲を受けつつあり、至急救援を乞う”とな!」

 

明石「はい!」

 

提督「主砲、零式通常弾用意、装填及び時限信管調定急げ! 1番2番に諸元を伝達する!」

 

直人が選んだ砲弾、零式通常弾は榴弾だ。中に大量の炸薬を内蔵した対地/対空用砲弾である。

 

1番砲「“1番砲諸元よし、信管よし、装填よし!”」

 

2番砲「“2番砲射撃用意よし!”」

 

3番砲「“3番砲宜し!”」

 

4番砲「“4番砲発射準備よし、いつでもどうぞ!”」

 

提督「敵機展開方向、本艦正面12時より1時半の方角、後部主砲は右舷対空戦闘用意。」

 

直人は落ち着き払っていた。

 

3番砲「“3番砲了解!”」

 

4番砲「“4番砲了解!”」

 

鈴谷に乗り組んだ妖精達も士気は高い。機は熟したと言ってよいだろう―――

 

 

 

提督「1番2番、目標:敵編隊先頭集団、叩き付けろ!!」

 

 

ドドオオオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

17時13分、鈴谷の前部25.4cm砲が4門一斉に火を噴く。続けざまに艦娘達が各々の火砲を敵編隊に向け撃ちまくる。

 

数秒の間を置き、敵攻撃隊先頭集団は黒煙に包まれた。密度の高い対空砲火が敵に叩き付けられた何よりの証拠であった。そしてその黒煙を突き破り墜落していく敵機が多数目視で確認されたが、それさえも無視するかの如く、数に頼んで敵機が殺到する。

 

提督「多い、それにタイミングも最悪だ!」

 

航空機の発着艦中の空襲、正にミッドウェー海戦の構図そのままだ。

 

提督「1機たりとも敵機を近づけるな! 弾を惜しむな、撃ちまくれ!!」

 

前檣見張員「“本艦真上に敵機!”」

 

提督「くっ、取り舵! 機銃座射撃始め!!」

 

直人が一気に取り舵を切る。舵の動きに次いで、艦全体が右に傾斜しつつ左方向に転舵する。25mm機銃が無数に火箭を撃ち上げる。

 

前檣見張員「“敵機急降下!!”」

 

提督「クソッ!! 頼む、外れろ!」

 

直人が祈る中急降下する敵機は4機。

 

前檣見張員「“1番機投弾!”」

 

 

ヒュルルルルルルル・・・ザバアアアーー・・・ン

 

 

前檣見張員「“2番機炎上! 3番機撃墜! 4番機投弾!!”」

 

提督「舵戻せェッ!!」

 

 

ヒュルルルルルルズドオォォーー・・・ン

 

 

「“艦尾甲板に被弾、損害軽微!”」

 

提督「ふぅ・・・。」

 

前檣見張員「“右舷前方雷撃機2機!!”」

 

提督「3番砲、撃て!」

 

3番砲「“信管バッチリです、発射!!”」

 

 

ズドオオオォォォンドォォォーー・・・ン

 

 

このことあるを見越してか信管再調停を済ませていた3番砲がすぐさま砲撃を放ち、少し間を置き鈴谷の右舷前方に砲弾が炸裂する。

 

提督「よし、両方撃墜!」

 

明石「まだ来ます!!」

 

提督「戦闘機隊はまだか―――!」

 

この時既に龍驤戦闘機隊が体制を整え漸く迎撃を開始したのだったが、彼我入り混じる混戦状態となっていた。

 

 

 

舞風「これは―――あの時を思い出すねぇ。もう沈むもんか!」

 

かつての自分を追憶する舞風、しかし感傷に浸る暇はない。

 

扶桑「撃て、撃てっ!」

 

陸奥「三式弾、撃て!」

 

那智「くそっ、きりがない!」

 

高雄「まだまだこれからですよ、恐らく400はいるでしょうし。」

 

愛宕「うふふっ、盛大なお出迎えねぇ♪」

 

暁「言ってる場合じゃないでしょおおお!?」

 

対空戦闘の訓練は十分に積んでいると言っても、些かこれは多過ぎた。少しずつ敵機の接近を許していく艦娘達。

 

それを強力に押し返したのが、鈴谷の対空機銃陣だった。艦娘では不可能な数の機銃を積む鈴谷の機銃が、接近する敵機を片端から絡め取っていく。

 

かつての鈴谷と違い艦娘用装備のみを積み込んだだけに、その精度はお話にならない。何故なら艦娘は少量の武装で多数の敵と相対する関係で兵装一つ一つの精度が極めて高いのである。

 

そうして奮闘を続けている内、一つの朗報が飛び込んだ。

 

後檣見張員「“南の方角に機影、味方です!!”」

 

提督「来たか!」

 

 

~同刻・鈴谷南方31km~

 

金剛「急ぐのデース!」

 

摩耶「やれやれ、忙しいこった・・・。」

 

急ぎ合流を図る第一水上打撃群からは、鈴谷と第一艦隊の打ち上げる猛烈な対空砲火が既に見て取れた。

 

蒼龍「戦闘機隊、第一艦隊上空へ到達!」

 

金剛「鈴谷は健在デスカ!?」

 

蒼龍「―――少し傷付いてるけど大丈夫そうって!」

 

天龍「やれやれ、ひやひやさせやがる。」

 

金剛「良かったデース・・・よーし、急ぐネー!」

 

全員「「はいっ!」」

 

 

 

提督「と言う事は、金剛も案外近くにいるのかもしれんな。」

 

明石「かもしれません、いけますよ!」

 

提督「あぁ、よーし! ここが踏ん張りどころだ。ぬかるなよ!!」

 

第一艦隊「「“はい!”」」

 

 

 

17時42分に艦隊上空に到達した蒼龍戦闘機隊によって、形勢は大きく傾いた。その時点で既に対空砲による損害が甚大な数に上っていた敵攻撃隊は徐々に逃走に移っていた。

 

直人ら決死の奮闘により、艦隊への被害は局限された。

 

18時17分、敵の空襲は終わった。

 

 

 

18時20分 鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

 

提督「戦闘態勢解除、各部隊は損害状況をチェックし報告せよ。」

 

金剛「“提督!”」

 

提督「金剛か。ありがとな、助かった。」

 

そう言いながら直人は損傷個所の復旧を行っていた。

 

鈴谷は爆弾2発と至近弾数発を受けて多少の損傷を生じていたが、自己修復機能によってその痕跡は無いに等しかった。

 

そう、これも鈴谷のギミックの一つで、損傷個所を積載してきた鋼材を使い自己修復する事が出来るのである。これも霧の技術が参考になったと言うが、これは現代の艦艇にはない画期的なシステムであった。尤も、その補修を担当するのも妖精達であった。

 

金剛「“ノープログレムデース、無事で何よりネ!”」

 

提督「全くだな。」

 

そう言う直人の顔には漸く安堵の表情が浮かんでいた。

 

明石「提督、戦闘配食です。お口に合うといいのですが・・・。」

 

提督「おう、ありがとな、そのまま各艦に配分して来てくれるか?」

 

明石「お任せ下さい!」

 

艦娘達が戦闘に出ており空いていた厨房を明石が取り持っていた御様子、直人に戦闘配食を手渡すと、足早にまた去っていくのだった。

 

提督「――ま、ゆっくり飯食う暇ねぇしな。」

 

そう言って頬張っているのは、塩むすび2つとたくあんが4切、それにみそ汁と簡単な葉物の和え物だった。

 

 

 

18時35分、一度進軍の足を緩めて各艦に戦闘配食を配分していた横鎮近衛艦隊は、一気にその船足を上げ一躍アンダマン諸島を目指した。

 

既に日は暮れ、夜の闇に包まれつつあったアンダマン海の制海権は、既に彼らのものとなっていた。お家芸の夜戦がその真価を見せる時が来たのである。

 

 

20時02分―――

 

提督「千歳3番機から“テ連送”?」

 

千歳「“はい、敵主力と思われます。”」

 

千歳からの報告を受けた直人はある一つの事を決意する。

 

 

 

そもそもの発端は先立つ事1時間半ほど前、直人の指示で夜間索敵を行った事であった。

 

 

18時41分・・・

 

 

千歳「“夜間索敵、ですか?”」

 

提督「そうだ。一式空三号無線帰投方位測定器の使用も許可する。」

 

千歳「“・・・分かりました。”」

 

 

 

提督「よし、夜間触接させろ、交代の零式水偵も出してやろう。最上、2機射出せよ。」

 

最上「“了解!”」

 

因みに水上機搭載艦(航戦など航空機運用艦を除く)に限り、艤装スロットと別個に艦載機を定数分搭載出来るのだ。積まないなんてナンセンスである。

 

提督「さてさて~、航空急襲隊を編成してくれるかな?」

 

龍驤「“ほほう? 成程なぁ~。”」

 

蒼龍「“いや普通成程とはならないよ!?”」

 

ごもっとも。

 

提督「蒼龍、お前もだぞ。」

 

と直人が指摘を入れる。

 

蒼龍「“私もぉ!?”」

 

提督「当たり前だろう、ただでさえ空母の頭数が少ないんだからな!」

 

言い替えると空席の数合わせだ。飛龍の艤装はまだ復元されていないのだから尚更だろう。

 

提督「夜間発艦用意、航空隊は全力で行って構わんから兎に角急げ!」

 

五航戦/二航戦「“了解!”」

 

現在の編成では空母は3隻と少ない。これを航空機運用艦である扶桑と山城、千歳などの水上機でカバーしているのだ。そして零式水偵は64機、千歳に12機、鈴谷にも5機、利根と筑摩にも6機が搭載されている。

 

この他大型重巡と戦艦隊には3機ずつ、軽巡には1機ずつと言う具合だ。

 

提督「全艦対潜警戒、空母の明かりが集魚灯にならんとも限らんぞ!」

 

集魚灯、とは言い得て妙であろう。夜間であればタバコの火さえも何kmでも先から見えてしまう。それが潜水艦の目標にされる事は、言うまでもない。

 

それをその何十倍もの明るさの夜間発着灯を3隻分も付けるのである、実際の船であれば周囲はちょっとした日中のような明るさになる。

 

第六駆逐隊は第五航空戦隊の直衛任務を帯びていた。これは即ちトンボ釣り(不時着機救助)を兼ねる事も意味する。

 

響「忙しい事だな・・・。」

 

淡々と任務をこなしてきた響も流石に声を漏らした。

 

龍驤「はいはい、でも今がチャンスや思うたんやろ、ならやるしかあらへんで。」

 

そう言いつつ式神を次々と艦載機に変えて送り出す龍驤。和田鉄二郎中尉率いる艦爆隊が発艦を始めていた。

 

蒼龍「そうそう、提督は航空戦指揮の腕は確かだからね。」

 

これは直人にとって願っても無い評価だっただろう。直人は野生の勘と言うべきか、そう言ったモノで航空隊を飛び立たせているだけなのだ。勿論彼自身学習はしている。

 

朝潮「それに付近に“今”敵がいないと言って警戒を怠る事はあってはなりませんし。」

 

響「そうだね、分かってる。」

 

暁「でもこんなに真っ暗なのに、大丈夫かなぁ・・・?」ソワソワ

 

雷「暁、どうかしたの? あ、もしかしておしっことか?」

 

暁「それは大丈夫よ!!」

 

何故大丈夫なのか、理由は単純だ。

 

 

『艦娘達は全員基本出撃の際には“パット式おむつ”持参である!』(ババァーーン

 

因みにこれについては近距離出撃時には事前に用を足して出るが、長距離航海となるとそうはいかないから、と言う切実な理由がある。

 

蛇足かつ恐らく描写する事はないが、おむつの替えは持参するものの遠征だと足りない場合が多々ある、その時は・・・もう分かるね? 言わせないでおくれよ?

 

暁「敵が来ないかと思って落ち着かないだけよ、失礼な事言わないで!」プンスカ

 

雷「は~いはい。」

 

と雷はサラッと受け流した。

 

蒼龍「でも、敵の電探に引っかかる可能性がないとは、お世辞にも言えないわね・・・。」

 

暁「それって・・・。」

 

見つかるかもしれない、と言う事だった。一式空三号無線帰投方位測定器、通称『ク式(元が米・クルシー社製の為)』と呼ばれる装置は、母艦から電波を出し、夜間飛行する機体や洋上飛行中の機体に、母艦がいる方向を伝える装置なのだ。

 

しかし電波を出すと言う事は、電探(レーダー)に引っかかる可能性がある。そうすると少なくともその所在を明らかにする事になる為危険極まりないのだ。

 

と、蒼龍が説明すると暁は

 

暁「うーん・・・よく分かんないけど、敵が来たら、守ってあげるわ!」

 

六駆+蒼龍(よく分かんなかったの!? かなり分かりやすく言ってたのに!)

 

このポンコツぶりである・・・。

 

蒼龍「ふふっ。皆、頼りにしてるわね?」

 

と蒼龍は動揺を押し殺していった。

 

暁「勿論! レディにお任せ!」

 

朝潮「はい、私達も頑張ります!」

 

そうしている間に全機無事に飛び立った。多少損耗はあるが、定数の8割強はまだ残っている。それに先程の空襲の際にも被撃墜ないし、不時着した機体は幸いなかったのである。

 

 

 

提督「全機発艦よしっと。では、我々は引き続きこのまま全速で敵に向かうか。」

 

明石「はい!」

 

直人は満足げにそう言い、航空隊を追って北へと艦首を向けるのだった。

 

 

 

その後の横鎮近衛艦隊は破竹の勢いで進撃を続行した。列島線沿いに配された微弱な敵の抵抗を排除し、21時11分には放った航空隊から「ト連送」を受信、そして更に1時間後、彼らは遂に目的地を視野に収めようとしていた。

 

 

 

22時14分 アンダマン諸島南30km付近

 

 

提督「おー、やってるな。」

 

羅針艦橋に仁王立ちになり言う直人の視線の先では、攻撃を加える友軍艦載機隊と、猛烈な対空砲火を撃ち上げ探照灯を空に向けた敵艦隊の姿があった。

 

その瞳は漸く、輝きを取り戻したと言えただろう。

 

明石「敵艦隊総数はおよそ1200とのことです。」

 

隣で情報を集計していた明石が報告する。オペレーターも様になってきたようだ。

 

提督「宜しい、今の俺達ならやれるだろう、“左舷合戦準備!”」

 

 

 

金剛「左舷合戦準備! 砲雷撃戦、用意!」

 

北上「やっと出番かぁ。」

 

大井「頑張りましょう、北上さん。」

 

北上「もち!」

 

神通「阿賀野さん、もう実戦は大丈夫ですね?」

 

阿賀野「えぇ、今度は飛び出し過ぎないようにしないとね・・・皆、戦闘用意!」

 

羽黒「――艤装も弾薬もまだ大丈夫、いけます!」

 

摩耶「おうとも! いつでもこい!」

 

 

 

扶桑「左舷合戦準備、砲撃戦に備え!」

 

陸奥「いよいよ決戦ね。」

 

日向「そうなるな、気を引き締めてかかろう。」

 

伊勢「そうね、やってやろう!」

 

那智「那智の戦、見てて貰おうか!」

 

妙高「私達も全力で。」

 

高雄「えぇ!」

 

愛宕「やっちゃうわよぉ~!」

 

川内「夜戦だぁー!」

 

約1名平常運転な事を除き全員ここまでの破竹の進撃で士気が上がっている。一種の熱狂にも似た雰囲気を纏った大艦隊が今、正に到着しようとしていた。一方で空襲部隊は離脱にかかっていた。大半の機体は投弾を終えているのだ。

 

天龍「おいおい、本来の目的はそっちじゃねぇだろ・・・。」

 

その裏で艦隊戦部隊に割り振られていない天龍が言った。

 

天龍は今鈴谷に戻っている。と言うのは上陸戦の指揮を執る為だ。

 

最初の遭遇戦の時は緊急出撃だった為出撃したがそれ以降は艦に戻っていたのだ。

 

提督「おいおい、盗み聞きかい。」

 

天龍「いやー、“偶々”無線に入って来てよ。」

 

提督(胡散臭ぇ・・・。)ジトー

 

天龍「んで? どうするよ。」

 

話題の方向を逸らそうと天龍が言った。

 

提督「どうもこうも無いさ、擦れ違いざまに撃破する。」

 

天龍「一航過でか!?」

 

提督「今のあいつらならやれるだろう。散々訓練を積んだんだからな。」

 

数か月間猛訓練をやったおかげで、艦娘達の技量はみるみる向上している。その為改装を行った艦が増えて来ているのだ。

 

 

――22時32分

 

 

響「“司令官、対水上電探に反応、12時方向距離2万から2万5000。”」

 

提督「――早いな、こちらも捉えたが・・・。」

 

響もその1隻だ。響はどうやら索敵に適性を持っているらしく、探知の早さで並ぶ者がない。

 

妙高「“どうしますか? 電探射撃を行いますか?”」

 

提督「頼む。敵との反航戦でそのまま離脱する、一航過で出来るだけ多く仕留めて貰いたい。」

 

妙高「“ご希望に沿えるよう努力致します。”」

 

提督「うむ。」

 

妙高は響と同じく改装を受けて、電探装備の他対空兵装も増備された。

 

この他に球磨・五月雨・筑摩・神通・白雪が改になっている。

 

金剛「“もうすぐ射程デース!”」

 

提督「分かってるよ金剛、心配しなくていい。砲撃戦用意! 針路一〇ヨーソロー!」

 

金剛の一言に続き直人が号令を出す。

 

提督「“各艦に伝達、擦り抜け様に殲滅を期す。お前達が日頃行ってきた猛訓練の成果を見せてもらう。以上だ。”」

 

全員「「“はい!!”」」

 

天龍「提督、揚陸戦準備はしなくていいのか?」

 

提督「アホ、出来るかどうかも分からんのだ。気が早いと思わんか?」

 

そう言うと天龍はこう言った。

 

天龍「フッ、それもそうだな。失礼失礼。」

 

提督「ふふっ。さぁて、そろそろ始めるか。」

 

直人がそう言ったのが丁度22時36分、空襲部隊が離脱を終えた直後である。

 

提督「各空母へ、艦載機収容を優先し鈴谷周辺に残存せよ。第六及び第八駆逐隊は護衛に当たれ。」

 

直人は更に空母部隊とその直衛駆逐隊に指示を出す。

 

龍驤「“おっしゃ!”」

 

蒼龍「“分かりました。”」

 

朝潮「“了解!”」

 

暁「“えぇ!”」

 

提督「駆逐隊には収容後改めて出番をやるから、安心しておけ!」

 

と直人はくくる。

 

提督「よぉし! 全艦、撃てぇ!!」

 

22時38分、その瞬間、鈴谷の周囲一面が昼のような明るさとなる―――

 

 

 

提督「撃て撃て! 敵先頭集団が崩れたぞ!」

 

一斉射撃は相当なインパクトを与えた様で、敵の隊列が乱れた。

 

阿賀野「“二水戦、突撃します!”」

 

川内「“一水戦、突入するよ!”」

 

提督「大変結構! 敵陣形に亀裂を作ってやれ!」

 

二人「“了解!”」

 

阿賀野と川内の応答に続いて水雷戦隊二隊が突撃する。

 

提督「五戦隊及び四戦隊、十四戦隊前進! 突入を援護せよ!」

 

妙高「“はい!”」

 

高雄「“了解!”」

 

最上「“分かった!”」

 

続けて送った指示で重巡6隻が水雷戦隊を追い前進する。この6人が本隊と突入部隊の中間に座して砲撃支援を行うのだ。

 

そしてその間にも猛烈な砲撃は続いている。二個艦隊分の砲力を合わせた連続砲撃は、それまで行われてこなかった単一目標に対する集中砲撃を行っていた。

 

これまでは目標が多数であったり複数カ所に分かれていたことから、火力は分散されがちであった。しかし今回その縛りはない。その火力の集中は、並みの航空攻撃を遥かに凌ぐものがあった。

 

提督「ふむ、流石に早いな。空母を後背に控えさせた鶴翼陣形か。」

 

鈴谷が全門射撃4回を終える頃には敵艦隊は陣形を立て直した。その形状は両翼を伸ばし、敵の突撃を三方向から迎え撃つ態勢である。

 

だが直人はその欠点を知っていた。

 

直人「水雷戦隊諸艦に伝達、敵の左翼部隊の端に圧を掛けろ! これで崩せるだろう。」

 

阿賀野「“えっ、それって―――”」

 

川内「“了解! 援護宜しく!”」

 

提督「おう、任せろ。」

 

阿賀野「“ちょっと、分かんないんだけど!?”」

 

提督「川内に付いてきゃ分かるだろう。砲撃中各艦へ、砲火を敵左翼に集中させよ。」

 

金剛「“了解ネ! 統制射撃に移行しマース!”」

 

摩耶「“敵空母から敵の夜間攻撃機!”」

 

提督「宜しい、摩耶に対応を任せる。航空隊はいい加減休ませてやろう。」

 

摩耶「“ヘヘッ、話が早くて助かるぜ。”」

 

摩耶が敵編隊に立ち塞がる形で艦隊前面に展開する。敵編隊も砲撃中の艦娘艦隊を狙っているようで、突入中の水雷戦隊には目もくれない。それだけ凄まじい砲火である故少しでも減退させたいのだろう。

 

提督「だけど、易々通す訳ないよねっと。」

 

直人は余裕の笑みを浮かべた。

 

無論、根拠がないものではない。現に敵艦隊はまだ応戦を始めたばかりだ。空母部隊だけは即応して艦載機を放った様子だったが、それ以外は急展開急進攻撃の訓練を綿密に行っていた横鎮近衛艦隊とは比較にならない。

 

但し敵の名誉の為に言っておくが、彼らもまたリンガ・ブルネイ両泊地との激戦を生き残ってきた精鋭である事を忘れてはならない。そこいらのぽっと出の艦隊とは訳が違うのだ。

 

提督「撃ちまくれ! 格の違いと言うものを教えてやれ!!」

 

直人が吼えるように言う。

 

事前の空襲によって炎上している艦もいた敵艦隊を闇の中から見分けるのは簡単だった。照明弾さえ不要な位である。

 

艦娘艦隊周囲には既に敵弾が次々に着弾している。敵の方が総数は圧倒的に上なのだから弾の数も多い。なまじ深海棲艦でも実戦経験は多少積んでいるとだけあって砲撃もある程度正確だ。

 

しかも敵は艦載機からの報告で漸く水雷戦隊の存在に気付いた様子で、砲火を分散させてしまった。ここらあたりは経験不足であろう。

 

阿賀野「“突入成功だよ! 魚雷発射しま~す!”」

 

提督「よしっ! 全艦敵左翼方面に突撃、一気に突き崩せ!!」

 

金剛「“提督はどうするネー?”」

 

と、金剛は少し声を笑わせていった。

 

提督「決まっているだろう、全艦、我に続けぇ!!」

 

金剛「“やれやれネ。でも、そうこなくちゃらしくないデス!”」

 

提督「ハッハッハ! 遅れるなよ!!」

 

金剛「“勿論ネー!”」

 

 

 

―――こうして、横鎮近衛艦隊は総突撃を掛け、その40分後、敵艦隊は左翼方向からの圧迫に耐えきれず陣形を崩す事になる。そして明けて18日1時28分(マレー時間)、敵艦隊は遂に撤退に至った。この間、彼らは一度たりと南を向く事はなかった。

 

 

横鎮近衛艦隊を以ってしても、1000を超す敵艦隊を夜だけで殲滅する事は不可能だったのだ。故に彼は敵に対し局所優勢を確保する事で打撃を与え、撤退に追い込んだのである。

 

 

 

アンダマン諸島に近接しつつ砲撃戦を交えていた横鎮近衛艦隊、ことに司令官座乗艦である鈴谷は最も島に近接していた艦の一つだった。そして1時35分には対地艦砲射撃が終わり、既に最初の舟艇がアンダマン諸島南部の上陸地点に向けて進撃を始めていたのである。

 

提督「南部の指揮は天龍、お前が執れ、朝潮と夕立、戦車50両をそちらに付ける。」

 

天龍「分かった。」

 

提督「残りの3人は北部から戦車40両と共に進撃させる、100両行けそうにはないしな。」

 

と言うのは、元々北部からは100両の戦車を用いて南進する予定だったのだが、島の地形などを鑑みて、40両に減らしたのだ。

 

天龍「そっちに陸戦隊回すか?」

 

提督「そうしてくれると助かる。」

 

天龍「よし、んじゃそっちに450人ほど送るぜ。」

 

と天龍が言うと

 

提督「ありがたい、助かるよ。」

 

と一つ肩の荷が下りた様子だった。

 

提督「そうだ天龍、一つ注意しておこう。」

 

天龍「なんだ?」

 

提督「敵を余り“追い詰めすぎるな”よ。折を見て降伏勧告でも入れてやれ。島に立てこもっている深海棲艦は、艦隊の敗退を見て士気が落ちている筈だ。これ以上追い詰めて余計な損害を出す事は避けたい。」

 

天龍「・・・成程な、了解。」

 

天龍は直人の言を受け入れると、上陸の指揮に入る。直人は艤装を装着していたが、舟艇機動で北部へ向かう舟艇11隻を伴って、アンダマン諸島の北に向かったのである。そして程無く上陸地点に到着すると、直接上陸地点に戦車を揚陸し始めた。

 

電「私達の出番、ですね?」

 

提督「あぁそうだ。」

 

そう言って浜に膝を屈めて座る直人の、腰部艤装の前面はパカッと蓋が開き、ミニチュアの戦車が次々と躍り出ては実寸大の大きさになっていた。艦娘の撃ち出した砲弾が大きくなるのとタネは同じである。

 

不知火「お任せを、残らず排除して御覧に入れます。」

 

提督「いや、追い込むだけでいい。」

 

不知火「は・・・?」

 

と首を傾げた不知火に直人は、天龍に言った事を再び言う。

 

提督「今回はあくまで島の制圧が目的だ。それを達成する為に敵の殲滅があるとは限らん。天龍にも言ったが、追い込んだ所で降伏勧告を出してやれ。それに従わない者がいるならば、好きにして良い。」

 

不知火「・・・分かりました、仰る通りに。」

 

深雪「つまり、アタシ達は島を制圧すればいい、と言う事だな?」

 

提督「そう言う事。目的と目標を間違えてはならんぞ。全島制圧の“目的”と敵掃討という“目標”を混同してはならない、いいな?」

 

深雪「了解っと。」

 

電「が、頑張ります!」

 

提督「おう、肩の力は抜いてな。」

 

電「はい――!」

 

さしたる抵抗も無く揚陸を終えた戦車隊と陸戦隊は、早速南北から島の制圧に取り掛かり、直人は一旦鈴谷に戻った。

 

 

 

1時42分、リンガ泊地からの増援艦隊が到着する。

 

到着したのは先行したリンガ防備艦隊であった。

 

明石「提督、輸送艦に先行したリンガ泊地防備艦隊より“攻略支援は必要か?”と来ております。」

 

提督「無用であると伝えよ。アンダマン海の制海権確保を頼みたい。」

 

明石「分かりました。」

 

直人は明石にそう言うと、サークルデバイスを展開して引き続き左舷甲板に陣取り、上陸戦の様子を眺めるのであった。

 

 

 

その後の上陸戦の展開は至極一方的なものだった。

 

南のポート・ブレアと北のエアリアル湾に分かれて上陸した陸戦隊/艦娘/紀伊搭載戦車隊は、散発的な砲撃を繰り返す敵の抵抗をいとも容易く排して電撃的に侵攻、一時間半程で中アンダマン島東部、ランガット付近に敵を包囲するに至る。

 

洋上には艦娘部隊、陸上に逃げ道も無く、徐々に陸上の包囲網は詰められる状況下で、海岸線付近から動くに動けない敵の姿は、沖合にいる直人らからも見て取れた。

 

提督「・・・。」

 

直人は黙して、天龍の次の一手を見守っていた。

 

 

 

一方――

 

 

天龍(ここで突撃命令を出せば、詰みだが・・・。)

 

包囲中の天龍は一つの事を思い出していた。言うまでもなく1時間半以上前に直人に言われた事を、頭の隅で思い出していたからだ。

 

朝潮「・・・天龍さん?」

 

天龍「ん?」

 

朝潮「突撃させないのですか?」

 

朝潮の問いに天龍はただ

 

天龍「それを今考えてんだ。」

 

とだけ言った。

 

不知火「あぁ、司令に言われてた件ですね。無視しても構わないとは思いますが・・・。」

 

天龍「そうだけどな、命令だからよ・・・。」

 

軍隊が命令抜きには成り立たないのは周知の通りだ。しかし軍隊が機能するかどうかは、命令を受けた者がそれを順守して動くか否かに基づく事が多い。今回の様に必要性の薄い命令を守るかどうかという事は、彼女ら近衛艦隊の今後をある程度左右すると言ってもいい。

 

不知火「天龍さんが決めかねているのなら、私が行ってきます。」

 

朝潮「不知火さん!」

 

天龍「まて、勝手に動こうとするんじゃねぇ。腹に据えかねてる事は事実だけどな、だからって下が勝手に処理していい案件じゃねぇぞ。」

 

不知火「・・・。」

 

天龍の制止を不知火は大人しく聞いて引き下がった。

 

電「あの、天龍さん・・・。」

 

電が躊躇いがちに声を出して言う。

 

天龍「ん? どうした?」

 

電「私は、司令官さんと同じ気持ちです。出来れば、助けたいのです。」

 

天龍「電、お前―――」

 

電「無理かもしれないのは、分かってるのです。でも、出来る事なら戦いたくないのです。」

 

天龍「・・・。」

 

天龍はそれを聞き少し考え込む。

 

夕立「電ちゃん・・・。」

 

深雪「確かに、戦わずに済むなら、それに越したことは無いけど・・・。」

 

天龍「―――分かった。」

 

天龍が口を開く。

 

天龍「降伏勧告を出す。電、深雪、それぞれ陸戦隊2個小隊と連れ立って行ってこい。」

 

電「天龍さん――!」

 

天龍「あれだけ言いたいことをはっきり言ったんだからな、その分ビシッと決めてこい!」

 

電「はいっ!」

 

深雪「了解!」

 

電は意気揚々と前線に向け姿を消した。深雪もそれに続いていく。

 

不知火「・・・良いんですか?」

 

天龍「あぁ、いい。それに、余計な損害を出したくはねぇし、電の言ってる事もよく分かるからな。」

 

この時の天龍は過不足なく、直人の心情を代弁する立場にあったと言える。たとえ相手が何であれ、人道的であるべきなのは事実ではあったし、損害抑制の定石から言ってもこの判断は妥当であった。

 

 

 

提督「憎しみだけで世界が回っている訳ではないからな・・・。」

 

明石「・・・なんです?」

 

提督「ん? いや、別に。」

 

憎いと思うのもまた感情だ。しかしそれだけで世界が回るとしたらそれは世紀末である。時に情けをかけ、情を以て接する事もまた大事なのである。『武士の情け』という言葉もある。直人とて、時として感情に走る事はあるし、敵対しようとする者には容赦をしない性格をしている事も事実だ。だがいつもそうして突っ走っていたのでは心が荒んでしまう。それが自分で分かってもいるだけにこうした行動に出る事はあるのだ。

 

提督(甘いかな・・・だが、深海棲艦に好き好んでなった訳ではあるまい、ましてそれが命あるモノならば・・・救わぬ道理はないのではないか・・・?)

 

これまでの戦いで彼は知った、やはり深海棲艦も生き物なのであると。ならば無益な殺生は出来る事なら避けたいのが彼の思う所なのだった。

 

 

 

不知火(深海棲艦を倒すのではなく、救う・・・ですか。分からないですね・・・。)

 

朝潮(司令官は、何を考えておいでなのでしょう・・・。)

 

眼前の敵を救うと言う心理は、にわかには納得されがたいものである。前線で戦う者にとって敵とは「倒すもの」であって「救うもの」ではないからだ。

 

戦場に人道的思考を持ち込む事の難しさがそこにある。それが出来る指揮官が少ない事も事実ではある。そして直人もそれが中々出来ない指揮官である。直人にしても、損害と戦果を秤にかけた結果なのだからむべなるかな、である。

 

電「敵艦に告げます。抵抗を止め、降伏して下さい! 生命の安全は司令官さんの名に於いて保証するのです!」

 

まぁ確かに命令者がそこを担保するのは至極当然なのだが、それにしたって名前を使っていいとは一言も言ってない状態であるが如何なものか。(なお黙認された模様)

 

 

 

深雪「降伏するんだな?」

 

リ級「アァ、ワタシ達、戦力、アマリナイ。」

 

深雪「分かった、なら、お前たちの仲間に抵抗を止めるように呼び掛けてくれないか? 皆を助ける為だ。」

 

リ級「分カッタ。」

 

流石深雪、賢い。投降して来た敵兵を使って降伏を呼びかける手法は古来からよく使われているからだ。その方が敵対している相手が呼びかけるより効果がある。

 

深雪「こりゃ、大変そうだなぁおい。」

 

 

 

3時39分、アンダマン島全島制圧を確認した横鎮近衛艦隊は、全艦に対し収容命令を出した。

 

陸戦隊の鹵獲した深海棲艦、241艦。包囲後も小規模の戦闘が数回起きており、それにより40艦程度撃破された後の数だと言う。

 

壊滅し去って尚、艦娘艦隊と比べこれだけの量を有していたと言う事は、如何に深海棲艦が物量を重視しているかを伺わせる一コマとして、直人をして一種戦慄にも似た何かを感じさせる事柄であった。

 

リ級Flag「部下ノ生命ヲオ預ケスル。」

 

島にいた深海棲艦を包括していたと言う深海棲重巡リ級Flag「コーンウォール」が、直人にそう述べる。

 

提督「確かに。貴官らの身柄は、ジュネーブ条約に則り扱われる事を誓約する。」

 

ジュネーヴ条約とは簡単に言えば「ヤベェよこいつら捕虜とか傷病人の扱いやばすぎィ!!」という赤十字の声により作られた戦時国際法である。

 

この中の第三条約に於いて「捕虜に対する、最低限度を超えるプライバシーの侵害、虐待、医学的実験、脅迫、侮辱、差別その他一切の非人道的行為を禁止する(要約)」旨の条項が規定されているのだ。

 

リ級Flag「感謝スル。」

 

提督「本艦はこの外見に見合わず手狭なので、マリアナ諸島到着までは船倉区画に収容するが、異存ないか?」

 

リ級Flag「了解シタ。」

 

提督「環境はなるべく整えるから、窮屈だろうが、勘弁してくれ。」

 

リ級Flag「ゴ配慮、感謝スル。」

 

提督「という事だ明石。鳳翔達と相談して、何とかしてくれ。」

 

明石「は、はい・・・。」

 

流石に初めての事で困惑しているのか、明石も声を詰まらせる。

 

提督「慣れないのは分かるがな、これも仕事と思って頼む。」

 

明石「はい、分かりました。念の為に見張りは付けますか?」

 

提督「ん・・・そうだな、金剛と相談して付けて貰うといい。」

 

捕虜の暴発は珍しい話でもない為、直人もその点は警戒していたのであった。

 

明石「分かりました、では早速。」

 

提督「さて、司令部にも通信を送らないと・・・。」

 

明石はコーンウォールを伴って艦橋を辞去し、直人は一人、サイパン司令部に通信文を送るのであった。

 

 

 

4時21分、アンダマン諸島の敵残兵を捕虜とした横鎮近衛艦隊は、艦娘艦隊と共にこれを収容すると早々に当該海域を引き払った。

 

後事をリンガ泊地隊に託した横鎮近衛艦隊は、そそくさとマラッカ海峡を抜けるとその帰途、タウイタウイに寄港して多少の燃料補給を受けた後、サイパン島へと向かうのであった。

 

 

 

アンダマン海の争奪戦は、艦娘艦隊の速戦即決によって敵の態勢が整う以前に急襲した事もあり成功を収めた。それは彼自身も認める所ではあったが、それが再び戦闘を引き起こし、双方に犠牲を増やす事になった点については、彼としては複雑だったという。

 

この後、コロンボ/トリンコマリーの深海棲艦隊と、リンガ・タウイタウイ・ブルネイを根拠地とする艦娘艦隊との間で激闘が続く事になるのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

タウイタウイに寄港中の3月20日正午前、思わぬ通信が直人の元に飛び込んできた。

 

大迫「やぁ直人、また派手にやったそうだな。」

 

提督「大迫一佐!? テレビ電話なんて、どうやって・・・。」

 

相手は横鎮後方参謀 大迫尚弥である。

 

大迫「たまたま今日は通信状況が良かったのでね、こうしてかけさせてもらった。」

 

提督「成程・・・。」

 

無線通信は深海棲艦によってジャミングされているらしく、一定距離以上の遠距離無線通信は大抵使えない事の方が多いのだが・・・。

 

提督「では、手短に済ませてしまいましょう、いつ切れるかもわかりませんし。」

 

その直人の言葉が示すかのように、入ってくる映像も通信も若干ノイズが混じっていた。

 

大迫「そうだな。この間貴官が申請していた品だがね、定期物資輸送船団に便乗して、“要人”と一緒に無事到着したそうだ。」

 

提督「そうですか、いや、それは良かった。」

 

大迫「海将もお前が彼女を見て、ああ言うかもしれんとは薄々思ってたそうだ。」

 

提督「参りましたね、お見通しとは。」

 

そう言って肩を竦める直人である。

 

大迫「長い付き合いだからな、お見通しなのだろうよ?」

 

提督「まぁ、確かに―――。」

 

気付けばその付き合いも今年で満6年である。

 

大迫「しかし今回も尾野山一佐が走り回っているようだ。」

 

提督「いつもご迷惑おかけします。と一佐に宜しく伝えてください。」

 

お詫びとお礼を忘れない精神、これ大事。

 

大迫「分かった。ではな、ちゃんとサイパンに戻ってこいよ。」

 

提督「勿論です、またいずれ。」

 

大迫「うん―――」プツッ

 

 

提督「――そうか、着いたか。」

 

と内心安堵する直人に明石が言葉を発する。

 

明石「あの、“要人”って何の話です?」

 

提督「帰るまでのお楽しみって事で。因みに大淀と鳳翔さんには話を付けてあったりするから残留組は多分もう全員知ってる。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

この“要人”の正体は、読者諸氏にはもうお分かりの事であろうからここでは敢えて述べまい。そうでなくともじきに登場するであろう。

 

提督「そんな事よりそろそろお昼だ、飯にしよう。」

 

明石「はい!」

 

そう言って二人は羅針艦橋を後にした。

 

 

 

このあと14時過ぎに鈴谷はタウイタウイを出港、一路サイパンに向かった。彼らのミッションが、こうしてまた一つ完遂されたのである。

 

横鎮近衛艦隊の任務はこの一件に見られる様に『裏方』である。内地各紙では一面で大々的に報道され各艦隊にも流布された。『リンガ防備艦隊、アンダマン方面に対し電撃的強襲を敢行す!』と―――それらしい理屈の通った解説もなされていた。

 

彼らが極秘艦隊たる所以は、言わば上層部が失敗を恐れての事だと換言出来ない事はない。実際アンダマン海にして見ても、一筋縄では困難な海域だった事は事実である。

 

だが、それでも直人は、自身の持つ役割については決して不満は言わなかったという。何故ならば、彼には戦う為の力が与えられている。戦う理由も、漠然とであってもある。ならば不平は口に出さぬ様にと決めていた、という事らしい。

 

無論真偽の程は分からないにしても、彼が武人としての誇りを胸に、戦場に赴いたという事に関しては、事実の様である。

 

 

 

―――2053年。

 

この年が、前年とは比較にならない激戦となる事を、彼はまだ、知る筈もなかった。

 

如何なる出会いが待つのか―――?

如何なる運命が立ちはだかるのか―――?

如何なる敵と巡り合う事になるのか―――?

 

それを語るのは―――まだ、少し先の事である。




艦艇紹介
今回実戦デビューを果たした鈴谷の全貌を紹介!
刮目せよ、その諸元がこれだ!

艦名:鈴谷
艦種:重巡洋艦

要目
◎機関:横鎮近衛式1号艦艇用艦娘機関 4軸/16万2000軸馬力(制限解除時:20万2500軸馬力)
◎速力:(全速)37.1ノット(公試)
    (巡航)14ノット(25.928km/h 日本からパラオ(約3093km)まで約1週間程度)
◎固定兵装:25mm単装機銃18丁(固定) 20cm12連装噴進砲(片舷4基・航空甲板対空砲座固定)
◎搭載可能兵装
・スロット数:主砲4~5 高角砲4(~2) 魚雷4~2 機銃12 艦首魚雷0~1 航空甲板高角砲2 
       同機銃12 大型電探1 小型電探2 高射装置0~2 ソナー1~2
       爆雷2~4(高角砲撤去で可) 副砲(ケースメイト)4~6(片舷) 応急修理班0~2
       徹甲弾1 榴弾1 対空弾1 探照灯4 その他特殊装備6 その他砲弾1
       機関部強化0~2(タービン・ボイラーの組み合わせに限り2搭載可)
       搭載機数3機(11機)

主砲:20.3cm連装砲(2号砲・3号砲含む) 25.4cm連装砲(55口径・装甲厚15~25mm・219t×4基装備) 15.5cm3連装砲 14cm単装砲(連装砲) 12.7cm連装砲(同B型改2) 10cm連装高角砲(同+高射装置) 12cm単装砲 12.7cm単装高角砲 12.7cm連装高角砲(後期型) 15.2cm連装砲(同改) 12.7cm単装砲A型

副砲:12cm単装砲(6門) 12.7cm単装砲(5門) 14cm単装砲(4門) 12.7cm単装高角砲(5門)

高角砲:10cm連装高角砲(同+高射装置・同(砲架)) 12.7cm単装高角砲 12.7cm連装高角砲(後期型) 8cm高角砲 12.7cm連装高角砲(同+高射装置)

魚雷(艦首魚雷含):53cm連装魚雷 61cm3連装魚雷(同酸素魚雷) 61cm4連装魚雷(同酸素魚雷) 61cm5連装(酸素)魚雷 試製FaT仕様95式酸素魚雷改 53cm艦首(酸素)魚雷 試製61cm6連装(酸素)魚雷 潜水艦用53cm艦首魚雷(8門)

機銃:7.7mm単装機銃 12.7mm単装機銃 25mm単装機銃 25mm連装機銃 25mm3連装機銃 25mm3連装機銃 集中配備 毘式40mm連装機銃 12cm30連装噴進砲 20cm12連装噴進砲

爆雷(搭載する場合):九四式爆雷投射機 三式爆雷投射機 五式爆雷投射機

高射装置:九一式高射装置 九四式高射装置 三式高射装置

小型電探:13号対空電探 13号対空電探改 22号対水上電探 22号対水上電探改四 33号対水上電探
大型電探:21号対空電探 21号対空電探改 14号対空電探 32号対水上電探 32号対水上電探改

ソナー:九三式水中聴音機 三式水中探信儀 零式水中聴音機 四式水中聴音機

応急修理班:応急修理要員 応急修理女神

徹甲弾:八九式徹甲弾 九一式徹甲弾 一式徹甲弾
榴弾:零式通常弾
対空弾:三式通常弾 零式通常弾
その他砲弾:照明弾

探照灯:探照灯 九六式150cm探照灯
その他特殊装備:ドラム缶(輸送用) 熟練艦載機整備員 熟練見張員

搭載機(重巡時):零式水上偵察機 零式水上観測機 九八式水上偵察機(夜偵)
搭載機(航巡時):(上記に加え) 瑞雲 瑞雲(六三四空) 瑞雲一二型 瑞雲一二型(六三四空) 試製晴嵐 カ号観測機 二式水戦改 強風一一型改(試製艦戦型)

◎ハッチ稼働要目
・発進時
カタパルト外壁内側設置の蒸気カタパルトによりスロープ伝いに後方水面へ射出
・収容時
カタパルト内壁内側(スロープ表面)先端から5m長のベルトコンベアーで収容
※内壁スロープはスライド式に稼働、前後双方へ展開可能、射出時ベルトコンベアーはカバー装着、収容時射出レールはカバー装着。


KHYシリーズ第三弾。局長や夕張、明石が練りに練った、稀有でありかつ優秀な艦娘艦隊旗艦用艦艇。
艦娘機関化した事により空いた膨大な容積をフルに生かして強力な司令部施設や艦娘修理施設、更に艦娘が普段生活を送るのに不自由しないだけの内装(真水生成装置・大浴場他)、艦娘発着用の発着口を兼ねた大型ハッチを艦尾側に装備、その他にも様々な設備を装備可能な余白がまだ残されているなど、艤装の量が減って重量も低減され、更に改鈴谷型の改正が取り入れられた事による優位点が随所に見られる。
最大の特徴は羅針艦橋から全艦を遠隔操作に近い状態で操作できることで、妖精さん達の乗り組みによりそれが可能となった。またそれら兵装も装備カ所に艦娘用の装備スロットを装備する事により任務に応じた装備を選択できるようになっているなど、第二次大戦期の鈴谷とは全く一線を画する高性能を誇る。また局長の奮起によって、実際に装備される事が無かった兵装や、実際には存在しないオリジナルの装備も存在している。
しかし艦隊の性質故公にはされなかった傑作艦である。


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第2部11章~歴史の岐路~

2017年、謹賀新年を申し上げます。天の声です。

青葉「もう1月19日ですよ、遅過ぎませんか。どうも恐縮です、青葉です! 今年も宜しくお願いします!」

なんだかんだ言うんじゃないか。

青葉「まぁ一応は・・・ねぇ?」

まぁそうだね。


この章が今年最初の新章となります。ようやく移植作業も終わりましたので、ここから更新ペースはゆっくりになると思います。基本的には最初に章を立ち上げ1000文字程度執筆、そこから継ぎ足していって長いスパンで1つのお話を纏め上げるという方式を採ります。なので表面上は更新されていない様に見えても、文字数はじわじわ増えていきます。

青葉「エブリスタ以来の方式を踏襲する訳ですね?」

そう言う事。エブリスタはページ区切りだったので更新状況も分かりやすかったのですけど、まぁシステムの違いですし止むを得ないでしょう。

エブリスタからの方、またお世話になります。何卒これまでと変わらぬご愛顧の程宜しくお願い致します。

こちら側の方々、初めまして。非才の身ながら今後も書いていきますので、どうかよろしくお願いいたします。


さて今回は海軍陸戦隊の紹介をしようと思ったのですが、それまですると長くなってしまいますので、このまま本編という事で解説コーナーはなしです!

青葉「無しにするんですか!?」

いや、書いたんだけど強制タブ再展開で消えてしまった・・・。(ブラウザ:IE)

青葉「も、モチベの問題ですね分かります・・・。」

まぁそろそろ始めて・・・そう言えば今日のゲストどうした?

青葉「そう言えばまだ来てな―――」

加古「ごめんごめん! 寝坊したぁ!」←ゲスト

遅いよもう始めちゃうよ! という事で今回ゲストの筈だった横鎮近衛艦隊所属、加古さんにタイトルコールお願いしよう。

加古「うえぇ? あぁ、うん。第2部11章、スタート!」


2053年3月26日15時17分、サイパン西方沖に到達し、帰着まで1時間強という地点にいた鈴谷艦内で艦内放送が流される。

 

 

~鈴谷・羅針艦橋~

 

提督「業務連絡業務連絡、総員そのまま聞いてどうぞ。」

 

明石(・・・。)( ̄∇ ̄;)

 

その気楽さに思わず言葉を失う明石。

 

提督「あと1時間半弱で帰港するけども、一つ注意事項がある。今司令部には“客人”が一組来ている訳なんだが、そのお客人を見ても決して驚かない様に。まぁ、慣れてるだろうから蛇足かもしれないけど。以上!」

 

すると放送を終えた直人に明石が思わず聞いた。

 

明石「あの・・・その客人って、一体何者なんです?」

 

提督「んー? お前が日頃から付き合っているのと同族さ。」

 

明石「んー・・・んんん??」

 

余計に疑問が増える結果になったのであった。尤も、これはわざわざそう言う風に伝えているだけであったが―――。

 

提督「ま、着けばわかるさ。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

誰なんだろう・・・と半ば本気で思う明石を横目に、直人は艦の操艦を続けるのであった。

 

 

 

16時37分、重巡鈴谷が司令部前の岸壁に接岸、タラップが降ろされた。

 

提督「ふぅ、2週間ぶりのサイパンだ、南方は暑くて敵わん。」

 

明石「暑いのはダメなんですか?」

 

提督「いや、寒いのがダメ、すぐしもやけが出来る。」

 

明石「あぁ、そう言う意味でダメなんですか・・・。」

 

提督「だから暑い方がいいかなぁ、雪は好きだけど。」

 

明石(結局どっちなんですか・・・。)

 

そんな会話をしながら一番にタラップを降りていく直人達を下で出迎える者があった。

 

 

大淀「提督、御無事の御帰還、何よりです。」ザッ

 

局長「相当派手ニヤッタヨウダナ、アトデ点検シテオコウ。」

 

提督「出迎えご苦労。」

 

下で出迎えたのは大淀と局長であった。

 

提督「そちらが“お客人”だな?」

 

大淀「そうです。」

 

そう言う大淀達の左横に、ここでは見慣れない人物が二人いた。

 

明石「―――この人達っ・・・。」

 

アルティ「横鎮預かりからこちらに転属になった、元深海中部太平洋方面艦隊所属、アルティメイトストームだ。」

 

アラスカ「その副官、アラスカです。」

 

アラスカはタ級Flagshipである事は既に2部9章で述べた。だがその時とは違い服の襟首に星二つの襟章が付けられていた。

 

アルティメイトストーム――アルティ――の容姿はWWⅡ期アメリカ海軍士官コート調の服装で、下はサーキュラースカートにヒールブーツという出で立ちである。風貌はタ級に近いが顔の肉がもう少し厚く、瞳もサファイアである点が異なる。因みに背丈は直人(172cm)より少し低い程度だ。

 

※参考までに

金剛169.6cm

榛名170.1cm

比叡169.7cm

霧島170.1cm

明石159.2cm

大淀165.1cm

 

 

提督「横鎮近衛第四艦隊司令官、紀伊直人だ。今回の件、手数をかけたが、許して貰いたい。」

 

アルティ「構わない、少なくともあの空気の中にいるよりはましだよ。」

 

明石「て、提督―――」

 

提督「騒ぐな、艦内でも言っただろう。」

 

局長「ソウダソウダ、ソレニ今更過ギルダロウニ。」

 

直人と局長が口を揃えて明石に言う。

 

アルティ「そう言う事らしいな、ワールウィンドとモンタナが生きていると知った時は、些か驚いたが。」

 

提督「あぁ、モンタナはよくこの艦隊を支えてくれている。感謝に堪えない。」

 

局長「ソノ言葉ダケデ十分ダヨ。」

 

ワール「ま、自分の悪運の強さには感心するけどね。」

 

アルティ「違いない。ところで、私達をここに呼んだ理由を、聞かせて貰いたい。まさか同族同士で殺し合え、と言う訳じゃないでしょうね?」

 

そう聞くと直人はかぶりを振った。

 

提督「とんでもない。俺が頼みたいのは、今回連れてきた捕虜の統制だ。」

 

アラスカ「捕虜・・・?」

 

提督「そうだ。」

 

捕虜というのは言うまでもない、アンダマン諸島で降伏した240隻余りに上る深海棲艦達の事だ。

 

アルティ「―――成程ね、中々面白い、それでいて見所のある司令官の様ね、あなたは。」

 

提督「―――お褒めに与り、光栄の至り。」

 

そう言う直人は心中で言葉の意味を測りかねていた。

 

アルティ「分かったわ、引き受けてあげる。いつまでも深海の捕虜たちが孤児では可哀想だし。」

 

提督「そう言って貰えてよかった。」

 

アルティ「でも流石にその収容所をここに作る訳にはいかないでしょう? どうするつもりだ?」

 

と、問いかけるアルティ。というのは、サイパンは完全な要塞化が済んでおり、一寸たりも動かしがたい状態にあったのだ。

 

提督「ひとまず隣のテニアン島にそう言った施設を設営しようと思う。無論収容所とは言うが、必要なものは用意する。粗雑なモノは作らせないという点に関しては、私が保証しよう。」

 

アルティ「成程、棲地化してはならない、という訳だな。」

 

提督「そうだ、されれば我々が困る。出来れば君達とだけでも、友禅の誼(よしみ)を通じていたいと願う。」

 

分かりやすく噛み砕いてしまえば、これ以上敵を増やしたくないから仲良くしたい、という所であった。

 

アルティ「えぇ、承知したわ。恐らく、あなた達では深海棲艦を統制するのは難しいだろうし。」

 

提督「―――感謝する。」

 

と、話がおおよそ纏まってきたところへ大淀がこんな事を言った。

 

大淀「提督、この様な事を言えばお怒りになるかも知れませんが、もし、アルティメイトストームさんが反旗を翻したら、どうなさるおつもりなのですか?」

 

アルティ「―――。」

 

アラスカ「・・・。」

 

その言にアルティとアラスカは目が険しくなる。そして返された返答は至極真っ当であった。

 

提督「その様な事は、無い。これでもアルティを信用してるんだよ?」

 

アルティ「・・・!」

 

大淀「ですが―――」

 

提督「だが、万が一、という事がある事も重々承知している。言われるまでも無い事だし、仮にも深海棲艦であるからその危惧は至極当然だろう。もし戦わば、その時は一戦仕るまでの事。」

 

大淀「そう、ですか・・・。」

 

提督「だけどさっきも言った通り俺はアルティを信用している、だからその様な事はない、そう信じる。」

 

―――深海棲艦にテニアン島を明け渡す―――この判断は言わば、一方的かもしれない直人の信用によって成された判断だったと言える。勿論大淀の言が何一つ間違った見識から出されたものでない事も事実である。

 

提督「だが当然ながら防備は引き続いて我々がその一切を取り仕切らせてもらう。そこは了承して頂きたい。我々はまだ、虜囚達の扱いを決定していない事もある、取り敢えずの間、捕虜となった深海棲艦の統率をお願いする。」

 

アルティ「―――心得た。」

 

アラスカ「アルティ様?」

 

アルティ「場合によっては、テニアン島は、我々一派の寄る辺となるやもしれんな、司令官殿。」

 

 

アルティメイトストームはこの申し出を受諾、コーンウォールから指揮権を引き継ぎ、テニアン島へと向かった。

 

 

大淀「―――提督。」

これでいいのか―――アルティ達を見送りつつもそう問おうとした大淀に、直人が先んじて答えを出す。

 

提督「これでいいんだ。我々は戦意の無い者まで無節操に殺すような、そんな慈悲の無い連中に成り下がってはならん。そうなれば、大局を誤る事にも繋がりかねんからな。」

 

大淀「・・・はい。」

 有史以来、ただ殺して戦争が終わるのならば、大量虐殺の悲劇は世界中で巻き起こっただろう。組織的かつ大胆で慈悲もなく殺戮が行われる事は避け得ない。しかしそれで戦争が終わる訳ではないし、それは新たな憎悪を巻き起こし、戦いが終わる事は決してない。

直人がそれを理解していればこそ、彼らは柔軟に動き得るのである。用兵に余裕が出来る、遊撃兵力たり得る、勝利を勝ち取り得る。そしてそれを欠いた時、彼らは負けるのである―――なぜなら彼らは、援軍など最初から望み得ない、陽、在らざる身の上なのだから・・・。

 

 

3月30日になると、彼ら横鎮近衛が捕虜を収容している事は横鎮中央―――土方海将と大迫一佐―――の知る所となっており、その報告と一緒に送られていた必要物資(生活用品等必要最低限の物資)の追加要請が受理され、既にサイパンに向けてそれを積んだ輸送船が横浜を発っていた。

 

 

3月30日10時27分

神奈川県横須賀・横鎮本庁/司令長官室

 

土方「捕虜、か・・・。」

 

大迫「手元に置きたいのは分かりますがね、直人も無茶な事をする・・・。」

 

司令長官室で、そのサイパン行き輸送船団を見送る二人。

 

土方「いざという時は自力で対処するとある。激発しても、問題はないと信じたいが・・・。」

 

 流石にこの二人と言えど、懸念材料の多いこの措置には危機感を抱いていた。

最悪の場合、直人がアルティに預けた捕虜を指揮下に置き、造反して直人らに対し一戦仕掛ける可能性さえあるのだ。超兵器級が、仮にも手勢を率いて自陣近くにいるという事は、当時の認識からしても、それだけ危険だったのである。

 まぁそれを言ってしまえば、ワールウィンドを客人として迎えている時点で手遅れでもあったのだが。

 

大迫「しかし相手は亡命したと言っても超兵器です。流石に無茶ではないでしょうか・・・。」

 

土方「あいつの事だ、何か策があればと思うが・・・。」

 

 

 

一方の横鎮近衛側―――

10時55分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「策? んなもんはない!」

 

大淀「えっ・・・。」

まさかの、無策であった。これには大淀も心底驚いたが、彼はこれに言葉を続けた。

「いいか大淀。何か策があるのかというがな、そんなものを考えるのであればまず、真っ先に、“相手から信用される”策を考えろ。確かにこんな商売やってりゃ人間不信になるのは分かる、なぜならそう言う商売だからな。だがいいか、敵を信用しても、敵から信用されなきゃ叛乱は起こるんだ、例え敵味方の関係でなかったとしても同じことが言える。」

 

大淀「は、はい。」

 

提督「だからまずは、相手からの信用を勝ち取れ。それが俺の策だ。平和とは、信用が全てだ。まずはそこからだよ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

直人は大淀にそう語って聞かせた。

提督(自分でも、甘いのは分かってる。だが、戦いより、戦わざる道を選んだ方が、いいに越したことはないではないか・・・それが彼らに理解されないならば、その時は―――)

 

直人は平和・協調路線を取ると同時に戦う決意をも、この時ばかりは固めていたのである。

 

 

 『平和とは、実力あってのものである』というのが彼の持論であり、且つそれを成し得る実力を持つ身の上である以上、その決意は至極当然であったと考えられなくはない。しかし、もしそうなった場合、待つのは悲劇的結果であるという事をもまた、その時点で既にして暗示していた決定であった事は事実である。

 

提督「実力無き平和は夢に過ぎん、それも悪夢の類だ。人々は享楽と退廃の夢を見る、明日も平和だと己に言い聞かせるだろう。だが約束された平和など一日たりともない、あるのは“偶然の”結果としての、平和と安寧だけだからな。我々の今の境遇がそうだ。トラック島の敵は以前と打って変わって静かになった。であればこそ、我々は今こうして安心して施設の造営に当たれるんだ。」

 

大淀「成程、敵が絶えず侵攻して来ている状況では、戦力増強も訓練も、ままなりませんからね・・・。」

 

提督「そう言う事。何事も成すのであれば、邪魔の入らぬ内が一番早く済む。邪魔が入らぬ事是平和と、文字通り言えるのだからな。友好的関係の構築にしろ戦の準備にしろ同じ事だ、何事も今の内、だよ?」

 

大淀「はい、肝に銘じます。」

 

直人は今のサイパンの状況―――穏健無事な状況が長続きするとは初めから考えていない。側面にトラック環礁を抱えている今日、敵側に攻撃の主導権がある事は事実だ。なればこそ彼らは早晩ここを奪回する必要に迫られていたのだが、それは今、成される事ではない。もう少し先の話である・・・。

 

 

ガチャッ

 

 

金剛「戻ったのデ~ス!」

 

といつも通りの元気さで戻ってきたのは秘書艦の金剛である。と言っても普段より少し上機嫌そうだ。

 

提督「お帰り~、漏らさなかったか?」

 

金剛「漏らしてないデースッ!」ムキーッ

 

提督「ハハハ、その様子なら大丈夫そうだな。」

 

金剛「そう言えバ、第一艦隊は今どのあたりデショウ?」

 

金剛が言うのは第一艦隊の遠洋練習航海の事だ。水上火力の中心部隊という事で彼も第一艦隊に関しては航海に出し渋っていたのだが、今回ようやく日の目を見た次第で、実は金剛の機嫌の良さもここからきている。

 

大淀「予定通りなら16日の行程の三日目ですし、今は―――福島県沖ではないでしょうか。」

※大凡正確です

 

金剛「oh! まだその辺りデスカ。」

※第一水上打撃群の経済的巡航速度は15ノットほど

 

大淀「巡航速度も遅いですし、仕方がないでしょうね・・・。」

※横鎮近衛の第一艦隊のそれは10ノット強

 

足の遅い戦艦5隻が主軸とあってはやむを得ない所は確かにある。

 

提督「まぁあいつらがいない間は航空戦力が中心になるからな、その点は頼むぞ、総旗艦殿?」

 

金剛「お任せあるネ!」

 

 

コンコン

 

 

提督「どうぞ~。」

 

明石「失礼します!」

 

やってきたのは明石さん。何か報告があるようです。

 

提督「おぉ、終わったかい?」

 

明石「はい、千歳さんの“甲”への改装、木曽さん他数名の改装、蒼龍及び地上転用中の飛龍艦載機隊の機種転換、完了です!」

 

提督「よしっ、でかした!」

 

戦力増強案は現在進行形であったのだ、その証拠がこれであっただろう。

 

今回改装されたのは―――

 

・蒼龍 (無印)⇒改

・千歳 改⇒甲

・木曽 (無印)⇒改

・望月 (無印)⇒改

・黒潮 (無印)⇒改

・大潮 (無印)⇒改

・霞  (無印)⇒改

 

の以上6隻。バンタム湾夜戦に始まりここまで三度の大奮戦を見せ異例の速さで改となった霞を始め、元々改装に要求されるデータの少ない千歳などを始め、駆逐艦に関しては電探を装備した連撃装備となったと考えてよい。

 

 

そして二航戦の機種転換は搭載機種全てに実施されその結果次の通りとなる

 

・飛龍改

艦戦(岡嶋隊):零式艦戦二一型⇒同三二型

艦爆(小林隊):九九式艦爆一一型⇒同二二型

艦攻(友永隊):九七式艦攻⇒天山一一型

爆戦(精鋭):零式艦戦六二型⇒零式艦戦六三型(いずれも爆戦)

・蒼龍

艦戦(藤田隊):零式艦戦二一型⇒同二二型

艦爆(江草隊):九九式艦爆一一型⇒同二二型

艦攻(金井隊):九七式艦攻(爆装)⇒天山一一型(爆装)

艦偵(NEW!):二式艦上偵察機

 

はっきり言ってしまえば艦爆はマイナーチェンジである。あと蒼龍艦攻隊は初めから敵基地絶殺マンなので気にしない方向で行こう。(だって中の人水平爆撃の名手なんですもの・・・。)

 

因みに以前述べられていた一航戦の機種転換については既に完了しているので併せてここで紹介させて頂く。

 

・赤城

艦戦(板谷隊):零式艦戦五二型⇒同五四型(標準5段階目)

艦爆(千早隊):彗星一一型⇒同一二型(標準4段階目)

艦攻(村田隊):天山一二型⇒同一二型甲

 

・加賀

艦戦(赤松隊):零式艦戦二一型⇒同三二型

艦爆(牧田隊):九九式艦爆一一型⇒同二二型(標準2段階目)

艦攻(北島隊):九七式艦攻⇒天山一一型(標準2段階目)

 

端的に言ってしまおう。赤城艦戦隊の世代が全然違う件。(因みに蒼龍艦戦隊の二二型で標準3段階目である)

 

因みに両者とも改装はまだであるが然るべき時になれば実施されるであろう。

 

 

提督「しかし相変わらず赤城の艦載機はあてになっていいな。」

 

中々凄い言い草であるような気もするが、端的に言ってしまえば事実だろう。

 

明石「あ、それとドロップ判定が終わったので、来て頂けますか?」

 

提督「分かった、今行こう。」

 

そう言って執務机から立ち上がった直人は、明石に続いて建造棟に向かったのであった。

 

 

 

11時08分 サイパン司令部建造棟

 

提督「さて―――自己紹介をお願いしようかな?」(見慣れない制服・・・新クラスか)

 

そう、この司令部にも最新鋭クラスの艦隊型駆逐艦の着任である、その記念すべき第一陣は―――

 

 

 

「夕雲型一番艦、夕雲、着任しました。フフッ。」

 

第十駆逐隊旗艦―――駆逐艦夕雲、着任。そしてそれと時を同じくして加入した艦娘がもう一人。

 

阿武隈「こんにちわ、軽巡阿武隈です。只今着任しました!」

 

提督「二人とも宜しく頼む。まぁ見て分かると思うが私がこの艦隊の指揮官だ。」

 

金剛「総旗艦の金剛デース、宜しくネー?」

 

阿武隈&夕雲「宜しくお願いします!」

 

この頃になると金剛も総旗艦の肩書を堂々と使う様になっていた。漸く自信がついてきた証左であったろうか、はたまた別の理由があったのか、それは分からないのだが。

 

 

しかし、阿武隈にとってこの着任時期は非常にまずいものであった。

 

 

由良「久しぶりね、阿武隈ちゃん!」

 

阿武隈「また由良と一緒に戦えるんだね!」

 

とまぁ姉妹の再会を祝う一幕は今回もあった訳だが。

 

提督「感動の再会なのは分かるけども、司令部の案内頼むぞ~由良。」

 

由良「承知しておりますとも♪」

 

と返す由良は上機嫌なのが顔どころか声にまで出ているのが、容易に窺い知れたのだった。

 

提督「はぁ、やれやれ・・・。」

 

金剛「気持ちは分かりますケド、度が過ぎるのはナンセンスですよネ?」

 

提督「主に千歳の時の千代田な。」

 

そんな事を思い出しながら直人は建造棟を後にしたのであった。

 

 

 

11時40分 中央棟2F・提督執務室

 

その決定が下されたのは意外な速さであった。

 

提督「テニアン島が重要防御地域となる事は目に見えている。横鎮でも事情は聞いて来ちゃいるんだが、アルティは“派閥抗争”に敗れ生命の危険を回避するため我が軍門に下ったのだという。」

 

軍門に下る、という言い回しには語弊があるがそれはひとまず置こう。

 

提督「恐らく奴らの事だ、仲間内の気配には敏感だろうから気付くのは存外早いだろう。そうなると再びその生命が危機に陥る事も十分考えられる。という訳で司令部防備艦隊の増員をしたい訳だが、これがまたどうして思うに任せない訳だ・・・。」

 

大淀「―――提督、僭越ながら一つ宜しいでしょうか。」

 

提督「いや、大淀の言いたい事は分かっている、つもりだ。阿武隈を付けよと言いたいのだろう?」

 

大淀「はい、阿武隈は所属がまだ定まっておらず、着任直後という事もあり現在の艦隊の練度も踏まえますと、今のままの状態では作戦行動に齟齬をきたす可能性が考えられます。」

 

 

つまりこう言う事だ。

 

 味方内の練度に隔たりがある場合、どうしても練度の低い味方は、命令を受けても反応が鈍い。無論才覚のある者なら話は別であるが、そうでない者にはこの物差しは当てはまると思って良い。

一方熟練者は手慣れている分反応速度が速いから、機敏に動く事が出来る。この反応速度の差が、戦場では十分大きな意味を持つのだ。その最たるものが敵弾接近予知とその回避である。

 敵弾の接近を察知するのは簡単だ、砲弾の飛翔音を聞き取れば良い。しかし周囲は音に満ち溢れている。波の音、砲声、爆発音、或いは対空砲の射撃音や敵機の爆音が聞こえる場合もあるだろう。

そこから敵弾の飛翔音を聞き取ってかつ誰に向かっているものなのかを予想する必要がある。これは経験なかりせば不可能だ。

そして敵弾回避は、艦娘と言う身の上であるならば百分の一秒であってもその運命を分かつ。敵弾洞察能力がずば抜けているとか飛びぬけた幸運を持っているだとか自らを鍛え抜く事に余念がない=訓練量が多いだとかならば話は別(と言っても当人達が回避運動を欠かしている訳ではない点には留意されたい)ではあるが、そうでもなければいざという時の反応速度と瞬発力のどちらかが欠ければ即被弾に繋がる世界である。

 この事からも分かる通り、熟練者と新参者を組ませるという事はリスクが絶えず付きまとっている為、彼はその点を憂慮したのである。

 

 

提督「・・・いっそ、そうするか・・・。」

 

大淀「―――と、仰いますと?」

 

提督「阿武隈の防備艦隊編入案だ。今暫くは司令部防備に当たらせて腕を磨かせよう。」

 

金剛「OKデース、それでどうするネー?」

 

一応編成は直人の仕事である為金剛がそう問い返すと直人は

 

提督「うーん、じゃぁ夕張と組ませて第十五戦隊編成という形で。後は金剛に一任する。」

 

金剛「了解デース!」

 

 直人はその他一切の処理を金剛らに任せる事で様々な業務を無難にこなしていると言っても過言ではなかったかもしれない。そう言った逃げ場がない場合は持ち前のデスクワークスキルで乗り越える、と言った様なやり口である。

但し、よく分からないからというよりは彼自身がただ単に面倒臭がっているだけである。(やろうと思えばやれる)

 だがこれは艦娘にして見ると不本意極まる決定と言えた。それもそうであろう、誰しも第一線での勤務を望む筈だ。

それが二線級の防御部隊に送られたとあっては尚更だっただろう。(事実司令部防備を取り仕切るのは大正時代に出来たような艦艇ばっかしである。)

 

阿武隈「なんで着任早々後方部隊勤務なんですか!? 前線部隊との艦隊運動訓練とか他にもやれることないんですか!?」

 

 と、当の阿武隈にさえ突っ込まれたのだが、艦隊との練度の格差を引き合いに出されてしまい、阿武隈も引き下がらざるを得なかった。

そして直人がその事を引き合いに出したその事が嘘でない事は、実は翌日に早くも阿武隈の目前で詳らかとなる。無論素の訓練でも相当厳しいがそれに全艦娘が馴染みつつある事も事実だったが、問題はそこじゃぁない。

 

 

 

3月31日9時52分 司令部正面水域・演習海面南端

 

阿武隈「―――!?」

 

この時阿武隈は司令部を向こう側に見る形で直人を捉えていた。その阿武隈が見る先には―――

 

 

提督「それそれそれぇ!!」(小手調べだ―――)

 

ズドドドドドドドオォォーー・・・ン

 

51cm連装砲を順次射撃している直人と―――

 

暁「―――レディにそんな砲撃、当たりっこないわ!」

 

その目標になった駆逐艦、暁がいた。

 

提督(さて、どうやってんのかなぁ―――?)

 

実はなんでこんな事になっているかというと発端はこの日の演習/執務開始前に遡る。

 

 

~7時57分・中央棟2F・提督執務室~

 

提督「―――。」ピラッ

 

直人が持っていたのは、神通の提出してきた艦娘達の訓練状況と技能考査が書かれた資料である。神通のそれは更に実戦での戦歴も踏まえた評価が為されている極めて正確なものだったが、直人はその中でも異彩を放つ艦娘がいる事に気付いていた。

 

提督「暁、か―――。」

 

それが、件の駆逐艦『暁』だったのである。

 

提督(要検証か。まぁ神通が言うのだ、試してみようじゃんか。)

 

その資料の追記事項の欄には、「当該艦娘の技能について、要検証の必要を見とむ」と添えられていた。そこで出て来たのが他ならぬ直人だった訳である。閑話休題。

 

 

51cm砲の正確な射撃を放つ直人、余談だがこの砲撃時、彼らの目には若干俯瞰視点から(要は上から見下ろすように)物が見えている。観測機を飛ばせばそれを通して“視る”ことで砲撃測距が可能となる。いつぞやに木曾が直人の実力を訝っていた際に、その様子を眺めたのもこの手法である。

 

直人はこの艤装の能力を使って、暁の力を見極めようとしていたのだ。

 

放たれた51cm砲弾は全12発、全ての砲を撃った訳ではないが、駆逐艦なら至近弾だけでもまずひとたまりもなく消し飛ぶ威力を秘める。

 

 

ザザッ、ザザザザッ――――

 

 

ズドドドドドドド・・・ン

 

 

暁が機動した直後巨大な水柱が林立する。

 

阿武隈「―――!?」

 

その大きさと密度に遠巻きに見ていた阿武隈が驚愕する。それもそうだろう、2トンの巨弾は大和の主砲弾でさえ見劣りするのだ。威力は段違いと言ってよい。(最も80cm砲ともなると文字通り「次元が違う」ので撃たなかったところはある。)

 

更にその着弾分布は直径80m以内に収まっている。直撃していなかったら普通だと奇跡的だろう。(最も彼に言わせると「大分手は抜いている」とのこと)

 

果たして―――

 

 

提督「―――ッ、なに!?」

 

暁「フフッ、へっちゃらなんだから!」ザザッ

 

提督(無傷ッ、だと―――!?)

 

元々演習弾なのでその辺りは多少勘案しても、普通51cm砲の直撃を食らって無傷でいられる道理はない。まして駆逐艦程度では至近弾でさえ致命的な所、完全な無傷で突撃してくる暁の姿があった。

 

提督(馬鹿な・・・これなら、どうだ!)

 

 

ズドドドドドオオォォーーー・・・ン

 

 

続けて放つのは80cm三連装砲の内の2基6門。照準をかなり絞る超精密射撃である。(最も80cm砲では着弾分布は良く絞って50mがせいぜいだが。なお艦娘規格46cm砲の最小着弾分布範囲は約35m前後だとされる)

 

 

 

―――しかしこれさえも、暁は軽く躱して見せた。

 

 

 

提督(駆逐艦1隻に至近弾さえ出ないとは・・・暁の才、並の物ではないな。ならば―――!)

 

直人が遂に意を決し、120cmゲルリッヒ砲を交互射撃する。

 

暁「―――ッ!」キッ

 

提督「―――!」

 

直人は暁のある挙動に気付く。

 

 

ドオオオンズドオオオォォォォォ・・・ン

 

 

紙一重で回避され空しく上がる水柱、直人はこの砲に関しては距離と初速の関係から直射しているのだ。直撃コースのそれが―――外れたのだ。

 

提督(そうか―――そう言う手品か!)

 

神通の提出した資料に書かれた暁の妙な点、それは「暁が着任此の方一度たりとも損傷を被った事が無い」と言う正にこの一点にあった。しかもこれについては演習時の事については除くとしても、その模擬戦闘の時でさえ、被弾するケースが圧倒的に少ないという。

 

ある日などは、周囲の自勢力の艦娘が大破判定を連発する中、単身その時敵対勢力の旗艦役をした金剛に肉薄するというワンシーンまであったとさえ書かれていた事が直人の興味を引いた。当然金剛の周りを固める艦娘達も反撃するが一太刀も浴びせる事が出来ず、金剛が懐に肉薄される手前で、暁の回避パターンを予測した砲撃で辛うじて食い止めるという始末であったという。

 

提督(ならば、こいつが通用するかな。)

 

そう考え背中から騒々しい機械音と共に展開されるはこれまたいつぞやにお目見えしたKHYシリーズの第一弾。

 

 

キュイイイイイイ・・・ブオオオオオオオオオオッ

 

 

暁「ふえっ!?」

 

降り注ぐ30mm砲弾、そう、“30mmバルカン砲 アヴェンジャー改”である。

 

暁「ちょ、お、おおおっ!? きゃぁっ!!」バシャアァァン

 

最初はどうにか回避しようとし、4発まで躱すも及ばず―――。

 

提督「ふぅ・・・やっと止まったか。」

 

結構無慈悲なやり方であるが。弾幕は正義である。(射撃時間1秒弱)

 

但し付け加えるならば、射撃した距離はアヴェンジャー改の最大射程ギリギリである4150m弱で、正直なところ対向速度がなければ届かない距離である。当然ながら正確な射撃など期すべくもなく、50発程度射撃した中のかなりの数が外れたが、それでも数発が正確に暁を直撃コースに捉えていたのである。

 

暁「あんなの聞いてないわよぉー!」ガバッ

 

提督「言ってないからな!」ドヤッ

 

暁「むぅぅ~~~・・・」プクーッ

 

頬を膨らませて不服そうな様子で直人を見据える暁、可愛い。因みにこの勝負は先に一撃した方の勝ちであった。

 

なおアヴェンジャー改を搭載する場合、背中に背負う為30cm速射砲が装備不可能となる。なおこれには両手で支持しないと反動を抑えられないという理由もある。それもその筈、元モデルであるGAU-8 アヴェンジャーは、搭載したA-10 サンダーボルトⅡが目標に向けて射撃すると速力が落ちるという程反動が凄いのである。

 

直人の場合両舷前進一杯+バーニア噴射でどうにか押さえているほどだから、その反動は馬鹿にならないのだ。

 

提督「しかし、成程な―――ありがとう。戻っていいぞ。」

 

暁「あ、うん・・・。」

 

何が分かったのだろう、と言った様子で暁は首を傾げながら訓練中の艦娘達の中に戻っていった。

 

提督(これは・・・えらい才能かも知らんぞ―――)

 

 

阿武隈(あの子―――駆逐艦?)

 

遠巻きに見ておきながら戦慄する阿武隈である。

 

 

 

13時27分 中央棟2F・提督執務室

 

神通「それで、如何でしたか?」

 

直人に呼ばれるまでもなく自ら執務室を訪れた神通は、直人に感想を求めた。と言うのは、神通本人が暁の敵弾回避が明らかに他の艦娘と違うプロセスを踏んでいる為、指導しかねているという事が、今回神通が「検証の要有りと見とむ」と結んでいた理由なのだ。

 

これに対して、直人は結論を述べた。

 

提督「うん―――暁は驚くべきことに、“目視”で弾幕を掻い潜っている。」

 

神通「目視・・・ですか? でも砲弾の飛翔は音でしか判別出来ない筈では―――?」

 

提督「実際そうなんだが、どうやら暁には“視えて”いるらしい、驚くべき動体視力と言わざるを得ないが、どうやらそれだけではない。」

 

神通「と、仰いますと?」

 

神通が問いかけると直人は驚きの可能性を口にした。

 

 

提督「暁はその目視した砲弾から、“弾道”を読み取って回避しているかもしれん。」

 

神通「なんですって―――!?」

 

直人がそう結論付けたのにはちゃんと証拠もある。

 

 

普通撃ち上げた砲弾は、運動エネルギーを失うにつれて軌道が下にたわみ、やがて失速して落下を始める。だが落ちて来るまでにはタイムラグが生じるのは自明の理だ。

 

一方で直線状に射撃、すなわち直射した砲弾については、射撃した時に加えられた運動エネルギーが着弾時にかなり残っている。その代わり射程が短いもののタイムラグが少ないという特徴がある。

 

暁は砲弾の飛翔角度や速度と言った事を瞬時に見分け、それに応じて回避の仕方を変えているのである。

 

例えば遠距離砲撃だった51cm砲の回避については柔らかい動きで余裕を持って弾道と着弾点を予想し完全回避、一方で、直射した120cm砲については、直撃コースと見るや即座に鋭角的な鋭く早い回避を行い、二発とも6000m以遠であったとはいえ完璧に回避したのである。

 

 

提督「暁はこと敵弾回避に関しては天性の才覚を持っていると言っても良い。」

 

神通「特殊な、回避法ですね・・・。」

 

直人はそう結ぶが、その後直人はこう続けた。

 

提督「だが特殊な才能は時として人に何かしら欠落させるとはこの事だろう―――神通、暁は射撃や雷撃が苦手ではないかな?」

 

神通「―――はい、そうです。」

 

提督「だろうと思った、白雪より多少腕が立つレベルだからな、この射撃成績は。」

 

神通の資料にはきちんと演習時の砲撃成績や、基本戦闘訓練時における成績が事細かに記されている。この為1人辺りA4用紙3枚刷りになっているほど情報量は多い。この辺りは神通の几帳面さと言うか真面目さを象徴する事柄として後々まで続けられる事になる。

 

そしてそれらは、直人にとってはありがたい事に艦娘同士の比較対象をより鮮明に行う事が出来た点について、戦い終わって後神通をかなり高く評価したという。

 

因みにどういった水準かと言うと駆逐艦に且つ砲撃のみに限った話では、

 

秋雲が最低レベル(25~29%)、白雪で命中率39%、

夕立が81%、時雨77%、如月72%、

雷67%、電71%、響69%、朝潮64%、陽炎66%、望月81%

と、改二ではない艦娘達がそれでも6~7割の命中率を持つのに対し、

 

暁:43%

 

と、艦隊にいる者では白雪に次ぐレベルで砲撃が苦手なのである。

(因みに駆逐艦娘は砲が小さい分軽量で取り回しやすい為、命中率はかなり高い。

巡洋艦では軽巡平均6割強・重巡平均5割半前後、戦艦は4割強とがくりと落ちる。)

 

 

提督「―――向上の見込みは、あるのかい?」

 

と直人は口調を変えて柔らかく言った。これは神通の性格を考えての事だ。

 

神通「筋はいいのですが―――磨けば、或いは。」

 

提督「分かった、では神通に任せよう。きっちりと腕を磨いてやってくれ。」

 

神通「はい、では失礼しても?」

 

提督「うん、ご苦労様。」

 

と直人はなりを崩していった。

 

神通「では、失礼します。」

 

神通は一礼すると執務室を去った。

 

 

提督「・・・さて、どうしたもんか―――。」

 

直人は、ふとそう考え込まざるを得ないのであった。

 

 

艦娘達には特殊な技能を持つ者が多い事も事実だ。

 

その在り方や、何を“持って”顕現したか、ふとしたきっかけや人為的なミスなど、それら特殊技能を持った艦娘達を生んだ原因は多種多様だが、兎にも角にもそれらの能力は主として戦闘に用いる能力である場合が殆どである。

 

この艦隊にも既に何人かそうした能力を持つ者は居る。

 

―――霊力空間固着跳躍―――川内

―――弾道予測回避―――暁

―――パペッター(傀儡――くぐつ――使い)―――島風

―――砲塔毎個別測距能力―――金剛

 

この他身体能力(?)そのものが一つの異能とも言える青葉も含め、直人にとって貴重極まりない艦娘達にも特殊な才幹を持つ者が少なくない事を、この事は示していたとも言えるだろう。

 

提督「―――。」

 

直人は瞑目し考えた。艦娘達の、まだ明らかになっていない出現の理由、その出自を―――。

 

 

17時24分―――

 

提督「―――ッ・・・。」パチッ

 

いつの間にやら寝てしまっていたようだ。

 

執務室に人の影はない。

 

提督「―――っ。」

 

体を起こそうとした直人だったが何かが背に掛けられている―――毛布だ、微かに金剛の部屋の香りがする。

 

提督(・・・やれやれ―――俺とした事が。)

 

とんだ無様を見せてしまった。と直人は肩を竦めて思ったが、そこで思い煩っても仕方ないと思考を切り替え、金剛が掛けて行ったのであろう毛布を畳み始めるのだった。

 

 

4月2日8時48分 中央棟2F・提督執務室

 

エイプリルフールも過ぎたこの日、直人が一つ方策を決定した。

 

提督「近接戦闘演習第二回をやろう。」

 

金剛「―――!?」ビクッ

 

大淀「畏まりました、ではその様に。」

 

提督「お、今回は反対しないんだね?」

 

第一回の時の事を思い出しびくっとした金剛を他所に直人は大淀にそう言った。

 

大淀「えぇ、今日のご予定、提督は特に何もありませんしそれに―――」

 

大淀が言葉をとぎる。

 

提督「・・・それに?」

 

大淀「提督はお止めしても聞く方ではありませんから。」

 

諦められていた様だ。好都合だったが。

 

提督「そうかそうか、では早速―――」

 

金剛「チョッ、チョット待つネーテイトクゥ!」

 

と堪りかねて金剛が言った。

 

提督「ん? どうした? あぁ、お前も参加するんだぞ金剛よ。」

 

金剛「イヤソウジャナクテと言うか、本音を言うとやりたくないデース!」

 

提督「おや、そうかい? 拒否権ないけど。あと、エイプリルフールは昨日だぞ。」

 

金剛「エッ・・・。」ガックリ

 

本当にやるのか、と尋ねようとしていた金剛だったが、機先を制された上そう返されて言葉を失いうなだれるのであった。

 

 

~2052年6月29日・訓練場~

 

提督「それそれどうしたぁ! たとえお前でも手は抜かんぞォ!!」ビュッ

 

金剛「ウグウッ!?」

 

回し蹴りを片腕でどうにか押し留める金剛、お互い素手なのだが―――。

 

金剛「ギブ、ギブデース! 強すぎるヨ・・・。」

 

とまぁこんな醜態ぶりだったのである。

 

 

 

金剛(終わった・・・デース・・・。)

 

と、思うのも至極当然だっただろう。何故ならあれ以来朝潮らとは違い、「なにもしていない」のだから。

 

金剛(――――――!)

 

が、ここで一つ金剛の脳裏にひらめきが走る―――。

 

 

 

9時27分 サイパン島訓練場

 

司令部敷地のすぐ北側に、海側からは木々に遮られ見えないこの訓練場に、艦娘達が再び集められた。但し哨戒から帰ったばかりの者と、哨戒に出たばかりの者は除かれている。

 

と言っても哨戒12班(深雪・叢雲)が帰投し、哨戒14班(白露・村雨・島風)が指名で出動していっただけである。

 

提督「喜べ、近接戦闘訓練第二回だ。」

 

さぁ皆さんご唱和ください。

 

一同「「「喜んでないっ!!!」」」

 

提督「仲睦まじきは善きかな善きかな。」

 

朝潮「まぁ、再戦の機会を心待ちにしてはいた所です、受けて立ちましょう。」

 

時雨「そうだね。今回こそ、勝つよ。」

 

雪風「今回は私も参戦ですっ!」

 

鳳翔「ふふっ、頑張って下さいね?」

 

雪風「はい! 頑張ります!」

 

提督(何だろう、雪風に勝てる気がしないんだが。)

 

※気のせい(多分)

 

金剛「―――――♪」

 

霧島「・・・?」

 

自信ありげの金剛を見て首を傾げる霧島。

 

榛名(策があるんでしょうか・・・?)ヒソヒソ

 

比叡(そう・・・かもしれませんね。)ヒソヒソ

 

同じくひそひそ言い合う榛名と比叡。

 

睦月「うーん・・・やっぱり・・・」

 

如月「そうねぇ~。」

 

長月「艦娘が格闘と言うのはどうなんだろうか・・・。」

 

この三人の力量はじきに分かる。

 

 

提督「はい今回のエキシビジョン枠誰かやりたい奴いるー?」

 

そんな枠いつできたと。

 

そしてその言葉に一同静まり返る。前回やった川内は兎も角として、その前回やった川内が負けた所を見ている艦娘達が立候補しようとしなかった。

 

「やれやれ、だらしがないわね。」

 

と、まだ聞き慣れない声色の凛とした声が響く。無論艦娘である。

 

長いポニーテールの黒髪、赤い瞳が印象的な長身の艦娘。

 

周囲の艦娘は、驚きと同時に「知らないからそう言えるだけでしょう!?」と心中に押し留めてそう思った。

 

その艦娘はまだ着任して間がない―――実を言うと4月1日、大型建造での着任と言う、着任ほやほやの新人である。

 

 

提督「ほーう? 期待の新人の御登壇、と言う訳だな? “矢矧”よ。」

 

矢矧「えぇ、そうね。」ザッ

 

阿賀野型軽巡洋艦三番艦『矢矧』、その最初の相手は、実戦ではなく深海棲艦相手でもないが、その相手こそは―――彼女の付き従う提督であった。

 

雪風「では、雪風もやります!」

 

提督「!」

 

陽炎「えっ!?」

 

その申し出に陽炎と直人は驚いたが、直人は逆に闘志を燃やし、陽炎は心配した。

 

陽炎「ちょっと雪風!? あなた確か今回初参加・・・」

 

と、言いかけて陽炎は口をつぐんだ。雪風のその瞳が余りにも、自信に満ち溢れていたからだ。

 

雪風「だいじょうぶですっ! 何とかなります!」

 

陽炎「はぁ・・・言い出したら聞かなそうだわ。いいわ、なら―――一発ガツンとかましてらっしゃい!」

 

雪風「はいっ!」

 

提督「ハァーーッハッハッハ!! その意気やよしッ! その挑戦に応えようぞ!」

 

完全に台詞回しが悪役なのは言うだけ野暮だろうか・・・。

 

舞風「頑張れ雪風ェ~!」

 

陽炎「頑張りなさい!」

 

皐月「ファイトォー!」

 

 

ワアアァァァァァァーーッ

 

 

雪風と矢矧に大声援が飛ぶ。(一部除く)

 

金剛「提督ゥー! その小生意気な新人に一発思い知らせるデースッ!!」フーッ

 

完全に直人が舐められたと思ったのか金剛が興奮気味に唸る様に檄を飛ばす。

 

提督「おーう、任せろ~。」コキコキ

 

指を鳴らしながら応じる直人。

 

やっぱり悪役―――それもセリフ的に言えばチョイ役のそれ―――を演じるのであったが。

 

 

3人が2:1で相対した時には、雪風がトンファー、矢矧が長剣(ロングソード)、直人はショートソードの二刀流で身構えていた。

 

このショートソードの二刀流の利点は、日本刀の二刀流と比べ重量バランスが取れ、尚且つ総重量で比較すると軽い点だ。欠点は刀と比べてレンジ(間合い)が短い事だろうか。しかしそれを置いても対応能力は上がる為対多数戦で有利である。

 

青葉「さぁ今回のカードは紀伊直人VS矢矧・雪風ペア! これは善戦に期待したいですね!」

 

だからどこから湧いたんだ貴様は。(※因みに今回は艦娘達に紛れ込んでいた様子。)

 

局長「アイツニトッテハ楽ナ試合ダトオモウガナ、人数差ガドウ響クカ・・・。」

 

青葉「そこらあたりにも注目していきたい所です!」

 

 

提督「・・・さぁ、来るがいい。」ザッ

 

直人は左手の剣を構え、右足を下げて身構える。

 

左の剣の構えは防御的だったが、身構え方自体は攻撃的なものだ、受け止めた後で右の剣で即座に反撃が出来る。その証拠に木製の模造刀でこそあるがその右手の剣の打撃面は外向きである。

 

矢矧「フーッ、フッー・・・ッ―――」

 

矢矧は長く深呼吸をする、雪風はトンファーを構えて直人ににじり寄る。二人ともまだ直人と10mは距離を置いている。

 

提督「―――――。」(どっちからくる・・・矢矧か・・・雪風か――――)

 

直人はその点を測りかねた。両者油断なく直人にプレッシャーをかけ続けた事もある。が、雪風の僅かずつの接近に、直人は思わずそちらに注意の比重を傾けてしまう。

 

矢矧「――――ハァッ!!」ダッ

 

短い、しかし力強い裂帛の怒号と共に、矢矧が一挙動で間合いを一挙に詰め自らの間合いに直人を捉える。

 

提督(何ッ―――!?)

 

直人は完全に面食らって後ずさった。矢矧が使ったのは直人も使う剣術の極意(技術)の一つ―――

 

 

カアアァァァァーーーン

 

 

提督「くっ!」(一撃に無駄なく全ての力を込めてくるとは―――)

 

矢矧の一太刀は直人の左の剣でいなされていた。しかしまともに受け止めていれば、電の一発を受けた時と同じ様に片腕は使えなくなっていたであろうことは、彼の経験則からしても、自明の理であった。

 

しかし直人は同時に、矢矧の異常なまでの剣の技量に心中舌を巻いていた。

 

建造されたばかりであるのにも拘らず、縮地の技法と言い一撃の重みと言い、余りにも熟達『しすぎている』のである。

 

雪風「ハアアアアッ!!」

 

そこまで思い至った時雪風が突進してきた。最早剣で防ごうにも間に合う距離ではない。

 

提督「ふんっ!!」バッ、ババッ

 

直人はとっさにトンファーの突きの一撃を右に身を捩って躱すとそのまま飛び、後方一回転ジャンプの要領で飛び退った。

 

提督「ふうっ―――」スタッ

 

直人が着地した正にその時―――

 

矢矧「ハァッ!!」

 

矢矧が目前で既に直人に向かって剣を振りかぶっている。

 

提督「でやあああっ!!」ヒュバッ

 

直人は咄嗟に左の剣を身体の右からすくい上げる様にして、矢矧の剣戦を遮るように振る。何とか一撃防がなくてはならなかった、完全に体制を崩しているからだ。

 

 

コオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「くぅっ!」

 

矢矧「うあっ!?」

 

交錯した力はお互いの態勢を崩させるのには十分だった。

 

態勢を素早く立て直す直人に対して矢矧は自らの一撃の反動を食い弾き飛ばされていた。

 

提督(―――!)

 

視野の端に雪風の姿が映る、突進して来ているのがよく分かった。どうやら矢矧は再び縮地を使ったらしく、雪風は丁度間に割り込むような形だったものの道を譲っていたものであるらしい。

 

雪風「えいっ、やぁっ、たあっ!!」ブゥンブゥンブゥン

 

直人は最初の二撃を身を捩って躱し―――

 

 

スカアアァァァァーーーン

 

 

三撃目のアッパーを真正面から右の剣で上から叩き付ける様に相殺する。

 

雪風「うぐっ!」

 

提督(こいつらっ―――やるな!)

 

直人は素直にその力量を認めた、しかし退かなかった。ところが―――

 

雪風「はぁっ!!」

 

 

ズドッ―――

 

 

提督「うぐおっ―――!?」フラッ

 

右の剣を振り抜いた直後のお留守な懐に雪風のトンファーが胸板に直撃した。

 

これには堪らず直人もよろめいたが直ぐに立て直し隙を与えない。実際すぐに矢矧の追撃が来たがこれは難無く受け流して事なきを得た。

 

提督「いやああああああっ!!」

 

次の瞬間直人は一転攻勢に転じ、雪風と矢矧を同時攻撃する態勢で剣を振るう。

 

 

カァンカァンコォンカァン―――

 

 

青葉「これは凄いっ! 紀伊提督、二人掛かりをものともしていない様に見えます!」

 

龍田「いえ、さっき一発貰ったわねぇ。」

 

実況の面々は前回と同じだ。

 

青葉「えぇ!?」

 

局長「丁度胸板ノアタリダ、呼吸ハ乱レテイルダロウ。」

 

 

局長の推理は正に慧眼と言う他ない、呼吸のリズムの違いから直人がペースを乱し、徐々に矢矧と雪風が押し始める。

 

提督「くっ!」

 

矢矧「はぁっ!!」

 

 

カアアアァァァァン

 

 

雪風「せいっ!」

 

 

スコォォーーーン

 

 

提督「ぬぅ、こうなれば―――――」

 

直人は最早後がなかった。このまま打ち合いを続ければ押し負けるのは彼の方だからだ。そうと決まればと、直人は矢矧に向き直りつつ後ろに飛び力を溜める。完全に雪風に左側面を晒す事になるが、それに拘泥している場合ではない。

 

矢矧「――――ッ!?」

 

急激な直人の動きの変化に矢矧は一瞬追従できず動きが止まる。その隙を、直人は見逃さず一度開いた間合いを一挙動で瞬時に詰める。

 

提督「我流、二刀十字斬!!」

 

繰り出したのは腹を横なぎに、通り過ぎざま背筋を縦に背面で切り上げる技。縮地と組み合わせて繰り出される瞬足の二連撃だ。

 

 

ズドドォッ

 

 

矢矧「うああぁァッ―――!」

 

 

ドシャァッ――――

 

 

青葉「矢矧さんダウン―――起き上がって来ません!!」

 

局長「―――マダココカラダ!」

 

 

そう、ここからである。

 

 

雪風「はああああああっ!!」

 

凛とした気声を上げ雪風が突っかかる。しかし雪風に集中できるようになった直人は冷静に対処する。

 

提督「それそれそれそれ!!」ブンブンブンブン

 

 

ヒュッヒュッカァンヒュバッ―――――

 

 

しかし――――――当たらない。

 

まるで剣の軌道に“アタリ”を付けているかのように軽々と避けていく。時に海老反り返りで紙一重の回避さえも披露した。

 

提督(何故だ・・・なぜ当たらないっ―――!!)

 

そう思いつつも、彼は攻撃に重点を傾けて剣を振るっていく。しかしその身軽さで、雪風は軽々と直人の猛攻を回避していく。直人に焦りが生じ、それが攻撃一辺倒に傾倒させていったと言っても、あながち過言ではないだろう。

 

 

カァンカァンカァン―――――

 

 

提督「ハアアアアアッ!!」

 

雪風「ハイッ!!」

 

 

バキイイィィィ―――――ッ

 

 

提督「―――――!?」

 

直人の右の剣が、雪風のトンファーに弾き飛ばされ――――砕けた。

 

激しい打ち合いを重ねた剣が遂にその強度の限界に達したのである。

 

雪風「セイヤッ!!」

 

 

ズドムッ―――

 

 

提督「カハッ――――」

 

更に一瞬の虚を衝き、雪風の一撃が鳩尾を直撃する――――

 

 

ザワザワッ―――

 

 

提督「う・・・ぐっ―――!」ドサッ

 

直人が―――片膝を突いた。

 

雪風「・・・私の勝ちですね、しれぇ?」

 

左のトンファーを突き付けて雪風が言う。

 

提督「あぁ―――そして、私の敗北だ。雪風。」

 

片膝を突かされ、片一方の剣を砕かれておいて、挽回の余地などどこにもなかった―――否、敢えてそれをしなかった。

 

 

青葉「か―――勝ったのは、雪風・矢矧ペアです! 大金星です!!」

 

龍田「あらあら大変ねぇ。」

 

局長「ホウ・・・アノ紀伊直人モ負ケルコトハアルトミエル。」

 

 

金剛「ウ・・・ソ・・・!?」

 

※マジです。

 

陽炎「やったじゃない雪風!」

 

舞風「ほえぇ・・・ホントに何とかなっちゃった・・・。」

 

黒潮「ホンマ凄い子やなぁ。」

 

同型艦にまで驚かれる大金星である。

 

神通「やりましたね、雪風さん・・・!」

 

北上「へぇ~、流石幸運艦だねぇ~。」

 

木曽「北上姉さんは、あれ運任せだと思うか?」

 

北上「んー、どっちかっていうと、運に全振りしている、と言うか・・・上手く言えないけど、運に全てを委ねている感じじゃない、かな。」

 

と評価する嚮導艦北上。一方で――――

 

伊勢「自分の土俵の上だった筈だけど・・・そんな事もあるんだね。」

 

日向「まぁ、完璧な奴と言うのもいないものさ。」

 

天龍「そうだな―――。」

 

そう、一応はフェアな土俵の上だった筈なのである。実際直人は今回も非凡ならざる才覚を発揮して矢矧をその一撃の下に叩き伏せたではないか。その直人を以てして、雪風一人に勝つ事が出来なかった点に驚きを隠せない者もいたのだ。

 

「でも意外だねぇ、往生際悪いと思ってたけど。」

 

と話すのは二度手合わせした川内さん。確かに前回エキシビションマッチをやった際にも、空に逃れた川内に数度対空斬撃で撃墜を試みて逆に失敗した前科はある。(最もこの時は着地した川内に隙を与えず連撃でK.Oしているが)

 

3人(いや、まぁ、実際往生際の悪さは際立ってるから否定出来ない。)

 

確かに(色々と)往生際は悪い直人である。しかしこの思われ様である。

 

 

提督「やるじゃぁないか、雪風。ゲホッゲホッ・・・」

 

雪風「ハイッ! ありがとうございます、大丈夫ですか?」

 

提督「あぁ、まぁな。少しは加減して欲しかったな―――ふぅ。」

 

そう言ってなんとか呼吸を整えて立ち上がる直人であった。

 

 

さて、ここからは当然ながら順に一人ずつ演習をやっていく(これ実は端的に言って直人にとっても結構ハードなトレーニングだったりする)訳なのだが、今回は前回と比較し善戦した艦娘がそこそこいたようだ。

 

 

提督(う~む、やはりこういう武器は、慣れない。)

 

 

カンカンカンカァン―――――

 

 

睦月「まだまだ、ここからなのね!!」

 

 

カァーーン

 

 

睦月の得物は薙刀(なぎなた)、大雑把に言えば幅の広い脇差に長い柄を付けた様な武器だ。戦国時代に於いて、女性の武器と言えばこの薙刀だ。これに対し直人は異種格闘技戦の如き真似はせず、薙刀と同じ長柄武器である十文字槍を使っていた。

 

十文字槍は一般的な槍の派生形で、日本では枝物と呼ばれる槍の一種、普通の槍の穂、その付け根に長さ5cm未満の短い刃が交差する様についている形のものを指す。大河ドラマ『真田丸』他の真田信繁(幸村)を題材にしたゲームやドラマなどで幸村が持つ武器として頻繁に登場する事から馴染みのある方もいるだろう。

 

提督(睦月め、何処で練習していた?)

 

と、嬉しい悲鳴ではあるがそう思った。

 

睦月(如月ちゃんに特訓付けて貰ったのが活きたにゃし!)

 

まさかの原因は如月だった様子。

 

提督(なんにせよ、まだ、甘い―――!)

 

直人は自身から見て左に薙ぎ払って来た睦月の一撃を素早く払うと、構え直す時の勢いを利用して少し短めに握り直してから距離を詰める。

 

睦月「えっ――――!?」ビクッ

 

気付けば、睦月の首元には槍の穂先があった。

 

補足しておくが、直人は長柄武器は“慣れない”が“使えない”訳ではない。先端が極端に重くなければ、の話であるが。そしてその気になれば今の様に、槍を使いながら縮地を用いる事は造作もない事なのである。

 

提督「長柄武器を使うのであれば、柄を握り直しながら戦う事を覚えんとな。同じ長さで戦っていたのでは、間を読まれやすい。」

 

ここで言う“間”とは、攻撃間隔と間合いの二つを指している。相手にして見ればリズムが一定なら崩しやすく、間合いを悟れたならば付け入る隙は十分あるからだ。

 

睦月「が、頑張るのね・・・。」

 

提督「宜しい、精進を怠らぬ事が武術の肝要な所だからな。」

 

とはいえ、小柄な体で長柄武器を扱うのだからその点は褒めなければならないだろう。

 

 

この睦月の後を受けた如月は睦月をやや上回る奮戦ぶりを見せたが敢え無く退場、長月の番となった。この長月は前回素手で直人に僅差で敗れた(と言うのは直人自身が疲弊していたのも要因の一つ)為、今回リクエストしたのが「鉤(かぎ)」と言う武器である。

 

分かりやすく言えばボトムズ(筆者は知らない)やガンダムシリーズにも出てくる、アイアンクローと呼ばれるロボットの手の甲に付ける鉤爪を模した武器を、人間サイズにリサイズしたものだ。

 

ここで一つ付け加えさせて頂くが、直人は要望に応じて一々武器を即製錬金で作っている訳だが、艦娘達には手品師扱いされている。(好都合ではある。)

 

 

長月「はああああっ!!」

 

提督「はぁぁぁ―――っ!」

 

 

カンカンコンカンカン・・・

 

 

激しい応酬が繰り広げられる様はカンフー映画かなんかかと言わんばかりの迫力があった、と後にある艦娘は語ったと言うが、それほどの打ち合いであった事はまず間違いない。

 

この時直人が用いたのは小太刀2本であった。直人はこれを逆向きに持つ事で、鉤を器用に受け止めていった。

 

 

なおものの数分しか持たず弾かれた隙を突かれて小太刀を首筋に突き付けられ退場。(現実は非情であった)

 

因みに長月の敗因は、そもそも慣れない武器だったのと、絶対的な体力が欠けていた為だった。(と言っても直人が使ったのは小太刀だった為そう重い一撃を加えられる訳ではない筈なのだが、その辺はやはり体格差か。)

 

 

さて、何か思いついていた金剛である。というのは――――

 

金剛「さぁ、行くデス!」ヒュッ

 

直人が目を見張ったのはその前回との差だ。自信満面のその手に握られたのは、なんと睦月や如月と同じ薙刀だった。

 

二人との体格差から見ても、得物の大きさも分相応に見えた。

 

提督「へぇ、学習はしたらしい。」ヒュヒュヒュヒュッ、ザッ

 

直人は槍を回して威圧した後構えた。やはり十文字槍である。

 

因みに十文字槍などの枝物の槍は、馬上での扱いが難しい為熟練者のみが扱う槍であったらしい。その枝分かれした刃先で馬を引っかけてしまいがちだったとか。但し馬を扱わない侍の場合は恐らくそうした枝物も良く使った事だろう。足軽には普通の槍が『お貸し槍』として支給されたようなのでそう言ったものは使われない。

 

金剛「しないと思われてたナラ、心外デスッ!!」ダッ

 

提督「思ってねぇっ!」ダッ

 

相前後して両者突進する。が、金剛が先だった為直人は縮地を使ってタイミングを合わせつつリズムを取っての突進である。

 

こうした戦いにはリズムというものがある。近接戦闘では自分のリズムを崩された方が不利となる訳だ。

 

 

カアアァァァァーーーン

 

 

提督「へぇ、どんなものかと思えば、初めてとは思えんな。」

 

金剛「そうデス、ネッ!!」

 

次の瞬間には弾き飛ばされる直人、長柄武器に慣れていない弱みが出た結果になる。

 

提督「くっ・・・!」

 

急いで構え直す直人。

 

しかし既に金剛は次の挙動に出ていた。

 

提督(速い―――ッ!)

 

直人は間一髪のところで咄嗟に防御姿勢を取る。

 

 

コオオォォォーーーン

 

 

提督(へぇ・・・やるじゃん。)

 

直人は内心舌を巻いたが、同時に加減のタガが外れた。

 

金剛「どうデスッ!」

 

提督「あぁ、正直驚いた、ではこんどは、こちらの番だ!」

 

そうして直人はその受け止めた姿勢から無理矢理一気に槍を振り抜いた。当然金剛は吹き飛ばされるが、その金剛を追いかける形で直人が動く。

 

提督「でやあああああああ!!」ダッ

 

 

ズドォッ

 

 

金剛「カハッ――――!!!」

 

メリッとめり込むような音がしたような気がするほど強烈な一撃が、金剛の鳩尾に入った。これにはさしもの金剛もたまらずぶっ倒れた。

 

提督「ふぅ。」シュタッ

 

加減が無くなるとすぐこれである。

 

一同「「――――――。」」

 

一同唖然。

 

金剛「ゲホッゲホッ―――」

 

そして苦しそうにむせる金剛であった。

 

提督「あっ、ごめん、加減忘れてた。」

 

まぁ、こんな性分である。

 

 

 

とまぁこのような具合で、各々一応進歩は見られた。が、所詮その程度、と言う艦娘が大半であり、前回直人を窮地に陥れた時雨や川内などの艦娘達も今回は軽く捻られた。

 

しかしながら金剛の時の一例に見られるように、加減してはかえって危険な場合もあり、そうした事が理由で時雨などの艦娘は蹴散らされた、と言っても無理からぬ表現だったろう。

 

 

 

4月3日、直人は造兵廠ドック前から久々に20m三胴内火艇に乗り、護衛に木曽と叢雲を選んでテニアン島へ向かった。と言っても凌波性は悪い為牽引して貰ったが。

 

ところで、テニアン島はサイパンから海を隔てて僅か8kmの位置にある島だ。

 

元々は先住民族の島だったがスペイン植民地となってからグァムに島民が強制移住させられたため、野生化した家畜達が住む島となり、その後ドイツに売却された後は時折ハンターがやって来ると言う状態、日本統治時代にやっと本格開発がスタートし太平洋戦争の後アメリカ領となった。

 

2040年代、次々出現していた深海棲艦の拠点『棲地』にサイパンがなった煽りを受けて、と言うよりは巻き添えを食らう形でまとめて棲地化、アメリカは半ば領有を放棄する形で身を退いていたが、ここには今、横鎮近衛艦隊の捕虜収容所が完成していた。

 

 

 

~ラム・ラムビーチ~

 

捕虜収容所はラム・ラムビーチの奥にある。この場所も棲地化と交戦の影響(この辺りは北マリアナ戦時、呉鎮近衛艦隊が大規模な戦闘を行っていた)を受けていたが、横鎮近衛艦隊造兵廠の設営隊も協力しての突貫工事で早くも簡単な揚陸程度なら出来る様になっていた。

 

9時40分、直人はラム・ラムビーチに設けられた桟橋から収容所に向かった。

 

 

9時50分 テニアン島捕虜収容所

 

提督「どうだアルティ、捕虜達は大人しくしているかい?」

 

収容所を視察しながら直人はここを管轄するアルティメイトストームに問うた。

 

アルティ「今はまだ。どうやら自分が助けられると思わなかった者が多いようで、どちらかと言えば茫然自失と言う方が近いかも知れん。」

 

提督「成程?」

 

確かにこれまで、人間が深海棲艦を助けた等と言う話はつとに聞き及ばぬところだ。それを考えれば可笑しくはない反応だろう。

 

アルティ「それにしても、あの時横鎮の食堂で見かけた青年士官のような出で立ちをした男が、よもやここの提督だとはな。艦娘共の提督と言うのは、大体そんなものなのか?」

 

提督「んー、若いのもいりゃぁ壮年の者もいるし、男も居りゃ女もいる。風の噂じゃまだ幼いのに提督になったとか犬が提督になった*1とか、眉唾だろと言う様な噂まであるし。」

 

アルティ「い、犬が・・・か・・・。」

 

提督「なんでも二足歩行で歩くし人の言葉を介すらしい。眉唾だろうと言われてるがね。」

 

アルティ「それは流石にそうだろう・・・犬の艦隊に私の同族が蹴散らされていると思うと情けないとは思うが・・・。」

 

提督「まぁ艦娘艦隊は提督が前線に来る訳じゃないんだがね。」

 

アルティ「その様だな。それはそうと、この短期間にここまで充実した設備を整えてくれた、感謝に堪えない。」

 

アルティは素直にその事を謝した。

 

提督「大概は本土から送って貰ったモノばかりなんだがね。今局長が海水ろ過装置を設置してくれていると思うから、それが出来るまで真水の安定供給は待っててくれ。」

 

アルティ「・・・紀伊提督。」

 

提督「何かな?」

 

アルティメイトストームは、ここに来てから思っていた事を口にする。

 

アルティ「貴官は、どうして我々、元来敵である筈の深海棲艦に、ここまでの事をしてくれるんだ?」

 

これに対し直人はこう答えた。

 

提督「“敵”とか“味方”とか言うのは、結局のところ結果的な形態として言われるものだ。そして“その結果に至る”までの過程には、得てして“錯誤”が存在する。これは我々人類と君達深海棲艦の双方に言える事だ。」

 

アルティ「錯誤?」

 

提督「そうだ、今でこそ我々と君達の関係は最悪だが、そのおかげで光明は見えるかもしれないと、俺は考え始めているんだ。“和平”への一筋の光がね。」

 

アルティ「和平―――。」

 

その言葉を、アルティは噛み締めるように言う。

 

提督「世界の人口は大幅に減ってしまった、特に島嶼部では全滅してしまい、人々の居住に耐えない島々も多くある。しかし深海棲艦ならそこに居留する事も出来る。そうして深海棲艦に、少なくとも安全に暮らせる様な場所を確保する。」

 

アルティは相槌を打ってその話を聞いた。

 

提督「そうすれば―――思い違いだったら謝るが、もし深海棲艦が陸地を求めて戦っているとするならば、その希望が叶えられる訳だ。確かに人間は利己的な所もあるが、それ位融通は効くと俺は思うがね。」

 

アルティ「・・・提督の慧眼には恐れ入るな。」

 

提督「褒めても何も出ないよ。ただ、自分達に人間と同等の権利を保障させる、と言うことであるならば、それには長い時間が必要になるだろう。我々は既に、お互い血を流し過ぎてしまった。それも含めて、怨恨の想念が消えるには、何十年となくかかる。粘り強さは求められるだろうね、艦娘達でさえ人権的に苦労させられている所はあるからな。」

 

実際のところ直人の言う事は、これまでにも例のある事である。彼はその知り得た事実を伝えているだけである訳で、単に物知りであるだけである。しかしその言葉は、アルティを感服させるに足るだけの重みを持っていた。

 

“歴史”とは、単なる記録ではない。そこには、人々が汲み取るべき教訓が数多く詰め込まれているのだ。その事自体が、彼の言葉に重みを持たせているのである。

 

アルティ「・・・私達は、人間達に権利を認めさせたい訳ではない。単に日の当たる場所で、営みを送りたいだけだ。」

 

提督「―――――!」

 

それは、直人が初めて聞いた、深海棲艦の本音であり、また総意であった。

 

アルティ「では私はこれにて。捕虜の統率は、まだ十全とは言い難い。この中途半端な今の時期は少々鋭敏な所もある、気を付けて。」

 

提督「―――分かった、ありがとう。」

 

直人は、それ以上何も聞かずその場を立ち去ったのであった。

 

 

アルティ(やれやれ、私とした事が少し喋り過ぎた様だ・・・。)

 

 

~ 捕虜収容所~桟橋 小路~

 

提督「・・・木曽、叢雲。」

 

木曽「ん?」

 

叢雲「―――何?」

 

帰りの道すがら直人はこんな事を聞く。

 

提督「お前達は俺のこのやり方を、どう思う?」

 

その声は心なしか、どこか少し躊躇いがちであった。

 

叢雲「甘い――――とは思うわ。なんであれ、私達にとって不倶戴天の敵である事に、変わりはないもの。」

 

木曽「確かに。この意識を変える事は、並大抵じゃねぇとは思うぞ。だが俺は悪くねぇとは思う。少なくともどうやら、深海棲艦にも戦いを望まない勢力がいる事は、確からしいからな。」

 

提督「ほう、木曽はそう思うか?」

 

木曽「今の深海棲艦のやり口は実力的の一語に尽きる。そんな好戦的な連中から、好き好んでではないにしろ逃れてくる深海棲艦がいる、と言うのが証明だろう?」

 

木曽の言う事は正鵠を射ていた。少なくとも、一枚岩の団結で固く結ばれている訳ではないのは事実であろう事について、直人自身も認めざるを得ない所はある。

 

提督「それはその通りだ。だからこそ、そうした立場の弱い者達は誰かに守って貰わなければならない。そして身内に助けを求めれば命が危ないと踏んだからこそ、アルティもアラスカも人間の元に逃れたのだろうよ?」

 

木曽「そうだな・・・。」

 

叢雲「ほんっと、お人好しね・・・。」

 

提督「滅多に言われんがね、お褒めに与り恐縮だな。」

 

叢雲「ほ、褒めてなんかないわよ・・・。」

 

提督「はいはい。」

 

こういう場合は飄々としている直人であった。

 

 

この時、彼らはこれ以上は語らなかった。

 

アルティも、あの一言だけしか言わなかった。

 

この事が、直人に尚暫く、不毛な戦いをさせる事になる。だが、直人のこの措置が、実はその後の歴史に於いて大きな転換点であった事を知る者は少ない。何より彼らの得た知識やデータ、端的に言ってしまえばその『経験』は、その後の歴史に大きな変化を与えたのだ。これがなければ人類は更に5年以上、深海との戦争を続ける羽目に陥っていただろう。

 

しかし知られていないのも無理はない、彼らは秘密の艦隊であったのだから。提督たる紀伊直人も、戦い終わった後のそうした傾向は承知の上であった事だろう。

 

 

 

4月6日10時31分 中央棟1F・無線室

 

大淀(来ましたか・・・。)フゥ

 

一息ついて思う大淀。この日丁度暗号コードが切り替わる日だった為解読に手間取っていたのだ。

 

そう、今回入電したのはサイパン司令部宛の函数暗号である。

 

 

~中央棟2F・提督執務室~

 

大淀「提督、大本営より受電。」

 

提督「―――読め。」

 

直人は姿勢を正し言った。

 

大淀「ハッ―――『現在、大本営では次期作戦の開始を準備中である。ついては作戦の当該海域に対する事前攻撃作戦について、横鎮近衛艦隊にこれを打診したい。作戦開始時期は今月中旬、攻撃目標は、豪州北西部―――ダーウィン棲地』以上です。」

 

提督「・・・ほう。」

 

両肘立てて手を組み、顎を乗せた状態で直人は声を漏らす。

 

金剛「来ましたカ・・・。」

 

大淀「作戦の詳細について資料もあります。」

 

提督「後で見させて貰おう。それにしても棲地攻撃か―――随分頼られているな、金剛よ。」

 

と悪戯っぽく言う直人に金剛はいう。

 

金剛「あんまり買い被られても困りマスネ、提督ゥ?」

 

これは提督に向けての労いも兼ねた言葉だった。

 

提督「うむ、全くそうだ。しかし今回は言葉を選んだな。」

 

大淀「送り主は、山本軍令部総長です。」

 

提督「そうか、道理で。」

 

幹部会からなら命令文になっただろう。しかし今回は打診の知らせであった。

 

提督「―――うん、大本営に返電、『打診の件について、綿密な検討の後御返事する』と伝えろ。」

 

大淀「分かりました。」

 

それを聞いた大淀は立ち去った。

 

金剛「やらないのデース?」

 

提督「そうじゃない、確かあそこには、超兵器級の在泊情報が複数あった筈だからな。」

 

これは青葉からの情報である。また情報料を取られてしまった代物だが、まぁ役に立ったのだから今回は良しと言う事になるだろう。

 

金剛「ソレハ・・・精査が必要、デスネ。」

 

提督「そう言う事。あれこれ調べてみよう、事前準備は入念にな。」

 

金剛「OKデース!」

 

いつもの通り意気揚々と答える金剛であった。今回も全く、気負っている感じは見せなかったのであった。

 

提督「金剛、青葉に連絡を取ってくれい。」

 

金剛「oh? またなんでデス?」

 

と金剛が言うと直人は言った。

 

提督「青葉のネットワークを使う。あと龍田も呼んでくれぃ。」

 

金剛「了解デース! 青葉とは直接トークするデース?」

 

提督「勿論だ、こう言う事は直接、ね。」

 

まぁ、そうなるな。

 

 

数分後、青葉が横須賀から通信を寄越してきた。どうやら新聞の編集作業中だったらしい。

 

青葉「ポート・ダーウィン棲地の情報ですかぁ。」

 

提督「そう、敵の戦力についての情報が知りたい。何も詳細じゃなくていい、口コミの類の集約で構わないから、青葉の持ってるネットワークを使って集めて欲しいんだ。」

 

青葉「情報料はお高く付きますよぉ?」

 

と言う青葉の反応が分かり切ってた直人は返す刀で言う。

 

提督「間宮のVIPか?」

 

青葉「まぁそうですねぇ~、でも今回はちょっと足りませんかねぇ。」

 

提督「・・・えぇ。」(´・ω・`)

 

流石に困惑した。普通間宮のVIPと言えば艦娘達は小躍りして喜ぶようなレベルなのである。それを毎度毎度貰っておいてこれである。

 

提督「―――で、ご希望は?」

 

青葉「“殊勲賞”です、司令官。」

 

提督「・・・殊勲賞―――。」

 

 

『殊勲賞』とは―――

 

大きな功績を挙げたと提督が判断した艦娘に対して受勲を行う為に、割と頻繁に大本営が送ってくる勲章である。

 

言ってしまえば論功行賞における、勲功一番の者に送られる勲章だ。

 

これまで登場しなかった事から分かる通り、直人はこれを使用していない。だが大本営は定期的にこれを送り付けて来る為不良在庫が埃を被っている有様だったのだ。(一番古いものは着任時に初動で使う用に渡されたものから全て残っている)

 

一方で他の鎮守府では使っていると言うから、単に直人が存在を忘れていただけの事だろう。

 

 

提督「―――あぁ、あれか。使わんから忘れていた。」

 

青葉「て、提督・・・殊勲賞は使ってなかったんですか。」

 

提督「んー、まぁな。」

 

青葉「水戸嶋提督は使ってましたよ?」

 

提督「なんでお前が知ってんの!?」

 

まぁ当然の事ながらこうなる。

 

青葉「いやぁ例の一件(※)で忍び込んだ際に気付かれてまして、それ以来のお付き合いです。」(∀`*ゞ)テヘッ

※序章11章参照

 

提督「そういやそんな事も・・・お前マジか。」

 

割と機密性に関わる問題である。

 

青葉「横鎮と呉鎮の協力は取り付けてあります!」

 

提督「お前マジか・・・ならいいよもう。」

 

抜け目の無さに諦めた直人であった。

 

提督「なら殊勲賞も付けてやる、それでいいな?」

 

青葉「はい! ありがとうございます!」

 

こうしてギャラ問題に決着がついて青葉とは話がついた、続いて龍田との話し合いが待っていた訳だが。

 

 

龍田「敵棲地偵察、ねぇ。」

 

呼ばれた『第八特務戦隊(通称:八特)』旗艦龍田は、それを聞いて考え込んだ。手には作戦の資料が握られている。

 

龍田「準備期間が短くなぁい?」

 

これは調査をする事に関してだ。

 

提督「無論俺も可能な限り手は尽くす、八特のほうで何とかやって貰いたい。」

 

確かに、あと2週間もないような作戦の前に、『情報収集』・『事前攻撃』と言う二つの事をやらなければならない。となれば、準備は早々に実行しなくてはならない事になる訳で、しかもあまり時間はかけられないと言う事になる。

 

龍田「隠密偵察って言う事になると、私の戦隊では川内ちゃんかしらねぇ。」

 

実はしれっと八特に編入されていた川内さんである。

 

提督「まぁ、あいつは確かにそうだな。」

 

直人も認めるその隠密行動能力は、川内の持つ隠密戦装備に裏打ちされてより確たるものとなっている。光学迷彩はどの界隈でも強い。(鋼鉄シリーズを除く)

 

龍田「空輸してくれないかしらぁ?」

 

提督「・・・マジでぇ?」

 

苦り切った顔で渋る直人。今回調査を行う場所も場所である為空輸にしても降ろす場所がリンガしかないのだ。

 

 

ここで今回目標とされたポート・ダーウィンについて説明しよう。

 

このダーウィン港は、豪州(オーストラリア)北部の港湾の一つだ。日本軍の蘭印攻勢たけなわの時期、側面支援中の南雲一航艦から空母艦載機が、大挙してここを空襲した事がある。

 

日本軍はここが連合軍の重要根拠地であると見做していたのだが実際にはそんな事はなく、閑散とした港町にちょっとした軍事施設がある程度だった。(つまりただの補給港)

駐屯兵力もさして多くはなかったがほぼ奇襲に近かったこともありダーウィンにいた連合軍は踏んだり蹴ったりの大損害を被っている。

 

 

これだけか、と聞かれるとこれだけである。本当に何もない訳で。

 

ただかつてのサイパンと同じくここも棲地化しており、名実ともに一大根拠地と化している。

 

 

提督「しかし“バルバロッサ”は出せんぞ?」

 

バルバロッサ―――サーブ340B改が元々短距離機だったものを改造して出来たものであることは周知の事と思うが、それでもリンガには届かない。パラオに一度降ろして給油を行ってからになる為、どうしてもかなりの時間がかかってしまう。

 

龍田「えぇ、承知しているわ。でも連山改なら、行けるんじゃなぁい?」

 

提督「・・・。」

 

全くぐうの音も出ない直人。連山(改)ならフェリー飛行の場合航続距離にして3500km(推定)を優に超えるからだ。

 

龍田「可能な限り手は尽くしてくれるんでしょう?」

 

提督「―――自分で言い出した事だ、曲げはせんよ。それについては了解した。すぐに手筈を。」

 

龍田「分かったわぁ~♪」

 

そう言って龍田が去った後、直人もその手筈を整えるため執務室を後にするのだった。

 

 

大淀「あっ! また逃げられた!」

 

金剛「ポートダーウィン偵察の手筈を整えるんだそうデース。」(苦笑)

 

大淀「あの人は・・・。」

 

完全に虚を衝かれた大淀であった。

 

 

 

川内が案外暇していた事もあって手筈はすぐに整った。

 

直人も20分後には飛行場への連山改の展開を終えていた事もあり、川内は早速笹部機の連山改に搭乗し、リンガへと飛び立っていったのだった―――。

 

 

 

川内が戻ったのは4月11日の事だった、偵察に3日、空輸に1日づつを費やしたものの、その時になると青葉のネットワークからも情報が次々と寄せられてきたため、川内帰着を待って作戦会議と相成った次第である。

 

 

 

4月11日16時20分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「・・・ふむ?」

 

すぐに直人は情報の不整合に気付いた。

 

青葉の情報は全ての情報を総合して出されたものなので確度はそこそこにある。川内も目視と無電傍受で偵察を行っている為これも相当な確度である。

 

しかし青葉からのそれは超兵器級『複数』の所在を示しているのに、川内のそれは超兵器級『1隻』の所在を示していたのである。

 

川内「あれ・・・?」

 

川内もその事に気付く。

 

大淀「青葉さんの情報が、正確さを欠いた、と言う事でしょうか・・・?」

 

提督「―――確かに、多方面からの報告を総合すると戦果が過大報告されると言う事はよくある事だ・・・しかし、青葉の情報は写真付きだ、それもつい最近のな。」

 

川内「となると、移動していた可能性が・・・?」

 

提督「有り得ん事ではないな。総旗艦幕僚の意見を聞こう。」

 

と言って発言を促した相手が、当の幕僚である霧島と榛名である。

 

霧島「私の考える所では、ポートダーウィンの超兵器は周辺に行動中のものと考えます。無線を封止していた可能性は否定出来ません。」

 

一航艦参謀を兼任している総旗艦参謀の霧島に対し、総旗艦兼一水打群副官榛名の意見はこうであった。

 

榛名「私は、ポートダーウィンの超兵器は一時的にここを留守にしているものと推測します。仕掛けるなら今しかないと思います。」

 

提督「ふむ・・・。」

 

二人の主張に共通するのは、『居ないのは一時的なものでいずれ戻ってくる』と言う事だ。

 

提督「初春の意見はどうか?」

 

第一艦隊参謀を務める初春はいう。直人の要請で日程を繰り上げながら練習航海を終えた、その足での参加だ。

 

初春「ふぅむ・・・これは、一つの“紛れ”やもしれぬ。」

 

提督「―――見せかけ、と言う事か。」

 

初春「左様、表面上は複数いる様にの。」

 

提督「それも確かにあり得る話だ。筑摩はどう思う?」

 

第一水上打撃群で金剛の参謀を務めている筑摩も進言する。

 

筑摩「私は今現在も、ポートダーウィンに敵超兵器が複数隻いる可能性を提唱します。今の初春さんとは逆の方法になりますが、詳細な所在などについては無線等で欺瞞しているのではないでしょうか。」

 

つまり、存在を仄めかせた上で港には1隻しかいないように見せかけておいて、実際には必ず複数隻がいる、というやり口だ。そうすると敵の指揮官は相当悪辣かつ巧妙である。

 

提督「だとすればまんまと出し抜かれたことになるな、川内は。」

 

川内「私も目立たない距離から見て来ただけだから・・・反論出来ないのが辛い。」ガクリ

 

肩を落とした川内は、偵察時しっかり高倍率で夜間も使える大型双眼鏡を持って行った筈なのだ。その上でこの始末なのだから敵指揮官は更に始末に追えない。

 

提督「なに、お前の責任じゃないさ。しかしどちらを信用したものか・・・。」

 

直人は思考をフルに使って考える。実のところ今回の作戦は、直人を消極的にさせるのには十分だった。

 

敵超兵器級が複数いる可能性、その超兵器級が周辺で活動している可能性、そうした場合の包囲殲滅の危険性。これだけでも十分すぎる位だ。

 

川内「でも、大規模な棲地、という程変色海域は広くなかったと思う。」

 

提督「・・・ふむ?」

 

川内「実は、航空偵察もやってきたんだ―――」

 

提督「もっと早く言って!」(懇願)

 

川内「あ、うん・・・ごめん。」

 

変色海域というのは、敵棲地の影響を受けて汚染が進行した海域の事だ。大抵の場合赤褐色に変色する。その範囲は汚染度合いによって拡大する傾向がある、色の濃淡も汚染の度合いに応じて変化する為、それらのデータは敵棲地の規模を測る指標となるのだ。

 

そしてその汚染度合いは、駐屯勢力が大きければ進行が早まる、という推論が存在し、また海洋汚染などの深海による汚染は故意に制御可能であるという推測もある。無論憶測の域は全く出ないのではあるが。

 

提督「で、どの程度なんだ?」

 

川内「大凡ポートダーウィンを中心に半径約14km程度、どっちかって言うと補給基地って言う規模じゃないかな。」

 

提督「グァムは40kmだった、とすると・・・。」

 

グァム棲地攻撃のさいこの変色海域が話題に上らなかったのは、その範囲がサイパンまでを覆うには余りにも小さかった事と、そこに至る前に直人が遠距離砲撃で勝負を決めてしまった事が大きい。

 

提督「補給港か・・・前進基地にしては規模が小さすぎるからな・・・。」

 

しかしながら、『超兵器級に対する補給港』なら意味合いは全く違ってくる訳で、それが為に直人は思案していた。

 

霧島「やはり、危険ではないでしょうか・・・。」

 

筑摩「私もそう思います。」

 

初春「いや、そう思わせる事こそが敵の狙い目じゃ。」

 

榛名「そうです、今しか好機はありません!」

 

金剛「私は――――」

 

話を聞いていた金剛が、口を開いた。

 

金剛「行くべき、だと思いマース。」

 

艦娘達「―――――!!」

 

提督「ほう――――」

 

直人が興味を示す。

 

金剛「敵は依然、積極攻勢を渋っているようデス、ライン再構築なら超兵器級をチョイスして引き抜き、他戦線へ転用しようとする筈ネ。となれば、敵行動は欺瞞、例え複数いたとして、攻撃した場合退避を図る可能性が考えられるネ。」

 

提督「成程、即ち牽制しているだけで、消耗を恐れて撃っては来ないという訳か。」

 

金剛「イグザクトリー!」

 

提督「うむ、青葉の定期レポとも整合性の十分ある話だ。川内はどう思う?」

 

川内「言われてみれば確かに、という感じだね。哨戒が意外と厳重でその割に戦力は大々的にいる様に見えなかったから、その線は強いと思う。」

 

提督「宜しい、では私は実行に賛成する。」

 

霧島・筑摩「――――!」

 

その発言に驚いたのは反対派幕僚である。

 

霧島「ですが、大損害が予想されます! それでも強行なさると言うのですか!?」

 

提督「今まで損害を考慮した事があったか?」

 

霧島「いえ、ですが司令―――――」

 

提督「多数決だ、霧島。」

 

霧島「―――!!」

 

その直人の一言は有無を言わせぬ強いものだった。

 

提督「最も民主主義的な決定だ、異存はあるまいな?」

 

筑摩「・・・。」

 

霧島「・・・はい、ありません。」

 

提督「結構だ。慎重も度が過ぎれば逆効果である事を厳に心得ることだ。」

 

会議は、直人の決断により参加の線で纏まった。この強引さは直人の多少のリスクを計算に入れる所から来ていた。そう、この程度のリスクは直人にとっては“多少”なのであり、直人はこれを計算に織り込みプランを組むつもりだった。

 

 

こうして、作戦への参加要請受理が正式に決定した。この場に空母部隊(一航艦)の幕僚が参謀の霧島以外いないのは、彼女らが航空戦部隊であって艦隊戦時の実働部隊ではないからだ。

 

その夜、大本営への打電文は直ちに函数暗号によって打電され、大本営中枢の手に渡ったのであった。

 

 

 

4月13日6時13分 サイパン司令部前岸壁

 

打診の受理から38時間程が経過した4月13日、鈴谷への物資・食料などの積み込みが完了した。作戦案の練り上げも完了し、乗船の序列発表も完了している。

 

鳳翔「提督・・・。」

 

出港を前に岸壁から海を眺める直人に、鳳翔は躊躇いがちに声をかけた。

 

提督「鳳翔。留守を頼む。」

 

直人は十数分前、乗船序列発表の時と同じ事を振り返って言った。

 

提督「今は司令部にも余力がない、あなたしか、この責任重大な任務を―――母港を守る任せられる人がいないのです。どうか・・・お願いします。」

 

鳳翔「―――。」

 

直人のこの言葉に、鳳翔はひとしきり思案した後、言った。

 

鳳翔「提督は、いつも私を買い被られます―――ですが、やりましょう。提督や、皆さんのお帰りを、一日千秋の想いで、お待ち申し上げております。」

 

鳳翔のその力強い言葉に、直人は安心した。その十数分前には「冗談ですよね?」と視線で強く訴えかけて来ていたからだ。

 

提督「ありがとうございます――――必ず無事に帰ります。今回は少し、長引くやもしれません、2週間半で戻るつもりですけどね。」

 

鳳翔「はい、お布団を温めて、お待ちしております。」

 

提督「そ、それは色々気まずくなるから不味い、かな・・・?」

 

鳳翔「ふふっ、そうでしたわね。」

 

 

そんな会話の後、直人は全艦娘の乗船を確認し、足早にサイパンを出立していったのだった。

 

目指す先は、ひとまずの寄港地と協力を求めたタウイタウイ泊地である。

 

 

 

様々な思惑が交錯し、一つの戦いが今、幕を開こうとしている。それは直人達にとって、初となる長期戦であった。

 

2053年、春の風吹く4月中旬、彼らは再び居慣れた島を離れ、遠き戦地へと赴いたのである。何とも知れぬ影を打ち払うべく、彼らは白波を立てて南へと下っていくのだった――――。

*1
ピクシブの作品に「柴ドッグ提督シリーズ」と言う末武(まつたけ)氏作の艦これ二次創作があるので、気になる方は見てみよう。直人の言う犬の提督の噂はこの作品の提督の事を指す。




艦娘ファイルNo.93
長良型軽巡洋艦 阿武隈

装備1:14cm単装砲

アンダマン海制圧戦の後のドロップ判定で着任した艦娘。
特異点の無い凡庸な軽巡艦娘だが、それ故に司令部防備強化を図ろうと考えていた直人に槍玉に挙げられてしまう形になり、司令部防備艦隊に配属されてしまった。
序列は夕張単独であった第十五戦隊の二番艦である。


艦娘ファイルNo.94
夕雲型駆逐艦 夕雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

アンダマン海制圧戦の後、阿武隈と共に着任した艦娘。
こちらも特異点はなく、今回の作戦では着任して間がないと言う事で司令部残留を告げられている。


艦娘ファイルNo.95
阿賀野型軽巡洋艦 矢矧

装備1:15.2cm連装砲
装備2:20.3cm連装砲(初期では8cm高角砲)
装備3:22号対水上電探(初期では無し)
装備EX:斬艦刀(天龍刀モデル)(初期では無し)

この作戦から二水戦旗艦を任ぜられた新鋭艦。
阿賀野からの交代が早いのは二水戦は必ず新型艦を配備するという原則に則った事も一つの要因だが、その技量と度胸を買っての事である。
またしても大型建造をやってハズレを出した結果ではあったが、異様に剣の技量に優れると言う特異点を持ち、それ故急ぎで天龍の被り艤装から刀を取り分け、矢矧に合わせて改修したものを装備させてある。この措置は水雷戦隊は意外と敵陣突入が多い事に依る。
無論いきなり精鋭水雷戦隊の旗艦を務められるだけの器量と実力を持ち合わせている事は、言を待たないだろう。
なお矢矧に関しては初期装備ではなく鈴谷乗船後、即ち換装された実戦用装備に準拠している。


~司令部ゲストシップ紹介~

司令部ゲストシップNo.4
アルティメイトストーム級超兵器級深海棲艦 アルティメイトストーム

日本に亡命してきた超兵器級深海棲艦で、アルティメイトストームクラスのオリジナル。名前が長い為『アルティ』の通称で通っている。
横鎮預かりの頃は周囲から好奇の目で見られる事が多く、それ故にそうした視線を煙たがっている節もあったようだ。
どうやら深海棲艦内の派閥抗争に敗れてきたようで、元は中部太平洋方面艦隊の指揮下で強襲揚陸艦隊を指揮していた。
今はテニアン島の捕虜収容所で監督官として捕虜の統率を行っている。

司令部ゲストシップNo.5
深海棲戦艦 タ級フラッグシップ『アラスカ』

アルティと共に亡命してきたアルティの副官で、タ級のクラスの一つであるアラスカ級のオリジナル。他のタ級に比べ機動力に優れるが火力では劣っている。
亡命前から彼女をよく支えており付き合いが長いらしく、上官への忠誠は篤い。
テニアン島に移った後も捕虜収容所でアルティを支えている。


~深海棲艦艦級紹介~

アルティメイトストーム級超兵器級深海棲艦

ステータス(カッコ内はクローン版)
HP:330(290) 火力:264(227) 対空:75(60) 装甲:95(79) 射程:超長

18インチ連装砲 18インチ連装砲 8インチ単装砲(AGS) 40mmバルカン砲 20cm12連装噴進砲

肩書は『超巨大ホバー戦艦』。
端的に言えば『ホバークラフトに46cm位の口径の砲積んで地形不問で60ノットでぶっ飛ばす!』という戦艦。流石アメリカらしい発想だがそれを実現出来たのは超兵器機関のおかげである。しかもちゃっかりイギリスからAGSの技術を譲り受けている辺りもヤンキーどもの商売センスの高さを伺わせる一端であるが、どちらかと言えば試験艦という性格が強かったため量産されなかった。
主に太平洋戦線で上陸戦支援を行い活躍したが、サイパン攻略の際硫黄島方面から出撃してきた日本軍の超兵器『近江』の正確なレーダー射撃を前にして、ホバー形状特有の脆さを露呈して敗れ去った。
深海棲艦となってもその実力は健在で、艦娘には追従不可能な速度と地形走破能力の両方を有している珍しい存在で、沖縄方面侵攻や中国沿岸域攻撃に参加していたりもする為目撃例が数多く存在する。


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第2部12章~南海の血戦―緊迫の豪州戦線―~

どうも、天の声です。

青葉「青葉です!」

艦これ冬イベント.17、オール甲で貫き通しました。

青葉「改めましてお疲れ様でした!」

ありがとう。最後資材がホントに不足してたけど、まぁ何とかなったよ。これも様々にツイッターで助言を下さったり、ニコ生でも応援して頂いたおかげで気力が持ち堪えたからだと思います。ホントにきつかった・・・。

青葉「人の力は偉大ですね。」

実感させられるイベントでした。自分の艦隊の欠点なんかも洗いざらい出て来たイベントでもありましたので、その隙間を埋められるようにして行きたいですな。


さて今回何解説しようか・・・。

青葉「考えてなかったんですか・・・。」

ない。

青葉「無いんですね・・・。」

んじゃ今日はこれやるかい?

青葉「何ですか何ですか?」

ジャンっ[深海棲艦の武装について]テレレレッテッテッテー♪

青葉「えっ・・・」^^;

と言う事でゲストお呼びしました、どうぞ。


ワール「横鎮近衛艦隊客員艦、ワールウィンドだ。」

青葉「―――」

そーゆー訳なんで、宜しく。

ワール「元々それで呼ばれたのだ、引き受けよう。」

青葉「根回し早すぎィ!?」

(以下ワールウィンドの解説タイム)


さて、深海棲艦の武装にはいくつか種類がある。

一つ目は『艤装型』
 これは艦娘の艤装の様に装備の可否が効き、固有の意思を持たないタイプだ。
深海棲戦艦ル級や泊地棲鬼、諸君らが『空母棲姫』や『駆逐水姫/古姫』と呼んでいる深海棲艦の武装が一番分かりやすいだろう。空母棲姫の艤装は意思を持って居る様にも見えるが、あれはただの展開/格納の可動部に過ぎない事を押さえて置いてもらいたい。
私もこれに分類されるのだろうな。

二つ目は『一体型』
 字義の通り武装が肉体と一体化しているタイプで、やはり自我は持たない。当然だな、自分自身が兵器と化しているのだ。言わば体の一器官の様なものだから、それはそれで不便はしていないらしい。
深海棲駆逐艦イ/ロ/ハ/ニ級や軽巡級深海棲艦、深海棲戦艦タ級や量産型超兵器級深海棲艦レ級も該当する。『駆逐棲姫』についてはこれに該当する。と言っても推進部だけで、手の兵装は着脱できるから、艤装タイプと一体型のハイブリッド、と言えない事はないかも知れん。

三つ目は『隷属型』
 意志は持つものの、所持者の完全な影響下に置いて使役されるタイプの艤装だ。
非使用時は自我を持つが、使用時は所持者の意識にシンクロする形で完全に所持者がコントロールする様になる。
『空母水姫』や『南方棲戦鬼』、『離島棲鬼』などがこれに該当する。
犬のような物を想像するだろうが、そんな生温い物ではない。使う為にはそれなりに訓練が必要な為、おいそれとは量産できないらしい。

四つ目が『独立型』
 固有の意思を持ち、所持者の命令によって動く所謂独立機動兵装ユニットの様なものだ。こちらの方が主従という関係には近い。
『戦艦棲姫』や『防空棲姫』と言った姫級や鬼級の中にはこのタイプが存在する。
諸君らには馴染みの深い『潜水棲姫』もこのタイプだ。どうやら交差雷撃による艦隊殲滅攻撃を得意とするらしい。

タイプとしてはこの四種に大別されるが、一部には例外や複合型なども存在する為、一概には言えん。最も量産に適しているのは一体型ではあるが、艤装型も捨てがたいな、この二つのタイプをよく見かけるのもそれが理由だろう。


ワール「こんな所でいいか?」

うん、ありがとう、わざわざスマンかったな。

ワール「なに、最近少し手持無沙汰なだけだ。」

そっか。

青葉「深海棲艦とひとくくりに言っても様々な訳ですね、興味深いです・・・」メモメモ

我々にも様々あるのと同じ様に、彼らにも特徴があると言う事さ。何も可笑しい事じゃぁない、むしろ自然な事だよ。

さて、そろそろ始めようか。ワールウィンド、タイトルコール宜しく。

ワール「あぁ。第2部12章『南海の血戦』、本編スタートだ。」


4月15日12時31分 ウルシー環礁東方790km沖合/重巡鈴谷食堂

 

 

「―――んだとテメェ!!」

 

真昼の艦内に怒号が飛んだ。

 

「もう一回言ってやろうか、“主力のお守り役”は黙って後ろからついてくりゃぁ良いんだよ。」

 

作戦前になると緊張でカリカリするのは一種仕方ない事なのだが、こうなると少々不味いものがある。

 

 

バタッ――――

 

 

摩耶「アタシがそん位しか出来ねぇってのか!?」

 

木曽「実際やってねぇだろう。」

 

榛名「ふ、二人とも落ち着いて下さい・・・!」(焦

 

 

ツカツカツカ――‐―

 

 

摩耶「なら代わりにやってみるか!?」

 

木曽「性分じゃないね。」

 

摩耶「この野郎―――」

 

更に言い募ろうとした正にその瞬間であった。

 

 

ゴッチーン☆

 

 

摩耶「なにすん―――っ!!!」

 

木曽「誰だっ―――!?」

 

提督「喧嘩両成敗、だの。」ピクピク

 

こめかみのあたりを震わせながら言う直人。相当お怒りである。

 

提督「何があったのか、つべこべは聞くまい。だが主力たる第一水上打撃群の中核が、作戦前にそんな事では困る。戦艦のお守り? 結構ではないか、敵機に戦艦や空母がやられないようにする為には重要だ。木曽、お前にだって敵陣への切り込みという重大な任務があるではないか。それぞれがそれぞれに任務を与えられているのが“艦隊”だろう、その職権に踏み込み罵声を浴びせる権利は、誰にもない。いいな?」

 

木曽「・・・すまなかった。」

 

摩耶「アタシこそ悪かった―――ついカッとなっちまった・・・。」

 

二人がお互い謝り合うと直人は言った。

 

提督「分かれば宜しい、素直に謝れるのなら、お互い悪気は無かったと言う事だ。この件はこれまでとする。両者共に良いな?」

 

摩耶・木曽「「オウ。」」

 

提督「結構。さて飯だ飯~。」

 

騒ぎを収めると直人はさっさとカウンターに向かったのであった。

 

 

そもそもなぜこんなにピリピリしているのか、その事情は前日に入ってきた次のような電文に依る。

 

『敵の反攻部隊、大凡二個艦隊と推定されるが、ジャワ方面に順次展開中の模様。先の命令に先立ち、これを撃滅されたし。なお超兵器級が出動している可能性もある為、警戒を厳にされたし。』

 

 

これを受電したのは前日14日の9時21分の事、タウイタウイ泊地所属の、警戒任務に当たっていた艦娘艦隊偵察機がジャワ東部スラバヤに敵艦隊の所在を確認した事に依る。

 

一個艦隊はスラバヤに、もう一個は集結中と見られバリ島の東岸に所在が確認されていた。しかし急な事態の進展にタウイタウイ泊地では急遽艦隊に出動命令が下されたものの、どの艦隊も呼び戻しや再編で数日かかる見通しであり、仕方なく豪州戦線へ進出中の横鎮近衛艦隊に対し、それに先立っての迎撃が指示されたのである。

 

提督「緊急電とあっては受けぬ訳にもいくまい、了承した旨司令部経由で打電しよう。」

 

 と直人も決断し、その日の午後には取り敢えずの情報を精査し作戦会議を行ったのであった。

 しかし彼らがピリピリしていた理由は別にある。それは敵艦隊の中に未確認であるが、敵超兵器級がいるという情報があったのだ。

ただ戦うだけならいい、しかし事それが強大な敵手ともなれば話は別で、緊張や不安に苛まれる者だって少なかろう筈がない。この騒ぎもそれを端的に示したものだった。

 

 

提督「全く・・・困ったものだ。」

 

溜息を一つつきながら直人は一人言うのであった。

 

 

 

4月19日12時24分 マカッサル海峡南部

 

提督「皆も知っている通り、間もなく本艦は交戦状態に突入するだろう。そこで作戦を説明する。急造のものではあるがそこは承知の上聴いて貰いたい。」

 

重巡鈴谷ブリーフィングルームでは作戦会議が始まっていた。

 

提督「我々はまず、展開されているであろう敵哨戒線を突破、付近には警戒の為敵の艦隊が展開していると推測されるが、これらを撃滅する敵を餌にしておびき寄せて叩く。そして出来た布陣の穴を突き、一挙に敵の本陣へと突入し、スラバヤを再奪還しバリ島方面へと速に転進、敵第2陣の撃滅を行う。バリ島沖に到達する頃には夜になっているだろう。そこで奪還した後のスラバヤ沖で、タウイタウイから出航し追い抜いた高速輸送艦が、修理用の資材を補給する為に到着する手筈になっている。その会合を待ちながら損傷艦の修理を行い完了次第、一挙にバリ島沖に突入する。」

 

要約すればいつも通りの、艦娘流の電撃戦である。敵布陣の穴を突き、一挙に敵後方への浸透を図るものだが、少し違うのはその穴を自ら作り出す点だろう。

 

提督「何か質問は?」

 

初春「一つ説明に欠く点がある。」

 

提督「というと?」

 

初春「物資受け取りを行うまでの間、敵が手出しをしてこぬという保証はあるのかの?」

 

これに対し直人はただ一言

 

提督「ある訳なかろう。」

 

と言った。が続けて

 

提督「自分達の身は自分で守るものだ。それだけの自信が我々にはあるのではないかな? 何か違っているか?」

 

初春「・・・否じゃな、聞いたわらわが野暮であった。」

 

そう、あくまで自分達の身は自分で守ることが前提である。故に修理中ただ停泊している訳ではない、艦隊を周囲に展開しておく訳である。

 

提督「他に何かある者は?」

 

朝潮「一つ、宜しいでしょうか。」

 

提督「どうぞ?」

 

朝潮が起立して発言する。

 

朝潮「バリ島沖における戦況はどの様なものになるとお考えですか?」

 

提督「うん、これは推測だが、敵の警戒艦隊は第1陣と第2陣双方から出ていると見ていい。そして第1陣が潰滅しスラバヤに我々が取り付いたと言う事になれば、敵はスラバヤ方面にバリ島沿岸を移動しながら艦隊を一旦集結させ、集中攻撃を浴びせて来る筈だ。我々はその機先を制し、敵が分散している間にこれを撃砕する。」

 

朝潮「その際包囲戦になる事は予想の内にあるのでしょうか?」

 

提督「状況次第ではなるだろう。しかしまだプランなのであって実的なものではないから、ひとまず夜戦になると言う事だけ、覚えて置いて貰おう。」

 

朝潮「・・・分かりました。」

 

朝潮が聞きたいのはそう言う事ではなかったのだが、直人の言を聞いてその機会を失ってしまった。

 

提督「他には?」

 

夕立「一つあるっぽい!」

 

提督「ほう・・・聞こう。」

 

珍しい事に夕立が発言した。

 

夕立「敵が降伏してきたらどうするっぽい?」

 

朝潮「―――――!」

 

夕立の質問は朝潮の聞きたかった事そのものだった。

 

提督「その場合の発砲は禁ずる。後は、分かるな?」

 

夕立「―――分かったっぽい。」

 

夕立が頷くと不知火がすかさず口を挟んだ。

 

不知火「司令官、それでは敵が投降してきた場合は沈めてはならないと、そう仰る訳ですね?」

 

提督「そうだ、我々は仮に復讐者であったとしても、虐殺者ではないからな。」

 

不知火「なぜです? 後日に反逆の種を残すばかりではないですか。」

 

陽炎「ちょっと不知火―――」

 

提督「我々は先の戦いで捕らえた捕虜に対して、投稿者にはジュネーヴ条約に則って保護すると約したではないか。もしその言葉を別所で違えたとなれば、敵はそれをこそ叛乱を仕向ける材料に使う筈だ。もしそうでないとしても俺が敵の指揮官ならそうするだろう。恐らくその事は深海でも噂としては流れているであろうし、捕虜に対する敵の接触がないとは断言できん。」

 

不知火「―――――。」

 

即ち直人の言いたい事はこうだ。

「ジュネーヴ条約に則り一度でも捕虜を保護した以上、以後それを違えればそれこそ騒乱の種になる危険があるから、そのような信頼を損なうが如き所業をしてはならない。」

 

提督「―――いいな不知火、投降して来た者には寛大に遇してやるんだ。これは命令だ、逆らえば鼎の軽重を問われるものと覚悟せよ。」

 

不知火「・・・了解しました。」

 

不知火が着席する。

 

朝潮「――――。」

 

陽炎「すみません、妹が失礼な事を――――」

 

提督「いや、いい。確かに納得できる者と出来ない者がいる事は事実だ、ことこの問題に関してはな。」

 

不知火の発言が失礼に当たるのではないかと思った陽炎の謝罪を、彼はやんわりと制した。

 

 

霞(お人好しなんだから―――)

 

不知火(敵に情けをかけるなど、私達のすることではない―――)

 

雷(そうね、それが一番いい筈よね。)

 

朝潮(司令官は、後の事を本当にお考えなのでしょうか―――)

 

妙高(少しでも、戦わずに済むのなら、それが一番なのでしょうね・・・)

 

陸奥(らしいといえば、らしいわね―――)

 

金剛(それでこそ、デスネ。)

 

霧島(後の状況に不利な要件を持ち込んでいいのでしょうか―――)

 

加賀(甘いわね―――)

 

隼鷹(ま、いずれは深海の連中とも酒を飲んではみたいけどなぁ・・・)

 

 

とこのように思う事が十人十色な事案なだけに、直人は頭からそれを否定する真似はしなかった。雷に至っては電共々敵兵救助の前科だってある訳で、その事もあり賛成派であった。

 

提督(そう、我々はあくまでも、虐殺者なのではない。)

 

これは直人の信念なのであった。

 

 

その後作戦会議は紛糾する事なく幕を引き、順次艦隊が展開し始めた。

 

12時41分の事である―――

 

明石「電探感あり! 敵艦隊!!」

 

前檣見張り「“敵艦隊視認! 艦首右正面、距離約2万9000!! 我が艦隊を横切る形で通過しようとしています、まだ気づかれていません!!”」

 

電探と見張り員が同時に敵を確認した。こう言った事は帝国海軍でもしょっちゅう起こったらしい。見張り員が3万に近い距離の敵を視認出来るのは、それだけ高所から見下ろせるからである。(極端に目が良すぎるのは帝国海軍の特色なので言わないお約束。)

 

提督「展開中の偵察隊に、確認しているか照会せよ。」

 

明石「はい―――――那智2番機が触接しています!」

 

提督「宜しい、戦闘態勢、艦隊展開を急がせろ。最大戦速! 砲戦用意!!」

 

赤城「“上空待機中の攻撃隊、向かわせます。”」

 

提督「仕事と理解が早くて助かる、頼むぞ。」

 

赤城「“はい!!”」

 

少しして、上空で予め展開していた航空隊が敵艦隊攻撃と制空権掌握の為艦娘艦隊の進行方向へと飛び去って行った。

 

こうして、豪州戦の前哨戦となる『スラバヤ・バリ島沖空海戦』の火蓋が切って落とされた訳である。

 

 

2分も経てば全艦展開を終了(暁は例の如くこけた)して、直人から次の指示が飛んだ。因みに航空隊は間も無く攻撃を開始しようという所である。

 

提督「鈴谷より隊長機へ、攻撃完了までの所要時間を知らせ。」

 

村田機「“攻撃隊長機より鈴谷へ、攻撃完了までには35分を要す。”」

 

提督「ではその通りに離脱して貰いたい。一水打群へ。」

 

金剛「“ドウシマシター?”」

 

提督「敵艦隊向かって右側方24000mまで接近、攻撃隊離脱後90秒以内に先制雷撃を成功させろ。大井、北上、やれるな?」

 

北上「“お任せあれ~。”」

 

大井「“北上さんがやるならやります!”」

 

提督「うむ、ではすぐに取り掛かってくれ。第一艦隊は向かって左側方に座位してこれを援護、一航艦は鈴谷周辺にて航空隊を指揮せよ。」

 

赤城・扶桑「了解!」

 

直人が手元に空母部隊を残したのは、突入させるのが危険であることはもとより、一航艦の高速戦艦2隻を予備戦力として残しておく意味合いもあった。

 

しかし今回、全員打ち揃っての出撃という意味では久しい状況ではある。その点直人も考えずに済むのがありがたかった。

 

 

赤松「暇だぞ。」

 

加賀「今は我慢なさい?」

 

居残り組に入れられた松ちゃん、第二次攻撃隊の発艦に備え待機中である。(ポジションは甲板の縁。)

 

赤松「上空直掩に」

 

加賀「ダメよ。」

 

赤松「じゃぁチチもませろ」

 

加賀「ダメよ。」

 

赤松「ケチケチすんなよ~」

 

加賀「してないわ。」

 

赤城「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

何だこの掛け合いは・・・と唖然とする赤城さんです。

 

隼鷹「賑やかだねぇ~、結構結構。」((´∀`))ケラケラ

 

祥鳳「そ、そうですね・・・。」(・∇・;)

 

飛鷹「いや、あれを賑やかって言うのかしら?」(。´・ω・)?

 

どちらかと言うと駄々こねてる子供と親の掛け合いである。

 

そう言う彼女らを他所に敵艦隊は空襲の為進撃の足が止まっていた。対空戦闘中でその場を行ったり来たり弧を描いたりしていたのである。

 

 

空気を引き裂き彗星や九九式艦爆が急降下する。

 

水面すれすれを九七式艦攻や天山が2機1チームで雷撃を敢行する。

 

上空では零戦が編隊を組んで整然と敵艦隊上空を制圧する。

 

敵艦隊が猛烈な対空砲火を撃ち上げる。

 

空には無数の黒煙が小さく浮いている。全て、対空砲弾の炸裂した跡だ。

 

そこここで煙を吐く機体がある。少し離れた位置にいる鈴谷からも、その有様はありありと見て取れた。

 

赤城、加賀、蒼龍から僅か90機、各艦各機種10機ずつの攻撃隊である。しかし敵艦隊誘致という目的を果たす為、精々派手に暴れ回ってやろうという気概に満ちた派手な攻撃である。

 

零戦までも30㎏爆弾を懸架しての出撃である。既に攻撃は終えていた為上空警戒をしていた訳だが。

 

 

提督「・・・村田少佐も派手にやるねぇ。なぁ明石。」

 

明石「そうですね、きっと敵も来ますよ。」

 

提督「まぁまずは、目の前の小敵を蹴散らしてからよ。」

 

明石「はい!」

 

赤城「“攻撃隊、離脱開始します。”」

 

提督「うん、あと5分だ、急いでくれ。」

 

赤城「“はい、焦らず急いで迅速に、それらしく離脱させましょう。”」

 

提督「全く理解が早くて助かる。対空警戒を魚雷着弾まで解かせるなよ。」

 

赤城「“はい。”」

 

何気にこれは難しい事ではある。しかし精鋭の荒鷲達はそれを、見事にやってのける。最後の1機が離脱したのは、着弾の15秒前であったのが、その証左であった。

 

水柱が、次々と屹立した――――

 

 

提督「・・・。」

 

その様子を双眼鏡で見ていたのだが、声に出さずカウントしていた彼は、その数が80射線にしては命中雷数が多い事に気付いた。同時に別な方角から雷撃が仕掛けられている事も洞察した。

 

提督「――――魚雷だけでケリが付くぞ、これ。」

 

明石「えっ!?」

 

提督「明らかに200本近い数、いやそれ以上かもしれん数が撃ち込まれている。成程、金剛が発展させおったか。」

 

つまり、61cm魚雷を装備する全ての艦が先制雷撃を行ったのである。これはセレベス海で金剛が取ったのと同じ手法である。

 

提督「金剛、金剛。」

 

金剛「“な、ナンデショウ?”」

 

提督「よくやった、突撃せよ。」

 

金剛「“アイアイサー!”」

 

咎められると思った金剛だったが、結果オーライという顛末であった為直人も咎めず突撃命令を出したのであった。

 

提督「全く、有能な指揮艦だな。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

この時直人は知らなかったが、千歳搭載の特殊潜航艇も雷撃を行っていたのであった。新しい兵器を早速戦術に取り入れる辺りは流石と言える。

 

しかし金剛が突撃して行く頃には既に敵は壊走状態であり、救援信号をまき散らし算を乱して逃げ出していた。

 

 

その後直人はすぐに突撃命令を追走命令に変更、適宜威嚇発砲をし、更に敵を騒がせた。その効果はすぐに表れた。利根1番機が敵艦を発見したからだ。

 

利根「“本艦1番機より受電じゃ、『我、戦闘機の追撃を受けつつあり。』”」

 

提督「と言うと27番の哨戒ラインだな。距離は? 座標ではなく、距離だぞ。」

 

利根「“大凡170kmという所かの。”」

 

哨戒機を出したのはマカッサル海峡出口付近、真南を軸線とした左右60度の範囲に水偵を飛ばしたのである。発進地点向かって右方向44度の方向に敵の水上部隊がいると言う事になる。

 

ただしこの時艦隊は50度程東に進路を変えていた為、鈴谷からは右舷正面方向に敵を見る形になる。見えはしないが。

 

提督「・・・加賀、どう思う。」

 

加賀「“そうね・・・ジャワ方面を含むこの辺り一帯の陸地にはもう深海側の航空基地はない筈よ。利根1番機を攻撃したのは敵艦上機の可能性が高いわね。”」

 

加賀の冷静な分析に直人は頷いた。

 

提督「うむ、俺も同意見だ。各空母部隊へ、適宜攻撃隊を編成して対処せよ。対処の意味は、分かるな?」

 

赤城「“承知しております。”」

 

提督「宜しい、航空隊の編成は赤城が指揮せよ、残りの者で対空警戒を厳とせよ。この晴れ空だ、敵機をカモメと見間違えたら笑い者だぞ!!」

 

一同『“了解!!”』

 

艦隊は一斉に第三警戒航行序列に従い輪形陣を形成する。ものの数分で形成は完了、その頃には攻撃隊が発艦していた。

 

利根「“1番機と交信が途絶えたぞ!”」

 

妙高「“只今当艦3番機が交代に向かっております、敵の位置情報はもう少しお待ち下さい。”」

 

利根機が4機しか飛ばしていないのに対し妙高機は3機とも飛ばしており、3番機は27番の隣、26番哨戒ラインを直進していたので、すぐに向かう事が出来る位置にいた。

 

提督「そうか、落とされたか・・・その旨了解した。触接を絶やすなよ!」

 

妙高「“はい!”」

 

これまで触接機が落とされなかった事の方が奇跡と言えるだけに直人に落胆はない、むしろ却って冷静になった位である。

 

提督(どうやら今度の敵は基本を弁えている、こいつは厄介だぞ・・・。)

 

直人は敵の推定座標を予測しながら、妙高3番機からの報告を待っていたのである。

 

利根(しまった、吾輩の2番機の事を言いぞこなってしまったぞ!!)

 

タイミングをモロに逃す利根姉さんでした。

 

 

『“妙高3番機より鈴谷へ、敵機動部隊捕捉。地点、南緯4度54分55秒、東経116度46分38秒、敵針路93度、敵空母級30を伴う! 我これより敵の追撃を振り切らんとす!!”』

 

提督「きたか!!」

 

妙高機が敵艦隊を発見したのは、13時17分の事だった。

 

赤城「攻撃隊を出しますか?」

 

提督「うん、一航艦の総力を挙げて空襲を加えよ。他の空母隊はスラバヤ方面に向けて進軍を続けよ。」

 

龍驤「“はいよっ!!”」

 

蒼龍「“了解です!”」

 

※まだ空母はこの2個航空戦隊で3隻しかいません

 

提督「千歳の空母への改装まだァ?」

 

明石「こ、航空運用のデータが少し足りな―――」

 

提督「あればいいんだな?」

 

明石「え、えぇ・・・。」

 

提督「そうかそうか~、そういう話ね。」

 

直人は何か、合点が行った様だ。

 

提督「千歳~、水偵降ろしてるが瑞雲は積んでるよな?」

 

千歳「“はい、今補用機3機がカタパルト上で待機中です。”」

 

これは偵察用と触接用である。

 

提督「OK、残ってる瑞雲に全機爆装させておいてくれ。」

 

千歳「“了解です。”」

 

明石(・・・あっ。)( ̄∇ ̄;)

 

航空機運用のデータ位、いくらでもくれてやろうという訳である。

 

提督「――――。」ニカッ

 

直人は明石にウィンクしながらはにかんでみせるのであった。

 

 

その後、航空隊が全て片付けてしまい敵機動部隊はあっけなく壊滅してしまった。この攻撃完了が14時24分のことであった。

 

 

提督「―――何たる練度か・・・。」

 

明石「暫く実戦からは離れてましたからね・・・。」

 

提督「そうね・・・。」

 

流石に驚きを隠せない直人ではあったが、鬱憤晴らしだったと考えると合点が行かない事も無いのであった。

 

提督「しかし下手をするとスラバヤの敵が逃げてしまいかねんな。」

 

明石「・・・それはそうですね。」

 

と言うのは、余りにも撃破が早過ぎて怯んだ敵が逃げかねないという話だ。尤も傲慢に近いが。

 

提督「よし、第二水雷戦隊へ、スラバヤ沖へ先行せよ。敵が逃げる前に一撃を加えるのだ。本隊もすぐに征く!」

 

矢矧「“了解!”」

 

矢矧が気負いを感じさせず言う。

 

矢矧はこれが初実戦でしかも第二水雷戦隊の旗艦と言う中核の一群を任されている。しかし矢矧はその手腕で的確な指揮を出していた。尤も、本格的な戦闘にはまだなっていないが、出撃前急ぎで一度やった戦闘指揮演習で矢矧はその優れた手腕を見せている。

 

提督(しかしこれは演習ではない、果たしてどうなるかな―――?)

 

明石「提督、昼食をお摂りになられては?」

 

提督「ん? あぁ・・・そうだな、朝食べたっきりだったな。艦娘達はレーション(携行食糧)があるが俺にはないからな。」

 

それもその筈、普通の提督なら基本的に後方にいる為、戦闘の際食事の心配をする必要自体が無いからである。故に提督へのレーションの割り当てなどない訳で。

 

提督「・・・そういえば、サイパンに来るとき赤城が持ち込もうとした食料品があったな。あれ食べとこ。」

 

明石「いつの間にそんなの積み込んだんですか・・・。」

 

提督「実は最初から積んである。」

 

明石「手際いいですねぇ・・・。」

 

提督「赤城に見られてて食糧庫の警備付ける羽目になったけど。」

 

明石「手間かかりすぎでしょそれ!?」

 

提督「うん、知ってる。」ニッコリ

 

なのでたまに警備をやっていた事もある。

 

提督「んじゃ一回この場は預けるぞ。」

 

明石「分かりました! ごゆるりと。」

 

提督「してる暇があったらいいんだけどねぇ~。」

 

明石「ハハハ・・・」

 

直人は歩き去りながらそう言うのであった。実際戦闘中なのだから止むを得ないだろう。

 

 

15時22分、第二水雷戦隊は艦娘由来のその快速性を生かし、早くもスラバヤ北方海域に到達しようとしていた。

 

矢矧「敵艦隊正面方向に捕捉! 距離およそ5万、数大凡2500!」

 

矢矧の電探は早くも敵を捉えた。

 

霞「相変わらず多いわね・・・。」

 

十八駆の霞が顔をしかめて言う。

 

陽炎「ま、いつもの事よ、今更驚かないわね。」

 

と、その第十八駆逐隊旗艦である陽炎は言う。

 

朝潮「何隻いようとも、捻じ伏せます。」

 

満潮「そうね。」

 

矢矧「心意気は買うけれど、あくまで敵を怒らせることが目的よ。それを忘れないで。」

 

と、意気込む二人に注意する矢矧。

 

朝潮「えぇ、そうですね。私達単体では勝てない。」

 

矢矧「そう言う事ね。それじゃ、作戦を説明するわね。」

 

そう言って説明を始める矢矧の策は中々大胆なものであったが、それは同時に、艦隊決戦時における常道でさえあった――――。

 

 

~数分後 鈴谷・羅針艦橋~

 

提督「交戦に入ったか。さて、戦力差をどうする気かな?」

 

赤城「“艦載機収容、間もなく完了します。”」

 

提督「よし、収容完了次第合流せよ。」

 

赤城「“了解。”」

 

丁度赤城ら空母部隊は艦載機収容作業真っただ中であった。

 

提督「第一水上打撃群は、可及的速やかに戦闘海面へ急行せよ、第一艦隊と第一航空艦隊は鈴谷に続け。」

 

金剛「“ラジャー!”」

 

扶桑「“了解!”」

 

赤城「“畏まりました。”」

 

直人は戦闘開始の方を聞き快速部隊を急行させると共に、自身も急進してこれと一戦交えんとしていた訳である。

 

提督「しかしどうやら逃げなかったらしいな。」

 

明石「そうですね。」

 

これはどちらかと言うと逃げなかったというのではなく、『逃げ切れる保証がなかった』為で、それなら算を乱して逃げ出すよりは、第二陣が態勢を整える時間を確保すべく、身を呈してでも一戦交えようとする敵の心意気でさえあった。

 

提督「まぁ、逃げるより戦った方が簡単だからな。勝つのは容易ではないとしても。」

 

明石「そう言うもんなんですか?」

 

提督「昔から“退却するのは侵攻するより何倍も難しい”とよく言われているのが一つその論理を裏打ちできるな。」

 

退却とは要するに逃げ出す事なのだが、その点“撤退”とは性質を異にする。

 

敵の前面から兵を退かせるという点は共通しているが、退却はした側が大抵は負けているものだ。一方で撤退と言う表現は、整然と陣を引き払った場合など、負ける前に敵に付け入る隙を与えず退いた様などを指す事が多い。

 

この様に退却と撤退では、同じ兵を退くという点に於いても、同じ負けである点についても意味が全くと言っていい程正反対なのである。要するに負け方の相違であり、鉾の収め所を弁える指揮官はそれを弁えているが故にこそ優秀なのだ。

 

 

その点戦う事を選んだ勇気は称賛されるべきものであったが、この場合彼らの相手は少々悪いと言わざるを得なかった。

 

敵第一陣は深海棲重巡リ級改Flagを旗艦とする高速水上打撃部隊と言うのが実態で、重巡が主力となっていた。この場合、大火力の戦艦を有していなかった事が禍根を残す。

 

 

14時37分 スラバヤ沖

 

リ級改Flag「来ルナラ来イ、返リ討チニシテクレルワ。」

 

士気も高い敵第一陣ではあったが、その悲劇はすぐそばまで迫っていた。

 

 

ズウウゥゥゥゥーーー・・・ン

 

 

リ級改Flag「何――――・・・」

 

 

ドオオオオオオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

次々と水柱が屹立する、その光景は正に敵警戒部隊が味わったそれに等しいか、上回る勢いで行われた。

 

 

矢矧「フフッ、成功ね。」

 

朝潮「“第八駆逐隊、間もなく離脱完了します。”」

 

村雨「“第二駆逐隊も間も無く合流するわ!”」

 

矢矧「了解、集結次第直ぐに合流して頂戴。」

 

朝潮・村雨「「“了解!!”」」

 

陽炎「“第十八駆逐隊集結完了、雪風と一緒に後退するわね。”」

 

矢矧「分かったわ、ご苦労様。」

 

矢矧のとった作戦は単純だ。中央に第十八駆逐隊と雪風、右翼に第八駆逐隊、左翼に第二駆逐隊を立て、更にこれを1隻ずつ個別で敵陣を半分包み込む形に布陣、魚雷を発射して後はスタコラサッサ、と言う次第。

 

しかしながら全艦が4連装発射管を装備している上、北から東西にかけて敵を押し包む形で魚雷を放っている為に、敵にとってみれば逃げ場がないのと同じ事であった。敵旗艦にも1本が直撃し、これを中破させる事に成功した。

 

矢矧(さて、何分持つかしらね・・・。)

 

敵の旗艦は健在、敵の出鼻を挫かせたとは言っても所詮その程度だ。反撃は迅速に行われると読んだ矢矧はすぐさま次の手を考えるのであった。

 

 

提督「へぇ・・・やるね。」

 

戦況チャートを眺めつつ直人は言った。

 

敵の布陣は楔形、正面方向から敵が来たなら側面迂回をしても配置次第で対処されてしまう。敵は少々足並みを乱したと言ってもそこまでであり、采配次第で大損害は免れ得ない。

 

明石「やりましたね提督!」

 

提督「アホ、まだ何にもやってないわ。むしろこっからだ。」

 

明石「あっ、そうですね・・・。」

 

提督「第一水上打撃群到着までの時間は?」

 

明石「かなり高速で南下していますし、1時間少々、でしょうか。」

 

提督「結構時間がかかるか。よし、第一艦隊に艦載機発進の指示を出そう。扶桑!」

 

扶桑「“はい!”」

 

提督「第一艦隊の空母艦載機を以って第二水雷戦隊を援護せよ。」

 

扶桑「“分かりました。”」

 

第二水雷戦隊がそう長く持たないのは自明の理であるならば、それを少しでも遅らせてやるのが直人の役割である。

 

 

ブオオオオオオオオ・・・ン

 

 

提督「早くね!?」

 

千代田「“こんな事もあろうかと、すぐ出せるようにしておきました!”」

 

提督「―――そうか、そいつは何よりだ。」

 

龍驤「“そらそうやろ、航空戦っちゅうもんは、一分一秒が大事やからな!”」

 

提督「そうだな、助かる。」

 

直人は素直に礼を言うのであった。機転が利く艦娘達に舌を巻いてもいたが。

 

 

その頃矢矧は30分に渡り敵の猛攻を食い止めていた。全ては直人を信頼しての決死の防戦であったが、物量差とそれを生かした敵の戦術に苦しめられていた。

 

矢矧「各隊状況知らせ!」

 

陽炎「“こちら十八駆―――旗艦、中破、後退許可を乞う―――!”」

 

不知火「“さらに霞小破、黒潮中破、損害甚大に付き、一時後退の許可を。”」

 

朝潮「“こちら八駆、満潮大破、後退許可を。”」

 

村雨「“第二駆逐隊より、夕立小破、五月雨中破!”」

 

矢矧「夕立が――――!?」

 

矢矧が驚いたのは、夕立は演習でも滅多に被弾する事は無く、被弾すればその頃には勝負がついていることが多いからだ。

 

雪風「“こちら雪風、健在!”」

 

その点雪風は流石の豪運ぶりだったが、雪風と言えどもかなりの窮地に立たされていることは変わりなく、それこそギリギリの勝負であった。

 

矢矧「よし・・・全艦一旦後退! 後退しつつU字型に陣を張って!」

 

矢矧が次なる指示を出したのは、15時12分の事である。

 

矢矧(敵が乗ってくればよし、乗ってこなくても後退させられる、兎に角時間を稼がないと・・・。)

 

しかし敵は矢矧の策には乗らずさりとて後退するでもなく、適宜距離を置いて左右両翼の先端を攻撃し始めた。

 

矢矧の読み違いである。

 

矢矧(くっ、やるわね・・・)

 

「“よーう嬢ちゃん達、苦戦してるみてぇじゃねぇか。”」

 

矢矧「―――!?」

 

 

ブオオオオオオオオオオオオ・・・ン

 

 

気付けば味方の大編隊が1機の零戦に先導されて上空を敵艦隊へと向かっていく。

 

その先導機が―――[AⅡ-101号機]、横鎮近衛加賀戦闘機隊隊長機である。

 

つまり・・・

 

矢矧「あなた、確か加賀の―――」

 

赤松「“そう、赤松だ。”」

 

飛び出してきた模様。

 

 

加賀「はぁ~・・・あの子は・・・」

 

フリーダムすぎるのが玉に瑕だが腕は確かなので何とも言えない辺りが彼の凄さである。

 

赤城「まぁまぁ、あの人らしいと言えば、らしいですし。」

 

加賀「そうだけど・・・風紀が・・・」

 

赤城「そ、そうね・・・。」

 

戦間期には余りの風紀の乱れに悩まされた加賀が言うだけに重みが違った。どうやら松ちゃんは余りに飛びた過ぎて無理を押して飛んできた御様子である。

 

 

赤松「“ま、俺達に任せて一旦下がんな。体勢を立て直すにも時間要るだろう? ガハハハハ!”」

 

豪快に笑って飛び去って行く松ちゃんである。

 

矢矧「そ、そうね・・・全艦集結!!」

 

矢矧は各艦に発光信号「集マレ、集マレ」も送り、迅速な集結を行おうとし、その試みは成功した。こうして隊伍を整頓した二水戦ではあったが、継続的な戦闘はほぼ不可能であった。

 

 

提督「うん、矢矧の判断を是とする、混乱に乗じて後退せよ。後は主力が引き受ける。」

 

矢矧「“了解!”」

 

直人が矢矧の撤収申告を受け承認したのは15時21分の事である。直人は矢矧に事の次第を聴取した訳だが、その状況は思ったより悪化していた。

 

まず十六駆の雪風だが艤装の損傷こそ無いが、至近弾の破片を受けて左腕を負傷し後退

十八駆では更に不知火が中破し、霞も再び被弾して中破

二駆では五月雨が大破、夕立中破、村雨中破になるに及び戦闘力を喪失

八駆も朝潮が小破、大潮中破と損害度合いが更に悪化、

旗艦の矢矧でさえも敵の砲撃を受けて艤装の一部を損傷、右肩を切っていた。

 

ここまで来ると最早戦闘力は無いに等しいものがある。特に雷撃を受けて速力が低下、程度こそ軽いとはいえ足を負傷していた夕立と、敵の砲撃をモロに受けて辛うじて立っている状況の黒潮と満潮は一刻も早く後方に送らねばならない状況だった。

 

提督「しかし敵もかなり強力な部隊だったようだ、俺の判断が間違っていた訳か。」

 

龍驤「“キミィ、そんな事言っても始まらへんで?”」

 

提督「・・・分かっているさ、航空攻撃の状況は?」

 

龍驤「“型通りの奇襲や、えらい混乱しとるみたいで、相当な戦果上がっとるで!”」

 

航空部隊は和田鉄二郎の龍驤艦爆隊と、千歳発進の瑞雲隊を先頭に一斉に攻撃を開始、雷爆同時攻撃の手本とも言える奮戦を示す。対する敵艦隊は旗艦が後方に下がっていた為に有効な指揮が中々出来なかった上、不意に甲高い音がしたというような状況だっただけに混乱状態にあった。

 

提督「そいつは結構。だが、“勝って兜の緒を締めよ”とも言う。」

 

直人が度々言うこの言葉の意味は最早言うまでもないだろう。

 

龍驤「“せやな、驕りや慢心は絶対にええことにならん。”」

 

赤城が言ったのでは余り説得力を持たないが、龍驤が言う辺りのそれは凄いものがある。

 

提督「そうだな・・・もう少し敵情はしっかり調べるべきだった。」

 

龍驤「“それだけじゃ練度は測れんやろ。”」

 

提督「御尤もで御座い。」

 

肩を竦めていう直人であった。実際そこが指揮官の一番難しい所である訳で。

 

龍驤「“それよりさっさと追い付かんとあかへんで。”」

 

提督「あのな、艦娘ノットに合わせて最大戦速なんだよこっちは。」

 

急ぐ分には急いでいるのだがなにぶんあっちの方が早いので、艦娘側が合わせている始末では返す言葉はそれしかなかった。

 

 

その15分後、鈴谷は発揮可能の全速で後退してきた二水戦と合同した。

 

提督「報告通りと言うか、酷い有様よな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

提督「よし、一旦収容しよう。明石、修理を頼む。」

 

明石「はい、お任せ下さい!」

 

そう言うと明石は急いで艦橋を後にする。

 

提督「よぉし! 二水戦を収容する、第一艦隊は援護せよ!」

 

扶桑「“了解!”」

 

川内「“誘導するね!”」

 

提督「頼んだ川内! それと雷をこっちに寄越してくれ!」

 

川内「“はいよっ!”」

 

雷「“少しばかり指示が遅いんじゃない? もう向かってるわよ、司令官♪”」

 

提督「えっ・・・」

 

雷の行動の早さに思わず言葉を詰まらせる直人。

 

川内「“い、いつの間に・・・。”」

 

提督「全く、どうして御理解勢が多いかな全く。ハッチ開放!! 局長にハッチ強度は減速させるに耐え得るとは聞いてある!」

 

つまり直人は鈴谷の機関出力を落とし込んだ上で、更に収容時にはハッチの前縁が着水する事を利用して急ブレーキをかけるつもりなのだ。水に対する抵抗を増やしてやれば自然とスピードは落ちる訳だ。

 

 

ザザザアアアアアアァァァ・・・

 

 

提督「おっと・・・」フラッ

 

急減速の勢いで前に投げ出されかける直人。が、機関逆進をかけるよりも手っ取り早く速力は落ちたのでそれで済んだだけ結果オーライである。

 

提督「医務室! 受け入れ用意を済ませて置け!」

 

実は鈴谷にも医務室はしっかり存在する。と言うのは、艦中央部左舷のブリーフィングルームの艦首側、ダミーの煙突の真下にあるのだ。因みに病室はスペースが無い為艦首部中甲板左舷側にある。少し病室から離れているがやむを得ない措置であろう。

 

揺れる艦内で命じる直人には冷静さがあった。それは戦場に於いて指揮官に求められる素質の一つでもある訳だが、それはまたいずれ機会があれば話をしよう。

 

提督「しっかしあれだな・・・俺が持ち場を離れられん・・・。」

 

直人としては出迎えに出てやりたいのが本音であった。しかしそうすると艦を操艦できる者がいない。鈴谷や金剛は今最前線にいて硝煙に身を包んでいる。明石は艤装修理の為に降りて行った。局長が大淀も操艦出来る様にしているのだが、彼女は遥か後方だ。

 

提督「・・・クソッ。」ギリッ

 

直人は思わず歯ぎしりして悪態をついた。幸いそれを聞いている者はだれ一人いなかったが・・・直人としては、明石が一刻も早く戻って来てくれる事を祈るしかなかった。

 

 

二水戦の損害状況を改めて総ざらいすると以下のようになる

 

大破:満潮(重傷)・五月雨(軽傷)

中破:黒潮(重傷)・陽炎(中度負傷)・不知火・霞・大潮・夕立(軽傷)・村雨

小破:朝潮・矢矧(軽傷)

その他:雪風(微損害・軽傷)

 

以上の通りだが、これを見る限り最早戦闘力を残しているのは3隻のみであると言っていい。今回身体への傷を負った者も多いが、それは敵が的確にこちらを沈めに来ている証左と言っていい。艤装への被弾など回避タイミングのミスが原因なのだから尚更である。

 

 

雷「兎に角満潮と黒潮の治療を優先! 軽傷者には止血措置を含む応急手当を、陽炎は私が受け持つわ! 始めて!」

 

雷が妙に慣れた指示ぶりを見せる。軍医妖精とその助手達が急いで指示通りに動く。

 

雷「取り敢えず止血ね、陽炎、何処か痛い所は?」

 

陽炎「傷以外、特には・・・。」

 

雷「じゃぁひとまず破片を取り出して止血しないと―――」

 

 

明石「うひゃー・・・手酷くやられましたねぇこれは・・・。」

 

艦内工場で明石が五月雨の艤装を見て言った。

 

五月雨はカードグラだと背部艤装が無いがその実夕立のものによく似た艤装を装備している。が、それは最早原型を留めているとは言えず、殆どスクラップ同然と言う様な有様であった。辛うじて構造材の幾許かと、コアを厳重に守る防御構造が残っているだけである。そのおかげでどうにか背部艤装を落っことす事はなかったようだ。

 

明石「最早新造に近いですねこれは・・・。」

 

嘆息しながら言う明石であったが、引き受けてしまった以上並行的にやるしかない。幸い五月雨以外の艤装の損傷度合いは妖精達でどうにかなる範囲だ。

 

明石「それじゃぁ他の艤装の修理は皆でお願い、私がこれをやるわ!」

 

妖精達が持ち場について作業を始めるのにそう時間は必要としなかった。

 

この鈴谷艦内工場は中甲板右舷側のデッドスペースを埋める形で新設されたもので、妖精さんでどうにかなる軽い損傷ならば最大10隻分まで並行して修復できる。精密修理は明石自らが行う為1隻集中で同時進行は不可能だ。

 

実は前回の出撃までは機材の製造が間に合っておらず、従って搭載もされていなかったのであるが、今回の出撃前に何とか間に合わせた、と言う次第である。たったこれだけの機材の為に中々工数が多いではないか、とは直人の言である。

 

 

一方で前線では、金剛の一水打群が敵を強烈に押し返していた。

 

金剛「進撃速度を一度緩めないとデスネ・・・。」

 

少々追い過ぎているきらいがないではなかったが、それ故に敵は既に崩壊していた。

 

筑摩「速度を落として下さい、二人とも。」

 

旗艦からの指示を伝達する筑摩。

 

利根「何故じゃ? ここで更に追い立てれば敵も退散するのではないか?」

 

鈴谷「ん、そうだね。少し追い過ぎてるかもね。」

 

利根「むっ・・・。」

 

賛否別れた上に正論を鈴谷が言った(意図してはいなかったが)ので利根が言葉の勢いを失ってしまった。

 

筑摩「そう言う事です、利根姉さん?」

 

利根「・・・仕方ないのう。」

 

利根も納得して引き下がった。

 

因みに彼女ら第八戦隊の旗艦は、実は筑摩である事はお分かり頂けたと思う。利根では状況判断を誤りかねず、鈴谷は気質があっていないという判断で金剛が任命したものである。因みにこの戦隊編成を指示したのは例外的に直人である。

 

 

金剛「・・・戦闘終了、デスネ。」

 

榛名「いいのですか? まだ続いてますけど――――」

 

確かにまだ撃って来る敵艦はいるがしかし――――――

 

金剛「あれはただの時間稼ぎデス、適当にあしらって戻りマショー。」

 

と、至極冷静に言い放つ金剛であった。実際この判断は結果として正しかったのだが、同時に“遅くもあった”。

 

 

赤松「暇~・・・」

 

と機上の赤松が言う。今回出て来た戦闘機は第一艦隊の全力と加賀隊から赤松小隊4機(2機1個分隊×2)だが、これらは艦隊戦が始まってもその場に残って上空を警戒していた。

 

 

――――キラリ

 

 

赤松「んっ!?」

 

松ちゃんが何かがきらめくのを見た。方角は――――東。

 

赤松「各艦隊に通報、敵機来襲!!」

 

 

摩耶「ふぅ~・・・終わりか――――」

 

摩耶は追撃の足を緩めろと聞きそうつぶやいた。

 

摩耶「――――!!」バッ

 

摩耶の第六感が何かを捉えた。向いた方角は、東。

 

摩耶(敵機――――!!)

 

対空電探が東を向いた瞬間敵編隊を捉えた。それを悟った時摩耶は躊躇わず撃っていた。

 

 

提督「敵機捕捉、真東から少し南側だな。」

 

赤松「“各艦隊に通報、敵機来襲!!”」

 

同時刻鈴谷の対空電探もこれを捉えた。既に収容を終え合流しようと急いでいた所である。これらが15時35分の事であった。

 

明石「提督、修理はひとまず終わりました。応急的ですが全て使えます。五月雨さんの艤装が半壊状態だったので、そっちの方は小破程度までは何とか。」

 

明石が戻ってきて開口一番そう言った。

 

提督「流石だ、ありがとな。」

 

明石「お安い御用です。それより敵機と聞こえましたが。」

 

提督「うん、対空電探が捕捉した、距離は少し離れているが、一水打群にはすぐ到達するだろう。」

 

明石「救援に向かいますか?」

 

と明石が訊くと

 

提督「こういう時に逡巡すべきではない、一航艦戦闘機隊を急いで応援させよう、その上で我々も急ぐ事にしようか。」

 

明石「はい!」

 

直人の断の早さは流石と言えた。この時既に一水打群の上空直掩機は既に空戦体制に移っていたが、これに加えて一航戦の戦闘機隊が続々と発艦を開始するのであった。

 

 

金剛(輪形陣の構築は間に合わない―――――)

 

金剛は輪形陣に陣形を組み替えながら思った。敵編隊が意外と近くまで迫っていた為もあるのだが、一番は追撃中で陣形が乱れている為だった。

 

金剛「各戦隊へ、戦隊ごとに各個迎撃せよ!!」

 

この判断は一応正しい判断であった。空襲の真っただ中に無理に輪形陣を組もうとすれば、敵弾回避と陣形構成の混乱が生じ、被害をより深刻なものにしかねないからである。

 

しかし防空を一人担当する摩耶にとっては守る範囲が広いと言う事になり――――

 

摩耶「無茶言うな!!」

 

と怒鳴り返す羽目になったのであった。

 

 

15時43分、戦闘機隊との空戦が開始され、そこから5分と経たずに敵の攻撃隊が突入を開始した。その頃には鈴谷からもどうにか敵機と思しきものが見える距離まで来ていた。

 

提督「ええい遅いな・・・。」

 

明石「言わないでください・・・。」

 

水平線に敵機が見えていると言う事はまだ3万メートル以上距離が離れている。つまりどうあがいても主砲による対空射撃は不可能である。

 

提督「―――金剛に期待するしかない、か・・・。」

 

しかし直人は金剛の指揮ぶりをチャートを介して見るに当たり、これまで金剛が行ってきた最大効率の戦闘を、期待出来そうもない事は承知していた。直人が期待したのはその範疇に於ける“善処”であった。

 

 

金剛「全艦、徐々に集結して下サーイ!」

 

水上艦隊にとって割と最悪の状況で敵機の来襲を迎えた第一水上打撃群は、麾下戦力の長期的集結を図る以外に術が無かった。その上で各個に対空防御をするのだが、しかしこれだけで容易でない事は想像に難くないだろう。

 

 

蒼龍「そうはいったって――――!!」バシュッ

 

一方で空襲の渦中にいた蒼龍は敵弾回避の合間を縫って艦載機の発艦を行っていた。当然戦闘機である。蒼龍としてはなんとしてでも頭上を守りたいと言う一心であった。

 

対空機銃は既に全力射撃をしているし、敵弾回避もこなしている。本来この上で戦闘機を発艦させると言うのは最早母艦と艦載機双方の全行動にアクロバティック的技量が要求されるのだが、艦娘となった空母、風上に進まずとも良いという、空母としての行動の原則から乖離したればこそ叶う芸当であった。

 

蒼龍(もう、あの日の轍は踏まない。あの日の私とは違うんだ―――!!)

 

蒼龍の必死の防戦が続く――――。

 

 

提督「あれは――――蒼龍か!?」

 

直人がその蒼龍の元へとたどり着くにはなお30分を要したものの、16時09分には蒼龍を襲っている敵編隊に照準が合わせられた。

 

明石「諸元照準共によし、行けます!」

 

提督「よし、撃てぇ!!」

 

 

ズドドドドドドドドォォォ・・・ン

 

 

鈴谷の前部主砲3基9門が火を噴いた。今回鈴谷が搭載した主砲は15.5cm3連装砲5基15門、用兵側からの評判も非常に良かったという圧倒的投射量を誇る武装だ。

 

装填されたのは当然の事ながら三式弾である。意外に思われるかもしれないが、小口径砲用に作られた三式弾も存在しているのである。

 

 

パパパパッ・・・

 

 

敵編隊の後続に次々と鈴谷の放った三式弾が炸裂し、焼夷弾子をまき散らす。絡め取られた敵機が一塊に落ちる様にも見えて痛快ではあったが、それを口に出すだけの余裕はない。

 

提督「今の蒼龍には護衛の駆逐艦がいない、急いで救出しないと。」

 

そう、一番肝心なのはその点なのだ。

 

 

蒼龍「一体どこから・・・あれは―――――鈴谷!?」

 

とまぁこんな有様なのだからそれもお分かり頂けるだろうか。

 

 

提督「逐次連射しろ、これ以上蒼龍に負担をかけさせるな!!」

 

直人が檄を飛ばす。鈴谷の上空には東へと延びる低雲が垂れこめていた。

 

提督「――――雨でもないのに嫌な雲だな。」

 

明石「そう、ですね・・・。」

 

不安を覚えながらも、直人は取り敢えず目の前の状況に集中する事にした。

 

提督「杞憂で済めばよし、済まずともどうにかなる!」

 

達観してしまってる辺りはどうなのかと言う話だが。

 

 

金剛「“鈴谷が来た”!? ホントデスカー!?」

 

榛名「はい、蒼龍さんからです。現在私達の北方で対空戦闘中とのこと!」

 

この報はすぐに蒼龍から金剛に届いたが――――

 

金剛「残念デスガ、迎えには行けそうにないデース・・・。」

 

空を睨みながら歯噛みしてそう言う金剛であった。実際彼女達も自分達の身を守るので精一杯であったのは事実である。それほどまでに敵機の数が多かったと言う事実も存在する。

 

 

しかしその時既に一つの出来事が、鈴谷に起きようとしていたのである――――――

 

 

「“敵機、直上!!”」

 

低雲を突き抜けて鈴谷の真上から敵の艦爆が金切り声を上げて舞い降りてきたのは15時54分の事である。

 

提督「しまった――――!!!」

 

直人は自らの失策に気付いた。日本軍の対空レーダーは“指向方向しか探知できない”と言う事を、完全に失念していたのである。

 

 日本のレーダーは対水上・対空の何れかを問わず、Aスコープと呼ばれる表示法を使っていた。これは今でいうオシロスコープと同じ表示法で、左端が照射元として左から右に行くにつれ距離が表示され、相手の反応はグラフの様な波形で表示される。

つまり画面の右側に波形表示が寄れば寄るほど、自艦と相手の距離が遠い事が分かる訳だが、艦娘艤装化して遥かにマシになったと言えど感度が悪いのが、日本軍のレーダーの欠点である。

 

更にこのスコープは、三次元的な情報を得る事が出来ず、また全周囲を同時走査する事が出来ない。現代で主に用いられているPPIスコープとは全くお話にならないのである。即ち日本軍の電探は、相手の方に向ける事でしか探知出来ない訳で、今回その死角を突かれてしまった事になる。

 

提督「対空射撃! 取り舵一杯!!」

 

明石「ダメです、間に合いません!!」

 

高角砲や機銃の俯仰を取るにも、舵を切るにも、それはあまりに遅かった。その雲は2000m付近まで垂れこめていた。即ち今既に敵機の高度は1000mを割っている。

 

操舵室「“取り舵15度!!”」

 

提督「舵そのまま!! 対空砲まだか!!」

 

焦る直人、余りにも舵の効きが遅く感じられたのも無理はない。

 

 

ガチン――――

 

 

敵機から爆弾が放たれた――――それとほぼ前後して高角砲の第一射と機銃が浴びせられる。

 

 

ヒュウウウウウ――――――ッ

 

 

提督「ッ―――――!!!」

 

直人は爆弾が空を切る音が、まっすぐ自分に向かってきている事を、彼はその音で悟った―――――

 

 

ズッドゴオオオォォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

提督「うああっ!!」

 

明石「きゃぁっ!?」

 

 

蒼龍「提督!?」

 

 

金剛「あの爆発は!?」

 

榛名「えっ!?」

 

金剛、目敏すぎ問題(一応水平線からは完全露出だったのだが。)

 

 

伊勢「大丈夫ですか提督!!」

 

鈴谷への二度目の被弾をむざむざ許したとはいっても艦娘達に罪は無かった。ただただ、運が味方しなかっただけである。そしてその被弾箇所は――――前檣楼天蓋であった。

 

霧島「提督、提督!!」

 

 

「“はーいはい、聞こえてるよ五月蠅いなぁ。”」

 

直人を呼び続けていた艦娘達のインカムに直人の声が流れたのはそのすぐ後であった。

 

提督「全く、そう俺が簡単にくたばるかよっと。」

 

伊勢「“よ、よかった・・・。”」

 

直人は、羅針艦橋に“無傷で”立っていた。無論彼は何もしていないどころか被弾の衝撃でよろけていた程だ。が、羅針盤につかまり何とか立っていられたのだ。なお明石は尻餅をついた。

 

明石「いたたた・・・。」

 

提督「立てるか?」

 

明石「こ、腰が抜けました・・・。」

 

明石は暫く立てそうにない様だった。

 

提督「・・・しかしよく死ななかったな俺。」

 

と後から気付く。前檣楼天蓋とは即ち直人と明石のいる羅針艦橋の天井板だからである。本来の設計ではろくな装甲はおろか構成していたのは薄い構造用鋼板である。何が言いたいか、つまるところ本来は小銃弾さえも貫通する位にはペラッペラなのである。

 

明石「そりゃぁもう、航空攻撃でここを貫通する事はほぼ不可能ですよ。」

 

提督「・・・はい?」

 

今何と言った? 薄い構造用鋼が何でそんなに固いの?(By作者)

 

明石「この羅針艦橋の天井は厚い装甲で出来ているんです。」

 

提督「――――ようやったなおい!?」

 

明石「艦橋自体が軽くなったからこそなんですが、艦全体に渡って浮力に対する重量が軽くなりすぎちゃいましてですね・・・。」

 

提督「んで装甲板なんて取り付けちゃったと。」

 

明石「局長がノリノリで。」

 

提督「またあの人か!!!」

 

思わず突っ込んだ直人であった。

 

 

聞く所によるとこの直人のいる羅針艦橋の天井を構成する部材は、

・90mmのチタニウム合金装甲板を天板の代わりに設置、

・その外側に爆発反応装甲を装着、

・内側は厚さ700mmの4種積層の強化繊維プラスチックを剥離防御用に装着してある。

と、言う事であるらしい。

 

爆弾が直撃した際、実は爆発音が重なっていたのだが、これは爆発反応装甲が起爆していたからである。

 

 

提督「・・・急降下爆撃じゃ貫通どころか掠り傷が精一杯じゃねぇか。」

 

明石「流石にやりすぎではないでしょうか・・・。」

 

てかそんな大事な事をなぜもっと早く言わない! と素で思った直人だった。

 

 

その後、突如現れた鈴谷と言う増援を前に攻撃目標を絞れなくなった敵攻撃隊は混乱に陥り、そのおかげもあって難無く敵編隊は逃げ去っていった。そうして横鎮近衛艦隊がスラバヤ沖で再集結を果たしたのが、16時47分の事であった。

 

 

17時41分、タウイタウイ泊地からの補給船団とスラバヤ沖で会合し、船団が離脱した頃には状況が変化しつつあった。この補給船団は艦娘用の鋼材を輸送してきた船団である。

 

 

~鈴谷艦首中甲板・病室区画にて~

 

提督「そうか、満潮と黒潮は絶対安静か。」

 

雷「間違っても戦闘に投入する事は認められないわね。」

 

提督「で、すぐに復帰出来るのは艤装を損傷しただけの艦娘だけ、と言う事でいいんだな?」

 

雷「それは勿論。幸い腱や神経を切ったりした子はいないわ。」

 

いた所でそれさえも治癒してしまう辺りが艦娘の凄さだが。本当に“千切れなければ”いいのだから――――だからと言って乱暴に扱っていい訳ではない。

 

提督「――――すまなかったな、二人とも、無理をさせてしまった。」

 

満潮「ふ、フン――――私も、まだまだだわ、バカ司令官に心配されるなんて・・・。」

 

“クズ”と言われない辺りはちょっと位評価と信頼をされているらしい。

 

黒潮「なんや言うても、ウチらはそれが仕事やしなぁ――――でも、次から見極めはきちんとせぇへんとあかんで?」

 

提督「そうだな――――心しておこう。」

 

直人は今回の敗因を、事前の航空攻撃を行わなかった事に起因していると判断していた。実際航空攻撃を行ったのは、突入から大分後であった事も確かであった。しかし我々はここで、敵が余りに手練れていた事を、忘れてはならないだろう。その傍証が、間もなく示される。

 

矢矧「提督。」

 

そこへとやってきた二水戦旗艦矢矧。

 

提督「矢矧か――――無理をさせたな。」

 

矢矧「いえ、私もあの状況で、ベストを尽くす事が出来たと信じています。」

 

提督「――――判断の至らなさで随分と負担をかけさせてしまった、おかげで二人がこの有様だ。俺もまだまだだな。」

 

矢矧「提督は何も、私達だけで事足りるとはお考えではなかったんでしょう?」

 

直人はこの質問に答える。

 

提督「それは勿論だ。どちらかと言えば敵を引き留めて置きたいと考えただけではあったしな。誰も自分達が優勢な戦いまで放り出して逃げる様な真似はすまいと思ったからだ。結果として君達を囮に使ってしまった事については謝罪せねばならない。」

 

矢矧「それには及ばないわ、私には全て、分かっていたから。」

 

提督「―――――!!」

 

直人は矢矧の潔さと行動力に驚きを隠せなかった。てっきり面従腹背で行ったものとばかり思っていた直人であるから余計であろう。

 

矢矧「――――ぷっ、どうしたの、ハトが三式弾食らったみたいな顔してるわよ?」

 

提督「そりゃどんな顔なんだい。」

 

思わず聞き返す直人である。

 

矢矧「ふふっ、提督なら、もう少しどっしり構えてなさいな。詫びっぱなしじゃ務まらないわよ?」

 

そう声をかけて矢矧はその場を後にするのであった。

 

 

ところ変わって鈴谷の羅針艦橋では、ようやく顔を揃える事の出来た高級幹部達から直人が報告を聞いていた。

 

金剛「敵艦隊は逃げたみたいだケド、旗艦は取り逃した様デース。」

 

提督「矢矧が確認しているのか?」

 

金剛「YES。」

 

提督「ふむ・・・赤城、夜間航空攻撃の準備は?」

 

赤城「万事いつでも。しかし攻撃を全力反復するのは3度が限界です。」

 

提督「心得ておこう。扶桑、各艦へ補給は必要そうか?」

 

扶桑「駆逐艦の子達は、ちょっと心配です。」

 

提督「予備の燃料を少し補給しておこうか・・・。」

 

直人が状況に対する処置を命じながら、ある事を考えていた。それは、現在の彼らと、敵との実力差についてである。

 

金剛「ここから、どうするデース?」

 

提督「そうだな・・・あ、対潜哨戒は出してあるな?」

 

扶桑「はい、今一水戦の皆さんが――――。」

 

提督「うん、それなら結構・・・。」

 

直人が微妙に言いにくそうにしているのは、二水戦が使えない事と、もう一つ別の理由があった。

 

金剛「――――テイトク?」

 

提督「何かな金剛、私の顔に何か付いてるかい?」

 

金剛「何か言いにくい事がありマスネ?」

 

提督「ん? いや、別にそんな事はない、少し考え事を――――」

 

金剛「顔に出てるネー。」ジトー

 

提督「・・・。」

 

金剛「図星ネ?」

 

提督「仰る通りで。」

 

あっさり認めた。

 

提督「全くお前を相手に隠し事は出来んな。」

 

金剛「無謀なトライというモノネー。」

 

提督「違いなかろう。」

 

扶桑「―――――提督、お話、頂けますか?」

 

扶桑がそう言うと

 

提督「分かった、実直に言う。」

 

と答えた。

 

提督「まず一つは連絡事項だ。金剛は知っているが二水戦はこれ以降戦闘は無理だ。」

 

赤城「損害が、それほど酷いのですか?」

 

提督「艤装は大したことはないが、身体への影響が著しい。雷からもドクターストップだ、よって出せん。」

 

扶桑「そうですか・・・。」

 

川内「それじゃ突入は出来ないか、第一水上打撃群は・・・。」

 

金剛「無念デース。」

 

提督「そうなるな、金剛には悪いが、夜戦では陽動戦力になって貰う事になるかな。」

 

金剛「―――――引き受けるしかない、ネ・・・。」

 

提督「それと一つ、これは俺の予測になるが――――」

 

直人はそこで言葉を区切ってから言った。

 

提督「恐らく、今回の敵は我々より強力だ。それはこれまで遭遇してきた敵の、水際立った行動が証明している。」

 

金剛「・・・。」

 

提督「敵はこれまでの敵と比較し、戦術の常道を弁えた相手だ。つまり力押しに頼る相手ではない、これは厄介だぞ。」

 

赤城「ですが、提督なら、何とかして下さる。そうですよね?」

 

提督「必ず勝てる、と言う確証はない。だがこの様な状況に陥らせたのは全て、俺の責任だ。である以上は、俺がなんとかする。それが、俺に出来る責任の取り方だと思う。」

 

その言葉を聞いた金剛は素直にこう言った。

 

金剛「テイトクらしいネ。」

 

提督「恐縮です。」

 

直人はまだ、余裕を残していた。それは敵の規模の推察と大凡の練度が浮き彫りになっていたからだ。

 

提督「取り敢えず、敵発見の報があるまでは全艦思い思いに休んでくれ。但し対潜哨戒を怠らない様に、今しがた帰途に就いている補給船団が潜水艦に襲われたと言う報告も届いている。被害は幸いなかったようだが、だからと言って次誰が、いつ狙われるとも知れん。本艦が現在停泊中と言う事もある、用心せよ。」

 

4人「「了解!!」」

 

直人の分析は大凡正鵠を射ていた事は、この後の夜戦で奇しくも証明される事になる。この戦いは未だに終わりが見えていない、その様相は激化の一途を辿っていた。

 

 

提督「金剛、ちょっと待て。」

 

金剛「Watt?」

 

羅針艦橋を立ち去る4人を見送っていた直人がふと金剛を呼び止める。

 

提督「――――。」チョイチョイ

 

直人は右の人差し指で「こっちにこい」と合図を送る。

 

金剛「どうしましター?」

 

提督「うん、陽動と言うからには探知能力を上げて置こうと思ってな。お前にだけ、特別だ。」

 

金剛「ンー・・・?」

 

首を傾げる金剛だったが、その後の言葉を聞いた彼女は納得して艦橋を去っていったのだった。

 

 

提督「・・・明石、聞いていたな。」

 

金剛が艦橋を去ってから直人は何処へとも無しに言い放つ。

 

 

・・・。

 

 

明石「アハハハ――――バレてますよね・・・。」

 

提督「当然だ、俺を誰だと思ってる。」

 

明石は今の今まで前檣楼天蓋の被弾痕をチェックしていたのだ。が、金剛と直人の会話は壁の陰で聞いていたのだ、要領のいい事である。(呆れ)

 

明石「天蓋に異常はありません、掠り傷でした。ERA(爆発反応装甲の略称)の取り換えはしておきましたのでご心配には及びません。」

 

提督「結構、これで安心して戦える。」

 

明石「“先ほど言っていた件”も私がご用意しておきます。勝ちましょう、提督。」

 

提督「ありがとう。」

 

直人は明石の言に感謝の意を示し、夕日が沈み闇に沈み行く海を眺めていた。

 

 

錨を下ろし、スラバヤ沖に仮停泊する鈴谷では戦闘糧食の分配等が行われていたがそろそろ終わりかけていたと言う頃合い・・・

 

~17時53分~

 

筑摩「3番機より“テ連送”(敵発見)!!」

 

榛名「・・・来ましたか。」

 

 

提督「・・・近いな、こちらを急襲するつもりか。」

 

通報座標はヌサトゥンガラバラットの北西岸、それも西に向け急進していた。距離は既に500kmを切っている。

 

金剛「“どうするネー!?”」

 

提督「探す手間が省けたと言う事にしておこう、おかげで楽が出来た。」

 

金剛「“こんな時まで変わらないネー・・・。”」( ̄∇ ̄;)

 

金剛が苦笑する。

 

提督「良かろう、ここで迎え撃つ。全艦直ちに出動! バリ島周辺海域で敵を迎え撃つぞ!!」

 

扶桑「“布陣は、如何しますか?”」

 

提督「良い質問だ。」ニヤリ

 

直人が不敵な笑みを浮かべて扶桑の言を受け止めた。

 

提督「中央は第一艦隊が担当せよ、今回は扶桑が主役だ。左翼は第一水上打撃群が担当し、北方から敵に揺さぶりをかけろ。相応の損害も受けるだろうが心してかかれ。」

 

金剛「“イエッサー!”」

 

扶桑「“分かりました。”」

 

提督「一航艦はバリ島とジャワ島の合間からバリ島の南へ抜け、そこから航空支援だ。念の為東方海面の索敵を行う事。なお今回の吊光投弾(偵察機用照明弾)の受け持ちは第一水上打撃群が受け持つ事とする。」

 

赤城「“承りました。”」

 

各艦隊への指示が終わった所で金剛が言ってきた。

 

金剛「“忙しいデスネー。”」

 

提督「百戦錬磨の名将が何を言う。」フッ・・・

 

金剛「“ま、大役デース、頑張るヨー!”」

 

提督「頑張り過ぎて怪我すんなよ。」

 

金剛「“ヴッ、こ、心するデース。”」

 

前科持ちの金剛、言い訳できず。

 

金剛「“ソウデス、鈴谷はどうするネー?”」

 

提督「陽動の効果は、少しでも高い方が良かろう?」

 

金剛「“それじゃ、まさか!?”」

 

提督「ザッツラ~イト、俺も混ぜて貰うぞ。」

 

金剛「“リ、了解ネ・・・。”」

 

いきなりプレッシャーが倍になった気がする金剛さんでありました。

 

提督「ハッハッハッハッハ!! まぁ奴さんでも金剛達とこの鈴谷は主力の来援と見ているに違いないんだ。ならば、その効果を最大限に発揮しようじゃぁないか。」

 

金剛「そ、それはそうデース・・・。」

 

提督「まぁ陰に控えてるから文句を言わんでくれぃ。あれだ、第三次ソロモン海戦のワシントンのポジ。」

 

分かりにくい例えを有難う御座います()

※第三次ソロモン海戦の第二夜戦に於いて、戦艦霧島は米戦艦ワシントンを火災により大破に追い込むが、その後方にレーダーを装備した戦艦ワシントンが闇に紛れ潜んでいた。この時水上レーダーを持たない霧島はこの存在に気付かぬまま滅多打ちにされた。

 

金剛「“それはちょっと例えが悪いネー。”」

 

提督「おっとそうだ、すまん。」

 

金剛「“フフッ、それじゃ、行きマスヨー!”」

 

提督「応! 全艦出撃!!」

 

第一水上打撃群は鈴谷と共にいの一番に動き出す。(当然鈴谷は置いて行かれた。)

 

 

この時慌てていた艦娘が一人いる。

 

暁「ふぉっほまっへよ、まははへおはっへはい!!(ちょっと待ってよ、まだ食べ終わってない!!)」

 

響「ちょっと遅いんじゃないかい?」

 

雷「飲み込んでから喋りなさい?」

 

ダブルツッコミを食らう暁。

 

暁「んっ・・・」ゴクン

 

漸く食事を胃袋に叩き込んだようだ。

 

川内「いけるー?」

 

旗艦の川内が声をかける、律儀に待ってくれたらしい。

 

暁「も、勿論!」

 

川内「うん、じゃぁいこっか! 夜戦は皆でやらないと!!」キラキラ

 

いつにも増して張り切っている川内。

 

<夜戦だああぁぁぁぁーーー!!

 

暁「夜になると性格変わってない?」

 

響「ただの夜戦クラスタだよ、気にしないでおこう。」

 

暁「・・・?」

 

暁がきょとんとした顔になるがそれを見た響は―――

 

響「・・・クスッ。」

 

笑った。

 

暁「なんで笑うのよー!」

 

響「それより早く行こう。置いて行かれかねないからね。」

 

言うなり響がさっさと先頭を切って既に進発し始めている第一艦隊の元へ行く。雷と電が続いた。雷はウェストポーチに応急手当て用の装備も持っている、所謂“メディック”衛生兵の役回りである。

 

暁「なんなのよーっ!!」プンスコ

 

暁がその後ろを慌てて追いかけて行った。

 

 

提督「――――はぁ、あんな事をしている内は大丈夫だな。」

 

直人もこれには溜息をついて呆れながら言ったものである。勿論直人がいるのは羅針艦橋だったが。

 

明石「20ノットです。」

 

提督「それにしても波が穏やかで良かった。いい揺れ具合じゃないか。」

 

明石「そ、そうですね。」

 

唐突にそんな事を言うので明石が驚いていると直人はこう続けた。

 

提督「いずれのんびり船旅の出来る時代が、またやって来るのかね。」

 

このご時世、クルーザーなんて出ちゃいないのである。そんな事をすればたちまち潜水艦に見つかってしまうからだ。

 

明石「――――その日の為にも頑張りましょう、提督!」

 

提督「そのとおりだ、さしずめ目の前の敵を完全覆滅したい所だがそれは望めんだろうな。6割勝って満足としよう。」

 

明石「はいっ!」

 

直人は今回、高望みしない事を決めたのであった。

 

 

―――――18時37分

 

金剛「前方、敵水雷戦隊!!」

 

提督「“何ッ!? 応戦だ、素早く突破せよ!!”」

 

金剛「了解デース! 全艦急速前進、雷跡に注意ネ!!」

 

一同「了解!!」

 

最初に発見されたのは第一水上打撃群であった。陽動としては好都合だし、進撃速度としても妥当ではあったが、よりによってか、と言う思いが直人の心中に去来していた。

 

 

―――――18時39分

 

提督「今度は第一艦隊もか・・・!」

 

立て続けざまに第一艦隊も急速前進して来ていた深海棲戦艦を軸とする高速打撃群と正面からぶつかった。

 

扶桑「“突破します!”」

 

提督「頼むぞ、成否はお前達にかかっている!!」

 

扶桑「“お任せ下さい!”」

 

扶桑は一方的に通信を切って突撃を開始する。

 

提督「敵も中々どうして打つ手が早い!」

 

明石「本艦はどうしますか?」

 

提督「予定に変更はない、このまま突撃する!」

 

明石「はい!」

 

直人は既に覚悟を決めていた、この上は貫徹するのみであった。

 

 

―――――更に18時42分

 

提督「“テ連送”だと!?」

 

赤城「“提督、東方海上に出した索敵機から敵艦隊発見の報告あり、機動部隊です!!”」

 

提督「針路は!」

 

赤城「“真っ直ぐこちらに来ます。”」

 

それを聞かされた直人は歯噛みをして悔しがった。

 

提督「くそっ、先手を取られている・・・!」

 

赤城「“攻撃許可を!”」

 

提督「現場指揮官の裁量に任す、急げ!!」

 

赤城「“はいっ!!”」

 

一航艦までもが間を置かず発見された、これでは頭を押さえられたのと大して変わり映えがしないと言う状況であった。

 

提督「成程、速戦即決か。しかし考える事は同じらしいな。と言う事は第一艦隊と第一水上打撃群の戦線の隙間を縫って、もう1部隊進撃してくるかな?」

 

明石「と、言う事は?」

 

提督「そいつらの狙いは俺だな。」

 

明石「良かったですね付いて行って・・・。」

 

と明石が安堵すると直人は頭を振った。

 

提督「まだだ、灯火管制を徹底させろ。タバコの火一つ漏らすな、全艦舷窓を閉めさせろ、艦内も夜間照明に!」

 

明石「はい!」

 

明石が艦内制御を掌握している為直人は明石に指示を出した。一方直人の予測は正確で、敵高速打撃部隊(重巡基幹)が戦線の合間を彼らの後方へ抜けた。敵はどうやら鈴谷がスラバヤに留まっていると思い込んだようで、その錯誤が直人の身を援けた。

 

提督「全速力でこの危険海域を抜けて敵主力第二陣の北方へ出るぞ。一水打群には悪いが盾になって貰おう。金剛もそれは承知の筈だ。」

 

明石「分かりました。」

 

明石も漸く腹を括ったようだ。

 

 

金剛(敵主力との交戦では、私達は提督の盾代わりネ。)

 

全く以心伝心とは怖いものである。

 

榛名「雷跡右10度、雷数5!」

 

金剛「回避!!」

 

急速に間合いを詰めた金剛は、レーダーと持ち前の技術を使い敵を打ちのめしていった。他の僚艦もこれに続く。惜しむらくは駆逐艦がいない事だったが、重巡や軽巡の魚雷でカバーは効くのだ。だが何より・・・

 

金剛「ファイアー!!」

 

摩耶「撃てぇッ!!」

 

 

ドオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

元来の火力と練度が違い過ぎた。

 

神通「敵陣中央に綻びが!」

 

金剛「一気に押し通るヨー!!」

 

鈴谷「それ後から来る提督が危なくない!?」

 

全く御尤も。但しそれは“普通の部隊”が気にする事である。

 

金剛「ノープログレムデース。大井、北上!」

 

大井「両舷雷撃、2艦ですれ違いざまにね?」

 

金剛「流石ネ。」

 

北上「演習で死ぬほどやったからね~。」

 

やっぱり練度が桁違いである。第一、重雷装巡洋艦を2隻も擁する部隊が普通な訳はないのだ。

 

神通「では先鋒は私が。」

 

金剛「OK、行きますヨー!」

 

金剛は訓練通りの突撃陣形を組んで突入する。

 

鈴谷「大丈夫なのかなぁ・・・」

 

金剛「提督にも、残しておかないとデース。」

 

ごねるのを知っているからである。この後突破までで要した時間はトータルで僅か50分と言う破格の短さであった。

(突破時刻:19時27分)

 

 

一方の第一艦隊、交戦開始から30分が経過した後でも全く敵の勢いが衰える様子はない。

 

扶桑「巧妙ですね・・・。」

 

扶桑は敵の巧妙な布陣に舌を巻いていた。敵の戦艦部隊は中央と左右両翼に分かれて布陣しており三方から第一艦隊に向け射撃を行っていた。これに対し扶桑と山城が左翼、伊勢日向が右翼、陸奥が中央に陣取って踏ん張っていたが、如何せん一人が受け持つ敵戦艦の数が多く苦戦していた。

 

扶桑「こうなれば、雷撃しかないわねぇ。」

 

と扶桑が言った。

 

山城「不本意ですが、仕方ありませんね。」

 

戦艦同士の殴り合いで勝てないのだから仕方が無かろうが・・・。

 

 

ドドドド・・・

 

 

扶桑「えっ?」

 

山城「あれはっ――――!!」

 

こちらから向かって左翼方向の敵陣に上がる複数の水柱、魚雷命中のそれである。

 

川内「“ご要望通りに致しましたよ? あとは存分にどうぞ。”」

 

と川内が丁重に言った。

 

扶桑「えぇ、ありがとうございます。」

 

山城「良い連携です、これなら!」

 

扶桑「そうね、撃てっ!」

 

 

ズドオオオォォォォォォォーーー・・・ン

 

 

41cm砲10門が次々に火を噴いた。欠陥だらけの扶桑型、しかし火力は本物である。だがそこから敵艦隊を敗走に至らしめるまでに、尚30分と少し要したのであった。

(突破時刻:19時42分)

 

 

提督「撃て!」

 

 

ズドドドドドドドドオォォォ・・・ン

 

 

一方の直人は金剛が置いていった“おこぼれ”を頂戴している所であった、呑気なもんである。

 

明石「命中!」

 

しかも当ておった、流石である。

 

提督「まだまだ、次行くぞ~。」

 

まるで射的でもするかのようなノリである。

 

 

~バリ島北西海面・敵第二陣主力艦隊~

 

若干時系列で遡るが鈴谷が悠々と砲撃を行っている頃――――

 

ル級改Flag「ナニ!? 敵ノ巡洋艦ガ北ニイル!?」

 

一方で鈴谷がスラバヤにいないと知った敵旗艦は焦った。逆に突進してきたと言うのだから尚更だろう。

 

ル級改Flag「スグニ第26任務部隊ヲ呼ビ戻セ!!」

 

旗艦はスラバヤへ向かわせた艦隊を呼び戻そうとしたが、既に半ば遅かったと言える。何故ならその時第26任務部隊は遥かスラバヤ方面奥深くへと入り込んでしまっていたからだ。

 

ル級改Flag「防御陣ヲ一部修正、北側ノ防衛ヲ強化スル!!」

 

この敵旗艦の判断が、結果として一水打群の囮としての役割を補強する効果を生み出すことになる――――。

 

 

19時43分・敵主力北方海面

 

第一艦隊が敵前衛を突破した僅か1分後と言う事もあり、

 

金剛「――――!」

 

金剛が、何かを掴んだ。

 

榛名「お姉さん、どうしたんですか?」

 

金剛「・・・発見されたヨ。」

 

榛名「―――!?」

 

金剛「“逆探”に反応、敵のレーダー波ネ!」

 

摩耶「逆探だぁ!?」

 

利根「いつの間に・・・。」

 

金剛「――――」ムフー

 

 

金剛「ンー・・・?」

 

あの時首を傾げていた金剛に、直人はこう言っていた。

 

提督「試作型の逆探をお前に預ける、役立ててくれ。」

 

金剛「逆探デスカー!?」

 

逆探とは先程やっていたように、敵のレーダー波を探知して、敵のいる方位を測距する為のものだ。レーダー波には指向性がある為、この電波逆探知機に引っかかると、照射艦は相手側から見た自身のいる方向を察知されてしまう訳だ。残念ながら距離までは分からないのだが。

 

但し逆探は探知のみの電探と言える代物の為、自分から探知を行う事は出来ない受動的なシステムでもあるが、日本軍でも作れる位低電力で簡易な機構である為日本軍も一部艦艇が使用していたと言われる。

 

 

金剛「敵を釣り出すネー! 前進!!」

 

筑摩「はい!」

 

羽黒「い、行きます!」

 

木曽「出番か、行くぜ!」

 

蒼龍「それじゃ一回下がってましょうか。」

 

金剛「航空支援、宜しくネー!」

 

神通「護衛はお任せを。」

 

摩耶「んー、よし、今回は譲った!」

 

夜だから防空能力より対艦戦闘能力である。

 

こうして第一水上打撃群の内、空母と水雷戦隊を欠いた9隻が敵陣への突進を開始した。当然の事ながら、司令部の最大戦力の核である以上精強であるのは言うまでもないだろう。

 

 

19時48分 重巡鈴谷

 

一方で一水打群を猛追する重巡鈴谷のブリッジでは、直人が戦況を眺めて手を考えていた。但し自分ならどうするか、というモノだ。

 

提督「・・・成程、囮に徹するか。」

 

直人は金剛達の動きを見て意図を理解した。実際的の一部が北に移動し始めている。

 

明石「一航艦から、航空攻撃は無理そうだと言ってきました。」

 

提督「承知した旨伝達せよ。」

 

明石「はい!」

 

明石にそう命じつつ直人は一人言う。

 

提督「しかし、敵も俺と考えた事は同じか、南からこちらに空襲を仕掛けるつもりだったのだ。最も、双方がぶつかりこちらが先制したおかげで避けられはしたが、こちらも束縛された。一航艦からの航空支援はあてにしないでおこう。」

 

この局面が空母が使えないとしても大して困る話ではない。だが戦術展開を封じられた直人は、相手の手を読みにかかっていた。同時に代わって打ちうる手をも、だ。

 

提督「・・・きついな。」

 

明石「えっ?」

 

提督「なんでもない。」

 

直人の苦慮は続く・・・。

 

 

19時58分 敵艦隊西方/正面海域

 

陸奥「敵艦隊、射程に捕捉!」

 

最も長い射程を持つ長門型戦艦、陸奥が、敵艦隊を最大射程に捉えた。この時敵右翼部隊が一水打群によって釣り出されていたことで、若干ながら手薄になっていた。

 

扶桑「撃ち方始め!!」

 

陸奥「テーッ!!」

 

 

ドドドドドドドドォォォォーーーー・・・ン

 

 

受難と不運の戦艦陸奥の主砲が、夜のバリ島沖に敵本隊を目掛けて咆哮する。その一撃は、40kmほど離れた一水打群から視認されるほどの巨大な発砲炎となった。

 

 

19時59分

 

金剛「着弾、今! 行動変更、全艦突入デース!!」

 

蒼龍「全機突入!!」

 

蒼龍の合図と共に、九九式艦爆の一部が250㎏爆弾と共に両翼に懸架していた吊光投弾が、迂闊にも釣り出された敵艦隊右翼部隊を真昼の様に照らし出した。既に急降下爆撃隊は翼を翻している。

 

摩耶「タイミング、完璧だな。」

 

司令部最古参の大型空母、流石の練度である。

 

榛名「撃てぇッ!!」

 

羽黒「突入します!!」

 

羽黒が思い切りよく突入する。

 

大井「北上さん!」

 

北上「続くよ!」

 

木曽「応!!」

 

第十一戦隊がこれに続く。

 

金剛「総旗艦の力、見るがいいネー! ファイアー!!!」

 

その艤装はまさかまさか、大和の主砲に合わせられたという(明石談)、金剛の46cm三連装主砲が響き渡る。

 

そして一方で第一艦隊では、川内の一水戦が動く。

 

 

川内「突入ッ!!」

 

川内が下したくて仕方のなかった号令が響き渡る。そしてそれを合図に駆逐艦娘達が猟犬の如く勢いで飛び出していく。数多の訓練による洗練された動きである。

 

響「いやぁ、役に立ったねぇあの訓練。」(`・ ・´)

 

雷「今言う事!?」

 

ではない、多分。

 

暁「良いから突撃よ、行くわ!!」

 

 

パッ―――

 

 

暁の号令と共に、一条の光が暁から放たれ、敵旗艦を照射する事に成功した。

 

雷「―――――!」

 

響「相変わらず姉さんは何も考えてないね。」

 

電「危なくない、ですか?」

 

暁「だ、大丈夫よ! お姉ちゃんに任せて置きなさい!」

 

3人(何だろう、異常な程の説得力があるから怖い――――)

 

全くである。

 

川内「ヒュ~♪ んじゃ、照射任せるよ暁!」

 

暁「了解!」

 

川内も暁の度胸を買って全てを委ねた。この頃既に、暁に対する信頼は確かにあったといえる。

 

扶桑「暁さん? 無理はしないでくださいね?」

 

暁「“勿論!”」

 

元気のいい事である。

 

山城「どうやら照射中の敵艦は旗艦のようです。」

 

扶桑「みたいね、庇う様に敵が飛び出して来たわ。」

 

扶桑も鋭く照らし出された敵艦が旗艦である事を、敵の行動から洞察する。

 

 

提督「あれは・・・照射艦は、暁かぁ・・・。」

 

その光芒は直人の元にも届いたが、チャートで暁だと知るとなまじ止めにくくなってしまったのであった。

 

明石「どうかしたんですか?」

 

提督「いやー・・・照射止めにくいなぁ、と。」

 

ただそんな事を言っている間にも・・・

 

 

20時02分

 

暁(敵弾―――――)

 

鋭くそれを察知した暁、どうやら鳥目でもないらしい。

 

響「来るよ姉さん。」

 

暁「分かってるわよ!」(あの夜を思い出すわね・・・。)ザザザザァッ

 

暁は急速な機動で敵弾の着弾地点から離れる。この艦艇には不可能な鋭敏な機動力も艦娘の取り柄であろう。

 

雷「よく撃ってくるわね・・・!」

 

響「どっかの姉さんが探照灯付けてるからね、それで手を振って歓迎だったらいいんだけど。」

 

電「言ってる場合じゃないと思うのですっ!!」

 

 

ガキイイイィィィィィーーーーー・・・ン

 

 

響「!?」

 

雷「うん!?」

 

電が・・・砲弾をアンカーで打ち返した・・・

 

電「――――。」ニコッ

 

二人とも驚いて言葉も出ない。いい笑顔である、ナイススイング。

 

 

そのおよそ20分後の20時21分、敵右翼部隊を突破した金剛率いる一水打群が、蒼龍航空隊の援護を得て本隊目掛けて突撃を開始、この強襲により敵の指令系統に混乱が生じる。そして・・・

 

提督「や、やっと追い付いた・・・。」

 

鈴谷が、追い付いた。が、何にもいない。

 

提督「そりゃ突撃してってるから誰もいないだろうけどもやな。」

 

明石「右前方敵艦隊!!」

 

明石の声を聞いて直人が戦況チャートを見た。

 

提督「ふむ、チャートからして金剛が突破していった敵右翼部隊だな。連続射撃で制圧しよう。金剛が挟撃を受けぬようにな。」

 

直人は主砲を、右舷に向ける。

 

提督「吊光投弾で派手に照らしてるおかげで、照明弾射撃必要ないなこれ。」

 

明石「あそこだけ昼間みたいですね・・・。」

 

提督「全くだ。」

 

直人が明石の言に同意したと同時に、砲弾が装填し終わる。

 

提督「もう少しだ、もう少し寄せて・・・よぉし撃てぇ!!」

 

直人が間合いを測り戦端を開く。

 

 

ズドドドドドドドドドドドドドドォォォーーー・・・ン

 

 

15門の主砲が一斉に火を噴くさまは中々壮観でもある。しかしその弾幕は圧倒的な制圧能力をこの艦に持たせているのである。

 

提督「・・・4隻纏めて深海に強制送還か。こりゃ8インチ砲に換装が決まった時反対意見出たのも納得だな。」

 

普通に考えて、同じ中口径主砲であり、連射速度も早く、砲門数でも5門勝っている15.5cm砲と、1発の威力だけが売りの20.3cm砲では用兵側と求めているものが違うのである。投射量に於いて、圧倒的なアドバンテージが15.5cm砲にはあったのである。

 

しかし統帥部は敵重巡と真っ向から殴り合える巡洋艦を求めていた。この事がひいては強硬に8インチ砲への転換を推し進めた理由であろう。尤もそれが建艦計画当初からの予定ではあったのだったが・・・。

 

明石「中々恐ろしい火力してますね・・・。」

 

提督「6.1インチ砲舐めたら死ぬよマジで。」

 

次々と連射を指示しながら直人が何という事も無いという風に言う。

 

実際火災だけで沈んだ軍艦も結構多いのだ。一番新しい例ではフォークランド紛争の際、不発ミサイル1発で火災が発生した挙句、防火処理がされていなかった為有毒ガス

の発生で消火できず沈んだイギリス駆逐艦もある程だ。

 

例え一撃で劣ろうとも、立て続けざまに火災を発生させてやれば戦闘能力を喪失する事は間違いない。上部構造物にダメージを与える事は大して難しい事ではない事を、第三次ソロモン海戦に於いて、霧島が三式弾のみでアメリカ新鋭戦艦を炎上・大破させた事が、十分物語っている。

 

提督「例え火災しか相手にダメージを与えられずとも、その火災が弾薬庫を爆発させられれば、戦艦と言えどタダではすまん。奴らが深海棲艦になった事の悲哀は正しくここにある。」

 

明石「と、言いますと?」

 

提督「生身の身体は良く燃えるだろう?」

 

明石「あっ・・・。」

 

弾薬庫どころか生殺しであった。実際使っているのは徹甲榴弾であったが、八つ裂きかさも無きゃ焼け死ぬかの二択しかそもそも残されていないのだ。戦艦級でも艤装に当たれば弾けるが、生身ではそうもいかないと、こういう寸法である。きちんとした服を着ているだけ艦娘の方が“まだマシ”だ。

 

提督「でも敵の戦艦級って仕込み鎧と言うか、そう言ったものを一般的な服の代わりにしてっからな、火災には弱いけど、徹甲弾には強かったりするから難しいんだな。」

 

これは局長自信が身に纏っていたから知っている事だ。因みに今は普通の服で鎧の方はしまってあるそうだ。

 

明石「鎧位ならぶち抜けるんじゃ――――」

 

提督「深海鋼の硬さ舐めたらいかんぞ、軽いし見た目は普通の金属なのにチタンより硬いものもあるからな。」

 

明石「そう言えばそんな話もありましたね・・・。」

 

深海の技術力の一端と言うか、冶金技術についてはどうやら人間の先を行くらしい、と言う話はこの頃には既によく言われている事のようである。これは何の事もない様に見えて実は重要で、火砲の砲身一つとってもより長い物が作れちゃうのだ。それに砲弾についても様々な工夫が可能になる。独逸が第二次大戦で、航空機関砲用に作り上げた薄殻榴弾もそうした工夫の一つだ。

 

提督「人類の冶金技術も大したもんだがね、その更に上を行く相手だと、厄介なもんさ。」

 

明石「私達ももっと進歩していかないといけませんね。」

 

と言いながらその相手を次々に薙ぎ倒していく直人でありました。ある意味こうした余裕を持った奴が一番怖いのである。

 

 

暁「撃て、撃てぇ!!」

 

響「Ураа!!(ウラー!!)」

 

第六駆逐隊を先頭に突入する第一水雷戦隊は、既に敵陣にかなり深く食らい付いていた。

 

一水打群突入によって生じた敵の混乱は、戦闘の一元的な指揮を困難極まりないものにした。それはつまり、小部隊単位での防戦を余儀なくされた事を意味するものであり、水際立った防御は不可能になった事をも同時に意味していた。まして、態勢を立て直すより先に混乱が生じた事を考えれば、敵から見れば余りに不利であった。

 

 

「“第二波攻撃隊突入!”」

 

赤城「順調ね。」

 

一方でバリ島南方では、赤城ら一航艦が困難極まる航空戦を戦っていた。空母としては当然の悩みでこそあるが、夜間で方位測定が難しい上索敵も困難、おまけに敵襲察知も難しく魚雷回避も難渋すると来ては尚更である。

 

加賀「これで決着がつくでしょう。」

 

赤城「そう信じたいわね。」

 

しかし精強なる荒鷲達はその困難な任務をこなし、第一次第一波攻撃隊は敵空母の戦闘力を喪失させて帰ってきたのである。これを指揮したのは村田重治の赤城艦攻隊だった。そしてトドメの一撃を加えようという所であった。

 

赤城「慢心はダメ、最後まで気を引き締めていきましょう。」

 

加賀「そうね。」

 

赤松「俺が行けばすぐに終わるのによー・・・。」

 

再び留守番の松ちゃん。しかし夜では動き様もなく面従腹背で待機中。

 

加賀「あなたが出て行ってもする事はないわよ?」

 

赤松「うっ・・・。」

 

零戦の爆装量なんてたかが知れているから当然である。

 

 

そのすぐ後、20時31分に、直人に宛てて赤城から通信があった。

 

提督「そうか、航空戦は完封勝ちか。」

 

赤城「“はい、次の御指示を。”」

 

だから、無線封止徹底しろと。(戦場なので余り意味がない)

 

提督「航空隊を収容して一応艦艇攻撃用装備で待機、以上だ。」

 

赤城「“分かりました。”」

 

赤城からの通信が切れると直人はチャートを見た。

 

提督「成程、空母だけに狙いを絞った訳か。戦術的には正しい判断だ。」

 

基幹となる空母を失った敵機動部隊は南へと逃げ去ったという。機動部隊は空母あってこそ、敵の行動は妥当であった。

 

提督「・・・しかしこれ、霧島は面白くないだろうな。」

 

明石「え、なぜです?」

 

提督「他のがドンパチやってるのに蚊帳の外。」

 

明石「あっ・・・。」

 

大体察した明石さんであった。

 

 

ル級改Flag「・・・止ムヲ得ン、一旦退クゾ!」

 

機動部隊潰滅の報と同時に、敵旗艦であるル級改Flagは撤退を決断した。最早時局の収集は自分達が引き下がるしか解決しようがない事を知っていたからこそであろう。

 

が、その動きは筒抜けであった。上空には未だに偵察機が留まっていたのだ。

 

 

20時40分

 

提督「・・・動きが変わったな、後ろにいる部隊が反転している様にも見える。」

 

明石「もしかして・・・。」

 

提督「普通に考えれば撤退の動きだな、深追いさせてはならんか。全艦、適宜タイミングを計って後退しろ。」

 

直人は相手が退くと言うなら無理に戦果を拡大する必要はないと踏んで指示を出す。今回は殲滅ではなく撃退が目的だからだ。

 

金剛「“了解デース!”」

 

扶桑「“敵が撤収する、と言う事でしょうか?”」

 

提督「そう言う事だ。随分一水戦も食らい付いていった様だが、ここいらで潮時だ、後退させてくれ。」

 

扶桑「“分かりました。”」

 

二人の現場指揮官も納得した。

 

提督「ひとまず終わり、かな。」

 

明石「もう少しかかるでしょうけどね。」

 

提督「ぐぅ正論。」

 

ぐぅの音しか出なかった。

 

 

20時56分、戦闘は終結した。それまでの間に抵抗してきた敵に対する反撃で敵主力が瓦解し、その事が横鎮近衛艦隊の後退を楽にした。殲滅する事は無駄であるとしながら結局敵が瓦解するまで戦わされる羽目になった事は失笑すべき結果と言えた。

 

この時点で既に直人は集結命令を全艦に発していた、帰る気満々である。

 

 

21時20分 バリ島北方160km付近海上

 

赤城「一航艦全艦、帰投を完了しました。」

 

提督「ご苦労様、ゆっくり休んでくれ。」

 

赤城「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」

 

食欲があり過ぎる事を除けば至って真面目な赤城である。

 

左舷側発着口で赤城を出迎えた直人はその報告を聞くと、身を翻して艦長室にさっさと戻っていった。相当疲れていたものらしい。

 

提督(とにかく寝たい・・・ここまで戦闘の連続だったから疲れた・・・。)

 

碌に休んでないと緊張が途切れたらこうなる。仕方ない事だが一応提督業もブラックではないので休ませてあげよう・・・。

(と言うかこれだけ自由に動き回れるのだからブラックも何もないもんだ。)

 

 

が、23時17分、安眠を貪っていた直人はいきなりその安寧を破られる羽目になる。余談だがこの事を割と根に持ったと言われるが、そんな事は問題ではなかった。

 

 

ブーッ!ブーッ!ブーッ!・・・

 

 

提督「ん・・・んー? 何だこの夜中に・・・」ガチャリ「もしもしこちら艦長室――――」

 

明石「提督、司令部から緊急電です、至急お越しください!」

 

提督「えー、明日じゃダメかい・・・?」

 

明石「滅茶苦茶眠そうですね・・・では私がそちらに出向きますので待っていてください。」

 

言うなり明石は電話を切った。

 

提督「―――――なんなのさ・・・。」

 

 

~羅針艦橋~

 

鈴谷「こっちはバッチシ任せといて~、急いで“あの事”伝えないとね。」

 

明石「そうです、それじゃ、お願いします!」

 

鈴谷「はいはい、もうついでに休んどく?」

 

明石「んー、それもそうですね、それじゃ、当直お願いします!」

 

鈴谷「鈴谷にお任せ~♪」

 

夜更かし決定の鈴谷だがノリノリである。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「はいどうぞ―――――ふあぁあ~・・・」

 

明石「大きなあくびですね・・・。」

 

それはそれはもう大あくびをして眠そうな直人がいた。

 

提督「そうだよ人が折角いい心地で寝ていたのに。」

 

明石「す、すみません、ですが緊急事態なんです。」

 

提督「――――とりあえず聞こう。」ゴゴゴゴ・・・

 

不機嫌そうに言う直人、その言葉の裏には「しょーもない事だったら恨むぞ」と言う本音が隠れているような気がした明石であった。

 

明石「司令部が今日の正午ごろ、空襲されたそうです!」

 

提督「誤報じゃなくて?」

 

明石「本当ですっ、こちらが転電されてきた文章の写しになります。」ピラッ

 

明石が差し出された紙に直人は目を通す。

 

『発:御巣鷹山

 宛:スメラギ ※重巡鈴谷

本文

本日1342時、御巣鷹山空襲さる。基地航空隊並びに鳳翔航空隊の奮戦により被害は最小限度に留まれり。更に基地航空部隊は敵艦隊を捜索するも、敵超兵器空母を認め、攻撃を行うも損害に比して敵への被害は軽微に付き、再攻撃を中止せり。

造兵廠及び燃料タンク、資材倉庫付近に着弾あり、燃料タンクに被害なし、他2カ所については被害発生す。

艦隊に置かれては防衛に万全を期す為安心せられたし。』

 

提督「・・・何と言う事だ、超兵器が出てきたのか。」

 

明石「はい、報告書に添付されていた写真がこれです。」

 

明石から差し出された写真は、敵超兵器級深海棲艦を克明に写していた。

 

提督「・・・あまり見慣れないタイプだが名前は知っている、アルウス級の深海棲艦だ。」

 

アルウス級深海棲空母、それは、元アメリカ海軍超巨大高速空母「アルウス」の成れの果て―――と言うには多少語弊があるが―――である。

 

膨大な艦載機に加え、60ノットと言う快速と戦艦に匹敵する武装を持っている為、沈めるのは容易ではない。史実でも航空攻撃を幾度となく掻い潜り続けたものの、あるきっかけから呆気ない最期を遂げているのだが、それはこの超兵器を紹介する時に述べよう。

 

提督「――――厄介だぞ、こいつは。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

直人はその脅威性を認識する。

 

提督「問題は何処へ消えたか、だ。」

 

明石「トラック棲地から、だとすれば、イムヤさんがいますね。」

 

提督「そうだな、明日の朝になったらすぐに打電しよう。」

 

実は今回の出撃も潜水艦は同行していない、ではどこにいるかと言えば、監視任務を帯びてトラック諸島沖にイムヤが単独で張り込んでいるのだ。因みに攻撃は許可していない。

 

提督「もっと潜水艦がいれば・・・。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

潜水艦の少なさは必然的に運用を難しくさせていたのである。なまじ潜水艦というモノが特殊であるだけに、単独で扱うとしたらその用途はかなり狭まってしまうという側面も存在したのである。

 

 

同じ頃、司令部無線室では転電した無電がやっと届いた事を知り集まっていた面々がほっと胸を撫で下ろしていた。

 

大淀「何とか届きましたか・・・。」

 

飛龍「よかった・・・ふあぁ~・・・。」

 

眠いのは直人だけではなかった。

 

柑橘類「zzz・・・」

 

柑橘類隊長など無線機の上で爆睡する有様である。

 

 

13時52分 サイパン島上空

 

柑橘類「多すぎだろこれェ!?」

 

零戦二二型を駆る柑橘類大尉は、中隊を率いて上空に上がってみた時、実直にその感想を述べた。それもその筈、一波当たり約200機、数百機からなる戦爆連合がアルウスから飛び立っていたのである。その航空戦力はたった1隻で小国3つ分の空軍戦力に匹敵するとまで言われた化物である。

 

柑橘類「弾薬が何発あっても足りんぞ・・・」ニヤリ

 

妙な汗をかきながら余裕の笑みを見せる大尉。この男、格闘戦では並ぶ者が無いのだ。

 

 

それから奮闘すること実に8時間に及び、夜間と言う条件下を突いて押し寄せてきた敵機をも完璧に防ぎ止めて見せたのである。出撃回数は実にこの日だけで20を下らない過酷な状況であった。(妖精だからできる荒業であって普通してはいけない過剰労働である)

 

これがどれ程厳しい状況であるかは、日本海軍のパイロットたちが、基本的に一日の出撃を一人1回に限っていたという事からも十分窺えるだろう。

 

飛龍(休ませてあげましょうか・・・。)

 

多聞(そうだな。)

 

流石にそう言う事にもなる訳である。

 

大淀「とりあえず今日はもう休みましょう、明日また空襲が無いとは限りません。」

 

飛龍「それ言っちゃうと深夜の方が可能性高いんじゃ・・・。」

 

これは御尤も。深夜と言うのは最も敵の抵抗力が弱まる時間帯の一つであるからして、敵からすればもっとも襲い掛かりやすいタイミングではある。

 

大淀「既に疲労は限界に近い状況です。大尉さんもこんな所で伸びていますし。」

 

寝ているのを伸びていると表現しやがりましたこの大淀さん()

 

飛龍「・・・それもそうね~。」

 

納得しちゃった飛龍だった。

 

今回の空襲で弾薬及び鋼材に多少の損失があり、造兵廠のすぐそばに爆弾が落下、また造兵廠2番乾ドック内に爆弾が着弾し被害が出ていた。むしろ必死の抵抗もあり被害がこれだけに留まったのは不幸中の幸いで、敵が超兵器級深海棲艦だった事も鑑みると、基地航空隊の他は鳳翔だけの状態でこれは相当な事である。

 

だが鳳翔を飛び立った柑橘類中隊は奮戦の後総スコア確実190・不確実211、隊長個人スコア確実94・不確実49と言う大戦果を挙げて、防空戦闘を少なからず我が方優位に立たしめるのに貢献したのである。

 

その代わりに疲労の極みにあった訳であるが・・・。

 

 

4月20日11時33分 タウイタウイ泊地外縁・重巡鈴谷

 

提督「接舷完了、半減上陸許可するよ~ん。」

 

クソ軽いノリで言う直人。一応先の命令の際、任務終了後はタウイタウイにて待機を命ぜられていた為仕方なく戻ってきたのである。

 

明石「漸くゆっくり休めますかね・・・。」

 

提督「あぁ、そうだな。」

 

司令部からその後の報告はまだなかったが、取り敢えず一つ、戦闘が終わった事に安心していた。無論すぐにまた別の戦場に赴く事になるのは承知の上だ。

 

※因みに現時点では時差は考慮しないことにします。(By作者)

 

因みに半減上陸と言っても休みの無い連中は少なからずいる。その一人が・・・

 

 

雷「ふぅ・・・ようやく落ち着いて治療に専念できるわね・・・。」

 

技術局生体管理課統括の雷である。あれからずっと満潮と黒潮の治療に当たっていたのである。

 

電「お疲れ様なのです。」

 

雷「あら、電じゃない。どうしたの?」

 

医務室の雷を訪ねてきた電が用件を切り出す。

 

電「半減上陸の許可が下りましたけど、雷お姉ちゃんはどうするのです?」

 

雷「ダメね、患者の治療につきっきりになっちゃうし・・・。」

 

電「そうですよね・・・では、お姉ちゃん達と三人で行ってくるのです。」

 

雷「うん、ゆっくり羽を伸ばしてらっしゃい。」

 

電「はい!」

 

雷の言葉に送られて、電が医務室を後にする。

 

雷「・・・流石に少し休もうかしら。」

 

寝食の暇さえ惜しんで治療を続けてきただけに雷も相当疲労が溜まっているのであった・・・。

 

 

その後更にまるっと一日タウイタウイで待機した横鎮近衛艦隊は、その間に疲労を全快し、軽傷者はどうやら実戦に耐えうるところまで回復してきたと判断された。

 

そんなところへ大本営から次なる命令文が入ってきたのは、22日の18時27分の事であった。

 

 

~鈴谷・羅針艦橋~

 

提督「命令文は至って簡潔、出港時の命令文を実行に移せと言う事らしい。」

 

金剛「豪州攻撃デスネ?」

 

提督「そうだ、今回は空母部隊が要だ。そして我々にとっても久しぶりの棲地攻撃と言う事にもなる。」

 

棲地攻略どころか攻撃任務さえもがグァム以来である為一同に緊張が走る。更に言うとグァム棲地潰滅は結果的な部分が大きかったが、それ故にどのようにすれば攻略出来るのかについてのデータはあった。しかし今回の目的は攻略ではない点に留意すれば無理を押してやる必要性は皆無であった。

 

赤城「艦載機の補充は完了しています、万事、お任せを。」

 

提督「ありがとう、その言葉が頼もしい。」

 

直人は謝意を述べてから続けた。

 

提督「事前の研究の通り、同地には敵の超兵器が在泊している可能性が高い。それも複数だ。故に気を抜く事なく、徹底した索敵を行う。」

 

直人の方針では、この索敵網の中に敵が飛び出てくればこれを叩き、超兵器との海戦では自らが出陣することになっていた。

 

提督「だが一つだけ留意して欲しい事がある。一水打群はまだ戦力が完全には回復していない。その証拠に、黒潮と満潮はまだ安静にする事が求められているし、夕立は足の負傷から今回大事を取って出撃しない。それに先の夜戦で北上が今治療中だ。つまり雷撃能力も激減していると言えるだろう。」

 

第十一戦隊は、兵力僅かな一水打群の先頭に立っただけに損害が大きく、木曽も出撃できず、大井だけ艤装の修理が主戦場に間に合うかどうか、と言う状態になっていた。

金剛もどうにか無事ではあったが、榛名が小破、羽黒中破の損害を被っていた。摩耶と神通が健在なのは不幸中の幸いであったが、二水戦旗艦矢矧は、右肩に包帯を巻いている状態での出動である。

 

提督「榛名の艤装の修理も間に合うかどうか分からない、下手をすれば半端な状況で挑む事も考えられる。一水打群にも出撃はして貰う、だが可能な限り完全な勝ちを収め得る様に図って欲しい。無論その為には手段を惜しんではならんぞ。」

 

金剛「了解デース。」

 

提督「うん。扶桑、赤城、二人して金剛をバックアップしてやってくれ。ここでこれ以上被害を、増やす訳にはいかんからな。まして犠牲など出させん、いいな!」

 

扶桑・赤城「了解!」

 

二人の威勢のいい返事が返ってきた。

 

提督「よし、各自解散、出港準備が整い次第出航する。上陸中の艦娘は全員直ちに呼び戻せ。」

 

直人はその言葉で簡単な会議を終えた。

 

 

18時42分――――――

 

提督「出港準備! 揚錨分隊は作業にかかれ!」

 

直人が出港準備を下令する。錨の操作を担当するのは第一主砲分隊の兵員妖精達である。この為揚錨分隊の別名を持っている。

既に艦娘機関は始動されており、今や遅しと出港を待ち望んでいた。揚錨機がガラガラとやかましい音を立てて錨鎖(びょうさ)を巻き上げていく。

 

提督「もやい解け!!」

 

その合図と共に揚錨分隊の二人がブイに飛び乗って、岸壁とをつないである鉄鎖を解く。

 

「“立ち錨!!”」

 

この掛け声がしたと言う事は、海底に着底している錨が立ち上がった事を意味する。これを教えるのは艦首両舷に突き出した錨見台に立つ二人の揚錨分隊員である。

 

各所で一斉に係留索が解かれていく、揚錨機のモーターが唸りを上げて錨を巻き上げていく。巻き上げられた錨鎖は、甲板を傷つけないように敷かれた錨鎖導板の上を引かれていき、一番砲塔前にある錨鎖管を通して艦内にある錨鎖室に送られるのである。

 

「“起き錨!!”」

 

そうこうしている間に錨が海面に上がってくる。この合図と同時に、ブイで作業をしていた揚錨員がロープを伝って甲板へ上がってくる。

 

提督「機関運転開始!」

 

明石「機関運転始めます!」

 

たった4基で16万1500馬力を叩き出す艦娘機関が動き始める。揚錨分隊が撤収を終え、機関回転が十分に上がれば、いよいよ出航である。

 

明石「提督、タウイタウイ司令部より発光信号!」

 

提督「読んでくれ。」

 

明石が右手一面に見える島の方に視線を向ける。

 

明石「―――――“貴艦の健闘と航海の無事を祈る。タウイタウイ基地司令 高鷲 与志朗” 以上です。」

 

高鷲与志朗一等海佐も直人の知人であり、今回の作戦協力やこれまでの助力はそのつてあってのものである。

 

提督「司令部に返信、“ささやかなれど見送りに感謝す、我これより死線を潜りて悪鬼にまみえんとす。”」

 

明石「はい!」

 

この返信も発光信号にて送られたが、その奥には、直人の決意の程が伺い知れるだろう。

 

提督「両舷前進微速!」

 

返信を送り終えると鈴谷は直ちに岸壁を離れた。19時12分、鈴谷はやってきたばかりの夜の闇に姿を消した――――。

 

 

一方で、深海側では早くも鈴谷の動向を把握していた。タウイタウイには現在でも敵の潜水艦が監視任務に来ている事は確認されていて、発見次第沈めているのだが、それでも先手を打たれてしまうケースが少なくなかった。

 

そして鈴谷の出航を静観していない者が一人いた。

 

 

22日夜半 豪州北部・タウンスビル

 

駆逐棲姫「何? サイパンから来た巡洋艦がタウイタウイを発った?」

 

セーラム「はい。」

 

鈴谷出航の第一報を最初に知らされたのは、南太平洋部隊の指揮下でタウンスビルに陣取り、豪州北部・珊瑚海・南部ニューギニア方面の艦隊を包括指揮する駆逐棲姫である。

 

駆逐棲姫「おかしい・・・奴らは、ポートダーウィンからの艦隊を迎撃する為に来た訳ではないの?」

 

セーラム「潜水艦からの報告では、敵は東に向かい消息を絶ったそうです。」

 

ネ級Flag「セーラム」からの報告を受けていた駆逐棲姫。

 

駆逐棲姫「東――――それじゃ、まさかっ!!」

 

セーラム「どうしました?」

 

駆逐棲姫「巡洋艦――――サイパン艦隊の狙いは、ポートダーウィン!?」

 

駆逐棲姫のこの判断の理由は、タウイタウイから正攻法でポートダーウィンに向かうなら、東に進んでセレベス島の東を南下した方が距離的にも近いからである。

 

セーラム「ポートダーウィンは防備も大したものではありませんが、インド洋方面に向かう超兵器級が!」

 

駆逐棲姫「奴らは超兵器をこれまで幾度となく沈めている。このままではむざむざこちらの戦力を消耗しかねないわ。」

 

セーラム「急ぎタウンスビルまで戻させましょう――――!」

 

 

4月24日早暁、鈴谷は駆逐棲姫の予想通りの進路を通り、ティモール島北方560kmの海上にいた。

 

タウイタウイからの出撃であるから早いものである。しかしそこは既に味方の援護が遠く及ばない位置である事を承知しておかなくてはならなかった。そして、彼自身とんでもない偶然的な罠に落ちようとしているとは思いもよらない。

 

明石「ほぼ予定通りの位置ですね・・・。」

 

羅針艦橋では明石が一人で艦の操艦を行っていた。(一体いつ寝ているんだ。)

 

午前5時29分、直人が艦橋に姿を現した。

 

提督「おはよう明石、早いな。」

 

明石「真夜中は流石に寝てましたけどね。」

 

提督「嘘つけぇィ。俺が寝た後すぐに寝に行ったろ。エレベーター音が筒抜けだかんな。」

 

流石は直人、お見通しであった。

 

明石「こ、航海長さんにお任せしましたし・・・。」

 

ちゃんとこの船の妖精達にも砲術長や航海長と言った本来の指揮系統は存在しているのだ。ただ砲術系に関しては直人が自身で火器管制をする為普段砲術長に出番は無かったりも。

 

提督「・・・まぁこの船の航海長妖精やたら優秀だけどな。スゲェ正確に予定ポイントやね今回も。」

 

天性の才、という奴が妖精達にもあるらしい。

 

提督「よし、いつも通り6時に総員起こしをかけようか。速力35、これよりティモールの東側の水域を突っ切ってポートダーウィンに向かう。全艦戦闘配備。」

 

明石「はい、速力35、総員戦闘配備!!」

 

鈴谷に乗り込む妖精達がにわかに慌ただしく動く。主砲に仰角が掛けられ、対空砲座が空を睨む。

 

提督「ま、何とかなるだろう・・・。」

 

少なくとも直人は、総員起こしをかけるまで敵に遭遇する事は無いと判断していた。無論潜水艦の触接を受けてしまった事は承知しているのだが、今の敵戦力で数日前の第二次スラバヤ沖海戦の様な、艦隊展開中に敵と遭遇したような早期発見をするだけの余力があるとは思われなかった事が一つ理由として挙げられた。

 

 

6時42分 ディリ北東540km海面

 

ティモール島の都市ディリは、東ティモールの首都である。現在住民はブルネイ及びスマトラ方面に避難している為廃墟になっているのだが、それをいいことに深海棲艦が派遣部隊の停泊地として利用しているようだった。

 

その時鈴谷は総員起こし後一通り食事なども終えた頃であった。ここまで来ると見つからない訳もなく・・・

 

提督「敵艦隊電探にて捕捉、距離およそ2万7000から3万3000! 艦隊出撃!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

明石「水偵出します!」

 

提督「頼んだ!」

 

敵艦隊を捕捉した鈴谷は同時に捕捉されていた。両者の距離がみるみる縮まっていく。鈴谷の水偵は敵が水雷戦隊であることを確認した。

 

提督「ディリから出動している敵の警戒線だな、捉まったか。」

 

明石「仕掛けますか?」

 

提督「うん。金剛、高速艦艇を指揮して30分で突破してほしい、出来るか?」

 

金剛「“愚問ネ。”」

 

提督「宜しい、やってくれ。」

 

金剛「“イエスサー!”」

 

金剛が威勢よく鈴谷前方に飛び出していく。その後ろに各艦隊の速力30ノット超の艦娘が続く。

 

 

その後金剛は直人の要望通り30分でこの水雷戦隊を崩壊させて戻ってきた。直人が鈴谷を駆って砲撃戦に参戦した事もあって簡単なものではあった。

 

 

7時13分

 

提督「よし、艦隊はそのまま急進してヤムデナ島方面へと急行せよ。同島付近に艦隊が潜んでいる可能性がある。」

 

金剛「“了解デース!”」

 

直人は艦隊にそのまま追撃命令を下令し、更に空母部隊も全艦南進させた。

 

提督「今回はスピード勝負で行く、敵の対応速度よりも早く行動するのだ。」

 

明石「では最大戦速で一気に行きましょうか。」

 

提督「そうだな、最悪戦闘に参加できなくても已むを得まい。」

 

直人は常に、可能な限り迅速な用兵を心掛けている。これは敵の抵抗を行う体制が確立されるより先に敵を撃滅するという、速戦即決の考え方に合致したものである。その為出来るだけの行動隠匿策を取るようにはしていた。

 

 

が、時を経ずして進撃の足は再び鈍ることになる。

 

ヤムデナ島北西方向の海面で、敵の水上打撃群にぶち当たってしまったのである。

 

 

7時22分

 

金剛「ファイアー!!」

 

 

ドドオオオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

霧島「ダメですね、今回はかなり有力な艦隊のようです、ヤムデナ島から増援も来ています。」

 

金剛「情報にあった艦隊デスネ。念の為航空支援を要請シマショー。蒼龍サン!」

 

蒼龍「了解! 航空隊発艦始め!」

 

金剛はこの時点で艦隊が所在するという情報があると思っていた。

 

 

提督「航空支援か、それならもう一航艦が艦載機を出していると思うが。」

 

金剛「“ホントデスカー!?”」

 

金剛が断を下した以前に、一航艦からは敵発見との報告の時点で、攻撃隊発艦を報告して来ていたのだ。

 

提督「ホントも何も赤城が言ってるし間違い無かろうね。そんなに多いのか?」

 

金剛「“後詰めが島から来るネー。”」

 

提督「と言う事は推測は正しかった訳だな。」

 

金剛「“情報デハ無かったのデスネ・・・”」( ̄∇ ̄;)

 

提督「そうだよ、すぐ行くから待っとれ。」

 

あくまでも推測は推測なのであって確定情報ではないということ、口振りがそれっぽいと言っても思い込みは禁物である。

 

提督「勘違いされてたかぁ・・・。」

 

明石「次からは気を付けないといけませんね。」

 

提督「いやぁ全くだ。」

 

 

8時20分 ティモール東北東480km付近海域

 

提督「対空電探、何にも映らないな。」

 

明石「ですね。」

 

因みに明石が21号電探、直人が13号電探を操作している。13号電探は後檣のマストにある一方、21号電探は前檣楼のマスト頂部付近にある。

 

提督「ん~・・・」

 

明石「・・・提督、左舷方向に反応があります。」

 

提督「マジかっ!?」

 

直ぐに直人が13号電探をその方向を向けると、2方向に反応があった。

 

提督「・・・これ片方、左舷正面の反応はこっちに来るな、反応が強まってる。左舷前方のもう一方は反応が弱まりながら・・・これは、受信範囲内を右に少し横切っているのか、金剛の方に行ってるな。」

 

なんとこの男、オシロスコープでは一方向しか探知出来ない事を利用して探知角を固定し、反応が消えたら追いかけるという方法で向かっている方向をザックリとだが特定しちゃったのである。逆に固定して反応が強まるようなら向かってきているのだ。

 

明石「・・・普通そんな手法誰が思いつくんですか。」

 

提督「誰でも思いつきそうでその実割と気付きにくい奴だよねこれww」

 

思わず草が生えた。

 

提督「よし、赤城!」

 

直人が一航艦の赤城を呼び出した。

 

赤城「“はい!”」

 

提督「直掩機こっちに寄越してくれないか、敵機のようだ。」

 

赤城「“分かりました。しかしなぜ敵機だと?”」

 

怪訝そうな赤城に直人が言ってやった。

 

提督「対空電探に映ったのだ。金剛の方にも向かっているようだがそちらに来る可能性もある、厳重に注意せよ。」

 

赤城「“分かりました、ありがとうございます。”」

 

提督「いいのさ、そんなこと。」

 

直人がそこで通信を切った。

 

提督「さてと・・・全艦対空戦闘配置!」

 

明石「全艦対空戦闘配置に付けェ!!」

 

直人は万全の態勢で、敵編隊を迎え撃つ事に成功したのである。レーダー様様である。

 

 

この後直人は金剛隊にも同じ警戒連絡を送って敵編隊を迎えた。この時には既に一航艦は全戦闘機を展開しており、その一部である51機が鈴谷に充てられていた。この鈴谷への充当が多い理由は、金剛隊が空母を伴っている事もあり、ある程度戦闘機を展開する事が可能であった為である。

 

提督「お客さん、ご案内。っとね。」

 

案内なんてしてないだろうがあんたは! と突っ込む所だが実は電波をバンバンに出して敵編隊を誘き出していたのである。

 

赤松「“よっしゃ、行ってくるわ。”」

 

そして上空を守っていたのは赤松大尉機に指揮された零戦隊であった。ここぞという所で結構いる松ちゃんである。

 

提督「頼んだぞ松ちゃん。しかし電波に反応したと言う事は奴さんの艦載機は機上用対水上電探を積んでいるらしいな、羨ましい限りだ。」

 

赤松「“全くそうだなぁ、俺らにも貰えねぇかね?”」

 

提督「帰ったら明石に相談しとくよ。」

 

赤松「“あいよ、いくかね。”」

 

やっと松ちゃんが動いた。東の方角には既に敵機が見えていて、空戦は始まっていたのだが、突破してきた敵機に対する邀撃が赤松本隊の役割なのだ。この様に敵機に対する迎撃は二段構えにて行われるのが第二次大戦での一般的な形だ。

 

提督「よぉし! 程無く敵が来るぞ、左舷銃座、構えろ!!」

 

既に機銃管制装置は各機銃群ごとに照準を付け旋回させているし、高射装置は高角砲に射撃諸元を伝達している。

 

明石「敵編隊先頭、高度6500、速度370km、距離2万。」

 

提督「そろそろ松ちゃんが仕掛けるかな。」

 

その言葉を裏付ける様に零戦隊が突入していく。

 

提督「対空砲まだ撃つなよ、15000になったら射撃開始だぞ。」

 

明石「それは大丈夫だと思いますけど・・・」( ̄∇ ̄;)

 

分かっちゃいるけども念押しする直人である。

 

明石「ん・・・やはりと言いますか、絶対数が多すぎますね、突破されてます。」

 

提督「ザックリ100はいるのかな。今までのに比べりゃ少ないけどね。」

 

むしろ今回の一戦は常識的と言える水準ではある。これまでは平然と500を優に超えるような攻撃機が飛んできていたのだ。

 

明石「あの物量にはホントに勝てませんからね・・・。」

 

提督「の割に平気な顔して撃退しまくった奴らがいるらしいがね。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

二人して苦笑しながら言いあったものである。そうしている間にたちまち10機が第一撃で撃墜され、水柱を上げた。

 

提督「松ちゃん! 対空砲の射撃圏に入って来るなよ~。」

 

と注意しておかないと入って来る無謀な輩がいる為わざわざ伝える直人である、気配り大事。

 

 

その後赤松隊が更に何機かを撃墜し、十数機が爆弾や魚雷を投棄する中で防空圏内に敵編隊が入った。

 

提督「撃て!!」

 

 

ズドォンズドォンズドォンズドォンズドォン・・・

 

 

見事に均一な間隔で高角砲が順次射撃を始める。

 

明石「主砲射撃準備よし!」

 

提督「主砲、斉射!」

 

 

ズドドドドオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

更に鈴谷の主砲が三式弾を立て続けざまに放つ。少し間を置いて空に大輪の花が咲いた。

 

提督「ま、相手の機数が少ない分落ちにくいわな。」

 

見張り妖精「“敵機降下開始!”」

 

提督「機銃射撃開始!」

 

ここまでで60機近くまで数を減らしているにも拘らず、敵攻撃隊が果敢に突撃を開始した。それに応じる形で鈴谷の機銃群がこれを迎え撃つ。たちまち無数の曳光弾が空中を迸る。

 

そしてその中にあって鈴谷はまだ、進撃の足を緩めなかった。

 

 

一方で鈴谷から90km程東へ向かった所にいる金剛隊も空襲に晒されつつの砲撃戦を展開していた。こちらには100機を超す直掩戦闘機がいた為何とか余裕で防御する事が出来ていたが、それでも一部には突破されていた。

 

金剛「今回も厳しいデスネー。」

 

霧島「なんの、これからです。」

 

金剛「そうね。」

 

 

摩耶「どっからでも、かかってきやがれってんだああああ!!」ズドドドドドドド・・・

 

摩耶が必死の対空戦闘を継続して展開し、敵機を一歩も近づけぬ間に、空母艦載機が敵への攻撃を行う。

 

同じ場所で両軍の空母艦載機が空襲を行うというのも珍しい光景である。

 

矢矧「敵機の数が多いわね・・・。」

 

雪風「もっと多かった時よりは少ないです!」

 

無邪気に言い放つ雪風である。

 

矢矧「嘘でしょ・・・?」

 

雪風「ホントですっ!」

 

矢矧「うぬぬ・・・。」

 

矢矧はこの深海棲艦との戦いがかなり厳しいものである事を、改めて肌で感じ取ったのであった。

 

陽炎「ま、何とかなるでしょ。まぁこんな状況は初めてだけど・・・。」

 

もう慣れっこの歴戦の雄陽炎。しかし両軍が相乱れて空襲を行うという絵面は初めてで困惑中。

 

矢矧「信じて突っ込むしかないわね、突入!」

 

二水戦(三名欠)「「了解!!」」

 

意を決した矢矧の号令で二水戦が先陣を切る。

 

川内「一水戦突入、私に続けぇ!!」

 

一水戦「「おうっ!!」」

 

一水戦がこれに続いて突入した。上空では敵味方の航空機が乱舞している状況、同士討ちの危険がないではなかったが、であるからと言って逡巡する艦娘は、大日本帝国海軍に籍を置いた者の中にはいない。勇猛果敢なる水雷戦隊の烈士達は、リスクを恐れず突撃を敢行したのであった。

 

 

赤城「・・・こちらには、来ませんでしたね。」

 

加賀「まぁ、別角度からの目算では、仕方ないわね。」

 

一方で敵が来なかった赤城らは若干拍子抜けしながら言っていた。無論偶然である事は承知していた。

 

 

飛鷹「私達にも対空電探があったら・・・。」

 

阿賀野「あの~・・・。」

 

飛鷹「え?」

 

阿賀野「私、あります。対空電探。」

 

流石阿賀野型だった。

 

赤城「そ、そうだったんですね・・・。」

 

阿賀野「えぇ、言い忘れてましたけど・・・すみません。」

 

加賀「そう言う大事な事は・・・まぁ、いいわ。次からお願いするわね。」

 

阿賀野「はい!」

 

なんだかんだで、やっと頼られた阿賀野であった。

 

 

この空襲は40分で終わり、損害は適切な処置の甲斐あって無かった。艦娘には。

 

 

提督「ま、完全回避は無理か。」

 

主として雷撃機の処理に重点を置いた為またしても艦爆の脅威に晒されたのであった。

 

明石「被弾箇所は3カ所ですね。消費弾薬数は高角砲弾260発、機銃弾1万500発です。」

 

提督「すぐに修復しよう、何処だい?」

 

明石「4番主砲塔と左舷カタパルト付近ですね。」

 

提督「大変な所を直撃されたもんだな、修復できるって素晴らしい。」

 

実際打撃力の五分の一を喪失する大打撃だが、自己修復能力がこれを修繕してくれることは何よりありがたい事であった。

 

明石「お役に立てて何よりです。」

 

提督「いや正に感謝だね。」

 

明石の陰の頑張りが実を結んでいる瞬間である。

 

提督「しかし艤装化しても弾薬消費量は相変わらずなのな。」

 

第二次大戦期の艦隊防空は、多数の対空火器を並べて弾幕をひたすら張り続けるというやり方をしていた。これは威圧効果は物凄いものがあるのだが、弾薬の無駄が多いという欠点を抱えている。故に戦後になって開発されたのが「CIWS」と呼ばれる近接対空防御システムなのだ。

 

明石「命中精度は数段上がってはいるんですが、今度は襲ってくる敵機の数が多くなりましたので・・・。」

 

提督「成程? では少ないなら少ないだけ弾薬消費はかつてのそれより減っている訳だな?」

 

明石「それは勿論です、太鼓判を押してもいいですよ?」

 

提督「いや、結構。その言葉が何よりの証拠であろうな。」

 

そう、明石は普段そう滅多に太鼓判など押す事は無いのである。それを押したというのであれば、間違いはないのだ。

 

 

8時51分、金剛からようやく直人の待っていた通信が入った。

 

金剛「“HEYテイトクー! 敵艦隊撃破デース!”」

 

提督「お、やっとか、お疲れ様。隊伍整頓をして待っていてくれ。」

 

金剛「“了解ネー!”」

 

敵水上打撃部隊敗走の知らせである。この時直人は既に空母部隊とも合流し、金剛隊のすぐ北側の海域にあってまもなく射程かという所だったのだ。

 

提督「まぁ、間に合わんわな。」

 

明石「仕方ないですね・・・。」

 

提督「こちらも合流して隊伍を整頓だ、もう少しだけ最大戦速だな。」

 

明石「はい!」

 

直人は低速で置いていかれた艦娘達や空母部隊と共に東進し、金剛隊との合流を急ぐのであった。

 

 

その後ヤムデナ島沖で合同し、南下しつつ隊伍を整えた彼らは、9時02分に戦列を整えてポートダーウィンに向け一気に南に下っていく。35ノットで急前進していく彼らの目の前には既に、豪州大陸の陸地の姿が、既に見え始めていた。

 

 

15時30分、バサースト島西端沖20km付近まで進んだ鈴谷と横鎮近衛艦隊は、しかし何事も無く来ていた。ポートダーウィンまで、あと140kmと少しの距離である。

 

提督「・・・そろそろ、敵が来るな。」

 

明石「対水上電探に反応有り!」

 

直人の予想通り敵がやってきた。

 

明石「敵艦隊は我が方の正面から右翼にかけ展開、大型な反応を含む!」

 

提督「それはまさかッ!!」

 

青葉「“超兵器と聞いて。”」

 

だからお前は何処にいたんだアオバワレェ!!

 

提督「お、おう。確かに超兵器だな?」

 

青葉「“では隠密行動が可能な取材班の出番でしょう!”」

 

提督「いやまぁそうなんだけどもね。」

 

実は今回ようやく青葉は出撃に同行出来たのである。取材班として。

 

明石「右舷水上機用カタパルト、作動しています!!」

 

提督「ちょっ、青葉待てェ!!」

 

青葉「“青葉、行っきまぁぁーーっす!!”」

 

その瞬間ズドンという音と共に右舷の火薬式カタパルトが青葉を射出した。一般的に呉式と言われる日本の水上機用カタパルトは火薬が動力なのである。

 

提督「あいつも無茶をする・・・。」

 

青葉「“聞こえてますよー。”」

 

提督「ならなぜやったし。」

 

青葉「“私にかかればこんなもんです。”」

 

提督「そーだった。」

 

青葉、地味に化物レベルの力を持っている事を直人は失念していたのであった。戦闘には微妙に役に立たないのであるが・・・。

 

明石「しかし超兵器級・・・大丈夫でしょうか・・・。」

 

提督「何度か戦った経験もある、何とかなるだろう。」

 

これは楽観視して言ったのではない。

 

提督「一応俺の艤装も用意しておくか。」

 

と続いた事からそれはお分かり頂けるだろう。

 

明石「信じましょう、まずは。」

 

提督「あぁ。」

 

直人は展開しつつある艦娘達を見ていった。

 

 

敵艦隊との距離は約4万、直人は速力を緩めて一度戦場を遠巻きにする事にしていた。金剛はその意図を汲んで指示を待たず全艦隊に展開指示を出していた。

 

金剛「第1艦隊は正面に布陣して持久、一水打群は右翼側面に迂回攻撃、一航艦は航空支援、いつもの形で行くヨー!」

 

扶桑「了解!」

 

赤城「畏まりました。」

 

金剛が定石通りの指示を出していく。

 

朝潮「敵の中にひときわ大きな反応があります!!」

 

金剛「エッ!?」

 

朝潮が鈴谷に少し遅れて敵中にある巨大反応を捉えた。因みにこの反応の大きさは波形に出るので分かりやすいのである。超兵器級の武装はどれも普通のそれより大きいのだ。

 

提督「“金剛、敵の中に超兵器がいる!”」

 

金剛「ホントですカー!?」

 

提督「“あぁ、反応の大きさからして間違いない。気を付けろ!!”」

 

金剛「了解ネ!」

 

直人からの伝達を聞いて、金剛は気を引き締める。敵超兵器とやり合うのはかなり久しい事であった。

 

金剛「全艦へ、敵超兵器を発見したデス、突っ込み過ぎはNGデース!」

 

金剛は更に全艦に対しこの事を伝達、注意を呼び掛けたのであった。

 

 

タイラント38「ココマデ来タカ・・・イイダロウ、相手ヲシテヤル。」

 

金剛「あれはインテゲルタイラント! ここにもいたのデスカ・・・。」

 

ポートダーウィン港にいた超兵器とは、インテゲルタイラントの事だったようだ。しかし複数の報告もあったが果たして・・・?

 

提督「インテゲルタイラントか、各艦、正確な砲撃に注意しろ。必ず1回につき2段以上の回避運動をするんだ。」

 

全員「“了解!!”」

 

一段回避で躱せない事は、北マリアナ戦の際最初に戦った時榛名が回避に失敗した事がいい例となっている。

 

提督「しかしこちらも撃たれんとは限らないからな。」

 

明石「そうですね・・・ジャマーでも作っておくんでした。」

 

提督「やめとけ、その調子でいくと艦内が電子装置だらけになる。」

 

明石「で、ですね。」

 

ジャマーとはとどのつまり、電波妨害装置のことである。インテゲルタイラントの様な超兵器が誘導砲弾を使用する場合、当時は衛星なんてものがない為当然ながらGPSが使えない。なので砲弾を電波誘導するという荒業を使っていたのだ。

 

こういう電子兵器は積み始めるとキリがないので直人はあまり好んでいない。最低限レーダーと逆探があればいいくらいの認識である。(でも巨大艤装紀伊にジャマーは付いている)

 

提督「さて、撃たれないように祈る。」

 

明石「敵艦ミサイル発射!」

 

提督「なんですとおおお!?」

 

そう、実はインテゲルタイラント、ミサイル搭載である。

 

明石「弾数1、目標―――――本艦です!!」

 

提督「んなもん喰らってられるか対空防御だ弾幕張れええええ!!」

 

戦艦なら兎も角、巡洋艦でミサイルを受けきるのは不可能である。例え耐えても大損害+大浸水のコンボが待っている。

 

明石「距離2万切りました!!」

 

提督「やっぱはえぇ!?」

 

 

ズドダダダダダダダダダダダダ・・・

 

 

一斉に機銃群が火を噴いた。高角砲は信管調定が到底追いついておらず射撃していない、流石に時限信管でミサイルの速度に追い付けは無理である。

 

明石「距離1万5000!!」

 

 

ドゴオオオォォーーー・・・ン

 

 

提督「よ、良かった・・・。」

 

※まぐれである

 

明石「・・・ジャマー付けます?」

 

提督「慣性で詰むよそれだけだと。」

 

明石「んー・・・CIWSとか・・・」

 

提督「いやいや・・・^^;」

 

一応CIWSというモノは単体で動くものではあるが調達コストは元より、それそのものが精密機器の塊である為維持面で負担がかかってしまうのだ。

 

明石「そうですか・・・ちょっと、考えておきますね。」

 

提督「そうしといて貰えると助かるよ。」

 

提督は対ミサイル対策を明石に依頼したのであった。

 

提督「さて、どうなりますやら――――」

 

直人は眼前で艦載機を展開しながら突入する艦娘達を眺めていた。勿論すぐに支援に移れる間合いは取ったが。

 

 

結 果

 

 

ドオオオオオォォォォーーーーン

 

 

金剛「くっ!!」ザザァッ

 

誘導砲弾を回避する金剛、だが周囲の艦娘はあまり動ける者が残っていない。

 

動体視力に秀でる者達は軒並み残った、それ以外は軒並み倒れた。能力の差が完全に出た結果になってしまったのである。

 

榛名「まずいですね、姉さん。」

 

金剛「全くデス。」

 

朝潮「どうするんですか、このままでは全滅です!!」

 

雪風「まずいです! 敵艦が突入してきます!」

 

端的に言えば窮地である。開戦40分弱、既に戦力は半減していた。

 

 

暁「どーしろっていうのよぉぉ!?」

 

流石のレディも取り乱した。

 

熊野「ふふっ、レディはこう言う時でも落ち着いているものですわよ?」

 

そう言いながら軽々とインテゲルタイラントの砲撃を回避する熊野。

 

響「姉さん、ミサイルだよ!!」

 

暁「はっ、それなら暁に、任せなさいッ!!」

 

 

ドオォォーーン

 

 

ズドオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

電「流石――――なのです。」

 

雷「よくやるわ・・・。」

 

まさかのミサイルを1発で落としちゃった暁、これも凄まじい動体視力の為せる業である。

 

雷「扶桑さん、終わったわ。」

 

扶桑「ありがとうございます。」

 

一方で応急処置中の雷、扶桑の怪我の具合を見ていたのである。

 

第一艦隊の内、小部隊単位でろくに動けるのは第六駆逐隊を残して他に無かった。五月雨や扶桑などは真っ先に脱落してしまったのである。

 

那智「球磨、多摩、いけるか!?」

 

球磨「愚問クマ。」

 

多摩「にゃ!」

 

あ、そうだ第十三戦隊もいるわ。(コラコラ)

 

妙高「くああああっ!!」

 

妙高被弾、被害は拡大の一途を辿っていた。

 

 

16時04分、男が、動いた――――

 

提督「仕方ない、明石、この場は任せた。」

 

明石「いや提督どこに行くんですかってもういないし・・・。」

 

~1分後~

 

明石「まぁ任された以上やりますけど、砲術長、お願いしますね。」

 

砲撃の指揮を砲術長にぶん投げる明石、そこへ――――

 

「“ブリッジ! 3番ハッチが開いてますッ!!”」

 

1番砲から報告がかっとんできた。

 

明石「なんですって!?」

 

 

ゴンゴンゴンゴンゴン・・・

 

 

艦首の1番砲正面に配されたハッチが開き、リフトが上がってくる。そこに乗せられていたのは・・・

 

提督「全く、余計な事を。」

 

艤装を身に着けた直人であった、腕組みで仁王立ちしながら速報されたのに対して舌打ちしている。

 

明石「“提督、正気ですか!?”」

 

提督「ちょいと失礼極まるんじゃないかな。状況は10分もすれば最悪の結果に終わる。なら今出ずしていつ出るんだ。」

 

ツッコミを入れてから正確な状況分析を披露する直人。

 

明石「・・・敵超兵器、方位178度方向、金剛さん達に向かってます。カタパルト出しました、健闘を。」

 

提督「明石・・・分かった。」

 

そう力強く答えた直人の眼前、錨鎖甲板の中心線上に、潜水艦用のそれを模した形状のカタパルトが甲板上に上昇してくる。一応潜水艦用カタパルトも火薬式だが今目の前で展開中の物は電磁式にアレンジされている。

 

提督「超巨大機動要塞戦艦“紀伊”、出撃!」キィィィィ・・・

 

スラスターの出力を上げ、カタパルトが彼を前面へと押し出す。

 

提督「飛んでショートカットよー。」ゴオオオオ・・・

 

直人は円盤部後部についているスラスターを後ろ向きにした上で円盤を少し上に向け、空気抵抗をなるべく少なくするような姿勢で洋上を滑空した。

 

明石「飛んだぁ!?」

 

これには明石でさえも唖然としたほどである。因みに確かに普通に航進するより早かった。

 

 

バシャアアァァァーーン

 

 

提督「さぁて、急ぎますかね。」

 

着水した直人は金剛の下へと急ぐのであった。右翼部隊が潰滅すれば最早攻撃どころではない訳である。

 

 

 

ズドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

金剛「うっ!?」

 

一方の金剛は激化の一途を辿る敵艦の攻撃を前に一歩も引かず防戦を続けていたが、こと攻撃が集中し始めるに及び押し込まれつつあった。

 

榛名「大丈夫ですか!?」

 

金剛「平気デース!」(まずいネ、このままだと・・・)

 

戦線を維持できない、その位の事は金剛にも理解できた。しかし挽回策は残されていなかった。もとよりそれを実行するだけの戦力が既に無いのだ。

 

 

ドドドドドド・・・

 

 

遠来の様に爆発音が金剛の耳に届く。

 

金剛「エッ!?」

 

榛名「敵艦、次々に爆発!!」

 

金剛「これは――――」

 

 

ヒュゴオオォォ・・・

 

 

金剛「―――――!!」

 

正面に気を取られ上への警戒がおろそかになっていた。しかも降って来たのは、誘導砲弾であった。

 

榛名「姉さん!!」

 

「二度はさせるかああ―――――っ!!!!」

 

 

ゴシャァッ―――――ドドォォ・・・ン

 

 

金剛「!?」

 

榛名「提督!」

 

提督「間に合ったか。」

 

紀伊直人、済んでの所で只今参上。

 

金剛「砲弾を蹴り飛ばすって・・・よくやるネー。」

 

提督「流石に艤装を外して飛ぶしかなかったが。」スタスタ

 

金剛「その艤装はどうしたネー?」

 

提督「一応フロートは付いてるから普通に浮いてるよっと。」ガチャン

 

全く便利な艤装である。これも呉で施された艤装喪失を防ぐ為の工夫で、背部艤装と円盤部に内蔵フロートが仕込んであるのだ。

 

金剛「便利デスネー・・・。」

 

提督「全くだな。」

 

タイラント38「貴様ハ――――ソウカ、貴様ガ私ノ同位体ヲ倒シタトイウ人間カ。」

 

提督「ま、噂にゃなるわなぁ、あんな倒し方したら。」

 

と頭を掻いて言う直人。

 

タイラント38「私ノ同位体ノ仇、覚悟!!」

 

提督「対話に応じたならば、倒さずに済んだのだけどなぁアレも。」

 

タイラント38「問答無用!」

 

提督「やれやれ――――」

 

その闘争心に呆れ返る奴、いやお前が人の事言えるのか。

 

金剛「イヤイヤ、噂になるような倒し方ってドンナ倒し方デスカー?」

 

提督「内緒デッス!」

 

金剛「想像つくネー。」

 

提督「さいでっか。」

 

北マリアナ戦時、直人が負の霊力を使った事は金剛にはバレちゃってるのである。

 

提督「まぁ状況次第で使いかねんが。」

 

金剛「無理はNGヨー?」

 

提督「そうなるな、では始めようか!」

 

金剛「全艦総攻撃デース!!」

 

その時直人の事前偵察機が情報を発する。

 

「“各艦へ、敵残存は少数、陣形は鋒矢陣!”」

 

提督「こけおどしか!!」

 

金剛「Shit! 私とした事が迂闊だったデース!」

 

因みに鋒矢陣は以前呉鎮近衛との演習の際直人も使っているが、あれは矢印型鋒矢陣である。本来はドイツで言うパンツァーカイルのような楔形をしている。因みに外線だけで中はスカスカである。

 

36分に及ぶ戦闘の中で、ポートダーウィンの守備艦隊はかなり撃ち減らされていたのである。正にインテゲルタイラント38がいなければ既に崩壊していた状況だ。

 

提督「よし、金剛、雑魚は任せる!」

 

金剛「承るネー!」

 

提督「行くぞインテゲルタイラント、誘導砲弾はまだ余ってるよな?」

 

タイラント38「小賢シイ!!」

 

インテゲルタイラントがAGSを斉射する。

 

提督「フン、GPSに頼らない誘導砲弾など俺には――――」ザザザッ

 

 

ドドドドドドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

提督「掠りもせんよ。」

 

タイラント38「!!!」

 

直人はバーニアと元々の素早さを合わせ、紙一重で次々と回避する。

 

提督「お返しの100cm砲弾だ、120cm砲、発射!!」

 

 

ドドオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

タイラント38「―――――!!!」

 

 

ドドオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

直人が放った120cmゲルリッヒ砲弾2発は、見事全弾命中をマークする。1発が背部の武装に、もう1発が右腕の武装を撃ち抜いた。これはインテゲルタイラント級の超兵器級の全戦闘能力を奪った事を意味した――――。

 

提督「無力化、完了。」

 

金剛「は、早すぎるネ・・・。」

 

榛名「流石、ですね・・・。」

 

提督「一斉射で終わってよかったー!」

 

最後の一言で台無しにして行くスタイル、どうやらまぐれだったらしい。

 

タイラント38「クッ・・・化物メ――――!!」

 

提督「うちの艦娘達にもよく言われるよ。さて、降伏するか逃げ出すか、どちらか選ぶといい、逃げるなら追わんし来るならそれで構わん。」

 

タイラント38「フン、生キ恥ヲ晒スクライナラ、イッソコノ場デ!」

 

提督「そんな後味悪い事を俺がさせると思うなよ?」ガチャリ

 

直人が鋭い剣幕で80cm砲を向けて言う。

 

タイラント38「フッ、オ前ガ死出ノ旅路ニ旅立タセルトイウノカ、ソレモイイダロウ。」

 

提督「結構、では精々楽に死なせてやる。」

 

 

16時11分、インテゲルタイラント38は、直人の介錯で海に没した。その後8分を経て、残存の掃討が完了し、生き残りは何処ともなく去った。

 

提督「全艦収容だ、収容完了次第ポートダーウィン港へ鈴谷で接近し砲撃を行う。」

 

金剛「了解ネ。」

 

明石「“分かりました。”」

 

直人は指示を出し、自らも鈴谷に戻っていった。

 

因みに、先程の紀伊発進シーンを見ると想像がつくかもしれないが、巨大艤装の格納庫は艦首部中甲板中央部にある。通路は主砲のバーベットと食堂を迂回して艦首部中甲板左右の病室の廊下を兼ねている。その1番主砲バーベットの正面に、2枚の隔壁を隔てて設けられているのが巨大艤装の格納庫、という訳だ。

 

以上蛇足説明でした。

 

 

18時07分になって、鈴谷はポートダーウィン沖に到着した。

 

提督「ここは赤色海域の縁に当たる地点だ、さっさと引き上げたいがそうもいくまいな。」

 

明石「大丈夫です、先程から腐食部については片っ端から修復中です!」

 

提督「――――そうか。」

 

川内から受けた赤色海域のポートダーウィン棲地における半径は14kmと聞いていたのだが、もたもたしている内に20km以上にまで拡大していたらしく砲撃地点が赤く染まっていた。

 

赤色海域の正体は深海による海域浸食がその原因であったが、その際赤くなった海域には希硫酸に似た性質の成分が含まれる事が発覚している。この為赤色海域内は艦艇で長時間航行する事が出来ないのだ。艦娘とてそれは同じ事だった。

 

提督「しかし砲撃に艦娘は使えんか、効果が薄くなるが已むを得まい。」

 

明石「ですね。」

 

提督「右舷砲戦用意! 目標:ポート・ダーウィン棲地中心部! 撃てぇッ!!」

 

事前に狙いを付けていた鈴谷の主砲が一斉に火を噴いた。徹甲弾を使用するが、三斉射に1回三式弾を混ぜるという対地砲撃のポピュラーな形を守り通した型通りのものである。

 

最上「凄いね~、あの頃を思い出すよ。」

 

鈴谷「ねー♪」

 

提督「いい気なもんだぜ全く・・・明石、修復間に合ってるかー?」

 

明石「スクリューシャフトの辺りが少し怪しいです!」

 

一番ヤバい部位である。

 

 

ドオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

轟音と共に鈴谷の至近に水柱が上がる。

 

提督「――――反撃か。鈴谷~?」

 

鈴谷「承り~♪」バッ

 

鈴谷がサークルデバイスを展開する。

 

最上「へぇ、鈴谷も操縦出来るんだね。」

 

提督「そうよ~、一応この船も“鈴谷”だしね。」

 

鈴谷「そーゆーコト。」

 

提督「んでやること分かってるんだよね?」

 

と確認までに聞くと鈴谷は「修復の手伝いでしょ~?」と答えた。

 

提督「宜しい、では砲撃に集中しましょうかね、使う弾間違えたら大変だ。」

 

と言いながら10秒に1回のペースで砲撃する直人。

 

鈴谷「頑張ってね~、こっちも始めますかぁ。」

 

明石「鈴谷さんは前半分をお願いします!」

 

鈴谷「ほーい!」

 

こうして三人がかりの艦砲射撃が始まったのであった。

 

 

艦砲射撃と言っても一点に留まっていては沿岸砲の餌食になる。第一、陸上砲の方が当てやすいのだから当然であるが、その為対地砲撃中でも航行を続ける必要がある。故に、砲撃地点に全火力を集中出来る様に往復コースを設定し、直線運動を続ける事が要求されるのだ。

 

しかしダーウィンの入り江は入り口から艦砲射撃を行うには中々難しい地形をしている為、弾着観測機を飛ばして射撃を行っていた。

 

提督「よし、この辺りがX点(反転地点)だ。砲撃停止、針路反転180度!」

 

操舵室「“針路反転ヨーソロー!”」

 

提督「左舷砲戦用意!」

 

30分弱の砲撃の後直人は針路を反転させ、来た道を戻って更に敵棲地に砲弾を送り込む。

 

 

ドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

港湾棲姫「クウウウッ!!」

 

中心部にいる港湾棲姫の周囲は既に火の海と化し、尚流れ弾が落下していた。深海棲艦の整備や補給を行う設備が次々とスクラップに変わっていく。補給用物資が三式弾によって焼き払われ、弾薬が次々誘爆を起こす。炎上する燃料が訪れたばかりの夜空を赤々と焦がす。

 

ポートダーウィン棲地中心部は既に廃墟に変わっていたのである。

 

 

明石「これ以上修復は無理です、鋼材が尽きます!!」

 

提督「よし、砲撃終了、撤収するぞ。」

 

17時丁度、重巡鈴谷は砲撃を終了、勝利の凱歌を上げながら夜の帳へ姿を消した。

 

港湾棲姫「・・・助カッタ――――ノカ?」

 

港湾棲姫「ポートダーウィン」は、手傷こそ負ったが生き残っていた。しかし直人は目的を達した。その目的とは、敵棲地の基地機能を削ぐ事だったからである。

 

提督「正直港湾棲姫を仕留められたのかは分からんが、まぁ駄目だったのだろう、敵棲地は消失していない。」

 

明石「ですが目的は達しましたね。」

 

提督「あぁ、口惜しいがここまでだ。しかし、耐酸防護措置をして置かんと不味いかもしれんな。これは鈴谷に限らず全艦娘にも言える事だ。中には敵棲地突入に向かない者もいるからな。」

 

明石「では前向きに検討しますね。」

 

これは当たり前の措置である。特に金剛型などはヒールの靴を履いているだけ、そんな状態で酸性の海に突っ込めという方が無理である。一発で化学やけどコースである。

 

鈴谷「と言う事は私達も脚部艤装改修かなぁ・・・?」

 

提督「まぁそうなる。その辺は明石が何とかしてくれるだろ。堅実なものを頼むぞ。」

 

明石「わ、分かりました。」

 

最上「まぁ、必要になるかもしれないからね・・・。」

 

直人の言う“堅実なもの”というのは、「局長に介入させるな」という意味である。

 

鈴谷(―――――ナルホド。)( ̄∇ ̄;) (⇐散々重巡鈴谷をいじくり回された人)

 

意味を察した鈴谷であった。

 

 

21時32分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「疲れた~・・・。」

 

金剛「お疲れ様ネ。」

 

激戦を潜り抜けた(と言ってもあんまり活躍してない)直人は、艦長室で金剛と二人で並んで座り、軽く飲んでいた。

 

提督「あんまし何もしなかったけどね。」

 

金剛「1斉射で超兵器無力化したヒトが言うセリフではないデスネ。」

 

提督「まぐれだってヴァ。」

 

実際直感的な照準だった直人からすればそれは誇るべきものでは無かったかも知れなかった。

 

金剛「デモ実際早かったデース。」

 

提督「俺もびっくりしたがね、結果オーライって奴だな。」

 

金剛「デスネ、私も見習いたいデース。」

 

提督「ハッハッハ。まぁ精進し給え。」

 

直人がブランデーを飲みながら言う。

 

提督「まぁ、何時も頑張ってくれてるけど、あまり無理は、しないで欲しいかな・・・。」

 

直人はこの日の金剛の采配を思い出してそう言った。

 

金剛「フフッ、テイトクも相変わらず心配性デスネー。アナタを置いて逝くのは心配ネ。ウェディングリングを貰うまではヴァルハラに行けませんカラ――――。」

 

提督「・・・心配性はお互い様だな、金剛?」

 

金剛「えぇ・・・。」

 

金剛がゆっくりと頷いて肯定する。

 

提督「ウェディングリング、か・・・ってその前にエンゲージメントリング(婚約指輪)じゃないのか?」

 

金剛「ウグッ・・・。」

 

若干揚げ足を取られる金剛。

 

提督「ハハッ――――ま、結婚指輪を渡せる日が来るように、俺も戦い、生き抜かないとな。何より、お前の為だ、金剛。」

 

金剛「テイトク・・・。」

 

どちらからともなく、金剛と直人は唇を重ねる。近頃忙しかった二人にとって、それは久しぶりの、熱く濃厚なキスであった。

 

提督「――――金剛。」

 

金剛「えぇ――――キて。」

 

 

・・・・・・・・・

 

 

翌☆朝(見せられる訳ねぇダルルォン!? 俺の首が飛ぶ!(By作者))

 

提督「――――んー・・・」

 

金剛「――――ウウ・・・ン」

 

6時前、窓からの朝の光で同時に目が覚めた二人。

 

提督「朝、か・・・。」

 

金剛「デスネ――――。」

 

お互い着衣の無い状態で寝ぼけている辺り何があったかはお察し頂こう。

 

金剛「・・・いつの間に寝ていたんデショウ。」

 

提督「その辺はっきりと覚えてないな、俺も。」

 

金剛「でも熱い夜だったのは覚えてるデース♡」

 

提督「そ、そうだな・・・。」

 

昨晩の事を思い出して再び劣情が込み上げてきてしまう直人である。

 

金剛「――――フフッ、第二ラウンドデース!」

 

提督「ぅえっ!? ちょっとタンm――――」

 

 

ああぁぁぁぁぁ――――ッ!?

 

 

朝から嬉しい災難な直人であった。

 

 

青葉「よぉし今度こそ――――」

 

一方青葉は6時過ぎに起床したが金剛が部屋にいない事に感づき、中甲板の縦通通路(食堂に突き当たったりブリーフィングルームに行ったりする廊下ね)を艦橋に走っていた。

 

比叡「どうしましたか?」ニコリ

 

霧島「朝早く艦橋に行かれるんですね?」ニコニコ

 

一方こちらは昨晩から既に感づいていた為臨戦態勢で食堂前に。

 

青葉「あ、いえ食堂に・・・。」

 

比叡「そうでしたか、では一緒に行きましょう!」

 

霧島「えぇ、ぜひ。」

 

青葉「あ―――――はい。」ガックリ

 

肩を落として青葉は3人で食堂へと向かったのであった。今回も大敗北の青葉さんでありましたとさ。

 

因みに、食堂に直人と金剛が顔を出したのは午前7時を回っていたという―――――

 

 

時を遡り24日の真夜中―――――

 

~タウンスビル棲地~

 

駆逐棲姫「そうか・・・残りは脱出できたのか。」

 

港湾棲姫「ハイ――――ナントカ。」

 

駆逐棲姫「ここで超兵器級6隻を纏めて失うのは痛い、しかし貴官の指揮下にある1隻で済んだ。その点あなたも役立ってくれたわ、ありがとう。」

 

そう―――――

 

ポートダーウィン棲地にいた超兵器は、1隻ではなく“6隻”だったのである。駆逐棲姫はこれを逃がすべく、ポートダーウィンの港湾棲姫が手持ち戦力として持っていたインテゲルタイラント38を盾にして、残りを東に退却させたのである。

 

 

26日の早朝、タウイタウイに姿を現した鈴谷は、足早に補給を済ませると、針路を東に取り抜錨した。

 

その後鈴谷に驚愕すべき情報が飛び込んできたのは28日の正午前であった。

 

4月28日11時42分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「敵が再びスラバヤに来ただと!?」

 

それはタウイタウイ基地からの入電で、パラオを経由してパラオ沖にいた鈴谷に届けられた。

 

明石「なんですって!?」

 

鈴谷「うそぉ!?」

 

金剛「ホントデスカ!?」

 

その場にいた艦娘3人が驚いて声を上げる。

 

提督「金剛、敵勢力は完全に覆滅されていなかったと言う事か!?」

 

金剛「――――確かに、敵は勝敗の決した時点で退却したネ。」

 

鈴谷「そう言えばポートダーウィンの守備艦隊も、思ってたより少なかったよね。」

 

提督「・・・そうか、謀られた――――!!」

 

はっとしたように直人が言う。

 

明石「て、提督?」

 

提督「奴らは最初から、ポートダーウィンで俺達をまともに相手する気はなかったのか!!」

 

金剛「戦力の温存、デスネ・・・。」

 

提督「俺とした事が、なぜ退避した敵を捜索しなかったんだ・・・。」

 

直人が口惜しげにそう言った。

 

鈴谷「――――きっと、無理だったと思うよ?」

 

提督「・・・そうだな。計画的なものであるなら、とっくに索敵圏外に逃れていたと見て間違いないだろうな・・・。」

 

鈴谷の言に、彼は頷かざるを得なかった。

 

明石「しかし・・・どこで気づかれたんでしょう?」

 

提督「――――出港した時、と見るのが自然だ。或いは作戦開始地点に到達するルート上で感づかれたのかもしれんが・・・。」

 

直人の推測は的を射ていた。が、気付くのが些か遅すぎたのである。

 

提督「全戦力を覆滅するには奇襲に依る他は無かったのだが・・・気付かれていたのであれば、あの手薄さは理解出来る。結果がこの状況か――――引き返しても遅かろうな。」

 

金剛「提督・・・。」

 

提督「・・・帰ろう、俺達の出る幕は、もうないんだ――――。」

 

明石「・・・はい。」

 

直人は最早打つ手なしと諦め、サイパン島へと帰還したのであった。

 

 

4月31日22時13分 サイパン島司令部ドック

 

提督「はぁ~・・・やっと戻ってこれた。」

 

大淀「お帰りなさい、提督。」

 

提督「ただいま大淀――――ふああぁぁぁ~・・・。」

 

時間が時間だけに眠い直人でありましたとさ。



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第2部13章~北方海域異常アリ~

やぁ、天の声だよ。

青葉「どうも恐縮です、青葉です!」

早速ご報告ですがブログ始めました。艦これを初めとして様々なゲームや軍事系の雑談、小説に関すること等を記事にしております。不定期更新ですが良ければ見て行ってください。ユーザープロフィールにURLを添付しておきますので、そちらからどうぞ。

青葉「特にこれといった話はありませんでしたねー。(すっとぼけ)」

やめるんだそう言う事言っちゃうと見に来ないから。

青葉「アッハイ。」


さて今回は、金剛の特異点についてです。

色々と特異点を持つ金剛ですが、主だったところは3つです。

1つ目は言語能力が同位体の他の金剛に比べて秀でる事。但しこれはかなり不安定なようで、安定して流暢に話せるのはやはり稀です。

2つ目は横鎮近衛の金剛特有の能力『砲塔個別精密射撃』です。
これは金剛の艤装にある4つの砲塔が、それぞれに独立した照準を付ける事が可能になる能力で、最大4目標まで同時に砲撃が可能である事を意味しています。
更にこれを使いこなす為の独自の射撃管制技術をも金剛は習得しています。

3つ目は艤装の特異点『フィット砲の違い』です。
元来金剛型は35.6cm砲系列がフィット砲ですが、この金剛に関してはそのフィット砲がなんと46cm砲と言う、本当に破格の強さを誇ります。
当然艤装がその基準に沿って形作られていると言う事である為、艤装のサイズや艤装浮力、艦娘機関の出力さえも元の金剛とは隔絶しています。

他に見た目の相違として『アホ毛の向きが逆』だったり、何故か薙刀の扱いに秀でたりなど特徴の多い彼女だが、端的に言うと、艦娘としては破格の強さを持つ一人、とも言えるでしょうね。


青葉「まぁ、弱いなんてとんでもないという所ですか。」

そうねー、『弱いとは言わせない。』という強い思いがこの金剛を生み出したと言って過言ではないですし。(中の人が金剛大好き)

青葉「でも最近鈴谷さんにも相当なラブを注いでらっしゃいますよね。」

言うなー!

まぁ、3年以上もの間鈴谷改二は待ち侘びてましたし否定はしないが。指輪もゲットしましたよ、えぇ。

青葉「無課金の執念強い。」( ̄∇ ̄;)

では始めましょうか。

青葉(無理矢理〆た!?)

第2部13章、この章では、登場希望を頂いた“ある方”が遂に登場します。長らくお待たせしましたというとこですね、結構前からお話は頂いていました。出演希望/要請での御登場二人目になります。登場希望の方は常時募集中ですので、お声掛かりがあれば対応致します。

追伸:UA5000突破、ありがとうございます! 今後ともよしなに<(_ _)>

それではどうぞ!


5月1日の朝、直人はさっそく事後処理に移った。というのは案の定というか、結構な数のドロップ判定に使用出来る残骸を回収していたからだ。

 

と言っても彼自身は、この抜け目の無さに感心すると同時に多少呆れてもいたが。

 

 

2053年5月1日9時31分 建造棟1F・判定区画

 

明石「終わりました!」

 

と開口一番明石が飛び出してきた。そしてそれに対する直人の反応はいつもの明石に対するそれとは異なっていた。

 

提督「明石、これは・・・」

 

明石「気付かれました?」

 

というのは明石は今、直人の見慣れない艤装を纏っているのだ。

 

提督「ということは・・・明石、やっとか!」

 

明石「はい。工作艦、明石です! 応急修理ならお任せ下さい! 第一線でバンバンサポート、やっちゃいますよ!」

 

提督「おう! 頼りにしているぞ!」

 

遂に工作艦明石、就役の時が来たのである。これは何よりの吉報であった。

 

提督「さて、後の着任報告を聞こうか。」

 

という訳で・・・

 

 

足柄「足柄よ。砲雷撃戦が得意なの! フフッ、宜しくね。」

 

吹雪「吹雪です! 宜しくお願いします!」

 

巻雲「夕雲型駆逐艦、巻雲と言います! 夕雲姉さんと一緒に、頑張りますッ!」

 

明石「以上私含め4名が新着です!」

 

提督「うむ、皆宜しく頼むぞ。」

 

3人「はいっ!!」

 

2053年5月1日、駆逐艦「吹雪」着任――――。

 

この事が後に起こる悲劇の序幕であった事を、彼らはまだ知らない。

 

 

その日の午後、直人の下には豪州方面の戦況に関する情報が入って来ていた。

 

14時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「ほう、豪州方面の戦局は我が方優勢か。」

 

大淀「はい、敵の超兵器級が複数いるという情報もありましたが、全く姿を見せないそうです。」

 

提督「当たり前だ、我々が沈めているんだからな。」

 

大淀「はい、そうでしたね。」

 

この時直人は、複数の超兵器級が彼らの牙を逃れて南方戦線へ退いている事を知る由もない。

 

提督「兎も角優勢なら言う事はないな、平時業務体制だ。但し、いつでも空襲がある可能性はある。基地航空隊の補充機は?」

 

大淀「地上撃破、被撃墜機共に全て補充してあります。」

 

提督「Хорошо(ハラショー)。では哨戒機と上空警戒機を平時の倍に増やし四直(6時間ずつ)のところ倍の八直(6時間ずつの哨戒を3時間ごとに出す)にして防御を固めておいてくれ。対潜哨戒も厳にせよ、水上と空中の両面から袋叩きにするんだ。」

 

大淀「伝達します。」

 

直人は今後の措置を大淀に指示した後執務の残りを片付けにかかった。すると―――――

 

「さり気なくセリフを取らないでくれるかな?」

 

そう言ったのは秘書艦席に座る響である。

 

提督「ハハハ、たまには使いたくなるもんさ。」

 

響「まぁ、分からない事はないけどね。」

 

短く言葉を交わして響は目の前の書類に目を通す。

 

因みに今日金剛は流石に長期航海と戦闘の疲労で、完全にダウンしていた。ので直人が休みを取らせたのである。

 

提督「しっかしなんだな、資材にも余裕が出て来たってもんだ・・・。」

 

としみじみと噛み締める様に言うのであった。

 

 

が、その思いは2日で消え失せた。

 

5月3日10時04分 中央棟2F・提督執務室

 

明石「大型建造しましょう!」

 

提督「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

大淀「・・・。」( ˘•ω•˘ )

 

金剛「・・・。」( ゚д゚)

 

三者三様の反応。なおこの時の三人の心境はと言うと――――――

 

提督(また始まったよ・・・)ヤレヤレ

 

大淀(何を言ってるんですか・・・)不満

 

金剛(何を言ってるんデース・・・)呆れ

 

てな感じ、直人は早くも諦めている。

 

提督「まぁ念のために聞こう、理由は?」

 

明石「戦力強化です、特に戦艦の火力が――――」

 

大淀「却下です。」

 

明石「あなたには聞いてませんけど!?」

 

提督「はいストップ! 大淀が裁定することじゃないぞー。」

 

間一髪で艦娘の衝突を止める直人。

 

大淀「し、失礼しました・・・。」

 

提督「――――1回だぞ、但し、一発で決めろ。」

 

明石「は、はい!」

 

金剛「イ、イヤテイトク、建造ってランダム性が強いカラ・・・」

 

提督「戦艦レシピだ!!」

 

明石「承りました!!」

 

4000/6000/6000/2000/20の非常にオーソドックスな資材指示を端末で出す直人。

 

 

―――――結果

 

 

10時10分 建造棟1F・建造区画

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・。」

 

金剛「・・・。」

 

大淀「・・・。」

 

・・・おや?

 

提督「こ、これは・・・」

 

明石「・・・。」

 

金剛「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

大淀「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

・・・???

 

提督「・・・明石。」

 

明石「な、なんでしょう?」

 

何とも話しにくい雰囲気を破って直人が明石に声をかけた。

 

提督「よくやった!!!」

 

明石「ありがとうございます!!!」

 

建造時間表示器には堂々たる『8:00:00(※結果と残り時間が一緒に表示)』が。

 

 

明石「バーナー、お願いします!」

 

と外から呼びかける明石。流石に屋外退避である。

 

提督「・・・排煙間に合うのあれ。」

 

とその有様を見て言う直人。

 

明石「煙の出にくい混合ガスですから大丈夫・・・と思いたいです。」

 

提督「想像は付いた。」

 

 

という訳で

 

大和「大和型戦艦、一番艦大和、着任致しました!」

 

金剛「ス・・・スゴイデース、ホントに一発で決めちゃったネー。」

 

大淀「そんな事もあるんですね・・・。」

 

提督「着任を歓迎する。横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人だ。宜しく。」

 

直人が握手を求める。

 

大和「はい。こちらこそ、宜しくお願いします。」

 

大和は握手に応じ、しっかと直人の右手を握りしめる。

 

大日本帝国海軍――――いや、世界最強を謳われた戦艦大和。その大和が今着任したのである。

 

提督「んじゃ明石、直々に施設を案内してやるといい。神通と北上にも連絡は入れとくから。」

 

明石「あ、分かりました。」

 

提督「それじゃ大和、また後で。」

 

大和「はい!」

 

 

直人が建造棟前を立ち去ると残された明石と大和は取り敢えず食堂棟から案内と言う事で歩いていた。

 

大和「提督はやはり、お忙しいの?」

 

明石「そうね~、午前中だけかな。忙しいのは。」

 

大和「午後はどうされてるんですか?」

 

明石「んー、その辺ぶらぶらして雑談してたり、たまに釣りかな。」

 

大和「つ、釣り。」( ̄∇ ̄;)

 

直人の生活ぶりに驚く大和でした。実際釣りはたまにしているのだが。

 

明石「まぁ、提督が仕事終わらせるのが早いのもあるけどね。」

 

大和「成程・・・。」

 

別にそこまで怠惰な訳ではない直人、単に束縛されるのが嫌というだけである。

 

 

一方で問題も抱えていた。

 

11時19分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「今度は吹雪か・・・。」

 

そう、秋雲に続いて吹雪までもが技量に赤点があるというのだ。但し吹雪の場合運動音痴であるらしい。

 

神通「――――その」

 

提督「分かった、引き受ける。」

 

神通「な、なぜお分かりに?」

 

提督「神通が来たと言う事はそう言う事だろう?」コキコキ

 

神通「御慧眼、恐れ入ります。」

 

特☆別★教☆練 である。

 

提督「金剛、午後の吹雪のスケジュール空けといて~。5日分。」

 

金剛「了解デース。」

 

大淀(・・・あの過酷な訓練に耐えられる人いるんでしょうか・・・秋雲さんは兎も角。)

 

 

14時37分 司令部前訓練水域

 

提督「ふむ、水面に立つ事は出来るんだな。」

 

吹雪「は、はい。一応・・・」

 

提督「・・・訓練水域までどう移動してたんだ?」

 

吹雪「徒歩・・・ですね。」

 

それを聞いた直人は顔を覆って言う。

 

提督「航行する所からかぁ・・・神通。」

 

神通「は、はい?」

 

一応何かあった時にと付いて来させた神通に直人が声をかける。

 

提督「陽炎呼んでこい、至急な。」

 

神通「理由を、お聞きしても宜しいでしょうか?」

 

提督「あいつ確か着任間もない頃航行が赤点だったろ。」

 

理由を伝えるに当たりそれだけで神通には十分伝わった。

 

神通「分かりました、すぐに。」

 

提督「航行の矯正については神通と陽炎に任す。」

 

やはりというか、こういう事は手慣れたものにやらせた方が案外上手くいくものであると直人は思っていた。因みにこの時はストライダーフレームの脚部艤装に12cm単装砲2門、脚部艤装のスロットに4連装魚雷を装着していた。当たり前だが演習弾である。

 

 

その特別教練真っ最中の5月6日、さっさと書類を片付けたい直人の下へ明石がやってきてこう告げた。

 

9時30分 中央棟2F・提督執務室

 

明石「鳳翔戦闘機隊の機種転換が可能ですが、如何致しましょう?」

 

提督「善きにはからえ。」

 

明石「はい!」

 

艤装が出来た事で御機嫌の明石はこの日もルンルン気分で執務室を去っていった。

 

 

――――そんでもって

 

 

柑橘類「おう直人。新しい機体ありがとな。」

 

提督「うむうむ、これからも頼むぞ~。」

 

明石に頼んだ結果機種転換した後の柑橘類隊の装備機体は零戦二二型から五二型甲になっていた。

 

 この機体は五二型に搭載されている20mm機関砲、「九九式二〇粍二号機銃」三型(ドラム給弾式)を四型に変更した事である。この改修により20mm機関砲の装弾数が三型の100発から25発増えて125発となり、弾持ちの悪さが改善されている。

 更に主翼外板を0.2mm厚くして強度を高めたことで、急降下制限速度は元の666.7km/hから740.8km/hに向上した。この急降下制限速度というのは、所謂ダイブ中に出してよいという上限スピードの事である。越えたら最悪空中分解である。

 

因みに艦これのゲーム内に於いて岩本隊の機種転換に挟まって来るのもこの五二型甲である。

 

明石「しかし見事に五二型すっ飛ばしましたねこれ・・・。」

 

提督「まぁええじゃろ、偶然出来ちゃったモンはしゃぁない。」

 

明石「あっ、ハイ。そうですね・・・。」

 

柑橘類「五二型が良かったんだけどなー・・・。」

 

提督「ダイブ速度上がってる上20mmの弾増えてんだろうが文句言わない!」

 

柑橘類「あっ、はい。」

 

性能が上がってるのは確かなのである。代償として五二型に比べ5km/hほど速度は落ちたが・・・。

 

 

5月9日9時47分 司令部前訓練水域

 

5日間猛特訓を積んだ吹雪。んでどうなったかというと・・・

 

吹雪「いっけぇぇ!!」ザザァッ

 

ズドォンドゴオォーー・・・ン

 

提督「うむ。ちゃんと走って撃てるようになったな。」

 

神通「精度も申し分ありませんね。」

 

そう言う神通の視線の先で、吹雪が次々と標的を倒していく。

 

提督「――――だが実働部隊のそれには及ばんな。」

 

神通「言わないお約束ですよ・・・。」

 

提督「まぁそうだな。」

 

直人は神通に同意してその様子を眺めていた。結果から言うと一応矯正には成功したと言えよう。だが言ってしまうとこれは、Lv-の所をLv1にしただけの事、先は長い。

 

 

5月9日10時21分 キスカ島第3歩哨塔

 

アッツ・キスカと言ったアリューシャン列島の西端に当たる島々は、SN作戦以来人類側が前哨基地として進駐し続けていた。

 

兵士A「暇だなぁおい。」

 

兵士B「全くだ、こんなクソ寒い所でずっと海を睨む仕事なんだからな。」

 

下士官「お前達、私語は慎め!」

 

ここ、第3歩哨塔はキスカ島北東部沿岸に位置する、島内10カ所にある監視塔の一つである。

 

兵士A「はぁ~・・・ん?」

 

兵士B「どうした。」

 

兵士A「おい、あっちの方見てみろ、方位37。」

 

兵士B「あぁ・・・?」

 

言われた兵士が双眼鏡でその方角を見てみる。

 

兵士B「・・・あれは――――敵機だ!!」

 

それは、長い戦闘の始まりでもあった。

 

 

提督「キスカに敵襲!?」

 

その報告を聞いたのは10時47分の事である。

 

大淀「現在も敵襲は継続中で、基地施設に被害も発生しているとの事です。」

 

提督「戦況は?」

 

大淀「敵は中爆及び重爆を中心にした大規模な編隊ですが、戦闘機の護衛はないそうです。一方我が方はキスカ島沖合で哨戒中だった艦娘部隊、とりわけ空母部隊が戦闘機を出し徹底的に応戦していますが、それでも何分、数が――――。」

 

提督「そうか・・・。」

 

報告を聞いた直人は、「来るべきものが来た」と感じていた。

 

人類の影響圏の中で、とりわけキスカ島は突出している。“出る杭は打たれる”とはよく言われるが、出ている杭を打ちにかかる事は何一つ可笑しい事ではないからだ。

 

一応直人がいるここサイパン島も突出している地点でこそあるが、ここの場合はまだ小笠原諸島がある。硫黄島や父島などに人員も配置されている上、その防護は横鎮近衛や横鎮所属艦隊の役割である。

 

提督「しかしここからでは・・・何も出来んな。」

 

そう、サイパンからキスカ島まではざっと5000km弱を隔てている。空路で駆け付けようとすると積み荷があってはまず到達不可能である。

 

大淀「続報を待ちましょう。」

 

提督「そうだな、大本営も黙ってみている訳ではあるまい。もしかしたらこれは俺にお呼びが掛かるかもしれんな――――そうだ、横須賀の青葉を呼び出せ!」

 

大淀「はい!」

 

言うなり大淀と直人は1階に走るのであった。

 

 

10時52分 中央棟1F・無線室

 

提督「何? キスカ空襲についての情報は流れていないだと?」

 

青葉「“はい、私も幌筵からのリークで知ったばかりなんです。”」

 

青葉のSNS式情報網の威力が絶大であると分かる一幕だが、青葉の言う通り内地ではどこであってもこの情報は流れていない。幌筵泊地と戦場となったキスカ島、大本営の内部でのみ事態が推移していたのだ。

 

提督「情報統制か?」

 

青葉「“だと思います、幌筵からの通信も、大本営に向けた基地で使われている基地間通信用暗号電文が主です。”」

 

大淀「と言う事になると、一般の部隊では解読は無理ですね。」

 

青葉「“それどころか回線も別のものが使われているので、受信すら出来ないと思います。幌筵から大湊に送るのについても、択捉島と千歳の通信所を経由する必要があります。その段階で握り潰されている可能性もありますね。”」

 

実は基地間と艦隊が使う暗号帳と回線は別々に用意されており、周波数帯が異なる以上基地間通信を艦隊側で受信する事は出来ないし、逆も然りなのだ。では艦隊の動向をどの様に把握するかというと、後で通信ログと報告書を艦隊から出させる方式なのだ。回りくどいが上の動向を艦隊に知られない様にするにはいい方法である。

 

提督「――――分かった、忙しいのにすまなかったな。」

 

青葉「“いえ! またいつでも御用立て下さい! サービス営業なんてアナタだけですからね?”」

 

提督「その言葉がどれ程有り難いか。ではまたな。」

 

青葉「“はい!”」

 

青葉は通信を切る。

 

提督「・・・よし、艦隊に第三種戦闘準備態勢だ。」

 

戦闘準備態勢指示は、艦隊がすぐに実働体制に移る為の準備態勢を指示して置く為のものだ。

 

第三種は一番軽いもので、鈴谷への各種物資積み込み、艤装への実弾装填準備、水上哨戒の防備艦隊への移管、甘味処の一時閉鎖が主な内容だ。

 

 因みに第二種だと一部艦娘部隊の鈴谷への乗艦もしくはサイパン周縁部展開、水上哨戒の全廃及び空中哨戒の大幅強化、並びに遠征部隊の全部隊差し戻しに繰り上がる。

 第一種では第二種から更に全艦娘の鈴谷乗艦ないし洋上展開、基地航空部隊の対艦艇攻撃即時実行可能な態勢の確立、最大哨戒範囲の航空哨戒となる。

 

大淀「何かしらあると、お思いですか?」

 

提督「普通こう言った敵襲の情報はすぐに来るし内地でも言う筈だ。それがここまでタイムラグがあった事を考えると、余程混乱していたか、後回しにされていたかの何れかだろう。」

 

大淀「・・・わかりました。」

 

こうして横鎮近衛艦隊は緊急に戦闘態勢を整えにかかった。訓練を継続する一方で哨戒を強化し、直ちに作戦行動に移れるよう準備をし始めたのである。

 

 

一方キスカ島の戦況はと言えば、11時37分には敵機の空襲が止み、基地にそれなりの損害が出ている事が判明したが、それよりも人的被害が甚大である事が発覚した。

 

 その後の12時11分、キスカ島は有力な敵の艦砲射撃とロケット弾攻撃の洗礼に見舞われた。これにより、キスカ島に碌な建物は存在しなくなり、キスカ島からの通信はその一切が途絶えた。

しかしこの頃周辺にいた各艦隊が救援し、その艦載機部隊が敵の上陸船団と思われる補給艦ワ級からなる大船団を徹底的に攻撃した為、キスカ島侵攻の意図は挫かれたものと見え、12時55分に敵艦隊は後退した。

 

こうして間一髪キスカ島の危機は去ったと見られたものの、味方の攻撃は敵輸送船団に集中していた為、敵の主力が再び体勢を立て直してくる事は予想された。キスカ島には4000人程度の人員が駐留していたが、約半数が死亡、もう半数の何割かは負傷していた。最前線という現実が如実に表れていたと言えよう。

 

 

5月14日午前9時44分、直人の下に命令が打電された。それは直人が予想したものであったが内容は予想を超えていた。

 

~中央棟2F・提督執務室~

 

提督「何? “キスカから残存兵員を後送しろ”だと?」

 

大淀「はい、大本営はキスカを放棄し、アッツ島に防衛ラインを敷く構えのようです。」

 

提督「・・・成程、言いたい事はよく分かった。即ち鈴谷を使って幌筵泊地に人員を輸送しろという訳だな。だがキスカは敵の動向を掴むにはいい場所だ、しかしながら敵の一度の攻撃を受けただけで撤収するとは解せんな。防備が不十分だったのか?」

 

大淀「補給線を縮小したいというのであれば、分からない話ではありませんが・・・。」

 

幌筵からキスカまで約1550km、これを鈍足の輸送船で踏破するというのは並大抵の話ではないのは確かである。

 

提督「――――そうか、人員の被害の大きさでさしもの山本海幕長も鼻白んだと見えるな。」

 

大淀「た、確かに、今回の攻撃で死者数は全体の約5割になっていますが・・・。」

 

直人の推測は的を射ていたが、実は実際の所その両方であった事を直人は戦後になって知る事になるのである。

 

提督「・・・で、作戦の概説は?」

 

大淀「はい、こちらに。」

 

提督「うむ。」

 

直人は大淀からそれを受け取るとざっと目を通した。

 

提督「・・・成程、鈴谷で運べという所は俺の予想通りだな――――待て、この一文を読んでみろ。」

 

大淀「は、はい―――?」

 

大淀は言われたとおり、直人が手繰っていた書類三枚目の指さされた部分を読む。そこは作戦に当たっての補給に関する条項の一文であった。

 

大淀「“(イ)貴艦隊が作戦開始前に補給を行うに当たり、その補給港を幌筵泊地と定める。(ロ)貴艦隊への補給に際しての一切の指揮を、泊地司令部に代わり『幌筵第914艦隊』が行うものとする。また作戦に際しての後方支援に関しても同艦隊の所管とする。(ハ)幌筵泊地は貴艦隊に対する補給物資その他の『幌筵第914艦隊』への供給について全責任を持つものとする。” これは・・・。」

 

提督「――――嶋田め、上手く逃げやがったか。」

 

 

 これも彼が戦後に知る所になる事だが、この補給に纏わる部分に関して、この時彼の知らない裏で密かな応酬が繰り広げられていた。

 攻撃翌日の13日正午頃、作戦部隊である横鎮近衛艦隊の名義上の上級組織である横須賀鎮守府が、大本営からの決定を受けて幌筵泊地に対しこの作戦に関しての協力要請を打電していた。

しかしその返答の内容は『我が泊地には当該作戦に対する協力の意思並びに余力無し、代わって大湊警備府に対して打診されたい。』という、にべも無く拒絶する内容であった。

 

~横鎮本庁・長官執務室~

 

土方「奴め、大本営の決定を反故にするつもりか!」

 

 海自軍自衛艦隊司令長官を兼ね、嶋田の上官にも当たる土方海将はこの返電を聞いて驚きと怒りを隠せなかった。

 

土方「幌筵の嶋田に打電しろ、“この作戦書は軍令部作戦課及び軍令部総長の決定事項である。もし貴官が仮にこれを反故にするとあらば、即刻命令無視の容疑で拘束し、軍法裁判の開廷を申告する”とな!」

 

通信参謀「ハッ!!」

 

 

~幌筵泊地司令部~

 

嶋田「な、大本営の決定事項だと――――!?」

 

 この事を知った嶋田は拒否した事を後悔した。個人的に直人の事を忌避していたことに端を発しており、その私情が、ともすれば自身のキャリアにも傷を負いかねない事態を惹起(じゃっき)しつつあったのである。

 

嶋田「グッ・・・な、ならば土方海将に打電しろ、“当泊地は補給物資提供に関して全責任を持つ。しかしながらその指揮に責任は持たず。”とな――――」

 

 

先の電文から一転した態度を取った嶋田であったが、土方はそれだけで十分であった。

 

土方「――――全く、勝手な事だ。結構、幌筵泊地司令部に了承した旨打電。幌筵泊地の全提督をリストアップし適任を探せ。」

 

 

という経緯で浮かび上がったのが、『幌筵第914艦隊』なのだ。

 

提督「この艦隊の指揮官の名はなんというんだ?」

 

大淀「既に照会しましたところ、提督名は『レオンハルト』となっています。」

 

提督「ほーん? “レオンハルト”ねぇ・・・俺の記憶にはないが、まぁ良かろう。直ちに出港準備だ、艦隊の序列も再編して貼り出しておこう。」

 

大淀「分かりました。」

 

直人はさっそく各艦隊に対し演習完了後速やかに鈴谷に乗艦するよう命令を出した。それまでの時間の間に、直人は編成表を組み上げて艤装倉庫前に貼り出して置いたのだった。

 

 

今回出撃する艦隊は次の通り

 

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第二航空戦隊(蒼龍)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十駆逐隊(夕雲)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 雪風(十六駆)

 

第一艦隊

旗艦:陸奥

第一戦隊(陸奥)

第二戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

 第一水雷戦隊

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉)

 

第一航空艦隊

旗艦:赤城

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第一航空戦隊(赤城/加賀)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

※大和(第一戦隊)・足柄(第五戦隊)・巻雲(第十駆逐隊)・吹雪(第十一駆逐隊)の4名は訓練の為今回は残留とする。

 

 

今回の出撃から第一艦隊は旗艦が陸奥に変更となった。直人から見ても経験を積んだと判定した為で、彼の中では予定していた人事であった。

 

が、これに異議申し立てをした艦娘がいた。

 

~中央棟2F・提督私室~

 

吹雪「なんで私だけ残留なんですか!!」

 

それはなんと吹雪であった。

 

提督「いや書いたろ。訓練未了だからって。」

 

吹雪「提督とやったあの訓練は何だったんですか?」

 

提督「基礎中の基礎、普通の艦娘なら建造されたてでも出来る。射撃技量は兎も角としてもな。」

 

吹雪「でも私だって戦えます!」

 

提督「艦隊草創期なら兎も角いまどき着任した艦娘達は皆この段階を踏んでるんだ! だいいち、大和だって残るんだ、子供じゃないんだから少しは分別を弁えてくれ!」

 

吹雪「ここに居たって、司令官のお役には立てないじゃないですか!」

 

提督「いい加減にしろ!!!」

 

吹雪「っ!!!」ビクッ

 

直人が大声を上げる。

 

提督「良いか吹雪。戦場で戦う事は大事だ、お前の言う“俺の役に立つ”という目標にもかなうのだろう。だがお前は艦娘として生まれてからまだ、戦場を知らん、戦う術を知らん、戦いというものを知らない。そんな奴を連れて行ってなんになる? むざむざ敵にスコアを献上させる為に未熟な艦娘を―――未熟なお前を連れて行く事を、お前自身が上官である俺に強制するのか?」

 

吹雪に指をさして直人がまくしたてた。

 

吹雪「私だって元は軍艦です!!」

 

提督「軍艦の戦争と、“艦娘の”――――“人間がする”戦争は根底から違うんだ。軍艦なら鉄材を使って修理すれば何度でも走れる。当然だ、命などありはしない。だが艦娘は違う。お前は今や、人間とほぼ変わらない存在だ、“命を落としたら終わり”なんだぞ?」

 

吹雪「それは―――」

 

吹雪がそう言われて俯く。

 

提督「死ぬのは怖くない、という奴はたまにいる。確かに、“七生報国”という言葉もある。だがそう言った艦娘はこの言葉を履き違えている。七生報国とは『七度“生き抜いて国”に報いる』という意味であって『七度“生き返って”国に報いる』という意味ではない。俺は例え、深海棲艦に勝たねばならないとしても、一人の艦娘とて、その大義と引き換えになどしたくないんだ、分かってくれ。」

 

吹雪「―――分かりました、司令官。言いつけに従います。すみませんでした。」

 

提督「分かってくれたならいいんだ。まだ機会はいくらでもある。時が来れば、お前も前線に出る事が出来る。今は押さえてくれ、いいね?」

 

吹雪「はい、司令官。」

 

言い聞かせるように直人は言い、吹雪は直人の部屋を出て行った。

 

提督「・・・やれやれだな。まぁ、分からんでもないが・・・。」

 

直人は嘆息したが理解もした。それはかつての自分を見ているような気がしていたからだ。

 

“誰かの為に何かをしたい”

 

我武者羅にただそれだけを成そうとして成し遂げきれなかったのが彼という存在であったならば、吹雪のその気持ちが、酷く危なっかしく見えたのも当然だっただろう。何故ならば、その先に待つのは悲惨なまでの挫折と徒労感、そして全くと言っていい程報われないことへの虚脱感と、満たされなかった想いが残した心の穴であったからだ。

 

吹雪のそれは、まっすぐで、真っすぐで、真っ直ぐで。その素直すぎる程の実直さが故に、彼はかつての自分を、吹雪の中に見たのかも知れなかった――――。

 

 

5月15日15時27分、幌筵に深夜入港する為時刻調整を行っていた直人の座乗する“鈴谷”が、ようやくドックを離れ、サイパン島を出港した。

 

~司令部前訓練水域~

 

吹雪「・・・行ってしまいました。」

 

大和「そうね・・・。」

 

残された防備艦隊と残留組の4人は、訓練水域まで見送りに出ていた。

 

足柄「勝つ為にも訓練は最初に必要だもの、仕方ないわね。」

 

大和「えぇ、次の機会にと、提督は約束してくれましたから。私達はせめて、鳳翔さんたちとここを守るお手伝いをしましょう。」

 

吹雪「――――はい。」

 

阿武隈「なんで私は今回も置いてけぼりなんですかー!!!」プンスカ

 

鳳翔「阿武隈さん、落ち着いて下さい・・・」ドウドウ

 

阿武隈は貴重な司令部を守る戦力である、と、直人が聞いていたら言われそうなもんである。が、この扱いの差である。(阿武隈はここまでまだ実戦経験ほぼなし)

 

因みに夕張に関しては制号作戦(対霧迎撃戦)の折、サイパンに来寇した霧の艦艇と交戦した経歴はあるのだが・・・。

 

 

それが起きたのは5月20日、幌筵に向かう途上であった。

 

日本本土から東方に大きく離れた大海原を、鈴谷はただひたすらに幌筵へ直進していた。

 

~21時34分~

 

提督「さて、そろそろ寝るかね~・・・。副長さん、後は頼める?」

 

副長妖精「!(お任せ下さい)」ビシッ

 

今回の出撃から新たに任命した副長妖精。やっぱり艦娘にばかり依存させるのは些か無理があるのだった。

 

見張妖精「“右舷前方雷跡! 雷数4、本艦に向かう!!”」

 

提督「なんだと!?」

 

直人が右前方の海面を見ると、確かに白い航跡が4本、鈴谷に向かって伸びていた。

 

提督「いかん、面舵一杯急げ!!」

 

副長「――――!(“おもぉーかぁーじいっぱーい急ーげーっ!!”)」

 

副長妖精が特徴的な海軍式の復唱で操舵室に命令を伝達する。

 

提督「右舷防水隔壁全閉鎖! 注排水ポンプ用意急げ!!」

 

対浸水防御を施すよう直人が妖精達に指示を出す。

 

提督「躱せるか・・・?」

 

艦が重々しく回頭し始める。魚雷を回避する時は魚雷と平行になる様に舵を切るのが基本である。

 

提督「――――ダメか、総員対ショック防御、衝撃に備え!!」

 

直後―――――

 

 

ズドオオンズドオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「うあああっ!!」ドシャァッ

 

鈴谷は右舷艦首と中央部に1本づつ魚雷を受けた。

 

提督「ひ、被害状況を!」

 

少しして各所から次々と被害状況が報告されてきた。

 

「“1番砲バーベットの一部に衝撃で損傷、旋回不能、揚弾機も故障です!”」

 

「“艦首船倉に浸水発生!!”」

 

「“右舷中央部防水隔壁内に浸水!”」

 

「“右舷中央部外板の一部が脱落しています!!”」

 

「“右舷発進口のハッチ接続部に歪み発生、開閉不可能です!”」

 

「“第二兵員室付近に浸水! 但し、防水隔壁により兵員室内に浸水なし!”」

 

提督「よし、損傷個所の復旧及び排水を最優先とする、水線下の損害を食い止めるぞ!」

 

副長妖精「――――!!(右傾斜5度!)」

 

提督「左舷注水区画に500注水! 針路復元!」

 

副長「!(はいっ!!)」

 

提督「クソッ、敵潜めぇ――――!」

 

悪態をついて直人は自己修復機能を起動するのであった。

 

因みに間違って認識している人がいるかもしれないのでここで解説しておくが、自己修復機能は霧の艦艇から技術を譲り受けたものだが、そのやり方は全く異なる。

 

ズバリ、『妖精さんが損傷個所に行って鋼材を使って修理を行う』のである。霧の艦艇のように自動修復なんてな具合には行かない中々に難儀な代物だったりするのだ。兵隊(妖精)さんよ、ありがとう。

 

 

5月21日1時58分、千島時間2時58分、暗夜の幌筵島に重巡鈴谷は、指定された岸壁にその身を預けた。そこは幌筵島の南端部にあり、幌筵泊地の司令部からは最も離れた場所だった。

 

提督「そして、ここが幌筵第914艦隊司令部、という訳ですかいな。」

 

明石「そう、みたいですね~・・・。」⇐眠い

 

眠そうな明石さん。

 

提督「だから言ったろ昼間の内に寝て置けって・・・。」

 

一方存分に昼寝をしたおかげであんまり眠くはない直人。

 

「お待ちしていました、あなた方が今回ご協力させて頂く艦隊の方ですね?」

 

提督「そうだが、貴官は?」

 

直人は声をかけてきた女性――――艦娘に尋ねる。

 

F914大和「この艦隊で秘書艦を務めています、大和と申します。提督がお待ちになっています。」

 

※F914=Freet No.914・第914艦隊の略

 

提督「――――分かった、案内してくれ。」(しまった、制服よく見りゃ大和だった。)

 

まだ大和の着任から日が浅いとよくある弊害ではある、ついでに今真夜中で月も出ていないのでよく見えなかったのである。

 

 

2時43分 幌筵第914艦隊司令部・提督執務室

 

F914大和「こちらです。」

 

案内されて司令部棟の執務室に通された直人。明石は取り敢えず鈴谷に帰してやっていた、余りに眠そうだったからではあるが。

 

提督「失礼する。貴官が今回協力してくれる提督で宜しいか?」

 

直人は回転いすに座してもったいぶって背を向けている男に言った。

 

「如何にも、私が――っ!」

 

提督「なっ・・・?」

 

男が振り向いて目が合った。

 

提督「“アイン”!!」

 

アイン?「“ナオ”! ナオじゃないか!!」

 

F914大和「あの・・・お二人は、お知り合い・・・?」

 

アイン「知り合いも何も、こいつは俺の幼馴染だよ!」

 

聞いて驚け、幌筵第914艦隊司令官レオンハルトとは、紀伊直人の幼馴染だったのである。

 

提督「お前がどうしてこんな所へ・・・」

 

アイン「ナオこそ、あんな御大層な船を作って貰えるとは、見違えたぞ! “近衛艦隊”ともなればやはり格が違うな。」

 

提督「―――!」

 

アインの言葉に直人は驚いた、今確かに『近衛艦隊』と言ったからである。

 

アイン「あぁ、安心してくれ。土方海将から事情は全て聞いてある―――万事、任せて貰おうか。勿論口外しない、緘口令も出してあるからな。」

 

提督「それなら安心したよ、アイン。流石、相変わらず仕事が早い。」

 

直人は親友の変わりなさと仕事の早さに舌を巻きつつ感謝に堪えなかった。

 

アイン「大和、少し席を外して貰えるかい?」

 

F914大和「は、はい、分かりました。」

 

アインが人払いをする。大和が執務室から出ると、アインが切り出した。

 

アイン「しかし土方海将から聞いた時は驚いたぞ。4年前に日本に帰って来たが、てっきり1年前に死んだと思っていた―――。」

 

提督「まぁ内地ではそう言う事になってるだろうな、公式の場に偽名で出てる位だ。それだけ俺達の艦隊は機密性が高いんだよ。言ってしまえば俺は今や、生きた幽霊なのさ。」

 

アイン「そう考えると、何やら珍妙な気分で不思議だな。」

 

提督「まぁ、そうだろうな。足の付いた幽霊なんて希少どころの騒ぎじゃねぇぞ~。」

 

アイン「全くだな。」

 

などと冗談を交わしつつ、二人は久しぶりの再会を喜び合っていた。この二人は11年もの間、交友が絶えていたのであるから、当然と言えるだろう。

 

因みにアインと直人はこの時共に23歳(満年齢)、11年前となれば、二人が12歳の時と言う事になる。

 

 

5月21日(水)8時27分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「―――。」パチッ

 

あのあと3時頃に艦に戻った直人が目を覚ました。

 

提督「ん~・・・8時半前か。」

 

コンコン

 

金剛「“テイトクゥ~、急がないともうすぐ9時デスヨ~?”」

 

モーニングコールが来てしまった辺り起床が遅い。

 

提督「あぁ、そうだな。すぐ行く。」

 

そう言って直人は体を起こし、第一種軍服を着用していく。

 

 

そこから食堂に降りて祥鳳謹製の朝食を摂ると、早くも時計は9時前に、時間が経つのは早いなぁと彼は呟いたという。

 

 

9時02分 岸壁・タラップ前

 

提督「ようこそアイン、我が“浮かべる城”鈴谷へ。」

 

出迎えに出ていた直人が迎えたのはレオンハルト――――アインであった。

 

アイン「お邪魔するよ。しっかし大きいな。」

 

提督「そうだな、排水量1万2000トン強、明石達が知恵を絞った労作だ。性能は保証できる。」

 

アイン「明石はそっちの艦娘かい? 大したもんだ・・・。」

 

明石「お褒めに与り光栄です。」

 

提督「じゃ、早速中を案内しよう、付いてきてくれ。」

 

アイン「あぁ。」

 

直人が彼を鈴谷に呼んだ理由は、親友の誼と箝口令を事前に敷いてくれた事に対する礼も兼ねての艦内見学であった。

 

 

 鈴谷の構造は上甲板(3F)と最上甲板(4F)については実艦に準拠している。

前甲板上に3基の主砲を、1・2番を同じ高さに、3番砲塔を2番砲塔の後ろに背負い式で、全て艦首方向に向けて装備、後甲板に2基の主砲を艦尾方向に背負い式で配置している。

 また艦中央部最上甲板に片舷2基、計4基の12.7cm連装高角砲を備え、その一段下の艦中央部後部寄りに、この時は4連装の61cm魚雷発射管を片舷2基の合計4基備え、自発装填用の魚雷も搭載している。また各所に多数の対空機銃が設置されている。

 

 上部構造物については外見は同じだが、中身が異なる。主に煙突と前檣楼である。

前檣楼は高射装置を初め外付けの各種機材が揃っているが、羅針艦橋を除くと艦橋内にあるのは発令所(命令を各所に伝達する部屋)と操舵室のみであり、艦橋基部にある筈の第二缶室煙路もない。この為本来の煙路の場所には艦長室(直人のプライベートルーム)がある。

 また煙突については、通常動力に依らない艦娘機関による稼働である為排煙が必要なく、よって完全なダミーと化している。(それでも機関室用吸気口としての役割が与えられている為一様に無駄とは言いにくい。)

 

 

~中甲板中央通路~

 

 タラップで上がってくる際にこの鈴谷の場合航空甲板のすぐ後ろの後甲板、4番砲塔の辺りに出る。ここからの場合、航空甲板の段差の所に扉があり、中に入ると左右両舷の後部発射管の所に出る。

そこを通り過ぎて前部発射管の所まで来ると、前部発射管が挟むように後檣楼の基部があり、その傍にある開口部の階段から中甲板(2F)中央通路に降りられるのだ。

 

提督「ここが鈴谷の中央通路だ、この真下は丁度機関室になっている。」

 

鈴谷「おっ、提督じゃ~ん、お客様?」

 

提督「そんなとこだよ。」

 

鈴谷「なら、お邪魔しちゃ悪いね~、それじゃ!」

 

気さくに笑って鈴谷が去っていく。どうやら艦尾側の兵員室に戻っていくようだ。

 

アイン「今の子は?」

 

提督「あいつは鈴谷、一応この重巡と同じ名を持つ艦娘さ。」

 

アイン「成程。」

 

提督「さて、階段を下りて艦首側を見た時、すぐ左手(中甲板左舷側)にあるのがブリーフィングルームだ。その前が医務室、後ろが屋内訓練場になってるんだ。」

 

因みに以前にも述べたが、屋内訓練場は真上が魚雷発射管なので、誘爆したら最初に吹き飛ぶ場所でもある。

 

アイン「屋内訓練場って、格闘の練習でも?」

 

提督「そうだよ?」

 

アイン「――――。」(;゚Д゚)

 

流石に唖然とするアイン。

 

提督「因みに右舷側は左舷側と同じく三部屋あるが二部屋空室なんだ。因みに一部屋は鋼材保管庫。修理用のね。」 ※実際には空室の所に艦内工場があります

 

アイン「艦娘の修理も出来るのかい?」

 

提督「なにせ明石がいるしね。」

 

自分も出来る、とは言わなかった直人である。鈴谷の自己修復機能についてもだが。

 

提督「で、この中央通路の艦首側の突き当りが、鈴谷の食堂になってるんだ。」

 

と言って直人が食堂の押戸を開ける。

 

熊野「あら提督、言ってらしたお客様ですね?」

 

提督「そうだね、10時に全員集めるから。」

 

熊野「分かりました、お伝えしておきますわね。」

 

アイン「へぇ、広いね。」

 

提督「でしょ? ここ本来はボイラーの排煙路なんだよね、いらないから潰して食堂にした訳。」

 

アイン「いらないって、てことはこの船は――――?」

 

明石「企業秘密です☆」 ※艦娘機関4基で稼働しているが企業秘密である

 

アイン「アッハイ。」

 

明石に企業秘密と先に言われてしまった直人は若干苦笑しつつも言葉を続けた。

 

提督「この階層は後部に兵員室を下甲板と合わせて二層、前部は左舷側が病室になっているが右舷側は用途が決まってない。」

 

※実際には艦首錨鎖甲板の直後の中甲板に巨大艤装の格納庫があり錨鎖甲板の下にカタパルト格納部があります。

 

アイン「空き部屋多いねぇ。」

 

提督「今後に発展の余地が残されてていいんだよねこの方が。」

 

アイン「一理ある。」

 

提督「んじゃ、次は下甲板を案内しようか。機関室は見せんからな。」

 

アイン「はいはい。」

 

直人はアインを連れて再び歩き出す。

 

 下甲板(1F)は中央部両舷に一列だけ兵員室が、中央部は最下甲板までぶち抜いて艦娘機関が鎮座しており、後甲板両舷の4番砲塔直下が、艦娘発着口のハッチになっている。また艦娘発着口付近には両舷に艤装格納庫が存在している。

この下甲板の高さまでが水線上に出ている状態で鈴谷が浮いている。

 因みに下甲板艦首部はスペース割り当てが一切されていないが、アンダマン諸島から捕虜を運ぶ際に使われていた。

 なお本来機関で一杯一杯の下甲板中央にも兵員室を置けた理由は、艦娘機関になった事で機関容積(特に幅)が小さくなったからである。故に艦底部の船倉区画等にも余裕が出来ている。

 

 最下甲板(地下1F)は機関室が中央部を大体占拠しており、主砲バーベットの一番下が最下甲板にある事から主砲弾薬庫がこの階層にあり、また高角砲の弾薬庫もある。因みに機銃弾薬庫は上部構造物各所に機銃弾薬格納箇所が設けられている。

艦中央部の余剰スペースは水中防御区画に割り当てられており、機関への浸水を出来るだけ食い止める様になっている。

 一方最下甲板の空いたスペースは鈴谷自身の燃料タンクになっている為、この階層は艦底部への連絡以外で余剰スペースが存在していない。

 

 艦底部(地下2F)は字が示す通り「艦の底」である。

大体が船倉(艦底倉庫)と水密防御区画、応急注排水区画とに割り当てられており、余剰スペースはやはりない。艦首付近にソナーがあることと、重量バランス調整用のカウンターウェイトがある位である。

 この艦底部艦底倉庫も捕虜収容に使われていた。

 

 

9時55分 重巡鈴谷・ブリーフィングルーム

 

提督「あらかた案内終わった所で総員集合させましょうか。“全艦に伝達、5分以内にブリーフィングルームに集合! 駆け足!!”」

 

マイクを通じて全艦放送で伝達する直人。因みにアインは直人が勿体ぶって控室(鋼材保管庫)にいる。

 

 

5分後、というよりその1分前に全員集合していたのだが、10時丁度に会議が始まった。

 

提督「さて、今回の作戦に際し幌筵第914艦隊が協力を行うことになったのは既に航行中に口頭にて伝えた通りだ。今回集まって貰ったのは、同艦隊の司令官を紹介する為である。アイン、入って来てくれ。」

 

と扉に向かって言うと、ちゃんと扉の前で待っていたアインが入室してきた。

 

金剛(いやに親し気デスネー。)

 

那智(何者・・・?)

 

鈴谷(さっきも見たし聞いてたけど誰なんだろ。)

 

提督「こちらが今回協力してくれるレオンハルト提督、階級は少将だ。」

 

アイン「初めまして。本名は一応二つあって、狭山(さやま) 尚孝(なおたか)と、アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルクと言う。提督としてはレオンハルトで通している。宜しく。」

 

提督「彼は俺の小学校時代の幼馴染でね、日本人の母とドイツ人の父のハーフなんだ。その証拠に、日本人とは随分雰囲気が違うだろう?」

 

直人が言う様に、アインは随分と父親に似たらしく、瞳は青色で、髪は黒髪で背中まで伸ばして後ろで一本に結わえてある。鼻の形などところどころに日本人っぽさは残っているものの、全体的に面長でフェイスラインもすっきりした印象がある。身長も父親に似て高い184cmもあり、直人より12cmも背が高い。(直人は172cm)

 

金剛「提督の幼馴染でしたカー、それなら納得デース。」

 

提督「まぁ、金剛の言う事は間違ってないだろうね。多分上もそう言う判断で彼を引き込んだのだろう。我々は機密性を重んじなければならない存在だからね。」

 

金剛が言いたいのは、アインを選んだ理由である。

 

“直人の幼馴染”が提督をしていたという偶然、それが、直人とかつて関係があった人物と言う土方海将の目当てに適っていた事が、今回の再会の一助になっていたことは事実である。これまで協力してきた相手はその尽くが、直人とかつて関係があった人物であったからである。

 

提督「まぁ、気になる事があれば“なんでも”聞いてみるといい。以後北方戦域での補給には恐らくこのレオンハルト艦隊から後方支援を受ける事にもなるだろうしな。」

 

アイン「ま、嶋田司令官があの態度じゃ、1回では終わらなさそうではあるな。」

 

金剛(今――――――)

 

鈴谷(“なんでも”って――――――)

 

青葉(言いましたね――――――?)

 

ダメな連中がそのワードに釣られて来た様だ。

 

提督「以上会議を終わるが、各艦隊と水雷戦隊旗艦、空母部隊指揮官と、初春・利根・霧島は残る様に。あと祥鳳、残る奴とアインと俺の分の昼食、後で運んできて。」

 

祥鳳「分かりました。」

 

提督「うん。では解散。」

 

直人は各艦娘に解散を告げた後もブリーフィングルームに留まった。直人に呼ばれた艦娘達も同様である。

 

提督「さて、残って貰った訳だが、ここからは大まじめな話だ。」

 

と直人が残っている面々に切り出した。

 

提督「今回キスカからの撤退を行うと言う事で作戦の骨子が決定しているが、正直に言うと俺はこの作戦に関してキスカからの撤収は“必要性が無い”と思う。」

 

アイン「?」

 

金剛「どういう事デース?」

 

提督「理由は敵が退いたという点だ。上陸作戦をやるのであれば、本来上陸軍と予備部隊を別個に用意する筈だが今回に関しては1週間以上を経てもまだ再攻撃の気配さえない。えらく大本営も尤もらしい理由を付けたもんだが、補給線については護衛の強化で十分補いがつく問題だ。現状船舶総数からして、“ひっ迫している”とは考えにくい。」

 

霧島「ですが、1500kmもの海上輸送路を完全に防御する事は――――」

 

提督「それは、“昔の常識”だ。」

 

直人は霧島の言った事を一刀両断した。それに対しその場にいた面々は揃って首を傾げてしまった。

 

初春「・・・どういう事じゃ?」

 

提督「お前達、艦娘が一体何人いると思ってんだ。」

 

霧島・初春「・・・あっ。」

 

そう、5月中旬(下旬入りかけだが・・・)と言えば、提督の数が200万人を超えた時期である。各地の基地で漸くちらほらと、「これ以上の受け入れは不可能」と聞こえてきた時期でもある。

(実際には14年4月と言うと既に一杯一杯であった。ゲームでの同時期における基地の数と少し違う事を留意すべし)

 

仮に艦隊総数を200万として、各艦隊に100隻いるとすれば総数なんと2億隻に達するのである。(実際には各艦隊の保有隻数の違いから若干減るが大凡この程度だったと言われる。

 

これを現在ある12基地で等分したとして1基地辺り165万人程度の艦娘が少なくとも存在し、北方方面への対処を担当する基地は幌筵の他大湊警備府がある為、ザックリ320万以上の艦娘が常時いる勘定になる。更に遠征任務として各所の海上護衛に来る他の基地の艦娘達も動員すれば、十分守り抜く事は可能なのである。

 

提督「旧海軍なら兎も角として今の俺達がこの長大な海上輸送路を守れない訳はない。それだけの密度で護衛する事が可能なんだ。であるならわざわざ輸送路を潰さなければならん理由が分からんからな。」

 

霧島「確かに、そうですね・・・。」

 

利根「では、お主は一体どうしたいのじゃ?」

 

提督「流石、言い質問だ利根。」

 

利根の質問に直人はにやりと笑ってから言う。

 

提督「俺が考えるのは至極単純、キスカ島を防衛する、ただこの一点のみだ。併せて大本営に対し今後の対応策をレポートとして提出する。だが当面すべき事は、アッツ及びキスカ島の防備を強化するためにも、まずは制海権を再び掌握し勢力圏を押し返さなければならないと言う事だ。」

 

アイン「そんな事が、出来るのか!?」

 

提督「まぁ任せて貰おう。だが、お前にも手伝ってもらうぞ、アイン。」

 

アイン「と、言うと・・・?」

 

直人はサラッとアインを巻き込んだ上で告げる。

 

提督「レオンハルト艦隊にはキスカ周辺の制海権を全力で取って貰う。敵がここを将来的に攻略しようと図るならば、敵はキスカに向け艦隊を派遣して来る筈だ。それらも含め、キスカ周辺の敵を一掃して貰いたい。」

 

アイン「そ、それは構わないが・・・お前達はどうするんだ?」

 

提督「俺達はアリューシャン列島線を北に抜けベーリング海南端に到達、そこで後退した敵揚陸艦隊を捕捉、これを撃滅する。」

 

金剛「・・・やるのデスネー?」

 

提督「あぁ、可能なら。」

 

アイン「―――――?」

 

提督「今回はその作戦の成否について検討したい。今日と、明日にかけてな。」

 

と直人が言うと、一同が頷いて賛同した。

 

アイン「・・・成程な。」

 

霧島「分かりました、お付き合いしましょう。」

 

陸奥「えぇ、そうね。」

 

赤城「可能性は全て、出し尽くしてみましょう。」

 

金剛「異論無しデース。」

 

提督「良かった。では早速始めようか――――」

 

直人達は早速、作戦の検討に取り掛かったのであった。

 

 

この時検討したのは

 

・敵の出方と目的

・敵の出現する方角

・敵艦隊の迎撃の可能性とその際想定される戦力、及び予想される構成

・敵側の潜水艦の有無

・キスカ周辺の敵勢力分布

・アリューシャン列島線に分散する敵の戦力及び構成

・敵揚陸艦隊主力の位置

・レオンハルト艦隊の展開可能な艦隊数

・横鎮近衛艦隊のレオンハルト艦隊との連携

・戦場への所要到達時刻

・作戦に於ける必要事項

・両艦隊の離脱タイミング及び合流時刻と収容地点

・敵艦隊出現時における出現想定とそれに対する対応

・敵に対する対応に於いてどの様な手段が考えうるか

・敵主力との会敵方法とそのパターン想定

・敵主力に対し会敵パターン毎に取るべき戦術

・追撃戦を行う事が出来るケースとその場合に於ける追撃手段

・作戦失敗時のパターンとそれに応じた処置と撤退方法

・これらの作戦において必要な補給物資の種類と数量

・発生し得る作戦パターン毎の損害想定

 

―――の、全20点である。

 

以前にも直人が語っていたが、作戦立案とは、これら多数の条件が絡まり合う戦場に於いて、あらゆる可能性を想定し、その上の最悪の可能性までもを見透かした上でその場合に於ける対処をも想定するものなのだ。それが上記を見ただけでもお分かり頂けると思う。

 

更に複数のパターンが想定される場合はそれぞれに対処や対抗策などを盛り込んで作戦を立案する。それこそ水も漏らさぬようにしなければ、碌な作戦案とは言えないのである。妥協などしたら負けなのであって、希望論や即製案など論外である。

 

 

これらの検討が完了したのは漸く、5月22日18時の事であった。丸々24時間以上を費やした計算になる。それだけ検討に値する情報があったと言う事になる。で、結論はと言うと――――

 

 

5月22日18時03分 重巡鈴谷・ブリーフィングルーム

 

提督「結論から行けば、この作戦は実行できる。それで宜しいな?」

 

アイン「あぁ。」

 

霧島「はい。」

 

アインと霧島に続き一同揃って首を縦に振った。

 

提督「よし、ではその旨大本営に打電、その方向でこちらも作戦準備だ。但し、大本営の認可が下りるかは不明だから、撤収作戦の線でも準備を進めておく。」

 

アイン「分かった。こちらも第一から第七までの各艦隊の出撃態勢を整える。ま、必要になる事を祈ろう。」

 

提督「まーったくだ。でないとこれだけ手間暇かけた甲斐がない。」

 

直人は半ば本気でそう言っていた。

 

提督「俺が普段のんべんだらりしてる時間を自ら作戦立案に当たったんだからな!」

 

アイン「サボりたがりも相変わらずなんだね・・・。」

 

金剛「それでもちゃんと仕事をするのは、テイトクの良い所ネ。」

 

提督「褒めてもなんも出んぞ~。」

 

金剛「期待してないデス♪」

 

提督「・・・フッ。」

 

金剛「フフッ♡」

 

霧島(また始まった・・・)

 

川内(はいはい・・・)

 

初春(こやつらは・・・)

 

アイン(仲睦まじいようで何より・・・)

 

呆れかえる一同であった。

 

 

横鎮近衛艦隊からの作戦変更の申し出と献策は18時42分に大本営に届いた。しかし大本営からの返答は『速やかに検討する』との事であり、その間に直人は十分な休息と作戦準備を並行して行う事にしたのだった。

 

~19時02分 重巡鈴谷・羅針艦橋~

 

提督「なーんっで上の連中は相も変わらず行動遅いかなぁーーー!!」ギャース

 

明石「―――――。」( ̄∇ ̄;)

 

その返電を受け取った直人も不満を露わにしていたのだが、前述の決定を下してひとまず引っ込む事にしていたのである。迅速な作戦行動を好む彼が、この大本営の返答を不服としない訳が無かったのである。

 

 

だがその大本営も“速やかな検討”という文言は守り、検討した結果が届いたのは翌日早朝の事である。

 

―――――5月23日4時30分 重巡鈴谷・羅針艦橋

 

提督「返信が来たというのは、本当かい・・・?」

 

言いながらふらふらと現れる直人。実は意外と朝が弱く、10分程度動けないのである。

 

副長「――――――?(・・・大丈夫ですか?)」

 

提督「これが大丈夫そうに見えるかい・・・?」

 

副長「―――――。(――――朝弱いんですね。)」( ̄∇ ̄;)

 

提督「うむ。」

 

無茶苦茶眠そうな直人。それもその筈例え千島の最北に近いと言ってもまだ夜明け前である。

 

提督「んで返答の内容は――――っと。」

 

直人がサークルデバイスを貼りながら、届いたばかりだという返信文をデバイス上に出す。

 

提督「ん~・・・成程? こちらの顔を立てて来たか。」

 

返答の内容はズバリ、“貴艦隊の進言を是とする”というものであった。

 

大本営は直人の献策を検討・再考の結果、艦娘艦隊の投入で、北方航路の護衛問題が解決できると判断、直人の発案したキスカ防衛案を採る事にし、直人にその発令を改めて指示してきたのである。

 

言ってしまえば、直人は独断でも作戦変更できるだけの権力を持ちながらも、敢えて大本営に伺いを立てて大本営の顔を立てた。今度は大本営が直人の献策が有益であったと認めて考えを改め、そして直人の顔を立てる事でその礼としたのである。

 

提督「顔を俺が立て、大本営の考えを改める事を勧めた。それが正しいと見るやその礼として俺の顔を立てるか。これであいこだ。」

 

副長「――――――?(艦隊に、出動準備を指示しますか?)」

 

提督「いや、今は良そう。今は取り敢えず、ゆっくり休ませてやろう。何より、俺ももう一寝入りしたい・・・。」

 

安眠していた所を叩き起こされた直人はまだ眠気が覚めておらず、緊急の作戦でもなかった為そのままもう一度艦長室へと戻ったのであった。

 

副長「・・・。(もう一寝入り、か、私も寝直すかな・・・。)」

 

副長妖精もそう思い、艦橋の隅にある自分の布団(妖精さん用)に潜り込むのであった。

 

 

7時11分、直人が漸く復活した。

 

~羅針艦橋~

 

提督「“全艦に伝達、そのまま聞け。我が艦隊はこれより、レオンハルト艦隊と共同してのベーリング海突入作戦を実施する。直ちに作戦実施準備に入れ!”」

 

明石「いよいよ、ですね。」

 

提督「あぁ。」

 

明石「勝ちましょう、提督。」

 

提督「勿論だ、勝って帰る。」

 

直人はその決意を新たに、遥か北の海を見据えるのだった。

 

提督「アインにも連絡を――――」

 

副長「――――――!(6時半過ぎに入れさせて頂きました!)」

 

提督「・・・なんて優秀なことか。」

 

ピリリッ、ピリリッ・・・

※サークルデバイスへの呼び出し音です

 

提督「こちら鈴谷。」

 

アイン「“直人か、そっちの副長から話は聞いている。遅番の艦娘の手は借りたがな。”」

 

提督「ハッハッハッ、まぁそうなるな。そう言う事だ、首尾は?」

 

アイン「準備は始めている、8時頃には準備が整うだろう。」

 

それを聞いた直人は満足げに頷いて言った。

 

提督「宜しい、8時半に出動しよう。」

 

アイン「そのつもりだ。」

 

こうして作戦が実行に移された。全ての可能性は出し尽くした。あとは天に委ねるのみである。その先に何が待とうとも、彼らは立ち向かわなければならないのである。

 

 

8時半に出動しようと言いあった二人だったが、細かな準備ミスが見つかったりレオンハルト艦隊側の出動の遅さから遅延し、8時37分、鈴谷はもやいを解いて抜錨した。なお、この遅延で直人が再び苦い顔をしたのは言うまでもない。

 

 

5月24日早朝、全速で航行し続けたレオンハルト艦隊先鋒が、30艦娘ノットでキスカ島周辺海域に到達した。踏破距離1542km、所要時間19時間半という速さである。

 

この先鋒隊を務めたのが、F914第三艦隊及びF914第六艦隊である。

 

F914飛龍「全機発艦!」

 

F914金剛「突入デス!」

 

F914神通「最大戦速、迅速に海域を制圧します!」

 

第三艦隊は二航戦及び第三戦隊(金剛型)の高速空母打撃部隊、第六艦隊は神通が指揮する軽巡1駆逐艦5から成る水雷戦隊である。

 

F914島風「島風、砲雷撃戦、入ります!」

 

島風を先頭に全艦がキスカ島を取り巻く様に展開を開始する。

 

 

レオンハルトは残りの主力部隊が5時間差で展開する予定で、それまでの間、泣いても笑っても戦艦4空母2軽巡1駆逐艦5の戦力でキスカを守り抜かなければならなかった。

 

しかし今回それは問題にならなかった。何故ならその時間差を埋めるが如く突入して行った奴等がいるからである。

 

 

6時32分 アリューシャン列島西部北方・ベーリング海

 

提督「艦隊全展開、迅速に勝負を決めるぞ!!」

 

一同「“了解!!”」

 

突入コース1490kmを、最高速に近い35ノットで一跨ぎに踏破した重巡鈴谷が、ベーリング海に到達し艦娘達を吐き出そうとしていたのである。

 

明石「提督も無茶をなさいますねぇ・・・。」

 

提督「いつもの事じゃ、気にするでない。」

 

明石「そうでした。」

 

いつもの事である。

 

金剛「“金剛、行きマース!”」

 

提督「行ってらっしゃい! 明石、偵察機は?」

 

明石「はい、3機全機共に予定コースに。」

 

提督「結構だ。」

 

直人は鈴谷の水偵を発進させて索敵を試みていた。ここに艦娘艦隊の索敵を合わせるのである。

 

千歳「“航空母艦千歳、出ます!”」

 

提督「行ってらっしゃい! 期待してるぞ。」

 

千歳「“はい!”」

 

サイパンを発つ前、千歳は空母への改装工事を受け、新たに空母としての艤装を手に入れていた。発進するなり千歳は零戦を先頭に艦載機を発進させ始める。その中には今やほぼ全ての母艦に搭載されるようになっていた天山艦攻が21機も含まれていた。

 

提督「全く、五航戦の改修段階に合わせたもんだから機材調達が大変だったゾ。」

 

明石「何とかなってよかったですよ・・・。」

 

提督「ほんとだよ・・・。」

 

実は、五航戦所属空母は千代田のせいでかなり上位の艦載機を持っていたりする。というのは―――――

 

千代田航

装備1(21):零式艦戦五二型 (4段階目)

装備2(9):彗星一二型 (4段階目)

装備3(6):天山一二型 (3段階目)

 

という構成になっているのだ。同じ空母部隊にいる龍驤と比べると雲泥の差である。と言っても龍驤も機種転換は受けていて、

 

龍驤

装備1(9):零式艦戦二一型(熟練)

装備2(24):九九式艦爆二二型(和田隊)(対空+1 爆装+7 命中+2 回避+1 索敵+1)

装備3(5):天山一一型(熟練)(雷装+9 対潜+4 命中+1 索敵+2) 

 

と、こうなってはいるので天山はちゃんと積んでいる。と言っても全て2段階目の艦載機である為、同じ航空戦隊内で共同行動が難しいというとんでもない状態に陥っていた。そんな中で千歳を改装した為、最大水準に合わせる直人の方針に沿った事から千歳も零戦五二型を搭載している。

 

 

提督「まぁ搭乗員は基地からの配置転換で何とかしたけども・・・。」

 

ボーキサイトが派手に逝ったのは想像に難くないだろう。尤も十分余力は残していたが・・・。

 

 

7時27分、東進する横鎮近衛艦隊を迎撃すべく早くも敵が繰り出してきた。

 

明石「金剛一番機より“テ連送”です!」

 

提督「金剛の一番機と言うと北に直進した筈だな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

今回直人は北東(範囲90度・開角3度)と東(範囲80度・開角2度)に索敵を放って敵の出方を探っていた。作戦を検討する際、敵が打って出て来る方角は、恐らく北と東からで、アリューシャン列島線の敵はキスカに向かうと判断していた為、南東方向の索敵は行っていない。

 

索敵は北東方向に向けて金剛の一水打群と扶桑の第一艦隊が、東に向けては赤城の一航艦が、各々に艦攻と水偵を放っていたのだ。

 

明石「続いて蒼龍2番機よりテ連送です。」

 

提督「北に二つか、予想の範疇だな。」

 

赤城「“本艦1番機と古鷹機よりテ連送です、提督。”」

 

提督「よし、発見した索敵機に伝達、詳細知らせ。」

 

赤城「“了解!”」

 

金剛「“OKデース!”」

 

直人が冷静に断を下した、直後であった。

 

後部電探室「“本艦前方多数の反応確認!!”」

 

提督「なんだと!?」

 

直人は今回から電探の探知を妖精に任せていたが、その内後部に装備されている13号対空電探が敵機を探知した事を伝えてきた。

 

明石「赤城1番機より、“敵は多数の空母を含む機動部隊”と伝えて来ました! あっ、古鷹機から“眼下の敵は複数の軽空母を有す”です!」

 

提督「古鷹機と赤城1番機のラインは全く別だ。とすると正面に敵空母部隊が二ついるぞ。」

 

明石「そう・・・ですね。」

 

提督「北の敵の内容が知れてから対応を決めよう。」

 

直人はそう締めくくって状況を見据える直人。

 

提督「想定の範囲内だな。」

 

と満足そうに呟いた。

 

 

金剛及び蒼龍機の報告は、金剛機が戦艦を軸に、空母を交えた水上打撃部隊、蒼龍機が軽空母クラスを軸にした護衛空母部隊であると伝えてきた。この事から、北と東の敵は各個に連携していることが明らかとなり、直人達の方針も定まった。

 

提督「今回の敵の布陣は作戦想定A1-3に該当するものと判断する。この対処法に則り、一航艦は航空攻撃を以って東方の敵機動部隊と交戦せよ。第一艦隊と一水打群は北上して敵艦隊を空海両面から壊滅に至らしむるべし! 但し、深追いは禁ずる。敵が退くと言うなら退かせてやれ。」

 

陸奥「“了解!”」

 

金剛「“OK!”」

 

赤城「“了解しました。”」

 

提督「さぁおっぱじめるぞ!」

 

隼鷹「“直衛戦闘機隊、交戦開始したよ!”」

 

提督「分かった、空母部隊は順次攻撃隊と迎撃隊に割り振って艦載機を出せ!」

 

一々注文が難しいのは何とかならんかこいつは。

 

横鎮近衛艦隊はその全ての敵と相対する形で前進、相対速度を生かして一気に距離を詰めにかかった。上空では既に敵の第一次攻撃隊と、艦隊直衛戦闘機との空戦が始まり、それをすり抜ける様に敵の攻撃隊が殺到してくる。

 

提督「全く相変わらず人気だな、俺達は。」

 

20から数えるのをやめて直人が言った。

 

明石「言ってる場合ですか!?」

 

提督「わーってるよ。主砲仰角上げ、弾種:通常弾、炸薬:榴散弾、信管:近接、諸元送れ!」

 

直人は今回に合わせて局長に頼み事をしていたのだが、それが鈴谷への近接信管の装備と、零式通常弾に榴散弾仕様を追加して欲しいという要望であった。

 

※近接信管とは

端的に言えば電波を発信して目標との距離を測り、設定距離以内であると信管を作動させ炸裂する様にする信管。アメリカでは当初「VTヒューズ」「マジックヒューズ」と呼ばれていたもので、第二次大戦後期に於いて日本機の損害増大の一因となった。

 

この要望の結果、鈴谷主砲は対空射撃に対応出来るようになり、より効果的な弾幕を張る事が出来る様になったのである、強化の手回しが早すぎる気がしないではない。

 

高射装置妖精「“諸元伝達終わり!”」

 

「射撃始め!!」

 鈴谷の前部6門の主砲が次々と20.3cm砲弾を吐き出す。今回は堂々たる艦隊戦である為、三式弾を全て降ろし、零式榴散弾を代わりに装備、主砲を155mmから203mmに換装したのだ。

敵の先頭集団付近に、6輪の花が咲く。およそ綺麗さとは無縁の、殺戮の大輪が瞬間咲き誇る。それに呑まれ、多数の敵機が一飲みに墜ちてゆく。

 

提督「敵は絶え間なく来るぞ! なんとしても近寄らせるな!」

 

主砲測距室「“了解!”」

 

鈴谷主砲の対空射撃管制は、高射装置から主砲測距室に諸元を伝達して行う。なので割と砲術班は暇が無かったりする。

 

比叡「対空戦闘用意!」

 

霧島「用意よし!」

 

赤城「撃ちー方始め!!」

 

比叡「撃てぇッ!!」

 

 

ドドドドオオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

一航艦が対空戦闘に突入し、いよいよ戦闘は序盤から激化の様相を見せる。

 

金剛「北の敵まで約50kmで射程圏内デス、一気に行きますヨー!」

 

一水打群「「はいっ!!」」

 

一水打群がその最大戦速で空母を分離して突入する。

 

提督「で、その分離した空母は俺が預かると。」

 

蒼龍「“御厄介になります♪”」

 

何故かルンルンの蒼龍である。

 

提督「プレッシャーかけられる俺の身にもなってくれよ・・・トホホ・・・」

 

どうにもこうにも途方に暮れてしまった直人なのであった・・・。尤も、それが役割なだけに不満はない。鈴谷に艦娘などより遥かに防空能力があるのだから、とやかく文句など言う余地もなかっただろう事は明らかだが。

 

提督「宜しい、やってやる! かくなる上は一機たりとも投弾させるものか、撃ちまくれええ!!」

 

空母4隻の護衛、プレッシャーの掛けられ方にとうとう半分ヤケクソになって命じる直人であった。

 

 

この後、4次9波に渡る波状攻撃を、鈴谷ほぼ単艦でマジで食い止めやがりました。

損害は、ゼロである。(⇐!?)

但し、敵機が余りに分散し過ぎて1ウェーブごとの機数が少なかったのが理由なのでその辺りは考慮すべきである。

 

その間に金剛らは既に敵艦隊へと迫り、一航艦は逆撃を食らわせて残存した敵機の帰る場所を無くしたのである。

 

~9時25分~

 

提督「よし、一航艦に続いて前進だ。我々の目当ては雑兵ではないからな。」

 

明石「はい。」

 

副長「――!(了解!)」

 

直人は東進を命じた。既にこの頃金剛らは敵艦隊と接敵、これを圧倒していた。護衛空母部隊はとっくの昔に一水打群と第一艦隊による先制攻撃を受けて行動不能になっていて、航空反撃は受けていない状態である。

 

 

~鈴谷北方・敵別動隊所在海面~

 

金剛「ファイアー!」

 

榛名「撃て!!」

 

摩耶「いけぇっ!!」

 

敵の水上打撃部隊と正面から殴り合う一水打群。

 

矢矧「突入開始、全力で行くわよ!!」

 

夕雲「主力オブ主力の夕雲型、行くわよ!」

 

陽炎「夕雲に負けるな、古参の意地を見せてやるわよ!」

 

十八駆「「応ッ!!」」

 

朝潮「私達も負けてられませんね、各艦続け!」

 

八駆「了解!」

 

二水戦が次々と突撃を開始、更に後方から第一艦隊が砲撃を開始する。

 

扶桑「全主砲、射撃始め!」

 

山城「斉射!」

 

陸奥「撃てぇッ!!」

 

 

ドドオオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

タイミングがほぼ同時であったため多数の砲声が一つに重なるように響き渡る。

 

川内「出番ないかな?」

 

雷「少し遠いわね・・・。」

 

初春「已むを得んのう。」

 

一方で口惜しそうにする一水戦の面々であった。史実でも大体こんなもんだったが。

 

長良「遠すぎて撃てないわね。」

 

五十鈴「またしても・・・。」ムムム・・・

 

由良「射程が欲しいわね・・・。」

 

一方でまだ8インチ砲の配備が間に合っていない第一艦隊の軽巡メンバーも、一水戦同様一発も撃てずにいたのであった。第四戦隊の高雄型、第五戦隊の妙高型、第七戦隊の最上型は次々と遠距離射撃を行っている。

 

 

因みにだが、遠距離射撃の宿命として、命中率が低いと言う欠点がある。しかし、突入支援という名目が立つのであればそれは非常に有効な手段となる。だいいち対応に迷い静止するようであれば当たらぬ訳はない。今回もそうした不運な敵艦が次々と討ち取られていた。

 

 

~9時37分~

 

提督「北の交戦域では我が方優勢、東では数度に渡る空襲により空母級80以上を撃沈、4倍以上の数を大破させ敗走させつつあるか。些か空襲部隊の戦果は過大ではないか?」

 

赤城「“そうでしょうか・・・?”」

 

提督「あのな、部下の顔を立てたいのは分かるが、過大報告はいかん。あとで厳しく精査せよ。いいな?」

 

赤城「“はい、分かりました。”」

 

航空攻撃では確かに、各搭乗員の目視で戦果を計っている所はある。その基準となるのが、目視で確認できるもの、例えば水柱や被弾で立ち上る煙、火柱などである。

 

これを一人が見て、即ち戦果確認を行う誘導機が計測しているならいざ知らず、対空母戦ではそのような余裕がない為、攻撃に参加した搭乗員が目視で確認したものを信用するしかないのだ。故に、“視た”ものを“なかった”ことにする事が出来ない者は、日本海軍でも多かった。

 

提督「――――攻撃観測機を必ずつけられたらいいんだがな・・・。」

 

明石「二式艦偵もありますけど・・・。」

 

提督「・・・そうだな、次からは必ず艦偵に観測させよう。」

 

直人はそう心に決めた。彼が今回これを過大戦果としたのは、これまでの報告がある程度敵の規模報告に沿ったものだったからだ。もしかすると勝利の連続で搭乗員たちの気持ちが、知らぬ間に緩んでいたのかもしれない。

 

提督「・・・。明石、五航戦に連絡、“艦偵を出して東方海面を索敵せよ”と。」

 

明石「はい。」

 

二式艦偵は、彗星の試作機を転用して開発された艦上偵察機で、快速性で鳴らし、その性能を生かして大戦末期の索敵に於いて彩雲と共に活躍していた。

 

因みにその開発の経緯が、彗星の試作機が試験中空中分解してしまい、艦爆として使えないと判断されてしまったのだが、通常飛行に支障は無かった為、偵察用の機材を爆弾槽に装備した機体なので、一種の急造品だが、搭乗員からの評判は良かったと言われる。

 

横鎮近衛艦隊では二航戦の蒼龍や、五航戦の飛鷹・隼鷹・祥鳳が搭載している。隼鷹も無事改造を受け、4スロ目に二式艦偵を積んでいるのだ。

 

提督「これで見つかると、いいんだがな・・・。」

 

二式艦偵の航続距離は1500km、母艦が定位置にいるとして、その索敵距離は色んな要素を差し引くと700kmしかない。母艦が前進し続ける為今回は850kmの索敵が出来る訳だが。

 

明石「見つからなかったら、どうしますか?」

 

提督「もう一度、探すまでの事。」

 

明石「ですよね・・・。」

 

索敵の反復は大事である。艦これアニメでも吹雪が翔鶴と瑞鶴に二段索敵を命じたシーンがあるが、小沢艦隊はマリアナ沖海戦の際これを更に進めた三段索敵を実施して効果を上げているのだ。こうした徹底された索敵が、敵艦隊の早期発見につながるのである。

 

 

その後10時11分には、キスカ島沖に大和を基幹とする主力艦隊と機動部隊が到着し、キスカ島の防備を強化する為展開を開始する。

 

~10時32分・キスカ島沖~

 

F914大和「とりあえず今は、静かね。」

 

F914瑞鶴「そうね、前衛部隊が周辺にいた水雷戦隊を纏めて蹴散らしたって言うし、案外楽に行ってくれるかも?」

 

F914大和「だと、いいけれど・・・。」

 

F914赤城「“索敵機より、敵艦見ゆ!”」

 

F914瑞鶴「そうはいかなかったかぁ~。」

 

F914大和「そうね、全艦隊、戦闘用意!」

 

F914「「“了解!!”」」

 

10時33分、レオンハルト艦隊が、東方から接近してくる戦艦部隊及び敵機動部隊との間に戦端を開いた。直人が予測した、列島線の敵はこちらに来ないと言う予測は当たっていたのである。むしろレオンハルト艦隊排除に動いてきたのだ。

 

が、その陣容はレオンハルト艦隊の大和を筆頭とする強力な陣容を相手取るには余りにも不足し過ぎていた。というのは、やってきた敵は戦艦10を軸とした水上打撃部隊(小規模)と、それにくっついてきた護衛の軽空母3とその護衛と言う、余りにも小規模なものだったからだ。

 

 

一方で幌筵島のレオンハルト艦隊司令部では・・・

 

10時36分 F914司令部・執務室

 

アイン「東から敵!?」

 

任務娘「はい、そのように報告が。」

 

その報告を大和から受け取ったアインは、直人の正確な予測に舌を巻いた。

 

アイン「ナオは凄いな、ここまで正確に敵襲を予想するとは。」

 

その敵襲のある方角、やってくる敵の規模や後世までも、直人は的確に予想して見せたのだ。直人の持つ分析能力と全体を俯瞰して見る戦略眼、常人には出来ない芸当である。

 

アイン「大丈夫かな・・・直人の言った通りの作戦を、指示して置いたけど・・・。」

 

そこはやはり直人の受け売りではあったが、それが出来る事もまた、彼の非凡さであった。

 

 

10時43分 アッツ北東380km付近海域

 

金剛「“敵艦隊、撃破デース!”」

 

提督「流石だ、仕事が早い。」

 

この時一航艦は既に敵の掃討を終えており、鈴谷も既に突破に入っていた。赤城らは第一撃で空母を徹底的に潰した為、そこから先は赤子の手をひねるかのような状態であったらしい。

 

金剛「“全速で追いつくネ!”」

 

提督「急いでくれ、既に次の索敵機は出してある。」

 

この時鈴谷は金剛がいる地点から南南東少し左に逸れた位置だ。距離に関して言えば少し離れてしまった為、合流には少し手間がかかる訳である。因みに突入開始地点からその位置までは真東に120km程である。

 

金剛「“提督も仕事が早いネー。”」

 

提督「お互い様だな、兎に角急いでくれ、何時どこに敵発見の報があっても可笑しくない。」

 

金剛「“OK!”」

 

金剛は通信を切る。

 

金剛「皆! 急いで鈴谷と合流するヨー!」

 

金剛は周囲の艦娘達にそう告げると、急遽最大戦速で合流地点を策定して南下を始めたのだった。

 

 

が、直ちに鈴谷との合流を果たさんとした金剛が、しかしそれを果たす事は遂に出来なかった。

 

11時27分、祥鳳の二式艦偵2番機から、敵発見の報告「テ連送」が送られてきたからである――――。

 

~重巡鈴谷では~

 

提督「敵に超兵器がいるだと!?」

 

赤城「“はい。”」

 

提督「そんな情報は今まで無かったのに・・・」

 

祥鳳の二式艦偵は確かに敵超兵器を捉えていた。が、直人の下にはそれまで敵超兵器が北太平洋の外れにいるなどという情報はついぞなかったのだからこの驚きぶりも当然と言えた。

 

赤城「“恐らく、我々が初発見です。”」

 

提督「そうだろうな・・・敵のタイプは?」

 

赤城「“今照会させています。”」

 

提督「判明次第知らせろ。」

 

直人はそう言い起き通信を切った。

 

提督「―――青葉!」

 

青葉「“なんでしょう?”」

 

と応答した青葉の通信からは波の雑音が随分混じった。

 

提督「・・・ちょっと待て、お前今どこにおるん。」

 

と聞くと青葉は言った。

 

青葉「“敵艦隊からちょっと(20km程度)離れた所ですね。”」

 

提督「おまっ・・・」

 

青葉「敵超兵器級はデュアルクレイター級と思われます!」

 

提督「言いたい事からやって貰いたかったことまで全部バレてるし・・・。」

 

青葉「“フッフフ~。”」

 

完全に一枚上手だった青葉であります。

 

提督「分かった、ありがとう。」

 

青葉「“どういたしまして! では離脱します!”」

 

提督「うむ。各艦隊に伝達、発見せる敵艦隊はデュアルクレイター級超兵器級深海棲艦を含むものと判明せり! 一航艦は航空攻撃を実行せよ、残りの艦隊は直ちに発見海域へ急行されたし!」

 

直人は兎にも角にも対処する事それ自体を強いられていたが故に、対応する為の態勢を築き上げる必要に迫られていたのだ。それが如何に予想外の事態であったかはこの際論外である。敵がいるならば、対処せねばならないのだ。

 

赤城「“攻撃隊、出します!”」

 

提督「了解! 金剛、戦場まで何分で着ける!」

 

金剛「“30分で間に合わせるヨ!”」

 

提督「分かった、多少遅れても構わんが急げよ!」

 

金剛「イエスサー!」

 

提督「各所へ、対空戦闘用意!」

 

副長「―――――!(対空戦闘用意を為せ!)」

 

明石「ちょ、超兵器相手に連戦ですか!?」

 

提督「何を言うておるか、既に経験済みの事ではないか!」

 

明石「そ、そうですが・・・」

 

狼狽する明石に直人はこう言い放つ。

 

提督「安心しろ明石、我々は敗れなどせぬ。今回も勝って帰るだけの事よ。」

 

明石「・・・分かりました。」

 

提督(ま、勝つかどうかはさておいても――――だがな。)

 

直人はそれを敢えて言わず、明石を勇気づけた。いや、それは彼自身にも向けられていたのかもしれない。そうでもしなければ、直人の性格からして到底やってられない事は事実であった。

 

祥鳳「“提督、敵は全速で正面からこちらに向かってきます!!”」

 

提督「何――――?」

 

その報告は、直人にとっては僥倖であった。わざわざ近寄っていく手間が省けたからだ。が――――

 

提督「後部電探室、全周走査!!」

 

後部電探室「“了解!!”」

 

それから2分して・・・

 

後部電探室「“本艦より68度方向感あり、敵の触接機です!!”」

 

提督「やはり見つかっていたか・・・雲の中か?」

 

後部電探室「“どうやら雲に出入りしているようです。”」

 

なんと、直人達は知らぬ間に見つかっていたのである。航空機も神出鬼没である為見つけるのも一苦労なのだ。

 

提督「道理で気づかん訳か。赤城!!」

 

赤城「“なんでしょう?”」

 

提督「方位156度方向に敵触接機を発見した、直ちに排除して貰いたい。」

 

赤城「“了解致しました。”」

 

赤城は相応当すると、直ちに上空に展開していた戦闘機隊の一部である8機を156度方向に向け飛ばせた。

 

赤城「“いつからいたんでしょうか・・・。”」

 

提督「分からんが・・・電探探知を怠った結果だろう、島風は何も見つけていなかったのか?」

 

島風「“だってめんどくさかったんだもん・・・。”」

 

提督・赤城「・・・島風(さん)?」

 

流石の直人も、怒った。

 

島風「“・・・ごめんなさい。”」

 

提督「罰として戦闘が終わったらサイパンに帰るまで“毎日”鈴谷の掃除番な。」

 

赤城「“お貸しします。”」

 

島風「“そ、そんな提督―――”」

 

提督「問答無用。」ピシャッ

 

島風「“あぅ・・・はい。”」

 

まぁ、残念ながら当然であった。因みに、鈴谷の総床面積、かなーり広い。作者自身計算できる資料がないのでよく分からないが、東京ドームの半分程度はあるのでは無かろうか。毎日というのは中々地獄である。

 

提督「・・・。」

 

明石(えげつない・・・。)

 

飴と鞭は使い様である。

 

 

12時40分 キスカ北方沖280km

 

島風「――――敵艦隊電探で発見!!」

 

赤城「すぐに通報を!」

 

島風「はーい!」

 

 

提督「敵艦隊発見? 確かか?」

 

島風「“嘘じゃないってばー!”」

 

思わず問い返した直人に島風が反論する。

 

提督「距離は?」

 

島風「“3万くらいかなぁ・・・?”」

 

提督「分かった。」

 

赤城「我が艦隊の触接機も確認しています、間違いないでしょう。」

 

提督「よし、全艦戦闘態勢!」

 

島風が汚名を返上し、横鎮近衛艦隊は戦闘態勢に入った。いよいよ、ここからが本番である。

 

提督「全艦に伝達、砲撃は敵超兵器に集中せよ、雷撃及び航空攻撃で雑兵共をかく乱する方法で行く。」

 

金剛「“ツマリ、戦艦部隊は敵超兵器を?”」

 

提督「そう言う事だ、但し軽巡と駆逐艦は除く、思う存分暴れてこい。」

 

矢矧「“フフッ、そう言うことね。”」

 

川内「“よぉーし、頑張っちゃうからね!”」

 

張り切る水雷戦隊の面々。だが直人はあえてこう言った。

 

提督「無理はするなよ~。」

 

川内「“分かってるって!”」

 

矢矧「“心得てるわ、全員連れ帰ってみせる。”」

 

それを聞いて直人は頷いて言う。

 

提督「宜しい、その意気だ。金剛、いけるな?」

 

金剛「“まだ遠巻きにしてるケド、いつでも行けるネ!”」

 

提督「扶桑はどうか?」

 

扶桑「“合流は既に終えています、照準も付けてあります。いつでも、お命じ下さい。”」

 

提督「Хорошо(ハラショー)! では始めようか!!」

 

金剛「“了解ネ! 突撃前進デス!!”」

 

扶桑「“交戦開始!”」

 

後に、『第一次アリューシャン海戦』と回想された戦いは、12時52分、その本戦が始まった。一方でキスカ島沖では―――――

 

 

~同刻・キスカ周辺海域~

 

F914榛名「敵艦隊の排除、完了しました。」

 

F914大和「そうね、では作戦想定通り、このまま警戒に移りましょう。」

 

F914榛名「分かりました、伝えますね。」

 

レオンハルト艦隊では、榛名が大和に報告を終えて戻っていく所であった。

 

F914赤城「“どうやら北でも始まっているようですね。”」

 

F914大和「えぇ、こちらでも時折“防備艦隊”の通信が入って来るわ。」

 レオンハルト艦隊側では、司令官であるレオンハルトこと狭山尚孝と任務担当官、そして大和を除いて、彼らが近衛艦隊である事を知る者はいない。箝口令と言ってもその秘密を知る者に限られ、残りには直人達が『石川好弘少将指揮の横鎮防備艦隊』であると伝えているのだ。

 ついでに直人の顔を見たのはレオンハルト艦隊では現状大和のみという徹底ぶりでさえある。とは言っても、これについては顔を合わせる暇さえなかった事が理由として挙げられる訳だが。

 

F914叢雲「それにしても、共闘するのに顔も見せないだなんて・・・。」

 

大和の直属部隊に属する叢雲が言った。

 

F914大和「それだけ今回の作戦が、緊急性を要したと言う事。次の機会には、石川提督に顔合わせをして貰えるようお願いしてみましょう。」

 

F914叢雲「えぇ、そうね・・・。」

 

F914響「どんな人なのか、気にはなるね。」

 

肩を並べる立場として、やはり相手の指揮官については興味があるようだ。

 

F914摩耶「そういうもんかねぇ・・・?」

 

そうでも無いヤツもいるようだが。

 

 

12時54分 キスカ北方沖

 

扶桑「撃て!!」

 

 

ズドドドオオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

扶桑と山城が先陣を切って、息を合わせた同時砲撃を披露する。

 

陸奥「撃てっ!!」

 

 

ズドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

陸奥がその巨砲を轟かせる。

 

 

金剛「ファイアー!!」

 

 

ズドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

扶桑たちに続き突撃を開始した金剛が第一射を放つ。

 

矢矧「二水戦突撃、我に続け!!」

 

川内「一水戦突入、手柄立てるよ!!」

 

筑摩「八戦隊前進、水雷戦隊を援護します!!」

 

妙高「五戦隊、前進します!!」

 

最上「七戦隊続くよ!!」

 

第一艦隊と一水打群の高速艦艇が続々と攻撃前進を始める。

 

 

・・-・・() ・・-・・() ・・-・・()

 

提督「ト連送、第二次攻撃隊が突入を開始したか。」

 

明石「どの程度戦果が挙がるでしょうか・・・。」

 

提督「爆撃受けながら言う話でもないと思うがね。」

 

 

ドドドドドドドドドドドド・・・

 

 

提督「ええい、デュアルクレイターか・・・。」

 

明石「中型機も混じってますが普通の艦載機も混じってますね、敵にも空母が・・・?」

 

赤城「“いえ、空母は報告にありません、殆ど軽巡と駆逐しかいないようです。”」

 

提督「となると本当に脅威なのはデュアルクレイターだけか。」

 

 

クレイター75「ナンナンダ・・・オマエタチハ・・・ナンデ来タンダヨォ!!」

 

デュアルクレイターの武装は、双胴船体と航空甲板、乾ドックを有する特徴的な艤装を再現している。

が、武装は独立しており、双胴の胴部が各個に左右にあり、それが中央で四つ足の肉体部分で、艦首部分で顔を挟み込むように接続され、その背には飛行甲板、更に尻尾の先に乾ドックを模したような口がある。

 

人型を取った本体のその姿は頭から短い二本の角が生えたショートボブのカ級と言う感じである。戦後分かった事だが、どうやら深海は新しいタイプの深海棲艦を生み出す場合デザインを使い回していたと言う事であるらしい。その為デュアルクレイター級も非常にカ級によく似ているのだ。

 

 

金剛「思っていたより取り巻きの反撃が弱いですネ。」

 

榛名「確かに、私も気になっていたのですが・・・。」

 

30分程交戦を続けていた金剛らがその事に気付いた。

 

どうやらデュアルクレイター75率いる深海棲艦隊は反撃が来ると思っていなかったようで、そのせいか敵の迎撃も稚拙極まっていた。

 

矢矧「“今までに比べたら、大分楽ね。”」

 

金剛「デュアルクレイターを沈めるまでが勝負、雷撃お願いしマース。」

 

矢矧「“周囲の敵艦も巻き込むのね?”」

 

金剛「当然デス。」

 

金剛は敵超兵器に対して雷撃を指示する。同じ指示は第一艦隊旗艦の陸奥も川内に出していた為、意図せずして二個水雷戦隊が同一目標に指向したことになる。

 

 

提督「―――ほう? 偶然の一致、という奴だな。」

 

通信状況とチャートを同時に見ていた直人は、行動の一致に気付いていた。

 

明石「以心伝心、という感じですかね?」

 

提督「どちらかというと、やはり超兵器は厄介だと言う見解に立ったのだろう。」

 

実はここまで全力砲撃を続け、命中弾も出したのだが、全体として実はデュアルクレイターに深手を与える事は出来ていない。一つは超兵器級自体の装甲が強固である事、8インチクラスの方では限界があったのも事実だが、それ以上に相手の速力が高い事が理由で、戦艦クラスの主砲が命中しづらいのだ。

 

提督「超兵器って何かと速力が速いからな。普通に40ノットなんて超えて来るから油断も隙もあったもんじゃぁない、ならば魚雷で足を止めると言う発想になる訳だな。」

 

明石「なるほど・・・理に適っていますね。」

 

提督「ビスマルクの時にやれた、シュトルムヴィントにだってやれた、なら、デュアルクレイター相手に出来ない事は無い筈だからな。」

 

シュトゥルムヴィントは快速で鳴らしたドイツの超兵器巡洋戦艦3隻のネームシップなのだが、竣工した時から機関不調に悩まされ続け、最後は待ち伏せていた潜水艦の魚雷によって航行の自由を奪われて撃沈されたのである。なんというべきか、中々運の無い事である。

 

提督「砲戦射程まであと10分だ、砲撃戦に備えて置く様に。」

 

相当な機数を動員していたであろう激しい空襲は既に鳴りを潜め、漸く鈴谷が戦列参加と言うところまで漕ぎ着けていた。鈴谷に損害は一切なかったが、一航艦に多少の損害が発生している。

 

副官「―――――!(全艦、砲撃戦に備え!)」

 

明石「漸く撃てますね!」

 

提督「嬉しそうに言うんじゃありません。」

 

明石「あ、はい。」

 

直人は明石を軽く窘めると、再び状況の推移に注意するのであった。

 

 

一方でキスカ島沖では状況が再び動いていた。

 

F914大和「全主砲、薙ぎ払え!!」

 

新手の敵と交戦中のレオンハルト艦隊、20分程前に、“北方から”敵艦隊が接近し、そのまま交戦に入ったのである。

 

F914瑞鶴「一体どこから空母クラスなんて湧いたのよ!」

 

F914叢雲「普通に考えると、北方で交戦中の敵部隊の残党、かしらね。」

 

F914摩耶「アタシもそう思うがなぁ・・・。」

 

この叢雲の予想は的中していた。この時現れたのは、デュアルクレイター75の揚陸艦隊を援護すべくキスカ北方で遊弋していて横鎮近衛艦隊一航艦が正面から第一撃で撃ち破った、敵空母部隊の片方だったからだ。

 

敗残兵となった彼らはどうやらアリューシャン列島方面におり、キスカに向かった深海棲艦隊と合流するつもりであったようだが、あまりにも遅すぎたと言うべきであろう。

 

F914霧島「“突撃します!”」

 

F914摩耶「ま、いつも通り戦うだけだけどな。」

 

F914大和「えぇ、そうですね。」

 

レオンハルト艦隊は全く動じることなく、この新手の敵と戦闘を行っていたのだった。

 

 

提督「まぁ、しぶといのは事実だ、長期戦は覚悟しようか。」

 

明石「はい。」

 

当の直人達はキスカ島でそんな事が起こっていることなど知る由もない。

 

提督「撃て!!」

 

 

ズドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

鈴谷の主砲が号砲する。20.3cm連装砲艦首3基のうち、射角の関係で2番砲塔を除いた2基4門が射撃を開始する。最上型の主砲塔は1番砲塔と2番砲塔が段違いではなく、同じ高さで装備されていた為、2番砲塔が正面に撃てないと言う欠点を抱えていた。

 

明石「・・・10インチ砲持ってきた方が良かったでしょうか・・・。」

 

提督「むしろ強度を強化して3連装砲を背負いで2基積んだ方がいいだろうと思うが。」

 

明石「技術的にかなり難しいですね、艦の幅が何より足りません。」

 

提督「む、そうか・・・なら仕方ない。お、そうだ、3番砲塔と4番砲塔は3連装に出来んか?」

 

明石「バーベットの直径を変えなければなりませんので、やはり難しいかと。三連装化については、随分検討しましたから――――」

 

 

ズドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

提督「―――ま、いいか、今後じっくり考えましょ。」

 

明石「そうですね。」

 

そもそも、最上型の船体が8インチ連装砲に合わせて作られている為、元から無理と言われれば無理なのだが・・・。

 

 

13時44分 キスカ北岸沖

 

F914加賀「敵艦隊、逃走します。」

 

F914大和「追撃戦に移行します、高速艦艇、前へ!」

 

F914金剛「“了解!”」

 

F914神通「“了解!!”」

 

F914天龍「“オウ、任せとけ!!”」

 

第三・第六・第七艦隊が、大和の命を受けて北に逃げ出した敵を追い始める。

 

F914蒼龍「私達はどうするの?」

 

レオンハルト艦隊の二航戦が旗艦である大和に指示を仰いだ。

 

F914大和「あなたたちは残って航空隊を。」

 

F914蒼龍「了解!」

 

大和の手際の良い指示を聞き、蒼龍と飛龍が攻撃隊を準備する。

 

F914大和「追い付けるかしら・・・。」

 

大和は一抹の不安を抱いていた。

 

 

一方キスカの北方にいる横鎮近衛艦隊は、デュアルクレイターの足を鈍らせる事に成功していた。

 

提督「撃ちまくれ! 足の鈍った超兵器など、武装が豪華なただのデカブツに過ぎん!! 油断なく仕留めろ!!」

 

金剛「“イエスサー!!”」

 

陸奥「“了解!”」

 

直人が艦娘達を鼓舞し、鈴谷が砲弾を吐き出す。

 

提督「いい加減勝負を付けたいが、まだまだ、そうもいかんか。」

 

金剛「“砲撃、敵超兵器に命中!!”」

 

その瞬間、敵艦隊の中央に巨大な火柱が立ち上った。

 

提督「あれはっ――――!?」

 

直人はそれをその立ち上った瞬間から目にした。

 

明石「弾薬庫に被弾した・・・?」

 

神通「“敵超兵器、爆発、大炎上中です!!”」

 

その時超兵器から距離1万2000まで距離を詰めていた神通が報告してきた。

 

提督「よし、トドメを刺すんだ、攻撃方法任せる!!」

 

神通「“はいっ!”」

 

金剛「“了解ネ!!”」

 

直人が断を下した。

 

 

金剛「雷撃用意! 大井サン、北上サン、お願いシマース!!」

 

大井・北上「了解!!」

 

デュアルクレイターは洋上で完全に停止していた。金剛はそれを見て取り、大井と北上に対し雷撃処分を指示したのである。

 

金剛「各艦に伝達、残敵の掃討を開始せよ!!」

 

摩耶「“分かった、任せろ!”」

 

神通「“了解!”」

 

蒼龍「“攻撃隊を発艦させるわね!”」

 

陸奥「“了解♪”」

 

赤城「“分かりました、すぐに。”」

 

金剛が追撃命令を出す。数分後、デュアルクレイター75に複数の水柱が屹立し、それが消えた時、その姿は洋上から消え失せていた。

 

 

――――それが、13時57分の事であった。

 

 

その後、核を失った敵艦隊は逃走を開始、それを猛追する金剛隊との間に短いながら激しい砲撃の応酬があり、被害も生じたが、敵のキスカ上陸の企図は、ここに完全に粉砕されるに至った。

 

14時29分、追撃停止命令が直人から出され、横鎮近衛艦隊の戦闘は終結した。

 

その3分後にはレオンハルト艦隊にこの旨が伝えられ、レオンハルト艦隊は抑えの戦力として第四及び第六艦隊を残して撤収した。

 

 

14時41分 キスカ北方沖

 

提督「さて、急いでレオンハルト艦隊を収容に行こう、計画通りにな。」

 

明石「はい! しかし、超兵器級もいたのに呆気なく勝負が着いてしまいましたね。」

 

明石が戦いを振り返って言った。

 

提督「弾薬庫爆発があってこそだ、運が良かっただけの事よ。次はこうはいくまいと思うよ?」

 

明石「そう・・・ですね。」

 

提督「次はどの様な敵が立ち塞がるのか、想像もつかんが、それまでの間、暫し休息だろうな。」

 

副長「―――――。(そうですね、サイパンに帰りましょう。)」

 

提督「あぁ、そうだな。」

 

副長妖精の言葉に頷いた直人は、一路合流地点と定めたアッツ島近海西部に向け、行程450kmを27ノット(50.004km/h)でひた走る。この海戦に関して言えば、直人らの完全勝利に近かったが、相応に損害も発生しているのは事実でもあり、その点まだまだ練度の不足を思い知らされる一戦でもあった。

 

 

21時28分 アッツ島近海西部

 

提督「収容開始!」

 

副官「―――!(収容開始せよ!)」

 

夜になってアッツ島沖に到着した鈴谷は、待っていたレオンハルト艦隊の撤収部隊を収容した。

 

提督「いやー、まさかの戦闘配食をここで食う羽目になるとはな。」

 

明石「海が荒れてましたから途中で・・・。」

 

実はアッツに向かう途中の航路の一部が大荒れの天気になっており、下手をすると針路を逸れてしまう可能性が予想された為、直人が自ら陣頭指揮で大荒れの海を踏破して来たのである。

 

提督「おかげで少し疲れた、レオンハルト艦隊の出迎えに行って今日は寝るとしよう。」

 

明石「お疲れ様でした。」

 

提督「ありがと、早めに寝ろよ~。」

 

明石「分かってますって。」

 

艦娘を大事にするあまり、若干過保護気味な所もある直人なのであった。

 

 

21時41分 左舷艦娘発着場区画

 

F914大和「無事収容、感謝します。」

 

レオンハルト艦隊旗艦、大和は、出迎えに来た直人にそう述べた。

 

提督「うん、これも算段の内だからな、当然の事。あとは万事お任せあって、今はごゆるりと、お寛ぎ頂きたい。」

 

F914大和「はい、ありがとうございます。幌筵帰還までの間、お世話になります。」

 

大和が直人に引継ぎを済ませている間、遠巻きに――――

 

 

F914叢雲「“あれがこの艦隊の提督なのね。”」ヒソヒソ

 

F914摩耶「“あぁ、思ったより普通だよな、見た目は。”」ヒソヒソ

 

F914響「“意外と顔はいいと思うけどね。”」ボソボソ

 

――――直人について話しているレオンハルト艦隊の艦娘達がいたのであった。まぁ提督の顔見せをしていないのだから当然だったが。因みにレオンハルト艦隊用の部屋割りは、艦首の空き部屋を使用する事にしており部屋割りも事前に決まっていたのであった。

 

 

提督「あ、大和が付いてる時ならいいけど、それ以外で余り歩き回ったりしないように伝えておいて? あと、余り詮索はしない様に。」

 

F914大和「分かりました。」

 

これだけは絶対事項である。一応ガスタービン機関と説明する事も出来なくは無いが、余り詮索されても直人にとっては厄介な為、仕方のない措置であった。あくまで彼らの存在とその独自性は秘密でなくてはならないのだ。

 

 

5月24日10時22分 アッツ⇒幌筵 重巡鈴谷艦内

 

この日、航路上は快晴で、波も穏やかな中、鈴谷中甲板ではやっぱり予期された光景が展開されていた。

 

F914皐月「広いねぇ~!」

 

F914天龍「あんまりはしゃぐんじゃねぇぞ。」

 

F914大和「そうですよ?」

 

F914第七艦隊旗艦天龍と大和に連れられて、皐月が艦内探検に繰り出していた。この第七艦隊は天龍と龍田、それに睦月型の皐月・如月・長月・望月で構成される水雷戦隊で、キスカでの戦闘の際主力の護衛部隊として一歩遅れて到着した部隊である。

 

白雪(元気ですね・・・。)( ̄∇ ̄;)

 

そう思いながら白雪は艦首方向に向かう3人に軽く挨拶をしてすれ違うのであった。

 

F914皐月「ねえ、ここは何の部屋なのかな。」

 

F914大和「余り詮索しない様に、とここの艦隊の提督から言われてますよ?」

 

F914皐月「そ、そうだった・・・。」

 

提督「そうだぞ皐月。」

 

その声に3人は一瞬驚いた。が、その声に厳しさは無い。

 

提督「この部屋は艤装を修理する為の修理設備を設けた一種の艦内工場とでも言えばいいかな。この船は艦娘指揮艦として建造されているからね、こうした、艦娘をバックアップする設備が欠かせないのさ。」

 

F914大和「成程・・・。」

 

提督「艦内探検は結構だが、一応妖精達の指示には従ってくれよ? この船にも機密がない訳じゃない。分かったかい皐月?」

 

F914皐月「うん、分かったよ。」

 

提督「宜しい、では、俺は失礼するよ、医務室に用があるんでね。」

 

そう、直人は偶々医務室の前を通りかかった大和たちと遭遇しただけなのである。

 

 

10時26分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

提督「で、負傷者の容体はどうなんだ?」

 

雷「そうね~・・・全員大事無いから、病室に入れておく必要はないわね。」

 

提督「それは良かった。」

 

今回損害を受けた艦娘は下記の通り

大破:なし

中破:夕雲(軽傷)・那珂・磯波(軽傷)・潮・祥鳳

小破:赤城・木曽・羽黒・大潮・陸奥・扶桑・初雪

軽損害:19隻(うち軽傷者4名)

 

損害の少なさは目立つようになってきたと彼自身も思ってはいる。しかし負傷者は兎も角損害を受けた艦艇自体の数は依然多い。彼に言わせれば、正面からの決戦はまだ無謀であった。

 

 

病室を出てすぐに夕雲に遭遇した直人。

 

夕雲「あら提督、ごめんなさいね、初陣がこの有様で・・・。」

 

見ると夕雲は腕に包帯を巻き、額の左側に布をあてがってあった。

 

提督「いやいや、むしろ初陣で無傷で戻れる方が奇跡的な位だし、あまり気にしてないよ。それよりも、命を取られなかった事の方が大事だ。」

 

夕雲「ふふっ、提督は優しいのね。」

 

提督「フッ――――」

 

直人が照れて思わず息を漏らす。

 

提督「そりゃぁそうだろう、お前達はかけがえのない存在だ、大切にしなきゃ。」

 

夕雲「そう言って貰えると嬉しいわ♪」ニコッ

 

夕雲が笑顔を見せて言った。

 

提督「それじゃ。」

 

夕雲「えぇ。」

 

そう言って別れる二人、直人は羅針艦橋に向かおうとしたのだが――――

 

提督「――――って金剛!?」

 

金剛「・・・。」

 

エレベーターに乗ろうとして存在に気付く直人。食堂前のT字分岐の左角にエレベーターがあるが、右の角に隠れていた様だ。

 

金剛「―――夕雲サンと話をしてマシタネ?」ニコリ

 

いや金剛さん笑顔が怖いです。

 

提督「偶々遭遇しただけだっちゅうに。」

 

金剛「にしては随分親し気デシタネ?」

 

提督「誰にもフレンドリーなのは知ってるでしょ!?」ビクッ

 

基本的に誰に対しても遠慮をしない直人なのであの応対はむしろ自然なのだ。

 

金剛「・・・まぁいいデス、前から浮気性ですカラネ~。」ツーン

 

提督「・・・あのな。」ガックリ

 

流石にその発言にはがっくり来る直人、本気で反論した。

 

提督「流石に夕雲が恋愛の対象になる事は無いからな? そういう趣味俺は無いからマジで!」

 

そう、彼はロ〇コンではない、ロリ〇ンでは(大事な事なのでry)

 

金剛「フ~ン? まぁそう言う事にしてあげるネ。」

 

提督「はぁ~・・・。」

 

一気に疲れて溜息しか出てこない直人であった、中々に災難である。

 

 

一応直人の為に注釈しておくと、直人がフレンドリーなのは元来の性分なので今頃直しようがない現実があったりもするので、金剛に睨まれてしまった今回はただのとばっちりとしか言いようがないのである。

 

 

5月25日17時36分、重巡鈴谷は何事もなく幌筵第914艦隊司令部に戻って来た。

 

~埠頭~

 

提督「――――引き継ぎ事項は以上だな、では、我々はこれで。」

 

アイン「もう行くのかナオ。」

 

提督「あぁ、帰りを待ってくれている留守の者達もいる事だし、戻ってやらんとな。」

 

アイン「そうか・・・また、会えるよな?」

 

提督「会えるさ。この戦争が続く限り、何度でもな。」

 

アイン「なら良かった・・・今度一度、ゆっくりと話がしたいもんだな。」

 

提督「俺も心からそう思うよ、積もる話も山とある。」

 

アイン「そうだね・・・じゃぁ、元気で。」

 

提督「あぁ、暫しの別れだ。」

 

往年の親友同士、互いに敬礼を交わし、直人は再び鈴谷に戻っていく。

 

 

~鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「レオンハルト艦隊所属艦娘の下艦は終わっているか?」

 

戻るなり直人は副長に行った。

 

副長「―――――!(完了しています提督!)」

 

提督「結構。出港するぞ。」

 

明石「はい、両舷前進微速!」

 

17時41分、直人達はそそくさと幌筵を後に、サイパンへと戻っていく航路を取る。滞在僅か5分、一刻も早く戻り、敵襲に備えなければという直人の気持ちが、旧友との語らいに勝ったのである。

 

 

アイン「・・・行ってしまったな。」

 

F914大和「あの・・・よかった、のですか?」

 

アイン「――――何が?」

 

F914大和「その、石川提督を、お引止めしなくても良かったのかな、と・・・。」

 

躊躇いがちに言う大和にアインは言った。

 

アイン「いいんだ、あいつにもきっと、やらなければならん事があるのだろう。」

 

F914大和「・・・そうですね。」

 

埠頭で鈴谷を見送り言いあう二人。寂しさもあったが、この作戦をやり遂げたという達成感が、この時は勝っていたのであった。尤も、彼らにとってもこれが終わりではない、寂しいなどと言っている暇が無い事は事実であったが―――――。

 

 

キスカ島に来襲した敵は、その目的を果たす事に失敗し、大打撃を被って退却した。これが、北方方面最初となる敵の反撃であった事は特筆すべき事柄であったが、これが後々になって更に規模を拡大していくのはむしろ自然な結果であったと言えた。

 

ベーリング海棲地を取り仕切るヴォルケンクラッツァーやリヴァイアサンにとっても、横鎮近衛艦隊出現は想定外であり、今後それを踏まえた上で改めて次善の策を練ってくることは十分考えられる事であったからだ。

 

彼らとて馬鹿ではない、それを人類は、ソロモン諸島をめぐる激しい攻防で思い知らされたばかりなのだから―――――

 

2053年6月1日、重巡鈴谷は役目を終え、再びサイパンに帰港した。それは、次の戦いに向けた一時の休息の時である事を意味していたのであるが、そんな事もお構いなしにして、深海棲艦は新たな一手を打とうとしていたのである。

 

 

 

 

~次回予告~

旧友 狭山尚孝の艦隊と共闘しての作戦を終え、戦いの合間の休息を満喫するサイパン島、しかしそれをいつまでも座して見ているだけの深海棲艦ではなかった。

突如として行われるサイパン空襲、この事が直人をして、新たな局面を到来せしめる重要な決定を下させる事となる。それは余りにも大胆不敵にしてリスクの大きい選択であった――――――!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第2部最終章『西太平洋に日は昇りて』

 

艦娘達の歴史が、また一ページ。




艦娘ファイルNo.96

妙高型重巡洋艦 足柄

装備1:20.3cm(2号)連装砲
装備2:零式水上偵察機

何故か2号砲を初期装備に持参してしまった特異点を持つ艦娘。
どういう性格をしているかは・・・多分次章で分かる筈。


艦娘ファイルNo.97

夕雲型駆逐艦 巻雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

特異点を持たない普通の艦娘、第十駆逐隊に所属する。
萌え袖可愛い。


艦娘ファイルNo.98

特Ⅰ型(吹雪型)駆逐艦 吹雪

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm3連装(酸素)魚雷
装備3:13mm連装機銃(対空+3)

初っ端から装備が凄い特型駆逐艦24隻の1番艦、今作でも一応主人公に近い。
司令官の役に立ちたいという想いが目立つものの、着任当初は身体に適応出来なかった事による極度の身体能力不足であり、直人が特別に5日間の猛訓練を課してこれを矯正し、“戦力”としてモノにした。秋雲の用に射撃が下手と言う事もない。
鈴谷の幌筵への出立の際には出撃に参加出来ない事を惜しんでいた。


艦娘ファイルNo.99

大和型戦艦 大和

装備1:46cm三連装砲
装備2:15.5cm三連装副砲
装備3:10cm連装高角砲
装備4:零式水上観測機

明石発案の大型建造大和型レシピで一発ドローしてしまったという明石の豪運ぶりを伺わせる事案で着任した超々弩級戦艦大和型の1番艦。
初期に12.7cmではなく10cmの連装高角砲を装備しているという特異点を持っている。
着任直後の出撃には練度不足を理由に同行を認められず、吹雪を諫めて周辺警備に当たっていたが、次章で―――――?


艦娘ファイルNo.89b

千歳型航空母艦 千歳航

装備1(21):天山一二型
装備2(9):零式艦戦五二型
装備3(6):彗星一二型

新装成った千歳の空母仕様。
妹の千代田に仕様を合わせた為その最初から艦載機が妙に豪華になっている。


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第2部14章~西太平洋に日は昇りて~

やぁ皆、天の声だよ。

青葉「どうも皆さん恐縮です、青葉ですぅ!」

もう間もなく春イベ2017という時期ですが、皆さん備蓄状況はどうなっておりますでしょうか。今回のイベントも激戦が予想されます、気合いを入れてまいりましょう。

青葉「そう言うあなたはどうなんですか提督。」

そりゃぁ準備はかなり進んでおりますとも。無課金は無課金なりに頑張るもんですから。

青葉「ならまぁいいですけど・・・。」


今回はなぜ私が「暫時継ぎ足し」という回りくどいやり方で更新しているか、そこら辺の事情について。

この小説がエブリスタから大規模な移植で公開された事は既にご存知の事と思いますが、エブリスタはハーメルンと違いページ区切りです。なので一応システム面から見ても暫時更新というやり方でも通っていた訳です。

が、私の場合その方法をハーメルンで無理やりやっているが為に、実の所読者を増やしづらいという状態に陥ってしまっています。(中々な状況ですが)

ですが私が敢えてこの方法で更新をしているのはただただ、読んで下さる方を毎日退屈させないようにという、エブリスタ出身者流の気づかい(?)です。

もとい、長らくやってきたやり方を変えられない為です。同じやり方で何年も書いてるとどうしてもそのやり方に慣れてしまいおいそれとは変え難いという具合です。勿論読者の方々を毎日退屈させたくないというのも本当です。

因みにこの小説は台本形式で更新させて頂いておりますが、これは単に作者の記憶力の問題ですのでご理解下さい。後で見返した時に誰のセリフか分からなくなる可能性を回避する為と言えばお分かり頂けるでしょうか、伏線回収などの際支障をきたすようでは私が困ってしまうのです。


まぁこんな感じです。

青葉「・・・その気遣い、いります?」

いる、というか読者の事を想うこれも一つの形だと思ってます。媚びを売る訳ではないのだけれど、作者はまず読者に何を届けるのか、どうすれば退屈されないかを考えるものだと勝手に思ってるしな。

青葉「その割にプロットの構想力とか色々ないですよね?」

それは言わないで!!


そ、それでは始めさせて・・・頂く前に、前章でレオンハルト提督を御出演させて頂いたと言う事で、考案して頂いた蒼月 アイン(ハーメルン側:アイン・F・シュヴァルツェンベルク)さん、ありがとうございます。今後も何かと機会あらば出演すると思うので見守って頂けると嬉しいです。


では改めまして第2部最終章、スタートです。


2053年6月1日7時11分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

「zzz・・・」

この時、100名を超える部下と1隻の巡洋艦を預かるこの男、未だ夢の中である。

「提督~、起きて下さい。」

それを起こしに来たのは、鈴谷のメカニックも担当する明石である。

提督「んぅぅ~・・・ん・・・zzz・・・」

 

明石「起きて下さい提督、もう司令部に着いてますよ!」

 

提督「んんん・・・あと5分・・・。」

 

明石「何言っちゃってるんですか、今日の執務はどうするんですか!」

 

「―――あぁっ!!」ガバッ

紀伊 直人、ようやくの起床であった。

 

7時31分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「提督、お帰りなさいませ。」

 

提督「あぁ、ただいま。今回も中々きつかったよ。」

 

大淀「そうだったみたいですね、お疲れ様でした。あちらの提督は、どんな方でした?」

 

提督「俺の旧友だった。」

 

大淀「えぇっ!?」

まぁ当然の反応である。

 

提督「執務を始めよう、随分空けてしまったからな。」

 

大淀「あ、はい・・・。」

 

直人がすたすたと執務机に向かうと、大淀はその後に続いて執務机の隣の位置に就く。

 

金剛「おはようございマース!」

 

提督「おはよう金剛!」

 

朝からテンションの高い秘書艦である。

 

提督「って、今日は休みにしてあった筈だが。」

 

金剛「ナノデ、顔だけ見せに来ました!」

 

提督「律儀だねぇ~、いいけど。」

 

という訳でこの日の秘書艦は・・・

 

阿武隈「では、今日一日、務めさせて頂きます!」

 

阿武隈である。

 

提督「阿武隈、いつも以上に固いぞ~。」

 

阿武隈「秘書艦業務は初めてだから緊張してるの~!」アウアウ

 

うん、可愛い。

 

提督「書類作業できるんだよね?」

 

阿武隈「それは勿論!」

 

提督「結構、では始めよう。溜めすぎてエライ事になってるしな。」

 

阿武隈「はい!」

 何気に軽巡が秘書艦をするのは初めてであったりもする。因みにだが、秘書艦はその日の訓練を免除される。なんでって訓練も午前中だからである。

なので割と秘書艦業務に就きたい艦娘は多い・・・かと思いきや、書類業務が出来る人材がそう多くないのだ。その為、競合率はそう高くない。しかし今度は金剛がいる為に、まず志願しても入れては貰えないのである。

つまり金剛以外の艦娘が秘書艦をやるチャンスは、出撃直後その他しか残されていない、という訳である、中々凄いお話ですね。まぁそれはそれで金剛に対する信頼の証でもあったが。

 

 

この日の午後、ドロップ判定が行われた。

 

14時31分 建造棟・判定区画

 

実は建造棟は以前独立していた入渠棟を統合した為施設が大型化しているのだが、建造やドロップ判定に大してスペースを取らない為、かなり狭かったりする。

 

提督「・・・明石、この艤装は――――」

 

直人は判定で出来た艤装の一つを見る。

 

明石「そう、ですね・・・これは。」

 

提督「・・・長かったな、長々と寒い北方海域にいた甲斐があった。」

 

実は幌筵では平然としていたのだが、なんとその実とても寒がっていたのである。

 

提督「“飛龍”の戦列復帰だな、飛龍を呼んでくれ。」

 

明石「はい!」

 

明石はすぐに構内通信回線で管制塔を呼び出すのであった。

 

 

この他新たに着任した艦娘が2名。

 

弥生「初めまして、弥生、着任・・・。あ、気を使わないでくれていい、です・・・。」

 

伊58(ゴーヤ)「こんにちは! 伊五十八です。ゴーヤって呼んでもいいよ! よろしく!」

 

提督「はい、二人ともよろしく。まぁまずは司令部をぐるりと回って貰おうかな、案内役はもうじき来ると思うから。」

 

飛龍「提督!」

 

提督「おっ、来たな?」

 

管制塔から飛龍が駆けつけて来るまでの所要時間:6分弱

 

なんでこんなに早いかというと、この間の輸送船でやっと届いたある移動ツールのおかげだったりもする。

 

飛龍「セグウェイNeoいいですね提督、トンネルをあっという間に抜けちゃえます。」

 そう、セグウェイである。サイパンの飛行場へのトンネルが公道ではないという盲点を突いたのだ。この頃になるとセグウェイもモデルチェンジを重ねて性能と利便性、運用の簡便さ、コストなど、様々な面でグレードが上がっているのだ。

 

提督「土方さ―――土方海将に頼んでおいた甲斐があったな。」

 

飛龍(素が出ましたね?)( ̄∇ ̄;)

 

提督「兎に角飛龍、新人に司令部を案内してやってくれ。復帰するんだから改めて見回った方が良かろう。」

 

飛龍「はい! 航空母艦飛龍、戦列に復帰します!」

 

遂に復活成った二航戦ペア、友永隊を初めとした精強な艦載機部隊も前線に出る事が遂に叶うのだ、これが喜ばしくなくて何であろうか。直人も飛龍も、互いに内心その事を喜んでいたのである。

 

 

その後神通に明日からの訓練について話を通した後、ある艦娘に言われて大事な事に気が付くのである。

 

 

20時11分 食堂棟2F・個室スペース

 

長月「ところで、だ。」

 

提督「ん?」

 

長月「皐月が聞きたい事があるそうなんだ。」

 

提督「ん? 珍しいね。」

 

皐月「そうそう、下では飛龍さん復帰祝いと言ってどんちゃん騒ぎになってるけど――――」

 

そう、実は今一階の食堂はというと・・・

 

 

蒼龍「飛龍復帰ばんざーい!」

 

飛龍「蒼龍、あまり飲み過ぎは――――」

 

隼鷹「今日は祝いだぁ~ヒャッハァー!」

 

飛龍「・・・」( ̄∇ ̄;)

 

 

イムヤ「――――うわぁ・・・綺麗に酒宴に、想像はしてたけどね・・・。」

 

ゴーヤ「賑やかな方がいいでち!」

 

イムヤ「まぁ、そうだけどね・・・?」

 

 

睦月「―――私達は早めに寝るのね。」スタコラ

 

如月「そうね~。」サッサ

 

 

見事に大宴会になっていましたとさ、直人は皐月と長月に言われて静かに食事をしながら話の出来る2階の個室に上がって来たという訳だ。

 

で、皐月の聞きたい事というのが・・・

 

皐月「――――飛龍さんが戦列復帰したら、飛龍さんが出撃してる間のサイパン航空隊の指揮は誰が執るんだい?」

 

提督「・・・あっ。」

 

直人、全く気が付いていなかった。

 

長月「まさか何も考えてなかったのか?」

 

提督「うぅ・・・不覚にも。」

 

皐月「やれやれ・・・。」

 

肉体年齢的な意味では相当下である皐月に肩を竦められては、彼としても面目が全く立たないのであった。

 

提督「うーん、どうしよう。鳳翔さんは・・・ダメだな、忙し過ぎる。」

 

提督をしてさん付けをさせる鳳翔の貫禄である、それは兎も角としても、直人は極力過重労働をさせないようにしていた為、厨房の監督と訓練を既に掛け持ちしている鳳翔に、航空隊の指揮をさせるという訳にはいかなかったのだ。

 

長月「夕張ではダメなのか?」

 

提督「航空機運用実績がない。」

 

皐月「阿武隈さんは?」

 

提督「夕張もそうだが軽巡だからなぁ・・・。」

 

防備艦隊として居残る面々の中にはどうやら適任がいなさそう・・・と思い至った所へ、皐月が一つ名案を提示した。

 

皐月「うーん・・・あっ、柑橘類隊長は?」

 

長月「成程・・・!」

 

提督「・・・その発想は無かった。」

 

つまり、柑橘類大尉は基本的に、訓練の空中指導教官をしている訳だが、そんな事は他の鳳翔艦戦隊搭乗員でも務まるのだ。それぞれが海外に行けば教官クラスと謳われた海軍航空隊の練度をそのまま体現したような、精鋭部隊なのだから。

 

 

この後、柑橘類大尉を探し出した直人は提督権限で無理矢理航空隊の指揮を押し付けたのであった、中々えげつない事をする男である。但し直人に言わせれば――――

 

 

提督「今までただでさえのんびり旨い飯食ってきてんだからそろそろ働いとかんといかんだろう。」

 

柑橘類「いや、結構最初の頃とか迎撃戦――――」

 

提督「長期間前線で戦ってから出直せぃ。」

 

柑橘類「」( ˘•ω•˘ )

 

意訳:今まで鳳翔戦闘機隊長という立場に座って散々南国暮らし満喫したんだからそろそろ働け。

 

柑橘類「はぁ・・・了解した、地獄に墜ちろ提督。」

 

提督「フン、お前に言われんでも提督なんだから端から地獄行きじゃい。」

 

因みに迎撃戦で活躍したと言っても、サイパンに来てからは超兵器空母アルウスによる2回目のサイパン空爆の時だけである。遊んでいた、と言われても文句を挟める立場ではないのを直人は利用しちゃったのである、本当にえげつない。

 

 

6月3日、執務中の直人の下に明石がやってきてこう告げた。

 

9時13分 中央棟2F・提督執務室

 

明石「防酸対策案が纏まりました!」

 

これは明石に以前依頼していた件で、色々と裏で研究していたのである。

 

提督「ほほう? 概要は?」

 

明石「難しい事ではありません、全艦の艤装表面に隙間なくカーボンコーティングを施します。」

 

提督「カーボン? そんなもので希硫酸に匹敵する強酸を防げるのか?」

 この時代カーボンは珍しい素材ではない。軽量化が必要な場合などに軽くて丈夫でしかもコストが安いと来ているので、むしろ直人はそれで首を傾げたのである。

 

明石「炭素は希硫酸とは反応しません、実地でやってみないと分かりませんが、希硫酸の酷似した成分が含有される海水と言う事ですから、十分に無力化が可能です。熱濃硫酸である場合は腐食は防げませんし、剥がれない事が前提ですので、脚部艤装への被弾は避けなくてはなりません。」

 熱濃硫酸とは、濃硫酸を290度まで加熱したもので、酸化剤として用いられる事が多く、銀なども溶解させる程酸化力が高い。

が、海水温がそれほどの高温であるという報告がない(その場合そもそも海水の体裁を為さなくなる)為、そのリスクは考慮しなくてもよさそうである。

「しかし已むを得んだろうな、全艤装をまさか白金との複合構造に直ちにする訳には行くまい。」

 白金も硫酸とは反応しない。しかしコストが高く、単純に鋼材に混ぜる訳にもいかない上に、直人の言う方法を取るにも数が余りにも多過ぎたのである。

 

明石「鋼材からの置換で製造出来ない事もありませんが・・・。」

 

提督「そうだな・・・」(俺が作れる事は例によって黙っておこう。)

誰も知らない知られちゃいけない。

 

明石「それと足の防護については、一部の艤装はくるぶし程度までなら掩蔽出来ていますが、大半はひざ下までカバー出来ていません。

ソックスでは当然ながら不足する為、全面にカーボンコーティングを施し、その下に10mmのプラチナで被膜したVC鋼板を使用した鎧型の掩蔽材を製造します。」

 明石が挙げたVC鋼とは、戦艦三笠で使用されたKC鋼(クルップ鋼)を発展させた合金で、鉄に炭素・ニッケル・クロム等を添加した合金に浸炭処理を伴う焼入れをする事で表面のみを硬化させ、内側と外側の硬さに差を持たせる事により耐摩耗性と靭性(端的に言えば破壊耐性)を両立させた、戦艦用装甲板に使われる鋼鉄の一つである。

 KC鋼との差は、ニッケル・クロムと言った添加物の割合を増した事である。但し非常にコストがかさむ為代用可能な合金の開発が進んだ。

 

提督「・・・製造コストは?」

 

明石「駆逐艦用を例に取りますと、妖精達のチタンへの鋼材の置換分を含め、1隻当たり鋼材5000は必要かと。」

 この時期の横鎮近衛艦隊司令部にそんな量の鋼材は到底ない、全艦に措置するのは不可能である。

 

提督「VC鋼板の量産は可能なのか?」

 

明石「艦娘に使用される鋼材は基本的に元々の形態がNVNC鋼(VC鋼の焼入れと浸炭処理を両方省いたもの)に近いので、これに焼入れと浸炭処理を行えば。」

 

提督「短期にやれるのか?」

 これは先程も述べた通り、VC鋼は当時、非常に製造コストと時間がかかる事であまり好まれていなかった為の質問である。

 

明石「浸炭焼入れから焼き戻しまでを連続的に行う連続炉が造兵廠にあります。鈴谷にもそれを使ってVC鋼を供給し舷側装甲を形成していますから、いつでもやれます。」

 これは現代のファクトリーオートメーションの産物である。今の時代量産品の製造は大体機械的に自動化されているから、この程度の合金ならば量産は容易い。

 

提督「――――分かった、プラチナ調達は俺が責任を持つ、調達するから、それで頼む。」

 

明石「わ、分かりました・・・。」(ど、どういう・・・)

直人は明石の提案を承認すると共に、一つ意を決して行う事が出来たと思った。

 

 

13時43分 鋼材庫

 

コツッコツッコツッコツッ・・・

 

提督「――――。」

 

直人は鋼材倉庫にやってきた。

 

提督(現在の鋼材の在庫は約29000、全艦に施そうとすると駆逐艦向けでも5隻だけだ、となれば、その負担を軽減する以外に手段はない。)

 VC鋼板は前述の通り非常に高価で、その上プラチナ被膜と炭素メッキ処理と来ては、5000という鋼材消費も納得がいった。

 

提督(―――誰もいない、な?)

 

人払いの魔術をかけているとはいえ気になるようだ。

 

提督(――――我が剣(つるぎ)を生み出だしたる里よ、我が身を彼の地に帰らせたまえ。“果て無き白金宮(エターナル・プラチナム)”!)

 直人の周囲に魔力が渦巻き風が起きる、次の瞬間、直人がいた場所は薄暗い鋼材の山の中ではなく、プラチナの輝きをまばゆく放つ工房であった。

 

提督「・・・さて、白金のインゴット(延べ棒)を量産しときますか。」

 結界魔術『果て無き白金宮』は、外界との遮断・人払いの効果を外界に及ぼし、内側に直人が高度に錬金術を行使する為に必要な“工房”を構築する結界を生み出す魔術である。内部は直人が錬金を行うに当たり必要な多数の因子が充満しており、現実の世界では中々厄介な因子が無いという問題にぶち当たる事もない。

 本来であれば結界魔術は自己防御用途が一般だが、この果て無き白金宮はその中でも珍しいタイプと言えた。

 

十数分後、何食わぬ顔で鋼材庫から出てきた直人でありました。

 

 

15時22分 鋼材庫

 

明石「さて鋼材在庫を・・・おおおおおおっ!?」

 

やってきた明石は鋼材庫に大量のプラチナインゴットを発見するのであった、その総重量驚異の50トン以上に上っていたのであった―――。

 

明石「一体誰が、どうやって―――」

 

 

提督「“調達は俺が責任を持つ”―――」

 

 

明石「・・・まぁ、いいでしょう。」

 

明石は考えるのをやめ、造兵廠にプラチナと鋼材を運び始めるのであった。

 

 

一方で既存艦艇の戦力強化も同時に進んでおり、特にこの時期は躍進の時期でもあった。

 

6月5日10時37分 開発棟・艤装改造区画

 

開発棟はサイパン移転の際建造棟の裏に連絡用通路を介する形で移設され、更に入渠棟との統合による建造区画の縮小に伴って艤装改造設備が移転しているのだ。

 

提督「おぉ、来たか。」

 

大井改二「えぇ! ありがとうございます、提督。」

 

北上改二「うん、中々いい感じだよ~、ありがとね?」

 

五十鈴改二「これで、また一つ強くなれたわ! ありがとう!」

 

そう、遂に自前の改二改装が行われたのだ。先陣を切ったのがこの三人、先制雷撃で大戦果を挙げ続けた大井と北上は、魚雷を5連装酸素魚雷に換装し、驚異の片舷25門雷撃を実現した。

 

そして直人が訓練の際陰で力を入れさせていた五十鈴も、様々な海戦に参加した事により改二改装に必要なデータが揃ったのである。

 

大井「でもこの鎧のような新しいパーツは、まだ馴染まない感じがします。」

 

提督「まぁ、慣れてくれ、としか言えないかなぁそれは・・・。」

 

北上「そうだね~、敵棲地に突っ込むんだったら必要だしねぇ。」

 

五十鈴「え、どういう事?」

 

北上「その為の装備追加だって聞いたよ?」

 

一応北上も訓練教官であるからその話は聞いていたのだ。

 

五十鈴「そうなの? 提督。」

 

提督「そうだよ?」

 

五十鈴「そうだったの・・・まぁ確かに、脚部艤装溶かしちゃう訳にもいかないものね。」

 

提督「ついでにお前達が溶けて無くなってしまっても困るし、悲しい。」

 

五十鈴「フフッ、相変わらずなんだから。」

 

提督「そう言うお前は随分印象が変わったな? 艤装もそうだが身体的にも。」

 

大井・北上「―――――。」

 

そう、何処がとは言わないが、随分印象が変わった。どこがとは言わないが。(大事なry)

 

五十鈴「へぇ、あなたのような人でもそう言うのに興味があるのね、やっぱり男って事かしら?」

 

提督「一体どんな風に見られてんだか・・・まぁいいや。」

 

直人だって男なのである。

 

 

この他この時改装された艦は非常に多い。そのリストが以下の通り

 

比叡 無印⇒改 21号対空電探を追加

伊勢 無印⇒改 瑞雲(634空)を追加

日向 無印⇒改 瑞雲(634空)を追加

赤城 無印⇒改 二式艦偵を追加

加賀 無印⇒改 二式艦偵を追加 搭載機種を赤城と平均化

龍驤 無印⇒改 六二型爆戦を追加

隼鷹 無印⇒改 二式艦偵を追加

古鷹 無印⇒改 22号対水上電探を追加

高雄 無印⇒改 22号対水上電探を追加

愛宕 無印⇒改 22号対水上電探を追加

長良 無印⇒改 13号対空電探を追加

那珂 無印⇒改 22号対水上電探を追加

長月 無印⇒改 13号対空電探を追加

初雪 無印⇒改 13号対空電探を追加

深雪 無印⇒改 22号対水上電探を追加

綾波 無印⇒改 22号対水上電探を追加

潮 無印⇒改 13号対空電探を追加

暁 無印⇒改 22号対水上電探を追加

初春 無印⇒改 22号対水上電探を追加

子日 無印⇒改 22号対水上電探を追加

五月雨 無印⇒改 94式水中聴音機を追加

伊168 無印⇒改 

 

以上21隻が今回改になった艦娘である。この頃になると全体的に練度は向上傾向を示していた事が、これだけの改装を可能としたのである。但し相応に鋼材を消費したものの、それと同時に艦載機の段階調整や耐腐食防護部材の新調等を行っている為納得のいく消費であった。

 

が、その追加装備に難渋を示す艦娘もいるにはいた。

 

 

龍驤改「あんまりもっさいのは好きやないんやけどなぁ~・・・。」

 

提督「まぁまぁそう言わず、これも敵棲地突入の際には必要になるんだから。」

 

そう龍驤である。余りかさばるのは嫌のようだ。

 

龍驤「まぁキミが言うならええねんけど・・・もうちょっと何とかならんかったんか?」

 

提督「足を化学やけどとかから防ぐにはやっぱり全面防御するしか他に手もないしねぇ。それに装甲も兼ねてるし艦娘機関の出力にも多少調整は入れてあるから、今まで通り動けると思うけど。」

 

龍驤「そうやねんなぁ、今までとそんなに動き易さは変わってへんのや。まぁなんにせよ、受け取っとくわ、ありがとな!」

 

提督「良いって事よ。」

 

まぁ、いいコミュニケーションが取れている事は良い事であるが。

 

 

6月7日5時12分 サイパン飛行場管制塔

 

柑橘類「ヤロ~、とんでもねー仕事を押し付けやがって・・・」

 

と言いながらこの1週間近い間に妖精達から幕僚メンバーを選出し仕事にも慣れてきた柑橘類少佐。(着任と同時に昇進である。)

 

柑橘類「全く・・・ん?」

 

ふとレーダースクリーンを覗き込んだ柑橘類少佐、普段と少し違って見えた事に気付く。

 

柑橘類「―――これは、空襲警報発令、サイレン鳴らせ! スクランブル機緊急発進、俺も出るぞ!!」

 

そう言って柑橘類少佐は管制塔を飛び出した。出撃した時の代行管制官もいるので安心である。

 

 

パランパンパンパンパン・・・バラララララララララ・・・

 

 

エプロンや駐機場では次々と発動機を稼働させる整備員妖精達の姿があった。

 

管制塔直下の駐機場には、提督諸氏には余り見慣れないであろう戦闘機が1機駐機されていた。

 

柑橘類「全く、“一型丙”調達しろとは言ったけどよ、ホントにやってくれるとは、どこから手に入れやがった?」

 

そう言って柑橘類少佐が乗り込んだ機体は、このサイパン飛行場にもいる四式戦闘機『疾風』である。しかしその武装は20mmに留まらない強力なもの、30mm×2+20mm×2なのである。

 

『四式戦闘機一型丙 試作機』 それが、彼の基地航空隊に於ける機体の名であった。

 

試作機なだけあってその造りは仕上げまで非常に丁寧であり、稼働率はほぼ90%を保証されていると言って過言はない。

 

柑橘類「いくぞ、俺が陣頭指揮を執る、ついてこい!」

 

柑橘類少佐はスクランブル機を率いて真っ先に飛び立っていったのであった。

 

 

5時24分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「なんだなんだ何事だ!」

 

空襲警報のサイレンで叩き起こされた直人は慌てて執務室にやってきた。と言っても廊下の端と端なので余り足取りに急ぐ感じはないものの、内心は相当混乱していた。

 

大淀「あっ、提督!」

 

金剛「御入室ネー。」

 

提督「おうお前達、一体何事だ?」

 

大淀「敵の空襲です、規模は小さいですが、柑橘類少佐が自らスクランブル機と迎撃の紫電及び四式戦を率い出撃しました。」

 

提督「敵の機数は?」

 

大淀「管制レーダーにはおよそ80ほど映ったそうです。」

 

金剛「迎撃機は65機デス。」

 

提督「随分自信たっぷりらしいな、んで後詰めは?」

 

大淀「零戦六四型が36機です。」

 

提督「分かった、承認する。」

 

ワール「“こちら技術局!”」

 

インカムからワールウィンドが連絡を入れてきた。

 

提督「どうしたワール。」

 

ワール「“吹雪が出撃したわよ!?”」

 

提督「なんだと!?」

 

大淀・金剛「!!」

 

直人にとって完全な、寝耳に水の事態であった。当然直人は今来たばかりで対応策さえ協議していない。

 

提督「すぐに連れ戻させろ! 第六駆逐隊に緊急出動!!」

 

龍驤「“待ち! うちが今すぐ行けるで!”」

 

提督「なに!?」

 

インカムにはいってきた龍驤の声に直人は更に驚いた。

 

龍驤「“赤城の艤装借りるで!!”」

 

提督「こんな時に何を言っているんだ!?」

 

龍驤「“まぁ見とき!”」

 

そう言う龍驤の声は、インカム越しにも拘らず自信あり気なその様子に、直人も断を下す。

 

提督「・・・分かった、第六駆逐隊に続航させる、気を付けろよ!」

 

龍驤「“心配性やなぁ~、分かったで! 空母龍驤、出撃や!!”」

 

そう言って龍驤はインカムを切った。

 

提督「はぁ~・・・一体何が何やら・・・。」

 

寝起きでまだ頭はフル回転していない直人、困惑するのは当然だったのかもしれない。

 

ワール「“龍驤、普通に出撃して行ったわ。”」

 

提督「装備は?」

 

ワール「“恐らく赤城のものね。”」

 

提督「・・・そうか・・・。」

 

内心驚く直人だったがそれどころではない。

 

提督「大丈夫なのかこれ。」

 

金剛「ド、ドウデショウ・・・。」

 

提督「はぁ~・・・まぁしょうがない。十駆、十一駆、大至急艤装倉庫からの無許可持ち出し物確認!! 六駆は緊急出撃急げ!!」

 

暁「“了解!”」

 

白雪「“りょ、了解です!”」

 

夕雲「“了解!”」

 

一応だが、艤装倉庫から無断で艤装その他を持ち出す事は禁じられている。如何に緊急時であっても、提督のゴーサインが無くては出撃してはならないのだ。そして今回直人は艦隊を出動させ対空射撃をさせる気は無かった為、直人にとっては予想外の展開なのであった。

 

提督「―――何をぼさっとしている! 大淀は状況の精査! 金剛は吹雪と連絡を試みるんだ急げ!!」

 

金剛「は、はい!!」

 

大淀「了解しました!!」

 

言われて二人も執務室を飛び出す。

 

金剛(提督が声を荒げてまでああ言うのは珍しいデスネ・・・相当焦ってるネ。)

 

金剛には全てお見通しという訳である、いいコンビだね。

 

 

5時26分 司令部正面水域

 

吹雪(私が行かなきゃ、少しでも戦果を残さなきゃ、そうしないと、司令官のお役に立てない!!)

 

吹雪は一人、司令部正面水域を東へひた走っていた。

 

―――吹雪は、ただただ純粋に、“司令官の役に立ちたかった”、それだけなのだ。

 

しかし、その想いは、余りにも重く、強すぎた。この事が、後に重大な事態を招く。

 

 

ブオオオオオーーー・・・ン

 

 

吹雪「赤城さんの・・・艦載・・・機?」

 

吹雪を飛び越したのは、赤城所属の艦載機、3機の彗星一二型であった。

 

 

―――プオオオオオォォォォォォーーーーン

 

 

しかしその機体はその身を翻し、吹雪に対し攻撃機動を取る。

 

吹雪「!?」

 

 

ヒュルルルル・・・ズドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

急降下して放たれた正確な一弾は、吹雪の至近に水柱を上げる。

 

吹雪「な、なんで・・・!」

 

その思念に突如として通信が割り込む。それは司令部でも限られた者しか知り得ない強制通信回線を使ったものだった。

 

龍驤「“それはキミが重大な『軍規違反』を犯しとるからや。”」

 

吹雪「その声・・・」

 

龍驤「“警告するで、直ちに引き返すんや。警告を無視するようやったら、ただではすまさへんで。”」

 

龍驤は張り詰めた緊張感を持たせた声で吹雪に言った。毅然とした、確かな口調である。

 

吹雪(そんな、折角出撃したのに―――でも、龍驤さんは本気だ・・・。)

 

吹雪の中で二つの事がひしめく。龍驤に従い引き返すか、なにがなんでも司令部東方海域に進出するかの二択を、吹雪は強いられたのである。

 

龍驤「“もっかい言うで、今すぐに、東進を諦め司令部に引き返せ。警告を無視すればその場で『撃沈』する。”」

 

吹雪「―――!!!」

 

撃沈する―――龍驤の言葉に嘘は一切ない。それどころか赤城以下の横鎮近衛艦隊空母艦爆隊は全て、龍驤艦爆隊によって訓練を受けている、言わば全員が急降下爆撃のスペシャリストなのだ。外す事は、あまりない。よしんば運よく避けられたとしても、龍驤は赤城の艤装を借り受けて、直ちに二の矢三の矢を放てるのだ。

 

更に言えば、彗星の爆装量が500㎏爆弾であるところを考えれば、高々駆逐艦程度、それも練度で主力に遠く及ばない吹雪を沈める事は簡易な事である。それこそ粉砕することだって可能なのだ。艤装による身体保護が負の霊力に対してのみ有効なのは、万が一規律を歪める事案が発生した際に、強制的に止める為でもあるのだ。

 

吹雪「・・・分かりました。」

 

吹雪は、諦めざるを得ない事を理解したのであった。

 

 

提督「そうか、引き返したか。」

 

龍驤「“うん、何とか間におうたね。”」

 

提督「あぁ、ご苦労様、下がってくれ。」

 

龍驤「“あいよ!”」

 

直人は龍驤からその報告を受け取った後思ったものである。

 

提督「あいつが他の奴の艤装使えるとは驚いたな・・・。」

 

直人は誰もいない執務室でひとり呟く。

 

白雪「“持ち出されたものが分かりました、吹雪の艤装一式だけです。”」

 

提督「ご苦労だった。」

 

白雪「“はい。”」

 吹雪が持ち出したものは最小限のものに留まっていた様だ。確かにあの短時間で緊急出撃をするのであれば逡巡する暇がないのは事実であったが。

 

提督「その程度の装備で、特型駆逐艦1隻が敵機に対しなにほどの事が出来るというのだ―――。」

 

直人はそう考えていた。

 

 

5時39分 サイパン東方海上

 

柑橘類「そろそろ敵機と会敵する筈だが・・・雲が厚くて見えんな。」

 

迎撃機の内訳は隊長機を含めた疾風35機、紫電改30機で編成されている。雲海の上を飛んでいるのだが、視界に敵機がいない。

 

サイパン飛行場管制

『“迎撃各機へ、レーダーの反応が重なった!!”』

 

柑橘類(上にはいない――――下か!)

 

柑橘類少佐は即座に見抜く。

 

柑橘類「敵機は雲海の下だ、一気に仕掛けるぞ!!」

 

僚機『“頭上敵機!!”』

 

柑橘類「何!? ブレイク!!」

 

柑橘類少佐の無線で一斉に編隊が散開する。直後射線を外した敵機が降り注いできた。幸い、撃墜された味方機は居ないようだった。

 

柑橘類「敵が航空機の姿を模している。性能が高い奴だ、気を付けろ!」

 

『“了解!!”』

 

柑橘類少佐が無線で注意を促す。敵の航空機は、航空機の姿を模したものとそうでないものがある。が、模していないものは色んなものをごた混ぜにしているからなのか、性能が余り宜しくない。

 

翻って以前襲来したB-17やB-24、そしてたった今奇襲を仕掛けた新型は元になった機体を模した姿をしている為、性能がハッキリしている、即ち高い性能が保証されたようなものなのだ。

 

柑橘類「―――“双胴の悪魔”か。いいだろう、返り討ちだ!!」

 

双胴の悪魔――――P-38は、世界を見渡しても最も有名な米・ロッキード社製双発戦闘機である。あの山本五十六連合艦隊司令長官が搭乗した一式陸攻を仕留めた機体として、その名は世界中でよく知られている。

 

“双胴の悪魔”というニックネームは、コックピットのある胴体を中央に、エンジンを積んだ胴体をその左右に挟み込み、主翼で連結するという独特な配置に因む。ダイブ制限速度も非常に高く、一撃離脱で日本航空部隊を大いに苦しめた傑作機であるが、機動性は芳しくないため、日本側では『ペロハチ』(P-38は格闘戦でペロッと落せる事から)などと呼ばれていた。

 

柑橘類「紫電改は爆撃機をやれ、疾風で敵戦闘機を蹴散らすぞ!!」

 

少佐は即座に断を下す。紫電改は対爆撃機専門、眼下の爆撃機を撃ち落とすにはうってつけだ。翻って四式戦闘機は対戦闘機戦闘を専門に作られた戦闘機であるから、十分理に適っている。

 

柑橘類「御巣鷹山へ、こちらテンペスト1、敵戦闘機約30と遭遇、戦闘に入る!!」

 

その報はすぐさま直人の下へと届けられた。

 

 

5時40分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「護衛戦闘機だと!? 馬鹿な!!」

 

それを聞いた直人は驚きを隠さなかった。

 

大淀「一体どうやって・・・。」

 

金剛「新型・・・でしょうカ・・・?」

 

提督「―――双発機か?」

 

直人の勘は漸く冴えてきた。

 

大淀「双発戦闘機でしたら、トラック諸島から直接飛んでくる事は可能ですが・・・。」

 

提督「今まで目撃例は無い、初見参と言う所だろう。」

 

B-29 スーパーフォートレスがいてP-38 ライトニングがいないというのは少しおかしな気もするが、実際問題として実機の形を取った航空機自体あまり例が無いのだ。

(因みに深海版B-29はスーパー“ベア”フォートレスと呼ばれているが、これは存在を確認した時の機体に、ノーズアートとして熊が描かれていた為、区別の為そう呼ばれている。)

 

提督「―――ヤツを信じよう。」

 

大淀「はい。」

 

直人は柑橘類少佐に全てを預けた。それだけの信頼関係が、相互にあった。そう言った事の出来る友を持てた事は、彼にとって幸福な事であったかもしれない。

 

 

程無く紫電改が高度4,500m付近で雲を突き抜け、敵編隊の上に出た。その機影は約50ほど、見慣れない双発機を模っていた。紫電隊の隊長妖精がシャッターを数枚切り、その後突撃を無線で指示した。

 

 

柑橘類少佐の着任以来彼が徹底させたのは、無線の活用である。

 

日本軍は無線機の開発で後れを取っていた。それでも海軍は零戦で戦闘機でも漸く取り付けたのだが、アメリカに比べれば稚拙に過ぎる代物で、搭乗員の大半は“性能を損なう”、“使えないポンコツ”と認識して、故障と称して無線を切ったり、挙句の果てには重量軽減の為に無線を降ろす機体もあったという。この傾向は終戦まで続く。

 

妖精達にもその傾向はやはりあった為、柑橘類少佐は無線機の更新と、その活用で深海機に対抗しようとしていた。

 

 

5時45分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「敵爆撃機も双発だって・・・?」

 

これについても報告は早かった、流石無線の力は偉大である。

 

大淀「爆撃機を迎撃すべく高度を下げた紫電改隊長機からの報告です、写真もあるとのことなので、戻り次第現像させます。」

 

提督「あぁ、頼む。しかし今回は異例尽くしだな、今まで中型爆撃機が来た事も、護衛が付いた事も無かったのに。」

 

大淀「性能テスト、と言う事でしょうか、これは。」

 

これに対し二人の反応はというと―――

 

金剛「テストベッターに選ばれた訳デスネ?」

 

提督「不本意極まるわ! しかし、事実だろう、仕方が無いが全力で阻止する他あるまい。」

 

大淀「そうですね―――対空陣地用意させますか?」

 

提督「そうだな、頼む。」

 

大淀「分かりました。」

 

大淀に防空戦闘指示を出させた直人は、一体何がどうなっているのか、そのからくりを考えてみるのであった。

 

 

―――結局、

 

敵機全てを食い止める事は叶わず、ほんの数機ではあったが上空への侵入を許した。

 

だが必死の対空射撃と防空気球(金属のワイヤーで係留された気球)による低空爆撃進路の設定阻害によって被害は軽微で済んだ。多少森は焼けたもののこの日は湿気も多く対応も早かった為すぐに消えた。

 

敵戦闘機は約50機の内43機までもが撃墜を報告された。その内柑橘類少佐は驚異の6機撃墜を報じるなど、各々に奮戦が目立った。後に照合すると戦闘機の喪失は最終的に27機であり、他に17機が損傷を負ったと言う記録が発見された。これについては単純に数と相性の差であった訳だが、それは置こう。

 

 

敵の空襲の意図は小規模に過ぎた為阻止された。しかし直人にとって問題は二つ残った。一つは双発機による空襲が可能となってしまったと言う事、もう一つは―――

 

 

6時58分 食堂棟2F・大会議室

 

豆知識だが、会議室区画への階段は外側にあって、食堂区画からは出入り出来ない様になっていたりする。

 

吹雪「・・・。」

 

提督「・・・。」(˘•ω•˘ )

 直人は敵を分析する為関係各所から主要人員を招集していたが、その中に無断で飛び出していった駆逐艦、吹雪が含まれていた。

 

金剛(相当険しい顔ネ・・・。)

 直人が険しい顔をするのも無理からぬことだった。

もう一つの問題、それは、“軍規を乱す者が出た”事であった。今まで散々資材庫荒らしをした赤城でさえより良い艦載機を求めての事だった(裏で自供した)し、しかもそれは不法侵入でどちらかと言えば刑法に属するものだから直人の管轄でない、この為特にこれと言って彼の手になる処罰は無かった。

 しかし、艤装無断持ち出しは艦娘艦隊基本法第5編『艦娘艦隊に於いて定める軍規』の第2章「軍規条項」の第1節「軍規概要」第3条に違反している。

この条文には「艤装を運用するにあたり、艦隊に属する艦娘は、如何なる事項事案に於いても、その対応を行うか否かを問わず、軍権者(艦娘に指令を出す司令部の責任者=提督を指す)の許諾無くして、艤装を格納箇所から搬出する事を禁ずる。」と書かれており、これによって艦娘は基本的に提督の許諾無くしては一切の艤装運用を禁止されるという訳である。

 

提督「一応聞いておく、吹雪。」

 

「はい・・・。」

普段の様子からは考えられない程落ち込む吹雪。

 

提督「なぜこんな事をした?」

 

「私は、ただ・・・」

吹雪は言い出しにくいのか、言葉をとぎってしまう。

「私はただ、司令官のお役に、立ちたかっただけです・・・。」

 

提督「それで無断で艤装を持ち出して出撃し、敵編隊の予想コースを遡って行こうとした訳か。」

 

吹雪「は、はい・・・。」

 

「―――はぁ・・・。」

直人は吹雪の言葉に二の句が浮かばなかった。自分の為と言われてしまった以上それは一種当たり前でもあった。

「お前の気持ちは分かる。分かるが何もお前が出ずとも、敵編隊は撃退できた。」

 

吹雪「・・・。」

 

険しい顔を崩さず直人は告げる。

「吹雪よ、お前は俺に許諾無く艤装を持ち出した、この責任は重いものだ。そして同時に監督責任のある俺の責任問題でもある。」

 

「ですが、今回の事態は最悪の場合、第5編2章1節第3条の2に定められた事態になっていたかもしれないんですよ?」

 流石真面目な吹雪はよく覚えている。一応艦娘艦隊基本法第5編は全員座学で習うのである。吹雪の言う第5編2章1節第3条の2は、第3条の例外を記したものだ。

その内容は「第3条の2 第3条に定める条項について、各艦娘が各々所属する司令部が潰滅的危機に見舞われると予測されたる場合、もしくは潰滅的危機にある場合、及び軍権者不在の際に敵の来寇ありし場合に於いては、軍権者の下にある艦娘は各々の判断に基づいて艤装の搬出並びに運用を認める。」と言うもの。

 掻い摘めば、『提督不在時及び司令部に壊滅的打撃が与えられると見做される(打撃を受けつつある)場合は艦娘が独断で艤装を運用しても良い』と言う事だ。

因みにだが、読者諸氏は横鎮近衛のサイパンへの展開直後に、超兵器級深海棲艦ストレインジデルタが3隻来襲した事を覚えているだろうか。

この際横鎮近衛艦隊は独断で出撃したが、これは第3条の2に当たる事案であった為お咎めなしとなっている。また柑橘類少佐の緊急出撃に関しては直人がこれを容認している為問題はない。

「もしこの空襲で敵の到達を阻止できなければ、司令部施設に多大な損害が発生した筈です。」

 

提督「だがそうはならなかった、違うか?」

 

吹雪「そ、それは―――」

 

提督「良いか吹雪、お前は如何なる理由があろうとも、やってはならない事をやってしまったんだ。」

 

「私はまだ提督のお役に立てていません!!」

吹雪が絞り出すようにして叫んだ。

「もし今回の事がやってはならない事だとしたら、私は司令官のお傍にいてはならないと言う事ですか?」

 

「それとこれとは話が違う!!」

今度は直人が叫ぶ番であった。

「吹雪、お前の気持ちに理解が無い訳ではない、出来る事なら俺だって吹雪には活躍を見せて貰いたい。だがそう簡単に片付く事じゃないんだ、戦争と言うものはな!」

 直人だって吹雪の顔は立ててやりたいのだ。しかし直人も以前語った様に、人の戦争と、艦の戦争は別物なのだ。そう容易くこの壁を超える事は出来ない。

 

提督「訓練未了のまま戦場に出したらお前が死ぬかもしれない、そう思ったから前回の出撃の時には残留させたんだ、お前は俺のその気持ちを分かってくれないのか?」

 

吹雪「―――それは・・・。」

 直人の気持ちも吹雪の気持ちも決して嘘ではない。しかしその想いがすれ違ってしまったからこそ、今回の出来事が起こったのだとすれば話は通る。

「提督、その辺に・・・」

見かねた金剛が割って入る。その顔を立てる形で、彼はこの話を終わらせる事にした。

「―――処罰を言い渡す。駆逐艦吹雪を禁錮15日に処す。執行猶予は6時間だ、言う事があれば回っておくんだな。」

 

吹雪「―――。」

 

一同「―――!!」

 

直人は断固たる態度で言い放つ、一同は驚きを隠さない。

 

大淀「提督、お待ちください!」

 

提督「例外などとは認めんぞ、これを例外と認めたら、同じ事が何度も起こってしまう。それだけはなんとしても避けねばならん。軍規は例外を認めないからこそ、強固足りうるのだからな。」

 

金剛「テイトク――――」

 

提督「分かってくれ、俺も本意ではない。だが俺が本意であるか否かは関係ない。」

 

吹雪「・・・分かりました。」

 

提督「こんな事が無ければ、お前も次の出撃メンバーに加えられたんだがな・・・。」

 

直人は呟く様に言った。

 

吹雪「司令官・・・。」

 

提督「大淀、後は頼む。」

 

大淀「―――畏まりました、提督。」

 

大淀は吹雪を連れて会議室を出て行った。

 

提督「・・・はぁ、なんでこうなるんだか。」

 

飛龍「お気持ち、お察しします。」

 

提督「ありがとう・・・切り替えて本題に入ろう、飛龍、資料は出揃っているのかい?」

 

飛龍「はい、ここに現像した写真が全て。」

 直人が主要メンバーを集めたのは他でもない、今回の空襲が異例尽くしだった為に、それを踏まえ今後に向けた判断をしようと言う目的であった。

出撃でない時は基地航空隊の指揮を執っている飛龍が、10枚以上の写真を差し出す。因みに飛龍が寝ている場合は柑橘類少佐に全権がある。

 

提督「ふむ・・・確かに双発機だ・・・。」

 

写真を順に見ながら直人は言った。

 

飛龍「照合した結果、戦闘機はP-38 ライトニング、爆撃機はB-26 マローダーと判明しています。」

 

提督「P-38ならタイプは最低でもF型だ、でなければ行って帰ってこれまいしな。マローダーは納得できるが。」

 P-38『ライトニング』は、アメリカ陸軍戦闘機では群を抜く長い航続力を誇るが、それでも1,000km往復し更に戦闘を行い離着陸を行うなら、少なくとも2,500kmを飛ぶ必要があるのだ。F型であれば3,100kmを飛ぶ事が出来る、不安は無いのは確かだった。

一方のB-26『マローダー』は、4,500kmもの航続距離を持っている為、こちらも楽々とサイパンに到達する事が出来る。

 

提督「しかしとうとう、ここも安全ではなくなったか。双発機の空襲を受けるとはね。」

 

飛龍「これまでは精々重爆が来ただけでした。しかし今後中爆(中型爆撃機)が来るとなると、空襲の頻度は増すかもしれません。」

 

提督「同意見だ。」

 

金剛「どうするネー?」

 

「ふぅむ・・・。」

直人は考え込んでしまった。トラック諸島は今や敵の棲地と化している。それも、グァムより遥かに大規模な一大棲地に。故に、生半可な手は通用しない。

 

明石「棲地に突入しますか?」

 

提督「まだそれ用の装備が充足されていない筈だが?」

 

明石「いえ、提督のご協力のおかげで、まもなく完了します。」

 

提督「・・・。」

 

初春「しかしじゃな、敵の棲地にわらわ達だけで乗り込むとは自殺行為に近いのじゃぞ?」

 

霧島「いえ、我が艦隊の練度ならやれると思います。」

 

金剛「それを過信するのは戴けないネー霧島。」

 

赤城「私達の航空隊があれば、敵棲地撃滅は容易く成し遂げられます!」

 

金剛「それこそ慢心デス、己の力量を信じ、敵の力量を軽んずるのは論外ネ!」

 

初春「わらわ達はまだ戦力が足りておらぬ、仕掛けるのであればその他戦力を糾合してからでも遅くは無かろう。」

 

提督「―――その他戦力?」

 

金剛「ン? どうしたんデース?」

 

直人が一つひらめく。

 

提督「基地航空隊だ!」

 

飛龍「―――!!」

 

初春「何―――?」

 

赤城「そうか―――!」

 

霧島「成程―――。」

 

金剛「―――。」

 

 そう、サイパン航空隊の中には、キ-91 戦略爆撃機や一式陸攻、銀河など、多数の長距離飛行可能な爆撃機が在機している。そのいずれもが、1,000km程度易々超える事が出来る。

 

問題なのは、それに随行出来る戦闘機が無い事であった。サイパン空の零戦は全て六四型であり、航続距離は2,100km強、これでラバウル―ガタルカナルに匹敵する距離を飛べというのだ、無理である。

 

金剛「護衛戦闘機は、どうするネー?」

 

提督「愚問だ、空母から飛ばせばよい。」

 

金剛「―――タイミングが重要デスネ。」

 

提督「そうだ、私の考えは、これ以上の脅威増大の前に、敵棲地を撃滅する事だ―――完全にな。」

 

一同「―――!!!」

 

直人の意思は、トラック棲地の撃滅である。それはかつてグァム棲地を攻撃せよと言われ激昂した事を、自ら執り行う事でもあった。それだけ重大な決断であり、その意思がはっきりと示されたのだ。

 

初春「・・・本気、なのじゃな?」

 

提督「当たり前だ、それにれっきとした名分も立つ。」

 

赤城「と、言いますと?」

 

提督「小澤海将補率いる高雄基地の部隊は、トラック島を奪回した場合速やかに同地へ展開する事になっているんだ。これは設置当時からの規定事項であるから動かし難いという訳だ。よって、我々がトラック棲地を撃滅すれば、戦局に大きな影響を与える事が可能になる訳だ。同時にこれは、内南洋の制海権維持がより楽になる事も示している。」

 

現在のところ、内南洋には敵の潜水艦部隊が僅かながら潜伏していると見られている。これは主要な前進基地足り得るトラック諸島が敵手にある為でもあり、元々防ぎ難い事も要因ではあったが、本来ならばサイパン島で担わなければならない事を見ても、敵潜の跳梁が今後無視出来なくなることは明白であった。

 

提督「我が艦隊は敵の脅威が増大するより先に、トラック棲地を撃破し、高雄基地の漸進を支え、我が基地への負担を軽減し、戦局を一歩でも前進させる為に打って出るのだ。その為にも我々が、その先陣を切るべきだと思う。」

 

金剛「・・・了解したネ、早速検討してみまショー。」

 

初春「金剛、おぬし・・・」

 

金剛「テイトクが決断したのなら、賭けてみるのが私達ネ。」

 

初春「―――そうじゃな。」

 

方針は決した、あとは策を練り、実行するのみ。紀伊直人が打った鬼の一手が、果たして吉と出るか凶と出るかは、ひとえに彼らの実行力に委ねられていると言っても過言ではないのだ。

 

 

その後、作戦立案に費やした時間は実に72時間以上に渡った。主となった論点は敵の陣容とそれに対する対応策であった。

 

敵艦隊の数は総勢で5000を超えると見積もられていた。しかし直人らの下にあったのは、SN作戦前に収集された古いものである為、直人はイムヤの長期に渡る偵察行動から推測し、大凡6000から8000と見積もっていた。

 

漸く、作戦案が纏まったのは、10日11時07分の事であった。

 

 

6月10日11時07分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「やっと終わったな。早速実行に移す、早い方がいい。」

 

金剛「了解デース! 全艦隊に出撃準備を―――」

 

提督「待たんかい。」

 

金剛「Watt?」

 

金剛が思わず英語で訊き返した。

 

提督「時計を見よ、まだ昼前だ。下ではもう調理始まってるじゃろ、ダメです。」

 

金剛「オ、OKデース。私とした事が・・・」

 

提督「ハッハッハッハッハ! 誰でもある事さ、気にせんでよいよい。」

 

赤城「では私達はお先に・・・。」

 

提督「おう。」

そう言って二人を残しぞろぞろと出ていく艦娘達。

 

提督「―――金剛よ。」

 

金剛「ん?」

 

「―――勝てるかな。」

直人がそこで初めて不安そうな顔をして言った。

 

「・・・フフッ。」サッ

金剛が少し笑って、それから直人をそっと抱きしめる。

 

提督「ッ―――!」

 

金剛「大丈夫ネー、ワタシ達が付いてるから。ナオトはいつも通り、堂々と構えたら、それで十分ヨ。」

 

「金剛・・・。」

金剛の気持ちを、直人は理解する。

「・・・あぁ。お前に励まされたからには、勝つ事を目指そう。」

 

「それで十分ネ!」

 

「―――ありがとな。」

 

「ノープログレムデス。」

 金剛も金剛で、直人が不安を覚えているのは節々から汲み取っていたのである。故に直人を励まそうとしたのである。方法が思いつかなかっただけとはいえ、傍目で見ればどちらかと言うと慰めているようにしか見えなかったが。

金剛と直人は連れだって大会議室を後にしたのであった。その姿は如何にも仲良さげと言う感じもした。

 

昼食が大方終わったころ、直人は全艦隊に対して大会議室への招集をかけた。その時には直人も昼食を済ませ、重巡鈴谷ではいつでも出られるよう準備が進められていた。

 

 

13時27分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「参集ご苦労、ブリーフィングを始める!」

 

摩耶「で、今回は何処へ行くんだ?」

 

提督「まぁそう焦るな。先日空襲があった事は皆も承知している通りだ。その発進基地は恐らくトラック棲地だと言う事も、敵の進路を逆に辿れば自ずと分かる事だ。これに依り、我がサイパン基地は、重大な危機に直面した。敵の恒常的な空襲と言う脅威だ。」

 

摩耶「そんなんでビクビクしてんのかよ。」

 

提督「お前は防空艦だからいいだろうが、そもそも対空射撃の為の専門的訓練もろくにやって無かろうが。出来ないのも事実であるが、膨大な敵機をそれで捌ける訳が無かろう。」

 そう、摩耶は防空巡洋艦だが専用の訓練は受けていない為に、有効な弾幕を張れるとは言えないのだ。

 

提督「司令部への恒常的爆撃は今後の活動にも悪影響を及ぼす。依って、我々はそれに先駆け、トラック棲地を撃滅する!」

 

木曽「ほう?」

 

摩耶「マジか―――」

 

深雪「いいねぇ。」

 

川内「へぇ~?」

 

足柄「良いわね~、いいわ!」

 

加古「相変わらず、やる事が派手だねぇ~。」

 

提督「静かに。」

 

直人が一声でざわつく艦娘達を鎮める。

 

提督「作戦案は既に決まっているし、今回も総力戦で行く。我々が連綿とした連携を発揮できれば、この戦いは十分勝てる。であるから、協力を惜しまないで貰いたい。尤もいつもの事ではあるが、死ぬような真似は絶対に赦さん、相互に支え合い、沈む様な事は絶対に避ける様に。特に今回は敵地のど真ん中に突っ込む訳だから、尚の事だ。」

 

大淀「今回の作戦には近日着任した艦娘の方には外れて貰いますが、飛龍さんには出撃指示が出ています。」

 

飛龍「早速復帰戦かぁ。うん、頑張ります!」

 

飛龍搭載機が前線に戻ってくる事は非常に大きい。その艦攻隊――――友永隊は、唯一無二の精鋭だからである。

 

提督「既に策は定まっている。我々はサイパン出航と同時に針路を137度に取り東進、チューク諸島北方のA点(※1)で針路を176度に転じ、トラック島の北北西100km弱のB点(※2)に到達、ここが艦隊の攻撃開始地点だ。総延長約1,000km、38時間半の予定だ。」

 

※1:北緯8度48分57秒・東経151度28分51秒

※2:北緯8度15分14秒・東経151度31分24秒

 

大淀「B点までに至る航路上で、3回の航空攻撃を実施します。そのうち2回を艦上機部隊で、1回を基地航空隊で実施します。第一波は基地航空隊により行い、攻撃当日早暁を期します。護衛機は一航艦から抽出し、他の母艦は第一次攻撃隊の準備を行います。」

 

蒼龍「その後は一航艦以外で第一次攻撃隊、一航艦で第二次攻撃隊を編成するって事ね、目標はどうするの?」

 

提督「良い質問だ。空母第一次攻撃隊は、敵地上施設を徹底的に叩く。新たに投入したゴーヤの航空偵察によって、敵施設の殆ど全てが春島および夏島にある事が確認出来ているから、二航戦及び六航戦には、全力でこれを叩いて貰う。これを以って敵に我が機動部隊の存在を認知させ、環礁内から叩き出す事が目的だ。」

 

大淀「そう言われてみますと、ゴーヤさんとイムヤさんの姿が見えませんね・・・てっきりいるものかと・・・。」

 

提督「残念、2日前に出撃させた。」( ̄ー ̄)ニヤリ

 

大淀「さ、流石お手回しがお早うございますね・・・。」

迅速果断なのは直人のいいところである。が、周りに伏せるのが悪い所である。

 

提督「母艦第二次攻撃隊は、環礁内から叩き出した敵艦隊に第一撃を加えることが目的だ。二度に渡る母艦搭載機の攻撃時は確実に強襲になる。相当の被害が予想されるが、覚悟の上で臨んでもらいたい。」

 

赤城「お任せ下さい、必ずや敵に傷を負わせて御覧に入れましょう。」

 

提督「うむ。更に航空攻撃の後、敵艦隊針路正面に事前展開した潜水艦により漸減攻撃を行い、敵の傷を広げる。立て続けざまに雷巡による遠距離雷撃を実行、敵が回避運動に入る所を見計らい、大和及び金剛を先頭に突撃を図る。」

 

大和「お任せ下さい、必ずや敵を仕留めて御覧に入れます。」

 

提督「気合入ってんのはいいが肩の力は抜いて行けよ?」

 

大和「はい。」

 

提督「敵艦隊を撃滅した後、我々はトラック環礁の北西側の各水道から侵入し、夏島及び春島に艦砲射撃を行う。恐らく敵の泊地姫級がどちらかにいる筈だから、それを叩く。」

 

ここで質問を投げかけた艦娘がいた。

 

陸奥「今回の敵に超兵器はいるの?」

 

それは陸奥で、しかも真っ当な問いでもあった。

 

提督「あぁ、いる。超兵器空母アルウスだ。」

 

陸奥「アルウス・・・あの超高速で知られた超兵器空母ね。」

 

アルウスの最大速力は60ノット、しかも並の戦艦を超える18インチ(45.7cm)砲を砲塔で備えるという文字通りの空母の化物、肩書は『超巨大高速空母』である。その名に恥じない相手だ。

 

提督「60ノットで突っ走る相手だ、生半可な針路予測は通用しないと思え。」

 

金剛「お任せデース!」

 

提督「そういや金剛は撃った事があるんだっけ。」

 

金剛「レイテの時デスネ。」

 

実はレイテ沖海戦に参戦した栗田艦隊、サマール沖海戦終盤にハルゼーの命で急遽南下したアルウスと砲撃戦を交え、その結果筑摩が沈没、鈴谷大破、大和中破など損害を出したが、この怪物を仕留めた実績があるのだ。

 

提督「よぉし、大和もそうだが、お前達、舞台は整えられるよう努める、しっかり暴れて来てくれ。」

 

第一艦隊・一水打群一同「「「はいっ!!」」」

 

提督「赤城、今回の戦い、お前達が如何に戦果を出せるかが鍵だ、艦載機隊並びに麾下艦艇の奮戦に期待する。」

 

一航艦一同「「「はいっ!!」」」

 

提督「よぉし! トラック島の陸上型に、大量の砲弾を降らせてやるぞ!!」

 

艦娘達「「「おおぉぉぉーーーっ!!」」」

 

提督「全艦出動準備、鈴谷への乗船を開始せよ! 行くぞォ――――!!」

 

 

こうして横鎮近衛艦隊は、出撃に向けた準備を加速させていく。彼らが向かう先には地獄が待っていた。しかし、それに立ち向かう他に、彼らが向かう道など端からない。通るべき必然に、彼らは今こそ挑む必要があったのである。

 

19時11分に、重巡鈴谷の出撃準備完了が直人に報告され、20時丁度に直人はサイパンを出港させると、予定通り針路を137度に取り、一路トラック島に向け14ノットで航行を開始した。20時05分には、大本営に宛てて無電で、作戦の発令を報告する電文が送付された。

 

曰く

『横鎮近衛艦隊は、昨今のサイパン島並びに、西太平洋における敵の通商破壊戦による被害状況に鑑み、敵の中部太平洋に於ける要衝、トラック棲地の攻略を決行せり―――』

 

上空に夜間にも拘らず柑橘類少佐が出させた零戦隊を従えた、横鎮近衛艦隊、堂々たる行進の始まりであった。

 

 

6月11日9時42分 テニアン東方沖

 

地図上(※Google Earth)に於いては若干斜め気味に下って行く為、現在位置の真東にはテニアン島がある。夜は既に明け、上空には零戦隊がまだいる。これは夜半から交代した第2部隊である。そろそろ第3部隊が現れる頃合いだ。

 

鈴谷後部電探室「“真東に正体不明の反応確認、高度1000、機数3!”」

 

提督「なに? 戦闘機隊は?」

 

明石「今向かいました。」

 

提督「そうか・・・我が方の機体ではないのかな、真東から戦闘機隊が来ることはないし。」

 

 

その答えは10分後に届いた。

 

明石「味方戦闘機隊より、『先程通報ありし機体を視認、深海棲艦の偵察機』です!」

 

副長「――――!?(なんだって!?)」

 

提督「落ち着け。敵味方識別を行え。」

 

その声はあくまでも落ち着き払っていた。

 

明石「提督何を―――」

 

提督「落ち着けと云うておろうが、視認にて敵味方識別を行え、早くするんだ。」

 

明石「は、はい!」

 

 

直人の指示は直ちに接触した零戦に送られた。少し間があって返答が帰ってきた。

 

 

明石「『先に報告せし偵察機は友軍、翼下に通信筒を所持す』です。」

 

提督「やはりな。」

 

直人は予想通りと言う様にそう言った。

 

副官「――――――?(いや、どういうことです?)」

 

提督「あぁ、テニアンにいる深海棲艦の偵察機や少数の艦上機は、翼のフチに黄色い敵味方識別帯を入れてあるから確認が楽なんだよ。同時に地上からの誤射を避ける為に、下面を白一色で塗装してある。」

 

明石「そうでした、では何なのでしょうか・・・。」

 

提督「今報告には通信筒を所持しているとあった、多分激励とかそんなんじゃないかね。」

 

 

暫くして、低空を飛行する深海棲艦機が3機、鈴谷からも見えた。

 

提督「―――2機は戦闘機だな。前上方に座位しているようだ。エスコートを忘れないのは重要だ。」

 

ウィングデッキから双眼鏡でそれを見た直人は、双眼鏡から目を離してから言った。

 

明石「て、提督、もし中身が文章でなく爆弾だったらどうするんです?」

 

提督「・・・その可能性はゼロではないな、念の為艦内に爆発物処理班を準備して置け、但し気取られるなよ。」

 

明石「はい。」

 

流石の直人もアホではない、アルティメイトストームは兎も角他の深海棲艦が事を起こす可能性はあるからだ。この辺りに注意出来る事もやはり重要なのだ。

 

 

テニアンから来た深海水偵は特徴的な形をしている。武装が無く代わりにフロートのような形の物をぶら下げているからである。どうやら単フロート型らしい、と言う事は分かっていた。

 

深海水偵は低空を低速で鈴谷に接近すると、鈴谷の構造物に接触しない範囲で出来るだけ低く飛んで、鈴谷船首楼に通信筒を見事に落下させると、反転して去って行った。妖精達が恐る恐るそれを回収していた。

 

 

~数分後~

 

副長「―――――、―――。(危険物はありませんでした、中にこれが。)」

 

提督「ありがとう、どれどれ・・・」

 

爆発物処理班を自ら率いた副長が1枚の通信文を渡してきた。通信筒とは、無線が使えない場合などに航空機やハトなどに持たせる装備品で、昔で言う矢文と用途は同じだ。今では陳腐化してしまったものの、使おうとして出来ない事はない。

 

提督「――――“貴官の無事帰還を祈る、戦うに当たり、多少の手加減を望む。―――アルティメイトストーム”」

 

明石「やはり、同胞を想う気持ちはあるのですね。」

 

提督「当たり前だ、同族を殺しに行くときにこう言う場でそれをおもんばからない奴がどこにいる。」

 

明石「まぁ―――そうですけど・・・。」

 

深海棲艦にも心があり、心があらばこそ、亡命などと言う様な、心が無ければ出来ない様な事が起こる訳で、こうした手紙を寄越す事も、深海棲艦が人に近い、心を持った生き物である事を証明していたとも言えた。ただ違うのは、彼らが、戦う事に特化している場合が多い事だけである。

 

 

事態が動いたのは、この日の午後であった。

 

6月11日16時12分 重巡鈴谷

 

左舷艦橋見張員

「敵潜望鏡! 左舷前方距離4500!!」

 

提督「何ッ!?」

 

この瞬間彼は、トラック棲地に対する奇襲が不可能になった事を悟った。

 

明石「ど、どうするんです!?」

 

副長「―――――(え、えっと・・・!)」

 

提督「二人して狼狽えるな、全速力で振り切る!」

 

副長「ッ、――!(は、はいっ!!)」

 

直人は全速力でコースを変えず突破する事にした。敵前では潜らざるを得ない潜水艦の最大の欠点は、潜航中の足の遅さであったからだ。

 

提督「針路そのまま最大戦速! 進撃の足を速めるぞ!」

 

最早直人にしてみれば、悠長に潜水艦のいる場所をゆっくり航行する事は出来なかったのである。追尾されても困るのである。

 

提督「灯火管制、一条の光も漏らすな! もうすぐ日が暮れる、光を放射していてはこちらの位置を明かしてしまう。」

 

明石「はい、“全艦灯火管制を為せ!!”」

 

実は小さな光でも意外と遠くまで届くもので、タバコの火でさえ数km先の潜水艦の潜望鏡からでも視認出来る。そしてその視認された方角に、何らかの船がいる訳で、それによって存在を察知された例も少なからずある。艦船における灯火管制とは、かくも重要なのである。

 

 

その後の17時37分、1時間足らずで敵潜を振り切った鈴谷は元の巡航に戻り、敵地に向け行進を続けた。しかし鈴谷のコースと座標は逐一報告されていた事もあり、トラック棲地が座して見ている筈はなかった。

 

 

17時41分 チューク諸島・夏島

 

夏島「サイパン艦隊メ、遂ニ来タカ!!」

 

アルウス「攻撃は明日だな、どうする?」

 

夏島「ソウダナ・・・ヨシ、夜間空襲ダ。中型爆撃機ニヨル反跳爆撃デ奴ラノ母艦ヲ攻撃スル。」

 

反跳爆撃、水面で爆弾を石切の様に跳ねさせ、敵の舷側部を狙う投弾法である。

 

夏島「夜間ナラバ、奴ラノ戦闘機ハ動ケナイ筈ダ。」

 

アルウス「しかし戦果に期待出来るか? 賭けに等しい攻撃だが・・・」

 

夏島「ヤルダケヤッテミナケレバ、言ウダケデハ何ニモナラナイ。」

 

アルウス「・・・そうだな、やれることはやろうか。」

 

 

20時18分 サイパンートラック航路上

 

 

ブロロロロロロロロロロ・・・

 

 

まさかの夜間でも飛んでいる戦闘機隊。

 

提督「・・・あれ、航法出来てるんだからびっくりだよな。」

 

明石「ですね・・・。」

 

柑橘類「“聞こえてるぞー。”」

 

上空にいるのは柑橘類少佐が率いる零戦隊である。流石に四式戦 疾風では長距離長時間の飛行はあまり向いていない為、零戦五二型甲に搭乗して馳せ参じた次第であった。

 

提督「言ってる暇あったら集中せい。」

 

柑橘類「“へーへー。”」

 

相変わらずのやり取りである。

 

提督「電探室、異常ないな?」

 

前部電探室「“洋上に反応なし。”」

 

後部電探室「“空中に不信機影ナシ!”」

 

提督「よし、ではそろそろ寝ようか・・・。」

 

直人がそう言って艦橋を離れようとした、正にその時であった。

 

後部電探室「“お待ち下さい――――!”」

 

提督「?」

 

後部電探室「“右前方接近しある機影あり、機数80以上!”」

 

提督「対空戦闘用意、総員配置につけ! 対空戦闘用意!」

 

柑橘類「“こちら直掩隊、向かう。”」

 

提督「よし、頼む!」

 

この日は見事なまでの晴れ空、月光も差し込んでいる、コンディションは最高だ。しかし波までもが凪いでいる。これは余り宜しいとは言いにくかった。

 

しかし迎撃にも攻撃にも最高のコンディションではあった。時折月光が反射して敵がいる事を示していた。

 

提督「しくじったら今後デコポンと呼んでやるから覚悟して置け!」

 

柑橘類「“夜間だぞ無茶言うな!!”」

 

明石「いや言ってる場合ですか!」

 

提督「それより防水隔壁全閉鎖、弾薬を揚弾しろ急ぐんだ!」

 

明石「は、はい!」

 

副長「“――――!(対空戦闘用意急げ!)”」

 

こんな夜襲でも妖精達はきびきびと行動する。ぞろぞろと現れて防水隔壁を閉鎖し、危険区域から艦娘を誘導し避難させる。高角砲弾や機銃弾を弾薬庫より取り出し、各砲座に分配する。敵機が来るまでの時間は、戦闘機隊がかき乱すとは言っても20分と無い、迅速な作業が必要な時である。

 

後部電探室「“敵編隊、低空より接近しつつあり!”」

 

提督「戦闘機隊! 機種特定できんか!」

 

柑橘類「“夜間飛行中に無茶言うなぁ!!”」

 

提督「言ってる暇あったらやるんだよあくしろよ。」(ニッコリ)

 

柑橘類「“あぁもう!!”」

 

やけっぱちになる柑橘類少佐である。

 

柑橘類「“んー・・・ん? そんなにでかい連中じゃねぇな、双発爆撃機・・・?”」

 

提督「へ・・・双発機? 低空侵入・・・。」

 

柑橘類「“こりゃぁ・・・こないだサイパンに来た連中も混じってるくせぇな。”」

 

提督「B-26もか・・・まさか・・・?」

 

柑橘類「“そのまさかだろうな。”」

 

直人と柑橘類少佐が同時に結論に至っていた。

 

提督「反跳爆撃だ、主砲右前方に指向!!」

 

明石「どうするんです!?」

 

提督「水柱で敵の進路を妨害するのさ。」

 

これは低空を進む敵雷撃機に対する防御法として編み出された方法で、正確には「中口径以上の砲を用い、その着弾時に起こる水柱で敵機を“撃墜”ないし針路を妨害する」対空防御である。

 

反跳爆撃はかなり低い高度で侵入しなければ爆弾が着発してしまう。故に雷撃機より少し高い程度の進入高度で近接してくる。こうなると水柱が進入してくる敵機に届くのだ。

 

提督「対空レーダー射撃用意! やれるな?」

 

後部電探室「“実戦では初めてですが、ベストを尽くします!”」

 

実は鈴谷の改良はずっと続いている、その一つが、レーダーと砲火器の連動機構だ。これによりレーダー統制射撃が可能となる。因みに鈴谷に関しては妖精さん達が発案・研究・開発している為、時間がかかっている労作である。

 

提督「よし、敵先頭集団に照準を追尾、後部主砲は待機。」

 

前檣楼見張り員

「味方戦闘機、突入しました、数機が撃墜されています!!」

 

提督「ほう、早いな。」

 

敵機の方角を見ると早くも数機の中型機が火を噴いて墜落して行く。

 

提督「いや相変わらず練度たけぇな? 流石鳳翔戦闘機隊か。」

 

この時の直掩機は鳳翔から12機、基地から選抜搭乗員から成る30機の合計42機で構成されている。数不足は否めないがこれ以上ないのは言うまでもない。横鎮近衛艦隊最強の戦闘機隊である事も。

 

明石「敵機が流石に多すぎます、一部がすり抜けます!」

 

提督「よし、対空戦闘、諸元最終調整、合図と共に撃て。明石、敵機との距離を報告!」

 

明石「現在彼我距離およそ17000、降下開始しました!」

 

提督「よし!」

 

主砲が接近してくる敵機に照準を付け旋回する。

 

明石「16000、敵機散開、左右に分かれます!」

 

提督「予想通りだ、針路一六八を取れ、後部主砲左舷90度旋回!」

 

副長「――――――、―――――!(針路一六八に変針、後部主砲左舷直角待機!)」

 

提督「さぁ・・・来い!」

 

緊張の分刻が刻まれる。こういう時こそ根競べである。焦って発砲を行えば、効率的な迎撃は困難となる。

 

明石「――――距離12000、敵機両サイドとも針路変えた、突入コース!」

 

提督「もう少し!」

 

明石「――――10500!」

 

提督「全主砲撃ち方始め!!」

 

副長「―――――!(うちーかたー始めぇッ!!)」

 

 

ズドドドドオオオオォォォォーーーーー・・・ン

 

 

貴重な砲弾ではあるが割り切った直人により、敵機突入針路上の水面に放たれる主砲弾。寸刻置いてそれなりの太さの水柱が屹立し、巻き込まれた敵機が墜落した。

 

提督「高角砲、ぼさっとするな撃て!!」

 

直人が即座に叱責しながら命じる。

 

それまで静かであった夜の海は、気付けば戦場だった。夜の闇に炸裂する高角砲弾、屹立する水柱、蛇行する航跡、闇を裂く曳光弾、乱舞する戦闘機、決死の突入を敢行する敵中爆、激しい応酬が両者の間で繰り広げられていた。

 

提督「取り舵60、急げ!!」

 

副長「―――――!!(取り舵60急げ!!)」

 

左舷側から突入してくる敵機に反応して直人が指示を出す。

 

明石「大丈夫なんですかこれェ!?」

 

提督「1発も喰ってないだろ安心しろ!!」

 

(精度が)圧倒的な防御砲火と直人必死の操舵術で、巧みに敵の突入コースを外させる直人。

 

前檣楼見張員

「“右舷正面敵機3機向かってくる!!”」

 

提督「チィッ、次から次へと! 面舵80度!!」

 

副長「―――――!(面舵一杯!!)」

 

懸命な操舵指示により、既に30機以上の攻撃を回避している鈴谷だったが、何度も運に助けられている事は事実。かなり危うい事は言うまでもない。

 

左舷見張員

「“187度、左舷前方から2機向かってくる!!”」

 

後檣楼見張員

「“95度方向から4機接近!”」

 

右舷見張員

「“359度から3機!!”」

 

前檣楼見張員

「“先程回避した3機、290度から接近!!”」

 

提督「囲まれた――――!?」

 

四方から迫る敵機、爆弾槽はその全てが開かれている。爆弾は1000ポンド3発(B-25J)ないし500ポンド4発(A-20G)、距離は既に、4000mを割っている。

 

提督「――――舵取り舵10、両舷一杯! 対空砲精密射撃、機銃撃ち方始め! 前方の敵機に艦首主砲射撃、後方の敵機に後部主砲斉射!!」

 

直人はこれらの指示を直接出した。

 

副長「―――!?(正気ですか!?)」

 

提督「当たり前だ、下手に舵を切れば敵に完全な両舷同時攻撃を許す。ならば直進して相対し、両舷からの攻撃リスクを半減する!」

 

明石「しかし艦首に直撃を食らったら!」

 

提督「分かっとるわい、その為の取り舵だろう。」

 

明石「――――!」

 

直人は針路指示の際「舵取り舵10」と指示している。これは角度ではなく、舵の角度を指示しているのだ。これにより艦は徐々に左にコースを取るようになる。ただその差は僅かである。

 

前檣楼見張員

「正面敵機撃墜1、投弾しました!!」

 

敵機が2機爆弾を投下し、離脱を始めていた。

 

後檣楼見張員

「後方の敵機、4機全機撃墜!!」

 

右舷見張員

「右舷敵機2機撃墜、投弾した!!」

 

左舷見張員

「左舷前方、2機投弾!!」

 

提督「今ッ! 取り舵一杯!!」

 

副長「――――!!(取り舵一杯!!)」

 

予め取り舵が効いている船体は、速やかに左方向に舳先を向けていく。

 

前檣楼見張員

「正面全弾回避!!」

 

右舷見張員

「右舷、直撃コース外れた!」

 

左舷見張員

「左舷方向2発来ます、残りは回避!!」

 

提督「何ッ――――!?」

 

敵弾が来るのは左舷方向、舵を切った方向である為艦首に直撃される可能性がある、最悪のパターンである。

 

明石「そんな――――」

 

副長「――――!!(“操舵何してる!!”)」

 

操舵室「“一杯ですっ!!”」

 

提督(神よ――――!!)

 

 

ザザァッ―――ズドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左舷見張員

「“1発入水、1発早発、被弾、無し!!”」

 

提督「―――――!!」

 

明石「やったああああ!!」

 

副長「――――!(助かった!)」

 

それは正に、“奇跡”と呼ぶに相応しい偶然だった。広い海では、どうしても穏やかな海面は期待出来ないのが常で、反跳爆撃でも早発や手前で水没する可能性があった。その偶然を引き寄せたのは、運以外の何ものでもなかった筈である。

 

 

そしてそれを境に、敵の空襲はやんだ。その次に攻撃する筈の敵機は既に、柑橘類少佐の戦闘機隊によって殲滅されていたのだ。この様な事が可能だったのには一つ理由があり、直人が7000m以遠の対空射撃を禁じていた事が挙げられる。これ故に柑橘類隊は鈴谷を遠巻きに攻撃順を待つ敵機を片っ端から撃墜したのである。

 

 

提督「終わった、か・・・聴音室、海中状況知らせ!」

 

聴音員「“敵潜と思しき推進音複数、感1から3。”」

 

提督「恐らく戦況を見守る傍ら攻撃の機会を窺っているな、方位分かるか?」

 

聴音員「“少なくとも我々の本来のルートを妨げる位置取りではありません、周辺から急行して来たものかと。”」

 

その報告を受け直人は予定通りのルートに復した後、全速力でその場を離れる事を決し、戦闘配備を解いた。この時の彼らは爆雷を装備していない為、潜水艦の襲撃には無力であった。

 

柑橘類「“こっちは交代で戻るわ、もう弾もないし燃料もギリギリだからな。”」

 

提督「すまんな、手間かけた。」

 

柑橘類「“全くだ、とんだ無茶を押し付けやがっていっつもいっつも・・・。”」

 

提督「お前が言うな。」

 

柑橘類「“フン――――じゃぁな、次は帰りの便だな。”」

 

柑橘類少佐率いる零戦隊は、42機いた機数を5機減じ、37機となって帰路についた。夜空に消えた零戦隊と正反対に、重巡鈴谷は波を蹴立てて、敵地に向け驀進するのであった。

 

 

この時現れた敵機はA-20G型深海攻撃機43機と、B-25J型深海爆撃機31機の74機、内柑橘類隊の撃墜37、重巡鈴谷の撃墜19で、両者合わせ50機以上を撃墜したもののあの有様である。これは艦艇が空からの攻撃に弱い証左であり、直人の直感と閃きからなる巧みな操艦無くしては、鈴谷が無傷でいられなかった事は否めないのだった。

 

 

6月12日6時41分 チューク諸島――――

 

 

グオオオオオオオオオーーーーー・・・ン

 

 

ウゥ~~~~~~~~~・・・ッ

 

 

夏島「敵大型機ノ空襲ダト!? レーダーハ何ヲシテイタ!!」

 

アルウス「レーダーが使い物にならん、真っ白でな。」

 

夏島「ナッ・・・!?」

 

横鎮近衛艦隊の第一次攻撃隊は、キ-91・銀河・一式陸攻などの長距離爆撃機と、母艦を発った一航艦制空隊で構成される。既に空域は完全に制圧されていた、この時点で、彼らは先制されていたのだ。とうの昔に投弾針路に入った爆撃機の大群、今更高射砲を撃ち上げた所で遅きに失していた。

 

夏島「エエイ、トニカク撃テ!!」

 

しかしその時には既に、大量の爆弾が夏島と春島に向けて投下されていた――――――

 

 

先制第一撃は、彼らの奇襲により成功を収めた。

 

敵の飛行場は機能しなくなり、地上施設にも相当の被害が発生、第一撃で飛行場を叩き潰された事で敵の要撃は最後まで無かった。逆に各所に点在する飛行場に零戦隊が殺到、機銃掃射で地上撃破機が多数発生した。流れ弾で被弾した深海棲艦もいただけに、地上側も艦隊側も混乱に陥った。

 

トラック棲地攻略作戦の第一撃が、夜明けの奇襲として放たれたのである。

 

 

6時37分 A点南方50km

 

提督「よし、第一次攻撃は成功か。」

 

副官「――――!(“やりましたね!”)」

 

鈴谷では奇襲成功の報に沸いていた。

 

明石「第二撃を準備しますか?」

 

提督「そうだな、予定通り二航戦を中心に第二次攻撃隊を編成、間髪入れず敵の行動を封じ続けるんだ!」

 

飛龍「“了解!!”」

 

二航戦旗艦である飛龍が張り切って返事をする。

 

 

飛龍「さて、やりますか。」

 

多聞「そうだな、久々に暴れてやらんと。」

 

蒼龍「結局いるのね・・・。」

 

多聞「良かろう?」

 

蒼龍「まぁ、そうですね・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

久々に登場山口多聞中将、実戦にも久しい参戦であるが、果たして・・・?

 

因みに忘れてる人の為に解説しとくと、山口多聞中将は二航戦司令部ごと飛龍の5スロ目にいるのだ! 一度艤装がクラッシュしているが、新たに入手した艤装に元の艤装の残骸からデータをこしとってカスタムしたのである。結果改修の内容までは無理だったが、基本性能は完全なコピーに成功したのである。

 

多聞「ではそろそろ始めるとしよう。」

 

飛龍「了解♪ 攻撃隊、発艦!」

 

飛龍が弓に矢を番えて放つ。先陣を切ったのは岡嶋清熊海軍少佐が搭乗する、零戦三二型である。前後して蒼龍から藤田怡与蔵少佐の零戦二二型が発艦していた。なお以前述べたが弓式発艦は5機1セットである。

 

藤田と岡嶋、大戦後期の防空を担ったパイロットのコンビが、時空と所属を越え、飛龍の艤装破損による別離を越えて、漸く再び復活した訳である。

 

 

ブロロロロロ・・・

 

 

提督「ここは完全に敵の制海権/制空権のど真ん中だ。だからこそ、敵飛行場の長期制圧は不可欠だ。頼むぞ・・・。」

 

明石「針路はこのままですか?」

 

提督「あぁ。金剛、艦隊展開は出来てるな?」

 

金剛「“バッチリデース!”」

 

既に艦隊を展開した横鎮近衛艦隊、第一水上打撃群を先頭に、機動部隊と主力艦隊も準備を整え南下を続ける。トラック棲地の赤色海域半径は大凡50km、この広さ故においそれとは近づきがたいのだが、耐腐食処理済みの艤装を装備した艦娘達であるから問題はない。

 

提督「そいつは何よりだ、陣形を崩すなよ、今の内に艦隊運動の最終チェックも済ましておけ。」

 

金剛「“了解ネ!”」

 

 

その頃・・・

 

 

~サイパン島・横鎮近衛艦隊司令部~

 

司令部の食堂で、割と早起きした吹雪は朝食をとっていた。

 

禁錮処分とは言うが実際には『謹慎』処分と言う方が正しく、必要最低限の行動だけは許されていた。

 

吹雪「はぁ~・・・。」

 

睦月「どうしたの? 吹雪ちゃん」

 

吹雪「睦月ちゃん・・・。」

 

結構凹んでいる吹雪。

 

睦月「はっは~ん? 出撃に行けなくってその事で思い詰めてるのね?」

 

吹雪「そ、そんなこと・・・」

 

睦月「顔に出てるのね♪」

 

吹雪「・・・。」

 

図星な吹雪。

 

睦月「んー・・・確かに、悪い事をしちゃったのはいけない事なのね。でも吹雪ちゃん、きっと提督もあんまり怒って無いと思うのね。」

 

吹雪「でもあの言い方は・・・」

 

睦月「結構軍規には厳しい人だからね提督は・・・」

 

厳しい(資材庫荒らしは即、成☆敗)

 

吹雪「そうなんだ・・・。」

 

睦月「睦月も最初は結構怒られたのね、皆通る道だから元気出して?」

 

皆通る道(普通ならば口頭注意)

 

吹雪「うん・・・ありがとう睦月ちゃん。」

 

睦月「どうってことないにゃし!」エッヘン

 

久しく登場していなかった睦月ではあるが(クッソメタい)、無邪気でも悪い子ではない。そんなワンシーンであった。

 

 

提督「・・・金剛。」

 

金剛「“どうしたのデース?”」

 

提督「吹雪は・・・どうしてるかな。」

 

そう躊躇いがちに切り出す直人、その言いよどみ方で金剛も彼が何を考えてるか分かった。

 

金剛「“きっと提督の元気な帰還を待ってるネ、頑張りマショ!”」

 

そう言って彼を励ます金剛であった。

 

 

第二次攻撃隊は8時27分にトラック棲地上空に到達し攻撃を開始、この頃には深海側も態勢を整えてはじめており、空母級から戦闘機を飛ばし空中哨戒を実施する一方残った水上機を哨戒に飛び立たせる準備を進めている所であった。

 

第二次攻撃隊の目標は、制空隊が空中哨戒機及び迎撃機の排除、水平爆撃隊で飛行場の再爆撃及び水上機基地の破壊、そして急降下爆撃隊及び雷撃隊を以って敵艦隊に攻撃を仕掛ける事で、この第二次攻撃で機動部隊の存在を認知させ、敵艦隊を出撃させる事が目的であった。

 

提督「何度も言うが、今回敵泊地に接近する為には敵空軍戦力の封止が欠かせない、これは戦闘中にも言える事だ。だが、敵泊地を叩く前に、敵艦隊を残したのでは、我々は負けるしかない。故に今回は敵艦隊の攻撃に主眼を置く訳だ。」

 

明石「確かに、泊地駐在の艦隊ともなれば、規模は大きいですからね。」

 

直人が目論んだのは、『艦隊と泊地双方の撃滅』であった。二兎を追って返り討ちにされるリスクもあったが、故に彼は実行順を付けて順に叩くようにした。その最初が、敵艦隊の撃滅なのである。

 

提督「時間差でサイパンからも第二次攻撃隊が来る、どうやら柑橘類のヤローの独断らしいが、まぁ気が利いてると思って責は問うまい。」

 

 

8時11分 トラック棲地

 

アルウス「敵の艦載機か・・・。」

 

攻撃の少し前、レーダーで接近してくる第一艦隊及び一水打群を発った攻撃隊を捉えたアルウスは、敵の来る方角の差異からその事を悟った。

 

アルウス「規模もそれなりだ、有力な機動部隊が接近してきていると見ていい。」

 

夏島「待テ、ドウスルツモリダ。」

 

アルウス「戦術上、最も正しい判断さ。艦隊、出動する、稼働艦艇は用意出来次第泊地外に集結せよ。」

 

夏島「・・・。」

 

アルウスの判断は正しかった。トラック泊地は環礁内で艦載機の発着が出来ると言っても艦隊がひしめき合っている以上自由が利かない、空襲など受けようものなら艦艇は無力なのだ。

 

夏島「―――――アルウス!」

 

アルウス「・・・?」

 

夏島がアルウスを呼び止め、彼女に言った一言は、後に多くの深海棲艦を窮地から救うことになる。

 

 

ただまぁそのぅ・・・艦艇がそう容易く動ける筈もなく・・・

 

 

8時52分 重巡鈴谷

 

提督「――――在泊艦艇に甚大なる損害を与えたる模様、蒼龍艦攻隊は陸攻隊第二波と共同による水平爆撃により、敵地上施設及び水上機に相当の損害を与えたり、か。」

 

明石「やりましたね、成功ですよ!」

 

提督「――――我が方の被害、被撃墜71(うち制空隊22)、自爆32(うち制空隊10)、損傷多数。」

 

明石「・・・。」

 

やはりどうしても被害は多くなってしまうらしい。

 

提督「・・・トンボ釣り、用意しとけ。」

 

暁「“分かったわ。”」

 

提督「はぁ――――やれやれ、既にして激戦の予感。」 ┐(´д`)┌ヤレヤレ

 

明石「分かり切った事言わないで下さいな・・・」( ̄∇ ̄;)

 

提督「うん、そうだね~。」(・ω・)

 

こんな時でもいつも通りなのはまぁ流石である。そこへ多聞丸が直々に情報を伝えてきた。

 

多聞「“戦果観測機より受信『敵艦隊は空襲下を泊地外へ出港しつつあるものとみられる』だそうだ。”」

 

提督「よし、出て来たか。しかし空襲下に出港して来るとは、既に態勢を整えていたと言う事か、それとも・・・。」

 

明石「提督の目論みより少し早いですね。」

 

提督「少しどころなものか、ちょっとばかし予想の範疇から逸れている位だ、斜め上と言った方がいいか。」

 

多聞「“今回の敵はよく訓練されているようだ、気を抜くとやられかねんな。”」

 

提督「全くです、気を引き締めてかかりませんと。」

 

直人の考えでは、敵が泊地から出てくるのは空襲が終わってからだと想定していた。計算より多少早まった程度とはいえ、敵のその豪胆さに直人は舌を巻いていた。

 

提督「取り敢えず予定変更は無しだ、このままB点に向かう。」

 

明石「はい。」

 

副長「――――。(了解しました。)」

 

しかし直人のこの判断は、数時間後に彼を苦しめることになる誤判断であった。

 

提督「取り敢えず第三次攻撃隊準備。もうそろそろ第一次攻撃隊の制空隊も収容を終えるだろう。再出撃可能機をまとめ送り出す用意をしよう、発艦は10時ごろに。」

 

赤城「“分かりました。”」

 

明石「提督、なぜこんなに攻撃を反復するんですか?」

 

提督「それは勿論――――」

 

赤城「“敵の数が我が方を圧倒的に上回るからです、明石さん。”」

 

提督「人のセリフとらんでくれるか。」

 

赤城「“フフッ、差し出口でしたね、申し訳ありません。”」

 

提督「はぁ~・・・まぁそう言う事だ。」

 

敵の数が多い、と言っているが、艦娘の数が深海のそれを上回った事例などない。ではどういう意味かと言うと、人類側は艦娘と深海棲艦の実力差を、場合に依るが、駆逐艦などの小型艦クラスなら駆逐艦で10対1、中型艦なら6対1、大型艦であれば3対1と見積もっていた。

 

艦娘の力とはかくも強大である事は明らかだが、それは数の劣位を質で補った結果に過ぎない。そして“人間”と言う『器』に降りたが故の反応・対応速度の速さこそが、艦娘達の強さの秘訣なのだ。勿論人に比べ頑丈だし、人に扱えない多種多様な兵装を有しているが、それは所詮ハードウェアに過ぎないのだ。重要なのはソフトウェア、即ち動かす者の才覚である。

 

 

一方チューク諸島近傍の空襲が発生している海域の西側には、潜望鏡でその様子を探る2隻の潜水艦がいた。

 

ゴーヤ「す、すっごい・・・これが実戦でちか・・・。」

 

イムヤ「“えぇそうね、最も私もこう言う形で参加するのは初めてだけど。”」

 

横鎮近衛艦隊の第一潜水隊を構成するイムヤとゴーヤだ。第一潜水隊は直人の直属戦力の一つだ。普段は金剛の指示で訓練等に従事する傍らで、直人の指示を受けて前線へ出動、情報収集や時に通商破壊も行ってきた。

 

今回も直人の指示により先発し、チューク諸島周辺で監視任務に就く一方、大胆にも港外に出てきた敵艦に雷撃を決行、これまでに輸送船4隻撃沈、駆逐艦や軽巡など5隻撃沈を報じている。ただそれでは流石に弾薬に不安があった為、一旦鈴谷に合同し補給は受けていて、再び夜半に元位置に復帰したという訳だ。

 

因みに艦娘潜水艦の潜航は、自身の周囲に大気を包んだ泡を生み出してその中に入る事によって行う。排出された二酸化炭素はそのまま海水に溶けて消えるものの、余り長時間潜っていると空気球が小さくなり、しまいの果てには窒息するので注意が必要になる。

 

ただ水圧については受けた分と同じだけ内側から押し返す為問題ないらしい、便利だね、耳栓いらずだね。

(※水圧を押し返さなかった場合空気球内部の気圧が上昇し鼓膜がデンジャラスな為耳栓が必要になってしまうのである。)

 

ゴーヤ「イムヤは今までどんな事をしてたんでち?」

 

イムヤ「“んー、哨戒とか監視任務とかしかなかったわね、ゴーヤが来るまでは出撃も無かったくらい。だから輸送船は見かけたら沈めるチャンスがある位でね。”」

 

ゴーヤ「ふ~ん、じゃぁ初めての艦隊戦でち、頑張っていくでち!」

 

イムヤ「“えぇ、そうね!”」

 

後輩に負けていられないとイムヤのやる気が入った。(色んな意味でイムヤの後輩・・・おっと誰か来たようだ。)

 

第一潜水隊は、敵艦隊へ雷撃を行う為近接行動を開始したのであった。

 

 

~11時25分~

 

アルウス「よし、残存艦艇は全て揃ったな?」

 

横鎮近衛艦隊の三次に渡る攻撃により、当初9800隻に上ったトラック棲地艦隊は、6934隻にまでその数を減じていた。これらは全て航空攻撃の成果であり、一部は第一次攻撃隊の空襲の際、水平爆撃の余波や本来の狙いを外した流れ弾によって粉砕されたものまで含まれる。

 

更に大なり小なり損害を被ったものを含めると、満足に戦闘が出来る深海棲艦は4000隻強に過ぎず、小破や中破程度の艦艇を含めても、戦闘可能艦艇は5700隻程度であった。

 

アルウス「しかし、手酷くやられたものだ、相当な手練れだぞ、これは・・・くっ。」

 

ル級改Flag「大丈夫、ですか?」

 

アルウス「大丈夫だ“インディアナ”、問題ない。」

 

アルウスも急降下爆撃の一弾を受けていた、しかし戦闘に支障をきたす程ではない。後に考証で判明した事だが、この時アルウスに一弾を投じたのは、蒼龍艦爆隊長 江草隆繁大尉機であった。なお無事に生還している。

 

アルウス「好き放題やってくれたな、借りは返すぞ・・・。」

 

アルウスは、北方にいるであろう“敵”に復仇を誓った。

 

 

しかし、敵は空だけに留まらなかったのである。

 

 

ズドオォォォーーーンズドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

アルウス「何事だ!!」

 

ル級改Flag「雷撃です! 敵潜です!」

 

アルウス「探せ!!」

 

ル級改Flag「ハッ!!」

 

しかしこの頃には雷撃を終えたイムヤとゴーヤは、既に深度100m付近まで潜航し離脱を図っている頃であった・・・。

 

 

この雷撃によって、イムヤは2隻撃沈、1隻損傷の戦果を挙げ、ゴーヤも初の実戦で1隻撃沈、2隻損傷の戦果を挙げた。これだけ命中率が高いのは、敵艦の数が兎に角多いからである。

 

 

12時38分 B点・重巡鈴谷

 

提督「B点到着、これより作戦行動を開始する。全艦隊所定の計画に基づき行動を開始せよ!」

 

各艦隊旗艦「「“了解!!”」」

 

直人が遂に、待ちに待った号令をかけた。敵艦隊の位置は既に割れている。この上は敵艦隊に攻勢をかけるのみである以上、彼の声にも迷いはない。

 

今回は敵棲地攻略と言う事で、艦隊の総力を投入しての攻勢である。故に“彼女”も前線にいた。

 

 

陸奥「こうして肩を並べるのも久しぶりね、“大和”。」

 

大和「えぇ、こうして戦いに出るのも、あの時以来だけれど・・・。」

 

戦艦大和、世界最大最強の戦艦である。今や艦娘となったとはいえ、その力はむしろ高まっている位である。

 

大和「でも流石に旗艦は任せて貰えなかったわね・・・」( ̄∇ ̄;)

 

陸奥「ふふっ、あなたでもそう言うところあるのね。」

 

伊勢(あの二人仲いいよねぇ。)ヒソヒソ

 

日向(連合艦隊直属部隊で同じ飯を食ってた間柄だからなぁ・・・。)ヒソヒソ

 

一応だが武蔵竣工までの間、大和に旗艦の座は明け渡したものの、大和と長門型2隻とで第一戦隊を編成していた時期があるのだ。第一戦隊は第一艦隊の指揮下にありながら、決戦を行う場合、その旗艦には連合艦隊司令部が座乗する事になっていた。

 

第一艦隊司令部は第二戦隊を直卒する事になっていたのだが、第一戦隊旗艦とは即ちそれが『連合艦隊旗艦』なのだ。なので連合艦隊旗艦が第一戦隊旗艦と別にある訳でも何でもないのだ。第一戦隊の旗艦が連合艦隊の旗艦であり、その座に就いた戦艦にとって何より誇りとするところなのだ。(例外もいるが)

 

 

提督「うむ、所定の展開行動だな。」

 

明石「しかし、兵力を分散して大丈夫なんですか?」

 

提督「大丈夫か、と言われると少々自信は無いが、あの時に比べ練度は大きく向上している、今なら安心して任せられると俺は信じているからな。」

 

今回の作戦は、まず一水打群が真正面から突撃、敵陣に小さな傷を作って急速離脱する。そしてその離脱を開始するタイミングで第一艦隊が一斉に砲門を開き、敵先陣に打撃を与えつつ離脱を援護する。この間に一航艦航空隊は敵左翼に攻撃を集中する。

 

そしてそのまま第一艦隊は付かず離れずの状態で砲撃を行い、注意を引き付けている間に一水打群が敵右翼集団に殺到し、側面から一挙に突き崩しにかかるという算段である。今回は最悪追い払うだけと言う事も考慮している為、この様な作戦になっている。

 

提督「必ずしも勝つ必要が無いのなら、こういう作戦でもある程度は自由が利くのさ。」

 

明石「難しいですね・・・。」

 

提督「その分やり甲斐はあるさ。」

 

そう、勝てなければ退くだけだし、敵が退けば戦術面で負けていようがいまいが相対的にそれは勝ちなのだ。今回は相対的な結果で戦術判断を下さねばならない難しい戦いでもある訳だ。

 

――――ただ彼が自ら述べたように、やり甲斐自体は大いにある作戦である事は間違いない。

 

 

12時46分、この時最初に状況が動く。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「いや~・・・静かな海だなぁ。」

 

と呑気に双眼鏡を覗く直人。

 

明石「いや・・・確かに。」

 

否定しない明石。

 

副長「――――。(余裕ですね提督。)」

 

と感心したように言う副長妖精。

 

提督「まぁね~、勝つ必要が無いなら気負わんでもいいし。」

 

副長「―――――。(負けない様にしませんとね。)」

 

提督「そう言う事~・・・ん?」

 

明石「どうしました?」

 

直人が空に目を向けた途端、彼は異変に気付いた。

 

提督「敵の哨戒機だ、大型飛行艇タイプ! 本艦左前方方向で旋回中、気付かれてる・・・。」

 

明石「えっ・・・。」

 

前檣楼見張員

「“ほ、本当です! 150度方向敵哨戒機!!”」

 

提督「俺の方が発見が早いとはどういう事だ!」

 

叱責されて当然である。

 

深海大型飛行艇は、海老反った駆逐イ級に翼が付いたようなフォルムと見た目と言えば御理解頂けるだろうか、まぁそんな感じである。カラーも上面:黒・下面:白である。

飛行艇らしい長距離飛行能力と頑丈さを兼ね備え、敵拠点周辺の哨戒飛行中の所をしばしば目撃されている。

 

と、端的に言えばその性能はアメリカ海軍の保有していたPBY-5 カタリナ飛行艇に近いとも言われている代物である、零戦の敵ではないが厄介極まっている。

 

提督「・・・水上戦闘機が欲しい。」

※最後方に位置する空母部隊の一航艦でさえ結構前に出ている為見つかったのは鈴谷だけ

 

明石「け、研究はさせます・・・。」(;´・ω・)

 

その後空母部隊に通報はしたものの対処は遅れ、暫くの間触接を受ける羽目になったのであった。

 

 

一方でアルウス率いる深海艦隊は、触接した深海大型飛行艇からの通報を受け取っていた。

 

アルウス「敵艦隊の母艦を発見したか。」

 

ル級改Flag「しかし艦娘は伴っていないようです。」

 

アルウス「まぁ待て、全速で南下中と言う事は、恐らく艦娘は既に発進した後だろう。このまま防御陣を張る。」

 

ル級改Flag「分かりました。」

 

アルウスは直人の手の内をある程度予測していた。その作戦の全貌を知り得なかったとしても、その事は重大である。

 

即ち――――彼は遂に、互角の敵とあいまみえる事になったのである。

 

 

~13時01分・第一水上打撃群~

 

陽炎「対水上電探感あり、距離4万!」

 

陽炎の22号電探に、遂に敵が捕捉された。

 

金剛「早いデスネ?」

 

榛名「こちらに向かって前進して来ていたのでしょうか。」

 

金剛「そうネー、そう考えるのが自然デショウ。」

 

霞「13号電探に感あり、敵艦隊より敵機が発艦中!」

 

それは紛れもなく敵発見の知らせであった、同時に敵艦隊から艦載機が発艦中だという。

 

多聞「ほう、どうやらこちらの存在を既に掴んでいるらしいな。」

 

飛龍「えぇっ! ど、どどどどうしよう!?」

 

多聞「落ち着かんか飛龍。」

 

蒼龍「戦闘機及び攻撃隊、出します!」

 

金剛「了解デース!」

 

飛龍「そ、そうね!」

 

二航戦が直ちに艦載機の発艦にかかった。その頭上を一航艦と第一艦隊の艦載機群が敵艦隊に向けて飛び去って行く。火蓋は既に切って落とされた、この上は戦うのみ――――

 

 

一方で直人もこの報告を逸早く受け取っていた。

 

提督「ほう、早かったな。奴さんから出向いてきてくれたなら楽でいい。」

 

言いながら戦況プロットに敵と味方の位置関係をアップロードして行く。こうすることで以後戦況推移に伴いプロットに逐一最新の状況がインプットされていくようになるのだ。これは霊力探知技術が生んだ産物であるらしく、各艦とデータリンクされた鈴谷のデータベースには逐一各艦娘の電探や霊力探知のデータがほぼノーラグで送られてくるのだという。(明石談)

 

提督「・・・これは――――」

 

明石「どうしました?」

 

提督「・・・しまった、空襲を開始した時点で全速南下すべきだった、敵が防御陣形を組んでお出迎えだ。」

 

明石「ま、不味くないですか?」

 

提督「まずいどころかヤバい。手順を変える、金剛!」

 

直人はすぐさま金剛を呼び出す。

 

金剛「“攻撃手順の変更デスネ? もう敵右翼方向に迂回してるネ。”」

 

提督「ぬあっ――――!?」

 

その言葉に思わず驚いて戦況プロットを見る直人。

 

提督「参ったな、相も変わらずお見通しか。」

 

金剛「“フフッ、当然デース。”」

 

既に金剛は一水打群を率い自陣左翼方向へ迂回を開始していた。迂回した先には敵右翼集団がいる。これだけの数となると、通常の海戦術は無意味だ。元より船同士の戦いでないのだから至極当然であるが――――。

 

横鎮近衛艦隊がそれまで縦一線に三個艦隊を展開していた所から展開を開始したのだから、敵にとってはどういう意図に基づくものかと言う点において重きを置くか否かを判断する必要を、直人と金剛はその行動によって迫っている訳だ。

 

提督「よし、金剛の行動を追認する、第一艦隊はそのまま押し出して行け、圧をかけて精々迷わせてやることだ。」

 

陸奥「“はぁい♪”」

 

提督「金剛、移動中も攻撃して行け、少しでも敵の数を削ぐんだ。」

 

金剛「“OKネー!”」

 

直人は必要各所に指示を出す。どうやら長い午後になりそうだと、彼は漠然とそう思っていた。

 

 

アルウス「どちらだ・・・どちらが先だ・・・」

 

一方で金剛の機動に当惑したアルウス。

 

直人の指示通り戦艦陸奥と大和を軸にした第一艦隊が中央方向に突出し、35,000mと言う遠距離から砲撃を加えて圧を掛けたからである。金剛も砲撃しつつ迂回中であり、状況としてどちらが先に突っ込んでくるのか、判別しづらい状態にあった。

 

アルウス(この陣形は側面からの攻撃に脆い、かといって右翼を固めるのは難しい・・・どうする・・・)

 

アルウスの思案のしどころであったが、些か遅きに失してしまった感は否めない。何故ならこの時即座に金剛ら一水打群に猛攻を仕掛けていれば、彼らの攻勢は練り直しを余儀なくされたからである。

 

深海側の防御陣は、前方に両翼を配し、中央は少し下がった所に位置するという陣形である。所謂鶴翼の陣形であるが、これは中央に殺到してきた敵を半包囲する事で優位に立つ事を狙った陣形だ。だが反面、側面攻撃には脆いと言わざるを得ず、アルウスは中央が突進してくるか、側面攻撃が先か、どちらかを判断しかねたのである。

 

 

提督(金剛らに食いつくなら本隊を突進、中央に仕掛けるか備えるなら思う壺だ。)

 

一方の直人は既に敵の全ての行動を予測し備えていた。彼にとってみれば、取り敢えずは状況の予測は終わっていた。

 

明石「上手くいってほしいですね・・・。」

 

提督「そうだな、大きな失敗が無ければ何とかなる筈だ、砲撃準備は?」

 

明石「出来ています。」

 

提督「よし、副長に預ける。敵の手ごわい超兵器もいる事だ、俺自ら出陣して行って挨拶がてら一弾見舞って来よう。」

 

明石「分かりました、行ってらっしゃい!」

 

副長「―――――!(一時、艦をお預かりします!)」

 

そう言って直人は颯爽と艦首部のカタパルトから巨大艤装を背負って射出、出撃して行ったのだった。

 

 

13時31分、状況が再び動く。

 

 

金剛「チャージ!!」

 

一水打群「「オオォォォーー!!」」

 

 

提督「撃て!!」

 

 

ズドドドドドドドオオオオォォォーーー・・・ン

 

 

直人の砲撃と金剛の突撃が同時に開始された。1分半後、遠距離から放たれた80cm及び120cm特殊砲弾が敵艦隊に降り注ぎ、いくつも火柱が上がった。それを受けた敵艦に堪える術がある訳ではない、即ちそれは爆散の火柱であった。

 

 

アルウス「なっ・・・!?」

 

アルウスはその様を見て思わず声を失った。明らかに大きさの違う水柱と、それより遥かに数の多い巨大な火柱を目の当たりにしたからだ。

 

アルウス「―――い、今の砲撃は、どこからだ!?」

 

ル級改Flag「正面です、4万5000から砲撃されました!」

 

アルウス「4万5000だと!!??」

 

ル級改Flag「あっ、敵が右翼方向から――――!!」

 

アルウス「クソッ―――!!」

 

 

提督「戦後世代相当の射撃管制から逃れるのは容易ではないぞよ? フフフ。」

 

大和「“驚きました、我々の砲撃とは命中率が違いますね・・・。”」

 

提督「じゃろ~? 性能的にアイオワ級を凌駕すると謳われた射撃指揮装置ぞ、レーダーと計算機のコンビネーションは最強だった。」

 

大和「“す、凄いですね・・・。”」

 

実際アイオワでもこのコンビを使っていた。巨大艤装『紀伊』も妖精さんの力を借りた各種条件計算と、レーダー連動の二つを組み合わせた射撃指揮装置を搭載しており、その性能はアイオワのそれを凌駕するとは、当時の喧伝文句であった。実際その通りだったが。

 

提督「第二射、撃て!」

 

直人が次なる射弾を敵に送りつける。強力かつ大重量の砲弾は、正確無比の命中率を叩き出す。

 

 

金剛「ファイア!!」

 

 

ズドドドドドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

一方の金剛率いる一水打群は、敵右翼集団の側面からその全火力を空海一体となって叩き込んでいた。

 

 

ドド・・・ン

 

 

金剛「oh・・・テイトクが出てきましたネ・・・?」

 

榛名「この砲撃音は・・・そうですね。」

 

金剛と榛名は響いてくる大きな砲撃音でその存在に気付く。その一方上空では各空母から飛び立った制空隊が必死で敵攻撃隊を阻止していた。そのおかげで艦隊への空襲はここまでゼロに抑えられている。

 

金剛「敵が狼狽している今が好機ネ! 突入!!」

 

金剛は一水打群に攻勢の強化を指示した。

 

 

提督「やるねぇ金剛。」

 

陸奥「“私達も負けてられないわね。”」

 

提督「それもそうだが、余り深入りするなよ。」

 

陸奥「“えぇ、鶴翼陣に正面から分け入ったら負けですもの。”」

 

提督「魚鱗陣敷いてないしな。」

 

敷いたところで陣が小さすぎて話にならないのだが・・・。

 

第一艦隊が陸奥の指示でワンライン前へと出ていく。それに追従する形で紀伊と鈴谷もあとを追う。両者共に進軍の足は緩め緩やかに接近している。その状況でどんどん敵本隊に対する圧迫を強めていく横鎮近衛艦隊だったが、この事が後に思わぬ窮地を呼び込むことになる。

 

 

14時47分、金剛隊が漸く敵右翼部隊を突破し、敵本隊へと肉薄した。その30分前の事である。

 

 

~14時14分~

 

提督「鈴谷へ、突撃態勢を取れ。」

 

明石「“了解!”」

 

直人が後方の鈴谷に前線参加を指示した。左翼の戦線が若干膠着の様相を見せていたからだ。

 

提督「敵の戦力はそれなりに削り取れている筈だが・・・。」

 

余りに敵の数が多過ぎてその実感が沸いてこない直人。

 

「大丈夫じゃ、わらわ達と―――皆と共にある限り、負けはせん。わらわ達がそうさせぬ。」

 

直人の傍らで初春が言う。陸奥が突撃しないからとわざわざ護衛の為に戦力を裂いてくれたのである。

 

提督「フッ、その言葉が頼もしいな。」

 

若葉「提督は安心して撃ってくれ、私達がいれば大丈夫だ。」

 

提督「あぁ、そうさせて貰う。」

 

直人は頼もしい小さな戦士達に素直に礼を述べるのであった。

 

 

一方でアルウスは・・・

 

 

アルウス「右翼部隊は突破を試みている敵部隊を一度通してやれ、その後半包囲する。」

 

アルウスは重要な決定を下したタイミングであった。本隊先鋒は既に直人や戦艦群の砲撃で壊滅していたが、まだ十分な戦力を残している。

 

ル級改Flag「大丈夫、でしょうか・・・」

 

アルウス「数の上ではこちらが優勢だ、例え麾下艦艇が複数隻で艦娘1隻分だと言ってもな。」

 

深海の指揮官達は自分達の戦力が単一では非常に劣悪である事を理解していた。故に集団戦法を多用し単独で行動させなかったのは、深海の戦術に於いて後々までの特徴となる。同時に要求されたのが、指揮官の指揮能力であった訳だが――――それについてはいずれ述べる事もあろう。

 

 

金剛「見えたネ、敵本隊!」

 

かくして金剛隊は14時47分、敵本隊への突撃を開始する。しかしこれは敵の罠であったのだ。

 

 

アルウス「今だ、包囲の輪を閉じる!」

 

ル級改Flag「はっ! 全艦、突入してきた敵本隊を包囲せよ!」

 

アルウス「あっさり引っかかったな、所詮上意下達の連中などこんなものだ。サイパン艦隊の主力がどんなものかと思えば、単純で助かった。」

 

そう、金剛らが本隊である事はトラック棲地にいた者には露見していた。アルウスは前線からの報告で、金剛と思しき艦娘が突撃して来た事を察知していたのである。故に彼女は、一水打群を罠に掛けたのである。

 

 

提督「――――いかん、金剛が罠に落ちた!」

 

一方の直人も敵の動きの変化で敵の策を洞察していた。突入してくる敵をわざと通し、本防御線と共に撃滅する戦術は昔からあるからである。しかし直人はこの時敢えてその事を金剛に言わなかったのである。

 

提督「陸奥、大和! 俺が金剛らを救援に行く、突入援護頼むぞ!」

 

陸奥「“了解、気をつけてね。”」

 

大和「“そんな、危険です! 提督自らそんな――――”」

 

知ってる者と知らない者では信頼感が違うのは当然である。この差もその一例と言えた。

 

提督「大和。」

 

大和「“は、はい?”」

 

提督「俺なら心配ない、なんせ、超兵器とサシで殴り合った事もある。」

 

大和「“えぇっ!?”」

 

それを聞いた大和は仰天した。

 

伊勢「“満身創痍で帰って来たけどね。”」

 

そして伊勢が通信に割り込んできた。

 

提督「こらっ、それは言わんお約束だろうに。」

 

日向「“まぁ、悪運が強いのもいい事だがな。”」

 

提督「褒めてんのかどうかはさておくとしてもだな・・・はぁ、まぁいいや。お前らちょっと行ってくる。」

 

伊勢「“止めても行っちゃうじゃない、思いっきり暴れてらっしゃいな。”」

 

日向「“まぁ、そうなるな。”」

 

陸奥「“急がないとね、金剛が待ってるわよ?”」

 

提督「おう、全くその通りだ。」

 

直人はその言葉を皮切りに、後に公試53.7艦娘ノットを記録したという快速にバーニアの加速を乗せ、今にも閉じられようとしている敵包囲陣に向かい真一文字に突進を開始した。

 

 

大和「――――こうなったら仕方ありませんね。全砲諸元伝達、撃ち方、始め!」

 

 

ズドドドドドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

9門の46cm砲が遅延を噛ませつつも一斉に火を噴いた。

 

陸奥「全砲門開け! 突入を援護するわよ!」

 

第一艦隊「「了解!」」

 

陸奥の号令一下、第一艦隊の砲撃が包囲を閉じようと展開中の敵左翼部隊に集中する。

 

直人がその先端に向けて猛突進をかけた。

 

 

チ級Flag「急げ――――!」

 

敵の左翼先鋒各隊が相争う様にして包囲を閉じようとしている、その包囲の輪も、まもなく閉じられようとしていた。

 

アルウスもその麾下にあった深海棲艦も、作戦が型にはまったと安心していた、正にその時であった。

 

 

ドドドドド・・・ン

 

 

チ級Flag「―――――!?」

 

一際巨大な砲撃音、振り向いた先にチ級Flagは巨大な“何か”を見た。そこで意識が断ち切られる―――――

 

 

提督「ハイハイどいたどいたァ!!」

 

直人がその艤装から無数の砲撃音を連続して轟かせて突進する。瞬く間に、彼が進むべき道が切り拓かれていく。

 

直人は拓いたルートを迅速かつ最短で通り抜け、金剛との合流を果たすに至る。

 

 

金剛「テイトクゥ!?」

 

榛名「まぁ!」

 

提督「よう、災難だな。」

 

金剛「いやなんでわざわざ飛び込んで来るんデスカー!?」

 

金剛の反応はまぁさておくとしてそれに対する直人の返しはこうだった。

 

提督「いやなに、罠にかかってしまった不幸なお嫁さんを助け出しに来た王子様ってところじゃろうね?」

 

金剛「なっ!!??///」

 

摩耶「おいおい・・・。」(言われてみてぇなぁアタシもなぁ~・・・)

 

矢矧「はぁ~・・・。」

 

まぁ、色々台無し感は否めない。

 

提督「そう言う訳だ、策はある。」ガチャッ

 

そう言って直人は携行してきた火器を見せる。

 

金剛「・・・30cm速射砲・・・デスカ?」

 

提督「そう、砲身交換して持ってきた。」

 

直人が持ってきたのは30cm速射砲に、普段付けているロングバレルでは無くその3分の2の長さのミドルバレルを付けたものだ。それでも全長は2.48m程あるが。

 

提督「まぁ弾倉は持ってきてないがね、戦闘に使いはせん。」

 

金剛「oh・・・?」

 

羽黒「ど、どうするんですか?」

 

提督「フッ・・・目くらましさ。」

 

不敵に微笑み直人が言う。

 

霞「で、具体的にどうするつもりなのよ。」

 

提督「そう急かすなって、金剛、全員で煙幕の展張を、大きくな。」

 

金剛「オ、OKネ。」

 

提督「さて、いっちょ目くらまし、始めるか。」

 

そう言って直人は持ってきた30cm速射砲を構える。と言っても1門だけである。

 

直人が引き金を引き、ドンドンと太鼓を叩くような独特な音で砲弾が送り出される、その目標地点は、敵両翼の手前の水面である。

 

金剛(――――手前を狙っている・・・?)

 

金剛にはそれが何となくわかった。手品の種はすぐに分かった。

 

 

ボンボンボンボン・・・

 

 

砲弾が敵正面の水面上空で次々に炸裂、その直後炎と共に黒煙が立ち込めたのだ。

 

提督「よし、これで敵の視界は遮られる筈だ。」

 

金剛「煙幕弾、ですカ・・・。」

 

提督「それも曰く“特別配合”だそうだ、明石に無理言って調合して貰った。さぁさっさと直進で味方と合流するぞ。」

 

金剛「了解ネ!」

 

この煙幕弾は、言ってしまえばサーモバリック爆薬弾だ。それが爆発する際より濃くより長く滞留する黒煙を出すように調合したものがこの煙幕弾だとお考え頂きたい。

 

その場で広範囲に煙幕を張った金剛達の行動は本陣からは見えない。側面は直人がこれまた広範囲に渡り黒色煙幕弾で視界を遮った為時間が稼げるという算段である。加えて突破方向にまで煙幕弾を撃った為、無理矢理近接戦闘に持ち込む腹でさえあった。

 

金剛「全速突破ネ! ファイアー!」

 

摩耶「撃てっ!!」

 

羽黒「撃て~!!」

 

鈴谷「全力射撃、いっくよ~!」

 

矢矧「一気に押し込むわよ!!」

 

大井「ひとまとめに叩き付けるわ!!」

 

陽炎「突撃~ッ!!」

 

一水打群が直人の元来たルートで後退を開始する。既に包囲の網も元来たルートも閉じられてはいたが、直人の来援と、艦娘の独壇場と言えなくもない近接戦闘に持ち込んだ事もあり、突破はスムーズに進む。

 

提督「さて、この後どうするかな・・・。」

 

直人はその渦中にあって早くも次の手を考え始めていた。

 

 

アルウス「なに!? 包囲が突破されつつあるだと!?」

 

前線からの報告を受け取ったアルウスは驚きを隠せなかった。一水打群は精々20隻弱程度の小部隊である。膨大な差がある包囲部隊を突破する事は出来ない筈であった。

 

「“―――――!”」

 

アルウス「巨大な艤装・・・まさか、報告にあった――――」

 

戦艦紀伊だ――――アルウスはその結論に辿り着いた。

 

アルウス「迂闊に手を出すな! 一度通してやれ!」

 

ル級改Flag「あ、アルウス様?」

 

アルウス「奴等の巨大艤装は、我々超兵器級と互角の力を持つと言う、迂闊に手を出せば被害が増す一方だ。」

 

ル級改Flag「それは・・・そうですな・・・。」

 

アルウスの副官であるル級改Flag『インディアナ』が追従した。

 

直人が操る巨大艤装の件についてはとっくの昔に各所に報告書が送られていた。その一つにトラック棲地も含まれていただけの事である。

 

そしてこれを無理に阻止するのではなく、ルートを開けると言う選択肢も敵ながら中々の慧眼ぶりだ。並の指揮官なら包囲と言う形に拘って、無理やりにでも押し留めようとするものだが、それをしない事が凄いのだ、それだけ思考が柔軟なのである。

 

 

提督「道が開けた・・・? 罠か、或いは――――」

 

金剛「今ネ! 包囲の外へ全速力デース!!」

 

矢矧「了解! はあぁっ!!」ザシュゥッ

 

矢矧が敵の重巡クラスを一刀の下に斬り倒しながら金剛の指示に応ずる。

 

提督「そうだな、脱出が先決だ、殿は引き受ける!」

 

金剛「頼もしいデス、無理はノーなんだからネ?」

 

提督「承知している、さぁ行った行った!」

 

直人が急き立て、一水打群が開かれたルートを全速力で抜けていく。その最後尾に直人が付き、追撃を仕掛けようと試みる敵艦隊に痛打を浴びせつつ後退する。因みにこの時艦載機は使っていない。

 

提督「装填速度がどうしてもネックだな・・・繰り撃ちすればどうにかなるものの・・・。」

 

流石に80cmや100cmクラスになるとネックはそうした装填速度の遅さになってくる訳である。門数自体が多い事と威力も抜群なのでほぼ帳消しにはなる訳だが。

 

提督「・・・うーむ。」

 

そんな事を考える余裕がある程、彼の艤装はこの時点で十分過ぎるほど強いのであるが・・・。

 

 

かくして15時17分、一水打群は敵の包囲から脱した。それと前後する様に一航艦からの空襲部隊が空域に到着し、攻撃を開始した。

 

提督「ヒュ~ッ、タイミングばっちり。」

 

その偶然の一致に直人は驚いたものだ。

 

金剛「提督、助かったネ。」

 

提督「なんてことはないさ。それより、まだ戦いは終わってないぞ。」

 

金剛「そうデスネ、やりましょう!」

 

包囲から脱したと言っても戦いはまだまだこれからという様相であり、金剛達は直人の言を受けて、今一度気を引き締め直すのであった。

 

提督「“紀伊”航空隊、全機出撃!」

 

直人が脚部艤装に取り付けた航空装備から艦載機を発艦させていく。噴式景雲改を先頭とした大編隊が、敵艦隊へ猛爆を仕掛けるべく突入を開始する。総勢600機に及ぶ大編隊を放つ能力は戦艦と言うよりは、“動く航空要塞”と呼ぶ方が相応しいだろう。

 

しかしこの巨大艤装の肩書でさえ「超巨大機動要塞戦艦」なのだから世話が無くて大変宜しい。さらに120cmゲルリッヒ砲や80cm連装砲などを搭載しているのだから、強力無比もいい所である。

 

蒼龍「・・・やっぱりあれ、ずるい。」

 

突入の為分離されていた二航戦が金剛の元に戻って来るなり、蒼龍が直人に向かって放った一言である。因みに機数の事ではなく噴式機を指して言っている。

 

提督「ずるいと言われてもなぁ・・・いずれ何とかしてやれるかも知れんから辛抱せい。」

 

蒼龍「ほんとにー?」ジトーッ

 

提督「明石に聞けぃ。」

 

蒼龍「そ、そうだよね・・・。」

 

口約束をする事自体は回避するスタイル。

 

多聞「フッ、口は達者なようだな紀伊元帥。」

 

提督「いえいえ、提督程ではありませんよ。」

 

多聞「私こそ、これだけ往生際が悪いと言うのにまだまだだよ。」

 

提督「――――ま、いいでしょう。」

 

謙遜のし合いを最前線でやるこの余裕は何なのか。そしてそんな事を言っている間に、まるで片手間か何かの様に直人が突出してきた敵を一つ一つ丁寧に砲撃で叩いているのである。敵としてはたまったものではない。

 

 

~15時32分~

 

アルウス「――――我々をこけにしているつもりか・・・。」ワナワナ

 

アルウスが、敵が余りに手を出して来ず、さりとて味方が手をこまねいている事に怒りを募らせていた。まぁ敵前でドカッと座り込んでツンツンしているだけなのだからそう取られても可笑しくはない。

 

ル級改Flag「どうしましょう、このままでは埒があきません。」

 

アルウス「しかしあの巨大艤装から受けている被害が尋常ではない・・・。」

 

そう、紀伊航空隊の戦果はまたしても尋常ではなかったのだ。いくら損傷艦が混じっているとはいえ、一航艦攻撃隊と共同しての攻撃で275隻を撃沈、190隻を大破(一部一航艦との共同戦果)と言う戦果を叩き出したのだ。

 

基本的に紀伊航空隊はツーマンセルで、一部は一航艦所属機と組んで攻撃していたのだが、それにしても凄まじい戦果を挙げていると言うべきであろう。しかしこれでも敵の牙城のほんの一部を切り崩しただけに過ぎない。

 

が、直人が砲撃だけで700隻近く沈めていた為、合わせて900隻程を提督自身がほぼ独力で沈めている勘定になる。こうなってくると敵戦力の一割を超える数である。アルウスが言うのもこの損耗率で、たかが1隻に900隻が既に沈められているのだから積極策に二の足を踏むのは当然だった。

 

アルウス「・・・退くぞ。だがトラック棲地にではない。」

 

ル級改Flag「で、ではどこへ退却されるおつもりで?」

 

アルウス「――――ハワイだ。」

 

ル級改Flag「トラック棲地を、見捨てるおつもりですか!?」

 

アルウス「それが夏島からの命令なのだ。“形勢不利と見るならば陣を引き払え”とな。」

 

夏島に引き留められて告げられた一言とは、とどのつまり『戦力を過度に消耗するようであれば、いっそトラック棲地の事を省みるな』と言うものであった。

 

トラック棲地を管轄する泊地級深海棲艦である夏島は、自身の防衛如きが為に貴重な精鋭艦隊を消耗し尽くすのは愚策と考えていた、故に彼女はアルウスに、いざとなったら逃げる様にと告げたのだ。

 

勿論大規模棲地である以上トラック棲地陥落の影響は大きい。しかし、艦隊共々倒れるならば艦隊だけでも保全した方が、将来の反撃にも役立つ筈だと言う、高度な判断が働いていた。

 

アルウス「――――私が、殿を務める。付き合ってくれるか?」

 

ル級改Flag「・・・。」

 

アルウスの言葉にインディアナが瞑目し、そして答えた。

 

ル級改Flag「私までもアルウス様と殿を務めては、撤収する艦隊を指揮する者がおりません。しからば私は、麾下の艦隊を撤収する指揮を承りたく。」

 

アルウス「そうか・・・そうだな。では撤収の指揮は任せたぞ、インディアナ。」

 

ル級改Flag「はい!」

 

深海艦隊で言う『副官』とは、人類側のそれと違い『副司令官』と言う側面がある。インディアナはその職権に基づく進言をし、容れられたのだ。

 

アルウス(私も、良い副官を持ったものだ・・・。)

 

アルウスはインディアナの答えに満足した様子であった。

 

かくしてアルウスと直人の決戦の機運が、俄かに高まり始める・・・。

 

 

~15時47分~

 

提督「撃て!!」

 

 

ズドオオオオォォォォォーーーーー・・・ン

 

 

120cm砲の右舷砲を射撃する直人、敵が多い為順次射撃である。なお左舷砲は装填中だ。

 

金剛「崩れないデスネー。」

 

提督「全くだ、指揮官はかなり優秀と見える。」

 

金剛「そうネ、いよいよ敵も本気と言う事デスネー。」

 

提督「我々も気を引き締めなくてはな。」

 

直人は敵陣の守りが余りに硬い事を見て舌を巻いていた。今までこんな事は経験がない。敵の突出行動も合理性を伴う様になり、敵前線部隊が有機的な連携を以って、一水打群を主力に立てた横鎮近衛艦隊の猛攻を食い止めていたのだ。

 

艦隊だけではなく航空攻撃も、その所期の成果を挙げられなくなっていた。それはアルウスが膨大な戦闘機を展開した為で、また対空砲火が能率的に射撃され始めた事も相まって、損害が増加する一方となっていた。こうした事は今まで無かった事だ。それだけに、一筋縄でいかない事を改めて肌で感じていた。

 

どんな事であれ、目で見て、肌で感じ、経験として蓄積しない限り、それは『実感』とはならない。実感無き知識はただの知識であり、なんの意味も持たないのだ。こうした点において、紀伊直人と言う男は苛烈な前線に於いて、苦境を常態的に“実感”しながら戦い続けた指揮官の一人であり、それは艦娘艦隊を指揮した者の中では極めて希少な存在であった。

 

提督「第一艦隊へ、前線へと前進して連続砲撃を行ってくれ。」

 

陸奥「“待ってました!”」

 

提督「金剛、二水戦を左翼方向へ突出、第八戦隊も付けてな。」

 

金剛「フフッ、以心伝心とはこの事ネー。」

 

提督「なんだ、同じ事を考えていたのか。」

 

金剛「オフコース!」

 

流石は艦隊設立以来の歴戦の指揮官金剛、他の艦娘との場数の差であろう。

 

提督「ならば話が早い、頼む!」

 

金剛「OK! 矢矧! 鈴谷!」

 

矢矧「了解!」

 

鈴谷「お任せあれ!」

 

矢矧が麾下の駆逐隊を、鈴谷が利根と筑摩を伴って戦列を離れ突進する。

 

提督「各艦隊損害報告!」

 

金剛「蒼龍が空襲で小破、大井・北上・摩耶が砲撃で小破、榛名中破/後送、五月雨と巻雲が大破デス。」

 

陸奥「“私他、大和・扶桑・高雄・那智・熊野・長良・五十鈴・舞風小破、扶桑中破、龍驤・雷・子日が大破ね。”」

 

赤城「“先程空襲により加賀・飛鷹・隼鷹中破、私他、祥鳳・比叡・加古・多摩・那珂・磯波が小破、大破艦はありません。”」

 

これを聞いた直人が一番最初に食いついたのは赤城の報告であった。

 

提督「一航艦の空母戦力が半壊だと!?」

 

赤城「“超兵器級からの空襲の様です、膨大な数の攻撃隊に襲われました・・・。”」

 

提督「アルウスか――――!」

 

直人は歯噛みをしつつも納得せざるを得なかった。そしてこの事は重大な意味を持つ。空母戦力の半減、即ち制空権の掌握が難しくなったからである。

 

いくら紀伊航空隊が存在し、残存空母も精鋭戦闘機隊を要していたとしても、既にそれらの消耗度合いは無視出来ない状態であり、これ以上の無理は航空隊を摩耗し切らせかねないと言う危機的状態にあって、この報告は凶報に近い。

 

提督(どうする――――!)

 

直人は遂に進退窮まった。このままでは航空攻撃によって、戦線が崩壊しかねない。更に航空優勢を辛うじてキープしていたと言う様なシビアな状態を遂に崩された以上、トラック棲地からの直接空襲も覚悟しなければならない状態と言う、絶体絶命の窮地に追い込まれていた。

 

金剛(まずい・・・!)

 

多聞(ここは素直に退く方が上策だが、どうする――――?)

 

直人は消去法で効果的な策を模索する。しかしどれも効果が見込めなさそうだと言う結論に至り、焦る。

 

 

―――――ォォォォォォォオオオオオオオ・・・

 

 

その時一水打群の“後方”から、ロケットの推進音が聞こえてくる。

 

提督「なんだ―――――っ!?」

 

直人は振り向き、そして驚いた。直人達のすぐ横を、ロケット弾が霞め去って行ったからだ。

 

 

ドオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

直後敵の戦列に巨大な爆発が生じる、必殺の気化弾が猛烈な爆風と強烈な気圧変化を齎し、周囲の深海棲艦を一掃する。

 

提督「あれは、なんだ!?」

 

金剛「な、何がナンダカ・・・。」

 

艦娘一同直人共々唖然。

 

「“しっかりして下さい提督!”」

 

直後聞こえてきたのは、重巡鈴谷にいる明石の声だった。

 

提督「明石、今のは一体・・・?」

 

明石「“提督には内緒で、偽装煙突にセットした“秘密兵器”です!”」

 

提督「煙突の中に―――!?」

 

明石「“中身はサーモバリック爆薬弾です、12連装の噴進弾発射機(ロケットランチャー)を仕込んでおきました! 援護します、ここが踏ん張りどころです!!”」

 

そう言われ直人は再び直人が振り向いた。直人と金剛ら一水打群の背後には、いつの間にか敵に側面を向けていたようで、転舵し艦首を向けつつある鈴谷がいた。

 

提督「明石・・・お前と言う奴は・・・!」

 

明石「“お褒めの言葉は後で頂戴します、今は!”」

 

提督「――――あぁ、そうだな。今の一撃で光明は見えた、行くぞお前達、残存艦隊は最後の一弾まで戦え!!」

 

一同「「“おおっ!!”」」

 

横鎮近衛艦隊、低下した士気を持ち直す。思わぬ心強い新兵器の登場は、消極論を打ち消すのに十分すぎる威力を示し、一撃で1000隻弱を吹き飛ばして見せたのだ。これを見て直人は戦闘続行可能な残存艦艇に、徹底攻勢を下令した。それは壊滅の危険も伴うが、最大戦果を挙げ得る現状唯一の方策でもあった。

 

 

アルウス「退却進捗はどうだ?」

 

ル級改Flag「後は前線で交戦中の部隊ですが、被害が増大しつつあるので急いだほうが良いかと。」

 

アルウス「分かった。すまんが、あとは任されてくれるか?」

 

ル級改Flag「私とあなた様の仲で御座います、喜んでお引き受けしますとも。」

 

アルウス「そうか・・・ありがとう。」

 

ル級改Flag「お戻りをお待ちしております、御無理は慎んでください。」

 

アルウス「あぁ、分かっている。直属艦隊、続け!」

 

遂にアルウスが動き始めた、その先には、奮闘を続ける重巡鈴谷と、直人以下の横鎮近衛艦隊前衛部隊がいた。

 

 

~16時01分~

 

提督「鈴谷、飛び出しすぎだ、下がれ!」

 

鈴谷「“この位大丈夫だって!”」

 

苦境にあえぐ横鎮近衛艦隊、しかしどこかで見た展開である。

 

 

プツッ―――ザザアアアァァァァ・・・

 

 

提督「っ!」

 

鈴谷からの通信が途絶え、見ると火柱が1本吹き上がっていた。

 

利根「“鈴谷! どうしたのじゃ!?”」

 

提督「敵の次の砲撃は――――」

 

直人は光学測距デバイスを使って遠視をする。光学測距方式は遠望鏡を二基一組にして使うので、それを利用して双眼鏡代わりにする訳だ。

 

提督「―――――いかん!」ザザザッ

 

金剛「ファイアー!」

 

直人が全速力で鈴谷救援に向かう。その立てた音は金剛の砲撃音に隠され、金剛に悟られる事は無かった。悟られていたならば、止められて時間をロスした事は目に見えている、が、この場合はこれが鈴谷を助ける事に繋がった。

 

 

鈴谷「いたたた・・・。」

 

恐らく戦艦クラスの一撃をもろに食らい、立つ事もままならない鈴谷。

 

鈴谷「艤装も服もボロボロじゃん・・・情けないなぁ・・・。」

 

大破し航行不能となった鈴谷、しかしそれで攻撃が終わる程、現実は甘くない。

 

利根「鈴谷!」

 

筑摩「鈴谷さん、大丈夫ですか?!」

 

鈴谷「ハハハ・・・なんとか。」

 

救援に来た利根と筑摩、しかし次の瞬間鈴谷がまだ砲撃されている事に気付く。

 

利根「鈴谷、逃げるのじゃ!」

 

筑摩「早く!!」

 

鈴谷「待っ、動けな――――!」

 

漸く鈴谷も、自分が狙われている事に気付く。しかし肝心な脚部へのエネルギー伝達経路が破損、航行不能に陥っていた。

 

鈴谷(終わり? こんなところで――――?)

 

筑摩「鈴谷さん――――!」

 

利根「あれはっ――――!」

 

 

 

提督「はああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」コオオオオオッ

 

鈴谷「――――!」

 

直人が全速力を発揮し錬金した薙刀を手に鈴谷の前に立ち塞がる。そしてその薙刀で直撃コースの砲弾を縦に真っ二つにしてのけたのである。

 

真っ二つに断たれた砲弾は鈴谷の後ろ左右に水柱を上げた。が、薙刀も即製錬金の代物であった為、運動エネルギーを受け止めた反動で砕け散った。

 

提督「はぁ・・・はぁ・・・」

 

鈴谷「提・・・督・・・。」

 

提督「大丈夫か、鈴谷。」

 

鈴谷の方を振り向かずに聞く直人。

 

鈴谷「な、なんとか・・・。」

 

提督「そうか。無理をした理由はとやかく問うまい、急ぎ後送せねばな。」

 

鈴谷「そう、だね・・・もう、ボロボロだし・・・。」

 

提督(ボロボロ過ぎて目のやりどころに困るんだよ・・・。)ゴソゴソ

 

そう、鈴谷の服は右肩から左下向きにザックリと裂けており、地肌が露わになっていたのである。完全に傷だらけという有様であったが、何より上半身の前が裸同然という状態で振り向けないのである。

 

提督「筑摩、これを鈴谷に。」

 

筑摩「は、はい。」

 

そう言って筑摩に渡したのは、脚部艤装に何故か入れていた三種軍服の上着である。この三種軍服は南方戦線向けに作られたもので、どうやら二種で暑いと駄目なので替えとして持って来ていた様だ。結果的に使っていなかったが持ってきた事が幸いしていた。

 

提督「それを着て鈴谷に戻って、傷を診てもらえ。」

 

鈴谷「うん・・・ありがと。」

 

提督「礼はいいから行った行った、筑摩、利根、あと任せる。」

 

利根「うむ!」

 

筑摩「お気を付けて。」

 

直人はそうして八戦隊と別れた、その直後の事である。

 

 

 

 

ドォンドドオオオォォォォーーーーン

 

 

突如響き渡る爆発音、その方角を振り返る直人。

 

提督「なっ――――“鈴谷”が!!」

 

被弾し、黒煙を噴き上げる鈴谷が、そこにはあった。

 

金剛「明石、大丈夫デスカー!?」

 

16時10分、重巡鈴谷被弾。

 

明石「“か、艦橋は無事です!”」

 

提督「良かった・・・。」

 

 

 

明石「損害箇所チェック、報告及び修復急げ!」

 

副長「!(はいっ!)」

 

その数分後に集計された損害状況は次のようなものだった。

 

着弾したのは3発、そのうち1発が艦首甲板を貫通して爆発、損害軽微。

1発が右舷中央部喫水線上舷側に着弾、艦内工場の設備の一部が破損した。

もう1発は艦尾甲板を貫通して中甲板で爆発、居住区画で火災が発生していた。

 

 

明石「“戦闘行動に支障はありません、修復が完了次第戦闘を再開します。”」

 

提督「分かった、無理はするなよ!」

 

明石「“はい!”」

 

直人は思っていたより被害が少なかった事に安堵していた。が、ここで更に状況が急転する。16時20分、鈴谷被弾の10分後の事だ。

 

朝潮「正面の敵、転進、離脱します!!」

 

提督「なに・・・?」

 

直人はその報告に敵の意図を測りかねた、彼らにしてみれば、敵は明らかに優勢だった筈なのだ。

 

金剛「観測機から報告デス、周辺に他に敵艦隊ナシ!」

 

提督「―――まさか!」

 

金剛「逃げられたデス。」

 

直人は漸く、自分達の苦戦していた状況は、敵による局地優勢の確保であった事を悟ったのだ。

 

提督「くそっ・・・まぁいい、退いてくれるというなら『正面、新たな敵!!』ええい今度はなん・・・だ!?」

 

榛名の報告に目を剥いて正面を見た直人だったが、見た方向にはとんでもない相手がいた。

 

 

アルウス「ここまでだ、艦娘共。」

 

金剛「空母棲鬼!」ガチャッ

 

提督「待て―――!!」

 

金剛「!?」

 

直人が思わず艦娘達を制止した。

 

提督「―――成程な、我々が“アルウス級(クラス)”と呼んでいたのは、上の連中が“空母棲鬼”と呼んでいる奴だった、という訳か。」

 

驚くべき事に、というべきだろうが、作者も含め我々が良く知る『空母棲鬼/棲姫』とは、まごう事無き超兵器級深海棲艦、超巨大高速空母「アルウス」の事だったのである。アルウスは極初期からいる為、他の超兵器と違い鬼級や姫級と同列に見られていたのだ。

 

金剛「ウソ・・・あれが、超兵器級!?」

 

アルウス「ほう、博識な奴も人間にはいるのだな。」

 

提督「なに、辛うじて生きて戻った偵察機が、お前の写真を撮影してアルウス級だと報告していたものでな。」

 そう、以前アルウスによってサイパン島が空襲された際に、索敵機が写真偵察ミッションを成功させていたのだ。その時撮影されたアルウス級とされたものの特徴が空母棲鬼の特徴を持っていた事と、トラック島にアルウスクラスの深海棲艦がいる事は着任前から知っていた諜報結果で把握していた為、判断に困っていたのだ。

 しかし彼は遂に実物を見た。それは、以前航空撮影された様々な超兵器級深海棲艦の写真を、曙計画の時に回覧した際に見た『クラス不明(超兵器級と推定・仮称「空母棲鬼」)』と同じで、トラック棲地を九七式艦攻を使い最初に偵察した際や潜水艦偵察からも、アルウスと断定できる材料は多かったのだ。

 

アルウス「ふん、成程な。情報収集に余念は無かった訳か。」

 

提督「情報収集は近代戦の基本だ、情報無くして戦は出来ん。そうだろう?」

 

アルウス「しかしあれだけの精鋭艦隊を相手にあれだけの奮闘ぶり、流石はサイパン艦隊だな。」

 

提督「そちらこそ、訓練を重ねた突破戦術がてこでも通らぬとは、流石の采配だ。あの采配も貴官が?」

 

アルウス「あれは副官の采配だ、私が、その殿を自ら引き受けてやるだけの事。」

 

提督「成程? 簡単には通さぬという訳だな。」

 

アルウス「その通り、同胞が逃げるまでの間、時間を稼がせて貰おう。」

 

提督「トラックを捨てるのか?」

 

アルウス「それが夏島からの命令なのでな。」

 

提督「ほう、相分かった。ならば不束ながら、小官がお相手仕る。」

 

そう言って艤装に改めて霊力を行き渡らせる直人。

 

アルウス「一騎打ちか? 面白い。各艦下がっていろ。」

 

提督「各艦へ、手出し無用。但し経過は記録して構わん。」

 

金剛「提督・・・。」

 

陸奥「無理をしないで頂戴よ?」

 

物凄く心配されている様子の直人だったが、直人はこんな時でも気楽に振舞って見せた。

 

提督「安心しろお前達。何も死ぬまでやりあう事もあるまいて。」

 

ウィンクしながらそう言う直人。

 

金剛「いやどんな根拠デース?」

 

提督「ただの時間稼ぎなんだろう? なぁ?」

 

アルウス「―――!」

 

その言葉に当のアルウスも驚く。即ち彼は勝利か死かの果し合いではなく、勝利か敗北かの一騎打ちをあくまで望んだのである。

 

提督「ここはひとつ、騎士道に則った一騎打ちでやろうぞ。」

 

アルウス「―――良かろう、望む所!」

 

応じたアルウスの顔には、真剣な顔つきながらも何処か爽快感が滲み出ていた。

 

 

そして行われた戦いは、およそ“艦娘”のそれとはかけ離れた次元のものであった。

 

両者共に60ノット近い速力で走り回り、巨弾が互いの間を飛び交い、水柱の数知れず、何度ウェーキ(航跡)が交錯したかさえも、それを正確に数え得るものは居ない。アルウスに至っては被弾しているにも拘らず、それを窺わせる風もない。

 

両者の艦載機が、上空で相打つ死闘を繰り広げてもいる。それでさえもが、他の艦載機にとってみれば別次元の戦闘であった。景雲が舞い、震電が食らい付き、敵の猫型艦載機や青色戦闘機の大群と互角に渡り合う。

 

零戦では“介入する事さえ許されざる”空中戦が展開されていたのだ。

 

艦娘達に出来たのは、ただ見ている事だけ。たとえ彼に制止されていなかったとしても、余りにも次元の違う戦いに介入する余地などあろう筈はない。現にそのスピードは、艦娘となった彼女らには未体験のものだったという事実を、疑う余地は無いからである。

 

裂帛の気合いをぶつけ合い、砲撃を交える事30分、俄かに両者の動きが止まる。

 

 

提督「はぁ・・・はぁ・・・」

 

アルウス「・・・。」

 

両者共に息が上がっていた。しかしその砲は油断なく照準を付けている。

 

アルウス「やるな・・・ただの人間だと思ったが、そうではないようだ、中々のタフさだな。」

 

提督「人並み以上に、鍛えているからな・・・。」

 

アルウス「頃合いだ、退かせて貰おう。再戦を楽しみにしているぞ、“紀伊”よ。」

 

提督「――――そうだな・・・願わくば、次は平和的に話でもしたいものだが。」

 

アルウス「フン・・・ではな。」

 

“空母棲鬼”アルウスは、踵を返し、東に向け去って行く。

 

大和「提督、追わなくては――――」

 

提督「待て。」

 

大和「しかし!」

 

提督「お前も見ていただろう、一騎打ちは引き分けに終わった。互いに敬意を示し、引き下がる事が暗黙の了解だ。」

 

大和「・・・そうですね、“戦う相手には、常に敬意を以って接するべし。”提督はそう仰っていますね。」

 

提督「宜しい、そう言う事だ。」

 

大和は直人の日頃からの言葉を思い出し引き下がる。彼はことあるごとに『戦うに当たっては、相手への敬意を忘れぬ事』『退く事を恥と思う事なかれ』『生きる事を第一とし、戦う事を第一とするなかれ』と訓示している。彼は七生報国の言葉の意味をよく理解する指揮官である。

 

だが、直人の行為にもう一名納得がいかない者がいた。

 

霞「なんでよ!? 敵に情けをかけるつもり!?」

 

提督「情けを捨てて闇討ちするか? 騙し討ちの汚名を被って沈みたいなら勝手にするといい。」

 

事実、完璧であった筈の奇襲が、騙し討ちの汚名を被せられてしまったのが真珠湾攻撃であった。決して名誉な事ではない、それは屈辱的である事に違いはない。

「そ、それは・・・。」

しかし流石の物言いに霞もたじろいだ。そこへ追い打ちをかけるように彼も言う。

「いいか、俺達は敵艦隊を撃滅する為に出撃した訳ではない。分かるな? 霞。」

 

霞「―――そうね、そうだったわね。分かったわ。」

 そう、今回の目的はあくまでもトラック棲地―――チューク諸島の解放にあるのであって、敵艦隊と決戦を行う事ではない。決戦の機会など、今後打ち続く長い戦いの中でいくらでもあるならば、今性急に決戦をする事は無いのだ。

そもそも、それだけの態勢はまだ整えられていないのだ。

 

提督「全艦一度鈴谷に収容だ。俺も艦に戻る。各種チェックの後、戦闘可能艦は再出撃して対地砲撃に参加するんだ。」

 

金剛「了解デース、朝潮、戻りますヨ。」

 

朝潮「はい・・・。」

 

以前朝潮は敵を完全に撃滅する事を進言した事がある。その朝潮にとってみれば、直人がそう言う事は予想出来てはいたものの、今一つ煮え返らぬところがあった事は否定できない。

 

提督「疲れたー・・・。」

 

直人は既に力を抜いて、戦いの余韻を掃おうとしていたのだった。

 

 

直人の敵に対するこうした行為は、一部の艦娘からは支持や称賛を受けていた。彼の行いは騎士道に則った慈悲深く、堂々たるものであり、高潔な精神だとする意見がそれだ。しかしながら一部の艦娘からは快く思われていない事も事実であり、後にそれは、明確な形を持って噴出する事になる。

 

 

17時22分、横鎮近衛艦隊は艦隊状況の把握を完了し、艦隊決戦を切り抜けた艦娘達を再び展開した。

 

艦娘の損害状況であるが、ざっとこんな感じである。

 

大破:鈴谷・巻雲・五月雨(一水打群)

   龍驤・雷・子日(第一艦隊)

中破:榛名・陽炎

   扶桑・妙高・足柄

   加賀・飛鷹・隼鷹(一航艦)

小破:蒼龍・摩耶・北上・大井・夕雲

   大和・陸奥・高雄・那智・熊野・長良・五十鈴・舞風

   比叡・霧島・赤城・祥鳳・加古・多摩・那珂・磯波

 

(上から一水打群・第一艦隊・一航艦の順に表記)

 

直人が鈴谷のカバーに行った隙に、被害が増大していた形にこそなるが、幸いな事に鈴谷が轟沈しなかった事がせめてもの幸運であった。鈴谷の怪我も、艤装の身体保護が働いて何とか軽傷で済んでいた。が、艤装へのダメージが大きく、地上砲撃には参加できないとされた。

 

明石「流石に地上砲撃は指揮して下さい!」

 

提督「デスヨネー。」(´・ω・`)

 

出撃は止められてしまった。というのもアルウスとガチな殴り合いをした為燃料も弾薬も補充が利かなかったのである。(他艦娘への補充が優先された為)

 

提督「えーっと今装備してるのは?」

 

明石「今回は上段砲(3番/4番砲)に15.5cm3連装砲、甲板直置きの下段砲に20.3cm連装砲を装備させました。」

 

提督「混載だったか、良かろう。」

 

明石「はい、射撃管制も砲口径ごとに別個装備させておりますので御安心下さい。」

 

そう、口径が異なる砲の混載は、重量差もさることながら射撃管制も問題となる。しかしながら、15.5cmと20.3cmの射撃管制装置を別々に前檣楼に無理矢理装備、甲板に直接装備している20.3cm砲の方が重量も重い為、ウェイトの方もばっちりである。

 

提督「――――えぇ・・・。」

 

その詰め込み方に直人さえもがドン引きした。

 

明石「て、提督、引いてます?」

 

提督「い、いや、ソンナコトナイヨー。」

 

明石「じゃぁなんでカタコトなんですか。」

 

提督「ハハハ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

もう完全にはぐらかしにかかる直人であった。

 

 

18時03分、横鎮近衛艦隊は遂に、トラック環礁内に突入を開始した。赤色海域における艤装の腐食については明石の処置が功を奏し、一切影響はない。空は棲地特有の厚い黒雲に遮られて空さえ見えない。

 

提督「で、船体にもその処置を施しちゃったと?」

 

明石「はい一応。」

 

提督「全くつくづく頭の切れる奴だよお前は。」

 

明石「お褒めに与り光栄です。」

 

そう言って明石は恭しく頭を下げて見せる。

 

提督「まぁ時折とんでもないものを持ってくる時もあるがね。」

 

明石「それどういう意味ですか提督。」

 

提督「さぁ? どういう意味でしょうね?」

 

明石「うぬ~~~・・・。」

 

良くも悪くも凄腕の造兵廠長、それが明石という艦娘であった。

 

提督「射程まであと何分だ?」

 

副官「――――。(25分程です。)」

 

提督「結構、左砲戦用意。目標、夏島。全艦通常弾及び三式弾交互に用意。」

 

副官「―――!(了解しました!)」

 

金剛「“了解デース!”」

 

今回砲撃に参加するのは、第一艦隊の残存艦艇に、金剛と第八戦隊、第十四戦隊と、一航艦所属の第六戦隊とを加えた部隊である。空母部隊は夜間空襲が出来るとは言え、その戦力が半減していては何ともならない為、今回は残置させた。また水雷戦隊に関しても、駆逐艦と軽巡だけを徒に増やした所で効果は薄い為、一水戦のみの参加としている。

 

北西側の水道から侵入した鈴谷と艦娘部隊は、そのまま殆どコースを変えず、夏島を左に見るコースで直進する。水上機による弾着観測の用意は既に整えられている。

 

提督「さてと、どうなるやら。」

 

金剛「“敵砲台発砲!!”」

 

提督「まだ3万5000以上距離がある、威嚇だ。」

 

金剛「“デスネー。”」

 

夏島方面に数条の発砲炎の光が煌いたのを彼も確認していた為左程の驚きはない。

 

提督「全艦惑わされるな、落ち着いて距離を縮めろ。」

 

直人はむやみに混乱する事を避けるべく尽力する。

 

そして18時30分―――――

 

 

提督「全艦射撃開始!!」

 

遂に鈴谷の合計12門の火砲が一斉に火を放つ。通常弾(榴弾)と三式弾を口径別にちぐはぐにするように射撃している為、効果は絶大だ。射撃管制についても口径別なので、同一口径で混合射撃する時と違い弾道の差もさほどではない。

 

そして敵の頭上は既に、吊光投弾によって昼と見紛わんばかりに照らし出されていた。

 

明石「敵の第一弾、来ます!!」

 

 

ドドドオオオォォォーーーー・・・ン

 

 

明石「初弾夾叉、回避運動を!」

 

副長「――――!(取り舵一杯!)」

 

提督「固定砲台だけに、やはり凄い精度だな。」

 

周囲海面に初弾から夾叉される重巡鈴谷、そして沿岸砲というものの精度に改めて舌を巻く直人である。

(射撃側から見て敵を前後に挟んで(または囲んで)弾着させた事を軍事用語で“夾叉(きょうさ)”と言い、射撃諸元が正しく、多少の諸元修正により命中を“期待出来る”と言う状態を指す。)

 

左舷見張員

「“敵泊地守備艦隊、出撃してきます、数は少数です!!”」

 

提督「大凡の数を報告しろ! “少数”では分からん!!」

 

左舷見張員

「“は、はい―――――およそ100前後、重巡級は認められません!”」

 

提督「成程、基地守備艦隊も可能なだけ逃がした訳か。水雷戦隊で対処せよ!」

 

川内「“了解! 夜戦だあああああ!!”」

 

提督「暴れてこい!」

 

川内「“うん!!”」

 

直人はこの事あるを見越して出撃させていた夜戦専門の“猟犬”を解き放った。川内に率いられた駆逐艦部隊は、正に鎖から解き放たれたが如き勢いで敵の小艦隊に向かい突進、殺到する。

 

提督「・・・餅は餅屋ってね。」

 

明石「そうですねぇ。」( ̄∇ ̄;)

 

 

ドドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「とととっ、そんな事言ってる場合じゃないな。怯むな! 撃ち返せ!!」

 

鈴谷と沿岸砲台との間で激しい砲撃の応酬が続く。そこへ艦娘艦隊が基地への攻撃を加え、また基地守備艦隊と夜戦を開始していた。

 

 

しかし、闇夜の襲撃者は、敵にもいたのである――――――

 

 

右舷見張員

「“右舷方向、不審な船影見ゆ!!”」

 

提督「右舷だと・・・?」

 

前檣楼見張員

「“先の右舷敵影発見、小型艇級です!!”」

 

提督「何ィ!?」

 

まとめて“深海小艦艇類”と総称される深海棲艦の中でも最も小型な部類、その種類は様々で、例えば哨戒艇だったり沿岸砲台だったり、はたまた強襲揚陸用舟艇だったりする。

 

しかしこの時襲って来たのは、最も恐るべきものだった。

 

右舷見張員

「“あ、あれは、“PT小鬼群”、高速魚雷艇集団です!!”」

 

そう、ブラウザ版艦これでも一時期提督達を震撼させた、PT小鬼群が鈴谷目掛けて襲い掛かって来たのである。

 

トラック泊地内には四季諸島と七曜諸島と日本統治時代に呼ばれていた11個の主要な島と、環礁を囲んでいたり主要な島々にくっついた小島が沢山ある。

 

当然ながら、そこから小型艇が出撃してくる可能性は大いにあるのである。

 

明石「一体どこから!?」

 

提督「その辺の島からに決まってるだろう! 右舷、“副砲”榴弾射撃用意!!」

 

副砲射撃指揮所

「“右舷、副砲榴弾射撃用意!”」

 

射撃指揮所から復唱の声が帰ってくる。しかし鈴谷は『重巡洋艦』である。一体副砲がどこにあると言うのであろうか。

 

 

夏島「スマンナ、魚雷艇達ヨ。私ノ不始末デ逃ガシ切レナカッタ・・・。」

 

夏島は基地守備艦隊退避に当たり、可能な限り小艦艇類の輸送による離脱も試みたのだが、良くて重巡しかいないそれらによる試みは中途半端に終わり、夏島はその事を悔いていた。基地に守備部隊無しとする訳にもいかない事も要因であったが、故に夏島は一つの無謀だが最善の策を編み出したのだ。

 

夏島(水雷戦隊で敵の水雷戦隊を引きずり出し、背後から魚雷艇による夜襲を行うと言う構図は図に当たった、何処までうまくいくことか・・・。)

 

そう、夏島決死の策によって、泊地砲撃自体が本来罠である筈だったのだ。しかし直人には、隠し玉があったのである。

 

 

鈴谷の表面上最も顕著な動きは右舷中央部舷側で起きた。中甲板付近に突如として開口部が現れたのである!

 

その数6カ所、そこから海面を窺うのは、口径12cmの単装砲である。

 

これら副砲群は中甲板(中央通路や食堂と同階層)の一番外側、言ってしまえばブリーフィングルームや艦内訓練区域、艦内工場の更に外側に砲郭(ケースメイト)式に収められているのだが、非使用時にはハッチとなっている舷側鋼板が閉じており、あたかも何もないように偽装しているのである。

 

提督「高角砲側の射撃準備も出来ているな?」

 

副砲射撃指揮所

「“高角砲も榴弾を装填済み、水平射撃、いつでも行けます!”」

 

提督「宜しい、指揮所の判断で射撃開始、1本たりとも投射させるな!」

 

副砲射撃指揮所

「“了解、初の実戦運用ですが、ご期待に応えます!”」

 

PT小鬼群との距離が8000まで縮まった所で右舷副砲と高角砲が立て続けざまに火を噴いた。右舷10門ある小口径砲が、その想定された用途である敵魚雷艇に対して、その猛威を振るったのだ。

 

更に12cm砲は平射砲と言っても砲弾重量が軽い事を生かした速射で発射間隔も非常に短い。これに右舷の探照灯も手伝って、敵魚雷艇周囲にはたちまち白夜の如き明るみの元に地獄絵図が描き出された。

 

たちまち直撃され撃沈される艇がある、至近弾で致命傷を負った艇もある、てんで見当違いの方向へ魚雷を放って逃げようとするものもある。それさえも数瞬経てば海底へ送還される末路を辿っていた。

 

 

右舷見張員

「“敵魚雷艇群遁走! 投射された魚雷も大分手前で海没しました!”」

 

提督「大変結構!」

 

終わってみれば、右舷副砲はそそくさと格納され、元の姿に戻っていた。そして鈴谷は完全に無傷。

 

 

夏島「ナッ・・・魚雷艇ガ・・・!?」

 

辛うじて逃げ延びた魚雷艇隊から報告を受けた夏島は、砲弾が降り注ぐ中で絶望感に囚われる他なかった。既に周囲は火の海と化し、棲地が形成されて以来の施設など跡形もない程に破壊し尽くされた。

 

守備艦隊も既に全滅し、砲台はその9割強が既に破壊の業火に飲み込まれ消滅した。今は夏島のみが、ただ唯一、近衛艦隊に対抗しうる最後の手段であった。

 

夏島「フッ・・・万策尽ク、カ・・・。」

 

直後、夏島に、金剛から放たれた46cm砲弾が降り注いだ――――。

 

夏島(終わり、か・・・だが、ただでは死なん。後を託すぞ、アルウス――――)

 

 

 

 

ズズズ・・・ン

 

 

最後に響き渡る巨大な爆発音、それが、トラック棲地の終焉であった。

 

 

 

 

アルウス「――――!」

 

その事を、アルウスはトラック諸島の東方海上で悟った。

 

ル級改Flag「アルウス様・・・?」

 

アルウス「・・・夏島が逝った。」

 

ル級改Flag「そ、それでは――――!」

 

アルウス「あぁ・・・我々の負けだ。」

 

アルウスは、自分達の負けを噛み締めていた――――だが彼女は聞かされていなかった。

 

――――夏島は事前にアルウスにも告げる事無く、最後の一手を用意し実行していたと言う事を・・・。

 

アルウス「――――これまで長く付き合ってきた、多少癖のある奴だったが・・・。」

 

ル級改Flag「・・・残念ですが、これが戦争です。これまでにも、我々は――――」

 

アルウス「分かっているインディアナ・・・仇は、必ず取るぞ。」

 

ル級改Flag「お供致します、アルウス様。」

 

アルウスは夜の洋上で、仇討ちを決意するのであった・・・。

 

 

6月12日20時20分 トラック棲地北西近海

 

明石「全艦収容、終わりました!」

 

提督「よし、第二戦速、当海域を離脱しよう。」

 

副長「―――、――――。(第二戦速、海域を離脱!)」

 

明石「天測班より報告、敵棲地は完全に消滅、黒雲は徐々に消えつつあるとのことです。」

 

提督「そうか・・・これで、サイパンに対する直接的な脅威は、去ったと言えるな。」

 

直人は漸く、一仕事終えたと言う実感を持っていた。

 

明石「西太平洋の通商航路保護も、やり易くなりますね。」

 

提督「いやー全くだ。これで潜水艦の跳梁も減るとありがたいんだが。」

 

明石「しかし、敵潜の阻止も難しいですからね。」

 

提督「今度それに関して意見書出してみようかなぁ・・・。」

 

潜水艦の偏在性については、以前説明した通りである。阻止する事も捕捉でさえもが、困難を極める事は言うまでもない。

 

提督「今回の件については追って報告だろうな・・・全く面倒な事だが。」

 

副長「―――――――――。(それは独走に対する自己責任ですから。)」

 

提督「分かってるよ、久々に本土に飛ばねば。」

 

明石「同時に休暇も取らせるんですか?」

 

提督「状況次第だな。取り敢えず大本営に打電、作戦成功とな。」

 

明石「分かりました、起案は私でいいですか?」

 

提督「あぁ、いいぞ。」

 

明石「分かりました!」

 

20時50分になって重巡鈴谷はトラック諸島近海を離脱、14ノットの速度で海域を後にする。彼らにとってのこの戦いは、終わりが近づいている―――――。

 

 

21時13分 横鎮本庁・司令長官室

 

サイパンから順次中継され横鎮に到着/解読した鈴谷からの函数暗号文を、土方海将は夜の司令長官室で読んだ。日本では丁度梅雨時と言う事で、少々ぐずついた天気である。

 

土方「そうか・・・紀伊君は、我々に課された壁の一つを、見事越えて見せてくれたか・・・。」

 

副官「では・・・。」

 

土方「そうだ、横鎮近衛艦隊は作戦を成功させたよ。」

 

受け取った通信文は要約すると次の如し

『横鎮近衛艦隊は20時50分、トラック棲地に対する所定の行動を完結、その中枢部の撃破に成功せり。』

 

土方(あの時、あれだけ反発していたのにな・・・そうか、紀伊君としても、ハードルの一つを越えた訳だな。)

 

直人は北マリアナ方面の解放作戦を幹部会に命じられた際に、面従腹背で承諾した背景がある。そうしてみると今回の攻撃は、それ自体が大きな決断であり、一つの挑戦でもあった訳だ。作戦結構前、金剛にだけ漏らした不安も、むべなるかな、である。

 

土方「翌朝一番で山本海幕長に回せ。」

 

副官「はい。」

 

 

一方の直人は・・・

 

~重巡鈴谷前檣楼・艦長室~

 

提督「本当に良かった・・・上手くいって。」

 

金剛「それもこれも、提督が堂々としてたからネ。」

 

金剛に心境を吐露していた。

 

金剛「指揮官が堂々としていなければ、その部下も動揺する、戦場とはそう言うものデス。」

 

金剛は何かを語る時には流暢である。語尾は健在だが。

 

提督「そうだな、俺としては言わずもがなの事だが、棲地攻撃と思うとな・・・。」

 

金剛「会議室ではあの様子デシタシ。」

 

提督「あ、アハハハハ・・・。」

 

苦笑するしかない直人である。

 

提督「でも、お前達も随分頑張ってくれたよ、少々無茶をした奴もいたけども。」

 

金剛「するべき事をしたまでデース! そ・れ・に、ナオトが助けに来てくれマシタ♪」

 

提督「おめーがよく考えず罠に嵌るからでしょうに。」

 

金剛「うぐっ、ソレハ・・・。」

 

痛い所を突かれる金剛であるが、直人も洞察していて敢えて罠に嵌る所を見ていたのだからなんともはやである。

 

提督「だがまぁ、失敗また是経験也だ、完璧過ぎると言うのも宜しくない。」

 

金剛「石田三成デスネー?」

 

提督「そーゆー事。」

 

石田三成は知っている人は知っている通り、財政のプロフェッショナルとして豊臣政権下で活躍した官僚系(文知派)の武将である。が、その仕事ぶりは完璧であり、その手際の良さは、主である豊臣秀吉が厚い信任を置くものでこそあったが、その当時のそれは余りにも完璧に過ぎ、失敗したと言う話がどこを洗っても出てこない。

 

秀吉は“それでは他の武将からどの様に見られるとも知れぬ”としてこれを是とせず、『誰でも一つはある失敗談を持たせる』と言う目論見で北条攻めの際、後北条氏が建てた関東七名城が一つ、忍城攻略の際に、成算の低い水攻めを行うよう裏で指示していたという説がある。結果三成は『戦下手』のレッテルを張られ、大きく評判を落とした。

 

余談だがその際増援に派遣された武将の中に、真田昌幸・信幸父子らが含まれていた。

 

提督「何よりまず、戦い終わった後、その結果を研究する事が大事だ。そうでなければただの結果と経験になってしまう。どうしてそのような結果になったのか、失敗してもどうすればよい結果になったのか、そうした事を研究しなければ、戦術と言うものは進化しない。特にお前達艦娘の様に、多数による戦闘を行う場合は陸戦戦術に準拠する事になる、これは必然だ。艦艇の様に、陣形を組んで並行し撃ち合うと言う芸当は本質として向いてないんだ。戦い方が違う以上、しっかり経験を積み、研究を重ねる事だ。」

 

金剛はここまで相槌を打ちながらメモを取って聞き入っていたのだが、そこで一つ疑問が生まれた。

 

金剛「でもそれだと、再現する相手がいないデース。」

 

提督「うん? それは――――うーん・・・。」

 

この切り返しに直人は思わず黙り込んでしまった。

 

金剛「深海棲艦はとにかく数が多いネ、それを演習で再現する事は難しいデス。」

 

提督「それについてはバルーンを使ったレプリカと言う手もあるが、一番現実的なのは兵棋演習かな・・・。」

 

金剛「テニアン島の深海棲艦に協力を仰ぐ事は出来ないデスカー?」

 

提督「それは・・・えぇ・・・?」

 

金剛の提案はそれとしては悪くは無いのだが、相手は仮にも虜囚の身である。そんな事をやってもいいのかと言う思いがあって答えを返しあぐねた。

 

金剛「あっ、ゴメンナサイ提督、ワタシったらつい・・・。」

 

提督「あ、いや、いいんだ・・・そうか、その手が無い事は無いのか・・・相手が相手だけども。」

 

金剛「テニアンの深海棲艦は捕虜でしたネ。」

 

提督「うん、だから難しい問題だこれは。しかも、言う程の数はいないじゃないのよさ。」

 

そう、テニアン捕虜収容所に深海棲艦が言う程の数いる訳ではない。500にも満たないのである。

 

金剛「忘れてたデース。」

 

提督「だよねー・・・。」

 

金剛「それはトモカク、無事に終わってよかったネー。ワタシも一時どうなるかと・・・。」

 

提督「ハハハ、お疲れ様。」

 

金剛「お互いにネー?」

 

提督「そうだな。」

 

直人と金剛は二人して無事の作戦終了に安堵するのであった。

 

 

 常々直人が死ぬなと公言している事からも分かる通り、彼は一人として、艦娘達を失いたくはないのだ。それはただのエゴではない、人道主義に基づく、彼の思い描いた理想であった。その根幹にあったのは、“気付けばそれは始まっていた”戦争によって荒廃した日本の姿と、生まれた頃の日本の姿との対比。

 

そして、他ならぬ彼にとっても、突然にして失う事が多かった彼にとっての大切なもの。

 

 

――――――縁戚、友達、隣人、想い出、夢――――――

 

 

【もう、何も失いたくない。】

それは、「提督」紀伊直人ではなく、『人間』紀伊直人が、自らも知らぬ所で抱き続けた想い。先の見通せない程に暗いこの時代を生きて、生きて行く内に、彼の心の深層――――無意識の中に刻み付けられ続けた、それは一種の執念であり、絶望でもあり、暗いイドの底に投げ捨て続けてきた、無力感でもあっただろう。

 

紀伊直人と言う人間でさえも、この10年以上続けられてきた深海との戦争で、様々なものを奪われ、失ってきた。しかしてそれでも、明るさを絶やさず前を向き、歩み続けてきた一人の男の、深く、人に理解されるには余りにも深く、意識の上で“人道主義のヴェール”に包み込まれた、それは願いであった。

 

・・・そしてその願いは、“今の所”、叶えられていた――――――。

 

 

6月14日10時11分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

大淀「後2時間程で、提督がお戻りになられますね。」

 

提督不在時の代行役である大淀は、執務室で一人そう呟いた。

 

大淀(作戦も無事成功したと言う事でしたし、また提督のお元気な姿を・・・)

 

と何の気もなく思ったその時であった。

 

 

ズドオオォォォーーー・・・ン

 

 

大淀「えっ!? 一体何が―――――っ!」

 

大淀は咄嗟に窓から外を見た。司令部が攻撃されている――――

 

大淀「いけない、早く指揮をしなくては!」

 

大淀は慌てて執務室を出て、一階の無線室に転がり込むのであった。

 

 

~中央棟1F・無線室~

 

大淀「各監視塔へ、状況知らせ!」

 

ヘッドセットを身に付け開口一番に大淀は各監視塔に状況の説明を求めた。

 

「“分かりません、突然敵の砲撃が・・・”」

 

「“敵艦隊は我々の目の前に――――”」ザザアアアアアッ

 

「“こちらからは死角で、状況が把握できません!”」

 

「“敵は司令部南東側の崖の真下です、こちらの砲台は死角に付き撃てません!!”」

 

攻撃は熾烈を極める、司令部も含めサイパン島の施設には既に被害が出ている様子である。

 

大淀「なぜそこまで接近に気付かなかったのです!?」

 

突然の奇襲に大淀も慌てている。

 

「“そう言われましても、ここまで敵影なんて――――報告代わります!”」

 

突然応対していたある監視塔の通信手が別の妖精に代わる。

 

大淀「なんでしょうか?」

 

「“敵は潜航して接近したと考えられます、敵は出現地点にまだ留まっていますが、同じ地点に浮上したところを目撃しました!”」

 

大淀「敵の規模は分かりますか?」

 

「“小規模です、正規空母1、軽空母3、戦艦2、重巡7他少数の軽巡級と50前後の駆逐艦級がいます!”」

 

大淀「分かりました、Kg(カッグマン)・R(ラウラウ・ベイ)・Sv(サン・ヴィチェンテ)の各地区の砲台は、観測可能な砲兵観測所からの指示で弾着観測射撃を実施、Kf(キングフィッシャー)地区のキャピトル・ベイにある砲台は長距離砲撃を実施して下さい。」

 

大淀の指示が各所に伝達される。因みにこの地区分けはサイパンの防衛区域の名称である。この区分けについては章末に記載する。

 

大淀「続いて司令部防備艦隊は全力出撃をお願いします。」

 

鳳翔「“分かりました、出撃します。”」

 

既に鳳翔は準備を終えていたらしく、通信に出た。

 

大淀「お願いします、急いで下さい。」

 

鳳翔「“承知しました、出撃します!”」

 

流石鳳翔さん、実戦となると当然だが真剣である。

 

大淀「あ、そうでした・・・“非常事態に付き、駆逐艦吹雪も司令部防備艦隊と共に出撃して下さい。”」

 

と、大淀は全館放送で付け加えた。

 

 

~艦娘寮三号棟2F・吹雪の部屋~

 

吹雪「え・・・私、も・・・?」

 

吹雪は最初、その言葉を飲み込めなかった。しかし数瞬の後、吹雪は理解した。これは吹雪に対する、れっきとした出撃命令であると言う事にである。

 

吹雪「・・・行かなきゃ、司令官が帰って来られるように!」

 

吹雪は立ち上がり、寮を飛び出したのであった。

 

 

大淀(――――これで、いい筈です。提督も、お咎めにはならない筈ですから・・・。)

 

大淀の言っている事は正しい。これについては艦娘艦隊基本法の中で、艦娘に対する軍規違反の処罰に於いて、禁錮刑の例外として記載された条項だからだ。

 

だがこの事は、吹雪にとっては別な側面もあったし、直人にとってもそうでもある。そして大淀も、その事は承知していた・・・。

 

大淀「航空隊、全力出撃出来ますか?」

 

柑橘類「無理だな、余りに近すぎる上に急すぎる、鳳翔航空隊を出した方が早い位だ。出せるのは戦闘機くらいだぞ。」

 

大淀「では制空権掌握をお願いします。」

 

柑橘類「了解、緊急発進させる。」

 

そして柑橘類少佐のゴーサインで、常時待機中の緊急発進機が出撃する。

 

 

鳳翔「全機、発艦!」

 

天龍「行くぞ!!」

 

司令部防備艦隊久しぶりの実戦となったが、正直後手には回っていた。ここからどの様に次なる先手を打つか、それが鍵である。

 

大淀「“鳳翔さん――――――”」

 

そこへ入る大淀の通信、それを聞き鳳翔は

「―――――分かりました。」

と言う。

 

 

一方の直人はこの襲撃を早い段階で察知していた。この場に於ける“早い段階”とは襲撃『された事』を察知するまでのラグである。それは水平線に見えていたのだ。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「あれは、なんだ?!」

 

直人が指さした方向は艦首正面、水平線上に一条の黒煙が伸びていた。

 

明石「こんな時代に石炭船ではないでしょうし・・・まさか、あれは!」

 

そう、彼らが向かう先はサイパン島の艦隊司令部。つまり舳先のずっと先には、サイパン島があるのだ。

 

提督「明石、司令部に連絡を取れ、最大戦速! 総員第一級戦闘配備、昼寝してる奴は叩き起こせ! 飯の下ごしらえも後だ急げ!!」

 

明石「しかし提督、本艦の補給用弾薬残量の欠乏により、全艦は出せません!」

 

提督「構わん、鈴谷副砲の使用分を艦娘に回せ、背に腹は代えられん! それより司令部にコンタクトを取る方が先だ!」

 

明石「はい!」

 

仰天した直人であったがその対処は正確さを欠かなかった。それはこうした襲撃が既に慣れっこであったからであろう。

 

提督「妙だと思ったんだ、敵の港湾守備隊が少ないと思ったら、一部がこちらの基地の奇襲に回されていたとはな・・・。」

 

正確には撤収と要港防備、そして奇襲と三分割されていたのだが、それを知る由もない直人は戦力が二分されていたものと思ったのである。

 

 

一方で出撃した司令部防備艦隊は、ものの数分でたちまち戦闘に突入していた。

 

~10時31分・司令部正面水域~

 

夕張「普段訓練に使ってる海域が戦場になるなんて、分からないものねぇ。」

 

天龍「やるっきゃねぇだろ。」

 

もう実戦を数度経験し、慣れた風で言う二人の軽巡艦娘。

 

吹雪「こ、これが、実戦・・・。」

 

そして初めて実戦を目の当たりにし思わず息を飲む吹雪。

 

天龍「吹雪か、こないだは災難だったな。」

 

吹雪「それについてはもう大丈夫です、私が悪いのは分かってるので・・・。」

 

天龍「ん、そうか。それが分かったんならいい。ま、今回で結果を示して見せる事だな。」

 

吹雪「はいっ!」

 

吹雪は初の実戦で気合いが入っているようだ。空回りしない事を祈ろう。

 

 

柑橘類「そーらどいたどいたぁ!!」

 

柑橘類少佐は空母鳳翔より、零戦五二型甲を駆って出撃し、敵空母から出撃した艦載機に対応していた。

 

鳳翔航空隊は全機が発艦を終えており、更にサイパン飛行場からの迎撃機も逐次発進を始めていた。

 

 

阿武隈「砲撃開始!」

 

一方吹雪と同じく初実戦の阿武隈は、訓練通りに砲撃を開始した。

 

天龍「続くぞ、砲撃開始!!」

 

龍田「はぁい♪」

 

軽巡各艦がこれに続く。

 

名取「突入準備、吹雪さんも合図でお願いします。」

 

吹雪「はい!」

 

一方で名取は鳳翔から大淀の話を口伝てに聞いていて、事情を把握していた。

 

長月「ん? どうするんだ?」

 

名取「大淀さんの策らしい、と言う事しか分かりませんが、それに従おうと思います。」

 

長月「んん・・・?」

 

合点が行かず思わず眉間にしわを寄せる長月、その横で睦月が

「あ、成程。」

と声を上げた。

 

長月「どうした睦月。」

 

睦月「―――――。」ゴニョゴニョ

 

長月「・・・もしそうなら部下の私心じゃないか――――」

 

睦月「シーッ!」

 

長月「・・・上手く行かなかったらどうするんだ?」

 

睦月「砲台の援護もあるし、提督が全力で帰って来るから大丈夫にゃし。」

 

長月「前者は兎も角後者の根拠はあるのか?」

 

睦月「無いのね。」

 

長月「無いのか・・・。」

 

睦月の「根拠はない」発言で肩を落とす長月。

 

菊月「ま、賭けようじゃないか。」

 

如月「えぇ、そうね。」

 

三日月「それで全てが丸く収まるなら。」

 

ワール「なになに~? 揃って私の同族倒すご相談?」

 

如月「ちょっと違うわね~。」

 

現れたのは技術局の居候ワールウィンド、自身の武装を装備して御登場である。

 

名取「な、なんでしょうか?」

 

ワール「大淀に頼まれたのよ、ある程度進捗したら降伏勧告をしてほしいってね。」

 

天龍「おいおい、また面倒が増えるな・・・。」

 

夕張「と言う事は沈めず生け捕りって事?」

 

ワール「そうなるわね、大淀の指示でもあるけれど・・・頼めるわね?」

 

つまり伝令も兼ねてやってきた訳である、これでは逆らう訳にもいかず、各々それを飲んだのだった。但し不可避の撃沈の場合は咎めない事とする、とのことだった。

 

弥生「敵も・・・庇ったり、するもんね・・・。」

 

皐月「難しいねぇ・・・でも、やってみよっか。」

 

まぁ色んな意味で思う存分主砲射撃が出来るのが睦月型であったが。(そこ、火力低いとか言わない。)

 

吹雪(やっと活躍出来るんだ、頑張らないと・・・。)

 

吹雪はこの時汚名返上の機会と考えていたようで、自然と手に力が入っていた。

 

 

~10時39分 重巡鈴谷前檣楼~

 

提督「クソッ、連絡が通じんか・・・。」

 

一方で重巡鈴谷は司令部とのコンタクトに失敗していた。

 

明石「かなり強力な通信妨害です、偵察機からは艦隊同士の戦闘は始まっているようですが、どの様な情勢かはもっと近づかないと分からないとの事です。」

 

提督「うぬぅ・・・仕方ない、状況が分かるまで出撃指示のあった艦娘は待機、それ以外は艦内のダメコン要員として指示を仰ぐように。」

 

副長「!(はいっ!)」

 

明石「了解。」

 

直人は取り敢えず全艦待機を命じ、全速力で鈴谷をサイパンへと向かわせる。1時間せずに射程圏内には辿り着ける筈だと見ていた。

 

 

~11時22分~

 

阿武隈「敵陣形、崩れました!」

 

夕張「敵の半数近くが被弾、前衛の後ろに隠れた模様、今です!」

 

名取「吹雪さん!!」

 

吹雪「いきます!!」

 

なにぶん少数同士の戦いである為中々勝負が着かなかったものの、ようやく司令部防備艦隊が敵の一角を崩す。

 

鳳翔「航空隊、吹雪さんを援護!」

 

名取「三十駆、吹雪さんを援護して下さい!!」

 

睦月「了解にゃし! 行くのね!!」

 

如月「了解!」

 

弥生「りょ、了解!」

 

吹雪が敵の崩れた箇所に対し突撃を開始、鳳翔の艦載機部隊と睦月・如月・弥生の3隻が続く。

 

吹雪「いっけぇぇぇーー!!」

 

 

ドォンドォォォン

 

 

吹雪が主砲を連射し肉薄する。しかし敵を生け捕りにすると言う方針の為魚雷は撃たない。

 

睦月「睦月の駆逐隊も後れを取っちゃダメなのね! 撃てぇ!!」

 

睦月が負けじと撃ちまくる。

 

柑橘類「おーおー、やってるねぇ。」

 

それを戦闘機隊である柑橘類少佐が、敵機を排除しながら横目で見る。

 

制空権は既に艦娘側が掌握、それでも諦めようとしない敵艦載機は再三の突撃を試みている状況である。

 

 

11時36分、吹雪と第三十駆逐隊の突撃に怯んだ敵の一部が降伏、そこに追い打ちをかける様にワールウィンドからの降伏勧告を受け、戦闘は終結した。これにより、47隻の深海棲艦が新たに捕虜収容所の仲間入りをした。

 

直後、鈴谷がサイパン沖に到着する。

 

 

11時43分 サイパン司令部沖合30km

 

提督「ほうほう―――――」

 

直人は軽装で鈴谷から降り、鳳翔からの報告を受けていた。

 

提督「・・・成程、大淀の判断は是とすべきだな。」

 

鳳翔「はい。事実吹雪さんは、敵を降伏に至らしめるのに十分な活躍をしました。」

 

提督「ふむ、そうか・・・吹雪、ちょっと。」

 

吹雪「は、はい・・・。」

 

直人は鳳翔の言を聞き吹雪を呼んだ。

 

提督「吹雪。」

 

吹雪「は、はい・・・。」

 

吹雪は自分が何か不味い事をしただろうかと思い俯き加減で返事をした。

 

提督「吹雪の軍功を第一とする。よくやってくれた。」

 

吹雪「司令・・・官・・・。」

 

その言葉が、吹雪の心に響く。

 

提督「併せて今回の功績を鑑み、駆逐艦吹雪の禁錮を本時刻より免除する。ありがとうな、吹雪。」

 

吹雪「あ、ありがとうございます、司令官! 嬉しいです・・・!」

 

提督「いい経験になっただろう、次からは本番だ、頼むぞ。」

 

吹雪「はい! 駆逐艦吹雪、頑張ります!」

 

 

その後、司令部防備艦隊を伴って帰港した直人は大淀にその旨を告げると、大淀はこう言ったと言う。

 

「それは、良い事を為されましたね、提督。」と。

 

提督「・・・??」

 

直人はその言葉の意味を悟るのに少々の時間を要したと言われる。

 

 

結局、トラック棲地は陥落し、その切っ先返しとも取れる反撃も軽微な損害で防ぎ切った横鎮近衛艦隊は、何とか勝ち星を挙げる事が出来たと言える。

 

ただ、事前の大本営への通告の遅れと、艦隊戦におけるいくつかのミスが、その戦略的な勝利に影響を及ぼす事も考えられる一戦であっただけに、提督として指揮した身である直人としては、冷や汗ものだった事は確かだろう。

 

だが、トラック棲地陥落/チューク諸島解放は、深海棲艦による西太平洋に於ける通商破壊をより難しくさせた事は事実で、かつパラオ・サイパン・父島方面への敵の攻撃をも、困難にさせ、更にソロモン方面への橋頭保を得たと言う点で、戦略的意義は大きく、ここに高雄基地から移転した艦娘部隊の到着により、その戦略拠点化は完成されるに至る。

 

後にこのトラック棲地の消滅は、『戦局の転換点の一つ』として語られるようになるのだが、それはまだ、先の話である。

 

 

6月24日 ハワイ諸島オアフ島・パールハーバー(“真珠湾”)

 

真珠湾「デ? 貴様ハ夏島ノ命デ艦隊ヲ統率シ撤退シタト言ウ訳カ?」

 

アルウス「そうです。」

 

真珠湾に入港したトラック棲地在泊の中部太平洋艦隊主力の残存は、各々補給を始めていた。そんな中でアルウスは中枢棲姫「パールハーバー」から詰問を受けていた。なお口調から分かる通りクローンであり、オリジナルが別に存在する。

 

真珠湾「フン! 夏島ハ戦下手トイウ風聞ハ誠デアッタカ。」

 

アルウス「恐れながら、夏島の判断は、現在戦線の再構築を進めている我々の状況を鑑みれば妥当と言えます。今徒に消耗すれば――――」

 

真珠湾「イイ訳ヲ聞イテイル訳デハナイ、私ハ貴様ノ敵前逃亡ノ責任ヲ問ウテイルノダ。」

 

アルウス「敵前逃亡などとはとんでもない事です! 我々は困難な撤退戦を――――」

 

真珠湾「敵ニ背ヲ向ケタ事実ハ何モ変ワランデハナイカ!」

 

アルウス「パールハーバー様!」

 

「まぁまぁ、待ちなさい――――。」

 

フォード島にあるパールハーバーの中枢司令室、そのドームに、凛とした声が響く。

 

真珠湾「“リヴァイアサン”様・・・。」

 

中枢棲姫がその姿を見て恭しく礼をした。

 

リヴァ「事情はこちらでも把握しているわ、こちらとしてはアルウスの言う通り、彼女達の判断は正しいと判断しているわ。」

 

真珠湾「シ、シカシ、コノ者達ハトラック棲地ガ陥落シタノヲ見テオメオメト――――」

 

リヴァ「逃げ帰った、と言いたいのでしょうけど、状況として、ただ引き下がった訳ではない事は、ちゃんと辻褄を合わせれば分かる事だわ。それに、アルウスは深海の未来の為に、これまでよく尽くして来たわ。それに責を取らせるのでは、私達は余りに情けが無さ過ぎると思わない?」

 

真珠湾「デ、デスガ――――」

 

リヴァ「いいことパールハーバー。“結果”を全ての事象として捉えたのでは、大勢を見誤るわ。しっかりと“過程”も見据えてあげる事ね。」

 

真珠湾「ハ、肝ニ銘ジマス。」

 

ベーリング海棲地で深海の長を補佐する身であるリヴァイアサンは、後の世にも沈着冷静で状況分析に秀で、情のある為人だった事が知られている。その仲裁によって、アルウスは不当な咎を免れたことになる。

 

しかしこの事には、深海にも階級が存在する事をも内包している側面も存在する。深海に文明的な生活は無いという学者も存在するが、それが空虚であるとする証拠がいくらでも存在する中で、この事はその一つとも言えるだろう。

 

 

2053年6月中頃、日本本土は雨天が続く中での中部太平洋での決戦は、横鎮近衛艦隊の“辛勝”で、幕を下ろした。しかし、それまでに失われた戦力を復旧し、また勢力図を塗り替えるに至ったここまでの戦いは、戦略的にも意義あるものであった。

 

しかし、人類は未だに脅威を一つ除いただけであり、彼らの戦いはまだ序盤戦を終えたのみに過ぎないのであるが、一度沈んだ西太平洋の陽が、今再び昇った事にこそ、取り敢えずは意義を見出すべきでもあった。

 

 そして直人にとって、『本当の戦い』の始まりが、近づきつつある――――。

 それは現代の若者らしい、そうした身の上で提督なった者としての特性――――。

 “無知の報復”の時が、刻一刻と迫っている――――。

 

 

―――第二部 完―――




艦娘ファイルNo.100

睦月型駆逐艦 弥生

装備1:12cm単装砲(⇒12.7cm連装砲)
装備2:なし(⇒12.7cm連装砲)

特に特異点も無い睦月型の三番艦。
口数は少ないが実力はきちんとあり、第三十駆逐隊に所属して司令部防備を担っている。


艦娘ファイル.101

巡潜乙型改二 伊五十八

初期装備なし

弥生と共にドロップ判定により着任した潜水艦娘の二人目。ゴーヤと呼ばれている。
伊百六十八(イムヤ)と共に初期の第一潜水隊を編成しており、イムヤと共にトラック沖で艦隊戦の初陣を飾り、敵艦隊の判断を混乱させる結果を生む戦果を挙げた。


○サイパン島北部
・ウィングビーチ地区(W地区)
 ウィングビーチ―バードアイランドリーフのライン以北

・サン・ローク地区(Sr地区)
 パウ・パウビーチ・旧サン・ローク市街及びその東側一帯

・キングフィッシャー地区(Kf地区)
 キングフィッシャー・ゴルフ・リンクス―旧タナパグ市街のライン一帯
 (キャピトル・ヒル付近を含む)

○サイパン島中部
・プエルト・リコ地区(P地区)
 旧プエルト・リコ市街―マリーンビーチのライン周辺

・カッグマン地区(Kg地区)
 旧カッグマン/カッグマン-Ⅲ市街・マリーンビーチ及びラオラオ・ベイゴルフコース付近

・ラウラウ・ベイ地区(R地区)
 サイパン中央部ラウラウ・ベイ一帯

○サイパン島南部
・ガラパン地区(G地区)
 旧ガラパン市街及びその東側一帯

・チャラン・キヤ地区(C地区)
 旧チャラン・キヤ、ススペ、オリアイ市街一帯

・サン・ヴィチェンテ地区(Sv地区)
 旧サン・ヴィチェンテ市街一帯

・アフェトナ地区(A地区)
 旧アフェトナ・チャランカノア市街及びコーラルオーシャンポイントゴルフコース一帯

・I・ファダン地区(I地区)※司令部周辺防備地区
 I・ファダン(アスリート飛行場)・旧ダンダン市街及びオブヤン・ラッダービーチ一帯


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閑話休題その2&協賛/後援者募集の詳細について

今回は結構重要な内容を含みますので、御一読下さい。(by作者)


どうも、作者です。

 

第二部、如何だったでしょうか。

この第二部から徐々に、幾つかの勢力が水面下で動き始めています。

 

 紀伊直人率いる横鎮近衛艦隊は横須賀で亡命深海棲艦を拾い、益々戦力を増強、人類側生存圏の安全確保に奔走しています。

 牟田口廉二郎の大本営幹部会は遂に紀伊直人に対する敵意をむき出しにし、暗殺を試みていました。

 更に戦力再編、態勢作りに奔走する深海勢と、その中に何やら毛色の違う別の集団がいる事が朧気に発覚、その中でトラック棲地陥落と言う事態に陥り、中部太平洋に於ける一大根拠地を喪失してしまいます。

 

 続く第三部では、横鎮近衛艦隊が“戦争の現実”を目の当たりにする事となります。

戦争である以上止むを得ない現実、それに直面した時、直人は、艦娘達は、何を想うのか。第三部の中盤は、それをテーマとして描き出されて行く事になります。

そして各地の情勢にも、激変を巻き起こす一大事件が発生します。恐らく見どころが多くなるであろう第三部、ぜひお楽しみにして頂ければと願う次第で御座います。

 

 そして第二部で初登場となった新キャラ「アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルク/蒼月 アイン」、通称「アイン」、提督名「レオンハルト」となりますが、このキャラクターは外部協賛による登場となります。この場を借りてお礼申し上げます、ありがとうございます。

今後アインは要所要所で登場することになります、華々しさは無いものの縁の下の力持ちと言った立ち回りが多くなりますが、その活躍ぶりもお見届け頂ければと思います。

 

 第二部では数値が増えたと思います。また様々な事に対する情報量も増加したと思います。

私は基本ネット上の情報に頼りっぱなしですので、誤記等お目に掛けましたら、お気軽にご連絡頂けると幸いです。

また誤字を発見された場合にも、誤字報告をして頂けますと大いに助かりますので、御一読して頂いている皆様方に於かれましては、何卒宜しくお願い致します。

 

 また私は基本スタンスとして、“分かり易さ”を念頭に置いているつもりです。なので比喩や直喩などを用いて出来るだけ簡単にしたり、ザックリとした解説をするようにしています。

しかし書いている時には舞い上がる余りにそうした配慮が欠ける場合も無いとは申せませんし、誤字等についても同様の事が言えます。また書いている時は存外に間違いに気付かない事はあります。

 ですので、重ねて読者諸氏のご協力を賜りますよう、作者よりお願い申し上げます。皆様の忌憚なきご意見ご質問により、拙筆の品質をより向上させる事が出来れば、私にとっても幸いであります。皆様のご協力を、宜しくお願い致します。

 

 第三部、艦隊はより強力になっていく事になるでしょう。しかしそうなれば敵も強力になります。横鎮近衛艦隊そして、人類の前に立ちはだかる、新たな敵の姿は、既に描き出されつつあると言っても過言ではない所です。中にはユニークな敵も登場する事もあるでしょう。そうした意味で、この小説は見所に欠きませんね。

様々な視点からこの小説をお楽しみ頂けるなら、作者としてはこの上ない事で御座います。

 

 

(以下スペシャルサンクス募集について)

 

 

さて、ここからは重要なお話です。

 

 この小説は『読者参加型小説』と言うスタイルを導入しています。

例えば、『作品内にこの様なキャラがいれば面白いのではないか』『自分の考えたオリキャラを参加させられたら・・・』と言ったご感想を持たれる方もいるかもしれません。

普通コラボと言えば小説作品同士がするもの、そう言う認識が通念化しているようにお見受けします。しかし、私は敢えてそれを覆すべく、この読者参加型と言う在り方を模索しています。

 

以前ご説明した気もしますがここで詳細にルールを説明したいと思います。

 

 参加希望を頂く為の頂く方法は至ってシンプルです。

私はツイッターをやっている訳ですが、ツイッターにて私のアカウントと相互フォローしている場合はツイッターのダイレクトメッセージ(DM)、そうでない場合は、宛先指定で『@Friedrich_zwei』とツイート文中に記入した上で、参加打診のメッセージを私のアカウントに送付して下さい。こちらの通知欄に表示されるので、それが一番確実でしょう。

その際に『どの様な形で執筆に御参加されますか』とお聞きしますので、その際に希望の参加方法をお答えして頂ければOKです。基本的にはこの段階でNOと言う回答が返って来る事はありませんが、やり取りの進行次第では、交渉の打ち切りが考えられます。(話が纏まらない場合等)

 

参加方法は次のようなものが考えられます。

 

1.キャラクター名応募

 字義の通り、キャラクターの名前だけ寄稿して頂くと言うものです。

自然なものからドエライ名前のものまで、日本名であれば大体採用になります。

何ならこの小説にも登場している日本将校の名前をもじった様なものまで何でも結構です。お気軽に御参加頂く場合はこちらになります。

 設定等はこちらで思案致しますが、この場合は大体ワンシーンにちょこちょこっと登場することになると思います。

※1-1 但し、版権を侵害する可能性があるものや、既に一般に認知されている既存キャラの名前の完全なパクリなど、著作権侵害等の可能性があるもの、一定水準以上に於ける何かしらの独自性に欠ける場合については、原則としてお断りさせて頂きます。

※1-2 何かしらもじってある場合についてはその限りではありませんが、それでもあからさまな場合はお断りさせて頂く場合がございます、ご了承下さい。

※1-3 ストーリーへの反映までの時間差も相応に早いです。

 

2.オリジナルキャラクター寄稿

 これこそ字義の通りですね、ハイ(苦笑)

名前からキャラクターの詳細設定まで決めたいと言う方にはこちらになります。何なら身長・体重・スリーサイズから性格や来歴まで決まっていても構いません。どの様なキャラクターにするかは皆様の掌中にある訳です。皆様のイメージ力に期待がかかる所です。

 但し、小説に組み入れる際こちらでストーリー周りの設定を(ある場合)手直しをさせて頂く場合があります。その点はご了承下さい。

※2-1 注意点については1-1/1-2と同じです。

※2-2 2-1に加え、作品設定と整合性が取れない場合は、申し訳ありませんが設定の変更をこちらからお願いする場合があります。その場合には必ず代案をこちら側で用意しますので、ご了承の上ご検討して頂けると幸いです。

※2-3 ストーリーへの反映は、キャラ名寄稿と比べ長いスパンがありますのでご理解ください。

 

3.ストーリー草案寄稿

 こちらは少し敷居が高くなり、以前の章を御一読頂き、劇中の雰囲気や設定と言ったものをご理解頂けている事が前提になります。

これについてはストーリーの大凡の流れでも構いませんし、特定のキャラクターについてのものでも大丈夫です。既存ストーリーをこうすればより良くなると言う改訂案も大歓迎です。

何よりも『独自に発案』して頂いたと言う事が重要ですので、お話の方をお聞かせ願いたいと思います。

 但し、既に章の前書きの一つでも言いました通り、ストーリーの着地点は既に決まっていますので、それをずらしたり曲げたりしてしまう場合は、申し訳ないのですが不採用とさせて頂く場合があります。

※3-1 草案作成に当たり、他作品からの盗用/引用等、著作権侵害に当たると見做したものについては、採用出来ませんので御理解下さい。

※3-2 ストーリーの御理解が無い場合でも、ある程度までであれば『以前作中で/前書きで~』とご説明致しますので、御安心下さい。

※3-3 ストーリーへの反映はかなり先になると思われますので、予め御理解下さい。

 

 

 以上の3つとなります。

注意点をいくつか挙げます。

 

 一つ目は3つの項全てで述べました通り、著作権侵害・版権侵害になる可能性があるもの、加えて企業・個人・団体など、第三者の誹謗中傷に当たる恐れがあるもの、物語の流れにそぐわないものについても、寄稿頂くのはご遠慮下さい。例え寄稿して頂けたとしましても、採用する事は原則として出来ませんのでご注意下さい。

 

 二つ目は、私がブログをやっている事に関連するのですが、ブログの小説関連タグの記事の方に、参加希望等のコメントを頂きますのはご遠慮下さい。

必ずツイッターの宛先指定ツイートかDMの何れかで、参加希望のご連絡をして下さい。

 

 三つ目は、予めある程度作品の読解を終えて頂く事です。

これは参加方法の2と3にかかるものですが、作品内容と支離滅裂な発案によるご寄稿は、作者のタイムテーブルに大きな影響を与える為、お控え下さい。

逆説的に申し上げれば、こちらはそれだけ真剣に御寄稿下さったアイデアを視ます。ですのでその分、より質の良い発案によるご寄稿を心待ちにしております。

 

 四つ目は参加回数についてです。

複数回御参加頂けると言うお声を頂いた場合ですが、大変有り難いことながら、1&2で1回、3で1回の原則2回参加までとさせて頂きたく思います。1と2で『1回づつ』ではありません、1と2の何れか片方、または複数まとめてで1回とカウントさせて頂きますのでご注意下さい。その場合、各参加方法1回までとさせて頂きます。

 例:1/2と3に分けて参加⇒2回

   2と1/3に分けて参加⇒2回

   1/2/3と分けずに参加⇒1回・次回参加不可

   1と3で分けて参加⇒2回・次回参加不可

 

 

 注意点は以上です。3つ目の注意点に関しては、例え大雑把なものであったとしても、私が何とか致します。その為にこちらの時間を使わさせて頂く訳では御座いますが、余りにも支離滅裂に過ぎると見做した場合は、交渉の打ち切りないし後日再交渉と言う形になる事がありますので、予め御理解下さい。

 

 なお、1及び2で御参加頂いた方は「協賛」、3で御参加して頂いた方には「後援」として、小説概要説明の方に記入させて頂きます。複数個の御参加の場合も、3で御参加頂いた場合には後援となります。

参加者が多くなって参りましたら、本文中の冒頭部にスペシャルサンクス一覧ページを作る予定です。その際記入名のご指定ないし、匿名希望がありましたらお伝え下さい。匿名及び、ご希望の記入名にて対応させて頂きます。

 

 また期限も特に設けていませんので、これを御読みになられた方で、こんなアイデアがあると言う方は、是非ご一報頂ければ幸いです。

 

 

 さて、閑話休題ついでにスペシャルサンクスの募集詳細をお伝えしましたが、ご不明な点があればツイッターの方でご一報下さい、その際もご応募頂く際の宛先指定ツイートで大丈夫です。

私としては、皆様と一緒に、この世界を作り上げて行きたいと思っています。そして読者様に、作品を作り上げることの喜びを知って貰いたい、そう思います。勿論苦労もありますが、その苦労と達成感を共有する事が出来る方々が、一人でも多くお集まり頂けたならば、これ以上の喜びはありません。

 

 私個人としての意見ですが、創作とはイメージです。それを形にする事が創作活動である、そう思っています。これは大体の創作活動にも言える事かも知れません。特に小説に限りますが、小説を書くと言う事は、自分が経験して来た事、自分の価値観、数々の出来事の記憶、それによって出来た、自分の心の中の世界を、文章にして書き起こす事だと思います。

文章の中に、己の心象風景を具現化させる訳です。即ち『文字を編む』と言う事です。

 毛糸を編むように文字を編み、その中に自分の中にあるものを編み込んでいく、そうして出来た文学作品――――編み物は、人々の心を掴む事が出来る可能性を持っている。人々の心に、自分が編み込んだ世界を映す事が出来る力さえあると思います。

そうして毛糸の様に編み込まれた文字は物語を生み出し、その中に世界を持ちます。つまり小説を書くとは、物語を創る事であり、世界を構築すると言う事なのです。

 

 少々哲学チックな事を話しましたが、正直、私にはまだ、読者様の心を掴めるような物語が書けているかどうか、まだ自信がありません。ですが、読んだ人の心を鷲掴みにする世界を創り上げる、その手助けをする事が出来ると言う方々、ぜひ、御一報頂けますと幸いです。

 

 

それではキリがいいので、この辺りで〆させて頂こうと思います。

 

次の新規投稿更新は、第三部となります。

 

――――それまで皆様、しばしの別れです。近い内に、次回更新でお会いしましょう。



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第三部~慟哭・激動編~
第3部1章~ベンガルの夕闇~


どうも、お久しぶりで御座います、天の声です。

青葉「ご無沙汰しております、青葉ですぅ!」

中断するという宣言から随分経ちました(現在17/07/04)が、設定作業の遅延が目立っておりました、この点についてはお待たせした事をお詫びしたいと思います。WoWSをやり過ぎました。

青葉「ま、いつもの事ですねぇ。」

艦これのイベントの方が1ヵ月前から告知がありました。大規模イベントと明言されました。皆さん気を引き締めて行きましょう。またイベント攻略中の更新は、ストップさせて頂きますのでご了承ください。なおこの攻略にはイベ海域レベリングと掘りも含まれますがご容赦下さい。

青葉「そう考えると1月前と言うのはえらい時期に再開しましたね?」

まぁね、そう思わんでもないが、まぁ例のごとく1章に1ヵ月以上かかる公算は大きいので、その辺はまぁ割り切って下さい、ごめんなさい。

青葉「そう言えばサラトガ改二と言う事で沸いてますが、艦載機としてF6F-5とF4U-1Dが来ましたけど、ご感想は?」

なんか取材っぽいね? いいけど。
正直何も感じてないのが本音ですね、それより-5の夜戦型であるF6F-5Nの実装を期待したいです。あと噴式戦闘機。
或いはサラトガ改二に夜間航空戦が出来る能力が来るかなと期待もしている。これについては既存の夜間砲撃戦計算式ではなく、昼戦時並みの火力を出せる別式での話です。

まぁなんにせよね、サラトガは99待機なので、今から期待に胸が膨らんでますよ。

青葉「楽しみにしましょう!」

そうだね。では今回の解説に移ろうか。今回は「艦娘艦隊基本法」について。今後触れる機会が相応にあるだろうからここで簡潔に触れておきます。


艦娘艦隊基本法は、艦娘関連法案の基礎になる事から基本法と付いています。

概要としては大本営や各基地、艦娘艦隊の位置づけや役割、性質を決定づける重要なものです。因みに艦これ界隈でよくネタとして出てくる憲兵隊については、関連法案に制定されています。

簡単に言えば第1編は概要、第2編は大本営についての基本的な構成要件について、第3編は各基地及び艦娘艦隊司令部についての基本構成要件、第4編は各部署の職権とその権力行使範囲の規定、第5編に艦娘艦隊に於ける軍規の規定、第6編として自衛軍との協調路線を位置付けた条項、更に第7編として、艦娘保護/生活管理基本要件があります。

艦娘艦隊基本法は以上7項目で構成されており、曲がりなりにも軍事力である事を考えて、その条文は拡大解釈の余地を小さくするように配慮されています。故にこの法案は編で区切り、章を設け、節で細分化した上でその節の中に条文を複数個入れると言うやり方をしています。それだけ事細かに条文があると言う事になります。

当然条文の中には艦娘に対する処罰規定もあります。これは艦娘による軍規違反に対する適切な罰則を与える為です。劇中で直人が与えた罰則もこれに則ったものです。

因みに劇中では便宜上、特定の条文を引き合いに出す場合、本来法令内で連番になっている条文番号を、〇節の1~条と表記する事にしています。これについてはぶっちゃけてしまいますが、全条文を決定するまでに大変な労力と時間が必要となる事が主な要因でありますが、他に読者の方になるべく分かり易くお伝えする為と言う理由もあります。


今回は以上です、少し難しい内容ですが、これでも出来るだけ噛み砕いて説明したつもりです。

青葉「お疲れ様でした、では早速本編に行きますか?」

だな、お待ちかねだろうし。

でもその前に一つ、読者様に今回の章について説明しておく必要があるね。

今回の章、タイトルが二つあるんだけども、今から始まるこのお話は「慟哭編」になるよ。つまりある時期を境に「激動編」が始まるって事だね。ここだけ頭に入れておいてもらえるといいかな。

では本編、スタートだ!


~前回までのあらすじッ!!~

 

 2052年の開設以来1年2か月余、横鎮近衛艦隊は、北はアリューシャン列島、南はニューギニア北方、西はアンダマン諸島、東はトラック諸島に渡る広い戦域を駆け巡り、様々な敵と相対してきた。

時に試練にも見舞われ、提督たる紀伊直人も重傷を負う事態もあったが、その快進撃振りに異論のある者は誰もいない事は確かでもあった。

 2053年6月も半ばに差し掛かった頃、横鎮近衛艦隊の指揮艦『鈴谷』は、トラック棲地を下し、襲撃にあったサイパン島へ帰着を果たし、艦娘達はいつも通りの日常でこそあったが、束の間の休息を味わったのである。

 

 

 

2053年6月18日9時47分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「えー、やっぱりそうなるのぉ~?」

 

大淀「はい、やはり軍令部は、直接報告を受けたい、との事です。」

 

直人が大淀から渡された1枚の電文を見て、天を仰いで呻いた。

 

元はと言えば事前に何の連絡も無しに事後承認の形を、なし崩し的に取らせたのが悪いのだが、当人にとっては面倒極まっていた。報連相の重要性、これはいつでも同じと言う事であろうか。

 

提督「はぁ、まぁ仕方がない。」

 

大淀「いつでも御宜しいとは思いますけど・・・」

 

提督「それはそうだ、こちらの都合に合わせさせて貰う。」

 

特に日程の指定がないのは幸いであった。

 

提督「ところで、余裕が無くて先送りにしていたドロップ判定の方はもう済んだ頃合いかな?」

 

大淀「予定通りならば、その頃合いと思われます。」

 

実は鈴谷の損害は思ったより大きく、結局損傷を受けた艦内工場は、その設備の半数近くを取り換える羽目になったのである。そればかりか高角砲1基と機銃3基が、装備箇所ごと全壊しており、完全に壊れては直せるものも直せないと言う事で、それらの修理と再搭載でドロップ判定まで手を付ける余裕がなかったのだ。

 

無論艦娘の艤装の修理もあったが、特に大破した鈴谷の艤装は損壊が激しく、時間がかかると報告を受けていた。

 

提督「それじゃ、ちょっくら行ってきますかぁ。」

 

そう言って直人は席を立って左うちわで歩き出すのであった。

 

 

10時03分 建造棟1F・ドロップ判定区画

 

ちょっと早めに来過ぎて待たされる羽目になった直人であったが、それでも10時03分には全員出揃った。そこで直人は自己紹介を求めた。

 

谷風「谷風だよ、これからお世話になるね。」

 

提督(お、普通・・・?)

 

涼風「ちわー、涼風だよ! 私が艦隊に加われば、百人力さ!」

 

提督(自信満々だー)

 

卯月「やったぁ! でたっぴょん! 卯月でーす! うーちゃんって呼ばれてまーす!」

 

提督(元気だなぁ)( ̄∇ ̄;)

 

初霜「初春型4番艦、初霜です。宜しくお願いします。」

 

提督(この子も普通だ)

 

今回は駆逐艦しかいなかったようで全4隻である。

 

提督「俺がここの司令官だ、着任早々ご苦労だとは思うが、明日からは早速訓練に参加して貰う。だがその前に、施設を一通り見て置いた方が良かろう。陽炎!」

 

陽炎「はいはい、了解!」

 

呼び出されていた陽炎が心得た様子で返事をする。

 

提督「施設の案内は陽炎がしてくれる。どこに何があるか位は覚えて置く様に。」

 

4人「「はいっ!」」

 

新着の4人は揃って返事をした。

 

提督「うむ。んじゃ陽炎、あと任せた。」

 

陽炎「分かってるわ、じゃ、案内するわね。」

 

と、陽炎は谷風達に言って、4人を連れ立って建造棟を出た。その一足先に、直人も建造棟を去っていた。

 

 

12時26分 食堂棟1F・大食堂

 

食堂の一角で、吹雪は一人食事を摂っていた。その左の胸元には、先日直人から司令部防衛の功績について、功一等との評定で賜った殊勲賞が輝いていた。余程嬉しかったらしく、司令部にいる時は胸元にいつも付けていた。

 

この日は水曜日なので祥鳳が炊事担当である。いつもこざっぱりとした和食を出す事で、一定の評価がある。

 

「向かい側いいか、吹雪。」

 

吹雪「あ、はい、どうぞ。」

 

相席を所望したのは直人である。

 

提督「いやー、祥鳳の味噌汁は出汁の取り方が良くて美味いんだよなぁ、頂きます。」

 

そう言って直人は自分の昼食に箸を付ける。そのまま会話もなく淡々と食べ続けたが、ふとこう漏らす。

 

提督「随分あれ以来訓練頑張っているみたいじゃないか、神通が感心してたぞ。」

 

吹雪「は、はい。私も皆さんに負けてられませんから。」

 

提督「そうか、競争意識があるのはいい事だ。だが行き過ぎも良くないぞ。」

 

吹雪「肝に銘じます、司令官。」

 

訓練は、ただ淡々たるものではダメで、ある程度の競争意識がその効果をぐっと引き上げる事がある。今吹雪が話した事は、艦隊にとってもいい傾向であると映った。

 

提督「しかし連日の猛訓練だからなぁ、俺も時折訓練はするがあれほどの事はしないから大変そうだな?」

 

吹雪「まぁ、もう慣れっこになっちゃいました。」

 

提督「うわぁ、いやな慣れだなぁ何とも・・・。」

 

吹雪「そうなんです、嫌な慣れってあるものなんですね。」

 

提督「全くだ、俺なんて毎日毎日大淀に書類作業が遅いと怒られるのに慣れてしまってなぁ。」

 

と心にもない事を言う。

 

吹雪「アハハハッ、それは大変ですね。」

 

提督「おかげで毎日頭が痛いよ全く。」

 

そう言いながら直人は、吹雪の顔に笑顔が戻っている事を確かめたのである。

 

 

この後、地獄耳の大淀に捕まった事は言うまでもない。

 

 

6月18日10時18分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「うーむ。」

 

1枚の書類を見て唸る直人。因みにこの日は曇天だ。

 

大淀「どうされましたか?」

 

提督「いや、明石からの改装具申書、なんだが・・・。」

 

そのリストに大型艦が含まれていた。

 

提督「“陸奥”と“霧島(改二)”、それに最上・三隈・利根か・・・。」

 

大淀「戦艦が2隻ですか・・・コスト面では多少余裕もありますから、宜しいのでは?」

 

提督「うーん・・・まぁ、いいか。」

 

割となし崩し感はあるが直人は承認する事にした。やはり戦力の増強は大きいからである。

 

金剛「でも・・・ヤッパリまだ鋼材に余裕がないデスネー。」

 

提督「そうなんだよなぁ・・・。」

 

1回の海戦で損傷する艦娘が多い事もそうだが、何より自己修復機能を持つ鈴谷への鋼材の補充が、鋼材補充の面でかなり足を引っ張っている所があるのは確かであった。

 

提督「そう言えば、トラック諸島への部隊移動はどうなってるんだ?」

 

大淀「艦娘艦隊の第三陣までは既に到着した模様です。移築資材を乗せた輸送船が24日に到着予定と言う事でしたので、順調に進展していると言っていいと思われます。」

 

提督「いや、順調と言うには早いな。見かけだけと言う事もある。パラオートラック航路上の対潜哨戒を怠るなよ。」

 

金剛「了解ネ!」

 

高雄基地隊のトラックへの移動は、現状順調に推移していると言っていい。但し現状の話であって、先のことまで分からぬのが常であるからこそ、用心する事は必要なのだ。

 

最近は艦娘達を遠征に駆り出す事が増え、主に対潜哨戒などで実績を上げているのだが、全く人手が足りていないのが実情であったと言う事もある。

 

提督「潜水艦はホントにどこからともなく現れるからな、厄介極まる。」

 

金剛「ワタシも最後はそうでしたネー。」

 

提督「潜水艦滅するべし、慈悲はない。」

 

金剛も台湾海峡で米潜水艦「シーライオン」の雷撃を受け、駆逐艦浦風諸共撃沈されている。潜水艦によって戦艦が撃沈された例の一つであるが、この事は日本が対潜攻撃能力を余り重んじてこなかった事の反動であった事は確かである。

 

提督「対潜攻撃力については我が艦隊はまだ不足しているからな、最新型の装備への換装を急がせたい所だが。」

 

大淀「中々捗々しくありませんね、換装率はまだ1割程度でしょうか・・・。」

 

提督「うーん、開発しても中々出ないしなぁ、三式爆雷は・・・。」

 

大淀「―――もう少し何とかなれば、いいのですが・・・」

 

提督「無理を言っても仕方がない、可能な範囲でやる事だ。」

 

大淀「そうですね。」

 

直人の言葉で思い直す大淀であった。

 

 

そして話題は、現在の艦娘艦隊の戦況に移って行った。

 

 

提督「ベンガル湾方面にはようやく艦娘艦隊が通商破壊戦を展開し始めたな。」

 

大淀「話では、王立タイ海軍も参加しているとの事でしたが。」

 

提督「インドネシア海軍もだ。南西方面諸国の海軍も参加していると伝え聴いている。」

 

アジア諸国の海軍は、実は相当数の艦艇が残っている。これは南シナ海が外界からの進入をシャットアウトしやすい地域である事と、マラッカ海峡やスンダ海峡の狭隘さに救われている事が要因になっている。

 

更に日本国海上自衛軍が、東シナ海で中国海軍やフィリピン海軍との合同作戦で敵を阻止できていた事、その海上自衛軍自体がかなりの打撃を敵に与えていた事から、深海側の関心を向けさせていた事が要因になっている。

 

金剛「戦力としてはどうなんですカー?」

 

提督「さぁ、そこまで聞いている訳ではないからな、ま、大本営に行ったらついでに聞いて来よう。」

 

大淀「話では、退役寸前だったと言うチャクリ・ナルエベトも出撃しているそうです。」

 

提督「ほう、南西方面唯一の空母か。ま、通商破壊には使えるのか。」

 

空母チャクリ・ナルエベトは、王立タイ海軍が保有している1万トン級の小型空母である。同国初の空母で国産なのだが、設計が二転三転して当初は所定の性能を発揮する事が出来なかった。

 

その後外部からの技術提供を受けて改修され、F-35Bを運用出来る様になっている為、性能に不満があった割には息の長い艦艇となった。ただ、第一次対深海戦争の始まる頃には、退役間近と言われていたのだ。

 

???「そりゃあF-35にはステルス能力あるからな。」

 

と、唐突に誰かの声が聞こえてきた。

 

提督「いつの間にいたんだ蜜柑野郎。」

 

柑橘類「銃撃すんぞ。」

 

提督「待たれよ洒落にもならん。」

 

現れたのは柑橘類少佐、割といつもやっている軽口のたたき合いである。

 

提督「で、どうした?」

 

柑橘類「なに、基地航空隊の増強要請だよ。」

 

提督「1000機近いのにどうしろと。」

 

柑橘類「いやいや、機種統合と縮小の上でのお願いさ。」

 

提督「ほう・・・聞こうか。」

 

直人が柑橘類少佐の具申に興味を示す。

 

柑橘類「今のとこ、基地航空隊には色んな機体が入り混じってる。紫電改やその艦載機型、更に艦戦版紫電改と機種が被る零戦やら爆装零戦なんかもいる。端的に言えば、1つの機種に色々と居過ぎなんだな。」

 

提督「確かにその通りだ、んでその機種を統合して数を減らした上で機種転換をしたい訳か。」

 

柑橘類「そう言う事、実際このサイパンはトラック棲地陥落で空襲の危険は減ったがゼロじゃない、ニューギニアのビアク方面からの空襲も予想されるしな。」

 

提督「成程? そこでより効果的な機種が欲しいとそう言いたい訳か。」

 

柑橘類「いや、編成が手間なんでこざっぱりとまとめて欲しいってのが本音さ。」

 

大淀「確かに今、戦闘機だけでも6機種存在していますから、統廃合してもいいかも知れませんね。」

 

提督「そうだな・・・」

 

直人は少し考えてから、

 

提督「分かった、前向きに検討させて貰う。」

 

と返事をした。実際余りの機数の多さに管理コストが莫大なのであるから、そう言うのは当然だった。

 

柑橘類「恩に着る、そんじゃぁな。」

 

提督「おう。」

 

柑橘類少佐はそそくさと引き上げていった、どうやら忙しい中おいでなすったらしい。

 

提督「・・・烈風でも開発出来たらねぇ?」

 

大淀「おやりになられますか?」

 

提督「すぐにやれってのは、無理だね。」

 

大淀「そうですね。対潜兵装と並行して少しずつやらせます。」

 

提督「そうしてくれると助かる。」

 

基地航空隊の強化が決定した瞬間であった。

 

提督「後は南方方面への戦闘行動が出来ればいいんだが。」

 

大淀「トラック棲地陥落で、その活路は開けたと思いますけど・・・」

 

提督「ん? いやぁ、まだ駄目だ。作戦をするなら、やはり前線基地がいる。」

 

大淀「ラバウル、ですか・・・。」

 

提督「そうだな・・・そこしか適地はない。」

 

ニューブリテン島ラバウルは、同島の東端に位置する港町だ。尤も、この頃は島民が脱出した為に既に廃墟になっていたが。

 

大淀「提督は、ラバウル制圧の任務が来るとお考えですか?」

 

提督「うちには来ないだろう、多分佐鎮近衛の仕事じゃないかな。強行偵察位ならトラックに移って来る艦娘艦隊でやる筈だ。」

 

佐鎮近衛第一艦隊は、泉沢和征が指揮する艦隊で、近衛艦隊では揚陸戦を受け持っている。因みに横鎮近衛は前哨戦部隊で、水戸嶋氷空の呉鎮近衛が戦場の火消し役、浜河駿佑率いる舞鎮近衛が防衛戦を担当している。

 

つまり押しなべて主力を担う訳ではなく、相応の能力が求められる役回りを担っているのである。

 

提督「でも佐鎮近衛との共同作戦位は、あるかもしれんね。」

 

直人はそう考えていた。

 

 

一方で艤装倉庫では、数人の艦娘が艤装の整備に勤しんでいたのだが、その中に一人の戦艦がいた。

 

10時32分 艤装倉庫

 

日向「瑞雲の整備も、きちんとしなければな。」

 

日向である、どうやら搭載機である瑞雲の整備中の様だ。

 

伊勢「お、日向、先に来てたんだね、探したよ。」

 

日向「伊勢か、それはすまない。」

 

伊勢「いいって。あー、また瑞雲の整備?」

 

と、伊勢は日向の手元を見て言った。

 

日向「あぁ、何よりも大事なのは搭載機の整備だ。特に私達は瑞雲と言う難しい機体を使う。爆撃から弾着観測まで、用途は様々だ、整備はきちんとしなければ。」

 

と、熱弁を振るう日向である。

 

伊勢「確かにそうだけどねぇ、随分熱心じゃない?」

 

日向「やれるだけ改良をしているからな。」

 

伊勢「それって妖精整備員達の仕事なんじゃ?」

 

日向「いや、彼らは整備だけだ、改修までは手が回らない事が多い。」

 

言ってしまえば、航空運用艦娘達は運用者であると同時に、メーカーにも相当するのだ。

 

噛み砕いて言うと、艦娘達は自分の経験を基に艦載機をチューンナップして行く。そこに搭乗員達の意見を取り入れ、自分だけの艦載機になって行き、そこに艦娘達の考え方や理想的な姿が浮かび上がってくると言う訳だ。航空機の運用を行う艦娘達は日夜そのようにして、自身の実力を高めていると言えるだろう。

 

多少性能差により運用上の不便はあるが、それを意に介するより少しでも強力な艦載機を創り上げる事が大事なのだ。

 

伊勢「ふーん、重要だね、そう考えると。」

 

日向「あぁ、特に私達は、立体的な航空砲撃戦をする特殊な位置取りにある。その分、磨きをかけねばな。」

 

日向の瑞雲への思い入れは、並大抵のものではないようだ。

 

 

翌日、直人は訓練の視察を行った。

 

6月19日9時47分 司令部前埠頭

 

 

ドン・・・ドドン・・・

 

 

提督「ほーう、駆逐艦娘の練度の向上ぶりが見えるようだな。」

 

遠雷の様に聞こえてくる砲声を聞きながら、直人は双眼鏡で訓練中の様子を見ていた。

 

大淀「ここ数日間で、駆逐艦娘は砲撃の命中率が平均3%上がっています。」

 

提督「そんなに上がっているのか、それは凄いな。」

 

「そりゃそうでしょ、私がしっかり鍛えてるからね♪」

 

と、埠頭のすぐ下から機嫌の良さそうな声が聞こえてきた。

 

提督「その声は――――北上か。」

 

北上「おぉ、さっすが~、声だけで当てられちゃった。」

 

提督「褒めても何も出んぞよ。それよりどうだ、駆逐艦たちの様子は。」

 

北上「ん~、私の教えてるのは、軽巡洋艦の砲撃を駆逐艦に当てはめたものなんだけどさ、結構呑み込みが早くてね~、上達してるかな。」

 

北上は数の多い駆逐艦の嚮導を担っているのだ。最初こそ渋られたものの、直人の頼みとあらばと引き受けてくれたのである。

 

提督「それは何よりだ。吹雪はどうだ?」

 

北上「あの子はとりわけ上達も早いかな、一時が嘘みたいだよホント。」

 

提督「それは良かった・・・。」

 

北上「随分吹雪に入れ込んでるねぇ、どうしたの?」

 

北上がそう聞くと、直人は答えにくそうにしながらも、言葉を選びつつ答え始めた。

 

提督「なんと言うかな・・・あいつを見てると、時々心配になるんだ。」

 

北上「へぇ~? なんでまた。」

 

提督「うぬ・・・どう言えばいいかな、真っすぐ過ぎて、“周り”が見えてないように思えると言うか・・・昔の自分を見ている様でな。」

 

北上「ほーう、提督にもあんなんだった時があるんだ。」ニヤニヤ

 

提督「否定出来ないのが辛い。」

 

直人がそう言うと北上はこう言った。

 

北上「そっか、興味はあるけどー・・・今はいいや。それじゃ~私は戻るね。」

 

提督「おう、頼んだぞ~。」

 

北上「うん、任せといて。」

 

直人にそう告げると、北上は演習海域に戻って行った。

 

大淀「訓練中に嚮導艦が抜け出してくるなんて・・・」

 

提督「いや、あれはあれでいい。目の前で見ている時には見えなかったものが、別の視点から見ると見える時もあるからな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「――――そうか、大淀は訓練時の嚮導をした事がないんだったな。」

 

大淀「は、はい・・・恥ずかしながら。」

 

提督「別に恥じる事ではないさ、艦にはそれぞれの歴史ってものがあるからな。」

 

大淀にそう言い含めて、彼は再び訓練風景に目を移すのであった。

 

 

6月20日15時03分 司令部前ドック/重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「んー、被害受けた部分は全て修理が終わっているな、弾薬の補充状況は・・・」

 

直人はサークルデバイスを展開して、鈴谷の状態をチェックしていた。

 

「ちわ~っす提督!」

 

とそこへ勢いよく闊達な声が聞こえてきた。

 

提督「・・・なんでここが分かったし。」

 

「如月に聞いてきたんだ~♪」ニヒヒッ

 

提督「やれやれ・・・で、何の用だ、“鈴谷”。」

 

鈴谷「凄い、なんで分かったの!?」

 

提督「持ち上げたって何にも出ないぞ。」

 

ただのお世辞に直人はそう切り返す。羅針艦橋にやってきた鈴谷は、直人に対してこう言い放った。

 

鈴谷「提督の顔が見たくなっただけ!」ババーン

 

提督「じゃぁ帰りなさい!」ドーン

 

にべも無かった。

 

鈴谷「なんでぇ~?」

 

提督「この鈴谷のメンテナンス中なんだけどな? 私。」

 

鈴谷「知ってる。」

 

提督「なら静かにしてくれないか。」

 

鈴谷「え~? 退屈だしー。」

 

提督「ほーん?」キラーン

 

直人アイ.sが光った時は悪知恵が働いた証拠である。

 

鈴谷「へっ?」

 

提督「よし鈴谷、じゃぁ俺に代わって鈴谷メンテナンスしてくれ。」

 

鈴谷「ちょっ、なんでそうなるの!?」

 

提督「“ヒマ”なんだろう?」ニッコリ

 

鈴谷「いやっ、それはそうだけど!」

 

提督「そーか、それならやってくれるな?」ニッコリ

 

鈴谷「あー、私急用を~」

 

提督「提督命令だ、鈴谷。」キッパリ

 

鈴谷「職権乱用だー!?」ガーン

 

提督「だいいち、元は自分の一部だったんだろうが、お前にやって貰えた方が整備効率もいいだろう。」

 

鈴谷「そ、それはそうだろうけどさ・・・」

 

提督「何なら沖合で航行訓練もしてきていいぞ。」

 

鈴谷「むー・・・」(嫌って言えない雰囲気に・・・)

 

こう言う場面では直人は鈴谷より一枚上手であったようだ。

 

鈴谷「ハァ――――しょうがないなぁ、やったげる。」

 

提督「どうもありがとう。」ニコッ

 

鈴谷「――――ッ!」ドキッ

 

直人は巧みに鈴谷をやり込めて羅針艦橋を去って行く。

 

提督(クックック、いや~、一本取ったり♪)

 

しめたもんだと思っていた。

 

 

鈴谷「・・・。」

 

エレベーターに姿を消した直人を見送った鈴谷。

 

鈴谷「――――やるしかないか・・・。」(あれ、なんで私、こんなにドキドキして――――)

 

肩を落としながらも、その心中は穏やかではない。

 

鈴谷(ま、まさか、これが“恋”ってヤツ? いやいや、まさか私が提督に限ってそんな・・・///)

 

しかし、否定できる材料は、何もなかったのだった。

 

 

6月27日7時02分 中央棟1F・無線室

 

大淀「到着している無電は・・・っ、これは、作戦指令書、しかも、緊急?」

 

大淀はすぐにその2文字の意味を悟って、椅子を蹴る勢いで無線室を出た。

 

 

一方の直人はその時、朝食を終えた直後で食堂にいたのだが・・・

 

 

7時07分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「どうだ涼風、艦隊には慣れたか?」

 

涼風「うん、皆いい人たちだし、何とかやってけそうだよ。」

 

提督「そいつは良かった。」

 

直人は執務室に行く前に、涼風と話をしていた。

 

涼風「いや~、実戦が待ち遠しいよ。」

 

提督「フフッ、そうか、俺もお前の初戦果、期待してるぞ。」

 

涼風「あぁ! 任せとけってんだ!」

 

直人はどうやら涼風をいたく気に入ったらしい。

 

 

大淀「提督、すぐに執務室においでください!」

 

提督「そうか、分かった。涼風、今日の訓練も頑張れよ。」

 

涼風「おう、そんじゃぁな!」

 

そうして涼風と別れた直人は、大淀と共に執務室へと向かうのであった。

 

 

執務室に言った直人が大淀から聞かされた内容は、直人の想像斜め上を行くものであった。

 

提督「へ? トリンコマリー棲地空襲だ? なんでまた。」

 

大淀「近く、南西方面艦隊がセイロン方面に対し大規模な攻勢を行う予定だそうでして・・・。」

 

提督「コロンボ棲地を攻略するに、側方にもう一つ棲地があるのでは邪魔だと、言いたい訳か。」

 

大淀「と、思われます。併せて大本営から、至急出頭せよとのことです。」

 

その言葉に直人は耳を疑った。

 

提督「は? では俺はどうすればいいのだ、出撃部隊の指揮を誰が執る?」

 

大淀「金剛さんにお任せになるが宜しいかと。」

 

提督「はぁ~、延び延びにしていたが、流石に限界かね。」

 

直人はその実、わざわざ出頭も面倒でそれを先延ばしにしていた節がある。が、それも我慢ならぬと大本営から言ってきた訳である。

 

提督「分かった、実戦部隊の指揮は金剛に執らせよう、鈴谷の方は・・・」

 

大淀「そこは一人、ベストな代役がいるのではありませんか?」

 

提督「・・・成程、ではそうしようか。」

 

大淀「作戦立案に移りますか?」

 

そこで本来なら直人は首を縦に振るが、この時ばかりは横に振った。

 

提督「いや、作戦の立案については金剛と艦娘艦隊側に一任する。やはり、実行する当事者による立案が一番だからな。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「各艦娘は朝食後待機。サイパン飛行場は連山改の発進用意を。」

 

大淀「発令します。」

 

大淀は直人の指示を伝達する為執務室を後にした。

 

提督「・・・向こうは梅雨時だな、雨具持って行かなきゃ。」

 

そう言って直人も身支度をする為に執務室を後にしたのであった。

 

 

その後金剛らは基本的な作戦の骨子を2時間程度で練り上げ、10時18分には鈴谷への物資搬入が完了した。

 

10時30分には、参加する艦娘達が重巡鈴谷への乗艦を済ませ、直人が彼女らに訓示を与えていた。

 

 

10時31分 重巡鈴谷前甲板

 

提督「――――今回の出撃に当たり、俺は同行する事が出来ない。よってその全指揮は、金剛らに一任する。皆(みな)は平素から練り上げてきた実力を発揮し、作戦目標の粉砕に尽力して欲しい。」

 

熱弁を振るう直人、そこで言葉を一旦切ってから、こう続けた。

 

提督「しかし、俺が皆に期待する事は敵の撃滅ではない。艦隊全員の帰還である。これを、第一の命令とする。作戦後、皆の壮健な姿を再び見る事を、楽しみにしている。」

 

大淀「敬礼!」

 

 

ザザッ

 

 

出動部隊の艦娘達が、直人に対し敬礼する。

 

今回編成された部隊は次の通り

 

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 第十六駆逐隊(雪風/谷風(※))

第一水雷戦隊(臨時編入)

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜(※))

 

第一航空艦隊

旗艦:赤城

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第一航空戦隊(赤城/加賀)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風(※))

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

(※):今回出撃せず

 

上記が今回編成された艦隊である。第一艦隊が編成から外されているのは、今回の作戦の性質を考えた結果、速攻を重視した為である。それだけの緊急性が要求されたのである。

 

提督「ふぅ、形式ばった事はやはり慣れないなぁ。」

 

訓示を述べて艦を降りた後、彼は大淀にそう言った。

 

大淀「でも、大分様になって来たと思いますよ。」

 

提督「だといいんだけど・・・。それより訓示の時鈴谷が目を合わせてくれなかった、てかむしろ顔背けられた。」

 

大淀「いや提督、何をしたんですか?」

 

提督「俺 に 聞 く ん じ ゃ な い 。」

 

当人として、分かったら苦労しないのである。

 

大淀「えぇ・・・。」

 

流石に困惑した大淀であったが、

 

大淀「こ、心当たりは何かないんですか?」

 

と切り返した。

 

提督「それが不思議な事に何もないんだ?」

 

大淀「疑問形で言われましても・・・。」

 

提督「マジで思い当たる節が無いから仕方ない。」

 

大淀「どうされたんでしょうか・・・。」

 

 

鈴谷(ヤバイ、なんか顔合わせらんないよ~!!///)

 

鈴谷の心中、穏やかではない。それは兎も角として、何とも鈍い男である。

 

 

10時37分、重巡鈴谷はサイパンを慌ただしく出港した。そして10時41分――――

 

~サイパン飛行場滑走路~

 

提督「さてと、行きますかね。」

 

4発の誉エンジンを轟かせ、連山改は暖機運転を行っていた。直人は連山改に搭乗する為に飛行場に来ていた。

 

柑橘類「途中までは護衛してやれるが全行程は無理だ。気を付けて行ってこい。」

 

大淀「ご無事に、お戻りくださいね。」

 

提督「ありがとな、行ってくる。」

 

直人は二人に見送られて、連山改の元に向かった。

 

10時40分、笹部大佐の連山改が、サイパン飛行場を離陸し、針路を0度に取り日本本土へと向かっていった。離陸直後の眼下には、テニアン島とサイパン島の間の水道を抜けていく鈴谷が望見出来た。

 

「“鈴谷より発光信号! 『道中の安全を祈願す』以上です!”」

 

提督「恐らく副長妖精だな。返信、『了解した、貴官ら全員の奮戦と無事を期待す』と送れ。」

 

「“はっ!”」

 

直人は報告してきた機銃員にそう伝えた。

 

提督(無事に帰れよ、お前達・・・。)

 

直人は眼下に鈴谷を望見して、そう祈らずにはいられなかった。

 

 

15時27分、連山改は曇天の厚木基地に無事着陸し、直人は久しぶりに日本の土を踏んだ。

 

基地には既に横鎮からの迎えの車が来ており、直人はそれに乗り込んで横鎮の本庁に向かった。

 

その一方で重巡鈴谷は、マリアナ諸島周辺海域を離れつつあった。

 

 

16時39分 横鎮本庁・司令長官室

 

提督「失礼します。」

 

土方「おう、到着を待っておったぞ。」

 

提督「はっ、出頭を先送りにしてしまい申し訳ありません。」

 

土方「それについてはまぁよかろう、貴官の部隊にも事情と言うモノがある、ま、座りたまえ。あと、君達は席を外してくれ。」

 

土方海将は人払いをして副官達を追い出しながら、直人に応接用のソファに座るよう勧める。窓にはポツポツと雨粒が当たっていた。

 

提督「はい、それでは失礼します。」

 

二人以外の人間がいなくなり、直人と土方海将がソファに腰を下ろすと、すぐに話が始まった。

 

土方「話は聞いた。今回はお手柄だったな、紀伊君。」

 

提督「ありがとうございます。これもひとえに、艦娘達の奮戦の賜物です。」

 

土方「しかし、今回も陣頭指揮だったのだろう。見事なものだ。」

 

提督「私は、こと艦娘達の指揮に関しては、何もしていませんよ。」

 

彼はあくまで謙遜してみせる。

 

土方「そうか、だが一体どうやったのだ? SN作戦の際にも棲地の中には立ち入る事が出来なかったものだが。」

 

提督「はい、その資料がこちらに。我が艦隊の造兵廠長明石からの提出レポートです。」

 

直人が玉付封筒を卓上に差し出す。

 

土方「ほう、拝見しよう。」

 

土方海将はそう言って封筒を手に取り、封を開けると中の書類の束を流し読みし始めた。

 

土方「・・・成程、脚部の艤装に、炭素を用いた防護処理をする訳か。」

 

提督「はい、炭素板では壊れやすい為、鋼材をコーティングする形の措置となっています。」

 

土方「成程な、言われてみなければ気付かない手法だ。で、効果は?」

 

提督「腐食は一切見受けられませんでした。ただ、損傷を受けるとコーティングした炭素が吹き飛ばされる可能性がある為、今後改善の余地があると思います。」

 

土方「うむ、その点ならば、専門の開発機関が柱島泊地にある。そこにこれの転写を回そう。」

 

提督「専門の機関、ですか――――それって、まさか。」

 

土方の言葉の一節が直人は気になった。

 

土方「そうだ、海自軍技術研究本部第三技術研究所、“三技研”だな。」

 

提督「やはりあそこですか。三技研は何度かに分けて見学させて貰いましたが、あれは凄いです、うちの造兵廠等とは比べ物にならない設備が揃っています。あそこを使える氷空が、羨ましいと思った事があります。」

 

土方「そうかそうか、話を通しておくから今度何か一つ発注してみるか?」

 

提督「ハハハ、検討しておきます。」

 

『海上自衛軍技術研究本部第三技術研究所』という正式名称で呼ばれるこの研究所は、かつて現・舞鎮司令長官である吉田晴郷海将が所長を務めていた事もある、海上自衛軍技術研究本部(海自軍技研)に隷属する研究機関の一つである。

 

 この海自軍技研と言うのは、自衛隊の軍への昇格の際に旧・防衛装備庁を発展解消して出来た、日本国防三軍の技術研究部門の内、海上自衛軍の技術研究を担当する機関である。

旧軍で言えば、海軍航空技術工廠(空技廠)や海軍艦政本部(艦本)などをひとまとめにしたと思えば大凡の概要がつかめるだろう。要するに海自軍で使用する兵器に使用する技術の開発や改良などを行う部署である。

 

提督「懐かしいですね、あそこは確か深海棲艦の研究を行っている部署でしたね。」

 

土方「そして、君達の扱っている、巨大艤装の誕生した地だ。」

 

その言葉に直人は感慨を深くする。

 

提督「“あれ”から、6年ですか・・・随分と、長く戦い続けて来たものです。」

 

土方「“あの一件”の後、三技研ではその繋がりで艦娘出現後に艦娘研究もやっているのだ。」

 

三技研は曙計画の製造部門をも担当していて、初期の調整と訓練も、柱島泊地でやっていたのだ。

 

提督「あそこでですか。確かに、巨大艤装を製造したと言う技術的な下積みこそありましたが、可能だったのですか?」

 

土方「現在の所支障は無いとの事で、順調に研究が進んでいるらしい。」

 

提督「そうですか。いや、新しい兵装の開発など、成果を期待したい所ですね、それは。」

 

土方「全く、その通りだ。」

 

久しく会っていなかっただけに、直人と土方海将は思う存分、談議に花を咲かせていた。

 

提督「そう言えば、ベンガル湾通商破壊に東南アジア諸国の海軍が参加していると言う話を聞きましたが、本当なんですか?」

 

土方「あぁ、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナムの各国が艦艇を出し合って参加している。勿論リンガとブルネイ、タウイタウイ泊地の各基地からも、海上自衛軍の艦艇と艦娘艦隊が参加しておる。」

 

提督「ふむ、しかし小型艦艇しかいないのでは?」

 

土方「そうだ、ミサイル艇などの小艦艇が主体だ。我々にはそれらの補助艦艇を出動させる余力が少ない。絶対数も多くない訳だが、そこにこれらの諸国から支援の申し出があり、渡りに船と言う事になった訳だ。」

 

度重なる激戦で日本の海上自衛軍は、ミサイル艇やフリゲートなどの小型戦闘艦の消耗が目立っていた。更にこれらを、日本本土や各艦娘艦隊基地に分配した関係で、小艦艇の基地ごとの絶対数は少ないのだ。

 

そこへ追い打ちをかける様に敵の潜水艦が圧をかけて来ていた上に、海上交通路の保全という任務から中々外部への出撃が出来ないのである。

 

提督「そう言う事でしたか・・・。」

 

土方「特にタイ海軍の空母はそれなりに活躍しておる。ステルス性のあるミサイルと機体自体にステルス性を持ったF-35Bの組み合わせが、通商破壊戦で効果を挙げているようだ。」

 

提督「ふむ・・・。」

 

深海棲艦に近代兵器が通用しないと言うのは、実のところ状況が整っている場合か、一部の例外(超兵器級など)に対しての話なのである。

 

深海棲艦は目視でミサイルを見る事が出来る、しかしそれはあくまでも“視る”だけであって、それを撃ち落とす事が出来るかどうかという段になると『不可能ではない』になるのだ。

 

では深海棲艦がどのようにミサイル攻撃を凌いだか、実際の所それは弾幕の形成なのだ。目視したミサイルに対し、レーダーも使い猛烈な弾幕を形成して破壊するのである。その処理方法は奇しくも、CIWSを生み出し近接防空兵器として装備した、人類と同じなのだ。

 

提督「ステルス能力を持ったミサイルですか・・・コストは高いものの、その点実効は高い訳ですか。」

 

土方「そうだ、いくら目視出来ると言っても、レーダーが捕捉出来なければ目測射撃に依らざるを得ない。更に輸送船団の頭数は非常に少ないから、ミサイルが落とされる心配は少ないとも言える訳だ。」

 

提督「言われてみないと気付かない手法ですが、確かにそうです。」

 

土方「おかげで各国の通商破壊部隊も随分意気上がっておるから、徐々に戦果も伸びている訳だ。」

 

提督「我々の今回の出撃命令は、その側面援護という役割もある訳ですか。」

 

土方「そうだ、単にコロンボに対する攻勢だけではない、これらの貴重な戦力を、出来るだけ消耗させまいと言う目論見がある。更に言えば、ベンガル湾が最早安全な海ではない事を、敵に知らしめる意味もある。」

 

提督「成程、よく分かりました。しかし今回は少々急すぎると小官は考えます。」

 

直人は作戦命令が余りにも急すぎた事に対して苦言を呈する。

 

土方「やはり急だったか、私もそうは思っていたが・・・。」

 

提督「えぇ、恐らく直前になって急遽決まった事だと言う事は理解出来ます。明日大本営に出頭して、その旨上申して来ようと思います。」

 

土方「それが良かろう。作戦行動とは一朝一夕に発動すると言う事は難しいものだ、しかしそれでも実行に漕ぎ着けるとは、流石という所だな。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

直人は素直に頭を下げた。

 

土方「さぁ、もっと話をしたい所だが、私もまだ仕事が残っておるのでな。」

 

提督「はい、承知しております。では私はこの辺で失礼させて頂きます。」

 

土方「うむ、今日はゆっくり休みたまえ。」

 

提督「はっ、それでは。」

 

直人は踵を打ち鳴らして敬礼をし、司令長官室を後にした。

 

 

一方・・・

 

 

17時07分 マリアナ諸島西方遠方 重巡鈴谷・羅針艦橋

 

鈴谷「・・・退屈だねぇ明石ちん・・・。」

 

明石「えぇ、そうですね。」

 

重巡鈴谷の羅針艦橋では、鈴谷を預けられた艦娘、鈴谷が退屈していた。

 

鈴谷「提督は、こんなに何にもない時間を、出撃中過ごしてたんだね・・・。」

 

明石「それは勿論そうです。戦場に着くまでは、非常に単調な航海が続きますから。」

 

鈴谷「うへぇ~・・・艦長って、大変だ・・・。」

 

鈴谷はそれまで直接は経験の無かった艦長の立場に、改めて畏敬の念を覚えるのだった。

 

金剛「ハーイ鈴谷!」

 

そこへ金剛が来た。

 

鈴谷「おぉ、金剛さんじゃん!」

 

流石に総旗艦にあだ名を付ける事は憚られる鈴谷である。

 

金剛「どうデスカー? 初めての艦長は。」

 

鈴谷「ここまで退屈とは思わなかったよね、提督も毎度毎度大変だったって事を初めて知ったよ~。」

 

金剛「YES、私達がまだ“艦”だった時は、そんな思いもしませんでしたガ、私達は“艦娘”デスカラ。」

 

明石「そうですね、私達は仮にも、人の体を纏って顕現した身ですから。」

 

そう、彼女達は、紆余曲折こそ経はしたが元々兵器なのだ。『艦娘』という存在が元より、“兵器と、それと共に生きた者達の、善なる意思の集合体”として、女性の姿を以って顕現した存在たるが故に、彼女らはその本質として『兵器』なのであるが、その根源は『人間』なのである。

 

人間と兵器の二つの側面を持つ、この事が、艦娘達の扱いをより難しくさせる原因となっているのだ。

 

 

20時17分 横鎮防備艦隊寄宿舎・209号室

 

 

ザアアアアアア・・・

 

 

提督「雨・・・か。」

 

直人は窓から外を眺めていた。昼間から関東平野はぐずついた天気ではあったが、夜になり降り始めたのである。丁度梅雨時故に、日本本土では雨が多いのだが―――。

(※余談だがサイパンも10月までは雨期であるので割と大変だが劇中では余り描かれない。)

 

提督(雨は、やはり嫌だな。どうも気分が萎んでしまう。)

 

彼は雨が嫌いなのだ。自然の風景でで唯一嫌いなものと言っていい。彼は自然への畏敬を覚える者でこそあるが、雨だけは、どうしても好きになれなかったのである。それが、彼の心象を現していただろう。

 

 

6月28日9時27分 神奈川県横浜・大本営本庁舎/総長執務室

 

提督「石川好弘少将、只今出頭致しました。」

 

山本「ご苦労。」

 

互いに敬礼を交わす二人。やはり人払いをして、互いに話し始める。

 

提督「出頭の遅れました事、申し訳ありません。」

 

山本「それについては良かろう、それよりすまなかったな。」

 

提督「・・・と、言われますと?」

 

山本「今回の出撃命令は、急遽決定されたものである事は既に察していると思う。実は6月25日の深夜に、トリンコマリー棲地に敵の戦力が集結している事を突き止めたのだ。」

 

実のところ、山本海幕長は横鎮近衛艦隊に対する急な出撃要請に躊躇いを覚えたのだと言う。しかしすぐに出せて尚且つ、強力な艦隊が他にいなかった事が、この出撃命令に繋がっていたのだと、山本海幕長は語った。

 

提督「成程、そう言う事でしたか・・・。それについては了解致しましたが、今後は必ずもっと早期の打診を、強く請願するものであります。」

 

山本「了解した、最大限の努力を払う事を約束しよう。」

 

提督「それで、先のトラック棲地攻略についてのお呼び出しと伺いましたが。」

 

山本「うん、実のところ、トラック棲地攻略準備の件については以前耳にしていたが、一体どうやったのかね?」

 

提督「ご説明致します――――」

 

ここからは概ね土方海将に説明した通りなので省略する。

 

 

 

山本「ふむ・・・貴官らの叡智の結晶だな。」

 

提督「お褒め頂き、ありがとうございます。」

 

直人は評価して貰えたことに関して礼を言った。

 

山本「しかし一部とはいえ、三技研と同等の技術力を持つに至るとは、貴艦隊の工作艦だけの力添えではないな?」

 

提督「はい、我が艦隊にて逗留している深海棲艦―――『モンタナ』の力添えあっての事です。」

 

山本「そうか、それなら何よりだ。全ての深海棲艦が、かくあればと願うものだが・・・。」

 

提督「――――海幕長殿は、この戦争には反対だったのですか?」

 

そう聞くと、山本海幕長は首を横に振ったが、その答えは完全な否定ではなかった。

 

山本「いや、そう言う訳ではない、しかし消極的なのは事実だな。余り積極的に出た所で、何かある訳ではない。むしろそれは、我々にとって不毛な戦争に於いて、必要以上に戦線を抱える事に繋がりかねないからだ。だが、中堅将校や艦娘艦隊の若い連中は血気にはやっている者が少なくない、それが困り物なのだ。」

 

提督「深海棲艦は凄まじい兵力を持っています。それに比べれば艦娘艦隊など、些細な数ですからね――――」

 

山本「故にこそ、君達近衛艦隊がいる。我々は勿論、艦娘艦隊の被害を極限させる為の、鋭い槍の穂先が君達だ。」

 

提督「よく理解しております。その基本理念に沿い、我々は行動しているつもりです。」

 

 

“近衛艦隊の基本理念”――――

 

それは、『消耗戦を回避する方針の下、1個艦隊で膨大な戦力と伍する艦娘艦隊を編成し、以ってこれを戦略・戦術的な重要な戦力として運用する』と言うもの。

 

“前哨戦”・“残存掃討”・“戦略的要地防衛”・“強襲揚陸戦”、この4つは、いずれも戦術や戦略面において重要な局面であり、そうした局面で、生半可な部隊を投入する訳にはいかないのである。その為にこそ、近衛艦隊の存在意義があるのだ。

 

 

山本「その点に於いても、今回のトラック棲地の撃滅は、戦略的に見ても重要な意義を持つ。本当によくやってくれた。」

 

提督「はっ、ありがとうございます。これで小澤海将補殿も、生き生きと作戦指導が出来そうですね。」

 

山本「だといいのだが。彼は君も知っての通り、航空戦術の専門家だ。」

 

提督「はい、存じております。必要とあらば、我が基地の航空隊をも、作戦に共同させたいと考えておる次第です。」

 

それを聞くと山本海幕長は表情を綻ばせた。

 

山本「それは彼にとっても何よりの知らせだろう。私からも良く伝えておこう。」

 

提督「ありがとうございます。移駐のほとぼりが収まりましたら、近く挨拶に出向こうと思っていた次第でして。」

 

山本「そうか、それはいい。それも含めて話は通しておこう。」

 

提督「そうして頂けると、ありがたく思います。」

 

山本「ハハハ、他ならぬ君の頼みだ。6年前の事がなければ、今頃我々海自軍は戦力を残していなかっただろうからね。ひとつ恩返しと思って、出来るだけの協力をさせて貰う。」

 

提督「――――海幕長直々にこれ程までのお言葉を頂けましたならば、6年前に我々が命をかけた甲斐も、あったと言うものです。」

 

彼はかつての自身の奮戦が、全く無駄ではなかった事を、この時初めて知った。それは無論嬉しくもあったが、それが故に今、この複雑な立場に置かれている事を想えば、心境は少々複雑であった。

 

山本「そうか。君はあの一件で英雄扱いされるのを酷く嫌っていたと言う話だがね、戦略的な意義は確かにあった、その一点だけを見れば、君は確かに英雄だったと私は思う。だが全体を見れば、作戦は失敗に終わってしまった。君が英雄視される事を嫌ったのも、よく分かろうと言うものだ。」

 

提督「はい、私はメディアによって創り上げられた、虚像の英雄ですから・・・。」

 

山本「嶋田のやりそうな事だ、失敗した事を、国民は知らんのだ。」

 

提督「そうですね・・・。」

 

山本「この話は終わりにしよう。トラック棲地の攻略、ご苦労であった。」

 

提督「はい、ありがとうございます。宜しければ、山本海幕長のお考えを、お聞かせ願いたく思います。」

 

直人がそう聞くと、山本海幕長は言った。

 

山本「私の考えか。近く、ミッドウェー方面に対し攻勢をかける事になるだろう。その際にはまた、貴艦隊の出番もあるだろうから、そのつもりでいてくれ。」

 

提督「分かりました。」

 

山本「それと、ラバウルとその周辺については目下制圧する方向で計画の準備をしている。そこで君が提出したレポートが生かされる事になるだろう。」

 

提督「はっ、早速お役立て頂けます事、光栄であります。」

 

彼の提出したレポートは、実行しようとすると即効性には乏しいのだが、すぐさま生かされる事になるならばそれ以上の事は無い訳である。

 

山本「今話せるのはこんなものかな。」

 

提督「そうですか・・・分かりました、それではこれにて失礼致します。」

 

山本「うむ。君の今後の健闘を祈っているぞ、紀伊君。」

 

提督「ありがとうございます、では、失礼します。」

 

山本「うむ。」

 

直人は山本海幕長と敬礼を交わすと、総長執務室を後にした。

 

 

11時19分 神奈川県横須賀・戦艦『三笠』

 

提督「――――“VR三笠”が節電のため提供休止って言うから来たけど、ホント凄いな。」

 

「本当に、文明の利器ね・・・」

 

提督「そうそう――――!?」

 

直人は唐突に声がしたので慌てて後ろを振り向く。

 

「ふふっ、驚かせちゃったかしら?」

 

提督「全くだよ三笠・・・。」

 

姿を現したのは、艦娘・三笠であった。

 

三笠「ごめんなさいね、そのつもりはなかったのだけれど。」

 

提督「いいさ。その後、変わりないか?」

 

三笠「えぇ。今の所は、まだ気づかれていないわね。」

 

―――原初を知る者―――戦艦三笠。

 

彼女は時折三笠を訪れる彼の前に必ずと言っていい程姿を現し、その都度、何かしらの形で助言を与える存在――――否、それはどちらかと言えば、彼が目指すべき道標を示す者でもあったかもしれない。事実、例え彼女の言葉を忘れ去ったとしても、その言葉によって変わった事は沢山あるのだ。

 

三笠「あなたはよくやっている。本当に、様々な戦いを経験してきた。」

 

提督「褒められている、と思っていいのかな。」

 

三笠「そうね―――――“半分は”。」

 

提督「――――?」

 

その言葉に直人は怪訝な顔をした。

 

三笠「もう半分は忠告よ。」

 

そう言い置いてから、三笠は続ける――――

 

三笠「あなたは様々な戦いを経験してきた。それは、今後も変わらない。様々な戦いを、あなたは経験するでしょう。けれど紀伊直人、あなたはもうすぐ『戦争の真実』を識る(しる)事になるわ。」

 

提督「・・・どういう事だ?」

 

三笠「あなたがどう思うかは、あなた次第。その先をどうするかも、あなたの胸一つ。」

 

提督「それでは説明に――――!」

 

気付けば三笠の姿は掻き消えていた。代わって声が、何処からともなく聞こえてくる。

 

三笠「―――――あなたが、“未来を変えたいと望むならば”―――『恐れないで』。」

 

その声を最後に、三笠の声は聞こえなくなった。

 

提督「――――戦争の・・・“真実”・・・。」

 

彼はその言葉に隠された真意が何だったのか、結局、その時は分からなかった。それを知るのは、暫く後の事である――――。

 

 

その後、横鎮本庁に戻った彼は、エントランスで大迫一等海佐と再会する。

 

12時03分 横鎮本庁1F・エントランス

 

提督「~♪」

 

直人は食堂に向かっているようだ。

 

大迫「ふぅ~・・・お、直人じゃないか!」

 

提督「大迫さん!」

 

名前を呼ばれ振り返った直人はその視線の先に大迫の姿を認める、大迫はすぐに追い付いてきて隣を歩いた。

 

提督「余り外で私の名前を大声で呼ばないで下さいよ、私は英霊扱いなんですから。」

 

大迫「あっ、そうだったな――――すまない。」

 

提督「フフッ、いいですよ、大迫さん。」

 

大迫「しかし戻って来てるって話を聞いて、今朝からちょくちょく探してたんだ、良ければ昼飯一緒にどうだ。」

 

提督「お供しましょう。」

 

そう言って直人は大迫一等海佐と共に食堂へと向かった。

 

 

12時29分 横鎮本庁1F・食堂

 

開放感のある食堂の一隅に、直人と大迫は陣取る。特に直人の身の上が訳ありである為、隅の方に陣取らざるを得ないのだが。

 

提督「――――日の当たる場所に出られる身分じゃありませんからね私は・・・。」

 

大迫「お前の艦隊自体がそう言う立場だ、仕方がないさ。ところで、あれからアルティメイトストームはどうしてる?」

 

提督「一応、捕虜の面倒を見させています、我々には出来ない仕事ですから。それに、アルティも良くやってくれています。」

 

大迫「そいつはまた大胆だな、暴発した時にも制圧する自信はあると見える。」

 

提督「それは勿論ですよ。」

 

直人は胸を張っていたが、内心は穏やかではない。なにせ司令部には第一艦隊の居残り組と、司令部防備艦隊しかいないからである。勿論大和や陸奥もいるので安心は出来るのだが、もし今事を起こされたら・・・と思うと気が気でない事は確かである。

 

大迫「ところで今回は随員を連れていないようだが?」

 

提督「えぇ、そうですね。」

 

大迫「・・・お前という奴は、幹部会を警戒していないのか?」

 

提督「いえ? していますよ?」

 

大迫「なら何で・・・。」

 

そう聞くと、直人が種明かしをする。

 

提督「今の時期に幹部会が動く可能性は充分過ぎるほどあります。ですが彼らは二度に渡って大規模な暗殺計画を起こし、その度に機動人員を擦り減らしています。しかも一度は罠に嵌めての事ですから、今回は慎重になるでしょう。」

 

大迫「それでもし、彼らが来たら・・・?」

 

提督「彼らとて人員が無限にいる訳ではありません、今回は様子を見るでしょう。それほど馬鹿な連中ではないでしょうし。その定石を無視するようなら、私自身の実力を見せるだけです。」

 

大迫「ほ~う、随分と強気なものだな。」

 

提督「そうでも無ければ、今の仕事は務まりませんから。」

 

大迫「成程、それもそうだ。」

 

大迫は納得した様に頷いて見せたのだった。

 

 

その後大迫と直人はいくつか意見交換をしたが、その中にはこんな話もあった。それは、アジア各地に於ける物資の流通に関してだった。

 

提督「――――ところで話は変わりますが、アジア各地の物資状況はどうなんですか?」

 

大迫「正直、いいとは言いかねるな。」

 

提督「といいますと?」

 

大迫「確かにリンガを初めとした各艦娘艦隊の努力のおかげで、南シナ海の安全が確保されつつあり、対岸貿易が復活したまではいいのだが、各国では共に民需物資が不足しがちと言うのが実情で、到底貿易は難しい状態だ。各国ともに、足りないものを補い合うと言う形で貿易が成立しているような形だ。」

 

提督「思っていたよりも、まだ酷いんですね・・・。」

 

そう言うと大迫が続けた。

 

大迫「最も酷いのは中国だ。あそこは今、中国共産党の統制が全くと言っていい程機能していない。この為中国では、往時の馬賊や中国マフィアの勢力が息を吹き返し、しかもチベットなどでは、独立運動が日増しに激化していると言う話だ。総じてバラバラと言わざるを得ない状況だな。」

 

提督「成程、中国海軍が動いていないのは、そう言う理由でしたか・・・。」

 

大迫「それでいて無政府状態だ、軍を動かす余裕なんてどこにもないと言う所だな。」

 

軍を動かす為には相応の軍事費を必要とする、これは自明の理だろう。だがその軍事費がどこから出るかと言えば、それは国家の歳入であり、日本風に言えば「国民の血税」から捻出されるのも当然だ。

 

ところがその歳入が無くなってしまったのならば、軍事費の捻出を行う際、いや、ありとあらゆる政策発動の際に必要となる「財源の裏付け」が無くなってしまうのだ。即ち、ある政策を実行する際に消費する予算が、国家歳入の内のどの財源から出されるのかという事である。

 

無論財源がなくとも、国庫に資金があれば政策の発動は可能だろう。しかしその裏付けをないがしろにしたままで政策を発動してしまうと、その負担が後の世代に押し寄せる事に繋がるのである。これは国家政策の一つである「軍事作戦発動」についても同じことが言えるのだ。

 

提督「中国政府もそれが分かっているからこそ、軍事行動を発動しない、いや出来ないと言う訳ですか。」

 

大迫「それどころか黄河・揚子江流域に於ける大規模な中国陸軍の軍事行動に於いて、中国政府は膨大な軍事費を財源の裏付けなしに行った。勿論これには、中国政府が自国領の解放を自らの主導の元実行すると言う目的はあったにせよ、そのせいで自縄自縛に陥った、と言う事も出来る。」

 

提督「何やら、かつての我が国を彷彿とさせる状況ですね。」

 

大迫「全くだ。」

 

実の所、かつての日本もこれとケースは異なるが、同じ状況に陥った例がある。それがフィリピンに対する軍政である。

 

日本はフィリピン統治を行うに当たり、それまで流通していたペソを流通停止にして軍票に置き換え、更に物資調達を行う際に軍票を乱発した為、かなりのインフレーションに悩まされる事になり住民は困窮、抗日ゲリラ勢力が勢力を伸ばし、占領軍が手を付けられなくなったという事例が存在する。

 

事実44年のフィリピンの戦いが始まった際には、全島のおよそ6割までもが抗日ゲリラによって占拠され、そのゲリラ同士が共産系と米軍支援に分かれていた為戦闘が起こっていたと言う程の無政府状態に近い状態であった。

 

これは統治の失敗によるものだが、中国の現状はこれと似たようなものであったとされる。

 

提督「翻って我が国の状況はどうなっているんです?」

 

大迫「全国民が毎日食っていくので精一杯、という所だな、困窮して軍に入るものも後を絶たない状況だ。故に訓練兵に行き渡らせる食糧がな。」

 

提督「成程・・・。」

 

大迫「まぁ貿易が前より自由に出来るようになった分、マシにはなっているがね。幸い中国の企業は変わらず機能しているし、中国の穀倉地帯も無事だからな。」

 

提督「そうでしたか、なら希望はありますね。」

 

大迫「戦後が思いやられるがね。」

 

提督「それは確かにそうですね・・・。」

 

そのような事に思考を巡らせることは、ともすれば「捕らぬ狸の皮算用」との誹りを免れないものだったが、『戦争とは常に戦後を見据えるものだ』という考え方に於いて、二人の意見は一致していたのである。同時にこれは、この頃の艦娘達の大半には思いもよらない事であったには、違いなかった。

 

 

食堂を出てすぐ大迫一佐と別れた直人は、そのまま茨城県宇都宮市内に移転している防衛省を訪れて大沢防衛相と会談し、横須賀へ戻ったのは午後8時を過ぎてからであった。

 

そして6月29日7時10分、直人は連山改に搭乗して厚木を離れた。些か慌ただしい二日間だったものの、彼にとっては貴重な本土滞在であった。この日は天候状態も良好であり、上昇中の機内からは富士山が一望できた。

 

提督(これが、もしかすれば最後の見納めかもな・・・)

 

彼は前線に身を置く者の一人だ。その胸中には、いつ死ぬとも知れないと言う思いがわだかまっている。彼はその想いで、最早見る事が叶わぬかもしれないと、富士の姿を目に焼き付けるのだった。

 

苛烈な前線という環境は、昨日までの安寧が突如崩れ去る様な環境である。故に彼らは常に死を覚悟している。彼の身の回りはこじんまりと、シンプルであり、これと言った私物は余りないのだ。なぜならそれは、戦死した時に残した者達の手間が無いようにである。

 

連山改がサイパンに到着したのは、11時18分の事であったが、サイパンに着陸した直後・・・

 

 

ザアアアアアアアアアアアアア・・・

 

 

提督「・・・。」

 

大雨である。

 

柑橘類「災難だなぁおい・・・。」

 

提督「全くだっちゅうねん。」

 

管制塔の下で雨宿りをしている直人。暫く司令部には戻れそうにないのであった。

 

 

7月4日8時49分、重巡鈴谷がペナン秘密補給港に到着した。

 

到着するまでの間に金剛らは作戦の綿密な検討を行っており、ペナンに到着するまでに詳細な作戦案が出来上がっていた。

 

~重巡鈴谷・ブリーフィングルーム~

 

金剛「何とか作戦は練り終わりましたネー・・・。」

 

赤城「そうですね・・・。」

 

ブリーフィングルームの机の一つには、ちょっとした書類の束になった作戦計画書が出来ていた。

 

榛名「確か、もうすぐリンガから連絡将校が来るんでしたよね?」

 

金剛「えぇ、それを待っている所デスネー。」

 

筑摩「皆さんに一旦休息を取らせてあげますか?」

 

金剛「そうデスネー。」

 

こうして艦娘達に、短いながら半舷上陸の指示が出され、つかの間の休息時間に入った鈴谷。連絡将校は10時46分にペナンに到着した。

 

 

~ペナン秘密補給港・横鎮近衛艦隊司令部仮設テント~

 

連絡将校「――――ベンガル湾の情勢は現状拮抗しています。東南アジアの連合通商破壊部隊と、艦娘艦隊の活躍により、現状ベンガル湾沿岸域に派遣され、展開している深海棲艦隊の動きはかなり弱まっています。今回の作戦はこの機に乗じ、彼らの本拠地に当たる、セイロン島コロンボ棲地の撃破にあります。」

 

まだ若さが残る三等海佐の階級章を付けた、リンガ泊地からの連絡将校は、その場に居合わせた横鎮近衛艦隊の司令部幹部に告げる。

 

榛名「私達はそれに先立ち、トリンコマリー棲地の無力化を行う、という事でいいですか?」

 

連絡将校「はい、そうです。トリンコマリー棲地は、ベンガル湾方面を制圧している敵艦隊にとっては、後方支援基地のような役割を果たしていると考えられます。よってここを無力化する事により、ベンガル湾方面からアンダマン海を窺う敵の動きを抑え込む事が可能であると思われます。」

 

筑摩「それは、リンガ泊地司令官殿のお考えなのですか?」

 

連絡将校「そうです、北村海将補はこれまでの敵の行動からして、その可能性が高いと言っておられました。」

 

それを聞いていた一航艦旗艦の赤城が質問をした。

 

赤城「敵棲地の航空戦力についてはどうでしょうか?」

 

連絡将校「小規模な機動部隊が在泊している筈ですが、空母の数もそう多い訳ではありません。問題は基地航空部隊くらいかと。」

 

赤城「敵機動部隊がコロンボから投入される可能性についてはどうでしょう?」

 

連絡将校「場合によってはあり得ると司令部では考えているようです。現に、インド洋方面には常時、一個空母群が遊弋している事が確認済みですから、警戒が必要かもしれません。」

 

赤城「成程・・・。」

 

そしてもう一つの懸案事項を述べた艦娘もいた。

 

霧島「敵艦隊による、ベンガル湾方面に於ける索敵状況については、どの様な状態なのですか?」

 

これは非常に重要な質問だ。敵に発見される前に空襲を行わなければ、基地航空隊の好餌となる羽目になる。それは即ち、空母部隊が極度の危険に晒される事を意味していた。これに対する連絡将校の返答は次の通りだった。

 

連絡将校「これまでの傾向を見るに当たり、敵潜水艦による哨戒線は、アンダマン諸島の外側からセイロン島の東方50km付近、そしてその中間の三段に分けて配備されています。ですが比較的隙が大きい為、発見率はそれぞれのラインで半々と考えて差し支えなかろうと思われます。」

 

霧島「そのぉ・・・貴官の所属はどちらでしょうか?」

 

連絡将校「は、はい、リンガ泊地司令部作戦部で、主に敵戦力と配置状況の分析を担当しています。」

 

霧島「成程、それでお詳しいのですね、ありがとうございます。」

 

連絡将校「いえ、お役に立てましたなら幸いです。こちらにベンガル湾の敵情についての最新資料の写しをご用意してありますので、総旗艦殿にお渡し頂きたく。」

 

榛名「分かりました、お預かりしますね。」

 

榛名が連絡将校から資料を手渡されたところで、話はより具体的な所に移る。

 

連絡将校「北村海将補は近く大規模な作戦を決行予定である事は既にお聞き及びと思いますが、その為の陽動としての攻撃という位置付けである為、速やかな作戦発動を希望するとの事です。」

 

霧島「それについては存じ上げております、で、そちらの方で何かしらの対応はして頂けるのですか?」

 

連絡将校「現在陽動として、我がリンガ泊地艦娘艦隊の内15個を、ベンガル湾方面に投入し、通商破壊を強化しています。これに対する敵の対抗策として、トリンコマリーに増援として、空母部隊と水上部隊が入港したという通報が先日届きました。これを南方におびき出す為、リンガから防備艦隊と艦娘艦隊3個、護衛隊の艦艇の一部が出撃してコロンボに向かいました。敵の関心は現在の所南北に分散されている模様です。」

 

筑摩「大規模な陽動作戦ですね、ですが私達が出動して行けば、その所在はおのずと明らかになる可能性があるのではないでしょうか?」

 

これに対しての答えは既に用意されていたようで、すぐさま連絡将校は答えた。

 

連絡将校「はい。その点を考慮して、貴艦隊のマラッカ海峡アンダマン海側出口通過後30分の差を置いて、コロンボ方面に対して艦娘艦隊30個を通過させ、敵主力艦隊と潜水艦、基地航空部隊の関心を引き付けます。」

 

赤城「成程・・・では、各所に関心を引き付けている間に、我々は敵の棲地を攻撃しこれを無力化すればいい訳ですか。」

 

連絡将校「そう言う事になります。」

 

榛名「分かりました、こちらでも最終的な検討を行います。」

 

連絡将校「宜しくお願い致します。北村海将補からの事付けになりますが、“貴艦隊の状況を考慮し、已むを得ざる場合は1日ならば延期しても良い”との事でした。」

 

これは実際の所、北村海将補の気遣いが表れていたとも言える伝言であり、長期航海の疲れを癒してからでも構わないと言う事でもあった。

 

霧島「分かりました、その旨金剛に伝えましょう。」

 

連絡将校「ありがとうございます、では小官はこれにて失礼いたします。」

 

そう言って、リンガからの連絡将校は彼女らの元を去った。

 

赤城「・・・これを踏まえて、至急に作戦会議が必要ですね。」

 

筑摩「そうね、直ちに幹部級を呼び戻しましょう。」

 

そうして仮設テントにいた艦娘達は急遽鈴谷に帰艦して、金剛を初め半減上陸で不在の艦娘達の内、金剛を含む幹部クラスの艦娘を大至急呼び戻すと言う作業に入ったのである。

 

 

11時24分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

金剛「陽動、デスカー・・・。」

 

緊急に作戦会議を開いた金剛が、榛名らから事情を聴いて考え込む。彼女が考えているのは作戦実行時期だ。陽動作戦は感づかれた場合、敵に発生させた効果を失ってしまう可能性が非常に高い為に、出来るだけ急がなければならないのだ。

 

そもそも陽動作戦とは、敵の関心を特定の方面に引き付ける為の作戦を指し、戦略的・戦術的・作戦的な次元に於いてなど、様々な規模に於いて発動する事が出来る応用の幅が広い作戦なのだ。但し、本質的な戦力分散であり尚且つ戦力の節約に留意する特性の為に、察知された場合の危険もまた大きいのだ。

 

金剛「・・・予定通り、明日決行デース。協力して頂く皆さんの為にも、延期は許されません。」

 

榛名「姉さん・・・。」

 

不安げな表情で金剛を見る榛名、彼女が憂慮したのは、金剛が情に流されたのではないかという懸念からであった。

 

霧島「分かりました、その方向で調整します。」

 

金剛「OK。」

 

筑摩「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか・・・?」

 

金剛「クラウゼヴィッツも言ってマス、“危険性に対するに当たり最も高貴な精神とは『勇気』である”とネ。」

 

 正確な所を期せば、クラウゼヴィッツの記した著書「戦争論」に次の一文がある。

『軍事行動に本質的に伴うものは危険性である。しかしこの危険性にたいして最も高貴な精神は何であろうか?それが「勇気」である。』(第一篇第一章第二一節)

 

これは要約すると、「軍事行動はどの様なものでも常に危険な行動なのであるが、その危険性に対して最も有効なのは、“勇気”を以ってそれに当たる事なのである。」ということになる。

 

赤城「勇気、ですか・・・。」

 

金剛「YES。軍事行動には常に勇気を要求されマス。既に作戦は始まっているのですから、この上は勇気を以って、突入あるのみデース。」

 

赤城「・・・分かりました、お供致します。」

 

神通「私達の、為すべき事は一つです。」

 

金剛「えぇ、ワタシ達の為に動いてくれる人達の努力を、無駄にしない事。」

 

榛名「―――分かりました、やりましょう。」

 

榛名も賛成に回るに至って、実行の線で全員の意見がまとまった。

 

 

・・・が、そこから突入経路の議論で思いっきり時間を使い、終了したのは19時47分の事であった。

 

 

7月5日6時33分、重巡鈴谷は静かにペナン秘密補給港の岸壁を離れ、アンダマン海方面に向かい前進し始めた。

 

金剛を旗艦とした横鎮近衛艦隊は既に戦闘準備を進めており、士気も非常に高かった。鈴谷は今回艦の制御で出撃出来ないものの、その分艦の戦闘能力を活用するつもりでいた。が、この日は時折土砂降りの雨が叩き付けて来る様な荒れた天気と言う事もあり、敵に発見される事は無かった。

 

 

出港と前後して、サイパン島の司令部にも、鈴谷出撃の旨の無電が到着した。

 

 

6時43分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「そうか、鈴谷が出撃したか。」

 

大淀「はい、友軍艦隊との連携を期す為との事です。」

 

提督「成程? 詳しい事は事後で良いと言い含めて置いたが、報告が楽しみだな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

提督「・・・どうした?」

 

浮かない顔をした大淀に直人が尋ねると

 

大淀「いえ、少し矢継ぎ早ではないかと思いまして。」

 

と答えた。

 

提督「恐らく急を要する事情があったに違いない。あの金剛が粗末な指揮をするとは考えにくいからな。」

 

金剛は演習での指揮実績も非常に優秀であり、艦隊指揮能力に於いて右に出る者は、直人を含め極少数であるとさえ言われているほどである。

 

その金剛が――――と言う思いが彼にはあった。この信頼感は正しいものだったと言えよう。

 

 

7月6日8時39分 アンダマン諸島西側水域

 

重巡鈴谷は、リンガ艦隊が通常用いているルートで、アンダマン海を抜け、ベンガル湾へと進出した。

 

ベンガル湾は湾とは言うものの、実際には海と呼んで差し支えない程の広大な面積を占有している。波も比較的穏やかな部類に入る。

 

前日と打って変わっての晴天だったが、そこに榛名が不安を覚えていた。

 

~重巡鈴谷前檣楼・右舷ウィングブリッジ~

 

榛名(見通しがいい・・・これは・・・)

 

ウィングブリッジに立つ榛名は、海の上の空気の澄み具合を見て胸中穏やかではない。

 

榛名(敵潜水艦に、遠距離から発見されはしないでしょうか・・・。)

 

そう、空気が澄んでいると言う事は視界が利くと言う事であり、より長距離まで見通す事が出来る。しかしそれは同時に敵からも発見されやすいのだ。

 

鈴谷「榛名ちん、どうしたの~?」

 

榛名「いえ、少し考え事を・・・。」

 

鈴谷「そっか、ならいいんだけど・・・。」

 

榛名「ご心配をおかけしてすみません。」

 

そう言いながら、榛名は自分の心配が杞憂である事を祈るばかりであった。

 

 

~コロンボ棲地~

 

港湾棲姫(コロンボ)

「ナニ!? “鈴谷”ヲ発見シタ!?」

 

榛名の悪い予想は的中していた。彼女らの気付かぬ間に、敵潜水艦の潜望鏡によって捕捉されてしまっていたのだ。鈴谷にはトラック棲地戦の折に既に逆探は装備していたものの、今回は電探装備型の深海棲潜水艦でなかった事から、それさえ反応していなかった。

 

タ級Flag「ハッ、先程、8時41分ニ発見シタト、アンダマン諸島方面ニ展開中ノ我ガ潜水艦カラ報告ガ。」

 

港湾棲姫「ホウ・・・鈴谷ハ何処ヘ向カッタカ?」

 

タ級Flag「針路カラ推測シマスト、ココニ来ルモノカト・・・。」

 

これは完全に欺かれていた。重巡鈴谷は先の会話の直後、榛名の進言により欺瞞針路を取ってコロンボ攻撃ルートに乗せたのである。発見されたのはその直後であり、横鎮近衛艦隊では空母を緊急出撃させて対潜哨戒を実施した為、鈴谷を発見した殊勲の潜水艦はこの時既に、欺瞞航路を見破る暇もなく消息を絶っていた・・・。

 

港湾棲姫「――――周辺海域カラ艦隊ヲ呼ビ戻セ!!」

 

タ級Flag「ハッ!」

 

コロンボの下した判断は正しくはあったが、横鎮近衛の本来の目的を考えれば不正解だった。しかし、これは戦争の本質を思えば仕方のない事であった。何故ならクラウゼヴィッツも語る様に、戦争に於いて行動の基礎となる諸事象の4分の3までは、不確実な霧の中にあるものだからである。

 

 

同じころ、横鎮近衛艦隊司令部では、直人が一つの命令を彼の直属部隊に命じていた。

 

~サイパン司令部中央棟2F・提督執務室~

 

提督「イムヤ、ゴーヤと共に通商破壊作戦に出て貰いたい。」

 

イムヤ「通商破壊作戦ね、分かったわ。行先は何処?」

 

提督「ウェーク島の周辺海域、目的はハワイやミッドウェーからウェークに向かう敵船団の捕捉・攻撃だ。」

 

彼が作戦の基本的な部分を説明すると、イムヤが懸念を示す。

 

イムヤ「周辺海域と言う事は、航路封鎖ではなく海域封鎖と言う訳? 隻数が不足してるんじゃないかしら・・・。」

 

提督「それは承知の上だ。今回の目的はあくまでも、敵の補給を断つ事ではなく示威行動だ。“次はお前達の番だ”とね。」

 

イムヤ「成程ねぇ~・・・。どれ程効果があるかは疑わしいけど、やってみましょうか。」

 

提督「あぁ、頼む。」

 

イムヤ「了解! 第一潜水隊、出動するわ!」

 

この時期、潜水艦部隊はまだ金剛の艦娘部隊司令部ではなく艦隊司令部の直属部隊であり、その命令権は直人にあったのである。

 

大淀「示威行動、ですか・・・。」

 

提督「あぁ、そうだ。心理的圧迫はこの際有効だろうと思ったのだが、果たしてどう転ぶか。」

 

その時、電子的な「ピーッ」と言う音が連続して鳴る。卓上デバイスの呼び出しコールだった。

 

明石「“提督、建造結果出ました!”」

 

提督「分かった、すぐに行く。」

 

そう言うなり直人は急ぎ席を立った。

 

 

8時49分 建造棟1F・建造区画

 

ハチ「グーテンターク・・・あぁ、違った。ごめんなさいね、“ハチ”と呼んでくださいね。」

 

まさかのタイミングではっちゃん着任である。

 

提督「あぁ、宜しく。『伊号第八潜水艦』でいいんだよね?」

 

ハチ「えぇ、そうですよ?」

 

提督「むー・・・“イムヤ、すぐに建造棟に。”」

 

イムヤ「“え、今出撃準備中なんだけど・・・。”」

 

提督「今すぐだ、急用が出来た。」

 

イムヤ「“わ、わかった。”」

 

 

――――1分後、イムヤが建造棟にやってきた。

 

イムヤ「どうしたの司令官――――あー・・・。」

 

提督「お察し頂けたようで何より。」

 

全くその通りである。

 

イムヤ「え、今回の作戦に同行しろって事?」

 

提督「そうだ、実戦は良い訓練になる。今回の相手はうってつけだろう。」

 

イムヤ「え、嚮導艦は・・・」

 

提督「旗艦が責任を持って行う事、幸いイムヤは経験も積んでるからな。」

 

イムヤにしてみればかなりの無茶振りでない事も無かったが――――

 

イムヤ「――――はぁ。分かった、やるわ。」

 

引き受けた。

 

提督「そう言う事だ、訓練ついで実戦に出て貰う。司令部の案内は・・・その後で良かろう。」

 

ハチ「畏まりました!」

 

ハチは快く了承してくれた。その事に彼は少しほっとした気持ちになっていた。

 

 

その後すぐにハチは甲標的を装備するよう指示された後、出撃して行ったのであった。

 

 

提督「いやぁ・・・こんな事もあるんだねぇ。」

 

明石「あぁ、そうですねぇ・・・でも少し遅かったら・・・」

 

提督「ハチは間違いなく居残りだな。」

 

明石「間に合ってよかったです・・・。」

 

提督「全くその通りだな。3隻になった事だし、ウェーク方面海上封鎖作戦の効率が少しは上がるかな?」

 

直人は少しだけそれに期待するのであった――――。

 

 

7月7日8時02分 トリンコマリー棲地東方600km付近

 

重巡鈴谷とその周囲ではにわかに慌ただしい動きが始まっていた。攻撃隊の発艦準備が始まったのだ。

 

赤城「攻撃隊発進準備!」

 

神通「対潜警戒を厳にせよ!」

 

榛名「周辺海域に対し偵察飛行を実施して下さい!」

 

阿賀野「対空警戒、しっかりね!」

 

予定では、トリンコマリー東方600kmの辺りで第一次攻撃隊を発艦させる予定になっている。この1回目の攻撃で敵航空戦力を沈黙させ、この日行われる現在準備中も含めた四度の空襲と、翌日の空襲の為の下準備をしなくてはならなかった。

 

金剛(この1回目の空襲で、敵の様子が判明する・・・それによっては、今後を考えなくては・・・。)

 

もし仮に、奇襲が失敗した場合は、作戦の変更もあり得る状況であるだけに、金剛はその場合の作戦案を考えておかなければならなかったのだ。何故なら反撃を受けたと言う事は、敵は迎撃の準備を整えていたと言う事だからである。

 

赤城「大丈夫かしら・・・。」

 

その心配をしているのは何も金剛だけではない、表立って不安を口にしたのは当の実施部隊である、一航艦の旗艦、赤城であった。

 

加賀「敵の抵抗兵力は僅かな筈、私達の制空部隊なら排除は容易な筈よ。」

 

赤城「でも・・・もし敵が兵力の移動をしていた場合、攻撃隊は大きな被害を受ける事にもなりかねない、油断は禁物よ。」

 

加賀「――――そうね、慢心は、慎まなければならないわね。」

 

今回のトリンコマリー棲地攻撃に際して、一航艦航空部隊は一水打群の二水戦とも共同して、一波当たり90機、八度に渡る空襲を計画している。場合によってはそのタイムテーブルは変更になる可能性もあったが、それによって大損害を出す様では、今後が危ぶまれるのだ。

 

勿論航空隊の練度に不安はない。問題は、彼女らの状況認識の不正確さを問われると言う事、即ち母艦側となる艦娘達の能力を問われかねないのだ。

 

飛龍「“発艦準備、整いました!”」

 

二航戦旗艦である飛龍が発艦準備完了を伝えてくる。

 

赤城「分かりました、周辺海域の安全確認が完了次第全機発艦! 六航戦は直掩機を出して下さい!」

 

隼鷹「“オッケー!”」

 

飛龍「“了解!”」

 

8時21分、周辺海域及び空域の安全が確認された事を確認した横鎮近衛艦隊の各空母は、所定の行動に従い艦載機を発艦させた。

 

第一次攻撃隊第一波は、一航戦航空隊を中心とした120機からなる。内訳は戦闘機50機、攻撃機35機、爆撃機35機で、目的はトリンコマリー周辺の航空基地の制圧にある。これ以降は90機ずつの攻撃を反復し、艦隊が陸地に近づくまでに、極力敵の抵抗力を削る作戦である。

 

これはトラック棲地攻撃の際、敵航空兵力を恐れる余り事前航空攻撃を怠った事から、敵の抵抗力減殺が十分でなかった事の反省を取り入れたものであった。

 

無論各艦娘は棲地攻略戦用の装備を装着しての出撃である。今回の攻撃では無力化が目的でこそあるが、場合によっては攻略を視野に入れていたのである。その為にこそ、敵の抵抗力は極限した方が良いのである。

 

 

空襲が順調に推移しつつあったこの日の13時半前、遂に来るべきものが訪れた。

 

 

13時21分 トリンコマリー棲地東方沖560km

 

初雪「むっ――――電探感あり、敵機!」

 

いつもののんびりした調子だが確かに緊張感漲る声で初雪が報告する。今回第一艦隊から分派され参加している、初雪がいる第十一駆逐隊を含む川内を旗艦とした第一水雷戦隊は、一航艦の指揮下に編入され、一航艦と分離し一個空母群を形成する六航戦の護衛部隊となっていた。第一艦隊は現状手持ちの駆逐艦を全て手放している形となっている。

 

因みに、“空母群”と言う部隊単位はアメリカ由来のものだ。米海軍では1~4隻の空母に護衛艦偵を付け、それを数個束ねる事で機動部隊を編成していた。日本空母機動部隊の様に一カ所に集中するのではなく、数個部隊に分散し、運用していたのだ。

 

隼鷹「機数と方位、距離は?」

 

初雪「んっとね・・・方位224度、距離1万、機数は1機かも、そんなに多くないね。」

 

隼鷹「敵の索敵機かね・・・直掩隊、迎撃!」

 

直掩機を出している六航戦旗艦龍驤がすかさず命令を出すと、上空の零戦隊が直ちに敵の索敵機に向かう。

 

隼鷹「サンキュー初雪。」

 

初雪「どう、いたしまして。」

 

褒められてちょっと嬉しそうだ。

 

吹雪(私も、頑張らないと・・・。)

 

トリンコマリー棲地攻撃の最終段階では、各空母部隊から二個駆逐隊が一水打群に合流して突撃する事になっており、第十一駆逐隊がそれに含まれている。気合が入るのは当然ではあった。

 

 

その後二日に渡り、些か偏執的と言うべき爆撃が繰り返された。

 

攻撃隊は結局12回にわたり、トリンコマリーの対空陣地、航空基地、港湾施設、在泊艦艇、地上砲台に徹底した爆撃を反復し、何一つ残しはしないと言う意思が見え隠れするかのような猛烈な爆撃を行った。

 

敵の在地機は第一次攻撃隊の第一波で尽く地上撃破され、反撃する術は対空陣地のみとなったが、それすら急降下爆撃機の集中攻撃と、零戦の機銃掃射により瞬く間に沈黙を強制された。それ以降は攻撃隊は悠々自適に敵地攻撃を行い、破壊を欲しいままにした。

 

この攻撃に依り、トリンコマリー棲地内にあった設備は殆どが更地と化したと形容されたのだから凄まじいものである。

 

 

7月8日18時22分 トリンコマリー棲地

 

泊地棲鬼(トリンコマリー)

「モウ・・・ナニモナイ・・・ナニモ・・・。」

 

泊地棲鬼は、その光景に愕然としていた。2日前まで、この港はそれなりの活気に満ちていた。しかし今や、その面影は何処にもない。港も、船も、基地も、みな燃えた。あるには廃墟と瓦礫のみ。泊地棲鬼の元に僅かにあった空母部隊は、脱出の途上横鎮近衛艦隊に捕捉され、尽く海中に没し去っていた。

 

停泊していた艦隊は離脱に成功していたが、最早泊地棲鬼の手元には、一兵も残ってはいなかった。

 

泊地棲鬼「終ワリダ・・・ナニモカモ・・・。」

 

泊地棲鬼は敗北に打ちひしがれていた。増援の無いまま、この二日もの間猛烈な空襲に晒され続けたこの地には、最早希望などあろう筈はなかった。

 

“なぜ援軍は来ないのか”と思った事もある。実際には深海棲艦隊による増援部隊は、トリンコマリー救援の為急遽コロンボ周辺部で編成を進めていたのだが、結局は間に合わず、到着した時には既に遅く、そこには何一つ残ってはいなかったのだった。

 

当然その様な事を、トリンコマリーが知る筈はなかったのだが。

 

 

18時29分、沖合に横鎮近衛艦隊の突入部隊が姿を現した――――

 

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ズドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の号令一下、全艦艇が砲撃を開始する。既に廃墟と化したトリンコマリー棲地に、再び爆音が響き渡る。瓦礫が巻き上げられ、更に細かく砕かれて降り注ぐ。深海棲艦の遺骸が爆散し跡形もなく姿を消していく――――

 

戦艦の主砲による対地艦砲射撃―――――第二次大戦に於いて、これほど将兵の心に衝撃を植え付ける事があったとしたなら・・・それは、万歳突撃と神風特別攻撃隊位のものであっただろう。

 

抵抗力などあろう筈はなく、泊地棲鬼が単身、か細い反撃を試みたのみに留まる。

 

 

――――30分後――――

 

榛名「敵の抵抗、皆無です。」

 

霧島「降伏を勧告しますか? お姉様。」

 

突入部隊として加わった第三戦隊第二小隊の霧島が具申する。

 

金剛「・・・そうデスネ、そうしまショー。」

 

霧島「分かりました。で、どなたを向かわせましょうか?」

 

金剛「そうネー・・・雷電!」

 

雷&電「名前を纏めないで!(なのです!)」

 

同じく突入部隊に加わった第六駆逐隊の二人、息ピッタリである。

 

金剛「ソーリーネー、二人で降伏の呼びかけ、お願いシマース!」

 

電「了解なのです!」

 

雷「わかったわ。」

 

摩耶「んじゃ、アタシは二人の護衛って事で。」

 

金剛「OKデス。グッドラック!」

 

雷と電は揃って降伏を呼び掛けるべく前進して行き、護衛役として摩耶が続く。

 

金剛としても、このまま片付いた方がいいと言う認識に立っていた。

 

 

19時丁度、泊地棲鬼は遂に白旗を掲げた。

 

精神的に打ちのめされた彼女に、これ以上戦い続けさせることは、些か酷な事でもあっただろう。実際に収容されたトリンコマリーはPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症していた事からも、それは汲み取る事が出来るだろう。

 

 

金剛「終わりましたネー。」

 

榛名「えぇ。」

 

敵棲地は消失しつつあった。この成果はどちらかと言えば航空部隊による思わぬ形での敵殲滅と言う結果が齎したものだった。しかしそれはそれとしても、敵の抵抗力を破砕し、敵棲地に白旗を掲げさせた例はこれが最初であった事は事実だ。

 

鈴谷「“いやー、凄い事になってるねぇ・・・。”」

 

艦上から地上を眺めていた鈴谷がおもむろに切り出す。

 

金剛「でもあの瓦礫の下には、何千と言う深海棲艦が埋まってマス。それを想えば、手放しで喜ぶのはあまりよくない事デス。」

 

鈴谷「――――そっか、深海棲艦も“生き物”だからね・・・。」

 

金剛「YES。許して欲しいと言うつもりはアリマセンガ、亡くなった多くの深海棲艦に対して、黙祷しまショー。」

 

金剛は直人の薫陶を最もよく受けた一人である。敵に敬意を示し、蔑視する事無く、対等の相手として戦い、そしてその死を悼む事ができ、何よりも生きて帰る事の大切さを最もよく知る者である。

 

無論、理解しない艦娘達も多い。しかし少なくとも一水打群はその大半が、そうした艦娘達だった。

 

摩耶に連行されてきたトリンコマリーは、金剛らの黙祷している様子を見て、心を打たれる何かを、感じていたようだった。

 

 

その後重巡鈴谷と沖合で合流した一水打群基幹の突入部隊は、来た道を戻ろうとしていた――――その時であった。

 

20時39分 トリンコマリー東方沖80km

 

右舷見張員「“右舷前方敵艦隊、距離1万3千!!”」

 

鈴谷「至近距離じゃん!?」

 

明石「まずいです、金剛さん!」

 

金剛「“急ですが、戦闘隊形を整えてマス!”」

 

その遭遇は全くの唐突だった、彼女らが遭遇したのは、トリンコマリーから脱出した、ル級Flagを中心とした高速打撃艦隊であった。

 

本来ベンガル湾方面に投入される筈だったそれは、トリンコマリー棲地空襲の際に辛うじて離脱したものの、7月8日0時半になって、敵の帰路で待ち伏せするよう命じられていたのである。そのまま12時間以上待ちぼうけを食らう羽目にはなったが、その目論見は達せられかけていた。

 

 

巻雲「巻雲の出番ですね、頑張ります!」

 

だぶだぶの袖を振って意気上がる巻雲、夕雲が同意するように微笑んでいる。

 

吹雪「やらなきゃ、やられる前に――――!」

 

その横で気合いを入れ直す吹雪。

 

川内「吹雪、ちょっといい?」

 

吹雪「川内さん? はい、なんでしょう。」

 

背後から声をかけられた吹雪が振り返って聞く。

 

川内「いい? 吹雪。半端な行動、決断、覚悟では、良い結果は決して得られないわ。駆逐隊の旗艦として、その責任は小さいけれど重大なもの。自分の決断や行動に、決して迷ってはダメ、その覚悟を持つ事。分かった?」

 

吹雪「川内さん・・・はい、分かりました。」

 

川内「うん! 悖(もと)らず、恥じず、憾(うら)まず、私達が受け継いだこの言葉を、忘れないようにね!」

 

吹雪「はい!」

 

―――――『五省』と言う標語がある。

 

一、至誠(しせい)に悖(もと)る勿(な)かりしか(真心に反する点はなかったか)

 

一、言行(げんこう)に恥(はづ)る勿(な)かりしか(言行不一致な点はなかったか)

 

一、気力(きりょく)に缺(かく)る勿(な)かりしか(精神力は十分であったか)

 

一、努力(どりょく)に憾(うら)み勿(な)かりしか(十分に努力したか)

 

一、不精(ぶしょう)に亘(わた)る勿(な)かりしか(最後まで十分に取り組んだか)

 

江田島の海軍兵学校で1932年に訓戒として掲げられて以来、海自でも個々人の自戒を促す標語として残り、そして海自軍に継承された標語である。

 

海自軍も、また艦娘も、曲りなりにとはいえ日本海軍の魂を受け継いだ存在だ。であるならば、彼らもまた、誇り高い戦士であり、心の修養を、怠りなく行ってきたのである。

 

 

結局、深海棲艦による奇襲は、レーダーの効力を以って失敗した。しかしそれでも深海棲艦隊は、強襲を以って活路とせんと試みた。かくして『トリンコマリー沖海戦』が発生する。

 

相互の戦力は、艦娘艦隊が合流を終えて間もない突入部隊の全艦に対し、深海棲艦隊はル級Flagを旗艦にした1500隻ほどの艦隊であった。

 

 

川内「突入!」

 

摩耶「応ッ!」

 

戦陣は摩耶を旗艦とする第十四戦隊が切り、川内の一水戦と第十一駆逐隊がこれに続く形で前に出る。

 

川内「夜戦なんだから、しっかり暴れないとね!」

 

摩耶「フ、その通りだよな!」

 

金剛「夜になると相変わらず元気デスネー。」( ̄∇ ̄;)

 

榛名「そう、ですね、アハハ・・・。」

 

相変わらずの夜戦好きに苦笑する総旗艦とその参謀。

 

金剛「さぁ、ワタシ達も、負けてられないデース!」

 

榛名「はい、いきましょう!」

 

比叡「比叡も、頑張ります!」

 

霧島「敵に一発たりとも、鈴谷に傷はつけさせません!」

 

実は今回、第三戦隊打ち揃っての実戦は久しぶりだったりもする。故に金剛らも気合の入り方が全く違っていた。

 

 

鈴谷「撃て!」

 

 

ズドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

一斉に10門の20.3cm砲を斉射する重巡鈴谷。

 

明石「大分慣れて来ましたね。」

 

鈴谷「そうだねぇ~・・・こんな感じの戦いを、提督はずっとやってたんだね。」

 

明石「えぇ。しかし提督は、不平も不満もあまり口にはされません。」

 

鈴谷「そっかー・・・。」

 

「もしかして、提督って意外と無理しているのかな」、鈴谷がそう思ったのも無理からぬ事である。

 

彼の戦い方を見れば分かる通り、彼は前線で戦う事を好む。指揮官戦闘の原則を忠実に守らんとする堂々たる指揮官の一人である。無論、生命の危険について注意を喚起する声が多い事も、直人にとっては承知の上だ。

 

だが、例え自らが戦死する様な事になるとしても、彼は自説を曲げるつもりはなかった。なぜならそれは、「横鎮近衛(艦隊)ある限り自らもまた死ぬ事は無い」と信じていたからに他ならない。それは即ち、圧倒的な艦娘達への信頼感と、不屈の意思の表明でもあった。

 

鈴谷「・・・まぁいっか! 今は兎に角、勝たなきゃね。」

 

明石「そ、そうですね?」(どうしたんでしょうか・・・。)

 

鈴谷の心の内を知らない明石は少々首を傾げるのでした。

 

 

21時10分

 

矢矧「突入、我に続け!」

 

阿賀野「突撃、私に続いて!」

 

川内「フフッ、盛り上がって来たよ!」

 

川内がご機嫌である。

 

吹雪「行きますッ!」

 

川内「行ってらっしゃい!」

 

深雪「各艦吹雪に続け!」

 

第十一駆逐隊が一斉に敵左翼方向に敵陣への肉薄を開始する。無論雷撃を行う為である。

 

大井「私達も負けてられないわね。」

 

北上「教え子には負けられないよね~、第十一戦隊、行くよ!」

 

木曽「おうとも!」

 

雷巡部隊、第十一戦隊が突撃を開始する、目標は敵右翼部隊である。

 

 

吹雪「魚雷、テーッ!」

 

北上「発射!」

 

第十一駆逐隊と第十一戦隊は、ほぼ同時に魚雷を放つ。第十一駆逐隊は36射線、第十一戦隊は大井と北上で40射線の61cm酸素魚雷を敵に投じた計算になる。

 

そしてそれを合図にして、魚雷搭載艦が次々と魚雷を発射する。これが、敵艦隊にとっての“破局”となった。

 

 

林立する水柱、“青白い殺人者”は、夜間では識別不可能なほどまでに水中の色と同化していた。無論出来たとしても、それから逃れる術はほぼ無かったと言っていい。

 

何故ならばそれは、第十一駆逐隊と第十一戦隊の陣形から艦娘達の誰しもの脳裏によぎった、水雷戦術の究極形、三方向同時雷撃が行われたからである。前と左右からの時間差をほぼ置かない同時雷撃を前に、深海棲艦隊はただ薙ぎ払われるしかなかったのである。

 

これによって、戦力の均衡は破られた。

 

 

~22時52分~

 

金剛「着弾・・・今!」

 

 

ズドドド・・・ン

 

 

4隻に同時に砲撃を送り込んだ金剛、瞬時に戦闘不能に陥るか沈没を始める。

 

金剛「退き始めてますネー。」

 

金剛は敵の行動を見てその意図するところを洞察する事も得意であり、今回もその判断は間違っていなかった。そして金剛自身も、その熟達した指揮ぶりは堅実で隙が無いと高く評価される程の腕だ。この際の判断も、そのお眼鏡にかなうものであった。

 

榛名「どうしますか?」

 

金剛「・・・合わせて退きマス。今ワタシ達に、追撃する余力はありマセン。」

 

榛名「分かりました。」

 

実は交戦していた一水打群を初めとした突入部隊は、補給無しで戦っていた為に残弾が乏しくなってきていたのである。これを自ら把握していただけに、その指示は妥当なものであった。

 

金剛「全艦娘に伝達、適宜後退、帰投して下サーイ――――!」

 

 

こうして戦力整頓に入った横鎮近衛艦隊は、相変わらずの退かせると思わせない局所優勢を維持したままの交代を行い、全艦が目立った損傷なしに離脱する事が出来た。それでも数隻が中破、複数隻が小破していると思われた。

 

集計してみなければ確たる事は言えないものの、突発的な敵による故意の遭遇戦でそれだけの損害で済んだ事は、如何に彼女らが夜戦演習に力を入れているかを物語るものであった。

 

23時43分、横鎮近衛艦隊は全艦を収容し、堂々と帰途へと就いたのであった。

 

 

7月9日8時22分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「そうか、全艦無事か!」

 

彼はその知らせに何よりも喜んだ。

 

大淀「はい、作戦は無事成功、トリンコマリー棲地は消滅したとのことです。」

 

提督「確か命令は“無力化した”と言う事であったと思ったが・・・。」

 

大淀「はい。しかし敵、泊地棲鬼が降伏したとの事で、捕虜はリンガ泊地司令部に収容するとの事でした。」

 

提督「成程、それで?」

 

大淀「はい、帰還途上で比較的有力な敵夜襲部隊と遭遇しましたが、応戦の結果、これを敗走させた模様です。」

 

提督「そうか、快勝と言ったところだな。」

 

彼の表情が自然と綻ぶ。当然であろう、部下の勝利が喜ばしくない筈はない。

 

提督「直ちにその旨残留している艦娘達に知らせてくれ。しかしこれで第一艦隊主力は切歯扼腕するだろうな。」

 

大淀「そうでしょうね・・・。」

 

一水打群の挙げた戦果からして、大和を初めとする第一艦隊の主力部隊の面々が、歯噛みをして悔しがらぬ筈はない、彼にもそれは理解出来ていた。それを踏まえた上で敢えて外したのは、前述した通り、快速性能が要求されるとの判断に依る所が大であった。

 

提督「次の時には思う存分活躍して貰わんとな。」

 

大淀「そうなさるが宜しいと思います。では、私は席を外しますね。」

 

提督「うん、頼む。」

 

大淀「はい!」

 

大淀が席を外した後、直人は一人腕を組んで考え事をしていた・・・。

 

 

で、大淀が戻って来た後述べたのが―――――

 

 

提督「大型、やろう。」

 

大淀「最低値ですか?」

 

提督「話早すぎィ!?」Σ(; ・`д・´)

 

大淀「手配致します。」ササッ

 

有能過ぎる副官、それが大淀である。

 

 

――――が、ここで悲劇と取れなくもない事態が発生した。

 

 

提督「17分――――!?」

 

大淀「まさか、こんな時間が出るとは・・・。」

 

そう、“17分”である。

 

提督「・・・阿賀野型狙ったんだけどなぁ・・・。」

 

まだ能代は未着任である。

 

大淀「・・・取り敢えず、建造棟に行かれますか?」

 

提督「いや、少し書類を裁可してから行こうか。」

 

大淀「畏まりました。」

 

それから直人は10枚ほど書類を処理した後、席を立った。

 

提督「五十鈴、お留守番宜しく。」

 

五十鈴「すぐ戻って来るんでしょう? 早い目に終わらせて来なさいな。」

 

この日秘書艦席に座っているのは五十鈴である。好意に満ちた眼差しで見送る。

 

 

7時39分 建造棟1F・建造区画

 

提督「さてと、時間ぴったりだな。」

 

明石「おぉ、丁度来ましたね。」

 

提督(なんか思っていたのと違う。)

 

そう思ってみたその艦娘の要旨は、およそ大型艦とは考えにくい容姿であった。

 

白いスク水に㋴と書いたその艦娘は、まだ幼い風貌を残していた。

 

まるゆ「初めまして、“まるゆ”こと、ゆ1001、着任しました!」

 

提督「君が噂の、“陸軍潜水艦娘”なのか。」

 

まるゆ「はい! 宜しくお願い致します!」

 

提督「あぁ、宜しく。海軍の艦娘達ばかりで少し馴染むのに時間がかかるかもしれんが、皆いい奴らだ、仲良くして貰えると助かる。」

 

まるゆ「分かりました、隊長!」

 

提督(・・・待て? さっき、“ゆ1001”と名乗ったな、本来“まるゆ”と名乗る筈なんだが・・・。)

 

少し疑問に思った彼ではあったが、すぐにその疑問を頭から拭い去る。

 

提督「明石、まるゆ用の武装の原案があったな?」

 

明石「はい、あります。」

 

提督「日の目を見る時が来たぞ、用意してやってくれ。」

 

明石「分かりました! 少し待っててくださいね、まるゆさん。」

 

まるゆ「はい!」

 

こうして、横鎮近衛艦隊に4隻目の潜水艦がやってきた。それは、陸軍の艦娘であり武装もほぼなかったが、どうにかして戦力化の為に最大限努力を払おうと、彼は決めたのだった――――。

 

 

7月12日9時06分、重巡鈴谷は巡航速度でペナンに戻り、一時の休息をとると、14時丁度、ペナン秘密補給港を出港して、サイパンへと帰投を開始する。

 

その間に集計を行った損害状況は、大凡次の通りであった。

 

中破:鈴谷・大井・川内・夕雲・不知火(一水打群)

   深雪(一水戦)

   阿賀野(一航艦)

小破:利根・羽黒・神通・矢矧・巻雲

   舞風・電・吹雪・初雪・子日

   比叡・古鷹・飛鷹・潮・磯波・叢雲・島風

 

大破艦は1隻も発生しなかったものの、セイロン島に接近する以上当然発生する、コロンボ棲地方面からの航空反撃によって飛鷹が小破しており、『航空部隊による上空直衛体制については見直しを要す』と赤城の部隊報告にもある。

 

そして今回も雪風は無傷で戦闘を終えていた。加えて金剛も今回については損害はない。

 

駆逐艦の損害では前面に立って突入した一水戦麾下の駆逐艦に損害が目立ち、川内自身も中破している事からも、突入タイミングが少し早すぎた事が伺える。続いて一航艦麾下の第十戦隊も、普段の任務が空母護衛であり夜戦に対する不慣れさから損害を出していた。

 

だがこれだけの損害で、ベンガル湾の敵に対する有力な補給港の一つを壊滅させた事は非常に大きな成果と言えると、後世の多くの戦史研究家も評価するところとなる。

 

 

7月18日、7日に渡りウェーク沖に展開していた第一潜水隊がサイパンに帰投した。

 

11時37分 中央棟2F・提督執務室

 

イムヤ「第一潜水隊、帰投したわ。」

 

提督「ご苦労様、で、どうだった?」

 

イムヤ「敵補給船団複数に攻撃、10隻は撃沈確実かしらね。後、数隻の護衛艦艇を撃沈して来たわ。その辺りで魚雷と燃料が両方限界になっちゃってね・・・。」

 

提督「いや、それだけ戦果があれば、たった3隻の潜水艦部隊としては上出来だ、長くご苦労だったな、ゆっくり休んでくれ。」

 

直人がイムヤを労って言う。

 

イムヤ「それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うわね。ところで新しく着た陸軍の子、使えるの?」

 

提督「輸送任務だなぁ、良くても。元々陸軍の輸送潜水艦だしな。だが、武装はする予定だ、今は潜航訓練だけ頼む。」

 

イムヤ「分かったわ、それじゃぁ私は行くわね。」

 

提督「ご苦労様。」

 

イムヤが執務室から去ると、この日秘書艦席に座っていた高雄がこう言った。

 

高雄「敵の主力艦を撃沈して貰えるとありがたいのですけど・・・。」

 

提督「その考え方はナンセンスだね。潜水艦とは本来、こうあるべき兵器だ。兵器の本質を見誤ってはいかん。」

 

高雄「ですけど・・・」

 

提督「いいか高雄、深海棲艦の主力艦艇が一体何隻いるか分かるか?」

 

高雄「そ、それは・・・」

 

言い淀んでしまう高雄。それもその筈、正確な数など誰にも分かりはしないのだから。

 

提督「分からんだろう、ただでさえ膨大な敵だ、主力戦艦などゴマンといる。それに護衛艦だって当然付いているだろう。その対潜哨戒網を潜り抜ける事は容易じゃない。だいいち、たった3隻の潜水艦で敵の輪形陣突破は不可能だからね。」

 

『古今の戦史において、主要な武器がその真の潜在力を少しも把握されずに使用されていたという稀有の例を求めるとすれば、それはまさに第2次大戦における日本潜水艦の場合である』―――C・ニミッツ米海軍元帥

 

ニミッツ元帥がこう指摘する通り、日本海軍では潜水艦に対する基本的な知識が歪曲していた、と見做すべきであった事は否定すべきではない事実としてそこに存在する。

 

潜水艦は洋上速力がいくら早かろうとも、攻撃目標の目の前で浮上する訳にはいかない。まして当時は水中では10ノットが関の山、それ以下の潜水艦などいくらでもいる。その程度の速力で、10ノットかそれ以上で巡航する艦隊を追撃する事など端から不可能なのである。

 

高雄の発言は伝統的な日本海軍の戦術ドクトリンに則ったものでこそあるが、そうであるが故に非現実的なのである。

 

提督「潜水艦はもっぱら敵輸送船団攻撃に使用するべきだ。それ以外の艦艇に挙げた戦果はただのまぐれに過ぎないよ、高雄。」

 

高雄「そう、ですね・・・。」

 

反論の余地などない。なぜならそれは、太平洋戦争で立証された通りの結論であるからに他ならない。

 

直人ら提督には、こうした誤った認識を是正する事もまた役目の一つとなっているが、それには極めて複雑な知識が必要となる。それだけに難しいと言う事については事実であるが、それでもなお、その自己の職権に基づいてやらねばならないのもまた、提督と言う仕事であった。

 

 

13時07分、イムヤらが持ち帰った僅かな残骸のドロップ判定が終了、直人が呼び出された。それは即ち、新着艦が来た事を意味している。

 

提督「明石~。」

 

建造棟の一階にある建造区画を訪れた直人は、明石を呼びつける。

 

明石「あ、提督!」

 

提督「呼んだと言う事は、そう言う事なんだろう?」

 

明石「はい。さぁ、自己紹介をどうぞ。」

 

そう言われて明石の後ろに控えていた艦娘が直人と目を合わせ、敬礼をしつつ自己紹介をする。

 

浜風「駆逐艦、浜風です。これより貴艦隊所属となります。」

 

提督「うん、俺がここの提督だ。何もない所だが、皆いい奴らだ。気楽に、肩の力を抜いて、一つ宜しく頼む。」

 

答礼を返しつつ直人はそう述べた。が、心中は別である。

 

提督(噂通りのプロポーションだな、お前のような駆逐艦がいるか。)

 

まぁ確かに、何処がとは言わないが、駆逐艦らしからぬ体つきなのは事実である。

 

 

が、直人が本当に驚かされたのが、その後行った能力テストだった。午後は訓練が終わっている為、午後に着任した艦娘は全員が一度このテストを受ける事になるのだが――――

 

 

13時47分 司令部前訓練水域

 

 

ドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

魚雷攻撃用移動式標的にまた一本の水柱が噴き上がる。

 

 

提督「・・・大淀、駆逐艦の平均雷撃命中率は?」

 

大淀「約37%、ですが・・・。」

 

その光景に大淀と直人は岸壁から慄然とした眼差しを送っている。

 

提督「んで、今の時点で投射した魚雷は?」

 

大淀「12本です、その内7本命中・・・。」

 

提督「大凡、2本に1本か・・・。」

 

平均率を大幅に上回っている事に直人は驚きを隠せない、しかもまだ訓練前でこれである。

 

結局、浜風が投射した全魚雷16本中、実に10本が命中した。これは割合にして実に62.5%と言う、驚異の数値である。

 

 

終わってから直人は、司令部前の岸壁で浜風に聞いた。

 

提督「なぁ浜風。」

 

浜風「なんでしょう?」

 

提督「どこでそんな技術を身に着けたんだ? 新入したばかりでこれだけの技術は中々だと思うんだが。」

 

浜風「さぁ・・・気付いたら“出来た”と言うしか・・・。」

 

提督「・・・。」

 

そう言われてしまうと彼も黙り込むしかなかった。

 

大淀「提督、これは――――」

 

提督「まぁそれについては、一旦置くとしよう。今日はもう休んで宜しい。」

 

浜風「はい、失礼します。」

 

浜風は直人に敬礼すると、その場を立ち去った。

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「は、はい・・・。」

 

提督「今のを聞いてどう思う?」

 

大淀「――――特異点、でしょうか。」

 

提督「としか考えられまい。実際主砲の射撃については他の駆逐艦娘が新入した際の数値と大差ないのだからな。」

 

何より決定的だったのは――――気付いたら出来た――――と言う発言だ。どうやら思ったより上手くいった事に困惑したものであるらしかったが、これは直人の指示で条件を変更して数度繰り返させても、大凡6割前後の命中率を出している。例え魚雷本数を予備魚雷無しの8本のみにしても同様だった。

 

これだけ上手くいってしまうと、偶然ではなく何かある、と浜風も思ったらしかったが、この数値を見たならば無理もない事は御承知頂けるであろう。当然直人も大淀も、明石も何もしていない。

 

提督「これは・・・期待の新星が現れたもんだな。」

 

大淀「成程、磨けば光る、と?」

 

提督「あぁ、恐らくこれは序の口だ、得意な部分を伸ばしてやれば、とんでもない傑物に化けるやもしれん。」

 

直人は浜風のポテンシャルに、一つの可能性を見出しつつあったが、それが結実するのは、少し先のことになる。

 

 

7月20日17時22分 造兵廠

 

提督「で、作ってみた結果がこれ、と。」

 

明石「はい、そうです。」

 

直人が見せられたのは、まるゆ用の戦闘用装備だ。

 

腰部固定式単装の53cm(533mm)魚雷発射管2個と、次発装填装置からなり、腰部リングの両サイドに1本づつ魚雷発射管を装備する形式で、非常にシンプルな造りになっている。

 

明石「まるゆさんは、他の方と比べても腕の力が余りある方ではありませんし、霊力の値もそれほど遜色がある訳ではありませんので、こういった簡潔な装備にならざるを得ない、と言うのが実情でして。」

 

提督「成程、で、陸奥の艤装を参考にした、と。」

 

明石「は、はい、その通りですが、なぜお分かりに?」

 

提督「腰部リングで体に固定する艤装は数えるほどしかないからな、分かるさ。」

 

形状として長門型の艤装をリメイクしてシンプルにしただけなのであるから、一瞬で見抜かれたのは当然だった。しかし兎も角これで、まるゆに魚雷攻撃が出来る様になったことは事実だ。

 

提督「取り敢えず、試験運用だけしてみようか。」

 

直人は明石にそう指示した。

 

 

18時26分 中央棟2F・提督私室

 

今更のようだが、艦娘寮の部屋には普通にキッチンがある。艦娘達は基本的には食堂で食事をする事が多いが、自炊をする事も可能なのである。艦娘達がその給金を使う数少ない機会として、横鎮近衛艦隊でもちょくちょくニーズがある。

 

その給金は大本営から出されるのだが、自炊をするに当たり必要な食材や調味料などは、横鎮近衛艦隊に限って言えば、全て本土から取り寄せる事が可能となっている。この辺は大迫一佐の完全なバックアップがあってこその芸当だったが。

 

勿論直人の私室にもキッチンはあり、時折自炊をするのだが・・・。

 

鳳翔「たまには、男の方のお料理を頂くのもいいかも知れませんね。」

 

提督「ハハハ、そりゃどうも。」

 

直人にはこの鳳翔の言葉が建前と映っていた。なぜならこの日の厨房担当は本来榛名なのだが、まだ帰投していない為に足柄が担当していたからである。主に油モノ中心の腹の底にズドンとくる料理が主体なので、鳳翔にとっては中々辛いものであるらしかった。

 

鳳翔(その代わりと言っては何ですけれど、素晴らしい殿方のお食事にご相伴させて頂けることは、光栄ですね。)

 

そう、半分本心なのである。この辺りが見抜けないのは、このケースでは酷と言うものではあろうが。

 

 

その日彼が作ってあげたのはシンプルな和食であったが、鳳翔にはなんと花丸を貰った。が、この事が後日にちょっとした禍根を残す事になる・・・。

 

 

翌日、7月21日12時53分、鈴谷がサイパン島に帰着、それを以って、作戦は完全に終了した。帰還途上、鈴谷修理用の鋼材を艦娘の艤装修理用に用いたおかげもあって、艤装の損傷はほぼ完全な修復を完了していた。

 

~司令部前ドック~

 

提督「ご苦労様。」

 

金剛「どうってことないネ。」

 

直人が金剛の労をねぎらっていると、その金剛の背後から鈴谷が司令部方向に歩いて来るのを見た。その鈴谷と目を合わせた時、鈴谷が慌てて目を逸らした事に気付いた彼は、少なからぬ落胆を覚えたものである。

 

金剛「――――提督ゥ?」

 

提督「ん・・・どうした?」

 

金剛「どうかしたんデスカー?」

 

提督「うー・・・ん、いや、なんもない。」

 

金剛「嘘デス。」

 

提督「嘘じゃない。」

 

金剛「顔に出てマス。」

 

提督「・・・。」

 

やっぱり金剛相手に隠し事は出来ないようだ。

 

提督「――――なんて言えばいいのかな・・・」

 

直人は適切な言い方を探し始めた。が、今ひとつピンとこず、大淀と話した内容の繰り返しになったのであった。

 

摩耶(まさか、あの提督でも三角関係とか・・・あったりすんのか・・・?)

 

その近くで聞き耳を立てていた摩耶はふとそう思った。

 

摩耶(まぁ、男一人だからなぁ・・・うん。)

 

適当に納得していた。

 

 

が、“まだ”そんな大仰な状態でない事は、読者諸氏にはお察し頂けるであろう。実際そんなものではなかったのだが・・・。

 

 

 

13時07分 艤装倉庫裏

 

直人が執務室に戻る途中、彼は金剛に語ったものである。

 

提督「まずは戦勝おめでとう、と言っておこうか。」

 

金剛「ありがとうデース。」

 

提督「トリンコマリー棲地の無力化に留まらず消滅させるとは、思ってもみなかったよ。」

 

金剛「無益な戦いは避けるべきデス、戦わなくて済むなら、それに越した事は無いネー。」

 

これは理に適っている。ただただ殲滅するのではなく、犠牲や浪費を押さえながら最大の成果を挙げると言う考え方は正しい。しかしその適用の仕方を間違えれば、後日に禍根を残す事にもなりかねない。

 

提督「何より、全員が無事に帰ってこれた事が、我々にとっての勝利とも言えるが。」

 

金剛「――――!」

 

提督「敵の数が圧倒的に多い以上、我々は消耗する訳にはいかん。我々艦娘艦隊は少数精鋭で戦っている以上、1隻喪失するだけでもダメージが余りにも大きい。何よりも、艤装は壊れたらまた作ればそれで済むが、“艦娘”はそうはいかん、経験を積んだ艦娘を失う事は大きな打撃だ。それに――――」

 

直人は一度言葉を切って続ける。

 

提督「お前達を失う事は、俺には耐えられん。お前達の命は、何にも代えられないからだよ。」

 

金剛「テイトク・・・。」

 

提督「艦娘達の敢闘精神は貴重だが、敵と刺し違えては、その敢闘精神も無駄になる。そう容易く戦場で死を選ぶ事は、戒めねばならんし、俺はそうして欲しくないんだ。そう言う意味でも、お前はよくやってくれているよ、ありがとう。」

 

金剛「――――ワタシは、真面目にやってるだけネ。」

 

金剛はそう謙遜して見せただけであった。

 

提督「・・・そうか。」

 

直人もそれが分かったが、それだけ返すとその話題を終わらせたのだった。

 

 

結局のところ、この戦いは戦術的・戦略的に艦娘艦隊の勝利に終わった。

 

艦娘に一切の消耗なく、しかも最小の損害で敵艦隊と敵泊地の双方を撃滅した事は、正しく戦力差に劣る側の戦い方の模範たり得ただろう。しかしこの戦いも、その資料は機密扱いとなった為、知られる事は無かったのだが・・・。

 

大本営から先駆けて伝えられた大規模攻勢の情報、それを前にして、彼らは航空戦の特性を改めて見つめ直す機会に恵まれたと言えよう。その意味では、十分に意義のある戦いであった。

 

 

7月28日6時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「第一潜水隊に命ずる。全艦を以ってスエズとイタリアを経由してドイツに向かえ。」

 

ハチ「遣独潜水艦作戦、ですね?」

 

提督「そうだ、大本営から直々の指令だ。お前達に頼みたい。」

 

実はこの遣独潜水艦作戦は、単なる連絡に留まらず、ドイツ海軍艦娘艦隊から太平洋の友軍への増援を回航すると言う任務を内包している。それだけに、大本営としてはより確実なルートからこの任務を打診し、成功させてほしいという願いがあったのである。

 

イムヤ「・・・意見具申、いいかしら?」

 

提督「良かろう。」

 

そう言うとイムヤが述べた意見は、直人を十分納得させ得るものだった。

 

イムヤ「旗艦をハチに委譲したいのだけれど。」

 

ハチ「えっ、私に!?」

 

提督「・・・一応聞こう、理由は?」

 

イムヤ「彼女は現地の事に精通しているわ。だからこそ、旗艦としてドイツとの協議をしてほしいの。何より、一度行って帰ってきた実績もあるもの、十分、任務に堪えられるわ。」

 

提督「・・・良かろう、受理する。」

 

ハチ「提督・・・?」

 

提督「君の知見と経験を、存分に生かす、これはチャンスと思って、やって貰いたい。」

 

それだけ言われては、ハチも異論はなかった。

 

ハチ「・・・そこまでご信任頂けるのならば、お応えします。」

 

提督「うむ、頼むぞ。」

 

ハチ「はい!」

 

かくして7月28日、遣独潜水艦部隊は、伊8・58・168と、ゆ1001の4隻を以って、一路ドイツ・ヴィルヘルムスハーフェンまでの長い航海に旅立って行ったのである。

 

 

様々な思惑が交錯し、太平洋では目まぐるしく様相が移り変わりゆく中で、横鎮近衛艦隊のみはただ一つ、嵐の前の静けさか、平穏を保っていたのである。しかしその裏では、牙を研ぎ澄まし、力を蓄える強力な艦娘達の姿があったのだった――――。




艦娘ファイルNo.102

陽炎型駆逐艦 谷風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:九四式爆雷投射機

トラック棲地攻略戦で得た残骸からドロップ判定で着任した艦娘4人の最初の一人。
江戸っ子キャラだが東京とは縁がない大阪生まれ呉所属の駆逐艦。
取り敢えず特異点は見受けられなかった普通の艦娘である。


艦娘ファイルNo.103

白露型(改白露型)駆逐艦 涼風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

横須賀生まれ佐世保所属の江戸っ子艦娘、こりゃもう分かんねぇな。()
直人とも仲が良くちょくちょく喋る間柄。


艦娘ファイルNo.104

睦月型駆逐艦 卯月

装備1:12cm単装砲

ハイテンション系睦月型駆逐艦。
取り立てて特徴がある訳でもないただの睦月型である。


艦娘ファイルNo.105

初春型駆逐艦 初霜改

装備1:10cm連装高角砲
装備2:61cm四連装魚雷

最初から改で着任した艦娘で、トラック棲地戦のデブリからは最後の艦娘。
特に取り立てて特異点は無いが、最初から改である分のアドバンテージはある。


艦娘ファイルNo.106

巡潜三型潜水艦 伊八

装備無し

3隻目の潜水艦。
着任早々に実戦場での訓練と言う事でウェーク方面通商破壊に駆り出されたおかげで比較的早く練度が向上している。
遣独潜水艦作戦から帰還した経験を持つ事からドイツ行きの旗艦を拝命した。


艦娘ファイルNo.107

三式潜航輸送艇 ゆ1001(まるゆ)

装備無し(着任時)

大型建造で偶然にも着任した陸軍潜水艦。
明石の考案した装備のおかげで何とか戦えるようになっており、ついでに言えば、まるゆの着任で遣独潜水艦作戦が可能になってもいるのだが。
自己紹介から少し他のまるゆとは違う様子だが果たして・・・?


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第3部2章~過去の栄光は何を想う~

どうも皆さん、夏イベ直前ですが私は準備万端です、天の声です。

青葉「どもー恐縮です、青葉ですぅ! イベントに向けて、一言お願いします!」

目指すは完走、頑張れ甲攻略! 甲子園球児ばりの熱意で踏ん張りたいと思います!

青葉「ありがとうございます!」

と言う訳でですね、8月10日と開催日が発表されまして、全提督が沸き立っているであろうこの時期にもかかわらず、私は小説を書き続けます。ただ、8月10日以降は期待しないで下さい、イベントに真剣に取り組んでる時期なので、更新は無理です。

青葉「こればかりは仕方ありませんね。」

ようやっと暗黒の時代を抜けたんだからもう轟沈はさせたくありません。2015年まで年間2隻轟沈ってどういう事なんです一体。

まぁそれはさておきまして、今回はゲストをお呼びしてあります。

青葉「え、聞いてませんけど。」

言ってないだけ。

青葉「そんなー。」(´・ω・`)

局長「トイウ訳ダ、失礼スルゾ。」

と言う事で今回のゲストは戦艦ル級改FlagShip「モンタナ」、通称『局長』にお越し頂いてます。

局長「最近出番ガ無イガ、サボッテイル訳デハナイカラ安心シテクレ。」

と言うより展開的に出しづらいって所はまぁあるかな。

青葉「出す気はあるんですね。」

そうだね、単に展開に合うネタが浮かばない。

局長「ダガ今回ハ出番ガアルノダロウ?」

うむ、一応入れるよ出番。一部の艦娘が空気になってるけど、現時点で100人以上艦娘いるから、流石に細かく出番与えるのは無理なのですご了承をば。

局長「他ニ何カ方法ハナカッタノカ?」

少なくとも今この形で出す方法はないですな。


さて今回は『通商破壊』についてご説明します。

そもそも通商破壊とは、交戦相手国(敵国)の物資輸送が主に“海運”(海上輸送)に依る場合、その国家の生命線とも言える、商船を攻撃し撃沈ないし拿捕(だほ)することによって、敵国の国家運営に対するダメージを狙った手段です。

主に洋上において実施され、航空機や潜水艦、武装商船などで実施します。

古くから取られてきた経済戦争の手法の一つであり、国民への食料供給や産業活動に深刻な影響を与える事によって、交戦相手国の継戦能力を低下させる事が出来ると言う点で、自国の出血を最小に抑える事が出来る戦法と言えます。

有名なものは第二次大戦における日本商船隊に対する米国のシーレーン(海上通商路)攻撃や、第一次大戦と第二次大戦の両方で英国に対し行われた、ドイツのUボートを使った無制限潜水艦作戦でしょう。

一時的な効果としては、物資や人を輸送中の船舶に対する攻撃ないし拿捕は、直接交戦相手国の物的・人的資源及び、海運に於ける輸送力としての船舶そのものを永続的に喪失する事に繋がります。が、通商破壊の影響はこれだけに留まりません。

二次的な被害として、シーレーンを攻撃された場合、そのルートを通行する船舶は、被害が出る事を避ける為に出港を控える様になるか、最寄りの港に避難する為、長期に渡り輸送効率の低下を引き起こします。更にシーレーンを攻撃された国は持ち前の海軍力の中から輸送船護送用の護衛艦艇を抽出する事になる為、純軍事面でも有効な影響は期待出来ます。そうした護衛艦が付いた船団を『護送船団』と言います。

また船舶ごとの単独航行が一般的な海運業にとっては、複数隻の商船で船団を組む(=船団方式)と言う事はあまり好ましい事ではありません。なぜなら、一刻も早く依頼主の元に荷物を届けなければならない時に船団を組み、その船団の荷役作業が全て完了するまで、港で待たされる事になる為です。これも輸送効率ダウンに直結します。

しかし船団を組まなければ十分な護衛は付けられません。なぜなら、数百隻にも上る商船1隻1隻に対して、数隻の護衛を付けると言う事は現実問題として不可能だからです。更に通商破壊に参加している艦艇の種類によってはありとあらゆる艦艇――――戦艦や大型空母までもを動員する事になる為、その場合の純軍事的な効果としての、敵海軍力の分散は大きな効果を齎します。

この様に、例え少数の通商破壊艦であっても、相手国に対しての効果は絶大であり、かつ長期に渡ると言う事は御理解頂けるでしょうか。そして、その被害の究極が、太平洋戦争に於いて通商破壊と対を為す『通商護衛』を怠った大日本帝国である事は、疑いようもない事実です。


以上となります。

局長「海上護衛問題ハ海自ノ創設時ニモ取リ入レラレテイルナ。」

あぁ。現代のシーレーン防衛を担う海上自衛隊は、その創設に当たって太平洋戦争の戦訓を多く取り入れているからね。言ってしまえば、海自にも旧海軍のDNAは受け継がれているんだ。

青葉「創設時の人員にも元海軍の方がいらっしゃいますよね。」

そうだね、幕僚の面々を見れば明らかな訳だが、旧軍の幹部級がそのまま自衛隊に入った例も少なくない。

局長「チェスター・ニミッツ提督ハ真珠湾奇襲後ノ米太平洋艦隊ノ戦力デドノヨウニシテ戦ウカトイウ時、戦力ガ整ウマデハ通商破壊デ日本ヲ消耗サセルコトヲ狙ッタワケダガ。」

正直正しい判断だと思うね。戦艦8隻が尽く沈むか修理に最大半年、新造艦完成までまだ時間が必要では、攻勢はおぼつかない。なら確実に反撃が可能になるまでは主兵力を温存して、その間潜水艦による通商破壊を行った訳だ。敵ながら見事な手腕だと言わざるを得ないね。

さて、そろそろ本編に入ろう。今回は一大決戦が行われる事になります、紀伊直人の采配や如何に、ご注目下さい。

本編、スタートです!


2053年7月29日、21日から休養をとっていた明石が職務に復帰した。この様な事になった理由は、明石が働き詰めであったからであり、21日の重巡鈴谷帰港時にドックに来ていなかったのもこの理由による。

 

 

7時42分 中央棟2F・提督執務室

 

明石「工作艦明石、職務に復帰します!」

 

提督「うむ、よく休めたか?」

 

明石「おかげさまで。わざわざ本土にまで行かせて頂けたので、ゆっくり羽を伸ばさせて貰いました。いい買い物が出来て、楽しかったなぁ~。」

 

そう、その為に直人はわざわざサーブ340B改を用立てて行かせたほどなのだ。それも全ては、明石にちゃんとした休みを取らせる為であった。因みに柑橘類少佐が操縦を担当しており、留守中は飛龍が帰って来ているので安心である。

 

提督「それは良かった。そんな明石に、一つ耳寄りな情報があるんだ。」

 

明石「なんでしょう?」

 

提督「近日中に発表されるだろうが、大本営が近く大規模攻勢を考えているらしく、その際我が艦隊にも出撃を願うとの事だ、ドロップ判定がまだ済んでないから、急いでやって欲しい。戦力増強を済ませておきたいのでね。」

 

明石「分かりました、すぐ取り掛かります!」

 

言うなり明石は有言実行と言わんばかりに執務室を飛び出して行った。

 

 

ドタドタドタ・・・

 

 

大淀「廊下を走らないようにとあれほど言っていますのに・・・。」

 

提督「いいさ。規律徹底もいいが、それは船を操る場合だ。艦娘はそうではないからね。」

 

大淀「・・・どういう事です?」

 

提督「あんまり抑圧すると、艦娘の良い所を削ぐ事になる。ああ言う元気さ、活発さもいい事だよ、大淀。行き過ぎは、良くないがね。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

大淀が首を傾げていると、直人が大淀に語りかけ始める。

 

提督「まぁお前の場合は、その生真面目さがいい所だよ、大淀。」

 

大淀「あ、ありがとうございます・・・。」

 

提督「うん。人の長所は人によって違う、自由闊達な事が長所な奴もいるからな。それに、感性の豊かな者も多い、規則だなんだと、縛り過ぎるのは良くないさ。緩める時は緩め、締める所を締める、それでいいのさ。」

 

大淀「成程・・・。」

 

直人は規律を締めすぎる必要は皆無と考えていた。なぜなら、そうする事によって潰れる個性もあるのだ。だからこそ、彼は規律を厳守させるようなことはしなかった。実際『廊下を走るな』と言う規則さえ彼は遵守させる事はなかった。なぜなら、それを生真面目に守ると、緊急時に重大な影響を及ぼしかねないからだ。

 

それでも軍規は守らせたのだが、それが所謂『締める所』である。

 

 

8時02分 建造棟1F・判定区画

 

提督「~♪」(英国征討歌/ドイツ軍歌)

 

口笛を吹きながら判定が終わるのを待つ直人。

 

 

ガチャリ

 

 

明石「あ、提督、今終わりました!」

 

提督「割と待った。」

 

明石「フフッ、では、お待たせしました、ですね。」

 

提督「全くだな。」

 

明石の言葉に彼は笑って応じる。

 

明石「では“お二人”とも、こちらへどうぞ。」

 

「はい。」

 

扉の向こうから声がした後、ドロップ判定区画の扉の向こう側から、二人の艦娘が姿を現す。

 

提督「んんっ、では、自己紹介をして貰おうかな。」

 

咳払いをしてから直人は言う。

 

翔鶴「はい。翔鶴型航空母艦、翔鶴です。一航戦、二航戦の先輩方に、少しでも近づけるよう、頑張ります!」

 

提督(来た、日本空母の完成形。)

 

瑞鳳「瑞鳳です。軽空母ですが、錬度が上がれば、正規空母並の活躍をお見せできます。」

 

提督(ほうほう、自分を売り込むスタイルか。)

 

前者は純粋に喜び、後者には感心しながら聞いていた直人である。

 

提督「二人とも宜しく頼む。二人とも航空母艦だね、我々にとっても願ったりかなったりと言う所だな、明石。」

 

明石「はい、航空戦力の拡充は、我が艦隊の懸案事項ですから。そう言う訳で大型建造を――――」

 

提督「ダメです、大鳳建造はまだ無理です。」

 

明石「ですよね~・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

翔鶴「ふふっ、ご期待に沿えるよう、頑張りますね、提督。」

 

提督「ありがとう。早速ですまないが、司令部前水域で今訓練をやっているから、そちらの方にすぐ合流して欲しい。」

 

これはいつもの定型句だ。訓練は万事の基礎である。

 

瑞鳳「早速訓練ね、頑張ります!」

 

翔鶴「分かりました、ではこれで。」

 

明石「私が案内してきます、話はそちらで通しておいてくださいね?」

 

提督「いつもの事じゃ、分かっておる。」

 

と、口調を変えて言う直人であった。

 

 

勿論手慣れた事だけに短時間で話を通した直人のおかげで、二人はちゃんと合流出来ました。鳳翔が訓練戦から離脱する事にはなったが、これもいつもの事である。

 

 

9時12分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「翔鶴と瑞鳳についてなんだが、次の作戦―――恐らく大規模攻勢の前哨戦になるが、それに出そうと思うのだが。」

 

大淀「練度については、どうするおつもりですか?」

 

提督「どうにかするしかあるまい、が、翔鶴航空隊についてはそう心配はしておらん。」

 

大淀「・・・と、いいますと?」

 

大淀がそう聞くと、彼はこう言った。

 

提督「翔鶴搭載機の機数は多いし、ある程度の練度は最初からある傾向はあるようだし。」

 

実はこの考え方は、少なくとも“彼の艦隊では”間違ってはいないのだが・・・。

 

大淀「・・・。」

 

大淀にしては若干痛い所を突かれる発言であった。

 

提督「瑞鳳については今回に限り、鈴谷の直接援護任務で良かろう。」

 

大淀「――――それでしたら、問題はないかと思われます。」

 

提督「ただ、翔鶴の航空隊は主力攻撃に回さず、補助艦艇攻撃に出す方が適当だろうな。」

 

直人は様々な方向から戦力の拡充を行い、来たるべき作戦に向けて準備を整えつつあった。

 

 

――――が、実は、先の戦いで唯一相応の損害を出したものがある、それが「艦載機」であった。

 

先のトリンコマリー沖航空戦に於いて、横鎮近衛艦隊は敵空母部隊を発見、これと交戦しているのだが、その際強襲だった為に150機からなる空母攻撃部隊は40機を超す損害を出しており、その補充の訓練を現在していると言った状態だった。

 

他にも敵地空襲に向かった空襲部隊も少なからぬ損害を出しており、総じて80機以上がこの戦いで失われている。

 

出撃した空母は7隻、艦載機の合計は506機を搭載している。その1割以上を失っている事になる。航空戦が消耗戦である事を、如実に表す事象として興味深い一幕だっただろう。この計算に基づけば、横鎮近衛艦隊は10回の戦闘で、搭乗員が全員一新する事になるのだ。

 

故に、現在訓練中の艦載機と、翔鶴艦載機の練度はさして変わる程のものではないのである。尤も、訓練するペースが速いのが妖精達の利点ではあったが、それで済まされる問題ではないのだ。実際問題、練度の低下は徐々に深刻になりつつある。なぜなら、練度を向上させる間も無く、連続した戦いを繰り広げているのが現状である。

 

最初の航空部隊の大規模運用を行った戦闘たる、北マリアナ海域撃滅戦で多数の艦載機を消耗して以来、練度の低下により、攻撃効率の低下が、戦果の低迷に繋がって来ているのだ。初期の頃に経験を積んだ空母艦載機搭乗員が、次々と戦死しつつあるのだ。

 

現在の訓練内容は、つまるところ空母艦載機の練度向上に比重が置かれていた、と言ってよい程、問題になっているのである。

 

 

大淀「補助艦艇攻撃を、翔鶴の搭乗員達が承諾するでしょうか?」

 

提督「個人の感情や感傷、矜持で戦争が出来るかな?」

 

質問を質問で返す直人。

 

大淀「そ、それは・・・」

 

提督「出来んだろう? ならばこの指示を徹底させる事だ。」

 

大淀「は、はい、失礼しました。」

 

提督(ビッグゲームを望む気持ちは俺にも理解出来る、だがそれでいなくなられては、前途有望な者がいなくなるのはまずいのだ・・・。)

 

妖精搭乗員だとしても、所詮は消耗するのだ。どこからか現れると言う特性上使い捨てにする者も少なくないのだが、そんな事をしていてはいずれ破綻をきたしてしまう。彼はそれを恐れていたのである。

 

提督(そのような末期的な状況では、まだない筈だからな・・・。)

 

彼はあくまでも冷静で客観的な判断から、この指令を翔鶴に対して下令するつもりでいた。

 

 

8月6日10時22分 中央棟1F・無線室

 

大淀「――――来ましたか。」

 

ヘッドフォンから聞こえてくる無電を、大淀は全く違わず平文に戻していく。

 

大淀「・・・よし、これを提督にお届けしなくては。」

 

大淀は平文に戻した命令文を書き留めた用紙を持ち、無線室を出た。目的は勿論執務室である。

 

 

10時26分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「遂に、来るべきものが来たか・・・。」

 

それを一読した直人は、何か言葉を遠くに置き忘れたかのように呟いた。

 

大淀「どうされますか?」

 

提督「・・・全艦娘を、大会議室に、鈴谷は出港準備を整えさせろ。」

 

大淀「――――分かりました。」

 

提督「・・・中には、辛い者もいるだろうが・・・やらねばなるまい。」

 

直人は意を決し、執務椅子を立った。その眼差しに、迷いはなかった。

 

 

10時45分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「ブリーフィングを行う。」

 

その声がいつもより真剣である事に、艦娘達はすぐに気付いた。

 

大淀「今回はかなり大規模な作戦行動となる事が予想されます、よく聴く様に。」

 

その注意の後、提督が、今回の作戦について話し始める。

 

提督「今回の作戦行動は、幌筵基地を起点として行う。幌筵基地で補給を受けた後に出港、一路アリューシャン列島線沿いに進み、ウラナスカ島にある敵の要地、ダッチハーバーに対し、空爆と砲撃を加える。」

 

龍驤「AL作戦でもやろうっちゅうんかいな。」

 

提督「話は最後まで聞く事だ。その後敵棲地の無力化が確認され次第南下し、北上してきた敵主力との決戦を行う。最終的な目的地は――――」

 

これが核心だ、という意を込めて、直人が語気を強める。一同が沈黙を守る中、直人がおもむろに口を開いた。

 

提督「――――最終的な我が艦隊の目的地はただ一つ、ミッドウェー島の主要な島の一つ、サンド島だ。」

 

金剛・赤城「!」

 

飛龍「えっ!?」

 

多聞「ほう・・・。」

 

利根「・・・!」ピクッ

 

艦娘達の間にどよめきが広がる。当然だろう、その目的地が、因縁浅からぬ者も多いミッドウェー諸島であるのだから。

 

加賀「――――。」

 

その中で鋭い視線を投げかけるのが加賀である。

 

提督「本作戦は既に『AL/MI作戦』と命名されている。その一大殲滅戦に於いて、我が艦隊の為すべきは至極明快である。」

 

そう彼が声を張り上げて場のざわめきを収めると、直人は続ける。

 

提督「我が艦隊が行う事は敵の殲滅ではない。敵の“漸減”ないしその“無力化”である。即ち攻める所を攻め、退く所を退く。無理に攻める事はしないが戦う分には全力を尽くす。我々に与えられた任務は、敵の兵力を削ぎ落す事、ただ一点である。」

 

加賀「一つ、いいかしら。」

 

提督「どうぞ?」

 

直人が何気ない口調でそう言うと、加賀が意見を主張する。

 

加賀「ミッドウェーと言えば敵の内懐、それも本土からもかなり離れている筈、大本営に対しこの真意を質し作戦の成算の是非を問わない限り、この作戦はおいそれと実行すべきではないわ。」

 

加賀は過去にミッドウェー海戦に参加し、そしてその事について一度、酒の席でこそあれ直人と語らった事もある。賛同を得られると思った加賀だったが、その目論見は外れた。

 

提督「我が艦隊は既に、この作戦の内示を先月中に大本営より受けとり、その上で準備を進めて来ている。今更真意を問うなどと言う事は論外だし、これは正式な命令書だ。破却権を行使するに当たるとは考えていない。」

 

加賀「既に内示を・・・? 何も聞かされていませんが。」

 

提督「正式に作戦準備命令が出るまではこのことを明かす訳にいかなかったのだ。例え相手が誰であろうと。」

 

内示情報として明かされる情報はその次点ではまだ機密情報の一端であり、その漏洩は作戦の公式な発令を行うより前に、深刻な影響を与えかねない。故に内示情報は機密事項であり、上層部の極一部でのみ共有される事項である。実際大淀と金剛は既に知っていた。

 

彼はこれまで、作戦指示内容について艦娘達に事前に明かす事は多かったものの、それは自己の裁量に一任されていた時の話で尚且つそれほど重要性が高くない時に限っての事だった。事実として、13年夏頃に、SN作戦が既に一度計画されていた事実を知るのは、彼女らが戦後を迎えてからだったのだから尚の事だ。

 

加賀「このような作戦は成算が低いと見做さざるを得ないわ。敵が艦隊だけならまだしも、地上航空部隊を繰り出してくる可能性は高いわ。そこに空母部隊だけでの突撃を仕掛けると言うのは、余りにも無策が過ぎると言わざるを得ないわね。」

 

提督「空母部隊“だけでなければ”いいのだな?」

 

加賀「えっ・・・?」

 

提督「今回はあくまでもブリーフィングだからな、ここで詳細を詰める気はない。が、それは一考に値する意見だ、参考にさせて貰う。」

 

加賀「・・・。」

 

直人がそう言うと、加賀に反論の余地はなくなっていた。

 

提督「我々は元々、困難な任務を遂行する為の部隊だ。成算が低い事などこれまで幾度となくあった、だが皆の支えもあって、我々は今こうして一堂に会し永らえている。これからもそう在る為に、皆の力を貸して貰いたいと、この場を借りて皆に頼もうと思う。この通りだ。」スッ・・・

 

加賀「――――!」

 

赤城「提督・・・!」

 

金剛(頭を、下げた・・・?!)

 

艦娘達は一様に驚いた。無理もない、直人の行動は異例の事だからだ。

 

彼は艦娘達に対し、率直に助力を乞い、艦娘達全員の前で頭を下げたのである。

 

妙高「・・・頭を上げて下さい、提督。」

 

足柄「そうよ、やりましょ! 今までだってやれたんだもの、今回だって!」

 

那智「あぁ、全くだ。今更負ける事を心配するなど、らしくない。」

 

赤城「行きましょう、ミッドウェーに。」

 

加賀「赤城さん・・・。」

 

赤城「今の私達は、“あの日の”私達ではない筈よ。」

 

加賀「・・・えぇ、そうね。」

 

飛龍「今度こそ、やれる筈!」

 

多聞「あぁ。今度は、勝とうか。」

 

飛龍「うん!」

 

夕雲「今度は、勝たなきゃ。」

 

巻雲「そうです! あの結末はもう繰り返しませんッ!」

 

利根「今こそ、汚名挽回の時じゃな!」

 

筑摩「利根姉さん、それを言うなら“汚名返上”ですよ?」

 

利根「うぐっ、そうじゃった・・・。」

 

筑摩「ふふっ、私も頑張ります。」

 

吹雪「ミッドウェー・・・あの日の戦いを、今再びやるんだ・・・。」

 

深雪「大丈夫だって、今のアタシ達なら行けるって!」←全然根拠が伴ってない

 

吹雪「――――うん!」

 

金剛「やりましょう、テイトク。勝って、道を拓くのデス!」

 

提督「・・・ありがとう、皆。有難う――――!」

 

直人にとってそれは、神助を得た想いだった。この作戦は、様々な艦娘達が、屈辱として脳裏に刻んだに違いなかった筈だと彼は思っていた。しかしそれは杞憂であった。彼の事を、ここまで信頼し付いて来てくれる。彼にとって、これ程恩義に感じる事は無い。この上はその信頼に応えるべく、知恵を絞り作戦案を練り上げるのみであった。

 

 

翌8月7日8時28分、重巡鈴谷は留守居役の司令部防備艦隊を除く全艦娘を鈴谷に乗艦させ、出港した。今回の出撃に合わせ、編成の序列が変更されている。

 

その決戦艦隊が次の通りである。

 

 

第一水上打撃群(水偵32機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/川内/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鳳)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 第十六駆逐隊(雪風/谷風)

 

第一艦隊(水偵66機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(伊勢/日向/扶桑/山城)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤)

 第一水雷戦隊

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一航空艦隊(水偵12機)

旗艦:飛龍(山口多聞提督座乗)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍)

第三航空戦隊(赤城/加賀)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

 

以上が全てである。駆逐艦浜風は着任間もない事と単艦である事から今回出撃メンバーからは外されたが、注目すべき点は、一航戦の編成が変更されている事である。

 

翔鶴と瑞鳳を編成して一個航空戦隊とし、これを以って第一航空戦隊を編成、赤城と加賀の現行の一航戦を三航戦として番号のみスライド、更に航空戦艦となっていた扶桑型および伊勢型の4隻を第四航空戦隊として発展解消し、これにより第二戦隊が欠番となったが、航空戦隊が全て連番となった。

 

航空関連に大幅に手を加えた事は、今回のミッドウェー方面への一大遠征に対する、紀伊直人の意気込みを表すものでもあった。

 

 

8月9日11時29分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「うーむ・・・。」

 

直人は艦娘艦隊側の幕僚を集めて作戦の検討を出港からずっと行っていた。

 

ネックになるのはやはり、空母よりも余程航空機収容リソースの大きい敵航空基地であった。

 

飛龍「基地航空隊は、やっぱり送れないかな?」

 

提督「送るとしたら早暁空襲だけだ、飛行場を攻撃するなら、それで足るだろう。それも一度しか通用せんぞ。」

 

金剛「ナラ・・・それで行きまショー。」

 

提督「分かった。」

 

直人が頷いて見せる。

 

提督「しかし、出来ればAL方面に向かうに当たっては損害を出したくはないな。」

 

榛名「そうなりますと・・・やはり?」

 

霧島「ですね・・・それしかないでしょう。」

 

伊勢「では、その旨提案の提出草案を纏めます。」

 

提督「頼む。出来るだけリスクは抑えて置きたいからな。今回も何隻か改装はしたが、前回に比べて少ない事は事実、その辺りは考慮しよう。」

 

大和「そうですね――――戦力アップが、今一つ間に合っていませんね・・・。」

 

 

訓練中の期間を使い、彼らは猛訓練を積みその結果、何隻かの艦娘が改装されている。それが・・・

 

陸奥 無印⇒改 22号対水上電探を追加

蒼龍 改⇒改二 機種転換を3段階目に

飛龍      機種転換を3段階目に

千歳 航⇒航改 九七式艦偵を追加

千代田航⇒航改 九七式艦偵を追加

龍驤 無印⇒改 機種転換を3段階目に、九七式艦偵を追加

飛鷹      機種転換を3段階目に

隼鷹 無印⇒改 機種転換を3段階目に、九七式艦偵を追加

祥鳳      機種転換を3段階目に

多摩 無印⇒改 21号対空電探を追加

舞風 無印⇒改 13号対空電探を追加

叢雲 無印⇒改 九四式爆雷投射機を追加

 

艦戦三段階目(通常):零式艦戦二二型

艦爆三段階目(通常):彗星一一型

艦攻三段階目(通常):天山一二型

蒼龍艦戦(藤田隊)三段階目:十五試局戦改

蒼龍艦攻(金井隊)三段階目:天山一二型甲(爆装)

飛龍艦爆(小林隊)三段階目:十五試艦爆

飛龍艦攻(友永隊)三段階目:天山一三型

 

※1 十五試艦爆:彗星の試作機

※2 十五試局戦改:雷電試作機の艦戦版(架空機)

 

メインとなったのは機種転換であり、これにより全体に天山や彗星などが行き渡った形にはなるが、肝心の一航戦航空隊は、翔鶴がいると言っても1段階目の艦載機(戦闘機のみ2段目の零式艦戦二一型)と言う状態であり、性能差があるのが現実である。

 

彼が翔鶴に補助艦攻撃、瑞鳳に艦隊直衛をさせると決めたのはこの理由にも依る。が、この機種転換の一斉実行を見れば、如何にこの作戦を重要視しているか、その意図もまた、推し量る事は容易であろう。

 

 

提督「無いものをねだっても仕方がない。我々は、現行の戦力で頑張るしかない。幸い練度もそれなりに向上しているからな。」

 

大和「そう、ですね・・・。」

 

陸奥「えぇ、私達の実力を以って、この戦いを切り抜けましょう。」

 

大和の第一艦隊旗艦就任に伴い副官に降格した陸奥が言う。

 

多聞「思ったのだが・・・」

 

提督「・・・なんでしょう?」

 

多聞「――――サイパンからMIを攻撃できる機材など、あるのか?」

 

提督「えぇ、キ-91のみですが、可能です。尤も戦闘機が付けられませんので、奇襲に依る他ないのですが・・・。」

 

多聞「そうか・・・あの陸軍の爆撃機は長距離爆撃機だったな、詮無い事を聞いた。」

 

提督「いえいえ。」

 

そもそも構想だけで終わり、しかも山口提督戦死の3年後に行われた事を知る筈はなかったのだが。

 

提督「取り敢えず綿密な作戦案検討は、やはり幌筵到着後まで持ち越そう。」

 

金剛「OK。」

 

飛龍「向こうにも相談しなきゃだしねぇ・・・。」

 

結局、鈴谷艦内に於ける横鎮近衛艦隊単独での作戦会議は、結果とプランの完成を保留にしたまま、幌筵到着まで持ち越しとなった。

 

 

8月10日17時27分 重巡鈴谷中甲板後部・赤城の船室

 

赤城「・・・。」

 

赤城は一人、瞑目していた。

 

 

迫り来る急降下爆撃機――――――

直撃弾により迸る爆炎――――――

燃え盛る艦載機の残骸――――――

響き渡る金属の叫喚――――――

沸き起こる将兵達の悲鳴――――――

勝ち誇る様に唸りを上げる敵機の爆音――――――

 

それは、最早一世紀を隔てた過去の光景。しかしそれは、“艦娘”赤城が持つ、最期の風景。

 

 

赤城(私達は今、そのミッドウェーに向かっている。)

 

情報管理の甘さ、作戦立案の甘さ、指揮官の認識の甘さ、正しい判断を失わせた傲慢さ、不敗神話を信じ込んだ慢心、状況判断の誤り、索敵の失敗、指揮官の気質―――――

 

赤城(私達は、負けるべくして負けた――――。)

 

赤城に非がある訳ではない。かつて“兵器”だった彼女達は、人間によってただ“運用されるだけ”の存在に過ぎなかった。しかしながら、その戦いに関わった身として、彼女はかつての苦い記憶を、思い起こさぬ訳にはいかなかった。

 

赤城(もう一人の自分が囁く、“所詮は越えられぬ壁だ”と・・・。)

 

歴史は変えられない、記録を覆す事は出来ない。しかし――――

 

赤城(私達はもう、あの日の自分じゃない――――!)

 

敗北を乗り越え、意志を持って、再び現界したかつての兵器達。自我を手にした物言わぬ筈だった艦艇達。

 

赤城(そして私達は、かつてなく望ましい条件を手に入れた――――最高の仲間たち、最高の提督を得て、私達は――――!)

 

赤城の意思は、一つに結束する――――

 

赤城(かつての、“歴史”を超える!)

 

航空母艦『赤城』。

 

それは、堕ちるべくして堕ちた栄光の象徴とも言うべき空母。

 

艦娘『赤城』。

 

それは、過去を乗り越える意志を持つ為に生まれた存在――――。

 

因果と運命と、そして必然とに招かれて、彼女は今、因縁の海へと、歩みを少しずつ進めていた――――。

 

 

8月13日11時13分、重巡鈴谷が幌筵に到着する。

 

11時16分 幌筵第914艦隊司令部埠頭

 

提督「よし、繋留したな。」

 

明石「はい。」

 

提督「よし、上陸だ。アインの奴とも協議しなければ。」

 

明石「分かりました、では私は鈴谷の点検だけ、しておきますね?」

 

が、すぐ直人はその発言を撤回する事になる。

 

提督「・・・いや、時間が時間だな、協議は昼以降に回そう、飯が先だろうしな。」

 

明石「あ、そうですね、あと1時間で昼食でした。」

 

洋上航海をしていると、変化に乏しい為時間間隔が狂いやすいのである。結局のところ、レオンハルト艦隊との協議は13時30分まで先送りとなった。

 

 

13時31分 幌筵第914艦隊司令部・会議室

 

横鎮近衛艦隊の大会議室よりも多少こじんまりとした会議室で、レオンハルト艦隊と横鎮近衛艦隊の合同作戦会議が始まった。

 

提督「今回の出撃に当たり、差し当たって補給上求める点が一つある。」

 

アイン「なんなりと。」

 

提督「今回我が艦隊は長距離連続高速航行を予定している。よって追加補給分の燃料として、50リットル缶25本分の燃料を追加補給したい。」

 

アイン「1250トンもか!?」

 

提督「あぁ、そうだ。我々が迅速な制圧行動を行う為には、それが最低条件だ。」

 

鈴谷の航続距離は、新造時公試に於いて8022海里(14856.74km)とされている。しかしこれはあくまでも巡航速度の14ノットで一定させて航行した場合での話であり、燃費が悪化する高速運転時にはこの限りではない。

 

今回彼らは、ダッチハーバーとミッドウェーと言う離れた二つの目標に対し、電撃的な連戦を行う訳で、そのダッチハーバーとミッドウェーを結ぶ航路を全速力で駆け抜ける必要があるのだ。そこで弾き出された追加燃料補給分が、1250トン分であった。

 

大凡正規で補給する燃料の1.5倍に相当するが、これだけあれば、余裕を見てサイパンまで戻れると言う判断から、今回の要求に至っている。

 

アイン「だが、それでは被弾すると・・・」

 

提督「ダッチハーバー攻撃後までは大人しくしてるさ、燃料を補充するまでは、な。」

 

アイン「なら、いいが・・・。」

 

提督「それにもお前にもやって貰いたい事はあるぞ、アイン。」

 

そうクソ真面目さを気取って言う直人。

 

アイン「お、俺達に出来る事なら何なりと、どうぞ?」

 

提督「なぁに、簡単な事だ。西部アリューシャン方面に先行出撃して、我が艦隊が所定のポイントに到達するまでの間、敵を排除して貰いたい。」

 

伊勢「つまるところ、航路の安全を確保して頂きたい、と言う事です。」

 

アイン「ちょっと待ってくれナオ、以前散々にやった影響で西部アリューシャンは兵力が大幅に増強されていると言う話だ、それに俺の艦隊も今度の作戦で“特一級”の出撃待機命令が出てるんだ、それを今出撃したら――――」

 

損害が馬鹿にならない――――そう言い募ろうとしたアインの言を直人が遮る。

 

提督「あー、それだがなアイン。」

 

アイン「・・・?」

 

怪訝そうな顔をするアインをよそに、直人はその種を明かした。

 

提督「他の艦隊には“第一級”出撃待機命令が出ているんだ。」

 

アイン「なんっ・・・だって―――!?」

 

第一級と“特一級”には雲泥の差がある。第一級は来たるべき作戦に備えて必要最小限の行動以外を停止させ、資源の貯蓄を行うと言う内容だが、特一級は本来滅多に通達されないランクであり、一切の出動を停止し、資源を貯蓄した上で、緊急出撃を含む全ての命令に対し待機し、指示を待てと言う、拘束力の強い命令段階なのである。

 

提督「要するに、だ。おめーが特一級を出された理由は、つまるところそう言う事なんだよ。」

 

アイン「余計な消耗をさせない為に、か・・・成程。要するに俺の艦隊はお膳立てと言う訳だな。」

 

提督「そーゆーコト☆ と言う訳で頼むぞ。」

 

アイン「全く、いっつも厄介ごとを頼まれる気がするなぁ・・・。」

 

そう言いつつ困った顔をして頭を掻くアイン。

 

提督「そう言うな、これも全ては勝つ為だ。」

 

アイン「そ、そうか・・・俺にはよく分からんが、そう言う事なら協力しよう。」

 

提督「協力感謝する、と言っておこう。」

 

気さくに話す二人、だがその様を初めて見る者には一様にこう思えた事だろう。

 

伊勢(この二人って、どういう間柄なんだろう・・・。)

 

この日副官代理として随行していた伊勢は、そう首を傾げざるを得なかった。

 

 

その後、レオンハルト艦隊の全力出撃が決定し、両者幕僚も交えた詳細な打ち合わせの末、会議は5時間ほどで終了した。それを踏まえレオンハルト艦隊側では急ぎ出撃準備が開始されるに至る――――。

 

そして、日付が変わって8月15日の2時42分(※)、レオンハルト艦隊が、旗艦大和を先頭にして出撃を開始したのである。

(※:サハリン時間ではUTC+11時間の3時42分で、タイムテーブルは日本から+2時間、サイパンから+1時間)

 

 

2時44分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

鈴谷通信室「“幌筵第914艦隊旗艦、大和より通信!

『我が艦隊一同、貴艦隊の先駆けとなり出撃せんとす、貴艦隊の健闘と武運を祈る。』

以上です!”」

 

提督「返信、

『貴艦隊の惜しみ無き協力、心より感謝に堪えず。この上は赫々たる戦果を挙げんと欲する所なり。』」

 

鈴谷通信室「“ハッ!”」

 

直人はレオンハルト艦隊の意気込みを込めた挨拶に対して、感謝と意気込みと、そして謙遜相混じる文面で返信した事になる。が、それがまた彼の為人を現していたとも取れるのだが。

 

副官「―――、―――?(遅番ですが、大丈夫ですか・・・?)」

 

提督「出撃は明日さ、今はゆっくり休むから大丈夫大丈夫・・・まぁもう寝るけど。」

 

副官「――、―――――?(まさか、味方の出撃を?)」

 

提督「そうだな、まぁ待ってたってとこだな。」

 

それだけ言い残して、直人は眠そうな目をこすって引き上げて行ったのであった。

 

 

当然だがこの日遅番後で寝坊した彼は朝食を抜く羽目になったのであった。

 

~10時17分・艦長室~

 

提督「そんなことってある・・・?」

 

流石に遅すぎると思い起こしに来た明石に、直人はそうぶうたれたものである。

 

明石「し、仕方ないかと――――赤城さんが余分に食べていきましたけど・・・。」

 

提督「――――くそぅ・・・。」

 

また赤城か・・・直人はそう思わずにはいられなかったのであった。

 

 

一方艦後部の艦娘出撃区画にある艤装格納庫では、吹雪が主砲の整備に余念がない。

 

吹雪(今度は、私も行く事が出来る・・・あの島に、“あの日”私が、行く事さえ出来なかった、決戦の場所に・・・。)

 

吹雪にも思う所はある。かつてミッドウェー海戦の折には、大和旗艦の本隊に属する駆逐隊として出撃し、ミッドウェーの島影を見る事さえ叶わなかった身の上だ。

 

吹雪(頑張らなきゃ・・・私も、ここで負けたくはないから・・・。)

 

「熱心ですね、吹雪さん。」

 

吹雪の背後から声をかける一人の艦娘、振り返って見たその姿は、一目で誰かを把握するには十分だった。

 

吹雪「大和さん・・・。」

 

大和「お取込み中だったかしら?」

 

吹雪「いえ、とんでもないです。この戦い、負けられませんから・・・。」

 

大和「えぇ、そうね。私も、ミッドウェー攻略の先陣として、やれる事をやらないと。」

 

第一艦隊は高速で動き回る主力に付いて行けない為、機動部隊と一水打群の中間位置で適宜前進、ミッドウェー砲撃を担う事になっている。無論状況によっては突撃する事もあるが、基本は敵の攻撃を吸引する事である。

 

吹雪「私達、勝てるでしょうか・・・。」

 

大和「大丈夫ですよ。」

 

即答してみせる大和。

 

大和「私達には、紀伊提督が付いています。私達は、きっと勝ちます。」

 

吹雪「大和さん・・・。」

 

大和「あの人は私に、敵を討つ機会を的確に与えて下さった。私がかつて叶えられなかった決戦と言う夢を、叶えて下さった。それだけでなく、私達を勝利に導いてくれる。提督の指揮があれば、私達はきっと――――」

 

吹雪「――――そうですね、私達はもう、あの日の無力な自分達じゃありませんね。」

 

大和「えぇ、もうホテルだなんて言わせません!」

 

“提督に対する絶対的な信頼感”――――

 

それは、提督が陣頭指揮を執ると言う事がない他艦隊では難しい事である。しかしこと横鎮近衛艦隊では、ひときわ強い結束が、提督を軸に出来上がっていた。これは同時に直人の士気が全軍の士気に関わると言う事であったが、直人が士気を落とす事は滅多にない為、ある意味では埒外とも言えた。

 

吹雪と大和、多少異なるとはいえ、意気込みを見せる二人。その二人にとって、ダッチハーバーなどは眼中になかったと見る事も出来なくはない。しかし作戦の進行に必須の事項故に、どのみち避けては通れないのであるが。

 

 

8月16日4時31分、重巡鈴谷が岸壁を離れてアリューシャン方面に舵を切る。提督の就寝時間を確保する為に、出港処理は明石に一任していた為、この時間直人は起床していない。

 

その3時間後、キスカ島の東方海上で交戦を開始した一団がある。

 

 

7時59分 キスカ島東方沖

 

914大和「突撃、我に続け!」

 

レオンハルト艦隊の旗艦大和を中心とした大艦隊が、アリューシャン列島中部に位置している敵艦隊先鋒に対し攻撃を開始したのである。

 

今回の出撃に際して、レオンハルト艦隊では7つの艦隊を連合艦隊として編成、12隻で編成された艦隊を7つのブロックに分配して、航路掃海を行う手筈になっている。このため第一から第三艦隊は、中部アリューシャンに展開する敵の内懐に入る事になる為、大型艦が主軸となっている。

 

914長門「後から来る者達の為にも、道を拓く!」

 

914龍驤「いくでぇっ!!」

 

914摩耶「おうっ!!」

 

第一艦隊を構成する艦娘達が、いの一番に飛び出していく。

 

914赤城「攻撃隊、全機発艦!」

 

914加賀「了解。」

 

914蒼龍「全機発艦、一航戦航空隊に続け!」

 

914飛龍「久しぶりにワクワクしてきちゃうわねぇ・・・。」

 

次いで第三艦隊の艦載機が次々に飛び立っていく。

 

全ては勝利の為に、手を携えた二つの艦隊は、いまや互いの為に勝利を掴む為に躍起になるのである。

 

914大和(私たちの戦いは、直接勝利を約束する訳ではない、でも重要な役目だからこそ、私達がやらなければ・・・!)

 

レオンハルト艦隊、何はともあれ闘志は充分である。

 

 

その後、レオンハルト艦隊による航路制圧行動は2日間に及んだ。

 

艦娘と艦艇の航行速度が根底から異なる以上、仕方のない問題であったが、キスカ島に仮説基地を設けたレオンハルト艦隊の不断の努力により、重巡鈴谷はどうにか、レオンハルト艦隊が拓いた航路を無事に通過する事が出来たのである。

 

 

8月18日18時28分 重巡鈴谷

 

提督「二昼夜、無事に済みそうだな。」

 

明石「はい。」

 

金剛「914艦隊も中々やりますネー。」

 

提督「全くだ。」

 

そう頷いて見せて直人は明石に向き直る。

 

提督「明石、幌筵のレオンハルト艦隊司令部宛、私の肩書で打電。」

 

明石「内容は、なんとしましょうか?」

 

提督「うん――――『貴艦隊の協力によって、我が艦隊は無事息災を以って、制圧海域を通過せり。貴艦隊並びに、幌筵泊地司令部の協力に感謝し、併せて今後の武運長久を念願す。』以上だ。通常の暗号で行け。」

 

明石「分かりました。」

 

金剛「わざわざ通信をするんデスカー?」

 

提督「今だからこそだ、今なら普通の艦隊の通信に偽装出来る。この辺はアインの艦隊の制圧圏ギリギリだしな。」

 

直人にとって、これは通信を送るタイミングの限界でもあった。事実この通信は深海側に傍受されていたが、函数暗号でなかった事からレオンハルト艦隊が活発に交わしていた通信の一部だと勝手に考え、特に重視しなかったようだ。

 

尤もこの時期、その通常符丁の暗号さえ、解読されていなかったのだが・・・。

 

 

18時37分 幌筵第914艦隊司令部・執務室

 

アイン「そうか・・・やったか。」

 

アインは一人、自身の執務室でその電文を読んだ後、仄かに達成感を覚えていた。

 

アイン(やれることはした。後は頼むぞ――――ナオ。)

 

遠く中部アリューシャン沖の向こうにいる古き親友に、彼はそう願った。そしてそれは、彼らにとってもまた、決戦の時が近づいている事も示していた。しかし、彼らの犯す危険と、彼らの払う努力と犠牲とに比べれば、彼らのそれは、遥かに楽になる筈であると信じた。

 

 

一方でこの大規模な掃討作戦に対し、深海側がノーリアクションであったかと言われるとそうではない。深海棲艦隊は次の攻勢発起点をミッドウェーに定め、サイパンを直撃すべく――――少なくとも人類側はそう考え――――大規模な機動部隊を集めていた。その陣中には、あの深海棲艦の姿もある。

 

~8月16日10時33分・ミッドウェー諸島・サンド島沖合~

 

空母棲鬼「敵の動きは陽動に過ぎん。恐らく我々の動きが悟られたのだろうが、まぁ無理はあるまい。」

 

ル級改Flag「分かりました・・・。」

 

そう、トラック棲地攻略の際に退却し無事だった、アルウスと、その麾下の高速空母機動群である。集結中の機動部隊の中核を担うとだけあって、再建が進みかなりの勢力を誇る様になってはいるが、その大半は正規軍並みの練度とは言うものの、他戦線からの寄せ集めである。

 

空母棲鬼「必ず“奴”はここに現れる。我々はそれを座して待てばよい。」

 

ル級改Flag「我々が攻勢を準備しているように思い込ませる、それによって誘い出すと言う訳ですか・・・。」

 

アルウスの腹心であるインディアナが溜息交じりに言う。

 

空母棲鬼「上には攻勢を具申したが、正直今攻勢を行う事に関して乗り気と言う訳ではないのだ。すまんが、付いて来てくれ。」

 

ル級改Flag「ハッ、私は何があろうとも、アルウス様のお傍に仕えさせて頂きます。」

 

 アルウスほど深海棲艦隊内に於いて、武人然としていた者は珍しいと現在でも言われている。無論、豪北方面にその存在が認められている近江を初め、そうした深海棲艦が少ない訳ではないにせよ、珍しい事に変わりはない。

彼女が部下ときちんと接していればこそ、彼女の部下達は(こぞ)って、彼女についてくるのであろう。

 “補充が利く”と言う一点に於いて、部下を使い捨てにする傾向が強く、相対的に「人望」と言うものに縁がない深海棲艦達の中でも、それは異色の存在であったとも言える。故にこそその存在は、他者の注意を引くものでもあったのだが―――。

 

空母棲鬼(ロビー活動の甲斐あってここまで来たが、果たしてどこまでやれるものか・・・。)

 

アルウスはそう思わざるを得なかった。

 

 アルウスがこのミッドウェー海域にいるのには、周到な根回しの上で提出した、綿密な作戦案があってこそであった。

これは後に根回しを受けた者達をして『あそこまで練り上げられた作戦案とは思わなかった』と言わしめた程であり、アルウスの作戦立案能力が如何にずば抜けていたかを表すエピソードの一つとなっている。

 しかしながらこれを以ってしても、艦娘とは運良く五分五分がいい所であるとさえアルウスは考えており、尚且つ彼女は、この作戦案の提出で、自分が対横鎮近衛艦隊用の捨て駒にされる事をもまた覚悟していた。

これまでの作戦パターンから、横鎮近衛艦隊は必ず本作戦が実行されるのに先立って前面に出てきて、その先陣を切るからである。

 

空母棲鬼(来い、戦艦紀伊。私はここから、逃げも隠れもせんぞ――――!!)

 

悲壮な決意の元、アルウスはここ、ミッドウェー諸島で、横鎮近衛艦隊を待ち受けていたのである――――!

 

 

8月19日8時23分 アダック島南方100km

 

そんな事とは露知らず、敵から見れば凄まじく呑気に目の前の状況のみを座視している者達がいる。(実際にそうである訳はないのだが。)

 

提督(負けられんな、アインを初め、協力してくれた者達の為にも・・・。)

 

直人は羅針艦橋で既に戦闘配置を下令した後である。艦娘艦隊も既に展開を開始している。

 

吹雪「“駆逐艦吹雪、出ます!”」

 

提督「行ってらっしゃい!」

 

艦娘艦隊は順次出撃して、洋上で隊列を組んでいる所であった。

 

提督「明石、艦隊の出撃状況は?」

 

明石「八割方出撃を終えました、航空隊はどうされますか?」

 

提督「取り立てては不要だが、索敵機だけ出しておこう。」

 

明石「分かりました!」

 

明石は鈴谷に於いてはオペレーターを兼ねている為、必然通信を行う機会が多いのだが、しかして多忙な事である。

 

提督「全艦娘に一言申し添えて置く。言うまでもなく、この戦いは前哨戦だ。だからこそ、全力を以って事に当たれ。敵の数は少数との報告だが、それだけに敵の抵抗は苛烈なものになるだろう。死兵となった者達の異常なまでの闘志を、侮らぬよう心せよ。」

 

全員「「ハッ!!」」

 

窮鼠猫を噛むとはよく言ったもので、少数部隊を多数で囲んだ場合、敵が死中に活を見出す為、決死の反撃を行う事は多々ある。例え勝っているとしても、侮ってはならないのである。

 

提督「敵、ダッチハーバー棲地にいる艦艇はさして多くない。どうやら後方支援基地としての役割が強い様だ。前進基地ならバンクーバーに棲地があるしな。」

 

明石「しかし、敵が増援を送っている可能性はないでしょうか?」

 

提督「恐らくはいる。だが重要視されて無ければ、さしたる抵抗には合わない筈だ。何故なら中部アリューシャン方面に有力な艦隊が展開している以上はな。我々はまだ気づかれていないようだし。」

 

明石「確かにソナーにも何もかかっていませんし、潜望鏡の報告もありませんでしたね。」

 

実は明石の報告は今回に関しては正しかったのである。

 

こと今回に関しては、敵の関心が他方に向けられていた為、重巡鈴谷は敵の監視網を潜り抜け、無事に予定進出点に到達できたのである。これもひとえに、直人の幸運ぶりに恵まれていると言えただろう。

 

提督「ここからはどうか分からんがな、むしろ敵に突っ込んでいく訳だから。」

 

明石「はい、全艦既に戦闘配備が済んでいます、いつでも御命令を。」

 

提督「阿呆、余分に燃料を積載した本艦が前に出られる訳が無いだろう。搭載箇所が上甲板の魚雷発射管部だ、被弾したら一大事だし、対空・対潜警戒のみ厳重にせよ。」

 

明石「了解です!」

 

重巡鈴谷はダッチハーバー攻撃に参加せず、艦隊戦にも参加しない方針であった。この為護衛部隊が充当される事になっており、その編成が次の通りとなる。

 

第七戦隊(最上/熊野)

第十四戦隊分遣隊(神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鳳)

第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

第二十一駆逐隊第一小隊(初春/子日)

 

合計10隻の護衛部隊だが、それこそなけなしの艦艇から抽出している所がある。まだそれほど余裕がない為この状況はやむない所であった。

 

 

最上「今回は旗艦の護衛、か。」

 

熊野「まぁまぁ、宜しいのではなくって? ゆるりと行きましょう?」

 

神通「えぇ、そうですね。」

 

翔鶴「しかし、これだけの重厚な布陣を以って万全の策と成す、紀伊提督は、かなり堅実な手腕をお持ちと拝察します。」

 

神通「はい。提督は常に、リスクをできうる限り排除した後に、戦いに臨まれるお方です。であればこそ、私達も安心して戦う事が出来ます。」

 

瑞鳳「でも、前線に出られないのかぁ、今回は。」

 

翔鶴「仕方がありません、私達はまだ、来たばかりなのですから。」

 

最上「普通なら出撃も出来ない筈なんだけどね、どうして今回は出撃させてくれたんだろう・・・。」

 

熊野「さぁ~・・・提督も美人には弱いのではなくって?」

 

翔鶴「よして下さい熊野さん・・・。」

 

苦笑しながら返す翔鶴、直人の思惑を知らぬとは言え、無線も周到に切って言いたい放題である。

 

 

提督「ヘックショイ! うぅ~・・・。」

 

その頃艦橋では寒さに震える直人の姿があった。第一種軍服こそ着用しているが、何せアリューシャン列島線ともなると過酷な寒さを伴う。だがこれからその列島線の北側に侵入して行くのだから、ここからが本番なのだが・・・。

 

明石「相変わらず寒いのはダメなんですねぇ・・・。」

 

提督「そうなんだよ・・・火気厳禁だからストーブも置けんし・・・。」

 

空調はあるがちょっと追い付いていないのであった。

 

明石「うーん、帰ったら少し考えてみます。」

 

提督「頼むわ・・・。」

 

今回で北方に展開するのは二度目なので前回を踏まえて改良はしてあるのだが・・・明石が思ったより寒がりの度が低くなかったので間に合わなかった様子。

 

提督「んじゃ、始めまっしょい。」

 

明石「ラジャ!」

 

副長「!(了解!)」

 

かくして横鎮近衛艦隊は全ての艦娘を展開し、作戦行動へと移ったのである。このAL方面作戦展開においてその主軸は戦艦部隊と位置付けていた事から、第一艦隊を先頭に押し頂いた横鎮近衛艦隊は、一路東部アリューシャン海域に乗り入れていくのであった。

 

一方の重巡鈴谷は交戦を行う艦隊から少し離れて進軍する事になっていた為、鈴谷がこの海域で交戦を行う事は実はないのだが。

 

 

13時29分―――――

 

フォー・マウンテンズ諸島とアンドリアノフ諸島の中間海域を抜けようと、艦隊針路を変更した直後、それはやってきた――――正確には“鉢合わせた”。

 

大和「――――水上電探に反応、30度の方向、感4ないし5!」

 

大和の齎したこの通報が、開戦の合図であった。

 

金剛「砲撃準備! 全艦戦闘態勢!!」

 

矢矧「二水戦突撃用意! 砲雷撃戦用意!」

 

大和「砲戦用意! 戦闘に備え!」

 

川内「一水戦陣形整頓、突撃準備!」

 

第一艦隊及び一水打群が戦闘態勢を整えていく。

 

千歳「航空隊、発艦!」

 

千代田「お姉に続くよ、全機発艦!」

 

祥鳳「突破口を開きます、攻撃隊全機、出撃して下さい!」

 

更に第一艦隊に属する3隻の軽空母から、艦載機隊が出撃する。

 

大和「敵艦捕捉、距離4万2000!」

 

普通に人間で見た目には、水平線にさえ何も見えない距離で、大和は持ち前の長距離視認能力で敵艦を捉える。

 

鈴谷「えっ・・・。」

 

金剛「さ、流石デース・・・。」

 

これには金剛も唖然である。

 

金剛「――――逆探に反応、発見されたネー。」

 

大和「望む所です。大和の砲力、敵に見せて差し上げます。」

 

金剛「これは、負けてられないデース。」

 

実は忘れられがちかも知れないが、金剛もまた46cm砲を持つ戦艦としてここに居る。それもまた特異点であり、46cm三連装砲を運用する為に艤装が合わせられてもいるのだ。

 

言ってしまえば、この時点で砲火力で最強を誇っている戦艦は実は金剛なのである。46cm三連装砲を四基搭載したその艤装は、金剛級の通常の艤装と比べ2割大きくなっているのである。

 

大和「改めてみると、凄い兵装ですね。演習で私の装甲が撃ち抜かれたのも、納得出来ます。」

 

金剛「YES! アナタと同じ、18インチ砲デース!」

 

大和「では、頑張りましょうか。」

 

金剛「OKデース!」

 

大和と金剛、この二人はその後暫く、最強のタッグとして君臨する事になるのだが、それはまた、別のお話である。

 

 

この時であった敵艦隊は、ベーリング海棲地から派遣されてきた増援艦隊主力そのものであった。彼らは当初、ダッチハーバーの北方を固めていたのだが、形勢不利に陥っていた中部アリューシャン方面に、支援の為に急行する途上であったものだ。

 

しかしその途中で横鎮近衛艦隊と予期せぬ遭遇をしてしまったと言う次第であった。尤も辿り着いたところで、レオンハルト艦隊は引き揚げた後なのであるが・・・。

 

その構成は戦艦や空母、重巡と言った大型艦を中心とした水上打撃部隊であったが、後方支援基地援護と言う事もあって、その戦力は横鎮近衛艦隊と比さずとも、過少と言わざるを得なかった。どうにか基地部隊と併せて一般の艦隊とは互角の勝負と言ったところ、横鎮近衛艦隊とでは相手にならない。

 

ル級Flag「一体ドウイウコトナンダコレハ!!」

 

ヲ級elite「ワカラナイガ・・・敵ダトイウ事ハ間違イナイ。」

 

ル級Flag「中部アリューシャンニ来テイル連中ノ仲間カ・・・。」

 

狼狽しつつも旗艦のル級Flagshipは戦闘を決断した。しかしそれは間違いであった事に、そう時を置かずに気付かされる事になる。

 

 

赤城「各艦、攻撃隊を! 全機出動!」

 

飛龍「行くよ皆、全機発艦!」

 

一航艦から航空隊が発艦する。第一航空艦隊は主力の40km後方に位置して、戦艦部隊の航空支援を受け持つ事になっている。その更に後方30kmに重巡洋艦鈴谷とその護衛部隊がいる。

 

霧島「私達もいずれは、艦隊戦に加われる日が来るのでしょうか・・・。」

 

比叡「きっとあると思いますよ。私達はそれまで、ここで皆さんを護衛するのが役目です。」

 

霧島「――――そうですね。」

 

それもそうだ、と霧島は思い直した。

 

霧島がそう思ったのは、殆どの戦艦が前線で戦う中で、自分たち二人がずっと空母の護衛役に回され続けていたからと言う理由もある。欲求不満、と言ってしまえばそこまでだが、一時期主力の一翼を担っていた手前、その頃が忘れられないのである。

 

霧島にもそう言う一面があるのであった。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

大和「撃ち方始め!」

 

3万5000mで金剛と大和が戦端を開く。理想的なアウトレンジだったが、驚くべきはその初弾で上げた戦果であった。これは弾着観測機からの報告が物語っている。

 

「“大和第一斉射、敵戦艦に3発命中、爆沈! 更に敵重巡級1隻大破せるものと思われる!”」

 

「“金剛第一斉射、敵巡洋艦2隻にそれぞれ2発命中、撃沈! 駆逐艦2隻が至近弾にて大破せる模様。”」

 

弾着観測機が読み上げた戦果は、決して誇張されたものではない。制空権を奪取する事が出来た以上、冷静に判断できる結果導き出された報告であった。

 

陸奥「す、凄い・・・。」

 

榛名「流石、ですね・・・。」

 

次元の違う距離の砲撃戦を目の当たりにして手が出せない二人。46cm砲弾が3万mを飛翔し着弾するのにかかる時間はおよそ50秒、装填時間はおよそ40秒程度だったと言うから、着弾するよりも先に、次の射撃が送り込まれている事になる。

 

勿論徐々に距離を縮めながらの砲撃である為射撃レートは上がり弾着までの時間も縮むものの、3万m先へ正確に砲撃出来ると言うそのずば抜けた砲戦能力は、唯一無二のものである。

 

既にこの時点で敵艦隊は狼狽しており、押し切る事も不可能ではなかったが、彼らは航空攻撃とアウトレンジ攻撃によって、まずは敵戦力の削り取りにかかっていたのである。それはあくまでもこの戦いが前哨戦であり、艦隊の消耗を抑え込む為に必要な事でもあった。

 

 

一方ミッドウェー近海にいるアルウスが率いる空母機動部隊では、この第一報にさして驚きを覚えていなかった。

 

空母棲鬼「それは恐らく中部アリューシャンに来ている艦隊の別働だ。そいつらの目的は陽動であろうから我々は動かずともよい。」

 

ル級改Flag「そうでしょうか・・・。」

 

空母棲鬼「ん?」

 

インディアナは疑問に感じたことを率直に述べた。

 

ル級改Flag「この時期になって、高々艦娘艦隊1個艦隊程度の兵力で、これだけ広大な範囲に展開出来るものでしょうか?」

 

空母棲鬼「もう1個艦隊、敵の陽動部隊に参加していたのかもしれんぞ。」

 

ル級改Flag「いえ、その可能性はありません。同一艦娘の同時出現は、それまでの7カ所では確認されておらず、この8カ所目には、偵察によると1個艦娘艦隊並の戦力が確認されており、それまでの7カ所で確認されている筈の艦娘も報告にあります。中部アリューシャン方面への攻勢が陽動だったとしても、それがなんの為であるかを、考えてみるべきかと。」

 

空母棲鬼「・・・まさか、ダッチハーバー棲地か?」

 

ル級改Flag「大いに考えられます、そしてこの時期、敵側に動きがある艦隊とすれば・・・。」

 

空母棲鬼「――――“奴等”、か。」

 

ル級改Flag「北方からの攻撃に備えましょう、独自の母艦を持つ彼らなら、ダッチハーバーを制圧してなお、万全の態勢でこちらに襲い掛かって来る事も可能な筈です。」

 

空母棲鬼「――――分かった。」

 

インディアナの推測は正しく図に当たっていると言えた。敵の実力を正確に類推し得た時、彼らは奇襲を受ける危険性の一部を排除する事が出来たのである。

 

 

矢矧「魚雷、テーッ!!」

 

勝負は僅か3時間で付いた。

 

正確無比な爆撃に加え、対空砲火をものともしない航空隊の勇猛果敢な攻撃の甲斐あって、敵艦隊の崩壊は存外に早かった。尤も、敵が元々少数だった事も崩壊の早さに繋がっていたが、それでも敵艦隊は空母と戦艦を分離していた為、空母部隊に対する砲撃が出来ておらず、既に半ば逃げられつつあった。

 

 

16時33分

 

提督「空母は取り逃がすか。仕方がないが、追撃する訳にはいかん。」

 

明石「はい・・・。」

 

直人は泰然自若としていた。まるで、敵が逃げる事を意に介さぬかの如しであった。

 

提督「艦隊は隊伍を整頓、予定通り―――――」

 

後部電探室「“電探に感あり、58度の方向、距離2万6000!!”」

 

提督「何ィッ――――!?」

 

何故気付かれた――――そう思いかけて直人はそれを否定した。恐らくは最初の交戦開始位置に向けて飛び立って来たものであり、そこに偶然飛び込んでしまったものだと気付いたからだ。

 

提督「対空戦闘だ、対空戦闘用意! 主砲三式弾装填!」

 

直人は慌てて、しかしその機影を“敵”であると即断し防空戦闘の指示を出す。

 

翔鶴「“戦闘機を上げますか?”」

 

提督「頼む、まだ時間がある、急いでくれ。」

 

翔鶴「“了解!”」

 

 

ブオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

直ちに発艦を始める翔鶴艦載機隊、瑞鳳戦闘機隊がこれに続き、若干ぐずついた青空に向けて飛び立っていく。

 

後部電探室「“第二報、敵編隊の高度は約6000から7000、速度およそ170ノット(時速約314km)、2群に分かれ接近中!”」

 

提督「凄いな、うちの電探員は名人クラスなのか?」

 

明石「確かに、ここまで正確な測定は相当な腕利きでないと・・・。」

 

それもその筈、日本の電探はAスコープと言うオシロスコープの一種で計測結果が出るのだが、読み解くのには相当な訓練が必要となったと言う。以前も豪北方面での作戦で電探にて敵編隊を捉えた際に、敵の向かう方向までも割り出してもいる。そこまで出来るのかは兎も角としても、実際やってのけてしまったのだから仕方がない。

 

提督「そうか・・・彼が無事な限り本艦は沈まんな。」

 

直人はそう確信に近い何かを得て言ったものである。

 

 

一航戦戦闘機隊は、零戦二一型30機(翔鶴21機、瑞鳳9機)で構成されていたが、練度はそれなりに向上しており、基地航空隊を相手取るに当たって些かの不安も感じられない。だがこの数は、圧倒的多数の敵を相手取るには不足と言わざるを得なかったが――――

 

しかし悲しいかな、この時もまた、敵編隊は余りにも小規模に過ぎた。その数僅か、69機。

 

零戦隊がさっと散開し、見定めた目標に向けてダイブを開始する。敵の護衛戦闘機隊が必死の抵抗を開始する。たちまち背後を取られ蜂の巣にされる敵新型艦戦――――通称タコ焼きと呼ばれていたが――――、20mm弾により主翼の様なパーツをもぎ取られバランスを崩し、墜落する新型艦攻もあれば、陸爆タイプの敵機が散々に打ちのめされ黒煙と共に海面に水柱を上げる。

 

そこここで空中戦が繰り広げられ、終わった時には既に、敵編隊の数は半数以下になっていた。後方兵站基地と見做されて来た事の悲しさ故の悲劇でもあった。

 

 

提督「対空戦闘、撃ち方始め!!」

 

戦闘機隊の悲劇的な献身によって突破した僅かな攻撃隊には、重巡鈴谷及び10隻の艦娘からの熾烈な対空弾幕が浴びせられた。

 

たちまち翼をもぎ取られるもの、跡形もなく爆散するものが続出した。気付けばそこには何もなくなっていたのである――――。

 

提督「――――撃ち方待て!」

 

副長「―――!(撃ち方待て!)」

 

明石「全機撃墜・・・ですかね。」

 

提督「あぁ、少数ではこんなものだろうな。」

 

久々のパーフェクトゲームを目の当たりにして、冷静に言う直人。

 

提督「ここで立ち止まる訳にはいかん、進撃を続けよう。」

 

明石「わかりました。」

 

直人は全艦隊に対して前進を指示した。この素早く動き回ると言う指示が、敵の追撃を空振りに終わらせ、彼らを無傷のまま、ダッチハーバーまで到達させる事になったのである。

 

 

現地(ダッチハーバー)時間8月18日3時49分(-19h) ウラナスカ島ダッチハーバー沖

 

提督「何とか、ここまで辿り着いたか・・・。」

 

明石「はい、全艦意気軒高、万全の状態です。」

 

艦娘達に損害はほぼない。一部の艦娘が艤装に傷を付けられた程度だ。

 

そしてこれから行われる戦いは、あの程度の艦隊戦など比にならない激戦となる事を疑う者はいない。

 

提督「――――全艦、突撃! まずは敵沿岸砲台を撃滅する!」

 

朝潮「“前方敵艦隊、数不明、距離1万4000!!”」

 

提督「要港防御艦隊だ、一水打群で排除せよ!」

 

金剛「“了解!”」

 

手早く指示を出していく直人であったが、重巡鈴谷は砲台が制圧されない限り前進出来ないという宿命を背負っていた。

 

提督「夜間砲撃だ、吊光投弾を絶やすなよ。」

 

大和「“了解しました。”」

 

提督「本艦も砲撃戦準備を整えておこう。」

 

明石「はい!」

 

副長「!(了解!)」

 

直人は鈴谷に臨戦態勢を整えさせつつ、ゆっくりと艦娘達の後を付いて行くのだった。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

この日二度目の号令が響き渡る。その脇から第一艦隊が応射しつつすり抜けにかかる。

 

矢矧「全艦突入、敵と第一艦隊との間に壁を作るわ!」

 

二水戦「“了解!!”」

 

北上「魚雷攻撃、始めるよー!」

 

大井「はいっ!」

 

木曽「了解!」

 

一水打群の各艦娘が、それぞれの役目を担い、第一艦隊の突撃を援護する。それらは全て、実技演習に於いて想定に入れて、何度も訓練を行った作戦行動であり、その為動きに迷いはない。

 

 

リ級Flag「北方棲姫様ヲ、ヤラセハシナイッ!!」

 

要港防備艦隊旗艦であるリ級Flagshipは、僅かな重巡と軽巡を旗艦とする高速艦隊を指揮する身に過ぎない。しかし主の身を守らんと、決死の反撃を試みる。

 

“忠義の烈士”と言えば聞こえはいいものの、裏を返せば無謀な行為でもあった事も事実でこそあるが――――。

 

 

そしてそのか細い反撃もまた、崩壊は早かった。左右から同時に見舞われた雷撃により、その旗艦戦力が一撃で掃討されてしまった事が、最大の要因であった。指揮系統を失った敵艦隊はたちまち潰走する他に道は無かったのである。

 

一方でダッチハーバー前面では22時53分、第一艦隊と敵沿岸砲台との砲撃戦が始まっていた。そこには最近存在が認められた新型深海棲艦、「護衛要塞」の姿も確認できた。

 

大和「中々、砲台が多いですね・・・。」

 

大和が敵砲台に対しアウトレンジ攻撃をしつつ呟く。実際射程が足りず前に出た艦娘達が集中砲火の雨に晒されており、数え切れないほど多くの水柱が林立していたのである。それこそ正に、海面が煮え返る様な、と形容出来るほど、である。

 

夜間故に精度は良くないものの、それでもかなりの密度である事は事実だ。

 

 

扶桑「激しいわね・・・。」

 

その受けている当事者も同じ意見である。

 

山城「しかし砲台の位置は露呈していますから、急ぎ反撃しませんと。」

 

扶桑「えぇ、そうね・・・。」

 

 

舞風「なにこれ激し過ぎるんだけど~!?」

 

舞風が慌てふためいて回避しまくっている。が、砲撃どころではないようだ。

 

暁「そうよ、もっと加減しなさいよ!」

 

暁がまるで場にそぐわぬ事を言う。

 

響「手加減してくれる敵なんていないと思うよ。」

 

白雪「そうですねぇ~・・・。」

 

暁「そ、それはそうだけどー!」

 

響の冷静な返しにそう応じながらも1発も被弾していない暁である。

 

 

しかし時間の経過に沿うように、敵の沿岸砲台は次第に沈黙していった。いくら数が多いとは言っても、所詮は固定砲台であり、一度位置を暴露してしまえば、艦艇の火砲によって粉砕される運命を辿る他はないのだ。ほんの短時間で、砲台は次々と沈黙して行ったのである。この状況をも、彼女らは訓練していたのである。

 

大和「今です、突撃!」

 

敵の砲火が止んだ一瞬の隙を突き、大和が第一艦隊に対して突撃命令を下す。外海だけでなく内部にも防衛用の砲台がある事は明らかであった以上、これは妥当であっただろう。何しろダッチハーバーと言う場所は、ウラナスカ島北部の入り江の中にある港の名前だからである。

 

金剛「続きマス、突入!!」

 

一水打群がこれに続く。一航艦は鈴谷を護衛し後方にいるが、これも暫時湾内に突入する予定になっている。

 

 

「来ないでって・・・言ってるのに・・・!」

 

ダッチハーバーの一角で、拳を握り締めて港外の艦娘達を見る1人の子供の様な深海棲艦――――北方棲姫。本当に幼い風貌をした彼女の双眸には、追い詰められた者に特有の強い覚悟が宿っていた。

 

北方棲姫「調子に――――乗るなっ!!」

 

北方棲姫が地面に手を突く。次の瞬間であった――――――

 

 

4時08分 ダッチハーバー棲地内

 

 

ドドドドドドドドオオオオォォォォーーーーーー・・・ン

 

 

 

響「くっ・・・まだだ、沈まんさ!」

 

足柄「ちっくしょう・・・この私が、ここまでやられるなんて・・・!」

 

暁「きゃぁっ!!」バッ

 

最上「くぅっ・・・、これじゃ、戦闘続行は難しいね・・・。」

 

立て続けざまに被弾艦が続出する第一艦隊と一水打群、暁は咄嗟にうずくまった結果無傷だったものの、突然であった事もあって最初の一撃で10隻以上が被弾、中には一撃で大破したものさえある。

 

 

ガァンガァァァン

 

 

大和「こっ、これはっ――――!?」

 

一方で艤装の装甲板で敵弾を弾き飛ばす大和。見渡すと、周囲の陸地に立ち込める赤い霧――――深海の瘴気の中に、“何か”があった。

 

金剛(――――砲台!)

 

同じく弾き飛ばした金剛はその正体を洞察する、散々見てきたその姿は見紛う事がない。

 

金剛「全艦砲撃、目標:地上砲台!!」

 

大和「地上砲台ですって!? さっきまで何も――――!!」

 

そう、入って来た時は、瘴気など立ち上ってはいなかったし、砲台の姿さえ確認出来なかったのだ。いくら棲地内であり、星明りさえ遮られているとはいえ、不気味に赤く光るその空間の中で、そうした瘴気や砲台を見失うと言った事は稀と言っていい。

 

金剛「あそこを――――。」

 

金剛が指さした先には、力を解放している北方棲姫の姿があった。

 

大和「あれが、ここの主ですか・・・。」

 

金剛「その様デス、でも・・・。」

 

大和「まずは砲台が先、ですね。」

 

金剛「私のチカラ、見せてあげマース!」

 

前線指揮官の二人、すぐさま以心伝心の連携を見せる。

 

金剛「一水打群、右舷方向に指向シマス!」

 

大和「第一艦隊、左舷に指向。目標、敵地上砲台!!」

 

そしてその中で一人だけ、正面を向く艦娘がいる。金剛であった。

 

榛名「・・・姉さん?」

 

大和「金剛さん? そちらは・・・。」

 

金剛「正面にも砲台があるヨ、ワタシがやってミマス。」

 

大和「お一人で、ですか!?」

 

驚きを隠さない大和だったが、榛名は落ち着き払って言ったものだ。

 

榛名「――――分かりました、お気をつけて。こちら側の指揮は私が。」

 

金剛「OK。」コクッ

 

榛名に頷いてみせる金剛。

 

大和「榛名さん・・・?」

 

榛名「大丈夫です、大和さん。姉さんは、きっと誰よりも強い人ですから。」

 

大和「――――分かりました、信じましょう。」

 

榛名「えぇ。」

 

金剛への絶大な信頼感。それは榛名が、大和よりも長く、彼女を見続けて来たからこそのものだった。そして金剛は、その信頼に見事応える術を知っていた。

 

金剛「各砲個別射撃用意! 目標、正面砲台群、準備出来次第射撃開始デス!」

 

金剛の能力が今、如何無く発揮される時が来た。全ての方が砲身を持ち上げ、それぞれの目標を指向する。それは他の艦娘には真似をする事さえ難しい芸当でさえある。

 

金剛「ファイアー!!」

 

 

ドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

4基12門の46cm砲が、敵砲台に向け一斉に火を噴く。距離は2万mもない。

 

40秒ほどで次々と着弾して行くその砲弾は、一つ一つの砲台を総なめにして行く。鉄と火薬の叫喚と共に砕け散る敵砲台、金剛は淡々として、砲弾を叩きこんでいく。

 

 

4時24分、敵砲台は、完全に沈黙した――――。

 

大和「さて、仕上げましょう。」

 

北方棲姫「そん、な・・・!?」

 

北方棲姫を守るものは、最早何もない。事故の制御下にあった砲台をすべて失い、あと残ったのは、我が身にまとう武装のみだった。対して横鎮近衛艦隊は10隻以上が損害を被るも殆ど無傷と言っていい様な状態であり、戦いの帰趨は明らかだった。

 

何より、この作戦の要諦が「ダッチハーバー棲地の無力化」にあるとすれば、躊躇う余地はない。

 

この戦いを締めくくるべく艦娘達が一斉に砲門を指向した目標は――――北方棲姫。

 

北方棲姫「負けない・・・負けたくないッ!!」

 

北方棲姫の意地は、動揺を収め、戦意を高めるのに充分であった。

 

大和「撃て!」

 

金剛「ファイアー!!」

 

その瞬間、両軍の間に砲弾が飛び交った。赤熱した砲弾が赤く跡を曳いて暗い空を交錯する――――。

 

 

提督「やっとるなぁ~・・・。」

 

直人は漸く沖合に到着した頃合いであり、双眼鏡でダッチハーバーを眺めていた。

 

明石「既に敵は抵抗力をほぼ喪失しているようです。」

 

提督「あれだけ派手にやっているんだ、そうなるさ――――ん?」

 

明石「どうかされましたか?」

 

直人が双眼鏡で一点を凝視する。それは北方棲姫の姿を捉えていた。

 

提督「――――砲撃を、砲撃をやめさせろ!!」

 

明石「提督?」

 

提督「まだ幼い者まで手をかけるようでは、余りにも業が深すぎるではないか。直ちに砲撃停止、これは命令だ!!」

 

時にサイパン時間2053年8月19日23時29分(+1h)、その後の命運を別つ命令が発せられた瞬間である――――。

 

金剛「砲撃停止!」

 

大和「砲撃停止ですか!?」

 

提督「“二度言わせるな!”」

 

大和「は、はいっ! 砲撃停止!」

 

大和と金剛の指示で、全艦が砲撃を停止した。驚いたのは一水打群と第一艦隊の面々だ。

 

那智「何故だ! 敵はもう少しで討ち果たせるのだぞ!」

 

熊野「少々、理解に苦しみますね。」

 

深雪「――――。」

 

大和「提督のご指示です、何か考えがあるのでしょう。」

 

第一艦隊の反発は比較的小さかったが、大きかったのは第一水上打撃群の側であった。

 

霞「なんで砲撃を止めさせたの!?」

 

矢矧「そうよ、相手は棲姫級、それも陸上型の深海棲艦、今倒さずいつ倒すと言うの!?」

 

朝潮「砲撃命令を、チャンスは今しかありません!!」

 

摩耶「アタシも賛成だ、早いとこ終わらせねぇと。」

 

金剛「これは提督の命令ネ! 私の指示とは訳が違うのデスヨ!?」

 

木曽「だとしても今回は承服しかねる!!」

 

摩耶「そうだ!」

 

第一艦隊は兎も角、一水打群は深海に対し強硬な立場を取る者が多い。それがこの反発を引き起こしたものであった。

 

朝潮「提督がやらぬと言うなら、私が――――!」ガチャッ

 

提督「“いい加減にせんかお前達!!”」

 

一同「――――!!」

 

部下の暴発を止めたのは、直人の怒号であった。

 

 

提督「お前達は指揮系統を何と心得るか! お前達は私情と信条に訴えて、軍の規律を乱すつもりか! 命令に違反した者は軍法会議にかけるから、そのつもりでいろ!!」

 

直人はことこの命令について、艦娘達に有無を言わせる気は全くなかった。そもそも提督の命令に違反した時点で、軍規違反である事は明白なのだから致し方がなく、それを盾に直人は反対を押さえつけたのである。

 

これが所謂「強権発動」であった。まぁ、職権乱用ではなかったが。

 

朝潮「うっ――――。」

 

そしてそうまで言われてしまうと、今にも引き金を引きかけていた朝潮も閉口せざるを得なかった。

 

 

提督「明石、短艇を用意しろ。」

 

明石「そ、それはいいですけど――――まさかっ!?」

 

提督「聞き分けのいい子なら、生きて帰れるさ。」

 

涼しく言い放つ直人のいつも通りの様子に、明石は何か確信を覚えていると汲み取って何も言わなかった。

 

提督「伊勢、日向、重巡鈴谷まで来る事。」

 

伊勢「“りょ、了解。”」

 

日向「“了解。”」

 

同時に第一艦隊四航戦の伊勢と日向を呼び戻した直人。もう大体お察し頂けただろう。

 

提督「全艦、一度北方棲姫の射程圏内から退避、隊伍を整頓し命令を待て!」

 

 

北方棲姫「砲撃が、止まった・・・?」

 

驚いたのは砲撃を受けていた当の北方棲姫も同じ事だった。おまけに敵は北方棲姫の攻撃可能範囲から遠ざかっているのだからなお分からない事が多い。

 

北方棲姫「一体、何をして・・・。」

 

そうこうしている内、敵の中から1艘の9m内火艇が、旗竿に十六条旭日旗をはためかせ、波を蹴立ててダッチハーバーに向かってきた。傍らに艦娘が2隻いるが、兵装は使用状態にない。

 

北方棲姫「こ、来ないで・・・。」

 

本来なら即座に撃っている状態だが、不運な事に――――直人にとっては幸運な事に――――撃てる武装は1門も存在しなかったのである。

 

内火艇は岸壁の一つに横付けすると、直人が内火艇を降り立ち、ダッチハーバーの土を踏んだ。

 

提督「やっぱり、思った通りだ。」

 

北方棲姫「・・・?」

 

提督「まだ子供みたいじゃないか。」

 

北方棲姫「ほっぽ、子供じゃない!」

 

提督「フフッ、それはすまない。」

 

にこやかに直人は北方棲姫に笑って見せた。

 

北方棲姫「・・・何を、しに来たの?」

 

提督「まずは謝罪、かな。無論許してくれとは言わないけれど、知らぬ事とはいえ、随分残酷な事をしてしまった、許してくれ。」

 

北方棲姫「――――いいよ。ここの砲台、全部ほっぽが作った。だから、また作り直せばいい。」

 

驚くべき事に、あの沿岸砲台も、突如出現した砲台も全ては北方棲姫一人によるものだったと言う。だがそれを悟った直人はそこに触れず本題に入ろうとする。

 

提督「そうか――――。」

 

北方棲姫「ほっぽ、静かな、楽しい海が見たい。それが夢だから――――でも、艦娘達は皆襲ってくる。ほっぽ、戦いたくないのに・・・。」

 

提督「・・・!」

 

北方棲姫の言葉を聞いた直人は驚いた。深海棲艦にも、戦いを好まない者がいる、それは、直人に大きな衝撃を与えた。無論人々が十人十色であれば、深海棲艦にも同じ事が言えるのは道理だったが。

 

北方棲姫「でも、あの艦娘達は攻撃を止めた。どうして?」

 

北方棲姫、容姿こそ幼いながら頭がいいらしい。

 

提督「そうだな・・・戦っていて、余り積極的とは思えなかった、からかな。戦いたがっていないと言う事は、なんとなく分かったよ。」

 

北方棲姫「!」

 

直人は北方棲姫の戦いぶりをつぶさに観察していたが、戦い方に積極性を欠く艦隊配置、まばらに撃ち始めた砲台群、戦いに対する未熟さもそうだが、何より消極的なのが目立つと言う事が言えた。それは北方棲姫が、戦いを望まなかったからだったのである。

 

提督「―――分かった。人間達には俺が話を通そう、君を―――助けてあげる。」

 

伊勢・日向「――――!」

 

北方棲姫「ほんと?」

 

提督「あぁ、約束する。」

 

北方棲姫「約束!」ニコッ

 

北方棲姫が、この場で初めて笑ったのはこの時だ。

 

伊勢「―――いいのか?」ボソッ

 

提督「あぁ、こんな子まで殺したのでは、我々は余りにも深い業を背負う事になる。」

 

直人は伊勢に小声でそう告げる。

 

提督「―――“ほっぽちゃん”、でいいのかな。」

 

北方棲姫「ほっぽは“北方棲姫”。でも―――その呼び方がいい。」

 

提督「分かった、俺は直人、ナオトだ。」

 

北方棲姫「ナオト―――覚えた!」

 

提督「それじゃほっぽちゃん、仲直りしよう?」

 

北方棲姫「うん、ほっぽとナオト、これから友達!」

 

提督「あぁ、友達だ。何かあったら、いつでもサイパンに来ていいからね。勿論、遊びに来てもいいぞ!」

 

北方棲姫「分かった! また、遊びに行く!」

 

すっかり仲直りしてしまった二人、ここで直人が切り出す。

 

提督「あ、そうだほっぽちゃん、ほっぽちゃんにも約束して欲しい事があるんだ。」

 

北方棲姫「なに?」

 

提督「艦娘達がまた、様子を見に来るかもしれないけど、出来たら戦わず、仲良くしてあげて欲しいんだ。」

 

北方棲姫「分かった、そうする。」

 

提督「ありがとう、約束だ。」

 

北方棲姫「うん! 約束!」

 

直人とほっぽちゃんは、指切りをして別れた。だがこの時、それが齎す影響の大なる事を自覚していた訳ではなかった。

 

日付が変わって8月20日0時18分、直人はその最後を直談判と言う形で締めくくり、北方棲姫の中立化に成功したのである。この時刻は鈴谷から大本営・幌筵泊地・横須賀鎮守府・大湊警備府に宛てて電文が送られた時刻である為多少の誤差があるが、概ね正確な時刻である。

 

 

その後鈴谷に戻り、全艦隊を引き揚げさせていた直人であったが、そこで予期されたアクシデントが発生した。

 

現地時間5時26分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

那智「何故だ! なぜ我々に矛を収めさせた!」

 

提督「お前達は、年端もいかない子供に向かって銃を突きつけるのか?」

 

那智「だとしても相手は深海棲艦、それも棲姫級だ! 見ただろう、奴が発動したあの力を、今ここで奴を討ち果たさなければ、後日に禍根を残す事になるぞ!」

 

提督「北方棲姫は正真正銘の子供だ、精神的に何ら変わる事は無い。それは対話してみれば分かる事、それに対し銃を向け引き金を引いたら、我々は虐殺者と変わらなくなる。」

 

霞「虐殺者ですって? どっちが虐殺者よ! あいつらはこれまで何億人と言う人達を殺して来たじゃない、今こうして次々と深海棲艦を沈められたとしても、それは私達の知ったこっちゃないわ!」

 

提督「死んでいった者達の霊を慰める為に敵を殺す、復讐とまるで変わらんではないか。」

 

たとえ相手が憤っていようとも、彼はあくまでも冷静にそう答える。

 

霞「私達はその為にいるのよ、多くの人々を殺した事に対する報復こそ、ひいては世界を平和にする道よ!」

 

提督「俺達は“自分達の明日”を変える為、守る為に戦っている。即ちこれは人類による対深海の『防衛戦争』なんだ。いや、そうでなくてはならない。」

 

満潮「でも結局、深海棲艦は殺さなくてはならないわ。たとえそれが、虐殺と非難されるようなことでもね。」

 

提督「戦争で人の生き死にが語られないのは非現実的な話だ、それは最早戦争ではない。我々は人類生存圏確立の為に戦い、その中で止むを得ず相手の命を奪わざるを得ないんだよ。報復や虐殺、ひいては浄化主義と言った事は、憎しみを増幅させ、更なる報復を生み出すだけだ。」

 

霞「望む所じゃない。その時はもう一度、私達の力を示すだけよ! あいつらを滅ぼすまで、私達の戦いは終わらない!」

 

提督「毅然として堂々たる言葉だな霞。だが――――脆い。」

 

霞「なんですって?」

 

眉間をピクリと震わせて言う霞、直人は彼女にこう言った。

 

提督「お前達駆逐艦は精神的にも身体的にも、若い。それはそのまま、心の弱さに直結する。そして憎しみは人の心を荒廃させる。何時しか人は感情を忘れる、“壊れて”しまうんだ。そしてそれは、精神的に若い者ほど陥りやすいんだ。そしてお前達は人であると共に“兵器”でもある。お前達の心が壊れた時、お前達は“兵器”としての価値を失い、“人”としての価値すら貶める事になる。俺はそんな事になって欲しくない。」

 

那智「――――甘いな、貴様は。」

 

提督「甘いさ。俺だって何万と言う深海棲艦を屠ってきた。その全ての魂の分まで、俺は生きている。命を奪った者は、その奪った命を“背負う”事になる。その重圧に耐えかねた時、そいつの人生は終わるのだろう。命を奪う事は決して崇高などではない。むしろ醜悪で、酷薄で、残忍な事だ。本来、到底許される事じゃぁない。」

 

一同「―――――。」

 

或いはそれが、直人にとっての“甘さ”だったのかもしれない。しかしそれもひっくるめて紀伊直人と言う人物を形成していた、その事は事実であろう。甘さあるが故に、彼は人道主義者なのだ。

 

提督「俺だってつらい。深海棲艦と戦う者にとって、等しく背負う責任のある重荷だ。命ある者に、上も下も無い。全て命は平等たるべきだ。そうでなくなった時、世界は最早命の尊重と言う概念を失い、混沌とした世界になり果てる。だからこそ、未来ある子供の命は、俺には重すぎる。」

 

那智「例え子供だとしても、撃ってくるものは倒さねばならん、違うか?」

 

提督「違わない。だが、“軍議は戦わず”だよ。」

 

即ち、戦わないに越した事は無い、と言う事である。確かに、戦争など、本来はしない方がいいのである。しかし戦争が同時に、外交の延長線上にある以上、戦争とは、発生『してしまう』ものなのである。

 

那智「・・・今後あのような命令が出るようでは、私達――――少なくともここに集まった面々は、如何に提督と言えども承服しかねる。」

 

霞「そうよ、一々こんな事があったんじゃ、やってられないわ!」

 

朝潮「えぇ、私達の任務は、深海棲艦を“倒す”事であって“救う”事ではない筈です。」

 

提督「大変結構。」

 

一同「―――!」

 

サラリと言い放つ直人に、集まった艦娘達は驚きを隠せなかった。しかし次に続いた言葉は、艦娘達の信念に一石を投じるだけの力を持った言葉だった。

 

提督「―――但し、その場合は厳罰を覚悟して貰う。場合によっては極刑も辞さぬつもりだから、そのつもりでいて貰おう。」

 

満潮「・・・フン、貴方も結局、私の前提督と変わらなかったわね。」

 

提督「そうかね? 俺はあくまでも“命令違反も辞さない”と言う君達の発言に対して相応の対応策があると示しただけだ。それとも、何か身に覚えがあるのか?」

 

満潮「―――ある訳ないじゃない。」

 

提督「なら結構、今の所はお前の身は安泰だ。抑圧的と思うかもしれないが、軍隊は命令系統の遵守が最も重要な組織だ。それに造反する事は即ち、軍の統制が失われたことを意味する。その危険性は、お前達もよく分かっているだろう?」

 

那智「無論だ、旧陸軍の事もある。」

 

二・二六事件や五・一五事件の様な事件は、歴史の授業でも学ぶ陸軍の反乱事件だが、彼はそれが起こる事による危険性を論じているのだ。その典型が、日本の東条内閣に代表される軍部政権であるからである。無論平和努力をずっと続けていた事実はあるが、東条英機は陸軍大将であるから弁解の余地はない。

 

軍のシビリアンコントロール(文民統制)こそは、現代に於いては基本となっている。大英帝国もアメリカ合衆国も、その軍は、文民統制によって制御されていた。軍部政権とはそのシビリアンコントロールが失われた事を意味し、ひいては、軍の統制が失われている事を指し示しているのである。

 

提督「それが分かるなら、軽率な行動は控える事だ。私は君達とは友人でありたいと思う。だが軍規を違反するようなら相応の処罰を下す、それは吹雪の例を思い出せば分かる通りだ。さぁ、この話は終わりだ、退室したまえ。」

 

直人は毅然とそう言い放った。集まっていた数名の艦娘達はまだ言い募ろうとしていたが、話に興味を失った様子の直人を見て、踵を返す他無かった。

 

 

明石「・・・良かったんですか?」

 

提督「予想していた事だ、驚いてはいないし、ああ言う他ない。」

 

明石「――――そうですか・・・。」

 

提督「・・・私達が、“正義の戦い”を志すなら、ああした考えは捨てなければならない筈だ。憎しみで命を奪う事は、正義ではないからな。」

 

暗夜の海を見据えながら、直人は言う。それは、多くの命を――――ともすれば下手な艦娘よりも多いそれを――――奪い去って来た者特有の、言葉の重みがあった。艦娘達を退かせたのも、その言葉の重み故であった。

 

明石「正義、ですか・・・。」

 

提督「――――どうした?」

 

明石「・・・提督、一体、何が正義なんでしょう。」

 

提督「・・・。」

 

直人は明石のこぼしたその問いかけに、少し考えて、こう言った。

 

提督「―――人には人の、国には国の正義がある。そして、人間には人間の、深海には深海の正義があるに違いない。しかし、それが画一的なものとは限らん。人も、深海棲艦も、その全てが、戦いを望んでなどいない筈だ。艦娘達も、また然りの筈だ。」

 

明石「――――そうですね。」

 

提督「補給が終わった。行こう、我々にはまだ、為すべき事がある。」

 

明石「はい、提督!」

 

搭載してきた追加搭載分の燃料を給油した鈴谷は現地時間8月18日5時31分、サイパン時間19日0時31分、直ちにダッチハーバー沖を発ち、ウラナスカ島の周囲を右回りに回って太平洋に出ると、第二戦速(35ノット)の高速で、一挙南下を開始したのであった。

 

 

8月20日10時00分(UTC―20h) ミッドウェー諸島北方海域・重巡鈴谷艦上

 

二昼夜を経て、彼らはミッドウェー諸島北方に到達した。既に艦隊は補給万全の状態で展開を終え、索敵能力を重視した第二警戒航行序列で航進していた。

 

提督「各艦隊、第三警戒航行序列、敵空襲に備え! 各空母部隊は予定通り、艦載機発艦を用意せよ! ポイントXA到達次第、第一次攻撃隊を発艦させろ!」

 

金剛「“OK!”」

 

赤城「“はい!”」

 

大和「“了解!”」

 

翔鶴「“畏まりました。”」

 

直人の命令を受け、艦娘達が陣形を変更する。鈴谷直衛艦隊のみは、鈴谷と空母2隻を中心にした8隻の輪形陣を組む為少し間隔が広いが、その分を直衛機でカバーする予定だった。

 

明石「でも、敵の位置は判明しているんですか?」

 

提督「これだけ時間がかかっているんだ、自衛軍が偵察したのさ。それがこっちにも送られて来たって寸法だよ。」

 

明石「え、聞いてませんよ?」

 

提督「言ってないし俺に直通で偵察機からさっき送られて来たばかりだからね、最新情報だよやったね。」

 

明石「そ、そうですか・・・。」

 

明石の知らない所で事態が動いていることなどしばしばである。

 

提督「攻撃目標の位置をこれから送る、各自攻撃経路を確認せよ。」

 

直人が送られてきた情報を転送する作業にかかる。

 

 

一方、この戦いに思う所がある艦娘もいる。

 

赤城「――――。」

 

空母赤城。

 

かつて、ミッドウェー海戦に参加し、敵艦爆の急降下爆撃により沈没した空母の1隻。

 

艦娘となった身でも、その感慨を、拭い去る事は難しい。

 

赤城「また、ここに戻って来たんですね。」

 

加賀「えぇ・・・そうね。」

 

共に肩を並べる加賀も、その1隻である。

 

それだけではない、この時一航艦に属する空母艦娘の半数以上が、ミッドウェー海戦に参加した者なのだ。

 

赤城「あの時、私は敗れた――――純然たる事実です。けれど・・・」

 

加賀「今度は、越えて見せる。そうね? 赤城さん。」

 

赤城「えぇ。私達はもう、あの日の自分じゃない。あの日の記憶を、超える時です。」

 

加賀「そうね。今度こそ、負けないわ。」

 

赤城・加賀「「“三航戦”の、誇りに賭けて。」」

 

新型空母が出来れば、それに取って代わられる。“一航戦”とは本来、そうした場であった。もしくは、持ち回りされる椅子でもあった。固定になったのは、太平洋戦争直前からミッドウェー敗戦までの期間だけだった筈だ。そして今、世代交代が起こった、たったそれだけの事なのだ。

 

故にこそ、赤城と加賀は三航戦となっても誇りを失わなかった。その誇りこそは、2人の硬い意思を体現していた。

 

 

飛龍「いよいよ、始まるのね・・・。」

 

蒼龍「なぁに飛龍、緊張してるの?」

 

飛龍「してない・・・って言ったら嘘になるのかな。」

 

多聞「ほーう、それは珍しい。」

 

飛龍「ど、どういう意味ですかー!」

 

緊張とは縁がないと思われていた様だ。

 

蒼龍(まぁ、私も緊張してない訳じゃないけどね・・・。)

 

多聞「なぁに、今度はしくじりはせんよ。敵の位置も、陣容も、全て分かっている。こちらの陣容も充実しておる事だし、指揮官も有能だ。――――今度は、勝つぞ。」

 

飛龍・蒼龍「「はいっ!」」

 

元気な返事を返す二人。いつでも気合十分な二航戦はここでも健在だ。

 

 

瑞鳳「私はまた、後方支援かぁ・・・。」

 

今回が初陣なのにそんな事を言う瑞鳳。と言うのは、瑞鳳もMI作戦の参加組で、当時は三航戦として大和以下主力艦隊の護衛として随伴していたのだ。

 

翔鶴「私としては、参加出来る、と言うだけでも十分なのですけど・・・。」

 

一方の翔鶴は、珊瑚海海戦で航空隊を一挙消耗、自身も大破した事で、“参加さえ出来ていない”のだからこの発言は重い。

 

瑞鳳「うっ・・・なんか、ごめんなさい。」

 

翔鶴「いえ、私も今回が初陣です、気を引き締めてやりましょう。」

 

瑞鳳「ですね。」

 

 

大和「遂に、ここまで来ましたか・・・。」

 

陸奥「えぇ・・・。」

 

あの日と同じ、第一艦隊の首座にある者として、大和の感慨は深い。

 

吹雪「――――。」

 

そしてあの日と同じ、第一艦隊主力の護衛として進発した吹雪もまた、その念は同様であった。かつて、敵を見ぬまま引き返したあの日。大和以下、連合艦隊主力に乗り組んでいた人々は、悔しさもあろう、空しさもあろう、様々な思いを抱いたはずだ。

 

その想いを晴らす為に立つ。吹雪はその覚悟で、この日、大和の傍らに立っていた。

 

吹雪の第十一駆逐隊の任務は、一水戦での戦闘の他、第一戦隊の護衛任務を与えられている。横鎮近衛艦隊に於いて、各駆逐隊は水雷戦隊麾下として艦隊に配属されると、特定の戦隊の護衛任務を受ける事になっている。

 

その中でも、栄えある第一戦隊の護衛を仰せつかっているのが、第十一駆逐隊の、吹雪他3人の艦娘達なのだ。

 

大和「・・・吹雪さん?」

 

吹雪「はい、なんでしょう?」

 

大和「落ち着いて行きましょう? とにかく今は、あの島へ辿り着く事だけを考えましょう。」

 

吹雪「そうですね・・・分かりました。」

 

大和はこうして時折吹雪の事を気にかけている。時折気負い過ぎるきらいがあるものだから、そうならないよう大和が心のケアを欠かさないのである。

 

 

提督「ここまで来ても、未だ発見されないとはな・・・。」

 

航空戦の準備が進行する中で、直人は鈴谷艦橋で言う。

 

明石「敵に動きがない、と言う事は無い筈ですが・・・。」

 

提督「運がいい、と言ってしまえばそこまでかも知れないが・・・。」

 

10時と言えば既に正午前の時間である。なのに彼らは未だに発見されていないのだ。故に彼らは悠々と発艦準備を行える訳だが、不思議な状況ではある。

 

明石「兎に角、先制攻撃のチャンスです。」

 

提督「果たしてそううまくいくかな・・・。」

 

明石「そ、それはまぁ・・・。」

 

提督「敵にもレーダーがある、避けては通れん以上、奇襲は無理と考えるべきだろう。」

 

彼は敵に対する奇襲を試みる気がある訳ではない。むしろ反復攻撃によって敵の航空戦力及び敵艦隊の戦力を削ぎ、艦隊戦に持ち込む事を狙っていた。

 

提督「各艦へ、準備出来次第、発艦せよ。」

 

赤城「“了解!”」

 

 

三航戦から第一次攻撃隊最初の機体が発艦したのは、10時13分の事であった。

 

 

一方、ミッドウェー諸島サンド島の北方600km付近に陣取っていた空母棲鬼は、10時20分に『敵編隊南に向かう』の報告を受けたが、直後消息を絶ったとの報告を受けて動き出していた。

 

アルウス「攻撃隊を出す。恐らく敵は我々から見て真北にいる。索敵攻撃でこれを撃滅する!」

 

ル級改Flag「分かりました、敵の空襲を警戒して、輪形陣を組ませますか?」

 

アルウス「そうだな・・・頼む。」

 

ル級改Flag「はっ!」

 

第一次攻撃隊は空中集合を終えて前進を開始した直後に敵の哨戒機を発見、1個小隊4機の戦闘機を分派してこれを撃墜している。アルウスが報告を受けたのはこの敵哨戒機が放った通信中途の第一報であった。

 

しかしこれによって、奇襲は不可能となった。

 

アルウス「次は――――勝つぞ!」

 

アルウスは、雪辱を晴らす戦いに全力を傾ける覚悟だった。遂にアルウスと直人、二度目の戦いが、初の航空打撃戦として火蓋を切ろうとしていた。

 

アルウス(奴も・・・こうする筈だ。)

 

アルウスは、直人の目論みが航空漸減にあると踏んでいた。故に急伸しては来ないだろうと考えていたのだ。

 

 

12時29分 重巡鈴谷

 

飛龍「“第二次攻撃隊、まもなく出します!”」

 

提督「頼む。」

 

明石「第一次攻撃隊より“ト連送”!」

 

提督「よし、始まったか。」

 

明石「続いて戦場偵察機より受電、『敵艦隊は上空に戦闘機多数を待機せる模様、空戦に発展せり』以上!」

 

提督「やはりな、あの様子じゃまぁ気付かれてるわな。」

 

艦隊でも敵が放った通信は傍受しており、尚且つ彼らの位置は、1時間程前に飛来した敵索敵機によって既に暴露されていた。

 

提督「いつ敵が来ても可笑しくはない、問題は何処から来るか、だが・・・。」

 

副長「――・・・――――。(艦隊戦・・・は、まだですね。)」

 

提督「あぁ、恐らく敵も近接する事を避けるだろうしな。」

 

副長「――――――?(なぜ分かるんです?)」

 

提督「―――今回の指揮官が、あの時の超兵器ならば・・・。」

 

きっと俺と同じ事をする、彼はそう考えていた。何故なら近接した結果がトラック棲地撃滅戦の時の様相であったではないか。

 

故に彼は、今度は突っ込んではくるまいと考えていた。

 

 

偶然の思考の一致。それが、彼らを同じステージに立たせた要因となった。そしてそれは、現代からは既に奪い去られた、洋上最大規模の激闘―――機動部隊同士の艦隊決戦―――を蘇らせたのである。

 

 

アルウス「迎え撃て! 一機たりとも近づけるな!!」

 

激しい火箭を噴き上げる深海棲艦隊。三航戦航空隊は、その外縁部の輪形陣に対し攻撃を集中する。

 

雷撃隊が水面すれすれを敵艦に肉薄する。上に目を遣れば、艦爆隊が整然とした編隊で急降下を始める。その高い練度を誇る三航戦―――赤城・加賀両航空隊からなる攻撃隊第一波は、84機と言う機数で一挙に襲い掛かって行った。

 

これは搭載各機種の半数になるが、戦闘機は僅かに2艦合計20機に過ぎず、それでもなお、赤城の板谷茂率いる零戦五四型10機が、その4倍以上の敵機を相手に死闘を繰り広げる。

 

そして一方で・・・

 

 

赤松「行くぞお前ら! あの日の母艦達に、勝利を届ける時が来た!!」

 

加賀搭載の赤松貞明率いる雷電一一型改10機が、一撃離脱を武器に板谷隊に迫る敵機をその直前で次々に撃墜し始める。その空戦域は、板谷隊の数倍の広さがあったのだ、それだけの範囲をカバーする事は容易ではない事もまた、自明の理だろう。

 

松ちゃんの気合いの入り方も半端ではない。ミッドウェー海戦の時彼は大村空配属で内地に居こそしたが、それでも元乗っていた母艦が沈められた因縁の海域だから当然だろう。

 

雷電一一型改は、雷電初期生産型の艦上機化改修仕様だ。随所に設計変更を施し、燃料タンクの増加やドロップタンクの容量を増やすなどして長距離飛行を可能にした型である。勿論、このタイプは現実には存在しない。

 

 

空海両面で死闘が続く中、12時35分には二航戦と一航戦の翔鶴から第二次攻撃隊が発艦を開始、間断なく攻撃を続行すべく前進を開始していた。

 

しかし12時50分、遂に来るべきものが来る。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼~

 

後部電探室「“電探に感あり、方位180、距離およそ110km!”」

 

提督「来たか――――!」

 

隼鷹「“どうする? 航空隊の発艦準備は5分で終わるよ?”」

 

提督「―――よし、五航戦は一度後退して艦載機発艦に専念、残りの艦隊で迎撃する!」

 

隼鷹「“あいよっ!”」

 

直人が素早く指示を飛ばす。

 

明石「五航戦が狙われない様にしませんといけませんね。」

 

提督「多分狙われるのは一水打群なんじゃないかな。」

 

明石「なぜです?」

 

提督「プロットを見りゃ分かるが、一水打群は最前線にいる。本艦から22.5km前方にいるんだ、当然だろうな。」

 

ここで艦隊の位置を確認すると、第一艦隊が鈴谷から15km前方、一航艦が7.5km前方となる。空母への被害を局限する為に、戦艦部隊で吸収しようと試みたのである。

 

提督「果たしてどこまで通用するかな・・・。」

 

実際、この程度の事は子供騙しの様なものだ。それは、敵攻撃隊が帰還した時の報告で筒抜けになる事だからだ。真に敵との交戦を避ける場合、別働として動く事が適当なのだが、高々20km程度では効果は怪しかった。

 

提督「全艦隊に伝達。恐らく敵の狙いは空母だ、あたかも厳重に守っているように見せてやれ。」

 

金剛・赤城・大和

「「“了解!”」」

 

明石「敵をペテンにかける訳ですか。」

 

提督「すぐバレるが時間稼ぎにはなる。日没まで凌げばな。」

 

明石「分かりました、全力でサポートさせて頂きます。」

 

提督「あぁ、頼んだぞ。」

 

明石「お任せ下さい!」

 

明石とは艦隊開設当時からの縁、同じ屋根の下で付き合い始めて1年以上、お互いの気心は知れている。お互いに何を期待されているかも分かっている。

 

この二人であるからこそ、可能な連携が、そこにはあった。

 

 

12時57分 第一水上打撃群

 

金剛「対空砲、フルファイアデース!!」

 

榛名「対空撃ち方、始め!!」

 

直人が見た通り、敵第一次攻撃隊は一水打群を襲った。しかしいる筈の空母は、練度不足を理由として鈴谷の直接護衛に当たっている為不在である。が、金剛はせめて“それ”らしくしようと猛烈に対空弾幕を張る。

 

上空では翔鶴から差し向けられた上空直掩機が必死の防戦を試みる。が、200機以上の敵機を前にしては流石に衆寡敵せず、次々と突破を許してしまう。

 

金剛「空母部隊へ、直掩機増勢を要請シマース!」

 

赤城「“分かりました、何とかします!”」

 

実は赤城の側でも増勢の必要は検討していたのだが、いざやろうとするとあまり余裕がなかった為、多少なりとは言え渋っていた節はあったのだ。が、こうなってみると話は別だ。

 

 

赤城「二航戦と六航戦から追加で戦闘機を出して下さい!」

 

飛龍「了解!」

 

隼鷹「はいよっ!」

 

一航艦の航空母艦は、基本的に搭載機数が多い事が特徴で、それ故各機種の半数を出しても余裕があるのだ。

 

霧島「我々も援護します、主砲三式弾、測的、良し! 撃ち方ー、始め!!」

 

 

ドドドドオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

比叡と霧島が一斉に三式弾を射撃する。元々三式弾は遠距離対空戦闘用に考案されたものであるから、この運用法は適切である。同じ事が第一艦隊でも行われていた。

 

 

大和「主砲三式弾射撃始め! 高角砲撃ち方始め!!」

 

陸奥「了解、射撃始め!」

 

妙高「主砲三式弾、測的急いで下さい!」

 

龍驤「うちらも支えるで! 対空砲、撃ち方始め!!」

 

千歳・千代田「「了解!!」」

 

第一艦隊は一水打群から僅か7.5kmしか離れていない。故に高角砲の射程圏内なのであるから、大和の采配は当然と言えた。

 

ところで、普段艦これをやっている方々ならグラフィックを思い浮かべて「ちとちよや長門型のグラフィックに、高角砲なんて付いてるだろうか」と思う人もいるだろう。

 

彼女達の装備はもっと重装備である。艦艇が装備している兵装量を考えても、あれ程軽装と言う事は、まずありえないのは道理だろう。例えば大和(天一号作戦時)の装備を見ると、主砲9門、副砲6門の他、高角砲連装12基24門、機銃164門を装備しており、更にソナーや電探など、多くの電波兵器を装備していた。

 

これは艦艇の中でもとりわけ多いと言うだけだが、例えば重巡那智の最終時でも、主砲連装5基、高角砲連装4基、機銃48門、魚雷発射管4連装2基、電探・逆探等電波兵器各種併せ5基搭載していた。駆逐艦でさえ後々の改装で3連装機銃を複数搭載していたのだから、主砲しか持たないと言うのはおかしな話でもある。

 

故に彼女達は普段見慣れた姿とは程遠い程装備が多く、各所にベルトで兵装搭載スロットを固定して、機銃や高角砲などを装備しているのである。

 

 

敵編隊はこうした理由により、凄まじい対空弾幕に晒される羽目になった。敵の第一次攻撃隊は、三個艦隊からの対空砲火をまともに喰らう位置にいた事が、その悲劇を生んだともいえる。尤も彼女らに攻撃する以上、安全に攻撃できる目標などないのだったが。

 

 

13時24分 重巡鈴谷艦橋

 

提督「敵第一波は遁走したか。」

 

明石「防ぎ切りましたね・・・。」

 

提督「あぁ・・・。」

 

約30分程で、敵攻撃隊はおよそ80機ほどにまで撃ち減らされて逃げ散った。

 

明石「第一次攻撃隊が戻ってきます!」

 

提督「三航戦は着艦準備、四航戦と五航戦は第三次攻撃隊出撃準備を開始、終わり次第発艦!」

 

赤城「“承知しました。”」

 

龍驤「“あいよ!”」

 

直人は交互に攻撃隊を発艦させていく事により、緩急をつけた攻撃を行っていた。無論その間敵に態勢を整えさせてしまう事にはなるが、その方がむしろ好都合である。

 

提督(敵が戦列を再編した後の敵を叩く事で、損害を更に増大させるのだ。補助艦さえ叩いておけば、あとは主力艦しか残らん。)

 

これが、直人の企図した戦略だった。

 

13時59分、第一次攻撃隊の収容が完了した時には既に第三次攻撃隊が予定通り発進を終えていた。同じころ第二次攻撃隊は攻撃を開始していた。

 

 

第二次攻撃隊は、蒼龍・飛龍・翔鶴の航空隊により編成されており、岡嶋清熊少佐(飛龍)の零戦二二型9機、翔鶴の零戦二一型10機、蒼龍からはなんと、藤田怡与蔵少佐率いる新鋭機、十五試局戦改9機が参陣している。

 

この十五試局戦と言うのは、局地戦闘機「雷電」の試作機の事で、藤田隊のそれは本来存在しない筈の艦上機モデルなのである。

 

雷電はそのエンジン出力にモノを言わせた一撃離脱戦術を得意とする。藤田少佐は三〇三空時代にこれに乗っていた経歴はあるのだが、それを色濃く反映したと言う事なのか、何はともあれ凄い事である。

 

 

14時10分 敵増援機動部隊

 

空母棲鬼「なに? 新型機だと?」

 

ル級改Flag「これまでの零戦とは、似ても似つかないずんぐりとしたフォルムだと。」

 

その情報はすぐにアルウスの耳にも届いていた。

 

空母棲鬼「興味深いな。お手並み拝見と行こう。」

 

ル級改Flag「しかし、我が方の補助艦艇は先の攻撃で手痛い損害を受けています、このままでは・・・。」

 

空母棲鬼「練度の差が、これ程までとはな・・・。」

 

アルウスは嘆息せざるを得なかった。第一次攻撃隊の戦闘機は、敵戦闘機72機撃墜と引き換えに3機を失ったのみだったからである。要撃機は100機を超える数だったのにも関わらずである。この為アルウスは次の要撃機を200機近くにまで増やしていたのだが、そこに新型の試製雷電改が突っ込んできたのである。

 

因みに第一次攻撃隊の時に来た、赤松隊の雷電一一型改の存在はまだ気づかれていなかったのだが。

 

 

藤田隊の試製雷電改が零戦を上回る機体性能を生かして先陣を切り上昇を始める。遅れて敵の新型艦戦が上昇を始めるが、先手を取られては追い付けない。たちまちマウントポジションを奪った藤田隊は、そこからダイブして加速、一閃した後には既に敵戦闘機12機が薙ぎ倒されていた。一方の藤田隊に損害は――――なし。

 

彼らが再び上昇を開始し、それを新型艦戦が追撃し始めたタイミングで、他の零戦隊が突っ込んできたことで、状況は一気に乱戦にもつれ込んだ。当然藤田隊はフリーハンドになり、敵機の被害は瞬く間に増えて行った・・・。

 

 

14時33分 重巡鈴谷

 

明石「――――現在までに確実撃墜93、不確実52、撃破40以上との報告が入っています。」

 

空戦状況についての報告を求めた直人に、明石は驚くべき数値を出していた。

 

提督「何――――!?」

 

誤認が多いにしても確実撃墜の数が多過ぎると思ったのは無理からぬ事だろうが、本当に驚いたのは開始僅か23分しか経過していない事だった。しかし、この報告は大凡真実である。

 

後にアルウスが語った所によると、この空戦での被害は未帰還機82、大破(修理不能)機43、中破以下(修理可能)機33、着艦失敗喪失34だったと言う。つまり、無傷だった機体は1機たりとも無かったのである。

 

その援護下で、飛龍の十五試艦爆を先頭にした艦爆隊や、友永隊の天山を先頭にした艦攻隊が一直線に敵に向かっていく。瞬く間に水柱が屹立し、30隻以上の護衛艦艇が撃沈されていた。飛龍が艦攻重視、蒼龍が艦爆重視のスロット構成と言う事もあって、役割分担はしっかり出来ていたのである。流石の連携と言うべきだろう。

 

更に蒼龍の水平爆撃隊が、3000m上空から敵重巡に次々と徹甲爆弾を見舞う。蒼龍艦攻隊は金井昇少佐が率いる水平爆撃専門部隊で、その命中精度は専門たるだけにすこぶる高いのだ。

 

この一撃は正しく、敵をして大打撃を受けたと言わしめた決定的な一打となる。

 

 

ところでこの時、艦隊の上空は雲に覆われていた。この為レーダーの精度が落ち、対空警戒が疎かになっていた。

 

14時36分 重巡鈴谷

 

提督「この雲はどの位で抜けられるかな。」

 

明石「1時間もあれば・・・。」

 

提督「今空襲を食らったら、ことだぞ・・・。」

 

瑞鳳「“直掩機より報告、敵編隊こちらに向かう! 距離400(4万m)です!!”」

 

提督「なんだと!?」

 

提督「“迎撃します!”」

 

提督「頼む! 緊急指令、各空母へ。至急戦闘機を発艦せよ!!」

 

赤城「“了解!”」

 

飛龍「“は、はいっ!”」

 

龍驤「“い、今すぐ出すんか!?”」

 

提督「今出さなければ艦隊が危ない!」

 

龍驤「“わ、分かった分かった!”」

 

鬼気迫る様子の直人の様子に、一瞬躊躇った龍驤も戦闘機出撃を承諾する。

 

明石「まずいです、レーダー統制による遠距離対空射撃は難しいと思います。」

 

提督「仕方があるまい、近距離戦闘でどうにか対処しよう。」

 

明石「そうですね、分かりました。」

 

 

14時37分、艦隊上空で空中戦が始まった。敵艦隊は6000mを巡航しており、雲は4000~5000m付近に折り重なって存在していた為、敵には艦隊位置はまだ明らかになっていない。が、敵から見ても、護衛戦闘機がいる時点で近くにいる事は明らかであった。

 

戦闘機隊には、留守を引き受けていた蒼龍の試製雷電改の残留組や、収容を終えた後の加賀から発進した雷電改などがインターセプトして駆けつけていたが、途中発艦組が戦線加入したのは、直衛戦闘機隊が戦闘を開始した後の事になる。

 

各空母から発艦していた直掩機合計96機と、敵の第二次攻撃隊241機が、一大航空戦を開始する。敵の艦爆や艦攻が降下を始め、戦闘機がそれを守る様に前面に躍り出る。各種零戦が、雷電が、フルストロークで各々狙いを定めた目標に驀進する。

 

上昇を続ける追加発艦した戦闘機は、降下中の敵攻撃機の一団に向かうよう航空管制が送られ、それに従い少しでも有利なポジションを取るべく飛び続けた。特に雷電にとっては、敵機の迎撃こそ専門の機体であるだけに、上昇力で零戦に対しては一日の長があった。

 

深海棲艦機が出す「フウゥゥゥゥゥゥゥン」と言う独特の推進音に負けじと、栄や火星、そして赤城と加賀が搭載する、『最後の零戦』零戦五四型の金星エンジンが唸りを上げる。

 

 

そして、この時特筆すべき事として挙げるべきは、瑞鳳搭載の戦闘機隊の活躍だろう。

 

瑞鳳は搭載機数が少なく、また戦闘機も零戦艦載型の初期タイプである二一型だったが、その搭載機数の少なさから直人が運用に慎重になった事で、敵攻撃の任の代わり、上空直掩の任務を与えられてしまったのだ。

 

その要件を満たす為、瑞鳳は少数の偵察用艦攻を除いて全て戦闘機を搭載した「オールファイターキャリア」となっていた。そしてその搭乗員は、鳳翔戦闘機隊及びサイパン空開設時にその人員として転出した、元空母艦載機搭乗員から選抜された腕利きのパイロットをかき集めていた。

 

一方の鳳翔は、基地航空隊の戦闘機搭乗員に空母離着艦訓練をやっていた為、その手空き人員となる鳳翔戦闘機隊の搭乗員を一部分、一時転出する形で実戦に送り出したのだだった。この為機材は二一型と二二型の混載となっていたのだが、その戦闘機隊とは・・・

 

柑橘類「全機、艦隊に襲い掛かる猟犬どもを1機たりとも近づけさせるな!!」

 

そう、柑橘類隊である。当人はインターセプト専門と言う立ち位置に不満ではあったが、瑞鳳の現状を鑑みれば自然な事と言う事もあって、納得せざるを得なかった。無論これも重要な任務であるし、それが敵戦闘機の妨害を受けない状態で、敵艦爆と艦攻だけを相手取るならこれ程楽な仕事もない。

 

柑橘類(本当に碌な仕事がないな俺・・・。)

 

憮然としないでもない柑橘類少佐でもあるが、すぐに思い直し、操縦桿を握り直す。

 

既に敵の艦爆と艦攻は雲を突き破り、眼下に第一艦隊を望んでいた――――

 

 

14時53分 重巡鈴谷

 

提督「味方戦闘機殺到で、敵攻撃機は混乱しているな。」

 

明石「数に頼んで突入した敵機も、機銃と高角砲で次々と撃墜されています。」

 

提督「うむ、制空権の状況はどうか?」

 

明石「鳳翔航空隊瑞鳳派遣隊を初めとする各母艦航空隊の奮闘で、制空権は維持出来そうです。」

 

提督「大変結構。」

 

直人は満足げであった。

 

提督「散々不満垂らされたの押して柑橘類のヤローを瑞鳳に積んできたのは正解だったな。なぁ瑞鳳?」

 

瑞鳳「“ここまでずーっと提督への文句を言ってましたよ?”」

 

提督「根に持つと長いからなアイツ・・・。」(;´・ω・)

 

明石「根に持つ事をするからでしょう?」

 

提督「ぐぬぬ・・・。」

 

明石の鋭い切込みに対し言葉が出なかった。

 

提督「と、取り敢えず、第四次攻撃隊の出撃準備をそろそろ始めないとな。」

 

段々自分に不利になって来たので話題を逸らす直人。

 

提督「六航戦へ、第四次攻撃隊の出撃準備を。第二次攻撃隊が上空に戻ってきたらすぐに出せ。」

 

隼鷹「“オッケ~イ。でも、今の防空戦闘で結構戦闘機出しちゃったんだけど・・・。”」

 

提督「攻撃隊として出す半数は残ってるんだろう?」

 

隼鷹「“そりゃ勿論。”」

 

提督「ならば結構、準備を始めておこう。」

 

隼鷹「“了解!”」

 

提督「・・・。」

 

素面の隼鷹は普通に艦娘らしいのだが・・・と、思わずにはいられない直人なのであった。

 

明石「――――どうかしましたか?」

 

提督「え? あー、いや、なんでもない。」

 

明石「そうですか?」

 

提督「大丈夫だよ。」

 

明石「でしたら、いいですけど・・・。」

 

 

結局、敵の第二次攻撃も失敗に終わった。またしても制空権は横鎮近衛艦隊が終始握り、敵機は1機も艦娘達に対し投弾する事が出来なかったのである。そして彼らの第二次攻撃隊は15時04分に攻撃を終え、帰路に就く。が、これが思わぬ偶然を招来する。

 

 

15時30分 横鎮近衛艦隊上空

 

およそ30分程で、攻撃隊は母艦上空に辿り着いた。母艦が敵に向かって全速力で走っている事と、巡航速度よりも早く飛行して来た事で、時間を短縮しているのだ。

 

 

提督「よし、戻って来たか。」

 

重巡鈴谷艦上で直人がそう言った時、突如緊急通信が鈴谷に入る。

 

霞「“敵機捕捉!!”」

 

提督「敵機だとッ!?」

 

タイミングは最悪だ、直掩機はその数を著しく減らしている。と言うのは、第一次空襲で4機、第二次空襲で9機を失ったのみの直掩隊は、連戦に近い状態だった為搭乗員の休息を必要としていたのだ。この為第二次空襲の際要撃に出なかった三航戦の第一次攻撃隊メンバーを初めとする合計51機しか上空直掩機がいなかった。

 

榛名「“敵機視認、機数推定200機、まだ増えます!!”」

 

提督「戦闘機は出せん、どうする――――。」

 

明石「対空砲だけが、頼みの綱ですか・・・。」

 

提督「仕方がない、一航戦と二航戦の艦載機は空中退避、母艦を全力で守る。」

 

隼鷹「“攻撃隊発艦も中止かい?”」

 

提督「そうだ、今やったら確実に誤射する!」

 

隼鷹「“そうだねぇ~。”」

 

これが、彼に取り得る最善の策だった。空襲直下で発着艦作業など正気の沙汰ではない。

 

提督「全艦隊、対空戦闘用意!」

 

直人は為し得る最善策を兎に角取る事にしたのだった。

 

 

一方敵の第三次攻撃隊は、横鎮近衛艦隊の放った第二次攻撃隊に悟られぬ様に追尾を続けた結果、蒼龍などの艦載機が水先案内人となってしまったという皮肉な結果を生んでいた。敵の誘導機のみが気付かれぬまま味方編隊の後ろをこっそりと付いて行った為それが大編隊を呼び込んでしまったのだ。

 

まぁ、その事は直人も感づいていたが。

 

提督(思い煩っても仕方があるまい、何とか対処する方法を考えなければ。)

 

直人は思考を現状のみに切り替えていた。偶然起こった事である為に、あれこれ考えても仕方がないと言う事でもあった。戦場ではそうした偶然が、往々にして起こるものなのである。

 

霞「“敵編隊、艦隊前方100km、接近中!”」

 

提督「後部電探室、捕捉できるか?」

 

後部電探室「“できます、本艦からの距離、約120km。”」

 

提督「直掩機の接敵予想は?」

 

明石「後15分です、現在空中集合中。」

 

提督「宜しい、一水打群全艦三式弾発射準備、空中戦開始前に数を削ぐ! 直掩機は三式弾弾着まで待機し必要最小限の距離を保て。」

 

明石「伝達します!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

多聞「“司令部へ。”」

 

提督「どうぞ。」

 

多聞「“敵戦闘機に威嚇行動を行って高空へ誘い出してはどうか? 同じ三式弾を撃つのでも、かなり変わる筈だ。”」

 

提督「・・・そうですね。意見具申を認可します。その旨伝達してくれ。」

 

明石「はいっ!」

 

 

短時間の間に重要事項を決定、伝達を終えた頃には、既に戦闘開始寸前になっていた。

 

 

金剛「ファイアー!!」

 

一水打群の全艦が、三式弾を敵攻撃機に向け放つ。戦闘機は既に攻撃機より上空に殆どが釣り出され、敵の攻撃機に三式弾の集中射撃が直撃した。立て続けざまに撃墜される敵攻撃機、それを号砲に、戦端は開かれた。

 

敵の攻撃機が突入し、戦闘機が空中戦を始める。各艦の対空砲が一挙に堰を切って火箭を噴き上げ、絶対に近づけさせじと言う裂帛の気合いと共にそれを敵機に叩き付ける。

 

榛名「提督、敵編隊はこちらに来ません!!」

 

 

 

提督「一航艦に向かってくるだと!?」

 

榛名「“はい! 第一艦隊も無視されています、機銃射程は迂回されました!!”」

 

提督「まずい・・・!!」

 

直人は危機を察知した、敵に空母部隊の位置が把握されていたのである!

 

 

アルウス「・・・やはりな。敵空母群は後方に控えている、前二群は戦艦を軸にした陽動だ。」

 

ル級改Flag「御慧眼恐れ入ります。」

 

アルウス「この戦術は第二次大戦でナグモ(南雲)の機動部隊がやったものと同じだ。同じ戦術は通用せん。」

 

ル級改Flag「――――成程、そうですね・・・。」

 

実の所、戦艦などを前に出して敵の攻撃を吸引すると言う策は、第二次ソロモン海戦や南太平洋海戦で日本機動部隊が行ったそれと同じなのだ。故に艦娘達も抵抗なく実行に移したのだが、敵が洞察するリスクは当然あったのである。

 

 

提督「右舷側に弾幕を張って阻止しろ!」

 

摩耶「“皆もうやってる! けど・・・!”」

 

提督「防ぎきれん、か・・・!」

 

直人がほぞを噛み、思考を巡らせる。その時一つの手が思い浮かんだ。

 

提督「そうだ。全艦隊一斉左直角回頭! 30秒でやれ!」

 

金剛「“――――! ワタシ達ならではの技デスネー?”」

 

提督「そうだ、頼む!」

 

金剛・大和・赤城

「「“了解!!”」」

 

艦隊の陣形運動には二通りの方法がある。即ち、「順次回頭」と「一斉回頭」である。

 

順次回頭は、一番艦(先頭艦)の動きをトレースして回頭する運動を指す。これはどのタイミングで転舵すれば同じ軌道を描けるかが分かっているから、ある程度訓練すれば艦首が違っても実現可能だ。

 

一方で一斉回頭は、特定タイミングで全艦が一斉に指定方向へ転舵する回頭法を指すのだが、少しでも転舵のタイミングがずれたり、艦種や所属が違い合同運動訓練をしていない場合などは、不慣れさや練度の違いから陣形をかえって乱す事になる為難易度が高い。

 

彼はその一斉転舵を実施しようとしていた。勿論、彼らの訓練は完璧に行われている、日常茶飯事の事をやるまでの事だ。

 

提督「――――3、2、1、始め!」

 

直人の合図で全艦娘が最大戦速をキープしながら舵を切る。右舷方向から来る敵編隊に対し左舷方向に直角回頭を切る事で、敵編隊に対し対空射撃をする時間を少しでも伸ばす手に出たのだ。

 

金剛「“第一水上打撃群、回頭終わり!”」

 

大和「“第一艦隊、回頭終わり!”」

 

赤城「“一航艦、回頭終わりました!”」

 

提督「対空砲を撃ち続けろ、三式弾も使え!」

 

迫る敵爆撃機及び攻撃機合計約200機、敵が高角砲の射程圏内を強行突破した為に、その内50機強は何とか高角砲などで落としたが、その数は依然として多い。

 

そこへ更に三式弾の雨が襲い掛かる。

 

摩耶「主砲発射! 行かせるかァ!!」

 

 

ドドドドオオォォォーーー・・・ン

 

 

摩耶が三式弾を叩きつけ、それでまた何機かが撃墜される。

 

しかし凶報は、突然に齎される。

 

 

~一航艦上空~

 

 

プウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥン

 

 

白露「敵機直上!!」

 

赤城「――――ッ!!」(そんなっ―――!?)

 

加賀「どこから!」

 

上空から降り注ぐ急降下爆撃機の一群、右舷方向の敵編隊に集中しすぎたツケは、大きかった。太陽を背にして降下して来る為に照準も難しい。

 

 

提督「かっ、回避だ! 対空砲間に合うか!?」

 

「“駄目です! 旋回、間に合いません!!”」

 

 

ヒュウウウゥゥゥ・・・

 

 

提督「!」

 

 

赤城「ッ!」

 

 

ドオオンズドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

祥鳳「ああああっ!?」

 

飛鷹「や、やられた!」

 

六航戦の祥鳳と飛鷹の2隻が、急降下爆撃機の一弾で被弾した。六航戦は発進寸前の攻撃隊があったが、幸い誘爆が発生しなかった事は喜ぶべきだっただろう。

 

提督「被害状況報告!」

 

祥鳳「“服が少し破れただけです、心配ありません。”」

 

飛鷹「“私も発着艦に支障は無いわ。”」

 

提督「分かった。」

 

直人もそれを聞いて安堵したのだった。

 

提督「敵編隊はどうだ?」

 

後檣楼見張員

「“敵編隊は戦意を喪失したものと見られます、爆弾や魚雷を捨て遁走しています。”」

 

提督「大変結構。しかし危なかったな・・・。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

二人して安堵の溜息をつく。

 

提督「だがこれで・・・本艦の位置もバレたな。」

 

明石「そうですね、油断せずに行きましょう。」

 

提督「あぁ、今後敵は空母を集中攻撃するだろう。防空体制を厳重にしよう。艦隊陣形を一元化する、全艦集結!」

 

直人は一つの艦隊に集約する事で弾幕密度を高める策に出た。攻撃の時のリスクは高くなるが、敵機を防ぐ為には止むを得ない措置である。

 

赤城「“艦隊速度が遅くなってしまいますが・・・。”」

 

提督「元々扶桑型に合わせてるんだから問題なかろう。」

 

赤城「“そうでした、すみません。”」

 

提督「赤城にもそう言う事があるとはね。」

 

赤城「“どういう意味です。”」

 

提督「さぁ、どういう意味だろうねぇ。」

 

適当にはぐらかした直人であった。

 

提督「・・・。」

 

だが彼は唐突に無言になる。

 

提督「・・・。」

 

明石「――――提督?」

 

提督「・・・あぁ、どうした?」

 

明石「いえ、急に黙りこくってしまわれたので・・・。」

 

提督「・・・そうか。」

 

この時直人は、何も語らなかったと言う。

 

提督「しかし、これが空母部隊先頭だったら、どうなっていたんだろうな。」

 

明石「悲惨な事になっていたのは間違いないでしょうね・・・。」

 

提督「どうにかしないとな・・・。その為の輪形陣一元化だ。」

 

明石「でも、一周回って元に戻っただけなのでは?」

 

提督「そう言われるとぐうの音も出ない・・・。」

 

アメリカ海軍は空母の分散運用によって攻撃集中のリスクを下げていたが、これは同時に指揮伝達の困難さが問題になる。長距離無線通信が不可能である今日、それは理想的とは言えない。故に、艦隊は基本として集中運用されているのだ。

 

今回の様に数個に分散して輪形陣を組む事は、今日の現状から見て何処でもやっていない事ではあったが、であればこそ意表は突いていた。しかし何度も通用する策ではないのである。

 

提督「そして離れてると無線は使えん!」

 

明石「確かに艦娘でも30km周囲が限界ですからね・・・。」

 

どんなに大型アンテナを使い高出力で送信しても500~600km前後が限界である以上、艦娘の使う無線がそれほど感度が良い訳も無ければ、妨害を破る術もない。

 

提督「スペクトル分析機があればねぇ。」

 

明石「ECMの穴探しするつもりですか提督。」

 

提督「やってどうにかなってんなら解決してんだよねぇ。」

 

無線の周波数を変える度に、それに合わせて妨害してくる事がこれまでの実戦で証明されているので、無駄骨もいい所である。

 

提督「何ならもうECCM積み込むと言う手も。」

 

明石「対抗するにしても艦娘用のECCM開発が出来ませんよ・・・。」

 

因みに「ECCM」と言うのは、対電子対策(英: Electronic Counter-Counter Measures)の略で、電子対抗手段(Electronic Counter Measures, ECM)に対するカウンターとして、妨害された味方の無線機などを使用可能にする方法の事である。

 

分かり易く説明すれば、電波妨害(ECMの一つ)に対してそれを打ち消すための手段(ECCMの一つ、電波妨害中和)を指す。電子戦装備、対電子戦装備と言う言い方をする特殊な装置を使用する場合が多い。

 

艦娘は第二次大戦中の艦艇が根幹にある事が9割以上な為に、そうした装備はおろか、その概念さえ持ち合わせていない。無論そうした事が出来る事は識っているが、自分が出来ると言う考えはない、と言う意味で、実現出来るかどうかという問題が立ちはだかる。

 

提督「・・・ECCM装置があったらねぇ・・・。」

 

明石「電子戦機でも使わないと話になりませんよ・・・?」

 

提督「空自軍の電子戦機でも使えりゃ楽なんだが自主導入ってなぁ・・・。」

 

明石「コストが尋常じゃありませんね・・・。」

 

電子戦機とは、前述した電子戦装備などを始めとする装備を搭載し、電子戦に重きを置いて開発した航空機の事である。主にアメリカが装備していると言って過言ではない程充実して装備しており、一部先進国のみが装備する事が出来る、最先端テクノロジーの結晶である。なお今の自衛隊も装備している。

 

提督「対電子防護対策については少し検討してみてくれ。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

端的に言って無茶振りであった。

 

 

16時42分、集結を終えた横鎮近衛艦隊から、第四次攻撃隊が発艦した。

 

提督「しっかしあれだな、タイムテーブルを崩さぬように完璧に集結出来るとは。」

 

金剛「“それはモチロンデス! 訓練はしてマース!”」

 

提督「全く、お前と神通は良くやってくれたよ。」

 

神通「“恐縮です。”」

 

提督「だが、正念場はここからだ。艦隊を集約した分、敵の攻撃も集中する。心してかかれ。」

 

摩耶「“任せときな、必ず守り切るぜ。”」

 

提督「いつもながら頼もしいな、全く。」

 

翔鶴「“攻撃隊収容、終わりました!”」

 

飛龍「“こちらも完了です!”」

 

空中退避していた第二次攻撃隊も着艦を終え、これで心置きなく前進できる体制になった横鎮近衛艦隊。

 

提督「ではこのまま、ミッドウェー島沖を目指すか。」

 

金剛「“OK!”」

 

横鎮近衛艦隊は前進を続ける。第三次攻撃隊は既に攻撃を開始しており、敵の対空防御陣形に対し、再びダメージを与える事に成功した。彼がこれだけの航空攻撃を反復しているのは、相手が超兵器級だからではなく、戦術的な利点を考慮したもので、漸減邀撃作戦を、攻撃的に再構築したものに過ぎない。

 

彼がこれほどまでに航空戦を重視したのは、艦娘達の被害を減らし、かつ経済的に戦争をする為の実証実験と言う意味合いもある。航空機が主導する戦いであれば、無為に艦娘を増やさずとも、航空隊の増勢と空母部隊の充実によって主戦力とする事が出来るからである。これは第二次大戦を見れば分かる事でもある訳で、その点で直人は航空主兵の線で進める事が出来るか否か、その検討材料を実戦に求めたのである。

 

提督「案外、今回の海戦で、今後の戦史が変わるかもな。」

 

明石「そうですね、航空機での優位が立証できれば、可能性は大いに大です!」

 

提督「その為にも、搭乗員妖精達にはひとつ頑張って貰わないといかん。今後の為と思ってな・・・。」

 

明石「搭乗員の補充が容易とは言っても、やはり、消耗してしまいますから、それが問題になりそうですね。」

 

提督「そうだな―――。」

 

妖精達は、ひょいとどこからともなく帰ってくる事も多い。しかしそれでも、消耗してしまうものなのだ。戦争における勝利とは、結局のところ、犠牲無くしては成り立たないのである。

 

 

その後、飛び立った第四次攻撃隊は、17時10分ごろに攻撃を開始、40分に攻撃を終えたが、それとすれ違う様に敵の第四次攻撃隊が飛来する。

 

 

17時31分 横鎮近衛艦隊

 

提督「なんとしても食い止めろ! 第五次攻撃隊が発艦前だ!」

 

摩耶「“応ッ!”」

 

前回以上の弾幕を張る事を可能とした横鎮近衛艦隊。金剛型戦艦を外周に配置、それ以外の大型主力艦艇を一元化して中央に配置し、全ての巡洋艦、駆逐艦でこれを囲う体制にした事による効果は大きかった。

 

より密度の増したその弾幕投射は、近づく敵機を片っ端から薙ぎ払い、絡め取って行った。上空直掩機も奮戦し、1機よく数機を撃墜する活躍を見せるが、それでも尚、既に300を超えるまでに達した敵の大編隊を前にして、出来ることなどたかが知れていた――――。

 

 

前檣楼見張員

「“敵機! 左30度高度五〇(5,000m)向かってくるッ!!”」

 

提督「敵に腹を向けろ! 全速、面舵60度!」

 

後檣楼見張員

「“敵雷撃機左舷方向正面から急速接近!”」

 

提督「敵雷跡に合わせ回避行動を取れ!」

 

鈴谷だけは従来の方針通り艦隊からは独立して動いていた。空襲の際、艦娘と艦艇とでは挙動が異なるからだ。無論護衛艦娘はそのままついている。

 

左舷見張員「“敵機急降下!!”」

 

提督「面舵まだか!!」

 

操舵室「“これで一杯です!!”」

 

 

ドドドドドオオオオォォォーーーーン

 

 

翔鶴「きゃあああ――――っ!」

 

瑞鳳「くうっ・・・やられた――――!」

 

 

最上「“翔鶴大破、瑞鳳小破!”」

 

提督「なんだとっ――――!?」

 

明石「4番砲塔、応答ありません!!」

 

提督「くそっ! 火災を食い止めろ! 弾薬庫まで達したら終わりだぞ!」

 

明石「はいっ!!」

 

17時40分、鈴谷4番砲塔に敵の爆弾が直撃し大破、同時に随伴していた瑞鳳が小破、翔鶴が大破すると言う出来事が起こった。同じ頃艦隊側では、飛鷹が更に被弾し中破、航空機発着艦が不可能となっていた。

 

更に鈴谷では大破した4番砲塔周辺で火災が発生し、揚弾機から誘爆が発生する危険が高まっており、ダメージコントロールに努めていた。

 

提督「このタイミングで敵の規模が一挙に拡大するとはな・・・。」

 

明石「敵の母艦も必死に抵抗して来ている、と言う事でしょうか・・・?」

 

那智「“それだけじゃない、敵の基地からも応援が飛び立って来ているようだ。”」

 

明石「そんな!」

 

那智の報告に驚く明石だったが、直人は大して驚いた様子を見せない。

 

提督「成程な、確かにここは既に敵飛行場のカバー圏内だ。いつ来ても可笑しくは無かった訳だが、今ここにきて出してくるとはね。」

 

那智「“暢気に構えている場合ではない、どうするつもりだ?”」

 

提督「こんな事なら黎明空襲位するんだったかな? どうするも何も今更どうしようもない。突撃あるのみだ。」

 

那智「“委細承知した。”」

 

大潮「“朝潮被弾です!”」

 

提督「程度は!」

 

大潮「“小破程度と思われます!”」

 

提督「まだ踏みとどまれ!」

 

艦隊の被害は増大傾向にある。しかし、目指す敵は既に、数十km先にいた。ここで引き下がる事は出来ない。

 

提督「あと一歩だ、ここを凌ぎ切れば勝機はある! あと少しの辛抱だ! 全員持ち場を死守しろ!!」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

直人の口を衝いて出た、初めての死守命令。圧倒的な猛爆を受け、尚諦めなかった男の咆哮が、艦隊全員の士気を否応なく上げた。

 

彼らをして、『これ程の苦戦を強いられたのは初めてである』と言わしめた、ミッドウェー海戦の終わりは近い。

 

 

~同刻・深海増援機動部隊~

 

空母棲鬼「一歩も引かんか。成程、思ったより強情な奴らしいな。」

 

ヲ級Flag「空母棲鬼様、オ退キ下サイ! 敵ハモウスグソコマデ来テイマス!!」

 

この海戦前に編入された新着の空母部隊指揮官がアルウスに意見具申する。

 

空母棲鬼「そうだな――――空母部隊は撤退準備を始めて置け。」

 

ヲ級Flag「ク、空母棲鬼様ハ――――?」

 

空母棲鬼「私はまだだ。空母アルウスは一歩も引かん!」

 

超兵器空母アルウス。

 

その戦歴は、正に「後退」の二文字が似つかわしくない程の輝かしいものがあった。

 

開戦劈頭に就役し、マーシャル諸島方面などで空襲を行った後、ミッドウェー海戦で初見参して、超兵器航空戦艦『近江』と初めて刃を交えて以来、第二次ソロモン海戦、南太平洋海戦、ブーゲンビル島沖航空戦、マリアナ沖航空戦など、『近江ある所必ず現れる超兵器』として日本海軍が恐れた、唯一と言っていい超兵器。

 

その重武装重装甲を武器にして、単独で航空戦を展開するその艨艟は、浮かべる航空要塞と言っても全く差支えがない。その最期こそ、サマール島沖海戦での近江との至近距離での砲撃戦、結果も相討ちではあったが、ハルゼー艦隊にいたアルウスだけが南下し航空戦を実施、かつ砲撃戦まで持ち込む事が出来る唯一の船であった事は明白で、およそ「後退」と言う二文字とは縁の無かった空母なのである。

 

そして今、アルウスは生前の在り方を、踏襲しようとしている。トラック沖の屈辱を晴らさんとする彼女の意思は固い。彼女が歩んできた中で初めての「後退」、それも「敗走」と言う極めつけのものを味わったのだ、その屈辱感たるや凄まじいものがあったろう。

 

 

そして、舞台は遂に整う。

 

17時50分 第五次攻撃隊発艦

18時02分 第四次攻撃隊収容完了

18時11分、第五次攻撃隊攻撃開始

18時21分 第六次攻撃隊発艦

 

 

18時37分――――

 

前檣楼見張員

「“水平線に敵艦隊視認!!”」

 

 

ル級改Flag「空母棲鬼様、来ました。」

 

空母棲鬼「来たか。」

 

 

遂に彼らは、二度目の邂逅を果たす。運命に導かれし二度目の激闘が、始まる――――

 

 

提督「艦首カタパルト用意! 金剛、大和、砲撃戦を指揮せよ、全空母部隊は赤城の指示で後退、残りの戦闘機も全部上げろ! 鈴谷は艦隊に続いて交戦区域まで前進し戦列に参加せよ、行くぞ!!」

 

金剛「“イエスサー!”」

 

大和「“了解しました!”」

 

赤城「“了解!”」

 

明石「お任せ下さい!」

 

副長「“ご希望にお応えしましょう!”」

 

金剛・大和

「「全艦! 砲撃戦、用意!」」

 

 

空母棲鬼「空母機動部隊は全艦ここを引き払え! 最後の攻撃隊を収容し次第撤退せよ!」

 

ヲ級Flag「ハッ!」

 

ル級改Flag「今回は私も残らせて頂きますよ、空母棲鬼様。」

 

空母棲鬼「インディアナ、何を言っている!」

 

ル級改Flag「ここで私がいなくなれば、水上打撃部隊を率いる者が――――ここで艦娘達を足止めする者達が、他におりますまい? それに今度ばかりは、敵も空母を生かしては帰さないでしょう、少なくともあの巡洋艦の指揮官は、そのつもりの筈です。」

 

空母棲鬼「くっ――――そうか、そうだな・・・頼まれて、くれるか?」

 

ル級改Flag「お任せ頂ければ、何なりと。」

 

空母棲鬼「分かった。ではそちらは任せるぞ。」

 

ル級改Flag「はっ! 全艦砲撃戦用意! 敵はすぐそこまで来ているぞ!」

 

 

最初に事態が動いたのは、14時39分、敵艦隊を視認してから僅か2分後である。

 

阿賀野「“こちら第十戦隊阿賀野! 敵の空襲を受けてるよ!!”」

 

提督「しまった! ()()その(はら)か!」

 

既に洋上に出ようとしている直人は思わずそう言った。

 

阿賀野「“戦闘機を全部上げて置いたから防空はうまくて来てるけどぉ・・・ちょっとまずいかも!”」

 

提督「くっ・・・!」

 

赤城「“こちら一航艦旗艦、赤城です。”」

 

提督と阿賀野の交信に割り込み赤城が通信に出る。

 

提督「赤城、どうした!」

 

赤城「“こちらは御心配なく、こちらを省みず、敵の撃滅を!”」

 

提督「しかし――――!」

 

赤城「“大丈夫です、今ならやれます。今やらずして、いつ、勝利をお掴みになれと仰いますか?”」

 

提督「赤城・・・。」

 

赤城「“作戦の本分を、お忘れ無きよう―――最善を尽くされませ、提督。”」

 

それは、赤城からの決別とも取れなくはない内容であった。

 

提督「・・・分かった。行ってくる。」

 

赤城「“はい、お帰りを心から、お待ちしております。”」

 

そこで赤城との通信は切れた。

 

提督「――――全く、どうしてこいつらはこうまで・・・。」

 

直人は彼女達の心意気と、何よりその意志の強さに、嘆息せざるを得なかった。彼女達は今、“過去”を越えようとしていると知った時、彼はもう何も言う言葉がなかった。

 

明石「“カタパルト射出準備、完了しました!”」

 

提督「よし、では行ってくる。」

 

明石「“お気をつけて。”」

 

提督「あぁ。戦艦紀伊、出撃する!!」

 

直人が艤装を纏い、カタパルトから射出される。久々とは思えぬ見事さで着水を決めると、一路向かうは敵艦隊である。

 

 

19時05分

 

 

金剛「ファイアーッ!」

 

大和「撃てぇッ!!」

 

 

ル級改Flag「ファイア!」

 

 

提督「要塞戦艦紀伊、まかり通る!」

 

空母棲鬼「来いッ! ここから先へは通さん!」

 

 

ミッドウェー沖は既に夜、夜戦と言う前回とは違う舞台で、横鎮近衛艦隊とアルウス任務部隊との二度目の砲撃戦はその火蓋を切った。その距離は、横鎮近衛艦隊と深海水上打撃群は3万m、直人とアルウスが3万5000mである。

 

提督「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 

直人が持ち前の砲撃戦能力の粋を集め、照明弾を打ち出しながらアルウスに砲撃戦を挑む。

 

空母棲鬼「撃てっ!」

 

アルウスはそれに応え応射する。その姿勢は至極冷静なものだ。

 

 

金剛「一水打群は敵右側面方向に展開しマス!」

 

大和「お願いします、その間こちらは押さえこみます!」

 

第一艦隊と一水打群とは、訓練でもやった相互連携を実戦で実行する。一水打群を以って闇に紛れ敵右翼方向へ挺進し、右翼部隊に痛撃を加える。成功すればいつも通り敵の火力を分散できるはずである。

 

川内「一水戦突入用意!」

 

矢矧「二水戦突入準備!」

 

水雷戦隊が突撃準備を始め、一水打群は砲火を一度止めて二水戦をも従えて左方向――――敵右翼隊方向へと展開を始めた。

 

 

ル級改Flag「落ち着いて撃て! 慌てず冷静に、より多くの射弾を送り込むんだ。」

 

ル級Flag「ハッ!」

 

インディアナはこれまた冷静に、全体的な視野で砲撃戦を指揮していた。彼女はソロモン北方沖海戦の前哨戦でもトラック棲地から南進して参加し、小澤海将補率いる高雄基地艦隊と交戦していたこともある。これまで何度も前線で砲火を交えてきたベテランであるだけに、沈着さには事欠かなかった。

 

 

提督「くっ、やはり早いっ!」

 

空母棲鬼「私の俊足を舐めないで貰おうか!」

 

砲火力で圧倒する直人に対し、アルウスは速力で頭一つ抜けている。60ノットもの速度を捉え切れる射撃管制がないのは止むを得ない事ではあったが、直人は二度目と言う事もあり、どうにか対応出来るようになりつつあった。

 

提督「――――そこっ!」

 

ドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

空母棲鬼「―――――!!」

 

ズドゴオオオォォォォォーーー・・・ン

 

空母棲鬼「ぬうぅぅぅ!!」

 

アルウスに120cmゲルリッヒ砲による高初速100cm砲弾が直撃する。狙い済ました一撃は、アルウスの武装正面を真っ向から押し潰し、ひしゃげさせていた。

 

空母棲鬼「まだだっ!」

 

ドドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「っ―――――!」(かわし切れん!)

 

アルウスの放った16インチ(40.6cm)砲は15門、密集した弾着地点の中央に彼がいた。距離は15,000mしか開いていない。

 

ドドドドドドズゴオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「ぐああああああっ!!」

 

左側の腰部円盤艤装に直撃を受け、砕けた破片が左わき腹を切りつける。しかし彼は膝を折らない。折った時が、彼の負けを意味するからだ。

 

提督「まだだ、この程度!」

 

彼は疾(はし)り続ける。彼の闘志は尽きない。彼の眼は、目の前の敵を追い続ける。最早、退く事など許されない事を分かっていたからこそ、彼は前へと進んだ。

 

 

空母棲鬼(膝を屈してはならん! 今ここで負ければ、私は立場を失う――――!)

 

 アルウスにとってもこの戦いは負けられなかった。アルウスは既に一度の敗戦を喫した事でその立場は非常に微妙なものになっている。そこへ今ここで負ければ、彼女は発言力を失う事に繋がりかねない。

だが彼女は、自らが「死ぬ」ことは考えていない。死が無為なものであると言う考えがあったからだ。いずれ死ぬにしても、自らそれを選ぶ事はあり得なかったし、戦って死ぬとも思っていなかった。しかし、その認識の誤りを、彼女は知る事になる。

 

空母棲鬼「私は、負けられない!」

 

 

お互いに痛打を与えられないまま、砲撃戦が続く。艤装が損傷し、武装が砕け、纏っている服が爆発と共に焦げて無くなっていく。辛い戦いが、続いている。

 

距離は既に、13,000を切っていた――――。

 

 

ところで、諸氏は覚えているだろうか。空母部隊から飛び立った第六次攻撃隊の事を。

 

赤城、加賀を始め、全空母の出撃可能全機を総結集して夕暮れ時に放たれたこの攻撃隊は、今回の航空攻撃で最大規模を誇っていたが、その動静は、これまで語ってこなかった。しかしそれを語る時が来た。

 

 

19時41分 敵増援機動部隊上空

 

それは、悲劇の始まりだった。

 

 

チカッ――――

 

 

ヲ級Flag「――――!?」

 

唐突に投下される吊光投弾、夜間であった為に直掩機もいない所へ、第六次攻撃隊、270機が突如として襲い掛かってきた。その全てが半数ずつの艦爆と艦攻である。

 

ヲ級Flag「ゲ、迎撃シロ!」

 

慌てて旗艦の迎撃指示が飛ぶ。しかし既に日が暮れている事の悲しさ故に、迎撃機も上がらなければ、上げたとしても到底間に合わない。艦爆隊は既に降下を開始、艦攻隊は低空で突入を開始していたのである。

 

ここまで来ると、日が暮れたと安心しきっていた深海棲艦隊こそ責められるべきだろうが、完全な奇襲だったのだからそれは酷と言うものだろう。

 

ヲ級Flag「タ、対空防御ダ! 急ゲ!」

 

その指示で、一斉に噴き上がる弾幕だったが、猛り狂ったかのような火箭も、奇襲により動揺した深海棲艦のそれは空を切るばかりである。

 

それを勇敢にも掻い潜り、雷撃隊が、艦爆隊が、水平爆撃隊までもが、一斉に攻撃を始める。次々に火柱を上げ轟沈する深海棲艦が続出し、或いは魚雷をもろに受け、呆気なく沈むものまで続々と出る。

 

深海棲艦隊が、苦心して各戦線からかき集めた増援機動部隊は、こうしてミッドウェー沖に壊滅してしまったのである。

 

 

空母棲鬼「何、空母部隊が空襲!? もう夜間だぞ!」

 

その報告を受けたアルウスも狼狽する。が―――――

 

提督「他所に気を逸らすんじゃねぇっ!」

 

 

ズドドドオオオォォォーーーー・・・ン

 

 

空母棲鬼「チィッ!」

 

 最早その様な暇さえない。それほどまでに直人が急迫していた。こと速力で見れば、アルウスより紀伊の方が速いのである。

彼がこの時使用した脚部艤装は軽量なストライダーフレームであり、軽量化の為揚陸戦装備や修理装備など、不要なものは全て置いて来ている。無論航空戦装備も。

 故にその速力は、バーニアも使う事により63.7艦娘ノットに及ぶ。

最初期の頃は精々45艦娘ノット程度だったが、改修を重ねた結果ここまで引き上げてきたのである。

 『不断の戦力増強』が彼ら横鎮近衛艦隊の強さの秘密であれば、それは当然巨大艤装『紀伊』にも適用されてしかるべき。艤装の軽量化や省力化、火力の増強策や速力の増大など、まだまだ粗削りだったこの艤装にやれる事は沢山あったのである。

 

提督「捉えたぞ―――――蜂の羽音!!」

 

距離1万mの壁を、直人は遂に破る。19時43分頃の事であったと言う。直人はこの時点で、勝利を確信した。

 

空母棲鬼「馬鹿なッ、これほど速いとは!」

 

 アルウスも必死に距離をこれ以上詰められまいとして連続射撃を行うも、紀伊の機動力を前にしては、余りにも無力の一語に尽きた。

直人が考えた対アルウスの必勝戦術、それは、「ただ一本鎗の突撃あるのみ」、であった。

 前回アルウスとは、常識的な形での砲撃戦しかしておらず、お互いに決定打に欠いて痛み分けに終わっていた。これはアルウスの速力に、完全装備の彼が追い付けなかったことに依る。が、アルウスもその形が一番慣れたものだった事もその理由である。

ならば、こちらの速力を極力上げて、接近戦に持ち込む。持ち込みさえすれば、良く慣れ親しんだ直人の間合いなのである。直人はその方向で、密かに調整を続けて来ていたのである。

 

提督「もう少しだ、もう少しで奴の首根っこに手が届く!」

 

空母棲鬼「何故だ、何故奴は危険を冒してここまで!」

 

直人のプランは全く実際の条件に則したものだった。無論偶然合致した条件もあるが、結果オーライである。

 

そして彼は、近接戦闘用に霊力刀『極光』『希光』を携行していた。彼は端から堂々たる砲撃戦などやるつもりはないのである。これが、人間ならではの思考と言うものだ。艦娘は砲雷撃戦や航空戦に思考が固まっている場合も多いが、直人はそうではない。人間として、柔軟な発想が出来るが故の強みだった。

 

尚且つそれは深海棲艦も同じ事で、それだけに意表をつく事が出来る筈だったのだが、それが的を射ていた事を、この事は意味していた。

 

 

金剛「空襲成功ネー!? これは、空母たちに負けてられないデース!」

 

一方一水打群は敵右側面へ展開し、いまや突撃命令を待つのみとなっていた。

 

榛名「姉さん、参りましょう。」

 

金剛「OK、レッツゴー!」

 

一水打群一同

「「了解!」」

 

19時53分、金剛は航空攻撃成功の報を聞き、勇み立って突撃を開始する。艦隊の士気も上がり、全体のコンディションも最高である。

 

 

大和「金剛さんが突入しましたか。私達も敵を押し出します! 全艦、前進開始!」

 

第一艦隊も一水打群に合わせ前進を開始する。突入に合わせて敵を圧迫する事で、敵の戦列を崩すのが狙いである。

 

川内「魚雷戦用意! 突撃!」

 

吹雪「行きますッ!」

 

川内の一水戦が躍動する。夜型の川内が最も得意とする戦場で、第一艦隊の猟犬達は、獲物を求め駆け巡る。吹雪以下の十一駆も、川内と共に突撃を開始していた。

 

大和(お願いしますね、吹雪さん。)

 

大和を直々に護衛している第十一駆逐隊は、大和との繋がりも深い。故に駆逐隊旗艦である吹雪への信頼が篤いのは自然な流れであろう。その想いを背に、吹雪は好射点を占める為突撃を続けていた。

 

吹雪(司令官の、期待に応える!)

 

一方の吹雪も、司令官に今の立ち位置への抜擢を受けた事には相応の戦果で応えると心に誓っていた。故に、その力のこもり具合も、並ではない――――。

 

 

提督「あと5000!」

 

あと一歩の距離に肉薄する直人。この時点で120cm砲と円盤状艤装の間で台座をアームで接続した構造になっている80cm砲は、その約半数が千切れ飛んで無くなるか、法そのものを破壊され機能しなくなっていた。しかしその残り半数を使い、破壊され、失われた砲の分まで必死の応射が続く。

 

空母棲鬼「――――艦載機、緊急発艦!」

 

アルウスが突如、自身の武装から艦載機を発進させる。この唐突な動きの変化に面食らう直人。

 

提督「なっ!?」

 

空母棲鬼「火の塊となって、沈んでしまえ!」

 

提督「深海棲艦機も、夜間飛行が出来たのか――――!」

 

それは、直人の予想を超えた事態だった。しかしながら、彼は航空兵装こそ外していたが、対空兵装は降ろしていなかった。

 

提督「対空砲、撃ち方始めぇ!!」

 

号令一下、ウルツブルグレーダーと連動した、15cm高射砲が連射される。その一撃は圧倒的な正確さで敵機を撃墜する事も叶う。

 

次々と撃墜される敵機。その中には、発艦直後を狙い撃たれたものまで存在した。たった5000mと言う距離は、そのような芸当まで可能としたのである。かくてアルウス苦肉の反撃は、余りにも呆気なく挫折した。

 

空母棲鬼「チィッ!」

 

直人の勢いを止められない、思わず後ずさったアルウス。

 

提督「逃がすかァ!!」

 

ドオオオオオォォォーーーー・・・ン

 

アルウス「ッ―――――!?」

 

120cm砲の咆哮、それは遂に―――――

 

ドゴオオオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

アルウス「ガアアアアアアアアッ!?」

 

遂に――――アルウスを捉えた。

 

提督「よしっ!」

 

アルウス「ガッ・・・ハァッ・・・!」

 

その場に崩れ落ちるアルウス。致命打を浴び、最早立つ事すらままならない。

 

そこへ直人が慎重に近づく。

 

提督「全く、超兵器級とは、みなこうなのか? 全く。」

 

アルウス「フッ――――馬鹿を言うな。私など、ほんの序の口に過ぎんのだろうさ。」

 

提督「そうか。ならば尚の事、これからの戦いは気が抜けんな。」

 

アルウス「・・・戦艦紀伊、貴様は本当に強い。私の力で、及びもつかぬとはな。」

 

提督「そんな事は無い。私は無力だ、仲間がいなければ、到底ここまで辿り着けまい?」

 

アルウス「確かに、その通りだ・・・私にも、途轍もない宿敵が出来たものだ。」フラッ

 

提督「――――!」

 

最早立つ事すらままならぬ筈のアルウスが、彼を宿敵と認め、息も絶え絶えにおもむろに立ち上がった。アルウスが立ち上がる余力があったのかと驚く暇もあらばこそ、状況は一変する。

 

空母棲鬼「貴様は確かに強い――――この戦い、最早万に一つも勝ち目などあるまい。だが・・・私は、負ける訳にはいかん!!」ゴォッ

 

提督「っ!?」

 

アルウスを中心に空気が渦を巻く、次の瞬間――――

 

 

ドオオオウウウウウウウウ・・・

 

 

負の霊力が、奔流となって渦を巻き迸った。その勢いは凄まじく、直人をも弾き飛ばし尚強まっていく。

 

提督「一体、何が――――!」

 

突然の変化にただ驚くしかない直人。しかしその渦の中心に確かに感じ取る事の出来る、その禍々しい気は、強まる一方だ。

 

 

バチッ・・・バチバチッ・・・

 

 

提督「馬鹿な――――!」

 

直人が驚愕するその眼前には・・・

 

空母()()「私は、何度でも、貴様の前に立ち塞がってみせる―――――!」

 

“傷一つない”アルウスが立っていた。その武装は、先ほどまでより大きく強化されている事が、見ただけでも分かる程だ。

 

空母棲姫「インディアナ、部下を連れて撤退しろ、殿は私がやる!」

 

ル級改Flag「アルウス様!」

 

空母棲姫「空母部隊は壊滅した、これ以上の足止めは無意味だ。」

 

ル級改Flag「――――分かりました、ご無事で!」

 

空母棲姫「あぁ・・・すぐに戻る。」

 

そう言い置いてアルウスは通信を切り、改めて自らの“宿敵”に向き直る。

 

空母棲姫「“空母棲姫”アルウス、行くぞッ!!」

 

提督「――――良かろう!」

 

両者共に後はない。どちらが折れるか、ただそれだけの勝負となったのである。

 

 

20時20分――――

 

砲声は未だ止まない。

 

ドゴオオォォォォーーーン

 

提督「ぐううっ!」

 

ズドオオオォォォォーーーーン

 

アルウス「うあっ!」

 

 ハイスピード且つ、至近距離の砲撃戦に、大気が震え、硝煙が辺りに立ち込めて視界を悪化させつつあった。

弧を描く様な時もあれば、航跡がおもむろに交錯し、時に激突する。直人が刃を抜き放って一閃を振るったに見えると、再び距離を取り砲撃を加えようとする。その動きを追ってアルウスが躍動し、タイミングを計って砲撃を仕掛ける。

 お互いにタイミングを計りあい、砲撃を繰り返し、直人は白兵戦をも試みる。その、絶妙な一撃を紙一重で回避し合い、互いにしのぎを削り合う。徐々に蓄積して行くダメージは、その余りの激しさを物語るには十分過ぎると言うものであった。

 

 

金剛「手が――――出せないデース・・・。」

 

夕立「ぽいー・・・。」

 

川内「レベルが・・・違い過ぎる・・・。」

 

矢矧「あれが、超兵器・・・。」

 

直人に加勢せんとして駆けつけた艦娘達は、しかし手が出せずにいた。下手をすれば直人を誤射しかねない程に、その速さは凄まじかった。正に、「レベルが違う」のである。

 

金剛「デモ、あのアルウスの霊力、前に遭遇した時よりずっと凄いネ・・・。」

 

大和「えぇ、まるで、棲姫級の様な・・・そんな一種のプレッシャーを感じます。」

 

吹雪「本当に、司令官はお強いですね――――あれだけの戦いが出来るなんて・・・。」

 

深雪「そりゃそうだろ、うちの司令官はとびきりの化物だかんな。」

 

吹雪「深雪ちゃん、失礼ですよ!」

 

深雪の言を失言と咎めたのか焦って吹雪が突っ込む。が――――

 

川内「フフッ、まぁ間違いなく化物だよね。」

 

神通「正直、及びもつきませんね。」

 

夕立「あれは強すぎるっぽい。」

 

時雨「本当に化物だよね。」

 

夕立「ぽい。」

 

摩耶「うむ、とても人間とは思えねぇぜ。」

 

伊勢「ま、常人離れはしてるよね。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」

 

木曽「と言うか普通の人間に艤装が扱える訳ねぇだろ。」

 

北上「その時点でヤバいよねー。」

 

吹雪「ちょっ、皆さんまで!?」

 

発言一同「「まぁ、事実だし?」」

 

吹雪「えぇ~・・・?」

 

事実なんだからとんでもない話だ。と言うより、人間が超兵器と互角に渡り合ってる時点で十分化物なのだから否定の余地はない。が、本人がいない所でとんだ言い草である。(お約束)

 

伊勢「でも、いつ終わるんだろうねぇ・・・。」

 

日向「弾薬残量を考えると、もう終わってもおかしくは無いが・・・。」

 

夕立「・・・終わりそうな感じは、ないっぽい?」

 

 

提督「ハアアアアアアッ!!」

 

ヒュババッ

 

空母棲姫「甘い!」

 

直人も弾薬の残りが僅かな事から白兵戦メインに切り替えていたが、それでも弾薬の消費は止まらない。

 

ズドドオォォーーン

 

提督「しまっ――――!?」

 

袈裟懸けを外した直後、態勢を立て直す一瞬の隙を突かれる直人。回避の余裕はない――――

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「ぐうううううっ!?」

 

その一撃で右側の120cm砲は根元から断ち切られ、腰部円盤状艤装は左舷側が半ば程から千切れ飛び、爆発の衝撃が彼の脇腹をしたたかに叩き、左肋骨を2本折り、更に左前腕の尺骨までも折る重傷を負う。

 

提督「この程度ォ!!」

 

ドオオオオォォォーーーン

 

ある種極限状態となっていた彼は、それでも尚残った1門の120cm砲で反撃する。

 

ドガアアアアアアアアアァァァァァァァーーーー・・ン

 

空母棲姫「ぐおおっ!?」

 

その盛大な爆音は、アルウスの自律型兵装が爆散した音だった。何度も度重なるダメージを受けたアルウスの兵装に施された装甲は、120cmゲルリッヒ砲の放つ、100cm徹甲弾の痛烈な一撃に耐えられなかったのだ。

 

提督「今だ、今がチャンス!」

 

空母棲姫「っ!!」

 

戦う術の大半を失ったアルウスに直人が砲門を向け、艤装を通じて砲の引き金を躊躇い無く絞る―――――

 

 

カチッ・・・

 

 

その砲が火を噴く事は―――無い。

 

提督「――――!」

 

空母棲姫「・・・!」

 

提督「嘘だろ・・・? 弾薬残量は――――ッ!?」

 

“0発”。100cmゲルリッヒ砲弾も、80cm砲弾も、51cm砲でさえも、その残弾はない。残っているのは対空砲である15cm高射砲弾。しかしそんなものでアルウスを倒す事など出来る筈がない。

 

空母棲姫「――――引き分け、か。」

 

アルウスも、浮遊タイプの主砲が2基残ってはいたが、独立型モジュールである事の悲しさで残弾などなく、盾の代わりに使っていた為に破損している。

 

提督「どうやら・・・その様だ。」

 

互いに、行き着く所まで消耗し尽くし、お互いに決定打を残さぬまま、終わりの見えないかに見えた戦いは唐突に終焉した。

 

 

金剛「何が・・・起こってるのデース・・・?」

 

困惑するのは外野の艦娘達の方であった。遠巻きに見ていた事もあり状況が分からない。月明かりの下で、艦娘達にどよめきが走る。

 

伊勢「もしかして、弾薬が・・・。」

 

日向「あり得るな、戦艦紀伊は元々主砲1基毎の弾薬が多いとは言い難いらしいからな。」

 

 そう、巨砲を大量搭載するデメリットは弾数の少なさにこそあった。

実際の艦艇でも同じ事が言えた訳だが、例えば金剛型最終時(排水量32000トン)で、主砲弾定数は1門当たり100発で800発だったのに対し、大和型ではこの倍の64000トンで46cm砲弾をどうにか金剛型より100発多い、1門当たり100発で900発を搭載していた。

ここで見るべきは搭載弾数ではなく一門当たりの砲弾数が変わっていないと言う事で、1門当たり100発を確保する為に、14インチ砲戦艦と18インチ砲戦艦とでは排水量に倍の懸隔があるのだ。無論それだけが要因ではないにしても、である。

 

大和「提督・・・。」

 

大和が心配そうに見守る中で、状況が動く。

 

 

提督「――――だが、俺達の勝ちだ。退いて貰うぞ。」

 

空母棲姫「あぁ、私の敗北だ。これ以上ジタバタはすまい。次の機会を待つ事にする。その時まで、死んでくれるなよ。貴様を殺すのは私だ。」

 

提督「ハッ、俺がそう簡単に死ぬかよ。早く行っちまいな、うちの連中がいつ飛び掛かってきてもおかしくはない。」

 

空母棲姫「そうだな・・・。」

 

アルウスは踵を返し、インディアナの後を追う為に、その場を去って行く。

 

提督「・・・うぐっ!?」ズキィッ

 

見送る直人は、漸く痛覚が戻って来たのがその場に膝を突く。

 

金剛「テイトクゥーッ!」

 

そこに金剛達が駆け込んできた。

 

提督「よォ、金剛か。お疲れさん。」

 

金剛「・・・もう、こんなにボロボロになって・・・。」

 

提督「そうだな、帰ったら入院だな。」

 

金剛「デスネ――――HEY雷電!」

 

雷「だから名前を纏めないでってば!」

 

電「なのですぅ!」

 

金剛「フフッ、提督を鈴谷に、急ぐネ!」

 

雷「分かったわ!」

 

電「了解なのです!」

 

愛宕「手伝うわね。」

 

雷「お願いするわね。」

 

金剛「今は下がって下サイ。指揮は私が執るネ。」

 

提督「あぁ・・・任せた。」

 

苦痛に顔をしかめながらも、直人はそう言った。その後彼は愛宕に担がれ、雷と電の護衛で鈴谷へと緊急搬送されたのだった。

 

金剛「・・・行きまショー、目的地は目の前デース。」

 

一同「「了解!!」」

 

直人の力ない後ろ姿を見送り、金剛は艦隊全艦を統率し、再び目的地を目指す。20時53分の事である。

 

 

一方、砲撃に参加しない一航艦は、鈴谷の護衛として鈴谷の四周を取り囲んでいた。

 

21時11分、直人と3隻の艦娘は鈴谷まで戻って来た。

 

霧島「司令!」

 

飛龍「提督! 大丈夫ですか!?」

 

涼風「うっへぇ~! 提督も派手にやられてるねぇ・・・。」

 

提督「ははは、面目ない。」

 

一航艦の艦娘達に出迎えられる直人。

 

赤城「提督、お戻りになられましたか・・・。」

 

提督「よぉ赤城、お互い派手にやられたな。」

 

赤城「えぇ、そうですね。ううっ・・・。」

 

加賀「赤城さん、無理はしないで・・・。」

 

加賀に肩を貸して貰いながらどうにか立っている赤城。敵の最後の空襲で大破していたのである。

 

提督「兎に角、負傷者と・・・中破以上の艦艇は収容する。残りで、護衛を頼む。」

 

霧島「分かりました。」

 

摩耶「行こう提督、急いで手当てしねぇと。」

 

提督「そうだな、霧島、後は任せる。」

 

霧島「お任せ下さい。」

 

そう言い残して、直人は鈴谷に収容され、医務室に運び込まれたのであった。

 

 

その医務室にはもう一人艦娘がいた。

 

21時17分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

提督「イテテテ・・・。」

 

蒼龍「あっ、提督、お帰りなさ――――っ!」

 

提督「蒼龍、お前も俺と同席か。」

 

蒼龍「あははは・・・そうだね。」

 

同じく大破/負傷した蒼龍が、医務室のベッドに横たわっていた。

 

雷「はぁ、これは忙しくなりそうね。電、手伝ってくれる?」

 

電「分かったのです!」

 

提督「おいおい、休まなくていいのか?」

 

雷「この位なんてことないわよ。それに、こんな時に休んでる場合なんかじゃないわ!」

 

技術局医療課主任の雷の仕事は、むしろ戦闘のあと始まるのである。戦闘の疲れもあるが、それよりも傷ついた人の手当てを優先する辺りは、雷の性格をよく示していると言えたし、そこは直人の適材適所が光った一面でもあった

 

 

8月21日3時59分 ミッドウェー諸島サンド島北東17km

 

交戦海域から7時間で、横鎮近衛艦隊は当初の目的地だったサンド島沖に到着した。

 

金剛「大和サン、お願いシマース!」

 

大和「砲撃戦用意! 目標、サンド島飛行場及び周辺施設!」

 

一同「「了解!」」

 

大和が音頭を取り、全艦が砲撃準備を行う。金剛がそうさせた理由は、単に大和への配慮からだけではない。大和が戦闘に立って指示を出す、それだけで、艦娘達の気合いの入り方が違うのだ。

 

これが、最盛期の大日本帝国海軍連合艦隊旗艦たるもののカリスマであった。

 

大和(ここまで連れて来て下さった、提督や皆さんの為、私は――――やれる事をする!)

 

大和「撃ち方、始め!」

 

100年以上の時を経て、あの時、1942年6月にミッドウェー島沖に鳴り響く筈だった、戦艦大和の砲声がこだまする。それは、守勢一方だった東太平洋方面に於ける、反撃の狼煙であった。

 

 

結局、横鎮近衛艦隊によるミッドウェー砲撃は失敗であった。理由はいくつかあり、夜間であり施設の視認が困難だった事、この地を守る中間棲姫の座標が判別困難だった事、インディアナ率いる水上打撃部隊との交戦後で弾薬の残量に不安をきたしていた事が挙げられる。

 

しかし彼女達は残った砲弾全てを撃ち込み、ミッドウェー島沖を離脱した。これによりミッドウェーの航空兵力はたちまち半減したと言われ、それが無ければ、艦娘艦隊によるミッドウェー攻勢は不可能だったとも言える。その意味で、戦略的な成功を収めた事は事実である。

 

しかしその損害は甚大であり、少なくとも再建にひと月を要する事は間違いなかった。

 

大破:紀伊

   榛名・筑摩・北上・木曽・翔鶴・矢矧・村雨・五月雨・朝潮・夕雲・霞・黒潮

   高雄・足柄・最上・長良・扶桑

   比叡・加古・那珂・赤城・蒼龍

中破:鈴谷・利根・大井・夕立・大潮・満潮・不知火

   陸奥・愛宕・那智・熊野・五十鈴・川内・舞風・響・初雪・白雪・子日

   古鷹・球磨・飛鷹・漣・時雨・磯波

小破:瑞鳳・羽黒・陽炎・巻雲・谷風

   大和・妙高・伊勢・日向・吹雪・深雪・初春・若葉

   霧島・球磨・飛龍・祥鳳・初霜

航空機損失:空母艦載機726機中196機未帰還・528機被弾 

      水偵110機中10機未帰還

 

とみに目立つのは航空隊の損失であろう、全機体の1/4近くが未帰還となっている。いずれも劣らぬ、貴重な熟練搭乗員達だ。これが、空母決戦なのであった。たとえキルレシオが高かろうとも、犠牲は避けられない。その犠牲は消耗となり、徐々に精鋭搭乗員達が空に散る。今後暫くの間、作戦行動など覚束ない事は明らかであった。

 

艦隊にもかなりの損害が発生した。特に第一水上打撃群は壊滅的打撃を受け、これも戦線復帰に時間を要する事は明らかで、かつ提督の戦線離脱がもたらした影響は大きかった。横鎮近衛艦隊は、間違いなく、大打撃を受けたと言えるだろう。アルウスの綿密な作戦案は功を奏したと言える。

 

しかしその後開始された艦娘艦隊を中心兵力とするミッドウェー攻略作戦は成功、中間棲姫「ミッドウェー」は戦死し、サンド島を中心としていたミッドウェー棲地は壊滅した。カウンターを狙った日本本土攻撃作戦も、沖ノ島南方で捕捉され阻止されるに至り、深海側は惨敗した。

 

だが、多大な犠牲を払って手にしたミッドウェー諸島は、日本本土からは余りに遠きに過ぎた。ここへ上陸した部隊は小規模の警備部隊と哨戒飛行隊であり、自給自足と細々とした補給を以って、北太平洋方面の警戒任務に当たる事になる。結局のところ、橋頭堡こそ築いたが、制海権を確保出来たかどうかは怪しい所であった。

 

作戦前加賀の言っていた「成算がどの程度あるか」については充分過ぎるほどあったが、加賀が本当に問いたかったことは、「成功させる事によってどのような影響を及ぼすか」と言う事だった。その結果は、補給への負担が増加し、艦娘艦隊はその補給線防衛の為、更なる拡充を強いられることになったのだから、その事を想えば、直人達の奮戦は、空しい成功でしかなかったのかもしれない。

 

ただ相対的に、艦娘艦隊の必要性が増大した事で艦隊の数を増やす事になったのだから、それを以って帳消しと言う事は出来る。ミッドウェーを空白地帯か出来た事は確かに成果である筈なのだから、その空白地帯を維持する為の兵力がいるのである。その点、艦娘艦隊は便利な存在であったとも言えよう。

 

 

2053年8月末、深海と人類は、太平洋に於いて拮抗した戦いを続けていた。その終わりが何処にあるのか、それを知る者は、まだ、いない。

 

 

 

 

~次回予告~

 

ミッドウェー海戦の後、艦隊再建に努める横鎮近衛艦隊。

しかし緊迫した情勢は、彼らに静養する事を許すはずもなく、再建が僅かに未了の状態で出撃命令が伝達される。

再びベーリング海に歩みを進める重巡鈴谷に襲い掛かる、過去最大規模の強敵、既に運命の歯車は、予測し得ない方向に回り始めていた!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部3章「刹那に吹雪は過ぎ去りて」

艦娘達の歴史が、また、1ページ。




艦娘紹介

艦娘ファイルNo.108

翔鶴型航空母艦 翔鶴

装備1:零式艦戦二一型(熟練)
装備2:九九式艦爆一一型(高橋隊)
装備3:九七式艦攻(村田隊)

 ミッドウェー戦後の一航戦として、ミッドウェー戦を奇貨として実戦投入された新鋭空母。
「雷撃の神様」こと村田重治少佐率いる艦攻隊と、江草隆繁少佐と並ぶ艦爆隊の二枚看板、高橋赫一少佐率いる艦爆隊を擁する一方で、戦闘機隊が熟練飛行隊と言う珍しい存在。
 直人の期待を一身に背負って出動した初陣では、二航戦と共同して赫々たる戦果を挙げ、赤城と加賀の後を継ぐ新たな一航戦としてのスタートを切った。


艦娘ファイルNo.109

祥鳳型航空母艦 瑞鳳

装備1:九六式艦戦(ミッドウェー戦時は零式艦戦二二型(柑橘類隊))
装備2:九九式艦爆(同戦時は零式艦戦五四型(熟練))
装備3:九七式艦攻(上に同じ)

 特異点無しの航空母艦。姉の祥鳳共々元・潜水母艦である。
翔鶴と共に一航戦を編成している艦娘でこそあるが、流石に飛行隊の練度が不足と判断され、取り敢えず地上訓練に回された上で地上転用されていた元空母飛行隊の搭乗員と、鳳翔戦闘機隊を結集してオールファイターキャリアとなり、艦隊防空に活躍した。


レオンハルト艦隊(幌筵第914艦隊)艦隊編成表(全艦隊連合編成)

旗艦艦隊兼第一艦隊
大和 川内
長門 妙高
陸奥 高雄
摩耶 北上
隼鷹 叢雲
龍驤 白雪

第二艦隊
金剛 神通
比叡 雪風
鳥海 暁
古鷹 ヴェールヌイ
加古 電
瑞鶴 雷

第三艦隊
霧島 鬼怒
榛名 利根
赤城 筑摩
加賀 綾波
蒼龍 黒潮
飛龍 不知火

第四艦隊
扶桑 夕張
山城 羽黒
伊勢 最上
衣笠 那智
青葉 時雨
飛鷹 島風

第五艦隊
祥鳳   由良
日向   愛宕
木曽   名取
夕張   初春
長良   初雪
あきつ丸 涼風

第六艦隊
伊58  多摩
千歳  陽炎
千代田 若葉
子日  曙
白露  朧
磯波  漣

第七艦隊
天龍 龍田
文月 三日月
如月 睦月
皐月 弥生
長月 望月
鳳翔 霰


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第3部3章~刹那に吹雪は過ぎ去りて~

やぁ、天の声だよ。久しぶり、かな。

青葉「恐縮です、青葉です!」

まぁこれを書く時は大体久しぶりなんだけどね、月単位で。

青葉「特に今回はイベントを挟んでましたからねぇ、仕方がないですよ提督。」

うむ。今回既存の図鑑が二つ埋まりましたが、新規の図鑑のうち一つが埋まっていません。ついでに出演不可が2隻出た為、相対的に出演不可能艦娘は増えています。が、これは朗報と言えるでしょうか、第四駆逐隊が全員集結します。

青葉「念願叶いましたね!」

本当だよ。個人的に舞風のいる第四駆逐隊は思い入れが非常に強いので、それを小説で全員集合させられたら、と思っていたんです。

青葉「舞風さんと野分さんは、トラック大空襲で生き別れになってしまいましたからね・・・。」

そうだね、それを知った時、自然と涙が出て来たもんだから・・・。

青葉「と言っても艦娘のイラストを見て、ですよね。」

舞風の手袋を、野分がかしずいて外してるイラストなんだけども、野分実装当時、実は舞風を除籍(解体)して予備艦籍(復帰予定艦娘リスト)に入れてたんだよね。それで、野分実装って聞いたから艦歴は調べてたんだ。その時は流してたけど、そのイラストを見た時、ウィキで見た舞風との別れの一節が頭に浮かんで、気付いたら涙が出てた。

青葉「それは、どういう涙だったんですか?」

感動、ではなかったね。途轍もない悔恨の念に襲われたのは覚えてる。改めて野分の艦歴も見て、俺はこんな子を野分から遠ざけてしまったのかと思ったね。それから慌てて舞風を復帰させて、野分と共に戦列に加えた、と言う訳さ。その頃はまだ100枠しかなかったからつらい時期だったけどね。無理を押したのは言うまでもないかな。

青葉「成程・・・。」( ..)φメモメモ

・・・記事にしたって読者は釣れんぞ。

青葉「提督達の泣ける話って事で一つ・・・。」^^;

却下。

青葉「むー・・・。」

と言う事でだ。

舞風「こんにちわー! 陽炎型駆逐艦、舞風です~!」

ゲストで呼んだ、うちの舞風。

舞風「呼ばれた~♪」

青葉「また・・・聞いてませんよ提督・・・。」

そう言うお前はなんか劇場版のラフで改二の絵があったな?

青葉「楽しみです!」

ハイハイ本題行こう。

青葉「あ、分かりました。」

舞風「いっちゃおー!」


今日の冒頭は、前回取り上げた「AN/MI作戦」です。

これは、ミッドウェー(MI)作戦が主、アリューシャン(AN)作戦が支作戦で、日本海軍が策定した第二段階作戦の、言わば二つの要の一つです。

・第二段階作戦とは?
 第二段階作戦は、山本五十六以下の連合艦隊(以下・GF)司令部が、蘭印作戦(第一段階作戦、開戦劈頭の攻勢最終段作戦)の終結後、次なる対米攻勢作戦として計画した、海軍の計画大綱の様なもの。
と言えば聞こえはいいものの、実際には陸海軍共同で、南はフィジー・サモア領諸島、北はダッチハーバー、西はハワイ諸島に至るまで、太平洋上の米軍基地を全て確保して、豪州を孤立させ、オーストラリア政府を屈服させる事を第一義に置いた、途轍もなく壮大な作戦でした。
 MO作戦(ポートモレスビー攻略作戦)はその第一作戦で、その途上起こったのが最初の空母決戦である、珊瑚海海戦です。

GF司令部としては、米国に対して連続した攻勢によって打撃を与え続ける事によって、米国国民をして厭戦感情を引き起こし、有利な条件で和平を結ぶ事を狙っていました。

山本五十六 GF司令長官はの持論と言う事でも有名な話ですが、実際には第一段階作戦の終了後、各所とのすり合わせが出来ぬまま、1か月を無駄に費やす事になります。ミッドウェー作戦についても、太平洋を海軍の管轄と見做す陸軍の反対が特に強く、大本営も連合艦隊諸艦隊司令部も反対が大勢を占めていました。

しかし1942年4月18日、日本陸海軍を震撼させる出来事が起こります。


――――――“東京初空襲”。


ハルゼー提督指揮下の空母、エンタープライズに守られた、空母ホーネットを発艦した18機の中型爆撃機、B-25が、突如として東京をはじめ4都市を空襲します。

被害は左程ではなく、参加機は1機も健在で残りはしませんでしたが、問題は、それが艦載機ではなく、“中型爆撃機”によって行われた事でした。

中型爆撃機なら航空基地から飛び立つもの、まさか空母から発艦するとは夢にも思わなかったのです。まして空母の存在は空襲前から掴んでいたにも拘らず、その海面は敵艦載機の航続距離外であり、且つ、発艦させると予測した時刻から、1日程度早かった事が、大本営を驚かせます。

この頃、アメリカの報道がにわかに、「シャングリラ」と言う地名を報じ始めます。アメリカ海軍の高官が、記者の「B-25は何処から発進したのか」と言う質問に「シャングリラから」と答えたと言うのです。日本海軍はシャングリラとは何かを考え、結果それが、ミッドウェー諸島の暗号名ではないかと思い当たります。

海軍はこの予測を基にして各所を説得、結果、それまであった反対の声は、皇居を空襲の脅威にさらし続けることは得策でないとして静まり、山本長官の職を辞する事も辞さないと言う強圧的な圧力もあり、なぁなぁの空気で実施計画が決定してしまったのです。

この頃、海軍は連戦連勝で驕り切っていました。

情報統制は甘く、芸者や散髪屋までもが、次の作戦地「ミッドウェー」を知っていました。暗号で「AF」と呼んでいたにも拘らず、です。ハワイ作戦の時は、直前まで艦長以下は誰も知らなかったそれが、いとも容易く知れ渡ってしまったのです。

一方で、暗号符牒であったAFは、太平洋艦隊の麾下で暗号解読に従事していたロシュフォート少佐の機転で、ミッドウェーと暴露されてしまいます。これは完全に解読されていた、と言う事ではなく、一個人の機転によるところが大きいものの、「AFで真水が不足している」と言う偽電文は有名です。

話を日本側に戻しましょう。

 具体的な作戦立案に当たっては、日本海軍開闢以来の大戦力が投じられる事が決定します。その主力部隊は山本長官直卒、戦艦大和以下選抜の艦艇で構成され、前哨部隊として南雲忠一指揮の第一航空艦隊、近藤信竹中将の第二艦隊がこれに続き、田中頼三少将の第二水雷戦隊が、陸軍一木(いちのき)支隊と海軍陸戦隊による上陸部隊を積んだ輸送船団18隻を護衛。
 主力部隊の前衛として、高須四郎中将の第一艦隊を配してこれを固め、先遣部隊として第六艦隊の潜水艦を、敵艦隊予想航路上に配陣し、索敵及び奇襲の任を負わせ、更に第五艦隊を中心にした北方部隊を編成してアリューシャン列島方面に進出させ、アッツ・キスカ両島攻略を行うと同時に、ダッチハーバーにある敵港湾施設及び在泊艦艇を、空母により撃滅すると言う、非常に規模の大きなものでした。

 その参加艦艇は100隻を下らず、参加空母8隻に搭載された艦載機はおよそ350機近くにも上るかと言う、太平洋戦争はおろか、過去の戦役でもない様な、日本海軍史上最大スケールの作戦でした。

舞風「私も、のわっち達と一緒に参加してたんだ~! 一航艦の護衛として最前線にいたんだよね! この時第四駆逐隊司令だったのが、後に大和六代目艦長、最後の艦長になる、有賀幸作大佐なんだよね~。まぁ、やった事は、赤城の雷撃処分だったけど・・・。」

青葉「私はその頃南洋部隊である第四艦隊に所属していたので、出撃命令とはなりませんでした。」

ま、第四駆逐隊はこの時喪失艦も無く帰還してるね。嵐で1名死亡者は出たけれども。

 目的は、ミッドウェー島を攻略し、その後で慌ててやって来るであろう敵機動部隊を撃滅する事に趣旨が置かれ、一見主副の目標区分がある様に聞こえますが、実際には目標が主目標として二つ併記されていた事が、用兵の混乱を招く事になります。

ただ、当時アメリカ海軍は余りにも弛緩し切った日本海軍の暗号を、長期に渡る解読作業で大凡解読出来る様になっていました。よって、これら参加艦艇の陣容は、大凡分かっていたとも言われています。が、これはこの時使われていた海軍D暗号の話です。その他の暗号がその当時どの程度の強度を持っていたかは、文献に依る他はないでしょう。

敵の手の内が分かっている以上アメリカ海軍も馬鹿ではありません。しかし、直ちに出動し得る戦力は僅かに空母3隻を中心とし、病気療養中のハルゼー中将に代わってレイモンド・A・スプルーアンス及び、フランク・J・フレッチャー(ハルゼーの後任)の二人の少将が指揮する、第16/17任務部隊のみでした。

残りの戦力は真珠湾の海底か、修理中ないし他所へ派遣していた為、まとまった戦力はこれだけでした。

しかしニミッツ太平洋艦隊司令長官は、GOサインを出します。かくして、アメリカ軍にとって悲壮な決戦は幕を開けたと言えます。


・・・ここから先は語らずともお分かりかと思います。

日本海軍は、度重なる錯誤を犯した結果、空母4隻と重巡1隻を失う大敗を喫し、ミッドウェー攻略も果たせぬまま、作戦は中止に終わります。かくして、真珠湾以来の大博打は、仇となる結果となりました。


この作戦が認可された理由の一つに、山本五十六がハワイの時と同じく、やらないんならやめるって言ったのと、当時山本長官が「作戦の神様」って言われてたってのがあるんよね。

青葉「そう言うのって厄介ですよね、実際の実力が分からないって事ですし。」

そうだね、余り崇められては実際のイメージとかけ離れる事になる。そうなってしまったのも、当時日本海軍が如何に気楽に戦争をしていたか、と言う事が、この戦いで浮き彫りになったと言えるだろうね。

舞風「“軍議は戦わず”と語った人が、戦争の最前線に立ったって言うのは、皮肉だよねぇ~。」

全くその通りだな。

さて、そろそろ本編に行こうか。気付けば4000文字だよ前書きで。

青葉「盛大にやらかしましたね・・・。」

今回のお話ですが、轟沈表現が苦手な人、閲覧注意です。

舞風「そんじゃ、本編スタートッ!」


ミッドウェー戦を終えた横鎮近衛艦隊。大損害を受けはしたものの、またもや喪失艦はなしと言う奇跡を成し遂げ、彼らは遂に、サイパンへと返ってきた。

 

 

2053年8月28日19時16分(サイパン時間) 司令部前ドック

 

提督「入港終了っと。タラップを降ろそう。」

 

明石「はい。」

 

実に3週間以上に渡った大遠征であったが、彼らは見事凱旋を果たした。

 

提督「さぁて、行こうか。大淀が出迎えててくれる筈だ。」

 

明石「はい! それにしても疲れたぁ~!」

 

提督「お疲れ様。ひと段落したら休んでくれ。」

 

明石「そうさせて貰います。」

 

直人と明石は、連れ立って艦橋を後にした。タラップからは既に、気の早い艦娘達が岸壁に降り立っていた。

 

 

提督「やぁ大淀。」

 

大淀「て、提督、お疲れ様でした・・・大丈夫ですか?」

 

 サイパンに足を降ろした直人は、開口一番大淀にそう聞かれてしまった―――と言うのは、彼は左腕を首から吊り下げていたのだ。折った骨がまだ完全にはくっついていないからである。ついでに、全身に包帯を巻いているが、これは殆どが第二種軍服で隠れている。

 戦い終わってボロボロになった第二種軍服だったが、替えを持っていた為問題なかった。尤も、ボロボロと言うより、血糊と焦げ落ちた結果ボロ布同然になっていて、下着までも一部焦げ落ちていたが。

ただ、艤装による身体防護が効いていなかったら、彼はとうの昔に死んでいるか、少なくとも五体満足では済まなかっただろう。

 

提督「ま、なんとかな。少なくとも、足は動かせる。」

 

大淀「は、はぁ・・・それなら宜しいのですが。」

 

 だが重傷なのは変わりない。事実、彼は左大腿部・下腿部と、右大腿部に、打撲痕やら骨にヒビやら最悪一部が砕けていたりで、それで一時は立ってはならないと言われた程なのである。

ついでに言えば、ボロ纏っている状態に負けず劣らず体も傷まみれ、破片が刺さっていたところまであったのだから、推して知るべしだろう。出血も比較的酷かったのだから、あの時最後に崩れ落ちた時は、立つ立たないではなく、痛みと出血のせいで立てなかったのだ。

 

提督「さぁ、部屋に戻るか。雷に数日安静って言われた。」

 

大淀「と言う事は、相当重傷だったのですか?」

 

提督「まぁな、大分治ってきたとはいえ。」

 

大淀「そうでしたか・・・書類の決裁は出来そうですか?」

 

提督「判を押す位だな。」

 

大淀「分かりました・・・。」

 

 

8月29日7時18分 提督私室

 

提督「―――。」ピクピク・・・

 

微妙な笑みを浮かべつつ眉間が震えている直人。と言うのは・・・

 

大淀「・・・。」ニコリ

 

 大淀が書類を持ってきたからである。確かに、判を押す程度は出来る、とは言ったが、本当に判を押すだけの決済前の書類を持ってこられたのである。

ついでに言うと、サインは大淀が直人の筆跡を真似て書いてある。直人は三角巾で腕を吊っており、左腕はまだ暫く使えない。と言うのも、折れた方の腕の骨は、完璧に砕け散っていたからである。

 

どうにか組み合わせこそしたが、治癒するには時間がかかると言うのが、雷の所見だった。

 

提督「・・・大淀よ。」

 

大淀「なんでしょう?」

 

提督「偽筆は流石に不味いだろう。これ、いくらうちがシャドウフリートと言っても公的文書だぞ。」

 

大淀「ですがそうしないと、提督が書類を決裁できませんから。」

 

提督「―――大淀。」

 

大淀「はい?」

 

言い募った大淀に、直人が声色を変えてその名を呼ぶ。それは普段ちゃっかりした彼のそれでも、まして、普段の平静な言質とも異なっていた。

 

提督「真面目も結構、確かに、それはお前の良きところでもある。」

 

大淀「は、はぁ・・・ありがとうございます。」

 

提督「だがな大淀。一つ言いたい事が出来た。」

 

大淀「は、はい。何なりと―――」

 

提督「その手だけは、汚してくれるな、大淀。」

 

大淀「―――!」

 

提督「お前達は艦娘だ。艦娘である以上、その手は汚れざるを得ないのだろう。手を汚すなと言うのは筋が違うかもしれん。だがな大淀。」

 

言葉をとぎってから、彼は続ける。

 

提督「―――武人として、“敵の血で”手を汚す事と、“己の嘘で”手を汚す事は、意味が違う。前者には命を奪った事への責任を背負う覚悟がいる。無論それだけではないが、後者には、自らが嘘をついた責任、それによって他者に迷惑をかけた責任、それによって発生した多くの事を背負う覚悟と、“義務”が生じる。言いたい事が分かるかな?」

 

大淀「提督は―――戦場以外で、私達が手を汚す事は“あってはならない”。そう、仰りたいのですか?」

 

提督「物分かりの早い奴は嫌いじゃない。分かってくれるかな? 大淀。」

 

大淀「分かりました、出過ぎた真似をして、申し訳ありませんでした。」

 

そう言って頭を下げた大淀に、直人がこう言った。

 

提督「分かれば結構。万が一書類を紛失した際に使う予備があったな?」

 

大淀「はい、あります。」

 

提督「それを使うとして、これは処分してくれ。」

 

大淀「了解しましたが、中には書類を更新しなければならなくなるものもありますが、どう致しましょう?」

 

提督「その時はその時だ、いつものように纏めて決済する事にする。」

 

大淀「分かりました。では、これで・・・。」

 

そう言って大淀が、持ってきた書類を手に、彼の部屋を辞去した。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ~。」

 

金剛「失礼するネー。」

 

入れ替わりに現れたのは金剛である。

 

提督「マメにお見舞いに来るねぇ金剛。」

 

金剛「それは、ソノォ・・・。」

 

提督「・・・?」

 

首を傾げた直人に、金剛はこう告げた。

 

金剛「テイトクの顔を見てないト、落ち着かない、と言うか・・・あうう・・・よく分かんないデース。」

 

提督「ふふっ、あっはっはっはっは!」

 

金剛「ちょっ、どうしてそこで笑うんデスカー!?」

 

提督「いやぁ、金剛もそう思う事があるんだなぁって、ちょっと意外だったからさ。ごめんごめん。」

 

金剛「ワタシ普段どういう目で見られてるんデスカ・・・。」

 

提督「能天気吶喊ガール。」

 

金剛「失礼の度を越してビックリデース!?」

 

提督「フフフッ、まぁ、そう言う事なら毎日来てもいいぞ。まだ数日安静って言われたけど。」

 

金剛「では、そうさせて貰うネー。」

 

至って和やかな雰囲気で言葉を交わす二人。金剛は知らぬとはいえ、あれだけの事を言ったとは思えない直人であった。

 

金剛「今日も紅茶を持ってきたネ。」

 

提督「あぁ、サンキューな。今日は何だい?」

 

金剛「レモンティーデース!」

 

提督「お~、いいじゃない。御馳走になろうかな。」

 

金剛はお見舞いの時はなぜか紅茶を淹れて持ってくる。直人が好きだと言うのもそうだが、単に金剛が淹れたいだけである。利害の一致が成立している訳だが、金剛も直人が飽きっぽいのは知っているから、度々違う紅茶に変えているのである。そこまでするのか金剛よ。

 

 

 9月3日、漸く雷からのドクターストップが解除され、直人が職務に復帰してきた。この段になると、明石や金剛の努力でどうにか艦隊は駆逐艦による洋上近海警備程度は出来る様になり、艦隊は外面的には、リスタートと言えるようになってきた。

しかし主力艦は全く修理が進んでいないから、何とも言えない所であった。

 巨大艤装『紀伊』について言えば、これは完全に大破していた為、昼夜兼行で修復をしている所であった。ただ、こうした修復中でも、戦闘データを基にした改修が随所に盛り込まれるため、修理前後では別物、と言うのも間違いではない。

 

 

10時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「~♪(日本/太平洋行進曲)」サラサラッ

 

直人はご機嫌で自身のサインを書いて判を押しまくっていた。なんでも久しぶりにやると新鮮なものである。

 

大淀「・・・。」

 

金剛「・・・。」

 

が、普段見せない彼の様子に、二人揃ってキョトンとしていた。

大淀「・・・何かあったんですか?」

 

金剛「サァ・・・?」

 何かあったのかと聞かれた所で、今回は金剛も何もしてないし知らないので、ただただ首を傾げるばかりと言う状況であった。

因みになんでここまでご機嫌かと言えば、単に久々に部屋から出られたせいか、何をやっても楽しいと感じるだけである。アウトドア派であるからかどうかはさておいて、じっとしているのは性に合わないのだろう。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「入ってどうぞ~。」

なんでここまで機嫌がいいのか、随分砕けた様子だが、その声を受けて入って来たのは明石である。

「失礼します!」

 

提督「明石か、修理状況どう?」

 

明石「紀伊の方は腰部艤装の修復が間もなく終わります、主砲他武装についてはもう少し時間を下さい。」

 

提督「すぐ出撃ではないから大丈夫だぞ。」

 

明石「それもそうでした。」

 

明石は主力艦の修理が捗々しくない事を思い出して納得する。

 

提督「で、本題は? お前の事だ、そんな分かり切った事を報告する為に来たのではあるまい?」

 

明石「ご明察、恐れ入ります。」

 

提督「勿体ぶらずに言え、私は忙しいんだぞ。」

 

明石「アッハイ。修理が今一段落してるので、ドロップ判定をと思いまして。これまで修理もそうですが、提督が静養されていたので、取り掛かる事が出来なかったものですから。」

 

提督「それを早く言いたまえ、終わったら言ってくれ。」

 

明石「畏まりました!」ダッ

 

言うなり執務室を飛び出す明石であった。明石が廊下を走る時は大体忙しい時である。

 

提督「~♪」

 

そして、全く動じることなく全く同じ調子で書類の山を次々に消していく直人であった。

 

 

11時10分、少し遅いなと思い始めた頃に呼び出しを受けた直人は、建造棟の判定区画にやって来ていた。

 

提督「・・・で。」

 

明石「・・・。」^^;

 

提督「明石さん?」^^#

 

明石「な、なんでしょうか?」^^;

 

提督「終わったって聞かされてきたのに待たされてるのは一体どういう了見なんですかね?」オニオコ

 

明石「ちょ、ちょっと~、調整の方が・・・。」滝汗

 

来たまではいいのだが御覧の有様である。

 

明石「あ、終わったみたいです! 皆さんどうぞ!」

 

提督「ぬー・・・日程がぁ―――ん?」

 

と言いながらドロップ判定区画の部屋から出てきた陣容を見た直人は、異様なまでの既視感を覚えた。

 

提督「・・・。」(´・ω・`;)

なんて言えばいいのか分からなくなりつつあったが、取り敢えず自己紹介して貰う事にした。

 

と言う事で今回戦列に加わった艦は総勢5隻である。

 

あきつ丸「自分、あきつ丸であります。艦隊にお世話になります。」

 

提督(陸軍のとっておき、『陸軍丙種特殊船』か。)

 

雲龍「雲龍型航空母艦、雲龍、推参しました。提督、宜しくお願いしますね。」

 

提督(戦時急造型正規空母の第一号艦だな。どこまで使えるか・・・)

 

時津風「陽炎型駆逐艦10番艦、時津風だよ!」

 

提督(お、雪風は喜ぶぞこれは。)

 

瑞鶴「翔鶴型航空母艦二番艦、妹の瑞鶴です。」

 

提督(・・・姉妹揃うの早かったな。)

 

そして、既視感の正体が・・・

 

大淀「提督、お待たせしました。軽巡大淀、戦列に参加します!」

 

提督(マジかよ・・・。)

 

明石「どうです? 驚かれたでしょう?」

 

提督「あぁ全くだ、遂に大淀が戦列参加とはな。」

 

異様なまでの既視感の正体は大淀であった。それはもう毎日見ている姿である。

 

大淀「これで、出撃しても執務が出来ますね。」

 

提督「出来るかァ! 滞らなくなるけど発送できないだろう!?」

 

大淀「あ、それもそうですね・・・。」

 

提督「俺としちゃぁ、ピクニックが研修旅行になる事の方が問題じゃ。」

 

明石「て、提督・・・。」^^;

 

瑞鶴「フフッ、随分楽しそうな艦隊じゃない。」

 

提督「あぁ、勿論だとも。4人共歓迎するよ。今日の訓練は――――もう終わりかけてる時間だな、明日から合流して貰おう。」

 

瑞鶴「分かったわ。」

 

時津風「はーい。」

 

雲龍「了解。」

 

あきつ丸「承知したのであります。」

 

提督「では大淀、案内任せる。」

 

大淀「承りました。」

 

提督「さて、残りの書類片付けっか~。」

 

文字通りそしていつも通り艦娘に案内を丸投げした直人は、さっさと執務室へと戻って行ったのでした。

 

 

12時03分 中央棟2F・提督執務室

 

<あ、翔鶴姉! 翔鶴姉もこの艦隊にいたんだ!

<瑞鶴じゃない! と言う事はさっきここに来たのね?

 

提督「よし終わったァ!」

 

金剛「お疲れ様デース!」

 

提督「さぁメシだメシ~。」

 

金剛「食堂にレッツゴーデース!」

 

いつでも(?)ハイテンション、それが金剛である。

 

 

12時05分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「~♪」

 

てなわけでご機嫌に食堂にやってきた直人。金剛とは入り口で分かれている。

 

提督「お、よう翔鶴。」

 

翔鶴「あ、提督。こんにちわ。」

 

瑞鶴「ん、提督だ。」

 

提督「よう瑞鶴。」

 

気軽に声をかける直人。翔鶴もこうしたやり取りはもう慣れている。

 

翔鶴「お食事ですか?」

 

提督「まぁね~、仕事も片付いたし、今日も午後はゆっくり出来そうだよ。」

 

瑞鶴「・・・ふ~ん? 提督って、ここでご飯食べるんだ。」

 

提督「ここ以外に無いしな。自炊出来はするけど、やっぱり皆で食った方が美味い。」

 

瑞鶴「一理あるわね、成程・・・。」

 

翔鶴「どうでしょう、宜しければ、御一緒にどうですか?」

 

提督「なら、付き合いましょうか。」

 

翔鶴「はい!」

 

そんな訳で、翔鶴型姉妹と相席する事になったのである。

 

 

提督「訓練の調子はどうだ翔鶴。」

 

翔鶴「はい、いい経験を積ませて頂いて、演習でもいい戦果を出せるようになってきました。」

 

提督「おぉ、そうか、そいつは良かった。遥々ミッドウェーまで連れて行った甲斐もあったと言うもんだし。」

 

瑞鶴「えっ、提督さん達、あのミッドウェーに行ったの!?」

 

思いっきりがっついてくる瑞鶴。まぁいない時期なのだからしょうがないのだが。

 

提督「2週間位前だけどね、出撃したよ。」

 

瑞鶴「えええぇぇ~、いいなぁ~!」

 

提督「そうごねるなって、次の出撃にはどうにか同行出来るようにするから、な?」

 

瑞鶴「ほんと!?」

 

提督「あぁ。その代わり、しっかり訓練に励めよ? 練度がない者を戦場に出す程、我が艦隊は不便してないしな。」

 

瑞鶴「分かった。私、頑張るから。」

 

提督「うむ、その意気だ。」

 

満足げに直人は頷いて見せるのであった。

 

提督「何なら俺が稽古つけてやろうか。」

 

瑞鶴「え、どう言う事?」

 

提督「教える前に、やるかやらないか、どっちにするよ。」

 

瑞鶴「ま、まぁやるけど・・・。」

 

提督「なら飯食って一休みしたら、司令部前水域に来てくれ、完全武装でな。」

 

瑞鶴「う、うん・・・。」

 

翔鶴「提督?」

 

提督「うん?」

 

翔鶴「お手柔らかにお願いしますね?」

 

提督「フフッ、それもそうだな。それについてはご要望謹んで承ろうか。」

 

瑞鶴「・・・???」

 

瑞鶴にしてみれば、謎は深まるばかりである。

 

 

勿論、その謎はすぐに解かれる事になるし、読者諸氏にはよくお分かりの事だろう。

 

 

13時19分 重巡鈴谷艦首カタパルト

 

提督「発進!」

 

保守整備中の鈴谷から発艦する直人。既に瑞鶴はお待ちかねである。

 

 

瑞鶴「・・・ん?」

 

異変に気付いたのは、直人が射出される数秒前である。鈴谷を眺めていた彼女は、その艦首で何か動きがある事に気付いていた。

 

瑞鶴「な、何あれ!?」

 

翔鶴「来られましたか。」

 

瑞鶴「来たって、何が?」

 

提督「はぁいお待たせ~。」

 

瑞鶴「えっ・・・。」(絶句)

 

 超巨大機動要塞戦艦 紀伊、完全に修理は終わっていないものの、ミッドウェー戦時は装備していなかった航空艤装と主だった兵装復元で参上。

因みに80cm砲は8割、120cm砲は1門、51cm砲はまだ4割しか修理出来ていないし、まだ塞がれていない穴もある所が、激戦を潜り抜けてきた生々しさと、如何に修理に手間がかかるかを表していた。

 

翔鶴「改めて見ますと、如何に厳しい戦いだったかが、よく分かりますね。」

 

提督「うむ、全くだな。」

 

瑞鶴「ぎ・・・艤装傷だらけだけど、大丈夫なの?」

 

提督「ダイジョブダイジョブ、これでも大分直した方よ、戻って来たとき8割損壊してたから。」

 

瑞鶴「8割ィ!?」

 

即ち、直人の巨大艤装は文字通り大破していたのである。それを短期間でここまで修繕した明石以下造兵廠の設備は流石と言えるだろう。

 

提督「んで、護衛役の艦娘が――――」

 

雪風「しれぇ! 十六駆、参りました!」

 

浜風「十七駆、参りました、司令。」

 

やって来たのは十六駆の雪風・時津風と、十七駆の谷風・浜風である。

 

提督「――――この4隻だな。今回はハンデ戦だ。ついでに、俺の力をよく見て貰ういい機会だろう。」

 

時津風「おぉ~・・・おっきいねぇ~。」

 

提督「駆逐艦の子達は皆そう言うね。」

 

皐月「二十二駆来たよ、司令官!」

 

提督「おう、スマンな。」

 

皐月「いいって、司令官の頼みだもん!」

 

瑞鶴「なんだか、続々と集まって来るわね・・・。」

 

長月「全くだな。」

 

やって来たのは皐月を旗艦とし、文月と長月が所属する第二十二駆逐隊だ。

 

瑞鳳「提督~!」

 

提督「おう、これで役者は全員揃ったな?」

 

瑞鶴「え、何が始まんの? さっきハンデ戦がどうとか・・・。」

 

提督「うん、特別演習。」

 

瑞鶴「嘘ォ!?」

 

そう、まだ基本訓練もやってない瑞鶴がいきなり本格的な演習なのである。

 

提督「ハンデとしてこっちの護衛は睦月型駆逐艦3隻、そっちは陽炎型4隻と空母3隻体制だ。」

 

瑞鶴「・・・提督さん、航空機の実力侮ってない?」

 

提督「侮ってはいないさ、むしろその分俺も手は抜かんが。」

 

これが掛け値なしの事実である事は今から証明されるとおりである。

 

瑞鶴「分かったわ、では始めちゃいましょ?」

 

提督「そう来なくっちゃ。」

 

こうして、新生一航戦VS直人の一騎打ち(3VS1)が始まった。

 

提督「全機発艦!」

 

瑞鶴「行くわよ!」

 

翔鶴「参ります!」

 

瑞鳳「発艦!」

 

一航戦は総計180機の艦載機を出せる一方、直人はハンデとして搭載機数を1/3に減らし、200機で応酬する。

 

が、雲行きが最初から怪しくなる。

 

 

瑞鶴「ちょっ、速い!?」

 

瑞鳳「えっ――――!?」

 

噴式景雲改による強襲攻撃が、何の躊躇いも無く突進してきたのである。

 

時津風「さ、流石に止められないんじゃ―――」

 

 

ドゴォォォーーン

 

 

時津風「―――!」

 

雪風「やりました!」

 

浜風「なんと・・・!」

 

落されました。見事に。

 

提督「嘘おおお!?」

 

今度は直人が驚く番だったが、流石に抵抗はそこまでであった。

 

 

翔鶴「流石、お強いですね・・・。」

 

瑞鶴「いやアレどう見ても性能が違い過ぎるでしょ。」

 

瑞鳳「そ、そうだね・・・。」

 

瑞鶴「航空軽視してるかと思ったけど・・・むしろこれ、手を抜かれてるわね。」

 

瑞鶴のこの一言は非常に鋭かった。紀伊の航空艤装はコンパクトに纏まっているが、搭載機数は多く、したがってそれなりの大きさがある。それを観察していた瑞鶴は、たったあの程度の艦載機数ではない筈だと思ったのである。

 

翔鶴「甚だ、分が悪いと言ったところでしょうか。」

 

瑞鶴「敵機接近、来るわよ!」

 

谷風「あいよっ!」

 

 

激しい航空戦は、短く、しかし熾烈な争いの末に、紀伊の快勝に終わった。世代差を踏まえるとまぁ当然の勝利であったが、割と大人げなく叩きのめしに行ったところはあった。

 

提督「ま、こうなるか、もう少し減らしても良かったかもな。」

 

瑞鶴「こ、この人、一人でも戦えるんじゃ・・・。」

 

提督「ないない。一人で万の敵を相手に出来たらどんなにいいか。」

 

瑞鶴「そ、それもそうか・・・。」

 

実際そこまでの数が相手となるとさしもの紀伊も太刀打ち出来ないのである。

 

提督「んじゃ、戻りますかぁ。」

 

瑞鶴「えぇ、そうね・・・明日から頑張らないと。」

 

提督「おう、期待してるぞ!」

 

瑞鶴「勿論!」

 

後に瑞鶴は、これまでで最大の有言実行を成し遂げるのだが、それはもう少し後の話である。

 

 

9月5日13時29分 造兵廠二番ドック/重巡鈴谷後甲板・四番砲塔付近

 

明石「ふぅ・・・。」

 

明石が四番砲塔を見上げて立っていた。

 

提督「よっ、明石。」

 

明石「あ、提督。」

 

そこへ直人がやってきた。

 

提督「どうだ、修理状況は。」

 

明石「どうにか、形だけ、と言う所です。基部まで滅茶苦茶にされていて、一度全て取り払って新たに組み直した、と言う訳でして。恐らく1トン近い質量の爆弾を直撃されたものかと・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

申し訳無さそうに明石が言うと、直人はただただ、そう言って砲塔を見上げた。

 

一見すれば、今すぐにでも主砲が旋回し、四周を見渡し砲弾を吐き出しそうにも見える。しかし砲を動かす機構はそう単純ではないから、一種仕方がない事でもあったのだが。

 

 

ブオオオオォォォォ・・・ン

 

 

提督「今日もやっとるな。」

 

明石「はい、一航戦と二航戦の方達が、沖合で演習をしていますね。提督が許可なさったんですか?」

 

提督「あぁ、そうだ。今日から随伴艦艇を持ち回りと言う事にして、追加演習と言う形でやらせているんだ。一航戦を対象に、空母戦の猛特訓、と言う訳さ。因みに対戦相手も持ち回りだよ。」

 

明石「艦隊運用、それで回るんですか?」

 

その素朴な疑問に、直人はこう答える。

 

提督「スケジュールは本来、艦娘達が合わせるものさ。艦娘のスケジュールにこっちが合わせていたんじゃ、それこそ立ち行かなくなる。」

 

明石「そ、それは、そうですね・・・。」

 

提督「そう言う訳で、今だけだが少々これまでとスケジュールを変えているのさ。事前にその旨は、金剛と大淀を通じて布告してあるから問題も無いと言う訳。」

 

明石「事前に言ってあるなら大丈夫ですね。」

 

提督「急にやっても人は動けないしね。」

 

明石「ですね。」

 

そんな事を話しながら、彼は鈴谷の艦尾から演習風景を眺めていた。が、暫くすると保守整備の邪魔になると言う事で追い出されてしまったのであった。

 

 

~同刻 ハワイ・オアフ島真珠湾~

 

アルウス「――――。」

 

一方でミッドウェーから生きて帰った、数少ない深海棲艦である空母棲姫――――アルウスは、帰ってきた直後の事を思い返していた。

 

 

~8月28日13時18分~

 

真珠湾「良クモオメオメト戻レタナ。アルウスヨ。」

 

アルウス「・・・。」

 

帰還途上の内から、パールハーバーにそう言われる事は覚悟の上であった。その上でアルウスは、負け惜しみと取られないよう周到に言葉を選んで来てもいる。

 

真珠湾「貴様ノ発案シタ攻勢作戦ハ失敗ニ終ワリ、アタラ多数ノ同胞ヲ失ウハメニナッタ。弁解ハアルカ?」

 

アルウス「ありません。強いて申し上げれば、サイパン艦隊(横鎮近衛艦隊)のミッドウェー近海到達が我々の予想を上回っていた事だけでしょう。兵力集中がもっと機敏に出来ていたのであれば、十分な迎撃態勢を敷く事が出来た筈です。」

 

真珠湾「スルト貴様ハコノ失敗ハ過失ノ要素ハナイトイウノカ。」

 

アルウス「少なくとも、私の作戦指導に於いて、それは無かった筈です。それはあなたも認められた通りの筈ですが? パールハーバー様。」

 

真珠湾「私ガ問ウテイルノハ、貴様ノ作戦指揮ニ誤リガアッタノデハナイカトイウコトダ!」

 

アルウス「確かに、私もまだまだ、経験が足りません。しかし戦場に於いて、錯誤は付きものである筈です。それに、サイパン艦隊の指揮官は見事なものです。敵の意表を突く事と、部下を生かす術に長けている。これには、一筋縄ではいきますまい。今回の敗北も、またそう言う事であるに過ぎないのです。」

 

真珠湾「随分ト敵ノ肩ヲモツデハナイカ、アルウスヨ。」

 

アルウス「敵の実力は、認めてこそ初めて、重みを持つのです。“偶然だ”などと言ってそれに目を瞑るのでは、対抗する事など不可能です。」

 

真珠湾「――――チッ、モウヨイ。下ガレ。」

 

アルウス「ではこれにて。」

 

あっさりと中枢棲姫パールハーバーを黙らせたアルウスは、下がれと言われ早々とパールハーバーの元を去った。

 

 

―――そして現在に至る。アルウスは実際作戦指導に於いて過失があった訳でもなく、その前線指揮にも不備は無かった為に、深海太平洋艦隊上層部としても罰する事が出来ず、形の上ではお咎めなしとはなっていたが、強硬派に付け入られる隙を与えたと言う事もあって、その立場は弱体化したと言わざるを得なかった。

 

アルウス(私としては、この際サイパン艦隊を覆滅させたかったのだが、こうなってしまった以上、再起を期す他に手もあるまい―――。)

 

彼女としては、この様な結末になる事もある程度は予見出来ていた。だからこそ、諦めもつこうと言うものであった。

 

ル級改Flag「アルウス様?」

 

アルウス「――――インディアナか、どうした?」

 

ル級改Flag「いえ、また物憂げな御顔をされていたもので。」

 

アルウス「そうか・・・。」

 

ル級改Flag「・・・一つ、お聞きしていいですか?」

 

アルウス「なんだ?」

 

ル級改Flag「アルウス様は、こうなる事を予見してらしたのですか?」

 

アルウス「そうだな・・・可能性の一つとして、そうなりかねない事は予期していた――尤も、その予期は的中してしまったが。」

 

ル級改Flag「でも、後悔はしてらっしゃらないのですか?」

 

アルウス「・・・後悔していない、と言ったら嘘だな。悔しくもある。だが、まだ次はある。その時こそ、私が勝利を掴む時だ。三度目は無い。」

 

ル級改Flag「それを聞いて、安心しました。このインディアナ、最後まで御供致します。」

 

アルウス「ありがとう。こんな私だが、付いて来てくれ。」

 

ル級改Flag「はいっ!」

 

アルウスは特段軍閥と呼べる様な規模の深海棲艦を従えている訳ではない。しかしそのアルウスが唯一従えている深海棲艦がいたとしたら、それはこのインディアナを持って他にはいなかった。

 

 

一方でサイパン島ではその次の日、驚くべき事が起こっていた。

 

 

9月6日10時22分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「深海棲艦機が通信筒を落として行っただって?」

 

明石「はい、調べた所、特に細工はありませんでしたので、お持ちしましたが・・・。」

 

大淀「大丈夫、なんですね?」

 

明石「勿論です。」

 

提督「まぁ、明石が調べてくれたんだ、多分局長のお墨付きではないかね?」

 

明石「よ、よくお分かりですね・・・。」

 

直人の洞察眼は中々のものである。

 

提督「まぁ、開けてみようか。」

 

大淀「そうですね。」

 

言いながら身構える大淀。直人が通信筒を開けると出てきたのは1枚の文書だった。

 

提督「・・・北方棲姫からのものだな。“近海まで来ているから護衛して欲しい”、だとさ。」

 

大淀「深海棲艦、それも姫級ですか!?」

 

提督「騒ぐな! 北方棲姫ならば丁重に出迎えよう。なんせ、遊びに来てもいいと言った手前があるしな。」

 

大淀「・・・ご説明願いましょうか?」

 

大淀が直人に詰め寄ると、フォローする様に金剛が口を出す。

 

金剛「oh、それならワタシも伊勢から聞いたネ。本当に無垢の子どもの様な深海棲艦だったそうデスネー?」

 

提督「そうだな。こんな所で今この時期に姫級と一戦交える事は、我が艦隊としても容認し得ざるところだ。ならば客人として出迎えてやろう。」

 

大淀「わ、分かりました。」

 

提督「差し当たって理解のある艦娘である必要があるな。誰がいいだろう? 勿論お前は残れよ?」

 

金剛「なんでデース!?」

 

提督「万が一と言う事もある。何か吹き込まれて来たとしたら、面倒だからな。」

 

金剛「ムムム・・・。」

 

直人にそう言われて流石に引き下がった金剛である。

 

飛龍「“提督! 近海に姫級の深海棲艦が―――”」

 

提督「揃いも揃って騒ぐんじゃない!」

 

飛龍「“へ!? あ、す、すみません。それで兵力ですが、北方棲姫の他に、軽巡と駆逐級が合わせて10隻程度との事です。”」

 

提督「成程な、護衛はいるが念を入れて護衛を依頼してきた訳か。付近にいる艦娘は?」

 

飛龍「“近くに第六駆逐隊がいるようです。”」

 

提督「よし、演習中の川内と警備の第六駆逐隊に護衛させろ、空母はそうだな・・・鳳翔戦闘機隊を出動させて上空を固めるんだ、万が一にも誤射があってはならんぞ。」

 

金剛「了解デース!」

 

大淀「了解致しました!」

 

機敏な対応を見せる大淀・金剛と・・・

 

飛龍「“えーと・・・これってどういう・・・。”」

 

状況が飲み込めていない飛龍さんでした。この後艦娘達に話を通したりなんやかやで、何とか出迎えを間に合わせる事になるのである。

 

 

10時53分 司令部前水域

 

 

ザワザワ・・・

 

 

演習中の艦娘達がざわついている。それもその筈、川内と六駆に守られて、北方棲姫が入港して来ているのである。

 

那智「敵を迎え入れるとは、司令は何を考えているんだ?」

 

摩耶「諦めな、前から提督はああいう奴だ。」

 

那智「だが・・・。」

 

摩耶「龍田や川内の話、知ってるか?」

 

那智「いや、知らないが・・・。」

 

摩耶「あの二人は元々、提督を消す為に外部から送り込まれてたらしいんだが、容赦なく提督は刃を振るって戦ったそうだ。龍田に至っては武器ごと一刀両断されたらしい。」

 

那智「成程・・・味方となる者には寛容、と言う訳か。」

 

摩耶「そうだろうな。」

 

等と囁かれている一方で・・・

 

 

雷「ほっぽちゃんは普段、どんなものを食べてるの?」

 

北方棲姫「ほっぽはお魚・・・でも、他のヒトは分かんない。」

 

雷「へぇ~、深海棲艦も、魚は食べるんだ・・・。」

 

電「他に何か食べてるものとかは、無いのですか?」

 

北方棲姫「んー・・・ダッチハーバー、自給自足が盛ん、お野菜とか、作ってる人はいる。」

 

響「ふむ、興味深いな・・・。」

 

暁「あの3人、すぐ打ち解けちゃったわね。」

 

川内「流石、だね・・・。」

 

こんなごく普通なやり取りを交わしているほっぽちゃんサイドであった。

 

 

11時00分 中央棟2F・貴賓室

 

 

ガチャッ―――

 

 

北方棲姫「!」

 

提督「やぁほっぽちゃん、久しぶりだね。」

 

北方棲姫「うん、久しぶり!」

 

提督「あれから大丈夫だったかい?」

 

開口一番で直人はその後の事を聞くと、北方棲姫はこう言った。

 

北方棲姫「うん、ナオト帰ってから、何回か飛行機来た。でも、それ以外何もなかった。」

 

提督「あぁ、良かった・・・上手く伝達できてたか・・・。」

 

北方棲姫「ナオト、ありがとう。助けてくれて。」

 

提督「―――あぁ、どういたしまして。」

 

北方棲姫「今日は、そのお礼・・・言いに来たの。」

 

提督「そっか、わざわざありがとね。」

 

北方棲姫「いいの。もしかしたら、殺されてたかもしれないから・・・。」

 

提督「・・・。」

 

その言葉を聞いて、直人は何も言えなくなった。なにせ、彼自身最初は北方棲姫を倒そうとしていたからである。

 

北方棲姫「・・・ナオト?」

 

提督「――――俺のしようとした事が、許される事だとは思ってない。だけど、そんな俺にこうして、お礼を言いに来てくれた。それが俺にとっては、一番嬉しいよ。」

 

北方棲姫「・・・ナオト、優しい。でも、他の皆は、違うかもしれない。だから、ナオトはいいの。ナオト、優しいヒトだから・・・。」

 

提督「ありがとう、ほっぽちゃん。そう言ってくれてホッとしたよ。」

 

北方棲姫「うん、よかった。」ニコッ

 

直人はこの時の北方棲姫の言葉に、心底ホッとしていたと言う。それが、周囲の艦娘達の証言などがそれを裏付けている。

 

人と深海棲艦と言う、生存権を相争う不倶戴天の敵とも言うべきその壁を超克した二人の絆。後の戦史に、「この絆無くして、その後の戦局は存在し得ない」と記させたそれは、深く打ち込まれた友好の楔であった。

 

 

その後少しして、北方棲姫は元来た航路を戻って帰って行った。途中まで送らせた直人は、一種スッキリした面持ちで、残りの書類を片付けていた。彼自身、結構気にもしていたので、北方棲姫の言葉はかなりありがたかったのである。

 

 

9月8日10時22分 司令部前埠頭

 

提督「来たか・・・。」

 

輸送船から積み下ろされてくる物資の内の一つを見て直人は呟く。本来ならただの補給物資。しかしこの時ばかりは意味合いを異にしていた。

 

大淀「―――“結婚指輪”、ですか。」

 

そう、この輸送船団は非常に重要な物資を積載している。この物資の意味が指し示す意味は、提督諸氏ならば御承知置きの事だろう。

 

提督「・・・誰に渡そうか。」

 

大淀「相応の練度が無ければ、効果を適用出来ないとの事でしたが・・・。」

 

提督「そうだな、あれは所謂セーフティリミッターを外付けにするだけの代物だ。艦娘の艤装が人の身体を以ってしても連結出来るからこその芸当だが、本来艤装内にある性能制限リミッターを、指輪の形にしてリミッターとして使う。なんでこんな事をするかと言えば、それは元来の性能を底上げするからな訳だが・・・。」

 

大淀「その為に今までのリミッターを全て外さなければならない、ですか。」

 

提督「その通りだ。」

 

“ケッコンカッコカリ”システム。否、正式名称は「Protective limiter for improving performance limit」――――“PIPL[ピップル]システム”と呼ばれている。

 

 直訳すれば「性能上限向上のための防護リミッター」とでもなるだろうが、表向きがケッコンカッコカリシステムと言う呼称を取ったのは、受けの良さを狙った事と、それを通じて艦娘との絆を提督達に認識させる事、何よりその形状が、指輪と言う形状を取っている為である。

 おおよそは大淀と直人が説明した通り、本来霊力の消費量や艦娘機関への過剰負荷を抑制する為に設けられている性能制限を全て外し、その上で改めて制限を緩和したリミッターを取り付ける、と言うシステムで、艦娘研究の発展に伴い議題に上ってきたテーマの一つ―――艤装の性能向上に対する答えとして提出されたものを、限定的ながら実現したものだ。

 

 その答えたる性能制限の全廃は、理論上際限なくその性能を拡幅出来るが、それでは艤装や艦娘自身の限界を超えてしまうリスクがあり、最悪の事態を招きかねない。

この為、リミッターを外した後、その上から艦娘防護用のリミッターを設け、安全に、しかし確実に、艦娘達の性能を底上げして、少しでも深海棲艦に対抗出来る様にする事を目的としていた。

 

艦娘の霊力保有量は、艦娘達の成長と共に向上する事が分かってきた為、PIPLシステムは日の目を見た。大本営が相応の経験を積んだ艦娘に限定し、このシステムの適応を許可したのである。

 

そのリミッターの役割を果たす指輪は、艦隊試験任務を達成することに依り、各艦隊に1個づつ供給される他に、申請すれば追加で送って来る訳で、その任務を完了し納入されてきた指輪が、彼の手元に着いたのである。

 

提督「・・・こうして見ると、本当にただの指輪と変わりないんだな。見た目は。」

 

大淀「ご丁寧に指輪入れのケースに入っていますからね・・・。」

 

提督「・・・誰に使おうかな。」

 

大淀「候補は絞られると思いますが・・・。」

 

提督「まぁの~、しっかしどうすっかな。」

 

大淀「・・・提督が、指輪の事でそこまで考え込まれるとは、意外ですね。」

 

提督「どういう意味だおい。」

 

大淀「深い意味はありません♪」

 

提督「フッ、こいつめ。」

 

そうは言いつつも、渡す艦娘は大方絞れて来ていた。

 

 

そこで直人、一つ策に出た。艦娘達の反応を探ってみようとしたのである。

 

但し下手な手が使えないので、彼は安直な策に出た。

 

 

~中央棟前ロータリー~

 

提督「指輪はやはり、金剛・鈴谷・五十鈴・雷辺りにするかな。」

 

大淀「成程、どなたに使っても戦力アップになりますね。」

 

??「――――!」

 

提督「一つしかないし、さて、どうするか。」

 

言いながら彼は、足音が離れていくのを聞いていた。

 

提督「――――。」チラッ

 

それを目ざとく見つけ、心の中でほくそ笑む。が、これが思わぬ効果を齎す事になる。

 

 

12時13分 食堂棟1F・大食堂

 

卯月「うーちゃん、凄い事聞いちゃったぴょん♪」

 

睦月「ん? なになに~?」

 

卯月「睦月は今日、“指輪”が届いたって聞いたぴょん?」

 

睦月「聞いた聞いた~、皆その話題で持ちきりにゃし。」

 

やっぱりと言うべきか、艦娘と言えど一人の乙女、ともなれば指輪には潜在的な憧れがある訳で、自然話題になるのである。

 

睦月「誰に使うのかなって、さっき如月や三日月と話をしていた所なのね。」

 

卯月「その事だけれど、その候補が――――」

 

睦月「にゃ!? それ本当なの!?」

 

卯月「間違いないぴょん。司令官が言ってたぴょん。」

 

そう、立ち聞きしたのは卯月であった。直人は卯月に聞こえる様に仕向けたのである。

 

睦月「もしそうだったら、司令はまだ――――」

 

金剛「その話、詳しく聞かせるネー。」ニッコリ

 

睦月・卯月「「!!」」

 

そんな話を聞きつけ現れたのは金剛。流石の地獄耳と言うべきか、その手の話は聞き逃さない。それにしてもこの時ツキが無かったのは卯月だったかもしれない。

 

卯月(この際だからちょっと悪戯してやるぴょん♪)

 

等と考えたばっかりに・・・。

 

 

14時19分 サイパン演習場・屋内射撃訓練場

 

 

パパン、パパパン、パパパン、パパン・・・

 

 

提督「―――弾の補給が滞りがちではあるからこの辺にして置きましょうかね。」ガチャッ

 

マガシンを自前のHK416から外しつつ言う直人。

 

提督(・・・木刀でも振るか。)

 

そう思い立った直人は、バットケースで持ってきた、白樺の木刀を取り出して外に出る。木刀と言えば茶褐色系のものが多いが、白樺の木のそれは白っぽい木刀である。風変わりなものを好む所がある彼は、白樺で出来た木刀を愛用しているのである。

 

 

金剛「提督は何処デース!?」

 

鈴谷「ダメ、こっちもいない!」

 

雷「ここまでどこにもいないとなると、残りは・・・」

 

五十鈴「えぇ、そうね・・・。」

 

一方で大慌てで提督を探し回っている4人。既に当ては全て探し尽くし、残るはただ1カ所のみとなっていた。

 

 

 

 

ブン、ブン、ブン・・・

 

 

提督「47、48、49、50・・・」

 

常に体を鈍らせない様に心掛けている直人だが、一方でその鍛錬は、暇潰しと言う側面もあった。目的に手段が適応しているからこそ直人は苦にせず鍛錬をやるのである。

 

因みに毎日普通に200本は振る。

 

提督(・・・?)

 

ふと、直人は視界の隅に何かが映り込んだ気がしたが、特に気にも留めず木刀を振り続けた。

 

 

金剛「ここに居なかったら本土トシカ・・・アッ!」

 

鈴谷「あれじゃない?」

 

五十鈴「あれね。」

 

雷「いくわよ!」

 

3人「OK!」

 

紀伊直人、発見さる。

 

 

提督「62、63、64・・・」

 

4人「提督!」

 

提督「65・・・ん? どうした?」

 

金剛「テイトク、私達の誰かに指輪を“エンゲージリング”として渡すって本当デスカー!?」

 

提督「・・・。」

 

直人の表情が数秒凍り付いた後・・・

 

提督「へ!? 何の話!?」

 

心底驚いて叫んだのであった。

 

金剛「とぼけても無駄デース! 聞いたって言う子がいるネ!」

 

提督「言ってない、何かの間違いだ!」

 

鈴谷「へぇ~? その聞いたっていう子が、提督の口から聞いたって言ったら、どうする?」

 

提督「何・・・?」

 

この一言で直人は、卯月に謀られた事を悟った。謀ったつもりが謀り返されたのである。

 

五十鈴「さぁ、どうなの?」

 

雷「隠し立てした所で遅いわよ!」

 

提督「いや、確かに、お前達4人の何れかと大淀に話した、だがエンゲージリングだとは一言も言ってないぞ。これはホントだ。」

 

鈴谷「怪しいねぇ~?」

 

金剛「ウンウン。」

 

提督「お前らぁ~・・・。」

 

この執着を見れば分かる通り、艦娘達には指輪に対し、憧れや羨望などから来る執着を持つ事が少なくない。これはその一側面を現す出来事でもあるが、直人は自説を譲る気は無かった。

 

提督「宜しい。ではその証人とやらの所に連れてって貰おうか。」

 

金剛「OKデス、行きましょう。」

 

こうして直人は演習場から4人の艦娘に続いて司令部に向かったのである。

 

 

14時37分 司令部前ロータリー

 

金剛「あれデース。卯月ー!」

 

提督(そんなこったろーと思ったよ。)

 

卯月「何ぴょん――――!?」

 

提督「やはり貴様か卯月。」ニコリ

 

笑っているが全く目が笑っていない。

 

卯月「やばっ!」ダッ

 

提督「川内! 卯月を捕らえろ!」

 

川内「えっ!? あ、了解!」

 

直人が通りかかった川内に急遽卯月拘束を指示する。ものの数秒で卯月は捕まった。すばしっこさはある卯月であったがそれをあっさり捕らえる辺りが流石である。

 

卯月「はーなーすーぴょぉぉぉーーーん!!」

 

提督「だが断る。」

 

卯月「う~・・・なら煮るなり焼くなり好きにするぴょん!」

 

提督「では一つ聞こう。金剛にあらぬ流言を流したのはお前だな?」

 

卯月「な、何のことだぴょん。うーちゃんは知らないぴょん。」

 

提督「あれはお前に聞こえる様に言ったのだが、エンゲージリングと言った覚えはないぞ?」

 

卯月「なん・・・だって・・・ぴょん!?」

 

卯月はこの時初めて、卯月自身が彼の掌で踊らされていた事を知る。

 

提督「さぁ、どうなんだ? ある事に無い事まで話したのか?」

 

卯月「・・・うーちゃんは事実を正確に――――」

 

提督「営倉に放り込まれたいか?」

 

卯月の最後の抵抗も、この一言の前には無力であった。

 

卯月「言ったぴょん! つい魔が差して悪戯してやろうと思って言っちゃったんだぴょん!」

 

提督「宜しい、1週間営倉送りだ。」

 

卯月「そんな殺生な! あんまりだぴょん!」

 

提督「白状せなんだら2週間だったぞ?」

 

卯月「逃げ道なんてなかったぴょん!?」

 

慈悲などなかった。

 

提督「そう言う事だ金剛達、納得したかな?」

 

4人「あ、はい。」

 

納得せざるを得ない材料しかなかった。尤も情報源が情報を撤回したのだからそれも当然だった。

 

この後、卯月は本当に1週間営倉にぶち込まれたのであった。罪状は提督についての虚偽の流言と言う事であった。有言実行が彼のモットーである。

 

 

が、この騒動は、思わぬ形で彼の意識を変化させる作用があった。

 

 

17時23分 中央棟2F・提督私室

 

提督「・・・。」

 

直人は自室で西日を眺めながら一人考えていた。

 

提督(エンゲージリング、か・・・。)

 

言うまでも無く、エンゲージリングとは「婚約指輪」の事だ。因みに結婚指輪はそのままウェディングリングと言う訳だが、それは置いておこう。

 

エンゲージリングと聞いて直人も思わない所が無かった訳ではない。少なからず彼は考えさせられていた部分がある。

 

提督「戦後、か・・・。」

 

 提督と言う身分はいつ死ぬとも知れない身。であれば、例え将来を誓った相手とであっても、所帯を持たない者が多い。軍人に見られるこの傾向は、艦娘艦隊の提督達にも同様に見られていた。

直人とて考えている事は同じである。金剛の事は愛しているが、たとえ所帯を持つとしてもそれはいつ来るとも知れぬ戦後の話だろう。

 だが、彼とてそこまで鈍感ではない。戦後起こるであろう出来事を確約する事は、少なくとも出来なくはない筈で、その為にこの指輪をその証として使うのだ、と言う考え方も出来ない訳ではない。

 

提督(しかし、この指輪は戦略物資の一つだ。それに私情を挟んでいいのか・・・?)

 

“個人”としての自分と、“公人”としての自分、いずれを取るか。彼はこの時、悩みに悩んでいたのである。それは彼が、一個艦隊の責任はもとより、彼の、横鎮近衛艦隊と言う存在が、その後の戦況を大きく左右するものであればこそであった。

 

彼の双肩に背負わされたものは、並の提督のそれを遥かに凌ぐ重責だったのである。

 

 

9月10日13時22分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・。」

 

思案顔の直人が執務机の椅子に腰かけている。

 

大淀「・・・提督、何をお考えになっておられるのですか?」

 

ずっと付き添っていた大淀に、直人は不意に声をかける。

 

提督「・・・暫く、私を一人にしてくれるか?」

 

大淀「は、はぁ、構いませんが・・・。では、失礼します。」

 

そう言って、大淀が執務室を去る。

 

 

~13時30分~

 

提督「・・・。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ。」

 

金剛「失礼するネー。」

 

提督「おう、来たな・・・呼び出してすまん。」

 

金剛「いえ、それで、ご用事はなんデスカー?」

 

提督「まぁ、その、なんだ。あちら側に席を移そうか。」

 

金剛「・・・? OKデース。」

 

不思議に思いながら応接用のテーブルに移動する金剛を見てから、直人は机の引き出しから何かを取り出す。

 

 

席を移した直人が応接用のテーブルの椅子に腰かけ、少ししておもむろに口を開く。

 

提督「・・・今日呼び出したのは、その、話があったからなんだ。」

 

金剛「テイトクから話をする為に呼び出されるのは初めてデース。」

 

意外そうに言う金剛。

 

提督「あぁ、そうだね・・・。」

 

そして心持ち俯き気味にそう言う直人。

 

提督「まずは、礼を言わせて欲しい。この1年半近くに渡り、よく艦隊を纏めてくれた。お前でなければ、これだけの面々を一つに纏め上げる事など叶うまい。ありがとう。」

 

金剛「どういたしましてネー。デモ、鳳翔さんや大和さんでも務められると思いマース。」

 

提督「フッ、謙遜だな。金剛はもっと、自分のして来た事を誇っていいんだぞ?」

 

金剛「私は、何もしてないデース。」

 

提督「そうか・・・。」

 

そこで直人は一度言葉を切って続ける。

 

提督「俺は、お前達が思っている程、器用でも、賢くもない。艦隊業務も任せっぱなしだし、細かい事もお前達に預けてしまっている。女を見ては目移りするわ仕事にもそう熱心になれないし碌な事がない。それでも、多くの艦娘達がついて来てくれた、その事は、真に感謝すべきなのかも知れないな。」

 

金剛「確かに、提督は女に弱いトコロもあるネー。でも、提督は優しいネ、周囲に気を配り、導く。だからこそ、皆ついて来るのデース。」

 

提督「俺は、振舞いたいように振舞っているだけなんだがね。まぁ、それはいい。」

 

金剛「・・・?」

 

提督「・・・俺は、万事につけて駄目な所の方が多い男だ。だが、これだけは言える。それは――――お前がどうしようもなく好きだと言う事だ、金剛。」

 

金剛「――――!」

 

金剛の目を真っ直ぐ見つめ、真面目な口調で真っ直ぐ言い放った直人。唐突な、しかし改まった告白に、金剛は思わず頬を赤らめ声を失った。

 

提督「この戦争が終わったら、俺ももしかしたら、家庭を持つ事があるかもしれない。もしその時が来たら、そのパートナーはお前がいいと、心から思う。」

 

金剛「テイトク――――。」

 

提督「だが、今はまだ、戦もたけなわだ。だからこそ、将来の約束を――――この指輪を、エンゲージリングとして、受け取って欲しい。」

 

そう言って懐から取り出したのは、ケッコンカッコカリ―――ピップルシステムの指輪であった。少し違う事は、プラチナで出来たアサガオの花を模った小さな飾りがついている事だった。

 

金剛「――――嬉しいネ・・・ワタシも、テイトクが大好きデース・・・。」

 

感極まって涙を零す金剛。

 

金剛「・・・ココマデされちゃ、私も死ぬ訳には、行かないネー。」

 

提督「当然だろう? お前に死なれたら皆が困るが、何より俺が困る。この世を見果てるまで一緒に居よう、金剛。」

 

金剛「えぇ、ワタシ達は、ずっと一緒ネ。」

 

 金剛をそっと抱き寄せる直人。直人は結局、公人としての己より、個人としての自分を優先したのだった。

彼とて一人の男であり、公人としての立場があるからと言って愛し合っている者を差し置こうなどというのは、やっていい事ではないと言う思いが、彼を突き動かしたのである。

 

 余談だが、アサガオの飾りは元々ついていたものではなく、前日に明石に密かに相談して付けて貰ったものなのだ。かなり精密なものを依頼した為に、受け取った時明石はクタクタになっており、二三ほど愚痴を賜ったと言う。

アサガオの花言葉は、「固い約束」「愛着」「愛情の絆」などである。いまや固い愛で結ばれた二人にとって、これほどまでに送り、受け取るのに相応しい花が他にあるだろうか・・・。

 

 

9月14日9時35分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「提督、緊急電を受信しました!」

 

駆け込んできた大淀は、直人の顔を見るなりそう言った。

 

提督「何事か!」

 

大淀「カムチャッカ半島に、深海棲艦隊が出現、沿岸部に上陸を開始したとの事です!」

 

提督「ペトロパブロフスク・カムチャツキーの警備隊はどうなっている?」

 

大淀「現在抵抗を試みているとのことですが、防御地点から交代するのも、そう先の事ではないかと。」

 

提督「我が艦隊への指示は?」

 

大淀「まだありません。」

 

提督「ふーむ・・・だが、幌筵艦隊で処理出来るだろう。我が艦隊に出番は無かろう。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

金剛(・・・胸騒ぎがするネー。)

 

金剛はこの時、妙な胸のざわつきを覚えたものである。

 

 

果たして追う事僅か4分で、横須賀鎮守府から出撃命令が下された。

 

提督「・・・我が艦隊を動員する、と言う事になると、敵の規模はかなり大きいのか?」

 

大淀「詳細の説明の為、横須賀鎮守府に出頭するよう明記されています。」

 

提督「・・・そう言われてしまったなら、行くしかあるまい。全艦隊に緊急招集、艦隊編成は前回着任分を外せ。」

 

大淀「と言われますと、瑞鶴さんも外されますか?」

 

提督「・・・そう言えばそうだったな。瑞鶴は投入しよう、それ以外は、分かるな?」

 

大淀「分かりました。私はここで、お帰りをお待ちしております。」

 

提督「すまんな、留守を頼む。」

 

大淀「はい、お任せ下さい。」

 

かくして横鎮近衛艦隊は稼働全艦に緊急招集を発動、訓練及び哨戒行動はその全てが中止され、全艦が鈴谷に集結した。

 

 

が、ここでなんとひと悶着あった。

 

と言うのは、艦隊編成表について、異議申し立てをした者がいたのだ。

 

 

11時17分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「何? 一時配置転換を希望だと?」

 

吹雪「第十一駆逐隊を、一水打群に組み込んで頂きたいんです。」

 

提督「却下だ。」

 

吹雪「何故ですか?」

 

提督「二水戦は我が艦隊の最新鋭駆逐艦を集めた部隊だ。なぜならそれは一水打群が、かつての第二艦隊と同じ役割を嘱望されているからに他ならない。であればこそ、一個人の希望で、その原則を脅かす事があってはならない。それは二水戦の面々に動揺を与えるだろう。」

 

吹雪「二水戦ではありません、一水打群に直接編入して欲しいと言っているんです。」

 

提督「却下だ。それでは主力たる第一艦隊の護衛はどうなる?」

 

吹雪「誰か、別の駆逐隊を充当して頂ければいいと思います。」

 

提督「第十一駆逐隊は4隻編成の数少ない駆逐隊だ。それをうかうか動かせば、その補填が利かせられないではないか。却下だ。」

 

吹雪「では私だけでもお願いします!」

 

提督「十一駆の旗艦ともあろう者が原隊を離れてどうする!」

 

吹雪「何があっても、私は最前線で戦いたいんです!」

 

提督「今だって十分最前線だ。水雷戦隊による突撃は何度も経験している筈だが?」

 

吹雪「ですがこれは、十一駆全員の了解も取り付けてあるんです!」

 

提督「勝手な事をされても、ダメなものはダメだ。」

 

吹雪「司令官!」

 

提督「くどいぞ吹雪! 部隊編成の最終決済権は私が預かっているんだ。その私が駄目だと言ってるのが聞こえないのか!?」

 

吹雪「なんと言われても、私は自説を曲げる気はありません。」

 

提督「――――!」

 

吹雪「――――。」

 

暫く対峙する二人。直人にしても、艦娘がここまで強情なのも初めてであった。

 

提督「・・・そこまで言うなら良かろう。第八駆逐隊と入れ替わりに、二水戦に臨時編入させよう。」

 

吹雪「では―――!」

 

提督「但し! あくまで今回きりだ。次は無い、覚えて置け。今度この様な事があれば、次は営倉にぶち込むからそのつもりでいろ。」

 

吹雪「分かりました、ありがとうございます。」

 

結局直人は、渋々吹雪の言を認可することにした。吹雪は言い出したら聞かない所があるのを彼も知っていたが、その強情さに折れた形になる。

 

だが後に彼は、吹雪を営倉送りにしてでもこれを阻止すべきだったと思う様になる。

 

 

結局、決定した編成は次のようなものになった。

 

第一水上打撃群(水偵32機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲)

 第十一駆逐隊(吹雪/初雪/白雪/深雪)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵66機)

旗艦:陸奥

第一戦隊(大和/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 88機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

 第一水雷戦隊

 川内

 第四駆逐隊(舞風)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一航空艦隊(水偵12機)

旗艦:赤城

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古)

第十三戦隊(球磨/多摩/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

 第十戦隊

 阿賀野

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第十二駆逐隊(叢雲/島風)

 

サイパン島防備艦隊

旗艦:鳳翔

第十八戦隊(天龍/龍田)

第五十航空戦隊(鳳翔 42機)

第十五戦隊(夕張/阿武隈)

 第七水雷戦隊

 名取

 第三十駆逐隊(睦月/如月/弥生/卯月)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 第二十三駆逐隊(菊月/三日月/望月)

 

司令部直隷艦艇

あきつ丸

第七航空戦隊(雲龍 51機)

第十戦隊旗艦心得(大淀)

 第十六駆逐隊(雪風/時津風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 

 以上の通りである。各航空戦隊ごとに搭載機数の表示を行っている。

今回の出撃に際し、艦載機の変更は行われていない一方で、第十一駆逐隊の二水戦への配置換えがある為通常とはやや違う艦隊編成となっている。

 司令部直隷艦艇については、今回は全てサイパンに残して、練成に充てる腹積もりでいた。この為これまでずっと戦線加入していた雪風と谷風が、今回はサイパン島司令部に残留する。大淀は第十戦隊旗艦として今後行動する事が決定していたが、訓練途上であった為心得扱いとして司令部に残留となった。

 

この様に、異例な状態も内包しつつ、横鎮近衛艦隊は作戦準備を始めていた。13時丁度、重巡鈴谷はサイパンを発ち、横須賀へ向け針路を北に取ったのであった。

 

 

4日後の9月18日、重巡鈴谷が横須賀沖に姿を見せた。

 

 

9月18日(日本時間)10時47分 横須賀沖

 

提督「まさかこんな形で一時帰国する事になるとはね。」

 

明石「そして、横須賀に入港するのは初めてですね。」

 

提督「そう言えばそうだ。ぶつけてくれるなよ?」

 

明石「分かってますって。」

 

11時12分、重巡鈴谷は海上自衛軍横須賀基地の岸壁の一つに横付け、直人は慌ただしく下艦して、横須賀鎮守府へと向かったのである。

 

 

12時41分 横鎮本庁・会議室

 

横鎮本庁に出頭した直人は、珍しく会議室へ通された所までは良かったものの、丁度昼前だった事と長官の多忙で待たされ、漸く対面した時には昼過ぎであった。

 

土方「待たせてすまんな紀伊君。急な来客があったものだから、そちらに対応せねばならなかったのだ。」

 

提督「土方海将こそ、お忙しい中すみません。」

 

土方「いいのだ、呼びつけたのは、他ならぬ私だ。」

 

提督「大迫一佐も、お久しぶりです。」

 

大迫「久しぶり、と言いたい所だが、そう悠長にやってもおれん。私は本来後方担当の参謀だが、横鎮の幕僚にお前に会わせられる参謀がいなかったから今日は来たんだ。」

 

提督「はっ。それで、早速詳しい状況をお聞きしたいのですが・・・。」

 

土方「まぁ、かけたまえ。」

 

提督「はい。」

 

互いに対面する位置で席に付くと、土方海将と大迫一佐が早速卓上の地図を見つつ状況を説明し始める。

 

大迫「まずこれまでの状況だが、ペトロパブロフスク・カムチャツキーと、オッソラに上陸を開始した深海棲艦隊だが、前者は幌筵艦隊によって制圧したが、これはどうやら陽動であったらしく、敵はオッソラ周辺に橋頭保を築きつつある。これに対し、幌筵艦隊は総力を挙げて反撃しているが、橋頭堡構築を阻止する程度の効果しかない。」

 

提督「すると敵はまだ、オッソラ方面に橋頭保を確立出来てはいないんですね?」

 

大迫「そう言う事になる、防戦した警備隊はどうにか陣地を守り抜いたよ。安心していい。が、オッソラは無防備だったから、現在空襲によって打撃を加えている段階だ。」

 

土方「今回貴艦隊に要請したいのは、オッソラに上陸した敵軍とその運送艦隊の撃滅、併せて、その東方遥か沖に展開する、強力な支援艦隊を撃退する事だ。」

 

提督「撃滅、ではないのですか?」

 

土方「今回、敵はかなり大規模な支援艦隊を投入しているらしく、幌筵艦隊はおろか、大湊警備府からの増援を得ても未だ撃退に至っていない、無理はしてくれるな。」

 

提督「分かりました。」

 

大迫「現在鈴谷に燃料の補給を急がせているが、念の為幌筵の方でもバックアップ体制を敷かせる。」

 

提督「分かりました、ところで、敵に超兵器級の存在は確認されているんですか?」

 

土方「現在確認されていない。このところ超兵器の出現報告は北方海域ではぱったり途絶えていてな。」

 

提督「それが分かれば、我々も思う存分暴れられます。」

 

土方「期待させて貰う。」

 

直人はその後も何点か質問をしていたが、やがて横鎮本庁を去り、鈴谷へと戻って行ったのだった。

 

 

同じ頃、北方海域の果てで、一人考え込む者があった。

 

~ベーリング海棲地~

 

ヴォルケン「――――。」

 

ベーリング海棲地を統べる、深海棲艦の王、ヴォルケンクラッツァーである。

 

リヴァ「あらあら、随分浮かない顔ね。」

 

そこへやってきた彼女の右腕、リヴァイアサン。考え込んでいるヴォルケンの姿に見るに見かねたようだ。

 

ヴォルケン「・・・北極棲地の連中は、何のつもりなんだ? 確かに、援軍を出した事については歓迎せねばならんが、今まで要請してもなしのつぶてなのに、今頃どういうつもりだ?」

 

リヴァ「“あの御仁”も、ようやく腰の上げどころって事じゃないかしら?」

 

ヴォルケン「だとしても、よりにもよって北極棲地では最大戦力の一角で、“一品物”でもある“戦艦棲姫改”を出すとは、随分気前が良すぎると思わないか?」

 

リヴァ「それは・・・。」

 

ヴォルケン「“王”は何を考えているのか、分からん。解せぬ事が多い。」

 

リヴァ「そうね・・・でも、結果的にそのおかげで、予想通り作戦は順調に推移しているわ。このまま上手く行く事を祈りましょう?」

 

ヴォルケン「あぁ・・・。」

 

 

19時23分、横須賀基地を鈴谷が出港する。

 

 

19時33分 戦艦三笠

 

―――其は平定への道。

 

―――其は希望への道筋。

 

―――しかして其は、絶望への旅路。

 

三笠「―――紀伊直人。その先にあるのは、底無しの苦しみ。でもそれを乗り越えたならば、貴方は希望と言う運命を導く事が出来る。だから今は進みなさい。真っ直ぐに、北の海原へ。」

 

重巡鈴谷を見送る戦艦三笠。鈴谷を見据える艦娘「三笠」。日の暮れた洋上に、まだ灯火管制がされていない鈴谷が、その存在を示していた。だがやがて、外洋に出る為に灯火管制を敷いた為、鈴谷の姿は、闇に溶けた。

 

 

9月22日(サハリン時間)17時45分 幌筵第914艦隊司令部埠頭

 

提督「やぁ、急に押しかけてすまんな、取り急ぎ補給だけ頼む。」

 

アイン「余程急いでるらしいな、分かった、急がせよう。何か出来る事は?」

 

提督「今回は無い、気持ちだけ貰っておこう。」

 

アイン「そうか、分かった。」

 

提督「じゃ、こっちは急いで出てきたもんで作戦の細部が詰め切れてないんだ。すまんがこれで。」

 

アイン「おう、また暇になったらゆっくり話そうや。」

 

提督「あぁ。」

 

直人はアインと二三言葉を交わしたのみで別れた。盟友と言っていい二人がこれ程あっさりした会話しか交わさないのは珍しい事だが、これだけ見ても、彼がどれだけ急いでいたか、それが窺い知れるだろう。

 

作戦の立案を艦内でやりつつ幌筵まで8日間の行程でやってきた彼らだったが、艦娘達は見事に彼の期待に沿い切る事が出来たと言える。それだけ緻密な作戦案が出来たのである。そして、その作戦案は直ちに実行に移される事が決定した。

 

 

9月23日7時00分 同所・重巡鈴谷前檣楼

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・。」

 

大揺れに揺れる羅針艦橋にただ前方の海を見据えるのみの二人。

 

提督「こんな日に大荒れやんけ・・・。」

 

明石「視界ゼロですねぇ・・・。」

 

そう。この日の幌筵の天候は、濃霧+大雨+波浪と言う大荒れ状態なのだ。千島列島の天気は変わりやすい。数時間前には晴れていても、気付けばこのように大荒れの天気になっている事も珍しくない。

 

提督「・・・予定通り出撃できるか?」

 

と、直人は傍らに控えていた大和に聞く。

 

大和「お任せ下さい。」

 

提督「宜しい。第一艦隊、発艦せよ。」

 

大和「了解!」

 

提督「発艦終了と同時に鈴谷も出港する。その時点を以って作戦開始時刻だ。いいな?」

 

大和「分かっております。では。」

 

大和が敬礼して羅針艦橋を去る。

 

提督「おっとと。」

 

勢いよく左舷側にぐらりと揺れ、思わずふらつく直人。

 

提督「これ大丈夫か本当に。」

 

明石「大丈夫だと思います・・・多分。」

 

提督「多分では困るぞ。」

 

明石「万全を尽くします!」

 

提督「宜しい。」

 

中々な無茶振りである。一応は離岸用のスラスターは積んでいるが、こうも波が荒いと出港は難しい。

 

 

6時24分、荒天の海へどうにか出撃を終えた第一艦隊に続いて、重巡鈴谷が抜錨、明石の苦心の操艦の末、無事に出港する事が出来た。この後数時間、鈴谷と第一艦隊はこの荒天の中をひた走る事になる。

 

余談だが、数名が船酔いした。まぁ大揺れに揺れる船の中だから仕方がないと言う所もあっただろう。

 

 

9月24日8時05分 ウスチ・カムチャツク東方130km沖

 

大和「予定進出点を少し超えましたが、まだ敵はいませんね・・・。」

 

陸奥「油断は禁物よ。」

 

大和「えぇ・・・。」

 

予定進出点は、ウスチ・カムチャツクの真東から10度南に約150km程離れた洋上である。この時鈴谷も同じポイントに向かっていたが、艦娘達の方が足は速い。今回第一艦隊は別働として、オッソラ周辺にいる敵艦隊を撃破する任務を帯びていた。

 

暁「――――!」

 

響「・・・姉さん、どうしたんだい?」

 

暁「前方、敵艦隊!」

 

大和「なんですって――――!」

 

暁の通報に大和が急ぎ22号電探で走査すると、本当に正面方向約40kmに反応があった。

 

大和「不意遭遇戦ですね。合戦用意!」

 

第一艦隊「「了解!」」

 

大和の号令一下、第一艦隊は戦闘態勢に入る。遭遇したのはオッソラ南方で哨戒に当たっていた小艦隊の一つであるが、これが全軍に通報され、ここに「カムチャッカ・オッソラ沖海戦」が幕を開けるのである。

 

 

提督「始まったか。」

 

直人はその報告を鈴谷艦上で受け取る。洋上は多少荒れた程度になったが、雲が垂れ込めている。

 

明石「敵はどうやら、ウスチ・カムチャツクに兵を進めようとしていたようです。後方に揚陸船団の存在を確認したようですし。」

 

提督「そうだな、済んでの所で間に合った。」

 

明石「私達も急ぎましょう。」

 

提督「そうだな・・・。」

 

 

大和「撃て!」

 

 

ドドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

大和の46cm砲が轟く。目前の敵を討ち果たさんとする鉄槌が、敵の頭上に降り注ぐ。

 

陸奥「ちょっと物足りないわね・・・。」

 

伊勢「まぁ、どうやら偵察部隊みたいだしね。」

 

日向「ま、その発言はどうかと思うがな。」

 

陸奥「そ、それもそうね・・・。」

 

陸奥の言を諫める日向。その後作戦は順調に推移し、揚陸船団を航空攻撃で一掃した第一艦隊は、サハリン時間の16時43分、オッソラ近海での敵主力との戦闘へと突入する事になる。

 

 

20時18分 ウスリ・カムチャツク東方沖 進出予定点

 

提督「やっとついたな。速力で倍以上差があるから仕方ないのだが・・・。」

 

明石「作戦、発動ですね。」

 

提督「あぁ、全艦出撃!」

 

金剛「“OK! レッツゴー!”」

 

重巡鈴谷から、一水打群各艦がいつものように出撃を開始する。

 

提督「今回は俺が出ずとも大丈夫な筈だ。超兵器の出現報告もない。」

 

明石「そうですね・・・一応補給は済ませてありますけど。」

 

提督「うん、備えあれば、と言う奴だな。」

 

彼は、超兵器級の存在が確認されていないからと言って安心出来ない事を知っている。故にこそ、備える事は怠っていない。だがこの時、直人は多少心に余裕を持っていた事は否めなかった。

 

提督「索敵機を出したいが、今は昨日友軍が偵察したデータを基に針路を予測するしか無かろうな。」

 

明石「そうですね・・・完全に日が暮れていますし。」

 

提督「うん・・・艦隊、第一警戒航行序列。鈴谷を中心に組み直してくれ。」

 

金剛「“了解デース、油断出来ないからネー。”」

 

提督「そうだ、敵の潜水艦には十分注意してくれ。例え結果が流木一つでも見つけたら報告しろ。」

 

金剛「“け、結構神経質だったデース。”」

 

直人はまだベーリング海に入らない内からかなり警戒を強めていた節がある。それはベーリング海が未だ敵地であった事も無関係では無かったらしく、洋上にある浮遊物ひとつにも必ずしっかりと気を向けていたのである。

 

提督「夕刻に得た情報では、敵はアッツ島北西海上にあって、オッソラ方面での戦闘に加勢する為か西進していた。つまり我々がここから北東方向に向かえば、アッツ島北西海面まで2時間、そこで敵小部隊と交戦出来るだろう、それが恐らく前哨部隊だ。」

 

明石「もし出来なかったらどうしますか?」

 

提督「敵が敢えてアッツ島のレーダーサイトに接近するの愚を犯すとは思えない、北寄りに針路を取ったと言う事だろうから、その線で捜索するまでの事だな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

金剛「“OK、その線で行きまショー。”」

 

これにより艦隊の基本方針が定まった。方針としては、アッツ島北方を西進する敵艦隊の進路を予測して待ち伏せ、これを叩こうと言うものであった。航空索敵なしでのリスクを伴う手法であったが、戦場到着が夜では索敵の効果も期待出来ない為止むを得なかった事は事実である。

 

 

果たして2時間後の22時31分、アッツ北西沖に到達した重巡鈴谷と艦娘艦隊は、小規模の西進する敵の梯団と遭遇した。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「よし、予想通りだな。」

 

明石「全艦、戦闘用意!」

 

 

金剛「交戦用意、夜戦に備え!」

 

神通「了解!」

 

矢矧「始めましょうか。」

 

吹雪「――――よし!」

 

赤城「三戦隊及び十戦隊は二水戦と合同せよ!」

 

長良「了解!」

 

霧島「了解しました。」

 

一水打群と一航艦は夜戦の準備を着々と整えていく。

 

 

提督「―――この敵の後方に主力がいるとしたら・・・。」

 

この作戦は上手く行った。彼はそう思っていた。

 

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の46cm砲が、夜のアッツ島沖にこだまする。後に「第三次アリューシャン海戦」と呼称されるこの戦いは、最初何の変哲もない小競り合いで幕を開ける。遭遇したのは重巡数隻と軽巡を中心にした偵察部隊。金剛らの戦力を考えれば、手も無く捻り潰せる程度でしかない。

 

霧島「撃てぇッ!」

 

 

ドドドドオオォォォォーー・・・ン

 

 

金剛に遅れて霧島も発砲する。彼我の距離2万m、悠々と射程圏内である。

 

鈴谷「さて、やっちゃおっか!」

 

筑摩「えぇ。」

 

利根「うむ!」

 

3人「撃て!!」

 

第八戦隊も射撃を開始し、両者共に全面的に戦端を切る。100隻程度の敵偵察部隊は、こちらを捉えていなかった為か先制を許し、たちまちその数を減らす。

 

摩耶「逃がすなよ! 撃ちまくれ!」

 

 

提督「よし、予想通りだ。」

 

艦娘達の士気は高く、戦況の推移も予想の範疇を越えない事に彼は優越感を抑えきれない。

 

提督「一気に仕留めろ! 逃がすなよ!」

 

金剛「“オフコース!”」

 

直人が檄を飛ばし、その甲斐あっての事かは兎も角、戦闘は40分少々で終了した。敵艦隊を徹底的に追い回し仕留めた結果長引いたが、それも夜戦であればこそ止むを得なかっただろう。

 

提督「艦隊集結せよ!」

 

23時14分、広がりつつあった艦隊の分布を注視していた彼が集結命令を出した事で、戦闘は集結した。既に敵は四散して逃げ散っており、組織だった抵抗など不可能だった為、この判断は正しかったと言える。

 

 

吹雪「ふぅ・・・。」

 

吹雪はこの時共同戦果2隻を含め7隻を撃沈すると言う会心の一戦となった。

 

深雪「お疲れ~。」

 

一区切りついたと言う様子で言う深雪。

 

吹雪「ありがとう、深雪ちゃん。」

 

初雪「・・・眠い。」

 

白雪「ちゃんと起きててくださいね?」

 

初雪「分かってるけど・・・。」

 

言いながらうつらうつらしていたが。

 

白雪「はぁ~・・・。」

 

基本的に初雪は低血圧なので、仕方ないと言えば仕方ないのだが、この後初雪は鈴谷に後送されたのであった。

 

吹雪「でも、まだまだこれからなんだよね、頑張らないと・・・。」

 

吹雪にとって、初の第一線部隊での実戦。その実感が、少しずつ彼女の中で沸いて来ていた。

 

 

明けて9月25日3時55分・・・

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「・・・明石。」

 

明石「はい。」

 

提督「当初予想していた遭遇予想点はここであってるな?」

 

明石「はい。」

 

提督「・・・敵の反応は?」

 

明石「今の所ありません。」

 

提督「・・・。」

 

この問答で直人は、一つの事を悟らざるを得なかった。つまり・・・

 

提督「読みを外した・・・。」

 

明石「そう、みたいですね・・・。」

 

そう、見事にやってしまった、この時は運がなかったようだ。予想接触海面と睨んだアッツ島北西沖には敵影一つなかったのである。

 

提督「まずいな、急ぎ北上する必要がある。時間もそうあるまい。」

 

明石「分かりました、発令します。」

 

直人は急ぎ、全艦に北上を命じ、敵艦隊を捜索にかかった。この時から海が少し荒れ始めていた。

 

 

金剛「波が高くなってきましたネー。」

 

榛名「間隔を保つのは難しいかと。」

 

金剛「そうネ・・・各隊ごとに一体になって行動して下サーイ!」

 

一同「「了解!」」

 

荒天下で陣形を維持するのは難しい。こと艦娘なら尚更である。故に金剛は陣形整頓に拘るの愚を犯す事を避けた。この様な天候では、敵の潜水艦も手は出せないから、むしろ安心して航行出来ると読んだからこそである。

 

提督「今でこそ第一艦隊は優勢に戦っているが、増援が来たなら話は別な筈だ、どうにか食い止めないと。」

 

副長「――、―――――。(必ず、役割を果たしましょう。)」

 

提督「そうだな。宜しく頼む。」

 

副長「――――!(お任せ下さい!)」

 

副長妖精が胸を張って応じる。かくして鈴谷は周囲に艦娘達を従えて、最大速力で北に向かったのである。

 

 

他方、カムチャッカ・オッソラ沖海戦は、戦艦大和を基礎とする戦艦部隊と、随伴の空母航空部隊による多面航空火力支援によって優勢を保ったまま、艦隊がオッソラ沖になだれ込むに至り、激烈な夜戦に続き、オッソラに上陸していた敵の残存に対する艦砲射撃が始まっていた。

 

彼らの戦術ドクトリン(戦闘教義)が、火力中心主義にある事は既にこれまでの戦闘が証明した通りだが、これは正にその最たるものと捉えてよい。優勢な火力を集約し、以って敵に痛打を見舞うこのドクトリンは、戦力が少なくとも、効率的な小火力の集中により、大なる火力の投射よりも高い効果を挙げ得る。

 

横鎮近衛艦隊が持つ水上打撃群は、短時間にその火力を効率よく効果的に集中投射する為の方策として編成されたものである事を考えれば、彼の兵力編成が、単に大艦巨砲主義や、航空主兵論によって論じられたものではない事が分かるだろう。それは即ち、局所における火力優勢(=局地優勢)によって全の量に消耗戦により打ち勝とうとする、苦肉の策なのである。

 

 

9月25日6時55分 アッツ島北方沖

 

提督「だから、何でこうも天候不順なん!?」

 

明石「私に聞かないで下さいッ!!」

 

二人して涙目の状況、またしても洋上は霧、しかも湿度が高過ぎ、霧の水分が水滴となり、雨の様に降り注いでいた。正確には雨も降っていた。

 

提督「レーダーの感度は大丈夫か?」

 

前部電探室「“有効半径は40kmありませんね・・・。”」

 

提督「取り逃がしかねんな・・・。」

 

前部電探室「“最善を尽くします。”」

 

提督「頼むぞ、こうなった以上電子の目だけが頼みの綱だ。」

 

前部電探室「“了解!”」

 

提督「十一駆に下令、針路上の海面を目視にて捜索せよ。」

 

吹雪「“了解!”」

 

吹雪の元気のいい返事と共に、4隻の駆逐艦が前方に進出して行く。

 

提督「――――二十七駆も前進だ。こう言う時も二段索敵で行こう。航空機も出せないしな。」

 

白露「“りょうかーい!”」

 

白露・時雨・涼風を擁する二十七駆が、十一駆の後を追って前進を始める。霧の中では艦載機を飛ばした場合帰投方位を見失う可能性がある。この為彼は水偵や艦偵を飛ばさず、代わりに駆逐隊を前進させたのである。

 

提督「全艦、周囲の見張りを厳とせよ、電探も総動員だ、敵艦一匹取りこぼすんじゃないぞ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

直人はこの悪天候にもめげず、何としても敵を捉えるの覚悟で臨んでいた。変わりやすい北太平洋の天気故、仕方がない事であった。

 

 

7時01分 重巡鈴谷

 

白雪「“敵艦隊発見! 距離、私の前方、距離1万2000!”」

 

提督「姿は視認出来るか?」

 

白雪「“いいえ、影だけです。ですが間違いありません、敵の大艦隊です。”」

 

提督「分かった、十一駆は当該の敵と接触を保ち、二十七駆は引き返せ。全艦隊戦闘準備、空母を分離し、突撃態勢を取れ!」

 

白雪「“了解。”」

 

金剛「“OK!”」

 

赤城「“了解!”」

 

白露「“了解!”」

 

直人が各艦隊に指示を送り、十一駆は白雪の発見した目標に向けて航行する。

 

艦隊総員に緊張感が漲り、砲に砲弾が装填され、砲身に仰角がかけられた。魚雷も既に信管の調停を終え、全てが魚雷発射管に収まった。対空機銃や航空隊は必要か使えるのか分からないが、兎に角準備する事になった。かくして戦機は急速に熟しつつあった。

 

 

7時03分 敵艦隊周辺海域

 

吹雪「――――いた。」

 

その頃吹雪は通報のあった敵艦隊への触接に成功していた。

 

吹雪「ん? あれは・・・。」

 

吹雪はその時、見慣れないシルエットが前方にあるのを認めた。深海棲艦としてはかなり大型なタイプ、吹雪は直感でそう思った。

 

その時、そのシルエットの一点が、黄色く光るのが見えた。

 

吹雪「――――?」

 

はじめ、吹雪はそれを疑問に思ったが、直後それは“異変”であると気付いた。しかしそれは、余りにも遅すぎた。

 

吹雪(通信にノイズが――――)

 

 

ドシュウウウウウッ

 

 

吹雪「―――――ッッ!!」

 

三条の黄色い光の槍が、吹雪を刺し貫く。放たれたのは紛れもなく、レーザー兵器であった。

 

吹雪(う・・・そ・・・。)

 

吹雪は一撃で心臓と、艦娘機関の両方を射抜かれ、最早助からないであろうことは目に見えて明らかであった。何より、救ってくれる僚艦は、分散していて近くにいない。文字通り、最悪の状況で、最悪の一撃を食らったのである。

 

 

バシャアアアアン

 

 

吹雪がそのまま海面に倒れ、その下に引き込まれる。直後水中で艦娘機関が爆発を起こしたが、水中爆発だった事と距離があった事が災いし、全速航行中の本隊に、その音が捕らえられる事は無かった。

 

吹雪「提・・・督・・・みん、な・・・。」

 

失われつつある意識の中で、吹雪は「戻りたい」と願った。しかし、それさえも、果たされぬ願いだった―――。

 

 

7時05分 横鎮近衛艦隊前方海面

 

白雪「初雪ちゃんは、接触できた?」

 

初雪「“うん、一応ねー。”」

 

白雪「吹雪ちゃんはどう?」

 

十一駆の各艦に連絡を取ろうとした白雪。しかし、吹雪との連絡が繋がらない。

 

白雪「吹雪ちゃん? 吹雪ちゃん!」

 

呼びかけてみても、声はおろかノイズさえ聞こえない。

 

白雪「司令官! 吹雪ちゃんと連絡が、連絡が取れません―――!」

 

吹雪の消息不明―――事実は沈没―――に気付いたのは、それが起こってから2分も経過した後だった。

 

 

~重巡鈴谷~

 

提督「何!? 吹雪と連絡が?」

 

「“はい、何度呼び出しても応じないんです!”」

通信の白雪の声には、少しノイズが混じっていた。

 

提督「白雪はそのまま呼び続けろ、こちらも連絡してみる。」

 

白雪「“はい!”」

 

提督「明石! 吹雪に緊急回線で通信を入れろ!」

 

「分かりました! えっと・・・これだ! 吹雪さん、吹雪さん聞こえますか?」

明石が非常用に用意されている緊急回線で何度か呼び出してみる。が、これにも応じない。緊急回線は通信を切っていても強制的に受信される回線である。それが繋がらないときた。

「駄目です、繋がりません!」

 

「なんだと・・・!?」

これに直人が動揺しない筈はない。彼の、彼の艦娘達の与り知らぬ所で、吹雪の身に何かが起こったのだ。

 

提督「―――戦況プロットを表示、吹雪の最終位置は・・・!」

 

彼は吹雪の位置マーカーが最後に送った座標を突き止めた。白雪のいる位置から5km程東の位置だ。そこには赤い×印と、[LOST]の赤文字が表示されていた――――。

「・・・馬鹿な、そんな事がある筈はない、吹雪は艤装を大破されたに違いない。十一駆は直ちに捜索を行え、吹雪を見つけ次第曳航するんだ! 私もすぐに行く!」

 

白雪「“分かりました。”」

 

提督「そう言う訳だ、金剛、いつも以上に押し出してやるんだ!」

 

金剛「“十一駆の皆さんの援護デスネー?”」

 

提督「あぁ、急ぎで頼む。」

 

金剛「“了解デース!”」

 

明石「提督、お気をつけて。」

 

「あぁ・・・ん? このデータは―――?」

直人が気付いたのは、吹雪のマーカーに最後に添付された敵情報告である。そこには、大型の深海棲艦の姿を視認したと言う報告が含まれていた。

 

「―――まさかな、急いで救援しなければ。」

直人はふと嫌な予感がしたが、すぐに打ち消して艦橋を急いで降りて行ったのだった。

 

 

7時07分

 

提督「紀伊、出撃!」

 

「バシュウウウウッ」と言う射出音と、バーニアの推進音と共に、直人が巨大艤装を纏い射出される。

 

 

バッシャアアアアアアアアン

 

 

提督「わっぷ!?」

 

降りた先が波の正面でモロに頭から被る男。

 

提督「うわーずぶ濡れ・・・あとでシャワー浴びないと。」

 

真水生成装置があるので水には困らない重巡鈴谷の良い所である。

 

提督「そうじゃない、探さないと―――!」

 

直人は気を取り直し、全速力で吹雪失踪地点に向けて進む。彼にとって一刻を争う事態である。

 

提督「明石、ナビゲート頼んだ!」

 

明石「“お任せ下さい! それよりずぶ濡れですけど大丈夫ですか?”」

 

提督「艦娘機関の排熱が温かいから大丈夫だけど凍りそうではあるな。」

 

明石「“あとでシャワールーム送りですね。”」

 

提督「それより吹雪だ、方角あってるか?」

 

明石「“3度右に修正して下さい。”」

 

提督「了解。」

 

直人は明石の誘導でポイントXに向かい全速力で航進する。そこに吹雪がいると、彼は信じた。否、信じたかった。プロットに現れた[LOST]の文字。彼はまだ、波間に吹雪が漂っていると思いたかったのである。

 

しかしここは厳冬の北太平洋、生身の人間は30分と持たない極めて厳しい環境だ。故に、一刻を争ったのである。

 

提督「これより紀伊は“吹雪”捜索に入る! 戦闘指揮を金剛に一任する。」

 

金剛「“いつも一任されてる気がしますケド、了解デース!”」

 

直人は金剛の陽気さをこの時ばかりは羨んでいた。

 

 

7時14分 吹雪失踪地点:ポイントX

 

提督「ここで・・・あってるのか?」

 

明石「“その筈です、付近を捜索してみて下さい。”」

 

提督「あぁ・・・。」

 

返事をする彼は、半ば絶望的な気持ちになっていた。

 

所々に浮く浮遊物、吹雪型の制服や、艤装の破片、流出した油がまだらに斑点を作っていた。明らかに、船が沈んだ時の様な所見が、そこにはあった。

 

提督「・・・とにかく、探さないと・・・被害のデータ、その他諸々を調べられるものもだ。」

 

直人は付近を探し始めた。祈りを込めて、四周に目を凝らす。

 

白雪「あっ、提督!」

 

提督「白雪か! それに初雪も!」

 

霧の中から白雪と初雪が姿を見せる。

 

深雪「深雪様もいるぜ!」

 

提督「お前達、来てくれたのか・・・。すまん、手伝ってくれ!」

 

3人「はい!」

 

仲間の助力を得て、直人は色んなものを拾い上げていく。その中にはこんなものがあった。

 

提督「これは・・・艤装の残骸だ・・・。」

 

そう、吹雪の背部艤装である。艦娘機関が爆発を起こした為にひしゃげて真っ黒になっていたが、状態そのものは良好だった。

 

提督「初雪、これを明石に。」

 

初雪「ん、分かった。」

 

初雪がその残骸を抱えて戻っていく。

 

白雪「―――!」

 

同じ頃白雪は、直人から少し離れた所で、“ある物”を拾っていた。

 

白雪「・・・。」スッ

 

白雪はそれを直人に知らせるか否か逡巡した後、それをひとまず、懐にしまった。今はその時ではないと思ったからである。

 

 

7時19分――――

 

提督「あれは・・・?」

 

直人は、吹雪が見たものと“同じもの”を見た。隆々たる独立武装を従えた、大型の深海棲艦。

 

提督「戦艦棲姫か―――?」

 

直人はふとそう思った、しかし細部がシルエットでも分かるほど違う部分があった。

 

提督「深雪、白雪、集まれ!」

 

白雪「“はいっ!”」ザザッ

 

深雪「“了解!”」ザザザッ

 

提督(またノイズ―――まさか!)

 

直人は咄嗟にレーダーを確認した。するとそのスクリーンにもノイズが混じっていたのである!

 

提督「金剛、聞こえるか?」

 

金剛「“どうしたんデース?”」

 

ノイズが混じるが、どうにか明瞭に金剛の声は聞こえた。彼は声を押さえて言う。

 

提督「敵に超兵器級がいる! 注意しろ!」

 

金剛「Watt!? 情報じゃいないって―――!」

 

提督「今までは、だ、状況が変わっている!」

 

金剛「―――了解デース、気を付けて!」

 

提督「―――あぁ!」

その直後であった。

「何か光って―――ッ!」(Fデバイス、サブスロット2展開!)

 

 

バチイイイイイイイイイイイッ

 

 

白雪「!」

 

深雪「なんだ!?」

 

直人は間一髪、Fデバイスの限定展開により電磁防壁を展開して難を逃れる。直感で、エネルギー兵器だと気付いたのである。霧の艦隊との戦いが、彼にその直感を授けたもうたのである。

 

提督「αレーザーとβレーザー、この二つを同時に積んでいる船、それも超兵器と言えば・・・。」

 

???「フッ、ご明察ね。」

 

その影が声を発した。霧の中でシルエットが見えると言う事は余程の近距離である。声が届くのも当然である。

 

提督「成程、ただの戦艦棲姫では無かった訳か。道理で、あちこち違う訳だ。」

 

???「私をその辺の傀儡(くぐつ)と同じにしないで欲しいわね、人間。」

 

提督「ほう、余程の上層部が出て来たと見える、戦力も多い訳だ。」

 

???「当然よ、この“戦艦棲姫改”がいるのだから、守る者が多いのは当たり前。」

 

提督「戦艦棲姫改、それが貴様の名か、“グロース・シュトラール”!」

 

グロース「そうね、愚かで哀れな人間よ。」

 

提督「何―――?」

 

その言葉に彼は眉をピクリと震わせた。

 

グロース「様子を見れば分かる、お前は“さっきの駆逐艦娘”を探しに来たのでしょう?」

 

提督「―――!」(なぜ―――)

 

グロース「愚かだ事、あの哀れな小娘はもうここにはいない。あなたの采配が、小娘に“死”を齎したのよ。」

 

提督「・・・。」

 

その言葉は、彼が撃鉄を引くには十分過ぎた。余りにも迂闊に、グロース・シュトラールは彼の逆鱗に触れたのである。

 

グロース「今頃駆けつけても後の祭り、せっせと破片を拾い集めているとは無様だ事。」

 

提督「――――何処だ。」

 

グロース「よく聞こえないわねぇ、はっきり仰い?」

 

提督「―――吹雪を、何処にやった!!」

 

―――Fデバイス、完全展開―――!

 

風が逆巻き、彼がその艤装ごと、紫の殻に包まれていく。

 

白雪「うっ!?」

 

深雪「何が起こって―――!」

 

二人は霧の中で風が起こった事で気流の渦に吸い寄せられた水の粒で視界を遮られ、何が起こったのかを把握できなかった。

 

 

バカアアァァァァァァ・・・ン

 

 

提督「・・・もう一度聞く。吹雪を何処へやった。」

 

憎しみと怒りに沸き立つ双眸でグロース・シュトラールを見据えながら、彼は最後の問いをする。

 

グロース「くどいわね、あの小娘はもう海の底よ。」

 

提督「ならば結構、吹雪の―――敵討ちだ!」

怒りに燃えるその双眸は、大いなる冬の強い顕現の影響を受けて、紫の光を放っていた。

グロース「図に乗るな、人間!」

 

提督「―――沈メ!」

彼が両腕のFデバイスを構え、そして―――

 

ダダダダダダアアアアァァァァァァァーーー・・・ン

 

レールガン全砲門に相当する12門を連続射撃する。

 

グロース「ッ―――!?」

 

ズドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

至近距離で放たれたその攻撃を、グロース・シュトラールの防御重力場は受け止める事が出来なかった。否、もとより不可能だったと言っていい。

 

グロース「馬鹿なッ、人間風情が、この様な―――!」

 

一撃で、グロース・シュトラールはその全戦闘力を失っていた。それほどまでに、深海棲艦となった彼らの身は、超兵器本来のそれとは比べ物にならないほど脆かったのである。が、何よりエネルギー兵器の準備中に叩きつけられた超高速弾は、その充填されたエネルギーを暴走させるのには充分過ぎたのである。

 

提督「アホ抜かせ、こんな大層な艤装つけてる人間がいるか。」

 

グロース「このッ、化物め―――!」

 

提督「そうとも、死ね。」

 

 

ダアアアァァァァーーー・・・ン

 

 

直人はグロース・シュトラールの体に、トドメとばかりレールガン1発を撃ち込む。消し飛んだのは言うまでもない。彼は最早その肉体に、敵としての意識を持ちはしなかった。故に彼は、剣で敵の首を取る事をせず、消す事で忘れようとしたのである。

 

提督「馬鹿な奴だ、力もないのにプライドだけ人一倍とはな。」

 

Fデバイスの展開を解除しながら言う直人。電子系統にあったノイズはもうない。

 

白雪「お、終わった・・・?」

 

深雪「一体何が・・・。」

 

悠然と佇む彼の姿を見て呆然とする二人。

 

提督「―――くっ!?」

 

彼はその直後唐突に激しい頭痛に襲われた。

 

白雪「司令官!?」

 

深雪「おいどうした司令官!」

 

慌てて二人が駆け寄ると、彼は激痛に顔をしかめていた。

 

提督「大丈夫だ、少し、頭が痛いだけだ―――。」

 

白雪「大変じゃないですか、すぐに戻らないと!」

 

提督「大丈夫だと言ってるだろう、それより、捜索を続けないと―――。」

 

深雪・白雪「―――。」

 

二人は顔を見合わせた。直人はまだ、吹雪の生存に一縷の望みを掛けようとしていたのである。彼はその衝撃の大きさに、いつものように現実をすぐ受け入れる事が出来なかったのだ。例え絶望的だったとしても、仲間を失う事を、彼は恐れたのである。

 

 

7時51分、第一艦隊からの戦闘終了の報告。8時22分、敵艦隊半壊、撤退開始の知らせ、その追撃を開始した事も、彼はこの時、別世界の出来事であるような気持ちで聞いていた。彼は必死になって、吹雪を探した。しかしそれが見つかる事は遂に無かった。

 

・艤装反応:[LOST]

・生体反応:[LOST]

・霊力反応:[LOST]

 

その報告を明石から受け取ったのは、8時30分の事であった。最早、吹雪が生存している見込みは、万に一つも無くなったのである。

 

 

8時32分 ポイントX付近

 

提督「そんな・・・嘘だろ・・・?」

 

報告を受けた直人は愕然としていた。

 

提督「何の冗談だよ・・・こんな質の悪いサプライズがあってたまるかよ・・・!」

 

天候は徐々に回復傾向になりつつあった。しかし今見つけた所で、最早吹雪を助ける方法などなかったに違いない。

 

白雪「司令官・・・いえ、提督。」

 

そこへ、深雪を先に戻らせた白雪がやってくる。

 

提督「―――どうした。」

 

「こちらを、どうぞ・・・。」

白雪が懐からあるものを取り出す。それは、吹雪が常に、左胸に身に着けていた殊勲賞だった。留めてあった部分の服の切れ端は、輪郭が黒く焦げ、留め具によって勲章の裏に留められていた。

 

そしてその勲章は、何かによって溶解されたと思われる丸い欠損がフチにあった。

 

白雪「では、これで・・・。」

 

白雪は自らその場を去った。後には彼一人が残されただけ。

 

提督「・・・。」

 

直人は、手にした吹雪の殊勲賞に視線を落とし、ただ立ち尽くしていた。

「―――吹雪・・・なんで俺達を置いて逝った・・・。なんで、俺の傍からいなくなった・・・。」

“夢ではない”、彼はそう認めざるを得なかった。最早、吹雪の姿を見る事は二度とないだろう。これが、戦争の現実なのだ。それを知らずして育ってきた彼は、それを知らなさ過ぎた。否、知識として知っていても、そう言った経験がない者は、自然無意識に現実に対し鈍感になるものだ。

 

その戦争の実相を、彼はまざまざと、見せつけられたのである。

 

「―――ああぁぁぁっ・・・」

 

彼の目から涙がとめどなく溢れた。仲間を失った事への悲しみが、爆発したのである。極寒の洋上に、彼の慟哭が響き渡った。それを聞いた者も、見た者もいなかったのは彼にとって幸いだった。彼方では、依然砲声が轟いていた―――。

 

 

9時47分、彼は一水打群に追撃停止の命令を出し、第三次アリューシャン海戦は終結した。敵の大規模支援艦隊は、その戦力の8割弱を失って敗走したのである。またしても水上打撃群は、その効力を見せたのであった。

 

1時間以上前に戦闘を終え、カムチャッカ・オッソラ沖海戦に終止符を打った第一艦隊は既に帰路にあった。彼らの仕事はこの時終わったのである。

 

10時13分、周辺海域の天候が回復しつつあった頃、重巡鈴谷に、直人が戻って来た。この時艦隊は鈴谷へと戻る途中であった。

 

 

10時37分 重巡鈴谷中甲板・艦内工場

 

シャワーを浴びた直人は、着替えの軍服を纏い、明石のいる艦内工場にいた。

「どんな塩梅だ?」

曇り切った表情から、憔悴しきった声で彼は訪ねた。

明石「恐らくエネルギー光線兵器によって、艦娘機関を貫通されています。艤装に残された熔解貫通痕を見るに、少なくとも三方向から貫通されています。その軌道を検証した結果、そのうち一つは、吹雪さんの心臓を・・・。」

 

提督「言わないでくれ・・・。」

 

明石「し、失礼しました!」

 

直人はまだ、吹雪が死んだことを受け入れられていなかった。何か悪い夢だと思えてならないと言うのが本音だった。頭では理解出来ても、受け入れる事とは別であるとは、正にこの事を指すのだろう。

 

明石「続けますね。どうやら、艤装防護は殆ど機能していなかったようです。今後、ああいった光線兵器への対策が必要になるとは思われますが・・・。」

 

提督「分かった。これまでのデータで何とかなるか?」

 

明石「霧の艦隊とで得たデータも含め何とか。」

 

提督「では出来るだけの対策を頼む。」

 

明石「分かりました、帰ったら開発してみます。」

 

提督「吹雪・・・。」

 

明石「・・・。」

 

直人は念の為、一航戦の三隻に航空捜索を指示していた。吹雪が戻らない以上、何があったにしても、形の上では捜索しなければならないからだ。

 

 

翔鶴「航空捜索、ですか・・・。」

 

瑞鶴「どうかしたの?」

 

翔鶴「いえ、吹雪さんが失踪して既に時間が経っています。見つかるかどうか・・・。」

 

瑞鶴「大丈夫よ! 航空機なら広い範囲を捜索出来る、きっと見つかるよ!」

 

瑞鳳「でも、吹雪の艤装の残骸が・・・。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

翔鶴「きっと・・・信じたいんだと思います。」

 

瑞鶴「信じる、か・・・そうね、提督が、吹雪が戻ってきて欲しいと願っている以上、頑張らない訳にはいかないよね。」

 

瑞鳳「うん・・・そうだね。」

 

一航戦の3人は、必ずしもその命令に納得した訳ではなかった。しかし彼女達は、命令を受けたその言葉の端々から、彼の「願い」を感じ取っていた。然らばその願いを叶えさせなければ、その為の手を尽くさなければ、それは義に悖る行いであると思い、甘んじて受けたのである。

 

直人とて、ただプライドに訴えたのではない。それとはむしろ無縁と言っていい。

 

彼がこれまで行ってきた、“全艦生還”の奇跡。その種々の奇跡を成し得た男が、その神話崩壊を恐れたからそうさせた訳ではない。ただただ、吹雪が戻って来ると、信じたかっただけなのである。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督(戻ってこい吹雪・・・こんな形でいなくなるなんて、俺は真っ平だ!)

 

彼は海を見据え、吹雪が戻って来る事を祈り続けていた・・・。

 

 

結局、航空隊も吹雪を発見する事は無かった。16時27分、航空捜索隊を収容した一航戦とその随伴艦を帰艦させた直人は、それ以上海域に留まる事を避け、幌筵に向け海域を離脱して行った。

 

彼に後ろ髪引かれる思いがあった事も事実だった。だがそれ以上に、彼はリアリストであったと言う事だろう。

 

9月28日4時49分、鈴谷は幌筵に寄港、第一艦隊を収容、燃料補給を行い5時59分に幌筵を発った。補給を行ったにしても僅か1時間のみと言うスピード出港である。

 

 

一方、グロース・シュトラールの喪失は、深海側に衝撃を与えた。

 

~ベーリング海棲地~

 

ヴォルケン「何!? 戦艦棲姫改が!?」

 

リヴァ「ヴォルケン・・・?」

 

ヴォルケン「・・・これが、“例の艦隊”によるものだとすれば――――。」

 

リヴァ「私達は見くびり過ぎていた、そうね?」

 

ヴォルケン「あぁ・・・今後、例の艦隊に対しては、徹底した対策が必要かもしれん・・・難しい事だがな。」

 

リヴァ「そうね・・・。」

 

 

~北極棲地~

 

「―――グロース・シュトラールが逝ったか・・・。あの者は着実に力を付けていると見える。さて、あの者が私の元へと至る日は、果たしていつかな・・・フフフッ。」

 

 

6時17分 幌筵島南沖合/重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「吹雪・・・。」

 幌筵を出港してからの直人は、艦長室に一人でいる事が多く、どちらかと言えば直人には珍しく塞ぎ込んでいたと言う。時間が経ち、彼の心の内に、深い後悔と悲しみと喪失感が渦巻いていた。

最早彼の手で吹雪を救う事は出来ないし、誰の目にもそれが明らかである事が分かり切っているからこそ、である。

 それ程にまで、彼の受けた精神的ショックは大きかった。周囲の艦娘達も心配していた様だが、彼女らとて、吹雪を失ったと言う事実が、自分の頭上に重くのしかかって来ていた。

艦娘達にとってそれは、“明日は我が身”なのだ。故にこの時ばかりは、艦隊の士気も下がっていた・・・。

 

 

10月4日(サイパン時間)11時59分 サイパン司令部前ドック

 

「戻って来た・・・か。」

直人がサイパンの司令部に足を降ろす。そこに、いつもの様な達成感はない。

大淀「提督、お疲れ様でした。」

 

提督「あぁ、大淀か・・・。」

 

大淀「今回もお疲れ様でした。」

 

「あぁ、ありがとう。」

直人が大淀に微笑みながら言った。それは何処か、寂し気な笑いだった。

「――――。」

 大淀はその様子に心を打たれた。と言うのも、こうして対面するまで大淀は直人の詳しい様子を聞いていた訳ではない。だが今こうして対面すると彼が相当落ち込んでいる事は大淀も目に見えて分かったのだ。

 

提督「ではな、今日は休みたい。」

 

「は、はぁ、分かりました・・・。」

直人に休みたいと告げられて思わず了解した大淀。その後ろ姿を見送っていた大淀はある事に気付いた。

(―――提督が、肩を落としてらっしゃる・・・。)

大淀は悟った。今の直人は、とてもモノにはならない事に。実際、彼には気持ちを整理する時間が必要だった。

 

大淀「提督・・・。」

 

金剛「気付きましたカ?」

 

大淀「金剛さん・・・。」

 

金剛「終わってから、ずっとあの調子ネ。皆も元気がなくて・・・。」

 

大淀「でしょうね。吹雪さんの戦没、その事実を、簡単に受け入れろと言うのは、余りに無理がある話ですから・・・。」

 

金剛「ワタシが力になれたらいいのデスガ・・・。」

 

大淀「金剛さん・・・。」

 

金剛「―――ワタシが、励ましてあげたいのは山々デース。でも、いま私に言える事は無いネ・・・。」

 

大淀「そうですね・・・私達は艦娘、私達も、いつそうなるかは分からない身です。である以上、提督に掛けられる言葉は、少ないのかもしれませんね。」

 

 

12時27分 中央棟2F・提督私室

 

提督「・・・。」

 

直人は一人思い詰めていた。

 

提督(俺はもう、誰も失いたくなかった。なのに―――)

 

彼は、自身の采配のせいで、吹雪が沈んでしまったと考える様になっていた。むざむざ、単独行動などさせなければ、或いはこんな事にはならなかったかもしれないからだ。

 

提督(元はと言えば、俺があの時吹雪の願いを意地でも取り下げなかったから―――)

 

彼は彼なりに、責任を感じていたのだが、それもここまで来ると度が過ぎていた。が、彼がこの状態から抜け出すには、もう少しの時間が必要になる・・・。

 

 

10月8日15時37分・・・

 

提督「―――。」

 

帰還してから、彼はずっと執務を行っていない。自室に籠りずっと塞ぎ込んでいた。時折食事をしに出てくる事はあるが、その様子は艦娘達に声を掛けさせることを躊躇わせたほど、落ち込み切っていた。

 

大淀はモノにならないと言う判断でその間執務を代行していたが、能率の低下は明らかで、やはり提督の復帰は不可欠と考えていた。しかしそれは容易な事ではない。自信を失った直人に再び自信を取り戻させる事自体、容易ではないからだ。

 

そしてこの日、2人の客人が直人の元を訪れた。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「誰だ・・・?」

 

金剛「私デース、入りますヨー?」

この時期、提督の部屋に入れたのも彼女位であった。金剛は躊躇い無く扉を開けて、彼の部屋に入って来た。

提督「!」

金剛は大淀を伴っていた。彼が口を開くよりも早く、大淀が発言する。

「提督、お客人をお連れしました。」

 

提督「客だと?」

驚く彼を他所に、大淀の声の後から現れたのは、彼にとって予想だにしない客人の姿だった。

「二十日ぶりだな、紀伊君。」

 

提督「―――!」

 

その声には覚えがあったし、その顔、その姿は見間違える筈がなかった。

 

提督「大淀、貴様喋ったな!? 土方さんに全て喋ったな!?」

 

大淀「はい、お話しました。」

 

土方「あぁ、話は聞かせて貰った。」

 

「私もいるぞ、直人。」

土方海将の後から出てきたのは大迫一佐である。

提督「大迫さん・・・。」

 

土方「吹雪の件、お悔やみを申し上げる。その事で、随分と思い詰めているようだな。」

 

提督「それは・・・。」

 

大迫「お前の気持ちは分かる。大方、自分の責任だと思っているのだろう。確かに采配をした提督にも責任はあるだろうが、今回は情報の不正確さから来る偶発的な事故ではなかったのか?」

 

提督「それは違います、私が単艦行動など命じたばかりに、吹雪は沈んだんです。」

 

土方「紀伊君、君が発したのはあくまで霧中偵察だった筈だ、単艦でと言う条件は、付けていなかったのではないのか?」

 

提督「・・・!」

 

そう、気付いていた読者の方もいたかもしれない、何も十一駆への索敵指示の際、彼は「扇形索敵」をやれとは言っていないのだ。それを行ったのは、十一駆の判断であり、白露たちは一団となって前進していたから、これに関しては直人が采配した訳ではないのだ。

土方「吹雪は自分の頭で考え、行動した。そこに君の意思は入っていない筈だ。無論、吹雪の行動が失敗だったとしても、それを吹雪は死を以って購っているし、紀伊君が采配した訳ではないから、その責任もない。」

 

提督「それはそうかもしれません。ですが提督たる者は、幕下に置く艦娘全ての生命に責任を持つのです。それをむざむざ失わせたとあっては、今更誰に顔向け出来るでしょうか? 今の私は、艦隊を指揮統率するに当たりとても自信を持てませんし、艦娘達の生命を保証する事も出来ません。」

 

土方「それこそ筋違いだと思うがね、紀伊君。」

 

提督「・・・?」

 

土方「提督が艦娘の命に責任を持つのは当然だ。だが我々がやっている事は『戦争』なのだ。戦争をやっている以上、命を落とす者があっても、それは当然とは言わないが不自然な事ではない。

紀伊君、君は一人の艦娘の命を失った。初めての事だろう、自信を失うのも無理はない。だが君は、その一人の命を失ったが為に、他の多くの艦娘達への責任を放棄すると言うのかね?」

 

「―――!」

 直人は、漸く思い出した。彼の元には、大勢の艦娘達が集っている事を。彼の為だけにである。であれば彼は、艦娘一人一人の命の保証よりもまず、艦娘達全員に対する責任を果たさなければならないのである。

 

大迫「直人、今回の事を、忘れろとは言わん。だがその事を余り考え過ぎるな。お前の元にいる艦娘は、一人じゃないんだからな。」

 

(―――そうか、そうだった。)

彼は、漸く思い出した。

(俺は、一人では無かったな・・・。)

直人の目に、漸く光が、戻り始めていた。

 

 

~翌日~

 

ガチャッ

 

提督「やぁ、おはよう。」

 

金剛「―――!」

 

大淀「あ・・・!」

 

提督「ごめん、待たせちゃった。」

 

金剛「・・・遅過ぎデース!」

 

大淀「そうです! 決裁して頂かないといけない書類が山ほどあるんですからね?」

 

提督「ハハハ、そうだね。それじゃ、早速取り掛かろうか!」

 

金剛・大淀「「はいっ!」」

 直人がやっと、執務室に姿を現した。それは、思わぬ偶然を発見する運を呼び寄せることになる。

 

 

10月10日8時33分 建造棟1F・建造区画

 

明石「あっ、来ましたね。」

 

提督「で、急に呼び出しとは何事か?」

 

「これを、見て下さい。」

そう言って明石が差したのは、吹雪型の艤装だった。

 

提督「・・・吹雪型の基本艤装、ではないのか?」

 

明石「それは雛型のようなものですが、これは完成された艤装です。」

 

提督「―――それって、まさか!」

 

明石「はい、原型通りの吹雪型の艤装を扱う艦娘と言えば、一人です。」

 

提督「・・・。」

 

雛型そのままの吹雪型艤装を纏う艦娘。それは―――吹雪の事である。

 

提督「・・・吹雪は生きている、と言う事でいいんだな?」

 

明石「少なくとも、装者の降霊がされなかった時点で、それは間違いないかと。」

 本当に死んだのならば、吹雪が降霊によってもう一度やって来る筈である。尤もそれであれば、その吹雪は沈んだ吹雪とは別の個体である。しかしそれが無かった以上、吹雪はまだ生きていると見做さざるを得ないのだ。

 

提督「―――分かった。ありがとう。」

 

明石「ドロップ判定は、明日必ず。」

 

提督「あぁ、頼むぞ。」

 

「はい!」

明石は艤装の修理の為、慌ただしく建造棟を後にする。

 

(吹雪は生きている―――ならばまだ、希望はある。必ず、何処に居ようとも―――!)

 そして直人は再び覚悟を決める。いつか必ずまた会えると信じて、彼は再び光の下を歩み始めた。それは彼にとって、苦難の旅であり、栄光の道だった。

悲劇的な別離を乗り越え、彼の旅路は今この時を以って、ようやく始まったと言えるだろう。

(全てを取り戻すのだ―――失った物の大きさを考えれば、せめてその位手に入れなければどうするのか―――!)

 彼の胸中に去来したのは、彼の平穏で穏やかだった筈の人生を奪い去り、大切な人々を次々に彼の前から奪い去り、そしてまた己の戦友をも簒奪し、人類の生存をすら脅かした存在―――深海棲艦から、全てを奪い返すという決意だった。

 

 

 2053年10月、横鎮近衛艦隊はその月を静かな幕開けで迎えた。だがそれもすぐ活気にあふれたものへと変わりつつあった。そして、失った物を取り返す戦い―――人類の生存圏を取り戻す戦いもまた、この月を境に熾烈さを増していく事になるのである。

そして、この月を境に、太平洋の勢力図は、瞬く間に塗り替えられる事になるのである!

 

 

2053年9月25日 ~???~

 

吹雪(私に・・・もっと力があったら・・・違ったのかな・・・。)

 

 

――――力が、欲しいか?――――

 

 

(・・・欲しい、力が―――)

『駆逐艦吹雪』の記憶は、ここで途切れていたと言う。

 

 

―――第三部 慟哭編 終―――

 

 

次回予告

 

得難い戦友を失い、新たに覚悟を決めた直人。

新たな作戦行動に向け準備を始める中で、サイパン島の司令部に激震が走る。

唐突な来訪者、彼らがやってきた理由とは?

太平洋に一石を投じるその一事は、全てを巻き込む大事件の幕開けであった!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部4章「去りし日乗り越え至りし日」

艦娘達の歴史が、また、一ページ。




艦娘ファイルNo.110

陸軍特種船丙型船 あきつ丸

装備1:大発動艇
装備2:25mm連装機銃

ビバ普通。
揚陸任務にしか使えない艦艇である為普段は対潜哨戒しかする事は無いが、現段階ではそれさえ不可能なので訓練しかやっていない。
 因みに陸軍特種船とは、陸軍が保有していた商船規格で作られた特殊用途の艦艇の事で、仮装巡洋艦(大型の商船を擬態付きで武装させたもの、類別上は甲型)なども含まれる類別であり、丙型船は1万トン級航空母艦型を指す、即ち航空機運用能力を付随させたものである。なお丙型船の戦時量産型はM丙型に分類されるそうな。


艦娘ファイルNo.111

雲龍型航空母艦 雲龍

装備1:25mm三連装機銃
装備2:12cm30連装噴進砲

こちらも普通な感じ。一応だが一航戦への所属歴あり。
戦時量産型航空母艦として建造された雲龍型のネームシップ。ただ提督ご本人は何処まで実用可能かを見極めている段階である。


艦娘ファイルNo.112

陽炎型駆逐艦 時津風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

またしても普通。今回は特異点持ちが少ないようだ。
雪風と共に第十六駆逐隊を編成していた駆逐艦の一人であり、
やっと来た雪風の相方である。


艦娘ファイルNo.113

翔鶴型航空母艦 瑞鶴

装備1:零式艦戦二一型(熟練)
装備2:九九式艦爆一一型(坂本隊)
装備3:九七式艦攻(嶋崎隊)

新編成の一航戦最後の一翼。直人も驚く程のスピード着任である。
翔鶴もそうであったが戦闘機隊がただの熟練飛行隊である所が印象的である。
艦攻隊の嶋崎重和中佐は、真珠湾攻撃時に第二次攻撃隊第一集団(水平爆撃隊/九七式艦攻54機)を率いていた人物で、親戚として義兄に高橋 赫一少佐、血縁上の実兄に、戦時中奈良県知事や厚生省衛生局長を務めた澤 重民がいる。


艦娘ファイルNo.114

大淀型軽巡洋艦 大淀改

装備1:15.5cm三連装砲
装備2:紫雲
装備3:10cm連装高角砲(砲架)
装備4:艦隊司令部施設

特異点持ちとしては今回のナンバーワンは間違いなくこの人である。
持つもん全部持ったパーフェクト大淀さんがここに爆誕した訳である。強い(確信)
潜水艦隊旗艦用軽巡洋艦として起工され、連合艦隊旗艦を経て第三十一戦隊旗艦・二水戦旗艦となって各地を転戦し、呉でその生涯を終えた大淀。それから100年の歳月を超えて、今再び抜錨する!


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第3部4章~去りし日乗り越え至りし日~

やぁ皆、最近アズレンをやり込み始めた天の声だよ。

青葉「どうも恐縮です、青葉です! と言うか別ゲーじゃないですか。」

まぁねー、青葉は向こうでもブン屋だった。

青葉「そ、そうですか。」

今回から激動編と題した第3章本編始まります。

青葉「何が始まるんです?」

お楽しみです。

青葉「アッハイ。」

第3部3章に於いて、遂に初の戦没艦が出ました。正直、作者である私もやりたくはありませんでした。

「ならばやるなよ」と言う声もあるかもしれませんが、それは違います。戦争が、人の生き死にと無関係では無いものである以上、描写しなければ、それは戦争ではありません。ですが、吹雪の戦没は無意味なものではありません。いつか再び姿を現す時まで、ご声援を賜りたく存じます。

青葉「どうか宜しくお願いします!」

では今回はこの世界におけるエネルギー兵器について。


端的に言って、通常の艦娘機関による身体防護は無効化されると言う禁断の一撃です。

防御手段は対エネルギー攻撃防御障壁のみで、艦娘機関による発動も可能ですが、専用の改修が必須となり、長期の戦線離脱を余儀なくされます。と言っても艦娘達の長期離脱は数週間程度のものですが、戦局を考えれば十分致命的です。

つまり前章終了時点で、エネルギー兵器を防げるのは巨大艤装紀伊だけです。それもFデバイスと言う代償の多い兵装を使う事が前提に来るので、元から防ぐ事は出来ません。と言っても明石に対抗策の開発指示を出したので状況は改善すると思われる。

エネルギー兵器は第二次大戦当時超兵器の一部だけが運用していた兵器で、主にドイツの超兵器が使用していました。現在では現存しない為に、当時に比して技術水準は低いと言う状態ですが、単純な光線兵器から、光子を炸薬に用いた榴弾砲、弾道が変化する特殊なレーザー兵器や膨大なエネルギーを収束投射する波動砲と言った兵器まで開発されていました。


以上です。

青葉「今回簡潔にまとめましたねぇ。」

まぁね、そんだけ前回が長かったって事やね。

では行きましょう、激動編、スタートです!


2053年10月、悲劇を乗り越えた横鎮近衛艦隊は、中旬に差し掛かる直前、新たな仲間を迎えた。

 

 

10月11日8時29分 建造棟1F・判定区画

 

提督「・・・。」zzz

 

うたた寝をする直人。昨夜は遅くまで書類の決裁だったので寝不足なのだ。

 

明石「提督、終わりま・・・したけど起きて下さい?」

 

提督「―――あ、明石、すまんすまん。」

 

明石「お疲れですか?」

 

提督「あぁ・・・まぁな。」

 

明石「御無理はなさらないで下さいね?」

 

提督「そうだね、気を付けるよ。んじゃ、自己紹介をどうぞ。」

 

と言う訳で。

 

鬼怒「きたきたぁ! 鬼怒、いよいよ到着しましたよ!」

 

提督(おーおー、のっけから元気。嫌いじゃないよ~こう言うの。)

 

長波「夕雲型駆逐艦、長波様だよ~。」

 

提督(お、夕雲型。)

 

衣笠「はーいっ! 衣笠さんの登場よ! 青葉ともども、よろしくね!」

 

提督(お、青葉の妹か。そう考えると悪い事をしたかも・・・。)

 

と言う訳でこの3人が新着である。

 

提督「3人とも宜しく、歓迎するよ。」

 

長波「宜しく! 期待させて貰うぜ?」

 

提督「期待に応えられるかはさて置くとして、出来るだけ努力は惜しまないと言っておこうか。」

 

長波「おー、低く出たねぇ。こいつぁアタリかな?」

 

鬼怒「アタリって?」

 

長波「期待出来るって事さ。」

 

鬼怒「成程。」

 

衣笠「確かに。」

 

提督「さて案内を誰に―――」

 

青葉「呼ばれて飛び出ました。」シュタッ

 

提督「どこに居たんだオメェは!?」

 

青葉「ここの天井の梁です。」

 

提督「えぇ・・・。」

 

居るとは聞いていなかった直人、困惑。

 

衣笠「青葉じゃない!」

 

青葉「久しぶりですねぇ! と言う事で、私がやると言う事で?」

 

提督「あぁ、任せる―――余計な事は喋るなよ?」

 

青葉「口は堅いつもりですから、御心配には及びません!」

 

提督「ホントかよ・・・。」

 

青葉「信用されてませんねぇ・・・いいですけど♪」

 

提督「なんで嬉しそうなんだよ。」

 

青葉「別に、なんでもないです。それでは早速。」

 

提督「行ってらっしゃ~い。」

 

直人は建造棟から青葉達を送り出す。そのあと明石とやり取りがあった。

 

提督「―――ふぅ。」

 

明石「なんだかんだ良いコンビですね、青葉さんと。」

 

提督「冗談。スクープ撮られそうになったことが何度あるか。なんでか全て阻止出来てるけど。」

 

明石「そうなんですか?」

 

提督「まぁね。それじゃ、戻るかね。」

 

明石「はい、頑張って下さいね?」

 

提督「お前もな。」

 

明石「はい!」

 

青葉と直人もそうだが、この二人も中々いいコンビである。何より信頼感が見ていて良く分かる二人である。

 

 

で、その日の事である。

 

 

11時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「終わったー。」

 

金剛「お疲れ様デース♪」

 

提督「あぁ、ありがと。さて午後は何をしようかな・・・。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

提督「んー・・・そうだ、近接戦闘訓練、やろう。」(第三回)

 

金剛「了解デース! 午後の予定作り直しマース。」

 

提督「お? 今日は随分さっぱりした反応だね?」

 

金剛「もう慣れたネー。そ・れ・に、リベンジの機会を狙ってたのデース!」

 

提督「お、ノリがいいね今回。んじゃ早速その様に取り計らってくれぃ。」

 

金剛「了解デース!」

 

と言う訳で、100隻規模になった艦隊の近接戦闘訓練第3回が決定したのである。それは久しぶりに気まぐれスキルの発動でもあった。

 

 

その後、思いの外早く集まった為、当初13時半開始を13時にまで切り上げる事になったのであった。金剛の運営能力の一端であろうか。

 

 

13時01分 サイパン島訓練場

 

提督「よし、集まったようだな。」

 

金剛「OKデース、点呼もばっちり!」

 

提督「うん、では第3回近接戦闘演習を始めるとしようか。」

 

何気に53年4月以来である。この間、本当に様々な事が起き、様々な結果を生んだ。そして、沢山の事を経験した。仲間も増えたし―――減りもした。しかしこうして立てる事を嬉しく思った、それは事実だ。

 

青葉「今回最初はどうされます?」

 

と言うのは例の特別試合である。

 

提督「いや、どうって言われましても。」

 

「成程、あらゆる任務に耐える為のカリキュラムの一つ、ですか。」

 

提督「――――!」

 

この訓練を疑問に思う者、納得出来る者、既に参加した経験のある者も含めた人垣をかき分け、現れたのは――――

 

「いいでしょう、そのお相手、私が承ります。」

 

提督「雲龍、か。」

 

その名を、彼は噛み締める様に言う。

 

雲龍「ご不満ですか?」

 

提督「・・・いや、不満はない。意外だっただけだよ。」

 

雲龍「そうですか。でしたら、そのお考えは間違えておられる事が、すぐお分かりになるでしょう。」

 

提督「結構、では始めようか。」

 

雲龍「はい、宜しくお願いします。」

 

 

青葉「さぁ始まりました! 第三回近接戦闘演習エキシビションマッチ! 提督VS雲龍の一戦となりました!」

 

局長「今回ハ空母トノ対戦ダ、先ガ読メンナ。」

 

ワール「そもそも、空母でどこまでやれるのか、と言う所ね。」

 

青葉「雲龍さん、相当凄みのある啖呵を切って望む一戦、果たしてどこまで粘るでしょうか!」

 

 

雲龍は、槍を持ち低く構える。対する直人も、極光・希光を携えて、極光の鞘に手をかけて立つ。

 

雲龍「抜かない、のですね。」

 

提督「そうだな。」

 

雲龍「では、こちらから。」

 

提督「――――。」

 

その瞬間、その場は確かに静かになった。

 

雲龍「――――ッ!」ダッ

 

次の瞬間、雲龍は直人との5mの距離を、ほんの一瞬で、一息で詰めたのである。

 

提督「ほう。」

 

彼はそれに感嘆の息を漏らしたに過ぎない。

 

提督(光路・一閃―――!!)

 

彼は白く輝く希光を鞘から一気に抜き放つ。それは光の道を描く、希光の持つ抜刀術である、霊力をその正体とする光の斬撃である。

 

雲龍「なっ―――!?」

 

雲龍は着地した所で左に飛んで躱し、辛うじてこれを逃れた。紫に光る黒い刀身を持つ極光と希光だけが使う事が出来る、斬撃を飛ばす能力は健在である。

 

提督(斬技・卯月―――!)

 

更に彼は追撃を放つ。縦軸の「一の太刀」、一の太刀を回避する対象の逃げ道を塞ぐ円の軌跡である「二の太刀」、左右への離脱を阻む払い「三の太刀」を連続で飛ばす技だ。この時、重ねた軌跡が三角の辺の様に重なっている事から「卯月」である。

 

雲龍(―――成程、見くびりましたね。)

 

 

ヒュババァッ

 

 

提督「何ッ!?」ザッ

 

思わず後ずさった直人。

 

雲龍「フゥー・・・ッ。」

 

提督「今のは―――!」

 

 

キィィィ・・・ン

 

 

雲龍「どうしました? 集中出来ておられないようですが?」

 

提督「そんな事は、無いっ!」

 

 

青葉「おぉぉぉっ! 序盤から激しい打ち合いです!」

 

局長「マサカ雲龍モ斬撃ヲ飛バセルトハナ・・・。」

 

ワール「何かしたの?」

 

局長「マサカ。」

 

青葉「思わぬ雲龍さんの能力登場で、先がより分からなくなりました!」

 

 

提督「我流、燕返し―――!」

 

雲龍「ッ!?」

 

直人が助走抜きで彼の奥義とも呼べる技を出す。こうした芸当も、日々の修練あればこそである。

 

 

ズガァッ

 

 

雲龍「くぅっ!?」

 

まともに防いだ雲龍を一太刀で態勢を崩し―――

 

 

ヒュバァッ

 

 

返す刀で仕留める。しかしその二太刀目が空を切った。雲龍が槍を支えにして弾かれた勢いで飛び退ったのである。

 

提督「成程、出来るな。」

 

雲龍「なんの、まだまだ―――!」

 

 

カァンキンキンカァンカァン・・・

 

 

かなりのハイスピードで互いに打ち合う二人。直人も懐に潜り込む隙を見出そうとするも、雲龍の素早い槍捌きを前にそれは困難を極めていた。

 

提督「四突!」

 

サイコロの四の目に極光で突きを連続で放つ。この際片方の側を先に打って回避した相手にもう片側を突き込むのがミソである。

 

雲龍「はぁっ!」

 

 

キキィィン

 

 

しかし雲龍は回避した後の2度の突きを払いのけ、更に追撃を入れる余裕を見せる。

 

提督「なんつー手練れかただ、これは―――。」

 

雲龍「お気に、召しましたでしょうか?」

 

恐らくはこれもまた、特異点なのだろう。雲龍も矢矧などと同じく武術型の特異点を持つと言う事であろうか。

 

提督「あぁ、大した腕だよ、矢矧や龍田あたりといい勝負も出来る位だ。だが――――」ダッ

 

直人が希光で斬撃を飛ばしながら突進する。

 

雲龍「はっ!」

 

雲龍も斬撃を飛ばしてこれを相殺するが――――

 

提督「フッ――――」

 

雲龍「ッ!!」

 

斬撃を飛ばすと言う事は、槍を一度振り抜くと言う事であり、斬撃と共に突入していた直人は、そのがら空きになった懐に極光を構え飛び込んで来る形になったのである。縮地の技法は、雲龍に対応する余裕を与えはしなかった。

 

 

ズバァァッ

 

 

雲龍「――――くっ。」ズシャァッ

 

最期は直人が右にすり抜けながら雲龍の腰を左から斜め上に胴を斬る、雲龍もその一撃を受けては流石に崩れ落ちた。

 

提督「雲龍に足りないのは、経験だよ。」

 

雲龍「そう、ですね・・・精進します。」

 

提督「ならば結構。」

 

 

青葉「決まったァ!! 今回もエキシビションマッチは提督の勝利です!」

 

局長「唯一コノ演習デ直人ガ本気ヲ出スンダカラナ、当然ダガ。」

 

ワール「どちらかと言えば普通に相手にする分には全力じゃないわね。」

 

局長「マァ、ソウデナイト話ニモナランカラナ。」

 

ワール「間違いないわね。」

 

青葉「エキシビジョンマッチはなぜか毎回新人さんが参加していますが、今後リベンジを申し出る艦娘はいるのでしょうか、今後にも注目したい所です! 以上、解説の局長とワールウィンドさんと共にお送り致しました、実況の青葉でした!」

 

 

提督「あーあ、いつも通り好き勝手言ってくれちゃってまぁ。―――間違いじゃないのが何とも。つかレーキかけなきゃ!」

 

そう、斬撃飛ばしまくったせいでその跡が刻まれちゃったのである。

 

提督「ウォームアップしたい奴はレーキかけやっててね~。順番に一名ずつ、今回も相手してあげよう。」

 

と、体よく艦娘達を使う直人なのであった。

 

 

カァンカァンカカカァンカァンカァン・・・

 

 

金剛「そこネー!」

 

提督「なんのォ!」

 

 

カァンカァンカカァンカァンカァン・・・

 

 

20人程度(川内・龍田含む)を相手した後で金剛との番になったが、思いの外激しい打ち合いが続いていた。

 

金剛は以前と同じ薙刀を使用していた。直人は十文字槍と言う、前回の対戦と同じ対決だ。

 

提督「どうやら、しっかり稽古してたみたいだな。」

 

金剛「言ったデショー? リベンジの機会を窺ってたッテ。」

 

提督「そうだな、そうでなくてはな。」

 

金剛「さぁ、次はどうするネー!?」

 

提督「どうも何も――――」

 

 

ビュン―――ズドォッ

 

 

金剛「ゴホォッ!?」

 

提督「こうするのさ。」

 

投げた。思いっきり投げた。

 

一同「――――!?」

 

一同も呆然とする奇手である。尤も、投槍も立派な戦法なのだが。

 

金剛「き、聞いてない、デース。」ガクッ

 

提督「戦いとは、柔軟性を要求されるものだ。」キリッ

 

一同(嘘でしょう・・・!?)

 

ドン引きである、当たり前である。ますます激しさを加える事は疑いようもない状況である。

 

 

暁(大丈夫、いつも通りにやれば―――!)

 

と自身を鼓舞して臨む暁。

 

 

カァンカァンカァンカァン・・・

 

 

提督「フッフッフッ・・・!」

 

完全に持久戦になりリズミカルに呼吸とフットワークを整えて打ち続ける直人。何故かと言うと、全て受けるか躱されているのだ。

 

以前、暁が砲弾を目視で回避している事は既に述べた。それは暁の卓抜した動体視力の成せる業であり、そしてつまりそれは、他方面に応用が利く事も意味している。

 

提督「どうした! 防ぐだけでは何も変わらんぞ!」

 

暁(む、無理でしょこれ~!?)

 

防ぎ続ける暁の方が疲れて来ていた。暁は持久戦で直人がバテるのを持っていたのだが、本末転倒もいい所であった。

 

暁「っ、やぁっ!」

 

 

カアァン

 

 

提督「ぬっ!?」

 

暁「そこっ!」

 

下から斜めに払いを受け、振り抜こうとしていた木刀を弾かれて態勢を崩す直人。そこへ暁が振りかぶって追撃に入ろうとする。

 

提督「まだ、だっ!」

 

直人が弾き飛ばされた勢いを使って身をよじる。

 

暁「えっ!」

 

木刀が空を切り、暁が思わず面食らう。

 

提督「せいっ!」

 

 

ヒュッ

 

 

気付けば、暁の首筋に木刀が突き付けられていた。

 

提督「勝負あり、だな。全く、防御に関しては大した腕だよ。」

 

暁「つ、疲れたわ・・・。」

 

息を切らして言う暁であった。

 

 

鳳翔「はぁっ!」

 

 

ドシャァッ

 

 

提督「くあっ―――!?」

 

そして相変わらず鳳翔さんには体術で勝てず、一本背負いをまともに受けるのであった。鳳翔さんについては護身術と言う点でトップレベルの技量を持っているから止むを得ず、無形を旨とする直人も護身術は余り心得ていないので、勝てる道理が見当たらないのである。

 

提督「ゲホッ、ゴホッ・・・」

 

鳳翔「大丈夫、ですか?」

 

提督「あ、あぁ、大丈夫だよ―――相変わらず敵わないや。」

 

鳳翔「いえ、提督も少しずつですが、上達してらっしゃいますよ。」

 

提督「だったらいいんだけどね・・・。」

 

微苦笑して言う直人であった。

 

鳳翔「今度は何か武器をお使いになられますか?」

 

提督「いえ、大丈夫です、なんだか申し訳ないので。」

 

鳳翔「まぁ、ご遠慮なさらなくても宜しいですのに。」

 

提督「いや、私が他の子達にシバかれる。」

 

鳳翔「あぁ・・・それもそうですね。」

 

鳳翔も自分を慕ってくれる艦娘達がいる事は良く分かっているので、直人の言には納得したのであった。

 

時雨「――――。」

 

おや? 時雨の様子が・・・

 

 

その後は目立った事も無く、16時22分に演習は終了した。当然くったくたになった直人は、自室に戻った後数時間ずっと寝たのだった。が、体よく彼の鍛錬の相手にしていると言う事もあり、こうした演習も彼の技量維持に一役買っている事は確かだった。

 

 

23時17分 中央棟2F・提督私室

 

提督「練成、開始(クラフト、オン)―――。」

 

その夜も、彼はいつも通り、魔術の修練に努めていた。彼は魔術使いであって魔術師ではないし、魔術師の家系に生まれ育った訳でもないから、魔術刻印(家に代々伝わる魔術研究の成果を刻んだ体紋)は持っていないし、編み上げてもいない。

 

ただそれでも、自らの身を処す手段の一つとしての魔術であったから、修練は欠かしていないのだ。そして見つからぬよう、それは夜に行っていた。故に彼が魔術使いである事はほんの一握りの者しか知らないのである。そのほんの一握りと言うのが時雨である。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「ん・・・? 誰だこんな時間に・・・。入れ!」

 

 

ガチャッ

 

 

時雨「失礼するよ。」

 

提督「―――時雨か。どうしたこんな時間に。」

 

時雨「魔力の気配を感じてね。」

 

提督「成程な・・・で、何か用か。俺はさっさと寝たいんだが―――」

 

時雨「僕と、もう一度―――対決してくれないかい?」

 

提督「・・・。」

 

時雨の申し出は、彼としては吝かではなかった。しかし・・・

 

提督「今日はよしてくれ。近接戦闘演習の後だ、俺も疲れたしな。」

 

時雨「・・・分かった、じゃぁ明日の夜11時、演習場でどうかな。」

 

提督「良かろう、では明日な。」

 

時雨「うん―――。」

 

時雨はそれで納得し去って行った。

 

提督「・・・寝よ。」ガバッ

 

そして本当に疲れている直人はさっさと寝たのであった。

 

 

10月12日22時59分 サイパン島演習場

 

提督「――――。」

 

一人、演習場の片隅で佇む直人。果たして時雨は時間通りにやってくる。

 

時雨「やぁ、おまたせ。」

 

提督「全く、お前からあんな事を言い出すとは少し驚いたよ。」

 

時雨「まぁね、以前負けたのが結構引っ掛かってたんだ。」

 

提督「―――それにしても随分上天気だ、星も良く見える。」

 

時雨「そして人気のない場所だ。ここならお互い、思う存分やれる。そうだよね?」

 

提督「全くだ、この場所を指定したお前は正解だよ。だが―――」

 

時雨「・・・?」

 

提督「―――同時に間違いでもある。それを示そうじゃないか。」

 

時雨「・・・受けて立つよ。」

 

この場に於いては、互いに挑戦者同士、なればこそ、お互い気迫が漲る。いずれから仕掛けるか、何秒か時が流れた――――。

 

 

提督「―――呼集。」

 

時雨「―――投射三連!」

 

時雨は魚雷型ロケットを4発ずつ16発投射、これに対し直人は白金剣を5本呼び出しそれを纏めて射貫いてみせる。既にこの時点で、参式以外の結界制御術式は解除されており、『白金千剣の重複発動』と『白金剣の遠隔操作』は可能になっている。つまり最初から全力に近い。

 

時雨「なら、これで!」

 

更に時雨が魚雷型ロケット7発を投影、それを7方向から突入させる。

 

提督「その程度!」

 

更に直人も7本の白金剣を呼び出し、これを相殺する。互いに投射型の魔術である為拮抗した状態であるのは仕方のない所であったが、当然ながらまだ小手調べであり動く気はないのだ。

 

時雨「やっぱり埒が明かないね。なら!」

 

時雨が指抜きグローブに魔力を通し、ルーンを発動させて突入する。

 

提督「―――ほう、正面から来るか。」

 

直人が地面に手を突く。

 

提督「白金千剣―――“千剣ヶ原”!」

 

時雨「なっ―――!?」

 

次の瞬間、突進してくる時雨の針路上の地面から、白金剣が突如大量に噴き出すようにして投射される。かつて資材倉庫に侵入した赤城にも使った技である。時雨は面食らって回避出来なかった。

 

時雨「くっ・・・突進は、警戒されてたんだね・・・。」

 

提督「当然。以前の手合わせで指抜きグローブに硬化のルーンを刻んでおいて格闘戦に持ってくるのは知ってるからな。」

 

時雨「確かに、この手は前に使ったね。なら―――!」

 

時雨が上空に魔術陣を展開、そして―――

「“ハーゲル”!」

そこから氷の楔を立て続けざまに投射した。“ハーゲル(Hagel)”とは「雹」を意味するドイツ語だが、そんなちゃちなものでは決してない。

「“メイルシュトローム”!」

更に時雨が水魔術の大技であるメイルシュトロームを放つ。波濤の渦が、無数の氷の楔と同時に直人に襲い掛かる。

 

「同時―――!」

直人は逡巡した。彼が使えるまともに戦闘に使える魔術と言えば、白金千剣と強化位で、これではこの圧倒的な火力を防げない。しかしここで彼は一つの思考に至る。

(―――武器だ。)

 

(とった!)

時雨はここで勝利を確信した。しかし彼は諦めていない。

(この壁を突き破る武器がいる―――!)

彼は思考を巡らせる。

(難しい筈はない、能力付与(エンチャント)は想像力だ。ならば―――あの波濤を超えられる力を考え、付加する事だって!)

魔力が、直人の意に沿い収束し始める。

(イメージしろ・・・あの水壁を、突破する武器を!!)

直人の手に、1本の剣が形成されていく。

(普段やっている事をやるだけだ、普段やっている鍛錬だと思い込め!)

完成された入れ物に、彼が力と中身を入れ込む。

 

提督(全行程―――完了!)

 

 

ズドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

時雨「なっ―――!?」

 

提督「――――。」

 

振り抜かれた右手に握られていたのは一本の白金の剣。しかしそこから放たれたのは、光の束。さながら天に至る階の如く、それは、氷と水の巨壁を貫き通したのである。

 

提督「さぁ―――どうするね?」

 

時雨が持つ最大の一撃を凌いで見せた直人。不敵な笑みを見せて時雨に問いかける。

 

時雨「・・・ダメだね、僕じゃやっぱり、提督には敵わないや。」

 

提督「―――そうか。」

 

時雨「僕の負けだ。流石だね。」

 

提督「素直に受け取って置くよ。さて、戻ろうか。」

 

時雨「うん、そうだね。」

 

時雨は提督と共に、司令部の自身の寮に戻っていく。時雨は、まだまだ実力不足である事を痛感したのであった・・・。

 

 

その翌日から何日かの間、艦娘達の一部の間で、演習場の方から妙な光が空に向かって伸びるのを見たと言う噂がまことしやかに囁かれたと言う。あれだけ暴れればその一端を見られたとしても不思議ではない話ではあったが。因みに当事者2名はバレない様にすっとぼけていた模様。

 

 

10月13日22時37分 司令部正面水域

 

この日は夜戦演習で、新入の長波も参加していた。

 

 

ドォンドォン・・・

 

 

カードは一水戦対二水戦と言う、水雷戦隊同士の夜戦を想定したものである。ただ、一水戦側に第五戦隊が加わる為、純粋にそうとも言い切れなかったが。なお状況は反航戦である。

 

足柄「今よ、突撃ィ!」

 

足柄の合図と共に一水戦の面々が砲撃を交え突入を開始する。足柄が今日の一水戦側指揮官である。余り普段実戦で目立つ事のない五戦隊だが、特に足柄の指揮には定評があり、攻める所を徹底的に突き、引き所を弁えるその手際の良さは流石の一語に尽きる。

 

今回足柄が狙ったのは、二水戦の単縦陣の中央部にいる第十駆逐隊である。比較的加入して日が浅く、練度が低い上、そこには新入艦である長波がいた。

 

 

長波「・・・。」

 

その様子を夜目を利かせて観察している長波。

 

巻雲「長波、どうしたの?」

 

と巻雲が聞くと、夕雲は隊内無線で矢矧に意見具申をする。

 

長波「矢矧さん、あたしに策がある。全艦あたしの指示通りに動いて欲しいんだ。」

 

矢矧「“なんですって?”」

 

驚いて聞き返す矢矧に夕雲はこう言った。

 

長波「相手の方が戦力で優勢だ、練度もある。それに急がないと手遅れになっちまう。」

 

そう言われて矢矧は

 

矢矧「“・・・分かったわ、やってみて頂戴。”」

 

と返事をした。演習ならではと言ったところではあった。

 

長波「よっしゃ、いっちょ始めますか!」

 

巻雲「でも、どうするの?」

 

長波「あたしが丁度単縦陣の真ん中だ、私を基準に航行方向そのままで“くの字”に展開してくれ。」

 

「「“了解。”」」

 

長波(この位の動きなら、夜間だと見えづらい、距離はおよそ1万5000―――)

 

長波が一水戦との距離を測る。急速に詰まるその距離が1万3000になった所で展開が終わる、砲撃も正確になって来たが、それは長波の周囲に落ち始めていた。

 

長波(よし、予想通り狙いはあたし達だ。いける!)

 

長波が確信した次の瞬間。

 

長波「矢矧さん! 敵先頭艦に探照灯照射5秒!」

 

矢矧「“了解!”」

 

長波「他艦は照射目標に魚雷を全射線投射!」

 

二水戦駆逐艦娘全員

「「“了解!!”」」

 

 

足柄「探照灯! うっ、まぶしいっ!」

 

妙高「敵の先頭艦、探照灯を照射!」

 

足柄「くっ、不味いわね―――」

 

妙高「消灯しました!」

 

足柄「!?」

 

短時間の探照灯照射、その意図を測りかねる足柄。後続する艦娘達も、その照射時間が短く、照準を修正し切れていない状態だった。

 

足柄「―――まぁいいわ、このまま突入続行!」

 

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

~23時47分~

 

巻雲「凄すぎですよ長波~!」ピョンピョン

 

長波「いやぁ、直感で突撃一本だって思ってね、それでやってみたんだけど、上手く行って良かったぜ。」

 

矢矧「本当に見事ね、感心したわ。」

 

長波「おうさ、夜戦なら、あたいに任せな!」

 

 

足柄「改めて酸素魚雷の威力、思い知らされちゃったわね・・・。」

 

那智「まぁ、そんな事もある。気にするな、足柄。」

 

足柄「そうね・・・。」

 

妙高「しかし、策を編んだ長波さんも、凄いですね。」

 

那智「そうだな、まだ艦隊に加わって日も浅いのに、洞察力に優れている。あれをもう少し、見習いたいものだ。」

 

足柄「うぬぬ・・・。」

 

悔しそうに唸る足柄であった。

 

 

翌朝一番の足柄と矢矧の報告で、直人もその事を知った。彼は長波の夜戦における優れた戦闘指揮能力を率直に受け止め、それを何かに生かす事が出来ないかを考え始めるのであった。

 

 

10月16日10時22分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「今日は書類が少なくて助かったぜ、なぁ金剛?」

 

金剛「デスネー。今日の午後、久しぶりにティータイムと洒落込みマスカー?」

 

提督「おー、いいねぇそいつぁ。では御馳走になろうかな。」

 

金剛「オフコースネー!」

 

と仲良く会話している時だった。

 

 

ガチャッ―――

 

 

大淀「提督、おられますか!」

 

慌てた様子で大淀が無線室から戻って来た。

 

提督「やぁ大淀、仕事はついさっき終わっちまったよ。書類頼むわ。」

 

金剛「宜しくネー!」

 

大淀「それどころではありません! 緊急事態です!!」

 

提督「緊急事態?」

 

金剛「デスカー?」

 

二人して互いの顔を見合わせ首を傾げている。

 

大淀「お二人とも平和ボケが早すぎますって・・・。」ハァ~

 

そして呆れ果てる大淀である。

 

提督「冗談だ、最前線で油断もしておれまい? 話を聞こう。」

 

金剛「冗談だったんデスカー。」(;´・ω・)

 

大淀「そう言う金剛さんは気が緩み過ぎです。」

 

金剛「そ、そんなコトは――――」

 

提督「はいそこまで、緊急事態ではないのか?」

 

大淀「あっ―――そうでした、申し訳ありません。」

 

提督「詫びは後、報告しろ。」

 

直人が急かすと大淀が事態を説明する。

 

大淀「サイパン島の北東方向、距離420kmに、サイパン島へ向かう深海棲艦の大艦隊が確認されました。報告によれば、先日訪れた北方棲姫の姿も確認されたとの事です!」

 

提督「420kmと言えば至近距離じゃないか! なぜそこまで誰も気づかなかったのだ!」

 

大淀「それが、偵察機からの情報では、水面に突如として現れたとの事で・・・。」

 

提督「なん・・・だと・・・?」

 

金剛「まさか・・・。」

 

サイパン島の危機か―――そう考えかけたその時、執務室に白雪が飛び込んできた。

 

白雪「大淀さん、触接機から追加電です!」

 

提督「どうした!」

 

白雪「深海棲艦隊より『我に交戦の意思無し』との発光信号です!」

 

それに首を傾げたのは直人であった。

 

提督「―――読めんな、どう言う事だ?」

 

金剛「大淀サン、敵の規模は?」

 

大淀「およそ20万隻ほど、深海棲戦艦や深海棲空母と言った主力艦艇の姿も多数含まれています。」

 

提督「20万だと!?」

 

金剛「その辺の棲地よりも多いデスヨー!?」

 

提督「棲地のお引越しとでも言うつもりかよ・・・。」

 

大淀「となるとここを占拠すると!?」

 

提督「だが交戦の意思はないと言う。北方棲姫もいると言う事になると・・・。」

 

何かがあった、直人はそんな予感があった。

 

提督「金剛、艦隊の修理状況は?」

 

金剛「前回、霧に紛れての戦闘だったから、大した損害も無く現在全艦出撃可能です。」

 

珍しく流暢になった金剛。

 

提督「では仮に全艦出撃させるとする。勝てるか?」

 

金剛「無理デスネー。砲台と基地航空隊を合わせても、余りにも多すぎマース。それに、やるならとっくに触接機も落されてるデショウし、攻撃隊の接近を確認出来てる筈ネー。」

 

提督「確かにその通りだ。どう思う大淀。」

 

大淀「・・・兎に角今は、情報が不足しています。北方棲姫さんが相手ですから、話は分かると思いたいです。」

 

提督「―――つまり和戦両面で準備しろ、と言う事だな。」

 

大淀「はい。」

 

大淀の言葉から、彼はその真意を悟る。

 

提督「宜しい、その方向で行こう。航空隊は攻撃隊を編成、地上運転のまま待機しろ。インターセプターも全部駐機場から出して滑走路上で待機、敵襲があれば直ちに迎撃に出ろ。艦隊は全艦出撃して司令部正面で臨戦態勢のまま別命あるまで待機、鈴谷も戦闘準備を整えて置け。」

 

大淀「はいっ!」

 

金剛「了解デース!」

 

提督「全島に第二種臨戦態勢、万が一に備え戦闘準備だ! 但し、これらの準備を悟られるなよ。」

 

金剛「OK。」

 

大淀「難しい注文ですね・・・分かりました、やってみます。」

 

直人の指示が下された。この指示が、後の時代の流れを大きく変える命令となって発せられた。

 

 

16時37分 サイパン島北東近海

 

提督「・・・多いな。」

 

直人は軽装で司令部を出港、天龍と龍田を従えてサイパン島北西の近海に位置し、やって来るであろう深海棲艦隊を待ち構えていた。

 

装備しているのはストライダーフレームの脚部艤装と背部艤装、それに艤装に仕込んだライフルと極光・希光がある程度である。

 

天龍「戦えって言われりゃやるが・・・正直、勘弁願いたい数だな、ありゃぁ。」

 

龍田「本当に、やっちゃダメなのね?」

 

提督「あぁ、少なくとも俺がよしと言うまではダメだ。尤も、戦わない事を祈りたいがね。」

 

天龍「同感だな。」

 

龍田「えぇ・・・。」

 

流石の龍田も、水平線上に見える圧倒的な数の深海棲艦を前にして、直人が戦意を持っていないと来ては戦うつもりも起きなかったようだ。

 

一方の深海棲艦隊も、堂々たる足並みでサイパンに向かっていた。こちら側からも、直人と二人の艦娘の存在は水平線上に目視していた。

 

 

~17時27分~

 

北方棲姫「・・・しばらく、だね。ナオト。」

 

提督「あ、あぁ。しばらくぶりだけど・・・これはどういう事なんだい?」

 

深海棲艦隊は、直人との距離を10kmに保って停止していた。直人が島から10km離れているから、サイパンからは20km、砲撃戦では目と鼻の先の距離なのである。直人としてはこの規模の敵を前にすると気が気ではない。

 

北方棲姫「ほっぽ・・・逃げてきた。皆も、そう。」

 

提督「逃げてきた・・・?」

 

「そうだ、私達は、貴艦隊に対し亡命を求めます。」

 

北方棲姫の背後に控えていた深海棲艦が言った。

 

提督「失礼だが、貴艦は?」

 

「申し遅れました。北方棲姫様の副官をしております、アイダホと申します、提督。」

 

戦艦ル級改Flagship「アイダホ」。わざわざド辺境に改Flagという大物がいた理由は、直人達が電撃的に攻撃して行ったからに他ならなかった。AL方面への作戦の後、深海棲艦隊はダッチハーバーの防備兵力増大を図り、その一環として、空母や戦艦部隊と言った大兵力を増派したのである。

 

提督「―――ではアイダホに幾つか質問しよう。今、確かに亡命すると言ったな。」

 

アイダホ「その通りだ。」

 

提督「亡命するのはいい。だが何を求めるのか。それを聞かねば始まらない。」

 

アイダホ「可能ならば、交渉と共存を。そうでない時は――――」

 

提督「そうでない時は?」

 

アイダホ「そうでないものを、少なくとも、無条件降伏の為に、二十数万の艦隊を以ってここに参上した訳ではありません。もしお聞き届け頂けるのであれば、この戦争を、より早く終わらせる方法を御教授して差し上げます。虚心に御聞き下さい。そうすれば、貴方様であれば―――紀伊元帥閣下なら、分かって頂ける筈です。我々深海棲艦が今、どの様な状態にあるのかが。」

 

提督「――――。」

 

彼は腕を組み、直立不動の姿勢で、アイダホの言葉を、その心中で良く反芻して考えていた。

 

天龍(随分エラそうだな、深海棲艦の癖に。)

 

提督「―――成程? 大きく出たものだ、“私に教授する”とは。」

 

アイダホ(不味かったか・・・?)

 

提督「良かろう、その大言に免じ、テニアン沖に艦隊を停泊させる事を許可する。但し、事の次第が判明するまで―――或いはより長くなるやもしれんが、それまでは監視を付けさせて貰う事になる。異存はないか?」

 

アイダホ「元より承知していた事です、私達に、異存はありません。」

 

提督「結構。では早速その様に取り計らうといい、落ち着いたら代表団を編成し、司令部に来てもらいたい。私達は、君達をひとまず客人として迎えよう。」

 

アイダホ「―――元帥閣下のご厚情に感謝致します。」

 

提督「礼はいい、それより早く行くといい。長旅だったろう、燃料に不安があるのではないか?」

 

アイダホ「お気遣い痛み入ります。では早速失礼させて頂きます。」

 

提督「うん。」

 

アイダホがその場を去ると、北方棲姫が口を開いた。

 

北方棲姫「ナオト、ありがとう。その――――」

 

提督「心配しなくていい。まだ何があったか聞いた訳じゃないが、今はまだ、俺達は友達だ。」ニッ

 

北方棲姫「うん! トモダチ!」ニコッ

 

お互いに笑みを交わす。直人はこれからが難儀だと本気で思い始めていた。それは文字通りの、大事件だったからである。事情如何によっては、4度目のサイパン近海の戦いになる。故に、彼も慎重な姿勢で臨むつもりだった。

 

提督(・・・あ~あ、こりゃまた、厄介事を引き受けちまったなァ―――どうも俺の所には次から次に騒ぎが起こるもんらしい。)

 

心底彼はそう思ったものである。

 

 

天龍「・・・なぁ、提督。」

 

提督「うん? なんだ?」

 

北方棲姫と別れた後、戻る途中で天龍が質問した事がある。

 

天龍「良かったのか? そんな二つ返事の様に受け入れたりして。」

 

提督「阿呆、よく考えても見ろ。これだけの大事だ、うちだけで処理出来ると思うか?」

 

天龍「・・・まさか、初めから―――」

 

提督「その“まさか”だよ、天龍。」

 

天龍「フッ、そうだな。考えてみりゃ、考えるまでもねぇ事だったぜ。」

 

提督「そうさ。さぁて、全艦隊に臨戦態勢解除、警戒態勢に格下げを命じなくては。」

 

天龍「だな・・・。」

 

直人は天龍と龍田を伴い、サイパン島司令部に戻っていった。

 

 

那智「警戒態勢・・・だと!?」

 

提督「そうだ、これは命令だぞ。」

 

那智「―――命令とあらば了承するが、納得がいかん!」

 

提督「繰り返すようだがこれは命令だ、君が納得するかどうかと言う問題ではないのだぞ。」

 

那智「・・・くっ。」

 

提督「今回の件は我々だけで処理できる案件ではない。相手側の言い分を聞き、それを中央に報告し指示を仰がねばならん。言って置くが、既にこの件は私が預かっている。迂闊な事をすれば誰であれただでは置かんからそのつもりでいろ。」

 

那智「・・・了解した。」

 

今度ばかりは、那智の方が分が悪かった。拳を握り締め、那智は引き下がった。

 

金剛「確かに、今回は私達の仕事ではないデスネー。提督にお任せしマース。」

 

提督「ありがとう金剛。事が片付くまでは、2個戦隊3個駆逐隊を充当して、交代制の警備を付けておいてくれ。深海棲艦の一団は、テニアン沖に停泊の予定だ。」

 

金剛「了解デース。」

 

朝潮「いいのですか? 敵をその様な近場に居させて―――」

 

提督「少なくとも今は、敵じゃない。それは忘れるなよ? 彼らは、我々に亡命を求めてここに来たんだ、砲撃は俺が良しと言うまでは禁止だ、いいな?」

 

朝潮「ハッ!」

 

霞「亡命・・・亡命ねぇ。」

 

と霞が嘲る様に言ったのを彼は聞き逃さない。

 

提督「何も今に始まった事じゃないぞ。アルティも亡命者だ、それを考えてやる事だ。」

 

霞「それは、まぁ・・・。」

 

提督「それに、亡命と言う事は余程の理由がなければ不可能だ。それを汲んでやれ、彼らがどの様な気持ちで、深海を出て来たのか。」

 

霞「・・・そうね。」

 

霞もそれ以上は言わなかった。局長と接した事が無い訳ではないし、それを通じて、深海棲艦にも心ある者がいる事を知っていたからである。

 

那智(提督は何を考えている・・・?)

 

しかし、腑に落ちない者がいた事も確かだった。

 

 

深海棲艦の大艦隊が亡命してきた―――横鎮近衛艦隊が齎したこの報告は、艦娘艦隊の中央に於いても驚きを以って迎えられた。

 

 

日本時間19時27分 横鎮本庁・司令長官室

 

土方「二十数万の深海棲艦が亡命とは・・・。」

 

大迫「およそ、これまでにない規模です。」

 

土方「亡命してきた者達は、交渉の席を持ちたいとも言う。何を求めての事なのか、ことと次第によっては、サイパン島が危機に瀕するやもしれん――――。」

 

大迫「紀伊元帥も、お人好しが過ぎるとまでいうのは酷ですが、少々厄介事を持ち込み過ぎるきらいはありますから。」

 

土方「紀伊君の事だ、何も無策ではあるまい。」

 

 

19時37分 横浜大本営の一室

 

嶋田「サイパンに亡命深海棲艦の大艦隊とは、とんだものが来たもんだ。」

 

来栖「精々交渉とやらが決裂する事を祈るとしよう、それで紀伊直人が消えるならばこちらとしても本懐を遂げられたも同然。」

 

牟田口「だが奴は、深海棲艦について一定の理解がある男だ、そう上手くいくかね?」

 

来栖「所詮は深海棲艦など野蛮人に過ぎません、何も憂慮する事もありますまい。」

 

牟田口「果たして、そうかな・・・?」

 

来栖「――――?」

 

 

19時38分 横浜大本営・総長室

 

山本「深海棲艦の亡命事件は、今更目新しいものでもない。しかし今回はとびきりだな、宇島君。」

 

宇島「はい――――サイパンに、なんと訓令しましょうか。」

 

山本「特に必要はないだろう。紀伊君なら、やるべき事は弁えているだろうからね。」

 

宇島「分かりました。」

 

尾野山「報道規制については如何しますか?」

 

山本「―――過剰な反応をされる事は避けるとしよう。」

 

尾野山「では、その方向で。」

 

山本「うむ。しかし、今回の件ひょっとすると、何かあるかも知れんね。」

 

宇島「何か・・・ですか。」

 

山本「あぁ。」

 

 

こうして、様々な思惑の入り乱れた一晩が明け、翌17日10時18分、横鎮近衛艦隊司令部食堂棟2階にある大会議室が片付けられ、亡命深海棲艦隊代表団と、横鎮近衛艦隊首脳陣との間の会見場が開設された。

 

横鎮近衛艦隊側からは、提督の紀伊直人ほか、

 

艦隊総旗艦兼一水打群旗艦 金剛

副官兼第十戦隊旗艦 大淀

二航戦旗艦兼サイパン航空隊司令 飛龍

二水戦司令 山口多聞 少将

サイパン航空隊副司令 柑橘類少佐

第一艦隊旗艦 大和

一航艦旗艦 赤城

造兵廠統括 明石

技術局局長 “局長”モンタナ

オブザーバー ワールウィンド

 

以上10名が出席した。

 

一方で亡命深海棲艦の代表団は、北方棲姫の副官であるアイダホをリーダーに、

 

艦隊総督 ネヴァダ(ル級改Flag)

戦艦部隊司令官 アラバマ(ル級改Flag)

空母部隊司令官 アンティータム(ヲ級改Flag)

高速打撃群指揮官 オレゴン・シティ(リ級改Flag)

快速機動群指揮官 スプリングフィールド(ト級Flag)

高速水雷戦隊指揮官 ファーゴ(ト級Flag)

対潜掃海部隊指揮官 ナッソー(ヌ級改Flag)

 

以上7人が臨席した。

 

 

会見は10時20分に始められた――――

 

 

提督「本官は今日、この場にあなた方を迎えられた事を誇りに思う。私はあなた方の誠実さと、差し迫っているのであろう願いに対し、対話を以って臨む事が出来る事を、また嬉しく思うものである。私自身、この日が歴史的な一日である事を確信し、我々が望む平和への糸口となる事を、切に願うものである。」

 

アイダホ「我々は今日、誠に不本意な立場に置かれつつあり、為に我々は自己の生命の補償を求めて、あなた方に対し亡命を希望するに至った次第です。あなた方が平和を希望する様に、我々もこの戦争について懐疑的な立場にあり、双方相争うことなく、共に理想に向けてのあらゆる努力を惜しまぬ事を理解し合う事が出来れば、少なくとも私達とあなた方との間に、戦火を交える事は無いものと信じます。」

 

その後、互いの幕僚を紹介して行き、それが終わると、直人が早速本題を切り出した。

 

提督「―――では早速本題に移りたい。昨日、貴艦隊―――二十五万の大艦隊が、突如として我々に対して亡命を申し入れた。我々としても突然の事であり、我々としては、何が起きているのか、そしてその上で我々に対して何を求めるのか。順序としては、それをまず御話頂くのが適切だと考えるが、如何だろうか?」

 

アイダホ「その通りです。確かに、いきなり押し掛けたと言う事ではそちらとしてもご迷惑でしょう―――全て、お話します。」

 

提督「拝聴いたします。」

 

そう言い置くと、アイダホが話し始める。

 

アイダホ「―――私達深海棲艦に、“心”が存在する事は、種々の事情を以ってご存知の事かと思います。私達は誕生の当初こそ、その存在を関知しない、文字通りのキラーマシンに過ぎませんでした。しかし、その深海棲艦の中に、人間と交流を行う者が出始めるに至り、深海棲艦達は徐々に、自身の心の存在を認知し始めました。ですがそれは、戦争を主導する一派にとって甚だ都合の悪い影響を齎しました。」

 

提督「戦争を―――主導する一派?」

 

アイダホ「そうです。我々は元々、一つの目的に沿う様に行動してきました。それが―――」

 

ワールウィンド「―――“地上への生存権獲得”、ね。」

 

アイダホ「・・・そうです、ワールウィンド様。我々は最初、その事だけを念頭に置き、あらゆる選択肢を行使してきました。その中で、人間との戦争が避けられないと知った者達は、心の存在を認知しつつも、なお戦争の継続を決定しているのです。無論、自らの意思と心によってです。」

 

提督「―――つまり今回の亡命の一件は、戦争を強硬に呼びかけるその一派と、無関係では無い。と言う事か?」

 

アイダホ「慧眼恐れ入ります。我々は余りに長く戦い過ぎました。故に深海には今、厭戦気運がくすぶり始めています。確かにこれまで我々は、日の光の下で暮らすべく、あなた方との戦争を遂行し、数々の戦場を渡り歩いています。ですが、深海棲艦隊内の考え方は、必ずしも一致した見解ではありません。」

 

アイダホはそう断言してのける。直人もそれに驚きの表情は見せなかった。北方棲姫を始め、そう言った深海棲艦達を幾人も知っているからである。

 

それを知ってか知らずか、アイダホは言葉を続ける。

 

アイダホ「即ち、戦争を主導する強硬派と、和平を望み、またそこまで踏み込んだ考えを持たないものの、戦いを望まざる講和派ないし穏健派。そして、考え方に依らずそのどちらにも付かず、ただ淡々と命令を遂行し続けているだけといった風の中道派無いし、中立派と呼ばれる者達とに、大別出来るでしょう。」

 

提督「成程・・・今まで一枚岩だと思っていたが、北方棲姫だけが例外ではなかったのだな。」

 

アイダホ「はい。亡命を御決意され、我々を糾合して亡命の途に上られた北方棲姫様のお覚悟と実行力は、流石と言わざるを得ません。」

 

提督「ほう、亡命を決意したのは北方棲姫だったのか。しかしあの小さな子がそれを決断するのだ、余程の事があったのではないか?」

 

アイダホ「ある日、怯えた様子の北方棲姫様をお見かけしたので、何事かと思い御聞きした所、『極北棲姫様に脅された』と言うのです。恐らく、北方棲姫様が一切の派兵をしない事を見て取ったのでしょう、出兵するよう脅しをかけたと見て間違いありません。そこで私が、亡命をお勧めさせて頂き、北方棲姫様はご決断為されたのです。」

 

提督「何たる惨い事をする・・・。いくら棲姫級だからと言って、あの子の心は、幼子と変わらぬと言うのにな。」

 

アイダホ「その通りです。ですが、我々だけ亡命するのでは、自分と同じ目に遭っている沢山の者達が可哀そうだと、北方棲姫様は申されました。2か月前の戦闘を、覚えておいででしょうか?」

 

提督「ミッドウェー争奪戦だな。私は尖兵として出撃した、よく覚えているとも。」

 

アイダホ「あの敗北の後、強硬派に属する者達は、自分達に靡かない者達に思想統制を強化し、一挙に締め付けをきつくしています。北方棲姫様に対する仕打ちもその一環でしょうし、他にも同じ様な目に遭っている者達は大勢います。故に、私が主導して、手近に参集する事の出来る深海棲艦隊、特にその心当たりに声をかけ、二十五万にのぼる大艦隊を揃え、今日参上した次第です。」

 

提督「―――成程、要約すれば、深海棲艦隊に強硬派、穏健派、講和派、中立派の四つがあり、この内の強硬派がその他三派に対する思想統制を強化、それに耐えかねた諸君らは、密かに手近な同志を参集し亡命する事にした、と言う事だな?」

 

アイダホ「それに相違ありません。事実、見せしめとして処刑された者もあります。これを見た三派の者達は、表立って不満を口にする事も出来ず、密かに不満を募らせている状態にあります。そして強硬派の取っているこれらの態度を見れば、強硬派が勝利するその日まで、彼らに戦争を止める気がないのはお判りでしょう。」

 

提督「――――そうだな。」

 

アイダホ「このままでは、今後何十年にも渡って戦争が続き、どちらかが滅ぶか、あるいは自滅するまで、無用の流血を続ける事になります―――強硬派にしてみれば、人類を最後の一人まで殺し尽くすまで、やめる気はないでしょう。彼らは今や、この星の新たな支配者となる事を夢想してさえいるのです。その様な傲慢を望まぬ者がいるにも拘らず。」

 

提督「それは余りにも大きな傲慢だ。であるからこそ、我々としても止めねばならない。それが我々の闘う理由の一つでもある。」

 

アイダホ「―――私達が提示する要求事項をお話します。私達は、前提として人類との戦争を望まない事を、最初にお約束します。その上で御聞き下さい。」

 

提督「了承した。」

 

アイダホ「私達が望むものは、地上における生存権です。強硬派の者達はそれには大陸でないとならないと考えるようですが、私達としては、現在太平洋上にある、戦渦に巻き込まれ、汚染され無人化した島々でも十分構いません。それらに住まわせて頂けるとしたら、これ以上の事はありません。」

 

アイダホらが提示する要求、それは、現在のテニアン・グァムの様な島々に、自分達が生活出来るようにして欲しいと言うものだった。

 

提督「―――随分と大きく出たものだが、国家間の領有権の事もある。我々の司令部の一存で決定出来る事じゃぁない。だが、限定的にならば融通が利くかもしれん、無論期限はあるかも知れないが、それにしては、何の対価も無しにそれだけの要求をするのは、些か虫が良すぎやしないだろうか?」

 

彼は驚かず、アイダホを見据え反論した。しかしその次の言葉にこそ、彼は驚かされることになる。

 

アイダホ「仰る通りです。ですから我々は対価を用意する事にしました。即ち、この要求を行うに当たり、我々一同は、人類に対する単独講和と、深海棲艦隊強硬派に対する、私達と人類とによる共同戦線の樹立を求めます。」

 

提督「―――!?」

 

淡々とアイダホが告げたそれは、“人類と深海棲艦の同盟”を発議するものであった。

 

金剛「共同―――」

 

飛龍「戦線・・・。」

 

多聞「ほう・・・。」

 

提督「すると―――君らは我々に対して、無人島の領有を認めさせる代わりに、同族を討つということか―――!?」

 

アイダホ「人類の歴史を顧みたならば、それは珍しい事ではないでしょう?」

 

提督「―――。」

 

そう言われ、彼は腕を組んで考え込んでしまった。

 

大淀「で、ですが、強硬派が主流と言う事は、兵力は参集したあなた方よりも多い筈、それに於いて勝とうと言うならば、有能な指揮官がいなければならない筈です。当てはあるのですか?」

 

アイダホ「差し当たって、そちらの捕虜収容所にいる深海棲艦を我々の指揮下に入れたいと考えている。そちらにはアルティ様がおられる、きっとお力を貸して頂けるだろう。」

 

柑橘類「―――他に当てはあるのか?」

 

アイダホ「何人か、目星はつけています。時期さえ来れば何とかなるでしょう。」

 

明石「ですが、基地はどうするのですか? 行動基盤がなければ、あなた方も動けない筈です。」

 

アイダホ「その為にも、無人島に居留する許可はぜひとも欲しいのです。」

 

明石「ま、まさかその為に―――。」

 

アイダホ「そうです。」

 

局長「―――モシ“負ケタ”時ハドウスル気ダ?」

 

アイダホ「その時はその時でしょう、モンタナ。行動を起こすのに、後の事を考えはするまい。」

 

局長「―――。」

 

ワール「・・・で? 貴方はどうする気なの? 紀伊提督?」

 

提督「・・・。」

 

彼は少し瞑目し、言った。

 

提督「―――少なくともこの一件、我々の一存で決めかねる所が多過ぎる。差し当たっては今の条項を大本営に伝え、その上でこちらでも折衝してみよう。無論貴官らにも大本営からの交渉の打診があるかもしれん。何事も、準備が欠かせんからな。」ニヤリ

 

アイダホ「では、私達の提案を、支持して下さるのですか?」

 

提督「無論だ、幸いこのマリアナ諸島は防衛上我々の管轄下にある。万が一の場合は、グァムとテニアンをそちらに貸与する事も視野に入れさせて貰う。我々は、貴官らを数年来の友人同様に扱うと約束しよう。無論、我が艦隊の者達にはよく申し伝えるから、安心して貰いたい。」

 

アイダホ「―――やはり、あなたの元に来た事は、私達にとって幸運でした、紀伊提督。」

 

提督「私も、貴官らと共に手を携え、戦いに臨む事が出来るよう、最善を尽くす。宜しくお願いする。」

 

アイダホ「勿体ないお言葉です。こちらこそ、宜しくお願い致します。」

 

こうして、昨日の敵は今日の友として、仇敵同士の友好の握手が交わされるに至った。彼らは共に共通の敵を持ち、その利害関係の一致を以って、和平への糸口を探ろうとしていた。会見は、成功裏に終了したと言っていい。

 

 

11時49分 食堂棟2F廊下

 

提督「今回の会見の内容を、至急文章に起草し大本営に転電してくれ。大至急だ、すまんが頼むぞ。」

 

大淀「いえ、提督のご指示とあれば、食事を遅らせる事くらい!」

 

提督「そうか・・・。」

 

大淀「では、早速失礼します。」

 

提督「うむ、ご苦労様。」

 

大淀が立ち去った後、彼は一足先に大食堂に足を運んだのであった。

 

 

転電された内容は、大本営に再び驚きを齎すのに充分であった。それ程までに、この事は重要だったのだ。

 

 

軍令部第一部

 

「今まで散々我々に対して戦いを挑んで置きながら、今度は我々と手を組むだと!?」

「おまけに拠点にする為の島をくれだと? 余りにも虫が良すぎるではないか!」

「深海棲艦の分際でいい気になりおって!」

「だが、もしここで彼らを味方に引き込めれば、今後の展望も明るくなるな。」

「貴様、奴らの為に一体どれだけの命が失われたと思っている!」

「そうだ、断固討つべし! 奴らの加勢など必要ではない!」

「否、味方になると言うんだ、引き込めれば、我々の負担も減らせる!」

「そうだ、我々の居住に耐えない島の一つや二つ、くれてやればよかろう。」

 

作戦その他を担当する第一部では、若手将校を中心に、和平不要論を沸騰させていたが、一部将校にはそれを否定し、作戦上の有効性を見出した者も少なくなかった。

 

軍令部第二部

 

「これで作戦上の担当官区が縮まれば、かなり融通が利くようになるかもしれん。」

「そうだな、現状物資はただでさえ欠乏しがちだからな・・・。」

「ここはひとつ、亡命艦隊を味方として迎え入れて貰わなければ。」

「しかし、裏切られた時にはどうすれば・・・。」

「その時はその時だ、それまでに体制を整えればいい。」

「そう・・・だな。」

 

補給など後方体制を担当する第二部では容認派や肯定派が大勢を占めていた。

 

この他の部内では大凡肯定と否定が相争うと言った様相で、結論がおいそれと出る様子はなかった。

 

 

一方で大本営の首脳部はと言えば・・・(幹部会はお察しである)

 

~総長室~

 

山本「ふむ・・・。」

 

宇島「驚きましたな、かなり大胆な提案です。」

 

山本「良いのではないかな、早速政府にこの話を持ち掛けよう。」

 

宇島「閣下・・・?」

 

山本「この様な戦争、さっさと止めてしまった方がよい。しかしそれを向こうが望まぬと言うのなら、せめて、終わらせる努力をすべきだ。そうではないか?」

 

宇島「・・・分かりました。早速政府の方にも掛け合いましょう。部内での研究も進めさせます。」

 

山本「そうしてくれ。大本営は、深海との和平の線で統一したい。」

 

宇島「承知しました、部内の統一に全力を挙げます。では。」

 

山本「うむ。」

 

海自軍海上幕僚長を兼務する山本義隆軍令部総長は、深海棲艦との戦争には反対の立場にあるが、何分無効から言かけて来ただけに、その反対の動きは、戦争の早期終結に向けられていた。しかし、それまではその糸口さえなかったものが、漸く見つかったのである。

 

これに飛びつかない山本ではなかった。僅かな可能性にも、賭けてみる価値があると考えた山本の行動が、その後の動きを左右したと言える。海自軍内でも無二の人望と実績を持つ山本の発言力と実行力は、他に並ぶ者がいないのだから・・・。

 

 

一方で、土方海将も同様の反応を示していた。

 

~横鎮本庁・司令長官室~

 

土方「成程、人類との単独講和と共同戦線か。大胆だが、有効でもある。早速これを実施に移すよう、我々も手を打とう。今紀伊君の管轄下にあるグァムとテニアンを、彼らに与えようではないか。あそこはアメリカがマリアナ諸島全域も含め領有を放棄してしまった場所だ、何ら不都合はあるまい。」

 

副官「しかし、中央の裁可が必要です、閣下。」

 

土方「分かっているとも、それも含めて手を打つのだ。急げ! 相手方の気が変わる前にだ!」

 

副官「ハッ! 直ちに!」

 

土方「―――全く。“本官はこの提案を全面的に支持するものである”、か。彼らしい一文だ。」

 

土方の言った一文は、実際には起草した大淀が、彼の言を汲んで添えただけのものであったが、彼の思いを全くこの一文で全て描写した大淀の文才こそ、褒められていい。

 

 

一方で、横鎮近衛艦隊司令部では、代表団が帰った後ひと悶着あった。これは当然の帰結であったが、艦娘が深海棲艦を討つ為の存在と信じる者達にとっては、到底許しがたい事であったのは間違いない。

 

17時26分 中央棟2F・提督執務室

 

その時彼は、艦娘達が陳情願を出して来ていた為提督執務室にいた。だがその陳情書の署名が那智だった事で彼にはその内容が分かっていた為、さして言われた事に驚かなかった。

 

那智「一体どういうつもりだ提督! 深海棲艦などと手を組んでなんになる!!」

 

提督「―――!」

 

彼が驚いたのは、これまでになく強圧だった事である。

 

那智「話は始終聞かせて貰った。わざわざ深海棲艦を招き入れて何事かと思えば、奴らと慣れ合う事が目的だったとは、今回ばかりは失望したぞ!」

 

霞「そうよ! 私達は、あいつらと仲良くなる為にここに居るんじゃないわ、心得違いをしないで欲しいわね!」

 

大井「何故深海棲艦と肩を並べないといけないのかしら? そんな事になったら、そいつらが撃つより早く私が沈めてあげるわ。」

 

木曽「同意見だな。俺達は端から、あいつらの加勢なんざ望んじゃいないんだからよ。」

 

朝潮「私は、司令官の命令ならば、それを全うする所存ではありますが、こればかりは見過ごせません。司令官は間違っておられます! 我々は、深海棲艦を討つ事こそ本懐の筈、それを司令官は踏みにじるおつもりですか!?」

 

霧島「私も、これまで司令官のお言葉には自分なりに納得してきたつもりです。しかし今回は理解に苦しみます。どうか、納得のいく説明をお願いします。」

 

提督「――――。」

 

彼はその野次を黙って聞いていた。

 

那智「そうだ、説明願おう!」

 

木曽「そうだ!」

 

朝潮「司令官!」

 

提督「―――フッ。」

 

帰ってきた回答は言葉ではなく、零れ出た笑い声だった。しかもそれは、どこか冷笑する様な響きさえ伴っている様に、その場にいた面々には感じ取る事が出来た。

 

那智「ッ! 何がおかしい!」

 

提督「いや何、とんだお笑い草だと思ってね。俺は笑いを堪えたつもりが、つい漏れてしまった。」

 

那智「なっ―――!」

 

木曽「・・・どういう意味だ。」

 

提督「お前達一つ聞こうか。お前達は命を賭してでも、深海棲艦を討つと言うのか? 生き残る為に退くのではなく、その上でもか?」

 

その問いに、一同は首を縦に振る。

 

提督「例え―――吹雪の様になってもか?」

 

那智「当然だろう、それが私達の務めだ。私達はただ只管、滅私奉公あるのみ。」

 

提督「成程、至極日本人的な発想だ、真っすぐ過ぎて感激する位な。ならば答えてやろう。俺に言わせればな―――そんなもんクソ食らえだ。」

 

朝潮「―――ッ!!」

 

自らの命を犠牲にする事を厭わない艦娘達に対して叩きつけるに、その言葉は余りに過激であり、且つ直人の持ち合わせている合理的思考を前面に押し立てたものだった。

 

提督「言って置こう。俺はお前達に、“必死の覚悟”など求めてはいない。俺が求めるのは、“七生報国の精神”だけだ。」

 

那智「その考えが甘いと、なぜ分からん! 我々は死を恐れてなどいない、私達はもとより、戦う為の道具に過ぎん。たとえどれだけ消尽し尽くそうとも戦うのが、貴様の役目ではないのか!?」

 

提督「その考えこそ改めるべきだな、那智。」

 

那智「何・・・?」

 

提督「お前達は確かに兵器としての側面はある。だが一方で、お前達は俺と同じ人だ。人と兵器が融合した存在であればこそ、兵器としての側面もさることながら“人としての側面”が意味を持つ事がなぜ分からん?」

 

大井「そんなものいくらでも調達すればいいわ。私達艦娘は、建造によって手早く作り出せる存在なのだから。」

 

提督「その考えが甘いと言っている。」

 

大井「なんですって!?」

 

提督「いいか? 確かに兵器はコストさえ払えば調達出来るだろう。だがそれは、人の手が無ければ動かせまい。そして兵器を扱うには、その兵器を熟知し、理解し尽くし、経験を積んだ者ほど相応しい。その経験を積んだ者を呆気なく死なせたのが二度に渡る世界大戦だ。人命など紙切れのように軽いもんだ。だからこそ大事にするべきものだ。何度も経験を積み、より強くなり、その力で以って仕える事こそ、お前達が取るべき最善の道だと思うがね。」

 

那智「貴様が言っているのはただの理想だ。理想は理想に過ぎん、それが分からないのか?」

 

提督「ならば人類と深海の和平こそ、実現しつつある理想だと思うが?」

 

木曽「そんなもんおとぎ話だ。俺達とあいつらが、分かり合える筈がない。」

 

提督「言い切れるのか?」

 

木曽「勿論。」

 

提督「ワールウィンドや局長がいるのにか?」

 

木曽「フン、捕虜をこき使っているだけだろう。」

 

提督「成程? 木曽は随分と長く俺の麾下にいるが、あの二人をそう見ていたのか。言っとくが俺は局長には何も言ってないぞ? あれは自分の意思で進んで明石に協力してくれているだけだ。それに、明石とよくやってくれているようだし、俺も局長とは親しい仲だ。お互いに腹の内を語り合った事もある、十分分かり合えているとも。」

 

木曽「――――。」

 

提督「俺に言わせりゃぁな、こんな戦争さっさと終わらせちまった方がいい。お互い、余りに長く戦い過ぎたんだ。もう10年以上もこんな事を続けている。とんだ茶番劇(バーレスク)だ、馬鹿馬鹿しくて笑いが止まらんね。」

 

霞「馬鹿馬鹿しいって何よ! 私達の戦いは、この地上で助けを求める人たちを救い出す、“聖戦”なのよ!?」

 

提督「聖戦とは、誰が言ったんだ?」

 

霞「ッ、それは・・・。」

 

提督「薄っぺらいな、聖戦だなんだと言えば片付くと思ったら大間違いだ、戦争に正義も悪もあるものか。戦争ってのは正義を決めるのではない、生き残りを賭けるものだ。ならば自分達が生き残る為の手を尽くすのが当然だし、命を粗末にするなんざ以ての外だ。もちっとまともな論理を持って出直すんだな。」

 

那智「―――貴様もいつか、後悔する日が来る。よく考えるんだな。」

 

提督「おうとも。もとよりこの身は後悔まみれの人生さ。今更後悔の一つ二つ増えた所でどうってことはない。貴様らこそ頭を冷やせ、何なら独房がいいか?」

 

那智「・・・失礼する。行くぞ。」

 

木曽「あ、あぁ。」

 

那智が連れ立った一同を引き連れ執務室を出た。

 

大淀「―――口を挟むなと言われていましたから黙っていましたが、本来ならば文句をつけたくなるところですよ。」

 

提督「そう言うな―――聞いていたな? 川内。」

 

直人がそう言うと、天井の一角にある穴の蓋をどけ、川内が飛び降りてきた。

 

川内「一部始終バッチリ。」

 

提督「大変結構。ボイスレコーダーもばっちしだ。」

 

川内「で? あの子達を見張るのね?」

 

提督「あぁ、人数が多くて大変だろうが、頼む。今この時期に、ああいう武断派に動かれては厄介だからな。」

 

川内「問題発生を未然に防ぐって訳だね。」

 

提督「そうだ、頼むぜ?」

 

川内「任せて♪」

 

そう言うと川内も執務室を立ち去って行った。

 

提督「―――さて、そろそろ夕飯の時間か、行こうか大淀。」

 

大淀「ご相伴させて頂いても宜しいのですか?」

 

提督「おうさ、今日はそう言う気分だ。」

 

大淀「では、お言葉に甘えさせて頂きます。」

 

こうして、武断派艦娘の押し問答を躱した直人は、のんびり夕食と洒落込む事にしたのであった。

 

 

が、ひと悶着はこれで終わってはいなかった。

 

18時47分 テニアン南西沖

 

ハチ「ふぅ・・・やっと帰りつきましたね・・・。」

 

イムヤ「“そうねー、帰ったら長期休暇申請を出してあげるわよ。”」

 

ゴーヤ「“全くでち!”」プンスコ

 

まるゆ「“ま、まぁまぁみなさん・・・”」^^;

 

そう、遣独部隊がこのタイミングで帰って来たのである! かなりの大荷物を持っているので戦闘なんて到底無理、これが戦闘なら窮地である。

 

イムヤ「“ん・・・? 待って?”」

 

まるゆ「“どうかしましたか?”」

 

イムヤ「“ちょっと潜望鏡上げるわ。”」

 

ハチ「何かあったの―――これって!」

 

捉えたのはテニアンの西に在泊する亡命深海棲艦隊25万。当然通報した訳だが―――。

 

 

18時50分 中央棟1F・無線室

 

提督「面倒臭い事をしてくれるなあいつらはあああ!!」

 

ハチが送って来たのは、「テニアン西に大多数の深海棲艦見ゆ、指示を乞う。」と言う短い電文。しかしこれを平文で送ったはっちゃんは迂闊だったと言える。

 

大淀「併せてアイダホから、事の照会を求める電文が!」

 

提督「ええい、遣独潜水艦部隊が戻って来ただけだから、直下航行を許可されたしと伝えろ、あとハチ達にはその旨手を出さずその真下を通って戻って来いと伝えるんだ!」

 

大淀「ハッ!」

 

提督「どうしてこうなるんだ・・・内憂を抱えた状態で更にこれかい・・・。」

 

変な所でツキの無い直人である。

 

 

で、仰天するのは当然潜水艦隊である。

 

18時52分 テニアン南西沖

 

ハチ「亡命!? あの数が!?」

 

イムヤ「“しかもその真下を通れですって!?”」

 

まるゆ「“だ、大丈夫でしょうか・・・。”」

 

ゴーヤ「“・・・提督が言うなら大丈夫でち。”」

 

ハチ「ゴーヤ・・・?」

 

ゴーヤ「“ここは突っ切るでち! もう燃料なんてないでちからね!”」

 

イムヤ「“そ、それもそうね・・・。”」

 

ゴーヤ「“ゴーヤ、行くでち!”」

 

ハチ「“そうね、行きましょう!”」

 

ゴーヤの一言で全員意を決して、深海棲艦隊の真下を通る事にしたのであった。同じ頃アイダホにも先の電文が伝わっており、騒ぎは沈静化、爆雷の雨が降ってくる事は無かった。

 

 

19時05分 司令部前埠頭

 

ハチ「遣独潜水艦隊、全艦無事帰投致しました!」

 

提督「ご苦労様、スエズとイタリア経由でのドイツ行き、大変だったろう。」

 

そう、ハチ・ゴーヤ・イムヤ・まるゆの4人は、国連軍の尽力で辛うじて維持されているスエズを経由して、イタリア南部の軍港、シラクーザを経由して、地中海から太平洋へ抜けて、ドイツ・ヴィルヘルムスハーフェン軍港へ滑り込むようにして入港したのである。そこで様々な物資交換を行って、同じルートを戻って来たと言う訳であった。

 

提督「・・・で、まるゆよ。その後ろの“ソレ”は一体なんだ?」

 

まるゆ「あ、これですか?」

 

直人がそう言うのは、まるゆの後ろには、37人のまるゆの“様なモノ”がいたからである。

 

まるゆ「これは、私の分身さんです。」

 

提督「なん―――だとっ・・・!?」

 

ハチ「なんでも、海水に霊力を流し込んで器を作って生み出すんだそうです。ただ、操り人形みたいなものだそうなんですけど。」

 

提督「そ、そうなのか。」

 

まるゆ「でも御心配には及びません! 輸送力は38人力です!」

 

提督「マジデ!?」

 

ゆ1001の実力刮目して見よ! である。その名を持ったのは伊達ではないのだ。

 

イムヤ「そうなのよ~、おかげでドイツの人達が用意してくれた物資を大方持ってこれてね。」

 

提督「そうか・・・そうだったんだな。頑張ったな、まるゆ。」

 

まるゆ「はい! ゆ1001、精一杯頑張りました!」

 

胸を張って言うまるゆ。

 

提督「よし、まるゆに殊勲章を授与する!」

 

まるゆ「えっ! 本当に、頂いてもいいのですか!?」

 

提督「勿論だとも、他の面々も同様だ、長期休暇のおまけつきだぞ! ゆっくり休んでくれたまえ。」

 

まるゆ「あ―――ありがとうございます!」

 

3人「やったぁ!」

 

感極まって言うまるゆと、長期休暇を喜ぶ3人が対照的だったのを、彼はよく覚えていたと言われる。そして、この成功の意義は、後に非常に重要な意味合いを持つようになる。即ち―――ドイツとの連絡成功と言う偉業を成し遂げたのであるから・・・。

 

そしてようやく、長い一日が、終わりを告げた。

 

 

翌日、直人は運ばれてきた品物のリストを大淀に作らせ、同時に造兵廠で組み立てを行わせていた。

 

10月17日7時25分 造兵廠

 

提督「んーと? 今回運んで来たのは・・・」

 

MG34:100丁/弾薬40,000発(※陸戦隊用)

MG151/20 20mm航空機関砲:800丁/弾薬40万発(航空機用)

MG131 13mm航空機関銃:1200丁/弾薬120万発(航空機用)

ダイムラー・ベンツ DB605ディーゼルエンジン:1基(小型艇用)

エリコンFF 20mm連装機銃:1基(艦載用)

電波探知機「メトックス」:1基

他にレーダー1組、爆撃照準器1基他、"2cm Flakvierling38"20mm4連装対空機銃を伊8が装備、総計59品目

 

提督「・・・えっ、機銃多くない?」

 

大淀「これも、まるゆさんの尽力のおかげですね。」

 

提督「それよりこれだけの物資を用意出来た、ドイツの艦娘技術の進歩具合に驚きだよ。装備に関しては問題ないと見える。」

 

大淀「た、確かに・・・。」

 

柑橘類「お、目ぼしい品があるかと思えばマウザー砲じゃねぇか!」

 

提督「お前も見に来てたんかい!」

 

柑橘類「そりゃぁそうだろう、ドイツと言えば機関砲の技術もピカ一だ。」

 

提督「まぁな。」

 

舶来品の山の中から現れたのは柑橘類少佐、因みにマウザー砲とはMG151が独・マウザー社で開発された事に由来する一部界隈でのあだ名で正式なものではない。

 

柑橘類「で、これどうするんだ!?」

 

提督「一部を大本営に送り、残りはうちで使えると思うが―――」

 

柑橘類「・・・。」

 

柑橘類 が 物欲しそうな目でこちらを見ている! ▽

 

提督「・・・善処する。」

 

柑橘類「よっしゃ! 頼むぜ!」

 

提督「おう。」

 

実は、日本陸軍が使用し、柑橘類少佐の使用している四式戦闘機疾風丙型にも搭載されているホ-5は、大元のモデルであるM2ブローニング重機関銃よりも小型軽量な20mm機関砲であると言う代償に、元になったホ-103 12.7mm航空機関銃の特徴の一つである軽量断を使用した事が祟って、弾道特性の悪化や威力の低下を招いている為、相対的に見てそれ程性能がいいとは言い難い。

 

だがそれをMG151/20に換装するなら話は違ってくる。30mm機関砲に加えマウザー機関砲の火力を組み合わせた高火力を発揮できる訳である。

 

柑橘類「楽しみだなァ~。」ウキウキ

 

柄にもなくウキウキしている柑橘類少佐なのであった。

 

提督(空飛ぶ前に浮いてやがるなこいつは。)

 

直人をしてこの言われ様である。

 

 

同じ頃・・・

 

那智「―――司令があのザマな以上、我々でやる他ない、そちらも同志を集めてくれ。」

 

霞「そうね、分かったわ。」

 

那智「ではな。」

 

霞「えぇ・・・。」

 

寮の陰で密談をする二人。

 

川内「―――。」

 

それを遠巻きに盗み聞きをしていた川内である。尾行を付けるように命じた直人の命に沿い、特にマークした二人を尾行していたのだ。

 

 

8時17分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「―――武断派が動きを見せたか。今動かれては厄介だ、直ちに拘束しよう。」

 

川内「手厳しいねぇ。」

 

提督「当たり前だ。今ここで会戦になったらどうなるか、それがあいつらには見えていない。少し頭を冷やして貰おう。大淀。」

 

大淀「直ちに。」

 

川内「それに、折角出来た友好の芽、だもんね。」

 

提督「そうだ。川内、直ちに那智を拘束しろ。霞はそうだな、大淀、頼めるか。」

 

大淀「お任せ下さい。」

 

川内「了解。」

 

金剛「でもいいんデスカー? 艦娘達の中に敵を作る事に―――」

 

提督「構うものか。こう言う時だからこそ、心を鬼にもせねばなるまい。拘束した二人は地下の営倉送りだ、分かるな?」

 

大淀「承知しております。それでは急ぎましょう。」

 

川内「そうだね。」

 

大淀は川内と連れ立って執務室を後にする。

 

提督「―――この戦いを終わらせる為だ、鬼にもなるさ。」

 

金剛「そう・・・デスネ・・・。」

 

武断派の者達には、確かに、直人の言動は馬鹿馬鹿しく聞こえるに違いない。しかし彼は本気で、しかも艦娘達と違い、彼は政治的な事にも関与出来る位置にだっている。だからこそ、彼はあえてこの処罰に踏み切った経緯もある。

 

 

8時24分 艦娘寮一号棟西側渡り廊下

 

艦娘寮は北から見ると横長の長方形で、それが2×2で建設されている。その北から見て手前中央棟側にある一号棟から三号棟に行く渡り廊下で、那智が確保された。

 

那智「放せ! 私が何をしたと言うのだ!」

 

腕を後ろに回された状態で確保されてしまい、那智も逃げるに逃げられない。川内の握力は意外なほど強く、那智も振りほどく事が出来なかった。

 

川内「提督の命令であなたを張ってたのよ、霞との密談、しっかり聞かせて貰ったわ!」

 

那智「何―――!?」

 

川内の一言に那智は観念した。

 

 

8時26分 食堂棟前

 

大淀「8時26分、貴方を命令違反未遂の容疑で拘束します、霞さん。」

 

霞「命令違反ですって!? 私がそんな事をする筈が!」

 

ジタバタもがこうとする霞だったが、そもそも駆逐艦娘と軽巡洋艦娘では力に差があり過ぎた。

 

大淀「亡命艦隊への攻撃を画策している事は調査済みです。」

 

霞「なっ―――!?」

 

大淀「これは提督の御命令ですので。」

 

霞「司令官が、そんな―――!」

 

大淀「では参りましょう。」

 

霞「待って、何処へ―――」

 

大淀「提督はあなた方二人に“頭を冷やして貰う”と仰せになられています。」

 

霞「―――くっ!」

 

あのクズが―――霞は心の中で、その時思い付く最大限の呪詛を、直人に投げつけていた。

 

 

提督「―――期間は3週間です。御足労と思いますが、またお願いします、鳳翔さん。」

 

一方で直人は鳳翔を呼び出し何やら頼み事をしていた。

 

鳳翔「分かりました、提督の思し召しとあらば、喜んで務めさせて頂きます。」

 

提督「ありがとうございます―――。」

 

鳳翔「・・・そんなに申し訳無さそうにしないで下さい。私は、提督のお考えがもっともである事をよく存じておりますから。あの子達が何か悪い事をしたにせよ、せめて食だけは、良い物であって欲しいですからね。」

 

提督「そうですね、そのお言葉で、気持ちがすっきりしました。」

 

鳳翔に頼んだのはお分かりの通り、営倉への配膳である。川内の時はいざ知らず、今回は彼に何か危害が及ぶ恐れがあった訳ではなかった上での処罰によるものだったせいか、何かそれを頼む事に対する気まずさがあったようだ。

 

鳳翔「では、失礼しますね。」

 

提督「あぁ。」

 

鳳翔が執務室を去ると、直人は書類の処理に戻った。金剛はこの時席を外していた。

 

 

3日後―――

 

 

10月20日10時10分 サイパン飛行場

 

 

キィィィィィィィ―――ン

 

 

提督「かような場所に御足労頂きまして、ありがとうございます。ここの責任者をしております、石川と申します。」

 

山本「堅苦しい挨拶は止そう。それより、亡命深海棲艦隊の代表団は?」

 

提督「既に司令部に設けました会見場の方に。」

 

山本「分かった、案内してくれ。」

 

提督「こちらです。」

 

この日、サイパン飛行場に着陸した小型ジェットから降り立ったのは、軍令部総長 山本義隆を代表とする、軍令部主幸の全権使節団である。直人が山本に対し他人行儀を取ったのは、曙計画が極秘事項となっていた事からで、敢えて他人のフリをしたのだ。

 

その面々には土方海将や大迫一佐と言った、横鎮からの面々も顔を見せていた。

 

 

17時27分 中央棟2F・貴賓室

 

提督「いやぁ、御列席の面々が概ね好印象で、安心しました。」

 

土方「いや全くその通りだ、この分だと上手く行くかもしれん。大方の条件に付いて、双方の間に合意が纏まったよ。ただ―――」

 

提督「・・・ただ?」

 

土方「一つ、合意を先送りにした事項がある。」

 

大迫「―――彼らが拠点とする島嶼の範囲だ。」

 

提督「成程・・・ミクロネシアやポリネシアの諸国家の亡命政府と話を付けねばいけませんからね。」

 

土方「一部については政府が解散してしまったものもあるから、それについての折り合いは国連に戦後掛け合う事になるが、要求してきた島々は一部が他国の領有地に抵触している。ここの折り合いをつけねばならん。」

 

提督「果たして、何処まで乗ってきますか・・・。」

 

土方「乗って貰わねばならん。その為にも、ここは我々としても毅然とした態度を示さねばな。」

 

提督「―――まぁ私としては、事を荒立てない様にとだけ、お願いさせて頂きますよ、土方海将。」

 

土方「確かに。我々も穏便に片づけたいものだ。それでは、そろそろ失礼するか。」

 

提督「では、お見送りに行かせて頂きます、何分暇なものでして。」

 

大迫「ほーう? 仕事の早さは相変わらずらしいな。」

 

提督「えぇ、まぁ。」

 

周囲にも認められている彼の事務処理能力の高さである。

 

 

コンコン―――

 

 

提督「どうぞ。」

 

直人がそう言うと、入って来たのはなんと―――

 

山本「いいかね。」

 

提督「―――閣下!」

 

山本「ハッハッハ、そう硬くなるな、突然だからそうなるだろうがね。」

 

提督「そ、そうでした。」

 

土方「総長閣下、そろそろお時間では・・・。」

 

山本「いやね、一度彼の所に顔を見せて置こうと思ったのだ。」

 

提督「恐縮です。」

 

山本「吹雪の件については、お悔やみ申し上げる。だが私としては、これまで同様の活躍を期待したいが・・・。」

 

それを聞いて直人は首肯して見せ、こう言った。

 

提督「大丈夫です、吹雪はどこかで生きています。吹雪の艤装は今、建造時肉体を構築する力を持ちません。」

 

山本「―――恐らくは敵に捕らわれているやもしれん、その時はどうする?」

 

提督「取り戻すまでです。」

 

山本「それを聞いて安心したよ。では土方君、行こうか。」

 

土方「ハッ。」

 

山本海幕長は、土方海将・大迫一佐を連れて貴賓室を出た。

 

提督「まさか来るとは思わなかったな・・・。」

 

大淀「・・・私は、山本閣下と言う方を存じ上げないのですが、どの様な方なのですか?」

 

大淀は、よく知る土方海将を従えている様子の山本海幕長を見て不思議に思ったようだ。

 

提督「現在の海上自衛軍海上幕僚長、土方海将の護衛艦隊司令長官職が昔のGF長官だとしたら、山本海幕長は軍令部総長に相当する、海自軍のトップだ。」

 

大淀「それ程の方が、今の軍令部総長なのですか!?」

 

提督「そうだな、今は兼務と言う形になる。即ち海自軍と艦娘艦隊双方のトップ、と言う訳だ。昔は第一護衛隊群司令や横須賀基地司令などもやってて、土方海将の昇進にも深く関わっている人でもある。」

 

大淀「山本閣下が、土方海将を?」

 

提督「そう、当時麾下に居た士官の一人だった土方海将の才を見出し、護衛隊司令に抜擢したのが最初で、その後も何かと土方海将に目をかけてきた人でもある。」

 

大淀「凄い方なんですね・・・。」

 

提督「あぁ、山本海幕長無くして、土方護衛艦隊長官はなかったとも言われている位だからな。昔から人を見る目は確かだったらしい。故にあの人の元には、多くの有為の人材が集まっている。」

 

大淀「派閥、ですか。」

 

提督「まぁそんなところだろうな。」

 

永納海将と山本海幕長がそれぞれ派閥を持っている事は、内外に言わずと知れた事で、人事面で勢力を競い合っていた事も事実である。しかしどうも山本閥が不利な場合が多く、山本閥はこれまで左程勢力を浸透させていたとは言い難かった。それは、永納派の将官が軍の中枢の大半を占めていたからに他ならない。

 

提督「さて、今日はお歴々を見送って仕事は終わりかな。」

 

大淀「はい、お疲れ様でした。」

 

提督「うん、大淀も、お疲れ様。」

 

直人はそう言って自身も貴賓室を出て、先に出た3人を追う様に飛行場へと向かったのであった。

 

 

10月21日14時23分 サイパン南岸沖合

 

 

ドッドッドッドッ・・・

 

 

提督「久々に乗るなぁコレ。」

 

20m三胴内火艇を操縦しテニアンに向かう直人。万が一にと言う事で、艇首方向には75mm砲が隠蔽式で据えられていた。

 

彼がテニアンに向かっていたのには勿論理由があった。それは、捕虜収容所を管理しているアルティメイトストームに聞きたい事があったからである。

 

 

14時39分 テニアン捕虜収容所埠頭

 

テニアンの捕虜収容所は、かつてテニアン島の戦いで米軍が崩した断崖に埠頭を作って荷役が出来る様になっている。直人はいつもここに乗り付けるのである。

 

提督「出迎えご苦労様。」

 

アラスカ「お越しになると伺っていたので。どうぞ、アルティ様がお待ちです。」

 

提督「あぁ。」

 

直人は出迎えに出てきたアルティの副官である、タ級Flagship『アラスカ』に案内され、島内の捕虜収容所へと向かった。

 

 

14時49分 捕虜収容所管理棟1F・来賓室

 

 

ガチャッ・・・

 

 

アルティ「遅くなってすまないな、少し別件を処理していた。」

 

提督「いや、構わない、突然押しかけてすまんな。」

 

アルティ「何、貴官ならばいつでも歓迎しよう。」

 

提督「そうか。で、早速一つ伺いたい事がある―――」

 

と言いかけるとアルティが言葉を遮った。

 

アルティ「いや、貴官の聞きたい事は分かっている。分かっているつもりだ―――我々の去就について、聞きに来たのだろう?」

 

提督「―――。」

 

直人は自分の聞きたい事を先に言われて肩を竦めた。

 

アルティ「やれやれ、この時期ここに来るとしたら、聞く事はそれだけだろうと思ったよ。分かり易いが、どうして中々、憎めんな、貴官は。」

 

提督「・・・で、これからどうするつもりだ。俺としては、アルティの意見を尊重するつもりだ。率直な腹の内を、お聞かせ願いたい。」

 

アルティ「ふむ、そうだな・・・。」

 

アルティはしばし瞑目し、腕を組み考えを巡らせる。

 

アラスカ(アルティ様は今、何をお考えになっているのだろうか・・・。)

 

アラスカと直人の注目の中、アルティが言葉を発する。

 

アルティ「私は―――」

 

提督「―――。」

 

アルティ「―――私は、北方棲姫様の所に行こうと思う。」

 

提督「―――そうか・・・そうじゃないかと思っていた。」

 

合点がいった、と言う風に直人は言った。

 

アルティ「気に食わないか?」

 

提督「いや、むしろ安心した。貴官は俺に最初に会った時、アラスカにこう言っていたな。―――『ここが、我が一派の寄る辺となるやもしれぬ』と。」

 

アルティ「―――成程、あの一言を零れ聞き、そして記憶していたと言う訳か。」

 

提督「その通りさ。ここに来たのも、もしかしたらそうじゃないかと思って来たのだ。貴官は何をすればいいのかと俺に問うた時、“同族同士で殺し合えと言うのではないだろうな?”と聞いていたのも覚えている。だからどうするのか、聞きに来たのだ。」

 

アルティ「そうだな―――もし私が貴官の意で、強硬派を討てと言ったならば私はノーと言っただろう。だが、こうして穏健派や講和派の同志が起った。ならば私は、その理想を共通する者達に力を貸す責任がある。彼らの同志としてな。」

 

アラスカ「アルティ様・・・。」

 

提督「お考えはよく分かった。手勢として、収容所の者達を伴うといい。」

 

その言葉に、アルティは少し驚いたようだった。

 

アルティ「―――いいのか? 彼らは元々貴官らが捕らえて来た者達で、元々それを預かっていただけに過ぎなかったのだが・・・。」

 

提督「だからこそ、引き連れて貰いたい。彼らを仮にも統率した身だ。それに、今更貴官以外に従属するのも納得せぬだろうし、何より我々の手に余る。」

 

アルティ「・・・分かった、そう言う事ならば引き受けよう。世話になった。」

 

提督「あぁ、こちらこそ、短い間だったが、よくやってくれた。だがこれからも我々は盟友同士だ、共に仲良くやっていきたいものだな。」

 

アルティ「その件は知っている。貴官らも含めた、艦娘艦隊との同盟の件は聞き及んでいる。こちらこそ、宜しくお願いする。」

 

提督「あぁ、共に理想の実現を目指し闘おう。」

 

アルティ「うむ。」

 

直人とアルティメイトストームは、しかと握手を交わす。この数日後、アルティメイトストームは虜囚となっていた深海棲艦、288隻を引き連れて、和平派の同志たちの元へと合流したのであった。

 

 

15時37分 サイパン島技術局

 

直人はテニアン島から取って返し、今度は技術局にいる局長とワールウィンドを訪ねた。

 

ワール「・・・で、何の用よ。」

 

ちょっと虫の居所が悪い様だ。

 

局長「マァマァ。今ココニ来ルトイウ事ハ、ツマリソウイウ事ダロウ?」

 

提督「・・・まぁ、そんなところだな。率直な所を、聞かせて欲しい。」

 

局長「“講和派”ナァ・・・ワタシハ興味ナイナ。ソモソモソンナ争イ自体ニ興味ガ無イ。ユックリトココデコウシテイラレレバワタシハ文句無シダカラナ。」

 

ワール「そうかしら、私はむしろ講和派に協力してあげたい気持ちはあるけど。」

 

局長「ホウ?」

 

提督「意外だな。」

 

如月「そうねぇ。」

 

荒潮「ねー。」

 

ワール「・・・どういう意味よ。」

 

提督「いつからいたんだお前達は。」

 

如月「お気になさらず~。」

 

荒潮「そうそう。」

 

提督「あ、そう・・・。」

 

自由奔放過ぎて頭を抱える直人である。今更だが。

 

ワール「はぁ、まぁいいわ。私は頼まれれば行ってあげるつもりでいるわ。別にいいわよね?」

 

局長「ワタシハソレデ構ワナイガ・・・。」

 

提督「俺もそれについては構わない、君の身の処し方に口を挟む気はないよ。」

 

ワール「あら、意外ね。私の事を手元に置いておきたいかと思ったけど。」

 

提督「仮にそうだとして、俺と戦ってくれるのかい?」

 

ワール「無いわね、私にだってプライドはあるもの。」

 

提督「そうだろう? だから俺は、戦ってくれる選択肢を選ぶ、それだけさ。」

 

ワール「成程ね・・・最初からそうだと分かったから、何も言ってこなかったのね。」

 

提督「ご明察だね。艦娘と深海棲艦の連合艦隊も面白いけど。」

 

ワール「それはそうだけど、私は御免被るわ。」

 

提督「了解した。まぁ用事はそれだけさ、それではね。」

 

局長「ナンダ、ユックリシテイカナイノカ。」

 

提督「俺はもう休みたいのさ、じゃぁの。」

 

局長「ソウカ。」

 

直人は本心から休憩したかったので、さっさと技術局を後にしたのであった。

 

 

ワールウィンドとアルティメイトストームの戦列参加、この報を聞けば、アイダホらは喜ぶに違いないと思った。しかし、彼は敢えて、この事を伝えなかった。伝えずとも、と思ったのは言うまでもない。

 

ワールウィンドが技術局を去ったのは、講和派深海棲艦の決起後の事であった。

 

 

それから数日が経った。その間大本営と日本政府は、関連する各政府との間に交渉の席を持ち、軍民双方からの交渉を行っていた。一方で講和派深海棲艦は、アメリカとの合意を受けたテニアン・グァムへの基地建設を開始しており、横鎮近衛艦隊は周辺海域を哨戒し、怪しい動きをするものがないか警備していた。

 

と言うのも、10月23日付で、深海棲艦の大規模亡命があった事は報道され、それとの同盟の件が進んでいる事が報じられていたからである。当然内外からの反発こそあったが、利を解き続ける事によって民衆からの声は沈静化して行った。しかし領土問題については一部で紛糾していた事は確かである。

 

ただ、艦娘艦隊では反発の声が根強く、マリアナ方面へ兵を進める艦隊が続発し、これを横鎮近衛艦隊が鎮圧に当たっていたのである。これには第一護衛隊群の護衛艦が加わって効を奏していた。しかし、そう言った過激思想の極右派提督に率いられた艦娘艦隊の出撃は相次いでおり、これに直人も手を焼いていた。

 

 

10月26日13時27分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「ええいまたか! 今日既に14回目だぞ!」

思わず席を立った直人に追い打ちをかける言葉が発せられる。

大淀「既に迎撃中とのことです。」

 

提督「しかも戦闘中・・・。」

 さしもの直人もその言葉を聞いてフラフラと今立ち上がった椅子にへたり込んだ。

最初は日に3回だったのが、徐々に回数が増え、いまやこの有様である。艦隊は既に戦時体制同然の多忙さで、これら極右艦娘艦隊の迎撃に当たっていたのだが、とても海自軍の支援なしには迎撃が追い付かない状態で、やむを得ず戦艦1隻を軸に11隻1個梯団の小集団に艦隊を再編して、12個の任務部隊を3交代でローテーションしている状態だった。

 

余談だが、その内1個は一航戦の空母3隻が主軸を担っている。

 

提督「全く、艦娘同士の交戦だから死人が出ないとは言っても、撃ち合いの連続とはな・・・。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

そう、それらの艦隊は演習弾など装填しておらず、対深海棲艦用の実弾を装填している。それも完全装備だから、流血を避ける事は難しいのだが、死人が出ない事だけが、彼にとっては幸いだった。

 

提督「まぁ、彼女達に罪はない。あるとしたらそれは、それを率いる者の資質の問題だ。」

 

大淀「今回の件について、大本営はどの様に対処するのですか?」

 

提督「それについては今日発表がある筈だ。1任務部隊あたり1日3ソーティ(=任務)は確定でこなさねばならないと言うのでは、この先手が足りなくなる。」

 

大淀「成程・・・。」

 

提督「うちでも今なら護衛艦経由でラジオが受信できるだろう。会見は14時からだから、後で聴く事にしよう。」

 

大淀「分かりました。」

 

提督「しっかし・・・人によって、考える事が違うと言うのは、本当だな・・・。」

 

大淀「―――はい。」

 

彼は改めてその事を痛感させられた。事実この瞬間にも、警備艦隊の艦娘も、極右艦娘艦隊も、双方が傷ついているのだから。

 

提督(艦娘達には、本当に辛い事だろうが・・・。)

 

 

遡ること4日前・・・

 

 

10月22日6時57分 食堂棟2F・大会議室

 

霧島「艦娘の造反行動阻止、ですか。」

 

提督「そうだ、目下テニアン・グァムに向けて、大本営の指示に違反して艦隊を出した司令部の部隊が確認されている、これらと深海棲艦との交戦を阻止する。第一護衛隊群の到着は明日になるから、それまでは我々のみで食い止める必要がある。そこで任務部隊を編成し、近海警備を実施する事とする。」

 

榛名「提督、宜しいでしょうか・・・。」

 

提督「うん、どうした?」

 

榛名「その・・・実弾を、使用するのでしょうか?」

 

それは、その場の全員が聞きたい事であろう質問だった。

 

提督「―――言いにくい事だが、恐らくそれら艦娘の受けている指示は、“テニアンの深海棲艦撃滅”だろう、つまり彼らも実弾だ。それに演習弾またはそれに代え得る鎮圧用砲弾では、こちらが撃ち負ける事も考えうる。仕方のない事だが、今回は最悪の場合、実弾で当たって貰いたい。」

 

妙高「つまり、極力鎮圧用の砲弾で対応する、と言う事で宜しいですか?」

 

提督「そうだ。但し、艦隊に危険が及ぶと言う事であれば、実弾の行使を躊躇わないで貰いたい。現場指揮は任務部隊旗艦に一任する。」

 

暁「司令官。」

 

提督「どうした暁。」

 

暁「最初から撃ち合いをする、ってことじゃ、無いわよね?」

 

提督「当然だ、こちらとしても事を荒立てる事は得策じゃないからな、最初は警告のみだ。しかし応じないなら話は別だ、ここだけは履き違えないでくれ。」

 

電「艦娘同士で、戦うのですね・・・。」

 

一同「「・・・。」」

 

思いもよらない事態。直人でさえも、その重い事実には黙り込まざるを得なかった。

 

赤城「―――やりましょう。」

 

重い空気の中声を上げたのは、赤城であった。

 

加賀「赤城さん・・・?」

 

赤城「今ここで、私達がやらなかったら、この海域全体の戦になります。そうなっては、私達の明日は、恐らくないでしょう。今ここで、戦火を起こしてはなりません!」

 

金剛「そ、そうデース、ワタシ達が、今こそやらないと!」

 

提督「そうだな・・・お前達には本当に辛い事だと思う。だが今だからこそ、出動して貰いたい。この事について、皆の理解を求めようと思う。」

 

摩耶「―――あたし達は提督の一の子分だ、そうじゃないのか?」

 

提督「あ、あぁ・・・。」

 

唐突にそう言われ思わずそう答えた直人。

 

摩耶「だったらくよくよ考えず、胸張ってビシッと指揮してくれ! あたし達には、それが必要なんだからよ。」

 

そう言って摩耶は微笑んだ。

 

提督「・・・分かった。そう言う事ならば。」

 

彼は姿勢を正し、艦娘達に向かい毅然と言い放った。

 

提督「―――我が艦隊は大本営からの指令に従い、造反者共の艦隊の海域進入を阻止する! 全艦、出動準備せよ!」

 

一同「「了解!!」」

 

全員が一様に椅子を蹴って立ち上がり、指示に従う。今日、内憂外患の感ある横鎮近衛艦隊も、いざと言う時の団結力は比類なきものがあったのだ。

 

 

~現在~

 

提督(―――全く、味方同士での撃ち合いとはな。しかもそれが、深海棲艦を守る為、と来た。とんだ皮肉だぜこりゃ。)

 

大淀「どうかされましたか?」

 

提督「・・・いや、大丈夫だ。」

 

大淀「随分、お考えに耽っておられる様子でしたが・・・。」

 

提督「―――俺にも、そう言う時はある。」

 

大淀「・・・。」

 

 

14時04分―――

 

山本「“―――艦娘艦隊提督たる諸氏の、熱狂的救国の情熱には深い敬意を表する。しかしながら、今回のサイパン・テニアン方面に対する、艦娘艦隊の独断派遣は、大本営からの指示に対する、重大な造反行動と見做される。よってこれらの行動を指示した提督を解任し、艦隊を解散処分とする。追ってこれら行動をとった艦隊に対しても同様の措置をとるものとする。”」

 

提督「当然だな。それだけの事をしてしまったのさ。」

 

大淀「今後この行動に出た者も対象にすると言う事ですから、やはり、件数も減るでしょう。」

 

提督「こちらとしても幾分楽になるから、何よりだな。」

 

大淀「はい、ですがなお数日は続くでしょう。」

 

提督「その通りだな、その間気が気ではない。金剛には大変だが、今暫くは耐えて貰う他ないな。」

 

大淀「はい・・・。」

 

今回の一件に関して、金剛は陣頭指揮を執って対応に当たっていた。金剛もこの事が重要な任務と分かっていたと言う以上に、彼女自身融和派の一人だった事もあり、積極的に協力を申し出ての事であった。

 

提督「本当に収まればいいがね。」

 

大淀「そうなる事を、祈る他ないと思います。」

 

 

その後、二人の願いも空しく、自由裁量権の大きな艦娘艦隊と言う枠組みを利用した、極右艦娘艦隊の出撃は、散発的ながらも続いたのであったが、それでもピークは過ぎ去っていた。

 

そして、来るべき時が来た。

 

 

2053年10月29日午前10時―――全世界へ向け、亡命深海棲艦隊による声明が発表されたのである。

 

 

「―――全世界の人類諸氏、艦娘諸君、並びに、各地に散らばる我が同胞に告ぐ。」

 

「北方棲姫様は、今の深海の在り方に絶望され、我ら同胞と共に亡命を行われた。」

 

「我々講和派深海棲艦隊は、我々の目的に対する手段としてはもはや不要とも言える、戦争と言う強硬手段を継続せんとする今の深海の方針を、これ以上是認する事は出来ない。」

 

「日本国政府とその軍首脳陣は、北方棲姫様を首班とする我々講和派と同盟を結び、強硬派の一党を断罪する為の協定を結び、人類との間に、我々が基地とし、永住の地となる島々を提供するとの協約を結ぶに至った。」

 

「我々深海の同胞が、これまで不当なまでの長きに渡った戦乱を引き起こし、また継続している事について、私達は詫びなければならない。」

 

「だが人類と我々深海の者達が、全面的な和解の日を見るには、余りにもこの世界の戦乱は大きくなり過ぎた。」

 

「よって我々は、我々なりの正義で以って、深海のやり方を正し、人類との共存の道を選ぶ事を望む。」

 

「そしてその為にこそ、我々は決起し、昨日までの敵と手を携えて、共に未来を得る為にあらゆる手段を行使せねばならない。」

 

「我々がこれまで人類に課して来た、余りにも大きな犠牲と損失に対し、我々は深く陳謝(ちんしゃ)する必要がある。我々はあらゆる手段を以ってこれを謝し、かつ人類との和解の道を選び、正しい世界の発展の在り方を実践する必要に迫られている。」

 

「全世界の我が同胞達よ。我が声、我が意思が届いたならば集え。我らの行く末は、誰かの意思ではなく、自分の意思で決めるべきものである。」

 

「我らの抑圧されし同志達よ集え、深海の未来を救わんと志す者達は、我々と共に深海の変革の為、我が艦隊に参加せよ。」

 

「これは、我々の未来を救う為の、我ら深海の自由意思が決起する“革命”である。」

 

「罪深き強硬派の虐殺者達に、真の正義の在り方を、今一度諭す為に。」

 

「全てはこの星の、輝かしい未来を救済せんが為に!」

 

 

~横鎮近衛艦隊司令部~

 

 

パチパチパチパチ・・・

 

 

提督「全く、アイダホは大した演説家だよ。」パチパチパチ

 

大淀「そうですね・・・。」

 

提督「アイダホは、自分達の意思表明と目的の明示、強硬派に対する宣戦布告を同時に行った。今日と言う日は、歴史にその名が残る一日になる。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「―――“革命”か。果たしてその旗の下に、どれだけ集まるものやら。」

 

 

~ベーリング海棲地中心部~

 

ヴォルケン「―――ふざけおって・・・!」

 

リヴァ「ヴォルケン・・・。」

 

ヴォルケン「“革命”だと? 笑わせるな! 人類との共存など我々は望んでなどいない! 野蛮人共を滅ぼし、我々の理想郷を作る事こそ、我らに下された原初の使命に違いないのだ!」

 

リヴァ「・・・。」

 

ヴォルケン「裏切り者共には、いずれ正義の鉄槌を下してくれる、奴らに存在する価値などない! 奴らに正義など無かった事を知らしめてやる!」

 

 

~北極棲地中枢部~

 

フィンブル「生温い・・・人間との共存など。この星に我ら以外の生命など必要ない。心など持ったのが、端から間違いだったな。」

 

 

~ドイツ政府~

 

大統領「深海との同盟とは、中々思い切った手に出たな、ヤーパンは。」

 

首相「はい、しかしこれで、太平洋戦線も少しは持ち直すものかと。」

 

大統領「―――我々は既に、劣勢に立たされている。希望を、あの島国に託そう。」

 

首相「はい・・・。」

 

 

~アメリカ政府~

 

大統領「深海と同盟だと!? 何を考えているのだ日本は!」

 

首席補佐官「恐らく、戦力の不足を、目的を同じくする深海棲艦の一党との同盟により補おうと言うのではないかと思われます。」

 

大統領「成程、リスキーだが大胆な手でもあるな。」

 

首席補佐官「日本は我々に対したのと同じように、オセアニアの国々と交渉し、彼らに一部の島々に対して永住権を与えたようです。」

 

大統領「彼らの欲した利権とも合致する、と言う訳だな。」

 

首席補佐官「左様です、大統領閣下。」

 

大統領「しかし・・・成程、面白くなりそうじゃないかね、君。」

 

首席補佐官「と、言われますと?」

 

大統領「西太平洋の様相だよ。事と次第によっては、ハワイを奪還出来るかも知れんぞ。」

 

首席補佐官「今後も見守っていく、と言う事で宜しいでしょうか?」

 

大統領「それしかあるまい。我々には海軍力が不足しているからな。東西両岸の守りを固めるしか他に策がない。」

 

 

10月30日、早くも講和派の一党に続々と深海棲艦が集結し始めていた。

 

それも徒党を率いてのものが多く、その隻数も100~200から、時には千隻以上に上るものもあったが、それ程大物が現れた事はまだない。

 

これについて直人は、多少の驚きこそ示したが、比較的冷静な評を下したと言う。

 

 

 一方で世界各国のマスメディアはこの衝撃的ニュースを取り上げ、巷では賛否両論相乱れる状況となっていた。

専門家達も大に声を上げ、日夜議論が続けられた。それが、建設的なものであったかそうでなかったかを問わずではあるが、熱っぽく語られた事は、良くも悪くもプラスであった。

 日本でも新聞各紙やテレビ各局がこの大ニュースを取り上げており、戦争終結への糸口となるとの期待を報じていた。ここでも有識者がコメンテーターとして意見を出したり、時には討論番組までもが特別に組まれたりした事から、今回の声明に対する衝撃が大きかった事が伺えよう。

 

 2053年―――それはこの戦争の一大転機となる年となった。深海棲艦による亡命と、亡命深海棲艦の独立勢力成立は、後世の歴史家をしてこの一文がそれを証明する程、衝撃的な出来事であった。

 

『この出来事は、地球の歴史上稀に見る珍事でありながら、それが巧みに組み合わさり、戦争を勝利に導いた、例えるならマヨネーズの様な同盟である。』

 

この事からこの同盟は後世に於いて、「マヨネーズ同盟」と呼ばれる事もある。

 

2053年10月は、こうして、終わっていった。それは、衝撃と激動の状況変化が齎した、混沌とした先の見えない月末であった。しかし、その先に希望が確かに存在した事は事実である。




艦娘ファイルNo.115

長良型軽巡洋艦 鬼怒

装備:14cm単装砲

特異点はない、マジパナイ。(←言いたいだけ)
まぁ元気な軽巡洋艦娘である。


艦娘ファイルNo.116

青葉型軽巡洋艦 衣笠

装備1:20.3cm連装砲
装備2:7.7mm機銃

こちらも特異点は特に無い、姉の青葉に比べるとちょっと特徴に欠ける重巡艦娘。
まぁ、元気なのはいい取り柄ではあるが、はてさて。


艦娘ファイル.117

夕雲型駆逐艦 長波

装備1:12.7cm連装砲D型
装備2:25mm連装機銃
EXアビリティ:名将の采配

3隻目の夕雲型として着任した特異点持ちの駆逐艦娘。
主砲として史実に於いて搭載していたD型砲塔を装備しており、陽炎型などと比べ対空戦闘能力が向上している。
劇中でもその能力を垣間見せたEXアビリティ「名将の采配」は、夜戦時に於いてその効果を発揮するもので、麾下の艦艇を指揮統率する能力が向上するパッシブタイプ。なので総じて夜戦向きの駆逐艦と言える。


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第3部5章~栄光無き凱歌―人類よ幸あれかし―~

どうもどうもお待たせしました、天の声です。

青葉「どうも! お待たせして恐縮です! 青葉です!」

プロットがどうにか上々に組み上がって来たので、再開しようと思います。

青葉「提督、組むのサボり過ぎですよぅ・・・。」

と言うよりWT(注:War Thunder)に駆り出されまくって全くと言っていい位暇がないレベルで召集令状が来る。

青葉「災難すぎますね・・・。」

そんな事はさておいて、今回は何を解説・・・と言いたい所ですが、一度現状を整理して置きたいと思います。

青葉「お、久々の状況おさらいですね?」

そう言う事だな。


 現在の艦娘艦隊の太平洋戦線は、東がキスカ―ミッドウェー―トラック―パラオのラインで、西はブルネイ―リンガ―タウイタウイとアンダマン諸島が最前線となります。この西部戦線についての事情は、今回の章で解説します。
 自衛軍航空部隊は現状トラックとリンガ、大湊(三沢基地)に配されており、加えて艦娘艦隊の航空機を使用する航空部隊の整備計画が持ち上がって来ています。

その状況下で、講和派深海棲艦隊が発足、総戦力は現在約30万隻程で増加傾向が続いています。そして前章で語られなかった同盟する条件に付いて最終合意された条文を、劇中で語ると長くなる為ここで簡潔に説明します。

・基地はグァムを主基地とし、テニアンとヤップ・カロリン諸島を支基地とする
・これに加えてラモトレックアトール・ポナペに前進基地を構築する
・基地化に当たって棲地化を許可しない事を条件に当該島嶼への永住権を認める
・諜報結果を日本国自衛軍及びASEAN軍と相互共有する
・作戦に於いて適宜相互協力体制を敷く
・強硬派深海棲艦隊とカラーリングを別にする事

 以上の6点で、ポナペへの前進基地設営は、講和派深海棲艦隊側からの希望によって最前線となるに至りました。これにより、前線のラインがトラック諸島から一歩前進した事になります。
講和派にとってこの妥結要件は満点と言えたものであったようで、その後自衛軍やASEAN軍と緊密な連携を見せる様になっていきます。

 一方深海棲艦隊は、北方戦線を除いて概ね戦線の立て直しを終えていますが、北方方面の深海棲艦隊が根こそぎ寝返った為、それに対する戦力補充が必要となり、結果として戦力再編は十全とは言えませんが、兎にも角にも、最早侵攻を躊躇する状況ではありません。いつ来ても疑問ではないと断言できます。


以上です。

青葉「未だに厳しい戦況、しかし打開策がある訳ですね。」

まぁそうだな。敵は隙無く布陣しているが、その司令官の弱点さえ突けばまだ突破は可能と言ったところだが、いつどこから敵が攻めてくるか分からない、これがネックと言ったところだな。

青葉「これもまた、小説を読み解く上の参考になりますか?」

 是非して欲しいと思うね。さて、最近朝が冷え込んできました、私は思いっきり軽度の喉風邪をこじらせております。皆さん体調管理に注意して行きましょう。
また本日は17/11/07となる訳ですが、17年秋イベントが来週金曜日スタートとなっております。
 開幕と同時に突撃する訳ではありませんので少し小説が更新されるかもしれませんが基本諦め半分でいて下さい。そして今回かなりの強敵が現れると予想されます、戦備の整理拡充と、兵站の拡充をお忘れなきよう。

それでは本編、始まります。

追伸:プロットを組んでいる場合更新が不安定になる恐れがある事をご了承下さい


2053年11月上旬、かつての敵同士の隣り合わせの同居生活が始まって、数日が経過したある日の事である。

 

 

11月7日10時31分 中央棟2F・提督執務室

 

 

フォォォォォォ―――ン

 

 

提督「・・・深海棲艦機か、低いな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

直人は執務室の窓から、南に飛び去る深海棲艦機の4機編隊を見つめて言う。そのカラーリングは見慣れた黒ではなく、米海軍艦載機が第二次大戦後期に使用していたトライカラー(シーブルー・インターミディエイトブルー・インシグニアホワイト)を用いて、上中下で塗り分ける事で講和派深海棲艦機である事を識別すると共に迷彩塗装としていた。

 

一部とはいえ深海棲艦との和平が成り暫し時を置いたこの日、彼らはひと時の平和を享受していた。それがそれまでの平穏とは、少しだけ色味が異なっていただけの事である。

 

提督「・・・黒い方が見慣れてるから違和感あるね。」

 

大淀「私もです。」

 

金剛「分かるネー・・・。」

 

 深海棲艦機の推進音は独特な音を出す為、彼も脳裏に焼き付けている。それは非常に危険な音だと言う事も本能的に分かっている訳である。直人をしてそうなのだ、艦娘達の緊張度合いは、推して知るべしだろう。

米海軍艦載機の塗装へ塗り替えた事で講和派深海棲艦機に対する誤認は減ったが、遠距離からではやはり分かりにくく、時折誤認する事もあったようだ。これは後に尾翼型のフィンなどを付けて形状を変える事により解決している。

 

提督「・・・執務やろっか。」

 

大淀「分かりました・・・。」

 

金剛「了解デース。」

 

 てな具合で、まだ新しいお隣さんの存在に少々慣れていない横鎮近衛艦隊、最前線並みの緊張感である。因みに深海棲艦はと言うと、航空機からの誤認を防ぐ為に兵装や装甲の上面を白く塗っているので、これはこれで目立つようになっている。

因みに基地航空隊は識別表を作ってどうにか対応しようとしている所である。

 

 

11月8日14時17分 北マリアナ諸島・ウラカス島上空4000m

 

 

グオオオオオオオ・・・

 

 

この日、この小さな活火山島上空を、連山改の先導で編隊を組んで飛んでいたのは、サイパンでは近々に配備された新鋭機材・・・なのだが、その形状と言うのが、何やら大昔の旅客機のような形をしていた。なので新鋭機と言うよりは、新編成の機材と言った方が正しいかも知れない。

 

三菱航空機『一〇〇式輸送機二型』。主として大日本帝国陸軍で運用された機体で、九七式重爆撃機を母体とする輸送機である。この機体を著名ならしめたのが、この機体を陸軍挺進連隊(空挺部隊)が使用し、パレンバン降下作戦に投入されたと言うこの一事に尽きるだろう。「空の神兵ある所に一〇〇輸*1あり」と言っても差し支えはない。

 

他にも物資の空輸など様々な任務に就いていたが詳細は省く。それよりも重要な機体が飛んでいるからだ。

 

と言うのは、一〇〇式輸送機の9機編隊に後続する様に、一式陸攻と銀河が9機ずつ後続していたのだが、どうもその様子がおかしく、機尾からワイヤーを曳いていた。

 

そのワイヤーに繋がれていたのは――――

 

 

提督「いいかお前達! 今回の試験は、我が艦隊がより任務の多様性を増す為に是非とも必要なものだ。御国の為と思って気を引き締めてかかって貰いたい!」

 

一同「「“了解!!”」」

 

連山改の機上で陣頭指揮を執る直人。お国柄にも彼の柄にもない“御国の為”と言うワードが飛び出したが、果たして一体何が始まるのだろうか・・・?

 

 

「進入針路よし! 降下用意!」

 

輸送機隊1番機からの指示で一斉に9機の一〇〇輸の側面扉が開け放たれる。空挺用改修機であるから引き戸である。

 

そう、今行われているのは、空挺降下試験なのである。

 

電「―――。」ゴクリ

 

その1番機に乗る電、これから行う事を思ってか心持ち顔色が悪い。背中に落下傘を背負い、新たに支給された二分割できる空挺用小銃「二式小銃」を携えている。流石に普段の制服では都合が悪い為、専用の降下服を着用している。

 

天龍「大丈夫だ。こう言う時は、敢えて何も考えず、頭ん中を空っぽにするんだ。あと、降りる時に下を見るんじゃねぇぞ。」

 

電「は、はいなのです。」

 

その空挺隊員に選ばれた二人、実はただの空挺降下ではなく、艦娘による空挺降下の試験なのだ。

 

天龍(中々無茶苦茶だが、敵地降下に艦娘を入れる辺り、鋭いな。)

 

天龍は心中で直人の手腕を素直に褒めていた。妖精達だけでは限界がある、だからこそ艦娘達で補完する必要があるのだ。艦娘は砲火力を兼ねた存在として、艤装と共に降下するのだ。

 

深雪「ま、いっちょ派手に行こうぜ!」

 

子日「実戦じゃないじゃん!」ビシッ

 

そして余禄と言う訳ではないがこの二人もいる。子日アタックと深雪スペシャルと言う近接必殺技を持っている二人である。何より仲もいい。

 

「“降下! 降下!”」

 

空挺隊員妖精

「――――!(降下開始、行くぞ!)」

 

電「電、行くのです!」バッ

 

天龍のアドバイス通り、遮二無二飛び降りる電。こんなヤケクソ気味の降下でも、サイパスがあれば安心である。サイパスと言うのはパラシュートを開ける状態にない場合(気絶した場合等)に使う安全装置で、高度計と連動して自動でパラシュートを開く装置である。小さいので重い物でもない。

 

今回の試験では、まるで訓練の様な超低空進入で最初からパラシュートを開いている状態ではなく、中高度からスカイダイビングのような形式での降下投入を行う訳だ。サイパスの作動高度は物資が100m、人員は200mで設定されている。これはスカイダイビングと違って遊びではないと言う事を示していると言える。

 

次々と降下して行く落下傘兵。一〇〇式輸送機二型は1機当たり空挺兵20名程を収容できる。人員が妖精さんである為もう少し増え、装備している兵装も少し多めに、人員も若干多めに積めるから、艦娘を積む余裕もある。

 

そして、ウラカス島上空200mに200個近い落下傘が開く。それに続く様にそこから更に低い高度で数十個の落下傘が開いた。これは投下された物資箱である。

 

 

電「えっと、パラシュートを外して・・・。」ゴソゴソ

 

最初に着地した電が、パラシュートを外し、二つに分かれている小銃を組み立て、ホルスターに拳銃が収まっているかをチェックし、一緒に荷物箱に収めてきた艤装を装着する。その間に空挺兵や他の艦娘も降下してきた。この試験を行うに当たって、陸自軍第一空挺師団(旧陸自第一空挺団を師団規模に再編した部隊)の方法を参考にしたのである。

 

 

ダダダダダダッ! ババババババババン!

 

 

天龍「よし、周辺の敵拠点を制圧する、橋頭堡を確保しろ!」

 

今回の指揮官である天龍が、炸裂音が周囲から響き渡る中周囲に指示を出す。前日までに設営された敵の位置を示す標識や敵の拠点である事を示す小屋などを、ぎこちないながらに空挺隊員や艦娘達が制圧する。出来るだけ実戦色を出すように様々な工夫が凝らされたそれらの障害物は、訓練にはピッタリであった。

 

想定としては、ウラカス島の火山北東側に降下して敵拠点の北側を押さえて橋頭保を確保、敵が混乱している間に陸戦隊が上陸すると言う想定である。この為にサイパン沿岸砲台の人員から空挺部隊員を抽出して編成してある訳で、その中に艦娘を入れたのは試験的な試みであった。

 

深雪「“A3地点確保!”」

 

電「“B4陣地制圧完了なのです!”」

 

次々に送られてくる敵陣地制圧の知らせを受けて、天龍が報告を行う。

 

天龍「“カモメ-1”、こちらタカ-1。」

 

「“こちらカモメ-1、どうぞ。”」

 

天龍「橋頭保を確保した。繰り返す、橋頭堡を確保した。」

 

「“カモメ-1了解、タカ-1は橋頭保を維持して待機せよ。なお味方上陸部隊が南東海岸より上陸を開始した模様。”」

 

天龍「タカ-1了解、到着を待つ。」

 

天龍が通信を切る。

 

天龍「―――ここまで予定通りだな。」

 

電「あとは、残りの人達が来るまで待てばいいんですね。」

 

天龍「そうだ。あきつ丸から海軍陸戦隊も予定通り上陸を始めたらしい。」

 

通信にもあった様に、この試験にはサイパン特別根拠地隊の陸戦隊と、それを搭載する揚陸艦あきつ丸と護衛の第七水雷戦隊も参加していると言う、それなりに規模の大きな演習と言う一面もあった。

 

天龍「さて、後は“本隊”待ちだ。この平坦地にちゃんと降りてこれるかな?」

 

電「大丈夫でしょうか・・・。」

 

天龍「そう心配そうにするなって。大丈夫、きっと出来るさ。」

 

天龍と電が話す“本隊”とは・・・?

 

 

さて、ここで思い返してみよう。少し前に「一式陸攻と銀河が9機ずつ後続していた」と前述した。それらが様子がおかしいとも。端的に言えば、この一式陸攻(二四型乙)と銀河9機ずつ、計18機は、攻撃用途で派遣された訳ではないのだ。

 

その証拠に重量軽減のため爆装はない。機銃弾だけは満載だがそれとて旋回機銃用のものだ。では何をしに来たのか、大体の人は想像がついていると思うが答え合わせと行く事にしよう。

 

 

提督「よしよし、想定通り東側から滑空進入しておるな。」

 

直人が双眼鏡で見下ろす先には、見慣れない少々不格好な機影が大小2種類、18機飛んでいた。しかしそれらには動力となるエンジンは見られず、ウラカス島の東側から先程空挺部隊が降り立った地点に向けて滑る様に飛んでいた。

 

 

天龍「よーし、そのまま・・・そのまま・・・。」

 

ウラカス島の降下地点では、空挺隊員がスペースを空けて待ち構えていた。

 

電「・・・。」ゴクリ

 

 空挺隊員たちが固唾を飲んで見守る中、その編隊はふわりと舞い降り、胴体着陸を見事成功させた。

そう、銀河と一式陸攻は、グライダーを曳航していたのである。それもただのグライダーではなく、空挺降下用、即ち軍用のグライダーである。

 一式陸攻二四型乙が曳航していたのは小型のク-8Ⅱ「四式特殊輸送機」と呼ばれる機体で、旧日本陸軍が運用した主力汎用滑空機(グライダー)である。主な用途は空挺降下の他、物資輸送なども行うように出来ている。

輸送可能な人員は20名まで、貨物は1.5トン、床に固定する事で小型の火砲までならば運搬できる様になっていた。搭載物の荷役は操縦室がある機首が搬出口の扉を兼ねている設計だ。

今も機首が90度右に折れ曲がり、中から空挺隊員やその積み荷である速射砲中隊の一式機動47mm砲や、山砲中隊の九四式山砲が搬出され、戦闘準備を開始していた。

 一方銀河が曳航しているのは、より大型のク-7Ⅱ大型滑空機である。こちらは双胴方式を採用し、2本のビーム(支柱)で尾翼を支持する形式をとっている為大きな箱型貨物室を確保でき、32~40人の兵員や7.5トンの貨物、更には軽戦車1両を運搬出来るなど、かなり大柄な機体であった。荷物搬入出は貨物室後部にある上開きドアと下開き昇降板で構成された搬出口を使用する。

この二つに共通しているのは合板がメインで出来ている事くらいである。大きさや超過制限速度に関して言えばク-7Ⅱの方が優秀で、大型である事から大出力の曳航機が求められるが、ク-8Ⅱはサイズも小さく、また機体強度の関係で時速240km以上出すと空中分解を起こす可能性がある為、低速で飛べる曳航機が必要、と言う訳だ。

 ク-7Ⅱからは、これらのグライダーより少し前に配備された空挺戦車『二式軽戦車』がエンジン音を響かせながら降り立っていた。他にも九二式歩兵砲と九七式曲射歩兵砲を持つ重火器中隊所属の空挺兵がその装備品と共に降り立っていた。

 

天龍「とうとううちの艦隊、戦車を持っちまったか・・・。」

 

電「いつ使うのでしょうか・・・。」

 

天龍「さぁな、暫くは島内警備じゃねぇかな。敵地攻略に時には出番があるかもな。」

 

電「・・・。」

 

そう頻繁に使うものではない事を電も理解したのであった。

 

 

ギャリギャリギャリギャリ・・・

 

 

その目前を、軽戦車隊が歩兵を伴い、敵本拠を想定した地点に向け、攻撃前進を始めたのであった。

 

この後演習は、敵拠点の制圧に成功した、と言う判定を受けて全て終了した。機材はあきつ丸が収容して離脱し、サイパン島に帰着している。

 

 

翌9日の朝、直人はそれについての報告を受け取った。

 

7時47分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・演習は概ね成功、と言う事でいいんだな?」

 

天龍「あぁ、まぁな。装備品については差し当たって破損はなかったみてぇだ。ただ装備箱のパラシュート展張高度はもう少し上げた方がいいと思う。装備箱の表面に傷が多く付いてるものもあったしな、この際多少散らばっても止むを得ないと思うがよ。」

 

提督「分かった、改善希望については明石の方にも出しておいてくれ。」

 

天龍「おう。あとグライダーの降下部隊の方は、取り敢えず着地は上手く行ったがやはり不慣れって所があるって話だったから、今後も降着訓練が必要って意見具申があったぞ。」

 

提督「それについては基地航空隊とも相談して宜しくやって貰うように手配するよ。」

 

天龍「あともう一点、実戦だと陸攻で曳航は無理だとさ。巡航速度に差があり過ぎるみてぇだ。曳航用に別の機体を用意しねぇとグライダー部隊の投入は厳しいだろうな。それと、完全装備の場合、グライダーだけでは需要を満たしきれない恐れあり、だそうだ。」

 

提督「また飛行場のキャパシティ圧迫する訳か・・・まぁ考えて置こう。ところで――――」

 

天龍「・・・?」

 

提督「人生初のスカイダイビングはどうだった?」ニヤニヤ

 

天龍「怖ぇに決まってんだろうがお前ぇぇぇ!!」

 

 迫真の心の叫びである。口では強気にあんな事を言ったが実際怖かったようだ。因みに言って置くが、スカイダイビング初心者は本来、タンデムと言って経験者の体の正面に括り付けて貰い一緒に降下するのが基本なのだ。そこから慣れて来ると二人一組になり、最後はソロダイブが可能になる訳だ。

当たり前だが艦娘にスカイダイビング経験者がいるかと聞くだけ野暮である。ぶっつけ本番なのだ。

 

提督「そうかそうか、だがいい景色だっただろう?」

 

天龍「下見てる余裕なんてあるかっての!」

 

提督「ハッハッハッ、でも訓練自体は今後もやるからな?」

 

天龍「マジかよ・・・。」

 

参ったと言うように頭を掻く天龍と、それを愉快そうに見る直人であった。

 

提督「そう言えば金剛の奴遅いな、何をやってるんだ?」

 

天龍「あぁそうだった、提督に伝言を預かってるぜ、その金剛からよ。」

 

提督「え、マジで?」

 

天龍「あぁ、今日予定はなかったが、急遽訓練に参加しないといけなくなったとかで、今日はここに来れんそうだ、悪く思わんでくれってな。」

 

提督「むむっ、金剛に出し抜かれたかぁ・・・。」

 

言葉を思いっきり誤用する直人だが、その位驚いている。

 

天龍「んじゃ、用件は全部終わったし、そろそろ行くぜ。邪魔したな。」

 

提督「おう、ありがとうな。」

 

天龍「礼なんざいいって。じゃぁな。」

 

そう言って天龍は執務室を後にした。

 

提督「・・・。」スック

 

その後、直人は少し間をおいて執務室を後にした。やはり金剛に代わる秘書艦を探しに行く為だ。

 

 

~中央棟1F・エントランスにて~

 

提督(さて・・・。)

 

外見上は巡視に見せかける直人。と、そこへ・・・

 

鈴谷「やばいやばい・・・」

 

鈴谷である。

 

提督「よう鈴谷。」

 

鈴谷「ゲッ!? 提督じゃん!?」ドキィッ

 

提督「人を見るなりゲッとは何だゲッとは。それになんでそんな顔赤くなってんだ?」

 

鈴谷「い、いやいや、そんな事はどうでもいいでしょ! それより提督こそ執務中じゃないの!?」

 

提督「お前こそ何やってんだ? 今日演習じゃないのか?」

 

鈴谷「え、あと、その・・・。」ギクゥッ

 

提督「もう開始時間過ぎてるぞ?」

 

現在時刻、8時03分。

 

鈴谷「いや、きょ、今日は非番って聞いてるんだけど・・・。」ドキドキ

 

提督「おかしいな、金剛から大淀を通してオーダー表は貰ってるんだけどなぁ。」

 

鈴谷「き、きっと書き間違い・・・」

 

提督「そこの掲示板にも貼ってあるんだけどねぇ?」ニヤニヤ

 

鈴谷「うぐっ・・・。」ドキリ

 

大体事と次第が直人にも分かって来ていた。

 

提督「さては、寝坊か。」フッ

 

鈴谷「う、うぅ~・・・。」

 

提督「図星か、やれやれ。」

 

鈴谷「て、提督。見逃して、ね?」

 

提督「やだ。」

 

鈴谷「そこをなんとかぁ~!」

 

提督「やだやだ。」

 

首を横に振り続ける直人。

 

鈴谷「なんでよぉ~!」

 

提督「寝坊で演習に遅れるのは・・・ねぇ?」

 

鈴谷「そ、それは・・・。」

 

提督「と言う事で処分を言い渡す。」

 

鈴谷「どういう事ォ!?」

 

提督「今日の秘書艦やんなさい。」

 

鈴谷「え・・・。」

 

提督「返事は?」

 

鈴谷「あ・・・はい。」

 

提督(よし、秘書艦ゲットォ!)

 

鈴谷(あちゃ~・・・抜け出す口実見つけないと・・・。)

 

呆気なくゲットしちゃった直人、心中ガッツポーズ。相変わらずいい性格してるが、寝坊助が多いのも比較的平穏に過ごしているからだろうか。

 

大淀「さて、執務室に・・・あら? 提督と、鈴谷さん?」

 

提督「お、ナイスタイミング、金剛にご注進、今日遅刻の鈴谷が代行秘書艦やるって伝えといてー。」

 

大淀「あ、わかりました・・・。」

 

鈴谷(詰んだ・・・。)

 

この時鈴谷は、逃げも隠れも出来なくなった事を悟った。秘書艦業務を抜け出したとなったら本当に処罰ものである。

 

提督「さ、いこうか。」

 

鈴谷「了解・・・。」

 

 

8時11分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・。」サラサラッ

 

鈴谷「・・・。」サラサラッ・・・

 

黙々と書類と格闘する二人。だが鈴谷は穏やかではない。

 

鈴谷(この距離で・・・二人っきり・・・提督と・・・。)ドキドキ

 

まぁ、察してくれ給え読者諸君。

 

鈴谷(な、なんで・・・こんな・・・ドキドキしてるの、私・・・!)

 

提督「~♪」サラサラッ

 

鈴谷(よく見たら、イケメンだよね、提督は・・・って、何考えてるんだろう、私!?)

 

とてもじゃないが、鈴谷にしてみると集中できる状況じゃない様だ。

 

鈴谷(し、仕事が手に付かないよぉ、ヤバイ、なんで、こんな・・・。)ドキドキオロオロ

 

提督「・・・鈴谷?」

 

鈴谷「ひゃいっ!?」ビクゥッ

 

噛んだ。

 

提督「大丈夫か?」

 

鈴谷「う、うん。大丈夫だけど・・・。」

 

提督「ん、そうか? ならいいんだけど。」

 

筆の止まっている鈴谷を目に留めた直人だったが、大丈夫と言われて特に言う事が無くなったのであった。

 

 

金剛が沖合でドンパチやっている間に、執務は11時20分頃漸く終了した。

 

大淀「お疲れ様でした、提督。鈴谷さんも。」

 

鈴谷「あ、うん。いいっていいって~。」

 

提督「うん、そっちもご苦労さん、大淀。」

 

大淀「では、送信してきますね。」

 

提督「頼んだ。」

 

大淀が決済済みの書類を持って執務室を後にする。

 

提督「ありがとな、鈴谷、おかげで助かった。」

 

鈴谷「あぁ・・・うん、どういたしまして。」

 

急にしおらしくなった。

 

提督「初めての秘書艦業務だったにも拘らずよくやったものだ、書類仕事も滞らずに済んだからな。」

 

鈴谷「・・・!」

 

面と向かって直人は鈴谷を褒めてやる。

 

鈴谷「―――ま、当然じゃん? 鈴谷褒められて伸びるタイプなんです。うーんと褒めてね!」

 

提督「調子に乗らない。」コツン

 

鈴谷「あたっ、えへへ~♪」

 

提督「さて、飯の時間まで、休憩かな。」

 

鈴谷「うん!」

 

鈴谷は提督の背中を追って、執務室を後にした。

 

鈴谷(―――なぁんだ、気にする事なんてなかったんじゃん。)

 

“鈴谷は、提督(この人)に褒めて欲しくて、それで、この人が好きなんだ・・・。”

 

気付かない内にまた一人艦娘を恋に落とした彼であった。

 

 

11時31分 サイパン飛行場管制塔・管制室

 

飛龍「飛行場の機体収容余力ですか?」

 

あの後直ぐに飛行場に来た直人は、どの程度飛行場のスペースに余裕があるかを聞いていた。

 

提督「あぁ、大分機種統合とかで削減してる訳だが、どうも空挺部隊用に機材について、グライダーの曳航機と輸送機を兼ねる機体が別に必要と意見具申があった。率直な所、どうだ?」

 

飛龍「うーん・・・精々50機が限度、でしょうか。予備機を分解/保管する数を増やせばなんとか100機、ですかね。」

 

提督「そうか・・・分かった、ありがとう。」

 

飛龍「いえ、お役に立てたなら、良かったです。」

 

提督「しかし、グライダーも含めて総機数が常備989機か、増えたなぁ。」

 

飛龍「陸攻隊の銀河への機種転換で、まだ減らせるとは思います。」

 

提督「勘弁してくれ、ただでさえ火の車なんだから。」

 

飛龍「ふふっ、承知しております♪」

 

提督「はぁ~・・・。」

 

未だにボーキサイト事情については頭を痛めている直人である、彼らはこの時点でもまだ、財布が潤っているとは言いにくいのだ。こうした大規模な陸上航空隊を母艦航空隊共々維持し、機種転換を行っていくと言う事になると、自然そうなってしまうのだった。

 

 

11月9日10時49分、彼はサイパンを離れ、横浜にいた。

 

日本時間9時48分 横浜大本営・軍令部総長室

 

提督「―――“渾作戦”、ですか。」

 

山本「そうだ。」

 

彼がここに居たのは、次期作戦の内示を受け取る為だった。

 

山本「講和派深海棲艦隊からの情報提供によれば、敵は近々に、ビアク島方面に対して攻勢を計画しているらしい。情報に基づいて偵察を行ったところ、ニューギニア北部のホーランディア及び、東部のラエに、敵の大艦隊が集結している事が判明した。」

 

提督「なぜ、そんな場所に、この時期攻勢を?」

 

宇島「それについては、私から説明しよう。」

 

総参謀長の宇島海将が地図を広げ、指示棒を持って説明を始める。

 

宇島「我が艦娘艦隊はその初期作戦として、ニューギニア西岸を望むビアク島を攻略する事に成功、ここにパラオ基地からの派遣隊が少数ながら駐屯し、敵の行動を監視する任に付いている。君は知っての通りだが、ビアクには飛行場の適地があり、ここを敵に再び押さえられた場合、パラオ及び、タウイタウイ基地は勿論、奪還したフィリピン方面に対する圧迫が再び始まりかねない。」

 

提督「敵の狙いは、我が方に対する航空攻撃の勢いを増大すると共に、我々が奪取した人類生存圏の縮小にある、と言う訳ですか。」

 

山本「その通りだ。フィリピン国民は解放に沸き立っている、しかしそれが一時的であってはならないのだ。再び島々の住民達が、住み慣れた土地を離れる事は、もうあってはならない。我々が人類の生存権を完全に取り戻すまで、我々は前進し続ける他に、道はない。」

 

提督「成程、子細は了承しました。して、我が艦隊は何を行いましょうか。」

 

山本「よく聞いてくれ紀伊君。君の艦隊には、インド洋方面に向かって貰いたい。」

 

その言葉に、直人は目を瞬かせた。

 

提督「・・・インド洋、ですか?」

 

山本「そうだ。」

 

提督「なぜです! 敵の攻勢に先立ち我々はその主力の勢いを削ぐ、そう言う事ではないと言う事ですか?」

 

山本「そうだ、よく聞け。」

 

ここからが核心だ―――そう言う様に山本海幕長は語気を強めた。

 

宇島「我々軍令部と講和派深海棲艦隊は、この攻勢が陽動だと見ている。その理由は、遠くアフリカ東岸にいる、コロンボにいる敵東洋艦隊主力と、東洋艦隊インド洋方面高速機動群の動きが活発になっているからなのだ。このところ盛んに潜水艦や小艦艇、航空偵察の報告が後を絶たない状況だ、無線も頻繁に飛び交っている。」

 

提督「成程―――引っ掛かりますね。」

 

宇島「その通りだ。よって我々としてはこの攻勢にも備えなければならんが、渾作戦の実行準備で手が空いておらん。」

 

山本「それで、貴官らの出番だ。アフリカ方面の敵機動部隊を撃滅して貰いたい。作戦は例によって貴艦隊に一任する。リンガ泊地に協力要請も取り付けるから、出来るだけ速やかにやって貰いたい。」

 

提督「・・・そう言う事ならば了解しました。最善を尽くして、渾作戦の側方支援に努めましょう。」

 

山本「それともう一つ、インド洋でやって貰う事がある。ある意味これが、今回の作戦よりも重要なのだが―――」

 

提督「――――?」

 

任務として付加された「もう一つの仕事」の内容、それは何処かの幕間でお分かりになるだろう。だが今はまだ、その時ではない―――。

 

 

日本時間11時29分 横須賀市・記念艦「三笠」艦上

 

直人はこの時、思う所あって横鎮に立ち寄って話を通した後、三笠に来ていた。

 

前檣楼の羅針艦橋で海を見据える直人、ふと、背後に人の気配がある事に気付く。

 

提督「―――三笠・・・。」

 

背後を振り向くとそこに立っていたのは、三笠だった。

 

三笠「・・・。」

 

三笠はいつものように、物静かに、微笑みを浮かべて、彼の二の句を待っていた。

 

提督「―――三笠は、その・・・“識っていたのか”?」

 

直人はそう問うた。すると三笠は答える。

 

三笠「・・・そうね。私はあの時確かに、その運命を“識っていた”。」

 

提督「・・・そうか―――それで、漸く分かった。」

 

三笠「・・・。」

 

提督「3か月前だったか、君は俺にこう言った。―――“戦争の真実”を知る事になる―――とね。その言葉の意味が、今にしてよく分かった。」

 

三笠「そうね・・・戦争とは、犠牲無くして、戦争と呼ばれない。確かに、貴方達は余りにも多く、血を流し続けた。でも事態は確実に、終わりに向かう。それは、貴方があの運命を、あの荒波を乗り越えられたからこそ。」

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――でも、あの子はまだ生きている。そうでしょう?」

 

提督「―――。」

 

三笠「あの子が沈み貴方と別離し、そして生きて今この世に在る事も、私はまた識っていた。そして貴方達は、また巡り合える。」

 

提督「本当に、そう在りたいものだ。」

 

彼は三笠から再び海に視線を戻して言った。

 

三笠「えぇ、そうね。そして貴方はこれからも、誰一人沈めない戦を、続けるつもりなのでしょう?」

 

提督「当然だ。俺はもう、大切なものを失うのは真っ平だ。俺の手元にあるものは、何もかも全て、俺のものだ。家族も、艦娘も、俺の居場所も、帰るべき場所も、俺が誇るべき全ては、俺のものだ。他の誰のものでもない、俺のものだ。だったら守らずして、なんとする。」

 

三笠「フフッ・・・随分独善的で自己中心的な物言いね。でも、意志は本物。その意志の先に、希望の旗手たるあなたの未来がある事を、祈らせて貰いましょう―――」

 

提督「―――そうだな。願わくば、勝利したいものだ。この馬鹿げた戦争でも・・・。」

 

三笠が姿を消した後も、彼は海をずっと見据えていた。そこには、何某かの思案が働いていたに違いない。しかしそれを知る者は、いまや誰もいない。

 

 

その後サイパンに戻り作戦準備を開始した彼の下に、一つの小さな、しかして大きな吉報が舞い込んだ。

 

11月12日8時17分 中央棟2F・提督執務室

 

妙高「提督、お慶びください! 新建造艦が2隻です!」

 

提督「にゃぬっ!?」

 

金剛(“にゃぬっ”って・・・。)ウププッ

 

大淀・妙高(噛んだ・・・。)

 

提督「それは大事だ、急いでそっちに行こう。」

 

妙高「はいっ!」

 

直人は急いで立ち上がり、執務室を飛び出していった。妙高が後に続く。

 

金剛「ニューフェイスですかー。いいコト、デスネ♪」

 

大淀「えぇ、そうですね。」

 

 

8時20分 建造棟1F・建造区画

 

提督「さぁて、新顔登場ってか―――!」

 

移った口調でそう言いつつ建造棟を覗き込んだ直人は、既視感しか無かった為ちょっとびっくりした。

 

妙高「・・・驚かれましたか。」

 

提督「あぁ全くだ。まさか遂にこの時が来るとはな。」

 

妙高「えぇ、そうですね―――。」

 

提督「ならばここはひとつ、威儀を正さねばなるまい。」

 

妙高「・・・珍しい、ですね。」

 

提督「・・・なんでさ。」

 

妙高に驚かれた直人であった。

 

 

提督「と言う訳で、自己紹介を。」

 

今回着任したのは――――

 

長門「長門型戦艦1番艦、長門だ。敵戦艦との殴り合いなら任せておけ。」

 

伊19「素敵な提督で嬉しいのね! 伊19なの!」

 

提督「うむ、宜しく頼む。横鎮近衛艦隊司令、紀伊直人だ。栄えあるビッグセブンの着任、心より歓迎する。」

 

長門「―――良い面構えだ。私は良い提督に巡り合えたらしい。」

 

提督「・・・それは少々、買い被りではないかな。それに我が艦隊は、雰囲気もそう硬いものではないし、その性質も他とは趣を異にしている。その辺は―――」チラリ

 

陸奥「―――えぇ、そうね。私がちゃんと、教えてあげるわね、長門。」

 

長門「お前もこの艦隊に居たのだな、陸奥。何かとやり易くて助かると言うものだ。」

 

陸奥「フフッ―――では、私達は一足お先に。」

 

提督「うむ、頼むぞ。」

 

陸奥「えぇ♪ さ、行きましょう?」

 

長門「あぁ。では、失礼する。」

 

提督「うむ。期待しているぞ、長門。」

 

そうして長門と陸奥が一足お先にと建造棟を後にした。

 

提督「・・・。」

 

伊19「・・・。」

 

明石「・・・。」

 

妙高「・・・。」

 

それを見送る4人。

 

提督「・・・とまぁ固いのはこの辺で終わりでいいか。」

 

妙高「えぇ、その方が、提督らしいです。」

 

明石「そうそう。」ウンウン

 

伊19「フフフッ、面白い提督なのね。」

 

提督「こりゃまた賑やかになりそうなのが来たねぇ、伊19・・・いや、これは少し長いな・・・そうだ、語呂合わせで“イク”でいいかな。」

 

イク「うん! イクって呼んでもいいの!」

 

提督「よし、それじゃぁこれからよろしくな、イク!」

 

イク「よろしくなの!」

 

これはこれで意気投合した二人であった。

 

ハチ「やれやれ、長期休暇中に呼び出しと思えば、成程です。」

 

提督「お、来たかはっちゃん。」

 

建造棟に遅れてやってきたはっちゃん、ドイツ帰りの休暇中と言う事で普段着で登場。

と言ってもサイパンは温暖で尚且つ物資不足でそうお洒落なものも手に入らないので、グレーのインナーに黒のTシャツ、下は赤のロングスカートを履いている、靴はランニングシューズだが、余所行きじゃないので問題ない様子。ついでにスポブラではなく普通のブラの様だ。(←その情報、いる?)

 

ハチ「はい、到着しました。」

 

イク「久しぶり、なの!」

 

ハチ「えぇ、久しぶりですね、イク。」

 

提督「まぁ言わんでもとは思うが、司令部の案内を頼む。歓迎会はその後にしてくれよ?」

 

ハチ「了解です、お任せ下さい。」

 

イク「楽しみなのね、ハチ、早く行くのね!」ピョンピョン

 

ハチ「はいはい。では、これで。」

 

提督「おう、行ってらっしゃい。」

 

ハチ「えぇ、行ってきます。」ニコッ

 

イクとハチも揃って建造棟を出て行った。

 

提督「・・・潜水艦って、何でこう・・・豊満な子が多いんだ?」

 

妙高「疑問を持たれるの、そこなんですね・・・。」^^;

 

明石「ハ、ハハハ・・・。」

 

提督「おめーら人の事言えると思うなよ。そうじゃなくてさ、泳ぐのに不便じゃないのかなって。スク水来ててもあれは・・・。」

 

そう。明らかに自己主張し過ぎなのである。何がとは言わないが紳士諸君、察して欲しいのだが、これに対して言いたい事を理解していた明石が言った一言はまた、直人の意表を突いた。

「それなら確か問題ない筈ですよ。」

 

「え、どう言う事?」

予想外の反応に思わず聞き返す直人。これに対する明石の答えは、簡潔にして明瞭だった。

「潜水艦娘は潜航する際、自身を包むように空気の球を作るんです。その中に入って水中を進むので、呼吸も含めて実際の潜航時間とほぼ同じ潜航時間を確保出来るそうです。」

 

提督「え、でも推進はどうやってるんだろう。」

 

明石「うーん、確か・・・その空気の球を船体として判定する事で強引に動かしていると言った感じだった気がします。私も分析はしているんですけど、何分これは潜水艦娘本人の能力と言う一面もあって、一概には言えませんね。イムヤさんのように推進と攻撃用の艤装を持った子もいますし・・・。」

 

提督「荒業もいい所なのね・・・初めて知った。」

 

妙高「私も初めて知りました、私達には、到底真似が出来ないのも頷けます。」

 

提督「うむ・・・。」

 

改めて、艦娘の凄さと言うものを知った直人であった。

 

 

 こうした戦力増強への地道な努力が続けられる一方で、次期作戦に向けた検討会が連日行われた。何より、これまでになく長い行程を経る遠征である。その前途には、様々な困難が予想されたからだ。

潜水艦の襲撃、往路と復路に於ける敵の襲撃、燃料の問題、何より、司令官である紀伊直人出戦の是非もまた、問われるべき事象だった。

 

 

11月18日6時10分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「起床早々の参集ご苦労。ここに全員が集められた理由はもう大方分かっていると思うが、我が艦隊は、来たるべき作戦に呼応すべく、予定される戦域への移動を開始する。」

 

摩耶「“渾作戦”って奴だな、方々で噂になってるぜ。」

 

秘匿名「渾」の名でなにがしかの作戦が用意されている事は、艦娘達にも外部から入ってくる情報によって周知されていた。しかし彼は、その内容を今日まで伏せて来たし、内示を受けた内容も伏せたままである。

 

提督「―――そうだ。我が艦隊もそれについて、特別の内示を受けた。」

 

那智「―――と言う事は、相当重要な作戦、と言う事か。」

 

提督「そうだな。それについて、これから説明する。」

 

一拍置いてから、直人が説明を始めた。

 

提督「講和派深海棲艦隊からの情報共有により、深海棲艦隊は近々にも、南東太平洋方面艦隊を基幹とする艦隊を以って、ビアク島方面への攻勢を企図している事が判明した。我が艦娘艦隊は講和派深海棲艦隊と共同の下、この一大攻勢を全力を挙げ排撃し、パラオとタウイタウイ、フィリピン方面に対する圧力増大を図る敵の企図を粉砕する事になっている。」

 

朝潮「・・・信用できるものでしょうか?」

その一言は、生真面目な、そしてより過激な艦娘達全員の総意を端的に表していた。だが直人は静かに言う。

「口を慎め朝潮。同盟とは本来、信用の上に成り立つものだ。」

 

「―――失礼しました。」

その言葉に端に真面目なだけの朝潮は素直にそう言って引き下がった。

提督「続けるぞ。この作戦行動には、パラオ・トラック・タウイタウイ・ブルネイと、呉鎮、横鎮の6つの艦隊と講和派深海棲艦隊のグァム本隊が参加して行う事になっている。現在、ニューギニア方面の敵の動きが活発になっており、これに対する警戒態勢を取る為、渾作戦発動警戒が下令されていると言う状態だ。」

 

霧島「我が艦隊が、今回もそれに参加する、と言う訳ですね?」

 

提督「―――いや、我が艦隊はこれに参加しない。」

直人は内示によってこの事を了承しており、これまで公には口にしてこなかっただけに、艦娘達からの反応は大きかった。

 

足柄「えっ、なんで!?」

 

木曽「今回は蚊帳の外って訳か。」

 

大淀「静粛に!」

 

提督「―――今回、恐らくこの攻勢を敵は陽動として使うつもりだろうと言うのが、大本営の見解である。よって我々は、敵が企図する攻勢の本正面を、その開始前に、先制の一撃で以って粉砕する。」

 

一同「「―――!!」」

 

確かに一見蚊帳の外のようにも見えるが、とんでもない事である。彼らは最も重要な任務の一翼を担っていると言う事を、参加した艦娘達は否応なく認識した。

 

霧島「・・・成程。リンガ泊地がこの作戦には参加していないのも、全てはその攻勢に備える為ですか。」

 

提督「そうだ。リンガ泊地艦隊は今回、我々の作戦の際陽動として一斉に抜錨し、ベンガル湾及びインド洋方面へ展開する事になっている。」

 

足柄「じゃぁ、私達の目的地は・・・?」

 

提督「心して聞け。今回出撃するのは―――アフリカ東方方面だ。」

 

榛名「アフリカ・・・。」

 

加賀「・・・流石に、気分が高揚します。」

 

響「ハラショー、大遠征だ。」

 

蒼龍「空母部隊の出番、ですね。」

 

瑞鶴「面白いじゃない。一航戦の力、見せてあげる。」

 

提督「―――静かに。我々は赤道直下まで遊びに行く訳ではないからな。今回の任務は、敵東洋艦隊の内、アフリカ方面に展開する大機動部隊をなるべく叩く事にある。姫級の深海棲艦も確認されているから、心してかかって貰いたい。」

 

この言葉に一同は首肯して応じた。思えば今回もかなりの大仕事である事は間違いないだろう。

 

提督「宜しい。作戦は既に決定している、各自直ちに朝食と乗船準備を済ませ次第、鈴谷に乗船せよ。以上である。」

 

それだけ言い置き、直人は大会議室を出た。

 

 

大淀「提督、あれだけさばさばとした内容で、宜しかったのですか?」

 

提督「他の艦娘達が俺の口からそう多くを知る必要はない。必要な事は、指揮官から伝達する事だからな。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「それよりも、留守居気分では困るぞ、お前も出撃なんだからな。」

 

大淀「はい、心得ております。」

 

今回、横鎮近衛艦隊は二個艦隊を動員する。即ち―――

 

 

第一水上打撃群(水偵36機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第十六駆逐隊(雪風/時津風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(艦隊側旗艦:霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍 51機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第十二駆逐隊(島風)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

※第六駆逐隊(暁/響/雷/電)(一水戦より護衛として増派)

 

 

今回の編成は、高速性能を重視した機動部隊である。三航戦と六航戦の速力の遅さ(およそ25~26ノット程度)がネックとなるものの、それ以外は概ね30ノットの発揮が可能である事からも、この艦隊が如何に快速かが窺い知れるだろう。

 

二水戦の舞風(第四駆逐隊)は、編成替えによって一時的にに戦力が低下した二水戦を補うために、一水戦から一時配置変更になっている。また第三艦隊は旗艦が、一航戦旗艦と兼務と言う形で瑞鶴に変更になった点も注目出来る。一水打群内に於いて機動部隊をも統一指揮できると言う事もそうであるし、事実上第三艦隊旗艦の霧島が、通信役となった事もそうである。

 

しかしより重要と言えるのが、これは所謂「世代交代」と取る事も出来るからだ。そうした意味では、これまで朝潮型などが編成されていた二水戦が、陽炎型や夕雲型で統一されている事も注目に値する。しかもそれが、赤城らの喪失と言う史実の体裁を取らず、生きて交代出来たと言う事が重要なのだ。

 

 

7時10分、重巡鈴谷はサイパン島を出港した。結局直人は、いつも通りと言えばそうなるが、兎にも角にも鈴谷に乗艦していく事になった。もう一つの役目の性質上出戦せざるを得ないと言う結論に至ったのが主な要因である。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

「“曳船による回頭、終わり!”」

 

提督「機関前進、速力14、巡航速度だ。」

 

機関室「“了解!”」

 

提督「明石、リンガ泊地ペナン補給港への固定ルートで行くぞ。」

 

明石「いつも通りですね、了解しました!」

 

提督「リンガ泊地に既に話は通っている筈だ、だが実行期日まで余裕は持たせてあるから、慌てず行こう。」

 

明石「分かりました。ところで―――」

 

提督「・・・ん?」

 

明石「金剛さんの“お相手”は、最近されてないんですか?」

 

提督「ッ!?」

 

口に含んだお茶を危うく吹きかけた直人、踏み止まったが。

 

提督「―――な、なんで明石がそんなこと知ってんの!?」

 

明石「あ、これは藪蛇でしたかね?」

 

提督「当たり前だビックリしたぞ。まさかお前からそんな話題を切り出されると思わないから。」

 

明石「失礼ですね、私だってそう言う話の一つや二つ位しますよ。それに、金剛さんも漏らしていましたからね。」

 

提督「最近何かと忙しいしな、仕方がないと言えばそうなんだが。」

 

明石「えぇ、それで手が出しづらいとも。」

 

提督「隙を見せると飛び掛かって来るからな。」

 

明石「あらあら。」

 

これは事実である。積極的にも度が過ぎる時はまぁまぁある訳だ。

 

明石「とすると、普段から臨戦態勢ですね?」

 

提督「全くだ、前に風呂場に踏み込まれた時は酷い目に遭った。主に大淀に。」

 

明石「あははっ、そんな話前に聞きましたよ!」

 

提督「誰にだよ! はぁ~、全く大淀の奴・・・。」

 

その大淀が話した事は疑いなかった直人である。

 

提督「―――まぁいいや、明石、いつも通り頼むぞ。」

 

明石「了解です!」

 

直人が羅針艦橋の奥にあるエレベーターに姿を消す。

 

明石(取り敢えずそれとなく反応は探った、と。あとは―――)

 

策動する明石。

 

 

提督(・・・臭いな。)

 

 そしてその不自然さに気付く直人であった。が、その不自然さが何だか気付く前に事態が動いた。そして、その時、既に彼は何が何だか分からぬままに、手遅れだった事に気づかされるのである。

 

 

12時14分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

瑞鳳「・・・。」ジーッ

 

座っている席のすぐそばを何気なく通って行った高雄を見る瑞鳳。

 

瑞鶴「・・・。」ジーッ

 

その向かい側の席でその後に通って行った浜風を見る瑞鶴。

 

瑞鳳・瑞鶴「・・・。」ペタッ

 

そしてその後で自身の胸元に手を当てる2人。

 

瑞鳳・瑞鶴「はぁ~・・・。」

 

二人してこの溜息である。

 

瑞鳳「なんで・・・」

 

瑞鶴「私達・・・」

 

瑞鳳・瑞鶴「揃って姉より胸が小さいの・・・?」

 

 言われてみれば、確かにそうなのである。

瑞鳳の姉と言うべき祥鳳は、際立ってはいないと言っても分かる位には大きい。瑞鶴の姉である翔鶴に至っては瑞鶴と比べ歴然たる差がある。確かに単なる偶然だが、それでも意地悪な神を呪わずにはいられない二人である。

 

翔鶴「――――。」

 

提督「――――!」

 

その翔鶴は提督と離れた所で一緒に食事をしているのが目に入っていた。遠すぎて何を話しているのかは聞こえなかったが。

 

瑞鳳「―――でも、提督はしょっちゅう、私に構いに来るのよねー・・・。」

 

瑞鶴「―――それは私もね。ちょいちょいちょっかいかけに来るのよね。」

 

瑞鳳「うんうん、この間なんて『お前の卵焼きが美味いと聞いた』って言って私の所に来て、卵焼き焼いてあげたんだ。そしたら大絶賛しながら笑顔で全部食べてくれた、なんて事があったのよね。」

 

瑞鶴「私なんて3日に1回は必ず遭遇するわね。一航戦の旗艦に就任して以来、随分と世話焼きになった・・・と言うよりはただ単に雑談をするだけね。まぁ気にかけてくれてる所もあるんだけど、それはそれで、心配りのつもりなのかな。」

 

瑞鳳「・・・思うにそんなレベルじゃないと思うんだけど、どうかな?」

 

瑞鶴「それは同感ね、それだけにしては余りにも、私達に気があり過ぎる、と言うか・・・。」

 

瑞鳳「と言う事は、結構気に入られてる、って事なのかな。」

 

瑞鶴「それはあるかも、最近とか、那智にお互い脇目も振らないし。」

 

瑞鳳「あれはあれで何があったんだろ・・・。」^^;

 

瑞鶴「そう言えばここ何ヶ月かの間で数回、口論に近いような勢いで議論を交わしてたとかなんとか・・・。」

 

瑞鳳「それってケンカに近いんじゃ・・・。」

 

瑞鶴「聞いたところじゃ、深海棲艦への考え方の相違だったらしいわ、まぁ、取っ組み合いにならなかっただけマシじゃない?」

 

瑞鳳「そうだけど・・・それに比べたら、私達って、提督からは好かれてるって事なのかな。」

 

瑞鶴「本人に聞きたい所ではあるけどね、概ねそれで間違ってないんじゃないかしら。」

 

瑞鳳「・・・そう言えば、提督って駆逐艦の子とも仲が良かったりもするわね。」

 

瑞鶴「えぇ、皐月とか文月とか、主に睦月型の子達はしょっちゅう話をしてるわね。作戦で司令部を離れてる時は結構寂しがってるみたい。」

 

瑞鳳「でも、重巡や戦艦の人達も多いよね。」

 

瑞鶴「うん、明石さんなんてそだし、夕張も結構喋ってるみたい。後金剛型四姉妹もそうだし特に金剛さんとは相当親しい関係みたい。これについては艦隊内でも並ぶ者無しね。」

 

瑞鳳「金剛さんはいいよねぇ、指輪貰っちゃったりしてるし・・・。」

 

瑞鶴「それどころかお互いゾッコンだって話よ。噂によれば、既に一線は越えちゃってるとかなんとか・・・。」

 

瑞鳳「えっ、もう!?」

 

瑞鶴「青葉から聞いた話だから信憑性の程は定かじゃないけどね・・・。」

 

瑞鳳「と言う事は、提督って意外と胸は見ていない・・・?」

 

瑞鶴「―――そうね、夕張とか比叡とかもそうだもんね・・・。」

 

 

提督「ヘックショイ!」

 

翔鶴「あら、提督がくしゃみだなんて、珍しいですね?」

 

提督「あぁ全くだ、誰かに噂でもされてんのかな。」

 

 

~横鎮館内~

 

青葉「ヘックション!」

 

秋雲「おやおや、風邪でも引いた~?」カリカリ

 

青葉「そう言う訳でもないですけど・・・。」

 

秋雲「まぁ、噂の種は尽きないからねぇ青葉サンは♪」

 

青葉「どういう意味ですかー!」

 

秋雲「ナイショ~♪ ほら、次の横鎮広報の四コマ、出来たよ。」

 

青葉「あ、ありがとうございます! それではこれにて!」

 

秋雲「うん! さぁて、冬コミ用のヤツ書かなきゃね・・・。」

 

なんと、このご時世でもコミックマーケット――コミケは健在なのである。むしろこんな世相だからこそと、精力的な運営が続けられているコミケなのであった。

 

 

~戻りまして~

 

瑞鶴「・・・と言うより、単にそう言う事について鈍感なだけな気が。」

 

瑞鳳「でも割と積極的に見えるけど・・・。」

 

瑞鶴「と言う事は、女性の体を比較して見てはいないって事なのかな。」

 

瑞鳳「かも・・・。」

 

 

一方、同じ食堂の一隅で・・・

 

「―――取り敢えずそれとなくアプローチはかけたんですが―――」

 

「―――成程、そう言う感じですか・・・。」

 

「―――どうします・・・?」

 

「―――少し考える。」

 

策動する影があった。

 

 

20時10分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「食った食った~。」

 

ドサッと椅子に腰を下ろす直人。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「―――こんな時間に・・・? 入れ!」

 

鈴谷「チーッス!」

 

提督「む、鈴谷か。てっきり明石かと思ったがな。」

 

これは時間的な話である。

 

鈴谷「フフ~ン、ザンネン、鈴谷さんでした~♪」

 

提督「・・・で、こんな時間にどうした、随分珍しい事だけど?」

 

鈴谷「あ、えっと・・・取り敢えず、座っても?」

 

提督「―――そうだな、どうやら単なる報告ではなさそうだ。どうぞ?」

 

直人は自分の向かい側の椅子を勧めた。その椅子に座った鈴谷の顔は、どこか少し赤みが差していた。

 

鈴谷「・・・えっとね。」

 

提督「・・・。」

 

鈴谷が随分と言い難そうにしている様子に直人は少し首を傾げたが、彼は黙って鈴谷が何を言うのかを待った。

 

鈴谷「―――今夜、ここに来たのは、その・・・一つ、聞きたい事が、あるからなんだ。」

 

提督「・・・聞きたい事か。俺に答えられる事なら、何なりと。」

 

鈴谷「―――じゃぁ、えっと・・・提督は―――好きな人とか、いるの?」

 

提督「・・・?」

 

これには本当に首を傾げた直人だったが、すぐにそれに対する答えを返した。

 

提督「これは可笑しなことを言う。俺は艦隊の皆が好きだし、好きでありたいと思ってる。勿論、理想的な上官じゃないかもしれないが、それでも俺は、お前達皆の事を好きでありたいと思っているんだけどね。」

 

鈴谷「そ、そう言う事じゃ、無くって・・・」

 

提督「・・・??」

 

鈴谷「その・・・提督にとって、“特別な人”って言うか、そう言う人はいないの・・・?」モジモジ

 

提督「・・・一つ聞くけど、もし“いない”と答えたら、どうするつもりなんだい?」

 

鈴谷「むー、質問を質問で返すなんて意地悪過ぎない?」

 

提督「ははは、すまんすまん。まぁ、そうだな・・・誰か一人を選べ、と言うのは難しいかな。俺は皆の事がかけがえのない仲間達だと思ってるし、さっきの繰り返しになるけど、皆の事が好きなんだ。この在り方は、そう簡単に変えられそうにもない。俺にとっては、お前達全員が特別なんだ。特に・・・吹雪を失ってからは特にね。」

 

鈴谷「―――!」

 

鈴谷はこの時、吹雪を失った事が、こうした艦娘達全員への愛情と言う形で暗に影響を及ぼしている事を知った。

 

鈴谷「じゃ、じゃぁ、金剛さんへの指輪は・・・?」

 

提督「―――そこを突かれると、痛いと言えばそうだな。確かに、俺は金剛の事を愛している。あいつの笑顔は素敵だし、出来ればその笑顔を忘れないまま、ずっと俺の傍にいて欲しいとも願ってる。でもそれと同じ位、皆の事も愛している。それを、忘れないでいて欲しいな。」

 

鈴谷「・・・そっか。」

 

その一言で、鈴谷は意を決する。

 

鈴谷「提督は、金剛さんの事が好きで、それと同じ位、皆の事も好きなんだね・・・。」

 

提督「あぁ、そうさ。」

 

鈴谷「・・・でも、いやだからこそ、言わせて欲しいんだ。私は、提督の―――貴方の事が好きなんだ。」

 

提督「・・・!」

 

鈴谷「提督が誰か一人を選びきれないのはよく分かる。失う事の辛さは、私にも分かる。でも―――私はそれでも、例え金剛さんがいても、諦めきれないんだ、提督の事を!」

 

提督「鈴谷・・・。」

 

鈴谷「ごめんね、我儘な事言っちゃって・・・でも私、もうこの想いを我慢出来ないんだ・・・。」

 

切なそうな表情を見せる鈴谷に、直人は心を動かされずにはいられなかった。鈴谷の方も、本気であればこそ切ない気持ちになったのは無理も無い事だった。普段無駄口も冗談も言う鈴谷だが、この時の鈴谷は、本当に本気だったのである。

 

鈴谷「こんな時間に押しかけちゃって、ごめん・・・もう、行くね。」

 

鈴谷が立ち上がり、艦長室を後にする為直人に背を向け、歩き出した直後だった。

 

鈴谷「てい・・・とく・・・どうして・・・。」

 

提督「・・・。」

 

気付けば直人は、鈴谷を後ろから抱き留めていた。

 

提督「ありがとう・・・すまなかった。“皆の事を愛する”ならば、お前のそう言う気持ちも、受け止めなければならなかったのにな・・・気付いてやれなくて、すまなかった。」

 

鈴谷「提督・・・。」

 

提督「確かに・・・俺にたった一人を選べと言われても、それは出来ない相談だ・・・だが、そんな俺が、お前は好きだった―――好きでいてくれたんだな。」

 

鈴谷「・・・やっと気づいてくれたか、このにぶちんさんめ♪」

 

提督「あぁ・・・全くだ。俺はやっぱり、こう言う事には鈍いらしい。」

 

すると鈴谷が直人に向き直る。

 

鈴谷「提督・・・大好きだよ。」

 

提督「あぁ・・・俺もだ。」

 

そして二人が徐々に顔を寄せ合い、やがて唇を重ね合った。鈴谷がファーストキスを捧げた―――

 

 

ちょっと待ったァ!!

 

 

―――正にその瞬間だった。

 

 

提督・鈴谷「「!?」」ビクッ

 

二人して飛び上がる。

 

提督「ちょっと待ったコールだとッ!?」

 

直人がちょっと待ったコールのあった方に振り向くと・・・

 

提督「・・・え、ロッカー?」

 

 

バァン!

 

 

金剛「私デース!!」

 

まさかの艦長室のロッカー――つまり直人のロッカー――から金剛登場。

 

鈴谷「なんでそんなところに!?」

 

提督「と言うかいつ入った!?」

 

セリフのシンクロ率100%である。

 

金剛「この部屋のスペアキー、提督が渡したんデショー?」

 

提督「―――!」

 

金剛「密かに潜入して機を窺ってたらその目の前でコレだからネー?」

 

提督「と、と言う事は・・・」

 

鈴谷「さっきの全部・・・」

 

金剛「筒抜けネー。」ニッコリ

 

提督「なんとぉ!?」

 

鈴谷(やっぱ聞かれてた!? ヤバイ、超恥ずい!!)

 

提督「・・・てか、なしてロッカー?」

 

金剛「テイトクのパルファム、堪能シマシタ♪」

 

提督「おまっ・・・!」

 

思わず後ずさる直人の心境たるや・・・。

 

金剛「なんで後ずさるデース!?」

 

提督「喜色満面でそう言う事を言うんじゃない、いくら俺でもちょっと引くぞ!?」

 

金剛「ってそんな事はどうでもいいネー!」

 

提督「くっ・・・!」

 

話を徐々に逸らしていくつもりだったが、余りの状況に頭が回り切っていない、早くも限界が来てしまった。

 

金剛「―――と言っても、目の前であんなのろけを見せられると、怒る気も失せるネ。提督の浮気性は知ってるからネー。」

 

提督「うぬぬ・・・。」

 

返す言葉も無く唸る直人。確かに全員となるべく仲良くしようと常日頃心掛けているが、浮気性と言われても文句は言えない程度の事も無くはないのだ。

 

金剛「・・・はぁ、いずれこうなると思ったヨ。提督が誰か一人を選ぶコトが出来ないのは知ってたつもりデース。」

 

提督「あれ――? 怒ってない、のか?」

 

金剛「怒ってマース、凄く。」

 

提督「で、ですよね。」

 

金剛「デモ、それは私にコソコソしようとしてた事に対してネ。」

 

提督「―――。」

 

鈴谷(―――はっ!)キュピーン

 

鈴谷、「女の勘」発動。

 

金剛「別にテイトクが艦娘を何人も抱く事は気にしまセン。その代わり―――」ジリッ

 

提督「えっ、えーっと・・・?」ジリッ

 

上着をはだけさせながらにじり寄る金剛に思わず気圧されて後ずさりする直人。

 

なんと言った―――?! 艦娘を何人も抱くだって?

 

直人の思考が更に混乱するのを彼は自覚していた。流石に抱いてはいないのだが、恐らく噂に尾ひれが付いたのだろう。しかしその結論に至れるほど、彼の思考はこの時研ぎ澄まされてはいなかった。

 

金剛「―――その代わり、せめて私達全員纏めて平等に愛して見せるデース!!」

 

提督「なぬぅッ!?」

 

鈴谷「な、成程、確かに―――!」ポン

 

提督「そこなんで納得したああ!!」

 

金剛「2対1ネ、サァ提督、覚悟するデスヨー?」

 

鈴谷(ええい、もうどうにでもなれぇッ!!)

 

提督「ちょっ、待ってどういう状況―――」

 

金剛「問答無用デース!!」ガッ

 

鈴谷「大人しく行く所に行く!」ガシッ

 

提督「!?」

 

両腕を2人に掻っ攫われた直人。そのまま投げ出されるように飛ばされた場所は・・・

 

 

ドサッ

 

 

提督「―――!!」

 

提督の、ベッドの上である。

 

提督(しまった、昼間の明石の言動―――図られていたかッ!!)

 

 しかし最早絶望的な状況である事を、彼は察知せざるを得なかった。いくら直人と言えとその膂力では艦娘1人相手でさえ手に余るのだ。それが駆逐艦娘ならまだしも、重巡や戦艦クラスでは1対1でも勝ち目など最初からなく、それが二人掛かりなのだ、嫌でも気づかされようというものだった。

 

提督(手遅れか―――!)

 

金剛「チェックメイトデース、サァ、観念するといいネ。いくら提督でも、艦娘二人を生身で振り切れる訳ないネ♡」

 

鈴谷「そうそう。往生際悪いのはみっともないぞ~。」ワキワキ

 

提督「まっ、まさか金剛、初めから―――!!」

 

金剛「そう、例え鈴谷がいようがいまいが関係無かったのデース♪」ニコニコ

 

提督「ところでその鈴谷までノリノリなのはなんでかな? ねぇなんでかな!?」アセアセ

 

鈴谷「言ったでしょ? もう色々と我慢出来ないって。そ・れ・に―――」

 

鈴谷の左手が直人の股間に伸びる。

 

鈴谷「あれこれ言ってみてもこっちは素直だね?」

 

提督「待って、慈悲を、脳内の整理の猶予を!!」

 

金剛・鈴谷「「却下☆」」スマイル

 

提督(いい笑顔だ惚れますぜ。)

 

金剛「サァ提督?」

 

鈴谷「今夜はオールナイト覚悟だねー?」

 

提督「こ、こんな・・・」

 

 

“こんなバカな話があるかあああああ――――!!”

 

 

直人の悲痛な叫びは、夜の闇に静かに溶け込んでいったのであった・・・。

 

 

11月19日6時19分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

明石「・・・あれ、提督が来てらっしゃらない。寝坊ですかね・・・。」

 

副長「―――。(かもしれませんね。)」

 

明石「仕方ない、起こしに行きますか。」

 

明石は溜め息交じりに振り返り、乗ってきたエレベーターにもう一度乗り込んだのであった。

 

 

6時20分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室前

 

 

コンコン・・・

 

 

明石「・・・あれ?」

 

 

コンコン・・・

 

 

明石「―――返事がない。」

 

明石がドアノブに手をかけ、下に押し下げてみると・・・

 

 

ガチャッ

 

 

明石「鍵が・・・。」

 

寝る前に直人は必ず鍵を掛けるので、明石も一応合鍵は持っているのだが、それが不要と言うのは何かおかしい。

 

明石「開けますよ・・・?」

 

明石がそっとドアを開けると・・・

 

 

金剛「スヤスヤ・・・」zzz・・・

 

鈴谷「ふふ・・・うーん・・・」zzz・・・

 

提督「ZZZ・・・」チーン

 

明石「」

 

散乱した衣服と、ベッドの上で生まれたままの姿で眠る3人を見て絶句した明石。同時に何が起きていたのか、明石が察するには余りあり過ぎる光景だった。まぁ、読者諸氏の御想像にお任せするとしよう。

 

ただ一つ言えることは、提督――直人が完璧に爆沈していると言う事だった。

 

明石「・・・そっとして、起きましょうか。」

 

ドアをそっ閉じしてから明石は諦めたように呟いたのであった。

 

大淀「おはようございます。」

 

明石「シーッ、おはようございます。」

 

大淀「どうされたのですか?」

 

声を潜めて話す二人。

 

明石「・・・昨夜はお楽しみだったみたいです、はい。」

 

大淀「そうでしたか・・・提督のお姿が見えないので見に来たのですが―――」

 

明石「あれはもうダメです、取り敢えずそっとして置きましょう。」

 

大淀「―――わ、分かりました。行きましょうか。」

 

明石「そうですね。」

 

そうしていそいそとその場を離れた2人であった。大淀も明石のその一言で察する所があったのだな。

 

 

7時40分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・。」パチッ

 

違和感に気付いて目が覚めた直人。

 

金剛「oh、おはようございマース。」

 

提督「・・・金剛よ、何のつもりなのぜ。」

 

金剛「何って・・・」

 

鈴谷「2回戦でしょ。」

 

提督「ハ、ハハ・・・」

 

違和感とはとどのつまり、2人が“こと”に及ぼうとしていた事に基づくものだった。それについて最早乾いた笑いしか出なかった直人、起きて早々これである。金剛としてもそれだけ怒り心頭だったのは分かるが、鈴谷は競争意識で追随している事が見え見えであった。

 

提督(これは・・・)

 

直人は思った。

 

“とんでもない地雷を踏み抜いたかもしれない”と。

 

 

~9時02分~

 

霧島「あらあら・・・。」(´・ω・`)

 

熊野「・・・///」(/ω\)

 

比叡「ヒエー・・・。」( ゚д゚)

 

最上「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

榛名(朝から・・・お盛んですね・・・。)(;´・ω・)

 

鍵がかかっていないので覗き見たらまだ“行為”が続いている真っ最中だった、と言う訳である。この5人も金剛と鈴谷の姿が見えないので流石に探し回ってここに行きついたと言う訳だ。

 

5人((取り敢えずそっとしておこう・・・。))

 

この後行為自体は10時過ぎまで続いたそうな。直人はその余波で2日ほどダウンする羽目になった。

 

 

その後・・・

 

 

金剛「・・・。」土下座

 

鈴谷「・・・。」土下座

 

大淀「・・・。」

 

明石「・・・。」溜め息

 

大淀「金剛さん、鈴谷さん。」

 

金剛・鈴谷「「はい。」」

 

大淀「提督と秘め事に及ぶ事については何も言いません。ですが限度と言うものを弁えて下さい。今回の様な事があっては困ります。」

 

金剛「了解デース。」<(_ _)>

 

鈴谷「本当にすみませんでした。」<(_ _)>

 

大淀「宜しい。」

 

直人がダウン中の間に、お叱りを受ける2人であった。直人がこの場に居たら絶対に甘いに決まっているからだ。これが所謂“副官権限”と言う奴である。彼女も伊達に彼の次席幕僚をやってる訳ではない。

 

 

11月25日4時08分(現地時間0時08分)、鈴谷はペナン秘密補給港に到着した。

 

その日の現地時間の午後である。

 

 

14時29分 ペナン秘密補給港・重巡鈴谷後甲板

 

提督「艦載機の格納庫収容は?」

 

明石「バッチリ、スペースを空けて置きました。」

 

提督「ちゃんと残りの機体縛っとけよ・・・風圧でひっくり返ったらドボンだからな。」

 

明石「そこも抜かりなく、あ、来ましたよ。」

 

提督「おっ、お客人が来たか。」

 

直人が南東の空を双眼鏡で舐める様に見まわすと、1機のヘリが見えた。リンガ泊地で輸送用に使われているものだ。いつぞやに鈴谷に飛来したのと同じヘリでもある。

 

14時36分に、ヘリは鈴谷の航空甲板に降り立った。今回鈴谷は作戦の性質を考え、後部甲板を航空甲板とし、瑞雲6機と水偵5機を搭載して来たのである。その内、後端に搭載した水偵5機を片付け、ヘリポートの代わりにした訳だ。

 

提督「北村海将補、ご無沙汰しております。」

 

北村「紀伊君も、元気そうで何より。しかし、前に来た時と趣が違うのう。」

 

提督「はい、後甲板の兵装を取り払い、今回は航空巡洋艦と言う事で参りました。」

 

北村「成程な、それで合点がいった。さて、詳しい話は中でしよう。」

 

直人は北村海将補にそう促され、早速後檣楼基部の貴賓室に海将補を案内した。

 

 

~航巡鈴谷後檣楼基部・貴賓室~

 

提督「―――そ、それは本当ですか!?」

 

貴賓室で聴かされた北村海将補の話に彼は耳を疑った。

 

北村「あぁ、本当じゃよ。我がリンガ泊地艦隊はその全力を挙げて、ベンガル湾方面に一斉に攻め込む。その為にワシが自ら大本営に掛け合ったのじゃからな。」

 

提督「ベンガル湾方面に対する陽動としては、十分過ぎるどころか過剰なレベルですね。」

 

北村「そうじゃ。この時期に兵を動かす意味はこれと言ってない。だからこそ、敵にその意図を明らかにさせるまでのタイムラグを与え、かつ貴官の行動の本意を悟らせないようにすると共に、膨大な敵戦力をベンガル湾正面に縫い留める。そうする事で、貴官も動き易くなるじゃろうと思ってな。」

 

提督「・・・確かに、理に適ってはいます。」

 

北村「既に艦娘艦隊には準備を進めさせておる、海自軍艦隊の戦備も一両日中には整うじゃろう。」

 

提督「では、予定通り27日決行と言う事で宜しいのですね?」

 

北村「うむ、その線で頼む。出来ればそちらに、何隻か増援を付けられれば良かったのじゃが、生憎と我が泊地も戦力が十分あるとは言い難いのでな。」

 

提督「いえ、これだけやって頂けるのならば十分やれます。」

 

北村「そうか、老骨のお節介が役に立ってくれたようでよかった。」

 

提督「いえ、これをお節介だなどとは思いますまい。この上は必ず吉報をお届けします。」

 

北村「うむ、期待して待っておる。気を付けてな。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

老将・北村雅彦。海自軍の提督の一人であり、リンガ泊地司令官職と言う要職を担い、同時にマラッカ海峡防衛の責任を背負っている。この年70歳と言う高齢に付き本来なら引退している筈の提督だが、その経験に裏打ちされた堅実で変幻自在な手腕を買われた事と、本人の希望もあって未だに第一線に留まっている名将の誉れ高い老人である。

 

その故もあって、北村海将補は直人よりも一枚も二枚も上手である。より広範な視点をより的確に読み解く事が出来ると言う点で、この老人の力はかけがえの無いものである。

 

 

北村海将補がリンガ泊地に帰って行った後、彼は全艦娘をブリーフィングルームに招集した。

 

 

18時16分 航巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

 

ザワザワ・・・

 

 

ガチャッ

 

 

提督「みんな静かに、席に着いているな?」

 

直人が入室すると室内の喧騒が汐の退く様に静まった。

 

提督「夕食前の招集になってしまってすまない。今回集まって貰ったのは、作戦開始の前に、皆に一つ訓示したい事があるからだ。」

 

そう述べた直人の言葉を、艦娘達は静かに聞いていた。

 

提督「これは、訓示であると同時に命令でもあるから、よく聞いて欲しい―――」

 

直人が一拍置き、そして言葉を吐く。

 

提督「―――今後一切、作戦中の単独行動は、これを禁ずる。行動する際は必ず複数隻で、所属部隊の艦娘同士で連携して行動して貰いたい。」

 

那智「待ってくれ、もし仮に必要上已むを得ざる場合があって単独行動となった場合はどうなる?」

 

提督「時と場合に依る、とだけ言わせて貰う。」

 

那智「―――。」

 

提督「戦闘行動に影響がある事は承知している。だがこれは、今後我が艦隊が“戦力と生命を維持する為”に必要欠くべからざる事項だ。これを肝に銘じてもらいたい。分かったな?」

 

一同「「了解!」」

 

提督「うん。用件は以上だ、解散して宜しい。」

 

そう言って彼は解散を許可し、ブリーフィングルームを後にした。

 

 

~中甲板中央廊下にて~

 

提督(もう、あの悲劇を繰り返す訳にはいかん。誰かがあの二の舞になる様な事は、絶対に避けねばならん―――)

 

彼は、司令部の艤装保管庫に安置されている、吹雪の艤装の正副一対の艤装に思いを巡らせていた。それを想えばこその訓示であった事は間違いない。

 

提督(もう、誰も失わない為に―――)

 

彼は、もう誰も失うまいと心に決めていたのである。

 

 

11月28日現地時間4時10分 ペナン秘密補給港・重巡鈴谷

 

提督「出港用意!」

 

副長「――! ――――!(出港用意! 錨分隊は錨甲板へ!)」

 

錨分隊とは日本海軍に於いて出港時または入港時に於いて、錨を出し入れする兵員の事を指す。通常は第一砲塔員が錨分隊を兼任する。

 

提督「機関始動準備、鋼索解け!」

 

副長が直人の指示を反復する。

 

錨甲板ではすでに錨の巻き上げ作業が始まっている。甲板要員が繋留索を解き、機関室では缶の圧力が上がり始める。本来なら出る黒煙はない。缶圧と言っても艦娘機関だからだ。

 

副長「――――!(錨上げ終わりました!!)」

 

提督「よし! 機関始動、右舷前進微速!」

 

副長「――、―――!(機関始動、右舷前進微速!)」

 

艦娘機関がタービンに繋がれ、それによって生まれたパワーが変速機を通してスクリューシャフトに伝わり、スクリューが回転し始める。右舷のスクリューの推力により、艦は少しずつ前進しながら左に艦首を向ける。岸壁を離れる為だ。

 

提督「―――よし、両舷微速前進、鈴谷、抜錨!」

 

4時19分、重巡鈴谷はペナン秘密補給港を出港、マラッカ海峡のアンダマン海側出口に向けて、波を掻き分け進んでいった。

 

 

―――が、その直後の事である。

 

4時26分 ペナン沖・重巡鈴谷

 

大淀「提督、本土より緊急電です!」

 

提督「何!?」

 

大淀が鈴谷通信室の主としても乗り込んでいる事が早速役に立った一幕だが、その知らせは喜べる内容ではなかった。

 

大淀

発:横須賀鎮守府

宛:横鎮近衛艦隊司令部

本文

 敵深海棲艦隊は、ビアク及びパラオ方面に対し、大規模な攻勢を開始せる模様。ビアク島警備隊とは現在通信不能につき、現地の詳細は不明なれど、ビアク島山中に退避せりとの報告あり。

 艦娘艦隊及び講和派深海棲艦隊は、所期に予定せる作戦名“渾”を発動し、現在迎撃作戦を展開中である。

従って横鎮近衛艦隊に於いては、先に訓示されたる作戦の完遂に努められたし。

 これは大本営による正式な決定である。

健闘を祈る。

 

 横須賀鎮守府司令長官 土方 龍二』

 

明石「提督・・・。」

 

提督「参ったな・・・だが、今から引き返しても確かに間に合わん、二日以上はまずかかるからな。」

 

大淀「では・・・」

 

提督「うん、予定の行動を取ろう。針路そのまま、速力14。」

 

明石「分かりました、機関巡航出力!」

 

提督「しかしまぁ、随分と買われているな。だが大規模な攻勢ともなれば超兵器級がいる筈だがな―――」

 

大淀「アルウス・・・」

 

提督「もしかしたらな。あれを取り逃がしたのは私の失態だが―――」

 

大淀「そんな事はありません、止むを得ない事だったのです。」

 

提督「あぁ、そうだな・・・。」

 

 

~ビアク島沖~

 

駆逐棲姫「―――。」

 

南方棲姫「では、我々は引き揚げるとしようか。」

 

駆逐棲姫「出来れば居て貰った方が助かるけど、上の命令では逆らえないわね。」

 

南方棲姫「そうだな、南方を守る姫級が2隻も駐留地を離れたとあっては、防衛に綻びが生じるからな。」

 

駆逐棲姫「うん、留守は任せる。」

 

南方棲姫「卿の頼みとあらば、任されよう。」

 

 

ネ級Flag「ギアリング様・・・。」

 

駆逐棲姫「分かってる、この作戦が無謀だと言う事は・・・でも、中央も焦っている。亡命した奴らが多く出た為に、深海棲艦隊に動揺が走っているのは事実だし、思想の締め付けが強化された事もあって、離反を考える者がいる事は確かな事。その中で、一つでも成果を挙げたいと言うのが、上の意向らしいわ。」

 

ネ級Flag「・・・。」

 

駆逐棲姫「―――兎も角我々は、命令に従うのが本分よ。納得がいかないのは分かるが、それが我々の仕事だから。」

 

ネ級Flag「はっ。」

 

 

~ニューギニア東部・ラエ沖~

 

アルウス「今度は、出てくるのかな・・・あの艦隊は。」

 

ル級改Flag「サイパン艦隊・・・。」

 

アルウス「そうだ。これだけの規模の攻勢、恐らく奴らは出て来るだろう。その時こそ、我らの死に場所かも知れんな。」

 

ル級改Flag「アルウス様―――。」

 

アルウス「・・・悲観的過ぎるかもしれんな、これは。」

 

ル級改Flag「いえ、私も、何処までも御供する覚悟です。例えあの世の彼方へでも。」

 

アルウス「フッ―――気持ちだけ、受け取っておこう。」

 

アルウス率いる艦隊はその艦艇全てが30ノットを超す速度で航行出来る様編成されている。これはアルウス自身の快速性能を十全に生かす為であり、彼女の艦隊が特定の基地を持たない一種の邀撃艦隊であると言う性質を物語っていた。

 

だがそれ故に、今のアルウスの立場がすこぶる微妙である事は、ここまで読んで頂いた読者諸氏には既にご承知の通りであろう。

 

アルウス(今回の攻勢、恐らく手の内はバレている。それを逆手に取った陽動作戦と言う訳だが、果たして、上手く行くかな・・・。)

 

アルウスの危惧した通り、大本営は既にインド洋方面での敵の攻勢を察知している。逆に言えば、彼らがビアク島に手を出した時点で、彼らの敗北は決まっていたのである。

 

アルウス(―――もしもの時は、せめてインディアナだけでも・・・!)

 

彼女は、悲壮な決意を固めつつあった。尤も、彼女が危惧した横鎮近衛艦隊は、遠くペナン沖にあったのだが―――。

 

 

12月1日4時49分 ベンガル湾南方

 

横鎮近衛艦隊を乗せる重巡鈴谷は、常に2個駆逐隊と重巡2隻を展開して水偵を飛ばしつつ、ベンガル湾の南方をイギリス領インド洋地域に向け、南西に直進する針路を取っていた。

 

~重巡鈴谷前檣楼・艦長室~

 

提督「zzz・・・」

 

金剛「ムニャ・・・」

 

5時前なので直人はまだ寝ている。ついでに何故かこのところ毎日金剛と鈴谷の日替わり添い寝付きである。幸せな奴である。(←By 天の声)

 

 

~同・羅針艦橋~

 

副長「―――?(異状ないか?)」

 

前檣楼見張員

「“特には何もありません。”」

 

浜風「“そうですね、ソナーにも特には・・・。”」

 

五十鈴「“こっちもさっぱりね。”」※夜間哨戒の為対潜警戒で軽巡が出動

 

副長「―――。」

 

 

~鈴谷から北10kmの洋上にて~

 

カ級Flag「――――。」

 

水面に立つ1本の潜望鏡とレーダーアンテナ。その視線の先には、重巡鈴谷があった。

 

黎明と言うまだ暗い時間帯である事に加え、艦娘達のソナーの性能がこの時まだ今一つだった事が、その探知を不可能にしていたのだ・・・。

 

 

スリランカ時間5時47分 コロンボ棲地

(注記:ベンガル時間-4時間に対し、スリランカは-3.5時間の為、ベンガル時間では5時17分)

 

港湾棲姫「ナニ? ベンガル湾南方ヲ航行スル敵艦ダト?」

 

タ級Flag「ハイ、ソレモ単艦デス。周囲ニハ艦娘ドモノ姿モ―――」

 

港湾棲姫「“鈴谷”ダ、ソウニ違イナイ!」

 

タ級Flag「デスガ、今コノ時期ニコンナトコロニ来ルモノデショウカ?」

 

港湾棲姫「ダガ現在ノ我々デハ対応出来ンナ・・・。」

 

タ級Flag「マサカ・・・攻勢ガ敵ニ察知サレタノデハ?」

 

港湾棲姫「バカナ、アリエン事ダ。」

 

 

―――港湾棲姫「コロンボ」はこの後、副官タ級Flag「レパルス168」の進言を容れ、攻勢の主力としてベンガルに派遣していない機動戦力――深海棲艦隊東洋艦隊アフリカ方面機動群――をこれの対処に充てる事を伝達した。

 

この機動群はベンガル時間で7時丁度に、停泊していた深海棲艦の制圧下にあるアフリカはケニアのモンパサ港を出港し、インド洋を東に向け前進した。鈴谷の司令部はこの動きを察知していなかったが、そもそも彼らはこのアフリカ方面機動群が遊弋している前提に立って作戦を計画した為、泊地であるモンパサから出て来た事は僥倖でもあった。

 

 

12月4日(英領インド洋地域時間)2時27分 英領インド洋地域領海内

 

提督「あれが“ディエゴガルシア島”だな?」

 

明石「はい、チャゴス諸島南端にある同諸島最大の島で、かつてはアメリカ軍の基地がありましたが、現在は撤収し、島民も退避しています。」

 

提督「そうか・・・。」

 

 英領インド洋地域とは、第二次大戦後の植民地独立ラッシュがうち続く中、イギリスの元に残った海外領土の一つで、インド洋に浮かぶチャゴス諸島の島々からなる。

元はモーリシャス領の一部であったが、1965年に周辺の3諸島と共に英国の海外領土となった後、チャゴス以外の3諸島がセーシェル共和国として独立して現在に至る。行政府は現在もセーシェルの首都、ビクトリアにあり、これがインド洋総督府として機能している。

 明石の述べたアメリカ軍基地は、米空/海軍のディエゴガルシア基地の事で、湾岸戦争やイラク戦争の際にはここから米戦略爆撃機が中東に向け飛び立っていった、米軍事戦略の要衝でもあった。

2016年でディエゴガルシアの租借期限50年は期限切れとなっているが、現在でもディエゴガルシア島には米海軍の基地があり、民間人でない住人3500人ほどが居留している。

 

提督「まだ夜明け前だな。」

 

明石「サイパン時間に合わせて起きましたからね・・・。」

 

提督「全員そうだがな。」

 

明石「はい。」

 

因みにサイパン時間では5時27分(時差-3)である。

 

提督「よし、艦隊出動! 夜明けとともに索敵を開始せよ!」

 

明石「伝達します、艦隊出撃せよ!」

 

鈴谷が両舷の艦娘出撃用ハッチを開き、そこから艦娘が次々と電磁カタパルトを使い出撃する。因みに発進ペースは30秒ほどに1隻、カタパルトは両舷2基ずつの4基なので、分間およそ8隻の勘定である。

 

提督「駆逐艦娘、特に朝潮型や陽炎型にはブーブー言われたな。」(苦笑)

 

明石「アハハ・・・まぁ、深夜起床に徐々に切り替えろ、と言う事になるとそうですね。」

 

提督「遊びに来たんじゃねぇんだけどなぁ~・・・。」

 

文句ブーブーは、まぁお互い様と言えばお互い様だろう。

 

金剛「“金剛、出撃デース!”」

 

鈴谷「“鈴谷、いっくよ~!”」

 

翔鶴「“翔鶴、行きます!”」

 

瑞鶴「“瑞鶴、出撃するよ!”」

 

提督「固定確認、カウント、3、2、1、GO!」

 

第一水上打撃群の主力メンバー4人が一斉に出撃する。因みに特に出撃順がある訳ではない。

 

提督「展開完了次第鈴谷を中心に輪形陣を組め、空母と高速戦艦は内側に入れる形でな。」

 

金剛「“OKネー。”」

 

提督「各艦、対潜、対空哨戒を厳とせよ。心配しなくてもこんな所まで敵艦はこれはせんし、我々の索敵網から逃しはせん。」

 

各艦「「“了解!”」」

 

彼の言は過信ではない。事実彼はこれまで何度も厳重な索敵を敷いてきた実績もある。それだけに彼の言葉は空虚ではなかった。

 

提督「対水上レーダーは夜明けまで周辺の索敵に努めろ、目視走査も怠るなよ!」

 

前檣楼電探室

「“お任せ下さい、アリの子一つ逃しはしません。”」

 

各部見張員「「“我らの職人技、御照覧あれ!”」」

 

提督「油断するなよ~。」

 

釘を刺すのも忘れない直人である。

 

 

5時29分、横鎮近衛艦隊から索敵機が発進する。一水打群から水偵20機、第三艦隊から10機と、一航戦31機、第三艦隊空母部隊から延べ87機と言うかなり大規模な索敵隊が発進していく。更にここに鈴谷の水偵隊11機が加わると言う念の入れようである。

 

索敵線は真西(270度)を基準に、南側に60度、北側に110度の5度差二段索敵で、2段目は1段目の中間のコースを通る事で、より隙間を埋めるように飛ぶ。

 

しかし6時07分の事である。

 

 

6時07分 英領インド洋地域西方10km・重巡鈴谷

 

提督「今日は波も穏やかだな。」

 

明石「そうですね。」

 

潮「“て、提督ッ!”」

 

提督「どうした潮。」

 

潮「“えっと、その・・・。”」

 

提督「報告は正確に。」

 

潮「“はい、その・・・敵機、発見しちゃいました。”」

 

提督「―――何ッ!?」

 

明石「そんな、タイミングからして早すぎます、夜明けからまだ3時間も経ってませんよ!?」

 

潮「“あ、あの、どうしましょう?”」

 

潮が狼狽えて居るのが声からも分かったので取り敢えず直人は指示を出す事にした。

 

提督「兎に角その事を艦隊全艦に通報と同時に対空警戒、敵機の数は?」

 

潮「“1機だったと、思います。”」

 

提督「敵機を目視は難しいからな・・・分かった、ありがとう。」

 

潮「“はいっ。”」

 

提督「しかし、これは・・・。」

 

明石「うーん・・・。」

 

瑞鶴「“HQ!”」

 

提督「どうした瑞鶴~?」

 

瑞鶴「“戦闘機をやって対処する?”」

 

提督「そうだな、頼む。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「―――これは恐らく、ベンガル湾を抜けて来る段階のどこかで、潜水艦に発見されていたと考えた方が自然だろう。随分とコロンボの連中は索敵を綿密にやっているようだしな。」

 

実の所セイロン島正面への攻勢は、必ずと言ってよいほど要撃に遭っており、奇襲に成功した事例は少ない。彼の艦隊とて、トリンコマリー攻撃が幸運であっただけで全て発見されているのだから、その緻密さが伺える。

 

明石「となると・・・?」

 

提督「・・・“アウトレンジ戦法”、それしかない。」

 

明石「・・・。」

 

 

アウトレンジ戦法――――

 

 それはかつて、マリアナ沖海戦の際に小沢艦隊が取った航空戦術で、敵軍に対し航続距離の長い航空機を空母で運用している事を利用し、敵航空攻撃圏外から一方的な攻撃を行おうと企図したものである。

長所としては、敵に対し想定より早い段階で攻撃できる一方、搭乗員の疲労が大きい事や、敵に察知されやすいなどデメリットの方が大きく、何より重大な事は、敵航空圏外からの攻撃は、最初の一撃しか有効でない事である。

 更にこの攻撃は、洋上航法が十全に可能な搭乗員による誘導機あってこそであり、かつ、練度に於いて敵を圧倒する必要があるのも難点の一つで、更に敵レーダー網の問題までもが障害となる。即ちデメリットの方が圧倒的に大きい戦術と言う事が言える。

 

 

提督「作戦はこうだ、我々は全力で敵に向けて突進、距離600kmで艦載機を出す。勿論それまでに敵が発見出来るかは索敵機次第だ。そのまま突進を続けて敵を撃滅出来るか潰滅するまで攻撃を続ける。無論敵の攻撃圏内にも入るだろうが、そんな事を恐れて戦争は出来ん。瑞鶴!」

 

瑞鶴「“何?”」

 

提督「第一次攻撃隊の出撃準備と、第二次攻撃隊の編成を頼む。」

 

瑞鶴「“もしかして―――”」

 

瑞鳳「“アウトレンジしちゃう!?”」キラキラ

 

提督「その通りだ瑞鳳、頑張ってくれ。」

 

瑞鳳「“もっちろん!”」

 

瑞鶴「“アハハ・・・じゃぁ、そう言う事でいいのね?”」

 

提督「勿論だ。頼むぞ瑞鶴、マリアナの二の舞にならんようにな。」

 

瑞鶴「“大丈夫、空母の皆は、あの時と違って練度も十分。今なら―――。”」

 

提督「問題は、それを過信する事だ。」

 

瑞鶴「“そうね・・・やってみる。”」

 

提督「うん。」

 

 

加賀「・・・。」( ˘•ω•˘ )

 

赤城「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

心中穏やかでない事を察する赤城。

 

加賀(一航戦を外された上に五航戦の子達の指揮下に付けられるなんてね・・・。)

 

はっきり言ってしまえばこれは当然の成り行きであった。それまで艦隊航空戦力の中核を担う一航戦の看板を背負っていた赤城と加賀。それが今や三航戦になり、一航戦の座をかつての五航戦に譲っていたのだから。

 

赤城は瑞鶴の指揮下に着く事に抵抗はなかったし、むしろ赤城の後ろを付いてくるだけだった瑞鶴が、めきめきと腕を上げ提督に取り立てられたことは良い事だと思っている。が、加賀はどちらかと言えば継子(ままこ)扱いをして来た相手だっただけに歯噛みをする思いだった。

 

何より加賀が納得出来なかったのは、一航戦と三航戦の隻数と搭載機である。

 

赤城と加賀は2隻で搭載機数180機を有するマンモス部隊であるのに対し、現在の一航戦は軽空母を含む3隻でやっと180機と言う部隊なのだ。何が言いたいかと言えば、空母と言うものは艦載機の多い物の方が優秀なのは自明の理、であれば、1隻当たりの搭載数が減っている現在の一航戦では、とても艦隊の中核は任せられないと言う訳である。

 

まぁ、それを言ってしまうと二航戦はどうなるのかとなって来るが、それを突っ込んだ者はいない。

 

加賀(いいでしょう、ならば実力で示すだけです。)

 

―――が、加賀はまだ知らない。

 

瑞鶴の零戦隊(この時は翔鶴と同じく21型(熟練))には、まだ無名の“あの男”がいると言う事を・・・。

 

それは、加賀が終生遂に知る事の無かった名前でありながら、日本海軍航空史に燦然と輝くトップエースである・・・。

 

 

7時58分・・・

 

 

ツツーツツーツー ツツーツツーツー ツツーツツーツー・・・

 

 

明石「提督!」

 

提督「うん。見つけたな。」

 

明石「金剛2番機より受電、“テ連送”です。現在続報入電中です。」

 

提督「分かった。」

 

覚えてお出でだろうか、“テ連送”。「敵発見」の暗号符牒である。今回は金剛索敵機の大手柄である。

 

提督「しかしこの艦の索敵にはなにも引っ掛からなかったな。」

 

明石「広範囲に出す事が重要である。ですよね?」

 

提督「その通りだ、瑞鶴!」

 

瑞鶴「“もうバッチリよ!”」

 

提督「さっすが~、デキるね~。」

 

素直な賛辞を贈る直人。

 

瑞鶴「“この位当然! 赤城さん達には負けられないもん。”」

 

提督「で、どう思う?」

 

瑞鶴「“勘なんだけど、少し遠いと思う。無線の受信感度からの推測なんだけどね?”」

 

提督「成程? では、答え合わせを待ちましょうか。」

 

瑞鶴「“OK。”」

 

その後、続報の受信を終えた明石の報告を受けるのだが―――

 

明石「――産出した所、艦隊から600kmの攻撃圏内に入っていません、約640km程です。」

 

提督「・・・敵はこちらに33ノットで接近中だったな?」

 

明石「はい。」

 

提督「聞いてたな瑞鶴、お前の勘は当たったぞ。」

 

瑞鶴「“フフッ、それは何より。”」

 

提督「・・・対抗速度方式で行こう。40分で出せる筈だ。」

 

瑞鶴「“了解! 第一次攻撃隊、私達の戦果、期待してて。”」

 

提督「あぁ、我が機動部隊期待のエースのご要望だ、楽しみにしてるよ。」

 

瑞鶴「“あんまりはやすとまた加賀さんにどやされちゃうって~。”」(;´・ω・)

 

提督「そんな事はないさ、結果で示せば文句も付けられんだろう。」

 

瑞鶴「“・・・そうだね。”」

 

提督「自信を持ってドカンと行け!」

 

瑞鶴「“うん!”」

 

 

瑞鶴「あぁ~、励まされちゃった。」

 

翔鶴「ふふっ、みたいね。」

 

瑞鳳「なんだか、嬉しそう。」

 

翔鶴「そうね。」

 

瑞鶴「そ、そんな事無いわよ!」

 

瑞鳳「そう~?」ニヤニヤ

 

翔鶴「ねぇ?」ニコニコ

 

瑞鶴「うぅ~・・・///」

 

 

“そんな事無いったらぁ~~!!”

 

 

提督「元気だねぇ~。」

 

明石「あの様子なら、大丈夫でしょう。」

 

提督「そうね、元気が一番!」

 

明石「はい!」

 

 

そんな事があった後、8時37分、触接中の金剛2番機の報告に基づき、第一次攻撃隊が翔鶴・瑞鶴・瑞鳳の3隻から飛び立った。稼働全機の中から戦爆連合110機が発進、敵方に向けて進撃を開始した。

 

敵の第一次攻撃隊発進は、そこから遅れることなんと50分、その差が、決定的な差を齎す事となる上、その様子は、代わる代わるやってくる触接機によって発艦する所から察知されていたのであった・・・。

 

 

9時31分 英領インド洋地域西方・横鎮近衛艦隊

 

提督「敵の攻撃隊が発進中と言う事は、2時間せずにここまで来るぞ、現在彼我の距離は500km無い状態だ。第二次攻撃隊を直ちに出そう。」

 

瑞鶴「“分かったわ。”」

 

提督「もう少し早く出せばよかったかな。」

 

瑞鶴「“ま、それは次の反省点にしよ?”」

 

提督「そうだな、そうする。」

 

瑞鶴「“宜しい。提督なんだから、しゃんとしてなさいよね?”」

 

提督「フッ、一本取られたな。」

 

五十鈴「“あらあら、戦場でまでいつもの調子とはねぇ?”」

 

提督「安心しろ、いつもの事だ。」

 

瑞鶴「“そうそう、私も慣れたわ。”」

 

五十鈴「“フフッ、そうね。そう言う意味では、私も人の事は言えないかしら。”」

 

提督「全くだ。それより敵の触接機なんていないよな?」

 

五十鈴「“それについては杞憂ね、心配しなくていいわ。”」

 

提督「ならいいがな。」

 

五十鈴(前の司令部だと、こんな事、ありえなかったわね・・・ここに来て良かったかも。)

 

そんなやり取りの陰で、第二次攻撃として三航戦の180機から110機が出撃を開始していた。この時点で敵機動部隊は、釈迦の掌の上であった。

 

 

10時12分、敵機動部隊まで残り15km―――

 

21型妖精A「“敵機! 正面方向!”」

 

戦闘機隊隊長機

「“よぉし! 全機散開、我が一航戦戦闘機隊の力を見せてやれ!”」

 

21型妖精全員

「「“オォーッ!!”」」

 

???「―――。」ニヤリ

 

護衛の零戦隊が散開、艦爆と艦攻が降下を始める。正面には100を超す敵の直衛戦闘機。勇敢なる我らの白翼が、日の光を浴び煌めきつ、圧倒的多数の敵戦闘機隊に立ち向かう。その数―――僅かに40。だがその技量は、かつての一航戦に劣る事はない。

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

瑞鶴「“第一次攻撃隊より入電、『我、敵の要撃を受けつつあり!』”」

 

提督「始まったか!」

 

瑞鶴「“大丈夫、敵艦隊はもう視界に収まってる筈、行けるわ。”」

 

提督「―――上手く行く事を祈ろうか。」

 

瑞鶴「“えぇ。”」

 

 

―――1機の零戦が、1対多の戦いに挑んだ。後方には2機の援護機、撃ち漏らしたならば彼らの出番だ。銀翼を煌めかせ、真正面から敵戦闘機の編隊に向かっていく。尾翼に書かれた機体識別番号は「AⅠ-102」、胴体に赤1本線を引いたその機体は、一航戦1番艦「瑞鶴」所属である事を示している。

 

相対する敵機は10機近く。先頭の1機が、その零戦にヘッドオンを仕掛ける―――刹那

 

 

ドドッ

 

 

短い連射音と共に20mm機関砲弾が数発発射され、違う事無くその敵機に命中、呆気なく撃墜される。

 

立て続けざまに今度は2機、左右からほぼ同時にヘッドオンを仕掛けてくる。

 

その零戦はまず左の敵機に機首を向ける。そして再び機関砲を短く連射し、その敵機は煙を吐きながら後方に抜ける。

 

すると右手の敵機が一気に距離を詰める、だがその零戦は一挙に踵を返し、機軸を右の敵機に合わせ―――

 

 

ドドドッ―――

 

 

気付けば一瞬で2機の敵機が、その零戦小隊により撃墜されていた。

 

その後も撃つまで撃たれず、撃った後は撃たれない。10機近い敵機は、僅か3機の零戦の前に全て撃墜されていた。

 

 

???「“5機撃墜、だな。”」

 

僚機「“やったな虎徹!”」

 

虎徹「“おう、これで漸く俺もエースってな訳だ。”」

 

そう、零戦21型「AⅠ-102」機の正体は、“零戦虎徹”岩本徹三の零戦だったのである。本来瑞鶴の所属は五航戦2番艦なので「EⅡ-102」が正しい識別番号だが、一航戦1番艦に配置換えになった事でこの番号になった訳だ。

 

第一次攻撃隊として出撃した一航戦制空隊は、要撃に出た敵戦闘機147機の大半を撃墜するか大破させる事に成功したのである。

 

 

~敵機動部隊~

 

装甲空母姫「そんな、こんな事が―――!」

 

ヲ級改Flag「インドミタブル様、対空迎撃のご用意を!」

 

装甲空母姫「そ、そうね、分かった。全艦対空戦闘用意、敵機を寄せ付けるな!」

 

報告にあった姫級深海棲艦、それは装甲空母姫の事であった。姫級の中では性能で劣る方だが、兎に角数多く目撃されている所謂量産型と言えるタイプである。

 

戦後明らかになった所に依れば、どうやら小艦隊の旗艦を務める事が多々あったようである。

 

 

一方の横鎮近衛艦隊にも10時22分頃、敵の第一次攻撃隊が来襲する。

 

~重巡鈴谷~

 

潮「“提督、敵機です、兎に角沢山です~!”」

 

提督「潮グッジョブだ。瑞鶴! 摩耶!」

 

瑞鶴「“OK、任せといて。”」

 

摩耶「“少なくとも重巡鈴谷には、1機たりとも近づけさせねぇぜ!”」

 

提督「あぁ、頼んだ。全艦対空戦闘用意! 直衛隊、かかれ!」

 

全員「「“了解!”」」

 

副長「――――! ――――!(総員戦闘配置! 対空戦闘用意!!)」

 

提督「主砲、三式弾用意、対空指揮所からの指示で対空戦闘をせよ。」

 

副長「―――。(分かりました。)」

 

後部電探室「“敵編隊、方位角264度、距離130km、高度およそ6000。”」

 

提督「―――明石が持ってきた高角測定レーダー、役に立ったな。」( ̄∇ ̄;)

 

明石「勿論です、初歩的ですが自信作です。」

 

提督「あぁ・・・そう。」

 

因みにバッチリ正確に測定出来ていたようで、直衛の戦闘機部隊は見事に敵の頭を押さえる事に成功している。

 

 

~敵編隊上空~

 

赤松「行くぞ怡与蔵、突入だ!」

 

藤田「“うむ。”」

 

要撃に出たのは雷電20機と零戦各型合計80機、敵編隊は戦爆連合200機以上の大編隊。

まぁだからこそ130kmも離れた所から正確に探知出来たのだが、相変わらず1:2以上の物量差である。

 

だがこれは『第二次深海戦争』と区分される艦娘達と深海の戦争で特徴として、物量は確かに圧倒的だが生産性に特化した深海棲艦機は、その性能に関して1:0.5程度と、性能面で艦娘艦隊機に大きく劣る事が特徴となっている。但し、この比較はあくまで機体性能の話であり、武装の性能とは無関係である事に注意されたい。

 

そして、彼ら横鎮近衛艦隊は、その物量差などものともしはしないのだ。質によって優越した彼らは、多少の物量差で退く事は無いと言う訳だ。

 

 

提督「・・・立て続けざまに火を噴いておるな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

艦橋に据えてある日本光学製(!)の双眼鏡で空中戦の成り行きを見守る直人と明石。

 

提督「これも、訓練の成果かな。」

 

明石「航空隊の訓練は激しいっていう話ですからねぇ。」

 

提督「その絶え間ない訓練のおかげで我々の頭上が守られていると思えば、感謝すべきだろうな。」

 

明石「はい。」

 

提督「・・・そろそろ機種転換してやらんとな、質の優越は変な拍子に崩壊するからな。」

 

明石「この戦いが終わりましたら、検討しましょう。」

 

提督「うむ。」

 

瑞鶴「“お取込み中失礼するわよ! 敵機が一部突破して来るわ!”」

 

提督「防空指揮官、宜しい様に。」

 

摩耶「“あいよ、任された!”」

 

提督「・・・しかし、うちの艦隊にはこういう手の専門家が沢山いるから楽だな。」

 

明石「私もそのテクノクラートの一人ですからね。」

 

提督「テクノクラートは科学技術の専門知識を持った高級官僚の事だろうに。」

 

明石「あくまで喩えです。」

 

提督「お、おう。」

 

2人が言いたいのは、横鎮近衛艦隊には専門知識を備えた艦娘が大勢いると言う事だ。例えば、艦隊防空に関しては一応だが摩耶がいるし、瑞鶴や赤城は航空管制のスペシャリスト、明石は後方で修理や開発をやらせればピカ一だし、金剛などは、艦隊指揮能力で右に出る者がいない。

 

提督「だがまぁ、だからこそ彼女らを失う事はダメージが大きすぎる。養った技術や、備え持つ知識は、幾億の大金よりも貴重なものだからな。」

 

明石「そして、その皆さんの安全を最大限保証させて頂く為にも、頑張らなければなりませんね。」

 

提督「お互いにな。」

 

明石「はい!」

 

 

10時30分、敵機動部隊から第二次攻撃隊が発艦開始との緊急電が飛び込んできた。既に第一次攻撃隊は攻撃を完了しており、次の攻撃までの間に時間的なラグが生じていた。

 

~敵機動部隊~

 

装甲空母姫「急いで! 次の攻撃が来てしまう前に!」

 

漸く発艦を開始させる事が出来た深海棲艦隊にとって、如何に早く攻撃隊を出すかは死活問題であった。

 

その時、敵艦隊上空には所々に雲が立ち込めており、上空の視界は余り良くなかった。

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

提督「第二次攻撃隊が発艦を始めたか。」

 

明石「まずいですね・・・。」

 

提督「まだ敵の攻撃は終わっていないからな。今はまだ上空直掩機の交代は出来ん。」

 

明石「はい・・・。」

 

後部見張員「“直上に敵機!”」

 

提督「迎撃、転舵しろ!」

 

明石「了解、面舵一杯!」

 

対空指揮所「“対空指揮所了解!”」

 

明石「触接機より入電、第二次攻撃隊が、攻撃を始めました!!」

 

提督「何ッ!?」

 

 

10時31分―――それは、刹那の出来事だった。

 

敵機動部隊の雲の切れ間から舞い降りる、夥しい数の急降下爆撃機。濃緑色塗装のその翼は、一心不乱に、発艦作業中の敵空母を目掛けてダイブし、必殺の500㎏爆弾を投下する。

 

続けざまに爆発が起き、それが更なる爆発を誘発し一つの火の玉と化す。敵の攻撃隊が発艦しようとした正にその矢先、地獄の鉄槌が彼らの真上から振り下ろされたのである。

 

対空砲火など撃ち上げる暇もあらばこそ、その隙も与えないその有様は、正に一太刀で纏めて薙ぎ払ったかのような、鮮やかな攻撃であった。これによって、敵の空母のおよそ半数以上が、大破ないし葬り去られたのである。

 

更にそれにより動揺する敵艦隊に、雷撃隊が突入を開始する。敵の直掩機は第一次攻撃が終わった直後に帰還しており、一時的な空白が生じていた。この為にむざむざ空域への侵入を許す格好となり、最早有効に防ぐ術などなかった。何故なら第一次攻撃隊は、護衛の艦艇を徹底的に叩いていたからである。これによって生じた対空射撃の穴を、雷撃隊はいとも簡単に突破して見せ、敵の残存空母に魚雷を見舞う。

 

飛び立つ事が出来た敵の第二次攻撃隊は、所定の数の1/5にさえ届く事は無かったのである。それでいて、帰る母艦は目の前で葬り去られていた・・・。

 

 

提督「・・・そうか、敵は退避を始めたか。」

 

明石「その様ですね・・・。」

 

その報告を受けた横鎮近衛艦隊は、すぐさま追撃に転じる事を指示、同時に第一次攻撃隊の収容準備を始めさせたのであった。

 

11時03分、直人の命を受けた瑞鶴の指示で、二航戦と六航戦から第三次攻撃隊が発艦する。機数は、六航戦110機、二航戦90機の合計200機、七航戦である雲龍は待機し、敵の情勢を見極めた後に一航戦と三航戦の残余機と共に攻撃を行う手筈である。

この措置は雲龍の練度が低い事にも由来したが、何より七航戦の稼働機が51機と少ない事に最大の理由があった。

 

 

提督「・・・雲龍の出番はないかも知れんな。確かに直衛では活躍したが。」

 

明石「何故です?」

 

提督「第一次攻撃で直衛戦闘機と護衛艦を叩かれ、第二次で母艦の大半を撃破された。第三次攻撃隊を防ぐ余力も無ければ、後退中の敵は士気も下がっている。第三次攻撃隊が残余の艦艇を徹底的に叩いて、今回はおしまいだろうね。今回の一撃で、敵の反攻作戦はその計画を修正せざるを得なくなるだろう、思う壺さ。」

 

明石「成程、前回の様な迎撃作戦ではありません。こちらが能動的に動くならば、それが妥当ですね。」

 

提督「そう言う事だな。」

 

副長「――――? ―――――・・・(ですがいいんですか? ここで叩かないと・・・)」

 

提督「深追いは無用さ。敵艦隊の主力は空母であって戦艦ではない、窮鼠猫を噛むと言う諺もあるし、無理に追うのは避けるとしよう。直衛機を出して置け瑞鶴。」

 

瑞鶴「“了解。”」

 

提督「念の為だ。敵の第二次攻撃隊に対する警戒の必要性もある。」

 

瑞鶴「“・・・そうね。念を入れましょう。”」

 

提督「うむ。」

 

彼は油断なく、敵の動向に目を光らせていた。その中には、敵が放った第二次攻撃隊の事も念頭に置かれていたのである。もしこれが、捨て身の攻撃をかけてきたらと言う事である。

 

そしてその予測は、11時17分に早くも的中する。

 

 

11時17分 横鎮近衛艦隊

 

明石「第三次攻撃隊隊長機より入電、敵機とすれ違ったそうです!」

 

提督「やはりな、瑞鶴!」

 

瑞鶴「“分かっていますとも! 直掩機を向かわせるわ!”」

 

提督「頼む。1機たりとも近づけさせるな!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

明石「第三次攻撃隊隊長機より追電! 敵の規模は少数だそうです!」

 

提督「それはどの位だ?」

 

明石「お待ちください・・・」

 

 

~2分後~

 

 

明石「敵機はおよそ50機、てんでバラバラでこちらに向かっているそうです。」

 

提督「―――聞いたか瑞鶴、敵は編隊を組む余裕も無かったようだぞ。」

 

瑞鶴「“油断は禁物だけど、直掩機の方が多いわ、大丈夫。”」

 

提督「あぁ、期待して置く。」

 

瑞鶴「“第二次攻撃隊の収容も始めちゃうわね。”」

 

提督「・・・それはそれで大丈夫か?」

 

瑞鶴「“いざとなったら全力で守るわ。”」

 

提督「それもそうだな、不時着するのが一番駄目だし。」

 

瑞鶴「“機体も、パイロットも、どちらも失ったらダメだから―――。”」

 

提督「・・・あぁ、そうだな。」

 

瑞鶴の言葉には、ある種の重みがあった。一航戦を失った後の2年以上の間、瑞鶴は翔鶴や他の空母達と共に、一番苦しい時期を支え、戦い続けてきた。

 

その中で多くの犠牲を出し、また艦載機の陸上転用によって無駄とまでは言いたくないが、無用の損失を出してしまった。マリアナ沖海戦で活躍出来なかったのはひとえに、熟練搭乗員の消耗が最大の原因だったし、レイテ沖海戦で半ば囮のような役割を受け負わされたのは、機材の不足が祟った為である。

 

瑞鶴は、戦場の厳しさを知る空母だ。そこには栄光以上に、苦難の来歴があった。故にこそ、瑞鶴は真の意味で航空戦の本質を知る空母艦娘と言う事が言えるだろう。

 

 

横鎮近衛艦隊の西方25km前方で、直掩機と敵第二次攻撃隊の戦闘が始まった。しかし護衛の戦闘機の勇戦も多勢に無勢、75機の直掩機を前に、50機程度の敵第二次攻撃隊は難なく蹴散らされ、全ての機体が撃墜されるか、爆弾や魚雷を投棄して離脱した。

 

一方第三次攻撃隊は11時41分、退避する敵機動部隊への攻撃を開始した。しかし、敵からの抵抗は予想より激しく、指揮官機からは次の通りの電文が横鎮近衛艦隊旗艦、重巡鈴谷へと送られた。

 

曰く『敵主要戦力は未だ健在、第四次攻撃の要有りと認む』

 

 

11時46分 横鎮近衛艦隊

 

提督「・・・備えあればと言う事だな。宜しい。瑞鶴へ、作戦想定1-4-3に従い、第四次攻撃隊を発進せよ。」

 

瑞鶴「“了解、1-4-3を発動するわ。”」

 

作戦状況Ⅰ、作戦第四段階、想定三「敵機動部隊が第三次攻撃実行の時点において健在と判断せる場合、追加の攻撃を直ちに実行する」と言う内容で、更に1-4-3には-3-Aと-3-Bの、追加攻撃の結果に基づく派生された想定も存在する。この様に1つのケースの複数の想定を準備する事が作戦立案では重要だ。

 

提督「雲龍、初の攻撃隊だ、しっかりやれよ。」

 

雲龍「“えぇ、やってみるわ。”」

 

提督「今回の作戦は君の評価試験も兼ねている、それによっては今後、より活躍の機会も広がるだろう。」

 

雲龍「“分かっているわ、最善を尽くすつもりよ。”」

 

提督「うん。」

 

 

11時50分、一航戦、三航戦、七航戦から第四次攻撃隊が発進する。機数は一航戦から70機、三航戦から80機、七航戦の雲龍は41機を発進させた。この時点で第三次攻撃隊は攻撃中であったが、二航戦と六航戦から成る200機の攻撃隊は、この攻撃で30機以上の損害を出している。

 

それと引き換えに、敵の護衛艦隊主力に対し大打撃を加え、また空母の一部に追加攻撃を加えて撃沈する事に成功している。これに対しさらに第四次攻撃隊が12時39分に攻撃を開始、この攻撃によって敵機動部隊は空母の大半と、対空火力の中心となっていた戦艦や重巡の大半を失って壊走した。

 

 

12時56分 横鎮近衛艦隊

 

提督「攻撃前進中止! 巡航速度に落とし、一水打群は一航戦を除き直ちに収容する!」

 

明石「了解!」

 

副長「――――! ――――!(配置配備解除! 艦娘収容用意!)」

 

提督「深追いは無用だ、これ以上は燃料も持たん。」

 

金剛「“テイトクゥー! コングラッチュレイション!”」

 

提督「おう、ありがとう。何とか終わってくれたな・・・。」

 

金剛「“そうデスネー、終わらなかったら大変ネー。”」

 

提督「うむ、全くだ。さて、急ぎで戻りたい所だが、全速でかっ飛ばすと燃料が持たんし、第一もう一つやる事もある。」

 

金剛「“『例の件』デスネー?”」

 

提督「そうだ。それに向けて、今は休もうか。」

 

金剛「“賛成デース。”」

 

 

その後、隊伍を整頓し、艦載機を収容した横鎮近衛艦隊は、13時26分に反転、ペナンに向けて帰路に就いた。帰りは行きよりも厳重な警戒態勢を敷き、昼間は艦載機も飛ばして前路警戒を行った。

 

 

12月6日6時30分 ベンガル湾南方・横鎮近衛艦隊

 

提督「・・・。」

 

 

グゥゥゥゥ~・・・。

 

 

提督「・・・はぁ。」

 

明石「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

起床後直行で羅針艦橋に来た直人。

 

提督「まだか大淀?」

 

大淀「先程から156.80MHzに合わせていますが、まだですね。」

 

提督「そうか・・・。」

 

156.80MHzは、国際VHFで16chと呼ばれている無線の周波数である。主に船舶同士の通信に使う周波数帯である国際VHFの中で、主に遭難通信や安全確認、及び、相手の呼び出しなどに使う周波数である。

 

大淀「あっ、来ました!」

 

大淀が電波の受信を伝える。

 

提督「良かった・・・。」

 

大淀「“こちら日本艦隊、気高き鷲よ、状況知らせ。”」

 

「“こちらドイツ海軍遣日派遣艦隊、全艦健在なり。”」

 

大淀「“吉報を祝す、以後国際VHF06chにて交信されたし。”」

 

「“了解。”」

 

※以上英語での交信。

 

提督「ドイツ艦隊は無事らしいな。」

 

大淀「全艦無事辿り着いたようです。この情勢下では奇跡と言えるでしょう。」

 

提督「イギリス軍がアデンやスエズ、ジブラルタルにも展開していると言う話だからな、敵が察知出来なかったとしても無理はない。」

 

明石「通信分析出来ました、どうやらそう離れてはいませんね、この電波妨害の中で船舶通信が出来た訳ですから、まぁそうでしょうけど。」

 

提督「と言う事は今日中に合流できるかな?」

 

明石「と思います。」

 

提督「よし、それなら俺はまず飯を食ってくるよ、腹が減ってしょうがない。」

 

明石「はい、行ってらっしゃい。私もあとから行きますね。」

 

大淀「では、私も。」

 

提督「よし、一緒に行こうか。」

 

大淀「はい。」

 

6時起きの直人は、漸く朝食にありつく事が出来るとご機嫌で艦橋を降りて行ったのであった。

 

さて、突如としてインド洋に現れたドイツ艦隊。一体何事であるのか? その答えは、未だ明かされていない事象に関係していた。

 

 

11時20分 ベンガル湾南方

 

提督「あれが話にあったフリゲート『F223 ノルトライン=ヴェストファーレン』か、バーデン・ヴュルテンベルク級フリゲートの2番艦だが・・・ぶっちゃけ7000トン超えてる時点で海自の護衛艦(=駆逐艦)と変わらんよなぁ。」

 

明石「そうですね・・・確か、対空・対潜性能と引き換えに、長期作戦行動能力を付加したクラスでしたっけ?」

 

提督「そうだ、クラスの就役は2018年からだが、40年近く頑張っている老朽艦だ。と言うか、よく残ってたもんだ。少し後ろに控えているのは護衛のザクセン級フリゲート「F220 ハンブルク」だな、ミニ・イージス艦と呼ばれたザクセン級の姉妹艦では唯一の生き残りだが、あれはもう10年ほど古い。」

 

明石「旧式艦しか残ってない、と言う事ですか?」

 

提督「戦争が始まったのが2040年代に差し掛かった頃だ。ザクセン級は退役カウントダウンだったらしいが、急遽生じた需要に基づいてバージョンアップさせざるを得なかった、と言うのがホントの所らしい。」

 

明石「どれだけ予算がないんですかそれ・・・。」

 

提督「日本も人の事は言えてない。」

 

明石「そうでした・・・。」

 

事実消耗に対して補充は全く追い付いていない訳だが。

 

提督「他にいるのはレーン級給油艦・ベルリン級補給艦・エルベ級支援母艦が1隻づつ、あとは・・・げっ! 小型艇が5隻もいる!」

 

明石「えっと、艦影識別・・・ありました、ゲパルト級ミサイル艇です!」

 

提督「骨董品レベルじゃねぇか、あんなもんよく使ってたな。あと1隻、ブラウンシュヴァイク級コルベットがついて来てるみたいだ。えーっと艦番号は・・・F263、『オルデンブルク』だな。」

 

明石「ミサイル艇を引き連れて来たと言う事でしょうか。」

 

提督「ゲパルト級の次の世代と言う位置付けだしな。しかしそれだとエルベ級がいたのも頷けるな、あれは小型艇への支援が主な任務だし。」

 

ドイツ連邦海軍は、戦争前までかなり低予算で運用されて来た。理由としては制圧に必要な自国の海面が少ない事が理由だったが、これが日本の海自軍とは大きく異なる特徴でもあった。それがために、ドイツ連邦海軍の規模は海自軍と比較してかなり小さい部類に入り、旧型艦が長く使われる傾向にある。

 

提督「ともかく、合同出来た事だけでも、喜ぶべきだろうな。」

 

明石「はい。」

 

提督「瑞鶴、敵機の襲撃があった場合はそちらの判断で対処してくれよ。事後報告で構わん。」

 

瑞鶴「“分かったわ、そう言って貰えると楽ね。”」

 

提督「そうか。よし、明石。ドイツ艦隊に発光信号だ。“会合を祝する”。」

 

明石「はい!」

 

かくして11時29分、横鎮近衛艦隊は、ドイツ遣日艦隊と合流する事に成功したのである。

 

 

11時33分 重巡鈴谷前甲板・2番砲塔左舷側

 

注:はっちゃんの通訳入りです

 

提督「こうして無事に会えた事を嬉しく思います。私が今回この会合任務を日本の艦娘艦隊大本営より仰せつかった、石川好弘少将であります。」

 

独将校「“本国の日本大使館でお話は伺っております。本官はドイツ連邦海軍第2機動隊群司令を務めております、ニコラウス・エッケハルト・シェルベ准将であります。”」

 

※スペル:Nikolaus Ekkehard Scherbe 准将

 

提督「ではシェルベ准将。遠路遥々、困難な任務だったでしょう。支援物資の護送、大変お疲れ様でした。」

 

独将校「“いえ、本官にはこれらの艦隊を、無傷で返すと言う使命があります。その意味で我々は主命は果たしましたが、私の任務はまだ峠を越えたに過ぎません。”」

 

提督「成程、御尤もですな。」

 

独将校「“そちらでもお耳に入っているでしょうが、今回随伴しました輸送船6隻に付きましては、積荷と共にそちらにお預けします。政府は戦後返還して頂くつもりのようですが、手放す覚悟も出来ているようです。”」

 

提督「委細承知しました。我が日本水上部隊は、祖国に成り代わりまして、これらの船舶を出来得る限りお守りするでありましょう。」

 

独将校「“そのお言葉を聞き、政府首脳達も安心する事でしょう。”」

 

提督「ところで、准将の率直な所をお伺いしたいが、宜しいか?」

 

独将校「“何でしょう、お答え出来る事だといいのですが。”」

 

提督「我々は目下太平洋に於いて拮抗した戦況下にあるが、欧州の戦局はどうなっているのですか? 大陸を隔てた遠く離れた戦域です、日本には情報が余りあるとは言えんのです。」

 

独将校「“正直、いいとは申し上げかねます。我がドイツ海軍を始め、イギリスやイタリア海軍も、英仏や北欧の港湾を活用し、艦娘達や水上戦力を総結集して北海や北大西洋、地中海正面に於いて抵抗を続けておりますが、我が方にもかなりの被害が生じており、特に最前線のフランス海軍などは、戦力の半数を失っております。欧州唯一の原子力空母、シャルル・ド・ゴールも現在ドックの中です。”」

 

提督「成程・・・。」

 

独将校「“我々欧州連合軍としては、一刻も早い欧州救援を切望すると、艦隊司令部より言伝も頂きました。”」

 

提督「承知しました。我が艦隊を始め、日本の総力を挙げて、出来得る限りのご協力をさせて頂きます。」

 

独将校「“ありがとうございます。しかし、この艦は大きいですなぁ・・・。”」

 

提督「我が国の技術を結集して作り上げた巡洋艦であります、フォルムは少々古めかしくはあるが、いい船ですよ。」

 

独将校「“そうですか、お国の造船技術は、今も昔も優秀と言う訳ですな。”」

 

提督「そう言って頂けると、私も嬉しい限りです。」

 

独将校「“では、本官はそろそろ失礼させて頂きます。”」

 

提督「分かりました。またいずれ、お会い出来る事を祈っております。」

 

独将校「“それが何よりですな、神の御導きのあらん事を。”」

 

シェルベ准将は直人と敬礼を交わし、鈴谷を辞去する。

「いや~、はっちゃん、ありがと。」

 

ハチ「いえ、提督は外国語が出来ないと伺っていたので、勉強しておいて良かったです。」

 

「ハハハ、面目ない。」

そう、実の所直人は外国語はからっきしなのだった。この事は土方海将や山本海幕長も知っている。

 

「で、そこにいると言う事は受け渡し品のリストだね?」

直人は自分の背後に控えるように立つ大淀を見つけて言った。

「はい、左様です。」

言いつつ大淀はドイツ輸送船に積まれた積荷のリストを手渡した。周辺海域では、日本とドイツの艦娘達がせわしなく哨戒を行っていた。

「えーっと・・・」

 

・FuMO25 早期警戒/射撃管制レーダー1組

・Wurfgerät 42 艦対地ロケット弾発射機2基・弾薬50発

・ウルツブルグ D FuMG39 T"D" 地上用対空レーダー/対空射撃指揮装置1組(艦娘装備対空陣地用)

・FuG202 リヒテンシュタインBC 夜間戦闘機用レーダー10組

・Bf110E-1/R2 戦闘爆撃機 1個大隊40機分(基地航空隊用/分解輸送)

・ラインメタル8.8cm FlaK 41高射砲3門(艦娘基地用兵器参考用)

・ボフォース75mm Lvkan m/29高射砲2門(同上)

・MG17 7.92mm航空機関銃100丁・弾薬7万発(艦娘航空機用/生産参考用)

・MG151/20 20mm航空機関砲100丁・弾薬6万発(艦娘航空機用/生産参考用)

・MK108 30mm航空機関砲200丁・弾薬10万発

・ポルシェ製乗用車10台

・フォルクスワーゲン製乗用車10台

・BMW製乗用車10台

・ラインメタル プーマ装甲歩兵戦闘車10台(陸上自衛軍用)

 

提督「・・・流石輸送船・・・。」

 

明石「潜水艦では不可能な量ですね。」

 

提督「あぁ全くだ。おまけに生産の参考用にと更に航空機関砲をつけて来たぞ、これは本土まできっちり送り届けて貰わんとな。」

 

明石「―――少し融通してくれないでしょうか・・・。」

 

提督「・・・はぁ~。」

 

技術屋熱が伝わって来た直人である。

 

 

11時46分 重巡鈴谷右舷側出撃ハッチ

 

提督「商船護衛を6隻分かぁ・・・。」

 

矢矧「なぁに? 不安?」

 

提督「そうではないけどね。」

 

瑞鶴「上空も固めなくっちゃね・・・。」

 

「―――申告します!」

 

提督「?」

 

船団護衛の打ち合わせ中に現れたのは、見慣れない2人の艦娘であった。

 

「ドイツ海軍重巡洋艦プリンツ・オイゲン、本国からの指示に従い、本日より日本海軍指揮下に配属される事になりました!」

 

「ドイツ海軍駆逐艦、レーベレヒト・マース、同じく本日付で日本海軍指揮下に転入となりました!」

 

提督「あぁ、君達が“例の艦娘”か。まだ配属先は決まっていないが、取り敢えず、君達を日本本国まで送り届けるよ。」

 

オイゲン「はい! 宜しくお願いします、艦長さん!」

 

提督「かっ・・・。」

 

瑞鶴(“艦長”・・・)ククッ

 

オイゲン「・・・?」

 

提督「ま、まぁ、宜しく頼む。」

 

まさかの艦長呼ばわりをされた直人であった。

 

 

だがその約10分後の出来事である。既にドイツ艦隊は帰途に就き、彼らも帰途に就こうとした矢先の事である。

 

12時02分 横鎮近衛艦隊

 

 

パパパパパッパッパーッ、パパパパパッパッパーッ・・・

 

 

提督「敵機だと!?」

 

瑞鶴「“方位350度、軍用機型の中爆20機が接近中、迎撃は出したけど間に合うかどうか・・・!”」

 

提督「なぜそこまで気付かなかった!?」

 

瑞鶴「“低空飛行でレーダーがまかれたわ。距離約40km!”」

 

提督「対空戦闘用意急げ!」

 

明石「はいっ!」

 

やって来たのはハボックMk.Ⅰイントルーダー(Intruder)型双発爆撃機20機の編隊。イギリス軍がアメリカからレンドリースされたA-20双発爆撃機を改造した機体の一つである。素の性能が余り変わっていない(武装に変更がある)為、反跳爆撃では脅威である。

 

瑞鶴「“戦闘機隊空戦開始!”」

 

提督「輸送船を後ろに下げろ! 本艦が囮になる、全速前進!」

 

明石「分かりました、全速!」

 

提督「艦娘艦隊も敵方に前進! 針路上に布陣して対空弾幕を張るぞ!」

 

矢矧「“了解!!”」

 

提督「なんとしても輸送船団だけは守り抜かなくては。」

 

瑞鶴「“距離残り25km!”」

 

提督「げっ、もうそこまで!?」

 

瑞鶴「“戦闘機隊、間もなく離脱するわ!”」

 

提督「戦果は?」

 

瑞鶴「“12機ね、あっ、また1機落したわ!”」

 

提督「よし、高角砲撃ち方用意! 目標、正面の敵編隊!」

 

明石「測的急げ!」

 

刻一刻と敵機が迫る。直人の額を汗が滴る。

 

明石「砲よし、測的よし! 撃ち方整いました!」

 

瑞鶴「“直掩隊離脱! 距離20km!”」

 

提督「撃ち方始めぇ!!」

 

護衛部隊の高角砲が一斉に火を噴き、瞬く間に1機が撃墜される。

 

提督「機銃座、撃ち方宜しいな?」

 

対空射撃指揮所

「“何時でも行けます!”」

 

提督「宜しい。」

 

この後艦隊は懸命の対空射撃を行った末、辛うじて敵機の突破を防ぐ事に成功したのである。

 

 

12月7日10時10分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

 

ガヤガヤ・・・

 

 

この日のブリーフィングルームは、艦娘達が全員集まっていた。作戦中でもないのに珍しい事である。

 

提督「―――ま、日本式のMVP発表ってのを一つ、形式の例として見せてあげようか。」

 

レーベ「一番活躍した人を決める訳だね。」

 

オイゲン「お願いします!」

 

提督「うん。はい皆静かに!」

 

直人がブリーフィングルームに客賓2人を伴って入室すると、一気に静かになった。レーベとオイゲンは入口の所に控え、直人が登壇する。

 

提督「今回集まって貰った理由についてはもう大淀から聞いてると思う。と言う訳で、今回のMVPを発表したいと思う。」

 

全員が、固唾を飲んで、直人の次の一言に注視する。

 

提督「今回のMVPは―――」

 

 

ザワ・・・ザワ・・・

 

 

提督「―――瑞鶴だ。」

 

瑞鶴「えっ、私!?」

 

提督「そーだよ瑞鶴、ほれ、早く壇上に。」

 

加賀「――――。」

 

瑞鶴「ふっふーん。瑞鶴には、幸運の女神がついていてくれるんだから!」

 

提督「あぁ、全くだよ。今回は本当に運が良かった。と言う事で、瑞鶴に“殊勲章”を授与する。」

 

瑞鶴「ありがとう、提督。」

 

 

パチパチパチパチ・・・

 

 

オイゲン「へぇ~、日本だとこんな感じなんだね。」

 

レーベ「“形式的”な一例って言ってたから、別の艦隊だと違うかもしれないね。」

 

オイゲン「あぁ、そっかぁ・・・。」

 

 

提督「おめでとう瑞鶴、今回の勲功第一は瑞鶴だ。」

 

瑞鶴「フフッ。真面目にやってるだけ、よ。」

 

横鎮近衛艦隊では、この様に全員の前で殊勲章の受勲を行うのが通例となっている。今回は単に早く行ったと言うだけであり、普段鈴谷のブリーフィングルームでは行われない。

 

 

~中甲板・中央廊下~

 

瑞鶴「ふふ~ん、やっちゃった!」

 

翔鶴「えぇ! おめでとう!」

 

加賀「おめでとう、瑞鶴さん。」

 

2人「!」

 

振り向くと、二人の背後に加賀がいた。

 

加賀「・・・頑張ったわね、次もこの調子でお願いね。」ポンポン

 

瑞鶴「―――!」

 

加賀は瑞鶴の肩を二度叩いて、自分のキャビンの方に戻っていく。

 

瑞鶴「・・・えぇ、次も頑張るわ。」

 

 

加賀(・・・認めざるを、得ないわね。)

 

提督に認められる程の大戦果を挙げた事は事実だ。何せ敵の防空網を最初に打ち砕いたのは他ならぬ瑞鶴の航空隊なのだ。更に適切な航空隊の指揮統制、手際よく攻撃隊の発艦を行ったその手腕も、今回の受勲理由になっていた。

 

加賀(後進の者達も、育ってきていると言う事ね・・・、私も気が抜けないわ。)

 

加賀は遂に、瑞鶴を対等な相手と認めた訳である。加賀が特に攻撃に貢献した訳でない事は無いのだが、それでも一航戦に比べ、三航戦は敵防空網が手薄な所を衝いての突入だった為、そこまで実は見栄えがしない。更に一航戦の活躍ぶりを直人も認めたのだ、この心理的影響は大きいだろう。

 

 

とまぁこんな具合で、武勲に対する賞与は精神面に於いてかなり大きな影響がある。日本海軍は、それを怠った所にも問題があった。“精神力は無尽蔵”などと語った日本がこの為体だったのである――――

 

 

12月9日(マレーシア時間)19時43分、横鎮近衛艦隊はペナンへと到着した。港へは既に、リンガ泊地司令北村海将補以下幕僚の出迎えが出ていた。

 

19時50分 ペナン秘密補給港岸壁

 

提督「北村海将補、船団を、お任せします。」

 

北村「うむ、ご苦労じゃったな。ついてはそちらからもいくらか護衛艦を出してくれるんじゃな?」

 

提督「それについては人選も済ませてありますので、ご心配なく。」

 

北村「うむ。では、後は任されよう。」

 

提督「ありがとうございます。」

 

 

提督「では、私が付いていけるのはここまでだ。あとはリンガ泊地の艦隊に任せる事になる。」

 

オイゲン「はい、ありがとうございました、艦長さん!」

 

提督「うん。では、また会えることを願って。」

 

オイゲン「そうなれば嬉しいです!」

 

レーベ「お世話になりました。」

 

提督「うん。二人とも、元気で。」

 

出会いには、別れが付き物だ。しかし彼女らがまた、彼の前に姿を現す事もあるのかもしれない。それは、人と人の運命が織りなす事柄であるわけだが・・・。

 

 

提督「と、そんな訳で。」

 

五十鈴(嫌な予感。)

 

提督「二水戦を率いて船団を本土まで護送宜しく~。」

 

五十鈴「やっぱり、そうなるのね・・・。」

 

提督「当たり前だ、シナ海ルートはまだまだ安全ではない。そこで、対潜戦闘のエキスパートの力がいる。」

 

五十鈴「―――!」

 

そう、五十鈴はこの艦隊で対潜戦闘のエキスパートとしての位置づけにある艦娘なのだ。高い対潜能力とノウハウを使い、周囲の艦娘を指揮して出来る限りの方策を実施する事の出来る艦娘なのである。

 

提督「そう言う訳で二水戦をまるっと全部つけるんで、後は任せたよ。」

 

五十鈴「―――フフン、誰に言ってるの? この五十鈴に全部任せなさい!」

 

提督「あぁ、頼んだぞ!」

 

 

12月10日6時20分、横鎮近衛艦隊とドイツ輸送船団は揃ってペナンを出港した。輸送船団は10ノットで南シナ海を北上し東シナ海に到達、五十鈴や矢矧の二水戦の活躍もあり、12月19日に無事、大阪港に到着した。

 

一方の横鎮近衛艦隊も14ノットで普段通っているサンベルナルディノ海峡経由の航路でサイパンに戻り、12月17日(サイパン時間)7時10分にサイパン島に帰着する事が出来た。

 

この間、渾作戦は無事に成功し、ビアク及びパラオ方面に対する敵の攻勢は水泡に帰した。この戦いで駆逐棲姫と空母棲姫は揃って撤退を余儀なくされたのだが、これは初めて、横鎮近衛艦隊の助力の無い状況下に於ける、艦娘艦隊による超兵器級深海棲艦に対する勝利であった。

 

しかしながら損害も無視出来る量ではなく、立ち直るには1か月近くを要する事は確実であった。だが兎も角、敵の攻勢を二正面に於いて防ぎ止めた事は、十分成果と言えた。

 

 

―――だが、これは横鎮近衛艦隊にとって、果たして栄光ある勝利と言えるだろうか。無論犠牲無くして勝利を得る事が出来ない事は道理である。だが逆に、犠牲を覚悟してまでアフリカに向かい、結果として勝利した横鎮近衛艦隊の戦果は、渾作戦成功の陰で抹消されるのだ。

 

横鎮近衛艦隊は、決して日の当たる事のない艦隊だ。その名は永劫に抹消される事を確約されたようなもので、その活躍を国民は知る術も無く消え行くだろう事は明らかだった。彼らは勝利の凱歌を挙げる事は出来ても、勝利の栄光をその身に浴びる事は決してなかったのである。

 

それでも尚、彼ら横鎮近衛艦隊が戦い続けたのは他でもない、この戦いに“人類の存亡がかかっていたから”である。その為にこそ彼らは陰に命を賭け、そして静かに歴史の闇へと消えて行こうとしたのである。

 

“危険な作戦の肩代わり役”を求めた永納時代の大本営の思惑と、“遊撃戦力としての直属部隊”を求めた現在の山本時代の大本営では、その在り方は矛盾していた。しかし、元より極秘と決まった身であるから、その決まりを覆す術は、少なくとも彼の手が届く範囲には存在し得なかった。

 

2053年は、間もなく、終わりを告げようとしていた―――。

*1
同機の略称




艦娘ファイルNo.118

長門型戦艦 長門

装備1:41cm連装砲
装備2:14cm単装砲
装備3:零式水上偵察機

遂に出揃った日本のビッグセブンの片割れ。
今回の作戦では出番がなかったが、今後の活躍に期待がかかる所。


艦娘ファイルNo.119

巡潜乙型潜水艦 伊号第十九潜水艦

装備なし

特に変わった所があるようには見えない潜水艦娘。
かなりグラマラスな体つきだが、それがもとで直人に不思議がられてしまうと言うオチが付いた。今回も出番はなかったが、今後活躍の場は用意されるだろう。きっと。


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第3部6章~聖夜に彼らはかく語りき~

えー・・・
2018年、新年、明けまして、おめでとうございました。

青葉「本年も、宜しくお願い申し上げます!」

遅い? まぁ事情があったと言う事でご了承下さい。と言う訳で、本日(前書き執筆時点)は1月29日となっております。あと半月ほどでイベントですが、それまで頑張って更新して参ります。

青葉「その新年一発目がこれはどうなんですか・・・」^^;

季節感ぶっ壊しなのはいつもの事だろ!

青葉「え、えぇ・・・まぁ。」

と言う事で、本来この章の更新はクリスマスの時期に被せて始める予定だったのですが、急遽予定を諸事情により変更した次第です。申し訳ありませんでした、そしてお待たせいたしました。

青葉「諸事情って言ってもゲームでしょう!?」

言うんじゃない。本当は一つだけに絞る事が出来る筈やったんや・・・。WoWSでミズーリ取ろうとしたらWTで恐らく再入手不可であろう兵器が配布されるイベントが始まり、終わったらWoWSで武蔵が登場間近と言う追い詰められた時期、クランの方から課金通貨付きの課金艦艇貰わなかったら詰む所だったのは言えない。

青葉「大ピンチですねぇ・・・そのクランの方に感謝ですね。」

まぁプレ垢まで付いてきちゃったので多少はやらないとね、無駄にしない様に、武蔵とローマに乗って行こうと思います。

話が脱線しましたが、本年度も拙作をお楽しみ頂ければ幸いです。


さて、今回はタイトルでお察し頂ける通り日常回です。解説は急には思いつかなかったので今回はナシです!

では、どうぞ!


~前回までのあらすじ~

 大本営の特命を受けペナンに展開した横鎮近衛艦隊は、リンガ泊地艦隊の間接援護下にアフリカ東方沖への遠征を行い、同海域にて遊弋していた敵の大規模機動部隊を航空戦で圧倒、この撃退に成功する。一方パラオ方面の西太平洋では、ニューギニア方面から戦力を集結させた深海棲艦隊の大侵攻が行われたものの、これを近衛艦隊の動員抜きに撃退する事に成功するという快挙を成し遂げていた。

 その陰でドイツからの物資を受領した横鎮近衛艦隊は、ペナン帰着後、1個水雷戦隊を護衛に付けて帰途に就く。その途上、直人には一つ思う所があり・・・

 

 

2053年12月14日10時17分 太平洋上 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・そう言えば、戻ったら17日か。」

 

直人はカレンダーを眺めてふと思っていた。

 

提督「クリスマスかぁ・・・去年は何やかやでそれどころじゃなかったな。」

 

因みに去年のクリスマスについては、第一部一章と二章を参照してみると事情は把握して頂けるだろう。

 

提督「・・・ちょっと相談するか。」

 

そう思い立ち、直人はある意味に於ける、艦隊の主の所へ歩き出すのであった。

 

 

10時22分 重巡鈴谷後部中甲板・大淀の士官室(ガンルーム)

 

大淀「クリスマス、ですか・・・。」

 

提督「うん、サイパンに戻ったらそんな時期だと思ってね。」

 

大淀「去年は大変でしたからそれどころじゃなかったので、その事を大分前に失念していました。」

 

提督「そうだな・・・で、だ。帰投したら恐らく年明けまで出撃は無かろうから、派手にパーティーでもと思ってな。」

 

大淀「クリスマスパーティーですか・・・具体的には?」

 

提督「企画は艦娘達にさせる、有志でやって貰う事にして、メインパーティーは司令部の主催と言う事で。」

 

大淀「成程・・・。」

 

提督「艦娘達の士気の維持に関わる問題でもあるからな、これを無碍にするのは些かと思ったのだ。大淀の意見はどうだい?」

 

直人がそう問うと

 

大淀「―――医務室送りになる人達が沢山出て、任務に支障が出るかもしれませんね。」

 

と答えた。

 

提督「フフッ、確かにそうだな。」

 

大淀「冗談はさておくとしまして、今サイパンにそれだけの物資はありません。」

 

提督「そこは本土に要請を出そうと思っている。心配はいらん、軍の物資の一部を提供して貰うつもりだ。」

 

大淀「ですが、布告に当たっては如何致しますか?」

 

提督「布告、と言うのは少々相応しくないな。掲示板にポスターでも貼り出そうと思っている。そうだな・・・寮の一号棟連絡通路と食堂棟前、中央棟エントランス、甘味処『間宮』前、艤装倉庫の5カ所にポスターを貼り出せばいいだろう。」

 

大淀「それで私の所へ来た訳ですね・・・。」

 

提督「ザッツラーイト☆ と言う事で宜しく。」^^

 

大淀「はぁ・・・分かりました、引き受けましょう。」

 

提督「うむ、褒美に間宮のVIP券1枚を遣わすぞい。」

 

大淀「ありがとうございます。そう言えば、間宮さんでたった今思い出しました。大本営よりこんな辞令が。」

 

提督「忘れてたのか。」

 

大淀「今オフなので・・・。」

 

そう、実は大淀は今オフである。

 

提督「あぁ―――それはそうだな、少々酷な事を言った。どれどれ・・・」

 

 

発:軍令部第二部第四課長

宛:在サイパン特別根拠地隊司令官

〇本文

 給糧艦 伊良湖 を、軍令部付属から貴隊附属として転属せるものとす。

 

 

提督「・・・この辞令、と言うより通知だな。随分前ではないか?」

 

大淀「はい、辞令自体は18日に発令されていたそうなのですが、内地の行政処理能力の関係で、打電が20日になり、更に電波状況が悪く、硫黄島の転電所からサイパンに伝達したのが22日、更に転電しようとしたそうなのですが、強力なジャミングを受けてしまっていたサイパンでは無線が一時的に使用不能となり、昨日漸く本艦にパラオ経由で届いたのです。」

 

提督「行政処理能力の低下か・・・確かにな、我が国の臨時首都の名古屋も人口は激減しているし、各所の交通連絡も復旧が急がれているが、往時の流通量に戻るには未だに1年以上を要するそうだ。荒廃した諸都市の復興は、言うに及ぶまい。そこに軍への動員が重なるとな・・・。」

 

大淀「ジャミングについては、恐らく敵の攻勢の影響ではないでしょうか。」

 

提督「我が艦隊を完封しようとしたようだな。結果としてその企図は外れたばかりか不発だった訳だが。」

 

大淀「ですから恐らくは既に来着していると思います。」

 

提督「そうだな、そうだといいが・・・。」

 

一抹の不安を抱えつつ、重巡鈴谷はサイパン島へと帰着するのである。

 

 

12月17日8時00分 司令部中央棟2F・提督執務室

 

伊良湖「提督、初めまして。給糧艦、伊良湖です。どうぞ、よろしくお願いします。」

 

結果から言えば、その心配は杞憂だった訳だが。

 

提督「うん、宜しく。間宮の手伝いをしているそうだね。」

 

伊良湖「はい、まだ無任所なもので、厨房の方も少し・・・。」

 

提督「ふむふむ・・・ではそうだな、伊良湖は鳳翔に代わって厨房預かりと言う事で。あと出撃時には鈴谷に同乗して貰う事にしようかな。」

 

伊良湖「わ、私も、前線に行くのですか!?」

 

提督「鈴谷でも厨房預かりだから安心してくれ。キッチンが君の戦場と言う訳だと言う事は承知しているからね。」

 

伊良湖「成程・・・すみません、早とちりしてしまいまして。」

 

提督「いや、いいさ。今後、宜しく頼むよ。」

 

伊良湖「はい!」

 

 

ガチャッ

 

 

伊良湖「あら?」

 

提督「この部屋にノックなしは二人だけだ。」

 

大淀「戻りました、提督。」

 

金剛「ただいまデース!」

 

提督「はいおかえり~、ご苦労様。」

 

金剛「ノープログレムネー! それより、本当に自由なプランニングをしてもいいんデスカー?」

 

提督「おめーなぁ、司令部の艦娘はメインパーティーのプランニングだぞ。」

 

金剛「そんなー!?」ガーン

 

提督「いやいや、メインパーティーのプランニングをする奴が居なくなったら誰がやるんだよ。兎も角、ポスターの貼り出しありがとね。」

 

大淀「いえいえ、執務もありますから。」

 

提督「別に、俺が行っても構わなかったのだけどね。」

 

大淀「執務に専念なさってください。」

 

提督「あっ、はい。」

 

金剛「それじゃ、私もお仕事、スタートデース。」

 

艦隊業務をスタートした直人は、久々にゆっくり出来ると胸を撫で下ろしていた。少なくとも、戦地で異様な緊張感に包まれながらの生活よりは遥かにマシなのだ。

 

 

コンコンコン

 

 

金剛が戻ってきて書類仕事に取り組み始めて少しした頃、執務室のドアをノックする者がいた。

 

提督「どうぞ。」

 

明石「失礼します。提督、少し宜しいですか?」

 

提督「いや、言わんでも分かっている、ドロップ判定の件だろう?」

 

明石「はい、今回は早めに終わりました。」

 

提督「フッ。技術の進歩が、顕著だね。」

 

明石「それ程でもありません。」

 

提督「よし、では、早速顔を見させて貰おうかな。」

 

大淀「行ってらっしゃいませ。」

 

提督「うん。」

 

直人は筆を置き席を立った。

 

 

8時29分 建造棟1F・判定区画

 

提督「全く要領を弁えてる艦娘達で助かるねぇホントに。」

 

明石「おかげさまでドロップ判定の作業も多くなってますけどね。」

 

提督「それについてはいくらか物資の足しになるのだから悪い話でもあるまいて。」

 

明石「ですね。」

 

 判定にしろ建造にしろ、完成した艦娘の艤装には、燃料と弾薬が満載になっている。

既に就役した艦娘のものである場合、予備の艤装以外は分解し、その際入っていた弾薬と燃料は取り出して再利用する事が出来るのである。

 

提督「じゃ、そろそろ新人の紹介をして貰おうかな。」

 

明石「はい。では皆さん、こちらに。」

 

と言う事で、今回のドロップ判定で着任したのは・・・

 

 

清霜「どうも~! 夕雲型の最終艦、清霜です! 到着遅れました、よろしくお願いです!」

 

天津風「いい風来てる? 次世代型駆逐艦のプロトタイプ、あたし、天津風の出番ね。」

 

秋月「秋月型防空駆逐艦、一番艦、秋月。ここに推参致しました。機動部隊の防空は、秋月にお任せください!」

 

野分「陽炎型駆逐艦、野分。参上しました。」

 

明石「この4名になります。」

 

提督「うん。皆宜しく頼む。取り敢えず訓練には明日から参加して貰うとして・・・」

 

時津風「しれー何~? って、天津風だ~!」

 

天津風「時津風じゃない! あなたもこの艦隊にいたのね?」

 

時津風「雪風もいるよ~!」

 

天津風「そう、それは心強いわね。」

 

提督「まぁそう言う事だから、時津風、施設の案内お願いね?」

 

時津風「はいは~い。」

 

提督「あ、野分はちょっと残ってくれ。」

 

野分「あ、はい・・・。」

 

時津風「じゃ、いっきましょ~!」

 

 

明石「・・・提督?」

 

提督「―――。」ゴニョゴニョ

 

明石「・・・成程。」

 

提督「―――あっ、訓練中すまんね、ちょっと抜け出して来てくれ。」

 

「“了解~!”」

 

 

~8時37分~

 

提督「そろそろかな。」

 

舞風「提督~ぅ! 来たよ~。」

 

提督「おう、こっちだ!」

 

舞風「あっ、いたいた―――!」

 

野分「―――!」

 

建造棟にやってきた舞風は、直人の声がしたその先に、野分の姿を認めた。

 

提督「あいつはな、ずっとお前に会うのを待ってたんだぞ、野分。」

 

野分「舞風が・・・?」

 

 

それは、2ヶ月ほど前に遡る

 

 

10月14日15時19分 艦娘寮二号棟前

 

提督「・・・。」コッコッコッ

 

直人はこの時、敷地内の見回りをしていた。

 

舞風「あっ、提督~、こんな所で何してるの?」

 

提督「司令部の見回りさ。時折悪さをする奴も何人かいるからな。卯月とか。」

 

舞風「あぁ~。あの子悪戯大好きだもんねぇ。」

 

提督「全く困ったもんだ。」

 

舞風「・・・ねぇねぇ提督。」

 

提督「ん?」

 

直人は、舞風が珍しく表情を曇らせたのが気になった。

 

舞風「のわっち、いつ来るんだろうね。」

 

提督「・・・!」

 

舞風「私、のわっちとはトラック以来会ってないからさ・・・。」

 

提督「トラック空襲か・・・。」

 

舞風「・・・なんて、らしくないか! ふふっ!」

 

提督「―――そうだな、らしくない。」

 

 

舞風「―――のわっち・・・。」

 

野分「舞風―――。」

 

お互いに立ち尽くす。

 

野分「・・・。」

 

野分が意を決し、舞風の元へ歩みを進める。そして舞風の前に立った。

 

野分「もう、絶対に離れないから。ずっと一緒だから、舞風。」

 

舞風「のわっちぃ・・・!」

 

 舞風の瞳から、涙が零れる。

気付けば野分が舞風を抱き寄せ、舞風は泣きじゃくっていた。その嗚咽が建造棟に響き渡っていた。

 

提督・明石「・・・。」

 

直人は明石の肩を叩いて促し、二人して裏口からこっそり建造棟を出た。

 

 

提督「―――トラック島空襲の時、舞風は野分程、幸運には恵まれなかった。」

 

明石「敵の標的になってしまった、ですね?」

 

提督「それについては野分もそうだ。舞風は野分と共に、香取を旗艦とする第4215船団を構成していたんだ。トラック空襲間近と言う事で、民間人を脱出させるべく特設巡洋艦赤城丸を護衛するのが任務だ。」

 

明石「確か、その時赤城丸は荷役が遅れたとか・・・。」

 

提督「そう、一日だけな。それが運命を分けた。1944年2月17日、トラックを出港した船団はその直後、米空母イントレビットの艦載機に攻撃され、その位置が把握されてしまう。その時は無事に終わったが、後続の敵機の攻撃により、香取と舞風は航行不能、赤城丸は空襲中に沈没、野分は健在で、舞風から四駆司令部の移乗を試みるが、断続的な攻撃と米艦隊の野分捕捉で断念したんだ。」

 

明石「それじゃぁ・・・」

 

提督「そう、野分は助けたくても出来なかったんだ。戦艦アイオワ他を基幹とする8隻の水上部隊に捕捉された野分は、自分の身を守るのが精一杯で、香取と舞風は必死になって応射したが、数の上で圧倒的な劣勢、野分が逃げる時間を稼ぐので精一杯だったと言う訳だ。」

 

明石「・・・。」

 

提督「結局香取と舞風は共に1時間以上の砲撃を受け沈没、沈みながらも最後まで主砲を撃ち続けたその姿に、米軍将兵は賞賛の声を送ったと言われているよ。その悲壮な姿に悲痛きわまりない思いを持って見守っていたともね。」

 

明石「トラック島の事は、よく覚えています。あの時私は、連合艦隊主力と共に夜逃げ同然で逃げ出しましたが・・・。」

 

提督「それが出来なかった艦は、殆ど全て沈んでしまった・・・だからあの二人は、感動の再会を果たしたと言う訳さ。今はそっとして置いた方がいい。」

 

明石「そうですね。」

 

提督「さて、俺は戻るよ。ご苦労様。」

 

明石「はい。」

 

直人は明石と食堂棟の前で別れ、執務室へと戻っていったのである。

 

 

12月20日、本土から五十鈴らを乗せた旅客機が、横鎮防備艦隊の空母艦載機に護衛されてサイパンに飛来した。前回の作戦の帰路、ペナンで別れ船団護衛任務を受け本土に向かった五十鈴と第二水雷戦隊を乗せて来たのだ。

 

 

10時16分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「戻って来たか。では出頭させてくれ、報告を聞きたい。」

 

大淀「分かりました。」

 

 

~というわけで~

 

 

五十鈴「軽巡五十鈴、帰投したわ!」

 

提督「ご苦労様。」

 

その五十鈴の背後から二人の人影が直人の方にやってくる。

 

提督「・・・え?」

 

それを見た直人、思わず声を上げた。

 

オイゲン「えっ!? あの時の艦長さん!?」

 

レーベ「ホントだ!?」

 

そう、“いる筈の無い”プリンツ・オイゲンとレーベレヒト・マースがいたのである。

 

提督「な、なんでいるんだ五十鈴!?」

 

五十鈴「それも含めて報告するから落ち着きなさい。」

 

提督「了解した。」

 

どっちが提督なんだかこれもうわかんねぇな。

 

五十鈴「取り敢えず船団は全艦無事よ。潜水艦が何度か襲って来たけど、どうにか撃退出来たわ。流石、華の二水戦は練度が違うわ。」

 

※二水戦とは言うものの、四駆(舞風)と十六駆(雪風&時津風)を一水戦の六駆と十一駆(白雪・初雪・深雪・叢雲)と入れ替えた臨時編成部隊だった。まぁ舞風や時津風が母港にいた時点でお察しか。

 

提督「艦隊でも特に練度の高い部隊だからな。ま、役に立ったようで良かった。」

 ↑名実共に駆逐艦の中では最も濃いエッセンスを揃えた人

 

五十鈴「まぁ昨日到着したのだけれど、本土では歓待ムード一色だったわね。私も歓迎会の末席に与って列席したけれど、山本海幕長? だったかしら、軍令部総長自らの出迎えで恐れ入っちゃったわね。」

 

提督「成程ねぇ。まぁ、人類が手を取って戦えると言うのは、兎にも角にもいい事だからな。」

 

五十鈴「それで、この二人については当初横鎮防備艦隊に配備する予定だったんだけど、テストの後こちらに転籍と言う事になったのよ。ほら、これがその辞令。」

 

提督「お、おう・・・どれどれ。」

 

五十鈴が差し出した2枚の書類は、ドイツからやってきた2隻の、横鎮防備艦隊本隊からサイパン分遣隊への転属を命ずるものであった。少なくとも、表面上は。

 

提督「・・・土方海将も考えたな。こういう方法で戦力を増強させて来るとは。」

 

五十鈴「ホントよね。」

 

提督「兎も角、事情は承知した。」

 

オイゲン「ごめんなさい、私あの時、てっきりあの船の艦長さんなのかと・・・。」

 

提督「ハッハッハ、いいっていいって。立場上名乗る事も出来なかったしね。」

 

オイゲン「えっ・・・?」

 

提督「あの時は身分を偽って悪かった、改めて名乗らせて欲しい。横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人だ。横鎮防備艦隊サイパン分遣隊とは、つまるところ秘匿名称だ。」

 

オイゲン「秘匿名称・・・つまり、この艦隊は秘密艦隊なの?」

 

提督「その割には協力者も多い艦隊だけどね、まぁ秘匿艦隊だ。」

 

オイゲン「そうだったんだ・・・って、って事は、物凄く凄い人・・・?」(焦)

 

提督「凄い人ねぇ・・・凄いのか? 大淀よ。」(;´・ω・)

 

大淀「少なくとも、この様な秘匿対象の艦隊を指揮している時点で、並ではないかと。」

 

オイゲン「し、失礼しましたァ!!」ビシッ

 

提督「そんな恭しくしなくていいからな? そう言うのは嫌いだ。」

 

オイゲン「りょ、了解です。」

 

オイゲンはそう言って姿勢を正し申告する。

 

オイゲン「ドイツ海軍重巡洋艦プリンツ・オイゲン及び、駆逐艦Z1 レーベレヒト・マース! 本日より、貴艦隊に配属となりました!」

 

レーベ「至らぬ点も多々あるとは存じますが、宜しくご指導ください!」

 

提督「うむ、宜しく頼む。まぁそう構えず、気楽にやってくれ。」

 

オイゲン「はい! 宜しくお願いします。」

 

提督「うん、宜しく。」

 

オイゲンと直人が握手を交わす。こうして、海外からの来客は、晴れて彼ら横鎮近衛艦隊の一員となったのである。

 

五十鈴「一件落着、かしらね。」

 

提督「そう言えば五十鈴、お前が辞令を持ってたと言う事は、土方海将にあったと言う事だな?」

 

五十鈴「それに関連して、海将から伝言を預かってるわ。」

 

提督「やっぱりな。で、土方海将はなんと仰っておられたんだ?」

 

五十鈴「一言一句正確にお伝えして欲しいと言う事だったから、そうさせて貰うわね。“ドイツ連邦軍海軍の所属下に於いて、赫々たる戦歴を誇る艦娘なのだから、大切に、そして十全に役立てて貰いたい”との事だったわ。」

 

提督「それは了解した。それで、今後の見通しについては何か仰っておられたか?」

 

五十鈴「それも伝言を貰ってるわ。これは軍令部筋からの情報らしいけど、軍令部は近く、正式な形で南方に対する攻勢を開始するそうよ。各艦隊による自主的な攻勢の連続により、敵に相当な損害が出ている事を確認したのがその根拠みたいね。その時、私達に出番があるとも言ってたわ。」

 

提督「分かった。他には?」

 

五十鈴「宜しく伝えておいて欲しい、との事だったわ。」

 

提督「そうか・・・分かった、下がっていい。二人に施設の案内をしてやってくれ。」

 

五十鈴「任せなさいな。」

 

オイゲン「ありがとうございます、アドミラール! 失礼します!」

 

レーベ「失礼します!」

 

五十鈴は2人を伴って執務室を後にした。

 

提督「・・・驚いたなぁ。」

 

大淀「そうですね。」

 

提督「・・・ちょっと必要な物資の量に修正いるか?」

 

大淀「間に合いませんし、元々多過ぎる位です。」

 

提督「まぁそうだな。パーティーにはちょうど良かろうタイミングだし。」

 

直人はそんな事も考えていたのだった。

 

 

一方その頃・・・

 

 

~食堂棟1F・大食堂~

 

隼鷹「クリスマスねぇ~。」

 

那智「些か馴染みはないがな・・・。」

 

千歳「それで、どうします? 24日。」

 

足柄「シャンパンで乾杯でいいんじゃない?」

 

隼鷹「ハハハハッ、朝からかい?」

 

足柄「私達が出来る事ってその位じゃない?」

 

千歳「夜にはメインパーティーがあるのよ?」

 

足柄「そ、それもそうね・・・。」

 

隼鷹「ま、忘年会ついでにのん兵衛共を集めるか。」

 

那智「そんなところだろうな。騒ぐのもいいが、それは然るべき場に持ち越そうか。」

 

隼鷹「そうそう、酒は飲んでも、飲まれるなってね。」

 

お前が言うな、と思うと思われるが、実はここの隼鷹は割と節度ある酒飲みなのである。

 

 

皐月「クリスマスかぁ・・・どうする?」

 

睦月「むむむ・・・。」

 

卯月「やっぱりここは、思う存分食べるぴょん!」

 

三日月「それはメインパーティーに回しませんか?」

 

卯月「お昼ご飯の話だぴょん。」

 

三日月「お昼から余り飛ばし過ぎると、夜が・・・。」

 

卯月「う~ん・・・。」

 

如月「司令官にプレゼント、なんてどうかしら?」

 

 

ガタタッ

 

 

睦月型(望月欠)「「それだッ!!」」

 

弥生「でも・・・何をあげるの・・・?」

 

菊月「その通りだな・・・。」

 

長月「実際、司令官が喜びそうなものと言えば・・・。」

 

文月「・・・ちょっと、想像つかないかも。」

 

皐月「急に考えてもいいと言われると、色々と可能性が見えちゃって難しいなぁ・・・。」

 

三日月「そうねぇ・・・。」

 

睦月「日頃の感謝と言う事で花束とかどうかにゃ?」

 

如月「安直だけれど、いいかも知れないわねぇ。」

 

睦月型会議はどうやら決着がついたようだ。

 

 

日を跨ぎ12月21日、各水雷戦隊指揮官が呼び出された。

 

13時41分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「率直に聞こう。駆逐艦の子達は欲しい物があるとか、そう言う話はしていたか?」

 

大淀「・・・急にどうされました?」

(第十戦隊旗艦)

 

提督「怪訝な顔をすな。クリスマスプレゼントの話だよ。」

 

矢矧「いや、それは分かっているけれど・・・。」

(二水戦旗艦)

 

名取「急にそう言う事を言い出すと、誰でも怪訝に思うと思います・・・。」

(七水戦旗艦)

 

提督「ん? おかしいか?」

 

阿賀野「取り立てておかしい、と言う訳でもないけど・・・。」

(一水戦旗艦)

 

提督「だろう? それに、子供には夢を見る時間が必要だ。そこで聞きたいんだよ、駆逐艦娘達の要望に沿ったものがあるかどうか、をね。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

と言う訳で、各水雷戦隊の指揮官が、執務室の応接用テーブルを囲んで直人を交え議論し始めた。

 

阿賀野「そう言えば、電がクマのぬいぐるみが欲しいって言ってたわね。」

 

提督「まぁお財布には余裕あるしいいけども・・・。」

 

大淀「じ、自腹を切るおつもりですか!?」

 

提督「そうだよ~?」

 

大淀「駆逐艦娘だけで、53隻いますが・・・。」

 

提督「ある程度貯金はあるから大丈夫さ。」

 

名取「・・・望月さんが、新しい枕が欲しいとか、なんとか・・・。」

 

提督「らしいと言えばらしいか・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

阿賀野「あ、初春ちゃんが新しい扇子が欲しいとか言ってたような。」

 

提督「初春のお眼鏡に適う品と巡り合えるかが問題か。」

 

大淀「島風さんは新しい制服が欲しいと言っていましたね。露出が多過ぎて、任地次第では寒いんだそうです。」

 

提督「前に要望書も来てたような・・・この際だ、要望を被服に回して置いてくれ。」

 

大淀「はい。」

 

矢矧「寒いと言えば、陽炎と霞がマフラーを欲しがっていたわ。」

 

提督「まぁ、防寒着が無いと駄目な地域でのミッションもあるしな、それについても何とかしよう。」

 

矢矧「・・・そう言えば、何処に調達に行くつもりなの?」

 

提督「買い出しに本土に行くつもりだ。」

 

矢矧「成程ね・・・。」

 

大淀「自ら行かれるおつもりなのですか?」

 

提督「他に誰が行くんだ?」

 

大淀「お命じになられるなら私が―――」

 

提督「無線傍受班が司令部を離れたらいかんだろう?」

 

大淀「は、はい。失礼しました。」

 

提督「大変な買い物だが、ま、買い物は得意だ、任せて貰おう。」

 

 提督と水雷戦隊指揮官との密議は、その後数時間にも渡り行われたと言う。

これの内容が所謂“アレ”であるならば、格好のすっぱ抜きの対象なのだが、さしもの青葉も話の内容的にすっぱ抜く事をしなかった。そこには何一つ後ろめたいものなど存在しなかったのもその要因となった。

 

そしてその密議の結果は早くも翌日現れる事になった。

 

 

12月22日午前7時24分 中央棟2F・提督執務室

 

 

コンコンコン・・・

 

 

提督「入れ!」

 

川内「失礼します! 提督、呼んだ~?」

 

提督「あぁ、その声は川内だな、待っていたぞ。」

 

大淀(川内さんをお呼び出しになるなんて、珍しいですね・・・。)

 

大淀がそう思うのもまぁ無理もない事である。川内は現状1個戦隊の旗艦でしかない身であり、彼が普段から呼び出しをかける立場でない事も事実ではあるからだ。

 

彼の目前に立った川内に、直人は告げる。

 

提督「喜べ川内、夜戦の依頼だ。」

 

川内「・・・えっ!? 夜戦!?」キラキラ

 

提督「そうだ、夜戦だ。」

 

大淀「いや提督、何をお考えです?」

 

直人は大淀にそう問われると、執務机の引き出しを開け、中からあるものをひっつかんで川内に投げた。

 

川内「おっと・・・これって、サンタさんの帽子?」

 

提督「つまり、そう言う事だ。」

 

川内「・・・成程ね、プレゼント配りかぁ。人選いいねぇ、流石提督!」

 

提督「夜に強いと言えばお前しか思いつかなんだでな。と言う訳で、本土に買い出しに行くぞ。もう神通に話は通してある。」

 

川内「話早すぎない!?」

 

提督「驚いたかな? それとも人生初デートの相手が、俺じゃ不満かな?」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべながら直人はそう言い放つと、川内はてきめんに顔を赤くした。

 

川内「でっ、デートッ!? いや・・・別に不満とか、そう言う訳じゃ・・・えっ、えぇぇ~?///」

 

金剛「・・・。」

 

川内の後で金剛は面白くなさそうな顔をしている。

 

提督「アッハッハッハ、まぁ一泊二日だがそう気にもまんでいいよ。あと金剛、そう面白くなさそうな顔をするなw」

 

金剛「りょ、了解デース。」

 

直人に様子を見て取られ、思わず目を逸らした金剛であった。

 

提督「と言う事で、大淀、金剛、留守は預けるぞ。」

 

大淀「はい、行ってらっしゃいませ。」

 

金剛「気を付けてネー?」

 

提督「うむ。そんじゃ行こうか。」

 

川内「うん!」

 

そんな訳で7時50分、サイパン飛行場をサーブ340改“バルバロッサ”が滑走路を蹴って飛び立った。荷物運搬ならバルバロッサにお任せ、である。周囲は航空隊指揮官自ら増槽を付けた、四式戦闘機16機が護衛していた。

 

 

7時59分 サイパン上空

 

提督「おいおい、随分物々しい限りだな?」

 

柑橘類「“海軍甲事件(山本長官機撃墜事件)みたいな事があったらどうする。”」

 

提督「以前あっただけにぐうの音も出ない。」

 

柑橘類「“航路上には事前に空母も展開するそうだ。だから安心して空の旅を楽しんでくれ。”」

 

提督「さいでっか~。」

 

その指揮官機たる四式戦一型丙は、要望していた武装換装が成り、20mm機関砲がドイツから艦隊の潜水艦部隊が持ち帰った20mm MG151/20機関砲に換装されている。30mm MK108機関砲もあるが、砲口初速の差から弾道が異なる為、日本製のホ115-Ⅱ(MG151と同じ砲口初速)のままである。

 

提督「MK108どうしよっか。」

 

柑橘類「“(´・ω・`)知らんがな。”」

 

提督「だよなぁ~。いっそ、70機ある屠龍に積むか?」

 

柑橘類「“どうやって・・・まさか!”」

 

提督「37mmとチェンジでええやろ。発射レート爆上がりやで。」

 

柑橘類「“確かにいいかもな・・・砲口初速が少し落ちるが、元々そこまで精度も無いしな。”」

 

提督「弾幕は正義ですぞw」

 

柑橘類「“おっそうだな!”」

 

とんでもない魔改造案が話し合われているバルバロッサの機内であった。

 

 

12時前、サーブ340改が厚木基地に着陸すると、直人と川内は早速横浜市外に繰り出し、思う存分ショッピングを楽しんだ。で、気付くと・・・

 

 

20時19分 横浜市街にて

 

提督「やべ・・・重い。」

 

川内「アハハ・・・流石に53人分のプレゼントを買い込みに来たんだからねぇ。」

 

提督「ま、まぁな。」

 

大きな紙袋8袋に抱えた箱が10個、大荷物である。

 

提督「辛うじて前は見えるけどね・・・。」

 

川内「私が3個持ってるからねぇ。」

 

提督「さっさと厚木に送って宿に帰ろうか。」

 

「おいおい、艦隊の指揮官ともあろう者が、酷い恰好だな。」

 

提督「おっ、おおっ??」

 

その声は前方からだった。直人が見ると、そこには大迫一佐が立っていた。

 

提督「大迫さんじゃないですか、どうしてここに?」

 

大迫「どうしても何も、厚木基地から連絡があって、お前の飛行機が昼前に着陸したって言うもんだから、仕事が終わってから急いで探しに来たんだよ。こっちも何も聞いちゃいなかったから、時期的に考えてショッピングモールだと思ったがね、やっぱりそうだった。」

 

提督「やれやれ、参りましたね、お見通しとは。」

 

大迫「それで、その様子じゃ、クリスマスプレゼントの買い出しと言ったところか。」

 

提督「ですね、今日の内に厚木に荷物を送って、明日の朝少し観光して帰ろうかと。」

 

大迫「そう言う事なら、荷物についてはこちらに任せてくれ。そんな事だろうと大きめの車で来た。折角なんだし、少しは羽を伸ばして行け。」

 

提督「いいんですか?」

 

大迫「今更遠慮をするな、らしくも無い。」

 

提督「そう言う事なら、甘えさせて頂きます。」

 

こう言う時、彼が手ぶらであれば頭を掻いただろうが、直人はこの時両手が塞がっていた為それは出来なかった。

 

提督「で、わざわざ来たと言う事は、何か用件があっての事ですよね?」

 

大迫「流石勘がいいな、歩きながら話そう。」

 

提督「分かりました。」

 

こうして直人は大迫一等海佐に捕まってしまったのであった。

 

 

歩きつつ、直人は大迫一佐と久方ぶりに話をした。

 

大迫「既に五十鈴から聞いていると思うが、大本営は近く、南方に対して攻勢に転ずるらしい。」

 

提督「はい、聞いています。その時私に出番があるだろうとも。」

 

大迫「うん、その事だがね。ラバウル方面には今、目立った敵軍は存在しない事が分かったんだ。」

 

提督「なんですって?」

 

大迫「合点のいく話ではある。もしラバウルが陥落していたら、トラック泊地は今よりずっと脅威度が高かった筈なんだ。」

 

提督「つまり、今よりもずっと危険な場所であり、攻撃もより強度も高く継続されただろう、と言う事ですね?」

 

大迫「そうだ、疑念を持たれた小澤海将補が、麾下の航空部隊の偵察機を派遣した所、ニューブリテン島とその周辺一帯には敵の存在を確認出来るものは何も無かったそうなんだ。」

 

提督「・・・それで、私達に出番がある、と言うのは?」

 

大迫「それについてはまだ、確たる自信を持って言える事ではないんだ。何も無ければよし、あったらその時は・・・と言う事にもなるだろう。ブーゲンビル島方面では、敵がソロモン諸島を西進しようとする兆候も見られている。」

 

提督「もしも作戦発動前に何か動きがあるようであれば、我々が動くと言う事ですか。」

 

大迫「そうだ。その時は宜しく頼むぞ。」

 

提督「―――安んじて、お任せあれ。」

 

大迫「やれやれ。攻勢一つやるのにも、近衛艦隊無しでは出来んとは。」

 

提督「ですが防衛はやり遂げたじゃないですか。悲観する程の事は無いと思いますよ。」

 

大迫「いや、敵軍の追撃は、呉鎮近衛艦隊がやっているんだ。」

 

提督「氷空がですか?」

 

大迫「あぁ。」

 

提督「知りませんでした・・・。」

 

大迫「“受けてから返す”、それが呉鎮近衛艦隊の役割だからな。」

 

提督「我々は先制攻撃を旨としていますからね、その意味では正反対と言えますか。」

 

大迫「そうだな。佐世保は敵の後方攪乱や増援部隊をその合流前に倒す事が目的だし、舞鶴については敵情の強行偵察がメインだ。いずれも目立たないが、重要なのは確かだな。」

 

提督「それは兎も角としても、我々のような存在がいなければ、今の戦況はもっと厳しかったのでしょうか?」

 

大迫「そうだな、艦娘艦隊にも、実戦を経て大分見違えるように育った者達も出ているが、それは今の話だ。最初は素人の集団なんだからな。玄人がいて、彼らが育つまでの間を持たせなければ、今頃南方の泊地は陥落しているかもしれん。」

 

提督「そう考えれば、今までの戦いも少しは無駄じゃなかったと思えます。」

 

大迫「無駄どころか大金星じゃないか。そう謙遜するな。今の状況は、お前が居なければ生まれなかったんだ。もう少し胸を張れ。」

 

提督「はぁ・・・。」

 

川内「そうそう、棲地を4つ陥落させ、数多の深海棲艦や超兵器級を沈め、挙句深海棲艦と人類の修好の芽を作った。凄い事だと思うよ?」

 

提督「川内が褒めてくれるとはね、恐縮だな。」

 

大迫「ほ~う? 上手い具合に紛れ込んだもんだな。」

 

提督「えぇ。最初はジャンパーで誤魔化しておいて、いの一番に洋服屋に飛び込みましたからね。」

 

その川内の出で立ちは、紺の長袖Tシャツに黒のGパン、そこからグレーのジャンパーにオレンジのマフラー、更に深緑のコートと結構な厚着である。

 

提督「おかげで一番金がかかったのは、川内の私服でしたよ。」

 

大迫「まさか、自腹を切ったのか。と言うか、お前がコーディネートしたのか!?」

 

提督「ハハハ、それなら笑い種ですがね、川内が自分で選んだんですよ。」

 

大迫「そ、そうか。」

 

川内「ちょっと、どういう意味さ!?」

 

提督「いやいや、良く似合ってるよ。」

 

大迫「お前じゃ様にならなすぎるからな。」

 

提督「ま、そうですね。私は余り身なりを気にしませんし。」

 

そう言う直人は、黒の長袖Tシャツに黒のジーンズ、紺のジャンパーに黒の革ジャンと全身見事に真っ黒である。

 

大迫「闇にでも紛れるつもりか?」

 

提督「適当に見繕ったらこうなってしまいまして。」

 

大迫「やれやれ。」

 

提督「それは置くとしても、作戦実行時期はいつ頃になりそうですか?」

 

大迫「まだ何とも言えん。今、作戦の立案を一課の参謀連中がやっている所だからな。」

 

提督「そうですか・・・。」

 

大迫「まぁ、そう直ぐの事じゃない、それだけは覚えて置いてくれ。」

 

提督「はい。」

 

話し込んでいる内に、直人達は大迫一佐のワゴンがある立体駐車場に着いていた。彼はそのワゴンに荷物を積み込ませて貰い、後を大迫一佐に任せてホテルに戻ったのであった。

 

 

翌日23日、彼は川内と共に横浜市街を巡り、昼過ぎに厚木基地に戻り足早にサイパンへの帰路に就いたのだった。

 

で、帰った直後、彼はある意味で畑違いの相談を受ける羽目になった。

 

 

12月23日18時00分 食堂棟1F・大食堂

 

雲龍「この胸、どうにかならないかしら・・・。」

 

提督「・・・。」

 

雲龍「・・・。」

 

唐突過ぎる一言に沈黙する直人、その反応を待つ雲龍。

 

提督「・・・どうした急に。」

 

雲龍「例え胸があっても、私達艦娘の役に立つ訳ではないもの、ただ重りを下げているだけでしかないから。」

 

提督「アホ抜かせ雲龍。」

 

雲龍「え?」

 

提督「女性の胸ってのはなぁ、母性の象徴だぞ? 男じゃぁお前のような豊満な胸は持てんし、母性の象徴たればこそ、男は惹かれるんだ。俺などは、そう思うがね。」

 

などとのたまう直人、瑞鶴や龍驤がいれば張り倒され、金剛や鈴谷がいれば赤面した事だろう。だが幸い両者共にこの時は近くにはいなかった。

 

雲龍「とは言っても、私達は艦娘よ?」

 

提督「いいか雲龍。俺は提督で、お前達は艦娘だ。だがその向かう未来像がどうあれ、戦後と言う物は必ず訪れる。その時お前達は、明日の日本にとって必要な人材となる。軍と言う軛を離れ、一人の“人間”として生きていく事になる。その時になれば、役に立つと思うぞ。」

 

雲龍「私が・・・人間として?」

 

提督「そうとも、お前はただの兵器じゃない、武装を解除すればただの一市民として生活する事が出来るんだ。いつかお前達と言う存在が軍にとって不要になった時、それは、市民にとっては必要な存在となる。今、ただでさえ日本の人口は減っている。そこに光明を与えうるとしたら、それは艦娘達の存在そのものなんだ。」

 

雲龍「日本の状況は、そんなに酷いの?」

 

提督「残念なことに、いいとは言えない。一時期1億2千万人を数えた日本の人口は、少子高齢化の波を受けて2030年代には1億人を割っていたんだが、その後の10年単位の減少率は、過去の想定を遥かに上回るペースで進行した。言うまでも無く戦争の影響だ。」

 

雲龍「それじゃぁ、今の日本の人口は?」

 

提督「ざっと6000万人、と言われている。」

 

雲龍「“ざっと”って、どういうこと?」

 

提督「日本の行政機構は既に崩壊寸前だ。戸籍謄本の更新すら最早思うに任せんような状況だからな。詳細な人口さえ、我々日本国民は知る事が出来んのさ。天皇陛下の御身が無事なのが、唯一幸いと言えるだろうな。」

 

雲龍「そんなに・・・。」

 

提督「だから戦争が終わっても、お前達に嫁の貰い手はいくらでもいるだろうよ? 産めよ増やせよ、結構な事だと思うがねぇ?」

 

雲龍「そう言うものかしら・・・?」

 

提督「当然だと思うがねぇ、ただでさえ人口が少ないんだし、特に女性の数が男性よりも少なくなってしまったんだ。そんな所へ艦娘と言う人的資源を見逃す筈は、無いと思うよ。少なくとも日本政府の、お偉方はね。」

 

雲龍「・・・そうかもしれないわね。相談に乗ってくれて、ありがとう。こんな事はもう言わないわ。」

 

提督「分かってくれて良かったよ。」

 

金剛「提督ーゥ?」

 

提督「!」ビクッ

 

金剛「さっきから聞いてましたケド、ナンノ話デスカー?」

 

提督「聞いての通り、艦娘達の戦後の話さ。」

 

金剛「ならいいですけどネー?」

 

提督(ゲスの勘繰りだ~)汗

 

まぁ、確かにしていたのは戦後の話ではあるのだが。

 

提督「それより金剛も一緒に食うか?」

 

金剛「お付き合いしマース♪」

 

その後直人は雲龍と金剛の二人と夕食を共にした。一方川内はくたびれ果てて自室で爆睡していたのであった。

 

 

そして、12月24日が来る。

 

 

12月24日8時47分 食堂棟1F・大食堂

 

隼鷹「メリークリスマァーッス! ヒャッハアアアァァァァーーー!」

 

PON☆と言う小気味いい音と共にコルクが飛んだ。って結局飲むんじゃねぇか!

 

那智「やはり、我らが集まったなら、酒無くして始まらん。」

 

間宮「飲み過ぎないようにして下さいね?」

 

隼鷹「分かってるって。」

 

今日ばかりは食堂の手伝いに来ている間宮さん。大食堂には立派なクリスマスツリーが飾られていた。これは軽巡艦娘一同が僅かな時間で何とか仕入れた一品だと言う。

 

 

~同じ頃、提督執務室にて~

 

提督「クレーンがイルミネートされてやがる・・・。」

 

そう、この日の朝になってみると、司令部前のドックのクレーン2基が、豪奢なイルミネーションで飾られていたのである。

 

大淀「こんな事をするのは・・・。」

 

提督「一人しかいねぇな。」

 

 

ガチャッ

 

 

明石「おはようございます!」

 

提督「ノックはしろ。」

 

明石「失礼しました!」

 

提督「で? アレはお前の仕業だな?」

 

明石「お気に召しませんでしたでしょうか・・・?」

 

提督「いや、そんな事はない、やるなら事前に言ってくれ。」

 

明石「あ、はい。分かりました。」

 

 クリスマスと言う事もあり、司令部の各所にはイルミネーションが飾られていた。

事前の布告により、置いておけるのは23~25日の間のみと定めて置いた為、22日の時にはまだ飾りつけはされていなかったのだ。

 

提督「で? 皆の様子は?」

 

明石「クリスマスと言う事を口実に騒いでいる艦娘達が多いですねぇ。いつもの面々はシャンパン片手に今年を振り返ってます。」

 

提督「何!? いつも日本酒しか飲まん奴らがシャンパンだと!?」

 

明石「クリスマスだから、と言うのが理由らしいです。」

 

提督「えぇ・・・。」

 

驚いて言葉の出なかった直人だった。

 

明石「それは兎も角、メインパーティーの方は準備が出来ました、いつでも号令をかけて頂いて構いません。」

 

提督「いつでも、と言うのは少々気の早い発言だな。だがまぁ良かろう、ご苦労様。」

 

局長「ヤレヤレ、オ祭リ騒ギダナ。」

 

そこへなんと局長がやってきた。執務室まで来るのは中々珍しい事である。

 

提督「局長か、珍しいね。」

 

局長「タマニハナ。ソレヨリ話ガアル。チョット来テクレ。」

 

提督「あぁ、分かった。」

 

直人は局長に連れられて技術局に向かった。

 

 

8時53分 技術局

 

局長「ソレニシテモ、今日ノ艦娘ドモハオ祭リ気分ダナ。今敵襲ガアッタラドウスルツモリダ?」

 

提督「そんな日が年に1日くらいはあってもおかしくあるまい、そうでも無きゃ、戦場で正気なぞ保てんよ。それに・・・」

 

局長「・・・ソレニ、ナンダ?」

 

提督「元々伊達と酔狂で戦ってんだ、当然だろうな。」

 

局長「“伊達ト酔狂”カ、ナルホド。マァソレヨリモダ。」

 

提督「そうだな、ここにわざわざ呼び出した理由は何だ?」

 

局長「実ハナ、オ前ガ使ッテイル“紀伊”ダガナ、改修ノ提案ヲシタカッタンダ。」

 

提督「というと?」

 

局長「コレマデノデータヲ参考ニ、私ガ知リ得ル超兵器級ノスペックト突キ合ワセテミタ。ハッキリ言エバ、性能不足ト言ウ結論ニ至ラザルヲ得ナイトイウ所ダ。」

 

提督「・・・そうだろうな。」

 

局長「―――薄々ハ、気付イテイタンダロウ?」

 

提督「・・・そうだな。そうでなければ、俺が超兵器とまともにやりあった時に、ボロボロになってきた説明がつかないしな。」

 

 そう・・・あの紀伊ですら、そのスペックは超兵器級に及ばない。それはこれまでの戦闘、特にアルウスとの死闘ぶりを見れば分かる通りだ。

“大いなる冬”を別とすれば、紀伊のスペックは人類の技術の範囲を出ないのだから、それは止むを得ない事であった。

何故ならその答えは、『超兵器の超兵器たる所以は?』と言う質問の答えが全てである。即ち『人類の技術水準を超える超技術で作られた兵器であるから』である。

これが、艦娘によって超兵器を倒す事の難しい所以である。

 実績はある。経験もある。だが問題は、如何にしてそれを生かすかなのである。結局のところそれは、敵の過失に依るしか他に手が無いのである。

 

局長「具体的ニ言エバ、アノ艤装ハウェイトバランスガトップヘビーナ傾向ガアル。ソレ自体ハ高速航行時ニハ気ニナラナイト思ウガ、結果的ニ機動性ニ対シテマイナスニナルノハ確カダ。動キヅライト思ッタ事クライハアルハズダ。」

 

提督「た、確かに。」

 

局長「ダカラ120cm砲ノマウント位置ヲ下ゲ、更ニ軽量化ヲ行ッタ方ガイイダロウ。」

 

提督「・・・ふむ。」

 

局長「マ、細カイトコロハ明石ト相談スルンダナ。」

 

提督「そうだな、そうするよ。」

 

局長「モウスグ2年ダ、頑張ッテクレヨ。」

 

提督「―――あぁ、ありがとう。」

 

そう言って、直人は技術局を後にするのであった。

 

 

提督(・・・そうか、もうすぐ、あの日から2年になろうとしているのか。)

 

技術局を出た後、彼は一人そんな事を考えていた。

 

提督(早いものだ、忙し過ぎてそんな事、考える暇さえなかったが・・・。)

 

それはどの口が言えたセリフか。

 

提督(この2年で、状況は大きく変わった。敗勢から均衡に、守勢から攻勢に、確かに流れは、大きく変わりつつある。或いは、時代の流れが、加速し始めているのかもしれんな。その先に何があるのかは、また別として・・・。)

 

 時代は、いつも人が紡ぎ出すが故にこそ、予測不可能な代物だ。明日がどうなっているかなど、自分達には分からないが、確かに未来と言うのは、己のすぐ隣に座り、“こっちにおいで”と手を振っている。

直人はその時代の変化に、確かに貢献したひとりであっただろう。彼はその手腕と力で、人類にとっての未来をも切り拓いて見せたのだから。

だからこそ彼は伝説の人物であり、人類にとって後世に語り継がれる英雄たり得るのだ。

 

提督(・・・2年か。随分、賑やかになったもんだな。ここも、世界も―――)

 

 少しぐずついた空を振り仰ぎ、彼は一人、そう感じていた。気付けば横鎮近衛艦隊にも顔触れが沢山増えた。そして世界は確かに、暗雲が払われつつある。

彼らは一体、どの様な未来へと進もうとしているのか。しかし彼は、目の前の馬鹿騒ぎに身を投じる。

彼らにとって、毎日が祭りであった。それは静かだが、彼らにとって戦争と言う物に対する価値観の表れでもあった。確かに、乗り越えなければならない局面に遭遇する事はあるだろうが、結局は“伊達と酔狂”なのだ、最初から狂っているのである。

 そう言う意味では、彼ら、或いは彼女らは、狂人の集まりであったのだろう。本当に狂ってはいないのだが、確かにどこかが狂っているのだった。

 

 

15時17分 司令部前ロータリー

 

提督「・・・。」

 

直人は、ロータリーの中央に鎮座する桜の木を見上げていた。春になれば満開の桜が咲くこの木も、今は葉を落としている。

 

川内「提督!」

 

提督「よう川内。手筈は?」

 

川内「バッチリ!」

 

提督「大変結構だ。あと3時間でメインパーティーだ。それまではゆっくりしててくれ。」

 

川内「私の出番は、」

 

提督・川内「「皆が寝静まった後に。」」

 

川内「フフッ。」

 

提督「頼むぜ?」

 

川内「勿論♪ じゃぁね。」

 

皐月「司令官!」

 

提督「おう皐月、どうした。」

 

皐月「メインパーティーって、どんな風なの?」

 

提督「始まってのお楽しみだ。」

 

皐月「えー? 教えてよ~。」

 

提督「フフッ、教えたら面白くなくなっちゃうだろ?」

 

皐月「うーん・・・そうだね。」

 

提督「偉く素直だな今日は、可愛い奴め。」ナデナデ

 

皐月「ヘヘヘッ。」

 

隼鷹「よっ!」

 

提督「おや隼鷹、意外と酔ってないね?」

 

隼鷹「まだ酔うには早いって~。」ニタニタ

 

提督「そういや珍しくシャンパンだったらしいじゃねぇか。」

 

隼鷹「たまにはね。あとさ、日本酒ばっかりな訳じゃないよ? 達磨だって飲むんだから。」

 

提督「そりゃ失礼。」

 

隼鷹「んじゃ、またあとでね~。」

 

大和「あっ、提督。」

 

提督「おう、大和か。」

 

大和「ここは、いい艦隊ですね。」

 

提督「どうした藪から棒に。」

 

大和「いえ、私が着任して結構経ちましたけど、本当に賑やかで、笑顔に満ちていて、あの頃のトラックを思い出すようで、居心地がいいんです。」

 

提督「喧騒と狂乱には事欠かんしな。」

 

大和「えぇ、本当に。」

 

提督「トラック諸島か。かつての栄華は、いまやどこ吹く風だからな。」

 

大和「―――必ず、この戦争に勝ちたいものですね。」

 

提督「そうだな。だが今は、目の前の祭りを楽しもうや。」

 

大和「はい!」

 

赤城「大和さん!」

 

大和「赤城さん、どうされました?」

 

赤城「宜しければ、今から一席、どうですか?」

 

大和「お付き合いします。では提督、また後で。」

 

提督「あぁ。赤城、食うのも結構だが食い過ぎるなよ、太るぞ。」

 

赤城「こっ、考慮します。」(震え声)

 

赤城も贅肉が付く事は恐れるようだ。やっぱりそこの所は一人の女である。

 

提督「・・・やれやれ、みんな元気だねぇ。」

 

那智「それもそうだろう。折角の機会だしな。」

 

提督「那智か。」

 

那智「戦場と言う物には、時折こうした機会が必要なのかもしれん。緊張を保つのもいいが、時にはそれを忘れなければな。」

 

提督「お前の口から、そんな言葉を聞けるとはね。」

 

那智「・・・司令官、私はあなたに全幅の信任を置く身だ。納得できない事はある、だがそれだけは、覚えておいて欲しい。」

 

提督「分かっているよ。言いたい事は多々あるだろうが、これからも頼むぞ。」

 

那智「あぁ。」

 

赤松「おうおう人気者だねぇ?」

 

提督「松っちゃん! 飲んでるな?」

 

赤松「こう言う時くらいパーッと呑まなきゃ!」

 

提督「お前は毎日飲んでるだろうが!」

 

赤松「ハッハッハ、いいじゃねぇか細かい事は!」

 

加賀「酒が過ぎるわよ、飛行隊長。」

 

赤松「げげっ。」

 

提督「よう加賀。」

 

加賀「こんにちは。」

 

提督「楽しんでるか?」

 

加賀「まぁ、悪くないわね。メインパーティーも期待させて頂きます。」

 

提督「おう、期待しといてくれ。」

 

加賀「それでは。飛行隊長がお見苦しい所をお見せしました。」

 

提督「あぁ、気にしてないぞ。」

 

赤松「じゃぁな~。」

 

提督「・・・フッ。」

 

ペンギン【なんで笑ってるんだ?】トテトテ

 

久々登場ペンギンさん。

 

提督「いやなに、楽しくて、ついね。」

 

綿雲【今日は警備行動も全て取り消しと聞きましたが?】フヨフヨ~

 

提督「艦隊はね。」

 

ペンギン【まぁ折角だし、便乗して騒がせて貰うのだ。】トテトテトテ

 

提督「さよか~。」

 

綿雲【では失礼します。】

 

提督「うん。」

 

クリスマスと言う言葉は、一種喧騒を呼び起こす魔法の言葉かもしれない、直人はふとそんな事を思うのだった。

 

 

18時59分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「あと10秒―――」

 

 腕時計に目を落とす直人。いよいよメインパーティーと言う事で、全ての艦娘が大食堂に集まっていた。

食堂の中央には、巨大なケーキやターキー、チキングリルを始めとする、可能な限り贅の限りを尽くした料理の数々が並んでいた。

 

時計の針が、19時を指す――――

 

提督「静粛に、そのままで構わない。メインパーティーに集まってくれた事に、まずは感謝を。2年目にしてようやくだが、我が艦隊もクリスマスを祝う事が出来た。残念ながらそこまで豪勢にディナーを用意出来た訳ではないが、その分、鳳翔を始め厨房の皆が、これを祝うに相応しい料理を用意してくれた。またとない機会だから、この際存分に楽しんでくれる事を祈る。」

 

彼がそう結ぶと、食堂中から拍手喝采が起こった。それが、パーティーの開幕を告げる合図となった。

 

 

瑞鶴「―――。」

 

翔鶴「あら瑞鶴、ターキー、食べないの?」

 

瑞鶴が持っていたのはターキーではなくチキンだった。

 

瑞鶴「七面鳥を見ると、どうしても記憶と結びついちゃって・・・。」

 

翔鶴「あら・・・無理はしない方がいいわね。」

 

瑞鶴「うん、ありがと。」

 

マリアナの七面鳥撃ち(ターキーショット)は、瑞鶴のトラウマの一つであるらしかった。

 

 

提督「あむっ。」

 

それを横目にターキーを食する直人。

 

間宮「お味はどうですか?」

 

提督「間宮さんか、おいしいよ。間宮さんが作るものと言えばいつも甘味しか食べた事がないから、ちょっと新鮮な気がするけどね。」

 

間宮「フフッ、そうですね。ご満足頂けた様で、安心しました。」

 

提督「これを食べ終わったら、ケーキも頂く事にするよ。」

 

間宮「はい、存分にご賞味ください。」

 

今回の料理は、間宮や伊良湖、鳳翔に加え、瑞鳳や榛名と言った料理の出来る艦娘達も手伝っての合作と言う事であった。

 

提督「よう金剛、楽しんでるか?」

 

金剛「勿論ネー提督。ケーキもターキーも、BerryGoodデース!」

 

提督「そうかそうか。素敵な聖夜に。」

 

金剛「乾杯。」

 

チンと軽い音を立てて、シャンパングラスが音を立てる。彼は彼なりにこのパーティーの演出を手掛けていたが、自分も楽しんでいた。

 

 

摩耶「しかし、出し物の出来る奴が中々いないからなぁ、今一つ賑わいに欠けると言うかなんと言うか・・・。」

 

高雄「あら、こんなご馳走を満足するまで食べられるのだから、いいと思うわよ?」

 

摩耶「いや、そりゃそうだけどさ・・・。」

 

三日月「あの・・・。」

 

摩耶「あ? 三日月か、どうした?」

 

三日月「私、バイオリンなら弾けますけど・・・」

 

摩耶「へぇ、どんな曲を弾けんだ?」

 

三日月「ポピュラーなクリスマスソングなら、一応練習してました。」

 

摩耶「よし、じゃぁいっちょ、場を盛り上げてくれ。」

 

三日月「分かりました! では、バイオリンを寮から取ってきますね、すぐに戻ります。」

 

 

5分後・・・

 

 

~~~♫(ALL I WANT FOR CHRISTMAS IS YOU)

 

提督「ん? このバイオリンは誰が・・・」

 

高雄「三日月さんが弾いているみたいですよ。」

 

直人の背後から高雄が耳打ちした。その時彼の足は、自然と食堂の外へ駆け出していた。

 

 

更に2分半後・・・

 

 

提督(よし間に合った!)

 

直人がトランペットを片手に戻って来た。

 

摩耶「おっ!? 提督じゃねぇか。そんなに慌てて―――!」

 

三日月「―――!」

 

提督「―――。」パチッ

 

直人はトランペットを掲げて三日月にウィンクをしてみせる。

 

三日月「―――。」コクッ

 

三日月はそれに対して微笑んで頷いて見せた。

 それから、三日月と直人の二人による、小さな演奏会が始まった。それは、ベタなクリスマスソングを洋楽と邦楽取り交ぜての選曲だったが、居並ぶ観衆を魅了するにはまずまずと言えた。

そして、それらが終わった後には、その日二度目の拍手喝采が起こったのであった。

 

摩耶「ハハッ、全く驚いたぜこりゃぁ。一体何でまたこんな芸を隠してたんだ?」

 

提督「一時トランぺッターを目指しててね。音楽学校で習ってたんだ。オーケストラへの加入を間近に控えたタイミングで自衛隊に引っこ抜かれちまって、その界隈からはそれっきりなんだが。」

 

摩耶「へぇ~。意外と学歴自体はいいんだな。」

 

提督「失礼だねー?」

 

摩耶「悪い悪い。碌に学歴の無い奴も提督にはいるって聞いてるもんでよ。」

 

提督「確かに高卒提督もいると言う話は聞くね。十分とは思うが。」

 

摩耶「今の日本は学習の環境もなぁ・・・。」

 

提督「それよりも“一致報国”と言う考えだからね、止むを得ない国情ゆえ致し方ないけども。」

 

摩耶「兎も角、凄く良かったぜ。」

 

提督「ありがとう。」

 

摩耶「三日月も、凄く綺麗な音色だったぜ。」

 

「ありがとうございます!」

照れ臭そうな三日月である。直人も惜しみない賛辞を込めて

「大成功だな、三日月。」

と言ってあげるのである。

三日月「はい、飛び入り参戦、ありがとうございました。」

 

提督「いいって事よ。素晴らしい音色だった、全然知らなかったよ。」

 

三日月「普段は、電子バイオリンで練習していたんです。」

 

「道理でか。」

 苦笑しつつそう言う直人。電子バイオリンなら音を出さずに練習できる訳なので、誰も知らなかったのは無理も無い事だろう。

 

提督「まぁ、立派なパーティーに華も添えられたし、来年は参加者募ってやるのもありかも知れんね。」

 

三日月「素敵ですね! ぜひそうしましょう?」

 

提督「うん。しっかし少ない給料で良く買えたな。」

 

三日月「2年近くになりますから、少なくても、相応の額になりますよ。どちらもヤマハ製の物を買いました。」

 

提督「塵も積もればだな。それではな、お疲れさん。」

 

三日月「はい! お疲れ様です。」

 

直人はそう言って、人込みに消えて行ったのであった。

 

 

暫くして・・・

 

川内「―――さっきから、提督を見かけないなぁ・・・。」

 

 

21時10分 艤装倉庫脇

 

パーティーもたけなわの頃、直人はそこを抜け出して、一人星空を見上げていた。綺麗に晴れ渡った空は、満天の星がきらめいていた。

 

川内「こんな所に居たんだ。」

 

提督「川内・・・!」

 

川内「どうしたのさ? パーティーの主役がこんな所に一人でさ?」

 

提督「・・・俺も色々と、思う所があってね。」

 

川内「・・・そっか。」

 

そこから少しの沈黙を挟んで、直人が口を開く。

 

提督「これから言う事は、俺の独り言だ。」

 

川内「―――?」

 

提督「思えば、クリスマスパーティーなんざ、久しくやってなかったから、やる事自体、実は半分忘れかけていた。俺が和歌山の新宮で生まれてからの数年間は、毎年のようにささやかなパーティーを、家でやってたもんだ――――」

 

 紀伊直人は2030年3月14日、新宮市立医療センターにその第一声を上げた。彼の家族には父と母の他に、父方の祖父母と、弟と妹が一人ずつおり、更に同じ新宮市内に、親戚が三家程居住していた。

 

提督「物心ついた頃は、まだ幸せだった。親父もおふくろも優しくてな、頑固なじっちゃんと、優しいばあちゃんもいて、兄弟もいて、笑顔一杯の日々で・・・あの頃は、そんな生活が長く続いて行くんだと、疑う事すらなかった。

クリスマスには必ずケーキをホールで買って、チキングリルを食べて、朝起きたら枕元にプレゼントが置いてあるんだ・・・。」

 

川内「・・・。」

 

提督「でも気付いたら、そんな日常はどこかに行っていた。時代はどんどん、戦争の暗い闇に引き込まれていった――――」

 

 2040年5月12日、正史上そう記録されているその日、アメリカ合衆国政府は、国防総省からの提案を可決して、深海棲艦の武力制圧を決定する。

これが、深海棲艦と人類の、骨肉の争いの引き金を引く事になった。

 

提督「その時俺は10歳だった。その頃はまだ何にも知らない、純粋無垢なガキンチョだった。深海棲艦については、メディアも面白半分にこぞって報道してたもんだ。

それが本当に危険なものだとも知らんままにな。気付けば、深海棲艦と人類の生存競争に関する特別番組が随所で組まれ始めた。そしてある日突然、ある一定強度以上の電波が、ジャミングで使えなくなった。

ラジオや携帯なんかは生きてたが、テレビは命脈を断たれかけていた。GPSなどの衛星電波は完全に駄目になってしまった。」

 これは言うまでも無く深海棲艦によるジャミングである。テレビ局は電波を増幅し、中継リレー方式を採用する事で急場をしのいだが、GPSは衛星に依存していた為対応のしようもなかったのである。

 

提督「その頃から、自衛軍の拡張が叫ばれ始めた。日本の領域にも深海棲艦が現れ始めたからだ。続々と志願者が軍に集い、予算は拡充され、あらゆる新兵器が生産ラインに乗り始めた。そして2045年3月10日を迎えた。東京が焼け野原になった、20世紀のやり直しが始まったんだ。

 あの時の奴らの思考は人間のそれじゃない。感傷と言う物に支配されないあいつらは、皇居にまで無遠慮に爆弾を落とした。当然だ、彼らには我々は国家と見做されず、人間と見られ、殲滅しようとされるのだからな。」

 

 この時の被害は東京23区に留まらず、東京都内では多摩市近郊まで被害を及ぼし、更に隣接する神奈川・埼玉・千葉等にもその被害と影響が飛び火する形となった為、大変な被害となった。

特に宮中に落ちた爆弾は少なくとも7発以上とされており、宮内庁の職員や皇族の一部にも死者や怪我人が出た。

幸い皇族には死者が出なかったものの、この出来事は日本国民を憤慨させずには置かなかった。ただこれが、皇居を一時京都に移す事になるきっかけとなった。

「日本国民は皇居にまで及んだ空襲被害を見て激怒した。仮にも天皇陛下がおわす御座所に爆撃を加えたんだ、余程の気抜けか国への愛着がないか、そのどちらかでない限り怒るだろうな。世論は即時開戦を叫び、政府は自衛の為の戦争を決意した。

そしてその頃密かに計画されていたのが、巨大艤装紀伊を筆頭とした曙計画。この試作艤装4基が、反撃に向けて最初の口火を切る事になったんだ。」

 巨大艤装の技術自体は艦娘技術に依らないものである、とは既に述べた通りであり、いくつかの火砲を力任せに運搬し、強力なワンマン・アーミーを生み出そうと言う計画。

この頃はまだ直人は関与しておらず、適合者の選定どころか艤装の製造が始まったばかりであった。

「もうその頃になると、物価の値上がりからクリスマスにあれだけやってたパーティーも、流石にやらなくなっていたよ。

暗い時代だとは皆思っていたが、それでも手に入れられる細やかな幸せを嚙み締めていたよ。だがその時、一つの悲劇が起こった。“新宮空襲”さ。」

 

川内「・・・!」

 

 当時深海棲艦隊中部太平洋方面艦隊直轄の航空戦力であった戦略航空部隊「戦略爆撃軍団」は、その目標を東アジアに位置する人口密集地に絞っていた。

しかし徹底的な空爆にも拘らず激烈な抵抗を繰り返す人類に、最早工場などの重要拠点を潰そうが意味がないと言う結論に達したものか、それは定かではないのだが、その空襲の一環として選ばれたのが新宮市だった。

 その頃東京は勿論、大阪や京都、福井、敦賀など各地への空襲により多くの難民が発生しており、その流入により、新宮には多くの人がいた。それが、深海棲艦隊による標的になった。

 

提督「あれは忘れもしない、2046年3月19日の事だ。突然市内全域に空襲警報が鳴り響いた。だが既に手遅れで、上空には無数の敵機の姿があった。そこからは地獄だった。倒れるビル、そこかしこで火の手が上がり、悲鳴が四周から響いてくる。

俺の一家は何とか郊外まで逃れる事が出来た、そうして助かる事の出来た者も多かったが、一番悲劇だったのは、地理不案内の難民たちだ。倒れるビルの下敷きになる者、或いはその中にいた者、火にまかれ逃げ道を失う者もいれば、運悪く直撃され即死する者までいたらしい。

新宮市民でさえその有様だ、難民達のそれは凄惨を極め、総数20万人以上がその空襲被害だけで亡くなった。」

 

川内「酷い―――」

 

「俺の親戚も、一家は全滅、もう二家も誰かしらは死んでいた。俺の幼馴染も、近所の隣人達も、その当人が亡くなるか、その家族が死んでいるか、或いは一家全滅かどれかだった。

喪に服していない家の方が珍しい位で、しかも病院までもが全焼していたから、尚の事始末に追えなかった。幼馴染と言えば、俺が幼い事から親しくしていた女の子がいた。こげ茶の艶やかな髪をしててな、綺麗で、スタイルも良くてな。尤も、その空襲で行方不明になってしまったがね・・・。」

 彼は寂しそうな顔で付け加える様にそう言った。その空襲の後、町ですれ違う顔触れは一挙に少なくなり、かつ変わってしまい、見知った顔も、県外に追い立てられるように出て行ってしまったと言う。

 

提督「その4年前に死んでしまったばあちゃんはまだ幸せだったのかもしれん。何より、自分の町が焼け野原になる様を、見ずに済んだんだからな・・・それを目の当たりにしたじっちゃんは、それから僅か半年余りの内に心労が祟って死んじまった。」

 

川内「・・・。」

 

提督「思えば最後にクリスマスパーティーをやったのは、俺が10歳の時、2040年のクリスマスが最後だ。それ以降は碌に出来る様な状態でもなかったしな・・・今の姿を、死んだばあちゃんが見たら、なんて言うかな・・・。」

 

「―――絶対悪いようには言わないって提督! 優しいおばあさんだったんでしょ? だったらきっと・・・!」

 川内はそう言って励まそうとするのだが、それに対して直人は寂しそうにこう言ったのだと言う。

「そうだな―――そうかもしれんが・・・それでも今の身分じゃ、余りにも情けなさ過ぎるじゃぁないか。今の俺は仮にも、鬼籍に入っている筈の身なんだからな・・・。」

 

「―――!」

 それこそ川内は言葉を失ってしまった。それは確かに、直人の偽らざる心持の一つではあった。提督達の大半は確かに徴募に依ってか、志願しての何れかで、それでも望んで提督になった者より、望まずしてそうなった者の方が比率では多い。

そして直人はこの身分を望んで手にした訳ではない。気づけば彼も大局の一部に組み込まれていただけの事であり、逃げ道など存在しない様に思えたから仕方なく引き受けただけの話で、しかも提督になる為に鬼籍へと入らねばならなかったのである。

―――こんな貧乏くじなど、彼ならずとも引きたがる筈がない。

「・・・詮無い話をしたな、出来たら忘れてくれ。」

想いを振り切るようにして、直人は言った。

 

川内(―――忘れようとして、出来る話な訳ないじゃない、こんなの・・・。)

 

提督「さて、戻るか。」

 

川内「提督、一つだけ聞いても、いい?」

 

提督「―――なんだい?」

その言葉を受けてから、川内は一つの質問を投げかけてみた。

「提督は、その・・・寂しかったの?」

その質問に直人は

「・・・さぁ、どうだかな。だが、今は少なくとも寂しくはない。お前達がいつでも、傍にいてくれるからな。」

と、濁す様に言ったのだった。

「―――そっか。」

その言葉に川内は何も言わず、ただそう返しただけであったのだと言う。

 直人に限った話ではないが、この時代に生きた人々は多くの者を喪ってきた。失われた者は、もう二度と帰って来る事はない。

そんな世の不条理の渦中に突然放り込まれたと言う意味では、彼は不幸であったと言える。しかしその先に、彼は少なからぬ栄光と幸福を手にした。それだけは確かな事実であったようだ。その脳裏に、強烈な戦争経験を持ち続けながら・・・。

 

金剛「提督ゥー! 主役がこんな所で何をしてるんデース?」

 

提督「いやいや、ちょっとね。」

 

金剛「サァ、戻りまショー?」

 

提督「あぁ、そうだな。」

 

川内「そうそう、主役が居なきゃ、盛り上がらないしね!」

 

青葉「ま、間に合いましたか!?」

 

提督「お、青葉やっと来たか! あれ、秋雲は?」

 

青葉「原稿で忙しいとかなんとか・・・。」

 

提督「あぁ、例の冬のコミケか。」

 

青葉「みたいですね。」

 

提督「分かった、じゃぁ、中に入ろうか。」

 

青葉「はい!」

 

 そう、彼は今この時は、寂しくなかった。確かに彼は、多くのものを失った。

物も、人も、日常も、隣人達も、親友も、クラスメイトも、幼馴染も・・・

―――しかし彼が唯一戦争で失わなかったもの、それは“家族”だった。

 思えば彼の周りにはいつも仲間がいて、家族がいて、友人がいてくれた。そして今もまた―――。だからこそ、彼は狂気に身をやつす事なく、憎悪に駆られる事も無く、“常人”でいられたのだった。

尤も、()()()()()で戦争をやっているのだから、十分狂っているのだったが。

 

 

長波「いやぁ~、ここに来てこんなご馳走にありつけるとは思わなかったねぇ~。」

 

夕雲「えぇ。あの時から考えると、別世界みたい。」

 

長波「これもひいては、生きていてこそだな、夕雲姉。」

 

夕雲「そうね。」

 

長波「これで、吹雪が生きて居りゃぁなぁ・・・。」

 

夕雲「そうね・・・きっと、大はしゃぎだったでしょうね・・・。」

 

長波「―――湿っぽい話は!」

 

夕雲「今はナシね。」

 

長波「ヘヘッ。」

 

夕雲「ウフフッ。」

 

 実は、駆逐艦吹雪が生きているかもしれないと言う事については、直人を始め極僅かな艦娘達しか関知していないのだ。

これは、直人が艦娘達に与える影響を考慮して箝口令を敷いた事による。

 

叢雲「駆逐艦吹雪が、生きていれば、か。」

提督「駆逐艦吹雪が、生きていれば、ね・・・。」

 

提督「ん?」

 

叢雲「えっ?」

 

偶然隣り合わせで同じ事を口走った二人。

 

叢雲「・・・あの子は―――」

 

提督「・・・?」

 

叢雲「あの子は、喜んだでしょうね。楽しい事が大好きで、自然と周りを盛り上げちゃう子だったから。」

 

提督「―――そうだな・・・。」

 

叢雲「・・・あんたのせいなんだから。」

 

提督「そうだな、俺のせいだ。俺の不甲斐無さで、吹雪を沈めてしまった。」

 

叢雲「でも、なんでまた、一から着任してこないのかしらね・・・。」

 

提督「きっとあっちでは、願い下げなんだろうさ。嫌われたに決まってる。」

 

叢雲「フフッ。ホントに勝手な解釈だけれど、そう考えるのも無理はない事ね。」

 

提督「でも、俺は今でも責任を感じているんだ。これは本当だ。」

 

叢雲「勘違いしないで頂戴? 私は何も、貴方に責任があるだなんて思っちゃいないんだから。あんな霧の中で単独分散行動を取る方がどうかしてたのよ。」

 

提督「叢雲・・・。」

 

叢雲「いいこと? 後悔するのが悪い事とは一概には言い切れないけれど、それが過ぎて、明日の失敗を招かないとも限らないわ。しっかりして頂戴よね、全く。」

 

提督「・・・気を付けるよ。」

 

叢雲「ほんっと、情けないんだから。」

 

提督「それが、君らの提督さ。」

 

叢雲「フフッ、全くね。だから私達が支えてあげないと。知らぬ間に倒れちゃっても困るしね。」

 

提督「その時は頼むよ。」

 

叢雲「頼まれてあげるわ。」

 

 この横鎮近衛艦隊と言う部隊は、ある種理想的な相互依存関係にあったと言える。艦娘が居なければ直人は碌に戦う事さえ出来ないが、艦娘達も直人なしには戦いにならないからだ。

また、直人は意外とメンタルが弱く引きずりやすいのだが、それを支える役割を艦娘達が自ら請け負ってくれる為、直人もそれに素直に甘えている。

そして直人も時折、艦娘達のメンタルケアをしている。それはお節介焼きと言う形を取ってはいるものの、実際艦娘達にとっては心のバランスを取る支えになっているのだ。

 互いが互いに依存し支え合う関係は正に、こうした組織では理想的と言えた。互いの脆い部分を補完し合い、全体をプラスに持っていける組織こそが、真に良い組織と言えるのだ。

そう言った面に於いてこの域に入った艦隊はそう多くはない。故にこそ、彼らは貴重であり、軍令部からも重用されるのだ。

 

提督「これからの艦隊に。」

 

叢雲「私達の司令官に。」

 

提督・叢雲「「乾杯。」」チン

 グラスを合わせる二人。所謂日本艦娘艦隊の光の一人である直人と、艦娘艦隊の闇を見てきた艦娘とが、ここでこうしていると言うのは、清濁併せ呑む直人の人格がそれを為したのかもしれなかった。

たとえそれがどんな者であったとて、彼は必ず受け入れた。そして彼女達はそれに応えてきた。そうして彼はこの1年8か月を無事に過ごして来たのだった。平穏であったとは、誰も言えないが・・・。

 

 

その後会場をうろついていた直人は、その一隅に秋月の姿を見つけ出す。

 

提督「やぁ秋月。」

 

秋月「あっ、提督。」

 

提督「どう? 艦隊の雰囲気には慣れた?」

 

秋月「はい、それは勿論! 皆さんとっても良くしてくれますし、明るくて。環境も居心地も良くて、ここが前線基地だとは、とても信じられない位です。」

 

そう、前線は押し上げられているが、実はまだウェーク島が攻略されていない為、このサイパン島はまだ前線基地としての立ち位置が強いのである。

 

提督「そこまで絶賛されると俺としても恐縮してしまうな。あぁそうだ。一応プランニングは俺がやったパーティーなんだが、どうだ、楽しんでるかい?」

 

秋月「はい、こんなに素敵で、豪華な料理は、私がいた頃には牛缶ばかりで、馴染みがないので驚きましたが、とっても美味しいです、感激してしまいました。」

 

 秋月は戦争が始まってから竣工した駆逐艦である為、その当時は既に豪華な食事など考えもつかない様な状態になりつつあった。

特に駆逐艦に於いては、主力艦に食材を取られてしまう為その傾向が強かった。

 

提督「満足して貰えてよかった。」

 

秋月「はい。本当にありがとうございます、提督。」

 

その様子に、秋月はどうやら感激し尽くしてしまっているようだと、直人は思わざるを得なかったのだった。

 

 

22時58分、宴も終盤に差し掛かった頃、直人が再びマイクを取った。

 

提督「はーい、どんちゃん騒ぎしてるパーティー会場の諸君、そのまま聞いてくれ。惜しい限りだが、もうそろそろお開きの時間が迫りつつある。そこで、フィナーレついでに一つ出し物を私の方で用意した。」

 

 

オオオオオオッ!?

 

 

食堂中からどよめきが走る。

 

提督「全員食堂の外に注目していてくれ。」

 

そう言うと直人はマイクを置いて、自ら食堂の出口に向かう。

 

神通「あの、何が始まるんです?」

 

提督「ま、見てのお楽しみって奴よ。」

 

悪戯っぽく笑い、直人は歩いて行く。

 

食堂棟の前に出ると、直人は懐から1本のロケット花火を取り出した。少しサイズ的に大きめの物で、先端が尖っているのではなく膨らんでいる。

 

提督「さて。手っ取り早く始めて貰おうか。」

 

そう言うと直人はライターで花火に着火する。ロケット花火は瞬く間に虚空に飛び上がり、破裂音が鳴り響いた。

 

 

~建造棟~

 

パァン・・・

 

明石「今です!」

 

 

~食堂棟~

 

ドドド・・・ン

 

妙高「!?」

 

提督「―――。」

 

ヒュルルルルルル・・・

 

特徴的な飛来音が辺りに響き渡る。直後―――

 

ドォンドドオオォォーー・・・ン

 

南の空に、大輪の花が咲いた。

 

神通「これは・・・。」

 

金剛「オーッ!」

 

鈴谷「綺麗・・・。」

 

秋月「凄い・・・。」

 

大淀「い、いつの間にこんなものを・・・?」

 

提督「明石に頼んだんだ、3日ほど前にね。特注の花火弾さ。」

 

大淀「と言う事は、撃ち上げているのは・・・」

 

提督「そう、サイパンの防空砲台にある八九式高角砲さ。あれなら好きな所に打ち上げが出来る。造兵廠の妖精と、防空砲台の妖精さん達の結束した成果さ。」

 

狙った位置に高角砲で花火を上げようと思うと、弾道計算と到達時間の算出が絶対条件だ。実はこれは対空射撃と同じ要領なので、実は高角砲員は全員花火師にもなれるのである。

 

雪風「綺麗です!」

 

時津風「綺麗だねー!」

 

天津風「えぇ、本当にね・・・。」

 

 

球磨「凄いクマ!」

 

多摩「にゃ!」

 

北上「たまにはいいねぇ~こういうのも。」

 

大井「そうですねぇ~。」

 

木曽「全くだ、ここが戦地だって事を忘れそうになる。」

 

常に忘れてる様な奴等に言えたセリフではないのだが。

 

舞風「のわっち~、綺麗だね~!」

 

野分「えぇ、司令が用意されたのかしら。」

 

舞風「多分ね~、これをやれるとしたら提督しかいないと思うよ。」

 

 

清霜「すっごぉ~い!」キラキラ

 

巻雲「はい! それにとっても綺麗です!」

 

長波「花火かぁ、いいねぇ~。」

 

夕雲「そうね、秋雲が見られなかったのは残念よねぇ。」

 

長波「あいつには、あいつのやりたい事もあると思うけどなぁ。」

 

夕雲「えぇ、そうね。」

 

青葉「それならご心配なく、今ちゃんと撮影と録音やってますから!」

 

清霜「青葉さん!」

 

長波「気が利くねぇ、流石青葉さん!」

 

青葉「恐縮です!」

 

提督(あとで間宮のVIP券差し入れるか。あの二人に)

 

青葉と秋雲に直人はせめてもの労いをする気になったようだ。

 

 

その後花火は用意していた200発を30分程かけて撃ち尽くし、それを以ってパーティーはお開きと言う事になった。

 

 

提督「・・・。」チラッ

 

川内「・・・。」コクッ

 

直人が目配せをし、川内は一人喧騒の外へと姿を消した・・・。

 

 

24時10分 中央棟2F・提督私室

 

提督「うへ~、疲れたぁ・・・。」

 

直人はあの後片付けを手伝ってようやく自分の部屋のベッドに腰を落ち着ける事が出来た。

 

提督「・・・大人しく寝るk―――」

 

ちょっと待ったァ!!

 

提督「ちょっと待ったコールだァァ!?」

 

バアァン

 

勢いよくドアを開け放ったのは勿論金剛と鈴谷。と言うかまたかよ。これちょっと前にやったよ。

 

提督「まぁ声で分かってたけども鈴谷までおるんかいッ!」

 

鈴谷「ちぃーっす☆」

 

金剛「サァ提督? 今が何時だか、分かりますよネー?」

 

提督「何時ったって今は25日の0時10分・・・」

 

言葉を発しながら自分でも青ざめていくのが分かった直人。徐々に声も消えるように小さくなっていった。

 

金剛「フッフッフッ。」

 

鈴谷「もう分かってるよね?」

 

提督「取り敢えず落ち着こうか、話せば分かる! お願いだから待ってえええ!!」

 

金剛「問答ッ!」

 

鈴谷「不要!」

 

提督(体と体以外の語らいは無用と言う事ですね、泣きたい・・・。)

 

あの時、金剛にさえバレていなければこうはならなかったのだが、バレてしまったが為に、直人は二人から事あるごとに度々所謂“愛の証明”を迫られるようになってしまったのであった。

 

 

~~~!!

 

 

川内「あ~あ、やっぱそうなっちゃうかぁ。」

 

と苦笑しつつ寝静まろうとしている敷地内を歩く川内(Ver.サンタ)。

 

川内「“性の六時間”ねぇ・・・ま、ご愁傷様とお幸せに、両方かな?」

 

と言いつつ彼女は、駆逐艦の寮である艦娘寮三号棟に向かうのだった。

 

 

そして翌日・・・

 

 

12月25日6時37分 食堂棟1F・大食堂

 

綺麗に元通りになった食堂で、直人は一人朝食をとっていた。

 

提督「いやー、昨夜の匂いがまだ残ってるな・・・。」

 

雪風「しれぇ! おはようございます!」

 

提督「おう、おはよう。」

 

雪風「見て下さい! 真っ白なマフラーです!」

 

提督「おっ? どこでそれを?」

 

雪風「サンタさんからのプレゼントです!」

 

嬉しそうに雪風は言う。

 

提督「そうか! 良かったな。」

 

雪風「はい!」

 

提督(川内は上手くやってくれたらしい。)

 

雪風「似合ってますか? しれぇ。」

 

提督「あぁ、とってもよく似合っているとも。」

 

雪風「ありがとうございます!」

 

時津風「雪風~見て見て~、サンタさんが手袋をくれたんだ~!」

 

雪風「わぁ~、いいですねぇ~。」

 

時津風「雪風はマフラーだったんだね~。」

 

雪風「はい! 暖かいです!」

 

直人はそれを横目に朝食を食べていたのだが、駆逐艦娘達が結構喜んでくれている事に安心していた。

 

 

朝食の後、直人は明石を執務室に呼び出して用件を切り出す。

 

7時18分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「巨大艤装紀伊についてなんだが、大規模改修をお願いしたい。」

 

明石「大規模改修ですか、具体的にはどのように?」

 

提督「大きく二つだ、重心の調整と艤装の軽量化、この二つだ。現状トップヘビーのきらいが強いから、そこらあたりを改善して貰いたい。方法に関しては、明石に任せる。」

 

明石「お任せ頂いて宜しいのですか?」

 

提督「何故だい? 俺なりに明石を信頼して任せると言っているつもりだが。」

 

明石「いえ、ご信頼頂けるのは大変ありがたいですけど、カスタマイズとなると本人の納得のいくものになるとは、一概には言えませんから・・・。」

 

提督「それは普通の艦娘達のそれも同様だと思うがね。」

 

明石「・・・分かりました、お引き受けしましょう。」

 

提督「ありがとう、助かるよ。」

 

明石「いえいえ、さて、これから少し忙しくなりますね。」

 

提督「だろうな。手間をかける。」

 

明石「いいんです、好きでやっている事ですから。ご用件はそれだけでしょうか?」

 

提督「あぁ、下がっていい。」

 

明石「では。」

 

明石が去った後、大淀がこんな事を聞いた。

 

大淀「どうして、改修なさる気になったのですか?」

 

提督「今後、戦いは激しさを一層増して来る筈だ。今のままでは、いつか限界が来る。紀伊だって、万能ではないからな・・・。」

 

大淀「ですが、案外何とかなるのではないですか?」

 

提督「なれば幸い、だが、ならなかった時を考えなければね。」

 

大淀「・・・そうですね。」

 

金剛「新しい提督の艤装、楽しみデスネ?」

 

提督「全くだ、上手く馴染めばいいけどな。馴染まんかったら執務どころではない。」

 

大淀「そ、それはそうですね・・・。」

 

提督「戦争を、俺の手で終わらせる事が出来るのなら、この世界はなんて簡素なんだろうと言う事になるのだろうが・・・。」

 

それで終わらぬからこそ、彼は努力し、思案し、鍛え上げて行かなくてはならないのだった。

 

 

 クリスマスのバカ騒ぎも終焉を告げ、艦隊には再びいつもの日々が帰ってきた。2053年も終わりが迫る中、横鎮近衛艦隊――紀伊直人は、早くも新たな年の新たな構想を抱き始めていたのだった。

いつまでもクリスマス気分に浸ってはいられない彼らは、再び苛烈な世界へと身を投じていく。その先には何が待っているのか、しかし彼女達は、彼は、敢然と立ち向かうのだろう。2054年の足音は、既に聞こえ始めていた―――

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

 ともすれば長く感じられた2053年が終わりを告げ、新たな1年が幕を開ける。

新年早々、横鎮近衛艦隊に対して下された命令に基づき、

紀伊直人とその幕僚達は、新たな戦場に向け抜錨する。

それは新たな苛烈なる戦いのほんの序幕にしか過ぎず、しかし彼らはそれを知る由は無かった!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部7章、

『悔恨の海、ソロモンよ再び!』

艦娘達の歴史が、また一ページ――――




艦娘ファイルNo.118

夕雲型駆逐艦 清霜

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

 特に何かしらある訳でもない凡庸な艦隊型駆逐艦最後の1隻。
夕雲型ではこの艦隊に於いて4隻目である事以外特筆すべき点は現時点ではない。


艦娘ファイルNo.119

陽炎型駆逐艦 天津風

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷
装備3:強化型艦本式缶

 陽炎型駆逐艦の中で第十六駆逐隊を構成する1隻。
標準の天津風の艤装と比較して装甲部が多く、更に左腕に厚めのシールドが装備されているのが外見上の特徴となっている。


艦娘ファイルNo.120

秋月型防空駆逐艦 秋月

装備1:10cm高角砲+高射装置
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷
装備3:25mm連装機銃

艦隊防空を主任務とする防空駆逐艦。
特に取り立てて特異点も無いのだが、厳しい食糧事情の時期を生きて来た為か、豪華な食事とはどうやら縁遠いらしい。


艦娘ファイルNo.121

陽炎型駆逐艦 野分

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷

魚雷が上位互換されているだけの陽炎型駆逐艦。
能力自体に個性はないが、舞風と共に第四駆逐隊を編成する。


艦娘ファイルNo.122

アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦 プリンツ・オイゲン改

装備1:SK C/34 20.3cm連装砲
装備2:SK C/34 20.3cm連装砲
装備3:Ar196 水上偵察機
装備4:FuMO 25 早期警戒/射撃管制レーダー
補強増設:FlaK 38 2cm四連装機銃

 ドイツから来日し横鎮近衛艦隊に配備された、アドミラル・ヒッパー級重巡の3番艦で、名前の由来はオーストリア・ハンガリー帝国軍人であるサヴォイア公家の男系子孫、オイゲン・フォン・ザヴォイエンに依る。
 訪日前はドイツ連邦軍海軍に属する、艦隊戦を主任務とする艦娘艦隊である第1艦隊に属しており、ドイツ沿岸域から北海方面に進出し、同方面の制海権維持を英国艦娘艦隊と共同で行っていた歴戦の艦娘。その閲歴に違わぬ練度を持つ。


艦娘ファイルNo.123

1934型駆逐艦 Z 1 レーベレヒト・マース Zwai

装備1:SK C/34 12.7cm単装砲
装備2:SK C/34 12.7cm単装砲
装備3:FlaK 38 2cm四連装機銃

 プリンツ・オイゲンと同じドイツ連邦軍海軍第一艦娘艦隊に所属していたドイツ艦娘。
名前の由来は第一次世界大戦に於けるヘルゴラント沖海戦で戦死したドイツ帝国海軍の提督、レーベレヒト・マース少将に由来する。
ドイツ本国ではプリンツ・オイゲンと共に北海を駆け巡った艦娘であり、練達した艦娘の一人と賞されている。


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第3部7章~悔恨の海、ソロモンよ再び!~

どうも、絶賛18冬E5甲で沼に嵌ったフリードリヒさんですよ。
(※02/27時点)

青葉「言霊の国日本の重巡洋艦、青葉です!」

どう言う事?

青葉「6周で沼とか言わないで下さい流石に。」

輸送ゲージは終わったんだけどねぇ、世の中ままならねぇっすわァ・・・。

青葉「で? なぜこの時期に更新を?」

ただの気分です。

青葉「アッハイ。」

というより気分転換やね。

青葉「毎日HOI4やってるのでは不足という事ですかね?」ジトーッ

ハ、ハハハ・・・さぁ今日の解説に行こう。

青葉「あっ、逃げた。」

今回は日本の南東戦線(1942)がどの様な経緯で構築されたかについて解説します。

日本海軍は第一段階作戦を立案する段階で、前進根拠地となるトラック泊地の守りをどのように固めるかについて思索を巡らせました。

トラック泊地は、北西にマリアナ(※ただしグァムのみ米領)、西南西にパラオ、東はマーシャル諸島に囲まれているのですが、北北東にはウェーク(米領)、南南西にニューギニア(蘭印/豪州領)、そして南には、ビスマルク諸島(豪州領)を抱えていました。

如月や疾風(はやて)の沈没したウェーク島攻略は、そうした戦略的要求に基づいて行われたものですが、各方面の作戦がひと段落した42年1月、ビスマルク諸島に属するニューブリテン島ラバウル・ニューアイルランド島カビエン・ニューギニア北部のラエ・サラモア他に対する上陸作戦が、当初の予定通り、陸海軍共同の下で発令されます。

・何故ラバウル攻略が必要だったのか?
 ラバウルからトラック環礁までは直線距離にして1200km程(注:作者の記憶による)で、米軍の重爆撃機B-17であれば、トラックを直接爆撃出来る距離にあった為です。これについてはウェークも同様で、どちらにも飛行場がありました。

この作戦にはハワイから戻った南雲機動艦隊が本土から参加した事から見ても、如何にこの一連の作戦が注目されていたかが分かります。

1月初頭から2月にかけての作戦行動(R作戦と呼ばれる)により、ラバウル・カビエン・ラエ他、トラック南方にあった連合軍の航空基地や根拠地は一掃され、トラック諸島の外縁部に防衛ラインが構築されるに至ります。ラバウルには九六式艦戦と九六式陸攻からなる航空隊の第一陣が到着し、有名な「ラバウル航空隊」が形成されました。

後にこの地域は、内南洋の南の砦として、また豪州方面作戦の拠点として、はたまたソロモン群島を巡る熾烈な戦いに於いて重要なファクターとなった事は、戦史が記す通りです。

青葉「R作戦、懐かしいですねぇ~。」

青葉も参加したもんな。

青葉「第四艦隊は実施部隊でしたからね、陸軍南海支隊や海軍陸戦隊の皆さんを運ぶお手伝いをさせて頂きました。」

まぁ、護衛無くして輸送船団は動けないからな。特に上陸する時はだ。

そんなこんなで本編に参りましょう。劇中で1年以上も前の雪辱の海に、今再び、横鎮近衛艦隊と日本自衛軍が乗り出します。

青葉「楽しんで行って下さいね!」


―――地球の歴史が始まって、46億年。

 

 その間地表では、数限りない活動が、有機的であれ無機的であれ、細々と、しかし絶え間なく続けられてきた。

滅びゆく生命もあれば、生き残る生命もあり、様々な環境や節理の下で、多種多様に様々なものが様々に進化を続けてきた星、地球。

 その歴史において『地球史が始まって以来、これほどまでに隆盛を極めた種族は他に無い』とまで言わしめた種族「人類」は、様々な過酷な環境や、過酷な情勢を耐え忍び、照らし出されたステップを上り、遂には宇宙へと至り、大宇宙時代の到来を迎え、更なる発展を遂げ続けていくだろう。

 その大宇宙時代へと至る過程において、それは、人類に課せられた最大の試練だったと、後世の歴史書は記すに違いない。それは、人類が宇宙へと、その羽を広げようとし始めた矢先の出来事であったからだ。

そう―――深海棲艦の脅威は、それ程までに、人類に暗い影を投げかけたのだ。母なる星地球を離れようとした報いだと言い鳴らす者もあったが、それは少数派であり、明日に生きんとする人類は手を取り合い、この脅威に立ち向かい、遂に打ち勝つ事が出来た。その絆こそが今日、「地球統一政府」発足の礎となった事は言うまでもない。

 人々が持ち得た究極の力、それは「愛」であり「絆」であり「団結」であった。我々人類は宇宙に於いてより繁栄を極めて行くに違いない。そして、そんな時代を招来するのに大なる貢献をしたのが、その人類を破局から救うに際して、非常なまでの功績を持つ、一人の男だったであろう。

 

2134年5月30日 歴史研究家 M・J・バートリー

 

 

2054年1月1日6時40分 司令部前ロータリー

 

提督「ヘックシッ!!」

 

大淀「大丈夫ですか? 提督。」

 

提督「大丈夫だよ。誰かが噂でもしてんのかな・・・。」

 

大淀「提督は皆さんから大変な人気を集めておられます。毎日、提督の噂話位、一つ二つはするでしょう。」

 

提督「うーん、そう言われるとこう、なんと言うか・・・」

 

大淀「ご不満ですか?」

 

提督「いや、困るんだ。とても人気があるという事で喜べばいいのか、裏でひそひそ話をされてる事に対して頭を掻けばいいのか・・・。」

 

リアクションに困ったらしい。

 

提督「―――それは兎も角、そろそろかね。」

 

大淀「はい、お願いします。」

 

提督(思えば、色々な事が駆け巡った一年だった。忙しかったが、それに見合った成果もあった。また今年も忙しくなるのかな? だとすれば厄介な事だな・・・。)

 

直人が滅多に使わない朝礼台に乗る。その正面には、艦娘達が全員集まっていた。

 

提督「総員、皇居遥拝ッ!」

 

日の出と共に直人の号令で全艦娘が左向け左をし、皇居の方角に向けて頭を下げた。毎年やる、この艦隊の新年一番の行事である。

 

提督「なおれ、総員右向け右ッ!」

 

ザッザッと靴の音が響き渡る。

 

提督「皆、新年、おめでとう!」

 

艦娘達「「おめでとうございます!」」

 

提督「昨年は一年を通し、東奔西走、よく頑張ってくれた。人々と、そして英霊達に成り代わって、礼を言わせて貰う。」

 

そこで直人が言葉をとぎり、数拍置いて続けた。

 

提督「昨年だけで、人類の勢力図は大きく塗り替えられた。これは各方面の艦娘艦隊の活躍もさることながら、我々近衛艦隊の、勇戦敢闘の賜物であると、信ずるところである。今年も一年、非才の身ではあるが、どうか、私に付いて来て貰いたいと思う。今年一年の航海の安全と、皆の生命の無事を願って、今年最初の訓示とする。解散して宜しい。」

 

直人はそう締めくくって朝礼台を降り、集まっていた艦娘達も思い思いの方角へ散っていく。

 

 

「この艦隊では、皇居遥拝もやるのですね・・・。」

そうこぼしたのは、この時初めてこの艦隊の新年を迎えた秋月である。

「そうだな。その後の訓示までがワンセットだ。」

応じたのは大先輩に当たる摩耶だった。

秋月「素晴らしい訓示でしたね。」

 

摩耶「ああ見えて実は言ってる事がワンパターンなんだよな。毎年似たような感じだが、それだけ気にかけてくれてると思えば、それでも聞こえはいいんだがよ。」

 

秋月「そうですね・・・。」

苦笑しながら秋月はそう応じたのである。

 

 

大淀「お疲れ様でした。今回も素晴らしい訓示だったと思います。」

大淀は率直にそう述べたが、その相手はそれをお世辞と受け取ったようだ。

提督「いやぁそれがな、考えてはいたんだが、朝礼台に上がった瞬間頭の中が真っ白になってな、記憶を手繰るのに苦労したよ。」

 

大淀「まぁ・・・。」

 

苦笑しながら言う直人と一緒に、大淀は思わず笑ってしまったのだった。

 

 

7時10分 食堂棟1F・大食堂

 

その後直人は、食堂に行って恒例のお節料理を食していた。

「毎年ながら美味いねぇ、鳳翔さんのおせちは。」

 

鳳翔「ありがとうございます。」

 

提督「物資も限られてるのに毎年エビだけはきっちり乗ってる、なんでだ?」

 

鳳翔「一応なんですが、他の艦娘方にも、自給自足にご協力頂いてるんです。」

 

提督「ほう? そうなのか。」

 

鳳翔「はい、細々と漁をやっています。」

 

提督「成程、それは初耳だな、上手くやってるもんだ。哨戒行動のついででだろう?」

 

鳳翔「はい。」

 

提督「帳簿で見りゃぁ、正にマジックの様な話だな。」

 

鳳翔「フフッ、そうかもしれませんね。」

 

直人はそう言いながら、この事は中央には黙っておこうと決めたのだった。

 

提督「ところで清霜よ。」

 

清霜「ほい?(はい?)」モゴモゴ

 

同席していた清霜に、直人は一つ質問をする。

 

提督「清霜は何か今年の抱負とかあったりするのか?」

 

清霜「んっ・・・抱負ですか・・・やっぱり、“戦艦になる事”!」

 

提督「えっ!?」

 

それを聞いた直人は驚きを禁じ得なかった。

 

清霜「私、戦艦になるのが夢なんです!」

 

提督「っ、それは・・・。」

 

そこから先の言葉を、彼は発する事が出来なかった。キラキラと瞳を輝かせて夢を語る清霜に、その言葉を言うのは、余りにも酷だと思えたからだった。

 

しかし、清霜は凡庸な駆逐艦である筈である。その夢の前途は、断崖でしかないのもまた事実であったに違いない。

 

提督「・・・うん、頑張るんだぞ、清霜。」

 

清霜「はいっ!」

 

ニコリと微笑んで、直人はそう言ったのみであった。

 

後日彼が漏れ伝えられたところによれば、清霜はこの時の彼の応援の一言を姉妹達に言い回り、とても喜んでいたという。

 

しかし清霜の夢が叶うかどうかは、今のところ未知数であった。幾つかの艦を見れば分かる通り、艦娘達の可能性に富みたる事かくの如しなのだから、はっきり言って何が起こっても不思議はないのである。

 

提督「でも、戦艦になりたいのなら色々と勉強しないとな?」

 

清霜「あう・・・はい。」

 

どうやら勉学は苦手らしい。

 

 

まぁそんな中でも、艦隊運営に支障をきたしてはならじと、この人は新春早々フル稼働しています。

 

 

1月2日9時27分 司令部正面水域・空母艦載機訓練区域

 

鳳翔「皆さん、本日からまた始めていきましょう。全機、発艦!」

 

そう、鳳翔さんである。これまでもずっと、艦隊に対し搭乗員を補充する為、初歩的な飛行訓練を行い続けていたのである。その面々は、基地航空隊の新参パイロットの中から、特に才覚ある者達が選抜されており、基礎的な能力も申し分ない。

 

但し問題があるとすれば、鳳翔一人では限界があるという事だった。鳳翔の搭載機数は、どんなに小さな機体でも24機が限度で、一度に大量育成、という訳にもいかなかった。そこで・・・

 

あきつ丸「全機、発艦であります!」

 

あきつ丸がお手伝いとばかりに付き合っていた。

 

 

~昨年のある日~

 

あきつ丸「―――自分もお手伝いするであります。」

 

鳳翔「お気持ちはありがたいですが、あきつ丸さん、航空機の運用能力はありましたでしょうか・・・?」

 

あきつ丸「自分は陸軍の出身で、鳳翔殿は海軍の方ですから、知らぬのも無理はありませんが、自分、対潜哨戒機の運用能力を付与する事が可能なのであります。」

 

鳳翔「まぁ・・・。」

 

あきつ丸「今はまだ力不足の身ではありますが、折り合いを付けた時には、お手伝いさせて欲しいのであります。」

 

鳳翔「はい、その時は、お願いしますね。」

 

 

そんな訳で、演習によって様々なデータを得たあきつ丸は、既にあきつ丸改となり、対潜哨戒機やオートジャイロの他、戦闘機の運用も可能となっていたのである。その数最大で24機。

 

あきつ丸はその中の16機を、鳳翔が担当していた戦闘機の空母搭乗員過程の機体に割り当て、残り8機をやりくりして、対潜哨戒訓練を行っていたのである。一方鳳翔は艦爆と艦攻を搭載し訓練を行うという分担となっていた。

 

それもこれも、演習が常に、実戦同様の環境で為されているおかげである。

 

まるゆ「では、出しますね。」

 

あきつ丸「了解であります。」

 

その対潜哨戒訓練をサポートするのがまるゆである。自前の分身を海水で生成する能力を用いて、演習用の標的にするのである。曰く、まるゆの分身技術は、数体までなら自由に動かせると言う。最大で使うと自身に追従させるのがやっととの事だが、この能力は色々と応用が利くという事か。

 

あきつ丸「では、本日も訓練開始であります!」

 

鳳翔「はい、始めましょう!」

 

まるゆ「宜しくお願いします!」

 

搭乗員養成に休みなどない。その技術は、毎日の様に磨き上げてこそ、入神の域まで高める事も出来るのであった。

 

あきつ丸からカ号観測機と、爆雷を翼下に吊架した三式指揮連絡機が飛び立っていく。まるゆの分身達も海中に潜り、演習を開始する地点まで前進して行った。

 

 

その、3時間後の事だった。

 

 

12時35分 中央棟-食堂棟渡り廊下

 

提督「何? 敵潜水艦だと?」

 

食堂に向かっていた直人は、大淀に呼び止められた後この報告を聞き考えざるを得なかった。

 

大淀「はい、あきつ丸さんから連絡があり、搭乗員養成訓練中の鳳翔艦攻隊が、サイパン島東北東60kmに敵潜水艦を発見、あきつ丸さんの哨戒機部隊と併せ、これを撃沈したと報告が入っております。」

 

提督「そうか・・・いや、とんだ波乱もあったものだ。」

 

大淀「今年に入って、既にこれで2度目です。」

 

提督「一度目は確か昨日だな、夕方頃に、哨戒中の駆逐隊が・・・」

 

大淀「哨戒二班、二十二駆の皐月さんと文月さんですね。」

 

提督「あぁ、そうだったな。」

 

実は元旦の夕刻、17時10分頃、哨戒二班の文月が敵潜水艦の推進音を聴知(ちょうち)し、付近に居た皐月と共に爆雷を投射、未確認ながら撃沈の戦果を挙げていたのだ。こうした事は昨年の終わり頃から増え始めていた。

 

提督「去年も終わりの2ヶ月で20隻程の潜水艦を撃沈ないし撃破した事になっている。やはり、この周縁部に深海棲艦隊講和派の基地があるだけに警戒されているのかもしれん。」

 

大淀「私もそう考えます。」

 

提督「ま、このサイパン島は、言わばゴキブリホイホイになっている訳だな。」

 

大淀「て、提督!」

 

提督「冗談だよ。さぁ、昼飯にしよう、腹が減って仕方がない。」

 

大淀「―――そうですね。」

 

直人と大淀は、気を取り直して食堂へと向かったのであった。

 

 

こういう時には、更に色んな事が連続するもので・・・

 

 

14時12分 司令部前埠頭

 

提督「・・・。」

 

双眼鏡を構えて演習海面を凝視する直人。

 

見据える先では、第十戦隊が対潜戦闘演習を行っていた。その相手は―――

 

 

演習海面海中

 

イク「さぁ、始めちゃうのね。」

 

第一潜水艦隊旗艦、伊十九である。

 

ゴーヤ「“了解でち!”」

 

ハチ「“いつでもどうぞ。”」

 

イムヤ「“今回はどうすればいいの?”」

 

イク「イムヤは仮想敵左側面へ、ハチは正面に位置して魚雷を発射後それぞれ後退、ゴーヤはイクと一緒に右側面で仮想敵の爆雷攻撃まで待機して魚雷発射、ハチは右側面、イムヤは背後から魚雷攻撃をやるのね。」

 

3人「「“了解!”」」

 

 

~15分後~

 

 

ドドドド・・・ン

 

 

提督「―――周到だな。かなりベタな手ではあるが、組織的な潜水艦戦術という点では及第点に達している。」

 

そう言うと、傍らで直人と共にその様子を見ていた神通が言う。

 

神通「私も面と向かって対峙した事がありますが、魚雷の射線と言い、心理の裏をかいてきます。相応の訓練も積んでいる様で、聴音も中々捕まえられません。唯一、その時に同伴したマースさんだけは、はっきりと聴知しているようでした。」

 

提督「隠密行動の技量は殆ど完璧という事か。」

 

イクの作戦は完全に成功していた。ハチとイムヤの魚雷発射から大凡の位置を割り出した大淀達であったが、躍起になって爆雷を投射している所へと魚雷が殺到、瞬く間に9隻が被雷したのである。

 

提督「高速航行と爆雷で聴音を麻痺させ、その隙に離脱と再展開を行う、以前の潜水艦部隊では、これ程周到な戦術は使っていなかったな?」

 

神通「それも、イクさんの加入後突然技量が上がり出したんです。」

 

提督「成程な・・・無秩序だった潜水艦戦術を組織化した訳か。」

 

但しこの戦術、相手が日本艦娘だからこそ通用するのである。悲しい事に日本艦娘の対潜戦闘能力は及第点とは言い難く、また組織だった対潜戦闘も確立されているとは言えないのだ。

 

神通「気になる事と言えばもう一つ、天津風さんなのですが・・・」

 

提督「天津風?」

 

神通「はい、単なる駆逐艦というには余りにも、装甲と火力に於いては尋常ではありません。」

 

提督「火力投射に秀でる駆逐艦なら何隻かいるが、それとは違うのか?」

 

神通「夕立さんなどは天才的な照準能力を持っていますが、天津風さんは投射の精度や能力ではなく火力そのものです。更にシールド状の艤装も装備しており、こと突撃に関してこれ程性能面に於いて秀でた駆逐艦娘は、見た事がありません。」

 

提督「さながら重装歩兵だな。」

 

神通「歩兵、ですか?」

 

提督「うん。重装歩兵の防御力と艦娘の機動力と火力が組み合わさっている。とんでもない逸材かも知れん。」

 

神通「そうかもしれませんね。新型機関の搭載でダッシュ性能では駆逐艦一ですし・・・そう言えば、島風さんとはなんだか、ぴったり息があっているようです。」

 

提督「島風と天津風か、面白い組み合わせだな。」

 

神通「編成にあたりまして、ご考慮頂けるでしょうか?」

 

提督「うむ、貴重な意見を貰えて助かったよ。考えておこう。」

 

神通「ありがとうございます。」

 

直人はしかし、その場での即答は避けたのであった。

 

 

18時10分 造兵廠地下工廠

 

 

バチィィィィィィ・・・

 

 

ウイィィィィィ・・・ン

 

 

そこは、造兵廠地下に設けられた作業スペース、スウィングアームや電気溶接機械など、艦娘用の器材には無いものが揃っている、最新鋭の機器によって成る工廠である。

 

提督「やぁ明石、夕張。」

 

明石「あ、提督。丁度お呼びに上がろうかと。」

 

その制御室に直人が顔を見せる。

 

提督「そうだったのか。で、どうだ?」

 

明石「順調ですが、まだ時間がかかります。」

 

提督「そうか・・・。」

 

制御室の窓の向こうには、改造中の巨大艤装「紀伊」の姿があった。既に腰部艤装の改造が一段落しており、その他の部位に取り掛かっていた。いわばこの場所は、紀伊専用の“ドック”とも言える。

 

提督「これが完成すれば、私もまだ戦えるのかな。」

 

夕張「勿論です。この改造が終われば、艦の性能は2割ほど向上する筈です。」

 

提督「そうか、そいつは頼もしいな。」

 

明石「これまでに取得したデータや資料を基に、徹底的なカスタマイズと改造を施しました。軽量化対策もウェイトバランスも、完璧に調整しましたから。殆ど、別物と言えるかもしれません。」

 

提督「成程、こりゃまた適応するのに難儀しそうだ。」

 

明石「して頂けなかったら、それはそれで困りものですけどね。」

 

提督「何とか、やるだけやってみるさ。」

 

昼夜を問わない明石の努力は、今ようやく、形になり始めている所であった。様々な技術を結集した新形態がその姿を現すのは、まだ先の事である。

 

 

1月4日6時09分 サイパン島陸上訓練場

 

提督「でりゃぁっ!!」

 

 

ヒュバァッ

 

 

艦娘達が正月気分抜けきらぬ中、直人は一人剣の稽古である。とは言っても生半可なものではなく、縮地からすれ違いざまの一閃を見舞う鍛錬である。彼の場合、縮地はこうした研鑽が実を結んで習得されている。

 

提督「ふぅ・・・。」

 

携えた極光はこの日も綺麗な輝きを見せている。

 

大淀「提督~!」

 

遠くから直人を呼ぶ大淀の声が聞こえてくる。声のする方を向くと、その目線の先に走り寄ってくる大淀の姿があった。

 

提督「おやおや、誰にも言わずに出た筈だったのだがな、なんでバレたかな。」

 

大淀「はぁ、はぁ・・・偶然、朝潮さんが見かけたと言ってましたので、もしやと思いまして。」

 

提督「成程、人の眼は何処にでもある訳だ。それでどうした、走って来るほどだから余程だな?」

 

大淀「はい、5時59分、大本営から通信が届きました。次の作戦命令書です。」

 

それを聞いた直人も表情が変わった。

 

提督「分かった、今から戻ろう。」

 

大淀「はい。」

 

大淀と直人は急ぎ司令部へと戻り始めたのであった。無論徒歩で。以前登場したバイクは時折直人が一人でサイパン中を突っ走るのに使用されているので、普段使いがされていないのはまぁまぁネックか。

 

 

6時20分 中央棟2F・提督執務室

 

執務室に戻った直人は、そこで大淀に言われた要件についての報告を受けていた。

 

提督「ほう・・・遂に南方か。」

 

大淀「はい、今回はラバウル制圧から始めるそうです。」

 

提督「で、今回は俺に何をしろと言って来たんだ?」

 

大淀「はい、その命令書がこちらになります。」

 

直人は暗号から平文に直された命令書を受け取り目を通した。具体的にその内容は次のようなものだった。

 

 

発:艦娘艦隊軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

〇本文

 艦娘艦隊のソロモン方面に対する作戦行動に先立つ基地の推進を実行するに当たり、横鎮近衛艦隊に下記の通り発令す

 

1:ラバウル方面に対する強行偵察を実施し、同方面の状況を確認すべし

1-1:命令1に於いて有力なる敵軍が確認されたる場合はその後の行動を一時中止し、同敵の撃滅を図る事

2:命令1に於いて情勢が我が方に有利な場合、ラバウル旧市街の情勢を偵察すべし

2-1:命令2に於いてラバウル旧市街付近に有力な敵ないし強力な抵抗を受けたる場合は、トラック泊地にその旨を報告した上でその後の行動を敵の撃滅へと変更せよ。

3:命令2に於いて情勢が我が方に有利な場合、同市街及び旧港とその周辺部を制圧・維持すべし

3-1:命令3へ移行した場合に於いては、トラックからラバウルに向かう船団を可能な限り護送すべし

3-2:命令3における制圧の期限を、ラバウルへの輸送船団到着と同乗する司令部への部署引継ぎ完了までとする

 

注釈1:命令1-1に於いて遭遇した敵軍の撃破に成功した場合は、速やかに命令2へと移行する事とす

注釈2:命令2-1に於いて遭遇した敵軍を撃破の後は、周辺地域の偵察に留め、帰投すべし。なおこの場合、命令3-1は中止とす

 

 

提督「―――要約すれば、我が艦隊は露払いと笠掛という事だな。」

 

大淀「そうなると私も考えます。」

 

提督「成程、ラバウルに基地建設か。過去の反省を生かした良い計画だ、早速実施の検討に移る事にしよう。朝食が済んだら、全員を会議室に集めるよう手配してくれ。」

 

大淀「承知しました、提督。」

 

提督「全く、新年早々忙しくなりそうだ・・・。」

 

直人は一人そう呟く。しかし一方で、自分達らしい任務だとも思うのである。新たな戦線に、その先鞭をつける。そうした任務をこれまでにも繰り返してきたからである・・・。

 

提督「しかし今回は、詳細な計画案まで付けてきた辺り、軍令部作戦課の連中がひねり出した産物かな?」

 

大淀「今まで余り例のない事ですね。」

 

提督「そうだね、それだけ期待をかけている、という事だろうな。」

 

 

10時15分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「―――では、以上の通り方針を決する。直ちに所用物品および兵員の乗船を開始せよ。艦隊も出動準備せよ。」

 

幕僚一同「「了解!!」」

 

会議はものの5時間弱で完了した。それほど難しい任務ではなく、それ故作戦立案もスムーズに行われた。以前大迫一佐に言われた「敵部隊がビスマルク海方面には所在しない」という情報が、この迅速な決定に生かされた形になる。

 

また、元々具体的な作戦の骨子は命令書に付随していた事も、この決定の速さに結びついていた。

 

提督「さて、これに沿って準備を始めよう。」

 

大淀「提督。」

 

提督「ん?」

 

大淀「今この時期、全艦隊を上げての出動は、少々危険ではないかと思うのですが・・・いえ、反対ではありませんが、現在の時期を考えますと、少し心配でして・・・。」

 

提督「いや、大淀の心配はよく分かる。昨今潜水艦の出没が増えている事を気にかけているのだろう?」

 

大淀「ご推察の通りです。」

 

提督「・・・存外、心配ないと思うがね。今のところ、サイパンを押さえる必然性は、敵にはないからね。勿論それだけで兵が動く訳じゃないが、案外とこけおどしだと思う。今は深海側も、内側の引き締めにかかるべき時期だろうし。」

 

大淀「確かに・・・。」

 

霧島「深海側は現在、離反者が増えています。それを抑え込む為にも、今は迂闊に行動する事は出来ない筈です。つまり、我が艦隊が動く為に、何ら憂慮するものの無い状態で行えるチャンスと言えます。」

 

提督「そう言う事だ。だがその状況も今の内だし、第一日取りがない。急いで準備をして決行しないと、大変な事になるからね。」

 

大淀「はい、承知しております。」

 

金剛「テイトクーゥ、早く来るネー!」

 

提督「悪い悪い、今行くよ。」

 

金剛に急き立てられ、3人は急いで大会議室を出て作戦準備を始める。如何にしてこの作戦を成功に導く算段なのであろうか。

 

この時期直人の見立て通り、深海側は内憂外患という状況に陥っており、内憂を覗かなければ碌に行動を起こす事すら出来ないという様な状態になっていた。この為強硬派は内部の統制に全力を挙げていたのであるが、それが離反者を増やす要因にもなっていた。

 

ともあれ横鎮近衛艦隊では、着々と出撃準備が急ピッチで進められた。それは、これから始まる新たな戦いに先立つプレリュードに過ぎなかった。

 

 

ただ、この出撃の直前、編成序列が発表されたのだが、そこで以前にもみられた光景が再び現れた。

 

今回の編成序列は次の通りとなる。

 

第一水上打撃群(水偵38機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分(※))

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜(※))

 第十六駆逐隊(雪風/天津風(※)/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵33機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)⇒一水打群へ

第七戦隊(最上/熊野)⇒一水打群へ

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)⇒第三戦隊第一小隊(一水打群所属)に合流

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)⇒一水打群へ

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍 51機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月(※))

 

〇その他

あきつ丸:第三艦隊に一時編入

明石:第一艦隊に一時編入

 

(※):訓練未了の為今回出撃メンバーには含まない

 

 

1月5日7時18分 中央棟2F・提督執務室

 

清霜「司令、なんで私を出撃メンバーから外しちゃうの!?」

 

提督「いや、理由は書いておいたでしょ?」

 

宥める様に言う直人。

 

清霜「訓練なんてしなくたって、私は戦えるもん!」

 

提督「それは認められないって言うのは分かるだろう?」

 

清霜「戦艦と一緒に出撃したいの!」

 

提督「次回からな。それまでには訓練メニューも終わってるだろうしな。」

 

清霜「納得できない!」

 

大淀「清霜さん。」

 

清霜「―――。」

 

提督「殆どのメンバーが、一度は通る道だ。今回は我慢してくれ。いいね?」

 

清霜「う~・・・だ、だって、ドイツからの子達は―――」

 

提督「オイゲンとマースは、ドイツ本国で実績を上げているからこそだ。清霜には汲むべき実績も経験もない。分かるな?」

 

清霜「・・・うん。今回は、我慢する・・・。」

 

提督「すまんな、またこれからいくらでもチャンスはある。今は、待つんだ。“戦艦になる”事の第一歩は、我慢強くなる事だ。いいね?」

 

清霜「―――はい!」

 

提督「うん。下がってよし。」

 

清霜「失礼します!」

 

そう言って清霜が退出すると、大淀が不思議そうに言った。

 

大淀「―――あの。どういうことですか? 今のは・・・。」

 

提督「“戦艦になる”、の事か?」

 

大淀「はい。」

 

提督「“戦艦になる”のが、清霜の、夢なんだそうだ。」

 

金剛「清霜は、駆逐艦ですよね?」

 

提督「それは関係ないさ。」

 

金剛「・・・?」

 

提督「“夢を見る事”、それは、清霜の様な子達には、最も必要な事の筈だからね。」

 

金剛「・・・そうネー。ワタシ達は、夢を見る暇もない位ネー。」

 

提督「あぁ。だからせめて応援しようじゃないか。ま、レッスン1という所だろうな。」

 

大淀「提督のそう言う所が、艦娘の皆さんに好かれる理由かもしれませんね。」

 

提督「・・・そうかな?」

 

大淀「きっとそうですよ。」

 

提督「そんなもんかねぇ・・・。」

 

自分で自分の事を全ては知らないが、他人から見ると自分の全てが見えている。こと自分自身の事になると、存外多くは知らないものなのである。

 

 

重巡鈴谷上甲板にて

 

暁「今回、私達の出番はあるのかな・・・。」

 

響「今回は後詰めらしいからね。」

 

雷「出番があってもなくても、私達には関係ないわ。」

 

電「電達は、与えられた指示に従うだけなのです。」

 

暁「でも、今回はちょっとつまらなさそうね。」

 

響「それには同意見だね。」

 

電「でも、戦わずに済むのなら、それが一番なのです。」

 

雷「それもそうね。」

 

響「電の言う通りだ。」

 

暁「えぇ、そうね。」

 

 

夕雲「今回は、静かな海が見られそうね。」

 

巻雲「今回は先陣、巻雲たちの出番ですね!」

 

夕雲「えぇ。出来れば敵がいない事を祈りたいわね・・・。」

 

巻雲「戦う事が今回の目的じゃありませんからね。」

 

夕雲「そうね、私達としては張り合いがないけど、これも任務ね。」

 

巻雲「はい!」

 

 

初霜「いよいよ、実戦・・・。」

 

若葉「ここにいたのか。」

 

初霜「若葉―――。」

 

若葉「初陣、だな。」

 

初霜「えぇ・・・また、戦える日が、来たんだと思うと、なんと言うか・・・。」

 

若葉「そうだな・・・私達は後詰めでも、その任務は重要だ、気を引き締めてやろう。」

 

初霜「えぇ・・・。」

 

 

白露「新年一番の出撃だね。」

 

涼風「まーったく、新年早々忙しいこったぜ。」

 

時雨「はは、そうだね・・・。」

 

夕立「でも、流石に今回は出番がないっぽい。」

 

五月雨「私はそれでもいいんだけど・・・。」

 

村雨「五月雨は荒事が苦手だもんねぇ。」

 

五月雨「やらなきゃいけないのは分かってるんだけど、つい腰が引けちゃって・・・。」

 

涼風「人それぞれってもんよ、気にしないでいいさ。」

 

白露「そうそう、一番は私が目指してあげるから!」

 

夕立「夕立も負けないっぽい!」

 

時雨「もうすぐ、出港の時間だね。」

 

村雨「また、始まるわね。」

 

時雨「うん・・・。」

 

 

それぞれの思いを乗せて、重巡鈴谷は一路、トラック島に向け出港する。時に、西暦2054年1月5日12時00分―――。

 

 

1月6日10時28分 重巡鈴谷中甲板・訓練場

 

 

ガァンガァンガァンガァンガァン・・・

 

 

提督「せぁっ!」

 

電「やぁっ!」

 

 

ガガァァァーン

 

 

暇 を 持 て 余 し た 暇 人(バケモノ) 共 の 遊 び 。

 

提督「ふーむ、また腕を上げたんじゃないか?」

 

電「恐縮なのです。」

 

提督「これは、俺もいよいよ気が抜けんなッ!」

 

鍔迫り合いで電を吹き飛ばすと、そのまま追撃の態勢に入る。

 

電「―――!」

 

一方の電は吹き飛ばされた勢いで二度バク宙してこれを躱すとすぐさま体勢を立て直し反撃する。一撃の重さでは、錨を使う電に分がある。

 

提督(一撃の重さでは俺の方が不利だ、レンジの長さも、獲物の重みの差で受け止められてしまう。ならば―――)

 

直人は極光を構え直して斬り抜けの態勢に入る。電もそれを見て取り防御姿勢を取った。が―――

 

電「―――!」(右? 左―――?)

 

斬り抜けは右に抜けるか左に抜けるかで構えが違ってくる。しかし直人のそれはどちらへも抜けられる姿勢だった。

 

提督「ふぅっ―――!」ダッ

 

息を吐き捨てつつ直人が一気に距離を詰める。電はその動きに注視して隙無く構えようとする。

 

直人が間合いにはいる一瞬前、彼は右に斬り抜ける軌道をわざと見せる。電がそれに反応して手にした錨を左方向に向けていく。

 

提督「ハァッ!!」ヒュッ

 

直人が裂帛の気合いと共に極光を振るう。首筋を狙ったその一太刀は、電の錨で防がれたが、それが直人のかけた罠だった。

 

電「―――っ!?」

 

直人がその受け止められた極光でそのまま電を押し込み、電が姿勢を崩した一瞬の隙を逃さず、直人は左手で希光を一気に抜き放つ。

 

電「―――。降参、なのです。」

 

気付けば完璧だった筈の防御姿勢から一転、電の首筋には一刃が突き付けられていた。直人に最初から斬り抜けるつもりは毛頭なかったのである。電が直人の一撃を受け止めた際、押し込むと同時にそれを支点にして左方向に進行方向を変えて左へと抜ける軌道に無理矢理変え、そこから希光を抜いたのである。

 

提督「よっしゃー、リベンジ達成なのじゃい。」

 

電「読みが外れてしまったのです。」

 

提督「なに、正攻法が駄目なら搦め手から、兵法の基本だからな。」

 

天龍「おー・・・。」パチパチ

 

金剛「お見事デース。」パチパチ

 

提督「おう、ありがと。一息入れようか。」

 

電「なのです。」

 

その休憩中、電は彼にこんな事を話した。

 

電「・・・司令官。」

 

提督「なんだ?」

 

電「―――電は、戦争には勝ちたいけど、命は助けたい、そう思うのです。そう思う事は、おかしいですか?」

 

天龍「それは・・・。」

 

金剛「エット・・・。」

 

それを聞いて天龍と金剛は顔を見合わせてしまった。

 

提督「そんな事はない、立派な事さ。」

 

電「え・・・?」

 

天龍「えっ・・・」

 

提督「たとえ戦争中の相手であっても、同じ人間である事に変わりはない。今回だって、本質的にはそれと同じ事だと思うよ? 我々は不幸にして戦端を開いてしまった。だが境遇が違うだけで、深海棲艦と俺達は、対話を成功させる事が出来た。これはつまり、深海棲艦も本質的には人間に近い知的生命体であるという事だ。」

 

天龍「一理あるな・・・。」

 

提督「俺としても、出来る事なら対話でことを済ませたいが、そうなる前に戦端が開かれてしまうのは、痛恨の極みと言えるところもある。だが我々は戦うのが任務だ、それも止むを得ないだろうな。」

 

電「つまり、助ける事は、間違いじゃない、という事ですか・・・?」

 

提督「そうだ。だが、現実がそれに追い付けないのさ。これがこの世の不条理、という奴なのかも知れんが・・・。」

 

知性あるものが、何故戦わずにいられないのか。彼はその話をしながら、その事を考えた。彼なりに、一定以上の知能を持つ生物は、その知能を、自己の生存に発揮する場合が多い。深海棲艦も、それと同じではないのだろうか、そして人類もまた、歴史の中でそうして知能を発達させてきたのではなかったか。そう考えるのだった・・・。

 

 

1月7日5時40分 トラック基地沖合

 

提督「当然だが、雰囲気と活気が違うな。」

 

明石「そうですね、前回来た時とはまるで違う様相ですね。」

 

前回来た時と言えば、それはトラック棲地攻略作戦の時なのだから当然と言えた。今もまた、トラック諸島に物品を輸送してきた軍需輸送船が、環礁内から出る所であった。周囲には艦娘艦隊の護衛が付いているのが見て取れた。

 

提督「このまま入港管制の指示に従って入港しろ。」

 

明石「了解。」

 

彼にとって二度目のトラック諸島は、一度目とは打って変わった用件でのものだった。6時01分、重巡鈴谷がトラック泊地に入港したその足で、直人は創設半年近くになるトラック泊地司令部に赴いた。

 

 

6時16分 夏島(トノアス島)・トラック泊地司令部

 

提督「横鎮防備艦隊、サイパン分遣隊。只今到着しました。」

 

小澤「そう取り繕わなくていい、ここにいる者は全員、“曙計画”のスタッフだった者達だ。」

 

にこやかに執務室へ直人を出迎える小澤海将補。

 

提督「では・・・お久しぶりです、小澤海将補。」

 

小澤「その節は世話になったな、君のおかげで首の皮一枚でつながったよ。」

 

提督「あの作戦は、端から無謀だったのです。ハッキリ言って、やらぬ方が良かった。」

 

小澤「そうだな・・・。」

 

直人の言葉に考えざるを得ない小澤海将補である。

 

小澤寛三郎、海上自衛軍所属の将官でこの年49歳、階級は海将補。現在の地位は第6護衛艦群司令・艦娘艦隊トラック泊地司令官を務める。空母による洋上航空戦の第一人者と言われ、2030年代に新たに編成された空母機動部隊である「第6護衛隊群」の司令官に抜擢されて以来、戦争が始まった為適材適所の原則に従って現職に留められて、はや20年が経っていた。

 

なお、この時点での1個護衛隊群は通常3個護衛隊から成り、第6護衛隊群の場合は第2航空護衛隊(空母1・ヘリ空母1・防空護衛艦2)と2個護衛隊(大型護衛艦1・汎用護衛艦3)から成る、空母機動部隊となっている。これは第一次SN作戦後改変された時の編成であり、元々は6個の護衛隊から編成されていた強力な艦隊だったのだが・・・。

 

提督「それは兎も角、今回は作戦に先立って挨拶に伺いました次第でして。今後何かとお世話になるかと思いますので。」

 

小澤「そうだな、中部太平洋方面も今後は重要な戦区になる事は確かだ。有事の際は頼むぞ。」

 

提督「お任せ下さい。この海はもう二度と、奴ら強硬派の連中には渡させません。」

 

小澤「頼もしい事だ。7年前、まだヒヨッコだった事と比べて、随分と逞しくなったものだ。」

 

提督「海将補。それは昔の話です。私も24になりました、今年で25です。」

 

小澤「そうか、もうそんな年になったか。早いものだな。」

 

提督「全くです・・・。」

 

小澤「それはそうと、間もなくラバウル基地の建設隊と司令部、それと艦娘艦隊の第一陣が、ここに到着する事になっている。急いでくれよ。」

 

提督「それは了承しております。間も無く作戦を開始する予定です。成果にご期待頂ければと思います。」

 

小澤「今回の作戦、成功すれば、豪州奪還に向けて大きな一歩になるかもしれんからな。」

 

提督「そうですね、困窮しているであろう豪州方面の制海権奪回は、我々が置かれた現状に於いて、まず成さねばならない事の一つですから。」

 

小澤「うむ。しかし急ぎ過ぎれば、かつての失敗を繰り返す事にもなる。そこに留意しなければな。」

 

提督「全くその通りです。では、そろそろ失礼します。艦隊の面々を待たせる訳にも参りませんので。」

 

小澤「うむ、成功を祈っているぞ、紀伊提督。」

 

提督「はい、それでは。」

 

直人は小澤海将補に敬礼をすると、回れ右でそそくさと司令部を後にしたのであった。

 

 

7時09分 トラック泊地・重巡鈴谷艦娘発着口

 

提督「今回の出撃には私は同行しない。後方から全体の調整に努める事になっている。従って今回の作戦では、各艦隊指揮官の判断で動いてもらう事になるが、この作戦は今後の作戦展開の上で極めて重要なものとなるから、心してかかって貰いたい。万が一の場合には、撤退もやむなしと肝に銘ぜよ。」

 

一同「「はい!」」

 

提督「では、各員の健闘と、航海の安全、そして、全員の生還を、心より待っている。艦隊、出撃せよ!」

 

金剛「第一水上打撃群、出撃するネー!」

 

瑞鶴「第三艦隊、出撃します!」

 

大和「第一艦隊、出撃します!」

 

7時10分、「ラ号作戦」と銘打たれた作戦が、開始された瞬間であった。

 

明石「では、行ってきます。」

 

提督「おう、気を付けてな。」

 

あきつ丸「自分も、出発するであります。」

 

提督「二人とも、無理はするなよ。」

 

明石「はい。」

 

あきつ丸「了解、であります。」

 

明石とあきつ丸は、司令部直隷艦艇でもある。彼はその2人を艦隊に預け、共に出撃させた。これには、ラバウルを長期間制圧しなくてはならない、この任務の容易ならざる特性が良く表れていたと言っていい。

 

兎も角にも作戦は発令された。直人に出来る事は、後方から全体を指揮する事だけである。

 

提督(さて・・・敵はどう出て来るか・・・間が悪いな、こんな時に紀伊があれば・・・。)

 

残念ながら紀伊は現在改修中であり、夕張が陣頭指揮で改修中なのであった。既に矢は放たれた以上、手遅れですらあった訳だが・・・。

 

提督「・・・副長、サイパンに打電。“戦略爆撃隊はラバウルを空襲せよ”とね。」

 

副長「!(了解!)」

 

直人が出撃を命じたのは、キ-91により編成される戦略爆撃機部隊である。一時的に基地に預けられた連山改がこの先導を担当する事になる訳だが、この様な事を命じたのには理由があった。それについては後に述べる。

 

 

 鈴谷はトラック泊地に留まった。それは同時にこの作戦が、大規模な交戦を想定しなかったことを意味している。故に明石も出撃していたし、今艦内に艦娘達の姿は殆どない。

一方で泊地内には大小さまざまな艦艇や艦娘達がひしめき、上空には海自軍の航空部隊所属機や航空自衛軍所属機が春島や空母から発着して訓練や任務に就いていた。

 夏島の西岸に南向きに停泊する鈴谷左前方にある、司令部の岸壁には、第5護衛隊群の旗艦である空母「しょうほう」が、護衛艦「ゆうづき(夕月)」と共に停泊している。昔日の古傷も完全に癒え、その威容を示していた。

また環礁の北西には搭載機訓練中の第5護衛隊群所属の空母「ずいほう」もおり、環礁内を悠々と駆けまわっていた。流石に環礁内で発着訓練が出来ると謳われたトラック環礁は広々としておりスペースにはおよそ事欠かないようだ。

 夏島の北側にある島、春島には飛行場があり、そこから上空警戒の為に、空自軍主力戦闘機たるF-3戦闘機が2機飛び立っていた。

環礁の西寄りにある島々、七曜諸島には艦娘艦隊の司令部が林立し、活気に満ちている様子が鈴谷からも望見出来た。恐らく彼らから見れば、この鈴谷の姿は奇異に映るだろうという事もまた、想像に難くなかった。

 第一次SN作戦で大損害を出したとはいえ、現在西太平洋戦域に於いては彼らは間違いなく最強の海軍だった。海自軍がいなければ、現在の戦況まで持っていく事は難しかったに相違ないのだ。

否、艦娘艦隊抜きで、良く10年近く持ち堪えたというべきであろう。

 第一次SN作戦を経てもその主力たる空母は4隻全てが健在だった事も注目に値するだろう。単に幸運だったというべきで、北村海将補の率いる第6護衛隊群の空母「へきほう(碧鳳)」が同作戦で大破し後送された以外はさしたる損害も無く、へきほう自身も現在は前線に復帰している。

 

 

ここで海自軍の航空母艦「ほうしょう」級について少し解説しよう。

 

このクラスは戦後初めて設計/建造された大型空母で、設計に当たり通常動力型空母であったアメリカの航空母艦「ジョン・F・ケネディ」に範を取っている。この為、艦橋と一体化した傾斜煙突を有している。

 

日本の国防費を踏まえて設計は縮小されており、その影響で搭載機は70機(ヘリ搭載も含めると83機)となっているが、主力艦上戦闘機はF-35であり、各種派生タイプのF-35によって航空隊を編成している。同型艦は4隻存在し、

 

1番艦:ほうしょう

2番艦:しょうほう

3番艦:ずいほう

4番艦:へきほう(碧鳳)

 

の、全4隻である。これらは全てSN作戦に参加、生還している。

 

このトラック泊地にはその貴重な4隻の空母の内2隻がいるのである。それはこのトラック泊地が、東方に対する押さえの重要拠点である事を、弥が上にも強調していた。

 

 

提督(あの艦を見るのも1年ぶりかな・・・。)

 

直人はそのしょうほうを眺めてそう思った。思えばSN作戦から1年2ヶ月、最悪の大損害からよくもまぁここまで来れたものだと直人は思う。それもこれも艦娘艦隊の活躍が如何に大きいかという事を示していた。

 

提督(そして我々の功もまた・・・というのは、少し図に乗り過ぎかな。)

 

頭を掻いてそう思う直人なのであった。

 

トラックの空はこの日、綺麗に澄み渡る青空が広がっていた。この光景が長続きする様にと、彼は祈るのである・・・。

 

 

一方出撃した横鎮近衛艦隊はというと・・・

 

 

トラック南方・第一水上打撃群

 

金剛「・・・。」

 

比叡「お姉様、どうしました?」

 

金剛「違和感ガ・・・。」

 

霧島「違和感・・・まさか、敵の気配ですか?」

 

金剛「・・・鈴谷が後ろにいないのが凄く違和感に思えるデース。」

 

榛名「そう言う事ですか・・・。」

 

直近1年間の間で、鈴谷が出撃しなかった事の方が無い。違和感に思う者がいて当然なのだが、金剛が違和感に感じたのはやはり、鈴谷に愛する提督―――直人が乗っていたからなのだろう。

 

鈴谷「まぁねぇ~、提督が今回は鈴谷と一緒に後方待機だからね。」

 

鈴谷(艦娘)が鈴谷(艦艇)の話をするというシュールな絵面である。

 

金剛「きっと今頃、“ガラじゃない”って思ってるネー。」

 

鈴谷「アハハッ、きっとそうだね~。」

 

 

提督(ガラじゃねぇよなぁホント。)

 

どこに居ようが隠し立てが出来な過ぎる直人であった、というより金剛が直人の事をよく理解している証拠でもあった。

 

 

8時10分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

提督「どうだ、艦隊勤務も慣れたかい?」

 

伊良湖「はい、おかげさまで。」

 

直人が遅めの朝食を共にしていたのは、唯一鈴谷に残った艦娘、給糧艦伊良湖であった。

 

伊良湖「それにしても、この船を見た時は驚きました。今の時代に、あの時代の船がいるなんて思いませんでしたから・・・。」

 

提督「アメリカには結構現存しているんだけどね、アイオワ級戦艦4隻やエセックス級航空母艦の一部もあるし。」

 

伊良湖「そうなんですね・・・。」

 

提督「だがそうなって来ると、気になるのは深海棲艦の正体だよな、一体何なんだろう・・・。」

 

伊良湖「現在でも謎の多い生き物ですからね、その出自についても・・・。」

 

提督「それは艦娘についても同じ事ではあるのだが・・・そう言えば、深海棲艦には雌雄同体もいるそうだ。学者共はそれで繁殖してる可能性があるという風に言ってたな。」

 

伊良湖「雌雄同体、ですか!?」

 

雌雄同体、読んだだけでは少し理解に時間を要するが、要するに雄の生殖器と雌の生殖器を一つの体に持っている生物の事、代表格はミミズやシダ植物。

 

提督「だが一方で棲地で自然発生するという説もあるが、いずれにせよ観測する手段に乏しい以上、その辺の解明にはまだ時間がいるだろうな。」

 

伊良湖「少なくとも、繁殖している説については、それこそ局長に聞けばいいのでは?」

 

提督「アホウ、俺が聞けるか。」

 

伊良湖「何故ですか?」

 

提督「簡単な話だ、異性だからだよ。」

 

伊良湖「し、失礼しました・・・では、今度聞いておきましょうか?」

 

提督「うーん・・・いいや、余り知り過ぎるとやりにくくなりそうだからな。」

 

伊良湖「それもそうですね・・・。」

 

結局、この謎については解明に尚数年以上を要する事にはなったが、結果としては戦争後の事であった。そしてそれは、彼に複雑な感情を抱かせる事を回避するという事でもあった。

 

 

1月7日17時30分 重巡鈴谷上甲板後部・貴賓室

 

提督「わざわざご足労頂きまして恐縮です。」

 この日の17時23分、トラックにラバウル基地建設船団(船団旗艦:小笠原海運籍・おがさわら丸)と、それに同行する新設のラバウル基地司令部及び、所属する海自軍護衛艦8隻、艦娘艦隊100個からなる第一陣が到着した。

この時はその司令官がわざわざ、錨泊中の鈴谷へと僅かな供回りで来艦する珍しい事態になっていて、直人はこれまたわざわざタラップに出向き、挙手の礼でこれを出迎えていたのだ。と言うのもその人物は、面識こそ殆どないが一応見知った人物なのだ。

「お気遣いありがとう。ラバウル基地司令官を拝命した、佐野(さの) (あおい)海将補です。宜しく。」

 そう自己紹介したのは、外見からは20代後半にしか見えないような人物であった。イケメンであるが、平凡なイケメンであり、表情も冴えず、軍服もいまいちおさまりが悪い。

黒髪のショートヘアーと黒い瞳が、日本人の標準的な特徴を示している。身長も直人の172cmに対してそれ程変わる訳ではないが、体のラインは、軍人にしては細い様にも見受けられた。

「横鎮近衛艦隊司令官を務めております、紀伊直人です。例の計画では、随分とお世話になっていました。」

 そう挨拶したのは、小澤海将補からその旨名乗って構わない事を聞いていたからに他ならない。

彼の名乗りを聞いた佐野海将補はにこやかにこう言った。

佐野「私は直接面識はないのだけど、こうして有名な戦士と会えた事を、誇りに思うよ。」

 

提督「そうですね、あの時は主に経理周りを担当されていましたから、実戦を担当していた私達とは縁がなかったのも当然でしょうね。」

 

佐野「お互い、苦労したものだね。」

 

提督「全くです。」

 佐野 葵、階級は海将補で、新編されたラバウル基地司令官を拝命したのは自己紹介の通り。年齢は32歳であり、少将~中将に相当する現在の海将補になったにしては随分と若い。

非常に優秀な若手将校と評判の人物であり、ちょっと変わっているが、部下への寛容さとその持ち前の能力はずば抜けていると専らの評で知られる。

 

提督「ラバウルと言えば、今回我が艦隊が、ラバウルの強行偵察と制圧を任されています。間も無く到着する筈ですから、成果にご期待下さい。」

 

佐野「宜しく頼むよ。今回は、私も楽が出来そうだ。」

 

提督「楽を、ですか。私もここでこうして楽をしておりますが、そうしたいとは思っていても、中々上手くいかないものです。」

 

佐野「本来なら君は、海保で悠々と隠居生活の筈だったのにね、心中お察しするよ。」

 佐野海将補はここへ来る前に、大沢防衛相から内命を受けた土方海将に、彼について一応の事情は一通り聴いている。

まぁ、()()と言うユーモアにしては些か苦しい表現をされた点について、彼は苦笑しながらこう応じた。

「尤も、担ぎ出されたとはいえ、案外悪くない生活はしてますよ。」

 これは彼にとっては紛れもない本心だった。沢山の仲間達に囲まれて、時に友人として、時に戦友として、八面六臂(はちめんろっぴ)の大立ち回りを繰り返す日々ではあるが、上司にも恵まれた事もあり、息苦しさは感じていない。

それを言葉の端々から感じ取った佐野海将補は彼にこう言った。

「艦娘艦隊と言う住処は、居心地がいいらしいね、君にとっては。」

 

提督「えぇ、今度は佐野海将補も、防備艦隊を率いられるのでしょう?」

 

佐野「まぁ、そうなるのだろうねぇ。どうなる事やら・・・。」

 

提督「今後は、何かとお世話になるかもしれませんね。」

 

佐野「そうだね。そうだ、君にぜひ紹介して欲しいと、上から言われた人がいるんだ。」

その言葉に直人が

「ほう、誰ですそれは。」

と興味を示し、

「入りたまえ。」

佐野海将補がそう言うと、彼の副官が貴賓室の扉を開けて、室内へ一人の軍服に身を包んだ少年が現れた。

 第二種軍服を纏っているから提督である事は分かる。だがその容姿は、提督であると認識するには些か幼過ぎた。

その年齢はどう見繕っても中学校1~2年生、おさまりが悪そうにその瞳を二人に向けていた。背は大体150cm近辺という所か。

「こ、子供・・・?」

呆然と直人が言ったのも無理はなかっただろう。佐野海将補もその物言いを否定はせずこう述べた。

「そうだが、彼が艦娘艦隊、ラバウル第1艦隊の司令官だ。」

 

「彼が、ですか!?」

直人がてきめんに驚いたように言うのをよそに、佐野海将補から目配せをされた件の少年提督が、挙手の礼と共に自己紹介をする。

「ら、ラバウル第1艦隊司令官、広瀬(ひろせ) (きょう)です。よ、宜しく、お願いします・・・。」

 最後の方がだんだん声が小さくなっていた。どうやら初対面の人物と対話する時はどうも腰が引け気味になるようだ。

 

佐野「彼の父親は、山本海幕長の幕僚をしていてね。それに、山本海幕長はこの子の叔父にあたるそうだよ。」

その説明だけでも、彼にはこの少年が只者ではないのが分かった。その手ごたえを感じ取ってか、佐野海将補は続けた。

 

佐野「この子は幼い頃からの英才教育に加えて、2年程前からは艦娘の指揮などに関しての教育を父から施されていたらしい。それを聞きつけた山本海幕長は、その能力を買った、という訳だね。」

 

提督「や、山本海幕長が、能力を買ったですって―――!?」

 その事実は驚くべきものだった。山本海幕長は無数の修羅場を潜り抜けた勇将として知られ、同時に人の能力を見抜く才に長けた人物と広く知られている。その証拠に、彼の元には年齢を問わず、極めて優秀と目される幕僚が集ってさえいるのだ。

その山本海幕長が、この年端もいかない少年の能力を買ったと言うのだ、その能力はただ事ではない。が、彼にしてみれば、この年で提督であるという衝撃がそれに勝っていた。

「たった14歳で、驚くべき才能だと思う。」

 佐野海将補の言葉が、その驚嘆するべき事実を裏打ちしていた。彼とて、山本海幕長に見出された男の一人なのだ。

「・・・全くですね。」

直人もその場は同意せざるを得なかった。

佐野「彼はラバウルにおける君の行動の援助も担当する事になっている。よく見てやってほしい。」

 

提督「分かりました。」

 

佐野「では、ここらで失礼させて貰うよ。」

 

提督「は、はい。道中、お気をつけて。」

 

佐野「ありがとう。では広瀬中佐、行こうか。」

 

広瀬「はい。」

 

佐野海将補は、広瀬中佐を伴って鈴谷を後にする。

 

 

「・・・14歳か。」

苦い思いで、直人はその言葉をつぶやく。

 

 彼の母国、日本国は現在、戦乱による荒廃に加え、極度の少子高齢化と人口減少に苦しめられている。そんな中に於いても動員は続けられ、縮小された陸自軍と引き換えに、空自軍と海自軍は拡大を止めていない。更に言えば、提督として既に200万を超す国民が徴集されていた。

これらは全て志願しての事である。しかし、そのペースは、日本国民の人口比率を、余りに無視したものであったと言わざるを得ない。最早、軍備の増大は限界点を超え、後は艦娘艦隊に頼る他に道さえなかったのである。

 更に、残された女子供や老人に、社会に出て貰ったところで何ほどの事があるだろうか。最早日本の人的資源は、最低限の国民と軍の生活を保障する以上の事は出来なくなりつつあった事は疑いようもない。

 そこへ来て彼は、その日本の現状を端的に指し示すテストケースを見せつけられたのだ。

 

(・・・俺達は一体、何を求めて戦争をしているんだろうな・・・。)

 人類の生存圏の守護、今後喪われるかもしれない人命を救う為、人類の未来を救う為・・・理由はいくらでも付けられる。だが・・・

(“そんなもの”の為に、あんな少年の知恵さえも、我々は借りねばならないというのか・・・。)

 たった、そんなちっぽけなものの為に、前途多望な少年の青春や日常までも、奪う権利が誰にあろうと、彼は真摯に考えざるを得なかった・・・。

 因みにこれは完全に余談になるが、後に海将へと昇進する佐野海将補が、艦娘の由良と結ばれた事は、色々とあって一つの語り草となっている。そして広瀬中佐も後にある艦娘に恋をするのだが・・・。

 

その後、補給を短時間で終えた船団は直ちにトラックを出港し南下を始めた。その上空を、鈴谷が射出した零式水上観測機が、前路哨戒を行っていた。

 

提督(こういう時水上戦闘機があればなぁ・・・。)

 

そう思わないでもない直人なのであった。何故零式水観を搭載し射出したかと言えば、船団が来る事は予め明かされていた為、その上空護衛の為に搭載して来たのである。事実、この機体は複葉機である事と、固定武装として機銃を搭載している為、限定的ながら戦闘機としても運用出来るのである。

 

詳しくは「R方面航空部隊」で調べて頂くとしよう。

 

 

1月9日0時、艦隊先鋒の第一水上打撃群は、ビスマルク海に入っていた。

 

ビスマルク海はラバウルがあるニューブリテン島と、その隣のニューアイルランド島に北から時計回りに南までの半周を囲まれた海域の名称である。

 

この二つの島がビスマルク諸島に属する事からビスマルク海であり、元々はその名称通りドイツ植民地だったが、その後オーストラリア領を経て日本が占領、現在はソロモン諸島という国家の領土となっている。

 

 

~0時16分~

 

金剛「今のところ、何もないデスネー・・・。」

 

鈴谷「てか夜じゃん・・・なんでこんな何にも見えない時間帯に偵察なのさ~・・・。」

 

長波「―――。」

 

鈴谷の横で険しい目を前方に向ける長波。

 

鈴谷「ん? 長波どうしたの?」

 

長波「静かに・・・敵がいる。」

 

鈴谷「えっ―――!」

 

金剛「―――戦闘用意ネ。」

 

間髪入れず金剛が戦闘用意を命じる。

 

長波「右前方1万5000、反航してくる。」

 

矢矧「右魚雷戦用意、1回で決めるわよ。」

 

長波「了解。」

 

長波の敵発見に対し、敵は何も気づいていない。というのも、敵はレーダーを作動させておらず、油断し切っていたのである。

 

 

矢矧「距離1万、魚雷発射!」

 

 

矢矧の合図で二水戦と魚雷搭載艦が魚雷を放つ。二水戦75射線、雷撃可能艦で94射線の61cm魚雷が敵艦に向け放たれる。ここで5連装魚雷かつ雷巡である大井と北上は、雷巡特有の2連射をせず魚雷を温存している。

 

しかし十分過ぎる程の魚雷の投射は、小規模の敵艦隊には十分脅威だった。

 

敵艦隊は僅かに軽巡級4、駆逐艦級40程度という単なる斥候部隊に過ぎなかったのである。そこに169射線にも及ぶ酸素魚雷が、音もなく忍び寄って来たのだからたまったものではなかった。

 

たちまち数十本の火柱が奔騰した。駆逐艦10隻以上が瞬く間に爆沈し、軽巡級さえ1隻が爆沈、2隻が2本の魚雷を受け航行不能となり、残る駆逐艦級も数隻が航行不能、4隻が被雷したものの中破に留まった。

 

ただこの一撃で、戦闘力の過半を喪失した敵深海棲艦隊に、さらに一水打群からの猛射が加わった。

 

金剛「ファイアー!」

 

 

ズドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の46cm砲が火を噴き、ついで榛名以下第三戦隊の35.6cm砲が一斉に火を噴いた。

 

静かだった洋上は今や、砲声の響き渡る煉獄と化し、硝煙の匂いが立ち込めていた。既に敵艦隊は赤々と燃える火の中に照らし出され、照明弾も最早必要なかった。狼狽する敵艦隊を打ちのめすだけなのだから、彼女達にとってこれほど簡単な作業(しごと)も無かった。

 

戦いは僅か、22分で終わった。敵艦隊は僅かな生き残りが四分五裂で波間に紛れ逃げ去ったのみであった・・・。

 

一水打群はそのまま航行を続け、ラバウルを目指して海域を去ったのである。彼女らからすれば、凱歌を挙げる暇もなかったのだ。

 

 

5時32分、一水打群がほぼ予定通りラバウル沖に到着した。

 

筑摩「あれが旧市街、ですね。」

 

利根「今や、面影を残すのみ、じゃな。」

 

羽黒「遠くから見ても、荒れ果てていますね・・・。」

 

荒れ果てているのも当然である。この地を含むソロモン諸島は、かつて凄惨な事件の舞台ともなった場所でもあるからだ。

 

 

―――ソロモン諸島住民虐殺事件。

 

豪州侵攻を図る深海棲艦が、そのルート上にあったソロモン諸島の住民を、瞬く間に虐殺していった事件である。この事件の生存者はオーストラリアに逃れ、現在ソロモン諸島に居留民の姿はない。

 

事件の被害者は、一説には40万人を超えるとも言われており、これはソロモン諸島全人口の7割を超す数である。しかし正確な数は、戦争の混乱に紛れ判明していない。特に首都ホニアラの住民はその9割以上が混乱の中で虐殺されたとも言われており、その凄惨さは人類史上にすら稀な程であった。なにせ、深海棲艦がその火砲を非武装の住民に向けたのであるから―――。

 

 

金剛「・・・予定通り調査するネー。」

 

 

ヒュルルルル・・・

 

 

金剛「―――!?」

 

 

ドォンドォォーーーン

 

 

砲弾の飛来音がした直後、2発の砲弾がすぐ近くに着弾した。

 

瑞鶴「えっ、何!?」

 

矢矧「周囲状況確認、急いで!」

 

矢矧が咄嗟の判断で敵影を探し求める。しかし、そんなモノはない。

 

瑞鶴「偵察機を出すわ!」

 

金剛「GOデース!」

 

金剛のGOサインに応えるように瑞鶴が偵察機を放つ。すると・・・

 

瑞鶴「偵察機より入電、“陸上に発射炎を認む”、以上!」

 

金剛「陸上、デスカー・・・。」

 

この時一水打群に向け発砲したのは、この時最新鋭の深海棲艦「砲台小鬼」であった。まだ絶対数の少ないこのタイプの深海棲艦は、ラバウル陸上への配備が最初だったのである。

 

金剛「観測機を射出、各艦、砲撃用意デース!」

 

全員「「了解!」」

 

瑞鶴「その前に空襲よね。」

 

金剛「お願いするネー。」

 

結局のところ、取った策は事前空襲と艦砲射撃であった。敵の抵抗を粉砕するのにこの方策が有効である事は、太平洋でもサイパンなどで証明された通りである。

 

直ちに攻撃隊が編成され、翔鶴・瑞鶴・瑞鳳の3艦から発艦した。すると、それに呼応するかのように、ラバウルの方向から少数の敵機が発進するのを確認する事が出来た。地上機も在機していたのだろう。尤も、10機そこそこでは相手にもならず、たちまち全滅したのだったが。

 

万難を排した航空隊は、空中から爆撃目標を捕捉すると、水平爆撃と急降下爆撃で次々と攻撃を行った。無論砲台小鬼も移動可能な類なのだが、そんな事などお構いなしかのように、群体である砲台小鬼の武装を次々と破壊して行く。

 

そして攻撃が終われば、次は艦隊の出番である。

 

 

金剛「全砲門、ファイアー!」

 

観測機からの射撃諸元指示に従い、各艦が砲撃を開始する。流石に46cm砲を筆頭とする艦砲射撃を受けてはひとたまりもなく、砲台小鬼は次々と吹き飛ばされていく。反撃する暇もあらばこそ、砲台小鬼は右往左往と逃げ回る事しか出来ずじまい。それもその筈、管制する深海棲艦などいなかったからである。

 

元々砲台小鬼は、局地防御用に発案され開発された自律砲台タイプの深海棲艦なのだが、第三者からの管制が必須と言う欠点を抱えていた。しかし深海棲艦隊南西太平洋方面艦隊司令部ではそれを正しく認識していなかった為に、ラバウルには深海棲艦の姿はなかったのである。

 

この時使われた砲弾は、

 

46cm砲弾:120発

36cm砲弾:360発

20cm砲弾:600発

合計:1080発

 

である。金剛などは46cm砲を12門備え、搭載弾数も1020発を数えるが、それをこれだけしか撃たなかったのは、ここで砲弾を消尽する訳にはいかない任務上の事情があった事による。

 

彼女達にとって、戦いは始まったばかりなのである・・・。

 

 

9時26分、12ノットで一水打群に続航していた第三艦隊がラバウル近海に到着し、周辺海域の警戒行動に入った。同時にあきつ丸が分派されてラバウル湾に入った。

 

 

金剛「―――と言う感じネー。」

 

あきつ丸「承知したであります。あとはお任せ頂ければ。」

 

金剛「お願いするデース。」

 

ラバウル周辺の状況の伝達を済ませた金剛。一方ラバウル旧市街では、空襲と砲撃を逃れた砲台小鬼が、それでも何とか守り切ろうと防御線を敷いていた。

 

他方の横鎮近衛艦隊側は、出来るだけ旧市街地は無傷で残さなければならない関係上砲撃する事も出来ず、精々急降下爆撃による精密爆撃を行うに留まっていた。

 

あきつ丸「行くであります。大発動艇全艇展開!」

 

あきつ丸の艤装正面が開き、そこから影を実体化した大発動艇が実体化しながら前方へと射出されていく。その数27艘、部隊規模にして1個大隊である。なおこの時は格納庫も全て使って陸戦隊を搭載していた為、その搭載人員数は3個大隊を数えていた。

 

9時33分、“第一海上機動連隊”―――横鎮近衛艦隊が持つ陸戦隊の第一波上陸部隊が、あきつ丸を離れた瞬間であった。

 

瑞鶴「航空支援開始よ、皆、お願い!」

 

瑞鶴ら一航戦が再び艦載機を放ち、舟艇を上空から援護する。砲撃などしようものならたちまち爆撃を加えられるよう万全の態勢を整えるのだ。

 

鈴谷「上陸作戦かぁ~。」

 

最上「ボクと三隈はその現場にいた事もあるけどね。」※バタピア沖海戦の時の話

 

「私達十九駆も、上陸作戦の様子を見た事はあります。」※コタバル強襲上陸

 

そう言ったのはあきつ丸の護衛として派遣された第三艦隊第十戦隊に所属する綾波である。

 

敷波「あの時は大変だったなぁ、波が高かったし。」

 

磯波「形としても今回の様な強襲でしたから、被害が多かったそうです。」

 

コタバル上陸の際、海岸部には英軍のトーチカが一部に存在し、また1個旅団6000名が布陣する陣地が存在していた為激しい抵抗を受け、特に第二次上陸部隊は運悪くトーチカ正面に上陸した為集中射撃を受け、中村大隊長が上陸と同時に戦死するという事態にまで陥っている。

 

更に英空軍の反撃により輸送船1隻が炎上沈没するなど、壮絶な戦いの末にコタバルを制圧したという。こと強襲上陸程、攻勢側が不利な戦いはない訳である。なにせ上陸用舟艇は動きも鈍く脆い。そこに攻撃を受けようものならひとたまりもなく、また波の影響で上陸地点を外す事も多いからだ。

 

その点今回は波の穏やかな湾内である為多少は楽なのだが・・・。

 

金剛「反撃、無いデスネー・・・。」

 

敵は沈黙を保っていた。流石に先程の猛烈な攻撃で敵も学習したものらしく、1発の応射も無かった。

 

霧島「先程あれだけ撃ち込みましたからね・・・流石にもう反撃する余力はないのではないでしょうか。」

 

その10分後、上陸第一波が海岸へと到達、大発が引き上げを始め、上陸部隊が前進を開始すると同時に、敵の反撃が始まった。

 

上陸第一波は完全装備の歩兵1個大隊約1000名、海岸部に橋頭保を確保するのが目的だが、旧市街からの急襲射撃を受けて立ち往生し、慌てて障害物に身を潜める羽目に陥った。更に砲撃により大発2艘が沈没する事態となった。

 

この予想外の苦戦は連隊司令部を動揺させたものの、第一大隊は障害物に軽機関銃を据え、突出して来た敵に猛射を浴びせる事で時間を稼いでいた。その内に、駆逐艦からの援護砲撃により敵が後退した間隙を縫って、10時07分、上陸地点に幅500m、奥行き300mの橋頭保を確保した。ここまでに既に死傷者(妖精さん)は100名以上に上っていた。

 

第二波上陸部隊はその直後に海岸に接岸した。歩兵砲の他、八九式中戦車10両が揚陸され、火砲と機甲戦力の揚陸に成功した連隊は直ちに攻勢に転じると、旧市街の瓦礫に潜む砲台小鬼の群体を一つ一つ叩き、制圧地域の拡大に努めていった。

 

11時03分に展開を終えた第三波上陸部隊は第二大隊の内の約900名で、こちらは砲兵がメインの言わば主役である。と言っても、流石に舟艇で運べるのは軽火砲が精々であったが、それでも強力である事には変わりなく、一式機動47mm砲や九四式山砲などを保有し、砲台小鬼の本体である沿岸砲に対してダメージを与える事も出来る部隊である。

 

これと続く第四波の上陸によって大勢は決し、12時25分、ラバウル旧市街が18年ぶりに人類の手へと帰属した。

 

 

12時50分 トラック泊地・重巡鈴谷

 

提督「ラバウル旧市街を制圧したか。残敵掃討段階か・・・まだこれからだな。」

 

そう、実を言えば、これはまだ始まりに過ぎないのだ。ラバウルへ向かう船団が到着するのは1月18日。この日は9日だから、あと9日間ラバウル周辺の制海権を制圧しなくてはならないのだ。それも補給船団が来ず随伴船団もいないため、全て自分たちで守り遂せなければならない。

 

金剛らが弾薬を節約していたのもこの理由に基づく訳だが・・・。

 

 

~同時刻 ガタルカナル棲地~

 

飛行場姫「何? ラバウルが敵の手に落ちただと!?」

 

驚いたのは上位知能体となって日の浅い飛行場姫 ロフトン・ヘンダーソンである。

 

ヘ級Flag「ハイ、既ニ守備隊ハ敗走シタト・・・。」

 

こちらもeliteからFlagshipになっていた副官の軽巡ヘ級。

 

飛行場姫「ホノルル、直ちにブーゲンビル・コロンバンガラ方面の艦隊を動員するよう伝達しろ!」

 

ヘ級Flag「ハッ!」

 

飛行場姫は直ちに麾下部隊に対し迎撃を命じる。これまで自衛軍から艦娘艦隊に攻撃の主導権が移ってからこの方、この方面には大規模な侵攻が無かっただけに、今回の横鎮近衛艦隊の突入は一種非常事態として捉えられたのだろう。

 

飛行場姫(一歩遅かった、という事か・・・。)

 

深海側もラバウル方面再棲地化の計画を進めていたのだが、こと基地化の動きに関しては、横鎮近衛艦隊によって先手を打たれた形になってしまった。しかしこの時点ではまだそれを予見していた訳ではなく―――

 

飛行場姫(もし仮に、これが基地化に向けた動きだとすれば、ソロモン方面が危機に瀕する。それだけは阻止しなくては―――!)

 

ロフトン・ヘンダーソンは、推測によって人類軍の目論みを看破していたのである。当然ながらその動きを座視出来るほど悠長に構えているような無能ではないだけに、この動きは無視できないものがあったと言える。

 

 

それから2日が経過した。

 

9日19時42分に第一艦隊が到着、ラバウル港防備に入ってはいたが、この2日間で行われた攻撃は延べ30回を数え、内ガ島からの直接空襲は10回に及んでいた。横鎮近衛艦隊は制圧したラバウル旧港に応急の仮設基地を構築し、明石がその運用に当たっていた。

 

一方第一海上機動連隊は、舟艇機動で1個大隊をニューブリテン島東部ココボ方面へ上陸させ、近郊にあるラバウル空港跡を応急整備すると、ここにサイパン航空隊から戦闘機を50機派遣して付近の防空に当たらせていた。これは直人の指示であり、燃料と弾薬は各母艦航空隊から抽出したものである。

 

 

1月11日10時42分 ラバウル旧港・仮設基地

 

明石「本当に敵襲が多いですね、持ってきた鋼材が足りるかどうか・・・。」

 

嘆息するのは当然である、この日に入ってからも既に7回の襲撃があったからだ。

 

金剛「このペースでは流石に疲れ切ってしまいマース!」

 

瑞鶴「そこら辺をうまい事航空隊でフォローしないとだね。」

 

金剛「そうネー・・・。」

 

神通「しかし、事と次第によってはかなり不味いかも知れませんね、弾薬にも限りがありますし・・・。」

 

明石「鈴谷がいない事が、非常に惜しまれますね・・・。」

 

一応短期間の駐屯行動に備え、駆逐艦から重巡までの艦には燃料と弾薬、鋼材の補給物資を、戦闘行動に差し支えない範囲で満載してきてはいたのだが、それでも足りるかはわからないという様な状況だった。

 

これが普段なら、重巡鈴谷が物資を満載している為、短期に問題になる事など無いのだが・・・。

 

 

初霜「本当に休みなしですね、今回は・・・。」

 

第一艦隊所属、第二十一駆逐隊の初霜も、この状況には嘆息していた。と言ってもこちらの場合は、体力と精神面の問題ではあったのだが。

 

初霜「初陣がここまでハードなんて・・・。」

 

初春「今回の任務はとりわけ難儀なだけじゃがのう・・・。」

 

初霜「そうなの? 初春。」

 

初春「いつもは単純な突入が多いからのう・・・。」

 

そう、実はこれまでを振り返ればお分かりになると思うのだが、横鎮近衛艦隊がこれまで取った行動は、多くが突入作戦であり、守勢の戦いは殆どやっていないのである。例え守勢に立っていたとしても逆襲突撃などで結局突入になってしまうのがその原因だった。

 

子日「子日も疲れた~・・・。」

 

若葉「流石に、少し休みたいものだな・・・。」

 

第二十一駆逐隊も、出撃回数6回、防空戦闘11回に上っており、どの部隊も似たり寄ったりとはいえ、疲労の蓄積は無視出来なくなってきていた。

 

 

ただ、ここで艦娘達にとって一つ幸いだったのが、敵も無秩序且つ連続的な攻勢により、戦力の再編が必要になった事であった。飛行場姫は反撃を指示したものの、具体的な方策までは指示していなかった為このような事態になっていた。この辺りからも、飛行場姫が如何に焦っているかが窺い知れるだろう。

 

そしてそこで3日目と4日目が終わった時点で、艦娘艦隊は一度反撃に出る必要に迫られていた―――

 

 

1月14日6時17分 ラバウル旧港

 

金剛「グッドモーニング!」

 

榛名「おはようございます!」

 

比叡「おはようございます・・・では、交代で休みますね・・・。」

 

霧島「私もそうさせて頂きます・・・。」

 

金剛「ゆっくりお休みデース。サテ・・・」

 

大和「・・・私としてはこの辺りで、一度攻勢に出るべきだと思います。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

榛名「確かに、攻撃が収まっているという事は、深海棲艦隊も今は態勢を整えている筈、となると、早晩攻勢があるものと考えるべきですね。」

 

金剛「でも、全艦隊を挙げての攻勢はNOデス。幸いニ、皆ここまででゆっくり休めたから、ここで一つ先手を取るチャンスデスガ・・・。」

 

瑞鶴「ここは、航空攻撃で先手を取るのはどうかな?」

 

金剛「それだけでは決定打にはならないデース。」

 

瑞鶴「うーん・・・。」

 

大和「となると、金剛さん達が呼応して打って出るという方法で行きますか?」

 

金剛「選択肢も多くはないネ、それで行きまショー。」

 

大和「分かりました。留守はお預かりします。」

 

金剛「お願いするネー。あと瑞鶴サンは機動部隊の指揮を。」

 

瑞鶴「分かった、気を付けてね。」

 

金剛「分かってるネー。」

 

と言う金剛だが、かつて深追いし過ぎて痛い目を見た前科があるので説得力には欠ける発言である。

 

金剛「では、一水打群と第三艦隊は、準備出来次第抜錨デース!」

 

瑞鶴「了解!」

 

1月14日朝、それまで受け身に回ってきた横鎮近衛艦隊が、遂に能動的攻勢に打って出る。それは戦うだけ戦って退くという性質のものではあったが、それでも彼女らの士気は大いに上がった。

 

この間空襲に対しては残留する空母部隊と地上展開中の航空隊で対処するという事になり、また水上襲撃は第一艦隊がこれを防ぐと方針は決せられていた。目的地はブーゲンビル島沖、この島に敵の基地がある事は既に判明しているからである。そしてここが、敵にとって最前線基地であるという事も。

 

 

16時39分 ブーゲンビル島南沖

 

金剛「来ましたネー?」

 

見据える先にはブインから迎撃に出た深海棲艦隊の群れ。

 

榛名「榛名、砲撃準備、整っています。」

 

金剛「OK、行きますヨー!」

 

鈴谷「よぉっし! ここで人働きして、今回の殊勲賞貰っちゃおうかなッ!」

 

珍しく鈴谷がやる気全開である。

 

 

結果を言えば、この攻撃は成功に終わった。ブインに集結していた敵艦隊の内、半数が迎撃に出て来ていたものの、4時間の交戦の末その7割を撃沈破したのだから上出来であっただろう。全体から見ればその4割を撃沈ないし撃破している勘定になる。

 

対して損害は軽微で明石が修理すれば再び前線に出られる程度であるから尚の事お釣りが来ようというものである。尤も、まだ出鼻を挫いた程度の効果しか挙げられていないのではあるが・・・。

 

 

その報告を、直人はやはりトラック泊地の鈴谷艦上で知らされた。

 

 

21時41分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

提督「不意の攻勢に転じたらしいな・・・。」

 

柑橘類「まぁいいんでねぇの? 出鼻を挫くくらいにはなるだろ。」

 

提督「そうさな、まぁ12時間は時間が稼げるとみて相違あるまいて。」

 

直人にはそこまでその効果を大きく見るつもりはなかったのだったが。

 

提督「あくまでラバウル周辺の制海権維持が今作戦の目的だしな~。」

 

柑橘類「それはそれでやっぱ敵の出鼻挫いたんだし上々じゃね?」

 

提督「まぁの、結果論としてもそうだし、攻勢に出るというのも選択肢だからな。攻勢に出た所で完全に解決はしないが。」

 

柑橘類「まぁそうだな。」

 

因みになぜここに柑橘類中佐がいるのかと言えば、先日トラックを発ったラバウル基地船団の前路哨戒を行った零式水観、それに乗っていたのが柑橘類中佐だったのである。馬車馬のようにこき使われている気がしないでもないがそこは触れないであげよう。

 

と言うより、完全に日没近い中、夜間航法が出来るパイロットも中々いないのである。訓練はしているのだが一朝一夕に育成できる技術ではない為、柑橘類中佐を呼んで来たのだった。因みに基地航空隊は鳳翔さんが一時的に指揮している。

 

 

そして、金剛らが待ち望み、直人が無事到着する事を願っていたものは1月18日、漸く到着した。

 

13時17分 ラバウル旧港

 

大和「近衛第4艦隊第一艦隊旗艦、大和です。遠路遥々、ご苦労様です。」

 

佐野「ラバウル基地司令、佐野です。お待たせして申し訳ない、ご苦労様でした。」

 

大和「いえ、やるべき事をしただけですから・・・では、早速引き継ぎ事項の確認を―――。」

 

ラバウルへの基地建設隊が遂に到着、直ちに建設作業に入った。この時点で横鎮近衛艦隊は順次その任務をラバウル基地とラバウル艦娘艦隊へと移譲し、撤収準備を進めていった。

 

~14時03分~

 

大和「鈴谷から撤収命令です!」

 

ラバウルへの船団到着を聞きつけた直人が、直ちに撤収命令を発したものだが、いつも通り遅い。まぁ伝書鳩や航空機より圧倒的に早いから文句のつけようがないのだが。

 

金剛「OK、帰りますヨー!」

 

一方で撤収準備を終えていた横鎮近衛艦隊は、直ちにラバウルを引き払い、トラック泊地に向け帰路に就いた。航空部隊は既に撤収していた為、それらの物資は全て収容していた。また地上部隊も全部隊を撤収し、完全にラバウルを引き払う事となった。

 

オイゲン「やっと終わったぁ~・・・。」

 

レーベ「長かったね・・・。」

 

一水打群所属として参加していたプリンツ・オイゲンらドイツ戦隊も、この戦いの終わりが来たことを喜んでいた。

 

オイゲン「本国にいた時も、こんな戦い中々なかったよね・・・。」

 

レーベ「それもこの海との違いかもしれないねぇ。」

 

オイゲン「そうねぇ。」

 

 

横鎮近衛艦隊はその後、1月21日1時36分にトラック泊地に到着、鈴谷に収容された後、同日12時丁度にトラック泊地を出港した鈴谷は、サイパンへの帰途に就く。

 

 

1月23日5時50分 司令部前埠頭

 

清霜「あっ、帰ってきた!」

 

6時04分、重巡鈴谷は残留組の艦娘達に出迎えられてサイパンへ帰着した。作戦は無事に完了した。

 

 

この数日間の間に、ラバウル基地はその大地に根を下ろした。基地の建設は順調であり、通信体制及び基地司令部の施設は一通り完成しつつあった。何より、敵潜による船団への被害が無かった事は幸いであった。尤も、復路で空船2隻が雷撃されてしまったのだったが・・・。

 

そして、今回の作戦に於いて、交戦回数は水上戦闘のみで80回を超えていた。他に対潜戦闘30回以上、防空90回以上など、相当ヘビーなスケジュールをこなしていたと言える。そしてその努力の上に、ラバウル基地建設は無事に成功したのである。

 

横鎮近衛艦隊の活躍もあり、艦娘艦隊はその前線を南に大きく前進させる事に成功した。しかしそれは、新たなる戦いの始まりにしか過ぎなかったのである。

 

 

 

~次回予告~

 

唐突に舞い込んだ大本営からの指令は、

ラバウル基地から発せられた指令の形をした救援要請であった!

困難な内容、山積する課題、早くも緊迫する南東戦線。

誰もが難色を示す中、ある者によって提示された一つの提案とは―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部8章、『珊瑚海と、魔女の峰を越えて』

艦娘達の歴史が、また、1ページ・・・。



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第3部8章~珊瑚海(コーラル・シー)と、魔女(スタンレー)の峰を越えて~

どうも、天の声です。

青葉「どうも恐縮です、青葉ですぅ!」

遂に作者が待ちかねた章の更新です!

青葉「どういう事なんですかそれは・・・。」^^;

そう言う事でしょうに。俺としても一刻も早くやりたかったんだけど、逸る心を押さえてここまで書き連ねた訳です。ストーリー上重要な描写しかないのよね。

青葉「成程・・・。」

では今日の解説に移りましょう。


今回解説するのは、前章で登場し活躍した「大発動艇(だいはつどうてい)」です。

大発動艇は一言で言うと、「発動機(内燃機関)を装備した上陸用舟艇(しゅうてい)」の事です。

事の起こりは1915年2月19日から約11ヶ月に渡って戦われた「ガリポリの戦い(英側呼称:ダーダネルス戦役)」がきっかけでした。

協商軍(英連邦他)は陸海空3軍を結集した大規模上陸作戦をこの時世界で初めて行った訳ですが、この時上陸に使ったのはカッターボート(大人数でオールを漕ぐボートの事)や(はしけ)(荷物を積載する為に使われる動力を持たない平ぺったい船)であった為、防御力や機動力に欠けていました。

この戦訓からイギリスは、世界初となる上陸用舟艇である「Xライター」を開発します。これは装甲付自走艀と言った塩梅のもので、揚陸作業の際道板を艇首から繰り出せる構造となっており、実用実績良好だった事から、近代的上陸用舟艇の必要性を世界に認知させる結果になりました。


―――さて、これを受けて黙ってないのが日本でした。

日本はイギリスと同じ島国であった事と、大正十二年帝国国防方針に於いて在比(フィリピン)米軍を仮想敵にした事から、他の列強よりもこの上陸用舟艇に強い関心を持ちます。その様な経緯で開発されたのが大発動艇と小発動艇でした。

大発動艇、通称『大発』は艇首が前にぱたんと倒れて歩板になる形式になっており、積載重量11トン、歩兵70名、馬11トン、戦車/車両1両を搭載出来るとされていました。特徴として、船底を見ると艇首側がY字型に割れており、正面から見ればあたかも双胴船の様に見える形状です。

これは浜にのし上げた時に転倒しない様に設計されたもので、更に艇尾に錨を設けた事で、少し沖合に錨を落とし、満潮を待って錨を引くとバックするなど、細かい設計がされています。設計にも見るべき所がある(実際アメリカが参考にしている)一方で、これが無ければ太平洋戦争は戦えないと言われるほど重要な陰の立役者でもあります。

太平洋戦争に於いては上陸作戦で必ずと言っていい程使用された他、海軍は十四メートル特型運貨船として港湾での荷役や艦と陸の往来などに使用しました。また鼠輸送作戦では、最高速力9ノットにも拘らず駆逐艦が牽引して使用、自走時の最高速力を大幅に超える20ノットを難なくクリアして輸送を成し遂げています。波に非常に強い事の証明でしょう。

一方で、速射砲や爆雷で武装したタイプも存在(武装大発)しますが、こちらは対潜水艦や対魚雷艇で使用されたようで、無いよりまし程度でしたが戦果を挙げるエース級の猛者が相当数いたそうです。

バリエーションとして小発動艇(大発初期型の原型)や、大発を大型化して九七式中戦車を積載出来る様にした「特大発動艇」、将来の新鋭戦車に対応する為の「超大発動艇」、大戦末期に四式中戦車 チトを積載する為に作られた小型揚陸艦型である「試製大型発動艇」、木造化した「木大発」など結構種類があります。


以上ですね。

青葉「お疲れ様です!」

ありがと。

青葉「大発については、重雷装艦や陸軍で作った専用艦で運用されてましたね。」

そうだね、あきつ丸や神州丸(偽装名:龍城丸 艦これ未実装)等がそれに当たるね。あと高速輸送艦扱いの重雷装艦もしこたま積んでたネ。他にも色んな艦に幅広く搭載されたり、陸軍船舶工兵(渡河作戦等を支援する部隊)も運用してたんだよねぇ。

本当にこいつがいなかったら太平洋戦争は外地侵攻もままならなかった事疑いない。

ではそろそろ本編に行こう。私もうずうずして仕方がない。

青葉「アッハイ。」

では、スタートですよ!


敬具
佐野 葵海将補の考案をはたかぜ氏、広瀬 響艦娘艦隊中佐の考案を03-Moonlight氏にして頂きました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。


2054年1月後半、横鎮近衛艦隊はラバウル攻略を無事終えてサイパンへと帰投した。だが、戦局の推移はそんな彼らを休ませる程悠長には進まなかった。

 

しかし、この時はまだ、彼らは形ばかりの平穏を得ていた。

 

 

1月23日8時10分 建造棟1F・判定区画

 

提督「ふむ、君が今回の新人か。」

 

「はい、潜水母艦、大鯨です。不束者ですが、どうぞ宜しくお願いします。」

 

提督「うん、宜しくね。」

 

ゴーヤ「潜水母艦でち!」⇐呼んでない

 

イク「潜水母艦なのね!」⇐呼んでない

 

イムヤ「この時を待ってたわ!!」⇐呼んだ

 

ハチ「これで幅広く作戦が出来ますね!」⇐呼んでない

 

提督「どこで嗅ぎつけやがったお前ら!?」

 

大鯨「あらあら・・・。」

 

流石にびっくりする直人である。

 

提督「やれやれ、潜水艦の嗅覚と来たらねぇな全く・・・イムヤ、案内してやってくれぃ。あとの面々は訓練行ってこい!」

 

イムヤ「了解!」

 

3人「「はい・・・。」」

 

ピシャリとそう言い置いて、直人は大鯨に向けて肩を竦めて見せるのだった。

 

大鯨「ハハハ・・・。」^^;

 

これから大変そう、そう思ったのも無理からぬ事だろう・・・。

 

提督「まぁ、こんな賑やかな所だがね、潜水艦達の面倒を見てやってくれ。」

 

大鯨「はい、精一杯務めさせて頂きますね。」

 

 

その、翌日の事であった。

 

1月24日13時18分 中央棟2F・提督執務室

 

 

コッコッコッ・・・

 

 

大淀「提督、大本営から、出頭命令書です。」

 

提督「―――へ?」

 

何も身に覚えがない直人。

 

大淀「次段作戦の打ち合わせではないですか?」

 

提督「そ、そうだろうな・・・。」

 

大淀「・・・腑に落ちませんか?」

 

提督「顔に出てたか?」

 

大淀「それはもう。」

 

提督「そうさな、少し早すぎると思ってな。スパンがだ。」

 

大淀「確かにそうですね・・・。」

 

提督「・・・前線で、何か起こったな?」

 

直人はそのきな臭さからそう推理したのである。結果としてそれは当たっていたのだが。

 

 

その後直ちに身支度を整えた直人は、金剛と伊勢を伴ってバルバロッサに乗り込みサイパンを出立、横鎮敷地内の寮に腰を落ち着けた後、翌25日11時に大本営に出頭した。

 

 

11時24分 横浜大本営・軍令部総長執務室

 

提督「紀伊直人、出頭致しました。」

 

カチリと踵を合わせて敬礼をしながら直人は申告した。

 

山本「ご苦労。すまないな、前回の作戦から間もないのに。」

 

提督「いえ。それよりも、ご用件を伺いたくあります。」

 

山本「そうだな―――実は貴官に、ぜひやって貰いたい事がある。」

 

そう切り出した山本海幕長の声色が変わったのを直人は聞き逃さなかった。

 

山本「―――ポートモレスビー攻略だ。」

 

提督「なんですって―――?」

 

 

・・・ポートモレスビー、パプアニューギニア南部にある都市の名前で、パプアニューギニアの首都となっていた地である。

ここには現在深海棲艦の棲地が存在する為、人が自由に住む事など出来ない土地となっている。前年の第一次SN作戦の時支援した住民は、こうした直接支配に置かれていなかったその他ニューギニア地域の住民達と難民である事に留意されたい。

 

 

山本「実を言うとな紀伊君。攻略したラバウルが、大規模な航空戦の標的になっているのだよ。」

 

提督「・・・つまり、ラバウルが今、ガタルカナルとポートモレスビーの両面から航空攻撃を受けて苦境に立たされている、と言う事ですね?」

 

山本「そうだ。そこで君にポートモレスビー棲地の攻略を命じたい。」

 

提督「―――それについては内容は了解しました。しかし成算はあるのですか?」

 

山本「貴官はこれまで、成算を成立させる戦術を編み出し実行し、それはどうやらこれまでほぼ成功している。しかし、今回ばかりはそれを保証する事が出来ない。」

 

提督「そうでしょうね、ニューギニア島を時計回りに沿って進まなくてはなりませんから。仮に攻略したとして、補給はどうなさいます?」

 

山本「艦娘艦隊がいる、それについては滞りなく行うつもりだ。」

 

提督「成程、それでいいでしょう。ですが果たしてどうやって攻略すればいいのです? ポートモレスビーには敵深海棲艦隊主力の一部が駐在している筈です。更に航空戦力を有するとあれば、海空両面から妨害が行われるでしょう。それに対しどのような対処を行えば宜しいのですか?」

 

山本「それに関しては、ラバウル基地にある全ての設備と、部隊が支援に当たるように要請する。航空軍の航空部隊もいるから、そちらへ頼んで支援攻撃を行うよう手配するつもりだ。」

 

提督「成程・・・しかし俄かには承諾しかねる案件ですな。」

 

山本「そうだろうな・・・。」

 

しばしの沈黙が、室内を支配した。

 

山本「―――どうかね、この際一度持ち帰ってそちらで検討するというのは。」

 

提督「・・・分かりました、そうしてみます。」

 

山本「すまないな、無理難題なのは承知の上だ。しかし、我々にはこうした作戦しか出来ん、許してくれ。」

 

提督「謝らないで下さい。我々の仕事は、こうした困難なミッションを、作戦計画を立案し遂行する事ですから。それに、永納元海将の時に散々やりましたから、もう慣れっこですよ。」

 

山本「・・・そうか。」

 

思い返せば永納時代は酷いものであった。単身フィリピン中部や北マリアナに所在した有力な敵軍を討滅しろと言うのだから中々の難問であったのは事実だ。

 

提督「では、失礼させて頂きますよ。こうなるとやることが山ほどあると思いますので。それでは。」

 

山本「良い返事を期待させて貰う。」

 

直人はすぐさまその場を後にし、急ぎ厚木基地へと取って返しサイパンへと戻ったのである。この時ばかりは、横須賀へと寄る余裕はなかった。

 

 

 1月26日、朝食を終えた直人は直ちに幕僚会議を招集し、昨日大本営で告げられたことについて討議に入る事にした。

7時10分、食堂棟2階にある大会議室に参集されたのは、総旗艦を含む各実戦部隊の旗艦とその首席幕僚、航空隊指揮官、工廠長明石、副官大淀、陸戦隊の指揮権を預かるあきつ丸に加え、オブザーバーとして長波と初春、更にグァムから要請を受けてゲストとして来たワールウィンドとアイダホが集まっていた。

 

瑞鶴「ポートモレスビー攻略!?」

 

提督「あぁそうだ。軍令部は我が艦隊に直接要請と言う形で打診してきたが、今回はまだ決定していない、そこで討議の場を設けた。何か意見があれば言って貰いたい。」

 

瑞鶴「私は反対よ、リスクが大きすぎるわ!」

 

瑞鶴が声を荒げてそう言った。が、少なからず焦燥の念を感じ取った直人がすかさず宥めた。

 

提督「瑞鶴、冷静に考えてくれ。確かにMO作戦に参加したという経緯があるのは理解する。だがあの日と今とは状況が違う。それを考慮しないと駄目だよ。」

 

瑞鶴「うっ・・・そうね・・・。」

 

金剛「―――危険が、相当大きいように思いマース。」

 

榛名「洋上侵攻を行う場合は、パプア半島(ニューギニア東部の大きな半島)を迂回する必要があります。その間妨害を受ける事を考えると、危険ですね・・・。」

 

アイダホ「現在、私達の持つ情報によれば、かの地には有力な艦隊が駐在しているようですが、それはタウンスビルに駐在する駆逐棲姫が指揮する艦隊の一部に過ぎない筈です。本隊は依然タウンスビルにあって、全体の状況に対応出来る様に構えている筈です。」

 

提督「と言う事は、その情報は若干古い、と言う認識で宜しいな?」

 

アイダホ「そうです、残念ながら・・・しかし、前回の渾作戦の際、相当消耗していますから、現在は艦隊の再編に努めている筈です。相対的に弱体化していると見ていいでしょう。」

 

霧島「つまり時期的には今、と言う事ですね?」

 

アイダホ「はい。」

 

ワール「でも、航空部隊に変化はない筈よ。尤も現状、ラバウルとの間で航空戦をしているから、少なからず消耗しているという情報があるわ。」

 

提督「それはそうだろうな・・・。」

 

大和「しかし、敵の戦力はポートモレスビーには限りません。」

 

長門「そうだな・・・ガタルカナルとその周辺、ソロモン諸島に点在する敵基地からの増援を考慮する必要もある。」

 

瑞鶴「うーん・・・。」

 

提督「―――。」(二正面・・・放置すればもう片方は挟撃を図って来る事は間違いない・・・。)

 

大淀「仮に実行するとしても、敵の戦力は莫大且つ、艦砲射撃の及ばない範囲にまで敵の棲地は縦深があります。となれば、艦娘が水上から攻略する事は不可能です、せめて陸上に上がる必要があります。」

 

明石「艤装のまま陸に上がる事は可能です、脚部のものが靴としても機能しますので。」

 

提督「そう言う問題では無かろう、制海権の関係上一斉に上陸していく訳にもいかん。行くとしても一部、となれば、やはり海上機動連隊の出番だろうな。」

 

あきつ丸「そう言う事であれば、お任せあれ、であります。」

 

柑橘類「あきつ丸はそう言うけどよ、問題はそこまでどうやって辿り着くかだぞ。」

 

提督「出撃地としてはラバウルになる。飛行場も使用してよいという事になったから、その辺も考慮してくれ。」

 

柑橘類「なら、俺達が直接支援するって事でどうよ?」

 

提督「それも含めて包括的に検討しよう。まずはやるかやらんかだ。」

 

柑橘類「そ、そうか。」

 

長波「あたしは反対だな、リスクが大きい。」

 

初春「わらわも反対じゃな。」

 

瑞鶴「私は、今度こそと思いたいけど、厳しいと思う・・・。」

 

霧島「私は反対です、危険が大きすぎます。」

 

長門「私は賛成だ。我々第一艦隊の戦艦部隊が舳先を並べるという事であれば、勝算はあると考える。」

 

大和「私は反対ですね。制空権の確保が確約されているとは言い切れません。」

 

柑橘類「そこは俺達が行ってやるって。」

 

大和「常に滞空出来る訳ではありませんよ、柑橘類中佐。」

 

柑橘類「っ・・・。」

 

金剛「私も反対デース、些かチャレンジ精神に過ぎると思いマース。」

 

榛名「榛名は反対と言う訳ではありませんが、難しいのは確かだと思います。」

 

大淀「私は提督の一存に委ねます。」⇐副官

 

明石「私もです。」⇐そもそも工廠長

 

柑橘類「やるってんなら俺は付き合ってやろう。」

 

あきつ丸「あきつ丸は賛成するであります。但し、陸上に無事部隊を揚陸した場合の事ですが。」

 

その後、各自の理由を聴収すると、内訳は大凡こんな所であった。

 

大和/反対・榛名/難色:制空権の掌握に不安がある

金剛&初春&霧島/反対:些か投機性が強い

長波/反対:複数の敵による挟撃を受ける危険性が高い

瑞鶴/難色:作戦海域が広範であり索敵に不安がある

柑橘類/協力的:航空隊の練度には自信がある

長門/賛成:戦艦部隊による制海権掌握が可能である

あきつ丸/賛成:上陸部隊が陸に上がりさえすれば勝てる(確信)

大淀/反対・明石/中立:立場上賛否を明確にせず(明石は実戦部隊ではない)

 

 なんと半数以上が難色を示すか反対するという事態になった。これがどう言う事か、お分かり頂けるだろう。即ち、この作戦には成算が見出せないという事である・・・。

彼ら横鎮近衛艦隊は、成算の無い戦いは絶対にしない。それが、彼らのポリシーであり、彼らの特徴でもあった。だからこそ、直人がこの作戦には難色を示したのも当然の事であった。

 

提督「―――。」

 

ただ、ここで直人が意思表示をする事は無かった。それはその意思表示が、艦娘達の思考を阻害する事を嫌った為であった。

 

金剛「提督はどうお考えネー?」

 

瑞鶴「そうよ、提督はどうなのさ?」

 

提督「・・・今は私が考えを明白にするべきでは無かろう、私が君らを集めたのは、君らの討議を聞く為なのだからな。」

 

初春「―――それもそうじゃな。」

 

提督「但し一つ言えることは、この作戦を仮に実行するのであれば、どの様な策があり、それは成算があるのかと言う事である、と言う事だ。止めるなら止めるの一言で済むだけの事なのだから。」

 

瑞鶴「―――!」

 

長波「成程なぁ~。確かに、その通りだ。やめるのであれば相談する必要はない。」

 

霧島「そう言う事ですか、司令の真意が、少し見えた気がしますが、まぁいいでしょう。」

 

金剛「ワタシ達はワタシ達でやりまショー。」

 

瑞鶴「そうね―――」

 

 

 その後、艦娘達は自分の識見を頼みに様々な議論を繰り広げた。行動時の問題、攻略時の問題、兵站の問題、制海権/制空権の問題、敵の配備状況についての問題などなど・・・

問題が山積し、議論は百出して纏まる所を知らぬまま、その議論も48時間が経過していた。

 

 

あきつ丸「何度も申し上げている通り、地上兵力の展開を完了すれば、ポートモレスビー攻略は可能であります。何なら陸路を経由する事も視野に入れるのも吝かではないのであります。」

 

瑞鶴「その上空援護はどうするのかって話をしてるのよ!」

 

あきつ丸「地上部隊と言う物は、得てして発見が難しいものであります。」

 

瑞鶴「入念な偵察をされたら終わりなのよ?」

 

あきつ丸「上空援護についてはそちらにお任せすると、何度も言っているであります。」

 

瑞鶴「ラバウルから何km離れてると思ってる訳・・・。」

 

あきつ丸「その為に艦隊を出撃させるのでありましょう?」

 

瑞鶴「私達に出来るのは敵艦隊の排除よ、それが優先なのは自明の理だって事くらいわからない?」

 

あきつ丸「我々に与えられているのはあくまでポートモレスビーの攻略の筈なのであります。敵艦隊の排除は必ずしも重要ではないと考える次第であります。」

 

瑞鶴「そ、それは・・・。」

 

柑橘類「はぁ~・・・やれやれ、せめて空挺(くうてい)部隊が使えりゃぁな。」

 

瑞鶴「・・・ん?」

 

あきつ丸「・・・!」

 

金剛「あっ・・・。」

 

提督「―――空挺・・・。」

 

柑橘類「えっ・・・?」

 

この時、彼らの思考に、空挺部隊は存在していなかった。しかし、あるではないか。彼らが有する、最も高い戦略機動力を有する部隊は、空挺部隊ではなかったか。

 

提督「中佐有難う。もしかしたら行けるかもしれん。」

 

柑橘類「お、おう・・・。」

 

 この時点までに、大方の問題は解決出来る見通しがあった。しかし二つ程まだ残っていた。即ち挟撃のリスクと、地上兵力展開の問題である。

この内後者の問題は、解決する見通しが立った事になる。

 

あきつ丸「空挺降下であります。かつて欧州では、夜間に空挺降下を敢行した例もある筈であります。」

 

瑞鶴「夜間か・・・低空から侵入すれば、行けるかもしれないわね。」

 

柑橘類「対空砲に関してはどうする?」

 

金剛「私達の出番ネー!」

 

大和「はい、艦砲射撃で混乱させておけば、対空砲火はぐっと密度が落ちる筈です。」

 

長波「だけどまだもう一つ問題が残ってるぜ、敵の挟撃についてはどうするよ?」

 

提督「―――一つ、考えがないでもない。」

 

長波「えっ、どう言う事だよ提督?」

 

提督「・・・俺が、囮になるという事だよ。」

 

金剛「―――!!」

 

瑞鶴「危険すぎるわ!」

 

提督「だが、俺がこの身を差し出さずに囮になれる者が、果たしてこの艦隊にいるかな? 艦娘達ではその所属を明らかにしない限り効果はない上に、囮であると主張しているようなものだからな。」

 

瑞鶴「でも、何も提督さんが危険を冒す事なんてないじゃない!」

 

提督「フッ―――そう心配するな。策なら、あるぞ。」

 

瑞鶴「えっ―――!?」

 

そう、彼には秘中の策があった。その正体については、いずれ分かるだろう。

 

提督「心配してくれるのは嬉しいけどな、ありがとう瑞鶴。まぁ、その辺は俺の担当だ、任せて貰おうか。」

 

僅かに笑みを覗かせて彼は言い切った。

 

霧島「―――では、全ての問題は、クリアしうる訳ですね・・・。」

 

提督「結論から言えばそうなるだろうな。我々はもう、あの頃の帝国海軍ではないのだから。」

 

軍事常識は、年月と共に変化する。だが艦娘達の認識は流石にそこまで対応出来る訳ではないのだ。大問題に見えるようなものでも、確かに問題だが解決不可ではない問題も多いという訳である。

 

提督「やろう、この作戦。早速編成作業に取り掛かろうじゃないか。」

 

一同「「はいっ!」」

 

 この時全ては決した。あらゆる問題点を洗い出した事により、成算を見出した横鎮近衛艦隊は直ちに部隊編成を開始したのであった。

ポートモレスビーは、北と東側をオーエンスタンレー山脈に、西と南側を海に囲まれた要害ではあるが、市街の北側に平坦地があり、飛行場の適地となっている。

帝国陸軍はニューギニア北部から山脈越えのルートによる攻略を企図して失敗に終わっているが、今日の情勢下に於いて、彼らは彼らなりに活路を見出しつつあったのである。

 この報は直ちに軍令部に向け報告され、中央も認知する所となる。

「成算の無い戦いはしない」横鎮近衛艦隊がその寄る辺としていたのは、「成算を見出す知略」と「それを可能にする戦備」であったと言えるだろう。ない物ねだりをしないだけの備えを持つ横鎮近衛艦隊ならではこそ、今回の作戦は成立したと言える訳である。

 

 

 部隊編成自体は、原案が21時10分頃には完成し、その翌日に完成、急速訓練が開始された。訓練が必要であった理由については、作戦中に順次後述していく事にしよう。ここでは長くなる為述べない。

しかし一つだけ言えることは、それだけ大規模な編成変更を行ったと言う事でもある、と言う事だ。

 

 

2月1日午前11時、重巡鈴谷はラバウル基地へ向けて出港した。艦隊編成自体は既に終了しており、それが次の通りとなった。

 

~作戦本隊~

 

第一水上打撃群(水偵38機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵33機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(龍驤 43機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍 51機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

上陸船団

旗艦:あきつ丸

千歳・千代田(ともに水上機母艦艤装)

第一海上機動連隊(約3000名弱・戦車20両)

 

~陽動部隊~

旗艦:重巡鈴谷(紀伊元帥座乗)

第十五戦隊(阿武隈/多摩)

臨時第一駆逐隊(睦月/如月/皐月/文月)※第三十/第二十二駆逐隊より各2隻抽出

 

 

 このラバウルへの移動の間、彼によって編成を命じられた空挺部隊は、引き続き訓練を行っていた。訓練を行う空挺部隊の中には、叢雲や深雪、電、時雨、天龍と龍田の姿もあった。

訓練が必要なのはここに一つ理由があった訳だが、それだけでない事は後で明らかになる事だろう。

 更に、前回の作戦からの短い間に、8隻が改造されているのだが、その一覧が次の通りになる。

 

翔鶴:無印⇒改 二式艦偵を追加・その他機種を一段階更新

瑞鶴:無印⇒改 二式艦偵を追加・同上

雲龍:無印⇒改 二式艦偵を追加・同上

瑞鳳:無印⇒改 二式艦偵を追加・同上(以上4艦全て2段階目)

足柄:無印⇒改

白露:無印⇒改

夕雲:無印⇒改

巻雲:無印⇒改

 

翔鶴艦戦隊(熟練):零式艦戦二二型/再編して岩井隊に

瑞鶴艦戦隊(熟練):零式艦戦二二型甲/再編して岩本隊に

 

また龍驤が機種3段階目から4段階目になり、僚艦に追い付いている他、千歳と千代田の艦攻も3段階目から他の機体と同じく4段階目(流星)になっている。つまりこの戦いは、新型艦爆である流星の初陣と言えることになる。

 

余談ではあるが、鳳翔艦戦隊(柑橘類隊)も機種が更新され、3段階目(零式艦戦五二型丙)になっている。

 

 

 2月5日7時23分、重巡鈴谷はラバウル港の東に浮かぶ島、デューク・オブ・ヨーク島の東岸にその錨を降ろした。ラバウル直接入港をしなかった理由は、そのフォルムがラバウル港内では悪目立ちしてしまう事から、佐野海将補が配慮をした結果であった。

 丁度停泊地の近くに、ラバウル第1艦隊の司令部も置かれていた。

 

 

11時12分 ラバウル基地司令部・司令官室

 

 様々な指示の伝達が終わった所で、直人は一度ラバウル基地司令部に出頭する。ラバウル基地司令部は、横鎮近衛艦隊が仮設基地を設けたラバウル旧港ではなく、その東にある松島港と呼ばれていた、旧日本軍が港にしていた地に建てられていた。

この様に旧軍の足跡を辿る様にして、日本艦娘艦隊の基地は存在していた。

 その司令官室に出頭した理由は、種々の打ち合わせの為であった。

 

提督「わざわざ時間を作って頂き、ありがとうございます。」

 

佐野「いやぁ、私は普段は暇な方でね、全部部下に任せているものだから、書類の決裁と面会位なんだが、その面会者も、こんな場所だと、中々ね。」

 

提督「あぁ、そうでしたか。」

 

苦笑しつつそう応じた直人である。

 

佐野「今回の作戦、中々勇気のいるものだと思うけど、私に出来る事なら、なんなりを言って欲しいな。そのつもりで来たんだろう?」

 

提督「そうですね、差し当たってお願いしたい事は二つです。」

 

佐野「伺いましょう。」

 

提督「一つは、ラバウル近郊にある飛行場に、我々が持つ航空隊を一時受け入れて頂きたいのです、差し当たっては400機ほどになってしまうのですが・・・。」

 

佐野「中々多いねぇ・・・すぐには無理だが、少し日を開けてくれるかい? 目途が経ったら連絡するよ。」

 

提督「感謝します。」

 

佐野「それで、もう一つは何だい?」

 

そう問われると、直人はこう答えた。

 

「ラバウルに在地する空自軍航空部隊で、上陸日の日中に敵地爆撃をお願いしたいのです。」

 

佐野「成程ね、素直に我々を頼ってくれるのは嬉しい事だね。じゃぁその辺の打ち合わせに入ろうか。飛行場については今すぐ急ピッチで進めさせるよう手配しよう。」

 

提督「感謝いたします、佐野海将補。」

 

佐野「他ならぬ、君の頼みだからね。」

 

 

その、午後の事だった。

 

15時14分 デューク・オブ・ヨーク島沖・重巡鈴谷

 

提督「対空戦闘用意! 抜錨急げ!」

 

明石「機関、規定出力まであと2分!」

 

副長「―――!(揚錨完了まであと50秒!)」

 

対空戦闘用意を告げるラッパが響き渡り、甲板がにわかに慌ただしくなる。敵の空襲である。

 

明石「敵方位106度から110度、機数約150機と推定! 大空襲です!」

 

提督「ガタルカナルからの長距離便だ、戦闘機はいない筈。」

 

前檣楼見張員

「“ラバウル基地から戦闘機が上がります!”」

 

提督「むっ・・・。」

 

 双眼鏡でその方角を見ると、ジェット戦闘機が数機上昇しているのが見えた。空自軍が主力とする戦闘機、F-35A6機と、F-3戦闘機4機である。空襲機を要撃する為にスクランブルをかけたものである。

 

提督「空自の航空部隊か、ご苦労な事だねぇ。」

 

明石「私達艦娘の領分だと思っていましたが・・・。」

 

提督「そう言う事もないよ、ほら、ラバウル基地の艦娘艦隊も続々と艦載機を発進させている。」

 

明石「えっと・・・あ、本当ですね。」

 

提督「二段構えの防空体制か、成程確かに合理的だね。」

 

明石「あれが例のF-3戦闘機ですか・・・。」

 

興味津々で眺める明石。

 

 自衛隊が開発した3番目の戦闘機、F-3[通称:心神(しんしん)]は、先進技術実証機X-2を原型機に持つ、日本の第5世代ジェット戦闘機である。F-2までとは異なり支援戦闘機と言う肩書を捨てているが、これはF-2支援戦闘機とF-15J/DJイーグルの後継機として開発された為である。

高いステルス性能と大型の機体を持ち、設計の際にはX-2をベースにF-35とF-2戦闘機を参考にしている為、第5世代の中では格闘戦性能に優れ、また航続距離も比較的長い。

また機内隠蔽式のペイロードも可能なだけ確保した事により多様な任務への対応が可能となっており、防空戦闘から対地・対艦戦闘まで、幅広い任務をこなす事が可能な戦闘機である。

 制式採用されたのは2032年の事であり、戦争勃発に伴って生産促進が為されていたが生産数は84機に留まっている。その貴重なF-3が、ラバウルには2個小隊8機が展開しているのである。

F-35Aに関しては1個飛行隊に相当する4個小隊16機が展開している。他方には三菱重工製F-35Jも存在するが、ラバウルには配備されていない。

 

提督「―――うちらの飛行場には意地でも来ない部隊だから安心していいぞ。」

 

明石「くっ・・・。」

 

悔しそうに歯噛みをする明石。

 

提督「・・・電波吸収剤くらいなら考えてやろう。」

 

明石「ホントですか!?」

 

提督「本当に調達出来るかは、知らんぞい。」

 

明石「ですよね・・・。」

 

しかし期待に胸を膨らませる明石なのであった、これはもうメカニックの性である。

 

 

 迎撃に出た空自軍の要撃機は、距離120kmで長距離空対空ミサイル(AAM)を発射して離脱した。これを受けた深海棲艦機は回避する術も防ぐ手段も持たず、瞬く間に数が半減してしまった。

以前深海棲艦にミサイルが通用しないという説明をしていたが、あくまでそれは「深海棲艦それ自体」に対してであるという事の例証だろう。

 これまでの戦いを振り返れば明白な通り、深海棲艦機の性能は、第二次大戦期の航空機に相似している事が明らかになっている。

今回来襲している敵機は航空機型深海棲艦機のB-17後期量産型タイプだったが、それでさえ、F-35やF-3にしてみれば100年以上前のテクノロジーな訳である。一蹴して当然であった。

 

 

提督「おーおー、レーダーの輝点が一瞬で半分くらいになったな。」

 

陸上レーダーのデータを転送して貰った直人は、その様を見て感嘆の声を漏らす。

 

明石「ミサイル・・・。」

 

提督「やめろ。」

 

明石「冗談ですよ・・・。」^^;

 

素で止めに入った直人である。

 

 

 余談ではあるが、素で止めに入ったのには理由もある。と言うのは、日本にはかつて大戦末期に試作していた地対空/空対空ミサイル「奮龍(ふんりゅう)」と言う物が存在しているからである。

無線誘導だが、この内空対空型である奮龍一型は一式陸攻からの投下実験をしているなど、下手をすれば実用化された可能性があるのだ。

 日本の技術水準は太平洋戦争中に劇的に発展し、末期には欧州の水準を超えるものまで登場していたが、この奮龍もまた、遅すぎた新兵器の一つであった。

 

 

 その4日後の2月9日、ラバウルに飛行場が東西2カ所に突貫作業により整備された。東はジェット戦闘機部隊が駐在する為に旧空港跡を転用し修復したもの(大元を言えば横鎮近衛艦隊の抽出防空部隊が駐在する為にざっと修復/整備したもの)だが、西側は新規に造成したものである。

急速造成の為舗装はまだないが、滑走路をメインに急速に行うという。これだけ早期に飛行場が出来上がったのも、ラバウル基地建設隊がまだいた事に依る。

 そしてそれにタイミングを合わせる形で15時19分に一番乗りをかけたのが、サイパン空の航空機、約400機である。

内訳は空挺部隊の輸送機とグライダー(空中挺進(ていしん)連隊所属機)合計136機と、ラバウル空の航空機の中から紫電改四(紫電三二型改)100機、流星改70機、銀河三三型80機、一式陸攻三四型20機、更に指揮官機小隊として四式戦闘機疾風一型乙と一型丙各1機ずつが到着した。

もう少し詳しくすると、ラバウル西飛行場には陸攻隊と空挺部隊を乗せた空中挺進連隊の合計236機が、東飛行場に戦闘機と流星改部隊合計170機が着陸した。これらに対する補給は、ラバウル基地が行う事が既に取り決められている。

 

・・・で。

 

 

2月9日16時10分 デューク・オブ・ヨーク島沖 重巡鈴谷

 

柑橘類「・・・それで?」

 

提督「はい、このザマでごぜぇます。」

 

 艦長室が臨時の羅針艦橋になっていた。8日午後に敵機動部隊から放たれた艦載機群がラバウルを襲い、その際ロケット弾攻撃を羅針艦橋に直撃されたのである。

この為現在修理中と言う有様であった。他にも艦の各所に少なからず空襲による被害が及んでいた為、鋭意修理を急がせている所であった。

 

柑橘類「まぁ、海の上と空飛んでるのじゃ全然図体も機動力もちげぇけどよ・・・。」

 

提督「なんとか作戦には間に合わせる予定なんで大目に見てちょ・・・。」

 

柑橘類「あー、はいはい。」

 

 流石に諦めざるを得ない柑橘類中佐であった。

余りの事態に防空の専門家である秋月と摩耶を付近に出している程なのだからその激しさは察する事が出来よう。因みにこの日もポートモレスビー方面から2回、ガ島方面から1回の計3回空襲があった。まだ少ない方である。

 

 

~重巡鈴谷の外周にて~

 

秋月「敵の爆撃機を迎撃する際にはですね―――」

 

摩耶「ふむふむ・・・」

 

一方で摩耶は独学である為、専門家である秋月に教えを乞うていたのであった。やれやれ。

 

 

で、その夜の事である。

 

 

ザアアアアアアアアアアアア・・・

 

 

 土砂降りの叩きつけるような雨が一帯を襲っていた。丁度このラバウル周辺海域は貿易風が南北からぶつかるエリアであり、積乱雲が発達しやすい環境にある。

その積乱雲は高度1万mまで数時間で急速に発達する為航空機で飛び越える事は不可能である他、雨が降るという事で航空作戦の実行自体が難しくなる。

 

 

20時49分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「うへぇ・・・1時間でも遅れてたら収容にかかる時間を考えりゃゾッとしないな。」

 

艦長室の窓から外を垣間見る直人はそう思わざるを得なかった。余程運が良かったのであろう。

 

鈴谷「ジメジメして嫌だよねぇ~・・・。」

 

提督「それでなくとも熱帯はジメジメする言うねん。はぁ~・・・。」

 

鈴谷「よし、それを吹き飛ばす為にも一発シよう!」

 

提督「それ余計にジメジメするどころかヌメヌメする奴や!」

 

鈴谷「アハハッ、いいツッコミだねぇ~。まぁ、流石に今日は大人しく退散するね。」

 

提督「当たり前だ、作戦前にハードな事してられるか。」

 

鈴谷「だね。んじゃ、おやすみ~。」

 

提督「おやす~。」

 

 自重する心も持ってる女―――それが鈴谷。

冗談は置くとしても二日前に襲い掛かって来たのが笑えないオチだったが、更にさも当然の様にご相伴に与ろうとする金剛は何なのかと思わないでもない直人ではあった。

提督と言う仕事はヘヴンではあるが、一つ間違うとこうなるのは別の意味で大変である。皆も気を付けよう(一体全体(ナニ)をどうするの?)

 

 

一方、甲板に開いた破孔から漏水して来る雨水を必死に汲み出す妖精さん達の姿が随所で見られたそうな・・・。

 

 

~鈴谷下甲板艦尾部・臨時第一駆逐隊士官室(キャビン)

 

睦月「退屈にゃしぃ~~!!」

 

如月「あらあら・・・。」

 

一方睦月は完全に暇を持て余していた。色々と持って来てはいたのだが、それらにも飽きていた様子。

 

文月「でももう、そろそろ寝る時間だよ~?」

 

睦月「そ、それもそうだね・・・。」

 

皐月「明日、他の駆逐隊の子を集めてレクリエーションをやる事にしようよ!」

 

睦月「そうするにゃし! じゃぁ、今日はもう寝るのね。」

 

如月「そうね~。明日皆で、何をするか考えましょ?」

 

睦月「うん。おやすみにゃし!」

 

3人「「おやすみ~。」」

 

 

一方、サイパン島の艦娘寮三号棟では・・・

 

 

~艦娘寮三号棟1F・休憩スペース~

 

 

ザアアアアアアアアア・・・

 

 

卯月「退屈ぴょん~~~!!」

 

三日月「まぁまぁ・・・。」

 

弥生「落ち着いて・・・。」

 

 こっちでは卯月が暇を持て余していた。実は鈴谷出港後の3日後から熱帯性低気圧が停滞し、連日の雨で外で遊ぶ事も出来ず、やる事は警備任務だけの状態が続いていた為、常にハイテンションの卯月が不満を鬱積させるのは時間の問題でさえあった。

更に言えば、普段なら悪戯を軽く仕掛けている相手でもある提督が出撃で不在なのはよくある事だとしても、それを押さえて付き合っている睦月や皐月までもが出撃メンバーに加わっているのだから、残留メンバーで付いて行ける者がいないのは当然の事でもあった。

 

ましてや、睦月型を指揮する七水戦の旗艦が名取とあっては、尚の事である。

 

長月「やれやれ・・・まさかこうまで雨続きとはな・・・。」

 

菊月「日本本土だと今度は寒気だ、ままならないものだな・・・。」

 

 現在司令部に残っている駆逐艦は、非公式に在籍する荒潮を除いて全6隻、艦娘全体でも10隻程度になっている。警備が手薄になる事もそうだがとにかく静かなのである。

尤も、卯月と睦月が鬱積させているものはベクトルが若干違うものでこそあったが、“暇を持て余している”と言う一点に於いて共通していたと言えるだろう。

 

そこで睦月型残留組で小会議となった訳だが、駆逐艦寮にはそもそも睦月型の5人しかいなかったのである。

 

卯月「なんでこんなに雨続きぴょん? てるてる坊主も下げてるのに・・・。」

 

三日月「ちょっと珍しいのは確かね・・・。」

 

菊月「司令がいなくなったら今度は雨か・・・。」

 

長月「・・・もしやとは思うが、司令官は晴れ男だったりするのか?」

 

菊月「―――長月もたまには埒の無い事を言うんだな。」

 

長月「どう思われてるんだ私は・・・。」

 

因みに望月は一足先に寝ている。

 

卯月「こうなったらうーちゃん主催で不在の4人と司令官の裏写真の闇取引を・・・」

 

三日月「闇取引にせず普通に取引しなさい。」

 

卯月「じゃぁそうするぴょん。」

 

長月「そう言う問題か?」

 

菊月「そもそも何処からそんなものを・・・。」

 

卯月「それはもうとある筋だぴょん。」

 

三日月「青葉さんでしょう?」

 

卯月「何故それを知ってるぴょん!?」

 

三日月「それを利用しているのは“あなただけじゃない”のよ卯月?」

 

卯月「・・・。」ゾッ

 

長月・弥生・菊月

「「・・・。」」⇐絶句

 

人には人それぞれ、色んな一面がある。そう言う事であろう。

 

卯月「・・・で、何故にそれを利用してるぴょん?」(焦)

 

三日月「どこかの誰かさんが、しきりに悪戯をしますからね。」

 

卯月「うぐ・・・。」

 

弥生「卯月、イカサマの天才。」

 

弥生がそう論評する様に、実は卯月はイカサマの天才と言う一面を持つ。当人にしてみれば悪戯の延長線上だった訳だが、カードゲームだと多用するので結構始末に負えない存在でもあったりする為基本相手にされたりしないのである。

 

卯月「余計な事は言わなくていいぴょん!」

 

弥生「でも、UNOでもやる・・・。」

 

卯月「うぐぐ・・・。」

 

長月「そんな事だから敬遠されるんだぞ。」

 

菊月「同感だな。ドッジボールの時など、相手の足元にバナナの皮だぞ、危険行為だ。」

 

卯月「そ、それについてはやり過ぎたと思ってるぴょん・・・。」※被害者は夕立

 

三日月「まぁ、明日こそ雨が止む事を祈りましょう?」

 

長月「それが賢明だろうな、ここで話し合っても雨は止まん。」

 

卯月「それしかないぴょん・・・。」

 

結局のところ、卯月の痛いとこを突かれまくっただけに終始しちゃったのである。これもまぁ日頃の行いと言う奴である。

 

 

因みに余談ではあるが、この時潜水艦部隊もトラックへと進出し、新たに旗艦となった大鯨の支援の下、イクの統率でウェーク島方面への通商破壊を行っていたのだった。

 

 

2月10日9時18分 ラバウル基地司令部会議室

 

この日直人は、関係各所の指揮官級を集め、作戦の最終調整に入っていた。

 

提督「参集頂いた事にまずは感謝致します。作戦決行は明日と既に決定しておりますが、その前に、内容確認と最終調整を行います。」

 

佐野「大切な事だね、早速始めよう。」

 

提督「はい。まず明日の夜明け前を期して、ラバウルに展開中の航空部隊の総力を挙げて、ポートモレスビーの敵軍を叩きます。勿論1度きりと言う性質のものではなく継続して実行し、敵地上戦力、特に高射砲陣地を、こちらの地上戦力投入までに極力叩きます。」

 

柑橘類「俺らの領分だな。」

 

提督「それに呼応する形で我が艦隊も出撃し、陽動部隊は東に、本隊は南回りに西へ向かいます。この間ポートモレスビーや豪北方面から敵艦隊が出撃するでしょうが、これを実力で排除します。」

 

金剛「お任せデース!」

 

提督「突入に成功した後は艦砲射撃と艦上機による空襲で以って敵の抵抗力を粉砕し、しかる後に夜間突入と言う形で、輸送機部隊とグライダー部隊を突入させます。そしてその降下に合わせる形で陸戦隊を強襲上陸させ、敵の混乱を助長します。」

 

あきつ丸「承知、であります。」

 

提督「陸戦に当たっては苦戦が予想されますが、出来得る限り迅速に制圧し、その後事をラバウル基地にお任せするという形になります。」

 

佐野「南東方面を全面的に預かる身だからね、引き受けさせて貰うよ。」

 

提督「ありがとうございます。今回の作戦、各所の連携が鍵になりますが、もう一つ、我が艦隊の出航を悟らせ、かつ私の囮部隊が気付かれる時期を出来るだけ遅らせる必要があります。」

 

佐野「君達の艦隊が意図するところを、出来るだけぼかす為だね?」

 

提督「その為にも一度潜水艦による警戒線には引っ掛かっておく必要がある訳ですが、その為に適当だろうというのが、ブーゲンビル北西にある哨戒線である、と言う事でいいのですよね?」

 

佐野「目下ラバウルに一番近い警戒ラインは、恐らくそこだろうからね。」

 

提督「分かりました。ではポートモレスビー方面は基地の佐野海将補と実戦部隊を金剛、サイパン航空部隊は柑橘類中佐に率いて頂きます。」

 

柑橘類「了解。」

 

金剛「OK。」

 

佐野「うん。」

 

提督「囮部隊は私が率い、ソロモン方面へ陽動をかけます。」

 

佐野「策がある、と言っていたね。期待させて貰うが、出来れば、楽に帰って来てくれ。」

 

提督「お任せ下さい、私も佐野海将補と同じく、面倒事は嫌いですから。なるべく、楽に勝ちたいものです。」

 

佐野「そうだね。」

 

提督「今回の作戦内容について、各隊ともに異存無しと言う事で宜しいですか?」

 

それに対して、反論の声は上がらなかった。

 

提督「今回の戦い、成算は充分あります。あとは敵が、如何に邪推してくれるかでしょう。各部隊の奮戦を期待させて頂きます。」

 

直人はそう締めくくって、最終調整は終了した。

 

 

2月11日午前4時53分 ポートモレスビー棲地

 

 

ウ~~~~~~・・・

 

 

港湾棲姫「何事ダ!」

 

「敵デス! 港湾棲姫様!」

 

港湾棲姫「空襲・・・何故来ルノダ・・・?」

 

情勢の変化と言うものに、この港湾棲姫「ポートモレスビー」は鈍いらしかった。

 

港湾棲姫「来ルナ・・・来ルンジャナイ・・・!」

 

そしてその知らせを、憎らし気に噛み締めるポートモレスビーの姿がそこにはあった。

 

 

柑橘類「敵の反応は鈍い、今の内に敵陣に一撃を加えるぞ!」

 

菅野【オウ、任せて貰おうか!】

 

 菅野 直(デストロイヤー かんの)を含む紫電改四50機は、柑橘類中佐の陣頭指揮の下、ポートモレスビー棲地に250㎏爆弾2発を抱いて突入していた。敵に夜間迎撃機の姿が確認出来ない事も察知しての事であった。

紫電改四では航続距離的にもギリギリであるが、増槽装備の上で戦闘をしないなら関係無いし、帰りは軽くなるので辻褄は合わせられる訳である。

 共に突入した一式陸攻・銀河の陸攻隊と併せ、第1回の攻撃は完全な成功に終わり、高射砲陣地10、トーチカ7、航空機多数の地上撃破を報告した他、基地施設と思しき構造物に甚大な被害を与えたものと推測されたが、如何せん暗かった為正確な報告ではないと但し書きは付けられた。

 紫電改四の搭乗員の中には、持ってきた増槽を投下せずに爆弾を投下した後、弾薬庫を目ざとく発見し、増槽を叩きつけて戻って来た剛の者も存在した。しかも報告によれば、その増槽が弾薬を直撃して大爆発を起こしたというから面白い。

 

 

9時50分 ラバウル第1艦隊埠頭

 

提督「この補給が終われば、我が艦隊もいよいよ出撃だな。」

 

「げ、元帥閣下!」

 

提督「?」

 

呼び慣れない感じに思わず振り向くと、そこにはラバウル第1艦隊司令である広瀬 響中佐がいた。

 

提督「広瀬中佐か、律義に見送りに来てくれたのかい?」

 

広瀬「え、えぇ、まぁ・・・。」

 

提督「あと、その閣下は止してくれ。自分でも笑えて来てしまう位に違和感がある。“元帥”でいいよ。」

 

広瀬「わ、分かりました。」

 

提督「まぁなんにせよ、ありがとうな。」

 

広瀬「元帥は・・・凄いお人だと、聞きました。きっと、多くの戦いを、け、経験していらっしゃるのでしょう?」

 

提督「・・・そうだな。多くの戦いに身を投じてきた。戦禍(せんか)に巻き込まれた事もある。多くの勝利を得、多くの仲間達とのかけがえのない思い出を得て・・・多くを失ってきた。」

 

広瀬「・・・元帥、どうか―――ご無事で。今度の任務は、もの凄く危険な任務だという事は、僕にも分かります。ですから、どうかご無事で・・・。」

 

提督「・・・あぁ、安心しろ。必ず戻って来るからな。」

 

彼は幼い中佐殿に、そう約束したのである・・・。

 

 

11時22分、艦娘艦隊と重巡鈴谷は、二手に分かれラバウル基地を出撃する。万全の上にも万全を期した、横鎮近衛艦隊の作戦『MO作戦』が開始されたのである。

 

 

が、その2時間後、横鎮近衛艦隊が偶然傍受したのは、とんでもない緊急電報であった。

 

13時29分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「何!? トラック泊地が襲われている!?」

 

「“こちら、トラック泊地司令部。現在トラック環礁が大規模な空襲に晒されている、救援を乞う、救援を乞う。こちら、トラック泊地司令部。現在―――”」

 

提督「―――いかん、トラックが今敵手に落ちたとしたら・・・!」

 

 悪寒に近いものを、彼は感じ取った。トラックの陥落は、ラバウルの孤立とサイパンの窮地と、二つの危険を孕んでいたからだ。

更に直人にとってはもう一つ、折悪くトラック泊地には、横鎮近衛艦隊所属の潜水母艦である大鯨がいるのである。そこへ大規模な敵の襲撃があったと言う。直人は酷くその安否を案じ、作戦の中止を検討した。

 

 

しかしそれを追う形で大本営から緊急通知電が送られてきた。

 

提督「―――トラック泊地は心配せず、自己の作戦を続行すべし、か。山本海幕長直々に送って来たのだ、嘘ではあるまい。やれやれ・・・。」

 

この様な電文を送ったのは、山本海幕長が彼の性格を察しての事であった。この様な事態になれば、直人は作戦を中止しかねない、となれば大本営としては制止しなければならない。それ程までに今回の作戦は、今後の戦局全体にとって重要なのだった。

 

提督「参ったな、お見通しとは・・・。」

 

そして直人はやはり、頭を掻いて苦笑するのであった。

 

 

 横鎮近衛艦隊(重巡鈴谷)出港の報せは、その日の午後には既に察知されていた。と言うのは、ラバウルに空襲があったからである。

その際写真偵察を行った機が齎した写真により、ラバウル基地内にあの良く目立つ水上艦の姿が認められなかったからであった。

 

 

そして、鈴谷が敵の哨戒線に引っ掛かったのは夕刻になってからであった。

 

17時04分 ブーゲンビル島北方沖

 

聴音員妖精「“敵潜水艦の推進音を聴知!”」

 

提督「占めたぞ、この早期で見つかるのは都合がいい。」

 

阿武隈「や、やっぱりちょっと怖いなぁ・・・。」

 

提督「今は外洋コースに向かってる所だから、空襲の心配はないと思うがね、広い海でこの船1隻探し求めるのは無理があるからな。」

 

阿武隈「そっかぁ・・・そうだよね。」

 

提督「・・・どーした阿武隈、待ち望んだ実戦だぞ?」

 

そう、実は阿武隈の初陣である。(警備行動中の遭遇戦闘を除く)

 

阿武隈「なんでそれがこんな地味で危険な任務なのー!?」><

 

提督「地味で危険で(めんどうくさくて)も重要な任務だ、文句を言わない。」

 

阿武隈「う~・・・。」

 

反論が出来ない阿武隈であった。

 

 

そしてこの知らせで上へ下への騒ぎになったのは深海側であった。

 

 

~ガタルカナル棲地~

 

飛行場姫「何!? あの巡洋艦が東へ向かっている!?」

 

へ級Flag「ハイ、潜水艦ノ哨戒線ニ引ッ掛カッタヨウデス。」

 

飛行場姫「一体どこへ・・・何処へ向かうつもりなの・・・。」

 

ヘ級Flag「敵ハ航空部隊ノ行動範囲ヨリモ外側ニイマスノデ、空襲ハ無理デス・・・。」

 

飛行場姫「様子を見るしかないか・・・。」

 

歯噛みをするしかないロフトン・ヘンダーソンであった。

 

 

~タウンスビル棲地~

 

駆逐棲姫「何? ブーゲンビルの北に、例の巡洋艦がいるのか?」

 

ネ級elite「その様です。」

 

駆逐棲姫「飛行場姫様が青くなっておられるだろうな・・・いや、赤くかな?」

 

ネ級elite「それは兎も角としましても、これを機に敵軍が何らかの動きを見せつつあることはどうやら確かなようです。」

 

駆逐棲姫「そうね、ポートモレスビーが昨日から猛爆されている。何かの前兆と捉えた方が良さそうね。セーラム、各艦隊に出動の準備をさせて置いて。」

 

ネ級elite「了解しました。」

 

タウンスビル棲地では在泊艦隊が臨戦態勢へ入ろうとしていた。しかし哨戒で分散していた為に時間を要する事になる。

 

 

~ツラギ泊地~

 

南方棲姫「ほう、例の船が、こちらに向かってくるというのか?」

 

リ級Flag「マダ決マッタ訳デハアリマセンガ・・・。」

 

南方棲姫「なんにせよ、可能性があるなら、備えるにしくはないからな。ノーザンプトン、直ちに出撃準備をしておけ。」

 

リ級Flag「ハッ!」

 

ツラギ泊地はこの仮説が正しいなら彼らの攻勢正面であるだけにこの処置は適切であった。が、その仮説が誤りである事は読者諸氏には御理解頂けているだろう。

 

 

 2月13日早朝、横鎮近衛艦隊主力はポートモレスビーへ徐々に接近していた。

パプアニューギニア南岸、マガリダ沖で、深海棲艦隊と艦娘艦隊が最初の接触をする事になる。この前日に既に発見されていた艦娘艦隊は、その迎撃に出たポートモレスビー棲地の戦艦部隊と接敵した形になる。

 

 

6時19分 ニューギニア南岸・マガリダ沖

 

金剛「ファイア!」

 

大和「撃ち方始め!」

 

轟雷を束ねたような砲声と共に、例の如く最大砲戦射程3万を誇る金剛と大和が口火を切る。低速戦艦部隊は基本として空母と船団を守る形で布陣している一方、高速艦艇は突撃を開始している。そして頭上を、慌ただしく発艦した艦載機部隊が飛ぶ。

 

響「―――ポートモレスビー爆撃が開始されたみたいだね。」

 

そう言って響が指差した先を暁が見る。

 

暁「ホントね、煙が・・・。」

 

響が指さした方向には黒煙が立ち上り始めており、その本数は増加傾向にあった。

 

雷「あそこが目的地なのね。」

 

暁「頑張って辿り着かないと!」

 

雷「そうね!」

 

 この時ポートモレスビーの敵航空部隊は、連日の空襲に加え横鎮近衛艦隊に対し2度の航空攻撃を失敗した事で大幅に弱体化、制空権は艦娘艦隊側の手に落ちつつあった。

が、艦隊戦の上空で航空戦が勃発、艦隊航空隊同士の熾烈な制空権争いが始まっていた。

 

瑞鶴「行きなさい虎徹(こてつ)、あんたの力を見せるのよ!」

 

 先頭を切って突っ込んだのは新たに零戦二二型を受領した瑞鶴航空隊である。その中に小隊長となった岩本機があった。(零戦二二型(付岩本小隊))

岩本小隊を含む母艦航空隊は、横鎮近衛艦隊ではスタンダードな構成たる2機1小隊であるが、この時岩本小隊は別小隊と共に4機編隊のコンビネーション戦法を試していた。

 この方法は2機小隊の時に取れる戦法と比べて複数機の敵を追う事が出来る他に、不意の急襲にも対応可能となっている。一対多数の戦闘により強くなっていると言えるだろう。多勢に無勢はまた別の話である。

 岩本機はピンクの桜マークが描き込まれているから割と判別しやすい。ただ、機体を更新した事を差し引いても少し数が多くなったようだ。

 

その岩本小隊の奮戦も含め、制空権争いは拮抗していた。

 

加賀「どうにも数が多い様ね・・・。」

 

赤城「空母の数もそろそろ増やし時と言う事なのかしら・・・。」

 

飛龍「出来たら苦労しないと思うけどねぇ・・・。」

 

蒼龍「この作戦終わったら増えてたりして!」

 

加賀「戦闘中よ。」

 

蒼龍「はい・・・。」

 

雲龍(新空母・・・私の妹達も、いずれ来るのかしら・・・。)

 

秋月「敵機接近、やらせはしません!」

 

 秋月の長10cm砲が、すり抜けてきた敵爆撃機を叩き落とす。長10cm砲こと九八式十(センチ)高角砲の特徴として、その高い発射速度が挙げられる。

揚弾筒(ようだんとう)の能力の限界まで連続射撃した場合毎分15発の連射が可能であり、また八九式12.7cm連装高角砲と比べて射程・射高共に1.3倍以上で、かなり高性能な一品となっている。

 

更に秋月の特性として、爆撃機の迎撃に秀でている事もあって、秋月の防空能力は圧巻の一語に尽きた。

 

瑞鶴「流石秋月ね、やるじゃない!」

 

秋月「ありがとうございます。」

 

 秋月の本来想定した戦闘である艦隊防空戦闘であるから、活躍するのはまず当然としても、非凡な才覚を持つだけにその活躍ぶりは一層際立っていたとも言えるだろう。その証拠として、この時敵の航空攻撃は一度として艦隊に投弾出来なかったのである。

 

 

 久しくやっていなかった戦艦同士の撃ち合いと言う形は取っていたが、その実は一方的な戦闘(ただのいじめ)に終始した。

当然の事だが、戦艦では空母に勝つ事は出来ないのである。空海両面から叩きのめされた敵艦隊に勝ち目などある筈もなく、敵主力は壊滅的打撃を受け遁走した。

 

 

一方で、鈴谷はと言うと・・・

 

 

7時00分 ツラギ島北方海域・重巡鈴谷

 

提督「艦隊出撃、プランA発動!」

 

多摩「“多摩、行くにゃ!”」

 

睦月「“臨時第一駆逐隊、行くにゃし!”」

 

提督「カタパルト1番、瑞雲、射出せよ!」

 

艦隊が出撃し、ガタルカナル偵察のため瑞雲が放たれる。

 

提督「しかし全く見つからんとは運のいい話だな。見つかるものだと思っていたが航空哨戒すらないとは。」

 

副長「“―――。(本当にそうですな。)”」

 

実の所これには理由があった。ガタルカナル棲地の哨戒機はこの所、ブーゲンビル方面の海上に哨戒機を嫌と言うほど飛ばしていたからである。言い換えれば、哨戒活動がザルだっただけである。

 

提督「しかしここからは南下が続くから、見つかるリスクが高まるだろうね。」

 

そう、現在針路は180度、ガ島から見ても真北にいる為、哨戒機や哨戒艦に見つかる危険性は高くなっていく訳だ。

 

提督「艦隊、展開次第予定の陣形に。」

 

多摩「“了解にゃ。”」

 

展開した6隻の艦娘は、鈴谷を挟むように3隻づつの単横陣を組んだ。左翼は阿武隈・睦月・如月、右翼は多摩・皐月・文月が配されている。そしてこの6人はそれぞれ見慣れない物体をワイヤーに繋いで牽引していたが、これが彼の言っていた“策”の正体であった。

 

提督「―――。」

 

副長「――!(これは・・・!)」

 

提督「これが、私の用意した策だ、副長。」

 

重巡鈴谷のレーダーパネルには、200を超える光点が瞬いていた―――!

 

これが、彼の言った策、“霊力偽装ブイ”である。

 

 

10か月前(第2部9章)、2053年3月2日、大迫一佐と食事を共にした時彼はこう言った。

 

「霊力偽装ブイを80個、曳航用フックを4組―――」と。彼は送られてきたブイを基にして追加生産し、その個数を倍以上にした訳である。

 

 

実際には横鎮近衛艦隊の艦娘の隻数は200隻には到底満たない数でしかない。しかし敵がその事を知る術などないのだ。要するに彼の狙いは、主力がそこにいる“と見せかける”事、つまりただのプラフに敵を引っ掛ける事にあったのである。

 

提督「上手く行くといいがね。」

 

副長「―――。(上手く行く事を祈ってますよ。)」

 

 この霊力偽装ブイは艦娘がいないと稼働出来ない。と言うのは、このブイは艦娘の艤装を解体した部品を再構成して作られている為であり、霊力を流さないと効果を発揮出来ない為であった。

艦娘達が曳航しているブイの数は35×6で210個、これは睦月型で曳航/作動出来るギリギリのラインであるが、これがまた巧妙に作られたデコイなのである―――。

 

 

所変わってガタルカナル棲地では、苦悩するロフトン・ヘンダーソンの姿があった。

 

飛行場姫「どちらだ・・・どちらに来る・・・!」

 

 ポートモレスビーに敵が現れた事は知っている、猛爆されている事も知っていた。しかし潜水艦の通報によれば、横鎮近衛艦隊母艦である鈴谷は東へ向かっていると告げている。

西ではなく東なのだ。もし仮に判断を誤れば、ポートモレスビーは敵の手に帰するかもしれない。となれば、悩むのは当然の事だった。

 

飛行場姫「敵の巡洋艦はまだ発見出来ないのか!?」

 

「マダノヨウデス、飛行場姫様・・・。」

 

飛行場姫「くそっ・・・!」

 

じりじりと身を焼かれるような思いに囚われるロフトン・ヘンダーソン。決断が遅くなればなるほど、事態は悪化する一方であった。

 

 

9時40分 ルンガ岬北方165km海上

 

後部電探室「“対空電探感あり、12時の方向に敵機、機数僅か!”」

 

提督「敵の哨戒機だな、どうやら発見されたようだ。」

 

副長「―――?(大丈夫なのでしょうか・・・。)」

 

提督「それらしくアピールして、退くぞ。」

 

副長「―、―――。(了解、戦闘機隊全機射出!)」

 

そう、この時鈴谷は航空巡洋艦となっていた。その甲板上には10機の二式水戦改が並べられていたのである。連続射出によって水戦隊を放つ鈴谷。

一方ガタルカナル棲地偵察成功の報告が、先に発進させた瑞雲からは既に届いていた。敵主力は棲地内にあって動く様子が無いと言う。

 

提督「あとは、敵が乗ってくれば成功だな。」

 

 

9時43分 ガタルカナル棲地

 

飛行場姫「敵艦隊がこの棲地の北方にいるだと!?」

 

へ級Flag「ハイ、巡洋艦ヲ含ム敵ハコノ北方160km付近マデ迫ッテイマス!」

 

飛行場姫「やはり例の巡洋艦はこちらに来るつもりだ、ポートモレスビーへの攻撃は陽動であったに違いない。直ちに航空隊と艦隊を出して迎撃させろ!」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

「報告! 敵ニ接触シタ哨戒機ガ撃墜サレマシタ!」

 

飛行場姫「これで決定的になったな、私を討ち取らんとしたのだろうがそうはいかんぞ!」

 

飛行場姫は、直人の策を看破したと考えた。

 

 

9時44分 重巡鈴谷

 

副長「―――、―――――。(偵察機より入電、敵が動き始めたそうです。)」

 

提督「よし、戦闘機隊を収容次第直ちに撤収する。急げ!」

 

副長「!(ハッ!)」

 

提督「全艦対空戦闘用意! 対空、対水上見張りを厳とせよ!」

 

 直人は会心の笑みを浮かべてはつらつと命令を下す。何故敵が艦隊がいると言う報告を受けたのかには理由があり、それは霊力偽装ブイが光学的な走査(カメラなど)を受けた場合、艦娘がいる様に見せる効果がある為である。

これは深海棲艦が航空機を介して情報を得た場合も同様であり、その現場に行くと何もない訳で、つまり的に幽霊を見せると言う事なのだ。因みにこの手品を最初に見破ったのは明石である。つくづく優秀である。

 

しかし本番はここからであった。

 

提督「全艦予定通りラバウルへの離脱ルートに乗せろ! 皐月と文月はブイを切り離せ!」

 

皐月「“了解!”」

 

文月「“は~い!”」

 

この時既に、深海棲艦機はガタルカナル棲地を飛び立とうとしていた。このままもたもたしていてはやられると判断した直人は、すぐさま全速力でラバウルへ帰投する事にしたのである。

 

 

睦月「お、重いにゃしぃ・・・。」

 

如月「そ、そうね・・・。」

 

全速力で引っ張るには流石に重く感じられるらしい35個連繋ブイなのであった。旧式艦だから、と言うのはこの際置いておこう。

 

多摩「普段お休みしてる分、ここでしっかり働くにゃ!」

 

阿武隈「なんでこんな地味な任務なのぉ~!!」

 

神も仏もあったもんではない、そうつくづく思う阿武隈なのであったとさ。

 

皐月「その分、しっかり僕達が守らないとね。」

 

文月「頑張るよ~!」

 

気合も入ろうもんだし文月も気合が入っているのだが、声のトーンのせいでいまいち乗り切らない一同なのであった。

 

 

 その40分後、ブイを切り離した海面に敵機が来襲、ブイを徹底的に攻撃して満足げに帰投した。実はこのブイ、一定時間は起動しっぱなしで放置出来る物である為、その虚像にまんまと騙された形になる。

 この様なハッタリを続けながら鈴谷と6人の艦娘達は西へ西へと逃れる事になる。

 

 

15時01分、横鎮近衛艦隊艦娘部隊は、ポートモレスビー沖にその威容を並べる事になった。敵艦隊は完全に封じ込められ、挟撃の心配すら、直人の陽動戦術によって排除されていた。

 

金剛「到着、デスネー。」

 

瑞鶴「うん・・・あの日は、ここまで届かなかったもんね。」

 

祥鳳「そうですね・・・それを思うと、少し感慨深いですね。」

 

青葉「あの日は、途中で引き返しちゃいましたもんね。」

 

衣笠「そうね、でも、今回は違う。もう目の前よ。」

 

古鷹「100年以上になるんですね、あの作戦から・・・。」

 

加古「なんていうか、早いねぇ~。」

 

 しれっと青葉がいる理由については、作戦への同行を本人が希望した事に依る。MO作戦と言う事で、本人も思う所があったのだろう。

 まぁ本人に言わせると―――

 

青葉「空挺降下作戦なんて一大スペクタクル、撮らない訳にはいきませんよ!!」

 

と言う趣旨の事を直人にも話している。

 

大和「1942年5月ですか・・・確かに、100年は経ちましたね。」

 

長門「だが、その歳月が、私達を・・・あの作戦に参加した者達を、ここまで導いたと思えば、それは一つの運命かも知れんな。」

 

陸奥「新たな仲間達と共にね。」

 

 

オイゲン「暑い・・・。」

 

レーベ「そうだね・・・。」

 

ドイツ生まれのこの二人は、特に行動範囲が北海やドーバー、北大西洋に限定されていた事から暑さに耐性が無かったりした。寒い所なら何とでもなったのだろうが。

 

響「タオル、使うかい?」

 

雷「冷えピタもあるわよ!」

 

オイゲン「ダンケ・・・。」

 

レーベ「助かるよ・・・。」

 

こういう時、日本語を勉強してきて良かったと心底思った二人なのである。まぁ、一応2人とも半袖ではあったのだが。

 

 

金剛「対地艦砲射撃、用意ネー!」

 

号令一下、艦娘達の砲門が、一斉にポートモレスビーを指向する。

 

 

港湾棲姫「来ルナト・・・イッテイルノニ・・・。」

 

相対するは港湾棲姫とその取り巻き。決戦の火蓋が、今落とされる―――

 

 

金剛「ファイア!」

 

大和「撃て!」

 

瑞鶴「全機、突撃!」

 

 

 その瞬間、想像を絶する轟音が、ポートモレスビー沖にこだました。数百門宛の艦砲が、ほぼ同時に火を噴いたのである。

更にほぼ時を置かずポートモレスビーに配備されている沿岸砲台がこれまた一挙に火を噴いた。届かない訳ではなくむしろ両者共に射程圏内だったと言う事である。

 その音は、空中を進撃する母艦航空隊からも聞こえたほどだったと言う・・・。

 

 

赤松「今回は高射砲と陣地潰しねぇ・・・出番あるんかねそいつぁ。」

 

一方機上で不満たらたらの松っちゃん。それもその筈、敵艦隊も敵航空部隊も壊滅的打撃を受けていて、念の為と言う理由で出撃して来たのであったのだから。

 

「“前方、敵機!”」

 

赤松「本当か!?」

 

だが心配せずとも出番はあった。敵の稼働全機が、最後の抵抗をする為飛び立ってきたからである。しかも相手は航空機型のP-38ときている。最後まで温存され抜いた、ポートモレスビーのとっておきがここで飛び立ってきた訳である。

 

赤松「こりゃぁ大物だ、気合い入れていけ!」

 

無線で僚機にそう言い渡すと、赤松貞明率いる加賀戦闘機隊が、高所優位を占める為に上昇を始めた―――。

 

 

15時30分 ラバウル西飛行場

 

この時ラバウルは時ならぬ喧騒の中にあった。飛行場に並んだ輸送機が、一斉にエンジンをスタートさせ、辺りはその暖機運転の爆音が響き渡っていた。次々に滑走路に整列して行く輸送機に、妖精達が乗り込んでいく。その中に数人の艦娘の姿もあった。

 

天龍「いよいよ本番だな。しかしこんな形で実戦参加の機会が巡って来るとは思わなかったぜ。」

 

龍田「あら、空の神兵ならぬ“空の艦娘”、いいじゃない♪」

 

言葉の響きが気に入っているらしい。

 

電「だ、大丈夫でしょうか・・・。」

 

一方心配性の電。

 

深雪「大丈夫だって、深雪様が付いてるんだからよ!」

 

時雨「まぁ、夜間降下の本番だからね、不安になるのもしょうがないさ。」

 

叢雲「シャキッとなさいな、特型の名が泣くわよ?」

 

電「は、はい、なのです。」

 

出来るだけしゃんとするよう心がけよう。そう心に決める電なのであった。

 

 

~同刻・ポートモレスビー沖~

 

白雪「そろそろ、輸送機が発進する頃ですね。」

 

初雪「ん、そだね~。」

 

白雪「無事に成功するでしょうか・・・。」

 

初雪「まぁ、あの二人がそう簡単に・・・とは思えないけどね。」

 

白雪「叢雲さんは兎も角、深雪さんが心配です。」

 

初雪「深雪かぁ・・・まぁどっか楽天なとこあるし。それより早く終わらせて帰りたい・・・。」

 

白雪「はぁ~・・・。」

 

 

この時第六駆逐隊は、第十一駆逐隊と入れ替わりに艦砲射撃に参加している。

 

暁「沿岸砲台が多いわね・・・。」

 

雷「大丈夫よ、中々当たるもんじゃないわ!」※それ艦載砲の話や。

 

響「―――!」

 

暁(敵弾―――! でもこれなら躱せる!)

 

響(やらせはしない―――!)

 

 

ドゴオオォォォーーー・・・ン

 

 

暁「えっ―――!?」

 

雷「何―――!?」

 

響「―――っ!」

 

暁の眼前で崩れ落ちる響。

 

暁「ひび・・・き・・・?」

 

雷「な、なんで・・・。いや、兎に角後送しないと! 暁、頼める?」

 

暁「わ、分かったわ。言いたい事は山ほどあるけど、今はそれどころじゃないわね。」

 

 

15時35分、予定通り輸送機隊は離陸を開始した。先遣隊は司令部小隊(2個分隊編成)に加えて、挺進中隊2個と挺進工兵小隊からなる総計約380名で構成されていた。

 

 

一方、本当に彼らの動きを看破した者が深海側にいた―――。

 

 

15時22分 タウンズビル棲地東110km・コーラルシー諸島南側

 

駆逐棲姫「何、航空攻撃が全て空振り?」

 

ネ級elite「そう言う訳でもない様なのですが、航空攻撃を行った航空部隊が口を揃えて、“巡洋艦はいなかった”と言うそうなのです。」

 

駆逐棲姫「逃げられたのかな・・・。」

 

ネ級elite「そう考えても差し支えないと思われますが・・・。」

 

正確に言えば、逃げられた、のではなく「逃げてる真っ最中」なのだが。

 

駆逐棲姫(もし仮に例の巡洋艦・・・噂では「鈴谷」とか言うらしいあの巡洋艦の行動がガタルカナル攻撃を意図したものならば、逃げる理由にはならない筈。そもそもポートモレスビーにはラバウルの艦娘艦隊が来ていると上は分析しているし、ガタルカナル沖には大艦隊が―――ん!?)

 

ここでギアリングが気付く。

 

駆逐棲姫「セーラム、航空隊の戦果は確実なものなの?」

 

ネ級elite「いえ、大半は不確実との事です。」

 

駆逐棲姫「―――しまった、私達は罠に嵌められたわ! ガタルカナルはプラフよ!!」

 

ネ級elite「では―――!」

 

駆逐棲姫「ポートモレスビーに艦隊を出し、母艦と恐らくは僅かな艦娘だけを引き連れて、例の巡洋艦の指揮官はガタルカナルへと出てきたに違いないわ! それこそが囮だともっと早くに気付いていれば―――!」

 

ネ級elite「ギアリング様、直ちに向かいませんと!」

 

駆逐棲姫「そうね、全艦針路を北へ! なんとしても防ぐわよ!」

 

ギアリングは直ちに艦隊進路変更を伝達し、ポートモレスビーへと向かう事にしたのであった。しかし距離的にはむしろ遠ざかっていた事から、タイミング一つにしてもギリギリである上、1100km以上先の海域に到達する事が出来るかどうかという問題点もあった。

 

 

16時30分には、グライダー部隊がラバウル東飛行場を発進した。その頃の事である。

 

~ポートモレスビー沖~

 

瑞鶴「敵艦隊、動いたわよ!」

 

攻撃隊を指揮しながら敵港湾の様子を探っていた瑞鶴は、無事その目論見を達した。敵艦隊が余りにも激しい対地砲撃を前に、堪え切れずに出撃して来たのである。

 

金剛「一水打群集結デース! 迎え撃ちますヨー!」

 

鈴谷「“八戦隊了解!”」

 

矢矧「“二水戦了解!”」

 

オイゲン「“ドイツ戦隊了解!”」

 

北上「“十一戦隊了解~。”」

 

摩耶「“十四戦隊了解、少し時間をくれ。”」

 

 各戦隊旗艦が応答し、一斉に動き始める。

この時一水打群各艦は対地砲撃を第一艦隊と交代し、展開中の艦隊外縁部に分散して敵襲警戒に当たっていたのだが、金剛の命令を聞くなり直ちに艦隊前面に向けて集結行動に転じた。流石の練度と言うべきか、その動作とコース取りには無駄がない。

 

 

出撃してきた敵艦隊―――とは言うもののその実は主力を失った敗残の寄せ集めとも言うべきものであり、少数の戦艦と重巡、それに空母がいる程度である。

 

金剛「OK、集まったネー?」

 

オイゲン「皆さん準備は出来てます!」

 

金剛「Very pretty(大変結構)! デハ、行きますヨー!」

 

鈴谷「よぉっし! ここで一気に決めちゃおう!」

 

矢矧「二水戦、突撃します!」

 

オイゲン「援護します! abSchießen(アプシーセン)(撃て)!」

 

レーベ「feuer(フォイヤー)(斉射)!」

 

金剛「主力各隊、私に続いて下さいネー! open firering(オープンファイアリング)(射撃開始)!」

 

摩耶「撃てーっ(テーッ)!」

 

 常に艦隊の先陣を担い続ける精鋭艦隊、第一水上打撃群。この日も敵艦隊に対する切り込みをその一手に担い、勇躍正面からの中央突破を図る。特段に速力を重視して編成された金剛の手持ち戦力は、鍛え抜かれた精鋭揃いである。

しかも今回は西欧の友人たるドイツから派遣された精鋭の艦娘まで参戦と来ている。負ける要素は、およそ見当たらなかったと言っていい。その戦いは短い時間ながらも激しく戦われたが、正に文字通り快刀乱麻の大立ち回りを敵の眼前でやって見せたのであった。

 

 

港湾棲姫「クッ・・・!」

 

苦戦を強いられるポートモレスビー、麾下(きか)戦力は次々と消耗し、組織的戦闘を行えなくなった部隊が増えていく。勿論補充と後送、予備部隊の投入は出来るが、それですら対処出来るかどうか怪しい所があった。100隻を越す艦娘による艦砲射撃は、猛烈を極めていたのである。

 

港湾棲姫「マダダ・・・増援サエ来レバ・・・!」

 

しかし実際には向かっているのは駆逐棲姫の艦隊だけで、他の艦隊は愚直にもソロモン方面から鈴谷の追撃に向かっていたのであった・・・。

 

 

そしてそんなタイミングで来ると言えば碌なもんではないのは常である。

 

 

16時49分・・・

 

 

Victor(ヴィクター)*1へ、こちらGLORI(グローリー)-1、目標上空へ到達、これより攻撃する”

 

“Victor了解、予定通り攻撃せよ”

 

“GLORI-1、諒解(ラジャー)

 

オーエンスタンレー山脈を飛び越しラバウル基地から飛来したのは、2機のF-3戦闘機であった。内蔵ウェポンベイには計8発の空対艦ミサイルが収められている。この2機は横鎮近衛艦隊からの要請に基づき支援を行っているその一環である。

 

「GLORI-1よりGLORI-2へ、予定通り攻撃せよ。目標、敵対空砲陣地。」

「GLORI-2、諒解」

 

1番機は右へ、2番機は左へ分かれ、強襲の構えを取る。アフターバーナーを用意し、F-3戦闘機が持つ自慢の射撃管制装置(FCS)を起動し、ウェポンベイを開放する。

 

「GLORI-1、FOX-1!」

 

 1番機が8発の空対艦ミサイルを放つ。2番機もそれに続く。その数瞬後、放たれた16発のミサイルは、各個別々の目標に向かって飛翔する。F-3戦闘機のFCSは、最大8目標まで同時攻撃を行う事が出来る能力を持ち、放たれたミサイルはその全てが、敵対空砲陣地を正確に爆砕した。

 その時には既に残った対空砲陣地が気付いて火を噴き始めたが、そこは流石日本の最新鋭戦闘機、アフターバーナーで急速にマッハ2.7へと到達し、対空砲火をものともせず洋上へと抜けたのである。

 

“GLORY-1、RTB。”

 

“GLORY-2、トレース。”

 

“GLORI-1よりVictor、攻撃終了、RTB”

 

“Victor、諒解。”

 

 南海に航空自衛軍の凱歌が響く。攻撃を終えたF-3戦闘機 心神は、針路を北北東に向けて高度を上げ、帰投して行った。

確かにミサイル攻撃は深海棲艦に対してはそれほど効果がある訳ではない。しかしこうした地上攻撃では、依然として効果を発揮すると言う事である。そして深海棲艦では、第5世代のジェット機を捕捉する事は不可能なのである。

 

 

提督「いやぁ・・・静かだねぇ。ひょっとすると撒いたか?」

 

皐月「“ど、どうだろうね・・・。”」

 

一方でソロモン諸島の北側では、鈴谷が6隻の艦娘を護衛に引き連れて、西に向けて突っ走っていた。ここまでに受けた攻撃も無く、間もなく夕暮れ時と言う頃である。

 

前檣楼見張員

「“左前方に敵影!”」

 

提督「・・・。」

 

皐月「“・・・。”」

 

提督「・・・なんか、すまんかった。」

 

睦月「“所謂フラグと言う奴にゃし。”」

 

提督「せやな。砲撃用意、先制の一撃で決めるぞな。」

 

阿武隈「“了解!”」

 

 一応この囮部隊の旗艦を務めている阿武隈が応え、6隻の艦娘達が突撃態勢を取る。普段は司令部防備艦隊にいるとは言っても、平時は実戦部隊を相手に訓練を重ねてきた艦娘達である。実力にはそれなりの自負もあったと言う事だろう。

 

提督「1番から3番砲塔、射撃用意。こちらは太陽に向かっているからそこが不安要素だがな・・・。」

 

これは少し言えば分かる話、太陽に向かうと言う事は、反射光が進行方向に反射してしまうと言う事である。

 

 

 鈴谷が遭遇したのは、ブイン泊地から出た深海棲艦隊の哨戒艦隊、約40隻である。普段哨戒艦隊でも100隻単位なのだが、横鎮近衛艦隊がラバウルを占領した際に散々反撃を行った挙句、逆侵攻によって大打撃を受けた為にこのような惨めな状態になっていた。

元々は3000隻以上からなる艦隊だったのだが、その数は大幅に減って910隻にまで減少していた。これでも再編した後の数なのであるが。ここまで聞いた人は「南東(ソロモン)方面にはどんだけの深海棲艦がいるんだ!?」と思われたかもしれないが、それもその筈。

 深海棲艦隊南西太平洋方面艦隊、その総数なんと49万4000隻(概算&人類側の試算+ラバウル占領前の数値)とも言われている。

※括弧の中に書いてある内容でお察しだが、本当はもっと多い。

 

 

提督「主砲、撃ち方始め!」

 

20.3cm(8インチ)連装砲が、敵艦隊に向け火を噴く。鈴谷の砲撃は第一射、第二射は外すが、第三射が敵を夾叉、第四射で遂に命中弾を送り込む。

 

提督「砲術班! 弾着修正甘いよ何してんの!」

 

射撃指揮所「“返す言葉も御座いません!”」

 

提督「阿武隈! 訓練の成果を今見せてみろ!」

 

阿武隈「“了解! わ、私だって、やる時はやるんだから!!”」

 

提督(聞こえてるんだよなぁ・・・言わぬが仏か。)

 

 

まぁ、ほんの深海棲艦40隻程度で6隻の艦娘をそもそも止められる訳がないのだった。また、第一射を送り込んだと同時に混乱に陥った為、幸い無線は打たれなかった。こういう所でもラッキーだったと言える。

 

 

提督「思ったより少なかったな。」

 

安堵の息をつきながら直人は言った。実は鈴谷自体はコースすら変えていないのだから、スケジュールには寸分の狂いもない。

 

阿武隈「“まぁあれくらいなら、楽勝です!”」

 

提督「おう、お疲れ様。」

 

地味な任務だと思っていたら、初実戦で幸運にも手頃な戦闘が起こってくれたのだった。やったな、阿武隈。

 

 

20時10分 ポートモレスビー

 

 ポートモレスビーの町は最早見る影さえなくなっていたが、その市街地跡は今、深海棲艦の拠点と化していた。が、それすらも見る影はもうない。

港湾棲姫とその取り巻きはまだ砲撃対象になっていなかったが、それはもう時間の問題であり、海岸沿いの地域は赤々と燃え上がり、日が暮れても燃え続けていた。

しかし、艦砲射撃は止む様子を見せず、継続的に行われ続けていた。と言っても戦艦部隊は流石に弾薬が無くなり、重巡以下の艦艇が引き続いて、一時間に発射する弾数を決めて行っていた。

 赤く染まるポートモレスビーは、棲地内であるにもかかわらず遠方からも黒煙と炎の明かりで視認する事が出来た。

そしてそれを目印に迫る編隊がある。

 

 

柑橘類「やれやれ、ここまでせにゃならんとはな・・・。」

 

柑橘類小隊が先導するその編隊は双発機の編隊だったが、爆撃機の類ではない。柑橘類小隊も、その周囲に14個小隊28機の戦闘機を従えていた。

 

柑橘類「夜間航法の出来る搭乗員を急いで育成して楽をしたいもんだぜ、たまったもんじゃねぇ。」

 

またしても柑橘類中佐は、夜間航法が出来ると言う理由だけで夜間飛行をする輸送機隊の先導を任されたのであった。拡大が早過ぎた余波が訓練の遅延と言う皮肉な所にツケとして回ってきた訳である。

 

 

~第一空中挺進連隊1番機機内~

 

全輸送機56機の先頭を飛ぶ一〇〇式輸送機二型は、4つある輸送機部隊の一つである第一空中挺進連隊の隊長機であり、同連隊は挺進第1中隊135名を輸送している。

 

電「・・・緊張して来たのです・・・。」

 

天龍「まぁ、実戦だからな。しかも今回は初めてこなす類の任務だから、緊張しない方が無理だな。」

 

ガラにもなく緊張しているようだ。

 

深雪「電、深呼吸だ。」

 

電「はい・・・ふぅ・・・大丈夫です、行けるのです。」

 

深雪「よぉし、もうすぐだ。もうすぐ深雪様達の出番だぞ。」

 

電「はいなのです!」

 

実戦を前に、部隊の士気は上がっていた。

 

 

そして20時19分・・・

 

 

「“降下開始!!”」

 

 

海軍特設空挺隊挺進第1中隊が、ポートモレスビー市街地北の平坦地に高度1000mから降下を開始した。第2中隊を運ぶ第二空中挺進連隊がこれに続く。投光器の光が地上から投げかけられるものの、対空砲火はごく僅かだった。

 

 

港湾棲姫「ナンダ! ナニガ起コッテイルノ!?」

 

 予想だにしない事態に狼狽するポートモレスビー。爆撃機でもない編隊が、何かを投下して去っていくのだから、ただ戦う事しか知らない深海棲艦には奇異に映ったのは仕方がない。

空挺降下と言うものを編み出した人類ならではの戦術と言う事は言えていた。この為に空挺降下を受けた深海側では混乱状態になっていた。加えて夜間で戦力不明と言う事がそれに拍車をかけている。

 3人の艦娘を含む挺進第1中隊は、平素の訓練成果を遺憾なく発揮して、隠密降下によって極小範囲への降下投入を無事成功させた。

挺進第1中隊は、最初に編成された小規模な空挺隊を改編して出来た部隊である為、練度は今回投入される部隊では最も高いのである。これらは挺進第2中隊などの後続を誘導する役割も兼ねている。

 

 

ターンターン・・・タタタタタタ・・・

 

 

天龍「敵が体勢を整える前に前進するぞ、続け!!」

 

電「電、行くのです!」

 

深雪「突撃だァ!!」

 

艤装を身に付けた艦娘達を先頭にして、第1中隊が前進を開始する。周辺にいる敵深海棲艦の地上部隊は警備中の僅かな数しかいなかったが、それによって察知された事は確かだった。

 

 

港湾棲姫「ト、トニカク迎撃ナサイ! ココガ正念場ヨ!」

 

情報が錯綜する中で港湾棲姫は迎撃命令を発するが、情報の錯綜が混乱を増長して行ったのは、いつの時代でも変わりない事であった。

 

 

20時28分 ポートモレスビー沖合

 

あきつ丸「上陸第一波、前へ!」

 

空挺降下によって混乱した敵棲地に対し、待望の上陸作戦も始まった。散々空襲され砲撃され尽くした地上には、満足な沿岸陣地は残っておらず、舟艇に対する反撃はほぼ無かった。

 

千歳「上陸作戦に参加するのは初めてですが、成程、これは壮観ですね。」

 

千代田「本当はこっちの艤装、水偵運用が本職なんだけどなぁ・・・。」

 

千歳「まぁまぁ・・・。」

 

実際大発運用艦と言う点から見てこの2隻が最適であるのは事実なのであるが、確かに本来水偵運用が基本なのだ。それを大型のクレーンやウィンチを生かした陸戦隊輸送に転用したまでの事である。どちらも“運ぶ”事は共通している。

 

最上「撃て!!」

 

熊野「撃ち方、お始めなさい!」

 

 

ドドドドドオオォォォーー・・・ン

 

 

最上と熊野が砲撃を放つ。上陸作戦に呼応して上陸支援砲撃が行われているのだ。

 

金剛「弾薬が尽きてなければ・・・ム~・・・。」

 

榛名「まぁ、今回は仕方がないですよ・・・。」

 

金剛「こうなったら副砲だけでも・・・」

 

榛名「何かあった時の為に残して置いて下さい姉さん。」

 

金剛「退屈デース!」

 

榛名「その方がいいのですけどね。」

 

金剛「榛名はいつも正論デース。」(-ε- )

 

榛名「そうでないと姉妹が纏まりませんから。」

 

金剛「うぬぬ・・・。」

 

姉妹のまとめ役は意外な所に居たりするもんである。

 

鈴谷「あの~・・・」

 

金剛「ン~?」

 

鈴谷「私の出番は?」

 

金剛「第一艦隊の後デース。」

 

榛名「今は休憩して下さいね?」

 

鈴谷「は~い。」

 

そんなこんなで暫く砲撃は第一艦隊がやっていく事になるのであった。

 

 

 

天龍「そこだっ!」

 

 

ドオォォンズドオオォォーー・・・ン

 

 

 数千メートル先の敵を砲撃で制圧する天龍。空挺部隊に艦娘を編成した理由は、相手が深海棲艦である事ともう一つ、砲兵としての役割を担わせる為でもある訳である。これは艦娘にしか出来ない役割でもある訳だ。

 

天龍「流石に敵が増え始めたな・・・。」

 

オートマトンタイプの深海棲艦が増え始めたのを見て天龍が言う。

 

深雪「だけど仲間も多いから、何とかなりそうだぜ。」

 

 深海側が地上戦力として運用しているタイプの深海棲艦にはいくつか種類があるのでここで紹介して置きたい。

 1つ目は四足歩行タイプ。銃火器と見られる武装を所持する他、爆発物や重火器を運用する個体も存在している。

 2つ目はオートマトンタイプで、曲面を主用した形状に銃火器や小型の迫撃砲と見られる武装を持つタイプがある。

 3つ目は小鬼(通称:トロール)と呼ばれる超小型の深海棲艦の地上型に属するもの。群体と言う特色を持つ砲台小鬼はこの部類に当たるが、他にも群体の特性を持つものとして駐屯地小鬼と呼ばれるものもある。

 駐屯地小鬼は一種のコロニーを形成する役割を持つ深海棲艦であり、四足歩行やオートマトンタイプの陸戦戦力をサポートし、その拠点を整備する役割を担っている事が確認されている他、棲地内における基地建設にも従事しているようだ。

そうした特性の為固有の武装は対空機銃程度のものであり、砲台小鬼と異なり殆どの個体は非武装である。

 3つ目は兎も角、前2つは艦娘側で言う妖精さんに相当する程度の実力である為、何とか耐えられる訳である。

陸上行動可能な深海棲艦が現れた時が考え所だが、そこは天龍ら艦娘の出番である。

 

電「一つ一つは弱いですが、数が多いのです。でもなんと言うか、普通の深海棲艦に比べると、もの凄く真っ直ぐと言うか、なんというか・・・。」

 

天龍「“意志を持つ”、と言う訳では無さそうだな。」

 

深雪「なら、心置きなくやろうぜ!」

 

電「はいなのです!」

 

心置きなくやるには、ちょっと数が多くなり始めていたが、それでも臆さず防御線を張る第1中隊。第2中隊が既に降下を開始していたが、装備をかき集め態勢を整えるのに時間がかかるのである。

 

 

 だが、その来援が来るのにはさして時間を必要とはしなかった。第2中隊の降着と展開により橋頭保を完全に確保した空挺隊は、20時45分にその本隊であるグライダー部隊の降下誘導を開始したのである。

次々と降下を開始するグライダー部隊は降着地点10km手前で切り離されており、仮設の誘導機材を目印に次々と降着して行く。

 

龍田「もうちょっとこっち~♪」

 

ちょっと楽しそうに誘導する龍田。ちゃんと正確に誘導している。

 

時雨「なんとかうまくいってるね。」

 

叢雲「えぇ、ここまではね。これらを使って、敵本陣まで突破出来るかが問題よね。」

 

時雨「大丈夫、海岸からも味方が上陸してる。行けるさ。」

 

叢雲「そう願いましょ。」

 

そう言い合う2人の前に降着したグライダー、ク7-Ⅱ滑空機からは、重火器中隊の九七式曲射歩兵砲が降ろされていた。他にも二式軽戦車や九二式歩兵砲など、重装備の荷下ろしが各所で行われている。

 

叢雲「それにしても、話を聞いた時は役に立つと思えなかったけど、まさか出番があるとは、この世は分からないものね。」

 

時雨「確かにそうだね。艦娘を空から投入するっていう発想も、中々思いつくものじゃないよね。」

 

叢雲「海を走るだけが能じゃないって事ね、私達は。」

 

時雨「あの日とは違うんだって事を、本当に思い知らされるねぇ。」

 

叢雲「私達が人の体を持つだけで、こんなに変わるものなのね・・・。」

 

逆説的に言うと、船が人の姿を取る事自体が、本来はあり得ない事なのであるが・・・。

 

 

その頃ポートモレスビー港はと言うと・・・

 

 

20時53分 ポートモレスビー沖

 

あきつ丸「上陸部隊より通報、第一波上陸、成功であります!」

 

長門「おぉ、やったな!」

 

陸奥「えぇ! これで上手く行くかもしれないわ!」

 

最上「やったぁ!」

 

熊野「お見事ですわ。」

 

子日「子日達が頑張って砲撃した成果だね!」

 

若葉「あぁ、悪くないな。」

 

初春「ここからが本番じゃな、あきつ丸よ。」

 

あきつ丸「然りであります、初春殿。これより上陸第二波及び、戦車隊の揚陸を準備するであります。」

 

初霜「ここから、ですね。引き続き支援します。」

 

あきつ丸「お願いするであります。千歳殿、千代田殿、お二方も準備をお願いするであります。」

 

千歳「分かったわ。」

 

千代田「了解よ。」

 

揚陸船団は引き続く上陸第二波の準備を開始する。海岸線ではすでに銃撃戦が展開されていたのであるが、どうやら確実に前へは進んでいるようだ。

 

 

と、その時であった。

 

「“各隊へ、状況報せ。こちら重巡鈴谷、各隊へ、状況報せ。”」

 

金剛「!」

 

鈴谷「へ?」

 

瑞鶴「!?」

 

大和「提督!?」

 

 

~ブーゲンビル島北東沖~

 

提督「驚いてる暇あったら報告報告。全くいつまで経っても変わらないんだから・・・。」

 

なんと、ブーゲンビル沖からポートモレスビー沖に通信が繋がったのである! 有線や中継通信ならば兎も角としても、遠隔地との無線通信は現状ジャミングで使用不可な筈なのであるが・・・。

 

提督「佐野海将補も随分と気が利くね、全く。」

 

直人の元へ、艦娘部隊から報告が入り始めた事で彼はそう思った。

 

 実はこの事の裏にはまたしてもラバウル基地がある。彼は佐野海将補に対し、ラバウル基地の航空部隊による支援を要請していたのだが、それは航空機による攻撃支援のみであった。

が、佐野海将補はそれだけだと不便すると考えたのか、なんとラバウルにたった1機しか派遣されていない空自所属の電子戦機「EC-2B」を飛ばし、敵の広域ジャミングを打ち消して見せたのである。

 EC-2Bは「電子戦機」と呼ばれるカテゴリに属する機体の一つであり、それ以前に運用されていた電子戦機の後継機として配備されたEC-2を、戦争勃発に伴い機体更新の余力が無くなった事から新型の開発を打ち切って性能向上を行った機体である。

因みに元々のモデルは国産輸送機「C-2」だ。試験中の時期にお茶の間に上った事もある機体なので名前を知っている人も多いだろう。

 電子戦がどう言ったものかと言うと、敵の通信やレーダー等にジャミングや妨害(これらを電子攻撃(EA・ECM)と言う)を行ったり、敵の電子攻撃を打ち消したりする(これを電子防護(ED・ECCM)と言う)など、目に見えない所でしのぎを削る戦いである。

地味だが現代の戦闘では重要な要素である。自由に電波が使えなくなると色々困るからである。

これまででも直人は散々それで困った事態を引き起こされていた訳だが、こうして見ると、電波が自由に使える事がいかに重要か、得心も行くだろう。

 

 

そうして直人が得たここまでの推移を大まかにまとめると次の通りになった。

 

1.航空攻撃は大凡予期の通り成功、敵陣地及び施設に対し甚大な損害を与えたものと思われる

2.敵艦隊による挟撃は無し、在ポートモレスビーの敵艦隊は艦娘艦隊の攻撃で壊滅

3.在ポートモレスビーの敵航空部隊は空襲により壊滅、飛行場は砲撃により使用不能に

4.上陸部隊は第一波が成功、現在第二波の上陸作業中、現在優勢

5.空挺部隊は橋頭保を確保し全部隊が降着を完了、現在装備と陣形の再編成中

6.敵残存部隊は当初の予測を下回るものと見られ、抵抗は予期した程ではないものの予断を許さない

 

提督「取り敢えずは我が方有利と言う所だな。失敗すれば空挺部隊は生きて戻る事は出来んだろうから、ここで気合を入れ直さなくてはなるまい。」

 

あきつ丸「“迅速な攻略に全力を尽くすであります。”」

 

提督「だが急ぐ余り味方に過大な損害を出させる事だけはするなよ。」

 

あきつ丸「“承知したであります。”」

 

提督「その他の艦隊に関しては、必要があれば追って指示する。当面は制海権を確保しつつ、地上支援を行う様に。必要とあらば陸戦も視野に入れる事、以上だ。」

 

金剛「“了解(ラジャー)!”」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

大和「“はい!”」

 

提督「さて、私はのんびりとラバウルに戻るとしますかね・・・。」

 

 この時点で鈴谷は、敵の追跡と迎撃の手をまんまと潜り抜け、艦娘達を収容して巡航速度で夜陰に紛れ、ラバウルへと向かっていたのだった。これも彼らの予定の行動であった。

ただこの時横鎮近衛艦隊側でもラバウル基地でも、駆逐棲姫の率いる艦隊が北上している事は察知していなかった。そして直人自身、そこまで早く敵にこの策が看破される事は無いと考えていたのである。

 

 

その状況整理の間にも状況は推移し、遂にこの時が来た。

 

21時22分 ポートモレスビー郊外

 

天龍「全く、壮観だな。」

 

 天龍が眺めているのは、グライダーにより降下投入された二式軽戦車の車列である。横一列に10両が整列している。更に1両辺り妖精陸戦要員3人がつき従っていて、機動展開用の九四式六輪自動貨車が3両附属する。

更にそれらの後方に、山砲中隊の九四式山砲10門が準備万端で砲門を連ね、その両脇には重火器中隊の九二式歩兵砲と九七式曲射歩兵砲4門づつが、その正面に展開する挺進中隊の火力支援を行えるように布陣している。

 

これだけでも戦車10両、火砲18門、兵員638名と言う兵力である。

 

天龍「空挺戦車隊の実力、見せて貰おうか。全隊、前進!」

 

 天龍の指揮の下、空挺部隊は一斉に前進を始める。先頭を受け持つのは挺進工兵小隊45名で、擲弾筒分隊3、機関銃分隊1の構成の中に一〇〇式火焔発射機を各分隊1基ずつ装備し、簡単な工兵機材を持つ部隊である。進路上の障害物を排除する役目を担っている。

 

叢雲「じゃ、一番槍は頂くわ!」

 

天龍「おう、頼むぞ。」

 

挺進工兵小隊と共に叢雲が全部隊の先陣を切って突入を始める。槍の切っ先を煌めかせ、文字通りの一番槍を切っていく。

 

電「では、行ってくるのです。」

 

深雪「そうだな、行こう!」

 

天龍「気を付けるんだぞ。」

 

電「ありがとうございます。」

 

 挺進第1中隊に電、第2中隊に深雪が随伴し前進を開始する。挺進戦車中隊には龍田が同伴して前進を始めている。この4つの部隊が前衛の主力を担う為、それぞれに艦娘を付ける訳である。

 

天龍「機関銃中隊と速射砲中隊は、いつでも要請に即応出来るようにすぐ後ろを付いて行け! 重火器中隊と山砲中隊は火力支援だ!」

 

天龍も各個に指示を出していく。速射砲中隊には時雨が付けられている。天龍は空挺部隊の指揮官として全般指揮を担当する事になっており、司令部小隊と共に後方にいる。

 

21時22分、空挺部隊は中枢部に向けて突入を開始したのである。

 

 

 一方、上陸第一波の方は既に第一線の敵陣地を突破、第二波と戦車部隊の上陸を待ちつつ橋頭保の確保に全力を挙げていたが、21時33分に第二波の一部と戦車部隊が上陸を完了し、上陸部隊も八九式中戦車と九五式軽戦車を先頭に前進を開始した。

 ここで使用されている戦車について少なからず解説をせねばなるまいと言う事で簡潔に説明をさせて頂く事をお許し頂きたい。

 

 

 八九式中戦車 イ号は、日本軍が初めて制式採用した中戦車であり、日本が遅ればせながら始めた戦車開発の結果生まれた兵器である。ガールズ&パンツァー(ガルパン)に登場する事で知っている人も多いだろう。あのカモさんチームが使用する車両である。

 主砲は短砲身の57mm砲で、歩兵支援を主眼として作られた事から対戦車能力は低く、対米戦開始時には旧式化していたものの後継の九七式中戦車の数が足らず、大戦の後半まで使用された。

 

 九五式軽戦車 ハ号は、八九式「軽戦車」(最初は軽戦車だったが再分類で中戦車に)の後継車として作られた車両であり、財政難の日本にとって主力の戦車になる筈だった戦車である。こちらもガルパンに登場し、劇場版に於いて知波単学園の車両(福田車)として登場する。

 主砲は37mm対戦車砲(制式名:狙撃砲)を改造した37mm砲で、日本初の対戦車戦闘を考慮したものだったが、能力は低かった。しかし最初から最後まで運用され、かつ日本で最も多く生産された戦車となった。

 

 二式軽戦車 ケトは、上述のハ号の改良型として開発された九八式軽戦車 ケトが不満足な形に終わった事から開発された車両であり、途中から空挺戦車として運用する事も想定されて作られた戦車である。上記2車両に比べると著名度が低い。

 主砲はハ号と同じ37mm砲だったが、7年の間に少なからず改良され、能力は上がっているが所詮は37mm砲だったと思われる。実戦経験はなく、配備された第一挺進集団がフィリピンへ向かった際も本土に残り、結局本土決戦に向け温存された中で終戦となった。

 

 

ここまで読んだ人は「もっとまともな戦車はないのか?」「チハどこー?」と思われるだろう。答えは「ない」である。正確にはまだこの艦隊の開発区画が捻り出してないだけの事なのであるが。

 

 

21時47分 ポートモレスビー郊外

 

 

ドォォー・・・ン

 

 

 二式軽戦車の37mm砲が火を噴き、敵の陸戦兵器が撃破される。中枢部に向け南へと向かう特設空挺隊は、戦車による機甲突破と、その穴を埋める歩兵投入、敵の機動を阻止する砲兵の阻止砲撃により、全体を優勢に進めていた。

 

龍田「どきなさぁ~い? 貴方達に用はないの!」

 

龍田槍も今宵は一層煌めいて見える。まぁ身も蓋もない事を言えば、視界確保の為に照明弾を天龍が撃っているだけなのだが。

 

龍田「―――あらぁ?」

 

龍田がふと見ると、その先には砲台小鬼の沿岸砲型個体がいた。あれだけの砲撃を耐え抜いた個体がいたのである。

 

龍田「私じゃ手に余るわねぇ。天龍ちゃ~ん、砲台小鬼の沿岸砲がいるわ、支援をお願いするわね。」

 

天龍「“分かった、速射砲中隊を向かわせる。”」

 

龍田「助かるわ~。」

 

 こんな時でも口調が中々崩れないのは流石と言うか肝が据わっている龍田である。

そしてその速射砲中隊は存外すぐに来た。と言うのも、戦車隊のすぐ後ろを速射砲中隊が後続していた為、数分で到着出来たのである。

 

 速射砲中隊が保有する火砲は一式機動四十七(ミリ)砲である。この砲は日本初の本格的対戦車砲である九四式三十七粍砲の後継砲で、輓馬牽引(ばんばけんいん)だった九四式に対し、自動車牽引を前提とした事から正式名に「機動」の文字が盛り込まれている。

付随する九八式四(トン)牽引車“シケ”に牽引されて来た47mm砲は、到着早々敵のに砲を指向し、短時間で展開を終えるとすぐさま連続砲撃に入る。

 

 

ドガアアアアアア・・・ン

 

 

龍田「!?」

 

しかしその間に、二式軽戦車一両が砲撃によって爆散してしまう。

 

龍田「沿岸砲に撃たれたみたいねぇ・・・。」

 

しかし一方の速射砲中隊も、連続射撃によってものの数分で砲台小鬼(沿岸砲)を沈黙させてしまったのである。

 

龍田「あらあら、意外とやるわねぇ・・・。」

 

感心したのも無理はない話で、47mm砲はその全てが敵個体の弱点を正確に狙撃して撃破したのだ。実際に運用された際も弱点射撃が基本だったように、である。

 

龍田「これは負けてられないわね~♪」

 

余勢をかって周囲の敵に砲撃する一式機動47mm砲に負けじと、龍田も14cm砲を撃ち込みながら突入するのだった。

 

 

22時33分 ポートモレスビー海岸部

 

夕立「よぉーし! みんな突撃するっぽい!」

 

22時33分、全ての上陸部隊を揚陸し終え、橋頭堡を確保した陸戦隊も本格的に攻撃前進を開始した。第一目標はポートモレスビー港及び、ポートモレスビー旧市街南側の一角である。こちらも数人の艦娘が支援に入る態勢を取る。

 

日向「航空戦艦日向、参る!」

 

伊勢「日向、余り突っこみ過ぎないでよ。」

 

日向「心得ているさ。」

 

伊勢と日向がなぜひょっこり出て来たか、理由は簡単で弾薬が切れているからである。逆に言えば、艤装さえ外してしまえば普通の剣士である為、艤装を海岸であきつ丸に預けて陣頭指揮に来たのである。

 

川内「いや~、陸の上での戦いも久しぶりだねぇ~。」

 

そしてきっちり川内もいる。

 

川内「夕立、あまり遠くに行っちゃダメだよ~。」

 

夕立「分かってるっぽい!」

 

川内(本当に大丈夫なのかな・・・。)

 

伊勢「いつも元気だよねぇ夕立は。ま、それがいい所かな。」

 

 元気いっぱいな夕立だが、だからこそ少し心配になる川内。既に周囲は敵だらけであり気が抜けない状況なのだが、夕立はそれをものともせず、砲撃によって確実に前線を押し上げていく。

因みに言って置くと魚雷は投げる物ではないし投げたって爆発しないので使えないのだ。

 

 

一方航空支援も先刻から始まっていたりする。

 

 

~ポートモレスビー沖合~

 

龍驤「また夜間航空戦かいな~・・・。」

 

瑞鶴「こんな暗い中で航空機を飛ばすのも中々大変なんだけど・・・。」

 

瑞鳳「おまけに棲地のど真ん中・・・。」

 

龍驤「意外と慣れると簡単なもんやで。棲地の真ん中っちゅうのにはノーコメントやな。」

 

かれこれ数時間赤色海域に居座り続けている艦娘艦隊、幾度かの実戦を経て脚部艤装の耐腐食防護やコーティングも信頼性が強化されているから多少は問題にならないとはいえ、気になる要素でもある。

 

赤城「私達はもう何度かやってますからねぇ・・・。」

 

加賀「実戦経験は私達の方が上ですから、経験はそれなりに積んでいると言う所かしら。」

 

瑞鶴「ぐっ・・・!」

 

経験の差を持ち出されると反論出来ない瑞鶴であった。頑張れ瑞鶴! そして熟練搭乗員達による夜間攻撃は、敵の縦深防御陣地全域に渡って隅々まで行われ、そこへ陸戦隊による攻撃が集中する事になる訳である。

 

 

オイゲン「こんな戦い方があったんだね・・・。」

 

レーベ「うん・・・本国では、とても想像もつかない様な戦い方だね。」

 

オイゲン「私達も・・・あんな風に戦えるのかな?」

 

レーベ「ハハハ・・・どうなんだろうね。」

 

オイゲンの単純な疑問に対し、苦笑しつつそう返すレーベなのであった。

 

 

22時40分 ポートモレスビー港付近

 

伊勢「敵も態勢を立て直し始めた・・・チャンスは今しかない、向こうが態勢を完全に立て直す前に突破するよ! 第二大隊、前進!」

 

戦闘の状況から敵が防衛線の再構築を行いつつある事を見抜いた伊勢は、それを阻止するべく直ちに攻撃命令を出す。

 

日向「よし、行こうか。」

 

伊勢「お願いね。」

 

日向「あぁ。」

 

伊勢「さて、このまま港を押さえないとね。」

 

第一海上機動連隊第二大隊は、ポートモレスビー港の制圧を任された部隊である。一応連隊編成である為この部隊は4個大隊から編成されている。

 

 

22時42分 ポートモレスビー旧市街

 

 

タタタタタタタタ・・・

 

 

川内「激しいね・・・。」

 

夕立「真正面からはちょっと厳しいっぽい・・・。」

 

旧市街の瓦礫に身を潜める2人。因みにこちらは陸戦の専門要員と言う訳ではない為、連隊から余剰の装備を貰って戦っている。

 

川内「それにしても、正面に機関銃なんて・・・。」

 

そう、実は機関銃陣地正面に出てしまい動けなくなっていたのである。

 

夕立「そう言えば、貰った装備の中に、テキダントウ(?)があるっぽい!」

 

川内「よし、それ使おう!」

 

夕立「じゃぁお任せするっぽい!」

 

川内「OK!」

 

 川内は夕立から受け取った八九式重擲弾筒(じゅうてきだんとう)(別名:ニーモーター)を、瓦礫にストックを当てて構える。

この八九式重擲弾筒は分隊支援火器として日本軍で広く使われた日本の歩兵用装備である。これのおかげで日本歩兵は他国と同等の火力を持っていたと言って差し支えない位重要な装備である。

モノとしては手持ちの迫撃砲(モーター)で、木の枝や地面、がれきなどのしっかりとしたものを支えにして構える。アメリカでは別名「ニーモーター」とも呼ばれたが絶対に太ももを支えにしてはいけない、太ももの骨が砕け散ります。

 

川内「狙いにくいなぁ・・・ここかな?」

 

ドン! と言う低く重い音と共に、砲口から入れた榴弾が飛び出していく。そして・・・

 

 

ドォォ・・・ン

 

 

川内「やった、当たった!」

 

夕立「凄いっぽい!」

 

川内「やってみるものだね~。」

 

扱うのは当然初めてだが一発で当てて見せたのだった。そして陣地内にあった機関銃は見事に破壊され、残った敵のオートマトンが前進してくる。

 

川内「まぁ頼ってた火器が破壊されたら自動兵器はそう来るか。」

 

夕立「まぁ任せるっぽい。」

 

そう言って夕立が構えたのはバズーカ型の武器だった。

 

―――試製四式七(センチ)噴進砲(ふんしんほう)、これも日本で試作されていた対戦車兵器で、口径7.4cmの噴進()穿甲()榴弾(だん)(対戦車ロケット弾/弾種:対戦車榴弾(HEAT))を使用する。相手が四足歩行型もいるが装甲されたオートマトンである為、一応有効である。

 

夕立「えーっと・・・発射!」

 

 

シュゴオォォォォーーー・・・

 

 

夕立の放ったロケット弾の行方は・・・

 

川内(おっ?)

 

夕立(いったっぽい?)

 

 

ズドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

川内「流石!」

 

夕立「やったぁ!」

 

約400m先の敵オートマトンに見事命中、一発で倒したのである! 嬉しすぎて夕立も語尾にぽいが付かなかった。

 

夕立「よし、後は一気に片付けるっぽい!」

 

川内「そうだね!」

 

そう言って二人は、装備している九九式短小銃を構えるのであった。

 

 

 22時47分、敵が体勢を立て直すより早く浸透した戦車隊が、敵が立て直そうとした第二線陣地を食い破って各所で寸断していた。

そこへ更に中隊単位の攻勢が加わった為、状況は徐々に各個撃破の様相を呈し始めたのであった。

そこから約1時間後の23時36分、ポートモレスビー港が完全に制圧された。

 

 

~ポートモレスビー郊外~

 

天龍「全部隊、敵中枢部へ突撃だ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

空挺部隊はそれと同時刻、敵中枢部への突撃を開始していた。“攻撃”ではない、“突撃”である。(ここは重要)

 

港湾棲姫「来ルトイイワ・・・。」

 

 目指すは港湾棲姫・ポートモレスビーの首である。これを討ち取りさえすれば、この棲地は消滅し、徐々に艤装が消耗している沖合の艦隊も何とか行動できるようになるだろう。

正面には僅かに残った駆逐艦級の深海棲艦と小鬼級深海棲艦、更に多数の四足歩行型陸兵とオートマトンが集結している。

だが上空には横鎮近衛艦隊の航空支援があり、条件としては多少の差異はあるがほぼ互角と言ったところではある。但し地上戦力で劣勢である。

 

深雪「行くぜお前ら! 火力で圧倒してやれ!」

 

 深雪の号令一下、挺進第2中隊が機関銃とロケット弾を浴びせかける。挺進中隊も試製四式七糎噴進砲を装備している訳である。

が、極一部に、それを一回り大きく噴進砲である、試製九糎空挺隊用噴進砲を装備している。単に大型化した上で空挺部隊に対応する様にしたものである為大まかには変化はない。

 が、威力は確かであり、次々とオートマトンや砲台小鬼が撃破され、更に後方から歩兵砲の連続射撃が続く。更にそれに合わせる形で、7両まで数を減らした挺進戦車隊が突入し、随伴歩兵と挺進工兵小隊がこれに続く。

そして拓かれた道を目掛けて挺進中隊が各小隊毎に前進、突破口を拡大しながら戦線を押し上げていく。

 

龍田「陣形を保ちなさい? 崩れたらその時が最後よぉ~。」

 

電「は、はいなのです! え、えっと・・・第3小隊は10m後退、第4小隊は時計回りに30度方向を変えながら少し前進して援護してあげて下さい!」

 

 電も不慣れな陸戦指揮をなんとかこなしていく。実際、少しでも連携が崩れた時が最後、圧倒的な物量差で戦線が崩壊してしまう事は目に見えていた。例え相手が二方向に戦力が分散し、かつ航空支援を受けている状況であってもである。

空挺部隊の欠点は、装備が軽装備にならざるを得ない事である。航空機(大体の場合は輸送機)で人員と装備、物資を投入すると言う関係上、そのキャパシティは限定的である事は言うまでもなく、それ故に運べる装備の量はたかが知れている。

 大型グライダーの投入で軽量砲や6トン級の小型戦車投入が関の山である事を考えれば、これが本格的な戦闘には大きな欠点である事は読者諸氏にもお分かり頂けるであろう。

 

電「主砲、発射なのです!」

 

 

ドドォォーーン

 

 

 その欠点を埋める存在が艦娘であった。一番小型の火器である対空機銃でさえ7.7~40mmという、並の小銃から重機関銃や小型の戦車砲クラスと言ったものと同等の口径の物を連射出来る上にそれを複数持ち、かつその主砲はどう小さくしても8cm、突き詰めれば51cmと言う巨砲までもを複数門運用出来る。

空母を投入すればその艦載機運用能力を用いて陸上航空基地にさえなれる訳で、しかも艦娘の特性である人型と言う点がこれらの利点を完全にバックアップしてくれる。

即ち兵器としての小ささと機動力が、これらの利点を後押ししているのである。しかもその防御能力は普通の兵士とは段違いに高い。勿論限界点はあるが、それでも脅威的なのはまず間違いない。

 

叢雲「全く、凄い光景ね。」

 

龍田「同感だわぁ。私達がいなかったら、今頃この子達はどうなってたのかしらねぇ~?」

 

叢雲「良くて壊滅的打撃でしょうね。」

 

龍田「下手にすれば全滅よねぇ~♪」

 

叢雲「ぞっとしないわね・・・ていうか、なんで嬉しそうなのよ。」

 

龍田「その時は他人事だもの~。」

 

叢雲(一番ゾッとしないのこの人だわホント・・・。)

 

龍田の本性が顔を見せた瞬間であった。それはさておいても、燃料弾薬満載の艦娘達がいるおかげで、空挺部隊はその戦線を押し上げる事が可能になっていたのだった。

 

 

23時56分、艦娘艦隊はポートモレスビー港への入港を果たし、地上に上がった事により赤色海域による侵食から解放された。それと同時に、ポートモレスビー港内から敵棲地中枢部に対する砲撃が開始された。

 

矢矧「撃て!」

 

矢矧の号令の下、弾薬の残っている艦娘達が一斉に射撃を開始する。

 

初春「今回は、どうにも裏方が多いのう。」

 

陽炎「そう言う任務だもの、仕方ないわね。」

 

暁「どんな任務でも、レディは完璧にこなして見せるものなのよ?」

 

熊野「フフッ、よく言いましたわ。頑張りなさい?」

 

暁「勿論よ!」

 

夕雲「―――フフッ、これは気合を入れないと、MVPを取りそびれるかもしれないわね。」

 

 

漣「(´Д`)ハァ…今回そんなに目立って無いなぁ・・・。」

 

潮「漣ちゃん・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

雷「まぁまぁ、これからまだまだいくらでも、チャンスはあるわよ!」

 

漣「そのポジティブさが羨ましいですなぁ~。」

 

因みに駆逐艦の中でもこの3人は弾薬切れである。他にも数人いる。尤も、雷は響を追走しようとした敵を食い止める為に多く弾薬を消費した事が原因だったが。

 

 

あきつ丸「なんとか、スペースは確保できたでありますな・・・。」

 

金剛「お疲れ様デース。」

 

金剛とあきつ丸がいるのは、上陸した海岸である。ここには上陸した際に揚陸した物資が集積されている為、物資基地となっており、第3大隊が周辺警備に駆り出されている。既に上陸した海上機動連隊は内陸部に向け進軍を開始している為、俄かにここも忙しくなりつつあった。

 

金剛「せめて弾薬があれば・・・ウーン・・・。」

 

あきつ丸「金剛殿には、我々をここまで守り切って頂いただけでも、十分であります。あとは我々にお任せあれ、であります。」

 

金剛「そうデスネー・・・陸の戦いは、あきつ丸さんにお任せしマース。」

 

“餅は餅屋”と言う言葉を、金剛もよく心得ていた。金剛はこの時、あきつ丸と連隊の作戦行動には一切口を出さず、あきつ丸と麾下から派遣した艦娘達の手に委ねた訳である。

 

榛名「姉さん、少し、おやすみになった方が・・・。」

 

金剛「・・・そうデスネ、そうするネー。何かあったら起こして下サーイ。」

 

榛名「はい、必ず起こして差し上げます。」

 

金剛はそう言って、物資集積所の一隅に設けられた仮眠所に向かうのであった。

 

 

―――最早、深海棲艦隊地上部隊に碌な戦力など残っていはしなかった。

 

 初動の混乱で対応が後手に回ったばかりか、主力部隊の海岸侵攻を許した挙句、防御線の立て直しにかかったその努力も空しく、今や南北からの挟撃と言う最悪の形で、棲地中枢部はその猛攻に晒されていたのだった。

艦隊はもういない。飛行場も制圧された。港は最早敵の牙城と化し、市街地には陸戦妖精が群れている。

確かに、空挺部隊を相手取るには十分な戦力だったろう。総数1000名あまり、海上機動連隊と根拠地隊、サイパン航空隊通信隊から選抜した人員によって編成されたそれらの特設空挺隊は、圧倒的劣位の中良く奮戦した。

 しかし、その猛攻は既に限界が近づく中、ポートモレスビー中枢部に最悪のダメージを与えたのは、海上機動連隊3個大隊による突入が開始されたとの報告であった。この連隊は拡充により総数2400名以上と旅団規模になっており、1個大隊を差し出したとはいえ2000名強の兵力を残している。

空挺隊と足しても3000名にしか過ぎないが、艦砲射撃と打ち続く空爆によって消耗しきった敵から見ればとんでもない相手であり、しかもその装備の質は空挺隊の比ではない。

 

日付変わって2月14日3時14分―――

 

天龍「“―――こちら、特設空挺隊司令部。敵棲地の制圧に成功せり! 繰り返す、敵棲地制圧に成功せり!”」

 

勝利の報告が、空挺隊を率いた天龍からもたらされたのである。

 

電「お、終わったのですぅ~・・・。」グデー

 

深雪「流石に疲れちまったぜ・・・。」

 

叢雲「情けないわね二人とも・・・。」

 

深雪「なんで叢雲は立ってられんのさ。」

 

叢雲「鍛え方が違うからよ。」

 

深雪「へー、そいつは大層な事だねぇ、今度教えてくれよ。」

 

叢雲「お断りよ。」

 

深雪「そーかい。」

 

電「ハハハハ・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

 

時雨「本当にハードな戦いだったね・・・。」

 

龍田「そうねぇ~。」

 

時雨「兎に角、生存者の数を調べないと。」

 

龍田「あらあら、忘れてたわぁ。そう言えば戦車隊も随分損害を出してしまったみたいだし・・・。」

 

 この後の被害集計により、挺進戦車隊は保有10両の二式軽戦車の半数、5両が未帰還となった。この他に戦闘での犠牲者は空挺隊のみで150名以上に上り、負傷者多数を出し、最早戦闘に耐えられるものでは無かった事が後で明らかになっている。

この他連隊側でも戦死者269、負傷者700以上、戦傷死者がそのうち60名以上にものぼると言う大損害を被っている。

 連隊に属する戦車隊も、八九式中戦車は保有30両の内11両が撃破され、95式軽戦車は保有55両の内27両が撃破された。戦死者と負傷者の数が全体に比べ少ないのは、第3大隊が戦闘加入していなかった事が大きな要因となっている。

砲兵に被害が及ばなかった事が不幸中の幸いであっただろうか。もっとも後方域砲撃を実行する余力が深海側に残されなかった事も事実である。

 

 

提督「終わったか・・・。」

 

その報告を、彼は敵制海権内であるブーゲンビル島の北で副長から聞いた。

 

提督「またしても、艦娘に喪失艦は出さなかったようだな。何よりだ・・・。」

 

副長「―――?(ここからどうされます?)」

 

提督「予定に変更は無しだ。このままラバウルへ戻ろう。」

 

副長「―。(承知しました。)」

 

提督「さて、朝までもうひと眠りかな、外は蒸し暑くて敵わんようだが。」

 

南半球はまだ夏である―――。

 

 

佐野「終わったか・・・それは良かった。もう船団は出ているんだったね?」

 

由良「はい、既にラバウル基地隊から選抜した人員を乗せた高速船が、追いかける形で出ています。明日正午前までには到着するでしょう。」

 

佐野「分かった、では朝までまた寝るよ、おやすみ・・・。」

 

由良「夜分遅く失礼しました、おやすみなさい。」

 

佐野海将補も、ちゃんとやるべき事は弁えていると言う訳である。

 

 

 6時10分、横鎮近衛艦隊全艦に対し帰投命令が下され、艦娘部隊と空挺部隊が、それぞれポートモレスビー港と同飛行場からの撤収を開始した。

被害こそ大きかったが、ポートモレスビーは元の空を取り戻し、朝日がまぶしく水面を照らしていた。海が元の青さを取り戻すまでには時間を要するだろうが、それも、そう遠い水位の事ではない・・・

 

 

一方、重巡鈴谷に耳寄りな情報が入電した。

 

10時26分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「そうか、トラック泊地は無事か!」

 

副長「―――。(こちらがその通信文になります。)」

 

パネルで出された通信文はこのような内容であった。

 

“トラック泊地に来寇せる敵艦隊は、その当初の企図たるトラック潰滅の企図を達成出来ず、パラオからの来援を以ってこれを撃退、現在残存艦艇を以って敗走する敵深海棲艦隊を追撃中なり”

 

提督「返り討ちにしてしまったか。」

 

副長「――――。(大鯨についても連絡が入っております。)」

 

提督「見せてくれ。」

 

そう言うとパネルが切り替わる。

 

“提督へ―――

 ご心配をおかけしてすみません。

私は大丈夫ですので、安心して戻ってきてらして下さいね。

                    ―――大鯨より”

 

提督「―――心配してる事もお見通しですかいそうですかい。」

 

そう言いながら彼は照れ臭そうに笑って頭を掻いたのであった。

 

 

12時40分 ニューギニア島南岸沖

 

暁「・・・。」

 

響「・・・。」

 

雷「・・・。」

 

 この時、第六駆逐隊には重苦しい雰囲気が立ち込めていた。暁と響は互いに口も利かないし、その息の詰まるような雰囲気に雷も言葉を発する事が出来なかった。

明るさと献身が取り柄の第六駆逐隊とも思えぬような光景であったと、周囲の駆逐艦娘達も後に語っている・・・。

 

龍驤「―――なんやて!?」

 

瑞鶴「どうしたの?」

 

龍驤「念の為に出してる哨戒機が、敵を発見してもうた!」

 

金剛「えぇっ!?」

 

瑞鶴「嘘でしょ・・・?」

 

龍驤「これが嘘やったら、どない良かった事か・・・。」

 

瑞鶴「うっ・・・と、兎に角、艦載機隊発艦準備! 敵の規模は?」

 

龍驤「―――最悪やな、およそ10万ときよったで。」

 

瑞鶴「・・・えっ?」

 

金剛「・・・逃げるネ。」(滝汗)

 

瑞鶴「・・・そうね。敵の位置は?」

 

龍驤「うちらの南100kmチョイ、ポートモレスビー目指しとるでこれ・・・。」

 

金剛「ラバウルに通報するネ、それと艦載機を出して進撃を遅らせるデース!」

 

瑞鶴「それしかないわね、了解!」

 

 この時点で、まともに戦えるのは空母部隊だけであるが、その空母部隊も補給用の弾薬の8割以上をはたき切っており、あと1回か2回出撃させられるかどうかと言う所に来ていた。

駆逐艦ですらも攻略の段階で保有弾薬を全て使い切っており、戻りの分の燃料しかない。危機的状況であり敵と遭遇する事さえ許されない状態であった。

 

赤城「戦えるのは、私達だけですか・・・。」

 

加賀「まぁ、仕方ない事ね。」

 

蒼龍「まぁ、やっちゃいましょう。」

 

飛龍「えぇ、そうね。」

 

多聞「ここまでやったのだ、勝たんとな。」

 

4人「「ハイッ!」」

 

かくして、MO作戦最後の戦火は、パプア半島の南まで急迫した、敵深海棲艦隊と横鎮近衛艦隊との間で交わされる事となった。

 

 

14時02分 パプア半島南方90km付近

 

駆逐棲姫「対空戦闘! 対空戦闘!!」

 

よりにもよって駆逐棲姫艦隊の上空は曇天、そこへ横鎮近衛艦隊機が急襲をかけた形となった為対応が遅れていた。

 

ネ級elite「くっ、このタイミングで―――!」

 

駆逐棲姫「落ち着きなさい、機数は多くないわ!」

 

ネ級elite「は、はい!」

 

 ところが曇天だからそう見えるだけで実際には184機が上空にいた。因みに駆逐棲姫艦隊は高速での浸透打撃を編成目的としているが、その関係で空母を帯同していない。これが、駆逐棲姫艦隊の弱点となっていた。

但し必要があれば派遣されるらしく、これまで重要な戦いに出撃してきた際には軽空母以上の存在が確認されてはいる。

 

 

赤松「ちぇっ、俺達の仕事は無しか・・・。」

 

加賀「“そんな訳ないでしょう? 早く機銃掃射してきなさい。”」

 

赤松「20mmを使って来いってかぁ・・・仕方ねぇ。」

 

そう言うと赤松中佐は自身の乗る試製雷電改をダイブさせるのであった。

 

 

猛烈な空襲を掻い潜りながら、駆逐棲姫は思案していた。

 

駆逐棲姫(―――敵に察知され、空襲を受けた。と言う事は、ポートモレスビーは、既に落ちている・・・?)

 

駆逐棲姫がそう推測したのは、来襲機に本来陸上機である雷電が含まれるからだった。ギアリングの記憶さえ正しければ、雷電を艦上運用していた事は無い筈であった。

 

駆逐棲姫(そうなれば、飛行場のある我々が不利、空母もいない我々は―――)

 

度重なる空襲で消耗する事になる―――そう結論付けたのは無理のない事ではあった。

 

ネ級elite「・・・ギアリング様?」

 

駆逐棲姫「退きましょうセーラム、ここは危険になっているみたい。」

 

ネ級elite「―――御意。」

 

 

金剛「反転、デスカー・・・。」

 

瑞鶴「そうみたい。どうする?」

 

金剛「―――逃げの一手ネ、敵に合わせて退くのデース。」

 

瑞鶴「了解。」

 

そもそも、追撃など思いもよらない事なのは確かであった。弾薬もないし、燃料は割とギリギリなのである。更に大破した艦まで抱えて、この上どうして戦えるのか、と言う所であった。

 

 

 その後、2月15日4時23分に重巡鈴谷が、16日9時54分に艦娘部隊が、それぞれラバウル基地の指定錨泊地に帰投、合流した。

艦娘艦隊は響を含む大破艦3、中破艦16、小破未満21隻の損害と、陸戦妖精の1割以上を失う戦いであった。艦載機も、被撃墜と修理不能機を合わせ138機を数えたのだった・・・。

 

 

2月16日15時29分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「―――よし、大淀。響をここに呼んでくれ。」

 

大淀「分かりました。」

 

事の発端は、雷と暁が大淀を通じて、ポートモレスビー沖での一連の出来事を報告した事だった。

 

提督(―――真意を聞こうか。俺自身、思う所がないでもないしな・・・。)

 

彼はそう思い、響を呼び出す事にしたのである。

 

 

大淀「提督、お連れしました。」

 

響「失礼するよ―――。」

 

10分後、響が艦長室に来た。響はその艦長室に同型の2人がいた事で用件を悟ったようだ。

 

提督「響、二人から話は聞かせて貰った。」

 

響「・・・そうか。」

 

提督「―――俺が今から言う事は分かっているようだな。お前は暁に対する敵の砲撃に際し、暁が余裕で回避できるにも拘らず、わざわざかばって入り、挙句大破した。そうだな?」

 

響「・・・“余裕で回避出来た”だって? それをどうやって証明出来るんだい?」

 

提督「暁の身体能力だ。同じ姉妹なら知らぬ筈があるまい?」

 

響「能力か・・・言って置くけど、暁の動体視力だって絶対ではない。それは分かるだろう?」

 

提督「当たり前だ。人間だれしも限界はある。」

 

響「その限界を、暁自身が知らないとしたら?」

 

暁「響、アンタ―――!」

 

言い募ろうとした暁を直人は右手を挙げて制止した。その後首を振った事で暁は彼が何を言いたいかを悟った。「言わせてやれ。」彼はそう言いたかったのだ。

 

響「人間は常々自分の限界を見極めていない、或いは見極められない生き物だ。もし暁がかわせると思っても、その実本当は自分の能力を過信しているのであれば、暁は被弾する事になる。」

 

提督「だからその事を考え敢えて守りに割って入ったと?」

 

響「そうさ。もう、誰も失いたくはないからね。」

 

提督「成程、響の言いたい事は分かった。そこには同情の余地がない訳ではない。」

 

雷「―――でも、“同情”は出来ても“称賛”される筋のものではないわね。」

 

提督「そうだな。響は今回の事で二つ罪と言えるものを犯した。」

 

響「・・・それは何だと言うんだい?」

 

提督「一つは必要もないのに自らの生命を危険に晒した事。もう一つは―――」

 

 

“暁の事を信頼してあげなかった事”

 

 

暁「!」

 

雷「―――!」

 

響「・・・。」

 

提督「響はソ連に渡り、艦名を“信頼出来る(ヴェールヌイ)”と改めている。日本語ではその言葉は二つのニュアンスを持つ。

他者からの評価として、“その人を信頼出来る”と言う事ともう一つ、“その人が他人を信頼出来る人である”と言う事だ。今回の行いは決して、ヴェールヌイの名には値しない。むしろ名が泣くだろうな。」

 

響「・・・司令に何が分かるって言うんだい?」

 

その声と瞳には、静かな怒りが込められていた。

 

響「戦い敗れ、寒い異国の地で暮らす事を強要され、誇りとした名も、かつて在った仲間も姉妹も祖国も何もかもを失った。

もうこれ以上、何かを失う事に、私は耐えられない。それがもし、再び巡り合えた姉や妹達であるならば、私は今度こそ、誇りを持って死んで逝ける。」

 

提督「“誇りを持って死ぬ”だと?」

 

響「()()()()()()()()()司令官には分からないだろうね。」

 

提督「―――!」

 

その言葉は、彼を憤慨させるものだった。

 

提督「俺が、何も失って来なかったと言うのか? 本当に?」

 

響「平和な時代に暮らしてきた人間に、何も分かる筈はないだろう?」

 

提督「ふざけるな!」

 

響「―――!?」

 

暁「!!」

 

雷(あ、これ地雷踏んだわね。)

 

嫌なほど冷静の状況を分析している雷である。

 

提督「響、この戦争が、我が国で何年続いているか知っているか?」

 

響「―――?」

 

提督「“9年”だ。始まったのは今から9年前、関東平野が一面焼き尽くされてからの事だ。」

 

響「・・・。」

 

提督「長い戦争の時間の中で、艦娘がいたのはたったの4年、組織化されたのは僅かに2年間だけだ。それまでは為すがまま、本土は大打撃を受けた。人も沢山死んだ。大勢の難民が生まれ、沢山の孤児と未亡人だって生まれたんだ。」

 

響「―――!」

 

実は艦娘は、自分が生まれる以前の戦争の事を知らない。持つのは現世で生きる為の知識と、往時の記憶のみ。歴史の知識を持ち合わせていないのである。

 

提督「俺が何も失っていないと言ったな? そんな筈がないだろう、この国で何も失わなかった者なんて、今の世代には一人だっていない。俺だって、多くを失った。」

 

響「何を失ったと言うんだい?」

 

提督「―――“()()()()()”だよ、響。」

 

響「ッ―――!」

 

普通の生活。皆で笑い合い、はしゃぎ合い、泣いて笑って時には怒って・・・

 

提督「―――三食食って、家族と過ごして、トランペットが吹けるそんな生活。俺の人生は、トランぺッターで終わる筈だったんだ。それが戦争が始まり、俺は巨大艤装のテスターとなり、その未来を喪ってしまった。それも永遠に―――」

 

響「・・・。」

 

彼は最初、国に尽くす事が出来ると大はしゃぎで為すべき事をした。あとから思えば、それは後悔へと変わっていた。しかしそれでも今、彼は忠国と救国の志の元で戦い続けている。

 

提督「確かにお前の言う通り、戦争が始まるまで俺は普通の人間だった。だが戦争でそれは全て変わってしまったんだ。そしてそれからは闘いの日々だ。戦って、戦って、沢山の仲間を失った。ここに来てもまた、吹雪を失った。これ以上喪うのはもうごめんだ! これでも尚、俺が何も失わなかったと言えるか?!」

 

彼の運命とその人生は壮絶だった。その人生は、一市民に過ぎなかった彼の心さえ変えてしまったのであった。当然である。そんな苛烈な運命に、普通の人間が―――その心が耐えられる筈はなかったのである。

 

響「名演説だね、普通の人なら感服するだろうね。お互い、いろんなものを喪って来たんだね・・・。」

 

提督「この世界で何も失ってない奴は、余程幸せだと思うよ? 俺も時々思う事がある。」

 

響「―――一応聞いておくよ?」

 

提督「・・・“今すぐ死ねたら、どんなに楽だろう”、とね。少なくとも、これ以上何かを失わずに済むからね。」

 

3人「―――!」

 

その言葉に響以外の3人は思わず言葉を飲んだ。

 

響「・・・確かに、そうだね。」

 

提督「―――だが、死んでしまったらそれを取り戻す事も出来なくなる。失った物も失ったまま。それは嫌だ。」

 

響「・・・そこまでして、司令官は何を取り戻したいんだい?」

 

提督「俺はそうだな、もう元通りとまではいかないだろうが、それでも“普通の生活”がしたいねぇ。元の日常に帰りたいと思う事がままある。その点響はもう失った物を一つは取り返しているじゃぁないか。」

 

響「・・・?」

 

提督「―――“祖国”だよ。正確には祖国の土だけどね。」

 

響「・・・確かにね。私は日本に帰ってこれているかもしれないね。でもそれはあの日の日本じゃない。」

 

提督「俺も、物心ついた頃の日本が懐かしいよ全く・・・。」

 

 祖国を喪失した響と、平穏な日常を失った直人。ニュアンスこそ異なるが、その意味する所はとどのつまり同じである。

何故なら響は元より戦う為の存在であるから、戦争になれば戦うのは当然だ。だが戦い敗れ、自身が守り続けてきた祖国を離れ遠い異国で異国の命令で任務に就いたのが響であった。

 一方で、戦いと縁遠い平穏な生活から急転直下、戦争の過酷な世界へと追い込まれ、自らも国の命令で戦いの渦中へと身を投じた事によって、自らの運命すらも狂わされてしまった、民間人の一青年がいたとしたら・・・。

 

提督「・・・響、一つだけ言って置く。」

 

響「なんだい?」

 

提督「“何かを守り抜く”と言う意思は、それ自体が非常に珍重すべきものだ。だが、その為に自分を犠牲にする事は決してするな。それは、遺していった者達に、お前が味わったのと同じ思いをさせる事になる。特Ⅰ型の皆は、もうその想いを嫌と言う程味わった。これ以上、お前の姉妹を悲しませるなよ。お前が失って悲しんだように。」

 

響「・・・肝に銘じておくよ。」

 

提督「うん。退室していいよ。」

 

響「分かった、失礼するよ。」

 

そう言って響は艦長室を後にする。

 

提督「・・・やれやれ。これでまた、うかうか死ねなくなったなぁ~。」

 

大淀「当然です、今死なれては私達がたまったものじゃありませんよ。」

 

暁・雷「「そうよそうよ!」」

 

提督「はいはい・・・。」

 

 苦笑しながらそう応じる直人だった。

結局のところ、響と直人は性質的な面で似ていたと言う事が言える。しかしそれは時として危険な思想に人を走らせる。

彼はそうでもないが、響がそうでなかったとしたら、事態はより最悪に近いものだったのかもしれない事を考えれば、直人の言う“全てを守る”と言う考えは、崇高でもあり危険極まりないものなのかも知れなかった。

 

 

その後、ラバウルから引き上げの準備をしている最中の事である。

 

2月18日10時11分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「うん、相変わらず、伊良湖の最中(モナカ)は美味しいねぇ。」

 

伊良湖「ありがとうございます。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「ん・・・入れ!」

 

大淀「失礼します!」

 

艦長室に現れたのは2日前と同じく大淀であった。

 

大淀「あら、伊良湖さん、提督に最中を振舞っていらしたのですね。」

 

伊良湖「はい、大淀さんもおひとつどうですか?」

 

大淀「頂きます。」

 

素直なのはいい事である。

 

提督「ハハハ・・・。ところで、どうしたんだ?」

 

一口頬張りながら直人は聞いた。

 

大淀「大本営から通信文が届きました。」

 

提督「内容は?」

 

大淀「はい。横鎮近衛艦隊は、爾後(じご)の敵の動向に策応する為、現地に留まり向後(こうご)を策するべし。との事でした。」

 

提督「は!? 帰れねぇの今回!?」

 

伊良湖「まぁ・・・。」

 

大淀「そう言う事になります。」

 

提督「待て待て、修理が必要な艦もいるんだぞ、それはどうするんだ?」

 

大淀「ラバウル第1艦隊の施設を用いるように、との事です。」

 

提督「えー・・・?」(;´・ω・)

 

少なからず困惑したのは事実であった。こんな指示は初めてである。

 

提督「ドロップ判定はー?」

 

大淀「以上に同じですね。」

 

提督「・・・。」\(^o^)/オワタ

 

つまるところこれは、ラバウルへの残留指示であった。ソロモン方面の情勢が安定していない事に対する措置であった。一方この2日の間に、ブーゲンビル島の敵は急速にその数を減じていた。と言うのもこれは、深海側がブーゲンビル島方面から戦力を引き抜いていたからだった。

 

提督「てことは何・・・? 次はブーゲンビル占領?」

 

大淀「その位の事はラバウルでやるでしょうね。」

 

提督「まぁ待機だな・・・。」

 

大淀「はい。」

 

提督「うーん・・・伊良湖と防備艦隊は一旦サイパンへ戻そう。」

 

伊良湖「ど、どうしてですか?」

 

提督「補給だよ補給。護衛に第十七駆逐隊も付けるから。」

 

伊良湖「あ・・・分かりました。」

 

大淀「ドロップ判定はどうしますか?」

 

提督「それについても夕張にやって貰うしかない、ご苦労だが運搬を頼めるか?」

 

伊良湖「分かりました、お引き受けします。」

 

提督「うん。では準備が出来次第、サイパンへ発ってくれ。こちらも準備を急がせる。大淀!」

 

大淀「直ちに!」

 

 かくして、伊良湖と十七駆の一時サイパン帰投と、サイパン防備艦隊選抜部隊の動員解除の決定を以って、重巡鈴谷は艦隊を動員したまま、ラバウルへと残る事になった。

ついでに柑橘類中佐のサイパン空は、空挺部隊と共にサイパンへと戻り、艦隊不在の間の防衛に就く事とされ原隊へと復帰して行ったのであった。

 

 

提督「と言う事で暫く世話になる事になった。物資等はそちらへの充当分とは別にラバウル基地が手配してくれるから、それを補充して頂くと言う方向でいい事になっている。」

 

広瀬「は、はい。精一杯務めさせて頂きます!」

 

提督「ハハ、そう硬くならんでいいよ。補給の手間が少し増えるが、頼まれてくれ。あと連絡武官として球磨を置いておくから、何かあったら球磨に言ってくれ。」

 

球磨「宜しくクマ。」

 

広瀬「よ、宜しくお願いします。」

 

提督「球磨よ、前途有望な艦娘達の着任してくる司令部だ、変な事吹き込むなよ?」

 

球磨「一体提督は球磨を何だと思ってるクマ・・・。」

 

因みに言って置くと、ここの球磨は割としっかり者の長女である。

 

提督「アッハッハ! まぁまぁ冗談だ。それでは俺はラバウル基地の司令部にも顔を出さねばならんから、これでな。」

 

広瀬「あ、あの―――!」

 

提督「ん? どうした?」

 

広瀬「その・・・無事の御帰還、改めて、お喜び申し上げます!」

 

提督「・・・ふっ、ありがとうな。」

 

 そう言って直人は颯爽と広瀬中佐の執務室を後にする。まだまだ未熟で若い広瀬にとって、この直人の背中はどれほど大きく、精悍に、頼もしく映ったことだろう。

ただ、当の直人は広瀬に頼らねばならないと言う事については、あのような小さな子にまで国運を担わせて良いものなのだろうかと言う想いも混じって複雑な心境であった。

 

 

佐野「すまないねぇ、紀伊元帥。お手数おかけするけど、宜しくお願いするよ。」

 

提督「これも命令ですからねぇ。」

 

佐野「そうだね・・・我々は民主国家の軍人だ、命令には絶対服従でないとね。」

 

提督「耳が痛とう御座います。」

 

苦笑して応じる。ラバウル第1艦隊に顔を出した彼はその足で鈴谷の11m内火艇を使い、ラバウル基地司令部に出頭したのだ。

 

佐野「さしあたって必要なものはあるかい? あればこちらで手配するが・・・」

 

提督「取り急ぎはありません。伊良湖を往復させれば事足りるでしょう。ただ、これが長期に渡ると何かと問題が出ると思われますので、その際はお願いしたいと思います。」

 

佐野「うん。君の担当海面の手前、早く返してあげたいが、これは私の一存では決められないからね。」

 

提督「大本営の直々のお声がかりですからね。」

 

佐野「君達に対する指揮権を持っていないのもある。」

 

提督「確かにそうですね。」

 

佐野「まぁ、今はまだ何もない所だが、ゆっくりして行ってくれ。」

 

提督「そうさせて頂きます。尤も、敵がゆっくりさせてくれるかと言う問題もありますが。」

 

佐野「まぁ全力を尽くすとしよう。君達のおかげで、随分と楽になったからね。」

 

提督「そう言って頂けると、恐縮です。」

 

佐野海将補と紀伊直人、この二人も案外と似た者同士かも知れない一面があるようである。

 

 

―――ポートモレスビー攻略は、辛うじて成功に終わった。

 

 艦隊戦での勝利、航空撃滅戦での勝利、地上戦での勝利を手にし、ポートモレスビーを陥落させたところまでは良かったが、今一歩で作戦は完全に失敗する所であった。

駆逐棲姫はあの時、一挙に殲滅を期するべきだったのである。

しかし試製雷電改を見た駆逐棲姫は、それが航空基地からの攻撃であると錯覚して、全艦隊に反転を命じ、タウンスビルへと戻ってしまったのである。後に駆逐棲姫ギアリングは、この判断は誤りだった事を認めると同時に、当時の所謂“例の艦隊”に対する情報の無さに言及している。

 結局のところ、戦争とは正確な情報を掴み得る者が勝利するのである。これは近代以降常識となってきた戦争のやり方であった。であるが故に諜報とは基本であり、それを如何に行いうるかが非常に重要な訳だ。

そして南東方面には今、横鎮近衛艦隊主力が、重巡鈴谷や提督と共にそこに在った。

大本営の命令で進出を命じられた彼らは、ラバウルで自分達が出来る事をなるべくやろうと、既に訓練も始めていたのであった。

 

 2054年は、めまぐるしく勢力図が塗り替えられた年であり、激闘の連続だったと公式戦史も記述している。しかしそれらは近衛艦隊の活躍があった事を一文たりとも記述していないのだった―――。

*1
ラバウル管制塔のコールサイン




艦娘ファイルNo.124

大鯨型潜水母艦 大鯨

装備1:12.7cm連装高角砲
装備2:毘式40mm連装機銃

第一潜水艦隊待望の潜水母艦として着任した艦娘。
特異点は特に無く、潜水艦達のお母さん的な存在である。
敵のトラック環礁襲撃の際はウェーク方面への通商破壊を支援する為トラック泊地付近に進出していたが、トラック泊地艦隊の必死の防戦により辛うじて難を逃れている。


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第3部9章~古戦場の再戦~

どうも皆さん、天の声です。

青葉「どうも恐縮です、青葉です!」

第3部8章いかがだったでしょうか。以前に登場させた輸送機と空挺装備を縦横に活用したポートモレスビー攻略戦でした。彼我の心理戦も展開した巧妙な作戦をお届けできているかなと言ったようなのが書いた側としての感じです。正直若干思ってたとは違うのですが、その辺はまた考えます。

青葉「あとチョイチョイ言葉の誤用とか改訂を挟んだ事も申し訳ないですとの作者からの伝言も頂いてます。」

実は途中でネタ切れになったとかなんとか聞いたゾ・・・。

青葉「それは黙っててあげましょうよ・・・。」

まぁご期待頂いた方には申し訳ないと言う感じですね。自分自身100%納得のいくものが書けたと言う感じは全然してなくて、勢い任せに走り切った感じなので荒いのは事実なので、今後修正を加えたいと思います。(by作者)

それはそうと、前章の更新中あちこちの章にルビ振りを行っています。主に人名へのルビ振りを重点的に行っています。

青葉「この章の更新中に身に着けたんですよね。」

そうなんだよね。多機能フォームでルビ振れる事を前章の更新中に知ったからね。これは振らねばと思いました。あと傍点の振り方も覚えたので、今後は多少読みやすくなると思います。

青葉「あの、こっちで更新始めてどれくらいになります?」

・・・今月(18/05/02)で17ヶ月目ですかねぇ?

青葉「遅くないです?」

やめて言わんとってマジで。


では今回の解説事項に行きます。今回はですね、「艦載機と艦娘/深海棲艦の関係性」についてです。

まぁこの説明については前々から不思議に思ってた人もいるかもしれませんね。まぁ解説していきましょう。

この世界における艦載機とは、深海棲艦と艦娘では性質が違います。今回はそこら辺の解説になります。

まず艦娘側の艦載機です。これは人と契約した精霊と言ったような役回りになります。艦載機は隷属する艦娘の指示に従って行動し、艦娘側は偵察機を運用する際、契約の対価(ギフト)として偵察機から見える光景を“視る”事が出来ます。物語一番最初の方で紀伊が最初の出撃をした際、木曽がやっていたのが具体的ですね。

因みにギフトとは言っても無条件で出来る訳ではなく、無線でのやり取りがあるのは、情報を共有しなくては艦娘側が認識出来ない為です。その代わり艦娘側が認識さえすれば、艦娘は念話により妖精さんと交信する事で情報のやり取りが出来ます。

一方で、深海棲艦の艦載機は自動兵器(オートマトン)型の使い魔と言う所で、敵を発見した場合自動探知で母艦に伝え、母艦側は監視カメラを見る様な感じで見ています。また攻撃AIを備えており、これが起動した場合敵の位置と速力、針路を自動分析し、脅威度の高い敵を判定し攻撃に移ります。

自己に対する危険度が最も高い目標を優先して攻撃する為、下手に撃つとかえって狙われる傾向にあります。なので艦隊全体で狙いを分散させる事も可能ではあります。航空機型深海棲艦機も同様の立ち位置で、これと汎用型深海棲艦機(タコヤキほか)の差は、汎用型は様々なウェポンパックを換装する事で全ての任務に対応するのに対し、航空機型はそうした汎用性を持たない事です。(B-19型は爆撃のみ、P-39型は制空戦闘と少量の爆装など)

因みに両陣営の艦載機は共に対応する霊力を持っている点は艦娘や深海棲艦と変わりません。航空機型と艦娘の艦載機は外観の違い(黒地にオレンジのヘキサゴンを敷き詰めたデザイン)で識別されます。挙動は全く変わらない為、偽装されると全く見分けがつきません。


今回は以上となります。

青葉「汎用型は深海棲艦戦とかの事ですよね?」

せやな。ただ、空母側で同時に携行するウェポンパックの定数が決まってるらしいのよねん。だから全部戦闘機と言う事態は例がないっちゃぁない。今後は分からぬ。

青葉「分からないんですね。」

そりゃそうでしょう。敵さんの事情はその時々で違うんだから、発想が転換されれば変わる事もあると思うよ?

青葉「それは確かにそうですね。」

では本編行きましょうか。

青葉「大本営からの命令で過去例を見ない現地残留命令を受けた横鎮近衛艦隊、果たしてここからどの様な展開を見せるのか!?」

スタートです!


2054年2月後半、横鎮近衛艦隊は与えられた命令に従い、ラバウル基地の艦内であるデューク・オブ・ヨーク島沖に停泊していた。

 

未だにラバウルは空襲を受けていたが、以前より頻度は下がっており状況は好転していると言えた。既にブーゲンビル島周辺部は制圧されており、新基地の新設準備が開始されていた。

 

2月23日、サイパンで補給を終えた給糧艦伊良湖と護衛の第十七駆逐隊が、新任の艦娘と共に鈴谷へと戻って来た。

 

 

2月23日10時35分 重巡鈴谷下甲板後部・艦娘発着口ハッチ

 

提督「お帰り伊良湖、艦娘達もお待ちかねだったぞ。」

 

伊良湖「まぁ想像は付きますけどね・・・。」

 

提督「そうだな。浜風達もお疲れ様。」

 

浜風「第十七駆逐隊、任務を完遂しました!」

 

提督「うん。では、護送して来た新任の艦娘達に自己紹介をお願いしようかな。」

 

「お初にお目にかかります。航空母艦、天城です。宜しくお願い致します。」

 

「練習巡洋艦、香取と申します。艦隊の教導は、私にお任せ下さい。色々と優しく、指導させて頂きますから。」

 

「早霜、着任しました・・・。」

 

提督「3人とも宜しく頼む。それにしても香取が来てくれるのは助かるな、訓練の効率がグッと上がるだろう。今から期待させて貰おう。」

 

香取「ご期待に沿えるよう、務めさせて頂きますね。」

 

提督「俺も久々に航行姿勢とか見直そうかな・・・?」

 

香取「えっ・・・?」(困惑)

 

まぁ困惑されるのは当然である。

 

早霜「随分、賑やかなのね。」

 

提督「ま、それが取り柄さね。」

 

早霜「そうなのね、憶えておくわ・・・。」

 

提督「・・・?」

 

その反応に彼は少し不思議そうな顔をしたが、特に気には留めなかった。

 

雲龍「あら、天城なの?」

 

天城「雲龍姉様! ちょっと、宜しいですか?」

 

提督「構わんぞい。」

 

天城「はい! 姉様、お元気でしたか?」

 

雲龍「えぇ、こうして元気にしてるわ。来てくれるか心配したけれど。」

 

天城「こうして来ました。」

 

雲龍「えぇ、そうね。嬉しいわ。」

 

提督「―――。」

 

姉妹同士、やはり再会すると言うのは、お互いに嬉しい事なのだろう。それを見ていると、提督である彼も、なんだか少し嬉しくなるのである。

 

 

「どうも、速達便です!」

 

提督「!?」

 

唐突に外から声が聞こえたので驚く直人。

 

見るとそこには・・・

 

明石「あっ、提督!」

 

提督「明石か!」

 

明石「やっと終わりました。お返し致します。」

 

明石が曳航して来たのは、巨大艤装『紀伊』改であった。コンテナによって隠蔽されており、艀を使って曳航して来た様である。

 

提督「―――あぁ、ありがとうな。搬入を開始しようか。」

 

明石「了解です。」

 

提督「運び込んだら早速見させて貰おう。」

 

明石「分かりました。」

 

明石はこれまで、改修作業の為サイパンに残留していたのである。ついでにラバウルで活動する為の地上機材を運搬して来てもいるのだった。

 

提督「暫くはこっちで過ごす事にもなるからな、気が利いてて助かるよ。」

 

明石「恐縮です。では早速設置作業を指示しておきますね。」

 

提督「ん、お願い。仮拠点設営ってとこやね。」

 

明石「ですね。」

 

提督「安全第一で頼むぞ~。」

 

明石「勿論です、では早速。」

 

そう言うと明石はそそくさとデューク・オブ・ヨーク島に向かうのだった。

 

提督「・・・まぁ、取り敢えず香取は神通さんに慣熟訓練だけ受けといてね。終わったあとで正式に辞令渡すので。」

 

香取「分かりました。」

 

提督「あとの面々は直近の訓練から合流するように手配しよう。大淀も金剛もここにはいないが俺から話は通しておくから。」

 

天城・早霜「「了解。」」

 

提督「まぁ訓練の横で慣熟訓練からだろうけどね。それについてもまずは見て貰った方がうちの訓練のやり方も分かるってもんだろうし。」

 

天城(それはちょっと不安になる言い回しですね・・・。)

 

不安を覚えない訳がない言い回しであったがその不安はある意味的中する。戦前方式の実戦反映式の訓練であるからだが・・・。

 

 

その後鈴谷への艤装の搬入と、明石による仮設基地の完成を待って翌日になり、彼は新装した巨大艤装紀伊と対面する事にして明石を呼びつけた。

 

 

2月24日8時15分 重巡鈴谷中甲板艦首部・巨大艤装格納庫

 

提督「ふむ・・・これが・・・。」

 

対面した艤装は、以前より少しスリムになった印象を受けた。

 

明石「主砲を腰部に移設、可変ギミックを除いた事により背部艤装が兼ねていた主砲用バックパックを縮小、腰部艤装も縮小しまして、一部機能を背部から展開する方式に改める形で移設しました。またこの改修に伴い背部艤装を改修し、51cm砲と80cm砲の接続およびジョイントを改良し、合理性を向上させました。また副砲座の重量削減もしました。」

 

提督「重量削減についてはどの程度になる?」

 

明石「これだけで1割以上マイナスになりました。」

 

提督「ほう、かなり無駄が多かったらしい。」

 

明石「ですが、背部艤装に展開用のジョイントを設けましたので、その分の重量が割増しになりました。」

 

提督「それは止むを得んだろうな。その分を主砲でバランスを取ったのだろう?」

 

明石「はい、主砲の重量に起因するノーズヘビーの傾向を打ち消した形になります。」

 

提督「で、武装の方はどうなっている?」

 

そう聞くと、明石は目を輝かせながら説明を始める。

 

明石「顕著なのは航空艤装です。これまでの運用データを基にしまして仕様を大幅に改良、重量の調整とより大重量の航空機運用に耐えるだけの強度を持たせました。発艦速度は従来通りですが、重量の軽減と、新型機運用能力の改良を行っています。」

 

提督「それはありがたいな、搭載機に変更はないのか?」

 

明石「御慶び下さい。我が造兵廠が技術局と共同して研究していた噴式景雲改のジェットエンジンの研究改良が完了しまして、震電改への実装に成功しました!」

 

提督「なんだとっ!? つまり・・・!」

 

明石「“噴式震電改”です!」

 

提督「それは凄いな、紀伊の制空能力がこれで向上するぞ!」

 

明石「これまで以上に、制空戦闘を優勢に進められると思います! あと噴式景雲改にも同様の新型ジェットエンジンを搭載しまして、機体改修も併せ性能が向上しています。」

 

提督「やれやれ、気合入ってるなぁ・・・。」

 

因みに言って置くと、震電は元より積んでいるが、元々噴式(噴式震電)である。つまり噴式震電改とは「噴式機としての震電改」と言う所から命名されている。

 

明石「主兵装に関しましては、80cm砲を改修しまして、長砲身化とそれに伴う改修を施しました。これにより砲戦射程が改良されています。」

 

提督「具体的には?」

 

明石「120cm砲が大凡有効射程3万5000ですが、同等の有効射程を得ました。」

 

提督「成程、それは凄いな・・・遠距離砲撃の際火力不足を痛感していた所だ、素直にありがたい。」

 

明石「あと、特殊潜航艇蛟龍も、母艦上からの洋上運用にある程度適応するよう改良を加えてあります。それに陸戦部隊も戦車を更新しました。」

 

提督「へ? ただでさえ四式中戦車(チト)だったのに?」

 

明石「今度は五式中戦車(チリ)です!」

 

提督「マジかよッ!?」

 

やってくれちゃったよ・・・。(by作者)

 

提督「75mmの半自動装填装置付きか・・・うん、強いな。」

 

明石「そうでしょう?」

 

提督「まぁ、いいんじゃないかな。」

 

明石「それからバーニアの改良も行いまして、これの小型高出力化にも成功しています。これにより重量削減に成功した他機動力もアップしています。」

 

提督「軽量化と機動力向上で一石二鳥だな。早速動かしてみていいか?」

 

明石「勿論です。」

 

提督「では早速。」

 

そう言うと、彼は艤装スタンドに固定されている自身の艤装に向かい、いつも通り腰部艤装と背部艤装で自身の霊力回路と艤装の霊力回路を一体化する。するとその作用で艤装が体に吸着し、同時に重量軽減作用が働き、いとも容易く彼はその状態で身動きが取れるようになった。そのままだと1トン以上の鉄塊である。

 

提督「んー・・・やっぱりちょっと動かないな・・・。」

 

明石「まぁ、確かに霊力回路も敷き直しですからね・・・。」

 

提督「そう言う時は流してみるに限りますな。―――!」

 

直人は自身の霊力を新しい霊力回路へゆっくり押し込むように流し込む。すると回路の通り方がだんだん把握できてくると同時に、艤装も機能する様になってきた。

 

提督「―――ッ! はぁ・・・はぁ・・・。」

 

明石「どうされました?!」

 

提督「ハハ・・・流石に規模の大きい艤装だからね、少し時間がかかりそうじゃな。」

 

明石「あぁ・・・成程・・・。」

 

流石の直人でも適応に手間取る始末であった。

 

 

12時24分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

提督「ちょっと飯早かった気もせんでもないなぁ・・・。」

 

直人は食後の余韻に浸っている所だった。

 

提督「―――。」

 

近くでは金剛と鈴谷が別々に食事をとっている所であった。

 

川内「提督~。」

 

提督「ん、やぁ川内。」

 

川内「夜戦まだ~?」

 

提督「藪から棒にどうした。」

 

川内「最近夜間の水上戦闘やってないなぁって。」

 

提督「俺が決められる訳でもねぇしな。」

 

川内「でも提督は結構な頻度で“夜戦”をやってるって聞いた事があるよ?」

 

提督「ブッ!?」

 

金剛「―――。」ピクッ

 

鈴谷「―――。」ピクピク

 

中々唐突に凄い爆弾が飛んで来たと直人は思ったものである。

 

提督「その夜戦は意味が違うだろう・・・。」

 

川内「え、そうなの?」

 

提督「えぇ~・・・。」

 

川内「それはいいとして、ちょっと提督に話があるんだけどさ。」

 

提督「ん? 珍しいな、どうした?」

 

川内「その・・・ちょっと内密な話でさ。」

 

提督「まぁ、カウンセリングは提督の仕事だな・・・来なさい。」

 

川内「うん。」

 

そういうと直人は席を立ち、川内を伴って食堂を出る。

 

 

提督「それで? 内密ってのは?」

 

川内「その前に一つ気になっちゃった、提督の言われてる“夜戦”って?」

 

提督「まぁ夜戦には違いないわな。男と女が夜に汗水流す、夜の戦いじゃな・・・。」

 

川内「え、えっと・・・い、いやいや、決してそう言う話じゃないからね!?」

 

提督(変なフラグ立てたかな俺・・・。)

 

川内「と、取り敢えず、二人きりで話したいんだけど、いいかな?」

 

提督「―――分かった、俺の部屋のキー渡すから、先行って待っててくれ。」

 

川内「分かった。」

 

直人が懐から艦長室のキーを取り出して渡すと、川内は前檣楼のエレベーターに向かうのであった。

 

提督「・・・。」

 

大淀「提督?」

 

提督「大淀か、いい所に来た。」

 

大淀「なんでしょう?」

 

提督「今からちょっと川内のカウンセリングをするが、その間艦長室に誰一人入れるな。」

 

大淀「はぁ・・・了解しました。」

 

提督「いいか、誰一人入れるなよ?」ズイッ

 

大淀「は、はい。」

 

直人は大淀にそう厳命すると、川内の後を追う様にエレベーターに向かった。

 

大淀「・・・??」

 

一方訳が分からない大淀であった。

 

 

~艦長室~

 

・・・で

 

提督「随分珍しいが、俺に話とは何だ?」

 

川内「その前に、一つ約束して欲しいんだ。」

 

提督「―――聞こう。」

 

川内「この話は誰にも話をしないで欲しいんだ。金剛さんや鈴谷、大淀さんにも。」

 

提督「金剛達にもか?」

 

川内「うん・・・杞憂だったらいいんだけど、この話は艦娘達にとって悪い話だと思うんだ。少なくとも、龍田以外には話さないで欲しい。」

 

提督「・・・分かった。」

 

川内「―――実は最近、洗脳されていた時の記憶が、少しずつ戻って来てるんだ。」

 

提督「―――!」

 

川内は元独立監査隊の諜報人員である。以前直人を暗殺すべく艦隊に潜入したものの逆に返り討ちにされた所を、如月が偶然開発していた洗脳装置のリバース機能を使い、洗脳を解かれ帰参した艦娘である。因みに洗脳機能は開発直後に直人により凍結された為、洗脳解除装置と化している。

 

川内「その時、あれは確か独立監査隊の幹部だったと思うんだけど、“例の計画”がどうとかって言っていた記憶があるの。」

 

提督「独立監査隊がか・・・?」

 

川内「うん、その計画の進捗について話してるみたいだった。」

 

提督「妙だな・・・。」

 

川内「ここまで言って置いてなんだけど、私が思い出せるのはここまでなんだよね。」

 

提督「いや、それだけでも十分引っ掛かる所が多い。独立監査隊は、憲兵では摘発する事が出来ない我々を監視する事の筈だ。それがなぜ独自の計画を行わなくてはならないのか。」

 

そう、ただの国家警察的権力組織であれば、何も独自に自分達のプロジェクトを立ち上げる必要はないのである。やる事は決まっているし、そんな必要は何処にもないのである。

 

川内「独立監査隊は、艦娘達を洗脳し、諜報人員に仕立て上げてるけど、なまじそれだけに、何をするか分からない。」

 

提督「だから念の為に俺に知らせてくれた、と言う訳か。」

 

川内「本当に悪い事なら、止めないと。」

 

提督「本当にも何も何度か殺されかけてはいるんだけれども。まぁそうだな、龍田とも相談しよう。」

 

 

~その頃~

 

 

12時39分 横浜市街・ホテルの一室

 

「そうか、あの男は無事息災か。」

 

「えぇ。今回の作戦では裏方に徹して前線には出なかったわ。」

 

横浜市街地の路地裏に、黒装束の男と話し込む龍田の姿があった。彼女は柑橘類中佐に頼み込み、一式陸攻二二型乙で横浜に来ていたのである。目的は、とある独立監査隊幹部に接触する為であった。

 

龍田「でも損害も結構出てたみたい。大破艦が6隻はでたようだし。」

 

「ほう、最近は敵の増強に対し力不足の感が出ているようだな。」

 

龍田「そうね、彼も頑張ってはいるけれど、正直後手後手に回っている感じが強いわね。」

 

「所詮はただの艦娘艦隊、と言う訳か。」

 

龍田「まぁ仕方がないでしょう。それより・・・」

 

「なんだ?」

 

龍田「あなた、妙な話を聞いたわよ? 何やら極秘のプロジェクトに関わってるそうじゃない?」

 

「・・・そんなものは知らんな。」

 

龍田「あらぁ~、確かな筋から聞いた話なのだけれど・・・。」

 

「どこから聞いたのか知らんが、そんなモノがある訳がないだろう。第一我々の職権にはない事だ。」

 

龍田「そんなに隠さなくてもいいじゃない。私とあなたの仲ですもの、少しぐらい、教えてくれたって―――」

 

そう言うと、龍田は来ている服をはだけさせる。

 

「・・・っ。」

 

龍田はボディプロポーションもすこぶるいい。それこそ男が夢想してやまない程だ。それに魅了されないとしたら、それは男の好みの問題だろう。龍田は自分が生まれ持ったものを、最大限活用しているに過ぎないのだった。

 

それは置くとしても、龍田は独立監査隊とのパイプと通じて、川内が言ったような怪しい計画がある事を知っていた。この時の接触はそれを探る為のものであった。そして龍田は確かに諜報部員だった。それを得る為には自身の性をも、利用したのであるから。

 

 

龍田(―――バカな男たち。まだ提督とやり合った方が張り合い甲斐があると言うものだわ。)

 

表通りを歩きながら、龍田は思った。ひとたび金と快楽を手にした者は、それを永続的なものにしたがる。心の弱いものや境遇の弱い者ほど、そうなりやすい。だがそうした者達は総じて退廃的かつ退嬰的であり、利己心だけが育って行くようになる。そうした者達程、利用されやすいものは無いのであった。

 

その点直人は聡明で活気に満ちている。少しダメで無謀な所もあるが、それでも龍田とやり合うには十二分に相応しい好敵手たり得るだろう。

 

龍田(帰りましょうか。この町なんかに、いる意味は余りないわ。)

 

龍田はそう決め、足取りを早めるのだった。

 

 

2月26日18時21分 重巡鈴谷前甲板

 

その時彼は、ラバウル第1艦隊との懇親会を終えて鈴谷のタラップを上った所であった。

 

矢矧「あら、提督じゃない。おかえりなさい。」

 

提督「おう、ただいま。」

 

矢矧「大淀が探してたわよ?」

 

提督「あ、マジで? どこ行ったか分かる?」

 

矢矧「確か装載艇の方に行ったと思うけれど・・・。」

 

提督「・・・ヤバイな、入れ違いになりかねん。有難う!」

 

そう言うと直人は大慌てで走り出すのだった。

 

矢矧「フフッ、忙しい人ね、相変わらず。」

 

その後ろ姿を、矢矧は笑いながら見送るのだった。

 

 

軽い短距離走を経て、直人は何とか大淀を装載艇の搭載位置で見つけた。

 

提督「大淀~!」

 

大淀「あっ、提督!」

 

提督「探してたって話だけど、どうしたんだい?」

 

流石と言うべきか、直人は呼吸一つ乱していなかった。

 

大淀「そうなんです、大本営から通信です。」

 

提督「だと思ったよ。大淀が探すとしたらその位だしな。で、内容は?」

 

大淀「命令文ですが、至ってシンプルです。」

 

提督「そうなんか、珍しいな。」

 

大淀「はい。“ガタルカナル方面の敵勢力に、不穏の動きあり。先制してこれを一撃すべし”との事です。」

 

提督「成程、確かにシンプルだ。装載艇を出そう、大淀も来たまえ。」

 

大淀「分かりました。」

 

彼は戻って早々、ラバウル基地司令部に向かったのである。

 

提督(やれやれ、そう中々、楽はさせて貰えないらしい・・・。)

 

そう考えて、彼は苦笑してしまったのだった。

 

 

19時37分 ラバウル基地司令部・会議室

 

直人は会議室に通されて少し待たされた。

 

提督「やれやれ、慌ただしい事だが、まぁ命令ならね。」

 

大淀「そうですね。」

 

 

ガチャッ

 

 

佐野「やぁ、待たせたね。」

 

提督「いえいえ。」

 

佐野「それで、私に御用と言う事だが?」

 

提督「率直に申し上げますと、ガタルカナル方面の状況を。」

 

佐野「説明して欲しい、そう言う所かな。」

 

提督「恐れ入ります。」

 

佐野「まぁこの方面に一番詳しいのは我々だからね、頼ってくれて嬉しいよ。」

 

提督「率直に、今の状況はそれほど変化していないと見て宜しいですか?」

 

佐野「いや、多少は我々に優勢になっているかな。攻撃の手をガ島に集中出来るようになったのは大きいね。ただ、全体として構図は変わっていない。」

 

提督「成程。それで、敵の動きの兆候は見られますか?」

 

佐野「敵の持つ機動部隊がツラギにいる。これが最近俄かに“北へ向けて”動き始めているようだね。」

 

提督「北へですか?」

 

佐野「うん。どうやら、トラックへ再度攻撃をかける腹の様だね。」

 

提督「成程、つまり我々はこれを叩けばいい訳ですか。」

 

佐野「そうだね。恐らく大本営からは“不穏の気配”としか言ってないだろうけど、通報したのは他ならぬ私達だからね。」

 

提督「つまり、我々も頼られている訳ですな。」

 

佐野「頼り頼られ、それでいいのさ。人間社会と言うものはね。」

 

提督「分かりました、お引き受けします。すぐに準備を行い出撃したいと思います。」

 

佐野「うん、頼むよ。無事に帰って来る事を祈ってるよ。」

 

提督「はい、ありがとうございます。」

 

佐野「まぁ、例の如く、楽に勝とう。」

 

提督「そうですね。では―――。」

 

そう言うと彼は軍帽を被り直し、会議室を後にしたのだった。

 

佐野「・・・彼も大変だね。」

 

由良「あの方々は特別ですからね。」

 

佐野「“特別”ね。自分達が特別扱いされると言うのは、果たしてどんな気持ちなんだろうね。」

 

佐野海将補はふとそう考えていたのだった。

 

 

20時18分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「―――今から2時間前に軍令部から新たな命令が届いた。これに基づき、我々はいよいよガタルカナル方面へ出撃する事になった。」

 

それを告げた途端、ブリーフィングルームにはどよめきが走る。

 

提督「静かに。差し当たってはガタルカナルへの直接攻撃ではなく、出撃してくる、或いは出撃しようとしている敵艦隊に先制の一撃を加える事が目的となる。本格的な攻撃はその後になる筈だ。」

 

それを聞いて再び室内がざわついた。

 

提督「はいはい静かに。今回はソロモン諸島の北方海域に進出して、北へ向け出撃を試みようとする敵艦隊を先制攻撃によって消耗させる事が目的だ。もしかしたら反転して中止してくれるかもしれない。」

 

赤城「敵艦隊の編成についてはどの様な物でしょうか?」

 

提督「出撃して来ようとしているのは機動部隊であるらしい。君ら機動部隊の出番となるだろう。よって今回第一艦隊はラバウル沖で天城らと共に訓練となる。要請があったらばラバウル第1艦隊と演習でもしてやると良かろう。」

 

大和「致し方ありません、了解致しました。」

 

提督「第三艦隊と第一水上打撃群は出撃だ、直ちに準備に移って貰う。差し当たっては以上だ、第三艦隊と一水打群の幕僚は残ってくれ。解散して宜しい。」

 

直人の言葉で艦娘達は各々のタイミングでブリーフィングルームを後にする。

 

提督「・・・さて、どの辺で迎撃しようか。」

 

瑞鶴「航空隊での攻撃だったら、位置を限定する事は難しいけれど、ツラギの北西海上が発進地点になると思う。」

 

提督「そうだな、その辺りが妥当だと俺も思っていた。できるだけ早い方がいいだろうしな。」

 

金剛「敵が出撃してこなかったらどうするんですカー?」

 

提督「その時はツラギ空襲よ。」

 

瑞鶴「その方が楽だものねぇ~。いっそそうなってくれないかしら。」

 

霧島「相手もある事です、そう上手くはいかないでしょう。」

 

提督「そうだな、楽を出来るに越した事は無いが。」

 

霧島「相変わらずですね。」

 

提督「まぁな。兎に角、今回はガタルカナル直接攻撃を行うつもりはないと言う事だけ、覚えておいて欲しい。」

 

金剛「OKデース。それが分かっていれば、作戦も立てやすいネー。」

 

提督「第一艦隊を編成から外したのもそれが理由だ。決戦ではないからね、あくまでも敵に対する先制攻撃が目的だから、一撃したら離脱する訳だ。」

 

瑞鶴「一撃かけるだけ、か・・・。」

 

提督「不満かい?」

 

瑞鶴「そうじゃないけど、やっぱりね・・・。」

 

提督「まぁ言いたい事は分かる。いや分かるつもりだ。だからこそ、敢えて頼むんだ。」

 

瑞鶴「・・・分かった。」

 

一撃しか加えられない作戦、士気に対する影響はやはり避けられない。しかしながらこの艦隊、いっつもこんなんである。なので慣れっこであるわけだ。

 

榛名「それで、具体的にはどうしますか?」

 

提督「ツラギ方面への偵察を強化、同時にその北方も哨戒網に入れ、出撃してきた場合に備える。但しツラギ偵察は24時間遅らせる。」

 

瑞鶴「え、なんで?」

 

提督「キツツキ式に出てこられると困るからさ。」

 

榛名「・・・成程?」

 

提督「・・・つまりさ。敵に偵察した事がバレると、いらん奴まで呼び寄せるからさ。」

 

榛名「それも叩ければ、一石二鳥ではないですか?」

 

提督「いや、今回は長期戦は避けたい。あくまで敵に先制の一撃を与える事だけが今回の目的だからね。そして、あわよくば敵の目論みを中断させたい訳だ。」

 

榛名「成程・・・。」

 

瑞鶴「その分、組織化された一撃が必要だね。」

 

提督「うん、きちんとした索敵と、火力の集中が今回の決め手となってくれるだろう。壊滅させなくていい、敵の致命部に一撃を加えてくれ。それには君らの力が必要だ、瑞鶴。」

 

瑞鶴「うん、任せといて!」

 

提督「期待させて貰う。一水打群は今回第三艦隊の護衛だ、それだけ覚えて置いてくれ。」

 

金剛「出番は無さそうデスネー・・・。」

 

提督「すまないが頼む。対空防御位はやって貰うぞ。」

 

金剛「了解デース!」

 

作戦案は至ってシンプルで、様々な想定が為されるような状況でもないが、それでも洋上遭遇戦などいくつかの状況が想定され、それらに対する対案が考案されていった。それでも普段やる事とさして変わりはない。

 

 

提督「よし、まぁこんな所だろうか?」

 

瑞鶴「そうね・・・。」

 

気付けば、時計の針は24時になろうとしていた。因みに重巡鈴谷に掛けられている時計は全て軍事時計(24時間時計)である。

 

提督「よし、夜分遅くまでご苦労様、今日は散会としようか。」

 

金剛「そうデスネー・・・眠いデース・・・。」

 

提督「俺も疲れたよ・・・休ませて貰おう。」

 

榛名「そうしましょう、皆さん、また明日。」

 

瑞鶴「えぇ、頑張りましょう。」

 

霧島「はい。その為にも、英気を養う事にしましょう。」

 

こうして夜の作戦会議は終了したのである。とは言うものの4時間かかっていないのは、それだけ構図が単純だったからである。だが単純なだけに本質を見失いやすい事を除けば、この作戦案は可もなく不可も無いものだと言えた。

 

 

2月27日7時31分 ラバウル基地司令部・補給部

 

この日の朝、彼はある書類を渡す為ラバウル基地司令部の補給部門を訪れていた。

 

提督「当艦隊の出撃報告用の書類を持参しました。ご査収の上事後処理及び、必要な措置について大本営に問い合わせの上行って頂きたく願います。」

 

担当将校「承知しました。ご武運をお祈りしております。」

 

提督(何とも迂遠な事ではあるが已むをえまいて。)

 

実はこれには深い訳がある。と言うのは、実は出撃した際、消費する燃料や弾薬はその一部分が補填される形式になっているからである。サイパンにいる時はファックスで済ませていたし、幌筵やペナンでは協力を拒まれるか、密接な連携によって行動していたため必要とされなかったが、ここラバウルでは状況が異なっていたと言える。

 

ラバウル基地の部隊はまだ態勢が整えられておらず、故に横鎮近衛艦隊に対し有効な支援を行える状況ではない為、大本営への窓口代わりになっていた訳である。

 

で、消費物資の補填に関する制度は、ともすれば膨大になりがちな艦娘への補給を支援する為の制度であり、その補填は、艦隊全体の保有隻数を100とした、出撃艦数の割合に応じた量が補填されるようになっている。

 

より具体的には、出撃艦数が総数の10%の場合、出撃した艦の搭載する物資の5%が補填されるようになる。総力出撃ならば出撃全艦の燃料弾薬の50%までが、大本営から補填される為消費が実質半減する訳である。これが大型艦の同時多数運用を容易にする為の制度である事は良く分かるだろう。

 

 

8時10分 重巡鈴谷右舷タラップ

 

大淀「お戻りになられましたか。」

 

提督「いやぁ、ホンマ朝から大変やで全く。」

 

大淀「関西弁になってます・・・。」

 

提督「実際関西圏出身だし?」

 

大淀「微妙な線でしょう・・・。」

 

提督「新宮だから確かにそれ言われると痛い。」

 

※関西圏とは「京への関の西」=『関西』なのだが、三重と和歌山は結構微妙なラインで、この二県を関西に含めるかは結構議論になっている。厳密に言うと三重の場合は、丁度半分位の比率で関西と関東が分かたれている状態になっている。

(和歌山の事情を知らないので識者の方がおられましたらコメントで残して頂けましたらここに追記します)

 

大淀「では作戦準備の方をいたしましょう。」

 

提督「そうだね。」

 

直人は大淀に促され、休む暇もなく出撃の準備に移るのだった。作戦前せわしないのはいつもの事だが、この時ばかりは一際忙しかったのは傍から見ていても明らかだったようである。

 

 

2月27日14時02分、重巡鈴谷がラバウルを出港した。出港方向は例の如く南東へ、外洋へ出るとニューアイルランド島の沿岸に沿って北東に舵を取った。ただ、その装備は偶然その任務の特性と合致してはいたが、サイパンへと戻った訳では無かった為前回と同じく航空巡洋艦仕様であった。ただ今回の搭載機は防空に特化せず瑞雲を3機に増やしている。

 

 

そして、ブーゲンビル島北方の敵潜水艦哨戒線を潜り抜け、太平洋を只管進んでいく。

 

2月28日10時07分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「どうにか予想された哨戒線は抜けた様やな。」

 

瑞鶴「あとはどうにかガタルカナル北方に展開するだけね。」

 

提督「あぁ・・・問題は・・・。」

 

瑞鶴「な、なによ?」

 

提督「敵が俺達にラバウル出航にいつ気づくかさ。」

 

敵は依然としてガ島方面からラバウルへの空襲を続けている。その関係上、爆撃を行った敵機から敵が情報を得るまでの時間的なラグが彼には気になっていたのである。

 

瑞鶴「成程ね・・・。確かに、遅い方がいいわね。」

 

提督「そう言う事よ。ただ、割と頻々(ひんひん)に空襲警報が出てる事を考えるとね、そこまで遅くなることは考えにくい。」

 

瑞鶴「2日に1回は必ず鳴るものね・・・。」

 

大体やって来るのはガタルカナルを出撃した重爆の編隊であるが、時々敵機動部隊の小型機が混じっている事もある。今回先制打に打って出たのは、この深海棲艦隊の機動部隊を一時的にでも黙らせる事にあったと言える。つまるところ、敵の策動を押さえつけると言うのは副目的である訳で、大本営とラバウル基地の意図もそこにあった。

 

ただ、ラバウル進出当初は、ブーゲンビル方面から小型機が来襲する事も珍しくなかった為その頃よりはマシであった。

 

そしてもう一つブーゲンビル島方面の制海権は既に艦娘艦隊が押さえていたが、基地を建設するにはソロモン方面に対して楔を打ち込み、かつそちらに彼らの目を引き付ける事が必要だった訳だ。これからすれば、敵機動部隊を黙らせる事すらもが副目的であり、その本題は人類の戦線前進にあった訳である。

 

提督(あの人は・・・俺の目は節穴じゃないぞ全く。)

 

直人は、その動きを知っていた。と言うのは出撃の数日前、北部ニューギニアへと向かったラバウル基地建設隊とは別に、輸送船団が入港したのを知っていたからだ。更にその積荷に彼は見覚えがあった。と言うのは、それと似たようなものを彼は以前トラック(チューク)環礁で目撃していたからである。

 

瑞鶴「取り敢えず、今は前路哨戒ね。」

 

提督「あ、あぁそうだな。」

 

瑞鶴「・・・フフッ、それじゃ、私は戻るわね。」

 

提督「・・・おう、ご苦労様。」

 

そう言って瑞鶴はブリーフィングルームを出た。

 

提督「・・・佐野海将補、相当食わせ者だな。」

 

一部の者からすればお前にだけは言われたくないと言わんばかりの言葉を発する直人であった。

 

 

その頃ラバウルはガタルカナルからの空襲を受けており、基地側の40分程度の防空戦の末に敵はその目的を果たせなかったものの、湾内に重巡鈴谷の姿が無い事を認めていたのである。

 

つまり彼が心配していた頃には、敵に鈴谷のラバウル不在はバレていたのであった。

 

 

14時15分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「なぁ明石よ。」

 

明石「なんでしょう?」

 

彼はふと思う所があって明石に声をかける。

 

提督「高速航行時でも艦娘を収容出来るように出来んものかな?」

 

明石「あー、私も一応似たような事を考えてはいるんですけどね・・・。」

 

提督「どうした?」

 

明石「ちょっと安全性或いは安定性、またはその両方が、欠如してまして・・・。」

 

提督「まぁ難しいよなぁ・・・。」

 

それもそうなのである。以前説明したように、艦娘と艦艇のノットは1.5倍以上の差がある。

※復習

艦艇の1ノット:時速1.852km=1海里

艦娘の1ノット:時速2.638km

 

重巡鈴谷と金剛が同じ10ノットで航行しても、金剛の方が時速約8km速いと言う事は、これをそのまま3倍にすると時速24km程も差が出てしまうのである。こうした環境下で艦艇への高速収容をしようとすると、どうしても艦娘の体が危険なのである。

 

ついでなので言ってしまえば、鈴谷の最高速力は無理をしない範囲では36ノット(66.672km/h)なのだが、艦隊最速の島風はそれを大きく上回る40ノット(艦娘ノット換算で105.52km/h)、なんと40km/h弱も差がつくのだから、そりゃ危険である。

 

明石「方法として幾つかある事にはあります。その一つがハインマットなのですが・・・。」

 

提督「ハインマットと言えば水上機の揚収方法の一つだな。」

 

ハイン・マットとは、長さ30m程の帆布(はんぷ)の幕を流し、その上に水上機を乗せてリールで巻き取り引き寄せてから、クレーンで釣り上げ収容すると言う水上機収容方法の一つである。

 

史実では大和型戦艦に搭載される予定だったが、性能が今一つで取りやめになっている。

 

提督「・・・クレーン収容は効率悪くない?」

 

明石「そうですね、それで安定性も今一つなので・・・。」

 

提督「まぁそうなるよねぇ。」

 

100隻を越す艦がいるのだから効率がどうしても気になるのである。それとこの方法でも艦尾の航跡波の影響をモロに受ける為、速力に制約が出てしまう。

 

明石「あとは舷側に昇降口を設けて曳索(えいさく)を用いて収容すると言う手もありますが・・・。」

 

提督「曳索をつなぐ手間。」

 

明石「ですよね・・・。」

 

提督「スキー場のリフト形式もなぁ。」

 

明石「減速し過ぎると危険ですし・・・。」

 

提督「さりとてハッチを開ける訳にもいかん。」

 

明石「高速航行しながらの開閉は艦のバランスを大きく崩す恐れがありますから。」

 

提督「そうなると、後は何かあるかな・・・?」

 

明石「昇降口を原則にも受けるアイデアの派生で、舷側部にウェルドックを設けると言うのもありますよ。」

 

※ウェルドック:揚陸艦に見られる装備で、喫水線直上の艦尾に扉を設け、その区画を注水する事により上陸用舟艇を収容する設備。海自のおおすみ型揚陸艦を始め日本にも一定数の装備艦がある。

 

提督「ガイドを設けてやれば安全性は高められるけどな、やはり舷側と言う事で安全性を考慮する必要があるのともう一つ。」

 

明石「防御面での問題、ですか。」

 

提督「そうだ。空間装甲なんて艦と艦の戦いではまず役に立たんからな。」

 

明石「小さなウェルドックでも、艦艇の防御上水線部に対しての敵からの攻撃を防げなくなるリスクがある・・・。」

 

提督「あの大型ハッチはああいう構造だからこそ船殻一体型の装甲を張れたが、ウェルドックともなるとそうはいかん。それに注水が必要な関係で艦のバランスと速力を損なう可能性も否定出来ない。」

 

明石「両舷同時に制御する必要がありますね・・・。」

 

提督「・・・そうだ、フォークリフト方式はどうだろう?」

 

明石「フォークリフトと言うと、倉庫の荷役に使うアレですか?」

 

提督「それ以外何があるんだ。あれの要領で、床板を艦娘達の足元に出してやってすくい上げ、艦内に収容するのさ。」

 

明石「・・・ちょっと考えて見ましょう。」

 

提督「そうして貰えると助かるのぜ。」

 

明石「はい!」

 

まぁ、色々と考えて見て、煮詰めていくのも大切な事である。

 

 

3月1日0時06分 ソロモン北方沖

 

~重巡鈴谷前檣楼・艦長室~

 

提督「zzz・・・」

 

 

ガサッ・・・

 

 

提督「すかー・・・」

 

 

~鈴谷左前方7km~

 

カ級「―――。」

 

航行する鈴谷を凝視する一対の眼。しかし“ソレ”が迂闊だったのは、鈴谷の目前で無線を打った事だった。

 

 

~艦長室~

 

提督「すー・・・すー・・・。」

 

金剛「“チャンスネー。”」ササッ

 

鈴谷「“そうだね。”」サササッ

 

提督「すー・・・―――ッ!」バッ ⇐かけ布団投擲

 

金剛「―――!?」

 

鈴谷「ちょっ―――!?」

 

 

ドサドサァッ

 

 

金剛「な・・・起きてたネー?」

 

提督「何がチャンスだドアホウ。何のチャンスだ、何の。」

 

鈴谷「そこから聞こえてたんだ・・・。」

 

提督「生憎と聞き耳はそれほど悪くないぞ俺は。」

 

鈴谷「さ、流石・・・。」

 

金剛「歴戦の提督は能力も段違いネー・・・。」

 

提督「当たり前だ、大体さっき床に入ったばっかしや。」

 

金剛「ヌ・・・!?」

 

鈴谷「ぬかった・・・。」

 

提督「だがあれだな、ここに来た目的は当の昔に見当がついている、夜這いだろ。」

 

金剛・鈴谷「「しかもバレてる(デース)・・・。」」

 

提督「やれやれだな・・・。」(⇐普通に怒っている)

 

ここで溜息を一つつく。

 

提督「だが“据え膳食わぬは男の恥”とも言うしな。お前ら、覚悟しろ。」

 

金剛「えっ、ちょっ?」

 

鈴谷「このパターンは・・・。」

 

 

「「あああああああ~~~~ッ♡」」

 

 

二人の渾身の夜這いがまさかの展開で逆転されたのであった。この後主導権を握られ続けた二人はものの見事にやられ続けたのであった。

 

但し作戦前であった為彼もほどほどにしたのであるが。

 

 

6時40分、横鎮近衛艦隊はこの日も索敵機の第一陣が担当艦から飛び立つ。その頃直人が羅針艦橋に上がった。

 

 

提督「おはよ~って、明石はまだいないのか。」

 

副長「――。(まぁそうですね。)」

 

提督「まぁええやろ。」

 

大淀「おはようございます。」

 

追う様に大淀がやってくる。

 

提督「うん、おはよう。」

 

大淀「敵信傍受班が昨晩、敵潜水艦の通信を捉えました。至近距離だったとの事です。」

 

提督「敵の哨戒線に引っ掛かったようだな。こちらも本格的に動くべき段階に来たようだ。」

 

大淀「そうですね。ところで、昨晩はお楽しみでしたね?」

 

提督「はいはい、その話は後でな。」

 

大淀「そうですね。」

 

物分かりのいい事である。

 

提督「艦隊に出撃準備を。索敵の結果次第では、今日戦闘になるかもしれんな。」

 

大淀「分かりました。」

 

実の所、この出撃はいつ戦闘すると言う事は定めていない。普段であれば突入予定だとかを定めて置くものなのであるが、今回は二つの攻撃方法が併存している為、いつ戦闘になるとは明記できないのである。強いて言うならばツラギ方面突入攻撃が視野に入る程度であるが、直人にとってそれは本意ではないのである。

 

提督「索敵行動を強化しろ、何処から敵が来るか分からんぞ!」

 

隼鷹「“了解~!”」

 

飛鷹「“分かったわ。”」

 

直人は索敵の強化を命じた。これは前路哨戒から、敵地方向への警戒強化を同時に示しており、これにより敵が迎撃に出撃した場合、どの方位に対しても発見・対応出来るようにしたものであった。

 

提督「念の為だ、鈴谷索敵機も出そう。ツラギ方面に3機全機だ。」

 

副長「! ―、―――!(了解! 飛行長、水偵射出準備!)」

 

明石「索敵は念入りに、ですね?」

 

提督「そう言う事だな、艦娘達にも今の内に体を休めて置いて貰わんと。いつ戦闘になるか・・・。」

 

大淀「ではその様に指示しておきますね。」

 

提督「うん。」

 

直人は適切と思われる措置を次々に実行に移すと、悠然と艦橋に留まって情勢の変化に備えたのである。

 

 

時は少し遡ってこの日の0時10分、鈴谷発見の報告はガタルカナル棲地を驚天動地の喧騒に変えていた。

 

飛行場姫「何?! あの巡洋艦がソロモン北方沖に現れた!?」

 

ヘ級Flag「ソノヨウデス。」

 

飛行場姫「まずい、奴らの目標は今度こそこの私よ、何としても阻止しなくては。」

 

「果たしてそうでしょうか?」

 

飛行場姫「―――!」

 

焦るロフトン・ヘンダーソンに異を唱えた者、それは―――

 

飛行場姫「ギアリングか・・・。」

 

駆逐棲姫「例の艦隊の動きは画一性を欠きます。常に新たな着想で新たな戦域にその姿を現しています。結果として我々はその動きを読み切れず、或いは全く関与出来ないままにやられ、しかも今のところやられっぱなしです。」

 

飛行場姫「それで?」

 

駆逐棲姫「常道から言えば往々にして、こうした行動は如何にも重要なポイントに攻撃を行うと考えがちですが、実際そうであった例は半々もあればいい方でしょう、と言う事です。」

 

飛行場姫「では今回はどちらだと?」

 

駆逐棲姫「恐らく“そうでない方”でしょう。我々の規模を把握出来ない程、例の艦隊は愚かではありません。事実彼らは私達を相手にせず、ポートモレスビーのみを集中攻撃して陥落させています。もし私達が初動で救援していれば、状況は変わっていたでしょうが。」

 

飛行場姫「っ・・・、まぁいい。しかしとんでもないタイミングに飛び込んで来たものだな、機動部隊の出撃する正にその日とは・・・。」

 

駆逐棲姫「むしろノースカロライナの機動部隊に迎撃させればいいでしょう。作戦行動のついでと言う事であれば・・・。」

 

飛行場姫「成程な、確かにその通り。いいでしょう、ノースカロライナは予定通り出撃させなさい。」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

ロフトン・ヘンダーソンは駆逐棲姫の進言を容れ、横鎮近衛艦隊に対し積極的かつ能動的な迎撃をしない事をこの時点で決定していた。しかし、これはこれで彼の狙った獲物が向こうから飛び込んで来る事になった訳である。

 

 

南方棲戦鬼「“例の艦隊”ね、ソロモン北方沖以来か。」

 

南方棲戦鬼『ノースカロライナ』は闘志を漲らせている。

 

南方棲戦鬼「だが、我が艦隊も練度に劣るとは思われない、質でも同等だろう、我が艦隊にも勝ち目はある。」

 

ノースカロライナは南西太平洋方面艦隊でも歴戦の部類に入る艦隊を率いている。即ち、彼女の指揮下にあるのは戦艦級127、空母級630を主軸とした、16TF(第16任務部隊(タスクフォース))なのである。

 

この16TFこそが南東戦線で問題になっている敵機動部隊である。周密で有効な一打をラバウル方面に加えている為、ラバウル基地も対応に苦慮している状況であり、よしんば接敵しても練度の高さから、人類側の『油断のならない相手である』と言う戦力分析は正しかった。

 

そしてこの16TFこそが、横鎮近衛艦隊が撃退するべき相手であった。

 

南方棲戦鬼「エンタープライズ! 索敵を怠るなよ、奴らは何処に現れるか分からんからな。」

 

ヲ級改Flag「承知しました。」

 

16TF所属空母の全てを掌握し、自身も第1群を指揮する航空母艦級深海棲艦ヲ級改Flagship『エンタープライズ』が、ノースカロライナの傍らで応じる。エンタープライズの名は、アメリカから数えれば十一代目に当たる。

 

 

九代目はジェラルド・R・フォード級原子力空母の3番艦(CVN-80)、十代目はその次級に当たる原子力空母、ウッドロウ・ウィルソン級の6番艦(CVN-91)として2048年に戦争による荒廃から来る不況の中で戦時体制下の量産により就役、2054年現在アメリカ最新鋭の空母の一つとして現役である。

 

因みに九代目エンタープライズは、2045年2月9日に起こったフロリダ沖海戦で撃沈されている。この時生還したエンタープライズ艦長が後年に「アメリカの技術の粋を集めた空母が、こうも呆気なく沈められてしまっては、国民に申し訳なく思うと同時に、合衆国はもうおしまいだと思った。」と手記に記した事は有名である。

 

なおイギリスから数えるとエンタープライズと言う艦名は十七代目に当たっている。

 

 

話を戻すが、この十代目エンタープライズも武勲に恵まれているのか、ノースカロライナの率いる16TFでは最古参のメンバーの一人である。ラバウル沖海戦では当時の高雄艦隊(現・トラック艦隊)を相手に戦果を挙げ、ソロモン北方沖海戦では横鎮近衛艦隊の猛攻を受け大破しながらも潜り抜けたと言う強運を持つ。

 

このため姫級であるノースカロライナからも一目置かれており、また口調から分かる通りオリジナルのエンタープライズである為スペックもその辺の量産型とは比較にならない。まず信頼されていると言っていいだろう。

 

南方棲戦鬼「雑魚の群れを叩きに行くよりは、強敵と会いまみえた方が甲斐があるに違いない。精々、期待させて貰うとしよう。」

 

だがこの時ノースカロライナの脳裏では、横鎮近衛艦隊とは「ソロモン北方沖で出くわした曲者」と言う程度の認識であり、「例の巡洋艦(or艦隊)」=「横鎮近衛艦隊」と言う結びつきが無かった事が悲劇を招く事になるのである。

 

 

8時20分 重巡鈴谷

 

提督「敵発見!?」

 

隼鷹「“しかも空母級がわんさかいるよ!”」

 

興奮した調子で報告してくる隼鷹。発見したのは紛れもなく16TFであった。

 

提督「で、位置は?」

 

隼鷹「“あ、えっと位置は・・・”」

 

飛鷹「“はぁ、全く。位置はツラギ北方160kmよ。どうする?”」

 

提督「そうだな・・・。」

 

直人は暫し考え込んでから決断を下す。

 

提督「ガタルカナルからの航空支援が気になるがいいだろう、全艦隊出撃! 空母を先に出せ、戦艦は最後でいい!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

提督「第一次攻撃隊は発艦準備完了次第発艦せよ! 手空きの空母は直掩機を出して上空警戒だ、一刻を争うぞ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「両舷ハッチ開放! ラバウルで取り付けた作動同調装置の実力を見せて貰おうか。」

 

明石「お任せ下さい!」

 

命令一下、鈴谷後部両舷にある艦娘発進口ハッチが開く。それまで作動が連動していなかった為高速での作動が不可能だった欠点が、今回ようやく解消されたのだ。最大戦速で疾駆する鈴谷から、次々と艦娘達が出撃する。

 

直人が下した命令は至ってシンプル、『攻撃せよ』であった。第二次ソロモン北方沖海戦は、横鎮近衛艦隊がソロモン諸島の北方800kmに陣取って敵を迎え撃つ形での戦闘となった。即ち、かつての大海戦、ソロモン北方沖海戦の古戦場に、彼と彼女達は戻ってきた訳である。新たな仲間達を加えて―――

 

 

南方棲戦鬼「もう発見されたのか、敵は近いぞ、索敵を強化して探し出せ!」

 

ヲ級改Flag「ハッ!」

 

南方棲戦鬼「600km圏内に奴らは必ずいる筈だ、見つけ出してやるぞ・・・。」

 

この時ノースカロライナは、艦娘艦隊の艦載機が作戦行動出来る半径を見誤っていたと言える。敵の性能が分からない場合は自分達と同等と想定するのが一般的だが、今回はそれが裏目に出てしまった格好になる。

 

それを知らないノースカロライナは、小躍りしてエンタープライズに索敵強化の指示を出していたのである。実際には16TFの空母から索敵機が追加発進を開始した頃には、横鎮近衛艦隊からの第一次攻撃隊140機が、既に一航戦各空母から飛び立っていたのである。これが8時27分頃の出来事である。

 

 

8時28分 横鎮近衛艦隊

 

瑞鶴「第一次攻撃隊、全機発艦完了!」

 

飛び去って行く一航戦攻撃隊を見送りながら瑞鶴が直人に報告する。総数140機、中には瑞鶴戦闘機隊の岩本小隊と、翔鶴戦闘機隊の岩井小隊も含まれている。

 

この時の一航戦装備機は三航戦に比べるとまだ弱体であり、天山一一型と九九式艦爆二二型を装備している。戦闘機は若干差異があり、翔鶴戦闘機隊(付岩井小隊)が零式艦戦二二型、瑞鶴戦闘機隊(付岩本小隊)が二二型甲を装備している。

 

二二型と二二型甲の差異はその武装であり、20mm機関砲である九九式が、一号三型銃(短銃身)を装備しているのが二二型、二号三型銃(長銃身)を装備しているのが二二型甲で、外見からも翼内銃の銃身が飛び出している為この二つを見分けられる。

 

提督「“ご苦労様、引き続き警戒を続けてくれ。敵機を発見したらすぐに報告するんだ。”」

 

瑞鶴「了解! ・・・ふぅ。」

 

翔鶴「瑞鶴、お疲れ様。」

 

瑞鶴「翔鶴姉、ありがと。」

 

翔鶴「良く晴れてるわね。」

 

瑞鶴「えぇ、本当に。でもここまで快晴だと、かえって見つかりやすいだろうなぁ。」

 

瑞鳳「余り早いのも考えものよね~。」

 

瑞鶴「動きにくくなっちゃうからね~。」

 

秋月「・・・。」( ̄∇ ̄;)

 

この時秋月は、(食堂で見た会話の雰囲気(ノリ)と同じだ)と内心思っていたのだった。まぁどこでもいつも通りなのが横鎮近衛艦隊であり、言わば自信と余裕の表明のようなところがあった事は確かだった。実際司令官がああなのだから艦隊にも伝播するのは当然だったのだが、ここ数戦張り詰めた雰囲気だったのも確かだろう。

 

※そもそもポートモレスビー攻略もMO作戦のやり直しに近い性格があった為、当時の参加艦艇を始め皆真剣にならざるを得ない

 

 

8時32分、進撃中の第一次攻撃隊から、次のような報告が第三艦隊旗艦瑞鶴へともたらされた。

 

“敵索敵機と思われる機影とすれ違った”と言うのである。

 

この報告はすぐに直人にも届けられた。

 

 

8時34分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「ふーむ・・・」

 

瑞鶴「“どうする?”」

 

提督「・・・先手を取ろう、見つからん方が良かろう。」

 

瑞鶴「“―――了解。”」

 

明石「でも提督、撃墜してしまったら、結局いる事が分かってしまうのではないでしょうか?」

 

提督「だがはぐらかせる、“正確な位置”はね。尤も、敵が攻撃されてる事を打電出来ぬまま撃墜出来たら、我々のここへの所在と言う情報は闇へと葬り去れるだろうがね。」

 

明石「はぁ・・・。」

 

提督「今はこれでいい、我々は積極攻撃を開始したばかりだからな。少しでも敵に発見されるまでの時間を遅らせるんだ。敵方へと徐々に接近しつつある現在、敵艦隊の索敵圏内へと我々は確実に接近しているのだからな。」

 

明石「はい。」

 

 

一方で、攻撃隊が敵索敵機とすれ違った事は、敵索敵機から16TFへも通報されていた。それは即ち、横鎮近衛艦隊の攻撃開始を静かに告げていたと言える。

 

~深海棲艦隊・16TF~

 

南方棲戦鬼「なに!? 敵編隊が我々に!」

 

ヲ級改Flag「どうされますか?」

 

南方棲戦鬼「―――レーダーピケット艦を前に出せ、戦闘機を上げていつでも対応出来るようにして置け! そう易々と、長距離航空攻撃を通すものか!」

 

ヲ級改Flag「はい! レーダーピケット艦、前へ!」

 

ノースカロライナも的確に状況を把握し指示を出していく。レーダーピケット艦とは、レーダーを主用して敵を索敵する任務を与えられた艦の事で、第二次大戦では主にアメリカ駆逐艦がこの任を担い、単独で展開して任に当たっていた。このことが、日本軍の体当たり攻撃を困難にし、また米駆逐艦の損耗を増やす事になった事実は、その結果が示している。

 

そしてそれは、深海側にとって最も効果的な迎撃網を整備する事になったのも事実だった。

 

 

一方で、横鎮近衛艦隊が発見されたのは、皮肉にも僅か11分後の8時43分の事だった。彼はその事を確認するや直ちに第二次攻撃隊の発艦を命じた。短期間に畳み掛ける様に攻撃する事を期したのである。そして16TFからも、エンタープライズ以下の第1群から艦載機が発艦を開始していた。

 

 

9時17分 16TF北方40km洋上

 

岩本「―――。!」

 

最初にその存在に気付いたのは零戦虎徹こと岩本徹三だった。彼は直ちにバンクしてそれを伝えると増槽を捨て、急上昇に移った。その時には既に敵戦闘機が上空からダイブしていたのである。

 

 

~重巡鈴谷~

 

瑞鶴「“第一次攻撃隊が敵の迎撃に遭遇、現在応戦中だって!”」

 

提督「なんだって!?」

 

その報告に驚いたのは当の直人であった。今までこう言った事は無く、またして来るとは考えていなかったからだ。

 

瑞鶴「もしかしたら、あの時と同じ手かもしれない。」

 

提督「―――!」

 

明石「まさか、レーダー防空網―――!」

 

提督「ピケット艦を探せ! このままではこちらが不利だ!」

 

瑞鶴「了解!」

 

提督「こちらからもピケット艦を出そう、2隻でいい、至急手配してくれ。」

 

金剛「“了解デース!”」

 

直人は敵に対抗する形でレーダーピケット艦の抽出を決定した。泥縄式でこそあったが、まだ間に合う範疇であると彼は考えたのだった。だがその打算も空しく、9時17分には進出を開始したピケット艦である浜風から早くも第一次攻撃隊接近の報告が齎されたのである。

 

提督「くっ、敵もどうして打つ手が早い、迎撃するんだ!」

 

瑞鶴「“もうやってるわ、見てて。”」

 

提督「分かった、頼むぞ。」

 

瑞鶴「“えぇ!”」

 

 

赤松「アシが短くて攻撃出来ない分、俺達で食い止めるぞ、藤田隊続け!」

 

赤松中佐以下雷電一一型改で編成された加賀戦闘機隊が先陣を切る。ついで蒼龍の藤田怡与蔵率いる、十五試局戦改がこれに続く。横鎮近衛艦隊空母部隊の特徴の一つとして、本来局地戦闘機(=防空用陸上戦闘機)である機体を、艦隊航空隊として保有している点があった。これはそのまま、艦隊防空能力が高い事を指し示していた。

 

 

浜風「“敵機視認、高度4000から5500、距離、本艦より12時方向距離40km!”」

 

提督「浜風とは5kmも離れていない。距離2万で三式弾射撃だ、射距離を満たす各艦射撃用意せよ。主砲旋回、方位60、仰角最大!」

 

明石「了解!」

 

瑞鶴「“攻撃隊にも通知するわね。”」

 

提督「なんでしれっと聞いている。」

 

瑞鶴「“いいじゃない別に。”」

 

提督「せやな。射程を満たさない場合は1万4000で射撃せよ、事後は零式通常弾及び対空機銃、高角砲で迎撃するんだ。追い付けるなら大型艦も主砲を使って構わない。」

 

一同「「“了解!”」」

 

 

赤松「20kmだな? 了解! 全機突入!」

 

赤松中佐を先頭に、直掩隊が覆いかぶさるように突撃する。赤松中佐機の雷電が射撃照準器のレティクルに敵機を収め、必殺の20mm4門を放つ。その一航過を終えてその敵機を撃墜する事は出来たのだが、その時見たものを彼はすかさず報告した。

 

「全機警戒! 敵機の中に航空機型がいる!!」

 

 

提督「航空機型だと!?」

 

明石「そんな、あれは陸上でしか運用出来ない筈です!」

 

提督「俺もそう思っていた・・・だがよく考えて見ると、レポートの中には超兵器級が運用していたというデータはある。前例のない話ではないのだが・・・。瑞鶴!」

 

瑞鶴「“なに?”」

 

提督「発見した敵に超兵器級を捕捉したと言う情報は?」

 

瑞鶴「“いえ、無いわね。もしかすると・・・”」

 

提督「―――敵の量産型が運用している可能性、か。」

 

瑞鶴「“流石ね、私もそう思ってた。”」

 

“航空機型深海棲艦機”、横鎮近衛艦隊もようやく見慣れて来た敵艦載機の高性能機体である。その種類は様々であり、小型戦闘機から高高度戦略爆撃機まで多種多様に渡る。当然艦載機もあってしかるべきである所だった訳だ。

 

しかもこの航空機型は、エンタープライズから放たれたものなのである。その証拠として、赤松機が撃墜した機体の尾翼にはエンタープライズが搭載していた航空隊、VF-6(第6戦闘飛行隊)の識別番号が描き込まれていたのだ。

 

 

赤松「地獄の猫(ヘルキャット)か、相手にとって不足はねぇ!」

 

赤松中佐は闘志を漲らせ、強敵に悠然と立ち向かっていくのであった。余談だが赤松中佐は生前、対戦闘機戦闘には不向きとされた雷電を駆って、今回の航空機型のモデルと思われるF6F“ヘルキャット”艦上戦闘機を撃墜したという実績まで持っている。

 

 

一方、第一次攻撃隊の攻撃は失敗に終わりつつあった。

 

敵戦闘機の強襲により編隊が四散し、それによって結果的に敵対空砲火は分散されたものの、その突破は困難を極め、結局空母に攻撃を集中して10隻を撃沈、24隻に何らかの損傷を与えたものの、全体として損害は軽微であったと言わざるをえず、村田機より次の電文が発信される。

 

「第一次攻撃は全般として成功せるも、攻撃結果不良に付き敵に打撃を与えるに至らず。反復攻撃の要有りと認む。」

 

 

9時29分 横鎮近衛艦隊上空

 

その頃横鎮近衛艦隊の南方20kmの上空は、敵機の墓場と化していた。三式弾の威力を甘く見た敵攻撃隊は堂々とそのラインを押し通ったまでは良かったものの、その先頭集団が三式弾の一斉射撃で吹き飛ばされると事情は多少異なり、混乱し四散してしまったのである。

 

 

~重巡鈴谷~

 

提督「撃て!」

 

 

ズドドオオォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「これだけの集中投射だと流石に壮観だな。夜にやったらどんな芸術的な花火かな。」

 

明石「提督!」

 

提督「冗談だよ、言ってみただけさ。」

 

明石「緊張感無さ過ぎませんか・・・。」

 

提督「緊張して勝てるならそうするさ。」

 

明石「は、はぁ・・・。」

 

提督「それより、敵が突破して来るぞ。弾幕形成用意。」

 

副長「!(はい!)」

 

直人は緊張してはいなかったが落ち着き払っていた。

 

提督「多いなぁ、今回は。」

 

明石「来襲機数自体がどうやら4000を超えていたようですし・・・。」

 

提督「ほう、分析早いな。」

 

明石「勿論です、こうした所でお役に立たなくては!」

 

提督「フフッ、お前にはなんだかんだで助けられてるな。その献身に応える為にも、この一撃を防ぐか!」

 

明石「はいっ!」

 

提督「全艦対空戦闘用意! 敵の数は多いぞ、落ち着いてやれ!」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

いつもの事ながら、艦隊の士気は非常に高い。この点は直人も心配していなかった程なのである。これまでの22か月間、彼と艦娘達の間には様々な事があったが、一度戦場に出てしまえば、そこには“団結”の二文字が確かに存在していた。これは横鎮近衛艦隊の様な提督と艦娘が共生関係にある艦隊特有の利点であった。

 

後檣楼電探室

「“敵編隊との距離、1万2000!”」

 

提督「各艦、各自の判断で射撃開始! 水戦隊は攻撃終了後の敵機を狙って攻撃せよ。」

 

明石「何故そうするのですか?」

 

提督「相手が油断したタイミングを狙いやすいと言う事、それ以外には消耗を強いると言う位だな。水戦隊にも出番を与える必要があるが、その際離脱中の敵機は艦娘からでも把握しやすいからな。」

 

明石「成程。」

 

この戦法は「送り狼戦法」と呼ばれている。日本ではB-29迎撃の際に用いられていた戦法でもある。が、水上戦闘機である二式水戦改の性能的限界を知る彼が、少しでも有利な体制で戦闘を行わせようと言う、彼なりの戦術上の配慮が含まれていた。

 

 

一方で、第二次攻撃を要請した電文に対する直人のアクションは無かった。もう既に第二次攻撃隊は発進していたからであって、その構成部隊は板谷茂を始めとしてエース揃いの二航戦と三航戦(旧一航戦)の飛行隊250機から編成されていた。

 

第一次と第二次で100機以上機数が異なるのは、第一撃は敵を消耗させる事に重点が置かれていた訳だが、どちらかと言えばキャリアの短い一航戦の航空隊にはある種たまったものでは無かっただろう。

 

その点戦闘機隊を多めにした瑞鶴の采配は正しかったともいえ、第一次攻撃隊では艦爆は殆ど帯同していなかった代わりに戦闘機は90機が発進していた。足りない分は雲龍などが埋めていたが。

 

 

9時34分、まだ第一次攻撃隊が交戦中のさなか、第二次攻撃隊は高度5000mから一斉に突入を開始した。空戦域は4500m近辺であるため高度優位である。

 

零戦五四型が次々に翼を翻していく。下方では味方も苦戦しているし、その防空網のせいもあって、第一次攻撃隊に随行した戦果確認機である二式艦偵が未帰還となっている程なのだ。猶予は余りない。

 

第二次攻撃隊に随行した二式艦偵は高度を取るため上昇していたが、おかげで空戦場の様子がよく分かった。

 

 

~重巡鈴谷~

 

提督「なんだって!? 数千の戦闘機だと―――!?」

 

赤城「“はい、戦果確認機として随行させた二式艦偵からはその様に報告が。”」

 

提督「・・・我々は敵の実力を履き違えていたのかもしれん。それではまるで棲地の主力並みの勢力ではないか。」

 

赤城「“それも敵の機材は北マリアナ棲地の時とは比較の段になりませんから・・・。”」

 

提督「状況はむしろ悪いと、そう言う訳か。」

 

赤城「“はい。私達の攻撃隊だけで、どうにかなるかどうか・・・。”」

 

提督「―――エース揃いだ、何とかなると信じようではないか。」

 

赤城「“分かりました。”」

 

 

数的には圧倒していた深海棲艦機であるが、所詮はメカに近いものであるから性能は艦娘艦載機より大幅に劣る。この為落ちていくのは殆どが黒い(やじり)や白い球の様な深海棲艦機だけであった。

 

また1機、零戦が濃緑色の主翼を舞わせて敵の新型機を撃墜する。敵機の認識を外した零戦が、瞬く間に背後へ周り敵機を手もなく撃墜する。岩本機や岩井機もそれぞれに2機のコンビネーションプレイで凌ぐ。空戦場は敵機で溢れ返っていたが、撃墜されるのは敵機ばかり、時々日の丸が混じる時もあるが、全体としては第二次攻撃隊の加勢によって優勢に進めていたと言えた。

 

 

南方棲戦鬼「敵が突入して来るぞ何をやっている、戦闘機の一部を割り当てろ!」

 

ヲ級改Flag「ですが空戦の状況が思わしくなく、今割くと総崩れになる恐れが!」

 

南方棲戦鬼「―――くそっ! 対空射撃を絶やすな!」

 

ヲ級改Flag「ハッ!」

 

ノースカロライナは指示を出すものの、その実第一次攻撃隊が離脱した直後ともあって、各部隊は態勢を立て直している最中と言う所であった。この為第二次攻撃隊はその態勢の整っていない敵陣へと突入する事になった。

 

南方棲戦鬼「撃て撃て! 近寄らせるな!」

 

ノースカロライナが吼える。しかし隊列が乱れっぱなしな為所詮は些末な抵抗でしかなかった。それでも尚、レーダー管制まで用いた対空射撃が加わって来た為その射撃は熾烈を極めたのである。

 

艦攻隊が海面に舞い降りているその最中から、至近距離で高角砲弾が炸裂する。艦爆隊にも編隊の維持が困難なレベルで砲火が集中して来ていたが、それでも彼らは整然と進撃を全うしていた。

 

 

「敵機急降下!」

 

南方棲戦鬼「回避ッ!!」

 

彗星艦爆の急降下が開始されると、回避運動の為隊列は更に乱れる。当然ながら護衛艦も対応する為雷撃隊への砲火が薄くなっていた。そこへ天山を軸とする艦攻隊が海面すれすれの高度を、2機1チームで同時に突入を開始した為にどちらを対応すべきか分からず、現場は混乱してしまった。

 

南方棲戦鬼「上下同時攻撃―――見事だな。敵の雷撃隊を狙うのだ、急げ!」

 

ノースカロライナは艦爆のダイブと艦攻の突入に若干の時間差がある事を見抜き、海面付近の艦攻隊に火力を集約するように指示を出した。しかしこれは端的に言うとどちらとも言えないが、どちらにしてもいい結果には結びつかなかったと言えるだろう。

 

艦爆隊への砲火減少で悠々と投弾出来た艦爆隊は、敵の対空射撃中の補助艦艇に対して重点を置いて投弾、更なる混乱を誘発させたところへ艦攻隊が弾幕を突破したのである。

 

 

前檣楼見張員

「“敵機急降下!!”」

 

その頃横鎮近衛艦隊側も弾幕を一部で突破されていた。

 

提督「左回頭、迎撃しろ!」

 

明石「了解!」

 

副長「!(了解!)」

 

随所に設けられた25mm機銃が一斉に火を噴き、船体は右に(かし)ぎながら左へと回頭して行く。直人は艦橋で踏ん張って立っていた。

 

 

ドォォォーーーン

 

 

右舷見張員「“右舷至近に着弾! 至近弾です!”」

 

提督「よし、原進路に復帰!」

 

明石「はい!」

 

明石と直人、副長の3人が揃っている時、直人は艦の制御には関わらず、デバイスを開いているがそこから状況を座視しているのである。因みに操舵を明石、兵装指揮を副長が担当している形になる。但し直人が艦の指揮に介入する事はままあるのである。

 

提督「よくやっているじゃないか、敵も味方もな・・・。」

 

二式艦偵からの報告を受け取りつつ指揮を出している彼は、戦況を眺めながらそう思った。

 

提督「どうやら敵は、にわか作りの混成部隊ではない様だな。」

 

直人は当たってみた感想としてそれを確信したのであった。この時期深海棲艦隊の実情について艦娘艦隊側で把握している情報は少ない為、当たってみて分かった場合が少なくない訳である。ただ一つ言える事は、馬鹿正直に6隻1個艦隊で編成していた艦隊では不利になりがちだったと言う事だろう。

 

 

「敵機直上!!」

 

ヲ級改Flag「ッ!?」

 

南方棲戦鬼「エンタープライズッ!!」

 

彗星(三航戦二番艦所属機)3機が、エンタープライズの直上から五〇番(重量:500㎏)爆弾を投弾する。

 

 

ドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

ヲ級改Flag「ぐあああっ!?」

 

1発は外れ2発がエンタープライズに直撃する。ヲ級クラスが持つ頭部の帽子型武装は、想像に難くないとは思うがまぁまぁ被弾面積が広く(=目立ち)、この為被弾しやすいのである。

 

ノースカロライナが思わず駆け寄ると、エンタープライズは額に血を流しながらも立っていた。しかし武装は無残にひしゃげ、最早使い物にならないであろう事はノースカロライナにも分かった。

 

南方棲戦鬼「大丈夫か?」

 

ヲ級改Flag「まだ、何とか動けます。」

 

南方棲戦鬼「そうか、良かった・・・お前はいつも、運がいいからな。」

 

ヲ級改Flag「恐縮です。」

 

南方棲戦鬼「急ぎ後方に離脱しろ、お前を喪うのは痛いからな。」

 

ヲ級改Flag「そうさせて、頂きます。」

 

南方棲戦鬼「帰りを待っててくれ。マッコール! 麾下駆逐隊で護衛してやれ。」

※マッコール(ハ級Flagship)

 

ノースカロライナはエンタープライズを後送する手配をすると、自らは陣頭指揮に立ち返って防戦に努めた。しかし損害は無視出来ず、主力空母群の一部が致命的な一撃を受け、30隻以上の空母が撃沈されてしまうと言う痛手を被る事になった。また辛うじて撃沈を免れても、最早作戦行動を続行し得ない艦も多発し、それらは護衛を受けて後方へと引き返して行った。

 

南方棲戦鬼「―――まさかとは思うが、例の巡洋艦は、“例の艦隊”を乗せているのか・・・?」

 

今までそれ程関わりの無かった事だっただけに情報を持っていなかったノースカロライナも、その航空隊の練度を見るに至ってはそう直感したのも無理は無かったし、その直感は的を射ていただけになまじ性質が悪かった。

 

南方棲戦鬼「だとしたら憂慮すべき事態だな。第二次攻撃隊を準備しろ急げ!」

 

ノースカロライナは急いで第二次攻撃の準備を命じる。この間にも横鎮近衛艦隊は攻撃を受け続けていたものの・・・

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

 

ドオォォーー・・・ン

 

 

時津風「いたたぁ~・・・。」

 

天津風「時津風、大丈夫!?」

 

時津風「アハハ、大丈夫だよ、何とか動けるよ~!」

 

 

提督「おいおい・・・時津風、無理はするなよ~。」

 

時津風「“あ、司令! 分かってるって~。”」

 

提督(心配だな・・・)「天津風、ちゃんと見といてくれ。島風は援護してやってくれ。」

 

天津風「“分かったわ。”」

 

島風「“は~い。”」

 

流石に時津風のノリと喋りは直人にも心配になるレベルでのほほ~んとしていたのであった。雪風や天津風とはえらい違いで、島風とは別ベクトルで心配になって来る訳である。

 

 

ただ状況としては、秋月とその教えを受けた摩耶の懸命な射撃により各個撃破された雷撃隊が多かっただけに、艦隊への損害はほぼ皆無で、急降下爆撃によりいくらかの艦(時津風含む)が損害を受けた程度に留まっていた。

 

提督「損害状況は?」

 

明石「応急措置は完了しています。現在船体の再構成を行っている所になります。」

 

提督「うん、分かった。」

 

鈴谷も魚雷1本を右舷後部に、爆弾1発を煙突基部に受けていたが重大な損傷に至らなかったのは不幸中の幸いであろう。

 

提督「まぁなんだな、そうそう簡単にこの船が沈んでも敵わんと言うのはあるがな。我々が持つ技術を結集した船だし。」

 

明石「お褒めに与り恐縮です提督。」

 

提督「畏まらんでもいい。実際よくこれだけのものを創り上げてくれたよ。」

 

明石「そう言われますと、精根かけた甲斐があったと言うものですね。」

 

提督「不沈艦と言うものは幻に過ぎんが、それに近い物を作ってくれたことに、感謝すべきかもしれんな。」

 

明石「ありがとうございます。」

 

提督「それにもう1隻と言う事になってもランニングコストが馬鹿にならんしな。」

 

明石「ッ! アハハハ・・・。」

 

明石にしてみれば、言おうとした事を直人に先に潰されてしまったのであった。

 

 

9時53分、直人は第三次攻撃隊280機の出撃命令を下す。敵の第二次攻撃隊は既に発艦を開始していたが、それを彼は把握していない。しかしそれ程問題とされるような事でもなかったのは確かである。なぜなら、敵の次の攻撃までに、彼らは直掩機を着艦させ、補給させる余裕があったからである。何ならば交代に上空へ上れる機体も存在している。

 

お互いほぼ同時に打った次の一手は、全力を以っての航空総攻撃によって交わされたのである。

 

そしてその大役を指揮官として担う事になったのが、飛龍飛行隊長、友永丈市であった。かつて、圧倒的劣勢を挽回すべく飛び立った悲運の熟練兵は今、堂々たる航空撃滅戦を指揮する身として、艦攻隊の先頭を飛んでいた。

 

 

提督「―――彼がこれだけ堂々たる攻撃隊の指揮を執る事になるとは、思っても見なかっただろうな。」

 

飛龍「“だと思います。”」

 

多聞「“しかも今回はどうやら勝ち戦だ。”」

 

提督「そうですね、負ける要素は今のところない。どうやらお互い対等の相手の様だが、搭乗員の技量と言う点ではこちらが勝っていた様だ。」

 

これに今一つ正確を期すならば、深海側に“搭乗員”の観念は存在していない。深海式のメカニズムによって構築された隷属型AIに近しい人工生物であるからである。

 

提督「しかし最近出番がない。」

 

明石「ない方が、いいんですよ?」

 

提督「まぁ確かに。」

 

直人が出るとしたら敵に超兵器がいる場合である。巨大艤装自体が人類側の超兵器に近しい存在であるが為に、彼はその使い所を見極めているのである。勿論それだけではなく、消費が馬鹿にならないと言う問題もはらんではいた。

 

明石「今回の改装で軽量化を図った事で燃費は良くなってますけど、消費の莫大さはそれほど改善してませんからね。」

 

提督「いやー、そこまで留意してくれるのはありがたい限りだね。」

 

明石「技術者と言うのは、全ての面に於ける性能改善に気を配るものです。」

 

明石は誇りをもってそう断言して見せるのだった。

 

 

10時14分 横鎮近衛艦隊

 

瑞鶴「―――あっ、戻って来た!」

 

翔鶴「本当ね、収容準備!」

 

瑞鳳「はい!」

 

 

提督「随分数が減ったな・・・。」

 

明石「そうみたいですね・・・。」

 

140機いた第一次攻撃隊は、その威容を二周り以上減じさせていた。

 

雷撃機は殆どが被弾し、後の報告を集計した所、帰路11機が何らかの原因により飛行不能となって不時着水したと言う。その他投弾前に撃墜された艦攻6機、投弾後撃墜されたもの9機、帰投したものの修理不能の艦攻18機にも及び、一航戦の繰り出した艦攻隊は壊滅に近い打撃を被っていた。

 

攻撃隊の指揮を執った村田少佐機も辛うじて母艦に滑り込んだが、最早飛行可能にする事は不可能であった1機に名を連ねている。だがこれはむしろ、それだけの損傷を負った機体をここまで飛ばせた事をこそ、称賛するべきであろう。

 

戦闘機隊も圧倒的寡勢と言う状態で長時間にわたる戦いを強いられたが為に、90機の零戦は68機にまでその数を減じていたが、岩井特務中尉・岩本中尉は生還しており、やはり岩井機に被弾は無かった。そしてこの戦いで岩本機は撃墜数14機を数える大戦果を挙げていた。第一次攻撃隊の戦闘機では断トツで多い。

 

提督「・・・これだけの損害を被ったのは久しぶりだな。」

 

瑞鶴「“ごめんなさい、もう少し多くの戦闘機を要請していたら、こんな事には・・・。”」

 

提督「何を言うんだ、そんな状態でも、彼らはよく頑張ってくれたよ。これだけの奮闘を、誰が馬鹿にする権利があるものか。瑞鶴のせいじゃないよ、戦いは相手があってこそだ。」

 

瑞鶴「“うん・・・ありがと。”」

 

提督「―――帰還機を直ちに収容しろ! これ以上、1機も1人も失う事はならんぞ! 各駆逐隊は不時着機の対処に備えろ!」

 

直人は威儀を正して指示を出す。どれだけ失うものが多かろうとも、それを局限するのも彼の仕事である。この戦いで人類は多くのものを喪い、その終わりの日まで失い続けるだろうが、例え文明が後退しようとも、この戦いを勝ち抜かなくては彼らに未来はない。

 

その為には出来得る限り何も失わない方が良い。それは当たり前の事だが、彼の心情ともマッチした事柄でもあった。

 

 

バキッ―――

 

 

瑞鶴「ッ―――!」

 

瑞鶴の手元に握られようとした矢が、また1本折れた。艦載機5機に相当する1本の矢だが、これで折れた矢は、瑞鶴のものだけでも5本目である。

 

瑞鶴「・・・相当やるみたいね、敵は。」

 

翔鶴「瑞鶴・・・。」

 

瑞鶴「―――また、今日も多くの子達が帰ってこなかった。」

 

加賀「・・・それが、戦争なのよ。」

 

瑞鶴「分かってるわよ! でも・・・。」

 

瑞鶴は粛然とせずにはいられなかった。加賀の言う通り、これが戦争なのだ。しかし誰しもがそうして受け入れられるような、強い心を持ち合わせている訳ではないのである・・・。

 

 

一航戦と七航戦が艦載機収容を7割ほど終えた10時27分、敵の第二次攻撃隊が接近してきているのを、横鎮近衛艦隊のレーダーピケット艦が捉えた。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「ここで敵を防ぎ止めろ! 今が正念場だ、稼働する全ての戦闘機を出せ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

 

瑞鶴「第三艦隊旗艦より各空母へ、稼働全戦闘機、発艦急げ!」

 

赤城「了解!」

 

飛龍「“了解!”」

 

雲龍「“分かったわ。”」

 

隼鷹「“はいよ~。”」

 

龍驤「“了解したで!”」

 

瑞鶴「ここを凌ぎさえすれば、何とかなる!」

 

摩耶「おう、任せな!」

 

提督「“瑞鶴の言う通りだ、各員の健闘に期待する。”」

 

一同「「“了解!!”」」

 

横鎮近衛艦隊は、全ての力を敵機に向けるべくその兵装に仰角をかけた。一方ピケット艦の1隻である浜風は、既に敵機の一部からの攻撃を凌ぎ続けていたのだった。

 

 

浜風「くっ―――!」

 

爆弾を回避し、魚雷を避け、敵機を薙ぎ倒す浜風。しかしキリがない。一部とは言っても、敵編隊の総数は優に2000を超えている。その一部とは100機に迫る数となる。

 

浜風(“あの日”を思い出すわね・・・。)

 

浜風はその日の事を鮮明に覚えている。襲い掛かる敵機、炸裂する多数の砲弾、それを掻い潜って魚雷を投下する敵の雷撃機と、合わせるように降下してくる急降下爆撃機。

 

弾を受け、矢矧に励まされたのも束の間、右舷中央部に魚雷を受けた、記憶はその直後で途切れている。最後に見たのは、必死の回避運動を経ながらも尚沖縄に前進しようとした“大和(かのじょ)”の姿だった。

 

浜風(この体ならばもう、あんな事は起きない! 二度と、沈むものですか!)

 

もとより幽霊船が如きものならば、幽霊同士の戦いで沈む事は、浜風のプライドがそれを許さない。そのプライドこそは、かつて“帝国海軍ここにあり”と太平洋に鳴らした、昔日の日の丸を、その最末期に至るまで担った者のプライドであった。

 

 

浜風ら一部のピケット艦が攻撃に晒されている中、ピケットラインの内側およそ50km程の空域では、横鎮近衛艦隊が繰り出した戦闘機隊が敵の攻撃隊を迎え撃っていた。

 

およそ200機宛の戦闘機を絞り出した横鎮近衛艦隊ではあったが、これが破られれば後はなく、直人の座乗する鈴谷も含め、決死の防空体制が全艦隊で取られていた。

 

 

提督「鈴谷水戦隊はピケットラインに急行せよ! なんとしても守り抜け!」

 

明石「敵編隊の進撃、かなり遅滞しています!」

 

提督「よし、輪形陣の構築を急げ、今の内だ!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

明石「大丈夫でしょうか・・・。」

 

提督「大丈夫だ。俺達は生き残れる、そう信じよう。」

 

明石「―――はい。」

 

直人は覚悟を決めていた。なんとしてもこの一撃を凌ぐ。そうでなくては、第三次攻撃隊や帰投中の第二次攻撃隊の戻る場所が無くなってしまうからだ。

 

 

横鎮近衛艦隊の第三次攻撃隊が敵艦隊へ攻撃を開始したのは、横鎮近衛艦隊への第二次攻撃が始まって13分後の、10時40分であった。この時直掩機は流石に連戦が祟って最初に上がったものは着艦しており、交代の機体が順次発艦している真っ最中であった。そこへ彗星を先頭に急降下爆撃隊が降り注いだのである。

 

たちまちにして複数の空母が爆炎に包まれ、何が起こったかが把握されるより先に、天山を先頭にした雷撃隊が突入を開始した。既に発艦を終えていた敵戦闘機は個々に交戦を開始するも、位置的に絶対的有利を占める艦娘艦隊の零戦を前にしては為す術も無く、蜘蛛の子を散らすように蹴散らされていった。

 

南方棲戦鬼「て、敵襲だ、迎撃しろ!!」

 

そこまでしてようやく状況を理解した深海棲艦隊も対応を始めるものの、既に対空防御陣は既に二層目まで破られてしまっており、とっくの昔に手遅れになりつつあった。

 

南方棲戦鬼「―――!」

 

 

ドオォォォーーー・・・ン

 

 

瑞鶴「“旗艦と見られる敵深海棲艦に魚雷命中!!”」

 

提督「よし!」

 

戦果報告の度に沸く横鎮近衛艦隊だが、この頃には漸く戦闘機隊の迎撃をすり抜けた敵攻撃隊の一部が到達し始めており、全く気を抜けない状態にあった。

 

羽黒「“150度方向から敵雷撃機ですっ!”」

 

提督「現場の判断に沿って迎撃!」

 

羽黒「“は、はいっ!”」

 

提督「ここまでを見るに、敵の侵入は大凡食い止められている。これなら何とか・・・!」

 

前檣楼見張員

「“本艦上空に敵機!”」

 

提督「言ってる傍からか、回避運動を!」

 

副長「―――!(面舵一杯!)」

 

対空射撃は収まることなく、絶え間なく続いていた。それを突破出来ず、次々と敵機が撃墜されていく。その絶対数すらも、戦闘機隊が決死で防ぎ止めている成果もあって、一度に10機や20機と言う数でしかない。

 

 

提督「―――。」

 

明石「・・・提督?」

 

提督「―――どうした明石。」

 

明石「いえ、提督が、どこか別の所に思いを馳せておられるようでしたので・・・。」

 

直人の顔を覗き込んで明石が言った。

 

提督「いや、そんな事は無いと思うが・・・。」

 

明石「提督は嘘をつかれるとき、右の眉が震えます。」

 

提督「!?」

 

思わず右の眉を覆う直人。

 

明石「ハァ・・・単純なんですね、そう言うとこは。」

 

提督「その微妙に反応しづらいセリフやめい。」

 

明石「それで、何をお考えでした?」

 

提督「それは―――俺達はいつまで戦うのかとね。」

 

明石「この戦いが終わるその日までです。」

 

提督「それは分かっている、それは分かり切った答えだ。だがそれまでに、我々はどれ程の敵と相対しなくてはならないのだろう・・・。」

 

明石「それは・・・。」

 

提督「今もなお、数千の敵機と戦っている。確かにそれは多いのだろう。だが・・・」

 

明石「だが・・・なんです?」

 

提督「・・・これから相対する事になる敵の数は、一体この何倍になるのだろう。グァムにいる講和派深海棲艦隊とはうまくやれている。なのに、我々は何故戦わねばならないのだろう。お互いに言い分を聞き合い、手を携える事だって、十分可能だと言うのに・・・。」

 

明石「それはきっと、考え方の差でしょう。それに、戦場ではそうした想いも意味を成しません。私達に出来るのは、降り注ぐ火の粉を払い続ける事だけですから。」

 

提督「・・・そうか、いや、それをお前から聞けただけでも少し安心した。」

 

彼自身、その在り方に自信があった訳ではなかった。講和を為し得るかどうかについても、その素地がある事は分かっていても、現在戦っているのは、講和派と同族の深海棲艦であるからだ。

 

歴史の秘めたる可能性は、今までの歴史を振り返ればかくの如しである。第一次大戦前、中央同盟国に与したイタリアが、直前になって協商側に寝返った事など誰が想像出来ただろうか?

 

関東軍の暴走を、当時の誰が予想し得たであろうか? ましてや満州国の建国やそれに打ち続く一連の外交紛争など、誰もが考えも及ばなかった事に違いないのだ。運命の女神の気まぐれたる事かくの如しなのだ。彼ら講和派深海棲艦隊が、いつまた人類に弓引く事になるかなど、分かりはしないのである。

 

ましてや、講和派深海棲艦隊が外部からの流入により質的にも量的にも膨張を続けている状況下では、その組織そのものの思想的変質も止むを得ないのだから・・・。

 

 

後年、明石は筆者の取材に対して次のように述べている。

 

「あの頃(第二次ソロモン北方沖海戦前後)、提督は闘志の向け方について随分思い詰めていたようでした。話せば分かり合える相手と、何故戦わないといけないのかと。そしてそれは、提督が戦い続けていた時期の大半に付き纏った命題だったように今は思います。」

――石野 明美氏への筆者取材ノートより抜粋――

 

これに見られる通り、彼は終始、戦う事に対し迷いながらも、明確な目的と覚悟を持っていた事になる。当然そのメンタルバランスは揺らぎやすいものでこそあったが、その様な状態でも尚、彼の指揮は精彩を欠く事が無かったのである。これは正に驚倒すべき事実であっただろう。

 

 

南方棲戦鬼「なに!? 攻撃失敗だと!?」

 

部下からその報告を受け取ったノースカロライナは、相対している敵が只者でない事を悟らざるを得なかった。

 

南方棲戦鬼「まさか、奴らが噂に聞く“例の艦隊”だったのか―――!?」

 

それに気づくのは些か遅すぎた。その頃には630隻いた空母は後送も含めれば365隻にまで減らされ、残りの空母も艦爆隊によって少なからぬ打撃を受けており、最早16TFがまともに機能しようも無い事は明らかであった。

 

南方棲戦鬼「―――退くか、已むを得ん・・・。」

 

ノースカロライナは最早決断せざるを得なかった。最早作戦の続行は不可能であったし、一旦引くべきであると判断したのは正しい選択であった。何より、今回の作戦が敵に勘付かれていたのではないかと言う疑いが彼女にもあったのである。

 

南方棲戦鬼「艦隊、残余の艦載機を収容次第反転。攻撃隊は攻撃を中止、帰投せよ。」

 

ノースカロライナは全部隊に対し撤退の命令を発したのである―――。

 

 

蒼龍「敵が・・・」

 

瑞鶴「退いて行く・・・?」

 

 

提督「終わったのか・・・?」

 

明石「そうなんでしょうか?」

 

提督「攻撃進路に入った雷撃機が反転しただろう。急な帰艦命令が出たとしか考えられん。」

 

明石「た、確かに。」

 

提督「わざわざ攻撃進路を再設定する必要があったとは、到底思われないからな。あれに投弾されていたら、恐らくこの船もただでは済まなかった筈だ。」

 

明石「言われてみると、さっきの一群は完全に進路に対して垂直に突入していました。機数は7機いましたから回避は至難の業と言えるかもしれません。」

 

提督「うん。そこから考えると、我々は非常に危険な状態だった筈だが、その状態を放棄して反転離脱したという事は、恐らく離脱を促す何らかの命令が出たと見るべきだろう。」

 

明石「艦載機に対する離脱を促す命令としては、帰投命令しかない、と言う事ですか。」

 

提督「そう言う事だな。」

 

この点彼の推測は全く正鵠を射ていた。そしてこの時点で、彼はこの事が作戦の成功を意味している事を確信したのである。

 

提督「艦隊、陣形を再編しつつ様子を見る。空戦中の各隊は空域を離脱して艦隊の上空に戻れ。各艦は戦隊ごとに損害状況を順次報告せよ、以上だ。」

 

直人は全ての部隊に対して事後処理の指示を出した。それはこの戦いが終わったという事を、間接的に麾下艦娘達へ表明してもいたのである。

 

 

瑞鶴「“一航戦、翔鶴小破、航空機損失延べ92機よ。”」

 

金剛「“三戦隊、比叡小破オンリーデース。”」

 

雲龍「“七航戦、損害無し、艦載機損失延べ20機。”」

 

提督「やはり艦載機への損害が多いな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

明石が報告を記録しながら答える。

 

赤城「“三航戦、加賀小破、損失機数延べ78機です。”」

 

提督「赤城と加賀がそれだけの損害を出したのか・・・!?」

 

赤城「“面目ありません。”」

 

提督「本格的な航空打撃戦だったのだ、仕方がない。」

 

直人はそう言ったが、実際に高性能な機体が揃っている三航戦艦載機隊でさえ、これだけの損失を出した事は驚くべき事であった。だがそれは総合的に見ると、全体的に三航戦航空隊と比較して性能で劣る機体の多い各航空戦隊の航空隊に混ざっていった事を考えると、妥当な判断であった。

 

高性能機も旧式機に混ざって少数では、損失が増えるのは仕方のない事であったのも確かであるが・・・。

 

提督「―――機種転換か・・・。」

 

明石「おっ、やっちゃいます?」

 

提督「サイパンに帰らんとなぁ・・・。」

 

明石「そうですねぇ~・・・。」

 

機種転換ともなれば大規模な航空機の生産が必要となる事からも、サイパン島に一度戻らないと出来ない為、現段階では諦める他に手もなさそうであった。

 

この時点ではまだラバウルへの進出命令が解除されていない為、それが望めないというのが現実だからだ。

 

提督「・・・昼前だな。」

 

腕時計を見ると、11時39分になっていた。

 

明石「そうですねぇ・・・。」

 

提督「よし、第二種警戒体制に切り替える、手の空いた者は休憩だ。」

 

副長「――。(分かりました。)」

 

提督「俺達も休憩にしよう。」

 

明石「ありがとうございます! はぁ~疲れた~・・・。」

 

提督「俺もさ、何より腹が減ってなぁ。」

 

直人のこの一言は、霊力の行使は相応にエネルギーを使うものであるらしい事の何よりの証左であっただろう。

 

明石「食事の用意ですね?」

 

提督「うん、伊良湖が今頃やってくれていると思うがね、少しばかり手伝いに行こう。」

 

明石「そうですね、任せっぱなしですし。」

 

提督「せやな。」

 

直人は艦隊に反転命令を出すと、明石と共に艦橋を降りたのだった。

 

 

11時45分 重巡鈴谷中甲板・食堂

 

改めてだが、鈴谷の食堂は中甲板の中でも、ダミーの煙突(1番煙突)直下に位置している。厨房を併設しているこの食堂は、中甲板中央通路の突き当りでもあり、通路は迂回して左右に分岐する形で艦首方向へと続いている。

 

そして厨房の排気はダミーの煙突を利用していて、貧弱だがそれらしい煙が出るようにはなっているのだ。

 

厨房の暖簾を、直人と明石はくぐる。

 

提督「失礼するよ。」

 

伊良湖「提督! もう終わったのですか?」

 

提督「その様だ。差し当たって2人で昼食を作る手伝いでもと思ってね。」

 

伊良湖「宜しいのですか?」

 

提督「たまにはね。」

 

明石「そうそう。」

 

少し茶目っ気も含ませて二人はいう。

 

伊良湖「では、お願いします。」

 

提督「そう来なくっちゃ。」

 

 

この時、直人は簡単な青菜の和え物を短時間の内に全員分作り、その手際の良さに驚いたのと同時に、それが非常に好評だった事を、伊良湖は覚えているという。

 

ただこの時、直人は自嘲気味にこうも言っていたようだ。

 

提督「自炊はする方だが、やっぱり、慣れない事は大変だね。」

 

伊良湖「まぁ・・・。」

 

伊良湖としてはこの時が、直人が自炊をする事自体を初めて知った瞬間でもあったようだ。

 

 

提督「で、だ、()っちゃん。」

 

赤松「おう、どうした。」

 

提督「今回の敵、どうだった?」

 

赤松「どうって・・・まぁ、並では無かった感じはあるな。」

 

提督「並ではない、か。」

 

赤松「あぁ、少なくともその辺で相手するような連中とは比べ物にならんと思ったな。空戦術も洗練されていた。あの混戦の中であれだけ組織立った戦闘が出来るのは並大抵の事じゃ無ぇな。」

 

提督「そうか・・・何者だったんだろうな。」

 

赤松「例の機動部隊だったとしたら、こりゃ大手柄だぜ?」

 

提督「確かにそうだな。」

 

赤松「おう、もちっと誇ってもいいと思うぜ?」

 

提督「いや、俺はそれほど何かしたって程でもないさ。」

 

「提督、お疲れ様です。」

 

横から声をかけてきたのは、作戦中レーダーピケット艦として前進していた浜風である。

 

提督「浜風か、ご苦労だったね。」

 

浜風「いえ、こちらこそ、空中支援を頂きました事、感謝します。」

 

提督「なに、提督として当然の責任を果たしたまでの事だ。それよりも、大事ないか?」

 

浜風「おかげさまで、何とか。」

 

提督「そうか、それは良かった・・・。」

 

心底安心したように直人は言うのであった。

 

浜風「提督は、いつも私達を支えてくれますが、なぜ、そこまでするのです?」

 

提督「部下を想わずして、上官が務まるか。そう言う事よ。」

 

赤松「おっ、いい事言うねぇ~。」

 

提督「茶化すな松っちゃん!」

 

赤松「ガハハハハハ!」

 

浜風「部下への情愛、ですか。」

 

提督「言い換えればそうだな。そもそも人と言うのは、主義主張の為には戦わん。それを体現した“人”の為に戦うんだ。俺に出来る事はそう多くはない。だからこそ、せめて皆の精神的な支柱になれればいいと、そう願っている。」

 

浜風「―――提督は、誰の為に戦っているのですか?」

 

提督「・・・そうさな、強いて言えば、置いてきてしまった家族を守る為さ。」

 

浜風「置いてきてしまった・・・?」

 

提督「あぁ。俺は少なくとも形式上は、鬼籍に入った身だ。少なくともこうしている間は、家族に会う事も出来ん。俺が死んだと聞いて、家族は皆悲しんだに違いない。そうさせてしまった償いとしても、これ以上日本を脅威に晒させる事が無い様に、俺はこうして戦っている。」

 

近衛艦隊は秘中秘の存在、そこに所属する者は皆死んだ事になっているし、表沙汰には記録にも残らない。その身の上は、家族に会う事すらも封じてしまっているのである。

 

提督「会えるものなら、また会いたいものだがね・・・。」

 

浜風「提督・・・。」

 

提督「そう言えば里帰りなんていつ以来だろう・・・8年前が最後か。」※2046年

 

赤松「おいおい、そいつぁいかんなぁ~。」(腕組み)

 

提督「・・・行けって言いたいのだろうが無理だぞ。」

 

赤松「だとしたら何を聞いてたんだ俺は・・・。」

 

提督「冗談だ。全て片付いたら、何とかして貰うさ。」

 

浜風「確かに、今はそんな事も言っていられませんね。」

 

提督「お前にそれを言われるんだな、だが確かにその通りだ。この戦いが終わらんと、帰郷どころじゃない。」

 

浜風「はい、早く提督がまたご家族に会う為にも、私達も頑張らないといけませんね。」

 

提督「ありがとう、俺も最善を尽くすよ。」

 

 直人は、置いてきてしまったものの多さを考えていた。だが今からでも取り戻せるものがある事も分かっていた。それを思い致す時、彼は自分が今まで生きてきた環境全てを投げうってこの場に立っているという事を改めて認識しているのである。

それはいつの日にかもう一度帰るべき場であり、人間である以上捨ててはならないものである筈だからである。しかしだからといって、彼の戦いが掣肘されるが如き事もまたあってはならない事は彼自身が一番よく知っていた。

彼がそこへ立ち返る為にも、この戦いは終わらせなければならないのであった。

(因果な事だ、俺は戦う事を強いられているのだな。)

 彼はつくづくそう思うのであった。ある意味に於いて、見えざる者の手と言うのはかくも残忍であると言う事の例証でもあったのかもしれない。

 

 

第二次ソロモン北方沖海戦―――そう呼称される海戦は終わった。

 

横鎮近衛艦隊:艦娘62隻、艦艇1隻、艦載機748機

深海棲艦隊(16TF):深海棲艦3127隻、艦載機4219機

 

 この大兵力のぶつかり合いは、横鎮近衛艦隊の戦術的勝利に終わった。艦隊戦になっていれば、敗北は必至の所を、横鎮近衛艦隊は航空戦力を以って一挙撃滅を図り、結果その策は大なり小なり成功したのである。

その航空戦も、横鎮近衛艦隊は辛うじて大破艦4隻、中破艦7隻で抑える事が出来、逆に敵艦隊の主力に対し、大打撃を与える事に成功した。

が、その代償は軽くなく、各航空戦隊を合わせると、実に航空機472機を失ったのである。優勢の敵に対して行った航空打撃戦の代償であった。

 

そして本来であれば戦いはここで終わった筈であった。しかしその帰途、一つの幕間狂言が待ち受けていたのである。

 

 

それは3月2日の午後、鈴谷がブーゲンビル島の北方沖に差し掛かろうかと言う時であった。

 

 

14時18分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

後部電探室「“艦橋へ、こちら後部電探室!”」

 

提督「どうした!」

 

後部電探室「“対空電探に感あり! 反応―――”」

 

そこでオペレーターが絶句する。

 

提督「なんだ、はっきり報告しろ!」

 

後部電探室「“反応、極めて大!”」

 

提督「なんだと? 編隊ではないのか!」

 

後部電探室「“違います! 極めて大型の飛行物体が、本艦を追ってきます!”」

 

提督「全艦戦闘配置! 対空戦闘用意!」

 すかさず出された直人の命令を副長が復唱する。今彼らの身に、只ならぬ事態が起こりかかっているのがほぼ間違い様が無いのは、誰の目にも明らかだった。

「一体何が・・・。」

そう逡巡する彼の元へ第二報が入る。

後部電探室「“飛行物体との距離、およそ5万2000!”」

 

提督「―――単機の癖に随分と遠くで捕捉したもんだ、確かに相当なデカブツだぞ。」

 

明石「偶発的な遭遇や単なる索敵機でないことは確かです。我々は今、制圧下にある海域の只中にいる訳ですから。」

 

提督「それは分かっている。いや、だからこそ問題なんだ。」

彼も後方を注意深く座視する他に無かったのだが―――

 

 その正体は10分程して明らかになった。直人の双眼鏡が、明らかに異様なものを捉えたからだ。

「なっ、なんだあれは!?」

―――それは余りにも()()()に航空機を象った様にしか見えない、巨大な物体だった。

余りに大きく分厚い主翼は、その翼長にも拘らず殆ど荷重で反っておらず、二つの機首と一つの胴体、二つの尾翼を備えたその機体は、余りに魁偉な外見を形成している。

明石「シルエット照合します―――こ、これはっ!」

 

提督「なんだ!」

 

明石「始祖鳥(アルケオプテリクス)ですっ!!」

 

提督「超兵器だと!!??」

 

 そう、それは魁偉でありながらも威容とも言え、であればこそ“異様”なものであった。

機体上面に多数の戦艦級主砲を装備し、巨大な胴体には目一杯の武装が積み込まれ、それがこれまた巨大な噴射式エンジンによってどうにか安定して飛んでいると言う風情は、確かに異様な光景と呼べるだろう。

『“超巨大爆撃機”アルケオプテリクス』と呼称されていた()()は、アメリカが生み出した正に“空中戦艦”と呼ぶに相応しい存在であり、先の大戦で旧式戦艦と侮ってかかった戦艦三笠の手により撃墜された筈の存在(もの)である。

 

提督「黒い―――始祖鳥・・・。」

 アルケオプテリクスは海軍機として運用されていて、時期によって異なる2つの塗装パターンで知られるが、しかし今現れたものは、“全面黒色”である。

 

明石「深海棲艦機なのでしょうか・・・。」

 

提督「だとしたらとんでもない事になる、迎撃するぞ!」

 

明石「分かりました!」

 

提督「主砲弾種徹甲、艦娘艦隊に緊急出動命令! 準備出来次第発進!」

 

明石「榴弾や三式弾ではないのですか!?」

 

提督「相手が装甲されている以上榴弾は効果がない、急げ!」

 

明石「はいっ!」

 アルケオプテリクスが注目される所以は、その武装や機構のみに留まらない。その装甲板にも注目される。想定されたのは14インチ(35.6cm)級の火砲からの徹甲弾による、2万5000mからの直撃弾。

これ程遠距離からのものが想定されたのには、戦艦級の主砲は俯角が制限される為であったとされる。しかし―――否、であるが故に、重巡鈴谷の20.3cm(8インチ)砲でもチャンスはある―――。

 

提督「全砲門最大仰角で待機! ワンチャンスを逃すな、一発で仕留めるつもりで行け!」

 

明石「どうなさるおつもりですか!?」

 

提督「知れたこと、ギリギリまで引き付ける!」

 

明石「成程、近ければ近いほどいいと言う事ですね?」

 

提督「そう言う事だ。進路反転180度!」

 

明石「コースターン、ヨーソロー!」

 

後部電探室「“敵機との距離、およそ3万5000になります!”」

 

提督「大丈夫だ、まだ間に合う。この艦は舵の効きがいいからな。」

 1万4000トンの巨体が、その身にそぐわないとまで思えるほどの勢いで波を押し分け旋回する。操舵機構に関しては現代のものを採用している為、操舵能力は往時の比ではない。

そして回頭が終わると、艦娘達が出撃を開始する。

 

金剛「“提督ゥー! 燃料と弾薬がどっちも全員出撃分は無いデース!”」

 

提督「構わん! 金剛と対空射撃向きの艦娘だけ出撃させろ!!」

 

金剛「“OKデース! 秋月サン、摩耶、付いて来るネー!”」

 

提督(聞こえとんねん・・・。)ハァ~

 

呆れながらも言葉には出さないのがせめてもの優しさであろう。

 

 

この時出撃したのは、前述の3人の他に、赤城・加賀・夕雲・巻雲・長波・五十鈴・榛名・比叡・霧島の9隻であった。全員少なからず対空射撃の経験を持つ艦娘達である。

 

赤城「戦闘機隊、発艦!」

 

加賀「少佐、行きなさい!」

 

赤松「任せろォ!!」

 

火星エンジン(雷電)と金星エンジン(零戦五四型)の爆音が瞬く間に響き渡る。そして加賀飛行隊長赤松少佐の雷電一一型改が先陣切って舞い上がっていく。

 

提督「―――あいついっつも先陣切ってんな。」

 

明石「1番機らしいですよ?」

 

提督「なるほど納得。」

そりゃ当然いつも一番槍である。

 

明石(こんなやりとり前にもあった気が・・・。)

 

 

秋月「アルケオプテリクス・・・。」

 

摩耶「思い出すか?」

 

秋月「マリアナ沖では、遂に守り切れませんでしたから・・・飛鷹さんを・・・。」

 マリアナ沖海戦では、史実に於いて起こった小沢艦隊の攻撃の翌日に起こった第58任務部隊による追撃が起こらず、その代わりにアルケオプテリクスが繰り出された格好となっていたのだ。

アルケオプテリクスが撃墜されたのは、フィリピンへの増援輸送を護衛している戦艦三笠と遭遇した時であったから、レイテ沖海戦の時には既にいない事になる。

「今度は、守って見せます。提督と、鈴谷と、皆さんを!」

復仇に意気上がる秋月、相対するは因縁のアルケオプテリクスの生まれ変わり。相手にとって不足はない。

 

金剛「全艦、第一警戒航行序列発令デース!」

 

一同「「“了解!”」」

 

 

明石「敵、発砲!」

 

提督「!」

 ブーゲンビル島沖空海戦―――彼らがそう仮称した戦いは、公式記録にはない。あくまでそれは幕間狂言でしかなく、所詮その程度の性質でしかなかった事を如実に表していただろう。

しかしことはそう単純では無かった―――。

 

前檣楼見張員

「“敵第一射飛来、着弾―――今!”」

 

ドドドドオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

複数の水柱が殆ど間を置かず屹立(きつりつ)する。本数なんと10本―――

「―――“聞きしに勝る”、とは、正にこの事だな。」

 

「はい―――。」

距離2万m、既に敵第二射は放たれていた。

 

提督「来るぞ、構えろ!」

 

ドドドドオオオオォォォーーーー・・・ン

 

副長の懸命な操舵で敵弾を紙一重で回避する鈴谷。これも鈴谷が高度な演算能力で操縦者をバックアップするから出来る芸当であって、普通ならとうの昔に被弾している所である。

 

提督「前から疑問だったが、この演算能力はどこから?」

 

明石「それ程必要ないと思いましてご説明してませんでしたが、実はこの1階下に演算中枢室がありまして、ここから接続する時も演算中枢に直付けするから出来る事なんですよ。」

 

提督「世の中、知らない事は多そうだ。」

 

明石「いつの世もそうです。」

 

前檣楼見張員

「“第三射、来ます! 距離、1万2000!”」

 

ドドドドオオオオォォォーーーー・・・ン

 

「“左舷下甲板中央部に漏水!”」

 

「“第二倉庫に亀裂発生!”」

 

提督「ダメージコントロール! 至近弾でこれか・・・。」

 

前檣楼見張員

「“距離、1万!”」

 

提督「まだだ―――」

じりじりと時が過ぎる。十数秒の間、直人はその時を見極め、そして―――

 

前檣楼見張員

「“距離、8000!”」

 

提督「今だ、撃て!!」

 

ドドドオオオォォォーーー・・・ン

 

鈴谷の前部20.3cm連装砲6門が一斉にアルケオプテリクスに向け斉射を放った。弾種は敵の装甲を貫く為の徹甲弾。アルケオプテリクスのそれに比べれば迫力に欠けるものの、タイミングはバッチリ、高度4000mを飛ぶ敵を迎えるには十分である。

 

提督「どうだ―――!?」

 

ガガガガガァァァァーー・・・ン

 

 

砲弾は5発が直撃すると言う驚異の命中率を叩き出すも、空しく弾かれたのみに終わった・・・。

 

提督「なっ!」

 

前檣楼見張員

「“敵下部銃座発砲、多銃身砲とロケット弾です!!”」

 

アルケオプテリクスは機体上面に12インチ(30.5cm)65口径連装砲2基、下面に3基の合計10門の他、自衛武装として多数の機銃座を、対地装備として多連装ロケットランチャーポッドと57mmバルカン砲を固定装備として機体下面に装備している。他にウェポンベイ(ここでは爆弾倉の事)に魚雷もある筈だが、高度が高過ぎる為か使用してこない。

 

提督「全員物陰に退避、衝撃に備えろ!!」

 

が、魚雷などどうでもよく、彼はその危険性を悟った。

 

ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドォォォォォォォーーーー・・・ン

 

 瞬く間に大量のロケット弾と57mm砲弾が鈴谷に突き刺さり爆発する。余りにも一瞬の出来事に、艦娘達も不意を衝かれた。この時の状況を秋月は比喩としてこう表現した―――『火山が噴火したようだった』と。

全艦業火に包まれる鈴谷、それを見た金剛らは漸く事態を悟った。

 

金剛「提督、大丈夫ネー!?」

 

金剛がすぐに司令部の安否を尋ねたが、返答が帰ってこない。それもその筈、艦橋も火に包まれていたのだ。

 

「ヒデェな・・・鈴谷が空母になっちまったみたいだ。」

 摩耶がそう表現したのは無理もない。上部構造物と呼べるものは殆どが吹き飛び、前檣楼と、主砲であっただろうモノが辛うじて原形を留めていたに過ぎないのだ。

魚雷発射管も対空火器も、主砲やカタパルトも使えない。全兵装が、あの一瞬で使用不能にされたのである。妖精達も半数以上が一瞬の内に焼き払われてしまった。

 

金剛「提督、返事をするデース!」

 

秋月「そんな―――!」

 

夕雲「提督、大丈夫よね・・・?」

 

長波「信じよう、夕雲姉さん。」

 

夕雲「・・・そうね。」

 

榛名「敵、左に旋回しつつ降下しています! 鈴谷右舷に回るつもりでしょうか・・・。」

 

金剛「―――これ以上、やらせないデース!」キッ

 

金剛の眼が、いつになく真剣になった。

 

霧島「お供します、お姉様。」

 

そして霧島が―――

 

霧島「―――貴様(きさん)、なにしてくれとんじゃ。」

 

比叡(霧島が―――!)

 

榛名(眼鏡を―――!)

 

一同((はずした!))

 

外しちゃいました。

 

金剛「援護頼むネー。」

 

霧島「お任せを。」

 

金剛が敵予想進路上を一直線に突進する。

 

秋月「“待って下さい、どうするつもりですか!?”」

 

金剛「もっと近い所から浴びせるんデース!」

 

秋月「“―――!”」

 

秋月はその一言で、全てを悟ったのであった。

 

 

赤松「なんて野郎だ、分かってた事だがびくともしねぇ!」

 

一方攻撃を続ける赤城と加賀の戦闘機隊であったが、高々20mm機関砲程度ではお話にならない。銃座の幾つかにダメージを与えた程度である。噴射口もきっちり装甲化されているだけに弱点も少ないのだ。

 

 

霧島「よくも提督を―――!」

 

霧島は怒りに身が震えていた。無理もない、司令部との連絡が途絶え、鈴谷も大破しているのだから。

 

霧島「横鎮近衛の艦娘の生き様、見とけやオラァ!!」

 

霧島が、怒りと共に全門斉射をアルケオプテリクスに放った。

 

 

“攻撃進路進入完了”

“高度270mに修正”

“進路上に「コンゴウ」クラス2”

“脅威度2、攻撃続行判断”

 

“・・・・・・”

 

“問題なし、Human Cruiser(ヒューマン クルーザー)への攻撃シークエンス続行”

“ウェポンベイ、問題なし”

“魚雷投下用意”

“敵抵抗、微弱”

 

霧島による35.6cm砲の斉射さえ、アルケオプテリクスのAIは「抵抗微弱」と判定されてしまったのである。これが正しく超兵器としての貫禄と呼べない事もない。

 

最大速度750km/hを誇る巨鳥が、爆弾倉を開き急速に鈴谷へ迫る。その距離1万9000。

 

 

金剛(撃ってこない、むしろ好都合ね。)

 

金剛はアルケオプテリクスから2000m、反航戦である為急速に距離が縮まる。

 

金剛(―――今!)

 

金剛はタイミングを合わせ、なんと水上でスライディングをかけた。その頭上を今まさにアルケオプテリクスが通過しようとした瞬間―――

 

金剛「ファイア!」

 

 

ドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

ドガアアアアアアアァァァァァァーーー・・・ン

 

 

発砲音と爆裂音が殆ど同時に響き渡る。そして距離が余りにも近く、金剛も炎と煙の渦に巻き込まれた。

 

霧島「お姉様は―――!?」

 

霧島ら他の艦娘も金剛の姿を見失う。その中爆煙を割り裂いてアルケオプテリクスがその姿を現した。

 

秋月「そんな!?」

 

摩耶「マジかよ・・・!」

 

長波「まだ飛んでやがるのか・・・。」

 

巻雲「不味いですよう!」

 

五十鈴「落ち着きなさい、兎に角撃つのよ!」

 

榛名「いえ、見て下さい―――!」

 

 

“ウェポンベイへの回路破損”

“3番エンジン出力低下”

“魚雷の一部誘爆、機体下面損害大”

“揚力低下、傾斜右7度、姿勢制御困難”

“攻撃シークエンス中止、空域を離脱、基地に帰投”

 

 アルケオプテリクスは損害の大きさから空域を離脱した。幾条もの黒煙を曳きながらも、それは辛うじて飛んでいたのである。これが人智を越えた超兵器の頑強さであった。これが為に第二次大戦は大幅に長引いたと言われている程である。

 

 

霧島「終わった・・・?」

 

気付けば眼鏡をかけていた霧島が呟く。

 

比叡「お姉様!」

 

金剛「ハーイ。」

 

霧島「ご無事でしたか・・・。」

 

金剛「機関が上手く動かないケドネー。」

 

榛名「それは―――大変です!」

 

霧島「思い切りスライディングしましたからね・・・。」

 

そう、艤装を稼働状態のままスライディングすると、構造上艦娘機関は背中に背負う形になっている為、思いっきり水につけてしまう事になる。艦娘機関は霊力で稼働するとは言っても特性上は機械に近い部分もある。艦娘機関は水に浸かる様には出来ていない(水密性を備えていない)為、機関が急速に冷やされる事で作動不良に陥ってしまう訳だ。

 

金剛「そうデス、テートクは!?」

 

榛名「そうでした!」

 

戦闘でそれどころではなかったのだから仕方ないと言えば仕方がないのだが・・・。

 

摩耶「提督ー、聞こえてっか~。」

 

提督「“オウ、みんな無事だったか?”」

 

金剛「提督、無事だったんですネ!?」

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「あぁ、なんとかな。」

 

明石「一時はどうなるかと・・・。」

 

五十鈴「“そっちは大丈夫なの!?”」

 

提督「羅針艦橋はな。操艦も出来るが、各所の火災はまだだ。全然予断を許さない。」

 

金剛「“皆は大丈夫なんデスカー?”」

 

提督「どうやら下甲板までは被害が及んでいないようだ。だが延焼の度合い如何ではどうなるか・・・。」

 

金剛「“分かったネ。”」

 

霧島「“武装についてはどうです?”」

 

提督「そっちについては全部やられた、動けるだけだ。応急修理でどうにか機銃がいくらかって所かもしれん。」

 

霧島「“成程・・・鉄の箱舟でしかない訳ですか。”」

 

提督「そうだな―――ゲホッゲホッ」

 

霧島「“大丈夫ですか!?”」

 

提督「まだ些か煙たいのでな・・・それより、護衛を頼む。」

 

金剛「“オフコースデース、無理はナシデスヨー?”」

 

提督「心得ておこう。」

金剛らからの通信が切れると、直人は明石に声を掛ける。

 

提督「全く、消火器1本命の盾だな。」

 

明石「本当にそうです。」

 

提督「ありがとうな、備えあればなんとやらッて奴だ。」ニッ

 

明石「えぇ。」ニコッ

 実は直人が隠れた羅針艦橋背後の部屋であるエレベータールームには、火災発生時の為に消火器が3本あった。被弾した直後それが目に入った2人は、何言うともなくそれをひっつかみ、艦橋の火災を早期に消し止める事が出来たのだ。

それからは煙が収まるまで煙を吸わない様に身を伏せていたのだ。この為操艦も出来なかったと言う訳で、最初の安否確認で返答が無かったのは当然だったのである。

 だがまだ、鈴谷は全体的にまだ火災に包まれており、“文字通り”予断を許さないのだった。

 

提督「全艦、火災の消火を第一とせよ! 艦娘達も協力してやれ!」

 

明石「消火ポンプは半数が破壊されてます、手動式のものを使うしかありませんね。」

 

提督「そうだな。エレベーターは稼働するのか?」

 

明石「稼働しますが、電路に火が及びそうです。」

 

提督「よし、ではそこからだな。」

 

明石「私達も行くのですね。」

 

提督「当然だ、自分の船だからな。」

 

そう言うと、直人は1本残った消火器を手に、エレベーターに乗るのであった。

 

 

 その後、火災は16時間かけてようやく鎮火され、損害状況をチェックしたのだが、上部構造物から上甲板、中甲板の一部に至る部分が被弾ないし火災で損傷を被り、武装は航空甲板のサイドデッキにある数基の機銃を除いて稼働出来なかった。

 即ち継戦能力の全てを失った訳である。艦載機は全て破壊され、魚雷も全て爆発してブリーフィングルームや訓練区画が全損するなど、まともに動かせるのは艦の動力と操舵、艦娘発進口を残すのみであった。主錨すらも錨鎖から断ち切られ、予備の錨を使う他なかった程である。

 上部構造物は高角砲座は跡形もなく吹き飛び、後檣楼は瓦礫の山になり、デコイの煙突も面影すらない。レーダーも全て使用不可能になり、前檣楼にも穴が開く始末である。

主砲に至っても瓦礫の山、甲板も穴だらけ。正にただ走るだけの巡洋艦(クルーザー)と化していた。

 

※重巡は艦種記号「CA(Armord Cruiser(アーマード クルーザー))」である。

 

 

3月3日7時21分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「幾らなんでも直せるかこんなん!!」

 

明石「そうですね・・・。」

 

提督「なんとしても帰投を認めさせんと・・・。」

 

そう、鈴谷の自己修復能力はある程度の損害までならカバーできるが、武装への霊力伝達回路だったり、構造物そのものまでは直せない。この為これだけ損害が大きくてはお手上げであり、長期のドック入りは避けられないのだ。

 

提督「通信用のアンテナも吹き飛ばされたからな、戻ってから言うしかないし・・・。」

 

そう言う直人の顔は苦り切っていたのだった。

 

 

その日の21時11分、傷ついた鈴谷は、デューク・オブ・ヨーク島の錨泊地に錨を降ろした。その時直人は医務室にいた。

 

~重巡鈴谷中甲板・医務室~

 

提督「具合はどうだ白露。」

 

白露「うん、なんとか、軽い熱傷で済んだみたい。」

 

医務室には火災の消火作業中誤って煙を吸い込んだ艦娘数名が運び込まれていた。

 

白露もその一人で、白露は熱風を吸い込んで咽頭(いんとう)熱傷と喉頭(こうとう)熱傷と診断されていた。実際少々声がかれていたが、大事無さそうであった。

 

提督「いの一番に運び込まれたらしいじゃないか。」

 

白露「嬉しくないって~。」

 

雷「白露は数日で痛みもなくなると思うわ。他の子も同じようなものだから安心して頂戴。」

 

提督「それは何よりだな・・・雷も、ご苦労様。」

 

白雪「私もお手伝いしたんですよ?」

 

提督「そうだね、白雪もありがとうな。」

 

白雪「はい!」

 

 

3月4日の朝、直人は早速ラバウル基地司令部に出頭した。

 

 

8時10分 ラバウル基地司令部・司令官室

 

提督「当艦隊のラバウル撤収について、大本営に要請願います。」

 

佐野「・・・随分藪から棒だね?」

 

提督「そうでしょうか?」

 

佐野「まぁ、ここに来て連戦だからね、無理もない事だが・・・。補給は続けられるのだが、何か問題かい?」

 

提督「鈴谷の修理が必要です。それを行うにはサイパンのドックに戻す必要があります。少なくともここにはそれだけの設備は無いと存じます。」

 

佐野「成程・・・分かった、掛け合おう。」

 

提督「有難う御座います。」

 

佐野「あとで様子も見させて貰うよ、添え書きと言う事で役に立てるかもしれない。」

 

提督「感謝します。」

 

佐野「構わないさ、この数週間だけでも、よくやってくれていたからね。」

 

提督「恐縮です。」

 

佐野「報告の方も、聞かせて貰おうかな。」

 

提督「分かりました―――」

 それから10分、直人は作戦結果の報告を行った。最終結果としては作戦は成功し、敵の企図も粉砕し、艦娘艦隊は依然として健在だが、母艦である鈴谷が大破し、継戦能力の全てを喪失していると言う状態である事を、佐野海将補も知った。

 

直人がラバウルを通じて大本営に掛け合った結果、横鎮近衛艦隊の帰投が決定、久しぶりのサイパン島と相成った。3月5日15時14分、ラバウルを発った鈴谷は、応急修理のみを済ませて3月9日11時39分にサイパンに帰着、帰着と同時に鈴谷は造兵廠の2番ドックに入港したのである。

 

3月9日11時44分 サイパン島造兵廠2番ドック岸壁

 

提督「サイパンだああああああ!!」

 

金剛「帰ってきたデース!」

 

明石「生きてますね~。」

 

鈴谷「そうだね~。」

 

瑞鶴「ラッキーだったね、私達・・・。」

 

5人揃って喜びを隠せない様子である。

 

提督「武装ゼロだからな、護衛も付けてくれたとはいえ危なかった・・・。」

 

明石「隠顕式兵装の検討が必要ですかねこれは・・・。」

 

提督「副砲だけでも大概だと思うけどねぇ。」

 

鈴谷「でも多い事に越した事ないじゃん?」

 

提督「まぁ・・・そうね。」

 

明石「取り敢えずは、高速時の収容についてですね。」

 

提督「あぁ、頼むぞ。」

 

大鯨「提督、お帰りなさいませ!」

 

提督「大鯨か、大鯨もご苦労だったね。」

 

大鯨「いえ、大丈夫です。それより、ご紹介したい方がいます。」

 

提督「・・・ふむ?」

 

大鯨が言うと、大鯨の後ろから1人の艦娘が現れた。

 

大鯨「さぁ、自己紹介してください。」

 

「はい・・・ドイツ海軍所属、潜水艦U-511です。ユーとお呼びください。少し遠出してきました。よろしくお願い致します・・・。」

 

提督「あ、あぁ、宜しく。大鯨、説明してくれるか?」

 

大鯨「こちらが、トラックで任務中にユーさんがいらした際に、持参していた任書、だそうです。」

 

「ふむ・・・?」

 直人が大鯨の差し出した1枚の印刷紙に目を通すと、確かにそれはU-511の配属先を明記した辞令だった。

しかもそれには、軍令部総長の山本 義隆海幕長と横鎮長官の土方 龍二海将が連名で擦印してあるのだから彼は驚いた。つまりそれは、彼が押し頂いて受けるべきと行って然るべき事例でもあった訳だ。

 

提督「・・・確かに、辞令は本物だな。しかしそうか、我が艦隊に名高いUボートが配属か。些か買い被られている気が、しないでもないね。」

 

大淀「―――あら、いいではありませんか?」

 

提督「大淀か。」

 

大淀「上が買い被っておられるのでしたら、買い被らせておけばいいのではないでしょうか?」

 

提督「お前な、言い方。」

 

「フフッ、そうでしたね。出過ぎた事を申しました。」

と、特に悪びれもせずに言う大淀である。

 

(ある種この艦隊で最も恐ろしい女かもしれんね。)

 直人のこの人物評も、あながち間違っていなかっただろう。

そして彼らは連れ立って鈴谷の岸壁を離れ、新人のユーちゃんの為にお互いの自己紹介をしながら、司令部の方に戻っていく艦娘達の列に混じるのであった。

 

 

 横鎮近衛艦隊による遊撃作戦は、敵の行動を事前に制すると言う目的を見事果たした。損害の大きさに驚いた飛行場姫は、トラック泊地に対する攻撃を中止させ、戦力の再建に入った程である。

その事態は思わぬものさえ呼び出してしまったものの、辛うじて重大な事態にまでは至らず、ラバウル基地に重要な情報を提供する事が出来たと言うのは幸いだっただろう。少なくとも南東方面にも超兵器がいるというのは重大な関心事であったのも確かである。

 “払った代償も多かったが、相応の見返りを得た”、それが今作戦の総評であった。

そしてこれに前後する形で、直人を驚かせる出来事がサイパンに巻き起こった。

 

 

3月10日15時02分 甘味処『間宮』

 

提督「はむっ・・・うーん、美味い!」

 

直人は間宮のスペシャルパフェを食していた。

 

間宮「ありがとうございます。」

 

提督「間宮さんのスイーツを食べると、またぞろ帰ってこれたって実感が沸くよ。」

 

間宮「まぁ、褒めても何も出ませんよ?」

 

提督「ハハハ・・・」

 

大淀「提督ッ!」ハーハー

 

提督「よう大淀、そんなに慌ててどうした。」

 

因みに大淀の息が荒いのは、走って来て息が上がっているのが半分、間宮のパフェを目の前にして食べたいのが半分である。大淀にとってもそれは強い誘惑なのだった。

 

大淀「提督、すぐに来てください、大変な事が!」

 

提督「あとにしてくれ、私はコレを食べるので忙しい。」

 

大淀「パフェどころではありません!」

 

提督「うー・・・で、どうした。」

 

大淀「どうしたって・・・ハァ~・・・空母棲姫が、亡命を求めています! 提督を頼ってです!!」

 

提督「何ッ!?」ガタッ

 

間宮「まぁ!」

 思わず直人も立ち上がりかけ、テーブルの上のパフェが揺れる。

2054年は、年明けからまだ3か月しか経たぬ内に、およそそれまで考えられてきた事柄が当たらぬばかりか、それを裏切る様な事ばかりが続いていたのは事実であっただろう。

 しかしこれ程の重大事は少ないとも言えた。深海棲艦、それもその中央に近い姫級深海棲艦の亡命。直人も幾度となく拳を交えた、因縁の相手の亡命―――それも交えた相手を頼んで。

この様な事態が起ころうとは、直人は想像もしていなかったのであった・・・。




艦娘ファイルNo.125

雲龍型航空母艦 天城

装備1:25mm三連装機銃
装備2:12.7cm連装高角砲

伊良湖がサイパンに取って返したついでにドロップ判定を行って貰った結果着任した艦娘の1隻目。
雲龍と同じ様に艦載機を持たず、実力も実績も低いと言うおまけもついた航空母艦級であったが、雲龍の実績もあって値切り目には見られていない。
着物については最早突っ込まれさえしなかった辺り、艦娘達が如何に服装が多彩かを良く表している。(主に島風とか長門型とか)

艦娘ファイルNo.126

香取型練習巡洋艦 香取

装備1:14cm連装砲
装備2:12.7cm連装高角砲
装備3:25mm連装機銃

日本初、そして最後の練習巡洋艦となった香取型の長女。
艦隊でも初の練習航海専門の船と言う事もあり、直人からの第一印象もかなり良かったようで、期待もされている。
が、直人が艤装運用をするとは知らない為それについて困惑する様子も見られた。

艦娘ファイルNo.127

夕雲型駆逐艦 早霜

装備1:12.7cm連装砲
装備2:25mm連装機銃

夕雲型に連なる艦隊型駆逐艦の1隻。
どうもただならぬ気配を漂わせているが・・・。


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第3部10章~海軍休日(ネーバルホリデー)

やぁ皆、本当に久しぶりだね、天の声だよ。

青葉「どうも恐縮です、青葉ですぅ! お久しぶりです!」

前章では途中スランプに陥ってしまい、申し訳ありませんでした。率直に言うと、「これが五月病か」と思いました。

青葉「6月の初め頃まで続きましたね。」

スランプ後に小説を書こうとするとゲームの時間を多く使い過ぎていて、泣く泣くアズレンを今プレイしていません。

青葉「単純にする事(出来る事)が無いだけですよね?」

そうとも言う。どんなイベントが来ても報酬取れるだけの必勝態勢は整えてある訳で、それだけにマンネリ化してモチベが続きませんハイ。

青葉「ゲームあるあるですねー・・・。」

(別ゲーの話すな!by作者)←分かる人には分かる新喜劇風

艦これの進捗についてですが、何とか春の食材は集めきって装備は2つとも手にしました。先制対潜はかなり楽になったと思います。

青葉「これまでの対潜装備とは比較になりませんからねー。」

そうだね、これまでのイベント攻略の条件と比較するとこれは一つのアドバンテージにもなり得るので、有効活用したい所やね。

さて、今日の解説に行こう。今日の解説は「非水上型超兵器」についてだよ。


非水上型と呼ばれるカテゴリーは、艦艇の形を取らない超兵器に与えられたカテゴリーになる。即ち航空機や地上車両などの事を指す。

実はこれにも意外と種類がある。例えば前章でもお披露目したアルケオプテリクスが代表例で、12インチ砲と対14インチ砲防御で「空中戦艦」の異名を欲しいままにしていた事は述べた通り。

他にもドイツの飛行型超兵器「フォーゲルシュメーラ」は、ジェットエンジンでホバリングしながら移動し、尻尾のような構造の先に付いた大口径レーザーで攻撃を仕掛けてくるというもの。これは完成前に終戦となってお蔵入りになっている。

ドイツのもう一つの飛行型超兵器「ヴリルオーディン」は文字通りの円盤型飛行物体で、レーザーや実弾を織り交ぜた多彩な攻撃手段と、とんでもなく速い速力が見込まれたがこれも製作途中で終戦。

そんな中でドイツの送り出す事の出来た非水上型超兵器は二つ。

一つは超巨大列車砲「ドーラ・ドルヒ」。160cm口径と言う規格外の火砲を多数の気球を用いた弾着観測射撃で運用する専用の超兵器と言う贅沢ぶりで、大きい物好きのヒトラーもご満悦の品。連合軍からは「隕石投射機(メテオモーター)」の異名で呼ばれてもいた。イギリス本土砲撃の他にバルジの戦いやライン防衛線、セヴァストポリ攻略でも使用され、絶大な威力を発揮したのだが、ハノーファーの戦いで遂に破壊されてしまった。

もう一つは超巨大陸上戦艦「スレイプニル」で、80cm砲を全周砲塔として搭載した他、強力で多種多様な兵装と強力な装甲板を備えていた事で知られる。この為艦砲では破壊出来ず、ノルマンディー上陸作戦の際はこれを前に艦艇も多大な損害を出しているものの、唯一、足回りの弱さと足元に攻撃出来ないと言う弱点を衝かれてシェルブール近郊で擱座、行動不能となった。

計画のみで終わったものとして、ソ連の超兵器「ソヴィエツキー・ソユーズ」もこの部類に入る。これは驚きの衛星型超兵器であり、実用化されたら手も足も出なかった所なのだが、極秘裏のプロジェクトであった事から間一髪のところで国連の「宇宙条約」成立を以って実用化は打ち切られている。

が、ソ連も立派に超兵器を作って実戦投入もしている。それが「ジュラーヴリグ」である。第二次大戦中ソ連が実用化したこの唯一の超兵器は、3ローター対地攻撃ヘリと言う凶悪な代物であったが、日ソ戦の際日本海で戦艦三笠と遭遇した際は対地攻撃を主務としていたと言う事も手伝ってか手も足も出ず一方的に撃墜される運命を辿り、日本海軍最後の勝利を献上する羽目になっている。

最後に、超兵器の研究開発は、1947年度国連決議による「超兵器機関利用に関する平和利用及び軍縮条約」によって、全ての国がそのプロジェクトを放棄している。大国の中で唯一批准も署名もしなかったソ連も、冷戦期の1972年5月にアメリカと結ばれた「第一次戦略兵器制限交渉」で、アメリカに対する切り札として低予算で細々と続けられた超兵器開発の芽を完全に断ち切られた事から、今日に至るまで“新たな超兵器”は出現していない。少なくともその筈である。


以上です。

青葉「・・・最後の一文なんですこれ・・・。」

なんでしょうね?

青葉「いや意味深すぎるでしょう!? 青葉気になります!」

まぁ、御想像にお任せすると言う事で。

青葉「しかも全投げ!?」

その方が皆も面白いやん?

青葉「それは・・・まぁ。」

と言う事で、本編行っちゃいましょう。スタートですよっ!


2054年3月10日15時05分 甘味処『間宮』―――

 

大淀「―――空母棲姫が、亡命を求めています! 提督を頼ってです!!」

 

提督「何ッ!?」ガタッ

 

間宮「まぁ!」

 

横鎮近衛艦隊にはやたらと捨て犬が寄ってくる、と言っても過言ではない位、サイパン島には深海棲艦との縁があるようで、しかも今回はその中でも特大のものだった。

 

深海棲艦の姫級の中でもかなり上位に入ると目されているその一柱である、空母棲姫がサイパンに来たと言うのだ。しかも亡命を求めてである!

 

提督「どういう事なんだ!? 奴は限りなく中枢に近いと思っていたが・・・。」

 

大淀「分かりません。ですが空母棲姫は、私達の普段使っている常用回線を使って交信を行い、正式な形で申請をしてきました。」

 

提督「無碍にすれば非礼に当たる、か。やれやれ、選択の余地はなさそうだ。だが―――」

 

大淀「・・・?」

 

提督「このパフェ食ってからだ。これは後には出来んぞぉ?」

 

大淀「た、確かにそうですね、それまでに入港の手続きと面会の準備を済ませておきます。」

 

提督「任せた。」

 

スイーツが好きなら、それが理解出来る。その方法で大淀を一旦退けた彼は、改めて思う存分に間宮特製スペシャルパフェを堪能したのであった・・・。

 

 

15時40分 中央棟2F・貴賓室

 

空母棲姫―――アルウスは、直人の執務室の隣である貴賓室に通された。

 

空母棲姫「ほう、思っていたほど派手ではないな、調度品も落ち着いた物を用いている。」

 

大淀「提督は、余り派手さを好みませんから。」

 

空母棲姫「戦場とは別、と言う訳か。」

 

大淀「・・・。」

 

 

コンコン

 

 

ノックの音と共に、大淀が扉を開けると、案の定ノックをしたのは直人であった。

 

提督「―――久しぶりだね、アルウス。こうして、戦場以外で会う事になるとは思わなかったが。」

 

空母棲姫「あぁ、全くだ。これも何かの腐れ縁と言う奴かも知れん。」

 

提督「確かにな。」

 

鳳翔「失礼します。」

 

すぐ後ろに控えていた鳳翔が声を掛ける。

 

提督「おう、飲み物か。」

 

鳳翔「はい、お持ちしました。」

 

提督「さて、紅茶でも飲みながら、じっくり話をするとしよう。愛媛産の茶葉だ、最近の日本紅茶は美味いぞ。」

 

空母棲姫「お気遣い感謝する。」

 

直人が席に着くと、鳳翔が紅茶を入れて退出する。貴賓室には直人と大淀、アルウスとその副官たるル級改Flag「インディアナ」のみが残った。インディアナの識別点としては、米海軍の将官用軍帽を被り、左胸に略綬(りゃくじゅ)を2段に付けている。因みに略綬とは、その軍人が受賞した勲章などを簡潔に示す際に用いる特殊なリボンである。

 

提督「―――それで、我々に対し、亡命をご希望と言う事だったが。」

 

直人が本題を切り出した。

 

空母棲姫「・・・その通りだ。私と、ここにいるインディアナ、そして私の麾下部隊である58TF、5680隻のそちらへの亡命を希望する。」

 

提督「部隊ごとの亡命は今では最早珍しい事でないからいいとしても、貴官らはこれからどうするつもりだ?」

 

空母棲姫「出来れば、講和派への参加を希望する。」

 

提督「・・・成程。大淀、アイダホに連絡を取ってくれ。」

 

大淀「直ちに。」

 

そう言って大淀が貴賓室を後にする。

 

提督「―――しかし因果なものだ。深海の擁護者であった筈の貴官まで、擁護してきた体制を捨てる事になると言うのは。」

 

空母棲姫「勘違いしないで欲しい。元々私は、深海に於ける政略の類に関心は無い。ただ命令に従って来ただけなのだ、よって人類に対する執着もない。我々は軍人であり、ただ命令に沿う事が主命であった筈なのだ。だが、その功績は報いられるべきものだ。その功績が、徐々に深海全体にとって当然のものと言う事になりつつある。」

 

提督「・・・失礼だが、我々が勝ち過ぎている、と言う事か。」

 

空母棲姫「―――端的に言えば、そう言う事だ。貴官らが連勝する毎に、我らの上層部―――だった者達は、深海全軍に対し大勝利を求めている。そしてその要求は次第に実態を無視し、多少の勝利は深海にとっては取るに足らない“当たり前のもの”と言う評価しか与えられなくなりつつある。武人として、それがどれ程の屈辱であるか、貴官には理解出来るだろう?」

 

提督「・・・そうだな。他者に評価される為に戦っている訳ではないが、軍事的功績に対する評価と言うものは相対的なものだ。そして軍人と言うものは、かつての主君と騎士の時から本質は変わらない。功績に対して恩賞が与えられるからこそ、主君は騎士から忠誠を集められる。恩賞を与えない主君は、部下からも見放され倒される運命だ。」

 

空母棲姫「私もそう思う。」

 

提督「その点で私は恵まれない存在なのだろう。我々は、常世では鬼籍の身、上からの恩賞など貰えないが、それを不断の支援によって頂いている身だ。」

 

空母棲姫「そうだったのか・・・お互い、恵まれざる身の上だな。」

 

提督「全くだ。だが私は今の身の上にはそれなりに満足しているつもりだ。少なくとも十分以上の支援と、提督と言う枠を超えた優先裁量権を頂いている身だ、その期待には応えなくてはなるまい。それも武人としての在り方だと思う。」

 

空母棲姫「―――貴官は立派な武人だ。貴官の在り方を是非、深海のお歴々の前でも披露して貰いたいものだと心から思う。」

 

提督「そこまで言われると恐縮の限りだが、それが出来れば、この戦争はもっと早くに終わっているか、或いはより良き、フェアプレーに則った正々堂々たる戦いになっただろうと思う。」

 

空母棲姫「そうだな、今の深海上層部は、あれでいて敵を作り過ぎた。表向きは従順でも、裏で舌を出す連中は大勢いると言う事を彼らも知っているが、その数と、その秘匿性が高過ぎる事から手をこまねいているだけなのだ。

つまり彼らは、内なる敵がどこに居るかが分からないと言う事。またいつ何時、大粛清が始まらないとは、最早言えんのだ。そして私もそうなった時は、恐らく粛清されるだろうと言うのは、想像に難くない。

 私は些か負けすぎた、徐々に立場も発言権も失い、上からの信任も地に堕ちつつある。故に、亡命を決意したのだ。」

 

提督「―――その際、部下に累を及ぼさぬように、その部下も連れ立ってきた、と言う事だな。いや、貴官も立派な武人であり上司だ、貴方の人柄に触れる事が出来て、私も光栄に思う。

深海にも貴官の様な武人がいる事を知れただけでも、今日この席を持った甲斐があったと言うものです。」

 

空母棲姫「初期の頃に生まれた者は兎も角、ある時期を境に深海が“心”と言うものに触れてから生まれた個体は、メンタリティに於いて貴官ら人類に相応に近くなっている。そうした過程に於いて、武人然とした者達が出てくるのもむしろ自然な事だろうと思う。

私だけでなく、そうした者達が少ないながらも、深海にはまだまだいると言う事を、心に留めて欲しいと願う。」

 

提督「よく分かりました。深海棲艦隊と戦う身として、その事を深く心に銘記しましょう。戦場に於いて、戦う相手に敬意を表する事は、罪ではない筈です。」

 

空母棲姫「私もそうして、対峙した者達と戦ってきたつもりだ。」

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「入れ!」

 

大淀「失礼します。提督、アイダホさんと連絡がつきました、偶然近傍の海域にいたとの事で、アルティさんと一緒に間もなくお見えになります。」

 

提督「分かった。」

 

空母棲姫「アルティも加わっていたのか・・・。」

 

提督「あぁ、そうだな。」

 

空母棲姫「久しく会っていないな、元気にしていたか?」

 

提督「そりゃぁもう。元は横鎮預かりだったものを引き取って捕虜収容所の所長を頼んでいたのだが、講和派深海棲艦が来たと言うもんで、その捕虜達と共に合流して行ったのさ。」

 

空母棲姫「そうだったのか・・・いや、元気そうだと言うのは良く分かった。」

 

提督「向こうにいた時からの知り合いだったのか?」

 

空母棲姫「あぁ、友と呼ぶべきなのだろうな。奴が亡命したと聞いた時は驚きもしたし、寂しくもなったし、憤りを覚えもした。だが今こうしてここに来てみると、奴の気持ちも分かるような気がするのだ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

深海のメンタリティは人類に近いと言うアルウスの発言は嘘ではない。直人がそう思ったのはこの時であった。

 

 

10分程して、アルティとアイダホが貴賓室に姿を見せる。

 

アルティとアルウスは再会の握手を交わし、各々席に着く。

 

アイダホ「改めて、私が講和派深海棲艦隊戦闘部隊を管理している、北方棲姫様の副官、アイダホと言う。」

 

アルウス「空母棲姫、アルウスだ。」

 

アイダホ「講和派深海棲艦隊―――我々の勢力に参加する、と言う事だったが、我々に付く以上、強硬派の連中と刃を交える事になる。その事について思う所があるならば、辞退される事を勧めるが、どうだろうか?」

 

アルウス「強硬派・・・そうだな、今の彼らに、思う事は余りない。いい加減、彼女らには頭を冷やして貰おうと思う。」

 

アイダホ「そうですか・・・いや、それならば、我らはあなたを歓迎します。」

 

アルウス「ありがとう。微力を尽くさせて貰う。」

 

アイダホ「空母棲姫様が加わって頂けるなら、非常に心強く思います。」

 

アルウス「早速、非礼を承知で一つ伺いたい事があるのだが。」

 

アイダホ「伺いましょう。」

 

アルウス「失礼ながら、今の講和派は求心力を欠いているように思うのだが。中心に北方棲姫、実戦部隊を貴官やアルティが統率する現時点での首脳陣の構築は悪くはないが、精神的に円熟しているとは到底言えない北方棲姫様では、些か求心力に欠くし、軍事上の実績に縁遠い指揮官が多いと見受ける。」

 

アイダホ「いや、耳の痛い話です。」

 

アルウス「そこでこうしてはどうだろう。恐らく貴官は私に最高指揮官への就任も打診に来たのだろう?」

 

アイダホ「御推察の通りです。」

 

アルウス「そこで私はその打診を快諾する、そしてそれを全世界に向け大々的に公表する。同時にグァム沖で演習もやろう。要は全世界的に講和派深海棲艦の勢力を、今一度知らしめると同時に、亡命者で構成される講和派の結束を強化する訳だ。」

 

アイダホ「しかしそれは、敵の大規模攻勢を招きはしないでしょうか・・・?」

 

アルウス「それがあるならば、とっくの昔に大規模な波状攻撃をやっているだろうさ。きっかけなど、私を待たずに済んだ筈だしな。」

 

提督「我々が今ここにいる、艦娘艦隊がこの世存在するそれだけでも、奴らにはきっかけ足り得る、と言う事だな?」

 

アルウス「そのせいで、我々の同胞が多大な苦労を掛けさせている事については詫びて置くが、それは兎も角としても、私が今この様な形で表に出た所で、敵が攻撃してくるリスクは余り考えなくていい。トラック方面で散々痛めつけられた直後と言う事もある。」

 

この時のアルウスは、ガ島北方沖で直人ら近衛艦隊が16TFを撃滅した事については情報を得ていないので、16TFの話が引き合いに出ていなかった。が、直人は敢えてそれを口に出さなかった。

 

アルウス「少なくとも私が実戦部隊の長に付いたと知れば、穏健派や中立派と呼ばれるような者達も起つ気になる者が出る筈だ。要するに、相応に実績のある者に、自ずと皆付いて行きたがる者であると言う心理を利用するんだ。」

 

アルティ「それでいて戦力の増強にも繋がる・・・。」

 

提督「一石二鳥のいい見本だな。外野は大人しく見守らせて貰うとしよう。」

 

他人事の様に言う直人である。まぁ実際他人事ではあるが。

 

アルウス「どうかな、この案は。」

 

アイダホ「やってみましょう。それからでも遅くはありません。強力な友軍もいますし。」

 

アルウス「決まりだな。改めて、宜しく頼む。」

 

アイダホ「こちらこそ。」

 

アルウスとアイダホ、盟友となった二人が握手を交わす。暫くして、それぞれが思い思いに貴賓室を後にするのであった。

 

 

3月11日10時51分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「さぁ、ラストスパートですよ!」

 

提督「うへ~・・・」

 

直人はこの時、執務に精を出していた、と言うよりは追われていた。

 

金剛「ファイトデース提督ー!」

 

提督「おーう・・・。」

 

逃げ道は存在しなかったが、

 

明石「提督! ドロップ判定完了です!」

 

提督「ほい来たいきましょう―――」

 

大淀「ダメです。明石さん、着任された方をこちらにお呼びして下さい。」

 

明石「あ、分かりました・・・。」

 

提督「大淀ォ・・・。」

 

大淀「仕事をして下さい仕事を。」

 

最後の光明さえ潰される辺りが何とも言えない所である。

 

 

そんな訳で・・・

 

 

「うち、浦風じゃ! よろしくね!」

 

「私、綾波型駆逐艦『朧』。よろしく。」

 

「霰です・・・んちゃ、とかは言いません・・・宜しく。」

 

「私が鳥海です。よろしくです。」

 

提督「うむ、宜しく頼む。高雄、四姉妹集結、まずはおめでとうと言わせて貰う。4人をあちこち案内してやってくれ。」

 

高雄「分かりました、提督。」

 

直人はそう短く挨拶を済ませると、高雄が鳥海ら4人を連れ立って執務室を去った。

 

提督「・・・しょうがねぇな全く。」

 

大淀「早く済ませて下さい。」

 

提督「分かった、分かったよ。」

 

実を言うと、提出期限ぎりぎりの書類が数枚あるのである。急き立てられているのはそのせいであった。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「どうぞ!」

 

榛名「失礼します。提督、お茶をお持ちしました。」

 

提督「おぉ。ありがとう、頂こう。」

 

金剛「Thanks(ありがとう)!」

 

榛名「それと、白雪さんから電文が届いたと言う事で、これをお預かりして来たのですが・・・。」

 

大淀「ちょっと見せて下さい。」

 

榛名「あ、はい。」

 

榛名が大淀に電文を手渡し、大淀がそれに目を通すと、内容は既に解読された後であった。

 

大淀「提督、これを。」

 

提督「うん。・・・うん?」

 

そこに記されていたのは次のような内容であった。

 

 

“発:横須賀鎮守府

  軍令部

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

・本文

柱島第444艦隊より演習の打診あり。

貴艦隊、状況知らせ。”

 

 

提督「演習の打診、だと?」

 

大淀「珍しいですね・・・。」

 

提督「それよりも、だ。何故我が艦隊に演習の打診が来るんだ、おかしいと思わんか。」

 

大淀「あっ、確かにそうですね。」

 

提督「至急青葉に知らせて、この艦隊の事を調べさせよう。」

 

大淀「返答はどうしますか?」

 

提督「返答は・・・そうだな。ありのままを伝えておこう。」

 

大淀「分かりました。」

 

そこまで話して直人は茶飲みに手を伸ばす。

 

提督「ズズ・・・おっ。榛名、いい腕だよ。玉露だね。」

 

榛名「ありがとうございます、その通りです。」

 

提督「後ろで金剛は渋そうにしてるがね。」

 

榛名「あら。」

 

金剛「見ちゃ嫌デース!」

 

提督「―――フフッ。」

 

榛名「・・・。」ニコッ

 

その和やかな光景に、直人は思わず笑った。それは紛れもなく、平和で平穏なひと時であったと言えるだろう。

 

 

~2日後~

 

 

3月13日15時26分 サイパン飛行場

 

 

パラパラパラパラパラパラ・・・

 

 

提督(突然すぎて吃驚(びっくり)するんだがなぁ・・・。)

 

サイパンに1機の海自所属のヘリが降り立っていた。

 

 

ガララララッ

 

 

提督「お久しぶりです、土方海将。」

 

直人が敬礼しながら言う先には、ヘリから降り立つ土方 龍二海将の姿があった。

 

土方「やぁ、最近本土に顔も見せて無かったからな、こっちから会いに来た次第さ。」

 

提督「御足労をおかけしました。」

 

土方「なに、第4護衛隊の南洋巡視のついでだよ。“かが”(DDH-184)から飛んできた次第だ。」

 

青葉「提督、お久しぶりです! 横鎮新聞最新号もお持ちしましたよ!」

 

提督「なんだ、お前もか!」

 

土方「君が例の艦隊について彼女に調べさせ始めたと聞き及んでね。こちらへ来るついでにその報告を彼女にもさせてあげようと思ったのだ。」

 

青葉「私はそのお誘いに一枚乗らせて貰った訳です。」

 

提督「成程、まぁひとまず、司令部へ参りましょう。」

 

土方「そうだな、そうしよう。」

 

青葉「はい!」

 

土方海将が訪れた理由は、二日前に送られてきた電文の事についてであった。なので青葉も同行して来たと言う訳だった。ただ、司令部に向かう途中土方海将が漏らした所によれば、青葉は意外な事に護衛艦に乗るのは初めてだったらしく、あちこち取材して回っていたそうである。

 

青葉が便乗してきた護衛艦「かが」は既に艦歴にして49年になる超老朽艦となっており、戦争の影響を受けて改修に改修を重ね、まだ現役に留まっているオンボロ船となっていたのだったが・・・。

 

また、大本営からも代表として軍令部次長 宇島 一海将も同席するが、今回宇島海将は山本海幕長へ報告を行うだけなのでとりわけ発言する訳ではない事を前書きさせて貰う。

 

 

15時42分 中央棟2F・貴賓室

 

提督「で、早速お尋ねしたい事が色々とあるのですが・・・。」

 

土方「そうだろうな。その辺りも含めまずは青葉からの報告を聞いた方がいいだろう。」

 

提督「そうなのか?」

 

青葉「話の流れで言えばそうなります!」

 

提督「では頼む。」

 

青葉「はい。“柱島第444艦隊”と言うのは、柱島泊地新設が先日決定したのに伴い、第三技術研究所所属の研究艦隊が、正式に艦娘艦隊へと昇格されて出来た艦隊なんです。」

 

提督「つまり元は正規の艦娘艦隊では無かった、と言う事か?」

 

青葉「はい、更に“研究艦隊”とは言っても、その内実は研究用に三技研が保有していた艦娘をただ単純に艦隊として呼称していただけのようです。」

 

提督「と言う事は、実戦経験も―――」

 

青葉「それについてはそれなりにあるようです。研究結果の実地試験も同時に行う部隊だったとの事です。」

 

提督「・・・成程な。」

 

青葉の説明で、艦隊の内容については理解出来た。だが―――

 

提督「しかしなぜ、我が艦隊に依頼が?」

 

土方「その柱島第444艦隊の司令官が、三技研所長の小松(こまつ) 英翔(えいと)なのだ。」

 

その名を聞いた直人は、膝をポンと叩いてこう言った。

「小松所長が・・・! 成程、ならば我々の存在も知っている筈ですね。」

 

土方「得心したかね?」

 

提督「それはもう。」

 

土方「で、どうするね?」

 

提督「そうですね・・・生憎と交流戦の機会は、我が艦隊ではそうそうあるものではありません。喜んでお受けするとお伝えください。」

 

土方「分かった、そう伝えよう。」

 

提督「小松所長には、随分とお世話になりました。尤もあの頃は、小松所長も一介の研究員でしかありませんでしたが・・・。」

 

土方「今や立派に所長を務めてくれているよ。様々な新機軸を考案させ、実用化に取り組んでいる。」

 

提督「そういえば、吉田 晴郷海将はお元気ですか?」

 

土方「あぁ、舞鶴で元気にやっているようだ。7年前は三技研の所長だったな。」

 

提督「あの方にも随分とお世話になりましたから。」

 

土方「機会があれば会える時もあるだろう。三技研の方にはちゃんと伝えておく。そちらもオーダーを纏めて向かってくれ。」

 

提督「分かりました。」

 

土方「それとこれは小松所長からの伝言だ。『提督も戦闘に出て欲しい』との事だ。」

 

提督「はぁ・・・分かりました。」

 

土方「では、我々はこれで失礼するよ。」

 

提督「分かりました、お帰りもお気をつけて。戦闘機隊を護衛に付けます。」

 

土方「ありがとう、では頼むとしよう。ではな。」

 

提督「ハッ!」

 

直人は土方海将を正門まで見送ると、その足で明石の元へと向かうのであった。

 

 

16時10分 造兵廠建屋内

 

明石「成程、そんな事が。」

 

提督「なんとかならんかな?」

 

なんとか、と言うのはさっきの伝言の件についてである。

 

明石「・・・実はこの所ご多忙でしたから機会を逸してしまっていたのですが、ちょっとお見せしたいものがあるんです。」

 

提督「見せたいもの?」

 

明石「はい、あの一角にかけ布されているものがそうなのですが・・・。」

 

明石が指差した先を見ると、随分と大きめのものが、シートに覆われて安置されている。

 

提督「あれは・・・?」

 

明石「提督に内緒で、提督の為に作って置いたものです。お役に立つと思います。」

 

提督「ほう・・・。」

 

そう言って明石が合図をすると、妖精達が数人、そのシートを勢いよく取り払う。そこから現れたのは、大型の艤装だった。

 

主砲は5基、形状と砲身の長さと太さから、41cm砲であると分かる。連装5基10門が、長門型の艤装をより骨太にしたものに4基マウントされ、更にパワードスーツの様なアームにもう1基の主砲が取り付けられていた。

 

明石「参考にしたのは長門型に加えて、昨年12月に正規採用された古鷹改二の艤装図面です。その腕部主砲マウントをベースに戦艦用にリモデルして5基の主砲を装備する事が出来ました。」

 

目を輝かせながらまくし立てる様にそう言う明石に対して直人が口を挟んだ。

「ちょっと待て、と言う事はこの艤装、まさか・・・。」

 

明石「そうです、提督。あなたの汎用艤装です。」

 

提督「これを・・・。」

 

 

―――戦艦“紀伊”。

 

 八八艦隊計画に於いて、1号艦(Nagato)型2隻、3号艦(Kaga)型戦艦2隻、5号艦(Amagi)型巡洋戦艦4隻に続く高速戦艦、9号艦型戦艦のネームシップである。

性能としては、加賀型と天城型を組み合わせ、天城型のネックだった装甲の薄さと、加賀型のネックだった足の遅さを見事に打ち消した、完璧な性能バランスと言える高速戦艦となる筈であった。

 

しかしながら1920年命名の紀伊と同型艦“尾張”は、翌年のワシントン軍縮会議の卓上で“撃沈”され、起工される事は遂に無かったのである。

 

その後その名は、マル4計画で建造された大和型戦艦4番艦「111号艦」の艦名に予定されていたとも言われている。

 

 

明石「八八艦隊計画構想で夢半ばに敗れた戦艦を、提督にお贈りします。存分に、お役立て下さい!」

 

提督「―――ありがとう明石。ありがとう! これで心置きなく、いつでも出撃できる。」

 

明石「はい!」

 

直人は感慨の余り、自身の新しい艤装である戦艦紀伊を思う存分に眺めていたのであった―――。

 

 

その後オーダー表を金剛らに作らせている時の事である。

 

 

3月15日17時32分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・。」

 

提督は時折、執務室に籠って一人考え込む癖がある。そうして考えを纏める訳だ。

 

 

コンコン・・・

 

 

そこへ何者かが扉をノックした。

 

提督「どうぞ。」

 

直人は大淀かと思い招き入れる。

 

「失礼します・・・。」

 

提督「―――早霜だったか。」

 

早霜「はい。」

 

現れたのは大淀ではなく早霜であった。一体何事かと思い、直人は訝った。

 

早霜「お取込み中でしたか?」

 

提督「いや、そう言う訳ではないが・・・。」

 

早霜「では、少し、お時間頂いても?」

 

提督「あぁ、勿論だとも。なんだい?」

 

早霜「実は私、ちょっとした特技がありまして。お役に立てるんじゃないかと思うのですが・・・。」

 

提督「特技か。まぁうちの艦隊には色んな特技とか異能を発揮する者は多くいるが、早霜はどんな特技なのかな?」

 

早霜「私は・・・“霊感”が強いんです。」

 

それを聞いた直人は途端に梯子を外された気分になった。

 

提督「・・・霊感だって?」

 

早霜「信じて頂けないかもしれませんが、それだけではないんです。」

 

提督「と、言うと?」

 

直人はひとまず、話を最後まで聞く事にした。

 

早霜「私の霊感は、手を繋ぐ事で“他人に伝播する”みたいなんです。」

 

提督「・・・どうしてそれが?」

 

早霜「この間、白雪さんと手が触れた事があって、その手が離れた後、白雪さんが不思議そうに辺りを見回したんです。それで聞いて見たら、“吹雪さんがいたような気がした”って・・・。」

 

提督「まさか・・・。」

 

早霜「その、まさかだったようなんです。」

 

提督「・・・。」

 

早霜「提督、私と手を繋いで頂けませんか。会いに・・・来ている方が見えるようです。」

 

提督「・・・分かった。」

 

直人は自身の席を立って、早霜の左隣に立った。そして―――

 

早霜「行きますよ・・・。」

 

提督「・・・あぁ。」

 

早霜と直人が、手を繋いだ。

 

するとどうだろう。直人が座っていた更に後ろの空中に、確かに“それ”はいた。

 

提督「吹雪―――吹雪なのか!?」

 

吹雪?「“司令官、やっと気づいて―――!”」

 

それは、不思議としか言いようがなかった。彼の目に、確かに吹雪の姿が映っていたのだから。

 

提督「やはり、無事だったんだな・・・。」

 

吹雪?「“はい、ちゃんと生きてます、司令官。今はどこかに囚われて、意識を失っているようなんですけど・・・。”」

 

提督「そうか・・・それを聞けただけでも、安心したよ。」

 

吹雪?「“司令官・・・必ず、助けに来て下さい。私、信じて待ってますから―――。”」

 

提督「あぁ・・・あぁ! 必ず助けに行く。たとえどんなに遅くなっても迎えに行く! だから―――!」

 

吹雪?「“嬉しいです、司令官。ずっと忘れないでいてくれて、私は本当に嬉しかったんですよ? ですから、きっと来るって、信じてます―――。”」

 

そう言い残して、吹雪の霊は消えた―――。

 

直人の目からは、自然と涙が零れていた。

 

早霜「・・・幽体離脱、のようなものだったみたいですね。」

 

そう言われると、直人は袖で涙を拭いながら応えた。

 

提督「・・・お前が言うなら、きっとそうなのだな。艤装から肉体が形成されないから、どこかで生きていると言う事は分かっていた。まさかこうして会いに来ていたとは、全く気付かなかったが・・・。」

 

早霜「―――絶対、助けましょう。私も、お手伝いしますから。」

 

提督「ありがとう早霜。俺も全力を尽くすと約束するよ。」

 

早霜「はい―――!」

 

直人には失うものは最早ない。失わないと決めたのだから、失うものなどある筈がない。彼はそう信じていたのであった。だからこそ、彼は不退転の覚悟を決めた。どんな困難をも全員で乗り切り、必ず吹雪を救い出すと言う“決意”をである・・・。

 

 

その翌日、金剛は直人にオーダー表を提出した。同日直人は、全艦隊に休暇と一時金の給付を行った。

 

結局演習のオーダー表は横鎮近衛艦隊でも最も濃いエッセンスを凝縮したものになっていた。

 

即ち・・・

 

 

水上打撃部隊 旗艦:金剛

榛名・摩耶・鈴谷・大井・北上・浜風・浦風

 

水雷戦隊 旗艦:神通

最上・夕立・時雨・天津風・雪風・島風

 

機動部隊 旗艦:瑞鶴

翔鶴・赤城・加賀・秋月・皐月

 

全21隻

 

 

3月16日10時20分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「・・・成程な。因みに皐月起用の根拠は?」

 

金剛「過去の成績と、戦歴ネ。」

 

提督「戦歴・・・成程。だがそれなら文月と組ませた方がいいのではないのか?」

 

金剛「今回は柱島周辺海域が舞台デスカラ、余り多過ぎるのも考え物デース。」

 

提督「確かにそうだな。宜しい、裁可しよう。」

 

金剛「ありがとうございマース!」

 

提督「そう言えば相手のオーダー表が分からんな。」

 

金剛「そうなんデース、なので悩みマシタ・・・。」

 

提督「そうだな・・・まぁ、行けば分かるだろう。先方もそのつもりだろうし。」

 

金剛「ところで・・・本当に提督も・・・?」

 

提督「そうだぞ。」

 

金剛「巨大艤装を使うんデスカー?」

 

提督「使わんよ?」

 

金剛「ヘ!?」

 

金剛にとっては想定外の答えだったのか素っ頓狂な声をあげる金剛。

 

提督「まぁ、これについては後で明石の説明を受けて来るといいだろう、お前は事前に知っておくべきだとも思う。」

 

金剛「ウ~ン・・・まぁそう言う事ナラ・・・。」

 

明石の名前を出されると説得力が違う事は直人も分かっていたのでこの時は名前を出したのだった。

 

提督「久しぶりにサーブ340B使うかぁ・・・。」

 

金剛「21人だけですからネー・・・。」

 

提督「艤装が多いけどな。妖精さんに頑張って貰おう。」

 

金剛「また負担のかかる事デスネー・・・。」

 

提督「まぁ、多少はな?」

 

金剛「ネー。」

 

大淀「提督、さっきの話は一体どういう・・・。」

 

提督「お前も一緒に説明受けてこい。」

 

大淀「わ、分かりました。」

 

2度目は付き合い切れないのであった。何より執務中なのだから仕方がない。

 

提督「予定日は18日だったな。」

 

大淀「そうなっております。」

 

提督「よっしゃ。その方向で準備頼むぞ金剛。」

 

金剛「OKデース。」

 

 

16時27分 艤装倉庫

 

皐月「~♪」

 

長月「ん、主砲を換装するのか。」

 

皐月「うん。10cm高角砲にね。」

 

長月「ずっと12cm単装砲を使って来たのにか?」

 

皐月「折角の機会だからね、それに、やっぱりもっと強くなりたいから。」

 

長月「そうか・・・。」

 

皐月としては数少ないアピールチャンスである。直人も同行する今回の演習、見逃す手はない。

 

因みに榛名も今回から、41cm砲に換装して臨むようだ。

 

提督「よっ、皐月。長月も来てたか。」

 

皐月「あっ、司令官!」

 

提督「気合十分、ってとこだな。」

 

皐月「勿論さ、僕の力、見てて欲しいな。」

 

提督「んー、まぁ結局は俺も前に出る事になるからちょっと厳しいかもわからんね。でも後できちんと確認させて貰うから、頑張れよ。」

 

皐月「フフッ、司令官、可愛いね。」

 

提督「お前もなー。」

 

 

翌日―――

 

 

司令部近くのビーチに、早くもちらほらと艦娘達の姿があった。

 

深雪「ヒャッホー!」

 

白雪「こうして遊びに来るのも、いいものですね。」

 

叢雲「そうね・・・。」

 

 

鬼怒「ビーチバレーやろうよ!」

 

長良「そうね、やりましょ!」

 

球磨「球磨型も混ぜて貰うクマ!」

 

多摩「にゃー!」

 

長良「おっ、クラス対決ね、やりましょ!」

 

 

~同じ頃、司令部敷地内~

 

睦月「明日ビーチにでも遊びに行くにゃし!」

 

卯月「うーちゃんも賛成ぴょん!」

 

三日月「たまにはいいですね。」

 

 

香取「休暇と聞いた瞬間、皆さん気が抜けすぎですね・・・。」

 

提督「おや、いいじゃないか。」

 

香取の独り言に反応したのはなんと直人。凄いタイミングである。

 

香取「提督! 提督も何か言って下さいよ。」

 

提督「言わんよ?」

 

香取「えっ?」

 

提督「見たまえ。皆休暇と聞いてのびのびとしている。普段そんな余裕も無いだけに、その貴重な余暇を精一杯楽しもうとしてるんだ。」

 

香取「休暇だからと言って、羽目を外す必要はあるのでしょうか?」

 

提督「俺に言わせれば、余暇にビーチに行けるようになれば一人前だと思うけどね。」

 

香取「はい?」

 

提督「人間、張り詰めすぎるのは良くない。人間も機械と同じ様に、常に緊張しっぱなしでは壊れてしまう。いや、機械ならばそれでも直せるが、人間が壊れたらどうなるか。少なくとも、命は無いだろうね。」

 

香取「私達は―――」

 

提督「艦娘であり、艦娘は兵器であると言いたいのか。」

 

香取「・・・。」

 

提督「艦娘は兵器である前に一人の人間だ。聡明なお前ならば理解出来るだろう?」

 

香取「・・・。」

 

提督「人間、心にゆとりが無いとね。適度に働き、適度に休む。自分の体の限界をちゃんと理解して置かないと。」

 

香取「・・・覚えておきます。」

 

直人特有の思いやりの心、幾星霜を経ても不滅である。

 

提督「と言うか俺も暇だと釣りとか散歩とかしてるしな。」

 

香取「なんと言うか・・・厳しい軍規を敷いていないのは分かりました・・・。」

 

提督「締めるとこだけ締めればいいのよこう言うのはね。よく俺も大淀には怒られてるけど。」

 

香取「・・・。」(;´・ω・)

 

それを聞くとリアクションしづらい香取なのであった。

 

提督「んじゃ、そろそろ出発の時間だ、行ってくるよ。」

 

香取「あ、そうだったのですね。ご武運を。」

 

提督「まぁ、最善を尽くすよ。今回は実戦ではないから、その点気は楽さね。」

 

香取「それでも、油断は禁物です。」

 

提督「当たり前だろう? 人員も最強を揃えた。処置さえ誤らなければ、勝てると信じている。」

 

香取「そうですか・・・。」

 

提督「ではな、暫く留守にするよ。」

 

香取「お気をつけて。」

 

提督「うん。」

 

香取に見送られて、直人は司令部を後にするのである。

 

 

3月17日11時29分、直人と大淀、それに選抜メンバーは、サイパン飛行場からサーブ340B改で飛び立ち、一路厚木に向けてフライトに入った。因みに重量の(かさ)む艤装も一括で輸送する訳だが、そこはそこ、妖精さん達の力を使い、艤装を疑似的に稼働状態にする事で重量軽減の効果を発動させているからひとまとめに輸送できちゃう訳だ。

 

その後一晩を横鎮本庁の寮で過ごした一行は、鉄路を使い呉まで移動する事になった。その使用する路線と言うのが・・・

 

 

3月18日日本時間7時29分 ???車内にて

 

提督「よりにもよって“新幹線”なのかぁ・・・。」

 

そう、新幹線だった。

 

大淀「まぁ、手早く着きますからいいのでは?」

 

提督「と言うか上は端からその腹だったか。」

 

大淀「だと思います。」

 

ここまでで気づいた人、相当詳しい。

 

新幹線には駆逐艦や空母、潜水艦は兎も角として、それ以上のサイズの艤装、特に戦艦級のものを積み込むような場所は何処にもない! が、安心して欲しい。そこらへんは流石戦時で、新幹線用の貨物車両が連結されていて、艤装はまたしてもそちらに積み込まれている。

 

余談だが新幹線路線での貨物輸送は、2018年時点では行われていない。(構想のみ)

 

直人ら横鎮近衛艦隊一行も載せたN400系16+貨物2両編成は、一路西へ向けて時速270kmでひた走るのであった・・・。

 

 

その後、乗り換え等々も挟んで13時52分、一行は瀬戸内海に浮かぶ屋代島(山口県大島郡周防大島町)に(そび)える、大見山の麓に立つ巨大ラボ、第三技術研究所に辿り着いた。

 

提督「遠かったなぁ・・・。」

 

その通りなのだが言い方がすっごく軽い。

 

金剛「いよいよネー。」

 

提督「そうねー。」

 

大淀「お二人はもう少し緊張感をですね・・・。」

 

提督「戦場じゃないしなぁ。」

 

金剛「演習ですカラ。」

 

大淀「はぁ~・・・。」

 

「これはこれは皆様、到着を歓迎します。」

 

提督「―――久しぶりですね、“主任”。いや、今は“局長”ですか。」

 

直人らを出迎えたのは、白衣に身を包んだ三十路前の男性だった。左胸には名札を付け、右胸には略綬(りゃくじゅ)を付けているのが印象的だ。髪型は黒のショートヘア、顔つきにはやや鋭さを感じるが、表情には柔和な笑みを浮かべていた。

 

「お久しぶりです、紀伊元帥。」

 

大淀「提督の名を・・・。」

 

提督「彼が、ここの局長、小松 英翔氏だ。」

 

大淀「!」

 

小松「紹介に与りました、私がここの所長、小松です。まぁ取り敢えず中に、お荷物の準備もあるでしょうし。」

 

提督「そうさせて貰います。皆、荷物を持って屋内に。そこからは係員の指示に従ってくれ。大淀と金剛は俺と来てくれ。金剛の荷物は―――榛名、頼む。俺の荷物は分担して皆で運び込んで置いてくれ。」

 

榛名「分かりました。」

 

神通「はい。」

 

小松「流石は元帥、手際のいい事で。」

 

提督「そう飾らなくてもいいでしょう、小松所長も“元帥”なのでしょう?」

 

小松「鋭い観察眼、ご明察です。」

 

略綬と言うものは、その人が受けた勲章や身分などを簡略的に示すものであり、元帥と言うものは国にもよるが栄典的な側面もあるから、略綬の内に含める場合があるのだ。

 

小松「まぁ詳しい話は、中でしましょう。」

 

提督「ですね。」

 

直人は小松所長に続き、2人の艦娘を従えて研究所の中に入っていくのであった。

 

 

改めてこの研究所について簡単に説明しよう。

 

『海上自衛軍技術研究本部第三技術研究所』の公的名称を持つこの研究所は、通称を『三技研』と言う。

 

主な業務内容は、海上自衛軍で運用する将来兵器及び艦艇の研究模索、艦載兵器の試作とテストで、2050年7月1日付で、艦娘の総合研究が業務に追加され、艤装の新規研究もその中に含まれる為、封印されていた巨大艤装研究も解禁されて、巨大艤装の規格標準化の際に役立てられている。

 

そして、この業務追加に伴い編成されたのが、柱島第444艦隊の前身である『三技研艦娘研究艦隊』なのである。

 

 

14時06分 三技研第三研究室

 

提督「ここに来るのは、何年ぶりかな。」

 

小松「最後にいらしたのは47年の7月の事ですから、大凡7年程ですね。」

 

提督「そうか・・・あの計画からもうそんなになりますか。」

 

小松「時の経つのは、早いものです。」

 

提督「そうですね。そう言えば、今年幾つになられたんでしたっけ。」

 

小松「今年で29です。」

 

提督「そうでした。私も24になりましたよ。」

 

小松「お互い、年を取りましたねぇ。」

 

提督「まだまだ若い、と自分では思ってます。」

 

小松「そうでしょうね、まだ若いです。さ、どうぞ。あの日と同じ部屋が今の所長室なんですよ。」

 

そう言って通されたのが、第三研究室の奥にある部屋である。ここは元々小松所長が第三研究室長だった頃に使っていた部屋でもあるそうだ。

 

提督「懐かしいですね、あの日から変わってない。」

 

小松「そうですか?」

 

因みに後ろに控える艦娘達は物珍しさからか辺りを見回しっぱなしである。

 

小松「さて、まずは、遠路遥々御足労を頂きました事、感謝致します。」

 

提督「いえ。私個人としてはもう少し休みたかった所でしたが、久々の本土と言うのも悪くありませんね。」

 

小松「それは良かった。本日この後演習になりますが、その前にご挨拶の方をと思いまして。」

 

提督「そうですか。こちらこそ、我々としては貴重な機会を下さった事、感謝に堪えません。どうぞお手柔らかにお願いします。」

 

お互い、敬意を込めて試合開始前の握手を交わす。

 

小松「確認ですが、元帥も?」

 

提督「そうです。」

 

小松「それにしては随分と荷物が少ないようでしたが・・・。」

 

提督「それについては、本番までのお楽しみと言う所ですね。」

 

小松「成程。」

 

 

コンコンコン・・・

 

 

小松「どうぞ。」

 

「失礼します。」

 

扉を開けて入って来たのは一人の艦娘である。少なくとも彼は見慣れない艦娘である。

 

小松「紹介します。我が柱島444艦隊の旗艦で、本日の演習艦隊の総指揮を執らせる、秘書艦の大鳳です。」

 

大鳳「航空母艦、大鳳です。本日は宜しくお願いします。」

 

提督「宜しく。そうか、君が艦娘の大鳳だったのか。あぁいや、我が艦隊にはまだ着任していない艦娘ですので。」

 

小松「ほう、それは意外ですね。」

 

提督「まぁ、こちらも紹介しましょう。副官の大淀と、艦隊総旗艦兼秘書艦、今回の演習の当方総指揮を執る金剛です。」

 

直人に紹介された順に頭を下げる二人。

 

小松「宜しくお願いします。」

 

提督「では、早速準備の方に取り掛からせて頂きます。訓練区画を少しお借りしたいのですが宜しいですか?」

 

小松「構いませんよ。」

 

提督「では。」

 

そう言って直人と2人の艦娘は所長室を後にする。

 

小松「―――どうかな大鳳。あの3人は。」

 

大鳳「相当な修羅場をくぐったと言うのが、立ち振る舞いから分かります。」

 

小松「手強そうかい?」

 

大鳳「一筋縄ではいかないと思います。」

 

小松「そうか。指揮についてはいつも通り任せるよ。頼むぞ、大鳳。」

 

大鳳「お任せ下さい。」

 

 

14時17分 三技研水上区域・訓練区画

 

 

ザザザアアァァァァーーーッ

 

 

提督「成程、直進28.8ノットか。」

 

金剛「速いデスネー。」

 

直人は新艤装「紀伊(戦艦)」のテストをしていた。

 

提督「お前には負けるけどなー。ハッ―――!」

 

金剛に言われた世辞をそう返しながら、直人は思い切り飛んで空中で一回転した後、右腕の主砲を射撃して見せた。

 

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

 

金剛「オォ~、アクロバティックネー。」

 

提督「そりゃどうも。さて、行こうか。」

 

金剛「OKネー。」

 

直人は手早く切り上げると、瀬戸内海へと繰り出していく。

 

 

演習の想定は、横鎮近衛艦隊による泊地襲撃を、柱島第444艦隊が迎え撃つと言う想定。

 

 

~横鎮近衛艦隊~

 

提督「まず前提として俺が出るのは状況が不利になった時だけだ。それまではお前達自身の力量で判断し行動して貰う。その上で、瑞鶴の空母部隊は後方からのアウトレンジに徹し、金剛と神通は連携しつつ、金剛は正面から牽制、神通は隙を見て側背からの肉薄雷撃だ。但し金剛の本隊主体で戦局を動かしても構わない。」

 

金剛「OK。」

 

瑞鶴「分かった。」

 

神通「了解。」

 

提督「ではミーティングは以上。即席だが、皆頼むぞ。」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

 

~柱島第444艦隊~

 

対する柱島第444艦隊のオーダー表は以下の通り。

 

中核部隊 旗艦:大鳳

霧島・榛名・赤城・加賀・神通・磯風・黒潮

 

右翼打撃部隊 旗艦:長門

陸奥・飛龍・三隈改・秋月・時雨

 

左翼打撃部隊 旗艦:武蔵

飛鷹・龍鳳・川内・吹雪・睦月

 

空母の数ではこちらが圧倒している上、前線の艦娘の数では比較にならない。しかしそこは考えもある・・・。

 

 

大鳳「今回は単純明快です。空母の皆さんは敵の空母を、他の艦で敵の前衛艦隊を突破します。」

 

長門「成程、腕が鳴るな。ビッグ7の力、見せてやる。」

 

武蔵「敵に私に匹敵し得る者はいない。蹴散らしてくれる!」

 

大鳳「相手は恐らく相当な強者揃いです。油断せず、ベストを尽くしましょう!」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

 

両軍士気は抜群に高い。戦機は熟しつつあったと言えるだろう・・・。

 

 

15時丁度―――

 

 

「“これより、横鎮防備艦隊対、柱島第444艦隊の演習を開始する! 作戦目標は、攻撃側、敵艦隊の壊滅! 防衛側は二一〇〇時まで基地防御を成功させる事とする! 両隊、作戦開始!”」

 

瑞鶴「各艦、艦載機発艦!」

 

金剛「艦隊突入、水雷戦隊、フォローミー!」

 

神通「了解!」

 

提督(うん。初手はこれでいい。)

 

 

大鳳「航空隊、発艦始め!」

 

長門「前進! 敵の第一撃を防ぐぞ!」

 

武蔵「長門に合わせて前進するぞ! 各艦続け!」

 

 

小松(お手並み拝見と行こう。)

 

今回の態勢、実は横鎮近衛側が不利である。理由は次の四点。

 

1:水上兵力で相手に対し圧倒的に劣勢である事。

2:航空戦力の練度でこそ勝るが量に於いて劣勢である事。

3:艦艇、特に戦艦の質と量の双方で劣勢である事。

4:横鎮近衛艦隊が攻撃側である事である。

 

一点目は、敵は打撃部隊3部隊を各サイドに展開しているのに対し、横鎮近衛艦隊は打撃部隊が1個部隊のみで、後は機動部隊と水雷戦隊であるから劣勢は避けられない。

 

二点目は、空母の数が横鎮近衛4隻に対し、444艦隊は軽空母も含め5隻いる。おまけに赤城と加賀は完全に被った為、翔鶴型2隻VS飛龍(改二)・龍鳳(改)・飛鷹(改)の3隻で搭載機を比べた場合では数的に不利になる。但し翔鶴型は2隻とも改への改装を済ませている為、差は幾分縮まると見る事も出来る。

 

 

三点目については、戦艦の数からしてとんでもない差で、

 

金剛・榛名 VS 榛名・霧島・長門・陸奥・武蔵

 

で、隻数に於いて2.5倍。更に金剛級2隻で互角の所へつけて、長門級2隻と大和型戦艦1隻がなんと追加で付いて来ている訳である。46㎝砲に最適化されている金剛はさておき、榛名は41cm砲に換装したとはいえ、榛名では未だに貫徹出来る相手ではない。が、ここまで読んで頂いた諸氏には、横鎮近衛に切り札がいる事はお分かり頂けているだろうと思うので敢えて詳述しない。

 

 

 四点目は戦術的な原則が問題となる。

ズバリ、「戦力三倍の法則」である。

 

何かと言うと、攻撃側が防御されている敵の拠点ないし陣地に突入する場合は、最低でも敵に対し三倍の兵力を用意せよと言う、用兵上の原則である。注意すると、たとえ三倍の兵力を用意したとしても、ランチェスターの法則を初めとする各種要素も組み合わさる事になる為、それだけで勝てると言う訳ではない。

 

要するに「準備万端待ち構えてる敵部隊に同じ位の部隊をぶつけたら当然負けるから、より多くの兵力を揃えましょう!」と言う程度のものだと言う認識で良い。

 

 

金剛(距離は4万―――3万5000で砲戦ですね。)

 

武蔵(距離約4万、いつも通り3万5000mだな。これで初撃を完封出来る。)

 

お互い考える事は同じ、そして金剛の砲戦距離はその持つ主砲本来の持ち主である大和級と同等である。

 

 

15時10分 柱島第444艦隊左翼部隊(武蔵隊)

 

 

―――ォォォォォ・・・

 

 

武蔵「この音は・・・?」

 

小松艦隊の武蔵が、小さいが奇妙な音に気付く。

 

吹雪「なんでしょうか・・・?」

 

飛鷹「さぁ・・・?」

 

6隻の艦娘達が疑問に思う中で、音は徐々に大きくなる。それを視認した時、動揺が走った。

 

武蔵「あれは―――敵機か!?」

 

龍鳳「凄いスピードですよ!?」

 

吹雪「迎撃しないと!」

 

襲い掛かったのは、噴式爆撃機「噴式景雲改二」であった。本来、巨大艤装紀伊が搭載している筈のものである。

 

遡る事2日前、サイパンを出発する前の事である。

 

 

3月16日21時19分 艤装倉庫

 

提督「―――。」

 

 

コッコッコッ・・・

 

 

「あっ、提督。なによ、こんな時間に呼び出したりなんか。」

 

提督「来たな瑞鶴。」

 

瑞鶴「えぇ、来たわよ。」

 

提督「別にやましい事ではないんだ、と言うか、重要な事だ。」

 

瑞鶴「ふーん?」

 

提督「―――これを。」

 

瑞鶴「これは・・・?」

 

直人が手渡したのは、1本の艦載機発艦用の矢であった―――

 

 

~15時00分~

 

―――頼むわよ。

 

瑞鶴「行きなさいッ!」

 

 

ヒュッ―――ゴオオオオオオ―――ッ

 

 

瑞鶴「うっ―――!?」

 

発艦直後、強烈なブラストを受ける瑞鶴。流石に思わず面食らって言う。

「やっぱりと言うか、これはきついね・・・。」

 

翔鶴「瑞鶴、大丈夫!?」

 

瑞鶴「大丈夫よ、流石に噴流が凄いわね・・・。」

 

翔鶴「無理矢理運用しているんだもの、これを改善して行けば、私達でも扱えるかもしれないわね。」

 

瑞鶴「だといいんだけどねぇ・・・。」

 

 

~現在・小松艦隊左翼艦隊~

 

飛鷹「どういう事!? あの機体、私達が使ってるのとは全然違う!」

 

小松艦隊の飛鷹がそれに気づいたのは、既に左舷至近距離まで迫られてからであった。

 

5機の噴式景雲改二は、反跳爆撃で80番爆弾を投下すると、全速力で突っ切る様に突破し離脱する。その内の一弾は・・・

 

吹雪「きゃぁっ!?」

 

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

 

見事に吹雪を捉え、同艦娘は一撃で戦闘不能判定が出たのであった。駆逐艦に800㎏爆弾が直撃したのだから、まぁそんなものである。

 

他に武蔵にも1発が命中したが、左舷の防盾付き高角砲3基を総なめに薙ぎ払い、特に中央の1基は直撃を受け見る影もなくスクラップと化し、更に装甲を歪ませるところまでが限界であった。武蔵に投弾されたのは徹甲爆弾であったがそれでも装甲を貫徹するに至らなかったところに、武蔵の堅牢さが如実に表れていると言えるだろう。

 

艦娘による最初の噴式強襲は正にこの時であったが、噴式景雲改二が巨大艤装で運用する為の装備であり、それを噴式機運用に必要な装備さえ備えない空母艦娘の艤装で無理矢理運用した事から、1回限りしか使えない事は明白だった。そう何度も使えば、飛行甲板が燃えて使用不能になるからである。

 

 

瑞鶴「先行した景雲から入電、攻撃成功!」

 

翔鶴「やったわね。」

 

瑞鶴「うん!」

 

加賀「次は、私達の番ね。」

 

赤城「そうね。」

 

加賀「一航戦には負けてられません。」

 

赤城「―――三航戦攻撃隊、攻撃態勢に入ります!」

 

 

瑞鶴の噴式強襲に遅れること13分、小松艦隊左翼の上空に、120機の第一次攻撃隊が現れた。

 

飛鷹「こちらに先に来たみたいね。」

 

龍鳳「迎撃します、本隊へ、敵機来襲です、応援を要請します!」

 

大鳳「“本隊了解、戦闘機を向けるわね。”」

 

 

赤松「今回はいつもとは一味違う、心してかかれ! 行くぞォ!!」

 

赤松少佐の雷電隊、いつもより気合が入っている。

 

赤松(相手の機材は零戦ばかり、性能差を見せてやるぞ。)

 

さらに高度優位さえ取っている。雷電にとって、土俵は完全に整ったと言えるだろう。

 

赤松「全機、突入!」

 

赤松少佐機のダイブに続き、雷電隊は一斉に小松艦隊の直掩隊に襲い掛かったのである。

 

 

直掩の戦闘機の数は41機、雷電隊は16機。しかし戦力に於いて直掩機が約2.5倍であった筈のその結果は目を覆うものになった。

 

雷電隊は8機ずつに分かれて編隊の両端を狙い降下、その目論見通り、腕のまだ未熟な補充兵(妖精)が大半を占めていた機体を、10機纏めて叩き落としてしまったのである。

 

一方の直掩機もこれに反応し機首を翻したまでは良かったものの、既に第一撃を終えた雷電は上昇に移った後であり、到底追い付く事は出来ず、編隊を組み直そうとした正にそのタイミングで第二撃がまたしても上方から降り注ぐ形になってしまう。

 

こうなってしまうと雷電の独壇場であり、飛鷹と龍鳳の艦載機で構成された直掩隊は四分五裂で逃げ惑う羽目に陥ってしまったのである。その間に赤城制空隊に守られた攻撃隊は悠々と攻撃に移っていたのだった。

 

 

15時32分 小松艦隊左翼隊

 

飛鷹「何が―――何が起こってるって言うのよ!?」

 

余りにも圧倒され狼狽する飛鷹。これが編成上は退いたとはいえ一航戦の看板を担った空母の、その特異点を持った艦娘の実力であった事は事実である。

 

武蔵「対空戦闘、防ぎ止めるぞ!」

 

睦月・川内「「了解!」」

 

武蔵の堂々たる威容にどうにか動揺を抑えていた2人が武蔵と共に対空戦闘に移る。しかし有効な対空射撃を行えたのは結局この3隻だけであり、龍鳳と飛鷹は事態の収拾に追われてキャパオーバーであり、吹雪は早々に戦線離脱を強いられている。

 

 

~14分後~

 

龍鳳「大鳳さんの、仰っていた通りでしたね・・・。」大破

 

飛鷹「そうね、洗練され過ぎてる・・・。」大破

 

川内「嘘でしょ・・・?」中破

 

睦月「にゃし・・・。」大破

 

武蔵「まさか、横鎮防備艦隊が、これ程までとは・・・。」小破

 

※大破した場合戦闘不能判定

 

小松艦隊左翼隊は壊滅した。戦闘機による攪乱に続く突入でタイミングを逸らされたのが最大の敗因であった。攻撃を終えた機体はすぐさま反転離脱をかけた為損害もそれ程強いる事が出来ず、その嵐のような素早さに、大鳳の指示で急行した直掩隊も間に合わなかった程であった。

 

そして雷電に散々痛めつけられた直掩機も、殆どが撃墜された挙句、残った機体も殆どが飛行に堪える事が出来なかったのだった。

 

武蔵「―――まだだ。私は責任を果たす。少しでも長く、ここを維持しなくては。」

 

川内「私もまだいけるわ、引き揚げろなんて野暮な事言わないでよね?」

 

武蔵「あぁ、分かった。」

 

 

同じ頃、空母部隊に向かった小松艦隊攻撃隊はと言うと・・・。

 

 

~横鎮近衛艦隊金剛本隊~

 

摩耶「ヘッ、言うほどじゃぁねぇな。」

 

なんと金剛の本隊に捕捉され、その上空で待ち構えていた岩井・岩本両小隊を含む一航戦直掩機と、摩耶らの対空砲火によって散々に追い散らされていたのである。

 

この時、瑞鶴率いる空母部隊は翔鶴の艦偵隊を使い敵攻撃機を捜索、それを発見させる事によってそれを敵に追尾させ、敵攻撃機をまんまとおびき出したのである。正にこの辺りが航空戦に於ける“経験の差”でもあっただろう。

 

金剛「上手く行ったネー。」

 

瑞鶴「“そうね、後頼むわよ。”」

 

金剛「勿論デース! 距離3万5000、全砲門、ファイアー!」

 

 

ズドドオオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛の46cm砲12門が一斉に火を噴く。砲門数は武蔵の9門を主砲1基分上回ってさえいる、その点で武蔵は不利でさえあったのである。

 

鈴谷「さぁ、皆行くよ!」

 

北上「OK!」

 

摩耶「おうよ!」

 

榛名「分かりました!」

 

鈴谷が指揮を引き継いで、射程の足らない艦が前進を開始する。

 

 

武蔵「―――!?」

 

武蔵にとっては予想だにしない砲炎に、さしもの彼女も驚きを隠せなかった。正に射撃しようとしたその刹那の事だったからである。それによって砲撃が止まった程であった。

 

川内「・・・武蔵?」

 

武蔵「―――いや、何でもない! 砲撃開始!」

 

 

ズドドオオオオォォォーーー・・・ン

 

 

金剛に遅れること6秒、武蔵も砲撃する。彼我の距離約3万5000、敵への到達はなんと90秒程かかる。46cm砲はその装填に理論値30秒だが、実際には50秒程度かかったと言う。いや、それでも着弾するまでに第二射が撃ち込まれるような超遠距離砲戦である。これ程の砲撃戦を繰り広げられる戦艦は、深海棲戦艦らも含めてもそう多くはいない。

 

 

そしてきっかり50秒で双方共に第二射を放ち、更にその40秒後の事である。

 

 

~金剛~

 

ドドドドドドォォォォォーーーー・・・・ン

 

金剛「そんな簡単には当たらないネー。」ペロリ

 

 

~武蔵~

 

ドドドドドドゴオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

武蔵「―――!?」

 

川内「うわああああっ!?」

 

武蔵「川内っ!?」

 

(電子音声)「“川内、戦闘不能、後退して下さい。”」

 

武蔵「初弾を直撃だと―――? 馬鹿な、どんな腕をしていると言うんだ!」

 

金剛の力を知らない武蔵が狼狽する。武蔵の砲弾は全てが外れたのに対し、金剛の砲弾はその散布界内に川内と武蔵を纏めて捉え、あまつさえその内の一弾を直撃さえさせて見せたのだった。

 

 

金剛(まず護衛は後退させたネ、あとは―――)

 

金剛が第三斉射を放つ。状況は完全に、金剛のワンサイドゲームの様相を呈していたのである。

 

 

提督(金剛はよくやっているな。技量の差が如実に表れてもいるが、何よりその特異点が武蔵との差を決定的にしてもいるようだ。)

 

金剛の能力である超精密射撃と各砲個別射撃の組み合わせ(各砲個別精密射撃)は、他の艦娘には稀有な程正確な射撃を可能とする。これに匹敵し得るのは巨大艤装位である、と言えば分かるだろう。

 

 

~数分後~

 

武蔵「くっ・・・何故だ、相手は金剛型の筈。それが46cm砲を使って、何故ここまで正確に!」

 

状況を全て把握する事も出来ないまま、武蔵はその戦闘力の半分を喪っていた。主砲の使用可能門数は4門、背負い展開式の3番砲塔は脱落(判定)し使用不能、1番砲塔は辛うじて全ての砲が撃てたが、2番砲塔は左の1門以外は砲身が半ばから吹き飛んでいた。

 

武蔵「―――!」

 

ドドドドドドゴオオオォォォォーーーー・・・ン

 

武蔵「ぐっ!?」

 

第9斉射で遂に武蔵が膝を折った。その斉射の内の一弾が、何の運命の悪戯か、先の噴式強襲で直撃された際の被弾痕に突き刺さってしまったのである。この1発で武蔵は一撃で装甲を貫通されてしまったのである。

 

武蔵(まだだ・・・増援が来るまで、ここを持ち堪える!)

 

武蔵の闘志に、衰えはない。

 

武蔵「そうだ、当ててこい! 私はここにいるぞ!!」

 

 

~更に数分後~

 

金剛「しぶといネー・・・。」

 

榛名「“流石ですね。”」

 

金剛「最強の戦艦(バトルシップ)の名は、伊達ではないと言う事デスネー・・・。」

 

この世界線に於いても、大和に比肩しうる通常動力の戦艦は殆ど存在しない。いるとすればモンタナ級戦艦6隻がそれに当たるだろうが・・・。

 

金剛「余り長引くと敵の応援が来るネ、ここで決めるヨー!」

 

金剛は武蔵に対する攻勢を強化するが、それにも拘らず武蔵は20分もの間しぶとく抵抗を続け、遂に大井と北上による雷撃が行われた。

 

大井「本当にしぶといわね。」

 

北上「まぁ、中々手強かったよね~。」

 

榛名「でも、これで終わりの筈です。」

 

北上「だといいね~。」

 

 

一方の武蔵は最早航行不能になってはいたが、辛うじて大破判定が出ていなかった。

 

武蔵「―――もうダメか。だが―――」

 

しかし武蔵の目に、悲壮感は無かった。

 

ヒュルルルルル・・・

 

榛名「!?」

 

金剛「エッ!?」

 

ドドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

突如として降り注ぐ砲弾、誰が言うともなく周囲を見渡し、そして気付く。

 

鈴谷「3時の方向敵艦隊!!」

 

 

提督「なに、新手だと!?」

 

瑞鶴「嘘!?」

 

金剛「“数は6隻、多分右翼部隊が来たんだと思うネ。”」

 

提督「―――連戦で打撃部隊を相手するのは危険だな。金剛、一旦後退して態勢を立て直すんだ。瑞鶴、攻撃隊を敵本隊に。但し、これは牽制だからそのつもりで行け。」

 

金剛「OKネー。」

 

瑞鶴「分かった。」

 

 

~同刻・小松艦隊本隊~

 

大鳳「・・・“後方の空母部隊から艦載機が出た”わね。航空隊発艦。上空を固めるわよ。」

 

赤城「はい。」

 

加賀「分かったわ。」

 

大鳳「このままじゃ終わらないわ。私の力を見せてあげる。」

 

大鳳が持つ能力、その正体とは・・・。

 

 

金剛「完全に側面を取られてるネ、隊列を整えるヨー!」

 

本隊全員「「了解!」」

 

金剛「神通さんはその間敵を牽制して下サーイ!」

 

金剛はここで絶妙な艦隊指揮を見せる。突入してくる右翼の長門隊の突入に対し、まず金剛がその鼻先に46cm砲弾を放り込んで出鼻を挫くと、その背後で鈴谷と榛名の指揮の下で本隊が陣形の再編を始め、長門隊の反撃が始まったタイミングで神通の水雷戦隊が放った雷撃が届くと言う完璧な連携を見せたのである。

 

それによって陣形をかき乱されている間に金剛が引き、神通らも颯爽と引き上げた後と言う、艦隊戦に於ける艦隊運用の妙技を金剛らは見事にこなしてのけたのだった。

 

 

提督「ほう、巧みだな。」

 

直人はその様子をプロットを通して見ていたが、彼を唸らせるには十分と言えた。

 

提督「金剛も歴戦の将と言えるレベルになったと言う事だ、成長ぶりをこうして見れた事はいい収穫だったと言えるだろうな。」

 

瑞鶴「“なら、私達もきちんと役割をこなさなきゃね。”」

 

提督「そうだぞ、頼むぜ。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

16時07分、瑞鶴と翔鶴の航空隊で構成された第二次攻撃隊は、小松艦隊本隊への攻撃を開始した。のだが―――

 

 

16時08分 横鎮近衛艦隊本隊

 

金剛「陣形再編完了、砲撃戦、用―――」

 

摩耶「!? 敵機直上!」

 

金剛「Watt(ワット)!?」バッ

 

突如急襲する小松艦隊の艦爆隊、砲撃測距中だった為その対応には相応の時間がかかる。

 

摩耶「舐めるな! 不意打ちだったら勝てるとでも―――!」

 

ドドドドドドドォォォォォーーーー・・・ン

 

摩耶の高角砲が一斉に火を噴く。それに呼応する形で、各艦の対空火器が猛烈な火箭を打ち上げる。一挙に上空は砲弾の炸裂で黒く染まっていくが、艦爆隊は損害を恐れず攻撃針路を取り続ける。

 

摩耶「なんだあいつら、これまでの連中とは訳が違う!」

 

全く編隊を乱さないその様子に、摩耶も只者でない事を見抜いた。この艦爆隊こそ大鳳航空隊の主戦力であり、第一次攻撃では温存されていた彗星一一型(小松隊)、その本隊12機だったのである。

 

鈴谷「来るよ! 敵機急降下!!」

 

金剛「まだデース、投下するまで引き付けるネ! 目を離しちゃダメヨー!!」

 

金剛もさるものだ、早過ぎる回避運動が意味を為さない事を知っている。各艦に注意を喚起し、自らも敵機の軌道を注視する。

 

高度700m、敵機が爆弾を投下した正にその瞬間、各艦はすぐさま急激に進路を転換し、小松隊渾身の急降下爆撃は1発も直撃しなかった。が、事態はそれだけでは終わらなかった。

 

浜風「雷跡右55度、数12、向かってくる!」

 

金剛「魚雷!? 潜水艦なんてオーダー表には!」

 

浦風「重雷装艦もリストに無い筈じゃけぇ、どっから!?」

 

浜風「兎に角回避しましょう!」

 

榛名「敵弾、来ます!!」

 

大井「ああ~もう! どうしてこうも次から次へと!!」

 

金剛「まずは回避運動に専念するデース!」

 

一同「「了解!」」

 

 

~一方・・・~

 

提督「チッ―――!」

 

ザザザァァッ

 

同じ頃、攻撃を受けていたのは単艦でいた直人であった。雷撃機24機による波状攻撃を受けて防戦していたが、既に4本の魚雷を回避し、2機の雷撃機を撃墜している。

 

瑞鶴「“提督、持ちそう?”」

 

提督「なんとかな、しかし念には念を入れよう。急いでくれ。」

 

瑞鶴「“分かった。”」

 

瑞鶴も直掩機の一部を割いて全速力で14km先の紀伊上空に向かわせていたのだが、既に攻撃が始まった後であった。

 

提督「それまで、数分間持たせないとな。」

 

紀伊の持つ高角砲は全部で8基16門、機銃は約90挺を装備している。そしてそこに、巨大艤装紀伊の霊力機関コアから部分的に引き継いだ能力である、劣化してはいるが強力な射撃管制能力を以って、なんとか敵の攻撃を防いでいたのだった。

 

提督(何か・・・変だ・・・。)

 

彼はここ10分以上の間に立て続けに起こっている出来事の連続に違和感を覚えていた。何かがおかしい、得体の知れないその虫の報せだけでも掴んだ事は、彼が歴戦の強者である何よりもの証拠であったに相違ない。

 

 

16時31分―――

 

大井「やるわね・・・。」

 

鈴谷「とんでもなく畳み掛ける様な攻撃だったね・・・。」

 

金剛「し、凌ぎ切ったネー・・・。」

 

榛名「今がチャンスです、一挙に眼前に敵部隊を!」

 

金剛「勿論デース! 全艦、突入!」

 

苦戦約40分、金剛らは見事に小松艦隊の猛攻を耐え抜いた。大井が中破し、鈴谷と浦風は小破したものの、全艦未だに健在、敵の攻撃の合間を縫って一挙攻勢に転じたのである。その切り替えは余りにも鮮やかであった。

 

 

長門「応戦だ!」

 

陸奥「撃てーッ!!」

 

小松艦隊右翼隊も果敢に反撃する。が―――

 

ズズウウウウゥゥゥゥゥゥゥーーーー・・・ン

 

秋月「ッ―――!?」

 

飛龍「キャァッ!?」

 

長門「なんだと―――!?」

 

それは、偶然とはいえ見事な時間差攻撃であった。大井が被弾する直前に放った魚雷40射線雷撃が、金剛らの攻勢遷移後少しして到達し、秋月と飛龍の2隻をたちまちの内に討ち取ってしまったのである。

 

 

大井「魚雷命中!」

 

金剛「ナイスタイミングデース!」

 

大井「当然でしょう? さぁ、一気に片付けましょうか!」

 

鈴谷「さっすが大井っち~、やっる~!」

 

大井「次はあなたの番でしょ?」

 

鈴谷「だね、頑張っちゃおっかな~!」

 

この時点で横鎮近衛艦隊の士気は最高潮に達していた。この士気の差が、右翼隊の突破にそれ程の時間をかけなかった事は言うまでも無かったが、ただで済んだ訳ではなかった。

 

 

17時02分

 

提督「そうか、あの榛名がな・・・。」

 

金剛「“そうネー。出来れば、提督の出戦をお願いするデース。神通さん達もこれ以上の損害は・・・。”」

 

横鎮近衛艦隊は右翼隊との交戦で、中破艦3・小破艦4を出し、榛名が大破して戦線を離脱していた。何よりも、敵の戦艦長門を撃ち漏らした事が問題になりつつあった。ここまでの間に更に3回の航空攻撃を行ってもいたが、本隊への航空攻撃は余り芳しい結果を挙げているとは言えなかった節があるのだ。

 

提督「・・・仕方があるまい、戦にも相手のある事だ、そう言う時もある。ここはひとつ私が出て、埒を開けるとしよう。」

 

金剛「ありがとうデース、提督。」

 

提督「他ならぬ、お前の頼みだ、金剛。」

 

金剛「“それでこそ、将来の旦那様デース。”」

 

横鎮近衛一同((はいはい。))

 

それ程楽観も出来ないまでも、いつものペースを崩さないのは流石と言えるのだろう。戦場で惚気話が出るのはどうかと言う点はさておくとしても。

 

瑞鶴「“ここからどうする? 正直航空攻撃は続けてるけど、日没が近いよ?”」

 

提督「夜間まで継続実施する。我が艦隊の実戦行動能力を示してやれ。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

榛名「“ですが大丈夫ですか? 敵の航空戦力は・・・。”」

 

提督「敵空母は3隻しか残っていないな。だが、ここまでの迎撃によってこちらも航空戦力は半減していると言っていい。戦力的には若干劣勢だが、ここから日没になるから、迎撃効率は下がる一方だ。こうなると経験の差がモノを言うだろう。」

 

榛名「“そうですね。”」

 

提督「我が艦隊の第三航空戦隊が、ただの赤城と加賀でない事を分からせればそれで良かろう。さて、すぐ合流するから待っていてくれ。」

 

金剛「OKデース!」

 

 

大鳳「遂に出てきますか・・・。」

 

赤城「どうするんです?」

 

大鳳「夜間に私達が出来る事はありません、が、私達が実験部隊であると言う特性を最大に生かしましょう。」

 

赤城「はい。」

 

加賀「敵第6波、来るわ。」

 

赤城「随分と執拗ですね。」

 

加賀「航空攻撃が出来なくなるからでしょう、日没までに出来る限り打撃を与えたいのでしょうね。」

 

大鳳「・・・本当にそうかしら?」

 

長門「―――どうした?」

 

大鳳「本当に“日没だから”、それだけなのかしら・・・。」

 

赤城「何かある、そう言う事ですか?」

 

大鳳「可能性はあります。警戒して下さい。」

 

大鳳は多少訝りながらも、まずは対応に取り掛かるのであった。

 

 

17時37分、柱島沖の日は落ちた。前後して、集結を終えた横鎮近衛艦隊水上部隊は、いよいよ敵の本隊が待ち構える泊地に対する突入を開始した。

 

文字通りの指揮官先頭、直人(戦艦紀伊)の右後方に神通の水雷戦隊、左後方に金剛の本隊を従え、複縦陣で堂々と一挙に本陣直撃を目指していた。その上空を、一航戦航空隊が飛び越していく。日の沈んだ後の暗い洋上を空母を離発着して飛べるのは、正に横鎮近衛艦隊ならではの精強ぶりが成せる業である。

 

 

17時58分頃―――

 

提督「静まり返ってるな。」

 

金剛「水上艦はあと5隻の筈ネ、チャンスを窺っていると見て間違いないネー。」

 

神通「前方に障害物! あれは・・・?」

 

提督「艦娘相手に障害物だと・・・?」

 

全員が目を凝らし前方を注視すると、確かに複数の物体が浮いているのが見て取れた。

 

提督「―――なんだあれは?」

 

次の瞬間である。その障害物からいくつもの光が発したのは―――

 

提督「砲炎―――!」

 

直人はすぐに、自分達が射撃された事に気付いた。しかし遅すぎた。

 

ドドドドドドドオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

提督「くっ、浮き砲台か、皆大丈夫か!」

 

金剛「全艦健在デース!」

 

提督「辛うじて被害は無しか―――反撃するぞ、撃て!!」

 

一同「「了解!」」

 

 

赤城「“気付かれたようですね。”」

 

大鳳「仕掛けそのものは単純だから当然でしょうね。でも、それが機動力を持っていたらどうかしら。加賀さん、そちらの浮航砲台の内12基をD2ポイントに移動してください。」

 

加賀「“了解。”」

 

大鳳(目は使えないけど、位置の把握なら簡単に出来る!)

 

大鳳は彼女らしか持ち得ないような手法を駆使して、横鎮近衛艦隊に対抗する他に手も無かった。お互い様と言えない事もないが。

 

 

提督「成程、艦娘の機能、その限定的な機械化か。三技研のやりそうなことだな。」

 

サックリ片付けて発した第一声がこれなのだから余裕である。

 

ドオオォォォォーーーー・・・ン

 

提督「ぬ!?」

 

神通「左舷正面に先程の物と同じ物が!」

 

提督「なんだと!?」

 

最上「さっきまで何も!」

 

鈴谷「移動出来たりとか・・・?」

 

提督「あり得る話だ。今後あれの事は浮航砲台(ふこうほうだい)と呼ぼう、撃ち返せ!」

 

金剛「ファイアー!」

 

側面を取ってこの有様なのは、彼らが揃って歴戦の雄である事を示していた。

 

 

加賀「“浮航砲台B6~18が全滅したわ。”」

 

三技研側と横鎮近衛艦隊側で、この浮き砲台の呼称が一致したのは単なる偶然であるが、三技研でもこの新兵器は“浮航砲台”と呼ばれていた。

 

大鳳「やりますね・・・側背面からの攻撃を強化して下さい、ゲリラ的にです!」

 

加賀「“分かったわ。”」

 

赤城「“了解!”」

 

 

小松「ふむ、ここまで浮航砲台の試作品は戦果無しか。やはりこの程度の性能ではどうしようもない様だ。時間稼ぎにはなるようだが・・・。」

 

送られてくるデータを参照しながら、小松所長は自身の“作品”の論評をしているのだった。彼自身にそれ程作戦指導能力はない、だからこそこう言った時には秘書艦である大鳳の手腕に全てが委ねられるのである。

 

彼に出来る事は、艦娘達がより効率よく、よりパワフルに戦えるようにする事。その方法を模索すると言う、技術者らしい手法によってのみであったのだから。

 

 

提督「これで6度目か、多いな。」

 

18時半前になっても、直人らは本陣まで辿り着けずにいた。敵の散発的な浮航砲台による襲撃で警戒を厳にしつつ島の中に入っていっただけに、その侵攻速度は遅かった。

 

提督「・・・これでは敵の思う壺だな。時間を稼がれているようだ。」

 

神通「突破しますか?」

 

提督「そうだな、浮航砲台も数が揃えばそれなりに手強い事が分かったが、結局は玩具の様な代物だ、ならばこの際、一点突破で直に攻撃するのがいいだろうな。」

 

神通「分かりました。」

 

提督「大井、北上、浦風と浜風は別行動だ。」

 

大井「え?」

 

北上「別働ねぇ。」

 

浦風「何をするんじゃ?」

 

浜風「私は構いませんが・・・。」

 

提督「いいか―――」

 

この時4人に耳打ちした策が、後々に効く事になる―――

 

 

赤城「“敵、突破してきます、砲台に見向きもしません!”」

 

 

提督「行くぞ! 雑魚に目もくれるな!!」

 

 

18時32分、艦隊が再突入を開始した。目標は敵泊地中心部、他には目もくれず全速力で突き進んでいく。

 

 

大鳳「―――本番、と言う訳ですね。」

 

大鳳はそう感じ取った。文字通り、遊びは終わりだと言う事であった。

 

大鳳「全火器管制オンライン! 拠点防衛用装備の実戦テストも兼ねてるわ、しっかりやるわよ!」

 

赤城「“分かりました、砲台は防衛ラインまで下げます。”」

 

大鳳「お願い。全艦戦闘配置!」

 

残存艦艇「「“了解!”」」

 

大鳳が全戦力を集結、ないし起動させる。一体これ以上に何があると言うのだろうか・・・。

 

 

18時51分

 

提督「撃ち方始め!」

 

 

大鳳「射撃開始!」

 泊地へ突入した横鎮近衛艦隊と、迎え撃つ小松艦隊が砲戦を開始する。中破した長門は兎も角、まだ金剛型戦艦2隻を残しているだけに油断が出来ない。

 

が、それ以上の問題が発生した。

 

提督「―――!!!」

 

ズドドドドドドドドドドドドドオオオオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

尋常ではない数の水柱が屹立したのである! それも小型砲などではなく、戦艦クラスの大型砲のものであった。

 

「な、なんだなんだぁ!?」

思わず声を上げる直人。

 

金剛「砲撃・・・でも数がおかしいヨー!?」

 

提督「またか、また()()()か!」

 

神通「ですが、水上に障害無し!」

 

提督「へあっ!? ま、まさか、ガチの砲台か!?」

その言葉を裏付けるかのように、時雨からの報告が飛ぶ。

「―――敵艦隊背後の島沿岸に砲炎多数!」

 

夕立「砲台っぽい!」

 

提督「砲台なら戦艦クラスの砲も使えらぁな・・・。」

 

「悠長な事を言ってる場合じゃありません!」

そう鋭く指摘する神通だが、彼女が思っているほどこの時の彼は呑気でも慌ててもいない。

「分かってる。問題はあれが自律式なのか制御式なのかだ。それを見極めんと対応出来ん。瑞鶴、聞いてたな?」

 

瑞鶴「“聞いてたわよ提督。砲台は任せて頂戴。撃ちまくっているなら、照明弾なしでも出来るわ!”」

 

提督「ヒュ~ゥ♪ 心強いお言葉だ、頼むぞ!」

 

「“勿論!”」

 瑞鶴の艦載機部隊は優秀な夜間行動能力を持ち合わせている。それは持ち前のものではなく猛訓練で培われたものであったが、この時ばかりは自身の采配が吉と出た形となった。

その頼もしい言葉を受けた直後、雪風から新たな報告が飛ぶ。

「右前方に障害物、さっきの砲台です!」

それを聞くや直人が即断する。

「成程、この辺りが防衛ラインと言う訳だ。突破するぞ、雪風達、行けるか?」

 

天津風「任せなさい!」

 

島風「いつでもいいよ~。」

 

雪風「御命令、どうぞ!」

 

提督「よし、十六駆は一挙前進して敵砲台を殲滅せよ! お前達3人の連携を見せてやれ!」

 

雪風「承りました、突撃します!」

 

島風「島風先陣! いっくよ~!」

 

天津風「天津風、突撃!」

 直人の命令の下、3隻の駆逐艦娘は島風を先頭にして一列に突入して行く。ここまでの戦闘で残った浮航砲台も砲撃するのだが―――

 

ドォンドオオォォォーーー・・・ン

 

島風「おっそーい!」ザザァッ

 

ガァァァァァン

 

天津風「この程度の砲撃で、私の盾は貫けないわよ? 沈みなさい!」

 

ドオォォォーー・・・ン

 

天津風の放った一撃は、重巡並みの装甲を施されている浮航砲台を、たった一撃で爆砕する。明らかに駆逐艦の主砲の一撃ではないが、これが天津風が持つ特異点であった。

 

島風「魚雷、着弾~。」

 

ドドドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 島風の雷撃により4基の浮航砲台が立て続けに粉砕される。雪風は持ち前の技量で砲撃を回避しながら、砲撃と雷撃で丁寧に1つずつ砲台を叩き、また2人をアシストしていた。

雪風の戦闘スタイルは、2人に比べると派手さがない。基本に忠実、フォームも普通、精度も普通、威力だって普通、能力的にも他の艦娘と比較して多寡がある訳ではない。あるのは持ち前の技量と、それによって引き出される異常とまで言われる幸運だけである。

だからこそ、駆逐隊旗艦を務める雪風は敵と一線を置いて、少し後ろから状況を把握する事で駆逐隊全体を優位に戦闘させるスタイルを取っていたのである。

 

天津風「いくわよ、島風!」

 

島風「ほーい!」

 天津風の合図で天津風が島風の前に立って前進し、敵の攻撃を受け流すと島風にバトンタッチし、砲雷撃で砲台を次々に倒していく。バトンタッチした天津風も援護の為に別の浮航砲台を吹き飛ばしていく。典型的なフォーメーションアタックの一つだ。

この二人は互いに長所を生かし合う事で縦横無尽に立ち回るスタイルで戦っている。重装甲高火力な突撃役として最適な駆逐艦天津風と、機構的に防御面で難はあるものの、40ノットの俊足と15射線の魚雷を持つ雷装重視の島風の組み合わせは、正に完璧と言えた。

更に言うと、堅実な天津風と奔放な島風がフレンドリーなのも相乗効果を生んでいたと言える。

 艦娘とはかくあるべしと言ういい見本であるとも言えるこの二人、自身の性能や特徴を組み合わせて欠点を補い合う戦術と、その結びつきをより深くする「心の繋がり」と言う二つの武器を、天津風と島風は持っていたとも言えるのだ。

 

提督「―――鮮やかだなぁ・・・。」

 

神通「集中して下さい。」

 

「はいはい。」

 砲撃しながらそう言った艦娘達の実戦評価もやらなければならない所に直人の苦労はあった。提督と艦娘の兼務が如何に大変かがよく分かるだろう。紀伊 直人は女性ではないけれども!

 

 

赤城「“大崎鼻砲台、損害六割以上!”」

 

加賀「“浮島砲台、損害五割を超えたわ。”」

 

大鳳「不味いわね、我島砲台も損害が・・・!」

 

長門「この音はなんだ?」

 

大鳳「音・・・?」

 

長門に言われ、大鳳が耳を澄ますと、その音と言うのは―――

 

大鳳「―――爆音!?」

 

ブオオオオオオオオオ・・・

 

手遅れであった。我島砲台に爆撃を加えるべく、瑞鶴の艦爆、坂本隊が一斉に急降下に入っていたのである。

 

長門「対空戦闘!」

 

榛名「間に合いません!」

 

霧島「夜間で視界も―――!」

 

大鳳(しまった、対空電探が無いから―――!)

 実はこの艦隊編成、対空電探装備艦が1隻もいないと言う重大な盲点を抱えていたのである。より厳密に言えば、横鎮近衛艦隊の実力を図る目的も兼ねて外されていたと言うのが正解であるが。

 

ドオオオオンドオオオォォォーーー・・・ン

 

1基、また1基と、砲台が爆撃で沈黙する。燃え盛る炎の光が島を照らし出し、浮き彫りになる砲台に向けて砲撃が集中し、瞬く間に全砲台の7割以上が大破したのである。

 

大鳳「相手の空母艦載機は、夜間でも飛べるなんて・・・。」

 能力の差を、ここまで思い知らされた事は、大鳳にとってはこれが初めてであった。練度の差、実績の差、経験の差、何よりも能力の差が、抜き難い障害となって立ち塞がっていたのである。

 

長門「空母は昼しか動けないものでは無かったのか・・・?」

 

磯風「この世界には、まだまだ私達の知らない事があるようだ。」

 

黒潮「ホンマやなぁ。」

 

大鳳「戦力の消耗が甚大、阻止にも失敗しているわ。皆、お願い。」

 

長門「仕方があるまい。」

 

長門の指揮の下、小松艦隊が戦闘態勢に入る。一方、横鎮近衛艦隊側にも損害が無かった訳ではなかった。

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

摩耶「くっ―――やるな・・・。」中破

 

提督「大丈夫か?」

 

摩耶「お、おうよ! お前の為だ、まだまだいけらぁ!」

 

提督「そうか、しっかりついてこい!」

しかしその状況を見た金剛は、流石に嘆息せざるを得なかった。

「流石に損害が拡大してるネー。」

 こればかりは地上砲台と艦載砲の精度の差が、如実に出てしまっていた。こちらは波に揺られながらなのに、向こうは固い地面の上から正確に砲撃を繰り出せるとあっては、その差は大きい。

「あぁ、最上も既に離脱してしまっているしな。4隻別働で割いているし、こちら単体では12隻にしかならん。相手は空母も含んでいるとはいえ9隻だ。」

直人もこの点は同意せざるを得ないと見えてそう言った。

金剛「数の上で絶対有利ではないネー。」

 

提督「水上艦の数で言えばこちらは倍いるから有利なのは確かなんだがな。」

 

金剛「砲台はまだ多いネ、油断は禁物ヨー。」

 

提督「全くその通りだな、てか先言われた。」

 

金剛「先の読める事ネー。」

 

提督「やれやれ。頼もしい秘書艦様ですわ。」

 

金剛「そう思うならもっと頼るデース。」

 

提督「もしかしてだけど拗ねておられる?」

 

金剛「そうではないデスガ・・・。」

 

提督「・・・!」キュピーン

 

名案を思い付いた様だ。

 

提督「金剛、左前方の島にある砲台を別働として艦砲射撃で潰してくれ。夕立と時雨を連れて行くといい。」

 

金剛「了解デース!」(計画通り・・・。)

 

提督「頼むぞ~。」

 彼にしてみれば、泊地突入の際障害になる敵砲台陣地を減らすのが狙いであったが、金剛にしてみればただ単に見せ場が欲しかっただけである。兎も角、直人は土俵を整えた。戦力差イーブン、水上戦力で1.5倍差になった訳である。

 

提督「全艦突入! 雪風達はそのままもう一つの敵砲台群を叩け!」

 

雪風「“はいっ! 頑張りますッ!”」

 

提督「各員の健闘に期待させて貰うぞ。」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 駆逐艦の全てと、主力艦の一部を割いて、文字通り真正面から殴り込む直人。戦艦の数で3対1、砲門数で言えば、横鎮近衛艦隊は16インチ砲10門だけに対し、小松艦隊は16インチ砲8門と14インチ砲16門が未だに健在なのだ。ただ、横鎮近衛艦隊には小松艦隊では既に前線にいない重巡が1隻おり、8インチ砲10門を擁するのだが、戦艦の主砲と比べればその威力の懸絶は激しいと言わざるを得ない。

 

提督「―――全く、荷の重いこった。」

 

摩耶「その分、アタイに任せな。」

 

提督「あぁ、頼むぞ摩耶。加減はいらん、全力で行け。」

 

摩耶「おう!」(おぉ~、今スッゲェ頼られてるぞォ! ここで得点稼いどくチャンスだな!)

 摩耶の言う「得点」は稼ぐのはいいとして何処で使うのか、無謀な戦いもいい所である。テンションが上がり過ぎてそれにすら気づかない位には思考が錯綜している摩耶であった。

 

 

大鳳「―――!」

 

大鳳も突入を始めている横鎮近衛艦隊内に戦艦級の艦娘が見当たらず、提督の姿がある事に気付く。

 

大鳳「チャンス、かもしれないわね、今なら!」

 いない理由は、赤城と加賀の報告からも自明だ。明らかに砲台への損害が増えすぎているからである。だがそれを置くとしても、今の戦力は水上艦6隻と砲台のみ。横鎮近衛艦隊はここまで徹底して砲台を叩いていたのであった。

 

長門「いいだろう、私が引き受ける。」

 

大鳳「各個撃破のチャンスよ、しっかり頼むわね。」

 

長門「うむ。」

 

小松艦隊で唯一紀伊に対抗可能かもしれない艦娘、長門を筆頭に打って出る小松艦隊。正面からの力のぶつけ合い、長門の弾き出した戦術の解は、大艦巨砲主義に基づく全くシンプルでポピュラーな、だからこそこうした場合では有効な戦術であった。

 

 

提督「―――長門か、損傷しても尚、立ちはだかって来るとは流石だな。」

 

長門「ビッグセブンを侮って貰っては困るな。そちらもここまで中々の戦いぶり、感服した。」

 

提督「褒めても何も出んがね。」

 

長門「期待してもいないな。」

 

提督「―――始めようか。私がただの提督でない事はもう分かっているだろう?」

 

長門「言われるまでもない、全力で参られよ。」

 

提督「元より、そのつもり。全砲門斉射!!」

 

長門「全艦撃ちまくれ!!」

 

19時16分、距離1万m、小松艦隊と横鎮近衛艦隊との間で、夜戦の火蓋が切って落とされた。

 

提督「回避はしっかりやれ、相手の方が火力は上だ!」

 

摩耶「おう!」

 

神通「敵艦に命中!」

 

提督「いい調子だ! 着弾―――今!」

 

ドガアアアアァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

「あああぁぁっ!?」

 紀伊の第一斉射は一撃で榛名を捉え、命中弾4を数えたその一撃は、瞬く間に榛名を大破させてしまったのである。

元々巡洋戦艦だったものを改装した高速戦艦では、16インチ砲には耐えられないのも道理であったが。

 

提督「よしっ! 次だ!」

その時敵陣で砲炎が煌めくのが見えた。

 

提督「―――!」

 その内の一つが明らかに彼を狙っている事に気づくまで、そう時間はかからなかった。紀伊を照準したのは霧島である。

 

ドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「うおおおおっ!?」

 

霧島の放った砲弾は至近弾こそ出したものの、命中させた1発は装甲にものの見事に弾かれていた。角度が余りにも浅すぎてそもそも突き刺さりすらしなかったのである。突き刺さった所で対16インチ砲防御を施された装甲を貫徹出来るかは怪しいが。

 

提督「まぁ狙われらぁな。」

 

神通「“大丈夫ですか?”」

 

提督「大丈夫よ~。今度は俺の番だな、斉射!」

 

ズドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

直人が霧島に向けて反撃の斉射を放つ。動機が何であったにせよ、形勢を巻き返す為に敵戦艦の数を減らすと言う選択は誤っていなかった。

 

摩耶「敵駆逐艦に命中弾2!」

 

神通「それとは別の駆逐艦に命中弾3与えました!」

 

提督「よし、いいぞ! このまま押し切るぞ!」

 なんと言う事であろうか。数でも砲門数でも劣る筈の横鎮近衛艦隊が、小松艦隊を押し切ろうとしていた。理由を求めるとするならばそれはやはり経験の差であっただろうが、直人の存在がイレギュラーすぎる、と言うのが実際の所では無かっただろうか。

巨大艤装「紀伊」の霊力機関のコアをトレースし、それを基にして作られた紀伊のコアなのだが、コアのトレースは、そこに内蔵されている機能の一部も引き継ぐ事になる。

 例えば射撃管制がそれに当たるものの一つである。無論トレースしているからそれ自体は劣化するのだが、それを技術と自身の経験で補完してやればいいだけの事である。

そして直人は、この日初めて使う筈の「戦艦」紀伊の艤装を一通り使いこなしていた。明石によって劣化した部分を可能なだけ補完した射撃管制機構は、夜の闇をものともしていなかったのである。

 

 

霧島「かなりの射撃精度、やりますね・・・。」

 直人が霧島に放った第一斉射は実は全弾外していたが、どちらかと言えば全弾躱されたと言う方が正しい。霧島の戦歴には夜戦経験があるから、こう言う局面にも適応してくる訳である。

 

「夜戦ならこちらが上手、それを見せて差し上げます!」

霧島が斉射を放つ。彼女からは直人の姿ははっきりとその目で捉えられているのである。

 

「正確だな、こっちはそもそも夜戦にも慣れてないのに。」

 直人の場合レーダー射撃を使っているから正確な射撃が出来ている。文明の利器を用いた射撃は肉眼に勝るが、それでも慣れているのとそうでないのとは訳が違う。

 

提督「見えんと言うのは、本当に不便だな!」

 

ズドオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「まだか―――!」

 

直人は、何かを待っていた―――。

 

 

砲撃戦開始30分、小松艦隊司令官である小松英翔は、前線部隊で被害が拡大する一方、敵にも損害を与えている事自体は事実であったが、横鎮近衛艦隊がなぜこれだけの戦力で正面からの砲撃戦を挑んできたのかが気になっていた。

 

小松(砲台はその場しのぎにはなるな。しかしなぜ、横鎮近衛艦隊はここまで戦力を割いたのだ・・・?)

 夜間航空攻撃と言う強みを十二分に用いているとはいえ、現状で横鎮近衛艦隊の劣位は歴然としていた。“横鎮近衛艦隊の方が戦力を残しているのに”である。

 

小松(砲台への被害は最早無視出来るレベルではない、戦力を割いた事による効果は確かに出ている。演習弾でなければ多額の損失を出していた所だ。だが肝心な突入で・・・)

 

小松所長は理由を考えて見たが、その理由までは分からなかった。

 

 

(一体なぜ・・・?)

 同じ時大鳳も同じ疑問に至っていた。しかし小松所長と違い、彼女はある一つの疑念に辿り着いた。

それは、戦場に出た者特有の、一種の直観に等しいものだった。

「待って・・・? 長門さん!」

 

長門「“―――どうした?”」

 

大鳳「敵重雷装艦の姿は見えますか?」

 

長門「“そもそも夜だからな、中々そこまで判別は難しい・・・。”」

 

「―――!」

大鳳は気付いた、が、遅きに失していた。

 

ドドドドドドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

大鳳「えっ―――!?」

 

 

「来たか!」

直人はこの瞬間勝利を確信した。

 

 

大井「間に合ったみたいね。」

 

北上「ナイスアシスト、ありがとね、浜風。」

 

浜風「どういたしまして。」

 

浦風「間に合うたねぇ。」

 

浜風「雷撃は得意でしたが、まさかこう言う形で生かせるとは。」

 覚えておいでだろうか。浜風の雷撃命中率は、艦隊の中で抜きん出て高い。その所以は、浜風の真面目さが、雷撃照準に求められる緻密な計算を正確に、且つ効率良く行う事で、雷撃の命中率を高くし、雷撃照準を素早く行う事で雷撃にかかる時間を短縮している訳である。

この二つが、浜風が雷撃を得意とする秘訣であった。

 

 

大鳳「そうか―――最初から重雷装艦はいなかった、突入前に分離して、ここぞと言う時に・・・。」

 

長門「“こちら、長門・・・前線は、崩壊した。全員、被雷したようだ・・・。”」

 

大鳳「そんな・・・!」

 浜風の雷撃指揮は完璧であった。5隻に数を減じていた小松艦隊前衛が、全艦見事に側面から雷撃を受けて航行不能になっていたのである。

大鳳が衝撃を受けたのも無理からぬ事ではない。何もかもが、違い過ぎていた。所詮実験が主任務の艦隊と、端から莫大な数の実戦を経験してきた歴戦の勇士達。そこには、大きく隔たった実力の壁があったと言えただろう。

大鳳「という事は・・・。」

 

 

提督「行くぞ、この勝負、我々の勝ちだ!」

 

一同「「はいっ!!」」

 戦艦紀伊を先頭に、横鎮近衛艦隊の主力が悠然と突入する。残されたのは活動不可能の空母のみである。

 

提督(苦労したが、粘り勝ちだな。)

 

 

小松「―――大鳳。」

 

大鳳「“なんですか?”」

 

小松「例のモノを使え。」

 

大鳳「“いいんですか? でもまだ調整中だった筈じゃ・・・。”」

 

小松「やらないよりはマシな筈だ。」

 

大鳳「“・・・分かりました。”」

 

―――筈だった。

 

神通「前方に空母1!」

 

提督「砲撃用意―――」

 

ヒュルルルルル・・・

 

提督「何!?」

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

摩耶「ぐああああっ!?」

 

「摩耶!」

 紀伊の隣を航行中で、中破していた摩耶が一撃で大破に持ち込まれた。いや、大事な事はそれではない。直人が驚愕したのは、間違いなく『砲撃可能艦が一隻もいない』筈であるのに、何処からか撃たれた事が問題なのだ。

「瑞鶴! 地上砲台は全部潰した筈じゃないのか!?」

流石に問い合わせる直人であったが、その瑞鶴からの返答はと言うと、

「“不備は無かったと言えないけど、殆ど全部叩いた筈よ!?”」

と言う、こちらも驚きを隠せないと言った様子の返事であった。

提督「なら一体どこから・・・?!」

 

神通「前方に発砲炎!」

 

提督「艦影は!」

 

神通「―――恐らくですが、大鳳型です!」

 それこそ彼にとっては驚くべき事実であった。空母が砲撃を行う等、赤城や加賀で無ければ本来不可能である芸当の筈だった。

言葉にならない驚きと共に、再び砲弾が彼らに降り注ぐ。

「回避!!」

咄嗟に直人も命じるが、流石に距離が近すぎ間に合わない。

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

神通「くあっ―――!?」

摩耶に続き神通が凶弾を受ける。神通までもが一撃で大破にされたのである。

「馬鹿な―――!?」

 そう、有り得ない事である。本来ならば、ここまで一方的に大破される事など、艦娘同士の戦闘では起こり得ない。あまつさえ、神通は艦隊創設初期から夜戦で戦功のあった、謂わばプロ中のプロ。それ故傷一つ無かった神通までもが、一撃で、しかも艦娘の砲撃によって大破したのだ。

 だがその驚愕に対するヒントは、その神通からもたらされた。

「提督、気をつけて下さい。あれは、まるで―――身体保護障壁を無視する様な―――!」

 

提督「―――そう言う手品か。ありがとう神通。」

 

神通「はい・・・。」

 

 彼はその言葉だけで、その力の本性を不完全ながら即座に見破った。彼がこうなる前、伊達に霊能者と呼ばれていた訳では無い。彼は艤装を扱う以前から、霊能に一定の精通があったし、それは周囲にも周知の事であった。

謂わば彼も一端の専門家、故に彼は、大鳳が()()()()()()を、たった1つの貴重なヒントでほぼ見破って見せたのだ。

「一発も受けてはならん訳だ。」

 

鈴谷「どうすんの!?」

 

提督「分散するしかないな。」

 残っているのは紀伊の他に彼女だけになってしまっていた。他は分散しているから、すぐ戦力にはならないし、少なくとも当座の間だけ、この2人だけで如何にかするしかない。

そしてそう言う時は、単艦での行動の方が、状況的に手っ取り早い。何より―――

提督「こういう時は一人の方が立ち回りやすい。だろ?」

 

鈴谷「無茶振りだねー?」

 

提督「でもやるんだろう?」

 

鈴谷「勿論、提督の頼みとあらば♪」

 

提督「やれやれ、俺も慕われてるな。」

 

鈴谷「その代わり、後でしっかり“お礼”はしてよね?」

 

「む・・・お手柔らかにしてくれると嬉しいなぁ。」

鈴谷の不穏な一言に、全てを察した直人である。

 

鈴谷「さ、行くよ。」

 

提督「あぁ―――!」

正体不明の攻撃を行う大鳳に対し、紀伊と鈴谷の挑戦が始まったのである。

 

提督「残存各艦へ、本隊は紀伊他鈴谷の2艦のみ。我これより突入す、各隊は攻撃終了後直ちに合流せよ。」

 

鈴谷「ちゃっかりしてるね?」

 

提督「まぁな。さてさて、飛び出すぞ。」

 

鈴谷「OK!」

 

直人と鈴谷は岩礁の陰から左右別に飛び出した。大鳳はその飛び出し際を狙ったもののスタートダッシュを2人とも決めていた為、掠りもせず明後日の方向に飛んでいく。

 

提督(障壁の無視か。方法としては二つだが―――)

 斉射を放ちながら、直人は神通から聞いたワードを考えた。艦娘の身体防護障壁は基本的に「同じ性質の霊力」では突破出来ないと言う特性を持っている。

つまり、磁石のプラスとプラスが互いに突破出来ないのは、互いに反発しあっているからであり、それと相似した現象が起こるのだ。

 その為この鉄壁の壁を破るとすれば、別の性質の霊力をぶつけるか、あるいは障壁を発動させていない時と言うそもそも論しかない。

 

提督(“障壁の無視”・・・負の霊力は無視する様な挙動は取らない。それが無視されていると言うのは・・・。)

 負の霊力の特性は「侵食」であり、「浄化」の特性を持つ正の霊力とは真逆と言える。但し真逆であると言うのはぶつけると打ち消し合う関係である訳だが、感覚的にはお互いに「干渉し合う」様な挙動を取る為、スルッと無視してすり抜けると言う様な事は起こり得ないのだ。

 つまるところ、打ち消し合った先に弾が残れば、残ったその弾は相手にダメージを与えられる、という訳である。残らなければそれもまた然りである。

 

(そうなると・・・。)

彼の中で結論は出つつあったものの、事態は戦闘中であったからより深刻であった。

 

提督「・・・効いている感じがしないな。」

 

 

「―――その程度ではびくともしないわ。」

 大鳳は無傷であった。直人は少なくとも41cm砲弾を6発は直撃させている筈なのだが、大鳳は全くの無傷であった。

 

大鳳「主砲・・・発射!」

 

ズドオオオォォォーーーー・・・ン

 

 驚くべき事に、大鳳はその周囲に4基の戦艦級主砲を浮遊させて運用していたのだ。しかも夜間故に砲とその台座のみと言う視認性の低さは際立ち、直人はこの時全く気付いていなかった程だ。

「まだ調整中だからかしら、追尾性が余り良くないわね・・・。」

最後の切り札に近い兵装だったが、どうにも扱いに苦労しているようである。

 

 

「急ぐデース!」

 最初に任務を完結したのは金剛別動隊であった。大井と北上の雷巡部隊は弾薬欠乏で後方へ離脱した後で増援は物理的に無理である。

 

時雨「前線は相当苦戦してるみたいだね。」

 

夕立「早く手伝わなきゃ!」

 

金剛「その通りネー!」

 この時フリーで動けたのは金剛隊だけであり、雪風隊は砲台の掃討に未だ手間取っていた為増援は不可であった。

 

金剛(終わってからでは遅い、急がなくちゃ・・・!)

 金剛の表情にも焦りの色が見える。砲台の炎上で明るく照らし出された洋上で、戦闘を行う者達の姿が金剛らからも望見する事が出来たのだから自然であっただろう。この時ばかりは、自分が暗に我儘を言った事を後悔してもいた。

今の所直人も鈴谷も被弾はしていない。しかしそれもいつ変わるか、予断を許さない状況だった。

 

 

「―――やはり、効いていない。」

12発目を直撃させた辺りで直人は感づいた。大鳳への攻撃は全て無効になっていると。

 

提督「鈴谷、そっちはどうだ。」

 

鈴谷「“1発受けたけど大丈夫! でも攻撃が効いてるのか分かんない!”」

 

提督「やはりか・・・。」

 

鈴谷「“えっ、もしかしてそっちも!?”」

 

提督「そうなんだ。増援か、或いは何か打開策がいるな。」

 

鈴谷「“増援は兎も角打開策なんてあるの!?”」

 

提督「まだ思い付いてない。そもそもなんで攻撃が効かないのかがな・・・。」

 

鈴谷「“だよねぇ~・・・。”」

 

(何かないか・・・何か・・・!)

 照明弾を打ち上げながら、何とか打開策を捻り出そうとする直人だったが、そう一筋縄には出そうになかった。

 

 

その頃・・・

 

 

瑞鶴「見つけたって!? よし、攻撃開始!」

 

翔鶴「敵空母を叩くのよ!」

 

瑞鶴達も遊んでいた訳ではない。攻撃隊を索敵攻撃に出し、行方不明の残り2隻の空母を探し求めていたのである。そしてそれは実を結んだのだった。

 

皐月「いや~、これで僕達の仕事は終わりかな?」

 

秋月「だといいのですが・・・。」

 

赤城「何か、思う所が?」

 

秋月「前線で随分苦戦している様子ですし、何事も無ければいいのですが・・・。」

 

加賀「金剛隊の内、提督の率いた本隊が壊滅したようだけれど、別働として出した艦娘達は健在のようだし、合流すればまだいけるでしょうね。」

 

秋月「・・・そうですね。」

 

 

20時02分、戦況が遂に動いた。

 

状況の変化は二つ、一つは砲台の制御を担当していた赤城と加賀が大破した事で砲台が沈黙し、雪風隊が移動を始めた事。もう一つは・・・

 

金剛「へーイ提督ゥー! おまたせデース!」

 

夕立「魚雷、発射!」

 

時雨「投影(トレース)―――開始(オン)!」

 

提督「“遅いぞ金剛!”」

 

金剛「ソーリーネ♪」

 

金剛隊の来援、その遅さを咎めるような口調の直人だが、別に怒ってはいないし、それも金剛は分かっていた。

 

提督「“よくぞ間に合ってくれた。”」

 

金剛「間に合ってよかったネー、無茶しちゃノーなんだからネー?」

 

提督「“ハハハ、すまんすまん。”」

 

金剛「そのお詫びは今度デース、今は集中するヨー!」

 

提督「“勿論だ。”」

 

直人、金剛、そして鈴谷。3人揃えば何とかなる。直人はそう思いたかったのだが・・・。

 

 

大鳳「い、一体あれは―――!?」

 

一方、横鎮近衛艦隊の増援に面食らったのは大鳳の方であった。

 

ゴオオオオォォォォーーー・・・

 

時雨の魔術ロケット弾6発が迫る。

 

大鳳「―――!」

 

大鳳はその直感で咄嗟に回避行動を取る。しかし全てを避け切る事は出来なかった。

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

大鳳「!?」

 時雨の一撃は身体防護障壁を無視した。元より霊力を用いていないのだからそれも道理であった。

身体防護障壁は対深海棲艦の戦闘中に於いて、その身体を守る為のものであるから、負の霊力を防ぎ止める事にその主眼はある。この為霊力は防げても魔力その他は防げないのだ。

「損傷は軽微ね。でも、撃ち落さないと不味いわね・・・。」

 大鳳も魔術の存在を感知していない。この面々の中では、直人と時雨だけが扱える特別な能力であるし、この2人以外知らない能力である。

 

 

提督「あれは時雨の―――あれなら行けるのか。と言うか、霊力以外なら!」

 直人はようやくその事に気付いた。艦娘では中々思いつかないブレイクスルーではあるが、霊力以外なら物理エネルギー以外で身体防護障壁は無視出来る。

「各艦へ、敵の内懐に潜り込むから援護してくれ。」

 

金剛「“どういう事ネー!?”」

 

時雨「“―――成程ね。”」

 

「“いやどういう事ネー?”」

金剛がそう聞くと、時雨は金剛に直人が考えた事と概ね同じ事を耳打ちした。

 

金剛「“・・・成程ネー、了解デース!”」

 

「ありがとう。では行くぞ!」

 直人はおもむろに大鳳に突進するルートを取る。当然大鳳は直人に照準を絞るが、直人が艤装を畳んでいる事で被弾面積が小さく、直人も上から見た時の径を小さくする事で身軽に動ける為、大鳳の砲弾は全く当たらない。

この辺りは半ば反射神経テストじみてはいたが、直人の巨大艤装運用の経験が、これを後押しした。

 

大鳳「やるわね・・・!」

 

提督「そう簡単に当たるか!」

 空母と戦艦、砲撃の技量でどちらが勝るかは自明の理だ。そして、砲撃の回避方法に精通しているのがどちらであるかも明白だろう。

戦艦は砲撃戦のエキスパートなのだから当然である。

 

大鳳「距離8000、逃げた方が―――」

 

ドドドドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

「!?」

大鳳が決断しかけた正にその刹那降り注いだのは、時雨の放ったロケット弾であった。

「あの駆逐艦、厄介ね―――!」

 彼女は漸くその脅威度の正確な認識をするに至るが、先に時雨に対応するか、紀伊の突撃に対処するべきかと言う所で僅かに逡巡が生じる。

 

時雨「“僕達が足を止めてる間に早く!!”」

 

提督「いい支援だ、その努力に報いるとしよう!」

 直人が戦艦紀伊を駆って最大速力の28.8ノットで大鳳に向けて肉薄する。距離4000m、流石にもう直人の目にも見えていた。

目の前で砲炎が瞬く。直人は直感的な回避軌道で速度を落とさず全弾回避する凄技を披露してのけると、低い姿勢を維持して直人は尚も突進する。

(3500・・・もうすぐだ、あと少しで手が届く!)

既に大鳳も高角砲をも使って弾幕を張っている。しかしその程度ではもう止められない。

(3000・・・2500・・・2000・・・)

 鉄の嵐が押し寄せて来る様な錯覚さえ覚える極限状態に置かれつつも、直人は尚ひた走る。

常人なら既に発狂しているだろうが、数多くの鉄火場を駆け抜けた彼は既に“常人”とは程遠い程にまで、精神的に洗練されていたと言える。

(1500・・・1000・・・500・・・!)

 

大鳳「嘘ッ―――!?」

機銃による弾幕も、彼の前には効果がない。戦艦と言う艦種が、彼に強力な加護を与えてもいるのだ、当然であろう。

 

提督「とくと見るがいい! これが、横鎮近衛の戦い方だ!!」

距離30m、身体防護障壁を直人が遂に突破する。

「抜刀!」

 

大鳳「か、刀―――!?」

 直人が霊力刀『極光』を引き抜く。これが障壁の外ならこの一太刀すらも弾かれるが、既に入り込んでしまっているから大鳳には確実に防ぐ術はない。

 

提督「ハアアアアアッ!!」

 

大鳳「くっ―――!!」

 

ガキイイィィィィーーー・・・ン

 

大鳳は咄嗟に自身の甲板で防ぐ。

 

提督「―――!」

 

大鳳「はっ!」

 

バシュバシュッ―――

 

 大鳳は反撃とばかりにボウガンを連射するがこれは避けられて虚空に消える。だがその間に大鳳は何とか少し距離を稼ぐ事に成功する。

しかしその接近によって大鳳の持つ霊力を感じ取った彼は得心する。それは艦娘が持つには、余りに特異な力でもあった。

「この霊力の感じ―――成程、貴様そう言う手品か。」

 

大鳳「・・・流石ね、そこまで見破られるなんて。」

 

提督「剣を交えて見て、やっと分かった。お前のそれは、正でも負でも、まして人が持つそれでさえもない。」

 

大鳳「えぇ・・・私達が“純粋霊力”と呼び、研究しているものよ。」

 

提督「成程、正も負も無い純粋な力と言う訳か。」

 

大鳳「どっちみち、後で説明されるでしょうけど。」

 

提督「久々の講義だな、楽しみにしておこう。だがこの感じを俺は“知って”いる。」

 

大鳳「―――!」

 

 

―――F武装、限定接続―――

 

 

 直人が久しぶりにその切り札を限定的に行使する。元々この力は巨大艤装に宿されていたものである為、この紀伊では断片的にその力を受け継いだに過ぎず、追加の兵装は一切使えない。

その為この戦艦紀伊に於いて『大いなる冬』の力が為し得るのは、「力を変質させる」事、ただその一点に尽きる。

「この感じは―――!」

 大鳳もそれに気づく。大鳳の持つそれとも異質なその力は、ここから存分に発揮される事となる。

提督「斉射!」

 

大鳳「―――!!」

 

ドドドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

大鳳「きゃぁっ!?」

 紀伊の砲弾が遂に大鳳にダメージを与えた。浮遊主砲3基を破壊し、甲板も半ばから断ち切られている。

 

大鳳「そんな・・・、この私が!?」

 

提督「質が違うってのよ。戦艦と空母では、霊力の強さが違う。」

 第二斉射を放つ直人。砲弾は1発が掠めた程度だったが、直人はこの段階でかなりの決定打を手にした事になる。

 

大鳳(あの提督は一体―――)

 流石に訝る大鳳である、まぁ人間が艤装を扱う事自体普通ではないのだが、艦娘から見ると意外と受け入れられるものらしい。が、正の霊力を扱わない事については別問題である。

「まだよ―――! 私のボウガンは、ただ艦載機を撃つだけのものじゃないわ!」

 大鳳のボウガンは自衛火器としても使えるようにはなっている。ただそれをしなくてはならないのは終末的状況に於いてであっただろうが、艦載機と同じ要領で砲弾を射出する特殊な矢を、大鳳クラスの艦娘は装備出来るのだ。

 

ビシュッ―――!

 

提督「ッ、ボウガン!?」

 

ドドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

「ちょ、ちょ、ちょ!?」

 これに関しては完全に面食らう直人、艦娘の大鳳の事を良く知らなかった事が裏目に出た形になる。

 

提督「聞いてねぇぞおい・・・。」

 

ドゴオオォォォォォーーー・・・ン

 

提督「ぐあああっ!?」

 2射目で大鳳が直人を捉える。流石と言うべきか、主砲よりボウガンの方が得意であったようだ。

「・・・ま、そうだわな。と言うか、主砲1門だけ使えんくなったか。」

左側の砲塔を直撃した1発が、見事に砲身を歪ませていたのである。

 

提督「まぁ、手も足もまだ動く。行けるさ。」

 彼は残った9門を総動員して射撃を続行する。お互い名うての戦士同士、息もつかせぬ激しい一騎打ちが続く。

 

大鳳「発射!」

 

提督「撃て!!」

 

ドドドドドドドドオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

提督「損害なし!」

 

大鳳「戦闘続行!」

 攻防は最終盤に差し掛かっていた。そしてやっぱりレベルの違いで場外のその他艦娘達である。

 

金剛「なんかコーユーの、前にもあったネー。」

 

鈴谷「だね。」

 

夕立「ぽい。」

 

時雨「うん。」

確かに前にもあった。もっと人数は多かったけれど。

 

鈴谷「でも生き生きと動き回ってるねぇ。」

 

金剛「あれだけ生き生きとした提督の姿も久しぶりネー。」

 

鈴谷「頼れる提督だよねー。」

 

金剛「普段は面倒臭がりだけどネー?」

 

鈴谷「ホントそうだよね。」

 

時雨「普段は普通の人だよね。」

 

夕立「凄く親切っぽい!」

 

鈴谷「そうだねぇ~。」

 

為す術も無いから雑談タイムなのは仕方がない。そんな事を言っている間にタイムリミットは着実に迫っていた・・・。

 

 

提督「ハアアアアアッ!!」

 

大鳳「やあああああっ!!」

 

ガキイイィィィィィーーー・・・ン

 

直人が再び極光を振り下ろし火花が散った。

 

「“双方それまで!!”」

 

提督「!!」

 

大鳳「!?」

 

「“時間経過により、勝者、柱島第444艦隊!”」

 

提督「なん・・・だと・・・。」ハァ・・・ハァ・・・

 身に着けていた腕時計に目をやると、時刻は21時00分。確かに、演習終了の規定時刻である。

 

金剛「“も、もうそんな時間デース!?”」

 

提督「そ、その様だな・・・。」

 

鈴谷「“全然気づかなかった・・・。”」

 

「状況終わり! 残存全艦集結!」

直人は息を切らしていたが、それでもどうにか呼吸を整えて鋭いひと声をインカムを通して発した。

 

大鳳「石川提督。」

 

提督「ん?」

 

大鳳「お見事でした。完敗です。」

 

提督「こちらこそ、いい経験になったと思う。」

直人と大鳳が互いの健闘を称え合う意味を込めて握手を交わす。

 

 

(勝ちに持って行けはしたか。それだけでも僥倖だな。)

その頃研究所から様子を見守っていた小松所長も状況を把握するに至った。

(彼らも良くやったが、大鳳も良くやってくれた。後でちゃんと褒めてやらないとな。)

 

 小松艦隊との横鎮近衛艦隊の演習は、結果として小松艦隊側の勝利で幕を下ろした。とは言え、横鎮近衛艦隊はその個々の能力を存分に生かし、その本分を果たし尽くした上での敗北であったから、咎められるべき何物も無いのは確かであった。

 ただ直人にとって痛恨だった事は、大鳳の事を良く知らないまま戦闘へと突入してしまった事、ただこの一点に尽きた。

幕下にいない艦娘の事をよく理解出来ていないのは道理だったが、さりとて情報を集めるべきではあったと言える。情報の重要性はどんな場面でも同じ事であって、実戦であればこれが元手になって敗北していてもおかしくはないのである。

 

 

21時31分 三技研エントランス

 

小松「紀伊元帥、お疲れ様でした。」

 

提督「いやぁ、今日はありがとうございました、所長。」

 

小松「いえいえ、こちらとしてもデータとしては素晴らしいものがありました。ありがとうございます。」

 

提督「それは良かった、是非ともお役立て頂きたい。」

 2人の目と声に、勝ったと言う実感は浮かんでいない。ただ、終わったかと言う安堵だけが、滲み出ていた。直人のその言葉に対し、小松所長はこの様に答えた。

「無論です。ところで幾らかお話があります。副官と総旗艦を帯同の上、所長室まで来て頂けますか?」

突然の申し出に目を丸くした直人ではあったが、

「はぁ、分かりました。金剛! 大淀!」

 

金剛「なんデース?」

 

大淀「なんでしょうか?」

 

提督「すまんが俺と一緒に所長室に来てくれ。小松所長がお呼びだ。」

 

金剛・大淀「「了解。」」

といった具合に2人を引き連れて小松所長に続いた。この時直人は疲れ切ってはいたが、何やら重要な話かと察した為に大人しく付いて行ったのだった。

 

 

21時43分 三技研・所長室

 

提督「―――それで、お話とは?」

 

少々の雑談を挟んだ後、直人が本題を催促する。

 

小松「えぇ、先程の演習で、金剛さんのデータを見させて貰いました。主に基本的な、霊力の波形等ですが、そちらの金剛さんは、各艦隊で広範に運用されている金剛とは明確に異なる点がありますね。」

 

提督「それは艤装の事ですか?」

 

小松「いえ、霊力そのものです。これを見て頂きたいのですが・・・。」

 

提督「拝見します。」

 

直人が資料を受け取ると、それは金剛から観測された霊力の波形と、広範に用いられている金剛の霊力波形を比較したものだった。

 

提督「・・・これはつまり、霊力を我が艦隊の金剛は他の金剛より高い値を出力している、と言う事ですか?」

 

小松「出力と言うのは機械的な言い回しですが、端的に言えばそうです。」

 

提督「ですが、我が艦隊の金剛は他の金剛より艤装や運用する主砲が二周り以上大きいのですから、それを扱うのに霊力が強くなるのは当然なのでは?」

 

小松「それは仰る通りですが、私が申し上げたいのは、それを含めても霊力の量が“多過ぎる”と言う事なのです。」

 

提督「・・・どういう事です?」

 

小松「言ってしまえば、“過剰”なんです。」

 

提督「いや、それは分かりますが、それがどういう影響を及ぼすんでしょうか?」

 

小松「影響、と言う程何かがある訳ではありません。」

 

提督「では何故、私達にその事を?」

 

小松「・・・元帥は、艦娘にも“世代”がある事をご存知ですか?」

 

提督「いえ、初耳です。」

 

小松「そうでしたか、まぁ昨年発表された事なので仕方ありませんね。艦娘には、その登場した時期によって幾つかの世代に分けられるのです―――」

 

 

艦娘達の世代は大まかには4つに分類される。

 

まずは

『第1世代』

 所謂“原初の艦娘”とも呼ぶべき存在であり、具体的には2052年4月以前に自然出現したものを指す。

様々な特殊な能力を持ち、全体的には後発の艦娘と比較して霊力保有量が明らかに多い傾向にある。原則として艤装はその保有量に準拠するのだが、第1世代艦娘はその余った霊力を様々な能力を発現するのに用いているのである。

 全体的な能力でこれ以降の世代の個体を大きく凌ぐ個体も多く、またかなり特異な能力を備えている場合もあり、実力は例外なく非常に高い。

全ての艦娘のオリジナルとなった個体が第1世代に分類される場合が大多数な為、同世代同名の個体は存在しないが、全戦力の軸となれる世代でもある。

 

次に

『第2世代』

 日本や一部の国に於いて艦娘を“建造”しようとした試みによって生まれた艦娘達の事で、日本ではこれに成功した事から戦局挽回の望みを託すに至った。これに加えて2052年4月以降に自然発生した個体もこれに含まれる。

 第1世代をベースモデルとしてそれをそのまま建造しようとした結果が第2世代であり、建造の結果が安定せず、イレギュラーの発生が相次いだ事から危険視された為ある時期を境に中止された。2052年4月以降に自然発生した個体も含まれるのは、建造され始めた事が一因とも言われているが能力がそれ以前の個体より劣った事による。

 能力面で第1世代には見劣りするが、時として第1世代を凌ぐ特異点を持つ場合も珍しくはない。

 

ここから派生するのが

『第2.5世代』

 建造と言う試みと並行して研究・開発されていた、人工艦娘や人造艤装がこれにあたり、建造ではなく人の手によって生み出された艤装や艦娘がこれに分類される。

再分類するなら4体の巨大艤装や戦艦紀伊もこれに当たる。

 霊力を用いる者にそれ専用の艤装を、妖精さんの力を借りて製作するのだが、素体となる者の素養や艤装そのものに対する適応と言う問題をクリア出来ず絶対数では数える程しかなく、実力も非常に安定しない。

 

第2世代の問題をクリアし、

現在広範で用いられるのが『第3世代』

 第2世代艦娘で目指した「第1世代艦娘の建造」を放棄し、無難な建造を目指しダウングレードされ建造した艦娘達であり、今日のスタンダードである。

能力を下げた影響でこの4代では最も弱く、特異点らしいものもほぼ発生しないが、対価として安定した建造結果を得る事が出来た事から、全司令部施設で第3世代艦娘が建造され続けている。

 

 

小松「―――この中で、そちらの金剛さんは第1世代に当たる可能性が非常に高いです。」

 

提督「そうなのですか?」

 

小松「恐らくは。横鎮の方に資料があるかもしれません。」

 

提督「・・・後で照会してみましょう。ですがうちの金剛は18インチ砲戦艦ですよ?」

 

小松「金剛を建造しようとした所、出来たのは史実と同じ14インチ砲搭載の金剛だったそうですから、それも特異点の一つなのでしょう。」

 

提督「成程・・・うちの金剛が全ての金剛のオリジナルとはねぇ。」

 

金剛「プレミアムな感じがするネー・・・。」

 

小松「他にも、そちら側の艦娘の大半が、第2世代に該当する可能性もかなり高いです。」

 

提督「・・・大淀、どう言う事だい?」

 

大淀「明石さんに確認しておきます。」

 

小松「これは私なりの推測になりますが、宜しいですか?」

 

提督「どうぞ。」

 

小松「恐らくですが、そちらで使っている建造設備は、第2世代艦娘に近い物を建造する為に作られたものである可能性があると思います。」

 

提督「だとすれば、イレギュラーの発生確率が・・・。」

 

小松「あるでしょうね。建造された艦が特異点を持っている事も珍しくない第2世代艦娘です。暴発すれば大変な事になりかねません。」

 

提督「と、いいますと・・・?」

 

小松「―――深海棲艦、或いはそれに近い物を建造する可能性があります。」

 

提督「―――!!」

 

金剛「エェッ!?」

 

大淀「な、成程・・・。」

 

小松「これについては施設を検める必要があるでしょうね。ところで、今までにどのような特異点がありました?」

 

提督「・・・最初から改二や改だったり、と言う事はありましたね。艦載機についてもエース部隊が多かったりとか。」

 

小松「成程、一応まだ特異点の内に収まる範疇ですね。ですが今後は念の為気を付けた方がいいでしょう。」

 

提督「・・・分かりました。」

 

小松「話と言うのは、この事について注意を呼びかけたかったのです。夜分遅くまで御足労をおかけしてすみません。」

 

提督「いえ、おかげで良い話を聞く事が出来ました。今後注意して行う事にします。」

 

こうして長い1日は終わりを告げた・・・しかし、彼の身にこの後起こる事は、彼にとって予想だにしない出来事であった。

 

 

3月19日の朝、直人は副官を伴い呉鎮守府へ出頭するよう命じられ、午前9時27分に出頭、その後小会議室へ通されて待たされていた。

 

提督「・・・何だろうか、ホントに。」

 

大淀「提督、もう6回目です。」

 

提督「良く数えてるなぁお前は。」

 

大淀「待ちくたびれてらっしゃいますね。」

 

提督「まぁな。もう30分は待ってるぞ。」

 

この体内時計はかなり正確であった。

 

大淀「待つのがお苦手なのは良く分かりました。」

 

提督「そうだよ。」

 

コンコン、ガチャッ・・・

 

水戸嶋「よぉ、直人。」

 

提督「おぉっ!? 氷空か!」

 

現れたのは呉鎮近衛艦隊司令官の水戸嶋(みとしま) 氷空(そら)元帥であった。

 

土方「私もいるぞ。」

 

提督「土方海将まで!?」

 

水戸嶋だけなら兎も角土方海将まで現れたのだから只事ではないなと感じた直人である。

 

土方「まぁ氷空君は顔が見たいそうだ、まずは水入らずでやりたまえ。」

 

提督「は、はぁ。」

 

氷空「久しぶりだな、卿も頑張っているそうだな。」

 

提督「お互い様じゃないか?」

 

氷空「そうだな、最近は北方に展開しての任務が増えてな。」

 

提督「俺も南方への展開が最近やたらとな。」

 

氷空「北と南か、お互い正反対の方面で、苦労も絶えんな。」

 

提督「全くだ。」

 

氷空「では、立て込んでいるようだから失礼するとしよう。」

 

提督「また今度な。」

 

氷空「あぁ。無理はするなよ。」

 

そう言って氷空は帰った。

 

土方「―――呼び立ててすまんな。」

 

提督「いえ、大丈夫です。それより何の用件でしょうか?」

 

土方「―――今回の案件は、非常に頼みにくいものなのだが・・・。」

 

陰鬱な顔をして、土方海将が言った。

 

提督「頼みにくい?」

 

土方「紀伊君や艦娘達にも、酷な事かも知れないが、それでも君にしか頼めない事案なのだ。」

 

提督「・・・仰りにくい様ですね。」

 

土方「そうだな、私としても、あのような事が本当に行われているとは思いたくなかったし、その解決を君に頼まなくてはならない自分の無力さを、悔やんでもいる。」

 

提督「そこまで仰らないで下さい、土方さん。私達に出来る事なら、汚れ仕事でも何でもやります。それが近衛艦隊ですから―――!」

 

土方「紀伊君・・・ありがとう。では一つ、頼みを聞いて欲しい。」

 

提督「はい! なんなりと。」

 

直人が姿勢を正すと、土方海将が話し始める。

 

土方「実は、今回君に頼みたい事は、普段君に頼んでいるのとは全く異なる任務だ。」

 

提督「と、いいますと?」

 

土方「今回の案件は・・・我々艦娘艦隊の内部に対するものだ。」

 

提督「内部・・・つまりそれは、我々が艦娘艦隊に対する任務、と言う事ですか?」

 

土方「口にするのも憚られる事だがな・・・。」

 

土方海将が言い難そうにしていた理由はつまるところ、普段彼らが遂行している戦闘とは全く性質が異なる、もっと言えば180度逆のミッションであったからだった。

 

土方「今回君にやって貰いたいのは、“ある提督グループ”の検挙だ。」

 

提督「―――!!」

 

大淀「それは・・・!」

 

土方「・・・先日、リンガの憲兵隊から、艦娘艦隊の内部で、不正な取引を管理・運営しているグループがいると言う情報が伝達されて来た。」

 

提督「不正取引、ですか? それは一体・・・。」

 

土方「・・・“人身売買”と言えば、分かるか?」

 

大淀「そっ、そんな―――ッ!!」

 

提督「人身売買―――奴隷取引、と言う事ですか?」

 

大淀が絶句し、直人も動揺を隠しきれない様子で問いかけた。

 

土方「そう言う事になる。」

 

提督「―――確かに、艦娘達は年頃の女性である場合も多く、しかも様々な趣向にも対応し得るし、何より提督の指揮権の中に置かれるから逆らう事は出来ない。マーケットとしてはこの上ないし、艦娘に対する感情が微妙である以上人権と言う認識に乏しい層には売れる―――」

 

土方「“高値で”、だ。」

 

提督「分かっています・・・考えても見れば、艦“娘”と言う位ですからね。これ程美女に囲まれる職場は他にない。まるでゲームの中の様な、そんな空間ですよ。その手の同人誌も漁れば山とある。ですがそれはあくまでフィクションだからこそ―――!」

 

土方「そうだ。フィクションであるからこそ、受容もされるし、それなりに需要もあるから供給としても認められる。私もその位の理解はある。だが、事が現実に起こってしまっている。到底、許容されるべき問題ではない。」

 

提督「・・・そうです、そんな違法取引はそう表には出ない、何故情報が?」

 

土方「それはだ、リンガ泊地にあるとある艦隊の隷下にいた艦娘だ。その艦娘が、情報を持って泊地司令部に単独で出頭したのだ。曰く“娼婦として売られかけている”とな。その艦娘は今リンガ泊地司令部で保護されていて、特に変わった所は無いそうだ。どうやら幸いにも売られる前だったらしい。」

 

提督「―――!!」

 

土方「思った通り、と言う顔をしているな。酷い顔ではあるがね。」

 

提督「―――私だって艦娘を抱いた事は幾度となくありますし、双方同意の上なら、提督との親睦をより深くする為に許された行為であると言う意味合いで、艦娘艦隊基本法にも規定されています。」

 

土方「そうか、君もその階段は登っていたか、いや結構な事だ。」

 

提督「だがその行為は、艦娘達の身や心は、金銭で取引されていいものでは無いのです!!」

 

土方「よく言ってくれた。私も同じ気持ちだ。この悪行は断じて許されていいものでは無い。だが今一つ証拠が無いのも事実なのだ。」

 

提督「・・・物証、と言う事ですか。状況証拠だけでは、確かに立件出来ませんね―――まさか土方さん、あなたは―――」

 

土方「その“まさか”だ。君達は極秘の存在だ。憲兵はこの状況では大きく動けないが、君達なら出来る。やって貰えるか? この世界に、不法をのさばらせて置く訳にはいかん。」

 

提督「・・・。」

 

大淀「提督、やりましょう。僭越ながら、私も御供致しますから!」

 

提督「大淀・・・。」

 

直人は大淀に励まされ、覚悟を決める。

 

提督「・・・分かりました。私が必ず、不届き者共を土方海将の御前に並べて御覧に入れます。」

 

土方「いつもすまないな、無理難題ばかり言っている気がするよ。」

 

提督「その無理難題を処理するのも、私達の仕事です。そうでしょう?」

 

土方「そうだ。だからこそ、今度も頭を下げるのだ。」

 

提督「とんだ貧乏くじですよ、我ながら。」

 

土方「それこそお互い様だろう?」

 

提督「ハハハ・・・そうですね。」

 

 

実の所、三技研の演習は、その申し出自体を渡りに船と見た横鎮側が、その本題を切り出す為に利用した所もある位で、この案件の処理を、土方海将以下横鎮サイドが如何に重要視していたかが伺える。ここで一つ例を作って置けば、再発する事は先細る様に少なくなるからだ。

 

 

土方「では君はすぐマニラ経由でリンガに向かって貰いたい。君の部下を連れていくかは、君の一存に任せる。生死は問わんから、その首を私の前に連れて来て貰えればそれでいい。」

 

提督「分かりました。武器等についてはどうするつもりですか?」

 

土方「相手は地下取引を行っている闇組織だ、武装している事も加味して、リンガ泊地に話を付けて置くから安心して貰いたい。」

 

提督「分かりました。これからすぐに三技研に戻ります。」

 

土方「吉報を待っているよ。」

 

提督「はい。」

 

直人はすぐさま三技研に取って返すべくその場を後にする。

 

土方(三技研に戻る、それが君の決断なのだな―――。)

 

それを見送る土方海将は、直人の判断を見抜いていた・・・。

 

 

11時07分 三技研・会議室

 

直人は戻るなり小松所長に行って会議室を借りると、連れて来ていた艦娘全員を召集した。

 

金剛「急にどうしたノー?」

 

鈴谷「そうそう、随分唐突だよね?」

 

提督「静かに、今から重要な話があるんだ。頼むから、皆も黙って聞いていて欲しい。」

 

そう言うと直人は、集まった21人の艦娘達の前で、土方海将から聞いた話を、一つも漏らさず話した。

 

リンガ泊地を舞台に、水面下で艦娘の身柄が不正に売買されている事―――

その用途が奴隷と同じで、娼婦として売られている場合もある事―――

リンガ泊地司令部に密告があった事―――

物証がなく憲兵が動けない為、自分達がその検挙の任を受けた事を―――

 

はらわたが煮えくり返るような怒りを覚えながら、それを堪え直人は話を終える。そして最後に直人はこう言った。

 

提督「―――相手は武装している可能性が高い。正直言って、生身の人間一人では厳しいと思う。だから・・・力を―――皆の手を貸して欲しい。」

 

室内がシンとなった。艦娘達にとっても、憤りを覚える事柄ではあるが、直人とは違い一つの問題があった。それは、「人間に弓を引くのか」と言う事である。

 

直人の命令とはいえ、艦娘が人間に対し武器を向ける。そんな事があっていいのか、それをする事は、自分達が普段戦う深海棲艦と同じになってしまわないかと言う、艦娘の存在意義そのものに対する根源的疑問が、さしもの歴戦の勇士達の決断力を鈍らせていたと言う事だろう。

 

提督「・・・。」

 

直人は敢えて何も言わない。艦娘達自身の決断でなければ、この際は意味が無いからである。

 

金剛「―――やるネー。」

 

提督「!」

 

金剛「それで少しでも多くの艦娘を救えるなら。不当な理由の下に生まれてくる艦娘を減らせるのなら。」

 

鈴谷「私もやる。女として許せないよ。そんなサイテーな奴らの為に戦ってるんじゃない!」

 

赤城「私が付き従うのは貴方一人です、提督。」

 

瑞鶴「賛成賛成!」

 

翔鶴「私もお供致します。」

 

加賀「私も行くわ。」

 

夕立「悪い事をしてるなら止めなきゃダメっぽい!」

 

時雨「その通りだね。」

 

神通「現在も続く悪行を正し、法の公平と艦娘の安寧を取り戻す為に! 皆さん異存無いですね!」

 

艦娘一同「「はいっ!!」」

 

神通「―――これが、私達の総意です。提督。私達22人、どこへなりとも、貴方と共に参ります。」

 

提督「お前ら・・・ありがとうな、いつも。」

 

金剛「水臭いのはナシネー。」

 

提督「そうか。ならば付いて来てくれ。艦隊出撃だ!」

 

一同「「了解!」」

 

こうして、直人にとっても、艦娘達にとっても予想だにしなかった検挙任務が、この小さな一室から始まったのである。

 

 

この後、鉄道と空路で移動すること実に10時間以上、リンガ飛行場に到着したのは23時37分になっての事であった。担当将校の案内でその日は宿舎で過ごし、翌日泊地司令部に出頭することになった。

 

 

3月20日7時41分 リンガ泊地司令部・司令官室

 

提督「石川少将、只今出頭致しました。」

 

北村「おぉ、来たな若いの。まぁ、掛けてくれ。」

 

提督「ハッ、では。」

 

司令官室に顔を出すと、好々爺で有名な北村海将補が、執務机ではなくその前に置かれているロングテーブルのソファに腰を掛けていた。隣には海自の制服でも艦娘艦隊の制服でもない男が一人座っている。

 

直人が北村海将補の向かい側に座ると、北村海将補が話し始める。

 

北村「紹介しよう。リンガ憲兵隊で今回の件を担当している、青江(あおえ) 文人(ふみと)憲兵中佐じゃ。」

 

青江「青江です、今回は宜しく。」

 

提督「宜しくお願いします。早速ですが、詳しい説明の方を頂きたいのですが。」

 

青江「大まかな事情については、既に向こうで受けてお出でと思いますので、現在の状況だけお伝えします。」

 

提督「お願いします。」

 

青江「保護した艦娘の証言によりますと、その艦娘が居た艦隊の提督は、あくまで協力者に過ぎなかったとの事です。証言に依れば、その艦娘は秘書艦を務めていたそうですが、提督の所業を詮索したところ疎まれたらしく―――」

 

提督「それを疎ましく思った提督が、売り飛ばそうとした・・・。」

 

青江「そうです。それを察した件の艦娘は、提督が不在の間に何とか抜け出し、リンガ泊地司令部に保護を求めたと言うのが、発覚までの流れです。」

 

提督「成程。もう少し詳しくお聞かせ願えますか?」

 

青江「その艦娘の証言を元に、憲兵隊で似顔絵を描きました所、この人物が主犯格ではないかと言う提督が1名浮上しました。」

 

そう言って青江憲兵中佐が似顔絵と共に1枚の提督の経歴書を卓上に差し出す。似顔絵は少し細めの目に吊り上がった太めの眉、顔つきは全体としてがっしりとしており、花崗岩のような風格、という例えが似つかわしい様に思える。

 

青江「“アーデルハイト”提督、本名、松谷(まつや) 小次郎(こじろう)。現在の階級は艦娘艦隊中将。これまでの実績は優秀で、艦隊としての練度も高レベルであるという評価がされている人物です。」

 

提督「で、似顔絵と言う事は、その協力者の下を訪れていた、と言う事ですか?」

 

青江「1週間に1度、出向くか出向かれるかのどちらかで、協力者と連絡を取っていたようです。その外出履歴が頻繁に過ぎ、件の艦娘が演習の際に会った別の艦隊の艦娘に問い質した所、違和感に気付いたそうです。」

 

提督「成程、いい直感をしているようですね。」

 

青江「そうした艦娘は、後ろめたい所がある者には得てして疎まれるものです。」

 

提督「大凡の状況は分かりました。で、我々は何をすれば?」

 

青江「これが、盗聴その他により得た、次の取引の情報です。無論証拠能力を持ちませんが・・・。」

 

何枚かの書類を、青江憲兵中佐が差し出すと、直人はそれを受け取って読み始めた。

 

提督「・・・22日ですか。」

 

青江「22日の19時、便宜上“ベースX”と名付けていますが、そこで取引が行われると言う事です。準備時間は2日しかありません。」

 

提督「わかりました。」

 

青江「本官も情報は出来るだけ提供致しますので、今回の一件、宜しくお願い致します。」

 

提督「はい。」

 

青江「では、本官はこれにて。」

 

そう言うと青江憲兵中佐は司令官室を辞去して行った。

 

北村「―――さて、概要としては今の通りじゃ。確認じゃが、艦娘達も連れて行くのじゃな?」

 

提督「同意も得て、ここに連れて来たつもりです。」

 

北村「分かった。小銃と拳銃に関しては弾薬共々供与するから、あとでちゃんと返すのじゃぞ。」

 

提督「その辺りは首尾一貫徹底させますので御安心下さい。」

 

北村「うむ、頑張ってくれよ。」

 

提督「生死を問わず、と土方海将には言われてしまいましたからね。殺して済む話ならばもっと簡単なのですがね。」

 

北村「ほう、土方君がそんな事を言ったかね。」

 

意外そうに北村海将補が言う。

 

提督「はい、確かに。」

 

北村「そうか、珍しいな・・・普段はそんな事を言う男じゃないと思っていたがね。」

 

提督「相当、怒り心頭と言う様な感じを受けました。」

 

北村「そうじゃろうな、儂も出来る事なら自ら先頭に立って、あのシロアリ共を快刀乱麻の下に断ってやりたい位じゃ。」

 

提督「北村海将補・・・。」

 

北村「分かっておる、今回は証拠が無いからの、立件出来るのは君らだけじゃ。儂の分も頼むぞ、紀伊君!」

 

提督「お任せ下さい!」

 

 

8時52分 リンガ泊地司令部武器庫

 

提督「これがそうですか?」

 

担当将校「はい、“29式小銃改”22丁と、9mm拳銃になります。」

 

提督「きゅ、9mm拳銃と来ましたか・・・。」

 

担当将校「すみません、どうしても火器の在庫が足りないので。」

 

提督「状況は理解しています、仕方がないでしょう。」

 

直人の前に並べられたのは、陸上自衛隊で2029年に正式採用され、2043年から47年にかけて改修を終えた主力制式小銃「29式5.56mm小銃改」である。

 

口径5.56mm、使用弾薬5.56mmNATO弾、銃身長480mm、全長890mm、装弾数20/30発のこの小銃は、豊和工業で89式5.56mm小銃の後継小銃として開発/製造されたライフルの改修仕様となっている。とは言うものの基本構成は同じで、過酷な環境下でも動作するよう信頼性と剛性の強化が為されている。

 

最大の差異は折り畳みストックの標準装備で、市街地戦においてより取り回しやすい様になっている。他にも命中精度の向上の為のフローティングバレル採用や、日本人の体格よりも少しちいさめにせっけいされた為に銃床の後尾が10cm引き出せるようになっている等、命中精度や小型軽量化に注意が払われている。

 

9mm拳銃は、ドイツのザウエル&ゾーン社製「S&S M220」を、日本企業であるミネベアミツミ(株)がライセンス生産していたもので、現在は別の拳銃が正式採用されているが、戦争拡大に伴う新火器の不足で在庫から引っ張り出されたものである。

 

大淀「私達がこれを使う訳ですね。」

 

提督「そう言う事になるな。基本的な使い方は本職にレクチャーして貰う事になるが。」

 

直人は非常用の銃として、サーブ340B改のコックピットにH&K G3A3・マイナーカスタムを予備弾薬ごと積んでいるので、拳銃は借りるが小銃はこちらを使うつもりだったのだ。

 

担当将校「提督は使われないのですか?」

 

提督「自分のを持ってきています、大丈夫ですよ。」

 

担当将校「分かりました。」

 

提督「指導の方はそちらでお願いします。」

 

直人は残念な事に、29式小銃の使い方を知らないのであった。

 

 

10時28分 リンガ市街地・“ベースX”周辺

 

提督「・・・。」

 

直人は普段の軍服を現地民の服に着替えて、当該地点付近の偵察(下見)に来ていた。

 

提督(入り口はあそこか、バーに偽装しているのだな。裏口は―――民家の茂みか? 茂みの下の地面に人が出入りしている痕跡が残っているな。)

 

そんな事をしていると、その民家の二軒隣の家の庭先に、男性と思しき人がいるのを見つけ、直人は自然を装ってそちらに向かった。

 

提督「こんにちわ。」

 

男「こんにちわ。この辺じゃ見かけない顔だね、泊地の人かい?」

 

提督「はい、つい先日赴任しまして。」

 

男「それはご苦労な事だね―――」

 

聞くとその男性は日本からの移住者で、その近辺に住んで長いという。本土にいる親族や家族とは長く連絡出来ていないと話す。

 

提督「それは・・・心配ですね。」

 

男「だが、戦争だからな。これも仕方ないかもしれんなぁ。」

 

提督「そうですね。内地との連絡船も、無事に着く保証はありませんから。」

 

男「それがちゃんと辿り着けるように、頑張ってくれ、若いの!」

 

提督「ありがとうございます。そういえば、どこのご出身ですか?」

 

男「和歌山の串本町田原と言う所だ、知ってるかね?」

 

提督「奇遇ですね、私も和歌山なんですよ。新宮市の出身です。」

 

男「おぉ! ここで同郷の士に会えるとは。私も一時期、新宮に居た事があるよ。」

 

提督「私も串本には、何度か観光で行きましたよ。自然豊かでいい所ですね。」

 

男「そうだろう。よし、同郷のよしみで一つ、いい事を教えてやる。多分、お前さんには耳寄りだと思うよ?」

 

提督「本当ですか、耳寄りだと嬉しいですが。」

 

男「うん。実はな、そこにバーがあるだろ。」

 

提督「はい、通りかかりました。」

 

男「あのバーの前に時々、何台かトラックが物々しく止まっている時がある。それも決まって夜、店仕舞いしてからだ。」

 

提督「トラックですか?」

 

男「4トンくらいの奴だな。あそこの仕入れのトラックは軽トラなんだ、俺はあそこのマスターと親身だから良く知ってる。」

 

提督「とすると、積み荷はなんなんです?」

 

男「そこが肝心だ。ある晩、偶然荷下ろしをしている所を見たんだ。数人組の男が、悟られないようトラックの陰から積み荷を降ろしていた。大きな声じゃ言えないが―――」

 

提督「ほうほう。」

 

男「―――“女”だ。それも俺の目が確かなら、噂の“艦娘”って奴に髪型が似ていたのがいる気がしたな。」

 

提督「艦娘が、ですか?」

 

男「そう、男共は配達員の格好をしていたが、動きがタダもんじゃない。それに一人、軍服姿のもいた。」

 

提督「軍服姿、ですか・・・しかし、一体何をしてたんでしょうかね?」

 

男「さぁな・・・だが、女共は手錠を掛けられ、鎖で繋がれていた。アレを見る限り、何かの取引なんじゃないかと思う。この二軒右隣、明らかに協力者の家だな。お前さんさっき庭の中を覗き込んでいたろ。」

 

提督「・・・!」

 

その言葉に直人の背筋が凍り付いた。日本人とはとかく何かを盗み見る事に長けている者が多いという事を、まざまざと実例を以て見せつけられているような気がしたものである。が、次の一言でそれは解けた。

 

男「安心しな、口は堅いんでな。どうだい、参考になったかい?」

 

提督「―――はい、ありがとうございます。」

 

男「そいつは良かった。大方調査に来たんだろうと思ってな。その若さで任されるんだから、相当切れ者なんだろう。これからも頑張れよ。」

 

提督「ありがとうございます。それでは。」

 

男に見送られて、直人はその場を後にする。この証言を得た事により、この周囲で、何かが起こっている事が明確に明らかとなったのである。そしてそれは憲兵隊の調査結果に結びつき、「人身売買」である事は明白だった。

 

艦娘達が銃の指導を受けている間のこの出来事は、直人の念を一層強くした。

 

提督(俺の手で終わらせるんだ。少なくとも、負の連鎖の一つであろうものを!)

 

許されざる蛮行、それを終わらせ首謀者を捕らえる事が、彼の今回課せられた使命である。多くの沈んでいった艦娘達の為にも、もう手遅れになってしまった、悲運の艦娘達の為にも、この任務は、必ずやり遂げる必要があったのである・・・。

 

 

~同時刻・リンガ基地内射撃訓練場~

 

タタタタタタタタタタタタ・・・

 

金剛「艤装よりは簡単デスネー。」

 

当たり前である。

 

浜風「普段から主砲がこうですから、狙いは付けられますね。」

 

浦風「ほんませやねぇ~。」

 

艦娘達は基本として武器の扱いに関してはエキスパートである。銃器の扱いも飲み込みは早かった。それこそ、武器の機構そのものは、今と昔はさして変わっていないからである。

 

このあと艦娘達は、武器の扱いについて作戦の半日前まで訓練を続け、その間暇を持て余す直人は、一人情報収集に走るのであった。

 

 

3月22日19時01分 ベースX近くの林道

 

提督「―――始まってるな。」

 

大淀「まだ突入しないのですか?」

 

提督「・・・分からんか?」

 

大淀「・・・なにがですか?」

 

提督「―――高官は後から来ると言う事だ。」

 

大淀「―――成程。」

 

直人は粘り強く待つことを選択した。全ての根を一網打尽にするのでなければ意味が無いからである。問題の大きさを明らかにする事によって、この問題を世の中に提示することも彼の目的だったのである。

 

提督「今はまだ、待つ。後々の為にもな。」

 

 

そうして待つ事20分、何台かの車が近くに止まり、数人の男が件のカフェに入っていく。

 

提督「インドネシアの高官だな、今のは。」

 

大淀「では―――!」

 

提督「おっと待った。」

 

大淀「えっ?」

 

提督「暫くはいつも通りだと思わせるんだ。気取られて逃げられては敵わん。」

 

大淀「そ、そうですね。」

 

 大淀の逸る気持ちは、直人にも理解出来た。が、それでもそれを抑える事が、確実に悪を叩く事に繋がるのだ。と、彼は自分に言い聞かせた。彼も、逸る気持ちは同じなのである。

彼らは会場がよもや彼らに張られているとも思わず、のこのこと会場の方に向かっていく・・・

 

 

決定的タイミングは、そこから更に15分後だった。

 

~19時35分~

 

提督「―――動くぞ、2班は裏口へ、3班は駐車場を、4班は周囲の道路を、1班は付いてこい。」

 

暗黙の内で、22人の艦娘と直人がそれぞれに動き出す。

 

22人を5人ずつ4班に分け、金剛と大淀は直人に続くよう編成した直人は、時雨と夕立を含む1班を連れて正面から殴り込みをかけるべく、林道を素早く出る。

 

バタァン

 

店長「“な、なんだお前達は!”」

 

金剛「“リンガ泊地司令部から派遣された者だ! そこを動くな!”」

 

提督「―――神通、このマスターを取り抑えて置け! 金剛、そう伝えろ!」

 

金剛「“一度拘束させて貰います。”」

 

店長「“なにっ―――!”」

 

提督「地下への階段を探せ! 店の奥だ!」

 

そしてその粗は秒で見つかる事になる。

 

時雨「あった!」

 

提督「突入!」

 

直人は迅速に、地下への階段を下って行き―――

 

ダアァァン

 

提督「リンガ泊地からの者だ、全員を拘束する!」

 

瞬間場が騒めく。

 

提督「全員動くな、動いた者はただでは済まんぞ!」

 

その瞬間、代表者と思われる仮面の男が直人の前に堂々と立つ。意外にも中肉中背の背の高い男であった。

 

男「お若いの、我々に何の非があると言うのです?」

 

提督「艦娘を用いた人身売買及び、高官との癒着、物資の不正流用とその売買取引、他数件、近隣住人の証言も取れた。何か言い残す事は?」

 

男「―――よく調べたものだ。」

 

提督「大半は憲兵隊からの情報だ。」

 

男「貴様、提督か。」

 

提督「見て分からんか。土方海将からの命令で、『抵抗する者は射殺して構わない』との命令も受けている。“生死は問わぬ”とな。」

 

男「若造が、やれるもんならやってみろ! 艦娘に人が撃てるものか!」

 

タアアァァァァァァン

 

提督「!?」

 

突然銃声が響き渡る。

 

男「くっ!? 貴様、何をする! 私も提督だぞ!」

 

時雨「艦娘舐めないでよ。君達が思って居る程、艦娘は軟弱者じゃない。それに僕の提督は、どうあってもこの人一人と決めているんだ。君みたいな外道、眼中にないんだ。」

 

引き金を引いたのは時雨だった。男の左腕から鮮血が滴る。

 

男「言わせて置けばこの小娘―――」

 

提督「動くな。」

 

男「うっ―――!」

 

直人が男の眉間にG3A3の銃口を突きつける。

 

提督「この銃は親父の形見でな、扱いも知ってるし、弾は実弾、ロックも外してある。動けばあの世行きだぞ。」

 

男「・・・な、なぁ、お前もオークションに参加しないか、上玉が揃ってる、調教済みのもだ―――!」

 

提督「生憎、そう言う手合いは間に合っている。」

 

金剛「そうネー!」

 

鈴谷「この提督は、性欲処理には困ってないの♪」

 

男「っ・・・!」

 

提督(鈴谷お前、言い方ってものがあるだろうが・・・。)

 

心の中でやれやれと思う彼ではあったが、その指示は迅速を極めた。

「この場の全員を拘束しろ! 抵抗するなら射殺して構わん! それと“商品”となっている艦娘を発見したら救出するんだ!」

 

 

~一方裏口では~

 

 

浦風「・・・。」

 

ガサガサッ―――

 

浜風「動くな!」

 

男A「なに!?」

 

翔鶴「ここで拘束させて頂きます。」

 

男B「貴様ら、下の連中の―――!」

 

瑞鶴「問答無用! 大人しくなさい!」

 

 

~近隣の駐車場でも~

 

男C「お急ぎを!」

 

高官「あぁ・・・!」

 

最上「何処に急ごうって言うのかな?」

 

男C「誰だ!」

 

皐月「君達を捕まえに来た艦娘、って言えば、分かるかい?」

 

高官「私を、逮捕しようと言うのか! 私は、インドネシアの、外務次官だぞ!」

 

秋月「身分・立場に関係なく、会場から逃亡を図る者は逮捕・拘束せよとの命令が出ています。貴方が秘密の出口から周辺の路地に脱出した事は、見張りからの通報で既に分かっています。」

 

最上「そう言う事、大人しくなさい!」

 

 

そして同じ頃、周辺に派遣されていた憲兵隊職員からの突入の連絡を受け、手筈通り憲兵隊が現場に到着する。

 

提督「青江憲兵中佐!」

 

青江「お疲れ様です。小官が拘束部隊の指揮を任されまして。」

 

男「憲兵隊―――!」

 

青江「松谷 小次郎だな。横領、艦娘艦隊基本法違反、贈収賄、犯罪幇助(ほうじょ)の罪、及び人身売買の現行犯で拘束する!」

 

男「何処に証拠が!」

 

青江「関係者の密告だ!」

 

その言葉に主犯格の男は心当たりがあると言うようにハッとした顔になる。

 

青江「連れて行け!」

 

青江憲兵中佐が一喝そう言うと、最早見苦しい抵抗はしなくなった。

 

提督「屑め・・・。」

 

嫌悪感を露わに、彼は吐き捨てる様に言った。

 

青江「ご協力、ありがとうございました。」

 

提督「いえ、こちらこそ。良い経験になりました。」

 

青江「ところで一つ、お尋ねしたい事があるのですが。」

 

提督「なんでしょう? 答えられる事だといいのですが。」

 

青江「いえ、記憶違いならいいのですが、2年前に亡くなったと言う“紀伊 直人”氏ではありませんか?」

 

提督「―――いえ、人違いですね。似ているとよく言われます。あんな国民的英雄と同一視されるのは光栄だと思うのですが。」

 

青江「そうですか・・・いえ、失礼致しました。」

 

提督「いえいえ、大丈夫ですよ。ご苦労様です。」

 

青江「はい、ではこれにて。」

 

青江憲兵中佐は、部下を引き連れその場を後にする。

 

 

青江(“人違い”ね、それにしては似過ぎている・・・。)

 

・・・

 

提督(流石憲兵隊佐官だな、疑う事に長けている。だが“英雄”紀伊直人は死んだのだ。少なくとも「今」は、そうでなければならん。)

 

 

 “英雄”を捨て“提督”となった「紀伊直人」と、“憲兵中佐”の肩書を持つ「青江文人」の遭遇。それは、僅かな懐疑を後に残して終わった。

それは、憲兵特有の直観に基づくものだったが、その疑問はこの戦争が終わるまで、ついに解決されないまま終わったのである。

 ともかくにも、直人ら横鎮近衛艦隊による快刀乱麻を断つような人身売買の検挙劇は、土方海将と北村海将補双方の称賛を受け、直人は堂々とリンガ泊地を後にし、パラオ経由でサイパンへと帰投した。彼らにとって6日ぶりのサイパンの風はリンガに比べれば涼しく思えたという。

 

そして、“予測可能、回避不可能”の出来事は、その2日後の夜起こった―――

 

 

3月25日22時10分 中央棟2F・提督自室

 

ガチャッ

 

提督「―――それで、個人的な話ってのは?」

 

金剛「まぁまぁ、入りまショ♪」

 

提督「おう・・・。」

半ば押し切られるように直人は二人を部屋に入れる。

 

バタン、カチャッ☆

 

提督(・・・カチャッ?)

 

鈴谷「・・・。」ニヤリ

 

提督「―――それで?」

不穏な鈴谷の笑みをスルーして、彼は金剛に用件を問いただした。

 

金剛「まぁ今日()ひとつ、ある事にはあるネ。」

 

提督「ふむ。」

 

金剛「空母航空隊の強化をお願いするネー。今回の演習でも浮き彫りになった事でもありマース。」

 

提督「そうだな、それについては俺も思っていた。一航戦があれではいかんし、鋭意検討させて貰おう。」

 

鈴谷「宜しく~。」

 

提督「で、なんでお前がいる。それに今日“は”とはなんだ今日はとは。」

 

金剛「そこに触れるとは~、」

 

鈴谷「提督も好きだねぇ~。」ニヤニヤ

 

提督「お前ら―――」

全てを察した彼はこめかみを震わせる。だってそうである、ムードも何もあったものでは無いではないか。

 

 

何かと思えばやっぱりかぁぁぁぁぁ―――!!

 

 

こうして夜の帳は下りてゆく。常に強いストレスに戦場では晒される艦娘達にとって、その発散方法は様々であるが、この2人にとってはつまりそう言う事なのであろう。結局の所、手段の違いでしかないのである。

 

 

~三技研・所長室~

 

「―――巨大艤装、ですか。」

 

小松「君に、その運用者になって貰いたいんだ。“井野”君」

 

井野君と呼ばれた研究員風の女性が書類に目を通す。

 

井野「・・・。」

 

暫くの沈黙の後、彼女は告げた。

 

井野「分かりました、やります。」

 

小松「良かった。君以外に適任も見つからなくてね。」

 

井野「私でお役に立てるのでしたら。それはお引き受けしますとも。」

 

小松「そう言って貰えて助かるよ―――」

 

 

井野(これも・・・因果ね。)

 

 

彼女の名は井野(いの) 真知子(まちこ)。手にされた書類に記された艤装の名は「磐城」。後に一波乱を起こす、その人が巨大艤装を手にした瞬間は、正にサイパンでのそうした事の裏で、直人が感知しない所でであった・・・。

 

 

~次回予告~

 

 演習と検挙という大冒険を終えた横鎮近衛艦隊に舞い込んだ次の指令、

それは大胆にも、敵の懐に飛び込めと言う無謀極まるものであった!

動揺走る艦娘達、提督の判断は―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部11章、

『闇よりの強襲! ~無謀なる突入作戦~』

 

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・。




艦娘ファイルNo.128

陽炎型駆逐艦 浦風改

装備1:12.7cm連装砲C型
装備2:12.7cm連装砲C型
装備3:13号対空電探改

初期から改で尚且つ装備も別のものを装備する特異点を持つ駆逐艦。
同駆逐隊所属の浜風とは違い砲撃戦を得意とする。


艦娘ファイルNo.129

綾波(特Ⅱ)型駆逐艦 朧

装備:12.7cm連装砲

空母の護衛を務めた事もある駆逐艦。
凡庸と言えば凡庸な普通の駆逐艦である。


艦娘ファイルNo.130

朝潮型駆逐艦 霰

装備:12.7cm連装砲

こちらも空母護衛の経験を持つ駆逐艦の1隻。
平凡ではあるが大切な戦力である。


艦娘ファイルNo.131

高雄型重巡洋艦 鳥海

装備1:20.3cm連装砲
装備2:零式水上偵察機

高雄型最後の1隻が艦隊に合流。
4姉妹の中では砲撃戦を最も得意とする艦娘。


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第3部11章~闇よりの強襲!―無謀なる突入作戦―~

やぁ皆、天の声ですよ~。

青葉「どうも恐縮です! 青葉ですぅ!」

久々に艦娘艦隊の暗部のお話でございました。

青葉「人道上許される事ではありませんが、とかく艦娘は頑丈であるという点が利用されてしまった感じもありますね。」

いやまぁ・・・そうね。でも頑丈ってのはそう言う話ではないと思うのだが。

青葉「そうなんですか?」

うん。

青葉「・・・まぁ置いておきましょう。」

今日の解説に行く前に、前章で登場した「三技研」とその所長、演習で登場する艦隊及び、研究員の井野真知子、柱島第444艦隊など、三技研周辺の設定を、後援者様の絶翔提督様より御提供頂いております。

青葉「あと、大規模なシナリオ提供も頂いてます!」

現在鋭意制作中ですが執筆開始は劇中時間で約2年程後です。まぁ長い目でお待ち頂ければ幸いです。これらのご提供に対し、この場を借りて御礼申し上げます。本当にいつもありがとうございます。

そして、艦これ一期終了という事で、5周年の節目の年なのでキリもいいですし、もうすぐ二期もスタートです。画面が大きくなり高解像度化されたり色々見た目が変わる様だけども果たしてどうなるやら、そしてメンテは予定通り終わるのか!?

青葉「無理ですね。」

だね。では今日の解説に行こう。


今日の解説は、深海棲艦の指揮系統についてです。

深海棲艦は基本として、棲地単位で動いている訳ではなく、その棲地にも“格の差”が存在します。これは劇中でも示唆されていますね。

全棲地に対し指令を出しているのは、ベーリング海棲地(北西太平洋艦隊)です。北極点への入り口の一つであり、日本他が北極航路が使えない理由の一つでもあります。ここが総本山と言っても過言ではなく、強硬派の筆頭であり強硬派を率いるヴォルケンクラッツァーや、その副官リヴァイアサンがここにいます。

この直接指揮下に次の棲地があります。
・ハワイ棲地(太平洋艦隊)=中枢棲姫
・ガタルカナル棲地(南西太平洋艦隊)=飛行場姫 ロフトン・ヘンダーソン
・コロンボ棲地(東洋艦隊)=港湾棲姫
・ドーバー棲地(本国艦隊)
・大西洋海嶺棲地(大西洋・カリブ海艦隊)
・黒海棲地(黒海艦隊)
・オーランド棲地(バルト海艦隊)
・ヤンマイエン棲地(北海艦隊)
・フォークランド棲地(南大西洋艦隊)
・マダガスカル棲地(インド洋艦隊)
・マルタ棲地(地中海艦隊)
 以上11個の棲地が、ヴォルケンクラッツァーの直接指揮下にあります。
他にトラック棲地もかつては中部太平洋方面艦隊を管轄する棲地でしたが、これは壊滅しています。

この11個がカッコの中の艦隊司令部を有している、即ちその海域の制圧を担当する棲地であり、その傘下にそれぞれ棲地があります。即ち、総司令部→司令部→基地という構図とぴったり合致します。

因みに、ラバウル棲地(SN作戦時に壊滅され消失)とポートモレスビー棲地はガタルカナル棲地の、トリンコマリー棲地はコロンボ棲地の指揮下に入っているというような感じで、横鎮近衛艦隊は殆ど指令を伝達する大本を断っている訳ではありません。

これには深海側の指揮系統を人類が把握していないという根幹の問題がありますのでやむを得ない所もあるでしょう。


以上ですね。

青葉「知ってれば戦局がかなり変わるんでしょうね・・・。」

それは確かなんだが戦力も相応に多いんで・・・。

青葉「今の近衛艦隊でも、ですか?」

まぁ無理やな。他の近衛艦隊と合わせても練度や装備等々諸々足りないし。

青葉「あちゃー・・・。」

と言う事で始めて行きましょう。
横鎮近衛艦隊に舞い込む急報、向かった先で何を聞くのか・・・

青葉「本編、スタートです!」




青:そういえば最近ゲストは・・・?
天:うん、呼んでないねぇ・・・。
青:次回どうします?
天:検討します・・・。


 2054年3月も暮れ、間もなく4月が見え始めた。

早いものでサイパンに来てもうすぐ2年になる。妖精さん達が植えた植物の種や苗が続々を芽をふき、食料の自活も思うに任せるようになってきている。

 近頃は体制の変化からか幹部会も大人しくなり、大本営からの指示に従い、横鎮近衛艦隊も順調の戦力を強化しつつある。が、基地戦備の強化は一段落し、対潜哨戒能力が強化され始めてもいる。

 ヒューマントレーダーの検挙や三技研との演習を終えた提督らのグループも帰投し、艦隊は普段通りの日常に回帰していたのだが・・・。

 

 

3月26日10時18分 中央棟2F・提督執務室

 

鈴谷「海行こうよ! うーみっ!」

 

提督「執務中やで~鈴谷・・・。」

 

鈴谷「むー・・・。」

 

年中泳げるサイパン島だが、執務中ではそれも抜きがたく、誘いに来た鈴谷が口を尖らせていた。

 

金剛「終わったら行くネー!」

 

提督「その前に昼飯になる気がする。」

 

大淀「・・・。」キラーン

 

3人「「・・・。」」

 

大淀のメガネが光る。

 

大淀「・・・行かれますか? 今から。」

 

提督「いや、執務が・・・。」

 

大淀「午後になさればいいのではないでしょうか?」

 

提督「―――いいのか?」

 

大淀「ちゃんとやって頂きますからね?」

 

提督「うむ・・・分かった。」

 

考えて彼は大淀の言に乗ることにした。

 

大淀「今回だけです、いいですね?」ズイッ

 

提督「・・・はい。」

 

大淀「では、行ってらっしゃいませ。」

 

鈴谷「やったぁ!」

 

金剛「はぁ~、仕方ないネ~。代わりに決済出来る分はやって置きマース。なので、暫く二人きりで、楽しんでくるネー。」

 

提督「あ、はい。ありがとうな。」

 

金剛「いいんデスヨー。」

 

提督「んじゃ、いきますか。」

 

サイパン周辺で海水浴出来るようになったというのは、その付近の海が平和になったという何よりの証左だった。そこには、講和派深海棲艦隊との共同による対潜哨戒も実を結んでいた事も大きい。

 

 

が、例外を認めないという暗黙の圧力を直人はビンビンに感じ取っていたのであった。

 

 

10時37分、直人は司令部近くの海岸に来ていた。測量を終え、海底の再整備を終えて海水浴場として使えるようにしたものである。

 

提督「晴れてんなぁ。」

 

直人はシンプルに黒の海水パンツ。

 

鈴谷「ねー!」

 

一方鈴谷はこちらもシンプルに白のビキニであった。

 

提督「でもあれだな、4月前だから日差しは夏に比べたらそうでもない感じある。」

 

鈴谷「でももし日焼けしたらやだねぇ。」

 

提督「まぁ、そうだろうねぇ。」

 

鈴谷「ん~・・・。」ジロジロ

 

提督「・・・えっと。」^^;

 

鈴谷「―――提督、今の流れで分かんないの?」

 

怪訝そうに問い詰める鈴谷に、直人は笑って応じた。

 

提督「ウソだよウソ、オイルでしょ? やれやれ、仕方ないなぁ。」

 

鈴谷「普段からべったりの癖にこういうとこで躊躇しない! 触ったことない所なんて無い癖に~、ウリウリ~♪」

 

提督「そう言われてみると、それもそうだ。」

 

鈴谷「じゃ、お願いね~。」

 

提督「はいはい。」

 

二人きりのプライベート状態の中、パラソルの下でサンオイルを鈴谷の背中に塗り始める直人であった。

 

 

なおこの後、普段やられ放題の直人による強烈なまでの反撃が始まった事は言うまでもない。何が起こったかは、諸兄らの思う所にお任せしよう。

 

それは兎も角としても、海水浴を楽しみながら、直人は自分達の成果がこうした事を可能にしているという事を、肌で感じ取るのだった。

 

 

3月28日8時12分 中央棟1F・無線室

 

大淀「これは・・・重要ではありませんね。これは・・・こ。これは!」

 

大淀が目を通した1枚の通信文は、その短い休暇を終わらせる電文であった。それを理解した大淀はすぐさま無線室を飛び出した。

 

 

8時14分 中央棟2F・提督執務室

 

何気に大淀さん新記録である。

「提督っ! 大変です!」

 

「どーした大淀。こんな朝っぱらから驚く様なことは、特にない筈だが。」

一方の直人は普段通りペンを走らせながら暢気に大淀の声を聞いていた。

「えぇそうですね。大本営から出動命令でもですか?」

 

「いつもの事じゃぁないか。」

その言葉を聞きながら彼は書類の端を机で揃えていた。

「それも“直ちに”との事ですが!」

その大淀の言葉を聞くと、直人は肩を竦めて書類を机の上に置きつつ、

「やれやれ、また無茶ぶりか。」

と静かに言った。

「淡々とされていますね・・・。」

どうしたのかと半ば呆れた様に大淀が言うと、直人はこう述べて檄を飛ばす。

「一々驚いてたら身が持つか! 行くぞ金剛、出撃だ!」

 

金剛「OKデース!」

 

大淀「あぁ提督、執務は―――」

 

提督「そんな暇あるか!」

 

大淀「えっ・・・。」

 

そんな訳でまたしても出動命令が来てしまった訳である。直人は命令書を大淀からひったくるようにして執務室を飛び出した。その内容と言うのが・・・

 

 

発:軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

貴艦隊は麾下艦隊を率いて速やかに『ラバウル』基地に進出、待命すべし。

 

 

 命令文は実にシンプルだが、いざやれと言われても困る相談ではあった。しかし命令は命令、直ちに金剛から防備艦隊を除く全艦隊に鈴谷への緊急乗艦命令が発せられる。実に久しぶりの事ではあったが。

「全く無茶が過ぎるな!」

自室で荷物纏めをする直人が思わずぼやく。

 

金剛「でもやるんデスヨネー?」

 

提督「やらざるを得んだろうが、命令だからな。」

 

金剛「命令デスカー・・・それにしてもテイトクは人が良すぎるネー。」

 

「そうかねぇ?」

頭を掻いて真顔で言う直人に金剛は言った。

「どんな無茶でも聞いてしまいマース。」

 

提督「うーん、そういえばそうかも?」

 

金剛「昼も夜もネー?」

 

提督「やかましいわい。」

 

金剛「フフフッ。」

 

提督「と言うか分かってるなら勘弁してくれ。そのー・・・なんだ。」

 

「・・・?」

首を傾げる金剛に、彼は軍帽で顔を隠しながら言った。

「・・・月一くらいにしてくれ、ああいう激しいのは。」

 

「―――フフッ、Yes(イエス) Sir(サー)!」

 

「全く・・・。」

全く金剛と言う奴は・・・と考えながら、彼も大急ぎで荷物を纏め上げているところへ一人の艦娘が来る。

 

鳳翔「提督、何かお手伝い出来る事はありますか?」

 

提督「こっちは良いから航空隊の方にも急ぎ連絡を、上空警戒のスケジュールをしなければ。」

 

鳳翔「分かりました、伝えます。」

 

提督「忙しいな、金剛。」

 

金剛「デスネー。」

 

因みになぜ金剛がここにいるのかと言えば、金剛の方はそれ程新たに積み込む荷物が無いからだった。要するにただの手伝いであるが、“金剛が提督と一緒に居たいから”と言う方が理由としては大きい。

 

 

9時23分、大慌てで集まってきた艦娘達を乗せた重巡鈴谷がサイパンを出港した。相当慌ただしい出航になったが、全艦漏れる事無く乗り込む事はできた。尤もギリギリだった為にタラップ上げの1分前に滑り込んだ者も居た程である。

 

他にも基地航空隊が大慌てで上空直掩の予定を立てなければならなかったなど混乱があちこちで起こっていたが、これも如何に慌ただしい出撃であったかを物語る一幕であった。

 

直人が嘆いた“無茶振りが過ぎる”と言うのは、つまりこう言う所を指していたのだった。

 

 

3月31日、鈴谷は急き立てる様にしてラバウルに到着、指定されている錨泊地に錨を降ろす。その直前、カビエン沖で水偵に乗り込み先着した直人は、急ぎ足で司令部へ出頭した。

 

 

5時57分 ラバウル基地司令部・司令官室

 

提督「海将補殿、面会を許可して頂き、ありがとうございます。」

 

佐野「お急ぎの様だったからね、水偵が降りてきた時は驚いたよ。」

 

提督「それについてはお詫びなりなんなり。それよりも、急ぎ展開せよとの命令を受け参った次第ですが、何かお聞き及びではないですか?」

 

佐野「これを、君に直接渡す様に言いつかっている。」

 

そう言って直人に差し出されたのは、大き目の茶封筒だった。中に何枚も書類が入っているらしく少し膨れていた。赤印で「軍機」の判が押され、口を蝋で封印してあると言う物々しさであった。

 

提督「これは・・・。」

 

佐野「作戦部隊を除き開封を禁ず、との事だったから、開封はしていない。私から言える事は、それだけだ。」

 

提督「・・・分かりました。ありがとうございます。」

 

佐野「―――紀伊提督。」

 

提督「はい・・・なんでしょう?」

 

佐野「私から一つだけ、言える事がある。それは、今回の作戦は、並々ならぬものだという事だ。その事はその封筒からも分かる。作戦指令書にしては、余りにも物々しすぎる。」

 

提督「元より、我々の作戦はいつも、“並々ならぬ”ものでした。今回もその例に漏れないという事でしょう。」

 

佐野「その事は知っているよ。これまでに君の功績もね。でも、今回はこれまでで最大の難問かもしれないんだ。くれぐれも、生きて帰って来て欲しい。今君に死なれると、人類にとって最大の損失になるからね。」

 

提督「分かりました。必ず生きて戻ります。」

 

佐野海将補の言葉を胸に刻み、直人はその場を辞去した。佐野海将補にしてはらしくない口振りではあったが、その言葉は直人にとっては重大な意味を含むかもしれなかった。

 

 

6時過ぎに鈴谷に帰艦した直人は、早速総員起こしがかかったばかりの艦隊の幕僚を、ブリーフィングルームに呼び寄せた。

 

6時17分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

金剛「おはようデース・・・。」

 

提督「おはよう。眠い所をスマンな。」

 

金剛「それは大丈夫ネー。」

 

朝に弱い金剛、その弱点を露呈した結果である。

 

瑞鶴「提督さん、おはよう。」

 

提督「うん、おはよう。目覚めはどうかな?」

 

瑞鶴「まぁ、バッチリね。」

 

鈴谷「おはよ~・・・。」

 

提督「おはよう・・・鈴谷、大丈夫か?」

 

鈴谷「何が~?」

 

提督「・・・パジャマ可愛いな。」フン

 

鈴谷「へ―――えぇっ!?」

 

提督「全く。」

 

鈴谷「ごめん提督、ちょっち着替えてくる~!」

 

鈴谷が赤面しながらブリーフィングルームを飛び出していく。

 

提督「朝早いからこその光景だな。眼福と言えば眼福か。」

 

金剛「テイトク~?」

 

提督「別に眺めて悪い事はなかろ?」

 

金剛「そ、それは―――。」

 

初春「やれやれ―――鼻を伸ばすのも良いが、今は戦地じゃ、緊張感が無くては困るぞ。」

 

提督「う・・・そうだな。」

 

後からやってきた初春の一言には、流石に反論出来なかったようだ。

 

提督「取り敢えず全員揃ったな。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「これが作戦指令書の入った封書だ。封印はさっき解いておいた。まだ中身は見ていないがね。」

 

大和「封書で来るとは、随分と力が入っていますね・・・。」

 

提督「だな。では開封する。機密保持の為口頭伝達とする。」

 

そう言うと直人は封書から作戦指令書を取り出し、読み上げ始めた。

 

提督「―――海令231号、作戦指示、宛、横鎮近衛艦隊。本文―――横鎮近衛艦隊は3月31日夜半を期して、ガタルカナル島(以下『ガ島』とす)に所在する敵棲地中枢部に対し、艦砲射撃を実施すべし。投入戦力及び作戦は、貴艦隊に一任するものとす。後は付属資料だな。」

 

読み上げながら、彼の手は小刻みに震えていた。それが武者震いなのか恐怖によるのかは分からなかったが。

 

金剛「無茶デース! この命令が意味するのは―――!」

 

提督「北マリアナや、トラックの時の焼き直しに過ぎん。と言ってしまえばそれまでだが、今回ばかりは敵の戦力との差が違いすぎる。正面切って決戦と言う訳にもいかんぞ。」

 

瑞鶴「流石にまずいんじゃ・・・。」

 

大和「そうです! それに今日実行せよと言うのは―――!」

 

提督「そうだな、無茶だ。だが、我々はそうじゃないだろう?」

 

大和「―――!」

 

提督「いつも二言目には“無茶だ”と言う様な作戦を実施して来たのではなかったかな、我々は。」

 

榛名「それはそうですが、今回はレベルが違います。」

 

提督「だからこそ、敵の虚を突き、鋭鋒を敵の喉元に突きつける他に手はない。我々も、田中頼三少将のルンガ沖夜戦に倣おうではないか。」

 

その言葉に一同色めき立つ。かつて水雷戦隊が、その得意とする土俵に於いて収め得た最後の完勝劇。それに倣おうと、彼は言ったのだ。奮い立たない筈は―――ない。

 

矢矧「フフッ、面白いじゃない。そう言う事なら、やり様はあるわね。」

 

二水戦指揮官の矢矧が愉快そうに、だが決然とした表情でそう答えた。

 

提督「お前達の本分だろう。今回機動部隊は陽動と退却支援で動いて貰う。この為一航戦以外の空母は全て第三艦隊に合流だ。瑞鶴達には敵中突入をやって貰う事にはなるが、出来るだけカバーするからなるべく後方にいてくれ、夜間空襲の準備も頼む。」

 

愛宕「そう言うのこそ、私たちの役割ね?」

 

提督「そう言う事だな、頼むぞ。」

 

瑞鶴「でも、空母部隊は誰が・・・?」←第三艦隊旗艦

 

提督「そう言う時こそ、先任者の赤城だろう。頼むぞ。」

 

赤城「大命をお預かりします、お任せ下さい。」

 

久しぶりに機動部隊旗艦を務める事になった赤城、その大事を担う覚悟を胸に気を引き締め直す。

 

提督「今回のお前に課する役割は、敵の耳目をソロモン南方に引き付ける事だ。だから殊更に敵にそう匂わせる行動を頼みたい。無論先制攻撃は、お前に任せる。」

 

赤城「はい!」

 

提督「泊地突入の基幹となるのは、第一艦隊と一水打群だ。比叡と霧島は第三艦隊の護衛艦隊を統率せよ。」

 

霧島「了解しました。」

 

提督「大和にとっては、計画で終わったガ島砲撃だ。その火力に期待させて貰う。」

 

大和「お任せ下さい!」

 

今回の大和はかなり気合が入っているのが、傍から見ても分かる直人であった。

 

提督「戦艦部隊は可能な限りこれに参加して貰う。状況次第では敵の足止めに回って貰うからそのつもりでいてくれ。」

 

金剛「―――テイトク、まさか・・・!」

 

提督「そのまさかだ。今回の目的はかつての東京急行の北方航路で突入して、棲地を取り巻く敵艦隊を突破、その中枢部を叩く。この際包囲されないようにするのが、夜戦部隊の役割だ。」

 

この作戦案を聞いた艦娘達が一斉にどよめいた。

 

鈴谷「おぉ~・・・。」

 

提督「無論俺もお前達と鈴谷も共に出撃する。今回は通常艤装を使用するつもりだが、情勢如何では巨大艤装を使う場合もあるだろうな。」

 

陸奥「総力戦ね。」

 

提督「その通り。今回は我が艦隊の総力を挙げる。各艦は私を含む戦艦部隊と鈴谷が突破するのを援護し、包囲を阻止し、脱出するまでの時間を稼いで貰いたい。」

 

全員「「了解!!」」

 

提督「補給完了次第、出撃だ。それまでにある程度作戦の細かい所をを詰めて置いてくれ。今回も各員の奮闘に期待する。以上、解散!」

 

 

―――紀伊直人は信念の人だった。

 

戦後、元横鎮近衛艦隊の艦娘、矢矧の語った言葉の一節である。

 

矢矧は語る。

『紀伊直人という男は、確かな信念と、確固たる意志と、明晰な頭脳と、篤い人情を持ち、何より自由な人だ』と。

 

事実として、艦隊司令官として、これほど決然とした決意を持った艦娘艦隊司令官は他に数える程と言っていい。そして作戦説明書のみで、資料もなしに、しかも明確な作戦要綱を立案してしまった彼の頭の切れ具合には、感嘆を禁じ得ない。

 

彼は人類を救う事を志していた。それが例え、大本営が掲げるお題目であったのだとしても、彼はそれを体現する人間としてそこに在った。であればこそ、艦娘達は付いてきた。これからも、彼がそう在り続ける限り―――。

 

 

出航前、彼はラバウル第1艦隊司令部を訪れた。

 

9時43分 ラバウル第1艦隊司令部・提督執務室

 

提督「やぁ広瀬“大佐”、無事に昇進しているようでなにより。」

 

広瀬「紀伊元帥、お久しぶりです。」

 

提督「だから元帥はよせって。」

 

照れくさそうに彼は言う。以前にも提督でいいと言った筈なのだが、未だに改善されず苦笑してしまっている。

 

広瀬「あ、そうですね・・・。」

 

提督「変わりないか?」

 

広瀬「あ、はい、おかげさまで、戦力の方も充実してきました。」

 

提督「それは何よりだ。補給についてはいつも苦労を掛けるな、ありがとう。」

 

広瀬「いえ! これも私の仕事ですから・・・。」

 

提督「そうか・・・まぁ、一言挨拶に来た次第だ、これにて失礼するよ。」

 

広瀬「分かりました・・・今度も、お気をつけて。」

 

提督「ありがとな。それじゃ。」

 

彼としては広瀬大佐への挨拶のつもりで来た場所であった。遥かに年下の提督であるだけに、彼は広瀬大佐の面倒を見てやっていたのである。

 

広瀬「・・・ねぇ五月雨。」

 

五月雨「何でしょう?」

 

広瀬「僕も、紀伊元帥みたいになれるかな?」

 

五月雨「立派なお人ですからね・・・。」

 

広瀬「うん・・・!」

 

五月雨「目指しましょう、私達と一緒に!」

 

広瀬「―――そうだね!」

 

まだまだ若い広瀬大佐にとっては、その男は一つの目標であった。その“背中で語る”と言う様な、堂々たる背中に、彼は憧れたのである。

 

その無邪気な笑顔は、年相応な彼の内面を表していただろう。

 

 

提督(何が大佐殿だよ、子供に背負わせていい肩書じゃねぇぞ全く。)

 

一方で憧れの対象になっていた彼は、時代の余りにも悪辣な事に心の内で愚痴を言うのであった。表情にこそ出さなかったが。

 

 

11時10分、横鎮近衛艦隊がラバウル基地を出発する。北方航路はルンガ沖夜戦の際田中部隊も通った道、その再来を期すると、直人も大変な意気込み様で出陣した。

 

一方第三艦隊は、ラバウルの南東沖で鈴谷を出撃し、進路を珊瑚海に取った。MO作戦の時は戦力集中の原則から向かわなかった先でもあり、珊瑚海海戦の舞台となった海域である。

 

今次作戦の艦隊序列は以下の通りである。

 

第一水上打撃群 34隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 34隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 32隻

旗艦:赤城(臨時)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城 102機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

意図せずして、この出撃は100隻丁度の大艦隊を率いての出撃となったのである。横鎮近衛艦隊も、思えば多数の艦艇を揃えるに至った訳である。

 

そして、ヒューマントレーダーの検挙などなどで追われている間に進めていた、機種更新の為の準備がここで実る事になる。

即ち・・・

 

一航戦:2⇒3段階目に機種転換

二航戦:3⇒4段階目に機種転換

五航戦:4⇒5段階目に機種転換

六航戦:3⇒4段階目に機種転換

七航戦:2⇒3段階目に機種転換(天城は3段階目準拠で航空隊を新規編成)

 

この様に殆どの航空戦隊で機種転換が行われ、装備機種の大幅な改善が施された訳である。蒼龍の艦戦“藤田隊”は、装備機が十五試局戦改から雷電一一型改に変更され、基本性能が向上している他、千歳・千代田・龍驤の3隻に、赤城に搭載されている待望の零戦五四型が配備され、制空能力が上がっている。

 

また戦闘機隊のみが一段階先に行く形になっていた三航戦艦載機隊がついに五段階に均等に並ぶ事になり、五航戦航空隊と共に“流星改”が新たに配備される事になった。艦爆についてもそれまでの彗星一二型から二四型に変更された点も注目すべき点である。

 

余談だが、この機種転換により九九式艦爆が姿を消した事も一つのポイントであるし、彩雲がついに三航戦と五航戦の空母全5隻に配備されてもいる。

この様に第三艦隊の戦備についても全く文句なしに整えた横鎮近衛艦隊は、勇躍ソロモンの海に進んでいくのである。

 

 

11時37分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「艦隊が昼間に発見されず、ガ島北方まで辿り着ければ、この作戦は上手く行く。各所、対潜・対空警戒を厳とせよ!」

 

明石「はいっ!」

 

後檣楼電探室

「“了解!”」

 

ソナー室「“了解しました!”」

 

直人はてきぱきと指示を出していき、指示を出し終えると・・・

 

提督「よし、飯にしよう。」

 

明石「そうですね! お腹すいた~!」

 

提督「副長、後を任せる。」

 

副長「!(ハッ!)」

 

直人は明石を伴い、下の食堂へと降りて行ったのだった。案外人間の行動なんて単純なのである。

 

 

14時丁度、出撃した第三艦隊の艦載機によるガ島攻撃が始まる。ここまでお互い何事もなく進む事が出来ていたが、いよいよその静寂のヴェールを脱ぐ時が来たのである。

 

 

14時02分 珊瑚海東部

 

蒼龍「始まったわね。」

 

ト連送の受信で、母艦隊もそれを知る。

 

赤城「攻撃が成功すれば、提督達も・・・。」

 

雲龍「ですが、良かったのですか?」

 

赤城「えぇ、これでいいの。」

 

天城「第二次攻撃は出来ませんが・・・。」

 

赤城「提督も仰ってたわ。私達に敵の耳目を集めるのが目的だと。」

 

飛龍「そういう事。だから思う存分、やっちゃいましょ!」

 

多聞「うむ。」

 

雲龍「そういうものなのね・・・。」

 

“第二次攻撃は実施出来ない”―――今回のこの攻撃に於いて第三艦隊は、艦載機723機の9割以上をつぎ込んだ攻撃を実施したのである。本来この様な戦法はどちらかと言うと邪道に属する類のものであり実行される事はまずないのだが。

 

加賀「これだけの艦載機を投入すれば、敵は只事では無いと思う筈。そこが狙いよ。」

 

千歳「今までの戦闘を省みるに、我々と同じ戦術ドクトリンがそのまま適用出来ると考えられます。であるならば、この艦載機の数は、大機動部隊が珊瑚海に現れたと考える筈。そう思わせるのです。」

 

雲龍「成程・・・。」

 

700機近い第一次攻撃隊が飛来したとなれば、少なくともそれを出した空母部隊には艦載機総数で1700機に迫る数が居る計算になる。艦娘艦隊で換算すれば、空母10隻前後を擁する機動部隊が最低でも3個艦隊はいる事になる。そんなものが反復攻撃をかけてきては、やられる側からすればたまったものではないからだ。

 

雲龍らにとっては、これも一つの勉強であった。彼女達は“実戦”を経験していないからである。

 

 

一方、ガタルカナル棲地では―――

 

飛行場姫「何だこの数は!?」

 

南方棲姫「流石に異常と言わざるを得んようだな・・・。」

 

駆逐棲姫「そのようだな。」

 

最新鋭機の彗星三三型が立て続けざまに雲間から急降下を始め、蒼龍の流星隊は水平爆撃で飛行場を狙う。新たに蒼龍艦戦隊にも配備され機数が増えた雷電一一型改が、ドロップタンクを投下し戦闘態勢に移り、こちらも五航戦に新規配備された零戦最終型である零戦五四型が僅かな敵警戒機を蹴散らしていく。

 

上空にあった僅かな敵戦闘機も必死の防空戦闘を繰り広げるが、所詮は多勢に無勢であり、練度未熟な何機かが機動ミスから撃墜された以外に戦果も挙げようが無く、熟練搭乗員の駆る雷電や零戦によって次々に撃墜され、瞬く間に上空は日の丸で制圧されてしまった。

 

ガタルカナル棲地にはこの時、ロフトン・ヘンダーソンと南方棲姫「ワシントン」に加え、タウンスビルから呼び寄せられていた駆逐棲姫「ギアリング」の3人と、その麾下艦艇合計にして、1万8758隻もの大艦隊が集結していた。その密集している様相は、海域の場所によっては黒く染まったようにも見えた。

 

本来であれば豪州方面を預かるギアリングが呼び寄せられていた理由は簡単で、ガタルカナルの機動戦力であるノースカロライナ麾下の16TFが、戦力再建の為ヌーメアに下がっていた為だ。要するに埋め合わせと言う事である。

 

ネ級Flag「敵編隊総数、600を超えます!」

 

駆逐棲姫「これが1回きりなのか、それとも・・・。」

 

南方棲姫「これが反復するのなら、敵は機動部隊、少なくとも数個艦隊と見なくてはならん、そうなると・・・。」

 

飛行場姫「上空警戒機は全て降りた後、空母も少なく、要撃の準備も出来ていない・・・ノースカロライナがしくじらなければ!」

 

駆逐棲姫「過ぎた事を言っても始まりません。今は兎も角、迎撃と反撃を策する事に、全力を挙げましょう。」

 

飛行場姫「・・・そうだな、索敵を厳にしろ! 敵艦隊を必ず捕捉するのだ!」

 

南方棲姫「敵機の来襲方向から考えますと、敵は南では無いかと思われます。南方、珊瑚海一帯に索敵の網を張りましょう。」

 

飛行場姫「そうだな、そうしよう。」

 

ネ級Flag「駆逐艦サンプソン285沈没!!」

 

駆逐棲姫「くそっ、こんな時にこの曇天とは!」

 

余りの状況の悪さにギアリングまでもが悪態をつく。情報が少なければ少ない程、人の思考はより主観的になる。その主観的思考の陥穽(かんせい)が、誤った結論をはじき出していたのである。本当はこの時点に於いてはそれほど状況が悪化している訳では無かったのだが・・・。

 

 

一方鈴谷の敵信傍受班は、ガ島の狼狽ぶりを直人に伝えてきた。

 

14時20分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「ほう、敵は平文で交信している部隊もあるのか。」

 

明石「それどころか、隊内無線でやり取りしている部隊も数多くいるようです。」

 

提督「今日のガ島の天候はどうなっているんだ?」

 

明石「高度2800付近から5700付近にかけて厚い低雲が立ち込めており、深海棲艦隊は策敵は兎も角、少なくともこちらとの接敵には失敗したようです。」

 

提督「珊瑚海の天候は?」

 

明石「ラバウルからの情報ですと、今日は西部にスコールや積乱雲はありますが、東部は高気圧の影響で晴れているそうです。」

 

提督「そうか、なんにせよ先手は取れた。ここまでの所潜水艦も影を潜めているようだ。この分ならいけるかもしれん。だが気を引き締めて行くぞ。」

 

明石「はいっ!」

 

鈴谷の上空は雲量2、晴れ空が広がり、海も平穏そのものだった。それだけに空からの目に注意を払う必要はあったが・・・。

 

 

狂ったように打ち上げられる火箭、VT信管を持つ艦が中心となって必死の対空射撃を試みるが、レーダーを用いた射撃でも中々効果が挙がらない。相変わらず横鎮近衛艦隊はチャフを多用している為レーダーが頼みのこの状況では目視による外無いばかりか、密雲に遮られその目もあてにならず、突っ込んできた敵に対してその都度照準するという状況に追い込まれていたのである。

 

魚雷を抱いた流星が海面すれすれを進む。熟練のパイロットならではの技が、さしものVT信管をも無力化し、運と実力の世界へと時代を逆行させる。彗星各型がその持てる最も大きな爆弾―――500㎏爆弾を抱いて雲を突き破って、艦攻隊とタイミングを合わせて降下(ダイブ)する。

 

赤縁付き白帯一本(新一航戦一番艦)を胴体に描いた瑞鶴の天山が、敵戦艦に対して海面スレスレの超低空を突進する。すると上空から青帯一本(二航戦一番艦)の蒼龍搭載の彗星が待ってましたとばかりに急降下に移るといった具合で、敵艦は次々に爆発炎上していった。

 

また別の所では、一本の魚雷で弾薬庫の誘爆を引き起こした深海棲駆逐艦に巻き込まれる形で、隣の艦も大損害を被り共に沈むといった光景も散見された。これだけを見てもどれ程に艦が密集しているかがよく分かるだろう。ある深海棲駆逐艦などは、魚雷誘爆の余波で隣の駆逐艦も魚雷が爆発、更にその隣にと合計で5隻もの駆逐艦が一まとめに沈んだほどであったという。

 

暇を持て余した艦戦隊も低空に舞い降り、20mm機銃を敵に浴びせかける。装甲のような甲殻を持つ駆逐艦級には効果が薄いが、軽巡や重巡級になると大変である。それだけで手傷を負わせられるからだ。濃緑色塗装の艦戦隊が、敵の隊列を掻い潜る様にして飛ぶ様は、深海棲艦隊にとっては自らの劣勢を悟らざるを得ない様相だった。

 

そして当然ながら攻撃は飛行場にまで及び、機銃掃射によって次々と深海棲艦機が爆発炎上、更に水平爆撃によって飛行場に穴が穿たれていく。更には銃撃を受け炎上する燃料タンクが続出、それが別のタンクの誘爆を引き起こし、燃え広がった火の手が弾薬にも及び、物資が燃え始め、小火器類の弾薬が何か弾けるような音と共に誘爆する。

 

 

15時47分、横鎮近衛艦隊の航空攻撃は漸く終了した。

 

戦果としては297隻を撃沈、誘爆による損害を含めると692隻に大損害を与え、基地に対する攻撃で敵機69機が大破炎上したが、こちらも全体で101機を失った。しかし先手を取った攻撃としては順当だっただろう。尤も、敵が棲地内の狭い範囲にひしめき合っていたからこその戦果だった為、単に運が良かったとも言えなくはないのだが。

 

しかし何より、ルンガ飛行場にあった航空機燃料のタンクが殆ど炎上したが為に、690ガロンにも及ぶ燃料が焼失してしまい、その後の哨戒行動を行うのも苦しい状況にまで追いやられてしまったのである。

 

 

赤城「敵哨戒機に追跡されている?」

 

その報告が入ったのは、攻撃を終えた最後の艦載機隊が離脱して間もなくのことだった。追跡を受けたのは雲龍搭載の六〇一空の艦攻隊だった。

 

雲龍「どうすればいいでしょうか?」

 

赤城「近くに艦戦隊は?」

 

雲龍「お待ち下さい―――。」

 

雲龍が問い合わせてみると、付近に丁度赤城戦闘機隊の第2中隊が飛んでいる事が分かった。

 

赤城「―――では、それに迎撃させます。それまでは気付かぬフリをして帰投を続けて下さい。」

 

雲龍「そう伝えます。」

 

赤城(攻撃して終わりではない・・・その後、どこまで騙し抜けるかが問題ね・・・。)

 

しかしこの時点で第三艦隊は保有する戦闘機の全てを出し切っていた為、上空には1機の直掩機も居はしないのだ。予備機と予備搭乗員は残っているが、どちらもそう簡単に出していいものでは無いし、組み立てに時間もかかりすぎるからだ。

 

結局対策は攻撃隊が戻ってくるまで立てようがないというのが赤城の結論であった。その思案をよそに、追跡中の敵哨戒機を補足した赤城戦闘機隊第2中隊は、弾薬の乏しい中小隊毎の一撃離脱を繰り返し、追跡開始から10分ほどで敵哨戒機を撃墜する事が出来た。

 

同じような事がその後3度起こり、その都度撃墜に成功した為、深海側は初動の索敵で赤城の機動部隊を捕捉する事に失敗したのであった。が、それを何を意味するかと言えば、それは赤城の機動部隊の実態把握を阻止したという事である。

 

直人の意図した三十六計の六「声東撃西(せいとうげきせい)」、直人のよく用いる手ではあるが、その要件を満たす為に必要だったのは、味方の戦力を過大に評価“させる”事だったのである。

 

その内、赤城らの上空に、大役を終えた攻撃隊が順に戻って来た。卸したての新型機もボロボロになり、戦塵に塗れて来た事がありありと見て取れたのだった・・・。

 

 

16時11分 ソロモン諸島北方

 

重巡鈴谷はこの時、ガタルカナルへの突入進路に変針する所であった。

 

提督「いよいよだな・・・。」

 

明石「あと50分程で、敵の160海里圏に入ります。」

 

提督「そうなったら、そこからは全速前進だな。」

 

明石「機関の準備はいつでもOKです。」

 

提督「大変結構。」

 

前檣楼見張員

「“前方水平線上に、敵機影確認!”」

 

提督「なに!?」

 

見張り員からの報告で即座に艦橋が緊迫する。もしそれが接近してきた時が事だからである。

 

提督「逐次変化有り次第知らせ!」

 

前檣楼見張員

「“了解!”」

 

明石「発見されたのでしょうか・・・?」

 

提督「分からん。通信室敵信傍受班は敵信の変化に注意せよ!」

 

通信室「“了解!”」

 

提督「頼む・・・。」

 

副長「―――、―――。(見つかっていない事を、祈るしかないですね。)」

 

緊張した面持ちで、見張りからの続報を待つ直人。数分後・・・

 

 

前檣楼見張員

「“敵機影、消えました!”」

 

その報告に、艦橋に居た者は胸を撫で下ろしたのだった。

 

提督「良かった・・・敵信に変化は?」

 

通信室「“今のところは・・・。”」

 

明石「見つかっていない、のでしょうか?」

 

提督「かもしれん、潜水艦の反応は?」

 

ソナー室「“相変わらずクリアですね。”」

 

提督「ふむ・・・赤城はどうやら上手くやったらしいな。」

 

明石「みたいですね。今のところ、こちら側には敵も監視の目が薄いようです。」

 

提督「よし、艦隊出撃! 今の内に陣形を組むぞ、全艦第一種臨戦態勢! 光漏れに注意せよ!」

 

夕暮れの海に、艦隊が次々と射出されていく。中には後ろ向きに射出されるカタパルトに対応する為にか、射出方向の反対方向を向いて発進しようとする深雪のような艦娘も居たのだが、流石にそれは直人も制止するのだった。

 

提督「さてさて、どこまでやれるかな。」

 

 

実の所、艦娘艦隊側に何かしら動きがあるかもしれない事はガ島側でも掴んではいた。それは、2日前に解読出来ない暗号文がラバウルに入電した事を、敵信傍受で掴んでいたからである。これは日本の通信班にはよく見られる特徴であったが、そこから逆算するに動きがあるかもしれないという予測を立てていたのだ。

 

そこへ飛び込んできたのが先の大空襲で、これだとばかりに飛行場姫を初めとする深海側は飛び付いた訳である。事実深海側はこの攻撃が数個艦隊で行われたと仮定していた。

 

しかし実際には、僅か1個艦隊による分進合撃であった事を気づかぬままに、生餌に飛びつこうとしていた訳である・・・。

 

 

17時00分―――

 

明石「たった今160海里圏に入りました!」

 

提督「よし、艦隊増速、第五戦速! 全艦、本艦に注目せよ! 信号旗及び発光信号、送れ!」

 

鈴谷の後檣楼マストに、“S”“3”“5”(35ノット)の信号旗と、「本船の信号に注意せよ」を意味する国際信号旗の“X”が掲げられた。本艦に注目せよは発光信号でも送信され、艦娘達全員が、鈴谷のマストに目を凝らす。

 

その次に掲げられた信号旗を見て、艦娘達は息を呑んだ―――

 

榛名「―――!」

 

大和「・・・“Z”旗、ですか。」

 

 

提督「Z旗一流!」

 

明石「!!」

 

副長「――。(成程。)」

 

国際信号旗“Z”、本来「本船にタグボートを求む。」「本船は投網中である(漁場で接近して操業している漁船によって用いられた場合)。」を意味する信号旗としても用いられる信号旗である。

 

が、日本海軍では意味するところが異なる。

 

―――皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ―――

 

日露戦争の際、名文家として知られる秋山真之参謀の起草したこの文章の意味を持たせ掲揚されたこの旗は、日本海軍にとって特別な意味を持つ旗となった。

 

直人はこの一見無謀とも取れる戦に臨むに当たって、彼は士気を高揚させる為にこれを掲げたのだ。

 

提督「今後の戦局推移の如何は、掛りてこの一戦にある。各員はその部署に於いて、その職分を全うせよ!」

 

横鎮近衛艦隊の士気、否応なく高揚する。直人の決然たる訓示を受け、艦娘艦隊は俗世に一時の別れを告げて、鈴谷に寄り添うようにして突入を開始したのである。

 

 

 

19時04分・・・

 

 

飛行場姫「日が暮れてしまっては捜索は出来ん・・・。」

 

駆逐棲姫「哨戒機は一旦全て下げましょう。翌朝5時に再発進させ、くまなく捜索すれば宜しいかと思います。」

 

飛行場姫「そうしよう。」

 

南方棲姫「―――?」

 

駆逐棲姫「? どうしたワシントン―――」

 

南方棲姫「静かに。」

 

駆逐棲姫「―――!」

 

 

――――ォォォォォ・・・

 

 

駆逐棲姫「何の音だ・・・?」

 

南方棲姫「―――近づいているな。」

 

駆逐棲姫「あぁ。」

 

 

―――ォォォォォオオオオオオ・・・

 

 

南方棲姫「―――敵来襲! レーダーに映って―――ッ!」

 

駆逐棲姫「レーダーが真っ白だと!?」

 

飛行場姫「夜間空襲だとっ!?」

 

 

パパパパパパッ・・・

 

 

ネ級Flag「星弾ですっ!!」

 

駆逐棲姫「対空戦闘用意! 光学照準に切り替えて各個迎撃せよ!」

 

 

ヒュルルルルルル・・・

 

 

南方棲姫「今度はなんだ!?」

 

 

ドゴオオォォォォーーー・・・ン

 

 

「“戦艦アラバマ443沈没! 爆沈です!!”」

 

南方棲姫「何っ!?」

 

 

ブウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥ・・・ン

 

 

リ級Flag「敵機急降下!!」

 

南方棲姫「回避運動!」

 

駆逐棲姫「駄目だ、大軍が行動するのにここは狭すぎる―――!」

 

 

提督「突撃しろ! 敵に思考する暇を与えるな!」

 

横鎮近衛艦隊の本隊が突入を開始したのは19時05分の事だった。その1分前、何者かの放った空襲部隊が、大挙してサヴォ水道にいる敵艦隊を空襲したのだ。これを好機と見た直人は、今一撃を加えるなら敵の思考を凍結させうると判断、麾下部隊に予定変更なしの突撃命令を下したのである。

 

明石「しかし、この空襲は一体誰が・・・?」

 

提督「恐らく赤城だろうな。だが今それはどうだっていい、今は兎に角、考える暇を与えてはならないのだ。混乱している間に敵陣を突破してしまおう。」

 

金剛「“突入するデース!”」

 

提督「頼むぞ! 敵総数はどれくらいだ明石。」

 

明石「ラバウル基地から送られてきた偵察写真による推定ですが、1万6000は超えるものかと・・・。」

 

提督「では、通常の艤装では限界がある、か。」

 

明石「そうですね。」

 

この返事が命取り。

 

提督「よし、では出撃する。」

 

明石「えっ、まさか提督!?」

 

提督「あと任せた。」

 

そういいながらエレベーターの扉が閉まった。

 

明石「えぇ・・・。」

 

副長「―――。(いつもの事ですね。)」

 

明石「お願いですから慣れないでください・・・。」

 

 

提督「巨大艤装「紀伊」、出撃!」

 

19時10分、直人も巨大艤装を駆って出撃する。横鎮近衛艦隊の文字通りの総力を挙げた戦いが始まったのだ。

 

提督「ウラディーミル、用意―――」

 

直人の装備する30cm速射砲の先端に、2発の巨大擲弾が装着された。

 

提督「全員対閃光防御! ウラディーミル、発射!」

 

 

ドォォンドォォォォーーーン

 

 

ソロモン北方沖海戦以来、久方ぶりに放たれた、爆発範囲に於いては最強の兵器、巨大擲弾ウラディーミル。これまで3度繰り返された光景は、今再びルンガ沖で現出する。

 

 

ドゴオオオオオオオオオオオオオオ・・・

 

 

超強力な高威力爆薬と、調合された究極なまでの威力を持つサーモバリック爆薬による二段階爆発により、致死半径は約800m、更にその外側500mにも超高温の爆風が吹き付ける。影響範囲はおよそ半径2kmにまで達する。相手が純然たる兵器ではないが故に、生体部分に多大な損傷を与えるのだ。

 

それが2発、突破口は4km程度に達した。この一撃による轟沈艦、2286隻、損傷した艦は3861隻に達した。

 

提督「突入、我に続け!!」

 

一同「「“了解っ!!”」」

 

機動要塞紀伊を中軸にして、横鎮近衛艦隊は第一艦隊を先頭に突撃する。

 

提督「砲門開け!」

 

 

ズドドオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

120cm砲が怒号を放ち、80cm砲もこれに続く。更に各艦隊の46cm砲や41cm砲、35.6cm砲も唸りを上げて放たれる。

 

一挙に敵の第1陣に穴を開け、そこへ突入するその戦法は、正にソロモン北方沖海戦の時の焼き直しであった。分かりやすく強力で尚且つシンプルであるが、そうであるが故に実現の難しいその戦法は、深海側に記憶を呼び起こすには充分だった。

 

 

駆逐棲姫「この戦法は、まさか“あの時”の―――!」

 

南方棲姫「噂の、サイパン艦隊の御出座しだったらしいぞ。こちらに突き進んでくる敵の巡洋艦と思しき艦影も確認した。」

 

真っ先に気づいたのはかつて矢面に立ったギアリングと、サイパン艦隊の情報を知っていたワシントンであった。

 

駆逐棲姫「そうか、あの時のもサイパン艦隊の仕業だったと言う訳か。となれば先陣を切っているのは、あの男か!」

 

南方棲姫「その様だ。リターンマッチと行こうギアリング。」

 

駆逐棲姫「そうしよう、ワシントン。願ってもない機会だ。一つお手合わせ願うとしよう!」

 

後に、“深海の双璧”とも呼ばれるギアリングとワシントンを相手取る事になった横鎮近衛艦隊は―――

 

 

提督「この戦術―――成程、この素早さは、ソロモン北方沖の! 相手にとって不足はない! 二水戦を右翼前面に出せ、十一戦隊も加わって正面から魚雷攻撃を行って抑え込むんだ!!」

 

高雄「“四戦隊から紀伊へ、当隊の増派を許可して下さい!”」

 

提督「意見具申を是とする、直ちに向かえ!」

 

高雄「“了解!”」

 

命令伝達の素早さでは引けを取らない横鎮近衛艦隊、ギアリングの艦隊を目前にして全く尻込みしないどころか、一歩も退く事無く対抗する。

 

提督「四航戦は右翼前面に砲撃支援を行え!」

 

扶桑「“了解致しました!”」

 

提督「瑞鶴、夜間攻撃の準備は!」

 

瑞鶴「“今出した、目標どうする?”」

 

提督「左翼正面の敵艦隊に頼む!」

 

瑞鶴「“了解! 攻撃目標、左正面敵艦隊!”」

 

提督「全く、とんでもなく組織化された艦隊だな。」

 

金剛「“同感デース、今までのとはレベルが違うネー。”」

 

提督「望む所だ、強敵と戦い勝つ事は、武人の誉だ!」

 

長門「よく言った提督! 私も一つ乗せて貰おう!」

 

提督「当たり前だ、お前にも付き合って貰うぞ!」

 

長門「応! 全砲門、撃て!」

 

長門が左翼正面の敵に向け持ち得る全砲火を集中する。主砲はおろか副砲すらも応戦している状況である。彼我の距離は両翼共に約1万、全火砲と魚雷の射程圏内であった。

 

 

南方棲姫「こちらにも攻撃が来たか・・・迎撃しろ!」

 

リ級Flag「しかしそれでは―――!」

 

南方棲姫「大丈夫だノーザンプトン。現在後方にある予備隊で迎撃を試みるまでだ。」

 

夜間航空攻撃に乗じた横鎮近衛艦隊の殴り込み、彼らの得意とする戦術であり、砲撃か対空戦闘か、二者択一を迫るという点では極めて効率のいい戦術でもある。

 

しかし欠点として同士討ちのリスクも抱えている為簡単に出来る戦術ではない。平素からの想定と訓練が欠かせない戦術でもあるのだ。

 

 

那智「“第一陣突破!”」

 

提督「よし!」

 

妙高「“前方新たな敵艦隊!”」

 

提督「―――!」

 

 

駆逐棲姫「行かせはしない!」

 

提督「姫級の御出座しかっ!!」

 

駆逐棲姫「サイパン艦隊の提督自らの出陣とはね、だが、だからと言って止めない理由にはならない!」

 

提督「なれば押し通る! 七戦隊、十二戦隊、一水戦、続け!!」

 

最上・長良・阿賀野

「「“了解!”」」

 

提督「四航戦は所定通り突破を再開せよ、正面突破を図る! 一戦隊及び三戦隊も続け!」

 

金剛「“OK!”」

 

扶桑「“了解!”」

 

大和「“了解しました!”」

 

提督(とんでもなく早い対応・・・間違いなくあの時の艦隊だな。)

 

駆逐棲姫自ら手勢を率いて正面に出ての防戦に対し、直人はその余りの早さに舌を巻きながらも全戦艦部隊を結集した正面突破を選択、距離僅か3000mの激戦が繰り広げられる。

 

一方―――

 

 

時雨「もう始まってるみたいだね、そろそろ行こうか。」

 

夕立「“ソロモンの悪夢”、見せてあげる!」

 

綾波「“鬼神”の名に恥じない戦いを―――!」

 

川内「征こう―――戦場へ!」

 

 

 

 

ドゴオオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

提督「何だ!?」

 

突如として起こる大きな爆発音、そしてそれは次々と連鎖し、敵艦隊の後方で幾本もの火柱が噴き上がる。

 

駆逐棲姫「なに! 何が一体!?」

 

ネ級Flag「敵の増援です! 敵が、“背後”から!!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

背後―――そう、深海棲艦隊は、北方から接近する横鎮近衛艦隊に正面を向けて対峙していた。今の爆発はその背後、即ち南側からの攻撃によるものであった。

 

飛行場姫「地上レーダーは何をしていた!」

 

ヘ級Flag「敵にレーダーの死角を突かれ、探知出来ません!」

 

飛行場姫「チッ・・・ホノルル、迎撃の指揮を取れ!」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

 

川内「“―――こちら、第三艦隊緊急増派隊、これより本隊を援護する!”」

 

提督「川内か!」

 

その通信に本隊も色めき立った。

 

川内「“綾波と夕立、時雨も一緒だよ!”」

 

提督「赤城め・・・やりおる。」

 

赤城は本隊の突入前に事前に写真を撮らせ、解析した戦力からただならない戦力が集中されている事を知り、大急ぎで護衛艦艇から夜戦に尤も適性がある川内と、その川内の選抜した駆逐艦3隻を急派したのである。

 

その赤城は結局発見される事無く日没を迎えてさえもいたのである。

 

提督「敵は混乱している、この隙を逃すな!」

 

 

駆逐棲姫「敵の増援かッ!!」

 

唐突な新手の出現にギアリングの思考が止まりかける。

 

セーラム「私が一隊を率いて迎撃します!」

 

駆逐棲姫「―――そうだな、頼む!」

 

「敵先陣至近、来ます!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

摩耶「道開けろやゴラァ!!」

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

駆逐棲姫「くっ、なんという蛮勇―――!」

 

提督「押し込めぇ!!」

 

駆逐棲姫「なっ―――!?」

 

ギアリングは面食らった。既にしてそこには、巨大艤装を纏った敵の大将の姿がそこに在ったのだから。

 

駆逐棲姫「サイパン艦隊司令官、その首、貰い受ける!」

 

提督「敵の旗艦か―――! どうやら真正面に突入してしまったようだ。」

 

このまま通してくれる相手ではない―――そう判断した瞬間、彼は長80cm三連装要塞砲を3基指向した。

 

 

ドオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

砲弾同士の交錯、結果―――

 

駆逐棲姫「ぐああっ!?」

 

提督「ぬぅっ!!」

 

駆逐棲姫が大破、対して巨大艤装は傷が付いただけであった。

 

提督「行け! 戦艦部隊さえ突破出来れば勝機はある!」

 

直人はその駆逐棲姫に一瞥をくれた後、踵を返して30cm速射砲を振りかざし、更に奥へと突進する。

 

駆逐棲姫「くっ・・・これが、巨大艤装と言うものの力か・・・。」

 

 

提督「―――敵陣、突破!!」

 

駆逐棲姫の本隊を突破した先には、ルンガ岬が見えた。そして、ルンガ飛行場に佇む強大な力の奔流を、彼でも感じ取る事が出来た。

 

日向「“我被弾、すまない、先へ進んでくれ、ここは摩耶達と共に抑える!”」

 

提督「分かった、無理はするな!」

 

日向「“了解している。まだ死ぬつもりはない!”」

 

大和「“一戦隊、突破成功!”」

 

金剛「三戦隊、突破したネー!」

 

提督「お疲れさん。だがここからだぞ。」

 

榛名「勿論です、行きましょう!」

 

扶桑「“四航戦、日向除き突破成功!”」

 

提督「よし、殆どの戦艦が突破したか。」

 

オイゲン「“ドイツ戦隊、突破しました!”」

 

提督「おぉ、マジかいな。」

 

レーベとオイゲンが突破したのを聞いた直人はそれに感嘆を禁じ得なかった。流石は歴戦の雄である。

 

明石「“鈴谷、突破成功しました!”」

 

提督「おぉ、大丈夫か明石?」

 

明石「“勿論です! 立ちふさがる敵は“轢いて”来ました!”」

 

提督「お前は天霧かなんかか!?」

 

明石「“倣いました!”」

 

提督「知ってたわ・・・。」

 

駆逐艦天霧はこのソロモン海域で、魚雷艇PT-109に体当たりし撃沈した事がある。そしてその魚雷艇に後のケネディ大統領が乗っていた事はあまりにも有名である。

 

提督「よし―――やっか。」

 

金剛「そうネー。」

 

明石「“やりますか!”」

 

直人達は、飛行場に向けて向き直る。引き金に手をかけ、その双眸は敵を見据える。

 

20時49分、飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」と直人の最初の対峙は、正にこの時であった。

 

提督「目標、第一戦隊はルンガ飛行場、第三戦隊は飛行場周辺施設及び港湾施設群、四航戦は敵沿岸砲! 各個撃ち方始め!」

 

飛行場姫「良かろう、相手になろう。全砲台、応戦せよ!」

 

瞬く間に陸上と洋上が、瞬く砲炎で彩られる。艦隊の周囲に複数の水柱が立ち上り、地上施設が一つ、また一つと火に包まれ、崩れ落ち、並べられた航空機が砕かれ、天高く舞い上がる。

 

殊に目を見張ったのは、やはり30cm速射砲の速射能力だった。セミオートで引き金を引く速度に比例して連射速度の上がるこの火砲ではあるが、2秒に1発のペースで直人は撃ちまくっていた。彼が照準を付けていたのは、ルンガ飛行場の中心部に坐する飛行場姫であった。

 

飛行場姫「なんという火力―――!」

 

 

ドドオオォォンドドオオォォンドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

飛行場姫「あれが・・・巷に噂される巨大艤装か。」

 

ひっきりなしに飛来する砲撃の狭間に、飛行場姫は盛んに明滅する砲炎を捉える。それこそが直人が駆る巨大艤装「紀伊」であった。

 

その瞬間である―――

 

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

飛行場姫「くっ―――!?」

 

飛行場姫の前方上空で炸裂した80cm三式通常弾改が飛行場姫に襲い掛かった。弾子の数は5000を軽く超えるこの砲弾は、広範囲に渡って地上を薙ぎ払うのには充分であった。なおこの砲弾は改良により、弾子が徹甲焼夷弾から成形炸薬弾に変更されている。

 

成形炸薬弾の原理を説明するのは難しいので簡潔に説明すると、本来四周に散らばる爆発の威力を、一方向に収束させるように爆薬を充填した砲弾である。この一方向のみに対して爆薬が燃焼する現象を「ノイマン/モンロー効果」と言うが詳しくは省く。

 

飛行場姫「凄まじい威力だな・・・。」

 

瞬く間に火の海と化すルンガ飛行場。見渡す限りの炎と黒煙に、さしもの飛行場姫も呆然とせざるを得なかった。

 

飛行場姫「これが―――人類を怒らせた、これがその結果だという事か。」

 

既に、深海棲艦と言う存在は、余りにも多くの血を、野に山に、空に、海に、余りに多くの血を吸わせてきた。数多の大地を荒野に変え、人々の営みの跡を完全に消し去り続けた。その破壊の傷は、何世紀も引きずる事になる、深い傷であった。

 

後世に於いて「決定的瞬間がある核戦争より遥かに恐ろしい災禍」とまで評されるこの戦争に於いて、その最終盤に見せた大番狂わせは、確かに存在した伝説であった。例え、それが歴史の中に埋もれた輝きとなろうとも、確かに、滅びの淵から人類を救い上げた者達が居た事は確かなのだ。

 

それが“艦娘”であり、それを率いた“提督”だったのは言うまでもない。

 

ヘ級Flag「“飛行場姫様、敵の増援を食い止められません、勢いと破壊力が凄まじすぎます!”」

 

飛行場姫「分かった、一度後退せよ!」

 

へ級Flag「“ハッ!”」

 

飛行場姫も麾下兵力を呼び寄せつつ沿岸砲で反撃するなど抵抗を試みるが、取り巻く艦隊は全て足止めされ、彼女を守る者は何もなかったのである・・・。

 

 

提督「しぶといな・・・今までとはやはり違う。」

 

榛名「そうですね・・・。中間棲姫と似たような、そんな感じが・・・。」

 

北上「“大井被弾、被害大!”」

 

日向「“こちら日向、一水戦の損害、更に拡大!”」

 

砲撃開始から40分以上が経ち、既に全員合わせて1000発を超える主砲弾を撃ち込んでいるのにも拘らずよく分からない手応えしかない。その一方で艦隊の損害は拡大していくばかりというこの状況は、直人の内で徐々に焦りを生んでいた。

 

提督「弾薬の残弾は既に半分程度か―――30cm砲弾は既にゼロになっているな。」

 

撃ちすぎたようだ。1門あたり2250発しか入っていないから当然だが。

 

明石「“こちら鈴谷、ここまでの被弾15発以上、今のところ欠損箇所の修復で踏みとどまっていますが―――!”」

 

提督「限界が近いか?」

 

明石「“残念ながら、残弾も余りありません・・・この辺りが潮時かと思われます。”」

 

提督「・・・金剛、敵飛行場を無力化出来たと思うか?」

 

金剛「飛行場そのものは既に使えない筈ネー、ただ、修理されるト・・・。」

 

提督「・・・それでも、一時的に時間を稼ぐ事にはなる筈だ。我々は既に目的を達し、敵施設の大半を焼尽せしめたのだ、ここらで引き上げとしよう。」

 

既に殆どの施設は瓦礫の山と化していた。港湾施設は埠頭すら跡形も無く破壊され、飛行場は最早更地と化し、辺り一面が焼け野原と化していた。これが、艦砲射撃が爆撃に勝るという何よりの例証である。千数百発と言う大口径砲弾の投射は、それだけで何百トンもの爆薬を注ぎ込んだ事と同義であった。

 

提督「それに敵の増援もあるかもしれん。弾薬が残っている内に、もう一度突破せねばならんな。」

 

金剛「OKデース!」

 

直人としてはこの際一挙にガタルカナル棲地攻略まで行きたかったのだが、それ程簡単な事でないのは彼にも見て取れた。結果として彼は、ひとまずの目的は達したとして撤退する道を選んだのである。

 

提督「全艦最後の艦砲射撃次第反転180度! 対艦戦闘準備、敵陣を再突破し、中央スロットへ逃げ込むぞ!」

 

一同「「“了解っ!!”」」

 

こうして横鎮近衛艦隊は全艦撤退を決意する。21時32分の事であった。

 

 

伊勢「日向!」

 

日向「あぁ、伊勢か、戻って来てくれて良かった。そろそろ限界だったところだ・・・。」

 

日向はこの時既に大破していたが、大破してから10分以上は粘りを見せたと戦闘詳報にある。

 

提督「無理を言ってすまなかったな、全艦直ちに離脱するぞ。殿は俺が引き受ける。」

 

日向「分かった。」

 

阿賀野「そんな、危ないよ!」

 

提督「俺の心配は良い、早く行くんだ、時間がない!」

 

明石「“御無理はなさらず。”」

 

提督「わーってるって! 全く心配性の多い艦隊だ事。」

 

金剛「それだけ慕われてるのデース、私も付き合うネ、ノーとは言わせないヨー?」

 

提督「全く、お前と言う奴は。」

 

鈴谷「鈴谷も手伝うじゃん?」

 

オイゲン「私もお供します!」

 

提督「やれやれ、仕方ないな。よし、お前達3人は俺と一緒に殿を張ってくれ、頼むぞ。」

 

3人「「“了解!”」」

 

こうして、近衛艦隊の撤退戦が始まった。

 

 

翔鶴「瑞鶴。」

 

瑞鶴「分かってる、タイミングが大事よね・・・。」

 

瑞鳳「提督、大丈夫かなぁ・・・。」

 

そのころ一航戦は、突入するタイミングを逸して戦域外縁部にいたが撤退命令を聞きつけ、ソロモン諸島線の北側に沿う様にして北西に向かっていた。

 

瑞鶴「今、第二次攻撃隊を出しても意味ない。大事なのは、殿が遺脱する時間を稼ぐこと、それには―――」

 

翔鶴「“あの子が、決め手ね・・・。”」

 

 

提督「北上!」

 

北上「あっ、提督!」

 

殿を引き受けた紀伊の一隊が敵第一陣の所まで戻ったのは、22時01分の事だった。

 

提督「大井の様子は?」

 

北上「一応止血はしたよ。」

 

提督「そうか、分かった。大井、動けるか?」

 

大井「え、えぇ・・・。」

 

こちらも大破していたが、北上のカバーでここまで耐え抜いていたのだった。

 

提督「すまなかったな、無理をさせた。」

 

大井「ホントよ・・・いつもアンタは、遅いんだから。こうなったのも、アンタの作戦のせいよ。」

 

提督「そうだな、そうだとも。帰ったらゆっくり休もう。な?」

 

大井「ふん―――その時は、付き合って貰うわよ。これだけ、無茶させておいて、ただじゃ済まないんだから・・・。」

 

提督「やれやれ・・・分かったよ。さぁ、帰ろう。」

 

大井「えぇ!」

 

提督「矢矧、状況は?」

 

矢矧「流石歴戦の子達ね、被害は最小限よ。」

 

提督「分かった、離脱するぞ。」

 

矢矧「了解! 全艦、離脱!」

 

高雄「提督、お疲れ様です。」

 

提督「あぁ、だがここからだぞ。」

 

高雄「はい!」

 

大和「“全艦隊、敵第一陣を再突破しました!”」

 

提督「よし、引けッ!!」

 

一同「「“了解!”」」

 

殿を引き受ける艦隊が急速に後退を始める。虚を突かれた艦隊に殿艦隊に撃たれ怯んだ隙に、艦隊は中央スロットに向け退却する。

 

 

駆逐棲姫「何故だ、奴ら、勝っていた筈だろう・・・?」

 

駆逐棲姫は大破していたが、流石姫級と言う所か、大した傷は負っていなかった。

 

南方棲姫「―――弾薬に不足をきたしたか、それとも・・・。」

 

駆逐棲姫「・・・勝ち逃げ、と言う事。」

 

南方棲姫「かもしれんぞ、実際それ程大きな打撃を与えた感じはない。無理をしていたかどうかは分からんが・・・。」

 

駆逐棲姫「―――帰りたければ帰らせてもいいが・・・よし、セーラム!」

 

ネ級Flag「はい!」

 

駆逐棲姫「艦隊を抽出して追撃しろ。ヘレナも連れて行け。」

 

ネ級Flag「分かりました。」

 

南方棲姫「セーラムだけでは、ともするとしくじるかも知れん。私も行く。」

 

駆逐棲姫「頼む。」

 

ワシントンとセーラムはそれぞれ艦艇を抽出して部隊を編成、横鎮近衛艦隊を追撃すべく、出しうる最大戦速で追い始める。一方の横鎮近衛艦隊も、鈴谷が修復不可能になって損害が目立っているものの、それを取り巻くように少しずつ艦を収容しながら35ノットで退却を急いでいた。

 

「こんな事もあろうかと!」と明石が密かに準備を進めていた艦娘用艦尾ウェルドックが役に立っていたのだった。

 

 

―――ォォォ・・・ン

 

 

提督「・・・明石、いつから準備してた?」

 

明石「“うーん・・・2か月前位ですかね。”」

 

提督「検討を求めるよりもっと前だったかぁ・・・。」

 

明石「“サプライズです!”」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

直人は余り普段から周囲の物の変化に疎い為、鈴谷が作り変えられている事には気付かなかったようだ。その癖髪飾りを変えたりすると気付くのだから始末に負えない。

 

提督「しかしなんとも―――ん?」

 

明石「“どうされました?”」

 

提督「後方、追尾してくる敵艦隊!」

 

明石「“本当ですか!?”」

 

提督「現在まともに戦闘できるのは―――」

 

“いない”、それが結論だった。どの艦も弾薬の殆どを使い果たし、魚雷の残弾などどこにもない。

 

提督「―――やるしかないか。俺が、時間を稼ぐ!」

 

明石「“方位80度、接近する機影あり!”」

 

提督「!?」

 

航空攻撃か、そう思った矢先―――

 

明石「敵味方識別装置(IFF)に反応有り、味方です!」

 

提督「なんだって!?」

 

 

・・-・・() ・・-・・() ・・-・・()

 

瑞鶴の下に送られるト連送は、翔鶴航空隊からのものだった。

 

瑞鶴「タイミングばっちり! 流石村田隊長だね!」

 

翔鶴「えぇ、そうね。」

 

瑞鳳「これで逃げ切れるかなぁ?」

 

翔鶴「えぇ、これでもう大丈夫。」

 

実は翔鶴は1時間程前、横鎮近衛艦隊上空に状況偵察の為艦偵1機を飛ばしていたのだ。そして横鎮近衛艦隊が撤退に移り、中央スロットに全艦入ったタイミングで一航戦が第二次攻撃隊を出したという次第であった。

 

瑞鶴「あの提督が付いてるんだもん、何も心配する事は無いよ。私達も急ごう!」

 

翔鶴「そうね瑞鶴。私達には護衛艦が居ない。敵が出てくる前に、急いで離れましょう。」

 

こうして一航戦も合流予定地点に向けて後退を開始したのだった。

 

 

提督「撃てッ!!」

 

 

ズドドドドドドドドドオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

攻撃隊の撤収を見計らった様に敵前面に出た、巨大艤装『紀伊』の全砲門が吼える。その圧倒的な砲門数から放たれる100発近い砲弾の威力は、敵をして竦み上らせるには充分だった。ましてやそれが1隻の敵艦から、51cm以上の砲弾で100発近いのだから、並の戦艦ではもはや換算不可能な火力であった。

 

ネ級Flag「これが、あの時デュアルクレイターに浴びせかけられた火力か―――!」

 

殊に、それを目にした事のある者にとって、それが自分に向けられた時の心境は並大抵ではない。

 

ネ級Flag「到底この部隊では勝てない、一旦後退しつつ様子を見るぞ!」

 

へ級Flag「―――!」コクッ

 

セーラムは消耗を抑える為一時後退を麾下部隊に命じた。この場合の後退と言うのは、速度を落とすという事である。

 

 

提督「―――!」

 

敵の動きを見て取った直人は、ここで一転攻勢に出た。

 

 

ドオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

80cm砲をその有り余る砲列から連射し、一挙に距離を詰める直人。面食らったのはセーラムの方であった。

 

ネ級Flag「反撃! 反撃しつつ後退!!」

 

瞬く間に先鋒を粉砕されたセーラムは慌てて反転後退を命じる。が、巨大艤装による突撃はさるものである。余りの衝撃力に隊列が乱れに乱れ、最早指揮統制どころの段階を超えた潰走状態に陥っていた。

 

ネ級Flag「何をやっている、隊列を整えろ!」

 

既にセーラムが制御出来る領域ではない。一目散に泊地に向け逃走する艦が続出してさえいたのだった。

 

 

南方棲姫「セーラムはまだまだ経験が浅いな。艦隊前進!」

 

後方でそれを見かねたワシントンが艦隊に前進を命じたのも、考えてみれば仕方のない事であった。相手が巨大艤装であるとは言え、いくら何でもたった1隻に壊乱状態に陥れられているのを黙って見ている訳にもいかないからだ。

 

 

提督「面白い様に下がっていくな。さて、おちょくるのはこの辺りにしよう、これで終わりとは考えにくい。」

 

こうして23時29分、敵の追撃艦隊を退けた巨大艤装『紀伊』は、踵を返して鈴谷の後を追う。ワシントンの艦隊は結局会敵する事が出来なかったが、ワシントンは胸を撫で下ろすのだった。

 

 

一方で同じ頃、第三艦隊から分派された4隻も、本隊との合流を図って珊瑚海を必死の逃避行に移っていた。

 

川内「光学迷彩装備、持ってきてよかった~・・・。」

 

時雨「ちょっとずるいね、それ・・・。」

 

川内「まぁまぁ、見つからないに越した事はないからねぇ。」

 

時雨「僕たちは持って無いし・・・。」

 

川内「それはまぁ~・・・うん。」

 

時雨と夕立は持っていない装備である。その二人は、追いすがる飛行場姫の差し向けた追撃部隊の先鋒と互角に渡り合いながら退却していた。

 

時雨「でも多いね・・・。」

 

綾波「相当厳しいですね・・・。」

 

ホノルルを旗艦とする飛行場姫の擁する艦隊は、迎撃命令からこの方激しい攻撃を続けていた。ただこの4隻の非常に高い夜戦技能を前に互角の戦いを強いられていた訳であるが、退却戦となると流石の川内らにとっても厳しいものがあったのだ。

 

川内「付け入る隙も逃げる隙もないって感じ。」

 

夕立「どうするっぽい!? このままじゃ追い付かれるっぽい!」

 

時雨「このまま下がるしかない、決め手なんて・・・!」

 

夕立「―――!」

 

そう、高々軽巡1駆逐艦3の艦隊―――最早艦隊でさえない戦力ではあったが―――では、やれることなどたかが知れている。いくら個々の能力が高かったところで、時雨以外は際立って高い能力がある訳ではない。

 

川内「まずいね・・・これ・・・。」

 

時雨「援護も期待出来ない、戦力差も圧倒的―――」

 

綾波「ここまで、ですか・・・。」

 

夕立「・・・」

 

―――嫌だ!

 

夕立の心のどこかで、叫んだ声があった。

 

―――こんなところで終わってたまるか、終われる訳がない!

 

夕立「・・・夕立が、何とかするっぽい。」

 

3人「「!?」」

 

夕立「こんな所で、終わりたくない。皆揃って、あの港に帰る為に!」

 

瞑目して夕立が言う。

 

時雨「でも、どうやって?」

 

夕立「―――あの日と、同じっぽい。」

 

ゆっくりと見開かれたその瞳孔は、赤い光を放っていた。眼光、ではなく、間違いなく輝きを放っていた。

 

時雨「夕・・・立・・・?」

 

夕立「あの日は、帰れなかった―――皆を逃がしてあげるのが、精一杯だった。でも、今なら出来るかもしれないっぽい。」

 

綾波「そんな―――夕立さん!」

 

夕立「大丈夫、綾波。安心して、先に行くっぽい!」

 

その瞬間、夕立の持つ霊力が高まり出し、その膨大なエネルギーが、赤い奔流となって夕立を包み込む。

 

川内「―――分かった。行って! 夕立ッ!!」

 

夕立「了解っ!!」

 

川内の号令一下、夕立が普段とは桁外れの速度で敵陣に切り込んでいく。

 

時雨「は、早い!」

 

その余りの早さに、赤い奔流が残像となって見えていた。その次の瞬間には、夕立は右側面から敵陣内に突入、瞬く間に無数の火柱が立ち上って行った。

 

1隻、また1隻と沈め、夕立にその砲口が向けられた瞬間にはその背後に夕立が回り込み主砲を零距離で叩きつける。敵艦はその見ていた相手がただの残像だと悟りながら爆散するのだ。

 

赤い残光をたなびかせながら夕立はそのあらん限りの力を振り絞り敵に叩きつける。それは平時の訓練の集大成であり、かつての記憶―――マニュアル化されたありとあらゆるものの効率的な使い方を妖精達が常時配置の訓練によって修得し修練した、磨き上げられた人の技を、妖精達が有し、かつそれを効果的に夕立が運用した結果であった。

 

そしてそれを引き出したのは、夕立自身の経験と、それに裏打ちされた実力と、彼女に秘めたる記憶と心の成長と、その全てが組み合わさって成し遂げられた、“奇跡”と言うに相応しい御業であった。“駆逐艦夕立”という一つの花が、遂に咲いたのである。

 

夕立(―――もっと! もっと早く!! 1隻でも多く!!)

 

ヘ級Flag「馬鹿な、何が一体!」

 

能力としては平凡な深海棲艦であるヘ級Flag「ホノルル」に事態が掴める筈はなかった。しかし現実問題として、ホノルル隊はたった1隻の駆逐艦によって翻弄され、圧倒され、大混乱に陥れられていたのである。

 

それはかの第三次ソロモン海戦第一夜戦の再現であった。隔絶された戦力差の深海棲艦隊が、たった1隻の駆逐艦に弄ばれていたのである。

 

その激しい攻撃は10分に渡って続き、その間になんと129隻もの深海棲艦が撃沈され、87隻が行動不能に陥っていたのだから凄まじいの一言に尽きた。これ程までに正確な記録が残っているのも中々ある事ではないが・・・。

 

 

川内が号令を発して15分、夕立が仲間の元に戻って来た。

 

時雨「―――夕立!」

 

夕立「時雨!」

 

綾波「無事でしたか!」

 

川内「凄いね、敵が大混乱に陥ってたよ!」

 

夕立「そっか・・・なら、今の内に、逃げるっぽい―――。」フラッ

 

時雨「夕立っ!?」

 

綾波「おっとっと・・・!」

 

突然ふらついた夕立を綾波が受け止める。

 

川内「・・・寝てる?」

 

見てみると夕立は静かに寝息を立てていた。

 

時雨「疲れちゃったのかな・・・。」

 

綾波「私が支えて行きます。」

 

川内「そうだね、お願い。」

 

夕立が力戦敢闘し作った隙を生かし、川内達は静かに、夜の帳へと消えて行った。ホノルル隊も何が起こったかも良く分からない様な状態で追撃など思いもよらず、23時49分にひとまず撤退する事を決定した為にそれ以上の追撃は起こらなかったのである。

 

かくして、タサファロング沖海戦と呼称されたこの戦いは幕を閉じた―――横鎮近衛艦隊の戦術的辛勝として。

 

 

4月1日4時10分 ソロモン諸島中央水道外縁

 

明石「―――160海里圏、離脱しました!!」

 

提督「―――終わったか!」

 

明石「これで敵からの空襲の可能性はほぼありません!」

 

提督「そうか・・・やっと、休めるな―――」

 

 

ドサッ・・・

 

 

明石「―――提督!?」

 

副長「――!(提督!)」

 

明石「雷さん、ブリッジに、早く!」

 

雷「“りょ、了解!”」

 

唐突に倒れた直人、明石は救護班である雷を慌ててブリッジに呼び寄せた。

 

更に7時17分、夕立を抱えた川内らが戻って来たものの、この時はまだ直人も意識を取り戻していなかった。

 

が、雷の診断は・・・

 

 

7時28分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

雷「体力の使い過ぎね、二人とも。」

 

明石「良かった・・・。」

 

雷「二人して無理のし過ぎね。全く、心配させるんじゃないわよ・・・。」

 

金剛「そうデスネー・・・。」

 

雷「あら、金剛さん今日は凄く冷静じゃない。」

 

金剛「提督が無理をするのも、昨日今日の事じゃないネー。」

 

雷「はぁ、それもそうね。」

 

溜息交じりに雷が言う。尤も、その奮闘が無ければこうして全員が五体満足でいられなかっただろう事は事実である。清霜など一部の離脱の遅れた艦娘を援護したのも直人の艤装が持つ力による所大だったのだから当然だろう。

 

妙高「とはいえ不眠不休でしたからね・・・航空機の攻撃が気になると帰艦されてからもお休みになりませんでしたし・・・。」

 

時雨「でも夕立のあの力、あれは一体・・・。」

 

明石「取り敢えず、前後の事情が分かるかもしれませんから、その事は夕立さんが目覚めてからでいいでしょう。恐らく夕立さんは霊力の消耗が激しすぎた結果、体の方に負担がモロに行ったと言う所だと思います。なので目を覚ますのには時間が必要です。ぐっすり眠るくらいは。」

 

時雨「そうだね、今は二人してゆっくり休んで貰おう。」

 

明石「えぇ。」

 

金剛「そうデスネ。」

 

雷「司令官は純粋に、体の酷使のし過ぎね。不眠不休で艤装を運用して弾薬が尽きるまで戦った挙句、160海里圏を脱するまでそのままだなんて。過労で倒れるに決まってるじゃない。」

 

時雨「提督も頑張ってたんだね・・・。」

 

妙高「全員がその死力を尽くした結果ですよ。その証拠に・・・」

 

妙高が辺りを見渡すと、病床には大井や日向、陽炎、霰、清霜の姿もあった。

 

妙高「―――皆、ボロボロですから。」

 

そう言う妙高も頭に包帯を巻いていた。

 

時雨「そうだね。皆くたくたになるまで戦ったんだもんね。」

 

雷「もうくたびれ果てた艦隊よ、本当にね。」

 

でもそう言う所に強みがある―――雷はそう付け加える事を忘れなかった。

 

大破艦18、中破艦31を出したこの作戦は、相当無茶だったにも拘らず、済んでの所で全艦帰投の偉業を成したのである。矢矧が行った“最小限の損害”と言っても、その実それ程小さいものでは済まされなかったのである。

 

陽炎は砲撃戦の最中被弾し大破、霰は退却開始時に被弾して大破、清霜に関しては鈴谷に退却する途中でレーダーによって狙い撃たれ大破してしまっている。二水戦ですらこの有様、他の部隊が無事で済んでいる筈もなく、健在なのは空母部隊のみと言った有様だったが、その母艦航空隊も合計で172機を失い、多数の歴戦搭乗員が再び海に散華した。

 

川内「結局、どっちが勝ったんだろうね。」

 

時雨「川内さん・・・。」

 

川内「夕立の見舞いよ。」

 

雷「どうぞ。」

 

妙高「この戦い、どちらも勝ってはいませんよ。この程度でしたら、敵はすぐ立て直すでしょう。それは想像に難い事ではありません、事実私達は大した事が出来た訳ではありませんから。」

 

川内「そうなんだ・・・。」

 

そう、あくまで彼らが成したのは飛行場の一時的な無力化にしか過ぎない。それを立て直す事など、港湾施設の損害より遥かに簡単なのである。

 

 

提督「―――んん・・・。」

 

彼が目を覚ましたのは、午前11時の事だった。意外な事に夕立より早かったのである。

 

雷「・・・あら、お目覚め?」

 

提督「こ・・・こは・・・。フッ、我ながら、無理をしたものだな。」

 

自嘲気味にそう言う直人。

 

雷「そう思うならもう少し自分の体くらい労わってよ、司令官。」

 

提督「ハハ・・・返す言葉もない。」

 

雷「それとも? 私達が信頼出来ないかしら?」

 

提督「それは、違うな・・・。お前達には、充分過ぎるほどの重荷を背負わせてしまっている。そうさせている者の一人である責任として、同じだけの重荷を、背負おうとしているだけさ。」

 

雷「もう、変な所で気を揉んじゃうんだから。」

 

提督「そうだな、だが・・・」

 

言葉を一度とぎり、そして発した言葉は・・・

 

「お前達だけに任せて、俺一人のうのうとしているのは、なんかこう、違うと思うんだ。」

 

雷「そうかもしれないけど、雷達にとっては、のうのうとしてて貰わないと困るの。夕立達が折角戻って来たって言うのに、倒れててどうするの。」

 

ピシャリとそういう雷。

 

提督「そう、か・・・。」

 

雷「夕立は中々目が覚めないわね、お寝坊さんなんだから、もう・・・。」

 

提督「そう言えば、夕立は・・・。」

 

雷「司令官と同じ過労よ。尤もこっちは、霊力の使い過ぎで体に余分な負荷がかかったみたいだけどね。」

 

提督「・・・無理をさせてしまったか。」

 

雷「その無理を承知でこの作戦をやったんじゃないの?」

 

提督「―――ッ!」

 

そう、直人がそう言うのは角が違った。そもそも無茶を承知で、少しでも成算ある作戦を立案・実行したのは他でもない直人自身では無かったか。その矛盾に気づいて直人は苦笑せざるを得なかったのだった・・・。

 

 

4月2日9時59分、160海里圏を抜けてから14ノットで航行を続けていた鈴谷が、ラバウル泊地に錨を降ろす。先に到着していた第三艦隊とも合流し、これにて一件落着・・・と行く筈であった。

 

否、作戦そのものは一件落着であった。しかしその後である。

 

 

10時18分 サイパン基地4番埠頭(舟艇用)

 

提督「やれやれ・・・報告も面倒だが、それ以上にいらぬ賛辞を受けるのも面倒だ。」

 

大淀「まぁまぁ・・・。」^^;

 

舟艇用の埠頭―――実態はハーバーのようなものを歩きながら直人は言った。いつもの愚痴である。

 

 

~10分ほど前~ ラバウル泊地司令部・司令官室

 

佐野「流石だねぇ、無茶に思える様な作戦も淡々とこなしてしまう。だから重用されるんだろうね。」

 

提督「は、はぁ・・・そうですね。」

 

佐野「君の確かな実力のおかげだ、自信を持っていいと思うよ?」

 

提督「ありがとうございます・・・。」^^;

 

 

提督「やれやれ全く・・・。」

 

「あらぁ~、提督じゃな~い。」

 

提督「この声は・・・。」

 

埠頭の傍から話しかけてきたのはまさかの龍田であった。

 

龍田「商船護衛部隊旗艦、龍田、到着しました~♪」

 

提督「海上護衛任務か・・・。」

 

大淀「お疲れ様です。」

 

龍田「ありがと。ところで提督、少し話があるのだけれど、二人きりで。」

 

真剣な眼差しで告げる龍田。その空気感の変わり方に直感した直人は―――

 

提督「ん? 別にいいが、どうした?」

 

龍田「妙な情報を掴んだのよ。ちょっと耳に入れて置きたくて~。」

 

提督「・・・分かった、手が空いたら艦長室に来てくれ。」

 

龍田「は~い♪」

 

返事をすると龍田は護衛任務の報告の為司令部に向かっていった。

 

提督「・・・特務の旗艦様の言質だ、何かあったに違いない。」

 

大淀(忘れてました・・・。)

 

読者諸氏には覚えてお出での方もいるかもしれないが、龍田は非正規編成の第八特務戦隊の旗艦である。その任務は情報収集を初めとする裏の仕事である。龍田はその旗艦として日夜暗躍する存在であり、青葉と望月はその部下と言う位置付けで常に彼女と動いているのだ。

 

案外ジャーナリストがスパイと言う事例は割とあるのである。

 

 

15分ほどして、艦長室で金剛を態々呼んで、淹れさせた紅茶をすすりながら待っている直人の元へ龍田がやって来た。

 

10時32分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

金剛「Oh! 龍田サンでしたカ~。」

 

提督「来たか。金剛、龍田にも1杯、注いだら一度下がっていてくれ。」

 

金剛「OKデース。」

 

金剛風に言い直してみれば、彼女は“提督が他の女と二人きりになる”という状況は一番警戒しているのだが、龍田との間にそれは無いと知っている金剛は流石に従順だった。

 

金剛がティーカップを用意し、紅茶を注ぐと、直人に向って一礼し艦長室を出た。

 

提督「さて、少々待った訳だが、用件は?」

 

龍田「あら、紀伊元帥も随分と酷な質問ね? 自分で命じた事の癖に。」

 

提督「自業自得だ。で、何か分かったと言う事でいいんだな?」

 

龍田「と言うよりは、妙な情報が挙がった、と言う感じかしら。」

 

提督「・・・妙?」

 

龍田「えぇ。独立監査隊―――あれが対深海棲艦への新たな糸口を見つけようとしている組織だって事は、もう私達の間では周知のことだけれど、その“糸口”についてよ。」

 

提督「ほう・・・?」

 

大本営独立監査隊―――牟田口廉二郎の私兵集団と言う表の顔を持つ集団。その裏で対深海の切り札を生み出そうと模索するグループの総称である。その切り札に繋がる糸口は様々な切り口がある事を直人は知っている。

 

龍田「既に一つの答えは出ているわ。“彼らに対抗して大戦型艦艇を生産する事”。でも現実的ではないわね。」

 

提督「失われてしまった技術は、余りにも多い。技術と言うものは蓄積によってこそ継承する事が出来る。必要とされなくなり、継承する機会を失った技術は衰退し、表舞台から姿を消してしまう。厚い鋼板を作る技術も、巨砲を鋳造する技術も・・・。」

 

龍田「でも、彼らは諦めていない。」

 

提督「その方法による実現をか?」

 

龍田「いえ、彼らは他にも深海棲艦に対抗する術がある可能性を模索している。その一つが、“因子”ね。」

 

提督「何・・・?」

 

“因子”、それは生まれながらにして生物が持つ霊力を決定づけるものであるが、外的要因によって変化してしまう場合もあるデリケートなものである。負の霊力を持つ深海棲艦は、元より負の因子を持って生まれている。正の霊力を持つ艦娘にも同じような事が言えるし、中性霊力しか生まれながらには持ち得ない人間や他の生物も。

 

提督「しかしその試みは危険だ、負に傾き、闇に呑まれてしまえば、行きつく先は―――」

 

龍田「えぇ、そうね。“人外の化け物”になる道しかないわ。深海棲艦にも人間にもなれなくなる。でも、彼らはその制御が本当に出来ると思っている。」

 

提督「“化け物を制御・統率”しようと言う訳か・・・!」

 

龍田「極論に近いけれど、その線で研究を進めようとしている疑いもあるわね。霊力武装は人間が作り扱う分には安定性が無さすぎるし。それが出来るのは、うちの工廠だけね。」

 

提督「・・・。」

 

霊力を用いた武装の技術は、妖精達にしてみれば門外不出の技術である。それを直人が扱えているだけでも奇跡に近いのだ。まして直人の元来の才能によって“生み出せる”事もまた・・・。

 

※紀伊直人は魔術使いではあるが家系が魔術師である訳ではない

 

提督「―――確証は?」

 

龍田「これからね。」

 

提督「分かった。そうはならない事を期待させて貰おう。」

 

龍田「えぇ、賢明な判断だわぁ。」

 

提督「因子による対抗、強化人間の形の一つだが・・・。」

 

龍田「そんなものが出来たら歴史は変わってるでしょうね。尤も、出来るならとっくに出来てる筈の技術だわぁ。」

 

提督「俺もそう思う。」

 

※お前が言うな(by作者)

 

龍田「―――金剛さんの紅茶、相変わらず美味しいわぁ♪」

 

提督「そうだな~、あいつも気を利かせて毎度毎度淹れる茶葉を変える様だからな、飽きないよ。」

 

龍田「へぇ~、毎日飲めるなんて、羨ましいわぁ~。」

 

提督「ハッハッハ、そうかもしれんな。」

 

龍田「・・・ゆっくり飲める日が、来るといいわねぇ。」

 

提督「・・・そうだな。」

 

龍田の言葉をその言葉で噛み締めながら、直人はまた、紅茶を一口すするのであった。

 

 

14時、甲板を散歩しながら彼は損害状況の確認をしていた。

 

提督「手酷くやられてるな。」

 

見上げていたのは後檣楼マスト。3分の1程の高さになってしまっていた。電探室は無事だったが、後部電探である13号電探はマストに設置してある為一緒に吹き飛んでいる。勿論後檣楼マストは信号旗用マストを兼ねている訳だが、そこに掲げられたZ旗も、信号旗掲揚用のワイヤーやレーダーに繋がっていた電線などと共に甲板上に落ちていたという。

 

明石「自己修復は船体そのものにのみ対応している状態ですから・・・。」

 

提督「不沈艦、と言う事ではあるが武装の修復が出来んのはな・・・。」

 

明石「武装については技術的に無理ですね・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

明石「主砲2基が使用不能、高角砲は3基、三連装機銃が5基、連装機銃4基、水偵格納庫にも直撃で零式水偵は全滅、と・・・。」

 

提督「やれやれ・・・前檣楼に直撃しなかった事がせめてもの幸いか。」

 

明石「そうですね。」

 

夕立「あっ、提督さん!」

 

提督「おっ、夕立か。」

 

ばったり鉢合わせた直人と夕立。

 

提督「おとといはよく頑張ったな、お疲れ様、夕立。」

 

夕立「エヘヘ~。」

 

提督「でもそれにしては妙だという話を聞いたが、一体何をしたんだ?」

 

夕立「う~ん・・・実は・・・。」

 

提督「?」

 

言葉が途切れた事を不思議に思い首を傾げる直人。

 

夕立「―――実は、何も覚えてないっぽい。」

 

提督「覚えて―――?」

 

明石「ない―――?」

 

夕立「ぽい・・・何とかしようとした事は覚えてるっぽいけど、そこから何も・・・。」

 

提督「・・・そっか。でも、川内達をよくぞ守った、ありがとうな。」

 

夕立「ぽい!」

 

 

<ほーれドーナツだ、褒美に取らすぞ~。

<ホントっぽい!?

<ほれ。←右手で差し出す

<ぽ~い!(ポムッシャァ)

<そのまま食いついた( ̄∇ ̄;)

<そのドーナツ、どこで?(←明石

<ラバウル司令部でおすそ分けして貰った。戦勝祝いってよ~。(苦笑)

 

 

筑摩「あらあら~。」

 

龍田「あらら~♪」

 

二人のじゃれ合いを遠目で見守る二人であった。平和ですね。

 

 

15時になり、横鎮近衛艦隊はラバウルへの前進命令が解除された事を知り、準備を行うと速やかに出航し、ラバウルからサイパンへの帰路に就いた。

 

苦労はしたが、大きな事を成し遂げたという満足感は確かにあった。

 

16時52分 カビエン沖

 

提督「・・・今回の戦果は、それ程大きなものでは、無かった。」

 

明石「・・・。」

 

提督「何の為に、あれだけの無理をしたのか・・・。」

 

同時に彼は何処までもリアリストであった。妙高が推察した事は直人も同じ見解を持っていた。事実として、ルンガ飛行場は2週間もしない内にその機能を完全に回復し、砲撃から12日後には早くも100機ほどの編隊がブイン基地に殺到した。

 

港湾施設の再建は流石に数か月を要する事にこそなったが、艦隊への補給リソースが減少するだけの事で、戦略上重大な影響とは残念ながら言い難いし、徐々に立て直されるのは明白であった。

 

ただ、この時直人も予想だにしない戦果を挙げていたのは、敵の旗艦クラスである飛行場姫が中破、南方棲姫が小破、駆逐棲姫が大破しており、更に敵水上戦力の半数を、全体で撃沈破していたという事実である。

 

無論この事を直人が知る由もないが、艦娘達の死力を尽くした想像を絶する激闘の中で、乱戦となって尚個々の戦闘力で以て敵を局地的に圧倒し続けたのだから大したものである。その結果として凄まじい戦果を挙げてさえいたのだから尚の事だが。

 

兎も角としても、ガタルカナル棲地の水上戦力は全部隊が再編を余儀なくされ、タウンスビル棲地から増援として来ていた駆逐棲姫も、基地へと戻って再編成を行う羽目に陥っていたのは確かである。

 

時は遡って4月1日6時18分、ガタルカナル棲地にて・・・

 

ネ級Flag「醜態を晒しました、申し訳ありません。」

 

駆逐棲姫「常に我々が、勝利出来る訳ではないわ・・・。」

 

南方棲姫「そうだな、その様な相手でも、些か張り合いが無さ過ぎるからな。」

 

駆逐棲姫「サイパンに居る、例の艦隊・・・またしてもここに現れ、我々を阻む、か。」

 

南方棲姫「我々は今一人、好敵手に出会ったものらしいな。」

 

駆逐棲姫「えぇ、手強い相手ね。あの男も、あの艦隊も。」

 

南方棲姫「人類にも、有能はやはりいるな。」

 

駆逐棲姫「才気溢れる者が我々の側のみでは、それこそ張り合い甲斐が無いと言うものよ。」

 

南方棲姫「そうだな・・・いずれ再戦の時もあるだろう。その時は―――」

 

駆逐棲姫「えぇ、私達で―――首を取る!」

 

ワシントンとギアリング、いずれまた彼と会いまみえる時が来ると確信し、その闘志に、この日の敗北を刻み込むのであった。そう言った意味で、彼女らもまた武人の心を持つ者達であった。

 

 

結果としてタサファロング沖海戦に込められた戦略的意義は大きいものだったし、その実成果を上げた横鎮近衛艦隊だったが、その成果による戦略的影響は少なかった。しかし、この時の戦訓が後に生かされる時が来るのである。その視点で見た場合、決して無意味な作戦では無いと断言する事が出来た。

 

この時の彼らはその事を知る術もないが、彼らは兎も角、自分達の母港に戻り、休息と戦備増強をしたいという気持ちでいっぱいであった。尤も戦備増強に関しては直人個人の思念ではあったが、その彼でも今は休みたいという気持ちだった。

 

一方深海側では各部隊の戦力再編が始まったが、損害が余りにも大きすぎた為かその債権は遅々として進まなかったという。が、その実を言えば、報告が上がったのが4月1日、つまりエイプリルフールだった事からただの冗談としてとった者がそれなりに居たのである。

 

尤も、夜半に堂々たる強襲を受けルンガ飛行場が壊滅したなどと、生半可に信じられる訳がない。ルンガ飛行場はガタルカナルと言う巨大棲地の中枢部であり、そんな所へ堂々と踏み込んでこれる部隊が居よう筈はない―――横鎮近衛艦隊の実働開始から間もなく2年になるが、未だにそう信じる者が少なくなかったのである。

 

尤も人類側にだって、それが出来ると分かっている者がそう多くない事は既に周知の事ではあるだろうが・・・。

 

2054年4月、この月の11日は艦隊創設から2年の節目に当たる。その日に、サイパン島で過ごす事が出来るのは確実であった。様々に思念を巡らす者が居る事は想像に難くないが、それはまた、次の話である・・・。

 

 

 

 

 

~次回予告~

 

気づけば、艦隊の創始から2年が経った。

思えば長い月日の経過、様々な人物との出会いや再会、

彼の縁が紡いで来た過去を振り返るのであった。

その先にある、彼の思いとは・・・?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部12章『超えて来た海、受け取って来た想い』

艦娘達の歴史が、また1ページ―――



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第3部12章~超えて来た海、受け取って来た想い~

どうも、天の声で御座います。

青葉「青葉ですぅ!」

初春「初春じゃ。」

と言う事で、今回は艦隊の知恵袋、初春さんをお呼びしました。

初春「知恵袋か、ま、そうかもしれんのう。」

まずは作戦お疲れ様です。

初春「どんな作戦でも、完遂するのがわらわ等の使命、何の事はないぞ。」

青葉「まぁ、そうですよね~。」

でしょうね~。

いよいよ劇中の時が2年流れようとしている訳ですが、この第3部にも終わりが近づいています。と言ってもこの章のあと更に2章は続きますが。

青葉「続くんですね・・・」

初春「続くんじゃのう・・・。」

続きますよ~。そんなところで今日の解説行ってみますかね。


今日の解説事項は、「深海棲艦に対抗するには如何なる方法があるのか」です。

艦娘が深海棲艦に対しうる唯一の存在、と言う訳ではありません。実の所、人類もその猛威に対抗する術がある事はこれまでにも幾度となく証明されてきました。

では具体的にはどのような方法があるのか。それを見て行きましょう。

まず一つ目は、物理攻撃です。

単純な物理力を敵の生体部分に対し投射する事による殺傷を期します。深海棲艦の装甲は生半可な実弾攻撃を無力化してしまいますが、生体部分に撃ち込めば話は変わってくる訳です。またこの防がれてしまう事が、大戦型艦艇を再生産すべきだという主張の根拠でもあります。

防がれてしまうものとしてはミサイルもあります。これは以前にも語った通り、目視で追尾/迎撃する事が出来る個体も存在する為です。これも大戦型艦艇を再生産すべきだとする根拠の一つとなっています。

また近接攻撃も非常に有効です。生々しい表現ではありますが肉であれば刃物も通ります。但し非常に高いリスクが伴う事を覚悟せねばなりません。更に駆逐艦級には生体部分が少ない事から、実弾攻撃は効果が薄いと言わざるを得ません。例外としてモノアイのみは対物ライフルでも貫徹可能です。

2つ目は、「人も艤装を使う」と言う事です。

巨大艤装に見られるようにそう言った発想は艦娘出現前に存在しているので、現実的に兵士個人が重火器を運用するには最適です。しかし欠点として、そもそもの霊力行使者の数が少なすぎ、しかも能力も人によりけりと言う先天的な弱点を抱えています。

更に生産に手間がかかり過ぎ、しかも絶対数を確保出来ない事から期待された成果を収め得るとは限りません。それらのデメリットを全て解消したのが艦娘と言う存在である事からもお分かりになると思います。

3つ目は、「人が霊力を纏った武器を使う」事です。

これは直人が用いる霊力刀や艤装として製造された30cm速射砲などに見られる様に、武器そのものが霊力を纏っている武器を人が使うと言うものです。但し製造法については謎が多い上、作れる者も僅かで供給するリソースに乏しいのが現状ですから、現実的とは到底言えません。

但しこの手法は、霊力を扱う才能がなくとも誰にでも扱える力であるという事がメリットとして挙げられます。であればこそ、妖精さん達も門外不出なのですが。

初春「これらの欠点の殆どを解消し、利点を多く残すのが、わらわ達艦娘と言う訳じゃな。」

そういう事。ただ伊勢と日向の刀は普通の刀だし、天龍や龍田などの近接武装は霊力を通さないと霊力武装として機能しないので・・・。

初春「よく出来ておるものよな。」

本当にそうだな。

そしてその4つ目として研究されているのが、「人間が持つ因子自体の変質」です。

人間は本来中性霊力、つまり正でも負でもないその間の霊力(酸性とアルカリ性、中性の性質をイメージするといいでしょう)しか先天的に持っていない訳ですが、これを改変する事により艦娘と同じ性質である正の霊力を持たせ、艤装の運用を可能にするという発想が成されています。

霊力の指向性は訓練次第では獲得も可能である為、この理論は誤ってはいません。しかし非常にリスクの高い研究でもあり、失敗すれば人外の怪物と化してしまう危険も孕んでいます。世界中で語り継がれている怪物の伝承のいくつかはこの因子の変異によるものだったとも言われている位です。


解説内容は以上となります。

青葉「お疲れ様です!」

初春「ご苦労じゃったな。」

ありがと。では早速本編行きましょ。

青葉「本編スタートです!」

取られたァ!?

初春「大人げないのぉ・・・。」

青葉「たまにはね?」

まぁいいか・・・。


2054年4月11日―――

 

 

8時12分 サイパン司令部中央棟2F・提督執務室

 

提督「今日で丁度、2年か。」

 

大淀「そうですね、確か今日は艦隊2周年を記念して祝杯を挙げるんでしたね?」

 

提督「祝賀パーティーの日だったな。」

 

大淀「ですね。数日前から鳳翔さん達が仕込みをやっています。」

 

提督「やれやれ、随分と運がいいな、先日着任した艦娘達は。」

 

衣笠「楽しみにしてましたよ。」

 

提督「お茶ありがと。やれやれ・・・。」

 

 

~4日前~

 

4月7日午前10時52分 建造棟1F・判定区画

 

三隈「御機嫌よう、三隈です。」

 

山雲「朝潮型駆逐艦、六番艦、山雲です~。よろしくお願いいたしま~す。」

 

提督(まーたふわふわしてんなぁ・・・)

 

朝雲「朝潮型駆逐艦、朝雲、着任したわ! 貴方が司令・・・かあ。ふうーん。ま、いいわ。」

 

提督(値踏みされてしまった・・・。)

 

荒潮「その四番艦、荒潮ですぅ~♪」

 

提督「マジか。」

 

明石「ようやく出ましたよ・・・。」

 

荒潮「改めて、宜しくお願いしますねぇ?」

 

局長が連れてきた艦娘である荒潮、非正規のルートだった為これまで戦列に加える事が出来ないでいたが、それが今日漸く合流となり、第八駆逐隊が完全編成となった。

 

そして第九駆逐隊が編成され、第七戦隊は鈴谷が第八戦隊に居る為これで完全編成となる。

 

提督「皆宜しく頼む。」

 

朝雲「えぇ、宜しく・・・ってっ、えぇっ!? げ、元帥!?」

 

提督「・・・。」

 

朝雲「あっ―――えっと、その・・・」

 

提督「いいよ、俺、それ程能力に自信ないから・・・。」

 

直人がみるみる元気を無くすのが分かる大淀と明石。

 

大淀「提督、流石に今ので自信を無くさないで下さいよ・・・。」

 

明石「そ、そうですよ! 朝雲さんも気付かなかっただけでしょうから・・・!」

 

朝雲「そ、そうそう・・・。」・ω・;

 

提督「はぁ~・・・。」

 

朝雲「その・・・値踏みしちゃってごめんなさい、謝るわ。改めて、宜しくお願いします!」

 

そう言って朝雲は綺麗な敬礼をする。

 

提督「あ、うん・・・宜しく。」

 

それに直人も答礼し、事後を最上にぶん投げたのであった。考えてみればこの4人全員最上とは縁がある。荒潮は古参メンバーではあったが、案内人と言う事で直人の指示で同伴させられたのであった。

 

 

その後、ひょんなきっかけで、三隈は鈴谷から、朝雲と山雲は大潮から、それぞれ艦隊がもうすぐ2周年という事を聞きつけた様だ。

 

 

~今に戻りまして~

 

提督「―――やれやれ。」

 

衣笠「いいじゃない、人数は多い方が!」

 

提督「まぁ、そうさな。」

 

口が軽いのも考え物だと直人はこの時思ったのであった。

 

大淀「私もこうして2年もの間、提督のお傍に仕えさせて頂きました。これでも、御縁だと思ってるんですよ?」

 

提督「大淀にそう言われると、なんと言うか・・・。」

 

そう言って頭を掻く直人。

 

提督「・・・2年、か。短いようで長かったが・・・早かったな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

彼にとって2年は、かけがえのないものだった。そのかけがえのない時が、今も刻まれ続けている。そう思うと、彼にとっても心に来るものがあった。

 

提督「・・・明日からちょっと休暇でも取るか。休暇申請書の書類だけ持って来てくれ。」

 

大淀「はい。」

 

金剛「休暇なんて、珍しいですネー?」

 

提督「たまにはよかろ。」

 

金剛「そうデスネー。」

 

提督「金剛も休暇を取って構わないんだぞ?」

 

金剛「たまに取ってるヨー?」

 

提督「そうだったな。」

 

衣笠「お茶、下げますね。」

 

提督「ありがと。」

 

衣笠「私もそろそろ休暇を取ろうと思うんだけど。」

 

提督「勿論、休暇届を金剛に提出してくれ。」

 

衣笠「あ、それは済んでるけど、一緒に行かせてくれないかなぁって。」

 

金剛「―――。」ジーッ

 

提督「その申し出はありがたいけど、今回は無しにしてくれ。行きたい場所もある。」

 

遠い目をして言う直人を見て、衣笠は答える。

 

衣笠「―――分かった。気を付けてね。」

 

提督「すまんな、また今度という事で。」

 

衣笠「うん! それじゃ!」

 

そう言って衣笠が執務室を後にする。

 

金剛「・・・“また今度”?」

 

提督「ステーイステイ、落ち着け金剛。」

 

金剛「どう落ち着くネー?」

 

提督「別に何も含意してねぇよ、心配し過ぎなんだよなぁ・・・。」

 

金剛「本当ネー?」

 

提督「変な所で気を揉み過ぎなのさ、少しは信用してくれ。」

 

金剛「鈴谷さんの前例があるのに?」

 

提督「うぐっ―――!」

 

痛い所を突かれて絶句する直人であった。

 

提督「さ、流石に自分でも無いと思いたいんだよなぁ・・・。」

 

金剛「まぁ、あれは例外みたいなものネー。」

 

提督「まぁ・・・完全に俺が襲撃受けてるしな。」

 

金剛「・・・3人目は無しネー。」

 

提督「分かった分かった、心得てはいるよ。襲撃は保証せんぞ。」

 

金剛「ウーン・・・。」

 

普段襲撃している側なだけに返しにくい金剛であったとさ。

 

 

15時25分 サイパン島演習場

 

 

キィンキィンキィンキィンキィン・・・

 

 

提督「ハァッ!!」

 

天龍「てやぁっ!!」

 

 

ガィィンガキィン、キィンキィン・・・

 

 

龍田「天龍ちゃんも、腕を上げたわねぇ~。」

 

日向「まぁ、そうだな。」

 

伊勢「動きが鋭くなった。あの提督と互角なんて・・・。」

 

暇を持て余していた直人が真剣で打ち合う相手を探し、結果天龍との一騎打ちとなっていたのだが、それを嗅ぎ付けた3人が見に来たという構図だった。龍田に隠し事はまぁ出来ないのだ。

 

日向「だが提督もどんどん動きに鋭さが増している。流石だな。」

 

伊勢「しかも息切れもしてないからねぇ。」

 

龍田「天龍ちゃんはまだそのレベルまでのスタミナはないものねぇ。」

 

 

天龍「はぁ・・・はぁ・・・お、おかしいだろ・・・。」

 

提督「何がかな?」チャキッ

 

天龍「何であれだけ打ち合ってて・・・。」

 

提督「まぁ、タフネスさが足りないんだろうよ? 朝潮を見習った方がいいぜ。」

 

天龍「マジか・・・。」

 

電「お、遅れましたなのです~!」

 

第 二 の 刺 客

 

提督「お前まで来るのか・・・。」

 

電「お、お邪魔でしたか・・・?」

 

提督「・・・いや、そんな事はないが。」

 

龍田「・・・。」ニッコリ

 

提督「やっぱりお前の仕業か・・・。」

 

そう、この天龍以外の3人を呼び寄せた張本人は龍田、しかも偶然を装ってるので尚の事性質が悪い。

 

 

電「やああああっ!!」

 

提督「くっ―――!?」ズザザザァッ

 

側転ジャンプ斬りを受け止めてノックバックさせられる直人。極光を振るう直人でもこれは辛いものがある。

 

電は何を聞いたのか錨持参で来てしまったのだ。その重さに加えて運動エネルギーがジャンプからの振り降ろしで足された結果恐ろしい威力になる。電は決して腕力がある方ではないが、この様にして威力を上乗せする事によって対抗している訳である。

 

提督「律儀にも程が―――ッ!」

 

 

ガキイィィィィン

 

 

提督「くううっ!!」

 

更に追撃を受け止める。

 

電「いつもながら、強いのです―――ッ!」

 

提督「頭が回るお前も十分だと思うがね・・・!」

 

 

ギチギチギチ・・・

 

 

提督「だが―――」ギラッ

 

 

ガリガリガリ―――ッ

 

 

電「!?」

 

直人が鍔迫り合いをしている刀を自分側に引き、それによって全体重をかけていた電の錨が滑り、バランスを崩しながら直人の小脇をすり抜ける。

 

提督「―――!」

 

 

ヒュバッ

 

 

電「っ!」

 

そこから身を翻した直人、電の首筋に刀を振り抜く直前で止める。念の為峰打ちである。

 

提督「はい、今回も俺の勝ち。」

 

電「流石・・・なのです。電では敵わないのです。」

 

提督「何を言う。充分強いよ、お前は。」

 

電「・・・そんな事ないのです。」

 

そう謙遜して見せた電であった。

 

 

20時00分 食堂棟1F・大食堂

 

それから5時間後、艦隊2周年を祝う祝宴は静かに始まった。特に訓示も無く、ただ乾杯の音頭を取っただけであった。

 

提督「ッ、ハァ~・・・。」

 

盃を空ける直人。

 

大和「あら、提督。」

 

提督「大和か。パーティー楽しんでるかい?」

 

大和「それはもう。」

 

提督「そりゃ良かった。」

 

大和「提督も誰かと一緒に居られるかと思いました。」

 

提督「そうさな、一人で食って飲むのが趣味って訳じゃないが、こういう時一緒に居る相手ってのは、まぁあんまりいねぇやな。皆姉妹艦もいる子が多いし・・・」

 

大和「―――提督。」

 

提督「ん?」

 

大和「その・・・ご一緒しても構いませんか? 私はまだ、妹が来てませんから。」

 

提督「―――!」

 

そう、大和の妹である武蔵はまだ着任していない。同僚である夕張と明石、自ら警備を買って出たあきつ丸など、姉妹艦が居なくとも他の部署の艦娘と関係がある艦娘は多いが、ただ一人大和だけはあぶれてしまった存在だったのだ。

 

提督「分かった、構わないよ。」

 

大和「提督―――!」

 

提督「一人寂しくなんて、お前らしくもない。」

 

大和「・・・はい!」

 

大和は直人に付いてパーティー会場の食堂を歩く事になる。

 

 

提督「よっ、金剛。」

 

金剛「Oh! テイトクでしたカー。」

 

榛名「どうも!」

 

パーティー会場を歩いていると榛名と一緒にいる金剛に出会う。

 

提督「相変わらずカタコトは抜けないねぇ。」

 

金剛「ム~、これでもマシになったほうデスヨー?」

 

榛名「そうですね、前と比べても、姉さんは大分日本語に馴染んできてます。」

 

提督「そうだな。まぁ一人くらい英語を話せる艦娘が居ないとな、もし外国の艦娘と出会っても困ってしまう。」

 

金剛「その時は喜んで通訳するネー!」

 

提督「ありがと。」

 

金剛「今日は大和さんデスカー。」

 

提督「まぁ、そうだな。」

 

榛名「提督は皆さんに慕われてますね。」

 

提督「ハハ・・・そうかな。」

 

榛名「きっとそうですよ。」

 

提督「だと、いいけどな。それじゃ!」

 

そう言って直人はまた歩き出した。

 

大和「本当に提督は人気がありますからね。」

 

提督「外には敵も多いからなぁ。」

 

大和「政敵の類から守って頂けるのも、提督のおかげですから。」

 

提督「お、分かる?」

 

大和「私もかつては、連合艦隊旗艦でしたから。」

 

提督「そうか、そうだな・・・。」

 

 

その後プレートに料理を取っている時、横から話しかけてきた者がある。

 

「てーとくっ♪」

 

それは鈴谷だった。

 

提督「鈴谷か、どうだパーティーは。」

 

鈴谷「楽しんでるよ~。」

 

熊野「あら、提督。」

 

最上「提督だ~!」

 

三隈「提督、ここにいらしたんですね?」

 

大和「あら、最上型の皆さん勢揃いですね。」

 

鈴谷「折角だから今日のパーティー、4人で一緒に回ろうって事になって!」

 

提督「おっ、それは良い事だ。それで三隈、どうだい居心地は。」

 

三隈「あ、はい。姉や妹達もいますし、慣れない事は多いですけれど、とてもいい艦隊だと思います。提督がどんな艦隊を作り上げて来たのか、分かる気がします。」

 

提督「ハハ、そいつはどうも。」

 

熊野「謙遜なさらないで下さいな。提督はまず雰囲気の楽しい艦隊をと、常に努力なさっている事を、知らない子はいませんわ。」

 

提督「そうか、この2年で随分と成果も挙がったと俺自身思ってはいたんだけど、自信が無くてね。」

 

鈴谷「自信持って言っていいよ~、ここほどいい雰囲気の艦隊って珍しいと思うし!」

 

提督「鈴谷が言うんだから間違いなかろうね、ありがと。」

 

鈴谷「どういたしまして。じゃぁね提督!」

 

提督「おう!」

 

鈴谷がそう言うと4人は人混みの中に消える。

 

提督「やれやれ、騒がしい奴だ。」

 

大和「でも、楽しそうです。お二人とも。」

 

提督「楽しそう、か・・・そうだな。」

 

頭を掻きながら苦笑する直人である。

 

 

それから暫く食事を楽しんだ直人だったが、やがて涼みに出たいと言い食堂の前に出た。

 

提督「今日も晴れてるな。」

 

大和「星が綺麗に見えますね。」

 

提督「そうだな・・・。」

 

星空を見上げた直人は、ふとこんな事を思った。

 

提督「・・・かつて、あの星々は神々なのだという信仰があった地域もあったと聞く。が、今の俺には、あの星々はこの戦争で流された血と涙と、命の寄せ集まりと思えてならない。」

 

大和「提督―――。」

 

提督「それだけ、この戦争が奪った物、喪わせた物は大きかったと言う事だ。これからも増える事は間違いない。いつか誰かが終わらせるにしても、それさえ今ではない。」

 

大和「・・・きっと終わります。夢がいつか醒めるように。」

 

提督「そうだな。」

 

大和「―――この艦隊に居なければ、私はあれだけお役に立つ事は出来なかったかもしれません。それをこんなにも、提督は私の事を使ってくださる。感謝してるんですよ?」

 

提督「大和・・・。」

 

皐月「おや? 司令官―――と、大和さん!?」

 

提督「やぁ。」

 

大和「こんばんわ。」

 

皐月「こ、こんばんわ。」

 

提督「どうした皐月。」

 

皐月「あ。うん! ちょっと休憩。」

 

提督「・・・そうか。俺達もなんだ。」

 

皐月「ふーん? 成程ね。」

 

そう含ませぶりに言う皐月。

 

提督「大分涼しいな。」

 

大和「暑い時期ですと気温が下がりませんけどね。」

 

提督「悩み所よなぁ、日本も似たようなもんだが。」

 

皐月「・・・司令官。」

 

提督「―――どうした?」

 

珍しくトーンの低い声で自分の事を呼んだ皐月に、直人が問いかける。

 

皐月「・・・僕、この艦隊に来れて、良かったと思ってる。あのまま、元の艦隊が残ってたとしても、こんな楽しい思い出や、沢山の活躍は、出来なかったかもしれない。」

 

提督「皐月・・・。」

 

皐月「前の艦隊の司令官は、あんまり僕達艦娘と向き合ってくれなかった。でも、今は違う。司令官―――紀伊提督は、しっかり面と向き合って、僕達と接してくれた。今となっては当たり前だと思えるけど、ここに居なきゃ、そうは思えなかったかもしれない。」

 

提督「俺もな、東京湾外からのSOSを聞きつけて、元々あの日は出撃する予定だったんだが、その予定を繰り上げて出撃して来たんだ。正直俺が単騎で出て発見出来なかったらとは思ったけど、本当にあの時会合出来て良かったと思ってる。」

 

皐月「あの時は嬉しかった、助けが来たって思えた。こう見えて、結構司令官には一杯感謝してるんだよ? その・・・ありがとう、ボク達を拾ってくれて。ボク達と―――出会ってくれて、ありがとう。」

 

提督「どういたしましてってかこちらこそだよ。お前達が来てくれたおかげで随分艦隊も賑やかになったしな。それに、お前達がいるおかげで、俺は安心してサイパンを留守に出来る。感謝してるよ、皐月。」

 

皐月「エヘヘッ、お互い、どういたしましてだね!」

 

提督「そうとも。」

 

司令部防備艦隊―――一見地味な部隊である。指揮系統としては司令部(ここでは提督を筆頭とする首脳陣の事)の直隷部隊であり、現時点に於いて旗艦の鳳翔以下、軽巡6・駆逐艦10及びサイパン基地航空部隊で編成される部隊だ。

 

任務としては様々な要請への対応や、司令部周辺海域の警備、有事の際の司令部防衛など様々であるが、後方兵站線を護る為の二線級の任務が主だ。

 

華々しさを求めがちな人々の心理には中々合致しない任務だが、実際直人が外に出る為には、こういった任務は欠かせないのである。頭数の少なさを航空部隊で補っている現状はさて置いて。

 

川内「おっ、何の話?」

 

提督「川内か。」

 

川内「私に隠れて内緒話~?」

 

提督「何がお前に隠れてだ、ずっと聞いてたんだろ分かってんぞ。」

 

川内「―――バレてたかぁ。」

 

立ち聞きされていたようだ。

 

川内「まぁ、私も提督には感謝してるからね。」

 

提督「ほう?」

 

川内「提督に拾って貰えなかったら、今頃この世にいないか、今でも裏の世界にいただろうから。前線になんて、絶対出られなかっただろうね。その点、提督には感謝してるんだよ? 一度は提督を殺そうとまでしたのに、そんな私でも使ってくれる。ありがとう、そしてこれからも。」

 

提督「当たり前だろう、バンバンこき使ってやるから覚悟しとけ~?」

 

川内「うん! 期待してる。」

 

艦娘にとっては使って貰えているという事だけでも喜ばしい事であるという意識がある。むしろ何の任務も与えられていない状況は艦娘達を不安にさせる訳だが、彼は基本的にどの艦娘も手持無沙汰にする様な事はしないのである。

 

例えそれが、“手持無沙汰にさせて置く事が合理的でないから”と言う理由だったとしても、艦娘達の目線で見ればありがたい話なのである。

 

提督「思えばこの2年、色んな事があった。死にかけた事も1回だけでは無かったな。」

 

皐月「そうだね・・・。」

 

大和「考えてみると、色んな事がありました。そのせいでしょうか、随分と、時間の流れが早かった様に思えます。」

 

提督「あぁ。色んな戦場で、色んなものを見た。時に後方で指揮を取る事を余儀なくされたこともあった。色んな奴に出会い、色んな敵と出会い、色んな友と会った。」

 

大和「様々な事が起こり、積み重なって、今がある。私達もそうでした。」

 

提督「ホントそうだよな、補給担当官が大迫一佐じゃなかったら今頃もっと苦しい状況だぜ。」

 

大淀「本当にそうですね。」

 

提督「おぉっ、大淀か。」

 

大淀「はい。大淀、ここに。」

 

提督「やれやれ、驚かせないでくれよ。」

 

大淀「あら、それはそれは。失礼しました。」

 

そう茶目っ気たっぷりに言う大淀。

 

提督「・・・思えば、初めて司令部に行った時出会ったのも、お前と明石だったな。」

 

大淀「はい。以来2年間、ここまで不束者ながら来させて頂きました。」

 

提督「何を言う、お前が居なかったら執務が煩雑になっていた所だ。ありがとうな。こんな俺を支えてくれて。」

 

大淀「何を仰いますか。まだこれからでは無いですか、そのお言葉は、早過ぎますよ。」

 

提督「そうだな・・・そうだった。」

 

金剛「そうデスヨー?」

 

提督「―――金剛。」

 

金剛「随分とお揃いデスネー?」

 

提督「気付けば、な。そう言えば、まだ言って無かったな。」

 

金剛「何をネー?」

 

提督「・・・ありがとう、あの時、俺の―――俺と部下達の命を救ってくれて。もしあそこで金剛が居なかったら、俺は今頃こんな所で艦隊を率いるまでも無く、横浜沖の海底に沈んでいる所だった。命の恩人に言う礼としては、余りに遅過ぎた気がするが、それでも言わせてくれ。ありがとう。」

 

金剛「今更お礼なんていいヨー。それに、お礼はもう充分過ぎる位貰ったネー。」

 

提督「金剛・・・。」

 

金剛「―――この2年、色んな事があったネー。色々失敗もしたケド、その度に前に進めたのは、提督のおかげデース。」

 

提督「・・・俺は、何もしちゃいないさ。」

 

金剛「・・・そうね。」

 

提督「まぁ、俺が特別と言うだけなのだろうが、かつての縁が、今こうして俺を支えてくれる。山本海幕長、土方海将、大迫一佐、宇島海将、北村海将補、小澤海将、尾野山一佐、門田一佐―――そして、氷空。あの日の縁が、今こうして、日本を、人類を救う為に第一線で頑張っていると思うと、思う所もある。」

 

 7年前、4人の青年達が、巨大艤装を駆って北マリアナに殴り込みをかけた。それから既に7年が経過しようとする今日、その7年前に勇躍した青年達が成人し、その青年達を支えた者達が、日本を救う為に日々その頭脳を駆使している。

それ程注目される事ではない。しかしこうして見ると、因果なものである。あの日と今日本を救おうとしている、その顔触れが殆ど同じなのだから。

 

提督「―――7年前、初めて巨大艤装に出会ったあの日から、俺の運命は変わっていたのかもしれんね。ここにこうして立つ事は、俺の運命だったのかもしれん。そう思えば、あの日の孤独な死闘は、決して無駄では無かった。」

 

大和「でも提督は今、孤独ではありませんね。」

 

川内「そうそう!」

 

皐月「僕達皆が付いてるよ!」

 

金剛「地獄の向こうまで付き合うネー!」

 

大淀「この戦いが、終わるなら。」

 

提督「―――そうだな・・・俺はもう、一人じゃない。お前達が居て、支えてくれる多くの人達がいて、共に戦う盟友達もいる。孤独感なんて無いし、いつでもお前達とお互いに笑い合える。そう思える事は、幸せな事だな。」

 

大和「私もそう思います、提督。」

 

提督「・・・3年目も、より一層頑張ろう。この戦争を終わらせるには、今までと同じじゃダメだ。昨日より強く、昨日より毅然と、日進月歩で、変わり続けなければ。俺達が、この戦争を終わらせる為には、それは必要だと思う。それを胸に刻んで行こう。」

 

5人「「はいっ!」」

 

 星空の下で、6人は心意気を新たにする。それは戦争の転換期を超えたからこそ、そして艦隊創始2年という節目の日であればこそ出来た事だった。

彼の言った事は至極普通の事だったが、そもそも彼が格好付けて物を言った事はそれ程多くないのである。

 彼にとっての幸運とは、この様に多くの良い仲間を得た事と、恵まれた環境の中にあった。であればこそ、彼は数多の幸運を勝ち得た。

結局の所幸運とは、十全に準備を整え土俵に立った者が、万に一つ勝ち得る事の出来るものなのであるという、何よりの証左なのであった。

 

 

夜の帳は落ちる。例えそれが、誰にとってのどんな一日だったとしても―――日は落ち、月は沈む。

 

2054年4月11日は、こうして終わった。結局深夜までどんちゃん騒ぎでこそあったが・・・。

 

 

翌日、直人は機上の人となった。夜明けと共にサーブ340改(バルバロッサ)がサイパンを発って厚木へと向かったのだ。護衛の為の最小限の人員を伴い、日本に発ったのである。

 

 

まぁ、タダで済む訳もなく・・・

 

 

4月12日10時57分 空自軍厚木基地駐車場

 

提督「さて早いとこ離れないと―――」

 

「直人、尾行に気付かないのはまだまだだな。」

 

提督「・・・うげ。」

 

その声だけで呼んだ相手を特定した彼は、思わず声を上げる。

 

「お忍びか?」

 

提督「―――当然でしょう、“大迫さん”。」

 

その主は横須賀鎮守府司令部後方主任参謀である大迫(おおさこ) 尚弥(なおや)一等海佐であった。今回も直人はさも当然かの様に彼に捕まるのだった。

 

大迫「お忍びで来ると言うのはどんな要件なんだ? そもそも休暇届でバレてる訳だが。」

 

提督「てかなんで目を通してるんすか!?」←土方海将宛で出した

 

大迫「後方主任参謀だぞ俺は。」

 

提督「まぁ・・・それは。」

 

大迫「やれやれ。なんでもいいが、用件が終わったら横鎮司令部に顔を出してくれ~。」

 

提督「はぁ~、了解致しました。」

 

大迫「頼むぞ~。」

 

提督「はい。あ、大迫さん。川内と伊勢日向は連れて行きますが、残りの面々は一旦横鎮の方に預けていいでしょうか?」

 

大迫「分かった。」

 

金剛「えぇ~!?」

 

鈴谷「なんでよ!?」

 

龍田「二人とも、落ち着きなさい?」

 

提督「そうだぞ、含む所がある訳じゃないんだから。」

 

金剛「だったら―――」

 

提督「見つかったらまずいからこそ、最小限の人員で行くんだよ。分かるかな?」

 

鈴谷「―――金剛、ここは引き下がろう。私達、護身術が出来る訳じゃないし・・・。」

 

金剛「ムムム・・・分かったネー。」

 

渋々引き下がった金剛であった。

 

 

この後厚木基地から新横浜駅まで車を飛ばし、新幹線で名古屋駅まで“のぞみ”に乗り、そこから特急南紀に乗り紀伊半島を下る。

 

 

17時37分 JR紀勢本線 新宮駅前

 

提督「・・・久しぶりに来たな。」

 

と言う直人の格好はいつもと違っていた。端的に言うと変装していた。

 

あごひげを付け、かつらを付け、初老の紳士風に変身していたのだった。

 

提督「―――三人は尾行と同じ形で付いて来てくれ。」

 

川内「分かった。」

 

伊勢「了解。」

 

日向「まぁ、そうなるか。」

 

そう言い置いて直人は歩き出す。10m~20m程後ろを3人が続く。この3人も艦娘の服は着ず、各々の私服を身に着けていた。刀は弓道具の袋に入れて偽装する形である。

 

 

30分ほど歩き、駅前から商業区を経て住宅街に至る。彼にとっては慣れ親しんだルートだが、その町並みは彼の中では随分と違って見えていた。3年も歩いていなかったのだ、当然だろう。

 

不意に彼が歩みを止める。そこは1軒の家の前だった。その表札に書かれていた苗字は―――

 

 

“紀伊”

 

 

提督「―――。」

 

静かに佇む直人。リビングには彼の遺影があった。彼の母親がその遺影を拝んでいた。

 

提督(母さん・・・すまない、嘘をついて―――)

 

彼は心の中で、自分でついた訳でもない嘘を母親に詫び、更に歩みを進め、3軒先で足を止める。

 

その表札には「佐々木」と書いてあった。

 

提督(瑞希・・・お前が先に逝って、もう随分経つな。新宮大空襲からもう8年か・・・。)

 

 2046年3月19日の新宮市への大空襲。彼はその時、様々に喪った人々の姿を見た。その彼が唯一、取り返しの付かないものを失ったとすれば―――それは彼の幼馴染であっただろう。

その時16歳の彼には、幼い時からずっと一緒の、同級生の幼馴染が居た。それが“佐々木(ささき) 瑞希(みずき)”という女の子であった。

 

提督(生真面目で、活発で、明るくて、綺麗で、世話焼きで―――もう二度と見る事の出来ない後ろ姿だが・・・。)

 

彼女はその空襲で命を落としたとされている。その死体は現在でも(よう)として行方が知れず、恐らく空襲で行方不明になったのだろうとされ、死亡認定がされている。

 

提督(・・・戻ろう、誰か見知りの者に見つかる前に。)

 

直人は踵を返して、駅に向け足早に戻ったのだった。

 

川内(・・・佐々木?)

 

川内はその名字に些かばかり聞き覚えがあったが、なんだったか、それを思い出す事は出来なかった・・・。

 

23時37分、直人らはとんぼ返りで横鎮本庁に戻ると即座に寮に戻り床に就いた。翌日になり、直人は司令長官室に顔を出す事になるのだった。

 

 

4月13日7時49分 横鎮本庁・司令長官室

 

提督「防備艦隊司令官、出頭命令に応じ参上しました。」

 

土方「随分と待たせてくれたな。」

 

そう言いつつ彼は周囲に手でサインを出す。それを見た土方海将の幕僚は司令長官室を出た。

 

土方「・・・さて。」

 

提督「申し訳ありません、自分の遺影に陰ながら手を合わせて参りました。」

 

土方「・・・そうか、分かった。それは置こう。」

 

提督「それで、何事でありましょうか。」

 

土方「君にまた、頼みたい事があると、山本幕僚長から言付かっている。」

 

提督「ハッ、何なりと。」

 

姿勢を正して直人は言った。

 

土方「まぁそう威儀を正す事はない。と言うのは、また、急行を一つ、拾って貰いたい。」

 

提督「急行、でありますか。」

 

土方「そうだ、欧州からのな。」

 

提督「・・・分かりました。で、今度のランデヴーポイントは?」

 

土方「―――アッドゥ環礁の西方だ。」

 

それを聞いた彼は、ニヤリと笑いながらこう言った。

「またしても、大胆であります。」

 

大迫「とはいっても、前回とそれ程変わりないポイントだ。今度は独伊の合同部隊が送り届けて貰えるだろう。」

 

提督「承知、致しました。必ず成功させましょう。」

 

土方「頼む。今度の便は、重要な艦娘艦隊の技術を積んでいるようだ。」

 

提督「と、いいますと?」

 

土方「いや、技術と言うよりは、他国の艦娘用の装備だ。艦載機だがね。」

 

提督「本当でありますか。」

 

土方「無論艦娘の派遣もあるという事だ。到着すれば、恐らく貴官の艦隊に配備されるだろう。」

 

提督「感謝致します。万全を尽くしてアラビア海に赴きましょう。」

 

土方「今度の作戦は、艦娘艦隊の全力出撃に呼応したものだ。アラビア海への潜行は困難だろうが、その手腕に頼らせてもらう。」

 

提督「ハッ!!」

 

こうしてまた直人は大任を背負わされたのであった。まんざらでも無く。

 

土方「それともう一つ、君にやって貰いたいものがある。君の戦略的才幹を発揮出来る仕事だ。」

 

提督「・・・はぁ。小官に出来る事なら何なりと。」

 

土方「うむ、実はな―――」

 

 

その後、艦娘達を観光にでも行かせた後、金剛や鈴谷と街中をぶらついた後、昼食を約束した大迫一佐の所へととんぼ返りするというハードスケジュールっぷりを披露する直人であった。

 

 

12時36分 横鎮本庁1F・食堂

 

提督「すいません、待ちましたか?」

 

大迫「いや、気にしなくていい、さっき仕事が終わった所だ。しかし君も忙しいな。」

 

提督「えぇ、まぁ。」

 

大迫「まぁ、食べようか。」

 

提督「はい。」

 

大迫「そうだ、お前も提督になって2年だったな。おめでとう。」

 

提督「あぁ、ありがとうございます。」

 

大迫「お互い長く戦ったもんだな。」

 

提督「全くです・・・。」

 

どこか懐かしむように言う直人。

 

大迫「さて・・・だ。」

 

提督「?」

 

大迫「派手にデコイを流出させたらしいな。」

 

提督「は、はい。まぁ・・・。」ギクリ

 

大迫「―――そう気まずそうにするな。補充が欲しいか聞きたいだけだ。」

 

提督「はい、こちらでも生産出来るようになりましたが、1個艦隊で供給できる数は限られますので。」

 

大迫「分かった、定数分また補充する。で、他に何か入用のものはあるか?」

 

提督「・・・そうですね。」

 

少し考える直人。

 

提督「・・・前回届けられた積み荷の一つに、“Bf110”がありましたよね?」

 

大迫「あぁ、そうだな。」

 

提督「あれは今どうなってます?」

 

大迫「あぁ、何分陸用機と言う事でどこも持て余していてな・・・。」

 

提督「―――我が艦隊の基地航空隊に、貰えますか?」

 

大迫「―――今はラバウル基地にあるはずだが・・・。」

 

提督「そうなんですか?」

 

大迫「俺達も、艦娘用航空機を陸上運用する方法の研究は進めてるんだ。ラバウルがその試験場でもあった訳だが。」

 

提督「成程、そうだったのですね。」

 

大迫「うん・・・そこで成功を収めつつある今、これをより効果的に運用するべく、中央も考えているようだ。」

 

提督「()()()―――費用対効果の話ですね。」

 

大迫「言い換えればそうなる。」

 

提督「そうですか・・・まぁ、後方にあるサイパン基地では、敵も来ませんからね。」

 

大迫「それに十分過ぎるだけの数を持っているだろう。」

 

提督「そうですね、望み過ぎと言うものでした。」

 

大迫「そう言う所も直人らしいがね。」

 

提督「そうですかね・・・。」

 

苦笑して言う直人である。

 

提督「・・・今の所これと言って必要なものは無いですね。」

 

大迫「そうか、分かった。何かあればまた言ってくれ。」

 

提督「はい。」

 

大迫「しかし最近は中央のお偉方も随分と大人しくなったな。」

 

提督「―――幹部会。」

 

大迫「あぁ。流石に山本閥が相手では手が出ないようだ。しかし徐々にその影響力を取り戻そうとする動きもあるようだな。」

 

提督「まさか・・・。」

 

大迫「人が変わった位では奴らは小動(こゆるぎ)もしないという事だろう。」

 

提督「なんと言う図太さか・・・。」

 

大迫「今後また何があるか分からん。気を付けてくれ。」

 

提督「・・・大丈夫です。その為に川内を連れて来ている訳ですから。」

 

大迫「そうか・・・。」

直人自身、身辺警護に余念はない。その為に、そう言った事に向いた艦娘をことあるごとに従えているのであった。

 

提督(あの事は―――伝えないでおこう。)

 

大迫「どうした直人。急に黙って。」

 

提督「あ。いえ、なにも。」

 

大迫「ん? そうか。」

 

提督「それにしても、戦線は緩やかな膠着状態のようですね。」

 

大迫「おかげでこちらとしても戦力の再建に余念なく取り組めるってものだが、それは敵だって同じ筈だ。それを叩いて回ってるのがお前達と言う事になるが―――」

 

提督「こちらはその再建を終えている、と言う事ですか?」

 

大迫「そう言う事だ。そこで今回インド洋に於ける敵勢力の縮小を狙った攻撃をやる訳だ。丁度東京急行が来るからでもある。」

 

提督「成程、責任重大ですね。」

 

大迫「味方の作戦が失敗すれば、輸送船団を伴った状態で水上戦闘と言う事態も想定される。油断はするなよ。」

 

提督「勿論です。実施時期に余裕がありますから、万全の備えで行きます。」

 

大迫「頼むぞ。スエズ経由の東西連絡が継続出来るかは、お前達次第なんだからな。」

 

提督「はい、任せて下さい。」

 

考えてみればとんでもない大任を仰せつかっている横鎮近衛艦隊。たった1個艦隊100隻程度の小艦隊に任せていい重責ではとてもないのだが・・・。

 

提督「そう言った任務は―――我々の専門ですから。」

 

彼は得てして断らない。自分達にしか出来ない事が一つでもあるならば、彼はそれを行わなければならなかったし、それを理解してもいたし、何より彼がそうしたかったのは事実である。

 

 

14時18分 戦艦三笠上甲板・右舷副砲区画

 

直人はまた、三笠を訪れた。

 

提督「ここが三笠のケースメイト部か・・・。」

 

当然だが砲はなく、模造砲の基部のみがそこにある。

 

提督「日本海海戦や黄海海戦、いや―――この船の生涯で、一体何発もの射弾を送り出したのだろうか・・・。」

 

「そうね・・・数え切れない位、とでも。」

 

提督「―――。」

 

気づけば背後に“彼女”はいた。

 

提督「・・・三笠。」

 

三笠「えぇ、そうね。」

 

提督「―――いつまで、我々は戦えばいいのだろうな。」

 

三笠「・・・貴方達は、歴史を紐解けば常に戦争をしている。人が争い続ける事に終わりなんてない。」

 

提督「・・・そうだな。」

 

三笠「でも―――確実に事態は動いている。貴方は自分に嘘のない道を行くといいわ。」

 

提督「お前は・・・どうするんだ。」

 

三笠「さて、どうするのでしょうね。」

 

提督「―――そうか。」

 

彼は敢えて何も言わなかった。三笠もそれは希望してないし、直人もそれは分かっていたからだ。

 

提督(我々は・・・いつまで戦い続ければいいのだろうか・・・。)

 

終わりのない戦争。しかし必ず終わると信じた彼の胸中に去来したのは、果たして―――?

 

 

やがて直人は記念艦三笠を去った。三笠と再び言葉を交える事無く、彼が信じる仲間達の元へと帰ったのである。

 

 

17時27分、バルバロッサの機内で、自動操縦にした直人が機内で金剛と話をしていた。

 

提督「あ、それはですねー―――」

 

鈴谷「寒い言い訳したら怒るよ?」

 

提督「ステイステイ。落ち着かんかい。」

 

金剛「で、なんでなんデース?」

 

直人が問い詰められていたのは、実は金剛からディナーを共にしたいと言われたのだが直人がそれを断り、挙句さっさと予定を切り上げてしまったからである。

 

提督「日本本土がボロボロになってるって言うのは知ってるだろ? あれのせいで電力の供給が安定してなくてな、計画停電が全域的に行われているんだ。」

 

鈴谷「ふんふん。」

 

提督「横浜も例外じゃなくってな・・・たまたま今日の夜その計画停電にかかってたんだ。だからさっくり切り上げて来たって次第なのさ。」

 

鈴谷「仕方ないかぁ・・・。」

 

金剛「デスネー。」

 

提督「ディナーだったら今度手料理でも作ってあげるからそれで勘弁してくれ~。」

 

鈴谷「マジで!?」

 

金剛「本当デスカー!?」

 

提督「そうだよ。」

 

川内「やれやれ、羨ましいなぁ。」

 

鈴谷「・・・。」ジロッ

 

川内「ッ―――!」ビクッ

 

この時川内が見た鈴谷の顔は、それまで見たどんな表情よりも恐ろしかったそうな。

 

 

4月14日7時02分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「また船団との合流ですか。」

 

提督「そう言う事だな。」

 

大淀「分かりました、前回と同じように―――」

 

提督「まぁまぁまぁ、待たんかい。作戦指示書はここにあんねんよく読みや。」

 

大淀「あ、はい・・・。」

 

大淀はそう返事して直人から作戦指示書を受け取ると中身を読み始めた。因みに直人は昨日帰りの機内で熟読していた。

 

大淀「・・・5月4日以降、ですか。」

 

提督「5月6日までには来る筈だからそれと合流せねばならん。お互い無線封止している中、果たして上手く行くかな。」

 

大淀「インド洋地域・・・またここに向かう事になるとは思いませんでしたね。」

 

提督「そうだな。予めペナンに前進する必要もある。手間な事だが、スケジューリングも含めお前達二人に任せる。」

 

大淀「分かりました、手配します。」

 

金剛「了解ネー!」

 

直人がそう述べるとすぐさま執務に取り掛かった。いつもの日々だが、艦隊運営3年目、ペンも走ろうと言うものであった。

 

 

そんな中、久しぶりにアイダホから連絡があった。

 

グアム基地の整備が概成し、かつ情勢も落ち着いているという事で招待を受けたのである。

 

 

15時28分 グアム島アプラ港深海棲艦基地

 

グアムに駐在する講和派深海棲艦隊総司令部は、アプラ港にある。

 

この港湾はグアム中西部に位置する港であり、かつては米軍の軍港もあった場所であったが、グアム北部のジーゴを中心点として棲地化した際にその瘴気に侵された者は全滅、残りも蹴散らされてしまい全島的に無人となった。このため島北部にあるアンダーソン空軍基地跡には、B-52などの米軍軍用機の残骸が現在でも残っている。

 

グアムを米国から譲り受けた講和派深海棲艦隊は、このアプラ港に基地を設け、これまでその整備・拡充に励んでいた。思えば自ら壊した場所を再建するのも可笑しな話であったが。旧アプラ港の原型を残すのは、北側の珊瑚礁上に築かれた堤防位なものであるが、それも補修されている。

 

重巡鈴谷を港内に投錨させ、内火艇に移乗した直人は、港の桟橋の一つに降り立った。

 

提督「久しぶりだな、アイダホ。アルティも。」

 

アイダホ「はい。我々は貴方方を歓迎します。」

 

アルティ「その節は世話になった。」

 

提督「うん。」

 

大淀「凄いですね、想像以上に整備が進んでいます。」

 

アルティ「これまで戦闘と整備の連続だったが、どうにか完成と言える程度まで漕ぎ着けた。」

 

提督「やれやれ、立派に仕上がったものだな。」

 

アイダホ「ありがとうございます。」

 

提督「深海棲艦が棲地を持たず基地化しているというのは殊更珍しい話でもないが、これほどの物は例が無かろう?」

 

アイダホ「知りうる限りでは。」

 

提督「そうか・・・立派なものだ。」

 

アイダホ「北方棲姫様がお待ちになっておられます。こちらへ。」

 

提督「分かった。」

 

直人はアイダホとアルティの案内を受けてグアム島に足を踏み入れたのであった。

 

 

一方・・・

 

 

鈴谷「大丈夫かなぁ・・・。」

 

最上「“心配?”」

 

鈴谷「ん~? まぁね~。」

 

三隈「“提督を信じて送り出したんですから、信じてあげるのが勤めでなくって?”」

 

鈴谷「まぁ、そうだね・・・。」

 

重巡鈴谷で直人を送り出した鈴谷が心配そうにしていた。何かあった時の為に仰角こそ掛けていないが全ての火器が厳戒態勢を取っている。

 

 

暁「まぁ、鈴谷さんが心配するのも分かるわ。深海棲艦の中に送り出したんですもの。」

 

熊野「講和派の方々を信用しないと言う訳ではありませんが、もしテロリストが紛れ込んでいたらと思うと・・・不安ですわね。」

 

暁「そうよね・・・爆(はちゅ)テロなんかされたら・・・。」

 

響(噛んだ・・・?)

 

雷(噛んだ・・・。)

 

電(呂律が追い付いてないのです。)

 

噛んだ内である。

 

五十鈴「―――言えないなら“爆破”でいいじゃない暁。」

 

暁「い、言えるもん!」

 

熊野「暁さん、一人前のレディと言うものは、失敗を素直に認めるものですわ。」

 

暁「そ、そういうものなのね・・・。」

 

五十鈴「まぁそうね。ま、提督なら大丈夫よ。ね、電?」

 

電「なんで電なのです!?」

 

五十鈴「あら、提督の実力を一番知ってると思ったのだけれど。」

 

電「そ、そうですね―――そうです、司令官さんなら、きっと大丈夫なのです。電なんかじゃ、とても敵わない位強い人なのです。」

 

雷「電、そんな事じゃダメよ! 電はもう少し自信を持っていいのよ?」

 

金剛「でも、勝った事がある人が殆ど居ないのは事実ネー。」

 

雷「うっ、そうね・・・。」

 

直人に正面から勝った事があると言えば、あの鳳翔さん位なものである。あとは雪風が矢矧とタッグを組んだ際にも勝ってはいるが。

 

しかもそれは条件付きであり、鳳翔は直人が護身術を苦手としていた為でもあり、雪風は次元の違う幸運によって救われただけである。

 

最上「そう言えば近々またやるらしいよ?」

 

電「なのです!?」

 

三隈「何を、ですか?」

 

金剛「近接戦闘訓練の話デスカー?」

 

最上「そうだね。」

 

三隈「近接戦闘、ですか?」

 

響「艦艇にとっての近接戦闘は近接防空射撃の事で、三隈も防空と思ったかもしれないけど、そうじゃなくて人としての近接戦闘の事だよ。」

 

三隈「格闘術、ですか?」

 

電「だけじゃなくて、剣術や槍術など、手足を使ってする戦闘全般が対象なのです。」

 

三隈「成程・・・必要ですか?」

 

雷「必履修よ・・・また来ちゃったかぁ。」

 

熊野「4回目ですわね。銃剣道の練習、余り出来てませんわ・・・。」

 

“一人前の”レディがまさかの銃剣道であった。字の通り“銃剣”(銃の先端に装着する短剣)を装着した銃を模した「木銃」で突き合う競技武道である。

 

元は西洋式の銃剣術(フランスから導入したフランス式銃剣術)が元になっており、明治期に槍術の心技(形状が槍に近い為)と剣術の理論を折り合わせて銃剣を扱う際の技能(日本式銃剣術)として完成されたものが、競技武道化したものでこの二つの武道と比べると歴史が浅い。

 

ただ、竹槍訓練も銃剣術であった他、学校の体育で取り入れる所も多く、終戦後禁止された武道が解禁されると瞬く間に復興して、全日本連盟が作られたり自衛隊の体育に取り入れられたりと現在でも健在である。当たり前のように全国大会もある。

 

因みに自衛隊で現在も取り入れられている理由は単純で、現用の自動小銃にも銃剣の装備があるからである。昔の歩兵銃と比べ全長こそ短くなった上に塹壕戦がメインとなった第一次大戦頃からは使う機会も激減こそすれ、突発戦闘の際に有効足りうる装備には違いないからである。特に市街地では。

 

 

深海棲艦が基地を設営する場合、一つ特徴的なものがある。それが、司令部中枢となる「ドーム」である。グアム基地の施設は殆ど人間達が建てる物と大差ないのだが、一つだけ異質なものはそのドームであった。

 

深海鋼で全面を構築するそれは白く外面が塗装され、その中に北方棲姫がいる訳である。

 

提督「・・・気になったんだが、あれは一体何なんだ?」

 

アイダホ「まぁ、そうですね・・・北方棲姫様がこの基地を制御する為の“座”がある場所、とでも申しましょうか。」

 

提督「制御・・・?」

 

アイダホ「はい。北方棲姫様に限りませんが、基地級の艦は、その能力として『その土地に根を張り、基地を形成する』という特性を持ちます。本来棲地が出現した時の莫大なエネルギー流から生まれ出てくる、基地級深海棲艦ならではの所業と言うことも出来そうです。」

 

提督「そう言うからくりであったか・・・。」

 

アイダホ「今までにも提督は、棲地中枢にある姫を倒そうとなさってきましたが、それは理論上は正しいのです。根を張っている根源を断てば棲地は消える訳ですから。」

 

提督「成程な・・・。」

 

アイダホ「ここも基本的には同じ方式ですが、棲地化はしておりません。元々棲地でしたから起点はあるのですが、条約もありますし、北方棲姫様も本意ではないようです。」

 

提督「そうなのか?」

 

アルティ「シーブルーの綺麗な海が、見てて好きなんだそうだ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

アイダホ「まぁ、必要のある時しかあそこにはいないのですが・・・着きましたね。」

 

ドームは入り口だけぽっかりと穴が開いており、中は照明がちゃんとあった。北方棲姫の姿はドームの中央、一段高くなった所にあった。

 

提督「負の霊力が充満しているな。」

 

アイダホ「そこだけご容赦を。我々の特性でもありますので。北方棲姫様、提督がお見えになられました。」

 

ほっぽ「―――ナオト!」

 

提督「やぁほっぽちゃん。」

 

かれこれ数ヵ月ぶりに再会した直人とほっぽちゃん。

 

ほっぽ「久しぶり・・・だね。」

 

提督「あぁ、お互い忙しかったからね。」

 

ほっぽ「ほっぽも、大変だった!」

 

提督「(´ー`*)ウンウン、よく頑張ったな。」ナデナデ

 

ほっぽ「ナオトも!」

 

提督「ありがと。元気にしてた?」

 

ほっぽ「うん!」

 

提督「そりゃ良かった。体は大事にするんだぞ~。いつも元気で居なきゃな。」

 

ほっぽ「うん、分かった。」

 

提督「それじゃ。お互い頑張ろうな。」

 

ほっぽ「うん! ほっぽ、頑張る!」

 

提督「その調子!」

 

 

短い時間でこそあったが、互いの立場を弁えた短い交流と言うものを2人とも知っていたが故にこそ惜しむ気持ちはない。それよりも今は、目の前の事に全力を挙げなければならなかったからだ。

 

 

15時39分 グアム島講和派深海棲艦隊総司令部2階の一室にて

 

提督「小会議室だな。」

アイダホに案内されて通された一室には、彼の事を待つ者があった。

「久しいな紀伊提督。」

講和派深海棲艦隊実戦部隊の長、超兵器級深海棲艦アルウスである。どうやら部下からの報告を受けていた所だったようだ。

提督「変わりないか?」

 

アルウス「フッ・・・変わったよ。色々とな。」

 

提督「そうか・・・アラスカも、大事なかったか?」

 

「ありがとうございます、お陰様で。」

アルティメイトストームの副官、アラスカははにかんでそう答えた。

提督「そうか。まぁ世間話もなんだから早速始めよう。」

 

アルウス「そうだな。」

 

アラスカ「では、私は失礼します。」

 

アルウス「うん、頼むぞ。」

そのやり取りでアラスカが退出した後、3人は本題へと入っていく。

「まず一つ率直にお尋ねするが、そちらの状況はどうなっている?」

 

アルウス「ひとまずは平静そのもの、と言ったところだな。各地からの志願兵は続々と集いつつあり、総数では既に60万に達しようと言う所まで来ている。基地の拡充も順調だ。トリンコマリーがサブ基地であるラモトレックアトール泊地に来てくれたのが効いている。ポナペも順調に設営が完了しつつある。」

 泊地棲鬼トリンコマリー、以前の戦いで降伏してきた敵の基地級深海棲艦である。引き渡した後リンガ泊地預かりで拘留されていたが、講和派との交渉の結果そちらに移管となった訳である。

彼女自身、その在り方に疑問を抱き始めていた頃だったという。

「そうか・・・トリンコマリーがな。」

直人も些か思う所あり気にそう言った。

アルウス「今の所、中部太平洋は平穏そのものだ。ウェーク島の離島棲姫との間には戦闘が続いているのはそちらでも同じだろうとは思うが。」

 

提督「あぁ、そうだな。」

 

アルウス「我々も艦隊を派遣しているが、先頃戦力が徐々にではあるが増強されつつあるようだ。」

 

提督「その傾向は我々の側でも掴んでいる。我が艦隊も今潜水艦部隊を派遣して通商破壊に当たらせてこそいるが、雀の涙と言う所だな。」

 

アルウス「深海側の戦力補充のスピードは、人類側の予測を上回っているかもしれんからな・・・。」

 

提督「なんだって・・・?」

 

アルウス「―――クローニング技術、深海で使われている事は知っているな?」

 

提督「それはまぁ。我々も何度かクローン超兵器とは戦火を交えているが。」

 

アルウス「あのクローニングは、一般の艦艇にも行われている。これが意味する所は―――」

 

提督「敵の戦力補充の速度は、艦娘が補充されるより遥かに早い―――!!」

 

アルウス「貴官の前では言いにくい事だが・・・。」

 

提督「―――。」

 

アルウス「潜水艦や駆逐艦などは、一日に一千隻規模で量産されている。性能が劣化しなければ、今頃は地獄絵図だっただろうな。」

 

提督「確かに、ひと月に3万隻か・・・。」

 

アルウス「多いと2000~4000隻量産される事もある。」

 

提督「むぅ・・・。」

 

アルウス「軽巡クラスでも多いときは1000隻以上になる事はある。」

 

提督「そのペースで量産されたら、確かにあれだけの戦力を維持する事も出来る。」

 

アルウス「しかもこのペースは年々徐々にだが上がっている。月に数十隻程度最大で上がっているという話がある。」

 

提督「長引けば長引くだけ不利か・・・。」

 

アルウス「そのクローニング、実は棲地のエネルギーで賄われているんだ。“建造”と同じような理屈、と言う訳さ。」

 

提督「そうなのか!?」

 

アイダホ「アルウス様の仰っている事は事実です。ただより効率よく、大規模にしただけの事でして。工場と同じ様に効率化が推し進められているといった状況にあります。」

 

提督「成程・・・。」

 

大淀「生命と言うものに対する、冒涜にも等しい行為ですね。」

 

アルウス「―――私達がこう言うのも心苦しいが、深海には“命”という概念に乏しい所がある。我々は純粋なる兵器として生まれて来た身だ。人間が仮にいなくなってしまったら、兵器という意識しかない我々は、同族同士で殺し合う事になっていたかもしれん。」

 

提督「そうかもしれん、大いに不毛な事だが・・・。」

 

アルウス「それを変えたのは、他ならぬ紀伊提督、貴方だ。貴方の行動が無ければ、我々の意識に命という概念は芽吹かなかったかもしれない。自らがそこにいる事に、意義を見出そうとする動きを作り上げたのは、貴官の行動あってこそなのだよ。」

 

提督「―――なんというか、そう面と向かって言われてみると、自分のしてきた事に間違いは無かったと思えるな。」

 

アルウス「例え後の世で虐げられたとしても、私達はもうかつての自分ではない事を知っている。自らの尊厳を貶めないようにする事は出来る。しかし、その様な事を考えるにも、君達と共存して戦うという今この現状が無ければ、到底考え至らなかっただろう。」

 

提督「俺も同感だ。ところで、今の強硬派の状況は、一体どうなっているんだ?」

 

アルウス「今の所、度重なる戦力の消耗で動きが止まっている。無論貴官らがその2割ほど占めているようだが、ここ数か月、被害が急速に拡大しているようだ。基地への攻撃も積極性を増している事から見て、艦娘艦隊の練度は向上しつつある。そう見て差し支えはない。」

 

提督「そうか、やはりな。」

 

アルウス「・・・何か、思い当たる節でも?」

 

提督「いや、敵が最近受け身である事が多い様に思えていたんだ。この間タサファロング沖に行った時もだ。これだけ戦力を揃えて置いて、侵攻作戦の一つもないのは妙だと思っててね。」

 

アルウス「まぁ、貴官らが暴れすぎた事も一因にあるのだろう。立て続けざまにやられては動く事も出来まい。精神的プレッシャーという奴ではあるがね。そもそもロフトン・ヘンダーソン様は、万全な戦略体制の確立をまず重要視される方だ。それ無くしては動きが止まるのだろう。」

 

提督「戦略的に見ても、我が艦隊の存在はプレッシャーになっている、と?」

 

アルウス「それだけではなく、時折残敵掃討とでも言うかのように現れる艦隊があるそうだ。心当たりはあるのではないか?」

 

提督「・・・成程、呉鎮近衛艦隊の事かもしれん。」

 

アルウス「心当たりはある様だが・・・そうか、提督にも分からんか。」

 

提督「他艦隊の動向まで逐一チェックはしてないよ。膨大過ぎるからな。」

 

アルウス「そうだろうな。まぁそのせいもあって、ここ数か月の損耗率は過去最大だ。平穏派や穏健派には厭戦気運が広がっているが、その統制に強硬派は必死になっているようだ。ただ、そのやり口がな・・・。」

 

提督「強引すぎる、と言う事か。」

 

アルウス「そう言う事だ、当然反発も大きく、そうして我々に合流する者が増えている。」

 

提督「我々としては友軍の戦力が増えていい事だと言いたい所ではあるが・・・。」

 

アルウス「事はそれ程単純ではない、と言うところだな。」

 

提督「そうだな、複雑な事象の組み合わせによって、現在の状況がある事を考えると、一筋縄では説明できん。」

 

アルウス「そうだな・・・我々がしてきた事も、貴官らが成してきたことも、この状況には関係があるからな。」

 

提督「うーん・・・で、暫く動きは無さそうなのか?」

 

アルウス「今後4ヵ月は間違いなく動きは取れんだろう。それでなくとも最近一筋縄でいかない事を彼らも認識している筈だからな。今は戦力の集約を図る筈だ。」

 

提督「成程な。」

 

アルウス「ま、貴官らがまた何かしでかすというのならば話は別だろう。」

 

提督「ま、その辺は何とも言えんな。」

 

アルウス「そうだろう、作戦上の機密もあるだろうし、そこまで深くは問わんが、まぁそう言う事だ。君らが今打撃を与えるならば、それだけで1ヵ月は最悪の場合反攻開始は伸びるかもしれんが、それも彼らの考えようだ、確定的でない事だけは留意してくれ。」

 

提督「そうだな、了解した。」

 

アルウス「ところで、君達の状況はどうなんだ?」

 

提督「と言うと艦娘艦隊全体の、と言う事か?」

 

アルウス「そうだ。勿論君らのコンディションもある。今後我々が作戦を行うに当たって参考にしたい。」

 

提督「我が艦隊はいたって意気軒高、いつでも作戦準備が出来ている―――とまでは今はいかないが、それも数日の間の話だ。ただ、今は物資の集積が追い付いていない。もう少し余裕を見ようと愚考している。」

 

アルウス「いや、大事な事だ。戦略的優位点を生み出して置く事は後の展開に於いてもより優位に立ちやすくなる。」

 

提督「そうだな。全体的状況についてだが、こちらも戦線の再構築を急いでいるそうだ。敵が進行の足を止めている今を好機と捉えてもいるらしく、西方では早くも作戦の立案中との事らしい。」

 

アルウス「そうか、我々でも聞いていたが、どうやらまたインド洋方面らしいな。」

 

提督「北村海将補も積極的に行かれると思っていた所だ。珍しい事なのだがね、老獪な名将という評が強いのだが・・・。」

 

アルウス「そうらしいな。」

 

提督「あぁ。まぁともかく、準備されている作戦が発動されれば、恐らく西方からの攻撃は暫く無くなるだろう。威力偵察に対する迎撃が主務となる穏やかな拮抗状態が続くだろうね。」

 

アルウス「そうだな、期待させてもらう。」

 

提督「そうして貰えるとありがたい。」

 

アルウス「さて、積もる話がある者もいるだろうが、生憎ワールウィンドは出払っていてな。私もそれなりに多忙の身だ。」

 

提督「それは私も同じようなものだ、そろそろ失礼するとしよう。」

 

アルウス「そうか。」

 

提督「次に会う時は、そうだな。ゆっくり落ち着いて話が出来る時が良いな。」

 

アルウス「フッ・・・難しいが、そうなる事を祈ろう。」

 

提督「うん。それではな、行こうか大淀。」

 

大淀「はい!」

 

直人はそうして席を立ち、小会議室を後にした。

 

アルウス「・・・ゆっくり話を、か。」

 

アイダホ「確かに・・・そうしたいですね。」

 

アルウス「その為に、今我々が成すべき事を成さねばならんのだ。」

 

アイダホ「はいっ!」

 

 

その後鈴谷に戻った直人は、その周囲で待機していた艦娘達からもの凄く安心されたそうだがそれを意に介さない直人、ささっと港を引き上げたのである。潜水艦に寄り付かれても敵わないからであった。

 

 

そしてその翌日である。

 

 

4月15日13時42分 サイパン島屋外演習場

 

提督「久々の参集演習だからと言って及第点下がると思うな! 急がんかい!」

 

抜き打ちの招集訓練に慌てふためく艦娘達、一部は既に来ているが来てない艦娘達を全棟連絡で叱咤する直人である。通信機材は大淀が準備し、仮設太陽光パネルで電力を送っている。その位の快晴である。

 

大淀「少々気が抜けていますね。」

 

提督「全くだ、仮にも軍隊だという事を理解させるにはこれが一番だな。」

 

鈴谷「でもきついってこれぇ! 最上型でも間に合ったの私だけだよ!?」

 

提督「そのお前が間に合った事の方が驚きだったんだけどね。」

 

島風「私もいるよ~。」

 

提督「おう、流石早いな、誉めてやろう。」

 

島風「やったぁ!」

 

この艦隊の島風はいかなる時でも素早い。遅いのは寝起きと食事だけであるが、それも人並み。なので素晴らしい模範的な艦娘である。スピード狂な事以外は。

 

結局10分更にかかって集合が終わった。かかった時間、22分。島風のタイム、8分12秒(身支度込みで9分37秒)。

 

提督「遅い! 22分かかるのは緊張感が足りてない証拠だぞ! いつ攻撃を受けてもおかしくないという事を、忘れてはいかんぞ!」

 

一同「「はいっ!!」」

 

提督「では第4回近接戦闘演習を始めるとしよう。」

 

青葉「―――あの。」

 

提督「おぁっ!? お前何時からそこに!?」

 

どっとその瞬間笑いが巻き起こった。

 

青葉「2分程前です。背後が甘いですよ?」

 

提督「で、今日はいないと思ってたが?」

 

青葉「鈴谷さんから話を伺いまして。」

 

提督「鈴谷かよ!?」

 

青葉「エキシビションマッチとか見れないかなぁと思いまして。」

 

提督「えっ・・・。」

 

考えていなかった直人に困惑が走る。

 

「それだったら私とやろうよ~。」

 

提督「ッ―――!」

 

そこへ手を上げた一人の艦娘がいた。

 

島風「ね、提督!」

 

提督「島―――風・・・か。」

 

島風「ニヒヒ~。」

 

提督「ふーん・・・よかろ、そこまで言うなら。」

 

島風「よ~し、やっちゃうぞ~!」

 

天津風「島風がやるなら、私もやろうかしら。」

 

提督「あ~もう続くよね~・・・。」

 

天津風「別に構わないんじゃない?」

 

島風「そうだそうだー!」

 

提督「分かったよ、二人揃ってかかってくるといい。」

 

青葉「おぉっ!? 久々の2対1ですか?」

 

提督「じゃないと多分あの二人が納得せんでしょ。」

 

青葉「そうでしょうねー。」

 

半ば諦めて観念した直人だったが、まぁ知っての通り勝算絶無では決してないのがこの男の強さであった。

 

提督「そいだば、やりましょうか。」

 

 

エキシビションマッチは通例として真剣。故に彼は極光と希光の2振りを今回も差していた。

 

 

青葉「さぁ始まりました! 第4回近接戦闘訓練エキシビションマッチ! 司会はお馴染み青葉でお送りします!」

 

日向「まぁ、そうなるな。解説の日向だ。」

 

伊勢「同じく伊勢、今回はこの3人でーす!」

 

青葉「さて今回の一戦、どう見ますか?」

 

伊勢「私の記憶が間違って無ければ、島風は割と小さめの武器を好む傾向がある様に見えるわ。小太刀や苦無なんかね。」

 

日向「トンファーを扱ってる時もあったな。」

 

伊勢「あぁ、そう言えばそうね。全体として格闘戦レベルの近距離が島風の間合いね。」

 

日向「天津風はバックラーとランスの併用が特徴的だな。」

 

伊勢「ランス自体の長さは2m足らずの物だから、兵士用のものとしては一般的な長さね。」

 

青葉「ランスってそんなに短いものでしたっけ・・・?」

 

伊勢「一般的なものは中世のもので4~5m前後、ここまでくると騎馬兵や重装騎兵が使う為のものなんだけど取り回しが効き辛くて、それより後のハンガリー騎兵では3m程度だったりするわね。」

 

もう少し詳しく説明すれば、天津風の持つものは長さ約2m弱の円錐形であり、ヴァンプレイトという大きな傘状の(つば)が付いているモノだ。穂先の最大直径は根元で14cmある。

 

ランスと言うと刃は無く、突き刺す事を念頭に置いて作られているものを指し、一方でスピアは、方陣を組む槍兵が持つパイク(4~7m)よりも短いものを指し、こちらは刃が付いている。

 

ただランスはそもそも重心が偏っている為扱いが難しい武器でもあるのだが・・・

 

日向「一方でバックラーは腕に装着する小型の盾だから、両手が使えるんだ。」

 

青葉「おぉ、それを生かして間合いで勝負出来る訳ですね?」

 

伊勢「そ、ただ、提督の間合いも凄いから、どこまでやれるかしら・・・。」

 

青葉「不確定な事柄も多いですね、さぁ、一体どうなるのか予想がつきません!」

 

 

提督「―――本当にいいんだな?」

 

天津風「えぇ、提督の全部を、私達にぶつけて欲しいの。やるからにはそれ位じゃなきゃ。」

 

提督「・・・。」

 

島風「あの手品みたいなのも~!」

 

提督「あれは戦闘向きじゃないというかなんと言うか~。」

 

寒い言い訳である。

 

提督「まぁ始めるとしようか。」

 

天津風「えぇ、そうね。」

 

直人が極光を鞘から引き抜く。天津風も自身のランスを構える。島風は小太刀を二刀持ちして身構えた。

 

提督(バックラーにしては妙に大きいような・・・。)

 

直人は既にして違和感を覚えていた、艤装に装着されている天津風の盾は直人の目測で方形で縦30cmほど、横幅23cm程のもの。バックラーは円形が当たり前で天津風の着けているバックラーも円形だが、どう見てもその直径は40cmはある様に見えた。

 

提督(これは・・・太刀筋に気を付けないとすぐに弾かれる奴だな。)

 

盾が大きいという事は、その分防御出来る範囲が広い事を意味している訳である。

 

島風「よーし、行くよ天津風!」

 

天津風「OK!」

 

天津風がその重装備に見合わぬ速さで突進する。

 

対して直人はその激突時の衝撃を受け流すか避けるかそのどちらかを選択する為にもまずは身構えた。

 

天津風「ハァッ!!」

 

短い裂帛の気声と共にランスの穂先が直人を狙う。

 

提督「―――!」

 

それを紙一重で躱す直人だったが、その背筋に冷たいものが走った。

 

提督(早いっ―――!)

 

その穂先の早さは直人の想像を大幅に超えていた。

 

そしてその直後、直人は背後に風の流れを感じた。自然とは異なる風である。

 

提督(―――!?)

 

島風「おっそーい!」

 

提督「くっ!!」

 

島風の一太刀を身をよじって避け、崩した態勢と天津風と島風に挟まれた状況を、捩った勢いを使って転がる事で解決する。

 

更にそこからくる2人の追撃を左右へのバックステップで凌ぐ。

 

提督「なんと言う―――!」

 

天津風「私達が何もしない訳ないじゃない。」

 

島風「やられっぱなしで終わったら、艦娘の名が廃っちゃうもん!」

 

提督「ふぅ―――! 成程な。これは気を抜いたら終わりだな。」

 

実際のところ直人は天津風の機動力を低いものと想定していたが、それが覆った今となっては話は別である。

 

提督「盾に気を取られていたが、成程・・・重装備に見合った脚力はある訳だ。ならば―――!」

 

直人がギアを入れ替えた瞬間である。

 

 

ヒュバッ

 

 

天津風「―――!!」

 

 

ドオオォォォォーーー・・・ン

 

 

島風「オウッ!?」

 

天津風「霊力刃―――!」

 

直人の放った霊力刃が、天津風のバックラーに襲い掛かったのである。防ぎ止めこそしたがその衝撃は並の剣戟とさして変わらない。

 

 

青葉「―――あれはっ! 提督の刀が、白銀(しろがね)色に輝き出したァ!」

 

 

提督「気は―――抜けんな。」

 

 直人がそのギアを入れ替えた瞬間、極光の黒鉄色よりも暗く、鈍く紫に輝いていた黒い刀身が、深海から削りだしたその闇を振り払ったかの様な白銀色に光っていた。

それに釣られるように、彼の黒い瞳が左目だけ淡く赤い光を放っていた。

 メカニズムだけ説明すれば、霊力が通る回路と言うのは、魔術回路が体を貫く神経と同じ様に張り巡らされているのに対し、霊力回路は血管と同化している。そして眼球は瞳孔に至るまで毛細血管は張り巡らされている。その血液が、霊力の行使を行う事によって赤血球の赤色に発色する訳である。

ただこの色の出方は人による様で、夕立は両目の全体から赤い光が迸る様に出るのが特徴でこれは勢い余って霊力が瞳から大気中に出てしまっているからのようだ。(※明石&雷提供)

これに対して直人は左目の瞳孔のみが発光するという表現が正しい。こちらは霊力を極光に放出して居る為である。

 一方で同じ霊力を用いる深海棲艦は、力が高い者だと元より瞳孔から強すぎる力を普段放出している種もある。タ級やレ級がその代表的な所だが、力の強い者だと色が変化するようで、ノーマルが水色、エリートが赤色、フラッグが黄色、改フラッグが青色なのは読者諸氏も存じているであろう。

 

天津風「―――!」

 

島風「!?」

 

一方で二人は直人の気配が明らかに変わったのを感じ取っていた。人間からより“艦娘”に近付いた者が持つ、言わば艦娘にだけ感じ取れる気迫と呼べるモノに等しいそれは、それまでとは違うという事を如実に感じさせるには充分であった。

 

提督「ハァッ!!」ダッ

 

そして次の瞬間、直人が縮地で一挙に距離を詰める。思い切り気圧されていた島風は一瞬対応が遅れ、その一瞬の間に直人は既に間合いまであと少しであった。

 

島風「速いっ―――!!」

 

 

ガキィィン

 

 

提督「はぁっ!!」

 

島風「おうっ!?」

 

島風二度目の驚きは、まんまと受け止めてしまった島風の軽い体を、直人が刀を振り抜いた際に吹き飛ばした時であった。それ程の腕力がなぜ発揮されたのか、これは魔術の領域である、強化魔術であった。魔術界では基礎の魔術でもあり、これを腕の筋肉に用いただけである。

 

日向「―――32m91!」

 

青葉「目算でそんなに求められませんよね!? と言うかなんで分かるんですか!?」

 

日向「勿論目測だ。」

 

伊勢「ま、そうなるわね。」

 

 

天津風「なっ―――!」

 

提督「ッ―――!」ギラッ

 

天津風「ッ!! ハァッ!!」

 

天津風はランスを突き出すが、進路を変える事は出来ない―――

 

 

ガキィィィーーン

 

 

提督「ほう、金属製、明石の仕業か。」

 

天津風「えぇ、そ・の・と・お・り・よっ!」

 

天津風は盾を押し出して極光を外すとランスを両手で構え再び突き出す。

 

それを直人は転がる事で躱すが、天津風は更にランスを直人に向かって振り降ろす。

 

 

ガアアァァァァァーーー・・・ン

 

 

提督「くぅっ!!」

 

島風「やああああっ!!」

 

直人がその重量を受け止めた正にその瞬間島風が再び背後を取る。直人は片膝突いた態勢な為難しい所である。

 

提督「ッ―――なら!」

 

直人は自身の左後ろ方向にいなすように刀を傾けると共に前転して天津風に向かって右側からすり抜けた。すると天津風のランスが地面に叩きつけられ、島風の小太刀はその天津風のランスに叩きつけられる結果になった。

 

そして直人はその間に向き直る。

 

提督「ハァッ!!」

 

 

ドッ―――

 

 

天津風「ぐ・・・がっ!」

 

提督「まずは一人。」

 

 

―――ドサァッ

 

 

島風「天津風! まだまだぁっ!!」

 

提督「セヤァッ!」(“光路・一閃!”)

 

 

ヒュバァッ

 

 

直人は真一文字で霊力刃を放つ。が。

 

島風「とおっ!」

 

島風はそれを紙一重で飛び越して回避し、そのまま背後を窺う。

 

提督「―――!」

 

直人はその島風と対面で足に力を込める。

 

提督(“我流―――)

 

直人は一挙に縮地の技法で島風の真下をくぐって逆に島風の背後に出る。

 

 

ザザァッ―――

 

 

提督(―――燕返しッ!!”)

 

 

ヒュバァァッ―――

 

 

島風「はっ―――やー・・・い。」ドサァッ

 

 

カラァンカラァァァン

 

 

青葉「―――! 勝負あり! 提督の勝ちですッ!!」

 

伊勢「天津風への最後の切り返し、流石ね。」

 

日向「まぁ、そうだな。」

 

 

金剛「流石私のダーリンデース!」

 

鈴谷「でも今からあれとやり合うんだよね・・・。」

 

三隈「そ、想像したくは、ありませんわね・・・。」

 

熊野「もう慣れましたわ・・・。」

 

最上「諦めてるっていわない? それ。」

 

実際この後熊野が諦めても仕方のない位の激しい訓練が繰り広げられたのは事実である・・・。

 

結局7時間に及んだ訓練が終わると、艦娘達も直人本人も流石に音を上げているのはその激しさを物語っているとも言えた。直人自身も手は抜かなかったし、艦娘達もそれを知っても知らずも全力で応対する為、艦娘達も疲弊する。結局お互いに音を上げる訳である。意味合いが違うが。

 

結局殆ど例外に等しい艦娘を除いて、今日も直人に勝つ事は出来なかったのであった。むしろ勝てるのは雪風と鳳翔位なものである。

 

 

21時11分 中央棟2F・提督私室

 

提督「疲れた・・・明日筋肉痛だ・・・。」ドサァッ

 

疲れ果てた直人がベッドに倒れ込む。

 

金剛「デスネー・・・。」

 

鈴谷「まぁまぁ、鈴谷がケアしておいてあげるから。」

 

提督「助かる~。」

 

そのお供として付いてきた二人。鈴谷が早速直人の疲れた筋肉のケアを始める。

 

金剛「でも、実際あの訓練って必要なのデスカー?」

 

提督「―――片言が中々抜けんな、金剛よ。」ニヤニヤ

 

金剛「茶化すのはNOネ。」

 

提督「まぁ、そうだな、相当特殊な状況だが、重要なのは確かだ。地上に突入する場合を想定してそこで戦う術を身に付けておく必要もある。」

 

金剛「地上に突入、デスカー?」

 

提督「そう。例えば重掩蔽物が相手である場合、砲撃で撃破出来ない場合がある。そこに籠られては困る訳だ。そこで、地上戦に持ち込む。普段は陸戦隊を使っているが、それで対処しきれない場合、艦娘達が地上戦を出来ると大変心強い事になる訳だ。」

 

金剛「成程・・・。」

 

鈴谷「でもそれって何も艦娘でなくて良くない?」

 

提督「艦娘と同等の火力を艦娘と同じサイズで出せるなら、な。」

 

鈴谷「それは・・・。」

 

提督「ポートモレスビーでもあの訓練があったればこそ、作戦を円滑に進める事が出来たと言える節がある。無論それは、陸上で運用された艦娘が的確な対地砲撃を行ったからでもあるが、何度も肉薄されてそれでも無事に戻ってこれたのは、やはり近接武装の存在が大だろうね。」

 

鈴谷「そう言われてみると・・・確かに。」

 

提督「まぁこれは日常生活でもそうではあるんだが、悪漢共に襲われた時、護身術を心得ているかどうかってのはそれによって随分違う。同じように戦場でも、自分の体で如何にして戦うかを心得ているかも、非常に重要なんだ。」

 

鈴谷「日常、かぁ・・・。」

 

提督「・・・鈴谷、どうした?」

 

鈴谷「あー、えっとね。たまに分かんなくなるんだ。」

 

提督「―――何が?」

 

鈴谷「何が日常なのか、ってコト。」

 

提督「・・・。」

 

鈴谷「私達は艦娘、戦うのが使命。それが日常である筈のもの。でも私達はこうやって、何もない、平和な時を、くだらない話ばっかして過ごしてる。でも・・・そのせいで、分かんなくなっちゃうんだ。」

 

金剛「鈴谷・・・。」

 

鈴谷「戦いとこの今、どっちが日常で、どっちが非日常なのか・・・そう思うと、提督の事が、どうしようもなく遠く感じて。私―――」

 

提督「フッ―――らしくないぞ、鈴谷。」

 

鈴谷「だって・・・。」

 

提督「確かに俺は人間だ。日常と言うものがどういうものかを知り、その前提で艦娘達を扱っているかもしれない。一方で艦娘達は日常とはどんなものなのか、その線引きが曖昧なんだ。」

 

鈴谷「そうだね。」

 

提督「だから、俺が悪いんだ。お前達に日常と言うものの定義を見定めさせないまま、戦地へと送り出している。」

 

鈴谷「それはっ、違うよ提督! 私達はただ―――」

 

提督「分かってる。俺の役に立とうとしてくれている。それは良く分かってるんだ。だが俺も分からなくなる時がある。この戦争とは―――俺達提督は一体、何なのだろうとな。」

 

金剛「テイトク・・・。」

 

提督「俺達提督は、確かに、お前達艦娘を率いる身かもしれない。だがお前達を率いるという事はどういう事なのか。戦場に、二度と帰ってこれないかもしれない場所に、お前達を―――」

 

 

その瞬間直人の脳裏によぎるものがあった。

 

―――吹雪、出撃します!

―――はい、司令官。

―――私も最前線で戦いたいんです!

―――私、信じて待っていますから・・・

 

 

提督(吹雪―――!)

 

金剛「・・・提督?」

 

提督「―――お前達を、死地に追いやっている。平時なら殺人教唆で刑務所行きだな。戦争だからこそ許されているのかもしれない。でも・・・」

 

金剛「・・・。」

 

提督「俺達は軍人だ。艦娘達も含めて。軍人と言うのは、誰かの命を仕事で奪うんだ。それは、人間が最も野蛮な一側面であり、それを制度化したものだからだ。確かに人々は、軍隊を勇ましい存在だと賛美している。だがそれは虐殺者の集団だ、そんな小綺麗なもんじゃない。」

 

鈴谷「・・・そうだね。この手はもう血に汚れてる。深海棲艦達を一杯沈めてきた。提督の命令だもんと思ってたけど、よく考えたら―――そうすること自体、本当は、あっちゃいけないんだね。」

 

提督「そう、戦争なんて、やらない方がいい。でも人は相争う生き物だ。自分の好都合は他人の不都合だという事を理解しようとしない者達が、自分が好都合な為にその不都合を打破し押し付ける。我々は今、その真っ只中に身を置かされた存在だ。そして様々なものを失ってきた。」

 

金剛「―――!」

 

直人の顔をまじまじと見ていた金剛は驚いた。

 

彼は―――泣いていた。

 

とめどなく溢れだす涙が、彼の膝を濡らしていく。

 

提督「仲間と、家族と、周りの人達との絆。ごくごく普通の生活が、俺にとって、何よりもかけがえのないモノだったと気づいた時、俺は自分がなぜこんなところでこんな事をやってるんだろうと思った―――自分の手を血に染めてでも守らなきゃいけないものって一体何なんだ? そんな答えを、出せる奴なんていない。」

 

鈴谷「提―――督・・・。」

 

提督「自分の手を、誰かの手を、血に染めさせてまで、俺達は何を護ろうって言うんだ? その挙句、誰かの事を、犠牲にしてまで―――!」

 

2人「「―――!!」」

 

二人は気付いた。あの出来事が、直人の硬い決意に、少しずつ亀裂を入れていたのだという事に。

 

提督「吹雪―――ッ!」

 

第三次アリューシャン海戦で起きた、直人にとっては初めての出来事―――“轟沈”。彼はこの時初めてその喪失感と敗北感とを味わった。そしてそれは、現実と言う名の神が突き付けた、彼に対する命題でもあった。

 

“お前が護ろうとしているもの、それは誰かを犠牲にしてまで守るべきものなのか?”

 

―――人の未来を護る。

 

よく口にされる言葉である。同時に大義名分でもあり、人類が生きる未来を護る、これは“聖戦”なのだと言うのが、一般的な言い草だ。勿論これは公式なプロパガンダではないのだが。

 

一見すれば分かるほどの綺麗事である。しかしこの綺麗事を信じて戦っている者も居る。勿論彼も、信念の上はその気持ちで戦ってきた。しかしここに来て、吹雪を喪ってこの方、彼がずっと悩みに悩んだ命題であった。

 

金剛「―――でも、提督を私が助けなかったら・・・。」

 

鈴谷「金剛?」

 

金剛「今頃提督は海の底ネ。確かに、助けなければこんな事にはなってなかったかも知れないデース。」

 

鈴谷「金剛、何を言って―――」

 

金剛「でも!」

 

2人「「―――!」」

 

金剛「私は後悔してないデース。本当の事を言えば、私はあの時、余り人目に付かないようにと指示されていたネー。でも、目の前で襲われている人を助けないのは、私達艦娘の名折れデース!」

 

鈴谷「金剛・・・。」

 

提督「・・・。」

 

金剛「それに日常は、その環境によって姿を変える。違いますか?」

 

提督「―――!」

 

金剛「私にとっての日常は、提督とこうして一緒に居る事ネ。それでいい。それだけで、私は十分以上に幸せだから・・・。」

 

提督「金剛・・・。」

 

鈴谷「・・・そうだね。私だって、提督と一緒に居たいから、時に戦場に行っても、自分を見失わずにいれる。提督は、そうじゃないの・・・?」

 

鈴谷のその言葉を聞いた時、彼は確かに思い出した。戦い始めたときに想い、そして忘れかけていた、彼の戦う理由を。

 

提督「―――そうだったな。世界の為とか、未来の為とか、俺達がしてきたのは、そんな事じゃなかったな。“ここにある今”を護る為に、戦ってたんだったな。」

 

金剛「そんなガラにも無い事考えるなんてらしくないネー!」

 

鈴谷「そうそう! 提督は私達のものでもあるんだからね?」

 

提督「いつから俺はお前達の私有物になったよ。全く・・・」

 

直人は苦笑しながらそう言った。が

 

提督「そうだった。おかげで思い出したよ。何の為に戦っていたのか。俺はもう、“何も失わない為”に戦うんだ。お前達も、この場所も、俺が手にする全てのものは、俺のものだ。だからついてこい、俺の為にな。」

 

金剛「勿論デース! 地獄の果てまでお供するネー!」

 

提督「お前達が地獄に行くのは困るな、ヴァルハラに共にゆかにゃ。」

 

鈴谷「そう言う事なら、死んだ後は、ヴァルハラ制覇だね?」

 

提督「マジかいな。だが、悪くない。」

 

言いながら、半ば本当にそう思う自分がいたのだった。

 

こいつらと一緒なら、地獄でもヴァルハラでも制覇出来る、そう彼は思ったのである。

 

提督(そうだ・・・深海だろうが艦娘だろうが何だろうが―――救うんだ、俺の手で。今なら、それが出来る。俺達皆で、俺達皆のものを救うんだ。それが結果として、世界を救う事に繋がるに違いない。)

 

日常とは、その場にいる全員の“所有物”に他ならない。その日常を守るとは即ち、艦娘達を喪わない事に通じているのである。そしてその日常が戦闘中に波及すれば、その敵さえも救う事になる訳である。

 

提督(世界平和なんて言うつまらんお題目に付き合うつもりはないが、俺は、俺が護りたいと思ったものの為に戦おう。それを俺のものにする為に戦おう。俺が手放さずに済むようにする為にこそ、戦おう。最後まで―――)

 

揺らいで崩れかけていた決意が、再び一つに収束する。それは彼に再び、強い意思を取り戻させ、彼が固めた決意を思い起こさせたのである。“護る”のではなく“喪わない”ように、そう固く誓ったのは、他ならぬ提督自身であったのだから―――。

 

提督「さて・・・飯にするか・・・と言いたいけど、作るのメンドクサイ・・・。」

 

鈴谷「まだ食堂空いてるよ?」

 

提督「動きたくないで御座るぅ~・・・。」

 

金剛「相当疲れてるネー?」

 

提督「過重労働だー。残業代くれぇー・・・。」

 

鈴谷「・・・提督業に残業代とかあるの?」

 

金剛「無いネ。」

 

提督「お慈悲を~・・・。」

 

金剛「無いネ。」

 

提督「しょんなぁ~・・・。」(´・ω・`)

 

鈴谷「・・・!」キュピーン!・ω・

 

金剛「?」

 

鈴谷「仕方ないなぁ、私が軽いもの作ってあげる♪」

 

提督「え、マジ?」

 

鈴谷「私からの残業代♪ ありがたく受け取っときなさいな!」

 

提督「・・・アイマム。」

 

鈴谷「フフッ、金剛、手伝って!」

 

金剛「OKネー♪」

 

結局、直人はその残業代を、2人の軽食と言う形で受け取るのであった。

 

 

~その後~

 

<ギブアンドテイクだよぉ~♡

<お覚悟ネ~♡

<うにゃああああああああああああっ!!! あっ♡

 

いつものオチが付きました。襲われて意思は抵抗しても体は正直なのであった。

 

提督(疲れてるのに勘弁してぇ~・・・)

 

涙目ながらに思う直人なのであったが流されるままに身を委ねてしまうのだった。

 

 

 西方作戦の前、すったもんだあった直人の身の回りだったが、その結果として、彼は決意を新たにした。その後の彼に見られる不屈の意思は、この様な経緯で生まれたものだった。これ以降、直人は悩む事は無くなった。悩む必要が無かったからである。

 護るという事は、何かに対してそれに代わる責任を負うものだ。それは提督が負うには重すぎる重責であり、彼にそれを背負うつもりはなかった。彼が志したのは、彼が持っていたものを取り戻す、ただそれだけである。

ありとあらゆる彼が失った物。もう戻ってこない物もありこそすれ、それでもこの手に留めて置けるものなら、彼はそれら全てを取り戻す。

彼はそう決め、新しいものを手にする事によって、もう戻ってこないモノの隙間を埋めようとした訳である。

 結果として、彼は護る事を放棄したと言える。彼を、何かを護る為に動かすのが上の仕事だと割り切り、その命令に従い、彼も本懐を遂げる。知られざるギヴアンドテイクが成立した訳である。これを以て、彼はこの戦争に意味を見出したともいえる。

 そして発動される作戦名―――『第十一号作戦』に於いて、彼が関与するのは、その攻勢をプラフとした欧州・東亜連絡作戦―――“東京急行”と比喩されるそれの第二便の受け取り手としての役割であった。

当然この機密事項は、一般には通知されない。即ち誰の手も借りないアラビア海への潜行作戦である訳である。

困難な事は百も承知。危険な事も百も承知。重要な事さえも承知の上。ただ重要であるから、彼らは赴く。元よりそういう艦隊であればこそである。でなければ、彼らがそこにある意味が無くなるからである。そして、やるからには勝つ。かつての第一回の経験を活かし、万全を期す。それが彼の信条であった。

 2054年4月20日、横鎮近衛艦隊がサイパン島を出撃する。目的地はマレー半島西岸・ペナン島秘匿基地。横鎮近衛艦隊の旅路は、まだ険しく、長い・・・。

 

 

~次回予告~

 

4月25日に発動された第十一号作戦。

その深海側に生じた混乱に付け込む形で、横鎮近衛艦隊がペナンを出港する。

目的地は英領インド洋地域。

それは彼にとって、ある意味に於いて最も過酷な戦いとなった!

『―――私は、お前の闇を見る事が出来る。』

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部13章『闇を覗く者—発動、第十一号作戦!—』

艦娘達の歴史が、また一ページ・・・




艦娘ファイルNo.132

最上型重巡洋艦 三隈

装備1:20.3cm(3号)連装砲
装備2:零式水上偵察機

最上型重巡洋艦最後の1隻。
装備が3号砲である以外に変わりはない。


艦娘ファイルNo.133

朝潮型駆逐艦 山雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

おっとり系な朝潮型駆逐艦。
朝雲とペアを組むがそれ程特別な点はない。


艦娘ファイルNo.134

朝潮型駆逐艦 朝雲

装備1:12.7cm連装砲
装備2:61cm四連装魚雷

しっかり系の朝潮型駆逐艦。
山雲と対になる存在だがペア組んでも普通に普通である。


艦娘ファイルNo.135

朝潮型駆逐艦 荒潮改

装備1:10cm連装高角砲
装備2:10cm連装高角砲
装備3:13号対空電探

気づけば2年程前に局長が拾ってきた深海棲艦の残骸から判定で着任した艦娘、荒潮。
それが遂に建造された事によって改めて正規の艦娘として着任した。
元より改なのは特異点ではなく、いざという時の切り札として訓練されていた為である。


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第3部13章~闇を覗く者—発動、第十一号作戦!—~

どうも、天の声です。2日ほどお休みを頂きました。

青葉「どうも恐縮です! 青葉です!」

いやー、興味深いボカロ劇場と出会いまして、そちらの方にも時間を割いておりましたが、プロットは完成しておりますので御安心下さい。

※ご興味がある方はようつべかニコ動で“茜とひかりの見る空は”で検索してください。

青葉「尺長すぎですよあれ。」

言うんじゃない。俺も理解するのと自分の中で納得するのに時間かかったんだから。

青葉「あっ、はい。」

まぁ、今回と次章までは一応予定調和という事になりまして、次章で第三部は終了です。その後閑話休題も挟みまして、第四部という形になりますが、第四部からは作風を変えます。

青葉「どうなるんです?」

大凡の艦娘は出し終えてしまったので、第四部以降は艦娘の編入が伴う部分とストーリーに必要な部分のみを切り取って構成します。なので話の連続性よりは、ストーリー自体の進行度を優先する、という形にシフトします。

青葉「成程、そう言う事ですか。」

と言うのは私自身ちょっとネタ切れ気味でして、あと尺も長くなるにつれ、追いかけて下さる読者さんの方を自然と取捨選択する形にもなってしまっているので、ここで方向性を変えようかなと思い立った次第です。

???「時には思い切りの良さも必要ですよね!」

青葉「えっ、どちら様ですか?!」

???「中々声がかからないので、あかり、待ちきれなくなっちゃいました。」

あー、今回ゲストとして呼んでた紲星あかりちゃんだね。たまにはこういうのもアリかなって。

あかり「青葉さんは初めましてですね。」

青葉「そ、そうですねぇ・・・どこから連れて来たんです?」

メタい事言うと中の人が好きなだけだよ。
※中の人が契約していると言う訳では無く、中の人の普段のVCも肉声メインです。

青葉「ホントにメタいです。」

あかり「あ、すみません。途中でお話をとぎってしまいましたね、続きをどうぞ、マスター?」

あ、うん。
 話の連続性を見ておられる方がいらっしゃった場合、第四部以降は御不興を被るかもしれないと思いまして、今回の前書きで解説代わりにご説明差し上げた次第です。
これまで自分自身、そう言った話の連続性を重視してはいたのですが、何分どこでどう絡み合わせようかとまでは自分でも考えておらず、その点しどろもどろになりながらどうにかここまでやって来た訳です。

 勿論日付が断続する事もありますし、後出しのような形が今後増えるかもしれない、と言う事だけでも頭に入れて頂ければそれで大丈夫です。
もう一つ付け加えれば、横鎮近衛艦隊の強さが、今作中に於けるパワーバランスを加味しても際立って高く、並大抵の艦隊では相手にもならない可能性の方が高いから、と言うのも理由の一つではあります。

 駆逐棲姫や南方棲姫と言った優秀な姫級が指揮するなら或いはと言うレベルですので、正直戦闘描写と言っても単調で面白味も無い場合がもしかしたらこれまでにもあったかもしれません。
その場その場の戦略的要件は変えながらやってはいるのですが・・・そうであったら申し訳ないと思います。

青葉「あなた自身は、パワーバランスを全体的に見ながらやっているのですよね?」

 そうだね。勿論パワーバランスだけじゃなくて、サイパンの地政学的戦略性の高さを生かす為に、艦隊の戦力として戦略性の強いモノを投入したりはしているし。例えば空挺部隊や戦略爆撃機なんかがそのいい例。
ただ、それらは使用用途が限定される、本当に戦略目的の部隊で、実際に強いかと言えば、強いけどすぐ切れるカードじゃないってのが本音の所。

 つまり艦隊に於けるパワーの方が重要なんだけど、前々章の時も提督無しで駆逐棲姫や南方棲姫の挟撃を2時間にも渡って凌いでいたように、艦隊自体決して弱くはなくて、そこに提督が加わっている事で一つにまとまっているようでも、実態的に言えば、他の艦隊とは比べ物にもならない位、全体としての練度も兵力としての質も高い。
姫級、それも頭の切れる個体でなくては、彼らに打ち勝つのは難しい。

それこそ不意に遭遇するような小規模梯団だとか、ほっぽちゃんの取り巻き程度で勝てないのは自然なこと。

 でもそれが今後何度も起こりうるとしたら、それは画一的になり過ぎ、読者様にとっても面白くないのではないか。何れ飽きる物を書く必要は、何もありはしないのだと言う結論に至りました。

 長々と理由の方を書き連ねましたが、理由としては以上となります。
要約すれば
・全体のストーリーとして不要な部分を削り効率化したい
・戦闘に幅を持たせたい
 ⇒その為に勝ち確ゲーをそぎ落とす
・尺が長くなるにつれ、読者の数が一定になっている為、その“一定層”のシェアを取る
の、3点です。

あかり「綺麗に纏める事が出来ましたね、マスター!」

青葉「距離感近いですね。」ムッ

まぁまぁ。綺麗に纏めた所で本編行っときますか。
以上ご報告とさせて頂きます。今からのご理解の程を宜しくお願い致します。

因みにこの章までは話は連続していますが、テストタイプとして次の章はこの章から話が飛ぶ予定です。
ではスタートコールはせっかくだしあかりちゃんにやって貰おう。(カンペの合図)

あかり「あっ!? えっと、分かりました!」

青葉(これは無茶振りィ♪)

あかり「えっと・・・はい、行きます!」

第3部13章、始まります!


~前回までのあらすじ~

 

 2054年に入り、アルウスの亡命やらヒューマントレーダーの検挙やら、ソロモン諸島での度重なる激闘に北方海域への遠征、端的に言っても、酷使に酷使を重ねられている感の強い横鎮近衛艦隊。

数度の激闘を経て戦力を増大し続けてきた彼らであったが、その一方で提督の葛藤やらなんやらですったもんだもあり、艦隊創設2周年の節目を迎えた。

直人も、他の艦娘達も、徐々に心の葛藤に整理を付け始め、深海棲艦隊との和睦の芽は、徐々に出始めていた。

 再び行われるベンガル湾および東インド洋正面への大攻勢、そこで横鎮近衛艦隊は特命を受けて出動する事が内示された。

 だがその一方で、金剛と鈴谷による、提督の|My(マイ) |Son(サン)に対する脅威は、深海棲艦と同等か、それ以上に、日に日にその脅威度を増しつつあるのであった。

 

 

4月17日午前10時02分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「作戦内示が遂に公式化されたか。」

 

大淀「はい。作戦開始期日は、この文面のみでは明かされていませんが。」

 

提督「成程な。我々は味方の初動による混乱に乗じる必要がある。どの位混乱させられるかが勝負だが・・・。」

 

大淀「余り期待されない方が宜しかろうとは思いますが・・・。」

 

提督「いや、それは駄目だ。一般的な艦娘艦隊が我が艦隊より実力で劣るとはいっても、今回はそれを信用しなければ、我々も危ないのだからな。」

 

大淀「失礼しました!」

 

提督「分かればよい。」

 

その手に“第十一号作戦”の作戦内示書を手にしながら直人は言う。

 

 

大海令89号

発:艦娘艦隊大本営

宛:艦娘艦隊諸基地司令部

 

『第十一号作戦』の発動を正式決定す。

各基地司令部は命令書を開封した後、記載のX日を以て作戦を実行出来るよう、関係各所及び隷下艦娘艦隊に下令せよ。

なお、以降の通信は戦時回線のみを用い、暗号化は必須とす。

 

 

提督「で、これがその“諸基地司令部”に渡っている筈の、作戦内示書な訳だがね。俺はもう何日も前に貰って読んだ。期日は4月25日―――。さて、準備を始めるとしよう。後発組なだけその分余裕もある。仮泊設備等々もしっかり準備するとしよう。」

 

大淀「承りました。」

 

金剛「Oh・・・? 積み荷を回収するだけネー?」

 

提督「なーにを今更。その為に検討もさせたろうが。」

 

金剛「なんで“仮泊装備”なのデース?」

 

提督「一つは長丁場が確定な事、もう一つはディエゴガルシア島自体が泊地として適している事。もう一つ―――」

 

金剛「・・・?」

 

提督「仮拠点化した方がお前達も休みやすかろ?」

 

こう言う所で人道提督の本領発揮である。

 

提督「そう言う事だ、分かるな?」

 

金剛「そうデスネー。」

 

提督「準備は万全に、特に今回はな。それに―――」

 

金剛「・・・?」

 

提督「今後あるであろう、大遠征の為にもな・・・。」

 

金剛「何かあるネー?」

 

実はこの時、直人はある大規模な作戦について、密かに研究するように命じられていた。その規模は今回の、横鎮近衛艦隊の行動を含めた総規模より遥かに大きな、過去最大規模の大作戦であったが、今するべき話ではないだろう・・・。

 

提督「―――さぁな。」

 

金剛「ンー? 提督が私に隠し事って珍しいネー?」

 

提督「仕事するぞ。」

 

金剛「ムー。」

 

結局金剛にも、この事は話をしなかった。実際には彼の私室には金庫が一つあり、その中に膨大な書類があったのだった。

 

提督「大淀、次の書類を。」

 

大淀「はい。資源補充に関する決裁書です。」

 

提督「大迫さんか、出さんと怒られそう。」

 

大淀「その通りですね。」

 

提督「へーへー。」

 

 

ウ~~~~~~~~・・・

 

 

提督「警報だと、状況を確認しろ!」

 

金剛「OK!」

 

大淀「はいっ!」

 

金剛と大淀が状況確認に飛び出し、直人も窓の外を見た。

 

提督「空襲警報だと・・・?」

 

久しく鳴らなかった空襲警報。尤も、2回ほど機器のメンテ中に誤作動した事はあったが。

 

 

ピーッ、ピーッ、ピーッ

 

 

提督「ッ!」

 

卓上のホログラムツールが着信を告げる。見ると発信元はグァム島だった。

 

提督「―――こちら提督執務室。」

 

アイダホ「“提督か、良かった。深海棲艦の空襲だぞ! 誤報ではない。”」

 

提督「敵だって? 一体どこから?」

 

アイダホ「恐らくニューギニア方面だ、大型機の編隊がそちらへと向かっている、こちらも敵艦載機群の攻撃を―――」

 

そこで通信が途絶えた、恐らく通信設備を破壊されたのだろう。

 

提督「まずいな。」

 

すぐさま直人は全島通信に切り替えて呼びかけた。

 

提督「サイパン島在地全部隊に告ぐ。空襲警報は誤報にあらず。繰り返す、空襲警報は誤報にあらず! 航空隊は直ちに緊急発進(スクランブル)、防空砲台は各砲台陣地ごとに射撃管制の指示を待て! なお、グァム島に敵艦載機の来襲ありとの急報あり、周辺海域に対し索敵攻撃の実施も用意せよ!」

 

大淀「“提督!”」

 

続けてインカムで大淀から通信が入る。

 

提督「大淀は敵戦力の把握に努めろ、金剛は艦隊を率い即時出撃だ! 急げ!!」

 

金剛・大淀「「“了解!”」」

 

金剛にもついでに指示を出し、航空部隊及び第一水上打撃群が緊急出撃した。

 

柑橘類「“にわかに忙しくなってきたな、管制塔のレーダーも捉えてる。”」

 

提督「規模はなんぼのもんじゃい?」

 

柑橘類「“今回は厳しいな。数およそ950、全部高度1万以上だ。第二梯団が1000以上、やはり高度は1万を超えてる。要撃は今からだと難しいぞ。距離が既に300kmを切ってる。”」

 

提督「分かった。」

 

柑橘類「“提督!”」

 

提督「どした~。」

 

柑橘類「“お前んとこの艦載機も出して貰えないか。”」

 

提督「噴式震電か?」

 

柑橘類「“頼む。”」

 

提督「・・・分かった。出そう。」

 

柑橘類「“本当に助かる。”」

 

提督「何、埋め合わせは今度して貰うぞ~。」

 

柑橘類「“やれやれ、こりゃ頼むんじゃなかったかな?”」

 

提督「もう遅いからな。」

 

柑橘類「“わーってるよ、ホレ、早くしな。”」

 

提督「任せろ。」

 

軽口を叩きあいながらの会話を終え、直人は執務室を飛び出し、鈴谷の艦首格納庫へと向かった。

 

 

10分後、西沢広義中尉の率いる『紀伊』艦戦隊180機が全機展開し、蒼空を駆け上がっていく。

 

提督「久しぶりやなホンマ。」

 

金剛「“第一水上打撃群、出撃するネー!”」

 

提督「健闘を祈る。」

 

鳳翔「“基地航空隊、展開を開始しました!”」

 

提督「柑橘類中佐は?」

 

鳳翔「“改装疾風丙型で出撃しました!”」

 

提督「まぁそうなるだろうな・・・。」

 

柑橘類中佐は指揮官機として配備された四式戦闘機『疾風』一型丙に乗っているが、その武装はドイツから以前提供された機関砲によって互換されているのである。

 

即ちホ-155 30mm機関砲はMK 108に、ホ-5 20mm機関砲はMG151/20にそれぞれ換装されているのである。そんな強力な機体を余しておく事を柑橘類中佐が良しとする訳もなく、従って直人も柑橘類機が離陸する事は読めていた。

 

提督「勝てるとは思うが、被害は想定しないとな。」

 

鳳翔「“油断なく参りましょう。”」

 

提督「そうだな。」

 

 

戦いは苦戦を強いられた。

 

グァムで先に捉えたとはいっても自己の要撃に手一杯となった講和派深海棲艦隊の支援が望めず、しかも高高度を飛行する敵の迎撃は困難を極めた。タイプはよりにもよってB-29 スーパーフォートレス(ベア)であり、高高度性能に秀でる敵機に対し、対抗できるのは最早噴式震電改二しか無いというのが現実だった。

 

しかし紀伊戦闘機隊は奮戦を重ねた。この高度でも水平最高速790kmにも達する高速機は、ジェット機であるという事を十全に生かして敵の迎撃を効果的に行った。これにはさしもの敵機も混乱し編隊を乱し、後続の到着までの時間を稼ぐ事に成功した。

 

柑橘類中佐の疾風を初めとする要撃機は、散り散りになった敵編隊に中隊毎に襲い掛かり、瞬く間に戦場は火球がちらつき始めた。

 

この時点で戦場に到着したのは紫電改と疾風のみ、零戦五四型と屠龍丙型、合わせて160機が未だに上昇中であった。

 

 

10時42分 司令部前トンネル内・防空司令室

 

提督「“管制塔、敵編隊は防ぎきれそうか?”」

 

管制塔「“かなり厳しそうです。漸く屠龍と零戦が第二梯団と会敵した段階ですので・・・。”」

 

提督「“そうか・・・。”」

 

横鎮近衛艦隊の司令部から飛行場までは地下式のトンネルで直通されているが、このトンネルは何度か空襲を受けた経験から拡張され、防空壕として本格的に機能するように横穴が掘られていた。

 

大淀「提督、間もなく、高射砲台の射程距離です。」

 

提督「“・・・上空の各部隊長機に対して、注意するようにこちらから伝える。”」

 

大淀「分かりました。」

 

高射砲台に配備されている火砲は、艦艇用の四十口径八九式十二糎七高角砲が主体だが、これはあくまで中高度付近までの話、今回のように進入高度が高い場合、陸軍の高射砲の出番と来る訳である。

 

その主力は数少ないB-29に対抗できる高射砲であった三式十二糎高射砲を初めとし、九九式八糎高射砲、十四年式十糎高射砲、四式七糎半高射砲がその中核を担う他、防空能力強化を図って中央に掛け合った結果、紀伊用のものとして以前開発され、今回追加で送られてきた、五式十五糎高射砲が僅かながら配備されているのだ。

 

これだけでも、このサイパンが内南洋の試金石として直人の手で要塞化されている事が良く分かる。防空砲台もその数179か所、しかも狭い島内である為、地下式の弾薬庫とトンネルで結んで狭い範囲に数個のものを集約させた密集態勢である。これにより砲火をより集約する事が可能ともなるのである。

 

提督「“だが、陸軍高射砲の配備されている砲台は92か所しかない。それに179か所とはいっても、沿岸砲を兼ねた高角砲である場合もある。その数でさえ42か所、何とも言えんな。”」

 

大淀「射撃管制を行いましょう。」

 

提督「“そちらは頼む、俺も艤装の高射砲を活用する事としよう。折角動かしてるんだ、使わにゃ損だ。”」

 

大淀「そうですね。」

 

大淀はそれ程危機感を覚えていた訳ではない。勿論緊張はしているが、いつもの調子の、あの提督がいればと言う想いがあった。

 

大丈夫、きっと何とかなる―――大淀もそう信じて疑わなかったのである。

 

 

提督「要撃中の各機へ、もうそろそろ高射砲が撃って来るぞ、留意せよ!」

 

言いつつ彼も高射砲の狙いを定める。紀伊と砲台に配備されている五式十五糎高射砲は、射高19,000mを誇る日本陸軍最強の高射砲であり、これをウルツブルグレーダーと連携させる事により高い射撃精度を叩き出すようになっている。

 

提督「投弾前に落とせるかな・・・。」

 

そう言う間に、サイパン島南端の高射砲台が射撃を開始、それに呼応するように紀伊も、射程に入った高射砲台も順に対空砲火を撃ち放つ。度重なる防空戦闘によって大幅に高度を落としている敵機も少なくなく、そう言った相手を、八九式高角砲が迎え撃つ。

 

提督「敵爆撃進路、基地司令部施設! 関係各所の人員は速やかに退避せよ、急げ!!」

 

レーダー標定しつつそれを見破った彼は、すぐさま避難指示を出す。

 

最早島の各所から猛り狂った様に砲弾が吐き出される。敵編隊は予想をはるかに上回る弾幕を前にして編隊が大きく乱れ、投弾コースを取り直そうとするものが続出、それをしなかったのは、撃墜された機体のみであったほどであるからそのし烈さが窺い知れるだろう。殊にレーダー標定された紀伊の高射砲によって立て続けざまに敵機が撃墜される様は、島中で快哉を叫んだ程である。

 

100年以上前のあの日とは大違いの物量。

 

それが、サイパンにはあったのである。

 

 

―――結局、防ぎ切る事は出来なかった。

 

圧倒的な機数で迫る敵爆撃編隊に対し、猛烈な対空砲火で応じたサイパン島だったが、損傷による投棄した爆弾や、当てずっぽうに放たれた爆弾が島内に多数弾着、被害こそ絨毯爆撃されるよりマシであったが、沿岸砲台の42か所、防空砲台の38か所を初めとし、多数の損害を生じた。重巡鈴谷も爆撃の標的となったが、ドックに係留されていた為に鈴谷自身に被害が及ぶことはなかった。

 

だが鋼材貯蔵庫に爆弾2発が直撃し、資材が失われたのは無視出来る事では無かったと言える。他にも造兵廠の施設にも損害が及び、ドック2機が使用不能、更に造兵廠建屋にも1発が直撃し、機材の一部を焼失してしまったのである。

 

一方で出撃した第一水上打撃群は敵機動部隊を発見する事が遂に出来なかった。緊急出撃しグァム東方に展開したまでは良かったものの、索敵機が敵発見の報告を齎す事は、遂に無かったのであった。

 

 

提督「―――そうか。出撃中の全部隊は帰投せよ。」

 

金剛「“了解ネ。”」

 

提督「はぁ・・・。」

 

大淀「大丈夫ですか?」

 

提督「俺は大丈夫。しかし出撃前だってのに大変な事になったな。」

 

大淀「戦いは相手があっての事ですから。」

 

提督「そうだな。」

 

大淀「被害と戦果の集計はもう暫く御待ち下さい。」

 

提督「うん、正確に頼む。」

 

大淀「お任せ下さい。」

 

飛龍「ありゃー、派手にやられちゃったね。」

 

提督「そうだな。」

 

今直人がいるのは鋼材貯蔵庫の前である。資材の貯蔵は普通にインゴット方式であり、燃料は当然液体なので、隣の燃料貯蔵庫に被弾しようものなら大変な損害が出る所だったのである。

 

提督「燃料タンクの隣に着弾させんなよなぁ・・・。」

 

直人がいる所は入り口前なのだが、その入り口から見て右側の3階部分が崩落していた。

 

飛龍「タンク凹んでるよ提督・・・。」

 

提督「そうなんだよね、もうちょっとで穴空くかも知れなかった。」

 

弾片防御仕様にしておいた燃料貯蔵タンクでも冷や汗ものの至近距離で爆発したのであった。

 

提督「損害復旧にどの位掛かるかな。」

 

明石「ま、長いと1ヵ月ですかね。」

 

提督「おっ、明石か。」

 

声を掛けられて見ると明石が妖精さん達を率いてやって来た。

 

提督「造兵廠の修理?」

 

明石「いえ、まだ補修レベルです。」

 

提督「と言うと?」

 

明石「建屋の損傷が酷くて、とりあえず補修しないといけないんです。本格的にやろうと思うと時間が・・・。」

 

提督「そうか・・・。」

 

明石「では失礼しますね。」

 

提督「ご苦労様。」

 

軍帽を被り直して鋼材貯蔵庫に入る明石達を見送る直人であった。

 

大淀「ところで、出撃は予定通り?」

 

提督「当然だ。この程度で出撃を先送りにしたとあっては、敵の思う壺かもしれん。」

 

大淀「我々の攻勢が、見破られているという事ですか?」

 

提督「可能性として否定しがたい話だ。我々がここから出撃している事は深海棲艦も知ってて然るべきだ。それも鈴谷という特徴的な兵器を有するのだから。そこで先手を打ってきたとしても不自然はない。予定に変更はない。鋼材に関しても問題は無いからな。」

 

大淀「分かりました。では失礼します。」

 

提督「うん、そちらは任せたぞ。」

 

飛龍「航空隊の損害については聞かないの?」

 

提督「中佐からもう聞いたよ。」

 

要撃に出た基地航空部隊は、その総数527機の内73機を喪失した。この内搭乗員の死者32名。まだ損害としては少ない方と言える。

 

飛龍「柑橘類中佐も仕事が早い~♪」

 

提督「と言うかまだ手伝ってたんだ?」

 

飛龍「鳳翔さんだけだと、何かと大変そうだしね。」

 

提督「確かにそうだな・・・。」

 

基地航空部隊をその指揮下に持つ鳳翔だったが、1000機を超える航空部隊ともなれば、やはりその管理にかかる労苦は並大抵ではない。

 

誰かが手伝わなければ今頃鳳翔も過労で何度となくぶっ倒れている所である。

 

 

が、ここで一つこの空襲の後日譚があった。と言うのはその2日後、実は柑橘類中佐機の残骸がサイパンに打ち上げられたのである。

 

4月19日15時22分 造兵廠近くの海岸

 

提督「どういう事なの・・・。」

 

柑橘類「・・・。」

 

飛龍「その、メンツが立たないから黙って置いてくれと・・・。」

 

提督「言うてる場合かと。補充の手配もせにゃならんと言うに。」

 

柑橘類「すまん・・・。」

 

提督「今後こう言うのは無しにしてくれ。ちゃんと撃墜されたら機材補充の申告をしてくれよ。」

 

柑橘類「分かった。」

 

柑橘類中佐機が撃墜されるというのも珍事だったが、それを面目が経たないという理由で隠匿しようとするのも前代未聞だった。

 

まぁ今回限りということで直人も不問に付しこそしたが、出撃の前日という事もあり多忙を極める中での出来事であった。

 

 

翌、4月15日8時15分、横鎮近衛艦隊は鈴谷に乗船しサイパン島を出撃した。目的地は勿論マレーシア・ペナン島である。ここを経由地として、いよいよ彼らの作戦が開始されるのである。

 

 

4月16日9時27分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「何、ソナーが動かない!?」

 

その知らせがもたらされたのは出航から丸24時間が経過した後であった。

 

ソナー室「“空襲の際どこかに影響があったのかもしれませんので、今点検中です。”」

 

提督「動かして見んと分からんもんか・・・急げよ。」

 

ソナー室「“ハッ!”」

 

提督「マジか・・・。」

 

明石「いきなり幸先が悪いですね。」

 

提督「対空電探が衝撃でぶっ壊れたってのは報告で聞いて修理も終わってた筈なんだがな・・・その時報告が上がらなかったというのはなぁ。」

 

明石「あの時は完全に入渠中でしたから、ソナーは動かしてませんでしたし―――。」

 

提督「それはそうだな。釜に火が入ってただけ幸いってものだ。」

 

出撃準備中だっただけに、空襲の際鈴谷のボイラーは駆動していた。発電させないといけないからである。

 

提督「点検修理を急がせることにしよう。それ以外どうしようもない。」

 

明石「それまで水偵を飛ばしますか?」

 

提督「そう言えば零式水偵一一型乙を航巡仕様で多めに積んだんだったな。ではそれで行こう。」

 

明石「はいっ!」

 

数分後、飛行甲板がにわかに忙しくなり、4機の水偵がカタパルトから発進する。ソナーが使えない代わりの対潜哨戒と言う訳である。今回鈴谷は飛行甲板を搭載して航空巡洋艦仕様になっており、前述の水偵8機と、瑞雲3機を搭載している。

 

武装はその分門数を重視し、15.5cm三連装砲を3基前甲板に装備している。

 

提督「やれやれ、やたら原始的になってもたな。」

 

明石「えぇ、そうですね。」

 

提督「ま、しゃぁない。割り切り大事。」

 

明石「はい。」

 

提督「さてと・・・作戦資料読むか。」

 

明石「あ・・・はい。」

 

明石は艦橋で直人を見送った。直人も忙しいのだ、と言う事を彼女も識っていた。

 

明石「・・・。」

 

しかし明石は、最近思う。

 

―――なんだかちょっと、寂しいですね。

 

 

10時02分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・。」

 

直人が向き合っている机の上には、乱雑に置かれた様々な資料があった。潮流図や島々の位置を示す地図、様々な海域の海図や、敵の予測されている展開状況、過去の情勢にそれに伴う今日までの影響、挙句は気象やその周期・傾向などを示す資料や時差等の資料など詳細に渡る各種資料が並んでいた。

 

提督「・・・やはり、情報が古い。どれも1年近く前のものだ。近況は殆ど無い。」

 

ふと、直人は言葉を漏らした。

 

提督「SN作戦から時も経った。最近の情報が無いと言うのでは話にならんからな。」

 

SN作戦、日本自衛軍最悪の作戦として記憶に新しいこの作戦からも既に1年近くが経過しようとしているのだ。時と言うのは存外経つのも早いものである。

 

提督「・・・イクが戻るのを、待つしかないか。」

 

直人は密かに第一潜水戦隊に密命を与え、とある海域に広範囲に渡って展開させていた。これを知るのは大淀と金剛だけである。

 

提督「それまでは、何とかこの手元にある資料だけで検討せねばならん訳だ。」

 

[軍機]の朱印が押された、作戦要綱書の表紙に名前はない。その軍機のベールに包まれた作戦とは・・・。

 

 

難題を抱える直人を乗せた重巡鈴谷が、ペナンに到着したのは4月27日、ペナン時間2時05分の事だった。サイパンからはマイナス4時間である。

 

その埠頭にこれといって人影はなかったが、鈴谷は無事入泊する事が出来た。

 

4月27日ペナン時間2時08分 重巡鈴谷艦上

 

提督「相変わらず夜も蒸し暑いな。」

 

大淀「一度ここで補給を済ませまして、リンガから派遣されてくる担当官から説明を受ける事になってます。」

 

提督「そうだな、作戦自体は既に2日前に始まっている。」

 

スマトラ時間4月25日0時丁度(日本時間2時丁度、サイパン時間3時丁度)、第十一号作戦は予定通り発令、横鎮近衛艦隊はこの時フィリピン諸島を抜けるべく航海の途中にあった訳だが、その発令から既に、48時間が経過していた訳である。

 

提督「大淀、リンガ司令官宛打電。“受取人は指定地に着いた”と。」

 

大淀「分かりました。」

 

大淀が急ぎ足で直人の元を後にした。その後直人もそそくさと艦内に入り、自室に戻ったのであった。

 

 

ペナン時間午前5時、担当官がヘリでペナンを訪れた。鈴谷側では水偵の一部を陸揚げして着艦スペースを確保、また一部を射出する事で哨戒を兼ねさせた。

 

5時07分 重巡鈴谷後檣楼基部・貴賓室

 

提督「遠路遥々、ようこそ。さ、お掛け下さい。」

 

副官「ハッ、失礼します。」

 

担当官としてやってきたのは、なんと北村海将補の副官である(まゆずみ) 敏郎(としろう)二等海佐であった。

 

彼とも面識はあり、曙計画の際にも変わらず北村海将補の幕僚として付いていた。

 

提督「では早速、御用件の方を。我々にも時間が余りないものですから。」

 

黛「では小官の方から、率直に状況を申し上げます。お世辞にも戦局は優位とは言い切れませんが、現在の所、戦局全般は有利に展開しています。敵もこの時期に我々の猛攻を受けるとは予期していなかった様で、全泊地から抽出された部隊による猛攻を受けて混乱をきたしているようです。」

 

提督「では現在もその混乱は収束していない、と言う事ですか?」

 

黛「その認識で問題ありません。敵の戦線は各所で寸断され、処理リソースを超える情報に混乱している、という状況ですが。」

 

提督「では、我々がその戦線の穴を抜けるのに些かも問題はない、と言う事ですか?」

 

黛「そうです。」

 

提督「分かりました。ではもう少し詳細な所までお伺いしましょう―――」

 

 

その後説明は20分に渡り、直人も大いに納得する事が出来た。

 

敵の戦線は随所で寸断されている状況なのは、敵の対潜哨戒網も同様であり、随所で突破された敵潜水艦部隊は壊滅的打撃を(こうむ)っており、最早残敵掃討の段階に過ぎない事が判明しており、この状況を総合すれば、鈴谷単独の突破は十分可能であるというのが、リンガ泊地の見解であった。

 

 

提督「―――成程、よく分かりました。」

 

黛「最後に北村海将補より言伝を預かっております。」

 

提督「伺いましょう。」

 

黛「―――“今作戦に限り、我々への気遣いは無用、貴官はその任を心得、その遂行に最善を尽くされたい。健闘を祈る。”との事でした。」

 

提督「・・・北村老らしい、私にちょっかいの余地も残さないというのは。」

 

黛「私としても同じ気持ちです、紀伊元帥。私としましても、貴方方の任務を遂行するに当たり、最大限の努力を払います。出血も覚悟の上です。ですから、元帥は元帥の成すべき事を、為さって下さい。」

 

提督「・・・承知した。海将補殿に、若人が宜しく伝えて置いてくれと言っていたと伝えてくれ。」

 

黛「承知しました。小官も、元帥の健闘を祈らせて頂きます。」

 

提督「案ずるな、成功する算段は既に整っている。後は実行してみて判断するのが私の仕事だからな。では、私はこれにて。出航の指揮を取らねば。」

 

黛「ハッ!」

 

黛二佐を返した直人は、即座に水偵を収容すると、ペナン時間の6時丁度、ペナン秘密補給港を出港し、進路を西に取った。その航路は以前、アラビア海へ突破して航空決戦を挑んだ時と同じルート。

 

今度ばかりはさしもの敵哨戒線も穴だらけであった事も手伝って、発見される事無くすり抜けることに成功した。敵の哨戒機はリンガ泊地艦隊による徹底した要撃にあって撃墜され、機能不全に陥っていたのである。

 

 

ペナン時間19時28分 スリランカ南方洋上・東インド洋

 

提督「結局本当に見つからなかったな。」

 

明石「そうですね・・・普段を思うと不思議な位です。」

 

提督「あぁ。味方も良くやっているじゃないか・・・。」

 

明石「艦娘艦隊が、その実力を上げた証拠ですね。」

 

鈴谷「これは、私達も負けてられないかな?」

 

提督「うん、俺もそう思うがね。まずは目の前の事から片付けんとな。」

 

鈴谷「真面目だねぇ。」

 

提督「軍人が真面目でなくてどうする。」

 

鈴谷「それもそっか。でも、肩肘張り過ぎないようにね?」

 

提督「ま、ありがたい忠言だこと、頂いとくわ。」

 

鈴谷「うんうん、それでいいよ。」

 

提督「やれやれ・・・。」

 

鈴谷にこんな事を言われる日が来るとは・・・直人は心底そんな事を思ったものだが、そう言われるのも些か納得させられる様な出来事が起ころうとは思っても見ていなかったのであった。

 

提督「だが油断は禁物だ、第一種戦闘態勢はこのまま維持だ。ソナーは大丈夫だろうな?」

 

明石「あ、はい。ちゃんと動いてますよ。」

 

提督「なら結構。ぐずらんでくれよ・・・。」

 

結局ソナーは応急修理程度しか出来ていなかったのだ。それだけが不安要素である。

 

明石「ぐずらせないようにしますので御安心を。」

 

提督「それは、心強いな―――」

 

鈴谷「帰ったらちゃんと修理だねー。」

 

提督「ん、そうだな?」

 

鈴谷「んじゃ、鈴谷はちょっち夕飯食べてくるね。」

 

提督「いってらっしゃい。」

 

鈴谷「行ってきます♪」ニヒヒ

 

そう言って鈴谷が艦橋を去る。

 

提督「・・・夕飯か、もうそんな時分だっけな。」

 

明石「そうですよ?」

 

提督「ふーむ。明石も先食べてくるといい。今日は俺が夜番だかんな。」

 

明石「あ、ではお言葉に甘えまして。」

 

そう言って明石も去り、艦橋には直人以外妖精さんしか残っていない。

 

提督(副長ももう寝てるのか・・・。)

 

副長妖精はいつもの壁際ポジションで布団を広げて寝ていた。

 

提督(・・・妖精さんも寝るんだ。)

 

提督始めて2年、新発見である。

 

 

明石「え、やっと気づいたんですか?」( ̄∇ ̄;)

 

提督「まぁ、うん。」

 

戻ってきた明石にその話を振ったところ帰って来たのがこの反応である。

 

明石「でも、霊力の消耗を抑える為にちゃんと休息を設けてるみたいではありますけど。」

 

提督「その方法の一つって訳か。」

 

明石「そんな所なんでしょうね~。あ、伊良湖さんが、早く食堂に来て欲しいって言ってましたよ?」

 

提督「アイマム。行ってくるよ。」

 

明石「はい、行ってらっしゃい!」

 

観念した直人はそそくさと食堂へと足を運ぶのだった。

 

 

その後は直人への2人の(下半身に対する)強襲が1回あった以外は特に何もなく、重巡鈴谷は順調に航海を続けた。この頃になると艦娘艦隊の戦局は拮抗し始めており、混乱を収拾した深海側の反撃が始まっていたのだが。

 

 

5月4日英領インド洋地域時間5時17分 ディエゴガルシア島東方沖20km

(サイパンとの時差:-3時間)

 

提督「間もなくディエゴガルシア島だな。」

 

前檣楼見張員

「“水平線上に艦影!”」

 

提督「―――妙だな、早過ぎる。識別出来るか?」

 

前檣楼電探室

「“艦首方向に反応多数! 反応は小さめ、艦艇ではありません!”」

 

提督「なんだと―――!?」

 

前檣楼見張員

「“ディエゴガルシア島の環礁内でしょうか、敵艦と思われる艦影多数確認!”」

 

後檣楼電探室

「“前方20kmの上空に反応多数確認! 敵と思われます! IFFに反応なし!”」

 

提督「―――事態は明白だ、我々は今、明確に敵と遭遇しつつある。」

 

明石「まさか、味方は―――!」

 

提督「それは五分五分だな。まだ彼らは紅海の出口に居る筈だからな。」

 

明石「では・・・。」

 

提督「我々は目の前の敵に対処する。全艦隊出撃! 全艦第一種臨戦態勢!」

 

直人が号令すると殆ど同時に、鈴谷の機関が出力を上げ、艦娘発着口ハッチが解放される。

 

提督「全艦娘緊急出撃! 艦載機も展開急がせろ、空母から優先出撃だ!」

 

金剛「“OKデース!”」

 

この時鈴谷艦内ではディエゴガルシア島に先行展開する艦娘達の出撃準備中であった事も手伝い、一水打群の殆どの艦娘は出撃準備が整っていた。

 

瑞鶴「“瑞鶴、出ます!”」

 

翔鶴「“翔鶴、出撃します!”」

 

瑞鳳「“瑞鳳、行きます!”」

 

摩耶「“摩耶、出るぜ!”」

 

提督「行って来い! 頼むぞ~!」

 

明石「しかしなんでこんな所に敵が・・・?」

 

提督「分からん。だが、今それを考えるより、目の前に敵がいるという事実の方が大事だ。」

 

明石「そうですね、集中します。」

 

提督「そうしてくれ。主砲、発射用意!」

 

明石「主砲1番から3番、発射用意! 緒元入力!」

 

飛行長「“索敵機、出しますか?”」

 

提督「急いで頼む。」

 

飛行長「“了解、射出します!”」

 

飛行長がそう言ったすぐ直後、両舷のカタパルトから水偵が射出される。どうやら既にスタンバイしていたようだ。

 

提督「仕事が早くて助かるなぁ。」

 

明石「こういう時は先手を打った者の勝ちですから。」

 

提督「いや~有能な部下に囲まれて指揮官冥利に尽きるなぁ。」

 

ちょっとご機嫌の直人である。

 

明石「それを生かすのが提督のお仕事ですよ。」

 

提督「勿論分かっておるとも。艦娘の展開状況は?」

 

明石「一水打群は全艦展開完了済み、第三艦隊は15%強が出撃を完了、第一艦隊は先程出撃を開始したところです。」

 

提督「うむ。展開を急がせろ、敵との距離が近い!」

 

明石「敵艦発砲確認、気付かれました!」

 

提督「空母を後ろに下げろ! 砲撃戦では邪魔になる! 主砲1番から3番、連続撃ち方―――撃て!!」

 

明石「撃ち方始め!」

 

 

ドドドドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

戦闘はこうして売り言葉に買い言葉のような状態で始まった。売られた喧嘩を買った形である。

 

瑞鶴「“艦載機、発艦は順調よ!”」

 

提督「隊列を組んでいる余裕はない、各中隊毎に戦闘に加入させろ急げ!!」

 

瑞鶴「“りょ、了解!”」

 

提督「各艦、各戦隊毎に戦闘に加入、各艦隊内で連携を取りつつ、戦隊旗艦の指示に従って行動せよ!」

 

一同「「“了解!!”」」

 

瑞鶴に発破をかけ、全部隊に即時行動を促す直人。この時全戦隊の中で真っ先に的確な働きを示し、敵に対して機先を制した部隊があった。

 

それは第十一駆逐隊であった。吹雪を喪い、旧十二駆を解散した叢雲を合流し4隻体制となった十一駆だったが、旗艦白雪の指揮の下に動き出したのである。

 

白雪「主砲で弾幕を張ります。3人とも、準備を。」

 

叢雲・深雪・初雪

「「了解!」」

 

白雪「―――撃ち方、始めて下さい!」

 

着任当初、荒事は苦手と語る白雪も、今では立派な戦士に成長した。この十一駆の動きに敵前衛部隊は10秒ほど遅れを取った。それが命取りであり、鼻っ面に12.7cm砲弾の雨を強かに撃ち込まれた敵駆逐隊が壊滅するなど、いきなり敵は出鼻を挫かれる格好になった。

 

 

この動きに遅れること19秒、第三戦隊が小隊毎に砲撃を開始、更に第一戦隊の戦闘加入など、横鎮近衛艦隊が戦隊毎に戦闘へと参入した。矢矧は第十七駆逐隊を、阿賀野は第八駆逐隊を、大淀は第二十七駆逐隊をそれぞれ率いてやはり戦隊毎の戦闘に移っていた。

 

 

阿賀野「よーし、今日もいっくよー!」

 

荒潮「ウフフフ、荒潮、初実戦よ~!」

 

遂に荒潮の実戦である。荒潮の艤装は前章で語った通り既に改である事から鑑みても、正規在籍で無い事を除けば練度はそれなりにある状態だったのだ。足りないのは、実戦経験だけである。

 

朝潮「行きましょう!」

 

大潮「はい!」

 

満潮「了解!」

 

 

大淀「第十戦隊本隊、出撃!」

 

白露「二十七駆了解! 行くよ!」

 

涼風「合点だ!」

 

時雨「二十七駆、時雨、行くよ!」

 

涼風の艤装は主砲を拳銃方式でマウントする特徴的なもので、五月雨の他に浜風や浦風なども用いているものである。

 

涼風の場合、五月雨と同じく主砲の二丁持ちであり、駆逐艦クラスとの戦闘ではその取り回しの良さを生かして縦横に駆け巡った実績を持つ。

 

 

矢矧「二水戦本隊、突撃!」

 

浜風「十七駆了解、続航します!」

 

浦風「了解じゃ!」

 

谷風「いいねぇ、やりますか!」

 

さて、その十七駆である。今の所磯風を欠いてこそいるが、浜風と浦風ペアの実力が光る駆逐隊で、浜風の雷撃と浦風の砲撃で対になって完結している部隊である。十七駆所属艦の特徴としては、主砲と機銃の二丁持ちと言う特徴がある。

 

因みに第十戦隊の二十七駆とは違い、この十七駆は二水戦の名実共に中軸を成す駆逐隊でもある。

 

 

明石「第十三戦隊、発進開始します、第六航空戦隊、航空隊展開を開始、第六駆逐隊、前進開始しました、第一航空戦隊艦載機、攻撃開始します!」

 

提督「よし、敵に対し先手を取れたな。」

 

明石「何とかなりましたね。」

 

提督「敵の戦力不明ではあるが、序盤の一打が重要だ。頼むぞ・・・。」

 

祈るような気持ちで直人が戦場を座視する。

 

瑞鶴「“偵察機より入電! 敵艦隊に姫級2を認む! その内1隻は―――”」

 

提督「・・・どうした!」

 

瑞鶴「“―――空母棲姫級です!”」

 

提督「うろたえるな、ただのクローンだ!」

 

瑞鶴「“りょ、了解!”」

 

提督「もう一隻はなんだ!」

 

瑞鶴「“超兵器級、戦艦です!”」

 

提督「超兵器だと・・・?」

 

 

5時22分 ディエゴガルシア島内

 

「・・・何事?」

 

空母棲姫「敵ノ襲撃デス、用意ヲ―――“戦艦水鬼”様。」

 

戦艦水鬼「―――仕方ないわね。今日はどんな相手かしら。」

 

戦艦水鬼が横たえていた体を起こす。偵察機が捉えたのはあくまで戦艦水鬼の兵装だった訳である。

 

戦艦水鬼「たまには―――歯応えのある相手だと良いのだけど。」

 

 

提督「敵超兵器に動きは?」

 

瑞鶴「“まだないみたい。”」

 

提督「今の内に押して行け! 少しでも削り取るんだ!」

 

赤城「“三航戦攻撃隊、攻撃を開始します!”」

 

提督「よし、頼むぞ!」

 

敵超兵器戦艦が動き出さない内に戦力の漸減を図る直人。その頃には殆どの艦娘が展開を終えており、猛烈な攻撃が敵に叩きつけられつつあった。

 

瑞鶴「“敵の戦力、約6500!”」

 

提督「少ないな。一気に押し切るぞ!」

 

 

ヒュルルルルル・・・

 

 

提督「ッ―――」

 

 

ドドドドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「うおわああっ!?」

 

明石「きゃぁっ!?」

 

一度に5発の被弾を受けて大きく揺れる鈴谷。

 

提督「そ、損害をチェック!」

 

「“右舷カタパルト大破、格納庫に火災発生!”」

 

「“3番魚雷発射管大破! 装填されていた魚雷が爆発しました!”」

 

「“飛行甲板大破、4機大破、艦載機繋留不能! 瑞雲は全滅しました!!”」

 

「“後部中甲板火災発生!”」

 

「“左舷錨索室壊滅、火災発生!”」

 

「“左舷錨脱落!”」

 

「“4番高角砲及び3番・5番副砲砲郭大破!”」

 

「“前檣楼直下に破孔、火災発生! 左舷前檣楼機銃弾薬箱に火の手が及びます!”」

 

「“左舷1番探照灯稼働不能! 修理に30分!”」

 

「“機銃6門大破!”」

 

提督「各所ダメージコントロール! 艦載機は射出出来るか!」

 

「“右舷側への誘導レール破損、エレベーターも動きません!”」

 

提督「くっ―――!」

 

明石「艦載機を投棄しましょう!」

 

提督「・・・そうだな。残りの艦載機を全て投棄だ、急げ!」

 

そう言う間に、艦橋の下の方で豆が爆ぜるような音が聞こえだした。どうやら機銃弾薬が誘爆を起こしたようである。

 

明石「第二弾、直撃、来ます!!」

 

提督「回避間に合うか!?」

 

明石「ダメです!」

 

 

ドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

提督「うおっ―――!?」

 

明石「なっ―――!!」

 

エレベーターの方向から爆炎が漏れ、煙が艦橋内に充満し始める。

 

提督「くっ、艦橋上部のハッチを開けろ!」

 

明石「はい!」

 

羅針艦橋後部にあるエレベーターフロアには、3か所の排煙用ハッチが備えられており、これは以前アルケオプテリクスの襲撃により艦橋が炎上した時の戦訓として導入されたものである。電装式ではあるが、羅針艦橋内に置かれた防火措置済み非常用バッテリーと同措置済み電路により、機関部からの電力供給が断たれた場合にも稼働可能となっている。

 

提督「各所、第二射の被害を報告!」

 

「“前檣楼基部に命中弾、エレベーターパイプが破損しました!”」

 

「“第三砲塔大破、装填済みの弾薬が誘爆、火の手が揚弾筒に及びます!”」

 

提督「第三砲塔弾薬庫注水! 急げ!」

「“後部マスト折損! 13号電探使用不能!”」

 

「“前部マスト基部破損、信号旗繋留不能!”」

 

「“偽装煙突第一煙突部分破損!!”」

 

「“艦内工場の一部に火災発生!”」

 

「“艦首第二船倉に浸水発生!”」

 

提督「これはまずいな―――巨大艤装で出撃する。後は頼むぞ。」

 

明石「えっ、でもどうやって降りるんですか!?」

 

提督「考えはある。川内!」

 

川内「“何?”」

 

提督「前檣楼から艦首に飛び降りるから空中で受け止めて降ろしてくれ、エレベーターが使えん。」

 

川内「“任せて!”」

 

明石「提督!」

 

提督「行ってくる。」

 

明石「あっ―――!」

 

明石が止める間もなく、被弾の衝撃で割れた羅針艦橋の窓から飛び出す直人。

 

提督「うおおお、たけぇッ!!」

 

川内「提督っ!」

 

提督「おうっ!」

 

 

ドサッ、タァン

 

 

川内「セーフ!」

 

提督「ありがと。」

 

川内「このまま下まで降りるよ。」

 

提督「OK。」

 

川内のアシストを受けて、直人は甲板に到達する。川内の固有能力である「空中跳躍」のなせる芸当である。

 

その後、甲板ですぐさま分かれた直人は、燃える中甲板を駆け抜けて艦首格納庫に辿り着く。

 

 

5時34分 重巡鈴谷艦首中甲板・艦首格納庫

 

提督「格納庫は何とか無傷、エレベーターも行ける。武装へのダメージ―――なし!」

 

格納庫と艤装の各種システムを確認する直人。

 

提督「フロアアップ、艦首ハッチ、オープン! 電磁カタパルト、起動、展開!」

 

格納庫の床がせり上がり、天井が開く。錨鎖甲板の中央も蓋が開き、中からカタパルトが姿を現す。同時に艦首部のフェンスは水平に倒され、ポールマストは180度下方向に倒れている。

 

提督「カタパルト接続、電圧正常。超巨大機動要塞戦艦『紀伊』、出撃する!」

 

バーニアを全開にし、カタパルトにアシストされ直人が艦首から海面に撃ち出される。こんな事が出来るのは、この艤装に取り付けられたバーニアの賜物である。

 

 

ザザザァァァッ

 

 

提督「全艦へ、敵の混乱は収拾しつつある可能性がある。数個戦隊で共同し行動してくれ。それと母艦鈴谷は後退して応急修理を頼む。」

 

明石「“了解!”」

 

提督「―――!」

 

 

ヒュルルル・・・

 

 

提督「成程―――あの時と同じ!」

 

だが―――

 

 

ドドドドオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「―――俺には、当たらんな。」

 

涼しい顔で全弾を回避する直人。

 

提督「全艦続け、一気に片を付けるぞ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

紀伊が艦載機を射出しつつ突撃する。どの艦娘よりも快速で、どの艦娘よりも重武装で、どの艦娘より巨大な紀伊を先頭に、横鎮近衛艦隊が堂々と前進する。その圧倒的な火力を前にして、所詮1万にも満たない深海棲艦隊は叩きのめされる一方。

 

清霜「魚雷命中!」

 

島風「島風も~!」

 

提督「いいぞ、このまま押し切る!」

 

空母棲姫「ココカラハ通サン!!」

 

提督「邪魔だぁッ!!」

 

 

ドオオオオオオォォォォーーーー・・・ン

 

 

ドシュッ―――

 

 

空母棲姫「ナッ―――!!!」

 

直人が放った120cmゲルリッヒ砲弾が、クローンの空母棲姫の右半身を抉り取り爆発する。これにより、空母棲姫の生体部分は、独立した兵装ごと一撃で吹き飛ばされる結果となった。姫級をしとめる最も早い方法は、正に生体部分を殺す事であった。

 

「へぇ・・・ただの人間では、無いという事。」

 

提督「―――ッ!?」

 

その並々ならない雰囲気に直人は振り返った。

 

「あれだけ撃ち込んで、生きてるなんてね。」

 

提督「―――深海棲艦、それも姫級。」

 

「姫級―――一緒にしないで欲しいわね。私は戦艦水姫、インテゲルタイラント。」

 

提督「―――! 成程、グァムに居た奴は、お前のクローンだったな。」

 

戦艦水姫「えぇ、そんな子もいたわね。私には及びもつかないけれど。」

 

提督「クローニングは劣化するのが常だからな。深海も、そこだけは越えられなんだか。」

 

戦艦水姫「でも、そんな出来損ないとは違う。私は―――“人の闇を窺う者”。」

 

提督「―――。」

 

戦艦水姫「私は―――人の闇を見る事が出来る。」

 

提督「世迷言(よまいごと)を。」

 

戦艦水姫「なら証明しましょう―――貴方、幼馴染を私の同族に殺された様ね。貴方がその力を手に入れたのは―――復讐のため。」

 

提督「―――!!」ギリッ

 

戦艦水姫「途端に目つきが恐ろしくなったわよ? こんな世迷言、信じないんじゃなかったの?」

 

提督「貴様・・・!」

 

直人も殆ど語った事の無かった事実。それは、直人が心の内に抱え込んだ闇の一端であった。

 

戦艦水姫「私達を倒す為に、普通の生活を棒に振るだなんて、変わり者もいい所ね。勝てる訳ないのに。」

 

金剛「提督?」

 

戦艦水姫「それにあなた、時折暴力的になるのでなくって? 幼い頃いじめを受けていた様ねぇ。」

 

鈴谷「えっ―――!?」

 

提督「・・・古い話だ。」

 

戦艦水姫「でもその時あなたは暴力で全てを解決しようとした。」

 

提督「―――ッ!」

 

戦艦水姫「そのいじめが、あなた自身を狂わせた。順風満帆かも知れなかったその生を。」

 

提督「―――。」

 

戦艦水姫「その時支えてくれたのもその幼馴染。そのおかげで、手を汚す事は無かったのに、結局こんな所で手を汚すだなんて、皮肉ね。大切な人を失った事は、こうまで人を変えるものなのね♪」

 

提督「・・・。」

 

俺は・・・俺は・・・ッ!

 

戦艦水姫「でもその覚悟だけは褒めてあげましょう。その覚悟だけでは、何も出来ない事も教えてあげるわ。」

 

ザザザアアアアアァァァッ

 

提督「―――!!!」

 

―――貴様如きに、何が分かる!!

 

矢矧「提督っ!」

 

金剛「提督!」

 

鈴谷「ちょっと!!」

 

ドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

提督「お、お前たち。」

 

金剛「何を突っ立ってるネ、早く構えて!」

 

提督「あ、あぁ・・・。」

 

鈴谷「どうしちゃったの提督、らしくないよ!」

 

提督「ッ! すまん、見苦しいところを見せた。仕切り直していくぞ!」

 

3人「「“了解っ!”」」

 

大和「“提督、海中から敵増援! 数およそ1万!”」

 

提督「各個対処せよ! 撃ちまくれ!」

 

大和「“了解っ!”」

 

提督「覚悟のみでは、か。ならば―――覚悟を示すッ!」

 

崩れかけた理性を決意で塗り固め、直人は再び前を見据えた。目の前には無数の敵、そしてその中に彼の旗艦を痛めつけたインテゲルタイラントがいる。

 

提督「―――“我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。我が身今一度物の怪とし、汝の力を以て今一度常世の王とならん。汝こそは艦の王、我こそは武の極致。我汝の力を以て―――『大いなる冬』をもたらさんとす。”」

 

大いなる冬の顕現詠唱を終えた頃には、既に彼の艤装は大いなる冬を顕現した仕様になっていた。かつては殻の様なものに包まれていたが、彼の成長に伴ってのものなのか、負の霊力に包まれるのみになっていた。

 

提督「自分達が通る道位、自分で切り開く!」

 

戦艦水姫「面白いわね、でもさせないわよ。」

 

戦艦水姫が228mmAGSを連射する。

 

ドガガガガガガガガガアアアアアアァァァァァァァァーーーー・・・ン

 

金剛「提督ッ―――!!」

 

紀伊に寸分違わず突き刺さる誘導砲弾。

 

鈴谷「提督・・・?」

 

矢矧「嘘でしょ・・・?」

 

ゴオオオオオォォォ・・・

 

戦艦水姫「これだけの砲撃を受けて、生き残った者はいないわ。」

 

提督「ほーん、なら俺が、生き残った初の敵と言う事だな。」

 

戦艦水姫「―――えっ?」

 

インテケルタイラントは自身の耳を疑った。最早聞こえる筈もないと思っていた声、それそのものだったからである。

 

提督「俺の中で磨き上げられた大いなる冬は、貴様の攻撃など意にも介さんよ。」

 

―――七天覆う魔刻の守護(ベルギアック・ヴェスィオス)

 

精神的な成長に伴い、“大いなる冬”が力の純度を高められた結果、魔刻の守護(ヴェスィオス)の力が変質し、高められたものである。その力は、下位に属する超兵器級の攻撃を、十数分間に渡り無力化するほどの力を持つ。他に、“大いなる冬”の発動中に限って、艤装に負った損害を修復“した事にする”能力もあるが、この時は元々無傷なので意味はない。

 

この魔刻の守護系スキルは自動発動であり、守護の名の通り装者を守る力である。

 

戦艦水姫「そんなっ―――その力は!」

 

提督「貴様如きで、俺は止められんよ!」

 

腕部に新たに展開された大いなる冬の兵装、レールガンを、1門ずつ順に正面の敵に撃ち込む。その運動エネルギーは凄まじく、貫通した砲弾がその背後の敵を撃ち抜き、更にその後ろへと波及し、瞬く間にルートが切り開かれた。

 

提督「行けぇッ!!」

 

直人が最後の1門のレールガンを撃つ。狙いは正面、インテゲルタイラント。

 

 

ダアアアアアァァァァァァァァーーー・・・ン

 

 

その超高速の大口径砲弾は、正確にインテゲルタイラントの独立兵装を射抜き、大爆発を起こさせた。

 

 

暁「今の爆発って!?」

 

雷「そんな事言ってる場合じゃないわよ!」

 

響「撃っても撃ってもキリがないッ!!」

 

電「そう簡単には、やられないのですッ!!」

 

 

ゴオオオオオ・・・

 

 

提督「フゥ~・・・。」

 

長く息をつく。大いなる冬を解きながら。

 

戦艦水姫「ば・・・かな・・・私が・・・この、私がぁっ・・・!!」

 

半身をもぎ取られながら尚も生きていたインテゲルタイラント。

 

ザッ・・・

 

提督「!」

 

戦艦水姫「ッ!?」

 

矢矧「なんにせよ、貴方はこれまで。逝きなさい。」

 

ヒュッ―――

 

戦艦水姫「―――!」

 

ザシュッ・・・

 

矢矧の一太刀をその身に受け、戦艦水姫は倒れた。

 

提督「矢矧・・・。」

 

矢矧「早く構えなさい、後ろ、居るわよ。」

 

提督「ッ―――!」

 

ドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

いると言われて撃った直人の砲撃は不意を突こうとした敵駆逐艦2隻を瞬時にして沈めた。

 

提督「なんと言う数だ。全部片づけんとな。」

 

帽子をかぶり直し、彼は終わりの見えない掃討戦に移行するのである。

 

 

~???~

 

「ふぅ~ん・・・これが、最強の艦隊を率いる、男の実力。」

 

何処とも知れぬ場所で、何者かが、その戦いを俯瞰していた。勿論第三者の偵察機などいない。それは、実に奇妙な力によってであった。

 

「―――今の力では足りない。もっと、高めなければ・・・」

 

 

インテゲルタイラントを撃破した直後、横鎮近衛艦隊はディエゴガルシア島を制圧することに成功し、損傷した鈴谷も浸水に対する応急修理を何とか済ませて環礁に潜り込む事が出来た。

 

横鎮近衛艦隊はその後、環礁内に籠りながら全周を包囲する敵艦隊に対し、熾烈な激闘を繰り広げていた。全体として優勢は揺るがなかったが、激しい攻撃を前にして油断できない状況が続く中で、仮拠点の設営が始まっていた。

 

12時54分 ディエゴガルシア島仮設基地

 

提督「・・・。」

 

一人無言で折り畳みいすに腰掛けてレーションを口にする直人。その視線は、どこか遠い所を見ているようでもあった。

 

金剛「―――どうしたネー?」

 

提督「・・・金剛か。」

 

金剛「あの敵艦に言われた事を、気にしてるんデスカー?」

 

提督「―――!」

 

図星であった。

 

金剛「提督の考えてる事くらい、私くらいにでも分かるネー。」

 

提督「そ、そうなのか?」

 

金剛「提督、憂鬱そうな時は眉間にしわが寄るネ。」

 

提督「ヘ?」

 

金剛「ホント、分かりやすい人デース♪」

 

提督「・・・そうなのかな。」

 

金剛「・・・。」

 

いつになく元気を失っている直人に、金剛も気付く。

 

金剛「―――こんな事を、艦娘が言うのも変かも知れまセンガ、聞いてくれますカー?」

 

提督「・・・何?」

 

金剛「私達艦娘は、“既に失われてしまったもの”を守る為にここにいる訳ではないのデス。」

 

提督「・・・。」

 

金剛「私達が護れるのは、“今”しかない。それは普通ですが、普通であるが為に、それが私達艦娘達の役割。」

 

提督「・・・。」

 

金剛「過去を水に流せ、と言うつもりはないデス。人には誰しも、忘れられない事が沢山ある。それでも、辛い事も、悲しい事も、嬉しい事も、思い出も全部覚えている人を―――“貴方”を守る事が、私達の役割ネ。」

 

提督「―――金剛・・・。」

 

金剛「その事を教えてくれたのは、貴方ですカラ。辛い事があったら、いつでも頼って欲しいネー。海の仲間は―――家族だから。」

 

「―――!」

 “海の仲間は家族”―――直人は長い事、その言葉を忘れていたような気がした。一般人であった彼にとって家族とは、彼の肉親達に他ならなかったからだ。勿論その言葉を彼は識っていた―――識っていた、筈だった。

 いつしか激務に告ぐ激闘の中で、彼はその言葉を忘れていた。艦娘達は、彼の“戦友”であり“仲間”であるという意識が強くあったからだ。

故に彼は忘れていた。海を征く者は、その仲間達と一心同体となって共に荒波を乗り越え進む、その家族の様な連帯感こそ船乗りの強さだという事を。

「家族・・・。」

 

金剛「そう、家族ネー。提督は私に、コレをくれたネー。」

そう言って見せたのは、左手薬指の指輪だった。

 

金剛「約束、守って貰うからネー? 私と提督は、もう家族。そして、同じ船で共に歩む私達全員とも、とっくに家族だったのデース。」

 

「―――っ!」

 彼は目が覚めるような思いだった。家族の温もりは、これ程までに近くにあった事を、彼自身今まで気づかなかったのである。中々どうして、彼らしからぬ事だったと言えるだろう。

 

金剛「提督が分かんなくなったら、私達が導くネ、だから私達が分かんなくなった時は、貴方が。」

 

提督「・・・ありがとう、金剛。お前は俺に、大事な事を思い出させてくれたよ。」

 

金剛「なら、良かったネー。」

 

提督「フフッ・・・そう考えたら、なんか吹っ切れちった。」

 

金剛「それにその幼馴染の人、ひょっとしたら生きてるかもしれないネー。」

 

提督「なんで?」

 

金剛「よくある事ネー。あるところで行方不明になった人が、実は別な所に! なって言う話はちょくちょくあるネ。」

 

提督「それ、結構創作あるからな?」

 

金剛「でももしそうなら、神様が導いてくれるネー。」

 

提督「―――“そう在れかしと叫んで斬れば、世界はするりと片付き申す”、か。そうかもしれん。」

 

彼はそう思う事にして、食べ終わったレーションのトレーを持って立ち上がるのだった。

 

提督「その幼馴染と最後に話をしたのは、新宮が大空襲を受ける正にその只中だったんだよ。」

 

金剛「えっ・・・!?」

 

提督「二人して逃げてたんだが、瓦礫で分断されてしまった。その時、“必ず迎えに行く、生きてまた会おう”と約束を交わしたのが、彼女との最後だった。」

 

金剛「・・・。」

 

提督「―――結局、それ以降一度も連絡は取れず、焼けただれた彼女のスマホしか、見つからなかったよ。」

 

金剛「行方不明になった経緯、デスネー。」

 

提督「結局、俺は一人の幼馴染さえ、救えなかったのさ。何もかも、あいつの言う通りだと思うと、悔しくてな。」

 

金剛「その悔しさをバネにすれば、なんでも乗り切れるネー! 前向きに行くネ。」

 

提督「フッ、そうするよ。」

 

金剛「その意気デース!」

 

そう言って金剛は立ち去って行った―――

 

 結局の所、彼も艦娘達も、お互い支え合って生きていた。それが横鎮近衛艦隊でもあり、提督と、それを取り巻く艦娘達の本質でもあった。

しかしそれは同時に、直人にかけられた2つの“呪い”でもあった。必ず迎えに行く―――必ず救い出すという約束を、彼は果たす事が出来なかった。それ以来彼に付きまとう、「救いを行わなければならない」と言う呪い。

大切な人を助けられなかった彼が受けた呪縛であり、彼が幼馴染を失った後、依り代としたものでもあった。

 そしてもう一つ―――生きてまた会おうと、彼は誓った。彼は大切な人と交わした約束を、果たす事が出来なかった。

 

―――その大切な人を失うという結果を以て―――

 

それは“もう一つの呪い”となった。

自分の家族にも等しい大切な人を失った。

彼は、彼女の分まで生きると決めた。

―――そして、もう誰も喪いたくないと思った。

だから艦娘達を喪う事に対して過敏な所がある。

 

―――皆で生き抜く―――

 

これが彼にかけられたもう一つの呪いの正体。

彼がかけられた―――呪いの本質。

それが・・・“自らかけたものである”と気づかぬまま。

 

 

提督(・・・インテゲルタイラントの言う通りだ。俺は結局―――何も救えていない。)

 

早霜「呪われた因果、ですわね。」

 

提督「早霜・・・。」

 

早霜「・・・人と言うものは、すぐに何かに縛られてしまう。それは、その人に起こった事が、劇的であればあるほど、そうなりやすいのです。」

 

提督「―――呪い、か。」

 

早霜「まぁ、自覚はないかもしれませんが。呪いと言うものは、そう言うものです。」

 

提督「そんなもんかねぇ。」

 

早霜「―――早く行きましょう。敵は、待ってくれませんし。」

 

提督「あぁ、そうだな。行こう。」

 

早霜に急かされて、直人は再び出撃する。彼に今出来る事は所詮、戦う事だけであった。

 

現地時間17時27分、横鎮近衛艦隊は何とか、敵の猛攻を全て退けることに成功した。海に静寂が戻り、硝煙の香りも、どこかへと流れ去ろうとしていた。

 

17時33分 ディエゴガルシア島仮設基地

 

提督「ここが棲地化されてなかったのは幸いだったな。」

 

明石「ですね!」

 

提督「明石、生き生きとしてるな?」

 

明石「メカニックのお仕事ですからね、任せて下さい!」

 

提督「お、おう。」

 

横鎮近衛艦隊のメカニック陣の一翼を担う明石さん、久々の大仕事に張り切っている御様子である。思えば仮設基地を作るのも久しぶりではあるのだが。

 

明石「あ、そう言えば鈴谷の方なんですが・・・。」

 

提督「どしたー?」

 

明石「被弾の衝撃で三式ソナーが本格的にお亡くなりになりまして。」

 

提督「あちゃー・・・。」

 

明石「他にも水偵は全滅ですし、三番砲塔も全損しまして、結局前部主砲弾薬庫全てに注する羽目になりまして、主砲弾も全て使えません。機銃弾も3200発ほど焼損しまして、魚雷も8本やられてしまいました。副砲に関しては結局3門が使用不能、副砲弾15発がお釈迦と言う感じです。」

 

提督「戦闘能力殆どないじゃんそれ・・・。」

 

明石「まぁ魚雷発射管に関しましては、この作戦後に五連装に換装の予定があったので打撃では無いとしまして、魚雷の誘爆で吹き飛んだ部分です。」

 

提督「・・・うん?」

 

明石「3番高角砲が跡形も無く吹き飛んでます。あと装載艇も4隻が吹き飛びました。水偵用のクレーンも後檣楼基部が爆発でゆがんだ結果使えません。」

 

提督「あら・・・。」

 

明石「戻ったら本格的に修理しないといけ無さそうな箇所が他にもいくつか・・・。」

 

提督「と言う事は、今後暫く俺の出動は無さそうですなぁ。」

 

明石「そうですねぇ・・・。」

 

提督「航行には問題ないのだろう?」

 

明石「ありませんが、至近弾の影響で30ノットが限界のようです。」

 

提督「水線下の外板が歪んだ、って訳か。」

 

明石「みたいです。それらも含めてオーバーホールをしないといけませんね。」

 

提督「分かった、帰ったら船渠に入れよう。」

 

明石「お願いします。ですが、とりあえずは任務ですね。」

 

提督「あぁ、そうなるな。金剛!」

 

金剛「どうしたネー?」

 

提督「艦隊は予定通り展開してくれ。」

 

金剛「Oh、了解デース!」

 

直人は艦隊に対して随時展開の指示を出す。今回はディエゴガルシア島を確保し続ける事が重要なポイントである。艦隊の編成は特に変わった所はないが以下の通りになっている。

 

 

第一水上打撃群(水偵38機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 180機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊(水偵39機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 115機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊(水偵18機)

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 146機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城 102機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

 

今回は第三艦隊を環礁内に残して守備部隊とし、第一艦隊でその周囲を固め、一水打群を遊撃戦力として外洋に布陣させることになっていた。そもそもここで戦闘をする事は、本来想定の範囲外だった、と言う訳である。

 

その点的確な指示を出す事が出来た彼の手腕もさることながら、それに素早く全員が対応できたのは、艦娘達の潜り抜けてきた修羅場の数が違うからでもあっただろう。

 

しかしこの全力出撃にも拘らず、彼らの母艦たる鈴谷は中破していた。今回ばかりは相手が悪かったとはいえ―――

 

提督(しっかし、派手にやられたもんだなぁおい。)

 

鈴谷の前檣楼基部は無残に破壊され、ガワを支えていた構造材が剥き出しになっていた。しかし艦長室を含む区画である為、基部に関しては戦艦の司令塔に準じた装甲が配置されている。その厚さ200mmあり、これによって貫徹はされたがそこで押し留める事に成功したのだった。

 

提督(・・・二重に防御していたとはね。)

 

直人が見ているその破孔は、後ろ側のもう1枚の装甲版にへこみと焦げ跡を残しただけだった。前檣楼基部正面だけはと明石が施した二重防御の内側50mmの装甲版により、艦長室は無傷だったのである。

 

提督(・・・今度スペック読みなおそっかな。)

 

案外知らないこと多いんなぁ、と思い、そう決心する直人であった。

 

 

その夜、彼は夢を見た―――

 

 

辺り一面瓦礫の山。それまであった人の営みは影もなく、ただ立ち上る煙と、覆うような曇天、そして、その瓦礫の中を彷徨うように何かを探す人々の群れが、そこにはあった。

 

提督(ここは・・・新宮・・・?)

 

「そっちはどうだった?」

 

「ダメだ、形跡がない。」

 

「よし、では次はここだ、俺はここに行く。」

 

「よし!」

 

提督(あれは・・・!)

 

「直くん、どう?」

 

「ダメですね、まだ痕跡も見つかってなくって。」

 

「瑞希ちゃん、見つかるといいわね。頑張って!」

 

「おばさんも、どうか気を落とさないでね。」

 

「勿論よ。」

 

提督(・・・。)

 

そこにいたのは、若かりし日の自分だった。

 

直人「瑞希は俺が、絶対見つけるんだ―――」

 

 一人そう呟くように瓦礫の中を歩く自分の背を、彼は見ていた。

8年前のカタストロフィ、新宮大空襲は、中小都市の空襲としては未曽有の被害を齎した。

20万を超える犠牲者と、それに倍する重軽傷者・行方不明者。艦娘達がいれば防げたかもしれなかった可能性の一つであり、その被害は中小都市への大空襲では随一とされる。

その焼け跡で、彼は自分の幼馴染を探していた。

 

直人「どうだった!」

 

「ここもダメだ。」

 

直人「この拠点もか・・・!」

 

「後2か所しかないぞ。どうする?」

 

直人「・・・あと2か所は任せていいか、ちょっと避難ルートから考えてみる。」

 

「分かった、行ってくる!」

 

直人「―――!」

 

提督(・・・。)

 

 焼け落ちた自分の家。その前から、空襲の時2人で逃げたルートを辿ってみる。そこを通過した後に色んなものが崩れ落ちたようで、辿る事も簡単であったが、そこは住み慣れた街、大体どこに何があったかは頭の中にあった。

辿っていくと、住宅街の中の三差路に辿り着いた。燃え尽きた倒木やブロック塀、電柱などの瓦礫が、その右側の道を塞いでいた。空襲の時は燃え盛る倒木のせいで通る事は出来なかったが、今なら通れそうだ。

 

直人「ここで左右に分かれたんだった。」

 

空襲の時、彼は連れ添った幼馴染に突き飛ばされ、気付けば炎を挟んで離れ離れになった。

 

直人「よりにもよって右側に突き飛ばしやがって、危ないったらありゃしない。」

 

しかしその彼女の決死の行動が運命を分けた。それが、彼女との別れだったのだ。

 

直人「・・・左だ。」

 

16歳の時の自分は、彼女が逃げただろう左の道に歩みを進める。そのまま住宅地を進むが、瓦礫の山がいくつも出来ており、歩きづらい事この上なかった。が、ふと見た瓦礫の一山の傍に、何かを見つける。

 

直人「・・・これ、瑞希の―――!」

 

見つけて手にしたのは、瑞希のスマホだった。赤いフレームのスマホは、付いていたであろうキーホルダーはどこかに行き、スマホ本体も焼けただれ、二度と使えないだろう事は明らかだった。しかしそれは、彼女がそこにいた事を表す証拠だったのである。

 

直人「瑞希―――!」

 

 自分の予想に間違いは無い、そう確信し彼は歩みを早める。しかし辿り着いた被災者キャンプは、既にいないと知っていた場所であった。残ったキャンプも両方共いない事が明らかになると、状況は絶望的になった。

 

直人(なんで・・・何であいつに出来て、俺には―――!!)

 

提督(そうだ・・・瑞希は俺を間一髪で救ってくれた。なのに、俺は瑞希を救えなかった。何も出来ぬまま、その災禍から逃げる事しか、俺には―――。)

 

 直人が宿す唯一かつ最大の後悔。彼が、その魂に刻み付けた、“救い”を行わなければならないという「呪い」の根幹であった。

そして幼馴染を救えなかった事。彼が救えなかったその命こそ、彼がかつて、指の間をすり抜けた砂粒の如く、取りこぼしてしまった大切なものであった―――。

 その後、幼馴染の両親から瑞希の遺体が見つかったという知らせを聞く事は遂に出来ず、1年が経ち、彼は曙計画への呼集に応じる形で街を去った。そこから更に7年、彼はまだ、新宮に帰る事が出来ていなかったのだった。

 

提督(8年・・・あれからもう、8年か・・・。)

 

 悩んで、嘆いて、悔いて、また悩んで―――長い間、それを繰り返し、繰り返す内に、色んな事が起こり、いつか忘れていた悔恨の円環(ループ)

戦いの中で様々な事を思い起こす彼の脳裏には、常に彼が失ったモノの影があった。だからこそ、彼は喪う事を極度に嫌い、目の前の危機を救わずには居られないのだ。

 

 

5月5日現地時間6時10分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「―――・・・。」

 

直人が目を覚ます。

 

提督「・・・埒も無い。」

 浮き出た汗を拭い、そう吐き出すように呟く彼だったが、その夢は幻想などではない。紛れもなく彼が見てきた光景なのだった。

(・・・あいつの分も生きるんだ。そう、決めたのでは無かったか。)

軍帽を被り、彼は艦長室を出る。提督になった時、元より直人は十字架を背負っていたのだ。彼が約し、救えなかった、幼馴染の十字架を―――。

 

(迷うな、紀伊 直人。迷えば、俺は自分を見失ってしまうぞ―――。)

 

 

提督「明石、状況は?」

 

艦橋に上がった直人を、明石と金剛が出迎えた。

 

提督「・・・なぜ、金剛がここに?」

 

金剛「だって・・・提督の昨日の様子を見て、心配になってしまいましたカラ・・・。」

 

提督「・・・やれやれ。心配し過ぎだよ。」

 

金剛「本当に―――そう思ってるネー?」

 

提督「―――!」

 

そう詰め寄る金剛に直人は驚いた。金剛は真剣な眼差しで彼の目を見据えていた。

 

提督「・・・。」

 

その目を見た時、直人は目を離す事が出来なかった。金剛の目を通して見た自分の顔は、明らかに憂いをたたえていたからだ。

 

提督「・・・ありがとう、金剛。でも俺は大丈夫だ。自分の足で、まだ立っていける。」

 

金剛「無理して立たなくて大丈夫ネー。立てなくなったラ、私が支えるデース!」

 

提督「その時は頼らせて貰うよ。では改めて、状況を聞こうか。」

 

明石「艦の修復は完了していますが、速力に関しては相変わらず。武装に関しても修復が出来ませんので、艦娘用に用意していた予備の武装の一部を転用して補ってあります。」

 

提督「已むを得ざるところだな。しかし天候が悪いな。」

 

明石「えぇ。季節外れの大荒れでして、外洋では波高15mにも及ぶ予報です。」

 

提督「そうか・・・艦娘艦隊は出撃出来そうか?」

 

明石「継続して出撃を続行してはいますが、大波に揉まれて苦労しているようです。」

 

提督「本艦も随分揺れてるようだが?」

 

明石「そうですね、船酔い患者続出ですよ。」

 

提督「だろうな・・・こんな日は空襲はないだろうが、この大荒れに乗じて接近してくる部隊もいる事が予想出来る、注意を怠るな。それと、今日は警戒範囲をディエゴガルシア島周辺部に絞って行え。」

 

明石「はい!」

 

金剛「了解デース!」

 

提督「では各自持ち場を守れ、以上だ。朝飯にしよう。」

 

金剛「お供するデース。」

 

提督「分かった、付き合って貰おう。」

 

 

その後、小規模の戦闘が頻発する一方で変わった事もなく、24時間が経過する。天候は20時間ほどで回復したおかげもあって、翌朝は晴天だった。

 

 

5月6日7時42分 ディエゴガルシア島環礁内・重巡鈴谷

 

提督「まだ友軍との通信は出来ないのか!」

 

大淀「“今朝方から電波を拾ってはいますが、電波妨害が激しく!”」

 

提督「くっ・・・所在が発覚している以上已むを得んか・・・!」

 

大淀「“引き続き通信の確立に努めます。”」

 

提督「分かった。会合時間から既に48時間も立つと言うのに・・・。」

 

明石「―――48時間ですか!?」

 

提督「うん、本来ならスムーズに受け渡しが出来る筈だったんだ。でも敵がいたと言う事は、あちらさんは即日の合流を避け退避した可能性がある。しかしそれにしては遅い。」

 

明石「まさか、中止されたなんて事は―――!」

 

提督「あり得る事だな。船団が危険に晒されていたなら尚の事だ。今の我々は孤立を余儀無くされている状況にある訳だし。」

 

明石「ECCMが使えたら・・・!」

 

提督「無理だな、意味を為さん。」

 

明石「対策されますか・・・。」

 

提督「速いからなぁ、向こうの対応が。」

 

明石「艦娘には出来ない芸当ですし、深海棲艦と艦娘が力を合わせられる今に感謝ですね。」

 

提督「そうだな。」

 

 

その吉報は、8時27分になってやっともたらされる。

 

 

大淀「“こちら通信室大淀、通信、確立しました! ドイツ第2機動隊群司令の名前で、通信を求めています!”」

 

提督「こちら側に出せ!」

 

直人がそう言うと、“SOUND ONLY”の表示が直人のサークルに出る。

 

「“こちら第2機動隊群司令、ニコラウス・シェルベ准将です。”」

 

提督「横鎮防備艦隊司令、石川 好弘少将であります。」

 

「“まずは通信の確立を祝いたい所ですが、我が艦隊は連日襲撃を受け続け、輸送船団こそ守り抜きここまで来ましたが、危機的な状況です。援護を要請したい。”」

 

提督「分かりました。こちらから艦隊を出しますので、現在座標のデータをこちらに送信して下さい。」

 

「“すぐに送りますので、暫くお待ちください。それでは!”」

 

提督「どうかご無事で。」

 

そう直人が言うとすぐ通信が切れた。

 

提督「直ちに索敵機発進! 周辺海域の制海権を維持しつつ、これより独伊艦隊の捜索を実施せよ! 捜索航空隊の編成は第三艦隊旗艦に一任する、急げ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「全艦休養一時中止! 艦内及び島内環礁内にいる全艦娘は直ちに補給完了と同時に出撃!」

 

レーベ「“仮設基地了解!”」

 

提督「一水打群、応答せよ!」

 

金剛「“こちら金剛、どうぞ!”」

 

提督「直ちに艦隊を率いて独伊艦隊救援に向かえるよう準備せよ!」

 

金剛「“Yes sir(イエッサー)! すぐに戻ってる子を呼び戻すネー!”」

 

提督「第三艦隊は攻撃隊の発進準備! 状況が判明次第場合によっては直ちに発艦させろ!」

 

瑞鶴「“分かったわ。”」

 

提督「第一艦隊は周辺海域の警戒を続行、敵影発見次第叩き伏せろ!」

 

大和「“了解しました!”」

 

提督「重巡鈴谷はこのまま待機だ、この損傷では戦えん。」

 

明石「分かりました。」

 

提督「ここで素早く行動出来た者の勝利だ、各員の努力に期待する!」

 

横鎮近衛艦隊がすぐさま動く。捜索と索敵の彩雲が発艦、受け取った座標を基に一目散にそこを目指す。

 

遅れて一水打群が、艦娘の全艦合流を待って出撃し、ディエゴガルシア島周辺部を離れる。鈴谷はこの日も空襲に備えて対空機銃に仰角をかけて空を睥睨(へいげい)する。

 

明石「提督、この座標、ここから70km程北西の座標です。」

 

提督「近いな、確かに。」

 

明石「しかしこんな所にいたと言うのは・・・。」

 

提督「うん、恐らく攻撃を避ける為に韜晦し続けた結果だろうな。なまじ合流を急がせねばならない。」

 

明石「はい!」

 

その10分ほど後、全速力で先行した彩雲から通信が入る。

 

提督「―――瑞鶴、攻撃隊を緊急発艦! 金剛達では間に合わない可能性がある。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

明石「どうしたんです?」

 

提督「現在も攻撃されているようだ。」

 

明石「成程・・・。」

 

提督「進路はこちらに向かってこそいるが、之の字運動を強いられて遅れている。距離は最初送られた座標から、7km程こちら側に来れてはいる、63kmとちょっとだな。」

 

明石「間に合うでしょうか・・・?」

 

提督「1時間見れば間に合うだろう。全速力で金剛らも向かった事だし、攻撃隊と併せれば何とかなる。」

 

明石「分かりました。」

 

 

翔鶴と瑞鶴は瑞鳳も伴って一航戦を編成し、今度もまた一水打群に随伴して向かっている。そこから艦載機を出す訳だから、自然到着が早かった。直人の指示を受けた後20分余りで航空隊が現場海域に到着、攻撃を行っていた敵の通商破壊部隊と交戦を開始した。

 

そこから金剛が相手を射程に収めるまでは10分しかかからず、その頃には増援を悟った敵部隊が散り散りになって遁走していた。

 

 

提督「―――分かった、そのまま護送してくれ。」

 

金剛「“OK!”」

 

提督「良かった・・・。輸送船は9隻とも全て無事だ。」

 

明石「やりましたね!」

 

提督「しかし通信の向こうからオイゲンの賑やかな声がしていたが、なんだったんだろうな・・・。」

 

腑に落ちない事が一つあった直人だったが、その時は何も分からなかった。

 

 

現地時間10時50分、独伊艦隊はディエゴガルシア島近海に無事その全容を現した。

 

提督「ふーん・・・フリゲート1にコルベット2・・・ドイツ艦隊は前回(※)とあんまり変わんない陣容だな。」

 

※第3部5章を参照

 

明石「ブラウンシュヴァイク級コルベットが1隻増えてますね。オルデンブルグ(F263)ともう1隻・・・F264ですね。」

 

提督「“ルートヴィヒスハーフェン・アム・ライン”だな。」

 

明石「長いですねー・・・でもゲパルト級の姿はありませんね。」

 

提督「あ、ホントだ。そして、前回見ていない船が何隻か、と。」

 

明石「国籍照合・・・マリーナ・ミリターレ・イタリアーナ(イタリア海軍)です。」

 

かつて“レージャ・マリーネ(王立海軍)”とも呼ばれたイタリア海軍は現在、世界で4番目の海軍を持つ国家にのし上がっている。地中海の防衛はひとえにイタリア海軍に負う所も多く、故にその軍備は堂々たるものであった。

 

提督「先頭を走るのは2代目“マエストラーレ”級フリゲートだな。」

 

明石「現在のイタリアでは最新鋭のフリゲート艦ですね。」

 

提督「あぁ、同型艦は8隻、今回いるのはえっと・・・F633から636の4隻だな。」

 

明石「マエストラーレ、グレカーレ、リベッチオ、シロッコの4隻です。」

 

提督「1番艦マエストラーレから4番艦シロッコまでの4隻揃い踏みとは、中々豪勢だな。」

 

明石「その後ろに大型艦が随行していますね。」

 

提督「・・・へぇ、イタリア初の本格航空母艦じゃないか。空母ジュゼッペ・ガリバルディだ。」

 

明石「その名を持つ空母としては2代目、艦としては5代目に当たる空母ですね。設計には隣国フランスのシャルル・ド・ゴールが参考にされたとか。」

 

提督「ガスタービン推進の通常動力型空母だがね、そこが差異だ。搭載機こそ60機ほどだが、まぁ十分だろう。」

 

明石「アンドレア・ドーリア級駆逐艦の姿もありますね、艦番号は―――」

 

提督「D554、カイオ・ドゥイリオだな。」

 

明石「あとは補給艦が2隻、エトナ(A5326)ヴェスヴィオ(A5329)ですね。」

 

提督「そしてそれらが輪形陣を組んで守るのが、輸送船9隻と言う訳か。」

 

明石「早速出迎えましょう。」

 

提督「あぁ、こちらの艦の補修の方はどうだ?」

 

明石「なんとかなるでしょう。」

 

提督「分かった。では行ってくる。」

 

明石「はい! 祝砲はどうしますか?」

 

提督「21発、距離4000だ。」

 

明石「承りました!」

 

提督「大淀!」

 

大淀「“はい!”」

 

提督「鈴谷の方に戻ってくれ。」

 

大淀「承知しました。」

 

提督「金剛!」

 

金剛「“どうしましター?”」

 

提督「通訳に使いたい、レーベをこちらに寄越してくれ。」

 

金剛「“OKデース!”」

 

提督「よし、手空き乗員左舷に整列! タラップ降ろせ!」

 

 

11時02分、独伊連合艦隊はディエゴガルシア島に到着、横鎮近衛艦隊の祝砲に迎えられた。

 

 

11時13分 重巡鈴谷前甲板・2番砲塔左舷側

 

※注:ここからレーベと金剛の通訳を挟みます。イタリア指揮官は英語で会話していると言う事で。

 

提督「シェルベ准将、お久しぶりです。」

 

シェルベ「“アドミラル・イシカワも、壮健そうで何よりです。”」

 

提督「今回もご苦労様です。」

 

シェルベ「“いえ、貴官らがここにいた敵を掃討しなければ、こうして会う事は叶わなかったでしょう。こうして顔を合わせられたことを、まずは喜びましょう。”」

 

提督「はい。」

 

シェルベ「“実は今回の遣日派遣艦隊の指揮官は私ではありません。”」

 

提督「―――成程。」

 

シェルベ「“私は副司令でして、こちらが司令官です。”」

 

「“イタリア海軍外洋部隊司令官、ルイージ・ジャンマリオ・ロディガーリ*1上級少将です。”」

 

提督「横鎮防備艦隊司令、石川好弘少将であります。」

 

ロディガーリ「“お噂はシェルベ准将から聞いております。こうして直にお目にかかる事が出来、光栄です。お若いのに優秀な司令官であると。”」

 

提督「いえ、小官は真面目にやっている次第です。」

 

ロディガーリ「“そうですか、謙虚な事です。しかしこれが噂の“鈴谷”ですか、立派な船です。”」

 

提督「相当な損傷を受けまして、補修こそ済ませましたが、一部はここでは補修も出来ません。」

 

ロディガーリ「“戦闘の傷跡ですな、大変なご苦労をおかけしました。”」

 

提督「任務ですので、この位はなんと言う事はありません。」

 

ロディガーリ「“タフな方だ。前回と同様、輸送船は9隻全て、貴国にお預けします。”」

 

提督「了解しております。我が日本海軍の全力を挙げ、必ず日本まで送り届ける事をお約束します。」

 

ロディガーリ「“感謝致します。”」

 

提督「一つ、お伺いして宜しいか?」

 

ロディガーリ「“なんでしょう?”」

 

提督「前回の遣日艦隊以降、欧州情勢はどうなっていますか?」

 

ロディガーリ「“地中海に関しては緩やかな緊張状態を維持しています。ただスエズ方面の警戒が厳重になり始めているのが気がかりでして、現在はそちらに力を入れております。”」

 

シェルベ「“大西洋方面に関しては情勢は5か月前と左程変わっておりません。NATO欧州連合軍司令部は徹底抗戦の態勢を維持していますが、戦力がじりじり削られる中で、どれほど持久出来るかは判りかねます。”」

 

提督「分かりました。」

 

ロディガーリ「“それについて、NATOナポリ統合軍司令官からの個人的要望として、一刻も早くの日本艦隊来援を乞うとの伝言を預かっております。”」

 

提督「それについては前回のシェルベ准将の伝言もお伝えしてはありますが、小官は1個艦隊の司令官の身に過ぎず、確実な事は申し上げかねます。ですが、ロディガーリ上級少将のお預かりしていた伝言は、必ず軍令部にお伝えします。我が日本艦娘艦隊は、ひいては全世界の救援に、尽力するでありましょうと、ナポリ統合軍司令部にお伝え願いたい。」

 

ロディガーリ「“お言葉を頂戴し、感謝に堪えません。その一日も早い実現を、我々も心待ちに致します。”」

 

提督「またこうしてお会いできる機会もあるでしょう。それまで、ご壮健で。」

 

ロディガーリ「“はい。ではこれにて。”」

 

直人と二人の提督は、敬礼を交わして分かれ、2人は短艇で自分の艦隊に戻っていった。仮設基地は既に撤収中であり、あと1時間も経ず出港出来るだろう。

 

 

11時37分 左舷側艦娘発着デッキ

 

提督「船団護衛は前回と同じ手順で行く。戦力は隻数の増加を踏まえて前回よりも多めの布陣で行こう。」

 

矢矧「分かった。で、どのくらい使うの?」

 

提督「二水戦と一水戦、補助で第十二戦隊と十四戦隊、第三戦隊も全力投入する。航空戦力は一航戦と三航戦、サポートで七航戦が当たれ。他の者は一時休息、指示があるまで待機だ。」

 

一同「「“はいっ!!”」」

 

提督「ま、指示を出さない事が一番なんだがね。」

 

オイゲン「提督!」

 

提督「ん、オイゲンか、どうした?」

 

オイゲン「面会者が来てます!」

 

提督「ん? あぁ、何処だ?」

 

オイゲン「ハッチの所に、急いで!」

 

提督「はいよ。」

 

オイゲンに言われるまま、彼はデッキからハッチに走る。

 

 

オイゲン「連れて来たよ!」

 

提督「おやおや、そう言う事か。」

 

「申告します! イタリア海軍所属、戦艦イタリア、本日から日本でお世話になる事になりました!」

 

「同じく戦艦ローマ、日本海軍に一時編入になりました。」

 

「ドイツ海軍所属、航空母艦グラーフ・ツェッペリンだ。これより、貴国に世話になる事になった。ひとまず、宜しくお願いする。」

 

提督「了解した、取り敢えずはリンガ泊地までお送りする事になる。短い間だが、まぁくつろいでくれ。」

 

イタリア「宜しくお願いします、艦長さん。」

 

提督(お前もか、なぁお前もなのか?)

 

オイゲン「い、イタリアさん、この人は艦長じゃ―――」

 

提督「いいよオイゲン、艦長で。」

 

オイゲン「えっ・・・あ、そっか。そうだね。」

 

イタリア「・・・?」

 

事情を知らない3人はキョトンとしていた。

 

提督「あっ、こっちの事情だ、気にしないで貰えると助かる。」

 

イタリア「は、はぁ・・・分かりました。」

 

 

提督「―――次は、気を付けてくれ。」

 

オイゲン「はい、ごめんなさい。」

 

提督「分かれば良し。」

久しぶりの同郷の士との再会に、少々舞い上がっていたオイゲンなのであった。

 

 11時52分、撤収を終えた横鎮近衛艦隊は、独伊艦隊と分かれて帰路に就いた。被害こそ大きかったものの、それに見合う成果を得て、意気揚々たる帰投となったのである。

 一方で、ベンガル湾の戦況は刻一刻と悪化しつつあった。初期の混乱を漸く収束させた深海棲艦隊東洋艦隊は、5月4日に最初の反撃を行うと、5月5日に大規模な防衛戦を展開して、艦娘艦隊を押し戻しにかかった。

これに対して艦娘艦隊も入れ代わり立ち代わりの猛攻を仕掛けて一進一退の攻防が続いていた。しかし初期の様な優勢は最早望む事は出来ず、血みどろの消耗戦の様相を呈していた。

だが艦娘の戦没数は目に見えて減っており、艦娘艦隊もただ無為に時を過ごして来たのではない事は容易に理解する事は出来た。であればこそ、敵の強大な反撃にも拮抗し、かつ攻勢を継続する事が出来たのだったが。

 ただここで東洋艦隊に誤算が生じたのは、後方待機させておいた予備戦力である高速打撃群が、横鎮近衛艦隊によって壊滅させられた事だった。コロンボもそこまで予期する事は出来ず、またそんな所まで敵が来る筈はないと考えていたのだった。何度でも前例があるにもかかわらず・・・。

 

 その艦娘艦隊の奮戦の陰で、その恩恵を受けて横鎮近衛艦隊がペナンに戻って来たのは、5月12日、ペナン時間8時13分の事であった。横鎮近衛艦隊は一切の妨害も受ける事無く、ペナン秘密補給港へと辿り着く事が出来たのである。

艦隊の出迎えには、リンガ泊地司令官がその執務の時間を割いてやって来ていた。

 

5月12日ペナン時間8時20分 ペナン秘密補給港埠頭

 

提督「北村海将補殿! わざわざのお出迎え、感謝致します。」

 

北村「いやいや、礼には及ばんよ。仕事で来ているのだからな。」

 

提督「はぁ・・・。」

 

流石に少々恐縮する直人である。

 

北村「今回もご苦労じゃったな。ひとまず、リンガまで予定通り回航するのだろう?」

 

提督「はい、その予定です。」

 

北村「うむ、では儂も便乗させて貰うぞ。」

 

提督「は、はぁ・・・畏まりました。」

 

北村「実際の所はな、重巡のブリッジとはどんなものか、以前から興味があったのでな。」

 

提督「―――成程、そう言う事でしたか。では、喜んでご招待させて頂きます。」

 

大淀「・・・。」

 

 

大淀「宜しいのですか?」

 

提督「なんでー?」

 

大淀「北村海将補とはいえ、我が艦隊の部外者ですが・・・。」

 

提督「北村海将補は曙計画の関係者の一人でもあった人だ。断る理由は特に無いし、我が艦隊の存在も知っている、何か問題があるのかい?」

 

大淀「・・・提督は分かっておいでの筈です。提督の事を快く思っていない者は、もう幹部会内部には留まらないのだと言う事を。そう言った者達によって何かしらのアクションが行われた場合、北村海将補は勿論提督にも危害が及びかねません。」

 

提督「忠告はありがたく受け取って置くがね大淀。それは少々心配し過ぎだろうな。あるならとっくに、何かしらのアクションはあった筈だ。」

 

大淀「それは・・・」

 

提督「杞憂だ、とまでは言わん。実際我が艦隊は講和派を受け入れた時、一部過激派の暴発に際してその迎撃の指揮を執ってもいる。それによって解任された提督は527人もいるんだ、俺を憎まん方が可笑しいと思うよ。」

 

大淀「でしたら―――」

 

提督「だが俺の動向はそう容易く掴めるものでは無い。厳重な警備のサイパンに隠密裏に潜り込む事も不可能なら、我々の足跡自体掴むのは容易ではない。特にこう言う所に居なければだがな。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「そう簡単に俺が死ぬかよ、それは大淀も知ってる事だろうに。」

 

大淀「えぇ、私は最初から貴方に仕えさせて頂いています。ですから良くその事は存じているつもりです。ですが、そのお仕えさせて頂いている方の身を案じずして、副官の役務が務まるとは私は思っていません。」

 

提督「・・・要は、心配位させろと言う事だな。分かったよ、ありがたく受け取って置く。」

 

肩を竦めて微笑んで見せながら、彼は嘆息するのだった。

 

―――あぁ、俺は本当に、良い副官を持ったのだな。

 

 

10時15分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

五十鈴「船団護衛かぁ。」

 

提督「そ。前回も任せたけど、今回も任せていいかい?」

 

五十鈴「フフッ、当たり前じゃない! この五十鈴にお任せ!」

 

提督「ありがと。戦力には二水戦と五十鈴のいる十二戦隊、あと、ドイツ戦隊も付けるから。」

 

五十鈴「へぇ、心強いわね。」

 

提督「でしょ?」

 

五十鈴「うん! これならいけるわ、ありがとう!」

 

提督「どういたしまして。さ、準備しておいで。」

 

五十鈴「了解! 提督、行ってきます。」

 

提督「うん。行ってらっしゃい。」

 

直人が羅針艦橋から下に降りる五十鈴を送り出す。これから五十鈴は再び、日本への長い船団護衛の旅に出るのだ。

 

提督「・・・。」

 

北村「あの五十鈴は確か、例の・・・」

 

提督「えぇ、レオネスクと言う提督に元に居て保護された艦娘の一人です。」

 

北村「やはり。じゃが、立ち直ったみたいじゃな。」

 

提督「えぇ、まぁ。」

 

北村「・・・艦娘も人じゃ、それを弁えん者が、余りにも多過ぎるのじゃよ。」

 

提督「海将補殿・・・。」

 

北村「“殿”付けは良い、いつも通り海将補でな。」

 

提督「は、はい。」

 

北村「その点、貴官らは艦娘艦隊の模範と呼んでいいじゃろうな。」

 

提督「そう言って頂けるのは、私としても光栄です。」

 

北村「今のこの艦隊の空気を、守り抜くのじゃぞ。」

 

提督「分かっております。」

 

北村海将補の言った事は、彼が常に心がけている事にも繋がっているのだ。それだけに彼もその言葉は身に染みた。

 

北村「ところで、紀伊君はいくつになったかね。」

 

提督「今年24になりました。」

 

北村「そうか、儂も72だがね。時の経つのは早いものじゃ。最初に儂らが会った時、紀伊君はただの小僧だったぞ。」

 

提督「17の時の話ですからね。」

 

北村「あれからもう7年か、早いものじゃなぁ。」

 

提督「全くです・・・。」

 

全く―――早いものだ。月日と言うのは・・・俺の心の穴も、満たされてはいないと言うのに。

 

月日は残酷だ。直人は心底そう思った。

 

彼の半身が、彼の元を離れて8年も経つのに、そこに開いた穴だけは、未だに埋まらぬまま・・・8年と言う月日は、彼の心に空虚な隙間を残したまま過ぎていたのだった。その間に新宮の災禍は早くも人々の記憶から薄れようとしていた。

 

人の記憶と言うものは所詮そんなものでしかなかったが、それが分かっていても、彼にとっては、16と言う若さで見せつけられたそのカタストロフィは、余りにも残酷に過ぎたと言えよう。

 

 

13時29分、重巡鈴谷はペナンを発ち、同時刻輸送船団もペナンを出港、五十鈴の護衛部隊はその護衛の為共に随行する形で鈴谷を離れた。

 

鈴谷はその後、一度リンガに立ち寄り北村海将補と3人の艦娘を降ろした後直ぐに出港し、一路サイパンへの帰還の途に就く。

 

そのリンガへの数時間ほどの船旅の途中の出来事である。

 

 

14時17分 重巡鈴谷中甲板中央廊下

 

提督「うちの艦隊はね、他の艦隊と比べて旗艦クラスの幹部育成に余念なく取り組むようにしているんだ。」

 

イタリア「そうなんですね。」

 

提督「その一端を特別にお見せしよう。ここだ。」

 

イタリア「・・・食堂、ですか?」

 

提督「まぁまぁ。」

 

そう言って直人が3人の客人を連れ食堂に入ると、そこには金剛を除く水上部隊旗艦級の艦娘が集まっていた。

 

提督「3人は適当に邪魔にならない所でかけてくれ。さぁ、今日も始めるぞ!」

 

一同「「お願いします!」」

 

提督「前回は、“側背から敵の強襲を受けた際の機動的転回に係る方策について”だったな。今回は、それを戦略レベルに展開して考えて見る事にする。そこで、今回の題材だ。」

 

そう言うと彼が食堂の壁に備え付けられているホワイトボードに題材の地図を貼る。ホワイトボードのある壁は食堂のカウンターから向かい側の壁である。食堂はこうした用途に使えるようにもなっているのである。

 

提督「今回の想定は、分散進撃中の我が方の艦隊Aが、後背から敵深海棲艦隊3個艦隊の攻撃を受けたものと仮定する。BとCはAの両翼に展開し、距離はおよそ75kmだ。この場合に於いてまず艦隊Aが行う艦隊行動について、何か意見や提案がある者は?」

 

大淀「いいでしょうか。」

 

提督「うむ、どうぞ。」

 

大淀「この場合、まずAは後背からの敵の急襲に対し、秩序を乱さない事を前提としますが、その点の想定についてはどうなっているのでしょうか。」

 

提督「今回の場合は混乱しているものとする。」

 

大淀「では、進行方向の変更を行わず、後背の敵に対して向き直っての砲撃を実施し、敵の進軍速度を遅らせます。」

 

提督「成程、満額回答だ。」

 

大淀「ありがとうございます。」

 

提督「今の大淀の回答の通り、Aがすべき事は本格的な戦闘ではなく、遅滞戦術に依る敵の進軍阻止だ。これによる援軍を待つ。この間にBとCは可及的速やかに転進し、Aの救援に向かわねばならないと言うのが本筋だ。ここでAが徹底抗戦した場合、敵に対し劣勢の時は救援が間に合わない可能性もある。ただ戦えばいいという訳ではない。」

 

川内「提督、質問いいですか?」

 

提督「あぁ、いいぞ。」

 

川内「敵に対し優勢だった場合、Aは速やかに反撃戦闘に移行してもいいんじゃないでしょうか?」

 

提督「急襲によって混乱をきたしていると、命令伝達が困難になる可能性が高い。優勢である場合に於いてもまずは遅滞戦術を行う事によって、味方の混乱を収拾する時間的余裕を作らなくてはならないと言う訳だ。」

 

川内「成程・・・。」

 

提督「敵がこの挙に出るとしたら、それは水面下からの奇襲によって我々の意表を突こうとした場合だ。本来あってはならないという潜在的な意識から、見落としやすい角度からの奇襲が、戦術上は一番有効だからね。」

 

大和「提督!」

 

提督「どうした?」

 

大和「敵の通信妨害による命令伝達の阻害が起こった場合はどうすればいいのでしょうか? この場合、救援を求める通信は送れないと思うのですが・・・。」

 

提督「艦載機に通信筒を持たせて飛ばすか、伝令の艦娘を送って救援を要請する事になるだろう。その間他の艦隊は、過度の通信障害によって戦闘が起こっている事を把握した上で、自分達の取るべき行動を取捨選択する必要がある。」

 

矢矧「その方法と言うのは?」

 

矢矧が食い入るように質問する。

 

提督「そう焦るな。この場合、高速艦隊ならば直ちに全速力でAの救援に向かうのが最も適切だ。しかし通常の速力の艦隊である場合、それでは間に合わない事も考慮に入れる必要がある。」

 

阿賀野「それじゃ場合によっては・・・!」

 

提督「・・・壊滅した、と言う前提で動く事も必要になるという事だ。無論この判断は、彼我の総戦力比などによって判断が分かれるが、集結してどうにか五分、と言う場合、1個艦隊のみの来援では対抗出来ない恐れも出てくる。そこで、BとCを結集した上で増援、ないし迎撃するという選択肢が浮上する訳だ―――」

 

 

イタリア「今日は、ありがとうございました。」

 

終わった後、イタリアは直人に礼を言った。

 

提督「いいよ、これ位は。うちの艦隊ではこれの事を“座学”と言うがね、まぁ実態はあの通り、戦術研究会なのさ。」

 

ローマ「良い艦隊ですね。私も配属されるなら、この様な艦隊だと嬉しいのですが。」

 

提督「中々難しいがね。」

 

グラーフ「・・・一ついいか。」

 

提督「何かね?」

 

グラーフ「・・・先程の研究会の中で聞かれた、“壊滅したという前提が必要になる”と言うのが、私にはどうも納得が出来ん。」

 

提督「・・・。」

 

グラーフ「我々は、仲間を信じる事から、戦いが始まる。しかし先程貴官が言ったのは、その信じた仲間を、仮にとはいえ見捨てろという事だ。」

 

提督「信じる心は当然大切だ。だが、戦場の現実は、それほど甘くはないんだ。欧州戦線で戦い抜いてきた君になら、分かる筈だ。」

 

グラーフ「・・・私には、実戦経験はないんだ。」

 

提督「なに―――!?」

 

グラーフ「我が国の海軍艦娘艦隊は大きく3つに大別される。“戦艦部隊”の第1艦隊、“高速部隊”の第2艦隊、そして、“空母部隊”の第3艦隊。私は―――“第1艦隊”の出身なんだ。」

 

提督「どういう事だ?」

 

グラーフ「“私と言う存在(グラーフ・ツェッペリン)”は既に、第3艦隊にいたという事だ。その余り物の私は、日本への増援と言う形で体よく本国を去らざるを得なかった、と言う事だ。」

 

提督「・・・すまない、言いにくい事を―――。」

 

グラーフ「いや、構わない。或いは、貴官だからこそ、話せたのかもしれない。本日の講座は参考になった。充分学び取らせて貰う。それでは。」

 

提督「あ、あぁ・・・。」

 

去っていくグラーフの後姿を、呆然としながら見送る直人。

 

イタリア「・・・グラーフさん、あんな事情があったんですね。」

 

提督「あぁ、俺も知らず知らずとはいえ、とんだ事を言ってしまったな。」

 

ローマ「いいえ、私には分かります。いえ、私だけでなく、きっとイタリアも。」

 

イタリア「はい。私もイタリア海軍として、今まで戦ってきましたから・・・。」

 

提督「―――そうか。地中海と太平洋は違う。波も、苛烈さも。その事は充分、分かっているとは思うが、肝に銘じて置いてくれ。」

 

イタリア・ローマ

「「はいっ!」」

 

直人はそう言って二人とも別れた。この後グラーフを含むこの3人は、リンガで鈴谷を降り、船団と共に日本を目指す事になる。

 

 

20時47分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「・・・イタリア海軍は、ドイツと並んで艦娘の教育には成功したと見える。」

 

明石「オイゲンさんとレーベさんも、もの凄く優秀な方ですからね。」

 

提督「せやな。」

 

明石「―――我々も、海外の方々には負けられませんね!」

 

提督「その意気や良し! 頑張ろう!」

 

明石「はいっ!」

 

こうして、提督の紀伊 直人とメカニックの明石は、一層の奮起を誓うのであった。

 

 

5月18日、鈴谷は外板の歪による燃費悪化や航行性能の低下に悩まされつつ、サイパン時間15時16分にサイパン島に辿り着いた。

 

そのまま鈴谷はドックへ直行となり、後日明石から、修理に1ヵ月半と言う申告を受けたのだが―――

 

 

5月20日16時37分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「1ヵ月半か・・・。」

 

明石「損害の大きさを考えますと、この位はかかってしまいます。」

 

提督「・・・分かった。」

 

明石「この際なんですが提督、鈴谷の改修を具申します!」

 

提督「改修?」

 

明石「はい、燃費の改善や武装の改良、これまでの小改修による機構の複雑化が少し発生していますので、その辺りの改良などなどです。」

 

提督「成程、修理ついでにやってしまおうと。」

 

明石「それに、水中防御力の強化として、隔壁の細分化等も同時に実行します。装甲配置も再配分し、重心の調節等に努める形でも調整するつもりです。」

 

提督「・・・分かった。承認してもいいが、それに伴う工期の延長等はあるか?」

 

明石「ほぼ発生しない見通しです。」

 

提督「大変結構、始めてくれ。」

 

明石「了解!」

 

提督「どうせ暫く出せんのだ、ならばこの際徹底的にオーバーホールと改修をした方がいいだろう。宜しく頼む。」

 

明石「明石にお任せ下さい! 非の打ち所がないくらいに仕上げて見せます!」

 

自身の改修案に自信を覗かせる明石は、早速鈴谷の全面改修に乗り出した。その後暫く、改修中の造兵廠ドックには喧騒が満ちる事になる。

 

 

その、喧騒の只中にやってきた艦娘達がいた。

 

 

5月21日8時22分 中央棟2F・提督執務室

 

夕張「明石さんの代理、夕張です! ドロップ判定真っ最中! なのですぐ来てください!」

 

提督「あいよ!」

 

いつも作業する時のYシャツにオレンジのツナギを着た夕張の呼び出しを受けて、直人はすぐさま建造棟へと走り出すのである。

 

 

8時28分 建造棟1F・ドロップ判定区画

 

提督「とまぁ、やってきた訳だが。」

 

夕張「はい、こちらの3人です。」

 

「ふぅん、この人がここの提督・・・。」

 

黒髪ロングの艦娘が直人を見てそう言った。

 

夕張「えぇ、そうですよ。自己紹介、どうぞ!」

 

「水上機母艦、秋津洲よ! この大艇ちゃんと一緒に覚えてよね!」

 

「雲龍型航空母艦、三番艦、葛城よ!」

 

「綾波型駆逐艦、曙よ。」

 

提督「うん、夕張の紹介に与った、横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人だ。宜しく。」

 

葛城「えぇ、宜しくね。あなた、中々いい目をしてるじゃない。期待させて貰うわ!」

 

提督「そりゃどうも。うちは機材も豊富にあるから、期待に沿えると思う。」

 

葛城「いいわね、頑張らせて貰うわ。」

 

秋津洲「秋津洲も、大艇ちゃんと一緒に頑張るかも!」

 

提督「うん、活用させて貰うよ。二式大艇の性能は凄いからな。」

 

朧「提督、お呼びですか―――曙!」

 

曙「朧じゃない! もう居たのね!」

 

朧「他の2人ももう居るよ、これで七駆全員集合!」

 

曙「えぇ、そうね!」

 

天城「あの・・・提督。」

 

提督「やれやれ、2人呼んで正解だったゾ夕張。」

 

夕張「えぇ、本当に。」

 

提督「天城、新任の3人に、司令部を案内してやってくれ。夕張も付き添ってやれ。朧、お前もだぞー。」

 

朧「はい提督!」

 

天城「畏まりました。」

 

葛城「天城姉、久しぶりね。」

 

天城「えぇ、来てくれて嬉しいわ。七航戦も、これで完全編制ですね提督!」

 

提督「ん? あぁ、そうだな。しかしこうして並んでみると、二人は着物なんだね。」

 

天城「普段着・・・ではありますけれど。」

 

葛城「流石に戦闘の時には着ないでしょ。」

 

提督「そりゃそうだ。いや、雲龍は着てないのになぁって思って。」

 

天城「・・・成程。雲龍姉様は確かに、着物をお召しにはならないようです。」

 

提督「そうなんだ・・・ちょっと興味あったんだけどな。」

 

天城「まぁ。伝えて置きましょうか?」

 

提督「んー、気が向いたらでいいよって言っといて。」

 

天城「分かりました。是非と仰っていたと伝えて置きますね。」

 

提督「おいおい天城。」

 

葛城「天城姉!?」

 

天城「ふふっ、冗談です♪」

 

提督「はぁ~っ、ほら、皆行った行った!」

 

天城「了解しました! 皆さん、行きましょう!」

 

半ば追い払われるように建造棟を出る6人。それを見送ってから執務室に戻る直人は、苦笑交じりの表情をしていた。

 

 

後日、雲龍が山吹色の着物を着て3人で現れたのは、また別の話・・・。

 

 

そしてそれは、5月末日になって唐突に舞い込んできた。

 

 

5月31日10時07分 司令部前埠頭

 

提督「―――多くないか、今日の船便。」

 

大淀「臨時便だそうですが・・・。」

 

提督「マジで?」

 

無線連絡を受けて直人自ら出迎えに来た直人は、双眼鏡に映るその隻数に驚いていた。しかし20隻を数えるであろうそれらの殆どは沖合を通過していた。どうやら高速輸送船団らしかった。が、殆どと言うのは、3隻だけサイパンに向けて接岸しようとしている船があったからだ。

 

大淀「その内の3隻が我々に充当、と言うのは妙な話ですね。」

 

提督「いつもは普段の物動でも2隻だ。しかもその便は明日定刻通りと言う通知があった後だ。」

 

大淀「なんなのでしょうか・・・?」

 

不審に思う直人らをよそに、3隻はキレイに1番から3番埠頭まで順に接岸する。

 

提督「―――ご苦労様です、艦隊司令、石川少将です。」

 

船団長といつも通りの挨拶をする直人。

 

「―――よォ直人。」

 

提督「―――!」

 

突然響いたその声は馴染みがあり過ぎる声だった。

 

船団長「実は今回は、横鎮と大本営のたってのものなのですよ。」

 

提督「成程。道理で“大迫さんがいる”訳か。」

声の正体は横須賀鎮守府後方主任参謀である大迫一佐であった。とんだサプライズであったが、それを成功させた大迫一佐は得意満面に言ったものである。

大迫「そう言う事。こないだBf110を融通出来なくて残念がってたからな。俺が頑張ったという訳さ。」

 

「―――まさか、これ全部・・・?」

直人が3隻の高速輸送船から降ろされてくる積み荷を見ながらそう言うと、大迫一佐は答える。

大迫「まぁ、そんな所だな。流石に全部という訳にも行かなかったが。」

 

「只今!」

 

提督「おぉ五十鈴!」

鈴谷がオーバーホール中で空の司令部前ドックの方から聞こえたのは五十鈴の声である。後ろには護衛任務に出していた駆逐艦娘達が岸壁へと上がってくるところであった。

 

五十鈴「船団護衛任務、完了したわ!」

 

提督「お疲れ様、ゆっくり休んでいいぞ。」

 

五十鈴「えぇ、そうするわ。」

 

大迫「護衛にお前が彼女達を寄越したという話を聞いてな。御言葉に甘えて借りさせて貰った。」

それを聞くと直人は心当たりがあり溜息をつきながら言う。

「やれやれ、予定が変わったとはそう言う事か。」

その声は呆れたと言うよりも、単純に納得したような響きがあった。

「あと、紹介したい客人がいる。」

大迫一佐がそう言うと、彼の背後に船からこちらに歩いてきたのだろう3人の“客人”の姿があった。

提督「―――え・・・?」

それこそ真に驚くべき者達だった。その3人とは、先日日本に招かれた者達だったからである。

「・・・あら?」

「貴官は!」

「えっ・・・!?」

 

大迫「驚いたか、直人。」

ニヤリと笑みを浮かべてそう言う大迫一佐に直人は率直に言った。

「―――えぇ、本当に。」

 

大迫「俺の預かりになったもんでな、ここぞとばかりに抑えさせて貰った訳だ。多分山本海幕長は、その意図で俺に預けたんだと思う。」

 

提督「期待されてますね、私も。」

肩を竦めてそう言う彼に、大迫一佐は掛け値なしにこう言う。

「当たり前だ、横鎮近衛艦隊は我が海軍のエース艦隊だからな!」

そこへ追い付いてきた3人の客人の1人、戦艦イタリアが思わず大迫一佐に尋ねていた。

イタリア「大迫一佐、これは・・・?」

 

大迫「あぁ。彼が、この秘密の艦隊の司令官さ。」

 

提督「事情も説明済みか、話が早くて助かりますな。」

 

イタリア「そうだったんですね。すみません、知らなかったとはいえ艦長さんだなんて・・・。」

 

提督「いいさ。母艦の艦長と艦娘艦隊の指揮官が同一だなんて、我が艦娘艦隊でも我々位なものだし。」

 

大迫「確かに。」

この掛け合いで相互に事情を飲み込んだ大迫一佐を除く4人は、改めて自己紹介をした。

イタリア「改めまして、イタリア海軍、戦艦、イタリア。」

 

ローマ「同じく、戦艦ローマ。」

 

グラーフ「ドイツ海軍所属、グラーフ・ツェッペリン。」

 

イタリア「母国を代表して、本日より貴艦隊でお世話になります!」

 

提督「―――心強い限りだ、宜しくお願いする。横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人元帥だ。」

 

3人「「宜しくお願いします(する)!!」」

 

こうして、唐突ながらに3隻の新たな仲間が、様々な装備等と共に、艦隊の戦列に加わる事になったのである。

 

 

提督「・・・で、積荷のリストはー?」

気の抜けるような声で言う直人に、共に岸壁を歩く副官大淀が書類を差し出した。積み荷のチェック作業、という訳である。

「はい、こちらになります。」

直人が大淀から渡されたリストには、とんでもない数の兵器が載っていた。

 

・Ansaldo and OTO 1934年式50口径38.1cm砲(cannone da 381/50 Modello 1934) 三連装砲 3基

・OTO 1936年式55口径15.2cm砲(cannone da 152/55 Modello 1936) 三連装砲 3基

・Ansaldo and OTO 1939年式50口径9cm高角砲(cannoni da 90/50 modello 1939) 単装砲 3基

バイエルン航空機製造(Die Bayerische Flugzeugwerke) Bf109T 艦上戦闘機 2ユニット

フォッケウルフ航空機製造(Focke-Wulf-Flugzeugbau) Fw190T(F-8改修型) 艦上戦闘爆撃機 2ユニット

ユンカース航空機・発動機製作(Junkers Flugzeug- und Motorenwerke) Ju87C-1 艦上爆撃機 2ユニット

・ユンカース航空機・発動機製作 Ju87D-4 艦上雷撃機 2ユニット

1933年型65口径10.5cm艦載型対空砲(10.5cm SK C/33 L/65 FlaK) 連装砲 3基

・プリエーゼ式水中防御モジュール 3セット

・FuMO 25 早期警戒・射撃管制レーダー 1セット

1942年式(ロケット弾)発射機(Wurfgerät 42) 2基

・試製51cm連装砲 1基

・試製46cm連装砲 1基

・試製35.6cm三連装砲 1基

・二式大艇 2機

・スーパーマリン シーファイアMkⅩⅦ 1ユニット

・ホーカー シーフューリーFB.11 1ユニット

などなど・・・

 

提督「・・・シーファイアにシーフューリーだと? イギリスの装備だが―――」

 

グラーフ「欧州連合軍が総力を挙げて、日本を支援しようという動きがある。それに伴い、イギリスからも装備の提供を受け、私が輸送して来たのだ。」

 

提督「成程、ありがたい限りだな・・・。」

 

大迫「その積荷ごと押さえてやったんだ。Bf110の代わりとまでは言わないが、受け取ってくれ。」

 

提督「―――ありがとうございます、使わせて貰います!」

 

大迫「それと、六〇一空所属機の輸送もしておいた。機種は零戦五二型甲・天山一二型・彗星一二型だ。」

 

提督「助かります、葛城艦載機について検討する所でしたので。」

 

大迫「喜んでもらえて何よりだ、頑張った甲斐があったよ。」

 

提督「本当に、大迫さんには感謝しています。」

 

大迫「今後も必要なものがあったら言ってくれ。袖の下抜きで相談に乗ろう。」

 

提督「ありがとうございます。では、積荷の搬入がありますので、早速これにて。」

 

大迫「頑張れよ!」

 

提督「はいっ!」

 

張り切った様子でその場を後にする直人。

 

大迫(全く、元気な奴だ。)

 

その背を、頼もしそうに見送る大迫一佐の姿があった。兵站の名人である彼の存在があってこそ、直人は後ろを気にせず戦えるのだった。

 

提督「早速この新しい艦載機どうしよう。」

 

瑞鶴「六〇一空は葛城に乗せてあげるとして・・・」

 

提督「今搭載機無しの艦娘がいないしなぁ。」

 

瑞鶴「・・・いや、一人いる。」

 

提督「へ?」

 

瑞鶴「ほら、あきつ丸さんだよ。」

 

提督「あぁ・・・あの子か。」

 

瑞鶴「それに大鯨さんも、確か明石さんがもうじき改装だって。」

 

提督「でもあの子は固有の航空隊を持参で来る筈。だからダメかな。」

 

瑞鶴「うーん・・・余るね。」

 

提督「どうあがいてもね。」

 

瑞鶴「・・・あ、そうだ。」

 

提督「ん?」

 

瑞鶴「グラーフさんにちょっと質問してくる。」

 

提督「お、おう・・・。」

 

そう言って瑞鶴は駆けだした。

 

 

瑞鶴「初めまして、グラーフ・ツェッペリンさん。」

 

グラーフ「君は・・・」

 

瑞鶴「横鎮近衛艦隊第三艦隊、旗艦の瑞鶴よ。まぁこんな肩書だけど、各空母部隊を全面的に指揮する空母部隊の指揮官ってとこね。多分、貴方も私の所に配属になる筈、宜しくね。」

 

グラーフ「ズイカク・・・瑞鶴か。宜しく頼む。私の事は、グラーフでいい。」

 

瑞鶴「じゃぁグラーフさん、今のあなたは艦載機を乗せてるの?」

 

グラーフ「輸送の為と、建造されて間もない頃だったのもあって、艦載機は今は・・・。」

 

瑞鶴「成程ね・・・ありがと、参考にさせてもらうわ。」

 

グラーフ「用件は、それだけなのか?」

 

瑞鶴「自己紹介はして置かないとって思ったのが第一よ。」

 

グラーフ「・・・そうか。」

 

瑞鶴「それじゃ。」

 

 

提督「まぁ・・・そうだな。」

 

瑞鶴は聞いてきた内容を直人に話した。直人は納得したようにそう唸ったのみだった。

 

提督「ではワンセット、グラーフに預ける事も出来るな。」

 

瑞鶴「でもスペック見たけど、ちょっと癖があり過ぎる感じが・・・。」

 

提督「うーん・・・最低限改で渡してくれたのが幸いだったな、艤装だけ代えたらしい。」

 

瑞鶴「うん・・・。」

 

提督「第1スロットと第4スロットの搭載数を変更するよう小改修を明石に頼もうか。」

 

瑞鶴「え、出来るの?」

 

提督「一応。じゃなきゃ俺の紀伊の搭載数もあべこべな事になるし。」

 

瑞鶴「あっ・・・確かに。」

 

提督「そこでだ。第1スロの搭載数を25に下げ、5機分を第4スロットに回して8機にする。ここにフォッケウルフを入れて、13と10にスツーカの雷撃型と爆撃型をそれぞれ、25はメッサーシュミットでいいだろう。」

 

瑞鶴「成程・・・。」

 

提督「よし、早速頼んで来る事にしよう。あ、金剛!」

 

金剛「Oh! 提督・・・。」ジーッ

 

提督「・・・?」

 

唐突にまじまじと見られて――睨みつけられて――怪訝そうな顔をする直人。

 

金剛「・・・仲良さそうですネー?」ジトー

 

提督「いや当たり前でしょ、ねぇ瑞鶴?」

 

瑞鶴「そうそう! 提督と艦娘の仲の良さが、この艦隊の強さの秘訣なんだから。」

 

そう事もなげに言い放つ瑞鶴を見て金剛は溜め息一つついて言った。

 

金剛「ムー・・・まぁいいデス。で、なんデスカー?」

 

提督「外国からの艦娘が3隻、我が艦隊に配属だ。艦隊を代表して司令部を案内してやれ。この有様で訓練も中止だしな。」

 

金剛「あの方達デスネー?」

 

提督「そうだ。あと、新任の艦娘も含め、艦隊編成もちゃんとな。」

 

金剛「アイアイサー!」

 

元気よく敬礼すると、金剛は早速イタリア達の所に飛んでいくのだった。

 

提督「・・・もしかして、妬かれた?」

 

瑞鶴「―――し、知らないわよ!///」ツーン

 

提督「えぇ・・・?」

 

あらぬ方向からもヤキモチを妬かれた直人なのであった。

 

提督(―――なんでさ。)

 

そう思わずにはいられないのである。女性ばかりの職場と言うのも部外者にはロマンだが、やってみると意外とこんなもんである。夢は夢だからこそ――と言う奴であろう。ハーレムモノでは王道のパターンでこそあるのだが、そんな状況とは程遠い、戦地の現状であった。

 

 

その後、忙しい中グラーフの艤装改修を快諾してくれた明石だったが、忙しい事に変わりはなく、いつになるかは分からないという注釈を頂いたのであった。

 

しかしそれであるにも拘らず、一つ難問が持ち上がっているのだという。それを担当しているのが、造兵廠や建造棟での業務を代行する夕張なのである。夕張も明石との長い付き合いの中で艦娘技術の知識と経験では明石と同等になっており、十分片腕として足る実力派のテクノクラートであった。

 

6月1日13時22分 造兵廠

 

提督「何? 金剛が、そんな事を?」

 

夕張「はい。最近、どうチューニングしても“思い通りに動けない”そうなんです。」

 

提督「それって・・・。」

 

夕張「艦娘の身体能力は、その経験に応じて成長します。それに艤装が付いていけなくなったのかもしれません。」

 

提督「そんな事もあるのか・・・。」

 

夕張「それを解消する為のピップルシステムだった訳ですが、金剛さんの場合、それも追い付いていません。第一世代の艦娘である以上、未知数の部分は多い訳ですが・・・。」

 

提督「成程、全ての“金剛”にとっての原初の一(アルテミット・ワン)である我が金剛も第一世代だったな。その能力は一般的な艦娘と言う範疇を越えている。と、夕張は言いたい訳だな。」

 

夕張「私はそう思いますが、明石さんは違う見解をお持ちです。」

 

提督「と言うと?」

 

夕張「これは提督にもお伝えする様に言われたのでお教えしますが、明石さんが言うには、“金剛さんの力量こそ、艦娘の持つ本来の力”なのだそうです。」

 

提督「つまり、俺達は“まがい物”を量産しているに過ぎないと、そう言う事か?」

 

夕張「はい。」

 

提督「成程な・・・そう言われると納得がいく。」

 

夕張「そこでです。私としては、この際金剛さんの艤装を全面的に近代化改修する事を進言します!」

 

提督「え、でも改装段階はもうない筈では?」

 

夕張「膨大なデータを必要とするが為に捨てられた技術が、実は一つだけあるんです。」

 

提督「と、いうのは?」

 

夕張「艤装の“現代化”です。」

 

提督「現代化?」

 

夕張「もっと言うと、その艤装に何か繋がりのある別のものの要素を組み込んで強化するんです。」

 

提督「・・・例えば?」

 

夕張「金剛さんと言えば、イージス艦としてその名前が受け継がれていたでしょう?」

 

提督「―――!」

 

イージス艦こんごう、20世紀の終わり頃に就役した古い船の名である。

 

夕張「大和さんには“超大和”がありますし、翔鶴さん達はアングルドデッキに改修するとか。」

 

そう、この世界は超兵器の出現によって技術が大きく進んでいるのだ。日本海軍では敵国アメリカの超兵器アルウスの写真を発想の元として、翔鶴型を大幅に改装する案が持ち上がっており、そこには新鋭噴式機の搭載が真剣に考えられていたのだが、国力の疲弊から実現は叶わなかったのである。

 

ここで語られる超大和も、現実のものとは異なるが、これは割愛する。

 

提督「―――で、イージス艦と組み合わせてどうなるんだ?」

 

夕張「やってみない事には分かりませんが、抜本的な解決には、これしかないと思います。」

 

提督「・・・フフッ。」

 

夕張「―――どうかされましたか?」

 

提督「いや。君は確かに、平賀造船中将の生み出した艦娘なのだなと思ってね。発想の突拍子の無さがそっくりだ。」

 

夕張「そ、そうですか?」

 

提督「それだけに面白い。今後同じ問題に直面した時参考にもなるかもしれないしな。金剛の同意も得てからの事になるが、早速始めよう。」

 

夕張「ありがとうございます!」

 

こうして、提督の裁可を受けて金剛の大改修案は動き始める事になる。

 

 

一つの流れが、今南方戦線に動きつつある。

 

 その中で、一つの可能性が、サイパンで芽生えた。その可能性が、流れ出した潮流の中でどのように働くのか。それを知る者は誰もいないが、兎も角その可能性を、直人が鷲掴みにした事は確かである。

様々な思惑と理念と怨嗟が絡み合うこの世界が今、一つの調和の形へと、収束しようとするその出発点の一つとなった時代。それがこの果ての無い大戦争の渦中であった事は否定出来ない。

しかしそれは横鎮近衛艦隊にとって、想像を絶する戦いの幕開けに過ぎない事を予見できる者がいたとしたら、それは神に類する者であったに違いないのだ。彼らにとって未来とは遥か遠くに在って願うものであり、遠く明日を想うものでは無かったのである。

 明日さえ分からぬこの時代に生きた彼ら横鎮近衛艦隊の在り方は、一つのモデルケースに過ぎない事は最早言を待たないが、この時の彼らはまだ、この戦争を終焉に導く、一つに切り札に近づいたに過ぎないのであった・・・。

 

 

~次回予告~

 

紀伊直人が検討し、大本営が精査し、

様々な情報を基に立案された緻密で大規模な作戦案。

それはかつて彼らが怠慢によって失敗させてしまった作戦を、

その規模を縮小の上でより緻密に実行に移さんとするものであった。

そこに横鎮近衛艦隊は―――

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第3部最終(14)

『遥かなる征旅(せいりょ)、横鎮近衛艦隊抜錨!』

艦娘達の歴史が、また一ページ―――

*1
Luigi Gianmario Rodigari




艦娘ファイルNo.136

秋津洲型水上機母艦 秋津洲

装備1:12.7cm連装高角砲
装備2:25mm連装機銃
装備EX:二式大艇(大艇ちゃん)

秋津洲型の1番艦として就役した飛行艇母艦の別名を取る水上機母艦。
基地航空隊に配備される二式大艇の支援が主務ではあるが、自分の片腕として大艇ちゃんと称する二式大艇を保有しているのが特異点。艦載機と言う扱いで艤装の一部である為名実共に秋津洲のものである。


艦娘ファイルNo.137

雲龍型航空母艦 葛城

装備1:零式艦戦五二型甲(六〇一空)
装備2:彗星一二型(六〇一空)
装備3:天山一二型(六〇一空)

提督を値踏みした黒髪ロングの艦娘。
葛城の意向に沿えたかはさて置くとして、搭載機を持たぬ身から積み荷であった六〇一空を装備し、正式に第七航空戦隊の一員に加わった。
提督の第一印象は割と好意的だったようである。


艦娘ファイルNo.138

綾波型駆逐艦 曙

装備:12.7cm連装砲

第七駆逐隊最後の1隻。
長く欠員となっていたが、めでたく最後の1隻として着任した。
曙としては第一印象は悪くなかったのだが、ぶっきらぼうな自己紹介のせいで提督からの受けは微妙だったのは裏話である。


艦娘ファイルNo.139

ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦 イタリア

装備1:381mm/50 三連装砲
装備2:381mm/50 三連装砲
装備3:Ro.43 水上偵察機
装備4:プリエーゼ式水中防御隔壁

イタリア海軍にその籍を置く戦艦の一人で、イタリア最後の戦艦級。
地中海戦線を支えてきた立役者の一人であり、腕も実績も確かな艦娘であるのは間違いない。


艦娘ファイルNo.140

ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦 ローマ改

装備1:381mm/50 三連装砲
装備2:381mm/50 三連装砲
装備3:Ro.43 水上偵察機
装備4:90mm単装高角砲

イタリアと共に地中海戦線を支えてきた精鋭艦娘。
装備4が異なるのはイタリアとローマで役割が差別化されていた為である。
提督から二人揃って篤い信任を得た二人は、果たして太平洋でも活躍できるのか?


艦娘ファイルNo.141

グラーフ・ツェッペリン級航空母艦 グラーフ・ツェッペリン改

装備1(25):Bf109T 艦上戦闘機
装備2:Ju87D-4 艦上雷撃機
装備3:Ju87C-1 艦上爆撃機
装備4(8):Fw190T(F-8型) 艦上戦闘爆撃機

2隻目だったという曰く付きで回航されて来た為装備持参の無かったドイツの航空母艦。
実戦経験はなく、1隻目のグラーフ・ツェッペリンのデータを参照して艤装のみが改となっていた。
ただその日本側に対する配慮を快く受け取り、デフォルトの搭載数を小改編した状態で、舶来のドイツ製艦載機を運用する様にした仕様である。


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第3部13~14章幕間~“(きわみ)”の胎動~

――2054年6月30日――

 

 

7時22分 司令部前ドック岸壁

 

この日、彼は疲労の色濃い夕張に代わって執務室に現れた明石に呼び出されてドックにやって来ていた。大淀を連れて来てみるとそこには、艤装を一新した金剛と夕張がいた。

 

提督「これが・・・。」

 

金剛「私の、新しい艤装、デスカー・・・。」

 

明石「はい、夕張さんからこの改装案については話を聞いていましたが、いざやってみるとここまでバチっとハマるとは思いませんでしたね。」

 

大淀「同じ人の艤装とはとても・・・。」

 

夕張「形にするまで1ヶ月弱と、時間かかりましたけどね・・・。」

 

そう言う夕張の目にはクマが出来ている。相当睡眠時間を削った事は想像に難くない。

 

金剛の艤装は、殆ど一新されたと言ってよかった。

 

45口径46cm砲は、砲塔ごと拡張される形で55口径にまで砲身を延長し、これまで通り12門を弾薬1200発(1門当たり100発)と共に搭載、更に装填機構を一新する事によって装填時間をこれまでの半分(約45秒前後)に縮小、俯仰角に変化こそなかったが、旋回速度と俯仰速度も水圧式から電動式に改めた結果、劇的にその性能を上げている。

 

その主砲配置が、辛うじて金剛改二である事を思わせる名残であったが、この主砲の特色でもある完全な自動化を達成したのは、金剛が改装を受けるに当たって参照されたものの影響を色濃く受けて可能となったものだった。

 

艦娘機関はその出力を三割以上強化され、それに伴って各種機構が作り直された。その消費を担う推進機関も強化され、最高速力は2艦娘ノット強引き上げられて32艦娘ノット丁度になった。金剛の身体への負担は、金剛の成長そのものがそれをカバーし、今まで通りの負担で運用する事が出来るようだった。

 

更に特徴的なのは航空兵装で、オートジャイロの発着が可能になったのである。敢えてオートジャイロに限定したのは、ヘリコプターに相当する装備がない為であるが、これにより搭載機種の幅が多少なり広がったのは事実である。

 

背部艤装を見ると、煙突形状が一本の誘導煙突に改められ、マストは新たに設けられた艦橋型構造物と、誘導煙突の前縁部を組み合わせたその上部に、戦後に見られるような塔型マストが装備された。

 

その、艦橋部分である。そこには平面型の火器管制レーダーが装備されていたのである。

 

提督「これって・・・。」

 

夕張「SPY-1D フェーズドアレイレーダーです。多機能型のレーダーで―――」

 

提督「そうじゃなくって、なんでこんなものが?」

 

夕張「巨大艤装『水戸』が実は付けてるんですよ。そのデータを頂きまして。」

 

提督「そ、そうだった・・・。」(絶句)

 

夕張「なのでその機能の一部であるマルチターゲティングシステムを金剛さんの艤装に組み込みました。火器管制機能はそのもののついでです。」

 

提督「ふむ・・・。」

 

夕張のこの発言には隠された含意がある。金剛は元から各砲個別照準射撃と言う唯一無二のアビリティを有している。にも拘らずマルチターゲティングシステムを搭載し、火器管制をもののついでと称した。即ちマルチターゲティングシステム自体もただの補助に過ぎない事になるのだ。

 

提督「金剛の砲撃が、また冴え渡るな。」

 

金剛「お任せデース!」

 

夕張「早速色々とテストをしましょう、公試データがいるので、お願い出来ますか?」

 

提督「まぁ、今日1日君に貸すよ。」

 

夕張「ありがとうございます!」

 

陽炎「―――遅刻遅刻!」タタタタ・・・

 

提督「ハイストップ陽炎!」

 

陽炎「ふえっ!?」

 

提督「また遅刻かぁ?」

 

陽炎「そ、そんなことは・・・」

 

金剛「遅刻デスネー。」

 

夕張「えぇ遅刻です。」

 

大淀「そうですね。」

 

提督「ハイ秘書艦代理な。」

 

陽炎「またこのパターン!?」

 

陽炎、2度目の遅刻ペナであった。

 

 

その後試験運用をしてみた結果、いくつかの改善点が見つかった。

 

例えば艤装の大型化に伴い定格の速力が出なかったとか、霊力が消費しきれずオーバーロードしている、艤装側の応答時間が長いなどがそれである。

 

特にオーバーロードしているのは致命的な問題で、直接エネルギーロスに繋がる為、それも含めて再改修を行い、後日再びテストと言う運びになった。

 

 

22時10分 中央棟2F・提督私室

 

提督「成程、分かった。」

 

夕張「では―――」

 

提督「そういえばだ。」

 

夕張「なんでしょう?」

 

提督「この改装に名前はあるのか?」

 

夕張「一応プラン名は“きわみ”となっています。」

 

提督「きわみ?」

 

夕張「艦娘艤装の力を“極める”と言う意味を込めて“(きわみ)”です。」

 

提督「成程、“究極”の極だな。」

 

夕張「そうでもあります。」

 

提督「では、今の金剛の姿を仮に、金剛(きわみ)改二としようか。改修した仕様を極改三と言う事で呼称するのはどうかな。」

 

夕張「いいですね、その方が明確で分かりやすいです。」

 

提督「では、極改三への改修、頼むぞ。」

 

夕張「お任せ下さい! ですが・・・少し休みを頂きます。」

 

提督「許可しよう。よく頑張ったしな。」

 

夕張「ありがとうございます、おやすみなさい~・・・。」

 

そう言って夕張は憔悴しきったその身を引きずるように提督私室を後にするのであった。

 

 

その改修の合間を縫って、横鎮近衛艦隊司令官紀伊直人は、横浜大本営を訪れていた。膨大な資料をその手に携えて、である。

 

 

7月1日13時02分 大本営・軍令部総長オフィス

 

提督「私が最初の来訪者、と言う訳ですか? 閣下。」

 

山本「そうだな。」

 

提督「伊藤一課長殿はお久しぶりです。」

 

そう話しかけたのは、山本海幕長の隣に立つ53歳の海将補に対してである。細顔であり頬の肉付きも少し薄いが、白髪の目立つ黒い頭髪と、シャープな目つきの対比が印象を与えずにはおかない容姿を形成している。

 

伊藤「7年ぶりだな。」

 

伊藤(いとう) 孝介(こうすけ)海将補はそう短く応じた。彼は山本人事における軍令部第1部第1課長を務める幕僚の一人であり、軍令部の作戦主任参謀を兼務する人物である。その戦略構想能力には非凡なものがあり、状況を的確に分析する才にも長けている。

 

これらの事から山本海幕長の信任も得ている優秀な人材であったが、人付き合いが少々不得手なのが玉に瑕な所であろうか。本人は生真面目過ぎるだけなのだが。

 

提督「総長殿に頼まれました件に付きまして、詳細な検討が終わりましたので提出致します。」

 

山本「ご苦労だった。すまないな、無理を言って。頼めるのも貴官だけなのでな。」

 

気さくな口調で山本海幕長は言う。

 

提督「流石にあの3人では、こんな事は中々難しいでしょうね。」

 

山本「そうだろう。」

 

あの3人、と言うのは元第1任務戦隊の構成メンバーの事を指している。

 

水戸嶋(みとしま) 氷空(そら)(使用艤装:水戸)は攻守につけ堅実で隙無く、的確な機動によって勝敗を決する所に定評がある。しかし戦場に於ける状況分析とそれを戦術に生かす以外にこれと言った特色が無い前線指揮官タイプである。

 

浜河(はまかわ) 駿介(しゅんすけ)(使用艤装:駿河)は戦略面に於ける条件を整える局面に於いて才能を発揮する後方処務の達人ではあるが、状況を分析し戦略に役立てるという能力は参謀の気質であり、立案能力に才がある訳ではない。

 

泉沢(いずみさわ) 和征(かずまさ)(使用艤装:和泉)はそもそも闘将タイプであり、短気な所があるのが否めない。攻撃における積極性と巧妙さに定評があるのだが、水戸嶋と同じ様に前線指揮官の気質であり立案には向かない。

 

山本「それでどうかね、可能かね。」

 

提督「―――結論としては可能です。但し条件があります。」

 

山本「それは?」

 

提督「一つは参加部隊の指揮官達が、その目的を銘記し誤る事が無い事です。この作戦はその規模の大きさ故にアクシデントが相当に起こる事は容易に想像出来ます。但しこれは、指揮官を一つの任務のみに固定する事を必ずしも意味するものではありませんが。」

 

いらぬ事を一つ言ってから、直人は二つ目を述べる。

 

提督「二つ目として、敵の最新情報に則って、適切な戦力配分を行う事です。この方面には相当な規模の敵が展開している事が推定されていますが、これらに対して戦力を惜しまず投入する事です。」

 

山本「成程、確実に成功させる為には重要な事だ。」

 

提督「最後に、敵の目を欺いて事を運べるかどうかです。言い換えれば、敵がどこまで素通りさせてくれるか、と言う事になるでしょうか。」

 

この言葉には皮肉が混じっている。これまでこう言った大規模作戦を行う際には必ずと言ってよい程敵方によって察知されるのが常であったからだ。

 

山本「その轍は踏まん、豪州方面に対する攻勢と言う事で表面上は取り繕う。貴官らには、その第一撃を担って貰う事になるだろう。第十一号作戦の失敗はやはり、貴官らが前線に居なかったからだと私は考えている。」

 

提督「買い被り過ぎですよ。」

 

伊藤「しかし大規模作戦に際し、貴官らが直接参加した作戦は尽く成功し、しなかった作戦はことごとく失敗してきた。艦娘艦隊を過小評価する訳ではないが、貴官らの実力は、1個艦隊で1泊地に勝るとも考えている。」

 

提督「買い被らないで頂いて結構です。あくまで戦闘効率が、他の艦隊に比べて高いだけですよ。」

 

山本「だが君達には素晴らしい母艦と、巨大艤装があるではないかね。」

 

提督「・・・。」

 

その事は否定出来なかった。彼の巨大艤装もまた、往時は非常に高い戦力を持つと評価されて来ていたからであった。

 

山本「貴艦隊は特一級臨戦体制の状態で待機して貰いたい。命令は追って伝える。」

 

提督「ハッ!」

 

山本「では下がって宜しい、ご苦労だった。」

 

提督「失礼します。」

 

直人は山本海幕長と敬礼を交わし、オフィスを後にした。

 

山本「―――どうかね。」

 

伊藤「非常に高い水準の検討がされています。これであれば、最新情報と突き合わせ作戦立案が可能でしょう。」

 

山本「では早速始めてくれ。」

 

「ハッ!」

伊藤海将補も直人を追う様に、直人の提出した資料を持ってオフィスを後にした。

 

山本「―――FS、か。」

 

 

「やぁ大淀。」

 

「お疲れ様でした。」

1階のエントランスホールで直人を待っていた大淀は顔をほころばせる。

 

提督「全くお役所も楽じゃないね。雰囲気がヤダヤダ。」

 

大淀「それも提督のお仕事の内です。」

 

提督「やれやれ、損な役回りだ事。」

 

そう肩を竦めて見せる直人。

 

大淀「でも、何の検討だったんです?」

 

提督「秘密です。」

 

大淀「なんでそこまで教えて頂けないんです?」

 

提督「そう上から言われてるからさ。」

 

大淀「そうですか・・・。」

 

残念そうにそう言う大淀だったが、直人は決して口を割る事は無かった。

 

 

その後、金剛の艤装は無事改修を終える事が出来、むしろ極改二で想定されていた以上の性能を一部で弾き出すようになった金剛極改三の性能は、首脳陣を納得させるに十分であった。

 

極改三では更に対空兵装と防盾が刷新され、防盾は艤装の大きさが拡大したのに合わせて厚みと大きさが更に大きくなり、対空兵装は高角砲に代わってこんごうが近代化改修の際に搭載した国産の速射砲が搭載され、機銃も20mmCIWS“ファランクス”の他、戦時改装でこんごうが搭載したエリコンKD 35mm連装機銃を搭載している。

 

この近代化改修と戦時改装を施されたDDG-173 こんごうの改装内容と言うのが、武装面に於いては数で勝る中国海軍に対抗するという目的で行われたものであるという面と、この改装が行われた2037年当時実用化されたばかりの国産速射砲を装備するという目的があった。

 

この36式127mm速射砲は、艦の大きさによって単装と連装とを使い分けられるよう設計されており、こんごう型などの大型護衛艦は、近代化改修によりオートメラーラや米国製の127mm単装速射砲から36式連装速射砲に換装されたのである。

 

開発にはこんごう型までの54口径127mm単装速射砲(イタリア製)とそれ以降の62口径5インチ単装砲(Mk.45 mod.4/米国製)の2つが参考にされたが、最終的にイタリア製のものに長砲身化の改修を施し、その際の機構に米国製Mk.45を参考にし、ハイレートと長砲身化の両立を実現した。

 

そこへ更に連装砲架を開発する事で、万が一近距離砲撃戦になった場合でも高い火力を保持できるように考慮された上、長距離砲撃戦も遂行する事が出来る様に誘導砲弾にも対応している。この為最大射程は約106kmにも達している。

 

戦時改修により対空火器として追加されたエリコンKDは、元々海保が巡視船の一部に装備していたものを流用したもので、陸自も在庫を持っていた為それなりの数を砲塔として確保する事が出来た。マウント位置はこんごう型では第二煙突の中腹両舷である。

 

金剛は極改装でこれらの内容を含んだ改装を行い、エリコンKD連装砲架を2基、ファランクス2基、連装高角砲6基を連装速射砲に全て換装した形になる。それまでは金剛自身かなりの数の機銃を装備(完全装備時18基)していたのだが、流石にこれらを4基に纏めてしまうと防空能力の低下が懸念された為、エリコンKDに関しては追加で4基が装備されている。

 

因みに、流石にミサイルはないものの、3連装短魚雷発射管を追加した為、対潜攻撃能力が付与されている点は特筆するべきだろう。

 

 

7月4日8時02分 司令部前ドック岸壁

 

ただ、それを見た提督の反応はと言うと・・・

 

提督「・・・こんなに近代化しちゃって大丈夫?」

 

明石「大丈夫でしょう。」

 

夕張「ミサイルの実用化が出来ませんでしたし、誘導砲弾も流石に実装は出来ませんでしたから・・・。」

 

提督「あぁ・・・そう。」

 

精々速射砲の射程は2万メートルあるかどうかと言う所である。

 

夕張「でも金剛さんもこれで対潜攻撃が出来ますから、ソナーも使い道がありますよ。」

 

提督「おいお前まさか―――」

 

夕張「こんごうと同じものです!」

 

提督「おい・・・。」

 

OQS-102艦首装備式ソナーを装備してしまったようである。確かにこれで短魚雷の誘導は捗るのだが・・・。

 

提督「・・・これがリアルチートか。」

 

明石「敵の物量の方がチートです。これ位は許されますよ。」

 

提督「そ、そうかな・・・。」

 

夕張「あと敵の超兵器級もですね。」

 

提督「確かに。」

 

それについては全面的に納得する直人であった。かくして金剛は極改装によって超戦艦と化したのであった。

 

作戦の発動前―――彼らはそれとは知らなかったが―――、横鎮近衛艦隊が行ったこの戦力増強策は、何かをモチーフにその要素を取り入れるというものであった。その理論には、何もこの世界のものでなくても良いというおまけまでついていた。

 

 

~遡って極改装の説明を受けている時~

 

夕張「―――例えば、並行世界で別の姿になった同一設計同一名の艦がいるとして、その情報を引き出す事が出来たなら、それをモチーフにして改装が出来るんですよ。」

 

提督「・・・まさに魔法だな。」

 

夕張「私もそう思います。実は提督の戦艦紀伊を作る際もその方法で作っているんですよ。」

 

提督「そうだったのか、しかし一体どういう手品だ?」

 

夕張「妖精さんの秘密だそうです。」

 

提督「あぁ・・・そう。」

 

この時ほど妖精さんに疑問を覚えた事は無い。もしかしたら妖精さん達の中には、世界を股に翔ける者がいるのではないかと勘繰った程である。勿論誇大妄想の誹りを受けかねない想像ではあったが。

 

 

一方、極改装のすったもんだに隠れて、一つの騒動が巻き起こっていた。

 

「そんな話聞いてないでち!!」

 

2054年6月21日10時32分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「だがもう決定事項なんだ!」

 

ゴーヤ「私達に何の相談も無かったのはどう言う事でちか!」

 

イク「そうなの! 母艦がいなくなったら、どうやって活動するのね!」

 

提督「だから予備の艤装は残すと言うとろうが! それに大鯨の艤装はもう一揃え揃える予定だから潜水母艦がいなくなる事は無い!」

 

イムヤ「でもそれまでの潜水母艦の空白はどうやって埋めるつもりなの! それに空母に改装しちゃったらその訓練もあるのに!」

 

提督「空母の数がただでさえ足りんと言うのに無茶を言うんじゃない! あっちを立てればこっちが立たんのだ、その位分かってくれよ・・・。」

 

ゴーヤ「だからと言って潜水艦隊の活動を阻害する理由にはならないでち! 撤回するでち!」

 

ここまでで分かる通り、そのひと騒動と言うのは、大鯨を龍鳳に改装する件に付いてである。名取、由良、鬼怒、阿賀野、矢矧などの改への改装を終えた次の改装として実行する間際の事である。因みにこの時他に、長波・衣笠・足柄・最上・鳥海・大和・漣・敷波・涼風・若葉・初霜・熊野・利根・天城・秋月が改に、蒼龍と飛龍が改二へと改装されている。

 

潜水母艦は長期に渡る潜水艦の行動に於いては重要な要素足り得るが、それも条件次第なのである。そもそも潜水母艦は前進基地に待機して潜水艦に専属して補給を担うものなのだ。

 

提督「潜水艦隊の活動そのものは潜水母艦を必ずしも必要とはしていないだろう。そんなに不満なら給糧艦伊良湖を貸し出してやっても良いのだぞ!?」

 

ゴーヤ「・・・。」

 

提督「それに潜水艦隊の活動拠点となる基地だってある。暫くはそれを活用する事にしてくれ。これは、命令だ。いいな。」

 

イク「・・・仕方ないのね。」

 

そう言ってイクに連れられて潜水艦隊の代表者4人は執務室を去った。

 

提督「・・・思ったより猛反発を受けたが、まぁ致し方ないな。」

 

大淀「重要なのは、確かですからね。」

 

提督「そうでもないよ。さて、建造棟に指示を出そう。」

 

 

こうしてできたのが航空母艦「龍鳳」である。

 

 

18時29分 建造棟1F・艤装改造区画

 

実は艤装の改造は造兵廠ではなく建造棟の一角で行う。この為実はイメージされるよりも建造棟は縦横に広いのである。

 

提督「これが、新しい姿か。」

 

そう言って見やる大鯨改め龍鳳の姿は、趣を一新していた。着物を身にまとい、艤装の一部でよろい、弓と矢筒を携えたその姿は、紛れも無く航空母艦であった。

 

龍鳳「今までとは違う、力強さを感じます。実戦が楽しみです!」

 

提督「お、そうか。」

 

如月「ねぇ提督、ちょっと装備のリストを見てくれる?」

 

提督「どした、どれどれ・・・。」

 

そのリスト(電子データだが)を見た彼は、妙な点に気付いた。

 

提督「・・・箱根隊?」

 

それは艦戦だった。零式艦戦五二型(箱根隊)と言う名が記されていたのだ。

 

龍鳳「どなたでしょう・・・。」

 

提督「俺も初めて聞く名前だな。」

 

龍鳳「どんな実力をお持ちなのでしょうか?」

 

提督「・・・ここは―――」

 

 

~翌日朝~

 

演習海域に来た鳳翔と龍鳳。

 

提督「さてさて、見させて貰いましょうかねぇ。」

 

それを遠巻きに、偵察機を飛ばしながら見る直人。

 

鳳翔「柑橘類さんと対決ですかぁ。」

 

柑橘類「どんな奴だか知らんけどな、まぁ、やってみるさね。」

 

龍鳳「箱根さん、行けますか?」

 

そう呼ばれた龍鳳の肩に乗る妖精は小さく頷いて言った。

 

箱根「いつでも。」

 

提督「“両者準備いいな、発艦して宜しい。”」

 

その声を聞いた二人は矢を番えて放つ。龍鳳は初めて演習の場で矢を引くのだが。

 

提督「・・・ホーカー・シーファイアの初陣って所か。」

 

鳳翔の飛ばした戦闘機を見て言い放った一言である。

 

 

~遡る事一週間前~

 

提督「・・・どうしても欲しいのか?」

 

柑橘類「おう。」

 

提督「・・・鳳翔さんはなんて?」

 

柑橘類「提督が良ければ、だってよ。お前がいいって言えばいいらしい。」

 

提督「やれやれ・・・分かったよ、シーファイアはくれてやる。」

 

柑橘類「やったぜ! これでグリスピ(※)は俺のもんだ!!」

 

※グリフォンエンジン搭載のスピットファイアの事、初期~中期型はマーリンと言う別のエンジンだった

 

提督「はぁ~・・・。」

 

 

大馬力のグリフォンエンジンを轟かせて一気に高度を取る柑橘類機。これに対して五二型に乗る箱根少佐は、焦って高度を上げず様子を見る。

 

提督「―――始め!!」

 

直人の号令で試合が始まった。

 

 

―――勝負は30秒足らずで付いた。位置エネルギーで優位に立つ柑橘類中佐は理想的なダイブアンドズームで仕掛け、そこから格闘戦に移ったが、その攻撃は尽く空を切り、瞬く間に運動エネルギーを失ったのである。

 

気付けば振り切れない位置に、箱根機があった。

 

 

提督「―――強いな。」

 

百戦錬磨の柑橘類中佐が負けたと言うのは彼にとって衝撃の大きなものだった。

 

 

箱根「改めて、箱根(はこね) 佐久(さく)、元傭兵だ。宜しく頼むで。」

 

提督「心強い戦闘機隊指揮官を得られて嬉しい限りだ、宜しく。」

 

自己紹介を受けて彼は少し顔をほころばせて言ったものである。しかし彼の脳裏にその名は無かった。これ程の腕の傭兵なら、何故名が知れていないのか。

 

それを問い質すと彼は言った。

 

箱根「―――私はこの世界の人間やない、とだけ言わせて貰おう。」

 

そう簡潔に答えたのみであった。

 

 

超戦艦の出現と新たなエースの着任、この二つを得て、横鎮近衛艦隊は更に自信を色濃くするのであった。

 

直人にとっては幸運の極みではあったが、少佐待遇とした箱根 佐久については疑問を残したままである。ともあれ、横鎮近衛艦隊空母航空部隊は、更に一層の実力を付けたのは明白な事実なのであるから、そこを否定できる点は無かった。

 

こうして劇的な戦力強化は、様々な事に疑問を覚えつつも粛々と実行に移され、来たるべき日を迎えるに至るのであった。

 

~幕間 完~




艦娘ファイルNo.1b

金剛型戦艦 金剛極改三

装備1:55口径46cm三連装自動砲
装備2:55口径46cm三連装自動砲
装備3:一式徹甲弾
装備4:カ号観測機(観測)
装備5:68式3連装短魚雷発射管(対潜装備)
装備EX:SPY-1D フェーズドアレイレーダー

EXアビリティ1:砲塔個別照準射撃
EXアビリティ2:マルチターゲティングシステム

補助装備(対空):35式127mm連装速射砲(両用砲)/エリコンKD 35mm連装機銃/ファランクスCIWS
補助装備(対潜):OQS-102艦首装備式ソナー

夕張の意見具申を実行し完成した超戦艦。それまでの艦娘では考えられないレベルの火力と精度、防御力の全てを、艤装の大幅な改装と言う一手で両立させた、金剛の新しい姿。
防空能力や対潜能力も刷新された事により、艦隊旗艦として遺憾ない能力を振るう事が出来る他、全ての火器がレーダーないしソナーと連動している為、非常に効果的な攻撃が行えるようになった。敵の物量に対して夕張が導き出した結論の結晶であるだろう。


艦娘ファイルNo.124b

龍鳳型航空母艦 龍鳳

装備1:零式艦戦五二型(箱根隊)
装備2:彗星一二型
装備3:流星一一型

潜水戦隊からの抗議を退け、大鯨の艤装を改装して出来た航空母艦。
その際特異点として未知の航空隊を引き連れて横鎮近衛艦隊第三艦隊に参陣したのであった。

◎箱根 佐久(はこね-さく)
階級:少佐

龍鳳飛行隊長兼戦闘機隊隊長を務める妖精。
匿名希望の第三者とのコラボキャラであり、元は別世界で様々な機体を乗りこなす傭兵としてその名を轟かせていた歴戦の傭兵隊長である。
部隊の指揮能力に秀でており、空戦指揮官として優秀な手腕を誇る。
言葉の端々に関西弁が混じる。


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第3部14章~遥かなる征旅(せいりょ)、横鎮近衛艦隊抜錨!~

どうも、天の声です。

青葉「どうも! 青葉です!」

前章での宣言通り、この章で第3部は完結です。

青葉「本当に完結なんですね。」

私天の声嘘つかない。

青葉「あっはい。」

と言う事で引き続きゲストです。

あかり「どうも、紲星あかりです!」

青葉「第二のコメンテーター枠ですか!?」

バレたか。

青葉「伊達にここまであなたのコメンテーターしてませんよ。」

まぁ本当のゲストはこちらです。

巻雲「夕雲型駆逐艦、巻雲です!」

改二おめでとう、巻雲ちゃんだよー!

巻雲「ありがとうございます! でも司令官の艦隊に復帰させてください!」

うっ・・・(滝汗)

青葉「私もお願いしますよ・・・。」

わ、枠が・・・(困窮)

あかり「お二人とも、マスターを困らせちゃダメです!」

青葉・巻雲「は、はい・・・。」

(咳払い)―――さて、幕間で登場した新キャラ「箱根佐久」は、私のネットに於ける古い知り合いとのコラボキャラ、と言う事にして置きます。匿名希望との事ですのでお名前は控えさせて頂きます。

巻雲「凄く強い方でしたね!」

強さに関しては虎徹や松っちゃんの様な強者で無ければまぁ勝てません。実力としては非常に高いです。あと、柑橘類中佐が装備していたシーファイアに関しても、ご本人からの強い要望によるものです。

青葉「しっかり反映して行くスタイルな訳ですね!」

ここまでやっていいのかと思う所まで機体がありますが、まぁそれはいいでしょう(苦笑)


さて、今回説明するのは、「第十一号作戦」についてです。久々に史実解説ですね。

 簡潔には第十一号作戦は、日本陸海軍合同によるセイロン島(現・スリランカ)攻略作戦です。ただ作戦内容について陸軍が自信を持つ事が出来ませんでした。

推測ですが大きく以下の点に陸軍は不安を覚えていたと見られます。
・英国東洋艦隊主力が在泊している事
・陸軍の戦力自体が不足しており、戦力の抽出による戦線の均衡崩壊を招く恐れがある
・占領後の統治と補給の保証がない(補給線の長大化)

 また海軍は米豪遮断作戦に集中する意図を明白にしていた為、インド洋作戦の一環として盛り込まれていたこの作戦は、真剣な検討に移る前に廃案となりました。
もし成立していれば、1個師団を主軸とした攻略部隊が投入される予定だったとされています。


とまぁ内容がこれだけなので前章で実行されていた第十一号作戦の経過を簡潔に述べます。本編中で語るべき内容と言う訳でもないので。

 第十一号作戦は一種の欺瞞工作であった訳ですが、その作戦案に余念は無く、ベンガル湾とセイロン正面に対する全面攻勢に打って出ます。
初動こそ劇中で語られた通り大混乱に陥れ、横鎮近衛艦隊が潜り抜ける余白を生み出す事に成功しますが、2週間もすると戦局が拮抗、3週間目には早くも攻勢限界に達した艦隊が離脱します。
 4週間目には準備不足が祟った艦隊の大半が離脱した事により戦線の維持が出来ない事を悟ったリンガ司令部(作戦総指揮)によって作戦の中止が下達され、艦隊は全てベンガル湾方面から撤退しました。
 しかしながら、この戦いに於いて深海側が受けたダメージも小さくなく、超兵器級(オリジナル)1を含む5隻の超兵器級を失い、その他艦種も大打撃を受けた事により、戦力再編に長期間を要する事が確定します。


以上です。

青葉「結局失敗ですからね・・・。」

大本営としても最初から成功を期していた訳ではなく、あくまでカモフラージュだったので、所期の目的は果たしてる訳だ。

あかり「でも何をしに行ったのか、これじゃぁ分からないですね・・・。」

まぁ、実戦こそ最良の訓練とは言うけどもね。準備不足で挑む艦隊が少なからぬ数いると言うのは問題だね。

巻雲「そうですね・・・。」

さて、そろそろ本編行きましょうかい。

来たるべき大作戦、その終幕に何が待つのか―――

巻雲「本編、スタートです!」


―――重巡鈴谷がサイパンに戻ってから、2ヶ月が経った。

 

 その間作戦行動を行う事3回、修理中の鈴谷以外に移動手段を殆ど持たない直人は、ひたすら戦備の充実に頭を悩ませる日々であった。新たな艦娘が着任する事もその間なく、ひたすら現状有する戦力の質を強化する事に全力を傾注する必要があったのである。

そして鈴谷の修理とそれに連動した改装に係る工期は、明石の真摯なまでの熱心さによって延長され、7月21日に完結すると言う報告を受けていた。彼はそれを承認すると共に、可能な限り急がせる事を怠らなかった。

 

そんな中で、7月18日、横鎮近衛艦隊に対して内命が下った。

 

 

2054年7月18日16時22分 中央棟2F・提督私室

 

提督「zzz・・・」

 

直人はソファの上でだらしなく寝息を立てていた。顔には戦術論の本が乗っていた。直人が昼寝をすると言うのも中々珍しい事なのだが・・・

 

 

コンコンコン・・・

 

 

提督「zzz・・・」

 

 

コンコンコンコン・・・

 

 

提督「zzz・・・」

 

 

「提督ー!」

 

提督「zzz・・・」

 

 

ガチャッ

 

 

「あら、開いていますね。」

 

提督私室の扉が開き、大淀が入室してくる。

 

大淀「あら・・・。」

 

大淀は室内を見渡して直人の姿を認めて、驚き半分、呆れ半分と言う反応をした。直人がそれ程だらしない姿を見せる事は稀だった事もあって驚きはあったのだ。

 

大淀「提督!」

 

提督「・・・んぅ?」

 

大淀「御休みの所申し訳ありません。」

 

提督「・・・うん。」

 

大淀「大本営から、親展文が届きました。」

 

提督「―――そうか、で?」

 

大淀「こちらに。」

 

大淀はその電文を携えて来ていた。

 

提督「うん、読ませて貰おう。」

 

直人はソファから身を起こし、大淀からその電文を受け取った。

 

 

親展

発:軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

 横鎮近衛艦隊は8月初頭を期して、フィジー・サモア方面に対して強行偵察を実施、在地する戦力を調査すると共にその漸減を図られたし。

なお、敵戦力に対し不利と見做される場合は、直ちに撤退する事を認める。また作戦案は貴艦隊に一任するものとする。

 

 

提督「・・・へぇ。」

 

大淀「なぜこのような命令が・・・。」

 

提督「―――ま、今に分かるさ。」

 

大淀「・・・?」

 

 

そう直人が答えた翌日、全艦隊に向けて、大規模作戦の正式な通知が行われたのだ。

 

 

7月19日9時05分 中央棟2F・提督執務室

 

自身のオフィスで、彼はその報告を受け取った。

 

大淀「これが・・・。」

 

提督「“第二次SN作戦”の、内示命令書だ。」

 

その作戦域は広大なものだった。近くはガタルカナルから、ニューカレドニア、フィジー・サモアに至るまで、南太平洋の広大な水域が、今回彼らが陥落せしむるべき目標だった。

 

提督「今だから言うが、俺が検討して来たのはこの作戦の是非の参考となる資料作成の為だ。我々横鎮近衛艦隊は、その一翼を担う栄誉を賜ったと言う訳さ。」

 

大淀「成程。」

 

提督「昨日の命令もこれにまつわるものだ。これで分かっただろう?」

 

大淀「はい、全てが繋がった様な気がします。」

 

提督「金剛!」

 

金剛「作戦の検討デスネー?」

 

提督「話が早くて助かる、頼んだ。」

 

金剛「OKデース!」

 

そう言うと金剛は執務室を飛び出していった。

 

大淀「しかし、これは気宇壮大というべきものです、上手く行くものでしょうか?」

 

提督「上手く行かせる為の我々だからな。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

提督「兎も角まずは今回の作戦に当たって必要な要件を精査してみる事だ。それなくしては始まらん。」

 

大淀「そうですね。」

 

大淀はそう頷き、再び執務に二人して戻ったのであった。

 

 

そんな中、明石からの報告が届いた訳である。

 

7月21日10時30分 司令部前ドック

 

そこには、2ヶ月もの間そこを空けていたドックの主が、再び入港しようとしていた。

 

その様子を見ていた男は、思わずこう言わずにはいられなかった。

 

提督「―――おかえり。」

 

大淀「・・・。」

 

 その男は、その船の主であり、外征を行う彼らにとっての“家”であり動く“根拠地”であった。

アラビア海海戦と呼称される戦いから2ヶ月の時を経て、修理と改装を済ませた鈴谷が、司令部の正面に作られたドックに帰還を果たしたのである。その主砲は急かされたせいもあってか変更はなく、20.3cm連装砲を5基10門携えていた。今やそれら10本の砲身は、誇らしげにその鎌首をもたげ、周囲を睥睨していた。

 

 

明石「鈴谷の指揮権を、提督にお返しします。」

 

提督「鈴谷の指揮を掌握する。ご苦労だったな、明石。」

 

明石「いえいえ。提督の為ですから。」

 

提督「で、具体的にどこがどう変わったんだ?」

 

明石「まず、主砲のターレット配置を、伊吹型に準拠しました。これにより8インチ連装砲を問題なく搭載出来ます。」

 

提督「それはいいな。」

 

直人がそう相槌を打つと明石が続ける。

 

明石「次に機関を、改良型である2号艦艇用艦娘機関に置き換えました。同じ四軸推進ですが、機関の占める容積が12%削減され、馬力が4000馬力ほど向上し、燃費が1割ほど削減されました。燃料搭載量に変更はありません。」

 

提督「速力に関しては?」

 

明石「持ってくる途中に全力公試を行いましたが、0.4ノット向上し、37.5ノットです。」

 

提督「武装に関しては?」

 

明石「まず高角砲を全て、長10cm連装高角砲に換装しました。」

 

提督「ほう、見る限り砲塔ではないな?」

 

明石「A型砲架です。大淀さんが搭載しているものと同じです。」

 

提督「成程な、まぁ鈴谷の舷側部高角砲座では砲塔では積めまい、已むを得ざるところだな。」

 

明石「はい。残念ながら。」

 

提督「で、他には?」

 

明石「予定通り、魚雷発射管を5連装に換装しました。また内張り装甲を追加し、魚雷発射管部の防御力を強化しています。」

 

提督「2度ほど誘爆したからな、用心にしくはない。」

 

明石「航空艤装についてですが、カタパルトを呉式2号5型から、一式2号11型に換装しました。」

 

提督「―――それ、伊勢型戦艦が航空戦艦になった時の・・・。」

 

明石「はい、彗星も搭載出来ます。」

 

提督「ふぅむ・・・。」

 

明石「装甲に関しては、舷側部の装甲を120mmに増強しました。これに伴い構造材の配置も手直ししてあります。」

 

提督「防御力の強化はありがたい事だな。」

 

明石「水密防御区画も隔壁を更に細分化したのに加えて、浸水した区画に自動で高分子ポリマーを投入する事で、浸水を食い止めるようにしてあります。」

 

提督「高分子ポリマーと言うと、紙おむつの?」

 

明石「そうですが、吸水した際に膨張して水を凝固するタイプを使用します。」

 

提督「成程、発動のキーは?」

 

明石「各水密隔壁の床面と壁面、天井に敷き詰めています。また壁も二重構造にして、隙間に同じものが。」

 

ここまで来ると最早執念じみた何かを感じる直人であった。

 

提督「ある程度の効果は望めそうだな。」

 

明石「はい。」

 

提督「他には?」

 

明石「艦尾ウェルドックを発着兼用にしました。これにより高速力での帰艦のみの用途でしたが、発艦にも使えるようになり、艦隊の展開速度が概算ですがこれまでの最大で85%に短縮されます。」

 

提督「それはいいな、通路は既存のものを?」

 

明石「いえ、一から設計し直しました。またこれに伴い操舵室を艦首方向へ少しずらす形で移設しました。」

 

提督「手直しが艦全体に及んでいるな。」

 

明石「はい。」

 

提督「航続距離は?」

 

明石「巡航速度に変更は無しで、航続距離は概算8900海里です。」

 

提督「テストの必要もあるが、作戦が間近いしその暇はないな。」

 

明石「申し訳ありません、遅くなってしまいまして。」

 

提督「構わんさ、間に合う様にしつつも細心の注意を払って工事に当たってくれたんだ。感謝こそすれ咎める様な事はしない。」

 

明石「提督・・・!」

 

提督「出港までに万全の態勢を整えてくれ。今度の戦い、並大抵ではないからな。」

 

明石「はい!」

 

直人に激励され、気を引き締め直す明石であった。しかし直人のその発言は、半ば自分に向けられたものでもあり、自分自身を激励するものだった。

 

 

7月27日、直人は大会議室に全艦娘を集めた。

 

15時18分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「―――今回、皆を集めたのは他でもない。各指揮官と協議した作戦案が完成を見たからだ。」

 

その言葉を聞いた艦娘達に、無言のざわめきが広がるのを彼は見て取った。

 

提督「まず我々は戦力を二分する。即ちFS方面へ直撃する事になる本隊と、それを側方支援しガ島方面の敵の動きを抑制する別動隊の2部隊だ。」

 

那智「戦力を分散するのか?」

 

提督「と言うよりは、今回の戦いは必ずしも本隊が勝つ必要はない。強行偵察が目的であって戦闘そのものは副次的に生じるだろうモノだからだ。」

 

葛城「それにしたって、なんでガ島なんかに?」

 

提督「葛城は分からなくて当然か。新任の子達以外には改めて言うまでもないが、ガ島には有力な戦力がいる事が明らかだ。そこには強力な航空部隊と、航空機型超兵器と言う二つの脅威も含まれている。これらを吸引し、押し留めて置く事こそ、別動隊の役割だ。」

 

葛城「成程・・・。」

 

提督「別動隊は、霧島を旗艦として、各部隊から兵力を抽出編制する。別動隊は機動部隊と挺進部隊の二つに分かれ、機動部隊は雲龍に指揮を執って貰う。」

 

雲龍「私、ですか?」

 

提督「そうだ。本隊は私が指揮し、麾下艦娘を金剛がやはり直率する。本隊は一水打群と第一艦隊、第一機動部隊で構成する。別動隊の目的はガ島を攻撃し、敵の耳目をガタルカナル周辺海域に釘付けにする事にある。同時に、第二次SN作戦の豪州方面攻勢と言う欺瞞工作を補助する事にもなるが、その為陽動と思わず、精々派手にやって貰いたい。」

 

摩耶「でも本隊は何をするんだ?」

 

提督「本隊はサモア方面に進出し、そこに在地する敵の情勢を、敵と一戦する事によって探る。敵のリアクション自体が、我々に情報源となって帰って来る訳だ。」

 

鳥海「・・・それだけ、なのですか?」

 

鳥海の疑問に直人は首肯して見せた。

 

提督「そうだ。これが先にも言った、戦闘が本旨ではないと言う事だ。」

 

初春「じゃが、敵の動きが統制の取れたものだった時はどうするのじゃ?」

 

提督「その時はその時で、その出方を探って戦訓とすればいい。逆に不統率極まるなら重畳この上ないがね、敵を目の前にして戦わないのは卑怯だと言う近視眼しか持たない輩は、“何処にでも”いるからな。」

 

那智・大井「・・・。」

 

 直人の発言は重大な含意を含んだ。それは、「この横鎮近衛艦隊でさえ、例外足り得ない」ということだった。かつて、彼との間に騒乱を―――其れも深海棲艦との在り方について―――巻き起こした面々の眼光に、穏やかならざるものが映る。彼女らもそれ程、無能で無ければ無知でもない。

直人も彼女らも直接そう口には出さなかったが、剣呑な空気が醸成されるよりも早く直人は更に言葉を継いだ。

 

提督「何度も言って置くが、今回の作戦、特に本隊は、敵と戦う事それ自体が目的ではない、重ねて明言させて貰うが、我々の本隊が取った行動によって、そちらが本旨だなどと敵に思わせる事は避けなければならん。今の所第二次SN作戦の目的は豪州方面の敵拠点を一掃する事となっているが、それが真と見せかける為に、ガ島攻撃は全力で行って貰う。要するに、戦い方に差をつける訳だ。」

 

加賀「その通りだと思いますが、それは手を抜け、と言う事ですか?」

 

提督「それは、手を抜かせてくれそうな相手だった時の論法だ。一度当たってみて、それが我々が全力で当たらねば劣勢であるなら、全力でやる必要がある。徹底するにせよ、いつでも退く事が出来る様に、と言う事にある点に注意されたい。」

 

加賀「成程・・・物は言いよう、と言う事ね。」

 

加賀は皮肉を込めてそう言ったが、直人は答えなかった。

 

提督「今回はあくまで俺の本隊が行うのは威力偵察だ。戦うのは事実だが、のめり込み過ぎないようにしてくれ。その為にも、金剛の手腕に期待させて貰う。突撃戦法も今回は主用しない。」

 

矢矧「と言う事は、長距離の砲撃戦しかしないと言う事?」

 

提督「そうだ。いや、場合によっては例外もあるだろうが、基本は長距離での砲雷撃で敵の出方を探るにある。戦力もだ。水雷戦隊は酸素魚雷を用いた長距離雷撃が主務になるだろう。機会を掴めよ、昼間の堂々たる砲撃戦なんだからな、それに華を添えるのが、お前達の仕事だ。」

 

矢矧「・・・分かりました。」

 

水雷屋としての矜持を甚く傷つける事を彼は心の底で詫びながら、彼は締めくくる。

 

提督「概要としては以上だ。詳しい説明は別途旗艦から直接に聞く様に。艦隊序列は本日18時に公開する。午後の休息の中ご苦労だった、解散して宜しい。」

 

直人はそう述べると、大会議室を後にしたのだった。

 

 

那智(近視眼がどこにでもいる、か・・・。)

 

 那智はその言葉を聞きとがめていたが口には出さなかった。彼女が講和派深海棲艦隊の受け入れに際して強硬な反対論を唱えた事は事実だった。ただ那智が不服とするところは、それによって自己がその様な近視眼の持ち主であると非難される事に承服しかねたのである。

那智は退くべき所を弁えている点で立派な武人である。ただ戦術的な勝利に固執する所があるのも事実であったが。

 

 

大井(ふん・・・言ってくれるわね。私達の誇りを理解もしないで―――)

 

 より直接的な憤激を感じたのは大井だった。彼女としては、姉妹を害する可能性のある存在は全て排するべきであると言う、過激と言うには余りにもベクトルの違う思考の持ち主であった。

そしてその対象は、提督とて例外ではなかった。直人から北上らを守るに当たって不利な命令を受けたならば、彼女は真っ先に不服従の姿勢を示す事は明白であるとさえ言えたのである。

 無論直人の指示が不当であった事は殆どない。しかし不当で無い指示の中に、大井の琴線に触れないモノがないとは、誰にも断言できないのである。まして彼女も武人の誇りは持ち合わせていた、ただ姉妹愛がそれに勝っていただけである。

 

 

 艦娘達が受けた作戦の概要は、そのスケールの規模が余りに大きいが為に、大半は呆然としたと言うのが本音であった。しかし指揮官である旗艦級との討議の末に決定されたものであるだけに、その作戦は良く練られていた。

 作戦規模に唖然とするもの、危惧するもの、憤慨するもの、様々な思案が飛び交う中で、編成が発表された。発表される際は必ず食堂棟前の大きな掲示板に貼り出されるのが常であったが、今回もその前例に則っていた。

 

 

◎艦隊本隊 総勢74隻

第一水上打撃群

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 216機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波/清霜)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 

第一艦隊

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十二戦隊(五十鈴/長良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第一機動部隊

旗艦:瑞鶴(イタリア)

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第十三戦隊(球磨/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

 第十戦隊

 大淀

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風)

 第六十一駆逐隊(秋月)

 

 

◎別動隊 総勢40隻

臨編第八艦隊(挺進部隊)

旗艦:霧島

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第十八戦隊(天龍/龍田)

 第三水雷戦隊

 川内

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 

臨編第三艦隊(機動部隊)

旗艦:雲龍

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十五戦隊(夕張/阿武隈/多摩)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤/龍鳳 186機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城 189機)

 第四水雷戦隊

 由良

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 

 

 以上が今回の編成である。各所から兵力部署の変更が為され、別動隊への抽出を他部隊からの転出で埋め合わせている形になる。第一機動部隊がこの2ヶ月の間に改名された第三艦隊だと言う事は言を俟たないが、本来一水打群の伊戦艦戦隊や第十七駆逐隊を始めとして、これまでと趣を異にする部分も多い編成である。

 しかし編成に当たっては戦力不足が露呈し、特に臨編第三艦隊などは僅か2個駆逐隊を軽巡と重巡で穴を塞ぐ有様だったのである。その点で、最も均衡の取れた編成となっているのは、よりにもよって臨編第八艦隊と言う状態であった。どの部隊も何かしらが欠落していると言う訳である。

 一方で司令部防備艦隊を預かる鳳翔は水上戦力の大幅な引き抜きに対して不安感を示したものの、航空機による索敵に依るしか代えようがなく、その為に東海の運用も認めていたから、鳳翔もそれ以上の反対は示さなかった。

 

余談だが、第五戦隊の重巡那智が陽動に回ると知った時、当人は手加減を必要としない立場に内心留飲を下げたと言われている。ブリーフィング終了後短い時間ではあったが、足柄に愚痴をこぼしていたほどだとも言われている。

 

―――ともあれ、編成序列は決定された、後は率先躬行あるのみである。

 

 

18時22分 中央棟2F・提督執務室

 

大淀「・・・提督、宜しかったんですか?」

 

提督「何が?」

 

大淀「あそこまで言われますと、一部の艦娘達が、面従腹背で、肝心な時に命令に従わない事に繋がりかねません。いえ、それだけならまだしも、それによって作戦の前提が崩壊してしまったら、撤退するにも攻撃するにも、機を逸する可能性すらあるのです。どうか、ご自重願えませんか。」

 

そう言われて直人は少し考え込んだ。

 

提督「大淀の言う所は正しい。だが、今回それ程大規模な艦隊戦をする訳ではない。するとすれば、俺が援護下に単騎突入する程度だろう。彼女らに私の戦術構想を崩す事は出来ないよ、彼女らが従わずとも、それを埋め得る戦力が、私の手元にあるのだから。まぁ、心配し過ぎると言う事は無いからね、この場合は。」

 

大淀「ですが今後、艦隊と提督が不仲である側面があっては―――」

 

提督「大淀。」

 

大淀「は、はい?」

 

語気を強め、険しい顔で彼は言った。

 

提督「私は聖人君主などではないよ、全員と完全に且つ恒久的に信頼関係に在れるとは思っていないし、不満分子があったとしてもそれが少数であればいい事だ。それに、そんなモノまで戦術要因に組み込む事は難しいからな、それは自軍の結束に不満があると言う事になり、自分達の動きに枷を嵌める結果にしかならない。」

 

大淀「・・・。」

 

提督「安心しろ、全員と信頼関係に在りたいと思う気持ちはある、本心だよこれは。だが、それは理想論だと言う事も俺は知ってしまっている。」

 

大淀「提督・・・。」

 

提督「人の心と言うものは、食い違うものなのさ。仕方ないとはいえね。人の気持ちが正確に共有できたら、さぞいいだろうと思うけどね。」

 

大淀「・・・そうですね、出過ぎた事を申しました。申し訳ありません。」

 

提督「いや、別に誤る事は無い、大淀は正しい事を言っているんだから。」

 

 そう言いながら直人が心の内で考える。人と人とは、どうしてここまで分かり合えないのだろう。もし分かり合えているのなら、あの様な事を言わずとも済む筈なのに。生き物とは本質的には相争うように出来てでもいるのだろうか。

そうだとしたら、創造神と言う奴は、とんでもなく悪辣な奴に違いないし、そんな風に世界を創り上げた連中は、ろくでなしに違いない。彼はそう軽蔑すること夥しかった。

 

 

 7月28日6時20分、横鎮近衛艦隊の母艦鈴谷は、一路トラック諸島に向けて出港した。今回の作戦は、出発点が2カ所ある。即ち本隊がトラックから、別動隊がラバウルから出撃するのだ。

 その別動隊もトラック到着後に鈴谷から離れて単独で向かうのである。即ち全てはトラック諸島の中から始まると言ってよい。即ちこの時点で、彼らの作戦は始まっていたと言って大過ない。

 トラック諸島までは42時間程度の旅程を経て到着、7月30日1時丁度、別動隊2個艦隊総勢40隻が霧島に率いられて、重巡鈴谷を後にする時が来た。

 

 

7月30日1時00分 重巡鈴谷下甲板・艦尾ウェルドック

 

提督「今回の作戦、お前達のガ島砲撃が最も重要だ。それなくしてSN作戦の欺瞞は勿論の事、我々が南太平洋の旅客となる事は不可能なのだからな。」

 

霧島「お任せ下さい提督。艦隊の頭脳として、与えられた任務を全うする所存です。」

 

提督「心強い事だ。私からは、40人全員の無事の帰還を心待ちにしている。絶対に死ぬな、生きて帰って、明日の日本を支えろ。どんなザマになってもいい、生き残れよ!」

 

一同「「はい!」」

 

提督「よし、別動隊、出撃せよ! 健闘を祈る。」

 

霧島「了解! 第八艦隊、出撃!」

 

雲龍「第三艦隊、出撃します!」

 

 直人に見送られ、40人の艦娘達が出撃する彼女らはこれからソロモン方面で、本隊の支援なしの孤立無援の戦いを強いられるのだった。2部隊に分かれ御互いに支え合う他に道は無かった。

 しかしそれを支える者達がいる。柑橘類中佐の率いる航空隊がそれだ。この日の早暁、4時18分、サイパンの飛行場から慌ただしく発進したのは、ガタルカナルに飽和攻撃を加える任務を与えられた大編隊である。

目的地はラバウルの2カ所の飛行場であり、編隊の内訳は以下の様になっていた。

 

・四式戦闘機「疾風」乙型 80機

・キ-91 戦略爆撃機 50機

・銀河三三型 80機

・一式陸攻三四型 60機

 

 彼らに与えられた任務は、進出翌日から連続してガタルカナルへの爆撃を行う事であった。戦闘機隊は大型機に予備の搭乗員を分乗させての進出であっただけに、今後の激務が偲ばれた。

 実の所、戦力の強化が続いていたのは艦隊だけでなく基地航空隊もで、屠龍の定数が大幅に削減された所へ疾風乙型が増強され、また戦略爆撃機であるキ-91が艦攻の天山一二型や流星の削減された枠を充当して増強されている。

 

現状の全戦力は下記の通り。

 

戦闘機隊 キ45改 二式複座戦闘機「屠龍」丙型 20機

350機   N1K4-A 艦上戦闘機 紫電三二型改 90機

     A6M7 艦上戦闘機 零戦54型 60機

     N1K2-Ja 局地戦闘機 紫電二一型甲 80機

     キ84-Ⅰ乙 四式戦闘機「疾風」乙型 98機

     キ84-Ⅰ丙 四式戦闘機「疾風」丙型 2機

 

爆撃機隊 キ91 戦略爆撃機 60機

210機   B7A2 艦上爆撃機 流星 70機

     G4M3 1式陸上攻撃機三四型 80機

 

攻撃機隊 P1Y3 陸上爆撃機 銀河仮称三三型 80機

220機  B6N2a 艦上攻撃機 天山12型甲 70機

     B7A2 艦上攻撃機 流星 70機

 

偵察/哨戒機隊 C6N1 彩雲一一型 30機

68機      Q1W1a 哨戒機 東海一一型甲 30機

        H8K1 二式飛行艇一一型 8機

        

その他 キ57-II 一〇〇式輸送機二型 80機

140機  G6M1-L2 一式大型陸上輸送機一一型 20機

    ク7-Ⅱ 大型滑空機 20機(曳航機:一式大型陸上輸送機)

    ク8-Ⅱ 四式特殊輸送機 20機(曳航機:一〇〇式輸送機二型)

 

総計:988機

 

 全体的には機種の整理統合が為されており、この為21機の定数削減となってはいる。中でも疾風甲型や一式陸攻二四型丁などが定数表から姿を消し、他の機体の定数に割り振られているのは特徴の一つと言っていいだろう。

 

 そしてこれだけやって置いて母艦航空隊が強化されていない筈もない。

七航戦は7月初頭に、葛城も含め同じく第4段階の艦載機に統一、雲龍型3隻に流星が行き届いた。

一方で龍鳳も五航戦の周囲環境に合わせ5段階目の機種に全て転換、一航戦も待望の4段階目への機種転換を完了、これにより翔鶴の村田隊を除く全空母に流星が行き渡る事になり、艦隊の攻撃力が著しく強化統一された事は言うまでもない。

 しかしながら、待望される新型艦上戦闘機「烈風」の姿は未だに無く、彼らは画竜点睛も甚だ欠く状態で、決戦に臨む羽目になったと言えない事は無かった。

 

 

1時08分 重巡鈴谷下甲板・ウェルドック⇒艦娘発着デッキ通路

 

提督「やれやれ、せめて、烈風を配備してやれれば、少しは楽なんかねぇ?」

 

明石「事はそう単純ではありません、機体が変われば、それだけに見合った苦労もありますし、機材の調達をまず行う必要もありますから。」

 

提督「うん、それもそうだな。しかし零戦の能力に限界がある以上、新たな機材がいい加減欲しい所ではある。」

 

明石「それもそうですね・・・。」

 

 この二律背反(アンビバレンツ)は、戦い始めてから戦い終えるまで、常々彼を悩ませる事にもなるが、であるからこそ重要な問題でもあったのだった。しかし今度の場合、その悩みはどちらかと言うと、別動隊に龍鳳を付けざるを得なかった辺りに端を発している。

 航空機の質が悪いなら、熟練搭乗員を付けるしかない。しかしそれらは第一線に投入せねばならないと言う矛盾した現実が、第五十航空戦隊に編成される予定だった龍鳳を前線に参加させざるを得なかった理由だった。

 ただ龍鳳としてはそれも本懐であったから、不本意だった直人とはその辺りが異なっていた。

 

―――が、ここで一つのハプニングがあった。否、ハプニングと言うにはささやかなものではあったが。

 

 

1時28分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「別動隊が敵に発見された?」

 

明石「潜水艦と思われるとの事です。」

 

提督「通信じゃなくて何故無電なのだろうな?」

 

直人が首をひねっていたのは、トラック環礁を出たばかりである筈の彼女らが、何故通信でこの事を伝えようとしなかったかである。つまり見つかった事自体はそれほど大事ではないのだ。

 

明石「いやそこですか、別動隊が発見されては奇襲が困難になりますよ?」

 

提督「奇襲? 私はそんなもの端からやって貰いたいとは言ってないよ?」

 

明石「え?」

 

提督「精々派手に触れ回って貰わんとね。不審な艦娘艦隊が南に向かうと。」

 

明石「・・・あっ、成程、そう言う事ですか。」

 

提督「うむ、これで敵の耳目はまず南に向く訳だ。」

 

 彼としてはむしろ、別働隊には踊り疲れるまで踊って貰う事によって、ソロモン方面に敵の目を集中させる狙いがあった。

この為別働隊が出港早々に発見されたと言うのは、“表面上は”それを助長する事が出来るかもしれず、彼はその観点からこれを奇貨と見たのだ。

 

 

しかしこの狙いは裏目に出る。何故なら敵にしてみればトラック諸島は、“中部太平洋戦区”に属する島々だったからである。

 

 

1時37分 ウェーク棲地

 

離島棲姫「不審な艦娘艦隊?」

 

その報告を受けたのは、よりにもよって中部太平洋艦隊司令部があるウェーク棲地であった。担当戦域を考えれば当然の事であるが、直人はこの時それを知らない。

 

離島棲姫「直ちにトラック諸島を偵察なさい、不審な艦が停泊しているのを確認次第報告するのよ。ベロー・ウッド、任せるわよ。」

 

ヌ級改Flag「畏まりました、ウェーク様。」

 

 ウェークの副官ベロー・ウッドが直ちに自己の任務に赴く為傍らを離れる。

中部太平洋方面艦隊は、これまで人類側に情報面で後れを取り続けており、横鎮近衛艦隊の活躍ぶりが、皮肉な事に離島棲姫“ウェーク”に情報の重要性を痛感させる結果を生じていたのである。

 

 

7月31日10時27分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「なんだなんだ?」

 

環礁内に警戒警報が鳴り響く。

 

明石「敵機です提督!」

 

慌てて駆け込んできた明石がその正体を告げた。

 

提督「敵機だと、機数は?」

 

明石「機数は10機ほど、恐らく偵察だろうとトラック泊地司令部が。」

 

提督「そんなしょっちゅうなのか?」

 

明石「ここはサイパンより東に位置する、中部太平洋の最前線の一つですからね、ポナペに講和派の基地が出来てからもずっとな訳です。」

 

提督「成程な・・・では息を潜めるとしよう。」

 

直人はそう言ったが、敵の偵察の狙いがよもや自分自身などとは彼は考えていなかった。しかし、その予想は覆る事になる。それは11時19分に急報が齎されたのが理由だった。

 

大淀「“提督、サイパンから速報です!”」

 

提督「どうした?」

 

サークルデバイスを念の為起動していた直人の下に、通信室の大淀から報告が入ったのが正にその時間であった。

 

大淀「“サイパンが敵に偵察されたそうです!”」

 

提督「何?」

 

それを聞いた彼は思わず眉をひそめた。

 

大淀「“この時期に偵察とは、尋常ではない気がします。”」

 

提督「・・・まさか先刻の偵察は―――」

 

 

しかしその時には既に手遅れであった。ウェークを発った数百機の大編隊が、一路サイパンを目指していたのである。

 

 

提督「大淀、サイパンに至急打電! 大至急全戦闘機を上空待機、完全武装でだ、高射砲も用意、厳戒体制に移行させろ!!」

 

大淀「“はいっ!!”」

 

提督「くそっ、どうやら当てが外れたらしいな。」

 

明石「そ、そうですね・・・。」

 

直人はその幸先の悪さに、何か後味の悪いものを感じずにはいられなかった。

 

提督「―――柑橘類中佐もいないタイミングとはな。」

 

 

 しかし直人はここで作戦を変更しなかった。サイパンに押し寄せた敵機は辛うじて撃退され、前回と同等の被害を出すに至ったものの、ここで変更すれば別動隊のスケジュールに多大な影響があるからだ。

そしてそれは、大本営からの要請にも応えられなくなる事を意味したのだった。

 同日18時03分、別動隊は全艦無事にラバウル第1艦隊司令部に到着、補給と休養に入った。

ラバウル司令部の佐野海将補と第1艦隊の広瀬大佐には事前連絡をして置いた事もあって、ラバウル基地は全面バックアップを惜しまなかった。これにより、態勢は整った。

 

 

が、直人はここで気がかりな事があり、トラック泊地司令部に出頭した。

 

19時22分 夏島・トラック泊地司令部

 

小澤「よく来たな、と言いたい所だが、お急ぎのようだ。早速用件を聞こう。」

 

小澤海将補はこの年44歳、引き締まった精悍な顔立ちをしている中肉中背の将校であり、無駄なく筋肉が付いているのが良く見て取れる。南国暮らしで少し焼けていたが、それがその精悍さを引き立てている。

 

提督「では早速。本日正午過ぎ、サイパンが敵に空襲されました。敵は長距離爆撃機を用い、東の方角から押し寄せて来たとの事です。」

 

小澤「そうだったのか、それで?」

 

提督「どうやら昨晩出した別動隊が、ウェークの敵潜水艦に捕捉されたものと見られます。私としてはソロモン方面に所属するものに発見して貰いたかった所でしたが、それはさておくにしても、午前中の偵察も恐らくは我々の所在を確認する為だったと見られます。」

 

小澤「成程、その後空襲されたのだから辻褄が合う。」

 

提督「我々の所在は敵に知れています。しかし我々は隠密裏にサモア方面に行く必要があります。そこでトラック泊地に、敵潜水艦の掃討をお願いしたいのです。」

 

小澤「成程、例の作戦の目的が知れても不味い訳か。分かった、直ちに通達する。」

 

提督「ありがとうございます、感謝致します。」

 

小澤「これがこちらの仕事でもある事は心得ている。任せて貰おう。」

 

提督「はい、委細お任せします。」

 

 小澤海将補は明快な為人(ひととなり)で知られる人物で、しかも頭脳明晰と来ている。直人の意図するところを素早く汲み取り、且つ即時に実行に移してくれたのである。これにより懸念材料を排除した直人は、安心して鈴谷に帰ったのだった。

 その夜から翌日一杯に渡る潜水艦掃討戦は、敵潜水艦を沈黙させて置くには充分であった。

 

 

いよいよ8月がやって来た。その事は、彼らの作戦開始を伝えるものだった。

 

8月1日13時00分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「錨を上げ!」

 

ガラガラガラと大きな音を立てて、錨を揚錨機が巻き上げていく。

 

明石「いよいよ始まるんですね。」

 

提督「うむ。遠征の始まりよ。」

 

前途に広大な海原を見据え、直人は表情を引き締めた。

 

 

13時03分、重巡洋艦鈴谷は、投錨地を発って、一路針路を東に、トラック諸島を後にした。片道4700kmの長きに渡る、長い旅の始まりであった。

 

 

17時36分 ラバウル基地・ラバウル第1艦隊司令部

 

霧島「挺進部隊、抜錨!」

 

雲龍「機動部隊、全艦出撃!」

 

トラックを離れる事約1200km、横鎮近衛艦隊から遅れる事4時間半、別動隊が予定通り出撃する。雲龍らと霧島らは、外洋に出た段階で二手に分かれて前進する事になる。

 

広瀬「気を付けて下さいねー!」

 

広瀬大佐の声を背に受けて、40人の艦娘達は暮れなずむ海を、一路戦場に向けて駆けるのである。

 

霧島(いつかこの時が来るのではないかと思っていたけれど、思ったより早かったわね。あの日の雪辱を、今―――!)

 

霧島に限らず、そう誓った者は一人二人ではない。直人の意図するところでは無かったが、この時の挺進部隊の編成は、半数近くが第三次ソロモン海戦に代表されるソロモン水域に、因縁浅からぬ者達だったのである。

 

 

~同時刻・ガタルカナル棲地~

 

飛行場姫「敵も最近妙に熱心だな。」

 

 飛行場の有様を見やりながら飛行場姫は言った。ラバウルを飛び立つ敵航空部隊に、ここ数日彼らは悩まされ続けていた。

と言うのも、前例の無い様な大型機の飛来が相次ぎ、そこへブインから飛び立つスイーピングの飛来による迎撃機の減少が重なっていたのである。

 

へ級Flag「確かに、大型爆撃機の連日の飛来は前例がありません。」

 

この大型爆撃機と言うのが、サイパン空のキ-91である事は疑う余地はない。1任務(ソーティー)に稼働機の半数が出撃し、陸攻隊などと共同して2交代で出撃を繰り返していたのである。その護衛に、柑橘類隊の疾風がこれまた稼働機の半数出撃すると言った具合である。

 

飛行場姫「これではラバウルへの報復も不可能だ、飛行場が午前と午後に1度ずつ掘り返されるのではな・・・。」

 

へ級Flag「しかしこれは何かの予兆ではないでしょうか、飛行場姫様。」

 

飛行場姫「またぞろ攻勢があると?」

 

ホノルルの進言に飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」は眉一つ動かさず言った。人類軍がその程度の気を起こす事くらいは、充分あり得る事だったからだ。

 

へ級Flag「用心に越した事は無いかと存じます。」

 

飛行場姫「そうだな・・・。」

 

 その言葉には、いつになく覇気が足りていなかった。それもその筈、ロフトン・ヘンダーソンもここのところ艦娘艦隊に後れを取り続けていたことが中央の不興を買っていたのだ。

それもこれも横鎮近衛艦隊が度重なる攻勢をかけ、その都度勝ち続けていたからではあったが。しかもこれに関しては、駆逐棲姫「ギアリング」にしても同じ事だったのである。

 そのギアリングは中央に呼び出されこの時戦域を留守にしており、飛行場姫自身もその前に呼び出しを受けていた身であった。

 

 

~2週間前・ベーリング海棲地~

 

極北棲姫「ロフトン、私の言いたい事は分かるな?」

 

極北棲姫“ヴォルケンクラッツァー”は冷たい眼光を飛行場姫に向けて言い放った。その口調には荘厳さと冷厳さとが共存していた。

 

飛行場姫「・・・。」

 

重々しい沈黙と共に傅き頭を下げる飛行場姫。

 

極北棲姫「まさかお前までもがこうまでしてやられるとは考えても見なかったぞ。」

 

飛行場姫「面目、次第も御座いません。」

 

極北棲姫「我々に“敗北”の二文字は必要とされていない。奴らをこの地表から永遠に放逐するまで、我々は戦い続けなければならんのだ。」

 

飛行場姫「はい、その通りだと思います。」

 

ここで抗弁しても無駄と知る彼女は、精一杯の追従の言葉を述べた。

 

極北棲姫「分かっているなら勝て、我々の悲願達成の為にもだ。これ以上負ける事は許さん。たとえどんな形でもな。」

 

飛行場姫「ハッ。」

 

 

飛行場姫(極北棲姫様に、明確な戦略がある様には到底見えない。戦略上負けてやる必要性と言うものも熟知していると考えにくい節もある。どうも奴らの事になると思考が柔軟を欠く様に、私には見受けられるが・・・。)

 

 極北棲姫は、この苦しい情勢下に於いても乏しい戦力を最大限活用する事で戦線を再構築し、人類軍の浸透を最大限食い止めている点において戦略的には非凡な才幹を有している。

ところが、事が対人類攻勢になると、戦略的撤退や確実な勝利よりも大勝利を求める傾向が強く、何らかの怨嗟がある事は否めなかった。

 

飛行場姫(空母棲姫も、敗北を重ねた挙句恫喝されたと言う。これがその恫喝である事は明白である以上、私もいよいよ、覚悟する必要があるか。)

 

へ級Flag「どうかされましたか?」

 

飛行場姫「ん? どうしたか?」

 

へ級Flag「いえ、随分と険しいお顔をなさっていたので。」

 

飛行場姫「いや、心配ない―――。」

 

そう言い切ろうとして、飛行場姫の脳裏によぎったものがあった。

 

飛行場姫「・・・ホノルル。」

 

へ級Flag「なんでしょうか?」

 

飛行場姫「お前は、例え私が何処へ行こうとも、付いて来てくれるか?」

 

へ級Flag「―――私はこの世に生を受けてより、貴女の副官です。何処へなりとも、御供致します。」

 

飛行場姫「・・・そうか。」

 

 

 この時ホノルルが飛行場姫の心理を理解していたかは後世の歴史家にとって評が分かれる所である。

理解していたとする者は「ホノルルは上官の心の内を悟るに鋭敏な優秀な副官であり、であるが故にこそ、上官の窮状をおぼろげながら察し、その時点で覚悟を決めていたのだ」と主張した。

 一方で理解していなかったとする者は、「ホノルルは忠義に篤い優秀な手腕を有する副官であり、その忠誠心で以って、終生尽くす事を心に決めていたからだ」と主張する。

この論争は長く続いたが、当のホノルルの手記に基づけば、「私はこの時、飛行場姫様の心理を理解するまでには及ばなかった。しかし私は、飛行場姫様がより正しい選択をなさるに当たって、間接的に貢献する事が出来たのであろう」と言う事になる。

 ホノルルは上官に対する敬虔なまでの忠誠心を有していたが、同時に全能では到底あり得なかった訳である。故にこそ、彼女は後日の急に驚く事になったし、また自己の決断に長く悩みもしたのである。

 

 

8月2日12時20分、雲龍が指揮する臨編第三艦隊は、20艦娘ノットで挺進部隊より先行して、北回りのコースでガ島北方450kmに到達した。ここで雲龍らは艦載機を全力発進させる事になっていたのである。

 

ガタルカナル時間14時20分 ガ島北方450km

 

雲龍「各空母に下達(かたつ)、艦載機全力出撃!」

 

各空母「「“了解!”」」

 

 雲龍の命令に沿い、全艦載機が母艦を飛び立った。1本の矢も、1本の式神をも残さない全力出撃である。本来ならば半数を残すところこの様な出撃を行うのは、前回同様、敵に錯覚させる為である。

 しかもこの時、薄暮攻撃を期してサイパン空の爆撃部隊ばラバウルを発ってガ島へと向かっていたのである。タイミングの一致だったが、それだけに空母艦載機隊の責任は重大である。

 

 

現地時間15時40分、ルンガ泊地に非常事態を告げる警報が鳴り響いた。敵来襲を告げる警報であった。

 

飛行場姫「―――北からだと?」

 

へ級Flag「そのようです。」

 

 飛行場姫「母艦航空隊に違いない、すぐに索敵の網を張らなければ。やはり奴らの目的は我々を倒す事にあるようだな。」

度重なる空襲やスイーピングに今回の敵来襲の方角から見ても、判断材料としては充分であった。

 

へ級Flag「断固阻止しなくてはなりません。」

 

飛行場姫「当然だ、直ちに稼働機を全て上げろ!!」

 

へ級Flag「ハッ!」

 

ホノルルにそう命じておいて、飛行場姫も艦載機を発進させる。その艦載機も補充が間に合っておらず、定数の5割を割り込む有様であった。

 

 

箱根「全機高度を上げろ、上昇してくる敵機の頭を押さえる。攻撃隊は若干コースを迂回し、敵との会敵時間を間延びさせろ。その間に敵機を処理する。」

 

 攻撃隊長箱根少佐が、無線を使って手早く指示を出す。龍鳳戦闘機隊長兼龍鳳飛行隊長を兼務する少佐は、全く文句の付けようのない空戦指揮官でもあるのだ。

 周密に箱根少佐の艦載機隊が待ち構える中、必死に高度を上げる敵の迎撃機がのこのこと雲上に姿を現す。

 

箱根「―――GO!」

 

 その2000m近く上方に陣取っていた戦闘機隊が、一斉にその翼を翻して襲い掛かる。既に敵先頭集団は雲上に出ており、しかも上昇中で速度が無い事が命取りとなった。運動エネルギーと位置エネルギーで勝負が決する空中戦に於いて、その双方で劣っていては勝ち目は無かった。

 正に雲に叩きつけられるかにも見える強烈な上方からの一打が過ぎ去った時、敵先頭集団はほぼ全滅に近い状態であった。これに対して戦闘機隊は殆ど無傷であり、僅かに2機が軽微な損傷を被ったのみであった。

 深海棲艦機は先頭集団が壊滅させられた空域こそ戦場であると考えて殺到してきたが、そこには攻撃隊の姿はなく、戦闘機が罠を張って出迎えているだけと言う有様だった。

その間隙を縫い、攻撃隊は一挙にルンガ飛行場に殺到した。この時全ての機体は爆装を施しており、対飛行場攻撃がその主任務と定められていた。

 

飛行場姫「迎撃機は何をしている―――!」

 

呼び戻すにしても、もう間に合う距離ではなかった。観念した飛行場姫だったが対空射撃実施の命令だけは怠らなかった。

 

 

一方、その戦いが行われている遥か北方では重巡鈴谷が優雅なクルージングをしていたし、中央スロットでは挺進部隊が12艦娘ノットでタイミングを合わせて突入しようと図っていた。そしてそれを追い越す様にラバウルからの空襲部隊が飛行する。全ては連動した一つの作戦であり、それを見通せるだけの判断材料に、飛行場姫はまたしても事欠いたのである。

 

 

鉄の猛威が過ぎ去ったのは、ガタルカナル時間で16時13分の事であった。あとに残されたのは、空襲で傷ついた飛行場姫と、再び穴だらけになった飛行場の惨憺たる姿であった。

 

飛行場姫(―――この執拗な空襲、何かがある。またしても敵が突入して来ると言うのか、水上部隊にも事欠く、この今突入されれば・・・!)

 

 荒廃した大地を見やって飛行場姫は悲観的なシナリオを描き出した。そしてそれは、部分的には正しいものであった。今や霧島ら挺進部隊が、このルンガを目指して突き進んで来ていたのだから。

 しかもこの時ばかりはガタルカナルには水上部隊はホノルルの護衛部隊を残して全て引き払っていたのだ。

 駆逐棲姫ギアリングの麾下にある高速打撃部隊は豪州東部タウンスビルに在ってセーラムの臨時指揮下にあり、

 南方棲姫ワシントンの水上打撃部隊はガタルカナルから800km以上離れたエスピリトゥサント島ルーガンビルに後退して戦力の再編成中、

 南方棲戦鬼ノースカロライナの高速空母機動部隊も、ニューカレドニア島ヌーメアに後退して戦力の再編成中だった。

 

 戦力再建は終わらせていた後者の2部隊は、戦線の再構築に伴い戦力の抽出入を行って訓練途上でいた為に動くに動けない状態であった。

ホノルルの有する部隊は、その戦力抽出の波もあって霧島らと比較すれば過小であり、4個の水雷戦隊に3個の巡洋艦戦隊、6個の駆逐戦隊、2個の戦艦戦隊だけだった。泣いても笑っても、ガ島陸上兵力と含めてもこれがなけなしの戦力だった訳である。

 但し、辛うじてアルケオプテリクスは彼女――飛行場姫――の手中にあって総予備戦力となっていた。過日の損害も修理が済んでいる。

 

飛行場姫(泣いても笑っても、手駒は自分達だけ。これで―――)

 

一体どの様にして勝てばよいのか。戦略的要件を全て失いつつあるこの時、飛行場姫は悲嘆にくれる他なかったのである。

 

飛行場姫(―――まさかな。)

 

 飛行場姫は謀殺の可能性に思い至った。もし戦力再編成にかこつけて彼女の元から戦力を全て撤退させたのだとしたら、敗北は免れ得ない。

そうなれば彼女の責任問題を問われ、更迭ならまだ良し、最悪の場合自害を強要されるか処刑されるかと言う二者択一何れかとなる可能性―――即ち敗北したらどうなるかと言う見せしめとして殺される可能性を、誰がゼロと言い切れただろうか。

 飛行場姫は味方に裏切られると言う可能性を脳裏から振り払いたかったが、疑惑の種を振り払う事は、到底できそうになかった。それよりは、戦って勝つ事に集中せねばならなかったが。

 

 

一方、別動隊の奮戦甲斐あって、無事南太平洋の旅客となった重巡鈴谷乗り組みの本隊は、サイパン標準時の16時20分、ひとまずの安心感を覚えていた。

 

16時20分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「ガ島時間ではもう18時過ぎてるな。」

 

明石「向こうが2時間進んでいますからね。」

 

提督「とは言うものの、向こうに着く時には日付変更線を超える事になる。カレンダーがややこしくなるぞ。」

 

明石「それにしても改めて思えば、少数精鋭の殴り込みで相手の視線を逸らすなんて、普通考えませんよ、普通は全戦力を投入した決戦を望まれると思いますから。」

 

提督「俺はそんな、軍事的ロマンチシズムに毒された人間じゃないよ。一度の決戦が全てを決する時代じゃない、国家総力戦の時代とあっては、尚更だね。」

 

明石「冷静ですね・・・。」

 

その明石の一言を聞いて一言なかるべからずと思ってか、彼は再び口を開いた。

 

提督「心得違いをするな? 俺達は伊達と酔狂で下らん戦争ごっこをしているんだからな。」

 

明石「言われるまでもないですよ、あんな純軍事的に不要とも思えるような物まで作ってる位ですから。」

 

と言うのは霊力刀やKMWシリーズのアヴェンジャー改が代表例である。

 

提督「結局紀伊艦隊はそう言うものだからな、真面目に戦争やってるように演じてるだけよ。」

 

明石「でも真面目なんでしょう?」

 

提督「勿論。」

 

明石「動機はどうあれ真面目なのはいい事ですよ、提督。」

 

直人は二の句を告げようとしたがやめた。この時の明石の発言はいちいちもっともだったからである。

 

提督「それよりだ、計画通りなら間も無く挺進部隊が160海里圏に突入だな。」

 

露骨に彼は話題を転じた。

 

明石「そうなりますね。上手く行くといいんですが・・・。」

 

提督「俺としては任務成功の如何以前に、皆無事であればそれでいいよ。」

 

明石「それが一番ですね。」

 

「全く、甘い事甚だしいわね。」

 

提督「!」

 

突然の声に振り向くとそこには霞がいた。

 

霞「お邪魔だったかしら?」

 

提督「そうでも無いがどうした?」

 

霞「私の方はただの使い走りよ、伊良湖さんが呼んでるわ。」

 

提督「そうか、分かった。」

 

霞「ほら、乗りなさいよ。2回動かすのも面倒でしょう?」

 

そう言って霞はエレベーターで直人と一緒に降りる事にした。直人もその意見には同意見だったのでご同伴に与る事にした。

 

 

霞「―――全く、アンタは常々甘いわね。」

 

提督「そうかな。」

 

霞「アンタはいつも皆が無事でって言うわ。戦争なんだから、そんなの普通はおとぎ話よ。」

 

提督「・・・確かに。俺のエゴではある。」

 

彼は素直に認めた。ただ失いたくないからと言う理由で、全艦隊に生命の尊重を強いる提督と言うのも中々いない。それが道義上の理由であるのもそうであるが、それを振りかざすのではなく、別離したくないからと言う理由で、と言うのは稀有な事例であった。

 

霞「・・・でも、そんなだから皆ついて来るんでしょうね。」

 

提督「―――。」

 

霞からその言葉を聞くと思っていなかった彼だったが、その言葉を彼はありがたく受けておく事にしたのだった。

 

 

 食堂の厨房へ来た直人を待っていた用件とは、“コンロの火の出が悪いと言うので点検して欲しい”と言う、どちらかと言うとメカニックの領域に属する事柄なのであった。

この為彼は即座に伝声管で明石を呼び出すと自分は引き揚げてしまったのであった。

 今更の様だが、新造され直した鈴谷にもちゃんと伝声管はあり、艦橋でしか使えないサークルデバイスに代替するには役割は十分だったが、それなりに声量が無いと厳しいので、艦娘達が使うのには多少の訓練を要するのが難点なのだった。

 だが彼のその思案の一方、挺進部隊は確実に地獄の窯の淵へと足取りを速めていたのである。

 

 

 ガタルカナル時間18時30分、予定通り180海里圏に突入した挺進部隊は、速力を艦隊速力の最大である29ノットに上げ、一挙にガ島へと肉薄せんと図った。ガタルカナル突入の際必ずと言っていいほど行われるパターンである。

いよいよ突入開始と緊張感を高め歩みを早める艦娘達は、さしたる妨害も受けずに日没を迎え、更に4時間弱をかけて、遂に戦闘予定海域に到達する。

 

 

現地時間22時19分 ガ島・タサファロング沖30km

 

霧島「周辺警戒を厳に、何処から敵が来るか―――」

 

夕立「―――!」

 

夕立はこの時、肌がピリッとするような感覚を覚えた。それは夕立の様な艦娘が持ちうる、天性の勘と言う奴であろうか。

 

夕立「―――敵がいるっぽい。多分・・・正面。」

 

霧島「―――!」

 

静かに夕立が告げたのを聞き、一同に緊張感が漲る。

 

比叡「レーダーに敵影と思しきもの発見、正面、距離1万6000。」

 

霧島「了解。挺進部隊、全艦突入!」

 

暁「探照灯、照射するわ!」

 

開口一番、暁が肩に乗せた探照灯を敵に向け走査する。2秒ほどして敵影を探照灯が捕らえた。

 

霧島「全砲門、テーッ!!」

 

霧島の14インチ砲が咆哮する。それが、両者にとって地獄の夜の始まりだった―――

 

 

 この時ホノルルの艦隊は、距離2万を切った時点でレーダーによって敵を捕捉していた。しかし砲戦距離を1万5000に想定した事が仇となり、照射された探照灯によって機先を制される形になってしまった。

 しかし、それも最初だけであった。

 

へ級Flag「艦列を乱すな、戦艦戦隊は前進して盾となれ! 巡洋艦以下の砲撃で敵の補助艦から排除する!!」

 

ホノルルの迅速で的確、且つ鋭い指示は、艦隊が混乱から立ち直るには十分だった。ホノルルの号令一下、戦艦を先頭に艦隊が布陣し、臨編第八艦隊の攻撃に対処を試みたのである。

 

 

比叡「敵の戦艦が前に出て来た!?」

 

霧島「恐らく狙いは私達ではなく補助艦の子達、敵戦艦を優先的に排除します。第五戦隊は急進してくる敵に対処、第六駆逐隊は待機し、残りの水雷戦隊で雷撃を実行、急いで!」

 

長良「了解! 任せといて!」

 

霧島の命令一下、長良と6隻の駆逐艦が隊列を離れ雷撃に最適なポイントを探る。

 

天龍「俺達はどうすればいい?」

 

霧島「まずは長良さん達の雷撃結果を待ちます、判断はその後です。」

 

天龍「分かった。」

 

天龍の双眸が、要望通りの答を得られなかった事に少し残念そうにしながらも頷く。だが天龍は、何も焦る事は無いと考え直した。戦いは始まったばかりなのだ。

 

長良「“魚雷、いつでも行けます!”」

 

霧島「任意発射して下さい。」

 

長良「“了解!”」

 

 

その間、暁は猛射を受け続けていた。無理もない、探照灯を照射すると言う事は最も目立つと言う事を意味してもいる。目視でさえ確認出来る暁に対し、敵艦が立て続けざまに射弾を放り込む。しかしそれらは次第にいら立ちを含有しつつあった。

 

暁「―――。」

 

そんなの、当たらないわ!

 

 

ザザザァッ

 

 

 暁が華麗な足取りで敵の着弾する砲弾の間を潜り抜ける。赤色海域だと言うのに、技術の向上著しい明石の造兵廠によって加工された艤装の着水面は、ほぼ完璧に近い対腐食加工が施されていた。

その上暁の艤装はこの時試作品で、濃硫酸に溶けにくい合金を使用したものを試験運用していたのである。実はこれは編成した直人も知らなかった事実で、明石もわざわざ話を通していなかった代物だったのである。

 それらが暁と組み合わさった時、例え赤色海域だったとしても暁を阻む事は出来ず、暁に降り注ぐ砲弾は、その全てが完璧なまでの正確さで回避されたのである。

 

暁「・・・。」

 

弾丸雨飛の只中を進む暁。

 

暁(あの夜の事、思い出すわね。)

 

暁は、1世紀以上の昔に思いを馳せる。暗い闇を斬り裂いて迫り来る敵の砲弾、瞬く間に被弾し、それ程時を経ず戦闘不能となり、何も為し得ないまま水面下に没した暁。

 

暁(私はもう大丈夫。あの時の様に、やられたりなんか!!)

 

或いは、それは子供っぽい虚勢だったかもしれない。しかし暁はもう駆逐艦だったあの日とは違う。艦娘となって、他の艦娘にはない特技も手に入れた。全てはこの時を―――あの日を超える為に。

 

暁「第六駆逐隊、突撃態勢!」

 

3人「「“了解!”」」

 

 

長良「魚雷発射、目標敵戦艦!」

 

長良に続き、6隻の駆逐艦から39本の“青白い殺人者(ロングランス)”が放たれる。航跡を立てる事無く高速で忍び寄ったそれは、瞬く間に敵戦艦群に水柱を屹立させた。

 

長良「“敵戦艦3隻撃沈確認!”」

 

霧島「よし、全艦突入、私と霧島、第五戦隊で援護します!」

 

天龍「よっしゃぁ! 行くぞ龍田ァ!!」

 

龍田「はぁい、第十八戦隊、行くわぁ!」

 

暁「第六駆逐隊、突撃!」

 

的確に突撃態勢を整えていた第六駆逐隊を先頭に、我が意を得たりと天龍と、その後ろに龍田が続いた。

 

 

ホノルル「くっ、防ぎきれないか―――!」

 

ホノルルは形勢不利を悟り、即座に次の一手に移る。それは戦場の様相を地獄に変える魔手であったのだが、この時それを誰も知る事は無い。

 

 

一方、敵陣への切り込みに戦術をシフトした挺進部隊は、適宜砲門を開き、敵戦力を削ぎにかかった。

 

長良「くっ、凄い砲撃!」

 

綾波「恐らく敵の沿岸砲台ですね。艦隊と共に私達を砲撃しているのかもしれません。」

 

長良「だったら敵陣に潜り込んでしまえば!」

 

綾波「そうですね、行きましょう!」

 

長良「OK!」

 

 長良がこの時頭に思い描いていたのは敵の隊列に割り込む事によって、敵の砲撃を難しくさせると言う、戦術行動の一つであった。これによって沿岸砲台の砲撃が出来ない様にし、五分の状態で戦闘を進めようと言うものであった。

 霧島は最初からその構想を持っており、その援護の為に沿岸砲台の掃討に努めていたのである。

 

霧島「そこ、撃てッ!!」

 

ドドオオオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 霧島の主砲が吼え、その一撃の下に沿岸砲がまた一つ粉砕されていく。後に“ルンガ沖夜間強襲”と呼称されたこの戦いの序盤は、ごくごく一般的な戦術行動の応酬によって繰り広げられたと言ってよい。

その為独創性の無い陣形からの独創性の無い火力の応酬と言う、ドラスティックさに欠く事甚だしい状況とは無縁であった。

 

那智「霧島、我々も行かなくていいのか?」

 

霧島「私達では小回りが利かなさすぎます。全体の状況を俯瞰しつつ、全体を支援しましょう。」

 

那智「・・・分かった。」

 

那智はその定石どおりの戦法に不満がないではなかった。前方に敵がいると言うのに積極的に動けないと言うのは歯痒かったものの、旗艦が想定する状況を崩す事は、戦場に於いては許されないのである。

 

 

長良「敵艦隊まで距離2000! 近接戦闘用意!」

 

長良の三水戦が敵を指呼の間に捉える。暁らの六駆と、天龍龍田の十八戦隊もほぼ同様の態勢にあった。

 

 

へ級Flag(ホノルル)「無理に防ぎ止めようとするな、向かってくる正面の艦は後退、その両翼を前進させろ!」

 

 一方ホノルルも当然一手を講じ、左右から包み込むようにして逆に引き入れようとした。これを艦娘達は意に介さず、逆にその先頭集団と根本の中間点に火力を集中する事によって敵艦隊行動の結節点を崩しにかかる。

 しかし結果としては、ホノルルの艦隊行動も、それに伴う艦娘側の対応も失敗に終わり、半端な陣形だけが後に残されていた。

 

へ級Flag「―――。」

 

 

長良「いっくよー! 前へ!!」

 

長良が突撃を命じ―――

 

天龍「行くぞ龍田! チビ共も続け!!」

 

暁「チビって言うな! 第六駆逐隊、続いて!」

 

天龍が六駆を率いて敵陣に斬り込む―――

 

霧島(これで、沿岸砲台に依る敵への援護は―――!)

 

無くなるだろう。

 

 

・・・そう、思われた。

 

 

へ級Flag「今だ! 手順通り突撃!」

 

23時29分、艦娘達の勝利の方程式は、ホノルルの講じた一手によって覆されたのである。

 

 

ザザアアアァァァァァァン

 

長良「―――!?」

 

 

ドバアアアアアアッ

 

天龍「何ッ―――!?」

 

暁「えぇっ!?」

 

 

ザバアアアアァァァァァン

 

霧島「えっ―――!?」

 

妙高「なっ―――!!」

 

 

艦娘達の背後に、霧島らの側背に、突如として立ち上る瀑布とも見える水の壁。それは爆破などではなく、敵深海棲艦が跳ね上げた海水であった。

 

長良「背後に敵ッ!?」

 

その状況を最も早く把握したのは、水雷戦隊を率いていた長良だった。しかしその長良でさえも劣勢は免れ得ぬ所だった。

 

長良「くっ、十九駆は後背の敵に対抗、二駆は正面の敵に、全艦で円陣を組んで防御体制を崩すな!」

 

長良が必死の指示を出す。むしろこの時の長良にはそれが精一杯だった。この時の指示は徹底した防御であった。

 

綾波「了解!」

 

村雨「了解! 夕立!」

 

夕立「突撃するっぽい!」

 

村雨は第二駆逐隊の旗艦として、長良の指示を受けるや即座に懐刀を抜いたと言える。夕立はその爆発的エネルギッシュさで以って一人敵陣へ肉薄していく。

 

長良「きっと霧島達が助けに来る―――それまで!!」

 

長良は村雨が解き放った夕立を遊撃として、援軍の到着まで持久する方針を取ったのである。

 

 

霧島「伏兵!?」

 

一方の霧島達は援軍どころではなく、自分達の身を守る必要に迫られていた。彼女らもまた敵の伏兵のいるラインを踏み越えていたのだから。

 

比叡「妙高さん、お願いします!」

 

妙高「はい、五戦隊、参ります!」

 

那智・足柄「了解!」

 

妙高「足柄、行きましょう!」

 

足柄「OK! いっくわよぉー! 突撃よ突撃ィ!」

 

霧島「両側面は私と比叡で押さえます! 比叡!」

 

比叡「お任せ下さい! 全門、斉射ァ!!」

 

霧島が取ったのは攻勢防御戦術であった。後ろを取った敵に対し逆攻勢をかける事によって防御とする、“攻撃は最大の防御”を体現した戦術である。

 

 

天龍「うらぁっ!!」

 

ザシュゥッ

 

天龍「くそっ、誘い込まれたか!」

 

暁「ど、どうしよう―――!」

 

天龍らも窮状は長良達と同様だった。しかもこちらには

 

天龍「お前らは自分達の身を守れ! 俺たち二人で血路を切り開く、遅れんじゃねぇぞ!!」

 

龍田「そうねぇ、年長者として、それが務めよね。」

 

電「電の本気、見るのです!」

 

雷「私達はこんな所で!」

 

響「そうだね、沈まんさ!」

 

天龍らは夕立や足柄の様に際立った戦力を持たないが故に、包囲下での持久は不可能と判断し、霧島らの所へと駆け戻らんとする為突破を図った。尤も積極果敢な一手に打って出たのである。

 

 

 そこからは、艦娘達が自分達の生き残る為の戦いに移っていた。

夕立が長良と村雨の意を受けて駆け回り、火柱が幾つも上がる。ただ、普段時雨と共にある夕立であるから、今一つ本調子でない様子ではあった。

敵陣を縫うように駆け巡る夕立の動きは規則性が無く、故にこそ敵も対応に右往左往し、その間隙を縫って更に前へと進み、敵を混乱させていく。幾重にも立ち上る火柱とそれに連なる火災は、長良達に撃つべき目標を明示していた。

 

 

足柄「そこ、撃てぇッ!!」

 

 足柄は夜戦の際に第五戦隊の指揮を執る艦娘なのだが、その戦術は巧緻(こうち)を極めた。

彼女はまず敵の布陣の密度を素早く把握すると、密度の薄い部分に突撃して集中攻撃を加えて突き破り、それを埋めようと左右から迫ってくる敵を後退しながら強かな逆撃で損害を与え、その修復によって布陣が粗くなった部分に向けて再び火力を集中すると言う事を繰り返し、敵艦隊に多大な出血を強いていた。

 たった3隻の重巡がこれほどの戦果を挙げたのである。しかもその用兵は迅速果敢にして隙の無いものであり、突入のタイミングも後退のタイミングも完璧に近く、霧島と比叡への攻撃よりもこの3隻を抑え込む事の方に火力が投入されたが、そのスピードは衰える所を知らず、また損害も少なかった。

 霧島と比叡は敵に対し牽制を行う事によって自己の分を弁えた上で戦況を優位に運ぶことに寄与した。これにより霧島らの支援隊は窮地を免れ状況を優勢に持ち込んだのだ。

 

霧島「なんと言うスピードと火力、データにはないわね。」

 

比叡「これなら行けます!」

 

霧島「そうね。ここが踏ん張りどころよ!」

 

 

この話には後日談がある。

 

別働隊が鈴谷に帰投した後、霧島と比叡らからの報告を直人から受けた時の事である。

 

 

8月15日7時17分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「ほう、巧妙だな・・・。」

 

比叡「まるで風の様でした。」

 

提督「風か! 敵にも“疾風”の異名を与えられた深海棲艦がいると言うな。」

 

霧島「駆逐棲姫ですね。」

 

提督「うん、そうだった。」

 

敷波「ま、その手の早さで狼の様になって見ても、将来の種は手に入ってないみたいだけどね。」

 

足柄「・・・どういう意味かしら敷波?」

 

眉をピクピクと震わせながら足柄が言う。が、艦娘達の中で彼女程現実感覚に富んだ者が珍しいのは確かだろう。

 

提督「疾風、疾風ね。味方にも、そのような異名持ち(ネームド)が一人位いても良かろうな。」

 

敷波「なら、“俊足の狼”でいいんじゃない?」

 

提督「いや、“疾風ウォルフ”で良かろう。」

 

彼は記憶の渦の中から、古くに知ったその言葉を引っ張り出した。

 

敷波「安直じゃない?」

 

提督「でもその方が分かりやすくカッコいい。」

 

足柄「疾風ウォルフね・・・気に入ったわ!」

 

提督「それは良かった。」

 

実はこの時足柄が“ウォルフ”と言う言葉の意味を知らず、後日それが狼と言う意味のドイツ語である事をはっちゃんから知って憮然としたと言う。

 

その未来の“疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトゥルム)”は今、ガタルカナルの海岸を指呼の間に臨む狭隘な海域で、姉妹達を率いてその勇将ぶりを証明している真っ最中であった。

 

 

23時39分 天龍隊

 

天龍「でやぁっ!!」

 

龍田「はぁっ!!」

 

一方天龍らは、絶望的な突破戦を戦っていた。この様な状況では龍田の普段の余裕もどこへやら、裂帛の気合いで以ってその穂先に敵を次々と捉えていく。

 

天龍「どんだけいやがんだ、こりゃぁ。」

 

龍田「そうね、200や300ではない事は確かね。この距離じゃ砲も使えないわ。」

 

電「やぁっ!!」

 

 

ゴシャァッ

 

 

電「それでも今は、やるしかないのです。」

 

電が直人との打ち合いで鍛え上げられた錨捌きを見せつける。

 

天龍「お前に負けちゃ、いらんねぇな。」

 

電「・・・。」

 

天龍「電、お前は姉妹を守れ。1隻も欠けさせるんじゃねぇぞ。」

 

電「それじゃ突破が―――」

 

天龍「いらん事を気にするな。姉妹を護るんだろ。だったらその力、姉妹を護る為に使ってやれ。」

 

電「・・・分かりました、なのです。」

 

電は引き下がって、暁達の元へ戻る。

 

龍田「さぁ、かっこつけたはいいけど、成算はあるのかしら?」

 

天龍「ハッ、龍田がいるんだ、いくらでも成算はあるぜ。」

 

龍田「あらあら、買い被られたわねぇ。じゃ、天龍ちゃんの期待に応えてあげなきゃ。」

 

天龍「頼むぜ、行くぞォ!!」

 

槍と刀を携えて、2人の艦娘は敵中に突き進む。お互い火器が使えない距離の中、彼女達は駆逐艦4隻を庇いながら、霧島達の元へと舞い戻らんとしていたのだった。

 

 

 実はこの時、別働隊の苦境を直人は知らず、呑気に惰眠を貪っていた。ただ、それのみを切り取って非難するのは門が違う。

この時本隊と別働隊は相互が無線封止を行っていた為、横鎮近衛艦隊はそれぞれが孤立していたのである。この為その苦境は知り得なかったし、夜間であるし距離がある為航空支援も出来ず、孤立した状態での戦闘は最初から既定路線であったのだ。

 

 

8月3日0時12分 長良隊

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

長良「くっ!!」

 

身体防護障壁で辛うじて敵弾を防ぎ止める長良。しかし主砲は既に4門が使用不能、戦闘力は半減していた。

 

村雨「援軍は―――!?」

 

綾波「まだ―――みたいですね。」

 

 援軍の到着を待つ方針を取った長良隊は、既に全員満身創痍の状態に陥っていた。

まだ重大な損傷を被っていない所だけが幸いであったが、遊撃の夕立が中破し、使用可能砲門数3、戦闘能力の7割を喪失して長良の元へ戻っていた。夕立の場合は航行に支障は無かったが、村雨と磯波、長良は航行能力の低下をきたしていた。

 

長良「このままじゃ―――!」

 

言いかけて長良は口をつぐんだ。指揮官が最悪の想定を言うには及ばない。それを言えば、駆逐艦達の士気(モラル)に影響がある。

 

長良「なんとしても持たせるよ!」

 

6人「「了解!!」」

 

長良の必死の防御戦闘は続く。しかしその努力は報われようとしていた。

 

 

霧島「あれが最後、撃てッ!!」

 

 

ドドオオオオォォォーーー・・・ン

 

 

そう、霧島隊が遂に敵の伏兵を撃破し去ったのである。

 

足柄「“周囲に敵影なし!”」

 

霧島「よし! 本隊はこれより長良隊を救援する、続いて下さい!」

 

足柄「“諒解!”」

 

比叡「天龍さん達はどうするんですか?」

 

霧島「突破戦闘中と言う報告があったわ、長良さん達は防御に徹してるようだったから、そちらの方が深刻でしょう。私達を待っている筈、天龍さん達を信じます。」

 

比叡「―――分かりました。」

 

霧島の決断は、ある種に於いては正しく報われた。もしここで天龍隊を先に救出しようとしていれば、長良隊は無事では済まなかっただろう。しかもこれ以上海域に留まる事は、敵航空機の航続圏離脱を考えると危険であった。

 

 

23時29分、霧島本隊は長良隊を包囲する敵陣の一角に猛攻を加え、長良隊はそれに呼応する形で一点突破を挙行、7隻全員が無事の帰還を果たす。

 

霧島「遅れてすみませんでした。想定外の事態がこちらでも起きまして。」

 

長良「―――そんな事より天龍さん達を! 霧島さん達もそうだったなら、あの人達も!」

 

霧島「勿論、あの6人も救出した後、海域を離脱します。」

 

冷静に言う霧島だったが、タイムリミットは刻々と迫っていた。

 

 

23時31分―――

 

天龍「ハァ―――ハァ―――」

 

高速で艦娘機関を稼働させながらの白兵戦は、天龍と龍田の体力をどんどん奪い去った。電の奮戦の結果第六駆逐隊にも深刻な被害は無かったが、それでも暁が中破する等無傷では済まされなかった。

 

龍田「もう少しかしら。」

 

天龍「恐らくな。」

 

だがその直後、天龍達を驚愕させる出来事が起こる。

 

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

突如立ち上る水柱、しかもそれは立て続けざまに天龍達の方に迫ってくる。

 

天龍「砲撃だと!?」

 

龍田「味方を撃つ事も躊躇わない訳ね―――!」

 

しかしその弾着は、取り囲む深海棲艦らの内側に集中していた。その正体は沿岸砲台からの精密射撃である。

 

 

ヒュルルルルル・・・

 

 

天龍「お前ら伏せろォ!!」

 

天龍が六駆に叫び、自らも伏せようとした正にその瞬間だった。

 

 

ドオオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

天龍「―――!?」

 

天龍への至近弾の瞬間、彼女の左目に、焼けつくような激痛が走った。この時龍田は天龍の右隣りにいた為気づかない。

 

龍田「大丈夫!?」

 

天龍「あ、あぁ・・・!」

 

しかもこの時戦闘の緊張感からその痛みの意味を介していない天龍は、そのまま敵陣へと再び斬り込んでいった。しかし、どこか調子が狂う中で更に数発の至近弾を受ける―――

 

 

ゴオオオオオ・・・

 

 

龍田「ッ!」

 

周囲に鳴り響き始める航空機の爆音に龍田の足が一瞬止まる。それに伴ってか、後方から聞き慣れないサイレンが鳴り響く。

 

天龍「サイレン? ということは・・・。」

 

響「味方だね。」

 

 

戦場に到着したのは、泊地夜間爆撃を挙行すべく訪れた、柑橘類中佐の疾風丙型が誘導する60機の爆撃機編隊だった。目的は勿論挺進部隊の援護だったが、発進が機材トラブルで遅れてしまったのである。

 

 

その後、天龍達6人は援護を受けて辛うじて包囲を突破、中央スロットを予定合流地点である、サヴォ島西北西沿岸のポイントに引き始める。天龍は龍田に担がれながらの離脱であったが。

 

0時55分、予定ポイントには既に脱出成功の無線を受けていた霧島達が待っていた。

 

霧島「天龍さん―――!」

 

天龍「よぉ、何とか戻ったぜ。」

 

比叡「天龍さん、左目が―――!」

 

天龍「え・・・?」

 

雷「―――ちょっと私が診るわ!」

 

霧島たちの反応がおかしい事に気付いた雷が即座に天龍の顔を覗き込む。龍田はそれに合わせて天龍をしゃがませる。

 

雷「えっ―――!?」

 

天龍の顔を見た雷までもが凍り付いた。左目から滴る血もそうだが、その瞼が落ちくぼんでいるようになっているのに気づいたからだ。

 

雷「左目が・・・潰れてる―――?」

 

天龍「―――!?」

 

天龍はやっと、戦闘中からの違和感の正体に気付く。片目が潰れた事によって、距離感覚が正確でなくなって、視野も狭くなっていたのである。後者については周囲が暗闇だからだと思っていたのだが。

 

天龍(あの焼けつくような痛みは、まさか―――!)

 

天龍が受けた最初の至近弾の際、天龍の左目を断片が掠めたのである。それによって左目は斬り裂かれ、もう二度と視えなくなってしまったのである。

 

雷「止血は離脱しながらするわ、行きましょう。」

 

霧島「分かりました。」

 

 負傷した天龍を連れ、挺進部隊は戦場を後にする。時間が稼がれている内に、海域を離脱しなければならなかったのである。8月3日0時57分の事であった。

飛行場砲撃は失敗、逆に三水戦と十八戦隊はほぼ全艦が損害を被って、ルンガ沖をしり目に離脱せざるを得なかった。

結果としては第三次ソロモン海戦の結果をそのまま再現してしまったのであったが、全艦が鉄底海峡(アイアンボトム・サウンド)を離脱する事に成功した時点で、かつての敗戦を覆し、しかも戦略的には本隊の目的に貢献してもいる。

 が、艤装の損傷は直せても、天龍の左目が治せる訳ではない。このご時世、義眼の技術はまだ実用化一歩手前の段階であり、天龍がまた元の両眼で視る事が出来る様になるまで、未だに十数年を要するのである。

しかし、天龍の生来の左目は、二度と戻らない事は確かであった。

 だがそれと同時に、挺進部隊の献身的かつ必死の戦闘によって、当初の彼女らの目的である、ソロモンへの敵の耳目の集中と言う目的は達したのである。

これによって、横鎮近衛艦隊は、厳戒態勢を採るソロモン諸島の敵軍をあざ笑うように南太平洋をサモアへと向かうのだった・・・。

 

 

8月3日の11時から4日2時にかけて、別働隊はラバウルに帰投し、横鎮近衛艦隊のトラック帰投を待つ事になる。その間母艦航空隊は、ガタルカナル空襲に協力する事になってもいるのだが。

 

そして、いよいよ作戦は佳境を迎える―――

 

 

サイパン時間8月8日午前2時37分、米領サモア時間7日午前6時37分、横鎮近衛艦隊本隊母艦の重巡鈴谷は夜明け前に、サモア北沖360kmの洋上にあった。

(サイパン時間はトラック・ラバウルなどと同じ時間テーブル)

 

8月7日6時37分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「やっと、ここまで辿り着いたな。」

 

明石「別働隊の皆が、しっかりやってくれたみたいですね。」

 

提督「そうだな。だが、ここで失敗したら全ては無駄になる。しかし、フィジー方面からさえも何も来ないとは驚きだな。」

 

明石「警戒態勢下に無いのではないでしょうか?」

 

提督「だとしたら別働の陽動作戦は成功しているな。あとは、我々の仕事よ。」

 

明石「はい!」

 

南下する直人達の左手から、やがて朝日の陽光が艦橋に差し込んでくる。払暁の艦隊出撃が終わった後の事である。

 

提督「金剛! 大改装後初の実戦だ、気を引き締めていけ!!」

 

金剛「“了解デース!”」

 

 そう答えた金剛はシルエットを一新していた。より長砲身化した46cm砲、大型化した重厚な防盾、スマートに要所要所が纏め上げられ、CIWSや35mm機関砲で身を固め、新しく装備されたフェーズドアレイレーダーで長距離索敵能力を手にした金剛の姿がそこにある。自衛艦と一部の巡視船の力を組み合わせた超戦艦、金剛である。

そのカラーリングは全体的に白くカラーリングされ、一部のパーツに喫水線の赤が混じる。両手に白い手袋を装着し、暁にも使われた新しい合金も脚部艤装に導入されている。インカムはヘッドセットに置き換えられていて、通信能力も上がっている。

 そのくせ服装は殆ど変わらないのであったが、手袋以外に胸ポケットが追加されている。更に袖の幅が切り詰められているのと、カチューシャの左右に突き出た部分の形状が六角形になっているのも外見で分かる特徴である。

 

提督「7月に施した改装以来初の実戦だが、大丈夫なんだろうな?」

 

明石「極改三になっておりますので、実戦でも問題ありません。」

 

提督「そうか、そりゃ結構。全艦に臨戦態勢を、空母部隊は空襲部隊を発進させろ。敵はもうそろそろ哨戒機を発進させるぞ。」

 

瑞鶴「“了解、空母艦載機を発艦させるわ。”」

 

提督「艦隊陣形を整備、いつでも同航砲撃戦に移れるようにしてくれ。空母部隊はここで分離する。護衛艦不足に付き摩耶を付随させる。秋月と一緒に空母を空襲から守れ。」

 

摩耶「“わ、分かった。”」

 

少し残念そうに摩耶がそう応じたが、素直に行ってくれただけ直人は安心したのだった。

 

提督「独立独歩の気風は尊重すべきだがね、制御が大変だ。戦意の高さも尊ぶべきものだがねぇ・・・。」

 

 頭を掻いて彼は言うのである。独立独歩の気風は、人として生きる上では重要な位置要素だ。士気の高さも戦場に立つ上では珍重さえすべきものである。

しかしどちらも大きすぎる場合、暴走を招く危険がある為、制御する側、即ちその上に立つ者の負担は大きくなる道理である。

 

提督「まぁ、今はそれはいい。全艦隊、第一種臨戦態勢のまま前進!」

 

横鎮近衛艦隊はこの時点で臨戦態勢を取った。

 

 

空襲部隊がサモア棲地を襲ったのは、7時21分の事である。

 

 

7時21分 サモア棲地・タフナ

 

 米領サモアの中心都市であったタフナは、米軍の基地が設けられていた事もあった場所である。現在の状況は英領インド洋地域のディエゴガルシア島同様、無人となっている。

そこに早朝の空襲警報のサイレンが鳴り響いたのは、既に上空に到達された後であった。

 

防空棲姫「な、こんな所に、敵―――!?」

 

実の所、こんなへき地での戦闘はこれまで例がない。それは人類軍もフィジーの奪取には力を尽くしたものの、サモアを直撃するような動きが無かった事に依る。

 

防空棲姫「げ、迎撃を、早く!!」

 

そう命じた時には水平爆撃隊は既に投弾後であり、飛行場の使用不能まで数刻を要しないであろう事は明白であった。瞬く間に飛行場を使用不能にされた深海側は、やむを得ず対空砲による迎撃に切り替える。

 

防空棲姫「ルイジアナ!」

 

戦艦棲姫「ハッ。」

 

防空棲姫「艦隊と地上の全防空火力を集中するわ、可能な限り撃ち落としなさい!」

 

戦艦棲姫「承知しました。」

 

防空棲姫「目にもの見せてあげるわ―――。」

 

 

7時53分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「何!? 未帰還機多数だと!?」

 

報告を受けた直人は思わず仰天した。

 

瑞鶴「“敵の防空能力が尋常じゃないわ。いえ、今までだって尋常じゃなかったけれど、今回のはとびきりね。”」

 

そう返す瑞鶴の声にも勢いがない。顔面蒼白であろう事は容易に想像がついた。

 

提督「―――損害は?」

 

瑞鶴「“攻撃参加機数218機中、未帰還機、162機―――”」

 

提督「かっ、潰滅だと・・・?」

 

瑞鶴「“残念だけどそうね・・・。”」

 

提督「―――。」

 

 直人は足元が揺らいだような錯覚に囚われた。ここ最近、これほど大きな損耗率を出した例が見当たらないからである。

彼は自身が長期に渡って練成して来た航空隊に自信を持って来ただけに、この打撃は彼の想定を根底から覆すものだった。

 

提督「―――第二次攻撃は中止だ、余りに打撃が大きすぎる。戦果はどうなった?」

 

瑞鶴「“奇襲は成功して、飛行場と一部港湾施設に打撃を与えたわ。敵艦隊に対する攻撃は・・・。”」

 

提督「・・・分かった。戦いには相手があっての事だ。それに、百戦して百勝とも行くまい。」

 

瑞鶴「“・・・そうだね。第二次攻撃中止、了解。”」

 

明石「・・・提督。」

 

提督「大丈夫だ、これは威力偵察、必ずしも必勝を期する事は無いのだが―――。」

 

 さしもの直人も鼻白まざるを得なかった。今回彼が相対した敵は、そう容易い相手出ない事を、肌で感じ取らされる思いなのである。

容易ならざる相手を目前にして、慄然しない彼ではない。相当な消耗と苦戦とを、覚悟しなくてはならなかった訳である。

 しかし、彼はそれだけの事は分かっていてなお憶するところでは無かった。強敵との戦いはむしろ武人として臨む所、その点に関して、那智と彼には何らの相違も無かったのである。

だが、それこそが軍人と言う人種が、如何に救われ難い人種であるかと言う証左でもあっただろう。

 

 

 横鎮近衛艦隊が、その“容易ならざる敵”を水平線上に発見したのは、8時49分の事であった。

防空棲姫は敵機の帰投方向から敵艦隊のいる方角を割り出したし、横鎮近衛艦隊はサモアに向かって南下していたのだから、邂逅する事自体が自然ではあったが。

 

提督「砲戦用意、取り舵一杯!」

 

防空棲姫「砲戦用意!」

 

 その指示が出たのは殆ど同時であった。金剛は200km先から正確に敵の陣容まで察知しており、それによると、艦艇9700余隻、その中に姫級か3隻含まれていると言う事であった。

この時はまだ誰もが防空棲姫の存在を知らなかった為、直人も額面通りと受け取っていた。

 

提督「行けるか、金剛。」

 

金剛「“いつでもOKデース。”」

 

提督「よし―――」

 

直人はこの時先制出来る事を確信した。しかしこの時だけが、この作戦で直人が想定通りに事を運べた一幕なのである。

 

提督「金剛、精密測距で3万7000で砲門を開け、敵に先制打を浴びせたい。」

 

金剛「“遠いデスネ・・・了解デース!”」

 

金剛の主砲に仰角がかけられる。その仰角はほぼ最大に近く、火器管制とマルチターゲティングシステムが、金剛の能力を助け照準を素早く終わらせる。

 

金剛が直人の指示通り砲門を開いたのは、9時14分の事だった。

 

 

9時16分 深海棲艦隊側

 

 

ズドドドドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

防空棲姫「こ、この距離で撃って来るとは・・・。」

 

戦艦棲姫「射撃中の敵艦は、どうやら1隻のみのようです。」

 

防空棲姫「成程、くせ者ね。それより周辺の友軍との連絡はまだ取れないの!?」

 

戦艦棲姫「スバ基地、依然応答がありません。」

 

防空棲姫「どういう事なの―――!?」

 

この時、想定通りに事が進まなかったのは防空棲姫もであった。と言うのも偶然の産物や結果としてではなく、この場合は人為的なものであった。

 

 

 実の所、戦力再編の影響を受けているのは南西太平洋方面艦隊全体の共通した事情であり、その中でフィジー・サモア方面のみが例外ではあり得なかったのだ。

本来、フィジー諸島の深海棲艦基地があったスパには、クローンとはいえ離島棲姫が在地して、戦艦棲姫1が他に在泊し、有力な機動部隊なども有していたはずなのだが、その連絡がつかないのだ。

 これまでに立案された防衛計画では、そのいずれかに敵が来た場合は、もう片方から増援軍を繰り出して救援すると言う計画だったのだが、その片翼から返事も無いのである。

 

 

防空棲姫「―――スパ基地に対しては呼びかけを続けなさい。同時にルーガンビル基地にも連絡を取って救援を要請して。私達の戦力は不足していると言っていい状況、助けが必要なのは事実よ。」

 

戦艦棲姫「はい。」

 

ルイジアナにそう命じておいて、防空棲姫は進撃の足を早め、少しでも早く砲戦射程に捉えられるように努めた。

 

 

提督「よし、先手は取ったな。徐々に距離を詰めようか。」

 

明石「―――提督! 敵は同航戦を取らず、前進して射程に捉えんとするようです!」

 

提督「む・・・まぁ、敵としては当然だろうな、落ち着いて対処しろ、大和は3万5000の段階で―――」

 

 

ドドドオオォォォ・・・ン

 

 

提督「―――射撃を開始したな、残りの戦艦は3万で射撃開始せよ。水雷戦隊と第十一戦隊は雷撃を準備して待機、長距離雷撃で牽制できるようにしてくれ。」

 

直人はままならんなぁと思いながらも、各所に指示を出していった。

 

 

防空棲姫「―――。」

 

 9時半になって、本格的な砲撃戦に両者の戦艦部隊が移った時、防空棲姫は一つの思案に辿り着いた。

フィジーに友軍はいないのではないかと言う疑惑である。戦力再編の話自体は防空棲姫も聞いていたからである。

 

防空棲姫(でももしそうだとしたら、何故私の所に話がないの・・・? フィジーのスバ基地は私の管轄下だった筈、普通は上級司令部である私の所にまず話がある筈なのに・・・。)

 

しかしその思考は同時に、友軍の援護なしでの迎撃策を打ち出す必要に迫られた事も意味していた。

 

防空棲姫(・・・この手で行きましょう。)

 

 思考が一巡した後ルイジアナを通じて出した指令は、奇しくも、ホノルルの発したものと本質では変わり映えの無いものであった。

しかしながら防空棲姫の発したのはより直接的なものであったと言えるだろう。防空棲姫は敵艦列に見慣れない軍艦(フネ)が、周囲を守られつつも存在する事に気付いていたのである。

 

 

こうして横鎮近衛艦隊本隊と防空棲姫率いる深海棲艦隊との戦いは始まった。それはルンガ沖夜間強襲の序幕とは正反対に、独創性の欠片もない陣形から、独創性の欠片もない火力の投射が、躍動感に欠ける戦闘隊形によって行われていたのである。

 

 

提督「―――敵も慎重だな。普段なら猪突して我が艦隊の側面から食い破ろうとする筈だが。」

 

 深海棲艦隊のドクトリンは、基礎としては突撃とそれに続く短距離砲撃によって砲弾の威力を最大ならしむる事によって、その機動力と打撃力の双方を利して一挙に敵艦列を突破・分断して、以後の戦闘を圧倒的優位に進めると言うのが一般的である。

これが艦艇数に於いて人類軍に対して大幅に優位に立つ深海ならではの、突破分断戦術に連節した分進合撃戦法を具現化しており、言うなれば電撃戦を洋上に再現したものと言える。

 ところが目前の深海棲艦隊は、何の故あってか前進しようとせず、距離を保って砲撃するだけであり、直人の目論みが徐々に外れつつあることを彼は自覚せざるを得なかった。

 一方横鎮近衛艦隊が紀伊提督直々に採った戦術は、所謂“双頭の蛇”と呼ばれる戦術だった。

これは一見縦列陣に見えるのだが、両端いずれかを攻撃しようとすればもう片方の端が喰らい付き、中央突破を図ろうものなら両端が敵を取り囲む形で襲い掛かると言う壮大なものであった。

 但しこれは、深海側のドクトリンを逆用しようとした結果実行に移されたものであって、この戦法は無力化されつつあったと言える。

 

提督「―――敵もそうそうやられはしないと言う事か。」

 

明石「どうなさいますか?」

 

提督「―――距離を徐々に詰める。全艦隊順次回頭右に25度、各水雷戦隊は遠距離雷撃を行え!」

 

金剛「“OK!”」

 

矢矧・阿賀野「“了解!”」

 

 距離約3万を維持しようとする敵艦隊に対して、陣形を維持しつつ接近を試みる事を、この時彼は選択した。

ただ、この時の直人の指揮は、大和からすると「いつになく精彩を欠いていた」と言う。と言うのも実の所それには理由があった。

任務の性質上積極的攻勢はこれを是とする必要性が必ずしもない威力偵察と言う任務に於いて、敢えて積極攻勢を取って良いものなのか、彼の中に迷いがあったのである。

 攻守ともに巧妙な直人であっても、その思考はしばしば智よりも勇に偏りがちなのであり、それを立証する数々の事象が、それを肯定してもいる。

しかし今回、敵地に深く踏み込んで置きながら積極性に乏しい威力偵察と言う任務は、直人の指揮に迷いを生じ、結果としてそれが彼にとっては想定外の事象を数多く引き起こさせたのである。

 しかもそれが、元々攻勢を得意とする彼ならば尚の事であり、それ故に今回この任務に彼が抜擢された事については、適材適所の基本に悖る事であったのではないだろうか。

 

 

結果論からすれば、最初の40分強はどちらに優劣をつけるとも言い難い拮抗状態にあった。艦娘艦隊が積極性を欠き、深海棲艦隊も積極策に打って出る契機を探っていたのが理由であった。しかしこの時直人は妙な違和感に苛まれていた。

 

 

9時57分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「“右舷喫水線下に被弾! 高分子ポリマーによる処置は既に完了!”」

 

提督「妙だな、被弾している砲弾の威力が妙に小さい。」

 

明石「恐らく駆逐艦クラスの艦砲かと思われます。」

 

提督「距離2万2000、普通は射程外だが・・・小賢しい奴が居るな。」

 

明石「姫級に、ですか?」

 

提督「そうだ。妙に本艦に砲撃を集中してくる奴が居る。被害が馬鹿にならんぞこのままでは。」

 

明石「どうしますか?」

 

提督「・・・敵に積極性が皆無と言う事は、敵にそうさせる“何か”があったに違いない。ならばこの際、一挙に殲滅する挙に打って出るとしようか!」

 

明石「はいっ!」

 

提督「全艦へ、これより攻撃に移行する。敵が来ないと言うのなら、こちらから出向くとしよう。健闘を祈る。」

 

直人が遂に断を下す。彼と、彼の指揮下にとっては、その指示は明快な意味を持って響き渡った。艦娘達にとっては、彼にとってはそれで充分だった。

 

―――充分である筈だった。

 

 

戦艦棲姫「敵艦隊、攻勢に移ります!」

 

防空棲姫「へぇ・・・来るんだ。いいわ、じゃぁ始めなさい。」

 

戦艦棲姫「ハッ!」

 

 

10時01分―――

 

 

ザバアアアァァァァァァーーー・・・ン

 

 

提督「なんだっ―――!?」

 

 

金剛「エッ―――!?」

 

 

大和「後ろ―――!?」

 

 

瀑布が如く水の壁が、彼女らの背後に屹立する。それは、ガ島沖の再現であった。

 

提督「後部主砲、応戦しろ―――」

 

直人は即座に事態を把握したが、その言葉の最後は、響き渡る爆音に取って代わられ、伝えられる事は無かった。

 

 

 そう間を置かずして、背後に突如として敵が現れた事を知った艦娘達であったが、その時既に鈴谷が受けた被弾は10発以上に上っていた。

その被弾箇所は後甲板から4番・5番主砲を粉砕して前檣楼に至るまでの広い範囲に渡り、マストの破壊により一時的ではあるが通信が途絶さえしたのである。

 

金剛「第一艦隊は後背の敵に対応! 一水打群は私に続くネー!!」

 

艦隊総旗艦である金剛が直ちに指揮を執るが、艦娘達の動揺に少なからざるものがあったのは確かである。

 

榛名「―――鈴谷! 鈴谷応答して下さい! こちら榛名、鈴谷応答して下さい!」

 

榛名が呼びかけを続けても、帰って来る声は未だない。

 

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

提督「―――いてて・・・。」

 

気絶していた直人が目を覚ます。羅針艦橋はいつも通りであるようだった。

 

提督「・・・明石、おい明石。」

 

直人は傍らでやはり気絶している明石を起こそうとする。

 

明石「う・・・提督・・・。」

 

提督「良かった、大丈夫か?」

 

明石「い、一体何が・・・。」

 

提督「本艦が被弾しただけだ、被弾箇所のチェックと修復を急いでくれ。俺は巨大艤装で出る。」

 

明石「いけません、危険です!」

 

提督「今の戦況の方が遥かに危険だ! 副長、戦闘指揮を頼む。明石、任せるぞ。」

 

 静かな、しかし決然としたいつもの表情と声色が彼に戻ったのを、明石は感じ取った。明石は悟ったのだ。この人にはやはり、地味な仕事は性に合っていないのだと言う事を―――。

 10時04分、巨大艤装『紀伊』は、損害が拡大する鈴谷から、発艦する事に何とか成功した。それは苦境に立つ艦娘艦隊を救う唯一の道であった。―――少なくとも彼は、そう確信していたのだった。

しかしそれが仕組まれたものでこそなかったとはいえ、それにさえ疑義無しと出来ざる出来事が起こった。

 

 

ドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「なっ!?」

 

鈴谷の左右に瀑布が屹立する。しかも直人が射出、着水した直後であっただけに非常に危険であった。

 

金剛「テイトク!!」

 

思わず金剛も叫び声をあげる。

 

提督(左右に敵―――!!)

 

鈴谷を一挙に沈めんとしたその策は、偶然にも巨大艤装を纏った直人をも捉えるものであった。しかし、この場合は包囲する側よりもされた側の方が遥かに強かった。

 

提督(金剛ほどではないが―――!)

 

直人は全火器を展開して、それを左右に指向し、連続的に射撃した。その一撃は密集していた敵の艦列を直撃し、1発で数隻がまとめて吹き飛ばされた例すらあった程に苛烈を極めた。これにより直人は自分の窮地と鈴谷の窮地をまとめて救ったのである。

 

提督「安心しろ金剛、俺は大丈夫だ。それより攻撃に出るぞ、行こう!」

 

金剛「―――OK!」

 

敵の挟撃を食い破って来た直人の無事を確かめるや否や、金剛は元の勇敢さを取り戻し、直人と舳先を同じくして突撃する。

 

提督「全艦砲撃用意、目標、正面敵艦隊先頭集団!」

 

オイゲン「了解!」

 

金剛「照準良し、いつでも行けるネー!」

 

提督「よし! 順次射撃開始!」

 

提督「発射(ファイエル)!」

 

金剛「発射(ファイヤー)!」

 

オイゲン「発射(アプシーセン)!」

 

三者の砲撃に続き、続々と艦娘達が戦闘に加入する。事ここに至ってようやく、彼特有の躍動感ある攻勢ドクトリンが息を吹き返したと言う訳であった。金剛に言わせれば、「ようやく彼らしさが戻って来た」と言う所であっただろう。慎重だとか臆病とか言う言葉は彼らしくないのである。

 

 

防空棲姫「なっ―――!?」

 

 一方、鈴谷を陥れる事に成功した筈の防空棲姫は、その有様に驚愕せざるを得なかった。

敵の戦力を、攻勢に際して二分させる事に潜航からの後背強襲によって成功し、更に鈴谷が手薄になった隙を左右からの潜航挟撃によって自軍によって埋め、敵の旗艦と見られる大型艦に対し王手(チェック)をかけた筈だった。

しかし、そのチェックの一手を、思いもよらない火力によって粉砕されてしまっては面食らうのも当然であっただろう。

 しかもその先陣を切るのは、見慣れない大型戦艦――これは極改装によって誤認された金剛――と、それを遥かに凌ぐスケールの巨大な艤装であった。

 

防空棲姫「―――正体不明の敵艦2隻、全艦警戒しなさい!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様、あの巨大な艦影、情報にあった“巨大艤装”と言うものでは無いでしょうか?」

 

防空棲姫「・・・!」

 

 その情報は防空棲姫も耳にはしていた。無論ルイジアナを通じてでこそあったが、その際『それが“サイパンの艦隊”で運用されている兵器であり、艦隊司令官が自ら駆り、大型の母艦で運用される』と言う情報が付随していたのである。

 

防空棲姫「まさか、あれが“例の艦隊”と言う訳!?」

 

戦艦棲姫「情報と照らし合わせれば。」

 

防空棲姫「―――。」

 

その傍若無人ぶり(キャリア)については防空棲姫も聞き及んでいた。各地に神出鬼没に現れては、的確にその場その場の急所を突き、超兵器級を数多く下し、挙句講和派深海棲艦隊(うらぎりものども)が勢力として成立するのに大きく働きかけた称賛すべきながらも憎むべき敵であると。

 

防空棲姫「・・・面白いわ。この力と、あの巨大な艤装の力、どっちが強いか試してみましょう。」

 

戦艦棲姫「―――防空棲姫様?」

 

防空棲姫「私が前線に出るわ。貴方達の全力で支援なさい、ルイジアナ。」

 

戦艦棲姫「―――ハッ!」

 

お互いが、お互いの思うように事を運べない中、策謀と、時に力ずくでそれを打開しようとする両者。その両雄が今、一堂に会しようとしていたのは、10時15分の事である。

 

 

10時15分 横鎮近衛艦隊・第一水上打撃群

 

金剛「巨大な反応が前面(まえ)に出てくるネ!」

 

提督「なに!?」

 

 直人は艤装の機能を使って遠望する。艤装に取り付けられたレーダーや遠望、測的などの機能は、基本的には視覚的に働きかけるものが大半である。

通信に関してはインカムを介する場合や、身体防護障壁内で霊力を振動させる事によって聴覚的に訴えかけるのだ。この遠望と言う機能は、ホロスクリーン形式で表示できるのだ。

 

提督「―――あれか。恐らく旗艦だろう。」

 

金剛「どうするネー?」

 

提督「・・・敵の旗艦さえ沈めれば、敵の指揮系統は混乱し、戦闘にも優位になる、一挙に火力を集中だ、撃ちまくれ!」

 

金剛「Yes(イエス) sir(サー)! 全門斉射!!」

 

 

ドドドオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

 金剛が誇る4基の3連装主砲が、後に直人が「優美さと力強さを兼ねる」と評した、“長大”と言うには余りにも長大に過ぎ、“大口径”と評するには通常戦艦級ではトップ5に入るレベルの巨砲―――55口径46cm砲をもたげ火を噴く。

12門にも及ぶその巨弾の重量は、原型となった45口径のそれに対し、1.7トンの大きさになっていた。その12発の弾頭は、30秒毎に再装填され、自動計算によって算定された最適な仰角と主砲角を常に維持し続け、刻々と変化する条件に正確なまでに対応する能力を持つに至った。

 そしてその能力はこの時も遺憾なく発揮され、12発全てが、防空棲姫に対し少なくとも夾叉(きょうさ)する。夾叉する―――“筈であった”。

 

 

提督「ッ―――!」

 

金剛「え―――!?」

 

 金剛達は見てしまった。その光景を。

直人が最初の目撃者となり、直人が最初の突破者となった、しかしこの世界には、“鈴谷に用いられた技術(サークルデバイス)”を成立させる為に“参照(データライズ)された技術(テクノロジー)”を除いて“現存しない”筈のモノ。

 

彼らがかつて邂逅し、戦った、大きな脅威の―――それは片鱗だった。

 

 

ドオオオォォォォォ・・・ン

  バヂイイィィィィィィ・・・

 

 

提督「な、なんだ、あれは―――!」

 

余りの事態に、彼の思考が一瞬漂白される。

 

金剛「砲撃が、空中で―――!?」

 

 金剛の砲撃は寸分違わず直撃する筈だった。しかしそれは結局1本の水柱さえ上げる間もなかったのである。

直人が、金剛が呆然と佇立(ちょりつ)する中、それをあざ笑うかのように敵の砲撃が周囲に着弾する。

 

提督(―――あの防がれ方、まるで・・・!)

 

明石「“提督!”」

 

提督「明石か、どうした!」

 

明石「先程の現象をこちらでも“観測”出来ました!」

 

提督「お前観測機材なんていつの間に・・・各艦は砲撃続行、敵随伴艦を潰せ! 明石、続きを聞こう。」

 

明石「は、はい! 過去のデータを参照したんですが、該当する情報がありました!」

 

提督「それで?」

 

明石「あの防御方法に該当するのは電磁防壁でも防御重力場でもありません―――“クラインフィールド”です!」

 

提督「クラインフィールド・・・。」

 

彼の結論も同じであった。やはりかと思いながらも、彼は納得する思いであった。

 

提督「奴ら、“霧の艦隊(きりのれんちゅう)”からとんでもない遺産を受け取ってやがった―――!!」

 

―――かつて、超兵器級の鳴動による時空・次元レベルの干渉波により、自らを“霧”と称する謎の艦艇群が出現、横鎮近衛艦隊は“蒼き鋼”と、深海棲艦隊太平洋艦隊は“霧の艦隊”と手を組んで戦ったことがある。

この現象は後日の直人らによる人類と深海共同の検証により、同時期に複数の超兵器が太平洋海域でアクションを起こした事による相乗作用により発生したものであったと言う結論が導き出されている。

 この時、直人らが鈴谷を建造中だった事もあり、制御用デバイスとして参考にしたのが、メンタルモデルたちの艦艇制御能力であり、その技術と様式を参考にして、直人や明石などが鈴谷をコントロールする際に用いるサークルデバイスが完成した。

これが横鎮近衛艦隊の受け取った遺産(ギフト)だった訳だが、深海棲艦は最悪の意味に於いてリアリストであったと言える。

 

金剛「クラインフィールド、この世界からは消えた筈じゃ―――!」

 

提督「俺達がサークルデバイスに必要な技術を受け取ったのと同様、彼らも技術供与を受けていたと言う事だ。明石! 侵蝕弾頭の在庫はどうだったか?」

 

明石「“殆どサイパン島で、設備も原料も貸与されたものだったので補充が利きません。”」

 

侵蝕魚雷―――横鎮近衛艦隊では侵蝕弾頭と呼ばれているそれには、この世界にはない元素「タナトニウム」と、それを加工する特殊な技術を要する為、タカオやイオナから一時貸与を受けて生産していたのである。

 

提督「・・・殆ど?」

 

明石の口走った単語を直人は聞きとがめる。

 

明石「“本艦、鈴谷が搭載している弾薬の中に、8インチ侵蝕弾があります。弾数は36発だけですが。”」

 

提督「少数限定かよ・・・。」

 

明石「“すみません、こんな事になるとは・・・。”」

 

提督「已むをえまい。通常弾頭で効果なしとすれば、まずは臨界に達しさせる事だ。」

 

明石「“はいっ!!”」

 

 その一言で直人の意図を汲んだ明石は、前部主砲塔に侵蝕弾頭を船倉から急遽運ばせる。

それを装填し、発射態勢を整えたのは10時27分であり、測距を終えて砲撃を開始したのは、10時29分の事であった。

 

明石「発射!!」

 

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

 

鈴谷の前部主砲6門が轟音と共に火を噴く。当然の如く砲撃訓練を積んだ鈴谷の砲術班は、この時その訓練成果の極致を見せ、6発の侵蝕弾頭を防空棲姫のクラインフィールドに叩き付ける事に成功したのである。

 

 

バシュウウウウゥゥゥゥゥゥ・・・

 

 

防空棲姫「これは、まさか侵蝕弾頭!? なんであいつらが―――!?」

 

戦艦棲姫「―――例の艦隊は、あの事件に際しては転移してきた別の一団と手を組んで戦ったと言う報告があります。その際に提供を受けたのかと。」

 

防空棲姫「成程、そう言う事。でもこの程度で、私の防壁を破ろうと思わない事ね。」

 

 防空棲姫の武装外装は強制波動装甲によって構成されている。クラインフィールドのジェネレーターとしての機能を持つこの装甲は、元はと言えば鉄であった筈のものである。それが特殊な相転移の結果生まれた素材「ナノマテリアル」によって構築される装甲板となっている。

この技術は深海側でもブラックボックスが多過ぎ、それが故に防空棲姫には一つの欠点があったとされている。

 6発の侵蝕弾頭は、その尽くが防がれてしまったものの、クラインフィールドに対して大きく消耗を強いた事は事実であった。

 

 

提督「全砲門斉射!!」

 

 そこを見逃さず、彼は全火力を防空棲姫一点に集中する事で、状況の打開を図ったのである。

彼は旧き日の記憶を掘り起こす。クラインフィールドは、運動エネルギーに対し同等のエネルギーを接触物体に返す事によって、任意の方向に接触物体の運動エネルギーを逸らす事が出来る防壁なのだと。

 しかし全てをいなす事は出来ず、その一部は蓄積され、一定限度を超えると消失してしまうのだと言う事も彼は正確に記憶していた。

彼はかつて、データが無い事をいい事に、レールガンを用いた長距離砲撃で破った事もあるが、今回は力押しとの併用を図ったのである。

 120cm砲が、80cm砲が、51cm砲までもが、昨今行われて来なかった斉射を行う。各口径ごとに別々の測距を行い、別々の弾道を描くその砲撃は、芸術的なまでの正確さを以って、防空棲姫を目掛け殺到する。

 

 

―――Fデバイス、モジュール3限定展開

 

 

防空棲姫「くぅっ―――力場制御、作動率、67%!!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様!」

 

防空棲姫「大丈夫、この程度の乱打なら!」

 

 

提督「―――狙点固定完了、発射!」

 

 

バアアアァァァァァァァァァーーー・・・ン

 

 

大気との摩擦でプラズマ化し、青白く光る飛翔体が、右腕に限定展開された大いなる冬から放たれる。音速を遥かに超える飛翔体は、かつてコンゴウに放たれた時よりも早く着弾する。その彼我の距離、2万ジャストである。

 

 

ドオオオオオオオオ・・・ン

 

 

防空棲姫「なっ―――なんて力、間に・・・合わないッ―――!!」

 

必死の形相でエネルギーを制御する防空棲姫。だが―――

 

 

パキイイイイイィィィィィ・・・ン

 

 

防空棲姫「くぅっ!!」

 

 コンゴウに放った、あの夜は再現された。経験もないような巨大な運動エネルギーは、クラインフィールドでさえも、経験の無い者には通用する事を証明し直したのである。

しかし、直撃には至らなかった。辛うじて武装の左舷の側面を掠めただけであった。その点コンゴウよりも幸運に恵まれたと言えるだろう。

だが防空棲姫にとっては自身の武装に傷をつけた相手自体が初めてであった。尤も、実戦経験すら殆どなかった身ではあるが。

 

防空棲姫「なんなの、あれは―――!!」

 

防空棲姫は畏怖の念を禁じ得なかった。彼女の防壁を破った者など、今まで存在しないだけに尚更であった。

 

戦艦棲姫「大丈夫ですか、防空棲姫様?」

 

防空棲姫「え、えぇ、大丈夫。それより敵が突入して来るわ、正面の布陣を固めなさい! スバとルーガンビルにはまだ繋がらないの!?」

 

戦艦棲姫「―――畏れながら・・・。」

 

言いづらそうにするルイジアナの表情を見やり、防空棲姫は嘆息する。

 

防空棲姫「―――そうね、間に合わないのは分かってるわ。」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様・・・?」

 

防空棲姫「恐らく、私達は捨て石にされたのよ。こんな辺境を守る意味は、最初からなかったのは分かってはいた。だけど・・・!」

 

戦艦棲姫「防空棲姫様・・・。」

 

 だが、防空棲姫が、生まれてこの方この地の防衛に全力を尽くしてきたのは事実だった。補給も必ずしも保証できず、戦力の配備も思うに任せない中、いざとなれば自らの力を以ってしてでも防衛するつもりで、今まで尽くしてきた。

その献身は今、最悪の形で裏切られようとしていた。スバ基地には今、一兵たりとも存在しなかった事が、後の検証で明らかになっている。即ち防空棲姫は、彼女から見た、今対峙する敵に対し、味方から供物として差し出された訳である。

 無論そう言った意図では無かったし、連絡不行き届きであったとする証拠もあり、決してむげに捨てられたと言う訳ではない。あくまでも結果的に、タイミングとしては最悪を極めていたとしか言いようがないのである。

 

防空棲姫「・・・いいでしょう。それならば死力を尽くしましょう。深海棲艦隊ここにありと言う事を、奴らに見せてやりましょう。」

 

戦艦棲姫「―――分かりました。」

 

防空棲姫「全艦隊に。私達は本国から見放されたわ。この上は目前の敵と戦って死ぬか、降伏以外の道はない。降伏したい者はそうなさい。それ以外の者達は私に従い、戦い抜きなさい!」

 

 10時36分に防空棲姫から下された悲壮な命令。それでも尚、脱落者は存在しなかった。それは防空棲姫が、如何に部下の信頼を得ていたかを表すものだった。

開戦した時9740隻を数えた防空棲姫艦隊も、今や4000隻弱にまで撃ち減らされ、今もなおその数は減少の一途を辿り続けていた。後背を襲った3900隻にもなった伏兵も既になく、敵第一艦隊は既に前線へと復帰し、鈴谷も危機的状況からは脱した。

 

 

10時38分 横鎮近衛艦隊・第一水上打撃群

 

明石「“提督、敵艦隊から、通信が入っています!”」

 

提督「―――全艦隊に流せ。」

 

明石「“は、はい・・・!”」

 

 

―――私は、深海棲艦隊、南西太平洋方面艦隊所属、サモア艦隊指揮官、防空棲姫である。

―――貴艦隊と言う、称すべき敵手と出会えた事を、私は誇りに思う。

―――遠路遥々我々を討ちに来たことを光栄に思うと共に、私はこの地を預かる者として、

―――最後の一兵まで抵抗するであろう。

―――今日の如き状況を待ち望んだ訳ではないが、私の麾下から降伏する者が出たとしても・・・

―――寛大なる処遇を与えられん事を希望する。

―――我らの母なる深海に、栄光あれ。

 

 

提督「―――聞いたか皆。彼らの様な堂々たる武人を打ち倒さねばならない事は、俺も残念だ。だが我々には勝たねばならん理由がある。何人であれ、それが敵ならば、我々は勝たなくてはならんのだ。降伏する者があればそれに対する発砲は全て禁ずる! あくまでも友好的にやれ。例え指揮官がその旗を降ろすとも、堂々と迎えてやろうじゃないか。」

 

大井「はぁ・・・艦娘艦隊が、聞いて呆れるような話ではあるわね。でも、付き合ってあげるわ。」

 

北上「そうだね~、戦わなくて済むなら、それが一番だよ、大井っち。」

 

大井「北上さん・・・。」

 

提督「・・・行こう。この戦いを、終わらせよう。」

 

一同「「“了解ッ!!”」」

 

提督「水雷戦隊、全隊突撃! 第一艦隊は右翼、一水打群は左翼に展開して反包囲を敷け!!」

 

直人の命令一下、横鎮近衛艦隊は最終局面へと向けて動き始めた。

 

 

防空棲姫「戦艦を前面に投入! 正面から引き抜いた巡洋艦及び駆逐艦を左右に展開して応戦なさい!!」

 

防空棲姫もそれに対して、戦術の粋を結集して応戦するのである。こうして横鎮近衛艦隊と防空棲姫艦隊は、その最期に、知力と武力の粋を集めた堂々たる正面決戦を挙行したのである。それが、この戦いのフィナーレを飾る場面であった。

 

 

 11時を過ぎる頃、深海棲艦隊はその数6隻を数えるのみとなっていた。防空棲姫はこの時僅かに、戦艦棲姫2人と重巡1隻、駆逐艦2隻を、残すのみだったのである。

深海棲艦側の組織的抵抗は既に終わりを告げ、弾薬も底を見せ始めていた。横鎮近衛艦隊に対しては37隻もの大破艦を出させており、残りも少なからぬ損害を負ったものが大半を占めていた。

 しかし、そこらあたりが限界であった。短くも激しい激闘の末、勝利と言える状況にまで持って行ったのは、横鎮近衛艦隊であった。既に9個の小艦隊が降伏したのを始め、損害をものともしない猛攻によって、遂に勝利に王手(チェック)をかけたのである。

 

 

11時10分 横鎮近衛艦隊

 

提督「―――砲火が目に見えて弱まっておるな。」

 

金剛「弾薬が尽きたと言う事ネー?」

 

提督「それは何とも言えん。が―――」

 

榛名「・・・提督。」

 

提督「どうした?」

 

榛名「今一度、降伏を勧告なさってはどうでしょうか?」

 

金剛「榛名・・・。」

 

榛名「私は、ほぼ無抵抗な相手を、沈めようとは思えません。どうか―――」

 

提督「・・・分かった、そうしよう。」

 

それ以上直人は言われなくても理解する事だった。直人は我が意を得たりと首肯すると、敬意を表するべき敵手に対し、通信回路を開こうとするのである。

 

 

~防空棲姫艦隊~

 

防空棲姫「・・・負け、ね。」

 

戦艦棲姫「いいえ、この寡兵で、これだけの戦果を挙げ得たのです。それだけでも―――。」

 

防空棲姫「・・・そうね。」

 

戦艦棲姫「私達は、十分に戦い抜きましたとも。一部の艦隊も、名誉ある降伏を選んでくれたようです。」

 

防空棲姫(この防空棲姫が・・・この“あきづき”が敗れるとはね・・・。やはり、戦術を学んだだけではダメと言う事ね、経験の差が、歴然とし過ぎていた。)

 

しかし防空棲姫の心に悔しさはない。初めて、これだけの戦いに参加し、これだけやれたのだ。その点、悔いるべき何ものも無かった。

 

防空棲姫(でも私は結局、信用していた筈の部下に裏切られ、同族から見放された。ここで死ぬのも、彼らの思う壺かもしれないわね―――)

 

 本来ならば、防空棲姫は五分以上の戦いが出来た筈なのだ。周辺海域に在った大戦力と、自身の力と手腕を以てすれば、1個艦隊程度の相手ならばそれ程脅威では無かった筈だった。しかし彼女は結局、彼女の直属艦隊のみで横鎮近衛艦隊と戦い、敗れたのである。

本来与えられた戦力を運用する事を許されず、不本意な劣勢を強いられ続けた事に、彼女は中央への不信感を募らせずにはいられなかった。裏切られたという意識を拭い去る事は出来なかったのである。

 その時であった。横鎮近衛艦隊から、通信が送られて来たのである。

 

 

―――敵将に告ぐ。

―――私はサモア方面強行偵察艦隊司令官、石川 好弘少将である。

―――貴艦隊の勇戦ぶりとその手腕に、心からの敬意を表する。

―――私は一個人として、貴官との共存を心から望む次第である。

―――貴官にその意思があらば、武器を降ろし、投降されたし。

―――寛大なる処遇を約束すると共に、賢明なる判断を期待するや切である。

 

 

防空棲姫「降伏勧告・・・?」

 

戦艦棲姫「―――防空棲姫様。」

 

防空棲姫「・・・そうね。打ち棄てられたも同然の状態で、これだけやってのけたんですもの。中央がどう思おうが、最後まで彼らの掌で踊る必要はないわね。」

 

戦艦棲姫「お待ちください防空棲姫様。ここは敢えて、即答を避けるが宜しいかと存じます。」

 

防空棲姫「・・・そうねルイジアナ、分かったわ。」

 

結局防空棲姫は15分の猶予を求め、その間に心中を整理すると、14分後に、降伏勧告を受諾する旨通達したのであった。

 

 

11時26分 横鎮近衛艦隊

 

提督「終わったか・・・。」

 

金剛「今回も、私達の勝ちネー。」

 

大井「はぁ・・・全く、歯切れの悪いこと夥しいわね。」

 

提督「そいつはすまなかったね大井。」

 

大井「ふん、1mmもそう思ってない癖に。」

 

提督「フフフ・・・。」

 

穏やかに笑いながら、彼は戦いが終わったかを再確認するかのように、サモアの島影を今一度仰ぎ見るのであった。

 

提督「捕虜の収容はどうだ?」

 

明石「“ほぼ完了しています。暴発防止の為の監視は付けますか?”」

 

提督「―――向こうの指揮官も投降してくる。必要なかろう。」

 

明石「“分かりました。”」

 

提督「・・・よし、全艦隊、警戒体制に移行。戦いは終わった。全艦武器を納めろ。これは、命令だ。」

 

直人の命令は、遺漏なく実行された。解き放たれていた甲標的も全て収容され、艦載機も全て母艦へと戻った。全艦娘が艤装を待機状態へと戻し、最小限度の人員だけを残して帰艦する。

 

そうして、防空棲姫を迎え入れる準備が、着々と整えられた。

 

 

11時47分 重巡鈴谷直下

 

金剛(浮いてるネー・・・。)

 

榛名(そうですね・・・。)

 

二人が神妙な顔つきで出迎える中、直人は姿勢を正して、防空棲姫を迎える。背部と脚部艤装のみの状態にして来たのだが、改めて見れば艤装を身につけるのが男性と言うのも珍妙な取り合わせという雰囲気がないではなかった。

 

防空棲姫「貴官が、艦隊司令官と言う事でいいのかしら?」

 

自身の武装から水面に降り立ち、防空棲姫は敵の指揮官に対しそう告げる。

 

提督「如何にも。」

 

防空棲姫「敗残の身を、貴官にお預けするわ。この船はサイパンに帰投するのでしょう?」

 

提督「―――何故そう思われる?」

 

防空棲姫「あら、貴方達の噂は深海でももちきりよ?」

 

提督「・・・成程。では改めて、我が旗艦“鈴谷”にお招きする。貴官らの身柄も、私の名前で預からせて頂く。宜しいかな?」

 

防空棲姫「えぇ、勿論よ。」

 

 

 かくして、「サモア沖海戦」と呼称される戦いは終焉する。深海棲艦側の損害、参加艦艇数13640隻中13634隻。うち投降せるもの581隻を数えるのみで、残りの艦は文字通り玉砕した。

投降した小艦隊はいずれも、横鎮近衛艦隊の烈火の如く勢いに押し切られ、継戦を断念したものがその全てであったとされている。

 これに対し横鎮近衛艦隊は艦艇74隻、艦載機830機を投じ、うち前線参加艦艇数は艦娘50隻に巨大艤装1基、母艦たる鈴谷を合わせて52隻。紀伊の艦載機は結局参加していない為、これが全戦力となった。対し損害は大破37隻、中破8隻、小破2隻。

損害を被らなかったのは金剛と榛名、雪風の3隻に過ぎず、艦載機は第一次攻撃隊―――そしてこの戦い唯一の攻撃隊の参加機162機に加え、索敵機5機を失った。

 両軍ともにその損害率に於いて9割を超す打撃を受けたのは、横鎮近衛艦隊では初の事であった。しかし直人が攻撃隊を差し止めさせたのは、結果として艦載機隊の損害率を20%程度に留めた事を考えると賢明であったと言わざるを得ないだろう。

ただ、駆逐艦級5~10隻で駆逐艦娘1隻、戦艦級3~5隻で戦艦級艦娘1隻に匹敵すると言われる実力差であるにもかかわらず、この戦力差を覆し得たか、また覆された穴を埋めたのかについては、やはり防空棲姫や戦艦棲姫の存在があり、巨大艤装や金剛極改二の存在があった事は事実だろう。

 結果としてこの戦いは、巨象同士の戦いに華を添えただけであるとする事も出来るだろう。11時50分、横鎮近衛艦隊は捕虜と艦娘の全てを収容し、それまで通ってきた航路を戻り始めたのであった。

 

 

その帰還の途上、日付変更線を過ぎた後、直人は防空棲姫と語らおうと一席を設けた。防空棲姫はルイジアナに自分の旧部下達を預けると、彼の艦長室に大淀の案内の元訪れたのであった。

 

8月10日15時32分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

金剛が二人の為に紅茶を淹れて下がると、直人がおもむろに口を開く。

 

提督「そう言えば、私の本当の名前を名乗っていなかったな。」

 

防空棲姫「いや、存じ上げているわ、紀伊提督。」

 

提督「やれやれ、名前まで通っていたのか。」

 

防空棲姫「貴方の事を噂しない者はいないわ。憎悪にしろ畏敬にしろ、貴官は人類軍の指揮官として深海では最も有名な人だし。何故だかお分かりにはなると思うけど―――」

 

提督「―――7年前の件、か。」

 

防空棲姫「あの時人類軍は貴官らを喧伝してやまなかったようだけど、その話は我々も耳にし、記録していたのよ。それが、突如として艦娘共と共に前線に再び姿を現した巨大艤装と、その装者の情報とを、かつての記録から引き出した、と言う訳ね。」

 

提督「記録とは、中々失われるものではないからな。ところで貴官の名を伺っていなかったな。」

 

防空棲姫「―――“あきづき”、と言うわ。貴官は知っていると思うけれど?」

 

提督「・・・大日本帝国海軍所属の駆逐艦、では恐らくないな、その様子だと。」

 

防空棲姫「そう、その三代目に当たる船ね。我々深海によって撃沈された、海上自衛軍だったかしら、それに所属していた船の名ね。」

 

JS Akizuki(あきづき), DD-115は、あきづき級護衛艦(二代)のネームシップであり、今は伊豆大島沖に沈みもうその威容を残さない船である。2012年竣工の旧式艦だったのも手伝ってか、2046年初頭の伊豆南方沖海戦で撃沈されたのである。

 

提督「三代目か・・・。」

 

防空棲姫「貴官達の言う霧が去った後、その技術を取り入れる形で造られたのがこの私。尤も、彼らに言わせれば会心の出来とは言い難かったらしいわ。現代艦の建造と言う面では未だに壁も多いのは知っていると思うけれど、ミサイルは無く、主砲は旧日本海軍の秋月型のもの、引き継げたのは強制波動装甲だけ。霧と言うオーバーテクノロジーでも、どうも越えがたい壁と言うものはあるらしいわね。」

 

提督「強制波動装甲だけではダメだったのか・・・。」

 

防空棲姫「だが、この主砲は実質戦艦レベルの装甲の貫通が可能でもあるの、自慢ではないけれど、それなりに自負する所よ。」

 

提督「成程、事実破られてはいるからな。」

 

事実、日向が口径に対して明らかに尋常ではない威力の砲弾を受けて大破してしまったと言う事実が、直人にも既に突き付けられていたので、防空棲姫のその自負の程には彼も納得する所であった。

 

防空棲姫「そういった特徴を、彼らは見ようともせず、結局僻地に配備され、実戦を殆ど経験する事は無かったのよ。」

 

提督「―――。」

 

防空棲姫「そして挙句の果てには戦力を何一つ告げられぬ内に引き抜かれた。私は例え僻地だと言う事は分かっていても尚、全力を尽くしたつもりだった。この様な形で裏切られるとは思っても見なかったけど―――。」

 

提督「そうか・・・。」

 

深海棲艦は一枚岩ではない、直人はその事を再確認させられる思いであった。一枚岩であるならそもそも裏切ったとか裏切られたとか、そのような想念とは無関係でいられるだろうからである。

 

防空棲姫「差し出がましい様だけど、一つお願いがあるわ。」

 

提督「ん? 私に出来る事であれば伺おう。」

 

防空棲姫「―――貴方の下で私を使って欲しいの。」

 

提督「・・・?」

 

直人はその真意を測りかねる。それが顔に出たのであろう、防空棲姫は自らの思う所を、直人に披歴するのである。

 

防空棲姫「私が講和派深海棲艦隊に合流するのはいい。けど、私はそこに行く前に、こうして貴方と言う燦然たる将星を目の当たりにしてしまった。兵士は有能な部下にこそ使える事を良しとする、でしょう?」

 

提督「それはその通りだが・・・。」

 

防空棲姫「それに私と言う存在は、他の深海棲艦に対しても浮き過ぎている。この身に授かった力にもブラックボックスが多過ぎて、量産化に手間取っていると言う話よ。変に共同作戦と言われても運用上難しい所はあるし、何より私は実戦経験に欠けている。それでも私は、私を売り渡したも同然のあしらい方をした連中に、“恩返し”をしてやりたいのよ。そうでないと、私のプライドが許せない。提督、お願いできないかしら。」

 

提督「―――不文律ではあるが、我々が合同する事は、講和派深海棲艦隊との間では戒める所だ。」

 

防空棲姫「・・・。」

 

提督「だが、アイダホやアルウス、ほっぽちゃん―――北方棲姫とは気心のある程度知れた仲だ。話せば分かって貰えるだろう。話を持ち出してみない事には何とも言えないが、あきづきの意向は、必ず伝えさせて貰う。」

 

防空棲姫「―――型通りだけれど、欲しい答えは貰えたわ。」

 

提督「それは良かった。」

 

防空棲姫「それはそうと、そう遠くない時期に、南方戦線が崩れるかもしれないわ。」

 

提督「それはどう言う事だ?」

 

防空棲姫「最近中央のお歴々が、南西太平洋方面艦隊の各艦隊司令官を中央に一人ずつ償還しているわ。ただ用があって呼び寄せている、と言うよりは糾弾に近いわね。」

 

提督「・・・それで?」

 

防空棲姫「南西太平洋方面艦隊は一種辺境区域の艦隊と言う趣が強くてね。中央の主流から外れた者達の配流地(はいるち)、と言う側面が無い訳ではないの。それでもみんなプライドはあるから、仮に自分の命が“同族によって”脅かされると知っても、中央に対する忠誠を、堅持し得るかどうか。」

 

提督「まさか、飛行場姫を始めとする艦隊が亡命してくる可能性があると言う事か!?」

 

防空棲姫「どの規模になるとは言えないわね、何処まで波及するかは未知数ですもの。」

 

提督「確かにそうかもしれんが、それは・・・。」

 

防空棲姫「ま、耳に入れて置いてちょうだい。多分、間違いなく驚きを軽減して適切な措置を取れるようになると思うわ。それが提督に力を貸して貰う対価よ。」

 

提督「承知した。」

 

 直人は思っても見ない情報を得る事が出来た事に驚きを隠せなかった。が、それ以上に、深海棲艦同士の心理上の対立が一部で修復不能なまでに深刻化している事を、その情報によって知らされる事になった訳である。

 更に言えば、彼は思わぬ人材の仕官要請を受けた訳であって、これは直人としては寝耳に水と言う所ではあったものの、結果としては喜ばしい事である筈であった。

ただ、深海と艦娘の混成艦隊は、彼も述べた通り講和派深海棲艦隊との間の協議の中で不文律となって戒められていた条項であった。彼が付け入る事が出来る間隙は、それが不文律で明文化されていない事であっただろう。

 彼としても、この強力な深海棲艦を艦隊麾下ないしそれに類する形で迎える事が出来れば、それは何よりも貴重な存在となりうること請負であった。故に彼も防空棲姫の要請をその場では一度承っておいて後日の協議の種にしたと言う一面もある。

 

 

 しかし、深海棲艦側がサモアの失陥を知ったのはそう遅くはならなかった。

早くもその失陥した日の夕刻には、到着した使者がサモア棲地の消失を報告したのを皮切りに、どうやら降伏したであろうことまでは足取りが掴めていたものの、スパ基地に友軍がいなかった事、ルーガンビル基地が中央からの命令で無線封止した事が仇となり、「いつ、誰が、(どこのうまのほねが)どの程度の戦力で」来襲したのか、完全に不明な状態であった為に対応の施しようもなかった。

 更に言えば、防空棲姫と言う要の試金石が欠けたことによってサモア方面の防衛は破綻した事は事実であった。しかし中央はその点は重要と捉えておらず、戦力の純粋な減少だけを重要視して再建に努めていた。

 

だが一人だけ、その敵戦力を正確に推察した者がいた。それは南西太平洋方面艦隊司令官、飛行場姫(ロフトン・ヘンダーソン)であった。

 

 

ガタルカナル時間8月8日20時17分 ガタルカナル棲地中枢

 

飛行場姫「―――例の(サイパン)艦隊だ、間違いない。先日来たのも奴らによる陽動だ!」

 

へ級Flag(ホノルル)「では―――!」

 

飛行場姫「奴等の狙いは初めからサモアだったのだ! 我々ではない!」

 

へ級Flag「奴等は今頃、勝利の凱歌を挙げている筈です。如何為さいますか?」

 

飛行場姫「―――ホノルルの艦隊は4割を喪っている、今から展開しても網は張れんな、已むをえまい・・・。」

 

へ級Flag「・・・。」

 

飛行場姫「―――始祖鳥(アルケオプテリクス)を出す。あの船を沈め得るのは、これだけだ。」

 

 

8月12日10時20分 重巡鈴谷

 

 日付変更線を超え、洋上を走る鈴谷は、時計をサイパン標準時に合わせて航行を続けていた。

その前檣楼・羅針艦橋(ブリッジ)で、彼は暇を持て余していたのである。

 

提督「暇じゃのぉ~・・・。」

 

持参してきた本もあらかた読み尽くし、艦娘達と語らうのにも飽きると、やる事を無くした彼は無趣味に育ってしまった事を後悔しながら空を睨むのである。

 

後檣楼電探室

「“こちら後檣楼電探室、レーダーに反応あり!”」

 

提督「は、この海のど真ん中でか?」

 

後檣楼電探室

「“イレギュラーではありません、反応があります!”」

 

提督「距離と規模を。」

 

後檣楼電探室

「“左舷方向距離100km接近中! 反応―――”」

 

そこで電探手が絶句した。

 

提督「―――どうした、報告しろ!」

 

後檣楼電探室

「“―――反応、極めて大!”」

 

提督「・・・ふぇっ!?」

 

その報告を直人の明晰な頭脳が受信するまでに3秒を要した辺りが、余りにも突然の来襲を物語っていただろう。兎に角彼は対空戦闘用意を鈴谷全艦に告げると、双眼鏡に取りつくのであった。

 

 

20分もしない内に、その威容は直人の前に再び雰囲気を圧して現れる。かつて鈴谷を襲った災厄級の損害を齎した相手が今、修理を終えて再び彼の前に姿を現したのである。

 

提督「主砲左舷に旋回! 弾種徹甲、向かって右側の翼に照準を合わせろ!!」

 

明石「どうするんです!?」

 

提督「分からんか、揚力のバランスさえ崩せば、コース取りをやり直すしかない、そこが狙い目だ。艦娘艦隊を高速発進、ウェルドック準備だ急げ!」

 

明石「はいっ!」

 

提督「金剛っ!」

 

金剛「“発進準備始めるネー!”」

 

提督「主砲を対空電探と連動させろ、細かな修正は高射装置からの指示を待て!」

 

明石「指示、送ります!」

 

提督「高角砲及び機銃座発射準備、有効射程範囲(イエローゾーン)に入り次第射撃せよ!」

 

副長「―!(了解!)」

 

副長が短く答え、指示を復唱し各部署へ伝える。

 

提督「前回の様にはいかんぞ、機関最大戦速用意! 原側から第一戦速へ!」

 

14ノットから20ノットへと加速しつつ、鈴谷は迎撃態勢を整える。その間にもアルケオプテリクスは既に捕捉済みの目標に一直線に突き進んでくる。

 

提督「慌てるな、距離1万で撃て。」

 

 直人は冷静だった。一度遭遇した事がある相手である以上、その対策は考えてあるのだから、焦る必要は無かった。その間にも距離はどんどん詰められる。

50km、30km、15km・・・どんどん計測距離計の数値が小さくなる。最大速度を出して鈴谷に向かって肉薄して来ている事は明白だった。

 

提督「主砲を使わないのか―――!」

 

明石「提督!」

 

提督「分かっている。用意―――」

 

 直人が右腕を掲げる。その視線の先には敵との相対距離が出ており、それを睨んで彼はタイミングを計っていた。

息を飲む一瞬、緊張感が最高潮に達し、正に緊迫感と呼ぶに相応しい雰囲気が、艦全体を包み込む。彼のタイミング一つで、この艦の運命が決まるのである。直人の額に汗が滲んでくるのを自覚しながら、その一瞬を迎える。

 

提督「―――撃てぇッ!!」

 

一気に右腕を振り下ろし、相対距離1万100で直人は射撃を命じた。

 

 

ドドオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

5基10門の8インチ砲が一挙に火を噴き、正に爆弾倉を開こうとするアルケオプテリクスにつかみかかるかの様に飛翔する。

 

提督「頼む―――!」

 

直人が祈ったその刹那である―――

 

 

ドゴオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 

アルケオプテリクスの左主翼の半ば程に、複数の爆発が煌めき、遅れて爆音が轟くのを彼は確かに知覚した。アルケオプテリクスは左主翼の揚力が減った事により左によろめいて攻撃針路から外れる。

 

提督「よしっ! 主砲撃ち続けろ!!」

 

会心の笑みを浮かべながら彼は命じる。主砲はアルケオプテリクスを追従しながら徹甲弾を送り込み続ける。それにより更に数発の命中弾を与え、各部にダメージを与えるが、致命傷にはならない。

 

明石「敵機増速、新たに攻撃針路に入ります!」

 

提督「なにッ―――!?」

 

そもそもアルケオプテリクスはその巨体を持ち上げるのにすら過剰なレベルの揚力を有していた。その気になれば片翼になろうとも帰投する事が出来る。それを考えると、時間稼ぎにしかならない事は直人も承知していたが、余りにも立て直すまでが早過ぎたのである。

 

提督「敵翼面に火力を集中しろ!」

 

明石「駄目です、測距が間に合いません!」

 

提督「馬鹿な、何処からそんな出力が!?」

 

明石「的速800kmを越えます! この速度、改アルケオプテリクスだったのでは!?」

 

提督「そんな―――!?」

 

 直人も予期し得なかった現実がそこにはあった。厳密には修理を行った際に改修を施して“改”にバージョンアップしただけではあったのだが、そんな事情を彼らが知る由は端からなかった。

急激と言うのが相応しい程の速度で急迫する悪しき始祖鳥。鈴谷のクルーは一様に、この後に待ち受ける破局を思い浮かべ戦慄した。その海空戦に訪れた破局は正に突然であった。

 

 

ドゴオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「どうした!?」

 

鈴谷に何が起こったのかと思い明石に思わずそう問いかける直人。

 

明石「分かりません、アルケオプテリクスが爆発しました!!」

 

提督「なんだって!?」

 

直人は思わず敵の方を見やる。機体下面から朦々(もうもう)と黒煙を引きながら辛うじて飛んでいる始祖鳥の姿がそこにはあった。

 

提督「一体―――」

 

 何が起こったのか、そう更に言い募ろうとした直人の言葉は、言うまでもなく目前に於いて説明され証明された。

明緑色の煌めきを放つ光線が、アルケオプテリクスに薙ぎ払う様に注ぎ込まれたかと思うと、触れた所が溶解した後爆発を起こし、大損害を与えていたのである。

 

提督「レーザー兵器だと!?」

 

明石「エネルギーの照合を―――こ、これは・・・荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)です! 使用された重粒子は、恐らく中性子と見られます!!」

 

 エネルギーカノンは、荷電状態の重粒子(バリオン)を充填した薬室内に対して、同じバリオンを超高速で叩きつける事によって、そのバリオン同士の衝突の勢いで前方に投射されるエネルギー兵器である。

第二次大戦当時に発見されていた重粒子とは陽子と中性子のもののみであった為、このいずれかを用いているものしか歴史上存在しない。

 この原理で発射される場合、薙ぎ払うと言う事は出来ないように見えるが、衝突させたバリオンが薬室に残り、更にその後ろから加速されたバリオンがやって来る為、最初のものより威力が左程変わらない光線が出るのである。

しかし当時の技術では、超兵器技術とその莫大なエネルギーを用いても連続照射限界は4.7秒が限界であったと言い、同様の兵器は、未だ再現に至っていない。

 

提督「古典的か!!」

 

明石「そうじゃなくてですね!」

 

提督「分かっている! そんなものを持っている船はそんなにいない。しかも現存する船と言えば―――。」

 

明石「エネルギーの放射された方向を特定、本艦の1時から3時にかけて、本艦の前方25度方向の付近から発射された模様! 対水上電探が距離3万6000に艦娘らしき艦影を捕捉、IFFに反応あり!」

 

提督「こんな所に、艦娘・・・?」

 

明石「隻数1、単艦でこちらに接近してきます!」

 

提督「妙な事もあるものだな・・・。」

 

前檣楼見張員

「“敵巨大航空機、離脱する模様!”」

 

提督「助かったか・・・。」

 

明石「提督、艦娘発艦中止を!」

 

提督「許可する。金剛! 発艦中止!」

 

金剛「“えっ、中止デスカー!?”」

 

提督「そうだ中止だ、敵は大損害を被って離脱した。これ以上は無用だ。」

 

金剛「“了解デース。”」

 

提督「あ、ちょっと待て!」

 

金剛「“Oh・・・?”」

 

提督「明石、あの艦娘はどうすればいいだろう?」

 

明石「ひとまず収容すればいいかと思います。事情を聞けば何故ここにいたかも分かりますし。」

 

明石が述べたのは正論であり一般論に過ぎなかったが、それでも直人は決断に迷った分その答えを是とした。

 

提督「よし、金剛に命ずる。誰か4隻程選び取って、鈴谷前方に出現した友軍艦を収容して貰いたい。」

 

金剛「“了解ネー!”」

 

金剛は特に疑問にも思わず直人の命令を受理すると、鈴谷・瑞鶴・秋月・雪風の4隻を選抜してウェルドックから発進した。艦内工場で満足に修理を終えられたこれら5隻の艦娘達は、鈴谷を追い越して鈴谷のレーダー波が捉えた目標に向かって前進して行くのである。

 

 

正体不明(アンノウン)の艦娘”との距離を2万5000まで縮めた時、その艦娘から通信が入った。

 

「“―――前方の艦へ、この通信が聞こえるならば応答されたし。”」

 

提督「通信?」

 

明石「発信元は前方の艦娘からです。」

 

提督「・・・どうする?」

 

明石「本来でしたら黙秘する所ですが、回収班も出してしまいましたし・・・。」

 

提督「―――そうだな。」

 

直人は意を決して通信回線を開く。

 

提督「こちらは横鎮防備艦隊、サイパン分遣隊所属、重巡洋艦鈴谷である。貴艦の所属と艦名を伝えられたし。」

 

 

(やれやれ、急に押しかけたとは言っても、まさかこの艦齢(とし)になって、名前を尋ねられるなんてね。)

 

その艦娘はそう苦笑しながらも、誇り高く直人の問いかけに答えた。

 

「本艦は大日本帝国海軍所属、連合艦隊旗艦、三笠である! 貴艦隊への合流を希望するものである!」

 

 

提督「三笠―――三笠だって!?」

 

明石「御存じなんですか!?」

 

御存じも何も、と言おうとした直人は思わず口をつぐんだ。彼にとっては時折会うだけの存在だったが、それが今こんな大海のど真ん中にいる鈴谷を探し当てやって来たと言うのである。

 

提督「いやいや、大日本帝国海軍の戦艦では唯一現存する船だぞ知らん訳がないだろう。」

 

明石「そんな事は分かってます! そんな言い方をされるのは卑怯です!」

 

提督「す、すまん。こんな言い訳は卑怯だったな。」

 

明石「それで、どうなのですか?」

 

提督「―――横須賀の鎮守府司令部に出頭した際、寄り道程度に寄る戦艦三笠で時折会っていた。その時鎮守府の管理下に入る気はないと言っていたと思ったが・・・。」

 

明石「あの三笠が、艦娘に・・・。」

 

提督「あぁ、俺も最初は驚いたがね。それにしても、我が艦隊に合流だって・・・?」

 

明石「どう対処しましょうか・・・。」

 

提督「取り敢えず招き入れよう。大淀!」

 

インカムで呼び出すとすぐ返事が来た。

 

大淀「“どうされましたか?”」

 

提督「俺の代わりにブリッジに入ってくれ、出迎えの用意をする。」

 

大淀「“承知しました。”」

 

提督「と言う事で、行ってくる。」

 

明石「はい! 行ってらっしゃい。」

 

明石は振り向かなかったが、直人は気にも留める風では無かった。えらい事になったものだ、と彼は心の中で呟いたが、それでも自分の責務を怠る事はしない。彼はそう心で決めていたからである。

 

提督「今月に入って珍しいお客さんが2人もとはね。」

 

口に出してはそう述べたのみであったと、明石は後年述べている。

 

 

 2054年8月12日10時56分、それは横鎮近衛艦隊所属重巡洋艦「鈴谷」に三笠が収容された日時として記録されるものである。驚くべき客人を迎える事には慣れている筈の直人にあってもこの出来事は予想外であり、大慌てで身だしなみを整えたものである。

 彼にしても平和な航海の真っ最中から突然の戦闘状態に放り込まれ、それが落ち着かぬうちに今度は三笠と言う客人を迎えたのだから、運命の女神の何と悪戯好きな事かを痛感させられずにはいられなかった。

ともあれ、直人は防空棲姫の時と同じように艦長室に三笠を迎える事にしたのである。

 

 

11時08分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「この様な所にまでよく辿り着けたものだね、まぁ。おかけください。」

 

直人がソファの一角を勧め、自分も腰掛ける。

 

提督「最初に確認して置きたい事がある。アルケオプテリクスに撃ち込まれたエネルギー弾は、やはり三笠が?」

 

三笠「えぇ、そうね。結局逃げおおせたみたいだけれど。」

 

提督「そうか・・・やはりな。」

 

 戦艦三笠―――日本海軍が明治29年に推進した「六六艦隊計画」に基づき、英国・ヴィッカース社バロー=イン=ファーネス造船所で建造、1902年3月1日に就役して以降、日本海海戦に代表される輝かしい武勲を立てた後、1923年に一度除籍となった。

しかし、1939年に小型超兵器機関の実験艦として再就役し、『量産型超兵器』超大和型戦艦建造の為に必要なデータの全てがこの三笠によって提供されている。

 武装としては一介の戦艦としての装備がそのまま転用され、威力不足の各砲門は荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)として再構成され、速力は32ノットにまで大幅に向上、煙突も必要なくなり、燃料補給さえ不要となった。

47mm速射砲は対空火器に置き換えられると同時にパルスレーザーを搭載、艦橋も再設計されてレーダーを装備し、名実共に準超兵器級戦艦として再就役を果たした。1941年2月の事である。

 

 その後の三笠の戦歴も栄光に彩られている。開戦時には単艦でミッドウェー島に展開して漣らと共に砲撃を実行、飛行場設備を使用不能に至らしめ揚々と引き上げたのを筆頭に、豪州方面へ潜入してのシドニー砲撃、マダガスカルへの直接砲撃を始め、ソロモン水域でも中部ソロモン水域での戦闘で獅子奮迅の活躍を播磨と共に演じた。

マーシャル諸島沖海戦では偶然クウェゼリンに展開していた事から同基地を対空砲火によって守った後出撃、敵機動部隊を捕捉すると、猛追して空母2隻他を海の藻屑と化したあと、必死の救援要請の元ハワイから飛来したアルケオプテリクスを快刀乱麻の如く断ち切り、最悪の状況になるのを未然に防いだばかりか、中部太平洋攻略の為に用意された予備兵力をむざむざと喪った事により米軍の計画を遅延させる事に成功した。

 大戦後半になっても制海権を失いつつある中奮戦に奮戦を重ね、ビアク突入をマリアナ来寇による計画変更による単艦突入でなお成功させ、船団護衛の任については潜水艦や航空機に対してその猛威を振るい、レイテ突入にも多大な貢献を示した。

度重なる激闘で播磨や近江が傷つき沈む中でしぶとく生き残り続けると、超大和型(和泉型)戦艦「和泉」「出雲」等と共に本土防衛の最後の要として45年6月の沖縄突入の際にも残留、遺された僅かな航路の防衛にも走り回り、ソ連参戦の折には日本本土空襲の為に出撃したジュラーヴリグを舞鶴北方の日本海で撃墜し、スターリンの顔にすら泥を塗った戦艦として知られている。

 

そして現代、連合国をして「巨鳥キラー」「旧時代の亡霊」「老婆・老婦人」「幽霊戦艦(Ghost Battleship)」と呼ばしめたその勇姿は、再び横須賀の三笠公園にあって、その歴史を後世に伝える役割を担い、超兵器機関と共に眠りに就いている―――筈であった。

 

提督「―――お前の、三笠の戦歴は良く知っている。披瀝されるまでもなく。如何に偉大であったかも、私には理解出来るつもりだ。だが敢えて問わねばならない立場にある。」

 

三笠「―――。」

 

直人の口から発せられた質問は、単純明快であった。

 

提督「・・・何のつもりだ、三笠。」

 

三笠「・・・確かに、貴方はそう問わなければならない立場ね。提督なのですもの、それは当然。」

 

提督「何が目的だ。私の記憶に間違いが無ければ、君は鎮守府の保護下に入るつもりはないと言っていた。だからこそ今日まで、大本営にこの事は話さずに来た。それが急に宗旨替えをしたとは俺には思えないな。」

 

三笠「・・・戦争が始まって既に12年。そろそろ、私も選択の時が来たと言う事よ。」

 

提督「・・・説明になっていない様だが?」

 

三笠「では言い換えましょう。私は紀伊 直人(あなた)と言う傑物が表舞台に登場するのを待っていた、と言う事よ。」

 

提督「何・・・?」

 

三笠「私が鎮守府の管理下に下るつもりはない、それは今でも変わらないわ。でもあなたは鎮守府のお歴々とは違う。私が待ち望んだ資質を持つ得難い存在だと、認めているのよ?」

 

提督「―――どういう意味だ。」

 

三笠「あなたが他の提督と一線を画する“3つの資質”。艦娘達をいたわり、誰よりも大切にする心。誰よりも前線に立ち、前線の状況を最も知り、人類軍を勝利へと導く識見に富む頭脳。そして・・・」

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――あなたが、“歴史を変える”中心人物であるから。」

 

提督「・・・歴史を、変える?」

 

三笠「いつかあなたに言ったわよね? “私は始まりを知る”と。私の超兵器機関は、その祖は“大いなる冬(フィンブルヴィンテル)”と―――あの厄災と、同じもの。」

 

提督「―――ッ!」

 

彼の心臓が一瞬躍り上がる音を彼は確かに聞いた気がした。彼は聞き間違いの余地を探したが、にわかには見出す事が出来なかった。彼の聞いた事に間違いはない。彼女は確かに、あの大いなる冬と出自を等しくすると述べたのである。

 

三笠「だからこそ私は、“始まりを知る”。そして始まりを知れば、おのずとそれは“終わるもの”、物事の始まりから終わりまでを見通す能力、それが、大いなる冬にして持ち得ず、その指の隙間から取りこぼした唯一のもの。」

 

提督「始まりと、終わり・・・」

 

三笠「えぇ。この戦争は本当ならば、永遠に続くともしれないものだった。そしてその中で、人類は滅び去る筈だった。そう―――本当ならば。」

 

提督「・・・。」

 

 彼は想像せざるを得なかった。人類が滅び、その闘争本能に駆られた深海棲艦達は野生の動物をも地表面から一掃し、遂にはその全てが燃え尽きた後の廃墟の中で、自らの同族の血までも食もうとする、その醜悪なまでの“獣達(バケモノ)”の有様を。

人々にとっては自分達の滅亡で終わると信じられた筈の黙示録(ハルマゲドン)が、実は始まりに過ぎなかった事を、自分達が最早知る由もないであろう事をも。

 

三笠「私はその結末を観測し、その後に現在の事象を観測していた。だがある時を境に、最初に見た、滅亡の序曲とも言うべき結末が、観測しづらくなった。人類が生き永らえ、やがて宇宙へと飛び立つ未来を、私は確かに見る事が出来た。何がそうさせたのか。それはあなた達が、歴史の表舞台に立ってからよ。」

 

提督「俺達が・・・?」

 

三笠「あなたがただの復讐の徒だったら、また違っていたかもしれないわね。しかしあなたはその道から外れた。今のあなたは、信義と、勇猛と、知性と、その全てを、あなたは持ち合わせている。そして何より、現実感覚と言うものを、あなたは失っていない。それは戦場で一番大切な事。血で彩られた夢の中に生きないと言う事。」

 

提督「・・・。」

 

三笠「だからこそ、あなたの元へ私はこうして馳せ参じた。言い換えれば、あなたが成長するのを、私は心待ちにしていたと言う訳。元々自由の身の上ですもの、上官を選ぶ自由はあるのではなくて?」

 

提督「―――君は随分と私を買い被るようだがね。」

 

三笠「でもあなたは数々の試練に打ち勝った。あなたの努力は、相応に報われるわ。」

 

提督「君はその先駆でしかないとでも言いたいのか?」

 

三笠「えぇ、そうよ。分かってるじゃない。」

 

提督「―――。」

 

彼は口をつぐまざるを得なかった。

 

三笠「そう言う頭の切れる所も、私が仕えるには相応しい。私はそう感じたのよ? その好意は受け取っておくべきじゃない?」

 

提督「成程、“好意”ね。その好意だけは受け取っておこう。」

 

三笠「・・・?」

 

今度は三笠が首を傾げる番だった。

 

提督「だが好意だけでは組織は動かない。君の要望は誓って横鎮司令部に伝えさせて貰う。と同時に便宜も図らせて貰う。それは確約しよう。」

 

三笠「―――そうね。お願いするわ。」

 

提督「我が艦隊は差し当たっては歓迎しよう。だが、その後はどうなるか保証はしかねる。それだけは覚えて置いてくれ。」

 

三笠「現実的ね、分かったわ。」

 

 彼の言葉に独創性は無かったが、それは現実感覚に富んだ対応だった事に間違いは無かった。

直人は確かに現実の世界に生きていて、そこで生きる術も知っていた。であればこそ、彼は即答を控えた。或いはそれが、三笠の評価したる点の一つだったかもしれない。

彼が時折見せる弱い面とは対照的に彼の人格や価値観は完成されたものと言ってよく、彼が垣間見せる弱さは、何かを失う事に対する恐怖に対して発露するものでしかないからである。

 

提督「取り敢えず今日はこの辺りにしよう、もうすぐ昼食の時間だ。部屋は大淀に言って仕立てさせるから、ひとまずはくつろいでくれて構わない。」

 

三笠「では、お言葉に甘えさせて貰うわ。」

 

そう言って二人は席を外して艦長室を出た。時計の針は既に11時43分を指していた。

 

 

 ガタルカナル時間でその日の14時を過ぎた頃、飛行場姫の元へ、アルケオプテリクスはその焼身の身を騙し騙し宥めすかしながら、どうにか帰還を果たしていた。

揚力も最低限度飛行に差し支えない程度にしか残っておらず、どうにかエンジン系統のうち3つが生きていた事が功を奏した結果だった。

それでも水平飛行にしては異常なほどに機首をもたげ、上昇しそうに見えるそれは一切の高度を稼ぐ風もなく、よろよろとガタルカナルへと戻って来たのである。

 

飛行場姫「なんと言う・・・ことだ・・・。」

 

 自身が持つ最大戦力が、かくの如き結果を生ぜしめた事に、“飛行場姫”ロフトン・ヘンダーソンは悄然(しょうぜん)と佇むだけであった。主砲は殆ど全てが使用不能、操縦系統は3つ用意されていたが2つまでもが破壊、エンジンは4基中1基が燃料供給ルートを断たれ使用不能になっていた。

更に燃料タンクは8カ所存在したが空だった3カ所を含めても5カ所が破壊され、生じた火災は自動消火装置によって消し止められたものの、外板の歪みは如何ともしがたく、その揚力と空気抵抗は膨大だった。

それでも尚帰還を果たし得たのは、この世に二度目の生を受けたこの超兵器に宿された者達が、優秀であったからと言う一語に尽きるだろう。

 

へ級Flag(ホノルル)「飛行場姫、様・・・。」

 

飛行場姫「・・・。」

 

 飛行場姫は傷ついた鳥(アルケオプテリクス)を収容した。それを見ていたホノルルは、長く仕えてきた中でも見た事も無いような上官の姿を目の当たりにしていた―――飛行場姫が、肩を落としていたのである。

彼らが有する事を誇りにさえ思った空中戦艦が、このような形で帰ってこようなどとは、ホノルルの想像の及ばざるところだった。その事を思えば、飛行場姫の心中を察する事は容易だった。だが、その余りにもいたたまれない様な落ち込みぶりは、彼女も見た事が無かったのである。

結局その時、ホノルルは言葉が出てこなかった。掛けるべき言葉を、遂に見出し得なかったのである。

 

飛行場姫「・・・私の、完敗だな。」

 

 その言葉は、それを唯一聞き取ったホノルルが考えた以上の大きな意味を持っていた。

飛行場姫は、この敗北が齎す自分の運命を悟らざるを得なかったのだ。このままでは彼女の命数は、敵の手に掛かっての事ではなく、身内の愚劣なまでの勝利への信仰によって、不名誉の内に使い果たされるだろうと言う事を。そしてそれさえも、彼らの掌の上であろう事をもまた―――

 

飛行場姫(私はこの戦争が始まって以来ずっと、深海の覇業の為に、心血を賭して、協力して来たではないか! それなのに―――!!)

 

 飛行場姫は、深海棲艦隊がこれだけの版図を得る為に、開戦当初から人類軍と激戦を繰り広げて来た、歴戦の将帥だった。彼女が他の前線指揮官達と異なる点は、まず戦略的要件を完全に固めた後、戦術的勝利を収めると言う、完璧とも言うべき戦争哲学を備えていると言う点だった。

更に彼女のクローンは全世界の陸上に配備され、地上航空戦力の展開に貢献してきた。文字通り“心血を捧げて”深海の覇業に尽くしてきた忠臣だったのだ。

そしてその能力に相応しい自己の才幹と能力、そしてその手腕と実力を最大限に生かし得るポストたる、南西太平洋方面艦隊司令官と言う役職(ポスト)を得て、中枢棲姫の麾下でこれまで何度も横鎮近衛艦隊を始めとする、艦娘艦隊や人類軍艦隊などと言った驍敵(ぎょうてき)達と渡り合ってきたのである。

 だがその巨大すぎる功績に対して、主流派から外れた彼女に対し、ただ数度の敗北のみを以って与えられたのは、死へと直結する恫喝であったのだ。勝てればそれでよし、負ければ次は無い―――『勝利か、然らずんば死か―――』飛行場姫が背負わされたのは、自分自身の生命の保証の為に剣を取って戦う事であったのだ。その状況にあって、負ける事など本来あってはならなかったとも言える。

 そして結局、横鎮近衛艦隊に対し飛行場姫は敗れた。無論本来ならば彼女の責任ではない。陽動策に惑わされ、部下である防空棲姫を、戦艦棲姫2隻と共にむざむざ失ったのみである。

しかし組織論で言えば、部下の失態は上司の責任と言う事になる。ことに巨大な兵権を預かっている身なれば、尚更である。

無論信賞必罰は武門の寄って立つところだが、本来防空棲姫は捕虜―――深海側から見れば―――となった事によってその罪を(あがな)っている筈であった。

 しかし今日、捕虜とは言っても降伏するような意思を持つ者達はその身を講和派深海棲艦に移し、敵対する事が最早規定事実と化している以上、その様な結末に至らしめた飛行場姫の責任が問われるところになるだろう。

そうなれば、敗戦に敗戦を重ねた挙句、部下の内から離反者を出したとして、彼女の命運は自ずと定まらざるを得ない所だろう。たとえ隠匿したとしても、いずれ知れる事である。

 飛行場姫にこのまま訪れる運命は、深海棲艦達に対する支配と抑圧を強化する為の“生贄(どうぐ)”として「死を(たまわ)う」道である事を、飛行場姫は明敏に悟らざるを得なかった。

飛行場姫までもを断罪すると言う事が知れれば、確かに支配し抑圧するに当たってもたらす影響は大きいだろう。今でも深海の重鎮、宿将である事に変わりは無いし、かつては深海棲艦隊を主導する最高幹部の一人でさえあった功労者だったのだから。

それでさえ死を賜った。お前達も負ければ命の保証は無いと言う事を知らしめるには、飛行場姫と言う存在は最高純度の流血であるに違いなかった。“自分が断罪される事は無い”等と言う心理的余地を完全に失わせる、権力者にとっては最大限目下の者を威圧する手段であったに違いないのだ。

 

飛行場姫(・・・。)

 

飛行場姫の瞳に悲壮な炎が宿る。それはかつて軍の主流派として権勢を誇った野心家がかつて燃やした、野心のひとかけらであった。

 

 

横鎮近衛艦隊がトラック諸島近傍に到達したのは、8月14日午前の事だった。無線封止を続けていた鈴谷が漸く通信を送ったのは、大本営への転電を要請するものだった。

 

発:横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令部

宛:軍令部総長

親展

 

本文

 サイパン分遣隊はサモア攻撃に成功、同地に駐在せる敵艦隊を潰滅せしめ、同艦隊の指揮官及び一部の深海棲艦は降伏、捕虜となりたり。FS作戦は一部に修正を行う要有りと認むる次第なり。

 なお、敵指揮官は講和派に加勢する意欲示したるも、自己の身の処置に要望ありたる由、講和派と協議する旨、本官の権限に於いて通達す。

 

 

 これが意味し表明する所は、大本営さえ予期し得なかった、横鎮近衛艦隊の勝利宣言であった。命令は確かに強行偵察である筈だった。しかし大本営から見れば、その強行偵察隊が、本来の任務を逸脱して、敵を撃滅してしまったのだと言うのだ。

但し強行偵察隊はまず手始めに一戦して、勝つにしろ負けるにしろ敵の実力を確かめる事にあり、敵の抵抗が取るに足りなかったと言う事を指し示してもいた。故に完全な命令無視と言う訳ではない。事実直人は決戦を行った訳ではないからである。この程度の小競り合いなら年間100回以上は起こるのも事実である。

 ただ逆に言えば、サモア棲地がその規模に見合わないほどにまで弱体化“させられていた”のも事実であった為、そこで彼も作戦の修正を求めたのは正しいと言えた。

 

8月14日21時40分、鈴谷はトラック泊地に入港、その3分後に別働隊がトラック泊地に入港し、鈴谷との合流を果たす。別働隊は既に12日13時19分に、予定通りラバウル基地を出港して、帰投してくる鈴谷との合流を期していたのである。

 

 

21時45分 重巡鈴谷下甲板・艦尾ウェルドック

 

提督「良く、全員揃えて戻ってくれた。」

 

霧島「いえ、作戦目標は果たせませんでした。」

 

提督「そんな事は些細な事だ。戦死者がいなかったのだから―――」

 

霧島「そうですね・・・そうでしたね。いい事です。」

 

霧島がそう言い終える頃には、直人は霧島の背後に視線を向けていて、絶句していた。そこには片目を失った天龍がいたからだ。

 

提督「天龍・・・。」

 

天龍「おう、戻ったぜ。」

 

提督「・・・。」

 

天龍「・・・。」

 

直人は瞑目(めいもく)した。霧島達―――別働隊の諸艦娘達―――がどのような苦戦に晒されていたか、彼は思いを致さざるを得なかった。しかし天龍はこう言う時に慰めても喜ぶような娘ではない。そこで直人は表立ってこう述べたのみに留まる。

 

提督「久々の実戦、よく頑張ったな、天龍。」

 

天龍「おう! 旧式でもやれるもんだ。」

 

提督「全く良くやってくれたよ。報告は翌朝聞かせて貰おう。順次解散して宜しい。」

 

一同「「ハッ!」」

 

 こうして別働隊はその役割を終える事となる。損失艦艇無し、航空機損失を加味しても、別働隊の損害は少ないものであった。柑橘類中佐の航空部隊も翌朝7時にラバウルを発ってサイパンへ帰投する予定となっていた。連日の航空戦により稼働機数は半数になっていたが、それでも壊滅しなかっただけ流石と言えるだろう。

 

提督「さて、帰り支度をしようか。」

 

そう独白して、直人はその場を後にするのだった。

 

 翌日15日12時丁度、重巡鈴谷はトラック泊地を出港、17日6時14分にサイパン島に帰着した。2週間以上に渡る大遠征を終え、漸く彼らの家に帰りついたと言う次第であったが、色々とあり過ぎた結果、そこで彼の仕事は終わりでは無かったのである。

横鎮に対して三笠の処遇について自己の一存に委ねていいかを問う事を始めとして、講和派深海棲艦隊との協議もあったからである。

 

 

8月16日8時17分 グアム島アプラ港深海棲艦基地

 

提督「出迎え有難う。」

 

ル級改Flag(アイダホ)「今回も事前にアポイントメントも貰いましたから。」

 

直人は鈴谷を出し、再びグァム島の土を踏んだ。基地も以前より活況を増した印象が多少ながらあった。

 

提督「しかし鈴谷でないと来るのに不便と言うのもなんと言うかな。グァムとの往来用に小型艦の1隻でも作った方がいいかな?」

 

アイダホ「その方が宜しいかも知れませんね。」

 

提督「ではそうしよう。さて、アルウスに話がある、通してくれ。」

 

アイダホ「伺っております、どうぞ。」

 

北方棲姫副官のまま、講和派深海棲艦隊司令部参謀の一人を務めるアイダホに案内されて、直人は再び司令部庁舎の小会議室に通された。

 

 

8時31分 講和派深海棲艦隊総司令部2F・小会議室

 

ガチャッ―――

 

 

アルウス「お待たせして申し訳ない。貴官らが連れてきた捕虜たちの処理に時間を取ってしまった。」

 

提督「構わんよ。」

 

アルウス「まずは遠路の帰還、ご苦労様と言わせて頂く。」

 

提督「ありがとう。それで、折り入って話がある。」

 

アルウス「言っていたな。それで何事が生じたのだ?」

 

提督「実は・・・」

 

彼はアルウスに事の次第を告げた。案の定、第一声は直人の予想通りだった。

 

アルウス「防空棲姫様が、サイパン島に!?」

 

提督「そうだ、戦艦棲姫2隻も一緒にいる状況だ。」

 

アルウス「―――それで、防空棲姫様はなぜサイパンに?」

 

提督「・・・言いにくいのだが、防空棲姫―――あきづきは、我が艦隊司令部直属に移ることを希望している。」

 

アルウス「それは・・・!」

 

 アルウスは絶句したが、考えて見るとある程度辻褄が合わなくもない話なのだ。直人の様な優秀な指揮官の元に付きたいと思う者がとうとう出てしまったかと言う事をアルウスは考えざるを得なかった。

アルウスにも、そのような心理は理解出来る、彼女とて優秀な上官の元に付きたいと言う心理は確かに存在する。だが結局のところ、人類と深海棲艦が一本の指揮系統で動くと言う事は、彼女にとってはあり得ない事であった。それは過去の経緯(いきさつ)から来るものであって、どうしても越えがたい心理的な壁でもあった。

 

提督「俺も驚いたんだがね、今のところは保留と言う事にしてある。」

 

アルウス「・・・賢明な判断だ。だが―――」

 

提督「明文化されていないが、深海棲艦と艦娘の混成艦隊は、盟約の一環として認められていない。そうだな?」

 

アルウス「そうだ。」

 

提督「だが明文化されていないと言う事は、拘束力は望めないと言う事でもある。そこで、一つ俺から提案がある。」

 

アルウス「・・・?」

 

直人の言質に不安めいたものをよぎらせていたアルウスが首を傾げる。

 

提督「防空棲姫の籍は、そちらにお預けする。そして独立部隊であるという名目で、命令として我が司令部直属として貰おうと言うんだ。そう難しい手順では無いし、アルウス達との盟約と、防空棲姫の希望、双方に適う筈だ。」

 

アルウス「成程、あくまでも最終的な指揮権はこちらにある、と言う訳か。補給に関する責任も、だが・・・。」

 

瞠目してアルウスは考え込んだ。

 

提督「防空棲姫の性能は、深海棲艦隊諸艦艇群の中でも異質のものだ。そうだろう?」

 

アルウス「それはその通りだ。追従できるのも超兵器クラス、それもオリジナルなればこそだろうな。」

 

提督「そうだろうな。だからこそ、やはり大きな組織の一つとして組み込むのは難しい、そう防空棲姫自身も言っていたよ。」

 

アルウス「・・・やれやれ。貴官が詭弁家としての一面を有するとは思っても見なかったよ。」

 

提督「だが、十分付け入る隙ではある。戦術と同じだ、論理もな。」

 

アルウス「―――やれやれ、こんな事なら明文化しておくべきだったかもしれないな。」

 

そう言うアルウスの声色に後悔の色は不思議となかった。むしろ何か吹っ切れたような様子だった。

 

アルウス「分かった。防空棲姫と2隻の戦艦棲姫は、我々からの命令と言う形で貴官にお預けする。よく使ってやってくれ。」

 

提督「ありがとうアルウス、感謝する。」

 

アルウス「そこまで貴官に頼み込まれてはな。」

 

提督「では早速その方向で処理を始めよう。」

 

アルウス「待ってくれ、基地はどうする?」

 

提督「サイパンの隣に、いい場所があるだろう?」

 

アルウス「―――分かった。」

 

こうして、アルウスとの2度目の会談は、合意事項を得て幕を閉じた。その処理に勤しむ中、またしても事件が巻き起こったのは、その会談から3日後であった―――。

 

 

グァムから直人が戻った時、司令部前ドックには明石の出迎えの姿があった。

 

10時27分 司令部前ドック

 

提督「明石が出迎えとは珍しいな。」

 

明石「えぇ、それはもうドロップ判定が出来ましたから。」

 

提督「よしすぐに行こう。」

 

明石「はい!」

 

 

10時35分 建造棟1F・判定区画

 

明石「提督がお見えになりました!」

 

提督「やぁやぁ、御待たせしてすまないね。」

 

こう言う時に、直人は妙に頼りなげに見える。ただそれでも直立して威儀を正すと、その印象が何処へやら吹き飛んでしまうのも不思議な男であった。

 

明石「自己紹介、お願いしますね!」

 

「はい! 連合艦隊直属、給油艦速吸です!」

 

「秋月型防空駆逐艦、二番艦の照月よ。」

 

「あたいは夕雲型駆逐艦、その十六番艦、朝霜さ。」

 

「白露型駆逐艦九番艦、改白露型の江風だよ。よろしくな!」

 

「水上機母艦、瑞穂です。」

 

提督「横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人だ、宜しく。」

 

この頃になると直人も見慣れない艦娘が増えたせいか、特に感慨を覚えるでもなかったが、実は特異点持ちが1人だけいることにはいるのだ。

 

朝霜「ふぅ~ん・・・元帥サマか。大丈夫なんだろうな?」

 

提督「ま、君達のご希望に添えるように努力しよう。」

 

朝霜「そう言って貰ったからには信用するぜ?」

 

提督「勿論。」

 

元帥の階級章を見て訝しんだ朝霜に、さして感銘を受けた様子もなくそれだけ言った直人なのであった。

 

提督「しかし給油艦か。今までいなかった艦種ではあるな。」

 

速吸「お役に立てるでしょうか?」

 

提督「ま、考えて見るさ。」

 

速吸「ありがとう御座います!」

 

実はこの時、速吸と言う船の存在を直人は知らなかったのである。後日文献を紐解いた直人は、速吸が特殊な船であると言う事を初めて知るのである。

 

秋月「秋月、参りました!」

 

その申告の声が聞こえて来たのは、速吸とのやり取りの直後である。

 

提督「お、来たな。新人達に、司令部を案内してやってくれ。お前ならもう出来るだろう?」

 

秋月「はい、勿論です。司令部の事は全て頭に入っています!」

 

照月「秋月姉!」

 

秋月「久しぶりね、照月。」

 

照月「うん!」

 

秋月「では、役務お引き受けします。皆さん、参りましょう。」

 

提督「いってらっしゃーい。」

 

直人は明石と共に6人の艦娘達を見送る。

 

明石「―――実はですね提督。」

 

提督「どした?」

 

明石「あの江風さんなんですが、実は既に改二の状態で着任されてます。」

 

提督「マジでか!?」

 

明石「はい、久しぶりに特異点と言いましょうか・・・。」

 

提督「成程な・・・しかし照月か、六十一駆の戦力が、これで拡充されるな。」

 

明石「はい、そうですね。」

 

提督「機動部隊防空と言う面では、良い事に違いあるまい。」

 

そう口述して、直人は執務室に足を運ぶ事にしたのであった。大淀がそろそろ待ちかねているだろう事は容易に推察できようと言うものである。

 

 

 8月19日、それは、再考された第二次SN作戦が発令された正にその日に当たっていた。

横鎮近衛艦隊は既に作戦に於ける自己の役割を終え、提督自身防空棲姫が横鎮近衛艦隊直属になるのに必要な各種の事務処理と、戦艦三笠に関する内部処理に追われていた。一方で新たな艦娘達も戦闘訓練に精を出し―――這う這うの体ながら―――、先輩達に追い付こうと努力していた。

その一方で防空棲姫の言葉は記憶の片隅に追いやられて認識されざる所であった。その防空棲姫も一時グァム島に出向しており、戦艦三笠は逗留客と言うような体で局長(モンタナ)が預かっていた。珍しく直人も多忙であり、前日には本土に日帰りで飛んでいた程である。

 

8月19日11時16分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「いやー・・・忙しいなぁ最近。」

 

大淀「―――嬉しそうですね?」

 

その珍しい様子に大淀が首を傾げて聞いた。

 

提督「まぁね。これで新しい仲間が手に入るかもしれんのだ、身も入ろうと言うもんだぜ。」

 

大淀「は、はぁ・・・。」

 

 妙な所で熱意を出すものだ、と大淀は思ったものの、大淀にとっても喜ばしい話であった為口には出さなかった。

普段が普段だけに、落差が凄いだけの事なのである。根が真面目なので仕事はするものの、嫌だと言う雰囲気をまるで隠す気が無いのではないかと言う時が時たまあるのである。

 

この時金剛は仕事を終わらせて席を外している。大淀と執務室で二人きり、何も起こらない筈はなく・・・

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「はい?」

 

提督「今日の昼食、一緒にどうかな?」

 

大淀「はい、御供させて頂きます♪」

 

大淀もこう言った申し出は嬉しい様だ。まるで蕾が開いたような笑顔が、彼にも好ましく見えたのである。

 

 

コンコンコン・・・

 

 

白雪「“提督、宜しいでしょうか!”」

 

提督「入れ!」

 

 ドア越しの白雪の入室の声を出迎える直人だったが、その白雪が持って来たのは並々ならざる知らせだった。白雪は副官と通信参謀を兼務する大淀が執務室に詰めている間、もう一人の通信参謀として無線室にいる事が多い。

その白雪が、肩で息をするようにして直人の前に現れたのだから、容易ならざることであろうことは想像がついた。

 

提督「どうしたんだ白雪、そんなに急いで。」

 

白雪「はぁ、はぁ・・・ふぅ。申し上げます。先程本司令部宛に、この様な通信文が。」

 

提督「ん・・・?」

 

白雪から受け取った通信文は解読済みの平文ではあったが、その内容は次のようなものだった。

 

発:ロフトン・ヘンダーソン

宛:サイパン島司令部司令官殿

 

本文

小官以下、深海棲艦隊太平洋艦隊所属南西太平洋方面艦隊は、本日を以て貴官を通じ、亡命を希望す。

 

短く簡潔な内容だったが、その意味する所はとてつもなく多いものだった。人類側で言えば、軍団が丸々一つ降伏してきたも同然なのだから尚の事である。

 

提督「なん・・・っ!?」

 

 直人もこれには声を失った。これまで棲地単位の亡命は、北方棲姫の時に例があるものの、その方面に所在する主力がごっそりとこぞって亡命してきたのだから、前例があろう筈はない。

彼は瞬時に、記憶の隅から隅までを探り出そうとした。そしてその中に、防空棲姫の言っていた一言を彼は思い出す。

―――そう遠くない時期に、南方戦線が崩れるかもしれないわ

自分の命が“同族によって”脅かされると知っても、

            中央に対する忠誠を、堅持し得るかどうか―――

 

提督「これが、なぜ我々宛なんだ、グァムの司令部に言えばよかったろうに・・・。」

 

大淀「お許しを頂いて申し上げます。恐らく送り主は相応に誇り高き為人なのではないかと。」

 

提督「・・・成程、一方面の司令官を預かった身だったのだから、誇りを持って降伏できる相手を選んだと、そう言う訳か?」

 

大淀「推測ではありますが・・・。」

 

提督「・・・捜索用レーダーをフルでチェックしろ大至急!」

 

大淀・白雪「はいっ!!」

 

提督「飛龍! いるか!」

 

飛龍「“お呼びですか?”」

 

卓上の3D投影(ホロ)コンソール*1で管制塔を呼び出すと、直人は飛龍に命じた。

 

提督「今すぐ東海を出して真東から南南西を捜索しろ、現在上がっている機体も全てだ、急げ!」

 

飛龍「“は、はいっ!”」

 

 飛龍は何事かが起こったと悟り深くは問わなかった。結果としてその素早い思考と判断は、最良の形で報われるのである。

昼食を終えた時分だった12時41分、飛龍の出させた哨戒機の内の1機が、南東方向からサイパンにやってくる膨大な数の深海棲艦を見出したからであった。

 

 

12時44分 司令部前ドック

 

提督「30万以上・・・」

 

 その数を聞いて彼は思わず反芻した。かつて北方棲姫の亡命の際には25万隻強でしかないものを、どうやら軽く記録を更新してしまったようだ。

しかも今回第二報以降によると、姫級やそれに該当しない複数の艦を発見したと言うから、更に彼は驚いたのである。

 

大淀「と、途轍もない数ですね・・・。」

 

朝霜「おいおいおいおい! 一体どうなってんだ!? あんだけ敵が来ててどうして警戒態勢も発令してないんだ!?」

 

と聞きに来たのは朝霜だった。まぁ当然だったものの・・・。

 

提督「戦闘じゃないからな。」

 

朝霜「ど、どう言う・・・?」

 

提督「亡命してきたんだから戦闘にはならんよ。スマンが出番は無しだ。」

 

朝霜「ぼ、亡命・・・。」

 

提督「自分の命の保証を求めて逃れて来るって事だ。助けて下さいと来てる奴に銃を向けるかい?」

 

朝霜「そ、そうだな・・・。」

 

提督「深海棲艦に限って、なんて考えるなよ? 人間同士でだってそうなんだ、深海棲艦がそうでないと言う事は無いさ。」

 

朝霜「―――そう言えば、局長もいたな。」(・ε・

 

口を尖らせて今更ながらと言う体で言う。

 

提督「そゆこと~。分かってるじゃない。」

 

朝霜「そうだった。ごめん、騒がせちまったな。」

 

提督「いいよいいよ。ビックリするのは分かるから。」

 

朝霜「ハハハ・・・司令もびっくりしたのか?」

 

提督「そりゃぁな。ちょっと前に25万って聞いた時も驚いたが、今回は群を抜いてる。そうだ、出迎えに艦娘を寄越すつもりだから、お前行ってみるか?」

 

朝霜「え、私は―――!」

 

辞退しようとした朝霜の口を塞ぐべく口を開いたのは当の直人である。

 

提督「ま、一つ社会勉強になるだろう。安心しろ、迎えを寄越すとはもう返答してあるから、戦いにはならないよ。」

 

朝霜「う・・・そこまで言うなら・・・。」

 

提督「うむ。代表者は・・・そうだな、差し当たっては妙高に行かせる事にしようか。他に随員を2~3人見繕う事にして・・・お前も行くんだよ、大淀。」

 

大淀「承知しました。」

 

提督「あとは、そうだね・・・」

 

とそこへちょっと離れた所から声が聞こえてきた。

 

鈴谷「今回のお客さん、どっこかなぁ~?」

 

浦風「まだ肉眼では見えんけぇ・・・」

 

鈴谷「まだ水平線の向こうかぁ・・・。」

 

 

提督「そこの二人集合駆け足!」

 

手を2回打ちながら呼びつける直人である。それだけでしっかりとやってくる辺りに、軍隊としてのこの艦隊の精髄はある。因みに直人はドックに折り畳み椅子を持って来て鎮座していたのだが、この時は立ち上がっている。

 

鈴谷「なになに~?」

 

提督「妙高に客人を沖まで迎えに行かせるから、随員として二人とも行ってきてくれ。」

 

鈴谷「えぇ~・・・めんd「命令だ。」―――りょ、了解しました・・・。」

 

面倒臭いと言うのが見え透き過ぎている鈴谷に間髪入れず叩き込む直人である。相変わらずいい性格をしておいでである。

 

浦風「そのぉ・・・発砲されたりせんやろか・・・?」

 

提督「尤もな心配だがもう向こうには伝えてあるから大丈夫だよ。安心して行っておいで。」

 

浦風「・・・うん、了解じゃ!」

 

 そうして納得させると、取り敢えず妙高を呼びに行かせると同時に、出迎えの準備を整えさせるのである。

ただいちいちこうして納得させないといけない辺りに、深海棲艦と艦娘との間にあるわだかまりは深いのであった。この艦隊とて、戦没した船がいないと言う訳ではないのである・・・。

 

提督(きっと吹雪も驚くだろうね、異口同音に同じ事を言いながら―――)

 

そう思いを馳せずにいられない直人でもある。彼はかつて、艦隊で一番目をかけた駆逐艦を失ったのだった―――

 

 

朝霜(こ、これが姫級・・・!)

 

妙高が応対する様を後ろから見ながら、朝霜は姫級の強大な力を感じてたじろいだのである。しかも飛行場姫の後ろには、朝霜がまだ知らない姫級が幾人もいたから尚更である。

 

 

 14時17分、亡命者の代表団は、割り当てられたテニアン沖に向かう艦隊に先行して、サイパン島に到着する。

因みに亡命の申請がサイパンに対して行われた事については、この件についてはグァムからの抗議は来なかった。アルウスが飛行場姫の為人を知っていたからと言うのが最大要因だったようだが。

 

14時18分 サイパン島・司令部前ドック

 

提督「まさかあなたとこうして相まみえる日が来ようとは思わなかった。」

 

ドック岸壁に備え付けられた艦娘用の階段を上って来た飛行場姫を出迎えて、開口一番に直人はそう言った。背後に金剛と大淀が左右に控えている。

 

飛行場姫「私もこのような形で貴官と会うとは思わなかった。私が武人としての本懐を全う出来ていたならば、私は貴官ではなく、貴官の死体と対面した筈だ。貴官と言う良い敵手と巡り合い、何度も矛を交えた事だけで、私の生は良きものと言えるだろう。」

 

飛行場姫の隣には、2人の姫級と、副官兼護衛艦隊旗艦のへ級Flagship「ホノルル」が控えている。

 

提督「光栄の極み。さて、立ち話では悪い、昼食は終わってしまったが、故に食堂の方が空いている。そちらで今回の件が奈辺(なへん)に事情がおありか、そこも含めゆっくりとお話を伺いたい。」

 

飛行場姫「急な申し出にも拘らず歓迎して頂けることを感謝する。」

 

提督「この位はもう慣れている。ではこちらへ。」

 

飛行場姫らを案内し、直人は大食堂に向かったのであった。

 

 

14時25分 食堂棟1F・大食堂

 

 厨房からカウンターを通じて空間の繋がっている大食堂は、昼食後と言う事もあって食後の余韻を漂わせていた。

彼自身は食後であり腹は満たされていたものの、お客人の事も考えるとそうも言えず、軽い軽食を作って差し上げるよう、水曜日(この日)担当の瑞鳳に申し伝えると自らも会席の席に着く。

 因みに水曜日の厨房担当は以前は祥鳳だったのだが、瑞鳳着任後しばらくしてその役割を瑞鳳に代わっている。

ただその瑞鳳はと言うと・・・

 

瑞鳳「今から作るのかぁ・・・超過勤務手当、頂きますからね?」

 

提督「お、おう・・・なんなりと。」

 

瑞鳳「―――。」

 

ちょっとした無茶振りに不機嫌そうであった。

 

瑞鳳「・・・あとで思いっきりハグして、それで許してあ・げ・りゅ♪」

 

提督「―――分かった。」

 

と答えながら「可愛すぎか!」と思ったのは直人の胸中に秘めたる所であった。尤も女の子らしく即物的な要求をしなかったところに、瑞鳳にも容易ならざる心中がある事は容易に想像は付くだろう。当の彼は気付いていないものの。

 

 

提督「さて、少々御待たせして申し訳ない。今軽食の方を用意させているが、その前に、貴官らの亡命の理由を、お聞かせ願いたい。」

 

飛行場姫「―――そうだろうな。少々妙な言い方になるが、我々をして、今日の状況に至らしめたのは貴官だ、紀伊提督。貴官らの艦隊が、我々に対して勝利を得る度に、私は中央から度の越えた恫喝を受けるようになった。

そして先日の敗戦でいよいよ、進退に窮し、そこで一計を案じた訳だ。その結果が、今私に付いて来てくれた大艦隊と言う事になる。」

 

提督「ほう・・・。」

 

駆逐棲姫(ギアリング)「私も、お誘いを受けた時は驚きましたが、(わたくし)どもの立場がそれ程危うきものであると言う事は、十分承知していた事でしたから。私の友人が、共に来てくれなかったのが残念です。」

 

南方棲戦姫(ノースカロライナ)「・・・一度貴官に敗れた事もある身を預ける事は、憤然やるかたない所ではあるが、それ以上に同族に手をかけられるような不名誉な死に方はしたくはないからな。」

 

飛行場姫が粛然と、駆逐棲姫が思い致すように、そして南方棲戦姫が半ば傲然とそう言い放ったのを彼は黙って聞いていた。

 

飛行場姫「深海棲艦隊太平洋艦隊の一翼を担った、南西太平洋方面艦隊残存兵力のほぼ全軍だ。貴官らによって打ち減らされたとはいえ、未だ十分な力は残してあった訳だ。34万7208隻、手土産としてお取次ぎ願えるだろうか?」

 

提督「勿論、その御意向は謹んで、講和派深海棲艦隊司令部にお伝えしよう。先方にとっては決して悪くはない筈だ、第一次SN作戦で赫々(かくかく)たる戦果を挙げた貴官らが戦列に加わるのだから。」

 

飛行場姫「・・・貴官にそう言われると、恐縮の至りだな。」

 

提督「あれは我々人類軍にも失敗の責任は大きい。戦略的に貴官らが勝ったのだから、戦術的に勝ったのは当然だ。」

 

飛行場姫「・・・懐かしいな。あの時、人類軍の全面壊走を防いだのは、貴官自身だったな。」

 

提督「仲間達がいてこそのことだ。」

 

飛行場姫「―――貴官は良い上司と、良い部下をお持ちの様だ、羨ましい限りだ。」

 

提督「上司は兎も角としても、貴官も良い部下をお持ちだ。これだけの軍勢を仕立ててここまで来るのにも、苦労は大きかっただろうに。」

 

飛行場姫「奴らの掌の内で死ぬのを拒んだだけの事だ、何の事も無い。それに、ただ逃げるだけでは芸も無いからな。」

 

提督「・・・そうか―――」

 

 会談はそれから10分少々で終了した。瑞鳳の軽食が運ばれて来たと言う事もあるが、そもそもが30万を超す深海棲艦の処置をしなくてはならなかったからだ。

亡命の受理と合流については、グァムからの迅速な処理による返答により裁可された旨返信が来た為、膨大な数の艦艇は一路グァムに向け南下を始めようとしていた。先行して数百隻が先に向かい、その後順次に向かうとの事であった。

 

 

一方で、その処理に追われている只中、飛行場姫が二度目の来訪に司令部を訪れた。

 

8月20日15時29分 司令部前ドック

 

提督(アフタヌーンティーが・・・)

 

直人はこの時金剛にお茶に呼ばれていたのだが、それを少し先送りしてこちらへ先に来たのだ。お客人の方が大切なのは確かに道理である。

 

提督「あっ、これは飛行場姫殿。」

 

ドックから上がって来た所の飛行場姫を、駆けつけて来た直人が見つけて声をかける。

 

飛行場姫「・・・昨日から思っていたが、その呼び方はもうよしてくれ。ロフトンでいい。」

 

提督「分かった。ではロフトン、ご用件の程は?」

 

飛行場姫「貴官に、紹介したい部下が3人いる。」

 

提督「ほう・・・?」

 

飛行場姫がそう言うと、下に向かって何やら手招きをする。

 

提督「―――!」

 

それに応じて出て来た3人いずれもに、彼は目を見張った。それはただ美人だったからとかそんな理由からではなく、途轍もない力の持ち主だと見抜いたからである。

 

飛行場姫「私の元に配置されていた、艦艇では最大の戦力だ。左から、播磨(はりま)、駿河《するが》、近江《おうみ》だ。」

 

 紹介された順に、播磨の容姿は175cmの直人より少し背が高く、顔の輪郭は卵型、黒髪で短めのおさげが一つ、黒い瞳の目つきも柔和と言う表現が正しく思われ、唇も引き締まっているが線が少し太い。鼻立ちも控えめで、スタイルもいい。服装もハイカラ系の和装(駆逐古姫をイメージすれば分かりやすいか)である。深海らしくモノクロなのが惜しまれる程だったが。

 駿河はその播磨と格好は同じだが背が直人より逆に若干低く、こちらはグレーの髪をセミロングヘアーにしており、播磨よりもシャープな顔立ちに、少しとがり気味に強調された鼻立ちと、磨き上げられたような輝きを持つ、好戦的な色を漂わせる薄氷色(アイスブルー)の瞳と目つき、キリリと吊り上がる眉が印象に残る。体格もスタイルの良さが印象的な播磨より出る所が出ている。

 近江はこの二人とは趣を異にする、と言えるほど背が低く、実測する所160cmほどだと言う。(後の話である)

二人と比べて小顔であり、顔立ちとしては駿河と播磨の中間、輪郭にシャープさを見せながら所々に丸みを帯びていて、髪はダークパープルのツインテール。透き通るような翡翠(ヒスイ)色の瞳は、クリっとした目つきに囲まれて快活そうな雰囲気を醸し出していた。鼻立ちはそれほど目立つでもなく、口元も厚みはそこそこだが線は細い。それなりに引き締まった顔立ちに、元気そうな微笑みを浮かべ、体つきは駿河に負けず劣らず強調する所である。

 

提督「3人とも、超兵器級と言う・・・?」

 

飛行場姫「それもオリジナルだ、紀伊提督。」

 

提督「―――!」

 

彼はいつかに語った事もある。播磨のオリジナルと会ってみたいと。その希望が期せずして叶えられた訳である。

 

播磨「お初にお目にかかります、提督。深海でも武名誇り高い貴殿にお会い出来て光栄です。」

 

提督「こちらこそ、燦然と光り輝く伝説に身を包んだ、貴方に出会えて光栄です。」

 

駿河「播磨型戦艦2番艦、駿河だ、宜しくな。」

 

提督「うん、宜しくお願いする。」

 

近江「近江型航空戦艦、近江です! 宜しく!」

 

提督「こちらこそ、これから仲間同士だ、宜しく。」

 

そう言ってどちらからともなく順に握手を交わす四人。

 

飛行場姫「昨日グァムから来た担当の将校から防空棲姫の話を聞いてな、それで慌ててきた次第だ。なんでも、防空棲姫を独立部隊として貴官が運用するとからしいな。」

 

提督「えぇ、よくご存じで。」

 

諦めたと言う体で直人は言った。

 

飛行場姫「良ければ、防空棲姫傘下に編入して使ってやって貰えないか? 一応その話をする旨先方にも伝えてあるのだが、私から貴官に出来るのは、後は防空棲姫(あきづき)隊に補給を提供する位になるだろう。」

 

提督「―――では!」

 

飛行場姫「そう、私がテニアンに展開して、貴官の指揮する深海棲艦独立部隊の補給全般と、私の旧部下の半数を預かる事になった。駆逐棲姫や南方棲戦姫などが私の麾下に残る事になる。」

 

提督「つまり引き連れてきた姫級の部隊は全部か。」

 

飛行場姫「そうだ、全戦力を再編し、姫級各艦隊に割り当てた半数をテニアンに、あぶれた半数はアルウス殿にお預けする事になる。」

 

提督「心強い事だ。そう言う事であれば、その方向で、我々としても進めさせて頂く事にする。お心遣い、感謝する。」

 

飛行場姫「―――これまでは、私もアルケオプテリクスを運用してまで貴官を追い詰めた敵同士であった。だがこれからは戦友同士、共に戦う盟友として、協力し合いたく思う。それで以って、貴官らへの詫びにさせて欲しい。」

 

提督「ありがたい事だ、お互い胸襟(きょうきん)を開いた仲で行こう。その方が気兼ねが無くていい。」

 

飛行場姫「そうするとしよう。では用件は済んだ、私達は退散しよう。貴官のやりように納得出来ない艦娘共の視線が痛いのでな。」

 

提督「―――すまないな、後で言い聞かせておく。」

 

飛行場姫「貴官も気苦労が絶えんな。では、失礼する。行こうか。」

 

 そう言ってロフトンが身を翻すと、3人の超兵器級も礼儀正しく一礼してから、彼女の後に続いて身を翻すのだった。

 直人はすぐさま金剛の元に行こうとはしたが思い直し、その途中で通信室に籠る大淀の所へ事情を説明した上で、グァムに対する打診の件について指示を与えると、さっさと身を翻して通信室を出たのである。

彼としても、給料分の仕事はしたと言い張りたい所であったのも確かではあったが。

 

 一方講和派深海棲艦隊とのスムーズなやり取りとは対照的に、三笠の一件はことが大きくなり始めていた。横鎮に預けたこの問題は、相手が相手だけに軍令部の一部に波及し、中々その日も消える気配を見せない。

 そんな中8月31日になり、講和派深海棲艦隊テニアン基地の開設と、横鎮()()()()(表向きは()()()()サイパン分遣隊の)麾下に深海独立部隊を配する事が公式に決定した。

しかもこれが辞令と言う形ではなく作戦都合上の「命令」と言う事もあり、大本営も流石に口を差し挟む事は出来なかった。無論詭弁に類する事ではあるが、明文化されていない以上、遺憾の意を反対的見解として述べる以上の事は出来なかった。

 

 この独立部隊と言うのが中々の曲者であり、総兵力こそたったの6隻と、深海棲艦としては余りにも少なすぎるのではないかと言う数だが、その実とんでもない陣容を誇っていたのだ。

即ち旗艦の座に座ったのは防空棲姫(あきづき)で、その副官にサモア艦隊時代から引き続き戦艦棲姫(ルイジアナ)、麾下にもう1隻の戦艦棲姫であるミシガンと、新たに播磨、駿河、近江と言う3隻の超兵器級深海棲艦を加え、それら3隻の幕僚のみと言う少数部隊で構成された、強力極まる水上打撃群だったのである。

 これは現在所謂“あきづき機動部隊”と言う名称で呼ばれる部隊であり、横鎮近衛艦隊からは司令部直隷の「横鎮近衛艦隊特別任務群(スペシャル・タスクフォース)」と呼ばれていた部隊である。

この呼称については出典は提督である紀伊直人氏自身からで、曰く「()()として、()()として我が艦隊に来ているのだから、この呼び方にした。それ以上でもそれ以下でもない。」と言う。

 何はともあれ、直人は防空棲姫の希望に沿い、更にそこへ来た飛行場姫の好意と掛け合わせて、かつてない戦力の『小部隊』を築き上げて見せた事になる。

 

 こうして状況は一歩前進し、8月もいよいよ終わりを告げる。彼としてはこの年の8月は「忙しい」1か月間として記憶に留まっているらしく、比較的子細に思い起こす事が出来たそうである。

彼はこの1ヵ月で強力な戦力を麾下に収め、敵棲地を攻略し、新たな仲間を加えて、様々な工作に骨を折った。それは間違えようのない事実と言う事もあって、無為な日々を送らずに済んだという充実感もあり、実りのある珍しい日々だったと述懐する。

 第二次SN作戦も8月29日には無事完了し、中部ソロモン地域の基地化を大幅に進捗させる事に成功し、コロンバンガラ島やニュージョージア島を始めとする前進基地を手中に収める事が出来た。

 翻って深海側では、南西太平洋方面に於ける防衛線力が一挙にほぼ消滅した事から緊急で戦力再編に迫られる結果となり、差し当たっては唯一残った南方棲姫(ワシントン)の水上打撃部隊を中核として戦力の再構築に入る事になる。

しかし空いた穴は余りに大きく、この地域における劣勢は否定しがたいものと言わざるを得なかった。ラバウル基地側でもこの機を利用するのに奔走している状況でもある。

 

 歴史はいよいよ加速しているかに見える。深海の人心は分裂をきたし、人類軍にとって大きなチャンスが訪れようとしている。その一方で横鎮近衛艦隊のみが、何の故あって惰眠を貪れるものかとばかりに、彼らをも巻き込んだ勢力争いは、加速の一途を強めようとしていた。

翻って見るならば、この年の8月とはそのささやかな始まりに過ぎなかったのである。この先に待ち受ける栄光と受難と苦闘の日々を、彼らはまだ、知る由もないのである。

 

 

――第三部~激動編~ 完――

*1
一応発足時から使っている「モニター投影機」とか「ホログラム端末」と言われていたものの正式名称




艦娘ファイルNo.142

改千早型給油艦 速吸

装備1:洋上補給
装備2:瑞雲

艦隊給油艦(タンカー)として建造された特務艦の1隻。
特に特異点らしきものも無く、至って平凡で戦闘に不向きな艦娘である。


艦娘ファイルNo.143

秋月型駆逐艦 照月

装備1:10cm高角砲+高射装置
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷
装備3:23mm連装機銃

秋月に続いて就役した2隻目の防空駆逐艦。
姉の秋月は対爆撃機射撃が得意だったが、果たして・・・?


艦娘ファイルNo.144

夕雲型駆逐艦 朝霜

装備1:12.7cm連装砲
装備2:九三式水中聴音機

夕雲型のエース(自称)で知られる駆逐艦娘。
特異点は表面上無いように見えるが・・・。


艦娘ファイルNo.145

(改)白露型駆逐艦 江風改二

装備1:12.7cm連装砲B型改二
装備2:61cm四連装(酸素)魚雷
装備3:33号対水上電探

久しぶりに来た特異点持ちの駆逐艦。
直人も見慣れない艦娘であった為に改二だと告げられてもそれほど興味を抱く風でもなかったが、ある時を境にその認識を改める事になる。


艦娘ファイルNo.146

瑞穂型水上機母艦 瑞穂

装備1:12.7cm連装高角砲
装備2:零式水上観測機

艦隊にやってきた4隻目の水上機母艦。
こちらも特異点は持ち合わせていないが、航空戦力はある程度運用する事が出来るのも、
千歳型と大差ない。


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第3回閑話休題

2018年の振り返り等も多分に含みます、所謂あとがき。
同年最後の更新分です。


どうも、天の声こと作者のフリードリヒ提督です。

 

 第3部は2編構成にチャレンジしてみました。慟哭編と激動編の2構成に分けたのですが、ここで差を出すのに非常に苦心した所はあります。

特に繋ぎの辺りですが、その苦心の様相が良く表れていると思います。

 そして第3部は深海の複雑な情勢についても色濃く描いた回でもあり、艦娘艦隊の闇の一端を曝け出したお話でもありました。

そして提督である紀伊直人の精神的な成長を描き、様々な人々と新たな仲間達と出会ったことも付け加えるべきでしょう。作者としても、今回主人公達にとっては非常に成長を感じられる期間だったと思います(苦笑)

 そして最終章である第14章から、セリフ以外の文章の一括化を図ってもいます。

少しでもスクロールの手間が省けているといいのですが、まだ全編にこの改修が行き届いている訳ではありません。今後取り組んでいくつもりではいますが、あまり期待しないでお待ち下さい。

 

 今年はまさかのクリスマス回から更新をスタートしていますね(苦笑)

実は当初は季節を合わせる予定だったんですが、所々の事情と更新の遅延で諦めざるを得なかった事情もありました。そうですね、そんな事もありました。

それと、昨年までは固持してやまなかった毎日更新をイベント以外でもちょくちょくお休みを頂くようにもなりました。今後はその様な事があっても問題ない位に時系列上は進展して行くとは思いますが、来年以降もお付き合いください。

 そして今年も支援者になって下さった方や、後援者様の助力を受けまして、こうして1年を締めくくる事が出来ます、本当にありがとうございました。

よくよく考えれば非常にキリのいい1年のシメ方でもありますね。まぁ、今年も1年間、本当に多くの方に私如きの拙筆にお付き合い頂けたことに感謝したいと思います。

 

 私事になりますが、今年と言うのは私の家庭状況も多少ですが大きな変化をしておりまして、今年の2月6日に母が脳幹出血(橋出血)で倒れている所を通行人に発見されまして、一命は取り留めたものの後遺症で半身不随と、発語障害を患い、二度と歩けず、言葉も発せなくなると言う事態になりました。

現在も某市の病院に入院中なのですが、事実上預けられていると言った方がよく、要介護の祖父の手前、家にも連れて来る事が出来ないでいます。

 私自身は一応元気です。色んな方々に支えて頂き、何とかこうして筆を執り続ける事は出来ました。今後いつまでこういった状況が続けられるかは不透明ですが、やれる限りやろうと思います。

こう言っては何ですが、今年は少々社会全体に於いても厄年だったような気がしないでもありません。なので、来年の分の厄を前借りしたと思いたい所です。どうなるもんか分かったもんじゃありませんけれど。

 

 話は戻りまして、今回登場した『講和派深海棲艦隊』、非常に大掛かりな勢力になってきました。

基地4か所、基地級深海棲艦3人、超兵器級6隻、その他姫級複数と言った具合で、総数は既に100万に達しようと言う所になっています。そして最も新しい部隊として、横鎮近衛艦隊直属特別任務群が誕生しました。

 防空棲姫を中心にして、戦艦棲姫2隻は20インチ砲12門を主砲とする戦艦級で、播磨と駿河は同型艦と言う事もあって、56cm砲を3連装11基33門搭載した2隻の超兵器級戦艦です。これだけで戦艦10隻程度に相当する戦力ですが、極め付きが近江です。

 ここで紹介する最後の1隻である(そして作者が一番好きな超兵器である)近江も主砲は56cm3連装砲で、更に副砲として46cm長砲身砲も3連装で搭載しています。が、その特性上後方への指向門数は後檣楼後部にある46cm砲塔1基だけです。

 

この船の肩書は「超巨大双胴航空戦艦」と言い、播磨型と同じ双胴船体に、前部は戦艦、後部は飛行甲板と言うフォルムをしています。ここまで聞くと伊勢が大きくなったものかと思いますが、実態はかなり違います。

 この飛行甲板はエレベーターが4基あり、更に両舷へアングルドデッキと、片舷3基ずつのカタパルトが存在します。大型機射出時は2機ずつですが、小型機射出の際は一度に6機発進させられます。

勿論着艦スペースはふんだんにあり、その最大搭載機数は紀伊を上回る850機に達します。搭載機も零戦や彗星と言った艦上機から、銀河や陸軍重爆と言った大型なものまで幅広く搭載出来るのは、やはり近江自体が大きい事に依ります。

日本海軍はこれを洋上打撃戦力である第一機動艦隊の中核とする事で、マリアナ沖海戦ではアルウスを擁する第三艦隊と互角の勝負を演じました。

 

 この日本が誇る汎用性の化身とも言うべき超兵器もまた、防空棲姫傘下として横鎮近衛艦隊の指揮下で動くのですから、戦力が大幅に増強されるのは必然でしょう。この部隊は名実共に総合力に於いて太平洋最強の部隊であると言えます。

今後何かと大暴れすると思いますので、ご期待下さい。

因みに超兵器級は基本的に独自の設定を付加してやっております。なので歴史的な所にしばしば絡める事も出来ちゃう訳なのですが。

 

 さて、そろそろ名残惜しいですが時間も僅かとなって参りました。

これまで偉人録的タッチも含めて書いてきたこの作品ですが、実はそれなりに銀英伝のタッチにも影響も受けております。お分かりになる節はまぁあると思いますが、取り敢えずそう言う事です。

好きな作品と言う事もあるのですが、やはり色んなものを参考にしてタッチを考えているので、どうしてもそうなってしまいます。私の文才の泉の源泉は、そう言った沢山の戦記物や書籍に端を発していますもので。

 これからもこう言ったタッチで描いていくと思います。序章の辺りなんて遥か過去に書いたものなので拙筆が目立ちまくっていますが、まぁ改善はしていきたいと思っていますので、こちらもまぁ遠い目で待っていてくださいね。

 

―――それでは、今年一年有難う御座いました!

また来年、1月某日にお会いしましょう!

艦娘達の歴史が、また一ページ増える日をお楽しみに!

 

 

2018年12月24日6時57分 フリードリヒ提督



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第四部~勇躍編~
第4部1章~絶体絶命(ピンチ)の一航戦! ベーリング海を脱出せよ!~


新年のお慶びを申し上げます、どうも天の声です。

青葉「もう何日だと思ってやがりますか!! 青葉ですっ!」
(初版投稿日:2019/01/24 07:59)

あかり「切り替え早いですね・・・紲星あかりです。」

無事ですね、我が艦隊も19冬イベの完全攻略に成功致しまして。

青葉「全甲攻略、おめでとうございます!」

いやーありがと。久しぶりに甲勲章取れたから俺も嬉しくってねぇ。ついでに枠も空いたのでこの際既存艦の大幅な戦列復帰を実施してます。

青葉「提督~、わた」

ないです。

青葉「そうおっしゃらず」

ないです。

青葉「ちょっとだk」

ないです。

青葉「(´・ω・`)」

何がちょっとだけだ。改二引っ提げて出直しなさい。

青葉「改二が来たらいいんですね!?」

考えてやらん事もない。

青葉「よーく覚えておいてくださいね・・・?」

忘れるかもしれん。

青葉「そんなーっ!?」

((´∀`))ケラケラ

あかり(コロコロと忙しい人だなぁ~。)

 まぁ兎も角ですね、今年も一年、時折不定期になるかもと言う感じではありますが、艦これと共に、この小説も一意邁進(まいしん)して行きたい所存で御座います。
文才と呼べるものは去年中に恐らく使い果たしてしまっていますが、それでも日々是精進(ひびこれしょうじん)の気持ちで、やっていきたいと考えています。
ですので本年もどうかお見捨てなく、宜しくお願い申し上げます。

それでは第四部、そして2019年最初の章です。長い目でお楽しみ下さい。

全員「「始まります!」」


―――第二次SN作戦が終わり、横鎮近衛艦隊はサイパンへ帰着した。

鈴谷の修理は明石算定で再び1ヵ月以上を要する大工事となり、その間新たな出撃は差し止めとなった。

 

 第2次SN作戦はその所期の作戦を成功させ、人類軍はニュージョージア島ムンダを含むニュージョージア諸島やブーゲンビル島ブイン、ショートランド諸島などに、基地の設営を成功していた。ブインとショートランド基地への設営は規模の増強と言う意味合いであり、この方面に於ける作戦遂行(すいこう)能力の向上へと繋がった。

そして更にそれを地歩としたサンタイザベル島の基地化は、ガタルカナル方面(ガ島)への作戦遂行に当たっては同島を指呼の間に臨むと言う点で戦略的に重要な意味合いを持たせるに至り、以後この島を巡って死闘が繰り広げられることとなる。

 しかし肝腎のガ島への上陸と基地化は、僅かな間隙をすぐさま塞がれてしまった事により失敗に終わり、サンタイザベル島の基地化の成功とこの失敗が、死闘の引き金を否応なく引かせる結果を生み、東京急行(トーキョーエクスプレス)が、サンタイザベル行きとしてこの海域で再開される要因になったことは、その後の戦局推移に大きなマイナスを齎した事は自ずから明らかだった。

この戦域を預かる佐野海将補もそれを把握していたが、当座は現在の戦線を維持し、敵が消耗するのを待つ方策に方針を速やかに転換させると、サンタイザベル方面にラバウル基地艦隊の一部を割いて展開させ、ブイン、ショートランドは前進警戒態勢をサンタイザベル方面に取らせる事で堅守の構えを取らせたのである。

 

 この一連の動きを後方から見ていた直人はと言えば、鈴谷と麾下(きか)艦艇の修理を急がせると共に、作戦前から引き続いて戦備の拡充、主に航空戦力の拡充を急ぐと共に、より合理的戦備と成す為に、より少数へ絞りつつ戦力を拡大させると言う、量より質への転換を図り始めていた。その過程に於いて、雑多な口径の火砲を寄せ集めて配置していた沿岸砲台が砲の口径をいくつかに統一される事になり、12.7cm/20.3cm/35.6cmの3種類の連装砲が艦娘用の在庫から転用され、砲塔ごと沿岸に設置される運びとなった。

 当然これに伴って、それまで設置されていた12cmや14cm、15.5cmなどと言った口径の火砲は全て取り払われ、これによって弾薬補給にかかる手間とコストを一気に削減する事が出来る訳である。高射砲台もその例外たることは出来ず、艦娘用としては在庫余剰として穴埋めに配備されていた8cmや12cmの高角砲(いずれも単装)が高射砲台から撤去、後継に三式十二(センチ)高射砲の配備を進めると同時に、これも在庫余剰で配備されていた八九式十二糎七連装高角砲が、後継機種である試製一式十二糎七連装高角砲へと更新され始め、これにより高射砲台の防空能力向上を図りつつ、配備門数と補給コストの削減を狙っていた。

 なお余談として、配備の進んだ高射砲である三式十二糎高射砲と試製一式十二糎七連装高角砲はいずれも八九式十二糎七連装高角砲をベースとしていたものである。

 

 装備品の更新に意を用いているのは照空(しょうくう)砲台(文字通り“空”を“照”らす砲台)も同じ事であり、探照灯が戦艦用の大型、150cm探照灯に一部が更新され、夜間空襲への対応能力を向上、陸上対空レーダーも13号対空電探が主軸であったところを、元々対空見張用であった13号が射撃管制から外れ、代わりに四号電波探信儀ニ型(所謂42号電探)が配備を開始した。これにより夜間空襲であったとしてもレーダー管制射撃によって命中率向上を期すると言う、直人の強い意気込みが表れていた。

 

※付け加えておくが、42号電探は間違っても艦載用ではないので注意、本来の用途は陸上対空射撃用電探である。

 

 そんなこんなで、装備製造に配備、新しい兵站体制の整頓などに奔走する日々を送る直人ら横鎮近衛艦隊も、9月中旬頃には何とか出師(しゅっし)(出兵)準備を再び整えつつあった。ネックである鈴谷も、直人の再三の突貫工事の要請により驚くべきペースで修理が進捗、9月17日には一部武装の欠損以外はどうにか形となっていた。

当たり前だがその間にも状況は推移するものである。

 

 

9月18日8時04分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「うーん・・・やはり50口径の高角砲(※試製一式のこと)、艦載出来ないのかなぁ・・・?」

 

大淀「明石さんの方に要望は出しておきましたけど・・・しばらく検討してみる、と言う事でした。」

 

提督「しゃーねーな、暫くは地上に置くか。」

 

「・・・提督、一つ宜しいですか?」

 

提督「何かな?」

 

「余りに熱心で御聞きするのを(はばか)っていたんですが、サイパン島を要塞化するのに、何の意味が・・・?」

 

提督「―――君は、それを知ってどうする気なのかな?」

 

冷然とそう云い放つ直人に、質問の主は特に臆した風もなく告げる。

 

「いえ、私はこちらの実情を本国にお伝えするのが仕事ですが、ただ、疑問に思ったので・・・。」

 

提督「―――。」

 

それを聞いて直人は少し沈黙したが、やがて口を開いてこう述べた。

 

提督「俺に言わせれば、他の提督共が不用心に過ぎると言いたい所なんだがね。」

 

「と、仰いますと?」

 

提督「艦娘が居なければ身も守れんような我々だ。ならば相応の、艦娘が居ない、あるいは少ない時の備えはすべきだろう。ましてやここサイパンが、内南洋の要石と来ていてはな。」

 

「それはその通りだと思いますが、艦娘が居なくなることなんて―――」

 

提督「あるよ、我が艦隊ではね。少なくとも、ほぼ全員出払う事になるんだから当然だ。俺も含めて。」

 

「提督も・・・?」

 

提督「そうとも。鏑木(かぶらぎ)君はここに来たばかりだから知らんだろうがね、司令部に前に停泊している船は私のだよ?」

 

「あの巡洋艦が、ですか・・・!?」

 

提督「そうさ。我が艦隊の母船と言って置くべきだろうね。よく覚えておくといい。これが我々、横鎮近衛艦隊の在り方だ。我が艦隊は私も含め全員で戦う艦隊だ。なぁ大淀?」

 

大淀「その通りです。私達の提督は、敵に胸を見せ、味方に背を向けたもうお人ですから。だからこそ、色んな方がいるこの艦隊は、提督にその信頼を寄せ、一丸となって敵に向かっていけるんです。」

 

「・・・そうですか。」

 

大淀の言葉に感銘を受けた感じもなくただ淡々と、その人物は答える。

 

提督「―――いずれ、君も肌で感じる時が来るだろう。」

 

「そうでしょうね。私も、貴方の部下ですから―――。」

 

提督「おうとも。こき使ってやるから覚悟しとけ~?」

 

「望む所です。」

 

提督「頼もしい事だ。大淀、この書類終わった。」

 

大淀「分かりました。鏑木さん、この書類の転電、お願いします。」

 

「分かりました。」

 

颯爽と去るその後姿を見送る3人。

 

金剛「・・・頼もしい人ネー。」

 

提督「まぁ、そうさな。」

 

何か含ませるかのように返事した直人である。

 

 

―――彼女の名は「鏑木(かぶらぎ) 音羽(おとわ)」。

 艶やかな黒髪をセミロングにし、透き通ったダークグレーの瞳は、どちらかと言うとダークブルーのスピネルのような輝きを持つ。卵型に近い楕円形のフェイスラインに大きく見開かれた二重(まぶた)で配置されたその双眸(そうぼう)は、真一文字に結ばれている事の多いその表情と相まって、見る者に深い印象を与える。眉と鼻立ちはそれほど主張するでもなく、総じて美人と呼んで差し支えない。

体つきも容姿端麗と評せる美しい曲線を描いており、背丈は直人にほぼ並ぶ174.2cm、スリーサイズはB81(C)/W65/H73と履歴書に記載がある。それを空自軍の白い半袖の制服に袖を通しているため、スマートな印象を与えていた。

 肩の階級章を見ると三等空佐のそれであるが、驚くべき事に、この女性士官は弱冠(じゃっかん)まだ21歳でしかないのである。一方の直人がこの年24歳である事を考えると年の差3つ下で早くも士官と言う、異例の出世を()げている人物である。尤も、直人自身は22歳の時に若くして「元帥閣下」と呼ばれる身分であったのだが。

そんなキャリアウーマンがなぜここにいるのか。そこには横鎮近衛艦隊にまつわる中央との問題があった―――。

 

 横鎮近衛艦隊は大本営直属であるにも拘らず中央からは隔絶(かくぜつ)した存在であり、その原因は彼らがサイパンに駐留している事にあった。そのため情報伝達に遅れが生じたりする事などから大本営側が横鎮近衛艦隊の動向を把握していない事が往々としてあり、問い合わせの電文も行き来に数日かかる為、せっかくの現況報告も過去のものとなっている例が相応にあったのである。

この為大本営としては、中央から派遣武官を送る必要があると考えた。と言うのも、横鎮近衛艦隊の第二次SN作戦に於ける行動が、現場指揮官の判断によるものであったとしても大本営が把握したのが少々遅きに失したと言う事もあって、相互連絡の強化を必要とした大本営―――軍令部総長山本(やまもと) 義隆(よしたか) 海幕長(かいばくちょう)(=海上幕僚長の事)の命により、「横鎮防備艦隊付駐在武官」の肩書を帯びて9月2日にサイパンに赴いていたのである。

 

 但し、横鎮近衛艦隊は極秘の存在たる故に、只者である人選をする訳にはいかない。しかしそこには、永納(ながの)前総長が発令していた人事として、「横須賀鎮守府後方支援科勤務」の彼女の存在があった。

本来であれば空自軍の指揮系統であるはずの彼女がそんなところにいるのか、それは然るべき時に語ることにする。

 

 

大淀「―――提督は彼女に、何か含む所がおありだとお考えですか?」

 

提督「そんな事は無い。ただ―――」

 

大淀「ただ・・・?」

 

提督「“悪い前例”もある。警戒するにしくは無いと思ってな。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

 直人が付き合いの浅い人物に心を開くと言う事はまずない。人間としては当然の心理ではあるが、彼もそういった心理はしっかりと持ち合わせているのであった。

ただ今回の人選が、山本海幕長と土方(ひじかた)海将、更に随員として付けられていた大迫(おおさこ)一佐(いっさ)と言う、彼の頭の上げられない3人からの推薦によるものであった事もあり、どこか食えない所があるかもしれないと邪推さえしていたのであった。まぁそれなりにそう言う節も今まであっただけに(いぶか)しむのは当然だったが。

 

提督「またいずれ、司令部案内せんとな。」

 

大淀「まだなさっていませんでしたね、そういえば。」

 

音羽「その事ですが、司令部の施設はあらかた拝見させて頂きました。後はあの巡洋艦だけです。」

 

提督「戻って来るの早いな!?」ガタッ

 

音羽「それ程の量ではありませんでしたので。」

 

提督(10部くらいあったと思うんだが・・・。)

 

音羽「で、私にあの船を案内して頂けるんですか?」

 

提督「鏑木君もいずれ()()()()()事になるだろうしな、母艦である鈴谷の内部を把握して置くに越した事はなかろ。」

 

音羽「それは確かに、どの様な設備があるかと言う事については把握して置いた方が後の為ですし。」

 

提督「その通りだ。だが差し当たっては執務をこなさんとね。」

 

そう言って再び目の前の書類と格闘を始める直人。様々な事を並行して進めているだけに、処理しなければならない事案の量も多いのである。

 

 

さて、状況の変化はまだ存在する。一つは艦隊に、一つは深海側から発せられたものである。

 

 まず艦隊側では、9月7日に戦艦三笠の横鎮近衛艦隊への正式配備が決定したのである。

元より存在が確認されていなかったことと、その存在を隠す事、極秘の筈の横鎮近衛艦隊の存在を知ってしまっている事などもあり、横鎮近衛艦隊への配属希望が受理された形になる。

既に艦隊へは9月13日に着任を済ませており、次の作戦から参加可能と言った状態になっている。

 

 次いで深海側から(もたら)されたのは、驚くに値する情報であった。シンガポール棲地(せいち)が、単独でリンガ泊地に対して停戦を申し入れてきたのである。

シンガポール棲地はリンガ泊地と目と鼻の先にあり、棲地としては小規模だが驚くべき密度で要塞化された陣地を持ち合わせている、堅固な港湾要塞と化していた。

このため当初からリンガ泊地の目の上の(コブ)と言った風情で見られていたが、マラッカ海峡や南シナ海の制海権が、ブルネイとリンガ泊地の艦隊によって完全に掌握されてからは、外部から孤立した孤軍として包囲され続けている状態にあった。

 停戦の申し入れがあったのは9月1日であり、包囲下にありながらも飛行場姫が徒党を組んで講和派の軍門に下ったことが彼らに伝わった事、それが最大の要因であった。

9月3日、2054年度開始と同時に開設された南西方面艦隊司令部(在:リンガ)にて、同艦隊司令官を兼ねるリンガ泊地司令官、北村(きむら)海将補と、シンガポール棲地の代表者たる、戦艦夏姫(かき)「ウォースパイト」の間で会見と交渉の席がもたれ、9月6日に全面的に合意、9月10日に『人類軍と深海棲艦隊東洋艦隊との間における休戦協定』が発効するに至る。

 

 その席上ウォースパイトは、「休戦協定によって、深海から(くら)替えした訳ではない」と言う事を明確に指し示しつつ、深海側の立場として「その地上に居留地を得られるならば、その手段に制限はない筈である」と言う、深海側の通論でもある建前を明かし、その原則に従って行動したまでであるとこの行動を説明した。

そして休戦協定の内容は

『1.シンガポール棲地を()()する事、但し地上施設群についてはその保持を認める』

『2.その見返りとして深海棲艦隊東洋艦隊は、シンガポール島に加え、インドネシア共和国リアウ諸島州南部に属する、シンガポール島周辺の諸島群にその居留を認め、また海域の自由通行権を人類軍に対し認める事』

『3.休戦協定の履行を逐次(ちくじ)確認するため、海域警備をリンガ泊地艦隊によりこれを行う』

『4.深海棲艦隊東洋艦隊は、その悪意無き所を全面的且つ最終的に確認し、深海・人類双方に対する如何なる利害にも関与しない』

『4-1.本協定第4条に基づき、深海棲艦隊東洋艦隊は、両陣営の如何なる軍事行動にも加担しない』

『5.本協定が履行(りこう)されている事が確認される限り、リンガ泊地を通じ、一定の外交及び、周辺諸地域との交易はこれを認め、その交易についてリンガ及びブルネイ泊地艦隊は、その護衛に全責任を負う』

『6.本協定発効と同時に、深海棲艦隊東洋艦隊はその完全かつ公正なる中立たる事を全面的に認め、公的な形による一切の軍事行動は双方共にこれを全面的に禁ずるものとする』

 

 と言う、6条文1項目にて最終合意に達した。

この内容は棲地の解体と完全な中立化とを引き換えに、居留地を持つ事とその範囲を取り決めた上で、他勢力への軍事支援を改めて禁じる代わり、一定の範囲に限る外交権と、周辺地域に対する交易も含めた内政自治権を認め、かつ保証するものであった。

そして更に、協定に付属する条項として次のような項目が加えられた。

 

『1.深海棲艦隊東洋艦隊は、他勢力に対し、如何なる軍事的協力はこれを行わない事を確認する』

『2.深海棲艦隊東洋艦隊は、その保有する艦隊、船舶、居留地に対し、何らかの軍事行動が加えられた、若しくは行われつつあることが確認された場合、直ちにその当該敵性部隊に対する反撃を行う事を認める』

『2-1.第2条に関する攻撃可能な対象は、あくまでも当該敵性部隊のみであり、その策源地に対する攻撃はこれを禁ずる』

『3.第2条を履行する為、人類軍に対しIFF(敵味方識別装置)にシグナルを登録し、また人類軍のIFF情報を共有する』

 

 この付属条項が示すところは、協定に於いて定められた諸勢力に対する軍事協力を行わない事を再確認した上で、シンガポール方面への攻撃に対する個別的自衛権を認め、更にその行使に当たっては先制攻撃をも認めるものであった。

また別途定めるところでは、シンガポールへの亡命深海棲艦もこの受け入れを認めており、講和派深海棲艦隊とは別口とはいえ、平和を望む勢力が、その受け入れ先を確保した事にも繋がったのである。

協定発効日である9月10日に、発効を宣言する声明がシンガポール・セレター軍港にて発表され、その際に「我が艦隊は()()()()を希求するにあらず、()()()()()を望むものであり、これを害さんと企む輩は、これを全面的に排するものである」と、その言葉通り力強く宣言して見せたのである。

 結果として、シンガポールと周辺諸島は完全な中立地帯となり、周辺海域に展開していた包囲艦隊は必要が無くなったのである。これによって、西方への戦略的自由度は格段に上がったと言ってよく、間違いなく有利な要素と考えられるものであって、両陣営とも満足のいく形で協定を締結できた事もあり、南シナ海はまず平和な海となったと大見得を切れるようになったのである。

 

 直人はこの速報が来た時さほど驚く風ではなかったがそれでも、北方棲姫のような者が一人や二人ではなかったのだと言う事については流石に驚きを隠せない様子であったと大淀は述懐する。

ともあれ2054年の8月から9月にかけての期間は、その勢力図に大きな変化は無かったものの、総じて見れば戦略的要件が大幅に変わった期間であった事は間違いない事実であった。

 そしてそんな新たな風が吹く中で、新たな作戦の指令が下る日もまた、刻々と直人の身に迫りつつあったのである。

 

 

9月19日16時13分 司令部前ドック・重巡鈴谷艦首部中甲板

 

提督「―――さてと、ここはまぁ別に知る必要のない場所ではあるがね。主に私以外には明石と夕張しか立ち入らん場所でもある。」

 

音羽「はぁ。」

 

そういうと案内役の直人は通路の行き止まりに厳重にロックされた鉄扉を引く。この日直人は前日の発言を実行に移した訳である。

 

 

ゴゴン・・・

 

 

提督「この扉はいつも思うが重いな。装甲を兼ねてるし止むを得んが。」

 

音羽「これは・・・。」

 

提督「君なら知っている筈だ。“7年前の出来事”をね。」

 

音羽「―――秘匿名、『曙計画』。他人の空似とずっと思っていましたが―――そうですか、やはり貴方が・・・。」

 

提督「そうだよ? いやー、着任した時から名も聞いて来ないんだから焦った焦った。」

 

そう直人はお手上げと言うように手を上げてみせる。実は直人も名乗っていなかったのである。

 

音羽「私は石川好弘少将の麾下に配属になる、と言う風にお伝え頂いていたので、名を聞く必要を認めなかっただけです。どうせ聞いても、“提督”とお呼びするのが筋でしたし、皆さんもあなたを肩書でしか呼びませんでしたから。」

 

提督「それはそうだがね。」

 

直人がこう答えたのにも理由があり、実は近衛艦隊内でも彼の本名を知る艦娘と言うのはほんの一握りなのである。しかも艦娘達も提督とか司令官とか呼ぶので、特に名前を教える必要性がなかった事は理由としてあるのだが。

 

音羽「しかし、これがなぜここに? この艤装は遺失扱いだった筈・・・。」

 

音羽は巨大艤装『紀伊』を見上げながら言う。

 

提督「これが、“俺が司令部を空ける”と言う言葉の本当の意味さ。提督をも戦力化して戦うのが、俺達()()()()の仕事だ。故にこの艤装も俺の半身たる以上、遺失と言う事にして、俺も死んだと言う事になってここにいる。」

 

音羽「極秘の、艦隊・・・。」

 

提督「おうとも。君の経歴も読ませて貰ったがね、成程あの3人が迂闊な人選をする筈はないな。俺の艤装が作られ、改装されたのと同じ三技研。あそこには今もこいつの改修工事も含めたデータが現存しているからな。」

 

音羽「そうだったのですか・・・。」

 

提督「知らなかったのか?」

 

音羽「はい、その様なものの存在は今初めて聞きました。」

 

提督「そりゃそうだ、本当なら“死人に口なし”と言う所、俺は生きてるんだからな。それらのデータも全ては最高軍機扱いだ。俺達が本当は生きてここにいる事も、その戦歴も全て。」

 

音羽「・・・。」

 

提督「当然お前にも働いて貰うぞ。我が艦隊は現状ただでさえ手が足りん、実戦経験もあるそうだが、それらの知識は艦娘としての戦闘では役に立たない事を肝に銘じて置け、“音羽”。」

 

音羽「―――やっと、その名で呼んで頂けました。」

 

提督「あぁ。やっと呼んでやった。」

 

音羽「・・・航空母艦音羽、提督の戦列に参加します。至らぬ点は御指導下さい。」

 

提督「横鎮近衛艦隊司令官、紀伊直人が貴官の身柄を預かる。俺の為にその力を振るえ。」

 

音羽「Aye(アイ) aye(アイ) sir(サー)my(マイ) admiral(アドミラル).(かしこまりました、我が提督。)」

 

 この時の二人にとって、これが直人の下した、実に最初の命令となったのは言うまでもない事実だった。そしてそれは、その終わりの時まで続く事になる。

鏑木 音羽 三等空佐が持つ、もう一つの名。それは―――雲龍型航空母艦「音羽」。

 

 元々鏑木 音羽は、空自軍のパイロット訓練教程を飛び級扱いで卒業した飛び抜けた才能を持つパイロットで、最終的に厚木をベースとする第7飛行隊の第4小隊長として、パイロットとしての経歴の全てを同隊のF-3Aと共に過ごした。

第7飛行隊配属が2050年、満年齢で17歳の時で、教練期間2年の訓練飛行隊に入ったのが16歳になる前の事である為、戦局逼迫の折とはいえ繰り上げられたパイロットも少なくない中で、これは異色の存在とも言える。

2052年1月に空幕(航空幕僚監部)防衛部に転属となるまでの2年弱の期間に挙げたスコア、実に単独78機、共同151機に渡る凄腕であり、パイロット名鑑にその名を記すれっきとしたエースパイロットである。

 さて、転属辞令を受けた後、その理由である三技研への出向辞令を受け、防衛部員の肩書をそのままに出向、そこで艤装適正があった事から、第2.5世代艦娘の研究に関与、その間に本人も2.5世代艦娘となり、艦娘艦隊に艦籍を置かざるを得なくなった―――と言うのが、大迫一佐の随員になれたそもそもの理由である。この為海自軍では二等海佐の待遇を受けている。

このため彼女自身は曙計画に関与していない。その時はまだ学生だった事もあるが、その為横鎮防備艦隊サイパン分遣隊への駐在武官と言う辞令の体裁が取られたのは当然で、そこで知り得た秘密は関係者以外の外部に漏らさない事、つまり箝口令も課せられている。この為誰が関係者かのリストも彼女は所持しているのである。

 

 

9月21日11時06分 中央棟2F廊下

 

提督「やっべやっべ、トイレついでに寄り道しちゃった。大淀に怒られる・・・。」

 

と、慌ただしく廊下を早歩きで進む直人。

 

 

ガチャッ―――

 

 

提督「・・・うん?」

 

執務室に入るや否や視界に飛び込んできたのは、外套を脱いだ三笠と、その三笠の外套を羽織る電の姿だった。2人は面談用のロングテーブルに向かい合って座っており、三笠が奥側である。

 

三笠「あら、戻ってきたの。机、借りてるわ。」

 

電「お邪魔しています、なのです。」

 

提督「え・・・これは?」

 

困惑の極み、助けを求めるように大淀へ視線をやって直人はそう言ったものである。

 

電「実は・・・」

 

 

~5分ほど前(※トイレに立つ前)~

 

電「雑品倉庫(※食堂棟裏手にある倉庫)にモップしまい忘れてたのですー!」

 

この日の前日、電は掃除当番だったのだが、その時使用したモップをうっかりしまい忘れていたのを、偶然通りがかった廊下で発見したのが事の始まりであった。

 

 

~4分ほど前(※ちょうどトイレに立ったくらい)~

 

電「ハッ、ハッ、ハッ・・・」

 

流石訓練しているだけあって洗練された足取りで走る電。ところが―――

 

三笠「―――!」

 

電「あっ―――!」

 

 

ドン(ビリッ)

 

 

電「あう・・・」

 

中央棟の影から出てきた三笠とぶつかってしまったのである。

 

三笠「大丈夫?」

 

電「あ、三笠さん、ごめんなさいなのです!」

 

三笠「私は大丈夫。それよりこれ・・・」

 

そう言って三笠が電に差し出したのは、制服のセーラーの下の方に付けていた、特Ⅲ型であることを示すⅢのバッジであった。

 

電「どこかに引っ掛けて・・・」

 

と言う電の目には、バッジの留め具にくっついた、布の切れ端が映っていた。

 

三笠「ここでは目立つか・・・ん、比叡!」

 

比叡「あ、はい三笠さん、なんでしょう?」

 

三笠「このモップを片付けてやってくれ。」

 

比叡「は、はぁ・・・。」

 

三笠「電、少し執務室にお邪魔させて貰おう。」

 

電「えっ!?」

 

三笠「別に悪い事をした訳ではないだろう?」

 

電「は、はいなのです・・・。」

 

そう言って電を連れ出した三笠なのである。

 

 

~10秒後~

 

提督「トイレトイレ~」

 

中央棟と食堂棟の間の通路を直人が駆けて行ったのは、その場から二人がいなくなってたった10秒たらずと言うニアミスであったのである。

 

 

~3分ほど前~

 

 

コンコン・・・

 

 

大淀「“どうぞ!”」

 

三笠「失礼する。」

 

大淀「三笠さんですか、どうされました?」

 

三笠「提督は?」

 

大淀「先程用足しに席を立たれました。」

 

三笠「ん―――そうか、まぁいい。そこの応接用の机を借りるぞ。」

 

大淀「は、はい。どうぞ・・・。」

 

三笠は行き違いに気付いたものの気には止めず、そして現在に至るのである。

 

 

提督「そういう事だったか。」

 

事の次第を聞いた直人は得心した。外套を電に着せていたのは、セーラーの下がシャツ1枚だったからであり、そのセーラーは今、三笠の手で繕われていたのであった。

 

提督「しかし三笠が裁縫を出来るなんてなぁ。」

 

三笠「それ程珍しい事ではないだろう?」

 

提督「え、それは・・・。」チラッ

 

三笠「・・・?」

 

大淀「―――何ですかその目は、私にも多少心得はあります。」

 

心外だ、と言いたげに大淀はいった。

 

提督「ごめん。あんまり想像つかなかったもんだから―――」

 

 

コンコン

 

 

提督「入れっ!」

 

切り替えのいい男である。

 

雷「失礼するわって、やっぱりここだったのね。」

 

提督「その様子だと、比叡に聞いてきたようだな。」

 

雷「提督も知ってるのね、何があったの?」

 

提督「実はカクカクシカジカでありまして。」

 

雷「そういう事なら私がいつでも繕ってあげたのに。」

 

提督「・・・できるんだ。」

 

雷「誰がこの艦隊の被服してると思ってる訳?」

 

提督「御見それしました。」

 

雷「分かれば宜しい。提督の制服もやってあげてるんだから。」

 

三笠「―――フフッ。提督と言えど、一駆逐艦娘に頭上がらじ、か。」

 

手を動かしながらそう言う三笠である。

 

提督「茶化さんでくれ三笠。」

 

三笠「何、裁縫用具を入れた小箱を日頃から持ち歩いている事の方が珍しかろう?」

 

提督「それは確かにそうかもしれないけども・・・。」

 

三笠「それに元はと言えば私も不注意が過ぎた。ここは私の顔も立ててくれないかしら?」

 

雷「・・・ありがとうございます。」

 

三笠「分かれば結構よ。さ、こんなところかしら。」

 

そう言って電に手渡されたセーラーは、見事と言う他無いほど元通りと言える出来栄えであった。

 

提督「すごい、縫い目と繋ぎ目が殆ど目立たない。達人だね。」

 

三笠「女としての嗜みも、極めれば一芸たりうる、と言う所かしらね。」

 

雷「はー、あのバカ姉に聞かせてあげたいわね。」

 

三笠「勿論、話しておやりなさいな。“レディ”への道は、そう易いものでなくてよ? では、失礼するわ。」

 

提督「お、おう。」

 

そういうと電から外套を受け取った三笠は、それを羽織った後執務室を後にしたのであった。

 

提督「・・・あれ、いい奥さんなれるで。」

 

雷「何の話よ!」

電「何の話なのですか!」

大淀「何の話ですか!」

 

提督「ハッハッハ。」((´∀`))ケラケラ

 

3人から総ツッコミを受けて笑う直人。和やかなひと時をこの時は過ごしていたものである。

 

 

その、夜の事である。と言うのは、彼が建造棟にある男風呂の脱衣所にいた時の事である。

 

 以前解説もしたが、この艦隊で男風呂は実質提督しか使わない為、女風呂(艦娘用ともいう)に対してその面積は4分の1程度に過ぎず、数人一緒に入れるかどうかと言う所、現実的には3人満足に入れる程度でしかない。

当然脱衣所もせいぜい10人分と言ったところで非常需要に応える為とはいえ不足に過ぎる。

 とは言うものの、こんな極秘の艦隊に来客など早々ある筈もなく、まして泊まりでいつく男客なんている訳もない。

そんな訳で改善も必要としていなかった訳だが、ここに来たばかりのハプニングの時、その湯気が充満したせいで金剛が見えなかった様に、そこそこ広いのは確かである。

それはさておくとしても、その日も一人お風呂タイムと洒落込むべく、直人がその男風呂の脱衣所に、着替えを携えて暖簾をくぐるのである。

 

 

20時37分 建造棟1F・男風呂脱衣所

 

提督「さぁて風呂風呂~♪」

 

慣れた様に自分の着替えをいつも決まって入れている籠に入れ、上着のボタンに手をかけ、2つまで外した―――その時だった。

 

「あの―――提督。」

 

提督「―――!?」

 

思いもよらないタイミングで声をかけられ心身共に硬直する直人。

 

提督「えっと・・・そこにいるのは、だ―――()()か?」

 

必死で頭を回転させてそう言うと、声の主は―――

 

音羽「えぇ、そうです・・・。」

 

いつもの凛とした感じはどこへやらと言う弱々しい調子で答えた。

 

提督「え、まって。ここ男風呂なのだが。」

 

音羽「えぇ、そうね・・・。」

 

直人に対する音羽の二度目の返答は、どちらかと言うと半分自分に向けられているようにも聞こえた。

 

提督「・・・え、どゆこと?」

 

音羽「えっ・・・?」

 

提督「・・・え?」

 

彼の前に姿を見せようとしない音羽だったが、それよりもこの状況の説明が欲しい直人である。と言う事で少し問い質すと事情はこうだった。

 

音羽「金剛さんが―――」

 

 

金剛「“この艦隊では1日ごとに持ち回りで、提督のお背中をお流しするネー。デ、今日は私のターンなのデスガー―――”」

 

 

音羽「・・・私が、来たばかりなので、その―――」

 

提督「OK、分かった。少し待ってろ。」

 

音羽「あ、はい。」

 

 思わずそう答えてからハッとなって疑問符を浮かべる音羽をよそに、時計をチラ見し、確証を得た様に頷くと、外したボタンを付け直し、脱衣所を出て、建造棟の外廊下の方へ出る。

建造棟の1階は浴場廊下/開発棟連絡通路が右に枝分かれする形で、その南面に沿うように片側の壁面がない廊下になっている訳である。

 

「ワッ!?」

 

提督「見つけたぞ、()()。」

 

金剛「グ、good(グッド) evening(イブニング)sir(サー).」

 

確証を得たのは、彼が大体金剛が女風呂に来るかを知っていたからである。彼も提督である以上、彼らの生活リズムはある程度知悉(ちしつ)していても可笑しくない、と言う訳である。

 

金剛「ど、どうされましたカー?」

 

提督「お前、音羽にいらん事を吹き込んだな?」

 

金剛「ゲッ―――」

 

と声を出して身を翻し逃げ出そうとする金剛の襟首を直人が素早く捕まえると、金剛は勢いそのまま首を圧迫され、カエルが潰されたような声を出して静止する。

 

提督「お前逃げられると思うなよ? 大法螺吹いた責任は取れ。」

 

金剛「せ、責任・・・!?」

 

提督「決まっているだろう3()()()入るんだよ。」

 

金剛「オ、OK・・・。」

 

振り向いて直人の表情を確認する金剛だったが、その剣幕に譲歩の余地がない事を悟るのである。

 

 

20時53分 建造棟1F・男風呂

 

金剛「そしたら比叡がネー?」

 

提督「ハハハッ、そりゃマジかよ。」

 

音羽「・・・。」///

 

 “どうしてこうなった・・・!?”と一番言いたいのは音羽の方だろう。そのあと金剛を連れて戻ってきた直人が、その勢いそのままに音羽を巻き込んで金剛と男風呂に入り、挙句本当に背中を流す羽目になったばかりか、3人揃って同じ風呂に入っているのである。

更に2人揃ってタオルは巻いておらず、音羽だけ巻いている状態で、横で2人は楽しそうに談笑している一方で、音羽は一人赤面して思考の混乱を極める事甚だしいものがあったのである。

 

提督「―――ん? どうした音羽、湯あたりでもしたか?」

 

音羽「いえ、そういう訳では―――」

 

提督「そうだろうな、そういう()()()()()ではないからな。」

 

音羽「―――!」

 

金剛「oh―――♪」

 

完全に場の空気に対しイニシアチブを握る直人、置かれた状況を逆用する術はこう言う所でも役に立つものである。

 

提督「まぁ混浴経験ある方がおかしいともいうけどね、可愛いとこあるジャン音羽。」

 

金剛「うんうん。」

 

提督「そっかそっか~、いやー健全な反応で助かった。」

 

音羽「あう・・・///」

 

金剛「普段全然表情変えないですケド、オフだと別って事デスネー。」

 

提督「オフの音羽可愛い。」

 

金剛「テイトク~?」ゴゴゴゴ

 

提督「可愛いものを可愛い言うても悪い事じゃないやろ!」ムキーッ

 

金剛「む・・・。」

 

音羽「うぅ・・・///」

 

提督「そして更に赤面しておる。どした。」

 

音羽「さ、先に上がります!///」

 

提督「ん、そうか。」

 

金剛「―――!」キュピーン

 

男風呂から音羽が姿を消した事を確認すると、金剛が口を開く。

 

金剛「あの人、()()()って言われ慣れてない口デスネー?」

 

提督「あっ・・・。」

 

納得した直人であった。

 

 

音羽(恥ずかしすぎて死ぬかと思った・・・。)

 

一方で本当に恥ずかしかった様子の音羽なのであった。

 

 

9月23日19時25分 甘味処『間宮』・ベランダ

 

提督「zzz・・・。」

 

 実は甘味処間宮は、どちらかと言うと喫茶店と言った方が雰囲気が近く、こじんまりとしたベランダが付属しているのである。その安楽椅子に身を沈めているのが直人であったのだが、顔に本を被せてがっつり寝ている。

間宮さんもそれを知っているので、直人の体には毛布が掛けられていた。

 

音羽「―――ありがとうございます、間宮さん。」

 

間宮「いえいえ。」

 

その甘味処から出てきた音羽こと鏑木三佐。その足をベランダに向ける。

 

音羽「提督、起きて下さい。」

 

提督「ん・・・うぅ・・・ん? 音羽、か。」

 

音羽「起きて下さい、大本営から指令が。」

 

提督「ん、分かった・・・。」

 

そう言うと直人は手に持った本を閉じ、眠気眼を左手で擦りつつ立ち上がった。

 

音羽(普段の提督とは大違いですね・・・。)

 

威厳なんぞどこへやらである。

 

間宮「提督、これを。」

 

そう言って間宮がコップに淹れて持ってきたのは微糖のコーヒーである。

 

提督「あぁ、ありがと。」

 

短く礼を言ってそのコップの中身を一気に喉に注ぎ込むと、間宮にコップを手渡して襟を正し、まだ些か覚束ない足取りで中央棟に歩みを進める。音羽もその後ろに控える様に付き従った。

 

 

その直人も、執務室に着く頃には目も完全に醒め、雰囲気もいつも通りに戻っていた。

 

19時28分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「待たせたね大淀。」

 

大淀「えぇ、待ちました。」

 

いつも通り、と言う風に大淀が出迎える。

 

提督「で、今回はどんな無茶振りなんだい? 大淀?」

 

大淀「こちらになります。提督が直接開封するようにとのことですのでまだ拝見しておりません。」

 

直人が受け取ったのは封書だった。と言うのも、今回は無電で送られてきた訳ではない。

 

提督「―――成程、音羽の速達便ですか。」

 

音羽「はい、勿論。」

 

提督「そりゃF-3B受領してきちゃったんだから早いわなぁ。」

 

音羽「まだ正式採用前です、提督。」

 

提督「あ、そうだったっけ。」

 

―――XF-3B、概念実証機の通称を受け継いだ日本国産戦闘機F-3Aに、S/VTOL機能を追加した機体である。参考にされたのは三菱 F-35BJ(日本ライセンス版F-35B)の特殊偏向ノズルである“3BSM”であり、これをほぼ継承する形で装備しており、これによって垂直離着陸が可能となっている。

 本来海自軍向けの艦載機として開発をスタートさせていたが、深海大戦の勃発でそれどころでなくなったのもあり、現在実戦テストと言った風情でごく少数が前線配備されているのみなのである。その貴重な1機が今、鏑木 音羽の専用機としてサイパン飛行場と厚木の往来に使用されているのである。

 余談だが、そのXF-3Bに機首両舷には、ダリアの花がペイントされている。花言葉は「華麗・優雅・威厳・不安定」などである。

 

音羽「今それどころじゃないですからね。」

 

提督「そうだな。それは兎も角として、中身を見てみんとな。」

 

そう言うと直人は卓上の文具入れからハサミを取り出すと、素早く封書の口を切り中身を取り出した。その鮮やかな手際、タイムは4.8秒。

 

提督「えーっと・・・?」

 

 

【親展】

発:艦娘艦隊大本営海軍軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

本文

 横鎮近衛艦隊は適宜の時期を選定し、ベーリング海方面の威力偵察を実施されたし。

なお同海域は敵の策源地にして、巨大な棲地であることを踏まえ、実施時期と動員兵力は一任するものとする。また、危険と判断される場合は即時撤退はこれを許容するものとし、その基準も指揮官に一任する。

 

 

提督「―――また威力偵察かよ!?」

 

大淀「またですか・・・。」

 

提督「と言うか“適宜の時期を”っていう表現がやらしいな! これいつでもええよじゃなくって“近いうちにやってね”って事やんけ!」

 

大淀「まぁまぁ・・・。」

 

提督「ホントにいつでもええなら“貴艦隊にとって適当と思われる~”とか言う筈やろ。人が悪いわ~起案者ホンマ。」

 

音羽「いつもそんなものでしょう。」

 

提督「それもそうだがな。やれやれ、とんでもない仕事を()()()()()()()な・・・。」

 

大淀「それこそ一番いつもの事ですよ、提督。」

 

提督「なんか毎回毎回言うてる気がするもん。」

 

実際結構な割合で言っているセリフではあるのだった。

 

提督「会議は明日だ、とりあえずテニアンに連絡をつけておいてくれ。」

 

大淀「どのように?」

 

提督「現地の事情に詳しいオブザーバーが欲しいとな。」

 

大淀「はい、畏まりました。」

 

音羽「どういう事です?」

 

提督「餅は餅屋、と言う事さ。」

 

音羽「・・・?」

 

 

翌9月24日7時14分、食堂棟の大会議室に、艦隊の主要幹部が招集された。内容は今回内示の作戦についての検討の為であった。

 

7時14分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「毎度の事だが、朝方からありがとう。」

 

金剛「いつもの事ネー。」

 

直人の指示で集められた主要幹部と言うのは以下の通り

 

艦隊総旗艦(=総司令官)/横鎮近衛艦隊司令部主席幕僚/提督首席秘書艦/

一水打群旗艦/第三戦隊旗艦:金剛 (しれっと肩書増えてとうとう2行書き)

艦隊総旗艦参謀長:榛名

艦隊航空参謀(=空母統監)/一航戦旗艦:瑞鶴

第一艦隊旗艦/第一戦隊旗艦/横鎮近衛艦隊司令部次席幕僚/戦艦統監:大和

第一艦隊旗艦副官/第四航空戦隊旗艦:伊勢

第一艦隊参謀:三笠 (※艦隊規模の大型化に伴う人事)

第二艦隊暫定旗艦:イタリア (※この時未編成)

第二艦隊暫定旗艦副官:ローマ (※更なる暫定人事)

第三艦隊旗艦/第三戦隊第二小隊旗艦:霧島

第三艦隊旗艦副官/提督直属副官/第十戦隊旗艦:大淀

 

と言う、ともすれば肩書が多く、かつ癖のある面々が揃った訳である。更に提督自身の幕僚として以下のような面々がいるが今回は音羽以外いない。

 

横鎮防備艦隊付駐在武官/横鎮近衛艦隊高等参事官:音羽(鏑木 音羽 三等空佐)

横鎮近衛艦隊参謀:初春 (初春型以前駆逐艦統監兼任)

         陽炎 (初春型以降駆逐艦統監兼任)

         長波 (作戦参謀)

         五十鈴(作戦参謀)

         神通 (軽巡統監兼任)

         高雄 (重巡統監兼任)

         川内 (第八特務戦隊旗艦=情報参謀)

         鳳翔 (防備参謀(航空))

         夕張 (防備参謀(水上))

         明石 (兵備参謀)

         天龍 (陸戦参謀)

 

一応言って置くが、この艦隊も軍事組織なのである。むしろその側面を見せる事が余り少ないせいでそんな感じがしないが、直人もしっかりと幕僚団を編成し、体裁を整えているのである。

 

提督「今回の作戦の大まかな内容は既に通知した通りだ。今回はその作戦についての討議を始めると言う訳だ。」

 

瑞鶴「ベーリング海って、かなり緯度が高いところまで行くわね。」

 

提督「そういう事になるだろうね。」

 

瑞鶴「・・・艦載機飛べるのかな。」

 

提督「甲板凍りそう。」

 

瑞鶴「いやいや、それだけじゃ済まないから。」

 

提督「アンテナに着氷しそう。」

 

瑞鶴「本物の船の話よね!?」

 

提督「鈴谷が例外じゃない、どうしよう。」

 

瑞鶴「そうだったわ・・・。」

 

大和「私達艦娘はそれほど影響はありませんが、やはり艦載機の活動効率が問題になりますね。」

 

提督「そうなんだ。特に弓が凍ったりとかしちゃうとね。」

 

 知っての通りだが、木製製品は湿気に弱く、湿気過多だと腐敗してしまう。だが寒冷地で水気を含むような状態の木材を使用すると、中で水分が凍り、しかも水は固体化すると体積が膨張する特性がある為、着氷ならともかく、中で水分を含んでいようものなら構造強度が脆くなってしまうのである。

 何が起こるのか、空母艦娘の弓は木製なのだ。つまり予めしっかり乾燥させずに放置(具体的には着雪するような場所に放置)したりすると弓を引いた時にバッキリ逝ってしまうのである。基本的にバンバン出せるのは式神式の軽空母と雲龍型(葛城除く)だけで、千歳型は絡繰りで艦載機を出すと言う関係上、どの戦線でもそうだが管理不徹底だと一発アウトである。

特に北方戦線では、着氷した場合一発で使えないどころか、付着した水分が瞬く間に凍る為、運が悪ければ暫く発着艦不能に陥るリスクがあるのである。誰だこんな面倒な形式にした奴。

 余談だが直人の巨大艤装についている艦載機用連射型ボウガンは強化プラスチック製であるが、機械式である為やっぱり着氷NGである。

 

提督「船だったらヒーター設備で対処出来るんだけどなぁ、中々どうして上手くいかんのう。」

 

陸奥「まぁ、どうにもならないものは仕方がないとして、現実的なところから考えましょう?」

 

霧島「それもそうなのですが、現状ベーリング海方面の戦力とはどのような程度のものなのでしょう?」

 

提督「それについては事情に通じているオブザーバー自体は呼んである。入っていいぞ。」

 

そう直人が呼びかけると、大会議室の扉を開けて、3人の深海棲艦が入室してきた。飛行場姫(ロフトン・ヘンダーソン)駆逐棲姫(ギアリング)、そして防空棲姫(あきづき)である。

 

音羽「―――!」バッ

 

咄嗟に身構えた直人左隣の音羽が、腰元のホルスターから9mm拳銃を引き抜こうとする。

 

提督「“よせ”。」ガシッ

 

直人はその動きを気配だけで悟ると、素早く拳銃の握手(グリップ)を握り締めた右腕を掴んで動きを止める。

 

音羽「“ですが―――”」

 

提督「“いいからやめろ!”」

 

音羽「“―――はい。”」

 

3人に聞こえない様に声を潜め、直人は音羽に手を離させる。

 

飛行場姫「んんっ―――何やら、見慣れん人間がいるようだが。」

 

提督「本土から派遣されてきた駐在武官だ。」

 

飛行場姫「成程。安心するといい、我々は貴官に危害を加える為に来たのではない。」

 

音羽「・・・。」

 

ロフトンの言葉を確認した音羽は、しかし警戒するような眼差しを解く事は無かった。直人の命令があればいつでも銃を抜く位はやりかねないような雰囲気である。

 

提督「はぁ・・・すまんな飛行場姫。まだ個々の事情に全部精通していると言う訳ではないんだ。気にしないでくれると助かるが―――」

 

飛行場姫「いや、むしろ事情を知らぬ者なら当然の反応だろう。気遣いは無用だ。」

 

提督「すまない。」

 

飛行場姫「それと、貴官と私達とはこれから戦友なのだ、ロフトンでいい。で、私に何を訊きたいのだ?」

 

提督「ベーリング海棲地、その陣容と布陣についてだ。」

 

飛行場姫「成程、随分と無理難題を言われたらしいな。」

 

提督「まぁ、そんなところだな。それがいつもの事だ、私と貴官とが矛先を交えていた時もそうであった筈だ。」

 

飛行場姫「そうだな。貴官らは常に我々の急所と弱点を、突くべき最適なタイミングで突いていた。それが出来るからこそ、今回も何とかしてしまうやもしれん。」

 

提督「そいつはどうも。で、本題に入りたいのだが。」

 

飛行場姫「うむ。あの地には、“最強の深海棲艦”とでもいうべき存在が指揮をとっている。」

 

提督「―――!」

 

最強―――その称号を持ちうるであろう相手を彼は知悉している。なぜならその力の断片を有する彼である。知悉していない方が、むしろおかしいと言うものである。しかし、彼が考えたそれと、ロフトンの放った名は別のものだった。

 

飛行場姫「―――“極北棲姫”、と貴官らが呼びならわす深海棲艦だ。」

 

提督「極北棲姫・・・。」

 

直人もその名は知っている。人類軍、特に米露軍が双方に行った対深海への最初の決戦―――ベーリング海の悲劇と呼ばれている戦いで、その中心となった深海棲艦だと言われている存在である。

 

飛行場姫「私達が呼ぶその名は―――ヴォルケンクラッツァー。」

 

提督「なっ―――。」

 

三笠「ドイツの究極超兵器。そう、そんなところに・・・。」

 

提督「・・・成程、中枢部にいるのは確かに大物だ。」

 

駆逐棲姫「それだけではない。その副官として極北棲戦姫・・・リヴァイアサンがいる。」

 

提督「何―――!」

 

大和「究極超兵器が、2隻―――!?」

 

 横鎮近衛艦隊首脳部を、衝撃の渦に巻き込むには十分過ぎる事実。そして恐らく今の戦力では到底抗し得ないであろう事を認めざるを得ないような、圧倒的なまでの差。

そして摩天楼の存在が明確になった事で、第一次SN作戦のアリューシャン別動隊(大湊警備府艦隊)の主力が尽く灰燼に帰した事実と合わせ、恐ろしい兵器の存在が、彼らの頭をよぎった。

 

―――波動砲。

それは、超兵器機関から絞り出すような莫大なエネルギーによって初めて実現された、究極ともいうべき破壊力を持つエネルギー兵器。

 その原理は、超兵器機関内にて生成されたエネルギーは「波(=波動エネルギー)」と言う形で取り出し、しかる後に様々な部分に適切な形(例えば電力とか光線用のβ線など)に変換する事で使用するのだが、波動砲はそのエネルギー置換を行わずに直接薬室内に充填し、その波長を収束させる事で“エネルギーの塊”に変えて圧縮、狙いたい一点に向かって収束された波を指向させ、蓄え込まれた莫大なエネルギーにかけられた圧を一方向に開放し発射する、と言うようなものである。

 平たく言えば、取り出した時はワラ(波動エネルギー)だったものを、縄を作り(これが収束の部分)、その先に鉤を付け(狙いを定める部分)、勢いをつけて投げる(発射する)ようなものである。別の言い方をすれば、極端にはレーザー加工機と原理は同じである。より大きくし大幅に進化させたものである。

 ただ膨大なエネルギーにそのままでは砲自体が耐えられない為、薬室内や砲身内には、エネルギー誘導を兼ねたエネルギー場が別で形成される。更に所要エネルギーの膨大さ故に、発射体制に入るとその間他の事は航行も含め、防御重力場や電磁防壁等の展開を除き一切不可能となり、それらの防御力場に関しても、発射方向は開口しなければならないなど欠点も多い。

 

 そもそも超兵器機関の生み出すエネルギーは、当時未知の代物であり、これを直接取り出す研究は遅々として進まず、結果として様々な形で別のものに変換する技術が先に出来上がってしまったと言うのが本当の所であった。特に最初の超兵器「播磨」に関していえば、搭載した超兵器機関の用法はボイラーの熱源だったのである。炎に負けず劣らず機関が高温になる為で、最も単純な用法であると言えるだろう。無論近代化改修でそれだけに留まる事は無かったが。

そのエネルギーを波として、直接取り出す事に最初に成功したのがドイツであった。この技術は後に開発者である物理学者 ハンス・ウィリバルト・フォン・ローゼンベルガーの名を借りて、「ローゼンベルガー理論」と呼ばれている。

 この理論を用いて作られた超兵器「波動砲」は、エネルギーの持つ超質量に加え、放散される熱と、収束されたエネルギー波長が物質と引き起こす共鳴現象の3つが組み合わさり、砕かれ、溶かされ、引き裂かれ、文字通り塵も残らないような威力を誇る。後に「2門あれば世界が滅ぶところだった。」と安堵の息を連合軍をして漏らさせた、核弾頭をも超える兵器なのである。

 

 

提督「―――恐らく、今の我々では、到底及びもつくまい。」

 

大和「残念ですが、そうですね・・・。」

 

三笠「私などのようなにわか作りの超兵器とは、格が違う。」

 

飛行場姫「幸い、殆どの時間をベーリング海棲地の最深部で過ごしているから、そう中々出戦することは無い。あれはどちらかと言うと、前線指揮よりも後方で全体の局面を統率するのが得意で好きなタイプだからな。」

 

提督「成程、作戦中枢をも担う訳か。」

 

飛行場姫「だが、問題はそれだけではない。」

 

瑞鶴「―――と、言うと?」

 

提督「前衛艦隊、だな?」

 

飛行場姫「あぁ。貴官も知っているかもしれんが、あの地域一帯に散在している前衛艦隊は合計で15個、その内の13個が超兵器級を旗艦とする艦隊だ。仮にそうでなかったとしても、超兵器級に匹敵するような姫級を相手にせねばならん。」

 

霧島「つまり・・・!」

 

提督「十中八九、超兵器と接敵する事になる。威力偵察だから避け得ない現実だ。」

 

榛名「今回も危険であることに変わりはない、と言う事ですか。」

 

飛行場姫「それだけではない。私の知りうる限り、その配備されている超兵器級の半数近くがオリジナルのものだ。それだけに、相手が悪いと全滅もありうる。」

 

提督「なんだって・・・!?」

 

伊勢「すごい相手だね・・・。」

 

イタリア「全滅―――!」

 

ローマ「・・・。」

 

イタリアから来た2隻の戦艦艦娘の脳裏には、何かよぎるものがあったようだ。

 

飛行場姫「もし現在でも配備が変わっていないのなら、内訳はこんなところだ。」

 

シャドウ・ブラッタ

ノーチラス(潜水棲姫のオリジナルの1人)

アームドウィング

天照(アマテラス)

ヴィントシュトース

ドレッドノートⅢ

ペーター・シュトラッサー(クローン)×2

インテゲルタイラント(クローン)×2

アルティメイトストーム(クローン)

シュトゥルムヴィント(クローン)

量産型超兵器レ級

 

飛行場姫「この他に、北方水姫を旗艦とする艦隊と、重巡棲姫を旗艦とする艦隊がある。」

 

提督「・・・堂々たる艨艟だな。」

 

飛行場姫「だがこれだけの編成を残置しておくには、現状としては余りに戦局が悪い。このため手放したものもあるかもしれん。実際予備兵力として空母水姫や護衛棲姫なども抱えているが、これらは随時配置転換で前線に出てくるだろう。」

 

提督「成程。」

 

飛行場姫「そして更に、リヴァイアサンとヴォルケンクラッツァーの直衛艦隊。これらは片方だけで総数10万は下らない。その中には超兵器が最低でも数隻単位で入っている。」

 

瑞鶴「1個艦隊で!?」

 

大和「1つの棲地の全艦隊に匹敵する数じゃないですか・・・。」

 

榛名「桁が違いますね・・・。」

 

金剛「ウーン・・・。」

 

提督「―――それを考えるのは、実際に矛を交える時だ、今ではない。」

 

大淀「そうですね。」

 

駆逐棲姫「ここまで聞いたのだ、彼女らは連れて行くのだろう?」

 

提督「行かざるを得んだろうな。でなければ勝ち目がない。」

 

駆逐棲姫「そうだろうな。」

 

防空棲姫「こちらに来て初の実戦の舞台、相応しい相手であって欲しいものね。」

 

提督「俺としては楽が出来るとありがたいなぁ。」

 

防空棲姫「・・・。」ムスッ

 

駆逐棲姫「同感だ、貴官に無事に帰ってきて貰わないと困りものだからな。」

 

提督「ありがとう。今回はあくまで威力偵察だ。なるべく、楽をして勝つ算段をしていこう。」

 

霧島「“楽をして勝つ”、ですか。分かりました。」

 

 直人がこのような表現をしたのは、前回「必ずしも勝つ必要はない」と言う表現で艦娘達の不興を被ったからである。この対立は一時作戦の遂行にまで悪影響を与えかねない域に達したが、結局作戦の成功後徐々に氷解し、現在では沈静化している。

ついでにこの表現は艦娘一同の納得は呼んだが、防空棲姫は不満そうであった。

 

提督「取り敢えず我々はベーリング海棲地前衛艦隊の一つと交戦、可能な限りその撃滅を目指す。この過程で敵の本軍が出撃してきた乃至(ないし)、遭遇した場合は直ちに海域を離脱する。この点には異存はないな?」

 

艦娘一同「「はいっ。」」

 

提督「ロフトン、敵前衛艦隊1個の戦力はどの程度なんだ?」

 

飛行場姫「およそ2万5000から3万隻と言う所だろう。」

 

提督「よし、まだ相手したことある範囲だ。」

 

金剛「それどころか250万はあるネー。」

 

提督「それもそうだけどな。」

 

飛行場姫「例の人類軍による南方への大侵攻の時か。」

 

提督「そうだな、第一次SN作戦の時だ。」

 

“規模は5個艦隊、1個が50万から70万程度の戦力を従えているようです。”

 

あの時鳳翔から受けた報告の内容が、彼の脳裏をよぎっていた。

 

飛行場姫「あの時は全戦力をソロモン北方沖に差し向けたからあれだけの兵力にはなったが、度重なる激闘で消尽し尽くしてしまった。ラバウルの指揮官は、よほどの切れ者と見える。」

 

提督「日本海上自衛軍でも屈指の名将だからな。」

 

佐野(さの) 葵《あおい》 海将補、30そこそこで閣下と呼ばれる身分のラバウル基地司令官である。但し、完全実力主義の自衛軍に於いて、30そこそこで閣下とは異例とも言うべき昇進ぶりである。この辺りが、佐野海将補の手腕の程を伺わせた。

 

提督「まぁ、私も関与しているかな?」

 

飛行場姫「あそこまでやっておいて疑問系か、全く腹立たしい限りだよ。」

 

苦笑しながら言うロフトンなのであった。

 

提督「ともかく、最大数でも3万隻前後、全艦種で平均して敵艦3隻で艦娘1隻に匹敵すると言うが・・・」

 

瑞鶴「まぁ、一人300隻ってところかしら?」

 

提督「絶対無理、空母以外は。その空母が今回はカギだ。1隻でも多い敵艦の撃沈を。なるべく補助艦に絞り、兎に角キルを稼ぐ事を考えて貰いたい。」

 

瑞鶴「そういう事ね、分かったわ。」

 

提督「出来れば第二艦隊を編成出来れば最上なんだが、駆逐艦の数がな・・・。」

 

イタリア「今回も、金剛さんと共に作戦、でしょうか?」

 

提督「すまんな、その線で頼む。」

 

イタリア「いえ、大丈夫です。」

 

 今回何故、編成されていない第二艦隊の暫定旗艦とその副官がいるのかと言うと、主要幹部会議の雰囲気に慣れて貰う為と言う目的があった。一種の社会勉強と言う奴である。

この第二艦隊も、9月10日に発令された部署であり、艦隊司令部の発足のみを部署したものに現在は過ぎないが、正式発足となった場合、各艦隊から重巡と軽巡の一部、最新型の駆逐艦からなる駆逐隊で夜戦部隊及び水雷戦隊を構成する。

そして現在二水戦旗艦として一水打群に属している矢矧が、二水戦の名を引き継いで第二艦隊に異動、一水打群の水雷戦隊は三水戦として、新旗艦が就任する予定となっていた。

 

提督「さて、この作戦にはもう一つ考えねばならん事がある。」

 

瑞鶴「何?」

 

提督「敵にどうやって見つけてもらうかだ。」

 

大淀「成程、潜入では交戦する可能性が低まってしまいますね。」

 

提督「俺としても楽はしたいが、威力偵察と言う関係上、敵と一戦交えてその程度を調べると言う目的がある。今回もただの偵察ではない事だけ気を付ける必要がある。」

 

大淀「敵に露見するよう最大限目立たせる、と言う事ですか?」

 

提督「こちらから敵を呼び寄せる、或いは飛びつかせると言う事だな?」

 

大淀「はい。」

 

提督「いや、だめだな。」

 

大淀「何故ですか?」

 

提督「こちらの意図が露見した時が怖い。敵が前衛艦隊数個を一挙に叩き付けてきたら、それこそ藪蛇もいい所だぞ。」

 

大淀「そうですね・・・。」

 

大和「敵の潜水艦警戒線にわざと引っかかる、と言う所でしょうか。」

 

提督「程度としてはその位でいいかもしれん。但しこちらを艦娘艦隊と思ってくれるかどうか、だな。」

 

大和「と、いいますと?」

 

提督「今回は特別任務群が随行する。となれば、講和派と思って笠にかかってくるかもしれん。」

 

大和「では、誰かしらを護衛で展開させておきますか?」

 

提督「それも悪くない手だ、三笠は超兵器級だから、燃料は気にしなくていいし、お願いできるだろうか。」

 

三笠「御命じの通りに。」

 

提督「ありがとう。まぁ鈴谷の事は深海でもとうに知れてるとは思うが、念の為だ。」

 

駆逐棲姫「正直申し上げて、杞憂の領域に属するかとは思われます。しかし、全部隊が知っているとも限りませんので・・・。」

 

提督「そこなんだよ。だからこそ、保険を掛けておくにしくは無い、と言う訳だ。」

 

鏑木「あの・・・。」

 

提督「ん? どうした音羽。」

 

鏑木「ここから重巡鈴谷の航続距離で、直接ベーリング海まで?」

 

提督「いや? 幌筵を経由する。以前から利用している策源地の一つでもある事だしな。」

 

鏑木「成程・・・。」

 

提督「しかしそれを置いても、今回も長旅になりそうだな。」

 

大淀「全くですね、伊良湖さんが困る事でしょう。」

 

提督「それを言わんでくれ・・・。」

 

 伊良湖が困る、と言うのは主に生鮮食品についてである。1週間が保存の限度でもあるそれらの食品を航海中に補充する事は困難で、保存食品を使用する他ないからである。

勿論調理すれば大分違うのだが、そう言った事の専門家でもない限り、そんな場面でのレシピには困ってしまうのである。

 

榛名「まぁ、我が艦隊ではいつもの事ですし・・・。」

 

防空棲姫「―――提督。」

 

提督「うん? どうしたあきづき?」

 

防空棲姫「私達が潜航して追従するのでは駄目なの?」

 

提督「・・・あっ。」

 

―――それは、正に目から鱗の指摘であった。深海棲艦は例外なく“潜れる”のである。そしてそれは、その特性を戦術面で活用したあきづきならではの着眼点でもあったのである。

後にあきづきが生み出したこの戦術は、“潜航(Underwater)強襲(Assault)(アンダーウォーター アサルト)”と言う名前で、講和派深海棲艦の戦闘教義(ドクトリン)として成立を見る。

 

提督「・・・ありがとうあきづき。その手で行こう!」

 

三笠「私が骨を折る手間も省けた、と言う事ね。」

 

提督「そういう言い方をせんでくれ・・・。」

 

三笠「冗談よ。」

 

提督「―――ともかく、細部の検討に入ろう。」

 

 

 種々のアイデアと、様々な情報を基にして、横鎮近衛艦隊首脳陣は作戦の立案に入る。それはいつもの事ではあったが、他の艦隊では中々見られないその光景は、横鎮近衛艦隊が組織としての連帯意識を強め、一丸となる事に大きく貢献したと言える。

彼―――紀伊 直人に言わせれば、「戦争もチームプレイが原則であり、サッカーでもチームの中でどう動くかは予め方針を決めておかないと、いざと言う時動けなくなってしまう。戦闘の実戦部隊も同じことである。」と言う事になるのだが。

 

 

9月27日午前7時、横鎮近衛艦隊に出撃命令が発令、戦闘序列公示と共に、乗船命令が下った。作戦検討開始から72時間で、この無茶に見える作戦も立案が終わった辺りは、横鎮近衛艦隊司令部も経験を積んで熟練してきた証拠である。

 

発令された戦闘序列はこのようになっていた。

 

 

第一水上打撃群 35隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第八戦隊(鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

第十四戦隊(摩耶/羽黒/神通)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 56機)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 216機)

第二水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(霞/霰/陽炎/不知火/黒潮)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜)

 

第一艦隊 44隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十二戦隊(長良/五十鈴/由良)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤/龍鳳 192機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 33隻

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十三戦隊(球磨/川内/那珂)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城/音羽 269機)

 第十戦隊

 大淀

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

第1特別任務群(深海棲艦隊) 6隻

旗艦:防空棲姫

第1.1任務部隊(播磨/駿河/近江 640機)

第1.2任務部隊(防空棲姫(あきづき)/戦艦棲姫(ルイジアナ)/戦艦棲姫(メイン))

 

総予備戦力

重巡鈴谷

巨大艤装『紀伊』(搭載機600機)

 

 

 今回の作戦は性質として非常に危険である為、横鎮近衛艦隊では編成上にある全ての艦娘を動員。第二次SN作戦で戦列参加したばかりの3隻の駆逐艦や、正式辞令によって作戦後配備された三笠も直ちに投入されるに及び、万全を期さんとする直人の心意気が伺える。

更に七航戦に新任の空母音羽が編成され出撃する事になり、1個航空戦隊であるにもかかわらず、搭載機数は葛城の改装と合わせて269機にまで膨れ上がったのである。

この他に長門・三隈・磯波・朧・霰・谷風・清霜が改に改装、千歳と千代田が航改二に、比叡・霧島・妙高・那智・綾波が改二に改装されている。

 そして超兵器との交戦が確実視されるに及んで、前述の特別任務群も参戦する事になった。この編成で初の実戦であり、ある程度艦隊との艦隊行動訓練も行ってきたが、果たして実戦の場でまだ速成の段階を抜けきれない状況下、今回は艦隊との歩調を合わせて動かす事を断念し、直人の直接指揮で動く事になった。いわば別働である。

かくのごとき強力な陣容を整えて、横鎮近衛艦隊はいよいよ出撃しようとしていた。8時23分、重巡鈴谷はサイパンの沖合でテニアンから出撃した特別任務群と会合すると、幌筵島へ向けて1週間弱の航海に旅立ったのである。

 

 

9月28日8時42分 重巡鈴谷

 

 

ゴオオオオオオ・・・

 

 

提督「デケェなぁ、改めて見ると。」

 

明石「本当にそうですね・・・。」

 

鈴谷が出港した翌日、航行中の鈴谷上空へ、ロフトンのアルケオプテリクスが直掩に現れたのである。後日聞いたところによると、哨戒(パトロール)飛行のついでだったそうな。なんて豪華なパトロール。

 

提督「・・・いつまで付いて来るんでしょ。」

 

明石「流石に最初から指示されてはいないでしょうし、その内離れるとは思いますが。」

 

明石がそう言うのは、現れた方角が南東の方角からだったからである。機体はしっかり規定の米海軍艦載機後期三色塗装(シーブルー・インターミディエイトブルー・インシグニアホワイト)になっている。真っ黒だっただけに違和感が凄い。

 

提督「そりゃぁまぁ。そうだね・・・。」

 

始祖鳥(アルケオプテリクス)と言えば、飛行場姫の決め札(キーカード)だった筈である。実はこれを護衛に出したのは、それ以外に長く飛べる機体がなかっただけが理由ではない。(ただ超兵器である為実質無限に飛べるのだが。)

特別任務群の護衛、それがロフトンの本心だったのであり、哨戒飛行と言うのは欺瞞と嘘であった。即ち、お互いにお互いが重要な戦力であることを認めている証左でもある訳で。

 

提督「ま、付いてくると言うなら好きにさせましょ。ぶっちゃけ内海に等しいから空襲なんて早々ない筈なんだけども。」

 

明石「潜水艦は注意が必要です。」

 

提督「せやな。」

 

 

結局始祖鳥はそれから丸2日間鈴谷の周囲を飛び続け、南へと去って行った。

 

 

10月3日、幌筵時間19時17分、横鎮近衛艦隊の重巡鈴谷は無事に、幌筵第914艦隊司令部に到着する。直人はタラップが下ろされるや否や、即座にルンルンで階段を降り、艦隊司令部へと顔を見せに行くのである。

 

 

幌筵時間19時24分 幌筵第914艦隊司令部・提督執務室

 

提督「よっ!」

 

アイン「おう、ナオ。久しぶりだな。」

 

提督「全くだ。最近は西方と南方に駆り出されっぱなしでな。」

 

アイン「そいつは災難だったな。」

 

提督「何、これも仕事のうちさ。」

 

 幌筵第914艦隊司令官、蒼月(あおづき) アイン、本名「アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルク」。直人の旧友の一人であり、日独のハーフである。それを証明するような青い瞳と、後ろで一本結いにした長髪が特徴的な印象を与える。

またどちらかと言えば面長なタイプで、これはドイツ人の父親譲りなのだと言う。

 

提督「また補給で世話になるぞ。」

 

アイン「ごゆっくり。すぐ出撃するのか?」

 

提督「いや、明日は大事を取って1日休息を挟む。その間係留しっぱなしになるが構わないか?」

 

アイン「大丈夫だ。」

 

提督「サンキュ!」

 

アイン「それにしても、タラップ降りるときのあの美人さんはどうした?」

 

提督「見てたんか。」

 

アイン「ん? 見たらまずかったか?」

 

提督「いや、本土からの駐在武官でな、3週間くらい前からサイパンに赴任してたんだが、鈴谷に同乗して自分も行く、と言うもんでな。」

 

アイン「成程、ご愁傷さま。」

 

提督「アホウ、慰めんな。美人に囲まれるのはお互い慣れっこだろうが。」

 

アイン「違いないや。」

 

提督「だろ?」

 

アインと直人、会うのは1年ぶりと言うだけあって、その後暫く2人は執務室で談笑の花を咲かせるのであった。積もる話もそれだけあった、と言う事だろう。

 

 

提督「寒いッ!」

 

長話を終えて艦に戻る時には既に日も暮れて、夜の星空が満点を支配していた。幌筵島に限らないが、千島の夜は本当に冷え込みがきついのだ。

 

「提督。」

 

提督「おう、音羽。」

 

音羽「下艦される前のお話では20時までにはお戻りになる筈では?」

 

提督「うっ・・・。」

 

音羽「まぁ別に構いませんが。伊良湖さん、お待ちですよ。」

 

提督「はい・・・。」

 

現在時刻、21時31分である。既に夕食の時間だった。因みにお互い外套を着用しているのだが、音羽はケロッとしているのに対し、直人はすごく寒そうにしている。

 

提督「な、なぁ音羽。」

 

音羽「なんでしょう?」

 

提督「寒くないの?」

 

音羽「いいえ?」

 

提督「そ、そう・・・。」

 

音羽「・・・貼るカイロ、肩甲骨の間に貼るといいですよ。」

 

提督「そ、そうなのか。」

 

音羽「太い血管の通ってる場所に貼るのが効果的ですよ。場所によってはダメなところもありますが、その辺は如月さんに聞かれてはどうでしょうか。」

 

提督「うん・・・ありがと。」

 

音羽「いえいえ。」

 

提督「―――。」

 

その時、直人は確かに見た。

 

―――音羽が、直人に向って初めて、優し気な笑みを浮かべたのを。

 

見間違いだろう、と思われるかもしれないが、直人は夜目が凄く利く方である。見間違いようがない。

 

 それが二人きりだったからなのか、はたまた別の理由かは、直人には分からなかったが、一方で、それほど気にすることでもないだろうと思っていたのも確かであった。

直人はその見たものをそっと心にしまい、タラップを登るのであった・・・。

 

 

10月4日9時22分 重巡鈴谷船底部

 

提督「照明あっても暗いな、ここは・・・。」

 

直人はこの日、大事を取って休息を艦隊に取らせていたのだが、直人は艦内の見回りを行っていた。そのついでに、直人はある区画のチェックに明石を伴っていた。

 

明石「ここですね。」

 

提督「うん。」

 

やってきていたのは船体中央部の船底にある一角である。その鉄の扉を明石が開き、2人で中に入る。

 

提督「これだな。この船の水事情を支える設備。」

 

明石「はい。作戦前にメンテナンスをと思いまして。」

 

 本来であればボイラー(第5缶室)がある場所であるが、鈴谷の搭載している横鎮近衛式2号艦艇用艦娘機関は言ってしまえばガスタービンの様にそれ単体で完結している動力である為、本来あるボイラーがない。

それによって余った容積に、鈴谷は様々な設備を設けているのだ。その一つが、第5缶室跡に設けられている真水精製装置である。

 この艦の真水生成装置は、航行しながら稼働出来るように、ポンプ汲み上げ式だけではなく、水圧取り入れ式も併用するようになっている。この為、装置に直結するように船底には艦首方向に開口した取り入れ口がせり出している。

航行する際に取り入れ口内の海水にかかる水圧を利用して、装置まで海水を送り込むのである。

 

提督「で、一応不具合は無い筈だが・・・。」

 

明石「機械にとってメンテナンスは基本ですから、隙あらば点検しないと。」

 

提督「その通りだな。」

 

そう言いながら明石は、機械と張り巡らされたパイプの中を器用に潜り抜けて、各部のチェックをチェックリストに目を通しながら行っていく。

 

明石「ふぅ、終わりました。」

 

提督「お疲れさま。」

 

明石「じゃ、行きましょうか。」

 

提督「うん。」

 

 明石に言われ、直人は真水精製室を出る。その後ろから明石が出てきて扉を閉じると、直人は艦内の巡回に行き、明石はその後ろをちょこまかと付いていくのである。この日明石は作戦前の各部チェックに行くべく、直人の巡回のお供をしていた訳である。

 

提督「で、特に何もなかったか?」

 

明石「はい! 異常なしです!」

 

提督「何よりだ。航海中に風呂入れんはきついからな。」

 

明石「私達がですね?」

 

提督「俺はどうでもいいんだけどもね、女性には宜しくないよね。」

 

明石「ですね・・・って、提督もどうでも良くないですよ!」

 

提督「アッハッハ―――」

 

 

~一方そのころ~

 

翔鶴「瑞鶴、どこへ行ったのかしら・・・?」

 

 

10時30分 重巡鈴谷下甲板後部・艤装格納庫

 

瑞鶴「・・・。」

 

瑞鶴は一人、黙々と艤装をメンテナンスしていた。この日艦隊には半舷上陸が許可されており、午前は瑞鶴も含まれているのだが、作戦前の緊張からか、このように艦内で過ごす者も珍しくなかった。

 

翔鶴「瑞鶴、ここにいたのね。」

 

瑞鶴「翔鶴姉・・・どうしたの? 半舷上陸、行かないの?」

 

翔鶴「いえ、私はもう戻ってきたから・・・。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

翔鶴「・・・どうかしたの?」

 

瑞鶴「―――嘘、私を探してたんでしょ。」

 

悪戯っぽい笑みを浮かべて瑞鶴はそう言い切った。

 

翔鶴「ど、どうして、そう思うの?」

 

瑞鶴「朝と胸当ての結い目がおんなじだもん。幌筵は寒いから外套着なきゃだし、それには胸当て外さなきゃ。」

 

翔鶴「・・・よく見てるのね、流石瑞鶴。」

 

瑞鶴「そりゃそうだよ、姉妹なんだし。で、どうかしたの?」

 

翔鶴「その半舷上陸よ、一緒に行かない?」

 

瑞鶴「んー・・・私はいいや。それよりも艤装をしっかり手入れしとかなきゃ。例え1機1隻たりとも、提督に近づかせない為に。」

 

翔鶴「そう・・・。」

 

「その素晴らしい心意気の瑞鶴になり替わり不肖の身ながら小官がお供しても宜しいですが、如何なさいましょ?」

 

翔鶴「ひゃっ!?」

 

瑞鶴「なっ、提督さんじゃん! なにやってんの!?」

 

物陰からひょっこり現れた直人である。

 

提督「各部巡回中で御座る。」

 

明石「私はそのお伴と言う事で。」

 

瑞鶴「明石さん!」

 

翔鶴「あら。」

 

提督「ま、我ながら余暇を持て余してるんでね。」

 

翔鶴「そういう事でしたら、お願いします。」

 

提督「よし来た。明石、あとのメンテナンスよろしくね。」

 

明石「はい、いってらっしゃい!」

 

直人と翔鶴は、それぞれ明石と瑞鶴と別れ、直人と翔鶴は連れ立って幌筵島へと降り立ったのである。

 

 

10時52分 幌筵第914艦隊司令部敷地内

 

鈴谷を降りた2人は、支給品の外套を着て、当てもなく散策していた。

 

提督「瑞鶴って、凄く真面目だよね。」

 

翔鶴「えぇ、本当に。」

 

提督「その生真面目さに、どれほど助けられてきた事か分からないや。」

 

翔鶴「提督・・・。」

 

提督「いや、勿論お前にも感謝してるよ、翔鶴。お前達新一航戦がいるからこそ、俺も多少の無茶を押し通す事が出来る。これは本心だよ?」

 

翔鶴「ありがとうございます。でも、ご無理と分かっているなら、もう少しお控え願えると嬉しいのですけど。」

 

提督「まぁ、そうだな・・・すまんな。」

 

翔鶴「いえ、謝らないでください! 提督のお考えを実行するのが、私たちの役目なんですから。」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

 謝られるなんてとんでもない、とでも言う様に翔鶴は言う。しかし様々な無理を言い、それを押し通してきた直人である。

艦娘達への申し訳なさを覚えない訳にもいかず、いつかそれによって、また誰かが沈むかもしれないと言う想念に駆られた事さえ一再ではない。実際、ただでさえ無理の多い作戦で更なる無理を認めた結果、沈んだのが吹雪だった。

彼も誤る事はある。しかし、作戦と言うものは実行しない限り成功も失敗もない。そして彼の作戦も、成否何れもの例がある以上、彼の無理に無理を重ねた作戦案が何らかの形で破綻をきたした時、作戦は失敗する。それを収拾するにしても艦娘達の技量が問われるのだが、横鎮近衛艦隊は直人の期待にその都度応え続けてきた。しかしその次がどうなるかなど、誰にも予測など出来ないのである―――。

 

提督「勝とう、今回も。対超兵器用の切り札も、今回は連れてきてる。盤面は万全な筈だ。後は俺の器量次第と言う所だが・・・。」

 

翔鶴「・・・自信をお持ちになって下さい、提督。きっと勝ちます。提督を今回も勝たせてご覧に入れますから。」

 

提督「―――心強い限りだ。頼むぞ。」

 

翔鶴「えぇ。その代わり、サイパンに帰ったら労って下さい。瑞鶴にも、瑞鳳さんにも。」

 

提督「まぁいつもの事だしなぁ・・・やれやれ、分かったよ。」

 

翔鶴「ふふっ。」

 

提督「ハハハ・・・。」

 

 翔鶴が思わず笑みを零し、直人が頭を掻いて苦笑する。思えば、五航戦と呼ばれていたころの翔鶴と瑞鶴のコンビがあってこそ、彼は初めて航空打撃戦を挑む事が出来たのではなかったか。

それを思えば、翔鶴の功績はむしろもっと報われてよい筈であったとさえ、後年彼は自ら語っている。しかし、それが出来ないのもまた事実だった。彼らは存在を秘された存在、“影の艦隊(シャドウ・フリート)”であった。

それ故にこそ、直人自身に出来る事は、礼を言う事だけであった。当然、それを済まなく思う気持ちは、彼自身にしか、分かり得ないものだっただろう・・・。

 

提督「―――ん? あれは・・・。」

 

視線の先から、駆逐艦娘が1隻近づいてくるのが見えた。

 

清霜「・・・あ、司令官!」

 

提督「おう清霜、休めてるか?」

 

清霜「もっちろん! 改になって、戦艦に一歩近づけたし、この力をちゃんと使えるように、ちゃんと休まないとね。」

 

提督「うん、いい心意気だ。休むべき時に休むと言う心がけをする、レッスン2と言う所だったが、出来ているようだな。」

 

清霜「―――司令官・・・!」

 

提督「お前の夢に向けて、俺も頑張ってやる。だから清霜も、頑張れよ。」

 

清霜「はいっ!」

 

提督「ではな、またあとで。」

 

清霜「あ、はいっ! 失礼します!」

 

喜色満面と言った面持ちで清霜はその場を後にした。

 

翔鶴「―――“戦艦に近づけた”、ですか。」

 

提督「清霜の夢だそうだ。戦艦になると言うのはな。」

 

翔鶴「微笑ましいですね。」

 

提督「そうだな―――。」

 

作戦を前に、直人には清霜の前途に対して思いを馳せるだけの余裕があったと言う事は確かであった。

 

 

提督「両舷前進! 速力14、進路100!」

 

翌10月5日6時13分、幌筵時間7時13分、重巡鈴谷は特別任務群を伴って、幌筵島を出港する。それは、前代未聞の激戦の幕開けを、静かに告げていた。

 

提督「勝つぞ、何としても―――。」

 

必勝の信念を胸に抱き、確実な作戦案を、完璧にこなすべく、直人はその智謀の粋を結集し始めていた―――。

 

 

10月7日7時39分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「おはよう明石。」

 

明石「おはようございます。」

 

提督「昨晩何か変わった様子は?」

 

明石「午前1時頃に、敵の無線波と思しき電波を探知しています。方角と強度から考えると、本艦から8000mの範囲の右舷方向からのものです。」

 

提督「潜水艦かな。」

 

明石「ソナーに反応はありませんでしたが、恐らくそうだと思われます。」

 

提督「ベーリング海には既に入ってるしなぁ・・・まぁ放っておけ。向こうでも“歓迎”してくれるだろうからな。」

 

明石「分かりました。」

 

 

~3時間ほど前~

 

4時40分 ベーリング海棲地中枢部

 

極北棲姫(ヴォルケンクラッツァー)「何? 重巡が1隻だと?」

 

 極北棲姫こと摩天楼(ヴォルケンクラッツァー)に、哨戒中の潜水艦「グラウラー」から鈴谷に関する第一報が届いたのは、実に3時間遅れであった。その間潜水艦部隊は触接を続け情報を送り続けていたのだが、速力の差で2時間ほどで振り切られたのである。ただ鈴谷側は何もしていない。

 

極北棲戦姫(リヴァイアサン)「えぇ。多分時々報告のあった、“鈴谷”と艦影を一致する艦ね。」

 

極北棲姫「成程、サイパンの連中がベーリング海に―――」

 

極北棲戦姫「どうする? 深海でも有名な部隊よ。戦ってみる?」

 

極北棲姫「我々が出向く程の相手ではあるまい。第8前衛艦隊に迎撃命令を。」

 

極北棲戦姫「了解。」

 

ヴォルケンクラッツァーは自ら出戦せず、前衛艦隊の一つに迎撃の指示を出した。この時点で直人の目論見は達せられた。全力で迎撃命令が出されなかったのは僥倖と言っていい。そして何より、特別任務群は感知されていなかったのである!

 

 

提督「―――警戒レベルを昨日より1段引き上げる。第2種臨戦体制に移行、警戒態勢を崩すな!」

 

明石「了解!」

 

それを把握していた訳ではないが、7時40分に直人は第2種臨戦態勢を発令し、敵襲への備えを厳としたのである。

 

提督「予想会敵海面も、その時刻も不明ではな。」

 

明石「こうする以外ありませんね。」

 

提督「そういう事だ。レーダーも全て稼働させろ、逆探される事は気にしなくていい。」

 

明石「分かりました!」

 

 

その後も重巡鈴谷はベーリング海外縁部を北上、敵中枢を突くかの構えを崩すことなく進撃を続行した。その間殆ど敵の姿は無く、海は平穏そのもののように映った。

 

 

10月08日10時35分 ベーリング海南西部/アッツ島より機首方位20度へ約800kmの海域

 

提督「・・・。」

 

明石「・・・提督!」

 

提督「どうした!」

 

明石「敵の反応です、本艦から右前方、距離3万2000、誤差±4000!」

 

提督「よし、艦娘艦隊、全艦出撃せよ!」

 

 ついに待ち望んだ時が来た、と言う事だろう、直人は麾下艦艇に出撃命令を下した。この日は朝からずっと艦娘達がいつでも出撃出来るよう待機させていた為、全員が完全武装で出撃命令を待っていたのである。

 

提督「出撃順は空母、戦艦、駆逐艦の順、残りは任意だ! 空母部隊は発艦後艦載機を出せ!」

 

瑞鶴「“了解! 瑞鶴、出撃します!”」

 

翔鶴「“翔鶴、行きます!”」

 

瑞鳳「“瑞鳳、出撃します!”」

 

金剛「“一番お先に、金剛、出るネー!”」

 

 両舷のハッチが開かれ、いの一番に4隻の一水打群所属艦艇が発艦する。後部ウェルドックからも続々と艦娘が発艦し、展開した空母からはたちまち航空機が続々と発艦、その周囲を各艦隊の駆逐艦が固め、戦艦部隊は砲戦態勢を整える。

 

提督「主砲、発射体制に入れ! 距離2万で撃ち始めるぞ!」

 

明石「了解! 重巡鈴谷、砲戦体制へ移行します!」

 

その間にも続々とカタパルト発進の報告が相次ぎ、航空隊は上空で編隊を構築しつつある。

 

提督「瑞雲を出せ! 敵を偵察する!」

 

副長「―――!(了解しました!)」

 

金剛「“私も出した方がいいデスカー?”」

 

提督「そうだな、頼む。」

 

金剛「“OK!”」

 

提督「全艦隊砲雷撃戦用意! 第三艦隊は艦載機発艦次第後退せよ!」

 

防空棲姫「“私達はどうすればいいのかしら?”」

 

提督「敵の右側面に潜航状態で回り込んでくれ、タイミングは伝える。」

 

防空棲姫「“了解。”」

 

金剛「“艦隊全艦、展開完了デース!”」

 

提督「第一艦隊は横列陣を形成、一水戦は突撃態勢を維持せよ、一水打群は二水戦を前面に鋒矢陣を構築、完了次第突入せよ。」

 

金剛「“roger(ラジャー)!”」

 

大和「了解!」

 

提督「あと第一艦隊から三笠と第八駆逐隊を抽出する。機動戦力として待機せよ。」

 

三笠「“了解。”」

 

朝潮「“承知しました!”」

 

矢継ぎ早の指示の間に5分が経過した頃艦隊は展開を完了、陣形指示の後、10時41分、最初の砲火が交わされる。

 

金剛「Fire!!」

 

大和「撃てっ!」

 

ローマ「Fuoco(フォーコ)(撃て)!」

 

イタリア「撃て!!」

 

この日最初に放たれたのは、大和と金剛の46cm砲合計21門と、口径で大幅に劣るものの射程で上回る、イタリア製の15インチ(381mm)砲18門であった。第一艦隊の大和の交戦距離は3万m、一水打群の金剛とイタリア、ローマは2万8000mで口火を切ったのである。

 

瑞鶴「“攻撃隊、前進するわ!”」

 

提督「幸運を祈る。偵察機、情報まだか!」

 

明石「現在全速力で進撃中、あと5分で到達します!」

 

提督「敵の詳細が分からんと動きようがない、頼むぞ・・・。」

 

 上空を轟々と、各空母から発艦した200機を超える第一次攻撃隊が航過する。栄が、金星が、アツタが、誉が、幾重にも重なった爆音を響かせ、見敵必殺を掲げるように堂々とした編隊を組む。

その一方直人の手元には情報が不足していた。このため瑞雲の快足を利した強行偵察だけが頼みであった。

 

提督「艦を前に出せ、積極策で行くぞ!」

 

明石「分かりました! 進路修正右20!」

 

提督「主砲発射用意、目標、敵先頭集団!」

 

金剛「“無理は禁物ネー!”」

 

提督「分かってる、心配するな。明石、操艦を任せるぞ。」

 

明石「はいっ!」

 

 明石もすっかり実戦慣れし、鈴谷の戦闘時に於ける操艦を委ねる事が出来るまでになった。直人にとっては戦闘に集中出来る分嬉しい事である。そして直人の命令を受け、艦首に2基搭載された、普段より砲身長も大きさも一回り大きな砲塔が旋回を始める。この鈴谷にさながら巡洋戦艦のような火力を与えるとっておきの一品、10インチ(25.4cm)連装砲であった。

その一方で、隊列を整え正に突入せんとする部隊がある。第二水雷戦隊である。

 

霰「・・・。」

 

陽炎「多いねー・・・。」

 

不知火「油断すれば、すぐさまやられるでしょう。」

 

霞「大丈夫よ、私たちは二水戦の基幹部隊。だからこそ、最大限の訓練を積み重ねてきた。」

 

霰「―――やりましょう。二水戦の、誇りにかけて。」

 

黒潮「おっ、せやね~。」

 

普段物静かな霰が放ったその言葉は、黒潮に珍しいと思わせたようだ。

 

矢矧「―――全艦突入! 我に続け!!」

 

陽炎「十八駆逐隊続航! 旗艦に続け!」

 

朝霜「三十一駆、我に続けェ!」

 

浜風「十七駆、全艦突撃!」

 

雪風「第十六駆逐隊、突撃します!」

 

夕雲「第十駆逐隊、三十一駆を援護するわ! 続いて!」

 

 二水戦は4つのグループに分かれ、各隊毎に突撃を開始する。解き放たれた最強の猟犬達は、敵味方の砲弾が唸りを上げる中を、放射線状に分散しながら一挙に敵との距離を詰める。

 

金剛「“二水戦、突撃を開始したネ!”」

 

提督「了解。」

 

明石「偵察機から第一報!」

 

提督「どうだ?」

 

明石「“敵の規模はおよそ2万8000から3万隻程度と推定される”、との事です。」

 

提督「ロフトンの情報通りの規模だな。敵旗艦に関する情報は?」

 

明石「それが、直掩機に追われつつの偵察の為と思われます、まだです。」

 

提督「瑞鶴! 攻撃隊はどうなってる!」

 

瑞鶴「“あと2分! 制空隊はたった今戦闘に入ったわ!”」

 

提督「分かった。敵艦隊との距離はまだ遠いな。」

 

北上「“こちら十一戦隊、長距離雷撃成功だよ!”」

 

提督「よくやった!」

 

後部電探室「“右前方敵機!”」

 

提督「対空戦闘、任意射撃せよ!」

 

副長「!(ハッ!)」

 

提督「10cm高角砲の威力でもって打ち払ってやれ!」

 

 鈴谷の高角砲は砲架式の10cm連装高角砲に換装されている。このほか25mmの連装機銃も三連装になるなど、艦娘艤装と同じ機構であることを生かすかのように改装されている。既に独自の兵装である舷側副砲群も14cm砲が発射準備を終えており、命令を待つのみであった。

 

提督「―――主砲1番2番、撃てッ!!」

 

 

ドドオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

 

 鈴谷の10インチ砲が距離2万で遂に火を噴く。本来設計上で想定されているよりも2インチ(5.08cm)大きいこの火砲は、その重量と大きさ故に砲塔を4基しか搭載出来ない。その代わりとして元の1番砲塔の跡にはこの時、10cm連装高角砲が2基4門、並列で装備され、対空火力を強化していた。

 

明石「偵察機から第二報!!」

 

提督「読んでくれ。」

 

明石「“敵は輪形陣を形成、中央に戦艦及び空母推定合計550以上を認む。”以上です。」

 

提督「偵察機に対して照会せよ、『敵旗艦について情報ありや』。」

 

明石「送ります!」

 

瑞鶴「“攻撃隊、攻撃を始めたわ!”」

 

提督「了解した。明石! 敵との相対距離を2万に保て!」

 

明石「了解しています!」

 

 

ドドオオオォォォォーーー・・・ン

 

 

右舷見張員「右舷に至近弾2!」

 

提督「応急修理班はいつでも動けるよう待機、隔壁は全て封鎖してあるな!?」

 

副長「――――。(万事済ませてあります。)」

 

提督「大変結構だ。」

 

 鈴谷の周辺空域は既に多数の炸裂した高角砲弾が黒煙を浮かべていた。敵の第一次攻撃隊は直掩機によって半数以上が阻止され、その残った半数の更に一部が鈴谷に殺到したに過ぎない。

逆に言えば、ほんの少数の敵機で鈴谷の防空網は突破不可能と言う事でもある。

 

明石「偵察機から報告です!」

 

明石が照会した内容の報告が来た旨を告げる。

 

提督「読んでくれ。」

 

直人は何一つ声色を変えず明石にそう返す。そこは流石だったのだが、その次に告げられた内容に直人は驚く事になる。

 

明石「“敵陣内に、敵旗艦級と思しき艦影を認めず。”以上です。」

 

提督「なんだと―――!?」

 

そんな筈がない報告だった。これを鵜呑みにするなら、目の前の艦隊は、()()()()()()()()()()、横鎮近衛艦隊を相手に()()()()()()()()()()と言う事を意味しているのだから・・・!

 

提督「偵察員の練度も落ちたかな?」

 

明石「そんな筈は・・・!」

 

提督「だったらなんで旗艦はいないなんて報告が来るんだ、そんな筈はない! 寝ぼけるなと伝えろ!」

 

明石「・・・分かりました。」

 

提督「・・・すまん、ちょっとかっとなってしまった、許してくれ。」

 

明石「いえ、大丈夫ですよ?」

 

提督「改めて瑞雲に送ってくれ。“敵旗艦級の発見に努めよ”とね。」

 

明石「はいっ!」

 

明石を通じて自分の意思を伝えた直人。副長がお盆に持ってきたコップの冷水を飲み干して頭を冷やす。

 

提督(そんな筈はない、どこかにいる筈だ―――っ!)

 

明石「どうしました?」

 

提督「電子機器のノイズが、少しばかり気になってな。」

 

明石「特別任務群のものではないでしょうか?」

 

提督「敵艦隊よりも離れているのにか?」

 

明石「あ・・・。」

 超兵器の発する電子機器に対するノイズは、相手にもよるが強く出るのが概ね3万前後、それ以後は徐々に減衰し、8万mから9万mの間で検出できなくなったとされる。この水準は、現在確認されている超兵器級でも同様である事が確認されている。

現在鈴谷は相対距離を2万mで維持しており、特別任務群は別行動中でかなり離れている為、そう大きなノイズは検出出来よう筈もない。

今電子機器にははっきりとノイズが現れており、使用に支障が出る程の強度と来ている為、いるとするなら、確実に敵である筈なのだ。

 この状況に加え、超兵器級に準ずるとも言われる姫級の大半はノイズを発生させないから、姫級であろう筈は殆どない。

姫級ですらないレ級でもノイズは発生するが、量産型超兵器と言う出自故か超兵器級ほどにノイズを発生させはしないし、何より姿形が割れている以上観測員が見逃す筈はないのである。

 

提督「どうなってるんだ・・・?」

 

明石「提督、飛行長から意見具申!」

 

提督「なんと言ってる?」

 

明石「瑞雲2機を直ちに追加で出せるそうです。」

 

提督「うん、()ってくれ。多角的に探すんだ!」

 

明石「分かりました!」

 

直人がそう指示するや否や、鈴谷両舷のカタパルトから、2機の瑞雲が射出される。今回は航巡フォームではない為、先に出した1番機を含めこれが鈴谷艦載機の全てである。

 

提督「なんとしても敵旗艦を見つけ出せ、必ずどこかにいる筈だ!」

 

直人のこの命令は、直ちに関係各所に送られ、攻撃隊も偵察機も、血眼になって敵の旗艦級を探し始める―――その時だった。

 

 

~10時09分~

 

左舷見張員「“左舷敵雷撃機、魚雷投下、雷数2(ふた)!”」

 

提督「取り舵一杯急げ!」

 

明石「取り舵一杯!」

 

敵の魚雷を回避する為鈴谷が急速回頭を行う。20度、40度・・・

 

提督「舵戻せ!」

 

明石「戻します!」

 

 

ズバアアアアアアアアアアン

 

 

艦橋の前を、何かが横切ったのが2人の目に映る。

 

提督「なんだっ―――!?」

 

明石「か、解析します!」

 

 

~同じ頃、後方の第三艦隊~

 

瑞鶴「翔鶴姉、大丈夫?」

 

翔鶴「私は大丈夫よ。それより艤装が・・・。」

 

瑞鳳「瑞鶴さんは翔鶴さんをお願いします、その間私が!」

 

秋月「私と照月もお手伝いします。急いで鈴谷へ退避を。」

 

瑞鶴「お願い!」

 

 翔鶴ら空母部隊を含む第三艦隊は、本隊の後ろ、つまり西方にある雲の下に隠れていた。直人ら本隊はその雲の海域を背にして戦っていた訳だが、この時翔鶴はとことん運がなかった。翔鶴の真上だけ雲が切れていたのである。

突如として雲の中から15機の急降下爆撃機が一斉に舞い降り、翔鶴に向けて投弾、4発が直撃した。これにより翔鶴は大破し、航行が可能なだけとなっていた。

 しかもこの時悪い事は重なるもので、この時第三艦隊には、鈴谷の正確な位置が把握出来ておらず、その照会からする羽目になったのである。

 

提督「なに? 翔鶴が、大破!?」

 

瑞鶴「“鈴谷へ今後送する所なんだけど今どこ?”」

 

提督「敵艦隊から距離2万と言ったところだ。すぐに下がるからこちらへ向かってきてくれ。現在座標をこちらから送る、そっちの場所は分かってるから安心してくれ。」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「聞いたとおりだ。明石、急ぐぞ。」

 

明石「分かりました! 取り舵一杯! 進路を西へ取ります!」

 

提督「金剛、大和、本艦は一時下がる、援護してくれ。」

 

金剛・大和「“了解!”」

 

提督「なんでまた翔鶴なんだ・・・それにさっきのは一体―――?」

 

明石「見張員からの証言取れました。“青白い光の帯のようなものが、前檣楼を掠める様に通過した”との事です。別の証言では、それに緑の稲妻が巻き付いていたという証言も。」

 

提督「レーザー兵器か・・・?」

 

明石「分かりません。ただ、証言によるとそれは、鈴谷の“右舷斜め前上方”から入射したそうです。」

 

提督「余計に分からんぞそれ・・・。」

 

明石「とにかく今は翔鶴さんを。」

 

提督「うん、それもそうだな。」

 

直人は大破艦の収容を優先し、検討を先送りにした。この事がこの後、大きな損失を生む事となる

 

 

鈴谷は全速力で西に走り、翔鶴らとの合流を急ぐ。その結果10分後には彼我の距離4000にまで縮まっていた。

 

提督「俺も迎えに行く、さっきのが気がかりになってきた。」

 

明石「お気をつけて。」

 

~10時19分~

 

提督「巨大艤装『紀伊』、出撃する!」

 

電磁カタパルトに導かれ、艦首方向へ巨大艤装が放たれる。

 

 

ザザァァァァッ

 

 

提督「よしっ―――」

 

直人は見事に着水を決める。

 

瑞鶴「提督ー!」

 

提督「おーう!」

 

 

~???~

 

「・・・。」ニィッ

 

 

瑞鶴「翔鶴姉、もう少しだよ。」

 

翔鶴「えぇ―――ッ! 瑞鶴、逃げて!」

 

 

ドンッ

 

 

瑞鶴「えっ―――!?」

 

 

ズバアアアッドガアアアアアアァァァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

秋月・照月「!?」

 

瑞鳳「えっ!?」

 

瑞鶴「―――ッ!」

 

提督「何ッ―――!?」

 

突如降り注いだ謎の光線と、それに続く大爆発。瑞鶴はこの状況を、一番早く知覚し、そして恐怖に駆られた―――。

 

瑞鶴「翔鶴姉―――!!」

 

 その光線は翔鶴に向かって放たれたもので、翔鶴はそれを直撃された。虫の知らせのようなものでそれを察知した翔鶴が、自分を突き飛ばし、爆発から自分を守ったのだと。

そこまで分かった時、瑞鶴は恐怖で足がすくみ上がっていた。

 

 

提督「翔鶴ッ!!」

 

 

ゴオオオオオオオッ

 

 

一方で大爆発の爆炎の中心に、翔鶴はいる筈だ、そう思い、直人は機動バーニアを全開で吹かす。

 

瑞鳳「そんな・・・!」

 

余りの事態に、その場にいた全員が立ちすくむ。動けたのは直人くらいのものだった。

 

提督(ダメなんだ、これ以上、俺が何かを失う事が、あってはならないんだ! 信じろ、まだ翔鶴は、そこにいると! 誰がこれ以上、俺のものを取り上げる権利があるものか!!)

 

直人は必死に駆ける。爆炎の中に飛び込み、その中心へ―――

 

提督「―――!」

 

そこで彼は、“何か”を見た。そして彼はそれに向かって闇雲に手を伸ばす―――

 

 

パシッ―――

 

 

その“何か”を掴み、直人は引き上げた。

 

 

ザバァッ―――

 

 

提督「翔鶴、翔鶴!」

 

瑞鶴「提督さん・・・?」

 

直人が翔鶴の顔を下に向けさせ、数回背中を叩いてやると、翔鶴が口から海水を吐き出し咳き込む。

 

提督「翔鶴、大丈夫か?」

 

翔鶴「てい・・・とく・・・。」

 

提督「無理に喋るな、傷に悪いぞ。」

 

翔鶴「ずい、かくは・・・?」

 

提督「瑞鶴は無事だ、お前のおかげだ。分かったらおとなしく―――ッ!」

 

直人が背後に悪寒を感じた―――その時だった。

 

 

ザバアアアアァァァァン

    バチイイイィィィィィィィィィ・・・

 

 

提督「―――“あきづき”!」

 

防空棲姫「無線は聞いてたわ。旗艦がいないって聞いておかしいと思ったのよ。早くその空母を下げさせなさい、ここは私がこの防壁で防ぐ!」

 

提督「ありがとう―――急ぐぞ!」

 

一同「「了解!」」

 

 直人は急いで翔鶴を担ぎ上げると、鈴谷に向けて航行し始める。翔鶴は艤装が爆発した際に背中に大けがを負っており、早急な処置が必要だったのだ。

 

提督「明石、翔鶴が負傷した、ウェルドックに妖精を寄越して緊急処置を!」

 

明石「“わ、分かりました!”」

 

提督「―――しかし、敵は一体どこから・・・」

 

防空棲姫「旗艦はいるわ、ちゃんとね。問題は、それが“見えていない”事よ。」

 

提督「―――! 敵艦隊上空の偵察機へ、敵の不審な航跡(ウェーキ)を探せ!!」

 

瑞鶴「どうしたの提督!?」

 

提督「今の言葉を考えるなら、敵は居ないのではなく、“見えていない”だけだ。ならば見えない敵を探すのに最も効果的なのが、航行した後に残る航跡だ。」

 

瑞鶴「・・・成程。敵の正体、分かったね。」

 

提督「確信に近いが証拠が欲しい所だ。まだ推測に過ぎん。」

 

瑞鶴「そうだね・・・。」

 

翔鶴「―――ずい、かく・・・みんな・・・無事で・・・」

 

提督「―――まずいな。」

 

ウェルドックに飛び込む寸前、直人はそう呟いた。幸い誰にも聞かれる事は無かったが。

 

提督「頼むぞ、何としても助けてやってくれ。」

 

妖精たち「―――!」コクリッ

 

提督「行くぞお前達。」

 

瑞鶴「うん。」

 

提督「艦隊へ、一時後退せよ! 陣形再編の後、敵に決定打を打ち込む!」

 

金剛「“お、OKデース!”」

 

大和「“分かりました。”」

 

提督「瑞鶴、第二次攻撃隊を。対艦装備全力で出せ!」

 

瑞鶴「遅滞戦術だね、任せて!」

 

 

瑞鶴「第三艦隊へ、稼働機全機発艦! 編隊は組まなくていいわ、発艦したらすぐに向かって!」

 

赤城「“今すぐにですか!?”」

 

瑞鶴「今すぐよ、艦隊が後退するわ、急いで!!」

 

赤城「“了解!”」

 

瑞鶴「陣形再編成まで、私たちが時間を作る! 攻撃隊、発艦始め!」

 

瑞鶴が鈴谷の至近で艦載機を放つ。緊急発艦された機体は直ちに高度を上げつつ敵艦隊に向かう。

 

瑞鶴「提督、七航戦も出させる?」

 

提督「この期に及んでは出し惜しむ余力はないだろう、出させろ!」

 

瑞鶴「ほい来た。雲龍!」

 

雲龍「“なんでしょう?”」

 

瑞鶴「全艦艦載機を発艦させて、例外はなしよ。」

 

雲龍「“全機ですか?”」

 

瑞鶴「そう全機よ。音羽にも出させて!」

 

雲龍「“了解!”」

 

瑞鶴(翔鶴姉をあんな目に遭わせた奴らに、容赦はしない!)

 

提督「俺も全機発艦させるか。」

 

瑞鶴「あ・・・そうしてくれるの?」

彼女がそう聞いたのは、紀伊艦載機隊だけは瑞鶴の統制下に無いからだった。そんな彼女に対して、直人は仰々しく言って見せた。

「安んじて、お任せあれ。」

「―――うん!」

その表情の裏に、翔鶴に対する焦慮が募る事を瑞鶴は勿論理解した。だが表面上はそんな思いを押し殺して、瑞鶴は笑顔で頷き返した。

「全機連続発艦! 敵艦隊に楔を打ち込むぞ!!」

その瞬間、紀伊に搭載された連射式ボウガンが唸りを上げ、艦載機が次々と展開される。その展開速度たるや、ヲ級を上回るレベルである。

 

金剛「“艦隊後退開始、敵が追ってくるネー!”」

 

提督「少し引き付けろ!」

 

金剛「“OK!”」

 

 11時22分、横鎮近衛艦隊は全部隊が後退を開始、これに釣られる様に敵部隊の一部が追撃を開始、遅れてはならじとばかりに敵本隊も動く。

その様子を、直人は手に取るように把握していた。

 

提督「―――今だあきづき!!」

 

防空棲姫「“了解よ!”」

 

 

防空棲姫「全艦浮上! 敵の側面を叩くわよ!」

 

5隻「“了解!!”」

 

 直人の指示で特別任務群が遂に動く。6隻の姫級及び超兵器級は、横鎮近衛艦隊に追いすがる敵本隊の側面に突如として浮上、近江の艦載機発艦を皮切りに、2隻の播磨型の長砲身56cm砲が轟音と共に連続発射される。

 

 

「なに、なんなの!?」

 

「側面ニ現レタ深海棲艦カラ、攻撃ガ―――!」

 

「講和派ノ艦隊デス!!」

 

「あの裏切り者共ね、全部纏めて沈めてあげるわ!」

 

「敵機ガ・・・!」

 

「なっ・・・!?」

 

 奇襲も完璧なら航空隊のタイミングも完璧であった。特別任務群の強襲に即応するような形で、紀伊制空隊180機と、噴式強襲部隊80機が、ジェットエンジンの轟音と共に戦場へ殺到してきたのである。

艦娘部隊の後退に驕り突入していた深海棲艦隊に、この吹き付ける鉄の暴風に抗う術など残されていなかった。たちまちに数十隻が撃沈破され、その背後から瑞鶴ら第三艦隊の艦載機が波状的に押し寄せようとしていた。これは艦隊の右側面から迫る深海棲艦機も同じ事であり、しかもこの近江が搭載する艦載機は、全てが航空機型なのである。

 その巨体を利して搭載するのは、銀河や雷電、震電改と言った大重量の陸上機であり、烈風や流星などの艦上機も当然搭載している。これらが合計で600機以上も殺到してくるのである。

 

近江「行け! 戦争狂共に目にもの見せてやるのよ!!」

 

近江が艦載機に激励を飛ばす。これが、横鎮近衛艦隊が誇る逆転の一打であった。

 

 

提督「航空攻撃が始まったな。」

 

瑞鶴「流石提督さん、タイミングばっちり。」

 

提督「噴式機だからこそだな、確かあれの艦娘での運用理論の研究はもうちょっとで終わるんだっけな・・・明石が言ってた。」

 

瑞鶴「そうなんだ・・・。」

 

提督「そこから実用化への研究がいるけども。出来たデータは三技研に回す事にもなってる。」

 

瑞鶴「大変だね・・・。」

 

提督「いやホントに。」

 

技術開発の一翼を担ってさえいる横鎮近衛艦隊。しかし技術を作ると言うのは、一様に大変なのである。

 

提督「取り敢えず今は、戦闘に集中しよう。気持ちはわかるが―――」

 

瑞鶴「分かってる。勝たなきゃ。」

 

提督「―――その通りだ。心配するのは、これが終わってからにしよう。」

 

心配しているのはお前ばかりではないぞ。直人はそう言ってやりたい気もしたが、瑞鶴は明敏にその言葉を汲み取って何も言わせなかったのだった。

 

 

~11時32分~

 

提督「―――第一艦隊は左右両翼へ展開、中央に一水打群を配置し突撃態勢を取らせろ。」

 

金剛「OK!」

 

大和「“分かりました。”」

 

直人は後退してきた金剛と合流し、戦列の再編成にその知恵を絞っていた。

 

 

キラッ―――

 

 

提督「うん・・・?」

 

金剛「・・・? どうしたネー?」

 

何かに向かって目を凝らしている直人に金剛が不思議そうに聞く。

 

提督「昼間っから何か光ったような・・・?」

 

金剛「敵機デース?」

 

提督「分かんない・・・ん?」

 

目を凝らしていた直人が光を見る。それは、青白い光であった。

 

提督「金剛逃げろすぐに!」バッ

 

金剛「―――!」バッ

 

 

ズバアアアアアアアアアアアアアン

 

 

提督「あぶな・・・!」

 

金剛「これは・・・!」

 

提督「―――もしかして、反射鏡!?」

 

金剛「どういう事ネー!?」

 

明石「“提督! 偵察機から入電!”」

 

提督「どうした!」

 

明石「“『敵艦隊の中央に、明らかに大なる航跡を認む。但し、敵艦影を認めず。』以上です!”」

 

提督「分かったぞ、敵の正体が!」

 

金剛「oh!? それって一体?」

 

提督「シャドウ・ブラッタだ、間違いない。航跡があって艦影がないと言う事は、自然と答えは一つになる。」

 

金剛「面倒デスネー・・・。」

 

提督「奴は光学迷彩システムを採用している。超巨大ステルス戦艦とはよく言ったものだが、あいつは電波ではなく人の目を欺く訳だ。フィラデルフィア実験で見事に成功して見せたからな。」

 

フィラデルフィア実験―――都市伝説として有名な逸話であるが、この世界では実際に実施されている。勿論テスラ・コイルによる消磁実験(※)などではない。

 

※テスラ・コイル(高周波・高電圧を発生させる変圧器)によって生じる磁気を使い、金属製である艦が持っている磁気を打ち消す事により、レーダーの目を逃れようとしたらしい。

但し、これで免れ得るのは「金属探知機(及びこれと同じような原理の対潜水艦磁気探知機)」であって、電波の反射により敵を探知するレーダーを免れる事は出来ない。

 

 1942年7月16日、小型の超兵器機関を用いて改装し作られた試験艦アルベマールに設置された、光学迷彩システムの試験が行われ、アルベマールはシステムが設定された部分(艦中央部のみで実験していた)を不可視化する事に成功したのである。

この際のデータを基にした光学迷彩装置を搭載したのが超巨大ステルス戦艦「シャドウ・ブラッタ」なのである。

原理については現在でもアメリカの最高機密とされており詳細は明らかになってはいないが、光の屈折を人工的に周囲に起こさせる事で光の軌道をレンズを通すかのように捻じ曲げる事によって不可視化すると言う説が最有力である。

 何はともあれ物理的な不可視化である為、付け入る隙は勿論ある。それは先程偵察機の報告にあった「航跡」と言う訳である。

 

提督「偵察機へ、巨大艤装からの航跡の方角を逐一報告せよ!」

 

金剛「どうするんデース?」

 

提督「狙い撃つだけの事さ。」

 

 

――Fデバイス、2番限定展開――

 

 

直人が右腕に呼び出したのは、“大いなる冬”のレールガン部分である。

 

金剛「―――成程ネー。」

 

提督「その前に、だ―――」

 

直人は言葉をとぎり、ヴルツブルグレーダーで先程光が見えた方角を走査する。

 

提督「あった―――!」

 

呟くが早いか、直人は15cm高射砲を連射する。

 

 

―――ドォン・・・

 

 

提督「ビンゴ!」

 

金剛「あれは―――!」

 

提督「見た感じ、どうやら反射鏡を搭載したオートジャイロってとこだな。上からは丸見えだったようだが。」

 

金剛「気づくのが、遅すぎたネー。」

 

提督「悔いるのは後だ! 今ではない。」

 

金剛「・・・デスネー。」

 

提督「あきづき、そっちはどうだ!」

 

防空棲姫「“今のところは優勢ね、でも敵超兵器の目がこっちに向いたかもしれないわ。”」

 

提督「分かった。」

 

それだけ応えると、直人はレールガンを敵方に構える。

 

提督「―――。」

 

鈴谷の放った瑞雲からの報告を元に、彼は照準を付けていく。

 

提督「誤差修正―――発射!!」

 

 

バアアアアアァァァァァァァァーーーーー・・・ン

 

 

 耳を(ろう)するレールガンのけたたましい発射音が辺りに響き渡る。

放たれた砲弾は青白い閃光となって敵陣を一直線に突き抜け、そして―――

 

 

ドゴオオオォォォォ・・・ン

 

 

「“敵、正体不明艦に命中した模様!”」

 

提督「よしっ!!」

 

 その報告と前後するように、敵陣の中から新たに煙が沸き上がるのを彼は見て取り、更にその煙の根元を目掛け照準を合わせ2発撃つ。

それらも命中したと弾着観測役の瑞雲偵察員が告げる。

 

提督「煙さえ吐かせりゃこっちのモンよ。」

 

金剛「やったネー!」

 

 

「くっ・・・! やってくれるじゃない! こうなったら―――!」

 

 

提督「全艦、突―――」

 

 

ズバアアアアアアアアアアン

 

 

提督「くぅっ!?」

 

突如巨大艤装の脇を掠めたレーザー光線に驚く直人。

 

金剛「“大丈夫ネー!?”」

 

提督「俺は無事だ、被害は?」

 

金剛「“ナッシング!”」

 

提督「結構。全艦突入せよ! 特別任務群は突入を支援せよ、航空攻撃はこのまま続行!」

 

横鎮近衛艦隊が再度の突撃を開始する。航空攻撃の結果、敵艦隊は既に1万隻を超す損害を出し、艦隊と合わせるとこの時点で戦力の半数以上が撃沈、若しくは戦闘不能に陥っていた。あと一歩、と言う所で、敵旗艦の正体さえも露見したのである。

 

明石「“偵察機より報告、敵旗艦が姿を現しました!!”」

 

 

「全エネルギー、兵装へ! 私の姿を見た事を、後悔させてやる!!」

 

「“深海幽玄姫(ゆうげんき)”様!」

 

深海幽玄姫「全艦突撃! 私達前衛艦隊の力、見せてあげるわ!」

 

敵味方双方から呼ばれるその二つ名―――“幽玄姫”シャドウ・ブラッタ。蜃気楼の先に身を潜め、多くの米露軍艦艇を沈めてきた、人類軍にとって怨敵とも言うべき一人である。深海棲艦にしては清廉にして堂々たる風格を放つ超兵器級深海棲艦である。

 

 

提督「幽玄なる姫のお出ましですか、しかし突撃してくるとは―――では、一戦お相手仕らん。全軍突撃せよ! 瑞雲も、駆逐艦も、全員闘え!!」

 

全員「「「“了解!”」」」

 

深海幽玄姫の前衛艦隊による突撃に対し、直人が出した命令が電撃的かつ苛烈な突撃命令であった。武装上半分を白く塗装した講和派深海棲艦からなる特別任務群も、乱戦に向けてその支援体制に入る。

 

提督「さて、いっちょ暴れるか。」

 

一水打群の後方400mから、巨大艤装『紀伊』が続く。鈴谷と第三艦隊は後方待機を命じられ、名実共に直人はフリーハンドで敵陣に乗り込める事になった。

 

提督「全砲門斉射! 撃てー()ッ!」

 

 

ドドオオオオオオオオォォォォォォォォーーー・・・ン

 

 

 巨大艤装『紀伊』が誇る120cm砲が、その砲身からゲルリッヒ砲弾を、炎と爆炎と共に吐き出す。語るに窮するほどの爆音と砲煙がまき散らされ、それに続くように要塞砲である80cm三連装砲、51cm連装砲が火を噴く。

合計砲門数、120cm砲2門、長砲身80cm要塞砲24門、51cm要塞砲32門の合計58門、加えて五式十五糎高射砲20門と、蛟龍Ⅱ型40隻による雷撃能力、600機に渡る艦載機による航空打撃戦力を兼ね備える巨大艤装。それが、巨大艤装『紀伊』なのである。

 航空戦力は近江に匹敵し、砲戦能力に於いてはヴォルケンクラッツァーを上回り、艦載艇搭載能力で甲標的母艦である千歳型を上回り、揚陸能力でデュアルクレイターに並び立つ。

更には明石やヴェスタルを上回る泊地修理能力までも持ち、これらの多彩且つ大重量な装備に機動力を与える為の艦娘機関はこれまた艦娘では到底及びもつかないような大出力であり、補助動力としてのバーニアは初期から比べても強化・効率化され重量も削減、緊急回避も容易になっている。

 そして度重なる改修により軽量小型化の改修が積み重なった結果、初期の鉄塊のような武骨なシルエットは、シャープでコンパクトなデザインへと(おもむき)を一新していた。

そこには初春や龍田などに使われている艤装浮遊接続技術も補助的に使われ、腰部円盤型艤装の体への接続面が大幅に減ったことにより腕も自由に巡らせられるようになった。

 副砲も51cm連装要塞砲に関しては初春主砲の様に浮遊しており、いざと言う時には最大距離こそ短いが、全方位攻撃(オールレンジアタック)のような事も出来る汎用性を手にしている。

 

金剛「“敵との距離1万2000!!”」

 

提督「全艦へ、全火器及び兵装使用許可! 躊躇うな! ぶつけるつもりで行け!!」

 

金剛「“OK!!”」

 

 金剛からの無線にも砲声と着弾した爆音が混じる。連続射撃を行いながら両者が距離を詰めている証拠である。

既に直人からも敵艦影が徐々に判別出来るようになりつつあった。

 

提督「そろそろ俺の航空隊も帰ってくる頃合いではあるが―――」

 

直人は空を見上げる。戦場から帰投して来る流星改や震電改の姿が垣間見えている。しかし乱戦域への突入をしている時に、悠長に収容再発艦をしている場合ではない。

 

提督「戦いながら、と言うのも難しい注文だな。やってやるしかないが。」

 

煩雑を極める乱戦になりそうだと言う予感が、彼にもし始めているのであった・・・。

 

提督(しかし、シャドウ・ブラッタか、道理で超兵器級だと分かるような大きな反応じゃない訳だ。)

 

 

深雪「おっひさしぶりぃ! 深雪スペシャル、いっけぇ!!」

 

叢雲「ハアアアアッ!!」

 

深雪がお得意の体術を敵軽巡に叩き込み、叢雲が肩を並べ数隻の深海棲艦に裂傷を負わせる。

 

提督「近づけると、」

 

チャキッ

 

提督「思うなぁ!!」

 

ズバアアアアアン

 

イ級「ガギャアアアアアッ!?」

 

 乱戦の中直人も奮闘する。抜刀からの霊力刃の投射で一刀の下に敵駆逐艦を沈める。

両軍が激突して既に10分、敵に大打撃を与えたことは確かだが、横鎮近衛艦隊側の損害も甚大なものになっていた。

戦艦長門は左舷艤装が根元から断ち切られ、大和は多数の被弾により2番主砲が使用不能、全ての副砲を失っている。重巡古鷹は3基の主砲の全てを大破させられ既に後退、足柄も右肩の主砲を失いながらも、なお継戦し続けていた。更には名取と五十鈴は携行艤装を喪失、陽炎や初雪も同様の事態に陥っており、状況は一様にいいとは言い難かった。

 しかしそれでも、その場その場の連係プレーにより、轟沈艦だけは辛うじて出さぬまま状況は推移しており、余りの砲煙の多さに暗がりの様になりつつある混戦の中、彼我の攻撃機が獲物を求めて果敢な「夜間」空襲を敢行する。

 

 

足柄「これだけの乱戦では難しいけれど、絶対に離れない事が肝心ね。」

 

妙高「そうです。常に僚艦の位置を把握するように努めて!」

 

これだけの高速で彼我の航跡が入り乱れるような状態では、僚艦を追う事すら困難を極めるのだが、そんな中で第五戦隊だけは、1艦も(はぐ)れる事無く、多少の損害を受けながらも隊列を保っていた。

 

 

音羽「―――非秩序的極まりないですね。これが普段の戦術なのですか?」

 

瑞鶴「場合によりけりね。ここまでの乱戦と言うのも中々例がないけど・・・。」

 

音羽「普段はどうなるんです?」

 

瑞鶴「距離を保って砲戦か、中世の陸戦の様に近距離砲撃戦での突破を図るか、まぁどちらかと言う感じね。」

 

音羽「成程・・・。」

 

瑞鶴から話を聞いた音羽は納得したように頷いた。基本的にこの2つは艦娘艦隊の基本戦術として採られることの多い戦術である。無論実際にそれを判断し実行するのは艦娘達である場合が圧倒的に多いのだが・・・。

 

 

提督「―――あれは!?」

 

彼我入り乱れる乱戦の最中、一切味方とも出会わないまま孤軍奮闘を続ける『紀伊』。その時右前方、煙の向こうに見慣れないシルエットが映る。向こうも同じタイミングで気づいたらしい事が直人には手に取って分かった。

 

提督「間違いない、旗艦だ―――!」

 

 彼が判断した理由は、その観察の所見としての、武装が上方向に絞られた外見をしている事である。前から見れば台形になっている感じである。

この形式の艦艇は実際に艦船設計として前例がある。「タンブル・ホーム船型」と呼ばれるものがそれで、古くは木造帆船から使われ、ズムウォルト級を初めとするステルス性を重視した艦艇でも採用された船型である。因みに喫水線下も含めると菱形に見えるのが特徴である。

メリットは、水平方向からくる電波が、上部に当たると空へ、下部へ当たると海へ反射され、元の方向へ戻る電波の量を減らすのである。

(余談だが、レーダーから電波の照射を受けたときにアンテナの方向に電波を反射させる能力の尺度、即ちレーダーに映るシルエットの大きさの事をレーダー反射断面積(RCS)と言うのだが、タンブル・ホーム船型はこのRCSの大きさを、これを採用していない艦船に比べて小さく出来ると言う事である。そして小さく出来る=もっと小型の船だと思わせられる、と言う事を意味している。)

 但し、シャドウ・ブラッタはこのタンブル・ホームに加えてSWATH船型と言う、水と触れる部分を出来るだけ削った双胴船のような形態であり、タンブル・ホームだけではない事に注意が必要である。実験艦「シー・シャドウ」に似通っているスタイルである。

 

提督(主砲よし、副砲よし、補助砲よし、全砲門装填よし―――発射!!)

 

 

ドドドドドドドドオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォ・・・ン

 

 

 砲身をほぼ水平に倒し、全ての砲門が一斉に開かれる。発砲遅延機構により、連続的かつ巨大な砲声が響き渡る。

同時に煙のヴェールを引き裂いて、敵の旗艦と思われる艦影から砲弾が送り込まれてくる。シャドウ・ブラッタの主砲である20インチ(50.8cm)3連装砲のものであった。

 

提督「ふんッッ!!」

 

直人が即座に足に力を入れて咄嗟に左へ飛び退る。航行の勢いも乗せたジャンプは辛うじてこれを回避し、かつて右舷51cm砲座のあった部分をすり抜ける。もし改装で後部に移設されていなければ直撃は避けられなかっただろう。

 

 

ドドドオオオオオオォォォォォォーーー・・・ン

 

 

一方で煙の向こうからは幾つもの爆発音が折り重なって響き渡る。余りの投射弾数の多さゆえに躱し切れず、10発以上が命中したと直人は判断した。

 

提督「とどめだ―――!」

 

直人は艤装をパージし、フロートとバーニアで安定させておくと、極光を鞘から引き抜き、一気に敵影に向けて距離を詰める。

 

深海幽玄姫「―――!」

 

提督「・・・。」

 

一瞬、直人とシャドウ・ブラッタの目が合う。シャドウ・ブラッタは覚悟を決めて目を(つむ)り、直人はその覚悟を見て取った。

 

(我流―――二刀十字斬!)

 

放たれたのは、すれ違いざまの神速の二連撃、正面から横薙ぎに、すれ違った後背中に向けて振り向かず180度縦に、相手にしてみれば下から上に振り抜くと言う工程を、すれ違いながら流れる様に行うと言う、磨き上げられた剣技を持つ者でなければ不可能な技である。

 

 

ズババァァァッ

 

 

深海幽玄姫「私の・・・負け、か・・・。」

 

 

ドゴオオオオオオォォォォォォーーーー・・・ン

 

 

提督「ふぅ―――。」

 

直人は呼吸を整えつつ、刀身に着いた血糊を懐から取り出した和紙でふき取ってから鞘に納めると、艤装の元へ戻って再装着し、戦闘に復帰する。

 

提督「よしっ。全艦隊へ、敵旗艦を撃沈せり!」

 

それは彼が放った、勝利宣言であった―――。

 

 

 その後敵艦隊は、12時45分までに文字通り全滅するまで戦い抜いた。その一因には、シャドウ・ブラッタからの撤退命令が出なかったことも一つの要素として存在したが、ともあれ彼らは少なくとも、命令には忠実な深海棲艦達であった。

一方でその死を覚悟の奮戦は横鎮近衛艦隊に少なかろう筈もない打撃を与え、圧倒的に不利な情勢下において尚、これは善戦したと言ってよかった。無論不利であったのは艦娘達とて同様でこそあったものの、彼女らには相応の経験もあり、特に取り乱すでも躊躇する風もなかった。

 航空隊の損害は172機出たが、各母艦ごとの損失は多くても20機強であり、それほど痛手を負った訳ではない。しかしそれでも200名を超す搭乗員が未帰還となった。

洋上ゆえの哀しさで、撃墜されたパイロットの生還率は著しく低くなってしまうのである。

 他方、心配されていた航空隊の出動効率については問題なく所定の割合を叩き出し、本隊が乱戦に挑む前の段階で敵に大打撃を与えるのに貢献した。殊に音羽隊の活躍が目立ち、僅かな機数にも拘らず、小編隊ごとによる戦術と技量によってその少なさをカバーし、且つ回転率を向上させる事により多大な戦果を出している。

人為的な悪天候にも似た乱戦下に於いてもその戦術が有効であると言う事も認められ、以後瑞鶴の指示でこれらの項目について研究が行われる事になった。

 

 結果的には勝利を収めたものの、大破艦31、中破艦47を初め、損傷を負わなかった艦は殆どなく、今回も乱戦の只中にありながらなお無傷だった雪風や、第三艦隊の殆どの面々を除けば、その艤装や体には、生々しい傷が刻まれていた。

中には煤汚れが付着した者もおり、火災や零距離と言う条件で戦い抜いた力戦敢闘の跡が、ありありと見て取れた。

 そして一番の痛手は―――一航戦の二番艦である翔鶴が艤装全損、自身も重傷で鈴谷のオペ室にそのまま運び込まれたと言う事実である。手術は成功し、病室の一つに身を横たえていたが、直人や他の艦娘達が見守る中にあって、未だに目を覚ましていない。

 

 

10月8日17時37分 重巡鈴谷中甲板・トレーニングルーム

 

その日の夕刻、直人と瑞鶴は二人で話をしていた―――

 

提督「すまない、瑞鶴・・・俺の作戦指導のミスだ。直掩機の比率を下げていなければこんな事には―――!」

 

作戦前の立案の段階で、直人は相手が超兵器級であると言う情報から、攻撃隊への戦闘機の比率を増やし、その一方で直掩機を削減する事で帳尻合わせをした。その結果、ローテーション出来る戦闘機の数が相対的に減り、迎撃網がその分荒くなってしまったのである。

 

瑞鶴「それは違うよ提督! たまたま雲に切れ目があったのだって、あれは運が悪かっただけで、翔鶴姉が狙われたのも―――」

 

提督「だとしても、敵にその悪条件を突破させる様な状況を、作り出した責任がある。」

 

瑞鶴「提督・・・。」

 

提督「正直、向ける顔もない。これまでの実績を信用したからこそ、この作戦は立案された。だが一方で、過去の前例を、敵が超えて来ないなどと言う確証もなかった。それを見落とした責任は、やはり俺に帰せられるべきだろう。」

 

瑞鶴「・・・。」

 

提督「もし翔鶴が、このまま目を覚まさなければ、俺は一生、艦娘達に顔向け出来ない「そんな事言わないでよ!」―――ッ!」

 

瑞鶴がそう、涙ながらに叫ぶ。

 

瑞鶴「私が知ってる提督さんは、そんな事言わない。もっと毅然としてて、明るくて、優しくて、皆を思いやってくれる。弱い所なんて全然ないような、そんな人。私達だって人間なの、大怪我をすることだってある。でも―――翔鶴姉が目を覚まさないからと言って、私達から目を背けたりしたら・・・私、絶対に貴方を赦さないから。」

 

提督「・・・。」

 

瑞鶴「喪いたくないのは分かる。私だって、翔鶴姉を失いたくないもん。それに、責任感じちゃうのも分かるよ? 私も、翔鶴姉だけじゃない、空母の皆を率いる責任がある。でも、私と貴方では、負うべき責任の大きさが違う!」

 

震える声で瑞鶴が言う。彼女は決して、直人を責めてなどいなかった。むしろこのことがきっかけで、彼が後ろを向いてしまった時こそ、彼女は彼を許せなくなるだろう。直人にはそれだけ担うべき責任があり、例え一人を失ったとしても、彼が他の全員を率いて行かねばならない以上、提督自身に、立ち直って貰うしか道は無かった。

 

瑞鶴「私は貴方に、謝って欲しくない。謝罪されたってどうしようもない事だってあるもの。それに私は、翔鶴姉はきっと目を覚ますって、そう信じてるから。」

 

提督「瑞鶴・・・。」

 

瑞鶴「だから、私からお願い。見た目だけでもいいから、普段通りの貴方でいて? 提督が動揺する気持ちは凄く分かる。でも、上に立つ貴方がそんなに動揺してたら、他の子達まで動揺してしまう。皆を落ち着かせるためにも、お願い。」

 

提督「・・・分かった、そうしよう。」

 

瑞鶴「・・・ありがとう。」

 

提督「・・・。」

 

直人にも、瑞鶴が自分を責めていない事は良く分かった。むしろ心配させていることが分かった時、直人はそのお願いを聞き届けたのだった。心配させた、それがせめてもの詫びだった―――。

 

 

提督「様子はどうだ、雷。」

 

21時を過ぎた頃、直人は再び様子を見に病室にやってきた。

 

雷「相変わらずダメね。出血が多すぎたのが祟って、まだ昏睡状態。輸血で凌いだけど、まだ時間がかかると思うわ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

雷「―――シャンとしなさい、司令官? 司令官がシャンとしなきゃ、皆困るんだから。」

 

提督「分かってるさ―――分かっているとも。」

 

雷「・・・そう。」

 

その時の雷には、彼のその言葉が、どこか自分に言い聞かせているように聞こえたと言う。

 

 

医務室を出た直人は、廊下で偶然グラーフ・ツェッペリンと鉢合わせた。

 

グラーフ「また、翔鶴(ショウカク)の見舞いか?」

 

提督「あぁ、そうだ。」

 

グラーフ「―――存外甘いのだな、提督(アドミラール)は。たかが1隻の為に全体の指揮を放擲(ほうてき)するなど。正気とは思えん。」

 

提督「俺は正気だったさ、勿論。」

 

グラーフ「―――だとすれば、それは“一般人として”の正気だ。“軍人として”のものじゃない。」

 

提督「俺は元より民間人の出だけど、そう言えばこの事は言ってなかったね。」

 

グラーフ「・・・成程、そのあたりに、非合理な判断の由来がある訳か。」

 

提督「まぁ、そうかもしれんな。」

 

グラーフ「だとしたら、到底正気とは言えないな。」

 

提督「―――正気で戦争に勝てるのか?」

 

グラーフ「―――!」

 

提督「正気で戦争に勝てるんだったら、俺たちは今頃こんな苦労をせずに済んでいる筈だ。いいかグラーフ、心得違いをするな。俺たちは“伊達と酔狂”でこんな戦争ごっこをやってるんだからな。それだけに、勝たねば意味がないし、何かを失う事などあってはならないんだ。なにせ、()()()()()だからな。」

 

グラーフ「・・・成程、正気ではないな。」

 

提督「それを正気でやるからこそ、俺たちは正気ではないのさ。」

 

グラーフ「フッ―――そうだな。ならば付き合ってやろう。私は、本国から切り離された存在だ。どの道、アドミラールに従う他に道もない。」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

グラーフ「礼はいらんさ。アドミラールの成したいように私を使って欲しい。そうすれば、私達は生き残れるのだろう?」

 

提督「あぁ、約束しよう。」

 

グラーフ「うむ。」

 

 

10月9日15時33分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「明日には幌筵に辿り着けるな。」

 

明石「そのはずです、予定通りと言う感じですね。」

 

提督「今日は波も珍しく穏やかだしな。」

 

明石「行きは大荒れだったんですよね・・・。」

 

提督「いや全くよ。船酔いする艦娘続発で参った参った。」

 

明石「自分で波に乗る分にはまだしも、船に乗るのは慣れてない人達がまだまだいますからね・・・。」

 

艦娘でもやはり自分で航行するのと、船に乗るのとでは感覚が違うのだ。と言うこれは一つの証左だったろう。艦娘達が人間足り得る所以の一つでもある。

 

雷「“提督!”」

 

提督「どうした。」

 

雷「“翔鶴さんが目を覚ましたわ!”」

 

提督「分かった、すぐ行く! 明石、ここ預けるぞ!」

 

明石「はい、行ってらっしゃい!」

 

 

15時37分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

 

カンカンカンカン・・・

 

 

 走って直人が医務室に辿り着く。翔鶴の病床の周りには、雷や瑞鶴、瑞鳳など、少数ではあるが艦娘達が集まっていた。

 

雷「―――! 翔鶴さん、司令官が来たわよ!」

 

瑞鶴「提督さん・・・。」

 

提督「・・・。」

 

翔鶴「提督・・・。」

 

小さな声ではあったが、翔鶴は確かに彼を呼んだ。

 

提督「翔鶴、目が覚めたんだな・・・。」

 

翔鶴の横たわるベッドの傍らに跪いて直人は言った。

 

翔鶴「作戦は・・・?」

 

提督「無事成功だ。お前の艦載機も、他の子達全員で収容してくれた。無理をさせて、すまない・・・。」

 

翔鶴「いいんです・・・提督の、お役に立てることが、私にとって一番、嬉しい事ですから・・・。」

 

その翔鶴の言葉を聞いていた彼の目から、涙が零れ落ちた。

 

提督「―――ありがとうな・・・! お前を連れて帰れて、良かった・・・良かった・・・ッ!」

 

翔鶴の左手を取り、縋る様にして彼は泣き崩れる。翔鶴の人事不詳によって張りつめていた緊張の糸が切れた、その瞬間だった。

 

瑞鳳「泣かないで提督・・・。」

 

瑞鶴「そうだよ、笑おう・・・?」

 

提督「うっ・・・ぐすっ・・・ううっ・・・」

 

 思わず声をかけた二人も、その様子を見て二人で肩を竦める。それはその涙が、心からの安堵から流れるものだと、2人には理解出来たからである。

後に「第一次ベーリング海海戦」と呼称された戦いは、正にこの瞬間終わったと言っていいだろう。

 

艦娘艦隊横鎮近衛艦隊、総兵力119隻・2576機。

深海棲艦隊ベーリング海棲地第8前衛艦隊、総兵力2万9250隻・6794機。

 

 横鎮近衛艦隊は文字通り巨大艤装『紀伊』や特別任務群も投じて、強力な洋上航空戦力を展開させる事が出来、これにより彼らは勝利を収め得たと言っても過言は無い。

ただこの結果は、紀伊 直人自身が信奉する大艦巨砲主義を否定する結果であり、水上打撃群と言う、少数精鋭による火砲を主軸に航空機との有機的結合を狙った新機軸として彼の打ち出している、「水上打撃群思想」に待ったをかける結果であった事は皮肉と言わざるを得ない。

 尤もこれについては、別働戦力としての水上打撃群が有用である事は過去の戦訓から見ても立証はされていた事から、特に誤りであった訳ではないのだが。

 受けた打撃は決して小さくはなかった。しかし、心配された翔鶴も意識が回復したことを初め、全員が再び生還した。

初実戦を飾った戦艦三笠も、100隻以上を自慢の兵装で撃沈してその勝利に貢献しており、目立った損傷も発生しなかったのだった。

 

 一方で戦略的に見ると、ベーリング海棲地は1個艦隊を丸ごと喪ったものの、横鎮近衛艦隊がそれ以上の戦闘を避けて撤退したことにより、戦術的には横鎮近衛艦隊の、戦略的にはベーリング海棲地の勝利に終わった。

もし戦闘を継続して居ようものなら、あまつさえ短期決戦の方針を取っていなければ、もたつく合間に2個の前衛艦隊が押し寄せてきたであろう事は、戦後の検証によって明らかになっているところである。

そうなっていれば、横鎮近衛艦隊は初めて、勝算の無い絶望的な戦いに陥れられ、全滅か、よくても壊滅していた事は間違いない。故に直人の「戦略的撤退」は、それまでに発生していた損害の大きさからしても、またその現状から言っても正しい判断であったと言えよう。

 「勝算の無い戦いはしない」と言う、紀伊 直人が持つ絶妙なライン上に於ける采配の妙味が、この戦いで真価を発揮したのだ。と言い換える事もできる。失う事の是非よりも、彼は根本的に、「負け戦は損しか残らず、そんな戦はすべきではない。」と言うテーゼを信条としている。

戦って勝てるなら彼は戦うだろうし、勝ち目もなく、また方策もなければ彼は逃げる。見逃す、と言う言い方は、この際余り適切ではないのである。何故ならそれが戦う者としての真理であり、また常識でもあるからである。

 

 

10月10日16時11分、重巡鈴谷は幌筵に寄港し、補給を始めた。その間に直人は雷から、翔鶴の所見を尋ねていた。

 

16時32分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

提督「それで・・・?」

 

雷「ま、纏めたところを言うと、背中全体にやけど、破片による裂傷7か所、ビームによる焼損跡が1か所、左腕にも裂傷2か所、右腕には破片が1つ食い込んでた他に裂傷3か所、それと爆発の衝撃で肝臓と脾臓、小腸への内臓損傷、その原因になった肋骨の剥離骨折が4か所、更に内蔵出血も含め出血多量と。外科手術も含めた処置は全部終わって、意識も回復した訳ね。本来なら2ヵ月絶対安静と言う所よ。」

 

提督「・・・雷って手術まで出来たっけ?」

 

雷「妖精さんがやってくれたのよ。ついでに傷跡についても、ほぼ残らないと思うわ。外見上は元通りになるわ。私達が艦娘であることに感謝しないとね。ただ、帰ってから高速修復剤による処置が必要になるわ。その処置さえ終われば、2日で動けるようになると思うけど。」

 

提督「分かった、手配して置く。」

 

明石「それと、翔鶴さんの艤装についてなんですが。」

 

提督「うん、聞こうか。」

 

明石「翔鶴さんの艤装は9割以上が破壊されて、最早現状では機能しません。辛うじて艦娘機関だけは機能を残していますので、それだけは修理出来ます。」

 

提督「残ったのは、艦娘機関(コア)と艦載機だけ、と言う事だな。」

 

明石「残念ながら。」

 

直人が艦娘機関の事をこの時「コア」と言ったのはモノの喩えである。ただ、艦娘機関が艤装のコアの役割を担っているのは事実である以上、この例えは正しかった。

 

提督「当面は予備の艤装を使うしかないか?」

 

明石「はい、フルスペックとは到底言い難いですが・・・。」

 

提督「それは仕方があるまい。それよりも復旧の手を考えるべきだ。」

 

明石「そうですね・・・いっそ、極改装による昇華を図ってみるのも手ではないでしょうか?」

 

提督「・・・出来るのか?」

 

明石「やっては見ますが、出来なければそれまでです。」

 

提督「いや、やれるならそれに越した事は無い、やるだけやってくれ。」

 

明石「分かりました。」

 

提督「ともかく全ては無事に帰りついて後の事だ。我らは本拠より遥か北方に在りて、何事にも不自由する身だ。艦内工場の方はどうだ?」

 

明石「1日18時間稼働で修理出来る範囲では修理しています。ここまでで40隻ほどは修理を終えました。」

 

提督「そうか、戦場を離脱して2日しか経って無いから、1日20隻ペースで、軽い損傷を修理出来るのはありがたい事だな。」

 

明石「私に出来るのはこの位ですから。お任せください。」

 

提督「そうだな。適材適所、万事任せる事にするよ。」

 

明石と直人の間には、2年以上の付き合いで築かれたチームワークが成立していた。それによって良い成果を得た例は枚挙に暇がないが、突然に突拍子もない発案をして直人を困らせた例も枚挙に暇がない。

 

明石「お任せください!」

 

しかし彼女は、仕事を任される度、満面の笑顔と共にこう言う。それは提督に頼られる事の一方で、自分の技術や実績に、自信を持っている証拠でもあるのであった。

 

 

 重巡鈴谷は翌日(10/11)8時20分、幌筵島を出港した。そして特に変わり映えのしない航海の後、10月16日、サイパン時間16時39分に、サイパン島へと帰着した。

直人は絶対安静の為ストレッチャーで下艦する翔鶴に付き添う形で下艦し、建造棟まで付き添ったのだった。

 

 

10月17日8時10分 建造棟1F・判定区画

 

提督「しかし今回仕事が早かったね?」

 

明石「今回に関しては損傷の大きい艦しか修理の必要なのが残ってませんでしたし、それらも艦内工場で少しずつ修理はしてましたから。」

 

建造棟をいつも通り歩きながら話す二人。

 

明石「あと、今回も特異点はありません。」

 

提督「分かった。さて、ご開帳と行きましょ。」

 

明石「はい。」

 

明石がそう応じ、待合室にいる艦娘3人を直人の前に招き寄せる。直人は軍帽を改めて被り直して佇立する。

 

明石「こちらの3人になります、提督。さ、自己紹介を。」

 

嵐「陽炎型駆逐艦、嵐だ。」

 

萩風「同じく、萩風です。」

 

鹿島「提督さん、お疲れさまです。練習巡洋艦、鹿島、着任です。うふふ。」

 

提督「この艦隊を預かる、紀伊 直人だ。宜しく。」

 

嵐「よろしく!」

萩風「よろしくお願い致します!」

鹿島「よろしくお願いします!」

 

提督「うむ。」

 

明石「あら・・・萩風さんと嵐さんと言えば―――」

 

提督「うん、そうだね。と言う事でもう呼んであるねん。」

 

明石「いつの間に呼び出しを・・・。」

 

提督「フフフ。」

 

「提督ぅ~、呼んだ~?」

「司令、来ました!」

 

提督「窓の外に歩いてるのを見つけたのだ。こっちだこっち!」

 

舞風「はーい!」

 

野分「舞風走らない!」

 

提督「いいよのわっち。」

 

嵐「―――!」

 

萩風「え・・・!」

 

舞風「―――はぎぃに、嵐だ!」

 

野分「ホントだ・・・!」

 

提督(野分、思わず口調変わってないか。)

 

舞風「やっとこれで四駆が揃ったね!」

 

野分「そうね、やっと・・・!」

 

萩風「―――良かった、貴方達がいてくれるなら・・・!」

 

嵐「よっしゃ、天下の第四駆逐隊、完全復活だ!!」

 

鹿島「・・・。」ニコニコ

 

舞風「―――あっ、そうだった! 司令部の案内、だよね?」

 

提督「おう、そうだぞ! お前は2回目だからもう分かってるね。」

 

舞風「もっちろん! 舞風にお任せ~!」

 

提督「はいはい。」

 

苦笑しながら応じる直人である。ともあれこれで第四駆逐隊の4隻が遂に勢ぞろいする事になった訳でもあり、非常にめでたい事である。

その4人がキャッキャウフフしている横で、鹿島が提督に声をかけた。

 

鹿島「提督さん。」

 

提督「どうした?」

 

鹿島「いい艦隊ですね。笑顔に満ちてて。舞風さんと野分さんを見たら分かります。」

 

提督「・・・そうだな。」

 

鹿島「私、この艦隊に来れてよかったです。こんな素敵な場所に呼んで頂けて、私、嬉しいです。」

 

提督「―――評価されてるなぁ、初対面の艦娘にまで。」

 

音羽「その評価は正当なものだと思いますよ? もう少しご自分を評価なされては?」

 

提督「うおっ、音羽かい。」

 

音羽「大淀さんがお怒りです。お急ぎ下さいね?」

 

そつない感じで音羽がそう言ったのを聞いて直人は背筋に少し寒いものが走るのを感じる。

 

提督「そら舞風! 早く案内行って来い! 鹿島も連れてけよー。」

 

舞風「りょーかーい!」

 

提督「じゃ、行こうか音羽。」

 

音羽「はい。」

 

提督「やれやれ・・・。」

 

直人は音羽を伴って急ぎ足で建造棟を出る。その日の空は、清々しいまでの快晴であった。

 

 

10月19日10時06分 中央棟2F・提督執務室

 

この日、訓練への復帰を終えた翔鶴が、直人の下に挨拶に訪れる。

 

翔鶴「ご心配をおかけしました。」

 

提督「経過良好で何よりだよ。もう大丈夫なのか?」

 

翔鶴「まだ多少痛みは残ってますが、もう大丈夫です。」

 

提督「そうか・・・今回は、お前にも無理をさせたな。すまん。」

 

翔鶴「いえ! 謝られる必要はありません。私は、やれるだけの事をしたつもりです。それで十分なんですよ?」

 

提督「・・・そうか。まぁ、暫くは無理のない範囲で訓練を続けてくれ。その間に戦列復帰に向けて艤装の修繕策を考えておく。」

 

翔鶴「分かりました。では、失礼します。」

 

短く敬礼を交わし、翔鶴は執務室を後にする。

 

提督「・・・ふぅ。」

 

音羽「良かったですね、提督。」

 

提督「ん、うん。そうだな・・・。」

 

大淀「・・・どうかされたのですか?」

 

提督「いや・・・俺も、まだまだだとね。」

 

音羽「どういう事ですか?」

 

提督「無理に無理を重ねねば、作戦の一つも立案出来ん。戦力の無さもそうだが、立案能力に関しても、不足する点が多い・・・俺もまだまだだ。」

 

大淀「ですが、提督はその中でもよくやってらっしゃいます。」

 

提督「結果論だ、それは。運が良かっただけさ。それだけではないにしろ・・・。」

 

音羽「ですが、運も器量の内です。」

 

提督「そうかねぇ・・・。」

 

大淀「そうですとも。運を味方に付けなければ、物事も上手く行きませんから。」

 

提督「運だけで何でも左右されてはたまったものではないな。」

 

直人はそう苦笑して言い、音羽と大淀は一様に首をかしげた。一方で金剛は自分の処理すべき書類と取っ組み合っていて聞いていない。

 

提督「運などに俺の命運を左右されてたまるか。俺は自分の長所によって成功し、短所によって失敗するだろう。全て、俺の器量の内だ。」

 

 彼は自信無き小人ではなかったし、また自信しかない小人でも無かった実績と実力、そしてそこからくる自信とを身にまとわせる。それが結果として「覇気」となり、従う者に安心感を与え得る。故にこそ、横鎮近衛艦隊の司令官は、彼でなくてはならなかったのである。その温厚ながら一面では強烈な個性を持つ彼に付き従う艦娘達なのだから。

 

 

10月22日18時34分 造兵廠建屋内

 

明石「―――あ、提督!」

 

提督「やぁ、来たよ。」

 

 直人は明石に呼び出され、造兵廠にやってきていた。

この造兵廠は様々な試作兵器の開発は勿論の事、艦娘技術の研究や、通常兵器の製造、艦船生産までこなし得る多目的な兵器工場である。重巡鈴谷の船体ブロックは勿論、30cm速射砲やアヴェンジャー改など、様々なものがここで生み出されている。

 

提督「それで、“翔鶴”に目途が付いたとは?」

 

明石「はい。私が御許可を頂いて検討していた極改装の件なんですが、どうやら行けそうです。」

 

提督「本当か!?」

 

明石「はい、これだけのデータがあれば行けます。」

 

明石がそう言って提示したのは、過去の翔鶴の戦歴に(まつ)わる、膨大な電子データの数々だった。

 

提督「―――凄いな、修理や補修、改造の一方でここまでの事を・・・。」

 

明石「皆さんの艤装改良には、データは必須ですから。そしてその近代化改修の最たるものが極改装です。データが必要なのは、言ってしまえば当然なんですよ。」

 

提督「それは、巨大艤装も例外ではない、と。」

 

明石「勿論です。」

 

提督「成程。で、結局翔鶴の艤装本体の方はどうなったんだ?」

 

明石「艦娘機関と、脚部の機能は何とか。ただあと残っているのは皆さんで回収した艦載機と、矢筒だけなんです。」

 

別のテーブルに移動しながら明石の説明を受ける直人、そのテーブルに置かれていたのは、翔鶴の背部艤装と脚部艤装の一部である“靴”であった。

 

 艦娘の艤装になっている靴の部分は、舵を装備したハイヒールである事が多い。

ただこれ自体は補助的な役割しかない事がこの時期既に明らかになっていて、これゆえ横鎮近衛艦隊の脚部艤装の靴は、ヒールを軍靴並みの最小限に留め、推進機としての役割のみを持たせるようにしている。つまりハイヒールではなく“靴”である訳である。

 これにまつわる話なのだが、艦娘艦隊では平時のヒール付きの靴着用は禁止されている。ここで言うヒールは、女性用の棒のようなヒールの事で、理由は「足を痛める恐れがある為」である。

横鎮近衛艦隊でもこのルールは遵守する方向であり、この上で脚部艤装の改修も行われたと言う次第である。

 

提督「脚部艤装も靴しか残らなかった訳か・・・。」

 

明石「脚甲も吹き飛んでいましたから・・・。」

 

提督「うーん・・・。」

 

明石「ほぼ新造、と言う形にはなりますが、極改装は可能です。」

 

提督「・・・余剰の翔鶴の艤装で代替は出来んのか?」

 

明石「フレームから置き換わりますから余計に時間がかかります。」

 

提督「うん、説明の前に設計図あるなら見せようか。」

 

明石「はい、すみません。」

 

 ご尤もの指摘を受けて明石がこれまた電子データの設計図を、今度は3Dホログラフィックで出す。

空母艦娘もしっかりとした背部艤装がある。でないと艦娘機関が装備出来ないからだが、広報用には背部艤装を付けず地上で撮影したり、CG合成であたかも背中に何もつけないまま航行しているようなものもある。赤城や蒼龍などがその例だが、実際には艦橋などのアイランドを模したものがしっかりとある。

 翔鶴型のスタンダートタイプは翔鶴のもので、矢筒と背部艤装は別個になっているデザインで、舷側も含めたアイランドが背中と平行に取り付けられたようなデザインとなっている。この為辛うじて矢筒が残ったのである。

一方の瑞鶴は基本的な部分は同じだが、矢筒が右肩上がりに一体化して取り付けられており、利便性が向上している。

 

 そして提示された翔鶴極改二の設計図は、彼の想像を上回る設計で作られていた。

右肩に取り付ける長大な飛行甲板はアングルドデッキとカタパルトが追加されており、旧来までの飛行甲板とは似ても似つかぬ形状に。また背部艤装は矢筒と一体型になり、かつ取り外しができるデザインになりつつ大型化、艦橋の構造も隼鷹に準じた煙突と一体化した大型島型艦橋となり、一回り大きくなった背部艤装からは、明らかに艦娘機関が強化された事を窺い知る事が出来る。

 

明石「弓は木製の和弓から、カーボン製の洋弓に変更、甲板は今後の新鋭機を見据えて構造を強化した上で耐熱処理を施し、噴式機にも対応出来るようになっています。」

 

提督「搭載機数は?」

 

明石「80機を予定しています。」

 

提督「脚部艤装も大きく形が変わるな?」

 

明石「まぁそうなりますね。より本格的な装甲になります。」

 

 脚部は靴の部分がよりコンパクトになり、舵が靴の底面と一体化し、靴の高さが幾分か低くなる。この一方でバルジは小型化されつつも健在となるが厚底の靴と言う仕様は変化がなく、脚部は膝の上まで装甲で覆われている。この装甲も仕様が変更され、前後2枚の装甲板を金具で繋ぎ合わせる事で形成され、下にはニーソックスを履くようになっている。また膝を曲げるとこれだけでは膝が露出するのだが、それを防ぐ為にここにも別で曲面形成の装甲板がある。

 

提督「鎧を付けているのと左程変わらんね。」

 

明石「以前は革鎧に近いような代物でしたからねぇ・・・。」

 

提督「そういやそうだったな。完全に金属製なのか?」

 

明石「ニーソを履くようになってる時点で言わせないでください。」

 

提督「おっす。」

 

金属製の装甲は革製と比べても防御力で勝る。しかも付記されている仕様上はチタン合金製であり、鋼鉄合金よりも防御で勝る筈である。

 

明石「航空艤装は現代に近いものになり、噴式機の運用が可能になっています。この為に甲板の耐熱化と構造強化を実施しました。更に“噴式機の母艦運用の為の概念実証”で実用化できた噴流防御を、身体防護障壁に機能として持たせました。これでブラストに艦娘が耐えられます。」

 

提督「つまりこれで完全に、噴式機への対応が可能になる訳なのか?」

 

明石「理論上はその筈ですが、まだ概念実証の域を出ていません。なのでもう少し技術的な習熟が必要かと。」

 

提督「成程・・・で、噴式機の研究開発についてはどうなってるんだ?」

 

明石「そこは御安心を、提督の艦載機からデータが取れていますから、4機種揃えられます。」

 

提督「流石は明石だな。」

 

明石「勿論です。翔鶴さんの戦列復帰も兼ねているんですから、気合入れてやりますよ! そ・の・か・わ・り、資材はお願いしますね?」

 

いい笑顔で言ってる事は実務的である。

 

提督「分かったよ。やれやれ、それを強請(ねだ)るのが目的か。」

 

明石「当然です。いい仕事にはいい道具もそうですが、いい材料も必要です。」

 

提督「御尤もだ。資材については請け負おう。心置きなく作業に当たってくれ。」

 

明石「ありがとうございます!」

 

提督「今回の案件が終わったら、間宮のスイーツでも奢るよ。」

 

明石「本当ですか!?」

 

提督「しっかりと計画通り出来ていればの話な。」

 

明石「あ、はい。分かりました!」

 

 こうして直人は、明石のやる気も底上げして造兵廠を後にする。後日の完成を楽しみにする彼であり、明石にしてみれば技術屋としての知的好奇心も込めた大作の完成の予感があった。

 

 

翌日、本土との連絡官である音羽がサイパンへと、爆音と共に戻って来た。

 

10月23日8時39分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「ご苦労様。」

 

音羽「ありがとうございます。」

 

提督「それで、何か伝言とかあったりするかい?」

 

音羽「まず山本海幕長から、“貴艦隊の活躍、見事なり”との祝辞を頂いてきました。また今回の戦闘で得られた情報は全て、今後の立案に可能な限り役立てると言う事です。」

 

提督「そうでなくては困る。何の為に翔鶴があのような目に遭ったか分からんからな。」

 

音羽「その翔鶴さんについて、土方海将と大迫一佐から、無事を祝するとのお言葉を頂いています。」

 

提督「ありがたい事だ。」

 

音羽「また大迫一佐からは、“必要なものがあればいつでも言ってきて欲しい”との言伝(ことづて)も頂きました。」

 

提督「了解した。」

 

音羽「それと、明石さんのデータについては、柱島に出向き、無事納入してきました。」

 

提督「分かった。これで心置きなく、と言うとこだな。」

 

音羽「―――報告は以上です。」

 

提督「ご苦労様。で、初の実戦はどうだったかな?」

 

音羽「・・・パイロットとしての実戦とは、やはり勝手が違いますね。海の上を実戦で航行すると言う感覚に、まだ慣れません。」

 

提督「そのあたりは今後の訓練で解消されていくだろう。何分実戦同様の猛訓練だしな。」

 

音羽「そうですね。ただ―――」

 

提督「・・・?」

 

音羽「“送り出される側”と、“送り出す側”との、心境の違いと言うものは理解出来ました。」

 

提督「・・・そうか。」

 

音羽「では、職務に復帰します。」

 

提督「いや、今日は1日休んでいい。」

 

音羽「ですが―――」

 

提督「命令だ、休め。向こうでは碌に休めなかっただろうしな。」

 

音羽「・・・分かりました。失礼します。」

 

直人に命じられて音羽は執務室を後にする。

 

大淀「提督。」

 

提督「分かってる。あんな言い方しなくても、休んでくれる子だって事はな。」

 

大淀「では・・・」

 

提督「ああでもしないと、あいつは素直に休まん。絶対に、“私は大丈夫”だと言い張るに決まってるんだからな。」

 

大淀「そう言えば、そんな事もありましたね。」

 

 そう、実は着任して間もない頃、同じような状況で休めと言われた音羽が、自分は「疲れてなどいない」と言って休んでいいと言われたのを固辞しようとした事があるのだ。

その時は理路整然と直人が押し通ししぶしぶ引き下がらせたと言う経緯もあり、直人は今回にべもなく休ませたと言う次第だったのだ。

 

提督「さぁ、書類の決裁をするぞ。」

 

大淀「はい。」

 

 

音羽(心配されてますね、私も・・・。)

 

扉の裏でそのやり取りを聞いていた音羽である。

 

「―――どうしたの、音羽。」

 

音羽「あ・・・。」

 

瑞鶴「・・・?」

 

現れたのは瑞鶴だった。手には書類を手にしている。

 

音羽「いえ、何でもありません、失礼します。」

 

瑞鶴「初実戦、よく頑張ったわね。」

 

音羽「・・・ありがとうございます。」

 

瑞鶴「うん。それじゃぁね。」

 

そう言うと瑞鶴は音羽と入れ替わるように執務室へと入っていく。

 

 

提督「翔鶴艦載機の損害がな・・・。」

 

瑞鶴「他の子の艦載機と比べても率が凄く高いのよ。」

 

 瑞鶴の携えていた書類の内容は、母艦航空隊の被害状況と戦果を、各母艦ごとに纏めたものであった。

この書類自体は作戦が終われば毎回毎回提出されるものであり、空母統監である瑞鶴の主幸で、搭乗員の証言その他を集計するなどして最終的な戦果や損害を直人に報告するのである。

 

提督「82%か・・・。」

 

 その内の1枚、翔鶴の書類に記された消耗割合の数字こそ、翔鶴航空隊の激闘を物語るものだったと言えるだろう。

改であった翔鶴の搭載機数は占めて84機。しかし、第一次ベーリング海海戦で失われた翔鶴艦載機は、戦闘による損失51機、修理不能として廃棄されたものが17機の合計68機に及んだ。

その後追加でニコイチ修理が行われた結果更に1機が失われ、翔鶴航空隊の機数は15機(艦戦4機・艦爆1機・艦攻2機・艦偵8機)にまで低下していた。

しかもこの数値はあくまで総機数であり、稼働機は9機(艦戦2機・艦爆1機・艦攻1機・艦偵5機)と言う、搭載定数に比べれば余りの過少さであった。

 

提督「で、補充の見込み立たず、か。」

 

瑞鶴「母艦の方が無くなっちゃったからね・・・残余の搭乗員は今のところ、サイパン飛行場にいるわ。機材は各航空隊の補充に回ったからほぼないけれど。母艦が復旧出来ればいつでも。」

 

提督「分かった、他の母艦についてはどんな感じだ?」

 

瑞鶴「その書類に全部書いてあるけど、少なくとも2割以上の損害を被ってるわ。音羽航空隊も約43%の損害と引き換えに、62隻の撃沈が確実ね。」

 

提督「ほうほう・・・。」

 

書類をめくりながら彼は相槌を打つ。

 

瑞鶴「じゃ、失礼するわね。」

 

提督「うむ、ご苦労様。」

 

瑞鶴は軽く敬礼すると、普段通りの足取りで執務室を後にする。

 

瑞鶴(鏑木さんが戻ってこない、と言う事は・・・提督さんはやっぱり、気遣いの上手い人ね。)

 

執務室から離れながら、彼女はそう思ったのであった。

 

 

提督「金剛。」

 

金剛「何デスカー?」

 

提督「今日確か訓練の日じゃなかったっけ。」

 

金剛「今日は新人さんの処理と検討ネー。」

 

提督「そういう事か、すまんすまん、俺とした事が。」

 

金剛「フフッ。別にいいデスヨー?」

 

提督「そ、そうか。そういえば艦隊の練度の方はどうだい?」

 

金剛「順調デスネー。後で香取さんを呼ぶネー?」

 

提督「そうだな、最近視察も出来てないからな、詳しく聴取したい。」

 

金剛「OKデース。」

 

 

そんな訳で10時38分、訓練教導を終えた香取が執務室へと現れた。

 

提督「お疲れ様香取。」

 

香取「提督も執務、ご苦労様です。」

 

提督「ありがとう。」

 

香取「それで、艦娘達の技量のお話でしたでしょうか?」

 

提督「話が早くて助かる。で、率直にどうかね。」

 

香取「皆さんとても熱心ですから、日に日に向上してます。」

 

提督「それは何よりだ。が、特別何かあったりとかは無いか?」

 

香取「そうですね・・・浦風さんと浜風さんですが、最近特に技量の向上が目立っていまして、浜風さんの雷撃と浦風さんの砲撃は、ともにその水準で他の駆逐艦娘に抜きんでています。」

 

提督「ほう、それはいいことだ。」

 

香取「次に夕立さんなのですが、以前の“タサファロング沖海戦”で発揮した力(※第3部11章~闇よりの強襲!―無謀なる突入作戦―~を参照)の習得に向けて修練を積んでいますが、今のところ成果と呼ぶべきものも・・・」

 

提督「感情がトリガーになるとしたら、恐らく好きに発動出来るようなものでもあるまい。研究と体得もいいが、無理は禁物だ。」

 

香取「承知しています。ただ、霊力発揮量が以前よりも向上の傾向にあります。その力を発動した際にも、霊力の過剰消耗が見られましたので、十分な霊力があることが、発動の条件の一つともみられます。」

 

提督「それはそうかもしれんな。」

 

香取「他には、暁さんの動体視力は目を見張るものがありますね。近頃は感覚を研ぎ澄ます事でより精度の高い回避も可能になったみたいで。」

 

提督「凄いな、まだ伸びるのか・・・。」

 

香取「才能ある艦娘と言うのは凄いですね。伸びしろがどこまであるのか・・・。」

 

提督「全くだ、そう言った才能の持ち主が多数集まってくれたことに、感謝せねばな。」

 

香取「そうですね。」

 

 艦娘とて人である。人である以上才能で左右される事は免れ得ない。

青葉や秋雲がそうであったように、またその対極に暁や金剛、雪風などがいた様に、艦娘にも元より持ち得る素養と言うものがある。暁の才能はその精華を示すと言ってよく、直人も適材適所でその力を振るえるように留意して艦隊を編成しているのである。

 

 

コンコン・・・

 

 

提督「入れ!」

 

「失礼します!」

 

執務室の扉を開けて現れたのは鹿島である。手には1枚の紙を持っている、どうやら書類の一部らしい。

 

鹿島「香取姉、1枚落してましたよ?」

 

香取「あらいけない。ありがとう。」

 

鹿島「いえいえ。」

 

提督「珍しい事もあるものだな、そんなに慌てなくて良かったのに。」

 

香取「いえ、逸早くご報告に上がらなければと思いまして。」

 

提督「真面目だな香取は。いや、結構結構。どうだ鹿島、この艦隊は。」

 

鹿島「本当に、良い艦隊だと思います。賑やかで、笑顔に満ちていて。私、こう言う雰囲気、好きです。」

 

提督「それは良かった。」

 

鹿島「私はまだ基礎訓練中ですけど、私は、第六艦隊に配属になるんですよね?」

 

提督「まぁ、そうだね。」

 

鹿島「どういうお仕事をするんですか?」

 

提督「詳細は香取やらなんやらの方が詳しいと思うが、サイパン周辺の警備と有事の際の防衛、あとは周辺海域を航行する船団の護衛、その航路周辺の事前対潜掃討なんかだな。」

 

鹿島「海上護衛任務、ですか・・・。」

 

鹿島は呟くようにそう言い、あごに手を添える。

 

提督「・・・不服かい?」

 

鹿島「いえ、私もかつては、そう言った任務に従事していましたし、お役に立てると思います。」

 

提督「それについては存じている。正式配置の際はよろしく頼む。」

 

鹿島「はい、お任せください!」

 

提督「うん、では下がっていい。」

 

鹿島「では、失礼致します。」

 

香取は軽く会釈すると、執務室を後にした。

 

香取「・・・失礼しました、書類を落としていただなんて。」

 

提督「構わないよ、結果的に鹿島から話も聞けた。」

 

香取「はぁ・・・。」

 

提督「で、報告事項はさっきので全部かい?」

 

香取「実はもう一つ。」

 

提督「ほう・・・?」

 

含ませぶりに香取がそう言ったのに直人は興味を持つ。

 

香取「江風さんなんですが、性能の上限を明らかに超える火力と雷撃力を発揮していることが分かりました。」

 

提督「それは以前からなのか?」

 

香取「いえ、つい最近です。訓練の度に上昇しつつあります。」

 

提督「それは妙だな・・・炸薬を変えたとか言う話もない筈だが。」

 

香取「なので不自然なんです。」

 

提督「・・・分かった、明石に相談してみる事にする。何か悪影響があってはまずかろうしな。」

 

香取「お願い致します。」

 

提督「うん、ご苦労様。」

 

香取「失礼いたします。」

 

香取は敬礼すると、執務室を出て行った。

 

提督「・・・大淀。」

 

大淀「はい。」

 

提督「最後の話、どう思う。」

 

大淀「ひょっとすると、霊力に関係があるかもしれませんね。」

 

提督「するってーとどういうこったい?」

 

大淀「口調変わりましたね。要するにです。江風さんも霊力の発揮量が向上し、それが火力や魚雷の威力に出ているのではないかと言う事です。」

 

提督「―――ありそうな話だな。だがそれは推測だろう?」

 

大淀「経験則上の話でこそありますが推測です。証拠はありません。」

 

提督「そうだろうね。とにかく、専門家に相談してみる事にしようか。」

 

大淀「はい、そうするのが宜しいかと存じます。」

 

 こういう時こそ、独断と偏見でものを見るのは大変危険である。“餅は餅屋”と言う事もあり、直人は明石に相談を持ち掛ける事にしたのだった。尤も、その明石は今翔鶴の極改装で多忙の身ではあったが。

 

 

そして案の定、明石は手が離せないと言う事で代理で夕張が応対した。

 

15時30分 造兵廠建屋前

 

提督「―――と言う訳なんだが。」

 

夕張「ふむふむ・・・訓練の際に横で見ていた事はありますが―――改めて実例でデータを取りたいんですが、良いですか?」

 

提督「ええで。16時、訓練水域でいいか?」

 

夕張「ではそのようにしますね。」

 

提督「あいよー。」

 

相談を終えて夕張と直人はその場を離れる。造兵廠の中からは、金属を加工する工作機械の音が轟々と唸りを上げていたのが少し離れたところからも響き渡ってきた。

 

 

15時55分 司令部前訓練水域

 

司令部正面の訓練水域で、香取と一緒に江風を待つ直人。

 

提督「―――よぉ江風。」

 

江風「おう提督。」

 

そこへ江風が艤装一式を纏いやってきた。直人は軽装で、背部艤装と脚部艤装オンリーである。

 

提督「すまんな江風、呼び出して。」

 

江風「別にそれはいいけどサ、一体どうしたっての?」

 

香取「江風さんの艤装が、データ上の計測値よりも高い数値の砲力と雷撃力を示していまして。」

 

提督「それで夕張に相談したら、データが欲しいとよ。」

 

江風「なんだいそりゃ、いつも通りだと思うんだけどなぁ。」

 

提督「まぁまぁそう言わず。」

 

江風「うーん・・・わかったよ。」

 

夕張「すみませーん・・・!」

 

そこへ遠くから夕張の声がした。

 

提督「揃ったな、では準備を。」

 

香取「はい。」

 

夕張「フゥ、間に合いました!」

 

提督「間に合ったも何も、普通に4時前や。」

 

夕張「そうでした!」

 

提督「全く、そそっかしいね。」

 

そう言って笑顔を浮かべる直人であった。

 

 

ドォン・・・ドォン・・・

 

 

データを取ると言っても、やる事は単純である。江風正面1000mにある基礎訓練で使う砲撃訓練用標的に計測装置を取り付け、1発1発丁寧に撃ち込んでいくだけである。

 

提督「・・・射撃の成績は優秀だな。」

 

その着弾点を見ながら直人は言った。江風の、中心の円に対する命中率は6割を超えていた。

 

香取「あのレベルは駆逐艦達の間では平均です。」

 

提督「マジで?」

 

香取「もっとやる子は7割以上です。浦風さんや天津風さんなどは実に8割近いレベルですから。」

 

提督「・・・よくやってくれたね。」

 

香取「猛訓練の成果です。」

 

提督「だな。」

 

夕張「・・・これは凄いですね。」

 

提督「お、どうだ?」

 

夕張「あ、はい。どの球も現時点におけるカタログデータに対して、2割近く高い火力です。」

 

提督「それ凄くない?」

 

夕張「それどころじゃありません、艤装がオーバーロードする可能性があります!」

 

提督「やばいね。」

 

夕張「すぐに改修しましょう。」

 

提督「え、でも明石は手が離せないのでは・・・?」

 

夕張「ほら、そこに暇そうにしている深海棲艦が。」

 

提督「・・・。」

 

余りの言い様に絶句した直人である。

 

 

16時28分 技術局ロビー

 

 司令部前ドックの北側には、直近に技術局が建てられている。さほど大きな建物ではないが、造兵廠が本格稼働する前は技術開発を行っていた建物である。

ついでに3床の病室と医務室、薬剤室もここにあり、身体管理課の如月と医務課の白雪、雷はここに詰めている事が多い。

そして、その技術局を預かるのが・・・

 

局長(モンタナ)「ドウシタ今日ハ、連レガ多イヨウダガ。」

 

提督「最近暇そうな局長にお仕事です。」

 

局長「ホーウ。」

 

 “局長”こと、ル級改Flagship「モンタナ」である。

遡る事2年以上前、まだ艦隊が横須賀近郊の八島入江(旧・観音崎)に母港を置いていた時起こった横須賀防衛戦(※第5章~横須賀防衛戦~を参照)の折に直人が自ら白兵戦の末に捕虜とし、その後互恵関係を築いた相手でもある。

 

提督「この江風の艤装の改修を頼みたい。詳細は夕張に説明させるから、仔細は任せる。」

 

局長「チョット待テ。」

 

提督「どした?」

 

局長「イヤ、私ハ構ワナイガ、コレハイツモダト造兵廠(明石)ノ仕事デハナイノカ?」

 

提督「その明石が、手が離せないとの事だったんでな。」

 

局長「成程ナ・・・分カッタ、引キ受ケヨウ。」

 

提督「助かる。お前にしても艦娘のブラックボックスに触れる機会だ、興味があるだろ?」

 

局長「悪シ様ニ言ウンジャナイ。」

 

提督「冗談だよ。じゃ、夕張、江風、あとは預けるぞ。」

 

江風「オウ!」

 

夕張「はいっ!」

 

提督「じゃ、行こうか香取。」

 

香取「はい。」

 

一通り役目を放擲すると、彼はさっさと香取を伴って技術局を後にするのだった。

 

 

 なお、改修作業は2日程度で終わり、特に今回は局長がやらかすでもなかったそうな。なまじ手腕が優秀であるだけに、たまにやらかすと目を覆うような装備の豪華さになる事があるのだから困りものである。

 

 横鎮近衛艦隊は再び元の平静へと回帰した。

多少状況が変わろうとも、彼らが変わる訳ではない。だが、彼らにとっての平穏なひと時は、確かに存在していた。近頃は激務に激動続きのこの艦隊に属する艦娘達の中にも心の余裕を持つ者が出始め、休暇制度が漸くと言っていい時を経て稼働し始めてもいた時期に当たっている。

 既に100隻を優に超える艦艇を有する横鎮近衛艦隊。次なる戦場を求め、その牙はより鋭く、よりしなやかに研ぎ澄まされている。だがその向けられるべき先は、些か複雑になりつつあった。

 

 講和派深海棲艦の出現によって、それまで深海棲艦を掃滅しない限り終わらないと思われていた深海との戦争。しかしそこへ、平和と共存を望む一派が現れた事は、強硬派の論戦に一石を投じるに足りたのだ。

即ち、“深海との講和が可能ならば、無理に戦う必要などないのではないか。”と言う事である。やるしかないと思われていたものではあったが、必ずしもそうでない事に、本意と不本意とを問わず()()()()()のだから。

 そしてその事は、艦娘たち自身の存在意義にも深く根強い疑問を投げかけるに至る。

 

―――自分たちが武器を納めた時、その後どうすればいいのだろうか?

―――この戦争が終わったら、私たちはどうなるのだろうか?

―――この戦争が終わった後、私達に存在する意味はあるのだろうか?

 

図らずも直人が艦娘達に与えようとした“余裕(ゆとり)”は、艦娘達にそうした根源的疑問を抱かせる、心の間隙(かんげき)を生み出す事にも繋がったのであった―――。

 

 

 

~次回予告~

 

 横鎮近衛艦隊に与えられた次なる戦場、

それはベンガル湾を超えてアラビア海に至るルートであった。

西方海域に用意された、横鎮近衛艦隊を誘導しようとする策謀、

危険が待ち構える荒漠の海を目指して今、

装いを新たにした翔鶴と江風、そして横鎮近衛艦隊が抜錨する!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部2章、『航空決戦! ―コモリン岬の白鯨(はくげい)を討て!―』

艦娘達の歴史が、また一ページ・・・




艦娘ファイルNo.147

陽炎型駆逐艦 嵐

装備1:12.7cm連装砲C型
装備2:九四式爆雷投射機

 陽炎型駆逐艦の16番艦で第四駆逐隊のメンバー。駆逐隊内では旗艦の野分と小隊(コンビ)を組む。
能力としては平凡でこそあるものの、野分との連携に於いては一日の長がある。
トリビア:実は15番艦の野分より起工から竣工まで嵐の方が早い。


艦娘ファイルNo.148

陽炎型駆逐艦 萩風

装備1:12.7cm連装砲C型
装備2:25mm連装機銃

 陽炎型駆逐艦にして第四駆逐隊のメンバー、小隊内では舞風と小隊(第二小隊)を組む。
こちらも能力は平凡だが夜戦に対する適正に不安を有している。またマイペースで元気な舞風とのコンビと言う事もあり、コンビネーションでは第一小隊に譲る。


艦娘ファイルNo.149

香取型練習巡洋艦 鹿島

装備1:14cm連装砲
装備2:12.7cm連装高角砲
装備3:九四式爆雷投射機

 香取型の2番艦であり、かつては海上護衛総隊の旗艦を務めた事もある海上護衛のエキスパート。
提督に対し司令部防備艦隊の仕事についての質問をしたのにも見られるとおり、真面目で素直な性格である。能力的には艦種の都合もあって中の下と言った塩梅でこそあるが、香取もそうだが高い巡航性能と航行時の安定性、司令艦として運用する分には申し分ない司令部設備を有している。


艦娘ファイルNo.EX1

雲龍型航空母艦 音羽

装備1(17/熟練):零式艦戦五二型
装備2(19):彗星一二型
装備3(23):流星一一型
装備4(3):彩雲一一型

 雲龍型の艤装をベースに噴式艦載機運用を想定した改造を施したもの。適合者は鏑木 音羽。
装備に噴式機は無いが、研究時点で概念実証(艦娘用噴式艦載機が三技研の保有する所でなかった)であった為に、その装備は主に現実のエセックス級の改装を参考にしている。
改とは付かないが雲龍型改相当の艤装である為搭載機数は多いものの、原形の69機に対して62機に搭載機数が減少している。その他の性能については雲龍型改とほぼ同じ。


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第4部2章~航空決戦! ―コモリン岬の白鯨(はくげい)を討て!―~

お久しぶりです、天の声で御座います。

青葉「恐縮です、青葉です!」

あかり「紲星あかりです!」

 紲星あかりちゃん、天の声サイドのガヤということで、契約()はしてないと言う事は前にツイッターでは言いましたが、小説登場は今のところ考えていません。
というのも、出すとして非常に悩ましいからです。主に立ち位置やら出番やらの関係です。
ただでさえ100人以上登場していて使い切れていない(現状半分以上がほぼ駒扱い)ので、提督周りのキャラクターでないと確実な使いどころがないのですが、副官枠が大淀、連絡官が鏑木三佐(オリキャラ)、秘書艦枠が基本金剛で埋まってしまっているので、枠がありません。
 そもそも連絡官や副官の所で紲星あかりを使うと言う点に関してはそもそもが私は違うと思う訳で・・・

あかり「なんでですか!?」

 キャラに馴染まないでしょ。
大淀は副官キャラとしては非常に適任だし、鏑木一佐は近衛艦隊には絶対混じらない外部キャラと言う立ち位置で、知り合いのネットユーザーをリモデル(本人許可済み)して完成させたキャラなので、言っちゃえば連絡官と言う立ち位置は最も相応しい。
 その点あかりちゃんは大体の場合が明るいキャラとして描かれる(形は様々だが)傾向が強いからそういうキャラとこの硬い2枠は合わない。

あかり「うぐぐ・・・。」

さりとてどっかの秘書枠にしろ艦娘枠にしろ、出そうとすると間違いなく腐らす。ので今のところ出す予定はありません。

青葉「本心は?」

出したい(迫真)

青葉「でしょうね・・・。」

 でも出しても意味のない役回りばかりなので断念しています。無念。(以上は2019/03/28当時の見解)

 そして今回は解説事項はありません!
 お待たせしたファンの皆様には大変申し訳なく、そして、お待ち頂き有難うございますと言わせて頂きたいです。時間に押されつつ組み上げる事が出来たプロットを手に、本編に参りたいと思います!

追伸:日向改二万歳!

天の声・あかり・青葉「「スタートです!!」」


―――2054年もいよいよ11月に入った頃。

この時期と言うのは、横鎮近衛艦隊の面々も再び落ち着いた平時の日々を過ごしており、艦隊は研鑽と戦力増強を重ねる日々を送っていた。遠征任務以外には出撃任務もなく、休暇を取る艦娘もまた増えていた。のだが―――

 

 

11月1日7時18分 中央棟2F・提督執務室

 

この日、いつも通り提督執務室の自身の椅子に座っていた直人は、前方の空間に視線を置いて難しい顔をしていた。

「・・・。」

 

大淀「・・・どうされました?」

 

提督「いや―――金剛いない事って、こんな違和感あったっけって思って。」

 

大淀「あぁ・・・金剛さんが、秘書艦席に座っているのが普通でしたからね。」

 

 彼がじっと見つめていたのは金剛のいつも座っている秘書艦席だった。よりにもよって金剛が休暇を取るのは、直人をして流石に違和感と意外さを禁じえなかったようである。更にはついでと言わんばかりに榛名も休暇届が出ており、2人揃って本土に行ってサイパンを留守にしていたのだ。

 

「まぁ、そんな事が出来る程度には、艦隊の指揮官級も育ってきた、と言う事かね。」

 これまで金剛は艦隊の総旗艦として、未熟な旗艦級艦娘達を支える立場として休暇を取る事を手控えてきた節がある。事実直人が声をかける以外で、彼女が休暇を取る事は稀であったのも事実である。

だがこの時艦隊は瑞鶴と霧島が分担して艦隊指揮を代行、演習を神通が総指揮をとる形で、また遠征業務はいつも通り大淀が取り仕切る形で、金剛と榛名抜きで艦隊が運営されていたのだ。これはいよいよ大きな一歩と言えるだろう。

 

大淀「それはそうと、本日の秘書艦、どうされます?」

 

提督「・・・。」

 

金剛がいないと言う事で当然その事に思い当っていた彼は、顎に手を当て首を傾げて考え込んだ。そして一人の艦娘を呼び出すのである。

 

 

~7時27分~

 

長波「えっ、私が!? なんで!!?」

 

提督「()()()()()だ、諦めてお縄に就かんかい。」

 

長波「ちぇ~っ、それだったら妙高さんとか神通さんとか、他にもいただろ?」

 

提督「気分だ。」

 

長波「気分・・・。」

 

直人の散々な言い分を聞いてげんなりする今回の不幸な艦娘は長波であった。

 

長波「はぁ、分かったよ仕方ないな。」

 

提督「助かるぜ。」

 

長波「ま、金剛さんがいないし、一人じゃ大変だろうしな。」

 

提督「ありがと!」

 

長波「―――提督、そんな無理矢理頼み込むようなヤツだったか・・・?」

 

提督「無理矢理ってか命令だかんね?」

 

長波「拒否権なしかよ・・・。」

 

提督「そうだぞ!」

 

長波「やれやれ、なら最初からそう言えよなー。」

 

清々しいまでの笑顔で言い切る直人に、苦笑と共に秘書艦席に着く長波なのであった。

 

 

 その翌日、同じ手口で鳥海を秘書艦に任じ(快諾され)、執務を終えた午後、直人は明石に呼び出される。

呼び出し先は造兵廠、ここへ明石が呼びつけるとして、理由は一つしか思い浮かばなかった・・・。

 

11月2日13時54分 造兵廠前

 

明石「あ、提督がお見えになりました。提督~!」

 

提督「ほーい! ん、隣にいるんは翔鶴か。」

 

翔鶴「提督!」

 

 呼び出された直人を造兵廠の前で待っていたのは、明石と、装いを新たにした翔鶴であった。

明石に見せられたその最終的なスペックは、直人に驚愕を与えるには十分に余りあったと言える。

 

 背後の背部艤装は大型化し、それまで右肩にマウントしていた飛行甲板が背部艤装の左サイドに可動式でマウントされ、中折れ式でスペースを取らないよう配慮され、右側には矢筒が開口しており、瑞鶴と同じように背部艤装と一体化した形状になっているが、斜め45度になっているのが差異となる。

 飛行甲板の形状もアングルドデッキと舷側エレベーター2基を含む4基のエレベーター、艦首に2基、アングルドデッキに1基、合計3基のカタパルトを備えた近代的な仕様になっており、翔鶴を改造したと言うよりは、翔鶴の名を冠した二代目と言う風情に名実共に仕上がっていた。これは戦没している海上自衛軍初の大型空母であった「しょうかく」とのマリアージュの結果である。

 

 対空火器に関しては何故か現代式のCIWSや速射砲ではなく、第二次大戦(WWⅡ)後に配備を開始され普及した、Mk.33/34 3インチ(76.2mm)艦砲システムを装備している。

これはどうやらSCB-27A仕様のエセックス級の影響を受けたもののようで、25mm機銃が翔鶴の装備からは姿を消していて、片舷に連装型のMk.33を10基、単装型のMk.34を6基、合計で26門ずつを搭載した。

 それどころか高角砲は10cm単装高角砲へ換装されたが、揚弾機構が電動化、半自動装填機構が自動化された完全自動砲「10cm単装高角砲改」となり、翔鶴極改二ではこれを舷側部に新設したアイランド部に片舷4基づつ装備している。連装高角砲が単装になっているのは、大きなアイランドを用意する事が難しかったからであろう。

 

 航空艤装は前述の3基のカタパルトを搭載、これは蒸気式カタパルトではあるものの、現在の搭載機は零戦の最終型(五四型)や流星などであることから、能力的には十分と言える。

更に甲板やエレベーターは将来の大型新型機運用に備えての改修が施され、飛行甲板の装甲化による甲板強度の向上と防弾化、その耐熱化による噴式機運用への対策、それらを支える構造材やエレベーターの新設計による耐用重量上限の引き上げが為された。

 そして格納庫は2段を維持し、艦首がエンクローズドバウに改修された事を受けての格納庫の一部開放化、格納庫1段ごとの天井高の1m引き上げ、格納庫構造の再構築による防御面での改良を含め、形式上は翔鶴の拡大発展型となるこの空母型艤装は、戦訓や技術を参照した最新鋭空母にも劣らない能力を手にしたと言っても過言は無かった。

 

 艦娘に艦のサイズは関係ないとしても、そのカタログ上は全長280m、飛行甲板までの深さ25.3m、水線幅28.5m、更に艦首や艦尾の上部構造により、飛行甲板のサイズは273.6×35.3m、更に艦橋も右舷中央部に建て直され、煙突と一体化されたその姿は、大鳳型の設計を反映した、この世界に於ける大鳳に次ぐ新型とされた「改大鳳型航空母艦」そのものであり、排水量は実に4万6300トンに及ぶ大型空母である。

この大きさは翔鶴型より二回り以上大きく、大鳳型やエセックス級とでさえも一回り大きく、その諸元はミッドウェイ級航空母艦に匹敵、その搭載機数は現時点で悠々と100機を超えてしまったのである。

それでいて速力は機関出力の大幅な増大で当初の34ノットを完全に維持したばかりか、1ノット増加して35ノットとなっており、瑞鶴と問題なく艦隊行動が可能となっている。これが何を意味するのか、極改装はいとも容易くIFを手繰り寄せると言う事を意味していたのである・・・。

 

 

提督「これは―――。」

 

 直人が驚愕した様な声をどうにかして平静で装うとしたのはありありと分かった。当然だ、いくら事態が事態だったとはいえ、これは新たな艤装を―――新たな艦級(クラス)を生み出したに等しいのだから。

 

翔鶴「翔鶴、戦列に復帰します。」

 

提督「うむ・・・明石。」

 

明石「なんでしょうか?」

 

提督「よくやった、と言いたい所だが、これだけのデータは何処から来た? 搭載機数121機だと? 翔鶴型の基本設計ではこれだけの事は出来ん筈だ。」

 

明石「それは、これまでの戦訓や運用データです。膨大なデータの蓄積が、例え別世界であろうとその“可能性(もしも)”を引き寄せるんです。」

 

提督「可能性(もしも)・・・それは、安定性は大丈夫なのか?」

 

明石「そこは御安心下さい。」

 

提督「何故言い切れる?」

 

明石「この極改装の仕組みは、PIPL(ピップル)システムを下敷きにしたものです。暴走に備えたリミッターは万全を期しております。これは金剛さんも同様です」

 

―――PIPLシステム、通称「ケッコンカッコカリ」と呼ばれるそれは、このようなところで息吹を増していた。この極改装は、言うなればこのPIPLシステムを発展させ、膨大なデータを要する事と引き換えとして、艦娘を全くの別物へと生まれ変わらせる事が出来るシステムだったのである。

 そもそも金剛に対し極改装が出来た要因は、彼女がその指輪を受け取っていた事、明石がシステムについてのデータを取り、そのリミッターが過剰過ぎるほどに強固な事を確認、逆用した事。

この事がなければ、翔鶴はこのような短期間で、これだけ強く、逞しく再就役する事は不可能だっただろうことは想像出来る。

 

提督「・・・分かった。だが、艤装の安定性には万全を期してくれ。最大出力で回しても大丈夫な様、マイナーチェンジは決して怠るな。」

 

明石「お任せ下さい。」

 

翔鶴「この力があれば、今まで以上にお役に立てます!」

 

誇らしげにそう胸を張って言う翔鶴。

 

提督「頼むぞ。」

 

直人は簡潔にそう答えたのみだった。

 

提督(条件こそあるが、確かにこの技術は強力だ。だが―――)

 

この技術を乱用する事にどのようなデメリットがあるか―――運用には慎重を期さねばならん。

 

彼はこの強力で且つ魅力的でもあるこの技術に対し、危機感を抱かざるを得なかった。綺麗な花には棘がある様に、うまい話には裏がある様に。決して明石を疑う訳ではなかったが―――。

 

 

その日の夕方、彼は鳳翔と談笑していた。

 

16時17分 艦娘寮一号棟1F・鳳翔の部屋

 

鳳翔「・・・提督。」

 

提督「どした。」

 

鳳翔「時々、思う事があるんです。」

 

提督「・・・?」

 

珍しく神妙な面持ちになる鳳翔の言葉に、直人は耳を傾ける。

 

鳳翔「提督は私を、司令部防備艦隊の旗艦として、扱って下さっています。ですが、いつか、私達のような存在が、世界からその存在する価値を無くすとしたら、私達は、どうなるのでしょうか。」

 

提督「それは・・・。」

 

鳳翔「私達は艦娘です。本来、このような事を考えるのは、筋ではないかもしれません。ですが敢えて、問題として提起するべきだと、そう思ったんです。」

 

提督「・・・。」

 

 司令部防備艦隊は、他の3個艦隊に比べて余裕のある立場であり、その旗艦である鳳翔も、最初期の頃から艦隊に在籍する艦娘の一人として、多くの物事を考えたに違いない。

その鳳翔をしてこの思いに至らしめたのは必然とも言うべき事柄でもあった。現在のところ艦娘は「戦争に必要不可欠な駒」としてその存在価値を認める、若しくは“認めざるを得ない”存在としてその存在を赦された者達だ。

だが、深海棲艦との戦争が終わった時、彼女たちはどう遇されるのであろうか。鳳翔が不安に思うのも、故無き事ではない。

 事実として、艦娘に対する抑圧を行うないし、そもそもその存在自体を認めない者達が一定数いる事は、過去の実例がそれを立証し給う所である。

それを踏まえれば、殆どの人間が具備する事を赦されなかった“力”を備える艦娘達を、人間達が戦後に排除しようとするかもしれない、と言う事である。

そんなことになれば、それまで艦娘達がしてきた事は完全に否定された事になり、その存在意義も意味を失ってしまう。

 

提督「俺はまだ、それを語るには時期尚早だと思う。だが―――」

 

鳳翔「・・・?」

 

提督「―――俺は必ず、お前達を守る立場に立つ。俺だけじゃない、これは提督達、全員の義務だろう。」

 

鳳翔「・・・ふふっ、提督なら、そう言って頂けると思ってました。」

 

提督「当たり前だろう。大事な部下達だしな。それに俺は、ここにいる艦娘達を家族も同然と思ってる。同じ家族を、守らずしてどうする?」

 

鳳翔「提督・・・。」

 

提督「俺は、もう家族の元を離れて久しいからな。その俺にとって家族と呼べるのは、お前達だけ。だがそのおかげで、少なくとも寂しくは無いよ。」

 

鳳翔「―――当然です。」

 

提督「・・・?」

 

鳳翔「提督は皆さんに慕われていますし、よくして下さいますから。それに・・・」

 

提督「それに?」

 

鳳翔「―――例え皆さんが貴方の元から離れても、私は、貴方の傍にいます。絶対に、寂しい思いにはさせませんから・・・!」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

 表立っては彼はそう述べただけだったと言う。しかし鳳翔には彼の心中に言語化出来ない複雑な思いがある事も分かっていた。

だからこそ鳳翔は何も言わなかったし、彼にとっても、それで充分であった。

 

 

夕食の際、今度は大鯨とエンカウントする。

 

20時51分 食堂棟1F・大食堂

 

大鯨「あの、提督。」

 

提督「どした。」

 

食事を口に運ぼうと手を動かしながら直人が答える。

 

大鯨「私、折角航空母艦に改装して頂いたのに、どうしてまた潜水母艦なのでしょうか・・・。」

 

提督「うん、そりゃね、改装する時に潜水艦娘達からあんだけ猛抗議されりゃ考えてしまうよね。」

 

大鯨「え、そうだったんですか!?」

 

提督「いやそうなんだよ・・・あれ、大鯨は知らなかったのか。」

 

大鯨「え、えぇ。あの子達、私の知らない所でそんな事を・・・。」

 

提督「因みに、“ユーちゃん”は関係ないぞ。」

 

大鯨「そ、そうですか。」

 

U-511(さつき1号)「―――あ、提督。」

 

提督「ん、やぁユーちゃん。ここにきて4か月になるが、調子はどうだい?」

 

U-511「は、はい。大分、慣れて・・・きました。」

 

提督「それは何より。」

 

 “さつき1号”ことU-511が横鎮近衛艦隊に着任したのはこの年の7月の事である。FS作戦直前、鈴谷改装の裏で、横鎮近衛艦隊に対する辞令が発せられていた訳である。

そもそもはと言えば、彼女はポート・モレスビー攻略作戦やその時同時に起こったトラック沖海戦の最中に、遣日潜水艦作戦によって単身インド洋を突破してきた剛の者であり、実の所、配属先未定の所を直人が拾ってきた艦娘である。

 配属先未定だったのには実の所理由がない訳ではない。と言うのは、U-511は日本語の知識がプリンツ・オイゲンなどと比べてまだない状態で、その慣熟に時間が必要だったことがまず一つ。2つ目は、潜水艦戦力が全体として充足率が高かった事が挙げられる。

と言うのもこの時期になると新型の潜水艦、「潜特型」伊四〇一が各地の艦隊に着任しており、一方で横鎮近衛艦隊にはいない。彼が利用したのは正にその状況であり、U-511を除くと5隻しかいない状況は現在でも変化していない。

 

U-511「オイゲンさんや、レーベもいるから・・・この艦隊の事、分かって、来ました。」

 

提督「そりゃ良かった。」

 

U-511「はい。それでは・・・。」

 

提督「・・・最初の頃って肌白かったけど、最近はなんかちょっと焼けてきてない?」

 

大鯨「確かに・・・。」

 

明石「―――おっ、潜水艦隊と提督の会合ですか?」

 

突然の呼び声にびっくりする直人、動揺しながらなんとか言葉を返す。

 

提督「お、おどかすなよ。まぁそんなとこだけどさ。」

 

明石「すみません♪ で、そんなお二方に提案です。」

 

提督「どった。」

 

明石「潜水艦、増やしたくないですか?」

 

提督「増やしたい。」

 

大鯨「素直ですね。」

 

明石「そんな素直な提督さんに、ちょっと早いサンタさんです!」

 

提督「おっ、なんだか藪から棒ですがなんざんしょ。」

 

今日もノリノリの明石さんに軽いノリで付いていく直人である。

 

明石「実は青葉さんの持ってる情報網から得た話なんですが、例の潜特型、大型建造で建造するレシピを入手しました!」

 

提督「―――マジで?」

 

 ちょっと身を乗り出しながら食いつく直人である。ユーちゃんと話しながら潜水艦戦力の不足に嘆息している真っ最中であったから尚更である。

 

明石「明日やってみません?」

 

提督「―――よろしい、一度やってみよう。」

 

ちょっと考えた後彼はそう答えたのであった。

 

 

11月3日6時57分 中央棟2F・提督執務室

 

提督「さて、建造発注も終わったし早速―――」

 

執務を、そういいかけた時、卓上の3D投影コンソールが着信を告げる。

 

提督「執務室。」

 

明石「“建造棟です、3回で当てましたよ!”」

 

提督「お前マジでか!?」

 

 史実では不運な最期を遂げた明石であったが、ここでは諸氏もご存じの通りとんでもない幸運艦である。その豪運はこの時もいかんなく発揮されていたと言えよう。

 

明石「“高速建造剤はどうしますか!?”」

 

提督「使って、どうぞ! すぐに行く!」

 

明石「“はいっ!”」

 

大淀「良かったですね提督!」

 

提督「いやホンマに・・・資源ドカ食いしなくて良かった。じゃ! 行ってくる!」

 

大淀「はい!」

 

 

7時02分 建造棟1F・建造区画

 

提督「明石っ!」

 

明石「提督!」

 

「え、提督?」

 

提督「よくやったぞ明石! で、そちらが?」

 

明石「はい! さ、自己紹介を。」

 

「あ、はい! 潜特型二番艦、伊四〇一です。しおいって呼んでね。」

 

提督「はいよろしく。」

 

タッタッタッ・・・

 

大鯨「―――提督、お呼びでしょうか?」

 

提督「ナイスタイミング、潜水艦の新人だ。」

 

こんな綺麗なタイミングでやって来るのは、大淀がすかさずインカムで呼び出したからである。因みに大淀はインカムを使い明石がソリビジョンを使ったのは、実はこの時明石は身に着けていなかったからである。

 

しおい「へぇ。あなたがここの提督さんなんだ。」

 

提督「そうだぞ~、お前の提督だぞ。」

 

しおい「了解! よろしくお願いします!」

 

提督「ん。大鯨、艦隊案内してあげて。訓練参加はその後でいいよ。」

 

大鯨「はい!」

 

この時直人は、しおいが大鯨の名を聞き首を傾げたのを見る。

 

提督「―――あぁ、そうか。しおいは“大鯨”を知らないのか。潜水母艦の大鯨、またの名を航空母艦龍鳳だ。潜水艦隊の旗艦をしてるから、覚えておいてくれ。」

 

しおい「あ、龍鳳さんか! よろしくお願いします!」

 

大鯨「はい、よろしくお願いしますね。」

 

実はしおいの進水は44年3月11日、就役に至っては45年1月で、彼女は佐世保生まれであり、龍鳳は呉が母港であった上、大鯨が改装されたのは42年の暮れの事だった為、“大鯨”の名をしおいは知らないのである。

 

提督「と言う事で大鯨、あとは任せるぞな。」

 

大鯨「はい!」

 

提督「んじゃ、俺はまた戻るよ、大淀に怒られるしな。」

 

明石「はい、頑張って下さいね!」

 

提督「ん。」

 

 軽く手を上げて直人はいそいそと建造棟を後にする。かくして横鎮近衛艦隊は見事、7隻目の潜水艦を手にした訳である。しかも戦略的な運用が可能な潜特型潜水艦であり、彼としてもこれは吉報と言えた。

横鎮近衛艦隊はこれによって再び戦略的な作戦の幅を広げた事にもなり、ただでさえ高い戦略作戦能力がかさましされた結果になるのだった。

 

 

11月5日14時、連絡任務でサイパンを離れていた鏑木二佐が本土から戻ってきた。

 

14時29分 中央棟2F・提督私室

 

 戻ってきて最低限の身だしなみを整えた彼女は、純白の二等海佐の制服を着て、左手に膨らんだ茶封筒を携えて直人の下に来ていた。

艦娘としての彼女の扱いは、空自軍の三佐に対して二等海佐の待遇を受ける身なのである。

 

提督「で、どうかしたか?」

 

自室のソファに腰掛けながら彼はそう聞いた。

 

音羽「はい、実は山本海幕長から、こちらを預かってきました。」

 

提督「ほう? また書類が沢山入ってそうだな。」

 

茶封筒を受け取った彼はそう嘆息する。

 

音羽「作戦指令書だと、伺って参りました。」

 

提督「だろうな。」

 

音羽「下がって宜しいでしょうか? 提督。」

 

提督「構わない・・・が、大淀をここに呼んでくれ。」

 

音羽「了解しました。では。」

 

 

鏑木三佐が退室してから10分ほどたった後、代わって大淀が直人の自室に現れた。

 

大淀「お呼びでしょうか。」

 

提督「例の、これだよ。」

 

そういうと彼は目の前の机に書類が入っている茶封筒をドンと言う音と共に置いた。

 

大淀「成程、作戦ですか。」

 

提督「うん。今回も一緒に確認しようとね。」

 

大淀「では、お供させて頂きます。」

 

提督「ん、ありがと。」

 

 そういって大淀に差し出されたハサミを手にすると、彼は慣れた手つきで茶封筒を開封する。

中身は書類の束ともう一つ、今開けたのよりは小さめの茶封筒が入っていた。取り敢えず彼は書類の1枚目に目を通す。タイトルに当たる部分には「アラビア海方面陽動作戦に関する指令書」と書き記されていた。

 

提督「また西方戦線か、好きだね全く。」

 

大淀「しかし陽動と言うのはどういうことなのでしょうか・・・。」

 

提督「その辺はまぁ、書いてあるでしょ。」

 

そう言って彼は読み進める。その内容を要約したものが以下の通りとなる。

 

 

アラビア海方面陽動作戦に関する指令書

発:大本営軍令部総長

宛:横鎮近衛艦隊司令官

 

〇本文

横鎮近衛艦隊は11月中旬を期して、アラビア海方面に潜行し、

指令書に記載されたる当該目標の調査と、可能ならばその掃討を図られたし。

 

 

提督「当該目標ぉ?」

 

いつになく曖昧な書き方に眉をしかめた直人。

 

大淀「なんなんでしょうか・・・。」

 

流石の大淀も首を傾げた。

 

提督「まぁ、読めば分かるか。」

 

そう言って読み進めた直人は、大凡の事情を把握した。

 

 そもそも陽動である理由は、当然主作戦があった。その主作戦と言うのが、サンタイザベル島を含む中部ソロモン諸島方面の基地に対する大規模な輸送作戦の為であった。

ただ、この作戦には輸送船による輸送も内容に含まれており、特に敵に対して目と鼻の先であるサンタイザベル島に対する輸送には、相当なリスクを伴う可能性が高い。

 そこで立案されたのが大規模な陽動を行う事だったが、()()()()()()()()では見当違いなところから兵力が引き抜かれる事になりかねず、大規模とは言うものの、戦力面での話ではそれ程投入する事は出来ない、と言うのが大本営の結論だった。

ではどうするのか、作戦面での規模を大きくするしかない。だがそれを可能にするには、高い練度と戦略的展開能力の大きい部隊でなくてはならない。そこで白羽の矢が立ったのが、紀伊 直人が率いる横鎮近衛艦隊だった、と言う訳である。

 横鎮近衛艦隊は、重巡鈴谷を用いる事で戦略的にも高度な展開能力を有する。

この特徴は、各基地の防備艦隊を除けば稀有な艦隊である事を示しており、しかもその防備艦隊自体は、泊地防衛の観点から引き抜く事は出来ない。となれば、必然的に彼らを使うしかないのだ。

 

 そしてその目標に指定されたのが、アラビア海に潜伏していると思われている「ある存在」の調査であった。

アラビア海は長らく、水上と水中の両面から深海棲艦によって封鎖されてきたが、こと水上に関しては、東アフリカに母港を構えていた空母機動部隊と、アデンを母港としていたインテゲルタイラント率いる水上打撃群が、二度に渡る横鎮近衛艦隊による遠征の結果どちらも壊滅しており、代替する予定の部隊が再建途上である事から、海上封鎖能力は格段に弱まっていた。しかしなおも懸案事項として残っていたのが、敵の水中戦力、即ち潜水艦による脅威だった。

 そして、その中核と思われていたのが―――

 

提督「―――“コモリン岬の白鯨(はくげい)”、か。」

 

大淀「提督は御存じですか?」

 

提督「伝聞程度だがな。最初に“()()”と思しきものに遭遇したのが、インド亜大陸の南だった事からついた渾名だ。尤も、渾名だけでそれが何なのかさえ分かっていない。分かっている事は、それが水中に隠れ潜んで攻撃してくる事だけだ。人前で一度だって姿を晒した事は無い。」

 

大淀「成程、それで正体不明なために付いたのが、“白鯨”の渾名だった訳ですか。」

 

提督「まぁそう言う事になる。最初に見つかったのは戦いが始まって間もない2044年の事だ。それだけに、半分くらい伝説の存在だ、と信じられてさえいる代物だが、存在するのは間違いない()()()。」

 

大淀「らしい、と言うのはどういう・・・?」

 

提督「誰一人として目にした事がないからさ。だからそれがどんな奴で、どんな姿をしているのか、そもそも()()()()()()()さえ分からない。つまり、手掛かりは過去の出没地域だけ、困難極まりない任務だ。」

 

大淀「では、“白鯨”と言うのは一体?」

 

提督「それはアメリカの有名な文学作品が出典元だな。別にそいつが白かったから、とかではないと思う。そんな話さえ聞いた事がない。」

 

 アメリカの文学作品で最も有名なものの一つとしてハーマン・メルヴィルの超長編小説「白鯨(日本版題名)」がある。内容としては、19世紀の捕鯨船を描いた話なのだが、その中に人間に襲い掛かる白いマッコウクジラが登場する。

これに因んで渾名が付けられたのが、今回の標的であるのだ。

 

大淀「でも、それですと・・・。」

 

提督「正体は一切不明。一つだけ分かっている事は、我々の艦船や艦娘を容赦なく攻撃してくる事だけだ。」

 

大淀「それでは探しようがないじゃないですか?」

 

提督「だが、そこで一つだけ手掛かりがある。それは白鯨の出る場所だ。」

 

大淀「場所、ですか。」

 

提督「奴が現れるのはアラビア海とその周辺に限られている事が分かってるんだ。俺達に出されたヒントは、つまりそれだけだ。」

 

大淀「ですが、どうやって展開するんですか? アラビア海に至るまでには、コロンボ棲地が大きな障壁になっていますが・・・。」

 

提督「・・・どうやら作戦の概要によれば、艦隊を二分して展開させるとあるな。」

 

大淀「別働と主隊、と言う事ですか。」

 

提督「・・・あら? 『本隊展開手段については別封資料を参照』と書かれてるな。」

 

大淀「と言う事は先程入っていた・・・」

 

提督「これだな。」

 

そう言うと彼は卓上に出しておいた別封の茶封筒を開け、中身を見る。中身はまた資料と書類の束だったが、彼はそこで一つの発見をする。

 

提督「ん・・・“航空自衛軍”?」

 

 その文言が1枚目に書かれているのを、彼は発見したのだ。

首を傾げてそう呟いたのは当然だろう、本来であれば艦娘艦隊の作戦行動に、航空自衛軍(Japan Air Self-Defense Army)が出てくる事と言えば、大規模な攻撃計画の時くらいなものであって、こんな陽動の為に動員される事は殆ど前例がないのだから。

 

大淀「何故空自軍が?」

 

提督「分からん、一体どういう・・・。」

 

 だが読み進めて行くと、大凡の事情がこれまた把握できた。

大淀の言う通り、ベンガル湾からアラビア海への突破は、コロンボ棲地やアッドゥ棲地がある手前容易な事ではない。

しかもこのコロンボ-アッドゥラインはかつて横鎮近衛艦隊が二度までも突破し、しかもU-511にはアラビア海側から単独での突破を許してしまった場所でさえある。

更に度重なる大攻勢の手前、警戒は2年前とは比較にならないほど強化されていることが、リンガ在地部隊の報告により判明している。そうなって来ると大淀の言う通り、突破は文字通り至難を極めるだろう。

 しかし、そんな中でもU-511はアラビア海側から突破に成功している。と言う事は、これが水上部隊で使えるかもしれないと大本営は邪推したのだ。そこで空自軍の出番と言う事になる訳である。

 

提督「・・・えぇ?」

 

大淀「どうされました?」

 

提督「・・・ムンバイまで空輸するんだってよ。」

 

大淀「まぁ・・・。」

 

 そう、そこに記されていたのは、空輸によるインドへの機動的展開に関する内容だった。大まかにいえば、少数精鋭の艦娘部隊をリンガからムンバイへ空輸し、同市内の海岸線から発進させると言う内容のものであった。

しかし、艦娘を移動させるとなると艤装の輸送も当然せねばならず、そうなって来ると生半可に旅客機を使うと言う訳にもいかない。そんな訳で、空自軍が運用している大型輸送機「C-2A」を使い、素早くしかも確実に、艦娘艦隊を展開させると言うプランが創出され、成立したのである。

 

提督「しかも期日まで指定してあるぞこれ・・・11月14日18時前後に輸送機が離陸できるように、と言う事らしい。」

 

大淀「そうなって来ると、結構ギリギリになって来ますね。急ぎ立案させます。」

 

提督「頼む、具体的な内容については明日作戦会議を行い決定しよう。取り敢えずは全艦隊に出撃準備を下令。どうやら対潜戦闘になりそうだから、その辺りも考慮せんとな。」

 

大淀「分かりました。一旦こちらはお預かりしても?」

 

提督「構わないが、作戦会議の際には一旦持って来てくれ。」

 

大淀「はい。」

 

提督「では急いでくれ、多少ザルでも構わん!」

 

大淀「はいっ!」

 

敬礼を返し、大淀は直人の自室を辞する。

 

提督「―――巨大艤装はどうするかな?」

 

 横鎮近衛艦隊で一番こう言う時に問題なのは、要するに彼の艤装なのだった。通常のものを用いるか巨大艤装で行くかはやはり問題であり、その場合別途輸送せねばならないが、輸送する為の方法も難儀なものなのである。

更に言うと空路輸送する場合は、機密の保持も重要であり、その点を考慮すると普通の手段で運ぶ事は容易な話ではないのだ。そう考えれば、巨大艤装の扱いには自然と慎重にならざるを得ないのが彼の思う所であった。

 

 

11月6日の朝、直人は実戦部隊の幹部全員を会議室に集める。言うまでもなく作戦立案の為である。

 

11月6日7時12分 食堂棟2F・大会議室

 

提督「ん・・・大淀はどうした?」

 

川内「私が来た時はまだ到達日時の算出をやってたけど・・・。」

 

ガチャッ

 

大淀「お、お待たせしました!」

 

提督「おぉ、来たか。」

 

大淀「すみません、思ったより時間がかかってしまいまして。」

 

提督「いや、構わない。全員揃った事だし、始めようか。今回の作戦目標は全員に先立って読んでもらった資料の通り、不明目標の調査だ。」

 

金剛「なんというか・・・随分と曖昧デスネー?」

 

瑞鶴「うん、なんかふわっとしてるって言うか・・・。」

 

提督「そりゃ不明なんだからそうなるだろう。」

 

瑞鶴「まぁ・・・。」

 

提督「で、その行先はアラビア海となる訳だが、今回は海路だけではなく、空路も利用して展開を行う。」

 

瑞鶴「それって・・・!」

 

霧島「輸送機を用いると言う事ですか?」

 

提督「その通りだが、今一度正確を期せば、空自軍航空支援集団に属する、第4輸送航空隊が装備する輸送機を使う。」

 

金剛「と言う事は、どうするネー?」

 

提督「資料読んだか?」

 

金剛「勿論ネ、私が聞いてるのは配分の話デース。」

 

提督「それなんだよな。」

 

金剛「考えてないのネー。」

 

提督「そうじゃないが、その為に会議をするんだよ。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「で、今回はどうやら対潜戦闘がメインになると思われる。そこで、対潜戦闘装備を充実させた艦隊編成が必要となる。」

 

鳳翔「それで、私が呼ばれた、と言う訳ですか。」

 

 直人の言葉に応じた鳳翔は得心したような表情を浮かべた。事実、本来作戦会議の場に司令部防備艦隊の幕僚は呼ばれないからだ。

この日会議室にはその元旗艦であり、司令部防備艦隊が持つ航空戦力の一人でもある鳳翔と、長くその副官を務め、先日代わって旗艦となった香取がいた。

 

香取「それで、どの程度徹底されるお考えですか?」

 

提督「一時的に大規模な編成転換も視野に入れるべきだろう。演習でやるような大規模な対潜掃討演習の時のように。」

 

香取「分かりました。」

 

提督「あとそのベースになる()()()()()()()()のは知っての通りだ。それを念頭に入れてくれ。それと、その関係もあるが、今回の作戦の為に多くの艦を司令部防備から割かねばならん分、第二艦隊は今回、司令部防備に回ってくれ。」

 

イタリア「分かりました。」

 

 そう、実は前回作戦の後第二艦隊が正式に設置され、それに伴う編成転換が実施されたばかりなのだ。これによって第二艦隊は暫く錬成を余儀なくされていたのは事実に近い所でもあったのだ。何せ、新たに編成されたのだから、艦隊行動訓練が必須だ。

それを含む大規模な編成刷新によって部署発令が終わっている為に、直人は注意を喚起した訳である。

 

提督「取り敢えず主力には第一艦隊と一水打群を用いる。陽動には第三艦隊、まぁ妥当な線だが、その方向で進めてくれ。それと対潜掃討の装備と、その経験のある艦娘の起用も含め、艦隊編成の決定を行う。」

 

一同「「はいっ!」」

 

提督「さて、早速だが―――」

 

ピピッ

 

明石「“提督、お取込み中少し宜しいでしょうか。”」

 

提督「―――すまん、先に進めておいてくれ。」

 

インカムの通知音に続いて入ってきた明石の声に直人は急いで会議室を出る。

 

提督「どうした明石。」

 

明石「“この間建造した大型建造の件なんですが、まだチェックの済んでないレーンが一つあるのを忘れていまして。”」

 

提督「お前マジでか。」

 

明石「“すみません。”」

 

明石もたまには失敗するのだと言う事を直人は痛感したが、それどころではない。

 

提督「すぐそっちに行くから確認してくれ。」

 

明石「“はいっ!”」

 

返事の後すぐに向こうから切られ、直人は速足で建造棟へと向かうのだった。

 

 

7時22分 建造棟1F・建造区画

 

提督「明石!」

 

明石「あっ、提督、その・・・。」

 

提督「どうした、新しい艦娘だったのか。」

 

明石「・・・はい、そうなんです。」

 

提督「マジかよ・・・。」

 

明石「すみません、うっかりしてました・・・。」

 

申し訳無さそうに明石が頭を下げた。

 

提督「うーん・・・まぁ、いいさ。それで、その新しい艦娘と言うのは?」

 

明石「あ、それなら別室に控えさせています。」

 

提督「すぐこれへ。」

 

明石「はい!」

 

言われてすっ飛んでいく明石を横目に「危なっかしいなぁ」と内心思う直人であった。

 

 

そして引き合わされたのがなんと・・・

 

「阿賀野型軽巡二番艦、能代。着任しました。よろしくどうぞ!」

 

提督「うん、よろしく頼むよ・・・明石、お前マジでか。」

 

明石「ど、どうやらしおいさんとダブルツモだったみたいでして・・・。」

 

提督「流石だわお前。」

 

明石「あ、ありがとうございます?」

 

提督「よし能代、お前は今日から新設の二水戦の旗艦だ。後で正式な辞令も出すから、すぐ訓練に合流する様に。」

 

能代「わ、私が二水戦の!?」

 

提督「あぁそうだ。不服か?」

 

能代「いえ、光栄ですが・・・着任早々に、いいのでしょうか?」

 

提督「とは言うものの実戦が間近に控えてはいるが、編成されたばかりで日が浅い。だからまずは第二艦隊共々錬成だ。いいな?」

 

能代「は、はいっ!」

 

着任早々とんでもない重しを突き付けられた気がした能代だが、実は矢矧もこの艦隊で通った道なのだと知るのは少し時間を要するのである。

 

 

提督「すまん、戻った。」

 

会議室に戻った彼は事情を説明し、イタリアにも話を通すことを忘れなかった。

 

提督「―――てな訳だ。イタリア、麾下水雷戦隊の旗艦が決まってよかったな。」

 

イタリア「はい、一安心です。」

 

提督「あとは水雷戦隊の戦力だなー。」

 

 実の所、水雷戦隊の隻数は一応、4個駆逐隊16隻が定数となっている。ただ、この数を満たせている駆逐隊は、以前こそかなり希少な部類であり、それ故一つの水雷戦隊に5個以上の駆逐隊が配備されている事も珍しくはなかった。

しかし近来の駆逐艦戦力の増大は、編成上駆逐艦の1個水雷戦隊に対する過剰配備に繋がっていた事もあり、編成の見直しが行われたのは当然であった。

 

翌日、戦闘序列が発表される。その内容が次の通りである

 

 

第一水上打撃群 35隻(水偵35機)

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 253機)

臨設第百一戦隊(鹿島/睦月/如月/弥生/卯月)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 41隻(水偵39機)

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 155機)

臨設第三十一戦隊(五十鈴/皐月/文月/長月)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第三艦隊 36隻(水偵18機)

旗艦:霧島(航空戦指揮:瑞鶴)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十四戦隊(長良/由良/名取)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第三航空戦隊(赤城/加賀 180機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(雲龍/天城/葛城/音羽 269機)

 第十戦隊

 大淀

 第七駆逐隊(漣/潮/朧)

 第九駆逐隊(朝雲/山雲/霞/霰)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

 

 以前までと異なるのは、旧来までの一水打群隷下第十四戦隊(羽黒・神通・摩耶)が解隊され、新たに軽巡戦隊の再編成に伴い第三艦隊隷下の1個戦隊にその名が引き継がれた。

また駆逐隊は大幅な配置転換が実行に移され、第十八駆逐隊から霞と霰の2隻が第九駆逐隊へ異動するなどした。

羽黒は第五戦隊へと復帰、神通も第二艦隊に移ったが、摩耶は第八戦隊付きとして残留し、さらに第七戦隊とイタリア戦艦戦隊が第二艦隊の中核となる為に抽出された。その新編成された艦隊がこちらになる。

 

 

第二艦隊 17隻(水偵11機)

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/長波)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜)

 

第六艦隊(水偵13機)

旗艦:香取

第十五戦隊(香取/鹿島/夕張)

第十八戦隊(天龍/龍田)

第八航空戦隊(秋津洲/瑞穂 24機)

第五十航空戦隊(鳳翔/龍鳳 73機)

 第七水雷戦隊

 五十鈴

 第三十駆逐隊(睦月/如月/弥生/卯月)

 第二十二駆逐隊(皐月/文月/長月)

 第二十三駆逐隊(菊月/三日月/望月)

 第一潜水艦隊

 大鯨

 第一潜水戦隊(伊十九/伊一六八/呂五〇〇)

 第二潜水戦隊(伊八/伊五十八/伊四〇一)

 第一水中輸送隊(まるゆ(ゆ1001))

〇基地航空部隊

 サイパン航空隊

 

 第二艦隊は、奇しくも旧海軍の同名部隊と同じ、夜戦専門部隊として新設され、水雷戦隊も夜戦に長ける第二駆逐隊を基幹として、長波を擁する第十駆逐隊など夕雲型で編成されている。

 第六艦隊はこれまでの司令部防備艦隊と、第一潜水艦隊、更に司令部直属艦艇の一部と基地航空隊を統合再編成する形で編成された艦隊で、編成としては、香取と鹿島、夕張で新たに第十五戦隊を編成した他、瑞穂と秋津洲が第八航空戦隊を編成、大鯨が公式に第一潜水艦隊の旗艦となり、同時に第六艦隊隷下へと編入された。

更にこれまで第一艦隊に属していた五十鈴が、七水戦の旗艦として転入。名取は第三艦隊へ、阿武隈が第二艦隊へと転出している。

 ここで阿武隈が第二艦隊へと転出したのには少々の理由がある。

 

 

 実はこの男、この年の7月に制式化された、阿武隈改二の情報を掴んでいた()()()()()、いつの間にやら忘却の彼方へと流し去ってしまって(わすれて)いたらしく、特に情報を集めるまでもなく、そのまま5か月近い時を浪費したと言う事実がある。

その理由はと言えば、そもそも阿武隈は5500トン級軽巡艦娘の中でも最後の方に着任した(阿武隈の着任は2053年3月終わり頃、矢矧と同時期だった)と言う、時期的な問題がある。

 この頃になると直人の関心は阿賀野型にあり、数の多くしかも旧式と見られがちな5500トン級も、艦隊の護衛や夜襲部隊主力、水雷戦隊旗艦などほぼ完全に充足しきっていた横鎮近衛艦隊にとっては、差し込む隙もなかったのは一端の事実ではあった。

尤もその時は、練度の隔たりがあるとして、防備艦隊入りを命じたのであったが。

 そしていつしか阿武隈の存在は後方部隊勤務と言う事もあってかそれ程注目もされなかったせいもあり、改二の事を思い出したのは、この年の10月の終わりに青葉から聞かされたこの一言であった。

 

青葉「提督、阿武隈さんを()()改二にしてないんですか?」

 

提督「・・・へ?」

 

 この時直人は、そんな話もあったなぁと言う程度の反応であったらしく、詳細を聞かされた時には、軽巡としてはとんでもないその性能に驚く始末であった。

その後彼は明石に阿武隈の改二改装が可能かを問い質すと、図面が必要と言う事になり、直ちにその取り寄せを行い、今に至ると言う次第である。

 第二艦隊が編成を発令された11月1日には既に改装は終了済みであったが、この話がなければ、彼は第二艦隊の編成に踏み切らなかったであろうとも考えられる。

一方で阿武隈の方は、以前から実戦部隊への転属を希望していた事もあり、喜色満面と言う体であった。但し・・・

 

11月7日9時53分 司令部前ドック

 

提督「20時までに出港準備を整えんとな・・・弾薬搬入、艤装もだ、急げ!」

 

鈴谷への物資搬入を陣頭指揮する直人。

 

「提督ー!」

 

提督「お、阿武隈。」

 

阿武隈「またお留守番なんですかー!?」

 

やっぱり来るのである。

 

提督「今回夜戦のチャンスないからな?」

 

阿武隈「砲撃戦だってできます!」

 

提督「今回対潜戦闘だからな・・・。」

 

阿武隈「むーっ。」

 

提督「とにかく今回はダメ。今まで実戦に出てた子も今回は休むんだから贅沢言わないの。」

 

阿武隈「う・・・分かりましたよ・・・もう。」

 

不満しかなさそうである。

 

 

 かくして横鎮近衛艦隊は、20時58分にサイパンを出撃、重巡鈴谷は一路リンガ泊地に向けて針路を取る。と言うものの途中まではペナンへ向かういつもの航路ではあるが。

結局作戦の主体は大筋の通り第一艦隊と一水打群となり、第三艦隊が陽動となっている。この陽動に重巡鈴谷が加わり、一方で巨大艤装は結局空輸となり前線に加わる事になる。

 

マレー時間11月13日21時03分、特に何事もなく横鎮近衛艦隊はリンガ泊地へ入港する。ここで主力を降ろした鈴谷は、明石の操艦で直ちに出港し、主力艦隊は提督と共に一時リンガ泊地司令部を間借りする事になっていた。

 

マレー時間21時25分 リンガ泊地司令部・エントランス

 

 リンガ泊地の司令部は、リンガ島南西部にある港湾部の建物を間借りして成立している。その中で一際大きな建物が司令部となっていた。

 

(まゆずみ)「お待ちしておりました。」

 

提督「手早い対応感謝します。海将補殿は?」

 

黛「司令官は今は自室でお休みになっています。お呼びしますか?」

 

提督「いえ、出撃にはまだ時間がありますし、明日時間が空いた時で。」

 

黛「分かりました。お伝えしておきます。」

 

 司令部で最初に彼を応対したのは、リンガ泊地司令官 北村(きむら) 雅彦(まさひこ) 海将補の副官を務める、黛 敏郎(としろう) 二等海佐である。

黛二佐はこの年36歳、8年前からずっと北村海将補の副官を務めている海自軍士官で、直人とも曙計画でも参画していたメンバーの一人であった。因みにその当時は三等海佐で、昇格の理由は上司がリンガ泊地司令になったからである。

 

 夜が明けた頃、北の方で爆音が響いているのが彼にも分かった。6時27分には、眠りから覚めた彼の元へ、北村海将補がやってきた。

 

11月14日6時27分 リンガ泊地司令部の一室にて

 

提督「おはようございます、海将補。」

 

北村「おはよう。早速じゃが、こちらが今回貴官らを運ぶ輸送機隊の指揮官じゃ。」

 

「井島 三等空佐です。」

 

提督「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官、石川少将です。今回はよろしくお願いします。」

 

互いに握手を交わし、挨拶に代える。

 

提督「それで、なにか?」

 

北村「まぁ一つは井島君と引き合わせたかったからじゃな。もう下がってよい。」

 

提督「成程、今回はよろしくお願いします、井島三佐。」

 

「仔細については承っています。必ずや目的地まで送り届けて差し上げます。それではこれにて。」

 

そう言って井島三佐は敬礼して去っていく。

 

北村「―――彼は数少ない空自軍のベテランでな、8000時間は優に飛んでおる。」

 

提督「あの自信ありげな感じも、ハッタリではない訳ですか。」

 

北村「まぁ本当の所を言うとな、今度の作戦の事じゃ。」

 

提督「はぁ、藪から棒に何でしょう。」

 

と、そんな会話をしながら室内に招き入れ、椅子に座る二人。

 

北村「この様子じゃと、また随分と大掛かりな作戦指示を受けた様じゃな。」

 

提督「まぁそんなところですね。」

 

北村「儂も貴官が来る2日前に知ったばかりじゃが、帰りの支援はさせてもらうとしよう。あぁ、遠慮はせんでええぞ、年寄りのおせっかいは、何かと受けておいた方がな。」

 

提督「は、はい。そういう事でしたら、是非に。」

 

北村「うむ、素直な事じゃ。」

 

提督「確かに帰路に不安はあります。敵の追撃を受ける可能性は大いにあると思っていますし、鈴谷の潜水艦哨戒線突破も、如何にするかと考えていた所でしたので。」

 

北村「そんなとこじゃろうと思うてな、実は昨日から既に対潜掃討作戦を展開しておる。尤も、南方での作戦に戦力も割かれておるし、どの程度までやれるかは分からんがな。」

 

提督「お気遣い痛み入ります。」

 

北村「帰りの事は心配無用と言う所じゃ、心置きなく戦ってくると良かろう。」

 

提督「はい、全力を尽くします。」

 

北村「うむ、今朝はそれを伝えたかったのでな。そろそろ、お暇するとしよう。」

 

提督「分かりました。」

 

直人は部屋を立ち去る老提督の背中を見送る。御年71になるこの老人は、今も昔の聡明さを内に秘めている様子でもあり、海自軍の長老として、また一兵卒からの叩き上げの将官として、今も現役で鎮座する名将であるのだった。

 

 

これに先立つ事1時間前の5時26分、ペナンに一時寄港し、補給を受けた重巡鈴谷が、ベンガル湾に向けて出撃していた。

 

5時32分 ペナン西方沖合

 

明石「提督を乗せないのも、久しぶりかな・・・。」

 

大淀「確かにそうかもしれませんね。」

 

 鈴谷の羅針艦橋(ブリッジ)には、主力に加わって不在の提督に代わり、副官である大淀が詰めていた。

別動隊の第三艦隊は、編成改訂によるものは兎も角、今回の出撃に際する編成変更はなし。ほぼそのままの編成であり、艦隊指揮を霧島、航空戦を赤城が預かる形となる。

但し、第七航空戦隊に属する空母音羽(鏑木三佐)のみは臨時に一航戦へ編入されており、彼の指揮を間近で見る事になっていた。

 

大淀「霧島さん、作戦準備はどうなっていますか?」

 

霧島「万事、怠りなく。敵のデータは、更新済みです!」

 

 そして呼び出されていたのが霧島であった。

実はこの作戦の立案に当たって、司令部内では特に反対意見は無かった。そもそも提督の出陣は確定されていた事が要因でもあるが、それ以前に、自分達の技量には自信があった事、無茶はいつも通りだったことがある。

常に無茶なプランを突っぱねていれば、ここでも反対があったのは間違いないが、この程度の()()()無茶はもう慣れっこだった訳である。

 

霧島「私達の問題は、無事収容出来るかどうか。そして、無事に空襲目標を叩けるかです。現在のところ、見込みは十分あります。」

 

大淀「そうですね。主力の側には問題も多いですが、私達の仕事は、コロンボを空襲する事だけです。それも、可能な限り多く、反復して。」

 

明石「その為に、今回の任務では鈴谷を用いての弾薬洋上補給も実施するんですからね。損傷艦の修復も可能ですから、相当持ち堪えられる筈です。」

 

霧島「挙句、今回は飛行甲板を搭載する事で分解機材を多数搭載してますし、限度はありますが、それなりに長い間の航空戦が展開出来る筈です。」

 

大淀「提督もよく考えつかれますね。」

 

明石「あきつ丸さんまで随伴させる事で更に輸送してますし・・・。」

 

 実は、この作戦に当たっては、母艦の鈴谷とあきつ丸が艦載機輸送艦として運用されているのである。それを洋上で譲渡出来るのは、艦娘ならではの芸当と言える。

メインベースとしての鈴谷も航空戦への対策に物資が完全特化されており、普段より艦娘用主砲弾予備弾薬搭載量が半減されたところへ、航空機用弾薬を搭載する徹底ぶりであった。

 

 

 鈴谷が出撃してから主力がリンガを発つまでには、およそ13時間の時差があった。18時07分、リンガ飛行場からC-2A輸送機3機が発進する。

このうち2機には艦娘76人が分乗、残りの1機には提督と巨大艤装、更にリンガから巨大艤装に関わりのあった整備員3名が搭乗した。巨大艤装は鈴谷のリンガ入港の際、荷役クレーンにより格納区画ごと積みだされ、それをコンテナ代わりにそのままC-2Aの貨物室に積み込まれたのである。

 

18時20分 C-2A 3番機貨物室内

 

提督「整備班長、お久しぶりです。」

 

「あぁ、君が生きていたとはね。」

 

各泊地防備艦隊には専属の整備士が基本的に付いており、一部のこだわりを持つ艦娘以外の艤装は全て彼らが整備を担当するのだが、リンガ防備艦隊には曙計画の際に偶然紀伊の整備班長を務めた、現在50代のスタッフが勤務していたのである。

 

提督「まぁ、色々ありまして。」

 

「そうか、まぁ詮索はしないが。」

 

提督「そうしてくれると助かります。」

 

「しかし、またこいつの姿を拝めるとはな、あの時を思い出すよ。」

 

提督「思えば、随分と長い付き合いです。これこそ、因果と言うべきでしょうね。」

 

「全くだ。最終チェックはさせてもらうが、やれやれ、気づけば殆ど別物と言っていいなこれは。」

 

提督「えぇ、この2年半で改修を重ねてますから。」

 

「そうか・・・なぁ、本当ならこいつは、7年の歳月をかけて熟成出来た筈なんだぜ。」

 

提督「―――それを考えると、あの日の失敗は、大きかったですね。すみません。」

 

直人がそう言うと、整備班長を務めた男は(かぶり)を振った。

 

「元々無理な作戦だったんだ、お前さんが気に病む事ではないさ。ま、短い再会ではあるが、お前さんの艤装も万全な状態で送り出してやる。」

 

提督「ありがとうございます、班長。」

 

「“班長”は止してくれ。俺はもう、しがない整備士だよ。」

 

苦笑して男は言った。

 

提督「そうでしたね・・・。」

 

 時の流れと言うものは、時としてある時の互いの身分を変えるものでもある。それが栄達であるかそうでないかは、その者の器量の内でもあろうと言うものだが、こと直人に関して言えば、それは様々な幸運と縁が織り成した奇跡とも言うべきものであっただろう。

 7年前、巨大艤装運用要員と『紀伊』整備班長と言う間柄だった二人は、今、しがない整備員と元帥号を帯びた提督という間柄になっていた。そこにはかつて培った連帯感は、一種の懐かしさとして感じられるものがあったのだった。

 

 そんな二人と、二人を結び付け、且つ直人を戦場へと駆り立てる一因ともなった、因果の巨大艤装を共に乗せて飛ぶC-2A輸送機は、艦娘達を詰め込んだ他の2機と編隊を組み、一路ムンバイに向け、マラッカ海峡上空を飛行するのである。

 マラッカ海峡の中央を飛び抜けた3機のC-2Aは、その後針路を北北西に転じてタイ領パンガー湾の中央を飛行して、パンガーの町の東方上空を通過、そのままアンダマン海の北部に出ると、メルギー諸島のテナセリム島の西で針路を再び変え、ミャンマー・エーヤワディ地方域のヌガプダウ-ミャウンミャの中間を抜けてパテインの町の西方上空を航過、そのままベンガル湾北東部海上に出ると、チェドバ島北西洋上で西ベンガルに機首を向けて飛行を継続する。

 

20時47分 C-2A 1番機貨物室内

 

金剛「ほ、ホントにこれでやるんデスカー?」

 

「えぇ、そうです。使用後は海上で切り離して頂いて大丈夫です。」

 

いともあっさり言い切られ、流石に声が出ない金剛。1番機に乗り込んだ一水打群のメンバーは、同乗したリンガ泊地のスタッフから今回の出撃手順の説明を受けていた。

 

鈴谷「えぇ・・・。」

 

「到着時間の都合で高度は10mで行きますので、心の準備だけしておいてください。」

 

熊野「毎度毎度、無茶ばかりね。」

 

睦月「そ、そうだね・・・。」

 

鹿島「それは流石にちょっと・・・。」

 

グラーフ「本国ではまずしないような発想だな―――うむ、いいだろう。」

 

オイゲン「スカイダイビングだと思えば、何とか・・・。」

 

 臨時編成の第百一戦隊と独水上戦隊のリアクションの対比がまた面白い所である。ドイツ人も時折奇をてらう事はあるが、それでもこんな無茶はまずしない。それを考えれば、日本とドイツの思考の差は歴然としていたとも取れない事は無い。

尤も、横鎮近衛艦隊と言う存在ありきである所もまた否定出来ないのだが。

 だがよりにもよってこんなところで金剛らが慌てているのは、実は元の作戦指令書には展開方法が未定という記述が()()()()()()()からである。

この為金剛などはパラシュートで低空から降下するものだと思っていたのだが・・・。

 

~そのころ3番機では~

 

提督「うへぇ・・・マジで?」

 

「あぁ、中々無茶やらせるよな。」

 

提督「しかも俺は準備してないと?」

 

「バーニアで降りてくれ、との事だ。」

 

提督「おい、これだけで50トンは越えてるんだが。」

 

 実は色々とごっつ盛りな巨大艤装、普通にとんでもない重量を誇っている。参考までに一番大型のもので、駆逐艦用の艤装がフルセットで300㎏、軽巡が1トン弱、重巡で1.5トン、空母は1トン前後、軽空母で駆逐艦並みの420㎏、戦艦では飛び抜けたスケールの大和が5.7トンもある。

当然ながら艤装は金属、それも鉄鋼製なのだから、この重量は当然であるし、そこへ燃料や弾薬も搭載するのだから余計に重量はかさむ。

そして装甲板を持ち厚い鋼板が張られた部位も存在するから、はっきり言って軽い筈がないのである。例えば金剛の持つ展開式装甲板は、あれだけでも左右合わせて100㎏を軽く超える重量を持っているのだ。

 しかし()()と付くだけに紀伊の重量は飛び抜けている。改修前、つまり司令部に最初に搬入された時の重量は驚異の63.4トン、無論現在は大幅な肉抜きやマウント/設計/材質変更などの重量削減策の成果もあって、総重量は52.1トンに抑え込まれていたのである。

 これを見れば、艦娘艤装の能力の一つである重量軽減能力が如何にとんでもないかがよく分かるだろう。

軽いと効果は落ちるが、数値的には最大で30分の1程度にまで落とし込める事が分かっているのだ。まぁどちらかと言えば、重量を削ると言うより艤装を浮かせるという反重力に近いナニカであるが。

具体的に言えば、吹雪型などが持つ手持ち式の12.7cm連装砲は、非稼働状態では10㎏程度の重さがある。それを拳銃のように振り回すのだからお察しである。

 

「計算上は今のバーニアなら15mでも降下に耐える筈だぞ。」

 

提督「うーん・・・分かりました、やりましょう。」

 

「流石の肝っ玉だな、お前さんは。」

 

提督「じゃなきゃこんなきつい仕事続けられてませんよ。」

 

「だろうな。ハッハッハ・・・!」

 

元整備班長の整備士は笑うが、これこそ他人事ならではである事はお互い分かっていればこそである。

 

~再び1番機~

 

金剛「やるしかないデスネー・・・。」

 

鈴谷「だ、だね・・・。」

 

島風「また飛び降りるんだねー。」

 

 一方で金剛らも覚悟を固める。一応一水打群に属する金剛と島風は過去に1回だけ、飛行中の航空機から飛び降りるという方法で緊急展開した経験がある。(※詳しくは第1部1章)

だが他の艦娘達はその時直人と共にいなかった、あるいはまだ着任していなかった者達なので、不安が拭い去れないのも無理はない事であった。

 

 動揺を隠せない艦娘達と直人を乗せたC-2Aはその後、ベンガル湾北東部を飛び続け、インド東部のフーグリー川河口で針路を若干南寄りの西に変え、インド上空へと入る。こんな回りくどい方法を取ったのは、制空権としては今一つ不安要素の残るベンガル湾強行突破よりも安全だったからで、ここまでくればムンバイまで一直線に直進するだけである。

 

 

インド時間22時02分 ムンバイ海岸線から700m西方

 

 

ゴオオオオオオ・・・

 

 

「カーゴドア開きます!」

 

金剛「―――行きますヨー! 駆逐艦から最初に降りて下サーイ!」

 

一水打群「「了解!」」

 

 

大和「総員起立、駆逐艦から順に降下します!」

 

第一艦隊「「了解!」」

 

 1番機と2番機が、海抜10mと言う水面ギリギリを並行して飛ぶ。3番機は高度500mで現在待機中であり、艦娘達の降下待ちと言う所である。

今回、艦娘を展開する方法は至ってシンプル、C-2Aの後部にあるカーゴドアから()()()()()滑り落ちるだけである。

 

萩風「よ、夜に、しかも、後ろ向きなんて・・・。」

 

流石に蒼褪(あおざ)める萩風。

 

嵐「大丈夫だ、今度はもう置いてったりしねぇよ。」

 

萩風「嵐・・・。」

 

嵐「さ、行こうぜ!」

 

萩風「う・・・うん!」

 

嵐「じゃ、先行って待ってるぜ皆。」

 

萩風「い、行きます!」

 

嵐に励まされた萩風は、二人揃って開かれたカーゴドアの縁に、背を向けるように立ち―――

 

 

ギャリリリリリリリ・・・

 

 

 踵に重心を移して斜めになっているカーゴドアを滑走し、滑り落ちる寸前で足に力を込め、空中へと飛び出す。すると次の瞬間艤装の後部から白いものが展開され、2人の速度を急速に落とし、2人は無事海面へと着水する。

着水した2人が左右に分かれるとすぐさま、駆逐艦二組目の舞風と野分が降下する。

2番機でも同様の手順で第六駆逐隊の4人が先行して降下していた。

 先に降りた駆逐艦娘達に続き、後続の駆逐艦が更に続く。先行した8人は背部艤装艤装後端に装着された装備を切り離し対潜哨戒に入る。

この装備が、艦娘に空輸展開能力を付与した秘訣とも言うべきもので、簡単に言えば減速用の小さなパラシュートを展開する装置だったのである。

 そもそもこの時のC-2A輸送機の速度は、地面効果も使って可能な限り速度を落としてはいるが、それでも600km/h弱の速度が出ている。

艦娘は最大速力でも100km/h超えるかどうかである為速度差が激しく、着水してもスリップや衝撃で艤装を破損しかねない為、減速用の装備が必要不可欠であった、と言う訳である。

俗に「ドラッグシュート(ドラグシュートとも)」と呼ばれるこの装備は、本来スカイダイビングの際に装着する補助用の小型パラシュートを転用したものでもある。所謂特殊装備の一つではあるが使い道も限られる上、格納や使用後装着したままの帰還も難しいと来ている為、海中投棄が認められた訳である。

 

五十鈴「五十鈴より六駆へ、ソナーの反応はどう?」

 

暁「“今のところないわ。”」

 

五十鈴「そう、四駆のほうはどうかしら?」

 

嵐「“こっちも今のところは。”」

 

五十鈴「分かったわ。」

 

臨設第三十一戦隊の降下と同時に旗艦の五十鈴は潜水艦の存在がない事を確認し安堵する。その時には既に軽巡の降下が開始、駆逐艦は既に集結の為に移動を開始しており、3番機も現在海面へ降下を開始したところである。

 

五十鈴「艦隊集結、急いで!」

 

矢矧「今やってはいるけど、流石に縦に長いから時間がかかるわね。」

 

五十鈴「そうね・・・。」

 

鹿島「艦娘の能力にも限界はありますし、兎に角集めましょう。」

 

五十鈴「えぇ。」

 

 この3人以外に阿賀野も含む4人の駆逐艦を指揮する部隊指揮官は、降下範囲の広さに嘆息しつつも、各々の手腕でどうにか部隊を集結させるべく、その手腕を振るう事に全力を注がねばならない事を肝に銘じていた。

このうち臨設戦隊である三十一及び百一の各戦隊は、小規模であったが故に集結を終えていたが、三水戦と一水戦がこの時点で未だ集結を完結していない事、想定内とはいえ早急に集結を完了させなければならないだけに、この4人の責任は重大とも言えるのだ。

 

結局降下には10分以上を要したが、金剛と大和が殿となり、22時13分、艦隊の展開は完了した。そしてその2機が離脱した後ろから艦娘達を追う様に3番機が海面に舞い降りる。

 

3番機の機内では、コンテナが閉じられ、艤装を装着した直人が今正に降下しようとしていた。

 

提督「―――では。またいつか。」

 

「そう在りたいものだな。」

 

提督「お世話になりました。巨大艤装『紀伊』、出撃する!」

 

 そして直人は背部艤装を稼働させ、カーゴドアから空中へと滑り落ち、それと同時にバーニアを全開にし、前下方に噴射して降着速度と対気速度を同時に下げて水面に舞い降りた。なお艤装は格納形態のままで折りたたんだままである。

 

 

ザバアアアアアアアアアン

 

 

提督「結構勢いあったぞ今! バーニアで噴射してなけりゃずぶ濡れ待ったなし。」

 

金剛「提督ゥー!」

 

提督「おう金剛。」

 

金剛「第一艦隊の集結がちょっと遅れてるネー。」

 

提督「当初予定通り、20ノットで行こう、そのうち全員追い付ける筈だ。さ、行こう。」

 

金剛「OKデース! とは言うものの、四航戦と一部駆逐艦だけヨー。」

 

提督「よし、問題ないな! 5艦娘ノットも差があれば行ける行ける。」

 

金剛「また燃料ガ・・・。」

 

頭を抱えてしまう金剛だった。

 

提督「確かに・・・。」

 

そしてそこへ漸く思い至った直人であった。しっかりしてくれ提督よ。

 

提督「まぁ、それは終わってから心配するとしよう。今は前へ。」

 

金剛「デスネ。艦隊、予定通り進発デース!」

 

 直人は艦隊に前進を指示、完全集結に時間こそかかったものの、全体のタイムスケジュールは元々の予定通り進んでいた。

これが、彼らによって「(オン)」作戦と名付けられた、コモリン岬沖海戦の序幕であった。

この()の字は、「(オン)密」の()から転じた作戦名で、穏当に遂行出来るようにと言う願いも込められている。

 

 

22時18分 ムンバイ沖・主力艦隊

 

提督「もうすぐ・・・ってところか。」

 

直人ら主力部隊は、陣形を個別の第一警戒航行序列とし、前衛を一水打群、後衛に第一艦隊にして、その中間に直人の巨大艤装『紀伊』が座位して、20ノットで南下にかかっていた。

 

嵐「“司令、ちょっと来て貰っていいか?”」

 

提督「ん? まぁ、分かった。位置知らせ。」

 

第四駆逐隊の嵐からの連絡で、直人は一時定位置を離れて一水打群の陣に向かう。

 

 

提督「どうした嵐。」

 

やってきた時嵐は陣形から少し後ろに下がっていた。

 

嵐「あぁ、司令。それがな・・・。」

 

提督「・・・?」

 

嵐が見る方向に目を向けると、そこには竦み切った萩風の姿があった。

 

嵐「司令は、私達の最期の事は知ってるか?」

 

提督「一応は、メンタルケアも提督の仕事だし、そのためにはな―――」

 

嵐「なら話は早いな。あの時の事で、萩風は夜が苦手なんだ。司令部にいる時は全然それを思わせないんだが、実戦だとな・・・それも、最近“思い出して”来てるらしくってな。」

 

提督「精神的に参ってる、って訳か。」

 

嵐「簡単に言えばそうかな・・・。」

 

提督「んー、分かった。」

 

直人は萩風の元に向かい、嵐も続いた。

 

提督「萩風ー。」

 

萩風「はっ・・・あ、提督・・・。」

 

提督「どうしたよ、そんなに縮こまって。」

 

萩風「あ、えっと・・・。」

 

萩風は口を開きかけて再びつぐんでしまう。何か嫌な事を思い出したかのように、目を見開き、恐怖に震えあがっているのが、暗闇でもよく分かった。

 

提督「無理して口に出さなくてもいい。そうだろうな、あの最後じゃぁな・・・。」

 

―――ベラ湾夜戦(米側呼称:ヴェラ湾海戦(Battle of Vella Gulf))、第31.2任務群司令、フレデリック・ムースブラッガー中佐(当時 最終階級:海軍中将)が率いる駆逐艦6隻からなる部隊が、中部ソロモン諸島のコロンバンガラ島へ向かう日本海軍の“鼠輸送”部隊を邀撃(ようげき)し、完勝を収めた海戦である。

 この戦いで江風・嵐・萩風の3隻が、突如として襲来したレーダー統制雷撃の鋭鋒にかかって瞬く間に沈没、時雨が唯一生き残り反撃こそしたものの戦果を挙げる事が出来ず遁走し、日本海軍が伝統的に得意とした夜戦の自信を、完全に失わせた戦いである。

 

 萩風はその共通の特徴として夜に怯えを示す事は知られていたが、艦としての記憶が不完全である内は、その理由がよく分かっていない状態である場合が多いのだと言う。

しかしこの出撃の際には既に萩風は元の記憶を思い出してしまっていたのだろう。しかもその時間帯は丁度、萩風が沈んだ時間と殆ど一致していた。妙な偶然もあったものである。

 

提督「―――やはり夜は怖いか、萩風。」

 

萩風「・・・。」

 

萩風は無言で頷く。

 

提督「―――大丈夫だ。今度はあんな結末にはならないよ。仲間達も大勢いるしな。」

 

萩風「でも、私・・・。」

 

提督「―――俺も付いてる。」

 

萩風「・・・司令―――」

 

提督「そんな簡単に、お前がそのトラウマを超えられるなんて、俺も思ってない。ないけど、寄り添う事は出来る。」

 

萩風「―――!」

 

提督「一緒に乗り越えよう。艦娘と言う存在は、過去(おわり)を振り切ってこそだ。今は無理でも、いつか超えられる日が来るさ。」

 

萩風「・・・ありがとうございます。」

 

提督「お前を沈めさせはしない、必ず守る。その為に皆がいるんだ。」

 

嵐「そうだぜ! この嵐様に任せろ。今度は、ちゃんと守ってみせる。」

 

提督「フッ、嵐様もこう言ってるんだ。天下の第四駆逐隊の一人として、頼むぞ。お前がしっかりと戦える舞台も、俺が必ず整えてやる。」

 

萩風「・・・はい。」

 

提督「・・・そうだ!」

 

直人は一つ閃いて、背部艤装に仕込んである個人用火器、SIG(シグ) SAUER(ザウエル) P229を取り出すとマガジンを取り出し、そこから1発の9×19mmパラベラム弾を抜き取る。

 

提督「お守り、と言う程のものではないかも知れんが、これをお守りだと思って、懐に入れておけ。」

 

萩風「え、でも、宜しいのですか?」

 

提督「俺は一応他にデザートイーグルは身に着けてるしなぁ。ま、作戦が終わったら返して貰えればいいよ。」

 

マガジンを元通りセットし、元の位置にしまいながら、造作もなく彼は言った。

 

萩風「は、はい・・・お心遣い、ありがとうございます。」

 

提督「安心したか?」

 

萩風「は、はい。少し・・・。」

 

提督「―――そっか。まぁ、その弾を俺の片割れとでも思って置けば、少しは安心するだろう。それではな。」

 

萩風「は、はい・・・あ、あの、提督!」

 

提督「んー?」

 

去ろうとした直人を萩風は呼び止めた。

 

萩風「私・・・提督に御迷惑をおかけしないよう、頑張ります!」

 

提督「―――あぁ、頑張れ!」

 

萩風「はいっ!」

 

笑顔でエールを送り、直人は元の位置に戻って行った。

 

嵐「・・・。」

 

萩風「・・・嵐さん?」

 

嵐「お、おう?」

 

萩風「私、頼んでませんよ?」

 

嵐「あ、いや・・・。」

 

そう言われて慌てる嵐に、萩風はちょっと微笑みかけて言った。

 

萩風「―――フフッ、もういいわ。ありがとう。」

 

嵐「お、おう・・・。」

 

萩風(そうね・・・皆さんがいる、司令が守って下さる。いつまでも、心配されっぱなしでは駄目ね。)

 

 

提督(やれやれ・・・我ながら不器用な事だ。)

 

 

不安を振り切った。とまではまだまだ言えないまでも、多少なりとて心境の変化のあった萩風と共に、一水打群はその背後に直人を続航させて、アラビア海の沿岸を目指す場所へ向けて進むのである。

 

 

11月15日23時57分 スリランカ上空

 

赤松「行けお前ら! まずは飛行場とレーダーだ、気合い入れてけ!」

 

 11月16日に日付が変わる前、スリランカ島上空の低空を飛ぶ別働隊である第三艦隊の第一次攻撃隊が、一挙にエンジンの出力を上げ、急降下爆撃隊は高度を上げ、戦闘機が飛行場へと殺到する。

天山の水平爆撃隊は500㎏爆弾2発を懸架して飛行場へ、現状艦攻として配備されている流星は250㎏爆弾2発/60㎏爆弾4発を懸架してレーダーサイトと飛行場に分かれて急降下爆撃を担当する事になっていた。

ただ流星は主にレーダーサイトに回され、飛行場は2割強、その比率を埋める形で彗星が投入されている。

 そして戦闘機隊には、夜間飛行に慣れた赤松貞明の加賀戦闘機隊も含めて、新型機が一部投入されている。

 

まずこの作戦前に改、若しくは改二になっていたのが以下の通りである。

 

・利根 改⇒改二

・筑摩 改⇒改二

・足柄 改⇒改二

・初春 改⇒改二

・初霜 改⇒改二

・皐月 改⇒改二

・天津風 無印⇒改

・時津風 無印⇒改

・照月 無印⇒改

・阿武隈 無印⇒改

・朝雲 無印⇒改

・山雲 無印⇒改

・早霜 無印⇒改

 

そして、機種転換も大きく動いていたのだが、それが次の通りなのである。

 

・一航戦 4段階から5段階へ更新(天山に代わり流星が配備、加えて翔鶴艦戦隊が爆戦に)

・二航戦 上に同じ(紫電艦戦型が配備)

・三航戦 5段階から6段階へ(烈風が配備)

・六航戦 一航戦と同じく

・七航戦 上に同じく

 

 これを見ると分かる通りなのだが、

二航戦の蒼龍艦戦隊(藤田隊)が試製雷電改から紫電一一型改に更新、

翔鶴艦戦隊(岩井隊)が零戦五二型丙から六二型に更新、

赤城艦戦隊(板谷隊)に烈風が配備され、

加賀の赤松隊は雷電一一型改から雷電二一型改にグレードアップするなどした。

 艦隊を守る空母の航空隊は、艦攻隊に流星が普及し、彗星も全て三三型となって稼働率が上昇、零戦は五四型に全て統一された形になっている。

 

 そしてこの第一次攻撃隊には、赤城から選抜された烈風が60㎏爆弾、それも三式六番三号爆弾と言う対地クラスター爆弾を装備した機体が12機、飛行場攻撃に参加している。雷電は万が一邀撃された場合の応戦と飛行場への銃撃などに加え、吊光弾による攻撃誘導が目的である。

 

赤松「敵のレーダーは・・・あれか!」

 

 赤松中佐は目ざとく敵のレーダーを発見すると、機体の下部に装備していた吊光弾を投下し、攻撃位置を示す。そこへ流星が殺到し、瞬く間にレーダーアンテナが崩れ落ち、一帯が燃え上がる。それを口火にして、各所にあるレーダーサイトや飛行場に向けて、一挙に攻撃隊が殺到した。

 

 

港湾棲姫「なんだ、何事だ!?」

 

タ級Flag「敵襲デス! 迎撃ノ指示ヲ!」

 

港湾棲姫「なっ!? こんな夜中にどうやって・・・?」

 

タ級Flag「ソノ考察ヨリモ、迎エ撃チマセント!」

 

港湾棲姫「そ、そうだなウェールズ。対空砲、撃ちまくれ! 航空隊は出せるか?」

 

飛行場姫「出セナイコトモアリマセンガ、夜間飛行訓練ヲシタコトガ・・・。」

 

港湾棲姫「構わない、出せるだけ出せ!」

 

飛行場姫「ハッ!」

 

 飛行場姫に対して発せられた命令を履行するべく、彼女は最善を尽くそうとした。しかし、飛行場には既に大穴が穿たれ、2本ある滑走路は既に使用不能、懸命に発進可能なルートを探す戦闘機を目ざとく見つけた雷電が、それに向けて銃撃を浴びせ炎上させる。

更に烈風の三号爆弾が駐機場に降り注ぎ、そこにあった中爆や単発機など数十機を瞬く間に炎上させ、更に格納庫には500㎏爆弾が降り注ぎ、中にあった大型機諸共粉砕する。その火災の光で飛行場全体が鈍く照らし出され、更なる攻撃を誘発する有様では、迎撃機を発進させようが無かったのであった。

 そして勢い余った機体は対空砲陣地や港湾施設などにも殺到し、巻き添えに大炎上させてさえいたのである。

 

 

11月16日0時37分 スリランカ島東方550km洋上

 

赤城「―――随行の彩雲より報告、敵レーダーサイトは壊滅、飛行場は完全に使用不能、航空機180機以上、破壊確実。奇襲は完全に成功したとの事です!」

 

蒼龍「やったぁ!」

 

飛龍「夜間攻撃は、もうお手のものね。」

 

加賀「やりました。訓練の成果ね。」

 

雲龍「まず、最初は成功ね。」

 

葛城「これから反復しないとね。」

 

 葛城の言う通り、彼女らの任務はコロンボへの反復攻撃である。このため夜間攻撃も1回のみで終わらせる訳にいくはずもなく、第三艦隊の指揮を預かった赤城は次の指示を下す事になる。

 

赤城「予定通り第二次攻撃を用意、二航戦、七航戦、用意を。」

 

雲龍「既に出来ています。」

 

飛龍「二航戦、いつでも。」

 

赤城「ではお願いします。」

 

一航戦と六航戦に続き、雲龍型の七航戦と飛龍・蒼龍の二航戦から艦載機が発艦する。第三艦隊の役割は、間断ない空襲によりコロンボの抵抗能力を、徹底的にそぎ落とす事にあったのである。

 

加賀(―――あの子達が、別行動でなければ・・・。)

 

 加賀に言わせれば、一航戦と五航戦が主隊に分離されていなければ、と思う所があった。それだけでも6隻の空母が機動部隊から割かれる、と言うのもあったが、翔鶴や瑞鶴らなどに対する信頼の念もあった。空母の集中投入による打撃力の強化は、ありきたりでこそあれ弱い訳ではないのである。

 

飛龍「二航戦、攻撃隊、発艦!」

 

飛龍がその弓に矢をつがえ、夜闇の空へと放つ。七航戦の雲龍型4隻も次々と艦載機を所定通り発艦させ、コロンボ棲地へと向かわせる。上手く行っていれば、敵のレーダーは既に機能していない、楽な仕事な筈である。

 

 

11月16日、横鎮近衛艦隊は予定通り主力がインド南端・コモリン岬南方30kmに到着した。

 

5時34分 コモリン岬南方30km洋上

 

提督「―――第三艦隊は、どうやら上手くやったな。」

 

予定地点に到着して漸く、彼はそう言った。

 

金剛「赤城サンがコロンボの目を引き付けてくれたネー。」

 

提督「うん。よし、ここで網を張る、対潜哨戒を実施せよ!」

 

五十鈴「OK! 捜索始めるわ!」

 

鹿島「諒解しました!」

 

金剛「私達はここで待機デスネー。」

 

提督「対潜哨戒機を出せる者は全員出してくれ。それ以外は俺と一緒に待機だ。」

 

金剛「OK!」

 

提督「・・・まて、金剛!」

 

金剛「Oh?」

 

提督「金剛はレーダーによる周辺海域の捜索を行ってくれ。不審な物体を発見次第、直ちに報告する様に。」

 

金剛「OK!」

 

翔鶴「あの、提督?」

 

提督「空母部隊は、交代で直掩機を上げてくれ。いいかな瑞鶴。」

 

瑞鶴「分かった。だってさ翔鶴姉?」

 

翔鶴「え、えぇ。分かりました、提督。」

 

金剛に仕事があれば翔鶴に無い訳がない。当然全艦が機関出力を落とす訳にも行かないのだし、これはこれで当然の事の帰結と言えただろう。何はともあれ直人は束の間の休憩を入れる事が出来るのだった。

 

そして休憩に入った残りの艦娘達が戦闘糧食をあらかた食べ終え、各々が暇を持て余し始めた、その時であった。

 

金剛「―――フゥ。レーションの紅茶は、やっぱり・・・ン?」

 

提督「んっ、んっ、んっ・・・」⇐スポドリ飲用

 

金剛「225度方向から飛翔物体4! 到達まで―――あと43秒!」

 

提督「―――んはっ、なんだとぉ!?」

 

大慌てでボトルから口を離し飲み込んでから言う直人。

 

金剛「セカンドウェイブ、225度、3万5000m付近から飛翔物体発射を確認、数量5! 到達まで推定1分15秒!」

 

提督「そいつだ! そいつが“白鯨(はくげい)”に違いない、艦隊は直ちに金剛の指示するポイントに向かえ!」

 

直人は遂に、我が意を得たりと指示を飛ばす。同時に哨戒機にも命令を出し、指定ポイントを空中から探らせにかかる。

 

提督「艦隊戦闘用意! 対潜戦闘に備え!」

 

しかしここで予想外の報告が直人にもたらされた。

 

金剛「飛翔物体判明、対艦ミサイルデース!」

 

提督「な、何ィ!?」

 

金剛「ミサイルファーストウェイブ、到達まで15秒!」

 

提督「機銃だ! 機銃で弾幕を張れ! 主砲では間に合わん! 全艦機銃にて応戦!」

 

金剛「OK!」

 

たちどころに敵のミサイルに目掛けて火箭が幾重にも掴みかかり、流石と言うべきか、その全てが撃墜されていく。

 

提督「第二波に対して弾幕防御用意! 初めての筈だが、上手くやるものだな。」

 

瑞鶴「“提督、私達は!?”」

 

提督「対潜攻撃装備で艦載機を発艦させろ! あと直掩を強化して、敵機の来襲に備えろ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「四航戦の六三四空は直ちに発艦、対潜掃討を実施せよ!」

 

金剛「水中物体捕捉! 方位225度、距離3万4200、速力38、なお増速中デス!」

 

提督「さ、さんじゅうはちィ!?」

 

水中で38ノットと言う数値はどう考えても只者ではない。そもそも原子力潜水艦でさえ、その最高水中速力は35ノット程度であり、それを3ノットも上回り、なおも増速していると言うのはどう見積もってもおかしいのである。

 

金剛「そんなコトってあるノー!?」

 

提督「いや無いよ! この現代にあってはあり得ないスピード・・・の筈だ!」

 

 水中を進む時の抵抗と言うのは、空気中を進むのとは比べ物にならない抵抗を生じる。単純な話ではあるが、水上艦と潜水艦では受ける抵抗の量が違う為、同じ「船」でも潜水艦は水上艦よりも大きな抵抗を受ける。

これは水中を進む時にはより大きな推進力を必要とする事を意味しており、そうりゅう型潜水艦のような通常動力型(原子力を用いないタイプ)の潜水艦では現在でも早くて水中で25ノット程度なのだ。

因みにWW2で水中高速潜水艦として作られた伊二〇一型で19ノット、UボートXXI型でさえ17.5ノットである為、技術進歩した現代であっても難業である事はお分かり頂けるだろう。

 

金剛「敵速、40を超えたヨー!?」

 

提督「え、これ勝てるん?」

 

矢矧「“それ私達じゃ追い付けないわよ!?”」

 

提督「いやだから判断に困ってるんだよ!」

 

矢矧「“そ、そうよね、ごめんなさい。”」

 

提督「うーん・・・。」

 

 実の所、これに追い付ける駆逐艦がいないのである。

まず旗艦である阿賀野型の阿賀野・矢矧が35ノット、朝潮型が概ね34.85ノット、陽炎型が35ノット、初春型が36.5ノット、特型が37~38ノット、睦月型が37.25ノット、島風でさえ最高速力は40.9ノットである為、端的に言って()()()()()()()()()である、と言う訳である。

追い付けるのは巨大艤装『紀伊』位だが、実は紀伊には欠点があり「対潜攻撃が出来ない」のである。

 

提督「・・・どーすりゃええねん。」

 

金剛「私でも追い付けないデース。」

 

一応金剛極改三は32ノットほど出るのだが、到底追い付ける値ではない。

 

「―――対潜兵装が積めたら・・・。」

 

 彼自身、そう思わない所はない。しかし積めないものと言えば魚雷や水偵なども搭載出来ない。世の中何でも出来るものなんて存在しないと言う事である。

その意味に於いて、巨大艤装は「単騎で何でも出来る事」を目指して作られ「結果として」失敗した良い例であったとも極言する事が出来る。

巨大艤装4体程度でどうにかしようとするには、当時は余りにも物量で負けすぎていたし、それを補う艤装の質も全く足りていなかった。7年前、彼がマリアナ沖に敗北した所以である。

 

提督「―――予想針路を算出、その航路上に駆逐艦を先回りさせ爆雷を投入しろ! 急げ!」

 

金剛「OKデース!」

 

提督「恐らくだが、奴はただの潜水艦では無かろう。超兵器クラス、それもミサイルを積みこの高速と言う事は、イギリスの改ドレッドノートだ。」

 

金剛「British(ブリティッシュ) submarine(サブマリン)!?」

 

提督「推測だ。だが・・・」

 

 間違いない、と彼の知識は告げている。通常のドレッドノートは35ノット、アメリカのノーチラスと言う同じく潜水艦型の超兵器は36ノットである。これを踏まえれば、40ノットを超える超兵器潜水艦は改ドレッドノート位のもの、と言う事になる。

 

提督「―――だとしたら、魚雷の射程と射線には入ってはいかん、魚雷の雷数の関係上、一度撃たれたら被害が尋常じゃなくなるかもしれん。」

 

金剛「私の短魚雷を―――!」

 

提督「いざと言う時は頼む。だが今はその時ではない。」

 

金剛「OK。艦隊、展開を急ぐデース!」

 

提督(だが、我が艦隊に対潜攻撃用に特化された機体なんて・・・どうする―――)

 

何か手はないか、そう考えている時、ひとつの単語が頭をよぎる。

 

カ号―――

 

提督(―――カ号観測機!)

 

 主力部隊の軽空母と航空戦艦などにはこの時、対潜掃討の対策と言う事もあり、対潜攻撃仕様のカ号観測機が搭載されている。

このカ号観測機と言う機体は、萱場製作所(現:KYB)が設計・製造した、旧日本軍が実用化した唯一の実用オートジャイロであり、対潜哨戒と砲兵弾着観測に使用されていた陸軍の機体である。

因みに「オ号観測機」と言う名称もあるが、これは改称された際の名称なので同じ機体の事である。

 日本独自設計の機体ではなく、外来の機体を改設計して製造している為日本で独自で作られた機体ではないものの、それなりに使い勝手は良かったらしく、終戦まで用いられている。ただ実動機は50機そこそこと少なく、大きな役割を果たしたとは言い難い。

この時の横鎮近衛艦隊主力部隊は、運用可能な全ての艦にカ号観測機を搭載していた。その運用艦数8隻、カ号の総数は31機にも上る。

 更にこの時の艦隊にはもう一つの対潜攻撃機が用意されていた。

 

提督「―――搭載艦はカ号観測機及び三式指揮連絡機を発艦させろ! 更に利根、筑摩は零式水偵一一型乙を対潜攻撃装備にて緊急発進! 両隊は空母の対潜攻撃隊を支援して敵超兵器を捕捉、攻撃せよ!」

 

瑞鳳「“了解!”」

 

利根「“承ったのじゃ!”」

 

提督「奴に追い付けるとしたら、それは航空機しかない―――三式とカ号(あれら)を持ってきて正解だったようだ。」

 

 三式指揮連絡機も陸軍が採用した機体であり、日本国際航空工業(現:日産車体)が開発した短距離離着陸(STOL)機である。

その性能は60m弱での離陸を可能とし、向かい風5mであれば30m程度で離陸が可能と言う性能を持ち、丙種特殊船「あきつ丸」で対潜哨戒に用いられた事でも知られている。

 その主な用途は空中指揮や連絡、弾着観測、偵察であり、抜群のSTOL性能に「見え過ぎる」と評される程の良好な視界、不整地でも運用可能な汎用性と優れた点を多く有しており、時期が良ければ戦場の便利屋として重宝されただろうとも思われる機体である。

艦隊に随伴している軽空母に搭載された三式の数は71機、ここに天山、流星、彗星からなる正規空母の対潜攻撃機が加わり、大取物が展開されようとしている。

 

提督「絶対に逃がすな、我々の目前に現れた事を後悔させてやれ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

横鎮近衛艦隊が2個艦隊を動員したのに対し、相手は超兵器潜水艦1隻のみ、本来ならば相手が相手であるだけに海戦とは呼ばれないのだが、これはコモリン岬沖海戦の特異な事を示していた点の一つでもあった。

 

 横鎮近衛艦隊の戦術はこうである。

まず零式水偵一一型乙に搭載された対潜水艦磁気探知機(KMX)を使用して改ドレッドノートを捕捉する。この際追跡する形で捕捉する事。

そしてその動きに追従する形で正規空母の艦載機が攻撃を加え、その後からカ号観測機と三式指揮連絡機による攻撃を行う。この間に回避行動を行うであろう事を見越して駆逐艦が急速接近して、爆雷を投下すると言う算段である。

 この三段構えの第一撃に駆逐艦は半数のみを投じ、残りは第二撃に備えるのである。即ち一度の攻撃で終わらせる気は更々無く、反復した攻撃により敵を絶息せしめ、その実力を探るのが今回の目的である訳だ。あわよくば撃沈できれば幸いであるが、それほど上手く行くとは彼も考えていなかったのだった。

 

提督「まずは捕捉からだな。零式水偵一一型乙が、上手く捕捉できるかだが・・・。」

 

利根「“そこは大丈夫じゃろう。歴戦のパイロットが、この航空隊には集まっとるからのう!”」

 

提督「そうだな・・・期待しよう。」

 

 因みになぜ筑摩と利根がこれを搭載しているかと言う理由は、言及するまでもないだろう。単に鈴谷から降ろしたものを代わりに乗せただけである。

そもそも直人の旗艦である鈴谷は、艦娘艤装のデータを反映し、通常艦サイズに展開して作られたスタンダード(Standard)フレックス(Flex)方式の戦闘艦である。この為、艦娘用の装備は重巡に対応するものまでなら何でも搭載する事が可能なのだが、裏を返せば、鈴谷に搭載出来る装備は艦娘でも運用可能と言う事でもあるのだ。

 

提督「各艦、敵の攻撃に留意せよ。確認次第直ちに報告する様に。」

 

そう指示を飛ばしておいて、直人は双眼鏡を当てて探知の様子を注視する。

 

提督「さぁ・・・どうだ・・・。」

 

2分後、探知を行っていた零式水偵が2度バンクを振る。探知成功の合図である。

 

提督「よし。作戦、第二段階へ。」

 

瑞鳳「“了解っ!”」

 

金剛「駆逐隊の展開、間もなく完了デース!」

 

提督「分かった。さて、見ものだが・・・。」

 

 金剛の報告を受ける直人の視線の先で、作戦の第二幕が展開されようとしていた。50機の三式指揮連絡機と、20機のカ号観測機が整然と編隊を組み、探知を行う水偵の先を飛び、水偵からの探知情報を逐一受けて変針を繰り返しつつ、最適な投下位置に向けて動く。

 

金剛「敵深度、100mへ浮上ネ!」

 

提督「この辺は水深が非常に浅い、深くても200m、奴の実用潜航深度は350mと言われていて、それ故に爆雷が通用しなかった、と言う逸話がある。しかし、ここではその縛りは無い。奴は恐らくはその自信の故に戦場を選ばず突進し、“偶然”術中に嵌った訳だ。」

 

金剛「偶然って・・・?」

 

提督「端的に言って、大人しくこんな所に来るとは思ってもいなかったのさ。この通り考えてはあったんだがね。」

 

金剛「え、それじゃぁ・・・!」

 

提督「流石、察しがいいな。“白鯨”と言う位だ、潜水艦位のものだろうと最初から見当は付いていたのもある。所詮作品で語られるような“白鯨”など実在する筈は凡そない。ならば―――深海棲潜水艦、それもただの潜水艦では無いもの、恐らくは旗艦クラスだろうと思っていた。」

 

金剛「改ドレッドノートは想定外だった訳デスカー。」(・・;

 

提督「いやー、ホンマにソレなんだよな。思いもかけない大物が引っかかってしまった。」

 

 などと言葉を交わす間にも、カ号観測機が5機一組で投弾を開始した。このカ号は60㎏爆雷を1発、三式は100㎏爆雷を1発装備できるのだが、陸軍の航空機用爆雷はドラム缶のような円筒型であったと言われている。

しかしそこは横鎮近衛艦隊。艦艇用でさえ三式爆雷と同じような、沈降速度を増したタイプ。であれば、航空爆雷は海軍の爆弾を元にして爆弾型に改良されていたのである。

 

 

~その時~

 

「フン・・・その程度の攻撃で、私は捉えられないわ!」

 

 海中と空中のチェイスの最中でも、彼女―――改ドレッドノートは余裕を保っていた。彼女の戦歴はこれまで百戦百勝、アラビア海沿岸国家の諸海軍を単独で圧倒し、インド海軍の主力をベンガル湾に撤退させる程の暴れぶりを示しているのである。

その気になれば彼女は対潜短魚雷に魚雷をぶつけて相殺する事さえ出来た。彼女の自信も生前のそれと合わせても本物であり、今更爆雷程度では彼女を止められない―――筈だった。

 そして彼女は第二次大戦の時に採った正攻法―――爆雷の直下を掻い潜ると言う戦法を採ったのである。

 

 爆雷と言うものは、深度100mに到達するまでにかなりの時間を要する。例を挙げれば、日本海軍が二式爆雷や三式爆雷を採用する以前主力としていた九五式爆雷の沈降速度は毎秒1.9m、着弾までに50秒強を要する事になる。

それでも通常の潜水艦は当時、水中で早くとも10ノット程度が時代の趨勢だった為、捕捉するに当たっては充分な性能だった。逆に言えば、必要最小限度の性能を保持していたのだ。

 しかし、ドレッドノート級超兵器潜水艦が登場した時、その常識は覆されてしまったのである。その程度の旧態依然とした兵器では、この弩級潜水艦は捕捉出来なかったのだ。

実際に弩級2番艦であった「ドミニオン」は、ドイツの超兵器級である「ムスペルヘイム」の重力砲によってズタズタになって沈み、改弩級であった改ドレッドノート(ドレッドノートⅡとも)は、スコットランドはスカパ・フローで停泊中を、“摩天楼(ヴォルケンクラッツァー)”にレールガンで狙撃されたのが致命傷となっている位、当時の対潜兵器は日進月歩でありながら遂に彼女らを全滅させるには至らなかったのだ。

 

「―――なっ!?」

 

 だがその伝説は遂に覆ろうとしていた。1942年に竣工して以来、殆ど被弾を経験しなかった彼女が、ついに爆雷の洗礼を受ける時が来たのだ。ベースタイプであった世界初の超兵器潜水艦(ドレッドノート)がそうだったように―――。

 

ドオオオォォォォォ・・・ン

 

 周囲に重く響き渡るような重低音と共に、爆雷投下地点の海水が盛り上がる。60㎏でも数発同時に投下すれば威力は凄まじい。水上艦にとっては場合によっては取るに足らない程度だが、潜水艦にとってはこの程度でも致命傷足り得るのだ。

 

提督「命中確認出来れば一番なんだけどな。」

 

五十鈴「“無茶言わないの。”」

 

提督「分かってるよ。それより布陣は?」

 

五十鈴「“投網はバッチリ、あとは誘い込んでくれれば。”」

 

提督「指示して置こう。利根!」

 

利根「“なんじゃ?”」

 

提督「探知状況をこっちにも回してくれ。」

 

利根「“承った!”」

 

転送されてきたデータから鑑みるに、改ドレッドノートは針路を変えていた。直人の算段はこの時点で成立したと言ってよい。

 

提督「瑞鳳! 対潜攻撃機に指令、投網の中に白鯨を誘い込め!」

 

瑞鳳「“了解っ!”」

 

 普段から対潜哨戒を扱っていて、今回も対潜攻撃機の指揮を執る瑞鳳が、カ号や三式指揮連絡機に指示を出す。艦隊を守る為に研鑽を積み重ねている瑞鳳は、的確に攻撃指示を出し、攻撃隊は忠実にこれを実行する。

―――そこからは最早神業の域である。瑞鳳は手に取る様に敵の位置を把握し、適切な戦力を適切な位置に投入し、それと悟られないように、しかし確実に追い込んでいったのだ。

 

 

(まさか・・・この私が―――“潜水棲戦姫”の名を受けたこの私が、爆雷を直撃されるなんて―――!)

 

 実は最初の一撃で改ドレッドノートは被弾していた。最初の一撃は完全にクリーンヒットとなって彼女に打撃を与えていたのである。しかし、彼女は屈しない。その程度の一撃で斃れるほど、改ドレッドノート―――超兵器潜水艦はやわではない。

 

「しつこいわね―――なんとしても、魚雷の射程に潜り込む、そうすれば―――!」

 

 彼女の方にも勝つ見込みは充分にあった。この点においては充分互角の勝負であった。しかし爆雷の連続的な投入によりソナーが使えず、目視で探るしかない状態で、艦娘を発見するのは容易ではない。

上空には低空を悠然と飛ぶ対潜攻撃機の大群がいる。その陰すら彼女には見えている為、どれがどれなのかを判別する必要もあったからだ。

 一方横鎮近衛艦隊にとって容易ならざる事は、戦果が不明瞭な事である。敵にどの程度の打撃を与えているかが分からない以上、彼らは遮二無二攻撃する他無く、それによって生じる無駄を何とか省く必要があったのだ。

その為の策が彼の案じた方法だったのだが、それすら、敵に駆逐艦隊を雷撃されれば崩壊する恐れがある。二重の意味で、横鎮近衛艦隊は苦境に立ったと言えよう。これは余りにも分の悪すぎる賭けであるからである。

 

ドドオオオォォォーーー・・・ン

 

潜水棲戦姫「―――チィッ!」

 

 そこからの状況は一見すれば横鎮近衛艦隊の優勢に見えた。魚雷の照準は時間がかかる事を利用し、艦隊に軸線を向けるとすぐさま爆雷を投下して転進させる事を繰り返したのだ。

そしてそれは、被害を局限する以外にもう一つの効果があった。潜水棲戦姫に限った話ではないが、姫級は旋回半径が大きい。特に超兵器級は顕著であり、しかも水の抵抗も総重量も人一倍である。それは即ち、速力が低下すると補いを付けるのが大変である事を意味している。

 

金剛「敵速、38ノットを下回ったデース!」

 

提督「いいぞ、もう少しだ―――気を抜くな、緊張を切らせば、この策は元の木阿弥だぞ!」

 

 直人が麾下に檄を飛ばす。彼にしてもここが正念場であったのは間違いない、なぜなら上手く行きかけている最中に気を抜いてしまう事は往々にしてあるからである。ここで部下の緊張の糸が切れるような事が、あってはならなかったのである。

既に開幕から30分以上が経過し、カ号観測機や三式指揮連絡機は既に母艦へと戻りつつある中、天山や流星、更には急降下爆撃機である彗星までもが、敵の頭上に爆雷を見舞う。

 

提督「対潜攻撃機の収容と再発艦急げ! 絶え間なく爆雷を落とし続けるんだ!」

 

瑞鳳「“分かってるけど―――!”」

 

瑞鶴「“間は何とか繋いでみるけど、限界あるわよ!?”」

 

提督「チッ―――サイクルを少し落とせ、このままだと継続出来ない!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 

提督「爆装可能な零戦は対潜攻撃装備で予備攻撃機として待機! 各母艦からの発艦機数の不足に応じて対応せよ!」

 

翔鶴「“了解!”」

 

部下からの泣き言も即座に指示に反映するのは直人の特徴の一つである。これには配置転換で同行していた音羽も舌を巻く。

 

音羽(的確な情報判断能力と、それを反映し迅速に指示に転換する頭の回転の速さ。これが、紀伊 直人の頭脳の本領・・・。)

 

 彼は決して頭脳明晰である訳ではないが、だからこそ部下の意見を尊重し、より確実な勝利を手繰り寄せる事にその意を用いている。

そんな彼にとって、作戦そのものは順調に思われていた。

 

提督「金剛、敵との距離は!」

 

金剛「ポイントまであと4000、二水戦から距離にして7000ネ!」

 

提督「五十鈴、展開準備!」

 

五十鈴「“その指示を待ってたわ!”」

 

提督「敵の位置と示し合わせ、最適な位置に布陣するんだぞ。」

 

五十鈴「“分かってるわよ!”」

 

なるべく陽気に聞こえるように五十鈴は応えた。

 

提督(―――皆、上手く行くだろうかと不安なのも理解出来る。今回も今回で相当無茶な作戦だ。俺が、しゃんとしなきゃな。)

 

敵を罠にかけるまで、あと一歩。近いようで遠い様にも感ぜられるその一歩は、しかし着実に手繰り寄せられる起死回生の一手であった。少なくとも、彼には手繰り寄せる算段はあったし、十分成算のある策であると彼は確信している。

 

提督「飛翔体及び魚雷に対する警戒を解くな! いつ撃ってくるかなんて分からんぞ!」

 

一同「「“了解!”」」

 

 だからこそ彼は、全軍に周知の事も改めて指示する。そうでなければ、このような状況下で意識を高く保つ事が出来ないのもまた事実であった。

既に敵魚雷の射程圏内でもあり、少しでも気を抜けば、艦隊に大損害が生じる恐れなしとは出来ないだけに、緊迫した情勢は依然として続いていたと言えるのだ。

そして彼が払った細心の注意と努力は、ついに報われる瞬間を迎える。

 

~6時22分~

 

金剛「敵、ポイントD到達! 敵速35.2ノット!」

 

提督「今だ! 所定通り始めろ!」

 

五十鈴「“了解ッ!”」

 

 直人がすかさず指示を飛ばし、五十鈴は事前展開を済ませた陣形から一挙に敵の進路上へと急行する。この時点でドレッドノートと二水戦との距離は遠くても2200m程度で半包囲下に置かれている状態であって、次々と爆雷を投入し始めていた。

 

提督「航空隊、一時退避!」

 

同時に彼は、40分近くに渡って“お祭り騒ぎ”を繰り広げた航空隊を一時後退させた―――

 

 

潜水棲戦姫「爆雷攻撃が、止んだ―――?」

 

その時水中では、投入し終えた航空爆雷と投入し始めた艦艇用爆雷が入れ替わる正にその間であり、しかも改ドレッドノートは駆逐艦が爆雷投入を開始した事に、航空爆雷の爆発音とその反響で気づいていなかった。

 

潜水棲戦姫「・・・今しかない、雷撃用意―――!」

 

 すかさず改ドレッドノートは軸線を“敵主力”に向け、諸元を入力し始める。改ドレッドノートは流石改良型だけあって、水深120mからの魚雷発射をも可能としている。この時の海底への着底ギリギリである80mでも、悠々と発射し得る。

 

潜水棲戦姫(・・・この音は?)

 

その時改ドレッドノートのソナーは、艦娘達の推進音をやっと聴知した。しかし、全てが遅かった。

 

潜水棲戦姫「―――なっ!?」

 

至近に降り注ぐ、単一の潜水艦に降らせるには余りにも膨大な数の三式爆雷改一。150㎏もの炸薬を1発に込めた急沈降爆雷が、正に信管調定深度の一つである、“80m”で炸裂した。

 

ドドオオオオォォォ・・・ン

 

激しい勢いで奔騰する海面の様相は、1万m近く離れた主力からも遠望できた。その下では、猛烈、と言うには余りにも熾烈に過ぎる、爆発と衝撃波の乱打が改ドレッドノートを襲っていた。

 

提督「―――これで、終わりでは無かろう。」

 

金剛「―――敵潜水艦、急速に浮上してくるネ!」

 

提督「・・・味方艦隊を下がらせるんだ! 五十鈴!」

 

五十鈴「“OK!”」

 

彼は咄嗟に五十鈴にそう命じていた。

 

 

そこから十数秒を経ずして、爆雷を強かに見舞った地点から、それによって生じるものとは別の水柱が、天にかかる階の様に立ち上る。

 

潜水棲戦姫「・・・。」ザアアアアアア・・・

 

降りかかる飛沫の中心に、彼女は佇む。

 

潜水棲戦姫「私を、ここまで陥れる敵が現れるとはな。誉めてやろう。だが―――」

 

 白日の下に晒されたその武装は独立型であり、その形状は確かに、後年「潜水棲姫」として知られるものに近いのだが、その形状はメジロザメやホホジロザメなどのような鋭利な形状をしておらず、例えばジンベエザメのような横に幅広な外見をしていた。

全体形状もエビスザメに似た横長の紡錘形状であったが、到底潜水艦とは思えないようなものが、その上部に屹立していた。これこそが、ドレッドノート級超兵器潜水艦が枢軸陣営に齎した恐怖の源泉だったのである。

 

金剛「敵超兵器、浮上したネー!」

 

提督「あぁ・・・まさか―――」

 

長門「“敵艦、()()()()!!”」

 

提督「駆逐艦隊、全艦後退しろ! 性能が正しければ、あれは―――!」

 

 

潜水棲戦姫「“ホホジロザメ(Carcharodon carcharias)”の異名をとった私に、本気を出させた事を悔いて沈め!」

 

ドオオオオォォォォォォォォ・・・ン

 

長月「―――!?」

 

ドゴオオオオォォォォォォォーーーー・・・ン

 

大和「“敵潜水艦発砲! 三十一戦隊の長月大破!”」

 

提督「応戦だ! 主砲発射用意、各個射撃せよ! 一水戦と三十一戦隊は直ちに後退し本隊と合流!」

 

五十鈴「“わ、分かったわ!”」

 

狼狽しつつも五十鈴は迅速に直人の指示を出す。蜘蛛の子を散らす様に遁走する駆逐艦などを、しかし改ドレッドノートはそれ以上相手にせず、その主砲を“好敵手”たる戦艦に向ける。

 

三笠「主砲1番、目標敵超兵器! 撃ち方始め!」

 

ズバアアアアアアァァァァァァ・・・ン

 

 最も早く態勢を整えたのは、12インチ荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)を主砲とする三笠である。

このエネルギーカノンと言う武装は、通常発射時はエネルギー兵器では大変珍しい、放物線軌道を描いて放たれる特性があり、これは荷電粒子が磁場で容易に偏向する事を逆手に取り、エネルギー量と発射時の加速度の二つの要素を組み合わせる事によってこの弾道を実現したとされる。

ただその技術の詳細は敗戦の混乱で失われた遺失技術(ロストテクノロジー)の一つであり、現在となってはそれを確かめる術はない。

 

潜水棲戦姫「エネルギー弾・・・!?」

 

 一方発射されたものに潜水棲戦姫は驚き、しかして冷静に電磁防壁を展開、この初弾をいなし切る。

三笠に対する改ドレッドノートはその主砲として、20インチ(50.8cm)連装砲を4基8門有している。長月はこの一弾を正確に直撃され大破してしまったと言う次第である。

 

 因みにこの20インチと言う、火砲としては一見とてつもない口径は、製造自体は可能であった大型火砲だが、実際に20インチ砲を搭載しようとして計画された艦が、イギリスにも存在する。

「比類なき(もの)」と言う意味の形容詞を冠する「インコンパラブル(HMS Incomparable)」と呼ばれるそれは、第一次大戦中にバルト海用の大型軽巡洋艦シリーズ「ハッシュハッシュクルーザー」の一環として計画されたものの中止となっている、幻の巡洋戦艦である。

 そもそも弩級超兵器潜水艦はこの時代、「かの海軍卿(※)フィッシャーの亡霊である」と(まこと)しやかに囁かれるのだが、その理由として、実は弩級超兵器潜水艦の時点で18インチ(45.7cm)砲を装備しており、その改良型では順当に火力を向上させただけなものの、それがハッシュハッシュクルーザーの経過と瓜二つである事から来た風聞である。

(※海軍卿=当時のイギリスにおける海軍大臣に相当する役職)

 

 もし仮にこれが偶然だったとしても、現に脅威として目前に立ちはだかっている事実は覆らないだけに、直人としては対応策を迫られる結果となっていたのである。

 弩級超兵器潜水艦シリーズが等しく持つその肩書は―――「超巨大潜水戦艦」。

それは正に、日露戦争の終結翌年に突如として洋上を騒がし、その後の海軍バランスに重大な転機を齎した伝説の戦艦「ドレッドノート」の生まれ変わりであり、その名を継ぐに相応しい魁偉(かいい)な外見と威容を誇った、大英帝国海軍の主力超兵器だった(フネ)であり、それこそが、いま彼らの眼前に姿を現した、敵の正体だったのだ―――。

 

提督「主力を前に出せ、水雷戦隊を守るんだ! 敵は暫くの間潜行出来ん筈だ!」

 

金剛「一水打群、前進デース!」

 

大和「“第一艦隊、前進します!”」

 

提督「空母艦載機は出せるか?」

 

瑞鶴「“武装転換に最短でも30分はかかるわ!”」

 

提督「構わん、準備完了の機体から随時出せ!」

 

瑞鶴「了解!」

 

翔鶴「“こちら翔鶴、岩井隊が一部、直ちに出せます!”」

 

提督「よし、直ちに発進!」

 

翔鶴「“了解!”」

 

 翔鶴はこうした事態を見越していた訳ではないが、対水上艦攻撃用に一部の零戦六二型の爆弾を、対潜用の一式二五番二号爆弾一型ではなく、対地/対艦両用の九九式二五番通常爆弾にしていたのである。

一部の機体は前者の爆弾を既に搭載していたため武装転換が必要となるが、それ以外は直ちに発進できると言う事である。

 

提督「敵からの砲撃に注意、ともすれば一撃で大破させられるぞ! 機会を掴んで徹底的に叩け!」

 

一同「「“了解!”」」

 

超巨大潜水戦艦と横鎮近衛艦隊主力の直接対決。この戦いが「海戦」と呼称される所以であり、コモリン岬沖海戦は、こうして第二幕を迎えるのである。

 

提督「全戦艦と重巡は可能な限りの全速力で前進、前衛の駆逐艦隊を守れ! 俺も前に出る!!」

 

金剛「そう来ると思ってたネー。行きまショー!」

 

提督「あぁ!」

 

提督「よぉし行くぞ! 紀伊航空隊、全機発艦! 主砲、発射!」

 

ドドオオオオオオオォォォォォォォォォーーー・・・ン

 

 横鎮近衛艦隊の力の象徴たる120cm砲が火を噴き、その朗々たる轟音と砲煙を突き破って、左右前方に射出された噴式景雲改二がジェットエンジンの轟音と共に敵に向かって突進する。

 巨大艤装『紀伊』の航空艤装は脚部両舷に設置されているが、左右に開角34度で取り付けられている為、両舷から同時に発艦が可能となっている。

それだけ大きな角度で取り付けられているにも拘らず、発艦と同時に発砲すると針路上に砲煙が拡散するのは、120cm砲が如何にスケールの大きな砲であるかを如実に示すものだろう。

 

潜水棲戦姫「なっ、なんだこの水柱は―――!?」

 

自身の至近に立ち昇る巨大な水柱に改ドレッドノートは思わず驚く。その水柱は、かつてスカパ・フローで受けたレールガンのそれを凌駕する太さと高さであったからである。

 

潜水棲戦姫「少なくとも口径は80cmを上回っている―――まさか、噂の巨大艤装か!?」

 

その推測を裏付けるかの如く、彼女の目前に、紀伊を飛び立った噴式景雲改二が殺到、攻撃を開始するのである。その数60機、同数の噴式震電改の護衛の下突入を開始する。

 

潜水棲戦姫(間違いない、奴らは―――サイパン艦隊!)

 

結論に達するよりも早く、彼女はその迎撃に移っていた―――。

 

 

提督「―――流石だな、対応が早い。」

 

彼はそう独白する。瞬く間に22機の噴式景雲改二が撃墜されてしまったのがその理由であった。護衛していた噴式震電改も巻き添えを食って12機が撃墜されてしまった。

 

提督「金剛、奴の動きに注意しろ、何をするか分からんからな。」

 

金剛「OK!」

 

提督「全砲門斉射! 目標敵超兵器!」

 

 紀伊の80cm砲が立て続けざまに火を噴く。ともすれば視界を遮る事も珍しくないその連続射撃は、見る者を圧倒する迫力を持つ。こればかりはどの艦娘達にも真似が出来ないと言って良い、力の象徴たるに足る兵装である。

最初の120cm砲こそ外したものの、80cm砲の猛射を受けては流石の超兵器もただでは済まなかった。

 

潜水棲戦姫「ぐぅっ!?」

 

 周囲に乱立する水柱は、120cm砲のそれよりは確かに小さいが、威力に於いては実質その倍以上を誇る。何分一度に放たれる砲弾の数はその10倍以上に上り、投射重量比でも圧倒的な格差がある。砲弾1発で見れば当然強いのは120cm砲だが、門数による火力ではこちらの方が優秀である。

 そのうち2発が直撃し、22発は至近弾となったが、その衝撃波は四方八方から改ドレッドノートに襲い掛かり、独立型武装の水線下にダメージを与え、装甲を歪ませていく。

 

 

暁「潜水艦なのに何なのよあの主砲!」

 

雷「とにかく今は後退! 考えるのはあとよ!」

 

暁「そ、そうね!」

 

電「あれ? そう言えば、響お姉ちゃんはどこなのです?」

 

暁「えっ・・・!?」

 

急速後退中の第六駆逐隊、しかし気づくと響の姿がどこにもない。

 

暁「そう言えば、さっきからこっちに砲弾が飛んでこないわね・・・。」

 

 

ザァッザザァッ―――

 

響「そこ!」

 

ドォンドォォォン

 

 主砲を乱射しつつ改ドレッドノートと付かず離れずの位置を立ち回る響、距離は約1万m、目をつけられれば改ドレッドノートの必中距離である。

ただ、本来後退中の第六駆逐隊からも1万3000m以上離れている。戦艦隊も2万m以上は離れている為、今響が撃たれれば、援護できる艦は1隻もいない事になる。

そして眼前の改ドレッドノートは、対空ミサイルと対空火器を動員しつつ、逃げていく駆逐艦隊に砲撃を加えていた。響にとって、それは断固として阻止する必要があった。

 

響(姉さんや妹達に、危害を加えさせる訳にはいかない。主力の合流まで、敵の注意を削がなければ―――!)

 

潜水棲戦姫「ん? なんだあの小さいのは・・・?」

 

 

提督「“響がいない!?”」

 

暁「そうなの! あの子一体一人でどこに行っちゃったのかしら・・・?」

 

一方で以前ひと騒動あっただけに暁はすぐに司令官に、響行方不明の通信を入れていた。

 

 

提督「金剛、響の現在地は分かるか?」

 

金剛「“ちょっと待つネー・・・えっ、なんで―――!?”」

 

提督「どうした!」

 

金剛「“駆逐艦“響”の反応、敵超兵器の至近距離デース!”」

 

提督「なんだと!? 響へ、こちら紀伊、応答せよ!」

 

ザザアアアアアアアアア・・・

 

提督「チッ、超兵器機関のジャミングが―――!」

 

金剛「“テイトク、急がないと響が!”」

 

提督「―――止むを得まい、俺が先行する。各艦援護せよ! 金剛は―――速度差はあるが続け!」

 

金剛「“30ノット差があってもついていくネー!”」

 

 頼もしい返答を得て、直人は機関とバーニアを全開にして前線へ出る。その最大速力は63.7艦娘ノット、金剛が31艦娘ノット程度である事を考えれば倍以上の差がある。島風(40.8艦娘ノット)が追い付けない筈である。

 

提督(全く―――響の奴は!)

 

響の行動は明確な命令違反である。しかも金剛極改三の艤装は、敵味方識別装置(IFF)を戦場で確認する事が出来るから、行動逸脱も丸見えである。

 

提督「瑞鶴、響を救援するから、空中から援護を頼めるか?」

 

瑞鶴「“やれるだけ、やってみるわ!”」

 

提督「感謝する!」

 

瑞鶴「“お礼は後! もう誰も失いたくないんでしょ!”」

 

提督「―――。」

 

瑞鶴はとやかく問うことなく、直人を送り出した。瑞鶴には直人はそうするだろう事は予見できていた。だから彼女は何も言わず、むしろとにかく行けとでも言う様に送り出したのである。

 

 

響「ふっ―――!」

 

 力を込めて水面を蹴る響。左に飛ぶと元居た場所に敵の砲弾が着弾し、水柱が立ち昇る。ポートモレスビーの時は庇って被弾したが、一人であればそう簡単に被弾しないだけの実力は、響も備えている。

しかし実力の格差はいかんともし難かった。響に出来るのは事実上回避する事だけ。駆逐艦の主砲程度で傷を付けられる程、改ドレッドノートの装甲は薄くは無かった。魚雷も既に18本の全弾を撃ち尽くし、3本の直撃を認めたものの、敵は依然として勢いを止める事は無かった。

 そう。これが「駆逐艦娘1隻(ちいさなふね)」に出来る()()であった。

 

響(主砲の威力が足りない・・・でも、敵の注意を逸らす事は出来た。このまま凌げば―――)

 

しかしそれを許すほど、敵も有情ではない事を、痛いほど響は思い知る。

 

響「―――!」

 

敵の発砲を認める響。即座に左斜め後ろに飛び退る。が―――

 

響「っ!?」

 

その刹那、響は最早避けがたい一弾が自身に向かって飛び込んでくるのを認めてしまった。改ドレッドノートは次に響が飛ぶ先を予測していたのだ。そして次の瞬間―――

 

ドオオオオォォォォーーー・・・ン

 

響「ガハッ・・・!」

 

20インチ砲を直撃され、響は尚も浮かんでいた。それ自体が既に奇跡に等しいが、戦闘能力はその全てが失われ、航行能力が辛うじて残されているに過ぎない。

 

響「―――フッ、結局、私は・・・」

 

そう、これでいい。私は、姉妹達を守れれば、それで・・・

 

「響ィィーーーーッ!!!」

 

姉さんは、怒るだろうな―――

 

ブオオオオオオオ―――ン!

 

響「!!」

 

 突然の爆音に驚いて空を見上げると、そこには12機の流星改が編隊を組んで雷撃コースに入っていた。

尾翼に刻まれた識別番号は

「YK-4

 311」

濃緑色迷彩に黄色の文字で刻まれたその機体は―――紀伊雷撃隊の1番機であった。

本来なら友永少佐の機体だが、今回飛龍に乗って遥かベンガル湾の為、指揮官代行が搭乗している。

 

提督「全砲門開け、この距離を外すんじゃないぞ!」

 

 巨大艤装『紀伊』の事実上のメイン火力である長80㎝三連装要塞砲24門が、砲身をほぼ水平に倒して斉射を放つ。当然外す筈は無い、『紀伊』の妖精達も、直人と共に戦場を駆け巡った歴戦の勇者たちである。放たれた24発の全てが、改ドレッドノートの防壁に向かって直進する。

 改ドレッドノートも電磁防壁と防御重力場による防御障壁を備えている。原理的には前者は艦周囲の重力を増大させる事によって実体弾を失速させて被弾を抑えるもので、電磁防壁は艦の周囲に強力な電磁場を展開する事によって、エネルギー兵器の軌道を拡散させ、艦本体に直撃させないようにするものである。

電磁防壁はその副産物として、砲弾の信管を誤作動させる事も出来る。艦砲用の砲弾は基本的に電気信管だから、信管の電気回路に電気が流れてしまえば爆発するのだ。

 

 しかし横鎮近衛艦隊は格が違った。彼らは電磁防壁による早期炸裂のリスクを避ける為、全砲弾がショート防止対策済みの信管になっていたのである。

それでも防御重力場によって14発は水面に叩き落された。しかし一部は水中弾効果によって難を逃れ、24発のうち実に18発が直撃したのである。

 

潜水棲戦姫「グッ・・・!」

 

艦全体に渡って満遍(まんべん)無く直撃した80cm砲弾は、十分過ぎる打撃を改ドレッドノートに与えていた。それによって怯んだ隙に、直人は響の元へ急いだ。

 

提督「響!」

 

響「っ! 司令・・・官・・・。」

 

提督「こんな所で何をやってる、下がれと言った筈だ、さっさと下がれ!」

 

響「・・・。」

 

直人のこんな言葉遣いを殆ど聞いた事がない響は、思わず逃げるように味方の後を追った。響はこの後直人の後に続いていた金剛と第五戦隊に無事収容される事になる。

 

提督「―――。」

 

 

潜水棲戦姫「あれが噂の、巨大艤装か。中々どうして、恐ろしい相手だ―――。」

 

提督「“敵超兵器に告ぐ。降伏せよ、寛大なる処遇を約束する。降伏せよ。”」

 

潜水棲戦姫「―――負けを認めるのは悔しいが、これでもかつては、大英帝国の栄光を担った身だ。易々と敵に、下りはしない!」

 

 

チカチカッ―――

 

提督「ッ―――!?」

 

 発砲炎を認めた直人は咄嗟に右に飛んだ。その直後に20インチの巨弾が直人を掠め後方の水面に落下する。

そして向き直った時には、既に敵の姿は掻き消えていた。

 

提督「なっ、一体どこに・・・。」

 

 その返答は、26射線にも及ぶ雷跡によって報われた。直人は懸命に機銃で以て掃射し、または回避に努めたが、それでも2本の直撃は避けがたかった。

当然巨大艤装がその程度で何らの機能を削がれた訳でも無かったが、その隙に改ドレッドノートは、彼らの手の届かぬ場所へと遠ざかってしまったのだった。

直人は金剛に探知を続けさせ追撃を続行したものの、7時07分にその反応をロストした為、それ以上の追撃を断念して、全航空隊を収容した。

 結果として見れば、直人は超兵器級深海棲艦の能力を過小評価し、画竜点睛を欠いた事になる。潜航不能と見做された敵は、ダメージコントロールによって無理矢理潜航し、彼らの歯牙を掻い潜って逃走してしまったからだ。これについて彼は「後顧の憂いを残した」との批判を免れないだろう。

 

 コモリン岬沖海戦はこうして終息した。麾下艦艇に出た損害はそれ程多くなかったが、駆逐艦3隻(響・長月の他に大潮が後退中に被弾)大破、戦艦2(比叡・扶桑)、重巡1(妙高)、軽巡2(五十鈴・矢矧)、駆逐艦6が損傷したに留まる。ただ航空機の損害はたった1隻を相手取ったにしては余りに多く、48機を失っている。

 しかし、戦いはまだ、半ばを過ぎたばかりであった。彼としてはこんなところで勝利とも敗北とも分からない戦いの余韻に浸っている余裕は無かったのだ。

 

 艦隊は集結を急ぎ、7時28分、その進路を東へ向けた。言うまでも無くコロンボへ向かう為である。お忘れの方がいるといけないので改めて説明すると、この作戦は副目標として、コロンボ泊地への直接攻撃が含まれている。

これを踏まえて横鎮近衛艦隊は第三艦隊(機動部隊)と母艦である鈴谷を分派し、第一艦隊と一水打群で以てコモリン岬沖の調査にやってくる一方、第三艦隊はコロンボを猛爆して、敵戦力の徹底的な漸減に努めていたのだ。

 

 

7時31分 コロンボ棲地

 

ウゥ~~~~~~・・・

 

港湾棲姫「今日もか・・・。」

 

うんざりしたような表情で空を見上げる港湾棲姫「コロンボ」、既に東の空に攻撃隊の機影が芥子粒の様に見えていた。

 

港湾棲姫「対空陣地、順次射撃!」

 

タ級Flag「既ニ今日2回目デスネ。」

 

港湾棲姫「ウェールズか。全く敵もしつこいな。普段なら既に攻撃再興を期して後退している筈だが・・・。」

 

タ級Flag「ハイ、ヒョットスルト敵は、1個機動部隊デハナイカモシレナイト言ウ推測ハ、当タッテイタカモシレマセンネ。」

 

港湾棲姫「大方いるであろうと思われる海域は絞り込めているが、確実な位置が知れない。尽く哨戒機が撃墜されているからな・・・。」

 

 この言葉を説明するに、航空攻撃によって哨戒に出せる機体が地上で撃破されてしまった事を無視する訳にはいかない。

最初の一撃でその余波を以て港湾施設に殺到した攻撃隊の一部は、そこに係留されていた飛行艇や水上機、敵艦の一部にも銃爆撃を加え、飛行艇は擱座・全損も含めその半数が飛行不能、水上機は4割、艦艇にも駆逐艦などの小艦艇に被害が出たほか、港湾施設の貨物揚収設備にも打撃を受け、その後の行動に大きく響く事になったのである。

 また苦し紛れに出した哨戒機は、前哨として出していた艦偵により逐次捕捉され、駆けつけて来た直衛戦闘機によって撃墜されると言う事態に陥っていた。

これによって第三艦隊は大まかな場所こそ特定されていたものの確実性がなく、またコロンボには索敵攻撃をしようにも、飛行場が徹底的に痛めつけられ、在地機(修理中の機体も含む)が50機に満たなくなってしまったこの状況では動きようがなかった。

 

 唯一機動戦力たる艦隊も、第三艦隊の捜索は実施していたが、空母を持たない艦隊が哨戒艦隊には多く、結果として多数の損害を出して未だに功を奏さずと言う状況であった。この為主力艦隊はコロンボ周辺にいたが、一方でこれらも獲物の無くなった攻撃隊の標的となり、6970隻を数えた同艦隊は、実働可能戦力が半減すると言う甚大な損害を出していた。

また沿岸砲台にも執拗な爆撃を加えられ、機能不全に陥らされていた事から、敵がいよいよ上陸してくるのではないかという観測も、コロンボ棲地の司令部幕僚の間で広まっていた。

 ここで恐るべきなのは、巨大艤装「紀伊」は陸戦部隊による上陸戦遂行能力をも持ち合わせており、しかもこの時はその装備を搭載していたのである。

ただこの時第三艦隊は厳重は無線封止を実施しており、どの程度戦果を挙げ得たかについて、直人の下に情報は無かったのだが・・・。

 

 

7時31分 コモリン岬沖

 

提督「全艦隊続いているな。」

 

金剛「ばっちりデース!」

 

提督「よし、三十一と百一の両戦隊は、大破した艦艇の護衛に回れ。第一・第三両水雷戦隊は原隊に復帰、艦隊はこれよりコロンボに向かう。伝達しろ。」

 

金剛「OK!」

 

 金剛は直ちに命令を伝達し、伝達された各部隊は直ちに命令を実行に移す。いよいよ戦いは佳境を迎えようとしていた。コロンボへの直接砲撃に向けて、彼らが動き始めたのである。

隊伍を組んで前進する彼女らに、迷いはない。彼の命令であるから、そして、彼と共に練り上げた作戦でもあったからだ。この提督と艦娘達とが相互に信頼し合うこの関係こそが、横鎮近衛艦隊の強みと呼べるなら、彼らは間違いなく最強の艦隊であっただろう。

 

一方でその頃、第三艦隊はと言うと・・・

 

 

7時41分 コロンボ東方沖

 

蒼龍「ホントにハードな仕事ねー今回・・・。」

 

飛龍「でも、もう少しの筈だし、頑張ろ、蒼龍!」

 

意外と士気の高い二航戦である。

 

雲龍「艦載機を消耗したそばから積み直して再編成するって、そう簡単じゃないのがよく分かるわね・・・。」

 

葛城「事前研究なしでやらせる作業じゃないわよこんなのぉ!」

 

天城「もう暫くの辛抱です、踏ん張り抜きましょう!」

 

 そう、実の所、洋上で艦載機を補充する作業と言うのはそう簡単な話ではない。あきつ丸への搭載や母艦たる鈴谷に積載するのと諸空母の搭載方法は全く違う為、例えば鈴谷で分解梱包しているものは、まず組み立ててから艦娘達の力でそれぞれの形式に還元せねばならないのだ。

その還元する作業が、艦娘達にとって実は意外と大変であるらしく、普段は補給担当の妖精さん達が担当している作業と言う事もあってか、空母艦娘達の消耗が普段よりも激しかったのだ。そして、消耗が激しかったのは艦娘だけではなかった。

 

~重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋~

 

大淀「流石にもう、梱包してきた機材がなくなってきましたね・・・。」

 

明石「流石棲地です。対空砲による損害だけでも目を見張らざるを得ないものがあります。」

 

 実の所、消耗が激しいのは第三艦隊の艦載機隊の方が現時点では遥かに大きい。と言うのも、彼らはここまで累計50時間を超える長時間に渡っての攻撃で、累次攻撃回数は実に20回を超えていた。これほどまでの猛攻撃を加えると言うのは、空母部隊では余程の事が無ければまずしない事である。

これを可能としたのは、開幕の3回を大規模な攻撃で始め、それによって敵の要撃能力を徹底的に奪い去った後、各航空戦隊単位で綿密なローテーションを組み、数十機規模の小規模な攻撃を執拗に繰り返す事にした為で、これによって敵の能力回復を阻害し、戦力補充を阻止し、敵の意のままに動かさせない事で、間接的に主力部隊をも援護する。

それが第三艦隊の任務であり、赤城らが汲み上げた緻密なローテーションが可能とした芸当でさえあった。

 

大淀「予定では、もうそろそろ主力はコモリン岬沖を離れる筈ですが・・・。」

 

実はこの時大淀らも、この時点で既に彼らがコモリン岬沖を離れた事は知らなかった。近傍海域にいたことは間違いなかったが。

 

明石「もう少し踏ん張らなければ、ですね。」

 

大淀「えぇ、殆ど予備機材は掃き尽くしました。これ以上は持ちませんが、逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ。」

 

明石「そうですね!」

 

 鈴谷・あきつ丸が搭載してきた航空機の数は総数で71機分。これは分解・梱包した上に両艦の艦載機を全て下した上で、鈴谷の偽装煙突も取り外して荷積みした事によって可能になったのだが、一方で消耗した艦載機は総数295機、搭乗員は5割以上が未帰還となっている。

第三艦隊が含む4個ある各航空戦隊の稼働機は既に良くても6割強であり、特に三航戦では稼働機が54%付近まで減ってしまっている。七航戦でも稼働機は定数の55%程度に過ぎず、碌に戦えるのは残りの2個航空戦隊(第二及び第六)に過ぎないのだ。

 そして残った機材は艦上偵察機「彩雲」2機、「二式艦偵」1機にのみである。だが、積み込んできたこれらの機材が無ければとっくに稼働率が5割を割り込んでいても不思議ではなかったレベルの損害であり、それを考えた時、直人の判断は正しかったことがはっきりとしていた。

 

赤城「・・・今日一杯攻撃すればいい、そう言う予定の筈。」

 

加賀「でも、お互いに現状の報告は無いわ。つまり情報は共有できていない、提督達がどうなっているかも。」

 

赤城「私達に出来るのは、信じる事だけ。攻撃隊を出しましょう、私達は作戦通りにやり遂げるまで。」

 

加賀「えぇ。」

 

 別動隊を指揮する赤城としては、それ以上の行動は急を要しない限りは控えなければならない。当然作戦通りに、当初の意図をより効果的とする事が期待できる策を考えるも、赤城の裁量には含まれる。

だがここまでくれば赤城も正攻法以外取るつもりはない。敢えて策を弄すれば、陽動だと気取られる可能性も出てくるからである。慢性化した攻撃は、逆手に取れば相手の思考の硬直化にも繋がるのだ。

 

比叡「今日はまだ敵影は見当たらないわね・・・。」

 

霧島「えぇ。でも、索敵警戒を怠らないように。私達の居所が敵に察知されれば、それだけでも私達は窮地に陥ってしまうのよ。」

 

比叡「分かってるよ、霧島。」

 

霧島「長良さん、異常はない?」

 

この作戦では大淀が鈴谷を離れられない為、護衛部隊である第十戦隊は長良が旗艦代行として、長良が務める第十四戦隊旗艦と兼務する形になっている。

 

長良「大丈夫です霧島さん、異常ありません!」

 

霧島「“了解、油断しないように。”」

 

長良「はい! ・・・ふぅ。水雷戦隊の旗艦かぁ、よく考えたら久しぶりだなぁ。」

 

由良「“感傷に浸るのは後にしてくれない? 長良姉。”」

 

長良「わ、分かってるわよっ!」

 

 提督諸氏は余り印象にないかもしれないが、日本の空母機動部隊を護衛する部隊を率いていたのは、最初期に臨時編成で旗艦を務めた阿武隈を除けば、長良が初代である。そもそも大淀は務めていない。そういう意味では、「かつてと同じ形に戻った」だけとも言えるのだ。(尤も二代目として臨時旗艦を務めた事がある秋月が麾下にいるのだが。)

 だが兎も角にも第三艦隊は総数36隻に過ぎない。小部隊と言うには多すぎるが、だからと言って水上部隊の襲撃を受ければ、空母主体の部隊であるだけに脆い。霧島が気を張っているのは当然であった。

 

長良「おっ、今日3回目の攻撃隊だね。」

 

一方でやる事がない長良は、正確に攻撃隊の発進回数を数えていた。

 

長良「これで25回目かぁ。大丈夫なのかな?」

 

詳しい事情を知らない長良は、機動部隊の稼働機がどの程度残ってるのかがちょっと気になったが、何気ない思案の末数秒後には忘れ去り、元の任務に戻ったのであった。

 

 

 港湾棲姫「コロンボ」が異変に気付いたのは、10時12分の事だった。この時も横鎮近衛艦隊による航空攻撃が行われたのだが、その攻撃はそれまでの東海岸からではなく、西から、即ちコロンボへ直接殺到するコースでやってきていたからだ。

しかも艦隊は逆探知を防ぐ為にレーダーを切っていた為、早期警戒が出来ない状態であった・・・。

 

~10時13分~

 

港湾棲姫「どういう事だ!?」

 

タ級Flag「西方ニ敵ガ現レタト言ウ事デショウカ?」

 

港湾棲姫(これまでは東方からの進入だったから対空砲の起動や艦隊の退避が出来た、だがレーダーが壊滅し、目視に拠らざるを得ない現状、もう間に合わない―――!)

 

タ級Flag「ドウシマスカ!」

 

港湾棲姫「―――対空砲は配置に就け! ウェールズは艦隊を率いて港外に出て、敵機を迎撃せよ!」

 

タ級Flag「ハッ!」

 

 戸惑いつつも、コロンボは迎撃命令を出す。飛行場姫は既に倒れたものの、艦隊はそもそも退避命令だった為、むしろこれまで直掩機を除き艦載機は用いて来なかった。だが事ここに至っては出し惜しみをしている場合ではない。

そして違和感を感じていたのは、何もコロンボのみではなかった。

 

タ級Flag(・・・この状況ではレーダーを切っている場合ではない。それに何かが変だ。)

 

 港湾棲姫の直衛艦隊旗艦である「P(プリンス)O(オブ)・ウェールズ」は、上記のような考えに基づき、それまで切っていた各種レーダーを起動させるのである。

この時横鎮近衛艦隊本隊はコロンボ西北西116km付近におり、艦載機による攻撃を行いつつ棲地に突入しようとしている段階であった。この時点でウェールズの対水上レーダー「Type271」には何も映っていない。だがその異常性は、この時点で明らかであった。

 

10時18分 横鎮近衛艦隊本隊

 

提督「間もなく赤色海域だ、周辺警戒を怠るな!」

 

金剛「OK!」

 

 一方で横鎮近衛艦隊本隊では、金剛極改三が装備する「AN/SPY-1D」多機能レーダーが、発進する敵空母の迎撃機を的確に捉え、直掩機の分布状況は勿論その高度や進行方向までも的確に掴んでいた。そしてその情報は必要な分だけ攻撃隊に伝えられ、それに沿って護衛戦闘機が展開を始めていた。

 

瑞鶴「あと数分で攻撃開始よ。」

 

提督「うん、成功を祈ろう。」

 

瑞鶴「提督さんの航空隊も全機投入でしょ? 大丈夫よ、信じましょう?」

 

提督「そうだな。」

 

ここで瑞鶴の脇に控えていた鏑木三佐が直人に質問をした。

 

音羽「・・・提督は、何か策をお持ちなのですか?」

 

提督「ない事もないが、この状況では正面から当たる他はない。既に我々の存在は暴露された以上、敵の相当な抵抗は覚悟の上だしな。」

 

音羽「では、艦砲射撃後は離脱されるのですか?」

 

提督「上陸部隊は積んできているけどな、そこは状況次第って感じでもある。」

 

音羽「成程・・・。」

 

提督「現地の状況は依然不明だ。同時に出した偵察機の情報待ちってところかね。」

 

 第三艦隊が挙げた戦果が不明な以上、彼はその戦果を知る為に自ら偵察機を出して確認せねばならない。

上陸戦も当然視野に入れた今回の作戦は、この面に於いて非常に不便極まる状態に陥る事必定であったのは、言うまでも無く直人自身が一番よく知っていたと言える。

 一方で驚天動地の状況に陥ったのはコロンボ棲地側であった。

 

~同時刻・コロンボ棲地~

 

港湾棲姫「なにっ!? 敵機総数が、700を超える―――!?」

 

タ級Flag「“正確ナ数ハ算定不能デスガ、間違アリマセン!”」

 

港湾棲姫「―――とにかく迎え撃て! たとえ圧倒的劣勢だったとしても、やる事は変わらない!」

 

タ級Flag「“ハッ!”」

 

 コロンボの判断は至極真っ当であった、しかしそれには戦力が不足していた。深海棲艦隊東洋艦隊本隊の戦力は、既に半減程度にまで落ち込み、艦載機も度重なる攻撃で6割以上が母艦と共に、若しくは空戦によって失われ、そんなところに襲い掛かって来たのは、巨大艤装『紀伊』から飛び立った西沢広義率いる噴式震電改168機と、瑞鶴艦戦隊(岩本 徹三少佐)の零戦五四型24機を中核とする一水打群制空隊であったのだ。

 しかもこれらが的確に誘導されながら襲来するのでは、どう工夫しても勝つ事は容易ではない。だがウェールズは逆境に抗う事を決意する。最期の一兵まで抵抗する事が、コロンボの命令であった。

 

 そして、深海棲艦隊の直衛戦闘機隊と、横鎮近衛艦隊の制空隊が真っ向から衝突する。その帰趨は両軍の推測通り、深海棲艦隊側の惨敗に終わるのである。

深海棲艦隊側の直掩機は、追加で発艦させたものも含めると780機を揃えたものの、練度と形勢に格段の差がある横鎮近衛艦隊制空隊を前に583機を失い、近衛艦隊側制空隊の損害、21機未帰還、48機放棄、73機被弾と言う結果に終わるのである。

 

ウェールズ「対空戦闘!!」

 

 序盤の段階で敵の突入を阻止し得ないと知ったウェールズは対空戦闘の開始を即座に告げる。そこへ最初に突入したのは、瑞鶴艦爆隊(坂本 明大尉指揮)の彗星三三型24機であった。少し遅れて、33機を擁する翔鶴艦爆隊(岩井 勉大尉指揮)の零戦六二型が、250㎏爆弾を腹に抱えて続く。

 

~10時25分~

 

瑞鶴「攻撃隊よりト連送!」

 

提督「こちらでも受信してる。制空隊の状況は?」

 

瑞鶴「同行した艦偵からの報告だと、概ねこっちが優勢ね。攻撃隊も一部で妨害は受けてるけど、数は多くないわ。」

 

提督「金剛の誘導が上手く行ったか・・・。」

 

 当然の事だが、この海域にも人類側に対する深海側の電波妨害は行われている。赤色海域である分、大本なだけにその強度は他の海域の比ではないが、金剛の他の艦娘にはない送受信能力の高さが実現した誘導策であったと言う事は確かである。

これに関しては同じく極改装を施された翔鶴でもまず及ばない、金剛極改三の強みである。

 

提督「第四航空隊、手筈通りにやってくれよ・・・。」

 

 

~10時29分~

 

「“駆逐艦アマゾン24、大破!”」

「“駆逐艦サヴィージ8、沈没!”」

「“空母イーグル38、航空機発艦不能!”」

「“駆逐艦イレクトラ3、航行不能!”」

「“軽巡リアンダー15、通信途絶!”」

 

タ級Flag「撃チマクレ! 敵ヲ近付ケルナ!」

 

 先陣を任された急降下爆撃機による猛攻に続き、艦攻隊が理想的な雷爆同時攻撃を実行に移すと、瞬く間に状況は深海側の不利に傾いて行った。しかし深海側も必死の抵抗をつづけ、無視出来ない損害が攻撃隊側にも出ていた。

 だがその状況は、突如として襲い掛かった超速の鉄鷲によって破られる事になる。

 

タ級Flag「ナ、ナンダ、アレハ・・・!?」

 

 攻撃開始から遅れる事10分、潜水棲戦姫(改ドレッドノート)との戦いを生き延びた38機の噴式景雲改二が、低空を840km/hと言う超高速で急迫したのである。咄嗟に一部の深海棲艦がこれに反応するが、時限信管の修正を待たず射撃を始めた為、高射砲弾が空を切る羽目になり、一瞬の隙に外周防空網を突破する事に成功、主力の戦艦や大型空母に対して爆撃を敢行する。

 

港湾棲姫「まずい―――対空砲、発射始め!」

 

 そして一挙に突破を果たした噴式強襲部隊は、そのままコロンボ港湾に迫り機銃掃射を行う。直人が執った策は、噴式強襲から攻撃を行うのではなく、通常攻撃から先に行い、その只中に噴式景雲改二を突入させると言うものだった。

そしてその策は見事に当たり、瞬く間に敵艦隊はその主力を擦り減らす結果になり、対空砲火を減殺する効果を生んだのである。

 

「港湾棲姫サマ、新タニ敵機ガキマス!」

 

港湾棲姫「何―――!?」

 

悪い事は続くものである。そのタイミングで第三艦隊の攻撃隊が再度攻撃を加えてきたのだ―――。

 

 

10時40分―――

 

ウェールズ「撃テ!!」

 

提督「テーッ!」

 

 そしていよいよコロンボ沖で両軍は激突する。空襲が終わろうとした正にそのタイミングであり、隊伍を立て直す余裕をすら与えない直人の采配が、この日も炸裂する。既に隊伍は乱れに乱れ、しかもその戦力は残存戦力の4割以上が戦闘不能になっていた。しかしそれでも勢力としては2100隻を数えており、辛うじて戦力を保っていたと言える。

 

金剛「Fire(ファイア)!」

 

大和「射撃始め!」

 

 しかし、満身創痍で相手取るには余りにも相手が悪すぎたと言えよう。横鎮近衛艦隊が保有する全戦艦の主砲が一斉に火を噴き、巨大艤装『紀伊』の想像を絶する火力が、それに連なって満身創痍の敵艦隊に容赦なく叩き付けられる。

 

ドドオオオオォォォォォーーーー・・・ン

 

金剛「“大丈夫ネー!?”」

 

提督「くっ!? まだ敵は戦力を残していると言うのか―――!?」

 

 直後に巨大艤装『紀伊』に火力が集中し始め、周囲に水柱が立ち上る。敵は本来なら既に指揮統制が崩壊していても可笑しくないのにも拘らず、目の前の敵は未だに、組織的戦闘を継続している。

だが、平均して深海棲艦6隻で艦娘1隻に匹敵すると言う個体能力の差を考えると、2100隻と言う数は余りに過少に過ぎた。しかもこの場には、艦娘が10人束になっても太刀打ちする事さえ敵わない巨大艤装がある。

 その猛威は、たった1隻で敵の1個艦隊をも覆滅し得ると()()()()()存在である。それは些か大きすぎると言える誇大宣伝であったとしても、虚構と為り果てる事を許さなかった存在なのだ。そんな存在から放たれた「返礼」が齎した効果は、敵の組織的抵抗を打ち砕くには十分過ぎた。

 

ドオオオオオオォォォォ・・・ン

 

タ級Flag「ナ、ナンダアノ爆発ハ―――!?」

 

「“戦艦ラミリーズ11、爆沈!”」

「“戦艦ヴァリアント6、沈没!”」

「“戦艦レナウン9、轟沈!”」

「“戦艦ハウ3、大破炎上中!”」

「“戦艦マレーヤ31、大破、航行不能!”」

・・・

 

タ級Flag「馬鹿ナ・・・タッタ1度ノ砲撃デ―――戦艦11隻ヲ喪ウダト!?」

 

 『紀伊』への集中攻撃のツケは、余りにも高くついた。彼は敵艦隊にいる無傷の戦艦の中から目標を選定し、精密射撃を放ったのだ。結果として評定した18目標の内11目標に直撃弾を生じさせ、直撃しなかった艦も至近弾により大なり小なりの損害を受けていた。

しかもそれらはウェールズが苦心の末に立て直した、東洋艦隊本隊の中軸を担う艦ばかりであった。それが瞬く間に行動不能にされてはたまったものではなく、この時点で勝敗は決してしまったのである。

 

提督「敵の抵抗が弱まったぞ、一気に押し込め!」

 

 その瞬間を見逃さず彼は攻勢の強化を命じる。決してウェールズも敵を侮った訳ではなかった。だが相対した敵はその程度では止められなかった、ただそれだけの事であった。瞬く間に戦況は艦娘艦隊優勢に傾き、直衛艦隊の被害は時間と共に加速度的に増加していった。

 

10時50分、艦隊は予定通りコロンボ棲地を射程に捉えた。当初の予定と違い四航戦と一水戦、第十一・十二各戦隊を残敵の掃討に充てる事にはなったものの、大破艦艇とそれを守る臨設戦隊を除く全ての艦が、持てる火砲の全てをコロンボに向けて、今や遅しと提督の指示を待っていた。

 

金剛「“準備OKデース!”」

 

提督「―――よし。」

 

 

港湾棲姫「とうとう・・・来たのか・・・。」

 

港湾棲姫も使う事の出来る火砲の全てを敵に指向していた。しかしその使える火砲と言うのは港湾棲姫の武装が殆どであり、沿岸砲は僅かであった。

 

港湾棲姫「残存の砲台は準備出来次第射撃せよ。そう容易く、敗れはしない―――!」

 

 

提督「撃てぇぇぇっ!」

 

港湾棲姫「Firer(ファイアー)!」

 

 10時51分、コロンボ棲地の意地と、横鎮近衛艦隊常勝不敗の誇りとがぶつかり合う激闘の第二幕が幕を開けた。

無数の砲門が一斉に火を噴き、吐き出された煙が艦娘達の航行と共に置き去られ、風に流されていく。飛び出した灼熱した砲弾は、見敵必殺を誓った仇敵へと、放物線を描いて飛翔する。更に一航戦の艦載機が容赦なく襲い掛かり、発砲した沿岸砲を目ざとく見つけ、これを沈黙させる。

 実の所港湾棲姫『コロンボ』の下に残った沿岸砲は、8インチ(20.3cm)砲5門、6インチ(15.2cm)砲19門、5インチ(12.7cm)砲12門に過ぎなかった。小部隊が相手であれば、これだけでも足り得たかもしれないが、相手は2個艦隊である、勝てる道理は最初からない。

対抗し得るとすれば、コロンボの武装のみである。多勢に無勢でこそあるものの、その火砲は唯一16インチ(40.6cm)砲であり、大和型は無理だがその他の戦艦の装甲であれば容易に貫通しうる力を持つ。

 

港湾棲姫「私は―――全ての港湾棲姫の祖、これ以上、好きにはさせん!」

 

 10年以上の時を過ごし、成長と学習により知能を発達させたコロンボは、稼働しうる全ての兵器を用いて反撃を試みる。彼女こそが、ポートダーウィンやトラックにも配備されていた港湾棲姫の、オリジナルであった。故にその主砲はコピー達の15インチ(38.1cm)砲などではない。

深海側によって“製造”された当初、彼女は所詮超兵器級のデータをモチーフにして設計された“人形(デザインユニット)”に過ぎず、後方兵站を担う泊地級深海棲艦と言うものを生み出すための母体としての役割しかなかった。事実、彼女をベースモデルに、港湾棲姫はおろか全ての陸上型深海棲艦は生まれたと言っても大過は無い。

 しかし、そう言った経緯によって生まれた彼女もまた超兵器級であった。その力の大半は棲地の維持に使われるとしても、その残った力でも、艦娘数隻程度では勝つ事さえ覚束ない実力を持ったのである。

 

愛宕「“高雄が大破したわ!”」

 

提督「なんだと―――!?」

 

そのコロンボの初弾は第四戦隊旗艦『高雄』を捉え、その直前に「沿岸砲台からの損害微弱」と言う報告を受け取っていた直人を驚愕させたと同時に、自身の能力の高さを実証した。

 

提督「撃ちまくるんだ、間断なく!」

 

 しかし動揺ばかりもしていられないのが指揮官の宿命でもある。直人は油断なく応射するよう檄を飛ばし、自らも砲門を開く。

彼をしても、今回の相手は今までの港湾攻略とは毛色が違うと言う事を、感じさせるには十分な一撃だったと言う事である。

 

 

―――その後、戦闘は更に激烈を極めた。

コロンボが長年かけて築き上げた数多の港湾施設が、砲撃を受けて崩落する。右往左往する雑役用小鬼(トロール)が、建物の崩落に巻き込まれ、また炸裂した砲弾によって次々と倒れる。

コロンボも大和や金剛の46cm砲、紀伊の120cm砲や80cm砲を複数発被弾し、しかしまだ健在のまま攻撃を続ける。この時点で、それまでの港湾とは余りにも違い過ぎるだけのタフネスさを発揮し、16インチ砲が沖合の敵艦隊に向かって火を噴く。

 横鎮近衛艦隊側も、一人、また一人と艦娘達が戦線離脱を余儀なくされ、直人もまた余りの堅牢さに舌を巻く。僅か30分弱の間にコロンボ棲地も被害は甚大であったが、横鎮近衛艦隊側でも大破12、中破18を出していた。

 

11時32分 横鎮近衛艦隊本隊

 

瑞鶴「“敵沿岸砲台、全て沈黙したわ!”」

 

提督「―――!」

 

 その報告こそが、直人の待ち望んだものだった。直人は砲撃開始前、偵察機を事前に出して観測させ、沿岸砲台の応射が無くなるまで監視を続けさせたのである。

そもそもからして、艦砲射撃を始めた時点で敵沿岸砲台の抵抗は微弱に過ぎた。これは第三艦隊の大手柄であったが、そこから彼は作戦を変更、強襲上陸を仕掛ける事にしたのである。その為の瑞鶴への指示であり、彼はこの時を待ったのである。

 

提督「スロープ展開、陸戦隊出撃せよ!」

 

 腰部円盤状艤装は、両サイド下面に開口部が設けられておりスロープが展開されるようになっている。ここが舟艇の発着口であり、使用する時にはしゃがんでスロープ先端が水面に着くようにする必要がある。

また出てくるときは当然のように小さい状態で出てくるが、発着中に大型化すると危険な為、身体防護障壁を通すと出る時は大きく、入る時は小さくなるようになっている。艦娘艤装はこう言った芸当も出来ると言う訳である。

 そして開かれたスロープから、大発ではない2種類の小型の艦艇がコロンボ棲地に向けて出撃していく。

 

―――二等輸送艦(第百一号型)。

大戦中期に日本が開発・建造を行った、陸上戦力を輸送するための小型輸送艦である。

排水量は基準で870トンあり、220トン分の載貨能力を持ち、16ノットで航行可能、規模としては連合軍の中型揚陸艦(LSM)に近い規模であり、全備重量36トンの五式中戦車であれば6両搭載できる。

 設計としては陸軍の大発動艇(大発)を拡大したものであり、全体の構造はまるごと流用したと言ってよく、その本来の用途は砂浜に直接乗り上げる事(ビーチング)によって搭載した兵員を揚陸する事にある。

 またもう1種類の艦は『一等輸送艦(第一号型)』と呼ばれるもので、搭載量300トン、大発動艇4隻、速力22ノットの小型舟艇母艦と呼べる性質のものである。こちらは基準排水量が1500トンもあり、旧式の駆逐艦と同等レベルの大きさがあり、主砲も12.7cm連装高角砲1基と、その貫禄に恥じないだけのものを装備している。

 紀伊が搭載している人員は海軍特別陸戦隊2個陸戦隊3000人、これを14隻の一等輸送艦に分乗させ、更に別個で30隻の二等輸送艦で180両の五式中戦車を輸送するのだ。

 

提督「上陸目標地点はモラトゥワ付近の海岸線だ、迅速に展開せよ!」

 

 紀伊はこの時の為に自身を含む4隻で艦隊から南へ下り、揚陸可能地点にいつでも輸送艦を展開出来るようにしていたのだ。これこそ、いざと言う時には単艦でも行動発起が可能な巨大艤装の強みであると言えるだろう。

11時34分、第二次大戦において日本軍が為し得なかった、スリランカ(セイロン)上陸作戦がこうして開始されたのである。

 

矢矧「“提督、そっちの様子はどう?”」

 

提督「上陸作戦はもう始めてるよ、敵の抵抗は・・・まぁ静かなもんだ。」

 

矢矧「“了解、こちらも可能な限り間接的に援護するわ。”」

 

提督「了解、任せるよ。」

 

音羽「巨大艤装『紀伊』・・・大幅な改修が施されているのは見た目でも分かりますが、まさかこんな事まで・・・。」

 

直人に護衛で付いていた鏑木三佐が目の前の光景に瞠目する。

 

提督「せやで。俺の艤装は、間違いなく人類軍で最強のものだ。どんな艦娘艤装でも、この艤装には勝てない筈だ。」

 

音羽「・・・。」

 

提督「ま、それでも深海棲艦隊には、単独では勝てんがね。」

 

音羽「それが軍隊同士の戦争と言うものですから。」

 

提督「その通りだ、だからこそ、出来る限り戦力は保全せねばならん。艦娘のタフネスさは賞賛すべきものだが、過信すればあたら貴重な戦力を失う。その点、第三艦隊はよくもまぁこれ程までの状況を生み出したと褒めてやりたいくらいだ。」

 

音羽「上陸作戦により、戦闘の収束を早める事で、艦隊の損害を低減。かつコロンボを攻略する事により、戦略的にはアラビア海及び紅海、アフリカ沿岸部への展開を可能とし、スリランカ解放により基地を前進させる事も可能になる。」

 

提督「・・・よく分かったな。」

 

音羽「提督はいつも、巨視的な観点から戦場を見ていますから。」

 

提督「・・・。」

 

 鏑木三佐は戦場で鍛え上げられた生え抜きのパイロットであるが、三佐と言う階級はつまり、彼女もれっきとした士官なのである。

日本に於いての士官養成課程である「自衛軍幹部候補生課程」をトップクラスの成績を収めて修了している鏑木三佐は、部内でも切れ者として知られているほどの明晰な頭脳の持ち主であり、しかも心理カウンセラーの資格持ちと言う、本当の意味でのキャリアウーマンなのである。

その彼女からすれば、この程度の事はお見通しだったのである。

 

 

一方で当然ながらこの動きはコロンボの知る所であった。

 

港湾棲姫「上陸部隊か・・・まぁいい、今は兎に角目の前に集中だ、地上部隊に任せよう・・・。」

 

 コロンボとしては、ただでさえ圧倒的に不足する火力を、更に分火する訳にはいかず、棲地守備隊に一旦預け、艦娘を片付ける方にその意を用いる事にしていただけである。

ただこの時、コロンボは艦娘側上陸部隊の規模と質に於いて大きな事実誤認をしていた節がある。当然の事だが、コロンボ市街から20km程度離れたモラトゥワの、しかもその沖合の海上など直接視認が出来る筈がない。

またこれも当然ながら、強力な艦砲射撃を現在進行形で受けている状況に於いて、そこから目を離せば自身の首を縄で絞めると同等であった為、重視する事は出来なかった。

 故に仕方がない事だが、これが結果としてコロンボを窮地に陥れる事に繋がってしまったのである。

 

 作戦概要としては、まず一等輸送艦より発した第一波上陸部隊が着岸次第上陸地点付近の安全を確保、その後二等輸送艦が順繰りに着岸して第十一戦車連隊を揚陸して枢要部への進撃を開始すると言う寸法である。尤も、戦車連隊と言いながら師団規模の戦車を装備しているのは、巨大艤装『紀伊』ならではの芸当でこそあるが、これでは第十一戦車「師団」である。

 ただこれについては当の本人もこの時期、彼らを連隊扱いはしていなかったそうである。

 

提督「沖合10kmで舟艇を展開させろ、いつも通りの手順だ、焦らずやれ!」

 

 いつも通りの手順だからこそ、直人は檄を飛ばす。いつもやっている事だからこそ、失敗する事は極力なくさなければならないからだ。しかも今回の手順は敵前上陸であり、とすれば、手違いによる遅延は即、上陸部隊の被害に繋がりかねないのだ。

友軍に極めて不利な状況の下、より多くの兵を海岸に如何に上陸させるか、これは重要な事であった。

 

音羽「上陸空中支援、開始します。」

 

提督「お願い。」

 

音羽「了解。」

 

 応えて音羽は弓を番え、陸地に向けて放つ。そして展開された5機の艦攻は、海岸に向かって飛び、接岸を試みる上陸船団の正面に、空中から煙幕を幾重にも張り巡らし、敵の反撃を阻害しにかかる。

それに続いて艦爆隊が海岸部にいる敵地上部隊を目ざとく発見し、爆撃の洗礼を見舞う。止めに艦攻隊が水平爆撃で海岸障害物を破壊し、上陸の為の障害を取り除いていく。

 

「―――じゃ、ボクも行ってくるよ、司令官!」

 

黄色い髪をたなびかせ、装いを一新した一人の艦娘が、直人に声をかける。

 

提督「あぁ・・・行ってらっしゃい。“皐月”。」

 

皐月「ふぅ・・・皐月、出るよ!」

 

 駆逐艦皐月は、五十鈴を旗艦に編成された臨設第三十一戦隊に編入されていた艦娘の一人で、作戦前に改二改装を受けた艦娘の一人である。

コモリン岬沖海戦では対潜戦闘のエキスパートとして改ドレッドノート攻撃に貢献し、今また、地上戦に打って出ようとしていた。

 その腰の左には一振りの軍刀が、そして背中には横向きで、「武功抜群」と揮毫(きごう)された白鞘が下げられていた。

本来であれば皐月改二が持っている刀は白鞘に収められている筈であり、普段皐月も使う事は無い。だがそれを軍刀(こしら)えの鞘に納め、左に下げているのは、皐月自身の意思によるものである。

 

 と言うのは、横鎮近衛艦隊は考えうる限りのありとあらゆる任務を遂行する事は皐月自身もよく知っている。しかもその刀は、()号輸送作戦時の皐月艦長『飯野(いいの) 忠男(ただお)』少佐との思いの詰まった品でもある。

だが皐月は、自身が敬愛する司令官の為に、自分の運用の選択肢を広げて貰う為に、敢えてその刀を抜く決断をし、この作戦を討議している鈴谷艦内で、密かに明石に作って貰った軍刀拵えと共に上申したのである。

 

 

11月8日13時24分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

(※ここだけサイパン時間)

 

提督「いざとなれば上陸する!?」

 

皐月「ボクも、司令官の役に立ちたい。少しでも多く。」

 

提督「その気持ちは嬉しいけど・・・。」

 

皐月「―――大丈夫だよ、今の僕なら、この刀を抜ける。それに、明石さんに作って貰ったんだ。」

 

そう言って見せたのが、前述の軍刀拵えの黒い鞘であった。

 

提督「い、いつの間にこんなものを―――明石からは何も聞いてなかった・・・。」

 

皐月「内緒にしてって言ったもん♪」

 

提督「・・・。」

 

直人は少し考え、考えた後こう述べた。

 

提督「・・・分かった。但し、護衛は一人付ける。それでいいね?」

 

皐月「司令官・・・!」

 

提督「確かに、お前の覚悟、受け取ったぞ。」

 

直人に皐月の覚悟は伝わっていた。でなければ、皐月が今こうして出陣しようとはしていない筈である。

 

 

~現在~

 

提督「・・・やれやれ。皐月も立派になったもんだ。」

 

「ま、“親がいなくても子は育つ”って事かしらね?」

 

提督「待て待て、語弊がありすぎるぞ。」

 

「フフッ、冗談よ。真に受けた?」

 

提督「まさか。それよりも早く行かんと、置いて行かれるぞ、叢雲。」

 

叢雲「分かってるわよ。じゃ、行ってくるわね。」

 

提督「叢雲も、気を付けて。」

 

その護衛役である叢雲と軽口を叩き合った後、彼はそう言って送り出した。

 

叢雲「あら、心配してくれてるなら、気遣いは結構よ。死ぬつもりなんてないわ!」

 

提督「当たり前だ、無事に帰って来い!」

 

叢雲「勿論! 叢雲、出撃するわ!」

 

 皐月に続き、叢雲も直人の元を離れ、輸送艦の後を追う。今回は陸上に割いた艦娘は最小限であったが、それでも叢雲を第十一駆逐隊から、臨設第三十一戦隊から皐月を割いて、確実な地上制圧を期した訳である。

尤もこの話には余談があり、この時の皐月は艤装面に於いては対潜兵装を重視した装備構成になっており、砲撃戦はおろか上陸戦にも装備が足りず、結果として臨時設置された2個戦隊は護衛や対潜戦闘以外の事は水準以下にしかこなせない状態である為、皐月を割いても特に問題が無かった事もあるのだ。

叢雲に関しては砲雷撃戦に支障がない範囲での最大限の対潜装備をしている為、皐月を援護する分には充分であった。

 

 

一方で第三艦隊でも、現地で行動中の攻撃隊からの報告で、主力のこの動きを掴んでいた。

 

瑞鶴「棲地への上陸作戦が始まってる!?」

 

翔鶴「私の彩雲からの報告だから、恐らく間違いないわ。」

 

 攻撃隊はしばしば戦況を報告して来るが、それらが見る状況と言うのは攻撃の合間に垣間見たものである為、搭乗員による誤認が多く見られるのが難点となる。それを解消する為、直人の発案で攻撃隊には必ず数機の偵察機を随伴させ、逐一状況を報告させるようにしている。

これによる情勢の把握と言う手法はしばしばこれまでも見られたが、今回の場合、立案されていた作戦の中でも派生も派生の項目を直人が実行に移した事で、瑞鶴が驚いたのも無理は無かった。

今回の場合、情勢判断次第では上陸作戦を行う事はそもそもの作戦案で既に決定していた。但しそれにはいくつかの条件が付されていた。それが、

 

・敵沿岸砲台の妨害を受けない事

・敵陸上機の妨害を受けない事

・敵艦隊の妨害を最小限にとどめる事

・上陸地点の安全が確保されている事

 

の、以上4点である。これが満たされない限り、本来上陸作戦は決行される筈がないものであった。この4点は敵が大規模棲地であるだけにほぼ揃わないと言ってよい難条件であった為、言ってしまえば、上陸作戦を事実上封じる為の理由付けに等しかったのがその要因の一つだ。

 

瑞鶴「・・・もしかして、やり過ぎちゃったかな。」

 

翔鶴「そんな事は無いわ瑞鶴。むしろ今は、提督の作戦を支援するのよ!」

 

瑞鶴「それ私のセリフー!」

 

翔鶴「フフッ、そうだったわね。」

 

瑞鶴「もう・・・全空母へ、稼働機を再編成し攻撃隊発艦! 提督さん達を援護するわ!」

 

 直人が理屈で組み上げたその前提は崩れてしまった。正確に言うと、第三艦隊の波状攻撃が故に、その前提を突き崩してしまったのである。しかしその為に、念の為搭載してきた地上部隊は、今回日の目を浴びる事となったのだった。

 

 

 11時59分、海軍陸戦隊の第一波が海岸に上陸を開始、海岸部を守備していた敵小鬼群との間に戦端が開かれる。敵は機関銃の十字砲火や迫撃砲による火力支援によって抵抗したものの、空母音羽からの航空支援を受ける陸戦隊が概ね優勢であり、海岸部は約15分で陸戦隊が制圧、二等輸送艦が海岸へ侵入を開始する。

 

提督「ここまでは成功だな。」

 

音羽「敵の抵抗は現在の所軽微ですが、今から20分以内に周辺地区からの部隊が集結を終えると思われます。」

 

提督「何両の戦車を揚陸できるか、か。」

 

音羽「はい、陸戦隊の重火器の揚陸は間に合わない可能性もあります。」

 

提督「その通りだ。どれだけの間、橋頭保を確保出来るかで、この戦いは決まる。」

 

 既に二等輸送艦は2隻が揚陸を終え、合計12両のチリ車が戦闘に加入しているが、全体総数から見ればたったの12両であり、しかも敵の総数は海軍陸戦隊を軽く上回る為、陸軍戦車隊がどれだけ敵を押し込めるかがカギであった。

最初に揚陸された第十一戦車連隊(師団編成)の先遣中隊は、既に小隊毎に縦列を組んで海岸から前進、各部隊の支援行動に移っていたが、如何な88mm砲とは言え、たった12両では火力不足は明白であった・・・。

 

 

金剛「厳しい、デスネー・・・。」

 

 一方で一水打群と第一艦隊は苦境に喘いでいた。特に第一艦隊の損害は甚大であり、既に戦艦陸奥が3番砲塔が被弾誘爆し大破、長門も中破するなど第一戦隊に無視出来ない損害が出ていた。

第一戦隊は三笠と大和が辛うじて繋いでいたが、第五戦隊は足柄を除いて戦線を離脱、第四戦隊に至っては所属する3隻の高雄型が全て離脱するなど、まともに動けるのは五航戦と第一戦隊のみ(第十二戦隊と一水戦は残敵掃討中)と言う状態であった。

 その心配をしている一水打群も榛名が既に中破、摩耶小破、羽黒大破など損害が続出しており、金剛自身も至近弾数発を受けて小破している状況であった。

 

鈴谷「どうすんの!? このままじゃ・・・!」

 

金剛「分かってマース! でも・・・!」

 

 そもそもこの戦いに「予備戦力」などと言うものは存在しない。するとすれば第三艦隊だが、航空戦力以外からは支援を受け付ける事は出来ないと言ってよい。その航空戦力ですら消耗に消耗を重ね、再建の時間を必要とさえしていたのである。

一航戦と五航戦も敵射程県外から航空機を繰り返し発艦して支援に努めていたが、勢いが衰える様子がまるでない、それどころか航空隊にもかなりの損害が発生し始めているところだったのだ。

 

提督「戦況は不利、か・・・。」

 

金剛「“早く戻ってきて欲しいネー!”」

 

提督「分かった、こちらも上陸部隊は全て出撃を終えているからすぐに戻るとする。」

 

金剛「“Thanks!”」

 

提督「と言う訳だ、全速力で戻るとするか。」

 

音羽「艦隊の苦戦の状況は覆せないかもしれませんが、艦載機を発艦させながら行きましょう。」

 

提督「ん、いい提案だ、そうしよう。」

 

金剛からの緊急連絡を受けた直人は直ちに北上を開始、2隻ともに艦載機を緊急発艦させながら、金剛らとの合流を急ぐ事になる。

 

 

皐月「やああああっ!!」

 

叢雲「はああああっ!」

 

皐月が振りかざした刀を振り下ろして小鬼級を両断する。その後ろで叢雲が槍を振るって奮闘する。その後方では五式中戦車が88mm砲と37mm砲を駆使して懸命の火力支援を続けていた。

 

叢雲「全く、どんだけいるのよ!」

 

皐月「10匹斬ったところから、覚えてないよっ!!」

 

ズバアッ

 

叢雲「あー、それは私もね。兎も角、主力の集結を待つ間は動けないわね。」

 

皐月「それまで、持ちこたえるかだね!」

 

叢雲「先にバテるんじゃないわよ。」

 

皐月「もっちろん!」

 

叢雲(全く、ホント元気ね、この子。)

 

 そう思いながらも頼もしいと感じている叢雲でもあった。だが数の劣勢は余りにも覆し難いほどこの時点では大きく、頼みの艦隊による支援も港湾棲姫に対する攻撃が苦戦を強いられていた事から低調にならざるを得ず、一見均衡を保つかに見えた地上戦闘は、実の所薄氷の上にあるに過ぎなかった。

事実として周辺では深海棲艦の地上部隊が兵力を集結させつつあった。その航空偵察結果は、モラトゥワの北に大型の機甲小鬼(トロール)40以上が、横鎮近衛艦隊にとっては初めて姿を見せ、更に四足歩行型の重火器搭載タイプが少なく見積もって50以上、歩兵に相当するオートマトンタイプは2000以上が既に集結を終えていた。東と南も同等の敵が集結を終えつつある。

 ここで問題になるのが機甲小鬼と言う地上部隊型深海棲艦で、“機甲(きこう)”の2文字に違わず多脚式などと言うちゃちな事を言わない、装軌(そうき)式の足回りを持った装甲戦闘車両を模した外観を持つ小鬼級である。

詳細は省くが重装甲を持つ相手である事は間違いなく、且つ機動力も十全以上に備え、オートマトンとの直接協力から機動力を利した追撃戦までこなし得る、深海棲艦陸上部隊の中核を成すタイプであると考えてよい。ここで重大なのは、陸戦隊が一般的に保有している八九式中戦車では、この敵を撃破する事は()()()であると言う事実である。

 

しかしそれが、()()()()陸戦隊には当てはまらないと言う事を、彼らはその装備で以て思い知らせることになる。

 

 12時20分頃には半数の部隊が揚陸を完了、砲隊や戦車隊(※180両あるチリ車の一部)、更に第十一戦車師団は既に1個連隊半が上陸を完了、しかし150両を超える敵機甲小鬼を前には苦戦する・・・筈であった。

 

ドゴオオォォォォォーーー・・・ン

 

 英国の「チャーチル歩兵戦車」や「コメット巡航戦車」にも似た魁偉な外観を持つ機甲小鬼が、たったの一撃で装甲を貫徹され撃破される。それを成したのは、戦車隊ではなく、砲隊であった。その一撃を放ったのもまた、見るものが見れば奇妙に映る車両だった。

その外観は装甲兵員輸送車の上部に長砲身の対戦車砲を装備したような外観をしていた。その砲身は長く、口径は75mmと、対戦車火器としては十分な大きさを持っていた。

 

―――“試製七(センチ)半対戦車自走砲 ナト”。

「四式中型装軌貨車」を改修利用し、「試製五式七糎半戦車砲(長)II型」をモデルとした「五式七糎半対戦車砲」1門を搭載した対戦車自走砲である。装甲は薄いものの火力は十分であるこの自走砲を、陸戦隊の砲隊は10門配備しており、その内6門が現在戦闘に参加している状態となっている。

 更に支援を行う野戦砲はこれも対戦車砲と同じように機械化されていた。

―――“試製四式十二糎自走砲 ホト”。

日本軍で最も多用されたとも言われる軽戦車「九五式軽戦車 ハ号」の車体に、旧式兵器再生の目的で明治44年(1911年)に正式採用され、当時の野戦重砲兵向けの中型重砲として導入された「三八式十二糎榴弾砲」を搭載、対戦車用の新型砲弾として「三八式十二榴タ弾(弾種:成形炸薬弾 装甲貫徹力:140mm)」も引っ提げ、歩兵支援用の自走砲として13両が配備され、うち8門が前線にある。

 

 機械化され、機動力を持った紀伊要塞陸戦隊の砲隊は、前線を縦横に駆けまわり、重圧を受け、今にも崩れ去りかねない前線を懸命に支えた。砲隊と歩兵隊の間を繋ぐような形で、30両もの五式中戦車を装備する陸戦隊戦車隊が歩兵への直接支援を行い、第十一戦車師団は独立して対戦車戦闘を敢行し、機甲小鬼を砲隊と協力して着実に打倒した。

しかし敵も果敢に反撃し、戦車師団や砲隊、戦車隊にも被害が生じていた。だが、時間が経てば経つほど、当初の苦戦は好転し、依然として苦境に立っていたが、後続の上陸成功が相次ぐにつれて、前線には兵力が充足するに至るのだ。逆に言えば、この状況を耐え忍びさえすれば、横鎮近衛艦隊は勝利し得るのである。

 

提督(最優先すべきは主力の崩壊を防ぐ事、であれば、可能な限り合流し、艦隊を後退させる他に手はない。)

 

 現在の状況から考えるに、横鎮近衛艦隊本隊は既に戦闘に耐えうる状態ではない、戦闘部隊としては既に成立していないのだ。であれば、可能な限り早く後退させ、態勢を整えなければならない。

 

~12時31分~

 

提督「金剛!」

 

金剛「提督!」

 

提督「すぐに部隊を後退させろ、応急修理をやる。」

 

金剛「OKデース!」

 

金剛に異論が在ろう筈は無かった。それだけ部隊の継戦能力は限界を迎えていたのである。

 

提督「三笠! 部隊の後退を援護する、手伝ってくれ。」

 

三笠「了解したわ。」

 

提督「音羽も至急後退し、瑞鶴の指示を仰げ。」

 

音羽「Rogar.」

 

提督「三笠、連続射撃はどの位出来る?」

 

三笠「15分ね。」

 

提督「十分だ、10分で下げさせ、5分で逃げるとしよう。と言う事だ金剛、急げ!」

 

金剛「お任せデース!」

 

金剛は急ぎ麾下部隊を統一指揮し、最短距離でコロンボ棲地の射程圏外に逃れる様に行動を開始する。

 

提督「さて、始めますか。」

 

三笠「えぇ。」

 

提督「主砲発射!」

 

ドドオオオオオオオオオオォォォォォォォーーー・・・ン

 

三笠「発射!」

 

ズバアアアアアアァァァァァァン

 

命令一下、直人の120cm砲と、三笠の荷電粒子衝撃砲(エネルギーカノン)が光を放つ。続けて副砲なども射撃を開始し、矢継ぎ早にコロンボには砲弾とエネルギーの束が送り付けられていく。

 

港湾棲姫「くっ―――!?」

 

 一方で港湾棲姫の側はと言うと、一挙に形勢が逆転した感があった。三笠の攻撃でさえ精一杯の所で逸らしているのに、そこへ超大口径の砲弾が雨のように降って来るのだ。耐えるにも限界はすぐにやってきた。

 

ドドオオオオオオオオオォォォォォーーー・・・ン

 

 緑色の光線が地面を抉り取り、そこへ80cmの巨弾がまるで耕すかの如く、それまでの弾痕を上塗りしていく。コロンボの電磁障壁によって弾き飛ばされたエネルギーの残滓がそこかしこで土ぼこりを舞い上げ、一部では爆発が起こる。

当然コロンボも反撃する、猛然と16インチ砲が火を噴き、持てる火器の全てが反撃を行う。

 

ドゴオオオォォォォン

 

港湾棲姫「くあっ・・・!」

 

―――しかし彼女を以てして、被弾を全て防ぐ事など出来よう筈は無かった。

超兵器級であるが、元より交戦が前提である訳ではないコロンボである。防御力は相応に低くならざるを得なかったのだ。

 しかも相手は、ありとあらゆる装甲を貫徹()()()、戦艦紀伊の120cm口径漸減(ゲルリッヒ)砲である。

しかもこの砲自体も明石によって改修され、以前は100cmまで先細りしていた(以前は装弾筒付で砲弾先端部の軟鉄が押し潰され、それが装弾筒を後ろに押し出す形で外して100cm砲弾となる形式だった)のだが、これがシンプルな形式に直された事によって、砲口口径が115cmにまで拡大していた。

 

 これが意味する事は、純粋な砲弾の威力向上である。長大な砲身から放たれる強烈なガス圧を余すところなく活用するこの形式は、115cmと言う途方もない口径の徹甲榴弾を、通常の艦砲以上の初速で送り出し、それらと遜色ない良好な弾道で目標に送り込む事を可能としている。当然その質量と運動エネルギーから発揮される装甲貫徹力は、大和や金剛の46cm砲や、未だ利用されていないものの51cm砲をも軽く上回る。

 そんなものを本来非戦闘用である港湾棲姫が、オリジナルとはいえ完璧に捌ける筈がない。しかもそれだけではなくエネルギー弾や80cm弾と言ったこれまた威力の高い攻撃も伴って掴みかかって来るのだ、苦境に陥ったのは当然だった。

 

提督「あと6分―――!」

 

 一方直人は、これまでこの砲弾が防がれた事が殆どないと言う自信こそあったものの、港湾棲姫の撃破ではなく友軍の後退援護の為、深入りを避ける事でいつでも退ける様にしていた。

故に距離の遠さから敵からの命中率は低かったが、敵への命中率も低くなっており、到底全力とは程遠い状態にあった。

 それでもなお自己の能力を最大限に活用し、2万6000mと言う長距離砲撃戦で、しかも想像を絶する大口径砲を用いているとはとても思えない精密さで砲撃を繰り出す辺りは、巨大艤装の真髄の一端を指し示していたと言って大過は無い。

何故なら砲弾が大きいと言う事は、それだけ空気抵抗や風の影響が大きいと言う事であり、その分弾道がブレやすくもあるからである。

 

提督「この距離でこの正確さ、流石に陸上砲と艦載砲では精度が違うな。」

 

三笠「―――私達はその数少ない例外でなくって?」

 

提督「・・・そうだな。その通りだ。」

 

 その声色は、久しく直人が耳にしていなかった旋律だった。

三笠はサイパンに来て以来、以前彼が受けていた様なイメージとは異なる人物像を表出させていた。

それは、かつて彼が三笠に姿を現す度に彼に言葉をかけていた、その時のミステリアスな感じとは対照的で、面倒見がよくおおらかな女性像とでも言えばよいのか、声色も明るい様に思われた。

 彼もその声色の変化にも気づいており、特に問い質した訳でもなかったのだが、彼はこの時、声色が変わった理由が分かったような気がした。

彼女が声のトーンを落とす時、それは彼女が真剣な時である。

 

提督「煙幕をいつでも展張出来る様にして置こう、あと5分ちょっとだ。」

 

三笠「そうね・・・。」

 

 そう言って彼は正面を見やる。幾筋もの煙が立ち上る、かつてコロンボ市街だっただろう大地に、被弾したコロンボの姿があった。未だに抵抗をやめる事無く、その砲口は盛んに火を噴き、その様子は遠く直人らからも望見する事が出来た。

コロンボもこの状況では陸上への対応に余力を割く事は出来ず、結果として地上戦は陸戦隊有利に傾きつつあった。

 

 

12時43分 モラトゥワ橋頭保

※戦車妖精視点

 

車長「正面2時方向に敵機甲1、距離およそ500!」

 

砲手「砲旋回―――照準よし、装填よし!」

 

車長「撃て!」

 

ドオォーーー・・・ン

 

 第十一戦車師団第十一戦車連隊は、橋頭保の北側に展開して、敵の逆襲をことごとく退けつつあり、一部では進撃路を打開しつつあった。これは他の諸隊や皐月・叢雲両名の奮戦あっての事でもあったが、戦場の砲兵としての戦車連隊の尽力が力としては最も大きい。

 

ドゴオオオオオオオオン

 

車長「1体撃破! これで4体だな。」

 

無線手「“車長殿! 大隊長車から、『“に48”地点に敵機甲出現、対応されたし』と指示が来ております!”」

 

車長「よし、転進する。操縦手、三時の方向に転進だ!」

 

操縦手「“了解!”」

 

車長「―――! 敵歩兵(※)左前方に出現、移動しつつ射撃する、榴弾射撃用意!」

※オートマトン型の事は敵歩兵とも呼称されていた。

 

装填手「只今!」

 

砲手「砲、旋回!」

 

車長「いる辺りに落ちればいい、焦るなよ。」

 

装填手「装填、よし!」

 

車長「撃て!」

 

ドオォーーー・・・ン

 

 転進中に大急ぎで放たれた主砲の一撃は、どうにか敵歩兵の真ん中に着弾し、閃光と爆炎と共に粉塵を巻き上げる。

そこを目掛けて味方の歩兵が小銃を撃ち込み、敵を制圧していく。

 

車長「よしっ―――」

 

ドゴオオオオオオォォォォォーーー・・・ッ

 

 直後、この幸運な五式中戦車は突如撃ち込まれた対戦車ロケット弾によって、そこで運を使い果たしたかの如く弾薬が誘爆し撃破されてしまう。既に第十一戦車師団第十一戦車連隊は、60両を定数とする保有中戦車の内、この車両を含んで14両が既に失われている。

特に先遣隊として上陸した第一大隊は、定数20両の内8両を失うと言う大損害を受けていた。しかもその内の6両は、上陸開始30分以内に撃破されたものであり、戦車師団の第二波として上陸した第二十一戦車連隊第二大隊が、上陸直後の戦闘で失ったもの4両(内修理後再利用可能1両)だったのと比較しても、激戦だった事が分かる。

 だが被害報告は上陸初期に比べれば俄然(がぜん)減ってきており、この事は戦局が優位に運ばれつつある事を示したものと言えるだろう。

 

 

~12時44分~

 

バチバチバチバチ・・・

 

提督「全く、手酷くやられたもんだな・・・。」

 

愛宕「本当よねぇ・・・。」アララ

 

陸奥「全くよ・・・。」トホホ

 

提督(・・・この二人が一緒に修理て。)

 

 一方の直人と三笠は無事に遅滞戦闘を終えて後方へと下がり、損傷艦艇の修理を行っていた。更には艦載機の発着作業も並行して行い、巨大艤装は繁忙を極めていた。

一航戦と五航戦もそれに同調する形で艦載機を次々と繰り出し、地上部隊の援護と港湾棲姫への攻撃を激しく行っていた。

 

金剛「どうデース?」

 

提督「大丈夫、2人は戦列復帰出来るよ。」

 

金剛「ホッ・・・。」

 

提督「だが三水戦の損害は覆い難いな。3隻は復帰出来ないから、一水戦から第六駆逐隊を引き抜いて前線に投入する。」

 

金剛「OKデース、部署発令するネー!」

 

その時直人が視線を感じ後ろを向くと、その話を聞いていた響が、文月に担がれながら遠巻きに彼の方を見ていた。彼が鋭い目線を向けると、響はプイと目を背けてしまった。

 

提督「・・・。」

 

三笠「―――あの子、一度ビシッと言った方がいいのではなくて?」

 

提督「前にもあったんだよなぁ・・・。」

 

三笠「だからよ。」

 

それを思い出して思わず頭を抱えた直人であった。この会話は響に聞かれないよう声を落としていたので、響には聞かれていない。

 

提督「―――そうだなぁ、流石にそうするつもりではいるんだよ。」

 

三笠「賢明ね。」

 

提督「言うて今回の1件で2回目だからな・・・。」

 

10か月前に起こった1回目の時は懇々と諭し口頭注意と言う処分で済ませた訳だが、処分の軽さが裏目に出たのかと彼は思っていたのである。

 

提督「扶桑、そっちの様子はどうだ?」

 

扶桑「“互角、と言う所でしょうか。残存戦力でも全く諦めていません。”」

 

提督「分かった。牽制と漸減を続けろ。」

 

扶桑「“了解。”」

 

提督「瑞鶴!」

 

瑞鶴「“ザーーー・・・”」

 

提督「あちゃ、忙しかったかな。」

 

音羽「“こちら音羽、代わりに応対します。”」

 

提督「そちらの攻撃状況はどうなっている?」

 

音羽「“逐次航空攻撃を継続していますが、余りいい状況とは言えませんね。”」

 

提督「体勢を立て直しつつあると?」

 

音羽「“概ねその見解で誤りではありません。それに付き瑞鶴より、『可及的速やかな対応を求める』とのことです。”」

 

提督「了解した、そちらも引き続き攻撃を行ってくれ。」

 

音羽「“分かりました。”」

 

提督「やれやれ。敵も流石、手練れだな・・・ハイ、二人とも終わり!」

 

陸奥「うん、ちゃんと動くわね、ありがと!」

 

愛宕「あら、提督が動かないような修理をする訳ないわよ♪」

 

陸奥「えぇ、そうね。」

 

提督「はーい、あとがつかえてるから。」

 

愛宕「はぁい。」

 

提督(急いで戻らんとな、地上部隊の為にも・・・。)

 

 そう、この時にも上陸部隊は、刻々と敵の重心(※)へと迫りつつある。その状況下で、有効な支援を行い得るのは彼ら水上部隊しかいない。

もしその支援が長期に渡って滞れば、上陸部隊は勿論、そこに加わっている2人の艦娘もまた、この遠い地で命を散らす事に繋がりかねないのだ。航空支援だけでは不足が目立つこの状況を改善する為には、急ピッチで修理を終えて、水上部隊による砲撃を加える必要があったのである。

 

(※):この場に於ける「重心」とは、クラウゼヴィッツの「戦争論」での用法による、「敵の戦略的要衝若しくは重要拠点」の事を指す。

 

提督(敵港湾への強行突入か・・・やるしかあるまいな・・・。)

 

 

 13時07分、横鎮近衛艦隊本隊は再度の攻撃の為攻撃前進を開始する。大破した艦は不沈処理を全艦に施し、中破艦は武装や艤装の応急修理で前線に復帰させると言う荒業を行ったが、それでも戦力は当初の半数強、到底初期の効果は得られない事が明らかだった。

 

~13時11分~

 

提督「撃て!」

 

金剛「Fire(ファイアー)!」

 

 直人の号令で一斉に全艦が砲門を開く。だがその門数は、最初に比べれば寂寥の至りと言えるほどにまで減っていた。

それでも艦砲射撃の威力は絶大なものがあり、一度上陸部隊へ向きかけたコロンボの注意を、すぐさま戻させるには十分なものがあった。80cm砲弾や120cmゲルリッヒ砲弾を初めとする紀伊の巨大砲弾の雨は、例え艦娘の数が減ったとしても、それを感じさせないだけの威力があったという事でもある。

 

ドドオオォォォーーー・・・ン

 

提督「ッ―――!」

 

だが敵の抵抗も衰える様子を見せない。早くも2発の至近弾が直人を襲う。

 

提督(少なくとも数発の80cm砲弾を直撃させた筈、それなのにも拘らずこの猛烈な反撃―――)

 

ドゴオオオォォォォーーー・・・ン

 

妙高「あああああっ!」

 

提督「妙高っ!」

 

妙高「うぅ・・・っ、折角、直して頂いたのに―――っ。」

 

この妙高の大破が、彼に決断を促させた。

 

提督「金剛。」

 

金剛「何デース?」

 

提督「―――俺が単騎駆けしてくる。援護してくれ。」

 

金剛「―――!」

 

大和「そんな、危険です!」

 

榛名「余り無理をなさっては―――!」

 

金剛「―――OKデース、Good rack!」

 

提督「―――ありがとう。」

 

金剛の一言を聞いて、直人はバーニアの出力を最大にまで高め、その快速で以て一挙に戦列を離れ、敵に向かって突進を始める。

 

大和「どうして、行かせたんですか?」

 

金剛「―――テイトクが、一番よく分かっていた。このままじゃ勝てない、という事を。」

 

大和「・・・。」

 

金剛「言葉なしにでも、私には分かるネー。あの人は、勝算なしに突っ込む人じゃないデース。さ、援護しますヨー!」

 

一同「「“了解!”」」

 

 実は直人、修理の完了と陣形再編までの僅かな時間の間、金剛とこの後について話した際に、懸念の言葉を口にしていたのだ。

それは他の艦娘の知らない事である為大和などは懸念を表明したのだが、金剛がGOを出したのは、直人が懸念を示すと言う事は、相当な危機感を持っていると同義だった為であり、それを知る金剛はGOサインを出したまでであった。

 

金剛(ちゃんと、戻って来てね・・・。)

 

 

提督(さて、啖呵を切ってきたのはいいけど、生きて帰れっかな。)(・ω・;;

 

一抹の後悔が脳裏をよぎる直人であったが、今はそれどころではない。

 

提督(今はこの状況を何とかしないと。だがこの巨大艤装の大火力で致命打を与えられないとなると―――)

 

 “全力を出し切るしかない。”彼がその結論に至ったのは至極当然だった。これまで彼の兵装は、超兵器級にだってダメージを与え続けてきた。しかし目前の敵は、6トンに迫る巨弾を受けても戦闘を継続している、それも傷を負った風も感じさせずに、である。火力不足を悟ったとしても、無理はなかっただろう。

 

―――我汝に命ず、『我に力を供せよ』と。

―――汝我に命ぜよ、『我が力を以て、全ての敵を祓え』と。

―――我が身今一度物の怪とし、

―――汝の力を以て今一度常世の王とならん。

―――汝こそは艦の王、我こそは武の極致。

―――我汝の力を以て、『大いなる冬』をもたらさんとす。

 

 6節の詠唱を行っている最中の直人は、艤装諸共紫色の霊力の奔流によって包まれ、それが高速航行の影響で尾を引いているようにすら見えた。そして詠唱完了と共にその奔流は絶え、展開された完全仕様のFデバイスを装着した姿となっていた。それは実に第十一号作戦以来7か月ぶりの「大いなる冬(フィンブルヴィンテル)」の顕現であった。

そして更に直人はそこから詠唱を重ねる。

 

―――時此処に満ちたり。終焉の劇場の幕は今こそ開かれん。

―――汝、その力を今一度我に貸し与え給え。

―――終焉の刻は遂に来たれり、此処に断罪の滅光を。

 

提督(―――“終焉の刻来たれり、此処に断罪の滅光を(ヴォーデティウス・イグナティオン)”!)

 

 一つ目の詠唱の結果、彼は自身に紫のオーラを纏い、かつその効果によって移動速度が更に上昇する。それによってコロンボの攻撃は後方に置き去られ、一挙に敵に急迫する。

 

―――闇に眠りし閻王の力よ。

―――出でてその鉄槌を振るえ!

 

提督(―――“閻王撃槌(アビオンヴィルディガーン)”!)

 

 2つ目の詠唱によって、外観に明確な差が出る。展開されたFデバイスが紫のもやとなって霧散したかに見えたかと思えば、それが巨大艤装『紀伊』の武装に力を与え。艤装自体が紫に発光し始めたのである。

一応彼の名誉の為に補足して置けば、この2つの技名も彼の発案ではない。

 

提督「一斉掃射!」

 

ズババババババババ・・・

 

 このとき紀伊が放ったのは砲弾ではなく、紫色の霊力弾であった。「閻王撃槌」の効果は、Fデバイスの展開を解く事を代償に、紀伊の砲門から通常の砲弾に代えてエネルギー弾と同質の霊力弾を射撃するようにする能力なのである。更に「終焉の刻来たれり、此処に断罪の滅光を」にはエネルギー弾のリキャスト(チャージ時間)を短縮する効果もあり、それが拍車をかける形で凄まじい弾幕がコロンボを襲う事になったのである。

 

 

ズドドドドドドド・・・

 

港湾棲姫「くううううっ!!」

 

 コロンボも最初こそ電磁防壁で防げたものの、すぐさま限界はやってきた。たちまち周囲に次々と紫色の光の矢が突き刺さり、時たま土煙を上げるもの、何かの残骸に当たり爆発し煙を噴き上げるものもあり、そしてそれらを除く残りの大多数は港湾棲姫の兵装を、その体を完膚なきまでに破壊する。

 

提督「はああああああっ!!」

 

 元の高速に加えてスキルの力で一挙に距離を詰め、圧倒的な火力を見せつける直人、さしものコロンボもこれには耐えられず、その戦闘能力は急落していった。

そして10分後、2つのスキルは既に切れたものの万全の状態で紀伊の着岸すらも許し、満身創痍のコロンボがそこにいた。

 

ゴオオオオ・・・

 

随所で燃え盛る戦場に、彼は降り立っていた。流石に後方の艦隊も彼諸共に敵を撃つ訳にもいかず、標的を敵地上部隊に変更していた。

 

提督「終わりだ、港湾棲姫。我々は貴官に降伏を勧告する。」

 

港湾棲姫「降伏、だと・・・? 深海の覇道に携わり、その一翼の栄光を担ったこの私が?」

 

提督「栄光は地に堕ちた。これ以上の戦闘は、双方にとって不必要であるばかりか無意味だ。」

 

港湾棲姫「・・・。」

 

提督「・・・。」

 

港湾棲姫(・・・だ。)

 

―――嫌だ。

―――嫌だ!

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ―――!!

 

港湾棲姫「―――成程、我らが栄光の失墜をお前が保証する訳か。だが―――」

 

提督「―――!」

 

 その時彼は明確に感じた。空気の変わり様を、元々ピりついた雰囲気だったものが、変質しようとしていた。ひりつく様な空気が、彼の脳裏を侵していく。

 

港湾棲姫「その証人の―――()()()()は誰が保証するんだ?」ゴォッ

 

ドオオオウウウウウウウウ・・・!!

 

港湾棲姫から放たれる負の霊力の奔流、それは最早満身創痍の敵が放つには不相応に過ぎる量と質を内包していた。その奔流は風を呼び起こし、土煙を舞い上げていく。

 

提督「こっ、これは―――!」

 

そして彼はその現象を知っていた。それは忘れるべくもない体験と共に鮮明に思い起こされる事象でもあった―――。

 

提督「・・・ッ!」

 

フオオオォォォォォォン!!

 

突如土煙を引き裂いて突撃して来る深海棲艦機、直人は咄嗟に15cm高射砲によるレーダー射撃によってこれを退けるが、その動きの変化に彼は驚愕していた。

 

提督「馬鹿な、港湾棲姫自身が航空機を運用する事など、これまで無かった筈―――。」

 

チカチカッ―――

 

提督「くっ―――!」

 

 その光が見えた瞬間、直人は咄嗟に飛び退った後にバーニアを全開で吹かして後ろへ下がる。すると元いた所に敵の砲弾が立て続けざまに降り注ぎ、彼は自身の直感が正しかった事に安堵するのだが、彼はそれがまた、容易ならざる事態が起こりつつあることとイコールであることも察知していた。

そしてそれを裏付ける形で、負の霊力の奔流が晴れ、土煙の向こうから現出したものは―――

 

提督(―――無傷の、兵装だと・・・? いや違う、まさかこれは、アルウスと同じ・・・! 何らかの影響で、奴の奥底に眠る秘められた力を呼び覚まさせたのか!?)

 

 後に「覚醒」と仮に呼称し、定着したその現象は、奇しくも現在の「空母棲姫」アルウスがミッドウェー沖で起こしたものと同一であり、それを証明するように、目の前にいるそれは、それまでのコロンボとは一線を画する力を持っていた。

 

港湾“水鬼”「さぁ・・・本番はここからだ!」

 

提督「―――!」

 

コロンボから飛び立つ無数の深海棲艦機、その一部が、直人を目掛けて襲い掛かる。

 

提督(間に合うか―――!?)

 

 向き直り、測距を大急ぎで掛けるが、目視出来るだけでも彼は20機より先を数えられなかった。

 

提督「ぐっ―――!」

 

間に合わない―――そう思ったのも無理からぬことだった。しかし・・・

 

ブオオオオオオオ・・・

   ドドドッ

 

提督「っ―――!」

 

 直人の頭上を飛び越えていく多数の友軍戦闘機が、直人に正に迫らんとした大群に掴みかかり、たちまち空中戦が勃発する。更にそのタイミングで第三艦隊の攻撃隊までもが到着し、状況がまたしても変わろうとしていた。

 

瑞鶴「“一瞬でも動きが止まるなんて、らしくないわね。”」

 

提督「瑞鶴か! すまん、ありがとう!」

 

 実の所、復活したコロンボから瞬く間に数百機が展開する光景は、当然ながら遠方からでも望見する事が出来るほど目立つものだったのだ。そこで彼女は空中待機の直掩機と緊急発進待機の戦闘機を直人の救援に送り出し、それが間一髪間に合ったのである。

 

瑞鶴「“ほら、空は任せて、提督は本陣を!”」

 

提督「・・・了解したぜ。」

 

 自身も高射砲で敵機をさばきながら彼はコロンボに向き直る。まさかの振出しに戻ったばかりか、最初の状態よりも格段の力の冴えを見せるコロンボであったが、それでも彼が下がらなかったのは、彼なりに勝算があったからに他ならない。

 

提督「―――主砲、斉射! 撃てぇッ!」

 

ズドドドドドドドオオオオオォォォォォ・・・ン

 

 未だ実弾を残していた120cm砲と80cm砲が火を噴く。

彼我の距離は4000m、直人にとって外す道理がなく、瞬く間に10発以上が直撃するが、まるで勢いが衰える様子がないばかりか、一部は入りが浅かった為に弾き飛ばされてしまう。辛うじて航空兵装にダメージこそ与えたものの、明らかに防御力が上がっている事を思い知らされる結果を招く羽目にすらなったのである。

 

提督(貫徹はしているし効果は上がっているが・・・)

 

 威力がやはり足りない。「大いなる冬(フィンブルヴィンテル)」は既に使用済み、砲の残弾は全砲で1割強しかなく、速度を出しにくい地上で艦載機を運用すると言う訳にもいかない。当然潜航艇はそもそも使えないし、陸戦隊も既に揚陸済みで別途戦闘中と来ていた。この状況下に置いて直人に出来る事は極めて限られていたと言ってよい。

 

提督(後退するか、前進するか、前進するなら伸るか反るかの大博打だな・・・。)

 

ここで彼が心配したのは、燃料の残量であった。ムンバイ沖からここまで全速力で突っ走ってきた事と先程のハイブーストのせいで、巨大艤装『紀伊』の燃料は乏しいものになりつつあった。しかも弾薬もなく、威力不足の為にこれでは倒せるかどうかも怪しい。

 

提督(普通なら退くべきところだな・・・だが。)

 

 彼はある一つの手を実行に移す。その為に周囲を見渡し、大きな砲弾痕を見出すと、その中に入って自身の艤装を外した。そうして身軽になった彼は勇躍その身一つで突撃をかけるのである。その右手には、白い手袋を装着して―――。

 

 

港湾水鬼「―――っ、奴は何処だ!?」

 

一方金剛の精密砲撃を被弾し、その爆炎で直人を見失うコロンボ、この時はまだ艤装を外している最中であるが。

 

港湾水鬼(馬鹿な、気配すら消えている・・・。)

 

 

金剛「“提督!”」

 

提督「生きとるよ、反応消えた瞬間通信が飛んで来るとは流石やな。」

 

金剛「“見てる方はビックリしマース!”」

 

提督「すまんすまん、あとこっちへの砲撃は中止だ、地上部隊を支援してやってくれ。あとは任せて貰おう。」

 

金剛「“OKデース!”」

 

 

港湾水鬼「―――。」キョロキョロ

 

「俺を、お探しかなっ!?」

 

港湾水鬼「チッ―――ッ!」

 

ヒュバァッ

  ブゥン

 

ガキイイイン

 

提督「くっ!」

 

闇討ちに失敗した直人は港湾水鬼の腕に弾かれて後ろに飛ぶ。

 

提督「―――そんな上手く行ったら簡単よな。」ザザァッ

 

港湾水鬼「雰囲気が変わった―――何者だお前は?」

 

提督「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官。」

 

港湾水鬼「―――そうか、お前が例の艦隊の指揮官か。あの巨大な艤装と言いこれで得心がいった。」

 

提督「・・・。」

 

港湾水鬼「まずはここまでよくやったと誉めてやろう。艦隊は壊滅し、基地もこの有様だ、私も一度は死にかけたが―――これも、運命と言う奴だろうな。だが、それもここまでだ。」

 

提督「さて、それはどうかな。」

 

港湾水鬼「・・・?」

 

提督「俺の艦隊はまだ戦ってる。それに俺個人で言えば、貴様と戦うに際して艤装は必要としない方法がある。」

 

そう言って彼は極光を構えると同時に、背後に5本の白金剣を切っ先を先にし、自分の頭部を中心に半円形に顕現させた。先程は隠蔽性を上げる為に、極光と自己の霊力とを共鳴させずに斬りかかったのだが、もうその心配はないと力を込めた刀身は、白い輝きを放っていた。

 

港湾水鬼「この私に白兵戦を挑むものが現れるとはな―――世の中分からぬものだ。」

 

提督「たまには、武闘派の提督がいても良かろう。」

 

港湾水鬼「フン―――違いない。」

 

少しの沈黙、先に動いたのは直人だった。

 

提督(名を(かた)っても、仕方があるまいな。)

 

そう思いながら下半身に力を籠め、極光を構え、視線を一瞬落して希光の所在を確認する。そして―――

 

提督「紀伊直人、参る!」

 

 一挙に前へ駆け出す。その距離50mを一挙に詰めていく。この所生かされる事がなかったとは言え、彼は自分の足には自信がある。しかも彼は縮地の技法を習得しているから、見た目以上に速く走れるのだ。

これに対しコロンボはその火砲で迎撃しようとしたが―――

 

提督「―――ッ!」

 

ヒュバババッ

 

 彼の手により錬金されて正の霊力を纏い、強化の魔術を重ねられ、鋼鉄をもともすれば斬る事の出来る白金剣が、指向されようとした砲身に突き刺さり、即座に発射不能に陥れていく。

切っ先の鋭い白金製の剣が、亜光速にも迫ろうかという速度で砲身に衝突した際の運動エネルギーで、深海鋼で出来た分厚い砲身を鉄屑の様に射貫(しゃかん)したのだ。

その事実を如実に表すかのように、何本もの砲身に白金剣が深々と突き刺さっているのが見て取れる。

 

港湾水鬼「くっ―――!?」

 

 コロンボもこれは予想できず、自身の機械腕で応戦する。この機械腕と言うのが厄介な代物であり、全長2m、重量は片方だけで100㎏もあると言う代物で、さしもの極光でも闇雲に斬りかかって切れる代物ではない。しかしそこは流石の一品であったと言う事が直後に証明される。

 

ガガアアアアァァァァァァーーー・・・ン

 

金属特有の叫喚が辺りに響き渡り、直人が最上段から極光を振り抜いていた。

 

港湾水鬼「何ッ―――!?」

 

提督(通った―――ッ!)

 

 コロンボが気付いた時には、自身の機械腕に刀に斬られた傷が深々と刻まれていた。霊力刀『極光』は、対深海棲艦用近接武装として、明石が鍛え、局長(モンタナ)が仕上げた、正の霊力を纏った深海鋼で出来た刀である。その強度は素材となった深海棲戦艦ル級の装甲と同じであり、それが提督の力量と相まって、同じ深海鋼を断ち斬ることを可能としたのである。

 

提督「ハアアアアッ!!」

 

港湾水鬼「ぐおおおおッ!?」

 

 ここぞとばかりに直人が更に仕掛ける。熟達された直人の斬撃が、コロンボの機械腕を切り刻んでいく。だが、さしもの極光も、金属同士の斬り合いでは切り口が肉を切るより浅きに過ぎ、重量差も相まって中々懐には入る隙がなかった。何度も弾き飛ばされては砲撃を受けそうになり、それを白金剣で阻止すると言う状況が続く。

 

港湾水鬼「なんだこれは、こんな力見た事がない―――!」

 

提督「当然だ、世界に秘匿されたこの力、貴様らが知る筈があるまい!!」

 

そう言った瞬間彼は背後の白金剣を水平に構え、機械腕に向かって一気に投射する。しかし流石の白金剣も巨大な金属の塊を貫通することは出来ず、斬撃の跡に入った2本だけが突き刺さり、残りは弾き返されてしまった。

 

提督「―――流石の装甲だ、霊力を纏った白金剣でもこれが限界か。」

 

 砲身は運動エネルギーと強化の魔術を施した事によって貫徹出来た白金剣も、金属の塊とも言うべき機械腕が相手では流石に厳しいものがあった。

しかもその恐ろしい所は、コロンボはその体の質量に対して大きすぎる金属の塊を、何不自由ない様に振るって見せるのである。

 

提督(―――あの機械腕自体が一つの装甲として機能している。しかし、“()()()()()”を模して作っているならば、弱点も同じだ。)

 

 人体と言うものは構造的にはむしろ脆弱なものであり、想定された様な負荷にはある程度耐えうるがそれでも備え持つ柔軟性に拠っての()()()()であり、予期し得ない負荷には当然弱いのだ。例えば柔軟性のない部分への打撃がそれである。

裏を返せば、それがベースである以上、全て深海鋼で出来ていたとしてもその弱点は共通する。

 

提督「―――くっ!」

 

ズドオオオォォォォォォ―――ン

 

 振り降ろされた巨大な鋼鉄の拳を咄嗟に飛びのいて回避する直人。100㎏を超す質量が直撃しようものなら、直人ですらもただでは済まない。その重々しい地面との激突音がそれを証明している。

 

港湾水鬼「そんな剣1本程度で、私を崩せるとでも、思うなぁッ!!」

 

 コロンボが再び機械腕を振り上げ、その手を広げる。まるで虫を叩くような要領だが、緩慢さはまるでない。

だが、彼にはその一瞬の隙だけで十分だった―――(てのひら)がありありと見え、しかもその指の関節部分が完全に見えているならば。

 

ヒュヒュヒュヒュッガガアアアアアン

 

港湾水鬼「何―――!?」

 

 機械で手を作る場合、関節の多いその構造は本質的に脆弱である。手の関節部は()()()()()()()()()()()()()()()上にジョイントで結節してある為、装甲化するにも難しく、故に兵装としてはデザイン的に適していないのだ。

しかもこれによって、機械腕の右手は閉じ切る事が出来なくなった。深々と突き刺さった白金剣だったが、深海鋼の硬さから突き刺さる過程で内部で剣が変形し、食い込んだものが多く抜けないのである。

 

提督(固定してしまえば、こっちのもんだ!)

 

港湾水鬼「こざかしい真似をぉぉぉ!!」

 

 コロンボもそのまま腕を振り下ろすが、そもそも刀1本で食って掛かる軽装の直人には掠めもしない。しかもその間隙を縫って直人が一気に本体に向かって肉薄し、それをコロンボが左腕で防ぎ、コロンボの機械腕に刀傷がまた増える。

更に直人を弾き飛ばそうと機械腕を振り、直人はそれを済んでの所で躱すが、それによって再び間合いが開くという事が更に数回続く。

 

提督(意外とあの腕の動きが早いな―――。)

 

 ここにきて彼も、コロンボが操る巨大な機械腕がただの飾りでない事を知り尽くし、急速に考えを巡らせる。

コロンボが装備している機械腕が肉体の腕ごと機械化されているのであればその根元を断ち切ればいいが、相手は飽く迄装備品であり、腕に装着するタイプのものである為、やるとすれば腕ごと断ち切る位しかない。

 

提督(あんまりそれは・・・やりたくないけどな。)

 

ではどうすればよいか、答えは一つしかなかった。

 

提督「はああああっ!!」

 

直人が一気に前に駆けだす。コロンボもこれに即応して再び左手を構える。が―――

 

提督(見えた―――!)

 

 その瞬間直人が5本の白金剣を立て続けに投射する。狙ったのは―――ストレートを繰り出そうと構えられた左機械腕の、人間でいえば肘の裏側であった。

弧を描いて超高速で飛ぶ白金剣は、その全てが狙い通り関節部に突き刺さった。

何故内側である裏を狙ったのかと言うと、表側が完全に装甲化されており隙間が余り無かったと言うのが理由であった。狭い隙間を狙うと言うのは当然白金剣でも難しい技なのである。

 彼にしてみれば、何よりも無力化を最初にしなければならない以上、相手の戦闘能力を完全に奪い去らない事には始まらない。そして、その狙いは見事達成され、左機械腕の肘の関節は完全に動かなくなり、動かそうとしても軋むばかりでピクリとも動かなくなっていた。

 

港湾水鬼「くっ!?」

 

 しかしコロンボもむざむざ懐に入られるようなことはしなかった。咄嗟に左腕の動きだけで機械椀を正面に振りかざし、直人の一撃を防いで弾き飛ばしたのである。これには流石の直人も面食らって受け身を取った。

 

提督「やるな・・・近接戦闘でここまでやる深海棲艦は、アルウス以来だな。」

 

港湾水鬼「やってくれる・・・まさかこの腕がこれほど傷つけられるとは。」

 

コロンボは自らの機械腕を見やってそう言った。一方の直人もコロンボの頑強さ―――“往生際の悪さ”と映っていたが―――に舌を巻いていた。

 

提督(しかも戦意を挫くには至っていない。何か、決定的な一打が無いと―――)

 

・・・ドン

 

提督「ッ!」

 

 それは、遠雷の様に響き渡ってくる音だった。それに気づけたのは、彼が思考を巡らせる為に動きを止めていたからだっただろう。

そして何が起こったかを証明する出来事は、その一瞬後に起こった。

 

ドゴオオオォォォォォ・・・ン

 

港湾水鬼「何ッ―――!?」

 

提督「来たか―――!」

 

港湾水鬼が突如爆発に見舞われたのである―――

 

皐月「“ハァ・・・ハァ・・・間に合ったね!”」

 

インカムに飛び込んできたのは、息を切らしながらおっとり刀で駆け付けた皐月であった。スピーカーからはキャタピラの音も聞こえてくる。

 

提督「皐月か! そんなに急いで来なくてもよかったのに。」

 

皐月「“フフッ、可愛いね。張り切るのはいいけど、ボク達が来るまでに終わってないじゃん?”」

 

提督「ぐっ・・・。」

 

皐月「“ま、加勢するよ、司令官!”」

 

提督「ありがてぇ、頼むぜ!」

 

形勢は一挙に直人の方に傾いた。陸戦隊が幾多の戦闘を経て、遂に到着したのである!

 

港湾水鬼「チィッ―――予備兵力の投入が間に合わなかったと言う事か!」

 

 コロンボは当然、自軍の戦線が突破された時点で、手元に置いていた予備兵力を投入して対処しようとしたのだが、その戦力が戦場に到着するまでに航空攻撃によって減殺されてしまい、完全に阻止するに至らなかったという事情があった。

この結果、陸戦隊は戦力の3分の2と叢雲を拘置されはしたものの、残る部隊がコロンボの元へと辿り着く事に成功していたのである。

 

港湾水鬼(―――まだだ、ここで奴を倒せば、戦局は再び我々の優勢に傾く!)

 

提督(―――ここで俺が(たお)れれば、味方は敗走の憂き目に遭う。それだけは阻止しなくては!)

 

 コロンボにとっては目の前にいる宿敵は、今この場で打ち倒さなければならない相手であり、直人にしてみれば、コロンボから見た自分がそうであるからこそ、ここで斃れる訳にはいかなかった。

 しかしコロンボは甚だ分が悪いと言って良かった。自身の武装は殆どその機能を残してはいなかったからである。

直人の白金剣により砲は使い物にならず、航空兵装もまた、覚醒直後に行われた直人や金剛らの砲撃と直人の白金剣で潰され、上空にいる航空機は艦娘艦隊の艦載機を迎撃するので精一杯。

手元に戦力が残っていないこの状況で、直人に勝つ事の出来る手自体が限定的であった事は否めないが、それでも機械腕はまだ片方が残されていた。

 

港湾水鬼「おおおおおおッ!!」

 

提督「ッ―――!?」バッ

 

ズドオオオオォォォ・・・ン

 

提督(動きが変わった―――いや、向こうから来ただけだが、速い!)

 

 彼の反応速度も常軌を逸していたが、コロンボの脚力もまた常軌を逸していた。

余りの速さに直人も回避する事しか出来なかったのである。そのスピードに機械腕の重量が乗ったらどうなるか。更に皮肉な事に、直人が付けた刀傷がそのまま鮫肌のような効果を生んでいたから、掠っただけでもダメージを負いかねない。

 

提督「たあああっ!!」

 

しかしそこは彼もさるもの、すぐさま切り返し攻守所変えながらの打ち合いが数度続く。

 

ガアアァァァァァァン

 

提督「くぅっ!」

 

そして再び弾き飛ばされ受け身を取って着地する直人。

 

チャキッ

 

提督「はぁっ!」ヒュバァッ

 

着地し居直った瞬間に彼は今まで抜いていなかった希光を抜き打ちの要領で抜刀して霊力刃を放ち、コロンボが正に仕掛けようとした追撃を未然に防いでみせる。

 

提督(やはり、“アレ”を使う他ないか・・・。)

 

直人は決心し、手袋を付けた右手首を握る。

 

提督「―――魔術制御術式、壱式・肆式、解放!」

 

 既に解放されていた参式―――白金剣の遠隔操作の制限―――に続いて、2つの術式が解除される。

同時に手袋に刻まれた術式が更なる光を放ち、同時に彼の背後に、それまでと規模の違う“異変”が起こりはじめる。

 

港湾水鬼「な―――何が・・・!?」

 

提督「俺の力、その真髄を見せてやる。俺も、ここで負ける訳にはいかないのでな。」

 

彼の背後に現出したのは、100を超える白金剣であった。

 

提督「加減は出来んぞ。それで死んでしまうのであれば、後は処理してやる。」

 

港湾水鬼「―――思い上がるなよ、人間!」

 

提督「フルファイア。」

 

 彼が高々と右手を掲げ、振り下ろす。彼が行ったアクションは、たったそれだけであった。

ただそれだけで、全ての白金剣が彼の意思に従い、加減なしの亜光速に近い最高到達速度で港湾水鬼に向かって飛翔する。コロンボも咄嗟に防御したが、特殊相対性理論に基づいて質量が増した白金剣は、傷ついた機械腕1本程度では止められなかった。

 強靭な構造の機械腕が、立て続けざまに突き刺さり爆発する白金剣に対し、遂に膝を屈する時が来た。幾十本もの白金剣によってズタズタにされた機械腕は、手首の辺りで遂に真っ二つに裂け、残りもボロボロのスクラップの様に崩れ去ったのだ。

魔力爆弾と化した白金剣を相手に、むしろ数十本を耐えたのは、深海鋼が如何に強靭であったかを示していたが、その限界を超えた攻撃を前にしてはたちどころに屈服を余儀なくされた訳である。

 

港湾水鬼「グッ・・・。」

 

そして、コロンボも当然無傷ではいられなかった。脇腹から血を流し、膝を屈して、なお倒れずにいたが、最早戦う力が残されていない事は誰の目にも明白であった。

 

提督「・・・。」ザッザッザッ

 

港湾水鬼「―――お前の勝ちだ。殺すならば殺せ。」

 

提督「それは、本官の本意とするところではない。貴官はたった今、私の捕虜になったところだ、大人しく付いてきて貰おうか。」

 

港湾水鬼「・・・いいだろう。」

 

 例え戦闘マシーンとして“製造(つくられ)”、育成されてきた深海棲艦だとしても、その心は人間とさして変わらない。

例え全てが人とかけ離れようとも、その心は、自分の命を軽んじられる所まで強くはないのだ。コロンボもまた、()()()()()()()ほど割り切りが良くなかったのだった。

 

 

 コロンボを制圧した直人から、戦闘終息の宣言が出されたのは、14時41分の事であった。

艦娘艦隊はしかし喜ぶ暇も惜しみ、直ちに撤収の態勢を取り始めると共に、捕虜となったコロンボを連行する指示も、金剛の手で出されていた。

彼女らには、行動する上で最も重要な物―――()()が不足しつつあったからであり、早急に現海域を撤収し、母艦へ戻る必要に迫られていたのである。

 その時、沖にいたP(プリンス)O(オブ)・ウェールズ率いる直衛艦隊は、壊滅状態、かつ完全包囲下に置かれながらも尚戦闘を継続していたが、意図的に直人がリークを図った終息宣言を聞いた後、14時44分に降伏した。

降伏した際、コロンボ直衛艦隊の戦力は20隻にも満たない数にまで減っており、旗艦のウェールズも負傷していると言う状態であった。

 だがウェールズはその熟達した力量を十全に発揮しており、この為に包囲・足止めを担当した諸部隊は損傷艦を多数出していると言った有様であった。

劣勢に置かれたウェールズが如何に善戦したか、またその麾下艦艇の練度がどれほど高かったかを如実に示していた、一つの証拠とも言えただろう。

 

 その後巨大艤装『紀伊』は、上陸させた部隊の収容を始めた。しかし、激戦を経たその損害は大きく、五式中戦車「チリ」は180両中58両が撃破され、12両が収容後廃棄、47両が大小の損傷を受けるなどし、陸戦隊砲隊も、自走砲13両中5両、対戦車自走砲10両中6両が破壊ないし遺棄された。その他、陸戦隊の各種機材に生じた物的損害も甚大と言わざるを得ないほどの損耗率を示していた。

人的損害も大きく、第十一戦車師団と陸戦隊を合わせて、戦死者(KIA)戦闘中行方不明(MIA)計2149名、負傷者2947名の多数に及び、更に敵の反撃で揚陸作業中に二等輸送艦1隻が大破炎上(その後沈没)、大発5隻を喪失するなど、再建と補充に多大な時間を要する事は明白であった。

 余りの損害の大きさに、輸送艦の中には二等輸送艦百十六号に見られるように空船で戻ってきたものもあったほどである。

 

 15時37分になって全部隊の収容を終えた巨大艤装『紀伊』が、橋頭保となっていたモラトゥワの海岸を離れ、15時に先行して離脱した艦隊の後を追う様にして、空母音羽と駆逐艦皐月・叢雲の護衛の下コロンボを離れた。

これによって、彼らにとっても過酷な作戦行動は終幕を迎えるに至る。最終的に損傷を残した艦は、第一艦隊と一水打群全艦艇の87%にまで及び、弾薬消費比率は全艦平均84%、機体損耗率は第三艦隊で78%、一水打群と第一艦隊を合計して49%(いずれも着艦後放棄されたものを含む)という高比率に及ぶほどの激闘であった。

重大な損傷を受けた艦も24隻に及んでおり、護送を必要としている艦が多数に及んでいた事もあって、快勝とすらとてもいい難い状況であった。

これらの多大な損害の代償として、長年に渡って人類を苦しめ続けた、インド洋の要衝コロンボ棲地は陥落、その指揮官と敗残兵を捕虜とし、スリランカを解放した横鎮近衛艦隊は、傷ついた身を労わりながらも帰途に就いたのであった。

 

 

~17時21分~

 

撤退中の横鎮近衛艦隊に追い付いた直人は、慰労の為各艦娘の下に順に回っていた。その中でプリンツ・オイゲンの下に来ていた直人は、一つの質問をぶつけてみた。

 

提督「で、オイゲンに一つ聞いてみよう。今回の作戦の感想の程を。」

 

オイゲン「感想ですか? うーん・・・まぁ、本国では考えもつかなかった作戦で、斬新ですね。楽しかったですよ?」

 

提督「楽しかったっていう表現もどうかとは思うが・・・。」^^;

 

オイゲン「あ、そうでした・・・。」

 

提督「でも、好印象だって事は分かったよ、ありがとう。」

 

彼が苦笑しながらそう答えると、オイゲンはこう返してきた。

 

オイゲン「いえいえ! でも、特に敵拠点攻撃のような作戦には向かない手法だと思います、すっごく疲れた・・・。」

 

提督「敵艦隊への奇襲とかには使える、という事か。」

 

オイゲン「はい、前段作戦に対してだけだったら良かったと思います!」

 

提督「分かった、今後の参考にしよう。」

 

オイゲン「お願いしますね?」

 

提督「お願いされましょ。」

 

オイゲン「んふふっ♪」

 

こうして直人は、貴重な知見を得る事が出来たのであった。

 

―――空挺艦隊、アリかもしれんな、語感も良い、漢字で書いてもカッコいい。

Admiral(アドミラル)? 何か悪いこと企んでません?(ジトーッ)

そ、ソンナコトナイヨー。

<なんでそんな分かりやすい返しするんですか。

 

 直人も疲弊しきってこそいたが、搭載しているバーニアのおかげで、腰部艤装に座って移動できると言う密かなアドバンテージを持っていた。

それで楽をしていたおかげもあり、その頭脳はこの時些かも精彩を欠く事は無かった。それが子供っぽい悪戯を考えるような思考に費やされてはいたと言っても、である。

 横鎮近衛艦隊は、比較的のびのびとした雰囲気を保ちながら、第三艦隊―――別動隊との合流地点であるポイントRへと向かっていたのであった。

 

 

 ポイントRは、北緯4度48分02秒、東経48度48分05秒の、東インド洋上に設定されていた。第三艦隊は空爆任務が半ばを過ぎた段階で既にこのポイントへと移動しており、

本隊の帰りをずっと待ち続けていたのである。

そこへ本隊が到着したのは、11月17日5時27分の事であった。

 

11月17日4時50分 ポイントR付近西海上

 

提督「こちら“ノーライフキング”、“キャリアー”へ。貴方状況知らせ。」

 

明石「“こちら“キャリアー”、全艦健在! お帰りをお待ちしておりました!”」

 

提督「それは何よりだ。直ちに収容作業を始めてくれ、間もなく合流する。」

 

明石「“了解!”」

 

 第三艦隊は母艦鈴谷やあきつ丸を初めとして結局全艦無傷であった。第三艦隊は合流前に直人の指示で収容を開始、本隊からも要収容の艦を急行させる形で収容に加わらせ、最後に第一艦隊・一水打群の艦艇を収容、巨大艤装も揚収用クレーンで釣り上げられて収容されると、5時41分、海域からの離脱を開始するのであった。

 

 

~艦長室~

 

大淀「提督、大丈夫ですか!?」

 

提督「駄目だ、眠過ぎて頭の中がぐちゃぐちゃになってる。少し、時間を―――」ドサッ

 

大淀「提督! ・・・あぁ、これは暫く駄目ですね。」

 

~中甲板艦尾部・左舷兵員室廊下~

 

萩風「舞風・・・こんな所で、寝ちゃ、だめですよ・・・。」

 

舞風「すー・・・すー・・・」

 

萩風「舞・・・か、ぜ・・・んぅ・・・」

 

 本隊組は既に限界だった。そもそも、第一艦隊と一水打群のメンバー、ついでに直人も疲労の極にあった事は事実(一体何晩寝ずに航行したのかという次元の問題)であり、自室に着くや否や直人も突っ伏すようにベッドに倒れ込んだまま寝息を立て始め、メンバーの中には、舞風やそれに折り重なって寝ていた萩風の様に、自室に辿り着く前に眠気を堪え切れず、眠りの淵へと誘われてしまう者も続出する始末であった。

 第三艦隊のメンバーは母艦と行動を共にしていた為、交代で睡眠も取れたが、殊更長時間母艦と離れて行動した本隊は流石に消耗しきっていたと言う次第であった。

 

瑞鶴「はぁ、全く。今敵が来たらどうするつもりかしら。」

 

明石「まぁまず、起きませんよね・・・。」

 

瑞鶴「私達も艦載機ないのになぁ・・・。」

 

 前檣楼羅針艦橋では瑞鶴と明石が嘆息しながらそう言い合う始末であり、結局手空き要員が辿り着けず寝てしまった者を、それぞれの個室へ運び込むと言う事態になっていた。

負傷者も直ちに医務室へ運び込まれたが、肝心な雷も疲労の為に医務に従事する事が出来る状態になく、それが代行できる白雪も到底職務に耐えうる状態で無かった為、妖精さん達が懸命に治療に当たらざるを得ないと言う状態に陥っていた。

 

 

―――紀伊 直人は夢を見ていた。

 

「遅いぞナオ!」

 

提督「ッ!?」

 

直人「ごめんヒデ、先生に呼び出されちゃってさ。」

 

瑞希「もう、直ちゃん今度は何しでかしたの?」

 

直人「なんもしてないって!」

 

ヒデ「早く部活行こうぜ! 一緒に怒られっからさ。」

 

直人「もうすぐコンクールだもんなぁ・・・ま、いこうか!」

 

瑞希「うん!」

 

ヒデ「OK!」

 

提督「―――緑丘中か・・・。」

 

 彼の夢、それは、彼の母校であった新宮市立緑丘中学校が()()()()()()()()夢であった。

今や新宮大空襲の際に共に全壊し、その姿を残していない昔日の風景でもあり、彼が在学していた時の風景であった。

 

「お前達、もうすぐ吹奏楽コンクールの時期だぞ!」

 

直人「すみません先生、3()()()()()職員室に呼ばれていました!」

 

先生「・・・そうか、それは仕方ないな。早く準備しろ!」

 

直人「はいっ!」

 

提督「―――そんな事もあったな、そう言えば。」

 

中学時代、彼は吹奏楽部でトランペットをやっていた。好きが高じての事であり、将来はトランぺッターを目指す、当時はまだ純真な少年であった。

 

ヒデ「ナオ、ありがとな。」ヒソヒソ

 

直人「いいって。パパっと準備しちゃおうぜ。」

 

提督「・・・懐かしいな、学生時代。結局、高校には行けなかったが。」

 

 彼の学歴は中学までである。なぜなら、中学の卒業式の翌日が、2046年3月19日、新宮大空襲の日だったからである。

彼は前期選抜の時点で、市内の市立新宮高校に入学が内定していたが、空襲によって、物理的に高校が消滅してしまっては埒も開かぬ事だったのは間違いない。

その空襲によって、同級生は半数近く亡くなり、残った面々も、軍に志願するか、地元に残るか、難民として去るかの何れかを選択する事になっていたのである。

 彼が「ヒデ」と呼んでいた親友は奇跡的に助かったが、彼らが死に物狂いで探し続けた佐々木 瑞希は、遂に行方不明のまま、死亡と認定されたのである。

 

提督「もし、あの頃に戻れたなら・・・。」

 

だがそれは、叶わぬ願いであった。

 

 

 マレー時間の11月18日3時27分にペナン秘密補給港へ到着した鈴谷であったが、直人を始めまだ半数の人員が未だに眠りの底から解放されていなかった。

先に述べた雷や白雪を初め、消耗の少なかった者から起床し始めてはいたが、半ば以上病院船のような様相を呈していた感は否めない。

 そんな間にもペナンで燃料などの補給を済ませた鈴谷は、マレー時間午前7時丁度に予定通り出港してしまう始末であった。

 

提督「―――ん・・・んん・・・?」

 

直人がその眠りの底から帰還を果たしたのは、出港後1時間を経た、午前8時06分の事であった。

 

提督「・・・あれからどのくらい―――」

 

ぐぅぅぅぅぅっ――

 

提督「・・・。」(誰もおらんくて良かった。)

 

 時計を見て24時間以上寝ていた事を確認した直人だったが、特に動ずるでもなく、それよりも空腹が先に立った為に艦長室を出るのである。

 

 

 8時42分、朝食を摂った直人が食堂を出た時、彼に声を掛ける者があった。無論鈴谷の艦内であるからその相手とはほぼ艦娘なのであるが。

 

8時42分 重巡鈴谷中甲板・中央通路/食堂前

 

「あの、司令!」

 

提督「ん? あぁ、萩風か。」

 

萩風「その・・・」

 

声を掛けてきたのは萩風であった。彼女は艦隊の中でも怪我は殆ど負っておらず、夜明け前にも起きていた。

 

萩風「これを、お返ししようかと思いまして。」

 

そう言って萩風が差し出したのは、直人があの時萩風に手渡した、9×19mmパラベラム弾であった。

 

提督「ん、あぁ。成程ね。ありがと。」

 

直人はそれだけ言って、萩風から銃弾を受け取る。

 

萩風「その・・・司令。」

 

提督「ん、どうした?」

 

萩風「萩風は・・・お役に立てましたか?」

 

提督「・・・。」

 

萩風の不安は、彼にとっても分からない事ではなかった。彼にも似たような経験があるからだ。だが、彼は決して萩風が役に立たなかったなどとは思いもしなかった。

 

提督「あぁ、役に立ったとも。胸を張っていいぞ。」

 

萩風「司令・・・!」

 

提督「これからも、期待しているよ、萩風。」

 

萩風「―――はいっ! 失礼します!」

 

提督「うん。」

 

直人はにこやかに萩風を見送ると、前檣楼のエレベーターに向かうのだった。

 

 

8時46分 重巡鈴谷前檣楼基部・艦長室前

 

提督「大淀、揃ってるか?」

 

大淀「はい。でも、良かったのですか?」

 

提督「何か?」

 

大淀「いえ、雷さんや暁さんを呼んだのは、何か理由があるのですか?」

 

提督「自分の姉妹が起こした事だ。知る権利が、やはりあるだろう。当事者でもあることだし。」

 

大淀「はぁ・・・。」

 

提督「揃っているならいい、始めるぞ。」

 

大淀「分かりました。」

 

 そう言って彼は自分の部屋のノブに手をかけ、一思いに回して扉を開けた。大淀がその後ろに付き、いつも通りの身のこなしで彼に部屋に滑り込んだ。大淀の役割は、部屋からの退室者を監視する事にあった。

 そして艦長室には、暁と雷の、決して穏和とは言えない視線にさらされながら、手錠を掛けられ、包帯やガーゼをあちこちに付けた響が、普段彼が艦長室で用いている丸机の椅子に座っていた。

響は大破し大怪我を負ったものの、その傷は尽く浅く、また迅速な措置もあって早くも傷は快方に向かっていたのである。この為大破艦の中では唯一、夜間以外医務室に収容されておらず、自由に動けるのである。

 

 その響は、視線を落とし、硬い表情で黙って座っていた。それは彼が対面の椅子に座っても変わらなかった。

部屋の張りつめた空気に、直人が入室しても、四脚ある椅子の2つを占めてベッドの横に並んで座っていた2人は、声を発しなかった。

 

響「・・・。」

 

提督「―――我が事成らず、と言いたいんだろう。お前は一人で抱えすぎるからな、咄嗟に体が動いたのも分かる。」

 

響「・・・。」

 

視線を落したまま、響はじっと聞いていた。

 

提督「だが、結果は結果だ。お前は軍規を乱し、指揮系統と作戦行動に混乱を引き起こした。今のお前は、霞や那智よりもよっぽど問題児だよ。」

 

響「・・・どうしても、夢に見るんだ。姉や、妹達を、失ってしまった時の事を。何度も何度も、目の前で、僚艦が―――姉妹達が傷ついていく。それを目の当たりにする度に・・・あの時の事が、脳裏に()ぎるんだ。―――また、姉妹達を失うかもしれないと、それで気づいたら・・・。」

 

提督「・・・。」

 

響「―――どうしたらいいんだろうね。」

 

提督「―――乗り越えられない悪夢なんてない。例えそれが綺麗事だったとしても、乗り越える事で、初めて人は、精神的に大きくなっていくんだ。過去は清算する事ではなく、礎にする事で初めて意味を為す。だが、響に限らず、駆逐艦の子達には、精神的にも幼い者が少なくはない。すぐにそうしろと言うのは無理だろう。」

 

響「私はまだ戦える! 戦わなければ、姉妹を守る事は―――」

 

顔を上げて目を見張って必死に訴えかけようとする響、だが―――

 

暁「勝手な事言うんじゃないわよ!」

 

提督「―――!」

 

響「・・・暁。」

 

暁「私達は、あの日の私達じゃないわ! 私達は提督を支え、皆と支え合って戦う事が使命なのよ! 一人じゃ何も出来ないからそうするの! 私だって、響にも、雷や電にも、皆にも、提督にだって、ずっと支えて貰ってる。響は、私の事を置いて行っちゃうの!?」

 

響「―――!」

 

それは、暁にとって、魂の叫び声にも等しい訴えだった。

 

提督「今のお前は、()()して戦列には加えられない。俺には暁や雷、電も大事だし、お前の事も、それと同じくらい大事だと思っている。それをむざむざ、喪いたくない。」

 

響「・・・。」

 

彼にとっては、響が姉妹を想うのと同じように、響や、皆の事を想っているのだ。彼の言葉は静かだったが、その心に重く、意味を持つものであった。

 

提督「皐月や文月らが戦場に今回出た事も、ひとえに彼女らを信頼しての事だ。我が艦隊は今、未熟な者や()()()()()()()を戦場に出さなければならないほど、逼迫してはいない。以前は厳重注意に留めたが、今回は二度目だ。軍規を守る為にもそういう訳にはいかん。」

 

響「っ・・・。」

 

 彼は、艦隊に精神的に幼い者が多い以上、十分に信頼が出来、且つ一定の力量を持たない者は前線には出さない方針を、今日まで可能な限り護持している。

それは着任間もない艦娘が即実戦となった例がそれ程多くない事と、信頼と言う面では特別任務群を任用している面で証明が出来るだろう。

 そう言う意味で、今回の出来事で、響は彼からの信頼に反して、少なからずその信頼を損なってしまったのである。

 

提督「―――処分を言い渡す。第六駆逐隊所属、駆逐艦響。艦娘艦隊基本法の定めるところにより、4か月間の予備役編入とする。一度、心身両面の療養に努めるように。以上だ。」

 

響「―――了解。」

 

彼の処罰は、法に則った重い処分であった。響も後ろめたさが今回はあり、その処分を彼女は従容(しょうよう)として受け入れたのだった。

 

 

「・・・異例の処罰ね、全く。」

響が大淀に連れられて艦長室を後にした後、雷はそう言った。

「ここまでの処罰は今まで下したことないんじゃないの?」

 

「そうだな。」

直人がそう返事をすると、暁が直人に

「司令官、その・・・」

と言いかけると、直人はそれを鋭く察してこう返した。

「減刑なら受け入れられないぞ、暁。」

 

暁「でも4か月は長過ぎよ! すぐに前線に出られないじゃない!」

 

提督「心得違いをするんじゃないぞ暁。別にお前達や響がどう思っているかはこの場合問題じゃない。前と事情が異なるとしても、結果として響は、二度までもしてはならない事をしたんだ。

悪い事をしたら、ちゃんと罰しなければならない。俺の言う事が分かるな? 暁。」

 

暁「でも・・・。」

 

提督「―――俺も好きで、こんな事をする訳じゃない。」

 

暁「―――バカ響。なんでまたあんなこと・・・」

 

提督「お前達を、想っての事だろうと言う事は間違いないんだがなぁ―――やれやれ、困ったものだ。」

 

 そう首を振りながら言って、彼は艦長室を後にするのだった。

横鎮近衛艦隊は、艦娘艦隊の中では確かに規律がかなり緩い艦隊であり、相当な部分までが艦娘の裁量に委ねられていた。だが軍事組織に於いて一種の特権的な自由は、組織としての基本原則を忠実に守る事によってこそ保証されるものなのである。

それが履行出来ない者にその特権が保証されなかったとしても、それは与えられた特権相応の責任を担うと思えば当然なのであって、悪徳は罰せられなければならないし、逸脱する事もまた、許される道理はない。

 彼の処分は、そうした原理原則に則った公正なものであった事は誰の目にも明らかであり、その点については一点も疑いの余地はなかった。しかしながら、下す側も、それを見守った側からも、納得しきっていたかと言われればそうではないのが本当の所であった。

その点、下された側が唯一納得しきっていたのは事実であった。

 

 

その後羅針艦橋に戻った彼は、久々の感覚に心を踊らせていた。

 

10時32分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「いやー、久々の艦橋だぁ~!」

 

明石「嬉しそうですねぇ・・・。」

 

提督「そりゃぁもう、自分の家に帰ってきたようなものだもの。」

 

明石「あぁ、成程・・・。」

 

副長「―――――!(いつも通りな感じになりましたね!)」

 

提督「いやー全く・・・ん?」

 

副長と言葉を交わした直人は、ふと副長の頭に見慣れない髪飾りが付いているのを見た。白い髪色なのは前からだが。

 

提督「・・・明石よ。」

 

明石「はい?」

 

提督「副長妖精って髪飾り付けてたっけ・・・?」

 

明石「そう言えば、数日前からこんな感じですけど・・・。」

 

提督「あ、俺が留守の間?」

 

明石「ですね。」

 

副長「~♪」

 

提督「?」

 

副長「――、――!(艦長、見てて下さい!)」

 

提督「お、おう?」

 

副長妖精がそう言うので見ていると、副長の体が光に包まれ、光の中で一人の少女の像を象り始める。

 

提督「―――!」

 

 突然の事に驚く直人。光が消え、副長妖精がいた所には、副長の姿は何処にもなく、一人の少女がそこに立っていた。

 

 

「この姿を見せるのは初めてですね。」

 

提督「え・・・え? 副長?」

 

「はい、副長です!」

 

明石「妖精さんが、人の姿に・・・!?」

 

明石も驚いたように言った。その横で直人は怪訝な顔をして考えていた。

 

提督「・・・どこかで見た様な気がする。」

 

明石「本当ですか?」

 

提督「・・・あっ、思い出した! 昔流行ったキャラクターだ! 今でも結構人気あるけど。」

 

明石「えぇっ!?」

 

副長「はい! 艦長の記憶の中にいた、この子になれる様になりました!」

 

提督「―――紲星あかり・・・!」

 

 グレーのワンピ、黒いジャケット、特徴的なオレンジのインナーに黒いブーツ、特徴的な髪飾り、長い白髪を左右に三つ編みにしているなど数々の特徴が、直人の中で一つの像と結びついた。

 

提督「え、でもなんで紲星あかり? てかその能力はいつから??」

 

副長「んー、気づけば出来る様になってました!」ニコニコ

 

提督(わー、いい笑顔。)

 

説明にまるでなっていない答えを聞いて思わずそう思ってしまった直人である。

 

副長「この姿なのは、私的な理由はないです。艦長がお気に入りみたいだったので・・・。」

 

提督「えっ。えぇ・・・?」

 

副長「妖精と言うものは、本来霊的な存在です。千年の昔から、霊能を使える人達は、その妖精とか精霊とかと、霊的に繋がる事でその能力を使ってきたんです。本来視認出来るだけでも凄い事ですけど、使役出来ると言うのは、時としてこう言う事も起こるんです。」

 

提督「でも俺に霊能力は・・・あっ。」

 

副長「そうです、艤装やこの船を使う事も、霊能の一種です!」

 

提督「関係ないと思ってた・・・。」

 

明石「そうだったんですね・・・。」

 

副長「これからは“あかり”と呼んで頂いても大丈夫です!」

 

提督「お、おう・・・分かった。」

 

 こうして、副長妖精は人の姿に変身する事が出来る様になったのであった。後になって明石はこの現象に対しての推測として「それ(変身)が可能になった要因に、副長妖精自身が経験を積み、霊的な格が上がった事に理由があるのではないか」という説を提唱している。

 

 

 その後、重巡鈴谷は特にアクシデントもなく、サイパン時間11月25日9時04分にサイパンに帰着した。

横鎮近衛艦隊は直ちに本格的な修理やメンテナンスに取り掛かるとともに、平時への体制移行を行った。鈴谷はオーバーホールの為に一旦ドック入りする事になり、全艦隊に一時金が下賜され、休暇が許可された。

大型艦である鈴谷のオーバーホールを妖精達に任せ、明石も休暇を取る事にし、直人も2日間の休暇を申請、その他にも休暇を許可された艦娘からの申請が続出し、結局全艦隊が休みを取る事になった。

周辺警戒は航空隊が一手に引き受ける事になり、艦娘艦隊の訓練も全て休みとなった。それだけ、今回の作戦行動が艦娘達を消耗させたと言う事であっただろう。

 

 彼にとっても予想だにしない作戦案(アイデア)を基に作成された白鯨退治は、こうして終わった。彼らにとって大取物であったが、それ以上に重要だったのは、コロンボを僅か1個艦隊の戦力で陥落させてしまった事だろう。

艦娘艦隊はこれを大きな転換として捉え、新たな作戦行動を計画するだろう。インド洋の宝石が解放された事で、欧州との連絡も容易になる事は間違いなく、欧州の艦隊は以前より容易に地中海と連絡する事が可能になる事は疑いなかった。

だがそれは同時に、海上輸送路の拡大を意味しており、なし崩し的に、艦娘艦隊は増強しなくてはならないであろう。

 

 一方で、主作戦であった海上輸送作戦は成功し、所定物資の8割以上を輸送する事に成功した。サンタイザベル島への輸送作戦や、それに連動した各基地の増強輸送など、予定された作戦行動は全てが完了したと言って良い十全な成果を得ていたのである。

だが期待された陽動の効果は想定された程度までは出ず、相当な戦力が作戦直前に割かれた事は確かだったが、その分艦隊への打撃は大きくなったことが、輸送量の低下に結びついていた。

 

 兎も角にも、人類はその生存領域を再び奪還した。横鎮近衛艦隊の働きはあらゆる艦娘艦隊を凌駕していたが、それでも尚、人類生存域の3割が、その安寧を得たに過ぎないのである。

そしてその横鎮近衛艦隊も、再びのアクシデントとその処罰により、戦力が僅かに低下、士気もそれにより落ちる事は避けようがなかった。提督である紀伊直人もその対応を行わなければならない事は確かであったが、ひとまずは一時に休暇を楽しみたい所であった。




艦娘ファイルNo.108a

翔鶴型航空母艦 翔鶴極改二

装備1(搭載数47):零式艦戦五二型(岩井隊)
装備2(搭載数33):彗星一一型(高橋隊)
装備3(搭載数22):天山一二型(村田隊)
装備4(搭載数19):彩雲

 機関部などを除きほぼ全損した翔鶴の艤装を修復するにあたり、金剛極改三と同じ技術を用いて改修を施した仕様。アングルドデッキにカタパルトの装備、エンクローズドバウへの艦首の変化は、海自軍の大型空母「しょうかく」の姿であるが、艦橋は改大鳳型のそれであるし、武装については下記のように、50年代の装備が施されている。
25mm機銃は全てMk.33/34艦載砲システムへ換装され、高角砲は長10㎝砲の完全自動化モデルに変貌し単装砲に変更、対空火力を大幅に向上させているが、これはエセックス級などの戦後の姿を、現代の装備を作れない妖精さん達が辻褄を合わせる為に別の時空から引っ張ってきたものである。
 このように殆ど仕様を改めた翔鶴は、横鎮近衛艦隊の航空母艦でも極めて強力な打撃戦能力を有する存在として、今後活躍する事になる。


艦娘ファイルNo.150

伊四〇〇型(潜特型)潜水艦 伊四〇一

装備なし

明石の提案で行った大型建造の結果建造された新型潜水艦。
戦略運用を目的に作られたとも言われるだけに大航続距離を誇るが、現状は用途未定のまま、第一潜水艦隊に配備されている。特に特異点もない。


艦娘ファイルNo.151

阿賀野型軽巡洋艦 能代

装備1:15.2cm連装砲
装備2:8cm高角砲

明石の提案で行われた大型艦建造で建造された阿賀野型軽巡洋艦。
建造後すぐに第二艦隊第二水雷戦隊に配備され、編成間もなかった第二艦隊の体制作りと訓練に従事している。


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第4部3章~暗躍~

随分と執筆が長引きまして、どうも天の声で御座います。

青葉「随分催促されましたね。あ、どうも恐縮です、青葉です!」

なんやかんやあって、提督業引退しました!(2020年1月初頭あたりのお話です。)

青葉「そこ説明しないんです?」

する必要はないでしょう、Twitterでやりましたし、ここでは事実だけ。

青葉「もうお戻りには・・・?」

今のところないです。それでなくとも忙しいので。

青葉「そうですか・・・。」

 まぁ随分と前から見切りはつけていたので、悔いはもうないですとだけ。ただだからと言ってこちらは止めません。しっかりと書き続けますので、今後も宜しくお願いします。

青葉「方針変更で目に見える形での動きは殆どありませんが、ご了承下さいとのことです!」

と言う事で本編早速行きましょう。今回は久々の暗部のお話、少しずつ進行していたある因縁に、ある意味で決着がつくお話です。

青葉「ではどうぞ!」

久々なのだから言わせろォ!!(涙)


1

 

―――2054年12月初頭、史上例を見ない新機軸による作戦を成功裏に終えて、傷つきながらもサイパンへと帰投した横鎮近衛艦隊は、提督である直人と金剛を除く当人達は、当初短いと思っていた休息の時を送っていた。その傾向はインド洋西部からの進撃を担当した面々で特に顕著であり、直人もその一人であった。が、ほんの少しで終わると思っていた休暇は、実際には既に1週間をとうに過ぎていたのである。それもその筈、それらの艦娘達の予想を裏切り休暇は2週間もあったのだ。

この様な情勢を作り出した原因はと言うと、単に提督である直人自身が、休暇の期限を通知していなかったからであった。そこには、日付を気にせずのびのび休んで欲しいと言う思いがあったのだが、そんな思惑を他所に、その思惑通りに、艦娘達は休暇を楽しんでいるようである。

 

 

12月5日(土)11時02分 サイパン島司令部の裏山の一角にて

 

提督「~♪」

 

 司令部の裏手は敷地との高低差が大きく、ちょっとした山の様にも艦娘達からは見られている。その所謂「裏山」の中にはいくつかの広場と遊歩道が整備されており、軽く公園のようになっていて、時折艦娘達の散策する姿が散見される場所である。

その広場の一つで、直人はベンチに寝転がって読書に耽っていた。彼にとっても纏まった休みは久々で、ゆっくりと時間を気にしなくてもいい読書の時間を過ごせるとあってウキウキであった。完全にオフと言う事もあり、非常時に備えて身に付けているスロートマイク型のインカムも静かなものである。

 

矢矧「・・・まぁ、私達が言える事じゃないわね。」

 

北上「流石に休みたいよね、提督も。」

 

矢矧「そうねぇ―――はぁ、私達の提督が、日向で読書をこんな時間からしてるなんて、軍令部が知ったらどう思うかしらね・・・。」

 

 こういった時の艦隊運用は金剛の仕事なのだが、金剛も休養中、幕僚の榛名も当然休養中の為、大淀と瑞鶴、それに香取が立候補して、艦隊全体の運営を代行すると言った有様であった。少し離れた所を通りがかった2人も、口ではそう言いながら休養中の身である。尤も、直人の休みを邪魔しても悪い為、足早にその場を去ったのだが。

 

「―――もう、昼間からこんな所で読書だなんて、いい御身分ね。」

 

提督「働き詰めでも体を壊すからな、難しい匙加減だ。」

 

直人がそう言ってやり返した相手は瑞鶴であった。

 

瑞鶴「えぇそうね。大淀さんから様子を見てくる様に言われて来たけど、やっぱり読書してたわね。」

 

提督「ははは・・・。」

 

瑞鶴「もうすぐ御昼ご飯よ。そろそろ戻ってきなさいな。」

 

提督「ん・・・あ、ホントだ。」

 

腕時計に視線を向けてそう言うと、直人は読んでいた本にしおりを挟んで畳み、ベンチから起き上がる。

 

提督「・・・え、そんだけ?」

 

瑞鶴「大淀さんからはそれだけよ。提督さんってば、呼びに行かないと全然来ないからって。」

 

提督「やれやれ・・・。」

 

 なまじ今まで確かにそう言った傾向はあっただけに、何も言い返せず肩を竦めた直人であった。彼は瑞鶴を従えると、持ってきた本を小脇に抱えて、ゆったりした足取りで広場を後にするのであった。

 この年12月初頭の横鎮近衛艦隊は、第一艦隊と一水打群、更に両部隊以外から「白鯨」捜索に参加した艦娘達が全員休養中の為、サイパン司令部の至る所で、余暇を満喫する艦娘達の姿を拝む事が出来たという。一部は本国に休暇旅行に出ており、司令部を不在にしていた。この間、艦隊運営は第三艦隊を軸に、第六艦隊と編成途上の第二艦隊の合計3個艦隊だけで行わなくてはならなかった為に、一時的に戦力は低下していた。

ただこの頃になってくると、状況の推移変化と共に艦娘達の母数が増えている上、力量も初期の頃とは比べ物にならないほど向上していた為、懸念材料があるとすれば、母艦航空隊の機材の補充と、補充搭乗員の訓練位のものであった。それさえも、基地航空隊がその穴を埋める事でカバーされていたのだが。

 

 昼頃に大食堂にやってきた直人は、昼食を摂る為カウンターに向かった。土曜日と言えば食堂の調理担当は金剛だが、金剛は休養中かつ今は本土に行ってしまっている為、この日の朝から別の艦娘がヘルプで入っていた。

 

天城「はい、どうぞ。」

 

提督「ありがとう天城。」

 

天城「いえいえ、簡単なものしか作れなくて申し訳ないのですけれど。」

 

 天城はそう苦笑しながら言ったが、他の艦娘達と遜色ない程度の料理の技能がある事は盆に乗っているものを見れば見て取れたから、天城の言葉はただの謙遜であっただろう。

 

提督「いや、それでもヘルプで入って貰えて助かるよ。」

 

天城「お役に立てて、天城、嬉しいです。」

 

提督「慣れないだろうし余り無理するなよ、それではな。」

 

天城「はいっ!」

 

彼はそう言ってカウンターを離れ、適当なところに陣取った。するとそこへ瑞鶴がやってきて言う。

「隣いい?」

 

提督「いいよー。」

 

 完全にオフのノリで言う直人だが、瑞鶴はそんな事お構いなしに隣に座った。司令部での瑞鶴は基本的に胸当ては着けておらず、服装も上衣だけ弓道着の白筒袖ではなく、白の第2種軍服を纏っているが下は艦娘としての制服である赤のスカートである。腰から上だけを見れば、海上自衛軍にも居そうな風采ではあった。

因みに下だけスカートの理由は「その方が慣れているから」であり、翔鶴は下も軍服を着用している。基本的にセーラーなどの普段でも着られるスタイルが制服の艦娘は、そのまま司令部でもそれを着用している事が多く、その点では翔鶴型も例に漏れない筈なのだが、何故かここの翔鶴型姉妹は、制服を司令部で使いまわしていないのである。(無論第1・2種軍服も彼女達の正装であり、その点は自由であるのだが。)

 

瑞鶴「はぁ~。ホント大変ね。」

 

提督「瑞鶴もすまんな、秘書艦代行業務なんて。」

 

瑞鶴「今更水臭いわよ。どーんと頼りなさいな。」

 

提督「うん、ありがとう。」

 

「どういたしまして。それにしても、天城も料理出来たのねぇ。」

そう感心したように瑞鶴が言うと、直人も答えた。

 

提督「確かに。一応自炊奨励してはいるけど、皆忙しいから手を付けないのが実情だからね。」

 

瑞鶴「ま、それが本来の仕事でもあるしね。」

 

提督「あ、そうだ。航空隊の再建の方は?」

 

瑞鶴「流石に全然ダメ。機材が揃わないもの。」

 

提督「そうか・・・。」

 

瑞鶴「そうよ~、何処かの誰かさんがどうしてもって言うから。」

 

提督「ハハハ・・・確かに。」

 

直人が苦笑しながら言うと、瑞鶴が言う。

 

瑞鶴「いいの。搭乗員の犠牲者は損失機数に比べたら少ないし、それに―――」

 

提督「・・・?」

 

瑞鶴「―――提督さんが帰って来てくれるのが、一番嬉しいもの。」

 

「―――。」

直人が驚いたように瑞鶴の顔を見ると、瑞鶴は耳を真っ赤にしながら慌てて言った。

「・・・い、今の、ナシ!」///

あからさまに照れて発言を取り消そうとする瑞鶴を見た彼は思わず吹き出してしまった。

瑞鶴「な、なによ!?」

 

提督「いや、瑞鶴は俺の事、ちゃんと心配してくれてるんだなぁって、思ってね。」

 

瑞鶴「そ、そんなの、当たり前じゃない。提督さんが居なかったら、誰が艦隊を指揮するのよ。」

照れ隠しにそんな事を言う瑞鶴に、直人はちょっと意地悪な事を言ってみる事にした。

「金剛でも瑞鶴でも。俺でなくても艦隊はやってけるだろ?」

 

瑞鶴「それは!」

 

提督「そう思って、俺に反発する奴もいるからさ・・・。」

 

瑞鶴「―――!」

 

 直人の言葉には明らかに、彼に対して謀反気を強く持つ艦娘達の事が暗示されていた。那智や大井、霞と言った艦娘達である。相変わらず彼のやり方に不満を持つ彼女らの存在は、直人にとって頭を悩ます事この上なかった。

しかし彼は彼で自説を曲げるつもりは毛頭なく、これによって全面対決の構図になっていると言うのが実情で、艦隊の団結が危ぶまれる事態となっていた。

 

「全く・・・難儀なもんさ、貧乏くじとしか言いようがない。」

と言う直人の愚痴にも似た嘆きに、瑞鶴は慰めの声をかけた。

「でも、提督さんはめげずに頑張ってるじゃない。」

 

提督「当たり前さね、俺がめげたら誰が軍令部の無茶振りを聞くんだ。俺は結局、めげてる場合じゃないって事でもある。」

 

瑞鶴「・・・ホント、貧乏くじよねー。」

 

提督「あぁ、全くだ。」

 

 そう言ってお互いに苦笑しながら彼は食事を口に運ぶ。彼をして思わしめている事でもあるが、この世はままならぬものだと言うのが実際の心情だった。彼の高潔な理想も、残念ながら万人に受け入れられる訳では無いのだ。

事実として那智や霞のように反発が根強くある事がその証明でもあり、近代国民国家と言う体制そのものが孕む、水面下にある潜在的な反発と言う後日の禍根の種が、一見強固な絆で団結した様に見えるこの艦隊にも存在すると言う事でもあった。

 この提督への反発に根差す不満の種が根を張り続ける限り、何れ後日に災いを齎しかねない。はっきりと断じてしまうならば、組織内における不協和音は、時として致命的な結果を組織に齎しかねないのである。彼はそのことを承知していたが、その根幹の原因となるものが、彼が、若しくは彼女らが固く信じてやまない主義信条の話とあっては尚の事解決は困難であったし、これが命令違反や、ひいては提督自身への危害に及ぶ危険もある事を考えれば、これは由々しき事態と言えるだろう。

無論戦場ではある程度言う事を聞くだろう。幸か不幸か提督 紀伊 直人はどの艦娘より強大な力を持っているからだ。しかしそれが、彼の代弁者である金剛や瑞鶴と言った指揮官格の艦娘であったら、果たして統制しきれるだろうか。

 

 更に言えば、生身の彼に「艦娘を殺せない」事は以前述べた通りである。故にこう言った平時の、しかも静養中の時期こそ一番危険なのである。なぜなら彼は武装していないのだ。

いかに人間離れした実力を誇る彼でも、素手で艦娘と渡り合うのは余りにも分が悪い。第一膂力(りょりょく)に差があり過ぎるからである。これは如何に重量があっても遠心力と言う観点で劣る錨で刀の直人と対等に渡り合う電がいい例だろう。

しかも艦娘達に彼の魔術の事は殆ど知られていない(現状時雨を除いて何かの手品か艤装の能力だと思われている)し、知られてはならないから、事実上素手で立ち向かう事を余儀なくされかねないのである。

 当然この点は彼も考えていて、念の為川内を遠巻きにだが護衛に付けている。川内個人の能力としてもそうした隠密行動には適しているし、その対人戦闘能力は艦隊内で並ぶ者が無い。

当初はそれさえ断ろうとしたのだが、大淀や金剛と言った艦娘達に強面で詰め寄られては流石に言い返せなかった彼でもあった・・・。

 

 

2

 

その後、自室に戻った彼は特にやる事もなく、自分の刀である極光と希光の手入れをしていた。刃物の手入れは何時如何なる時も欠かしてはならない、これは刀を扱う者としては当然の心持であった。

 

提督「―――。」

 

無言で作業をする彼の部屋にノックの音が響き渡ったのは、丁度極光の手入れを終えて、鞘に戻した時であった。

 

提督「入れ。」

 

大淀「失礼します。」

 

ノックの主を私室に迎え入れた直人は、その後ろにもう一人付いているのに気付いた。

 

提督「・・・珍しいな大淀、龍田を連れてくるとは。」

 

彼は茶化すように言ったが、返答は沈黙で以て返された。これに直人も何かを悟る。

「―――話を聞こう。」

直人がそう言うと大淀は眼鏡のズレを直してこう告げた。

「先程龍田さんが本土より戻りました。それに前後する形で、横須賀鎮守府より指示が来ています。」

そう言って大淀は1枚の紙片を直人に手渡す。

 

提督「指示だって? 俺は休暇中だ、何だって俺に?」

 

そう言って彼はその紙に目を通す。命令書では無く解読文であった文章は、この様な内容だったと言う。

 

“横鎮防備艦隊司令官 石川 好弘少将に面会したき議有り、艦娘数名を選抜し大至急来庁あられたし。詳細は貴艦隊所属「CLT」に聞け 横須賀鎮守府司令長官 土方(ひじかた) 龍二(りゅうじ)海将”

 

提督「・・・正式な文章ですらないとは、あの人らしくもない。余程急いでいるようだが“CLT”とは?」

 

大淀「私もそれは考えました。ですが恐らく、“CLT”の“CL”は『軽巡』、“T”は『龍田』さんの頭文字ではないかと。」

 

龍田「正解ね~。」

 

提督「・・・嬉しくない正解だな。」

 

龍田「あら、どうして?」

 

提督「お前が絡むと碌な事が無い。」

 

そういう彼の声のトーンは本音を言う時の低いトーンであった。だが龍田は動じる風もなく「あらあら」と言っただけである。だが会話をしながら彼は仕事モードに切り替えていた。

 

提督「はぁ・・・で、何か分かったのか。」

 

龍田「独立監査隊―――覚えてるわね。」

 

提督「忘れる訳なかろ。」

 

 独立監査隊―――かつて権勢を誇った『幹部会』によって編成された、近衛艦隊を監視する為の組織・・・とされていたものである。組織自体は密かに生き延び、暗躍していると言う情報を直人も以前掴んでいた。

 

龍田「その目的、朧気(おぼろげ)ながら分かったわよ。」

 

提督「何?」

 

龍田「独立監査隊筋の内通者からの情報だから、話半分で聞いて頂戴。」

 

提督「・・・分かった。」

 

直人が頷いたのを見ると、龍田は話し始める。それは2週間ほど前の事である。

 

 

・・・

 

 

龍田「―――貴方も好きものよね。バレたら首が飛ぶわよ?」

 

「だが、奴らのやっている事には賛同出来ない。例え、深海棲艦を打倒する為でも、やっていい事と悪い事がある。」

 

 ある喫茶店で会合した二人は、声を押し殺して話し合っていた。内通者にとっては命がけの行動であるに違いないが、仮にも秘密組織で働く者として、偽装工作は徹底されているらしく、龍田の目にも追跡者らしきものは見当たらなかった。

 

龍田「同感ね。で? 今日は私にどんな耳寄りな話を教えてくれるのかしらぁ?」

 

「ある同僚が良心の呵責に耐えかねて話した事だ。俺も監査隊はきな臭いと思ってはいたが、これで確信した。」

 

龍田「ふぅん? 気になるわね。」

 

「実は―――」

 

内通者の話し始めた内容は、龍田の背筋を凍らせるのにすら十分過ぎるものであった。一通り話を聞き終えた龍田は、絞り出すようにこう言った。

 

龍田「―――冗談だと願いたい話ね。」

 

「俺もそう願いたい。だが、それを俺に伝えてくれた奴は―――」

 

龍田「・・・消されたのね?」

 

「あぁ・・・脱柵を試みてな。きっと、精神的にも耐えられなくなったのだろうと思う。」

 

龍田「そう・・・お気の毒にね―――」

 

 

・・・

 

 

その話を黙って聞いていた直人だったが、その話の核心を聞くや愕然とする。それこそが、この情報で最も重要な部分であったからである。

 

提督「―――負の因子の、「人間への固着実験」・・・!?」

 

龍田「そうよ。」

 

提督「そんな・・・そんな事が出来る筈がない。そんなことをすれば人間は―――」

 

龍田「“知性を蒸発させた獣”に成り下がる。しかもこの負の因子と言うのは、深海棲艦由来よ。」

 

提督「・・・。」

 

 それは、彼にとって想像するだに恐ろしい事であるに違いなかった。直人も一応、霊力を曲がりなりにも扱ってきた者として、それなりの見識はある。彼は黙りこくって、それが齎すであろう“惨劇”を想起しない訳には行かなかった。

深海棲艦由来―――と言う事は、恐らくは深海棲艦に埋め込まれた、生物を兵器に変容させてしまう「核」とされるものを埋め込んだのだろう。

この「核」とされるものは最近論文として発表されたばかりの、深海棲艦の生態に関する論文の中に記述されたものだが、動物実験では()()を埋め込んだ(―――より正確に言えば“飲み込ませた”)場合、「核」は被検体の体内に定着し、その後明らかに悶え苦しみながら身体が「変容」して行き、深海棲艦に成り果てるのだと言う。

動物実験では被検体は尽く死亡し、完全な深海棲艦は生成出来なかったらしいのだが、性格の凶暴化や身体能力の向上などが見られ、明らかにそれまでとは別物のような状態だったとされている。

論文自体は青葉の持つルートから入手して直人自身も目を通したので内容は知っているのだが―――

 

―――しかし、その動物実験を「人間で」行っているとすれば・・・どうだろうか?

そんな事をすれば、ただでさえ脆弱な人間の体は、「核」から溢れ出る負の衝動と、生きたまま兵器に体を作り変えられていく、その想像を絶する苦痛によって物心共に崩壊するに違いない。

そうなれば、良くてもただ破壊をまき散らすだけの獣―――ヒトでも深海棲艦でもない何者か―――に成り下がる運命しかない。概ねは命を落とす事だろう。

 

大淀「・・・だ、大丈夫ですか?」

 

 気付けば彼の体は震えていた。普通ならそんな光景、想像するだけでも(おぞ)ましい。彼がそう思ったとしても無理からぬ事であろう。それは余りに凄惨な現場である。

その命が尽きるまで「核」の力で体細胞が置き換えられていき、それに伴って体中から血液が溢れ出す事だろう。だが「核」によって無限大に作り出される血液と、「核」による身体の再構築によって死ぬ事すら許されず、その浸食が脳に至り、神経的な死―――脳死を迎えるまで地獄は終わらない。

後に残るのは、「かつて人間だったもの」の「死骸」であるに違いない。原形すら留めず、あちこちが硬質化し、元の形すら分からなくなったそれは、役割を果たす事無く宿主と共に死んだ「核」の、弱すぎた宿主に対する最も残酷な形の抗議であるだろう。

深海棲艦であるならば、「核」と何らかの生物データをベースに培養されるのだから苦痛はないだろう。上位種の深海棲艦がヒトの形をとっているのも事実だが、しかし人間は()()()()無いのだ―――。

 

龍田「・・・その様子だと、どんなに恐ろしいかは説明しなくて良さそうねぇ。」

 

提督「―――証拠は?」

 

龍田「ん―――?」

 

提督「龍田の事だ、これだけの大事を、証拠もなしに俺に報告はするまい。」

 

龍田「あら、私も買い被られたものねぇ。」

 

提督「―――茶化してるんじゃないぞ。龍田。」

 

龍田「―――!」

 

龍田の目をじっと見据えた彼の双眸は真剣そのものであった。尤も、そういう時の彼の目には威圧感もあったが、直人の言葉をあしらおうとした龍田はその発言を取り消して言った。

「・・・勿論、あるわよ。そしてそれがきっと、横鎮からの御呼び出しの理由ね~。」

 

提督「うん? なんでそれが関係あるんだ?」

 

龍田「その内通者からは、施設の場所も聞かされてたの。それでその情報を聞いてすぐに土方海将の所に行ったのよね。」

 

提督「・・・成程、証拠を掴むのであれば、公的機関の方がやりやすい。少なくとも、一人でやるよりは。しかも鎮守府は提督たちの不正に対する監査も同時にやっているから、捜査能力も意外と無下には出来ない。」

 

龍田「そう言う事。偽装工作も警戒して一寸(ちょっと)長めの間、艦娘を使って負の因子の探知をしたり、張り込みをして施設への物や人の出入りを見てたみたいね。」

 

 負の因子の観測に艦娘を使う理由は、単純に普段から霊力を感じ取っているからと言う単純な理由である。正の因子、負の因子問わず、霊力の流れもまたガスのように不可視的なものである。であれば、それを探知する専用の機材が必要だが実用化はされていない。となると自然、艦娘を警察犬として使うしかない。

 

提督「で、その結果は。」

 

龍田「―――大当たりだった、って訳。あの情報は()()事実だったって事よ。」

 

提督「・・・半分?」

 

龍田「中で何をしているか、そこまでは分からなかったそうなのよね~。でも、本来深海棲艦が居なければ説明が付かない負の因子は垂れ流しだったみたい。しかもかなり濃密に。深海棲艦が居るみたいだ、なーんて言う子もいたみたい。」

 

提督「・・・出入りしている人の服装は?」

 

龍田「流石、目の付け所がいいわねぇ。」

 

提督「勿体ぶらなくていいから。」

 

龍田「―――独立監査隊で使われている作業服と同種同色のものよ。一般に流通している様なものではないから、メーカー品と言って誤魔化す事は出来ないわね~。」

 

提督「そう言えば、今の『幹部会』にそれだけの組織を維持する事が出来るとは思えない。一体誰なら可能だろう―――?」

 

龍田「そうねー、第二席の嶋田海将補には無理ね。あの人は海上自衛軍と言えども海洋業務・対潜支援群司令よね。人員は多くないわねぇ。」

 

提督「何より奴は人望には欠けるし、あの体躯(たいく)に似合わず小心者だからな。それだけの事をする器ではない。」

 

龍田「第三席の来栖(くるす) 良助(りょうすけ)空将にも無理ね、あの人は航空幕僚副長だけれど、航空自衛軍にそんな事をしている余力はないわ。」

 

提督「土方さんは言うに及ばず・・・となると。」

 

龍田「―――元幹部会第一席、牟田口(むたぐち) 廉二郎(れんじろう)陸将。」

 

提督「奴しかおるまいな。奴は現在陸上幕僚副長として、陸上幕僚幹部のナンバー2として君臨しているし、その前は第1師団長だったからな。人を集めるのは簡単だ。」

 

―――陸上自衛軍第1師団。陸上自衛隊の軍への改編に伴って、元の東部方面隊から新たに創設された本州管区軍関東方面管区へ上位組織が変遷しているが、政経中枢師団*1である事と、首都防衛を任務としている事に違いはなく、北関東を新設された第16旅団*2に、甲信越を師団に格上げされた第12師団*3に引き続き委ね、首都東京と南関東を防衛する為に存在する、陸上自衛軍普通科師団では最精鋭の部隊の一つとされる師団である。

 牟田口 廉二郎陸将の前職は第1師団長であり、第二次大戦以来首都東京が初めて戦場となった、深海棲艦隊の日本侵攻作戦の際に、現在では殆ど廃墟となり見る影もない首都東京の防衛指揮を執った将校の一人である。この際牟田口は水際防御策を建策したが最終的に東部方面管区司令部によって退けられ、東部方面混成旅団(東部方面混成隊を改編)と第16旅団の提唱した誘因戦術に従事して功績を挙げている。

その功により陸上幕僚副長へ栄転し、大本営幹部会を経て現在に至るのだが、牟田口の水際防御策は、東京を廃墟にしてはならないと言う一点以外に利点が無かったが故に退けられたのであり、最終的に東京が廃墟になったとしても、自分達に有利な地形に引き込んだ方が、犠牲も少なく済むと言うのが、東部方面混成旅団や第16旅団が誘因戦術を建策した所以である。

 

提督「一応奴は英雄扱いされていた時期もあるからな。作戦方針を巡って対立こそしたが、東京から深海棲艦共を追い返したのも奴の前線指揮によるところが大だ。そのおかげで人脈もそれなりに広いとも聞いた事がある。あれやこれやのパイプを使って人を集めるくらいの事はするかもしれん。」

 

龍田「でも、それでやっている事は、道義的にも許されないわね~。」

 

提督「龍田がそれ程までに言うとは、奴らの目的とは一体なんだ?」

 

龍田「―――ここからは私の推測よ、よく聞いて頂戴。」

 

その口調からは、普段のふわっとした口調や語尾は消えていた。それはまるであの晩、彼の首を取りに来た時を彷彿とさせるものがあった。

 

龍田「私が考えるに、そんな事をする理由はたった一つ。それは、“艦娘に依らない対深海用新戦力の模索”しかないわ。」

 

提督「馬鹿な、そんな事は」

 

龍田「“出来はしない”?」

 

提督「―――。」

 

龍田「通常兵器では、逆に迎撃されてしまう。衛星を使った通信を利用する機器が機能を失っている以上、レーダーの範囲を超える様な長距離攻撃も無理。艦砲や航空機で、相手の土俵に乗り込んでいくしかない。艦娘以外での対抗が現実的でない。でも、私達艦娘の出現した経緯を考えてみて?」

 

提督「・・・。」

 

 彼は顎に手を当てて考える。思い返せば“最初の艦娘達”と言われた第1世代艦娘が出現を始めたのは2050年頃の事であり、その発生は一種の自然発生的なものであった。その理由も原理も現在では不明であるが、何らかの要因が揃ったと見るのが妥当であろう。

こういった経緯や、新しいものに対して猜疑的な者達が多い事から、様々な形で艦娘に対して懐疑的、若しくは反発的な者達が多い事は既に述べた通りである。*4

 であるならば、どの様な方法が最も強力であるか。それはやはり、「深海棲艦の力」を用いる事以外に無い。

深海棲艦達が負の霊力を原動力として用いる力と言うのは、同じ負の霊力を用いる者達、つまり深海棲艦同士で撃ち合う場合、どう言う訳か相互に中和する事無くその効力を発揮する。

正の霊力を原動力にする艦娘達は、通常弾頭や負の霊力による攻撃は勿論の事、同じ正の霊力での攻撃でも中和、若しくは歪曲(わいきょく)作用が働くのと比較すれば、大きな差があるばかりか、一歩思考を進めて奇妙ですらある。

しかしこれを逆に捉えれば扱えるものが限られる正の霊力では無く、深海棲艦の「核」を埋め込むことによって容易に取り入れる事が可能な負の霊力を用いた力を使えば、艦娘に依らずとも、深海棲艦に対抗する事も叶おうという訳である。

 確かに、理屈こそ通っている。霊力を扱う能力というものがそもそも生まれ持ってのものであると言う事は、世間大衆の間では、完全に秘匿された存在である魔術とは違い知られている事ではある。

また人間の体を強化しようと言う発想自体は、別段珍しいものでもない上、様々な手法が考案されてきた歴史がある。

更に言えば艦娘に依らず、負の霊力で対抗すればよいと言うのは、艦娘反対派の一部が提唱し続けている対抗策の一つとして、ある事にはあるのだ。牟田口陸将も艦娘反対派の一人であるから、その様な発想を真に受けたとしても不思議はない。

 

 だが、世の中にはやってよい事と悪い事がある。そしてこれは間違いなく「やってはならない事」であるという確信に至るまで、それほどの時間は要しなかった。確かに戦局は表面上優勢でも、いつ窮迫するかも分からぬ状況ではあるが、だからと言って許される所業ではない。それは人道にすら(もと)る行為である。

必死攻撃である体当たり攻撃が道義に悖るのであれば、人の命をとっかえひっかえして浪費しながら実験を重ねなければならないこの実験は、明らかに人道的にも倫理的にもナンセンスである。

 

提督「―――艦娘を信用するべきとかそうでないとか、そんな意固地で個人的な理由で、この様な行為を許してはならない!」

 

龍田「そう言う事なら、早い内に横須賀に行きましょう?」

 

提督「あぁ、そうしよう。恐らく土方さんも同じ結論の筈だ。」

 

彼は決然と立ち上がった。

 

提督「大淀。伊勢、日向、天龍は今どこに居る?」

 

大淀「全員司令部にいる筈です。」

 

龍田「あら、天龍ちゃんも連れて行くの~?」

 

天龍の名前を聞いた瞬間元に戻る龍田である。

 

提督「深海棲艦にまともに対抗して近接戦闘が出来るのは、正直龍田と川内を除けばこの3人だけだ。そうならないように近接格闘訓練を積んでいたのだが、結局の所、霊力を伴わない攻撃では今回のような状況では厳しかろう。」

 

龍田「そうねー。」

 

提督「大淀、直ぐにこの3人を食堂棟の小会議室へ呼んでくれ。龍田、お前も来い。」

 

大淀「はい!」

 

龍田「はぁ~い。」

 

提督「―――川内、いるか。」

 

川内「ここに。」

 

 その声と共に川内が、視覚的には何も無かった筈の空間から姿を現した。いや、正確に言えば彼はそこにいるのを知っていたのだ。その手品の正体は、川内が所持している光学迷彩装備であった。

 

龍田「フフッ、甲斐甲斐しいわね~♪」

 

川内「だって仕事だもん♪」

 

提督「はいはい。川内、お前も来い。」

 

川内「了解!」

 

そう言うと彼女は光学迷彩マントを外す。すると先ほどまでフードで顔面まですっぽり覆っていて、今も半分見えない状態の立ち姿が露わになる。

 

提督「―――ま、、そりゃマフラーはしてないわね。」

 

川内「意外と暑いんだよねーコレ。」

 

川内は制服を身に着けた上で、光学迷彩を駆動させる為の簡易艤装を装着した状態であったが、マフラーは身に着けていなかった。ただ、暑いと言う言葉の通りやや汗ばんではいた。

 

提督「後でシャワー浴びて来るんやで。」

 

川内「はーい。提督も一緒に浴びる?」

 

提督「阿呆、あとで金剛と鈴谷にシメられるわ。」

 

川内「あはははっ、そうだね~。」

 

龍田「あら~、女の子の折角の御誘いを断っちゃうなんて~♪」

 

提督「お前な・・・。」

 

川内「でもあの2人だったら特に気にしなさそうだけどね~。」

 

提督「意外と気づいてるで。」

 

川内「へー、意外だなぁ・・・。」

 

 などと軽口を叩き合いながら、3人は廊下を歩いてゆく。龍田と川内にとってはかつての古巣との戦いであり、直人にとっては因縁の相手との決戦の幕は、こうして静かに開けようとしていたのである。

告げられる事になる言葉が、自らを苦しめると知らぬまま―――。

 

 

3

 

 その後簡単に事情を説明した直人は、各人が荷物を纏める時間を置いて16時頃にサーブ340改でサイパンを離陸、夜の内に厚木に入ると、大迫一佐の出迎えで一度横鎮本庁の寮に入り、そこで一晩を過ごす事になる。

翌朝8時、手持無沙汰にしていた彼らはようやく大迫一佐に呼ばれて、横鎮本庁内にある小さな会議室に6人全員が通された。

 

12月6日8時11分 横鎮本庁舎・第4小会議室

 

提督「―――。」

 

コンコン、ガチャッ―――

 

ノックの音と共に、6人は一斉に立ってドアの方に向き直り、入室者に敬礼する。

 

「待たせたな。」

 

 声の主は勿論土方 龍二海将である。彼は集まった面々に向けて敬礼を返す。その傍らには、横鎮後方主任参謀である大迫一佐と、軍令部第3課長の尾野山(おのやま) 信幸(のぶゆき)一等海佐に加えて、直人は知らない人物が1人いた。

 

提督「尾野山一佐! お久しぶりです。」

 

尾野山「うん。君が時々隠顕性を無視した立ち回りをするから、情報統制が大変だよ。」

 

提督「それについては、重ね重ね・・・。」

 

尾野山「いや、それを止めるのも、君達の実力を削ぎかねんからな。気にしなくてもいい。」

 

提督「ハッ、ありがとうございます。ところで、そちらの士官の方はどなたです?」

 

その至極尤もな質問に答えたのは土方海将である。

「あぁ、紹介しよう。護衛艦隊後方主任参謀兼横須賀鎮守府事務局長、加藤(かとう) 恒太朗(こうたろう)二等海佐だ。」

 

「・・・加藤です。」

 

提督「―――土方海将、この方には“名乗って宜しいので”?」

 

土方「あぁ。君はもしかしたら面識がないかもしれないが、“例の一件”の関係者だ。末端のスタッフとして関与していたに過ぎないがね。」

 

提督「成程、それは失礼しました。紀伊 直人です、お初にお目にかかります。」

 

加藤「こちらこそ。例の件に付いては、私も痛恨の思いだった。この様な形で会えて私も嬉しく思うし、驚いてもいる。」

 

土方「まぁ、かけたまえ。」

 

提督「ハッ。」

 

土方海将の一声を合図に一同はそれぞれの椅子に座る。最初に口を開いたのは勿論土方海将であった。

「さて、世間話の一つもしたい所だが、事は急を要するから早速本題と行こう。紀伊君は大方の事情をそこの龍田から聞いていると思うが、紀伊君は連れてきた者達に、まだ話していないのかね?」

 

これに対して直人はこの様に答えた。それが、彼が出立前に龍田と川内を除く3人に話した内容を類推するに足るだろう。

「詳しい説明も兼ねて、土方海将から直接お話頂こうかと思い、まだ仔細は話せておりません。閣下の言われる様に、私も急を要すると思いましたので、こうして急ぎ参った次第です。」

 

土方「うん、その節はすまなかった。何分これ程まで早く来るとは思わず、時間を割く事が出来なかった。許せよ。」

 

提督「いえ、急だったのは分かってますから。」

 

土方「分かった。では掻い摘んで話そう。」

 

 そう言って話し始めた土方海将の言葉は、概ね龍田が直人に向かって説明した内容を要約したものに過ぎない。が、ここで初めて聞く事になった伊勢・日向・天龍の3人は一様に驚き、怒り、そして慄いた。3人も含めて艦娘達は直人とは異なり霊力に詳しいという訳では無く、単に行使出来ると言う範囲に留まっているが、深海棲艦の力を人体の強化に利用しようとしていると言う話の危険性は、否応なく呑み込めたようだった。

そして土方海将はその話をこう締めくくった。

「―――この試みは、人の生に対する冒涜に他ならならず、係る道義に悖る行いを、我々は、我々の尊厳を守る為にも、断固として阻止せねばならんのだ。その為ならば、独立監査隊のこの計画関係者の生死は、問うべきではないだろう。」

 

日向「―――恐ろしい事を考えたものだ。」

 

「ちょっと待って下さい。」

 

一同「「!」」

 

そう声を上げたのは、他ならぬ紀伊 直人であった。

 

提督「“()()()()()()()”と言う事は、とどのつまり―――」

 

研究資料を、その“()()()()()()()()()()()()()()()”と言う事ですか?

 

土方「―――そうだ。」

 

 彼の質問に対する答えを聞き、天龍ら3人は驚いたような顔をした。艦娘も提督も、人々を守る為の存在だ。だが土方海将は人々を守る為と言う名目で、悪事を働く「人間」を、彼らに殺せと言っているに他ならないのである。

これは提督である直人を含めた彼らの存在意義にとって著しい矛盾であり、龍田や川内は兎も角、他の3人が驚くのは無理もない事であった。

 

提督「―――。」

 

 余りの事に、彼も言葉を失った。彼も自分の命を守る為に、人を手にかけた事はある。元はと言えば独立監査隊出身である川内に、特別に彼女に命じて自分を守らせた事もある。だが一般の艦娘にそのような事を命じる事が、彼に出来るだろうか。

―――余りに心許ない、と己自身でも思うほどである。リンガ泊地で憲兵の真似事をした時でさえ、「生死は問わない」とは命じられていたものの、実際には艦娘達の士気に関わる部分でもあった為、現実的でないと言うのが彼の判断であった。この為艦娘達には意図的にこの部分は伏せ、またあくまで目的は「検挙」である為、極力犠牲者を出さないようにしてさえいたのだ。

 艦娘達にとっても想いは同じだった。繰り返しにこそなるが、自分達は人々を守る為の存在であると固く信ずる彼女らにとって、いくら提督の命令であったとしても、人間に対してその力を振るう事が出来るだろうか。それでは今人類に対して牙を剥く深海棲艦と、同じ穴の狢ではないか・・・?

この事は艦娘達のアイデンティティそのものに大きく根差すものであり、深海棲艦と“ある種に於いて”似て非なる存在とも言える艦娘達にとって、根源的設問であった。艦娘が撃つべく生まれた対象はあくまで深海棲艦である。例え無数の深海棲艦の血に自ずから塗れていたとしても、人間の血を浴びるのとでは、その深海棲艦と人類全体とが戦争をしている今のこの状況では、その意味合いが全く異なるのである。

 

提督「・・・尾野山一佐!」

 

助けを求めるようにその名を呼んだのは、当然であったかもしれない。尾野山一等海佐は軍令部内で情報や法務を担当している部署でもある第3部のトップであるからだ。

 

尾野山「―――我々も、これについては密かに内定を進める過程で情報を手に入れていた。だが、現行の法規に則る限りに於いて、彼らに対しそれらに抵触する何かが生じた訳ではない。公的に見れば、人体実験をしているという証拠すらないのだからな・・・。」

 

提督「―――!」

 

それを聞いた彼は流石に怯んだ。尾野山一佐も無念そうに顔を歪めていたが、直人に至っては顔から血の気が引いていた。虚ろな目で彼は加藤二佐を見たが、その回答はそれを後押しするものでしかなかった。

「我々も、尾野山一佐に協力して捜査はしましたが、彼らの隠蔽工作は殆ど完璧と言ってよく、仮に人体実験をしているとして、その為の人員をどの様に捻出しているのか、また死亡した者の遺体をどう搬出・処理しているのかさえ不明なのです。」

 

提督「・・・。」

 

 その言葉を聞いた彼は思わず無言になってしまった。その胸中には様々な思念が去来したに違いないが、はた目から見ても狼狽している事が分かるその様子は、あの龍田でさえ内心心配するほどであったと言う。それを沈痛な面持ちで見ていた土方海将でさえも、彼にかける言葉は見つからなかったらしく口を開かなかった。

 

提督「―――尾野山一佐。」

 

不意に彼が口を開いた。

 

尾野山「どうした?」

 

提督「―――この行動は、法的にはどの様な扱いになるのです?」

 

尾野山「・・・無かった事になる。ただ、私は今回、山本海幕長の代理人としても此処に来ている。その海幕長から、君に言伝がある。『君にとってはつらい事になるかもしれないが、係る暴挙は断じて見逃してはならない。この様な事があったなどと言う証拠を、どの様な手段を用いてでもこの世から抹消して欲しい。』との事だ。」

 

提督「・・・そうですか。」

 

 なおも沈痛な面持ちで沈思する直人。伊勢・日向・天龍の3人も様々に考えを巡らせているのか口を開かない。永遠に続くかと思われる沈黙の末、口を開いたのは直人だった。

「―――分かりました、やりましょう。」

 

その声は弱々しく、迫力には欠けた。しかしそれでも彼は決意した事に違いはなかった。

 

提督「正直に申せば、我々にとって著しい矛盾であり、また一番の貧乏くじでしょう。ですが我々がやらなければならないと言う事であれば、それもやむを得ないでしょう。我々が、闇の存在である限り。そうですね、土方海将。」

 

土方「そうだ。本当なら君のような若者にではなく、私自らが出かけて行かなければならない。しかし、証拠も表向きに犯した法もない以上、我々が表立っては動けない。しかしだからと言ってこの無法をのさばらせれば、人々に多大な害を齎さないと誰が言えるだろう。」

 

提督「その通りです。それに私は既に、独立監査隊の刺客をこの手で殺してもいます。今更この手は綺麗になり得ません。ですから私は、この世の闇を背負って、世の裏側に消えましょう。」

 

土方「―――すまない。」

 

提督「謝るにしても、今更ですよ。私は―――」

 

そこまで言いかけて彼は口をつぐんだ。そして一度切ってから吐き出した。それは、決然たる覚悟を決めた証でもあった。

「兎も角、やりましょう。奴らの暴挙を、これ以上見逃すに如かずです。」

 

土方「宜しく頼むぞ。子細はここにいる加藤二佐に聞いてくれ。協力は惜しまん。大迫一佐、頼むぞ。」

 

大迫「ハッ!」

 

伊勢「提督・・・。」

 

提督「・・・。」

 

 思わず心配になるほど憂鬱に沈む顔をしつつも、彼は結局、今までで一番の貧乏くじを引き受けた。それは彼らが元よりそういった極秘裏の特殊な仕事も引き受ける事が前提であり、近衛艦隊と言う存在が、戦時下における艦娘や深海棲艦に関連した無法に対する、カウンターウェイトと言う性質を最も鮮明にしている一面であっただろう。

しかしここで注目するべきであるのは、提督本人が、本心から不本意さと言う感情を排除しきれなかった事である。艦娘達が人を殺める事に抵抗があるのは当然であるとしても、提督がそれに対して躊躇いを覚えたのには勿論理由があった。それを後年、何人か引き取った艦娘達の一人に言った事があると言う。

 その時直人は、この任務について「提督業をやっていて、後にも先にもこれ以上に嫌な仕事は無かった」と言った上でこう言ったと言う。

「自分の身を守る為なら、正当防衛も成立するだろう。深海棲艦とはあの時戦争状態だったのだから正当化されるにしても、戦争の相手ではない筈の人を殺めるのには、それなりの理由があって然るべき筈だ。だがあの時は、『将来的に人に害を与えるかもしれないから』『やってはならない事であるから』と言う理由で、人を深海棲艦と同列に扱って殺すと言う事だった。命を狙われたから自分の身を守る為に相手を殺すのとでは、意味合いが全く違う。あの時ほど、自己を押し殺した事はなかった―――」

それは恐ろしいまでの、彼がした中で最大の彼自身に対する欺瞞であったに違いない。それは、ここからの事の推移を見ても明らかであるだろう・・・。

 

 

 その後、諸々の情報交換や打ち合わせを終えた直人は、会議室を出た後覚束ない足取りで廊下を歩いていた。その後ろに続く艦娘達は、今まで見た事も無い様な彼のその様子に、どう声をかけたものか分からず、6人は静かに寮の割り当てられた部屋に戻った。

直人は部屋に戻ると、椅子に腰かけ頭を抱え、机に向かって考えを巡らせ始めた。

 

10時37分 横鎮本庁・艦娘艦隊寄宿舎208号室

 

話を聞き終えて部屋に戻った伊勢と日向だったが、室内は重苦しい沈黙に包まれていた。それを押し破ったのは伊勢だったが、その声には、いつもの快活さはなかった。

 

伊勢「・・・日向、どう思う?」

 

日向「・・・それは、何に対してだ?」

 

伊勢「―――今回の任務について。」

 

日向「―――そうだな・・・。」

 

伊勢も日向も、土方海将から聞かされた内容は困惑させるに足り得るものだった。確かに、止めねばならない暴挙ではある。しかし、その為に戦う相手は深海棲艦ではなく人間である。日向は伊勢の言いたい事は無論分かっていたし、ずっと考えてもいたから、言葉を選びながら答え始める。

 

日向「・・・正直、私もこんな事だとは、思ってもみなかった。だが絶対に、誰かが止めないといけない事だ。」

 

伊勢「そうだね・・・。」

 

日向「物証も、法的根拠もない相手を、公権力で裁くことは、確かに出来ない。だから、世間では存在しない事になっている私達に、白羽の矢が立ったと言う事は、想像に難くない。でも・・・。」

 

伊勢「・・・?」

 

日向「この手で、人を斬る事になるとは、思わなかった・・・。」

 

伊勢「・・・だね。」

 

日向「だが、問題は提督だ。」

 

伊勢「・・・私は、提督の命令なら覚悟が出来る。」

 

日向「あぁ、同感だ。だがあの様子だと、相当堪えている様だな。」

 

伊勢「・・・励ましに行きますか。」

 

日向「まぁ、そうなるな。」(そう言うと思ったよ。)

 

2人は頷きを交わすと、2人に割り当てられた部屋を出て、隣の提督の部屋に向かおうとした。すると提督の部屋の前に、川内と龍田がいるのを2人は発見する。

 

伊勢「あなたたち・・・。」

 

龍田「―――同じ結論になったみたいね。」

 

伊勢「・・・そうだね。」

 

川内「行こう。提督はこう言う所弱いから。」

 

 静かに発せられた川内の言葉に3人は頷き、伊勢がノックの後にドアノブに手をかけ、扉を開く。部屋の中を見た4人の視界には、扉に背を向ける形で机に向かい苦悩する、自分達の提督の姿があった。勿論誰か来た事位は気づいていたが、彼の関心は端からこの時周囲の事などにはなかった。

 

日向「―――提督。」

 

日向が投げかけた呼び声で、彼はようやく誰が来たのかを悟って振り向く。

 

提督「お前達・・・。」

 

川内「―――提督、私達は、提督を守る剣。そうよね?」

 

「・・・あぁ。」

その質問に彼は頷きと共に答えた。

 

川内「貴方は、私達を守る盾、そうよね?」

 

「・・・。」

2度目の質問には沈黙のまま頷いて答えられた。

 

川内「なら、提督が私達の事を思って悩んでくれてる、その苦悩を、私達にも背負わせて欲しいの。」

 

提督「川内・・・?」

 

川内「一人で背負い込もうとしないで? 貴方は確かに、沢山の艦娘の上に立つ、たった一人の上司かもしれない。私達とは、別の次元で物事を考えないといけない。でもだからと言って、それを一人で背負い込まなきゃいけない訳じゃないと思う。」

 

伊勢「そうよ。私だって、人を斬るのには躊躇いはある。貴方と同じ様に。だからこそ、この想いを共有する事で、受け止める事は出来ない?」

 

提督「・・・。」

 

日向「私達は、提督の命令なら、決断出来る。例え、想いが何処に有ろうともだ。」

 

龍田「そうよ~。私はあんな連中、特に何とも思わないけれど、提督が決断するかしないかで、今からの動きが変わるものね。」

 

提督「・・・この場にいる、全員で背負う。そう言う事か?」

 

弱々しいながらに発せられたその言葉に、4人の艦娘達は各々に力強く頷いた。

 

「―――俺は・・・俺達は・・・これでいいのかな。」

 その直人の言葉に、川内はどういう事かと思った。しかしどう尋ねたものかとも思い、咄嗟に言葉を出せないでいると、彼は少しの間の後こう言った。

「―――俺達は艦娘艦隊だ。大本営の命令であるならば、当然命令は履行しなければならない。だが・・・その艦娘に・・・お前達に、人を殺せと命じる事になるなんて・・・。」

 

伊勢「提督・・・。」

 

提督「俺もこんな仕事は心底嫌だ。だが俺が行く分には、命令であるから勿論行こう。俺の手は既に、人と深海棲艦の血で、どす黒く染まっている。今更、人の血も深海棲艦の血も、雪ぎようがない。だがお前達艦娘が手をかけてよいのは、深海棲艦だけである筈だと今日(こんにち)まで信じてきた。その俺が、自分ですら嫌な仕事を、部下であるお前達にさせられると思うか・・・?」

 

伊勢「・・・私も、同じ気持ちだよ。提督の気持ちだって分かる。でももし提督が一人で行ってしまったら、提督に何かあった時、私達を率いる人がいなくなってしまう。提督が、私達を守ろうとしてくれるのと同じように、私達も提督を守りたい。例え、戦場でなくとも。」

 

川内「提督にとって私達が大事なのと同じ位、私達も提督の事は大事なんだよ? 貴方以外の人の下で戦う事は、私達にとって、考えられない事だから。だから私達は、今回の任務、提督に付いていくよ。必要なのは、命令だけ。ササっと終わらせて、あとで愚痴にしよ? それだったら、幾らでも聞いてあげる。」

 

日向「無理に1人で立とうとするな。私達にも、支えさせて欲しい。」

 

提督「・・・本当にいいんだな?」

 

日向「あぁ。提督の命令なら、立ち塞がる全てを斬り伏せよう。」

日向のその力強い言葉を聞いた直人は、どこか諦めたように、そして何かを振り払うように言った。

「―――分かった、では命じよう。この任務、付いてきて貰うぞ。そこまで言ったのだ、最後まで付き合って貰おう。」

 

川内「最初からそのつもりだよ。例え地獄の果てまでも、提督が止めたって付いて行って、提督を守ってあげる。」

 

提督「・・・ありがとう。」

 

 こうして、休暇中の艦娘達とは対照的に、彼の休暇は突然に終わった。そしてその休暇明けに待っていたのは、彼が後にも先にも、最も不本意だったと言う任務であったのは、ある種において不幸ではあったかもしれない。しかしながら、彼は結局軍人としての宿命の為に、その刀を取らざるを得ない立場ではあったのだ。だがその時ばかりは、彼の配下にいた艦娘達の、固く強い忠誠心に後押しされての事であった。尤も、当の本人曰く「どうせ止めても聞きやしないだろうし、それについては観念しただけだ」と言う事らしいのだが。要するに、彼が折れたのだと言う。

ともあれ、方針は決した。既に出発日時も定まっていたから、彼らはそこに向けて準備を進めるのである・・・。

 

 

4

 

 2日後の12月8日午前6時に密かに新横浜駅に入った直人らは、始発の[広島行]ひかり533号に乗って新富士駅に向かい、そこで横須賀鎮守府が手配したワゴン車に乗り、国道139号線を北上し、富士山を展望しつつ新横浜駅から約2時間半をかけ、富士五湖の一つである西湖(さいこ)北湖畔、観岳園キャンプ場と呼ばれていた場所に来ていた。

長きに渡る戦乱と住民の疎開によって、富士北縁に当たるこの地域は俄かに人口が増加していたが、この一帯には人も住んでおらず、キャンプなどと言う心のゆとりを持つ者もなく、キャンプ場は文字通り荒れ果てていた。

 

「―――で、ここからはヘリで行く、と言う事でしたね?」

直人は傍らにいる同行者である横鎮の情報将校に尋ねた。彼を含む6人は普段の軍服や制服ではなく、横鎮から貸与された海自軍の作業着に身を包んでいた。3人は些か服が窮屈そうであったが、まぁよしとしよう。

 

「はい、陸上自衛軍から1機借り受けましたので、これで節刀ヶ岳(せっとうがだけ)北山麓にある当該施設まで、稜線に沿って隠匿しつつ向かいます。乗員数の関係で、私が同行出来るのはここまでです。健闘を祈る、と言えるような状況ではありませんが、どうか、お気をつけて。」

 

提督「感謝します、お世話になりました。」

 

 礼を述べた彼の前には、タンデムローターの輸送ヘリが1機着陸していた。問題の実験施設は山の中であり、ここからは道すらない状態なのである。しかもその施設は節刀ヶ岳山頂の北側にある窪地に寄り固まる様に建っており、よって彼らはこの一帯の山地の稜線を利して低空飛行を行い、施設の北側の稜線裏に潜入する事になっていた。

勿論この着陸地点は傾斜地だが、ヘリボーン経験が全員無い為、カーゴドアを地面になるべく近づける事で、危険なく下りられるようにしようと言う事に決まっていた。そのパイロットも選りすぐりのベテランが選ばれていた。

6人は言葉を交わす事も無く、粛々とヘリに乗り込むと、ヘリはふわりと舞い上がり、綿密に飛行され尽くしたルートを飛ぶ。この日は曇り空が広がっており、それがヘリの隠密飛行を援け、彼らは一切気取られる事なく潜入に成功した。だがその間、この任務の(様々な意味での)重大さを想い、普段と比較しても嘘のような口数の少なさであったのは間違いない。

 

 節刀ヶ岳の頂は低雲に遮られて見えず、窪地の稜線にも時々綿の様な雲が流れてくるような天気の悪さである。その稜線に向かって、黙々と登って行く6人は、その稜線から、明らかに異様な雰囲気の建物を見出した。

手入れは一件行き届いているようにも見えるが、所々不十分な部分もあり、少なくとも直近数か月程度で建てられた様子では無い、ある程度の年月は立っているようであった。建物は窪地に隠れるように寄せ集まって数棟建っており、最も大きな建物には人員が集中されている様子が見て取れた。

横鎮から得た情報には、その最も大きな建物から、最も強く負の霊力が放散されている事から、そこが実験棟なのではないかと推察されていた。周囲は鉄柵と有刺鉄線に囲まれ、物資搬入用や出入りをする為のゲートや道があった。

 

提督「―――川内、どうだ。」

 

彼は小声でそう聞いてみた。この5人の中では、川内が一番霊力の感知力は高いのである。川内はその直人の質問に対してこう答えた。

「情報通り、あそこから強い負の霊力を感じる。何かがいる、と言うよりは、何かをした、と言う方が近いかも。」

 

提督「というと?」

 

川内「少なくとも複数の性質の違う霊力が、同じところから放たれてる感じ。深海棲艦隊のような、色んなタイプが集まってる時に感じるそれに近いかな。」

 

提督「成程・・・。龍田、警備の数は?」

 

龍田「情報通り、正門守衛4名、裏門に2名、大きな建物の前に2名、構内に10人前後。」

 

提督「―――お任せあれ。」

 

 そう言って彼は1丁のライフルを構えた。それはかつて、金剛に救われた際に携行していたM82A2 バレット“kii Custom”と同じ系譜に並ぶ父の形見の一つ、「M39 EMR“kii Custom”」である。

原形となったM39 EMRは米海兵隊が2008年に配備した、M14の機関部を用いた狙撃銃であり、カスタム内容は標準重量の22.0インチバレルを、22.0インチヘビーバレルに換装して安定性を高めつつ、スコープを3.5-12倍可変スコープに変更した他、様々なパーツを新しいパーツに更新したのである。

銃身の先端にはデフォルトのフラッシュサプレッサーでは無く、サイレンサーが取り付けられていた。彼を先頭にして一同は稜線を潜みながら正門側に回り込んでいき、南西側に射点を確保すると、照準を正門警備の守衛に合わせる。

 

「行くぞ、構えておけ。」

 直人がそう言うと5人は一様に身構えて、その時を待つ。全員が近接装備の上、横鎮から貸与された20式小銃改を提げていた。

(―――許せ、これも仕事だ。)

彼はそう心の中で詫びながら引き金を引いた―――

 

 

 それは、ほんの30秒足らずの事だった。あっと言う間に、4人の守衛は全員頭部を撃ち抜かれ、物言わぬ屍へと姿を変えていた。狙われている事には気付いたかもしれなかったが、その早業と的確さを前にして声一つ上げる事も出来ずに死に絶えたのだった。

 

川内「・・・すご。」

 

伊勢「提督、艤装なしでもこんなに強い訳・・・?」

 

提督「親父の受け売りさ、勿論自分でも訓練はしてるがな。それより行くぞ、連中も守衛が殺された事に気づくまで、そう時間はかからん筈だ。」

 

 そう言って彼は素早く動き始める。5人はその後に続いて動き始め、川内は光学迷彩装備を動かして、自身の能力で上空から様子を窺う。未だ、守衛所の異変には気付かれておらず、また正門はフェンスゲートでは無く、昇降バーがあるのみで、容易に侵入する事が出来た為、川内を除く5人は直ちに正門をすり抜け、敷地内に潜入する事が出来た。

 

「・・・。」

 

提督「―――。」

 

 建物の陰に潜み、巡邏中の警備員の様子を窺う直人。警備員は拳銃と警棒で武装しており、このままでは実験棟とみられる大きな建物まで辿り着く事は容易では無い事は言うまでもなかった。だが彼は何かを待っている様子でもあった。

 

ビシャァッ

 

「―――!?」

 

ドサッ―――

 

 前触れもなく、彼の目の前で数人の警備員が脳漿を撒き散らしながら倒れた。音どころか、何の前置きもなく。その答えが彼には分っていた。そんな芸当が出来るのも1人しかいないだろう。川内と、川内の持つ、サプレッサー付きH&K USPである。

直人らの動きは空中にいる川内には当然見えているし、警備員のそれも言うまでもない。その川内からの側面援護によって5人は無事に実験棟へと侵入する事が出来た。

中は薄暗く、空気は僅かながらも淀み、得体の知れない不気味な雰囲気が、彼らの意識に注意喚起を促した。天龍などは感じた事もない空気感に目を丸くしていた程で、直人ですら、この時の基準でこそあったが、これほど(おぞ)ましい雰囲気は感じた事が無かった。深海棲艦の棲地の方がまだマシである。

 

提督「―――気を付けろ、何かが変だ。」

 

川内「うん、分かってる。」

 

その時、けたたましい鐘が突如として鳴り響く。

 

ジリリリリリリリリリリリ・・・

 

「“侵入者発見、侵入者発見! 直ちに排除せよ! 繰り返す、侵入者発見、侵入者発見―――!”」

 

「まぁ、そうだわな。」

 直人はそう言って右後方上に振り返る。そこには、目立たない角度に設置された監視カメラがあった。彼らの存在は察知され、既に10人以上の武装警備員を始末した事もすぐに詳らかになるだろう。

最早ただで返してはくれない事は、日の目を見るより明らかである。しかし彼らは元より実力でその障害を排除する事に衆議一決している。であるならば、取り得るアクションは一つだけである。

 

提督「総員抜刀、室内での発砲を許可する。」

 

5人「「了解!」」

 

 5人は各々の得物を取り出す。提督を含む4人は刀を、川内は短刀を、龍田は槍を、天龍と龍田はそれぞれ簡易艤装を稼働させる。全てはただ、彼らを殺す為に。通路に面した部屋から、廊下の奥から人影が次々と現れ、銃や警棒を抜き放つ。

彼らに迷いが無かったかと問われれば、それはノーである。だが、彼らは自分達の為だけではない。このまま進めさせた結果奪われる命を救う為に、既に失われた命の為にも、ここで彼らを斬らねばならなかったのだ。

それが、深海棲艦と戦っている者達が、同時に、その人類には過ぎたブラックボックスを開けさせない為の、安直でこそあれ、最も確実な方法であったと信じたのだ。『“ヒト”が、“人”である為』に・・・。

 

 

ドオオォォォン

 

「がっ―――!?」

 

 彼の持つデザートイーグルから放たれた、.357マグナム弾を眉間に受けて、また一人拳銃を構えた男が後ろに吹き飛ぶように倒れる。既に幅2.5mのその通路は赤く染まり、何人もの警備員や武装したスタッフとみられる男達が倒れていた。いずれも既に動かない、頭部の状態から見ても、即死した事は明らかであった。

別の所では龍田が狭い通路で槍を器用に振るって自分より体格で上回る男達を全員切り伏せ、伊勢と日向は建物左翼を、天龍と川内はその反対側を制圧していく。至って理想的な布陣で、1階、2階、3階を全て制圧していく6人。地下階からも続々と増援が駆けつけて来、それを尽く打ち取っていく事になり、当然ながら、斬り捨てられた者も10人や20人では無い。

 

「―――嫌な感触だ。」

2階があらかた片付いた時、右手を何度も開閉しながらそう呟く日向。3階へはこの時川内・龍田・天龍が向かっており、1階からは最早何の音もしない。

 

「俺も、余り快くはないな。」

隣にいた直人は頷いてそう答えた。

 

日向「深海棲艦は、ここまですっと刃が通らない。恐らく、深海での生活に、適応する為なんだろうな、皮膚が厚いんだ。」

 

提督「それも表面は張りがあってはた目には血色が薄い事以外には人と見た目が変わらない。だが握ってみると分かる。確かに暖かいのだが、握った時の感触が人より弾力がある。言ってしまえば軟らかいゴムを握ってるような、そんな感じだ。」

 

 この時日向は内心、「良く知っているな」と思った。まぁ無理もないだろう。彼が大立ち回りをしているところなど、彼女はまだ目にしたことが無いのだ。彼女は感心しつつも、それを窺わせる事なく続けた。

「―――しかもどう言う訳か、そのせいで刃が通りにくい。鎧の代わりとして機能しているのかもしれない。」

 

提督「確かにそうかもしれないな。この“極光”や“希光”であれば難なく切り裂く事も出来るが、それでも手応えが固い。なんとも、形容し難い固さだが。」

 

日向「そうだな・・・。」

 

そこに川内が出し抜けに現れて報告する。

「3階、制圧完了したよ!」

 

提督「ご苦労様。」

 

川内「それで、ここからどうするの?」

 

提督「ひとまず資料類を奪取する。横鎮からの頼みだからこれはやらねばなるまい。その後、ここにある機材物品を完全に破壊する。」

 

川内「いくつか資料室とか研究室(ラボ)があったね、手あたり次第当たる感じかな?」

 

提督「うん、頼む。」

 

川内「了解!」

 

提督「他の皆も頼む。」

 

龍田「私は死体を片付けて置くわぁ。」

 

提督「分かった。」

 

 龍田は直人の了解を得て彼に敬礼すると、1階に姿を消し、残った4人は直人と共にそれぞれ部屋と言う部屋を捜索し始める。この実験棟の地上階は、実態としては研究室であり、3階に2つの資料室、1つの書類保管室などがあり、2階に2つのラボ、1階にも2つのラボの合計4つのラボがあった。

 龍田が死体の幾つかから身分証を取り出して見た所、横鎮の予測通り、陸上自衛軍に籍を置く者達ばかりが、ここで勤務していた事が明らかとなった。日本は現在、国家総動員体制下にあり、各分野から軍に数多くの人々が招集されて奉職しているのが現実である。

その関係で、特に人員を擁する陸上自衛軍には、様々な業種を経験した者達が集っている。自然、技術者や研究者の卵とも言うべき人々も混じっていることから、こうした秘密研究へ人材を充当する事は、陸上自衛軍単体で容易に可能なのだ。つまりこの頃にもなれば、秘密プロジェクトを行い得る土壌は整っていた訳である。

尤も、当の本人達にとってはそのような都合など関係のないものであったが。

 

提督「―――うーん。」

 

 直人は書類保管室に入って手当たり次第に書類を漁っていたが、特に研究に絡みそうも無いものばかりしか見つけられず、唸り声を上げながら紙の束をめくっていた。

そんなところへ伊勢が血相を変え転がり込んで来てこう告げた事で、一気に状況が動き始める。

「提督、ちょっと来て!」

 

提督「あ、あぁ、分かった。」

 

その声色からも只ならぬ事だと察した直人は、手にしていた書類を雑に置くと、伊勢の後に続いて資料保管室を出た。

その行先は、2階にある「早蕨(さわらび)ラボ」と表札に書かれた部屋だった。室内にはロッカー2つとデスクが2つ、観葉植物のプランターがせめてもの彩りを部屋に添え、沢山の書類や資料が各所にあり、片方のデスクにはPCが据えられていた。

 

「見て、これ。」

伊勢が差し出したのは、その書類束の中にあった資料の一つであった。

 

「―――これは・・・!」

目を通した直人はその内容を見て、龍田や横鎮の言が正しかった事を知った。そこに記されていたのは、ここで行われている研究、その概要であったのだ。

 

―――U作業計画書

表題にそう記された書類は、この様に記されていた。

 

1.概要

 当計画は、深海棲艦の生態を追求し、その構造を理解するに努めると共に、その能力を応用する可能性を模索する事が目的である。

これが果たされたならば、現在遂行中の戦争において、人類は飛躍的に優位に立つ可能性を秘めているばかりか、将来の人類の発展に於いて、大きな力となる事は確実である。

 

2.基本要領

 深海棲艦の生物的起源、及び生体的構造の研究を通じて、その実態の全容を把握する事に努めると共に、生態学的見地よりその能力の応用を行い得る可能性を多角的アプローチによって模索し、今次戦争において有用な技術を確立する事を目指す。

研究の性質上、当計画は機密なるを要する。それに伴う注意事項は付記1を参照する事・・・

 

 

提督「・・・ここは、深海棲艦を利用した兵器を生み出そうとしていた、と言う事だな。」

 

「えぇ―――そう言う事よぉ。」

 背後から現れた龍田は、直人の言を肯定した。龍田にしても、端から彼がこの話を全面的に信用してくれるとは思ってもおらず、むしろこうしてここに有り余る証拠を見せる事によって、自身の言葉に偽りがない事を証明しようとしていたのだ。そして彼は龍田の言う「証拠」を目の当たりにしたのである。

 

龍田「はいこれ。」

 

提督「ん、これは?」

 

龍田「ここのラボ4人分のカードキーよ。これが無いとラボの端末にアクセス出来ない仕組みみたいね~。」

 

提督「成程、ありがとう。」

 

龍田「ふふっ、どういたしましてぇ♪」

 

提督「―――よし、とりあえず各ラボの―――主任研究員か、そのそれぞれの役割をまず特定しよう。俺はこの部屋を見る。残りは手分けして頼むぞ。後川内をこっちに寄越してくれ。」

 

伊勢「了解。」

 

伊勢は彼に命じられて早蕨ラボを後にし、龍田もその後に続いて受け持ちの作業に戻っていった。そしてその後資料の山を漁ってる内に、廊下から足音が近づいてきた。

 

川内「提督、呼んだー?」

 

提督「あぁ、呼んだよ。」

 

現れた川内に彼はにこやかにそう答えた。だが、繕われた笑みである事は、川内にはまる分かりであった。

(提督・・・キツそうだなぁ・・・。)

内心で彼女はそう思いはしたものの、表立って口には出さず、彼の次の言葉を待つのである。

 

提督「ちょっとこのパソコンのデータを調べるから、その間にここにある書類の確認お願い。」

 

川内「OK!」

 

 直人はその元気な声を聴くと、一つ頷いてデスクの前に座り、受け取ったカードキーを端末に認証させた。PCが立ち上がりホーム画面になると、彼は目ぼしいファイルを片っ端から調べ始め、そこで様々なデータが入っているものをいくつか発見し、中身を素早く確認して行く。

 

提督「・・・ふむ。」

 

 

そこにあったデータとは、この早蕨ラボの役割を端的に明示するものであった。それは、研究レポートである。

 

・2048年11月18日 早蕨ラボ研究進捗

 深海棲艦の生物的起源は、何者かによって人為的に生み出されたものであるとするのが最も適切であると思われる。「イ級」と呼称される個体の肉体サンプルを用いたDNA解析の結果、多数の遺伝子改変の形跡が発見された。元々は水棲の哺乳類であると思われるが、その遺伝子上に於いて原型は殆ど残っていない為、どの様な生物であったかは不明である。

 但し、この生物がどのようにして、非生物的物体を体表と体内に保有し、また運用しているかについては現時点において不明。更なる研究を要する。

 

・2048年12月1日 早蕨ラボ研究進捗

 ヒト型深海棲艦の起源は、概ねヒューマノイド、殊にホモ・サピエンスと推察される。先日海自軍から提供を受けた「ホ級」と呼称される種の個体の死体を解剖した結果、肉体の構造は我々と酷似していたが、皮膚の厚みがホモ・サピエンスよりも厚く、かつ弾力に富んでいる事が判明した。また肋骨を初めとする、上半身の空洞を支持する骨格・肉体構造もホモ・サピエンスより強固であり、これは海中、特に深海部での活動に耐える為の構造であると考えられる。

 但し、ゲノムマッピングを行いDNAを分析した結果、当該種のDNA内には下半身を構築する要素が欠落しており、当該個体と同種の個体には、これまでの観測及び複数例の簡易的な検体によって、骨盤より下の構造が無い事が判明している事から、この種の個体は、()()()()()()()この様な形にデザインされた可能性が高い。

 なお、腰椎内側に、金属製の球形に類似した物体を発見した。現時点において役割は不明、“堂島(どうじま)ラボ”へ解析に回しておく。

 

 

提督「―――この早蕨ラボの役割は、生物学的な面から深海棲艦の本質に迫るのが目的だったようだな。」

 

川内「そうだねー、資料もそんな感じのものばっかり。」

 

提督「そうか・・・しかもこれ、俺が着任する前の記録だ。と言う事は相当前から研究されてるな。」

 

彼の見たレポートは、少なくとも6年は前のものから始まっていた。6年前と言えば2046年であり、彼が既に霊力駆動型のヒト用兵装を知った後の事である。それ以前のものは、失われたのか、故意に削除されたのかまでは分からないものの、一番最初のレポートについては発見出来なかったのだった。

 

提督「・・・ここには人体実験に関する証拠はなさそうだな。」

 

川内「やってても深海棲艦に関する実験くらいだろうねー。」

 

提督「ひとまず別の所も見てみようか。」

 

川内「はーい。」

 

 川内は早蕨ラボを出る彼の後に続いて部屋を後にする。廊下は未だに物が散乱していたが、龍田が黙々と()()()()()()と見えてある程度は綺麗になっていた。彼らの他に人影は最早一つもなく、どうやらここに居た全員が、研究員でありつつも戦闘要員であったであろう事を彼らに想像させた。そんな彼らの声や物音以外に何も響かなくなった空間で、彼らは情報を集め整理して行った。その結果、前掲の早蕨ラボの研究レポート内に記述のあった“堂島ラボ”が、深海棲艦が装着している装備等に用いられている素材についての研究を行っている事を初め、残る2つのラボの内、“梶原(かじはら)ラボ”が深海棲艦の兵装運用方法についての研究、“鳴見(なるみ)ラボ”が深海棲艦の知的能力についての研究を行っている事が明らかになった。

特に梶原ラボには、霊能力面からこの兵装に迫った痕跡もあり、それが最も最有力であるとするレポートが発見されもした事から、霊力によって深海棲艦が兵器を駆動させている事は、比較的前の段階で詳らかになっていた事を彼らは知ったのである。

 

「―――。」

梶原ラボでその事実の一端を目にした彼は、ある一つの事に思い当たる。

 

提督(―――成程、深海棲艦の研究に比べて、艦娘の“戦力化”が早かった訳だ。そもそも深海棲艦の研究の時点で、“霊力を使う事”がテーブルに乗っていたのだから、その分建造の理論構築も速かったのか。)

 

 魔術は兎も角として、霊力―――霊能力自体は比較的知られた能力である。端的に言えば“霊感”と呼ばれる霊感知能力然り、怨霊や悪霊を祓う「お祓い」もこの世界では霊的な能力の一つであり、やはり胡散臭く見られてはいるものの、立派に周知されているものであるのだ。

しかし普通はこう言った軍事面のテクノロジーで出てくるものではないから、艦娘の艤装が霊力などというもので駆動するとは普通は思わないだろう事は確実であるし、そこが分からなければ艦娘の建造はおろか、その戦力化すらままならないのである。

―――しかしここで、既に深海棲艦を研究する段階で、()()()()()()()()の一環として、その武装が「霊力を用いた技術である」と言う仮説が立てられ、それに基づいて研究が行われていたとしたら、どうだろうか?

この条件なら、艦娘と言う一見奇妙な存在が、どの様にして生まれ、どの様にして戦っているか、見当はある程度付けやすくなるのだ。それがひいては艦娘の建造と言う技術に行き着く事になり、戦力化の加速に直結するのだ。

 

提督(と言う事は、巨大艤装も深海棲艦研究の副産物、という訳か。やれやれ・・・こんな所で理論構築が終わっていたとは。)

 

 彼ら4人が用いる巨大艤装についても、7年前の運用当初から霊力を用いる様に作られていた。つまりこの痕跡自体は、少なくとも8年は前のものと見るのが適当なようである。

それを知った彼の心境は些か複雑であり、艦娘の建造にまつわる技術が、よもや深海棲艦の研究の過程で漏れ出たものを基礎にしていたなどと言う事実もさる事ながら、自分達の切り札さえも、深海棲艦の存在無くして誕生し得なかったのだ。

かつて三技研で言われた言葉、「横鎮近衛艦隊の建造設備が、深海棲艦(イレギュラー)を建造する可能性がある」と言う小松所長の発言は、まるで証拠のない話などでは無く、技術の出所を考えれば、技術者としては当然の懸念だったのである。

余談ではあるが、彼の艤装が宿した究極の力、“大いなる(フィンブル)(ヴィンテル)”の出所も深海棲艦の力である。つまるところ、奇しくも巨大艤装と大いなる冬は、同じ深海棲艦のテクノロジーや力を祖とするものだったのである。

 とは言うものの、人類に出来たのは後にも先にも所詮ここまで、ここで得た霊力技術を現代科学と結合させる、つまり艦娘と同水準の戦力を人類独自で手にする事は、遂に出来なかったのであり、そこから先は全て艦娘技術と言う一つの完結されたブラックボックスを、手探りで使う以外に道はなかったのである。

 

伊勢「提督!」

 

提督「どうだ、そっちは。」

 

伊勢「どれも証拠にはならないものばかりよ。やっぱり、地下に行くしかないみたい。」

 

提督「・・・そうか。」

 

 やはりか―――彼はそう思って、伊勢に全員を地下階への階段に集めるよう指示する。地上階はラボと銘打たれている部屋がありはするが実質オフィスであった。外観から言っても研究室があるような大きな施設には見えず、突入した彼らも地下階への階段を既に発見している。

そして、地上階で様々な事実を発見しこそし、様々な資料やデータを接収した彼らではあったが、本題である人体実験の情報を一つも得られなかった。と言う事になれば、目を向けるべきなのは地下階である。既に人員は一掃され、その点心配する事はない。が―――

 

提督「―――深海棲艦の出現に留意する必要があるな。」

 

伊勢「―――!」

 

驚きの表情を見せる伊勢に彼はこう言った。

「ここは深海棲艦の実験をしている場所だと言う触れ込みだ。生きた個体が居ないと、果たして誰が断言できようか。ましてやそれが人体実験を行っているならば、被検体の独房や、その被害者がいる可能性もある。念の為、全員納刀の上、小銃に着剣して置け。」

 

5人「「了解。」」

 

 5人は背に提げた小銃を降ろすと、その銃口に銃剣を装着すると、コッキングレバーを引いて薬室に最初の1発を手で込める。一方の直人も手にするデザートイーグルのマガジンキャッチを外してマガジンを取り出し、残弾数を確認するが、2発しかないのを確認するとそれをマガジンポーチに仕舞い、交換に一杯まで装填されたマガジンを取り出してデザートイーグルに装填する。

 

提督「――よし、いくぞ。」

 

 その声を合図に、6人は階段を下っていく。照明は落とされておらず、階段には照明が灯っていた為、足元は明るかった。しかしそれでも、錆や汚れの目立つその景色は、明るいにも拘らず何処か薄暗さを印象付けずにはいられなかった。

 

 

5

 

―――そして、階段を降り切った6人は明らかに雰囲気が変わったのを感じた。確かに換気は良くされている。数本の通風筒が地表にも露出していた事からもそれは分かるのだが、それでいても、深海棲艦特有の皮脂と潮の香りが混ざった独特な匂いが、人の生活臭に混じって漂っていたのだ。そんな床以外一面白い無機質な空間に降り立った彼等だったが、そこには最早誰もいない。

その白さが空間の明るさを強調するようだったが、清掃も余りされなかったのだろうか、汚れや錆は覆いようもなく、それが室内の輪郭を浮かび上がらせていた。

 

提督「―――地下も3層あるのか。」

 

 階段横の施設図を見て彼は呟いた。しかもその規模は地上の比ではない事が見て取れた。地下1階だけでも10以上の部屋があり、しかもこの層が居住区になっているらしかった。武器庫もこの層にあり、この層には人が生活するのに必要なものが一通り揃っていた。

 

提督「―――天龍、龍田、この階層を任せる。」

 

天龍「おう、分かったぜ。」

 

龍田「はぁ~い。」

 

直人は居住区を2人に任せたが、彼の指示に応えた天龍の声にいつもの勢いはない。

 

提督「・・・天龍。」

 

天龍「な、なんだよ。」

 

提督「・・・無理するなよ。」

 

天龍「―――サンキュー。」

 

天龍のお礼の言葉を素直に頷いて聞いた彼は、川内・伊勢・日向の3人を連れて、先程降りた階段の隣に折り返されていた、地下2階への階段を下って行った。

 

 

 4人が階段を下りている間も中の雰囲気は変わらぬまま、彼らは地下2階へと足を踏み入れた。降りた先には地下3階への階段が折り返されており、降りたすぐ横の壁には、地下1階の階段出口で見たのと同じ案内板が掲示されていた。

 

提督「―――この階層は徹底して調べるぞ。各自分かれて探索を頼む。」

 

3人「「はいっ!」」

 

 案内板には、この地下2階には資料室やラボがある事になっていた。彼が睨んだ通り、どうやらここに何かがあるようだと言う事は、この案内板からも十分類推する事が出来た。この階層にあるラボは3つ、そして、実験室が2つある事が案内板には記されていた。

直人はその内、第1実験室へと足を踏み入れた。

 

提督「―――広いな。」

 

 それが彼の第一印象だった。勿論他に言うべき事は沢山あった。しかしながら、ここが山岳の地下にあり、しかも地下3層の内2層目である事を踏まえれば、それは余りに広いと言えるだろう。彼が立っている場所は推定面積でも40㎡以上あり、様々な機材や書類棚、複数の机も機材の他に文書などが散乱しており、廊下と同じくグレーの床以外白一色と言う異質な部屋であった。

更に入り口を入って右側にはガラスが張ってあり、近寄ってみると、普通のガラスよりも厚く、その向こうは吹き抜けになっている事が分かった。それが、この部屋に広いと言う印象を与えていた要因であったのだ。

 

「―――!」

 その下を覗き込んだ彼は言葉を失った。床や3階部分の壁からは白さが失われ、何かが付着し、風化した様に、灰色に染まっていたのである。そして所々に、拭い切れない赤い痕跡が見えた―――見えてしまった、と言う方が正しいだろう。つまりその壁や床を灰色に染め上げたもの、それは・・・

 

提督(・・・まさか、血か。)

 

 血液は時間が経過すると、血液中に含まれる鉄分であるヘモグロビンが酸化して黒く変色する。元々の赤みも確かに残るのだが、時間が経てば経つほど黒くなっていく。つまり壁や床に付着した血液は到底拭い切れていないままに放置され、そのまま灰色のシミとして残ったもの、と言う事になる。

そして所々に残った赤い痕跡は、まだそこに付着して日の浅い血液が、今正に酸化しようとしている最中のものなのだろう。まだ確定とは言えないにしろ、彼にそう想像させるには、その光景は余りに説得力を持たせ過ぎていた。

 そして彼は、室内のコンソールに目を向けた。情報があるなら間違いなくここだと確信したが故である。もし彼の想像が事実なら、今彼が立っている場所は、実験室の制御室と言う事になる。

 

提督(コンソール自体は一般的なものだ、俺でも扱えるな―――)

 

 彼は海保時代に海自や海保がこの頃導入している共通規格のコンソールを、彼が海保に籍を置いていた際に、訓練にしろ実務にしろ実際に相当使った事があり、ここにあるコンソールはそれらと同じ系譜に並ぶ機材ばかりであった。つまりここにある機械類を彼が扱えない道理はなく、彼は素早く必要なデータの閲覧にかかった。

幸いな事に何かの作業中だったのかアクセス権限は既に入力されていた為、彼は容易にデータを閲覧する事が出来た。それだけ、彼らの襲撃が奇襲効果を挙げたと言う事だったのだろう事は推察に難くない。

―――しかしながらこの時ばかりは、彼自身その事を後悔した。なぜならそこに記されたのは、苦い現実に他ならなかったからである。

これは彼が持ち帰ったデータの一部を抜粋したものである。

 

―――実験記録

 

・2048年2月10日

 

 “検体α-01”(30代男性、■■刑務所より移送)に対し、駆逐艦級深海棲艦の核埋め込み施術を実施。手順はマニュアル通り。施術後当実験室にて経過観察を実施した。

入室1時間後、体表に硬質化及び皮膚の肥大を確認、筋機能に影響なしとの事。

3時間後、硬質化の範囲が増大、また硬質化した部分が黒く変色を開始、同時に“検体α-01”が全身の痛みを訴え始め、各部から出血が見られ始める。

6時間後、硬質化の範囲が更に増大し、四肢の筋機能に障害、同時に衝動的な暴力反応が見られる。

7時間51分後、突如全身の痙攣の後死亡。

〇検死結果

 脳髄が“核”の影響を受けた事による脳死と推定される。検体の施術方法等については見直さざるを得ないものと推定される。

最終的に体表の硬質化は金属のような状態になり、分析の結果、深海鋼に近い性質を持つ事が判明した。また皮膚の厚みは通常の10倍程度に達しており、細胞・神経構造も異なるものに変質していた。このメカニズムについては更なる実験が必要となるであろう。

 

*補遺1:後日の解剖と細胞分析の結果、各部の細胞がヘイフリック限界*5を起こしていた事が判明した。また、血中から未知の物質が発見され、各部の細胞にもこの物質が流入している事に加え、これが流入した細胞がヒトとは別の遺伝子に書き換えられている事も確認された。そして各部細胞がナチュラルキラー(NK)細胞による攻撃を受けていた痕跡が発見された事から、この物質が体細胞のDNAを書き換えるのに何らかの役割をし、それによってNK細胞の攻撃対象となった全身の細胞が破壊された事で出血が起き、脳髄の脳細胞が攻撃され破壊された事で脳死に至ったものと推定される。なお、この際出血量は本来の致死量を超えているものであったと推定されるが、これについては別途計測を要する。

*補遺2:補遺1の分析結果を確認する為、マニュアルと同じ方法で実験動物C-021(イヌ、犬種:ラブラドールレトリバー)を用いて実験を行ったところ、同様の結果を得る事が出来た。検死結果にもある通り、施術方法は全面的に見直す必要があると思われる。

 

 

「―――。」

 僅かに眩暈を覚えて彼は一旦読む目を止めた。彼が想像した通りの事が起きていた事が、これによって証明されてしまったのである。駆逐艦級の核、つまり小型艦用のそれは、言うなれば深海棲艦の心臓としての役割を持つ。しかしそれは同時に骨髄のような血液生成機能を持ち、宿主が失血程度で死に至るが如き事態を防ぐようになっているのだ。

それは正に、宿主を永久に戦わせる為の猟奇的霊力装置であり、艦娘機関とは根本を隔絶した、肉体と機械の融合を達成する為の機構だったのである。しかも小型艦用の核は自我を持たない集合意識の一種だったと今日では見られており、しかも生きた核を使用している為、その後の実験結果は、その肉体改造が巧緻を極めて行ったことを証明するかのような有様だった。しかしNK細胞の働きを抑制する事が出来なかったようで、80件を優に超す実験結果には、殆どに「失敗した」という文言が並んでいた。

 

「提督!」

その声で直人は我に返った。振り返るとそこにはノートのようなものを持った伊勢がいた。

 

提督「あ、あぁ・・・伊勢か、どうした。」

 

伊勢「これを見て、研究員の日誌を見つけたわ。」

 

提督「ありがとう。」

 

そう言って彼は受け取ると、軽く目を通していく。すると、書き殴られた様に記されたつい最近の1ページが目に留まった。

 

―――2054年10月10日

 失敗、失敗、失敗の連続だ! こんなことを命じた連中は気が狂ってる! 何とかして止めさせるんだ、これ以上、こんな事を続けていたら、おかしくなりそうだ! だが奴らは諦めていない、生きた戦艦級の核が手に入ったとか言っていた。前に戦艦級の核を使った時の結果がどうなったのか、奴らは気にも留めていやしない。今度こそ大丈夫だなどと言ってやがる―――

 

提督「・・・多分この日記の持ち主が、龍田に情報を渡したのだろうな。どこにあったんだ?」

 

伊勢「奥の資料室よ。沢山の資料の中に隠す様に挟んであったわ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

彼は心の中で冥福を祈った。

 

「提督・・・伊勢もいたのか。」

そのタイミングで現れたのは日向である。

 

提督「どうした。」

 

日向「第2実験室の机の上に、研究員の日誌があった。ここを見てくれ。」

 

「あぁ・・・。」

彼は開かれたノートを受け取り、そのページを読み―――そして絶句した。

 

―――2054年12月1日

 我々は()()()()()()。過去7度失敗し、どの艦種のものでも成功してこなかった戦艦級の核の移植に、遂に成功したのだ。“検体θ(シータ)-04”の成功には、牟田口閣下もお喜びになるだろう。彼は素晴らしい戦闘力を有し、しかも我々の制御下にある。

些か性格面に難があるが、その様な事はこの際問題ではないだろう。彼は得た力を使って人類の為に戦う事を快く思っており、艦娘を凌駕しうる可能性を持つ彼と言う存在は、今後の戦局を変えるだろう―――

 

「成功・・・成功だと!? 馬鹿な、()()()()()()()()が、どう成功したと言うんだ!?

取り乱したように彼は目を血走らせてそう叫んだ。彼をしてそうさせるに足るだけの状況が、そこには揃っていた。

 

伊勢「提督! 落ち着いて!」

 

提督「これが落ち着いていられるか、この研究所は狂気に塗れていたんだ! こんな事をしなくたって、戦況は既に―――」

 

パチン―――!

 

「―――!?」

 いきなり平手打ちを食らい、彼は思わず面食らった。そんな彼に平手打ちを食らわせたのはなんと日向であり、それは同時に彼に冷や水を浴びせたような効果を与えたのである。

 

日向「落ち着け提督。まずは冷静に考えるんだ。」

 

提督「日向・・・?」

 

日向「私達がするべきなのは、この悍ましい現実を資料として持ち帰り、封印する事だ。それに、このθ-04については大凡居場所が分かっている。」

 

「本当か!?」

驚いてそう問い返す彼に対して日向は淡々と答える。

「あぁ、地下3階の最深部、“Sクラス隔離室”と呼ばれている部屋だ。そこに隔離されているらしい。」

 

提督「・・・成程。つまりここで殺すしかない、と言う事だな。」

 

日向「そうだ。落ち着いたか?」

 

提督「―――あぁ。すまない、見苦しいところを見せた。」

 

日向「いいさ。ほら、ここの所長のものと思われるカードキーもある。」

 

提督「・・・うん、分かった。」

 

彼は日向からそのカードキーを受け取り、意を決して第1実験室を出ると、偶然そのすぐ傍の廊下にいた川内と鉢合わせた。

「うわっ、ビックリしたぁ・・・。」

驚いたように声を上げる川内に、直人は口早に言った。

「おぉ、川内か。丁度いい、天龍と龍田を呼んできてくれ、急ぎでな。地下3階に行く。」

 

川内「う、うん。了解!」

 

 様々なものを見た事で、彼の中で方針は定まった。闇雲な調査しか手掛かりを探る方法が無かったところから、一気に状況が進展した訳である。彼は地下2階に降りてきた天龍と龍田に、簡潔に現在起きている事態の説明をすると、5人を引き連れていよいよ地下3階へと向かうのである。

確実にここに何かがある、と言う確信めいた思いを抱きながら階段を下っていく直人は、自然と刀の柄に手をかけていた。それだけここが危険であるかもしれないと言う事を、彼自身無意識ながらに感じ取ったのかもしれず、それを見た5人も改めて自身の得物に意識を向けたのだった。

 

 

6

 

 地下3階に辿り着いた彼らは、明確に雰囲気が異なる事を否応なく認識した。と言っても景色が劇的に変わった訳では無く、廊下から見える雰囲気は、全くこれまでと同一のものである。だが、それまでもどことなく鼻についた深海棲艦の臭気が、ここに来て明らかに強くなったからである。

地下2階まではそこに人がいた事が分かる程度には、人間の出す臭いがしたものであったが、この階層だけは明確に違うと言う事が分かるほど強い臭気が充満していたのである。それはその匂いが何なのか理解していない者にとっては、空気が淀んでいるとしか思えないような状態であった。

 

「なんだ、ここは・・・。」

直人ですらも、思わず呻くような声でそう言ったほどである。背後に控える5人もそれぞれに顔をしかめていた。

 

川内「まるで敵艦隊の中にいるみたい・・・。」

 

提督「案外言い得て妙かもしれん。ここには沢山の深海棲艦の核が、生きたまま持ち込まれ、そして様々な実験に供されていた。その際に生じた霊力輻射がこの階層全体に及び、これだけの禍々しい空間を生み出したんだろう。当然、霊力を用いる才もない連中には、感じ取る事すら出来んだろうがな。せいぜい、連中の匂いがすると言う程度だろう。」

 

川内「でもそれは・・・」

 

「―――この場所が、深海棲艦によって徐々に浸食されていたと言う事。」

瞠目して龍田がそう言ったのを聞いた川内を除く3人は驚いた様な顔をした。そしてその言葉を受けた直人もまた、全く驚かずこう言った。

「俺の同族―――俺やお前達が守るべき“ヒト”がした事だ。よくその目に刻んで置け。」

 

 彼はそう言うとフロアの廊下に足を踏み入れた。龍田や川内、提督は兎も角、他の3人が驚いたのは無理もない事であった。深海棲艦による浸食と言う行動は元来、彼らがテリトリーを広げる為に行う行動である。そのテリトリーこそ、両陣営で“棲地”と呼ばれるものであり、彼らが事実上占拠している占領地でもあるのだ。この事は当時既に軍関係では知られていた事であり、直人自身も勿論よく知っている事実でもあった。

そしてそれは何も、彼らが意図せずとも引き起こされる事象でさえある。即ち、下手をすれば、この場所もまた棲地へと変貌していたかもしれない。それだけに、その状態は棲地に近しいものがあった。

 事態の深刻さを改めて認識した6人は、何時でも武器を使えるようにしながら各部屋を回り、何かが潜んでいないかを確認していく。彼らは棲地を攻略する時以上に神経を張り巡らせ、入念にクリアリングをして行った。

 

提督「・・・検体房?」

 

彼がふと目を止めた表札には、「第3検体房」と刻まれていた。妙な胸騒ぎを覚えた彼は、手にした銃が直ちに撃てる事と、背後に伊勢が控えている事を目視で確認すると、扉の施錠を解除して少し開け、中の様子を窺った。

 

ワンワンワンワン! バサササッ―――!

 

その声を聞いた彼は扉を開ける。中には動物を収めた檻が沢山置かれていた。犬、猫、猿、フクロウ、鷹と言った様々な動物達がそこにはいた。

 

提督「実験動物達か・・・気の毒にな。」

 

伊勢「お、こんな所に柴犬かぁ。」

 

後ろから伊勢が覗き込みながらそう言うと、檻の一つに駆け寄ろうとする。

 

提督「後にせい。」

 

伊勢「はーい。」

 

 すかさず制止した直人は、その隣の部屋へと向かった。隣の部屋も表札には「第2検体房」と記されており、彼は再び慎重に扉を少し開ける。そして彼はその異様さに思わず目を見張った。

室内には生き物の気配はなかった。ただ左右に並べられた沢山の金属製の棚に、何かラベリングされたシリンダーが無数に並んでいるのみであった。異様なのは、そのシリンダーの中身である。

 

体組織の一部を伴った、深海棲艦の一部だったのである。

 

提督(なんだ、これは・・・)

 

 異様な光景に息を呑みながらも、彼は扉を開け、小銃を構えながら室内に入った。ぼんやりと照明が灯された室内には誰もいなかった。しかし無数のシリンダーが並ぶその光景は、その照明と合わさって不気味な雰囲気を醸し出していた。直人はその内の一つに近づくと、ラベルを読んでみた。

 

―――core-ル 3j71―――

 

 それを見た時、彼は、その正体を悟った。シリンダーに開いていたガラス製の窓を叩いてみると、中に入っていた物体の体組織が、うねっと動いたのも確かに見た。そしてその隣にも並ぶシリンダーの4つまでのラベルと読み比べてみて、彼は確信した。

 

提督「伊勢、ここに並んでいるシリンダー、この中身全部、深海棲艦の核だ・・・!」

 

伊勢「こ、これ、全部・・・!?」

 

伊勢が驚いたのもそれはそれで無理はなかった。この室内には少なくとも300を超えるシリンダーが並べられていて、その全てに深海棲艦の核が納められていると言うのだから。

 

提督「間違いない、しかもこれらはまだ生きている。恐らくはここにある核を用いて、動物や人間に対して実験を行っていたに違いない。」

 

伊勢「でもそんなの一体どこからどうやって―――」

 

言いかけて伊勢は察する。

 

提督「そうだ、何度か我が方の基地が襲撃を受けていただろう。その時に人目を盗んで拿捕し、核だけを取り出したのだろうね。しかもこれは相当数の核を切除したのだろう、手法が洗練されている。」

 

伊勢「それを、ここに保管しているって訳?」

 

提督「それも殆ど動かない所を見ると、一種の休眠状態に置かされているようだ。このシリンダーに充填しているのは多分、ある種の特殊な溶液なのだろう。でなければ、保管するには危険過ぎるからな・・・。」

 

 彼はそれだけ言うとそれらに背を向けてその場を後にする。眠ってくれているのであれば、それに越した事はないと考えた為であった。

第2検体房を出た2人は、更にその隣室に向かう。そしてそこがある意味、一番の問題でもあった。その表札に刻まれていたのは、第1検体房の文字。彼は再び2つの検体房と同じく、施錠を外し、僅かに扉を開けながら、その隙間に銃口を突きつけつつ様子を窺った。

 

―――そこは正に独房だった。中には人の気配もあった。

 

「う、撃たないでくれ・・・っ!」

 

 悲鳴のような男の声が、扉の内側から上がった。その声を聴いた彼は扉を開けて銃を構え、室内へと踏み込んで室内を索敵するが、彼と独房内の者を除けば誰もいない。彼が銃を降ろした時のベルトリングの音を聞いて伊勢も室内に入ってくる。

 

「あ、あんたら、ここの連中か?」

 

 先程の声の主が、怯えたように尋ねてくる。一番手前の房に入っていた中年の男に対して、直人は淡々と答える。

「いや、違う。我々はこの施設の所属ではありません。」

その声を聴いた他の独房に入れられていた者達からどよめきが走る。見れば誰もが薄い青色の服に身を包み、その目からは活力が失われていたが、突然の乱入者に一様に驚いていた。

 

「なら、助けてくれないか? 私はここの方針に反対した為に、ここに入れられていたんだ。多くは死刑囚だが、他にも同様にここに入れられた者達が何人かいる。」

 

提督「死刑囚・・・成程、実験記録と合致するな。ここから出す分には一向に構いませんが、人手が足りませんし、あなた方の移送までは我々も想定していません。この施設の制圧が済み次第手配するので、それまでここで待って頂きます。」

 

「・・・分かった。」

 

返事を聞いて彼が踵を返して去ろうとするとその男が直人を呼び止めてこう尋ねた。

 

「この施設の連中はどうなった?」

 

提督「全員亡くなりました、我々と銃撃戦をして。残ったのは我々と、ここにいる者と、動物達だけです。」

 

「そうか・・・。」

 

それだけ答えると彼はその場を立ち去った。伊勢はそんな彼の背中と独房を交互に見やってから、急いで直人の後を追って第1検体房を出た。

 

伊勢「なんですぐに出さなかったの?」

 

廊下に出た彼に頃合いを見てそう尋ねた伊勢に対して、直人は一言、こう答えた。

「あいつらが逃げない保証がないからな。」

 

伊勢「あぁ、成程・・・。」

 

提督「それにたった6人しかいないのに、あれだけの人数を見れる訳がない。20人はいる様だったしな。」

 

「例の検体の話もあるし、人手は割けない。」

そう得意げに言った伊勢に彼は笑いながら答えた。

「そうだな、その通りなんだ。人間がそう()()()()()()()としたら、どんな姿で、どの様な力を持っているのか、流石に想像もつかないからな。」

 

伊勢「そうだね・・・なんにしろ、ここで終わらせないと。」

 

提督「あぁ、負の連鎖によって生み出された産物だ。だからこそ幕引きにする必要がある。こんな悪夢を、これ以上引き延ばさせてはならない。破滅的な結果を招く前に、終わらせる必要があるんだ。倒すにしろ、決着を預けるにしろ、だ。」

 

伊勢「でも命令は・・・」

 

提督「―――この事実を抹消する事だ。その為には、その検体も殺す必要があるだろう。だが、死を本心から望む人間など、いる訳がないからな・・・。」

 

伊勢「・・・そうだね。」

 

矛盾した世の中だ、と彼がふと思った時、背後から足音がして彼は振り返った。

 

「他は全部終わったぞ、誰も居なかった。あとは“奥”だけだ。」

そう声をかけてきた日向を初め、フロアに散っていた4人がそこに揃っていた。

 

提督「分かった。では、パンドラの箱を開ける事にしようか。」

 

 そう言うと5人は無言で頷いた後、歩き出した直人の後に続いて、この施設の最深部へと歩みを進めていく。直人も改めて銃のセーフティや弾倉の残弾をチェックし、右腰のホルスターに挿された拳銃の所在も確認していく。この時直人はまだ、左腰に提げていた極光と希光は抜いていない。彼は小銃を構えながら、粛々と廊下を前進して行った。

 それ程長くは無い道のりを、角を二つ曲がり、俄かに深海棲艦の気配が強まりだしたと感じたその時、廊下の終端が彼らの正面に立ち塞がった。

それは、廊下の終端を殆ど一杯に占有した大きな扉だった。中央には「Sクラス隔離室」と刻まれた表札と共に、小さな液晶画面が付いたコードの読み取り機があり、これで扉を制御しているようだ。色味はこれまでと変わる事はないが、直人は試みまでに、廊下とその扉の部分を叩いて音を比べてみる事にした。

 

提督「―――材質が明確に違うな。廊下の壁は一般的に使われる壁材と同じ音がするが、この扉は・・・まるで装甲板だな。金属の音もそうだが、音の伝わり方が弱い。空洞が無い感じだ。」

 

川内「頑丈に作らなきゃいけない理由がある、って訳だね。」

 

提督「そう言う事だな・・・天龍?」

 

彼が何気なく天龍に声をかけると、天龍はピクッと一つ体を震わせてから声を出した。

「おっ・・・おう、どうしたんだ?」

 

提督「随分無口じゃないか、大丈夫か?」

 

天龍「へっ、どうって事ないぜ。さっさと終わらせようぜ。」

 

提督「そうか・・・。」

 

 その声を聞いた彼は「無理もない」と内心で思った。当然である、彼でさえ、心を押し殺さなければ飲まれてしまいそうなほど、彼らが感じ取っていた雰囲気は、尋常では無いものだったのだ。普段口数の多い方である天龍でさえその有様なのだし、直人でさえ日誌を見て思わず取り乱してしまったほどである。

他の4人も、受け続けているストレスたるやいかばかりだろう・・・。

 彼は内心ではそう思いつつ、口には出さず、ただこう言って口火を切ったのだった。

 

提督「―――いくぞ。」

 

そう言って彼は、所長の物と見られるカードキーを認証する。

 

“パスワードを認証して下さい。”

と言う文字が液晶画面に出たのを見た彼は龍田に目配せをすると、龍田は一つ頷いて彼と入れ替わり、コンソールに一つの文字列を、どこからか持って来たのだろうデバイスを用いて、乾いた電子音と共に入力した。

 

Mr. Hyde

 

 するとデバイスから「ピーッ」という音が鳴ると同時に、液晶画面に“認証しました。”という文字が現れ、重厚な音と共に扉が緩やかに左にスライドした。その先には通路が少し続いており、彼らが入るとは言ってきた扉は閉まり、通路の先にあった扉が代わって開いた。

 

7

 

―――そこは、異質な空間へと変貌していた。白い壁にはシミの様に変質した黒い物体が浮き、継ぎ目は赤く変色していた。そこには、その白さが与える清潔な印象は何処にもなく、ただ異質化した空間が、そこには広がっていた。

 

そして足を踏み入れた6人の目の前には、一人の人影があった。だがその特徴は、人と呼べるものでは無かった。

 身体的特徴からも男である事は容易に想像が付いたが、両腕の外側は、黒光りするものが隆起し、爪は更なる硬質化を遂げ、全身の筋肉が盛り上がっている一方、皮膚も肥大し、その輪郭を打ち消しつつ、その肌からは血の色が見えづらくなっていた。

その人影は、彼らの足音を認めると、ゆっくりと彼らの方を振り向いた。

「・・・お前ら、ここの連中じゃねぇな?」

粗野な声が周囲に響く。直人は怯む事なく答えた。

「横須賀鎮守府から派遣されてきた者だ。“θ-04”だな?」

そう問われるとその男は答える。

「確かに、“θ-04”と奴らは呼んでいたがそんな名前じゃァない。俺には『幸田(こうだ) 真人(まさと)』って名前がある。」

 

提督(幸田 真人、前科7犯の末、連続強盗殺人の容疑で4年前に死刑が確定した男だ。既に刑が執行されたと聞いていたが、こんな所に・・・。)

 

「あんた、ここの連中はどうした?」

そう問われた彼は、特に包み隠す事なく言う。

「抵抗した者は皆死んだ。検体房の連中以外はな。」

それを聞いた男は高らかに笑いながら言った。

「ハハハハハハッ! 揃ってその若さ、それも女ばかりでか。あんたら強いんだな、それとも、連中が弱すぎたんだな。あんた鎮守府から来たって言ったな。と言う事は、そこに侍らせてんのが、連中の言う艦娘って訳だ。別嬪揃いで羨ましい限りだなオイ?」

 

提督「―――下品な物言いだな。」

 

「よく言われる。」

特に堪えた様子も無く男は言い、暫しの静寂が訪れる。

「なぁ、あんた強いのか?」

沈黙を破った男に彼はただ一言

「さぁな。」

と答えたのみであった。

「そうかい・・・なら、」

 

“その身に聞いてみるとしようか―――”

 

提督「!」

 

「―――なっ!!」

 

 言い終わったのと、男が彼に向かい水平に飛んだのは同時だった。しかもその脚力は尋常ではない。艦娘達の反射神経でも、ましてや彼でも、それを完全に捉える事は出来なかった。その彼をして唯一出来たのは、携えた銃を、自身の前に掲げる事だけだった。

 

ドゴオオオオオン!!

 

「がっ―――!?」

 激しく彼の体が背後の壁のような扉に叩きつけられる。それに遅れる様に、砕け散った20式小銃改が、彼の周囲に破片をばら撒く。骨と言う骨が悲鳴を上げ、激痛が全身を駆け巡りながら、彼の体は重力に従って壁を伝い、床へと落ちて行く。しかし致命傷に近いその一撃をそれで耐えられたのは、掲げた20式小銃改がクッションとなったからこそである。

突然の事に、他の5人は状況を理解出来なかった。ただ彼が、本能のままにその右腕を左腰に伸ばしていた―――

 

ガキイイィィィン

 

提督「―――!」

 彼でも何をしたのか分からなかった。敢えて言うなら、戦士としての本能が彼を突き動かし、極光を引き抜かせたのだろう。そして咄嗟に引き抜き受け止めたにも拘らず、極光は折れるどころか刃こぼれの一つもしていない。

「へぇ、本当に強いな。」

 

提督「・・・舐めるな。本土の軟弱者共とは、鍛え方が違うっっ!!」

 

ギイイイイイン

 

 彼はその一振りで男を弾き飛ばす。彼の膂力は艦娘には到底及ばないまでも、一般的な人間よりは遥かに高い。面食らう男の前で彼はよろめく様に立ち上がった。全身からは悲鳴が上がりっぱなしだったが、泣き言など言っている場合ではない。

 

伊勢「大丈夫!?」

 

天龍「てめぇ―――!」

 

川内「私達の提督に―――!」

 

伊勢が思わず駆け寄り、天龍と川内は彼をかばうように抜刀して立ち塞がる。

 

提督「あぁ、大丈夫だ。銃が俺を守ってくれた―――なんてざまだ。」

 

伊勢「そう、よかった。」

 

「こりゃいいや。正直ずっとここに閉じ込められて退屈してたんだ、付き合って貰うぜ―――。」

 

男は再び身構えた。全身の筋肉に力が蓄えられていくのが、外見からでも明らかな程に分かる。

 

提督「腕のそれは装甲だ、気を付けろ!」

 

 彼が5人にそう叫んだのと男が再び飛んだのは、直人の方がやや早く、ほぼ同時であった。川内と天龍に正面から飛び掛かった男に対し、2人はその腕の一撃を身をよじって躱すと、返しの一撃を左右から同時に見舞う。だが―――

 

ギイィィン!

 

 その一閃は広げられた腕の装甲に阻まれた。特に刀を使っている天龍は余りの感触の硬さに目を白黒させていたが、あっけなく突破されたと見るや直人は一歩、前へ。

 

提督「―――むん!」

 彼が気合いを入れたと同時に、極光の刀身が白く輝きを帯びる。霊力刀である極光が帯びた霊力が彼の霊力と同調した証である。そして気合を入れたと共に放たれた下段からの一閃を男はその両腕の装甲で受け止める。

火花が散り、左腕の装甲に僅かな傷を残したが、正の霊力で以てして余りにも固い感触に、彼は驚きを隠せなかった。深海棲艦相手でもここまで硬いのは殆ど経験が無いのだ。

 そしてその程度で男は止められなかった。男は右、左と連続で装甲での突きを繰り出すと、それを彼は身をよじって躱し、今度は右から払うような一撃を身をかがめて躱すと、直人はすかさずそのまま跳躍し、宙返りしつつ一閃し、背後に着地して回転斬りを見舞う。

(―――背中に目でもついてんのか!)

彼は内心で舌打ちした。加えた二連撃は全て装甲で防がれてしまったのである。

 

天龍「はあああっ!!」

 

 そこへ天龍が簡易艤装を起動して斬り込む。先程と違い鋭い三連撃を見舞うが、やはり結果は彼の時と同じであり、逆に天龍の方が殴り飛ばされ壁にしたたかに打ち付けられる。

そこへすかさず直人も川内と共に飛び込んで二、三度斬りかかるが、その身のこなしは見た目以上に早く、その体に傷一つ付ける事も出来ない。だが彼もさるもの、男の反撃をひらりひらりとかわし、伊勢と日向が飛び込んで来るのを見ると揃って一度距離を置いた。

 

提督(なんて奴だ・・・本当に一般人か・・・?)

 

 艦娘達2人掛かりでも崩れないその守りに彼は舌を巻く。身のこなしや膂力において一般人より遥かに勝る艦娘を相手に、そんな芸当は彼でさえ容易ではないのに、目の前に立つ被検体の男はそれを軽々とこなしている。それどころか人一人を腕の一突きで吹き飛ばすなど、到底常人の技では無い。

 

伊勢「くっ―――!」ギィン

 

日向「化け物め―――!」ガイィン

 

その声で彼は我に返り、そして極光から左手を離し、空いたその手を今一度左腰に伸ばす―――

 

「どうしたどうしたぁ―――!!」

 

 何かを感じ取った男が振り返ると、そこには希光で逆持ちに2度その刃を振り抜いた直人と、迫りくる2つの霊力刃が目に映った。その霊力刃は男の意表を突いたらしく、光の刃は男の上半身を深々と抉り取った。

 

提督(よしっ―――!)

 

漸く一撃を浴びせた事で、彼の意気は否応無く上がった。だが―――

 

「それがどうしたぁっ!!」

 

 男は全く止まらなかった。それどころか彼に向かって突進を仕掛けたのである。直人の目には、急速に傷が塞がっていくのがありありと見て取れた。

(なんだその反則じみた回復力は―――!?)

直人は驚愕したが、だからと言って一度目と違って体が動いていない訳では無い。彼は突き出された左腕を一歩前に出ながら身をかがめて躱すと、勢いをそのまま極光に乗せて、一気にその左脇腹に向かって振り抜いた。

鮮血が迸り、男の体が力を失ったようにそのままどうと倒れ込む。

 

伊勢「提督・・・!」

 

川内「ふぅ―――。」

 

ドシュゥッ

 

提督「―――!」

 

彼が振り返ると、男に止めを刺す龍田がいた。よく見ると龍田の槍は、男の頸椎の辺りを刺し貫いていた。

 

龍田「施術マニュアル通りなら、核はこの辺りにあるわ。見て提督。」

 

龍田に呼ばれ直人がその指差した場所を見ると、彼が切り裂いた左脇腹が、既に塞がり始めていたのが確かに分かった。だが龍田の一突きによってその再生は止まったらしく、傷からは湧き出る様に血が溢れていた。

 

提督「・・・とてつもない再生能力だな。」

 

龍田「確かにこれなら、深海棲艦を止められるかもしれないけれど・・・一撃で人なんて吹き飛ばされてしまうのに、この程度が埋め込み手術の成果だって言うんじゃ、割に合わなすぎるわねぇ。」

 

提督「全くだ。命を賭けるだけの対価があるとは、到底思えないな。さぁ、行こう。龍田、横鎮に報告の用意を。」

 

龍田「はぁい。」

 

彼がカードキーを読み取り機に読み込ませて扉を開け、5人の艦娘達が通路まで出た後、殿の直人はもう一度後ろを振り返る。

「―――。」(結局の所、奴は既に死んでいる筈の人間だ、俺と同じ様にな。ならばこの土深くでもう一度死んだとしても―――)

同じ事だろう、そこでその想念は唐突な中断を余儀なくされた。なぜなら死んだ筈の被検体が動き始めたからである。しかもそのタイミングで無情にも扉は閉まりだす。

 

伊勢「提督―――」

 

提督「下がってろ!!」

 

伊勢「!!」

 

「クククク・・・」

 

扉が閉まり、男が起き上がる。本来なら出血多量で既に死んでいる筈の男がである。

 

「面白れぇじゃねぇか、お前が“連中”の言っていた“例の男”か。」

 

提督「連中・・・?」

 

「ならば・・・ココデコロシテヤル。」

 

その瞬間男の体が変容を始める。腕が、足が、その体が装甲に包まれていく。そんなものに包まれたが最後、恐らく彼の刀は役に立たなくなってしまう。ならば―――

 

提督(魔術制御術式壱式・参式、解放―――!)

 

 彼は切り札を発動する。左手袋の甲に刻まれた術式が輝きを見せ、同時の彼の周囲に10本以上の白金剣が現れる。そして彼はすかさずそれを射出した。見かけ10本に見えた白金剣だったが、実際には彼の内的宇宙から白金剣を取り出す為のゲートを開いただけであり、次から次へと白金剣が連続で射出されていく。

殆どの物質を貫通出来るほどの硬さを誇る彼の白金剣は、深海鋼に変容していくその体を次々に貫通し、ずたずたに引き裂いた。そうして、さしもの被検体も壁を背にして倒れ込んだ。

 

提督「―――ふぅ。」

 

 彼は思わず息をついた。これだけの魔術を行使するのには、相応の魔力を消費する必要がある。しかも彼自身そこいらの魔術師より魔力を持っているとは言っても、彼の魔術である白金千剣はその魔力の量と比しても燃費が悪く、その為に普段は無理なく使える程度にリミッターを掛けている訳である。

彼が再び魔術制御術式をかけ、その場を立ち去ろうとした、その時であった。

 

「グ・・・フフフ・・・」

 

その笑いは確かに被検体のものだった。驚いて直人は再び振り返る。

 

提督(まだ―――!?)

 

「化け物じみた強さだ・・・なぁおい?」

まだ声が出せるのか―――そう驚きながらも直人は言った。

「化け物なのは、お互い様じゃないのか?」

 

「あぁ、ちげぇねぇや・・・。」

そこまで言うと、突如男は断末魔の叫びをあげた。

「―――深海万歳! ()()()()()()()()()()()万歳!! 我らが闘争の先に、栄光あれぇぇっ!!!」

 

提督(―――!)

・・・大いなる冬(フィンブルヴィンテル)、その名を死に際に確かに口にして、男は事切れた。その表情は狂気の笑みに満ち、死んだ事にすら気付いていないかのようであった。だが、彼を支配した想念はそれとは別の所にあった。

 

(まさか・・・この実験は霊力的な繋がりを使い、深海側に漏れていた・・・いや、連中に操作されていたのか?)

 彼のその仮説は戦後補完される事になる。と言うのも、戦後の深海側への聴取や記録等により、特に小型な駆逐艦やそれ以下のクラスの深海棲艦は、戦闘マシーンとして特化させるため、ハイブマインドに極めて近いものだったとされており、また軽巡以上でも通信手段としてテレパシーに近い霊力通信が用いられていた事が明らかになっていることから、心を学習する以前の深海棲艦は、一種の集合精神に近いものだったとされているのだ。

現在のこの情勢は、心を手にした深海棲艦に起こった精神的な進化によって生じたと見る事も出来、その為に深海棲艦内での対立が生じたと言う事も出来る様である。

 

提督「・・・まさかな。」

 

その考えを振り切って彼はSクラス隔離室を後にした。その直後の12時50分、施設の通信設備を使い、横鎮に対し、電話連絡が行われた。

 

 

12月8日12時50分 横鎮本庁・司令長官室

 

プロロロロロロッ

 

カチャッ

 

2人しかいない長官室の電話が鳴り、その受話器を土方海将が取る。

 

土方「―――土方だ。」

 

提督「“・・・鳥籠は壊れ、鳥は飛び立ちました。”」

 

土方「・・・分かった。」

 

提督「“それと、検体として30人ほどの人間やその他動物が収容されていました。これらの収容の手筈をお願いします。我々は彼らの監視に当たり、収容を確認次第帰還します。”」

 

土方「直ぐ手配する。ご苦労だった。」

 

ガチャッ

 

大迫「閣下・・・。」

 

浮かない表情の大迫一佐に、土方海将は告げる。

 

土方「・・・成功したそうだ。施設は確かに実在し、且つ、制圧に成功したようだ。」

 

大迫「そうですか・・・。」

 

土方「―――我々は今度の事を、決して忘れてはならないが、口外する事もまた、当面は許されるまい。」

 

大迫「心得ております。」

 

土方「うむ・・・もう下がっていいぞ。遅くなってしまったかもしれないが、昼食にするといい。」

 

大迫「では、失礼します。」

 

そう言うと大迫一佐は敬礼した後、身を翻して長官室を後にするのであった。

 

土方(成功、などと言ってはいかんな。私も遂に、焼きが回ったのだろうか・・・。)

 

 1人になった彼は執務室の自らの椅子にもたれかかりつつ、瞑目した。奪われた―――否、奪わざるを得なかった多くの人命に対して。そして、それを行った彼らにも。同時に、その任を命令によって強制し、送り出さざるを得なかった土方海将は、この報告を受けて自責の念を強くした。

 直人の送った第一報の意味は、事実、次の通りのものであった。

 

「施設・情報の掌握は完全に終了し、確認された被検体の処分も完了した。」

 

 

8

 

 任務を終えた直人は、護送される途中のヘリで、その掌中に握った物に目を落とした。それは、あの施設にあった全データを収めた、いくつかのUSBメモリだった。この中の幾つかは純然たる研究結果であり、今後何かしらの役に立てられる事は疑いようがない。しかし中には、現実と呼ぶには余りに現実離れし過ぎた、悍ましい記録もまた収められていた。彼の仕事は、尾野山一佐にこれを送り届ける事で完了する。

 

提督(―――「この様な暴挙の証拠を、残してはならない。」か・・・果たしてどこまでが本音なのだろうな。)

 

彼は憔悴しきった頭でそんな事を考えていた。山本海幕長の言伝とは裏腹に、このデータが持ち帰られた理由は、横鎮での細部打ち合わせの際の事であった。

 

 

横鎮を出る前、尾野山一佐とミーティングを行っていた彼は、ごく自然な流れからこんな事を切り出されていた。

「あぁそれと、施設にあるデータについては、全て接収の上で、現場にあるデータは全て処分して貰いたい。」

 

提督「―――お安い御用ですが、今回の証拠は残らず消す、と言う事では?」

 

尾野山「それはあくまで表面上の事だ。彼らが何をしていたのか、それを確かめて置くに過ぎたる事はない。」

 

その言葉を聞いた直人はらしくもなくこう切り返していた。

「―――尾野山一佐。この事について、山本海幕長は何か仰っているのでしょうか?」

それに対して尾野山一佐は首を振ってこう言った。

「いや、これは私の独断だ。山本海幕長には伝えていない。」

 

提督「・・・。」

 

「紀伊君。君達の奮戦も空しく、未だに戦局が芳しくない事は、最前線で誰よりも多く、激しく戦い抜いてきた君には分かっている筈だ。」

 尾野山一佐の言葉は事実である。横鎮近衛艦隊を初めとする一般・機密問わない多くの精鋭部隊や、自衛軍将兵の必死の努力より、敵勢力圏を大きく削り取ったにも拘らず、深海棲艦隊はその勢いを衰えさせる事無く戦線に停滞を齎しているのだ。西はコロンボ、北はアッツ・キスカ島、東はミッドウェー諸島、南は豪州ダーウィンに至る広大な範囲から、敵対的な深海棲艦の勢力を放逐したとはいえ、ソロモン諸島では一進一退の攻防が続き、ベンガル湾では未だに通商破壊が続いている。

 勿論それは太平洋方面でも例外ではなく、サイパンは勿論の事、パラオやラバウル航路の航路上で、潜水艦の発見報告が後を絶たない。サイパンに至っては現在でも、ウェーク棲地から飛来する偵察機や海上封鎖を目論む通商破壊部隊、時々来る爆撃隊との応酬に明け暮れる日々なのだ。

その事を肌身に良く知る彼は素直に頷いた。

 

提督「そうです。だからこそ、この戦局の均衡を揺るがしかねない()()をこの際除いてしまう、そう言う事でしたよね?」

 

尾野山「そうだ。だが彼らの研究は、別なアプローチから深海棲艦への対抗策を模索した結果だ。ならば彼らが何を知り、なぜそこに至ったのか。その過程に、今まで知られてこなかった事実があるかもしれん。何せ、深海棲艦について、生物学的に有益な資料は、皆無と言ってよいのだからな・・・。」

 

提督「―――()()()()、ですか。」

 

尾野山「その戦後を()()()()だ。我々にはもう、使う物を取捨選択している様な余裕はない。それが現実なのだ。」

 

提督「・・・分かりました。」

 

 

提督(誰が・・・得をするのだろうな。この戦いは。)

 

 彼はこの戦いの裏に、政治的な争いが絡んでいると踏んでいた。つまり、旧幹部会とも呼ばれる牟田口陸将をトップとする派閥と、現在の主流に躍り出た山本海幕長の率いる派閥である。牟田口陸将を初めとする艦娘に否定的な将校達は、通常戦力に重きを置くこれまでのやり方を全面的に変えようとする、山本海幕長を初めとする開明派としばしば対立を繰り返しており、この際この一件を契機として、牟田口陸将を主流から排除しようと試みているのではないか?

 これは興味深くもあり、しかもそれなりに説得力のある説ではある。しかし彼には証拠となり得るものは無かったから、彼はそれ以上深くは考えず、目を閉じて居眠りを始めるのであった。

 

 

~同刻・ベーリング海棲地中枢部~

 

「なに・・・“特異艦”との交信が途絶えた?」

 

その報告が、玉座に居座る極北棲姫「ヴォルケンクラッツァー」の下に届いたのは、彼がその居眠りをしていた時であった。

 

「どうもそうみたい。」

 

それを知らせたヴォルケンクラッツァーの片腕、極北棲戦姫「リヴァイアサン」も、表情は今一つ冴えなかった。

 

極北棲姫「うぬ・・・調整の甲斐無くか。」

 

極北棲戦姫「それが、最後の交信で面白い事が分かったわ。」

 

極北棲姫「と言うと・・・?」

 

極北棲戦姫「その特異艦を倒したのは、どうやら“例の艦隊”の提督のようなのよね。」

 

極北棲姫「サイパン艦隊のか?」

 

極北棲戦姫「えぇ。」

 

 それを聞いた極北棲姫はふと考え込んだ後、得心した様子でこう切り出した。

「・・・一つはっきりとしている事は、サイパン艦隊は少なくとも、人間共の秘密に介入出来る存在である、と言う事だ。」

ヴォルケンクラッツァーの言葉は、横鎮近衛艦隊の特務組織的性質を浮き彫りにしたものだった。彼女がその結論に至ったのも、独立監査隊が裏で進めていた研究は、表層では何の情報も無かったし、それに繋がるような情報も無かったのだ。その点、彼らの機密保持は概ね成功していたと言ってよい。

 

極北棲戦姫「特別な命令系統があるってこと?」

 

極北棲姫「恐らくはな。この仮説は、奴らの行動パターンにも一致する。奴らは戦場の“掃除屋”だ。いつも攻勢の先や後に現れては、その都度壊滅的な打撃を加えてさっさと逃げ帰る、徹底した一撃離脱戦法。しかもその攻撃手法に臆病さは感じられない・・・見事なものだ。」

 

極北棲戦姫「あら、珍しいわね、そこまで敵を褒めるなんて。」

 

リヴァイアサンがそう茶化すと、ヴォルケンクラッツァーは首を静かに横に振って続ける。

「―――そうではない。あれが多数の中の一つなら、恐らくは埋もれて見えないに違いない。「玉石混淆(ぎょくせきこんこう)」の“玉”とはそう言うものだ。あれらが目立つのは、そいつらが僅か1()()()()でやって来て、戦場を荒らしまわるからなのだ。忌々しい事この上ないではないか。」

 

「・・・戦いたいの?」

 リヴァイアサンのその言葉は、なまじヴォルケンクラッツァーの“兵器”としての本能をくすぐるものは確かにあった。戦うならば、実に格好の好敵手と言えよう。事実として、ベーリング海の南縁でシャドウ・ブラッタを沈めたのも彼らだと言う事は調べが付いており、その再編成に今尚頭を悩ませているのが現状でもあるからだ。

だがヴォルケンクラッツァーはこう言った。

「・・・いや、私も立場は弁えている。上に立つ者が(いたずら)に猪突したとしても、それが吉と出るとは限るまい。それに、今は大事な時だ。こう言う時こそ内部の統制を図り、体勢を立て直さねばならん。」

 

極北棲戦姫「えぇ、そうね。」

 

極北棲姫「―――少し前までは、この様な事、考えるまでも無かったのだがな・・・。」

 

 

~同刻・???~

 

「深海棲艦技術の流用―――発想は悪くないのだけど・・・邪道ね。」

 

 

12月8日16時23分 横鎮本庁・艦娘艦隊寄宿舎209号室

 

提督「・・・。」

 

 全ては終わった。しかしそれでも、彼の心は、深く沈みこんだままであった。彼はベッドに腰かけたまま、頭を垂れ、手を組んだまま、まるで石造のように動かなかった。彼は自分のした行いの、その罪深さに苛まれていたのだ。これで良かったのだと言う事は分かっているのだ。しかしその過程に、誤りが無かったと言えるのだろうか。

 

コンコン―――

 

部屋にノックの音が鳴り響いたのは、そんな時だった。彼はその音に反応する風でもなく、ただ静かに座っていた。が―――

 

ドンドンドン!

 

ノックが叩くような音に変わった時、始めて彼はハッとなり、慌てて部屋の玄関に足を運び、覗き穴から何者かと相手を見る。

 

提督(―――金剛!? それに榛名も・・・。)

 

普通の金剛とは逆跳ねのアホ毛、間違いなく彼の秘書艦の金剛である。その横に、控えめに並んで立っているのは、一緒に休暇中の筈の榛名である。彼が扉を開くと、金剛は満面の笑みを咲かせながら押し入って来た。

 

提督「ちょっ、ちょちょちょっ!?」

 

突然の事に彼も理解が追い付かず、何事かと思考を巡らせようとすると、先に口を開いたのはやはり金剛だった。

 

金剛「やっぱり来てたんデスネー?」

 

提督「え、やっぱり? と言うかどうしてここが?」

そう問いかけた金剛から帰ってきた答えは至極単純だった。

「私の取ってたHotelは厚木基地の近くネー。」

 

提督「あちゃぁ・・・なんとまぁ。」

とんだ偶然もあったものだ、と思った直人だったが、金剛はその様子を見て首を傾げた。

「oh? 来ちゃダメでしたカー?」

 

提督「いや、()()別にそんな事も無い。折角だし上がってけよ。ほら、榛名も。」

 

金剛「お邪魔しマース!」

直人が言うなり元気一杯に上がり込む金剛である。が、金剛は意図的に彼に説明しなかった部分がある。というのも・・・。

 

 

~12月6日昼前~

 

この時金剛はこの寮のロビーに来ていた。

 

金剛「こちらに、石川少将は今日チェックインしてますカー?」

 

「えぇっと・・・いいえ、おられません。」

 

金剛(おかしい、提督抜きでバルバロッサが来る筈ない・・・。)

 

~12月7日午前~

 

金剛「こちらに、石川少将は今日チェックインしてますカー?」

 

「あー、今日もこちらにはお泊りになられていません。」

 

金剛「そうでしたカー。」(なにか・・・あったのかな?)

 

~そしてさっき~

 

金剛「こちらに、石川少将は今日チェックインしてますカー?」

 

「えーと・・・はい、()()こちらに到着なさっています。秘書艦の方ですか?」

 

 

―――と、言う具合で、1日1回必ずロビーに行って、彼が宿泊しているかどうかを聞いていた訳である。言ってしまえば彼が戻って来たタイミングと、金剛がやって来たタイミングが噛み合った訳である。榛名は単純に誘われて付いてきただけなのだが。

 

「久々のHoliday、色々買っちゃったネー!」

その金剛は思う存分休暇を満喫しているようであった。一応休暇の期限を把握しているのは直人と金剛、それと司令部で今も業務中の大淀や瑞鶴などと言った面々位である。

 

榛名「持って帰る時大変ですね・・・。」

 

「うそ、そんな買ったの?」

流石に聞き流せなかったか思わず金剛にそう問いかける直人。

 

金剛「アハハ・・・まぁ。」

 

提督「うーん・・・ま、いいか。」

強く言う事も流石に憚られ、頭を掻く直人である。

 

「・・・。」ジーッ

その直人を急に見つめる金剛。

「・・・?」

さっきから唐突な展開が多いのは彼自身慣れているからいいとしても、不思議になるのは変わらない。徐々に怪訝な顔をし始める直人に、金剛は突然切り出した。

「・・・何かあったネー?」

 

提督「えっ・・・?」

 

金剛「なんだか提督、今日は勢いがないデース。」

 

提督「・・・。」

 

先程から直人のその態度には、何処か作ったような不自然さが付き纏っていた。叶わないなと思いながら直人は言ったものだ。

「金剛には、分かってしまうか。」

 

金剛「そもそも休暇中の提督が、私を同伴せずに一人でここにいる訳が無いネー。」

 

提督「うーん、流石にそんな事は無かった筈だが・・・。」

 

金剛「細かい事は、気にしないネー♪」

 

気にしてくれよと思う直人であったが、口を衝いて出たのは別の言葉であった。

 

提督「まぁ、そもそも今回は仕事で来てたしな。」

 

金剛「それはお疲れ様ネー、」

 

提督「全く・・・疲れたよ。」

 

この時その場にいた榛名は、後年この時の事をこう語っている。

「あの時の提督は、心底疲れ切っているご様子でした。何か思い詰めておられると言うか、疲れてぐったりと言うよりは、心理的にお疲れになられていたんだと思います。普段そういった事がおありにならないだけに、傍目から見ていて不安になる位、その時の提督のご様子は、いつもと違っていました。」

 

金剛「何があったのか、聞いてもいいデスカ?」

 

提督「余り、多くは言えない話ではあるのだがね・・・。」

直人のその言葉で、金剛も機密に絡む事であるのは悟ったようだが、金剛は退かなかった。

「夫婦の秘密は、ヴァルハラまで持っていくネー。」

 

榛名「私も、誰にも言いませんよ。」

 

「・・・。」

 直人は黙して一つ頷き、ぽつりぽつりと言葉を発する。その様子はさも、言葉を殊更に選んでいるようでもあったと言う。

「・・・人を殺した、任務でな。」

 

金剛「ッ・・・!」

 

提督「同行してきた艦娘達もだ。」

 

金剛「一体誰をデース?」

その質問に直人は5人の艦娘の名を挙げ、その後こう続ける。

「―――建物の制圧だと言う事で、近接戦闘が出来る者を、選んでいったんだ。」

 

金剛「でも、最初から、人を殺すと言うのは・・・?」

 

提督「・・・聞いていない。土方さんもこの点は・・・意図的に伏せていた。」

 

金剛「ウーン、じゃぁ命令の出所は何処だったんデース?」

 

提督「それは・・・どうやら山本海幕長のようだった。」

そこまで聞いた金剛は得心した様にこう言った。

「なるほど、じゃぁ提督は悪くないネー。」

「えっ、何を言って・・・?」

直人が当惑した様に言うと金剛はこう言った。

「提督は命令に従っただけデース。どんな任務だったのか、詳しくは聞きませんガ、その人達がバッドな事をしていて、それを止める為に仕方なく殺すしかなかった、それだけネー。」

しかしそれに反論したのは他ならぬ直人自身だった。

「だが、だからと言って無闇に人を殺していい理由にはならない。例え艦娘であってもそれは同じ筈だ。そもそも我々は深海棲艦と戦争中の身、こんな所で人同士で殺し合いをしている場合じゃぁない。」

「勿論ネー。でも、何かが起こってからでは遅い、その為に提督が呼ばれた。違いますカ?」

「―――!」

 

“我々は秘密艦隊故に何でも屋だ―――”

“私達に出来る事なら、汚れ仕事でも何でもやります。それが近衛艦隊ですから―――!”

“そんな命令、今すぐにでも拒否して下さい!

我々の持つ命令拒絶権は乱用していい性質のものではない―――!”

“あなたが、未来を変えたいと望むならば―――恐れないで”

 

多くの言葉が、彼の脳裏をよぎった。それは、彼らがそこにある意味を問うた言葉の数々だった。

「・・・そう、だな―――軍人として、命令は絶対だ。我々が、何でも屋であるならばな。」

気付けば彼の口から、自然とそんな言葉がこぼれていた。

金剛「そうネー。それに、もう起こってしまった事にいつまでも落ち込んでいるのは、提督らしくないデース。」

それを聞いた直人の顔からは、影が憑き物が落ちたように消えていた。

「ありがとう、落ち着いた。」

 

金剛「ノープログレムネー。」

 直人はこの時、自分がなぜ呼ばれたのかその理由を見失い、手にかけた人を“無為な死”であるとして悔い、恐れていたのだ。

彼があの様な形で呼ばれると言う事は、何か人に言えない様な事や隠し通さなければならない事でしかない。でなければ、紀伊 直人と言う“幽霊”を呼び出す訳はないし、近衛艦隊の性質を考えれば、暗部の仕事をやる事になるのは必然ですらあった。それが彼らが存在する意義だからである。

 その事を、ようやく彼は再確認した。汚れ仕事だろうが、彼等はやらねばならない。それが、紀伊 直人と言う存在が陰に“生かされた”理由ですらある。そこに恐れを抱く事は、彼には許されはしないのだった。彼はもう、立ち止まる事が出来ないのだ。

 

 

~2日後・牟田口陸将のオフィス~

 

牟田口「何? “U作業場”が!?」

 

「はっ、何者かの襲撃と制圧を受けた後、放棄されていた模様。生存者はなく、データは全て破壊されるか持ち去られたようです。」

 

牟田口「例の検体は、どうなった!」

 

「そちらも処分されていたようです。これで、U作業は・・・」

 

牟田口「断念、せざるを得んか・・・。」

 独立監査隊としても、これ以降の動きは困難であった。何者かの突入を受けた―――十中八九大本営の仕向けたものであろうが―――と言う事は、この事がどこかしらから漏れ、制圧されてしまったことを意味している。目を付けられている以上、これ以上この計画を動かす事は出来なかった。何よりそれは自身の立場にも関わるからであり、自ら尻尾を出すに等しい行為だからでもあった。

ともあれ、牟田口陸将の野心であった、「艦娘に代わる新戦力の創出」と言う野望は、ここに潰え去ったのだった。

 

 

 それから数日の間、彼は金剛や他の艦娘も交えつつ久々の本土を満喫した後、本土にいる艦娘達に期日を伝えてサイパンへと戻っていった。榛名は金剛の代理人と言う事で最後まで残り、期日違反を起こした者が出ないように監督した後、最終日組と共にサイパンへと帰着、各々日常へと戻っていった。

 横鎮近衛艦隊の仕事は、何も敵との交戦だけではない、後方での暗躍も仕事の内である。輝かしい経歴から汚れ仕事まで、その全てを内包し、その勤めを全うするのが、裏帳簿たる彼らの仕事なのだ。だがそれゆえに彼らは葛藤し、悩み、苦しみながら、それでも前へと進んでいく。

彼らは人類にとっての英雄でありながらその在り方は英雄では無い。英雄であるならば、彼らはなぜ、常に暗躍する事を強いられなければならないのだろう。それは、彼らと言う幽霊が、知られてはならないからである。知られてはならない物を持つが故の(さが)であり、知られないが故に与える敵への重圧を、絶やす事が無い様にでもある。

 彼は―――彼らはその宿命を受け入れ、困難な運命に逆らい、打破していった。その在り方を、その忠誠を、英雄的と称さずして報いる事は出来ないだろう。彼らに対して、国家が、戦局が与えた重圧というものは、そう言うものだったのである。

 

 あらゆる死線を潜り抜け、2054年はこうして終わってゆく。戦時でありながら長期化した戦争は人々の心を弛緩させ、戦時とは思えない賑やかなクリスマスも終わり、年越しに向けた準備を始める大衆は、彼ら前線に立つ者達の目にどう映ったのであろうか。

だが、大衆がどうあれ戦いは続いていく。彼らが最終的に勝利を収める、その時まで―――。

 

 

~次回予告~

 

 日常に帰った横鎮近衛艦隊は、様々な任務を遂行しながら次の指示を待ち受けていた。

そこに舞い込んだ緊急電は、その後に始まる非常事態の、ほんの前触れに過ぎなかった!

慣例通り全艦隊を挙げて出撃する横鎮近衛艦隊に待ち受ける試練とは―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部4章、『跳梁の深海棲艦隊、友軍基地を死守せよ!』

艦娘達の歴史が、また1ページ―――

*1
市街地戦に対応する為の機動力を重視した軽装部隊

*2
自衛軍発足後間もない2039年に、第16普通科連隊を基幹として発足した比較的新しい部隊でありながら、北関東沿岸部及び河川域の防衛で多大な功績を挙げた

*3
この時は麾下にある3個普通科連隊他を前線に送り出しており、本来の防衛警備任務は予備役を動員した第2・13の2個後備普通科連隊にて対応中

*4
これについては第1部2章を参照

*5
細胞の増殖回数を決めているDNAの末端「テロメア」が一定の短さになった事で生じる細胞分裂の停止現象の事。細胞老化の一因でもあり、人間の寿命に関与する要素でもある。



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第4部4章~跳梁の深海棲艦隊、友軍基地を死守せよ!~

2021年最初の、そして2020年度最後の投稿になります、どうも天の声です。

青葉「遅過ぎですけど年明けてます、青葉です!」

最近筆が随分と遅くなっちゃいました・・・。

青葉「他作品はどうなってるんです?」

どれもあんまり進んでないからねぇ・・・花騎士の方がそれなりに進んでるから多分次はそっちになると思うよ。

青葉「まぁ、下手の横好きと言いますか、単なる趣味ですので、温かく見守って頂ければと思います。」

それ私が言うとこなんだけどなぁ・・・まぁいいか。

青葉「いいんですね・・・。」(・ω・;

今回は一応海戦フェイズですが、正直今回はそれもおまけです。その代わり、かなり掘り下げた内容になっているかと思いますね。

青葉「戦闘がおまけと言うのも、久しぶりですね。」

 まぁね。あちこちの伏線だったり、物語世界の物事を掘り下げると言った事に意を用いた結果、プロットの考案と併せてかなり遅れてしまいました。その分、物語に新たな深みが出せる様に気を配ったつもりなので、お楽しみ頂ければと思います。

青葉「表現にも注意していますが、それでも世界観的にダークな部分や、セクシュアルな領域も今回扱っていますので、苦手な方がいるかもしれません。同人系でも扱われていますが、艦娘の轟沈後に関する描写がある事について、最初に前置き致します。」

 なるべくどんな方でも読める様に配慮はしましたが、逆に言うと出来たのはそこまでで、直截的な表現はある程度避けられませんでした。この点に思いを致した上で、苦手な方はブラウザバックして次の投稿を待つか、その部分は飛ばして頂いても構いません。
 それと今回はカメオ出演させたキャラクターがいます。実は所縁のある人物だったりもするので、その点もお楽しみに。

青葉「では!」

本編スタートっ!!(焦)

青葉「むぅ・・・。」


1

 

 2054年12月10日、まだこの時直人は休暇で本土にいたが、この日彼は思う所もあり、金剛と榛名を伴ってある場所に来ていた。その場所が特に彼にとって何かある訳では無いが、そこで起きた事が、重要な意味合いを持った場所である。

 

12月10日(日本時間)9時59分 第一京浜国道(国道15号)・東京都大田区六郷土手付近

 

ブウウウウ・・・キキッ―――

 

提督「ここまでか、15号の北限は。」

 

「ハッ。どうされますか?」

 

提督「いい、ここからは歩く。この場で待て。」

 

「承知しました。」

 

提督「行こうか、二人とも。」

 

金剛「OKデース。」

 

榛名「分かりました。」

 

 直人は横鎮で付けてもらったドライバーを、自家用車と共にその位置に待たせると、瓦礫と化した15号線の跡をなぞりながら、2人を引き連れて太田区域へと入っていった。

この周辺は既に一帯が瓦礫と化し、京急本線などの鉄道鉄橋は跡形も無く崩落している。流れて行く多摩川だけが、昔日の面影を偲ばせているが、その川岸にあったものも面影は殆ど残っていなかった。

 

提督「―――これが、“東京の今”だ。」

 

金剛「oh...」

 

榛名「話には聞いていましたが、これほどとは・・・。」

 

提督「そう、何も残っていない。かつて東洋有数の人口を誇った大都市が、今ではこの通り、瓦礫の山さ。」

 

歩きながらそう語る3人の目線の先には、幾筋かの白煙が細く立ち上っていた。かつての大空襲で焼け出された人々の中で、この地に残る事を選択した人々が作ったバラックが、そこにあるに違いなかった。

 

提督「この状況下でも、最優先で東部方面軍の各駐屯地は再建された。例え廃墟と化そうとも、東京一円は守らなければならなかったからな。18号はその為の補給線としての役割も担っている訳だ。送電もされているが、あくまで軍用に限られているから、事実上東京復興は実行もままならぬままに放棄されている。」

 

榛名「第二次東京大空襲の傷跡、ですね・・・。」

 

 第二次東京大空襲に於いて被害を受けた範囲は、東京二十三区に留まらない。多摩地域はもとより、神奈川、栃木、埼玉、千葉の各県に跨る広大な範囲が被災した。南は多摩川周辺地域から、北は利根川周辺まででが絨毯爆撃の被害を受け、被害総額も算出する事すら不可能なほど、この時受けた打撃は大きかった。

この時判明している50万人に迫る死者数もあくまでこの時の概算であり、戦後判明した所になる正確な数字は、この数字を大きく上回る事になるのだ。

 多摩川周辺地域の内、大半は北岸までにほとんど空襲被害が局限されていたが、東京都多摩市や町田市の北部、その周辺の神奈川県川崎市などと言った多摩川南岸にも絨毯爆撃の一部が及び、横浜市街も別の爆撃で爆撃対象とされ多くの死傷者を出している。現在大本営が入る旧ランドマークタワーの頂部がごっそりと無いのは、その時の爪痕である。

 

 3人はずんずんとその奥へと進んでいく。この一帯は河川への侵入を試みた深海棲艦との間で激戦が戦われた場所でもあり、かつての町並みは完全に打ち砕かれ、遠方に見えるかつてのビル群は、面影も無く崩れ落ちている。否、多摩川だけでは無い。東京一円を流れる川は勿論、その周辺部でも、この時初めて確認された陸戦型の小鬼との陸戦が、中央・港両区を中心に広範囲で展開され、瓦礫の中での戦闘は、その時点で廃墟と化していた東京周縁の被害に輪を掛けたのだ。

暫く進んだ頃、直人は出し抜けに言った。

「―――この景色が、深海棲艦がかつて、俺たちにした仕打ちの結果だ。」

 

金剛「?」

 

提督「奴らは初めの内は、俺たち人類を皆殺しにするかのような勢いがあった。この風景も、何十年も昔の事として、日本国民の脳裏から忘れ去られようとしていたんだ。それがまさか、再現されるだろうとは夢にも思わなかっただろうがね。」

 

榛名「提督・・・。」

 

 2人がこの世に現れる前の出来事。人類が追い詰められていく様が、その言葉と周囲の情景には凝縮されていた。深海棲艦はこの目の前の風景と同じ様に、見境なく人類に牙を剥いていた―――少なくとも、そういう時期があったのだ。

その象徴とも言えるのがこの2度目の東京大空襲と続く陸戦であり、その事は日本国民が、その総力を以て立ち上がるきっかけにもなった。

 日本はこの時非常時立法を行い国家総力戦体制下にあった。残った国力に様々なテコ入れをし、再開された輸入を元手に反撃をし、ここまで来たのだ。

その過程には膨大な過失と流血があった事も事実である。一時は沖縄すら手放していたし、その疎開の過程で犠牲も出たが、多すぎた悲劇の先に、人類は最後の希望を抱いて立脚していた。その希望こそ、艦娘に他ならない。

 

提督「―――俺達は深海棲艦と10年もの間戦い続けた。10年もあれば、お互い変わるものだと言う事は、もう言うまでもないだろうが・・・それでも人類と深海棲艦の間に残されたわだかまりは、そう簡単に消えはしないだろう。お互い、血を流し過ぎた。」

 

榛名「・・・でも、いつかきっと、乗り越えられる日が来る。そうですよね?」

 

提督「そうだな。例え何十年かかったとしても、我々はわだかまりを捨てて前に進まねばならない。その時期を決めるのは俺達ではなく、次の、更に次の世代の仕事になるだろうな。少なくとも、深海棲艦にも良識ある者達がいた事が、これを後押しするだろう。」

 

 そう締めくくり、再び無言のまま3人は歩き続けた。

やがて彼らはかつて品川駅のあった辺りに辿り着いた。品川駅もまた跡形もなく破壊され尽くしており、かつてのありようからは想像も出来ないほど、遠くまで見渡す事が出来るような、平坦さと瓦礫の山とがそこにはあった。その下にはいくつもの遺体が埋まっている事は明らかだろう。

スカイツリーは基部の崩壊のため倒壊していて、そこからでは跡形もなくなっており、東京タワーは見えていたが半ばからへし折れていた。ビルなど殆ど跡形も無く破壊されていたし、所々に寄り集まる様にバラックがあった。中には破壊された建物の残骸を庇に立つものさえある。

 

―――そこには、「“大都会”東京」の面影はなかった。

霞が関の官庁街も、秋葉原の店舗街も、港区の商業区域や港湾も、いや・・・思いつく限りの全てが尽く破壊され尽くしていた。

まともに残ったのは、中ほどから断ち切られたかに見える東京タワーと、そして・・・

 

提督「ごらん、あれを。」

 

榛名「あれは・・・」

 

金剛「もしかして、宮城、デスカ・・・?」

 

提督「・・・そうだな。今の時代だと、『皇居』と呼ばれているが。」

 

 直人が指さした先には、主を失った旧・江戸城、皇居があった。2045年3月10日の空襲で皇居にも1発の通常爆弾が落下し、皇居南側の石垣の一部が崩落、近くにあった植木2本の枝が一部折れるか焼損した程度で済んだが、宮内庁は大事を取り、第二次東京大空襲直後の3月27日に今上天皇は皇居を退去し、京都の二条城を大急ぎで整備した上で、ひとまずの御座所としたのだ。

有態に言えば、東京が今後も空襲に晒されるような事があれば皇居も危険であり、他に適当な施設の候補も無い上で、インフラが壊滅的打撃を被り、交通・物流の2つに於いて皇居での生活が困難になった事が決定的であった。*1

京都も当然空爆される危険はあったが、今日まで幸運にも京都は戦火を免れている事から、結果論でこそあるがこの判断は正しかったとも言えるかもしれなかった。

 

 主を失った皇居は、手入れをする者も無く荒れ、また空襲によって崩れた石垣はそのままであった。燃やされ、或いは折られた植木も、周りのものと比べやはりその大きさを減じているのが見て取れた。

だが後に調査したところ、皇居の周辺には難民の建てたバラックなどの仮の建物は無かった事が分かっている。天皇家に対する日本国民の心は、この10年続く荒んだ時代を通じて不変であったのかもしれない。

 

提督「今は宮内庁も皇室も、京都に移っている。手入れする者がいる訳も無いし、東京復興計画が戦時で事実上凍結されている今、皇居の復旧は戦後に持ち越されることになるだろうな。第一、これ程までに東京が荒れ果てては、皇居を維持するどころでは無いしな。」

 

金剛「・・・追い詰められてたんデスネー。」

 

提督「そうだな。お前達がいなければ、今頃は・・・。」

 

榛名「―――ですが、現在の情勢も一筋縄ではいかない、そうですよね?」

その問いに対する直人の回答は簡潔だった。

「あぁ。だからこそ、我々も今一度奮起する必要がある―――」

 

 横鎮近衛艦隊の活躍もあり、西はコロンボから、東はミッドウェーとサモア、北はカムチャッカ、南はポートモレスビーに渡る広範な領域を解放し、東南アジアや豪州との交易路を回復した人類側であったが、完全に敵を無力化した訳では無い。欧州や東太平洋方面には未だに多数の棲地が存在し、中部太平洋にもまだ、ウェーク棲地が敵拠点として残っている。

ニューギニア方面の敵勢力は日毎に衰亡の一途を辿っており、最早組織的な戦闘を行う力はないが、ベーリング海と言う比較的日本本土に近い領域に、敵の策源地と見られる超巨大棲地が存在する以上、情勢は決して楽観視出来たものではない。

 敵勢力の後退に伴って日本列島と一部地域との間では通信が回復し始めていたが、米本土との間にはミッドウェーを中継出来るとはいえ、ベーリング海とウェークを起点に未だに厳しい電波妨害が行われており、通信できる頻度は決して多くはない。一方で欧州との間には大陸経由で通信が確立されていたが、欧州から寄せられるのは半ば悲鳴に近い、一刻も早い救援を求める催促の雨であった。

 イタリア陥落の報は、その中に含まれていた。無論この事はイタリアとローマの耳にも彼が入れた。その動揺の程は諸氏の想像に委ねるが、相当狼狽していた事は間違いない。

 

 2054年12月初頭時点でのイタリア情勢は、艦娘戦力を含むイタリア海軍残存部隊が、ナポリ連合海軍や地中海沿岸国海軍の残存艦艇と共に、ジブラルタル経由で犠牲も出しつつフランス大西洋岸やイギリスへ脱出、ローマにあった共和国政府はフランスへと逃れており、イタリア陸軍がオーストリア・スイス・フランス陸軍と共同で、北イタリアの山岳地帯で防衛線を構築して抵抗を続行している状況であった。地上戦で人類側に理がある事は、この時期に於いても明白な状態であり、現時点では防衛線が破綻する恐れは殆ど無いと言っていい。

イタリア国民は「ヴェネツィアルート」と呼ばれたアドリア海側のルートを通じて、中欧から西欧にかけての広範囲に分散する形で疎開、南イタリアやシチリアで住民疎開中に犠牲も生じたが、現在はもぬけの殻である。

欧州戦線は、総括すれば「劣勢」の二文字であり、太平洋戦線も停滞している上、ウェーク棲地と言う獅子身中の虫を抱え、しかもこの日まで陥落させる事が出来ずにいたのだ。人類軍は現状で、打つ手に乏しいのが実情なのである・・・。

 

 

2

 

 その後3人は暫く歩いて回った。新宿や渋谷と言った地域でも、自衛軍の炊き出しによって食い繋ぐ人々が、路上に、或いはバラックを立てて生活していた。正に悲惨と言う他はなく、しかも日本の戦後とは違い、直ちに復興されると言う可能性も、ゼロに近かった。

 

榛名「提督、少し向こうの方を見回って来ても宜しいですか?」

 

提督「分かった。だが一人も危険だろう、金剛を連れて行くといい。」

 

金剛「OKデース。」

 

提督「では後でこの場所で落ち合おう。」

 

 彼らがいたのは、かつて渋谷のスクランブル交差点があった正にその場所であった。周りの建物は全て倒壊し、僅かに残った信号機と舗装とが、その面影を僅かに忍ばせるのみとなっていた。

直人は一度二人と別れて別の方向に歩き出した。周りは一面瓦礫の山、その光景は、彼の胸中に一種の寂しさを感じさせずには置かなかった。

それは、彼の失った物故か、はたまた・・・

 

「―――あら、そこにいるのは幽霊かしら?」

彼に投げかけられた声。金剛とも、榛名とも違う、女性の声。凛とした知性を感じさせるその声に、彼は実の所心当たりがあった。尤も、もう何年も聞いていない声だったが。

「・・・幽霊なら、足はないでしょう。」

普段なら、彼がそう答える事はなかっただろう。精々「人違いだ」と言うのが関の山だったに違いない。しかしその言葉を聞いた声の主は言った。

「まさか生きているなんてね、驚いたわ。」

 

提督「私も往生際が悪かった、と言う所ですかね。」

 

「その様ね。元気そうで何よりだわ、“紀伊くん”?」

 

「そちらこそ壮健そうで何よりです、()()()()。」

そう言って直人は初めて声の方を見た。赤と黒、ベージュを基調とした装束に身を包んだ麗人。この年67歳になる筈だが、その身なりや所作に老いは微塵も感じられない女性だった。

 

「10年振り位かしらね。」

 

提督「えぇ、()()()以来です。今日はお一人で?」

 

「相方と一緒、時々来てるのよここに。」

 

提督「成程・・・。」

 

その一言を境に空気が変わった。厳密に言えば、その女性の方が変えた。無論立ち姿が変わった訳では無いがしかし、その雰囲気は、談笑する時のそれとは大きく変じていた。

 

「・・・!」

 

ドォンドォンドォン!!

一瞬の内に腕を突き出した瞬間、その指先から黒い塊が3連射される。全て弾道が違うそれらは寸分違わず直人に襲い掛かろうとする。

 

「―――!」

直人は1発目を身をよじったのみで躱しつつ、何もない空間に1本の白金剣を取り出し、2発目と3発目を素早く切り伏せて見せた。

 

「―――へぇ・・・この10年位の間で、やるようになったのね。」

その女性はその身のこなしに素直に感心する。

「あの日、貴方にこの力の正体を教えて貰えなかったら、これ程にはなっていないでしょうね。」

そう言って直人は剣を自身の内的宇宙(インナースペース)にしまい込む。

 

 

・・・

 

 

 正確には15年前の事になるが、その頃直人は魔術というものを知らないが故に持て余していた。魔術回路を持つ直人ではあるがそれは隔世遺伝による所が強く、古い記録を辿ると父方の遠縁が魔術師の一家であったと言う経緯を持つ。*2

この為直人はその力を制御する術も、そもそもその力によって生じる不都合にも精通しないまま幼少期を過ごしていた。しかも力の存在を認識していない以上魔力は垂れ流しに近く、それを変えたのが、魔術協会から調査の為に派遣されたこの女性であった。

彼女は直人にその力の事やそのルールを教え、魔術師にはならずとも、魔術を扱う者としての最低限の事を教授した。その過程で彼の力が白金千剣(*3)である事も教えていた事から、ある意味では彼女が彼の魔術の師であると言えるだろう。

直人にとっては頭の上がらない人物の一人でもあり、世話になった人物でもある。尤も、会ったのはこれが二度目だが・・・。

 

 

・・・

 

 

「―――提督って奴?」

 

「余り多くは言えませんが、そうですね。」

直人の格好を見てそう言った彼女に、なんとも歯切れの悪い回答をする直人。まぁ立場が立場なのでやむを得ないのだが、それを向こうも悟ったようだ。

「まぁ、一度死んだ筈の人間がこうして居るんだもの、よっぽどの事情よね。ごめんなさい?」

 

「大丈夫ですよ。最近はどうされているんですか?」

 

「日本にいる魔術師達を私がトップで取り纏めてるわ。全く協会も面倒ばっかり・・・」

 

「ハハハ・・・。」

彼女の率直な愚痴に直人が苦笑すると彼女は言う。

「―――それにしても、随分御自慢の魔術で暴れているようね?」

 

「・・・!」

図星なので何も言えず縮こまるしかない直人だったが、そんな彼にかけられた言葉は穏当なものだった。

「ま、教会には黙って置いてあげるわ、根回しもね。魔術協会にとっても、深海棲艦は敵だもの。内々に狩り尽くす様に指示が出ている位にはね。」

 

提督「そうなんですね・・・。」

 

「―――私じゃなかったら、何も言わず刺客を送り込んでいる所だったのよ? 感謝なさい?」

その凄みのある声に直人は、

「肝に銘じて置きます。」

と言うしかなかった。

「それに協会では、魔術の衰退を良しとしない派閥もいてね。提督となった者達が魔術を使って戦っている事について、一定の理解を示しているのよ。そう言う事にも出来るから、何とかなると思うわ。」

 

 魔術協会は長きに渡って、魔術の管理・隠匿・発展を使命としてきた。それは自分達が持つ神秘が漏洩する事を防ぎ、確実に継承し、健全に発展させていくと言う美名の元で正当化され、気付かぬ内に魔術の衰退と言う皮肉な事態を引き起こしていた。そこにつけて深海との大戦が始まり、魔術の基盤となる土地が脅かされた事で衰退する家が出始め、それによって、それまで相互に何を研究しているのかすら知らない(*4)ままでいた空気が変じつつあったのである。遅すぎた開明であったと言えるだろう。

この点は秘匿される事なく受け継がれつつも、継承者の不足で衰退していった霊術とは一線を画するだろう。

 

提督「ありがとうございます。」

 

「その代わり、落ち着いたら時計塔にいらっしゃい? 貴方の魔術には、それなりに興味があるの。それに時計塔のお歴々には、貴方ってそれなりに有名人なのよ? 面白い魔術使いがいるってね。惜しがっている人もいたから、教えてあげたら会いたがると思うわ」

 

提督「行くのはいいですけど、それについては日本の機密に触れるのでちょっと―――」

 

「あら、魔術も隠匿されてきたんだもの。貴方の生死を知った所で、その隠匿位なら造作もない事じゃなくって?」

その言葉に直人は何も反論出来なかった。伊達に年を取ってはいない、彼などより余程弁が立つのだった。良い年の取り方をしたと言うのは、正にこの事を差すのだろう。

「・・・分かりました、では今日の事は内密に。」

 

「えぇ、勿論そのつもりよ。貴方が元気そうで良かったわ、それじゃ。」

 

「はい、また会える事を祈っています。」

 

「そうね―――」

 

 

直人がその場に背を向け歩き去っていくのを見送る彼女の傍らに、もう一つの影が近づいていた。

 

()()。」

 

「あら、そっちは終わったの?」

 

「あぁ・・・今の人は?」

 

「うん、ずっと前に話した事あったっけ。()()()()()()面白い魔術を扱う子がいたって。」

 

「それが今の?」

 

「えぇ。もう死んだと思っていたけれど、密かに生きてたみたい。」

 

「ふぅん・・・まだ若いだろうにな。」

 

「えぇそうね、苦労が絶えないわよねぇ―――」

 

 

3

 

 休暇中の直人に起こった出来事はこれだけでは無かった。東京から日帰りで戻った次の日の夕刻、あてがわれた部屋にいた彼の元に客人が現れたのだ。

 

12月11日(金)17時31分 横鎮構内・艦娘艦隊寄宿舎209号室

 

「まぁ上がってくれ―――」

その客人を快く迎え入れる直人。その客人と言うのは金剛らでは無い。

「お邪魔します!」

その客人は勢いよく玄関へ上がり込み、リビングの椅子に早くも椅子を占めた。その様子に直人は苦笑しつつも、椅子の一つに腰を掛けるのである。

「やれやれ、お前が来るとは珍しいな、青葉。」

その客人に直人はそう切り出した。

 

青葉「いやぁ、ここ2日お尋ねしてはいたのですが、すれ違ってばかりでして・・・。」

 

提督「それは忙しいのに済まんな、色々と立て込んでたんだ。」

 

青葉「本当ですよ、取材で駆け回る多忙な時間を見繕って来てたんですよ?」

 

提督「ハハハ・・・」

 青葉は横鎮近衛艦隊に所属こそしているが、その能力が余りにも戦闘には不向きと言う事もあり、土方海将に掛け合って横鎮の広報部門に加わらせているのだ。秋雲も同じ理由で彼女の下に付けられているのだが、青葉の本来の目的は、内線情報の収集(*5)、即ち諜報任務であり、それ故龍田を長とする第八特務戦隊の麾下にいるのだ。

ある意味では直人以上に気苦労が絶えず、また忙しいと言えるだろう。

「で、今日はどうしたんだ?」

 

青葉「はい、サイパンの明石さんから、提督に指示を仰ぎたいと言ってきているので、それを伝達して欲しいと頼まれまして。」

 

提督「―――成程、それが出来る奴と言えば、鏑木三佐か。」

彼は自身に連絡官として付けられている、若く美しい女性士官の事を思い浮かべて口に出す。彼の麾下の艦娘でもあり戦闘機パイロットでもある。特別に専用の機体も与えられているから、単身本土との間を往来出来るのだった。

「はい。」

青葉が肯定すると直人はその内容に切り込む。

「・・・で、明石はなんと?」

 

青葉「はい、備蓄の中から鋼材の使用許可を求めています。」

 そう言ってテーブルを通じて直人に差し出されたのは、「横鎮防備艦隊造兵廠」と言う差出名で提出された要望書だった。

 

提督「割り当て分だけでは不足と言う事か?」

 

青葉「どうもその様ですね・・・。」

 実は明石の造兵廠には、局長の技術局との共同枠と言う形で、毎月一定量の資材を供給しているのだ。局長が作るのは基本ガラクタのバラックセットの様なものだが、明石は母艦の鈴谷を初めとして、鈴谷専用の各種兵装や基地防備用の様々な設備の造営に携わっている。

最も前者に関して言えば、技術開拓の為にやむを得ない部分はあるのだが。

 

提督「ふーむ、それ程量は多くないな。これで、サイパンに返送してくれ。」

 

青葉「分かりました、鏑木三佐に届けて置きます。」

 

提督「ってあいつこっちにいるのかよ。」

 

青葉「いますよ? でも提督の場所は私の方が分かるだろうからって。」

それで2日も空費したのだから高いツケであったかもしれない。尤もそれ程急を要するものでは無いのは直人にも一瞥で分かったが。

 

提督「まぁいいか。じゃぁそのように。」

 

青葉「了解です! それはさておき、提督には耳寄りな情報がありますよ?」

 

「ほう・・・?」

如実に興味を示した直人に青葉はこんな感じで直人に切り出した。

「欧州から度々救援を求める声が届いているのは御存じですよね?」

 

提督「そりゃぁ俺も受け取って来た一人だからな。それがどうかしたのか?」

 

青葉「これは内密にして欲しいんですが、大本営では来年辺りを目途に、欧州への遠征を計画しているそうなんですよ。」

 

「・・・ほう。」

それは彼にとっては耳寄りな話だった。間違いなく彼らの出番となる事は疑いようがないからでもある。

 

青葉「これは誰にも言わないで下さいね? 私も口止めされてますし、まだ本決まりになるような話じゃないんです。」

 

提督「検討段階、と言う事だな。」

 

青葉「そう言う事です、立案もまだなので。ただ、この検討の際に、提督が以前行かれたインド洋西部への航行の事が、ある程度参考にされるらしいって話を聞きましたよ。あぁ勿論、私達の事は伏せられてましたけどね。」

 

提督「まぁ数少ない状況概略を教えてくれるだろうからな・・・。」

 それを聞いた彼は、これまでの苦労も少しは無駄ではなかったかもしれないとこの時初めて思っていた。どれ程巨大な武勲を立てようと、元より死んだ事になっている身の上では、報われる事などありはしない。それ故の特有の無力感が彼にも無かった訳では無いが、それが初めて多少なりとて楽になったのは、正にこの時だったと後に彼は言う。

「分かった。この事は胸に秘めておこう、大淀にも、誰にも言わんようにな。」

 

青葉「恐縮です!」

 

提督「しかし明石の奴、今度は何をするつもりなんだろうな。」

 

青葉「何か作る・・・にしては、ちょっと量が少ないですよねぇ・・・。」

 

提督「確かにな。」

 そんな点で2人が得心したのにも理由はある。と言っても読者諸氏にもお察しの事であるかもしれないが、明石が作るものは大抵大きなものだったと言う事が主な理由としてある。翔鶴極改二に代表される極改装や重巡鈴谷、直人専用の艤装である戦艦紀伊など、やたらと資材を食うものばかりであるからだ。

 

青葉「うーん・・・ちょっと想像がつかないですねぇ。」

 

提督「まぁ、その内分かるでしょう。」

 

青葉「それもそうですね。では、私はこの辺で失礼します!」

 

提督「うん、気を付けてな。」

 

「ありがとうございます!」

そう言って青葉は彼の判が捺印(なついん)された申請書を懐に収め、笑顔で帰って行ったのだった。

 

 

 12月16日、休暇最終日として再設定した15日まで残っていた10人程のメンバーを乗せ、サーブ340改は厚木基地を飛び立ち、サイパンへと戻っていった。本土滞在中にもそれなりに金剛や鈴谷に付き合わされつつも、その金剛は榛名と共に一足先に戻っていた。

それでなくとも機内の空きスペースは、結構な量の土産物等の荷物で占められていたのだが。

戻った直人は17日から執務を再開し、この日からが艦隊の活動完全再開となった。が、明石は何を思ってか建造棟の一切を夕張に任せっきりにし、自身は食事も簡便に造兵廠に籠りっ放しの日々であった。

 

12月19日(マリアナ時間)10時20分 建造棟入口

 

提督「明石の奴、なんでまた造兵廠に籠りっきりなんだ・・・?」

 

夕張「何か作ってる様子ではありましたけどね。でも食事や睡眠はちゃんととってるそうなので、あとのお楽しみって事なんじゃないでしょうか。」

 

提督「流石にちょっと心配だけどなそれは・・・。」

明石に何かあるとたちまち大混乱に陥る節がこの艦隊にはあったので、直人もさすがに心配には思ったのだった。

夕張「それはそれとして、戦力強化の方は成果が出てますよ。今、表で試験中の筈です。新人の子もいますが、ご覧になりますか?」

 

提督「うん、そうしよう。」

 

 直人は夕張に案内されて司令部前の海面を見に行った。この日も艦隊は訓練中で、ドックの周りでは改装を終えた艤装を試す艦娘達の姿が散見された。

今回改装を終えたのは駆逐艦娘が多い。なにせ艦隊戦術を支えるワークホースとして、損害も大きいが戦果もまた大きい子らであるが故、練達の域に達したものも大勢いる。

 

提督「よぉ朝霜。」

 丁度岸壁下に戻って来たのは、その改装を受けた1人である朝霜である。彼女は新しい艤装に満足げき言った。

「おっ、司令じゃんか。今度の艤装はいいぜ、前よりも動けらぁ。」

 

提督「随分立派な艤装になったじゃないか。期待してるぞ。」

 

朝霜「フフン、これでもエースだぜ、任せな。」

 

「おっ? 大きく出たね~。」

直人は笑顔でその軽口に応じる。朝霜が上機嫌なのは新しい艤装だと言う事と、もうすぐクリスマスなのとで相半ばしているのは直人には見え見えである。

朝霜「ハハハッ。夕張~!」

 

夕張「はいはーい。ちょっと行ってきますね。」

 

提督「うん。」

 

 朝霜は今度の改装で改仕様になっている。同時にチューンも施され、朝霜専用と言った風情が強くなっていた。

他にもコモリン岬沖で初実戦ながら目覚ましい活躍を見せた嵐や萩風、その同僚の野分も改となり、暁と潮が改二に、曙・菊月・三日月がやっと改になっている。

大型艦では先日新たに改二改装が可能となった古鷹が改二に、衣笠も併せて遅ればせながらの改二となった。他の艦隊に比べればこの動きは些か遅いが、実戦の機会が少ない故の致し方ない部分でもあった。

 一方でむしろ早過ぎると見える動きもあった、と言うのは・・・

 

大潮「大潮、大抜擢です!」

 

提督「良かったねぇ~。」

 そう、この時まだ制式化前である大潮の改二改装が施されたのだ。それと言うのも、この改二改装を研究しているのがあの三技研で、言うなれば制式化前の先行生産と言う形で、極秘裏に横鎮近衛艦隊に対し図面が提供されたのだ。

休暇中に戦力強化策について一任されていた明石は嬉々としてこれを実施、正式採用前と言う悪条件を自身の経験で補い完成させた訳である。

日本国内には複数の艦娘技術を研究している機関があり、改良等に纏わる分野の機関も、三技研を含め幾つかあるのだ。そういう意味では、彼の人づてならではのお膳立てを貰ったと言う見方も出来るだろう。

 

大潮「これでもっと、お役に立てますね!」

 

提督「うん、期待してるぞ。てか随分と立派になったなぁ。背も伸びたし。」

 

大潮「そうですねぇ、改装の影響なんでしょうか?」

 

提督「多分そうだろうなぁ、五十鈴辺りもそうだったし。」

 

 これについては()に不思議な艦娘技術、と言う所であった。艦娘達は艤装とリンクしている限りに於いては年を取る事すらない。よって肉体が成長する事も無いのだが、改装するとその拍子に(と言う言い方が正しいのかは必ずしも自信が無いが)身体的に成長が見られるのだ。

これは艦娘種毎や個体毎に差はあるものの、かなり顕著な場合もあるとされている。

 

大潮「では、私はチェックに戻りますね!」

 

提督「うん、頑張ってなー。」

 

先行型と言う事はどうやら明石が伝えていたらしく、そのせいか大潮の張り切り様もいつも以上であった。別段無理をするような子でもないので、直人は微笑ましく思いつつその背を見送るのだった。

 

 昼食の後、艦隊訓練の再開前に直人は執務室に一度来ていた。と言うのは、コモリン岬沖海戦後に着任した艦娘から挨拶を受ける為である。

今回来たのは駆逐艦娘のみであり、4人の新任艦娘が直人の執務机に対面して立っていた。

 

提督「訓練ご苦労、それと休暇中で挨拶が出来ず申し訳なかった。申告を頼む。」

 

「はい。駆逐艦風雲以下4名、提督の麾下へ12月7日付で着任しました。」

 

「うん、宜しく頼む。自己紹介を頼めるかな。」

直人がそう言うと、4人は向かって左から順に自己紹介をする。

「夕雲型駆逐艦、三番艦の風雲です。宜しくお願いします。」

「お、同じく夕雲型駆逐艦、六番艦の高波です!」

「白露型駆逐艦の七番艦、改白露型としては一番艦となる、海風です。宜しくお願い致します。」

「初風よ、宜しく。」

 

提督「どうもありがとう。我が艦隊へようこそ、君達にも期待している。」

 

風雲「ご期待に沿えるよう、微力を尽くしますね。」

 

提督「うん。では訓練に戻って宜しい。」

 

風雲「はい、失礼します!」

 

風雲らは敬礼をすると、急ぎ足で執務室を後にした。

 

提督「・・・我が艦隊にも、まだまだ仲間が増えるな。」

彼がそう言うと、傍らに控えていた大淀が漸く発言する。

「そうですね、ですが、現在の戦力にもご不満なのでは?」

その言葉に直人は、椅子から立ち上がりながら率直な答えを返した。

「まぁそうだな。我が艦隊の規模は、これからますます激化していくだろう情勢には不足し過ぎている。戦力は、有って有り過ぎると言う事はない状態だからな。」

 

大淀「差し当たっては、どちらに行かれるおつもりですか?」

 

提督「―――ひとまずはウェーク。話はそこからだろうと思う。」

 そう言って彼は執務室北側の窓から外を見た。そこからは重巡鈴谷が司令部前ドックで整備を受けている光景が、艤装倉庫の陰から見えた。主砲や他の兵装の一部が取り外されたその姿は、少々物悲しさを覚えさせたかもしれない。

彼の判断は決して的外れなものではない。事実ミッドウェーの警備隊に対する補給の妨げとなっているし、トラック方面、ひいてはソロモン方面への補給路攻撃が可能な場所でもある。パラオ泊地の存在によりニューギニアへの補給路は遮断出来たとはいえ、十分過ぎるほどの戦力を有するウェーク棲地の存在は、人類軍にとっても目の上のたん瘤であった。

「大本営に、打診なさいますか?」

と大淀が言うと、直人は控えめにこう言った。

「・・・いや、必要ないだろう。大本営の参謀連中が、それ位の事を意識していないとも思えない。それに―――」

 

ウゥ~~~~~・・・

 

「“空襲警報! 空襲警報! サイパン東方海上より敵編隊接近中!”」

声の主は飛龍である。全館放送回線で非常事態を告げていた。

「―――それ所でも無くなったな。」

直人が静かにそう言うと、

「そうですね。」

と大淀も静かに答えた。

 

提督「飛龍、迎撃機の発進は!」

 

飛龍「“既に発進中! 空中警戒機も既に会敵予想ポイントに向け移動してます!”」

 

提督「結構だ。香取!」

 インカムで呼び出したのは、司令部防備を担当する第六艦隊の旗艦である香取だ。彼女の元には基地の防御砲台や高射砲を運用する基地防空隊なども麾下に入っている為、文字通りサイパンの防衛を担う存在であり、それ故に応答は殆ど即時だった。

「“はい提督。”」

 

提督「基地防空隊に戦闘態勢を。」

 

香取「“了解。”」

 

提督「大淀はいつも通り、通信を頼む。」

 

大淀「分かりました。」

 

 彼等にとってウェークが目の上の瘤である理由が概ねこれである。ウェーク方面での通商破壊が始まってから不定期にはなったものの、どこからか入り込んだ輸送船の物資によって今でもこうして空襲が実施され、大抵の目的地はサイパンなのである。

艦隊が不在の際でも多数の戦闘機隊によって抑える事は出来ているが、これが続くようでは到底欧州行きなど覚束ない。事実、大本営の作戦担当が苦慮していたのは、この余りに大きな敵性勢力をどの様にして除き、欧州遠征の為の地盤を確保するかにあったのだった。

 

―――ここで、この時のウェークに対するオプションがどのようなものであったかを軽く解説しよう。実の所、大本営はこの敵拠点に対して幾つかの選択肢を有していたのだ。

 1つ目は「調略」。つまり、外交交渉に依ってここを中立化、ないし無力化するか、こちら側に引き込むと言う事である。これはシンガポールの一件もあり何度か試みられていたが、これはこの時点で成果を挙げていない為、選択肢としては選びにくい。

 2つ目は「衰弱」。要するに海上封鎖によって補給を断ち、降伏するか、撤退するかを選ばせるというものである。これはその前段階として潜水艦による通商破壊が大々的に実行されているが、完全に成果を挙げてはいないのが現実だった。

この為本腰を入れる必要があるが、長期化は避けられず、且つ長期に渡って多量の戦力を拘束する必要がある為、実現性が低いと言わざるを得ない。

 そして残る3つ目が「制圧」であるが、これも一見難渋すると言わざるを得ない。ウェークは大型の棲地であり、超兵器級の存在も確認している事から、何かしらの外科治療乃至、情勢の変動が無い限りは厳しいのが否めない。

本来ならここでその外科治療(せんぽう)として横鎮近衛艦隊の出番となるのだが、海上自衛軍の消耗が著しい事もあって、大本営はこれと艦娘艦隊が連携させられない以上、ウェークを制圧しても維持出来るか未知数であるとして、一度足を止めざるを得ないと言う判断を下していたのだった。

 一方で横鎮近衛艦隊などによるピンポイント攻撃により、深海側も大規模な戦力再編を迫られている状況であり、このため両陣営の動きはこの所硬直していた。言ってしまえば、近衛艦隊を初めとする精鋭部隊は、貴重な時間を稼ぎ出す事に成功したと言えるのだ。

だが通常艦艇の建造には時間も金もかかる。この事実は、後の情勢に大きな影響を及ぼす事になるのだ・・・。

 

 

4

 

 12月24日、この年も彼らは無事クリスマスパーティーを開く事が出来た。多忙な中良く飾り付けられたイルミネーションや装飾が、司令部全体を彩っていた。直人はそれまでの敵の動向から空襲の恐れありとして、イルミネーションの点灯を「要検討」としていたのだが、敵の空襲がありなおかつ完全に撃退した事で、無事に点灯する事が出来たのであった。時間制限付きではあったものの・・・。

 

17時58分 食堂棟1F・大食堂

 

提督「―――まぁ、司令部からの催しものだから大賑わいだよな。」

 

大淀「そうですねぇ。」

 直人の言う通り、食堂は中から外まで大賑わいである。本来なら今の艦隊の人数でキャパオーバーとはならないのだが、机を並べ直し、豪奢な食事が並べられたこの状態では、鈴生りになって入りきらないのも道理だっただろう。

厨房では当番制になっている調理担当の艦娘達が一堂に会して、その腕を存分に振るっていた。この頃には既に金剛や鈴谷は厨房担当を外れていて、鈴谷が担当していた月曜日に愛宕が、金剛が担当していた金曜日には速吸が入っており、木曜日の厨房を鳳翔と分担していた五十鈴が、対潜哨戒任務等で多忙になった為、全面的に鳳翔が担当する等している。

司令部の立てた企画であるだけに、甘味処「間宮」もパーティーに全面協力し、伊良湖がその応援に入る事で、クリスマスケーキなどの甘味を提供している。直人に言わせれば「偶の贅沢」と言う事であっただろうか。

 

提督「さて、そろそろセレモニーのスピーチかね。」

 

大淀「18時ですね。お願いします。」

 

直人は大淀の声を受けて、大食堂のカウンター前に立った。時間を見ての事かある程度喧騒は収まっていたが、直人が一声掛けると、艦娘達は静かに直人の言葉を待った。

 

提督「―――まずは今年一年、ご苦労だったと言いたい。今年も皆には何度か無理を言ったが、こうして再び、一同に会してクリスマスを迎えられる事は、俺も嬉しい。我が艦隊の活躍もあり、人類軍の戦局はまた一歩、拮抗への天秤を進めたと言える。これも偏に皆のおかげだ、心から礼を言う。本日のパーティー、心置きなく楽しんで欲しい。それが私に出来る、皆への細やかな感謝の気持ちだ。さぁ、始めようか!」

 

オォーー!!

 

直人の最後の一言と共に、パーティーは開始された。辺りには笑顔と喧騒が満ち、それは直人が最も見たかったものでもあった。

 

「全く、我ながら様にならない事夥しいな。」

そう直人が言うと、大淀がせめてもの励ましの言葉をかけた。

「いえいえ、御立派だったと思いますよ。」

 

提督「・・・立派と、言ってくれるか。」

 

大淀「えぇ。私達の提督は、スピーチも立派にお出来になります。」

 

「・・・ありがとう。」

彼は何とか笑ってそう言い、大淀は微笑み返してそれに応じたのだった。

 

 

 直人を含め、彼らは存分にパーティーを楽しみ始めた。彼も多くの御馳走に舌鼓を打ち、久々の贅沢を堪能し、艦娘達と談笑していた。新任の風雲などは歓迎パーティーを兼ねており、四者四様にこのパーティーを楽しみながら、その雰囲気にもみくちゃにされていた。

(しかし、パーティーにすら顔を見せんとはな・・・。)

直人は周囲を見渡してみるが、明石の姿は見えない。未だに造兵廠に籠もりきりなのだろうかと思いをめぐらした時、

「てーとくっ!」

そう彼に声をかけてきたのは鈴谷である。

「どうしたどうした。」

と直人が言うと鈴谷は

「楽しんでるー?」

と言った。

提督「浮かない顔をしているように見えた?」

 

鈴谷「その強がりは、通用しないぞ~?」

 

提督「いやいや、別に何でもないさ。ただまぁ、一つ言う事があるとすれば・・・」

 

鈴谷「んー・・・?」

ちょっと勿体ぶった後、直人は鈴谷にこう言った。

提督「音羽がここにいないのが残念だなって。あいつ所用で今日はいないって言ってたし。」

が、それに対して鈴谷は

「え、さっき見かけたよ?」

と言った。

提督「え、いるの?」

 

「―――ちょっと来て?」

と鈴谷は少し気を回した後、直人の手を引いて艦娘達の間を進む。

「ほらあそこ。」

鈴谷が指さした方を直人が見ると、そこには音羽―――鏑木三佐が、加賀と立ち話をしている姿が目に入った。顔には珍しく笑みを浮かべている。その横では赤城がめちゃめちゃ食べていたが。

「・・・。」

彼はその様子を見て、なぜそんなしょうもない嘘をついたのかと気には止めたものの、

「呼んでこよっか?」

と言いながらちょっと体が動き始めている鈴谷の肩をぐっと掴み、

「いや、いい。」

と言った。

「ん、そっか。」

鈴谷も短くそう言うと、暫く直人と共にパーティーを楽しむのであった。

 

 

12月24日22時17分―――

 

流石に些か疲れた直人は、ドンチャン騒ぎを遠くから目立たない様に眺めていた。

「なーにしてるの?」

その直人に声をかける者がある、どうして気付いたのだろうか。

「―――お腹もいっぱいだし、流石に騒ぎ疲れたよ、()()。」

 

「へへっ、流石だね、提督。」

廊下の陰から姿を現したのは川内である。

「どうしてここに?」

と直人が聞くと、

「提督を守るのが私の仕事。そうでしょ?」

と川内は嬉しそうに言った。胸を張って言えるのが、川内にとってはとても嬉しいようだった。

「こんな時位、休んでもいいんだぞ?」

と、直人も優しく声を掛けると、

「良いの良いの、私がそうしたいんだから。」

と返してきた。これでは直人も何も言えない。

「そうか・・・。」

忠犬め、と心の中で笑いながら、直人は言ったのだった。かつての川内は、直人の命を狙う暗殺者だったのだが、それが如月のお膳立てもあって、今ではすっかり直人に懐いてしまったのだった。

 

川内「前回も、こんな感じだったね。」

 

提督「あぁ。確かに何も変わらない。」

その言葉に含む所を川内は敏感に感じ取った。

「・・・吹雪の事、今でも気にしてる?」

その言葉に彼は言う。

「気にしているとも。あいつが沈んで、まだ建造すら出来ない。だが、いつまで経っても、吹雪の足掛かりが掴めない。そりゃぁそうだ。深海の連中にでも聞かなけりゃならんのだから。」

 

川内「・・・そうだね。私にとっても、可愛い後輩だったから。」

 

 それきり二人はしばし黙ってしまう。直人にとっては、「任せきりにしたばかりに吹雪が沈んでしまった」と言う意識は、確かに存在しただろう。しかもただ沈んだだけでは無い、吹雪はまだ、生きているのだ。しかしどう探せばいい物か、彼もこの時期、途方に暮れていたのも事実だっただろう。

「・・・吹雪も、笑ってくれたかな。」

直人がそう言うと川内が言う。

「笑ってくれたよ、きっと。」

 

提督「―――でも、会ったら、多分叱られるな。」

 

川内「どうして? きっと嬉しいと思うよ?」

 

提督「・・・“()()”ってさ。吹雪の奴、真面目だったから。」

 

川内「あぁ・・・ふふっ、そうだね。」

 それは二人にとって、余りに最近過ぎる昔話だっただろう。吹雪が居なくなって、まだ1年しか経っていないのだから。しかし司令部艤装倉庫には今でも吹雪の艤装が、艦娘機関を失った状態でこそあるが、綺麗に修理され保管されていたし、司令部中央棟にある直人の自室には、吹雪が身に着けていた殊勲賞が、今でもピカピカに磨かれて保管されていた。

直人にとっても川内にとっても、吹雪の代わりなど存在しない。そう言う事なのだ。

 

「―――私達が居なくなるのは、やっぱり嫌?」

川内がそう聞いた。すると直人は声を荒げることなく、しかし力強く

「当然だ。」

と答えてから続けた。

「正直、吹雪が居なくなった時、お前達を失うのが怖かった事もある。俺に、お前達に合わす顔があるのかとも思った。だがそうじゃない。吹雪に対してと同じ様に、お前達に対しても、率いる者として責任ある身だ。だから俺はもう、お前達を失わないように最善を尽くす。」

 

川内「・・・そうだね。」

 

提督「正直、『俺を恨むな』とは言えないだろうな。だがそれでも構わない。俺は、この戦いの最後まで戦う、お前達と共にな。今は、それでいいと思っている。」

 

川内「―――私は何があっても、提督についてく。私がきっと守る。この“川内”の名に懸けて、必ず。」

 川内は彼の艦隊の中で一二を争うほど、彼の闇に生きている艦娘であっただろう。彼を陰ながら支え、彼を害そうとする者達を、必要ならば彼女は排除してきた。皮肉にも、かつて上層部が己の私欲の為だけに仕込んだ川内の力が、今、彼を守る為に用いられていた。

彼とて、既に表向きは死んだ身であるが故に危険な立場だ。それ故に彼にこれと言って出世欲はない。最初から極められるだけ極めてもいるからであったが、だからこそ彼は自身を守る術を必要としたのだ。

川内が独立監査隊時代にどんな目に遭って来たかは兎も角としても、その力が確かなものである事に、間違いはないのだから。

 

「―――戻ろうか。」

「そうだね。」

2人は揃ってパーティー会場へと戻っていく。夜はまだまだ長いのだから―――

 

 

5

 

翌朝早く、直人は明石に呼び出されて造兵廠にやって来ていた。昨夜遅くまでパーティーでどんちゃん騒ぎの中に居た為寝不足ではあったが。

 

12月25日5時28分 サイパン島造兵廠

 

 明石ー・・・!

 

静かな構内に直人の声が響き渡る。返事は少し間を置いて聞こえてきて、機械の間を滑る様に明石が直人の元にやって来た。

 

明石「お出でになりましたね。」

 

提督「言われた通りに来たが、こんな朝早くにどうしたんだ? 流石に眠い・・・。」

 

明石「パーティー翌日にお呼び立てしてすみません。でも、タイミングとしてはいいかと思いまして。」

 

「すると、クリスマスプレゼントの類って訳かい。」

と直人が聞くと明石は

「そう言う事ですね。」

と胸を張って言った。

 

提督「でもこの時間である必要は?」

 

明石「まだ日の出前ですし、プレゼントが届けられるのは、子供達が寝静まった時ですからね。」

 

提督「もうすぐ起きる時間だが。」

 

明石「細かい事は言いっこなしです! さぁ、こちらへ。」

 屁理屈ではないかと思いはしたものの、その元気な様子に押し切られて、直人は苦笑しながらその後に続いて造兵廠の裏からドックの方に出る。造兵廠にある4つのドックは、造兵廠の表口からは陰になっていて見えないのだが、直人はそのドックの様子が、祭りの後のような状況であるのにすぐ気づいた。

提督「これは・・・」

 

明石「提督、あちらをご覧ください。」

 

 明石が差した方を見ると、注水された1番ドックに、1隻の船が新品同然の輝きと共に浮かんでいた。塗りたての塗料で化粧をしたその船は、鈴谷を艤装したドックに対して不釣り合いなほど小さな船型だったが、前後に1門づつ搭載された単装砲が、その船が確かに「軍艦」である事を示していた。

 

提督「あれは・・・駆逐艦では無いな。」

彼がそう言うと、明石は彼の疑問に答えた。

「はい、あれは海防艦です。」

 

提督「海防艦・・・。」

 

明石「提督がグァムに行かれる時にお使いになれるよう、提督には内緒で建造していたんです。」

 グァムへの直人の往来は確かに重要な問題だった。一々空路を使う訳にもいかないし、三胴内火艇はとうの昔にスクラップにした後だった事もある。*6

それ故に直人は何か方法を考えようと思っていたのだが、その方法の方から転がり込んできた形になった訳である。

 

提督「そりゃぁありがたいが、それじゃぁあの要望書は・・・?」

 

明石「あー、アレは装備品の製造に必要な資材ですね。いざと言う時に足りなくなっちゃいまして・・・。」

そう言って明石は舌を出した。どうやら珍しく勘定を誤ったようだ。

「成程な。」

直人も得心がいったようだ。

 

明石「丁型海防艦1隻、横鎮近衛艦隊にお引渡しします。ご自由にお使い下さい!」

 

提督「ありがとう、助かるよ。そういえば、対潜兵装の方は?」

 

明石「はい、細工は流々です。舶来のドイツ製アクティブ・パッシブソナーを装備しました。」

 

提督「ドイツ製か・・・。」

それを聞いて彼は満足げにそう言った。

 

 ドイツ海軍は第二次大戦中、パッシブソナー(*7)であるGruppenhorchgerät(グルッペンホルヒゲレット)と、アクティブソナー(*8)であるS-Gerät(ゲレット)と言う2つの装備を広範に渡って採用していた。

前者はマイクロフォンにロッシェル塩(*9)を採用しており、最大で単一目標に対して20㎞、船団に対して100㎞も離れた場所からの音を聞く事が出来たとされるが、解像度が悪いと言う問題もあった。

後者は一般的なアクティブソナーで、少なくとも4000m以上先の目標を確実に捉える事が出来たとされている。いずれも日本の同時期の物を遥かに凌ぐ性能であるが、S-Gerätの方は当時のドイツ潜水艦乗りからは評判が悪かったとされている。その理由は、発振した音が当然相手のパッシブソナーにも聞こえてしまうからで、それによって自分達の位置を暴露してしまう恐れがあった為である。

 目の前の海防艦には、以前彼らが無事に本土へ送り届け、また彼らの元へ届けられたドイツ製の2種類のソナーが取り付けられているのだと言う。当時の日本の海上護衛総隊から見れば、喉から手が出るほど欲しい1隻なのは間違いないだろう。

 

提督「―――よいクリスマスプレゼントだ、有り難く受け取っておこう。公試運転は?」

 

明石「問題なく済ませてあります。鏑木三佐の御協力で図面通り仕上がっています。」

 

提督「こいつめ、完全に俺を出し抜いているな。だがソナーの方は? 艤装は万全なんだろうな?」

 

明石「はい、Z 1(レーベ)さんに御協力頂きました。問題なく仕様通りの性能が出ましたから、ご心配には及びません。」

 

「やれやれ、そこまで連帯されていたか・・・。」

 驚きを通り越して呆れたように直人は言った。全く彼の与り知らない所で、密かに造船計画を進めるだけの要素が、この艦隊にあった事は確かに間違いないのだが、明石がここのところ造兵廠に籠もり切った挙句、パーティーにすら出なかった理由が、彼へのこのサプライズが理由だった訳である。

「そう言えば・・・操艦は誰がするんだ?」

一つ忘れていたその事を明石に問う直人、その答えは彼が思っているのと少し違っていた。

 

明石「提督お一人で操艦出来るようになっていますよ。」

 

提督「・・・あ、私一人でするのね。」

思わず一人称が「私」になる彼である。

明石「一応補助でもう一人は入れるようにはなっていますが、基本的には提督が全て操艦する形になりますね。サイズ的にも艦娘の母艦となるようには設計されていませんが、便乗する位であれば出来ると思いますよ。」

 

提督「うーん・・・そっか。まぁ仕方ないね。あくまで俺の移動用、そうだろう?」

 

明石「そうなりますね。」

 

提督「心しておこう、いつもすまないな、明石。」

そう感謝の意を表した直人に明石は、

「良いんですよ。私は提督からお預かりした資材で、これを作っていたんですから。」

と言った後、こう続けた。

「それともう一つ、お伝えしないといけない事が。」

 

提督「ん? 何かな?」

 

明石「以前から進めていた、対光学兵装用の防御手段について、実用化の目途が立ちました。」

 それは、吹雪が戦没して以来、直人の指示で明石が肝いりで進めていたプロジェクトである。吹雪の戦没理由は、レーザー戦艦である超兵器級深海棲艦、戦艦棲姫改「グロース・シュトラール」の放った光学兵器「βレーザー(*10)」を、艦娘の身体防護障壁が防げなかった事にある。更に言えば、翔鶴が大破し手酷くやられてしまったベーリング海での一件も、この問題に起因するものであった事は明白である。

この為吹雪の戦没直後から、直人は明石に命じて、この問題の解決策を探らせていたのだ。

「本当か!?」

直人がそう言ったのも無理はなかった。随分と待たされたのだから。

明石「三技研と協力する形にはなりましたが、これまで微弱なエネルギー光線しか防げなかった状態を、大きく改善出来そうです。」

 

提督「具体的には、どのレベルまで行けそうだ?」

 

明石「少なくとも、翔鶴さんが受けた様なダメージは、初弾では回避出来るでしょう。勿論受け続ける事は出来ないので、細心の注意が必要になります。」

 

「それは承知したが、一体どういう手品だ?」

と直人が言うと、明石は胸を張ってこう言った。

「具体的には正面から防ぎ切るのではなく、正の霊力をぶつけるような形で逸らします。以前霧の方から提供を受けたデータは勿論、過去の超兵器に搭載されていた機構等も参考にして、現在ある霊力技術を結集して完成させました。」

 

提督「やる事はクラインフィールドと同じ、という訳か。」

 

明石「光学兵器と言えど、負の霊力を用いている事に違いはありません。しかし現時点で全艦が発現する身体防護能力は、物理攻撃に対する防御にのみ対応しています。この為強力な深海棲艦を正面から低練度で相手取る事となっていた、我々の初期の戦いでは被害が甚大でした。」

 

提督「一時を境に被害が減ったのは、敵が配置を転換したから、とも言えそうだな。」

 艦娘艦隊発足直後に行われたハワイ方面への攻勢では、敵にも大きな打撃を与えはしたものの、同地に駐在した超兵器級によって大きな打撃を受け、多数の喪失艦を艦娘艦隊から出している。

その中には光学兵器を受けて沈んだ艦が多数含まれていたが、当時の大本営は特に関心を示さなかった(*11)し、山本海将に軍令部の主導権が移った頃には、光学兵器による被害がそもそもなくなっていた為、明石が研究を始めなかったら、この件は何も進展していない所だったのだ。

「それで、いつ頃から使えそうだ?」

直人がそう聞くと明石は

「ここから三技研が保有する柱島第444艦隊で実用試験を開始し、順調なら3月頃に我が艦隊にフィードバックデータが送られてくるでしょう。戦力化にはもう少し時間がかかりますね。」

と言った。まだこの技術は、目途が立っただけなのだ。

 

提督「そうか・・・そうだろうな。小松所長なら、良いものを仕上げてくれるに違いない。」

彼は目前の海防艦を眺めながらそう言い、昔を懐かしむのであった―――。

 

 

 丁型海防艦とは、太平洋戦争後期に日本海軍が量産に移した海防艦、その最期のクラスの片割れである。

日本海軍は開戦後、占守をベースとして、択捉型や御蔵型を初め、量産性を徐々に高めつつ、船団護衛用の小型艦を建造していたが、尤もバランスのとれた鵜来型でさえ、生産性では不十分と見做されていた。

その為生産性の比較的いいディーゼル機関を用い、ブロック工法も全面採用し、極限まで設計を簡略化した丙型海防艦が設計されることになるが、その機関の生産能力が低かった事から、ほぼ同規模の船体に蒸気タービン推進を用いて建造されたのが、この丁型海防艦である。建造は100隻規模で計画され、丙型は奇数、丁型は偶数番が割り当てられた。

 丁型海防艦は基準排水量740トン、全長69.5m、全幅8.6mと言う小艦であり、四十五口径十年式十二(センチ)単装高角砲を2基、25㎜3連装機銃を2基装備して対空火力としつつ、三式迫撃砲(*12)1基、三式爆雷投射機12基、爆雷投下軌条1基、爆雷120個を搭載して、対潜攻撃能力を充実させた船団護衛用の量産艦である。

兵装は丙型と同じであるが、蒸気タービンはディーゼルと比較して燃費が悪く、丙型より多くの燃料を搭載する事で補っているが、馬力は2,500馬力と600馬力ほど向上し、最高速力は17.5ノットで丙型より1ノット早いなど、細かな差異が存在する。

 史実では第2号型海防艦として143隻が計画され、1944年2月28日の第2号以下64隻が完成して船団護衛に従事した。その戦歴は後期の様相に沿って激しいものとなり、船団護衛や対潜掃討、そして敵の空襲などで25隻が失われた他、復員船として進捗が最も進んでいたものの中から3隻が追加で完成して、延べ67隻が就役した。戦後も英国やソ連、中華民国などの手に渡り、一部は国共内戦の渦中で中華人民共和国軍に鹵獲される等、多難な運命を辿ったものもある。

 

 

 思いもよらないプレゼントを貰った直人は、その翌日、思い切ってグァムへ行く事にした。勿論用件なしで行く訳では無く、情報交換の為であった。その為に造兵廠から戻り一度仮眠を取ってから、彼はグァムヘアポを入れて置いた上で、26日の朝8時頃にサイパンを出発、最大速力で7時間半程度の行程でグァムに到着した。

引き渡された海防艦は、丁型で最初に欠番となった番号を取って「第70号海防艦」と命名されており、引き渡し後最初の航海だけに特に問題も発生せず、無事アプラ港に入港を果たした。

なんだかんだでグァムの土を踏むのはこれが三度目である。

 

12月26日15時47分 グァム島アプラ港深海棲艦基地

 

「あら、来たわね。」

 アプラ港の埠頭で彼を出迎えたのは、ヴィルベルヴィント級巡洋戦艦4番艦、ワールウィンドである。

 

 厳密に言うと彼女自身は4番艦などではなく、北アフリカで行動不能となり放棄された1番艦ヴィルベルヴィントを米海軍が回収、応急修理の上で本国に回航、改修後に再就役させたものだ。

ただ、損傷状態がそれなりに悪かったためかなりの部分にアメリカ製の部品が入り、改修前後で艦容が大きく変わった事と、事実上建造したのと変わらないとも言われる上、当の米海軍も「事実上別物と言ってよい」と胸を張ったと言うエピソードから、4番艦として扱われる事が多いのだ。

 

「1月以来だな。」

直人がそう言い、

「えぇ、そうね。」

とワールウィンドは言う。2人が会ったのはこの年の1月、ポートモレスビー攻略戦を承諾する前の検討を行う際、オブザーバーとして直人がサイパンに呼んだ時(*13)以来である。

提督「本当に久しぶりだ。元気だったか?」

 

ワール「えぇ、何度か戦場にも出たわ。」

 

提督「そうか。今日はアイダホはどうしてるんだ?」

彼がそう聞いたのは、彼が来る時は大体アイダホが出迎えに来ていたからだ。これにワールウィンドはこう答えた。

「北方棲姫様が、貴方に会いたがっているそうよ。それで一緒に待つらしいわ。」

 

提督「・・・成程な。」

 

ワール「さ、行きましょ。」

 

「あぁ。」

 ワールウィンドに促され、直人は案内されるがまま北方棲姫の待つ総司令部に向かった。講和派の総司令部にはとりわけ北方棲姫の為に特別にしつらえられた、と言うような場所はない。直人らで例えれば、北方棲姫の居室と、執務室に相当する玉座の部屋が一つある位であった。この辺りはシンプルに文化の差だろう。

 

 

「直人!」

彼が北方棲姫の前に姿を見せると、北方棲姫は嬉しそうに駆け寄って来た。今時彼を呼び捨てにするのも、彼女と大迫一佐位であろう。

「おー、ほっぽちゃん、少し背も伸びたか?」

と直人は何やら娘を見るような感じで言った。

ほっぽ「うん、伸びた!」

 

提督「そうか~、良かったなぁ~。」

 

キャッキャと楽しそうに会話をする二人を見て、ワールウィンドは二人に聞こえない様にアイダホに言った。

「ねぇ、あの二人、いつもああなの?」

 

ル級改Flag(アイダホ)「いえ、かなり久しぶりなので・・・積もる話もあるんだと思いますよ。」

 

ワール「そうだったわ・・・。」

 

 そう、直人と北方棲姫「ダッチハーバー」が会うのはまたも数か月ぶりなのだった。背も少し伸び、表情にはほんの少し凛々しさが垣間見える様になっていた。彼女には部下は沢山いたが、友達と呼べる者は本当に少ない。彼はそんな数少ない「お友達」の一人なのだった。互いに数多の兵力を率いる身であったが、北方棲姫としては、その前に友達の欲しいお年頃である訳だった。

 

 

6

 

北方棲姫との暖かい歓談を終えた直人は、アイダホにアルウスの元へ案内されるところだった。

 

提督「アルウスは元気そうか?」

 

アイダホ「はい、“ここでなら武人の本懐を遂げられるかもしれん”と張り切っておられます。」

 

提督「ほう・・・。」

 

居心地が良い様だなどと考えている内に、2人はアルウスの待つ応接間に辿り着く。

 

コンコン

 

アイダホ「提督が参られました。」

 

「“入れてくれ。”」

 

アイダホ「どうぞ。」

 

提督「ありがとう。」

彼はそう言って応接間の扉を開ける。

「おぉ! 久しいな、()()()()。またしてもインディアナが居ないのが残念だ。私の副官と言う役柄上、彼女は忙しいからな・・・。」

 その言葉と共ににこやかに出迎えたのは、この時期既に講和派深海棲艦のカリスマ的指揮官としての地位を確立しつつあった、講和派深海棲艦隊総司令官、空母棲姫「アルウス」である。かつては宿敵として何度も戦場で刃を交え、その実力を認め合った間柄であり、現在はこれ以上ない共闘相手として、互いに胸襟を開く仲なのだった。

 

提督「その名で覚えているのはいいが、外の者には漏らしてくれるなよ? 私はこれでも一応、死んだ事になっている身なんだからな。」

 

アルウス「あぁ、承知しているよ。さぁ、座ってくれ。」

 

提督「ありがとう。」

彼は招かれるままソファに腰掛け、体面にアルウスが陣取った。

 

アルウス「しかし、そちらから来るとは珍しいな。情報交換がしたいと言う事だったが・・・。」

 

提督「あぁ、そうなんだ。今一度情報を整理したいと思ってな、今の時期に。」

 

アルウス「成程、今は両軍共に動けないからな。承知した―――」

 

 深海講和派の情勢は良いかと言われれば微妙な立ち位置である。1年と2か月ほど前、北方棲姫の引き連れてきた25万隻程で発足した講和派深海棲艦隊は、これまでに150万を超す大艦隊へ成長し、歴戦の勇士であるロフトンやアルウスなどがこれらを高度に組織化して運用していた。中にはポナペ基地を統括する分遣隊指揮官の様に、棲地非形成型の分屯部隊指揮官の経験を持つ者もあり、彼等も講和派の統率に一役買っていた。

一方でシンガポールとの人材交流にも力を入れ、講和派の窓口としても期待されている所でもある。

規模としてはウェークに匹敵かともすれば上回る彼等であったが、ウェーク棲地からくる偵察艦隊との間で制海権争いをしている状況であり、まだ勢力が定着しているとは言い難い情勢であった。一方ラモトレックアトールなどの南方に近い基地の部隊は、ニューギニア方面の敵勢力に対する作戦で既に成果を挙げており、未だ根深い人類側の反対の声を他所にして、この共闘が有効な事を早くも証明しつつあった。

 制海権争いの方は優勢であり、高度に組織化された講和派が、ウェーク棲地の派遣艦隊を再三打ち破っていると言う状況である。しかしもう暫くはこの膠着が続くと考えると、余り楽観出来ないのは事実だった。ただ横鎮近衛艦隊は特に手助けしているという訳でもない。その理由は、艦娘艦隊に守られてばかりいる訳にもいかないと言う事情も一因だったが、それ以前に直人が必要だとは考えていない事に理由があった。精々哨戒結果だけ共有する程度である。ただウェーク棲地側はそうは考えていないらしく、サイパンの航空基地を狙って空襲を仕掛けてくるのだが、それを防ぐ為、横鎮艦娘艦隊や講和派の潜水艦隊と協力してウェークの海上封鎖に当たっていると言うのも事実であった。

 

要約すれば、講和派も難しい舵取りを強いられているのだ。

 

提督「―――お互い、厳しいのは変わらんな。」

 

アルウス「そうだな・・・。」

彼女も人類軍の情勢を聞き、未だ厳しい情勢である事を認識するしかなかった。

「しかし、ここで軽挙してはならん。それは互いに分かっているから、今は平穏だろう。」

直人が言うと、アルウスは同意したように一つ頷いた後言った。

「我々が地盤を固めるとしても、それは今しかない。そうだな?」

 

提督「そう言う事だ。我々も太平洋地域の安定には全力を尽くすつもりだ。大本営も、きっと同じ腹積もりには違いない。」

 

アルウス「当面目指すところは、同じという訳だな。」

 

提督「そうだ。」

 

 太平洋戦線の拮抗は、深海講和派の存在感もかなり大きい。しかもその本拠地の近くには、サイパンに駐留する「例の艦隊」や、北は日本、南はパラオ・トラックの両泊地に囲まれたグァムと言う好条件を揃えている。無論その戦力も、複数の超兵器級を擁する侮れない物量を誇ってもいる。

彼等の戦略が奈辺にあるかはこの時期、深海の強硬派にも測りかねていた。故にその出方を図る為のウェーク棲地艦隊による強行偵察、と言う一側面もあったのだが、この事もあり、深海側としては慎重にならざるを得なかった。何よりそこまで手を広げられるだけの態勢に無かったのが大きいのだが。

 

提督「艦隊はいつでも出動が可能だ。必要があればいつでも言ってくれ。我が艦隊だけなら、命令なしで動けるからな。」

 

アルウス「心強い言葉だ、肝に銘じておこう。」

 彼女にとって彼のその言葉は、掛け値なしのありがたみを持って受け入れられた。何せかつては己の宿敵として、その力を肌身に感じてよく知る相手だ。それが今、無条件で力を貸してくれるその好意は、何者の助勢にも勝るからだった。むしろ彼を敵にする強硬派に付いた者達こそ、哀れまれても良いだろうとさえ、彼女は考えていた。

 

提督「ところで、アルティは元気か?」

 彼がそう案じた相手は、かつて彼の下で捕虜の管理を行っていた超兵器級深海棲艦、アルティメイトストームの事である。彼女も講和派であり、かつては深海を石もて追われた身であったが、今は自ら講和派に合流して共に戦っていた。

アルウス「あぁ、元気だと思うぞ。今はニューギニアでの掃討戦に従事している筈だ。彼女の地上でも移動出来る力は、貴重だからな。」

 

 

 アルティの生前持っていた肩書は「超巨大ホバー戦艦」というものだ。エアクッション艇*14と同様の原理で、数万トンの鉄塊を超兵器機関の莫大な出力で水面から完全に持ち上げ、海上でも地表でも難なく行動出来てしまう、驚異的な行動能力を持ったアメリカの戦艦だったのだ。

エアクッション艇は本来大型化が難しいと言う問題や、斜面や凹凸での極度の行動能力の制限、悪天候に対する脆性、燃費の悪さと言った多くの問題を抱えるカテゴリーだが、アルティメイトストームは燃費を永久機関である超兵器機関で、行動能力を自前の大きさやそれに伴う慣性と重量で、難しい大型化もその莫大な機関出力でカバーしてしまうと言う、なんともアメリカナイズな方法でクリアしてしまい、その高速性能と長門型をも凌ぐ砲撃力で、日本軍も散々手を焼かされたのである。主に数々の上陸作戦に従軍し、上陸支援任務や艦砲射撃、そして時にある日本海軍との交戦に従事していた。

もっとも、さしものアルティメイトストームも、第七艦隊所属として参戦したサマール沖海戦にて、唯一馳せ参じた第七艦隊主力艦でありながら、その相手が播磨では流石に勝ち目が無く、その上この頃までには弱点が下部のスカートである事を見抜かれていた為、播磨の一斉射でスカートがズタズタになって行動不能となり、その後僅か二斉射で撃沈されている・・・。

 深海棲艦となった彼女も、戦闘時には水面から浮揚して高速で動き回るというとてつもない能力があり、浅瀬や陸の上だろうが問答無用で動く事が出来る。元は深海太平洋艦隊中部太平洋方面艦隊強襲揚陸集団の指揮官であったと言い、同方面艦隊司令部はトラックにあったから、もし彼女が深海側に居ればかなり脅威になっただろう事は間違いない。

 

 

提督「そうか、久しぶりに会いたかったがね。それなら仕方がない、日を改める事にするよ。」

 

アルウス「済まないな。」

 

提督「―――ところで、一つつかぬ事を伺うが、宜しいか?」

 

アルウス「どうした改まって、貴官と私の仲じゃないか。」

そう彼女が言うと、彼はふと考えていた事を口に出した。

 

提督「もし、もし仮にだ。我が方の艦娘が鹵獲されたとして、それが送られるのは何処か、貴官には見当は付くだろうか?」

これでも彼は言葉を選んでいた。“鹵獲された艦娘”が誰の事であるかは、読者諸兄には言わずもがなであるだろう。これについてアルウスも慎重に言葉を選ぶ。何せ彼女は、深海棲艦隊の中でもかなり上位の個体であり、様々な事を見聞きしたからでもある。

「そうだな・・・実際例の無かった話ではない。講和派が勢力を持つ前、そちらに僅かに亡命者が行っていた様に、我々も僅かではあるが、捕虜を得た事はある。私もその経験者だ。」

 

提督「そうなのか?」

 

「あぁ。だが・・・。」

アルウスは表情を曇らせ黙り込んでしまう。直人の立場を鑑みれば、俄かには口に出しづらかった為だったが、直人も自分が気を使われている事を察して助け舟を出した。

「―――教えて欲しい。事と次第では、私も覚悟を決めねばならん。」

その言葉にアルウスは意を決したように

「・・・分かった。」

と言うと、直人に告げた。

「鹵獲された艦娘の行方、それは概ね3つに区別されると言っていい。非常に言いにくいのだが・・・」

直人は静かに、次の言葉を待った。

「―――ひとつは、人型の素体として、輸送ワ級にする事だ。我々の側での強制労働に近いものだな。外観はそれこそ他のワ級とほぼ変わらない、肌の色を除けばだが・・・。輸送ワ級が頭部に装着しているあの物体は、我々は“ヘルメット”と呼んでいるが、命令と経路を伝達する役割がある。しかしもう一つ、これには機能がある。」

 

提督「・・・その機能と言うのは?」

 

アルウス「・・・命令に“従わせる”機能、殆ど刷り込み(インプリンティング)に近いものだ。深海で建造された輸送ワ級にこの機能が使われる事はないが、艦娘などを素体にする場合のみ有効とされ、最終的には脳細胞の摩耗で素体が死ぬか、生きていても、元の人格を留めていないだろうな。抜け殻になってしまうかもしれん。」

 

提督「・・・。」

彼も深海側がそうした精神面での技術に長ける事はある程度理解していたが、ここまで来るとそのレベルが如何に桁外れかが良く理解出来た。如月と共に局長がいとも容易くマインドコントロール装置を作り出せたのも頷けるというものだ。

 

アルウス「ふたつ目は研究目的の実験体。考えている事は、貴官らと大して変わらん。」

 

提督「・・・具体的には、どんな実験なんだ? 知っている範囲で良い、教えて貰えないだろうか。」

 

アルウス「・・・艦娘はその特性は兎も角、肉体的には人間と同じだ。それを研究する事は艦娘と人間の双方を研究する事に繋がる。殆ど人体実験に近いものもあると聞いた。それこそ痛覚や味覚、聴覚などから、性感帯に至るまでな。」

 

提督「―――!」

 深海強硬派は、人類を対等の相手と認識していない節もある。その事からすれば納得出来る事だが、肉体に対する実験と言う事は、とても挙げられたものでは無い内容の実験も含まれると言う事だ。しかもそんな実験に供された個体が、五体満足でいられる保証など何処にもない。しかも稼働可能な艤装ごと鹵獲されてしまえば、そう簡単に死ねたものではない。地獄とは、かく言う事を指すのだろう。

「艦娘の能力に対する実験というものもある。中には砲撃訓練に供されて、どの程度耐えるのか実験したものもあったらしい。当然艦娘の方に弾などはない。惨い事だが、研究する側にとっては大いに役立ったのだろうな。」

 吐き捨てるようにアルウスは言った。アルウスにとっては唾棄すべき行いだったのは間違いなかっただろう。

だが直人とて、人類がそれを笑えるかと問われれば、断じて「否」である事を知っている。事実、それを目の当たりにしたばかりであった。

 

アルウス「・・・最後のひとつは更に痛ましい事実だ。」

 

提督「痛ましい・・・?」

 

アルウス「・・・一言で言い表せば、“愛玩動物”と言うのが正しかろう。」

 

提督「なっ・・・!?」

彼は絶句した。いや、そうならざるを得ない。言葉を選んで尚そうならざるを得ない実態が、そこにはあったのだ。アルウスは言葉を続ける。

「それを手にした者によって、扱い方はやはり異なるな。単なるペット、嗜虐心を満たす対象、給仕扱い、見世物、そして一番多いのは、やはり―――」

 

「・・・慰み者にする、か。」

 

「それも、()()にな。」

 それを聞いて直人は大きく息を吐いた。概ね予想通りの答えだったからだ。そうなってしまった艦娘の、精神的打撃は計り知れないだろう。死を望んだとしても、艦娘はそう簡単に死ねる様に出来ていないし、何より引き取り手がそれを望まない。しかもその先にその艦娘にあるのは、死か、さもなくば「裏切り者」のレッテルなのだった。かつてナチス武装親衛隊に加わった多国籍の多くの人々が、戦後祖国でどの様に扱われたかなど、引き合いに出すまでもないだろう。

アルウス「上位の者達にとっては今や、一種のステータスとして見る向きもあるようだ。」

 

提督「かつて富豪が奴隷を連れるのと、感覚的には同じ、という訳だな。」

 

アルウス「そうなる。扱いが人道的であるとも、必ずしも言えん。私にそんな趣味は無かったがね。」

彼女がそう言うと直人は

「分かっているとも、そう弁解がましく言われるまでも無いさ。」

と言った。事実彼女の為人を知る者からすれば、この反応は真っ当であると言えるだろう。

「これらに漏れた者は、強硬派の手によって殺されている。だがその様子だと、艤装を作っても、その者の建造が出来ないようだな。」

 

提督「あぁ・・・。」

 

アルウス「ではまだ生きているだろうな。尤も、1と3の選択肢となると、どこにいるかなど見当もつかない。だが2なら、ある程度は分かる。」

 

提督「本当か!?」

彼がそう言うと、アルウスはこう答えた。

「艦娘を研究している場所と言えば2か所だけ、ベーリング海棲地と大西洋海嶺棲地だけだ。セクションが違うから、太平洋から大西洋へ、とは考えにくい。大凡、ベーリング海棲地にいるだろうな。」

 

提督「但し五体満足とは保証出来ない、か・・・。」

 

アルウス「そうだな・・・。」

それは彼にとって重い現実だった。どの選択肢を取ってみた所で、彼にとっても吹雪にとっても、愉快な道理が無い。

「参考に、なっただろうか?」

と、控えめにアルウスが聞くと直人は、

「あぁ、勿論だ。我々の知り得ない情報だったからな。これである程度あても絞れそうだ。助かるよ。」

と、精一杯の元気を振り絞って言ったのだった。様々な意味で、彼もある種の覚悟を以て今後望む必要がありそうだと思いを馳せたのも事実である。が、ここで一つ、鎌首をもたげた疑問があった。それこそ彼の言い出しにくい質問ではあったが、元々それなりに好奇心の強い彼は、思い切って聞いてみる事にし、意を決して口に出す。

 

提督「アルウス、もう一つ聞きたい事が出来たんだが・・・。」

 

アルウス「ん? 今度はなんだ?」

 

提督「さっき、()()()()と言う話が出たが・・・深海棲艦は、その・・・」

そこまで言って流石に言葉を選ぼうと苦慮している様子を見たアルウスは、言わんとする所を察して同時に赤面した。

「―――っ!? えっと、その・・・」

 

提督「す、済まない! 気に障ったなら謝る。」

流石にまずかったかと慌てて言うと、

アルウス「い、いや、いいんだ。そうだな、流石に気になるか・・・。」

と納得した様子の彼女だが、流石に恥ずかしい様子で言葉が出ない様だった。考えても見れば、深海棲艦の上位知能体や大型艦と言えば女性ばかりだ。それが同じく女性しかいない艦娘を、しかも性的に慰み者にするとは、些か理解に苦しむのも考えてみれば当然なのだ。方法は多々あれど、だ。

ただ、アルウスの回答はと言うと・・・

「ううむ・・・そうだ、モンタナ辺りに聞くといい! 彼女なら教えてくれるかもしれん。」

 

提督「ん、あぁ・・・分かった、そうしてみよう。」

と、体よく押し付けたのである。彼も流石に気まずかった事もあり、なし崩しに頷くのだった。

 

 

7

 

 その後、久しぶりの歓談を暫く楽しんだ2人は、頃合いを見て別れ、直人は第70号海防艦に乗りグァムを後にした。本来ならそのまま帰る予定だったが、思う所もあり、途中テニアンに寄る事にした。此方の方はアポは取っておらず、行って駄目なら帰ると言う程度だったが、基地司令のロフトンは快くこれを迎え入れたのだった。

 

21時37分 テニアン島ラム・ラム港

 

 テニアンにロフトンが来る直前、テニアン島の捕虜収容所がそのまま拡張されるような形で基地建設が開始され、当時簡易な揚陸機能しかなかったこの場所に、強力な揚収能力と基地を備えた港がこの時期漸く出来上がりつつあった。元々はビーチであった場所が、今や長期の土木工事の末に活況の深海講和派の軍港となった訳である。

第70号海防艦はこの時空いていた第7埠頭に入港管制通り接岸すると、下艦した直人はテニアン島司令部にそのまま通された。司令部は埠頭から歩いて数分の距離にあり、直ぐにロフトンの元へと通された。

「おぉ、来たか。」

「多分、帰る事には日付が変わってるだろうがね。大淀に大目玉を食らってしまいそうだ。」

「あの副官殿か、()()()が上がらぬとはこの事だな。」

「どっちかと言えば()()()が上がらぬだよ。それに、大淀の仕事ぶりにはむしろ頭の下がる思いだ。優秀な部下がいて、大いに助かっているのさ。」

「それは失礼した―――」

 

 飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」と直人は、互いの存在を認識していなかったので、ライバルでは無かったものの、競争相手として何度も矛を交えた間柄と言う点では、アルウスと共通する。彼女もまた、30万もの手勢を率いて亡命して来た時は、北方棲姫の際を超える大事件として取り上げられたものである。現在は直人が率いる特別任務群に対して、母港提供と補給の責を負う傍ら、アルウス本隊の片翼として、自身の手勢の半数近くを再編成して指揮する身であった。彼にとってなくてはならないパートナーである。

提督「元気そうで何よりだ、ロフトン。どうせ近くを通るならと、顔を見に来たんだ。」

 

ロフトン「貴官こそ、変わらんな。来てくれて嬉しいよ。」

 

提督「どうだ、ここの居心地は。」

 

ロフトン「蒸し暑いガタルカナルに比べれば、抜群だな。」

そりゃぁそうだと直人もはにかむ。彼も熱帯特有の蒸し暑さは余り好まないが、やはり寒さよりはマシと考えていた。

「それに良い基地が出来上がって来ている。これならば、私も十全に戦えるだろう。これも貴官のおかげだな。」

 

提督「そうかな・・・私は、私に出来る事をしただけさ。」

 

ロフトン「それが、今日のこの様な情勢を生み出した。そうだろう?」

 

提督「買い被り過ぎだよ。私だって、駒の一つに過ぎないのだから。」

 

ロフトン「それも、間違いなくジョーカーの類だ。」

 直人はその言葉を素直に肯定した。何より、そのジョーカーとして大きな手傷を何度も彼女に及ぼした彼であり、その相手から受けるその言葉は些か重かった。

「そうだ、防空棲姫達の所には顔を見せるか?」

 

提督「うん、そのつもりだ。まだ起きてるかい?」

 

ロフトン「この時間はまだ起きている筈だ、案内しよう。」

 

「済まない、助かるよ。」

直人はロフトンに案内され、司令部の中を少し歩くと、その先に防空棲姫と播磨の後ろ姿が見えた。

「あきづき!」

そうロフトンが声を掛けると二人が振り返る。

防空棲姫「提督!」

 

提督「やぁ、元気そうだね。」

 

播磨「こんばんわ、提督。」

 

提督「こんばんわ。」

 

 防空棲姫「あきづき」は、かつてこの世界へ訪れた“霧の艦隊”の技術を、一部活用して建造された深海棲艦だ。その為、霧と同質の防御壁「クラインフィールド」を展開出来る。その隣に立つ播磨は、日本海軍が誇った伝説の塊とも言うべき超兵器、その生まれ変わりなのだった。

「どうしたの、急に。」

そうあきづきが聞くと、

「久しぶりに顔を見たくなったのさ。」

と直人は述べた。

播磨「まぁ、ありがとうございます。」

 

提督「暫く出番も無かったからな、顔を見せられず申し訳ない。」

 

防空棲姫「気にしなくていいわ。責任ある者は、忙しいものだしね。」

 

播磨「お気遣い、ありがとうございます。」

 

「うん。そのつもりがあれば、いつでもサイパンに来てくれて構わんぞ。君達も、我が艦隊の一員なのだからな。特に播磨とは、色々と話をしてみたいと思ってたんだ。」

と直人が言うと、

「あら、それじゃぁ私は余禄という訳かしら?」

とあきづきがむくれて見せ、

「まぁまぁ、ではいずれ、お伺いしますわ。」

と播磨が言った。

提督「余禄なものか。お前の話も、色々と聞いてみたい。いつでも歓迎するよ。」

 

「そう・・・。」

あきづきは少し嬉しそうにそう返事したのであった。

 

 

 その後案の定深夜過ぎに帰着した直人はその翌日、執務を終えた後に技術局を訪れていた。この技術局は司令部前ドックと資材用倉庫に挟まれた小さな平屋の建物で、実験や製作用の作業場と局長自身の居住スペース、雷の為に作られた5床の病床を含む医療ブロックで構成されている。

 

12月27日15時48分 司令部前ドック西側・技術局

 

提督「よっ!」

 彼がその作業場に現れると、そこにはテーブルに腰かけておやつを食べている局長(モンタナ)と、椅子に腰かけて相伴に与る如月と荒潮の姿があった。如月は薬品管理の担当で局長と仲が良く、荒潮は着任経緯の関係で局長とは懇意にしている間柄である。

「よぉ。」

その局長はと言うと、この数か月日本語の勉強をしたらしく、随分と流暢に話せる様になっていた。

提督「随分不自然さが抜けたな。」

 

局長「そりゃどうも。」

 

「またバラックセットかい?」

直人の前には、何やらいくつかの機器がコードでセットされた実験機械が設置されていた。

「まぁな。」

と局長は答える。

「そう言う司令官は、何してるの?」

と聞いたのは如月である。

提督「こっちのセリフじゃい。三時のおやつ?」

 

如月「そうよ~。」

その返事を聞くと直人はにこやかに一つ頷き、局長に視線を戻す。

「ちょっと局長に用事があってな。」

 

局長「ほう、最近全然来なかったのに、珍しいな。」

意外そうにそう言うと直人は、

「用事が特に無かったし、あればそっちから来てくれたからな。忙しかったのもある。」

と答えた。

提督「それより2人で話したい。いいか?」

 

局長「構わないが、この二人に聞かれるとまずい話なのか?」

 

提督「大いにまずい。」

 

局長「・・・。」

いつになく真剣にそう言う直人に、モンタナは怪訝な表情をしつつも、局長は一度別室に直人を案内するのである。

 

「で、何の話だ?」

とモンタナが聞くと、直人は一晩で整理してきた質問を局長にぶつけた。

「うん、別に答えにくければ答えなくていいのだが・・・深海棲艦の生殖器って、どうなってるんだ?」

 

局長「・・・っ! ど、どうした藪から棒に。」

モンタナにとってはその質問は羞恥ではなく驚きを以て迎えられた。直人がその様な質問をしてくるとは思わなかった新鮮さと、突然ぶつけてきた事に対する驚きであったが、事と次第を彼から聞いた彼女は、

「成程な、そう言う話か・・・」

と納得した。

「流石に不味かったよな。」

と彼が聞くと、

「相手によるだろうな、それは。」

と穏当に返してから彼の質問に答えた。

「深海棲艦はクローン生成で個体を爆発的に増やすのは知っているな?」

 

提督「勿論だ。それによって、多少の損耗は直ぐ埋め合わせてしまう。驚異的、と言っていいだろうな。」

 

局長「だが我々も元はと言えば船だった事に変わりはない。だから女性しかいない訳なのだが、ある時期、こう考えた者がいた。“もしクローンが作れなくなったら如何にするか”とな。

我々のオリジナルは建造と似たような手順で製造を行う事で誕生する。私もその一人だが、製造は建造と違い、生成される前の肉体に対して干渉する事が出来るんだ。それによって現在製造されるオリジナルは、そこから生まれるクローンも含め、全て接合(*15)を伴う繁殖が可能になっている。多少強引にではあるがな。」

そこまで聞いて直人はピンと来ていた。

 

「―――と言う事は、深海棲艦の生殖器は・・・」

「そう、所謂雌雄同体と言う奴だ。アルウスが恥じらったのはそう言う背景あっての事だろうな。」

 

 雌雄同体、つまりオスとメスの生殖器を同一の個体が持ち合わせ、それぞれ機能している生態を差す。動物では「雌雄異体(いたい)*16」が多いが、雌雄同体も多様な分類群に見られる形態で、代表的なものにミミズやカタツムリ、アメフラシがある。

因みに似たような言葉に「単為(たんい)生殖」があるが、こちらは接合を伴わない。

「・・・言い換えたら半陰陽(*17)、両性具有と言う事か。」

 

局長「後者が正しいな。男性器と女性器の両方を持ち合わせているんだ。何の問題も無く、な。」

 

提督「・・・まるで神話の時代だな。」

 

局長「彼等はクローン生産だけでは、もしそれが出来なくなった時どう戦力を増やすかと言う問題に行き当たった訳だ。製造でも限界がある。だから生物であると言う特性を生かし、生殖が可能な改良型を生み出したんだ。」

 直人はその説明でようやく合点がいった。生物の繁栄と存続の為に「代を重ねる」と言う事がどれほど重要であるか、それは今更説明するまでもない。戦争が長期化し、だらだらと戦力を消耗し続けた果てに、そう言った思考に至った事は特段可笑しな事ではなく、それに対する解決法は一種合理的でさえあった。

「アルウスは建造時期的には改良型だ、だから恥じらいがあったのかもしれん。しかし奴にそんな所があるとはなぁ・・・。」ニヤニヤ

と言うモンタナに、

「成程な・・・。」

と直人が言い、顎に手を当てて考えていると、

「―――見てみるか?」

と言う衝撃的なワードがモンタナの口から飛び出した。

「―――ほあっ!?」

と驚きの余り彼が思わずモンタナの顔を見ると、これまでになく不敵な笑みを満面に浮かべていた。その言葉が冗談でないのは、その時点で彼の方が悟ってしまった。

「・・・いいのか?」

 

「どうぞ?」

そう言うとモンタナはおもむろにスーツのズボンを降ろし、下着を降ろして見せる。

「・・・ほんとだ。」

 と、いつになくドキドキしながら思わずモンタナの股間を観察してしまう直人。はたから見れば生身を使った保健の授業であったが、結論から言えば、モンタナは()()()であった。

彼が観察を終え、モンタナがズボンを穿き直すと、彼女はおもむろに、

「参考になったか?」

と聞いた。

「あぁ、大いに参考になった、ありがとう。」

と言ってから直人は、

「そう言えば、この部屋って防音は・・・」

と今更な事を聞いた。

 

局長「完全防音仕様だ、気にするな。それに別に恥ずかしくも無いしな。」

 

提督「そ、そうか・・・。」

 

局長「―――だが、今の所はお前だけだ。こんな真似をするのはな。」

 

提督「―――!!」

涼しい横顔でそう言われてしまい、不覚にもドキッとしてしまう、そんな直人なのだった。

 

 

8

 

 2054年が終わり、2055年が明けた。今年も戦争の一年になるだろうと言う確信を民衆に抱かせる夜明けは、何事も無く過ぎ去った。横鎮近衛艦隊も例年通り新年の訓示を終え、正月の料理に興じていた。艦隊は体勢を既に立て直した後と言う事もあり、大して滞りなく任務をこなしながらも余裕のある正月であった。

その正月三が日を終えた1月4日、横鎮司令部に早速客人が訪れた。

 

1月4日13時41分 サイパン島司令部前ドック

 

「あけましておめでとう、提督。」

 特別任務群指揮官のあきづきである。新年の挨拶にとテニアン島の基地から司令部を訪れたのは、あきづきと播磨の2人であった。が、この時直人は少し渋い顔をしていた。

「あー、おめでとう。」

そう返す直人の腰には二振りの木刀が提げられていた。その格好も普段の第二種軍服ではなく、カーキの第三種軍服である。

「・・・どうしたのよ、その格好。」

とあきづきが聞いたのも無理はなかっただろう。客人の出迎えには物々しすぎるからである。直人はこう答えたと言う。

「あぁ、今から近接戦闘訓練だからさ。普段の軍服傷物にしたらやばいし、エキシビジョンは全力でやるのがお決まりだからね。」

近接戦闘訓練も今回が実は7回目になる。積み重ねられた訓練の甲斐あって、艦娘達の技量は着実に向上しつつあり、直人もその成果の程を実感している所なのだ。ただエキシビションの時時折使っていた霊力刀に関しては、直人の手で強化された木刀に一元化する措置が取られているなどしたが。

「成程・・・。」

あきづきも理由を聞いて納得した。

 

播磨「提督も、剣術をなさるのですか?」

 

提督「あぁ、まぁね。タイ捨流の皆伝も持ってるけど、基本的には我流剣術なの。一番得意なのは袈裟懸けだけどね。」

 

 袈裟懸(けさが)け、即ち袈裟切りとは斜めに切る太刀筋を指す言葉で、特に肩から斜めに斬り降ろすものを差す。上からか下からかを問わず袈裟懸けと呼ぶ。

タイ捨流剣術は実戦剣術であるが故に独特であり、蹴りや飛び、目潰し等の体術や暗器等も許容する雑食性で知られている。それ故一般にイメージされる剣とはかけ離れた存在であるが、元となった新陰流などからも影響を受けている。

 その独特さの一つに、「袈裟切りに始まり、袈裟切りに終始する」と言う独特の形が挙げられる。即ち斜めにのみ斬り結び続ける特有の形を持っている。これはこの剣術の基本として、鎧の弱点に攻撃を集中すると言う考えを持つ為で、袈裟や脛、脇下、籠手などを狙い撃ちにするのであるが、袈裟や脇下を狙うのであれば、やはり斜めに斬った方が確実に入る為である。

 そうした流派を学んだ彼にとっても、やはり袈裟懸けは最も得意とする所な訳である。しかも九段の傳位(でんい)を20代を過ぎた頃に全て納めた上で、免許皆伝までも受けている彼は、十分天才的な資質を持ち合わせているのだ。尤も、21世紀にもなって剣術の達人とは皮肉ではあるが、型に囚われないタイ捨流と言う流派故に、彼の自由な発想というものが生まれる訳である。

 

話を戻し、その言葉を聞いた播磨は感心したように、

「お若いのに凄いですね。」

と率直に褒めた。

 

提督「うん、ありがとう。」

 

防空棲姫「でも、と言う事は今は忙しかったかしら。」

 

提督「いや、別にいいさ。どうだ、一つ見学していくかい?」

その言葉にあきづきが

「いや、私は―――」

と言いかけた所で

「良いですね、是非拝見したく思います!」

と播磨が言った。

 

提督「よし分かった。では訓練場の方に行こう、案内するよ。」

 

播磨「はい!」

 

防空棲姫(帰りたい・・・。)

あきづきとしては帰りたいのは山々であるが、播磨は止められそうにないし、自分の部下への責任もあり、渋々その気持ちを押し殺し、2人の後に続くしかなかった。

 

13時57分 サイパン島訓練場

 

「ふぅ、間に合ったか。」

と直人が大仰に言うと大淀がすかさず言う。

「いやいや、ギリギリみたいな雰囲気出さなくて大丈夫ですよ。後、防空棲姫さん達がなぜここに?」

その当然の質問に当の2人はこう言った。

防空棲姫「あぁ、私は―――」

 

播磨「私が見たいと言ったんです。それでお連れ頂きまして・・・。」

 

防空棲姫「・・・私はその御守よ。」

 

提督「・・・と、言う次第だ。」

それを聞いた大淀は、

「成程。ごゆるりとして行ってくださいね。」

と納得した後、パイプ椅子を2つ、2人の為に出した。勿論天幕の下にである。

「大淀よ、主も慣れて来たな。」

と直人が言うと、

「色々ありましたから。」

と涼しい顔をして大淀が言った。この艦隊の最初期メンバー故に様々な場面に遭遇して来た為か、大淀もこの位の事には慣れてしまっていたのだった。

 

提督「さて、行きますかね。」

 

大淀「了解です。」

 

明石「お気をつけて。」

 

提督「うん。」

 天幕に残るのは明石と青葉、そしてあきづきと播磨、最後にいつもの局長ことモンタナである。大淀も艦隊のメンバーであるから、近接戦闘訓練には要参加なのである。そして青葉は今回もどこかで聞きつけたようだ。

そして直人が向かう先には、既に全艦娘が集合を終えていた。あとは直人の一声を待つばかりである。

「よし、では第7回近接戦闘訓練を始める!」

 

 

「あてて・・・」

夕暮れ時、直人は食堂で傷の手当てを雷から受けていた。流石と言うべきかどれもかすり傷程度ではあるが、傷の数はと言えば2つや3つでは無い。ついでに鳳翔から護身術の手解きも受けているのだが、上達したとはいえ打撲痕は相変わらずである。

「大丈夫ですか、提督?」

と声を掛けるのは、対面に座っている播磨だった。

提督「あぁ、大丈夫だよ。」

 

防空棲姫「・・・いつもこんな感じ?」

 

提督「流石に訓練で本気出す訳にもいかないから手を抜くんだけど、最近筋のいい奴らは普通に打ち込んで来る様になってね。」

 

播磨「あら、それでは油断出来ませんね。」

 

 全くだ、と唸るように直人は答えた。

電や足柄、最近は大和もだが、刀剣類の扱いに長ける様になってきた艦娘達は、メキメキとその才覚を伸ばしている。腕や脛に負った傷は、彼が皆伝しているタイ捨流を教えているのも手伝い、彼の隙を的確に打ち込んできている事を意味していた。

彼もそれだけは全力で躱すのだが、躱しきれなかった太刀筋が、彼の皮膚を裂く訳である。

 

提督「改めて、明けましておめでとう。今年1年、宜しく頼むよ。」

 

防空棲姫「勿論よ。私の力が必要な時は、いつでも呼んで頂戴。」

 

播磨「私も、提督の御力になれるよう、努力します。」

 

提督「帝国海軍が誇る伝説の体現者にそう言って貰えるのは、頼もしい限りだ。そして霧の力を携えたあきづきにも。きっとこれからも、君達の力が必要になる時が来る。多分、そう遠くない日に。」

その最後の言葉に、あきづきが尋ねる。

防空棲姫「・・・それは、歴戦の勘と言う奴かしら?」

 

提督「どうだろうね、俺も確証はない。だが・・・そんな気がするんだ。」

それは歴戦の士に特有の、予感に近いものだったかもしれない。それを聞いたあきづきは、

「そう・・・じゃぁそれまで、私達は待ってるわ。」

と述べるに留めた。しかしてこの予感は、横鎮近衛艦隊は勿論、人類にとって最も悪い形で的中してしまう事となるのである。

 

その後、その日は2人とも基地に帰り、暫しの時が流れることとなる―――

 

 

9

 

 1月7日、この日は特に変わった予定は入っておらず、艦隊は平常通り、各所への出動要請に応える形で、様々な任務を遂行する、そんな1日である筈であった。

それが激変したのは、一通りの執務に終わりが見えてきた10時12分の事である。

「よし、十六駆は出撃したか。」

「さっき予定通りネー。」

直人と金剛がそんなやり取りをしていると、執務室にノックの音が響く。

「入れ!」

直人がそう言うと、急ぐ足取りで大淀が駆け込んできた。手には通信紙が握られている。

「提督! タウイタウイから大本営宛の緊急電をキャッチしました!」

大淀はそう言ってその通信紙を直人に手渡した。

 

目を通した内容は、現在開示されている内容に基づけば次の様なものである。

 

“発:タウイタウイ泊地司令官

 宛:艦娘艦隊大本営軍令部総長

 

本文

 フィリピン中部ミンドロ島及び、その周辺海域にて、大規模な浸食と見られる異変を観測せり。

目下情報及び事象について調査中。”

 

提督「―――ミンドロ島と言えば、南シナ海側ではないか。哨戒網は何をしていたんだ?」

と首を捻ると大淀はこう答えた。

「現時点では不明です。照会、なさいますか?」

これに対する直人の回答は明確だった。

「それは出来んだろう。それよりも、出動した艦隊を全て呼び戻せ、第二種臨戦体制に移行する。」

 

大淀「―――大本営の指示を待たないのですね?」

 

提督「こっちは平時のスケジュールに則って既に艦娘の展開を始めてしまっている。呼び戻さなければ出撃命令が来ても間に合わない恐れがあるからな。それとこの件で受信出来た情報は逐次私に回す様に。」

 

「分かりました。」

それだけ言って大淀は必要な処理に取り掛かる。各戦隊の呼び戻し、それに伴う必要各所への連絡、基地防衛を担当する香取への連絡などなど、やる事は多い。と同時に、全館放送で直人は自らマイクを取った。

「全艦隊へ、我が艦隊はこれより、第二種臨戦体制に移行する。総員直ちにマニュアル通りに作業を開始せよ。繰り返す我が艦隊はこれより―――」

 

 第二種臨戦態勢で行う事は、通常の艦娘艦隊では全遠征部隊の呼び戻し、艦娘への実弾の補給、場合によっては一部艦娘の洋上展開も含む場合があるが、横鎮近衛艦隊ではこれに加え、今回の場合一部艦娘の鈴谷乗艦や基地航空隊に対する対艦攻撃装備の用意、水上哨戒の全廃と航空哨戒、空中警戒の大幅な強化を実施する。

これによって出動命令に備えるのが目的であり、場合によっては防衛戦闘となる為、それに向けた備えも同時に行う訳である。

 

提督「・・・敵が失地回復に向けて、動き始めたと言う事かな。」

 

金剛「ともあれ、私達は、私達の出来る事をするネー。」

 

提督「勿論だ。金剛はひとまず一水打群を率いて乗艦を。」

 

金剛「OKデース!」

横鎮近衛艦隊の動きは、この時大本営より遥かに早かったと言える。それは彼らの経験による所も大きいが、何より最初の情報を手に出来たと言う幸運に恵まれたのが大きいだろう。

 こうしてサイパン島周縁部は俄かに慌ただしくなる。サイパン飛行場からは多数の哨戒機がローテーションを組んで発進を始め、即応待機に移る攻撃機には魚雷や水平/急降下爆撃用の爆弾が搭載される。

水上哨戒に出ていた艦娘艦隊の哨戒班も呼び戻され、訓練中や残留していた者達の艤装には、次々と実弾が補給された。

 

次の動きは正午に齎された第二報である。彼は執務室で大淀からその通信の内容を聞かされることになる。

「“航空偵察の結果、ミンドロ島付近に、棲地と見られる領域が、急速に形成されつつあるを認む。かなり大なる規模と見られる為、迅速な対応を希望す。”これは・・・。」

 

提督「やはり、敵の反撃か・・・?」

 

大淀「恐らくそうであるかと。」

 

提督「ふむ・・・こういう時は―――」

直人がそう言って呼び出させたのは、モンタナであった。

()()()()()()()、な。」

局長は直人から聞かされた内容の内、その部分に注目した。

提督「やはり、これは作為的なものか?」

 

局長「間違いないな。しかもこの話を聞く限りは、基地―――つまり棲地の扱いに長けた者がここにいると見て間違いない。例を挙げれば集積地棲姫や、港湾棲姫と言った基地級深海棲艦だな。」

 

提督「そうか、基地級と言えども、別に動けない訳では無いものな。」

 

局長「それどころか戦闘に専念すれば、その辺の姫級より遥かに強力だ。」

 基地級深海棲艦は、その等級上は超兵器級に準ずるものとして扱われている。しかし普段は深海棲艦の策源地である棲地の維持に回っている為、著しくその能力が制限されている。しかしこれは裏を返すと、それさえなければ通常の深海棲艦と同じであると言う事であり、通常航行能力も有していれば、超兵器級に匹敵する戦闘能力さえある。

あまつさえ、洋上で大規模な補給や修理すら可能な、所謂()()()()()()()()の真似事すら可能なのだから、本来の実力が分かるというものだろう。

 要約すれば基地級深海棲艦とは、裏を返せば超巨大な工作艦と補給艦を合わせた様なものであり、その武装は正に基地級、一つ一つはそれほど強力でないにしても、艦娘、深海棲艦問わず砲門数では文句なしに抜きん出ている事は間違いない。しかも物によっては航空機すら運用出来るから、正に動く要塞と言えるだろう。沈黙させる事は容易な事ではない。

局長「何処の誰だかは分からないが、中々鋭いポイントへの布陣でもある。ここを抑えれば東南アジア一帯の制海権が危機に瀕する、そうだな?」

 

提督「そうだ。ひいてはこれが南東方面の3基地やインド洋方面への進路を失う事にもなり、東南アジア諸国の存立にも重大な影響を及ぼすだろう。しかしいつの間にこんな事まで覚えたんだ?」

 

局長「まぁ、こんな艦隊に居ればな。だが1点だけ解せない点がある。」

 

提督「と言うと?」

そう問うとモンタナは簡潔に一言、こう述べた。

「今ここに来る意味が無い。」

 

提督「―――確かに。この膠着した戦局を打開する為の策としては、余りにも突拍子もない。しかし有効ではある。」

 

局長「あぁ。だが、仕掛けるなら今しかない。棲地構築中はその規模が大きければ大きい程、より多くの力を継続的に必要とするから、その分その力を供給する者は弱体化する。構築が終わるまでもたもたとしている場合ではない。」

 

提督「―――分かった、早速土方海将に掛け合ってみよう。大淀、リアルタイム通信は繋げるか?」

直人のその問いに、傍らで控える大淀は、

「いつでも行けると思います。」

と答えた。

提督「珍しく歯切れが悪いな。」

 

大淀「何分、妨害される恐れもありますので。」

 

提督「成程な。だが、今のお前なら出来る。そうだな?」

 

大淀「お任せ下さい、提督。」

 その答えに満足そうに直人が頷くと、大淀は執務室を出て通信室へと向かった。直人は3D投影コンソールを起動して待機し、大淀からのインカムを通じた合図を受けて回線を繋いだ。

「おぉ、繋がったか。」

 

「壮健そうで、何よりです。」

と直人が言うと、当の土方海将は当惑した様に言った。

「こっちは混乱しているよ、急にあんな事になったのだからな。」

 

提督「お察しします。我が艦隊でも出動準備を進めてはいますが、その前に海将の方から、軍令部に打診して頂きたい事がありまして。」

 

土方「言ってみたまえ。」

 彼は許しを得ると早速、局長から聞いた話を、意味合いを損ねない様にして要約して伝える。土方海将もまた、海自軍の名将と名高い男であり、凡愚の士では無い。直人から伝えられた事に対して、彼が過不足なくその事を理解した後、彼は付け加えてこう言った。

「―――私が申し上げて置きたいのは、早急に、かつ大胆な兵力投入により、この敵性勢力を叩くべきであると言う事です。必要であれば、我が艦隊も馳せ参じる事は勿論ながら、もしこれが本格的進駐であった時を考慮し、大兵力を投入するを是とするべきと考えます。

この事を、海幕長以下軍令部にお伝え頂きたいのです。勿論、閣下のお名前で、ですが。」

これを聞いて土方海将は少し考えて

「ふむ・・・良かろう。しかも早い方が良かろうな。」

と言った。

提督「勿論です。」

 

土方「うむ。ではその旨急ぎ具申する事にしよう。では切るぞ、そうなるとやる事は多い。」

 

提督「ありがとうございます。では。」

そう言うと土方海将から通信が切られた。

 

局長「・・・良い上司を持っているようだ。」

 

提督「あぁ、まぁな。」

 

局長「私もその位恵まれていれば、今頃はここにいないのだろうな。」

昔日の横須賀戦を思い出すようにモンタナは言う。

提督「この短い間に色々あった。だが過去を想い、感傷に浸る余裕は今はない。今は我々のすべき事をしよう。」

 

局長「真面目だな。」

 

提督「明日の自分達のかかっている我々だ。普段は伊達と酔狂でも、こればかりは真面目にもなるさ。」

 

局長「フッ。そう言う所も興味深い。」

そう言って局長も執務室を立ち去った。一人残された直人は、この事態に敵の意思を考えてみるのである。

(・・・俺ならば敢えてこんな戦力投入はしないだろう。だが連中がそうしないとは限らない。俺ならばこれを陽動にして、別戦線に主力を集めて攻勢に出るだろう。これが正しいならば、ミンドロ島に於ける敵の行動は完全な陽動且つ牽制で、本命は別にある事になる。従って敵戦力も少なかろう。

 しかしこれが本命であれば、南シナ海の制海権はおろか、東シナ海の交易路すら危機に瀕するだろう。パラオへの補給路も無論断たれるばかりか、1年前に奪回したばかりのフィリピンは再び疎開を余儀なくされる事は明白だ。

どちらにしろ厳しい事に違いはない。故にどちらと断定出来るような一手では無い。両方を考慮に入れる必要があるだろうな・・・。)

 

「考え事? 司令官。」

そう声を掛けられて目線を上げると、覗き込むように直人を見る清霜の姿があった。

「おぉ、清霜か。まぁね。」

と彼は肩を竦めて言った後、姿勢を正して言った。

「何かあったのかい?」

 

清霜「イタリアさんから、“第二艦隊はどうすればいい?”って。」

これを聞いた直人は、清霜が伝令だった事を理解しつつ言った。

「第二艦隊も即応態勢で待機、いつでも乗艦できる様にして置く様に。」

 

清霜「・・・じゃぁ、清霜も出撃!?」

 

提督「うん、多分ね。」

 

清霜「やったぁ! 伝えて来るね!」

そう言うと清霜はびしっと敬礼した後、彼が声を掛ける暇も無くバタバタと執務室を出て行った。

「・・・元気なやっちゃ。」

そんな風に思った直人なのであった。

 

 

10

 

その後特にこれと言った動きも無く、直人はその後普段通りに過ごし、21時半に床に就いた。その()()が起きたのは、その約30分後の22時18分の事であった。

 

22時18分 サイパン島司令部中央棟1階・通信室

 

「―――!」

 大淀のつけていたヘッドホンに通信文が入電し始める。第二種臨戦態勢と言う事で、大淀も普段はこの時間寝ているがこの日は起きていた。しかしよくよく考えれば方式がアナログこの上ないが、暗号の作り方など、ずっと前から変わってはいないから、特に問題は起きないのだ。

大淀は函数暗号の解読手順を正確に通り、通信を解読、それを手に2階へと走る。

 

22時22分 サイパン島司令部中央棟2階・提督私室

 

コンコンコンコン!

 

提督「・・・んう?」

 

大淀「“入ります!”」

 

提督「ん・・・。」ムクリ

 

ガチャッ

 

急ぎで入って来た大淀に対し、ノックの音で気が付いた直人は何とか体を起こす。

「どうした・・・?」

と眠そうに言うと、大淀はまくし立てる様に言った。

大淀「軍令部より命令が届きました。」

 

提督「ん、見せてくれ。」

彼がそう言うと大淀は今しがた解読した電文を彼に手交し、直人はそれに目を通した。

 

発:軍令部総長

宛:横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官

 

本文

 貴艦隊は作戦「礼」発令に伴い直ちに南シナ海に進出し、作戦に参加すべし。

なお鈴谷へ別送の指示以降の詳細は、カムラン湾に回航される補給艦「おんど」より受け取ること。”

 

提督「―――第六艦隊メンバー以外に非常呼集、直ちに出撃の命令を・・・ふあぁぁ~。」

 

大淀「―――了解しました!」

 言い切れずあくびをしてしまった直人ではあるが、それでも大淀は即座に命令を実行に移す。その直人は立ち上がると顔を洗い、急ぎ軍服に着替えると自室を出た。その時には既に第一艦隊から第三艦隊の艦娘にも非常呼集が掛かり、乗船作業が始まっていた。何はともあれ、賽は投げられた、と言う所である。

 軍令部が発動した作戦「礼」は、この様な大規模な敵出現に際し、2パターンに則して立案された作戦の片割れである。この「礼」は、日本列島線とそれに連なる地域(フィリピンから東南アジアの島々までを含む)に、敵の拠点形成を伴う攻勢が発生した場合に備えられていたものである。

因みにもう片方が作戦「捷」であり、こちらは大規模な敵艦隊の攻撃行動があった場合に備え、地域毎に作戦を立案されているものだった。

 

直人が鈴谷にやって来たのは22時47分。その時には既に鈴谷は出港準備が大詰めとなり、ドックの隔壁は開放されていた。

 彼は直ぐにタラップを駆け上がると、艦内通路から羅針艦橋に辿り着く。22時51分の事である。

 

提督「明石!」

 

明石「はっ! 乗船は間もなく完了します!」

 

提督「出港準備はどうか?」

 

明石「御心配なく、いつでも行けます。機関も快調です!」

直人は満足げに頷いた。が、明石の言葉が気になり一つ質問はした。

「あと誰が来ていないんだ?」

 

明石「二水戦三十一駆の3人と、十一駆の初雪さんですね。朝霜さんは来ていましたが、清霜さんと高波さんが来ていないと知り、慌てて起こしに戻りました。初雪さんは叢雲さんが行ってます。」

 

 

~艦娘寮四号棟・清霜の部屋~

 

朝霜「急げ急げ!!」

 

清霜「う、うん・・・!」バタバタ

 

高波「・・・。」←眠そうに立っている

 

 

~同三号棟・初雪の部屋~

 

叢雲「急ぎなさいったら!!」

 

初雪「うん・・・。」ノソノソ

 

 

提督「あぁ、まぁその二人は仕方ないが、初雪は相変わらずか!」

呆れたようにそう言う直人だったが、無視する訳にもいかない。

「最悪出航予定は23時半まで先延ばしだ。さっさと来い・・・!」

 祈る様にそう言う直人であったが、何とかギリギリのところで5人が慌てて乗艦した事で、直人も胸を撫で下ろした。

そうして鈴谷は23時丁度に予定通り出航すると、進路をフィリピン方面に取り、灯火管制を敷いて航行し始めるのである。

 

余談だが・・・

朝霜「司令済まねぇ、手間取っちまって!」

 

叢雲「また寝坊しちゃったみたい・・・。」

と陳謝する2人に

「ご苦労様。」

と短く声を掛けてから直人は言う。

「三人とも遅いぞ!」

 

高波・清霜「「す、すみません!」」

 

初雪「こんな夜中に出撃、無理あると思う。」

 

提督「阿呆、軍隊に夜も昼もあるものか。特に初雪はもう4回目だぞ。今度遅れたら置いていくからな!」

と彼は初雪にぴしゃりと言い置くのだった。

提督「高波は初実戦だから仕方があるまい。清霜は少々意外だったが、以後気を付ける様に。」

 

高波・清霜「「はい。」」

 

提督「宜しい、三人とも下がってよし。翌朝まで休め。」

清霜は兎も角高波に関しては、着任して日が浅いし、清霜も暫く第二艦隊の所属で実戦に出た事はない為、これに関しては不問に付すのであった・・・。

 

その翌朝、彼はブリーフィングルームに艦隊の主要な幕僚を集めた。集まったのは第一から第三艦隊と一水打群の司令官とその副官である。

 

1月8日午前7時58分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

「さて、集まって貰ったのは他でもない。各艦隊、特に旗艦に対して現在の状況を共有する為だ。」

と慇懃な口調でそう言う直人。だが殊更にその様な言葉で始めたのにも理由があった。

 出航してからまだ数時間、事態が発生してから24時間も経過していないにも拘らず、状況は急速に悪化しつつあった。状況を把握すべくミンドロ島周辺部で行動中の部隊が威力偵察を行ったところ、棲地は急速に直径300㎞に渡る超大型棲地への発展が予測され、しかも交戦した幾つかの部隊からは「戦艦を含む強力な打撃部隊と遭遇した」「敵艦載機による攻撃を受けた」と言う報告まで上がってくる始末である。

この出来事は昨日の第一報からこの時点までに段階的に起こっている、つまり出航後から今までの間に起こった訳では無い。作戦「礼」、この時までには通称である「礼号作戦」と呼称されているが、これが発令された経緯は、この敵の主力部隊が現れた事に端を発しているのだが、ここからが、事態が容易では無い事を具体的に示していた。

 

提督「―――軍令部はこの礼号作戦に備え、本土にいる艦娘艦隊の半数を派遣する事を決定した。これに伴い、ベトナム領カムラン湾に物資を集積し、一時的な作戦行動に使用するそうだ。が、ここで一つ問題が発生している。それも無視出来る類のものでは無い問題だ。

その航路が敵潜水艦に脅かされている。既に3隻が失われている事から事態は重大だ。」

 

瑞鶴「え、と言う事は私達の役割って?」

 

提督「不明だ。」

 

大和「不明!? 私たちがこうしている目的が、分からないと言う事ですか?」

 

提督「そうなんだ。だが先立つ形で命令を受領している。その潜水艦を退治しろ、との事だ。」

その言葉に艦娘達の反応は「またか」と言うような具合だった。どうやら以前に()()を追った時のことを思い出したようである。

「それで、そのルートと言うのは?」

と言う矢矧の質問に直人は端的に答えた。

「君らのよく知るシナ海ルートだ。厳密にはバシー海峡を通過した辺りから、敵潜水艦の跳梁激しく、護衛艦にも損害が発生している模様だ。これがもう一つの問題、という訳だな。」

 

榛名「・・・つまり、ミンドロ島が既に、敵の基地として機能している、と言う事ですか?」

 

提督「推測ではあるがな、これだけ特定海域に大規模なアクションを起こし得るとしたら、シンガポールの中立化と言う条件を加味して、ミンドロ島だけだ。艦隊の集結に大きく影響が予想される為、作戦に先立って行うように、との事だ。」

 

能代「・・・と言う事は、その後はどうするのですか?」

その二水戦旗艦からの当然過ぎる質問に、直人は答えた。

「カムラン湾外で待機、との事だ。爾後の指示を待て、という訳だな。」

 

「あら・・・随分と、煮え切らないと言いますか、曖昧な表現ですねぇ。」

そう言ったのは第二艦隊旗艦であるイタリアである。

「いつもこの様な感じなのですか?」

と彼女が尋ねると、直人は

「いや、殊更今回だけ、持って回したような感じだ。恐らく我々と言う機密を保持する為だろうな。」

 

イタリア「成程・・・。」

 

提督「だが我が艦隊は現時点で“集結するよう”命令を受けている。従って潜水艦を掃討するにしても、時間は限られていると言っていい。」

 

金剛「向かいながら掃討もする、と言う事ネー?」

 

「流石は金剛だな、そう言う事になる。」

直人に率直に褒められた金剛は、まんざらでもなさそうにはにかんでから真剣な表情に戻る。

 だが横鎮近衛艦隊に課せられた役割自体は、そう楽観的でも無ければ、簡単でもない。多数の潜水艦が跳梁する海域に突っ込んでいき、その潜水艦を撃沈せねばならないのだ。しかもそれだけならば良いが、カムラン湾になるべく早く行かねばならない都合上、時間は余りないのだ。

更に言えば、艦娘艦隊の通行に際しては、鈴谷の姿を見られる事もなるべく避ける必要がある。この船は船籍が無く、あくまで防備艦隊の装備品と言う扱いを受けていると言う裏事情があり、臨検でもされた日には不審船呼ばわりをされてしまうのだ。しかも多数の船舶が短期に必要である為、中国や東南アジアなどの船籍の船舶などの助力している状況下にあり、そうなれば情報統制が途端に難しくなる事は想像に難くない。

「まぁ、我が艦隊が真っ先に行うべき事は潜水艦の掃討。だが、カムラン湾への集結も同時に急がねばならん。と言う訳で、どの様に事を運ぶか今回はそこが会議のメインだ。」

と直人は内容説明を締めくくった。

 急な出動であった為作戦立案はされていない。そう言った場合にはこうして作戦会議をするのは最早通例とはなっているが、今回の場合その主目標が明確にされていないと言う事で、普段と違いふわふわしている事この上ないブリーフィングとなってしまうのであった。

 

 ここで、シナ海ルートに関しては少々説明が必要だろう。

このシナ海ルートと通称される交易航路は、日本のシーレーンではかなり重要な位置を長らく占めている航路で、関門港*18や長崎港などを起点として、中国などの大陸沿岸から、シナ海周縁の国家、東南アジア方面へと連なる一大シーレーンである。そしてそれを抜けた先はアラビア海航路と呼ばれている。

 古くは江戸時代の昔、平戸へ向かうオランダ東インド会社の船舶によって利用され、日本の開国以降は日本と欧州を繋ぐ航路の一部としてや、東アジア貿易のルートのひとつとしても用いられた。そして今日でもその重要度は高く、南西方面艦隊への補給路として活用されてもいる。東南アジア諸国にとっては基幹海域と呼べる地域なだけに、このルートの確保は死活問題であると言えた。

横鎮近衛艦隊にこの命令が出たのも、そうした切実な理由によるものであった事は、最早言うまでもないだろう。

 

 ただ、この時の横鎮近衛艦隊に出来る事など、考えてみればたかが知れている。横鎮近衛艦隊は直ちにカムラン湾に向かわなければならないと言う重要な課題があり、対潜掃討命令にも付記として「カムラン回航を最優先とする」と記されていた。

これは横鎮近衛艦隊が作戦部隊として展開する事を最優先すると言う事であり、猫の手も借りたい状況とはいえ、その行動を妨げる事で作戦決行を遅らせる訳にはいかない、と言う事でもあった。

 よって横鎮近衛艦隊に於けるこの命令に対する作戦実施概要は、彼ららしからぬ消極的なものにならざるを得なかった。

要約すればその内容は、「重巡鈴谷は予定通りカムランに回航する。この回航中に一部の艦娘を対潜掃討に充て、航行中にローテーションを組んで対潜掃討に充てる」というものであった。

 この方法は本格的な対潜水艦戦闘には根本的に向いておらず、従って実効性が高いとは言えない。なぜなら第二次大戦中の対潜水艦戦闘では、ソナーなどの未熟さから一度探知した潜水艦でも見失う事が多く、従って綿密な探知と攻撃が必須と言う要件があるのだが、速力8~10ノット程度の船団護衛中はいざ知らず、10~15ノット程度の艦隊での通常航行中では、船が起こす水の抵抗が雑音を発生させ、パッシブソナーがこれを捉えてしまい、探知能力が落ちると言うデメリットがある。実際日本のソナーでも、敵潜水艦を攻撃する為に増速した途端、ソナーが使い物にならなくなると言う話も、当時の兵士の話としてしばしば聞かれる。

アクティブソナーもこの頃の音波の発信能力の都合上探知可能距離が長いとは言えず、速力が早ければ反射した音にも誤差が生じてしまう。

よって通常、対潜掃討任務では10ノット前後の低速航行が求められるのだが、横鎮近衛艦隊にはその様な悠長な事をする時間はなかったのだった。

 

 

11

 

 しかしその激しさは、彼らが身を以って体感する所となった。

重巡鈴谷はベトナム時間1月15日20時31分にカムラン湾外のランデブーポイントに到着したのだが、その時の鈴谷の状態は芳しいとは言えなかった。

鈴谷の艦首には不発魚雷が左右1本づつ2本、艦中央部右舷バルジにも2本、艦尾左舷に1本と言う、文字通り()()()()状態になっており、彼らの豪運ぶりもさる事ながら、敵潜水艦の跳梁が如何に激しいかを物語っていた。

当然抵抗の増大で燃費も悪化しており、合同した海自軍の補給艦「おんど」が余分に物資を積載していたから良かったものの、後述する理由もあり、到底作戦に耐えうる状態では無かったのだ。余談だが魚雷は合同後浮きドックを用いた簡易的な修理で取り除かれ、破口も綺麗に元に戻されている。

 その理由とは、艦娘艦隊の損耗の激しさであった。ローテーションで出撃した艦娘は、駆逐艦と軽巡洋艦、その補助に空母や軽空母と少々の護衛を付け、2昼夜合わせて延べ327隻に上るが、大破艦5、その他大小損傷諸々合わせて65隻と言う、ただならぬ損害を出していたのだ。

彼女らも普段の任務で潜水艦とは一度ならずやり合っており、この時の新参である高波や風雲らごく少数を除き、その点練度に関して何一つ問題はない筈であった。

しかしながらその戦術は徹底してかつ洗練されており、複数の潜水艦から攻撃を受けた事も一再ではないどころかしばしばあった。この為参加した駆逐艦娘の内、風雲を含む4隻が大破して戦闘不能に、残る1隻は航空機での対潜掃討に出た飛鷹が被害者となっている。雪風ですらあわや被弾寸前と言うところまで追いつめられており、たまたま攻撃態勢への遷移中でその前方に大潮が居た為、敵潜水艦の反撃により大潮が被雷した事で辛うじて難を逃れたと言う有様であったのだ。

 そんな事情もあり、カムラン湾へ彼らが一番乗りした時、鈴谷の艦内工場はフル稼働で動かさねばならない状態にあったのだ。だがそれと引き換えに、少なくとも23隻の潜水艦を撃沈確実、37隻にダメージを与えたと、横鎮近衛艦隊は結論付けていた。これだけでも、十分な成果は挙げ得たといえるだろう。なおこの時期の深海棲艦潜水艦部隊は、この2昼夜の間に該当海域に向かったものの内、39隻が未帰還になったとしている。

 

1月16日6時17分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「―――修理の進捗は!」

この日艦橋に上がるなり、直人は先に来ていた明石にそう言った。まぁ明石もこれについては予想していたのだが。

「おはようございます。何とか補給を受けて4割程は完了しています。」

 

提督「鈴谷の状態は?」

 

明石「今の所、漏水等はありません。かなり綺麗に直して頂けたので、戦闘に影響はないと思いますが、仮にも応急修理なので、戻ったら修理は必要ですね。」

 

提督「よし・・・艦娘への補給の方はどうなってる?」

 

明石「そちらはほぼ完了しています。艦載機の一部に不足が発生してますけど、数回補給を受ける予定ですので、問題はないかと。」

 

「よし・・・。」

 直人のその頷きは満足げである。彼の内には、この分ならばどうにか作戦始動までには間に合いそうだと言う手応えがあった。今の状態は決して良くはないが、まだカムラン湾への戦力集結は先発隊が到着し出したばかりであるため、その間に修理を進めていけば、十二分に間に合うだろうと考えられたわけだ。

 2055年1月時点で日本国が擁する艦娘艦隊の数は6万程で、このうち日本本土にある12の諸基地に、4鎮守府に5000個、他に2500個艦隊の合計4万個艦隊がある。1個艦隊が擁する戦力は概ね100から150隻程であり、日本本土にある艦娘艦隊の総艦娘数は大凡420万艦であったと言われている。

この内の半数、2万個艦隊210万隻をカムラン湾へ集結させ、タウイタウイ、リンガ、ブルネイの3基地からの艦隊を合わせ、ミンドロ島へ逆襲を仕掛けると言うのが、今作戦の全貌であった。ただ、南西方面艦隊の3基地に関しては、人類生存圏の外縁部に位置する基地である事もあり、他方面への警戒の必要性から半数は出せず、2割から3割程度の来援に留まる事となっていた。

 

 余談であるが、艦娘艦隊の建制は1つの基地毎に一定数の艦隊が配備される形で行われている。この定数は徐々に拡充されていたが、この時期は各鎮守府に5000個、各基地、警備府、泊地にそれぞれ2500個艦隊を配する形となっていた。

当初はあくまで海自軍に於ける補助戦力であった為、その総数は25,000個艦隊程度に過ぎず、しかもさしたる発展方針も無ければ管理の程度も基地毎にまちまち、一部では密かに無法地帯と化した程であったとされている。

これは大本営がその内実として、自衛軍と艦娘艦隊の連携の為に設立された、単なる連絡組織、言い換えれば動脈に過ぎず、作戦は統幕*19が立てればよいと言う風になっていたからであった。

 この事を表す例として、初代総長の永納海将の前職は統幕運用部長であり、これと兼任する形でこのポストに座っていたのだ。

これは彼の下で第1部第1課長だった春原海将補や、第3部長だった東園海将補なども似たり寄ったりで、賀美2等海佐に至っては海幕*20防衛部の一幕僚に過ぎず、永納海将の個人的寵愛の結果第1部第1課に連座しているなど、人事が杜撰であった側面が否めない。

結局の所これは、当時出現したばかりの艦娘に対する懐疑的な目線が、海自軍全体にあった事をよく示しているし、悪く言うならば、「()()()()()()()()()我々は十分戦える」という、自衛軍が日本を守り抜いた実績が驕りとなった結果であった。

 

 しかし第1次SN作戦でその海自軍の通常艦隊が致命的損害を出し、艦娘艦隊にも少なくない損害が生じる。

同時に尊大な保守派が軍令部から一掃されると、開明的な山本新総長の元で方針が180度転換され、減少した通常戦力に代えるべく艦娘艦隊の大幅な戦力拡充が実施され、同時に発展を見据えた方針と、各基地に於ける統一された管理方針が決定されるに至り、艦娘艦隊は大幅に戦力を強化するに至る。この頃から軍令部の作戦立案が重視されるようになり、それに伴い権限も強化されている。これにはやはり、“餅は餅屋”式の思考が物を言った。

 この時期の艦娘艦隊は、風紀面と素行面の2点いずれかにでも不適とされた提督が解役され、新提督の厳正な審査による任命や一部改編、新規編成等を行った関係で混乱が避けられず、全体としては弱体化した。

しかしその間を横鎮近衛艦隊を初めとして近衛艦隊や各防備艦隊の他、再編されず残った各基地の生え抜きの精鋭部隊が戦線を支え、2054年の中盤頃までにはこれらの混乱はほぼ終息する一方で、それら新編、再編の艦隊は実戦投入が可能なレベルにまで短期間で到達し、この時期までには大きな戦果を出す様になりつつあったのである。

この軍政面での一大改革は、短期的な戦力の補強を如何に()()に繋げ、かつ発展性を持たせるかにフォーカスを当てた結果であり、この方針転換は的外れどころか結果を鑑みれば正しいものであったと言えるが、この頃は自衛軍内にも懐疑的な声が多く、海自軍の再建計画が大真面目に唱えられ、事実一部は遂行された程である。

 

―――話を戻そう。

横鎮近衛艦隊は、その後都合3昼夜カムラン湾外の航路外水域に隠匿される形で留まり、「おんど」から数回補給を受けつつ、自艦隊の戦力を引き続き展開し続け、船団護衛と対潜掃討に従事した。

結果、殆どの輸送船が目的地であるカムラン湾に到達し、物資集積は急速に進行する一方、次々と到着する艦娘艦隊は、来たるべき作戦に備えて万全に体制を整備しつつあった。横鎮近衛艦隊も終盤は泊地周辺警備のみに行動を絞って戦力を温存し、態勢は整いつつあった。

そして、その温存された理由こそ、作戦の内容が「おんど」経由で知らされたからであった。と言うのも大本営からの武官がカムラン湾に設けられる臨時指揮所に向かう前に「おんど」に来艦し、横鎮近衛艦隊宛の命令書を直接直人に手交したのだった。

 

1月17日10時26分 カムラン湾外航路外水域・重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

「さて、急に集まって貰った訳だが、先程大本営より作戦命令が来た。」

と切り出した直人から、集まった主要メンバーが明かされたその内容はシンプルで、更に要約すると「全軍の先駆けとなり突入せよ」というものだった。

金剛「久しぶりに、分かりやすい任務デース。」

 

瑞鶴「でもそうなると、夜襲が一番賢いね。航空隊はあんまり出番ないかも?」

 

提督「俺も瑞鶴の意見に賛成だ。その辺も含めて作戦を詰めようと思う。」

 

「と言う事は、早速私達の出番、ですね?」

その発言の主は、第二艦隊旗艦のイタリアである。

「あぁ、その通りだ。」

直人はイタリアの問いに力強く頷いた。

 第二艦隊は今まで一水打群が役割として担ってきた、夜戦時の先鋒を託される部隊であり、これまでは戦力不足と、その性質上高度な連携と高い練度が求められる事から、実戦投入されずに来ていた。

今回は新参の2駆逐艦を加えた以下の20隻で、艦隊としては初出撃と相成っていた。

 

第二艦隊 20隻(水偵39機)

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/風雲/長波)

 第二十四駆逐隊(海風)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜/高波)

 

 第七戦隊や第二駆逐隊を始めとした経験豊富な艦娘に、創設後新たに編入された艦娘で編成される第二艦隊は、実戦経験は全体としても申し分なく、講和派とも演習経験を複数回持つ彼女らは、艦娘の訓練を担当する一人である神通の直接指導もあり、総合的に見れば他艦隊には及ばないまでも高い練度を誇る。

今回の参戦は、直人にその戦力が十分であると見做された事が大きく、久しく前線を離れていた川内や神通、夕立と言った大半のメンバーにとっても、能代や阿武隈などの実戦未経験者にとっても、念願の初実戦となる戦いであった。

 

提督「第二艦隊の投入に関しては異論はないと思う。加えて一水打群も付ける。それでいいな? 金剛。」

 

金剛「OKデース。」

 

瑞鶴「で、私達はどうするの?」

 

大和「第三艦隊は、先制攻撃での昼間航空攻撃が、妥当なのでは無いでしょうか。突入時間が夜間となりますと―――」

 

 艦娘達が活発に意見を交わす。今回二水戦旗艦として実際上は初出撃の能代は兎も角として、他の艦娘達は各々経験を積んだ猛者揃いだ。航路もそれ程労する事なく決まり、作戦は短時間で大凡決定した。大凡、と言うのは、最終的には彼が作戦指揮を執るから、最終的には良きようにすると言う意味である。

提督「―――まとまったな。では第三艦隊がミンドロ島への往路上で空襲を仕掛け、第二艦隊が先陣を切って突入、二水戦が敵の魚雷艇に警戒しつつその後ろから一水打群を突入させる。第一艦隊は第三陣として続航し、敵の主力と遭遇した場合はこれと交戦する。なお突入時は第三艦隊は全艦出撃せず待機だ、以上の方針で行こう。」

 

一同「「了解!」」

 

提督「よし、では早速出撃準備だ。準備出来次第直ちに抜錨する。残りのメンバーもすぐに呼び戻せ。間に合わなければ洋上で回収する事とする。では各艦隊準備に入る様に、分かれ!」

こうして横鎮近衛艦隊はすぐさま準備に取り掛かったのである。

 

その後艦橋へと向かおうとした直人は、エレベーターの前で呼び止められた。

「司令官!」

振り向くと相手は清霜である。

「ん、どうした?」

と直人が聞くと清霜が言った。

「作戦準備って聞いてね。もしかして、礼号作戦?」

その質問に、隠し立てしても仕方が無いと思った直人は、「そうだ。」と短く答えた。

「やっぱりかぁ。カムラン湾から出撃した時が、懐かしいなぁ。」

 

提督「お前の久々の出撃が、まさか因縁のミンドロ島沖とはね。中々どうして、因果なもんだ。」

 

清霜「でも、うんと頑張らないと!」

 

提督「そうだな、頼むぞ。」

 駆逐艦清霜は、「日本海軍最後の勝利」と言われるミンドロ島沖海戦で戦没している。その清霜が艦娘となり、これまでそれなりに役目を果たしてきた訳であるが、その復帰戦が、その因縁の地であるミンドロ島マンガリン湾である訳だった。

清霜は清霜で、あの日への想いはあったし、鈴谷の艦上から見えた景色は、その時も見た景色であった。それで能代から話を聞いて、いてもたってもいられなくなった、という訳である。

「はい!」

清霜はその直人からの期待の言葉を一身に受け、元気に返事を返した。

 

一方、重巡鈴谷は「おんど」からの補給は既に受け終わっており、警戒と護衛に出ていた艦娘も含め消耗していた燃料と弾薬を艤装に補給すると、翌未明1時39分にカムラン湾外の鈴谷は密かに抜錨し、北東に進路を取った。

この進路はミンドロ島マンガリン湾に北方から突入する為に必要なコースであり、そのまま辿れはフィリピンの首都マニラへ向かうルートであったが、最短距離・最短時間でマンガリン湾へと向かう為早々に進路を東北東に転じる予定であり、その途上の南シナ海で航空部隊を出撃させる予定となっていた。

 そして今回彼らに与えられた役目は先陣であり、彼らが出撃した時、礼号作戦はスタートする。つまり彼らの後方からは、鈴谷出港直前に集結を終えた艦娘艦隊が逐次出撃する手筈となっており、全軍の先鋒として、一方ならぬ期待と困難を同時に背負い込む事となる訳である。

「―――給料も、出ちゃいないんだがな。」

その点に思い至った直人が、夜明け前の艦橋でそんな事をぼやいた。

明石「まぁまぁ、私達が骨を折る事で、友軍が勝てるなら、いい事じゃぁないですか。」

 

提督「軍令部も軍令部さ。給料も出ちゃいないのに、給料以上に働かせようって言うんだからな。」

そんな事を言う彼に明石が

「ご不満ですか?」

と問うと直人は

「不満さ。だから後でうんと強請ってやるつもり。」

と、柄にもなく人の悪い事を言うのであった。

 実は提督である直人であるが、既に鬼籍に入っていると言う関係上給金が出ていない。提督も形式上は公務員であり、24時間基本仕事であると見做されている為、日毎固定給で給金が出るのだ。

だが直人は過去に艦娘にポケットマネーで物を贈ったりもしている。賃金も貰っていないのに一見矛盾しているように見えるが、実は横鎮の防備艦隊予算に偽装して、その固定給分のお金が、一定期間毎に補給物資に紛れ込ませてあるのである。送り主は当然土方海将である。無論満額とまではいかない。その固定給は日給2万円*21と結構な額であり、余り派手に金が消えては悟られると言う理由もある。それでも直人は細やかな恩給と言う事にしてこれを受け取って、艦娘達にお小遣いをあげたりしているのであった。

 

 

12

 

15時27分 南シナ海洋上D点付近・重巡鈴谷

 

提督「お疲れ様。」

 

瑞鶴「ん、ありがと。」

 

直人は展開していた第三艦隊を艦尾ウェルドックで出迎えていた。彼女らは一度限りとされたが故に、稼働全機を投入した攻撃を以て、ミンドロ島方面に駐在する敵に対する戦闘を完遂し、今回の役割を終えようとしていた。

「・・・提督、後でちょっと話があるんだけど、いいかな。」

と瑞鶴が直人に耳打ちする。直人がその言葉に小さく頷くと、瑞鶴は艤装格納庫の方へと歩いて行った。

 

15時50分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

その話の内容を艦橋で聞いた彼は、妙な面持ちになっていた。

「―――手応えが薄い?」

彼がそう聞き返すと瑞鶴が答える。

「そう。なんと言うか、規模に対して戦力が少なすぎるのよ。トラックでもダーウィンでも、コロンボでだってそんな事は無かった。」

 

提督「・・・水上、地上、航空戦力、そのどれもが妙に少ない、と言うんだな?」

 

瑞鶴「勿論、その辺の連中よりは多い。多いけれど―――」

 

「分かってる。大規模棲地にしては、と言う部分だろう。」

 瑞鶴が訴えているのは、攻撃に対する戦果、つまり手応えの少なさである。しかもそれが攻撃方法に手抜かりがあったのならば兎も角、万全の状態で十全な攻撃を行ったにも拘らず、普段なら挙がるような戦果の水準を割り込んだ、と言うのだ。

搭乗員の技量に問題はない。それは誤認の可能性が今回も極めて少ない事でも分かる。では何が起きているのか、搭乗員の話を纏めれば、“敵の数が思ったより少ない”と言うのだ。

明石「敵が留守だったと言う可能性はどうでしょう?」

 

瑞鶴「そうかもしれない。もしかしたら藪蛇だったんじゃないかって思ったんだけど・・・。」

 

「わざわざ告知した様なものでもあるからな・・・。」

失敗したかな、と直人は腕組みしつつ思った。

瑞鶴「戦力が分散していたか、あるいは・・・」

 

提督「そもそもそれ程兵力が居ないか、だがな。流石に前者だろう。大丈夫、どの道もうバレちゃぁいるしな。」

と彼が言った途端、艦橋が俄かに騒がしくなった。

「“こちら後部電探室、電探に感有り! 本艦正面より0時半の方向、距離6万!”」

 

提督「・・・とまぁ、この有様だしな。」

 

瑞鶴「アハハハ・・・。」

この時瑞鶴は、()()()()()()手応えが薄かったのではないか、と思い始めていたのであった。

「“六航戦、戦闘機を上げます。”」

 

提督「了解、頼むぞ。」

 この時鈴谷は第三艦隊の艦娘が交代で護衛に当たっていた。と言うのは出港2時間後に敵潜水艦に捕捉され攻撃を受けたからで、敵が早くも地固めに来ている一方、行動開始はおろか、集結も筒抜けになっているだろう事が明白だった為、鈴谷単艦では危険と判断して、どの道突入時は艦内に収容する第三艦隊を、往路の護衛に投入する事にしたのである。

基本的に遊兵を生む事をそれほど好まない、彼らしい判断ではあっただろうが、一方で大半の稼働機を投入しての航空攻撃を実施した事もあって、戦闘機の稼働機数は普段よりも少なくなっていた。これが、周囲に護衛艦を展開しなければならない要因に加わる事にもなっていた訳である。

 

 

同時刻 ミンドロ島マンガリン湾サンホセ

 

「―――どうやら()()()()()()()()な。」

 

「は、()()()()()様。」

 

()()()()様に命じられたこの策、やってみるまで分からんものだな。」

 この事態を引き起こした主犯は、集積地棲姫「ウェーク」であった。この基地級は普段、ウェーク棲地の維持・運営を一手に担っている深海棲艦であり、それが珍しくこの様な所にまで遠征してきている、という訳であった―――。

 

 

 フィリピン時間1月18日23時過ぎ、数度の空襲と、潜水艦の襲撃を掻い潜った横鎮近衛艦隊は、マンガリン湾北北西洋上で()()()()戦闘態勢を整えつつあった。と言うのも、重巡鈴谷から展開中だった22時52分に、遭遇戦と言う形で突如戦端が開かれたのである。

 

23時02分 ミンドロ島マンガリン湾北北西海上 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

ドドオオオォォォ・・・ン

 

艦首主砲の砲声が轟き渡る羅針艦橋で、直人はサークルデバイスを展開し、腕組みしながら立っていた。

「なんとかなったな。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「艦隊の展開及び布陣は完了しつつあります。」

 今回は棲地攻略、それも夜襲と言う事で、横鎮近衛艦隊も、水上戦力の総力を挙げた態勢を取っていた。それも前述の第二艦隊に加え、下記の戦力が出撃している。

 

第一水上打撃群 25隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 51機)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/初風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 34隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

 普段の一水打群と第一艦隊から空母戦隊を抜き、それ以外の全兵力を差し向けるこの構成は、横鎮近衛艦隊が一切の手抜きをしていない事の、何よりの証左であっただろう。同時に彼らにとっては、約80隻になるこの全力出撃は、彼らにとってはこれ以上は望むべくもない最大編成であった。

大淀の準備完了の声を受け、直人は力強く言い放つ。

「結構、では早速始めるとしよう。第二艦隊!」

彼が第二艦隊を呼び出すと、旗艦イタリアが応答する。

「“こちらイタリア!”」

 

提督「作戦開始だ、行動を開始せよ。」

 

イタリア「“了解!”」

 

 横鎮近衛艦隊は23時03分、後に“ミンドロ島沖海戦*22”と呼称される戦いに於ける、自身らの戦闘計画を実施に移す。この時点で艦娘艦隊の第一陣は、横鎮近衛艦隊の西方80㎞に先鋒が到達したばかりであり、第一陣主力は約100㎞遠方にいる。当然まだ戦端は開かれていない。無論横鎮近衛艦隊が衆目に触れないようにする為、と言う大本の理由こそあるものの、彼らは文字通り全艦隊の先頭に立ち、最も激しいであろう鉄火場に身を投じようとしているのだ。

なおこの時大淀は、第十戦隊の上位部隊である第三艦隊が出撃しない為艦橋に立っていた。

 

イタリア「金剛さん。周囲の敵艦を、お任せしてもいいですか?」

 

金剛「“勿論デース! 存分に、暴れ回るネ!”」

 

イタリア「承りました。第二艦隊前進、目標、右前方の敵艦隊!」

 

「私達も、やっと出番ね。」

 ローマがそう感慨深げに言った。イタリアから来日して以来、2人は練成中であった第二艦隊の中核として温存されていた。大和などより余程温存され続けた2人であったが、遂に太平洋での初実戦の時を迎えられたのだった。

「・・・()()()()も一緒だったら、良かったのに。」

イタリアのその声は、僅かに哀愁を帯びていた。

「―――それは言わないって決めたでしょ。今は・・・」

ローマの言葉にイタリアも

「・・・分かってる。」

と表情を切り替えた。

 

―――目標、右前方の敵水雷戦隊、距離35,000! 撃ち方、始め!

―――撃て!

 

 

1月19日0時20分 ミンドロ島マンガリン湾サンホセ北西近海

 

グラーフ「空母が夜戦とは、提督も人使いが荒いが、まずは快勝・・・だな。」

 

レーベ「うん、そうだね。」

 

 

イタリア「あとは敵泊地さえ叩けば・・・!」

 

ローマ「口ほどにも無かったわね。」

 

 

金剛「・・・。」

 

榛名「姉さん、どうかしましたか?」

 

 

提督「・・・おかしい。」

 

大淀「えっ・・・?」

 

 グラーフ・ツェッペリンとイタリア、そして大半の艦娘は気づいていなかったがこの時、少なくとも金剛と直人は同じ様な疑念を抱えていた。ここまでで起きた戦闘と言えば、最初の突発戦闘を抜きにすれば、2度の水雷戦隊との交戦以外は全て数度の魚雷艇による襲撃に対する対応位であったのだ。

大規模な棲地であるならこの程度である筈が無い。その事は彼ら自身が一番熟知している事実である筈で、それに基づけば、この戦力は余りにも少ない。普段護衛任務や諸島部戦闘で見かける程度の、低強度戦闘の域を出ないのだ。おかしいと言うより、奇妙ですらある。彼らにとってみれば、余りにも()()()()()という訳である。

 

提督「―――明石、周囲状況の数値変動に留意。逐次記録は取ってるな?」

 

明石「取っていますが・・・何故ですか?」

 

提督「確証はない、が、何かがおかしい。」

 

大淀「確かに、敵の戦力が少ないですが、出払っているのでは?」

大淀のその推測に対する直人の答えは「否」であった。

「そんな事があるか? 大規模棲地とされる敵棲地はどれも20万を超える深海棲艦と超兵器級を1隻は抱えている。しかもそれは少なく見積もっての話だ。その内のいくらかを我が方に回したとしても、防衛計画にさしたる綻びが生じるとは思えん。もし仮にその仮説が正しいなら、ここにいる戦力は10万にも満たない事になる。」

 

大淀「確かに・・・。」

 

金剛「“テイトクー、ここ、何か変ネ。”」

 

提督「あぁ、俺もそう思っていた所だ。金剛は一水打群を率いて、サンホセ付近の敵情偵察を実施してくれ。敵が居れば、既定の戦闘計画の何れかを実施に移す。」

 

「“OKネ。”」

金剛はそう言って通信を切り、艦橋は再び3人の話し合いに戻る。

「金剛が行って、その目で見たものが事態を物語っている筈だ。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「もし敵が居れば戦いますが・・・居なかった時、私達はどうしますか?」

 

提督「・・・その場合俺達は、突かんでもいい藪を、突きに行った事になる。滑稽にも程がある状況だ。兎も角艦娘艦隊は我が艦隊の西方で、大規模な戦闘を繰り広げているらしい。我々だけが独断で、ここを離れる訳にもいかないだろう。」

 結局の所、大本営からの指示で動いている以上、彼らには独断専権の余地は無かった。むしろ事態が当初考えられていたもので無かったとしたら、彼らにはそれを確かめる必要があったのである。

ただ直人はこの時、本当に敵が居ない等と言う事自体、有り得ないと踏んでいた。この為金剛らによる威力偵察は、敵の待ち伏せを探る意味合いが彼の中で大きかった。

そしてその答えは9分後に直人の元に届けられる。

「―――()()()、だと!?」

 

金剛「“レーダーの反応はダミーだったネ、どこにも敵影は・・・。”」

 

提督「―――明石、数値はどうなってる!」

 

「それが・・・先程から、回復傾向に向かっているようです。」

 明石のその言葉が事態を物語っていた。敵がいると思って向かった先はもぬけの殻、棲地が形成されつつあると言う前提は、数値が回復へ向かっている事で瓦解した。海域は艦娘達の狼狽する声以外は静寂を保っており、敵がいた唯一の痕跡となり得る赤色化した水だけが、さざ波と共に残されているに過ぎなかった。それですら棲地形成が行われて無ければなかったに違いない。

「一体・・・どう言う事だ?」

直人ですら思考が凍結するほど、この状況は明らかにおかしかった。横鎮近衛艦隊が前提としていた全てが、彼らの目の前から唐突に、忽然と姿を消してしまったのであったから、否応なく納得しうるところだろう。

「どう致しますか? 報告、しますか?」

その氷を融解させたのは大淀の一言だった。その言葉を受けた直人は、少し思考を巡らせてから指示を出す。

提督「―――そうだな、この異常な状態だ。報告は入れるべきだろう。作戦司令部に至急電で送れ。」

 

大淀「承知しました、艦隊は如何しますか?」

 

提督「敵の誘因策は警戒すべきだろう。この状況が我々を誘い込む罠である事もあり得る。艦隊は引き続き展開して警戒態勢だ。体勢を崩すなよ。」

 

金剛「“OKデース!”」

直人は指示を出しながら、「本当に敵が居なかった時」、敵の目的は何か、と言う問題に気が付いた。いや―――思い出した、と言う言葉が適当だろう。

 

―――今ここに来る意味が無い―――

 

提督「―――大淀、末尾に追加してくれ!」

 

大淀「はい、なんと?」

その至極当然の問いに、直人はこう伝えたと言う。

「“この一連の敵の行動は、敵の大規模な陽動作戦の可能性あり、警戒を求む”と。」

 

大淀「分かりました。」

 

「じゃ、じゃぁここまでの戦闘は・・・!」

明石のその言葉に直人は一つ頷くとこう答えた。

「可能性はゼロじゃない。これが、我々の戦力をここに集める為の罠である可能性がだ。勿論俺達の動きを拘置する、と言う極めて限定的な誘いである可能性もある。敵の目的は依然不明だから、確証はないがね。」

 

大淀「サイパン分遣隊の名で送信を終えました。これが役立てば、宜しいですね。」

 

提督「だが、主力部隊は既に戦闘中だ、これが終わらん限り、動きづらいだろうな・・・。」

 

 

13

 

 その後状況は、2時49分に艦娘艦隊が多大な損耗を追いながらも夜戦に勝利し、作戦は表面上順調に進展しつつあった。しかしこの時既に状況は、抜き差しならない段階に差し掛かりつつあったのだ。横鎮近衛艦隊からの通信は大本営に届いており、敵の真の意図について、激しい議論が巻き起こっている真っ只中の、日本時間5時02分、後にこの深海と日本の再戦後最大規模とも言える本土戦が、北海道方面で惹起した。

 

フィリピン時間3時23分―――

 

提督「本土が空襲されただと!?」

 

大淀「はい、現在状況を確認中との事ですが、来襲機は艦載機であったとの事です。」

 

提督「・・・謀られたぞ。やはりこの敵の動きは、敵の陽動作戦だ。我々は揃いも揃って敵の術中に嵌ってしまったのかも知れん。」

 

大淀「如何致しますか?」

 そう問われた直人ではあったが、現状では彼に出来る事は、目の前の状況に他ならない。それに直人も言うべき事は既に言い終えていた事もあって、横鎮近衛艦隊はこの時は動かず、残敵の捜索と銘打って索敵態勢に入っている。但し鈴谷の燃料を温存する為速力は落とし、いつでも北上出来る体制を整えての残敵掃討となった。

 

 そして案の定日本時間5時41分に、礼号作戦中止と派遣艦隊の引き上げ命令が発出され、更に南西方面艦隊に対し、可能な限りの戦力を本土へ向かわせるように訓令が行われた。

これを横鎮近衛艦隊ではフィリピン時間4時43分に、おんどからの転電で命令文と共に受信し、礼号作戦は、唐突に打ち切られる事となるのだった。

この後作戦部隊から内地の司令部に至るまで、上へ下への大騒ぎとなった、“最後の日本本土決戦”と言われる戦い―――「決一号作戦」の発動であった。

 

 

~次回予告~

 

 横鎮近衛艦隊は事態を見越し、直ちに転進を開始する。

その途上、戦艦イタリアが紀伊 直人に漏らしたのは、彼女の悲しい過去―――

 一方北海道への大規模空襲と共に始まった大攻勢は、留める者も無く鉄の嵐を吹き荒れさせた。

戦力の不足にあえぐ中、孤軍奮闘する幌筵泊地を救援すべく、大本営も可能な限りの戦力を結集する!

“来援”は果たして間に合うのか、深海の壮大な戦略に抗う術は―――!?

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部5章、『決一号作戦発動―夏の嵐は涙と共に!―』

艦娘達の歴史が、また一ページ・・・

*1
この宮内庁の判断の内には更に、かつての米軍とは異なり、深海棲艦隊が天皇の御座所であろうと容赦なく空爆する危険があった事も含まれていた事が、後年明らかになっている。

*2
その一家は既に魔術回路が衰退して魔道を諦めている為、この事は隔世遺伝であると言う事以外に、この時は彼自身も把握していない

*3
と後に彼が名づける事となるもの

*4
魔術協会内で言えば、隣り合う研究室であっても、研究者レベルでは壁の向こうで何をしているのかすらわからないと言った事態も数多くあったとされる。

*5
要約すれば広義における内部情報、より踏み込んで言えば、艦娘艦隊は勿論自衛軍内部までに渡る内務情報の収集

*6
内火艇自体は、運搬方法のない巨大艤装を何とか持ち出しつつ、稼働させないようにしまう為の器であった事から、鈴谷が就役した後は用途廃止となっていた

*7
マイクロフォンを舷側水中部に配置して水中の音を聞く装置

*8
舷側水中部に装備した発振器から超短波の音を発射し、その音の跳ね返りで対象物体との距離を測る装置で、その性質から海中のマッピングにも使用される。

*9
酒石酸(しゅせきさん)カリウムナトリウムの結晶の事。1921年に強誘電体であると発表された事で、クリスタルマイクやクリスタルイヤホンに広く使用されていた。湿気に弱いと言う欠点もあり、現在では殆ど使用されない。

*10
超兵器機関から取り出したエネルギーを特殊な収束法を用いて3方向に発射、目標地点で収束させる光学兵器

*11
この様な認識の背景には、永納海将時代の幕僚達が、通常戦力による戦闘を、艦娘出現後も重視していたからだと言われている。

*12
陸軍が採用していた迫撃砲である九七式曲射歩兵砲を一部簡略化して採用したもの。音響弾を発射する対潜威嚇用の兵装として使われた。

*13
第3部8章参照

*14
ACV、空気浮揚艇。一般的にはホバークラフトと言う商標名で知られるもの

*15
ここでは性行為の事

*16
雌雄で生殖器を別に持つ形態

*17
医学的に性分化疾患(DSD)とも言われるもの。日本では「性発達障害」などと呼ばれていた

*18
下関港と北九州港(旧名:門司港)を総称した名称で、国際拠点港湾及び中枢国際港湾に指定されている。

*19
統合幕僚監部の略称

*20
同じく海上幕僚監部の略称

*21
基本給15,000円、危険手当5,000円

*22
公称ではフィリピン西方海戦




艦娘ファイルNo.152

夕雲型駆逐艦 風雲

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の筆頭。
夕雲の第二艦隊二水戦第十駆逐隊に編入され、ミンドロ島沖海戦で初陣を飾る。
4人の中では最も筋が良かった為、さして歴戦の勇士たちに後れを取る事は無かった。


艦娘ファイルNo.153

夕雲型駆逐艦 高波

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
「艦隊のエース」こと朝霜の第二艦隊二水戦第三十一駆逐隊に編入され、風雲と共に初陣を飾る。
隊旗艦の朝霜から何度か檄が飛んだ。


艦娘ファイルNo.154

白露型駆逐艦 海風

装備1:12.7㎝連装砲

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
村雨の第二駆逐隊の教導を受ける形で第二十四駆逐隊を発足し、第二艦隊二水戦の所属でミンドロ島沖へ出撃した。
素質に問題はないが経験不足が祟り中破した。


艦娘ファイルNo.155

陽炎型駆逐艦 初風

装備1:12.7㎝連装砲
装備2:25㎜連装機銃

 コモリン岬沖海戦後に着任した4人の艦娘の一人。
雪風の一水打群三水戦第十六駆逐隊に編入され、一水打群唯一の新人としてミンドロ島沖海戦に参加した。
初風の参加により、十六駆の増強編成が完成した。


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第4部5章~決一号作戦発動―夏の嵐は涙と共に!―~

どうも皆さんお久しぶり(※2021/11/5)です、天の声です。

青葉「恐縮です、青葉です!」

 随分と手が遅くなってしまい申し訳ありません。書く暇がなかった訳ではないんですが、過去の部分の改稿だったり手直しだったり別の所にリソースを割いたり、そもそも何も思いつかなかったりなど、新章の執筆にまで全く手が回ってない時期が長すぎました。
話も随分と長編化してきた結果、一部現在の設定と食い違う部分も出てきているのもあるので、今後もこんな感じになると思いますが、まぁ長い目で見て下さい。

青葉「年に2章ペースで更新するんです?」

流石にそれはもっとペース上げたいけどインスピレーションがね、こうね。

青葉「あぁ、まぁ仕方ありませんね。」

 本当にペースはもっと上げたい所なんですが、ままならないなぁと言うか・・・はい、反省しております。
まぁその分、今回も質の高い作品をお届け出来るのではないかと思っております。

青葉「自画自賛ですか?」

そうとも言う。
では、第4部5章、スタートです!


 2055年1月19日、北海道空襲さる―――。

突如として伝えられたその凶報は、うち続く激戦への、細やかな幕開けに過ぎなかった。

 

 この時、その迎撃に当たって主力となるべき近衛艦隊も無論の事、各鎮守府の中心的艦隊の大半を含む本土駐在戦力の半数が、遠く南シナ海で今正に戦闘を終えたばかりと言う有様であり、直人ら横鎮近衛艦隊の他に呉と佐世保鎮守府の近衛艦隊までもがこの方面に展開していた。

大本営は急遽「決一号作戦」を発令し、これに対するべく準備を始めたが、悲しいかな、戦力の乏しい彼らの動きは鈍く、情勢は1秒毎に悪化するばかりであった。

 敵にとって、目の前に転がり込んだ大きな戦力的空白とも言うべき状況。それを作り出す事に成功した深海棲艦隊は、一挙に壮大な作戦の第二幕を実行に移す―――。

 

 

1

 

アリューシャン時間1月18日10時32分 ベーリング海棲地中枢

(日本時間1月19日5時32分)

 

「―――そうか。“8月の嵐作戦”が開始されたか。」

 報告を聞きそう言ったのは、ベーリング海に鎮座する深海の王、ヴォルケンクラッツァーである。彼女のその問い返しに、報告を届けたベーリング海棲地副司令官である、リヴァイアサンが答える。

「えぇ。第一撃は成功、北海道方面の防衛体制に、大きな損害を与える事に成功したそうよ。」

 

「・・・どこまで、信用出来たものかな。」

 

「・・・ある程度、差し引いて見積もる必要はあるかもしれないわね。」

 

「困った連中だ、ただでさえ不利だと言うのに・・・。」

 

「そうね・・・。」

 摩天楼と海神、2人の表情は険しい。深海側にとっては、それ程までに情勢が悪化していた。2年前、あれ程までに人類を追い詰めていた彼女らが、今や逆に追い詰められる立場となっていたのだから、皮肉もここに極まったと言えるだろう。

 例え部下には体裁を取り繕って《拮抗》を謳ってみたとしても、それは人類側も息を入れているからに過ぎず、両陣営の沈黙が結果的に拮抗した情勢を作り出している事は、上位知能体の知識層には周知の事だった。

しかもそんな時期に強行した深海での粛清劇は、指揮官の質を大幅に下げたばかりか、有為な指揮官達の亡命をも多く招く結果となり、中央による強権的統制と引き換えに、自分達の首すら絞めてしまったのだ。

おまけに“例の艦隊”の一部と見られる敵艦隊がアラビア海に現れ、改ドレッドノートを散々に追い込んだ末に長期離脱にさせられたばかりか、その流れでコロンボ棲地を陥落させてしまった事で、この作戦に先立って深海側は体勢を崩される格好となり、事実上インド洋からの攻勢は、短期的には不可能となってしまった。

 欧州方面ではこの時期に至っても明確に優勢が続いてはいるものの、太平洋に於いてこれ程までに戦略的劣勢が続いた事で、深海上層部はこの時期既に太平洋戦線での拮抗が、本拠地であるベーリング海やウェーク・ハワイと言う2つの一大根拠地あってのものであると言う、拮抗と言うには余りに険しい現実に直面していた。

もし仮に今、ウェーク方面へでも攻勢が行われ、この一大根拠地が失われた場合、深海棲艦隊は中部太平洋における拠点を喪失し、西太平洋に於いてまともな長期作戦は立案出来なくなってしまう事は、陽の目を見るより明らかであった。

深海側にとっては幸いな事に、ベーリング海棲地には依然圧倒的とも言えるだけの強力な戦力が質・量共に残されており、少なくとも本拠失陥と言う状況だけは防ぐ事が出来るだろう。しかし彼女らは砂上の楼閣に過ぎないこの細やかな状況を前にして、明確な劣位を感じつつあったのだ。

「兎も角、これを成功させなければ、我々は欧州での絶対的優勢を手放してでも、戦力を増加する必要に迫られてしまう。例の艦隊の拘束にも成功した。今暫くは、北日本方面で優勢を確保出来るだろう―――」

 摩天楼は今、僅かな可能性に賭けていた。日本方面は今、身贔屓ありで見ても日本側の劣勢であり、南方に出した戦力が帰還しなければ、局面の打開は有り得ないとさえ言っていい。しかも危機を迎えていたのは、日本本土だけでは無かったのだ。

 

 

同時刻 幌筵泊地

(サハリン時間7時32分)

 

レオン「出撃した艦隊は直ちに沖合で防衛線を形成、絶対に通すなよ、増援があるまで耐え抜くぞ!」

 

「「“はいっ!!”」」

 幌筵第914艦隊司令部でも喧騒に包まれていた。沖合からは激しい砲撃音が響き続け、上空には無数の航空機が敵味方入り乱れての乱戦を展開している。時折防空網を突破した敵機が各所に爆弾を投下し、被害が少しずつ蓄積していくのが手に取るようでもある。

同艦隊司令官レオンハルトこと、アイン・フィリベルト・シュヴァルツェンベルクもまた、他の艦隊同様艦娘部隊を出撃させて、敵の猛攻に対応していた。

「くそっ、なんだってこんな時に・・・!」

「“提督、周囲は完全に包囲されています!”」

「やっぱりな・・・!」

 彼がうんざりした様に返したのも無理はない、窮地に陥っていたのは幌筵泊地である。周囲の島々は既に制圧が始まっており、殆ど守備隊すらいない無人の島々が、次々と深海棲艦の手に落ちてゆく。こういう時こそ幌筵と単冠基地、大湊警備府の3基地から成る「北東方面艦隊」の出番である筈だが、その最北端である幌筵泊地は、艦隊出撃前に包囲され身動きが取れなくなっていたのだ。

3つの基地はほぼ全戦力を残してこそいるが、大湊のみでは些か手に余る状況であり、幌筵島の情勢も芳しくはない上、一部はこの攻撃前に出撃後、任務中若しくは帰還途上にあって在島しておらず、それらの部隊は原隊に復帰する事が出来ず、一時大湊へと退避する始末であった。何せただ包囲するだけではなく、防衛線を突破しようと攻撃が続いていたから、そんな所に寡兵で突っ込んだ所で「焼け石に水」の()()()にすらなれないのは、日の目を見るより明らかだったからだ。

ともあれこれでは幌筵泊地は補給すら望めぬまま、消耗戦に突入すると言う悪循環に陥りかねない危機的状況にあって、全在島部隊は勿論の事、悪評高い嶋田海将さえもが、必死の思いで防戦に努めていたのだった。

 既にこの時点で、幌筵泊地司令部からの救援要請が中央にも届いており、参謀達も頭を悩ませている所ではあるものの、本土を守る戦力すら不足している状況で、どう救援しようものかと、進退に窮しているのが現実だった。

 

(ナオ、テメェどこに居やがる・・・どうせこの状況は知ってんだろ、早く助けに来い―――!)

 

幌筵艦隊が絶望的な防御戦闘に突入していた頃、横鎮近衛艦隊はミンドロ島の沖合で、フィリピン時間5時42分に大本営から直接電文を受電した。

 

提督「―――横鎮近衛艦隊は先の一報に際し、可能な限り速やかに反転北上し、横須賀鎮守府に寄港、補給の後、戦線に参加すべき事。なお台湾海峡を始め敵潜水艦跳梁未だ激しく、また戦局推移如何によっては、関東方面の近海洋上での戦闘についても、考慮に入れられたくここに追記す―――軍令部総長。」

 

大淀「やはり・・・ですか。」

 

提督「―――予想通りだな。」

命令文を受け取った艦隊司令部の受け取り方は概ねこの様なものだったとされる。直人は直ちに指示を発する。

「進路反転350へ、艦隊は高速収容しつつ、日本本土へ向かう。明石、最大で何ノットで横須賀まで行ける?」

 

明石「全ての燃料を使い切って、凡そ、20ノットです。」

 

提督「結構、ではそれでいこう。敵潜水艦は未だに潜伏しているらしい、周囲の対潜索敵を怠るなよ。海上と上空の双方向索敵を絶えず行う事とする。大淀、テニアンに至急電を。」

 

大淀「ハッ、何と送りますか―――」

 大淀は直人から返された内容を、一言一句違わず箱数暗号で送信した。その電文はパラオ・グァム経由でテニアンへと届く事となり、それによって一つの動きが惹起される事となるが、これについては後述する。

 それはさておき、横鎮近衛艦隊は直ちに艦隊を撤収しつつ北上を開始し、一路横須賀へ向けて最短ルートでの到達を図った。これは台湾海峡を回避して、台湾とルソン島の中間点であるバシー海峡を通過、太平洋に出た後一直線に房総半島方面へと向かうというものである。

であるからと言って彼らが手を抜くことは当然ない。同時に鈴谷の護衛計画を策定する事で、航海の安全を同時に担保しつつ、命令通りなるべく早急に横須賀へと辿り着こうとしていたのだ。

 そこには横鎮近衛艦隊の、と言うより提督である紀伊 直人本人の、「本土を断固として守り抜く」と言う、決然たる意志が表出していた。

日本の土は、もう十分過ぎるほど疲れ切っている。これ以上本土に敵の跳梁を許せば、日本国は、日本国国民は、もう二度と立ち直れはしないだろう。

 

 日本は既に、第二次大戦時の数字などあけすけに笑えるほど莫大な人命を犠牲に支払ってきた。であるからと言ってその数字である310万と言う数が少ない訳では決してないし、何より貴重な人命の数であるだけ、笑っていい性質のものでは無いのだが、それでさえ笑えてしまう程に、日本国民はこの長過ぎる戦いの中で、既に数多の血を流し続けてきたのだ。

 「充実し過ぎた平和の対価」―――そう考える者も確かにいた。日本は平和主義国家として高度経済成長を遂げる一方で、しきりに世界に向けて“非戦”を唱え続けてきた、第二次大戦後100年近い歴史がある。その間確かに日本は平和であり続けたが、他者がそうであったかと言われれば、必ずしもそうであるとは言えない。

戦争・紛争・テロ・内戦―――日本ですら、その脅威から無縁とは言えなかった。にも拘らず日本国民は温室のような時代の中にあって、時代が下るにつれて徐々に、様々な要件によって維持され得るべき“平和”というものの価値を、過小評価していったと言う傾向もあった。平和そのものをと言うより、()()()()()()()()()()()()()()()()()として、一般に捉えていた節が散見されてしまったのだ。

かつての第二次大戦、そしてその国土に受けた二度に渡る原爆投下で、平和の貴重さを身に染みて知ると言われた日本国民の、何と浅ましい考えであろう・・・。

 

 

―――話を戻そう。横鎮近衛艦隊がバシー海峡を通過中の頃、羅針艦橋で気を張り詰めっぱなしの直人が居た。

「雷跡監視を怠るなよ、敵の跳梁域を抜けてないんだからな!」

 監視員に向かって直人が檄を飛ばす。極力急いで横須賀へ向かわなければならない以上、鈴谷を傷つける訳には行かないし、ましてや母艦である鈴谷がなければ、十全な作戦行動が取れるとは言えないのだ。

この指示が出たのもこの日既に6回目であり、彼が如何に神経を尖らせていたかが良く分かるだろう。その甲斐あってか、これまで鈴谷への敵の攻撃はここまで一度としてない。

「敵襲はここまで一度も無し、友軍艦隊がやっている掃討の成果、でしょうか?」

大淀がそう言うと直人は、

「過信は禁物だ、ここまで単に運が良かっただけと言う事もあるかもしれん。」

と厳しい顔で言い、大淀も

「そうですね。どちらにせよ、この分なら無事にバシー海峡を突破出来そうです。」

と答えた。ここさえ抜けてしまえば、後は前途に開けた太平洋に溶け込むのみである。

「あの・・・少し、宜しいでしょうか?」

直人がその声に驚き声のした方を振り向くと、羅針艦橋に立つ直人の背後に、イタリアが立っていた。

「なんだイタリアか。余り驚かさんでくれよ。」

 

イタリア「すみません。でも、提督にも、お話しておくべきかと思いまして。お時間、頂けませんか?」

 

提督「それは、ここにいる2人には聞かせたくない類なのか? そう言う事であれば後で―――」

と直人が言っている横で、その大淀と明石は互いに顔を見合わせた後、直人の言葉を遮るように言った。

大淀「こちらは大丈夫ですので、提督はイタリアさんの方に。」

 

明石「そうですよ。少しは私達を信用して下さいな。」

そう言う二人に直人はばつの悪そうな顔をしながら、

「・・・分かった、ここは預ける。」

と言った。

イタリア「すみません、こんな時に。」

 

提督「いいさ、あの二人にあそこまで言われてはな。艦長室で伺うとしよう。」

 

イタリア「ありがとうございます。」

そう言ってぺこりと頭を下げた後、イタリアは直人と共にエレベーターに乗り込み、艦長室に移動するのである。

 

 

2

 

「―――で? 話と言うのは。」

 2人が艦長室にあるテーブルを囲むなり、直人はそう切り出した。彼としては特に急かしたつもりでは無かったのだが、状況が状況故か声に出てしまったらしく、イタリアは無駄な部分を切って本題に入った。

「では単刀直入に言います。私達が日本に来た時のお話です。」

それを聞いた直人が、

「と言うと、我が同胞が何か無礼を?」

と言った。これに対しイタリアは、

「あ、いえ、日本の方々には、とても良くして頂きました。少々棘のある方も居りましたが・・・。」

と大仰に否定して見せた。

「となると、一体どう言った話なんだ? “イタリア親善艦隊”の際に何か手違いがあったという話は聞いた事が無いのだが・・・。」

 と彼は顎を撫でながら言った。ここで読者諸兄には些か説明を要すると思われる。

「イタリア親善艦隊」とは、去年の中頃にイタリアから日本に向け派遣された、NATO海軍の艦艇に依って編成された艦隊「NATO親善艦隊」の事である。NATO諸国による日本国への()()()()と言う目的を帯びており、NATO軍ナポリ統連合軍司令部隷下のナポリ連合海軍部隊に属するイタリア艦艇を中心に編成されている為、この名称も用いられている。

 兵力はイタリア海軍の駆逐艦3、フランス海軍の駆逐艦2を主軸に、大小のフリゲートやコルベット、補助艦艇群に加え、前回横鎮近衛艦隊と会合したイタリア空母1隻を含む独伊の連合部隊から成る。共通点があるとすれば全て西側の基準で作られている位だが、艦艇の7割以上はイタリア海軍が占める。

またイタリア海軍の艦娘も含まれており―――

「私達は、最終的にはNATO親善艦隊の一員として、ローマと共にこちらに参りました。それが、事実上の()()であったと言う事は、提督もご存知かと思います。」

 

 そう、イタリア本土が失陥した後、司令部をフランス南西部の中心地ボルドーへ移したナポリ司令部にとっては、同じくフランスへ亡命したイタリア政府が、自力で維持出来ない部分の艦艇を如何にするか、各所と連携の上で処置する必要があった。

ナポリ司令部はあくまで地中海戦域のNATO加盟国の軍隊を、担当地域での有事の際に必要に応じて統括運用するのが役割であり、それに対する兵力拠出やその維持は、加盟各国に委ねられている。

 しかし欧州戦線の情勢が日増しに悪化している今日、他の欧州にあるどの国にも、欧州第4位の海軍国の艦艇を一部でも引き受け、維持する力は残されていなかった。この事は疲弊の極にあったフランスが、逃げ遅れた地中海艦隊の一部に当たる艦艇をこの派遣に加えた事でも如実に表れている。

 

 だがこの時一つだけ、可能性がある国があった。それこそがNATOの友好国であり、東亜にその勢力を維持し、戦線を押し上げつつあった日本国であった。

既にスエズ経由で数度の交通に成功していた事も併せ、ナポリ司令部はおろか、NATOの意思決定機関である北大西洋理事会に残されていた選択肢は、日本に向け、フランス南岸に取り残された地中海諸国の艦艇を、スエズ経由で回航する事しかなかったのだ。

日本は日本で決して余裕があった訳では無いが、SN作戦で膨大な艦艇を失った日本国には、皮肉にも相対的な意味で余裕があった。多数の艦艇に十全な補給を施すには相応の工業力が必須要件となるが、その艦艇を失った日本の工業には、残存艦艇に対してオーバーフローするレベルの生産能力上の余力があった。

 

 これら事と照らし合わせて、失われた海上自衛軍の戦力を補填しつつ、行き場のない物資を使えるこの方法は渡りに船であり、日本政府と防衛省はこの提案を受け入れた訳である。

しかしこの時期既にスエズ封鎖が始まっていた事もあり、強行突破を行った親善艦隊は、紅海側から救援に駆け付けた独伊遣日部隊の助力を受け、最終的に3割の戦力を失いつつも辛うじて日本が確保していた領域へと辿り着き、シンガポールまで逃げ切った、と言う次第であった。

「無論その事は知っている。あの艦隊は地中海に取り残された部隊で編成されていて、それにイタリアの艦娘を護衛に付け、封鎖に取り掛かったばかりの敵の虚を突いて、スエズを突破した・・・そうだな?」

直人がそう言うと、

「その通りです。」

とイタリアも頷いた。実際ここまで説明した事柄は、彼でなくともある程度世の事柄に精通していれば既知の事柄である。当然だが、そんな茶飲み話をする為にイタリアもこんな時に来た訳では無い。イタリアはこう続けた。

「ですが残念ながら、全員が辿り着く事はありませんでした。ですが、話はそこで終わらなかった、と言う話なんです。」

 

提督「というと・・・?」

 

イタリア「実は、そこまでの道中で撃沈された艦娘が一人、ザラ級重巡1番艦のザラさんです。」

 

提督「撃沈された・・・!?」

そう、話の根幹はここからであった。そんな話はこの時何処にも流れていなかったからである。

「はい、残念ながら・・・。」

 

提督「しかしそんな話は何処からも・・・。」

 

イタリア「この事については箝口令が敷かれていたものですから、提督がお聞き及びでないのは致し方ないと思います。そしてもう1人、こちらはシンガポールに到着した直後に、姿が見えなくなった艦娘が居るんです。」

 

提督「おいおい、艦娘の失踪案件だって?」

 その話こそ彼の驚く番であった。仮にも軍に所属する艦娘がその管理下を離れ、あまつさえ失踪したなどと、本来であれば与太話で済まされる所である。しかもそれが、よりによって日本へ派遣される途上にあった、イタリア海軍の艦娘であると言うのなら尚更であろう。

現在の所艦娘を建造出来るだけの技術があったのは、ドイツと日本だけである。あのアメリカですら出来ないのに一芸特化のイタリアに出来る筈がないから、イタリア海軍の艦娘は、正真正銘のオリジナルである。

そのオリジナルが失踪したという話は、直人を驚かせるには十分であった。

「嘘だと思われるかもしれませんが、本当なんです。失踪したのは、ザラ級の3番艦ポーラ、持ち物は全て消えていたそうです。」

 

提督「痕跡は追ったのか?」

 

イタリア「それが、巧妙に隠匿されてしまい、時間もありませんでしたので、早々に打ち切りに・・・司令部では、ポーラは脱走者と言う事で処理され、行方は今も知れないのです。既に生存は諦められているかもしれません・・・。」

 

提督「・・・で、この話を何故俺に?」

それは至極真っ当な質問だった。この現在の情勢とは、些かミスマッチとも思える様な話なのだ。これに対してはイタリアも明確な回答を用意していた。

「前者に関しては、敵識別表の中に、よく似た姿の姫級が居たので、提督に御注意頂きたかった事。後者に関しては、提督にポーラの捜索をお願いしたいんです。勿論、この作戦が終わってから、ですが・・・。」

 

 それを聞いた直人は少し考え込んでしまった。注意するにしても激しい戦闘の中では中々難しいし、捜索に関しては、そもそもこの広大な太平洋をどう探したものか、と言う問題があった。

 横鎮近衛艦隊といえども、敵の識別を行うのは超兵器級特有のノイズが出た時くらいである。それ以外は姫級であろうとも一律「敵艦」として処理してしまう。これは彼らの実力故に可能な事だが、その為たった1隻の敵艦など眼中にはない。もし仮に、その姫級がザラの深海棲艦となった姿であったとしても、深海棲艦である以上戦う他ないし、その後の事はその後考えるしかない。この言葉がどう言う言葉であるかによって、前者の忠告は意味が180度変わってしまうのだった。

 後者に関しても問題は多い。そもそも直人ら横鎮近衛艦隊と言えど、その戦力はたかが1個艦娘艦隊だ。ザラの言葉が真実であったとしても、この広漠な海の中から、たった1隻の艦娘を探し出す事は容易ではない。言ってしまえば、三笠の場合が特殊であるだけで、本来海の上にある1隻の船も1人の艦娘も、画用紙の上の点より小さな事に変わりはないのだ。

そしてこの太平洋全域をカバー出来る様な戦力は彼らに在ろうはずがない。ある程度潜伏範囲を絞り込む事くらいならまだ出来ようが、その範囲でさえ、インドネシアからソロモン群島方面まで、莫大な島々と水域をくまなく網羅する必要がある。

しかも常に水の上にいるとは限らないではないか。ザラは確かに「痕跡が巧妙に隠匿されていた」と言った。つまりそれは、相手が少なくとも隠密行動に於いて、非凡な才を示している事を表している。

 どんな事情があったとしてもそんな艦娘が、何の当てもなしに、たった1艦でこの海のどこかに隠れ潜むなどと言う事が、果たして本当にあり得るだろうか?

否、そもそも洋上に隠れ続ける事自体に無理がある。洋上に艦娘が居れば、深海棲艦との戦闘は避けられない。そして戦闘すれば、そう遠くない内にその所在は割られてしまう。

正規軍の探索を容易く振り切る見識と能力を持つ者なら、当然その様な愚を犯す筈はない。艦娘もまた人間である以上、陸上に居てその身を潜めているとしても、何一つ可笑しな話ではない。とすれば、もし探索するにしても、どうやって探索するのか―――痕跡もヒントもなしに、である。皆目見当もつかないその居所を突き止める事ほど、難しい事は無いのである・・・。

 

提督「―――前者に関しては、情報を共有して欲しい。その上でどうなるかは保証しかねるが・・・」

 

イタリア「それでも十分です。」

 

提督「後者に関しては、正直そう簡単にOKと言う訳にはいかん。」

 

「・・・。」

 その言葉を聞いて、イタリアは顔を曇らせて俯いた。イタリアにとっては、それこそが本題であったに違いないが、艦隊司令官として、直人にも当然の主張があった。

「きっと前の上司にも再三具申したのだろう。俺にも経験があるから、お前の気持ちは十分に分かる。だが、ここは太平洋だ、地中海とは違う。」

 

イタリア「分かっています。でも放って置けないんです。あの子は―――」

 

提督「イタリア、仮にも1個艦隊の旗艦なら―――いや、地中海で経験を積んできたお前には分かっている筈だ。たった1個艦娘艦隊では、予想されるポーラの潜伏域を探しきれないと言う事を。」

 

「そ、それは―――」

 そう、所詮は1個艦娘艦隊である。例え900機を超す航空部隊を持っていようが、飛ばせる場所が無ければ無意味である以上、艦娘部隊だけではどうしようもない。直人はこう続けた。

「我が艦隊は確かに精強だ。強力な航空部隊や地上部隊も有する。だがそれは、重要局面に備えて涵養されている戦力であり、幾ら並々ならぬ理由があったにしても、艦娘や、まして私の独断や私情で、その戦力を無闇に動かす事は出来ない。

ましてや我々はシャドウフリートだ。人目に付くような事は、余り好ましくない―――」

 

 彼はこと自己の行動に関する限り、艦娘艦隊の権能としての独自行動は勿論の事、正当な理由さえあれば上層部からの命令を拒否する権利すら与えられている。しかしそれは無条件の乱用を認めたものではない以上、彼の行動上でのストッパーにもなっている。

彼の普段行う作戦行動は、各所からの要請が下敷きにある。それに対して彼は任務に応じて適切な部隊を編成して送り込み、任務を遂行するのが当然の流れとして成立していた。だがイタリアの願いを聞き入れれば、私情によって独自に艦隊を動かす事になる。

 これ自体は一見すると艦娘艦隊の権能であり、通常であれば何ら差し支えない。但しこの点で、艦隊そのものが決戦部隊である横鎮近衛艦隊は、原則全力出撃しない通常の艦隊とは決定的に異なる。

いざと言う時に肝心の戦力が一部であろうとも遠隔地におり、作戦に間に合わない等言語道断であると言う、横鎮近衛艦隊特有の事情が、これを束縛していた。

 

 それだけ、彼らは決戦兵力として重要であると言う事でもあるが、その立場上彼らは迂闊に艦隊戦力そのものを動かす事自体、かなり慎重に行わなければならない立場でもあるのだった。

何せ礼号作戦参加の為にサイパンから出撃する時、サイパン出航に間に合わない艦娘数名を実際に海上で回収した程なのだ。裏を返せば、それが可能な範囲までが、彼らがサイパンから発して戦力を出せる最大範囲である。

 彼にしてみても、通常の業務がいざ作戦となった際にその差支えにならない様、金剛らに厳しく言いつけている程であったし、そんな彼らがたった1人の艦娘を探す為に、遠隔地に部隊を出す事は出来ない。それが彼の意見であった。

「・・・俺も出来るなら、そのポーラと言う艦娘を探してやりたい。失う悲しみは、俺も肌身に染みて、良く知っている。だが俺達は、軍令部の手足となって、行けと命じられれば何処へでも行かねばならない立場なんだ。」

直人はそう締めくくった。その表情は、申し訳なさが顔に出ている程歪んでいた。だがイタリアは諦めない。

「―――何とか、ならないのでしょうか・・・。」

しかしそれに対して彼はこう返した。

「つじつまを合わせる事だけでいいのなら出来るぞ。」

 

「えっ・・・?」

イタリアが顔を上げると、少し考えているような顔をした直人が目に入った。彼は思考を巡らせながらこう続けた。

「一応普段出撃する際に戦列へ加えられない部隊もある。香取の第六艦隊がそれに当たるが、それと司令部直轄の艦娘と合わせて、何とか数隻程度なら動かせんことはない。」

 

イタリア「提督・・・。」

 

提督「水上機母艦もいるし、護衛艦も3隻位なら辛うじて付けられるだろう―――何ならまるゆもいる。それでもいいなら、当該方面での捜索任務に充てられるかもしれん。」

 

「本当ですか?」

そのイタリアからの問いに直人はこうも言った。

「航空部隊や香取と話をしてみて、辻褄が合えばの話だ。多分、直ぐには無理だろうが、戦力が増えてくれば、その分だけ余裕も出てくるだろう。それからでも良ければ。」

その言葉にイタリアは感激した様に

「・・・ありがとうございます。それだけでも十分です!」

と言った。

提督「出来うる範囲で、最善を尽くそう。他ならぬ部下の頼みだ、手段は限られているし、徒労に終わるかも知れんが、それでもやってみるだけの価値はある。仮に徒労に終わろうと恨み言は言うまい。」

 

イタリア「ありがとうございます。私に出来る事があれば、いつでも言って下さいね。」

 

提督「勿論だとも。」

 

こうして、部下からの信頼を更に高めながら、重巡鈴谷はバシー海峡を突破し、太平洋の只中に溶け込んでいくのだった―――

 

 

イタリアが艦長室から居住区へ戻る途中―――

「―――話したの?」

と真っ向から声を掛ける者があった。イタリアの妹、ローマである。

「・・・えぇ。」

彼女は短く返事をする。

「・・・それで? にべもなく断られた訳?」

とローマが聞くと、

「いいえ、可能な範囲で艦娘を出してくれると、確約頂いたわ。」

と言った。

ローマ「・・・フン、どこまで信用出来るかしら。」

 

イタリア「ローマ、気持ちは分かるけど―――」

 

ローマ「誰も、私達の願いに耳を傾けなかったじゃない! もう、半年も経つのよ・・・!」

ヒステリックな響きを帯びるその声に、イタリアは静かに言う。

「・・・それでも、私達は前に進むしかない。それにあのポーラが、自暴自棄だけで私達の所を飛び出す訳が無い。きっと、見つかるわ。」

 

ローマ「・・・私だって、信じたいわよ―――」

 

 

3

 

重巡鈴谷がバシー海峡を抜け、横須賀へと到着するまでの間にも、戦局は大きく移り変わっていた。

 

 幌筵への攻撃開始と同時に、深海棲艦隊は北千島及び中千島への上陸を実行、この地域には殆ど守備隊が存在しなかった為、鈴谷の横須賀到着までの間に殆どの島々は制圧されるが、幌筵島のみは在地戦力の奮戦もあって辛うじて戦線を維持していた。

これによって初動の目的を概ね達した深海棲艦隊は作戦を第二フェーズに移し、南千島方面への攻撃を1月22日に実施、これに対して陸自軍北部方面軍の内、北海道東部に駐留する部隊や、青森県三沢や北海道新千歳空港に駐在する航空部隊などが、大湊警備府・単冠基地の部隊を中心とする艦娘艦隊と共に迎撃に移り、所謂北方四島の海空両面で激闘が展開されている。

 

 一方同日6時丁度を期して南西方面艦隊が抽出した部隊が北上を開始、更にその翌日6時にカムラン湾への派遣艦隊が転進を開始するなど、本土救援の動きが加速する。しかしこれらの部隊が到着するのは早くとも26日にならねばならず、全て出揃うまでになおかなりの時間を必要とする為、何かしらの策は必要となる状況にあった。

 決一号作戦の発令と共に、大本営は自衛軍と共同しての防衛戦闘を展開していた。しかし今述べた通り、戦局は思わしくない。何より各鎮守府の主力部隊は不在、残っているのは練度不足とされて残置された艦娘部隊と、ここまでの戦いで大きく数を減らした通常戦力のみ―――。

本土を守るべき戦力が本土におらず、身を守る術を碌に持たないまま、軍令部は本土に残留したそれら全部隊に対し、緊急出撃を命令するしかなかった。

南方からの最初の帰還部隊が到着したのは、そんな折であった。

 

1月23日15時41分 神奈川県横須賀港軍港区第7埠頭

 

提督「―――燃料の補給を最優先で頼む! 弾薬は艦首甲板に一括で搬入してくれ、後はこっちでやる!」

 

「「はいっ!!」」

 

 タラップを駆け下りながら直人は埠頭に待機していた作業員達に指示を出す。ここに来るまでにも何度か深海棲艦機の触接や、敵編隊の通過を遠方から目視しており、彼自身も敵襲への警戒により疲労の極にあったが、状況を考えればそんな事も言っていられないと言うのが実情だった。

その点を考慮すれば、後ろに続く金剛の方がコンディションは良好と言えただろう。

「おぉ、来たか!」

彼がその声がした方を見ると、タラップを降りた先に大迫一佐が走ってこちらに来ていた。

「大迫さん!」

 

「口を利くのは後にしろ、こっちだ。」

大迫一佐の言葉に彼は一つ頷いてその後に続いた。

 

大迫「よく戻ってくれた。しかし早かったな。」

 

提督「いえ、この様な事態になるのではないかと思い、燃料を温存して置いただけです。状況はどうです?」

 

大迫「その件で土方海将がお呼びだ。お前にも情報を共有して置きたいそうだ。」

 

「ッ! 分かりました。」

大迫一佐の言葉に彼がここに来た理由を悟った直人は、それ以上何も言わず金剛と共に、基地の公用車で横鎮本庁へと向かった。そこで彼は現在の状況を完全に知ることとなる.

 

16時13分 横鎮本庁・司令長官室

 

「―――危機的状況、とは正にこの事ですね。」

それが、土方海将から説明を受けた際の彼の第一声であったという。傍らに控える金剛も驚きの表情を浮かべていたが、表面上は口を開かなかった。

土方「だが紀伊君が来てくれた事で、どうにか一筋の光明が見えそうだ。」

 

提督「やれやれ、またこき使われる訳ですな? まぁ、本土を守る為こうしてまかり越した訳ですし、存分に働かせて頂きますよ。」

 

土方「・・・礼号作戦で疲れていると思うが、もう一働きを頼む。」

 

「―――超過勤務手当は頂きますよ?」

と珍しくくだけた調子で言う直人に土方海将は、

「ハハハッ、それは難しいが、その代わり何なりと言いつけてくれ。」

とニヤリと笑みを浮かべながら応じた。傍らでは大迫一佐が「やれやれ・・・」とでも言う様に苦笑しながら立っていた。このやり取りが実際に行われるにしても、その実行役は彼である。

「ところで、ミンドロ島の方はどうだった?」

土方海将のその言葉を受けて、直人は再び表情を引き締め、金剛と共に見聞きした全てを土方海将に話した。それを聞くと海将は、

「成程、やはり陽動だったか・・・。」

と得心した様に言った。

提督「・・・()()()、ですか?」

 

土方「うむ、これだけの敵の行動だ。ミンドロ島方面の敵軍は、この状況を生み出す為の陽動だったのではないかとな。」

 

提督「私もその点を考慮して、軍令部宛に注意喚起を送りはしましたが、結局、間に合わなかった様です。」

 

土方「あぁ、それについては私も読んだ。だが紀伊君も知っての通り、内地に残った戦力は乏しい。なるべく備えたが、結局、君の提言を有意に生かせなかった・・・許せよ。」

 二人の“名将”が互いに表情を曇らせた。片やこの策略にもっと早く気づけなかった事に、片や忠告を受けて置きながらむざむざ敵の蠢動を許した事に。しかしそれすら一時の事で、二人の表情は直ぐに引き締められたが、金剛は普段目にする事のないその物憂げな表情を、今でも覚えているという。

「兎も角、我々は行動しないといけません。このまま敵の行動を座して見送るという訳には行かないのですから。」

「当然だ、座して見送れば、我々に明日が無いのが現実なのだからな。」

直人が言い、土方海将が応じたこのやり取りに、この時の彼らの立場が如何に逼迫したものであったかが分かろうというものだ。既に北関東方面にもいずこからか敵機の魔の手が伸びており、横鎮艦娘艦隊の艦載機部隊が応戦している有様と言う事もあって、ここで無為に時間を潰す事が出来ないというのが本音であった。

 

提督「ひとまず我が艦隊は補給を行います。状況が変化した場合は情報はこちらへも回して頂けますか?」

 

土方「無論だ、紀伊君の働きを、今回は頼らせて貰おう。」

 

提督「頼られましょう。尤も、私ならずとも猫の手を借りたい状況でしょうが。」

 

土方「そうだな。ところで、貴官らの到着を待っていた者がいるぞ。大迫一佐、案内してやれ。」

その言葉を聞いた大迫一佐は敬礼して応じると、直人に目配せをして共に司令長官室を出た。金剛もその後に続く。

提督「・・・大迫さん、待っていた人って言うのは?」

 

大迫「ま、来れば分かるさ。」

 

「はぁ・・・。」

そう目を丸くして言うしかなかった直人であったが、事実その待ち人は会えば分かる性質のものであった。通されたのは横須賀港に面した小さな会議室である。

「提督!」

そう言って彼を出迎えたのは―――

「夕張! どうしてここに?」

そう、第六艦隊所属として、サイパン島にいた筈の夕張である。その後ろには、特別任務群のあきづき、そしてもう一人の人影もあった。

そして直人のその問いに答えたのは勿論夕張である。

「はい! グァムへの出撃命令をこちらでも傍受しまして、それでお役に立てるかと思いまして。五十鈴さん達にも護衛をお願いしてきちゃいました。」

そこまで言った時、直人の後ろにいた大迫一佐が言う。

「では俺はここで失礼するぞ。こうなったらやらにゃならん事が山ほどあるんでな。また何かあれば伝える。」

 

「ありがとうございます。」

と振り向いて直人が礼を言うと、大迫一佐は踵を返して部屋を後にする。

「・・・で、役に立てる、とは?」

改めて夕張に向き直った直人がそう尋ねると、件の造兵廠補佐は答える。

「以前から調整を進めていた()()です。」

そう言うと直人は驚いた様な表情を見せる。

「・・・え、マジで? 完成したの?」

 

夕張「じゃなかったら、今頃私はまだ調整作業中でサイパンです。一部とはいえロールアウト出来るようになったので、あきづきさんが本土に行き、そこに提督も来られると言う事ならと―――」

 

防空棲姫「―――私達が来るついでに、その子の荷物も一緒に護衛してきた訳。」

 

提督「そうか・・・もっとかかると思っていたが。」

そう得心した様に頷くと、あきづきの隣に立っていた人物が漸く発言する。

「そして、私もいるぞ。」

 

「気付いてるよ、なんでここに?」

そう直人が聞き返した相手は、これまたグァムにいる筈の飛行場姫「ロフトン・ヘンダーソン」である。

「私も何か役に立てるのではないかと思ってな。またぞろオブザーバー、という訳さ。」

 

提督「呼んではいないとは言え、正直ありがたい。深海側の事情に精通している者の意見は貴重だからな。」

 

飛行場姫(ロフトン)「だが、その内情を知る者としては、今回の状況は予断を許さない情勢だ。」

 

「無論それは認識してはいるが、それ程の事なのか?」

 彼がそう聞き返したのは、ロフトンがそこまで大きく物事を語る事が少ないからである。しかしそれを納得させるだけの情勢は既に生まれている以上、傾聴に値すると彼が感じたのも確かだろう。

ロフトンは一つ頷いてから言う。

「・・・今回の敵の動きは恐らく、日本攻略を意図したものだろう。“()()()”ではなく、“()()”だ。作戦名―――“8月の嵐”。」

 

提督「・・・8月の嵐作戦、ソ連の日本本土進攻作戦と、同じ名か。」

 

飛行場姫「名前はこの際然程重要ではない。重要なのはその規模だ。知っての通り、ベーリング海棲地には前衛艦隊として、10万隻規模の艦隊が12個いる。今度の作戦には、その内の3乃至4個艦隊が、投入される手筈だと聞き及んでいる。」

 それを聞いて驚きを隠さないのは歴戦の提督である直人である。それも当然だ、その規模が尋常でない事は彼自身が良く分かっている。

「一つの棲地が丸ごと動いてくるようなものだぞ、30万隻規模の大艦隊など、それこそ―――」

 

飛行場姫「そうだな、あの決戦以来だろう。しかも超兵器級も確実に複数含まれているからな、崩す事は勿論、生半可な方法では対抗すら難しかろう。」

 

「・・・で、どの様な手筈なんだ?」

そう、重要な核心部分はここから、ロフトンは要点だけを告げる。

「計画ではまず千島列島線を沈黙させた後北海道へ攻撃を集中し、然る後にこれを攻略して足掛かりを作り、そこから全日本列島を制圧する計画になっている。現状千島列島線は事実上制圧されているから、差し詰め第二段階と言っていいだろう。」

 

提督「・・・要旨は理解したが、それを成立させる為の陽動だった訳だな。」

 

飛行場姫「そうだ、普通に考えれば戦力の不足は疑う余地がない。故にあれだけの大芝居を打ってみせたのだろう。」

 

「やはり・・・俺ももう少し早く気付いていれば・・・!」

そうこぼす直人にロフトンは

「落ち着け、貴官らしくもない。より小さな単位での戦いに身を投じていれば、得られる情報が限定されるのも当然だ。それにこんな所で時を過ごす余裕はない筈だが?」

 

提督「―――そうだな、確かにその通りだ。しかしその規模の敵となると倒すのは容易では無い、やはり増援を待って、と言う事になるだろうが・・・。」

 

飛行場姫「そんな事をしていては、北海道は持つまいな。」

 

提督「その通りだ。故に動ける者がどうにかする必要がある。」

それを聞いたロフトンは、直人にこんなアドバイスをした。

「この状況下であれば、敵艦隊は北海道の東方海上にいるかもしれん。だがそれも、今の段階なればこそだ。状況は刻々と推移する、そう時間は多くないぞ。」

―――この情報こそは、かつて深海側の中枢に関わった者しか知り得ない貴重な情報であった。しかしロフトンにとってそれを教える事は、敵味方の間となってしまったとはいえ、同胞を殺させる行為に他ならなかった。

その胸中たるや複雑でなくて何であろうか。その心情が少しばかり理解出来る直人も、

「・・・助言感謝する。」

と短く告げたのみであった。ロフトンは表情を変えず、ただ一つ頷いたのみだったという。

「夕張、()()は今どこに?」

直人からのその言葉を聞くと夕張は

「作業の方に加えて頂く様お願いしたので、今頃鈴谷への積載が進められている筈です。」

と答えた。

提督「よし、では行こう。あきづきも来てくれ。ではな、ロフトン。」

 

飛行場姫「健闘を祈っているぞ。」

 

提督「あぁ―――」

 返事をして直人は2人を率いて鈴谷に向かう。途中他の特別任務群メンバーも合流しつつ、一同は重巡鈴谷に集まった。鈴谷艦上では物資と燃料の補給作業が急ピッチで進められていたが、そこであきづきら特別任務群には艦内待機を命じ、夕張と直人は下甲板の艤装格納庫へと向かった。

 

17時07分 重巡鈴谷艦尾下甲板・艤装格納庫

 

提督「・・・これか。」

 

夕張「これです。」

 と言葉を交わす2人の目の前には、いくつかの梱包された貨物が、まだ手を付けられる事無く鎮座していた。ここへ運んできたのは勿論、仕分けを担当していた副長指揮の鈴谷の妖精さん達であり、今も10人ほどがその周りで待機しており、この排水量1万2000トンの城を治める主人に向け敬礼していた。

梱包材の内を透かし見るとそれは艤装輸送用のラックであり、ラックには何か艤装が固縛されている。

提督「妖精さん達、梱包材を外してくれ。」

 彼がそう言うと妖精さん達は手際よく梱包材を外していく。そして現れたのは、真新しい軍艦色と艦底色に塗られた、これまで採用されたどの艤装でもない、完全な新型艤装であった。一つに至っては、大戦後期の日本空母が施した迷彩塗装が施されている。

それは正に、彼らが様々な局面に対抗しなければならないという至上命題に際して、横鎮近衛艦隊がそのノウハウと実績を存分に発揮して生み出した、命題に対する基本的且つ究極の回答であった。

その正体とは、直人のこの一言に凝縮されていると言っていいだろう。

「―――これで、我が艦隊は思い通りに、艦娘を運用出来る様になる。その第一歩という訳だ。」

 

「はい。我が造兵廠一同の、自慢の種です。」

夕張は胸を張ってそう断言する。

 

 

「提督、これは・・・?」

 その後呼び出された赤城ら4人は、目の前に置かれた艤装を見て一様に目を丸くしていた。それはそうだろう、それと同時に感じ取っていたからだ。()()()()()()()()()()()を、である。

「私と明石、夕張からの、君達への細やかなプレゼントだ。」

彼はそう言った。横では明石や夕張が胸を張っていた。

「これは・・・()()の?」

「これは軽巡級、だけどこれ、ただの艤装じゃない・・・!」

加賀がそう聞き、五十鈴は驚嘆する。

「これ・・・外観はただの空母に見えるけど・・・違う、普段私が使っているのと、全然違う・・・!」

「えぇ、これも巡洋戦艦のもの・・・私と加賀さんが、()()()()()()()()()()()力そのもの―――!」

雲龍がその新機軸に驚き、赤城は闘志に打ち震える。

「今次作戦に合わせて、急遽夕張がここまで持ってきてくれたものだ。調整の方は?」

それを聞かれて答えたのは夕張である。明石にとってもこれらがここに在るのは、寝耳に水である事は間違いない。

「流石に万全ではありません。適応出来るかどうかも未知数ですから、出撃までの短期間でテストから調整までする必要があります。」

それを聞いた直人は一瞬渋い顔をしたが、すぐ正してこう述べた。

「それでは経験則上間には合うまい。最悪の場合、戦闘直前まで調整だ。ご苦労だが、そのつもりでいてくれ。勿論夕張には今回同行して貰おう。臨時に第一艦隊に編入する。」

 

夕張「ありがとうございます!」

 

提督「よぉし! そうなれば時間が惜しい、直ぐにでもテストを始めよう。」

 

一同「「はいっ!!」」

 

 

4

 

 4人が手にしたのは、全く画期的と言ってよい力であった。この原型となるものは三技研で研究されたもので、それを明石や夕張が情報やデータの提供を受けつつ、長い時間をかけてやっと動かせそうなところまで持って来た代物であった。

そしてそれらから得られたデータは対価として三技研にキックバックされており、今頃小松所長含め所員が小躍りしているだろう。その位貴重なデータなのだ。

 

明石「私達が“人造艤装”と呼んでいる新型艤装が動く所を、こんなに早く見る事になるなんて思いませんでしたよ。」

 

提督「奇遇だな、俺もだよ。」

 

 当然だがそれだけの代物が彼の裁可を受けていない筈がない。データのキックバックも含めて彼の認可を受けており、赤城・加賀・五十鈴・雲龍の4人分の他に、まだいくつもの人造艤装がサイパンで引き続き開発されていた。

夕張はそれを一旦止めてまで押っ取り刀で使えそうなものをかき集め、あきづき達と共にここまでやってきた訳であった。

 艦尾ウェルドック近くの水面で、ウェルドックから3対の目が見守る中、赤城や加賀が10門に及ぶ巨大な砲門を振りかざし、最大戦速で疾駆する。それはさながら、出来の悪い架空戦記を形にしたような趣さえあって、不思議さもありつつ、その威容は正に頼もしいの一語に尽きた。

雲龍や五十鈴は普段と大きくは変わらない外観だが、その力の程は、物語が進むにつれて明らかとなるだろう。

 

提督「夕張、計測データの方はどうだ?」

 

夕張「うーん、やはり予測データとはズレがありますが、概ねシミュレート通りです。あとは当人次第ですが、実戦投入は十分可能かと。」

 

提督「よし・・・2人は引き続き調整の方を頼む。実戦で動かん様になったじゃぁ話にならんからな。」

 

「「はっ!」」

2人の()()()が快活な返事を返す。その視線の先では今、新たな力を手にした4人が、会心の疾走を見せている最中であった。これなら問題はないだろう―――そう思わせるだけの印象が、それらの様から見て取る事が出来た。

「えっ、あれって、赤城さん達かも?」

と、目を丸くする者がもう一人、後からやって来た。こちらは普段通りの艤装を身に着けた完全武装であり、艤装の一部である大艇ちゃんも持ってきている。彼女も直人に呼び出されていた一人であるが、用件は別である事は、既に艤装を装着済みである事でお察しの通りである。

提督「あぁ、来たか秋津洲。」

 

秋津洲「秋津洲、推参かも! それでそれで? 私は何をすればいいかも?」

 

提督「お前には二式大艇の航続力を生かして、北海道東方に進出している可能性のある、敵主力艦隊を見つけ出して欲しい。」

 

秋津洲「索敵任務かも?」

と彼女が言うと

「かもも何も、索敵任務だ。」

と直人が応じた。

「了解! 秋津洲、出撃するかも! ・・・護衛は無しかも?」

 

提督「そこはそれよ。夕張!」

 

「はいっ! 皐月と文月、いつでも準備OKです!」

流石は夕張、直人も直人でその点留意するなど抜かりはない。

「了解かも! 合流して出撃するかも!」

そう言って秋津洲は勇躍海面に降り立ち、沖合で2人の駆逐艦娘と合流すると、東京湾外方向に向かって行った。

提督「・・・頼むぞ。」

 

夕張「それにしてもあの大艇、いつもながら独特な雰囲気出してますよねぇ・・・。」

 

提督「そうなのか? 相変わらず俺には分かんないけどなぁ・・・。」

 

夕張「艦娘特有の感覚、なんですかね?」

その言葉に直人は苦笑を返したのみであった。

「“提督、大迫一佐が来艦されています!”」

インカムを通じて直人に言ったのは、艦橋で補給の指揮を執っている明石である。

「分かった、どこにいる?」

 

明石「“タラップを上った所におられます!”」

 

提督「よし、直ぐに行く。夕張、ここは任せる。」

 

夕張「はいっ!」

直人は身を翻してウェルドックを後にした。

 

 

提督「大迫さん!」

 

大迫「おぉ、直人か!」

明石の言葉通り大迫一佐は右舷タラップを登り切った所に居た。直人は駆け寄ったが、大迫一佐の表情は硬い。

「大変な事になったぞ。」

 

「一体、何があったんです?」

直人がそう聞き返すと大迫一佐が言う。

「釧路市が先程から、艦砲射撃を受けているらしい。急遽発進した航空機からの情報も同様の状況を伝えている。」

 

提督「それで、対応はどうなってるんです?」

 

大迫「付近で哨戒行動中だった艦娘艦隊に加え、大湊から迎撃艦隊が出撃した。会敵は夜になるだろうがな・・・。」

 

提督「・・・大迫さん、大本営に至急お伝え願います。“敵艦隊主力が、北海道東方沖に所在する公算あり”と。」

その言葉を聞いて大迫一佐は

「・・・分かった、すぐに伝えよう。そちらは引き続き出撃準備を進めてくれ。」

 

提督「承知しておりますし、今も全力で行っております。御心配なく。」

 

大迫「・・・すまんな、お前達に任せきりにしてしまって。」

 

提督「これも仕事の内です。さぁ、時間の猶予はありません。ここで大魚を逸せば、関東が再び戦禍を被るやもしれません。」

 直人の言葉を受け、大迫一佐は一つ頷くと挙手の礼を施し、直人も答礼すると、彼は急ぎ鈴谷を離れた。無論直人も必要な行動を実行に移す。

「大淀、全艦に第二種戦闘配備を継続させろ。明石はすぐにでも機関を回せるよう準備を怠るな。下手をすれば、ここも危ないぞ!」

 インカム越しに二人の了解が聞こえる。見上げた夕暮れの空に、今の所敵影は無い。だが敵の攻撃目標が日本全土である事は、ここまでの経過を加味して疑う余地がない。直人のこの措置は当然だったし、既に対空火器は仰角をかけられて、艦の全周を見張る様に、いつでも撃てる体制が整えられている。

だがここは狭い横須賀港内である。ここで攻撃を受けてしまえば、その対空火力と操艦技術を以て殆どの航空攻撃を退けてきた鈴谷と言えど、流石に厳しいと言わざるを得ない。彼が神経質になるのも、当然と言えば当然であった。

「―――かくて人の縁は連なり、輪廻は巡る。」

 

「―――!」

視線を甲板上に戻すと、そこには三笠が居た。

「全ては、貴方の行動一つが呼び起こした事。貴方が今ここに居なければ、これだけの縁が、一堂に会する事など無かった。」

 

提督「・・・買い被り過ぎさ。俺はその時出来る事を、精一杯やっただけの事だ。」

 

三笠「―――貴方は、それでいい。その懸命な努力こそが、新たな縁を呼び寄せるのだから。」

 

「・・・。」

彼はその言葉を聞いて、静かに三笠の目を見、そして口を開いた。

「―――思えば君は、いつもそうだった。俺が思い詰めた時、常に俺の横にやって来て、意味あり気な言葉を投げかける。それに幾度と無く救われてきたがね。」

 

三笠「あら、貴方の方から来たのではなくて?」

 

提督「そうだったかも知れんね。俺は、誰かにその胸の内に対する答えを、知らず知らずの内に求めていたのかもしれないな。」

 

「・・・人は弱い。間違える事もある。でも、それらを全て併せ呑むのが人間。支え合って、皆で答えを出していくその努力こそが、貴方がしていくべき事。そしてそれは、全ての人々にとっても、同じ事。」

 三笠の言葉は、苦難の人類が今や最も必要とする、協調と言う言葉に対する最も具体的な答えであっただろう。苦難の時代にも、人々は助け合い、支え合って生き抜き、一つの種として今日の繁栄を築き得たのだ。

そして今再び、人類は新たな苦難に際して、一丸となってこれに立ち向かっている。ならば、一人一人に手を差し伸べ、手を取り合う事は、全人類に求められた行為であり、何より直人が自身の信念として来た所であった。

「間違えたっていい。躓いたっていい。それでも俺達は、俺達自身の為に、皆で手を取り合って生きていく。生きてさえいれば、一時の間違いは大抵補いがつくもんだ。」

 その言葉の脳裏に、あの日の火の海が一瞬よぎり、その後に誰かの姿が浮かんだ。もう、顔すら思い出せないその姿は、しかしとても、懐かしい―――

そんな思いは、三笠の言葉によって遮られた。

「私は、今は貴方の行く末を支えるだけ。この戦いだって、貴方は十分、やり遂げられる。」

 

提督「あぁ、やって見せるさ。でなければ、また多くの命が失われてしまうのだから。大淀!」

 

「“はいっ!”」

 

提督「今から20分後に作戦会議を行う。主要な各艦隊のメンバーを集めてくれ。あぁ、夕張は呼ばんでいい、あきづきは呼んでくれ。」

その言葉に大淀は「分かりました」と応じ、直人は手近な階段から艦内へと降りて行った・・・。

 

「―――向かう先にあるのは、8月の嵐。導かれし戦士は、涙と共に相対さん。」

三笠は一人、ポツリとそう漏らした。

 

17時00分 重巡鈴谷中甲板・ブリーフィングルーム

 

提督「よぉし、17時になったし始めよう。まず現在の状況の確認だが、日本本土は現在、北海道を中心に激しい敵の攻撃に晒されている。先刻から、釧路市が艦砲射撃を受けているとの知らせもあった。これを引き合いに出すまでも無く、各地が空襲に晒されている。しかし現状、敵の策源地が不明である上、幌筵泊地が重囲の中にあって苦戦を強いられている状況だ。」

 

瑞鶴「―――提督、直ぐに出撃しよう! このまま敵に好き勝手されたら!」

 

提督「落ち着け。俺だって出撃したいのは山々だ。だが敵の戦力は、当初我々が思っていたよりも、遥かに強大な事が判明した。ハッキリ言って、現在の状況下で我々に打つ手はない。」

 

「あら、今日は随分と消極的なのね。」

そう言ったのは、三水戦の旗艦である矢矧である。直人はその矢矧の方に目を向け、

「現実的なだけだ。」

と言った後、ここが肝要だという様に語気を強めて言った。

「今回予測される戦力は、主力と想定するだけでも、ベーリング海棲地前衛艦隊3個艦隊、数にして30万隻余りだ。」

 それを聞いたルーム内はざわめいた。その数は大規模な棲地一つが丸ごと動いているのに近しいものがある。しかもこれには一つの仮定が存在する。それを鋭く突いたのが大和だった。

「・・・()()、と言う事は、総数で言えばもっと―――」

 

「いるだろうな、確実に。」

直人のその返答は場を更にざわつかせるには十分だった。だがそれ所ではない。

「静かに、我々は現時点では出撃出来ない。鈴谷への燃料補給すら終わっていないのだから、現時点では待機だ。敵艦隊主力の所在も不明であるが、秋津洲に夕張を護衛してきた皐月と文月を付けて先発させ、敵主力の捜索に当たらせている。軍令部にも索敵の要請を出して置いたから、我々は敵主力発見の報があり次第、補給完了を待って出撃する。」

それを聞いて勇み立ったのは、二水戦の旗艦、能代である。

「そんな悠長な事をしていたら、ここも危険に晒されてしまいます! まずは敵前衛艦隊と一線を交え、それからでも遅くはありません!」

 

提督「鈴谷が出撃出来ない今は無理だ。ましてや、お前達だけを出撃させる事は論外だ。」

 

能代「なぜです?」

 

提督「補給の方は30時間で完了予定だが、艦隊単独で出撃させたらどれだけ時間がかかると思っている。万全の状態に仕上げる時間も考えなければ。決戦に出たくないと言う事であれば一考するが。」

 彼のその言葉の裏にあったのは、「意思無き者をこの重大局面に前線に出す訳には行かない」と言う事である。敵戦力は余りに強大であり、意志薄弱な者を投入する事で、戦術面に悪影響を及ぼしてはならないからだ。

しかし能代は初めてまともな実戦であるだけにただ逸ったのみであり、それを聞くと姿勢を正して、

「いえ、失礼しました。」

と言って引き下がった。

「―――我が艦隊が正面から当たれば、その激しさに於いて、先のソロモン北方沖海戦の比にはなるまい。敵も新鋭タイプを複数投入してきているし、情報が古い可能性だってある。よって、我が艦隊は戦技に於いて最も熟達し、且つ確実性の高い戦術を以て、その中枢を粉砕する事を目指す。」

 

矢矧「―――それってもしかして・・・。」

 

提督「・・・“夜襲”だ。それも今回は奇襲効果を狙わず強襲する。この為、全航空戦力を投入する事も辞さない覚悟で行く。新たに投入可能となった新兵器も投入して、友軍が迎撃態勢を整えるまでの時間を稼ぐのが、今回の我々が取れる最大限の戦術だ。」

―――夜間強襲。それは夜襲の中では最もリスクの高い戦術であり、夜間と言う隠密性の有利を自ら捨て去る事で攻撃力を最大化し、且つ光学的な観測を困難とする事で、レーダー同士による砲撃戦を敵に強制する戦術である。

単純な夜戦への熟練度と衝撃力が試される戦術であり、数多くの夜戦を経験してきた横鎮近衛艦隊にとっても不足はない。過去最大規模の大艦隊にこの小兵力で対抗する為には、夜間強襲以外の選択肢は他に皆無であり、しかも友軍が集結するまでの時間を稼げるとしたら、夜間強襲を仕掛ける事で敵の足を止める位しか、他に道が無いのも事実であった。

提督「我々は可能であれば、敵主力の中核に一太刀を浴びせる。時間を稼げば、友軍の集結が完了する。我々が命じられているのはその時間稼ぎに他ならないが、それこそ至難の業と言っていいだろう。下手をすれば、生きて帰れぬかもしれぬだけの難敵だと言う事を肝に銘じてくれ。」

 その言葉に出席者は一様に頷いた。役割は単純明快、強大極まる敵と全力で相対する事で敵を足止めする事。ならば話は早い。

 

 作戦の基本として決まった事は、一水打群を先頭として、その直近に第二艦隊を置き、後衛に第一艦隊を配置して、いつでも戦闘加入出来るようにするというものだった。

その上で各部隊の艦載機で以て敵を徹底的に空爆して数を減らし、接近に気づいた敵に対し夜間強襲を仕掛けて前衛艦隊を突破、主力を一挙に叩く事とされた。

 一見するとたった1個艦隊で出来る事ではないが、彼らは1個艦隊でありながらその倍以上の艦娘艦隊以上の働きを可能とする、様々な要素を持ち合わせている。

直人にとってもこの行動は半ば賭けに近い選択でありつつも、実現は可能であるという判断をしていたからこそ、彼は艦娘艦隊にその命令を発したのである。

「―――基本的な作戦概要は以上だな。あとは、敵情が判明してから、大詰めをしなければならん。」

彼は討議をそう締めくくった。外は既に日も沈み、月が煌々と港内を照らしている。およそ1500㎞先で血みどろの激戦が繰り広げられているとはとても信じられないような、美しい月が、暮れたばかりの夜空に上っていた。

「我が艦隊は現時点で、戦略的に見て圧倒的戦力不足の中で戦わねばならん。後方にいる連中は、とどのつまりは、ひよっこもいい所の五月人形だ。だからこそ、我々が率先して進出し、彼らを、そして日本国民の生命と財産を守らねばならん。なぜなら動ける兵力は余りに少なく、その中に我々が含まれるからだ。」

 

大和「提督の仰る通りです。その為にこそ、私達は!」

 

瑞鶴「やるしかないんだもの、私達がやらなきゃ、他に誰もいない!」

 

榛名「日本を守り抜き、そして生きて帰りましょう!」

そう口々に、出席者達が椅子を立つ。最後には直人も立ち上がり、こう述べた。

「いいか! 例え敵がどれほど多くとも、やるべき事は変わらない。三段構えの戦術で、敵の加勢が来る前に確実に、敵の頭を砕くんだ―――その為に、皆の命を俺に預けて貰いたい。」

 そう言って彼は出席者に向けて挙手の礼をした。それに応える様に、全員が踵を打ち鳴らして、彼に答礼で応えた。

彼らのその表情、その瞳に悲壮感はない。ただ軍人として、艦娘として己の使命に向き合い、生きてきた者達が、その使命を己が内に炎と宿し、戦い、やがて死んでいくであろう自身の運命を顧みる事なく、今、彼等は余りに勝算の無い戦いを前に、一筋の光明を頼みとして、出陣せんとしていたのである。

 

「士気が高いな、皆。」

艦橋に戻った直人は大淀にそう言った。

「能代さんですね。先のミンドロ島沖海戦が、些か消化不良だったからでしょうね・・・。」

 

提督「ふむ、まぁそんなものか。兎も角、今は待つしかない。」

 

大淀「はい、そうですね。」

 

提督「―――困ったものだ。」

 そう独り言ちる直人を見て、大淀は微笑んだ。まともな実戦が初めての能代だからこそ、あの消化不良の戦いでは収まりがつかなかったのだろう。経験不足の者にはありがちな現象ではあったが。

 

 

5

 

運命の時が、やって来た。

 

1月25日3時27分 北海道東方1220㎞沖合

 

ゴオオオオオ・・・

 

「“北部SOC、こちら(this is)エクセル05(EXCLE 05)敵艦隊発見(enemy contact)、43°25′32″40 North 160°22′27″88 East*1―――”」

 

3時30分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

コンコンコン!

 

提督「入れ!」

 

大淀「失礼します! 先程空自軍より、敵艦隊発見との知らせが入りました!」

 

提督「位置は!」

 

大淀「北海道東方1220㎞付近の洋上、哨戒機が現在触接中との事!」

それを聞いた彼は直ちに動く。

「全艦隊第一種臨戦態勢へ! 俺もすぐに上に上がる!」

 

「はっ!」

2分後、彼がエレベーターに飛び乗る頃になって、全艦に第一種臨戦態勢を告げる警報音が鳴り響く。それを耳にしながら彼が羅針艦橋へ姿を見せたのは、3時32分の事である。

「明石! 補給の方はどうなっている!」

 

明石「3分前に燃料補給が完了! 現在給油パイプの取り外し中です! 弾薬搬入は既に完了、兵装チェック、機関始動準備共に完了しています!」

 

提督「よし、横須賀軍港管制に緊急出港する旨伝達しろ。出航プロセス開始、総員戦闘配置!」

 

明石・大淀「了解!」

 重巡鈴谷への補給完了と、敵艦隊発見時刻が殆ど同時であったのは、まぎれもなく偶然だとされている。だとすれば運命的な事極まりないが、それもまた、歴史の必然であろう。

重要な事は、横鎮近衛艦隊が敵艦隊の発見時に、即応態勢を整えていた事である。重巡鈴谷は緊急出航を行って横須賀軍港を発すると、直ちに東京湾外に向けて進路を取り、敵艦隊攻撃に向けて動き始めた。

目指すは北海道東方沖に潜む敵主力艦隊、横鎮近衛艦隊の士気は、正に沖天の勢いであった。今回は航空兵装は最小限に、5基の15.5㎝3連装砲を主砲として装備していた重巡鈴谷だったが、副砲や高角砲も可能な限り装備しての戦線投入である。

 

 艦隊が北海道東方に進出するまでには更に二昼夜を要するが、その間にも深海棲艦隊により、状況は悪化しつつあった。敵艦隊は見失わずに済んでいたものの、北海道東部に点在していた基地は軒並み壊滅状態に陥り、青森県三沢基地は大規模な空爆を受ける等していたが、南千島方面へ侵攻した敵艦隊に対しては、道東方面からの短・中距離攻撃によってある程度の打撃を与えた他、大湊警備府の艦隊も出撃しての戦闘が継続されていた。

一方で空自軍による攻撃や、技量の低いとされた艦娘艦隊の艦載機による長距離攻撃も実行に移され、こちらもある程度の成果を挙げていたが、やはり敵の絶対数の多さや練度不足から、痛打と呼べるほどの傷を与えられないのが現実だった。

しかしそれでも横鎮近衛艦隊の進撃に合わせた反撃の為にもこれらの攻撃は続けられ、彼らが敵主力艦隊の南方海上に進出する頃には、何とか1万隻程の敵を削ぐ事に成功していたが、同時に当初想定されていたより、遥かに敵が多い事も判明しつつあった。

 

 1月27日7時丁度、横鎮近衛艦隊全艦が重巡鈴谷を出撃した。この時敵艦隊とはまだかなりの距離があったが、これ以上は鈴谷も危険になり得るとして、早めの出撃に踏み切ったのだと言う。

この出撃に於ける編成表は次の通り。

 

第一水上打撃群 29隻

旗艦:金剛

第三戦隊第一小隊(金剛/榛名)

第八戦隊(摩耶/鈴谷/利根/筑摩)

第十一戦隊(大井/北上/木曽/雲龍 22機)

 第七駆逐隊(漣/潮/朧/曙)

独水上戦隊(グラーフ・ツェッペリン/プリンツ・オイゲン/Z1 51機)

第一航空戦隊(翔鶴/瑞鶴/瑞鳳 253機)

第三水雷戦隊

 矢矧

 第四駆逐隊(舞風/野分/萩風/嵐)

 第十六駆逐隊(雪風/天津風/時津風/初風/島風)

 第十七駆逐隊(浜風/浦風/谷風)

 第十八駆逐隊(陽炎/不知火/黒潮)

 

第一艦隊 40隻

旗艦:大和

第一戦隊(大和/長門/陸奥/三笠)

第二戦隊(赤城/加賀)

第四戦隊(高雄/愛宕/鳥海)

第五戦隊(妙高/那智/足柄/羽黒)

第十二戦隊(球磨/多摩/五十鈴)

第四航空戦隊(扶桑/山城/伊勢/日向 96機)

第五航空戦隊(千歳/千代田/龍驤 210機)

 第一水雷戦隊

 阿賀野

 第六駆逐隊(暁/響/雷/電)

 第八駆逐隊(朝潮/大潮/満潮/荒潮)

 第十一駆逐隊(初雪/白雪/深雪/叢雲)

 第二十一駆逐隊(初春/子日/若葉/初霜)

 

第二艦隊 20隻

旗艦:イタリア

伊戦艦戦隊(イタリア/ローマ)

第七戦隊(最上/三隈/熊野)

第十三戦隊(川内/神通/阿武隈)

第二水雷戦隊

 能代

 第二駆逐隊(村雨/五月雨/夕立)

 第十駆逐隊(夕雲/巻雲/風雲/長波)

 第二十四駆逐隊(海風)

 第三十一駆逐隊(朝霜/清霜/高波)

 

第三艦隊 32隻

旗艦:瑞鶴(霧島)

第三戦隊第二小隊(比叡/霧島)

第六戦隊(古鷹/加古/衣笠)

第十四戦隊(長良/由良/名取)

第二航空戦隊(蒼龍/飛龍 158機)

第六航空戦隊(飛鷹/隼鷹/祥鳳 180機)

第七航空戦隊(天城/葛城 138機)

 第十戦隊

 大淀

 第九駆逐隊(朝雲/山雲/霞/霰)

 第十九駆逐隊(磯波/綾波/敷波)

 第二十七駆逐隊(白露/時雨/涼風/江風)

 第六十一駆逐隊(秋月/照月)

 

第1特別任務群(深海棲艦隊) 6隻

旗艦:防空棲姫

第1.1任務部隊(播磨/駿河/近江 640機)

第1.2任務部隊(防空棲姫(あきづき)/戦艦棲姫(ルイジアナ)/戦艦棲姫(メイン))

 

艦総数:127隻

艦載機総数:1748機

 

 主な変更点としては、四航戦として欠番となっていた第二戦隊として、三航戦の赤城と加賀が編成されている事と、七航戦の音羽が横須賀に留まるため不参加となる事と雲龍が第十一戦隊に編成された事、その第十一戦隊の護衛として、第十戦隊から第七駆逐隊が臨時で付けられている事、夕張を護衛してきた五十鈴がそのまま第十二戦隊に臨時で加わる事の5点だろう。

だが地味な点としてもう1点、五航戦の艦載機数が目に見えて増えている点は見逃せないだろう。と言うのも・・・

「なんでよりによって改二の初陣で、加賀はんの艤装付けんねん!」

 

提督「すまんが、加賀が今回戦艦として出るから、代役として頼む。」

 

龍驤「そんなんありかいな・・・うー、しゃぁないわ。龍驤改二の初陣は、次回まで取っとくわ。」

 

急ぐもんでもなかろ?>

<急ぐわ! はよ使いたかったんやけどなぁ・・・トホホ。

 

 という訳で、編成変更のあおりを受けて、龍驤が加賀改の艤装を装着しての出撃となったのである。今まで生かし所のなかった龍驤が持つ能力、“如何なる艤装も使用する事が出来る”力を、ここぞとばかりに用いる事にした訳である。

因みにこの力を使ったのは、吹雪が艤装の無断使用で出撃を図った時以来であり、今回は龍驤(加賀装備)と言う事になる。

 

「艦隊出撃完了、鈴谷前面へ展開を完了しました。」

明石がそう報告してくる。日が出たばかりの洋上に、100隻以上の艦娘と深海棲艦達が整然たる隊列を組む。全艦隊共同訓練僅かに17回、特別任務群とのものを考慮すると、その回数僅かに4回に過ぎない。しかしその艦隊陣形には一糸の乱れも無い。

 一水打群の二列単縦陣を先頭に、その左に第二艦隊が同じく二列単縦陣、水雷戦隊を外列に四列の先鋒を形成、その後方を堂々たる三列単縦陣で続行するは第一艦隊、旗艦大和を中央先頭に立て、水雷戦隊も縦列後方に組み込むその陣形は、正面への打撃力を重視した陣立てとなっている。

更にその後方を第三艦隊が輪形陣を形成して続航する。既に艦載機の発艦は始まっており、直掩機と索敵機が朝空へと舞い込んでいく。そしてその第三艦隊右前方、第一艦隊の右側方に位置する形で、特別任務群が単縦陣で航行する。各艦隊の間隔は3㎞、そしてその最後方に、重巡鈴谷がやはり3㎞の間隔を空けて続き、皐月と文月、そして秋津洲、大役を終えた3人が、鈴谷の護衛としてその両側面と背後を固めている。

その陣容は正に圧倒的、整然と整えられた陣形とその数とは、深海棲艦に明確な脅威を与えうる存在として、十分そう認識させるだけの現実味があった。重巡鈴谷の羅針艦橋からは、3㎞先を進む第三艦隊から艦載機が出撃する姿が望見された。

 

「―――艦隊、いつでも最大戦速を出せる様にして置けよ。進路そのまま、敵艦隊へ向け前進する。」

 直人は静かにそう指示した。ここまでくれば、後は事前の立案通りに事を運ぶのみである。既に南西方面艦隊からの抽出部隊や、カムラン湾への本土からの派遣部隊は、前者は26日から、後者は27日に入って、一部が順次日本本土に辿り着いている。だがほんの一部であり、まだ行列の様に東シナ海に連なっているのが現実であった。そして到着した部隊も、休養と補給を行わねばならず、直ちに動く事は出来ない。

結局の所、この時点で敵艦隊に対応できる数少ない戦力は、彼らを除くと、大湊警備府の艦隊しかいないのだ。それでは数が圧倒的に不足しているし、これらの艦隊は南千島方面への対応に忙殺されて来た為に、戦力の再割り当ては急いでいるが、とても敵主力要撃を行う態勢は整っていない。

ここにいる彼ら100余隻が奮闘せねば、それらが展開する時間すら、稼ぐ事が出来ないのだ。直人自身、とっくに覚悟は決めている。

「いいか! 今日と明日にかけ、予定通り反復して航空攻撃を実行! 敵には気取られるだろうが一切斟酌をするな! 敵の空襲に対しては、一水打群のレーダーピケットを元に対処を行え!」

 

一同「「“了解!!”」」

 

提督「―――健闘を祈る。」

―――「北海道東方沖海戦」、「幌筵島の戦い」、「南千島・道東防衛戦」、そして「千島東方追撃戦」。これら全ての総称である「決一号作戦」は、ここに新たな局面を迎える。

後に「北海道東方沖海戦」と銘打たれた、日本近海最後の死闘が、その火蓋を切られた瞬間であった。

 

赤松「艤装使ってんのが誰だろうと関係ねぇ! 各機! 敵がどれ程多かろうが、攻撃隊を守り抜け! 制空隊全機、突入!!」

 

「“敵直掩機3000を超え、なお増大中!”」

「“敵艦隊は事前予測を大きく上回っている、視認出来るだけで10万を超えています!!”」

「“我、敵戦闘機網を突破! なれど敵砲火熾烈、損傷機多数!”」

 

提督「雲龍は他艦と協力して、損傷した機体を優先して収容、修理可能なものは補給と修理の後再発進させろ!」

 

瑞鶴「“提督、既に昨日の時点で稼働機の3割が失われたわ! 今日も損害が拡大し続けてる、このままじゃぁ!”」

 

提督「怯むな! 敵艦隊は既に目前に迫っている。近江の航空隊もかなり厳しいが、それでも今日1日だけ押し切れ!」

 

赤松「“提督! 搭乗員たちは疲れ切ってる、どれだけ交代要員が居てもこれ以上は限界だ!!”」

 

提督「それでも今攻撃をかけなければ、艦隊の損害は指数関数的に増加するんだ! あと2度攻撃を残してる、それまで頑張ってくれ!」

 

―――それは、余りに犠牲の多い航空戦であった。同時にそれは、苛烈を極めた戦いであったと言う事でもある。それは、この時の損害を見ても分かる。

 

総出撃機数:12,672機

未帰還機:512機

帰投後廃棄機体:316機

稼働機(1月28日日没後3時間時点):291機

 

 この損害の多さは無論、パイロットが疲弊する中でも攻撃を強行した事による所も大きい。特に飛鷹を始めとして、艦載機部隊が殆ど全滅に近い打撃を被った母艦も数隻存在するのだ。

艦上機どころか、瑞雲や零式水偵までもが投入された攻撃で、熟練搭乗員が数多く失われた。特に近江の艦載機は所謂「航空機型」であり、その搭載機はしかも、横鎮近衛艦隊の搭載するものの数世代先を行く。

 即ち、大戦後期に日本が開発した推進型レシプロ機「閃電」から始まった日本の噴式戦闘機、その結実たる第1世代ジェット艦上戦闘機、三菱航空機「刀一型一号」、

流星改の発展型「天星」をベースに噴式化した第1世代ジェット戦闘爆撃機、愛知航空機/空技廠「明星(Ⅱ)」、

対艦攻撃用として天山の直接の後継機となり、大搭載量を誇った第1世代ジェット艦上攻撃機、中島航空機「白山」と言った、最終的に手に出来たとしても、横鎮近衛艦隊にとっては遥か彼方にある様な艦載機を、近江は保有している。

 これらは大戦末期、戦局が逼迫する中で日本海軍が送り出した、日本航空技術の精髄であり、近江などでの運用を視野に入れたものであったが、試作機数機がそれぞれレイテ沖で投入され、近江喪失と共に艦載機としての役割を終えた機体でもあった。

そしてこれら近江が持つ航空機型噴式深海棲艦機は、深海棲艦機特有の疲れ知らずぶりで常に主力として投入されたが、その分消耗が激しく、また戦果も多かった。結局の所未帰還機と廃棄されたものも併せ、保有機の3分の1強を失っている。

 

 しかしそれだけの代償を支払って尚、撃沈する事の出来た敵艦の数は、12,439隻が確実とされているに留まり、しかもこの数字は通常であれば確かに多く、敵1個艦隊に相当するが、今回ばかりは数が余りに違い過ぎた。

 

1月28日20時47分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「―――敵艦隊の数は、やはり予想を上回っていたな。」

 

明石「・・・勝てるのでしょうか。」

 

提督「・・・今回ばかりは、勝たねばならん。元より、それが前提だ。その為に、やれる事は全てする。俺達が、生き残る為にも―――。」

 この時点では、横鎮近衛艦隊の勝つ見込みは殆どゼロと言って良かった。昼間、最後に触接した水偵が、機体廃棄を代償に持ち帰った情報は、それを裏打ちした。

 

―――敵艦隊総数、40万を大きく上回る模様。

 

 敵前衛艦隊3個を想定していた彼らは、それを上回っていると言う情報を前にして、一挙に勝ち目を潰されつつあった。だが彼らは同時に一つの勝機を見出してもいた。それは、直近にいる10万の梯団を中心にして、通信が送受されているという情報が齎されたからである。

これこそは、横鎮近衛艦隊水偵隊の意地とも言うべき三角測定によるものであり、長時間に渡る任務で殆どの機体が失われたものの、その情報は、彼らの目の前に、奴らの総旗艦がいるかもしれないという予測を立てさせていた。

 相互に航空戦力を削がれ、しかも敵が戦闘機を大きく打ち減らされたのみであるのに対して、こちらは攻撃用の機体も大きく数を減じている。航空攻撃は翌朝になればある程度可能になる見込みであったが、発進可能な見込みの機体は総数350機程度、これでは最早どうしようもない。

簡易な修理のみで出撃した機体も多く、よしんばそれらが帰投したとしても、それらは大抵きちんと修理を受けなければ二度と飛べはしない状態であり、航空戦は最早、挑めそうもない。何より、数多の熟練搭乗員を失ったとあっては、尚の事である・・・。

 

提督「金剛、敵艦隊は捕捉出来るか?」

 

金剛「“既に捉えてるネー、敵艦隊、この距離から捕捉されてるとは思ってないデース。”」

 

提督「混乱してるか。」

 

金剛「“必死に探してるみたいヨー?”」

―――ならば出向いてやろうか。状況からすれば、余りに不敵過ぎるその言葉と共に、彼は一つの命令を下す。

「川内!」

 

「“なに?”」

 

提督「―――()()を出して敵に触接させろ。大至急だ。」

 

川内「“了解!”」

 時を置かずして、先鋒の片割れである第二艦隊から、1機の水偵が発進する。

「九八式水上偵察機」。愛知航空機が、夜間触接・夜間砲戦における弾着観測など、敵戦闘機による邀撃を考慮しなくてもよい状況で使用される機体として開発された、特殊な水上偵察機である。

夜間運用が前提の機体である為、塗装は暗緑色であり、着水時の安定性を重視して、複葉三座の飛行艇形式として纏められている。

川内搭載機として運用されているこの機体は、夜戦時には必ずと言っていい程触接任務に出撃している。単に、第二艦隊に移っていた為に出番が無かっただけの事である。

 

提督「いよいよ、だな。恐らく我が艦隊の正面に居るのは、我が方の最終発見地点から逆算して配置された前衛部隊だ。敵主力との交戦になったら私も出るぞ。」

 

明石「承りました。」

 

提督「―――空母部隊は全艦鈴谷へ収容し終えているな?」

 

明石「御命令通り。」

その言葉を聞くと直人は一つ頷いてからこう命じた。

「第十一戦隊を右前方へ進出、敵艦隊左翼を望むよう展開させろ。但し、雲龍と敵との相対距離は50㎞を保て。」

 

金剛「“クロスファイア、デスネー?”」

 

提督「そうだ。魚雷を敵進路軸線から45度ずらす様に配置してくれ。あぁ勿論、会敵予想時刻に合わせて展開出来るようにな。」

 

金剛「“了解ネ!”」

彼のこの指示は、重要な意味合いを持っている。だが今はそれに触れるべきではないだろう。すぐに知れる事なのだから。

提督「・・・取り敢えず、俺は飯でも食べますかね。」

 

明石「腹が減っては、戦は出来ませんからね。」

 

提督「そ。一旦預ける。」

 

明石「預かりました。」

そうして直人は一度艦橋を降りて食堂へ向かったのである。

 

23時07分―――

 

イタリア「“キャリアーへ、こちらイタリア。レーダーにて敵艦隊発見、距離42,000m、これより接敵に移ります!”」

 

提督「よぉし! 一水打群及び第二艦隊を先鋒に仕掛けろ! 周辺から別の艦隊がやってくるかもしれんが、それについては第一艦隊の戦闘加入によって対処する! 北上!」

 

北上「“雷撃だよね~?”」

 

提督「いつもの通り、適宜のタイミングで頼む。それと雲龍に、発進命令を。」

 北上が命令を受領する。この時雲龍と第七駆逐隊を含めた第十一戦隊は、重雷装艦3隻が敵艦隊から40㎞、雲龍が50㎞の距離で、艦隊右前方にいた。

北上「よーし、戦隊、一斉雷撃用意! 目標敵艦隊右翼の中央、射距離35,000でいくよ~。雲龍さん、いっちゃっていいよ~だって。」

 

雲龍「“了解。”」

 

木曽「・・・()()って、どういう代物なんだろうな?」

 

北上「まぁ、見てりゃ分かるんじゃない?」

それもそうだ、と木曽は頷く。その後方では、いよいよ雲龍の新しい艤装が、その力を発揮しようとしていた。海は多少荒れていたが、概ね艦隊戦闘に問題はない。

「機関停止、艦尾発進口開放、ガイドスロープ降下。」

その雲龍は機関を止め、片膝をつく格好で、艦橋下に増設された部分を展開していた。

「―――“瀑竜”、発進!」

周囲を第七駆逐隊の4人が取り囲むように守る中、海面に降ろされたスロープを次々と滑り降りて、艦載機のように大きく展開されたそれは、まことに小さな()()であった。

 23時29分、一水打群と第二艦隊は、敵戦艦複数を含む前衛部隊と戦闘を開始する。同時に敵への先制雷撃により敵艦多数を撃沈し、出鼻を挫く事に成功する。

敵艦隊もこの事は予測しており、直ちにレーダーと吊光投弾による砲雷撃の応酬となり、主導権こそ握ったものの、強襲と言う形態上正面切っての対決となった。

 

 しかし展開は最初、圧倒的に横鎮近衛艦隊優勢で推移していた。第二艦隊は川内を中心に夜戦専門として鍛え上げられてきた専門部隊、第一水上打撃群は艦隊創設時からの歴戦の部隊であり、経験豊富の精鋭部隊だ。今更1,000隻程度の前衛部隊に敵部隊に後れは取らない。

状況が変化したのはその20分後、周辺から3,000隻の梯団が2つ増援として駆けつけてきた辺りからである。

これに対しては直ちに第一艦隊を投入して夜戦部隊を支援する一方で、遂に彼らの新兵器が火を噴く事となる。

「砲撃用意!」

 片方の梯団の旗艦ル級Flagshipが号令をかけたその数瞬後、その意識は永久にこの世から切断される事となる。

否、それだけでは無い、その梯団の主力艦が次々と水柱に飲み込まれ、消滅するかのように次々と沈められていく。水雷戦隊の隊列で爆発した1つに至っては、軽巡級1隻を消し飛ばしたばかりか、その衝撃波で近くにいた2隻の駆逐艦級にまで被害を与え、戦列を離れさせる程の威力を示す。

その余りにも巨大過ぎる水柱は砲撃を彷彿とさせたが、46㎝砲弾すら遥かに上回るそのスケールは、旗艦を葬り去られた事と併せて、敵梯団を混乱に陥れるには十分だった。

しかもこの時巨大艤装『紀伊』は出撃していない。一体何が起きたのか・・・?

 

―――そのヒントは、直後の北上らの会話にあった。

 

大井「・・・なにあれ。あれで“魚雷”な訳!?」

 

北上「いやぁ、“大きい”とは思ってたけど、想像以上だねぇ。」

 

木曽「あんな“小さな船体”に、なんてもの積んでやがる・・・。」

 

北上「“あたしらの知らない兵器”だけど、案外凄いもんだねぇ・・・。」

 

 今しもその主犯達は、敵艦隊の射程から全速力で離脱している真っ最中であった。その速力43ノット、その小柄なボディからレーダーも光学的にも、発見は極めて困難である。

レシプロエンジンの軽快な爆音を響かせながら、それらは雲龍に向け、30隻揃って帰路に就いた。

 

提督「瀑竜による攻撃は成功、敵増援の足止めに成功、と。」

 

明石「雲龍さんの艤装をベースに、並行世界から引き出された新しい艤装でしたが、とてつもない攻撃力を示したようです。」

 

提督「―――九五式大型魚雷、だったか?」

 

明石「はい。()()()()()()()()()()()()兵器です。」

―――そう、雲龍と赤城、加賀もそうであるが、この3つの艤装は戦艦紀伊と同じ様に、並行世界で同じ名を持つ船を象った艤装である。

 

赤城「目標右前方敵巡洋艦級! 撃て!」

 

加賀「諸元修正、目標右20度敵戦艦級―――撃て。」

 

 第一艦隊へ編入された2艦の艤装は、本来あるべき姿への回帰とも言え、所謂「八八艦隊計画」によって建造される筈であった戦艦「加賀」と、巡洋戦艦「赤城」そのままの姿であり、41㎝連装砲塔5基10門を備え、赤城は30ノット、加賀は26.5ノットを発揮する。

両艦共に煙突は1本となっているが、赤城のそれは2本の煙突を上部で結合した集合煙突となっているのが目を引く。これは前檣楼への煤煙対策であり、平賀造船中将の遺した資料に記述及び図示があった通りの仕様となっている。

 防御面では長門よりも薄い装甲板でありながら、傾斜を付ける事によって同等の防御力を発揮する事が出来たとされ、赤城も巡洋戦艦でありながらかなりの防御装甲を持っている。

これは第一次大戦時に生起したユトランド沖海戦で、軽装甲高速力のイギリス巡洋戦艦が、相次いで3隻轟沈した事が教訓として取り入れられた結果であり、「ポスト・ジュットランド*2型戦艦」となるべく設計された証でもある。

 

 一方第十一戦隊として戦闘加入した雲龍は、純粋な空母では無くなった姿である。搭載機数は22機に減り、その内訳も防空用の戦闘機と偵察用の艦攻を少々搭載しているだけで、空母としての能力では、排水量20,000t程もあるそのサイズに対して見るべきものが少ない。

一応空母としての艤装は、後部を除いて格納庫含め大半が残された為、いざと言う時には別の空母の帰還機を受け入れて、補給の後再発進させると言った事も出来るが、それは単艦としての能力とはとてもではないが呼べないだろう。なまじ、火力は今まで通り単なる空母でしかなく、高角砲と機銃を有するのみなのだ。

では一体雲龍は()()()()のか。その答えが、「瀑竜」と「九五式大型魚雷」である。

 

 高速雷撃艇「瀑竜(ばくりゅう)」、全長僅か12.2mのボディに3名の乗員が乗り込む小型ボートであり、エンジンとして三式戦闘機「飛燕」の発動機として知られる「ハ40(公称1,100馬力)」を装備、43ノットを発揮する事が出来るが、その最大の特徴はなんと言っても両サイドに搭載された、艇の全長に匹敵するやに思われる巨大な魚雷「九五式大型魚雷」にあるだろう。

酸素魚雷として有名な九三式魚雷も全長9mを誇るが、こちらはそれを凌ぐ11m弱であり、実在すればまごう事なき世界最大の魚雷となったであろう事は、疑いようがない。

その直径なんと81㎝、弾頭重量1.2tと言うマンモスクラスの大きさを誇る、純酸素使用の酸素魚雷であり、前述の赤城や加賀等が1発でも受ければ、それだけで大破させ得るほどの威力を誇る。それもその筈、この魚雷はなんとも壮大だが、「ポスト・八八艦隊クラス」の戦艦に対する有効打として期待された存在であったと言うのだ。即ちそれらよりも後に完成されるだろう新型戦艦、つまり「大和」やその対抗馬となるべき戦艦に対しての、切り札と言う側面があったという訳である。

 「自身の主砲に決戦距離で耐えうる防御」として大和の防御を設定した帝国海軍が、その大和を沈められる兵器を、九三式魚雷を叩き台にした艦載用魚雷として用意した点は、中々どうして抜かりないと言えただろう。しかしこの一見凄まじい兵器には重大な欠点があった。射程距離が艦載用の魚雷としては余りにも短いのである。

その短さたるや、最高速力の46ノットの場合僅かに4,000m、42ノットに落としても8,000mに過ぎない。九三式魚雷が48ノット時20,000mの射程を誇った事を鑑みても、これでは艦隊決戦時の水雷戦に投入出来そうにない。結果駆逐艦などへの搭載が見送られ、代替案として戦艦が搭載していた装載艇「15m艦載水雷艇」の装備として流用された。

海軍としては大真面目で、決戦時にこれを海面に展開し、必殺の大型魚雷を用いて雷撃させようとしたのだが、悲しいかなその速力僅かに10ノット程度。どんなに足が遅くとも20ノット出る米戦艦にすら、追い付ける筈も無い。それもその筈、この水雷艇はその名とは裏腹にただの大きな内火艇に過ぎず、武装はおろか装甲も無ければ、港の中で動ければそれでよしとされる程度の性能でしかない。

 

 よって殆ど死蔵扱いだったらしいのだが、1943年になってある佐官が持ち込んだのが、「短期に急造可能な雷撃艇と言う()()()」の提案であった。

それに用いるのであれば、唯一欠点だった射程の短さも相殺出来、艦載水雷艇にはない足もある。小型エンジンの無い事だけが課題であったが、そんな折、陸軍が開発中だった飛燕が、予定していたハ40の搭載を()()()()()事で、川崎が飛燕向けに生産していたハ40の在庫が宙に浮いた為、それを流用する形でエンジンまでが決まってしまい、提案が容れられる形で急造、制式化されたのが「瀑竜」であった、という訳である。

 企業が不良在庫とされてしまったエンジンと、海軍が不良在庫として抱え込んだ魚雷を、鉄鋼材の余りで作り上げたボディに搭載した急造兵器ではあったが、信頼性は海軍整備員の努力によって高い水準で保たれ、かなりの成果をその多い犠牲と共に挙げたのだと言う・・・。

 

「カタログも凄まじかったが、いざ使って見ると、文字通り桁が違うな。」

 直人と明石が見ているのは、夕張が前線で観測・転送してくる観測データである。そこには着弾時の映像や、爆発時の威力等が克明に記録されている。殆ど掻き消える様に敵戦艦級が仕留められていく様は、2人を驚嘆させるには十分であっただろう。直人の120㎝砲や金剛・大和の46㎝砲ですら、これだけの芸当は出来はしない。

120㎝砲の弾頭は殆どが徹甲弾且つ、弾頭直径も100㎝であり、炸薬量は79㎏に過ぎない。46㎝砲の徹甲弾も24㎏しか炸薬を搭載していないから、同じ芸当をしようとすると通常弾(榴弾)を用いる他に選択肢はないが、魚雷とは異なり敵の主要な装甲板に直撃させる事となる為、威力が大幅に減衰されてしまう。

つまり、彼らの有する巨砲ですら、あれだけの芸当は出来ないのだ。

 

提督「魚雷艇を好きなタイミングで自在に使う事が出来る。面白い特性だな。」

 

明石「搭載数も30隻、かなりの攻撃力である事は間違いないでしょうね。」

 

提督「流石に重量も凄いから、1度に2本同時に発射しないといかんのだがな。」

 

明石「発射機が壊れてたら・・・吹っ飛びますね。綺麗に。」

「そうだな」と直人も応じる。艦隊を挙げての夜戦の只中だが、今の所優勢であり、余裕と言った所であった。しかしこの時状況は予想外の事態の為に、大きく変化する事になる。

「“右舷前方に浮上しつつあるものあり!”」

そう速報してきたのは右舷側の見張り員の一人である。

提督「なんだ・・・?」

 

明石「潜水艦でしょうか?」

そう言い合う2人の注視する方向から浮上してきたのは―――

「“敵駆逐艦浮上!”」

 その声と発砲炎の光が見えたのは同時だった。放たれた砲弾は前檣楼羅針艦橋の正面を右舷から左舷へ斜めに掠め、左舷至近の空中で炸裂し破片を撒き散らす。

「敵駆逐艦が水中からだと!?」

 

「“敵艦再び潜航した模様!”」

 

「何―――!?」

 直人がその言葉の意味を悟ったのと、別方向から発砲炎が見えたのも同時であった。この砲弾も前檣楼と第一煙突の間を左舷から右舷へすり抜け、右舷至近の空中で再び炸裂する。いずれも1,500から2,000mと言う至近距離からのものである。

「不味いぞ、敵は水中至近距離からヒットアンドアウェイをやるつもりだ。サモア沖であきづきがやった手をブラッシュアップしたんだろう。皐月、文月! 迎撃しろ!」

 

2人「「“了解!”」」

 

「“わ、私はどうすればいいかも!?”」

そう慌てた様子で通信を入れてくるのは、鈴谷後方に続く秋津洲である。

「―――秋津洲は鈴谷後方を警戒してくれ、来たら迎撃を頼む。」

 

秋津洲「“あ、あんまり戦闘は得意じゃないかもぉ!”」

 

提督「それでもやるしかないだろう! ここは戦場だ!」

 

「“わ、分かったかも~!”」

いつになくアワアワした様子の秋津洲の返事に、「大丈夫か?」と思いつつ彼が次に連絡を入れた先は大淀である。

「大淀、小賢しい鯨の群れが本艦に取りついている。後部ウェルドックから左右両舷に1個駆逐隊を展開して対処を頼む。」

と直人が言うと大淀が

「“秋津洲さんは、どうなさいますか?”」

と聞いてきた。それに対して直人は見透かされていたかと思いつつ、

「―――六十一駆を付けてやれ。」

とだけ指示を出した。

 

 

「ふえええ・・・。」

突如として戦闘に巻き込まれてしまい、完全に竦み上がってしまった秋津洲に、秋月が声を掛けた。

秋月「秋津洲さん、大丈夫ですか?」

 

秋津洲「あ、秋月ちゃん? どうしてここにいるかも?」

 

秋月「秋津洲さんの援護を任されました。一緒に乗り切りましょう。」

 

秋津洲「う・・・うん!」

仲間の助けを受け一念発起、頑張れ秋津洲!

 

 

皐月「流石に一人じゃ無理あるんじゃぁ・・・。」

 

「なら、いっちばん頼りになる増援はいかが?」

右舷を守る皐月にそう声を掛けたのは、第二十七駆逐隊旗艦の白露である。

 

皐月「―――いいね、一緒にやろう!」

 

江風「そうこなくっちゃ! さぁ、奴らを押し返すぞ!」

 

5人「「オーッ!」」

 

 

「流石に一人は・・・。」

流石姉妹、同じ事を考えているのは左舷側にいる文月である。

「やれやれ、やっぱりそう思ってたわね。」

と声を掛けたのは霞である。

文月「霞ちゃん、それに九駆の皆・・・!」

 

朝雲「第九駆逐隊、推参! さぁ、始めましょうか!」

 

霞「しゃんとしなさい? さ、行くわよ。」

 

文月「―――うん!」

 

 

提督「全副砲及び高角砲射撃準備! 主砲は1番・2番は右舷、4番・5番は左舷、3番は正面からの敵に備え、零角で待機! 一瞬しかないぞ、見張り員からの通報と連携して確実に仕留めろ!」

 

各部指揮官「「“了解!”」」

 今回ケースメイトに積まれたのは14㎝単装砲。長門型や伊勢型が副砲として装備した砲郭用防盾を装備したものを、スペースの関係上6基まで搭載出来るケースメイトに片舷4基搭載し、それらは全て舷側の波除扉を開け放ち、艦首方向へと押し込められる様に格納されていた砲門を、両舷に展開していた。

無論主砲も機銃も、高角砲すら砲身を水平に倒し、敵が飛び出してくるのを待っていた。その中直人は更に指示を出す。

「両舷前進原速赤黒なし、ソナー手は配置に付け。」

 

明石「減速するんですか!?」

 

提督「あたぼうよ、じゃないとソナー使えんだろうが。」

 

明石「そ、そうですね・・・両舷前進原速、赤黒なし!」

 水中にいる相手にソナーでの探知は有効である。しかし高速で動いてはソナーには雑音が混じり、まともに使えなくなってしまう。故に直人は減速を指示した。確実に敵を捕捉する為には、ソナーの存在は不可欠なのだった。

「ソナー手の情報と連動して各砲門は敵を射撃せよ。なんとしてもこの艦は守り抜くぞ!」

彼は決然とそう命じた。それと同時に、鈴谷を巡る戦いが始まったのだった。

 

 一方で後方の状況変化に置いて行かれた者達もいる。当の夜戦部隊である。

 

「―――“各艦隊は本艦を気にせず現在直面している状況に対処されたし”って、一体どう言う事デース!?」

 金剛は戦闘の中でありながら、流石に頭を抱えてしまった。当然この言葉の意味を解さなかった訳では無い。しかし殆ど護衛として出せる艦娘はいない―――少なくとも、それが作戦開始前の、この作戦の前提条件であった。

第三艦隊は既に気力と弾薬の殆どを使い果たし、補給と休息を受けなければ動けない。しかも近来の艦隊戦力の増加で、鈴谷の現在の物資搭載量では、全艦隊へもう一度出撃可能なだけの物資は搭載が出来ない。それを言い出したのは当の提督自身なのだ。

となれば、自分達の中から一部の艦娘を抽出して、援護に回した方が良いのではないか―――この時金剛はそう考えた。

「大丈夫、なのでしょうか・・・?」

心配そうに言ったのは金剛の副官である榛名だった。が、出し抜けに大和がここで通信を入れてくる。

「“恐らくですが、提督は護衛に目途は付けてます。”」

 

金剛「どう言う事デース!?」

 

大和「―――比較的疲労の少ない艦を中心に、集中的に補給を施していたのでしょう。」

 その大和も戦闘の最中にあって46㎝砲を振りかざし奮闘していた。こちらは一切動揺する事なく、第一艦隊を統率して敵を突破すべく、戦闘を継続していたのだ。

金剛「“・・・成程、やりそうではあるネー。”」

 

大和「私達が今ここで、作戦の前提を崩す訳には行きません。ただでさえ、余裕に乏しいんですから。」

 その言葉に金剛は頷かざるを得ない。事実直人はそんな事態も想定して、事前に立案は済ませていた。彼の巧緻さは、こう言う時であればこそ役立つし、その能力は誰もかれもが認める所だった。

金剛は信じる事にした。自分達の司令官を。自身が愛してやまない男の事を。

イタリア「“金剛さん、どうしますか!?”」

 

金剛「―――作戦続行! イタリアさんは引き続き、敵右翼艦隊への攻撃を、お願いしマース!」

 金剛は高らかに、既存計画の続行を指示する。視線は前を向き、砲門には仰角がかかる。今や相対距離は20,000mを切ろうとしており、水雷戦隊を中心に突入態勢を整えつつあった。

時間と共に敵艦隊の消耗は加速し、圧倒的な火力の暴力は、有無を言わせる事なく敵を葬り去っていく。

 

 

6

 

ドドォォォォ・・・ン

 

 右舷ケースメイトから4門の副砲が火を噴き、僅か1,000mに浮上せんとした敵駆逐艦が発砲せんとしたその瞬間を一撃で撃ち抜く。

各射撃方位盤はソナーと見張り員の情報を元に、可能な限り正確な諸元を算出して砲側へと送る。同時に艦娘達も動いて敵艦を正確に撃ち抜く。機動部隊の護衛艦と言えど、立派な帝国海軍の駆逐艦達である。夜戦の練度に於いて、後れを取る事は無い。ましてや歴戦の彼女達であれば、浮上するその瞬間を撃ち抜く事など造作もないのだ。敢えて言うなら秋月が水上戦闘を得意としない程度であるが、それでさえ積み重ねた練度を前にしては問題ではない。

 

提督「たかが1隻の軍艦と踏んだツケは払わせてやるさ、たっぷりとな。」

 彼がそう豪語した様に、敵艦の損害は目に見えて増大していく。仮に攻撃出来ても、敵の砲撃は浮上と潜航を目まぐるしく繰り返している為、半分以上は掠める程度で空中炸裂する。

人員の損害も拡大していくが、船のダメージに比べれば遥かに軽度であり、船体には数発の被弾を受けたのみ。駆逐艦の艦砲数発程度で傷が付くほど、12,000トンの排水量を持つ鈴谷はやわではない。魚雷はその機動戦術の中ではまともに使えないから、結果論でこそあるが、妨害以上の意味は殆どないと言えた。軽巡までなら兎も角として、相手が悪すぎたのだ。

「全砲門、敵が出てくる限りありったけの砲弾を叩きつけろ! 前線のあいつらに心配を掛けさせん為にな!」

 実の所、この策は金剛含め周囲に話してはいなかった。手を打ったのはそもそも、金剛らが前進した後の事であるから、知る術は確かにない。ある種、普段から深く付き合っている者同士よりも、それを外から見守る第三者の方が、その思考を理解しているものである―――と言う事であろうか。

「各部損害は軽微、問題なく戦闘を続行出来ます。医務室の状況のみが気がかりですが・・・。」

 

提督「元よりそれが目的だったのだろう。駆逐艦の艦砲で重巡級の防御を貫徹する事は困難だ。だからこそ、『この距離で必殺の一撃を』と意気込んでみても、あの戦法しか取り様が無い以上は、どうにもならないさ。」

 既に何枚かの窓ガラスは積層防弾ガラスにも拘らず割れていたが、彼はなお冷静である。だがここで一つの異変が伝えられる。

「“こちら後部電探室! 十三号に感有!”」

 

提督「なんだと? 方位と距離は!」

 

「“方位243度、距離およそ80㎞程と見られます、こちらにやって来るようですが・・・。”」

 

提督「―――南西から? 間違いないのか?」

その問いに後部電探室からは「間違いなく航空機の反応です!」と答えてきた。

「・・・IFFを識別しろ。場合によっては撃墜せねばならん。」

 それは普段彼が取らない対応である。IFF識別は自身の存在を暴露してしまう事に他ならない。彼らの存在自体が機密性の高いものである事を考えれば、本来行うべきでは無いのも確かであり、明石も、

「提督、それでは我が艦隊の機密性が損なわれる恐れがあります!」

と忠言した。IFFは無条件に発信している訳ではなく、能動的に発信して返答を求めるか、要求に対して返信するかと言う2つの機能で構成されている。

重巡鈴谷もIFFは一応装備しているが、IFF上の所属は偽装の為海上自衛軍の大型護衛艦と言う事になっており、形式上は返信要求を送っても、相手が航空機である為問題は無いのだが、電波を放出して相手の所属を問い質すと言う行為自体が、機密である彼ら自身の存在を世に暴露する事になりかねないのだ。

 

 しかし直人は明石の言葉にこう答えた。

「どの道ここで戦闘が起きている事はもう向こうからでも見えている筈だ。最悪撃墜してしまえば、“索敵中洋上で行方不明”と言う事に出来る。接触まで時間はそれほどない、早く!」

当該機の行動から、彼らがここで戦闘をしている事は、向こうからも見えている事は明白である。ならば所属を確認して、まずい相手なら撃墜してしまえばいい、という訳だ。

 その思惑を読み取った明石は、背筋にうすら寒いものを感じつつも、

「―――分かりました。」

と応じた。ほぼ間を置かず鈴谷から「海上自衛軍護衛艦隊司令部直隷艦 大型護衛艦鈴谷 貴方機種と所属を通知されたし」と言う内容のオフセットされた暗号文が、IFFから放たれる。

その返信は2分後に鈴谷のIFFにあったが、これがまた直人の首を傾げさせるに足る内容だった。

 

 

―――[空白] H8Y1 二式飛行艇―――

 

 

「・・・どう言う事だ?」

 

「さぁ・・・?」

 これには流石に2人も首を傾げてしまった。取り敢えず敵機でない事は分かったが、よりによって、所属の部分が空白と来ては撃墜の他ないのが普通である。なぜならそれでは単なる「所属不明機(Unknown)」に過ぎないからだ。普通戦闘中の領域でそんなものが飛んでいれば、撃墜されても文句を言う筋合いは何処にもない。

しかも艦娘の中でもそれこそ秋津洲とその同位体しか扱えない筈の機体が、なぜ所属を隠してこんな所をうろついているのかが一切不明と来ている。こうなっては、機密を守る為の錦の御旗を、向こうから持って来たようなものである。何故なら、この時間にこんな所に友軍機が来る事など、彼らは聞いちゃいないからである。

「―――左舷高角砲、仰角上げ。」

 

明石「提督―――!」

 

「分かっている筈だ。我々の存在が、外部に漏れたとすれば問題だ。自分のケツくらい自分で拭くさ。」

 

「・・・。」

 明石が沈黙し、副長は静かに頷く。左舷側の高角砲が旋回を止め、左後方から接近する所属不明機に照準を向ける。重く、苦しい数分間が経過する―――その時であった。艦橋に通信が入ったのだ。

「“(ザザッ)―――鈴谷へ、応答されたし。当機は舞鶴鎮守府“駿河”所属也。友軍機の先導機として、貴艦隊を援護す。発砲されぬよう。”」

 

提督「―――“駿河”・・・浜河の奴か!」

 

「“後部電探室より羅針艦橋へ、当該機後方に多数機の編隊と思しき反応が出ました!”」

 

「・・・成程、攻撃隊の誘導か。確かに、本土にいる奴でこんな所まで来れる奴がいるとしたら、それは“舞鎮近衛”しかおるまいな。」

事態を漸く悟った直人を含め、艦橋に張り詰めた空気が氷解した。

 

―――舞鶴鎮守府付属近衛第3艦隊。

“曙”計画時の第1任務戦隊の4番艦を務めた巨大艤装『駿河』と、それを駆る浜河 駿介艦娘艦隊元帥が率いる部隊であり、南西方面へ向かった3個近衛艦隊の中に加わらなかった唯一の近衛部隊である。

役割は横鎮近衛艦隊とは異なり、日本本土の防衛と敵情に対する諜報や偵察などの情報面での役割が主で、その点戦場の火消し役である呉鎮近衛第2艦隊や、決戦時の打撃戦力である佐鎮近衛第1艦隊、ましてや単独での陽動や状況に対する即応、強行偵察や小規模な敵に対する制圧行動を主任務とする横鎮近衛第4艦隊と言った具合に、それぞれ毛色の違う彼らの中では最も後方にいる事の多い部隊でもある。

だがこの時点では数少ない艦娘艦隊の精鋭部隊でもあり、大本営も形振り構える状態でない事がありありと見て取れる状況でさえあった。

 

 余談だがこの時大湊以外の本土各基地は、かなりの戦力を南西方面に拠出していたのだが、日本海に面していた舞鶴鎮守府所属部隊はその中でも割合として多くの艦隊が残置されており(*3)、これらが漸く戦力を纏め上げて逐次展開を開始していたのだ。

 

「後続の連中は識別せんでもいい。それよりもだ―――“キャリアー”より各艦隊へ。呼んだ訳ではないが、友軍の夜間航空支援が来る、くれぐれも誤射の無い様にしろ。」

 

各艦隊旗艦「「“了解!”」」

が、ここで明石がのっぴきならぬ事を口にした。

「電子機器にノイズ発生!」

 

提督「なんだと!?」

 

「ノイズの様相から、超兵器と見られます!」

 この明石の言葉を聞いた瞬間、彼の背筋は今までに無いほど凍り付いたと言う。これ程までに早く敵の増援が来たと言うのか、それともどこか別な所に、関知していない第三の敵が潜んでいたのだろうか? どちらであったにしろ、巨大艤装はまだ出撃準備すらされていない。相手によっては、為す術もなく前方に出た艦娘艦隊が殲滅されかねないと言うこの状況である。

余りの事に彼の思考すら止まってしまう程の衝撃。それを氷解させたのは、後部電探室からの速報であった。

「“後部電探室より艦橋! 右舷後方より接近する反応あり! 反応、極めて大!!”」

 

提督「―――右舷見張員、目視で確認出来るか!?」

その問いかけに対し、返答は2分を要する事となったが、確かな返答を得る事が出来た。

「“右舷後部見張所より艦橋、右舷正面に並行して飛行する、巨大な機影を確認しました! あれは―――恐らく、アルケオプテリクスです! “始祖鳥”が来ました!!”」

 見張員の最後の言葉は歓声混じりであった。この地球上に於いて、アルケオプテリクスは泣いても笑ってもロフトンが有するあの1機のみ。それが―――ここまでやって来たのだ。余りにも、頼もしいと言うには余りある、強力極まりない友軍機であった。

「―――“キャリアー”より特別任務群・近江へ! 始祖鳥の接近は確認しているか?」

 

近江「“バッチリキャッチしてるよ!”」

 

提督「では空域に接近中の攻撃隊について速報で伝えておいてくれ。同士討ちが発生しては敵わんからな。」

 

近江「“了解!”」

 

 “超巨大爆撃機”の異名を取るGB1A アルケオプテリクスの武装は、正に強烈無比と言う一語に尽きるだろう。それは最早航空機と言う分を弁えないとさえ評される程であり、しかもその改良型のGB1B 改アルケオプテリクスは、元々12インチ(3 0 . 5 c m)連装砲を装備し、14インチ(3 5 . 6 c m)砲に対する防御性能を備えていたものが大幅に強化されているのだ。

即ち、主砲は17インチ(4 3 . 2 c m)連装砲を機体上面に4基装備しており、機体下面には銃座の代わりとでも言いたげに、203㎜のガトリング砲が3基もマウントされている。

しかもこれが副砲であり、銃座として対空パルスレーザーを連装で10基も装備している上、機体中央の爆弾庫には多数の爆弾や航空魚雷を搭載出来る他、両翼付け根付近にも爆弾庫があり、こちらには空対艦ミサイルが搭載されている。

更に敵機に対するロングレンジ攻撃の手段として、長射程の空対空ミサイル(A A M)までもを内装式多連装ランチャーで装備しており、同じく内装式多連装ランチャーで装備されるものとして対地攻撃用のロケット弾がある。レーダーや高度標定器等を始めとして電子装備も充実しており、もし仮にこれを「空中戦艦」を評したとしても、それを否定する者は居ないだろう。

 その装甲も大幅に強化され、日本の紀伊型戦艦(*4)が装備していた51㎝砲に対して、20,000mの距離で跳弾しうる事が要求されたのである。無論重装甲化には航空機である以上限界がある為、新型の超兵器機関による機動性の大幅向上までもを成し遂げている。

その効果は単純な速力増大にも繋がり、かつては力任せに飛ばしていたその風情は、空力的な洗練や装備の新型化、そして機体の大型化にも関わらず速力を向上させており、元々750㎞/hに過ぎなかった速力は、アメリカだけが実用化した「超機関ジェットエンジン(*5)」の改良によって、1,080㎞/hにまで向上してしまったのである。

 これだけの代物に、当時の航空機が僅かでも太刀打ち出来るだろうか? 答えは自ずと明らかであろう。

 

 余談だがこれらの始祖鳥シリーズは、1号機と“改”の2機造られており、いずれも米海軍機として戦線投入されている。

 1号機は1942年に大西洋方面に配備され、ノンスペキュラーブルーグレイとノンスペキュラーライトグレーの2面塗装と、航空機でありながら150mにもなる巨体で有名なこの機体は、主に地上攻撃や船団護衛、停泊中の艦艇への攻撃の為に、北はバレンツ海から南は北アフリカの砂漠に至るまで、幅広い戦場にイギリスを拠点として、その無限に等しい航続距離を生かして展開し、その都度ドイツ国防軍空軍(Luftwaffe)イタリア王立空軍(Regia Aeronautica)を始めとする枢軸国空軍を、単機で圧倒していた。

航空機でありながら4個の従軍星章を受けた殊勲の巨鳥だったが、1943年の終わりにドイツ空軍が誇る飛行型超兵器「ヴリルオーディン」との防空戦の末に、これと刺し違える形で大西洋に散った。

 一方2号機である改アルケオプテリクスは1943年に太平洋方面に配備され、こちらはトライカラースキームやグロスシーブルー全面塗装で知られている。ラバウル基地への攻撃を手始めにこちらも地上攻撃に活躍した。

日本陸海軍を始めとする大東亜共栄圏各国の空軍と交戦し、尚且つ欧州機より性能で劣る彼らを鎧袖一触する活躍を見せ、マリアナ沖海戦では、この戦いで初めて投入された日本軍の超兵器航空戦艦「近江」を相手に壊滅した、米第三艦隊の航空部隊に代わって出撃すると、苛烈な攻撃の為に飛鷹を始め複数艦を撃沈する戦果を挙げるなど、戦術レベルの攻撃にもその真価を遺憾なく発揮した。

 しかしその最後は呆気なく、迫るフィリピンでの決戦に備えて船団護衛に当たっていた超兵器戦艦「三笠」の前に現れ、対実弾用装甲では防げないエネルギー兵器の一撃を受けてあえなく撃墜されてしまったのだ。

米軍側はこれに先立って三笠の行動までは感知出来ておらず、船団護衛をしているなどと言う事は思いもよらなかった為、完全に()()()()()()()()()()という形になってしまった。

その事から同じく三笠によって撃墜された飛行型超兵器「ジュラーヴリグ」と併せて、「最も不運な超兵器」と呼ばれている。

イギリス北部スカパ・フロー軍港で停泊中、“摩天楼”のレールガンによる長距離砲撃を受けた改ドレッドノートだって、華々しい武勲に恵まれていたと言うのに、それと比較すれば余りにも呆気なさ過ぎるからである。

 

 その巨鳥が、全面グロスシーブルーの巨体を闇夜に溶け込ませ、轟音と共に敵艦隊へと迫る。距離30,000mから主砲を射撃し、15,000mからは機体下面のガトリング砲で敵艦を薙ぎ払う。

高速度から繰り出される射撃の為目まぐるしく諸元修正を必要とするが、専用の火器管制装置を搭載した事によって、その行動の見た目に反して正確な射撃を可能としている。

 敵艦隊の上空を航過すればロケット弾や空対艦ミサイル、爆弾などをばらまき更にダメージを与え、パルスレーザーは深海棲艦の生体部分を容赦なく貫いていく。敵艦隊も横鎮近衛艦隊と戦闘しているという不利を受けながらも一部が対空弾幕を張るが、所詮高角砲の断片や直撃、生半可な火砲による砲撃など、この巨鳥に張られている、米国の冶金技術に裏打ちされた特殊合金の高張力鋼板を易々と抜けるものではない。

 

 その援護下で横鎮近衛艦隊も力戦敢闘する。“始祖鳥”が食い荒らした跡を容赦なく叩き潰していく様は、さながら殲滅戦の感さえあった。

そしてそこへ、舞鎮近衛の二式大艇が誘導してきた攻撃隊が到来する。実はこれについて、直人らは少々首を捻っていた。と言うのも、彼らの現在位置が問題だった。

「・・・よもやこんな所へ、艦攻で来た訳ではあるまいな。」

 

明石「それは無理ですよ、九七式艦攻ではどうやっても800㎞が関の山ですからね。」

 

提督「それを言ったら天山でも無理だ。一番近い海岸からでも1,200㎞は離れてる。」

 

明石「一体何が・・・?」

 因みにこの時点で2人は航空自衛軍によるものと言う説は消していた。二式大艇の足が()()()()攻撃隊の方が失速してしまうからだ。つまりそれ以外の航空戦力と言う事になる訳であるが、これがまた皆目見当もつかない。

そうこうしている間に吊光投弾に小さな影がちらつく様になった時、彼らはその正体を悟る事になる。

「あれは・・・中型機か?」

 

明石「機影識別―――あれは、一式陸攻です!」

そう、種も仕掛けも()()()()のだ。やっている事は彼等と同じ―――

「陸上航空部隊か、そう言えば大本営もラバウルで研究していたんだったな・・・。」

 

明石「それに私達のデータも一応三技研の方には回してましたから。遂に実用化出来た、と言う事でしょうか。」

 

「そうであるらしいな。」

 頷きながら直人は言った。一式陸攻の作戦行動半径は、二二型までのモデルならば1,200㎞を優に超える足の長さを誇る。この為この一式陸攻は前任の九六式陸攻と共に、大日本帝国が唯一保持し、且つ世界で初めて作戦可能となった戦略爆撃戦力として挙げられる事もある。(*6)

しかもこの作戦行動半径は、1トン程度ある航空魚雷や、最大800㎏の爆装を搭載しての数値である為、1941年時点で双発機としては如何に図抜けた性能であるかは、言を俟つ必要はないだろう。仮想的アメリカの双発爆撃機にはこれ程の足を持つ同世代機は存在しないし、それどころか世界広しと言えども、この「陸上攻撃機」と同じコンセプトを持つ機種など存在しないのだ。

 

 ()()()()()と言う機種は、日本海軍が生み出した独創の産物であり、太平洋上を進撃してくると目された、圧倒的な勢力を誇る米太平洋艦隊に対し、日本海軍が対抗する為の手段の一つであり、編み出した時にはまだ、夢でしかない産物であった。

しかし三菱に試作発注された「八試特殊偵察機(八試特偵)」が、その理想を現実へと変える程の性能を発揮、計画変更の末「九六式陸攻」として結実する。

 その正統後継機こそが一式陸上攻撃機であり、この驚異的な傑作機を元手にして三菱航空機は、戦訓を取り入れた「泰山」や、その噴式化機体である「嵐山」を実用化していく事となる。

 

提督「金剛、何機ぐらい見えてる?」

 

「“127機ネー。”」

金剛の優秀な電子装備からの情報を聞いた直人は、

「多いなぁ・・・。」

とこぼした。

明石「実用化されたばかりとなれば、これが限度でしょう。」

 

提督「だろうな。その点我々は元々の好立地を生かして展開させた訳だが、そうでない所へなら、これだけ展開させられるだけ十分だろう。」

 

明石「えぇ。しかし、この技術が普及すれば、心強いですね。」

 

提督「あぁ。我々程の規模ではないにせよ、各自自己の陸上航空戦力を展開出来る訳だしな。我々だって、今まで持て余していた部隊を前線へ持って行ける訳だから、恩恵がある訳だが・・・。」

そこまで言った所で彼は少々黙り込んでしまった。それに疑問を持った明石が、

「・・・何か、問題でも?」

と聞くと直人は、

「いや、飛んで行けない所へまで、基地航空隊の機材を誰が持って行くんよ。」

と言う至極真っ当な質問が飛んできた。

「あ・・・鈴谷には確かに、それだけの搭載能力がありませんね・・・。」

 

提督「やったとしても多くとも20機程度の分解済みの機体を、それも他の搭載機を全て排除して運ばねばならん。流石に輸送船を借りる訳にもいかんし・・・困ったな。」

 

明石「むむむ・・・航空機輸送の専門艦を―――」

 

提督「作る資材をどこから捻出する気だ?」

すかさずツッコんだ直人にぎくりとして口をつぐむ明石であった。

 

 そんな事を話し合っている間にも、強力な航空兵力の増派を受けた各艦隊は、次々と敵艦隊を突破しつつあった。

最初に激突した前衛艦隊は改アルケオプテリクスの空襲と一水打群の攻撃によって既に壊走状態であり、第十一戦隊に足止めされた東側の増派部隊も、途中で一水打群から分かれた第二艦隊により追い散らされていた。第一撃の後、残りは艦娘艦隊で十分と見たのか、始祖鳥は更に奥へと踏み込み、更なる攻撃を実行に移していた。

西から来ていた増派艦隊は第一艦隊とまともにぶつかる形になった為、陸攻隊の途中参戦も合わさって、空襲開始後短時間で壊滅的な被害を受けた。そうでなくとも圧倒的な戦力を叩きつけられているのだ。結論から言うと、所詮3,000隻程度の前衛艦隊が3つ集まった所で、どうにかなる筈はなかった。

偶然とはいえ、1個艦隊程度とタカを括ったツケは大きかったと言えるだろう。

 

 

7

 

「―――“重巡棲姫”サマ、前衛艦隊ガ突破サレマシタ。()()()()()ノ参戦モアリ、第1梯団ノ損害ガ急速ニ増大シテイマス。」

 

「・・・そう。たった1個艦隊と思っていたけれど、侮り過ぎたかしら。」

無数の深海棲艦の中心に立つその深海棲艦は、静かにそう述べた。

「私自ら出るわ。ペンシルベニア、主力を集めなさい。」

 

「ハッ。」

傍らの戦艦棲姫「ペンシルベニア」が重巡棲姫の傍らを離れ、艦隊の集結の為に動く。

「・・・面白いじゃない。でも、ここで止めるわ。“8月の嵐”作戦成功の為にも。」

 

 

5時15分―――

 

「“テイトクーゥ! 敵艦隊発見デース!”」

 

「規模は!」

 

「“―――これは、敵艦隊の規模、10万を超えなお増大中ネ!”」

 

「くそっ、敵の電波妨害の中とは言え、これまで気付かないとはな・・・。」

 空は既に白み始め、一挙に全速力で急進する横鎮近衛艦隊は、戦闘らしい戦闘も無く3時間が経過していた。敵艦隊のど真ん中と言う事もあって敵による電波障害も激しく、レーダーの探知有効範囲は相当狭まっていた。

しかし敵の規模は、「それでも気づくだろう」と思わせるに足るだけのものであり、それを完全に隠匿しきったのは、敵の手の込み様を称賛するべきだろう。余り、事態が思わしくないのは事実なのだ。

「中央に第一水上打撃群、右翼第一艦隊、左翼に第二艦隊を配陣する、第三艦隊は予定通り出撃して鈴谷を護衛だ!」

彼は直ちに麾下の艦隊に指示を出すが、その指示に驚いて通信を返してきたのは金剛である。

「“第二艦隊に、左翼を!?”」

その問いに対して直人は不敵にはにかみながら、

「そうだ、俺に考えがある。」

とだけ言った。

「“―――了解デース。”」

金剛は一旦納得して通信を切ったが、一体何をどうするのかは見当がつかなかった。

 

提督「出るぞ! 流石に手を抜いてる場合ではないから今回も巨大艤装だ。」

 

明石「了解です、発進用意します!」

 

提督「うん、発進後は速やかに後退してくれ。」

 

明石「分かりました。お気をつけて。」

 その言葉に短く礼だけ述べ、直人はブリッジを降りた。彼らにとって漸く、決戦の火蓋が切られようとしていた。

横鎮近衛艦隊は右翼と中央に戦力を集中し、左翼の兵力を敢えて少なくする布陣を採用して決戦に臨んでいた。直人の思惑に基づくものではあったが、その一計すらも直人が出撃しなければ何にもならないのだ。

「艤装各部動力及び動力系、システム異常なし。フロアアップ、艦首甲板ハッチ開放、カタパルト展開。」

 鈴谷の艦首格納庫では既に艤装を装着した直人により発進シークエンスが進んでいた。計画当初、巨大艤装は押しなべて信頼性には一定の悪評があったのだが、そこは流石明石と言うべきか、度重なるアップデートによって、信頼性も整備性も格段の向上を見せており、この日も巨大艤装は快調に動作していた。

艦首甲板を兼ねる格納庫天蓋ハッチもフロアアップと共に開き、夜明け前の薄明かりが格納庫内にも差し込んでいた。

艤装を身につけた直人の姿が甲板上に徐々にせり上がってくる。その様子を羅針艦橋から見ていた明石は、自分の整備した巨大艤装が今日もきちんと動いているのを見て、仕事の後の満足感を味わっていた。まぁ戦場のど真ん中でいつまでもそれに支配されている訳には行かないのだが。

「電磁カタパルトへ接続完了。電圧正常、バーニアの出力に異常なし。」

 

「“進路クリア、いつでもどうぞ!”」

 

「OK。超巨大機動要塞戦艦『紀伊』、出撃する!」

―――それは実に久々の名乗りであったに違いない。ここ半年以上の間、悠長に発進シークエンスをやってる暇すらなかった事を鑑みれば、今回は実に余裕のある戦いをしていると言えるだろう。

バーニアを器用に使い落下速度を抑え込んでふわりと着水した彼は、並の艦娘の倍以上にもなる速力で前線へと急行した。

「“こちら大和、敵艦隊より艦載機発進を確認しました!”」

 

「やはりか。第三艦隊! 稼働機はどの位ある!」

問われて答えるのは瑞鶴である。

「“200機くらいかな、戦闘機ばっかりだけど・・・。”」

 

提督「結構、戦闘機の稼働全機を迎撃と直掩に回せ。特別任務群はどうだ?」

 

近江「“120機は出せると思う。”」

 

提督「では戦闘機のみ全機発進だ。全戦闘機をかき集めて艦隊を守ってくれ。邪魔されては敵わんからな。」

 即座に2人の了解が帰ってくるのを聞いた彼は、轟音を聞いて右方の空を振り仰いだ。そこには、前衛艦隊を排除し尚壮健と言う様子の改アルケオプテリクスが、高度を上げながら敵編隊へと向かいつつあった。

(敵編隊を相手取ろうと言うのか・・・心強い限りだ。)

 アルケオプテリクスは2機共に、その航続距離は、飛ばすだけなら無限に等しい。単に構造部材の耐用年数や残弾云々と言うだけの話である。何せ超兵器機関は外部からの燃料供給を必要としない、現代テクノロジーからは隔絶した力を誇っているのだ。なまじ深海棲艦機となり、AIに近い霊的自立制御によって運用されている以上、少なくとも人員の疲弊による限界は考慮に値しないのだ。

となれば残りは損傷度合いと残弾数だが、昨晩は敵が夜間航空戦能力を持たないが故に制空戦闘が発生せず、故に改アルケオプテリクスは、空対空ミサイルから対空用砲弾まで、各種十分に制空戦闘を遂行する為の手段を全て残していた。パルスレーザーに至っては激しい対空砲火にも拘らず全て残っており、この10基の旋回機銃は超兵器機関から直接エネルギーを受け取る為、残弾を考慮する必要性も皆無であった。無論、あの程度の対空砲火ではアルケオプテリクスもほぼ無傷である。

 この強力極まる超兵器爆撃機に加え、各母艦からかき集めた戦闘機約200機と、巨大艤装『紀伊』から全力発進する航空隊の内戦闘機180機が制空戦闘へと加わる。既に深海棲艦機の総数は2,000を超えていたが、こちらも決して遜色ある兵力ではない。

 

「さぁて、やってやるか。久々に、本領発揮かな。」

直人も気合十分、しかも久々に実戦部隊の全戦力が決戦場に揃った。彼にとっては欠けたピースが全て揃った様な心持であり、それは全軍が同じであった。

金剛「“思う存分やっちゃいまショー!”」

 

提督「あぁ、勿論だ。」

 

大和「“些か、物足りませんでしたからね。”」

 

「まぁ拍子抜けしたのは確かやなぁ。」

 大和の言葉には直人も理解は出来た。ミンドロ島沖ではあれだけの戦力で、気合十分で乗り込んでいったらもぬけの殻。それだけならまだしも敵の陽動にかかって誘い出されたのだから。

イタリア「“でも今度は、正真正銘の決戦ですね。”」

 

提督「そうだな。得意の夜戦ではないが、君達第二艦隊の奮戦に期待する。今回最も少ない戦力で、最も負担がかかるだろうポジションだ。頼むぞ。」

 

「“はいっ!”」

 殊に第二艦隊の士気は極めて高い。何せ第二艦隊として最初の実戦が、いくら本懐の夜戦とは言えあのような様では、余りにも拍子抜けが過ぎるというものである。その鬱憤を全部叩きつけてやろうと、第二艦隊の艦娘達は意気軒高、袖をまくって敵を待ち構えていたのだった。

(一流の将帥には二流のトリックをかける、か。こんなものは現代ならトリックにすらならないが、艦娘と深海棲艦と言う条件とその戦力差を、この際は利用してやる。)

 

―――かくして北海道東方沖海戦の第二幕が開く。敵本営への一打を期して、僅かな勝機の為突入した横鎮近衛艦隊に対し、その敵本営が南下して激突したこの戦いは、直人が企図した形とは少々異なっていた。

だがこの時の彼らにはそれを知る術はなく、直人は艦娘と深海棲艦の戦力比に基づく戦力差でも2倍以上の懸隔がある敵に対し、尚勝利する為にその頭脳をフル回転させ始めていた。

 横鎮近衛艦隊の総戦力128隻に対し、深海棲艦隊は12万もの数を揃えていた。近衛艦隊側の戦力の内6隻は深海棲艦であり、ここに母艦の鈴谷と巨大艤装『紀伊』を加えても130隻、しかも紀伊は兎も角、鈴谷は1対1で計算しなければいけないし、特別任務群の深海棲艦は全て姫級や超兵器級、巨大艤装に至っては言うに及ばすなので、単純に2倍の差があると言う訳でもないが、それらはただの艦艇であるか個体としての実力で突出して秀でていると言うだけであるから、彼らが戦闘不能になってしまえばそれまでだ。しかも今回第三艦隊の艦娘は航空部隊を除いて全艦予備兵力として鈴谷の護衛に回り参加しない為、38隻が戦場にいない事になる。

 彼等にとっては決して経験のない戦力差という訳ではないが、十二分に懸念材料となる事は明らかであった。何せ艦娘達は、数にして1隻当たり1300隻以上もの深海棲艦を相手取らねばならない。先ほどの6対1理論で言っても相手取らなければならない数は224隻であるし、敵の増援が無いとは限らない。そうなった場合、彼らにとっては有り難くもない血みどろの死闘を繰り広げる事になってしまう。

それだけは、何としても避けねばならなかった。

 

提督「全艦砲雷撃戦用意! 主砲の有効射程に入り次第、順次砲撃を開始せよ。魚雷発射タイミングは各戦隊指揮官に委ねる。今回は開幕での突入はなしだ。その代わり、敵に嫌と言う程鉛弾をくれてやれ。」

 

全員「「“了解!”」」

 

 全艦隊が彼の一声で戦闘態勢に入る。彼我の距離はおよそ44,000m、有効射程まではまだ距離がある。直人も戦列に合流する為、全速力で第二艦隊に向かう。その艤装は大和型の艤装すら遥かに上回る巨体であり、遠くからでもよく見える程のその堂々たる姿は、正に圧巻と言えた。

巨大艤装『紀伊』の展開時の大きさは全高4.1m、全幅9.8mにも及ぶ。腰部円盤型艤装の直径も7.2mに及び、この部分は叢雲の主砲などと同様に、霊力による力場で間接的に接続されている。その為形状は中央に開いた円形の空間に装者が収まる形となっており、進行方向の部分が人一人分の切り欠きになっている。その両縁に片側1門の120㎝ゲルリッヒ砲が据えられている。円盤状艤装には各種の砲熕兵装や電子装備、下面には特殊潜航艇や揚陸艇その他の発進口がそれぞれあり、両膝の外側には構造的には大鳳のそれに近い航空艤装が装着されており、今しも航空機を高速発進させている最中である。

 背部は副砲座の接続部と機関部、艦艇修理設備の格納部を兼ねたバックパックで、接続は多関節アームを用いて4か所で接続されており、下部が80㎝砲、上部が51㎝砲の台座を支持している。これらは以前の改装の結果10基ずつ装備する形となっており、80㎝3連装砲10基30門、51㎝連装砲10基20門となっている。この内80㎝砲塔は2基が腰部円盤状艤装にある為台座も小型化されており、格納時は折り畳まれる。そう、その雄姿は余りに巨大だが、これでも小型化されている方なのである。

30㎝速射砲は引き続き装備可能で、120㎝砲を腰部に移設した関係で無理なく弾倉を装着出来るようになっているが、今回は装備していない為その空間がぽっかり空いており、何かが足りないと言う印象を抱かせる。

 その火力は並み居る敵を打ち払い、その砲門は四海を睥睨し抜かれたるを知らず、数多の轟音が空を覆い尽くすとき、勇士達は歓呼しそして勝利する。それが巨大艤装と言う兵器であり、その期待を一身に背負って、巨大艤装『紀伊』は今、戦列へと到着した。

「イタリア! 待たせたな。」

 

イタリア「いえ! 心強い限りです。」

 

提督「うん。で、どうだ敵は。」

 

「手練れですね。ですが、やれそうです。」

イタリアの力強い言葉に直人は頷き返す。

「全砲門砲撃用意、距離36,000、FCSとの連動開始、各砲塔へ目標を伝達。」

 巨大艤装『紀伊』の砲身が次々と鎌首をもたげ、生き物のように旋回を始める。腰部円盤状艤装にある固定された2門の120㎝砲は勿論、そこに取り付けられた80㎝3連装砲塔も大きく仰角を取り、FCSの指定した諸元に沿って照準を合わせる。

各副砲座にマウントされた砲塔群もそれぞれに標的を見定め―――

「撃ち方始め!!」

瞬間、周囲に幾重にも強力な衝撃波が荒れ狂い、51㎝、80㎝、120㎝の各口径の火砲が立て続けざまに火を噴いた。

 その光景は艦娘では不可能な程の威容を醸し出していた。艦娘達の一部から“戦列歩兵”にも例えられる余りに多数の砲門故、射撃後は少しの間、彼の姿がほぼ隠れてしまう程の硝煙が撒き散らされるのだ。横幅だけなら零戦1機分、駐車場なら横に3~4台分ほどの大きさにもなる様な巨体が、すっぽりと隠れてしまうのだ。大和ですらそんな芸当は出来ない事を思えば、どれ程の火力を内包して生まれたのか、最早想像を絶するだろう。

そして放たれた第一射は、同じく艦娘には不可能なレベルの命中率を叩き出して敵艦隊を襲った。瞬く間に10隻以上が葬り去られ、外れた砲弾が大和の砲弾も超える様な水柱を立ち昇らせ、水中弾効果によって喫水線下に被弾を受けた深海棲艦まで出る始末である。

水柱の本数さえも尋常ではなく、一瞬で敵艦隊の心胆を寒からしめたのは疑いない。しかもこの時既に第二射は放たれている。全く同じ規模の攻撃が、全く同じ精度で、彼らの頭上から降り注ぐ。普通なら絶望する様な状況であるが、流石に今回は相手も一味違った。

 

重巡棲姫「怯むな! 見た所敵左翼の陣容が薄いわ、そこへ戦力を集中して撃破する! 第51任務部隊(T F)を先頭に部隊を転進、攻撃を集中なさい!」

 重巡棲姫の号令一下、戦艦棲姫「ペンシルベニア」を基幹とする部隊が中心となる大戦力が第二艦隊正面に集中され、瞬く間に直人を含む第二艦隊へ降り注ぐ砲弾の数が3倍になった。しかも続々と正面へ集結する敵艦隊の為に、その戦力差は局地的にみるみる広がってゆく。

「くっ、やはりと言うべきか激しいな。」

 

イタリア「“このままでは被害が拡大します!”」

 

提督「慌てるな! 作戦通りだ。」

 

ローマ「“さ、作戦通り―――!?”」

 この状況でも直人は一切怯むどころか、倍返しとでも言わんばかりに更なる砲弾を矢継ぎ早に送り込んでいく。

一般的に考えればこの状況は明確に、彼らの局所的劣勢―――それも圧倒的な―――を意味していた。これに比べれば右翼を固める第一艦隊へ降り注いでいる砲弾の数など、彼らの主力を害するにはまるで足りない程であり、敵が明らかに局地優勢に基づく各個撃破を意図している事は明白であった。

しかもその一部は急進して雷撃戦に移行しようとする動きまで見せており、対処が遅れれば、数で圧倒的に劣る第二艦隊が壊滅状態に陥るのは、最早秒読みとすら言って良かった。

しかしその状況で直人は「作戦通り」と言ってのけたのである。困惑も致し方ない所であろう。

「各艦は敵弾を回避しつつ戦列を可能な限り維持せよ。二水戦は突入してくる敵小型艦艇を迎撃、第十三戦隊はこれを援護してやれ!」

 

川内「“了解!”」

 

(一体、提督は何を考えているの? 「作戦通り」ならこの状況は何・・・?)

 再び砲声を轟かせる直人の姿を見ながらローマは訝っていた。と言うのもこのローマ、直人の手腕を端から疑っていた。

無論目にした事が無かったのは大きいだろう。しかしある理由も手伝って、戦場に於いて彼女は上官に対する人間不信を持っていたのだ。

(―――まぁ、普通はそうだよな。だがまぁ見て置け。これが俺達の戦い方よ。)

直人がこの事を知る由はないが、異国の地から遠く太平洋までやって来たローマとイタリアだ、困惑するのも致し方ないと言う事は彼が一番よく知っている。だからこそ彼は多くを語らなかった。実績は時として、言葉より多くの事を雄弁に語ってくれるからだ。

一方で川内や能代は彼の指示を疑う事なく実行する。特に二水戦麾下にあって第二艦隊創設以前から在籍している夕立の第二駆逐隊や朝霜の第三十一駆逐隊は、圧倒的な劣勢をものともせず複数の敵水雷戦隊の蝟集するポイントへ攻撃を集中し始める。

「ここから先へは、一歩も通さないっぽい!」

 隊列から一挙に夕立が飛び出し、敵へ一直線に斬り込んでいく。あの一件以来実態究明も兼ねて第二艦隊へ配備されていた第二駆逐隊と夕立であったが、第二艦隊の投入に伴い遂に戦線復帰である。前夜の戦闘では10隻以上を最終的に仕留めていながら、これと言った被弾も無く一切疲れ知らずである。

「あいつは行くなって止めても聞かねぇからなぁ。」

長波が呆れながら見送ると、朝霜らがフォローを入れる様に言った。

朝霜「夕立はあれでいいんだよ。アタイ達はあいつを軸に戦いを組み立てるんだ。」

 

夕雲「そうね。行くわよ!」

 

一同「「はいっ(おうっ)!」」

 その言葉を起点に二水戦麾下の駆逐艦娘達が一挙に動き出す。相互に孤立する事がない様に、また夕立が孤立しない様に鶴翼の布陣を敷いていく。その手並みは何度も何度も重ねた訓練で洗練されており、集団戦をするしかない敵にこれでもかと言わんばかりに練度の差を見せつけていく。

しかも夕立を先頭に両翼に夕雲型、中央に白露型駆逐艦を配しての陣形は、最新鋭・最精鋭の駆逐艦をかき集めた、彼らの考え得る限り最強の駆逐艦戦力であり、それを統率する能代も経験こそ浅いとはいえ、彼らが望みうる最新鋭の軽巡洋艦であった。

その能代はと言うと、自身の経験が浅い事を自覚してか、まずは自分の経験を積む事を優先したようで、今回は各駆逐隊に動きは任せ、適度に督戦と統制を取りつつ、その援護に徹していた。

 

 他方、敵水雷戦隊もこの動きを黙って見てはいなかった。流石は前衛艦隊の精鋭とは言うべきであり、鶴翼陣の両端へ圧力をかけるべく隊を二つに分け、夕立の存在は敢えて無視しつつ、砲火の一部を二水戦へと向けたのである。

夕立は駆逐艦と言う基準で見ればかけ離れた攻撃力を有する艦娘ではあり、それを更にその柔軟で奔放な戦術によって底上げしている。しかしそれでも所詮は駆逐艦娘1隻、この巨大な戦場では余りに矮小且つ、無視できる程度の戦力でしかなかったのだ。例えそれによって10隻が仕留められても、この場には400隻を超える駆逐艦と軽巡級の深海棲艦が居るのだ。

 軽巡級に関して言えば、未だ半数近い数が開戦時から存在するヘ級Flagshipでこそあるが、残りはこの頃量産が軌道に乗りつつあって、ベーリング海棲地前衛艦隊を中心に配備が進んでいた軽巡ツ級、その水雷戦隊旗艦用仕様のeliteであり、その性能は侮り難いものがある。

しかもそれを後方から火力支援しているネ級は2053年、渾作戦に基づくビアク島防衛の際に確認されて以来、半年前まで「未知の新鋭艦」として識別されていたものであり、こちらも徐々に量産体制が整って各戦線に姿を姿を現し始めていた事で、新たに「ネ」の文字が識別用に割り振られていた。*7その実力も既存のリ級を上回るものであり、人類軍が投入していた艦娘に対抗する為、深海側が戦力の質的増強に努めていたことが伺える。

 “戦力に於いて艦娘と深海棲艦は平均1対6”と言うのは、要するに深海棲艦が個の性能に於いて艦娘に大幅に劣ると言う事を意味しており、この動きは深海側がこの事実を冷静に受け止めていた事の、何よりの証左であっただろう。ツ級に関しては投入されたのはネ級より早いが、量産化への努力が深海側の情勢分析の甘さから遅れた為、2054年中盤までは絶対数が少ないと言う事もあった。

しかし打ち続く敗戦に不利な条件の累積によってさしもの深海側指導部も焦り、新型艦の開発と投入に血道を挙げていたのである。無論だが艦娘に対抗する為の施策である。艦娘から得たデータが使われた事は言うまでもないだろう。

 

 話を戻そう。敵艦隊の用兵は理に適っていた。鶴翼陣はその陣形の中に敵を取り込み、3方向から攻撃することを企図するものであり、その両端から圧力をかけられた場合、残りの部分の兵力は対応が困難になってしまう。その為最初からこの布陣をする事は、用兵の常道に則ると愚策ではある。だが、常道で無ければどうであるだろうか?

敵水雷戦隊が雷撃体制へ遷移しようとした正にその時、立て続けざまに水柱が屹立し、次々に敵艦が撃沈されていく。

 

朝霜「ドンピシャア!」

 

村雨「やったぁ!」

 勿論その正体は二水戦の駆逐隊による攻撃である。鶴翼陣の両翼から、反対側の翼へ襲い掛からんとしていた敵に対してコースが交差するように雷撃を加えたのだ。これは彼女らが編み出した夕立に気を取られた敵を十字雷撃する戦術の応用で、夕立が無視された時のオプションとして用意されていた迎撃方法であった。

次発装填装置により短時間で再装填する事で、瞬間的に2倍の発射雷数を確保して行うこの戦術により、一時的に指揮系統が混乱するほどの打撃を負った敵水雷戦隊は、その混乱の中で夕立を始めとする近接戦闘に巻き込まれて数を減らし、短時間の激闘の後に双方が引いた時には、深海側は突入した水雷戦隊所属艦の3割を失っていた。二水戦側は海風中破のみである。

「よし、引いたか。」

 その頃二水戦を信じて任せていた直人は期待通りの結果にまずはひと段落、と言った感があった。上空では依然激しい空中戦が繰り広げられ、無数の砲弾が降り注ぐ状況でこそあったが、彼は至って冷静に砲撃を続けていた。

能代「“どうしますか?”」

 

提督「一旦こちらに合流だ。」

 

能代「“了解!”」

 二水戦は第二艦隊への合流命令が出され、直人はいよいよ次のアクションに移ろうとしていた。

「よし、左翼部隊、戦闘を継続しつつ後退だ。隊列は維持せよ。」

 

イタリア「“了解!”」

 

提督「右翼部隊はゆっくりと前進だ、なるべく気取られんようにな。」

 

大和「“了解!”」

直人が指示を出し終えると、そこへローマがやって来た。その後からイタリアが慌てて追いかけてくる。

ローマ「ちょっと、後退ってどういうつもり!?」

 

イタリア「ローマやめなさい!」

 

「止めないで! まだ勝負も付いてないのに尻尾を巻いて逃げるつもりなの!?」

その激しい調子のローマの糾弾に対し、直人はあくまで冷静に、

「戦闘中だ、戦列に戻りたまえ。」

とだけ告げた。しかしローマは納得しない。

「戻れですって? 後退命令を出して置いて何処に戻るって言うのよ?」

 

提督「ローマ、君は既に正式な辞令により私の指揮下にある。命令だ、戻りたまえ。それとも俺の作戦を台無しにするつもりか?」

直人がそう言うとローマは、

「・・・フン。」

と不満げに鼻を一つ鳴らして戦列に戻っていった。

イタリア「妹がすみません提督。」

 

提督「ローマがああ言うのも分からんでもない。が、後で呼び出しだな。」

 

イタリア「そうですよね、では私も。」

 

提督「頼むぞ、戦列を維持してくれ。」

イタリアはその言葉に一つ頷くと身を翻す。

「―――想定通りに作戦は進みつつある。」

その思いを新たにしつつ、彼は次の行動へと移るのであった。

 

 

8

 

 直人が打った次の一手に、各艦隊は正確に追従した。一水打群はその場を維持し、第一艦隊は緩やかに前進、第二艦隊と直人は緩やかに後退を始めたのである。

横鎮近衛艦隊の左翼、この場合は第二艦隊に攻撃を集中していた敵艦隊の大部分はこの動きに釣られ、徐々に南へと引きずられるように突進していった。ローマのように全員が唯々諾々と従った訳ではないとはいえ、その連携には一糸の乱れもないし、脱落艦もないのは、彼女らが積んできた厳しい訓練の精華であったと言える。

「―――もう少しだ。」

 直人は戦局全体を俯瞰的に捉えつつ、機が熟するのを只管に待った。空中戦はやや押され気味であり、多勢に無勢と言う所を技量でカバーする、と言うような局面が随所で散見された。艦隊にもちらほらと損害が出始めているころであり、その弾薬の量にも不安は残った。

だが彼は待った。その時が訪れるのを只々待ち続けていた。猛然と両軍が砲火を交え、目まぐるしく位置関係が変容していく只中で―――その時は、訪れた。気づけば、第二艦隊に釣り出される形で敵艦隊は大きく陣形を乱し、一方の横鎮近衛艦隊側は、さながら斜行陣のようになっていた。

「今だ! 第一艦隊と一水打群はその場で左に旋回、敵艦隊の側面に食らい付け!」

 

金剛&大和「「“了解!”」」

 

提督「あきづきも出番だ。敵を背後から罠に突き落とせ!」

 

防空棲姫「“待ちくたびれたわよ、始めましょうか。”」

時に日本時間6時32分、直人が仕掛けた巧緻の一手が発動する。それは決して独創性のあるものではないが、この局面において、彼らが圧倒的多数の敵に抗しうるただ一つの方法であった。

 

 

「“報告! 背後ニ“裏切リ者共”ガ突如現レマシタ!!”」

 

重巡棲姫「なんですって―――!?」

 驚く間もなく重巡棲姫の周囲に砲弾が落着し始める。第一艦隊と一水打群が突撃するようにして距離を詰め、一気呵成に滝のような砲弾の雨を降らせ始め、そこへあきづきらも潜航強襲戦術で、艦娘部隊の突如始まった苛烈な猛攻に浮足立つ敵左翼部隊の背後から奇襲を仕掛け、これを蹴散らしにかかったのである。

 しかもこの時左翼部隊は正面に中央を固めていた重巡棲姫が率いる部隊がおり、前に友軍、側背面に近衛艦隊主力を抱えた敵左翼部隊は瞬く間に進退窮まってしまったのである。更にその状態で追撃態勢に移りかけていた敵艦隊は全体としては陣形が乱れており、これに対して有効な手立てを打つ方策に欠いていた事が、混乱に拍車をかける事となる。

「まさか・・・嵌められた!?」

 気づいた時には時既に遅し。展開するスペースも、対抗する戦術もない左翼部隊は、半包囲態勢下にあって瞬く間にその戦力を削り取られていく。

元々重巡棲姫は、どこぞの司令部所属の1個艦隊が攻めてきたのだろうという予測の下、圧倒的戦力で蹴散らそうとしていたのだが、蓋を開けてみれば通常の3個艦隊程度に相当する、と言うよりは、1個艦娘艦隊司令部の全艦艇に相当する規模の、まごう事無き“1個艦隊”がそこにいた事で、最初から重巡棲姫の目論見は狂い始めていたのだ。*8

「―――中央部隊左へ旋回、敵の側面を突きます!」

重巡棲姫はそれでも対応を纏め、果敢に応戦しようとする。だが―――

「普通そうするだろうな。イタリア!」

 

「“はい!”」

 

「―――闘牛は終わりだ。反転突撃せよ!」

 

「“了解!”」

それを許す直人ではなかった。彼は第二艦隊に突撃命令を発すると、自らも前衛に立ち、敵右翼部隊に逆撃を開始したのである。しかも最初の時とは違い距離は遥かに近い。そこに巨大艤装『紀伊』が誇る優秀な射撃管制システムが組み合わさる事によって、実に4割以上の命中率を叩き出していく。

 更にここで直人は思案の一策として、3斉射に1度、20%程度の砲弾を三式弾に変更して射撃するという事もした。相手も生物であれば、炎上には弱い。そういった生物学的弱点を突く一手は、目に見えて彼に成果と戦果を齎したのである。

この驚くべき事実は偶然にも、その知らせを受けた重巡棲姫に対して一つの疑念を生じさせるに至る。

 

“右翼正面の敵は、私が思っていたよりも遥かに多いのではないか?”

 

 この時横鎮近衛艦隊は、敵両翼に一斉攻撃を仕掛けた訳であるが、その戦力は左翼への攻撃に集中しており、敵右翼へ攻撃を仕掛けた部隊は全体の3割にも満たない数である。だがそれにも拘らず両翼の損害は同等の勢いで増加しつつあり、このままでは早晩壊滅することは日の目を見るよりも明らかであった。

もしこの時、重巡棲姫が関知していない敵がその場にいたとすれば、それを撃破しない限り戦局の覆しようがない。戦闘開始前に光学的に捉えた情報でも、左翼にいたのは20隻前後の艦娘部隊のみであり、そんな新戦力の情報などありはしなかった

偵察機の報告にもそんな情報は無かった事もあって、重巡棲姫の中に逡巡の波が広がっていく。結果、重巡棲姫が下した決断はこうであった。

「―――中央部隊はこれより、敵左翼部隊を殲滅しに向かいます。続きなさい!!」

自身が派出した第51任務部隊を援護し、横鎮近衛艦隊の第二艦隊へ攻撃を加えるという選択であった。

 これについては理由はいくつかある。やはり第二艦隊が最も数が少ない為に戦力差で圧倒的に優位に立てる事。第51任務部隊には強力な深海棲艦が多数配備されており、それによる戦力差の上乗せが出来る事。右翼部隊に比べて左翼部隊は体勢的不利を受けていない為援護しやすい事などである。

2点目に関して言えば失う事の出来ない貴重な戦力である事も意味していたが、兎も角にも重巡棲姫は、直前になって合流した事で見事敵の目を欺いた巨大艤装『紀伊』がいる第二艦隊正面に向かい機動を開始したのである。しかもこの時のアクションは巧妙であり、後背を突かれぬ様にと右翼部隊援護も兼ねて自身が指揮する中から精鋭部隊を引き抜き、横鎮近衛艦隊側の中央部隊である第一艦隊への攻撃に充てつつ転進したのである。

此処までの指揮ぶりからしても、重巡棲姫もまた並の深海側指揮官ではない非凡な指揮官である事は間違いなかった。

 

「―――これが、提督の作戦・・・!?」

 そしてローマはその有様に呆気にとられていた。ローマにとっては、例え一時だろうとも敵から退く事など有り得なかった。だが目の前で繰り広げられた光景は、()()()退()()()()()()()()()状況だった。積極果敢な事で評価されてきたローマにとっては、正に青天の霹靂にも似た心境であったが、状況がこの瞬間も目まぐるしく変転する戦場で、その思いに浸れる時間は長くはない。ローマは今更ながら提督に嚙みついた事をちらりと後悔しつつ、今は兎に角目の前の敵に集中するのであった。

 

 余談ではあるが、この作戦について彼は後に大淀に対してこう述べていたという。

「(この時の作戦について当時の心境を回想しながら)―――あれは正直、成功したらという事実だけで奇跡に近かった。何せ、余りに圧倒的な兵力差だ。こちらの反撃をものともせずに襲い掛かられたら、こちらはたちどころに潰走するしかなかった。超兵器なんて居ようものなら太刀打ちする事も出来なかったかもしれん。

だが結果として、あの一手は上手く行ってくれた。これを天恵と呼ばずして、何と呼べばいいのか。俺には見当もつかんよ。」

 この言葉が、横鎮近衛艦隊をしてどれ程の窮地に自ら立ち向かったのかを示していると言っていい。

この時期でさえ、彼らはその発足当初から最前線で屈強な敵と戦い続けてきた最精鋭部隊である事に変わりはなく、その実力は他の艦娘艦隊の殆どが遠く及ばない程にまで隔絶したものでこそあったが、それでも尚、数の暴力と言うのは戦いに於いて最大の脅威であると言う事が伺える。それは戦場に於ける真理であり、原理原則の一部であるが故に、手段としては大過なく強力であると言える。

つまりこの時彼が最も恐れていたのは、敵が損耗を一切恐れない、深海側では一般的な類の指揮官であった時の事であり、その点でも彼らは運に恵まれていたと言えそうなのである。

 

 横鎮近衛艦隊は正に僥倖とも言うべき勝利を得ようとしていた。だがそれを座して待つ重巡棲姫ではない。彼女は明らかに異常な敵左翼に止めを刺すべく本隊を率いて進発、直人の前に敢然と立ちはだかったのだ。

「成程、各個撃破に出たか。この戦術の難点を突いてくるとは、敵も中々―――」

と感心した様に言いかけた言葉を遮ったのは、何とイタリアだった。

「ローマ! あれって!」

 

「・・・噓でしょ?」

イタリアが驚愕の声を上げ、ローマが狼狽えた様にそれだけ捻り出した。

「どうした!」

直人がそう聞くと、イタリアが答えた。

「―――あそこにいる深海棲艦、恐らく我が同胞です。」

 

「何―――!?」

指差した方を艤装の測距儀を介して見ると、そこには敵の旗艦―――重巡棲姫がいた。距離にしておよそ30,000m余。

「ザラ級重巡洋艦1番艦『ザラ』、こちらに私達が来る時に身を挺して私達を守り、戦没した艦娘です。」

 

「姉さん、何を!」

 

「―――成程、あれが。」

 直人はイタリアの言葉に、2人の動揺の訳を悟った。どうやら彼女らは知らぬ間に、かつての仲間と戦火を交えていた様である。よく見れば確かに、その重巡棲姫の髪はブロンドである。普通なら黒か白か、と言ったところであるのにだ。

それを聞いた直人は咄嗟に無線を繋ぐ。呼び出し先は―――

「あきづき、聞こえるか!?」

 

「“バッチリよ。どうしたの慌てて。”」

 

「―――答えだけ教えてくれ。沈められた艦娘が深海側で()()()()()されて戦場に出てくる事ってあるのか?」

 

「“・・・答えはイエスね。”」

やはりか―――直人はそう思い、あきづきにこんな質問をぶつける。

「助ける方法は?」

その言葉はイタリアとローマにも届き、2人は思わず直人の方を見る。あきづきは思わず

「“本気なの?”」

と聞き返したが、直人は一言

「勿論だ。」

と返した。

 

防空棲姫「“―――朝焼け色の宝石は見えるかしら。個体によるけれど、それが鹵獲・戦力化された艦娘を制御する制御コアよ。それを切り離せばいい。でも、確実に戻ってくるという保証はないわよ。”」

その言葉を聞いて彼はもう一度重巡棲姫をよく観察する。重巡棲姫の背中には、双頭の蛇の様な生体武装部が付着している。その付け根に、それと思しき大きな宝石のようなものが鮮やかな光を湛えている。

「―――ありがとう、努力してみよう。」

 

「“幸運を。”」

何故あきづきがこの事を知っているかはこの際問題ではない。今はただ、率先躬行の時だった。

「イタリア、ローマ!」

 

「はい、提督!」

 

「何よ。」

 

「俺の後から来い。第二艦隊の指揮は最上が一旦預かれ!」

それを聞いた最上が無線で「了解!」と返す。

「いったい何を!?」

ローマが思わずそう尋ね返すと直人は

「助けたいんだろう!?」

と一喝した。ここで問答をしている時間はない。

ローマ「ッ―――!」

 

イタリア「・・・了解! 信じますよ?」

 

提督「あきづきには保証はないと言われたがな。」

 

イタリア「賭け、ですね。」

その言葉に一つ頷くと直人は全艦隊に命令を飛ばす。

「全艦隊へ、これより敵旗艦へ3艦で突入を敢行する! 全艦隊、我を援護せよ!!」

 

「「“了解!”」」

 彼の突然の命令に、全艦隊は疑義を差し挟む事無く従った。それは彼女らとの間に、強固な信頼関係が構築されていた事を意味していた。

例え彼の方針に不満があろうとも、彼が戦場に於いて比類ない戦術指揮官であり、同時に一人の勇者である事は誰もが認めるところだったのである。そしてイタリアとローマの2人は、初めてその“勇者”の側面を目にする事になる。これについてはプリンツ・オイゲンとZ 1(レーベレヒト・マース)も同様であったかもしれないが。

提督「行くぞ、遅れるなよ!」

 

イタリア・ローマ「「了解!」」

 その言葉を聞くと共に、直人は全速力で突撃を開始する。それまで戦術面で合理的な立ち回りを取っていた様子から一変、流星の様に一直線に目指す場所へ向かって突入する。流石に最大速度で行くと2人を置いて行ってしまう*9為、出せる速力こそ32艦娘ノット程度ではあるが、それでもそれまでの彼の動きから考えれば殆ど別物である事は間違いない。

その高速で彼我の距離は急速に縮まり、それに比例して紀伊の命中率は飛躍的に向上し、彼の行く手を遮ろうとした敵艦を次々と薙ぎ倒していく。

(こんな事ならば、30㎝速射砲も装備しておくべきだったな。)

 ちらりとそんな事を思いもしたが、直人はすぐにその思いを捨て去った。残弾は4割程度しか残っていないが、重巡棲姫との距離は約26,000m、この艤装にとって詰めるには容易な距離である。だがその距離は容易ならざる道であった。

重巡棲姫の方も彼の動きには既に気づいていたし、彼の動きを見た重巡棲姫の方も慌てて防ぐよう命じていた。しかもその進路の西側にはそれに呼応出来る数万隻もの無数の敵艦が未だに健在であり、これが阻止行動に代わる代わる突入してくると言った有様なのである。これでは弾薬が持つかどうかはかなり怪しい。

(弱気になってどうするのか。そんな事で、思い定めたものを救い出す事等、出来ようものか!)

 彼は前を見続ける。迫る敵を的確に叩き続け、自身と後に続く2人の戦艦艦娘の進路を切り開き続ける。彼らの後方から第二艦隊からも懸命の援護射撃が行われるが、それでも尚、敵の勢いは全く止まらない。

みるみる間に距離は詰まり、距離は20,000mを切る。駆逐艦から戦艦に至るまであらゆる敵艦が彼の行く手に立ち塞がろうとして粉砕されていく。だがたった6,000mの前進で更に1割の弾薬を射耗し、その圧倒的な数の差に直人も舌を巻かざるを得ない所に追いやられつつあった。

 

―――その時である。

 

イタリア「“味方艦隊後方より飛翔体接近!”」

 

提督「何―――!?」

 イタリアが直人に齎したその情報は、第三艦隊から戦闘中の各艦隊に回されたものであり、本来は直人も受信している筈のものであったが、不幸にも巨大艤装『紀伊』の傍受側はこれをキャッチ出来ないでいた。

イタリアは彼が反応しない事を咄嗟に見て取り報告した訳である。そして、彼の驚きに対する答えはその直後に発覚する。後ろを振り向いた彼の目に、ロケットモーターの排煙と共に猛スピードで彼らの頭上を通過するであろうミサイルが目に留まったからである。

「・・・対艦ミサイルか? だが一体どこから―――」

 その一瞬の逡巡を他所に、ミサイルは次々と終末誘導に従い敵艦を捉えていく。この予期しない援護射撃に深海棲艦隊は何が何だか理解する事が出来ず、混乱が広がっていく。そして直人もまた、それを理解する時間はなかった。

「今がチャンスだ、一気に押し込むぞ!」

 直人のその言葉と共に彼らは引き続き重巡棲姫に向かい突進していく。先程より勢いの落ちた敵の阻止行動に対し、3隻は的確に砲弾を見舞って下がらせ、混乱を収拾するのに手間取る重巡棲姫を嘲笑うように、更に5,000mの距離を縮める事に成功する。

だがそこまで来て再び彼らに注がれる火力が強化され始めた。一部の部隊が早くも混乱を収拾して襲い掛かってきたのである。

ローマ「“ちょっと、このままじゃたどり着く前にやられちゃうわよ!?”」

 

提督「大丈夫だ! まだこっちの弾は持つ!」

 しかしその言葉とは裏腹に敵の勢いは増す一方、暴力的なまでの鉄の嵐は、油断すればたちどころに彼らを飲み込んでしまおうとしていた。無論の事ながら、この程度で容易く膝を折る巨大艤装ではないにせよ、一端の艦娘であるイタリアやローマには耐えられそうもないのは日の目を見るよりも明らかだった。

相対距離は12,000mを切り、最早引き返す事など叶わない。既に第二艦隊への直線コース上には敵が展開しており、背後から追撃の構えさえ見せていた。それに構う事なく彼らは尚も突き進もうとしていたが、距離10,000mを切った時、一筋縄では行かない相手が遂に彼らの前に立ち塞がる事になる。

「―――あれは、戦艦棲姫かッ!」

深海棲艦隊の中にあって一際目立つ巨大な武装、間違いなく戦艦棲姫であった。51TFを任されている戦艦棲姫「ペンシルベニア」が、直属の戦艦部隊と共に彼らの進路を塞ぎに来たのである。

「舐めるなよ、この巨大艤装の前には、その程度の姫級如き―――!」

 直人が80㎝砲の何基かを水平に構え戦艦棲姫に向け射撃する。が、驚くべきことに、その戦艦棲姫は命中コースに入った3発の砲弾を尽くその装甲板で弾き飛ばしてしまったのである。

「なっ―――強化されているのか!?」

と直人が驚くがそう言う訳でもなく、運悪く浅く入ってしまったが為に跳弾してしまったのである。だが過程はどうあれ窮地に変わりはない。既に戦艦棲姫の主砲は彼にピタリと照準を付け放そうとしない。

両者の距離は僅かに1,000m、流石の直人も被弾を覚悟した。

 

しかしここで事態は再び彼に味方をした。思いもよらない援軍が、戦艦棲姫を含む敵戦艦部隊に魚雷攻撃を見舞い、敵の隊列を大きく乱させたのだ。

「―――!」

助かった事を知ると同時に、直人は周囲を見渡してみる。そしてそこに居たものを視界に捉えるや否や通信が入った。

「“司令、行って下さい! ここは十七駆が援護します!”」

 声の主は、一水打群第三水雷戦隊所属、第十七駆逐隊司令駆逐艦の浜風であった。浦風と浜風による巧みな連携攻撃に谷風を巻き込んで、強力なフックをお見舞いした訳であり、おっとり刀で金剛と矢矧の許しを得、ここに駆け付けたのである。距離的な問題を考えれば、確かにこの局面で彼らを救えるのは、足の速い駆逐艦ならではであろう。

「―――恩に着るぞ、浜風!」

 彼は一瞬の隙を見逃さず、すれ違いざまに一撃を加えて戦艦棲姫を更に怯ませると、イタリア・ローマと共にこの強固な隊列を突破する事に成功する。そして気づけば、彼我の距離は5,000mにまで縮まりつつあった。此処へ来て、中央と右翼の艦隊による砲火が成果を上げ、重巡棲姫の周囲には殆ど取り巻きらしい取り巻きは居なくなりつつあり、彼はここに、千載一遇のチャンスを手にしつつあったのだ。逃せば、次はないだろう―――そう確信出来るほどの状況であった。

その取り巻きがなお彼の侵攻を阻もうと、重巡棲姫を守って前に出る。

「どけぇぇぇぇぇぇ!!」

しかし裂帛の気迫と共に彼の砲が火を噴き、これにより重巡棲姫までの進路は完全にクリアとなった。

直人「捉えたぞ、敵の総大将!!」

 

「この―――化け物めぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 重巡棲姫が自らの武装を直人に向け、放つ。相対距離は2,000mもない。直撃は疑いないところであったが、ここで直人の超人技が火を噴く。

「―――ッ!」

直人はその砲口の向き方から自身に直撃する事を即座に見抜くと、自らの80㎝砲をその砲弾の軌道上に照準したのだ。そして両者放たれた砲弾は1発が途中で正面から激突する形となったが、重巡棲姫が放った砲弾は8インチ口径でしかない。圧倒的な質量差を前に大きく進路を逸らされた8インチ砲弾は空中で炸裂を余儀なくされ、正面衝突で信管が作動した80㎝砲弾は爆発と共にもう1発の8インチ砲弾を爆風で弾き飛ばし、結果的に2発共直人に届く事は無かったのである。

 だがこの時、唐突に彼の艤装は限界を迎えた。副砲も含め弾薬が遂に底を突いたのだ。彼はこれを承知の上で、最後の1斉射を血路を拓く為に使ったのである。残されたのは15㎝高射砲のみであり、これで深海棲艦に傷を負わせる事は難しい。イタリアやローマも状況は五十歩百歩であり、最早戦闘能力はほぼ残されていない。にも拘らず、距離は未だに1,500mを残しているし、重巡棲姫は完全に健在であった。

「弾切れ―――これで、終わり!」

無情にも装填を終えた重巡棲姫の主砲は再び直人に狙いをつける。彼は既に腰に差した霊力刀『極光』に手を伸ばしており、最後まで諦めないその心は立派としても、最早如何ともし難い所まで来てしまっていた。

イタリア「提督、避けて―――!」

直人は確かに以前砲弾をも斬り伏せた事はあるが、それもこの至近距離では不可能である。直人自身回避は間に合わない。誰しもが今度こそダメかという思いが去来した時―――奇跡とも言える事象が起きた。重巡棲姫が主砲を撃たなかったのである。

重巡棲姫「・・・イタリ、ア―――?」

目を丸くする重巡棲姫の視線の先には、直人の後ろから駆け寄ろうとするイタリアの姿があった。彼女の声は偶然にも重巡棲姫の耳に届き、その瞳はしかとその姿を捉えたのである。この時まで、重巡棲姫はイタリアの存在に気付かなかった。当然だろう、これだけの大軍を指揮している身故、そんな所にまで気を回す余裕は端から無かったのだ。ローマの姿は硝煙と波頭に搔き消され捉えられていなかったが、この心理的動揺から生まれた一瞬の隙が、彼に最後の架け橋を渡す事となった。

 

「―――司令を、お守りしますっ!!」

重巡棲姫に6本もの酸素魚雷が同時に着弾したのである。しかもこれを放ったのは、たった1隻の駆逐艦だったのだ。

「ぐああああああっ!?」

そのダメージは大きく、その間に直人は遂に、重巡棲姫に手の届く場所に辿り着いた。

「ッ―――!」

手を伸ばせば届く距離、彼は必要最低限以外の艤装を一度パージすると極光を引き抜き、重巡棲姫と交錯する。そして―――

 

ズバァッ―――

 

鋭く振り上げられた一太刀は、朝焼け色の宝石ごと、その背中に癒着した武装のみを根元から切り落として見せたのである。これぞ正に、剣術の達人でしか成し得ない妙技であっただろう。

重巡棲姫「―――ッ!」

そして重巡棲姫は、急速にその力を失いつつあった。

ローマ「ザラ―――ッ!!」

 

重巡棲姫「ロー・・・ま―――」

薄れゆく意識の中で“重巡棲姫”が最後に見たものは、必死の形相で彼女を受け止めようとするローマの姿だった。こうして重巡棲姫は無力化され、その身柄は、ローマの腕の中に収められたのであった。

提督「よし、作戦成功! 直ちに離脱する!」

 

イタリア・ローマ「「了解!」」

7時48分、こうして直人の賭けにも似た突撃は、彼が賭けに勝つ形で収束し、すぐさま彼はパージした艤装を再接続して離脱にかかった。

「司令! 第十六駆逐隊、お迎えに上がりました!」

そこへ雪風らが現れたのだった。

提督「雪風、ありがとな。でも何でここに?」

 

「浜風さんと同じです、金剛さんに許可を得て来ました! 雪風の援護、お役に立てましたか?」

そう自慢げに話す雪風の表情は、役目を果たせた達成感からか晴れやかな笑顔に包まれていた。そしてこの言葉によって、先程の雷撃が雪風のものである事もまた発覚した訳である。全く恐るべき幸運と言うべきであろう。

天津風「まぁ、私達は全員魚雷を撃ち尽くしてたしね。」

 

時津風「雪風だけ、魚雷2回撃てなかったんだよねぇ~。」

 

提督「そうだったのか・・・ありがとう、本当に助かったよ。さ、ぼやぼやしないで、さっさと引き上げよう。」

 

雪風「はいっ!」

 

 

~???~

 

「―――首尾は。」

 

「上々です、後は合図があれば、同志達が起ちましょう。」

 

「よし、では予定通り開始する。戦力の空白が生じた今より他に好機はない。」

 

「はっ―――」

 

 

9

 

 こうして、「北海道東方沖海戦」の前哨戦は、横鎮近衛艦隊が敵旗艦である重巡棲姫を撃沈・拿捕する形で収束に向かった。主となる指揮系統を失った事で戦場は勿論、敵侵攻艦隊全体に指揮系統の乱れが発生し、その規模の大きさ故に混乱はさざ波のように広がっていったのだ。これに乗じた横鎮近衛艦隊は、友軍との合流を図り北上する敵艦隊の残存部隊を徹底的に打ちのめし、1時間余りの追撃戦の末に引き上げた。

横鎮近衛艦隊も砲戦とその後の攻勢及び追撃戦の結果、戦艦2隻を含む数隻の大破艦娘を出し、少なくない手傷は負ったものの、全体としては遠距離からの砲撃戦が序盤終始した為に損害はいつもよりも抑えられており、敵の猛烈な砲火に晒されたにしては、艦隊全体が幸運に恵まれたと言って良い結果に終わった。一方圧倒的な物量を相手取った横鎮近衛艦隊残余の戦闘機部隊は、更にその4割に上る160機余りを失いながら、辛うじて敵艦載機の攻撃の大半を食い止める事には成功した。紀伊から飛び立った西沢隊の噴式震電改部隊も43機を失っており、いかに激戦だったかをよく伺わせる状態であった。航空隊の稼働機は最早定数の2割程であり、対艦攻撃用の航空機用弾薬もまた払底して攻撃する事も出来なかった第三艦隊だったが、艦隊の頭上をその献身によって守り抜く事でその務めを果たした訳であった。いずれにせよ第三艦隊は、機動部隊としては長期に渡り戦力にならない事がこれで確定してしまった訳である。

 

 だがこれ程までの犠牲を払った戦闘に於いて、彼らは奮戦良く務めを果たし、敵艦隊の南進阻止と言う重要な役割を果たす事に成功した。これは正に軍事史に多大なインクを残しうる戦いであり、多大な幸運と奇跡が介在したかのような戦いであった。

そしてこの事態は、彼らが待ち望んだ一つの事象を現実のものとする。即ち、礼号作戦参加艦隊の内地集結である。彼らが稼ぎ出したこの貴重過ぎる時間が、南方に誘致されてしまっていた戦力の呼び戻しに大きく寄与し、1週間程度続いた敵の混乱収束の間に、半数以上の主力部隊が集結を完了、一部では作戦行動を開始していた。彼らの決死の反撃が、日本側の総反撃と言う実を結んだのである。

 横鎮近衛艦隊が撤退に移った時点で、既に帰還していた礼号作戦組帰還先発隊は、長旅と作戦行動の休息もそこそこに出撃準備を整えつつあり、一部は作戦行動に入ろうかと言う頃合いであった。

だが逆に言えば、()()()()()()でもあり、今から展開しようとすれば、それらが接敵するより前に、敵主力からの航空攻撃によって関東圏が直撃されていた公算が大きく、しかもそれ以前に有力な艦隊を展開する用意と余地の双方が極めて欠けていた事が重なり、横鎮近衛艦隊が北上して日本防衛に当たろうとする友軍集結前に打って出て、その身を投げ打って自身に攻撃を誘引しなければ、彼らが出撃する頃には手遅れになっていたかもしれないのだ。

 

 かくして、主力が戻る以前に動けた唯一の精鋭として獅子奮迅した横鎮近衛艦隊であったが、8時39分に追撃を打ち切った頃にはほぼ全ての艦で、艦砲から航空機用、機銃弾に至るまで弾薬が払底しており、戦闘能力を喪失したものの、彼らにとっては()()()()()()撤退であった。

だがその短くも苛烈な追撃戦もあって、敵本隊とその周囲を固めていた敵部隊はその殆どが撃沈され、僅かな個体のみが、北へと脱出を果たすに留まる。それとて、弾がなければ撃ちようがなく、敵の別部隊との距離も縮まった為渋々見逃さざるを得なかったのだ。伊勢や日向などは刀さえも振るって白兵戦を挑みさえしたのだ。この時の戦いぶりが如何に徹底されていたかはこれによっても分かるだろう。

 

 横鎮近衛艦隊は撤退を決めるや直ちに鈴谷に全艦を収容すると、さっさと逃げ去って行った。殿はやはり弾を使い果たした紀伊が務め、鈴谷も全火器に仰角をかけ、直人もまた鈴谷の格納庫から30㎝速射砲も持ち出したが、敵の反撃を受ける事は遂になかった。これはこれで僥倖と言うべきだっただろう。

そして南西に進路を取って丸1日が経った頃、ひとまず疲れを癒し、一通り必要な指示を終えた直人は、いくつかの気にかけていた事を聞いてみる事にした。

 

1月30日9時12分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

提督「―――そう言えば、だ。あのミサイルについて、明石は何も聞いていないのか?」

 

明石「あれ、提督は何もご存じないんですか!?」

 

提督「あ、うん、そうなんだよ。」

 

明石「通信でお伝えしたと思うんですが・・・。」

そう言われた直人は明石にその時通信が傍受出来ていなかった事を説明すると、得心した明石は端的に説明した。

「あれは自衛艦隊司令部直轄、第31護衛隊による支援攻撃です。」

それを聞いた直人は漸く得心したと言う様に、

「やれやれ、あの人か。」

と呟いた。

 第31護衛隊は、36中期防で建造された「いわき」型イージス護衛艦(D D G)「ばんだい」を旗艦とし、「あやなみ(2代)」型護衛艦(D D)「あやなみ」「しきなみ」「いそなみ」の3隻を従える、護衛艦隊司令部直轄の部隊である。長きに渡る戦争で多大な損耗を強いられた海上自衛軍でも指折りの精鋭部隊として知られており、損耗とは無縁ではないにしろ、猛訓練と度重なる実戦によって培われた練度は本物である。

 だがその立場上、この様な部隊を動かせる人物と言えばそう多くはない。そしてその人物の大半は、全体の対応に追われこの様な所に気を揉む余裕はない筈である。となれば、動かしうるのはこの時ただ1人、この部隊を直接指揮下に置いている護衛艦隊司令官、土方海将であった。

 

 横鎮近衛艦隊の母艦「鈴谷」が出港する以前から、第31護衛隊は他に本土に残されていたいくつかの護衛隊と共に、日本の東方海上にあって南下してくるであろうと予測されていた敵艦隊に対して監視線を敷いていた。

だが第31護衛隊は突如、土方海将の指示で急遽存在が確認された敵主力への長距離攻撃を指示され、そのタイミングが偶然にも、直人が危機に陥ったタイミングと重なったのだった。第31護衛隊は当該海域に艦娘部隊がいるとは思っても見ず、そのタイミングも完全な偶然であったが、結果として土方海将の命令が直人を救う事になったのだった。無論この命令が、直人の身を案じての、細やかな側面支援のつもりであった事は言うまでもない。

「あれがなければ本当に危なかった所だ。帰ったら土方さんに礼を述べなければな。」

と感慨深げに言う直人なのであった。

「本当に提督は、土方海将に頭が上がりませんね♪」

 

「なんでお前が嬉しそうなんだ・・・ところで、例の深海棲艦はどうなっている?」

と直人が明石に聞くと明石は、

「処置が完了してからは安定しています。生体への浄化は初めてでしたが、どうやら上手く行ったようです。暫くは何らかの後遺症に悩まされるかもしれませんが、血色は戻ってきてますよ。見に行かれますか?」

明石がそう聞くと直人は二つ返事で行くと答え、艦橋を預けて医務室へ向かうのであった。

 

~重巡鈴谷中甲板中央部・医務室~

 

 医務室へ入ると、数床あるベッドに負傷療養が必要と判断された何人かがベッドに横たわっているのが目に入った。艤装を大破され負傷した山城の姿もあり、テーピングや包帯の姿が、激戦の後と言う生々しさを強調していた。

「傷の具合はどうだ、山城。」

 

「あ、提督。治りは順調です、ご案じなく。」

 

「そうか・・・怪我までさせて済まなかったな、おかげで戦線は支えられた。」

 

「提督が謝る事じゃないでしょう。扶桑姉様を守るのに必死だっただけですから。」

と口では言う山城だったが、その後にぎこちなくはにかんで見せた。どうやら山城なりに「心配しなくていい」と言いたいらしかった。直人がその言葉に一つ頷いた時、雷がそこへやってきた。

「あら司令官、お見舞いに来たのかしら?」

 

「それもあるけど、明石から多分聞いてるだろう?」

 

「勿論よ。さ、こっちね。」

雷に案内されて、彼は一番奥の病床に通される。そこに横たわっていたのは、直人があの時武装を切り落とした深海棲艦―――重巡棲姫であった。明石の言う通り血色も戻ってきており、静かな寝息を立てて今は眠っていた。

雷「強制的に癒着されていた細胞組織は綺麗に取れたわ。痕も残らないと思うけど、深海棲艦から艦娘に戻った時のギャップが、少し心配なのよねぇ・・・。」

 

提督「そもそも、戻れるかどうか、か。」

 

雷「えぇ、そうね。」

 直人も最初見た時、ブロンド髪の深海棲艦とはと内心では驚いたものであったが、どうやら血色は表面上同化出来ても、髪の色までは変えられないものであるらしい。しかもこの施術の呪縛から逃れれば元の血色が戻ってきているから、やはり識別の為と言う趣なのだろう事が容易に推察出来た。

せっかく苦労して手に入れて戦力化したと言うのに、味方の誤射でも食らってしまったら堪らないからである。

提督「前例のない事だ、慎重に慎重を期してくれよ。」

 

雷「勿論分かってるわよ。」

そこへ一人の見舞い人がやってきた。

「今宜しいでしょうか?」

 

提督「ん、播磨か。」

やってきたのは第1特別任務群の所属艦「播磨」であった。

播磨「はい、ここに我が同胞の所業が運び込まれたと聞き及びまして。」

 

雷「勿論大丈夫よ、どうぞ。」

 

提督「―――では俺はこの辺りでお暇しよう。また後で他の艦娘達にも見舞いに来る。」

 

雷「はーい!」

そうして直人はその場を離れ、医務室を出ると、すぐ近くの廊下の壁にてあきづきがもたれかかりながら立っていた。

「・・・この艦隊は、()()()の集まりね。」

 

「・・・違いあるまい。」

そんな静かで短いやり取りから少しの沈黙を挟み、直人はあきづきに問うてみる。

「―――何故、あの宝石の事を知っていたんだ? 俺の推測でしか無かろうが、霧の一件から君が生まれた事を鑑みれば、深海側にとっては時期的に見て期待の新鋭艦。逆に言えば、深海の中枢に携われる様な立場では無かった筈だ。」

その言葉にあきづきは、

「・・・それを知ってどうするつもり?」

と聞いたが直人は、

「俺が腑に落ちんだけだ。言いたくなければ別に構わない。」

と言った。

防空棲姫「・・・素直な事ね。別に教えないなんて言ってないでしょう?」

と言ってからあきづきは話し始めた。

「―――私が生み出されたのは、深海の研究施設にあった製造設備だったわ。そこでは日夜様々なものを研究していた。その中に、あの朝焼け色の宝石の様なものがあった。」

 

提督「・・・あれは一体、何なんだ?」

 

防空棲姫「―――彼らは“強制制御コア”と呼んでいたわ。装着者の精神を蝕み乗っ取り、意のままに操る装具。肉体に直接埋め込む事も出来るそうだけど、武装に埋め込んだり、首輪にする事も出来そうだとか話していた気がするわ。

もっとも、生み出されたばかりの私には興味を持つだけの余裕はなかったけれど。」

 

提督「・・・外道の兵器、だな。恐ろしく有効でもあるが。」

彼がそう言うとあきづきも言った。

「外道、と断じるのは簡単だけど、あれは多分、初めから艦娘を戦力利用しようとして研究された物ね。艦娘の力は、深海からすれば圧倒的過ぎる。ならば自分達の手にしてしまった方が、手段としては最も手っ取り早い訳よね。」

 

「言うに易し、とはこの事だが、彼らは本気で実行する術を手に入れてしまった訳か・・・。」

 艦娘艦隊を統率する身としては気が重い話である。識別する方法こそあるものの、この事実は艦娘達の士気にも影響を及ぼしかねない。なんせ、深海棲艦を相手取るのと元・艦娘の深海棲艦を相手取るのでは、認識的な捉え方がまるで異なってしまうからである。

今回は幸いにも、他に気取られる事はほぼなかったが、重巡棲姫の一件で何れ知れる事は目に見えているし、そうなった時のショックは大きいだろう。何より、それまで彼が伏せていたとなれば、艦娘達自身がこれまでの行いの中で元・同胞を手にかけてしまったのではないかと不安に駆られてしまうかもしれないのだ。ならば―――

「早い内に打ち明けた方が、彼女達の為でもあるか。」

 

防空棲姫「ま、その辺は任せるわね。」

 

提督「分かった。ところで今日イタリアは見てないか?」

とつかぬ事を問われてあきづきは

「朝方見舞いには来たみたいだけど。」

と答えた。

「そうか、タイミング的にはすれ違ってしまった事になるな。」

 

防空棲姫「何か用でもあったのかしら?」

 

提督「いや、それはもう済んでるんだ。ありがとうな。」

 

防空棲姫「・・・? どういたしまして。それじゃぁね。」

 そう言ってあきづきが去って行く。その背を見送りながら彼は昨日の事を思い返していた。と言うのもイタリアを探している風な事を聞いたのも、その「もう済んでいる」用が関係しているのだ。

時は少し遡り・・・

 

1月29日19時28分 重巡鈴谷前檣楼・艦長室

 

提督「・・・。」

 

イタリア・ローマ「・・・。」

直人に艦長室に呼び出された2人。椅子に腰かける直人も仏頂面であり、彼の前に立つ2人の表情にも柔らかさはない。

「―――何故呼び出されたか、分かるな?」

 

2人「はい。」

 

「ローマ。君は軍人として、してはならぬ事をした。上官の命令に背き持ち場を放擲したばかりか、あろうことかその足でその上官に対して抗命すると言う挙に出た。これがどの様な行いであるか、分かっているな?」

 淡々と述べる彼の目線は冷ややかだった。当然あの作戦が、たった1人の艦娘の抗命によって瓦解するような事は有り得なかったが、それとこれとは話が別である―――彼の眼はそう告げているかのようでもあった。

ローマ「分かっています・・・。」

 

提督「イタリア。君は第二艦隊旗艦と言う職責にありながら、その指揮下にあるローマに対して部下への監督責任を全うする事が出来なかった。異論はあるか?」

 

イタリア「・・・ありません。」

 

ローマ「待って下さい! あれは私がカッとなって行った事で、イタリアは何も―――」

その姉を庇っての発言に対して直人は容赦する事は無かった。

「カッとなったからと言って許されると言うのか? 自分が勝手にした事だからと、その上司の責任は免除されるのか?!」

 

「―――ッ!」

 

提督「ローマがあの時した発言は、心情的にも理解出来ない訳ではない。だがそれとこれとは関係ない。君は今や私の指揮下にある軍人だ、命令は絶対に守れ。軍規違反だ。」

 

ローマ「・・・分かり、ました。」

 ローマはこの時、「優しいながらも厳格」と言う、直人の姿勢を身に染みて理解した。彼の優しい側面しか見ていなかったローマからすれば甘いとさえ見えていた彼であったが、その裏には、何者の違反も見逃さず、きっちりとけじめを取らせ、艦隊に猛訓練を課してある程度の規律は維持すると言う、厳しい一面を持ち合わせているのだった。

これこそ正に、横鎮近衛艦隊が平時に於いてあれだけ緩い空気でありながら、有事に際して軍隊として機能する何よりの秘訣であった。

提督「ローマには10日間の独房入りを命ずる。1度頭を冷やせ、分かったな。」

 

ローマ「・・・はい。」

 

提督「イタリア。本来であれば君にも何らかの罰を課する所であるが、今回は戦闘時の陣形変更中に起こったこと故、実際の罰は課さない。だが監督責任の不首尾に対する責めは負うて貰わなければならん。よって、ローマの連行を以てこれに代える事とする。」

 

イタリア「・・・分かりました。」

 これが、ローマ抗命事件とも言うべき事件の顛末であった。横鎮近衛艦隊と言う難しい立場の組織ならではの事件と言う色彩も帯びた事案だったが、結局の所、彼は処罰を手控える事は無かった。

「我々の敵は、我々が想像するより遥かに強大なんだ。そんな相手と戦争をしている時に、こんな些細な事で諍いを起こしている場合ではないんだ。こんな事がそう何度もあっては困るぞ。」

 

2人「はい。」

 

提督「うむ。では下がって宜しい。」

 

 

そして現在、直人は食堂を出た所であった。

 

1月30日21時17分 重巡鈴谷中甲板中央部・食堂前通路

 

「ふ~。」

食後の充実感に満ちた表情の直人。そこへ・・・

Buonasera(ボナセーラ)、提督。」

 

提督「―――イタリアか。」

同じく食堂を出たイタリアが後ろから声をかけてきたのだ。

イタリア「提督も先程出られていましたね。」

 

提督「まぁな。」

 

イタリア「伊良湖さんのお料理、とっても美味しいです。これが航海中毎日食べられるのは、幸せですねぇ。」

 

提督「本当にそうだな・・・。」

 鈴谷の艦内料理を担当する伊良湖だが、その腕前は概ね好評で、直人も毎日舌鼓を打っているほど。しかも給糧艦であるだけにそのレパートリーも幅が広く、航海中飽きさせる事は全くと言って良いほどないのだ。これに関しては流石の一言に尽きる。

提督「やはり食事と言う奴は、やる気にダイレクトに影響を与えるものの一つだからな。質が良くなければ、それだけ部下のやる気を削いでしまう。その点、伊良湖には助けられているよ。」

 

イタリア「提督は、良い艦隊をお創りになりましたね。」

 

提督「心からそう思うよ・・・ちょっと夜風を浴びに行かないか?」

 

イタリア「お供します。」

そうして2人は手近なタラップから甲板に上がっていく。

「・・・。」

不穏な1対の視線を他所に。

 

提督「今日の海は本当に凪いでいるな。それに天気もいい、月が綺麗に見えているな。」

 

イタリア「そうですね、星も綺麗・・・。」

 現在鈴谷は横須賀に向け一目散に退避する真っただ中にあるが、それでも敵との距離を気にして、艦には警戒態勢が敷かれ、夜は厳重な灯火管制の下、光を発するものは例えタバコの火1つと言えど禁じられている。その為星が綺麗に見えるのだ。

提督「そう言えば、イタリアやローマは、通訳なしで日本語を話せるな、ここへ来るまでに語学を?」

 

イタリア「はい。本当はザラやポーラもだったのですが・・・。」

 

提督「成程・・・プリンツ・オイゲンやレーベも日本語をやらせてはいるが、イタリアから見るとどう見える?。」

 

イタリア「日常生活と戦闘指揮では、殆ど支障はないと思いますね。もうすぐ日本語の学習も終わりで良いかと。」

それを聞いて直人は、

「香取と鹿島は、事が終わったら良い教師になるだろうな。」

と言い、イタリアもそれに同意した。

「・・・一つ、昔話をしよう。」

直人はそう切り出して語る。

「昔、故郷が空襲されて焼け野原になった事がある。その時もこんな感じで、星が良く見えていた。失われてから、文明の光と言う奴はたちまち、俺達の目から星の光を遮ってしまっていたのだと、その時初めて知った。おおぐま座が綺麗だったのを鮮明に覚えている。」

 

イタリア「そうなんですね。提督も・・・。」

 

提督「既に大都市は別無く焼け落ちた後。食料の供給も遅れ、何日かは持ち寄った少ない食料を、焼け出され生き残った皆で食い延ばし、空腹で過ごしたのも、今となっては良い思い出の一つだ。あの空襲もそうだし、俺もこの戦争で、多くのものを失った。こんな目に遭わせたアイツらが憎いとも思った。何度も何度も、昔に戻りたいとも思ったさ。でもそんな事では、過去も現実も変えられない。」

 その時直人の脳裏に、あの日聞いた幼馴染の最後の声が蘇る。あの日、彼の前から失われてしまった声。掛け替えのない盟友の声だった・・・。

イタリア「私の母国でも、沢山の人が、何かを失ってきました。それを終わらせる為に戦ってきましたが、その母国は今・・・。」

 その名を冠する彼女の母国イタリアは今、戦禍に飲まれ敵の手に落ちた。その魔の手から逃れる為に、イタリアはローマらと共にここへ来たのだ。

直人もそれを聞いて決然と述べる。

「それでも戦うしかない。皆が願う事はそれぞれだ。だがこれは戦争なんだ、戦わなければ、願うものを得る事は出来ない。我々が望み、戦っているものは、望むだけでは手に入れられないものだ。だが同時に、()()()()()()()()()()()()()()でもある。俺も、俺が望むものの為に、正しいと信じる道の為に戦っている。」

 

イタリア「・・・1つ、伺っても宜しいでしょうか?」

 

提督「なんだ。」

 

イタリア「・・・提督は、何を望んで戦っているのですか?」

その問いに対する直人の答えは明確だった。

「・・・この戦争を終わらせる事だ。この地球上にいる全ての知的生命が手を携える世界、深海と人類が手を取って生きて行ける世界。それが、俺の望みであり、俺がしてきた事で、今の状況もまた、俺がやらねば成し得なかったかもしれないものだ。」

その答えに、イタリアは改めて背筋が伸びる思いと共に、尊敬の念を新たにした。その在り方の体現者こそが彼であり、それと同時に良き上司でもある事を、彼女は再確認したのである。

 

―――好むと好まざるとに関わらず、情勢は刻一刻と推移していく。

横鎮近衛艦隊司令官、艦娘艦隊元帥の称号と階級を得た彼とて、自ら進んでそうなった訳ではなかった。否、この戦争だって、元より人類にとって望むべくもない戦いであった筈で、同時に思いもよらなかった事であった。先進国や発展途上国がこぞって相互の諍いを一旦棚上げして手を取り合い、臨んでいるこの戦いに於いて、戦う事を望んだ国家は一つとして存在しなかったのだ。

 だがこれ程までに世が荒廃した時代に於いて、人々が何かを得ようとするならば、それは即ちただ待つのではなく自ら進んで運命を切り開かねばならない事をも意味していた。それは人と国家の別なく等しく同じ摂理でもあり、良かれ悪しかれ、世界で様々なうねりとなって世界を動かし、悲喜交々(こもごも)の歴史をこの地球上に積み上げていく。

 紀伊 直人と言う男もまた、そんな世に生きた人の一人であり、自らの望む未来と、己の望む未来を掴み取る為に、自らの為すべきことを一つ一つ成したのである。

この頃には既に地球外起源種と言う説が完全に否定されていた深海棲艦と人類。同じ知的生命として、手を携える方法がある筈と信じ、その為に戦い続けた殆ど唯一と言っていい男こそが、紀伊 直人と言う人物であっただろう。これは、紛れもない事実である・・・。

 

 

9

 

イタリアとの会話を終えた直人は、その足で一度羅針艦橋へと上がっていた。

「状況は。」

 

明石「変化ありません、敵機の追尾も確認出来ておりません。」

 

「そうか。」

羅針艦橋内は非常灯のみが点灯され、暗かったが声は良く通った。

「提督。」

そこに現れたのは大淀であった。

「やぁ大淀。どうしたんだ?」

 

「あぁ、特に大事なお話、と言う訳ではないのですが・・・」

 

「・・・?」

普段明朗な言い回しの大淀が言いよどむのは珍しいのだが、直人は次の言葉を待つことにした。

「―――提督に一つ、伺いたい事が出来まして。」

 

「お、俺に?」

珍しい事もあったもんだと直人が思っていると、大淀はこう言った。

「―――提督はなぜ、巨大艤装を扱う様になられたのですか?」

 

「―――!」

 直人は内心驚いた。その質問は誰にもぶつけられた事のないものではあったからだ。考えてみれば、直人のような人間が何故艤装を扱えるのかについて、誰も疑義を呈してこなかった事の方が不自然だったのかもしれない。

奇妙な程誰も気に留めていなかった事だが、その事は確かに、重要な事ではあっただろう。

これについて直人はこう言った。

「うーん・・・いいけど、話せば長くなる。下で話そう。」

 

明石「あ、待って下さい。そのお話、私も伺いたいです。」

 

大淀「明石さん?」

 

「巨大艤装を整備する身として、伺って置きたいんです。」

 明石のその言葉に直人も是とし、3人は艦橋を副長妖精に預け、艦長室へのエレベーターに乗った。そして()()()艦長室前で待ち構えていた金剛と鈴谷の2人も加わり、艦長室へと入って行った。

椅子は4つしかないので、直人はベッドに腰かけ、残りの4人が椅子に座って話は始まった。

「俺が巨大艤装を扱うまでのあらまし、か。そうさな、どこから話したものか―――」

 

 直人が巨大艤装を扱う様になった根源的ルーツは、2046年3月19日にまで遡る。

 

「―――危ない!」

 

ガラガラガラ―――ッ

 

「くっ、大丈夫か、瑞希!」

 

「平気、直ちゃんは?」

 

「大丈夫だ。でもそっちにはいけなさそうだな。」

 燃え盛る新宮市の真ん中、三叉路で瓦礫と倒木により分断されてしまった直人と、彼の幼馴染である佐々木 瑞希。

「―――走るんだ瑞希、そっちの先には避難所がある筈だ。俺も別のルートを見つけて必ず迎えに行く。生きてまた会うんだ。いいね?」

 

「―――分かった。気を付けて。」

直人は先をめがけ走り続けた。無数の爆弾と、燃え落ちる街中を―――それが、彼女との最後の会話になるとは夢にも思わぬまま・・・。

 

提督「―――その後、俺はあいつの事を散々探し回ったさ。でも、市内全域が廃墟になったあの状況では、土台見つけるのは無理だった。唯一見つかったのは、焼け爛れた落し物一つ、遺体が見つかったと言う話も遂に聞こえて来なかった。

それから1年が経った頃だ、防衛省から、通知が来たのはな。」

通知の内容は、直人に対する召集令状で、召集地、日時が記された簡潔なものであった。

「俺には何が起きたのか分からなかった。当時既に、段階的に徴兵制を敷いていくと言う話は出ていたが、俺が徴兵されるのは、1年か2年は先の筈だったんだよ。俺はその、ほんの例外だった、と言う訳だな。」

 

大淀「それが、巨大艤装の・・・」

 

「あぁ。俺は何が起きているのか分からなかったが、その時は、分からなくてもいいと思った。“これであいつ等に復讐出来る”と思ったからな。」

 

「復讐・・・。」

金剛はこの話を断片的には聞いている。あのインテゲルタイラントと矛を交えた後である。*10

「俺はそれを即座に受ける事にした。そうして俺は家族の元を離れて、横須賀へ向かったんだ。当時は横須賀防衛の為の防御施設が建設されている真っただ中でな。今もある堤防の化け物みたいな防壁もあの頃は仕掛かり真っただ中だったな。」

―――召集された地で、直人は親友である水戸嶋 氷空と他2人が集められている事を知り、その理由も知る事となった。

『曙計画』『巨大艤装』『適合者』―――そんな言葉を彼らはこの場で知らされ、作戦の実働部隊要員となる事を伝えられたのはその時だった。

「俺たち4人の中でそれに反発する者はいなかった。4人とも資質はどうあったとしても、戦う意思に満ちていた。当時の巨大艤装はより霊能的アプローチで運用されていてな、適合者の霊力によって自在にコントロールできる、と言う触れ込みだったんだ。

だが現実は突貫急造品な上に手探りで作った代物でね、勿論動かしながら改善作業をしてはいたが、動きがぎこちないったらありゃしなかったよ。しかも核融合炉も小型高出力と言う触れ込みだったが、耐熱防護が大掛かり過ぎてね、その位しなければ抑え込めなかったんだが、それもあって不格好極まりなかったな。」

 現在でこそ強力な艦娘機関と、艦娘艤装の技術をインプットする形で大幅に強化された巨大艤装群だが、その興りはお粗末極まりなかったと言う訳である。武装と言っても120㎜ゲルリッヒ砲2門と80㎜単装砲2門、それと小銃程度だったのだから無理はない。つまるところ、パワードスーツの化け物のような代物であった訳だ。こんなもので深海棲艦に対抗しようと大真面目に考えていたのだから、どれ程彼らがこの時追い詰められていたか、よく分かろうというものである。

「今にして思えば、あの時4人全員が揃って生還出来たのも奇跡に近い。結局は艦娘の紛い物だ、身体防護なんかないからな。あんな出たとこ勝負の計画が、初めから上手く行く筈は無かったんだ。」

 

明石「それじゃぁ、深海棲艦と防御面では・・・」

 

提督「あぁ、変わらないよ。何とか全員五体満足で帰って来れたのは、揃いも揃って、ある程度の心得があったからに他ならない。今でこそ三技研による先進技術投入であれだけの代物になってはいるのだが、それもこれも、艦娘技術を確立する為でもあったんだ。

あれはそのテストベッドに過ぎなかったし、明石がブラッシュアップしてくれなければ、今回のような活躍も見せられなかっただろう。」

 断言する形にはなるが、大本営にとっても巨大艤装などと言う使えるかも分からない代物を、無意味無目的に今の形に改修し直すなどと言う事は有り得ない。しかも原型など一切残らぬほどの、実質的な新造に近い事も併せ考えると、普通ならばとっくの昔にスクラップになっていても可笑しくはない。

だがそれが4基とも残っていたと言うのは、その当時未だに巨大艤装を諦めていなかった者達がいた証左でもあり、世間から密かに匿われ、再び巨大艤装が日の目を見る事を信じて、陰から陰へと渡り歩き、三技研の手に渡っていたのである。そして彼らは、余りにも巨大であり且つ艦娘艤装にも近いその実験台に最適なデバイスを、見逃す筈が無かった、と言う訳である。

 結果としてその成果は主に製造・修繕技術の方向性作りに大いに役立つと共に、艦娘艤装に必要な工作技術を手にするのにも一役買ったのだった。

「土方さんや大迫一佐、山本海幕長と顔見知りになったのもこの時期だ。あの時は一応、海上自衛軍を挙げた一大プロジェクトと言う触れ込みで、各方面から沢山のスタッフが駆け付けていた訳だ。曙計画の一件のおかげで、海自軍の中にも知り合いは今でも多い。」

 

金剛「土方海将とは、長い付き合いだったんですネー?」

 

提督「ま、そんな所ではあるか。ともあれあの時敗れて帰った事で、俺には奴らに復讐する事など到底出来ないと言う事を、その身に思い知らされた。意表は突いただろうが、それまでの事だ。しかもその結果を、都合が悪いからと言って海自軍や政府は隠蔽し、俺達敗残兵の事を英雄として祀り上げ、そのまま陰に葬る事にしたんだ。“マリアナ沖の戦神”、“英雄”なんて大層な異名はもう聞き飽きた、うんざりだよ。」

 以前、彼の事を英雄と呼んだ艦娘がいた時、彼はそれを叱り飛ばそうとして制止された事がある。彼はそれ程までに、自分が英雄視される事に辟易していた訳である。

「以降俺は、海自軍を退官させられて海保に身を移し、哨戒艇長として日陰暮らしさ。金剛に救われたあの日も、今となっては懐かしいな。」

 

鈴谷「えっ、提督と金剛、そんな事あったの?」

 

金剛「ありましたネー♪」

 

提督「深海棲艦に追われる最中に燃料切れで立ち往生した俺の哨戒艇を、間一髪で助けてくれた恩は、未だに忘れてないさ。」

その言葉に「何その漫画か何かみたいな話は・・・」と思いながら鈴谷はこんな質問をした。

「結局、巨大艤装って、深海棲艦に対抗する為に・・・?」

 

提督「そうだ。提唱者は今の嶋田海将補だが、彼の実家は霊験あらたかな霊山の出らしくてね。多分それを頼みに霊能力的アプローチを仕掛けようとして、曙計画を作成して提出したものだと思う。偶然にもそのやり口は、艦娘艤装と似てはいた訳だ。

因みに浮揚は水中翼も補助的に使ってはいるが、基本的にはバーニアを常時吹かしっぱなしで無理やり浮かせていた。今はバーニアは小型化出来て機動力向上の為の補助的なものになっているけどな。

正直な所、運用に問題は山ほどあった訳だが、当時の首脳部は気にも留めなかった。それが結局の所プロパガンダに繋がると考えていたんだな。」

 

大淀「成程・・・。」

 曙計画が創出された背景には、通常の兵装が敵手たる深海棲艦に効き目が薄かった事が一つ挙げられる。幾つかの戦闘でも明らかな通り、生体部分に直撃させれば深海棲艦でもひとたまりもないのは事実であるが、それでも散布界が大きい艦砲にとってはその弱点を外して装甲部に当ててしまう事は多く、また深海棲艦はそれらが想定しているより遥かに小さな目標であるため、狙って命中させるのは艦娘でなければ至難の業なのだ。

 散布界の件についてはこれは艦娘も同様の問題を抱えているが、より問題になったのは、この当時一般的に装備されているミサイルであった。

シースパローやSeaRAM等の短距離艦対空ミサイルシステムは然程問題ないとは言え、より遠距離目標に対する使用を想定している艦対艦ミサイルでは、誘導方式にアクティブ・レーダー・ホーミング*11やGPS誘導*12などの電波的な誘導方式を用いているものが少なくなく、しかも敵は超音速で飛来するそれら飛翔体を、軽々と目視した上で、迎撃するなり回避するなり、そもそもジャミングで逸らすなどして能動的に防御する事が出来てしまうのだ。

 

 もっともこの問題には、そもそも既存のミサイルがヒトなどの生物サイスの目標を攻撃するように出来ていないと言う、用法違いの問題も存在していたが、これらミサイルを運用する事に主眼が置かれた現代型の艦艇では、深海棲艦と五分の対決を行う事は難しいと言うのが、各国海軍の見解でもあった。

ではこちらも向こうと同じ土俵に上がる形で砲熕型艦艇―――第二次大戦型の艦艇を作ればよいのではないかと言う提案も一部で持ち上がったが、これも早々に諦められている。これについては当時の大型主力艦に搭載されたような大型砲の技術が失われた例が幾つもある事や、今から莫大な数の砲弾を、しかもそれを用いる新型砲ごと新規開発して量産する様な余力がどこの国にもない事が理由であった。

提督「俺達は結局、大人達に現実の尻拭いをさせられそうになったって訳だ。確かに戦果は挙げたさ、だが何百隻かの敵艦を沈めた所で何になる。

彼らはそれを百倍にして誇大宣伝した挙句、以後は音沙汰無しと来たもんだ。都合が悪くなれば、政治屋共なんざこんなもんさな。」

 

明石「酷い・・・。」

 

提督「その後俺や他の3人は冷や飯食いさ。俺は海保に送られたわけで、小さな哨戒艇の艇長をしながら、航空機の操縦を習ったりもしたな。結局の所、海保では持て余されていたらしい。尤もそれが無ければ、今頃俺は金剛には出会ってないがな。」

 

「えへへ~。」

その直人の言葉に満更でも無さそうに照れる金剛であった。何も言っていない筈なのだが直人は構わず続けた。

「結局の所、『曙計画』は失敗した。その原因はまぁ色々とあるが、最大の要因はそうだな・・・計画が杜撰過ぎたんだ。巨大艤装の量産計画にしても、この失敗で立ち消えになった。

尤も、巨大艤装への適合が問題でな、それに艦娘と同じ能力を持つ奴らを全国から集めたとしても、あの有様じゃぁ消耗品にしかならなかっただろう。取り止めたのは正解だった訳だ。あの失敗で、嶋田の野郎は軍の主流から外れる事になり、やがて永納海将に接近していった、と言う訳だ。」

 

大淀「そうだったのですね・・・。」

 

提督「それに、この時の作戦で俺は、自分の無力さを知った。復讐心だけでは、どうしようもない事がある事を身につまされたんだ。巨大艤装などでは、奴らには対抗出来ない。そう思った。

今の俺の働きは、その点三技研による改修と、明石のブラッシュアップが無ければ不可能だった事だ。」

 

「お役に立てて、光栄です。」

明石はそう言って自身満面に胸を張って見せた。たわわに実った双丘がそれに釣られて揺れるが直人は気にも留めなかった。

「以来俺は、復讐心は捨てた。それよりも、もっと何か良い方法が見つかる筈だと信じて、その時の俺に出来る事を続けたんだ。その結果はと言えば・・・世の中、何が起こるか分からんもんだと言う、ただ一語に尽きるがね。」

彼の言葉には確かな実感が伴っていたが、まぁそうであろう。普通、『艦娘』などと言う()()が起こる事を期待する方が馬鹿げているのである。それもその筈、と言う話ではあるが、彼はそれによって命を救われている上に、その救ってくれた相手が目の前にいるのだから、何をかいわんやと言う所であった。

「では、今の提督は、何の為に巨大艤装を?」

大淀がそう問うと直人はこう言ったと言う。

「そうだな。“世界を救う為”とか、身の丈に合わない事を言う気はないが・・・強いて挙げるとすれば、故郷やお前達を守る為だ。これ以上、俺の知る者達を死なせない為にも、俺は巨大艤装を駆って戦う。戦う理由としては、今はそれでいいと思っている。」

 

 彼のその言葉は、提督としてこの戦いに加わる者達の多くにある心境を、そのまま代弁したものであった。彼らは結局の所、身近な誰かを守る為に艦娘を率いて戦ったに過ぎない。旺盛な戦意はその裏返しであり、愛国心もあっただろうが、それよりも鮮明に脳裏に映るのは、見知った誰かの顔であったに違いないのだ。

そしてその事は、太平洋戦争を戦った艦の生まれ変わりでもある、4人の艦娘達それぞれに深く共感出来る事でもあった。第二次大戦を戦った日本軍兵士は、その異常なまでの戦意と揺るぎ無い天皇への忠誠心を持つと言われてきたが、それでは単なる異常者だと後ろ指を指されても可笑しくはない。

彼らも単なる人間であり、会った事もない天皇の顔や、国家と言う概念的なものを思い浮かべる事は困難であっただろう。その戦う理由はやはり、何かを守る為であったと言う事は、各種の資料からも明らかである。

「だが、俺達の戦いは孤立無援の戦い、常に綱渡りだ。俺の命すら、明日はどうなるか・・・。」

 

「その時は、私達が守りマース!」

 

「そうそう! 存分に頼ってよね~?」

 

「私も、微力ながら務めさせて頂きます。」

直人の言葉を聞いた3人の三者三様の言葉に直人は深く頷いて、

「ありがとう。大いに頼みにさせて貰う。」

と言った。

 

 彼にもまた、青々とした青年だった時期があり、彼を大人にしたのは正に、巨大艤装を駆って屈辱的な敗退を強いられた事だった。艦隊を率いる事となる器を生み出したのも巨大艤装であれば、彼にとって、あの兵器がどれ程思い入れのあるものであったか。

ましてや、そんな感慨と思い出の詰まったものを、八島入江地下の秘密格納庫に見出した時の情動たるや、他の誰に想像出来るであろうか。彼にとって巨大艤装とは、彼自身の青春の締めくくりにして、苦い敗北と喪失体験に彩られた、彼の青春時代の果てであったからだ。例えその姿形が変わり果てようとも、見紛う筈は無い。

 そんな彼が未だに抱き続けている、艦娘達を戦場へ出す事の罪悪感とは、まだ徴兵年限にも達していなかった身であるにも関わらず戦場へと駆り出され、挙句敗退を余儀なくされた末に、広瀬提督の様な若年層の戦線投入に対しその嚆矢とされてしまった身であるが故の、特有の心境であったとも言える。あの英雄が従軍したのは・・・と言う事だ。

戦う為の存在―――そう割り切ってしまう事は容易でもあり、安易でもある。現在、一般に人権が認められた艦娘だった者達には、人間と同じ感性がある。それは何も今に始まった事ではなく当時からそうであったし、その感受性に激しく厳しい現実が立て続けざまに突き付けられたのが、深海大戦と呼ばれる戦いの実相であった。

その事を思えば、当時行われていた艦娘に対する人権論争こそ、ナンセンスであったと言って良い。

 

 彼にとって艦娘とは、かつての己に通ずるところもあり、複雑な心境を抱いていたのはどうやら事実であるようだ。それは実の所、出現当初のこぞってマスコミが報道攻勢をかけていた頃から変わらないものであったようで、彼女達に何かあった時、過度に背負い込んでしまう所があるのも、そこに理由があったようだ。

彼にとって艦娘とは、若かりし日の己の現身であり、なまじ彼にとって放っておける相手ではなかったと言う事だ。かつての己の様にならぬよう、導き、守り、支えてやる必要があると、痛切に思ったが故に、今の彼がある。後に大艦隊を率いる一軍の将となった後も、その思いは変わる事無く生き続け、自らが率いた部下達が、戦後を生きる礎となったのである。

 紀伊 直人の戦う理由、それはそう言った未来を、彼女達に示してやる事に他ならなかった。艦娘にだって()()()()はいるのだ。ならばその大人が、率先して戦いに行かないようでは話にならないが、それが子供達を率先して巻き込むようではナンセンスなのだ。

彼は艦娘達に、望まぬ未来を強制する事はしたくなかった。何より己自身が、望む未来を勝ち取れなかったが故に。彼は彼女らが自ら望む未来を掴み取る事の出来る世界を、この世に再び取り戻す為に戦い続けなければならなかったのである。やむに已まれず、艦娘達の手を借りながら。

運命とは、かくも残酷なものであろうか・・・。

 

 

10

 

 2月11日19時49分、重巡鈴谷は英雄達を乗せて横須賀へと帰着した。余りにも消耗し尽くした彼らには補給が不可欠だったし、鈴谷の総身にも、硝煙の傷跡が生々しく各所に残っていた。装甲板は歪み、一部のアンテナや空中線は未だ吹き飛ばされたままであったし、捲れ上がった薄い外販がささくれ立った様になっている部分も随所にあった。さほど時間はかからぬだろうが、どこかで治さねばならない損傷であった。

入港管制に沿って横須賀軍港に着岸した鈴谷からいの一番に飛び降りた直人は、駆け足で横鎮本庁へと向かった。そこへ迎えに来ていた大迫一佐に連れられて向かった先で、彼は今の現状を()()()()()にする。

 

20時37分 横鎮本庁庁舎内

 

ドカドカドカ・・・

 

提督「お、大迫さん。これは一体どうした事ですか?」

 

大迫「話は後だ、取り敢えず土方海将が待っている。事態が窮迫しているとだけ思って置いてくれ。」

 

提督「は、はい。」

 直人らの活躍によって、本土は危機から救われたのでは無かったのか。直人が困惑するのも無理からぬ狂乱ぶりがそこにはあった。横鎮のスタッフも右往左往しており、戦況が落ち着きを取り戻す前にしては、一種異様とも言える熱気に満ちていた。

大迫一佐から何も聞かされぬまま、直人は司令長官室まで真っ直ぐ通された。

「おぉ、無事だったか。通信が繋がらないので心配していたぞ。」

それを出迎える土方海将も、どこか疲れた様子であった。

「遅くなり申し訳ありません。ご心配をおかけしました、何分空中線を切られてしまい、送受信が不調だったのです。」

そう釈明する直人に土方海将は

「そうか、だがそれは今は置いておこう。容易ならざる事態が起きた。」

と焦慮を隠さず言った。土方海将は隠し事なく彼に接してくれるが、その土方海将がこの様な様子を見せるとは、容易な事では確かにないだろう事が直人にも伝わって、彼は姿勢を正す。

「一体、何が起きたと言うんですか? 大迫一佐からも何も聞いていませんが。」

彼のその至極真っ当な質問に土方海将が口を開いた。

 

「―――問題は二つだ。まず一つ、嶋田海将補が単身で幌筵を脱出して北海道に戻った。」

 

「な、なんですって―――!?」

 今更言うまでもないが、嶋田海将補は幌筵泊地司令官の職責にある重要な将官であり、現在包囲下にある幌筵の最上級指揮官だ。それが防衛指揮を放擲して北海道に脱出したと言うのだ。一体どのようにしてかはさて置いても、抜き差しならぬことは事実である。

提督「幌筵は一体、どうなっているんですか!?」

 

大迫「それについては現在、他の幕僚達が協力して防戦を継続している。戦局は優勢だそうだ。」

 

土方「この事については君のおかげだ、礼を言う。」

 

提督「土方海将こそ、思わぬ援護を頂きました事に感謝致します。ですが、幌筵艦隊に撤退命令などは・・・」

それに対する答えは「ノー」であった。土方海将は(かぶり)を振って

「出されていない。どうやら捨て駒にするつもりで脱出したようだと言われている。当然幌筵放棄の命令など出てはいない。つまりは、奴の独断と保身の為の行動と言う事になっていて、今千歳で拘束されている。」

と言った。

 土方海将はそう言うが、それだけで片付く問題ではなかった。戦闘を指揮する最先任者の逃亡は、古今あらゆる戦場で士気の崩壊から敗走に繋がってきた。それどころか、この行為自体が軍の威信や指揮系統に対する重大な背信行為でもあり、海上自衛軍として看過し得ない事態である事は疑いなかった。

今回もまた、その先例に倣う事にもなりかねない以上、何らかの手を打つ必要があったので、ひとまず嶋田海将補は拘束される身となった訳である。

土方「幌筵には君の旧友がいるのだったな。それなら心配はいらん。こちらも漸く再集結が半ばに達し、態勢が整いつつある。近日中に大規模な反撃が可能になるだろう。」

 

提督「それに、我々も加えて頂けますか?」

 

土方「君らは1週間前に激闘を終えたばかりだ。補給も必要だろうし、そこまでは頼めん。」

 

提督「しかし敵には未だ、超兵器級をはじめ膨大な敵艦があります。我々も加勢しなくては―――」

その言葉を土方海将は右手を挙げて遮ると言った。

「その通りだが、まぁ話は最後まで聞いて欲しい。実の所重要なのは、二つ目の方なのだ。」

 

「―――そう言えば、()()と仰られていましたね。まだ何かあるのですか?」

思い直して直人がそう問いかけると、土方海将から帰ってきた答えは、彼の予想だにしないものであった。

「良いか、よく聞け。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 その言葉を聞いた直人は瞬間、地面がうねった様に感じられる程の衝撃を受けた。彼にも未だ、予想だにしない事は山ほどあるが、これはその中でも最上のものであったに違いない。

「こ、こんな時期にですか・・・!?」

直人が思わずそう問い直したのも無理からぬ事だった。今までこんな事は人類側には起きてこなかったし、一枚岩ではないとは言え、自分達は一致団結していると思っていたからだ。

だが土方海将から帰ってきた答えは、彼を更に驚嘆させると共に呆れさせるものでもあった。

「こんな時期なればこそだろう。現在、南西方面艦隊の各泊地は、主力を含む約半数の兵力を拠出して本土へ向かっている。早ければ明日にも横須賀着と言う所だ。しかも彼らがいなければ作戦は成立しない。つまるところ、反乱分子にとっては好機以外の何物でもなかった訳だ。

反乱分子は反艦娘派の将校達だ。恐らく艦娘戦力が南西方面から減退するタイミングを待っていたのだろう。」

 

提督「馬鹿な・・・たったそれだけの事の為に、最前線の基地で仲間割れをしている場合ではない筈ですが・・・。」

 

土方「その通りだ。君もここに来るまでに見ただろう。あの皆の慌て様を。理由はそれにある。」

 旧帝国海軍における行政区割りである海軍区は、海上自衛隊を経て海上自衛軍となった今でも「地方隊」として存続しており、艦娘艦隊でも同様の区割りを用いている。

加えて現在の体制では、佐世保鎮守府は東シナ海からインド洋まで跨る広大な地域を、呉と横須賀はかつて内南洋と呼ばれたミクロネシアを折半しており、横須賀はそれに加えて幌筵泊地と南東方面を、呉はポートモレスビーをはじめとするニューギニアやインドネシア東部を、舞鶴は幌筵への指揮権を有しつつ、大湊を含む北方方面をそれぞれ行政範囲に置いている。

 今回反乱が起きたリンガ泊地は本来、上位組織は佐世保鎮守府であるが、状況が状況である為他の鎮守府にも情報が共有され、共同で対処する事になったのだ。

だがそれだけでは、ここまで横鎮庁内が騒然とする理由付けにはなっていない。

「より厄介なのは造反者の方ではない。それによって矛先を向けられたシンガポールの中立派の方だ。」

 

「―――まさか、彼らはシンガポールに攻撃を?」

彼の直感は当たっていた。

「その通りだ。しかもそれについて問い合わせる相手であるリンガ泊地は麻痺していて役に立たん。北村海将補と参謀長の小幡一等海佐は共に日本に向かっていて無事だが、留守居として残されていた参謀副長の橋見二佐が拘束され、リンガ泊地司令部は占拠されたそうだ。

 リンガの残留部隊は全て造反組に与し、しかもブルネイやタウイタウイからも続々と奴らの()()が参集しつつあるとの情報もある。現地からの情報では、艦娘艦隊の倉庫の一角から爆発と火の手が上がったとの報道以降情報が遮断されている。

恐らくは奴ら、艦娘艦隊の艤装や物資の倉庫に手をかけたのだろう。この分だと、現地にいる提督達も拘禁されている恐れがある。」

 

提督「早まった真似を・・・。」

 

大迫「同じ動きはどうやらタウイタウイやブルネイでも同様のようだ。恐らく造反したのは、深海棲艦と手を組む事や、艦娘に国防を委ねる事を嫌った連中だな。」

 

「反艦娘派―――!」

 そう、それは起こるべくして起きた事象でこそあった。艦娘艦隊を快く思っていない者は、軍内外に多数存在していたが、その中には実力に訴えてでもその影響を排除し、軍内でのバランスを元の形に戻そうとする者も存在していたのだ。

その不満が最高潮に達しつつあった時にこの状況が到来したのは、彼らにとっては正に僥倖と言う他ないだろう。一枚岩ではないとはいえ、結束していると信じたのは海上自衛軍中枢も同様の事であったから、これによる動揺は計り知れないものがあった。何より、この反乱に対応出来る兵力が、現地に存在しない事が最大の問題でもあった。ブルネイ・タウイタウイ・リンガの各基地には念の為として2個護衛隊づつの戦力が残された他、現地駐在の艦娘艦隊の5割強があったが、護衛隊はブルネイとタウイタウイの両泊地それぞれ1個護衛隊しか残留していないとの知らせも、それぞれから入っていた。そうなれば予想される敵戦力は4個護衛隊16隻、勝てる相手ではない。では艦娘艦隊を出す他ないが―――

「現実的に見て、艦娘艦隊にこれを収めよとは、到底言えんだろう。成功こそするだろうが、その後の戦闘に支障をきたしかねん。何より不測の事態が起きた場合、事態はより収拾が付けられなくなる恐れもある。」

 

提督「不測の事態・・・協定が破られたとして、シンガポールの敵が牙を剥きかねない、という事ですね。」

 

土方「そうだ。それだけは断固として避けなければならん。だが、彼らが事実上人質に取っている人々の事も忘れてはならん。橋見二佐は勿論、歴戦の提督や艦娘達もな。」

 

「そうですね・・・。」

 反乱鎮圧と人質救出、何れも一筋縄では行かないが。さりとて容易に事を運ぶ事が出来ない。そう言った状況に今、彼らは置かれていたのだ。だが直人が本当の意味で驚くのはここからであった。

「横鎮近衛艦隊に命ずる。第1・31・33護衛隊と合流の上、ブルネイ沖で第4・21護衛隊と合流、5個護衛隊の援護の下、この反乱分子を早急に鎮圧して貰いたい。君にしか出来ん事だが―――」

 

「ま、待って下さい! 我々に、反乱軍の相手をせよと仰るのですか―――!?」

 

―――2055年、この年は未だ、始まったばかりである。だが、その最初の1か月だけでも、数多の出来事が連続的に起こり続けていた。その事が、この年も激動の流れから逃れられぬ事を暗示するかのように。

そして彼は今、重大な局面の当事者の一人に、数えられようとしている事を自覚する他なかった。それは余りにも唐突で、しかし予想の出来た事態でこそあったが、彼にとっては不本意極まる事態であった事に間違いはないのだった・・・。

 

 

~次回予告~

 

反艦娘派の一党が、遂にその不満を爆発させリンガ泊地を占拠した。

彼らが人質を取り要求してきた内容は、それまでの状況と全く反するものであり、日本国政府も当然容れる筈が無かった。

横鎮近衛艦隊はその鎮圧に赴くべく、再び針路を南シナ海へ取る。

その先に、未知なる狂気が待つ海域へと―――

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部6章、「マレー沖の攻防―オトギリソウ舞い散る戦場―」!

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・

*1
北緯43度25分32秒40 東経160度22分27秒88

*2
ユトランドのフランス語での呼称「ジュトランド(Jutland)」に近い、日本語でのユトランド半島の呼称のひとつ。ユトランドはドイツ語の呼称「ユートランド(Jütland)」に近く、様々な言語で別の綴り、若しくは発音が用いられている事もあって、文献によって記述がまちまちである。この為当方では、海戦名に於いては地名として「ユトランド」の語が定着している為こちらを用い、その影響を受けた戦艦の事については「ポスト・ジュットランド」の呼称が比較的に用いられる為こちらを使用する事とした。

*3
この時の兵力抽出割合は、佐世保・呉両鎮守府から72%、横須賀から65%、鹿屋・柱島・佐伯等の諸基地から25~50%。これに対し舞鶴鎮守府からは50%程度、大湊・単冠・幌筵の3基地は北方への備えの為0%となっている。しかしこの時点で各鎮守府に残った戦力は、謂わば員数外とされるレベルの小規模であるか、練度不足と見做される程度の中小部隊しか残されておらず、さらに各基地は一応多い所で75%の戦力を残す基地もあったが、これらは急速な艦娘艦隊拡大の為に各鎮守府からの練度の高い少数の部隊を中核にし、多数の部隊を急速練成しようとしている只中にあった為、これらも練度不足と見做されていた。事実、これら残留組はこの戦闘に於いて、南西方面への抽出部隊の帰投後、合同して戦闘に出るまで為す所がなく、「艦載機を使い捨てにするようなものだ」と言うとある基地司令の言葉に代表されるように、練度不足の側面を曝け出してしまっていた。

*4
大和型戦艦の発展型であり、51㎝連装砲3基6門を装備した、大日本帝国最後の超弩級戦艦。マリアナ沖海戦で大損傷を被った武蔵に、修理を兼ねて搭載された51㎝砲と同じものが使用されており、そのデータを基にして1944年に8隻が計画され、うち6隻(紀伊・河内・豊前・豊後・備前・備後)が起工、紀伊・河内・備後の3隻が竣工し、備前が完成間近であり、残る2隻は計画中止、豊前・豊後の2隻は超大和型(和泉型)戦艦秘匿の為に偽装されたものであり、それぞれ和泉・出雲として完成している。また、この様に同時期に建造された量産型超兵器戦艦である和泉型戦艦は、紀伊の設計データを基に大型化したものとして設計されている。

*5
後に原子力ジェットエンジンによって再現が試みられた広義に於けるジェットエンジンの一つであり、取り込んだ空気を超兵器機関から取り出したエネルギーを熱エネルギーに変換して用い加速・加熱させた後、それを纏めて後方に噴射する仕組みのエンジン。エネルギー変換システムを含め大型な機構を備えるが、そもそも比類無き巨体を誇るアルケオプテリクスでは問題にすらならなかったとされる。

*6
海軍陸攻隊が日華事変(日中戦争)で渡洋爆撃として知られる長距離作戦行動に入った時期、アメリカのB-17やイギリスのウェリントン等といった、WWⅡ初期の連合軍主力爆撃機群はいずれもまだ試作段階であるか数が少なく、作戦行動可能な状態を整えるにはまだ時間がかかる状態であった為。

*7
この時投入されたネ級は試作された最初の1隻を含め、増加試作型のエリートと標準型を合わせておよそ100隻程度であり、この時得られた情報が少なかった事と、やはり軽巡級までと比べれば生産に時間がかかる事で量産体制を整備するのに時間がかかったのが一因である。

*8
深海側と艦娘艦隊側では1個艦隊の概念は少々異なる単位で捉えられており、艦娘艦隊では通常4隻から30隻程度を1個梯団(戦隊或いは艦隊とも呼ばれる)として扱い、司令部所属の全艦艇をひっくるめて1個艦隊としている。例えば艦隊内での部隊の呼称は「第1艦隊」であっても、外部から見た時の呼称は「〇〇艦隊第1梯団/戦隊」となるという規定が存在する。一方深海側ではこの“梯団”の事を“艦隊”であると認識しており、その規模については明確に定義されていなかった。大体30隻から60隻程度であろうと言うのが通常の見解であったとされている。

*9
巨大艤装『紀伊』の機関出力は艦娘のそれとは正に別次元と言ってよく、バーニアの最大出力による推進とジャンプによる加速、航行による助走も付ければ一瞬でこそあるが島風すら圧倒する50艦娘ノットに到達する。標準の最高速力は記録が乏しい為おおよそであるが、45艦娘ノット程度であったと思われる。

*10
第3部13章を参照

*11
弾頭先端に小型レーダーを内蔵し、母機や母艦に補助を受けず、ミサイル側のレーダーで探知した目標に向かって誘導する方式。より大型な航空機用長射程ミサイルや艦艇用のミサイルで使用される。

*12
長射程のミサイルに於いて中間誘導を行う際の手法の一つで、目標地点に対してGPSでの座標指定を行い、その座標へ向けて誘導する方式。



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第4部6章~マレー沖の攻防―オトギリソウ舞い散る戦場―~

2022年最初の投稿が5月の真ん中になってしまいました、どうも天の声です。

青葉「随分とかかってしまいましたね、青葉です~。」

本当なら1か月早くに投稿出来る筈だったのですが、身内の不幸があり気持ちがそれどころではなくなってしまい、結局ここまでズレ込んでしまいました。

青葉「心中、お察しします。」

で、そんな中執筆を急ぎ始めた頃に叱咤のリプがありまして、こうして今月中に上げることが出来ますが先に白状します。

大分端折りました!

青葉「えぇっ!?」

正確に言うと後半の展開について一部プロットを端折りました。そのせいでちょっと駆け足気味になってしまっているかに思います。
なので正直今回のお話は後日修正になる確率は比較的高い方です。(この部分の記述もその際に変更になると思います。)

青葉「前例のない事ですね・・・。」

 無いよ、ちゃんと今までは全部書いて来たもの。確かに今年に入って全く新しいストーリーをお届けできなかった事については反省しておりますが、他所で受けた支援に報いる為に払った努力が大きく、こちらにまで手が回らなかったと言うのが真相です。
今後もそう言った事態は起こり得るので、ご了承とご理解の程、宜しくお願いします。一つ言える事は、別に飽きたとかではないです、今後も続けていく所存です。出来れば物書きで生計立てたいとか考えたりもしますが、それはまた別の話です。

青葉「選択と集中は発生する、という事ですね?」

そう言う事だね。では、今回遅れた事情も説明し終えた所で、本編行っちゃおう。

青葉「スタートです!」

(今回は許そう。)


「―――愚かな人々ね。でも、巻き込まれる者達もまた、たまったものではないわね。」

 

「艦娘を取り巻く情勢も一枚岩ではありません。これも、それが表出しただけではないでしょうか?」

 

「かもしれないわね・・・さて、私達はまだ、見守りましょう。今は、時ではないわ―――」

 

 

1

 

「ま、待って下さい! 我々に、反乱軍の相手をせよと仰るのですか!?」

 

 2055年2月11日夜、横鎮本庁で息つく間もなく新たな任務を告げられた横鎮近衛艦隊司令官紀伊 直人は、その内容の異様さに驚愕と困惑を隠せなかった。

リンガ泊地に燻っていた不平分子の蜂起。他の誰にも予見する事の出来なかったこの事態こそは、現在日本列島で行われている防衛計画そのものを、根本から崩壊させかねない事象であって、しかもその鎮圧を命じられたのは、他ならぬ横鎮近衛艦隊であったのだ。

「直人、分かっている筈だ。今の状況で、動けるのは他にいない。」

 彼が「反乱軍」と言った事を訂正もせず、釘を刺す様に言ったのは大迫一佐である。彼は横鎮近衛艦隊の物資供給を一手に担う補給担当だが、同時に補給と言う観点から今の現実をつぶさに知るが故にこそ、彼の言葉はいつにも増して手厳しい。

「紀伊君、君の言いたい事は十分に理解しているつもりだ。だがその上で、今回は君の力を借りねばならん。」

土方海将もまた、直人の目を見据えてそう言った。その表情には、苦悩の跡が見て取れた。

提督「しかし、一体部下達に何と説明すればよいのですか。反乱したからとは言え、元は彼らも含め、我々人類を守る為の存在です。その庇護対象に弓を引けとは―――!」

 

土方「分かっている。だが心苦しいが、我々にとっては今、ここを守る事で精一杯なのだ。これ以上通常戦力を回す余裕もなければ、彼らに時間的余裕を与える余裕もない。紀伊君と共に向かう5個護衛隊はいずれも、予備として待機していた部隊だ。通常戦力の予備兵力は全て使い切った事にもなるな。

だが相手は4個護衛隊12隻。まともに戦った場合、勝ったとしても損害は甚大なものになるだろう。しかし一方で艦娘部隊は動けないし、動かす訳にはいかん。君にしか出来ん事なのだよ。影の存在である君達にしか。」

 

提督「土方海将・・・。」

 この時彼は、貧乏くじをまたも引かされたのだと言う事を悟った。影の艦隊(シャドウ・フリート)と言う名の響きは、それ相応の汚れ役を担わされる事をもまた暗示していた、と言う訳である。

しかも彼らは艦娘部隊である以上、人類軍と戦う事は当初から想定されていないが、それは直人が一方的かつ恣意的に無視しているだけの事であり、近衛艦隊にはそうした性質の任務が与えられたとしても、何ら不思議はないのである。

それでも彼らは以前、ヒューマントレーダーの検挙に際して、その時彼に帯同していた艦娘総出で協力した前歴こそある。だが今度はそうはいかないだろう、なにしろ、艦娘達の陰に隠れざるを得ない、自分達の現在の立場に(いきどお)った将校達の反乱なのだから・・・。

「それに何も、君に無関係な話ではないのだ。」

土方海将はそう前置きした上で続ける。

「奴らはあろう事か、君ら近衛艦隊が錨泊地として使用しているペナン島をも占拠し、どうやら施設に手をかけたらしい。このままでは、君達の作戦行動に大きな影響が出かねんのだ。」

 

「・・・確かにあそこには艦艇用の停泊地があり、簡易的ながら艦娘用の設備もあります。管理はリンガ泊地の管轄ですから、彼らは存在を知っていても不思議ではない。」

 

「そう言う事だ。君達にとってもこの鎮圧は、焦眉の急、と言う事だ。」

 土方海将はそう締めくくる。ペナン秘密補給港は表向きマラッカ海峡内に設けられた洋上監視所という事になっており、管理は北村海将補がリンガ泊地の指揮権者として自ら担当している。この為リンガ泊地ではこの地に人員を少数ながら配置はしており、施設の概要を彼らが何らかの方法で知っていても可笑しくはない訳である。

「・・・分かりました。状況が状況です、我儘も言ってはいられませんな。」

直人もその事情を知って遂に腹をくくる。

「すまない。元はと言えば我々の身内の起こした事態だ。それを―――」

土方海将がそう言うと

「いえ。私も一端の軍人として、分は弁えているつもりです、尻拭いとは思わぬ様にします。艦娘達に何と言えばいいか、それだけが不安ですが・・・。」

と述べたに留まる。

土方「山本海幕長からの言伝も含め、全権は君に一任する。説得するなり強硬手段に出るか、方法は君が判断してくれ。護衛隊にはなるべく戦闘は避ける様に申し伝えておくが、いざとなれば一戦交える事は覚悟して貰いたい。」

 

提督「ハッ。」

 

土方「艦の補修については、明日1日かけて突貫でこちらでやらせて貰う。君の所からも技官を出してくれ。」

 

提督「分かりました。では、私はこれで。考えねばならぬ事が幾つもありますので。」

 そう言って去る彼の瞳には、何とも言えぬ鈍い光が宿っていたと言う。大迫一佐(当時)の回想によれば、「強いて言うなら“寂しそう”な目だった」と語る。

山本海幕長からは、土方海将の選んだ信任者に自己の全権を一任するとの言伝があった事もあり、直人は横鎮はもとより大本営の全権を担って、この任に当たる事となったのだ。直人にとって余りに不本意な任務であったが、彼にも関わり合いのある話故に、結局引き受ける事にしたのである・・・。

 

 その晩、彼は艦長室で一人物思いに耽っていたと言う。余りにも急な命令、艦隊も疲労が回復しきっているとは言えず、しかも次の相手は、深海棲艦ではなく人間達と来ている。

彼がこの時何を想ったのか、証言は無い。だが一方でこの彼にとって不本意でしかない現実を前に、この時彼の心の内で、ある種悲壮な決意が芽生えたのは間違いないだろう。その事は、この後の彼の行動にも大いに影響する事となるのだ。

ともあれ、横鎮近衛艦隊の面々に彼が事態と次の任務を説明する事となったのは、この翌日の朝であった。

 

 

2月12日 日本時間7時42分 横鎮支庁1階・第1会議室

 

 横鎮近衛艦隊はこの日、鈴谷が丸一日ドックへ入渠するため艦を降りており、間借りしている横鎮支庁の一隅にある会議室に参集していた。

「いつも通り座ってくれ。始めるとしよう。」

会議室に広げられたテーブルと椅子の、中央列に一水打群、その後ろ第二艦隊、向かって右に第一艦隊と特別任務群、左に第三艦隊と夕張の混成部隊所属艦娘がそれぞれ座る形で着座し、会議はつつがなく開始された。直人自身、異様な雰囲気を漲らせて居る事を自覚しつつ・・・。

「まずは決一号作戦前哨戦への参戦、ご苦労だった。情報によれば敵艦隊は今頃になって漸く指揮系統を整え、進撃を再開したそうだ。我が人類軍は稼働全戦力を北海道東方沖へ集結させつつあり、間もなく大決戦の火蓋が切って落とされる筈だ。

それもこれも、君らが忠実に私の指揮に従ってくれたからだ。礼を言う。」

 

「提督、私達も、決戦に参加出来るのですね!?」

勿体ぶる様に言う直人に、勇んでそう言ったのは比叡である。第三艦隊所属艦として空母護衛に当たる彼女であるが、決戦参加と言えば勇み立つのは自然な事だった。だが彼は(かぶり)を振った。

「―――残念だが、我が艦隊はこれには参加出来ない事となった。」

その一言に室内は騒然となる。

那智「何故だ提督!」

 

大井「疲労は問題ありません、再出撃して敵に更に一撃を!」

 

瑞鶴「一航戦以下、航空戦力は消耗激しいけど、まだ戦える兵力があるわ!」

 

長門「我ら戦艦部隊も同様だ。弾薬は補給した、すぐにも出撃出来るぞ!」

 瑞鶴などは先輩である赤城と加賀に目をやった後発言したが、赤城は軽く頷き、加賀は瞑目していた。彼女らの言い分も尤もであり、直人も過去に自分達が予備兵力として留め置かれた事も思い出しつつ、それを心から是としてやりたかった。『その意気や良し』と言ってやりたかったし、彼女らの反発もその時の記憶からに他ならないだろうと思ったからだ。

だが直人は今、それを言う事は許されない身であった。彼は静かに言う。

「静かに。我々は予備兵力としてではなく、別命によって動く事となった―――」

しかしそこまで言った所で会議室のドアがノックされた。

「少し待て。」

 彼はそう言うと講壇を中座してドアの向こうを見る。そうするとそこには息を切らした大迫一佐がそこに立っていた。彼は慌ててするりと這い出す様に隙間から会議室前に出ると、

「どうしたんです、そんなに慌てて。」

と声をかけた。

「どうしたも何も、お前が今の状況を教えて欲しいだろうと思って、忙しい中予定空けてきたんだよ。ありったけ資料持ってな。そしたらお前達は会議中と来たもんだから、慌ててこっちへ飛んできたんだ。」

 見ると大迫一佐の右肩にはショルダーバッグが提げられ、乱雑に紙束が突っ込まれていた。それでもクシャっとは殆どなっていないのは、書類仕事の達人故であろうか。

しかし様子から察するに、鈴谷に一度来艦した後明石に会ってここへ飛んできたようだ。息が上がっているのも納得である。

「それはご足労ありがとうございます。それなら大迫さんの口からもついでにご説明頂きたいのですが、大丈夫ですか?」

と直人が言うと

()()()、か。ついでと言う言葉の響きが気に入らんが、まぁいいだろう。」

と大迫一佐は若干不満をにじませつつも承諾した。その様子を見た直人は、

「・・・分かりました、後でブランデー2杯奢らせて頂きます。」

と言い、それに大迫一佐は

「では今日中に頂くとしよう。以前の3杯の貸しもまだ返して貰ってないからな。」

と、きっちりせしめにかかるのだった。

「私もいますよ、提督。」

との声と共に大迫一佐の背後から、鏑木二佐が現れた。

「おぉ、戻ったか。」

 

「はい。今回は大本営も、抜き差しならない事態であると認識しています。私も前線へ参加し、鎮圧に尽力せよとの事です。」

 

「承知した。」

そう言って会議室に2人を伴って戻った直人は、

「すまない、待たせた。たった今、横鎮本庁から担当官が来た所だ。」

と説明し、

「そのままでいい―――横須賀鎮守府後方参謀兼、横鎮防備艦隊補給担当として、君達の業務に関わっている、大迫 尚弥一等海佐だ。」

と軽い自己紹介をした。本当は担当官、と言う訳ではないのだが、そんな形式ばった事を置いておけるのは、大人の余裕だろう。

提督「どこまで話したかな―――」

 

大迫「別命で動く所までだろう。」

 

提督「大迫さん、あなた来て早々盗み聞きしてタイミング測ってましたね?」

 

大迫「おっと、バレたか。」

そのお茶目なやり取りに場に笑いが起こった。

「まぁ、いい。我々は横鎮―――いや、大本営からの命令により、本決戦には参加しない。それは、我々でなければ解決困難な事象が発生した為だ。」

直人のその言葉に大和が反応する。

「“敵”、ですか。」

その言葉に直人は言葉を選ぶそぶりをしつつも、

「そうだな・・・敵と言えば、敵かもしれん。」

と曖昧に答えた。大迫一佐も彼の心中を知っている為敢えて口は出さなかったが。

「何よ、今日は随分と歯切れが悪いじゃない。敵なら敵と、ハッキリと仰いな。」

霞がそんな声を上げると、それでようやく直人が口を開いた。

「・・・今回受けた命令は、反乱の鎮圧だ。情報は封止されているが、リンガ泊地の自衛軍幕僚が部下を率い、中央に造反した。」

その言葉に室内は一気に言葉を失った。その答えは間違いなく、彼女らの意表を突いたに違いない。何せ敵が現れたと思えば、表出した事象は敵の出現ではなく、人類同士の争いだったからだ。波紋が広がる様な静寂に彼はさもあろうと思い続けた。

「大本営から受けた我々に対する命令はこうだ。“リンガ泊地を中心に展開する造反者達を、どうにかして鎮静化せよ。従わぬなら、実力行使を辞さない。”こう言う事だ。」

 

その言葉に震える声で反応したのは、霧島であった。

「・・・それでは、私達がこれから戦うのは―――」

 

「・・・()()、と言う事だ。」

 沈痛な面持ちで、しかし目を逸らす事無く、彼はその一言を吐き出した。その余りのいたたまれなさからか、室内からは二の句を告げる者は居なかった。

当然だろう。この場にいる者で、彼がどれ程人々を守るべく尽力したか。その功績を知らぬ者は存在しない。そんな彼が、血を吐く様にその言葉を吐き出したのだろう事が、想像出来ぬ筈は無かった。

「―――大迫さん、俺もまだ聞いてないですし、現在までの説明を、お願い出来ますか。」

彼がそう言うと大迫一佐は手際よく取り出していた資料から抜粋して説明を始めた。

「では、提督にはおさらいと言う部分だが、まず、3日前にリンガ・ブルネイ・タウイタウイからなる南西方面艦隊の幕僚の内、反艦娘派に属すると思われる将校らが造反を起こした。彼らは3基地から合計4個護衛隊を糾合している。予備として同地に残されていた通常戦力の内、海上兵力の2/3に当たる兵力だ。

 彼らは在地の武器庫を襲撃し、艦娘関連施設を破壊するなどの破壊活動に出た上、リンガ泊地留守の同司令部幕僚、橋見二等海佐を拘禁し、更に協定により中立化したシンガポールへも散発的な攻撃を行い、これは現在も続いている。これについては大本営の方で対応中だが、恐らくこの造反は、艦娘艦隊の勢力伸長に伴い、蚊帳の外に置かれる、とでも思った一部の跳ね上がり者達の仕業だろう。

だが、反艦娘派の勢力は未だ根強い。恐らく、造反者の大半は自らの意思で従っていると見てよいだろう。しかも彼らの攻撃により、シンガポールの深海棲艦隊中立派の一部に、動員の動きが見え始めた。早急に鎮圧しなければ、いらぬ戦火を招く恐れが高い。」

 

此処まで説明したところで、高雄が挙手し発言する。

「では、自衛軍で処理する、と言う訳には行かないのですか?」

これに対する大迫一佐の回答は、昨晩の直人に対する答えと似たり寄ったりであった。

「現在の状況で我々がシンガポールに接近すれば、無条件に攻撃を受けかねない。それに現在決一号作戦を実施中の我々が持てる戦力の都合上、今回の作戦に派出する予備戦力の5個護衛隊以上に割き得ない以上は、損害を少しでも避ける為、君達の支援を乞いたい。」

ここで一度直人が言葉を引き継ぎ、

「大本営の山本軍令部総長の名代は私が引き受ける事になった。つまりこれは、軍令部総長直々の内命という事だ。なるべく穏便に済ませる事も含め、対応する必要がある訳だが、彼らだけでは心許ない、そう言う事だ。」

この言葉は艦娘達を納得させる為に直人が引き継いだものだが、それを言い終わると一つ頷いて再び大迫一佐が話し始めた。

「君達にやって貰いたい事は概ね3つに集約される。

 1つ、人質となっている橋見二佐を含むリンガ基地とその関連施設を解放する事、2つ、造反部隊を鎮圧する事。必要なら実力での排除も辞さないが、判断は君達に委ねる。

3つ、シンガポールの中立派が抜こうとしている剣を、穏便に鞘に戻させる事。事情を話せば、分かって貰える筈だ。」

ここで引っ掛かった艦娘は勿論居た。朝潮がここで挙手し大迫一佐に質問を飛ばす。

「リンガ基地関連施設に、ペナン島の施設は含まれているのでしょうか?」

 

「答えはYESだ。彼らは一部戦力をペナンに回し占拠、そこにあった施設にも手をかけたらしい。君達にとってもこれを見過ごせば、インド洋での作戦に向け、抜き差しならぬ事態に陥る事になる。」

それを聞き何人かの艦娘は思案を始めた様であった。彼らが単に造反したのなら兎も角、やはり自分達の行動さえ阻害されたのでは、影響は無視出来ない。

「君達にはこのペナン島施設も奪還して貰いたい。可能な限り無傷でだ。そして何より問題なのは、これらによって生じる戦力の空白に敵が付け入らぬよう、暫くの間はペナンに駐留して貰いたい。」

その言葉に質問を投げたのは他ならぬ直人だった。

「それは具体的に、どの程度ですか?」

その問いかけに大迫一佐は具体的な期間の明言を避け、

「少なくともリンガ司令部が戻ってくるまでだ。必要ならばそちらの判断で出撃してもいいとの事だった。」

と言った。この発言内容により、その指示が土方海将から出たものである事が、少なくとも彼の中でははっきりしたので、直人も納得して引き下がった。

提督「皆。聞いての通りだ。俺達がこれから当たらねばならない相手は、同じ人間だ。人身売買摘発の時のようにではなく、本当に戦う事になるかもしれん。

 だが、我が艦隊は鈴谷の補修完了次第出撃する。今回は、人員を取捨する余裕は、多分無いだろう。もしもシンガポールの中立派が手向かってきた場合、我々だけで対応する必要があるからだ。特にプリンツ・オイゲンやイタリアら独伊からの派遣組には申し訳ないが、今回も君らには出て貰う。今の内に、覚悟は決めてくれ。」

 

イタリア「分かりました・・・。」

 

提督「基本的には交渉でどうにかする。だがそれで早期決着が狙えない場合は、実力行使に打って出る。戦場到着が即時交戦になる可能性は低いと考えていい。

我々には実の所、思っているほど時間は無い。鈴谷の方には24時間以内に直せる部分を直す様に指示してある。完全な補給をする余裕もない。不完全尽くしだが、それでも我々は明朝出撃する。特別任務群も今回連れて行く。もう一働きを頼む。」

 

あきづき「でも、私達も弾薬は無いし、ここじゃ補給は受けられないわよ?」

その言葉に直人はこう答えた。

「君らはシンガポールとの交渉役だ。それなら、出来るだろう?」

紀伊 直人とあきづき―――戦場で、またその(よしみ)を通じて、短い付き合いながら互いをよく知る二人にとって、その言葉だけで理解するには十分だった。

「・・・分かったわ。それなら付き合ってあげる。播磨、そっちはどうなの?」

 

「心許ないですが、旗艦殿をお守りするには十分かと。」

 

「―――だそうよ。戦艦棲姫2隻は出せないけど、私たち4人なら出られるわ。」

 

「・・・大いに頼みにさせて貰う事にするよ。」

あきづきの言葉に、彼はそう答えた。すまない、と言うのも失礼だと思ったからであったが、その言葉こそが、彼のあきづきらに対する無形の信頼を示す何よりの証であっただろう。

「今回は作戦なんてものはない。戦わないに越した事は無いし、護衛艦同士の撃ち合いでは多分、出番はないからだ。我々はあくまで、対応部隊を深海棲艦から守ってやる事が目的と、今は心得ろ。その上で、交渉によってなんとか穏便に済ませる。」

その直人の言葉に金剛が口を開いた。

「・・・もし、それが出来なかったら、どうするネー?」

それに対する彼の答えは、粛然としたものだった。

「それが叶わなかった時は、海上自衛軍同士が、骨肉の戦いを繰り広げる事になるだろう。我々はミサイルの撃ち合いに加われる訳ではないが、砲撃戦となれば当然我々の出番だ。ないとは思うが、その覚悟はしてくれ。

それと、敵がペナンに籠城の構えを見せた場合、開城の目が無ければ艦砲射撃による力攻めとなるだろう。そうなれば多くの人が死ぬ。最悪の事態だが、それでもやらねばならないかもしれんとだけは、覚えておいて欲しい。」

 

グラーフ「・・・我々はこれから“人殺し”になりに行く、と言う事だな。」

 グラーフ・ツェッペリンのその発言は室内をどよめかせた。だが同時にそれは、ここにいる全員が直視しなければならない現実でもあった。

彼の言い方からすれば、造反者との戦いは最早避けがたい事は明白である。戦わぬ方法を模索はするが、覚悟はして欲しいなどと言う言葉は、およそ戦いを回避する者の発言ではないからだ。グラーフ・ツェッペリンはそれをハッキリとさせた訳だった。

「・・・そうだ。俺達はこれから人殺しになりに行く。なりたくないと、心底願いながらな。」

直人は拳を握り締めながらそう言った。彼にしても、それは認めざるを得ない事であった。

「恨むなら、お前達にこれを命じる俺を恨んでくれて構わない。俺も命令権者として恨まれて当然だと思っているし、だから許して貰おうなどとは思わない。だがこれは、我々がやらねばならん事だ。今ここで俺達がやらなきゃ、どうなるか分からんからやるんだ。それだけは、忘れないで貰いたい―――」

 

 

2

 

 艦娘艦隊が今回の様な事態に於いて、行動する事が出来ない事には理由が2点存在する。

1つは心理面での問題であり、艦娘達は押しなべて、自分達が人類を守る為に生まれて来たという意識を持っている。それが、『自分達でなければ守れない』のか、『自分達が守らなければならない』のかなど、程度や認識は様々な形態を取るが、大筋でこの点は一致している。

その様な彼女らが守るべきと信ずる人々を手にかけねばならないのだと聞けば、どの様な影響を与えるかなど自ずと明らかであり、それがどんな結果を齎すかなど、誰にも予想する事は出来ない。その点からも艦娘達をこの鎮圧に充てる事は現実的ではないのだが、もう一つ、この問題を複雑にしているのが、艦娘艦隊を取り巻く法制上の問題であった。

 そもそもの話として、軍事組織とは国家の立法の下に結成されて初めて正規軍として認められるのであって、軍事組織が国軍となる為にはそうした法学的拘束を受け入れる必要がある訳だが、ではこの時日本の状況はどうであったのだろうか。日本の艦娘艦隊基本法では、あくまでも「深海棲艦と戦う事」を前提として法整備が急速に為されたと言う背景があり、ここにも「平和国家日本」の息遣いが残っていたのであるが、この事が今回の事態と結びつくとどの様な化学反応を起こすだろうか?

―――そう、艦娘艦隊には、この様な人類同士の争いに於いて取るべきスタンスも含めて、法に明記されていないのだ。これだけならばまだ、現場の解釈如何でいくらでも辻褄を合わせる『日本的』法運用が可能であるように見えるが、一方で艦娘艦隊基本法では、この法律に明文化されていない事態状況に於いて、みだりに火器使用をしてはならないと記述されている。

 

 これは艦娘艦隊基本法第2編「艦娘艦隊の定義」の第3節「艦娘艦隊の用途」の第4章にこの様な記述がある事が根拠となる。

曰く、「―――艦娘艦隊は係る窮乏せる時局を打開するべく編成されたるを以て、その運用に際して、艦娘艦隊基本法に定められたる任務を外れる事態に際しては、その力を行使する事を禁ずる。」とされており、これに背いた者は軍法により処罰するとの記述もある。これが意味する所は、『艦娘艦隊は深海棲艦を退ける為の存在なのであり、決して他国に弓引く存在などではない』と言う事なのだが、これには大きな陥穽が存在していた。それは即ち今、この状況である。

 現在進行しているリンガ泊地での事件は、自衛軍の不平分子による事実上の反乱であり、しかもその理由が艦娘艦隊にあるという事もあって、現実問題として説得に窮していたのだが、それ以上に大きな問題となっていたのが、自国内での不平分子の反乱に際して艦娘艦隊が取るべきスタンスが、この法文では明確になっていなかった事なのである。

艦娘艦隊の任務の中には確かに「担当地区の治安維持」と言う任務は明記されていたが、これはあくまで警察権力の代行と言う範囲に留まっており、今回の様な武力蜂起、とりわけ正規軍による反乱と言う事態に対しては何らの明記も為されていなかった。そう言った事態にはそもそも自衛軍や憲兵隊が当たればよい、と言うのが制定当時の自衛軍と政府の一致した見解であり、あまつさえ身内の造反など起こりえないと信じ切っていた事こそが、この(ささ)やかな抜け道を作り出してしまった大きな遠因でもあった。

 

 ではこの治安維持を拡大解釈すればよいのではないか、と言う理論は通用しない。なぜなら、拡大解釈してもそれは、先述の「艦娘艦隊の用途」第4章の規定が邪魔をしているからである。ここに明記された内容はかつて、暴走の挙句に戦争に突入せざるを得なかったかつての日本を反省して明記されたものだったが、軍事力運用に際して事細かに明記する事で細心の注意を払ってきた日本国に於いて、当然とも言える突き詰められたこの法の中で拡大解釈をする余地は、ほぼゼロと言って差し支えは無かった。

よしんば強引な拡大解釈で出動したとしても、その先に待ち構えているのは軍法による裁きだった。ここに記述された軍法の適用範囲には提督すら含まれているし、その監督責任者である基地司令部にすら責任問題が発生する様になっている。それを考慮する時、例え中央が命じたとしても動く事は不可能であったし、大本営の命令で動かす事もまた不可能と言う、がんじがらめに近い状況に陥ってしまっていたのだった。

 更に法学的なもの以上に、決一号作戦の発令中の彼らにはそれら戦力を南方に回す余裕もなければ、敵の襲来に際して対応する力を残す為にも、同地に残留した部隊を動かす訳には行かなかったし、心理的な作用も含めれば動かす事が出来なかった。即ち動けるのは自衛軍だけなのだが、現地に居残っていた海上自衛軍の半数以上が造反してしまったからには、本土からの予備戦力の到着を待って処置する他なく、急を要する状況であるにも関わらず、すぐには動きようがなかった。

しかも本土からの予備戦力と言ってみたところで、合計しても多少の数的優位が生まれるだけで大きなアドバンテージにはならない。これを鑑みると、遊撃に適した横鎮近衛艦隊も動員し、残りの近衛艦隊は本土防衛に参戦させる、と言う運用は、大本営にとっては最善の動きであった。なぜなら近衛艦隊は公には存在しない部隊、法学的な縛りはあってない様なものであるからだ。

それに大本営にとってみれば、この事は一つの実験でもあった。艦娘達が人類を相手に砲口を向ける時、どの様な影響が現れるのかと言う、貴重なサンプルケースであったのだから・・・。

 

 その日の夜、直人は大迫一佐に伴われて、横須賀市内のバーの一つにいた。勿論菓子を返す為なのだが、そこの個室の中で珍しく直人は愚痴を吐く事になる。

「―――大迫さん。なんで俺達は、こんなにも貧乏くじを引かされるんでしょうね。」

 

「貧乏くじだと?」

 

「そうじゃないですか。自分達だけの力で、一体何が出来るって言うんです。単に運が良かっただけで、それに見放されたら結局、一敗地に塗れるしかない。それが今度と来たら、造反した自衛軍と戦えと来てるんです。とうとう、部下達にまで恨まれそうですよ。」

 

「成程な、確かに一理あるかもしれん・・・。」

大迫一佐はブランデーの入ったグラスを揺らしながらそう言った後、グラスを置いて続けた。

「なぁ直人。お前達近衛艦隊と言うのは、表舞台には存在しない、法に縛られん存在と言う意味で特別だ。だからこそ様々な便宜を得られている。一方でお前さん達は、運をも味方に付け瞬く間に頭角を現し、様々な無茶を押し通して見せた。

 他の連中にとっては無茶でも、お前さん達なら出来るって事を、お偉方は信じてるのさ。少なくとも艦娘艦隊の実力が未知数だった時期とは、命令の質が異なる。ちゃんと合理的で、的確な指示が与えられている筈だ。」

 

「確かにそうですし、側面からの援護はありました。ですが我々の作戦は常に綱渡りだ、いつ下に落ちるかも分からない危うさの中で戦っているんです。その中で事実として、吹雪の命を奪われてしまった・・・。」

 直人のその言葉には、横鎮近衛艦隊司令官として命令に従わなければならない義務の中に潜む、部下たる艦娘達への責任感や、失う事への恐怖心、孤独な戦いに身を置かなければならなかった者特有の張りつめた感情が満ちていた。

そしてそれは大迫一佐にも理解出来ない訳ではなかった。失う事への恐怖を知らぬ者などこの時代の日本に存在しないなどと言えば嘘であったし、余りに厳しい戦況、余りに厳しい現実を潜り抜けてきたからこそ、今の戦局ですら、どれ程厳しいかは彼も理解していた。

「―――そうだな。俺達大人がもっとしっかりしていれば、お前達がこんな事にならずに済んだのかもしれん。だがな直人、俺達はそれもこれも全部飲み込んだ上で、最善を尽くすしかない。

俺の同期も大勢死んだ。これ以上そんな話は聞きたくないし、リンガにだって、俺の同期の連中が大勢いる。一体何人アレに加わってるのかまでは知らんが、そんな事にばかり構っていたら、俺達の明日がないんだ。

俺達には今の所、お前さんを頼る他にいい手を思いつけん。だから頼むんだ。」

 

「分かっています。軍人として、筋は通します。それでも、思わずにはいられないんですよ。部下達に恨まれてまで、戦い続けないといけないこの身の上の事を・・・。」

彼は一献傾けてから続ける。

「・・・大迫さん。俺達は一体、いつまで戦い続けなきゃならないんですかね。この戦争の終わりがどこにあるのか、俺には到底、分からないんですよ。」

それは、この長すぎる戦いの難局にある者にとって、当然の疑問だったとも言えるだろう。だが大迫一佐には答える術を持たなかった。ただ、

「どうだろうな、どちらかが音を上げるまで、やるしかないのかもしれん。」

と答えたのみであった。

 

 紀伊 直人と言う男は時々愚痴っぽくなる。彼に必要なのは、その愚痴を聞いてやれる相手であった。大迫一佐は当時から、こうして彼の愚痴を個人的に聞いてやる事で、そのはけ口となってやっていたのである。

大迫一佐なりに、彼は年長者として彼の様な当時学生でしかない身を戦場へ送り込んだ事に対する引け目があり、直人は直人で、年長者であり理解者でもあった大迫一佐に対し、かなりの敬意を持って接していた。この事を鑑みた時、彼が近衛艦隊のバックアップに当たっていたのは、中々どうして運命的でもあり、適任であった。彼以上に自衛軍内で直人の事をよく知る者は居ないのだから―――

 

 夜半帰庁した直人は、心なしか少しすっきりしたような面持ちで床に就き、翌朝早く、横須賀軍港の6号岸壁に横付けされた鈴谷に飛び乗った。既に半数程度の艦娘達は鈴谷に戻っており、残る半数も随時戻ってきつつあった。明石は夜通しで艦の整備に当たっており、目にクマは出来ていたがそこは技術屋としての性なのか、人型フォームを取った副長妖精と共に生き生きとした様子で彼を出迎えた。

 

2月12日4時49分 重巡鈴谷前檣楼・羅針艦橋

 

「提督、おはようございます!」

 

「おはようございます艦長!」

 

「おはよう・・・明石、まさか、寝てないのか?」

 

「寝てません!」

寝て無さ過ぎてテンションがおかしくなっている明石であった。どこかの巡洋戦艦が聞けば思わず声を出しそうだが長くなりそうなので無視しよう。

「すまないな、夜通し任せてしまって。状態はどうだ?」

 

「この位ならへっちゃらです! ですが、良いとは言えませんね。」

そう言いながら明石は端末を操作し始めた。

「取り敢えず、燃料の補給と弾薬の方は何とか手配を付けて頂きましたし、破損した兵装は取り換え、空中線は張り替えました。ですが、装甲板の方はどうにもなりませんね。切った張ったで辻褄を合わせて、後は妖精さんの手での修復を待った形なので、換装するよりも強度は落ちています。」

 この艦は妖精さんが乗っている船なので、彼らが突貫で修復してくれる事によってある程度の損害なら独力で修復出来るし、その為に予備の鋼材を搭載しているのだが、壊された防弾板などは直せても、厚さ100mmにもなる装甲板を完全に治すのは、流石の彼らでも荷が重いのだ。

「それ以外は損害軽微で良かったですよ。魚雷発射管に当たっていたら、そのままドック直行だったかもしれませんから。」

 明石は心底安心した様に言った。魚雷発射管周辺は特に防御装甲がある訳ではなく、ここにあの時敵駆逐艦の砲弾が入り込みでもしたら大惨事になっているところだったのだ。

酸素魚雷は大型の弾頭を有するが故に、一度誘爆すると当時の艦艇では手が付けられないを通り越して致命傷となりうる。重巡三隈などはミッドウェー沖海戦の終盤、度重なる敵機の空襲にも耐えていたが、魚雷発射管が誘爆した事が原因で沈んだのだ。

 横鎮近衛艦隊が建造した重巡鈴谷は、魚雷誘爆が大きな損害に発展しないよう、空間を周囲に配置して防御する様にこそなっているし、1度耐えてはいる。それでも中甲板程度までの損害は避けられないし、爆発の衝撃で船体そのものが破損する事に変わりはない。単に、現代の技術と考え方を取り入れているだけなのだ。

「では、最大速力は出せないのか?」

 

「いえ、そこは何とか辻褄を合わせてくれたみたいで、どうにか。」

 

「そうか、そいつは良かった。」

 

「ですがやはり弾薬の供給は追いついていません。機銃弾は定数の7割強、主砲弾はそれ程使ってなかったので充足していますが、副砲弾と高角砲弾はそれぞれ7割強と6割弱です。」

 重巡鈴谷は弾薬の量も燃料の量も、並の重巡艦娘より数段多く要求されている。無論艦娘と比較して艦艇であるが故の燃費の悪さもあるが、それ以上に搭載している兵装の量が段違いに多いのだ。いくら艦娘、例えば大和級と言ったって、機銃を100丁以上携行出来る訳ではない。それは艦艇であればこそであり、その点この重巡鈴谷は、横鎮近衛艦隊屈指の重武装と呼んで差し支えないのだった。

その代償として得たのが、要求されるランニングコストの高さであったが、彼らはこれを受け入れてでもこの船を使い続けていたのだった。

「艦娘への弾薬補給は?」

 

「こちらも芳しくありません。どうにか物資を回して貰っていますが、何分急なので・・・。」

 

「―――まぁどうにか、1.5会戦分は確保した。戦艦用の砲弾は4割に満たないが、どうにかする他無かろうな。」

 

「魚雷も半数に届かず、重巡以下の砲弾は平均5割強です。艦載機の方も補給しましたが、それでも定数の1/3に満たない数です。まともな戦闘行動は難しいでしょう。」

 明石の知らせは直人の予想通りであるが、事実その通りになったとなると、憂慮せざるを得なかった。もし仮にシンガポールの深海棲艦一党と戦うとなれば、その総勢はシンガポール棲地を形成していた敵2個艦隊20万余となる。

しかもこの根拠地には潜水艦戦力が多数配されていた事で、かつては南シナ海を脅かした存在であった。重巡鈴谷はもとより、海上自衛軍自衛艦隊でさえ容易に近づく事が出来ない魔の海域と化してしまう恐れもあるから、シンガポール棲地を侮る事は、弾薬不足も相まって潰滅の危険を孕んでいた。

ある種、彼らは北海道東方沖海戦の時以上に危険な戦いとなる恐れを抱く事になっていたのだ。

 しかもこの時、横鎮近衛艦隊の士気は高くはない。下手をすれば人類との戦いともなるかもしれぬと言う話は、高い士気と練度を以て各地を転戦した歴戦の彼らを以てしてなお、彼女らの心に重く暗い影を落として余りあった。

「余計に、戦う事が出来なくなったな。」

 

「・・・提督、残念がってます?」

声に出ていたようで、明石はそう聞いた。直人はそれに対して、

「そんな事は無い。彼らは中立だし、戦う訳には行かないが、どの位強いのか、それは気になるな。」

と答えた。彼とて武人であり、本質的には戦う事を善しとした武人肌の将である。だが彼は同時に戦略に精通した事もあり、軽率な行動が身を亡ぼす事を自ずから良く知っていた。

 彼はあくまで調略により、シンガポールの深海棲艦隊を鎮静化するつもりであった。

「あ、そう言えば、新装備も受領してます。」

明石がそう言うと直人は

「新装備? 聞いていないが、どんな代物なんだ?」

と尋ねた。

「はい、深海棲艦用に開発されたIFF装置です。『DWB-1 霊力波波長解析/識別装置』、工員さん達は『サイキックビーコン』と呼んでいました。」

 

「ほーう? と言うと、彼らの霊力波を検知し、解析・識別してデータベースと照合する事で、敵味方の識別が容易になる訳だ。」

 

「その様な説明でした。三技研の手になる物らしく、まだデータは揃っていませんが、収集と運用は並行して行うそうです。」

明石のその説明に直人も納得する。どうやら怪しい物では無さそうだと思った直人は、改めて明石に告げる。

「分かった。ひとまず出港準備だ、まだ陸上に残っている艦娘は全員呼び戻せ。」

 

明石「はい。」

 

提督「エンジン回転数上げろ。副長、全艦出港準備、配置に着かせろ。」

 

副長「はいっ!」

 彼はこの時既に腹はくくっていた。なる様になるしかないと言う、諦めにも似た境地だったが、それでも彼は、為すべき事を見定める為に、出撃する事を決意したのだった。

5時32分、重巡鈴谷は全艦娘と深海棲艦を乗せると、横須賀軍港港外で待機していた第1・31護衛隊と合流し、浦賀水道を下っていくのである。

 

 第1護衛隊は、23中期防によって建造された航空護衛艦「いずも(DDH-183)」が配備されて以来長らく、このいずもを中心に編成されて来た、海上自衛軍第1護衛隊群の構成部隊であると共に、海上自衛軍の主力部隊である。現在の編成はいずもの他、第31護衛隊旗艦ばんだいの同型艦であるいわき型イージス護衛艦「いわき」と、あさひ型護衛艦「あさひ」「しらぬい」から編成されている。

第1護衛隊群と言えば、「いずも」の旧式化こそ顕著なものの横須賀基地の主力部隊であるが、なぜ後方に残置されていたのか。理由は艦載機搭乗員の練度にあった。

 第1護衛隊群は艦娘部隊と共にしばしばウェーク島方面に進出しては戦闘を繰り返していたが、2か月程前に艦載機部隊が壊滅的打撃を受け、戦闘能力を喪失してしまったばかりであったのだ。この穴を塞ぐ為、いずもは浦賀水道で艦載機の発着訓練を始めとする訓練を繰り返していた、と言う訳であった。

そんな中でリンガ泊地の造反部隊鎮圧の任に出る部隊を選定するに当たって、後方で余暇を持て余していた彼らに白羽の矢が立った、と言う次第であった。

一方第31護衛隊は「ばんだい」を旗艦とした自衛艦隊司令部直属部隊であり、北海道東方沖海戦では横鎮近衛艦隊を強力にアシストした事も記憶に新しい。彼らは目立った損害は被っておらず、慌ただしく補給を済ませ鎮圧部隊として赴く手筈となったのだった。

「あやなみ」「しきなみ」「いそなみ」の3隻も意気軒昂に「ばんだい」の後方に単縦陣で後続している。

 

 浦賀水道に入って直ぐ、鈴谷の左舷側を進む護衛艦「いずも」から通信が入った。

「発信者は何と名乗っている。」

直人がそう尋ねると

「第1護衛隊群司令官、御堂(みどう) 健匡(たけまさ)を名乗っています。」

と明石が答えた。

「―――よし、こちらに回せ。」

そう言うと彼のサークルデバイスに、痩せてごつごつとした顔の将官が映し出される。50後半と言った所だろうか、直人は面識がない。画面越しに2人は挙手の礼で応じてから口を開く。

「“―――第1護衛隊群司令、御堂だ。今回、山本海幕長から全権を預かる貴官をバックアップする事になった。”」

 

「横鎮防備艦隊サイパン分遣隊司令官、石川少将であります。土方海将より本艦『鈴谷』をお預かりしております。」

 

「“宜しく頼む。直接指揮下に入る訳ではないが、今回、鎮圧部隊に参集予定の指揮官では、私が最先任の将校だ。司令部からは、貴艦の後に続くよう申し付かっている。

現地到着後は貴官の方針に従う様命じられているから、用向きがあれば、遠慮なく、我々に言って貰いたい。”」

 

「ありがとうございます。」

直人がそう答えると御堂海将補は「うむ」とだけ答えて通信を切った。

「―――純粋な武人、と言った感じだな。今の日本では一周回って珍しいかもしれん。」

直人がそんな感想を述べると明石も賛同した。

「信用して良かろう。明石、艦隊の航路設定、頼むぞ。」

 

「了解しました!」

 

「副長! まだ本土は戦闘の只中だ。友軍が哨戒している筈だが潜水艦が潜んでいるやもしれん。対潜警戒を厳とせよ。艦内は第二種戦闘配置のまま待機とする。」

 

「分かりました!」

 こうして重巡鈴谷は8隻の護衛艦を後ろに従え、14ノットの巡航速度で一路南西諸島方面へと舵を切る。余談だが、重巡鈴谷は公的には、大本営が直轄する艦娘艦隊の統括旗艦のテストモデルという事になっており、管轄は横須賀鎮守府が所掌し、その横鎮がサイパン分遣隊向けに送り出している―――と言う事になっているから、一応公的には艦籍を有している。

但し、その任務は潜水艦と同じく極秘とされており、今どこでどんな事をしているのかまでは公開されていない。この点この船は横鎮近衛艦隊同様秘匿されていた事を示しているが、同時にこの船は艦娘専用母艦のプロトタイプとして密かに三技研で研究されている時期でもあり、そう言った意味でも機密を守る必要があったのだった。

なぜならこの頃になっても在日米軍の指揮系統は健在であり、本国から半ば孤立を強いられた存在ながら、原子力空母「エンタープライズ(CVN-80)」を擁するその勢力は依然として強力で、アメリカでも模索が続く艦娘艦隊の運用について、日本が何かしている事を気取られてはならない、と言う訳であった。

 

 

3

 

 重巡鈴谷はその後、日本の南の海上を西へと進み、順調に航海を続けていた。だがこの時、直人には心配事が一つだけ存在した。それは医務室の事である。

「雷、例の艦の容体は?」

出港3日目の午前、彼は医務室に赴いて雷にそう問い質していた。勿論例の艦と言うのは先の戦いで鹵獲した深海棲艦、重巡棲姫の事である。

雷「まだ意識が戻ってないわ。バイタル・呼吸共に問題は無いのだけれど・・・。」

 

「そうか・・・。」

既に収容されてから1週間は経過しており、肌の色見も大方元通りと言った所なのだが、肝心の意識は未だに回復しないまま、結局横鎮にも申告しない状態で乗せっぱなしと言う状態だったのだ。

「こんな事初めてだから、ごく普通の方法以外に取りようがないの。ごめんね、司令官。」

 

「雷が謝る事じゃぁない。それに、上手く行けば、今後にも生かせるかもしれないからな。」

 

「そうね、そう思う事にするわ。」

 悔み節も、今は言いっこなし、と言う所であった。一応無力化こそしてあるものの相手は姫級、何が起きても可笑しくはないのだが、そんな爆弾を抱えた状態で、直人は次なる任務に赴こうと言うのだから、大した肝の座り方である。

「雷は引き続き患者の方を頼む。だが、ちゃんと休むように、いいな。」

 

「分かってるわ、心配性ね、司令官は。」

 

「お互い様さ。正直な所、確実に助かる、なんてアテを持って助けた訳じゃぁない。だからこそ、雷や皆の知恵を借りたいんだ。頼むぞ。」

 

「了解。」

 雷はそう笑顔で返した。いつも直人の為に力を尽くす雷だが、彼女にしてみれば今の仕事も十二分にやりがいのある仕事であったし、何よりどんな役目であっても彼の役に立てる事が、雷にとっては望外の喜びであったのだ。

艦隊の医務を一手に引き受ける彼女は、妖精さん達や白雪と力を合わせる事で、直人の命すら一度は救って見せたのであるから、彼女の献身無くしてはこの艦隊は成り立たないし、今回の役目も彼女以外には不可能だった。直人はそんな雷を信頼していたし、きっと上手く行くと信じてもいた。

 雷も直人から受けるその思いは満更でもない。比較的幼いメンタリティが目立ちがちな駆逐艦娘達の中でも大人びた精神性を持つこの雷は、自分に与えられた役割を果たそうと必死にこの難題に取り組んでいたのだった。

まぁ、その根底に「司令官に褒めて貰えるから」という思いが秘められている辺りは、まだまだ幼い事に変わりはないのだったが。

 

 

明石「―――来ました! 第33護衛隊です!」

 その声で直人は右舷の双眼鏡の一つに取り付く。2月14日15時52分、沖縄本島南東沖にて、鎮圧部隊は佐世保を出港後九州西岸から南下してきた第33護衛隊と無事合流を果たしたのだ。

この部隊は2020年代まで一線運用されてきた護衛艦を、現役復帰と多少の改修を施した上で戦時編成した二線級の部隊で、はたかぜ型ミサイル護衛艦しまかぜ(DDG-172)を旗艦に、あさぎり型護衛艦せとぎり(DD-156)、ゆうぎり(DD-153)、うみぎり(DD-158)から構成されている。

 現在編成されている護衛隊は、1桁番が機動運用部隊(主力部隊)、10番台が地域配備部隊なのは自衛隊時代から変わらずそのままだが、自衛軍への昇格後、深海大戦勃発後に、戦況に対応すべく創設されたのが20番台と30番台である。

20番台は艦娘艦隊創設に伴い各基地に配備する為に3隻1隊として再編・創設された部隊であり、特に南西方面へは2個護衛隊づつが新設されていた一方、30番台は第31護衛隊を除いて、戦時中の第一線部隊の損耗を埋める為にモスボールされていた艦艇の中から、状態の良い艦を再就役させた二線級部隊となる。その為隊によって3隻編成であったり4隻編成であったりする。

二線級部隊としての30番台の部隊は艦娘艦隊創設以前から存在しており、精鋭部隊として区分する為の第31護衛隊も含め、二線級・エリート部隊として区分する為30番台のナンバーを用いている。また20番台の部隊は10個では部隊が足りない為、40番台の部隊も存在しているが、役割は同じである。

 

 これに加えて佐世保に配備されていた補給艦「まんごく」も加わって、本土からの派出部隊は全て合流を終えた事になった鎮圧部隊は、予定通り南シナ海へ向け転進する事となる。目的地はブルネイ湾沖、そこで、現地合流となる部隊が待っている筈だからである。

「やれやれ、まさか鈴谷が艦隊を編成する事になるとは。しかも全艦隊の先頭を預かるとは、何とも光栄じゃないか。こんな身分でもなければ、だがね。」

 直人はそう自嘲気味に言ってのけた。確かに、総勢13隻の艦艇を従えるように鈴谷は西太平洋を南西にひた走っていた。新旧相見える事のない筈のデザインの軍艦が共に隊列を組んでいるのは些か奇異な光景でもあったが、こんな時世でもなければ実現しなかったろう事だけは確かだ。

「そ、そうですねぇ。ずっとこんな事には縁がないものかと思っていましたから、私も驚いています。」

 明石も率直にそう述べた。彼女の言う通り、人の目を憚って動いてきた横鎮近衛艦隊にとって、艦列を敷いて航行する事など普段は有り得ない事だ。だがその光景が今、目の前で現実のものとなっている事に対し、明石は妙な感慨を覚えていたのだった。

「副長、明石、本艦が艦隊の先頭という事は、本艦の舵に全艦が倣うという事だ。改めて言うが、責任は重大だぞ。」

 

「「はいっ!」」

2人は努めて明るく返事を返す。これから向かう先に愉快な事が待っている道理など無かったが、せめてそうでもしなければ、提督がまた顔を曇らせてしまうかもしれない。2人に共通したのはそんな思いであった。

 

 その後艦橋を後にした直人は、艦の各部を自ら見て回り、不具合がないかを点検した後、艦長室へ戻ろうとした。その途中、艦尾居住区の通路と中央通路を繋ぐ連絡通路で、金剛にばったり遭遇する。

「Oh! 提督ゥ、こんな所でどうしたんデース?」

 

「艦の見回りが終わったところ。そっちは?」

 

「艤装の手入れをしてきたところネ。」

その言葉に直人は金剛もストイックだなと感じ入るところがあった。

「―――ちょっと話がある。甲板に上がらないか?」

 

「OKネー。」

金剛は直人の言葉に物珍しさを感じつつも、二つ返事で直人の後に続くのだった。

 

~重巡鈴谷後甲板・4番砲塔下~

 

「それで、話ってなんデース?」

そう聞かれると直人は4番砲塔のバーベットにもたれかかりながらこう切り出した。

「―――金剛。お前は今回の出兵、どう思ってるんだ?」

 

「・・・提督?」

金剛がこの反応をしたのは、直人がここにきてまで殊更本気でする質問だと一瞬思えなかったからだと言う。だが直人が念を押す様に、

「取り繕わなくていい。思っている事を話して欲しい。」

 と言うに至り、金剛は直人が本気なのだと悟った。金剛から慮っても、直人が今回の出兵が本意でない事は分かっていたし、金剛もそれは同様であった。

金剛はこの時、直人が未だに迷っていると思ってこう言ったのだと言う。

「・・・思う所はあるネー。でも、私達がやるしかない、そう思ってるヨ。」

だが直人から帰ってきた言葉は、金剛の思ったものとは違うものだった。

「―――やりたくないよ、俺は。」

 

「テ、提督!?」

直人の言葉に思わず金剛がそう呼びかけると直人も答える。

「分かってる! やらなきゃいけない、それは頭では分かってる。でも―――俺は()()、人殺しにならなきゃいけないのか!? お前達を全員、巻き込んでまで・・・。」

 

「・・・!」

 そう叫ぶ直人の目から幾粒かの涙が、艦上を吹き抜ける合成風に吹かれ、艦の後方へ飛び去った。彼の中で、理想と現実、常識と非常識の間で苛まれ、葛藤し続けたこの数日間。普段、人前で涙を見せる事のない彼が、泣いていたのだ。

いや、本当は今までもずっと、今すぐにでも泣き出したかったに違いない。本心から己の役目を投げ出したかったに違いないのだ。だが彼にそれは許されなかったし、涙したところで何かが変わると言う訳でもなかった。

近衛艦隊は影の存在、それを知りながら逃げ出せば、彼の明日など、誰が保証してくれるだろうか。故に彼は、彼の心の内に様々な感情を押し込み、涙を見せることなく任務に邁進して来たのだ。戦力不足と言う負の側面を長く押し付けられてきた身であるし、様々な黒い仕事にも手を染めた彼が、何も思わなかった筈が無いのだった。

 

 彼が流す事の稀なその涙を見た金剛は金剛で、少し前の横須賀での事を思い出していた。あの時、世の為とはいえ彼はその銃口を人に向けて自らその引き金を引き絞った。何度も、何度でも、終わるまでずっと。その事実に、あの時彼は打ちひしがれていた。

しかも彼は好き好んでそれをしたのではないし、金剛ら艦娘達は知らない事だが、サイパンで陰ながら潜入してきた暗殺部隊をその手で消したのとはまた事情が異なる。彼らは、己を害しようとした訳ではないからだ。

 相手が直人を殺そうとしたのならば、彼は遠慮なく引き金を引いただろう。それは金剛自身もその精神性からよく知っている。だがあの時の彼の行動は、彼の事さえ知らぬ相手を、自分達の手前勝手で殺したのに等しい。それは正当防衛など成立しようがない一方的な暴力であり、殺人でしかない。

 その点直人は一民間人でしかなかった。彼には軍人としての覚悟はあっても、その本質まで軍人として鍛え上げられた訳ではないのだ。

直人が生きるのは社会の一般通念上に於ける正義の上なのであり、軍隊と言う不条理さの中ではない。深海棲艦が相手であれば、世を脅かす敵でもあろう、彼にとっては喜んで成敗する相手である。だが、人を殺める事は彼にとってはれっきとした罪なのだ。

 

 そんな彼が、いくら任務とは言え人の生を奪わなければならない。それも、一度ならず二度までもである。この任務がどの様な努力を払おうが、いずれ血を見ずには済まされない事など、命じた彼が一番理解している事であったのだ。

人間の身勝手さなど、今に始まった事ではない。歴史を紐解けば、この程度の事など幾らでも繰り返されてきた。なまじ、彼にのみ与えられた任務であったのなら、幾分気が楽であったかもしれない。だが、この任務は彼の艦隊に対して発令されているのだ。

 直人は、自分だけならば良いと考えていた。既に何十人も手にかけて来たし、数多の深海棲艦をその手で沈めてきたのだ。今更血に塗れた手に、また何十人、何百人かの血が加わろうが大差はない。だが自分だけではなく、自分の部下達であり、人々を守る為に生まれて来た艦娘達を巻き込まねばならない。

思い描いた理想と、この世の不条理さの狭間で、直人はこの時もがき苦しんでいたのだった。

「・・・提督、私も、思う所はあるネー。でも、私達は、ただ提督についていく、そこに深海棲艦も人間もない。」

 

「金剛・・・?」

彼女の言葉に、直人がその名を呼ぶと、金剛は言った。

「大丈夫ネー。私達は最初から()()()()()身、提督と、心は共に在るネ。それに・・・」

金剛は一度言葉を切った後、こう言った。

「私達はどこまでもついていくデース。例え、地獄の果てまでも、私達のした事を、皆で背負って。きっと、皆納得してくれるヨー。」

そう言って金剛は、精一杯の笑顔を作って見せた。へなへなの、どう見ても無理して作った笑いであったが、それを見た直人は、彼なりに感じるものがあった。

「金剛・・・分かった、もう言うまい。俺は一人ではないのだな・・・。」

 

「そうネー。私達はどこまでも、提督の味方ヨー? だから・・・」

そこまで言って金剛は直人に歩み寄り、その身を抱き締めた。

「一人で背負おうとするのは、ナシですよ。」

 

「・・・あぁ、心得ておく。」

 その腕の中で涙を溢れさせながら直人は言った。彼がこの言葉で救われた訳ではない、根本的に何も解決してもいない、どちらかと言えば気休めにも近い。だがそれでも、直人にとっては縋りたい言葉ではあった。

こんな薄汚れた任務に艦娘達を巻き込まざるを得ない事への罪悪感は彼の中に確実にあり、それを和らげる事にはなったからである。

 その後、直人はうんと泣いた。今まで抱え込んできたものを、目一杯吐き出すように。考えてみれば、彼はその心の奥底に、実に多くのものを沈めていたのだろう。望まぬ状況、受け入れ難い現実、どこまで行こうが陰に日本の走狗となり、戦場巡りをする他にない彼らである。艦娘達はそれで本望であろうが、直人は違う。

彼は確かに用兵に於いて天性の才覚とセンスを持ってはいた。だが所詮は民間人であり、平和な時代であれば、群衆の中に埋没したまま、花開く事のない才能であったが、時代は不幸にも彼を必要とし、彼はそれに引き回される様にして、敵に回せば恐るべきその才能を()()()()()()()()()のだと言えよう。当人が望んだか否かは、この際関係ないのだ。

例え元海自軍の軍籍を持とうとも、例え従軍歴があろうとも、彼はどこまで行っても軍人にはなれなかったのだ。彼が軍を嫌っていると言う事ではなく、そうした訓練を受けていないが為である。

 ひとしきり泣いた後、彼は顔を上げて

「・・・すまん、みっともないところを見せた。」

と言うと金剛は

「私の前だけにするネー。」

と返したのだった。

 

 

4

 

 2月19日、ブルネイ時間5時57分、日本から南下してきた総勢14隻の部隊は予定通りブルネイ港外に到着した。そこには既にブルネイとタウイタウイから合流予定の各部隊が集まっており、新たに7隻の護衛艦と4隻の補助艦艇が加わっていた。

彼らは投錨するや否や早速発行信号で召集を送り、護衛艦「いずも」のブリーフィングルームで全体会合が行われた。ひな壇へは元の所属である空自軍一等海佐として随行した鏑木 音羽を伴って直人が立ち、第1護衛隊群司令の御堂海将補も共に登壇して始まった。

「今回、大本営からの全権代理を務めます、横鎮防備艦隊サイパン分遣隊指揮官、石川少将であります。軍令部長でもあられます山本海幕長の命に従い参集頂いた各部隊に対し、まずはご足労感謝致します。」

その様な直人の言葉から始まった会議、直人の言葉は次のように続いた。

「今回、かかる状況に陥った事に対し、統合幕僚監部並びに大本営は強く遺憾でありつつも、現在、決一号作戦の作戦途上にあり、こちらへ兵を回せない事は、各々承知おきの事と思いますが、鎮圧までの間、この両組織はこの事に対し沈黙の意思を持っています。よって、本官を全権代理人とする鎮圧部隊を組織し、可及的速やかにこれを鎮圧する事に決し、現在へと至っております。

ここに、リンガ造反部隊鎮圧部隊の結成を宣言します。」

そこまで言い終えると御堂海将補が簡潔に自己紹介をした後発言する。

「今回の鎮圧行動では本官がここにいる石川少将も含め最先任となる。各隊は本官の指揮下に入る事となるが、山本海幕長より『全権代理人の指示に従う様に』と言う命令を拝受している。石川少将、責任は重大だぞ。」

 

提督「承知しております、その為にも策は考えてありますので、ご安心を。」

 

御堂「うむ。では本時刻を以て、鎮圧部隊自衛軍所属隊は石川少将の指揮系統内に編入される。各護衛隊指揮官、石川少将に官性名を申告せよ。」

その言葉を受けて、6人の将校が起立する。

「第1護衛隊司令、武士沢(ぶしざわ) 清治(きよはる)一等海佐です。」

「第31護衛隊司令、砺波(となみ) 浩二(こうじ)一等海佐です。」

「第33護衛隊司令、木名瀬(きなせ) 久嗣(ひさつぐ)一等海佐です。」

「第21護衛隊司令、佐橋(さはし) 祥雄(よしお)一等海佐です。」

「第4護衛隊司令、松原(まつばら) 裕次郎(ゆうじろう)一等海佐であります。」

「陸上自衛軍第22旅団旅団長、伊丹(いたみ)誠定(のぶさだ)陸将補です。お世話になります。」

各々が申告を終えると、直人は挙手の礼と共に

「宜しくお願いします。」

と答え、6人もそれぞれ挙手の礼で返し着席した。

「では早速現在の状況について最新の情報があれば伺いたい。何分無線封止でこちらに来た次第で、正確な情報が知りたいのですが、ブルネイ・タウイタウイ側で持っている情報があればお伝え頂きたい。」

直人がそう問いかけると、右手に座る松原一佐が目配せした人物が起立する。

「第4護衛隊通信長の河本です。この数日の間に、状況はある程度推移しています。具体的には―――」

河本三佐の説明した状況は次の様なものであり、この時点で起きていた事は全て網羅されていた。

 

起きた事を要約すれば、

1.造反部隊からの声明発表

2.周辺地域の情勢

3.シンガポールの状況

4.造反部隊の動き

5.本土の状況

の5点に大別される。

 

 まず一つ目の造反部隊からの声明については、これまでの事のあらましを自己中心的におさらいしつつ、次の様に主張していた。

即ち、艦娘艦隊の自衛軍指揮系統への統合、それに伴う各基地と大本営の解体及び艦隊司令官らの解任、通常戦力を主体とする自衛軍再建計画の強力な推進、有体に言えば、艦娘が出現する以前の構造に戻し、艦娘は補助戦力にすると言う復古的な主張であった。

「―――これについて政府、大本営及び統幕からの見解は発表されていません。恐らくは黙殺されているものかと。」

 

「当然ですね。その様な前線部隊の一方的な見解など受け入れられる筈がない。現実的にも考えられない選択肢でもある。」

 事実大本営も政府もこの要求は黙殺していた。尤も、本土近傍で大規模な戦闘を遂行中の彼らに、その様なたわ言を聞いてやれるほどの余裕が無かったのも事実であったが。

二つ目の点について言えば、余り状況は芳しくなかった。

「タウイタウイやボルネオ方面では不穏な動きはありませんが、スマトラ島では、地元の反政府勢力と反乱部隊が手を組もうとしていると言う情報があります。」

 

「反政府勢力?」

 

「―――アチェ人民戦線です。」

 この地域に於いて、その名が出てくるのは最悪であった。アチェ人民戦線はこの戦乱のどさくさにまぎれ、インドネシアに存在した「アチェ王国」の再興を掲げて武力闘争を行う極右組織の名であったからだ。

 

 元々インドネシアも東南アジア諸国連合(A S E A N)の一員として東南アジア地域で深海棲艦に対する防衛を行っていた*1が、一時は国土の半分以上を占領され、しかも海上戦闘でインドネシア海軍は殆ど為す術無く撃破された海軍の一つとして不名誉な名を残していた。

そうした情勢下で生まれたアチェ人民戦線は元々、地上戦が避けられなくなったスマトラ島北部の民衆が結集し、武装して成立した民兵組織「スマトラ民衆兵団」を前身としている。だが、彼らが乏しい装備ながら深海棲艦相手に地上戦で戦果を挙げ続けた事が、組織の変質を招く事となった。

 彼らは国軍とは別に戦闘を続ける中で、政府の無策が国軍の敗退を招いたと考え始め、その上インドネシアにも存在する『ジェマ・イスラミア』の様なイスラム過激派の思想にも影響を受け、更にはそんな折に『自由アチェ運動』過激派の流れを汲む地下組織が彼らに合流した事で、組織的には殆ど別物となり、現在のアチェ人民戦線に繋がる事となる。彼らは現在の自由アチェ運動とも対立する分派であり、アチェ州やその周辺で深海棲艦との戦闘を行う一方で、政府に対してアチェ州を含むスマトラ島北部の独立を画策して、武力闘争路線へ舵を切っていたのである。

 現在アチェ人民戦線はスマトラ島北部の殆どを事実上支配下に置いており、当該地域は政府の統治が及ばない地域と化していた。だが一方でアチェ州の北半分はアチェ州の与党である自由アチェ運動の支配下にあり、彼らは国軍に代わって自ら民兵組織として州軍を立ち上げて抵抗している、と言う状況であった。アチェ人民戦線と言う名称ではあるが、活動基盤はアチェにはなく、単なる方便と化しているのだ。

 

提督「敵の敵は味方、と言う訳か・・・。」

 

河本「どうやら造反部隊は彼らと連絡を取り、我々に対する共闘を謀っているようです。」

 

提督「時を置けば我々が不利になる、と言う訳ですね。」

 

河本「そうです。」

 

 アチェ人民戦線は、自衛軍と日本艦娘艦隊が国内に駐屯しているのにも不満を抱いている。彼らにしてみれば所詮他国の軍隊であり、他国の軍隊に自国領土への駐屯を許すなどと言う事態は、国家の怠慢であると主張してやまないのだ。

だがその()()()()()である自衛軍が仲違いを起こしたという事であれば、自衛軍の勢力を国内から排除するチャンスであると言えない事もないのだ。上手くすれば、自分達の目的を達するのに一役買うかもしれない事も含め、この両勢力が手を組む事は十分に考えられたのだった。

 3つ目についても同じく状況は芳しくない。

「次にシンガポールについてですが、こちらは態度をより硬化させているようです。大本営は代表を派遣すると回答していますが、シンガポールの深海中立派は、度重なる攻撃にいよいよ堪忍袋の緒が切れつつあるようで、艦隊の一部が出撃準備に入っています。また、潜水艦がセレターを出撃したとの情報も入っています。」

 

「まずいですね、我々の置かれた状況も考慮すると、余り望ましい状況ではありません。」

 

「その通りで、こちらについても早急に対応する事を求められるでしょう。お話を伺った上での事にはなりますが最悪の場合は、実戦も想定せねばならないでしょう。」

 

「そうでしょうね、その為に我が艦隊主力の全てを引き連れて来ています。」

 尤も、それだけの事でどれ程対抗出来るかは怪しかった。高々100隻強の艦娘で、10万を超す深海棲艦と正面からぶつかり合えば、不利は明確に明らかであった。精々足止めが関の山だろう。

直人はもとより河本三佐もそこには触れず、三佐は4つ目の件に触れた。

「造反部隊のその後についてですが、彼らは戦力を半数ずつに分け、ペナンとリンガに分散配置しているようです。その為現在、リンガには6隻しか造反部隊側の艦艇は存在しません。」

 

「しかしペナンとリンガは1日と経たず辿り着ける場所、分散しているとはいえ、油断出来る距離ではありませんな。」

 

「正にその通りで、余り楽観出来る状況ではありません。もし戦闘となるのであれば、造反部隊が分散している今しかないでしょう。」

 この話は艦娘達が聞けば小首を傾げるだろう内容だったが、現代の対艦戦闘は100㎞先の敵とミサイルを撃ち合うものであり、自衛軍の有する艦対艦誘導弾(S S M)も最低150㎞の射程がある。ペナンとリンガの距離は直線距離で800㎞弱、直接攻撃出来るような距離でこそないが、油断が出来る様な距離でもないのだ。

「最後に本土の状況ですが、こちらは好転しています。既に敵の攻勢は頓挫している模様で、幌筵泊地の包囲も間もなく解囲出来るとの情報が入っています。

また確定情報ではありませんが、敵超兵器級を撃沈したと言う戦果報告も入っており、事実なら金字塔を打ち立てるものでありましょう。」

最後の一言は、艦娘艦隊の指揮官である直人に向けての言葉であったが、当の本人は、

「どうでしょうな、確定出ないなら誤報もある。喜ぶのは、確定してからにしましょう。」

と述べてからこう言った。

「本土防衛が成功しつつあるのは喜ばしい事です。敵の動きが些か不可解ではあるが、迅速な行動と前線の各部隊が一丸となって奮闘した事が、功を奏したのでしょう。

今度は、我々の番です。本土での戦闘が終結する前にこれを鎮め、爾後の行動を円滑に行えるよう取り計らわねばなりません。」

 その思いは、ここに集まった全員が抱いていた共通認識であった。彼らからすればこのような事態は茶番も茶番であり、悪くすれば東南アジア諸国連合軍(S E A N A F)の介入を招きかねない事態である。

そうなればここまで築き上げてきた日本のプレゼンス力は弱まり、戦中戦後を問わず、日本の発言力を低下させかねない状況であった。到底国家の先を見据えたとは考えられないこの軽挙妄動に対して、この場に集まった男達は、一丸となって対抗する事となった訳であった。

 

「情報ありがとうございました、では、方針をお伝えします。」

全ての情報を聞き終えた直人はそう前置きした上で今後についてを話し始めた。

「兎に角最初にせねばならないのは、シンガポールの中立派深海棲艦隊を鎮静化させる事です。その為に交渉役として、講和派の深海棲艦を同伴していますが、ここが上手く行かなければ、その後の事は考え直さねばなりません。彼らを鎮静化出来なければ、造反部隊との戦闘中背後を狙われかねません。

 これが成功すれば、いよいよ造反部隊の対応に移る訳ですが、大本営としても多分、戦いは望んでいないでしょう。そうですよね、御堂海将補殿。」

 

「恐らくそうだろう。でなければ、土方海将からあのような命令があった説明にならん。」

 そう頷いた内容と言うのは言うまでもなく、「極力戦闘を避ける様に」と言う命令の事であった。土方海将からその内容が彼に伝えられた事も照らし合わせると、土方海将が護衛艦隊司令官として大本営と密接につながっている事と併せ、大本営が今回の一件に関して、本質的に戦いを望んでいないと言う事の裏返しでもあったのだ。

 ただ、彼が殊更にこの事を御堂海将補に聞いたのは、あくまで彼が全権者として海自軍の力を借りると言う体裁を取る事で、海自軍の顔を立てる為であった。

「であれば、交渉を最初にするべきでしょう。ですが、事前交渉に時を費やす事も出来ないでしょうし、彼らの動機が動機です、そんなものは望んでいないでしょう。会談要請は出さざるを得ませんが、黙殺される事も含めてこちらから動きます。」

 その彼の態度に将官達は驚いた。と言うのも艦娘艦隊の提督達は、民間人上がり故に少なくない割合で後手に回りがちであり、しかも分析と判断を誤りがちである、と言うのが一般通念と化していた。

当然艦娘艦隊側でもその傾向を改めるよう八方手を尽くしてはいるのだが、中々効果は上がらないと言う情勢の中、彼ほど賢明な提督は得難い存在でもあった訳である。

「我々はここを発った後、リンガやペナンで談判するまで前進し続ける覚悟で臨まねばなりませんし、事実我々の為す事は、自然直談判しかありません。その時には全権者とは言え私も艦娘艦隊の身ですから、御堂海将補にもご助力を乞う事にもなりましょう。そこまで事を運ぶのが、私の役割です。」

そこまで語って彼は一度言葉を切った。息を入れる必要があったのだが、一度考えを纏める必要もあったのだ。どう取り繕おうと彼らの方が、戦場でも人生でも先達なのだから、彼もガラになく緊張していたのだった。

「造反部隊に対する対応も対話を軸として行います。ですが、彼らが戦闘を望むのならば、我々は断固これに反撃する事になるでしょう。その場合、事と次第によっては艦娘艦隊も投入して一挙にこれを制圧し、事態の早期収拾を図ります。」

それを聞いた第21護衛隊司令の佐橋一佐が質問する。

「艦娘艦隊を、我々のいざこざに投入すると言うのか?!」

 

「我々が最も恐れなければならない事は、インド洋から敵がこの事態を嗅ぎ付けてやってくる事です。最悪、三つ巴の戦いになりかねませんから、そうならぬよう、事は迅速に運ぶ必要があります。

艦娘達を人類同士に投入する事の可否を論じている暇は、ない筈です。本意であるかは別として、貴重な戦力である以上使わざるを得ないでしょう。」

 直人の言葉に嘘はない。なまじ彼らは急がねばならない立場にいる。であれば、事この期に及んで、手段を自ら局限するの愚は避けねばならなかったし、事態の解決に感情を差し挟む余裕にも乏しかったのであった。

そして彼のその的確かつ合理的な発言は、目の前にいる艦娘艦隊の指揮官が、たった1個艦隊の指揮官であったにせよ、得難く優秀なものと認めざるを得なかった。我が身可愛さの発言をするような男が、この様な場で受け入れられる筈もなかったから当然ではあるが、だとしても彼は彼らの一般通念としての“提督”とはかけ離れていたし、この会議に参加し、この鎮圧に従軍した将校の中には「あの器量は1個艦隊の指揮官に留めるのは惜しい」と評する者まであったと言う。

 前述した様に海自軍には未だに、『艦娘艦隊の提督達は民間人上がり故に保身が目立ち、また提督ら自身は能力が欠けている』と言う認識があった。これは即ち艦娘艦隊は艦娘達の裁量によって機能しているという事でもあり、そしてそれは大勢に於いては事実であったが故に払拭する事は未だ出来ずにいたし、この問題解決は結局最後まで果たされる事無く終わった。

直人自身は方針や作戦の説明に当たってそれ程口数が多いタイプではないのだが、これ程までに自説を展開したのはこの風潮を知っていたが故であり、彼らを納得させて、彼の方針に従って貰えるようにする為でもあった。彼らが急がねばならない立場である以上、事実上この作戦を指揮する彼の手を離れて行動される様な事が、あってはならなかったからだ。

こうして見られる様な奇妙な二面性もまた、直人の人柄を現す端的な要素の一つであったのだろう。しかしこうした発想を可能とする頭脳と、それを行動に移せるだけの実行力が、彼を名将たらしめたのは間違いない。

 

 それから暫くして方針は決した。正式に発足したリンガ造反部隊鎮圧部隊は、簡単な整備・補給と休息の後、ブルネイ時間15時25分にブルネイ沖を抜錨し、最初の目的地へと向かった。

編成された鎮圧部隊は次の様になっていた。

 

〇海上自衛軍

第1護衛隊(横須賀):いずも(DDH-183 いずも型DDH) いわき(いわき型DDG) あさひ(DD-119) しらぬい(DD-120)(2艦ともあさひ型DD)

第31護衛隊(横須賀):ばんだい(いわき型DDG) あやなみ しきなみ いそなみ(以上2代あやなみ型DD)

第33護衛隊(佐世保):おおなみ(DD-111) まきなみ(DD-112) さざなみ(DD-113) すずなみ(DD-114)(4艦ともたかなみ型DD)

第21護衛隊(ブルネイ):のしろ(FFM-3) すずか(FFM-5) あがの(FFM-6)(3艦とももがみ型FFM)

第4護衛隊(タウイタウイ):かが(DDH-183 いずも型) みねぐも なつぐも むらくも(3艦とも2代みねぐも型DD)

 

付随:補給艦「はくりゅう」「まんごく」「ひるが」(民間船徴用補給艦) 輸送艦「くにさき(LST-4003 おおすみ型LST)」 掃海母艦「いき(なると型)」

 

〇陸上自衛軍

第22旅団主力(4個中隊欠)

 

〇自衛軍憲兵隊

佐世保・横須賀・ブルネイ憲兵隊総勢620名

 

〇艦娘艦隊

横鎮防備艦隊サイパン分遣隊(横鎮付属近衛第4艦隊)

 

 艦隊の内付随していた補給艦3隻はいずれも、臨時に輸送艦として使用出来るだけの能力が付与されており、その腹の中には参加する第22旅団の将兵が乗り組んでいた。唯一の専用輸送艦である「くにさき」は、ここに参集した艦の中では最も旧式ながら深海大戦をここまで潜り抜けた強運の艦であり、同型艦はいずれも敵潜水艦の毒牙に掛かりあえない最期を遂げていたが、この中では唯一エアクッション型揚陸艇を運用可能な揚陸艦として編入されていた。

 陸上自衛軍第22旅団は、ミクロネシア及び東南アジア地域への艦娘部隊創設と同時に、自衛軍部隊駐留が決定した際に編成された部隊の一つで、ブルネイ及びタウイタウイを含むスールー諸島地域を担当する部隊である。

2個普通科連隊とその他支援・後方部隊から成る軽装部隊であり、急速編成されたものである為機甲・機械化装備及び高度自動車化装備は保有しておらず、一般的な自動車化部隊となっている。その為戦闘能力では既存の部隊に劣るものの、主に外地に於ける治安維持を目的として編成されたものであり、元より二線級部隊として認識された存在であった。

しかしその旅団内からも造反者が続発、合計で4個中隊が武器弾薬を奪って海自軍の護衛艦で合流したのであった。

 一方の航空自衛軍はどうであったのかと言うと、部隊はリンガ泊地の対岸であるスマトラ島側に配備されていた上に、今回の事態に対して中立を宣言して以降だんまりを続けていた。対応としては、一番賢明であったと言えるだろう。

 

 

5

 

直人はその日の晩、タイランド湾方面に向かう鈴谷の艦橋で、状況をおさらいしていた。

明石「予断を許さない、とはこの事ですね。」

 

提督「あぁ、そう思う。しかも現地には造反者共と対峙する憲兵隊が各所で立て籠もっているとの情報もある。」

 

大淀「それらを救い出すのも目的の一つ、ですね。」

 

提督「そうだな、目下救援要請は出されていないが、多勢に無勢と言う奴だ。時間が経てば、彼らは完全武装の地上部隊に為す術も無かろう。」

 この前代未聞の状況下にあって、最も苦しい立場に立たされていたのが、リンガ憲兵隊であった。リンガ憲兵隊は170名ほどで構成されており、軽度ながら武装も与えられているが、約800人の完全装備した歩兵が相手では為す術がない。鎮圧部隊に憲兵隊が帯同していたのは、造反者の拘束もあるがこういった背景もあり、横須賀・佐世保・ブルネイの3つの憲兵隊から各護衛艦に分乗して参加していた。

「だがひとまずは、シンガポールから先にどうにかせねばなるまい。さもなくば我々は、同胞同士の殴り合いの果てに、背後から深海棲艦に襲われて、諸共に死出の行進をする事になりかねん。」

直人の口にした懸念は尤もであり、だからこそこの方針に決したのだ。

「その為のあきづきさん、と言う訳ですね。」

大淀のその言葉に彼は軽く頷いて答えた。

「“後部電探室より艦橋!”」

 

「こちら艦橋、どうした?」

直人が応えると、電探妖精が一つの報告を返してきた。

「“対空電探に感あり、方位232、距離七〇!”」

 

「なんだと? 単機か?」

 

「“反応から敵機は単機です。”」

 

「分かった、ご苦労。」

直人がそう言って会話を打ち切ると大淀らに向き直る。

「どう思う?」

その問いかけに答えたのは大淀である。

「恐らく深海棲艦の夜間哨戒機かと。彼らは機載レーダーを搭載している事が確認出来ていますから、恐らくこちらの位置は気取られているでしょう。」

 

「だろうな、参ったぞ・・・。」

 そう言って直人は頭をかいた。今から交渉に向かう相手であろう事は海域から考えて十中八九明らかで、推測するまでもなくシンガポールの哨戒艦隊から発進した水偵であろう。そうなると触接されても撃つ訳には行かない。

「『いずも』より通信!」

 

「繋げ。」

この早さで通信を要請してくるという事は要件は一つで、それは直人の予想通りであった。

(やはりな。だが交渉に不利な材料は作れない。)

御堂海将補の口から出た言葉を聞いた直人はそう考えてこう述べた。

「こちらからは手出しはしないで下さい。これから交渉に向かう相手を恫喝したとは取られたくありません。代わりに、監視は厳とする様伝達をお願いします。

恐らくこちらの位置は向こうに割れています。万が一強硬派の機体であった時の事を考えて、警戒は怠らないで下さい。」

 

「“承知した。”」

御堂海将補はそれだけ答えて通信を切った。

「流石は歴戦の雄、と言う所だ。判断も早い。」

 

「それだけ戦闘になった時には信頼出来そうですね。」

 

「うん、そうだな・・・。」

 戦闘にならないならそれに越した事は無い―――この作戦で一貫して交わされていたのはその様な言葉だった。『同じ日本人同士、同じ人間同士で、なぜこの様な時に殺し合わねばならないのか。』その様な空気は常にあり、それが自然、全権を担う彼の方針に自衛軍が従う下地になっていたのだ。

だがその一方で、誰しも戦闘が避けられるなどと思っている訳ではなかった。全権とはいっても彼の役割は、投降してきた者の処遇を決める事位であり、会談になれば、御堂海将補に依るところが大きい。自然、火器兵装の確認を行うのは当然の流れであったと言える。

提督「せめて、この戦いにも意味がある事を祈ろう。」

 

明石「そうですね・・・。」

 

大淀「はい。」

 金剛にその思いを吐露した事である程度気持ちが楽になった彼は、ようやく無理やりにではあるが、今回の状況を割り切る事が出来ていた。夜の南シナ海を、艦列の先頭に立ち西へとひた走る鈴谷は、必ずしも明るい雰囲気とは言い難かった。軍事組織にとって明るい雰囲気と言うものの方がイメージにそぐわないのだが、横鎮近衛艦隊にはそんな相反するものが同居しているかのようなところがあった。

そんな彼らが、らしくもなく動揺していた。と言うよりも、地に足がついていないと言う表現の方が正確であったかもしれない。これから直面しなければならなかったのは、艦娘達自身の存在故に人類が引き起こしてしまった事象そのものであり、それ故に彼女らはほぼ確実に、その人類と矛を交えなければならない。

 人々を守る為に戦ってきた彼女らにとって、その事実は重くのしかかった。直人の予見通り、艦隊の士気はいつにも増して低かったが、彼女らはそんな中でただ一つ、自分達を率いる提督の為に引き金を引く事を、徐々に心中で決意しつつあった。

 

2月21日マレー時間5時02分 リアウ諸島西部海域

 

 重巡鈴谷を先頭とする鎮圧部隊は、最初の目的地に予定しているリアウ諸島の西端を指呼の間に収めつつあった。

提督「よし、艦隊出撃準備。両舷及び艦尾発進口開放。」

 

明石「両舷発進口、開きます。艦尾ウェルドック注水。」

 

提督「全艦隊発進準備! 全艦通常装備、実弾携行、編成変更なし、準備出来次第発進せよ!」

 夜明け前に横鎮近衛艦隊も出撃体勢に入った。遂に来るところまで来たのだが、ひとまずは深海棲艦が予想される敵ではあったから、全員気は楽ではあった。が、そんな事を言っている間に事態が動き始めた。

「“水上電探に感あり! 方位230、距離三○!”」

 

「何!?」

 直人は慌てて双眼鏡を覗き込んだ。元々鈴谷にはかつて搭載されていた日本光学製のものを、艦娘技術で復刻した双眼鏡が搭載されていたが、横須賀入港時に土方海将の計らいで換装され、護衛艦も採用しているニコン・ビクセン製の最新式20×80倍双眼鏡が搭載されている。

その視野内に映り込んだのは、深海棲艦隊の姿であった。殆ど芥子粒ほどの大きさではあったが、数が多い故に辛うじて視認出来るのだ。

「ずっと触接を受けっぱなしだったからな、向こうも艦隊を出してきたか。」

 

「“どうするデース?”」

金剛も前部電探室からの報告を聞いていたのだろう、即座にお伺いを立ててきた。態々そうしたのも、彼女がこの任務の特殊性を理解していたからである。

「まだ撃つな、こちらから呼びかける。」

 

「“OKデース、金剛、行くネー!”」

 

明石「発進どうぞ!」

直人は金剛にそう指示を出してから、すぐさま講和派や中立派と人類が交信する際に用いる共用周波数帯に合わせ、呼び掛けを始める。

「こちらは日本国艦娘艦隊並びに海上自衛軍である、前方の深海棲艦隊に告ぐ。本艦は大本営からの全権特使が乗艦している。可及的速やかに、シンガポールへの通行許可を願う。」

直人はこの内容を2度繰り返した。届く事を祈りながらの呼びかけであり、その間に一水打群は発進を終えて臨戦態勢に入っていた。

「良いか、艦載機はまだ出すな。攻撃態勢と取られる恐れがある。」

 

「“了解!”」

瑞鶴からの返事を待って明石からも報告が入る。

「前方の深海棲艦隊、進軍を停止しました!」

 

「頼む、届いてくれ・・・。」

 こうして、深海棲艦隊と人類軍の間で、奇妙な対陣が始まった。一般的に「リアウの対陣」として知られるこの出来事に於いては従来、自衛軍と4,000隻ほどの深海棲艦隊が睨み合ったとして知られていたが、その先頭に立っていたのは他ならぬ艦娘母艦「鈴谷」であり、横鎮近衛艦隊であったという事である。

両軍は距離25,000mを置いて停止し、横鎮近衛艦隊が特別任務群を前方に送りながらも、互いに砲を向け時を送った。この事から分かるのは、例え下位の相手でも深海棲艦にはある程度話は通じるし、無条件に砲門を開く事は、講和派や中立派、強硬派に分かれていたこの時期には、既に多くはなかったと言う事である。

 10分、20分と時が過ぎていく。ある当事者曰く『あの時はどんな戦闘よりも肝が冷えた。こちらからは撃ってはならず、こちらが撃つ時は向こうが撃った後。先制攻撃されるかもしれないと言う疑念と懸念が付き纏いながら、我々はあの時間を過ごした。』と語るこの状況は、およそ通常の海上戦闘では見られない光景であっただろう。

 

 この時の事を、後に当事者の一人ともなった紀伊元提督は、

『あの時程、部下の統制に腐心した事は無かった。那智や大井の様に、目の前に敵がいるのに何故撃たせないのかと言う突き上げは1度や2度では無かったし、納得させる事は遂に出来なかったが、ともあれ我々は、不毛な戦闘を避ける事が出来た。

我々の課された役割を想えば、あの時の腐心は無駄では無かったと今でも思っている。』

と語っている。

 これは、講和派深海棲艦が現れて暫く経ったこの時期に至っても尚、その事に納得していない艦娘が多かった事を示している。彼らも決して一枚岩ではなく、深海棲艦に対するスタンスは必ずしも一致していないのは、既に過去の出来事で示された通りだが、その傾向は未だに根強く残っていたのだ。

なまじ、そんな部下達を統制する事は並大抵の精神力で出来る事ではないのだが、直人はこの時も見事、それを果たして見せたのだった。

 

「“双方矛を収めよ!”」

6時17分になってやっと状況は動きを見せる。敵艦隊の後方から、数隻の深海棲艦が全速力で向かってきてそう告げたのである。

「あれは・・・。」

直人も小首を傾げる事態に鎮圧部隊側に困惑が広がる中、次に送られてきた通信で事態が把握される事となる。

「“こちらは深海棲艦隊東洋艦隊所属、重巡夏姫(かき)コーンウォールである。人類軍全権特使、応答願いたい!”」

 

明石「前方の艦隊も含め、サイキックビーコンにもデータありました、間違いありません。」

 

「成程、やはりと言うべきかシンガポールの中立派だったか。」

直人もそう言って納得すると通信回線を開いた。

「こちらは日本国大本営の全権特使、石川少将である。当方に交戦の意思はない。事態の説明の為、シンガポールへの通行許可を願いたい。」

 

「“―――通行許可については了承されている。但し、特使の乗った艦1隻のみ、艦娘も4隻までのみ認めるとの指示である。如何に。”」

 

「了解した。本艦鈴谷がシンガポールへ向かう。水先案内を乞う。」

 

「“心得た。”」

その声と共に通信は切られた。

「ここからは、提督の腕の見せ所ですね。」

 

「とは言うものの、実際の折衝は防空棲姫の方がやり易かろう。兎に角、指示には従おうか。伊勢、日向。」

 

「「“はい!”」」

 

「2人に護衛を頼みたい。行けるか?」

直人がそう言うと2人は二つ返事で了解し、重巡鈴谷は他の艦娘達を護衛に護衛艦隊をその場に残すと、重巡夏姫の艦隊に周囲を固められながら、単艦シンガポールへ向かった。

「―――やはりと言うべきか、あれが本隊では無かったようだな。」

周囲を見渡しながらそう言ったのも無理は無かった。何せ鈴谷の周囲にはその数16,000隻に上る東洋艦隊所属の深海棲艦がいたからだ。

「重巡夏姫の高速打撃部隊か、訓練もよく行き届いている様だな。」

 

「でも、何故その重巡夏姫はその・・・薄着なんですかね?」

 確かに重巡夏姫の出で立ちを見ると、水着の様なものを着ているように見えるのだが、明石が口にしたその疑問に答えたのは、一度鈴谷に戻って艦橋にいたあきづきであった。

「重巡夏姫は、深海棲艦隊でも珍しい“局地戦仕様”の深海棲艦なの。彼女に限らず東洋艦隊に多く配備されていたのは、この赤道近い環境で何の問題もなく行動が可能な、“熱帯仕様”の深海棲艦だった筈よ。」

 

「局地戦仕様・・・成程、そう言うのもあるのか。」

 直人もその説明で納得した。同じ洋上と言っても温度や湿度は千差万別であり、極端に違う地域であると居住性はもとより、艦艇の稼働状況にすら影響を及ぼす。深海棲艦はなまじ兵器と生物の両方の性質を兼ね備えるが故に、艦艇よりもその影響を強く受けるのだ。

「一応私も熱帯仕様ね。テストベッドだったからコストの増加は気にしなくても良かったって訳。」

 

「それでお前も薄着な訳か、道理で。でもその場合寒冷地で動く時はどうするんだ?」

 

「その時は流石に着込むわよ。寒冷地仕様の深海棲艦なら生身でも耐えられるかもしれないけど。」

それを聞いて確かにベーリング海では着込んで居たなと気付くと共に、それはそれで凄い話だと本気で思う直人なのであった。

「そう言えば提督、伊勢さんと日向さん、お二人だけで良かったんですか?」

明石のその質問に対する直人の答えは明確だった。

「何かあった時、ああ言う場所では白兵戦になるだろうから人数は少なくていいし、この艦を制御するお前も要る。3人だ、何か質問は?」

 

「・・・いいえ、納得しました。」

 

「結構だ。シンガポールに着いたら、艦を離れる間の留守は頼む。」

 

「了解しました!」

 この言葉を聞いた明石はこの時、「こんな時にも自分は頼りにされているのだ」と感じ入り、気合を入れ直したのだと言う。ともあれ鈴谷は深海棲艦隊に守られながらと言う些か不思議な状況で、シンガポールに直行したのである。

 

 

6

 

「―――ソナーエコーに海底障害物無し。本当にここまでやっちゃっていいんでしょうか?」

 

「別に構わんだろう。我々からして見りゃぁ、実際問題この辺りは海図が更新されなくなって久しい、どうなってるかなんて想像も付かんからな。」

 シンガポール島にある旧セレター軍港への水路を進む鈴谷は、アクティブソナーで海底を走査しながら慎重に水路を進んでいた。コーンウォールの水先案内もあったが、もし仮に港が整備されていると言ってもそれが深海棲艦基準のものであるとしたら、艦艇が通行出来ない可能性もあった為である。

ただ、明石が心配したのは、その行為が当方に害意ありと見做されないか、と言う部分である。尤もこの心配は杞憂ではあったのだが。

「さて、問題はだ。ここの主が話の通じる相手であるかどうか、と言う所だろう。」

 

「そ、そうですね・・・。」

 直人の危惧は尤もであった。戦艦夏姫『ウォースパイト』は、北村海将補との間に協議の場を持つ程の行動力と、自身が不利な情勢にあって尚互角に交渉をやり遂げる程の胆力の持ち主と見做されている。そんな彼女が実際の所は、単なる頑固者であったとしたらと言う危惧は、この時彼の中に付き纏っていたと言える。

しかもその評価の真偽を確認するには実際に会う他ないと言う部分が猶の事厄介極まりなく、自衛艦隊も置いて来ざるを得なかった事も鑑みれば、孤立無援で敵中に乗り込んだに等しい。流石に腹こそ括っていたが、脱出せざるを得なくなった時には骨が折れるだろうと彼は見込んでいた。

「アルウスの様に、話の分かる相手ならばよいのだが・・・。」

 不安感が少しばかり漂う中、鈴谷は残存していたセレター軍港の岸壁の一つに横付けした。ボラードにもやいがかけられ、タラップが下ろされる中、コーンウォールは律義にタラップの下まで彼を出迎えに来ていた。

重巡夏姫「ようこそ、セレターへ。と言っても、間借り人の我らが言うセリフではないのでしょうが。」

コーンウォールはそう言って直人らに挨拶した。思ったより丁重だなと思いかけたその想念を振り払い、直人は帽子を被り直す。

「大本営全権代表、石川少将です。こうして無事にここまで送り届けて頂き、ありがとうございます。」

 

「私に与えられた任務でしたので。それよりも、“閣下のご武勇”については私も些か聞き及んでおります。お会い出来て光栄です。」

 

「いやいや、私如きのやった事など、大した事ではありません。ただ、命じられるがままに任を果たしたまでの事。」

 

「それであっても、我が同胞でも一、二を争う実力者達や()()()()()()()()()()()あれほどの御活躍、やはり只者では無いと、感じ入る次第です。」

 この言葉を聞いた時、直人はコーンウォールが口にしているのが「石川少将」へのものでは無く、「紀伊 直人」への賛辞である事に気が付いた。つまり、それだけ深海側では彼の顔と名は通っている、という事でもあったのだろうが。

「ご案内します、こちらに我らの旗艦がおられます。」

 コーンウォールに案内されて、直人と伊勢、日向、あきづきの合わせて4人は、深海棲艦の一大拠点と化したセレター軍港内を歩く。

やがて辿り着いたのは、グァムにも存在した黒い大型ドームのような構造物であった。この構造物は人類軍で言う所の()()()に相当するものであり、深海では「中枢」と呼称する建物である。これは現在であればこそ分かっている事であり、直人もこの後あきづきらからこの事を聞くまで知らなかった様に、当時の人類にはこの様な事の理解も無かった事が伺える。

「戦艦夏姫様、“お客人”をお連れしました。」

北方棲姫の中枢と同じ構造のドーム内を通された彼らは、大広間まで通された。

「ご苦労、下がっていい。」

 

「はっ。」

コーンウォールはそれを受けて一礼した後辞去する。

「―――貴官が、戦艦夏姫、ウォースパイトか。」

 

「如何にも。ここの深海棲艦隊を統括している。後ろの艦娘は、差し詰め護衛、と言った所か。」

 

「そうだ。不味ければ下がらせる。」

 

「構わんよ。」

 二、三言葉を交わして直人が感じた所感は、この戦艦夏姫は、指揮官らしい風格、能力と、それに見劣りしない自信とを兼ね備えた武人であるという事であった。

だが直人は一方で、彼自身が直接交渉させて貰えると言う状況に内心驚いてもいたが、おもむろに彼の側から切り出す。

「大本営の全権特使、石川 好弘少将です。今回は―――」

 

「此度の事について説明をしに来たのだろう、“紀伊提督”。」

 

「―――!」

深海棲艦である戦艦夏姫からその名が出てきた時、彼はコーンウォールの時に感じた事が誤りでなかった事を感じ取ったと言う。

「石川 好弘、か。身分を偽らねばならない立場と言うのは、辛いものだな。同情するが、ここは身分を騙らねばならない場では無かろう?」

 

「―――確かに、私は貴官らの知る『紀伊 直人』であるかもしれない。しかし、『紀伊 直人』と言う男は3()()()()()()()のです。ご承知置き願いましょう。」

その言葉にウォースパイトは内心驚きながらも、

「―――それは失礼した。確かに、他人の空似であったかもしれん。」

と謝した。

「揶揄うのはその辺りにしてあげて頂戴。この人は遊びに来た訳じゃないのだから。」

そうあきづきが言うと、ウォースパイトもまた

「貴官は貴官で、遊びに来た訳でもあるまい。そもそもサモアで死んだと聞いていたが、生きていたとはな。結構な事だ。」

とやり返す。

「―――今回私は、貴官らと我々との間に不幸な行き違いが発生せぬよう、大本営から委任を受けて派遣されて来た身です。」

直人があきづきから引き継いでそう言うと、ウォースパイトは声色厳しくこう言い放った。

「どこがどう行き違っていると言うんだ? 我々は現に継続的な攻撃を受けつつある。それを加えているのは、貴官らの同胞だ。」

その声色は厳然たる今を厳しく突き付けるものでしかなかった。だが直人もまた礼節を欠く事無く言葉を重ねた。

「それについては、我々の本意ではありません。現在の状況に反対する一部の造反者がリンガで蜂起し、中央の統制を離れた結果です。

我々は、その鎮圧の為に、こうしてここまで来ました。大本営及び、日本国の方針は、昨年の停戦協定発効後、何一つ変更されてはいないのです。」

 

「・・・どこまで、信じて良いものかな。」

なおも訝しげにそう返すウォースパイトに対して、直人はきっぱりとこう言ってのけた。

「もし変更されているのなら、私がここに来た理由は説明ではなく、城下の誓いをさせる為の筈です。」

その言葉は直人に付いて来た3人に大いに冷や汗をかかせた。何せその言葉はまかり間違えば、相手の逆鱗に触れかねなかったからだ。現にウォースパイトの目は、より険しさを増していた。

「“ちょ、ちょっと、いきなり何言い出してるのよ!?”」

あのあきづきでさえこの慌て様である。だが直人は構わずこう続けた。

「もしそうであるなら今頃、このシンガポールは艦娘艦隊によって幾重にも再び包囲され、今造反部隊によって行われているそれの比ではない、苛烈な攻撃が加えられ、ここの施設群は跡形もないでしょう。ですが現に、我が方の戦力はシンガポール沖に展開してはおりません。

 そもそもリンガ泊地の艦隊は主力を含む半数以上がリンガを離れ、それはブルネイも似たり寄ったりの状況であります。もし貴官らを害する意思が我々にあるならば、その様な事にはなっていない筈です。これで、ご納得頂けませんか?」

直人のその態度、言葉運びはそれ一つ一つが至って堂々としたものであった。へりくだった姿勢など微塵も感じさせないその口調は、ウォースパイトを納得させるのには十分であった。

「―――確かに、これは一本取られてしまったか。試す様な事をした非礼を詫びよう、()()()()。」

 

「お分かり頂けたのであれば、結構です。」

 

「うん、貴官らも大変だろう。だが、艦隊への出動準備は解く訳にもいかん。もし彼らが本格的侵攻を始めた時には防がねばならんからな。」

 

「我々としては、その抜きかけた剣を再び鞘に戻して頂けるだけで十分なのです。その御身に降りかかる火の粉を払う分には、ご自由にして頂いて結構です。」

その言葉を聞いてウォースパイトは直人にこう述べたと言う。

「承知した。事情を理解したからには、貴官らに害意はないものとして扱う。シンガポールの沖合も安心して通ると良かろう。」

 

「ありがとうございます。」

直人が礼を言った後、おもむろにウォースパイトが切り出す。

「――時にあきづき、お前と部下達の補給は十分なのか?」

 

「あら、気にしてくれるの? 生憎と基地に戻れてなくてね、弾薬は乏しいのよ。」

 

「そうか・・・補給して行けと言いたいが、協定の都合それは出来ん。許せよ。」

 

「仕方ないわよ。それじゃ行きましょ、急ぐんでしょう?」

あきづきにそう促されると直人はウォースパイトに挙手の礼を捧げつつ、

「では、小官らはこれにて。」

と言って辞去した。

「またどこかで会おう。」

ウォースパイトはそんな言葉を直人に投げかけたのだった。

 

「ちょっと提督、今回ばかりは寿命が縮まったかと思ったわよ!?」

後ろを付いてくる伊勢が安心した様にそう詰めてきた。

「ハッハッハ、すまん。だが、あの位言わなければ、多分納得してはくれなかった。」

 

「もう、後ろで聞いてる私達の身にもなってよね。」

 

「まぁ、そうなるな。」

 

「そうだな、今度なんか埋め合わせはするよ。」

そんなやり取りをしながら、彼らは自分達のみで鈴谷へと戻って行った。

 

「―――コーンウォール。」

 

「―――ここに。」

直人らが去った広間で、2人きりになった彼女らは言葉を交わす。

「案内は良かったのか?」

「道は分かるから、と。」

「成程、講和派の基地かな。」

「恐らくは。」

それを聞いたウォースパイトは話題を変えた。

「堂々とした男だ。あのような武人は、世界で5人とはおるまいな。」

 

「お試しになられたのですか?」

 

「あぁ、だが奴は他の人間共とは違い、我々を恐れてはいない。あの程度では怯むどころか、却って噛みついてくる様な所を感じる。流石は我が同胞を手玉に取り続けるだけの事はあるな、敵にはしたくないものだ。」

 

「そう思います。」

 コーンウォールもウォースパイトも、自分達の会った相手が()()紀伊 直人である事は分かっていた。しかし、その本人から「紀伊 直人は死んだのだ」と言われては、そう言うものなのだと納得する他無かったのだった。

何より2人は初めてその為人(ひととなり)に触れ、人類側にも深海側にも稀有なその才気に溢れた風采と、人間も深海もない、風聞に恥じない威風堂々としたその立ち振る舞いに、ただただ感じ入るばかりであったと言う。

 

 

「おかえりなさい、提督!」

鈴谷艦橋に戻った直人は、留守番をしていた明石に出迎えられた。

提督「ただいま。思ったより早く上手く行ったよ。」

 

明石「本当ですか!?」

 

提督「あぁ、急いで本隊と合流しよう。」

 

明石「そう言えば、シンガポールの補給担当者と言う深海棲艦が先程来まして、深海棲艦用の弾薬と艦載機の補給物資を置いて行かれました。」

それを聞いた直人は些か狼狽えた様に、

「協定違反の物資じゃないか、一体何故?」

と言った。その答えはと言うと―――

「あきづきさん達に細やかながら役立てて欲しい、との事でした。どうやら戦艦夏姫の支持の様ですね。」

 

「・・・はぁ、バレない程度の量を、と言う事か。世渡りが上手だな。」

 

「どうされますか?」

 

「―――受け取ってしまったものは仕方あるまい。特別任務群に渡しておこう。」

半ば諦めた様に直人も受け取る事にしたのであった。重巡鈴谷も直ちに抜錨すると、待機する艦隊に合流指示を与え、足早にセレター軍港を出たのであった。

 

「“石川少将、これ程の短時間で交渉を纏めて来るとは、一体どの様に?”」

合流後、御堂海将補に追及を受ける羽目にはなったのだが。

「どの様にも何も、ありのままをお伝えしただけです。人間、誠実に受け答えをすれば、分かってくれるものです。それは、深海棲艦とて同じ事。嘘偽りなく、真心から相手に向き合えば、話の通じる相手には分かって頂けると言うものでしょう?」

 

「“・・・その通りだ。”」

 

「それより、こちらの動きは恐らく造反部隊でも掴んでいる筈です。シンガポールに入港したので手が出せなかったのでしょうが、本艦の進路から逆算して、合流地点の目星は付けられているでしょう。応戦の準備を。」

 

「“了解した。”」

そこで御堂海将補とのやり取りは終わった。

「・・・提督。」

 

「泣き言は聞かんぞ、明石。」

 

「ですが、駆逐艦娘達にまで撃たせるのですか!?」

その明石の言葉に対する直人の言葉は、およそ彼らしくはないものだった。

「お前達の我儘を聞く為にここまで連れてきた訳ではないぞ。俺達はあくまで、造反部隊を鎮圧する為に来たんだ。バカンスじゃないんだ、これは!」

 

「提督・・・。」

 

「もし相手が投降してこなければ、撃つ他あるまい! 我々は軍人である以上、敵であれば何でも退けるのが仕事なのだからな。我が艦隊は完全装備のままリンガへ向かう、方針に変更はない。」

 

「―――分かりました。」

その時、展開している艦隊からも通信が入る。

「“提督ゥー、艦隊を鈴谷に戻さないのデスカー?”」

 

「戻さない、このまま向かうぞ。」

 

「“OKデース。”」

 直人はその様な言葉を交わしながら、心の中で詫びていた。彼だって、心にもない事を言っている自覚はあった。だが、そうとでも言わなければ、自分自身の決意が揺らいでしまいそうな感覚が確かにあった。

もう、決めた事であり、やるしかないのであれば、手段は選ばない。その余裕は、無い筈であった。

 

 

7

 

「“いずも”より至急! レーダーに感、数―――およそ500!」

23時09分、リンガへ向け航行中の鈴谷艦上で明石の齎したその報告は、直人を却って驚かせた。数が多すぎるからである。

「500だと!?」

 

「いずもより通信です!」

 

「―――こちらに出せ!」

直人がそう言うと、彼のサークルデバイスに御堂海将補が出た。

「“少将。IFFの信号から、相手は護衛艦隊の艦艇6隻、造反部隊のものの内、2個護衛隊がこちらに向かっているが・・・どうやら、それ以外のものがいる。”」

 

「それ以外? まさか、例の・・・?」

 

「“いや、分からない。データには無かったが・・・どうする?”」

 

「―――分かりました、偵察機を出しましょう。」

判断を委ねられた直人がそう言うと、御堂海将補は用意されていたかのように言った。

「“では、いずもから1機出す。”」

 

「分かりました、お願いします。」

 直人もそう応えると、御堂海将補は通信を切った。それと同時に後方を追走するいずも艦上から、発進待機中のF-35Bが発進する姿が確認出来た。

海上自衛軍はこの頃、現行の艦載機としてアメリカから導入したF-35Bをベースに三菱が改良したF-35Bとその改修型のF-35BJをいずも型で運用しつつ、ほうしょう型空母ではF-35Cを日本向けにマイナーチェンジしたF-35CJを運用している。だがF-35BJはこの時補充が追いついておらず、予備機扱いのF-35Bを航空自衛軍から返却して貰い搭載している有様であった。

「こちらで偵察機を出さなくても良かったのですか?」

明石がそう言うと直人は、

「それでも良かったが、彩雲を出すと撃墜される可能性があるんでな。同じ海自軍の機体なら、向こうも遭遇、即撃墜にはならんと思ったんだ。」

 と言った。先方は現在の軍の体制に不満を持っている相手であり、艦娘を軸とした体制が不満なのだから、艦娘艦隊の偵察機、それも鎮圧部隊からのものであるならば、容赦なく撃墜されかねない。だが同じ海自軍の機体であれば、問題なく接近出来るだろうと踏んだのだ。

第一、普通の艦娘では、第5世代ジェット機を止める事は出来ない。万が一敵に艦娘が随伴していても大丈夫な様にする為の措置でもあった。

「こちらのレーダーにも反応が出始めました。距離35,000m、これは―――艦娘の反応でしょうか? 艦艇にしては像が小さいものが多いです。」

 

「―――全艦戦闘配備、各母艦は艦載機発進準備。」

直人は意を決してそう命じる。

「提督・・・。」

 

「これも、戦いだ。全艦戦闘配備! 艦載機発進用意を為せ!」

直人が重ねて命じると、いずもに回線を繋ぐ。

「御堂海将補。護衛隊の指揮はお任せします。その前に交渉は行いますが、決裂の際には。」

 

「“・・・了解した。”」

了解を得た彼は通信を切ると、前方の艦隊に向けて呼びかけを行った。

「前方の護衛隊に告ぐ。こちらは日本国海上自衛軍である。当艦隊は現在リンガへ向かって航行中である。航路を譲られたし。」

直人の送ったこの通信に対し、前方の艦隊からも返答があった。

「“第25護衛隊、堂島である。我々は現在、自衛艦隊司令部とは別の意思に基づき、日本国の下で行動している。今貴官らをリンガへ通す訳には行かない。”」

この返答を聞いてすかさず通信を送ったのは、いずもの御堂海将補である。

「“堂島一佐、第一護衛隊群司令、御堂だ。貴官らの行動は、日本国の意思にも反している。直ちに参加部隊を原隊に復帰させて貰いたい。”」

その呼びかけに対し、堂島一等海佐はこう答えた。

「“御堂海将補殿、お分かりになりませんか。我々職業軍人は今や、艦娘艦隊に乗っ取られ、国軍としての存在意義が損なわれています。我々が求めるのは、自衛軍を軸とした軍備の再編成であり、これが容れられるまで、我々は決起を続けるつもりです。”」

 

「“分かっていないのは貴官だ、堂島一佐。今のこの措置はあくまで一時の事だ。我々はかつて、永納の愚行の為に大きく兵を損ない、艦娘艦隊がいなければ防衛線を構築する事さえ出来ない。今内地では、新造艦の建造と、旧式艦のアップグレードも進められている。

それを待ってもらう事は出来んか?”」

 

「“どうやらお分かりになっていないようですね。最早それが出来上がった所で、艦に乗せる人すら足りないのです。艦娘艦隊はそれを補う為の手足として活用するべき時です。人的資源としても、これ以上ない選択肢であり、補助戦力としても極めて有用です。”」

 

「“現在の国情を考えれば、現在の体制はベストな手段だ。我々が最善を尽くしている様に、貴官らも、この情勢に対する最善と責任を果たすべきでは無いか?”」

そこまで語りかけた所で、堂島一佐は会話を打ち切った。

「“お互い、接点は見出せそうにありませんね。この上は実力を以て、己の正しさを証明します。”」

 

「通信、切断されました! 前方の艦隊は艦娘と通常艦隊の混成、戦闘態勢です!」

明石のその声に対して直人の対応は早かった。

「来るぞ、艦載機発進! 金剛と大和は直ちに砲撃開始!」

 

「“ほ、本当に撃つネー!?”」

 

「当たり前だ! 向こうは全て実包なんだ、こっちも実包で撃ち返すしかない。今回ばかりは加減すると死ぬぞ!!」

 

「“―――OK!”」

 かつて金剛は、当時居た艦娘達と共に、グァムに発足した講和派に対し無断出撃した艦娘艦隊を、演習用実包で撃退した事がある。あの時はそれぞれが小部隊であった事に加え、士気も低かった為良かったが、今度はそうであるとは考えにくかった。

今度の相手は数百隻から成る艦娘艦隊であり、あのような連中に付き従う以上覚悟と決意を持って来る筈である。であるならば、今度は加減すると言う訳にも行かず、全て沈める覚悟が必要であった。例え、相手が同じ艦娘であっても、である。

「水雷戦隊を前に出せ! 前進してくるならば全て沈めろ!」

 

「“提督!”」

直人の下した命令に異議を申し立てようとしたのは、二水戦の能代であった。が―――

()()!!」

 

「“ッ―――!?”」

 

「―――敵は容赦はしてくれんぞ。彼らは我々の敵になったんだ! 命令だ、前進し、我々に接敵機動を行う敵水雷戦隊を、全て沈めろ!!」

 

「“・・・了解。”」

 能代は渋々承服した。能代はこの艦隊にいる旗艦の軽巡では最も着任が早く、故に直人の心境をこの時、理解するには至らなかった。だが彼女も後にこの時の直人の心境を知るに付き、この時抗命しようとした事を反省したと言う。

「いいか! 艦娘であろうと容赦はするな! 奴らは艦娘艦隊を巻き込み、我らに内憂を招いたれっきとした敵だ! 降らぬならば、討ち取るの止む無し!!」

 

「「“了解!!”」」

 

「敵艦より、ミサイル発射を確認!」

 

「迎撃用意!」

鈴谷でも次々と命令が下されていく。慌ただしく夜戦に移行していく一方、いずも率いる護衛艦隊側も慌ただしく動き続けていた。

 

~護衛艦『いずも』CIC~

「“あさぎり”他よりハープーン発射を確認。数8。」

 

艦対空誘導弾(SAM)、CIWS発射用意。」

 

「“01から08に各艦へ目標割り当て、SAM発射。”」

 

「“いわき”より目標指示、トラックナンバー03へSAM発射。」

データリンクパネルには、自衛軍所属の6隻の護衛艦の現在位置と針路、発射されたミサイルが図示されている。相互の距離は約40,000mしかない。

「近過ぎる位だな。」

 

「ですが間には艦娘艦隊が相打つ状況です。楽観は出来ませんな。」

 御堂海将補は幕僚と情勢を見つつ、“石川少将”が自分達の戦いが出来る様に手を打ちつつあった。御堂海将補も、艦娘艦隊が現用艦との戦闘では分が悪い事を知っている。ならば、護衛艦の相手は自分達が引き受け、彼らは彼らの戦をした方が良いと考えていたのだ。

それをそうとは知らない直人ではあったが、彼は彼で護衛艦の相手は御堂海将補に委ねるつもりではいた。所詮彼から見ても“餅は餅屋”であり、この時ばかりは『何故深海棲艦で出来る事が艦娘には出来ぬのだろうか』と本気で思ったのだと言う。

「各母艦の艦載機、発艦急がせろ!」

 

明石「敵機接近!」

 

「対空戦闘用意! 直掩隊を向かわせろ!」

 

瑞鶴「“了解!”」

 横鎮近衛艦隊、総数120隻ほど、修理こそ終えてはいるものの補給は十分ではなく、1.5会戦分の砲弾は瞬く間に撃ち尽くしてしまう。艦載機も定数3分の1に過ぎず、それに対し敵軍は40隻を超える航空母艦から、満載の艦載機を次々発艦させている。

どう考えても劣勢は明らか、であるならば、練度を以てこれに代えるの他無かった。しかし、艦載機隊は補充のみを終えただけで練度は乏しく、艦娘らは練度のみにして補給少なく、よってこれを防ぐ事は極めて困難と言わざるを得なかった。なまじ、赤城や加賀の人造艤装すら出す余裕は無かったのである。

最後に残された巨大艤装も使う事は出来ない。それこそ超が付く程の機密事項であり、彼ら自体が機密の塊である所を横鎮防備艦隊を騙っているのだから、直人の切り札もこの時だけは使う事が出来なかった。

 

正に八方塞がり―――これを以て難問と言わずんば何とするか、と言った風情であった。

 

「全艦へ、近接戦闘用意! 弾が切れれば当然突入するしかない。組み伏せてでもこれを撃破せよ!」

直人がその様な命令を下した時、後方にいる護衛艦隊が遂に動く。

「目標、トラックナンバー2301、艦対艦誘導弾(SSM)、発射!」

各護衛艦から、対艦ミサイルが発射されたのだ。対艦ミサイル搭載艦は6対14、2倍以上の戦力差故に、敵の1射目は全て叩き落されていたので、全艦がお返しとばかりにミサイルを発射した。が、それに反応するように敵も第2射を発射する。そしてこの時は先程とは様相が違っていた。

「敵艦全艦、ミサイルを連続発射、残弾を全て使い切るつもりの様です!」

 

「何だと?!」

 海上自衛隊時代から、護衛艦は基本として、対艦誘導弾発射筒を8本搭載している。即ち搭載している艦対艦誘導弾の数は8発、6隻合計で48発を搭載している。目の前の敵艦は、それを連続発射しつつあると言うのだ。

「ミサイル接近、2発です!」

当然その矛先は鈴谷にも向けられた。

「迎撃! 落ち着いて狙え!」

 直人も迎撃の指示を出すが、当然この艦の兵装はミサイルを迎撃する様には出来ていない。艦娘艤装と言うアドバンテージのみが、彼らの寄る辺であった。

鈴谷の船体各所から25㎜機銃弾が発射される。高角砲は味方への誤射を恐れて発射されなかったが、濃密な弾幕がミサイルの進路上に展開され、幸いにもそれに絡め取られる形で2発の対艦ミサイルは到達する事無く爆散した。

「敵ミサイル、迎撃成功!」

明石も喜びの声を上げたがそれも束の間、彼らの様に幸運に恵まれた艦ばかりでは無かった。鈴谷の後方から黒煙が立ち昇ったのである。数は3つ―――

 

「“すずか”被弾! 格納庫付近で火災発生の模様!」

「“すずなみ”被弾! 短魚雷発射管が誘爆したとの事!」

「“さざなみ”被弾! 舷側に着弾し浸水発生、ダメージコントロール中の模様!」

 

「損傷艦を後方に下がらせろ、このいずもを盾にしてでも守り抜くぞ!」

 

「司令官殿―――!」

 

「―――彼らが奮闘しているのだ、ここで退く訳にもいかんだろうが。」

 

「―――ハッ! 両舷前進一杯、艦隊の前に出るぞ!」

 

 

「そうか、3隻が被弾か。状況は?」

同じ頃、直人も海自軍側の状況を知った。

「すずかの損害は大事無い模様です。火災は幸い小規模であり、艦載機を破損したのみで、鎮火に向かっています。すずなみに関しては、魚雷誘爆の衝撃で船体の一部に亀裂が発生、現在ダメージコントロール中との連絡が。」

 

「―――もう1艦は、どうなった?」

 

「それが・・・喫水線付近に被弾した為大破孔が発生、右舷に傾斜しつつも、何とか持ち堪えてはいるようです。」

 

「・・・最終的には、持つまいな。」

 直人の予測は悲観的でこそあったが冷静ではあった。このままでは遅かれ早かれ『さざなみ』が沈む事は予想に難くは無かったからだ。

さざなみは2031年に一度退役した、たかなみ型と言う旧式艦であり、深海大戦の勃発に伴って、省人員化と新装備の搭載と言う2つの改修を経て再就役した艦である。艦番号DD-131の数字は、この時期既に過去の遺物と化した事を雄弁に物語る数字となっていた。

だがモスボール保存されていた同型艦3隻と共に、佐世保を定係港とする第33護衛隊を新たに編成し、東シナ海方面から来寇する深海棲艦をよく食い止めて来た、歴戦の部隊である。この点、如何に旧式と言えども他の部隊に些かも後れを取る事は無いと、自他共に認める存在であった。

 その武勲艦が今や沈みかけている。現代の艦艇は装甲で防ぐのではなく、そもそも当たらない事、到達されない事を目的に設計されている為、一度強力な弾頭を装備する艦対艦誘導弾をその身に受ければ、被弾箇所によっては一撃で沈みかねない。さざなみもダメージコントロールによって持ち堪えてこそいたが、この先は分からない。

「敵艦隊にミサイル着弾!」

 

「やったか!?」

 直人が双眼鏡を覗き込むと、水平線付近から黒煙が立ち昇っているのが見えた。それより手前では艦娘艦隊が激しい戦いを繰り広げており、劣勢に立たされていた。

「―――よし、本艦も前に出るぞ。」

 

「提督!?」

 

「麾下の部隊が苦戦しているのだ。我々のみ座している訳には行かん!」

 

「そうですね、了解しました!」

直人は帽子を被り直して命令を発する。

「後部マストに不関旗一流! いずもに対し発光信号!」

 

「何と送りますか?」

副長の問い掛けに直人は次の様に答えた。

「―――“本艦は艦娘艦隊と共同し、独自戦闘に移る”と。」

 

「・・・承知しました。」

 

「重巡鈴谷、砲雷撃戦用意! 艦載機も全て出し、攻撃に参加せしめよ! 出し惜しみは最早なしだ、行くぞ!」

 

「「了解!」」

 明石と副長妖精が同時に応える。鈴谷の機関は最大出力を発揮し、隊列を離れ始める。主砲は直ちに目標選定に入り、副砲は保護扉を開け放ち、中から片舷4門の14㎝砲が顔を出し、魚雷発射管も格納位置のまま信管調定に入る。

そして旋回したカタパルトからは爆装した零式水偵が発進し、敵潜水艦の出現に備えて艦隊周辺をKMXを使用しながら飛び回り始める。

一方『いずも』座上の御堂海将補も鈴谷からの信号旗と発光信号を受け取っていた。

「―――よし、艦隊を前進せよ。速射砲も用い敵艦娘艦隊を攻撃する。」

 

「宜しいのですか、海将補殿。」

 

「艦娘艦隊が苦戦しておるのだ。補給が万全な我々が戦わずしてどうする。」

 

「―――了解。」

こうして、御堂海将補と横鎮近衛艦隊は、それぞれが別々に指揮を執る形で連携を開始する。

「艦隊前進、いずも艦載機は対艦攻撃装備にて緊急発艦せよ!」

 

「本艦は如何しますか?」

 

「いずもは艦隊の先頭に立ち、艦隊防空に当たれ。」

 

「ハッ。」

この指示が出された頃、鎮圧部隊の放った艦対艦誘導弾の第2波が、造反部隊の護衛艦に到達した。

「―――前方で新たに6条の煙を確認!」

 

「全艦に命中、か。素直に喜べんな。」

明石の観測データを聞いた直人は溜息交じりにそう言った。

「提督・・・。」

 

「行くぞ、ここで手を緩めてはならん! 恐らく奴らはあの護衛艦を母艦としていた筈だ。補給が望めぬとなれば、どこかで退く筈だ。徹底的に攻め立てろ! 弾薬はリンガ泊地で補給するものと心得ろ!」

 

「「“了解!”」」

 直人の指示に各艦隊の旗艦が応える。彼女らとて同じ艦娘と戦っている。直人がここで弱気になる訳には行かなった。

「主砲射撃用意、目標、敵先鋒駆逐艦級()()、接近軌道を取る敵を蹴散らせ! 慌てず事を運べ、いつも通り撃てばいい!」

 

「目標、敵先鋒駆逐艦級。艦影から、白露クラスと推定、主砲諸元急げ!」

 

「対空警戒を怠るなよ、いつ来ても可笑しくはない。上空では味方も頑張っているが・・・。」

 

「流石に、状況は劣勢の様です。」

 明石の返答に、「そうだろうな」と直人も頷いた。機材も、練度も、何もかもが足りていない。そんな彼らに負わせるには余りにも酷な状況。

だが航空隊員達は必死にこの場を支えるべく戦っている。そんな妖精さん達の頑張りにせめて報いるべく、重巡鈴谷は全速力で疾駆し、主砲を旋回していた。

「“こちら射撃指揮所、諸元宜し!”」

 

恨むなよ、これも戦争なんだ。直人はそう思いながら命令を伝達する。

 

「目標、敵先鋒白露級、距離9,500、交互打方、打ちー方始めーッ!」

 

「“打ちー方始めーッ!”」

号令一下、艦首主砲3基の左砲が同時に火を噴く。日本海軍伝統の“交互打方(うちかた)”である。

 この方法は弾着修正にかかる時間を短縮する為に編み出された方法であり、連装砲の砲を交互に撃ち、例えば装填に10秒かかるとして、10秒間隔で行う事になる弾着観測を、5秒置きに射撃・実施する事で、素早く敵に有効打を送り込む、と言うものである。

この時鈴谷が装備している20.3㎝2号砲の艦首3基の左砲身は射撃後水平付近まで倒されて、装填を始める一方、右砲身は新たな諸元が到着するまで待ち、第2射を送り込むと、入れ替わって装填を完了した左砲身が持ち上げられ、右砲身が倒され装填に入る、と言う作業を延々と繰り返すのだ。勿論これが連動して行われる訳ではなく、弾着修正中の砲弾の節約と言う部分に効果があるし、諸元修正が終われば一斉打方に移るか、交互打方で連続射撃する事も出来る。

 

「初弾、左に逸れたな。」

 砲撃結果を冷静に見る直人。直ちに諸元の修正が行われており、左砲身は水平近くまで倒されている。

五十口径三年式二〇糎砲は初期モデルの砲塔を除いて固定角装填方式を採用している。これは設定された角度で装填を行うもので、鈴谷搭載の最上型砲塔では他の重巡用連装砲塔と同様の5度に固定して装填を行うものとなっている。しかし装填する為に一々方針を倒さなければならない固定角装填方式は対空射撃には不向きで、対空射撃を考慮された両用砲ではどんな角度でも装填が可能な自由角装填方式を用いるのが常識である。

 高雄型で採用されたE型連装砲塔は対空射撃を行うべく高い仰角を取る事が出来るが、一々降ろしてそこから装填作業を行なう為高高度の敵に射撃を行うには不便である事が分かり、その後のE1型砲塔以降は最大仰角を55度までに抑えている。

が、元々水上艦艇を射撃する為の砲、この時その問題は発生していない。修正された諸元に従い、右砲が一斉に火を噴いた。

「“命中!”」

 

「よし、続けて撃て! 副砲及び高角砲も射撃用意整えてるな?」

 

「はい!」

副長の威勢の良い返答を受けて直人は更に重ねて命令を下す。

「よし! 副砲及び高角砲は各々射撃指揮装置の指示に従い砲撃を開始せよ! 魚雷は指示あるまで待て!」

 

「了解!」

 そこからが、横鎮近衛艦隊、猛反撃の開始であった。

母艦である鈴谷も弾薬は乏しかったが、主砲から果ては機銃に至るまで出し惜しみする事無く、徹底的に火力を投射し続け、それを見た艦隊も母艦に続いて攻勢に転じる。敵艦隊の練度も相当のものであったが、そこは百戦錬磨の横鎮近衛艦隊、訓練のみで日を費やした艦娘とはレベルが違い、相手が砲撃を当てる前にこちら側の砲撃が直撃し、戦線離脱させてしまう為、状態に比して圧倒的優勢で状況は進展する。

なまじ回避と射撃諸元の当日修正*2に於いては、実戦経験豊富な彼らと敵艦娘とでは精度や速度が余りにも違うので、横鎮近衛艦隊の艦娘達はいとも容易く回避するし、横鎮近衛艦隊の砲撃は完璧な諸元と回避も織り込んで殆ど一撃で致命打を与える事が出来る。そこへ護衛艦隊も駆け付け、速射砲とミサイルで敵機や敵艦娘を蹴散らしていくと言う光景が現出した。

 

 ぶつかった当初こそ劣勢を覚悟した鎮圧部隊であったが、艦隊は良く戦って敵を圧倒し、各所で敵隊列を崩し始めていた。流石に士気旺盛とは行かないまでも、歴戦の艦娘達と艦隊は、リンガへの道を着実に切り開きつつあった。

だが、同じ正の霊力を使う者同士、本来は互いに相殺してしまう性質を持っているのだが、この時両軍の艦娘艦隊は砲弾の装填時に霊力を注入する工程をスキップしている為、投射しているものは「ただの砲弾」である。つまり正も負もないものであるが、故に正の霊力を用いている身体防護障壁では浄化も干渉も難しく、1発直撃すればその時点でほぼ撃沈が確定してしまうのだ。

結果として、横鎮近衛艦隊は喪失艦なしでこの戦いを乗り切る事となるが、それも結局の所、彼女らの練度が全てであり、直人が課した猛訓練と、数多くの過酷な実戦経験が齎した成果であったと言ってよい。

「“敵艦隊、退却していきます!”」

磯波からの報告を受け取った直人は指示を出す。

「よし、全艦隊帰投し後、上陸戦闘用意!」

 

「「“了解!”」」

戦闘開始から僅か20分ほどの間で、母艦を失った事も手伝い敵艦隊は敗走した。敵の士気は高かったが、それでも練度に勝り、効果的な戦闘を行った横鎮近衛艦隊が、数で勝る敵艦娘艦隊を退けたのだった。

「明石、“いずも”に通信を。」

 

「はい。」

明石が通信を繋ぐと、御堂海将補が直ちにスクリーンに現れた。

「御堂海将補。我々はこれより直ちに敵艦娘艦隊を追って、リンガ泊地へ強行突入します。そちらの損害状況はどうですか?」

 

「“さざなみの方はダメージコントロールが難しい。そう言う事であれば、リンガ泊地内で擱座させる事としよう。我々も後続する。”」

 

「了解しました、直ちに実行します。」

そう言って通信を切った後、直人は直ちに命令を出す。

「重巡鈴谷、最大戦速! 敵が体勢を立て直す前に、リンガを抑えるぞ!!」

 

「はいっ! 最大戦速、リンガに向け舵を取ります!」

 やる事はこの時明確だった。敵の本拠地であるリンガ泊地を抑える事で、ペナンに派遣された戦力を無力化、ないし孤立させる事である。しかもこの時リンガ正面へ展開した戦力は敗走中であり、これが体勢を整える前にこれを制圧する必要があった為、彼らは進軍速度を早めた訳である。

重巡鈴谷を先頭にする鎮圧部隊は、御堂海将補の指示で何隻かの護衛艦を漂流者救助に充てると、全艦がリンガ泊地へ向け突入コースを取った。

 

 

8

 

 そこからの状況推移は、余りに呆気無かった。

強行突入した重巡鈴谷に対し、地上から多少の応射はあったものの反撃により沈黙を余儀なくされ、横鎮近衛艦隊の艦娘達を先頭に上陸を開始した第22旅団は、リンガ泊地の主要施設と市街地を瞬く間に武装解除する事に成功、捕縛されていたリンガ泊地の留守指揮官橋見二佐も無事救出され、包囲されていた憲兵隊もほぼ全員が五体満足と言う状態であった。

一方で甚大な損傷を被った護衛艦『さざなみ』は無事にリンガ泊地内の浅瀬へ擱座させる事に成功し、完全喪失は免れたが、造反部隊側の護衛艦6隻を一時に失ったのは、深海大戦が始まって以来護衛艦隊が受けた損害としては、第2次SN作戦を除けば五指に入る有様であった。

「何? 第26護衛隊から?」

 

「はい、降伏勧告を受け入れるとの事です。」

 直人が大淀から受け取ったその報告は、艦隊に補給を受けている最中齎されたものであり、直人を拍子抜けさせるには十分なものであった。

「―――強硬手段が実を結んだ、という事にしておこうか。御堂海将補からは何か来ているか?」

 

「いえ―――あ、通信要請が来ています。」

 

「よし、こっちに出せ。」

通信を入れて来た御堂海将補は、安堵の表情を浮かべて直人にこう告げた。

「“どうやらこれ以上、同胞との撃ち合いを避ける事は出来そうだな。”」

 

「全くです。」

 この一言には、彼らの万感の思いが込められていたと言ってよい。同じ日本人同士で殺し合いをしてしまったと言う意識が、この二人の間にもあったのだ。深海棲艦との熾烈な生存競争の最中にあって、人類同士での仲違いは全世界に蔓延していた。あの中国も共産党のリーダーシップが健在であったが、反体制派による小規模な反乱は頻発していたから、日本がそれについて例外であるかどうか、答えは否であったと言わざるを得ない。

現在の日本を支持する側に立った直人ら鎮圧部隊にとって、同士討ちの悪夢など、最初からない方が良い類のものであった事は言うまでもなく、早く終わってくれるのならそれ以上の事は無いのだった。

「“ついてはペナンの武装解除に際し、貴官に一任したい。第22旅団の一部と護衛艦も付ける。頼めるか?”」

 

「お任せください。必ず成し遂げて見せましょう。」

 

「“心強い限りだ、頼むぞ。”」

 御堂海将補は通信を切った。翌日、横鎮近衛艦隊はリンガを出港すると、6隻の護衛艦と輸送艦『くにさき』、補給艦『まんりょう』と共にペナンへ向かい、2月23日11時前にペナンへの入港を果たし、鎮圧部隊の派遣部隊と共に武装解除を監督した。

かくしてこの造反事件は、同士討ちと言う最悪の事態を招きながらも、戦力を分散すると言う愚を犯した造反部隊側が降伏すると言う結末で幕を下ろす事となる。

「これで、終わりだな。」

ペナン島の地上施設内にある仮設指揮所で、椅子に腰を下ろしながら彼はそう言った。外では造反に参加した将兵らが、持ち込んだ装備を撤収しようとしていた。

「―――まったく、なんでまた、こんな事をせねばならんかったのか。」

そう呟きたくもなる心境であった。余りにも、無駄な戦いであったと言うのが正直な所である。

「提督、宜しいですか?」

そう言って訪ねてきたのは大淀であった。

「うん、どうした?」

 

「大本営から、爾後の行動について指示がありましたので。」

 

「ほう・・・して、大本営は何と?」

 

「はい、横鎮防備艦隊はペナン島に留まり、泊地司令部がリンガへ帰還するまでの間、同地の防衛とアンダマン海の警戒監視に当たる様にとの事です。」

それを聞いた直人は一つ溜息をついてから行った。

「やれやれ。まぁ、仕方ないな。暫く帰れそうもないか。」

 

「そうですね。」

 

「ま、軽いバカンスだと思って、諦める事にしよう。」

 

「では、その様に取り計らいましょう。」

 横鎮近衛艦隊は結局、暫くはサイパンに戻る事は出来ないと言う事が確定した。リンガでの反乱騒ぎが軍内部に齎した衝撃の大きさを物語る一事でもあるが、本土防衛戦が佳境に差し迫る中、ここで兵力を割く訳にも行かないと言う判断が働いたのは言うまでもない。

幸いな事に補給を十全に受け取る事が出来るのは確定していたが、肝心の設備が一部損壊している為、その修繕も行わなければならないと言う始末であった。

「後始末もせねばならんな、やれやれ。」

 嘆息する直人であったが、一歩づつ前に進まない事には状況が好転しない事もまた事実であった。

命令を受け取った2月24日以降、横鎮近衛艦隊は艦隊を一部再編成した上で、マラッカ海峡のアンダマン海正面へ哨戒部隊を出し、本隊はペナンに駐留すると言う日々を過ごす事となった。この状況でコロンボ棲地が健在であれば、敵はこの混乱を目敏く嗅ぎ付けていたかもしれない。だが敵はスリランカ南方のアッドゥ環礁からも駆逐された後と言う事もあって潜水艦網が縮小しており、この事を察知するには至らなかった。

結局深海棲艦はこれに付け込む形での動きを取る事が出来ず、当面の危機は回避されたのであった。他方で日本本土方面では、指揮系統を回復した深海棲艦隊と、到着した艦娘艦隊等との間で激闘が繰り広げられていたが、当初の劣勢も日を追う毎に挽回され、今や人類側優勢で事態は進んでいたのだった。

 

それから2日、直人は仮説指揮所で哨戒部隊からの報告を受けていた。

「そうか、今日も静かか・・・ご苦労、下がっていい。」

 

「はい!」

朝潮は報告を終えると挙手の礼をし、直人の元を離れた。

「やれやれ、何事もないな。」

 

「施設の修繕もひとまずは目途が付きました。後は本土での戦闘が落ち着けば、私達の役割も終わりですね。」

 明石は損壊した設備の修復に従事していたのだが、艦娘整備用の設備が一部壊された程度で大きく損壊はしていなかった。どちらかと言えばリンガで破壊された艦娘艦隊用設備の方が被害は大きく、艦娘艦隊用の資材倉庫や一部の建造設備など関連設備が破壊され、元に戻す為には1か月以上はかかると試算されていた。

反乱の爪痕は大きく、特に従軍した横鎮近衛艦隊では精神的影響は深刻であった。

「金剛。」

 

「―――あぁ、テイトク・・・。」

その日の夕方、直人は鈴谷の停泊する岸壁付近で佇む金剛を見かけ、足を運んでいた。

「やはり、今度の戦いは堪えたか。」

 

「ワタシは・・・って、取り繕っても、仕方ないネー。」

流石の金剛も、今度ばかりは気分が落ち窪んでいた。

「―――俺も、艦娘達も、お互い、本意ではない戦いをした。覚悟は、していたつもりだったが・・・。」

 

「私はまだ、いい方ネー。前にも、演習弾だったとしても、旗艦として、経験してきた事デース。でも他の子達は・・・。」

 

「そう、だな・・・。」

 そう、鎮圧部隊発足前から危惧していた事は、戦っている最中より、むしろその後の事である。本来なら守らねばならない筈の人々に、ましてや同じ艦娘に砲口を向けねばならないと言う事実。そして、引き金を引く事を躊躇ってはならないと言う現実。精神的に変調をきたさない方が、おかしいとさえ言えたかもしれない。

「全く、貧乏くじも、ここに極まれり、か。よりにもよって、同胞殺しの片棒を担がねばならんとはな、クソッ―――!」

 彼は傍らに転がっていた小石を海に向かって蹴り飛ばした。小石は放物線を描きながら、水面に僅かばかりの波紋を残したが、それで彼の気分が晴れる訳でもなかった。分かっていたが、そうしないではいられなかったのだ。

「すまん、こう言う時、俺が励まして回ってやらねばならんのだろうが、俺もお前達と同じ立場だし、何より・・・気の利いた言葉が、今は思い付かん。」

 

「フフッ。提督にも、そう言う時があるんデスネー。」

 

「そりゃそうとも、俺だって、完璧超人でも八方美人でもない。司令官と言うのは、こう言う時に辛い役回りだよ。」

 

「だからこそ、提督がビシッとしないとネー?」

金剛のその言葉に彼は流石に苦笑いして言った。

「無茶言うなよ、対面を取り繕うので精一杯なのにさ。」

 彼にとってこの時吐き出せる、これが最大限の弱音であっただろう。大半の艦娘達の心が揺らいでいるこの時、彼までもが弱気な言葉を発する訳には行かなかったからだ。

彼にしてもこの時の事については、「我ながらよく破れかぶれにならなかったものだ」とすら評している様な状態であり、直人ですらその様な所、艦娘達の方はなまじ深刻であった。

 

「―――私達は、何の為に闘っているのでしょうか。」

同じ頃、鈴谷艦内の第八駆逐隊の居室で、朝潮はそんな言葉を吐き出していた。

「朝潮・・・。」

それを受けた荒潮の表情も、普段の柔らかいものでは無く、不安を一杯に湛えていた。

「私達はずっと、提督や、守らなければならない人々の為に戦ってきた。その為に私達は、深海棲艦を沈め続けて来た。でも今回私達が沈めたのは、その艦娘で・・・。」

 

「えぇ―――提督の命令とは言え、私達は・・・。」

 第八駆逐隊のメンバーと言えば、艦隊創設の比較的初期から直人を支え、朝潮などは思う所を巡って直人と対立すら起こしながらも、艦隊の精兵として常に突撃の先鋒を承る存在でもあった。その旗艦である朝潮と荒潮までもが、意気消沈している。

精神的に未熟な者達が多い駆逐艦娘も、精神的には成熟していると言って良い他の艦娘達も、それぞれに受けた影響は甚大だった。士気も目に見えて落ち、底抜けに元気な艦娘達も、今度ばかりは静まり返っていた。調子を崩していない艦娘がいるとすればそれは―――

 

「提督~。」

 

「川内か。」

直人の元に姿を見せたのは、“元”独立監査隊所属であった川内である。

「皆しょげ返ってるね。」

 

「・・・そうだな。」

 

「―――この調子だと、提督もか。」

 

「そうみたいねぇ~。」

川内の更に後ろから現れたのは、やはり“元”独立監査隊の龍田だった。

「―――お前達が揃って俺の所に来るのも、久しぶりだな。」

 

「そうだね、こんな時に平静を保てるのは多分、私達だけだから。」

 

「・・・そうだったな。」

 

「私達はかつては独立監査隊、必要ならば誰であっても容赦しない。それが、()()()()。」

 この点のみを切り抜くとすれば、独立監査隊が艦娘を有したと言うのは、史上初めての対艦娘・対人類艦娘艦隊であったという事なのだろう。無論それに際して艦娘達に施された、数々の非人道的()()は記憶されるべきとは言えど、この事実は確かに揺るがない筈である。

「何だか、私が提督を暗殺しようとしたあの夜も、気付けば懐かしいと思えるくらい前になっちゃったね。」

 

「ハハハ、あの時は流石に肝が冷えた。多分、要素が一つ欠けていれば、俺は負けていたかもしれん。」

 直人があの夜川内に勝てたのは、Fデバイスの存在とそれを使って生み出した技が最大の要因であり、それを除けば互角と言う部分を鑑みた時、直人が勝てた要因は単に運が良かった、もしくは勝つ要素が少しでもあった事に他ならない。

そんな力を提督相手でも平然と振るった前科がある川内や龍田であればこそ、今回の様な状況でも平静を保つ事が出来たのである。

「―――私達の力は、この戦いが終わった後、必ず人類同士の戦いに動員される。そうなった時、一体どれだけの子達が()()()()いられるか、私達は、それだけの力を持って生まれた存在なんだ。」

 

「・・・いつか、こんな未来はやってくる、と言う事か。」

 

「そう。人間は今でさえ争っている。強力な兵器は、強力であるだけ戦争の具にされる。」

 

「・・・そうだな、古今、ありとあらゆるものが、戦争に使われてきた。木の枝から核兵器まで。人々を豊かにしたいと願ったものも、結局は人を殺す為に使われた。艦娘も、例外ではない、と言う事だな。」

 人間とは、原罪を背負った存在であるとはよく言われる言葉だ。我々人類は遥かな昔から、ありとあらゆるものを争いに用いた事は確かである。それに関わった人々の意思すら捻じ曲げてまで、である。

例えば、後にスポーツカーの設計者として大成するフェルディナンド・ポルシェ博士は第二次大戦中、ドイツ政府の命令で戦車の設計に携わった。宇宙の平和的探検を夢見てロケット研究を行っていたヴェルナー・フォン・ブラウン博士も、軍用ロケットの開発を強いられ、初の弾道ミサイルであるV2ロケットに携わる事になる。

これらもほんの一例に過ぎず、歴史を紐解けば、数多の人々が輝かしい未来を夢見て生み出したものが流血を招くと言う悲劇が、幾度となく繰り返され続けたのだ。艦娘達がその例外足り得るなど、誰も断言出来はしないし、事実その様になった事は、歴史が証明している。

「私達はまだいい。元々、その為に生み出されたのだから。でもこの先、その為に生み出されなかった艦娘達が、人間同士の殺し合いに巻き込まれるかもしれない。提督にとっても不本意かもしれないし、それは、提督になった人達の大多数がそうだと思う。

でも、他の殆どの艦娘達はそうじゃない。そんなに割り切りのいい子達でもなければ、受け入れられるだけの成長もまだしていない子達だって多分いる。でもきっと、そうなる未来を止める事も出来ない。そう言うものだと提督達が受け止めたとしても、艦娘達は受け止められない子達が大勢出る。」

 

「・・・いつかそうなる未来を、俺達は先取りした。であれば俺に出来る事は、俺達に起きた事を記録し、大本営に提出する事、と言う訳か。」

 

「未来の大勢の艦娘達を、救う為にね。」

 

「・・・そうだな。俯こうと、後味が悪かろうと、俺達がそれに目を瞑り続ける事は出来ない。川内の言う通りだ。」

 直人も頷かざるを得なかった。艦娘と言う存在がいずれ辿り着く事になる現実、彼が敢えて目を瞑ってきた可能性の話であり、宿命にも似た運命でもあった。

「今回の事については報告書を作成しよう。川内、白雪や雷と協力して、証言の聴取に取り掛かってくれ。」

 

「心理的影響について、ね。了解。」

 

「俺達に起こった事を少しでも、後に伝える為に。たとえ、俺達の名が残らずとも―――。」

彼は川内の進言を受けていっその事、この状況を利用する事にした。それが将来何かしらの役に立つ事を願って―――願わくば、その様なものが不要である様にとも祈りながら。

 

 

9

 

 横鎮近衛艦隊がペナン島に駐留して1週間、アンダマン海は平静そのものだった。横鎮近衛艦隊はマラッカ海峡での哨戒任務を継続して実施しており、リンガ泊地からの補給を受けながら、リンガに在泊中の鎮圧部隊本隊共々、リンガ泊地の派遣部隊帰還を待ち侘びていた。

「艦隊を回し始めて1週間、補給も滞りなく行われ、海も穏やか、と。」

 

「デスネー。」

 

「大淀、本土からの情報はどうなっている?」

 

「概ね好意的な情報ばかりです。我が方の優勢で推移しており、遅くとも1週間以内には敵艦隊の攻勢を撃退出来るでしょう。」

 横鎮近衛艦隊の尽力は決して無駄では無かった。彼が稼ぎ出した時間は、防衛線の再編成には十分な間敵の勢いを削ぐ事に成功し、敵が司令中枢喪失の痛手から立ち直り攻撃を再開した時には既に、艦娘艦隊による強固な防衛線が正面に形成されていた。その後激烈な戦闘が展開されていたが、艦娘艦隊は奮戦よくこれを押し返し、敵陣に対して猛攻を浴びせる所にまで来ていたのだ。

「ならばまぁ、我が艦隊がここに留まるのは1週間と言った所だな。あ、他の艦娘達には言うなよ?」

 

「えぇ、承知しております。」

 

「しかし思えば、山本海幕長も無茶を言う。このマラッカ海峡の出口をたった1個艦隊で防備せよとは。」

 

「普段は10個艦隊程度が持ち回りで警備に当たっている場所ですからね・・・」

 本来マラッカ海峡の哨戒任務はリンガ泊地の領分であり、重要地域である事から相当な数の哨戒部隊を出して厳重に警備している場所なのだが、リンガ泊地に於ける混乱の影響で艦娘艦隊の出動に影響が出ており、哨戒部隊を出せないと言う状況に陥っていたのである。具体的に言えば、本来哨戒部隊向けに残されていた予備資材が全て破壊されており、有事の際の物資は本土へ向かう部隊に全て分配した為に備蓄がない為、ここから新たに哨戒部隊を出す事は難しい情勢になっていたのだ。

横鎮近衛艦隊向けにはリンガ防備艦隊から補給物資を拠出していたが、それも短期であれば出来る事であり、長くは持たないと言うのが実情であった。資源備蓄はリンガ側でも何とかして進めていたが、それでも南西方面艦隊の中核でありただでさえ大所帯なリンガ泊地艦隊を支えるには、有体に言って不十分な量でしか無かった。

「―――まぁ、補給が来ると言うのが何より救いだろうよ。横須賀では到底間に合わなかったからな。」

 

「はい。そのせいで厳しい舵取りも強いられましたね。」

 

「全くだ、貧乏くじも、そろそろこれで最後にして欲しいものだな。」

 彼はその時の心持ちをこう吐き出したと言う。こうまで貧乏くじを引かされ続ける彼もある意味では「運のない男」ではあったかもしれないが、彼はこれまでもその逆境を命懸けで、実力と豪運で切り抜けてきた。何度命が危うかった事か分かったものでは無いが、彼はそれでも己の宿命と潔くそれを背負い込み、今この場に立っていたのである。

だがそれも、ここまで積み重なっては背負いきれないという思いが、直人にもあったのかもしれなかった。彼とて一人の人間、余りに重すぎる負担は負いかねるのもまた事実であっただろう。

 

 そんな折、このところ通信設備が充実している事を理由にペナン島に居る事が多い直人に、鈴谷から一つの知らせが舞い込んできた。

「なに、目を覚ましたのか!?」

 

「はい、雷がすぐに来て欲しいと言っています!」

 

「よし、今戻る! 行こう白雪!」

 

「はい、司令官!」

 直人は仮設指揮所を飛び出し、ペナン東岸の岸壁に向け走り出した。この所陸上に居る事が多く体力が落ちていなかったことが幸いし、彼の走りは誰に見せるでもなく白雪を従えて余りある走りを披露しつつ、彼は鈴谷に大急ぎで戻って行った。

 

3月2日17時21分 重巡鈴谷中甲板・医務室

 

「雷!」

仮設指揮所から岸壁まではおよそ500m程あるのだが、直人は僅かに肩を上下させるだけで医務室に現れた。

「あ、司令官! お仕事は良かったの?」

 

「あぁ、丁度手が空いていたからな。それで、目を覚ましたのか?」

 

「えぇ。イタリアさん達も来てるわ。」

 

「うん、俺も会って問題ないか?」

直人のその言葉に雷も頷くと、直人は雷に続いて医務室の奥に入っていく。

「あ、提督―――」

病室にはイタリアとローマが先にいた。

「そのままでいい。2人のおかげで我々は、彼女を救う事が出来た。よくぞ話してくれた。」

 

「辛い事ではありましたが、こうして再会する事が出来ました。提督には、どうお礼をすればいいか・・・。」

そう述べるイタリアの目には僅かに光るものが浮かんでいた。ローマはどこか気まずそうにはしていたものの、彼から目を離す事は無かった。

「礼か、そう言う事であれば、より一層の活躍を期待させて貰う事にしよう。」

 

「はい、提督。」

 

「提督―――そう、貴方が、今のイタリアとローマの、提督なのね・・・。」

病床の艦娘が発したその声に、直人は姿勢を正した。

「失礼、挨拶が遅れたな。この間と艦隊を指揮している石川少将だ。」

 

「イタリア海軍所属、ザラ級重巡1番艦、ザラと、申します。」

 

「あぁ、まだ無理はしなくていい。2週間以上の間寝たきりだったんだ。」

 

「そんなにも・・・。」

ザラと名乗った艦娘は、いささか当惑した様にそう言った。

「君は深海棲艦に囚われていた。その時の記憶はあるかい?」

 

「―――はい。」

ザラがそう返事したのを聞いて直人はこう言った。

「そうか・・・辛い事だったとは思うが、我々は君を敵の魔の手から救い出し、懸命の治療を行っていたんだ。」

 

「そう、みたいですね。なんとお礼を申し上げればよいか・・・。」

 

「困った時はお互い様だ。それに、イタリアのたっての願いを、無碍にする訳にもいかなかったんでな。こうしてその願いを叶える事が出来て、俺も安堵している。」

 

「イタリアが・・・そう。ありがとう、イタリア。」

その言葉の後、その場は些かの談笑の場となった。2人にとっても半ば諦めていた戦友との再会に、積もる話は多いようだったし、直人にとってもこの3人の事をより深く知る良い助けともなった。流石にザラもまだ本調子ではないから程々に打ち切る事になったのだが、彼らの去り際にザラは直人にこう問いかけた。

「あの・・・私の処遇は、どうなるのでしょうか?」

 

「―――なんとも言えない。取り敢えず大本営にこの事を報告し、然るべく取り計らって貰う事になるだろう。親善艦隊も今は日本の自衛艦隊に臨時に組み込まれて戦っている。君の処遇も、それに伴って処理されるだろうな・・・。」

 

「・・・そうですか。」

これについて直人に人事権がある話かと言われれば答えは「ノー」であり、直人はそう答えるに留まった。確かにイタリアやローマは彼の元に配備されたが、ザラがそうなるとは言えなかったからだ。

「では、お大事に。」

 そう言って直人はザラの元を後にした。思えばこの出来事は、鬱屈としたこのところの彼らにとって、唯一の明るい話題であっただろう。何せこのところ、碌なことが無かった事を思えば、必然的にそうなってしまうのだった。精々大きな魚が釣れたとかその程度の事である。

「提督・・・本当に、ありがとうございました。」

医務室を出てからイタリアがそう言って頭を下げた。これに対し直人は

「こちらこそありがとう。おかげで奴らが艦娘を活用しているという事を知る事が出来たし、艦娘殺しの汚名を着ずに済んだし、何より・・・」

 

「・・・なんですか?」

 

「―――救われなければならん者を救う事が出来た。これに尽きる。」

 

「・・・そう思います。」

イタリアはそう言って同意した。欧州から脱出した艦隊を身を挺して守り抜いた小さな英雄が、敵に囚われた挙句、敵の傀儡としてその手足と成り果てたのでは、余りに報われないと言うものだ。そのイタリアに続いてローマも口を開く。

「―――私はずっと、提督の事を疑ってた。ザラやポーラの事だって、提督に言ってもどうにもならないって。今となっては、恥じ入るばかりだわ・・・。」

 

「―――それが、普通だと思う。大変な苦労をして、命からがらここまで辿り着き、突然配備された先の提督を無条件に信じられる程、人の心はそう簡単じゃない。だから俺は何も言わず、実績で以て示してきたつもりだ。

その俺から見て、君達はこの慣れない戦場でよくやってくれている。だから俺も安心して君達を指揮できる。」

 

「えぇ、勿論よ。母国を、果たせなかったとはいえ、長く守り抜いてきたのが私達よ。」

 

「あぁ、我が艦隊の精鋭達とも引けを取らない君達の練度には感じ入る他ない。これからも、宜しく頼む。」

直人のその力強い言葉に2人は揃って頷き、

イタリア「勿論です、提督。私達はこの身の続く限り、お供させて頂きます。」

 

ローマ「私達の活躍、期待しなさい?」

とそれぞれに言ったのだった。

 

 

10

 

そしてこの2日後、事態は更に進展を見せた。

 

3月4日19時31分 ペナン島仮設指揮所

 

「提督、リンガの“いずも”から転電です!」

直人の指揮所に通信紙を片手に飛び込んできたのは大淀である。ペナン島にも通信設備はあり、鈴谷がここに在泊の間、大淀も島の通信室に詰めていたのだ。

「どうした!」

直人が振り向きながらそう言うと、大淀は顔を綻ばせていた。

「お喜び下さい、本土防衛戦は、我が方の大勝利です!」

 

「―――そうか! 勝ったか!」

 

「はいっ!」

 

 

「よし! これでじきに帰れるぞ!」

直人は勝利の報告を受けて、そちらの方に喜びを爆発させていた。彼らはこの本土防衛戦では役目を終えていた事もあり、それも無理は無かっただろう。直人は大淀から通信紙を受け取りながら続けて言う。

「その内に大本営からも何か言ってくるだろう。続報があればまた伝えてくれ!」

 

「はいっ!」

威勢良く返事をして大淀は指揮所を後にした。

「・・・ッ~!」

 一人になった後、彼は喜びを爆発させた。彼の払った努力が無駄では無かった事が、これで確定した訳であるから自然な事だっただろう。余りに困難な状況に投入された彼ら横鎮近衛艦隊は、その脅威的努力と献身で以て強大な敵を相手に綱渡り的に五分に渡り合い、敵旗艦を討ち取ると言う戦果まで上げて見せた。

これだけの事を果たして見せた彼らの努力が報われたのだ。直人をして、喜びを抑えきれなかったのは仕方のない事だっただろう。

 

 艦娘艦隊勝利の知らせは、その日の内に横鎮近衛艦隊全体に知れ渡る事となり、彼らの司令官と喜びを分かち合う艦娘達も大勢いた。その当人はと言うと取り乱していたのはほんの数秒程の事で後はいつも通り落ち着き払いながらも、言葉の端々から喜ぶ彼の気持ちが溢れていたのだと言う。

追って大本営からリンガ艦隊の帰還日時が通報されてくると、彼らは残り短い期間、任務に勤しんだ。思えば3週間以上もの期間、彼らはサイパン島を留守にしている訳で、恋しい我が家に帰れると思えば、自然と任務にも熱がこもると言うものだった。

 だがその一方で大本営としては、これ以上サイパンを空にしては置けない事情も発生していた。サイパンを出入りする艦娘が長期間減っている事で、図に乗ったウェーク島の敵艦隊がにわかに騒がしくなり始めたのである。

これ以上サイパン島を空にする事は敵艦隊の中部太平洋における跳梁、特に船舶に対する損失の増大に帰結しかねない為、大本営は急ぎこの戦力の空白を埋める必要があった。サイパン周辺部に関してはグァム・テニアンの講和派深海棲艦隊の存在もあり安全は担保されているが、船団航路に関してはそうではない。航路変更にも自ずと限界はあり、護衛戦力の欠如は可及的速やかに埋めなければならなかったのだ。

「―――だがまぁ、我々の独断で帰る訳にも行くまい。北村海将補に指示を仰がねばならん。無論、戻ってきた後にだ。他の派遣部隊は早々に引き上げるだろうが、俺達はそうもいかん。なんたって、リンガ艦娘艦隊がどうなるか、そこが分からんのだからな。」

その情勢を遠くから見ていた直人の見解はそんな所であった。彼もこんな大事な局面にサイパンに居ないどころか、決戦にも参加出来ずにこんな遠隔地に送り込まれているのは思う所こそあれ、彼の役目であれば致し方ないと言うのが彼の立場でもあった。

「あと1週間はここに居る事になりますか。」

大淀が直人にそう言うと直人も

「そうだな・・・そうなるだろう。戻ってくるまでにあと6日かかるという事だし、引き継ぎと撤収準備も考えればそんな所だ。」

と答えた。艦隊を包む空気は幾分改善していたが、メンタルケアで直人に掛かる重圧はかなりのものがあり、伊良湖も給糧艦の役割として支えてはいたものの、全体をカバーするにはやはり足りないと言うのが現実でもあった。それを思えば、早くサイパンに艦隊を帰してゆっくりさせたい所ではあったが、そこはやはり哨戒網の消失を防ぐ為に駐留している彼らの事情を考えると、そうもいかないのだった。

「しかし、あと1週間ですね。がんばりましょう。」

 

「あぁ、そうだな。頑張ろう。」

大淀に励まされて直人もそう答えたのだった。

 

 

 横鎮近衛艦隊はその後、指定区域の哨戒任務を無事完遂して1週間が経過、北村海将補に事後の業務を引き継ぐと、重巡鈴谷に展開した全てのものを撤収してペナン島を出港した。目的地は無論、サイパンである。

意識が回復した重巡ザラは経過も良好であり、撤収の際に第1護衛隊に移送され、任務を終えてそれぞれの基地に帰還する各護衛隊と共に一路日本本土に向かう事になった。マラッカ海峡を南下し南シナ海へ入った鈴谷の各所は激戦の跡が依然生々しく残り、サイパンに戻り次第一度ドック入りしなければならない事は明らかであった。

重巡鈴谷は対潜警戒を厳にしつつサイパンへの航路を進み、途中北上していく鎮圧部隊の艦列を望み見つつ、フィリピンのサンベルナルディノ海峡を通過、太平洋に無事に出ると、その後も何事もなくサイパンに帰着したのが3月12日の事であった。

 

 この間に本土での戦闘は概ね終息し、幌筵泊地の包囲は解かれ、基地は犠牲こそ多かったものの辛うじて島を守り通したのであった。北海道攻略を企図した敵の揚陸船団も警戒中の索敵機に引っかかった事で阻止され、更に敵の敗残部隊は本土基地の部隊による徹底的な掃討に遭ってかなりの数が討ち取られ、結局30万を超える深海棲艦隊は10分の1以下になって潰滅した。

日本列島攻撃作戦としては空前絶後となったこの侵攻計画は、多数の努力が実を結ぶ形で人類軍の勝利で幕を下ろし、その影響はこの後暫くベーリング海棲地の大幅な戦力低下と言う形で表出する事になって行くのである。

「さぁ、今日は久々にサイパンの空気が吸えるぞ!」

およそ5週間ぶりの本拠地を前に、彼は大淀と明石に向けてそう言ったのだと言う―――。

 

 

~次回予告~

 

 歓呼すべし! 深海棲艦隊の一大攻勢は失敗に終わった!

それによって被った打撃は、敵手にとって嫌が応にも戦力の再配置を余儀なくさせた。

これを受けて大本営は、眼前に打ち込まれた最後の(くびき)を除く事を決意する。

横鎮近衛艦隊は出撃する。

彼らにとっての決戦は、遅ればせながら今、開始される!

 

次回、横鎮近衛艦隊奮戦録第4部7章、『轟く砲声―敵の牙城を討て!―』

 

艦娘達の歴史が、また1ページ・・・

*1
ここでこの事の経緯を差し挟むと文章が長くなる為注釈とするが、元々ASEANは米ソ冷戦時代にアメリカの後押しで反共の立場を取っていた東南アジアの民主国家によって成立し、その後反共から地域協力に方針を転換しながら加盟国を増やし発展した、経済協力等を目的とした政府間組織であったものであり、軍事同盟ではないが、軍事を含む様々な分野での地域的統合を目指していた。しかしここで言う軍事的統合とは協力体制の整備のみで明確な枠組みを有したものではなかった。

 しかし2045年の深海大戦勃発により、ASEANを取り巻く情勢も急転する事となってしまう。即ち、物量戦で各国を圧した深海棲艦隊に対して、国家単位では少ない軍事力しか持ち合わせていない上に、近い将来侵攻を受ける事が確実であったASEAN諸国が、軍事面でもこれまでの臨機的な連携体制から、統一的協調へのシフトを必要としたのだ。

 この急激な国際情勢の変転に対応すべく、ASEAN加盟国は大戦勃発から3年の時間をかけて水面下で調整を行い、2048年2月に緊急首脳会議を開催、この席上で至った合意である、『ASEAN加盟国による軍事協力に関するクアラルンプール宣言』を発表する事となる。その要諦は、ASEAN加盟国軍により構成されるASEAN版NATO軍とも言える組織、『東南アジア諸国連合軍(S E A N A F)』(通称「ASEAN連合軍」「ASEAN軍」など)を成立させると言うものであり、綿密な根回しと下準備により1か月以内に臨戦体制を整えた彼らは、その年の中頃から始まった深海棲艦の東南アジア侵攻に対抗する事となった。

 しかしASEAN諸国の中で唯一内陸国であるラオスを除く、9か国が海軍を有していたが、最も大きな規模を誇るインドネシア海軍とタイ海軍は共に小艦艇が多数を占めていた様に沿岸防衛海軍としての性格が色濃く、それはそれ以外の7か国も同様だった上に練度も戦術もまちまちであった。

その結果、インド洋方面からの侵攻の際に生じたスマトラ沖海戦や、太平洋方面からの流入を防ぐ為に戦われた2049年スラバヤ沖海戦、インドネシア・シンガポール両海軍が死闘の末壊滅したシンガポール沖海戦など数度の海上決戦と敗北の後に、SEANAF単独の洋上での抵抗は断念され、爾後の戦闘は地上戦で戦う方針を固めてこの劇中冒頭に至る。

 その後日本とASEAN相互の要請により駐留を開始した日本自衛軍および艦娘艦隊の活躍によって、2053年に東南アジア一帯の制海権が回復されると、SEANAFは日本軍や在日米軍、及び当初は自国防衛が関の山だった中国海軍等と協力する形で海軍の活動を再開、2055年初頭の時点でシンガポールを除く失った国土の全てを奪還し、引き続き他国軍との協力を継続している。

*2
日本海軍の艦砲射撃手順の一つで、測距儀や射撃盤などで導出した諸元に、その日の気候条件を加えて計算する手順の事。射撃盤は機械式計算機であるが、当日修正の計算は手動、つまり人の手と頭脳によって行われる。



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