Fate/Rising hell (mgk太)
しおりを挟む

開戦前
召喚過程/プロローグ


 ログイン。

 接続確認。

 

 プログラム起動。

 

 ユーザーネーム:vel

 パスワード 認証。

 

 おはようございます、ユーザーネーム:vel。現在のアラクリアの環境負担率は12.4%、目立った変動はありません。カルデアの環境負担率は19.9%、先日の特異点ソロモンとの接触における急変動以降、数値は安定しています。

 総合。

 如何なる時代に於いて、人理の異常は確認されません。

 本日は如何致しますか?

 

 プログラム実行。

 

 召喚プロセスは第三フェイズに移行しています。プログラムの確認を行いますか?

 

 了承。このまま第四フェイズに移行し、召喚認証を開始します。

 七名のマスターと七名のサーヴァントの霊器指定を行なって下さい。外部からのハッキングを防止するため、指定時間60以内に指名を完了して下さい。

 

 了承。プログラムが更新されました。

 任意数のマスターと任意数のサーヴァントの霊器指定を行なって下さい。外部からのハッキングを防止するため、指定時間600000以内に指名を完了して下さい。

 

 マスター指定

 

 メリギア=アンデーセン

 ユミ=サダミネ

 シロウ=エミヤ

 スカーレット=クルトー

 グラス=エンディアン

 アーク=エルメロイ=ファルブラヴ

 

 サーヴァント指定

 

 任意変更

 

 六名のマスターと、任意のサーヴァントが指定されました。このプログラムで実行しますか?

 

 了承。魔術式を入力し、召喚フェイズに移行します。

 術式詠唱を開始して下さい。

 

 承認。

 詠唱は認められました。

 これよりユーザーネーム:velの名の下に、召喚を開始します。召喚詠唱を開始して下さい。

 

 了承。詠唱は認められました。

 

 エラーが発生しました。

 エラーコード:014

 次のマスターを召喚できません。

 

 シロウ=エミヤ

 

 霊器の及ぼす環境負担率に問題が認められます。ソース:file.Fuyuki.2004

 このまま召喚を実行しますか?

 

 了承。

 これよりユーザーネーム:velの名の下に召喚を開始します。召喚詠唱を開始して下さい。

 

 認証。

 問題なく完了致しました。

 エラーは認められません。召喚を実行します。

 

 ステージ指定:アラクリア

 なお、環境負担率の変動によって、庇護術式の効果が認められます。環境負担率が85%を超えた場合、自動統制が行われますが、よろしいですか?

 

 了承。プログラムが更新されました。

 環境負担率が250%を超えた場合、自動統制が行なわれますが、よろしいですか?

 

 了承。

 召喚フェイズ、全行程完了。問題ありません。

 これより、聖杯戦争を開始します____



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名無しと半端者
名無しのマスター 1


 夢を見ていた。

 遠く遥か昔の話だ。俺はただ一心に走っていた。前だけを見て、己が目指す道をひたすらに。

 後方を気にする必要は無かった。俺の後ろにはたくさんの仲間がいたから。彼らは皆、俺の友だ。俺の信念に同調したやつ、感動したやつ、尊敬してくれるやつ。まぁいろいろなやつがいたが、彼らは皆、揃って俺のことを信じてくれていた。

 俺が最高の指示者だと、信じて疑わず、俺と共に歩み続けてくれたのだ。

 それなのに、俺はどこかでしくじった。してはならないミスを犯した。

 ゆっくりと全てを失った俺は、己に問うた。

 ___俺は、一体何になりたかったのか。

 その日の俺は、もう独りだった。

 仲間はいない。

 己一人。

 こんな世界で、俺は生きていかなければならないのか。そう思うと、少しだけ苦痛で、あの日の選択を後悔する羽目になった。俺は一体何を目指して走っていたのだろうか。そんなものは、もう覚えてはいなかった。全て忘れたのだ。

 

  _______

 

 意識が覚醒すると、瞼を上げるよりも先に、鈍い頭痛がした。

 

 身体が重い。あちこちで打ち付けたような痛みが走っている。

 

 それでもなんとか瞼を上げ、入り込んできた眩しい白い光に思わず顔をしかめた。

 しかしそれにもすぐに慣れ、視界が明瞭になっていく。随分久しぶりに太陽を見た気がした。

 

 萌ゆる緑色の葉が揺れている。

 寝転んだまま、首を振って周囲の状況を確認。

 どちらを向いても、木と草しかない。地べたに転がっているが、それも少しは気持ちよかった。

 

「んんっ、何だ、森か......?」

 

 声が枯れている。喉に痰が絡んでいるようだ。

 痛む身体をゆっくり持ち上げ、何度か咳き込んで痰を吐き出す。

 肩を回したり首を鳴らしたりと、身体の感覚を取り戻す。

 案外、思っていたよりも怪我をしている所はないようだ。

 

 立ち上がってジャンプしてみる。

 身体のあちこちがギシギシしている気がするが、多分大丈夫だ。

 

「ふぅ。で、ここは何処なんだ......?」

 

 割と深い森のようで、どちらを向いても出口は見えない。太陽は丁度真上に上がっている。ということは、正午くらいか。

 あたり一面、緑一色の森。

 余りにもヒントが少なすぎて、場所の当たりのつけようがない。

 大体、自分はどうしてこんな所にいるんだ。森の中で昼寝とか、いくら何でも趣味が悪いだろうに......。

 こんな所に来るような用に心当たりはない。

 それに、自分の家の近くに森なんて......。

 

 あっただろうか。

 いや、あったか?

 ない?

 

「あれ......?」

 

 森どうこうよりも、重大な問題に気が付いてしまう。

 そうだ。

 

「俺は......どこに住んでたっけ......いや、それどころじゃない! 俺は、俺は、......誰だ?」

 

 名前が、年齢が、住所が、思い出せない。

 何も、思い出せない。

 記憶が全て消えていた。

 

 『俺』は茫然と立ち尽くすしかない。

 最初から、あまりにも詰んでいるではないか。

 ここからどうしろって言うんだ。助けて、と叫んでも誰も来ないだろう。そう思える程にここは森の深いところだ。

 

 仕方なく空を見上げると、太陽は鬱陶しいくらいに眩しい。こんなに眩しかっただろうか。それも、覚えていなかった。本当に何も覚えていない。どうしようか。このままでは間違いなくバッドエンドルート直行である。

 

 眩しさに耐えられず、白い太陽に右手をかざす。そこで『俺』は一つ大きな発見をした。

 

「......ん? なんだ、これ?」

 

 右手の甲に、何か文様のような、赤い印が刻まれている。

 タトゥーだろうか。手の甲にタトゥーとは中々いい趣味をしているではないか。

 いや、違う。これは。

 

「これは......令呪?」

 

 自分の口から出たその言葉に驚いた。

 令呪。

 そうだ。覚えているじゃないか。

 ぐるぐると、頭の中で僅かな知識が回り始める。

 

「聖杯戦争」

 

 聖杯を巡り、魔術師たちが命を削り合う戦争。一人の勝利者のみが聖杯を手に入れることができる。

 

「聖杯」

 

 それを手にしたものは、己の願いを成就させることができる万能の器。

 

「令呪」

 

 それは聖杯戦争におけるマスターの証。一人に三画与えられ、その一角を消費することでサーヴァントに強制命令をかけられる。サーヴァントを使役する権利そのもの。

 

「サーヴァント」

 

 聖杯戦争でマスターが使役する最高クラスの使い魔。英霊とよばれ、伝説上、神話上の英雄たちがその器を連ねる。

 

「……」

 

 それだけだった。どれだけ頭をひねくっても、それ以上の知識は出そうにない。

 しかし、聖杯戦争の知識があると言うことは、『俺』は魔術師だったのだろうか。箒に乗って空を飛んだりしていたのか。

 

 僅かな進歩だけれど、これで少しだけ状況が掴めてきた。

 『俺』は現在進行形で聖杯戦争に参加しているのだ。どういう経緯であれ、魔術師の殺し合いに巻き込まれている。

 

「それはそれで絶望的じゃねぇか……っと、何だ!?」

 

 『俺』の背後、そのずっと奥の方で何か爆発するような大きな音がした。それは何回も連続して轟き、『俺』の立っている地点まで地響きを鳴らす。

 

「冗談じゃねぇ……」

 

 ザワザワと木々が揺れているのは、おそらく単なる衝撃だけではないだろう。そう感じるようなナニカがここら一帯には漂っている。異様な雰囲気。

『俺』はただ息を飲んで向こうの木々が荒れ狂うように揺れているのをただ見ている。

 マスターか、サーヴァントか、もしくは両方がいるはずだ。

 あそこに行けば、何らかの手掛かりは掴めるだろう。

 しかし、サーヴァント無しに敵地に突っ込んでいくほど『俺』は愚かではなかった。

 禍々しい光景から目を背け、その真反対へ一目散に駆け出した。

 

「……逃げるのが1番正解に決まってるだろ!」

 

 そうだ。大体自分のサーヴァントはどこにいる?

 記憶を失う前の自分はサーヴァント無しに聖杯戦争に参加するほど馬鹿だったのか?

 そんなはずは無い。それはただの自殺行為だ。

 

「……ない、よな?」

 

 いかせん自信がない。

 サーヴァントが既にやられている可能性もあるのだ。

 けれど、それにしては、令呪を一画も使っていないというのはおかしな話だ。

 

「ここまで来れば……取り敢えずは大丈夫だろ……」

 

 とにかく疲れた。

 軋む身体を悼みながらゆっくりと地に尻をつけ、座り込む。

 一度状況を整理して、今後の方針をきちんと立てる必要がある。

 ここはどこか、だとか、自分は一体誰だ、などということはこの際全て後回しだ。

 その前に『俺』は死ぬ。

 自分が何者かなんて、その内思い出すだろう。

 今はそう思うことにした。

 重大なのは、ここが、聖杯戦争だということ。それだけ己に言い聞かせれば十分だ。死にたくない。今はそれだけでいい。

 

「って言っても、何もかも絶望的なんだけどな……」

 

 まずはやはりサーヴァントだ。彼らは聖杯戦争を生き残るには必須の存在。このまま単身無防備で何処かに潜み続けるのはいいが、絶対にサーヴァントに見つかる。優秀なマスターでもいい。

 だからこの選択は正解じゃない。

 

 どうにかして、サーヴァントを見つけられたのならそれで良い。考えるべきは、残念ながらサーヴァントが見つからなかったパターンだ。

 聖杯戦争はマスター七人にサーヴァント七人で行われると記憶している。

 なら自分を除いた六人のマスターの誰かに同盟を持ち込むのはどうだろう。

 

「いや、それは正解じゃないな……」

 

 まず、『俺』に協力したところで何の利益も生まれない。ていうか殺される。聖杯戦争に参加するようなマスターはそこまで善人ではない。記憶がそう言った。

 

 ならどうする?

 このまま黙って死ぬのか?

 自分が何者かも分からぬままに。無様に殺されろというのか?

 

 瞼を閉じると、迫り来る未来がありありと見えた。

 

 『俺』は何者かに追い立てられている。

 その何者かは、死神を思わせる巨大な鎌を振り上げている。『俺』は対抗などできるはずもなく、無様に悲鳴を撒き散らして地を這い逃げ惑う。

 死神の鎌を必死に避けたところで、目の前に誰かの足首が映った。

 顔上げると、卑屈に口を歪めた魔女の姿があった。

 『俺』は蹴飛ばされ、魔女は『俺』に右腕をかざす。

 それだけで、俺の首は容易に弾けとんだ___

 

「ああッ……!!」

 

 失敗した。

 余計な想像だった。

 しかし、これが1番近い未来なのだ。やはり、着実にバッドエンドルートに入ろうとしている。

 

「何とか、しねぇと……」

 

 ルート変更が出来なくなるのはそう遠くない。だから早く打開策を見つけないと。しかし、その時だった。

 がさ、と森の奥で音がした。

 

「おいマジかよ」

 

 考えるより先に跳ねるように立ち上がる。

 もう、バレたのか。

 森のすぐ側にサーヴァントかマスターか。自分の命を狙う死神がいる。足音が聞こえる!

 逃げなければ。

 早く、一刻も早くここを去らないと。

 

 けれど、震え上がって動けない。

 動け、逃げろ、死ぬぞ!

 心の中でそう叫ぶも、それでも金縛りにあったように、機能停止してしまっている。

 さっきはあれやこれやと強がって賢そうに思考していたが、あんなものは実体のない虚勢だ。

 自分が聖杯戦争に参加していると知った時点で。

 それがどういう意味か理解してしまった時に既に、心はボロボロになっていた。

 

 やがて、すぐ側の木が揺れる。

 死が現れた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名無しのマスター 2

「やっと見つけたわ、セイバーのマスター」

 

 そのサーヴァントはおよそ高校生くらいの、少女だった。

 長い黒髪に紅い大きな瞳が可愛らしくも知性をにじませている。そして左目には黒い眼帯。厨二病を匂わせる素敵ファッションだ。

 場違いにも、タイプだな、なんて考えてしまう。

 思えば、自分は今からこの少女に殺されるのだ。

 

「セイバーは偵察にでも行っているのかしら? まさか最優のサーヴァントのマスターがこんなに馬鹿野郎だとは思ってなかったけど。貴方、本当に魔術師?」

 

 少女のサーヴァントはこちらのサーヴァントの姿が見えないのを良いことのに、それはまぁ色々と言ってくれる。

 

「お前、さっさと俺を殺さなくていいのかよ」

 

「ええ、すぐに殺すわ。けど、貴方を殺すとセイバーのヤツが野放しになるのが少し鬱陶しいわね。……貴方、自分のサーヴァントをどこに押し込んでいるの? まだ一回も姿見てないんですけど?」

 

 やはり、このサーヴァントは『俺』がセイバーのマスターだと勘違いしているようだ。いや、もしかすると本当にセイバーのマスターなのかもしないが、いないものはしょうがない。

 なのでハッタリをかけることにした。

 

「ああ、この際言ってしまうが俺のセイバーは少々特殊でな、姿が感知されない魔術をかけてあるんだ」

 

「ッ! 認識阻害の術式ね……。けど、貴方、魔術回路が少し変ね」

 

「へ、変ってなんだよ」

 

「ボヤけてるっていうか……貴方、本当に魔術師?」

 

「はぁ!? 何言ってやがる! 魔術師じゃないのに聖杯戦争に参加できるはずないだろう!」

 

 ムキになって叫んだ。

 それにしてもこのサーヴァント、まだ殺さないのか。

 

「それとだけど、俺のセイバーは遠距離も狙える」

 

「なっ! サーヴァントに気づかれないレベルの認識阻害に遠距離攻撃ですって!? そんなキャスターとアーチャーの両属性持ちみたいなの、あり得ないわ......」

 

「あり得るんだな、それが。俺は当たりサーヴァントを引いたって訳さ」

 

 行ける。このサーヴァント、ちょろいぞ!

 少しだけ希望の光が見えてきた。このまま話術で撤退に追い込むしかない。

 

「ほら、後ろのずっと向こう、木の上に立って狙ってる!」

 

 何もないはずの木の上を指差して言った。

 そこには『俺』の言った通り、火縄銃のような物を構えたサーヴァントが立っていた。

 

「え......?」

 

「アーチャー!」

 

 叫んだのは少女のサーヴァントだ。彼女はどこからかサーベルのような剣を取り出して構える。

 対して俺のせいで奇襲がバレたアーチャーのサーヴァントはここからでも聞こえるような大きな舌打ちをし、銃を構えたままこちらに突っ込んでくる。アーチャーは大人しく遠距離だけを狙っているんじゃないのか?

 『俺』の決断は早かった。

 アーチャーが突っ込んでくる反対側にまた駆け出した。

 

「逃げるのが正解なんだよ!」

 

 しかし___

 

「そう簡単に逃がすとでも?」

 

 目の前にマスターと思しき男が立っていた。

 挟み撃ちだ。

 呑気にこのサーヴァントと喋っている間に狙われていたらしい。

 『俺』はどうしようもなく、後ずさって少女のサーヴァントの元へ戻された。

 

「おいおい、どうしてくれるんだ。挟み撃ちにされているぞ」

 

「それはこっちのセリフよ。貴方がつまらないハッタリかけてくれるから、アーチャーに気付かなかったじゃない!」

 

「言い掛かりだな。取り敢えずここは建設的な話をしようぜ。どうにかして切りぬけよう」

 

 背中合わせの『俺』と少女のサーヴァント。

 アーチャーとそのマスターを倒せるとは思っていない。このバカっぽいサーヴァントが実はめっちゃくちゃなチート使い、とかなら話は別だが、今の状況を鑑みるにそれはないだろう。

 

「で? セイバーのサーヴァントさんは本当はどこにいるのかしら? 貴方の戦力も回してもらわないと、割とキツイわよ」

 

「それなんだが、ご期待には添えそうにないよ」

 

 出来るだけ申し訳なさをアピールしながら告げる。当然、セイバーが存在すると思い込んでいる少女サーヴァントは、意味がわからないとでもいいたげな風に言った。

 

「どういうこと?」

 

「そのままの意味だ。俺にサーヴァントはいない。どういうわけか分からないけどな」

 

「もう、本当に意味が分かんない。......仕方ないわね、今は逃げることだけを考えましょう。あのマスターだけど、見た感じあまり魔術回路は強くない。貴方でも走って逃げれば何とかなりそうね」

 

「何とかって、随分と適当だな……」

 

「何言ってるの。私、分析と戦術だけは自信あるんだから。ていうか、本当は貴方なんて見捨てても私には何ら損害はないのよ?」

 

 だから感謝しなさいよね、と彼女は言った。

 全くその通りだ。『俺』を助けたところで彼女に何ら利益はないのだ。『俺』に恩を売っても何ら出てきやしない。

 それなのに、彼女は助けてくれるという。

 

「お前、もしかしてツンデレか?」

 

「は、はぁ!? こんな時に何言ってるのよ! ていうかこの私のどこにツンはともかくデレの要素があるわけ!? まだ貴方とロクな会話してないけどそれくらい分かるでしょ!」

 

「(はは、ツンの自覚はあるんですね......)」

 

「何? 何か言った?」

 

「いえ別に。......ちゃんと走って逃げるよ。俺、逃げるのだけは自信あるんだ」

 

「うわぁ、嫌なヤツ。私のマスターじゃなくてよかった。……スリーカウントでいくわよ。私が右に跳んでアーチャーの気を引くから、貴方は左に逃げてマスターを引っ張ってって頂戴」

 

「分かった。ありがとう」

 

 心からの感謝だった。しかし、彼女のマスターは許してくれるのだろうか。他のマスターを助けるなんて、裏切り行為そのものだというのに。

 勿論、『俺』にそれを気にかける気概はない。

 

「作戦会議は済んだのかな、ライダーとそのマスター」

 

 大体二十歳前後と思われる、アーチャーのマスターはそう言った。なるほど、この娘はライダーだったのか。それにどうやら『俺』は彼女のマスターだと勘違いされているようだ。ならそれはそれで都合がいい。

 

「ええ、もう万全よ。3秒間だけ、待ってあげる。逃げるなら今のうちよ。それからはもう容赦しないから」

 

 ハッタリと言って良いのか分からないくらい見え見えの虚勢だ。向こうのマスターもこれくらいは見抜いているようで、

 

「はん、つまらないな、ライダー。どうやら主従揃って愚か者のようだ。黙って令呪さえ渡せば命は見逃してやるというものだ。分かっているだろう?」

 

「煩いわね。3」

 

 額を汗が伝う。

 果たして上手く逃げ切れるのだろうか? このマスター、何というかオーラが凄いのだけど。何というか、この眼帯サーヴァントなんかよりよっぽど威厳があるというか。

 

「2」

 

 それに、自分のことはよく分からないが、体力が多い方とは思えない。さっきは逃げるのは得意などと言ったが、あれは嘘だ。そんなものは知らない。

 

「1」

 

「ふん、なら望み通り殺してやる。やれ、アーチャー」

 

「0!」

 

 アーチャーの動く気配を感じたが、『俺』はライダーの指示通り左へ全力疾走する。

 後ろは振り返らず、ただ一心に走った。

 ただただ、決して走りやすいとは言えない、ぬかるんだ地面を蹴り続けた。どうやらそれに少し、坂道になっているようだ。

 ライダーは、アーチャーは、あのマスターはどうなったのだろうか。

 気にかかるが、それでも『俺』は走り続けるしかない。

 ライダーに指示された通りに逃げる。

 

「はぁっ、はっ」

 

 これで正解だ。

 『俺』は無力なマスターだ。というか、最早マスターかどうかも曖昧。『俺』に出来ることなど、何もありゃしない。

 

 有りはしないのに。

 

「くそッ! どうしてだ! 何で俺はここまで無力なんだよッ!」

 

 ただ逃げるしかない、というのが何故か悔しくて、心の底から叫んでいる『俺』がいる。

 アーチャーのマスターは『俺』の方には来ていない。上手く巻けたのかもしれないが、はなからライダーを追っている可能性もあるのだ。あのライダーは、アーチャーとそのマスター相手に太刀打ちできるのだろうか。

 

「いや......アイツにもマスターがいるか......」

 

 『俺』は一度立ち止まり、呼吸を整える。

 ここまで来れば大丈夫だろう。マスターも追って来ていないようだ。

 

 乾いた発砲音が鼓膜に響いたのはその時だった。

 

「何!? アーチャーか!?」

 

 坂道のさらに登った方角。『俺』が逃げて来た方とは反対だ。アーチャーはライダーを追って『俺』とは真反対に逃げたはず。それならアーチャーがこんな所にいるはずはない。

 

「となると......アーチャー以外のサーヴァントか、あるいはマスターか。どちらにせよ、俺一人じゃ勝ち目ないな」

 

 近くの茂みに身を隠し、息を潜める。

 

「......来ないか」

 

 しばらく待ったが、誰も来る気配はない。

 確かに銃声はしたのだが......。

 『俺』は茂みから痛む腰を上げ、思い切って銃声のした方へ歩いて行く。

 この判断は正解か、否か。

 『俺』にはまだ答えは見えなかった。

 

「っと、崖か......」

 

 相当登っていたようで、少し進むと崖に当たった。

 銃声はこの下からしたようだ。

 『俺』は恐る恐る崖の底を見下ろす。見下ろして、息を呑んだ。

 

「ライダー! それにアーチャー!?」

 

 崖下では、ライダーとアーチャーが戦闘を繰り広げていた。それにアーチャーのマスターもいるようだ。

 アーチャーの火縄銃から銃弾が飛び出し、ライダーは見事な身体捌きで回避して行く。

 しかし優勢なのはアーチャーだ。

 ライダーは避けるだけで守備一点。対してアーチャーは余裕の仁王立ちで火縄銃をぶっ放している。それにアーチャーにはマスターが付いているのだ。

 このままいけば、ライダーは押し負ける。

 

 『俺』は息を呑んでそれをただ見ていた。

 どうにかならないか。

 

「っくぁッ!?」

 

 ライダーの悲鳴が聴こえる。

 ついに銃弾が当たってしまったらしい。

 よろけて倒れそうになっているが、なんとか持ち堪え、後方退避しつつ襲い掛かる銃弾をサーベルで弾いている。

 

「ライダー......」

 

 どうにかならないか。

 このままでは『俺』はライダーを見殺しにしかできない。

 しかし、ここにいつまでも居座っていられない。

 聖杯戦争に参加しているのは、ライダーとアーチャーだけではないのだ。セイバー、ランサー、アサシン、キャスター、バーサーカー。残り五人のサーヴァントとマスターが獲物を狙って目を光らせている。

 『俺』は格好の餌だ。

 間違いなく、ライダーは見捨て、一刻も早く身を隠すのが正解。

 これはライダーとそのマスターの問題であり、『俺』には関係ない。

 そう思わなければならないのに。

 

「クソだ! ライダーのマスターは何をやってる!? 早く助けに来ないとアイツ死ぬぞ!」

 

 もしかして、見捨てたのか?

 ライダーの腹に銃弾が直撃する。ついに倒れて転げ回ってしまう。

 マスターは、ライダーを助けないつもりだ。

 

 『俺』は少なからずライダーに恩を感じている。

 あの時、アイツは『俺』を助ける必要は無かった。

 お人好しだったのか、天性のツンデレだったのか、彼女は少しも迷わず『俺』を助けてくれたのだ。

 ならば。

 

「借りは返すのが正解だ!」

 

 自分の右手の甲に刻まれた刻印を見る。

 サーヴァントさえいれば、ライダーに加勢できるのだ。サーヴァントさえいれば......。

 右手の甲をひたすら見つめる。

 何かを、見落としている。

 

「俺にあるのは令呪3画分だけ......けど操るべきサーヴァントが......」

 

 閃光だった。

 『俺』の脳に一筋の雷光が走った。

 そうだ。一つだけ、あるじゃないか。

 

「何で、気付かなかったんだ......。もしどこかに俺のサーヴァントがいるなら、令呪で呼び出せばいいじゃないか!」

 

 勿論、サーヴァントがいればの話だ。

 けどライダーの話から察するに、まだセイバーのサーヴァントは現れていないらしい。となると、『俺』のサーヴァントはセイバー。令呪を一画分消費することになるが、そんなものは大した問題ではない。

 

「どんなサーヴァントかは知らないが、使えるものは使うまで!」

 

 天に右腕を掲げ、周りは御構い無しに叫ぶ。

 

「令呪をもって命じる! ......あー、何て言えばいいんだっけ? まぁいいや、俺のサーヴァント、来い!!」

 

 直後、応えがあった。

 『俺』の背後で魔法陣が描かれていく。

 そうだ、これでサーヴァントが呼び出せる!

 

「やったか!? よしっしゃあ! 来い、俺のサーヴァント! セイバー!!」

 

 眩い閃光と共に、そのサーヴァントは召喚される。

 雷光を纏い現れた彼女は、美しく流れる黒髪、紅の瞳に強い意志の光を湛えている。

 そして、左目に眼帯を掛けていた。

 唖然とする『俺』には眼もくれず、彼女は告げる。

 

「さ、サーヴァント・ライダー、召喚に応じ......ってええ!?」

 

 紛れもなく、先ほどまで崖下で闘っていたライダーその人だった。ツンデレの再来である。

 あまりの衝撃に、『俺』は固まってしまった。

 そうだ。よくよく考えれば、彼女のマスターが助けに来なかったのは『俺』がマスターだから、という可能性もあったのだ。

 ライダーもまた、『俺』を見て絶句していた。

 何てことだ......。一体どこでフラグを建ててしまったのやら。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

名無しのマスター 3

「お、お前が俺のサーヴァントだったのかよ!?」

 

「それはこっちのセリフよ! 貴方、今まで私のことほっといて何をしていたわけ!?」

 

 出会って速攻の取っ組み合いだった。

 殴りかかってきたライダーに遠慮なく頭突きを喰らわす。相手は結構な美少女だがそこら辺は関係ない。『俺』は男女差別はしない主義だ。

 

「ってぇ!?」

 

「ったぁ!」

 

 思ったより石頭だった。なんてやつだ。

 両者共に額を抑えて涙目で叫んだ。

 

「おまっ! 助けてやったんだから感謝しろよ! 令呪一回使ったんだぞ!」

 

「はぁ!? 元はと言えば、貴方が阿保だったから私が助けなくちゃいけなくなったんでしょう!?」

 

「じゃあ何で助けてくれたんだよ!」

 

「そ、それは......」

 

 言うなり大人しくなったライダー。ふっ、やっぱりツンデレだな、と『俺』は心の中でほくそ笑んだ。

 しかし、彼女を見ているとこちらまで気恥ずかしくなる。

 

「まぁいいよ、これでおあいこだ。これからは俺がお前のマスターだ。よろしくな」

 

「え、ええ。サーヴァント・ライダーよ。よろしくね」

 

  そういえば、と『俺』は最初から気になっていたことがあった。

 

「お前、真名は何なんだ? ライダーなら何かしら乗り物もってんだろ? それで今は逃げようぜ」

 

「私の真名は......言いたくないわ」

 

「言いたくないって......俺はお前のマスターなんだぞ? 別に俺に知られたって困ることはないだろ?」

 

「まぁ、そうなんだけどね……」

 

 どこか気まずそうに『俺』から目をそらすライダー。

 まぁ、言いたくないなら無理に聞くこともない。

 どちらにせよ、彼女の真名を知ったところで『俺』に出来ることはない。自分が魔術師かどうかも定まらないのだ。

 それに今は……。

 

 銃声が再び轟いた。

 

「アーチャー!」

 

 銃声は崖下からだ。そして___

 

「ふん、やはりお主がライダーのマスターか。随分と一人で寂しそうじゃったぞ、そこのライダー」

 

 崖下から飛んできたアーチャーは火縄銃を肩に担いで言った。

 ライダーは剣を構え、『俺』の前に立った。一応サーヴァントとしての使命は心得ているらしい。そして、それが自分に適応されることが少し嬉しかった。

 

「ライダー、あいつは何者なんだ。あの火縄銃のアーチャーは」

 

「あの火縄銃、日本風の装備、おそらくあのサーヴァントの真名は織田信長!」

 

 ___織田信長。

 日本、戦国最強クラスの将軍。

 その存在は知っている。

 

「そう! わしこそが真の覇王、またの名を、六天大魔王織田信長!」

 

 そして天へと一発。ドヤ顔で景気良く発砲した。

『俺』は正直にヤバイと感じ取ってた。

 彼女は弓兵として一級クラスのサーヴァントだ。対してライダーは……。

 

「な、何よ。何か文句でも?」

 

「いえ別に」

 

 ライダーは真名すら分からない未知数のサーヴァントだ。ライダーのくせに未だ騎乗しているところを見たことがないし、この状況でもサーベルを構えているところを見ると、本人もライダーとしての本職を全うするつもりはないらしい。

 不安な戦況だ、と感じている。

 

「まずいわね……あのアーチャー、かなり鬱陶しいわ」

 

 ライダーがアーチャーを見据えたまま言った。

 

「不利なのはオーラ見ただけで分かるけど……、まだ何かあるのか?」

 

「し、失礼なこと言ってくれるわね……まぁそれは後でぶん殴るとして。あのアーチャー、対ライダー兵器と言っても過言ではないわ」

 

「対ライダー兵器……」

 

 それはいよいよマズイのではないか?

 ライダーとアーチャー本来クラスの相性は互角のはずだが、織田信長に関しては例外らしい。

 

「どうする、ライダー。俺としては今すぐにでも撤退したいんですけど」

 

「そうね。あの将軍様が素直に逃がしてくれるのなら、そうしたいけど」

 

「是非もない。このわしが獲物を逃すとでも?」

 

「やっぱり!」

 

『俺』はライダーの華奢な背中を見つめながら唸る。

 弾丸のダメージを負っている彼女がどこまで闘えるか、今は彼女を信じるしかない。

『俺』は彼女に告げる。

 

「ライダー、隙を見て撤退しよう。それまで頼めるか?」

 

「ええ、やれるだけのことはやるわ。貴方には何も期待していないから大丈夫よ」

 

 大丈夫って一体何が大丈夫なのか……。それにしてもツン全開である。

 ともかく、ライダーは闘う気らしい。アーチャーは言わずもがな。

なら『俺』はタイミングを伺い、どうにかして撤退するチャンスを掴む。

 

「行くわよ___破れた御旗(ルーザーズ・フラッグ)!」

 

 ライダーの宝具は旗だった。

 地に刺さっている先が鋭く尖っている。槍のように扱うのだろうか。宝具を開放し、ドヤ顔で構えた。

 それに___

 

「ほう、その旗、魔力の強化をするようじゃの」

 

「流石、将軍様は気付くわね。詳しくは違うけど、大体そんな感じよッ!」

 

 旗の切っ先を向け、アーチャーに向かって一直線に突っ込んで行くライダー。アーチャーの弾丸をその旗槍で巧みに弾く。アーチャーは一度後方へ跳んだ。

 

「なんだ! やるじゃないか!」

 

 そう叫んだのも束の間、今度はアーチャーが反撃に出る。

 空中に浮かぶ火縄銃三丁。弾丸は単純に3倍だ。

 しかしライダーは尚もアーチャーを追って突進する。

 

「これでも喰らえ!」

 

 九回の銃声が重なり、一つになって鼓膜を揺らす。

 ダメだ、当たる! 『俺』は必死に逃げろ! と叫ぶも、彼女にそのつもりは一切ないらしい。彼女の突撃には流石のアーチャーも驚いたようで、「マジかよ!」と声を漏らした。

 

「ライダー!」

 

 一発目は心臓。旗の枝で弾く。

 二発目は右脚。跳躍し、躱す。

 三発目は跳躍を見越した空中。再び旗で防御。

 四発目は着地を狙った左脚。着地せず、旗を用いて棒高跳びのように避ける。

 五発目、六発目は両肩。腰を落として回避。

 七発目、八発目は腹部。旗を回転させ防御。

 そして九発目は顔面___

 

「はぁッ!」

 

 眩い紫電が空間を裂いた。

 雷光を纏った旗槍が最後の銃弾を阻む。

 

「なにっ!?」

 

 面食らったアーチャーは更に後ろへ飛び、火縄銃を構え直すが___

 ライダーはニヤリと笑って言った。

 

「貴方、後ろ、大丈夫なのかしら?」

 

  「ぬぁっ!?」

 

 アーチャーが立っているのは崖だ。あと一歩の所まで追い詰められている。

『俺』はライダーの予想以上の活躍に興奮していた。

 こいつ、強いじゃないか___

 それにしても、ますますライダーぽくない。これでは完全にランサーだ。ライダー改めツンデレランサーである。

 

「なるほど......お主、不完全なサーヴァントと思って油断していたわ。だが、もう心配しなくてよいぞ! ここからは全力じゃ」

 

 今度はアーチャーがニヤリと笑う。これが本気ではないとは薄々感じてはいたが、言われてはじめて恐怖を感じる。

 加えてライダーはかなり体力を消耗している。さっきの弾丸避けは神業に迫るシロモノだったが、その分多く体力も使ってしまったのだろう。

 そしてアーチャーが動いた。

 

「ライダー! 来るぞ!」

 

「分かってるわよ!!」

 

 森が更にざわめきだす。アーチャーを中心に何か、大きな力が渦巻いて行く。それが魔力だと、『俺』には分からないが、本能が危険を告げ、膝が震え、鳥肌が立ち、声が出ない。

 ライダーは旗槍を構え、険しい表情で唸る。

 

「なんて魔力量なの……。間違いなく宝具が来る! マスター、何かの陰に隠れて! 多分私じゃ防ぎきれない!」

 

「それじゃお前が!」

 

 アーチャーはあくまで敵のマスターの使い魔だ。慈悲も容赦も無い。あるのは、敵を殲滅せよというマスターの指示だけだ。

 そして展開される火縄銃。『俺』とライダーを取り囲むように銃口を提げている。

 数は三千。

 無限とも言える凶器が牙を剥く。

 

「三千世界に屍を晒すがよい。天魔轟臨! これが魔王の……ッお前ッ!!!」

 

「えっ?」

 

 詠唱が止まった。無数の火縄銃は虚空へと消え、アーチャーの意識は既にライダーには向けられていなかった。

 意味が分からず、唖然とアーチャーの顔を見ると、目線は『俺』たちのさらに後ろ、森の奥へ向けられていた。何か、いるのか?

 

「何だ……?」

 

「分からない。けど、将軍様は私たちは見逃してくれるみたいよ」

 

「見逃すというか、意識から外されているというか……」

 

 何と嬉しいアウトオブ・眼中。

 そして将軍様は、

 

「おのれぇぇぇぇぇ!!! 貴様、ただで逃がすかぁ!!」

 

 などと絶叫し、森の奥に火縄銃をぶっ放しながら突っ込んでいった。

 取り残された『俺』たち二人はあまりの急展開に茫然として棒立ちだ。

 

「えー。どゆこと?」

 

「はぁーっ、わっかんないわよ。あんな狂人アーチャーのすることなんて……。ていうか疲れたぁ。マジ死ぬかと思ったわ」

 

 膝を着いて地面に座り込んだライダー。本当に疲労は溜まっているらしい。サーヴァントでもそこは『俺』と同じだ。

『俺』も緊張が一気に解かれて、ライダーの横に座り込んだ。

 

「お前、なかなかやるな。さっきの回避術? すごかったぞ」

 

「あ、あ、ええ。あんなの当然よ。サーヴァントとして当然の身のこなし。私、軽量級だから」

 

「そうなの? それで、あの電撃みたいなのは? 魔術も使えるのか?」

 

「あー、まぁそんな所よ。そこまでのシロモノじゃないから期待はしないで頂戴」

 

 一通り褒めてやって好感度を稼ぐ。

 これからこのサーヴァントと上手くやって行くための通過儀礼みたいなものだ。けれど、実際さっきの闘いぶりには舌を巻いていた。

 

「んじゃ、とりあえず拠点作らないとな。いつまでもうろついていたら格好の餌食だ」

 

「それもそうね。私は今までずっとこの森で逃げ隠れしてたけど。誰かさんのせいで」

 

「あー……、すんません」

 

 彼女は俺の前を先導するようにズカズカと歩いて行く。どこか行くあてでもあるのだろうか。それにしても、移動にもやはり騎乗スキルは活用しないようだ。真名が分からないからはっきりとは言えないが、このサーヴァント、やはり乗り物を持っていないのではないか? 嫌な疑問が頭の中をグルグルと回り始める。騎乗しないライダーなんて冗談もいいところだ。

 

「何?」

 

「いえお気になさらず」

 

 しかしキツイ性格してるなぁ。

『俺』のタイプは年上の、優しくて包容力のある人なのだ。

 言ったら殺されそうなので黙って後ろについて行く。

 

「なぁ、やっぱり真名は教えてくれないのか? 立てられる作戦とかさ、そこらへん変わってくると思うんだけど」

 

 言うと、ライダーは一度だけ振り返った。

 その顔は、とても申し訳なさそうで、『俺』は思わず立ち止ってしまう。

 

「いや悪い。言いたくないなら別にいいよ。誰だって言えないことはあるしな」

 

 だからって真名を言わないはないだろうに、とは思っているが余計なひと言である。コミュニケーションは大切に、だ。

 ライダーは俺の言葉を聴いていたのかいないのか、何も言わずに歩き続けている。

 

 少しの間があって彼女は口を開いた。

 

「ありがとう。貴方、優しいのね」

 

「おう。俺は優しいぞ。強くはないけどな」

 

 本当は、自分のことなど何一つ覚えていないというのに。そんなことを言ってしまう自分が酷く醜く感じた。

 

「じゃああれは? お前が振り回してた旗は宝具なんだよな?」

 

「ええ、破れた御旗(ルーザーズ・フラッグ)って言ってね、私の自慢の宝具よ」

 

 破れたって......ご自慢の一品にしては景気の悪そうなネーミングだ。

 名前とは裏腹に結構実用的ではあるようで、アーチャーは「魔力を増幅させる効果がある」と言っていたし、この宝具を出してからライダーの動きは飛躍的に身軽になっていた。

 名前の由来が気になるところだが、そういうのは真名を聞いてからにしようと思う。

 なので、別の気になることを訊くことにした。

 

「なぁ、どこまで行くんだ? 拠点、あるのか?」

 

「ええ、森の外だから少し歩くわ。一応サーヴァントと鉢合わせしないか目を光らせておいて頂戴」

 

「森の外か。しかしこの森にも終わりはあるんだな」

 

「そりゃあ、まぁ、終わりはあるわよ。結構魔術的に複雑なの。どこのキャスターが仕掛けたのか知らないけどね」

 

 魔術的に複雑、というのは魔術の罠が仕掛けられているとかそんな感じなのだろうか?

 そう考えると足が少し竦んでしまうが、流石にライダーが罠について何も考えていないということはないだろう。 全く、嫌な話を聞いてしまった。

 

「まぁ、魔術的にって言っても、罠とかそんなのじゃなくて空間が継ぎ接ぎにされているだけなんだけど。割りとやっかいなのよねぇ、突然気配の無かったサーヴァントと鉢合わせ、何てことが起きちゃう」

 

「え? どゆこと? 罠じゃないのか?」

 

「だから、空間が継ぎ接ぎになっててね、森の中がランダムワープの迷路みたいになってるってこと。全く、どこのキャスターの仕業よ......」

 

「ランダムワープって、それこの森から抜け出すの無理なんじゃないか?」

 

「何も考えず走り続けたら永遠に出られないでしょうけど、ワープ地点からは魔力が漏れてるから、気を張っていれば気付くわよ。......ほら、そこ」

 

 そう言って、ライダーは森の少し奥の方を指差した。そこから魔力が漏れだすワープ地点があるらしいが、『俺』にはさっぱり分からない。こうやって魔力を感知できないところを見ると、『俺』はどうやら本当に魔術師ではなかったのかもしれない。

 ならどうして、この聖杯戦争に参加しているのか。ていうか、何故参加できたのかが謎である。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半端者のサーヴァント 1

 森の中を歩いていると、いつの間にか日が落ちてきているのに気が付いた。

 時間が気になったが、腕に時計は付けていない。

 

「なぁ、今何時なんだ?」

 

「さぁ? 知らないわよ。ここ、今の季節も分かんないし」

 

 季節が分からない? どういうことだ。

 寒くないから冬ではないだろうし、暑くもないから夏でもないだろう。だとすれば春か秋だが、森の木々が青々としているところを見ると、春ではないだろうか。

 

「春じゃないのか?」

 

「それが違うのよね......ま、どうでもいいけど」

 

「うんん......わっかんねぇ」

 

 魔術の難しい話はよくわからない。

 本当に、魔術師の知識は聖杯戦争についてしか無いようだ。果たしてこんなナリで聖杯戦争を勝ち抜けるのだろうか。

 こんな所で死ぬのは御免だ。

 

 その時、木々の間から何者かの影が過った。

 

「サーヴァント!?」

 

「なんですって!」

 

 何者かは木々の隙間を高速で走り抜けていく。ぬかるみを全く感じさせない綺麗な身のこなし。あれはアサシンのサーヴァントか。

 一瞬だけ、腰に提げた剣の鞘が見えた。

 追うとか、逃げるとか、判断する前にそのサーヴァントはどこかにまるで霧のように消えてしまった。

 そして___

 

「うおああああああ! どこじゃどこじゃぁぁぁ!!」

 

 聴き覚えのあるけたたましい叫び声が。

 言わずもがな、アーチャーの将軍様だ。彼女はどうやらあのサーヴァントを執拗に追っているらしい。

 そして今回も『俺』たちには眼もくれず、アサシン(?)が消えた方へと疾走して行った。

 

「な、なんだったんだ......」

 

「やっぱり危険ね......今のはアーチャーだったからよかったけど。早く行きましょう」

 

「おう。早いとここんな危なっかしいところ出ようぜ」

 

 それから『俺』とライダーは用心しながら森を抜けて行った。途中、もう一度アサシン(?)アンドアーチャーとエンカウントしたがやはり無視され、数回ワープ地点を避けて進んだ。それ以外のサーヴァントとは遭遇していないし、特に損害もない。順調だ。ここまで来るとアーチャーをあそこまで駆り立てるアサシンが何者なのか気になるところである。

 そして___

 

「やっと抜けた......」

 

『俺』たちは森の迷宮を何とか突破したのである。

 森を出ると、アスファルトの道が続いていた。しばらく道なりに進むと、看板が現れた。

 

『ようこそ、〇〇〇〇〇〇の街、アラクリアへ』

 

 随分と古ぼけた看板で、一体何の街なのかさっぱり分からない。字が掠れて消えてしまい、一体何の街なのか分からなくなってしまっている。

 ともかく、この街はアラクリアというらしい。今回の聖杯戦争の舞台だ。

 そう言えば、一般人のことは考えなくてもいいのだろうか。真昼間からドンパチやっているが、そこら辺はどうなのだろうか。

 それについてはライダーが答えてくれた。

 

「この街ね、少し変なのよ」

 

「変? 普通にちょっと寂れた街、みたいなのじゃないのか、ここ」

 

「普通って......見て分からない? 人がいないのよ、人が」

 

 呆れたように言われ、慌てて周囲を見渡す。大通りの側に建ち並ぶ5階建てくらいの建物。電気が点いているが......確かに道に人はいない。

 

「ビルに電気が点いてるのは?」

 

「さぁ? 確認してもいいけど、人はいないわ。ほら、そこのコンビニ」

 

 ライダーが指差しているのは見たことのないコンビニエンスストア。電気は点いているし、見た感じ商品はきちんと並べられている。

『俺』たちはコンビニへ足を踏み入れることにした。

 

「おじゃましまーす......」

 

 やはり、人はいない。

 少し店内を歩き回って見ると、弁当などの商品は賞味期限が明日だった。つまり。

 

「これ、今日の朝に入荷されているのか?」

 

「そーいうこと。私がこの街に召喚されたのが一昨日だから、少なくとも二回は商品が入れ替わってる。もちろんだけど、ここにおにぎりを並べる人なんていないわ」

 

「どういうことだ......」

 

 また意味のわからない展開に頭を掻きながら唸る。ライダーはというと、せっせっせっせとおにぎりを開封して勝手に食べていた。

 

「あ、おい! 一応売り物だぞ!」

 

「はぁ? 売り物もなにも、払う先もお金も何んだから、別にいいでしょう? ていうか、貴方も何か食べたておいた方がいいんじゃない?」

 

 それもそうか、と『俺』はカレーパンと一番安いお茶を店内で食べた。思えば少しお腹が空いていたのだ。ライダーは『俺』の隣でぱくぱくとおにぎりの山を次々に消費していっている。どんだけ食べるのだ、このサーヴァントは。

 

「お前、ちょっとは遠慮しろよ......」

 

「どうして? どーせ誰も来やしないんだから、いいでしょう? それに私人間じゃないし。サーヴァントですし」

 

「ええ......。まぁいっぱい食べる人は嫌いじゃないけど、あんまりがっつくなよ」

 

「はいはい。貴方に好かれてもしかたないわよ」

 

「出たよ、出た出た。ライダーさんのツンデレタイム」

「なっ!」

 

「何なの? やっぱりツンデレライダーなの? これからツンデレラって呼んでいいですか?」

 

懐からサーベルが出て来たのでそれくらいにしておく。それでも顔を羞恥で真っ赤にしたライダーが見れたのだからいいものだ。

 

「それで、これからどうするつもりなんだ? 食糧はここから拝借するとして、寝る場所とか」

 

「適当にそこら辺の建物でいいんじゃない? 片付いてるし。まぁ、他のサーヴァントに見つけられても逃げやすい所がいいわね。......このメロンパンおいしいわよ」

 

「あー、じゃあそれも貰っていくか。......まぁ早いとこ出ようぜ。他のマスターもやって来るかもしれないしな」

 

 コンビニを出てすぐに、ライダーは例の宝具を取り出した。破れた御旗(ルーザーズ・フラッグ)。アーチャーの話によると、魔力を増大させる力があるらしい。いつ襲われてもいいように警戒しているのだろう。確かに、ここら辺は敵が潜んでいても分かりにくい。やはりこういう時、サーヴァントは凄く頼りになる。

 ライダーが先行して大通りを進んでいく。

 行きすがら考えた。

 そういえば、このライダー、アーチャーとそのマスターに「不完全なサーヴァント」などと呼ばれていた。それはどういう意味なのだろうか。『俺』は彼女のマスターとして、彼女のことを知らな過ぎる気がする。この先上手くやっていけるか不安にもなる。 

 けど、いずれ話してくれるだろう。今はそう思っておく。

 

「ここら辺のビルでいいでしょう」

 

「ああ、ここなら周りもよく見えそうだ」

 

 ライダーと『俺』が辿り着いたのは、普通のオフィスビル。周りの建物と少し間隔があり、上の階に上がっても地上がよく見えるだろう。

『俺』は迷う事なくオフィスビルの玄関口を潜る。中に入ってみても、極普通のオフィスビルだ。ただ人の気配が無い。

 振り返ると、ライダーはまだ入り口の前で突っ立っていた。

 

「おーい、どうしたんだライダー! 早く中に入ろうぜ」

 

『俺』がそう手招きすると、あろうことか彼女は思いっきり顔を顰めた。

 思わずおいでおいでしていた右手と顔が硬直してしまう。

 

「ええっ......そんな嫌そうにしなくても」

 

「いや、違うの。マスター、ここは危険よ」

 

 危険よ、と言われ、慌ててビルの奥の方へ振り返り身構える。そこには誰もいない。

 宝具を片手にライダーは『俺』の側までやって来て言う。

 

「貴方、やっぱり魔力を感知できないのね。......ここ、上の方から凄い魔力が漏れ出してる」

 

「そうなのか?」

 

 分からない。ともかく、その魔力の根源はサーヴァントかマスターであることは間違い、と彼女は言いたいのだろう。このまま階段を登れば戦闘は避けられない。

 さて、どうすべきか......。

 

「ライダー、もう少し詳しく分からないか。せめて敵のクラスとか」

 

「ええ、状況分析なら私の十八番よ。任せなさい。......と言っても、この際限無く漏れ出してる魔力、どう考えてもバーサーカーよ。目的なく存在するだけで魔力を浪費している所を見ると、取り敢えず火力がヤバい脳筋バーサーカーね、きっと」

 

「バーサーカーか......」

 

 サーヴァント・バーサーカー。

 あらゆるクラスよりも高い戦闘火力を誇り、使役するには膨大な魔力が必要となる。さらに狂化することによって火力のさらなる底上げも可能だ。

 

「ライダー、何とかなりそうか」

 

「闘う気なの? マスターの命令なら私は従うだけだけど、はっきり言って、真名も分からないバーサーカーと殴り合うのは賢くないわよ?」

 

 彼女の言うことは最もだ。『俺』とて、今この戦闘でバーサーカーを落とすつもりはない。出来ればそうしたいものだけど。

 ただ、これからはただ守ってばかりはいられないのだ。

 聖杯戦争を勝ち抜きたければ、攻めに転じるのが正解だ。

 

「だから、今回は相手の特性を見極めるだけだ。分析、得意なんだろう? すぐに撤退するよ」

 

「まぁ......それなら何とか。この宝具もあるし、少しくらいならバーサーカーでも応戦できるわ」

 

 がしゃん、と旗の切っ先を床に突きつける。ライダーの顔に、バーサーカーと闘う恐怖は見受けられなかった。

 

この宝具(ルーザーズ・フラッグ)はね、相手の魔力によって祝福の強さが変わるの。相手が強ければ強いほど、私の力もまた底上げされる。けど、絶対に相手を上回ることはないから、フィニッシャーとしては全然なんだけどね」

 

 ならフィニッシャーは別に有るのだろうか。

 ともかく今は、彼女の宝具の特性に感謝するしかない。対バーサーカーならその威力は計り知れないだろう。

 

「分かった。俺も全力で支援するよ」

 

「支援って、貴方何もできないでしょ」

 

 そう言われると耳が痛い。本当にどうして『俺』は聖杯戦争に参加したのだろうか。

 全ては消えた記憶の中だ。

 

「それじゃあ、行こう」

 

 ライダーが先行し、階段をゆっくりと登っていく。

 上の階にいる、と言っていたが何階なのだろうか。二階に着いたが、迷うことなくライダーは更に上を目指す。『俺』は手摺を伝いながら彼女の後ろを追う。

 

「マスター」

 

 彼女が再び口を開いたのは五階目前まで登った時だった。このビルは六階建てで、多分、更に上に屋上がある。だからそろそろバーサーカーのいる階に着いているはずなのだが......。

 

「どうした」

 

「近いわ。多分、六階ね。バーサーカーのヤツ、マスターと一緒じゃないのかしら。ここまで来ても動かないなんて。脳筋バーサーカーらしくない」

 

 それは良いことなのか、悪いことなのか。判別に困る所だが、彼女はゆっくりと五階のフロアに足を着けた。その時だった。

 

 ブゥン、と『俺』でも感じれる程、何かが揺らいだ。

 まるで、魔力の波紋が空中を伝っているような。

 

「しまった!」

 

「ええっ!? ちょっ!!」

 

 ライダーは『俺』の腕を引っ張って、五階フロアの奥へ放り投げる。『俺』の身体は面白いように空を舞った。

 天井が高かったのが幸いし、『俺』は天井にぶつかってはたき落とされることはなく、フロアの床に叩きつけられた。

 

「くはっ!」

 

 彼女に抗議する間も無く、それは天井からやってきた。

 巨大な何かが大きな振動とコンクリートの破片の雨を降らしながら、天井を割って上の階から落ちてきたのだ。

 

「一一一一一一一一一一一一一一一ーーッ!!」

 

 バーサーカーの咆哮はさらに破壊を撒き散らした。

 容赦なく吹き飛ばされる『俺』の身体。今度は壁面に叩きつけられた。

 

「ぐはっ!?」

 

 肺から空気が絞り出るような感覚。

 立ち上がることもできない。

 

「ら、ライダー!」

 

 それでも何とか叫び、彼女の安否を確認しようとする。

 返事は少女の叫びと金属音だった。

 

「おらあああああ!!」

 

 旗を頭の上で回転させながらバーサーカーに飛び掛かるライダー。瓦礫の煙でよく見えないが、旗の部分は上手く柄に巻きついているようだ。

 

「ーーーーーーーーッ!!!」

 

 バーサーカーはそれを避けもしない。

 旗の斬撃を身体で受け、その巨大な左腕でライダーの小さな身体を吹き飛ばした。『俺』よりも強く叩きつけられ、壁に亀裂を作る。

 

「ライダー!!」

 

 何だこのサーヴァントは。

 あまりに圧倒的じゃないか。

 バーサーカーはその巨躯を弾丸のように「発射」させ、壁に半ばめり込んでいるライダーを壁と自分の身体で押し潰した。

 信じられないような轟音がフロアを揺らす。

 

「ライダーァァァァァァァ!!!」

 

 あまりにバーサーカーの突進の威力は高く、壁が耐え切れずに破壊され、ライダーの身体は五階の空へ放り出された。

 

「くそっ!」

 

『俺』は痛む身体を死ぬ気で叩き起こし、こちらには目もくれずライダーを追おうとする狂気のサーヴァントから少しでも距離を取ろうとする。

 ライダーはどうなったか。あの一撃を受けて生存できているのか。

 彼女の宝具が『俺』の足下に転がっていた。『俺』はそれを両手で持ち上げる。

 

「重いっ......! こんなもの振り回せるかよッ!」

 

 武器にしようかと考えたが、それは無理そうだ。それ以前に、このバーサーカーと生身の人間が闘おうなどと考えるのが間違いだ。

 

「くそっ、どうすれば!」

 

 あまりにも甘く見ていた。バーサーカーの、いやサーヴァントという存在を。

 彼らに様子見などと、容易な心持ちで挑めるわけがなかったのだ。

『俺』は心の何処かで楽観視していた。

 アーチャーとの戦闘で、ライダーはそれなりに闘えた。あの三千の火縄銃。『俺』は、あの織田信長こそが、最強なのだと、どこかで勘違いしてしまったのだ。確かにサーヴァントは強い。宝具なんて使われればひとたまりも無い。けれど、宝具でなければ多少は闘える___と。

『俺』は愚かだった。

 

 バーサーカーはゆっくりとその巨躯を『俺』の方へ向ける。狂獣の光の無い眼に殺意は無い。___あるのは、全てを破壊するという本能のみ。

 

「ーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 再びの咆哮。あまりの振動に、右耳から血が噴き出す。鼓膜がやられた。

 駄目だ。逃げようにも脚が全く動かない。

 バーサーカーは、右手に握られた金色の斧を振り上げた。

 

 駄目だ、終わる___!

 

「マスター!!!」

 

 彼女の声に意識が舞い戻った。

 破壊された壁の向こうから、ライダーが突っ込んでくる。

『俺』は両手で握り締めていた破れた御旗(ルーザーズ・フラッグ)を全力でライダーへと____投げた。

 バーサーカーの眼の色が変わる。目標が『俺』からライダーへと切り替わる。

 

「ヘラクレスゥゥゥゥ!!」

 

 ライダーはそのサーヴァントの真名を叫びながら、雷光を纏う旗を一心に振り下ろした。

 

「ーーーーーッ!!!」

 

 バーサーカーは黄金の斧で彼女の雷光を受ける。

 紫電の奔流が破壊されたフロアを駆け巡った。その対象は『俺』もまた例外ではなく、『俺』は電流から逃げ惑う。

 

「ーーーーーーーーーー!」

 

「このっ!」

 

 再び始まったライダーとバーサーカーの攻防。

 戦況は圧倒的なバーサーカーの優勢。ライダーはほぼ押し潰されるようにバーサーカーの一撃必殺の乱打を回避し続けている。

 先ほどの一撃は決して軽くはない。彼女の左腕はほぼ潰されて血塗れだ。長くは持たない。一刻も早く退路を作らなければ。

 

 そんな『俺』の焦りも尻目に____その狂人は現れた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

半端者のサーヴァント 2

 バーサーカーとライダーが死闘を繰り広げる中、その狂人は悠々と現れた。

 その男は鬼のように斧を振るい続けるバーサーカーを至極満足気に眺め、言ったのだ。

 

「令呪を以って命じまぁす!! 私のサーヴァント・ヘラクレス、止まりなさい」

 

「......は?」

 

 意味が、分からなかった。

 あの男は、間違いなくバーサーカーのマスターだ。なのに、彼はバーサーカーがライダーを潰すのを止めた。たった三画しかない令呪を使って。

 脳内警報がガンガン鳴っている。

 男は、ゆっくりと、噛み締めるように言った。

 

「御機嫌よう、ライダーと、そのマスターよ。調子は如何でございますかな? 私は絶絶絶好調!! とぉても楽しい! そう! 貴方はどうですかぁ!」

 

「お前......狂ってるな......どういうつもりだ、令呪まで使ってどうしてバーサーカーを止めた!」

 

 バーサーカーはまるで銅像のように沈黙し、ライダーはフロアに膝をついて、狂人を睨みながら激しく息を吐いている。その身体はいたる所が血に染まり、もうボロボロだった。

 そして、このおかしな状況を作り出した当の本人は、本当に困ったように首を傾げている。

 

「どういうつもりだ、とはどういう意味でしょう? 私は、ただ貴方とお話(・・)がしたかっただけですよぉ? ライダーのマスター」

 

「は、話?」

 

「ええ。貴方は大変興味深い......それに、貴女。サーヴァント・ライダーにもお話を伺いたいのですよぉ」

 

 狂気の眼を向けられ、ライダーは自分の血塗れの身体を庇うように抱きしめ、睨み返した。

 それでも狂人は満足気に頷く。

 

「そうですねぇ。やはり、貴女はとても楽しい。私を楽しませてくれそうだぁ」

 

「おい! お前は俺に話があるんだろ?」

 

「はいはい、分かっておりますとも。焦らず、お待ちくださいな。順番待ちですよぉ? 横入りはいけませんねぇ」

 

 そうニヤリと嗤い、狂人は『俺』に右手を向けてきた。牽制だ。下手に動けば殺される。この男がいくら狂っているとは言え、魔術師なのには変わらないのだ。魔術を極めたが故に狂った、などという面倒くさい設定が付いていても困る。

『俺』は黙って言われるがままにするしかない。

 

「ではでは、サーヴァント・ライダー。お話をしましょう。とても建設的な話です。____貴女、此方に付く気はありませんか?」

 

「は?」

 

 思わず声が漏れていた。

 つまりこの男はこう言ったのだ。『俺』を裏切って、バーサーカーに寝返れ、と。

 

「彼が令呪さえ渡してくれれば、簡単なことです。それにぃ、貴女のご協力が頂ければもっと楽に済みますねぇ。彼も死ななくても済むかもしれませんよぉ? ちょぉっと、右腕を斬らせて頂きますがねぇ。左腕もありますし大丈夫でしょう」

 

 覆いかぶさるように、早口でまくし立てた狂人に、ライダーは震えていた。恐怖しているのだろうか。いや、それは違う。

 彼女は、あまりの怒りに震えていた。

 

「貴方、私がサーヴァントってこと、分かって会話しているのかしら?」

 

「ええ、勿論承知でございます。不完全なサーヴァント(・・・・・・・・・・)

 

「このっ!!」

 

 ライダーは旗を振り上げ、雷光を放った。しかし____。

 

「ふむ、これだから最近のサーヴァントは。今はお話をしているのですよぉ? 少しは弁えてくださいまし?」

 

 がきぃん! と甲高い音ともに、全てが弾かれた。

 思いがけぬ衝撃に、ライダーは言葉を失ってしまっている。何らかの障壁が狂人を守っている。それは『俺』にも理解できるが、それをどうこうするのは不可能だ。

 

「くそっ!」

 

「そう怒らないで下さいよぉ、半端者の沸点は低いですねぇ全く困ります」

 

 聴いているこちらもイライラする喋り方。ライダーはまた怒りで震えている。

 それに、この男も言ったのだ。「不完全なサーヴァント」と。

 

「貴方は大丈夫でも、私は直ぐにでもバーサーカーの心臓を穿てる。わかってるの!?」

 

 彼女の声は最早悲鳴だった。尚も笑みを顔面に貼り付けている狂人は至極嬉しそうに嗤った。

 

「にははっ! それは面白いですねぇ! 貴女が、貴女如きの雑魚すぎクソワロタなサーヴァントがこの私のヘラクレスを穿つぅ? なるほとこれは楽しい話だぁ!」

 

「何を......ッ!」

 

 旗を持ち飛び上ろうとしたライダーを、今度は諭すように狂人は笑う。

 

「ヘラクレスに貴女のような不完全な低級サーヴァントの攻撃は効きません。知らないのですか? このサーヴァント・バーサーカーの特性を。彼の真名をご存知だった貴女なら、きちーんと理解しているものかとテッキリ思っていたのですが? 私の買い被りすぎですかねぇ?」

 

「そうよ......ヘラクレスは一定レベル以下の攻撃は受け付けない。それに12の命を持つ大英雄。12回殺さないと、死なない」

 

 ライダーは震える声で言った。そろそろ限界が近い。彼女がサーヴァントとは言え、あまりにも出血量が多い。このままでは消滅してしまうだろう。

 そんな事は露も考えず、狂人の口は尚も高速で開閉し続けている。

 

「そうでっす!! よくできましたぁ!! 半端者の貴女にしては上出来ですねぇ。本当に貴女、誰なのですか? 魔術史や、神話は結構お勉強したはずなのですがねぇ。貴女の魔力の色はどうも分からない。何か足りません。中身だけで、それを形作るモノがないといいますか......」

 

 だから半端者。不完全なサーヴァント。英霊として必要な「何か」が彼女からは欠けてしまっている。

 

「そう、貴女のクラスは本来ライダーではない......。ランサーですか? いえ、それにしては敏捷性が足りません。ではキャスター? それも無い......。その宝具、とてもアサシンの扱えるものではありませんしねぇ。ならセイバーでしょうか? 不完全な故に最優の器から滑り落ちたセイバーはライダーとなった......。そうかもしれませんね! ええ! そうでしょう!」

 

 狂人はライダーから目を離し、視線を『俺』の方へ向けてくる。目が合った瞬間、悪寒が走った。

 

「さてさて、お待たせ致しました。次は貴方ですね、ライダーのマスター」

 

「......何なんだよ!」

 

「まぁそう怒らずに。先程、彼女と話しましたが、もし彼女が貴方を裏切ることに決めたのであれば、私は貴方のこの右腕を切断し、安全に令呪を頂きますのでご心配なく」

 

「この......狂人が」

 

「褒め言葉ですよぉ、それ!」

 

 ぬいひひひ、とこれ以上無く狂ったように笑いながら、『俺』の髪の毛を摑んで、頭を持ち上げてきた。

 

「貴方には自己紹介をしておきましょう。私の名は、アーク=エルメロイ=ファルブラウ。片隅の魔術師でございます。そして、私のサーヴァント・バーサーカー、ヘラクレス。これは重大なネタバレですが、貴方がた二人では彼を攻略することは物理的、いえ失礼。魔術的に不可能! 無理ゲーですねー」

 

 そして、摑んでいた『俺』の頭を床に叩きつけた。

 

「ッが!?」

 

 鼻から温かい物が流れ出ているのを感じる。それに視界がチカチカして気を抜けば意識を持って行かれそうだ。

 そんな『俺』は放っておいて、狂人アークは再びライダーの下へ。

 

「さて、主を裏切る決意はできましたか? さぞかし震えているでしょうねぇ。そう! 裏切り程楽しいものはない! 私の思うところの、世界三大愉悦の一つですよぉ? 貴女もそうおもうのでしょう? 故にそれほど震えている! 嗚呼!! 素晴らしい! 何と素晴らしき同士を得た喜びぃ!! 何とも形容し難いですねぇ」

 

「___」

 

 ライダーが何かを言ったが、声が小さすぎて『俺』の耳にまでは届かない。それはアークにしても同じようで、ライダーに目線を合わせて耳に手を当てる仕草をした。

 

「何です? よく聞こえませんよぉ、同士」

 

「___れ」

 

「はい?」

 

「黙れって言ってるのよ! この下等生物がッ!!!」

 

 破れた御旗(ルーザーズ・フラッグ)が唸りを上げ、アークのこめかみへ一直線に突き刺さる。が、勿論それは空しく障壁に阻まれてしまう。

 

「おやおや、乱暴しますか。どうやら私と共に歩む権利を放棄してしまったようですねぇ。残念。実に残念ですよぉ、殺して下さい! バーサーカー!!」

 

「ライダー!」

 

 直後、三人が一斉に動き出した。

 ライダーは瞬時に旗を振るい、障壁に衝撃を加える。これよって、一瞬だけ、弾かれたアークは動けなくなる。そしてそのまま反動を利用し、『俺』のいる方、無惨に破壊されたフロアの壁に向かって走り出した。

 それを見て、『俺』もまた壁の穴へと体を走らせた。

 

 逃がすまいと、バーサーカーの黄金の斧が唸り、ライダーの長い髪を掠めた。

 

「マスター行くわよ、掴まって!!」

 

「おおう!?」

 

 否応なくライダーに腕を摑まれ、壁の穴へ一直線に引っ張られる。そして、そのまま、またもや身体を投げられた。

 

「うおおおおおお!?」

 

 『俺』の身体は弧を描くように宙を舞い、丁度ビル一個分の距離を文字通り飛行した。そして『俺』の後を追うようにビルから飛び出したライダーが一直線に『俺』を空中で追い抜く。

 

 ラッキーなことに、隣のビルは四階建て程で、五階の高さからほぼ地面と平行に跳んだライダーは屋上に着地した。

 

「おおおおお!?」

 

 そして、遅れて落ちてきた『俺』を見事にキャッチした。

 

「っと、貴方結構軽いわね」

 

「お前が馬鹿力なんだよ! あとナイスキャッチ! 早く降ろしてくれ!」

 

 誰に見られていると言う訳ではないが、女の子に俗に言うお姫様だっこをされるのは気持ちの良いものではないだろう。だがライダーは首を振った。

 

「何言ってるの。このままビルを跳んで逃げるわ。その度に貴方を一々投げ飛ばしていたらバーサーカーに追いつかれるでしょ!」

 

 ということで、ライダーは『俺』を持ち上げたまま、逃走を開始した。

 

「ていうか、左腕! 大丈夫なのか!?」

 

 『俺』を持ち上げている左腕は血塗れの彼女の身体でも一番黒く汚れている。それでも彼女は『俺』をその左腕で持ち上げているのだ。

 

「大丈夫じゃないわよ! 今は魔力で何とかしてるけど、はっきり言ってそんなに持たないわ! だからさっさと逃げるの!!」

 

 激しく痛むのか、彼女の顔は引き攣っている。そんな彼女を見ていると無力な自分が申し訳なく思えて、如何に情けないかを思い知らされる。

 

「......悪い」

 

「何しょげてるのよ。私はサーヴァントなんだから、マスターの貴方を守るのは当然でしょう!」

 

 こんな何の支援もできない、足手纏いのマスターでごめんな、と言ってしまえば楽だったかもしれない。けど、それはこれほど頑張っているライダーに対して、あまりにも失礼に思えたから『俺』はずっと口を噤んでいた。

 

 自分は何故、聖杯戦争に参加したのだろうか。度々思う。

 けれど、今の『俺』は明確に願っていた。

 

 ___強くなりたい。あの狂人を一瞬で黙らせられる程強くなりたい。そして、俺はちゃんと彼女と一緒に闘いたい。それが、本当のマスターとサーヴァントの絆のはずだから。

 

 けれど、それを叶えてくれる万能の器は、永遠と思える程に、遥か彼方にあるのだ。

 

 陽は既に落ち、アラクリアの街は月明かりに照らされている。

 無人のビル群には灯りが灯り、されど住むべき人はおらず、音も無い。

 遠くの森から、銃声が微かに聴こえるも、街の沈黙に掻き消された。

 

 そんな夜を二人、傷を負って駆け抜けている。

 逃げる。どこまでも逃げる。

 弱いから。自分が弱いから逃げる。

 

 彼は嘆く。

 どうして、己は力を示せない。己は何者だ。どこから来て、どこへ行く。何のために、闘うのだ。己は何を、その器に望んでいたのだ___

 

 不穏な陰りと共に、聖杯戦争三日目は終わる。

 名無しのマスターと半端者のサーヴァントの闘いは、まだ始まったばかりだ。

 




 短いですが、これで一章本編終了です!
 感想や問題点はどんどん仰って下さいまし。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狂人と断章

 バーサーカーのマスターはライダーとそのマスターを深追いしなかった。ライダーの一撃で動きが一瞬だけ封じられていたせいで反応が遅れたが、ヘラクレスならすぐに追いつけただろう。そのヘラクレスは、今は荒れたオフィスビルの地面に座って沈黙している。

 対してそのマスターは、ニヘラニヘラと笑っていた。

 

「ふぬん、流石は私のサーヴァント。すぅばらしぃ働きです! この調子なら、あのライダーの攻略は余裕でしょう。これで私が聖杯へ一歩近付いた! そうです! 聖杯を、万能の器を手にするのはこの私! この私以外にはあり得っまっせぇん!!」

 

 えひひひ、と腹の底から甲高い笑い声を漏らすバーサーカーのマスター・アーク。その様子は、狂人そのものだ。依然沈黙を守るヘラクレスより、余程狂っていると言えよう。

 しかし、狂人マスターから漏れだす魔力は異常な程に大きい。ヘラクレスをバーサーカーとして使役するのに十分な魔力___かのアインツベルンのホムンクルスにも匹敵するだろう。

 

「後は......セイバーですねぇ。最優と呼ばれしサーヴァントの姿は未だ拝めていない......どんな剣士なのか。私としては楽しみで楽しみで仕方ありません。貴方を楽しませてくれるといいですねぇ、ヘラクレス」

 

「ええ、そうだといいですね」

 

 狂人の独り言に、突如応えた人物がいた。

 何もないはずのオフィスビルに何の前触れもなく現れた、一人の女。

 しかし、狂人の方はさして驚いた様子はなく、ゆっくりと女の方へ振り向いた。

 

「おやおや、これはこれは。お久しぶりでございます! 実に、二日ぶりでありますねぇ、私たちはご覧の通り絶絶絶好調でありますが! 貴女様の方は如何でございますかぁ? サーヴァント・キャスターよ」

 

 サーヴァント・キャスター。

 そう呼ばれた女は、狂人の態度に狼狽えることなく、彼の歪んだ顔を見据えている。

 無表情の美しい顔からは、何を考えているのかさっぱり分からない。

 

「それで? サーヴァント・キャスターよ。今度はいかようでございますか? この不肖、私めに出来ることならなんっなりと申しつけくださいませ!!」

 

 そう叫んで地に膝を突く狂人。明らかに、敵のサーヴァントに対する態度ではないだろう。

 ならば、このマスターとキャスターは、何らかの共戦協定を結んでいるに違いない。

 

「いえ、これ以上貴方に頼むことはありません。貴方は、これまでの通り、遭遇したマスターとサーヴァントを片っ端から駆逐して下さい。その為に私が与えたヘラクレスなのですから」

 

「ええ! ええ!! わかっておりますとも!! 不肖私めがヘラクレスなどという大英雄を使役できるのは全て貴女のお力添えがあったからこそなのですから!! 故に! 貴女の僕として奉仕するのは当然の帰結だ!」

 

「そう、ありがとう」

 

 キャスターはあくまで素っ気なくあしらっている。

 眠ったように動かないヘラクレスだが、このサーヴァントを使役するには膨大な魔力が必要となる。そう、かのアインツベルンのホムンクルスでなければ耐えられないほどの魔力。

 この狂人マスターにそれほどの魔力が備わっていたのだろうか? 答えは否だ。

 彼の言う通り、ヘラクレスを使役できているのは、キャスターの援助があったから。

 キャスターは言う。

 

「それに、さっきのライダー。あのサーヴァントは逃して正解です。彼女にもこれから働いて貰わなければならない。その為に、私は監視役に徹底するとしましょう......それでは行きましょうか、マスター」

 

 マスター。

 そう呼びかけた相手は、キャスターの更に背後に立っていた。これには狂人は気づかなかったようで、驚いたように眼を剥いている。

 

「サーヴァント・キャスターのマスターですか。貴方、いつからそこにぃ?」

 

「ふん、■がお前如きの■■■感知できるわけがないだろう」

 

 キャスターのマスターの台詞は、一部ノイズが掛かったように聴こえない。狂人は首を傾げた。それにこのマスターは少し変だ。

 

「貴方......何者ですか? 私には貴方の魔力が見えません......いえ? それどころではないですねぇ。どうも、貴方の姿が定まらない。揺らいでいます。像がぼやけているようだぁ」

 

「認識阻害ですよ、気にしないでください」

 

 キャスターは特に気にかける様子はない。彼女にはマスターの姿がはっきり見えているのだろうか。

 

「行くぞ、■■の■■■。こんな■■に構っている時間など■■のだろう?」

 

「それもそうですね。では、バーサーカーのマスター。よろしく頼みますね?」

 

「ええ! お任せあれ! この私めの誇りに掛けて貴女に支え抜いて見せましょう!! アーク=エルメロイ=ファルブラヴの名にかけてぇッ!!!」

 

 そう高らかにアークが叫び終えた時には、既にキャスターとそのマスターの姿は消えていた。

 そして彼は、満足気に右手の甲を摩る。

 そこにはマスターとしての証、赤い刻印の令呪が刻まれている。

 

 きっちり、三画分(・・・・・・・・)、刻まれていた。

 

「ふふん、この聖杯戦争、やはり私たちの勝利ですねぇ......」

 

 アークは目を黒く輝かせ、右手の甲を自分の舌で、ひたすら愛おし気に舐め続ける。

 その狂人を止める者は、ここにはいない。

 

 ________

 

 接続確認。

 ユーザー名:vel 認証。

 

 プログラムの確認を行います。

 

 現在、全てのサーヴァント・マスターの召喚は終了し、戦闘フェイズに移行しています。本聖杯戦争、三日目までの脱落者、規定違反者はゼロ。滞りなく進んでおります。

 

 現在、観測地点753付近で戦闘が行われている模様。サーヴァント・アサシンとサーヴァント・アーチャーの霊器を確認。環境負担率は29.7%。許容範囲内です。

 

 他、目立った戦闘は見受けられません。

 確認は以上です。

 他にコマンドを実行する場合は、規定コードを入力して下さい。

 

 了承。それでは、引き続きプログラムを監視致します。

 

 残りサーヴァント数:8騎(・・)

 

 健闘を祈ります。

 




一章で出現、生き残っているサーヴァント一覧

???/ライダー
織田信長/アーチャー
???/アサシン
ヘラクレス/バーサーカー
???/キャスター

まぁアサシンとか分かっちゃうよね......仕方ない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間の物語 1

 両親が何故そこまで魔術に拘るのか、まだ幼かった少女には理解できなかった。

 

 父親は当時名を馳せた人気政治家の一人で、あれやこれやと非難の的になっている国会議員の中でも評判が良く、もし与党議員であれば総理大臣になる可能性がある、とまで噂される程の逸材だった。

 仕事をこなしつつ、自分たち家族の面倒もきちんと見る。そんな謂わば、政治家としても父親としても、完成された人間と言えただろう。

 

 外の人間から見ればの話だが。

 

 母親は、父親のような日常的にニュースに登場するような有名人でこそなかったものの、多忙極まる政治家の夫を心の底から慕い、支え、尚且つ娘である自分たちの面倒もしっかりと見る。そんな謂わば、専業主婦の理想形だった。実際、時々開かれては一緒に連れて行かされた「議員主婦の会」などというパーティでは、あらゆる議員夫人に優秀だとか、見習わなくては、などと褒め称えられていたのも事実だ。それにも母親は、驕らず謙遜的な振る舞いをし続ける。出来た人間だった。

 

 外の人間から見ればの話だが。

 

 少女はというと、小中高と賢く、最高クラスと言われている私立の学校に通い、さらにその中でもトップクラスの成績を修め続けた。無論、勉学だけではなく、競合と謳われていた水泳部に所属、中学三年生の時には全国大会に出場するなどと、運動神経も文句なしの満点だったろう。故に、他人からの信頼も厚く、生徒会長など当然のように努め、人々を纏め上げるリーダーとしての素質も並大抵のものでは無かっただろう。

 言わずもがな、容姿端麗。母譲りの大きな瞳に、幼さの残るあどけない唇。長く伸ばした黒髪がとても似合う清純な美人であった。

 まさに完璧超人。

 

 外の人間から見ればの話だが。

 

「ねぇ、お父様、お父様は私に政治の道を継いで欲しいのですか?」

 

 ある日、少女は父親に訊いた。優しい笑みを湛えた父は、ゆっくりと少女の黒髪を撫で、そっと諭すように言ったという。

 

「いいや、お前が望むなら、成りたいものになればいいさ。でも、その為にはいくつもの試練を乗り越えなくちゃならない。でも大丈夫だ。お前なら絶対にどんな試練でも乗り越えて行ける。なんたって、この私の一人娘なのだからね」

 

「はい! 私、どんなことでも、どんなに苦しいことでも、頑張って乗り越えて見せます! それで、いつかはお父様のような政治家になって、この国の政治に貢献します!」

 

「そうか。それは良い答えだね。お父さんは期待しているよ」

 

 少女は心から笑っていた。

 ああ、何て素晴らしい日々だろうか。

 そう、私はどんな苦しみも振り切ってみせる。お父様とお母様が見てくれているなら、私は何だってできる。何にだってなれる。

 

「ねぇ、お母様。私はちゃんと試練を乗り越えているでしょうか?」

 

 ある日、少女は母親に訊いた。どこまでも吸い込まれるように美しい母は、少女の頬を撫で、慈悲深いその声で、とても嬉しそうに言ったという。

 

「ええ。心配はいりませんよ。貴女はきちんと、逃げずに、多くの試練を乗り越えてきたのですから。これからも、迷うことはありません」

 

「そうですか。それは安心しました」

 

「でも、もし疲れて、これ以上闘えなくなったのなら、遠慮なくお母さんにいって下さいね? その時は、また別の道を考えましょう」

 

「はい!」

 

 少女はそうして両親に導かれ、すくすくと育っていった。

 彼女にはいろいろな試練が襲いかかった。しかし、少女はそれを諸共せず、全て乗り越えて行った。

 

 授業参観で、少女の活躍振りを目にした同級生の親たちは次々に言ったという。

 

「本当に、何て出来た娘なのでしょう。自分の子どもとは大違いだわ」

 

 そして、少女が自分たちの方を見て、キラキラと笑っている姿を見て、両親は思ったという。

 

 

『本当に、何て出来た娘なのだろうか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。本当によく出来た子だ。姉たちとは大違いだな(・・・・・・・・・・)

 

 _________

 

 

 少女の家は、自慢の大きな和風屋敷だった。

 父親の仕事での繋がりなどで、日々たくさんの人がこの屋敷を訪れていたが、少女と両親しか知りえない「()()()()」が存在した。

 

 五番目の和室、その一番右上の畳を上げると、その「仕事部屋」への階段は口を開ける。

 日付が奇数の日は、夜になると少女はその階段へ呑まれていく。

 

 16歳になり、高校に入学してもその習慣は変わらなかった。

 

「お父様、()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「そうだね。そろそろ、準備を始めないといけない時期だから少しハードなものになるけど大丈夫かい?」

 

 一緒に階段を降りながら、父は言った。

 こうして、父が帰ってきている日は父と、そうでなければ母と階段を降り、試練へ向かう。

 

 階段を下りると、地下道がある。

 ランプの青い灯りが灯ったその道を父親と並んで歩いていくと、鉄製の扉が一枚現れる。「仕事部屋」の入口だ。

 

 きぃぃ、と金属質な音を響かせ、父が扉を押し開いた。

 父が手招きをする。

 

「さぁ、おいで。今日も試練を始めよう」

 

「はい、お父様」

 

 扉を潜り、「仕事部屋」に入ると、すぐ近くの机の上に、綺麗な石がいくつも置いてあるのが目に入った。

 この石___聖星石を見ると自覚する。

 

 ____ああ、今日もまた、始まるのか。

 

「さぁ、今日は少し量を多めにしよう」

 

 そう笑顔で言った父は、少女の右腕と首に二本ずつ注射をし、彼女の体内に液体を流し込んだ。

 

 打たれると、すぐに体中に寒気が走り、かと思えば真夏のような暑さに襲われる。

 今日は量が多いからか、いつもより酷い暑さだった。___まるで、口から火を噴いてしまいそうに熱い。脳が溶けそうだ。

 

「いいね。きちんと制御できている。では早速始めようか。本当はゆっくり念入りにやりたい所なんだけど、生憎お父さんにも時間が無いんでね」

 

「は......はい」

 

 少女は父に促されるまま、部屋の奥、床に描かれた魔法陣の真ん中に立つ。意識が朦朧とするが、必死に立ち続ける。

 

 父は、そんな少女の周りにどんどん聖星石を並べて行く。並べながら、何か呪文のような物を詠っている。

 一式並べ終え、父は少女に訊いた。

 

「今日は随分と顔色が悪いね。大丈夫かい? 止めたければ言ってもいいんだよ」

 

 とても、とても優しい声だった。しかし、少女は意識を手放さない。

 手放すわけにはいかなかった。なぜなら____

 

「それじゃあ、今日も始めようか。今日の触媒は_____()()()()()()()()()()()()()

 

 ___そうだ。私は試練を乗り越えなくてはならない。あの失敗した姉のような末路を辿らないために。

 

 少女は父から、実の姉の脳の一部を受け取り、無表情で、何も考えずそれを口に入れた。

 

 (魔術師)は言う。

 

「さぁ、噛んで。ゆっくりと咀嚼するんだ。焦らなくてもいいぞ。まだ数はたくさんあるからね」

 

 地獄だった。

 何故こんな真似が___自分の娘に、殺した姉(失敗作)の脳を食わせるなどという真似が出来るのか。理解は出来ずとも、逆らう事はなかった。

 自分は愛されている。父と母の言う事をきちんと聞いて、試練をこなしていけば、いつかまた抱きしめて貰える。

 少女はただその一心を胸に、両親の拷問を、五年以上耐えてきたのである。

 

 ___そう言えば、この脳は()()()()()のものなのだろうか。

 

 グチュグチュと咀嚼しながら、そんな事を考える。しかしすぐに、無意味な思考だと割り切った。姉が何人死んでいようが、父親が何人殺していようが、そんな事は今の自分には関係ないことだ。

 今はただ、この最早作業とも言える拷問をこなしていればいい。

 

 床に置かれた無数の聖星石と魔法陣が連動し、淡く発光する。

 

「......ッ!」

 

 身体の中に力が流れ込んでくるのが分かる。今までで最高の量だ。だが耐えなければならない。父と母の願いに応えるために。倒れる訳にはいかない。耐えなければ。

 耐えなければ。

 

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ。

 耐えなければ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、姉が光の中にバタリと倒れて行く様子を母親と見ていた。

 

 母親は心から残念そうに言う。

 

「あら。また失敗ねぇ。彼女なら耐えられると思ったのだけれど。____でも、貴女なら大丈夫よ。貴女なら、全ての試練を乗り越えて、()()()()()辿()()()()()()。お姉ちゃんたちみたいに失敗しないって、お母さんは信じているからね」

 

 私は、全身から血を噴き出している姉の残骸を横目で見ながらただ、首を縦に振った。

 

 後片づけに取りかかる父を尻目に、私と母は「()()()()」を出て地下道の階段へと向かう。

 

 私はため息を吐いた。

 

 ____愚かなお姉ちゃん。お父様の言う事が聞けないなんて。

 




次回から二章です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翼の裁定者
愚者と裁定者と復讐者と


 暖かいなぁ。まるで、真冬の朝の炬燵のよう。ぬくぬくと身動きを取りたくないほどに気持ちがいい眠り。

 最近よく眠れていなかったから、久しぶりに二度寝もいいかもしれない。そんなことを考えていたところで、夢の外から手が伸びてきた。

 

「_________マスター! 起きるんだマスター! 敵が来るぞ! サーヴァントの反応だ!」

 

「て、敵?」

 

「もう、何を寝ぼけている! ほら、早く指示を。迎撃か退避か、二つに一つだぞ!」

 

 そのサーヴァントは寝起きにも御構い無しにマスターの鼓膜に声をぶつけてくる。分かっているのだ、こうでもしないと目を覚ましてくれないと。

 勿論、マスターの方も彼が自分のことをそれくらいは理解していると分かっているので、素直に寝ぼけた頭を覚醒させる。

 周囲をゆっくり見回し、ここがアラクリアのオフィスビルの一角だと言う事を思い出した。

 

「___それで、どのサーヴァントなの? 寝込みを襲ってくるイケナイ敵さんは」

 

 サーヴァントは腕を組んで困った表情をした。

 

「それなんだが、色々な意味で少し厄介なサーヴァントかもしれない」

 

「貴方の()()()()()()()をもってしても?」

 

「ああ」

 

 マスターはようやく立ち上がり、身体を軽く伸ばしたりジャンプしたりと調子を確認する。昨日、ランサーとそのマスターと殺り合った時の傷は、全てサーヴァントが癒してくれた。

 それにしても、昨日のランサーは厄介だった。特にあのマスター。

 

「___まぁ、それは置いといて、貴方が厄介だと言うのなら、かなりの強者みたいね。それで? 結局、迫ってきている敵さんの真名は何なの? それくらい分かるでしょう? 裁定者(ルーラー)のサーヴァントなのだから」

 

 ルーラー。そう呼ばれたサーヴァントはビルの窓から外を監視しつつ、マスターの問いにゆっくりと答えた。

 

「ヤツのクラスは復讐者(アベンジャー)。真名はおそらく、かのフランスの聖女ジャンヌ・ダルクだ」

 

 アベンジャー。あまりに予想外の答えに、マスターは絶句してしまう。そんなマスターを尻目に、ルーラーは己の宝具の一つである、とある惑星の刻印が施された杖の感触を右手で確かめた。

 

「でもルーラー、それは少しおかしな話よ。この街のサーヴァントの霊器反応は全部で八、そう言ったのは貴方でしょう? 通常の七つのクラスにルーラーを加えた八騎ではないの?」

 

 最もな話だ。

 第一、聖杯戦争は七騎のサーヴァントで争われるもの。そこにルーラーなどというクラスがつけ入る場所など無いはずなのに、実際ルーラーのサーヴァントはここに現界してしまっているのだ。

 それに加えてアベンジャーまで現れたとなると、九騎でなければ数が合わない。通常七クラスの中の一つが抜け落ちているということになるのだ。

 

 マスターは首を傾げる。ルーラーも少々納得のいかない部分があるようで、

 

「まぁ、ルーラーというふざけたクラスの私が現界しているのだ。アベンジャーが出現しても不思議ではないかもしれない」

 

「そうね......ルーラーは他の通常七クラスに対してあまりに有利すぎるもの。ゲームバランスをきちんとするためにも、アベンジャーのクラスは必要なのかも」

 

 勝てたと思ったのに。余計な事を。マスターはそう悪態を吐き、ルーラーは呆れたように首を振った。

 

「そう簡単に行くものか。第一、昨日のランサー戦でもかなり苦戦したではないか」

 

「あれは貴方が結構な出し惜しみをしてくれたからでしょう? その宝具を最初から使っていればあんなヘボランサーなんて一瞬でキルよ」

 

 自分の首に手刀を当てて、斬首の真似ごとをする少女のマスター。

 

「だが、本当に厄介というか、意味が分からないのはアベンジャーの真名の話だ。私の読みが正しければ___というか正しいだろうが、ヤツの名はジャンヌ・ダルク。本来のクラスは私と同じルーラーだと記憶している」

 

「それなのに、アベンジャークラスでご登場ってわけね」

 

「そういうことだ。今度は全力で対処するつもりだが、ヤツの実力は計り知れない。少々不安があるのが本音だ」

 

「へぇ、貴方が弱音を吐くなんて、随分強そうじゃない。そのアベンジャーさん」

 

 ふふふ、と至極楽しそうに、両手を広げてくるくると回る少女。

 

 ___ああ、本当に楽しい。これぞ聖杯戦争。万能の器を手にするために相応しい篩よ。これを生き抜いてこそ最高の魔術師たれ、というもの。この闘い、なんとしても私とルーラーが勝利してみせる!

 

「で、どうするのだ。ヤツはもうかなり近くまで迫っているぞ。迎撃か、退避か。選んでくれマスター」

 

 ルーラーの問いに、少女は迷うことなく頷いて言った。

 

「そんなの、迎撃に決まっているじゃない。貴方の炎で燃やして差し上げて」

 

 もちろん、ルーラーに、マスターの指示に逆らう理由はない。こちらも頷いて、

 

「了解。これよりアベンジャー迎撃戦を開始する」

 

 バン! と窓を割り、ルーラーは外へ飛び出した。

 

 そして文字通り、飛んだ。

 

 白い、巨大な美しい翼で。

 

 マスターはエレベーターで屋上へと向かい、アラクリアの街を展望しつつ、ルーラーの姿を目で追った。どこまで行っても無人の、奇妙な街だ。それはまるで、世界が終わってしまったかのようにも感じさせられる。

 ___それもいい。

 

 ルーラーのマスターは愉しそうに笑う。

 そして、終焉を迎えた世界の空に一人、空を駆る両翼のサーヴァント。その姿は最早___

 

「やっぱり、救済の天使そのものね。サーヴァント・ルシファー」

 

 そして、ルシファーと呼ばれたサーヴァントは敵の姿を上空から確認する。

 

 ジャンヌ・ダルク。

 

 地上の彼女もまた、彼の方を見ていた。

 黒い、まるで憎悪の象徴とも思えるその黒き鎧。そして、その右腕に握られた黒い宝具。

 

 彼女の事をよく知っているカルデアのマスターあたりなら、彼女の事をこう呼んでいる。

 

 ジャンヌ・ダルク・オルタナティブ。

 略して、ジャンヌ・オルタ___と。

 

「見つけた!」

 

 そう三人が同時に叫んだ。

 手始めに動いたのは、空を飛んでいるルシファー。杖を天に掲げ、祈るように言った。

 

「魔術の真髄を以って絶対悪の魔弓に救済を与えん。我が祈りのもとに展開せよ、『天穹・女神の明星(ヴィーナス・エンジェル)』!」

 

 ルシファーの叫びに呼応し、彼の右手の杖が光を帯びながら変形する。

 

 杖は弓に。

 聖なる魔力を圧縮した矢をつかえる。

 

 マスターは笑っていた。この上なく愉しそうに、狂喜の笑みをその美しい童顔に隠すことなく浮かべて。

 

「そう! 焼き尽くしなさい!! 全て焼き尽くせば、この煩わしい世界も少しはマシになるわ! 貴方の神性を以って、愚かな復讐者に裁きを下しなさい!!」

 

 対して、地上のジャンヌ・オルタもまた、己の宝具を解放していた。

 

「これは憎悪によって磨かれた我が魂の咆哮!......『吼え立てよ、我が憤怒(ラ・グロドメント・デュ・ヘイン)』!!」

 

 直後、天使の一撃と復讐者の暗き炎が激突する。

 爆風を受けた少女は、圧倒的な力の激突をただニヤニヤと嗤っていた。

 

 

 ___________

 

 

 そして、ルーラーとアベンジャーの宝具解放を、少し離れたオフィスビルに隠れ、半ば震えるようにして見ていた『俺』は、床に、毛布を掛けられて眠っているライダーの頬に手を触れた。

 

「ごめんな......今はゆっくり休んでいてくれ。ここは俺が守るから」

 

 優しく頬を撫でるその右手の甲、刻まれていた令呪の紋章は、さらに一画分消えていた。

 何とかバーサーカーから逃げ切れたものの、ライダーの傷は到底サーヴァントの自然治癒で賄えるものではなかった。そしてライダーの回復に令呪を消費する苦渋の選択をしたのが、もう夜も明け始めたころの話だ。

 覚醒から一日も経たずに、令呪を二回も使ってしまった。

 

「本当にマズイな......」

 

 令呪がもう一つしか残っていないのは勿論のこと、『俺』にとってマズイことは他にもいくつかあった。

 

 まず、外で未だ激闘を繰り広げている二人のサーヴァント。遠慮なく宝具を解放し、文字通り全力で殺し合いをしているのだ。周囲への衝撃も生半可なものではく、さっきからいくつものビルが瓦礫と化している。『俺』たちが潜んでいるこのビルに被害が及ぶのもそう時間は掛からないだろう。

 

 そして、目下の問題はもう一つ。

 

「大丈夫そうなのか、ライダーは」

 

「ああ、令呪も使ったし、じきに目を覚ますとは思う」

 

「それか、それはよかった」

 

 『俺』とライダーから少し離れた壁にもたれている一人の少年。彼の側には、寄り添うように一人の少女が立っている。

 

 彼女はランサーのサーヴァント。そして彼はそのマスターだ。

 

『俺』と同じくらいの年齢の彼は、心から安心したように言う。

 

「良かったよ。ライダーが脱落せずに済んで。本当に危なかったな」

 

「ああ、ありがとう。助かった」

 

 ランサーのマスターを警戒しながら、それでも『俺』は彼に感謝していた。にこにこと純粋な笑みを浮かべながら、彼は『俺』に手を伸ばしてきた。

 

「それで、どうだい? 僕と一緒に闘ってくれないか。こういうのは......同盟って言うのか?」

 

 どうしてこんな事になっているのか、それを説明するには、少々時計の針を巻き戻す必要がある。

 

 

__________________

 

 

 バーサーカーから逃げ惑いながら、ライダーはずっと苦痛に顔を歪めていた。

 

「なぁ、ライダー。本当に大丈夫か」

 

「心配、しないで。マスターは黙って私に運ばれていればいいの。だから......っく!」

 

 ぐらり、とライダーの身体が揺れる。

 そのままバランスを保てず、ライダーは『俺』を抱えたまま膝をついた。『俺』は我慢ならず、彼女の腕から降り、へだったライダーの肩を揺する。

 

「おい! やっぱ大丈夫じゃないだろ! ......どうればいいんだ? 魔力が足りないのか?」

 

 耳元で叫ぶように問いかけるも、既に彼女の意識は無かった。英霊は魔力が尽きると消滅する。通常、魔力の補給者たるマスターとさえ繋がっていればその心配はない、さらに言えば、たとえマスターとの繋がりが消えても二日間は現界できると言われている。

 

 しかし、マスターと繋がっているはずの彼女の魔力は時既にゼロに近かった。

 

「どうして! 俺の魔力が足りないって言うのか!? 俺はここまで弱かったって言うのか!」

 

 どうしようもなく真っ暗な世界。

 月は灰色の雲に覆われ、誰かがその虚構に向かって叫んでいる。

 『俺』は血塗れのライダーを抱き上げた。

 彼女が動けないのなら、自分が連れて行くしかない。

 彼女が消滅する前に手を打たなければ、いよいよ終わりだ。

 

「クソッ! こんなところで負けてたまるかっ! 俺は、強くなるんだろ!? いじけてんじゃねぇ!」

 

 『俺』は地上を目指すため、屋上の扉を引っ張る。

 けれど、それはビクとも動かない。

 

「お、おい!? なんで、あっかねぇんだよ!!」

 

 ライダーを一度寝かせ、ガンガンと扉を強引に引っ張った。

 進まなければならないのだ。

 こんな所で死ぬわけにはいかない。いかないのに。

 

 もう、一歩たりとも前には進めない。

 

『俺』は、呆気ないほど簡単に、膝から崩れ落ちた。

 

「俺は......」

 

 涙とともに、笑いが溢れて来た。

 自分が何者だったか、ようやく分かった気がする。

 きっと、どうしようもないクズだったんだ。

 結局何も出来ず、こうして膝を突くしか無かった情けない男。

 何でもない。

 『俺』はきっと、何者でもなかった。

 自分の存在を主張できるような人間では、なかったのだ。

 故に全てを失い、またゼロから始めようなどと、愚かにもそんな目先の救いだけを求めた。

 

「ライダー......ごめんな、俺みたいなヤツがマスターになっちゃってさ......他の魔術師なら、もっとマシに闘えたんだろうな」

 

 ガチャン、とどこかで音がした。

 ここで、『俺』は終わりだ。どこかの誰かに殺されて、『俺』は終わる。

 けれど、それもまた相応しき顛末。

 向かうべき先も、名前も、きっと最初から無かった。ならこの闘いにもう意味はない。死んでも何も、悲しくない。

 

 

「お前はそれでいいのか、ライダーのマスター。僕はお前に闘って欲しいんだがな」

 

 

 _________男が立っていた。

 開くはずのない扉を内側から開き、その少年は『俺』を見下ろしていた。その目は昏く、心から『俺』を嘆き悲しんでいる。

 

「僕はお前たちを助けようと思う。その方法もある。その御代と言ってはなんだが、僕たちと共に闘ってくれないか。_________僕はグラス。ランサーのマスターだ」

 

「ランサーの......マスター?」

 

 グラスと名乗った男のすぐ側には一人の少女が寄り添っていた。白く美しい着物を着た、清らかで、けれど鬼のような重圧を放っているサーヴァント。

 

 グラスは何のつもりか、右腕を伸ばしてきた。

 

「何のつもりだ......俺に利用価値なんて無い。黙って右腕を切断して令呪だけを持っていけ。二つしかないのは悪いが勘弁してほしい」

 

 『俺』は嘆きを地に吐いた。

 これでいい。

 俺ではなく、彼の下で闘う方が彼女にとってもいいだろう。

 もう、負けでいいのだ。

 それなのに。もうやめてしまいたいのに、男は言うのである。

 

「お前、本当にそれでいいのか」

 

「いいんだよ」

 

「足掻くつもりはないのか」

 

「とうに捨てたよ、そんなものは」

 

 ふう、とグラスの重い吐息の音がここまで聞こえてくる。

 しばらくして、グラスは言った。

 

「なら、僕はライダーを殺そう。意識のない、抵抗すらできないこの少女を滅茶苦茶にして殺してやろう」

 

「お、い......どういうつもりだ。俺はお前にライダーをやるって言ったんだぞ!? ちゃんと聞いていたのか!」

 

「ああ、聞いてたぞ。その上での判断だ。_________やれ、清姫」

 

「ふふ......わかりましたわ、マスター」

 

 清姫、そう呼ばれたランサーはいつの間にか手にしていた槍をぐるん、と振るって空を切った。その目には、恍惚とも言える殺意が宿っている。

 

「では、死んでください。名も無きサーヴァント」

 

 容赦無く槍を構えたランサーは迫ってくる。

 打つ手は無い。

 

「_________っらああああぁぁぁぁ!!」

 

 _________打つ手は無いから、『俺』がランサーへ突っ込んだ。そして、槍は容赦無く『俺』の心臓を貫き......

 

「やっぱ、やるじゃねぇかよ」

 

 グラスの声がしたとともに、『俺』の心臓寸前で、ランサーは槍を引っ込めたのだ。

 

「なんっ......!? お前、どういうつもりだ!」

 

「ふん、それはこっちの台詞だ。ライダーのマスター。お前、もう闘わないんじゃなかったのか? 共闘する気が無いのなら、お前たちは僕たちの敵だ」

 

 グラスの言葉に、『俺』は何も言い返すことができない。

 何故だか身体が動いた。本当にそれだけだ。

 

「俺は......弱いんだ。弱過ぎて、ライダーと一緒に闘う権利なんてない」

 

 けれど、もし闘うに足りる理由が無いのなら。

 

「なら僕がお前に闘うべき理由を与えてやる」

 

 グラスはランサーを自分の後ろに下がらせ、辛うじて立っている俺の前へと出てくる。

 その手には、二振りの剣。

 鋭い眼差しとともに、その一振りの切っ先を『俺』へ向ける。

 そして、もう一振りを『俺』の足下へ突き刺した。

 

「もう一度言う。僕は聖杯戦争の参加者だ。故にお前のサーヴァントを駆逐する。お前がそれを構わないと思うのならば身を引け」

 

 そうでないのなら。闘う意志を示すがいい。

 

「ッ!」

 

 『俺』は屋上に刺さった剣を抜き払った。

 直後、マスターとマスターの激突があった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。