真剣で俺は過ごしていく (ニコウミ)
しおりを挟む

兇状 霞は憂いを感じる

「────この川神には少しばかりインフレが過ぎると僕は思うのさ」

「……はぁ……で?」

「主語が抜けていたね、つまり、僕達に関わる身体能力面での問題さ。例をあげるなら川神百代、アレの強さは頭一つどころか百個は飛び抜けている。気を放てば大地が揺れ、片手を振るえば嵐が起きる。さらには火や水も出せる、つくづく人間とは思えない」

 

 夕暮れに差し掛かる午後、俺は何時も通りの"とある部活"に参加すべく、畳が敷かれた四畳半の和室にのんびりとお茶を啜りながらぼんやりとしていた。

 そんな俺に、部活の部長であり川神学園五代残念美少女に数えられる、"凶状 霞"が片手に文庫をもて余しながら唐突に語りだした。

 

「……百個飛び抜けてたら見るに耐えない容姿だよな」

 

 なので俺も適当に呟いてみた。

 

「でもここで強さと言う概念を単純な腕っぷしに例えるなら。僕はそんな見た目が一番合っているような気がするよ。まぁ……僕はそんなくだらないことを言いたいんじゃないんだ、話を戻そう」

「あぁと……インフレがなんとか?」

 

 とりあえず話を合わせてみる。長年の経験上、霞が唐突に語りだすことには少なからず意味があるはずだ。

 霞は俺の言葉に薄ら笑いを浮かべ、長い黒髪を揺らしながら此方を見る。

 

「そう。彼女の強さを単純に頂点としようか。あぁそうだ、ここでの強さと言う概念は…」

「一々んな説明いらねぇんだよ、ガリレオかお前は」

「……じゃあ説明を省こう、ちなみにガリレオは教授と言う立場でありながら、そこまで説明が得意ではなかったんだよ。彼にはきっと彼独自の思考回路があり、それは彼特有の抜けた考えで、他人がそれを理解しようとすると常識が理解を拒むんだ。つまりアインシュタインもガリレオも、天才には常識から離れた思考を制御する何かがあるんだろう。ちなみにドラマのガリレオは結構、人物像ははっきりと似せてあるらしいよ」

「……あぁそう………いや説明は!?」

「………あぁ、そうだね。話がそれた。つまりだよ………どこまで話したっけ?」

 

 そろそろ帰っても良いだろうか。

 もうめんどくさいと言うか、コイツが残念美少女呼ばれる理由が明確に理解出来る瞬間だっただろう。

 

「強さを頂点としようとかだろ」

「そうだ。川神百代の強さを頂点とし、その辺の武術とは無縁の一般人を最底辺と定義しようか。君にとって、この間に来る存在、つまりは中間に位置する強さをもつ人物はどんな人物だい?」

「はぁ? ……そうだな……川神学園の教師とかか」

「それでは範囲が広いよ、もっと絞ってくれ」

 

 霞は手に持っていた文庫を畳に置くと壁にゆっくりと寄っ掛かりながら此方に言う。

 

「……じゃあ梅先生か?」

「違うと言わせて貰うよ。確かに先生は強い、でも真ん中ではなく下だ」

「ルー先生」

「それじゃあ真ん中ではなく上だ、分からないのかい? 君は案外、人を見る目が無いんだね。よく考えてみなよ、川神百代と一般人の差を 」

「んじゃ誰だよ……」

「そう、分からないのさ」

「喧嘩売ってんのか貴様………」

 

 米神に力が入る俺をからかうよう霞は笑みを浮かべてカラカラと笑う。

 

「答えはね。インフレさ」

「つまりどういうことなんですかねぇ?」

「あんまり怒らないでくれよ。つまりだよ、下は0、上は103って意味さ。二で割れない、だから真ん中が無い」

「無理矢理割れば良いんじゃないですかねぇ?」

「人は数字のように正確ではないんだよ。数字のように無理矢理割ることも出来なければ数字のように切りの良い数字にはならない。つまりだよ、人の強さってなんだろうね?」

 

 霞はそう言うとグラウンドが見下ろせる窓を覗き込んだ。

 その何処と無く憂いの帯びた横顔に、俺は手に持っていたお茶をテーブルに置き、大きく息を吸い込んだ。

 

「知るかァァァ!? え!? 今まで小難しく話していたのは結局人の強さはなんだとか言う今時アンパンマンも言わないことを聞きたかっただけ!?」

「うん」

「だったら最初からそう言えやァ!? 不器用か! 果てしなく不器用か! 一言ですんだじゃん!? 俺もう頭の中で何回かお前の言葉復唱してやっと理解したわ!!」

「理解力が無いね」

「喧嘩売ってんなら買ってやるぜコラァ!!」

「五月蝿い」

「痛ッ!?」

 

 片手のスナップを効かせ、投げられた文庫が俺の顔面に直撃する。

 そう。この"凶状 霞"が残念美少女と言われる由縁はこれなんだ。コイツ、霞は特別に頭が回る、それ故に頭で様々な思考を巡らせ、ありとあらゆる物事を回りくどく言ってしまうと言うめんどくさい癖がある。

 少し回りくどく言ってしまうなら別に良い。だが霞は360度回ってから言ってしまうのだ。

 "回るなよ、止まれよ美少女"こと凶状 霞。

 

「まぁ少し話を戻そうか」

「いやもう戻さなくて良いから」

「風間ファミリーは知っているかい」

「………一応、同じクラスだからな」

「知っているよ」

「じゃあ聞くなよ!!」

「確認さ。もし君がクラスでいじ……はぶ……孤独……一人でいることを好んでいたら」

「別に気を使わなくても友達くらい居るからな!?」

 

 俺の言葉に霞は薄い釣り目を見開いて俺を見つめてくる。

 

「え?いるのかい?」

「なんで驚いてんだよ!?」

「まぁ別にどうでも良いんだけど」

「じゃあ聞くなや!」

「話を戻そうか」

「話をずらしてんのはさっきからお前なんだよバカッ!!」

「その。風間ファミリー、実は僕の家の近くの廃棄ビルに秘密基地を作っているらしいんだよ」

「人の話聞いてます?」

「乗り込まないかい?」

「なんでだよ!?」

 

 俺の言葉に霞は笑みをさらに深め、演技かかった動作で片手を天井に上げ、口を開く。

 

「秘密基地って作ったことあるかい? 僕は無いよ」

「……まぁ見るからに想像通りだけどよ」

「ふとある日、通学路に通る山沿いで山に視線を向けると、そこには小学生程度の連中が皆で段ボールを集め、小さな家を作っていたんだ」

「ほう、まぁ小学生なら別に不思議は無いだろうよ」

「僕は言った。コイツら何が楽しいんだって」

「言ったのかよ!? 心で思えよ!?」

「そしたらあの小学生、僕に向かって楽しいから楽しいとか言い出したんだよ。まったく持ってイラつく」

「大人げ無さすぎだろうお前……」

「だから風間ファミリーの秘密基地に潜入しよう」

「なんで!?」

 

 俺の言葉に霞は俺の飲んでいたお茶を勝手に飲みだし、口元を釣り上げた。

 その、瞬間、俺の背筋に嫌な予感が走る。駄目だ、まだ霞とは三年間程度の付き合いだが、こいつがこんな笑みを浮かべる時は大抵に録な事を言わない。

 

「……彼らは高校生と言う立場に置いても秘密基地に集まると言う、人にしたら幼稚とも捕らえかねない行為をとっている。あぁ、ちなみに言うが勘違いはしないでくれよ。僕は決して秘密基地を幼稚だとは思ってない」

「小学生に対する発言は!?」

「楽しいのかが疑問なだけで、そこに大人だとか幼稚何て言う概念は浮かべてないんだよ。それに、高校生の僕らなんか大人から見れば幼稚だしね。幼稚な僕らが幼稚を嘲笑うなんて滑稽だ」

「お前はまったく幼稚に見えないんだがな……まぁいい、百歩譲ってあの廃棄ビルに乗り込んだとしようか。つぅか無理だろ、川神百代が居るんだぞ。バレるっての」

「そこで僕の作戦があるから大丈夫だよ。で、乗り込むかい? 」

 

 俺に向かって首を軽く傾げながら霞はその容姿にあったミステリアスな笑みを浮かべる。

 さて、なんだか可笑しな方向性になってきた気がしないでもないが。

 

「潜入して何をするんだよ?」

「秘密基地で何が楽しいのか探る」

「…………それだけ? 」

「うん、それだけ 」

 

 コイツは。

 本当に何を考えているのかさっぱり分からない。この三年間でますます霞と言う存在の謎が深まるばかりだ。

 俺は霞に向かって大袈裟なため息を深く吐いてしぶしぶに頷く。

 

「ボディーガードの俺が行かない訳にはいかないだろう……」

「くっくっくっ……─────知ってるよ」

 

 そんな俺に霞は嬉しそうに頷いた。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 それが時間にして一時間前。

 まさになすがまま、俺と霞は風間ファミリーが毎週、 金曜日に仲間内で過ごしているらしい廃棄ビルの近くまで来てしまったのだ。我ながら何をしているんだか。

 

「で、どうするんだよ。これ以上近付けば川神百代に気で気付かれるぞ」

「ふむ……気を全く持っていない僕からしたら疑いたくなる話だが、君が言うんだ。間違いないのだろう。なに、心配はいらないよ、僕の実家からくすねていたなんとなく便利そうな道具箱の中にこんな石が入っていたんだ」

「便利そうな石だ?」

 

 霞はそう言いながら改造された制服の内ポケットから薄く翡翠の丸い石を2つ、中指と人差し指で挟みながら取りだし、此方に見せてくる。

 その一見はただの宝石に見える翡翠、だが、俺の目からは実に不気味に写った。

 

「これだよ」

「"気が無い……?"」

 

 霞が手に持つ石には綺麗さっぱりに気が無いのだ。全く持って。

 本来、この世に存在する万物には必ず大小少なからず気が存在する。例えそれが道端に落ちている小石だろうとなんだろうとだ。

 だが、この翡翠の宝石には欠片も気が存在しない。つまりは活きていない、生きていない。

 

「鍛冶師曰く、石には気が存在し、その大小により宝剣や名剣、邪剣は生まれる。つまりは青龍円月刀やら村正さら小鉄やら。名剣と呼ばれる武器は豊富な気を持つ素材から生まれる。この例を取るならば、石だろうとなんだろうと気を持つんだろう?」

「あ、あぁ……気が無いってのは、つまり、俺達、気を感じられる人間からしたら幽霊や幻に違いはないんだが………ま、マジかそれ!? 気持ち悪!? 一ミリも気が無いぞッ!?」

 ドン引きする俺に冷たい視線を向ける霞は小さく首をかしげる。

 そりゃ気を感じない人間からしたらただの宝石だろうが

、俺からしたらなんで存在してるのか疑問な物なんだよ。

 

「……まぁいいや、なんでもこの石は凶状家に伝わる魔石らしく、この石を掌で強く握ると…」

 

 霞はそう言いながら翡翠の宝石一つを掌に握り締める。それと同時に、霞の微弱ながらも体内に宿っていた気が綺麗さっぱり消え去った。

 

「き、気持ち悪ッ!?」

「うら若き乙女に真正面で気持ち悪いはないだろう……」

 

 思わず叫んでしまった言葉に珍しく余裕気な表情を崩して傷付いている霞に俺は慌てて口を閉じて頭を下げる。

 

「……す、すまん。なんなんだよその奇々怪々な宝石は……」

「さぁ? 言っただろう、実家から持ち出した道具箱に入っていたって。同封されていたのはこの宝石と簡易な説明が書かれた古臭い紙だけだったからね……ふむ、折角だからこの場で名付けてしまおうか…………よし、気が消える君だ」

「ビックリするくらい安易だな!?」

「今朝に筆箱の中で見たネーミングから閃いたよ」

「消しゴムかよ!!」

 

 自信満々で言う霞に思わず突っ込みをいれる。コイツは真面目なのか不真面目なのか実に分かりにくい。

 項垂れる俺を面白そうに霞は喉を鳴らして笑っている。

 

「────あれ、カナメか?」

 

 そんな俺達の後ろから突然、声がかかる。

 咄嗟に霞と同じタイミングで振り返ると、そこには見覚えのある男女の姿。

 

「……あ、あっれ~大和に椎名さんじゃないか!」

「ども」

「なんか凄いわざとらしいな……こんな所でどうしたんだ………よ、あ、霞さんも居たんだね」

 

 

 俺にジト目を向けていた"直江 大和"、つまりは風間ファミリーの軍師とか呼ばれているメンバーの一人だ。

 今から潜入しようとしていた場所に行くであろう人物と出会ってしまったことに頬がひきつるのを感じながら俺は大袈裟な身ぶりで大和に手を降る。

 隣にいる、紫の髪の美少女、"椎名 京"だったか。椎名さんは此方に軽く頭を下げて大和の背中に隠れた。

 そんな中、何故か大和は俺と同じ様に顔をひきつらせて霞に顔を向けた。そんな大和に霞は今までに俺が見たことの無いような仮面の笑みを浮かべ、口を開く。

 

「やぁ、大和君。奇遇だね」

「あ、あぁ、奇遇だね……」

「実は少しばかり道に迷っていてね、僕らはあまり此方の方角には来ないんだ。申し訳無いんだけど駅前に行く道を教えて貰えないかな?」

「えっと、この道を真っ直ぐ行けば駅前だけど……」

「知ってるよ、学園周辺の道を知らない訳が無いだろう」

「え、えぇ………」

 

 なんで聞いたんだよコイツ。

 と言うかなんだこれは。このなんとも言えない不穏な空気は、なんでこんなに霞は"不機嫌"なんだ。

 はっきり言って、珍しいなんてレベルなんて物じゃない。霞はこの回りくどい性格がら、他人とはある程度の距離を開ける癖がある。その一定の距離を保ちながら気に入った人物の距離を狭めていくタイプだ。

 

 つまりは、霞は他人と大きく距離を開けるようなタイプではない、よくも悪くも他人行儀な奴な筈なんだが。

 

「くっくっくっ、少しの意地悪だよ。気にしないでくれ、よく言うだろう。嫌いな奴には嫌悪しか抱かないと」

「えっと………」

「冗談だよ、本気にしないでくれ。くっくっくっ」

「は、ははは……霞さんはお茶目だなぁ~」

「下の名前で呼ばないでくれ」

「えぇ………」

 

 本気で此方に助けを求める視線を向けてくる大和に俺は頬を軽く掻きながら徐に霞の頭に手をのせる。

 そのまま霞は顔を此方に向けると少し悪い笑みを浮かべた。そんな霞に俺はため息を吐きながら大和に顔を向ける。

 

「悪いな大和、コイツ、今はちょい機嫌が悪いみたいだ」

「あ、あぁ、そうみたいだな……」

「別に僕は…」

「黙ってろ」

 

 何かを言おうとする霞に俺は頭に乗せている手で軽く叩く。

 

「あう」

「悪い、また絡むとコイツはめんどくさいから構わず行ってくれ、明日には治ってるからよ」

「……分かった、じゃあ俺達はここで失礼するよ」

「仮にも…」

「五月蝿い」

「あう……」

「ははは……じゃあまた明日」

「おう、また明日」

 

 軽く頭を下げてそそくさと歩いていく大和達の背を見ながら俺は目線を霞に下げる。

 遠退いていく二人の背を見ながら俺は口を開く。

 

「………大和みたいな奴は嫌いなのか?」

 

 俺の言葉に霞は薄く笑みを浮かべて、俺の目を合わせてくる。

 

「嫌いなんだよ、他人を道具みたいに見る奴は」

「……大和は別にそんな人間じゃ…」

「そんな人間じゃないだろう。でも、"みたいな人間なんだ"。他人に近付き、甘く囁き、辛く頼る。そこに信頼はあれど友情は無い。つまりは利害関係の位置、なのに彼はそれを友情と見る。何れは……」

「……よく分からん」

「そうだね、僕にしか分からないだろう。でもそれで良いよ。君は分からないでくれ。」

 

 そう言うと霞は大和達が歩いていく方向とは逆の方に歩いていく。その背中を見ながら俺は小さく首をかしげる。

 やはり、分からん。霞の考えていることは何も。

 だがとりあえず、今日は廃棄ビルの潜入は無しなんだろう、駅前にでも行ってぶらつくのか。

 真面目な固い奴に見えてぶらぶらと。

 

「ったく、霞んだ奴だな」

 

 

 全く持って、凶状 霞は掴めない女性だ。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶状 霞は策を浮かべる

「……………」

 

 呻きをあげながら重い瞼を開く。ベッドのシーツを掴みながら体を起こし、ベッドの真上にある時計を見ると長針は七の数字を指していた。

 そろそろ起きなければならない時間だ。非情に怠いが俺はしっかりと体を起こしてベッドから降りる。

 

「やっほーカナちゃん、朝だピョン」

「……………」

 

 其処にゆっくりとにやけた笑みを浮かべた霞が気持ちの悪い言葉を放ちながら歩いてきた。

 

「カナちゃんはぴはぴしてるぅ? 起きないと料理が食べられないにぃ」

「やめろ、朝から俺のSAN値にダメージを与えるな」

「背が百八十五センチある女として、ちょっと真似してみたくなったけど……我ながらこれは酷いね、もう二度とやらないと誓うよ。ちなみに料理が出来ているのは本当さ、速く起きてくれたまえ」

「お前は何処でそう言う知識をつけてくるんだよ……」

 

 俺の問いに答えず、霞は手を軽く降りながら部屋から出ていく。相も変わらず分からない奴だな。

 俺はその背中を見送りながら窓にかかるカーテンを勢い良く開け、窓を大きく開ける。眩しい太陽の光が顔に当たるのを感じながら暑い日差しに目を細める。六月に差し掛かるこの季節、少し暑くなってきた気温に嫌気がしてきた。

 

「───ん?」

 

 顔をしかめていると、向かいの窓ガラスから此処約一年間で見慣れた顔が現れる。

 

「お、ゲンか。おはようさん」

「あぁ、おはよう。寝ぼけ眼じゃねぇか、さっさと顔を洗って来いよアホ」

 

 微妙なツンデレを見せる向かいの寮で暮らす源 忠勝、通称はゲン。向かいの島津寮のメンバーでは大和な他に付き合いがある奴で、正直に言って個人的に好きな性格をしている。

 

「いま起きたばかりなんだよ。ゲンは相変わらず早起きだな」

「うるせぇ、んなの勝手だろうが。飯作ったりするから早起きしてるんだよ 」

「なんだかんだで結局は答えるよな、ゲンって」

「チッ……さっさと準備しねぇと遅れるからな」

 

 大袈裟な舌打ちで部屋の奥に戻っていくゲンに苦笑いしながら俺も部屋の中に戻っていく。

 どう見ても見事なツンデレです。本当にありがとうございます。

 

「さてと、さっさと着替える……か……」

 

 着ている寝間着の上着をベッドに脱ぎ捨てて、壁にかけてある制服を手に取る。

 その瞬間、部屋のドアが再び開けられた。何事かと首だけを動かし、ドアの方向を見ると其処には薄く笑みを浮かべる霞が直立不動で佇んでいた。

 

「きゃーカナメのえっちぃー」

「さっきからめんどくさいな!! なんでそんなにテンション高いんだよお前!?」

「うん、今日は朝早くに目覚めてしまってね。気分は昼時なんだよ」

「完璧な自己中かよ!!」

「まぁそうなんだけどね、今日は少しばかり速く家を出ようと思っているから、それを伝えにね。出来れば七時半くらいには家を出たいな」

「……そりゃなんでだよ?」

 

 首をかしげる俺に霞はにやけた笑みを浮かべながら長い黒髪を耳にかける。

 

「──どうやら数名の転校生が来るんだよ」

「転校生だ?」

 

 意外な言葉に俺は思わず聞き返す、そんな俺に霞は喉を鳴らして笑っている。

 

 

「そう、転校生。まぁ確かな情報ではないんだけど─ ─────"僕達の目的"に良い人物かも知れないだろう? 」

「……もう動き出すのか? 」

 

 霞の言葉に俺はまた違う意味で驚愕する。霞はそんな俺の顔に笑みを浮かべたまま小さく頷いた。

 "俺達の夢"

 別に、お偉い夢でも高い夢でも無い。世界から見たら小さな夢かも知れないが、それでも。俺が、霞が夢見た将来の姿。

 と、偉そうに言っても。空っぽだった俺が霞に拾われただけなんだが。

 思考している俺に霞は何かを宣言するように演技がかった仕草で手をあげる。

 

「────僕達の"探偵事務所設立"に向けて」

 

 霞の夢。

 それは探偵になること。だからこそ俺はその手伝いをしなければならない。

 

「卒業までに目標があるんだっけか」

「そうだよ。まず一つ、"チームのメンバー集め" 」

「川神学園から霞が選ぶ人間を勧誘すること、ここ一年は目に止まる人物が居ないと言う理由で行動無し」

「そして、 二つ、"設立に向けての資金集め"」

「卒業までに集める。の癖にバイトするき無し、働きたくないと言うニート思考」

「最後に、三つ、"僕達の知名度アップ"」

「特に作戦無し、つまりは当てずっぽうだよな」

「………しっかりと常日頃から様々で色々考えてるからさ、サボってないんだから、そんなに突っ込まないでくれるかい?」

 

 突っ込みたい所が様々あるのだから仕方無い。

 

「……あれ、待てよ。確か、明後日は東西交流戦があるはずだよな、その前に転校生なんか来るのか?」

「さて、詳しい日程は詳しくは知らないからなんとも言えないよ。ただ……────そうか、東西交流戦か」

 

 ニヤリと、音をつけるならばまさに相応しく霞は三日月に口元を歪め、不敵に笑う。俺が霞と過ごした経験上、この笑みを浮かべる霞はろくな発言をしないことは明白だ。しかもうってつけに明後日には東西交流戦が待ち構えていると言う状況。

 俺は凄まじく嫌な予感がしながらも霞に向かって口を開く。

 

「……霞?」

「いいな、うん。東西交流戦で僕達の知名度をあげてみようか。要、君には今日、武器を持っていって貰うよ」

「…………何する気ですか?」

「なんで敬語なんだい? まぁ、いいや。なに、東西交流戦は確かテレビ中継もされる上に九鬼家の力添えも深く入るはずだ。それに加え、川神全体が注目されるような項目だ、武術の本山と呼ばれるこの地に置いて、有力な人物ら目をつけられる可能性もある」

「……あー…ちょっと良いか?」

 

 一人で不気味に呟く霞に、俺は遠慮がちで声をかける。その瞬間、霞はふと気付いたように此方に視線を向けた。

 

「何かな?」

「別に東西交流戦に関わるのは文句はない……が、少し動

き出すのが急すぎないか?」

「今までサボってたからね」

「結局サボってただけかよ!? 色々考えてたんじゃないのかよ!!」

「なんで日頃から頭を使うなんて疲れる事をやらなくちゃいけないのさ」

「さっきの発言は!?」

「ウソ」

「ウソ!?」

 

 さも当然のように嘘を吐くから分からないんだよコイツは。そんな霞に小さなため息を吐きつつも俺は霞の言う言葉を考えてみる。

 東西交流戦。確か、西の川神学園みたいな学園と武力知力で争って己の力を確かめあうのが目的だったか。交流戦だから仲良くなろうなんて思いも含まれてそうだが、今はそんなのどうでもいい。

 交流戦で活躍する、ね。

 

「でもだ、確か軍師役は大和と、Sクラスの……あれだ、アイツ、なんだっけ?」

「さぁ?」

「えぇ………まぁ良いか。その二人がやるんだよな、それに、注目を集めるって言われても、俺は川神百代ほど派手には闘えないぜ?」

「そんなのは君に一番近い僕が良く知ってるよ。なに、何も戦で活躍するだけで良いんだよ……そう難しくはない。こう言う言葉がある。"風のように隠れ、森にて火を焚き、山にて突けば好機はいたらん"てね」

「なんかの明言か?」

「適当に言っただけだよ」

「適当かよ!!」

「ちなみに元ネタは風林火山。林じゃなくて森かよ、が、望むツッコミだったよ」

「知らねぇよッ!!」

 

 何故に俺は朝から漫才を繰り広げなければいけないんだ。

 喉を鳴らして笑っている霞がふと壁にかけてある時計に目をやる、それに釣られて俺も視線を時計に向けると時間は既に二十分ほどたっていた。

 まだ着替えても居ないと言うのに、少し話し込み過ぎたか。

 

「ふむ、じゃあ、僕は下に居るから速く支度を済ませて来てくれよ」

「あいよ……」

「─────それと、出発は八時に変更で」

 

 態々、演技がかった仕草でそう言うと霞は部屋から静かにでていく。その背中を見ながら、俺は小さく苦笑を溢す。

 

「……ゆっくりしたいだけだろうな」

 

 凶状 霞は意外とルーズな奴だ。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 朝、八時。ここから学園まで通称・変態橋を渡り、二十分程度。これでも俺達にしたら速い方だ、何時もは八時半には家を出ている。結局速く出るなど言っていた割りにはこの有り様だ。俺達らしいと言えば俺達らしいが。

 

 霞は決して考え無しの無能じゃない。が、その突き抜けた頭のキレと知識から、普通の人に比べ、若干の逸脱がある。

 だからこそ、俺にとって大和は気の良い友達だが、霞にとったら大和は気を許せない敵になる。

 つまり何が言いたいかというと。

 

「やぁ、直江大和君。おはよう」

「か、霞さん、おはよう」

「下の名前で呼ばないでくれないか?」

「あ………あぁ、ごめんよ」

 

 運悪く出発の時間が大和と被ってしまったら、霞にとったら敵とのエンカウントしたと言うことなのだ。

 大和よ、俺にそんな目を向けられても無理な相談だ。

 

「おいおい、モロ。あの大和が綺麗な女性に嫌われているぞ」

「なんでそんなに嬉しそうなのさ……でも、珍しいね。カナメ、君の友達なの?

「あぁと……なんて言うかな。友達じゃないんだが、友達みたいな……いや、護衛だな護衛」

「護衛ってお前、カナメみたいな細長い野郎じゃ無理だろう。俺みたいな筋肉が無ければな!!  お嬢さん、俺を護衛にどうですかな?」

 

 筋肉野郎、風間ファミリー一員のガクトが無謀にも霞にアタックし始めた。無謀にもほどがある。確かに霞は同年代では比較的年上に見える容姿でも、中身は魔女だ。

 

「生憎、僕の騎士様は一人で十分だよ。暑苦しい人は一人で十分だしね」

「ガーン……フラれたか 」

「大変だ大和、ガクトがフラれたのにあまりショックを受けていないぞ!!」

「フラれ過ぎたんだね、残念」

「泣いても良いか俺?」

 

 そして寮から次々と出てくる。外人と大和の、そう、確か。

 

「おはよう、直江京」

「おはよう、カナメ」

「ちょっと待て」

 

 俺が京に手をあげて挨拶をすると大和がいきなり声を荒げた。そんな大和に俺は苦笑いを含めながらため息をはく。

 

「おいおい大和、いくら婚約者でも嫉妬ばっかりしてると嫌われるぜ?」

「違う違う違う!! 俺が言いたいのはそこじゃない!! なに直江京って!?」

「なにって、お前の婚約者だろ」

「はい!?」

「夫は恥ずかしがり屋なの。暖かい目で見てあげて」

「ははは、大和も男なんだなぁ 」

「可笑しいぞ!? 昨日のカナメと京の仲は良くなかった筈なのに!?」

「これぞ外堀作戦。大成功なんだ!!」

「いや昨日の夜にコンビニで偶然会ってな、そしたらなんだ大和。お前の婚約者だと言うじゃないか。全く水臭いなお前は! そう言うことは早く言ってくれよ。そうだよなぁ……思い返せば京さんと大和って距離が近かったからなぁ……まぁ、なんだ。遅いかも知れないがおめでとう」

「違うんだ! これには深い陰謀が……と言うか分かれよ!! なんでそんなに微笑ましい顔なんだ!? 今の俺を見て察して!?」

 

 今の大和を見て察することね。

 

「あぁなるほど」

「……本当に分かってるのか?」

「霞、どうやら俺達は邪魔者らしい」

「ちなみに言うけれど。カナメのこれは天然だからね。ビックリするくらい恋愛事には疎いんだよ。僕はちなみに鋭い方だ」

「か、霞さんから言ってくれよ!」

「お幸せに。カナメ、行こうか」

「やっぱり嫌われてるのかあああ!! 」

 

 嘆く大和を尻目に霞は大和達から離れて速歩きで去っていく。その背中を見ながら、俺は大和達に苦笑を浮かべて手をあげながら歩き出す。

 我先に歩いていく霞を横目で確認しながら口を開く。

 

「んじゃ、ご夫妻。またあとでな」

「……解かねば、なんとしても今日中に誤解を解かねば恐ろしいことになると俺のゴーストが囁いている」

「ふふふ、貴方。私達も学校に向かいましょう」

「お友達で…」

 

 何かを喋っている声が段々と聞こえなくなっていく中。俺は霞に追い付き隣を歩いていく。

 川神学園に続く陸橋に差し掛かる辺り。段々と人込みが増えていく。変態橋と名がつく通り、ろくな人込みではないが。

 そんな橋を渡ろうとした時、霞がふと此方を見ずに薄く笑みを浮かべる。

 

「────さて、今日は確か、東西交流戦の作戦会議があるんだったね」

「ん? あぁ、校庭で作戦を立てる指揮官がそれぞれのグループを作るんだよな。足が速い奴、腕っぷしが強い奴、頭が良い奴とかに 」

「くっくっくっ、まるで子供のお遊戯だねぇ……」

 

 俺の放った言葉は霞にとって気に入らない言葉だったらしい。にやけた笑みに隠れる不機嫌を感じながら俺は呆れにも似た笑みを浮かべて霞に問い掛ける。

 

「それじゃあ、探偵さんの考えを聞こうか?」

「そんな単純な別け方では意味が無いよ。確かに部隊には統一性が必用だ。だが、それは一昔前の……そう、戦国辺りの考え方だ。奇襲だ、山から速い馬が。大男が暴れているなんて言う叫びが木霊するね。かの有名な前田家は体が大きい故の力強さだけで、その地位を得た………まぁ。つまりね。そんな作戦は現代に置いてタブーだよ」

「……何が?」

「例えば足が速い奴ばかりの部隊。これには弱点があるだろう。身軽故に攻撃性が弱いとか、動きが止められたら意味が無い部隊とか。そう、単純なぶつかり合いになるなら別に悪い手じゃないさ。例えるなら……そうだね。将棋かな」

 

 将棋ね。

 足が速い奴が飛車とか。それなら 川神百代はなんだろうな。ジョーカーとか。

 

「まぁ、良いんじゃないか。将棋なら単純に頭のキレる奴が勝てるゲームだ」

「君は、馬鹿だなぁ……」

 

 わざとらしく考える振りをしながら霞は呟く。

 学生程度の戦もどきにそこまで本気で考えなくても言いとは思うが、俺は霞に若干のイラつきを感じながらも続けて問い掛ける。

 

「じゃあ馬鹿な俺に答えを教えて貰おうさ?」

「くっくっくっ、そう怒らなくても馬鹿で良いんじゃないか。僕が考えて君が動く。でも君は自分で考えて、僕を信じて動くだろう?」

 

 恥ずかしい気持ちは毛ほどもないのか。霞は俺にそう言いながらにやけた笑みを浮かべる。

 

「まぁ……否定はしないが」

「つまり僕が言いたいのはこう言うことさ」

「はぁ?」

「人なんだよ、動くのは。将棋の駒じゃない。訓練された訳でもない兵は順応性が無いんだよ。だから、小さな策で簡単に崩れる。つまりは先にやったもん勝ちなんだ。直江大和はそれを感覚で理解しているから、軍師なんて呼ばれるのさ………実に。"時代遅れ"な名だ」

 

 霞はただ淡々と呟いた。

 学生にして見れば、ただコイツが周り口説く色んな事を考えすぎだと思えることだ。かく言う俺でさえそう思っているのだから。

 霞が言う言葉は何時も確実性が無い。深く考えて言っているようで実は何も考えていない。かと思えば頭ではしっかりと答えを導いている。

 兎に角、掴めない奴なのだが。今の霞に俺は確かな違和感を覚えた。

 

「なぁ、一つ良いか?」

「うん、なんだい?」

「なんでそこまで大和に固執するんだ? 惚れたか?」

「無いよ。なんであんな優男に惚れるんだ、気持ち悪い。僕のタイプは僕より背が高いのが必須なんだよ」

「まぁそうだろうな……と言うか百八十七より背が高い奴なんか限られてるだろう」

「うん、まぁ限られてるね………ふむ、しかし、僕が直江大和に固執している。ね」

「あぁ、しているな。お前は良い意味で他人と距離を置く奴だ。それはお前に一番近くいた俺が良く知っている……なのになぜ大和だけにそこまで固執するんだよ」

「嫌いだから」

「いや、それは知っているから。なんでだよ?」

「だから、嫌いだから嫌いなんだ」

「…………はい?」

「君はゴキブリを何故嫌う?」

「そのレベルなのかよ!?」

「冷蔵庫裏から現れるGのように、僕の目の前を歩くNが嫌いだ」

「大和をゴキブリみたいに言うなよ……」

「大体さ、あんなヒョロヒョロ。男としてどうかと思うよ。なんて言うのかね、そう、弟みたいだと僕のクラスの女子が言っていたな。僕はね、これでも三兄弟の長女で、下には八つ離れた弟と九つ離れた弟がいる」

「初耳だぞ、それ。お前長女なのにそんなひねくれてるのかよ」

「小さいガキなど僕の目の前から消えれば良い」

「弟に何が!?」

「やれ姉さんは背が高いなど、姉さんはモテないなど、姉さんは男みたいだと。ガキは人を考えずに喋るんだよ。嫌いだ」

「……お前、それ」

 

 

 単純に年下を必要以上に嫌っていて。単純に大和の年下雰囲気が鼻につくだけなんじゃ。

 と言う言葉を飲み込み、俺は小さくため息をはく。つまりはこんな単純な話だ。なにか重苦しく話ながらも霞は内心で何も考えていない。ただ大和が嫌いなタイプだけと言う話。

 実に。

 

「くっだらねぇ………」

 

 吐き出した言葉に霞は喉を鳴らして笑った。

 

「君は考えすぎなんだよ。頭を使う時、それは君が大切だと思う時に使えば良い。僕はね、君と喋るときは何も考えずに済むんだ、相手を伺うことも、相手を引き寄せることも、相手をあげることもしないで良い。君といると楽になってしまうんだ」

「……それは喜ぶべきか?」

「大手をあげて喜びなよ。少なくとも、僕が気を許せる人は君しかいない」

「……あぁ、そうかい」

「顔が赤いよ」

「自覚している口説きはやめろ……」

「くっくっくっ」

 

 どうにも調子が狂う。

 先ほどとは打って変わって霞は機嫌良く笑った。大和と出会った時の不機嫌は綺麗に消えてくれたようだ。

 それから少し、無言で並び歩く。

 お喋りな霞にして見れば珍しいことだが、これは霞の一種の癖である。

 簡単に言ってしまえば、これは霞が何かを深く考えている時の癖なのだが、まぁ年に一回見れれば良いくらい珍しい。こう言う時、此方から話し掛けると間違いなく不機嫌になるので、俺は無言で隣を歩いていく。

 

「…─────今日の挑戦者はお前か!」

 

 そんな俺達の前で、見慣れた人物が見慣れた光景を繰り広げている。

 一人は背が高い、と言っても霞よりは低いが、霞と同レベルの美少女である、"川神 百代"だ。

 規格外の天才。神の申し子だとかなんとか、探せば人につけるようなアダ名では無い通り名ばかり持っている武術の頂点とか。

 

「今日も今日とて飽きないな……」

「………ふむ、君から見て今日の勝敗は?」

「ん? そうだな……って、聞くまでも無いだろう」

 

 やっと口を開いた霞の問い掛けに俺は歩きながらも挑戦者を眺める。

 黒人の筋肉質な男が一目での人相。

 

「さて、僕は君に言われたことがあるだろう。武術に絶対はないと」

「予想にそんな話を持ってきたら予想なんか出来るか」

「まぁ、そうだね」

 

 川神百代から視線を外すと、すぐに警戒な打撃音が響き渡り、周りの野次馬は何時も歓声をあげる。

 予想は当たり。まぁこんなものは予想にもならないだろうが。

 俺達はその勝敗を見るまでもなく歩き続ける。

 

「ん?」

 

 少し歩いている先。見に覚えのある紅い髪が風に靡いていた。その凛々しく背を伸ばし、岩のように佇む女性に向かって俺は口を開いた。

 

「よう、マル」

「……私を犬の名前のように呼ぶなと言ったはずです」

 

 俺の挨拶に、米神を震わせながらゆっくりと此方を見る綺麗な女性。その女性に俺は表情を変えずに首を捻りながら口を開く。

 

「じゃあマルちゃん」

「あまり変わっていないでしょう!!」

「じゃあ僕が間をとってマル君」

「私は女です! ………全く、貴方達は毎日飽きもしないな」

 

 悠然とため息をはく女性。マルギッテ・エーベルバッハは呆れたように苦笑した。

 

「おはよう。とだけ言っておきます」

「はいはいおはよう。んでなにしてんの?」

「お嬢様とここで待ち合わせしているのです、それ以外に何があると?」

「あぁ、なるほど……く、クリスティーヌだっけ? 」

「違うよ、クリスティ………ヌワンヌだっけ?」

「貴方達は私に喧嘩を売りに来たのですか!?」

「「いや、これは素で覚えてない」」

「くっ………貴方達で無ければ私のトンファーが唸りをあげていました……!」

 

 凄む軍人の気迫に周りが驚いている中、俺はマルに苦笑を返す。相変わらずの凄みは学生に似合わない、俺を見上げるマルの頭を軽く叩く。

 

「まぁいいや。待ちすぎて学校に遅れるよ?」

「軽々しく頭を撫でるなと言ったはずです!!」

「別にお前と"同い年"なんだから気にすんなよ」

「普通は気にするんだ!! 貴方が異常だと理解しなさい!!」

「おぉ、怖い……」

「くっくっくっ。君達は面白いなぁ」

 

 顔を赤らめているマルに苦笑しながら俺は道化のように肩を竦める。

 そんな俺達を面白そうに、にやけた笑みを浮かべて笑う霞に視線を向けると、顔で道の先を指す。

 

「行こうか。マルは悲しくもお嬢様が大切らしい」

「当たり前です……カナメ、少し待ちなさい」

「ん?」

 

 歩こうとする俺をマルが呼び止める。

 何事かと視線をマルに向けると、マルは俺のネクタイを両手で掴み、大袈裟な溜め息を吐きながら、慣れた手付きでネクタイを整えてくれる。

 

「ネクタイを曲げるのは大人の男性として恥ずべきです」

「……いや、悪いな。前じゃネクタイなんか使わなかったし」

「言い訳は結構。ほら、カスミ、貴女も直してあげますよ」

「くっくっくっ。結構だよ、僕のこれはファッションだからね」

「ふぅ。だらしないファッションです」

「いやぁ……全く、君は面白いなぁ」

「年上を君よばわりしないように。私以外なら怒られますよ」

 

 目を薄めて苦笑するマルと、そんなマルに珍しくまともに微笑む霞。見ようによれば良い姉妹にも見えなくない。

 と言うと、マルが姉なら俺は兄か。

 いや、まず霞の兄なんて想像すら出来ないな。

 

「そう言えば、マル。君は東西交流戦に参加するのかい?」

「なんですかいきなり? まぁ、参加はしますが本気は出さない予定です。仮にも学生の行事ですからね。私のような軍人が本気を出すのも、反則でしょう。カナメ、貴方もやり過ぎないように」

「心配しなくとも。俺より強い奴が沢山いるからな、本気を出すまでもないだろうよ」

「……まぁいいでしょう。それでカスミ、貴女が参加するのですか?」

「……ふむ、いや。なるほど………じゃあ別に良いか」

「カスミ?」

「うん、参加はする。ただ僕と要は独自に動くからね、君の邪魔になったらなんて思ったけど……─────くっくっくっ」

 

 そう言いながら霞は機嫌良くにやけた笑みを浮かべる。

 その瞬間、俺の脳裏に嫌な予感が広がった、マルの同じなのか、少し顔をしかめて霞を見る。

 俺達の意味ありげな 視線を受ける霞は、その疑問に答えるように長いロングコートをはためかせ、ゆったりと口を開いた。

 

 

「──────東西交流戦。壊してみようか」

 

 

 その一言が、頭に響いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青葉 要は始まりを承ける

 場所は変わり、川神学園の校庭。見渡すかぎりに生徒が集まり、人で賑やかに騒いでいる。そんな中、大和とSクラスの中央辺りで地図を拡げ、何かを話し合っている姿が見えた。

 かくいう俺達と言えば。

 

「それで、何か言った割にはノーモーションなんだな」

「うん? まぁね。今、僕がこの場に参加しては"意味が無い"」

「"意味が無い?"」

「そう。言うならば、そうだね………君は誰かにプレゼントを貰うとき、中身が何かを教えられてから貰うプレゼントは嬉しいかい?」

「そりゃ、まぁ、嬉しいは嬉しいが」

「だがね、中身はなんなのかと言う疑惑を持っていながらプレゼントを開け、中身は君の欲しい物だった時の喜びはもっと大きいだろう。まぁ一種のプラシーボ効果みたいはモノだ。つまり、こう言う意味さ」

「……だから、お前の中で完結しても俺にはさっぱりなんだよ!」

「ふむ……ま、伝わらなくてもいいや。僕に任せてくれるよね?」

 

 問い掛けには聞こえない問い掛けを霞はにやついた笑みを浮かべて言う。

 分かっていながら言うのだ、俺が霞に反論しないことを。だからこそ、俺は霞の問い掛けに肩をすくめる動作で返す。そんな俺に霞は満足気に喉を震わせて笑う。

 

「……で、その霞の考えって結局はなんだよ? 」

「さて、どうしようか」

「はぁ?」

「くっくっくっ。そうだねぇ……僕の"予測"が正しければ、直江大和は人を上手く使うんだ」

 

 霞はそう言いながら薄い目を大和の背中に向ける。

 たださえ深い釣り目で周りに威圧を与える視線がさらに極み、霞に視線を向けていた一年の男子達は一斉に顔を強張らせた。

 容姿に釣られたか一年。ろくな女じゃないのは俺が保証しておこう。

 それは置いといて。

 霞の言った言葉が気になる。

 

「人を上手く使う、ね。まぁ、悪い事じゃ無いんじゃないか。もとより軍師なんてアダ名があるくらいだしな」

「軍師ねぇ……さっき、言っただろう?」

 

 まるでひねくれたように霞は遠くにいる大和を見つめ、苦笑まじりで呟く。そんな霞に俺は違った意味での苦笑を浮かべながら口を開いた。

 

「"時代遅れ"って奴か?」

「そう、軍師とは刀や弓を持つ兵士を部隊に分け、戦に勝つ。まぁ、やり方は悪くない。でもそれはね、言った通り将棋や囲碁なんだよ、もっと現実的なチェスをしようじゃないか」

「つまり、なんなのかを言えってさっきから言ってるの伝わらないな、 お前………」

「ルールに縛られては意味が無い、もっと奇抜に行こうよ。鬼殺しとかゴキゲン中のように」

「なんだそれ?」

「将棋の作戦だ、表際は知らないけどね」

「知らねぇのかよ!!」

「だって僕、ボードゲームは嫌いなんだ。負けないからつまらない」

 

 ボードゲームで勝ったことのない俺への嫌みか。

 確かに霞は家でテレビゲームはやれどパズルやボードゲームと言った通り頭を使うゲームをやっている所は見たことがない。本人の言う通り、負けたことがないと言うのも嘘ではないのかも知れない。

 嘘かも知れないが、突っ込むだけ疲れるだけだ。

 

「で、その霞が考える奇抜って?」

「くっくっくっ……────後のお楽しみさ」

 

 実に嬉しそうな顔をしながら言う霞に、嫌な予感が背筋に走るが、避けようのない未来に俺は溜め息を吐くしかない。

 

「……────要!」

 

 会話をしていた俺達の元に朝出会った赤髪の軍人、マルギッテが威風な佇まいで此方に歩いてくる姿が見えた。

 声に呼ばれるがまま視線を向ける。

 

「よう、なんか用か?」

「用か、ではありません。貴方達も作戦会議に出なければ置いていかれる、闘いで一番危険なのは危機感の足りない味方と知りなさい? 」

「そう言われてもな……霞」

「嫌だ」

「らしい、悪いがお姫様がこう言ってるなら俺は行けねぇよ」

「……はぁ、貴方達は……カスミ、嫌でも形だけは出席しなさい、孤立は貴女自身の危険にも繋がりますよ」

「なんで僕がこんなレベルの低いやり取りをしなければならないんだ、作戦ってのは優秀な指揮官が立てて、隊長が意見を入れて、優秀な兵士が従うんだよ。ここには意見を言う隊長しかいないじゃないか」

「軍を知らない貴女が一端な口を利かない!」

 

 子供のように拗ねる霞にマルが脳天にチョップを入れた。

 

「あう……」

 

 あまり痛そうにしていないが、実際は痛かったのか、頭を軽く擦りながら霞はにやついた苦笑を浮かべる。

 

「形だけは参加をしておきなさい、後のことについては口出ししませんから」

「……全く、僕の頭を叩く奴は君で二人目だ。分かった、分かったよ。君に免じて形だけは参加しておくよ、形だけは」

「何度も復唱しなくて結構……ほら、行きますよ」

「分かったから引っ張らないでくれ」

 

 嫌そうにしながらもマルに引きずられていく霞を見ながら、俺は笑みを浮かべて見送る。

 本当に。

 

「姉妹か」

 

 小さく二人の背中にツッコミを入れて、俺はゆっくりと立ち上がった。なんだかんだと言いながらも、マルは霞を気に入っているのか、それともただ単に年下に弱いのか。

 どちらにしろ姉のような奴だと心の中で呟き、その二人の背中を追う。

 校庭の中心部、つまりは大和達が様々なことを話し合っている場所の近場まで来ると二人はゆっくりと立ち止まった。

 

「ここで挟み撃ちを……」

「いや、ここはですね……」

 

 気障くさい男と地図を見て、思考しつつ何かを話し合う大和を霞は視界に入れると嫌そうに視線を俺に向けてくる。

 

「なぁ、要。あのホモくさい男は誰だい?」

「知らんがな、他クラスの奴とは基本的に関わらないんだよ。マルなら知ってるだろ?」

「私を犬のように呼ぶな! 全く……あの男は葵 冬馬、学生にしては狡猾で頭がキレる男です。二年Sクラスの、まぁ知力タイプとでも言いましょうか」

「じゃあ僕の嫌いなタイプだ」

「お前は同族嫌悪が強すぎだろう……」

「頭が良い奴は何でも考えて動くんだ……つまらないよ、実につまらない。なんで何がなんでも利益で考えるんだか……まぁ、そんなのはどうでもいいや、マル、彼等が考えている大まかな作戦を教えてくれないかな?」

 

 霞はうんざりしたように呟くと、俺と同じように呆れるマルに顔を向けて言う。

 マルは何かを言いたそうに顔をしかめるが、小さく苦笑を溢し、どこか嬉しそうな困り顔で口を開いた。

 

「良いでしょう、私の把握している範囲で教えます。まず────」

 

 そう言うマルは軍人らしく喋り出す。その声を霞と俺は軽く聞き流していた。

 どうせ覚えていても意味が無い。

 "俺は俺に従うまでだ"

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──────それが二日前の出来事。

 あの作戦会議以来、今日に関わることを一切話し合っていない。今日の東西交流戦について。

 霞はそれで構わないと笑っていたが、俺はそれを信じるしかない。それで良い、俺は霞に全てを任せているのだから。

 

 肌寒い風が肌に当たる。一種の工場地帯を戦場とした東西交流戦は夜に行われるためか、普通より気温が低い。さらに海が近い為なのか、その空気の冷たさは冷気になって体を通り抜けていく。

 その風を体に犇々と受けながら、俺は手元に持っていた縦一メートル、横二十五センチの黒いチタン製の収納バックを持ち上げる。

 

「よっと……」

 

 持ち手付近にある金具を手元に引くと金属の嫌な音と共にバックの底から鋭利な釘が飛び出る。

 そのまま今、丁度真下の立っている組み立て式の足場に突き刺す。足場の材質が鉄だと言うのに軽々しく刺さる釘に俺は苦笑を溢した。

 

「───さすがは"名匠"って所だな、霞」

「それはそれは。お気に召して光栄だよ、態々取り寄せた甲斐があったものだ。手元にある左の金具を引いてみな」

「左の金具、これか」

 

 持ち手の左、もう一つの金具を引く。

 その瞬間、何かが外れるような音と共に持ち手の部分が小さく折り畳まれる。そして、その行動に合わせるようにバックの真ん中から綺麗に二つに別れ始めた。

 

「こいつは、凄ぇな………」

 

 目の前の光景に目を見開く。そんな俺を見つめ、霞は嬉しそうに喉を震わせた。

 バックが近代的に広げられた、その肝心の中身は綺麗に収納され尽くした武器の数々。一般的なサバイバルナイフからスティール、カトゥーラや湾曲ナイフ。有名なナイフは全て横の開きに飾られている。

 そして次に注目したのは真ん中。

 綺麗に折り畳まれた、霞の来ている黒いロングコートとは正反対の白いロングコート。フードがつけられているがボタンは一切無い、つまりは前を閉めれないタイプのコートだ。

 俺は半場、無意識にそのコートを手に取る。

 

「重!!」

 

 持ってみて驚く。通常のコートより遥かに重いのだ。例えるならボーリングの玉だろうか、それほどの重さがある。

 

「そりゃそうさ。君の特注品でね、懐には刃渡り五十の短剣が四本。構造は防刺防弾の特別製、さらに腰回りを見てみなよ」

「腰回り?」

 

 霞に言われるがままコートを広げてみた。胸の辺りには確かに長めの短剣が四本、触り心地からも普通のコートでは無いことが確認出来る。

 だが、その腰にあるのは"二丁の拳銃"。余りにも非日常な代物に俺は口元をひきつらせた。

 

「44マグナムのボルトを拡張させ、グリップから中の反動吸収まで取り付けた。まぁ、総弾数が六発なのはマグナム系統の定めとして諦めてくれ。あぁ、それと、弾は安心設計のスタン弾だよ。当たれば打撲におまけで電流が走る………けど、仮にもマグナムだ、頭や股間などを撃ったり

、至近距離での発砲は辞めといた方が良い」

「得意気だが俺が聞きたいのはそこじゃねぇよ!!」

「銃は苦手かい?」

「持ったことすら無ぇよ!! と言うかそこでも無ぇよ!!」

「…………あぁ、犯罪かって意味か。問題は無い、それは正式に許可をとった猟銃だよ、普通はボルトアクションの単発式を猟銃として扱われるんだけど、小さいマグナム系統の銃なら検査を抜けれる場合があるんだ、改造はまぁ違法だけど、安心したまえ、市販の物しか使ってない」

「何一つ安心出来ないんだけど!?」

「くっくっくっ。冗談だよ─────"凶状"の名で特例に許されている銃を使ってるからね」

「名前って……」

 

 霞の言葉に俺は思わず口を紡ぎ、霞を見つめてしまう。そんな俺に霞は薄い笑みを浮かべて口を開いた。

 

「………君がいるから平気さ」

「……だぁっ! 分かったよ、分かった。もうこの銃については突っ込まねぇよ!」

「くっくっくっ、そうしてくれ。ほら、早く装備してくれよ。時間がない」

「たく……簡単に言うなよ」

 

 俺はなんとも言えない気はずさに、霞から視線を外して手に持っていたロングコートを"そのまま"羽織る。

 腰辺りに慣れない感触を感じながらも、俺はバックから一般的なナイフを取りだし、腰にくくりつけるともう一度、バックの金具を引く。

 みるみる畳まれていくバックを見ながら俺は霞に視線を向けた。

 

「さてと……開始まであと五分、要、こっちに来てみなよ」

「あ? なんかあるのかよ 」

「戦場の始まりは何時も上からの激励がかかるのさ……」

 

 誰に言うわけでもなく霞は誰もいない方向に呟きながら、何時の間にか取り出したトランシーバーを態々、俺に見えるように掲げた。

 そして、僅かな沈黙と、熱くなる周りの空気を冷やすような冷気の風が吹き抜ける。

 

 

『─────さて、開始五分前だな。弟よ! 声をあげろ!』

 

 ────そして、静寂に響く武神の透き通る覇気の声。

 

「ほら来た」

 

 そして、静かに呟く道化。

 

『………よし! みんな聞いてくれ!!』

『我が覇道の一歩として!!』

 

 そして、二人の別々の声がトランシーバーと真下から聞こえてくる。その声に合わせるように霞はゆっくりと下ろしていた腰をあげ、手元に何時の間にか持っていた石を指でもて遊びながら、俺の真横にゆっくりと歩いてくる。

 

『俺は最弱だ!! 武道なんかからっきしだ!』

『俺は最強だ! 天に選ばれた覇道を行く者だ!』

『でも、俺には仲間がいる!! 普段は歪みあっている奴等でも今は隣にいる仲間だ! SもFも関係ない!!』

『俺に付き従えば未来はあり、敗北はあれど敗者にはならん!! 故に、俺に従え!! 』

『隣を見ろよ! そいつらは自分を助けてくれる仲間だ!! 互いか互いを助けていれば負けなんかない……だから、宣言するぞ!!』

『俺達を見ろ!! 俺を見ろ! 負ける要素など何一つない!! 武神が神だと言うなら俺は神を倒せる人間よ!! 宣言してやる!!』

 

 段々に高まる熱気に答えるように二人の正反対の発破が聞こえてくる。ざわつく空気が犇々と体に感じられる中、俺は霞を片手に抱えながら小さく呟く。

 

「どうする?」

 

 今さら過ぎる俺の質問に霞は手元に持っていた石を摘まみながらニヤリと、笑みを歪める。

 

 

『─────この闘い、絶対に勝つぞッ!!』

『─────この闘い、絶対に勝てるッ!!』

 

 

 

 

 

「飛ぼうか」

 

 ────ウオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!

 

 

 響き渡る怒号の中、霞はゆっくりと体を宙に投げる。

 当然、霞を抱えていた俺も同時に宙に飛び立った。突如として体に吹き付ける強風を感じながら、俺達はされるがままに疾走する、速く、速く。

 止まることなどない疾走を感じながら、霞は俺に強くしがみついてきながら、ニヤリと、笑みを歪めたまま叫ぶように言う。

 

「さぁ!! 優雅に着地しようかッ!!」

「あぁ─────あぁ、そうか、なるほどなァッ!!」

 

 霞を抱えながら下に写る景色と、霞の言葉に俺は霞の目的を理解し、込み上げてきた笑いを止めずに笑う。

 

『────東西交流戦、開始ぃッ!!』

 

 響き渡る学園長の言葉に、テレビ局のヘリはすかさず移動し、中継されている大きなモニターに二人の総大将が写し出される。

 まるで、スローモーションのように二人の総大将が部隊に手を向けて叫ぶように口を開く。

 

『狙うは総大将よォッ!! この九鬼に続けぃッ!!』

『さぁ、行くぞ貴様ら!! 九鬼の首をとグハァッ!?』

 

 そして、俺達は綺麗に着地を果たした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、あれほど五月蝿かった戦場が一気に静かになる。再びの沈黙を感じな、俺は"足元にいる男"から脚をどかすと、高い位置からその場にいる生徒を見渡し、霞をゆっくりと地面に下ろす。

 霞はその静寂をものともせずにニヤリと、悪役染みた笑みを歪め、手元に持っていた石を指で弾く。

 

 そう。翡翠の石(気が消える君)を。

 

「くっくっくっ───────総大将、討ち取ったり…………なんてね」

 

 

 珍しく可愛い風に言う霞を見ながら俺は口を押さえながら沸き上がる笑みを抑えた。そして、ヘリから見下ろす学園長に視線を向ける。目を見開きながら此方を見ていた学園長は俺と視線が噛み合うと、学園長は可笑しそう、そして何処か嬉しそうに顔を綻ばせる。

 

『ふむ…………東西交流戦────────終了ぉッ!!』

 

 こうして、東西交流戦が終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────え、ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええィィッ!?

 

 波乱の始まりだ。悪くない。

 俺は周りの視線に答えながら口を大きく開けて笑った。

 

 

 

 




流れが気に入らないのでそのうち修正します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶状 霞は思慮を浮かべる

 "二人組、総大将を閃光撃破!!""東西交流戦をぶち壊し二人の正体は!?"

 

「凄ぇ大事な………」

「うん、いやぁ………テレビ出演のオファーが来たときはどうしよかと思ったよ、まさか此処までとは……くっくっくっ、僕達も一躍有名人だねぇ」

 

 新聞の見出しを見ながら俺は霞の作った金平牛蒡をかじりながら小さく呟く。

 デカデカと一面に載せられた霞を抱える俺の姿、暗い場所だったせいもあるのか、顔が下からライトアップされる形になり、さらに俺達の平均を遥かに上回る高身長が悪役染みた写真を引き立てている。

 

「霞恐すぎだろ……にやついた笑みが魔女みたいだぞこれ」

「………魔女とか言うな、魔女とか。君だって端から見れば悪魔のような容姿じゃないか」

「ちょっとは俺の硬い顔を気にしてるんだから言うなよ」

 

 俺の例えが気に入らないのか、不貞腐れたように言う霞の言葉を、俺は新聞を見ながら軽く受け流す。

 

「しっかし、これ学校行ったらなに言われるんだろうな。何週間もかけて練っていた作戦を俺達が台無しにした感じだろう。怖ぇな」

「くっくっくっ。安心したまえ、僕は君に守られるからね」

「結局、争いは避けられねぇのかよ………」

 

 あの総大将を、空中から奇襲した作戦は見事に翡翠の石(気が消える君)と言うジョーカーにより、成功を納めた。

 あの謎石、本当になんなのかは分からないが、調べたところ、密封状態にすると半径一メートル内にいる気を持つモノの気を隠すと言う代物であり、霞の間隣にいた俺は見事に気が隠れていた。だからこそ。

 

「間違いなく、川神百代に絡まれるな……」

 

 あの武神(チート)なら間違いなく俺達の状態に気付いた筈だ。さて、どんな言い訳で逃れようかと頭を捻りながらも新聞を読み進めていると、とあるページに大きく取り上げられている項目が目に飛び込んでくる。

 九鬼と言う有名過ぎる名が取り上げられている記事、普段なら読まずに飛ばすが、今回は気になる単語が書かれていた。

 

「"武士道プランによって産まれたクローン、川神学園に入学決まる"」

「……武士道プラン? なんだい、それ」

 

 俺が読み上げた記事に霞がお茶を飲みながら聞いてくる。

 ふと記事から視線を下げて読み進めていくが、詳しい内容は全く書かれていない。

 

「ん、あった。川神学園の朝礼で詳しい内容が公開される、とよ。これって、お前が言っていた転校生って奴じゃねぇのか?」

「………ふぅん。つまらないな」

「またかよ……」

「クローンって考えが気に入らないね。過去にすがっているように見える……ま、ありがちで平凡で聞き飽きた陳腐な言葉で着飾るなら、生まれた命に罪は無いんじゃないかな」

「毛嫌うねぇ………ん、九鬼家が根本的に動いたみたいだな。過去の偉人のDNAから生まれたとか……いや、同意する訳じゃないが、随分命を軽く扱うな」

「時代がそうなんだよ。まぁいいさ、僕には関係ない、それに、転校生として来るなら少しは話せるだろう」

 

 霞の言葉に、俺は曖昧に頷く。

 過去の偉人のクローンね。どんな奴らなのか。

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

「義経と言います!!」

 

 朝の朝礼。

 元気よく全生徒に挨拶をしている偉人のクローンを見ながら、俺は苦笑を浮かべる。

 俺達は華麗に朝礼をエスケープ。何時もの部室からその光景を見下ろしていたが。なるほど、偉人のクローンか。

 

「見事に美少女だな」

「クローンだからね。性別まではコントロール出来ないさ。仮にしたとしても、僕なら人間としての正気を疑うけどね……君的にどの子がタイプだい? 」

「いねぇよ………しかし、あの清楚って子は……」

 

 優しい笑みを浮かべる少女に俺は視線を向ける。読書が好きで、花が好き。さらには清楚という名の通りに清楚な佇まい。あれが清少納言のクローンだというのか。

 

「清少納言は悪女としても有名だったよ。紫式部みたいな小説家としても少しは有名だったけど、コアに探るなら清少納言は自分が恋した男性を権力に物を言わせて、男の妻から男を奪い取り、そして一年後、男に飽きて捨てた。なんてね。元来、小説家の女性はろくな女がいない」

「清楚ねぇ………お前には一人、思い当たる人物がいるんだよな」

「覇王、彼は学に通じ、武に通じ、そして何よりも儚き物を愛した。なんて言うのは大袈裟かな。清楚は西楚。名前に捻りが無さすぎだよ。ま、つまり。あれはとんだ地雷爆弾だ。触らぬ神になんとやら……あれはつついたら獅子が出てくる」

「……ま、見た目からは想像出来んよな。つうか、マジか? あの子からは微弱な気しか感じないんだが」

「どちらでも良いよ。清少納言だろうが覇王だろうが、僕には関係ない。暑いからそろそろ、閉めてくれ」

 

 鬱陶しそうに顔を扇ぎながら、霞は言う。俺は熱狂に包まれる校庭を一瞥し、霞に言われるがまま窓を閉めた。

 部室に足を進めると、霞は部室に用意されている割りと高めのソファーに身を沈めると小さく息を吐いて口を開く。

 

「さてと。ここまでは誰にも関わらず、無事に学園にこれたけど。これからはそうも行かないだろう」

「……ま、実質、この翡翠の石(気が消える君)が無ければ間違いなく川神百代に絡まれてたからな。しかし、これからは学校っつう場所に行動が狭まれる。何時かはぶつかるだろうな 」

「そうだよ。だからね、僕はそろそろ、君を隠しておくのは辞めようと思うんだ」

「つまり?」

「君は、学園に食券を金として教師から依頼を渡される制度を知っているかな」

「あぁ、実際にやったことは無いけどな。確か大和がそんな話をしてたな」

「ふぅん………」

「露骨に機嫌が悪くなるな……」

 

 俺のだした名前が気に入らないのか。それとも自分が教えようとしたことを大和にとられたと言う不貞腐れか。恐らくはどちらもだろう。

 

「ま、いいや。それで、その依頼。受けてみようと思うんだ」

「食費削減か?」

「アホか。目立つ為にだよ」

「"目立つ為に?"」

「そう、目立つ為に。僕達には今、知名度が足りない。僕が探偵事務所を設立するにあたって、肝心な依頼が来なければ話にならないだろう?」

「だからって、今から探偵事務所の知名度をあげるっても、無理だろ」

「ならば、僕達の知名度をあげればいい。言いたいことが分かるかい?」

「さぁな」

「くっくっくっ、つまりはね。僕が事件に関われば円満に終わるという印象を周りに植え付けるんだよ。これを実行するにあたって肝心な事が何か分かるかい?」

 

 そう言いながら霞は履いていたハイニーソを適当に脱ぎ捨てながら、露になった長く白い足を伸ばす。パンツが見えないのは残念だ。

 さて、くだらないことはさておき、俺は霞の言葉を考える。

 

「……目立つことか」

「そうだ、正解。百点満点。僕達は関わった事件の中心にいなければならない。そして何よりも善に向いていなければならない。言葉にすれば簡単だけど、実行するのは用意じゃあないさ。そして………ジャジャン」

 

 わざとらしい口調で霞はコートの胸ポケットから一枚の折り畳まれた小さな紙を取りだし、俺に見せてくる。

 

「………なんぞ、それ?」

「依頼書。食券七十枚の報酬つき、ストーカー退治」

「先決にありがとよ。で、どうせ、面倒があるんだろう?」

「この依頼、早い者勝ちの依頼でね。風間ファミリーも関わってくるんだ」

「うわぉ…………」

「つまりは。君にかされた役割は二つ、ストーカーを撃退することと、"君の実力を晒すこと"」

「曝す?」

「そう、曝す。君は実は強いんだぞってね。今まで普通だった人物が実力を出すと、それは語弊されやすいのさ。例えば、君が武神より強いとかね」

 

 演技のような動作で言う霞に俺は鼻で笑う。

 

「俺が武神より? 有り得ないな、あれはそうそう勝てる相手じゃねぇよ。才能が天才の翼を生やしたような奴だぞ。あれは」

「じゃあ君は勝てないのかい?」

「変な期待を持たせるならハッキリ言うが、まず無事には勝てないな 」

「へぇ……じゃあ、まぁ、君は君らしくでいいや。兎に角、僕らはこれからしばらく、あらゆる事件に首を突っ込む覚悟で行くからね。いやぁ………楽しみだねぇ」

 

 呑気に微笑む霞に俺は呆れたように笑みを浮かべて返す。確かに、波乱の幕開けは悪くはないと言ったが、様々な疲労を考えると気落ちしないでもない。なにせ、普段は自分がやりたいことしかやらない霞が妙にやる気なのだ。不穏が漂い始める。

 そんな中、突然、部屋のドアが甲高い木の音で静かにノックされる。

 

「ん、客か?」

「あぁ、多分、依頼者だよ。朝礼が終わったら来てくれと頼んでおいたんだ」

 

 そう言って目でドアを開けろと合図する霞になすがまま、俺は下ろしていた腰をあげ、ドアに向かう。

 

「あいよ、どちらさんだ?」

 

 ドアを開けると其処にいたのは、背が低めの少女。青色のショートカットを綺麗に束ね髪。そして丸く大きな目が俺を写している。霞ほど、と言われれば違うと言えるが、それでも美少女と呼ばれる端整な顔付きだった。

 彼女は少し躊躇いがちに口を開く。

 

「あ、あの。ここが探究部の部室であってますか……?」

 

 自信なさげに言う彼女に俺は小さく頷く。

 

「あぁ、合ってるよ。依頼者さんか?」

「は、はい。私の依頼を受けてくれる人に説明してまわっているんですけど……その」

「要、入れて良いよ」

 

 後ろからソファに凭れながら言う霞の言葉を背中に受けながら、俺はドアを大きく開き、彼女に向かって部屋に手を向ける。

 

「どうぞ、遠慮せずにな」

「は、はい。お邪魔します……」

 

 不安げに、恐る恐ると足を踏み入れる彼女に俺は苦笑する。一体、俺達にはどんな噂が飛び交っているのやら。

 部屋の奥まで行くと彼女は霞を視線に捕らえると、僅かに体を震わせる。恐らくは霞の睨み付けるような釣り目に睨まれていると言う勘違いだろう。霞は至って普通の素面なんだがな。

 俺は霞とは別のソファに座り込み、片手で向かいのソファを指す。たが、緊張からか、彼女は椅子に座ろうとはしない。そんな彼女を見かねたのか、霞が口を開く。

 

「やぁ、いらっしゃい。今をときめく注目話題のかすにゃんだよ」

「は、はい?」

「そう言うネタはいきなりやるな、キャラとかけ離れすぎなんだよお前は……」

「緊張しているからちょっとしたお茶目だよ。さぁ、遠慮なく其処ら辺に座って良いよ、なんならカナメの膝でも」

「あ、あの、じゃあ、此処に……」

「フラれたね、残念。僕が座ってやろう」

 

 俺が断る暇もなく、霞は俺の膝に座り込み、完璧に力を抜いて体を委ねてくる。ほぼ成人女性であり、身長が百九十近い女性がなんの躊躇いもなく委ねられると、素直に。

 

「………重い」

「おい、僕はこれでも五十はキープしているんだぞ。背からみたら十分に軽いだろう」

「軽すぎだろ、胸が小さいからか」

「…………ふん、君のエロ本には貧乳物しかない癖に」

「なんで知っている!?」

「あ、あの! そ、そろそろお話をしても……」

 

 俺達のやりとりに戸惑う彼女は視線を慌ただしく動かしながら此方に引っ込みながら言う。

 

「……ふむ、あぁ、そうだねぇ」

 

 霞はそんな彼女を薄目で見つめながら、思慮深くみせたように呟き、片手を彼女に向ける。

 

「それじゃ、自己紹介からしようか。僕は凶状 霞。こっちの背が高い男は青葉 要。気軽に呼んでくれたまえ。それで、君は?」

「は、はい。わたしは上津軽 三角(みょうか)と言います……」

「へぇ、またこれは珍しい名前だね……まぁ、僕もあまり人の事は言えないけど」

 

 上津軽 三角ね。また難しい名前だな。

 俺は霞の頭の上から三角を見下ろす。まだ緊張しているのか、それともあがり症でもあるのだろうか。三角はまた視線を何処かに惑わしている。そんな彼女に霞は口を開く。

 

「じゃ、三角。何年生だい?」

「い、一年です」

「ふむ、家族は?」

「は、はい?」

「家族だよ、家族。何人家族だい?」

「あ、あの………」

 

 まるで関係の無いことを話す霞に三角は戸惑いを隠せないようだった。そんな二人を俺はただ見守る。霞には霞の独自の考えがある、それを横から邪魔するとコイツは途端に不機嫌になるめんどくさい女なのだ。

 後の平穏のためにも、俺は余程ではない限り止めるつもりはない。

 

「関係ない話じゃないかって?」

「あ、あの………すいません」

「……………いや、うん。君は早くストーカーの事件を解決したいんだね?」

「も、勿論です………わたし、最近、ずっと誰かに狙われているようで……その」

「うん。そうだねぇ……分かった。じゃあ話を聞こう、まずは最初の質問からだね。今までにどんな被害を受けたかな?」

 

 霞の言葉に三角は顔を俯かせながら、思い出したくもないように体を僅かに震わせる。

 

「さ、最初は、気のせいかと思ったんです」

「気のせいかと?」

「物が無くなるんです……さ、最初は消しゴム、次はシャーペン、次はノート……」

「それは学校で使われていた物かな?」

「…は、はい」

「学校で使われていた物が無くなる………ねぇ。いいよ、続けて」

 

 目を閉じてにやけた笑みを浮かべて霞は言葉を木霊のように返し、大袈裟に頷く。そんな霞に三角は戸惑いながらも、小さく口を開く。

 

「そ、そしたら、ノートが、帰ってきて」

「いつかな? 」

「え、え?」

「ノートが帰ってきたのは、無くしてからいつかな?」

「え、えっと………どうして」

「気になるから………それとも、覚えてないかい?」

 

 閉じていた目をまた薄く開き、三角を見る。その視線に僅かに体を震わせ、三角は無理矢理思い出すように視線を慌ただしく動かす。

 

「え、えっと。無くしてから……一週間後くらいです」

「………ふむ、一週間後。いいよ、続けて」

「そ、それで………ノートには色々、その、書かれてて……」

 

 書かれてて。と言うことは、一方的な愛だろうか。

 なるほど、それは気持ち悪いな。

 

「書かれててか。ふぅん………僕もよく一方的な愛を受けるんだよ。暴力で」

「……俺がいつ暴力をふるった。初対面の人に変な概念を植え付けるなタコ」

「よく頭を叩かれるし。間違っちゃい無い………ま、話を戻そう。それで、そのノートを受け取ってから被害は?」

「は、はい。家に手紙が届いたり、下駄箱に綺麗に包まれたわたしの箸が入ってたり………な、なぜか、わたしの家のカギが一緒にはいってて……」

「家のカギ………ふむふむ。君に身近に心当たりはあるのかな、家のカギを取れるような男性の」

「な、ないです………」

 

 家のカギが盗まれてて、合鍵でも作られたか。と言うことは何時でも家に侵入できる状態にあるのか。

 確かに、それは普通の女性からしたらただの恐怖以外の何者でもないな。

「………なるほど。うん、なるほど。分かった、それで、君はどうして欲しい?」

 

 にやけた笑みを浮かべたまま霞は目の前の三角にわざとらしく問いかける。そんな霞に三角は控えめな視線を霞に

向けて、恐る恐る口を開く。

 

「も、もう1つの方々に同じことを頼んだのですが………わ、わたしを守って欲しいのと、は、犯人を捕まえて欲しい………です」

「犯人は別に構わないけど、守るって具体的にどうやって欲しいんだい?」

「わ、わたし、一人暮らしで、親は北海道で、そ、その、我が儘なのは十分に承知なんです………お礼は望む限り渡します………だから、その、わたしをや、大和さん達と交代で、ま、守ってくれませんか………」

「つまり、君は寝ずに自分を守って欲しいと、そして犯人を捕まえて欲しいと言うことだね。お礼は望む限り、まぁ深夜労働だし当たり前なんだけど……払えるのかい?」

 

 嫌味のように言う霞。悪女が染み付いているな。

 しかし、対価がないと言うのに比べたら、確かに過ぎる労働だ。

 

「ば、バイトで貯めたお金があります……大丈夫です」

「バイト………ねぇ」

 

 含みを持たせた笑みを浮かべて霞は小さく頷く。

 

「────────うん。良いよ。直江大和君達と手を組んで、犯人を捕まえてあげよう」

 

 

 そう宣言する霞の笑みを見ながら、俺は密かに思う。

 

 

 

 凶状 霞は絶対に直江大和と手を組まないな。と。

 

 




第一章。道化と道化

始まります。要が霞より目立たないのもこれまでだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

青葉 要は剣を構える

◆ ◆ ◆

 

『────お前はアグリアスをどう思ってるんだい?』

 

 懐かしい夢を見た。

 いや、見ている。俺がまだ二十歳にも満たない年の頃、俺の親友が唐突に話し出したあの日の夢を。

 

『──────』

 

 俺は口を開く。だがその口から言葉を発することは無い。何故なら、俺はこの時、何も言わなかったのだから。戻りたいと願ったことはない。変えたいと願ったことはない。でも、また話をしたいとは願っている。たわいのない話で良い。昨日の飯、今日の良かったこと、明日は何があるか。

 

『アグリアスはな、お前に恋してるよ』

『はぁ? 志雄、戯れ言はやめろよ。アグはそう言う目で俺を見ていないさ、あれは………そうだな、どちらかと言うと師弟だ』

 

 俺の口が勝手に喋る。何回も夢で見た、聞いた言葉だ。ここでもしも。なんて言うたらればの話は嫌いだ。好きじゃない。俺は俺の過去を否定するつもりはない。つまりはすでに決着なんかついているんだ。じゃあ、なんで俺は夢を見る。

 

『そうかな? 僕は良い二人だと思っているよ。凶状家の護衛じゃ格別な美少女だし。縁談の話しも進めたからさ』

『進めたのかよ!!』

『くっくっくっ……良いだろう別に』

 

 夢は何時も可笑しな方向に行く。俺の後ろには何時も霞が此方を見ながら無言で佇んでいるんだ。俺を見ながら、だが、夢の俺は気付かない。目の前の親友と話し続けている。

 

『じゃあ、霞は?』

『──を進めるのかよ………』

『流石に無いか、あれは僕に似てるからなぁ……めんどくさい所とか。君とは相性抜群だけど……僕としてはやっぱりアグリアスを進めるよ、縁談頑張って』

 

 目の前の親友は、絶対に此方に顔を見せない。顔を見せてはくれない。構いはしない。俺とコイツはもう話は終わったんだ。あとに待っているのはそれぞれの一歩。

 俺は霞に近付きたいんだ。お前とじゃない。俺の居場所はお前じゃない。

 言いたい言葉はやはり言えない。俺はこの時、喋っていないから。

 夢は、何時も其処で終わる。

 

『要、行ってらっしゃい』

 

 お前は、進めているのに。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 重い頭を抑えながら、俺はリビングの扉を開ける。

 

「夏なんて死ねばいい」

「………寝起きそうそうの俺に愚痴るな」

 眠たげな頭を振りながら、俺は外を睨みながらクーラーの真下にいる霞に言う。

 点けっぱなしの、目を向けていないテレビからは朝のニュースが流れ、綺麗めのキャスターが元気よく嬉しそうに、今日の快晴を宣言している。気温は三十度越え、何時もロングコートを着ている霞もこの気温ではノースリーブの服装に変わっていた。

 普段から日に晒さないためか、見事に白く綺麗な肌である。

 

「暑いのは嫌いなんだ。汗も嫌いだ……爽快クールが売りなこの汗吹きが無ければ生きていけないくらいに嫌いだ。要、日焼け止めを塗ってくれ」

「体に?」

「アホか、腕に」

 

 別に期待なんかしていないからな。

 

「自分で塗れよ………眠ぃ」

「うら若き乙女の柔肌をヌッチャリと触れるチャンスを棒に振るうとはね。日焼け止めとってくれ」

「ヌッチャリってなんだ………ほらよ。あれ、今日の朝飯は?」

 

 霞が使っている化粧棚から高そうな日焼け止めを手に取り、手渡す。化粧棚には化粧品がしっかりと用意はされているが、使っている姿を見たことがないのはうら若き乙女としてはどうなのだろうか。

 と言うよりは、コイツはどうやってこの美貌を保っているのだろうか。共に住んでいる俺にすら分からん。

 しかし、そんなことは今はどうでもいい。肝心な朝飯が用意されていないのだ。

 

「今日は外食だよ。そのまま三角ちゃんの所に顔をだして、直江大和と顔を会わせて協力交渉さ」

「……あぁ、そういや。あの後、二人で話し合ってたな」

 

 二人の乙女な会話とか言って、部屋を追い出されたのだが。そんな話になっていたのか。

 

「うん。報酬は現金で二グループに手渡し、食券は二等分するって話で、直江大和達と手を組んでストーカー退治をすることになったんだよ」

「はぁ、まぁ、構わないんだよ。お前は手を組むことに意義は無いのか?」

「僕が直江大和を嫌っているから。と言ってね、傷付いている女性の頼みを身勝手な理由で断るつもりはさらさら無いさ。僕には君がいるから、そんな物騒な話は無いけど、三角ちゃんには同じ女性として、考えることがあるからね…………まぁ、極力は君が中立で色々と動いてもらうけど」

「………ま、納得はしてないが三角ちゃんの為にってか」

「そうだよ………まぁ、それだけじゃないんだけどね」

「ん?」

「なんでもないさ……それより、早く着替えてくれよ。もうすぐ待ち合わせの時間だ」

 

 霞に言われ、時計に目をやると長針は八を指していた。休日だからと少しゆっくりし過ぎたか。俺は霞に曖昧に頷き、服を脱ぎ出す。

 

「あぁ、そうだ。一応、武器を持っててね」

「武器だ? 別に暴漢くらいならなんとか出来る実力は自負してるが……必要か?」

「今日の占いで君が最下位だったからね」

「地味に嫌だな!」

 

 腕に日焼け止めを塗る霞に俺は苦笑を浮かべて、用意されている服を着込む。そしてポケットに乱雑にねじ込んでいた鍵ケースを取り出すと、窓際の壁に埋め込まれた金庫に鍵を突き刺す。

 鍵にしては固い感触を感じながら、鍵を回し、暗証番号を入力する。厳重にかけられた堅い金庫の重い扉を開けると、そこには奥行きが広い収納場所、そして、一本の"両刃剣"が置かれていた。

 

「あぁ、それと。このガードは国からの正式な銃刀法許可証だ。凶状印の安心マーク入りだよ」

「また、んなもん。絶縁されてんのにどうやってそんなの取ってるんだよお前は……」

 

 テーブルに置かれたプラスチック性の免許証に似たカードを見ながら、俺は剣を手に取り、金庫の扉を閉める。機械音が数回響き、鍵が再び閉まるのを確認すると、俺はカードを手に取る。

 

「さてね。家から出るときに適当に持ち出した道具箱に入ってたんだよ。多分、正式な物だし、心配は入らないと思うよ。それに、川神じゃ色んな所で武器を持ち歩いてるし、大丈夫だよ」

「……まぁ、霞が良いってんなら構わねぇけど。お前、"大丈夫なのか?"」

 

 俺が言う言葉に霞は薄く笑みを浮かべて、俺を見つめ返してくる。その笑みは何時ものようなにやけた笑みではなく、ましてや演技がかった笑みでもない。純粋な笑みを浮かべながら霞は口を開いた。

 

「"君がいるなら"」

 

 殺し文句だ。

 言おうとしていた言葉が頭から消え去り、言葉をつまらせる。俺はなんとも言えない気まずさに頭をかきながら適当に頷き返し、その場にあった椅子に座る。そんな俺を可笑しそうに喉を震わせて霞は笑う。

 

「……で、待ち合わせって何時なんだよ?」

「うん? くっくっくっ……十時に駅前で待ち合わせしているよ。三角ちゃんと、直江大和と、あと一人誰か。まぁ、風間ファミリーの誰かだろうけど……僕は川神百代と予想するよ。彼女は君にご執心みたいだしねぇ」

「ご執心ね。美少女に追いかけ回されるのは嫌いじゃないが、目的がどうせ戦えだろうからな。所謂、武人じゃない俺からしたら、そのお誘いはお断りしたいな……」

「狼が人に追いかけ回されてる感じだね、君達は」

 

 いいえて妙だな。

 俺は片手に持った剣の鞘にある紐を腕に巻き付け、強く結ぶ。しっかりと固定されていることを確認しながら、俺は口を開く。

 

「今日、夢を見たよ」

「うん? ………あぁ、あの人の夢かい」

「あぁ、何時までたっても見るんだ。なんとかならねぇかね」

「僕が添い寝でもしてやろうか?」

「悪夢を見そうだ」

「おい、どういう意味だ」

 

 軽口を叩きながら、俺は身支度を整えるとゆっくり立ち上がり、少し不貞腐れている霞に向き直る。

 

「さて、良いぜ。行こうか」

「やだ」

 

 はっきりと否定の言葉を投げて、霞はソファーにだらけながら寝転び、俺を上目で見上げてくる。

 

「………はぁ?」

「外が暑い。僕はもう少し気温が下がったら行くから、君は先に駅前のレストランに向かってくれないか……僕は動きたくない」

「ヒモッ子が………はぁ……仕方ねぇな。あんまり遅くなるんじゃねぇぞ。待ち合わせの時間になったら集合場所に先に行ってるからな?」

「大丈夫、それまでに行くよ」

 

 言葉ははっきりとしている癖に、体がだらけきっている。普段は運動をしないからか、壊滅的に体力がない奴だ。俺は小さくため息をはく。コイツはもう動かないだろう。腹が減っているし、置いていくのが無難だ。

 俺はそのまま、霞に片手をあげながら玄関に向かい、動きやすいランニングシューズを履く。

 

「あぁ、そうだ。朝食Aセットを頼んでおいてね。飲み物は百パーセントオレンジ」

 

 その言葉に俺は苦笑を浮かべて、無言でドアを開けて外に出る。

 予想以上に暑い日差しが俺を照らし、半袖だと言うのに暑さが感じられる。まさに真夏の季節、普通に暑い、霞が外に出たがらないのも無理はないだろう。

 俺は片手で日差しが顔にかからないようにしながら、ため息を吐き、剣を持ち直すと目的地まで歩き出す。

 

「─────青葉 要ですね?」

 

 開始二秒、ラスボスとエンカウントした。

 

「………あぁ、川神百代さん?」

 

 美しく透き通るような黒髪。小さすぎない釣り目。理想的とも言える抜群のスタイル。端整な顔付き。どれを見ても、それは美しいしか言えないような華麗な佇まいは武人としての強さも見た目からは伺える。

 武神"川神 百代"

 神の子と言われるほど非現実的な気を持つ彼女は、俺が行こうとする道をふさいで、佇んでいた。

 

「はい、私は川神百代と言います」

「あぁ……結構、礼儀は正しいんだな。噂は噂か」

「はい? あぁ、まぁ。礼儀に関してはシジイから五月蝿く言われてましたし、貴方は大分、歳上みたいですしね」

「まだ二十前半だ」

「そこは譲れないのか……」

 

 微妙な顔をする川神に俺は頭を掻きながら思考する。

 

「まぁ、敬語はいらねぇよ。普段から年下に上から喋られてるしな……で、なんのようだ?」

「あぁ、そうなら遠慮せずに普通に喋らして貰おうか。私の願いは一つ、武人として、貴方と、青葉 要と手合わせ願いたい」

 

 実に予想通りの言葉に俺は笑みを浮かべる。若いな、なんて言う年寄り染みた感想を抱くが、川神百代は実際、"若い"。学生だから当たり前なのだが、その元気よさが心地良い。

 俺は川神に向かって手のひらを向ける。

 

「はい、タッチ」

「……タッチ?」

 

 素直に俺の手を手で叩いてくる。

 

「手合わせしたぞ」

「馬鹿にしてるのか!?」

「なんだ、まだ足りないか。いやしんぼめ、タッチ」

「やるか!!」

「軽い冗談だ。真に受けるな」

「真顔で冗談を言うなよ分かりにくい!!」

 

 真顔だっただろうか。俺としては慈愛の笑みを浮かべていたと思うのだが。

 

「まぁ、先決に言うとやだ」

「だが断る」

「お前が断るなよ!」

「なんでだよー良いじゃんかよー」

 

 ただをこねるように身を揺らす川神。俺からしたらコジラがただをこねているようにしか見えない光景だが、まぁ、可愛らしいところもあるのか。

 そんな川神に俺は肩をすくめながら口を開く。

 

「俺はな、こんな中途半端な試合はしたくないんだよ、川神」

「む………?」

「お前は強い、だからこそ、武人としてそれ相応の戦いをしたいと思っている。だから、俺は自分より弱い奴としか戦わない。俺がお前より強くなるまで待て」

「ただの卑怯じゃないか!?」

「冗談だ」

「クッ……! なんだコイツはっ!?」

 

 面白いな、川神。ただの最強かと思いきや、なかなか喋りやすい奴ではある。

 しかし、腹が減った。朝からなにも食べていない上に、暑い日差しのせいで汗が吹き出してくる。よく見れば川神も汗をかいていた。まぁ、丁度良いだろう。

 

「積もる話はファミレスでどうだ?」

「なに? 奢りか?」

「水なら」

「ただじゃないか!?」

「冗談だ」

「うわあぁっ!! もう!! 絡み辛いなお前は!? 真顔で冗談を言うなよ! もう少し抑揚をつけろ抑揚を!!」

「で、行くのか?」

「行きます!!」

 

 行くのかよ。

 しかし、普段から霞と話しているせいであまり感じられないが、俺ってそんなに真顔だろうか。

 まぁ、今はどうでも良いか。

 

「ほら、行くぞ」

「なんだ、私。これ流されてないか………?」

 

 川神は何かを呟きながら歩き出す俺の背に続いて歩く。

 河原をそうように作られた獣道を歩きながら、俺は川神を改めて見直す。

 何時もは髪を下ろしているが、今日は後ろで結んだポニーテール。霞は滅多に髪を弄らないから、珍しいと言えば珍しい。左右にゆらゆらと揺れる。

 

「気になるな」

「あん? 何が?」

「いや、別に……ん? そう言えば、川神はなにも聞かずに誘ったが、今日の待ち合わせに来るのってお前だったのか?」

「待ち合わせ? あぁ、三角ちゃんの奴か……ちょっと待て」

「ん? トイレか?」

「女性が止まったらトイレとか言う発想は爺臭いぞ……そうじゃなくて、三角ちゃんの依頼を受けた、もう二人のメンバーってお前なのか?」

 

 うそん。爺臭いのか。

 まぁ、それは置いておいて。依頼を受けたメンバーは詳しく教えられてないのかよ。霞の話しぶりじゃあ。てっきり大和達は知ってる物だと思っていたが、目の前で眉をひそめて驚く川神を見る限り、初見らしいな。

 

「俺と霞だよ」

「あぁ、凶状か……」

 

 霞の名を言った瞬間、川神の顔が不安に変わる。武神にすらこんな顔をされるとは、アイツは何をやらかしたんだよ。

 

「霞は苦手か?」

「あぁ……恋人のあんたに言うのもあれだがな。私は唯一苦手な美少女と言っても過言じゃない。なんていうか、その、絡みにくいんだ」

「あぁ、まぁ、めんどくさい女だからな。アイツは………ちなみに恋人じゃないぞ。俺と霞は」

 

 俺の言葉に川神は目を見開いて驚く。知らなかった、コイツ、こんな顔するのか。別に新しい恋が始まらないが。少し見たことのない表情に此方も驚いた。

 そんな俺に川神が口を開く。

 

「恋人じゃないのか!?」

「……そんなに驚くことか?」

「だ、だって一緒に住んでるだろう?」

「あれは生活費を削減するためのルームシェアみたいなもんだ。それに、俺は霞の護衛だしな」

「いつも一緒にいるじゃないか!」

「まぁ、そうだな。たまには別々に行動するぞ、今日とかな」

「同じ部活に手作り弁当」

「部員合わせ。弁当はアイツが自ら作ってるんだよ、ああ見えて料理好きだからな」

「……私はお前の膝に座る凶状を見たぞ」

「アイツの気まぐれだろ」

 

 受け答えをする度に川神の顔が残念な物を見る目になっていく。何か変なことでも言ったか。

 

「要……性格以外は残念だな」

「本人を目の前に言うかテメェ……ハッキリと言わせてもうけどな。俺と霞は互いを気の合う友達くらいしか思ってねぇよ。あとは………まぁ、霞との関係は簡単に語れる物じゃないが。それでも、まだ出会ってから三年程度だ」

「………いや、まぁ……私が口出しするのもめんどくさいし、良いんだがな」

 

 何処か引っ掛かることでもあるのか、川神は何か言いたげな口を曖昧に閉じ、顔をしかめる。以外に、川神は面倒見が良い性格なのだろうか。そう言えば、川神は後輩からも結構、好かれている奴だったな。

 そんな事を話していると、目の前に駅が見栄始める。

 

「さてと、あのファミレスで良いか……川神、構わないか?」

「あぁ、私は何処でも食うぞ。あと、川神は辞めろ。妹と被るからな、百代で良い」

「行くぞ、モモ」

「いきなり親しくなったな……いや、別に構わないんだが……お前って、なんか、掴めない奴だな」

 

 掴めないか。そうだろうか、俺としては霞よりは遥かに掴みやすい性格をしているとは思うんだが、至って真面目な顔をして言うモモは、別にふざけた様子は無い。

 

「俺は分かりやすいと、自分でも思うくらいだがな」

「……いや、少なくとも。私は今日にまともに話した男にモモなんて呼ばれたら気を悪くする自負はあるんだよ。出会ってから一時間も立ってないしな……でも、お前は……何て言うか、気にならない」

「気にならない?」

「あぁ、自然て言うか……悪意が無いと言うか。そう、言うなれば人徳って奴だな。お前には人徳がある。だから呼び捨てされても、まるで親友のように気軽に話し掛けられても、気にならないんだ。それってお前の人徳って奴だろう?」

「ハッ………買い被り過ぎだ。俺はそんな人間じゃねぇよ。昔から偉い奴に敬語を使わない生活をしてたからな。慣れって奴だ」

「………ま、良いか。どのみち私よりは年上なんだし。それより、腹が減ったぞ。さっさと入ろう」

 

 そう言いながらモモはファミレスに入っていく。奢って貰う立場だと言うのに、躊躇が無い。少し話しただけでも分かるようなモモの分かりやすさに俺は苦笑しながら、その背中を追いかけて、ファミレスに足を入れる。

 涼しげな空気が体に当たる中、俺達は店内を軽く見渡す。

 そこで、見覚えのある青い髪の人物を見つける。

 

「─────三角か?」

「なに? む、本当だ」

 

 短い青い髪に、小柄な体格。特徴的な姿は記憶にしっかりと残っている。

 その直ぐ側に、誰かが立っていた。

 三角と同じ青い髪、だがその長さはかなりの物で、モモと同じ様にポニーテールにしていると言うのに太もも辺りまで髪が垂れている。青いジーパンに何故か派手で黒い羽織を着込んでいる。女性だ。

 

「三角ちゃん!!」

 

 モモがすかさず、嬉しそうに声をかける。

 その声に反応するように三角とその女性は顔を此方に向けた、瞬間。

 ──────俺は飲み込まれた。

 まるで大蛇に睨まれた蛙のような。その圧倒的に静かな荒々しい、ピリピリと肌に殺気がぶつけられたような重苦しい世界に。女性の、薄いライトブルーの目に深く。初恋のような、胸にざわめく恐怖が、俺を彼女に釘付けにされる。

 モモはまるで何も無かったように三角に近付き、女性の隣を通り過ぎる。彼女はモモを気にせず、ただ此方に視線を向け続けた。

 

「────どうも」

 

 ただ小さく。彼女はそう呟いて俺の隣を通り過ぎる。

 右手にある剣の柄をを無意識に握り締めていた。額から流れる汗が腕に落ちると、それを気付かされる。今から目の前の彼女から殺意が飛んでくるのでは無いかと言う錯覚が全てを支配した。

 

「あんたは………」

 

 何者だ、と言う言葉は虚空に飲み込まれ、出てこなかった。

 だが、彼女は此方にゆっくりと振り返り、その容姿に似合わぬ、釣り上げるような獰猛な笑みを浮かべて、口を開く。それは獅子が小さく唸りをあげるが如く。

 

「─────阿部(あべ)

 

 ただそれだけを告げる。

 何てことはない。良く聞く名前だ。だがその名前が頭に響き渡った。感覚だけだ、今のは偽名ではないと理解する。彼女はそのまま此方を見つめる。その瞳に吸い込まれたように俺は視線を外せない。まるで、恋に落ちたような、今から殺されるような。自分でも理解出来ない感情が沸き上がるばかりだ。

 彼女は、ゆっくりと口を開く。

 

「"お前はなんだ"」

 

 その問いは何を聞いているのか。

 名前ではない。ましてや純粋な理由でも無い。俺が理解されているかと思わせるような問いに。俺は、剣を。

 

「何してるんだ?」

 

 その突然かけられた声に、俺は顔をあげて、背中の方向を見る。其処には不思議な物を見るようにモモが此方を見つめていた。

 

「あ…………いや」

「………? ほら、奢ってくれるんだろう。さっさと席に座れよ」

 

 そう言うモモに小さく頷くと、俺は視線を元に戻す。だが、その場に彼女は居なかった。最初から居なかったように。

 俺はもう一度、モモを見つめるとモモは小さく首をかしげ、まるで馬鹿を見るような顔をする。

 

「…………何も感じなかったか?」

「はぁ?」

「………────いや、なんでもねぇ」

 

 なんなんだ。"アレは"。答えなど出るはずもない蟠りは喉に引っ掛かる。俺はその蟠りを吐き出すように息をつくともう一度、彼女が居た場所を見つめる。

 そして、俺は視線を三角とモモに戻した。

 

「三角、あの女性は知り合いか?」

「は、はい? あ、いえ……道を聞かれただけです」

「なんだ、もしかしてタイプだったの?」

 

 ニヤニヤと笑うモモに苦笑しながら、俺は首を降ると二人の向かい側の席に手を向ける。

 

「座っても良いか?」

「は、はい。どうぞ、き、汚い席ですが!」

「以外と図太いんだな、三角」

「あ、いえ!? ち、違うんです、す、すいません!!」

 

 店員に睨まれる三角は慌てながらも頭を勢い良く下げる。そんな三角を笑いながら俺は席に腰を下ろすと、また、彼女──阿部が居た場所を見る。

 だが、其処には、やはり誰もいない。頭に残る違和感は拭えないが、今無闇に考えても無意味だ。俺は一先ず、思考を片隅に置いて、メニューを開いた。

 

「私はステーキ定食大盛りだぞ」

「……………二千円」

 

 今は財布がピンチだった。

 

「三角ちゃんも奢りだろう? なぁ、お・兄・さ・ん」

「え、え、え?」

「………仕方ねぇな、大盛り無しで妥協してやろう」

「セコいな!!」

「今月の小遣いが少ねぇんだよ。三角ちゃんは気にせず大盛りで良いぞ」

「なんだよーズルいぞー!」

「モモ、お前太ってないか?」

「そんな誘導尋問に引っ掛かるか!!」

「チッ………」

 

 奢るなんて言ったのは間違いだったか。こんな小さな事でも嬉しそうに笑うモモを見ると無しなんて言葉は言えない。自分自身の堅さに苦笑を溢し、俺は店員に手をあげた。

 心の蟠りは残ったまま。

 

 

◆ ◆ ◆

 

  

「珍しい組み合わせだねぇ」

「………お前もな」

 

 朝食を食べ始める頃、音もなくフラりと表れた霞は何故か大和と共に姿を見せた。此方も珍しい組み合わせだとは思うが、お前はどうしてそうなったんだと言いたいところではある。だが、既に精神が満身創痍になっている大和を見れば、恐らくは偶然に出会ってしまったのだろう。不憫な。

 

「………おはよ、要。出会えて心から嬉しいよ。キスしよう」

「正気に戻れ大和……ほら、モモ。熱いハグで大和を癒してやれ」

「仕方がない弟だな。ほら、お姉さまの胸に来い!」

 

 そのままモモにされるがまま、無抵抗を貫く大和は何処と無く嬉しそうだ。やはり舎弟関係でも男と女か。

 そんな二人に苦笑しながら三角を見ると、三角も小さくだが笑みを浮かべていた。

 

「悪いな、三角。少し騒がしくなるぜ?」

「え………あ、は、はい。か、構いません!」

 

 僅かに呆けたあと、三角は慌てながらも頭をさげるように頷く。

 

「ほら、そんな演劇はどうでも良いからさ。ご飯でも食べながら、これからの事を話そうか。要、つめてくれ」

「はいよ。ほれ、モモ達も何時までイチャついてんだ。さっさと席に座れ」

「よし、弟分は充電した!! ほら、大和。難しい話はお前の役だろう。シャキッとしろシャキッと」

「………よし、これが終われば凶状さんから離れられるんだ、気張れ俺」

 

 僅か数十分の間に霞は何をやらかしたんだよ。

 霞から遠ざかるように大和は席に座り、霞の向かいには三角が座っている状況になる。そしてモモは大和の隣に座る。人見知りが激しいのか、三角は大和が隣にいるだけで顔を赤くして俯いている。

 やはり。あまり人付き合いは得意では無いのだろう。

 

「さてと……まずは、三角ちゃんの現状をもう一度、詳しく確認しようか」

「は、はい」

 

 ゆったりと。霞は朝食セットのパンを食べながら呟くように言う。その言葉に大和達も身をただし、霞の言葉に耳を傾けた始めた。

 

「まず、最初から行こうか。三角ちゃんはストーカーされている。その被害は大体、一ヶ月前から続いている。間違いはないね?」

「は、はい………」

「一ヶ月前から…………」

 

 俯きながら頷く三角に大和が顔をしかめて呟く。

 一ヶ月前から。三角にストーカーされていると言う自覚が一ヶ月前なら、実際にストーカーされていた時間はもっと前からだろう。それを大和は理解している。

 

「被害は私物の窃盗、夜な夜なの追跡、家にいると外から覗いてる。まぁ、身体的被害は今の所は無し。そうだね」

「…………は、はい」

 

 声に曇りが混じり始まる。

 一般的な良く聞くストーカー被害と言う奴だが、実際に聞くのと体験するのでは話が違う。恐怖が振り返してきたのか、三角は肩を小さく縮めた。

 そんな三角を霞はただ見つめる。

 

「続けよう」

「………おい、凶状。もう少し気を使えよ。お前も女なら少しは分かるだろう」

「………ふむ」

 

 モモが静かに霞を牽制する。その言葉に霞は思慮深く、頭を軽く捻りながら三角を見つめ続ける。

 そんな霞に、三角は視線を合わせない。やはり何処か、恐怖があるのだろう。

 

「そうだね。悪かったよ」

「い、いえ………話さないと駄目な事ですから」

「でも安心してくれ。此処には、あの川神百代さんと、まぁまぁ強い青葉要。そして…………まぁ、うん。直江大和がいる」

「俺だけなんか変じゃない!?」

「だって、ストーカーに襲われても君って逃げるくらいしか無いだろう」

「クッ………言い返せない自分がいる………」

「軍師(笑)」

「凶状さんもあんまり変わらなくないか!?」

「十キロも持ち上げられない女に戦えと言うのかい。君って奴は……」

「もう…………もうごめんなさい………」

 

 霞に反論することを諦め、大和は再び顔をテーブルに埋める。そんな大和に三角は少し躊躇しながらも、両手に拳を作りながら、戸惑うように口を開く。

 

「わ、わたしは、運動出来ない男性も素敵だと、その……思い、ます!」

 

 顔を赤らめながら言う三角に俺とモモは視線を合わせた。そう、どうにも三角は大和に反応し過ぎているきがするのだ。その為のモモとのアイコンタクトだったのだが、やはりモモも同じことを思っていたらしい。何故かにやついているが。

 なるほど、そう言うことか。俺はモモに小さく頷いて口を開く。

 

「大和、三角は男性が苦手らしい」

「え?」

「少し離れてやりな。お前だって苦手な奴が近くにいたら、戸惑うだろう?」

「あ、あぁ………」

 

 俺の言葉にモモと霞が同時に頭をテーブルにぶつけた。

 

「なにやってんだお前ら、コントか?」

「違うわッ!?」

「いや、君って奴は………こんなに分かりやすいのに………分かっててやってないかい」

「はぁ?」

「い、いや。確かに、出会って数十分だしな……鋭い奴しか気付かないのかも知れないが……いや、どうだろう……?」

 

 俺の顔を呆れたように見ながら二人は溜め息を吐いている。何か可笑しな事でも言っただろうか。まぁ、確かに。本人の前で誰々が苦手だなんて口は不躾だったな。そこは反省しよう。

 

「まぁ、とりあえず。要の戯れ言はほっておいて、話を続けようか……何処まで話したっけ?」

「まだ確認だろうが、と言うより戯れ言ってなんだよ?」

「五月蝿い。そうだ、確認だったね………三角ちゃんの希望では僕達に身の回りの警護をして欲しいと言うことだったけど、大和君は聞いているかな」

「あぁ、聞いてるよ。でも、それだけじゃ何の解決にもならない」

 

 霞の言葉に頷きながら大和が言う。そんな大和に霞はにやついた笑みを浮かべて、独特の笑いをあげた。

 

「くっくっくっ。そうだよ、僕達が三角ちゃんを護ることに異議はない、だけどね。結局は犯人を見つけなければ三角ちゃんを護ることを辞められないのさ。それで、この件に関して大和君の案は?」

「交代制で護衛班、捜索班に別れる。とかかな」

「妥当だね。じゃあそうしよう」

 

 簡単に頷いた霞を大和が驚いたように見つめる。何か反論でも来ると思ったのだろうか。そんな大和に霞は分かっているように笑みを浮かべる。

 

「僕が反論すると思ったかい?」

「うん」

「正直だね、死ねばいいのに」

「直接的過ぎないッ!?」

「冗談だよ。まぁ、他に案が無い訳でも無いけど────この事件に関しては"それで良いのさ"」

 

 思わせ振りな態度をとる霞に疑惑の目を向ける大和。やっぱり、霞は霞で何か考えを含めているのか。こいつが何も考えずに動くとは思わないが。

 俺は右手に持つ剣を再度、持ち直し首を振る。

 

「俺から一つ良いか?」

 

 俺が放った言葉に三角と大和が顔を此方に向ける。対照的に霞は手元にあるオレンジジュースを一口飲みながら、視線を惑わせた。

 そして、モモは獰猛な笑みを深める。

 

「要から?」

「三角ちゃんってどんな奴にストーカーされてんだよ?」

 

 俺の言った言葉に大和が苦笑を浮かべる。

 

「それは、三角ちゃんにも分からないって前に…」

「─────俺達の後ろの席に三人」

「わか…うん?」

 

 突然、吐いた言葉に大和が首をかしげる。そんな大和を見ながら、俺はモモに視線を向けると、モモは鼻で笑いながら、身体を椅子にもたれさせ、ため息混じりの息を吐く。

 

「"入口に四人"か」

「"右手の出口に六人"だな」

「五人だよ」

「凄ぇ気の読みだな。真似出来る気がしねぇよ」

 

 俺とモモのやり取りに訳が分からなそうに顔をしかめる大和と三角に、霞が悠然とにやついた笑みを浮かべて口を開く。

 

「噂の"ストーカーちゃん"かい?」

「にしては…………───」

 

 俺とモモが席から立ち上がりながら、周りをゆっくりと見回す。

 まるで、俺達に合わせるように店で和気藹々と食事をとっていた筈の人間が次々と立ち上がり始める。家族ずれに見えた夫婦に子供。恋人に見えた男女。友人同士の付き合いに見えた男女学生。店員に見えたファミレスの男性。"店に居たすべての人が此方を睨み付ける"

 そんな状況に大和は三角を背にしながら周りを深く観察し始めるのに対し、霞は朝食を呑気に食べている。

 

「この店にいる奴等、全員だな。全く、どうなってるだ?」

「言葉に反して嬉しそうだな………モモ、お前は半分相手にしろ。残りは俺がやる。大和」

「…………なんだ?」

「三角を護ってろよ、男の子」

 

 大和にそう伝えながら、俺は右手に持っている剣を肩に背負い、モモと背中合わせになる。目の前にいるのは全部で二十人。そして全員がただ者ではない気を放っている。

 モモの方を見れば、数は同じ程だが、三人ほど気の強さが違う。モモの方向に手練れが流れたか。

 

「おいおいなんだこれ。師範代並みなのが三人もいるじゃないか! こんな手練れが居たなんて、今までの人生を損した気分だ!」

「嬉しそうに言うなよ……」

「ね、姉さん! 大丈夫なの!?」

 

 心配そうに声をあげる大和にモモは俺の方向を見ながら口を開く。

 

「一人一人がクリやワン子並みの奴等だ。私は余裕だが、少し時間はかかりそうだな……要、少し時間を稼げば助けてやるぞ?」

 

 覇気を放ちながらモモは拳を作っていく。予想通りの上から発言に俺は笑みを返しながら、剣を引き抜き、鞘を投げ捨てた。日の日差しを反射する銀の光がモモの頬に当たるのを横目で見ながら、俺は口元を三日月のように釣り上げ、目前の敵を睨む。

 

「───必要ねぇよ」

 

 刹那。

 その場に居た奴等が体勢を低くする。脚に籠められていく力はひび割れていく地面を見れば明らかだ。それはまるで、引き絞られるバネのように、キリキリと唸りをあげて小さく畳まれていくかのように。

 

「───かかれぃッ!!」

 

 周りに居た奴等が全員が弾けた。

 四八方から飛び掛かる奴等の拳から逃れるように身を低くして、奴等の身体を潜り抜ける。それと同時にモモが瞬間的な爆発力で放つ拳が複数に向けられる。

 

「川神流無双正拳突きィッ!!」

 

 戦いの火蓋が幕を下ろした。

 身体を捻り、目の前から迫る拳を右手で払いのけ、左手に持ち変えた剣を垂直に構える。続いて迫り来る拳を剣の腹で受け止めた。さらに、背中から迫り来る蹴りを視界に捕える。

 怒濤の連激。

 躊躇など一切無い、首に向かう蹴りに向かって俺は右手で受け止めた。だが、止まらない。再び背中から迫り来る拳の気配に俺は、受け止めた足を掴み。

 

「────ふっ!!」

「ぐあッ!?」

 

 剣の腹で空いた足を叩き付け、バランスを崩した男をそのまま背中の方向に投げつける。拳を放っていた女性に至近距離でぶつかると僅かに中に浮く。

 瞬間、左腕を深く引き、身体を回転させるように風を穿ち、捻りながら、俺は渾身の突きを放つ。

 

「ウラァッ!!」

 

 声もなく、突きが男の胸に突き刺さるとそのまま女性と共に風を切り裂きながらガラスを突き破り、ファミレスの外に投げ出される。

 まず二人。

 周りの奴等はこの隙を見逃さず、俺に飛びかかってきた。だが、その行動は周りにも直線的過ぎる。四八方からでも律儀に八方だ。俺は剣を右手に持ちかえながら後ろ回し蹴りを背中の方向にいる奴等に放つ。

 

「凶状流────」

 

 三人の顔に蹴りが決まるとバランスを崩す。だが俺の蹴りは止まらない。そのまま前から迫り来る奴等の顔に続けて蹴りを放ち、さらにその勢いのまま背中の方向にいる奴等の足元を蹴る。

 バランスを崩し宙に浮く奴等を尻目に、蹴りは止まらない。前でバランスを崩す奴等の足元を蹴る。四八方にいる奴等が全て宙に浮いた瞬間。

 

虎狼断(コロウダン)……」

 

 そして勢いのまま、右の剣の腹で宙に浮いた奴の腹に叩き付ける。その勢いはまだ止まらない。

 次々に宙に浮いた奴等を回転しながら剣でかき集め、全員が剣に"捕らえられた"瞬間、縦回転で八人をガラスの方向に飛ばし、追いかけるように前のめりで剣を深く構える。

 

「────"(レツ)"」

 

 自信が持てる最速の八連激が宙に浮いた奴等の身体を叩き斬る。覇音が鳴きながら繰り出された剣激は八人の身体を凄まじい速さで吹き飛ばし、ガラスを突き破りながら外に弾け飛ぶ。

 

「きゃあッ!?」

「うお!? 」

 

 近くに居た三角が悲鳴をあげ、大和が三角に覆い被さり、ガラスの破片から護ろうとする。

 

「ふぅ………安心しろ、ガラスは飛ばねぇようにしてるからよ」

「スープにガラスが入ったんだけど」

「呑気に食ってんじゃねぇよタコ」

「か、要ってここまで強かったのか!?」

「別に強かねぇさ。コイツらに勝てる程度の実力だよ……おら、下がってろ。あと十人残ってる」

 

 大和達の前に立ちふさがり、目の前にいる十人に剣を向ける。体勢はまだ戦うつもりだが、俺の実力には敵わないと理解したのか、鋭く観察されている。

 手練れだ。実力差があろうとも勝利を諦めず、ただ俺の隙を狙おうと伺い続けることは並大抵の覚悟ではない。ただ勝ちを狙い続ける相手ほど油断出来ない者はいない。

 相手との距離は歩幅で五歩─────詰められない距離ではない。

 

「要、本気出しちゃ駄目だよ」

 

 後ろから突然聞こえてきた言葉に俺は小さいため息を吐く。後ろを横目で伺えば大和が驚きと僅かな怒りが混ざった顔で霞を見ていた。

 

「何言ってるんだ霞さん!! この状況で…」

「分かったよ」

「要!?」

 

 大人しく頷いた俺に驚きを隠せない大和に俺は苦笑を返す。そして、右手でゆっくりと剣を持ち直し、目の前の十人に向かって剣を向ける。

 

「────ふっ!!」

 

 すかさず、地面を蹴る。

 奴等は間違いなく、今、油断をしていた。俺がこの瞬間に来るとは思わなかった筈だ。所謂、フェイントをしかけた俺は目の前の一人目に向かって剣を降り下ろす。だが相手も武人か。既に防御の構えを取っていた。

 

「………ッ!」

 

 一人が防ぎ、周りが攻める。単純だが悪くは無い手だ。だが、"そんなのは分かっている"

 ただ、その楯ごと打ち壊す槌が如く。純粋な力のみを右手にかき集めた。それは、ただ破壊するだけの剛の剣。まるで思い描くのは木製の柱を砕く槌。

 

「剛剣・鎧袖一触(ガイシュウイッショク)………」

「…ああああッ!?」

 

 斬るのでもなく叩き斬るのでもない。ただ降り下ろす。それは単純な破壊力として相手の防御を打ち壊し、さらにその身体を地面に叩き付けた。

 

「…─────ァァァァアアアアラッ!!」

 

 そこで、止まらない。俺はさらに身体を捻りながら二人目に剣を叩き付ける。三人、四人、五人。速さこそ無いが、一撃の重圧は今までの一撃には到底及ばない。防御を使用とするものは防御ごと、避けようとするものには避けられない一撃を。次々と繰り出す剛剣は一瞬の間に八人を壁や地面に叩き付けた。

 

「シッ!! 」

「あめぇんだよッ!!」

 

 残りの二人がすかさず打撃を繰り出してくる。だが俺はその打撃に自らの左拳を重ねるように放つ。俺の拳は相手の打撃を相殺し、放った相手の拳を壊す。鮮血が俺の頬に当たる中、俺は身体をさらに捻りながら背中から迫り来るもう一人に上段から剣を叩き下ろす。

 

「───ァァァァアアアアラッ!!」

「ガ……ッ!?」

 

 まるで剣に押し潰されたように地面に叩き付けられた男は僅かに身体を痙攣させ、そのまま動かなくなる。

 十人。

 

「死屍累々」

 

 横から光景を一見して、霞がにやけた笑みを浮かべて呟く。そんな霞に俺は苦笑しながら地面に倒れ込む十人を見ると、俺は小さく息を吐いて、モモの方向に向き直る。

 

「いやー……─────剛の極みって奴か。動の極みって言うのか、私と同じタイプの武人だったんだなぁ、要」

 

 地面にひれ伏した三人の男性を下敷きに座りながら、モモは呑気に俺を眺めていた。

 

「……そのレベルを一瞬かよ。つくづく人間離れしてやがんな」

「うら若き乙女に酷いにゃん! 私と戦えにゃん!」

「可愛く言っても嫌だ」

「チッ………しっかし。コイツら何者だ? 暴徒やチンピラ、ストーカーなんて言うには、余りにも鍛えられてる。普通じゃないぞ。一人一人のレベルもな」

 

 下敷きにしている三人の男性を見ながらモモが言う。確かに、咄嗟の反応や、仲間をやられても構わず攻撃にきた姿勢といい、普通では無い。それに俺が相手の拳を壊した時もだ、普通ならば躊躇があっても可笑しくはない光景立った筈だ。

 つまり。

 

「…………阿部、とか言ったか」

 

 誰にも聞こえない程度の声で呟く。

 俺は霞に横目で視線を送ると、霞は目を細め周りを視線だけで見渡し、そして、目の前の三角を見る。それに合わせるように俺やモモが三角に視線を向けた。

 皆から視線を向けられる三角は顔を青くしながら口を小さく動かしている。そんな三角に霞はにやけた笑みを釣り上げた。

 

「─────占いは信じてみるもんだねえ」

 

 俺は、あの阿部と言う女を頭に思い浮かべながら、心の中で同意した。

 

 

 

 

 

 




更新が遅れた理由

流れを決めて執筆

六万文字

修正

(;・∀・)八万文字

修正

四万文字、これで行ける。

ハーメルン「一話二万文字までな」

修正

もう最初から書き直す

投稿


プロットから練り直すとは思わなんだ。改めて二次創作の難しさを知りました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

凶状 霞は思考をしない

少々短め。ギリギリ月一更新は護れた(遠目)


 その後、俺達は警察のファン音を聞いた瞬間にすかさず店を飛び出した。面倒ごとひ巻きまれている中、普通ならば素直に警察に頼る方が懸命なのだが、直ぐ様、大和と三角を抱え飛び出したモモと、霞の意外な提案により、その身を三角の家に隠すことになった。

 三角に案内されるがまま、俺達の目の前に現れたのは目を見張るほどの高級マンションだった。

 

「何階まであるんだよ………」

「私の家もそこそこ広いが………なんか負けた気がするな」

 

 そのマンションを見上げながら、俺とモモが唖然と呟く。その隣で三角が恥ずかしそうに視線をさげ、口を開く。

 

「ご、五十三階まであります、わ、わたしの部屋は、い、一番上です…」

「…………高いな」

「…………あぁ、高いな」

「君達、ボキャブラリー無さすぎだよ」

 

 俺とモモの感想に、霞が呆れながら言う。他に言葉が出なかったのだから仕方がないだろう、俺にはかけ離れた世界に見える。

 

「大和はなんか慣れてんな、お前もお坊ちゃんか」

「いや、これでも驚いてるよ」

「大方、三角のことをねっとりと下調べしたんだろう。スリーサイズとか」

「そこだけじゃないわ!!」

「調べたのかい…………」

「はっ!?」

 

 大袈裟な驚き方に霞がゴミを見るような目で大和を見ている。そんな大和はまるで、すがるような視線で三角を見つめると、三角は恥ずかしそうに顔を林檎のように赤らめながら身体を両手で隠す。

 

「三角ちゃん、ストーカーだよ。解決だね」

「ちちちち違うわ!!」

「慌てすぎだろう………まぁ、弟も悪気があった訳では無いだろうし、三角ちゃんも弟なら構わないだろう? しかし、凶状も慣れているように見えるな。やっぱり凶状家ともなれば高級マンションなんか当たり前なのか?」

 

 モモの言葉に霞はにやけた笑みを返す。

 そんな霞にモモは軽く首をかしげながら俺を見てくる、俺は苦笑をモモに向けながら口を開いた。

 

「霞は小さい頃から普通の一軒家に住んでるからな、あんまり見慣れて無いんじゃねぇか?」

「まぁね。行ったことなら何回かはあるけど、住んだことは無いねぇ………まぁ、僕は広いってのが嫌いだから、住んでみたいとは思わないけど」

「………そうか。だが、意外だったのは三角ちゃんがお嬢様だったって言う方が強いな」

 

 霞の言葉に、何か含みを感じ取ったのか、モモは直ぐ様話題を変えた。傍若無人とまでは行かないが、自由人であるように見えて何かと面倒見は良い方みたいだ。モモが周りから好かれる理由の一つを見た気がする。

 三角はモモから言われた言葉に首をとれんばかりに大きく何回も頷くと、大和を伺う。

 

「わ、わたしの両親は会社の社長でして、そ、その……すいません!」

「なにもしてないのに謝らせるとは、大和君」

「俺こそなにもしてないけど!?」

「あぁ、ごめん。つい反射で」

「反射レベルなのか………マジで何かしたか俺………?」

 

 疑問と哀愁が混ざったような顔で落ち込む大和に三角が恐る恐る、身体を僅かに震わせながら大和のすぐそばまで近寄ると、三角は両手を目の前で握りながら、まるで励ますような格好をとる。

 

「わ、わたしは大和さん、み、みたいな人、そ、そ、その。嫌いじゃないですすいませんッ!」

「天使や」

「え、え、え!?」

「辞めとけ大和。三角に冗談は通じねぇぞ」

「いや要はん。間違いなく俺の抉られた心は天使に包まれたんやで………今ならどんな罵倒でも受け止められる気がする」

「ばーか」

「子供か!?」

 

 霞と大和、実は仲が良いんじゃないだろうか。

 隣で漫才のようなやりとりも三角は自分の言葉に恥ずかしがり、真っ赤に染まる顔を両手で隠している。重度の恥ずかしがり屋かと思えば、意外と積極的だったり。三角も三角で面白い性格をしているようだ。

 そんな三人を見ていると横からモモが此方を思慮深い顔で俺を見ていた。

 

「………なんだ、モモ?」

「いや、下二人が仲良くしているから私も要と仲良くしようかと悩んでいた。抱き着いてやろうかにゃん?」

「いらねぇよ、どうせ、その後に闘えとか言うんだろうが」

「チッ……こうなれば無理矢理抱き着いてやるにゃん!!」

「やめろ、タコ」

 

 突然、両手を広げて飛びかかってくるモモの額を拳で、ドアにノックするように叩く。

 

「痛ッ!? なんだよー! ピチピチ乙女の抱擁だぞー! と言うか痛い!! なんだこれ、額が必要以上にヒリヒリする!!」

「凶状流の拳骨だ、気の応用で身体的ダメージは無いが痛みが続く。習得までに八年かかった」

「なんて無駄な八年だ! 本当に痛いぞこれ! ジジイみたいな技使いやがって!」

 

 そう言って涙目になるモモを横目に俺は苦笑する。ジジイと言うのは恐らく学園長の事だろうが、あの人もこんなくだらない技を覚えているのか。本当に、世界最強とか呼ばれている理由が分からなくもない人だ。

 その孫であるモモは、まだまだ、色々と足りない部分もあるだろうが。根っこ良い子だ。案外、俺がモモと戦う日も近いのかも知れないな。

 

「さてと、何時までも外で話してねぇで、家にあがりたいんだが。三角、構わないか?」

「は、はい。狭い部屋ですが……あ、案内します!」

 

 そう言って進む三角の前で、俺はガラス張りの引き戸を開けて、三角を中に入れる。何処か申し訳なさそうに入っていく三角を最初に、堂々と気にせず入っていくモモ。さらに大和が続き、霞が入ってくると、霞は俺のすぐそばで立ち止まり、その体を俺の胸に倒してくる。

 そのまま顔の横に霞の顔が来る形になると、霞が俺の耳元で口を開く。

 

「……僕から離れないでね」

「……それは寂しいからか?」

 

 咄嗟に言った反論に霞は可笑しそうに笑いながら、その身を話すと、俺に向き直る。

 

「アホか。色々と、考えがあるからさ」

「……あいよ、お姫様の言う通りに」

 

 肩を竦めながら言う俺に霞はにやけた笑みを浮かべたまま、三角達の背中を追う。

 

「……」

 

 俺は窓に視線を向け、周りを見渡し、人が居ないことを確認すると、その背中を追い掛けた。彼処までの手練れが、こんな簡単に身を引くとは思えないが。あると、すれば、夜中か、今すぐかのどちらかだろう。

 彼奴らは、一体誰なのか。目の前を歩く霞を見ながら俺は考えを改めるが、途端に馬鹿らしくなってやめた。

 

「……どうせ、お前には薄々理解してるんだろうな」

 

 聞こえない呟きを、霞の背中にもらしながら、俺は皆が待つエレベーターに乗り込んだ。

 下は明るい朱色の派手な絨毯、靴越しに踏んでも、その柔らかさが確認出来るほど、違和感が感じられる。まさに、高級マンションとは俺の世界とはかけ離れている。

 一階、二階とゆっくりしたスピードで進むエレベーターの表示を見ながら、大和が苦笑しながら口を開く。

 

「遅いなぁ……」

「確かに、これで五十階まで登るには時間がかかるだろうな。外から飛べば良かった」

「ベランダから侵入出来るのは姉さんくらいでしょ」

 

 仲良さそうに話す二人を横目に、俺はエレベーターの窓ガラスから見下ろせる外を覗き込む。

 高さにして、百メートル近いのか。この建物はベランダが統一されている上に、見た目に拘ったのかパイプなどは外からでは見えないようにされている。

 

「あれじゃあ、パイプを伝ってなんか無理だな……」

 

 俺の言葉に大和とモモ、そして三角が俺達に顔を向けてくると、霞はエレベーターの壁に接地されている見取り図を真っ正面に見ながら、にやついた笑みを深めた。

 

「つまり、外から家に侵入するなら、五十階までジャンプで飛ぶしか無いと言うことだね。つまり……犯人は三角ちゃんの部屋に侵入するには、中から侵入するしかない。この見取り図を見た限りでは、エレベーターは二つ……まぁ、三角ちゃんが下に降りている間に、犯人が部屋に侵入も不可能じゃないね」

 

 そう言いながら、霞は壁に寄りかかり、腕を組む。

 

「……このマンションはカードキーでマンションに入る。こう言うマンションのカードキーって複製は出来ないんだよな。無くした場合はパスワードを変えて再発行って形になる。三角さんはカードキーを無くした経験は?」

 

 大和の言葉に三角は顔を赤くしながら、大袈裟なほどに首を降る。なら、外の人間がマンションに入ることは用意じゃない。

 俺は見取り図に顔を向けた。

 

「入り口は一つ。つまり……外の奴等が中に入るのは容易じゃねぇな。俺やモモみたいに、無理矢理入れるような場合はどうなる?」

「あ、アラームが作動して……け、警察が来ます」

 

 まぁ、妥当だな。無理矢理入れるような簡易な警備をこの川神でつける訳がない。

 

「――――それじゃ、恐らくは内部犯だねぇ」

 

 にやついた笑みを浮かべながら、霞が他人事のように言う。まだ決まった訳ではないが、その線が強いことに変わりはない。だが、忘れてはならない要素もある。

 

「でも、あの武人達はどう説明するんだ? 私の家にいる師範代並みとは到底言えないが、流石に、あのレベルをそう易々とは集められないだろう」

 

 モモの言う言葉も分からなくは無いのだ。あの武人達は少なくとも、その辺りにいるようなレベルでは無かった。明らかな訓練を正式に受けた、それも選ばれたような強さを持っている。

 この高級マンションに楽々と侵入出来て、しかもある程度のコネは持っている。さて、どう探せば犯人に思い当たる奴が出てくるのやら。俺は視線を霞に向けると霞は薄く笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「分からないや」

「……おいおい」

 

 期待していた言葉は出てこない。それが素なのか、はたまた何らかの考えがあっての言葉なのか。霞の様子だけでは真意は掴めない。

 

「分からない物は分からない。仕方が無いよね、だって"手がかり"が少ないんだから。どんな名探偵だって、手がかりが無いと推理は出来ないのだよ、もしかりに何も探さないで犯人を言い当てた探偵がいるなら、その探偵が犯人だ……まぁ、つまりね、探そうか」

「うだうだ言っているよりは、動いた方が速いってか……何から探す?」

「そんなの、状況を正しく理解して適切な行動をとれる人に聞けばいい」

 

 そう言いながら霞はポケットから携帯を取りだし、少し操作をした後に、俺に投げつけてくる。片手でそれを受け取りながら、霞を見ると、霞は視線で話せと訴えていた。

 仕方無しに耳に携帯をつけ、通話のコールを聞いてみる。

 

『――――もしもし、何のようですか?』

 

 その凛々しく気高い声は、俺が良くからかう犬と同じ声だった。

 

「マルちゃん!!」

『……私を、犬のように、呼ぶな』

「んな低い声で脅すなよ、マル君」

『そのネタは前にやったでしょう!!』

「マルチーズ」

『完璧に犬扱いですか!? 』

 

 マルギッテ・エーベルバッハ。

 俺の旧友で、唯一、俺が霞以外に楽に話せる友人である彼女は、現軍人だ。なるほど、確かに手を借りるには充分過ぎるほど有能な人物だろう。

 

「よし、マル、来い」

『貴方は喧嘩を売っているのか、そうなのか!!』

「まぁ落ち着けよ、実はな、お前に手伝って貰いたいことがあんだよ。ちょっと良いか?」

『手伝って貰いたいこと? 私は今、お嬢様の買い物に付き合っているのです、他を当たりなさい』

「霞がどうしてもお前が良いんだとよ」

「うん?」

 

 俺の言葉に霞が小さく首をかしげる中、マルが電話の向こうで小さく息を飲む音が聞こえた。甘い、甘過ぎるな。

 

『……霞が、ですか』

「そうそう、普段は無愛想でめんどくさい奴だが、なんだかんだ言ってお前の事を姉みたいに見てるからな、霞はよ」

『あ、姉…………』

「そう、お姉ちゃん」

「僕は何も言ってないけど」

『お姉ちゃん、あの霞が、お姉ちゃん……い、いや、あり得ない。あの猫のように気まぐれで意地っ張りな霞が…』

「マルお姉ちゃんに助けて貰いたいと、霞が囁いているぞ。マルお姉ちゃんが居ないとなんだかんだで寂しいんだよ、ほらなんだかんだでさ」

『マルお姉ちゃん……霞が、マルお姉ちゃん……』

 

 何か危なげに呟いたが気にしない。そんなやりとりをしている俺は携帯を霞の方向に向け、口でジェスチャーをする。そのジェスチャーを見ながら、霞は疑問な顔を浮かべながらも、小さく頷いて口を開いた。

 

「ふむ…………マルお姉ちゃんに会いたいな~」

「どうするマルギッテ・エーベルバッハ」

『………くッ! 明日です、明日ならば……ッ!!』

 

 どれだけ葛藤してるんだこいつ。しかしまぁ、愛しいお嬢様と霞は天秤にかけられる物ではないらしい、俺は苦笑しながら、霞に視線を向けると霞はにやけた笑みを返してくる。

 

「じゃあ、まぁ。明日だな。明日手伝ってくれるか?」

『えぇ勿論だとも!!』

「………お前も、結構愉快な奴だよなぁ……よし、んじゃ、明日だ。いきなり電話して悪かったな」

『いえ、気にする必要はありません。番号を教えたのは……お、お嬢様! 一人で行っては迷子になります!? あ、ちょ、す、すいません! 切ります!』

 

 そのままかけられた電話は切られる。

 

「残念、ワンちゃんは来ないってさ」

「ふむ、まぁ七割方は来ないだろうと思っていたさ。じゃ、僕達の出来る範囲で調べてみようか」

「でも、調べるって言っても何処から?」

 

 霞の言葉に大和が疑問の声をあげる。そんな大和に霞はゆったりと笑みを浮かべながら、実に嫌な予感を感じさせる雰囲気で口を開いた。

 

「このマンションにいる川神学園の生徒と三角ちゃんに何等かで関わる生徒を片っ端から。そうだね、これは大和君が一番適材適所なんじゃないかな?」

「全員か……気が遠くなるな。でも、分かった。要達は?」

「三角ちゃんの身辺警護と、犯人の侵入経路やら。まぁ雑務を調べるよ」

 

 霞にしては珍しい、控えめな言葉に俺は顔をひきつらせる。犯人を捕まえて目立つなんて言っていた割りには、消極的な行動だ。必ず、なんかあるな、これは。

 そんな俺の想いも露知らず、やっとのことでエレベーターは開く。

 

「あ……」

「おっと!」

 

 そして、エレベーターに入ってこようとする一人の学生と大和がぶつかりかける。見れば、その学生は端整とは言えないが男子の川神学園の制服を着ている。

 同じ学園だ。

 

「……か、上津軽」

「ふ、ふぇ? 」

 

 そして、三角の顔を見ると、まるで逃げるように非常階段から降りていく。その横顔を見る。その顔は"まるで"。

 言い様の無い疑問に俺は思わず、体を固まらせ、その背中を視線でおった。

 

「誰だアイツ?」

 

 モモがポツリと呟く。

 

「お、同じ階の、人です。よ、良く会うんです」

 

 つまりながら言う三角の言葉に霞は鼻をならして、その去っていった背中を見る。

 良く会う。そう言う三角は嘘を言ったような気配はない。だが、あの横顔は確かに。

 

「第一容疑者だな」

「なら捕まえてくるか?」

 

 大和の言葉にモモが覇気を溢す。そんなモモに三角はたじろいでいる。

 

「……さて、キナ臭いねぇ」

 

 一人で呟く霞に俺は心の中で同意した。

 俺は霞から視線をずらし、目の前に広がる廊下を見ると、そこは無駄に広いのに三部屋しかない、見事に贅沢な佇まいとなっている。

 

「ん? 扉開いてないか?」

 

 俺が視線を巡らしていると、三部屋の真ん中。その部屋の扉が無人で開けられていた。いくら防犯がしっかりしているからと言って、かなり無用心だ。

 

「あっ………」

 

 開いている扉を見た瞬間、三角が僅かにたじろぐ。ふと三角に視線を向けると、その顔は蒼白に染まり、怯えたように恐怖を広げていた。

 その顔を見たと同時に、俺とモモが同時に駆け出す。

 上津軽と書かれた標識を横目に、半開きになっていたドアを完璧に開け放つ。

 

「……――――――やられてるな」

「――――胸くそ悪い!」

 

 三角の部屋は、無惨にも荒らされていた。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 下着は散乱し、服や、様々な道具が地面に散らばっている景色を見ながら、俺と霞は小さく息を吐く。

 

「三角は?」

「直江大和と、川神百代がついて外に出てるよ。いやぁ、しかし、荒らされてるねぇ。見てよ、下着が破れてる。どんな使い方したのやら」

「ナチュラルに下ネタ言ってんじゃねぇよ」

「しかし、荒らされてるなぁ……」

 

 周りを見渡しながら霞が呟く。 

 まるで空き巣に荒らされた光景に、霞は何等かの疑問を抱いているようだ。

 

「何が盗まれてるとか、俺達には分からねぇからな。三角が落ち着くのを待つか?」

「いや、現状でも分かることはあるよ。見てみなよ、地面に散らばる服を。普通の服は破れていないのに下着だけ破れてる」

 

 見てみなよと言われても、素直に見たら何故か霞が不機嫌になるのは目に見えている為、視線を窓から外に向ける。

 

「五十階、まぁ外から侵入なんか無理だよな」

「そうだねぇ……侵入経路は入り口のドア一つのみ。この階には部屋が二つで、もう一つの部屋には同じクラスの男子学生。いやはや、これほどまでに胡散臭い犯人はそういないよ」

 

 何故か傷付いている壁の傷を撫でながら霞が言う。

 

「お前は犯人があの逃げた学生だと思うか?」

「……ハッキリとは明言出来ないな。でも、違うと言っておく」

「違う? あの時、エレベーターは俺達が使っていた。その場にいたのは、あの逃げた学生のみ。モモの気の感知にも、あの学生しか引っ掛からなかったんだぜ? つまり、犯人は三角がいない、二十分程度でここに侵入したって事だ」

「……僕達がファミレスでごたついた時間を合わせてもそのくらいか。エレベーターが往復するには多分、八分くらいかかったね。それを引いても十二分。つまり、犯人は十二分の間に、三角の部屋を荒らし、さらに川神百代に気付かれない範囲まで逃げたことになる」

「……霞が、あの逃げた学生を犯人じゃないと言うなら、密室事件って奴か」

 

 つくづく分からないことだらけだ。モモの気の感知範囲は優に五キロはある。仮に犯人が車であっても十二分で五キロも逃げられるか。いや、五キロも離れれば、気が混ざりあって誰が誰だか分からなくなるか。

 

「密室なんて大袈裟な物じゃないさ。問題は、犯人がどうやって三角の部屋に侵入したか。そして、その犯人の目的は何かだ」

「……エレベーターで八分かかるマンションを、階段で逃げれば倍はかかる。もし階段を使って逃げる奴がいたなららモモが気付いた筈だ」

「犯人は階段を使ってない。って事だ。監視カメラでも見れば分かるよ、ちなみに監視カメラの映像は盗むように川神百代に頼んでおいた」

「ナチュラルにお前まで犯罪犯してんだよ……」

「バレなきゃ平気さ……話を戻そう。犯人は何らかで三角がいない十二分で部屋に侵入、十二分の間に部屋を荒らし、僕達に気配すら感じさせずに逃げた……さて問題だ。犯人はどうやって逃げた?」

 

 犯人は階段を使えばモモが気付く。エレベーターは俺達が使っていた。もしエレベーターで逃げようとしたなら、鉢合わせしている筈だ。なら、外からの侵入は。無理だよな。五十階を易々と外から侵入、しかも十二分の間に降りて逃走なんか、それこそモモくらいにしか出来ないし、そんな方法を取れる奴ならモモが気付く。

 

「"犯人はどうやって逃げたんだ?"」

「そう、今回のキーポイントはそこだ。犯人が誰だとか、犯人の目的は次。まず最初に犯人が利用した逃走経路を探さなければならない」

「……これで、監視カメラに誰も写らないなんて言ったら、マジで訳分からねぇぞ……」

「――――予想は当たりだよ」

 

 ふと、入り口から聞こえてきた声に霞と共に目を向ける。そこには大和が疲れたような顔で立っていた。

 

「当たりとは、なんだい?」

「監視カメラには"誰も写らない"。エレベーター、階段共にね。姉さんと三角と三人で見たから間違いない。本当に、消えたんだ。犯人は」

 

 大和が持ち込んだ情報に霞はにやついた笑みを浮かべて、小さく頷き、演技かかった動作で首を奮い、髪を揺らす。

 

「ふぅん。なるほど、"誰も写らない"なら良いんだよ。"予想通り"だ」

「は、はい?」

 

 霞の言葉に大和は呆けた顔で顔をしかめる。そんな大和に霞は喉をならして、独特の笑いをあげながらゆったりと口を開いた。

 

「犯人がどうやって逃げたか、もう分かった。くっくっくっ……さぁ、もう問題無い、さっさと部屋を片付けて三角ちゃんを安心させて、やろう」

 

 霞は右手で破れた下着を持ち上げ、わざとらしく大和の顔に投げつける。呆けたままの大和に、下着がふわりと被さると、霞は此方に顔を向ける。

 

「……分かってるさ、お前を信じてる」

「くっくっくっ、当たり前だ。君は僕を信じてる」

 

 凶状 霞は、大和の下着を被る姿を笑った。

 




皆さんには犯人がどうやって逃げたか分かったでしょうか。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

上津軽 三角は死を待つ

難産でした。ちょっと無理矢理にでも方向転換しました。


 三角の事件があった翌日。俺は一人で町中を歩いていた。霞達は今頃、授業中だろう。書く言う俺は霞の護衛という立場な故に、授業など受けなくても良いのだ。と言うか授業とか受けてもさっぱり分からん。そもそも、俺は掛け算程度の知識しか無いのだ。

 

 そして勉強する気も更々無い。

 

「さてと……」

 

 そんな俺が何をしているか、と言ったら。大和が見つけた三角の隣に住む男子学生の実家だ。流石の交遊範囲か、あっさりと見つけ出してくれた大和に対して霞は気に食わなさそうな顔をしている。まぁ、アイツのアンチ大和は今に始まったことじゃない。

 

「カナメ、やはり人が立ち入った気配はありません」

「……なるほど、霞の予想通りか」

「少なくとも、此処一ヶ月は立ち入った形跡がありません。まぁ外見からの判断ですから、中に入らないと分かりませんね」

 

 此方に歩いてくるマルギッテを横目で見ながら曖昧に頷く。流石は軍人なのか、俺には只の空き家にしか感じない光景もマルギッテには特別に映るらしい。

 

「さてと、霞は見てくるだけで良いとは言っていたが、どうするよ?」

「無論―――しっかりと見ましょう」

「しっかりとね……あいよ」

 

 マルギッテが玄関に寄りかかり、通り行く人の流れを見る。そして俺はコートに収納しているナイフを取りだし、ドアノブに柄を叩き付ける。斜め傾きに壊れたドアノブを軽く回し、鍵穴の中身を露にすると、ナイフの刃を突っ込み、捻る。

 金属音が嫌に響き、鍵が開けられると、俺はドアノブを真っ直ぐ正しい形に直し、ドアを開ける。

 

「ほれ、レディーファーストだ」

「……悪い手口ですね」

 

 マルギッテは鼻で軽く笑いながら家に上がり込む。俺は再び周りを見渡し、怪しい人物が居ないことを確認すると、ドアを閉めながら家に上がり込む。

 洋式の平凡な部屋だが、見事に不似合いであるやたらと豪華な家具が最初に目立った。つまるところ、家賃五万程度の家に百万相当の壺があるような違和感だ。

 

「なんだこりゃ……悪趣味っつうか、金に物言わせた感じっつうか。もうちょっとなんとかならねぇのか?」

「……ふむ、食卓やゴミから見るに、やはり一ヶ月程度でしょう。コンビニのオニギリなどの賞味期限が大体約一ヶ月前です」

「家族で暮らしてた、とか言う割りにはジャンクフードやレトルトのゴミが散らかりっぱなしだ。それに、十代くらいが好みそうなもんばかり……こりゃ家族じゃねぇな」

「ええ、恐らくは数人の若者ですね。だらしがない」

 

 此処にはいない部屋を散らかした誰かに何故か怒っているマルギッテ。コイツはあれだ、オカン気質と言うか世話焼き気質が強すぎるな。まぁ、それが良い処なのかも知れんが。

 今の問題はそこじゃない。

 

「マル、この部屋の違和感はどう見るよ?」

「……金は有り余っていた。だから家具を新調していたり、無駄な金銭欲を満たしていた。が」

「家を変えないのが不自然なレベルの高級家具だな。この金具、純金だぜ」

「つまり、此処に住んでいた若者は"有り余る金銭で引っ越すは引っ越したいが、引っ越す訳にはいかなかった理由がある"……という所ですね」

「問題は、なんで数人の若者がそんな金を持っているのか。なんで引っ越すのを躊躇っていたのか。か?」

「でしょう。一般的に、軍人の考えから何通りか答えてみましょうか?」

 

 大理石のテーブルに座り、マルは鋭い目をさらに鋭枸して此方を睨むように見る。

 

「ぜひとも」

「その一、殺人の死体隠し。その二、計画的犯行の拠点、その三、指名手配犯による逃れ」

「どれもろくなもんじゃねぇよな……」

「ふっ……貴方も薄々感付いているからこそ、私を連れてきたのでしょうに」

 

 薄く笑みを浮かべて俺を見ると、マルはゆっくりと立ち上がり、一ヶ所だけ"ドアが閉まっている"部屋に視線を写す。

 開放的とも言えるほど、すべてのドアが開けっ放しだと言うのに、二つ目の違和感がどうしようもなく嫌な予感を感じさせる。

 

「川神百代も、直江大和も。流石に見てはならない物がありますからね」

「本来ならお前にも見せたくないんだがな……」

「数は少ないですが、これでも見慣れてきているつもりです。貴方こそ、一般人だと言うのに落ち着き過ぎですがね」

「しがない護衛には色々とあんだよ」

「護衛をなんだと思ってる……それで、開けますか? レディーファーストとか言うのか?」

「言う訳ねぇだろ……つうかアンモニア臭だ。開けなくても分かる。お前は外出て警察呼んでくれ。件名でな、俺達の痕跡は俺が消しとく」

 

 マルは顔をしかめて携帯を取り出すとドアを開けて外にでる。それを確認した後、俺はただ閉まっているドアの前に立つと、嫌なアンモニアの臭いに鼻を押さえてドアを開ける。

 

「……あぁ、クソ。平和な川神の街に無粋なことしやがって」

 

 そこには。

 あの廊下でぶつかった男子学生が、"変わり果てた姿仰向けに倒れていた。地面に垂れる血は乾き、その死体は三週間程度の姿。

 死因は明確だ、腹に開いた風穴。

 

「……"槍傷"? こんな綺麗に貫通するってことは、短槍か。しかも一瞬だ、顔が引き釣ってねぇ……驚く間も無くか。いや、待て待て……短槍だぞ? 五十センチも無い筈だ、間近に近付かなきゃ刺さらねぇ……てことは、だ。犯人が近付いても平然としていたってことだよな。知り合いか?」

 

 分かるのはこの程度。俺は見たくもない死体から目を背けるとドアを閉める。指紋が着かないように革の手袋をしていて正解だったな。

 さて、。"俺が昨日、ぶつかった青年は三週間前には死んでいた"ってことだ。謎が謎を呼ぶ。頭が悪い俺には混乱の嵐に巻き込まれる。

 

「訳分からねぇ……」

「カナメ!! 警察が来ます。早く此処から逃げましょう」

 

 ドアから声をかけてくるマルの肩を叩いて、部屋を再び見る。床に伏せている人物に両手を合わせ、軽く頭を下げるとドアを閉め直す。さて、ドアノブが壊れているのが捜査撹乱になりそうな気もするが、ほっておくに他がない。俺達はゆっくりと自然に家から離れると、日常の人混みに紛れた。

 さてと。これ霞になんて説明すりゃ良いんだ。

 

「さてカナメ、一から説明してもらいますよ」

 

 そして犬が食らい付いてきた。

 

「んじゃ、気晴らしに説明するから、デートでもする

た?」

「デート、デート……死体発見の後にデートなぞ、私でなければ殺される選択肢ですね」

「……そりゃ。そうか」

「ですが、良いでしょう。まともに川神の街を歩いたことはあまり無いのです。案内しなさい」

 

 美少女との街デート。普通なら嬉しいことこの上無いイベントだが、な。コイツ、デートのつもり一切無いのとあんな事実を見てしまった後では、喜ぶに喜べない。

 キナ臭いと言うか、予想外に三角は危ない道にいるのは間違いないだろう。この事件、ただのストーカー事件じゃない。今更か。

 

◆ ◆ ◆

 

 

「なるほど、ストーカー事件」

「そう、ストーカー事件。まぁどう考えたって普通のストーカー事件じゃないけどな」

 

 小物アクセサリーショップに立ち寄り、なんとなく二人で小物を眺めながら適当に説明をする。

 マルも何と無くなんだろうが、犬の小物を手にとって適当に眺めていた。気に入ったのかどうか判断に困るな。

 

「しかし、カナメ。これは私達の手に終える範囲の事件では無いのでは? 貴方一人なら何の問題もないでしょうが、直江大和や川神百代も関わっているのです。素直に身を引きなさい」

「ま、そうだよな。殺人を平気でする奴と関わっちゃならねぇのは当たり前だ……ただな、上津軽三角が問題だ。あの子、大分お偉いさんの一人娘みたいだしな」

「……変わらないのですね、その中途半端は」

「は?」

「いえ。ならば、私が手伝いましょう」

 

 手元の犬の置物を野球ボールのように弄びながら俺に微笑みを向けてくる。凛々しい犬だ。

 マルが置物を軽く宙に投げた瞬間に俺は置物を右手で掠め取る。

 

「じゃ、これは報酬としてプレゼントしよう」

「ぷ、プレゼント? 別にそれが気に入ったと言う訳でも欲しい訳でもありません、何と無く手に取っただけの……」

「置物ってのはそう言うもんだろ、良いじゃねぇか」

「か、カナメ!! 気軽に頭を撫でない!」

 

 何故か焦っているマルの頭を叩くように撫でると何時もの帰り文句を言われる。それを背中に受けながら、俺は小物をレジに持っていく。

 雑貨店らしい雑な会計をさっさと済まし、梱包も袋も着けずに犬の置物をマルに投げる。

 

「ほれ」

「……ふぅ、その押しが強いのも変わらない」

「ん?」

「なんでもない!!」

 

 また何故か焦っているマルに首をかしげる。良く分からん奴だ。

 再びマルの隣に行くと、二人で並んでショッピングモールをぶらつく。特に理由がある訳でもない、が。たまには悪くない。霞から離れ、こうして気の合う友人と二人で歩くのも。

 

「お、服屋か」

「服屋って……貴方は。今時は店名で呼ぶのが普通です」

「……俺の服は全て霞セレクションなんだよ」

「見事に予想通りです。良いでしょう、私が貴方をコーディネートします」

「やめとけ」

「失敬な!?」

「じゃあ、あれだ。俺がお前の服を選ぶから絶対着ろよ。んでお前が選んだ服を俺が絶対着る。どっちが良いコーディネートか勝負だ」

「激しく嫌な予感がしますが……勝負とあっては良いでしょう。その勝負受けて差し上げます!」

 

 流石はマル。操りやすい。

 そのまま軍人らしい足取りで何処かに素早く歩いていくマルを見送りながら、俺の視線はゴスロリショップに向いていた。

 

「……ふっ」

 

 馬鹿め。俺が毎回毎回弄られるだけの存在だと思ったら大間違いなんだよマル。お前にはプリプリでキュアキュアなスイーツな服装に着替えて貰うとしよう。

 

「まずはヘッドドレスだな 」

 

 こうして俺はマルの"為"に似合いそうな服をぶっしょくしていくのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「うっ……うう~~っ………ッ!」

 

 説明しよう。

 目の前で顔を真っ赤にして唸るマルの服装は赤と白のアンサンブルなゴスロリファッション。綺麗な赤髪はサイドテールに結ばれ、耳には穴を開けなくてもつけれるタイプのピアス。短めのスカートにシマシマのハイニーソ。

 

 対して俺は黒の無機質なロングTシャツに革ジャン。ズボンは迷彩柄。以上。

 

「完全なる俺の勝利だな」

「何処がだッ!? こ、こんな似合ってない服装なんか……ッ!?」

「可愛いぞ」

「無表情で言うな馬鹿!!」

「可愛い」

「うっさいッ!!」

 

 両手で真っ赤な顔を隠しているマル。恥ずかしいなら律儀に着なくても良いだろうに。

 

「だが冷静に見てみろ。俺は何処の休暇中の軍人だ。このロングシャツも少し小さくて身体に張り付く。対してお前はどうだ。何処からどう見てもゴスロリ美人だ。良かったな」

「良くない!! 私にこんな服なんか似合わないだろうが!?」

「……割りと似合ってるのだがな」

「貴方の価値観が可笑しいんだ!! 私を可愛いなどと言うのは貴方以外に……ッ!」

「なんだ?」

「なんでもないッ!!」

 

 ぷんぷん怒るマルだが、服装のせいか全く怖くない。やっぱりコイツは元が良い、軍人などしなくても沢山の道を選べるような才能がある。

 コイツはもっと世界を知るべきなのだ。

 

「じゃあ、デートの続きと行こうか」

「こ、この格好でか!?」

「それ以外に何がある? 駅前でショッピングと洒落込もう」

「ま、まて。責めて私に着替えを……お、おい!?」

「良いから行くぞ」

「手を握るなッ!?」

 

 キャンキャン怒るマルを無視して俺はマルの手を掴むとそそくさ歩き出す。

 女性の手を軽々しく握るなと霞に良く言われるが、今くらいは別に構わないだろう。顔を赤くしながらもマルは不服な顔で視線を下げる。

 

「…………」

「さて、何処に行こうか?」

 

 引っ張るように歩く俺をマルは上目で睨むのではなく見るように見つめてくる。

 

「……貴方は傲慢だ」

 

 小さく呟かれた言葉に、俺は苦笑する。

 

「――ま、マルさんがデートしてる!!」

 

 俺とマルの更に後方から誰かの声が聞こえてくる。どっかで聞いたことのある声と気配だ。ふと後ろを振り向いてみると凍り付いたように動かないマルと、金髪の美少女に直江の妻、京が此方を驚愕の顔で見ていた。

 

「む、こんにちは」

「こ、こんにちは……ってそうじゃなぁぁい!? あ、貴方は誰なんだ!?」

「青葉要と言う、よろしく」

「よ、よろしく……ってちっがぁぁぁう!? み、京! あれは誰なんだ!?」

「マルギッテさんと霞さんの夫だよ」

「お、夫ォォォッ!? しかも二股!?」

「適当を言うなァ!? ち、違いますよお嬢様!?」

 

 京のにやけた顔が誰かを思い浮かばせる。金髪の美少女が焦った顔でマルと何かのやりとりをしている中、"唐突に不自然な気を感じた"

 ――――それは鋭く、まるで刀の刃のような。血に塗られ鈍ったなまくらの刀のような。そんな歪とも言える不自然な気を。

 思わず視線を周りに巡らせると、そこには見覚えのある少女がポツンと立っていた。

 

「……三角?」

「どうもぉ。"(むくろ)"要さぁん?」

 

 妙に間延びした三角らしくない声に俺の視線は薄くなる。

 

「……なるほどな」

 

 苦笑混じりに呟き、視線をマルに戻す。そして横目で三角の居た場所を見ると、そこに姿はなく、視線を上に向ければ屋上で小さくにこやかに手を降る三角が居た。

 

「カナメ!! 貴方も……カナメ? どうかしましたか?」

「悪いなマル、デートに誘われちまったから行ってくる」

「は? カナメ?」

 

 軽く手をあげて人込みに入っていく俺をマルは唖然と見ていた。さて、参ったな。嫌な方向に話が進んでしまったらしいぞ。

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

 ―――――時刻は約三時間前に遡る。

 要とは別々の行動をとっている僕は一人、上津軽三角の家に向かっていた。

 

「やぁ大和くん、良い天気だと思わないかい?」

「……は、はぁ……」

「大和が押されている……なんだかお姉ちゃんは不思議な気分だ……」

 

 "親友な大和くん"と一緒に。全く気分が悪くなってくるのは仕方がないと言えるような状況だ。

 

「さて大和くん。僕はね、結構めんどくさがりなんだよ」

「そ、それが?」

「君は犯人像をもう掴んでいるだろう。聞かせてくれたまえ」

 

 僕の言葉に直江大和くんは引き釣った顔に変わる。

 

「なに? そうなのか大和?」

「……まぁね、ただ明確に言えないから」

「明確に言えないから。君は馬鹿か。明確に分からないから犯人教えませんし一人で試しに捕まえに行ったら逆に捕まえられました~とか言うヒロイン居るだろう。死ねば良い。犯人がうっすらとだろうと明確だろうとまず喋ろ。話せ。それで犯人が違うのだろうが犯人だったのだろうが一人で何かをするよりはましだろう」

「いや、確かに……」

「それにね。一人で全てを抱え込むような糞みたいな仲間はいらないのだよ」

「ハイハイハイッ!! 話しますよッ! 話せば良いんだろうッ!」

「くっくっくっ……じゃあ犯人は誰かな?」

「三角ちゃんだよ」

 

 大和くんが言う犯人に僕は薄く笑みを浮かべる。上津軽三角が犯人か。及第点だが悪くはない。

 やはりだ。どんなに嫌いで嫌悪や吐き気しか浮かばない男であろうとも、目の付け所は悪くない。

 

「何故かな?」

「誰も侵入できない場所を荒らされていたし、"監視カメラには三角ちゃんしか映らなかった"。三角ちゃんしか入れない場所が荒らされたなら部屋を荒らしたのは三角ちゃんしかいないでしょ」

「四十点」

「……はい?」

「君の推理は甘過ぎるね」

「だからまだ推定だって言ってんだろうが……ッッッ」

「大和がキレてる………」

 

 川神百代が大和くんから身を引いているのを尻目に僕は口を開く。

 

「ストーカー被害者の特徴を知っているかい?」

「……男性に恐怖心を抱く」

「ばーか」

「さっさと教えてくれませんかねぇッッッ!? 」

「ストーカー被害者は警察に相談してもなかなかその内容を"話さない"んだよ」

「え……?」

 

 上津軽三角の顔が思い浮かんだのだろうか、直江大和くんの顔が変わる。

 

「恐怖心からね。思い出すことを拒み曖昧にしか話せない。ストーカー事件が始まったらまず最初に行うのは事情聴取じゃなくて身辺警護なんだ。まずは身が安全だと被害者を安心させるためにね。それから事件を話せるようになった被害者から事情聴取をする」

「それがなんの関係が?」

「三角ちゃんは自らストーカー事件の内容を話したがった。此処で三角ちゃんのミス一。次に三角ちゃんは事情聴取の時に顔が青ざめた。ミス二」

「ちょっとまて、三角ちゃんが怖がるのは普通じゃないか?」

「川神百代さん。普通はね、ストーカーに対しての事情聴取は思い出して怖がるのではなく、話せば話すほど犯人が捕まるから被害者は安心していくんだよ。あぁ、自分はもうストーカーをこの人達に任せて良いんだとね。まぁ多少の恐怖はあるかもしれないが、あの怖がり方は実に不自然だ」

「不自然って?」

「君に惚れているような様子を見せたことだよ」

 

 顔が若干赤らめている気持ちの悪い直江大和くんに僕はさらに言葉を続けた。

 

「身を汚されていることを好きな男性に軽々しく言えるかい? 僕は言えないね、助けてくらいしか。なのに三角ちゃんの部屋は下着も散らかっていた。分かるかい? 三角ちゃんの下着は"そう言う風に"扱われたんだよ」

「なるほど……確かに私もそれは好きな男性に言うのは嫌だな……」

「そう、三角ちゃんの部屋に到着するなり、まるで待ち構えていたように男性とぶつかり、三角ちゃんに視線をあせるどころか名前まで呟いた。犯人は自分だと言うようにね」

「確かに俺もそれは不自然に感じたな」

「うん。以上を持って、僕は上津軽三角と要にぶつかった男性。二人が犯人だと確信している」

 

 僕の言葉に直江大和くんと川神百代さんが小さく頷いた。

 

「じゃあさっさと吐かせるか? 私はそう言うの得意だぞ?」

「駄目だよ。まだ分からないことがあるから……――――――ねぇ、上津軽三角?」

 

 僕が自然に後ろを向くと、そこにはただ佇む上津軽三角がいた。薄く幼い容姿に似合わない甘ったるい笑みを浮かべながら、手には細い棒を持っている。

 

「三角ちゃんッ!?」

「さがれ大和、凶状」

 

 一歩と前に出る川神百代さんに頼もしさを感じながらも、僕は目を細めて現状を見る。

 川神百代さんは確実に気付いていなかった。上津軽三角が此処まで近くにいると言うのに。ならば、上津軽三角は"それほどの武人"だと言う考えで間違いない。

 

「やぁ、上津軽三角。今の話は聞いていたかな?」

「……ふふっ」

 

 唇を舌で舐める妖艷な艶めき。こっちが本性だったのか。

 

「君に聞きたいことがあったのさ」

「なにかしらぁ?」

「目的。僕が一番悩んでいたのはそこさ。君の目的がさっぱり分からない。ファミレスで僕達を殺そうかと思ったり、ストーカー事件と称して僕達を読んだり。君の行動には一貫性がない。教えてくれるかな?」

「―――――さぁ? しぃらない。」

「……ふむ。知らないと来たか」

 

 背中から細長い棒を取り出す三角。良く見れば先に刃がついている短槍だ。

 その槍を慣れたように手で弄びながら、三角は口を開いた。

 

「はっきり言って、私の目的はただ一人"骸"の名を持つ人だけなのぉ。貴女なら、別に説明しなくても分かるでしょうぉ?」

「骸。ね。あれは名前じゃないよ。ただの名称だし、もうカナメは"骸"の名前を捨ててる。あれはただの青葉要さ」

「捨ててるとか持っていたとかどっぅでもいいの。大事なのは骸って名前を少しでもただ名乗っていただけのこと……」

「……さて、君の目的は凶状か? 僕を人質に身代金なんて言っても意味無いよ。僕はカナメにしか価値の無い女だからね」

「骸に価値があるならそれでいいのよぉ……ただ"強者"を引き寄せる餌ならね―――――そんな甘い奴じゃなくて」

 

 僕の目の前にいた川神百代さんに向かって三角は短槍を振りかざす。ただ槍を向けるだけの動作に川神百代さんの唇は楽しそうにつり上がった。

 

「おいおい……この私を甘い呼ばわりするなんて、貴様は余程の武人なんだろうなぁ?」

「貴女、人を殺したことがある?」

「……はぁ?」

「無いでしょ、人を生かす拳しか触れない強者に興味は無いの。残念だけど――――――"死んでなさい"」

 

 瞬間。

 風が吹く。大人しい微風が頬を撫でて、髪がふわりと浮かんだ。そして次に、川神百代さんが膝をついて倒れ込んだことに気付かされる。

 胸辺りから血を流し、地面が赤く濡れていく光景に頭が一瞬だけ麻痺してしまった。

 

「ね…―――――姉さァァんッ!?」

 

 大和くんが素早く駆け寄り、身を起こすと両手で傷口を塞ぐ。あまり大きな傷では無いために止血には手間取らないはずだ。

 

「あら? 避けられちゃった? 流石は武神ね、初見で避けられるなんて思わなかったわぁ……にしても。凶状さんは冷静なのね」

 

 呑気に血のついた槍を血切りしながら上津軽三角は見似合わない妖艷な笑みを浮かべて僕を見る。

 

「いや、これでもどう切り抜けようか頭を巡らせているのさ……参ったね、要を無理してでも連れてくるべきだった」

「そうねぇ……私も"骸"が居る中で貴女達を止めるのは無理だもの。ほんっとうに……気が抜けているように見えてなんも抜けてない。初めて骸を見たときはすっごく落胆したのよぉ? あぁ、この程度かってね」

「それはそれは。君の目は節穴なんだね」

「そ。節穴よ……近くにいて何時槍をだそうか悩んだとき、初めて気付いたの。この男の前で武器を握る恐怖って奴に……なぁにぃが錆びた刀よ。あんなの血に餓えた妖刀にも勝るわ」

「……要が血に餓えている。か。そうだね、君が要の恐ろしさを知っているのなら、僕から一つだけ忠告してあげよう」

 

 僕の唐突な言葉にも上津軽三角は嫌な顔をせずに僕を見つめてくる。そのまるで全てを悟っているような熟した女性がする視線はあまりにも容姿に似合わない。

 

「なぁに?」

「僕を殺すのは辞めておきたまえ。要は君を怨みに怨みに、要が知る中で最悪な殺され方をするよ」

「そんな"保険"をかけなくても、親方様から貴女は殺すなって言われてるから殺さないわぁよ」

「存外、頭の回る女だったか、君は」

「一言余計ねぇ……あぁ、そうだ。忘れてた」

 

 何かを思い出したように三角は槍を振るう。

 僕がとらえることが出来た動作はそれまで、微風のような風が吹くと、背中で誰かが倒れる音がした。

 と言っても、一人しか居ないのだが。

 

「君は大和くんに惚れてたんじゃ?」

「可愛いけど範囲外。下手くそな演技で騙せる相手じゃないし、殺すくらいで丁度良いわよねぇ」

「……殺したのか?」

「さっくりと」

 

 嫌な汗が背中を撫でる。ここまで冷静に殺人が出来る武人とは。

 僕はポケットから携帯を取りだし、救急の番号を打つと大和くんの体に放り投げる。

 

「大和くん、君のことは嫌いだけど死なせる程ではない。君に生きる奇跡が残っているなら……また、悪口でも言ってあげるよ」

 

 声もなく倒れた大和くん。すぐにでも治療しなければならないのだろうけど、一瞬で人を殺せる上津軽三角の前では迂闊な行動が取れない。

 僕は視線を大和くんから三角に向けると、にやけた顔を無理矢理つくって笑いかける。

 

「さぁ、人質になって貰うわよ?」

「それはそれは。どうぞご自由に。僕に手を出した人間は要の手によってどんな目に遭うか体験すると良いよ」

「他人任せな言い方………」

「他人ではないさ。要は僕のモノだからね。上津軽三角」

 

 僕の言葉に、上津軽三角は初めて顔を歪めて嫌な表情を露にする。

 

「それ、辞めて。上津軽は旧姓なぁの……高田(タカダ)、私は高田三角。宝蔵院流槍術伝承者よぉ」

 

 そして、彼女が名乗った名前が余りにも普通すぎて、僕は本当に薄い笑みを浮かべてしまった。

 カナメ。どうやら僕は誘拐されるみたいだよ。速く助けに来てくれたまえ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。