龍姫の常軌を逸した人生 (谷上くん)
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一章 出会い プロローグ


 エルファボ王国、それは総人口三千万人の大国だ。商業が栄え、民は皆等しく平等で何時も活気に溢れていた。
 更に戦争とは全くの無縁で皆が長閑な生活を送っていた。あまりにも平和すぎるが故、『ヘブンズ・パラダイス(天国の楽園)』と呼ばれるほど。
 ーーというのは今から50年も前の話だ。今は嘗てのエルファボは見る影もない程に変わり果てた

 現在のエルファボは日々、隣国のムール王国との終わらぬ戦争に明け暮れていた。ムールも又、エルファボと同様に大国で、ここ数年は、この二国間でとある貴重な資源の奪い合いをしていた。

 長閑だった生活は一変し、騎士や軍隊だけでなく国民達も戦争に駆り出され、国に忠義を尽くし戦う。また女性や子どもは日々、必死に戦火から逃れる生活を送っていた。

 では嘗ては平和で友好的だった二国間の戦争の火種となったとある資源は何なのかを語ろう。
 とある資源というのは『黒いダイヤ』こと石炭…ではなく液体の中では最も貴重な石油だ。近年、両国の近海に海底油田が見つかったのだ。

 海底油田発見以降、関係が良好だった両国の間で話し合いが行われたが上手くいかず両国の間に亀裂が走り、結果、戦火を交えている現在に至る。

 今現在どちらが優勢で劣勢かというと、両国の兵力が拮抗しているため優劣はつけられない。
 だが、誰の目から見ても一つ言えるのはどちらの国ももう長くは持たないということ。戦争で沢山の人員と資源をフルで使い、既に国は半壊状態なのだ。

 ーー恒久平和だった国もたった一つの資源のために戦争という醜い戦いに誘ってしまう。人間とは愚かな生き物だ


 そして、ここから話が逸れるが、実はエルファボにはある言わずと知れた神話が代々脈々と語り継がれている。
 それはこの世界を創世したとされ、また戦の神として崇められている、黒みがかって見えるほどの新緑の眼を持つ純白の龍の伝説だ。

 人々は現在もその伝説の龍を崇めているわけだが、実際のところ龍を見たことがある人はいない。だが、その伝説の龍に寵愛を賜りし人間が存在する。

 現在、その人間に当たる女はまだ若い16歳の女で名はセレナ・グレデシア。透き通るような透明感がある青い瞳、煌びやかな金髪のロングヘアーが特徴的で彼女自身が持て余すほどの美貌の持ち主だ。
 とはいえ元々はただの商人の娘だった。だが、三年前のある日突如、左胸に龍の刻印が現れ且つ人智を超えた超能力に目覚めた。

 ーーこれが龍に寵愛を賜ったということ

 ちなみに龍より賜った力は持ち主が死ぬと、同時に次の人に受け継がれる。龍に寵愛を賜りし選ばれた者は神聖な姫として龍姫(りゅうひ)と呼ばれる。
 龍姫に選ばれるということは実に名誉のあることだ。国民の誰しもがそう思っている。だが実際選ばれた者の未来は地獄極まりない。

 龍姫は力に目覚めた日から王城のある部屋に連れて行かれ軟禁されることとなる。
 何故なら一生を終えるまで永遠にその部屋で生きて、1日に2度恒久の平和を龍に願わなければならないのだ。それこそが龍に一番近き者としての定めだ。


「退屈…外に出たい」


 現在セレナは王城での監禁生活に不満と閉塞感を感じていた。城に来て当初は舞い上がっていた。軟禁状態とはいえ毎日、一日三度の豪華な飯、豪華な風呂が提供されるからだ。
 だが、月日が流れるにつれ外に出たいという願望が芽生え始めた。最後に外の世界を見たのは軟禁される直前だ。それ以来外の世界との干渉はない。


「セレナ様。食事のご用意が出来ました。入室してもよろしいでしょうか?」


 部屋の中にあるソファーに座り、本を読んでいるとノックが聞こえ、男性の低い声が聞こえた。セレナはため息を吐き渋々許可する。


「セレナ様食事です」


 食べ物の入った皿を持ち、笑顔で入室してきた男性は燕尾服を悠々と着こなし、紫紺の瞳の上に伊達メガネを掛けていて、ルビーのように赤い髪は整えられていて、凛とした雰囲気を醸し出している。
 男性の正体は近衛騎士兼セレナの執事、リューゲル・デリスアトスだ。非常に端正な顔立ちと甘いルックスの持ち主だ。更に高身長でやや筋肉質というのが特徴だ。

 リューゲルは部屋に入るや否や机に皿やフォークなどを並べ始めた。そんなリューゲルに近づきセレナは一言。


「はぁ。外に出たいなぁ〜」

「セレナ様!それだけは出来ません。貴方様は龍姫です。この城から出るというのは叶わぬことです」

「ちぇ、リューゲルのケチ〜バカ!」


 セレナは口を尖らせリューゲルに悪態をつく。頑なに外出を許してくれないリューゲルの動揺を誘い、外出の許可を得るためだ。
 だが、リューゲルは紳士スマイルを保ち続け微動だにしない。やはり近衛騎士の一人。伊達に騎士達の頂点に君臨していてるわけではない。数多の修羅場をくぐり抜けてきただけにメンタルは相当のものだ。


「では、セレナ様。私はこれで失礼します」


 リューゲルは退出する最後まで、紳士スマイルを崩すことはなかった。セレナはリューゲルが退出した後、落胆し、ため息をこぼした。
 どこか脱出できる場所がこの部屋にないものか。だが、そんなもの何年も何年も探しているが、一向に見つからない。

 ーーもう諦めて寝よう

 ベッドに入り、そして部屋の中にある暖炉を見やる。この国では今は季節的には日本の夏に当たる。つまり暖炉は今の季節は御役御免だ。


「ーーん?確か暖炉って煙突に繋がってるんだよね…ってことは外に逃げられるんじゃ…」


 何で今まで気づかなかったんだよとセレナは自分の頭を抱えた。だが、逃げた所でどうする。恐らくセレナが逃げればそう遅くないうちに逃走したことがバレる。

 近衛騎士団は皆、選りすぐりのエリート達だ。一時間も経たないうちに捕まってまたここに入れられるのがオチ、逃亡計画はおじゃんだ。
 更にこの王城は山の奥にある。下山するのには相当な時間を費やすし、下手すれば路頭に迷い野生生物に殺される可能性もある。


「それでも物は試しっていうし、逃げて…みよ」


 セレナは決断から行動に至るまでが非常に早い。それがセレナの美点であると言える。
 セレナは部屋着から極力動きやすい服装に着替えた。服装はラフな赤い上着に白のミニスカートだ。水は持っていくか悩んだが、邪魔になりそうなので金貨だけポケットに入れた。


「よし!行こう!久しぶりの外の世界へ!そして私は絶対自由を手に入れてみせるの!」


 ーーセレナの完璧な監視システムを誇る王城からの無謀に近い逃走劇が今始まる!


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一話 逃亡の幕引き


「フハ〜きもちいい。そして陽の光が眩しい〜」

 セレナにとって実に数年ぶりの外の世界。セレナは感激に浸り山の空気を噛みしめるように堪能していた。室内とは違い、空気が澄んでいて気持ちが良い。
 時刻は正午、辺りは山の木々が一面生い茂り、空は雲ひとつない青空が広がっていた。おいしい空気を堪能し終えひとまずセレナは煙突から慎重に地上に降り立つ。


「じゃあ、早速逃亡しよっかな〜」


 いつ逃亡がバレて追っ手が来るかわからない。セレナは全速力で下山するため、山の中を駆け出した。
 目指す場所はただ一つ、嘗て父と母と住んでいた山の麓にあるウォッカタウン。そこに逃げ込めばひとまずは安心だ。父と母やウォッカタウンの皆が必ず助力してくれるはずだ。

 思い返せば、この逃亡までの3年間は長かった。王城で軟禁され、セレナの外の世界との干渉は断ち切られていた。何故なら察しの通りセレナが逃亡する可能性があるからだ。
 だが、そんな地獄のような日々も今日限りでサヨナラだ。絶対に逃亡に成功して自由を手に入れてみせる。そうセレナは心に誓ったはずだったが、


「……迷っちゃった」


 歩き出して数時間で迷子になってしまった。木々が生い茂る真夏の昼中の山道は熱く、道が手入れされていないので足元はひどくわるかった。それ故、判断力を欠いた。
 また至る所から生えている枝や草木がセレナの視界を遮ってしまい結果こうなってしまったのだ。


「どうしよう…」


 気づけば、日は沈みかかっていた。もうすぐ夜が来る。夜の山ほど怖いものはない。昼行性の山の生き物よりも夜行性の生き物の方が凶暴だ。
 まるで血に飢えた肉食獣のように見つけた人間を追いかけ回すと父と母に聞いたことがある。そんな恐ろしい夜が近づくにつれ次第にセレナは焦燥感に駆られた。

 何とかしなくては。そう思っていた矢先のことだった。前方5メートル先の雑草の茂みに全身血で塗りたくられたように赤い毛に覆われた化け物がこちらを睨みつけていた。
 四足歩行で時折、口から凶悪な牙を覗かせている。瞳は光っていて全長は1メートル50cmほど。地球の生物で例えるならオオカミ。

 目先の化け物に対しオオカミは赤い毛こそ持つものはいないがそれ以外の特徴は見事に当てはまっている。
 何故ならオオカミは牙を持ち、『タペータム』と呼ばれる暗闇の中でも物を見やすくするための瞳を持っている。これは実は暗闇の中では光るようになっている。更に体格も目先の化け物と同じくらいだ。

 ちなみに化け物の名は、ヴィルゲルヘン。夜行性で、山の山頂辺りに住んでいる。食物連鎖では上位の階級に属していて、性格は非常に凶暴だ。
 肉食で草食生物や又、稀に人なども喰らうようだ。騎士達ですら手こずるような強さを持っていて、生半可な武器では攻撃が通じず討伐は難しい。


「まさか…ヴィルゲルヘン…?確か物凄い強い化け物だったはず…」

『グォォォォォォグルゥゥゥゥゥ!!!』


 セレナと目線が合った直後、ヴィルゲルヘンが咆哮を上げた。犬やオオカミのようにまだ可愛らしいものではなく身の毛がよだつほど恐ろしい咆哮だ。
 あまりに不気味で悍ましい咆哮にセレナは硬直する。まるで呪いか金縛りにあったかのように動かない。

 ーーヴィルゲルヘンはその隙を見逃さなかった

 コンマ数秒でセレナの前まで駆け寄り、凶悪な牙を見せ、か細い首元に飛びかかった。その凶悪な牙で噛みつかれれば忽ち大惨事になりうるだろう。

 それだけは避けたいので、寸前でセレナは何とか交わそうとするが、反応が遅れたせいで完全には攻撃を交わしきれなかった。
 脇腹を狼爪で引っ掻かれてしまった。赤い上着が少し裂けてしまい、浅い傷を負った。傷跡からは赤い鮮明な血が流れ、少々痛い。


「痛い…うっ…」

『グォォォォォォ?』


 ヴィルゲルヘンは目をまん丸にしている。攻撃が狙い通りにはいかず動揺しているようだ。今度はセレナのターンだと言わんばかりに隙だらけだ。

 セレナは両の掌を合わせ、瞼を閉じて詠唱を始めた。ヴィルゲルヘンを倒す魔術を撃つためだ。


『我が身に宿りし深緑の眼を持つ純白の龍の力よ。今ここで放たれん。闇をも照らす白き炎よ、行く手を阻む目先の障害を掻き消せ。最上位魔術 神聖炎(セイクレッド・フレイム)!!』


 長い詠唱を終えると、セレナの足元の草むらが着火。そしてすぐさま火は成長し、セレナの周囲を青白い炎が渦巻き始めた。

 ヴィルゲルヘンは目の前に広がる異常な光景に呆気にとられている。野生の勘が危険を察知したのだろう。後ずさりを始める。

 ーーだが時すでに遅し

 セレナが人差し指をヴィルゲルヘンに向かって指した次の瞬間、青白い炎の渦は人差し指の向く方に。凄まじい炎が瞳孔を見開け怯えるヴィルゲルヘンを呑み込んだ。
 つい先程まで辺り一面草木が生い茂っていたはずだがセレナの前方50メートルは一瞬で焼け野原になってしまった。無論、ヴィルゲルヘンは跡形もなく消えた。

 ーーこれが龍に寵愛を賜りし龍姫の力である


「ハァ。ちょっと疲れちゃった〜。早く下山しないと〜」


 セレナはまるで何事もなかったかのようにまた夜の山道を黙々と歩き出した。


 歩いていると、稀にヴィルゲルヘンや他の化け物が草むらから出現したり、遭遇したりすることがあったが、龍姫のセレナにかかれば何のこともなかった。
 そして歩き続けることそこから5時間、ついに大きな洞窟を見つけた。今日はここで寝泊まりしようと決意し、洞窟に入ろうとした、その時だった。


「セレナ様!」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえた。数年に渡り、セレナのお世話をしてきた男の声だ。


「え…何で…何でなの。何でここがわかったの?リューゲル!!」


 背後にいたのは、選ばれしエリートの近衛騎士の一人にしてセレナの執事リューゲル・デリスアトス。近衛騎士の中でもトップの強さを持つ、今年20歳になる男だ。そしてセレナが今、一番会いたくなかった男である。


「ーー私が外で剣を振るっていると走っている貴方の姿が見受けられたので気になってつけてきたのです。ずっと」

「そんな…嘘でしょ?」

「嘘ではありませんよ。でもバレずにつけるのは大変でしたよ。ちなみに貴方が道中ヴィルゲルヘン相手に最上位魔術を使ったのも見ていました。実に素晴らしかったです。流石、龍姫…です」

「……」


 嘘だと言って欲しかった。ずっと軟禁されていたあの王城から逃げることができて舞い上がっていたのに、こんな仕打ちがあっていいものなのか。
 二度とあの王城には戻らなくていいと喜びに浸っていたのに。上手く逃げられたと思っていたのに、それなのにリューゲルの掌の上で踊らされていたなんて。

 セレナは酷く絶望した。脱出に成功し、浮かれていないでもっと周りを見るべきだったはずなのにそれを怠った怠惰な自分に。


「さぁ、城にお戻りしましょう。セレナ様。こんな所で野宿をすると風邪をひいてしまいますよ。早く…」

「嫌!絶対に戻らない!…これ以上近づいたらリューゲル相手でも容赦しないから」


 セレナは目尻を険しく吊り上げた。そして両の掌を合わせ戦闘態勢に入った。
 リューゲルの実力は折り紙つきだ。選りすぐりのエリート揃いの近衛騎士の中でもトップクラスだ。だが、そのリューゲルをもってしても龍姫であるセレナには敵わない。

 ではそれならいつでも実力行使で王城から逃げられたのではないか。
 ーーだがそれができなかった。セレナは心優しい性格で本来争いや戦いは好まないからだ。

 勿論、今のも脅しだ。これで死を恐れ、諦めて逃亡を許してはくれないかとセレナは心の中で願う。
 だが、リューゲルは仮にも数年、セレナのお世話をしてきた関係だ。セレナの本質は見抜いている。性根は心の優しい女の子ということを。


「貴方にはそんなことはできません。何故なら貴方は心の優しい方だからです。…早く戻りましょう」


 一歩ずつリューゲルはセレナに歩み寄る。女なら一瞬で落ち、男でも見惚れてしまいそうな紳士スマイルを浮かべながら。
 セレナは洞窟の方に後ずさりする。脅しがリューゲルには全く効かなかった。もう手持ちの駒がない。どうしようもない。


「こうなったら逃げる!」


 セレナは真っ暗な洞窟の中に入って駆け出した。無駄な抵抗だとわかっていても何もせずに終わりたくはなかった。
 既に体は疲弊していて足元がおぼつかず、視界が暗く殆ど何も見えないながらも懸命に走った。

 リューゲルはそんなセレナに少し感心した。ここまで行動力があり、屈せず最後まで抗おうとする意志があるとは思わなかったからだ。


「では…セレナ様を追いますか」


 リューゲルはセレナ様の後に続く。今にも倒れそうなくらいフラフラとした足取りなのに、尚抗い、走り続ける龍姫の背中を追った。

 数分くらい走っただろうか、やがて明かりが見え始めた。セレナ様は光を求め、そこを目指して走った。ようやく辿り着いた時、そこに広がっていたのは神殿だった。
 大きさはそんなに広くはない。何故か至る所でランプが灯っている。壁画には古代文字が彫られているものや、奇妙な格好をした女性が彫られているものもあった。

 更に神らしき人の大きな彫像が神殿のど真ん中に置いてある。全てを包み込むような包容力のある女性の彫像だ。セレナはしばし魅了された。見ていて心が安らかになりそうだ。

 そのまま安堵し眠りにつきそうになった所で、リューゲルの声により意識が戻る。


「もう逃げ場はありませんね…セレナ様」

「リューゲル…」

「私の知らない所でここまで精神的に成長していたとは。…感服いたしました。セレナ様。しかし龍姫の貴方様には何としても王城に戻ってもらはなくてはならない。どうかお許しください」

「ーーはぁ…もうやれることは尽くしたし…仕方ない」


 逃亡を諦め、セレナはリューゲルに近づこうとする。だが足を一歩進めた次の瞬間、セレナの足元に突如、金色の魔法陣が現れた。
 やたらと奇妙な文字と模様で構成された魔法陣だった。セレナもリューゲルも今まで生きてきた中で見覚えがない魔法陣だ。

 セレナは慌てて魔法陣から出ようとするが足が動かない。リューゲルも動揺が隠せない。即座にセレナに歩み寄り助けようと試みるが、不思議な力で弾き飛ばされ、壁に身体を打ち付けられた。


「ーー何なの…これは…!!」

「セレナ様…ハァ…今すぐお助けします」


 何度も何度も果敢に、セレナの救出を試みるが、その度にリューゲルは弾き飛ばされる。セレナも有りっ丈の力を振り絞るが逃げられない。
 まるで超怪奇現状が起こっているようだ。龍姫の力を持ってしても逃げられないというのは前代未聞だ。


「…もう駄目。意識が…霞んで」


 力を出しきり、セレナは魔法陣の上でへたり込んだ。もうどうにでもなれば良い。焼くなり煮るなり好きにしてくれと願った。次の瞬間、


『条件に当てはまりました。よって貴方を異世界に召喚致します。ご健闘を祈ります』


 女の人の声だ。その声を最後にセレナの意識は霞んでいった。意識が完全におちる直前、リューゲルが悔しそうな表情をしているのが見えた。
 痛恨のミスをしでかしたみたく、苦い表情をしていた。彼のそんな表情を見たのは初めてでリューゲルでもそんな表情をするんだなと少し嬉しかった。

 異世界というのは何処なのかわからない。化け物がウヨウヨしている所かもしれないし、安全な場所なのかもしれない。何れにせよ不安要素だらけのはず。

 だが、セレナは最後は笑みを浮かべ意識を落とした。

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二話 運命の出会い


 長き眠りから意識が覚醒し辺りを見渡すと、そこはセレナにとって全く知らない場所だった。
 大きな建物?(ビル)が建ち並び、見たことのない機械の塊みたいなもの?(自動車)に人が乗っている。通行人は奇天烈な服装で身を包み何か変な物?(スマホ)を弄りながら通行している。

 視界に映る全てのものがセレナの常軌を逸していた。

 そして今、セレナは沢山の人混みの中にいた。波にどんどん流されている状態だ。流れに抗えず身動きが取れない。

 ーーここは渋谷のスクランブル交差点、日本で一番大きいとされる交差点だ


「ここは…どこなの?確か魔法陣が光って…それで…ここは異世界?…」


 懸命にそれから自分の身に何が起こったのか記憶を辿ろうとしたが思い出せない。思い出そうとすると頭痛に見舞われる。まるで脳が拒んでシャットアウトしているかのようだ。
 これからどうすれば良いのかわからない。セレナは特に当てもなく炎天下の東京の街を歩き始めた。

 歩けばいずれここがどういった場所なのかを知る手掛かりを見つけられると思ったからだ。


「あの金髪の女の子超可愛くない?」

「やばっ!可愛すぎ〜ロシア人?かな?普通に芸能人にいそう…私達とは雲泥の差じゃん!!」

「住む世界が違うって感じ」


 セレナは殆どの通行人が自分のことで反応しているのを見て怪訝に思った。一体自分の何を見てヒソヒソ話しているのだろうかと。

 自分に何か他の人とは違う何かおかしな点があるのだろうか。強いて言うなら今まですれ違った人は見慣れない黒髪の人が多いくらい。

 でも…まぁ

「何でもいい……ん!?…アレは…」


 セレナは街路樹が並ぶ非常に閑静な住宅街に入ったのだが道路の真ん中で住宅街に似つかわしくない異様な光景が視界に映った。
 人間の男があの凶悪な化け物であるヴィルゲルヘンの群れに今にも喰い殺されようとしていた。


「平地にもヴィルゲルヘンっているんだ…山の中でのみ生息してるものだと…って言ってる場合じゃないよね。助けなきゃ!」


 セレナは急いで男に駆け寄り、安否を確かめる。至る所から流血していて、全身傷だらけだが、まだ息はまだある。
 だが頭の方はもうどうにもならないほどに手遅れだった。生まれた瞬間からバグっていたのだろう。


「う…くっ…金髪美女?あぁ生きててよかった。この桐咲 涼介。一生を終えるまでには金髪美女を拝んでおきたかったのだよ」

「えっと…大丈夫?」

「あぁ…混沌としたカオスの世界から来た神聖なる我が身は非常に頑丈なのだよ!フフフッ」


 片目を瞑り、右の掌で顔を覆い、決めポーズし、挙句ドヤ顔で自身の身が健全であることを証明した。
 この男、かなり頭のおかしな厨二病だった。厨二病という存在をしらない異世界の住民であるセレナですらドン引きするレベル!

 ある意味キャラが凄すぎて拍手喝采を浴びせたいくらいだ。勿論皮肉で、哀れみの意味で。


「ーー頭の方が大丈夫じゃないのかな?ま、まぁ今、化け物を倒すから!安心して!」

「フッ…助かる。まだ我が身はこの世界独特の瘴気に順応できていないようだ…」

「そうですか…」


 頭のおかしい厨二病は放置でセレナはヴィルゲルヘンの群れと対峙した。ヴィルゲルヘンは基本一匹狼的な化け物なのだが何故か群れでいることに疑問を持った。

 だが、どの道セレナにとってはどうでも良いことだ。単体でいようが群れでいようが、所詮龍姫の敵ではない。まとめて焼き滅ぼしてやるのみ。


「ーーそいつら危険だぜ。この世界では見たことがない化け物だ。有り得ないほどに莫大な力を秘めてやがるぜ」

「え?異世界…じゃなくて…この世界ではヴィルゲルヘンは存在しないの?」

「…よくわからんがあんな化け物自体存在しないぜ!」


 男の言葉に思わずセレナはキョトンと鳩のような顔つきになった。ヴィルゲルヘンが存在しないなら未だしも化け物自体存在しないというのは予想外だった。
 どれだけ安全な世界なのだろうか。道理でこの男がボロ頭巾のようにズタボロにされているわけだ。よほど生温い環境で生まれ育ったのだろう。


「……わかったわ。えっと少し離れていてくれる?もしかしたら巻き添えを喰らう可能性があるから」

「あ?おぉ…離れようではないか」


 男は脇腹を抑え、そそくさとセレナとヴィルゲルヘンの群れから一定の距離を置いた。
 それを横目で確認し、セレナはヴィルゲルヘンを睨めつけて威嚇し、そして両の掌を合わせ詠唱を始めた。


『我が身に宿りし深緑の眼を持つ純白の龍の力よ。今ここで放たれん。闇をも照らす白き炎よ、行く手を阻む目先の障害を掻き消せ。最上位魔術 神聖炎(セイクレッド・フレイム)!!』


 詠唱が終わると即座にセレナの足元が着火。最初は灯火のように小さかったが、段々渦を巻いて大きくなり、やがてセレナの周りを青白い炎が渦巻く。
 そしてセレナがヴィルゲルヘンの群れに人差し指を向けると、炎の渦が群れを爆風とともに勢いよく呑み込み、炎はそのままコンクリートの壁に激突。


『ギヂャャャャャャ!!!』


 人通りの少ない閑静な住宅街に断末魔のような叫び声と爆発音が周囲に鳴り響いた。


「とりあえずは終了ね…」


 炎の影響でコンクリートの壁に黒いシミと、地面にヴィルゲルヘンの血が四方八方に飛び散り壮絶な戦いの爪痕を残し、終戦した。

 男はその詠唱と光景に唖然とした。目の前に颯爽と現れた女の子がまさかこんなファンタジー漫画のように魔法を唱え、発動させて化け物を掃討したことに驚きを隠せないのだ。

 男は幼い頃から、そういった類のものに憧れを抱き、いつか習得できるその日がくるまで日々特訓を重ねていた。だが結局、魔術は習得できず今に至る。

 ーーそう!ただの痛々しい厨二病になってしまったのだ

 しかしながら今、目の前で起こっている現象は長年、男が求め続けてきたものそのものだ。


「だが…何故だ!何故このような少女に魔術が!!まさか異世界からの使者か?クッ…何なんだ…君の名は?」

「私?…セレナよ。異世界からの使者…っていうのはわからないけど、ここと違う世界から来たというのは正しいわ。あなたの名前は?」


 異世界だと!?まさか本当に異世界から来たとは思いも寄らなかった。あの規格外の強さは異世界での厳しい生活に耐え得たものなのだろうか。
 男は極度の緊張状態に陥って硬くなっていた表情を緩め、汗を拭い、笑顔で自身の名を告げる。


「我はこの星の…じゃなくて…ついついキャラが出ちゃうぜ…」

「…」

「俺は桐咲 涼介。東京随一の厨二病の男子高校生だ!助けてくれてありがと」


 これが後に地球に現れる史上最悪の魔王を討ち滅ぼす伝説の男女ペアと呼ばれることとなる高校生桐咲 涼介と異世界から召喚された少女、セレナの奇妙な出会いである。

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三話 桐咲 涼介


 時はセレナと涼介が出会う一時間前に遡る。

 桐咲涼介は7時間目の数学の授業で爆睡していた。涼介はもう高校二年生で、今は7月。来年は受験生なのだが、成績が頗る悪い。
 それなのに全く危機感を持たず、上手くいくと楽観的に考えている屈強なメンタルの持ち主だ。


「では…この問題を…桐咲!」


 緑の黒板に白いチョークで方程式の問題を書き終え、中年の男の先生が寝ている涼介に問題を出題した。
 涼介は一見、余裕をかまして寝ているかのように見えるが授業内容が全く理解できず、徐々に睡魔に襲われ眠っているだけだ。

 その事をよく理解している先生は意地悪で涼介を指名したのである。


「桐咲。起きろ!随分余裕をかましているな。その成績でそんな態度を取れるほど余裕でもないだろ。下手すりゃ留年だぞ」

「…ハッ」


 涼介はようやく留年という言葉を耳にして、意識が覚醒した。そして今、自分が置かれている状況を把握する。


「早く解け!」

「ーーまあ慌てるな。間もなく子の方角から地獄からの使者がやってくる!俺は其奴を右眼に封印されし最強の力で討伐しなくちゃならない。こんな問題を解いている暇はないのだ!」


 また出たよと言わんばかりに皆が、爆笑の渦に包まれる。この公立、住山高校随一の厨二病で有名な涼介は厨二病発言は日常茶飯事。どんな状況だろうと発言してしまう。
 顔立ちは普通、頭は良くない、運動神経は普通。唯一の特徴は茶髪と一見平凡そうに見えるのだが厨二病という権能を持つ涼介の幼い頃からの習慣である。


「キーンコーンカーンコーン」


 見計らったかのような絶妙なタイミングでチャイムが校内に鳴り響いた。先生は深い溜息をつき、今日のカリキュラムは無事に終わった。


「全くお前の神経はどうなってんだよ〜」


 チャイムが鳴り終わり、帰りの支度をしていると一人の男子生徒が涼介に近寄ってきた。涼介の幼稚園からの幼馴染みで親友の高橋拓海だ。
 拓海は涼介とは対照的で、スポーツマンでカッコよくて頭もよく、女性からの人気が非常に高いわけだが、本人は恋愛に疎く、美女に告白されても断るという罪な男である。


「どうにもなってないさ。じゃあ俺は帰るわ!愛しのマイパソコンがこの俺の待っているからな。拓海はテニス部頑張れよ!!フハハハッ」


 涼介は右手にカバンをぶら下げ、そそくさと教室から出ようとしたが、教室のドアを開けた瞬間誰かとぶつかり後ろにこけてしまった。


「イテテテ…」

「ごめんなさい。その…大丈夫ですか?」


 こけて中々、立てない涼介に対し天使のように甘い声と共に、左手が差し出される。涼介は差し出された左手を掴み立ち上がり差出人を見る。


「うわッ…ま、ま、松橋さん!?ぶ、ぶつかってごめん」

「こちらこそごめんなさい。しっかり前を向いてなくて」


 涼介の前にいたのは、クラスでも一際目立つ超がつくほどの美少女で芸能界やモデルに何度もスカウトされては断っていると噂されている存在。
 ウェーブがかかった長い黒髪と、つぶらな瞳を持ち、まるで天使のような顔立ちをしていて且つ矢鱈と巨乳である。DかEくらいはあるかもしれない。

 ーーその抜群のプロポーションを持つ、美少女の名は松橋綾香


「こ、こ、こっちこそご、ごめん…」


 この美少女の前では、学校随一の厨二病である涼介ですらキャラが崩されてしまう。涼介は林檎のように頬を赤らめそそくさと教室から逃げるように退出した。
 そんな涼介の後ろ姿を見て、綾香は不思議そうに首をかしげて教室の自分の席へ向かった。


「ハァ…ハァ…疲れた。いつも思ってたけど松橋さん美少女すぎ…てかいい匂いだった」


 涼介は校内から逃走し、校門で疲れて息を切らしへたり込んだ。しばらくして息を整え涼介はゲームセンターに向かった。
 ちなみに涼介の何時もの放課後の予定はゲームセンターに行くかインターネットカフェに行くか、家に直行するかの三択であったりする。


「はぁ〜異世界行きたいな〜」


 この現世において、涼介はただのモブキャラ兼クズだ。成績は悪いし、運動神経もそれほど良くはない。その上、成績が危ういのに勉強するわけでなく適当に学校生活を送っている。
 だが、異世界に行けばこんなクズな自分でもきっと変われる。特殊なチート能力に目覚め異世界にいる美少女達を虜にできると涼介は思っている。

 しかし無論、現在に至るまで道の真ん中に魔法陣が現れたりして涼介が異世界に誘われたことなど一度もない。


「着いた…」


 学校の近くにある小さなゲームセンター。人気がなく小汚いが涼介はここが気に入っていた。何となく自分と境遇が似ているからである。
 誰からも必要とされない涼介と注目を浴びずひっそりと佇んでいるゲーセンはある種似た者同士なのだから。


「早速手始めに…パンチングマシンでもやるか!」


 取り敢えずゲーセンに来たらパンチングマシンをするのが涼介の習慣だ。思いっきり拳を握り、パワーを右手に収束させる。


「右手に宿りし悪しき力よ。今ここで解放せよ!ブラックエクスブレス・アロー!!!」


 厨二病丸出しの台詞と共に必殺の一撃をパンチングマシンに繰り出した。ちなみにこのマシンの高校生の平気的な数値は150だが涼介は220を叩き出した。

 何故なら涼介は謎に握力だけは強く、利き腕なら70kgはある。一応林檎も握り潰すことは可能なのだろうが、林檎が可哀想なので試したことはない。


「フッ…まぁまぁだな。まだ俺の右手に宿る力が全て発揮されていないのか!!…もう帰ろう」


 段々、虚しくなってきたので涼介はカバンを右手にぶら下げゲーセンを後にした。道中、アイスを購入してそれを食べながら帰路を歩いた。


「なんか起きないかなぁ…異世界召喚とか!異世界転生とか!俺は1億人の中から選ばれた逸材的な…」


 涼介はそんな発想を膨らますが、実際は


「ーーそんなことあるはずがない…よな」


 思い上がりもいいとこだ。異世界に召喚されようが自分などただの村人Aとさほど変わらんだろう。そう思い顔を緩めた次の瞬間だった。

 何かの生き物の唸り声が背後から聴こえた。聞き覚えのない獰猛な唸り声。あまりの不気味さに悪寒が走る。

 恐る恐る背後を振り向くとそこにいたのは目を疑いたくなるような気味悪さを感じる見たことのない奇妙な化け物がいた。
 全身返り血を浴びたみたく赤い毛で覆われていて時折、鋭い牙を口元から覗かせ全長1m50cmほどもあるオオカミのような化け物が鋭い目つきでこちらを睨みつけていた。

 それも一体ではない。二体、三体、いや五体もいる。しかも内一体は何かを貪っている。何を貪っているのか気になったので目を細め観察する。

 だが、次の瞬間涼介は今の行為を後悔することとなる。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 何とオオカミのような化け物もといヴィルゲルヘンは人間の頭を貪っていた。頭から下がないところを見ると既に喰らい尽くしたようだ。
 つまり目先のヴィルゲルヘンは肉食の化け物で既に人を殺しているということだ。

 ヴィルゲルヘンが人間を貪る様子を見て、涼介は腰を抜かした。得体の知れない化け物に対する恐怖が全身を蝕むように襲いかかった。


『グォォォォォォグルゥゥゥ!!』


 カバンを投げ捨て腰を抜かし隙だらけで丸腰の獲物をヴィルゲルヘンは見逃さない。躊躇なく一斉に涼介目掛けて襲いかかる。涼介は何とか攻撃を交わそうとするが、間に合わず。


『ブシュッ』


 辺り一面に大量の血しぶきが飛んだ。涼介はヴィルゲルヘンの凶悪な牙で左肩と左脇腹、更に右膝を噛みつかれてしまった。
 膝をつき、噛みつかれた痛みとショックで涼介は充血した目を飛び出しそうに見開け絶叫する。


「うわァァァァ!グッ…ゲホゲホッ」


 意識が飛びそうになるくらい痛い。噛まれたところが痛くて死にそうだ。血も止まらない。緊張が途切れた瞬間、貧血で意識がなくなるだろう。

 何故、いつも平穏に生きてきたのにこんな不幸な目に遭わなくてはならないのだ。宿命なのか?だが、例え何だろうと簡単には絶対死なない。

 ーー死んでたまるか!俺はまだ死なない


「刮目せよ。これが俺の火花が飛ぶかもしれないくらい疾く力のある鉄拳だ!」


 右の拳にすべての力を収束させ、思いっきりヴィルゲルヘン一体の顔面目掛けて、拳を振るった。力を振り絞った渾身の一撃は狙い違わず、顔面にヒットした。


『グルゥゥゥ…』

「…アレ?」


 涼介の拳を喰らったヴィルゲルヘン一体は何事もなかったかの如く平然と立っていた。

 涼介は絶望した。とても目先の化け物は人間如きでは手に負える相手ではないということを悟った。


『グルゥゥゥグォォォォォォ!!』


 今の一撃で完全にヴィルゲルヘンの怒りを買ってしまったようである。涼介は貧血でフラフラの覚束ない足取りで逃走を試みる。まともに戦っても勝てない。

 だが、ヴィルゲルヘンがそれを許すはずもなく、一瞬にして追いつかれヴィルゲルヘンの群れに囲まれた。

 何という詰みゲーだろうか。いきなり見知らぬ化け物に襲われて、彼方此方噛まれ、挙句涼介の拳が効かず、逃げようとしても囲まれて完全に詰んでしまった。


「詰んだな…ハハッ…笑けてくるわ…」


 涼介は諦め、降伏の意思を示し、道路の真ん中でうつ伏せで寝転がった。ヴィルゲルヘンの群れはのそりのそりと近づいてくる。


「死ぬのか…ん?何だこれ…は走馬灯か」


 今までの思い出が走馬灯のように浮かぶ。どれもこれも全くいい思い出がない。テストの赤点やみんなの前でオナラをしたことや、不良にボコられたこと。


「ろくな思い出ねぇな…アバよ…」

「大丈夫!?」


 目を瞑り死を悟った直後、女の子の声が聞こえた。蕩けるような甘い声だ。目を見開くと、そこにいたのは透き通るような青い円らな瞳と煌びやかな金髪のロングヘアーの美少女。

 その美貌は松橋綾香すらも凌駕するレベルだった。胸は少し慎ましやかではあるが。


「か…かわ…いい」

「ーー良かった息があるわね」


 可愛すぎる。まるで異世界からやってみたかのような別次元の可愛さ。白いミニスカートから中身がチラリと見えそうだ。


「私が化け物を倒すから!安心して!」

「フッ…助かる。まだ我が身はこの世界独特の瘴気に順応できていないようだ…」

「そうですか…」


 そのあと、即座に少女は魔術によってあれだけ凶悪なヴィルゲルヘンを意図も簡単に一掃した。正直信じられなかった。ただの美少女があの化け物相手に圧倒したこたが。

 一体何者なのかと涼介は少女に問う。まさか異世界からの使者なのかと。


「私?…セレナよ。異世界からの使者…っていうのはわからないけど、ここと違う世界から来たというのは正しいわ。あなたの名前は?」


 異世界からやってきただと。まさかそんなことが。でも考えてみると、こんな美少女が現世に存在するわけがないしこんな規格外の強さの持ち主もいるはずがない。

 涼介は貧血でフラフラながらも力を振り絞り、立ち上がって自分の名を告げた。


「俺は桐咲涼介。東京随一の厨二病の男子高校生だ!助けてくれてありがと」

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四話 ホームステイ


 満身創痍で今にも死にかけの涼介にセレナは近づき、両の掌を涼介の頭の上に置く。すると緑の光がセレナの両の掌から出現した。
 これは治癒魔術で、『生傷完治(コンプリート・リカバリー)』という。上位の治癒魔術で高速で相手の傷を完治させる。実は体力は全く回復させることはできない。

 あと付け加えるとセレナの住んでいた世界の住人はスキルという生まれ持った才能がある。チートのような物からあまり役に立たない物までピンからキリまで存在する。
 セレナの場合は、全ての魔術が使用可能という唯一無二の龍姫のみのチートスキル、『龍之恩恵(ベネフィット)』である。


「すげ〜どんどん完治してる!」

「えへへ」


 暫くして涼介の傷は完治した。そして立ち上がり異世界から召喚された少女に礼をし、質問を投げかける。


「にしても異世界から来るなんて…どうやってここに召喚されたんだ?」

「えっと…話すと長くなるわね…」


 セレナは一息つく。ここが仮に異世界なら自分の正体を知る者は誰もいないはずだ。

 ならば、目の前の男、厨二病の涼介に腹を割って話すか。いや、もしもの可能性もある。ここは誤魔化して黙秘しておくべきか。

 ーー話すか否か


「はぁ〜。貴方…涼介?は龍姫って知ってる?」


 確認の質問。セレナの住んでいる国の者なら知らない者は無論いない。だが、この異世界ならば龍姫の存在を知らないはず。


「フフフ…知らないな…君みたいな美少女のことか?」

「ーー知らないようだから、話しましょうか」


 自分が龍から寵愛を賜りし龍姫という特別な存在であること。それ故王城で軟禁されていたこと。王城から逃げ出したこと。そして逃亡先である洞窟で魔法陣が光りこの地に飛ばされたこと。

 事の経緯を全てを話した。この男なら何故か話しても良いような気がしたからだ。

 全て話し終えた時、涼介の表情は先程までは締まりのない顔つきだったが、真剣な眼差しになっていた。それ程、セレナの話を真剣に聞いていたということになる。


「なるほど、セレナ…も結構苦労してきたんだな。にしても酷いな。それがお前の国での風習だったのか?」

「ええ…。衣食住は提供されてたけど、外の世界には決して一時も解放してくれなかったわ」

「ーーそうか。で、一つ聞きたいんだけど、これからどうするの?」


 これから?涼介に言われるまで気づかなかった。これからどうやって生きていけば良いのか。元の世界とは習わしも規則も食文化も何もかも違う。
 としてもセレナ一人では生きてはいけない。龍姫と言えどこの世界では唯の女の子だ。路頭に迷うのがオチである。


「ーーまぁ、頑張ってくれよ。じゃあな!」


 涼介は例え、想像を絶する美少女であろうと面倒ごとに関わりたくはなかった。一応、命を助けてもらったわけではあるし心許ない部分もあったが、背を向け別れを告げた。
 だが、その鬼のような行為をセレナは許さなかった。逃げようとする涼介の制服の袖口を掴んで離さない。涼介は力づくで逃走を試みるが、離れない。


「は、はなせよ!」

「ちょっと酷くない?一応貴方の命を救った恩人よ。さすがに恩知らずじゃない!」


 セレナは藁にもすがる思いで、上目遣いで助けを求める。その愛くるしく、可愛らしい表情にどんな男であろうと一瞬で落ちるであろう。
 その効果は覿面で鬼のような心を持つ涼介も落ちてしまった。面倒ごとは御免だと心の中で豪語していたが、仕方なく美少女の言葉に耳を傾けることにした。


「わかったわかった。俺の出来る範囲のことなら何でも助けてやるよ」

「本当?嬉しい〜」


 涼介は溜息をつく。こんな美少女に上目遣いなんかされてはさすがの自分でもKOされてしまうんだなと深く反省。
 その間、セレナは人差し指を顎に指し、真剣に考える。その表情も又絵になるような愛らしさ。

 その後、少しの間沈黙が続いたが、暫くしてセレナがポンと手を打ち沈黙を破った。涼介は次第に不安になる。何故かセレナは満面の笑みを浮かべていたからだ。

 不安というのはかなりの確率で的中する物。勿論、涼介の不安も的中した。


「じゃあ、居候させて貰えない…かな?も、もちろん何でもします!お掃除でもお料理でも何でも!」

「ーーハァ?」


 居候?冗談じゃない。そもそも親に何て説明すれば良いのだ。涼介の両親は少し天然。突然、女を居候させてほしいと言ったら駆け落ちか何かと思われる。
 そもそも涼介とセレナでは釣り合いが取れていないので本来ならば間違われない、普通なら誘拐と間違われる可能性も無きにしも非ず。

 だから答えは無論、


「ダメだ!それは出来ない!」

「え〜。ついさっき出来る範囲ならなんでもと…」

「あぁ。言ったがさすがにそれは出来ん相談だ。ん?俺の仲間が俺を呼んでいる!ダーククリスの襲来か?…てことでさらば」


 今度は厨二病の適当な言い訳でその場から立ち去ろうする涼介。だが、又も制服の袖口を掴まれ敢え無く逃走失敗。

 聞いた話では箱入り娘みたいな感じなのに、なぜここまで力が強いのか甚だ疑問だった。振り解こうとしても全く離れない。

 もう一度、文句を言おうとセレナの方に振り向くが、何故か口元が震えていた。何事かと涼介はセレナの顔を覗き込む。


「う…ひ…ぐっ…ひぐっ…酷いよ。酷すぎるよぉぉぉ」


 塩甘い大粒の涙をボロボロと流していた。これも又、上目遣いと同レベルの攻撃力だった。涼介はオロオロして、ようやく観念する。


「わかったよ…。親父に頼んでみるよ!か、感謝しろよ」

「ほ、本当に?ありがと〜」


 セレナは涙を拭い、笑顔浮かべ思いっきり涼介に抱きついた。


「うお…ぉぉ…」


 涼介は頬を熟しすぎたトマトのように真っ赤に染める。セレナの顔がかなり近い。そして甘い匂いが漂う。涼介は未だかつてない嬉しさのあまり、その後失神した。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎


「ーーホームステイ?ロシアからか?」

「そうそう!そうなんだよ!いいだろ?一ヶ月間!」


 只今、涼介は玄関で父親と母親にセレナのことを話していた。セレナは家の前で待たせてある。


「でもな…突然すぎないか?」

「何言ってんだよ!!先週言ったじゃないか。家に来るって」


 勿論、そんな事言ってない。だが、極度の天然の両親になら通用すると思ったからだ。結果は目論見通り成功した。
 セレナは無事、一ヶ月間桐咲家にホームステイさせてもらえることになった。尚、セレナの部屋は何処かというと


「何で俺の部屋にセレナ!?」

「仕方ないじゃない。空き部屋がないのよ〜。セレナちゃん!ちょっとこの部屋男臭いかもしれないけど我慢してね」

「えへへ。大丈夫です」

「それじゃお二人さんごゆっくり〜」


 母親はそう言い残し、ご満足そうに部屋を後にした。残された二人は互いに顔を見つめ合う。

 涼介は内心、嫌で仕方なかった。マイルームというのは唯一自分が一人になれる場所であって楽園といっても過言ではない特別な空間。
 だがその楽園が美少女によって破壊された。思う存分、部屋でエロ本は見れないし、厨二病にもなれないしろくなことがない。


「ねぇ!涼介!これ何?」


 セレナがそう言い、持っていたのは本棚に丁寧に置いてあったはずのエロ本だった。涼介は目を血走しらせ慌てて、セレナのもとに駆け寄り、エロ本を奪い取った。


「ハハハ。男のロマンが溢れた本さ。お、女の子は見ちゃいけないんだよ」

「へぇ〜」


 適当な言い訳をして何事もなかったかのようにエロ本を本棚に置いた。かなり中身はエグいので見られていたらヤバかった。
 その後、暫しの沈黙が続いたが、涼介はずっと聞きたかったことがあったので話を切り出した。


「あのさ。あの化け物ってさ。お前の住む世界の生き物だよな?なんであんな物までこの世界に召喚されてんの?」

「ええ。ヴィルゲルヘンは私の住む世界の生き物よ。でも何故ここにいるのかわからない。もしかしたら…」


 セレナはそこで一度口を止めた。そして、暫く黙り込む。何を言うつもりだったのか気になる涼介はしつこくセレナに話を促す。


「もしかすると……よ。私以外に召喚された人がいるのかも。それも魔獣召喚系のスキルを持っている人」

「でもさ!例えそんなスキルを持っている人がここに召喚されたとしてもさ!異世界から魔獣って召喚できるの?世界が違うんだぜ!」


 涼介の言ったことは正論だ。現世と異世界では全く住む世界が違う。例え、そのような人がここに召喚されたとしてそのスキルが使えるのだろうか。


「可能よ。魔獣召喚系でも高度な物になってくると異世界とか関係なく強制召喚ができるの。だから…」


『ご飯できたわよ!』


 ここは二階なわけだが、空気を読まない母親が一階からご飯の時間だと叫ぶ。まだ話は続きそうだったが仕方なく二人はダイニングに赴いた。

 テーブルにはいつもより一人分多い四人分の料理が並べてあった。料理は白米と焼き魚と漬け物、後はかきたま汁に卵焼きと野菜炒め。

 セレナは初めて見る日本料理に目を輝かせた。異世界の料理はわりと現世の洋風の料理に近いからだ。


「セレナちゃん。和食は初めて?」


 涼介母がセレナに微笑み、尋ねる。セレナはコクンコクンと頷く。特に卵焼きが美味しそうに見えるのかずっと眺めている。

 そうこうしてるうちに全員が席に着席。幸いにも席が四つあったのでセレナも座ることができた。


「「「いただきます!」」」


 セレナ以外の全員が両の掌を合わせ、日本では当たり前の習わしを披露。その光景にセレナは首をかしげた。


「これは日本の習慣で、食べる直前に言うのよ。料理を作ってくれた人に。この食材を作ってくれた農家や漁師に、富を与えてくれる自然にね」

「なるほど……私も!いただきます!」


 セレナは慣れない習慣に慣れないお箸に悪戦苦闘しながらも料理を堪能した。涼介はそんなセレナを放置で真っ先に食べ終わり、部屋に戻り布団にダイブ。

 目的はただ一つ。布団の中にこもり、アニメを見ること。アニメは涼介の人生に置いてはなくてはならぬ存在。アニメこそが生き甲斐であり、心の支えである。
 そのため誰にも邪魔されたくなかった。部屋をセレナに侵食された今、唯一の楽園はベッドしかないのだ。

 暫く楽園タイムは続いたが、突如謎の侵略者によって楽園タイムは強制終了させられる。布団に誰かがのしかかったのだ。涼介は布団に篭ってるので誰かわからない。


「ふが!ふが!誰だ!クソ!」


 必死に足蹴りを喰らわせ、正体不明の敵を蹴り倒そうとするが中々離れない。せっかくの自由な時間を奪われ涼介は仁王像のような顔つきになりお怒りである。

 一体誰だろうか。母親はまずあり得ない。父親はかなりあり得る。昔はやたらと、こうやって絡んできたことがあった。現在も偶に絡まれる。

 だが、父親にしては感触は小柄な感じだ。父親は175センチほどあるが、見えない敵はせいぜい162センチくらいだと思われる。


「ん?これは…」


 正体を確かめるべく、布団越しに敵に触れていたが突然、柔らかい感触がした。癖になりそうな柔らかさだ。ずっと触っていたいくらい気持ちいい。

 ーーようやく確信した

 この柔らかい物は乳房だ。相手は女だ。ちなみにそこまで大きくはない。推定Bといったところか。

 つまり正体は!


「涼介のエッチ…」

「やっぱお前か!」


 正体はセレナだった。何でも、部屋に入ると謎に布団が膨らんでいたから堪らず、突っ込んだらしい。整った顔を涼介に蹴られまくれ、少し腫れている。


「顔蹴って悪かったよ。あと胸触って悪い!貧乳には興味ないんだけどごめんな!」

「貧乳って酷いよ。せめて慎ましい胸って言ってよ!」


 言い方というか貧乳のニュアンスが嫌なのだろう。プリプリと頬を膨らませ怒るセレナに涼介は肩をすくめる。

 そんな不貞腐れて、半泣き状態のセレナに一つの疑問が生じた。自分はどこで寝ればいいのだろうかと。


「あ!よく考えたら私はどこで寝ればいいの?ベッド一つしかないのに…」

「あっ…」


 涼介は悟った。これは、自分が床で寝るパターンだということを。案の定、セレナによって唯一の楽園だったベッドは占領され、床で寝る羽目に。


「涼介は床ね!じゃ、私ちょっとお風呂いってくるね」

「覚えてろ…アマァァァァ」


 こうして涼介とセレナの地獄の同部屋生活が幕を開けた。

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五話 遅刻とチョコレート

 ーー翌日朝7時。涼介は激しい痛みと共に目を覚ました。全身が痛い。何故だろうか。即座に頭をフル回転させ、痛みの理由と正体を悟った。


「そっか、俺床で寝てたんだ。寝違えたんだなぁ。ベッドは誰かさんが占領してるからな」


 ボソリと呟き、ベッドでぐっすり寝ているセレナを見る。かなり疲れがたまっていたのだろう。悪戯で唇を奪ったとしても気づかれないと思われる。それくらい深い眠りだ。

 涼介はその寝顔を見て、クスッと笑い、制服に着替え始める。今日は7月10日火曜日。実は来週金曜日から夏休みであったりする。


「んじゃ!いってくるか!」


 テーブルの上にあった食パンを貪り涼介は右肩にカバンをぶら下げ家を出た。家を出た時間が8時15分。学校まで徒歩で15分。チャイムが鳴るのが8時30分だ。ギリギリ間に合うだろう。

 それにしても眠い。昨日は人生で一番疲れた日といっても過言ではないだろう。

 帰り道突如現れた化け物に噛まれて死にかけ、異世界から来た少女、セレナに助けられ、そのセレナが行く当てもないから居候させてくれと懇願してきて、そして床で寝て寝違えてしまった。


「まじで意味わかんなねぇ…」


 涼介は大きな欠伸を一つして、面倒くさそうに通学路を歩いていた。ちょうど間もなくそこを曲がれば学校が見えるという曲がり角の所で誰かと衝突し、転けた。


「痛ッ。…ごめん」

「こちらこそごめんなさい…」


 ん、聞き覚えのある声だ。涼介は声の主を見上げる。そこにいたのは誰もが目を奪われるほどの存在である巨乳美少女、松橋絢香だった。

 これは、デジャヴか。確か夢の中で松橋絢香と教室の扉の所で衝突したような気がする。


「桐咲くん…ごめん。昨日もぶつかったよね。本当にごめん」


 デジャヴではなかった。昨日本当に教室でぶつかったのだった。確かに緊張で逃げてしまった記憶がある。


「いいんだよ……あのさ…えっと…」


 涼介は勇気を振り絞り絢香に話しかけようとしたが、絢香は腕時計を見て、「あーー!」と声を上げ、緊張気味の涼介を見て一言。


「時間が…遅刻しちゃいます…」

「え?マジ…急がなきゃ!」


 結局、まともに話せないまま学校の正門に到着。そこから二人は走り、三階にある教室に向かったが階段でチャイムが鳴ってしまった。
 結局、遅れて二人は教室に入室。先生は頑固者で遅刻には厳しくご立腹だ。更に教室の皆の目線が涼介にとって痛かった。

 ーー何故お前が松橋さんといるんだよ?といった感じ

 当然、類稀な美少女の絢香はクラスでも校内でも人気が他と群を抜いている。更に誰に対しても優しく、皆が絢香に憧れ、癒され、精神的支柱にしてることだろう。

 そんな神的存在である絢香と何故涼介が一緒にいるのだろうか。皆が涼介を睨んだり、嫉妬したりしていた。


「とりあえず二人とも10分間廊下に立っとれ!」


 二人は仲良く、廊下で立たされる羽目に。涼介にとっては地獄だった。また教室に入った時、皆の殺気溢れる目線を浴びなければならないからだ。


「ハァ」

「ごめんなさい桐咲君。私のせいで桐咲君まで遅刻させてしまって…」

「いやいや、俺の方こそごめん。怪我とかしてない?」


 申し訳なく、涼介は頭を掻き絢香に詫びる。悪いのは自分なのだから。


「桐咲君は優しいんですね。今までまともに話した事なかったから…気づかなかった…」

「そ、そうかな?アハハッ…何つーか今まで俺なんかが近寄っちゃダメな存在だと思って距離とってたから…」

「!?…全然そんな事ないですよ。私なんか…実は」


 絢香はそう言い何処と無く哀しそうな顔になる。何か気に障ること言ったかなと涼介は心配になり声をかけようとしたその時、遮るように教室から先生が出てきた。


「ーー入れ」


 結局、何も言えず殺意が渦巻く教室に二人は入室した。涼介は誰とも目線を合わさず着席し、机の上で顔を伏せ大きく溜息をついた。

 ーー早く帰って寝させてほしい、只ひたすら願い、涼介は眠りについた



 ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



「ふぁ〜…よく寝た」


 セレナが目覚めた時涼介の姿はなかった。時刻は朝の9時。セレナはとりあえず部屋から出てキッチンに向かった。キッチンには涼介の母がいた。

 涼介の母は今年、37歳になるがまだ若々しい。美人というわけではないが、どこか品がある。それにセレナに対しても誰に対しても優しい。


「あら、セレナちゃん。ぐっすり眠れた?」

「はい。お陰様で…あの涼介は?」

「学校よ」

「学校…」


 学校……。セレナにとっては聞いた事のない単語だった。セレナの住んでいた世界では学校という教育施設は存在しない。
 子どもは遊んで寝て大人へ近づく。ちなみに15歳でセレナの住んでいた世界では大人と見なされる。男は働き、女は嫁に入る。

 だからセレナにとって学校とは何なのか、理解できなかった。


「セレナちゃん。朝飯はこれよ」


 テーブルの上にある食パンと目玉焼き、ソーセージとヨーグルトがセレナの朝飯だそうだ。セレナはそれらを上品に食べ終える。

 これから暇なわけだがどうするかセレナは頭を悩ます。そんなセレナを見て涼介の母は「フフッ」と微笑み、ある提案をした。


「散歩に行ってきたらいいんじゃない?この街の事知っておいた方がいいと思うよ」

「なるほど…それもそうですね。着替えてきます!」


 セレナは部屋に戻り、昨日の夜涼介の母に用意された服を着用した。ちなみにボーダーのワンピースである。セレナ自身結構気に入ってたりする。


「じゃあ行ってきます!」

「いってらっしゃーい…あ!これ持ってって」

「これは?」

「お金よ。日本で使えるお金」

「ありがとう…ございます」


 セレナは財布をしまい、ピンクの帽子を被り、家を出た。天気は快晴。セレナは当てもなく街を散策した。
 ちなみに殆どの通行人がセレナの美貌に目を奪われてガン見していることを本人は気づかない。


「それにしても学校って何だろう…」


 セレナは歩きながら学校とは何なのか妄想する。もしかしたらある力を高めるところかもしれない。いや、それにしては涼介は弱すぎる。
 昨日一目見て涼介の弱さに気づいた。スキルを持ってない上に更に魔術も使えないという戦闘においてはお荷物でしかない存在だった。

 それでは他に何がある。もしかすると騎士の養成所だったりするのだろうか。それにしても涼介は弱すぎる。
 見た所、身体能力も平均並だ。とても騎士になれそうではない。


「わからない」


 考えても考えても謎は深まるばかり。次第に阿呆らしくなりセレナは考えるのを止めた。

 そんなことよりも今はこの街、いやこの世界についてもっと知っておかなければならない。セレナはまず、スーパーに入った。


「うわぁ〜色んな物が売ってある…野菜やお魚…」


 初めて見る光景に目を奪われた。新鮮な魚、野菜、肉。沢山のものが売っていた。更に見たことのない物も沢山。
 セレナは店内を見て回り、涼介の母に渡された金でチョコレートを購入した。何となく美味しそうだったからだ。


「パリッとして美味し〜」


 近くの公園でチョコレートを開封した。王城での軟禁生活を送っている間は食事は豪華ではあったが、何処か食べ物がおいしいとは思えなかった。
 だが、この世界での食べ物は全て格別だった。桐咲家の食事はとても美味かっし、今のチョコレートも頬っぺたが蕩けそうになった。


「もっともっとこの世界のことを知ろう!あとチョコレートも一日一個食べよ!」


 そう宣言してセレナはお昼の大盛況の繁華街へと姿を消した。



✳︎
ここまでが第5話になります。日常パートはここまで六話から急速に物語が加速していきます!


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六話 覚醒


 声が聞こえる。綺麗な声でおそらく若い女の人の声だ。必死に縋るように助けを請うている。あまりに悲痛な声で、心臓が押し潰されそうになるほど心が痛くなる。


「助けて…お願い…誰か…誰か!」


 その一言で涼介の意識が覚醒した。顔を上げ目を擦り、まだ虚ろな視界で辺りを見渡す。

 ーー教室だ。それも放課後の誰もいない静かで長閑な空間

 涼介が寝落ちしたのは1時間目、つまり昼休みも授業もすっ飛ばしていた。成績不振者なのに大層いい御身分である。


「ーーよく寝たなぁ〜」


 自席で思いっきり伸びをして涼介は立ち上がった。そして帰り支度をして重い瞼を見開け教室を出た。薄暗い階段を下り校舎から外に出ると既に綺麗な夕焼けが。


「もう夕方だもんな…んじゃ帰るか…」


 頭を掻き、涼介はイヤホンをして曲を聴きながら通学路を歩き家に向かった。ちなみに聴いてる曲は夏っぽいラブソングである。
 涼介は基本ラブソングかアニソンしか聴かない主義だ。特にラブソングが大好きで、今も無意識に口ずさんでいる。

 そんなこんなで十分ほど歩いただろうか。まもなく家に到着するという所でイヤホンをしてるにも関わらず、その悲鳴は涼介の耳にしっかりと届いた。


「キャーーー!!助けて!!」


 聴き覚えのある声だ。夢の中で助けを請うていた誰かの声と同じなのだ。つまり、、、


「デジャヴじゃねーか!」


 そう言い涼介は声のする方に向かった。ちょうど先の曲がり角を左に曲がった所から声がしたので、そちらに向かった。
 だが、後にその決断が過ちだと気づくことになる。曲がり角を曲がりすぐに涼介は驚愕の光景を目の当たりにすることとなるのだから。


「な…なんだと…」


 今、涼介の眼には何が映っているのか。かつて涼介を襲ったオオカミのような魔獣、ヴィルゲルヘンが可愛く見えるほど悍ましく不気味な風貌をした化け物だった。

 だが、涼介を驚かせたのはそれだけではない。何と更にその化け物が知ってる人を襲っているということだ。涼介のクラスで一際輝く超絶クラスの美少女、、、

 ーー松橋絢香

 あの夢の中での件も今回の悲鳴も絢香の悲痛な叫びだったのだ。見た所全身傷だらけで特に制服のスカートの下の膝からの出血は酷い。
 自力では足が痛むのか立ち上がれずその場に仰向けにひれ伏していた。


「ーー松橋さん!大丈夫か?」


 すぐさま涼介は絢香に駆け寄ろうとするが、そんな隙を目先の化け物は許すまじと身震いするような激しい咆哮を上げた。

 化け物について少し述べると、風貌は白熊みたいな感じではあるが、血管が脈々と身体中に浮き上がっていて気持ちが悪い。
 体格は三メートルほどで、四足歩行。セレナ曰くヴィルゲルヘンは上位の魔獣らしいが、目先の化け物は涼介の見解ではそれ以上だと感じた。


『クルルルォォォォォォ!!!』


 見かけにそぐわないほど高音の咆哮を上げたわけだが、涼介は無論それにビビり足を止めた。
 化け物は絢香の前を立ち塞がるように立っているわけだが足が言うことをきかない。寒気が全身を襲い、涼介は今にもメンタルが折れそうだった。

 およそ化け物との距離、15メートル。これが近づける限界のラインだ。これ以上近づくと命がないと、野生の勘か第六感が呼びかけているようだ。


「こいつはなんかヤバい…。畜生、セレナさえいればこんなヤツ」


 チートのようなスキルを持つ龍姫ことセレナの強さは前回のヴィルゲルヘン戦で身に染みるくらい理解していた。おそらくセレナに敵うようなヤツはいない。

 セレナさえいれば百人力なのだが、頼みの綱であるセレナは今はいない。ここは涼介が何とかせざるを得ないのだ。

 だが、どうすれば良いのだ。どうしたらこの化け物に生身の人間が勝てるというのだろうか。あまりに無理ゲーというヤツではないか。


「こうなりゃヤケだ。えっと武器になるものないかな」


 普通この様な事態に陥った時に、都合の良いことは起きない。だが、運命は涼介に味方をしているのだろうか。すぐ横の電柱の下に金属バットが落ちてあった。

 すぐさまそれを拾い、勝ち誇った様にニヤリと笑みを浮かべた。人間の中には武器を持つと恰も強くなったと勘違いしてしまう人がいる。涼介も例外ではない。


「オラオラオラァ〜かかってこいや!!雑魚」


 小物感丸出しの挑発で化け物に喧嘩を売る涼介。化け物も流石に腹が立ったのか咆哮を上げ、巨体を靡かせ涼介に向かってきた。

 涼介はその突進をバットを構え迎え撃つ。一応こう見えて少年期リトルリーグに所属していたのでバットの使いには慣れている。

 ハズだった…

「うぉぉぉ!!」


 化け物が頭から突っ込んできてくれたので問答無用で頭にバットを振り下ろしたのだが、化け物は止まる勢いを知らずもろに頭突きを腹に喰らってしまった。

 血とヨダレを吐き出し、涼介は腹をおさえてその場に崩れ落ち悶絶。声すら上げられないほどに痛いようだ。下手すれば肋骨が折れていても不思議ではない。

 そんな涼介に対し、化け物は頭から血を流しているがケロっとしている。これが強敵の風格というやつなのだろう。


「畜生、畜生、畜生ォォ!俺を誰だと思っていやがる。地獄から召喚されし最強のダークヒーロー涼介様だぞ!テメェみたいなヤツに…」


 ヨダレと血を袖で拭い、腹をおさえて涼介は何とか立ち上がった。先の攻撃で既に満身創痍で視界が暗い。
 目先の化け物はヴィルゲルヘンの比にならないくらい強敵だ。武器があろうとなかろうと化け物からしてみれば涼介など赤子の手を捻るよりも簡単に殺せるのだ。

 涼介には勝機がない。全くと言ってもいいほどに。だが涼介は諦めない。何としても絢香を守り化け物をぶち殺してやるつもりだ。


「てりゃぁぁぁぁ!!」


 闇雲にバットを振り回し化け物を攻撃する。どす黒い血が化け物から飛び散り涼介は返り血を所々浴びる。こうなればヤケだ。

 どれくらいバットを振るっただろうか。涼介は肩がパンパンだった。目を見開け化け物の現状を確認。すると、化け物は全身から夥しい量の出血をしているのにも関わらずケロっとしていた。

 これには涼介も落胆せざるをえない。これだけやったのに倒せなかったのだ。もうどうしようもない。


「ーーグォッ…!?」


 今度は俺のターンと言わんばかりに化け物が涼介の腹を右手で引っ掻いた。結構深く爪が入ってしまい血が噴水のように噴き出した。
 その後、反撃に隙を与えずに化け物は涼介の顔面を清々しいほど思いっきり殴りつけた。

 涼介は叫び声をあげながら後方のコンクリートの壁に吹っ飛ばされ激突。血を吐き出し力が出ずに壁にもたれかかった。


「くっ…ゲホッゲホッ…」


 今、一瞬だが意識が飛びかけた。それだけでなく恐らく握力500kg〜1tほどあるであろう重いパンチを喰らい右の奥歯一本、勢いで抜けてしまった。


「桐咲く…ん?」


 意識が目覚めたのか絢香が何とか足を引きずりながら立ち上がり涼介の元へと駆け寄る。


「ーー何で私を助けてくれたの?そんな傷だらけのボロボロになって…」

「ハハッ…。そりゃか弱いレディが、それも知人とあれば放っておけねぇだろ。放って逃げるなんてただのクズだ」


 涼介はそう言い最後の力を振り絞り立ち上がった。恐らく肋骨が何本か折れている。奥歯は抜けて血が止まらずズキズキと痛む。

 だが、諦めてはならない。勝てるか勝てないかではない。やって無理なら仕方ない。だが何もやらずに後悔するのは絶対ダメだ。
 もしかすると0.1%くらい勝機があるかもしれない。奇跡がおきるかもしれない。


「松橋さん…ここで見ててくれ!絶対君を救ってみせるから。だから安心して座って勝負を見守ってくれ」


 決意を固め、男の表情になる涼介。絢香はそんな涼介を不安そうな面持ちで見ていたが、彼女も涼介の揺るがない決意に納得した。


「桐咲くん…。わかった。見守ってる、絶対死なないでね桐咲君!助けてくれたお礼を言いたいから」

「ーーあぁ」


 涼介は拳を握りしめ化け物に一歩、また一歩近寄る。今涼介の眼には敵しか映っていない。打ち倒すべき最強の化け物だけ。

 化け物は決意を固めた涼介を見て「グルル」と声をあげ警戒。そんな化け物を見て、「ニヤリ」と涼介の口角が上がる。


「俺には何の力もないけど君を守ってみせる。例え右手が捥げようが、左足が捻じ曲げられようが、脳天をカチ割られようが死なない!目的を、遂行するまでは!」


 堂々と宣言し、涼介は拳を握りしめる。すると右手の周りに謎の白く輝かしい物質が集結し始めた。涼介はそれを見て驚く。

 何だろうか。物凄いエネルギーが空気中から右手に収束している感じだ。これはまさかスキルか?確か昨日就寝前にセレナが可笑しなことを言っていた。


「私…龍姫が治療した人がスキルを持っていなかった場合稀に隠されしスキルが目覚める場合があるの…だからもしかしたら涼介も目覚めちゃうかも…」


 つまりこれはスキルか!見た所空気中のゴミ、ウイルス、カビ菌、埃、花粉などをどういう原理かはわからないが有力なエネルギーに変換しているように見える。

 限りあるわけでなく無限にゴミは空気中にあるので地味そうに見えるがある意味無敵スキルなのではなかろうか。これさえあれば化け物など敵ではない。

 名付けるなら『粉塵変換(ダスト・コンブァージョン)』とでも言っておこうか。

 涼介はニヤリと笑い、対峙している化け物に左手の人差し指を向ける。


「ジ・エンドだ。決着をつけてやる!」


 涼介は開眼し、右手にエネルギーを収束させる。化け物はそうはさせまいと突進するが間に合わない。

 涼介はエネルギーを球体に変形させ、エネルギー弾として化け物に放った。物凄いスピードで弾が飛び出しそして化け物にミラクルヒットした。


『ドカーーーーン!!!』


 弾のスピードか火花が散るほど早かったので粉塵爆発が起こった。物凄い爆音と爆風で巻き添えを喰らい涼介は飛ばされる。

 渾身の攻撃、全てを振り絞った攻撃だ。正真正銘最後の力を振り絞ったはずだ。果たして化け物はやったのか?

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