雪風の青髪少女 (【時己之千龍】龍時)
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第1章 異界の学院
第01話 召喚


――魔法学院・広場

 

 進級試験。それは進級の際使い魔の召喚をする試験だ。

 

 その進級試験が最も重要視される理由として、『その使い魔の属性により今後の取得する属性を絞る』ということだ。そのため皆が慎重に儀式を進めている。がしかし一人……青髪の少女は違った。その少女の名は『タバサ』といい、偽名である。

 

 そのタバサは儀式に不安を持っていた。その不安は『偽名で使い魔が召喚出来るだろうか?』ということ。彼女は頁をめくり、顔には出さず無表情でいるが、ずっと始まる数日前からそのことを気にしていた。

 

 彼女の成績は先生からも評価しており、凄い使い魔を召喚するだろうと周囲の生徒からも思われている。

 

「ミス・タバサ」

 

 この進級試験を担当している先生……ミスタ・コルベールが彼女を呼ぶ。

 

「ほらタバサ、アナタの番が来たわよ」

 

 友人のキュルケにも促され、タバサは本を閉じて杖を握る。

 

「行ってくる」

 

 タバサは一言、それだけを言い残して先生の方へ行った。

 

「では、やってみたまえ」

 

 先生の言葉に頷き、タバサは小さく深呼吸をついてから自分の身長近くある杖を前に掲げた。

 

「我が名はタバサ。五つの力を司るペンタゴン。我が運命に従えし使い魔を召喚せよ」

 

 教科書通りの呪文を唱えながら杖を振るう。すると目の前が輝いた。

 

「(成功……?)」

 

 タバサがそう思いながら目を細めて見てみると、輝きは段々と小さくなり、何も無かった目の前に青と白の龍が現れた。タバサの二つ名、『雪風』に相応しい青い龍だった。

 

「凄いじゃない!風龍を召喚するなんて!」

 

 キュルケがタバサの後ろから抱きつく。しかしタバサは自分の召喚した龍を見て、風龍ではないとすぐに気づいた。それから視線が龍からその足元に移った時、キュルケの顔が変わり、周りにいた生徒達も異変に気づいて顔を変えていった。気づいたタバサは龍の足元を見ながら呟いた。

 

「平民……?」

 

 何故自分の使い魔の足元に平民がいるのか……いや、考えていくと『彼も使い魔として召喚してしまった

のだろう』と思った。

 

「コルベール先生」

 

 どうすればいいかわからないタバサは平民から視線を変えずに先生を呼ぶ。

 

「この場合…どうすれば?」

 

 人垣を掻き分け、コルベール先生がタバサに近づく。コルベール先生もその例外に「そうですねぇ……」と悩ませる。

 

「例外ではありますが……この神聖な儀式ですので続けましょう。その龍とそこで倒れている青年も、間違いなく召喚されていましたのできちんと契約を交わしてください」

「わかりました」

 

 風龍と契約を交わした後、倒れている青年にタバサは近づく。

 

「ん……これは……血?」

 

 変わった服の生地が黒だったため触れるまで気づけなかったが、生地に触れた手に赤い血が滲んでいた。そして青年を契約を交わしやすいように半身を起こしたときに、彼の背影にまだ小さいが確かに血溜りが出来ていた。それらから彼の出血はかなり出ているのがわかる。

 

 タバサは儀式をすぐに終わらせて、止血して治療に入らないと死んでしまうと思い、呪文を唱えた。

 

「我が名はタバサ。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我が使い魔となせ」

 

 契約のキスが交わされ、青年の左手の甲が籠手越しに輝く。

 

「先生、契約は終わりました。でも、彼が怪我をしているので保健室に」

「すぐに行きなさい」

 

 タバサは先生に許可を得て、すぐに彼へ浮遊魔法をかけて保健室に連れて行った。

 

 

 

 

 タバサは使い魔となった彼の変わった羽織や服を脱がして気づいた。

 

「これはどういう……こと?」

 

 服や羽織(ハオリ)から血が滲むほどの怪我をしていたはずだったのだが、彼の傷はほとんどが傷跡にまで癒えていたのだ。普通の人間なら傷跡になる頃まで放置していれば血は確実に黒に近い色で硬くなるが、彼の血は出血したばかりの鮮血だった。

 

 疑問を頭に浮かばせながら棚から下ろしていた包帯の入った籠を魔法で元の位置に戻し、タバサは濡らした手ぬぐいで彼の血汚れた身体を拭いていく。

 

「これでよし」

 

 片づけと洗濯を通りすがりのメイドに頼み、タバサは再び彼に浮遊魔法を掛けて自室に向かう。

 

 

 

 

 自室に戻ったタバサは彼を自分の寝台に寝かせ、椅子で本を読み始める。しかし読書に集中できなかった。彼の異常なほどの回復力がとても気になった。もしかしたら人間に似ているだけで別の生き物かもしれない。でもそれは彼が目覚めないと分からないことだ。

 

「……ん、ここは……?」

 

 彼が目を覚ましたのに気づいたタバサは、読んでいた本を閉じてテーブルに置き、彼に近づく。

 

「私はタバサ。貴方は?」

「…俺は灼煉院(シャクレンイン)龍燕(シエン)だ」

「しゃくれんいんしえん?」

龍燕(シエン)が名だ」

 

 タバサは一瞬おかしな名前だと思ってしまった。しかし彼が着ていた物などからここより遠くに住んでいて、それで文化などが違うなら互いに常識の違いもありえると思った。さらに着ていた物に関してはかなりの上物な生地が使われていた。それで彼が地位の高い者かもしれないとも十分に考えられる。

 

「身体の方は大丈夫?」

「身体か?……なんとも無いが」

 

 そう、とタバサは頷く。

 

「うむ……俺の知る限り知らない建築方法だな。服装にしても知らない」

「ここはトリステイン魔法学院。そこで私は進級試験で使い魔召喚をしていた」

「使い魔召喚……つまり、それで俺が召喚された……と?」

「そう」

 

 龍燕(シエン)は半身を起こして腕を組み始める。

 

「魔法学院というのもいまいちよくはわからないが、進級試験で召喚ということは送り戻すことは想定していないかな?」

「……そう、ごめんなさい。私は……」

「その召喚というのは指定は出来なかったんだろう?でなければこういったことは起こらないはずだ」

 

 そう言うと龍燕(シエン)は立ち上がる。

 

「なら選択肢は少ないな。国に戻れるまでの間、世話になる」

 

 それから龍燕(シエン)はテーブルに置いていた自身の籠手に手を伸ばし、身に着けた。

 

「結構汚れたな。清めの炎」

 

 龍燕(シエン)の手から溢れ出た炎が籠手(コテ)を包み、血汚れが消えた。

 

「それは何?」

眞炎流(マエンリュウ)の基本技。眞炎流(マエンリュウ)は俺の家系代々伝わる力だ。さて俺は使い魔なんだろう?使い魔は何をすればいいんだ?」

「う、うん」

 

 かなりすんなりと話が進んでいることにタバサは驚いた。それでも使い魔になってくれるようで同時に安心もした。

 

「使い魔としての仕事は三つある。一つ目は、使い魔は主人の目ととなり、耳となる能力を与えられる」

「目となり、耳となる……見えるか?」

「見えない」

「そうか」

 

 見えたら凄いなと龍燕(シエン)は思った。

 

「二つ目は主人の望むものを見つけてくる事」

「望むものを、か。それはたとえば?」

「……心の病を治す秘薬……いや、なんでもない」

 

 本当に望むものをタバサは言ってしまい少し俯く。

 

「……三つ目は?」

「主人を護る事」

「それならできる。使い魔になったからには護り通す」

 

 龍燕(シエン)の言葉にタバサは首を傾げそうになる。彼は不思議な力を持っていた。しかしそれが戦いなどでも使えるのかだ。 

 

「そう」

 

 タバサは立ち上がり、テーブルにかけていた杖を手に持つ。

 

「夕食をとりに行く、ついてきて」

「わかった」

 

 龍燕(シエン)はタバサの後を追った。

 

 

 

 

 



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第02話 ルイズの魔法

SIDE 灼煉院(シャクレンイン) 龍燕(シエン)

 

 俺は夜明け前に目を覚ました。ふと、隣で寝ていたタバサを見てやると可愛らしく寝息を立てている。一緒に寝ていた理由は、使い魔として左手に刻まれた印がタバサが本で出てくるイーヴァルディ……勇者らしく気に入られ、俺は壁に背を預けて床で寝ると言ったが「一緒に寝る」と強く言われたため一緒に寝ていた。

 

 タバサを起こさないようにそっと起き、朝の鍛錬をしに外に出た。朝の鍛錬は元いた世界では日課のようなものでこちらに来てしまっても変わりなく続けるつもりだ。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 朝の鍛錬を終えた龍燕(シエン)はタバサの部屋に戻った。

 

「ただい、たばさ?」

 

 扉を開けた龍燕(シエン)は、タバサが寝台の上で泣いているのを見て驚いた。龍燕(シエン)に気づいたタバサは途端に龍燕(シエン)へ飛びついた。

 

「良かった、夢…じゃ、なかっ…た」

 

 その途切れ途切れの言葉から龍燕(シエン)はそうだったのかとタバサに謝った。

 

「ううん。それより何処に行っていたの?」

「日課の、朝の鍛錬に行っていた」

「そう…。今度からは一言言ってね」

「ああ」

「無理に起こしてもいいから」

「それはさすがに…迷惑を掛けるから」

「大丈夫だから」

 

 そう言うとタバサは制服に手を伸ばした。

 

「あ、着替えか?なら俺は廊下に出て「出なくていい」いやでも「問題ない」…」

 

 廊下に出ようとした龍燕(シエン)をタバサは止めた。そして妥協点としてタバサが着替えている時も一緒にいる。その代わり龍燕(シエン)はその間後ろを向いているということで納得してくれた。

 

 食堂に向かう途中、龍燕(シエン)はタバサにお願いをした。

 

「タバサ、ご飯は別に食べないか?」

「えっ?」

 

 タバサは振り返り、うっすらとだが泣き出しそうになっていた。

 

「あ、いや…昨日の夕飯を食べている時に周りからの視線がかなり気になってな」

「…そう。わかった、シエンの分は使い魔用の賄い飯をお願いしておく。厨房裏から訪ねてみて」

「わかった」

 

 タバサはかなりガッカリとした感じだったが、龍燕(シエン)も人に嫌な目でこそこそ悪口を言われながらだと食が進まないから聞いてくれてよかったと思った。

 

 龍燕(シエン)はタバサから言われた厨房裏に行ってみた。

 

「ここがそうかな」

 

 建物の造りからここかなというところを見つけ、ちょうどそこから出てきた黒髪の少女に尋ねてみる。

 

「すまないが、ここが厨房裏であっているか?」

「はいそうですが?…あ、ミス・タバサの使い魔ですね。厨房でも噂になっていましたよ」

「噂か」

「はい。今回の召喚の儀式で初めて人間が召喚されたって。しかも二人も」

 

 少女の話す話に龍燕(シエン)は二人?と復唱してしまった。自分以外にも召喚されてしまったのがいたんだなと龍燕(シエン)は思った。

 

「ええ。まだお会いしたことないみたいですね。私ももう一人の方はまだですが。あ、朝食でしたね?どうぞ中に入ってください。すぐに用意しますから」

 

 龍燕(シエン)は厨房に入り、そこにあった椅子に座った。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 少女は龍燕(シエン)の前に白い汁とサラダ、それからパンを三つ置いた。龍燕(シエン)は初めて見る白い汁から掬いで食べてみた。

 

「おお、これはうまいな。なんていう料理なんだ?」

「シチュウですよ。初めて食べるんですか?」

「ああ初めてだ。俺のいたところと食文化が違うみたいだな」

「そうなんですか」

 

 それから龍燕(シエン)はサラダを食べる。一口口に運んだところで少女はあっと声を漏らした。

 

「苦いでしょう?その葉はハシバミ草と言って飾りに使われているんです」

「飾り?俺的にはうまいと思うんだがな。タバサも昨日の夕食でよく食べていた」

「そうなんですか」

 

 少女は不思議そうだった。少女はおそらくこの葉は好きではなく、周りでも残す人ばかりだったのかもしれない。

 

「そういえば、お互い名乗っていなかったな。俺は龍燕(シエン)だ。灼煉院(シャクレンイン)龍燕(シエン)

「私はシエスタです」

 

 お互いに名乗り、龍燕(シエン)はお代わりをしながら食べていく。話によれは、このシチュウとかはあまるとすぐに捨ててしまうそうだ。龍燕(シエン)はもったいないなと思いながら完食していった。

 

「ごちそうさま。そうだ、今度俺のいた国の料理を振舞おう。こんな美味いものをくれたお礼にな」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 

 龍燕(シエン)は残り物というシチュウをたくさん食べ、珍しかったパンを二つ貰っていった。

 

 

 

 

 

----- 中庭

 

 龍燕(シエン)は噴水前に腰を掛け、パンをかじりながらタバサを待っていた。

 

 すると食堂から黒髪の少年が物足りなそうに出て来た。

 

「どうした?」

「それがルイズにご飯を少ししか貰えなくて……貴方、は?」

 

 少年は不意の声に答え、龍燕(シエン)を見て顔を変えた。

 

「その黒髪に黒い瞳…日本人ですか!」

「いや、羅暁人(ラギョウジン)だ」

「そうですか…」

 

 少年はがっかりしたように肩をガクッと落とした。

 

「君も召喚されたのか?」

「貴方も?」

「ああ、任務中の事故でな。気づいたらここだ」

「そうですか。僕だけかと思ってましたよ。あ、僕は平賀(ヒラガ)才人(サイト)っていいます」

「発音は俺の国と同じだな。俺の名は灼煉院(シャクレンイン)龍燕(シエン)だ」

 

 才人(サイト)も名を聞いて驚いていた。

 

「もしかして漢字とかってあります?」

 

 龍燕(シエン)は頷いて、空間モニターに自分の名を表示した。

 

「漢字だ!いやそれよりこれスゲェ!!」

 

 才人(サイト)は空間モニターに凄く驚いていた。

 

才人(サイト)の国にはないのか?」

「実現はしてないよ!漫画とかアニメとか…物語の世界だけだ」

「物語の世界か」

 

 龍燕(シエン)は呟くと才人(サイト)の腹が鳴った。

 

「腹が減っているようだな。これを分けよう」

 

 龍燕(シエン)はもう一つのパンを才人(サイト)にあげた。

 

「いいんですか?有難うございます」

 

 才人(サイト)は嬉しそうに食べはじめた。

 

「しかし酷いな、君の主は。ルイズと言っていたか」

「掃除やら洗濯やら全部使い魔だからって押し付けて来るんだ。抵抗すると体罰とかしてくるし、大変なんだよ」

「体罰?それは酷いな」

「ちょっと!そこのあんた!」

 

 話しをしていると桃色髪の少女が出て来た。才人(サイト)は声だけで振るえていた。

 

「あんた、人の使い魔に勝手に餌付けしないで頂戴!」

「餌付けだと?」

 

 龍燕(シエン)は立ち上がった。

 

「餌とはどういう事だ?使い魔であっても人だぞ、人間だ!」

「なにあんた?平民の分際で貴族の私に盾突く気?」

「地位など関係ない。人を奴隷のように言っている事を言っているんだ」

「はぁ?なに言ってんの?何処の馬鹿よ。自分の使い魔なんだから別にいいじゃない」

「お前は…ここに住む者達は平等と言うことを知らないんだな」

 

 龍燕(シエン)は殺気をたて、言った。

 

「ここの者等は自分より下と思った相手を何とも思わないんだな」

「あんた……私に喧嘩売ってんの?」

 

 ルイズは杖を取り出した。

 

「そんな物で俺をどうする気だ?」

「貴族を怒らせたらどうなるか思い知らせる!」

 

 ルイズは呪文を唱え始めた。

 

才人(サイト)、俺の隣に立て」

「え?」

 

 才人(サイト)龍燕(シエン)の隣に立った。同時にルイズは呪文詠唱を終え、杖を振り落とす。龍燕(シエン)のいたところは爆発が起こり、砂埃が立った。

 

「どう、思い知った?」

「そんなもの俺には効かない」

「え?」

 

 ルイズは声の聞こえた方を振り返った。

 

「なんであんたが私の後ろに立ってんのよ!?」

 

 ルイズは驚愕し、声をあげた。

 

瞬動(シュンドウ)で移動したからだ。それとお前の魔法は他とは違うな」

「?どういう意味よ!爆発するから?」

「その様子だと『意図的に』ではないのか」

「そんなわけないでしょ!!」

 

 龍燕(シエン)は少し思考し、言う。

 

「お前はその爆発以外は使ったことないのか?」

「…そうよ」

 

 ルイズは腕を組み、目を逸らして答えた。

 

「お前の魔法は魔法として完成し、発動させるときに何かに掻き消され、形を失った力が辺りに散り、爆発を起こしている」

「え?」

 

 ルイズはその言葉に驚いて振り返った。

 

「それってどういう事?」

「俺の目にはそう見えた。何に掻き消されているのかは調べないとわからないがな」

「……それって本当?」

 

 ルイズは疑うような顔をして言った。

 

「嘘は言わない」

「…その『何か』はどうにかなるの?」

「『何か』を調べないとわからないが直せないなら封じる物を作ればいい」

「出来るの?」

 

 ルイズは真剣な目で龍燕(シエン)に言った。

 

「出来ない事もないが約束してほしい」

「何を?」

 

 龍燕(シエン)は真剣な顔で言った。

 

「人を奴隷のように扱うのをやめろ」

「…わかったわ」

 

 龍燕(シエン)は約束を交わした後タバサと合流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第03話 授業

 龍燕(シエン)はタバサに頼み、授業の風景を観ることにした。理由は簡単で、何もすることがないからだ。

 

 しかし、この授業の先生を務めていた人は『教師』にしては少しズレていた。

 

「──つまり、四大系統の中で一番強いのは『風』の系統。理由はどんな魔法でも吹き飛ばす事が出来るからである」

 

 先生は何故か自分の系統を自慢げに話しているのか?何故風の系統を一番強いと言い切れるのか?理由もおかしい。どんなものでも相性があるから、一番強いと言うのは納得がいかない。

 

 国にいた頃自分も人に教える仕事もやっていた龍燕(シエン)は疑問を感じ、タバサに言うと「あの先生は元々ズレてる」と言い返された。『元々ズレている』と言っても納得が行かず、授業を終えた後その先生を追った。

 

「何かね?ああ、君はミス・タバサの」

「先程の授業を見せてもらいました」

「そうか。でも平民の君には難しいかっただろう?何か知りたい事があるのかね?」

「先程の授業で腑に落ちないところがあったのでいいにきました」

 

 すると先生の顔が一変した。

 

「腑に落ちないところ?」

「授業中にキュルケの炎を掻き消していたが、使い方次第でその『風』を『炎』で防ぐ事が出来る」

「魔法も使えん平民が何を言っているんだ?」

「確かに俺はここの魔法は使えないが『炎を操る能力』はある」

「何かねそれは?」

 

 疑うような顔で龍燕(シエン)を見た。

 

眞炎流(マエンリュウ)炎流技(エンリュウギ)炎弾(エンダン)』」

「平民が魔法を?」

「魔法とは違うが。先生自慢の風で攻撃してみるといい、俺はそれを防ぎ、風が一番とか何が一番とか、そういう頂点系なものが消える」

 

 先生は嘲笑した。

 

「それは本気で言っているのかね?」

「出来ないんですか?」

「ぐっ…いいだろう」

 

 先生は呪文を唱え、杖を振るった。

 

「エア・ハンマー!」

眞炎流(マエンリュウ)術式装填技(ジュツシキソウテンギ)轟腕拳正(ゴウワンケンセイ)』」

 

 龍燕(シエン)はエア・ハンマーを炎弾(エンダン)を纏わせた手の甲を叩き込み、相殺させた。

 

「なんだ今のは?」

「次だ。それくらいの魔法なら能力は必要ない」

「なんだと!」

 

 さらに杖を振り、エア・ハンマーを飛ばした。

 

眞炎流(マエンリュウ)格闘術(カクトウジュツ)破顔(ハガン)掌破(ショウハ)』」

 

 龍燕(シエン)格闘術(カクトウジュツ)で先生の魔法を砕いた。

 

「そんな馬鹿な」

「先生の魔法は中身が空だからだめなんだ。精神力をもっと上手く使って行けば強くなる。魔法も能力も使い方次第で強さが変わる。例えば『火』が『水』に勝つこともやり方次第で可能のようにな」

「蒸発……か。どうやら私は間違っていたようだ」

 

 先生はフッと笑った。

 

「私は……自分の魔法を過信し過ぎていたようだ。他に私に言うことはないかね?」

「他はない」

「そうか」

 

 先生は背を向き、歩き始めた。龍燕(シエン)もタバサのところへ戻った。

 

 

 

 

 次の授業の先生はごく普通の先生のようだった。がしかし、授業の途中生徒の皆は机の下に隠れた。

 

「シエンも早く」

 

 タバサが龍燕(シエン)を呼んだ。

 

「タバサ、隠れないでいい」

「え?」

「ルイズ」

 

 教卓の前に移動しようとするルイズを龍燕(シエン)は引き止める。

 

「何よ!あんたも私に「杖を持った手を出せ」?」

 

 龍燕(シエン)は束ねた紐をルイズの手首に付けた。

 

「なにこれ?」

「お守りだ。急いで作ったから何度もは使えない」

 

 ルイズは「もしかしてあの時の?」と思い出したように頷いた。

 

「有難う」

 

 ルイズは先生の前に立った。

 

「ではミス・ヴァリエール。始めて下さい」

 

 龍燕(シエン)は元の席に戻り、その様子を観る。隣に座るタバサは疑問に思い、龍燕(シエン)に聞く。

 

「何を付けたの?」

「お守りさ」

「お守り?」

 

 タバサは?を浮かべた。

 

 ルイズは錬金の呪文を唱えた。周りにいる龍燕(シエン)とタバサ以外は机の下に隠れていた。

 

 呪文詠唱を終え、ルイズは石に杖を振り落とした。同時に石は変わった。

 

「良く出来ましたね」

 

 先生はニコッと笑い、ルイズに言った。

 

「え…私、出来たの?」

 

 ルイズは机の上に乗る石を見た。

 

硝子(ガラス)じゃない…真鍮(シンチュウ)?」

真鍮(シンチュウ)ですね。席に戻っていいですよ」

「はい!」

 

 机の下に隠れていた生徒達は顔を出した。

 

「どうやら爆発は起きなかったようだね。不発だったのかな?」

 

 誰かが言うと他が叫んだ。

 

「おい見ろ!ゼロのルイズが石を真鍮(シンチュウ)に変えたぞ?!」

「何だって?」

 

 教室内はざわつき始めた。

 

「皆さん!授業中ですよ?次に関係ない事を言った人は『口』に土を詰めますよ」

 

 先生の言葉に生徒は黙り込んだ。

 

「質問があります」

「何ですか?」

 

 龍燕(シエン)は声を出した。

 

「その錬金は真鍮(シンチュウ)硝子(ガラス)ではなく、(キン)に変える事の出来るのはここの言葉でなんて言うんですか?」

「スクウェアクラスです」

「そうか。そのくらいか」

「?そのくらい、とは?」

 

 先生が聞いてきたため、龍燕(シエン)は後ろに(レン)を出した。

 

(レン)なら簡単だな」

「簡単?」

(レン)、あの先生の前にある真鍮(シンチュウ)(キン)に変えてくれ」

「わかった」

 

 (レン)は石の前に立ち、手を翳した。

 

「すみませんが…こんな小さい子ができるはず「変わって」え?」

 

 (レン)が言うと石は一瞬紅に輝き、光りが収まると(キン)に輝く塊が置いてあった。

 

「まさか…」

 

 そんな筈はと先生は思いながらも、その塊をじっと見て驚きの声を上げた。

 

「…そんな、本物だわ」

 

 先生は驚きの表情をすると同時に教室内はおおーと声が上がった。

 

(レン)、最後に石に変えてくれ」

 

 (レン)は頷いてまた手を(カザ)す。

 

「変わって」

 

 紅の光りを放ち、すぐに石に変わった。

 

「まさかこんな小さい子が、錬金を……やすやすと出来るなんて…」

 

 (レン)は一礼をして龍燕(シエン)のところへ戻った。

 

「休んでていいぞ」

 

 (レン)は頷いた。

 

 

 

 

 昼食より少し前、龍燕(シエン)才人(サイト)を捜していた。

 

「この辺りか…ん」

 

 少し広い中庭で人盛りがあった。

 

 龍燕(シエン)はそこに行くと才人(サイト)がいた。

 

才人(サイト)、なにかあったのか?」

「ギーシュっていう貴族の奴がシエスタを突き飛ばした挙げ句に、落とした物を拾ったら激怒したんだ!」

「それは酷いな。それでそのギーシュというふざけた者は何処にいるんだ?」

 

 龍燕(シエン)は辺りを見渡した。すると周りにいた一人が近づき、案内してくれた。

 

 

 

 

 



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第04話 決闘

──ヴェストリ広場

 

「諸君、決闘だ」

 

 周りには観戦に来た生徒達が囲んでいた。

 

「あれがギーシュか」

「ああ」

 

 龍燕(シエン)は才人を見た。

 

「武器はないのか?」

「無いけど」

「奴は貴族だ。魔法を使って来るだろう。そうなれば太刀打ち出来なくなるが」

「でも…気に入らない。この世界の貴族とかメイジとか…」

 

 龍燕(シエン)は少し考える。

「何だね君は?君も参戦するかね?まぁ二人でかかって来てもいいよ、万に一つと僕が負けるはず無いからね」

 

 ギーシュは余裕の表情で言い放った。

 

「随分と余裕な事を言うな」

龍燕(シエン)さんは下がっいてもいいですよ」

「いや、シエスタが酷い目似合ったとなれば俺は引かん」

 

 龍燕(シエン)はニヤッと笑った。才人も笑って返した。

 

「さぁ、準備はいいかね?」

「ギーシュ、お前は貴族と言って『魔法』を使うだろう」

「フン、何を当たり前な事を」

「決闘なら平等に。こちらは『刀剣』の使用を認めて貰おうか」

 

 龍燕(シエン)の言葉にギーシュは嘲笑し始めた。

 

「刀剣?剣で僕に勝てると思っているのか?」

「そうだな……呪文を唱えるよりも早く振るえるからな」

 

 余裕に勝てると思っているギーシュへ、龍燕(シエン)が笑みを浮かべながら言う。

 

「なに?いいだろう…そこまで言うならもがき苦しめ!」

 

 ギーシュは造花の杖を振り、二体の戦乙女を出した。

 

 龍燕(シエン)は一振りの太刀、『皇鳴(コウメイ)』を出した。

 

「才人、この太刀を使え。普通の大太刀よりは軽めだから、才人でも扱えると思う」

龍燕(シエン)さんは?」

「あれくらい素手で十分だ」

 

 才人に太刀を手渡され、それを掴むと手の甲が輝いた。

 

「体が軽い…」

 

 一瞬その才人の異変に龍燕(シエン)は気づきいたが、それについては今は考えないことにした。

 

「行こうか」

「ああ」

 

 まず才人が動き、一体の戦乙女を両断した。続いて龍燕は向かって来た戦乙女の腹部を掌で触れる。

 

寸掌(スンショウ)

 

 精神力で瞬間的に強い衝撃を飛ばし、戦乙女は吹き飛んでギーシュの脇を通り過ぎた。

 

「え、あ…」

 

 ゆっくり振り返ったギーシュは、壁に減り込んだ戦乙女を見た。戦乙女は形状を留められず、徐々に崩れていき土と還った。

 

「自己紹介が遅れたな」

 

 ギーシュは振り返った。その顔は恐怖の色と変わっていた。

 

「俺は眞羅暁帝王国(シンラギョウ)、陸上総統本部特戦部所特務二課特務機動隊課長。灼煉院(シャクレンイン)龍燕(シエン)。二つ名を──」

 

 龍燕(シエン)の両手に真紅の炎に包まれた。

 

「──『灼装(シャクソウ)』の龍燕(シエン)だ」

 

 ギーシュは気圧され、一歩下がってしまう。

 

「君は平民じゃないのか?」

「俺は、『平民』とは一言も言ってないが?それに俺は、俺のいた国では貴族の上、帝王皇家だ」

「皇家?龍燕(シエン)ってまさか」

 

 才人が『皇家』に反応し始めた。

 

「王の子だったのか?」

「正しくは帝王の子だな」

 

 才人の言葉に訂正した龍燕(シエン)は、ギーシュの方に視線を戻す。

 

「どうする?まだ続けるか?」

「う…う、うわあぁぁ」

 

 ギーシュは造花の杖を振り、残りの戦乙女を出すが、龍燕(シエン)によってすぐに土へ戻される。

 

「終わりか?」

 

 龍燕(シエン)瞬動(シュンドウ)でギーシュの眼前に移動した。驚いたギーシュは尻餅を着く。

 

「決めろ。続けるか、終わりか。どっちだ?」

「お、終わりです!どうか命だけは!!」

 

 ギーシュは泣きながら言った。それを龍燕(シエン)はその姿を見て軽く笑った。

 

「何が『命だけは』だ」

「へ?」

「決闘は殺し合いとは違う。ギーシュ、負けを認めるか?」

「はい!」

 

 ギーシュは身体を震わせながら答えた。

 

「なら約束しろ」

「約束?」

「まず『シエスタへ謝罪』。次に貴族だからと『平民』を見下すな。わかったな」

「はいっ、わかりました!!」

 

 ギーシュは走って行った。

 

龍燕(シエン)さん!」

「才人、呼び捨てで構わん」

「え、でも…」

「歳もそんなに変わらないだろう?」

「はい」

 

 龍燕(シエン)と才人はギーシュに勝ち、ギーシュは負けた後すぐにシエスタのところへ薔薇の花束を持って謝罪しに行ったようだ。

 

 その後龍燕(シエン)と才人は学園長に呼ばれてた。

 

 

 

 

 

 龍燕(シエン)にはタバサが付き添い、才人にはルイズが付き添った。

 

「早速だがまず、ミス・ヴァリエールの使い魔…名は何と言ったかの?」

「平賀才人です」

「うむ。ミスタ・コルベール、簡単な説明を」

「はい」

 

 コルベールは話し始めた。

 

「サイト君の左手の甲に刻まれたルーンを調べましたところ、何と始祖ブリミルの使い魔、ガンダールヴであることが決闘の時にわかりました」

「始祖ブリミルの!」

 

 ルイズは大きな声をあげた。

 

「シャクレンインシエン君」

「はい」

 

 学園長は真面目な顔になった。

 

「決闘の時、王の子とか帝王の子とかを申していたが…それは本当か?」

「はい。しかし、証明できるのは…今は能力くらいしかありません」

 

 学園長は眉間に皺を寄せた。

 

「あれだけの力を見れば証明したと同じじゃ。それにお主は本気を全く出しておらんかっただろう?」

 

 他は皆驚いていた。

 

「シエン、それは本当?」

「ああ。百分の一も出してはいない」

「やはりな……。しかし、お主がそれだけ強いと王はさらに強いのだろう」

「そうなのか?」

 

 するとコルベールが口を開いた。

 

「君はどんな世界から来たのかね?」

「科学の進んだ世界…と言って間違えないな」

「科学が進んだ?例えば今何かありませんか」

「そうだな。(レン)(アカツキ)

 

 龍燕(シエン)籠手(コテ)から紅の炎が溢れ、人型を二人形成し、少女になった。

 

「おお、これが!」

 

 コルベールは(レン)(アカツキ)に目が釘付けになった。

 

「俺の武己の煉双暁。二人はその電子精霊(デンシセイレイ)だ」

「私は(アカツキ)っていいます。よろしく!」

(レン)といいます」

 

 コルベールはますます釘付けになる。

 

「どういう作りになっているんだ?何処をどうみても人と同じだ!凄い!!」

「あ、あと隊舎がありますが…」

 

 するとコルベールは顔をあげた。

 

「隊舎?」

「はい、この学園より広い隊舎があります」

「どこにあるのだね」

 

 コルベールは目を見開いて言った。

 

武己(ブキ)の中にあります。がここ数週間使っていなかったため調整したら招待します」

「是非招待したまえ!」

「ミスタ・コルベール?」

 

 学園長の声にコルベールはハッと正気に戻り、学園長は咳ばらいをして続ける。

 

「シエン君のルーンは、『イーヴァルディ』と言うそうじゃの?」

「はい」

「『イーヴァルディ』…よく物語に出て来る勇者じゃ。ミスタ・コルベールが調べたところ、『始祖ブリミルの隣で不可思議な炎の魔法を操り、一度(ヒトタビ)共に前に出ると始祖ブリミルの使い魔達を越える強さを誇った』そうじゃ」

 

 それからそれぞれの主、ルイズとタバサを見た。

 

「『ガンダールヴ』と『イーヴァルディ』…その『二人』が再びこの世に現れたのはなにか、運命的なものかも知れない」

 

 すると学園長はまた咳ばらいを始めた。

 

「よって、この事は王宮には報告はしない」

「なんですと?」

 

 学園長の言葉にコルベールが声をあげた。

 

「何故王宮に報告しないのですか?」

「馬鹿もん。そんなことをすれば引き渡せなどと言って大騒ぎになるじゃろう。よってこのことは『内密』とする。良いな?」

「わ、わかりました」

「はい」

 

 ルイズとタバサが答えた。

 

「サイト君とシエン君もそれで良いな?」

「はい」

「構いません」

 

 話しを終え解散すると、タバサと龍燕(シエン)は才人達と別れ部屋に戻った。

 

「シエン」

「なんだ」

「あの能力は魔法とどう違うの?」

「どう、か」

 

 龍燕(シエン)は思案し始めた。

 

「俺の…使う能力は……いうならば『その家系の者しか使うことのできない能力』だ」

「シエンの世界には魔法はあるの?」

「ああ、ある。が戦いで使う人は見たことは無い。回復薬を作って売ったりしてると聞いたな。あ、科学魔法とか言うのは以前少しだが見たな。試作品を貰ったが説明だけで使ったことはなかったが」

「どうして?」

 

 タバサは本から視線を移し、聞いた。

 

「その科学魔法というのは、私達貴族の使う魔法とどう違うなの?」

「確か…『使用者の精神力は使用しないこと』と。そして……『呪文の詠唱は基本ない』だったな」

 

 タバサは龍燕(シエン)の話しを興味津々に聞いていた。

 

 

 

 

 

 



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第05話 吸血鬼:前編 (改)

 決闘から数日後、タバサは任務に行ってしまった。任務からは三日で帰って来たがまた、新たな任務がタバサへ届いた。

 

「龍燕、帰ったばかりだけどまた行ってくる」

「タバサ」

「何?」

 

 任務に行こうとするタバサを龍燕は呼び止めた。

 

「何か悪い予感がするんだ。一緒に行かせてはもらえないか?」

「でも…」

「『使い魔は主を護る』と言ってたな?でも離れていたら護れない」

 

 タバサは少し思案の顔をしたが頷いた。

 

「わかった」

 

 龍燕はタバサの了承を得て、任務に同行することになった。

 

 

 

 

 

 宮殿に着くとタバサにシルフィードと待機しているように言われ、十分程中庭にいた。

 

 タバサが戻ると任務先へ向かった。その途中龍燕は任務の内容をタバサに聞いた。

 

「タバサ、任務の内容は何なんだ?」

「吸血鬼の討伐」

「吸血鬼?」

 

 龍燕は眉が動いた。

 

「タバサ…討伐って、吸血鬼を殺すのか?」

 

 タバサは無言で頷いた。

 

「村からの依頼。断る事は出来ない」

 

 頁をめくりながらタバサは言った。

 

 龍燕は氷李を思い出した。

 

 氷李は羅暁国にいる吸血鬼だ。氷李は初代目、龍鶴様に助けられ、護られた吸血鬼だ。

 

 氷李の話しだと、『吸血鬼は本来人間と関わる事のない生き物で人を襲い、血を吸う事から人とは共にいる事さえ出来ない』と言った。また吸血鬼は『常に孤独の中に住み、光りの無い闇の中で生きる』と言っていた。

 

 龍燕は初めて聞いた時とても辛く感じた。

 

 氷李は他にも言っていた。『闇から、孤独から出て来れれば、人と共に暮らす事が出来る』と。

 

「吸血鬼は常に闇の、孤独の中に住む」

「龍燕?」

 

 龍燕の呟きにタバサは本から視線が龍燕に移した。

 

「タバサ」

「何?」

 

 いつもと違う龍燕の雰囲気にタバサは思案の顔に変わった。

 

「タバサ」

 

 タバサは本を綴じて龍燕を見た。

 

「俺は…見ればすぐに気配で吸血鬼だとわかる」

「どうして?」

 

 不思議そうにタバサは聞く。

 

「国にいた時、俺の仲間の一人に氷李という吸血鬼がいたんだ。俺の家系でもその吸血鬼と仲のいいのは沢山いた」

「吸血鬼は人と一緒に暮らせないはず」

「いや、共存する事は出来るはずだ。俺がいた世界とその吸血鬼が同じかは、正直分からない。もしもの時は俺がやる」

 

 龍燕は言い切った。

 

「…わかった。龍燕を信じる」

 

 するとタバサはシルフィードに降りる様に言った。

 

 着地してすぐに龍燕はタバサに声を掛けた。

 

「タバサ、村はもっと先じゃないのか?」

 

 周りには森と川があり、今いるのはその間、短い丈の草の生えているところにいる。

 

「化けて」

 

 タバサはシルフィードに言う。シルフィードはそれに反発した。

 

「やなの!」

 

「やじゃない。化けて」

 

「ヴぅぅ…」

 

 タバサは無表情でシルフィを見て言い放つ。

 

「人間の身体は動き難いから嫌なのね!」

「肉抜き」

「ひっ酷いのね!?もう!後でいっぱいお肉頂戴よ!!」

 

 タバサはコクリと頷いた。

 

「我を纏いし風よ、我の姿を変えよ」

 

 シルフィは人の女性へ姿を変えた。龍燕はシルフィが裸なのに気づき、背を向けた。

 

「きゅい?何で背を向けるのね?」

「それは言えん。タバサ、姿を変えさせたと言うことは服を用意してるんだろう?」 

 

 タバサに問い掛けると頷きながら言った。

 

「ある」

 

 タバサは鞄から服を取り出した。

 

「いや!服はいや!!益々動きづらい!!ぜーったい着ない!!」

 

 そういうとタバサはプイッとそっぽを向いた。

 

「じゃ、肉は『無し』で」

 

 『無し』を強調させて言うタバサ。

 

「ヴっ…!ずるいのね~~~っ!!!」

 

 シルフィは仕方なく服を着た。

 

「服まで用意して~、最初からそのつもりだったのね!」

 

 タバサはシルフィの言葉を無視して、追加で自分のマントと杖を身につけさせた。

 

「タバサ、まさかシルフィを人の姿に変えさせたのは…」

「騎士役」

 

 タバサは呟く様に言った。

 

 タバサの作戦で

 

タバサ  騎士  →従者役Ⅰ

龍燕   使い魔Ⅰ→従者役Ⅱ

シルフィ 使い魔Ⅱ→騎士役

 

となった。

 

 

 

 

 

─サビエダ村

 

「おおーっ!よくぞいらっしゃいました!」

 

 村に入ると一人の男が手を振って迎えた。

 

「私は村長のアイザックと申します。このような所まで来て頂き、誠に感謝いたします」

 

 村長はにこやかに迎えた。

 

「私はガリア花壇騎士シルフィード。風の使い手なの!よろしくね」

 

 シルフィはニコッと笑って言った。

 

「はぁ……。シルフィード…?」

 

 場の空気が静まり返った。次第にシルフィは慌てた表情に変わり始める。

 

「ああ、そうか。世を忍ぶ仮のあだ名ですね!」

 

 村長は何か当てたように笑い始めた。

 

「へ?」

「花壇騎士ともなれば平民に名乗れるはずもない!いやあシルフィード、“風の妖精”とは趣味がいい!!」

「え?あ、まぁ……」

 

 シルフィは冷や汗を垂らしながら微笑む。タバサに助けを求めているようにも見えた。

 

「ここでは何ですし、我が家へ起こし下さい。従者の方、よろしければ荷物をお持ちします」

「結構です」

 

 タバサは即答した。

 

 案内をされる途中、龍燕は周りを妙に感じた。

 

「人が見えないのね。いないのかな」

 

 シルフィは周りを見ながら言った。

 

「いや、気配を感じる。シルフィ。窓からこちらを伺っている」

 

 シルフィはチラッと窓を見ると人影がササッと隠れた。

 

「いた、のね?」

「この気配…一人二人どころじゃない」

 

 龍燕の言葉にシルフィは震えた。

 

「…何か怖いのね」

 

 警戒しながら村長の後を追って歩いた。 微かにいる人の声。

 

「今度の騎士様は若い女だとさ」

「しかも子供を連れているのよ」

「こないだの騎士様は三日でお葬式…」

 

 そんな声が家の中から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 



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第06話 吸血鬼:中編 (改)

──村長の家

 

「では、詳しくお聞かせ下さい」

 

 客間に案内されたシルフィ達は村長と話しをしていた。

「最初の犠牲者は、わずか十二歳の少女です…。それから二ヶ月で九人。うち一人は王宮からいらした騎士様です。忌ま忌ましい吸血鬼は夜、何処からか家に忍び込む。血を吸われ干からびた姿を……朝、家族が発見するのです」

「「失礼─」」

 

 龍燕とタバサは同時に手を上げ、言葉が重なった。

 

「龍燕、どうぞ」

 

 タバサは手を下ろして龍燕に譲った。

 

「有り難う。村長は屍人鬼をご存知で?」

「ええ…村の皆も知っています。誰かが屍人鬼として手引きしていると、お互いに疑心暗鬼です……」

「でも確か屍人鬼には…」

 

 シルフィの発言中、扉が開いた。

 

「おじいちゃん…?」

 

 可愛らしい服を着た少女がいた。シルフィはその子を見て声をあげた。

 

「きゃあああ可愛い~~!!」

 

 すると驚いたのか少女は村長の後ろに隠れた。

 

「これこれ。エルザ、騎士様だよ。ご挨拶しなさい」

 

 エルザは小さく頷き、軽く礼儀正しく挨拶を始めた。

 

「…エ…エルザ…です」

 

 途端、シルフィは抑え切れなくなったのか、エルザに抱き着いた。

 

「なんて可愛いの~~~!!お人形さんみたい!食べちゃいたい~!!」

 

 エルザはビクッと身体を震わせ、固まってしまった。

 

「お戯れが過ぎます」

「あだだだだだ!!!」

 

 タバサはシルフィの耳をギリギリと摘み、エルザから引き離した。

 

「………」

 

 タバサがシルフィに耳打ちした。

 

「え、それは……」

 

 シルフィはゆっくりと村長の前に立ち上がった。

 

「屍人鬼には…吸血鬼に噛まれた跡があるの。村人の誰が屍人鬼かもわからない。調査の前にお二人の身体を調べさせて下さい」

 

 すると村長は顔を一変させた。

 

「儂は構いません。じゃが、エルザだけは堪忍してやってくれませんか?」

「堪忍してあげたいけどダメ。例外は許されないのね!」

 

 シルフィは手を人差し指を交差させて言った。

 

 黙っていた龍燕が喋り始めた。

 

「シルフィ様。少しお話が。タバサも」

「龍燕?」

「村長さん。すいませんがお話をしたいので別の部屋にいてもらえませんか?お話を終えたら呼びますので」

「あ、はい」

 

 村長はエルザを連れて出て行った。

 

「龍燕。何かわかったの?」

「意外と早く見付かった」

 

 二人は驚いた。

 

「誰なのね?」

「吸血鬼はエルザだ」

「屍人鬼はさっきの村長?」

「いや違う。普通の気配だ。多分正体に気づいていない」

 

 龍燕の説明にタバサは頷いた。

 

「シルフィ。タバサ。俺はスキがあれば話をしに言ってくる」

「一人じゃ危険なのね」

「わかった」

 

 タバサの了承にシルフィが驚いて振り返る。

 

「どうしてなのね?」

「シエンならきっと、どうにかできる」

 

 簡単な話しを終え、村長達に「検査はやめておく」とシルフィから伝え、村長は安直の息をついた。

 

 

 

 

 夕食になると村長は豪華な食事を持て成した。

 

「どうぞ、お食べ下さい」

 

 シルフィは大きな肉を手に取ってかぶりついた。

 

「生もいいけど焼いても美味しいの~!」

 

 シルフィのその発言に他の皆が驚く。気づいたシルフィは周りをみる。

 

「皆どうしたのね?」

 

 しかしそれに返事はなく、周りは静まり返ったようだった。

 

 シルフィはサラダに手を伸ばし、葉をフォークで刺し、口に運んだ。

 

「あむ、ん?うえい?!にっが~~い!!」

 

 シルフィは涙目になって給士に水を受け取り、すぐさま口へと運ぶ。

 

「この葉は苦いですけど、とても栄養が高くて……この村の特産物なんです」

 

 シルフィに言う給士だったが全く聞いていなかった。

 

「お代わり」

 

 タバサが空になったサラダ皿を持って給士に言った。

 

「俺にもお代わりを頼む」

 

 続いて龍燕も言うと給士は二人の皿を受け取り、台所へ行った。

 

「二人ともこんな苦いものよく食べれるのね?」

「好み」

「ああ、そうだな」

 

 そういうと給士は戻ってきて、それぞれの前にサラダを置いた。

 

「有り難う」

 

 再び二人はサラダを食べはじめた。

 

「私の分はおねぇ、…タバサにあげるのね」

 

 シルフィがそういうとタバサは頷いた。

 

 

 

 

 食事を終えると村長に部屋を借りた。しかし、部屋に入るとすぐにシルフィは寝てしまった。

 

「シルフィは言わなかったな。仕方ない」

 

 龍燕も少し休もうかと寝台に横になろうとした、その時だった。二階からエルザの悲鳴が響いた。

 

「エルザ!」

 

 龍燕はタバサと急いで二階に向った。龍燕の瞬間移動を使えば一瞬だが、従者という役で来ているため使わなかった。

 

 エルザの部屋を確認したタバサが言う。

 

「エルザ、いない」

「いや、廊下の奥の隅にいる」

 

 気配察知で龍燕は、廊下の奥で薄い布団で頭まで被ぶり震えていたエルザを見つけた。

 

「エルザ、何があったんだ?」

「男の人が窓から入って来たの。その男の人は…口から涎を垂らしていて、月の光りで光った牙が見えたの……。怖かった…怖かった」

 

 エルザは泣きながら龍燕に抱きついた。

 

「…そうか」

 

 それが嘘であることを龍燕はわかっていたが、口にはしなかった。

 

「村長。お話しが」

「は、はい」

 

 村長は慌てて返事をした。

 

「この村にいる女性、子供達をここに集めて下さい」

「どうしてですか?」

「守るところを一カ所に纏めれば守りやすくなります。また固まって少数にさえならなければ、屍人鬼も容易には近づけないでしょう。騎士シルフィードもそう思いますね?」

 

 龍燕は視線を村長からシルフィに移した。

 

「そ、そうなのね?」

 

 シルフィは突然言われたため言葉が疑問形になっていた。

 

「は、はぁ…わかりました」

 

 村長は急いで行った。

 

 龍燕は今だに震えているエルザの前に片膝をついた。

 

「皆で下に降りないか?」

 

 エリザは頷いた。

 

 

 

 

 

 次の日、村長の家には十人程幼い子から大人まで女性が集まった。

 

「数は……。これで全員なのか?」

「え、えと…他にもいるんですが…」

 

 村長は困ったような顔をする。

 

「まあ大丈夫だろう」

 

 エルザを中心に観察し、さらに気配察知を村全体に張っていれば、いるであろう屍人鬼を見つける事も出来るかもしれない。また屍人鬼自体気配を掴むことがなくても、村人の動きからも気づけるが……後者となった場合は対処に遅れる可能性は出てくる。

 

「村長さん」

「エルザちゃんは?」

 

 三人の幼い子が村長に話しを掛けた。

 

「多分自分の部屋だよ」

「「はーい」」

 

 二人は走って行った。

 

「あの…」

 

 残った一人の少女が龍燕の羽織りをくいくいと引っ張った。

 

「どうかしたか?」

「あの騎士様の従者なんだよね?」

 

 少女は酔いながらも食事をしているシルフィを見て言った。

 

「ああ、そうだ」

「私のお姉ちゃん、吸血鬼に殺される前にね、占い師さんちのお兄ちゃんとお出かけするってゆってたの。大人には内緒って」

「どうしてそれを俺に?」

「お兄ちゃんは騎士様の従者さんなんでしょ。それに…あの騎士様より強そうだったから」

 

 龍燕はシルフィードを見た。

 

(酔い潰れている騎士様を見たら……十人中十人、そういうだろうな)

 

 龍燕がそう思った時、少女の目から涙が流れた。

 

「お願い、お姉ちゃんの敵を取って……従者様…お願い」

 

 少女は泣きながら言った。龍燕はそのお願いに迷った。

 

「俺の名は龍燕だ」

「シエン?」

「この村から吸血鬼がいなくなるようにする。約束だ」

「うん」

 

 龍燕は少女と指切りを交わした。少女は涙を腕で拭うと笑みを残して友達のところへ走って行った。

 

「いなくなるようにする、か」

 

 敵を取るなら討伐だが、龍燕はできれば討伐は避けたいと思っていた。討伐したとしても、保護ということをしたにしても……いなくは、なるが。

 

「あいまいな約束をしてしまったな」

 

 

 

 

 

 



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第07話 吸血鬼:後編 (改)

 女子供を集めた夜、龍燕は自分の国の料理を振る舞った。

 

 調理の最中『手伝いたい』というのを聞き、皆で龍燕が教えながら作った。

 

 皆美味しいと食べていた。

 

「これはなんていう料理なんですか?」

 

 村長は二つの鍋を使った汁物を見て言った。

 

「この白く伸びた粉物はうどんといい、肉の具の多いのを掛けたのを肉うどん。野菜の多いのを掛けると野菜うどんだ。まぁ名前自体は単純だけどな」

「ほぉ、この料理はうどんというのですか」

 

 皆が美味しそうに食べていると、ふとエルザが龍燕に話しかけた。

 

「このお肉は…元々は生きていたんだよね?」

「ああ」

「この野菜も…みんな」

 

 龍燕は頷いた。

 

「みんな殺して食べてるんだよね?」

「ああ。人が生き繋ぐため、この食べられた物が皆自分の身体になる」

「…吸血鬼と同じだよ」

 

 エルザの言葉に龍燕は箸を止めた。

 

「そうかもしれないな。だが俺の国では生き物を食べる時、最低限行う事がある」

「行う事?」

 

 エルザは首を傾げた。村長も興味深そうに見ていた。

 

「単純だが大切な儀式、ともいうかな。エルザは俺が食べる直前にやっていたのを見たか?」

「えっと…手を合わせてた」

「そう。俺の国では最低限行う事として、『生き物にお礼』というのがある。食べる直前に『頂きます』。食べた後に『ご馳走様』。その二つが『生き物への感謝』だ」

 

 村長は龍燕の言葉にうんうん、と頷いた。

 

 

 

 

 その夜、事件が起きた。

 

 始まりは悲鳴と窓硝子が割れる音から。

 

「何があった?」

 

 駆けつけた龍燕が女の子に聞く。

 

「いきなり窓から入って来て襲って来たの!」

「あの子の首の怪我は硝子の破片で、まだ噛まれてないわ!!」

「わかった。君等は騎士シルフィードのところへ行け!」

 

 龍燕は少女達を避難させる。

 

「眞炎流、『閃』!」

 

 屍人鬼の腕を小太刀で切断し、落とした少女を床に当たる前に龍燕が受け止め、距離を取った。屍人鬼も窓から飛び降り、逃げはじめた。

 

 龍燕は能力を使わずに少女の傷を止血する。

 

「よし」

 

 少女を抱えて下に降りた龍燕は、一階にいた村長にお願いする。

 

「止血はしといた。この子は命に別状はない。皆を一階の部屋に集めてくれ」

「わかりました。有り難うございます!」

「シエン!来るのね!火事なのね!!」

 

 慌てて入って来たシルフィードに龍燕は振り返る。

 

「火事だと?何処で火事だ!」

「こっちなのね!」

 

 龍燕はシルフィードの後を追い、目の前の光景に龍燕の顔が歪んだ。

 

「なんだこの光景は……」

 

 火が立ち上がる家を見て満遍ない笑みを浮かべる者達が、村人全員でなくともいた。

 

 その光景に龍燕の握る手に自然と力が入り、身体を震わせた。気配を探れば、あの火の家からは人間のお婆さんの気配が感じ取れた。

 

「おい……何のつもりだ」

 

 龍燕は嘲笑う村人に向け、言い放った。

 

「あんたらが来ても、他の騎士と同じだから俺達が奴を始末したんだよ!」

「貴様ら……ふざけるなよ」

 

 瞬動で燃え上がる建物へ駆け、玄関の扉を腰から引き抜いた小太刀で細切れにして入った。

 

「何処だ!何処だ!何処だ!」

 

 徐々に弱まっていくお婆さんの微かな気配を感じつつ、燃え崩れていく家の中を駆け続けた。

 

「いた!大丈夫か?」

 

 龍燕は駆け寄ってすぐに生死の確認を取る。お婆さんは意識がないがまだ辛うじて生きていた。

 

「煙りがすごい…。早くでないと」

 

 このままではお婆さんの喉が焼けて危ない。すぐに武己から羽織りを取りだし、お婆さんに被せた。

 

「くっ……」

 

 小太刀を仕舞い、お婆さんを抱えた龍燕は目の前の壁を体当たりでぶち破り、飛び降りた。

 

「龍燕」

「お兄様!」

「従者様」

 

 タバサとシルフィ、村長が駆け寄ってきた。

 

「……お婆さんはまだ生きてる。村長、家まで運ぶの手伝ってくれ」

「わかりました!」

 

 龍燕はお婆さんを担架に乗せ、村長の家まで運んだ。

 

「シエン」

「どうかしたか?」

 

 エルザは龍燕に声を掛けた。

 

「どうして助けたの?吸血鬼だったかも知れないんだよ?」

 

 龍燕は無表情のエルザの頭を撫でた。

 

「あのお婆さんは吸血鬼じゃないし、俺は…吸血鬼だったとしても殺したくはないと思っている」

 

 エルザは顔に?を浮かべ、首を傾げたがくすくすと笑い始めた。

 

「シエンって変わってるね」

「エルザ」

「なあに?」

「後で静かなところで話しがしたい」

「静かなところ?お兄ちゃんはムラサキヨモギが好きなんだよね」

 

 ムラサキヨモギは食事の時にサラダで出た、この村の特産物だ。

 

「ああ」

「私、いっぱい生えてる所を知ってるの。そこでムラサキヨモギを摘みながら話しをしよう!」

 

 エルザは笑みを浮かばせ龍燕に言った。

 

「ああ、行こう」

 

 

 

 

 

 龍燕は村長とシルフィードにお婆さんをお願いし、タバサには皆を護るようにお願いした。タバサは前に龍燕が言った事を思い出し、気をつけてと一言だけ言ってきた。

 

「ほら!ここだよ」

 

 エルザは野原を駆け回るように走り出し、その少し丘になったところで両手を広げて振り返った。

 

「ね?すごいでしょ?」

 

 空には大小の月が光りを放ち、地はムラサキヨモギで広がっていた。

 

「ここが一番、ムラサキヨモギが生えてるの!!好きなだけ摘んでね!」

 

 龍燕はムラサキヨモギを摘み、気づいた。

「この色…サラダで出たのと違うな?」

「そっか。お兄ちゃん知らないんだね」

「ああ、俺のいた国には無かった植物だ」

 

 エルザはムラサキヨモギを少し摘み、月に翳した。

 

「ムラサキヨモギはね、摘まれる前は淡い桃色をしているの。土から離れて時が経つと濃い紫色になるんだよ。摘む前の草を見ない人はみんな…知らないんだよね。この草が、本当はどんな色で…どんな風に生きているのか」

 

 エルザの声が段々暗くなっていく。

 

「摘み終わった」

 

 摘み終えたムラサキヨモギをエリザに見せる。

 

「わあ…いっぱい摘んだね!」

 

 エルザは笑みを浮かべ寄ってきた。

 

「ねぇお兄ちゃん…」

 

 龍燕の隣まで近づいたエルザの口から『尖った歯』が月に照らされ、光り輝いていた。

 

「ムラサキヨモギの悲鳴が聞こえるよ?いたい、いたい─ってね」

 

 エリザの尖った歯は首元に近づき、気づいた龍燕は立ち上がろうとした。するとエリザは龍燕の腹に手を翳してきた。

 

「枝よ、伸びし森の枝よ。彼者の自由を奪いたまえ」

 

 龍燕の腹部に枝が絡まり、後ろに立っていた木に引き寄せられ、さらに肢体が枝に縛られた。続いて龍燕の首に枝が伸び、絞めはじめた。

 

「くっ…」

「お兄ちゃんの国の言葉で…頂きます、だっけ?私が吸血鬼だったのよ」

 

 月の光りに照らされたエルザが笑みを浮かべながら自ら正体を明かす。それを聞いた龍燕は笑みを浮かべた。

 

「お兄ちゃん、何が可笑しいの?」

 

 エルザは龍燕の笑みに首を傾げる。

 

「気づいてた。エルザが吸血鬼だってことは『最初から』気づいてた」

「やっぱり気づいてたんだ。薄々気づいてたよ。私を初めて見た時目を変えてたからね。でもどうして私だって気づいたの?」

「俺の近くにも吸血鬼がいたんだ。その吸血鬼は皆と、仲が良くて…共に暮らしていたんだ」

 

 龍燕は語るように言った。

 

「…吸血鬼は人と仲良く暮らしてなんかいけない。この村みたいに争うよ」

「この村や国はそれが普通なのかも知れない。だが、俺のいたところじゃそんな争いはなかった。皆、共に生きる者として長く、長く助け合って生きていた」

「嘘だ!人と仲良く暮らせたら、パパもママも死ななかった!」

 

 エルザの目から涙が零れた。同時に龍燕を絞めた枝が強くなる。

 

「……ずっと、寂しかったんだな?怖かったんだな?いつも一人ぼっちで…吸血鬼が自分とばれてしまい、殺されるか。不安なんだろう?いつも震えてるんだろう?」

 

 龍燕は瞬間移動で肢体に絡み付いている枝から抜け出し、エルザに近づく。

 

「いつまでも貴族から逃げるのか?」

「私は…死にたくない!死にたくないの!」

 

 龍燕はエルザの前に屈み込み、頭にポンと手を置いた。

 

「助けてほしいか?」

「え…」

 

 エルザは目を開き、龍燕を見た。

 

「メイジが嫌いなら嫌いでもいい。でも、逃げてばかりだといつまでも一人ぼっちで怖いだけで……いつか捕まって殺される。エリザ、俺と来ないか?」

「え……?」

「もし、エリザを殺そうとする者が出て来ても、たとえ何処かの国が相手になったとしても、いつまでもお前を守ってやる。だから…一緒に来ないか?」

「ほんとに……私を、私を護ってくれるの?でも、私は…吸血鬼だから…血を吸わないと生きていけないんだよ?」

「俺の家系は吸血鬼には耐性がある。実際に氷李という吸血鬼に血を吸わせていたが問題はなかった」

「そう、なんだ……で、でも騎士様とかもう一人の従者にはなんていうの?」

 

 龍燕はその言葉でタバサにどう説明しようか、といまさらになって考えてしまったが後回しにすることに決めた。

 

「主たちには……まぁ何とかするさ」

 

 笑顔で言う龍燕に、エルザは泣きながら抱き着いた。

 

「お兄ちゃんみたいな人……初めてだよ。………お兄ちゃん…私を、私を助けて!」

「ああ。助けてやる」

 

 龍燕はエルザが泣き止むまで抱きしめた。

 

「(敵を取ってと言って来たあの子には悪いが、やっぱり俺には出来なかったよ)」

 そう思いながらエルザを肩に乗せ、龍燕は村長の家へと歩いた。

 

 

 

 

 

 村長の家に戻り、エルザの口から村長に話した。村長は信じられなそうに聞いていたがエルザの吸血鬼形態…『尖った吸血鬼の歯』を見て村長は涙を流していた。

 

「何も…言葉がでないわい」

「許してはもらえないけど…今まで、騙していてごめんなさい」

 

 その後、村長と話し合い、夕方に村長の家でアレキサンドル……お婆さんの息子が吸血鬼だったとして話しを進める事にした。また、龍燕の知る限りの吸血鬼の事を村人に強く教え、信じてもらえた。

 

 吸血鬼と疑われたお婆さんは龍燕が『癒し火』を掛けて傷と病気を癒し、お婆さんを疑う者もいなくなった。しかし、息子を失ったお婆さんは村長の家で世話になることとなり、お婆さんは息子の死に涙を流したが納得してくれた。

 

 

 

 

 

 次の朝、シルフィードとタバサ、龍燕、エリザは村の人に見送られた。村人達はエリザが吸血鬼だったことを知らない。エリザが一緒に行く理由として『王都に彼女の親戚がいて、彼女を探していたので共に連れていくことになった』という事にした。これは龍燕が村人達への説明に困った時タバサが考えてくれた理由だ。

 

 昨晩、龍燕はタバサに色々と言われてしまった。学院長にどう説明したらいいかと困らせてしまった。そこで龍燕は自分から学院長にお願いすると言ったが、それでもタバサは心配そうだった。

 

「龍燕」

 

 龍燕の手を握って横を歩くエルザが言った。

 

「なんだ?エルザ」

「龍燕の国ってどういう所なの?」

「一言で言えば平等な国だ」

 

 村が見えなくなるとタバサはシルフィに跨がった。

 

「風龍に乗るの?」

「エルザは俺だ」

 

 龍燕はエルザを抱えると地面を蹴って宙を駆けた。

 

「お兄ちゃん?空飛んでるの?魔法使ってるの?」

 

 龍燕は小さく首を振った。

 

「これは魔法じゃない。宙を蹴ってるんだ」

「魔法じゃないんだ!すごい!!風が気持ちいい!」

 

 エルザは微笑んだ。

 

 龍燕達は王宮に報告へ向かった。

 

 

 

 

 

 




 この話はもう少し改変を入れ、改二編集を予定しています。


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第8話 武器屋

 

 学院に戻るとまず学院長室に向かい、エリザの事を話しに行った。話しの時には私に任せてとタバサに言われ、龍燕はタバサに任せた。移動中にタバサは考えていたようだった。

 

 タバサは学院長に『その子は龍燕の養子となった』と、ただそれだけ言った。それだけで大丈夫なのかと龍燕は不安になったが、学院長は『うむ、そうかわかった。特別に許可しよう』と言い返し、龍燕とエルザは凄く驚いたが口には出さなかった。勿論の事だが、吸血鬼であることの説明は学院長に伝えてはいない。

 

 

 

 

 そして任務から帰って数日が過ぎた。タバサは「今日は休みだから城下街に行く」と言ってきた。エルザは「城下街は初めて」とはしゃいでいた。煉や暁もどんなところかと考えたりしていた。

 

 煉と暁のことは前の学院長との話の後にエルザに紹介し、仲良くなった。

 

「出発の準備は出来たな」

「うん」

 

 そこへ扉がドンッと音をたて、開かれた。

 

「ちょっとタバサ聞いてよ!ダーリンが!」

 

 煩く感じたのか、タバサは杖を一振りするとキュルケの声が消えた。キュルケは声はないが両手を動かしながら必死に何かを話しているのがよくわかった。

 

 一分程経つとタバサはもう一振り杖を振り、声を戻した。

 

「…なたはちゃんと言わないとわかってくれないもんね。あたしね!恋したの!でね?その人が今日、あのにっくいヴァリエールと出掛けたの!あたしはそれを追って、二人が何処に行くのか突き止めなくちゃ行けないの!わかった?」

 

 タバサはいつもの顔で頷く。

 

「出掛けたのよ!馬に乗って!貴女の使い魔じゃないと追いつかないのよ!助けて!」

 

 キュルケは涙目でタバサに言う。

 

 タバサはキュルケをじっと見て頷いた。

 

「ありがとう!じゃ、追い掛けてくれるのね!」

 

 タバサは再び頷くとはっとした表情を見せると同時に声を漏らした。

 

「あ…」

「どうしたの?」

「シルフィードに全員で乗るのは難しい」

 

 タバサは悩み始めた。シルフィードが乗れるのは馬を追うことを考えて、精々四人くらいが限界である。今いるのは、タバサ、龍燕、煉、暁、エルザ、キュルケの六人。二名は乗れない。

 

「タバサ、俺はエルザを抱えて駆けるよ」

「いいの?」

「友人の頼みなんだろう?なら聞いてやるといい」

「ありがとう」

 

 準備は皆終えていたため、外に出るとすぐに城下街に向かった。

 

 

 

 

─城下街

 

「ここが城下街か。…でこの通りは裏道か?」

 

 龍燕達が通っている通りの幅は腕を広げた大人が三人並ぶ程度の広さだった。

 

「ここは中央通りで広いって聞いたけど?」

「中央……通り、だったのか」

 

 キュルケの答えに龍燕は少し驚いた。そこでふと龍燕はある気配に気づいた。

 

「ん、この気配は」

「どうしたの?」

 

 龍燕は才人たちの気配を感じ、周りを見回した。

 

「才人達だ。前方の方から感じる」

「前方から?…いたわ!」

 

 キュルケは才人を見つけ、声を出した。

 

「あの店は?」

 

 龍燕は才人の入った建物を見て呟いた。

 

「あれは…武器屋」

 

 短くタバサが言った。

 

「武器屋か。入るか」

「ちょっと待って」

 

 進もうとする龍燕の腕を掴み、キュルケが止めた。

 

「どうした?」

 

 龍燕は振り返る。

 

「武器屋に入ったって事は、ルイズはダーリンに武器をプレゼントするって事よ!だから、ルイズよりあたしが良いのを買ってプレゼントしてやるの!」

「…そうか」

「龍燕」

 

 エルザが口を開いた。

 

「どうした?」

 

 エルザはゆっくりと龍燕の手を握った。

 

「ん?」

 

 続いて煉が逆の手を握った。

 

「煉?どうした?」

 

 すると暁は龍燕の前に立つ。

 

「出て来るのを待つんなら、何処かよろうよ。折角来たんだから、タバサも回ろうよ」

 

 暁は龍燕とタバサを交互に見て言った。タバサは頷いた。

 

「えっ?あたしは?」

「来る?」

 

 暁はキュルケに言い、煉もじーとキュルケを見ている。

 

「あたしは…。そうね、あたしはそこのお店を見に行こうかしら」

 

 そう言ってキュルケは行ってしまった。龍燕はそれをどうしたんだろうと首をかしげ

ながら見ていた。

 

 

 

 

 城下街を回り昼食を終えた後、龍燕達はキュルケと合流して武器屋に入った。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 店主が迎えた。

 

「店主~」

 

 キュルケはいきなり店主に近づいた。

 

「な、なんでしょうか」

 

 店主は鼻を赤くさせて答える。

 

「ここで一番上等な、高価な剣を下さいな」

「少しお待ちを!!」

 

 店主は駆け足で倉庫に行き、一振りの金ぴかな剣を持って来た。

 

「お待ちしました!この剣なんてどうでしょう?!」

「そうね」

 

 キュルケは悩む。

 

「この剣は彼の有名なゲルマニアの錬金術師が造った剣でさぁ。値段はエキュー金貨で三千。新金貨なら四千五百でどうです?」

 

 店主は剣の説明と値段を言って薦める。

 

「ちょっと高くない?」

 

 キュルケの眉が動く。

 

「へぇ、名剣は、それに釣り合う黄金を要求するもんでさ」

 

 キュルケは少し考えた後、思い付いたのか店主の顎下を手で撫でた。

 

「ご主人……、ちょっとお値段が張りすぎじゃございませんこと?」

 

 店主の顔が緩んでいく。それを見て龍燕は溜息を着いた。

 

「へ、へぇ…。名剣、は」

 

 キュルケはカウンターの上に腰掛けた。さらに左足を持ち上げる。

 

「お値段、張りすぎじゃ、ございませんこと?」

 

 ゆっくりと投げ出した足をカウンターの上に持ち上げた。店主の目はキュルケの太腿

に釘付けになった。

 

「さ、左様で?では、新金貨四千「少しここ、暑いわね?」…!」

 

 キュルケはシャツのボタンを一つ外した。店主の顔が赤くなっていく。

 

「シャツ、脱いでしまおうかしら……。よろしくて?ご主人」

「お、お、お値段を間違えておりました!二千で!へぇ!」

 

 キュルケはさらにボタンを一つ外す。

 

「千八百で!へぇ!」

 

 再び、一個外した。キュルケの胸の谷間があらわになる。それからまた、キュルケは谷間を見る店主の顔を上げた。

 

「せ、千六百で、へぇ!」

 

 キュルケはもう一つのボタンに手を掛け、もう片方の手をスカートの裾に触れた。

 

「千よ」

 

 キュルケは言い放った。

 

「あ、ああ…」

 

 顔を赤く染め、震える店主。キュルケは笑みを浮かばせ、スカートの裾を微妙に上へずらした。

 

「千、よ」

「あ、ああ…」

 

 するとキュルケは裾を元に戻し始め、希望の値段を繰り返して言い放つ。

 

「千」

「千で結構でさ!!」

 

 キュルケはカウンターから下りると、さっさと小切手を書き、カウンターに置いて品を持った。

 

「買ったわ。タバサ、私外にいるわね」

 

 用はもうないと言う様にキュルケはまっすぐ店を出ていった。扉の閉まる音を聞いた店主は我に戻った。

 

「ああ~~っ!!あの剣を千で売っちまったよ!」

 

 頭を抱え始めた店主を気にせず、龍燕は周りを見回る。周りには剣や槍、盾や甲冑と沢山置かれていた。

 

「これは?」

 

 たくさんある中から木製の箱を龍燕は見つけ、積もった埃を払った。その蓋に灼煉院家の家紋と酷似する描かれているのに気づく。

 

「何故灼煉院家の家紋が?」

 

 さらに気づいたのは、箱は二重の封が掛けられていた。また、家紋以外にも羅暁国の字で『この文字が読める者へ これを授ける』と書いてあった。

 

「店主!」

「ん?なんだ」

「これを頂けないか?」

「そんな埃塗れな箱捨てようと思っていたんだ。それ持ってさっさと出て行きな!今日は早仕舞いだ」

 

 店主は不機嫌に言い放つと、引き出しから酒瓶を取り出して飲みはじめた。

 

「有り難く頂く」

 

 龍燕達は店から出た。するとエルザが聞いてきた。

 

「龍燕。それはなんなの?」

「わからないが気になった」

「なんで?」

「灼煉院家の家紋と俺のいた国の、羅暁国の文字で書いてある」

「そう、なんだ」

 

 キュルケと合流して学院に戻った。

 

 

 

 

 学院に着くとタバサはキュルケと共にルイズの部屋へ行き、龍燕達は先にタバサの部屋に戻った。

 

「龍燕。これどうするの?」

 

 暁が龍燕に聞く。

 

 龍燕はその箱は灼煉院家の誰かが遺した物かもしれないからとても貴重な物だろうと思った。しかも箱は開けられたり、壊されたりとされないように特別の封が二重に掛けてあった。しかし、龍燕は開けようと考えたが封している二重の古い術式に頭を悩ませていた。

 

「開けたいが…難しいな。これはどうやって開けるんだ」

 

 すると煉が箱を取り、裏面を指差した。

 

「龍燕。裏」

「裏?」

 

 煉が指差した裏面を見てみると、薄く擦れているが『神炎を掛けよ』と書いていった。

 

「神炎を?」

 

 龍燕はまさかと思い、煉から箱を取り千変の炎の『清めの炎』を掛けた。すると木製の箱は浄化され、綺麗になった。同時に封が消えた。

 

「封が…消えた?」

 

 エルザが覗き込む。

 

「…開けるぞ」

 

 龍燕は箱を開けた。中には武己と古本が入っていた。

 

「武己、か。多分…いや確実に俺の国で造られたものだな。本は…」

 

 何かを言いかけた龍燕は木箱の蓋を閉じた。

 

「どうしたの?見ないの?」

「今度見よう」

 

 そう言って龍燕は箱を武己へ仕舞い、煉と暁も武己へ戻った。

 

「龍燕。ただいま」

 

 タバサが戻ってきた。

 

「もう遅いから寝よう。今日は床に寝るよ」

 

 そう言って龍燕は布団を武己から出して敷いた。

 

「私も下で寝る」

 

 するとタバサは龍燕の隣に横になり、そのまま寝てしまった。

 

「早いな…」

「私も…いいかな?」

 

 エルザは龍燕の腕を掴んだ。

 

「わかった。けど布団一つで三人は狭いな」

 

 龍燕は再び武己から布団を出し、龍燕は真ん中に横になった。

 

「おやすみ。エルザ、タバサ」

 

 

 

 

 

 



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第09話 土くれのフーケ

 

 龍燕達は中庭に来ていた。理由は簡単に説明をするならルイズとキュルケが才人にどちらの用意した剣を使わせるかを争った結果……吊された才人のロープを切り落とせば勝ちといったことになってしまった。

 しかし、結果は当然の事キュルケが勝利し、勝ち誇るような笑みを浮かべ、身長の差から見下ろすようにルイズを見ていた。

 可愛そうな才人を拘束しているロープを龍燕は短刀を使い解いていく。

 

「大変だな、才人」

「優しいのは龍燕だけだよ」

 

 才人の声は涙声に近かった。

 

「…」

 

 ロープを解き終えると龍燕は何かの気配を感じた。

 

「龍燕?」

 

 龍燕の様子が可笑しいと感じたタバサは龍燕に近づく。途端、ルイズの目の前に巨大なゴーレムが現れ、ルイズを踏もうと大きな足を持ち上げた。

 

「きゃぁぁぁ!」

 

 そこへ龍燕が瞬動を使ってで割り込み、ルイズを押したと同時に大きな足が龍燕の身体全体を覆い、踏み付けられた。

 

「し、龍燕?」

 

 状況を読み取ったタバサの顔が変わった。ゴーレムの足元には少ないが確かに赤い液体…… 、血が流れているのが確認出来た。

 地面に倒れ込んでいたルイズも龍燕が庇ってくれたことに気づくと杖を持つ手に力が籠もった。

 

「龍燕……」

 

 するとゴーレムの上の方から女性の声が聞こえた。

 

「ありゃ?もう一人いったのかい?こりゃ早いね」

 

 ゴーレムの肩の上に乗った顔をフードで隠した女性。

 

「まさか庇うとはね、…?」

 

 気付くとゴーレムの足が熔解し始めていた。フーケはバランスを取ろうとゴーレムの手を地に付けた。近くにいたルイズは熱気に耐え切れずにその場から離れる。

 

「一体何が……!」

 

 思考していると真紅の炎がゴーレムの足を貫き、宝物庫の壁にぶち当たった。

 

「まさか……いや、これは」

 

 フーケは宝物庫に入り、宝を抱えて逃げ出した。

 

「一体何だったの?」

 

 ルイズ達が熔け落ち、固まった元ゴーレムの足を見た。

 

「龍燕!」

 

 タバサは必死に固まった土を掘り起こし始めた。それを見てキュルケとルイズ、才人も手伝う。土が熔けるほどの火力で貫かれたはずだったのだが、その土は火傷しない程度まで冷めていた。

 

「龍燕!しっかりして!」

 

 タバサは龍燕を抱きしめ、必死になって呼び掛けた。身体は汚れているだけに見えたが頭を強く打ったらしく、頭部から出血していた。

 その後、龍燕は保健室へ運び、寝台に寝かせ、先生に治療を施して貰った。が頭蓋に皹が入り、重傷だと言われ、タバサは泣き出してしまった。

 

「ミス・ヴァリエール、ミス・タバサ、ミス・ツェルプストー。オールド・オスマンがお呼びです」

 

 別の先生からの伝えにタバサは達は学園長室へ向かった。

 

 

 

 

SIDE 灼煉院 龍燕

 

(頭が痛む……)

 

 朦朧とする意識の中、目を覚ますと額に手をやった。

 

「包帯?」

 

 痛みを癒し火で治して寝台から下り、偶然通り掛かったコルベール先生に声を掛けた。

 

「すまない。タバサを見なかったか?」

「龍燕君?君は重傷で寝てたんじゃ?」

 

 コルベール先生は俺の顔を見るなり驚いた顔を見せてきた。

 

「重傷?あれくらい軽傷だ。タバサは何処にいるんだ?」

「ミス・タバサならミス・ルイズ達と土くれのフーケを捕まえに行ったよ」

「なんだと。わかった、有り難う」

 

 俺は瞬動で移動しながらタバサの気配を捜した。

 

 

 

 

SIDE タバサ

 

 私の勇者が倒れた。

 龍燕は死ぬかもしれない程の怪我をしてしまった。

 私は馬車の上で震えていた。

 でも、私は土くれ討伐の志願に一番に杖を挙げた。私は龍燕の敵討ちに行きたいと僅かながら心の奥底でもやもやとした感情が湧き出ていた。

 

(許さない。絶対に許さない)

 

 杖を掴む手に力が入った。

 

SIDE OUT

 

 

 

SIDE ルイズ

 

 龍燕は私を庇って……、私なんかを庇って大怪我を負ってしまった。

 龍燕には助けられてばかりだと自分でも思う。何故自分が魔法を使えないかを教えてくれたどころか、魔法を一度でも使えるようにしてくれた。

 初めて使えたあの時は、心の底から、言葉に出来ない程とても嬉しかった。

 龍燕が死んでしまったらタバサにどう謝罪していいかわからない。謝罪なんかしても……。

 

SIDE OUT

 

 

 

 

「ここから先は徒歩で行きましょう」

 

 ミス・ロングビルは馬車を止め、皆に伝えた。

 皆は馬車から降りた。

 今いる場所は鬱蒼とした森だった。昼間だというのに薄暗く、気味の悪い森だった。

 

 何分か歩くと森の中に開けた場所、空き地といった風情に出た。広さは学院の中庭程あった。その真ん中に、元は木こりの小屋のようだった廃屋が建っていた。その近くには、朽ち果てた炭焼き用らしき窯と壁板の剥がれ落ちた建物が並んでいた。

 五人はその廃屋の中にフーケがいると考慮にいれ、森の茂みに隠れて廃屋を見つめた。

 

「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいるという話しです」

 

 ミス・ロングビルは廃屋を指差して四人に伝えた。

 しかし、その廃屋は人の気配を全く感じさせなかった。が、もしフーケがその廃屋にいたならこのまま一気に攻め入り、奇襲を掛けた方が一番の得策だ。

 

「皆さんは土くれがいるかも知れないあの小屋を見て来て下さい。私は近くを探索して来ます」

「わかりました」

 

 ミス・ロングビルは森に入った。

 

「それで、あの小屋にどうやって近づくのよ」

 

 タバサは地面に座ると杖を使い、作戦を地面に絵を書きながら説明を始めた。

 まず、偵察兼囮が廃屋へ赴き、中の様子を確認する。

 そして、中にフーケがいれば、これを出す。小屋の中に土ゴーレム作り出す程の土はない。

 外に出さない限り、フーケはお得意の土ゴーレムは使えない。

 そして、フーケが外に出たところを魔法で一気に攻撃。その時、フーケに土ゴーレムを作り出す暇を与えずに集中砲火、という作戦。

 

「で、その偵察兼囮は誰がやるの?」

 

 才人が尋ねるとタバサは短く言った。

 

「すばしっこいの」

 

 皆の視線が才人に向けられた。才人は溜息をついた。

 

「俺かよ」

 

 才人はキュルケから貰った大剣を鞘から抜いた。

 才人は羽でも生えたようにすっと一足で廃屋のそばまで近づき、窓へ行くとそこから中の様子を見る。いない?と思った才人は、皆へ腕を交差させていない事を知らせた。隠れていた全員が恐る恐る才人に近寄った。

 

「誰もいないよ」

 

 才人は窓を指差して言った。

 タバサはドアに向いて杖を振った。

 

「罠はないみたい」

 

 そう言うとタバサはドアを開け、中に入って言った。その後をキュルケと才人が続く。

 ルイズは外で見張りをすると言って外に残った。

 廃屋に入った三人はフーケの手がかりはないかと調べ始めた。

 そして、タバサがチェストの中から……『破壊の杖』を見つけ出した。

 

「破壊の杖」

 

 タバサは無造作にそれを持ち上げ、皆に見せた。

 

「あっけないわね!」

 

 キュルケが叫んだ。

 才人はその破壊の杖を見た途端、目を丸くした。

 

「お、おい。それ…本当に『破壊の杖』なのか?」

 

 才人が驚きながら言うとキュルケが頷いて答えた。

 

「そうよ宝物庫を見学した時、わたし見たもん」

 

 その時、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。

 真っ先に動いたのはタバサだった。

 タバサがドアの取っ手に手を掛けた時、天井が吹き飛んだ。天井がなくなり、フーケの巨大な土ゴーレムが廃屋の中を見下ろしていた。

 

「ゴーレム!」

 

 キュルケが叫ぶ。

 タバサは自分より大きな杖を振り、呪文を唱えた。巨大な竜巻が起こり、土ゴーレムにぶつがるが、風系統では土系統に相性が悪く、びくともしなかった。

 続き、キュルケが呪文を唱えた。

 杖から火が伸び、土ゴーレムを火炎が包むが全く問題にしていなかった。

 それを見たキュルケは叫ぶ。

 

「無理よこんなの!」

 

 諦めの言葉を吐くキュルケだったがタバサは杖を構え直した。

 

「無理よタバサ!」

「っ」

 

 キュルケに止められタバサは外へ出た。才人はルイズの姿を捜した。

 ルイズは土ゴーレムの背後に立ち、魔法を唱えていた。しかし、ルイズの、ただの爆発では全く効いていなかった。

 ルイズに気付いた土ゴーレムは振り向いた。

 

「逃げろ!ルイズ!」

 

 才人はルイズに向かって怒鳴った。

 

「いやよ!あいつを捕まえれば、誰ももうわたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょ!」

 

 真剣な目でルイズは怒鳴った。

 

「あのな!ゴーレムの大きさを見ろ!あんなやつに勝てるワケねえだろ!」

「それに!」

 

 ルイズは無意味とわかっていても何度も魔法を放ちながら言った。

 

「わたしを庇ってくれた龍燕の敵(かたき)よ!」

 

 それを聞いたタバサは足を止めた。

 

「敵(かたき)………龍燕の」

 

 タバサは振り返り、魔法を飛ばした。

 

「ちょ、タバサ?」

「敵討ち」

 

 そう言ってタバサは言ってしまった。

 タバサとルイズは移動しながら攻撃を始めた。続き、才人も攻撃を仕掛けるべく、土ゴーレムに近づく。

 才人は土ゴーレムに一太刀を入れた、が剣が根本から折れ、同時にガンダールヴの力がなくなってしまった。

 

「あ、やべ」

 

 急いで逃げようとする才人に土ゴーレムの大きな手が迫った。

 皆、掴まると思った時、土ゴーレムの手は消えた。

 

 

 

 

 

 



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第10話 炎を纏いし者

 

 三人の前に炎を纏った人が舞い降りた。

 

 その人の身体は炎に包まれ、背には炎で出来た双翼。目や髪は燃えるような紅蓮の光りを放っていた。

 

「シエン……なの?」

「ああ。遅くなったな」

 

 土ゴーレムは左拳を龍燕に放った。

 

「危ない!」

 

 タバサは叫んだが龍燕はそれを軽々と受け止め、粉砕した。

 

 両腕を破壊された土ゴーレムは距離を置いた。

 

「凄い……。シエン。貴方って人間なの?」

「……人間だ」

 

 キュルケの問いに間を置いて龍燕は答えた。直後、龍燕に纏っていた紅の粒子が崩壊して消えた。瞳や髪も同様に、元の黒瞳黒髪に戻った。

 

「龍燕?」

 

 才人がポカンと口を開く。

 

「………精神力が切れた」

「「「え?」」」

 

 皆は驚いた。

 

 才人はキュルケに叫んだ。

 

「キュルケ!それをこっちに投げてくれ!」

「これを?」

 

 キュルケが抱えながら持っていた『破壊の杖』の事だ。

 

 キュルケは才人へ投げた。受け取ると、才人の左手の甲のルーンが輝いた。

 

「龍燕、下がって!」

「了解した」

 

 龍燕は才人の後ろへ下がった。才人は『破壊の杖』を組みはじめた。その『破壊の杖』を龍燕は見て口を開く。

 

「まさか……実弾か?」

「はい!」

 

 照準を土ゴーレムに合わせた才人は『破壊の杖』のスイッチを押した。『破壊の杖』から射出された弾は土ゴーレムの胸部辺りに減り込み、炸裂した。

 

「やったの、か?」

 

 土ゴーレムの弾けた時に出た土が煙の様に舞った。煙が晴れた時、土ゴーレムの上半部を粉砕していた。また、土ゴーレムはバランスを崩して後ろに倒れ、砕けた土は山になった。

 

「粉々だな。そういえばフーケは?」

「あ」

 

 フーケの事を思い出し、辺りを見渡した。

 

「サイト君」

 

 ミス・ロングビルが森から出てきた。

 

「破壊の杖です。あとフーケの姿が見えなくて」

「わかったわ。とりあえずそれは私が預かります」

 

 才人はミス・ロングビルに手渡した。

 

「ありがとう。じゃ」

「「!」」

 

 ミス・ロングビルは破壊の杖を肩に担ぎ、銃口を龍燕と才人に向けた。

 

「さっさと一カ所に集まりなさい。さぁ早く!」

 

 キュルケとタバサ、ルイズは龍燕達の方へ集まった。

 

「さぁて。シエンも力尽きて安心したところで、動かないで?破壊の杖はぴったりあなた達を狙っているわ。全員、杖を遠くに投げなさい」

 

 三人は杖を投げた。

 

「才人」

「なに?」

 

 龍燕は才人に声を掛けた。

 

「シエン!喋るんじゃないよ!」

 

 フーケは怒鳴るが龍燕は無視して続けた。

 

「あれは単発だろう?」

 

 龍燕の問いに才人はニッと笑い、頷いた。

 

「たんぱつ?何よそれ」

 

 フーケは顔を歪めた。

 

「まぁいいわ」

 

 破壊の杖のスイッチに手が置かれる。

 

 キュルケは観念して目を閉じた。ルイズも目を閉じた。タバサは龍燕の羽織りを掴んだ。

 

「タバサ?」

「……」

 

 タバサは何も言わなかった。

 

「大丈夫だ。あの筒からは何も出やしない」

 

 タバサは驚いた顔を見せたが頷き、掴んでいた手を放した。

 

「勇気があるのね」

「いや」

「違うな」

 

 龍燕はフーケに向かって歩き始めた。フーケは咄嗟に龍燕に向け、スイッチを押した。

 

 

カチン……。

 

 

「え」

 

 静けた場にスイッチの押された音が響く。が先程とは違い、何も起こらなかった。

 

「な、なんで?なんで発動しないのよ」

 

 フーケはスイッチを何度も押すが意味は無かった。

 

「さっき言っただろう?単発だと」

「どういう意味よ!」

 

 フーケは怒鳴った。

 

「才人。説明してやれ」

 

 才人は頷き、説明し始めた。

 

「それは俺のいた世界の武器だ。えっと、名前は確か『M72ロケットランチャー』だったかな」

「……ええと、単発というのは簡単に一度きり、だな。つまり、お前の持っている筒は何の役に立たない『ただの筒』になったんだ」

 

 龍燕は瞬動でフーケの背後を取り、首筋に手刀を入れ、気絶させた。

 

「精神力が切れたとしても、体力があればできる事をやればいい」

 

 気絶するフーケに龍燕は言い放った。

 

 次いで来た才人が破壊の杖を肩に担ぎ、皆に見せた。

 

「フーケを捕縛。『破壊の杖』の取り返しに成功。任務達成だ」

 

 皆から歓声が湧いた。

 

 

 

 

 

─学院長室

 

「君達はよくぞフーケを捕まえ、破壊の杖を取り返してきた」

 

 オールド・オスマンは三人に言った。

 

 才人、龍燕を除く三人は誇らしげに礼をした。

 

「フーケは城の衛士に引き渡した。そして破壊の杖は無事に宝物庫に収まった。一件落着じゃ」

 

 オールド・オスマンは立ち上がると三人に近づき、一人ずつ頭を撫でた。

 

「君達の、『シュバリエ』の爵位申請を、宮廷に出しておいた。追って沙汰があるじゃろう。といっても、ミス・タバサはすでに『シュバリエ』の爵位を持っているから精霊勲章の授与を申請しておいた」

 

 三人の顔がパァと輝いた。

 

「本当ですか?」

 

 キュルケが驚いた声を上げた。

 

「本当じゃ。いいんじゃ、君達はそのぐらいの事をしたんじゃから」

 

 すると先程から元気がなさそうに立っている才人をルイズが見つめた。

 

「……オールド・オスマン。才人には何も無いんですか?」

 

 ルイズの言葉に黙っていたタバサが続けて口を開く。

 

「この任務はシエンとサイトの力があってできました」

「残念ながら、彼等は貴族ではない」

「いいですよ。俺は」

「何もいらない」

 

 才人と龍燕はニッと笑って言った。

 

 オールド・オスマンは二人を見て頷き、ぽんぽんと手を打った。

 

「さてと、今日の夜は『フリッグの舞踏会』じゃ。この通り、破壊の杖も戻ってきたし、予定通り執り行う」

 

 キュルケの顔がパッと輝いた。

 

「そうでしたわ!フーケの騒ぎで忘れておりました!」

「今日の舞踏会の主役は君達じゃ。用意してきたまえ。龍燕、才人も楽しむといい。わしから送れる感謝とお礼と思っての」

「「はい」」

 

 五人は礼をして学院長室から出て行った。

 

「舞踏会か。やはり礼服がいいかな。才人はどう思う?」

「いいと思うけど。持ってるの?」

「ああ、予備もあわせて二着ある。一着貸すよ」

「いいの?」

 

 才人は驚いた顔を見せた。

 

「主役でその服より礼服がいいと思うぞ?」

 

 龍燕は苦笑して才人の着ているボロボロであちこち汚れている服を見た。

 

「あ…」

 

 龍燕はタバサに部屋を借りて、才人と舞踏会に備え始めた。

 

 

 

 

 

 



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