小さき君、遠きにありしに (zenjima7)
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前章 守護神の章
1、怪異出現


御国の矛として、

 

盾として、

 

勇敢に戦い、

その役目を終え碧き海に静かに眠る、

 

在りし日の御霊たち。

 

再び御国に危難が訪れる時まで、

静かに…

 

ただ静かに眠りにつく。

 

 

 

仄暗い海の底で眠りから覚めた御霊がいた。

 

その御霊も御国の盾となるべく生を受けた戦士であった。

 

しかし激しい戦いの中、

武運拙く…

 

『吾はまだ終わらぬ、御国の為に戦える…』

 

誇り高き勇敢なる戦士の御霊であった。

 

『吾に器を、鋼の身体を吾にくれ』

 

御霊は、輝きを放つ。

深海の暗闇を照らす、青白い光。

 

御霊は浮上する。

 

既に物質として質量を持たない御霊なので、浮くという表現は当てはまらないかも知れないが…

 

輝く御霊は海上に出た。

 

淡い月影が波に揺られる夜の海であった。

 

 

生ある時の記憶を辿り、

 

そして護るべき御国へ還るべく陸地を目指して海上を走る。

 

陸影が水平線から上ってくる。

御霊が目指す、護るべき御国が有るはずの地。

 

辿り着けどそこは全くの暗闇、

御霊の記憶にある御国とは非なる、

 

無人の荒野が広がる大地であった。

 

人の気配どころか、

生あるものの存在を許さない荒野。

 

民人はいない、

その痕跡もない。

 

御霊が還るべき御国は、

存在していなかった。

 

 

『ア、アアアアアアアァ…!』

 

 

御霊は困惑し、

混乱を起こし、

 

迷走を開始する。

 

 

 

護るべき御国、

そこに住まう人民、

 

その姿を必死に探し求める。

 

だが、ありはしなかった。

 

だがそれは単純に一国が滅んだ、

とは少し事情が異なる。

 

御霊が命を賭して護った御国が、

 

まるで、

最初から存在していなかったかのような?

 

どちらにせよ、

御国を護る為に生まれた御霊の存在意義は、

 

その瞬間、

喪失してしまったのだ。

 

しかし、御霊の存在はまだ消えていない。

 

守護戦士として生まれた、御霊の戦う意思も消えていない。

 

 

戦う意思を持ったまま、

 

戦う意味を失った御霊は、

 

一体どうなるのか?

 

 

正気を失っていく…

 

激しい戦意のみが残り、

 

戦うことだけが存在意義となる。

 

それは、

生あるものに害を為す、

 

《荒御霊》であった。

 

 

青白く輝やいていた御霊が、

マグマのような赤光になった。

 

赤光は収束し、一点に集中すると、

 

質量を持った真紅の結晶を生み出した。

 

結晶の周りをみるみる黒い外殻が覆っていく。

 

 

これは一体何なのか?

 

少なくても生命とは言えない、

 

激しい破壊衝動と、

殺戮衝動を内包した…

 

 

《怪異》であった。

 

 

球体だった怪異が変形する。

 

受精卵が時と共にそのカタチを表していくように、

 

怪異もカタチを表していく。

 

突き出すように長く伸びる身体。

 

先端が上下に割れ凶暴そうな歯を剥き出しにした口顎になる。

 

上部先端が深く窪み、

赤光が燈って一つ目を作り出す。

 

後部は長細く変型し、鰭になる。

 

 

一眼の巨大怪魚だった。

 

 

虚空に向かって咆哮する怪魚、

 

それはまさに産声であった。

 



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2、初会敵

海ゆかば 水漬く屍

 

山ゆかば 草生す屍

 

大君の辺にこそ死なめ

 

かえりみはせじ

 

 

 

そこには《水漬く屍》があった。

 

半ば海上に半身を乗り出した屍である。

 

その屍もかつて御国の盾たらんと果敢に戦った戦士だったのだが…

 

今は深い眠りの中にある。

 

 

静かな夜だった。

 

寄せては引く、優しい潮の音だけが聞こえてくる。

 

 

 

晴れ渡る夜空には満点の星屑、

 

ぼんやりと霞んだ白い川を描きあげる。

 

《Milkyway》とはよく言ったものだ。

 

 

『……けて』

 

 

それは何処から聞こえきたのだろうか?

 

小さく、

途切れ途切れな…

 

 

『助けて…

 

わた…の……な、…を、……て』

 

 

『お願…、だ…か、私の大切な……守って』

 

 

屍は青白く輝いた。

 

どこからなのか?

誰からなのか?

 

解らない謎の声に、

屍の中で眠っていた御霊が答えた。

 

 

『解った、今、行こう』

 

 

屍が放っていた光は収束、

光線となって放たれた。

 

青白く輝く御霊は、

 

遥かMilkywayの彼方へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

……………………………

 

 

 

 

 

1942年5月4日、

世界情勢は混迷を極めていた。

 

人類は、怪異《ネウロイ》から大規模な攻勢を受け、欧州各国がその凶暴で圧倒的な力の前に蹂躙を許し、並居る列強が国土を失う憂き目に遭っていた。

 

第二次ネウロイ大戦の勃発である。

 

前年に実施されたバルバロッサ作戦、タイフーン作戦では一定の成果を得て、現在は反撃の中核となるべき虎の子の戦闘部隊、

 

《統合戦闘航空団》の組織化が進められている。

 

正に一進一退の攻防が続いていたのだ。

 

しかし、

そんな不安定な世界情勢など嘘のような朝。

極東の海洋国家《扶桑皇国》はまだネウロイ脅威に晒されていない。

 

扶桑海は透き通るような蒼空の色を反映した紺碧色で、

今日も平和な春の海であった。

 

 

天候は晴朗、波は穏やか。

飛翔する二機のストライカーユニットはレシプロ飛行機の風を切る音にも良く似た緩い爆音を立てながら、優雅に海上を飛行していた。

 

ストライカーユニットとはウィッチ(魔女)の魔法力を原動力として起動する機械装置である。

 

対ネウロイ用の装備で、この二機は飛行型のユニット。

それも水上離着陸を前提としたフロート付きの哨戒機であった。

 

「ふあぁ~…」

「コラ、任務中!」

 

 

窘めた方、

潮風に長いストレートの黒髪を靡かせる紺色のセーラー服姿のウィッチ、森美幸(モリミユキ)

 

欠伸をしていた方、

美幸より明るい茶色のクルリとした癖毛で、白いセーラー服姿のウィッチ、美幸の妹森夕月(モリユヅキ)

 

「でもさー、扶桑周辺にはまだネウロイいないじゃん」

 

「そうでもないよ、五年前には飛行型怪異が現れて、舞鶴上空でも激戦になったんだから」

 

「北郷先生や、若本徹子先輩や、坂本美緒先輩が出撃して、全部やっつけちゃったんでしょ」

 

「うん、扶桑海事変て呼ばれてる事件ね、だから油断は禁物よ」

 

「美幸ちゃんはその時…」

 

と言いかけて、慌てて口を押さえる。

案の定、美幸は唇を尖らせ眉間に皺が寄せ、不機嫌な表情でこちらを睨んでいた。

 

「どうせ私は…」

 

思わず苦笑い、

器用にユニットを操ってクルリと横転しながら、拗ねてしまった美幸の周りを飛び回った。

 

ちなみに若本徹子と坂本美緒は、

森美幸と同期生であり、

 

欧遣艦隊リバウ航空隊に選出され激戦地の欧州へと派遣された。

 

扶桑海軍でも屈指のエースに成長していたりする。

 

「そろそろ定時連絡の時間ね、夕月」

「ハーイ」

 

固有魔法を発現した時の特性で瞳が赤く変色する。

 

ホバリングしながら、周囲を隈なく凝視した。

 

固有魔法『遠距離視』、別名『千里眼』。

 

常人の数十倍の視力を発揮して広範囲を見通すことが出来る、哨戒任務には打ってつけの魔法。

 

捜索範囲だけで言えば上位魔法の《魔眼》にも匹敵する。

 

「う~ん、水平線。どこまでもー

すい、へー、せーん」

「真面目にやりなさいよ!」

「テヘッ」

 

ウインク、舌チロ、猫の手でおちゃらけてみせる夕月。

もう力が抜けて怒る気にもなれず、おバカと小さく漏らすだけ。

 

「とにかく異常無し?」

「もうちょっと待ってね」

 

見落としが無いように、しっかりと見て回ると…

 

海上を泳ぐ黒いものが見えた。

 

(鰭がある、けっこう大きい、鯨かな?)

 

少し気になってジッと注目していると、気がついてしまった。

 

「鯨…じゃない、大きい、大き過ぎる、100メートル以上ある!」

「どうしたの?」

 

黒いそれが動きを止めて…

 

不気味な、

赤黒く光る一つ目を、

夕月に向けてきた。

 

「ヒィッ!」

「夕月?」

 

ゆっくりと震えながら、

血の気が引いた青い顔で、

 

「美幸ちゃん、もしかして夕月、ネウロイ見つけちゃったかも…」




森美幸
年齢 16歳
階級 一等飛行兵曹(曹長)
固有魔法 ………
使い魔 フソウカワウソ
ユニット 零式水上偵察脚

森夕月
年齢 14歳
階級 二等飛行兵曹(軍曹)
固有魔法 千里眼
使い魔 カワセミ
ユニット 零式水上偵察脚


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3、美幸の戦い、其の一

「ウミガメ、こちらウミツバメ1!」

 

呼びかけに応答はない、

インカムからは不快なノイズしか聞こえない。

 

母艦はそんなに遠くはないはずだが…

 

やはり怪しい。

 

ネウロイが出現すると無線が通じ難くなることがあると聞いたことがあった。

 

「美幸ちゃん…」

 

普段は陽気な夕月が怯えきって美幸のセーラー服の袖を掴んでいた。

 

とにかく冷静にと、

自分に言い聞かせる。

 

美幸も怖かった。

 

何せ、初会敵だったのだから。

 

しかし上官として、

姉として取り乱すわけにはいかない。

 

落ちついて、

 

判断して、

 

指示しなくてはならない。

 

一度大きく深呼吸して、

キッと口を固く結び、

目に強い意思を込める。

 

覚悟を決めた美幸。

 

「まだアレがネウロイかどうか確定したわけじゃない、けど見逃すこともできない」

「でも…」

「千里眼でアイツのことを詳しく教えて」

「う、うん」

 

赤く変色した瞳で謎の怪異の観察を再開する夕月。

 

「色は黒、口には歯、赤い一つ目、尾鰭を左右に振って海面を泳いでくる、体長は100メートル以上ありそう」

 

基本ネウロイは水を嫌う。

 

故に侵攻を水際で食い止めているという側面があった。

 

それだけに洋上を渡るこの怪異の出現は今後の戦局に多大な影響を与えかねない。

 

事の重大さに美幸はゴクリ唾を飲み込む。

 

しかしまだ情報が少なすぎる。

 

飛べるのか?

 

潜れるのか?

 

攻撃力は?

 

耐久性は?

 

コアの位置は?

 

「夕月」

「ふにっ」

 

夕月の両頬を手のひらで包み、

コチンと額を合わせる美幸。

 

「アンタはこの距離を保ちながらアイツの観察を続けて、でもこれ以上近づいちゃダメだからね」

「美幸ちゃんは?」

「沖島へ戻って準備してくる。私が戻ったらアンタはそのまま帰投」

「何の準備?」

「交戦して戦力を確かめなきゃ。100メートルなんてデカブツ、今持ってる7.7ミリ機銃だけじゃ心許ないからね」

 

心配させまいと健気に笑顔を作って言ってみたが、夕月の赤い瞳にみるみる涙が溜まっていき、

 

「ダメッ、ダメェーッ!」

 

しがみつくように抱きつく。

 

「危ないことしないでよぉ、美幸ちゃん!」

 

少し困った顔になりながら、優しく夕月の頭を撫でて、

 

『大丈夫、お姉ちゃんに任せて』

 

それは頭の中に直接響いた言葉だった。

夕月はこれがなんなのかよく知っている。

 

美幸の固有魔法《魔法伝信》。

 

美幸は魔法波を飛ばし、そこに意識を乗せることで声を出さずにメッセージを伝えることができる。

 

「伝えたいことは強く思ってね、そうしたら読み取れるから」

「知ってるよー」

 

相手が美幸に伝えたい思いがある場合はそれを読み取ることも可能。

 

つまり通信機なしで意思の疎通ができるのだ。

 

欠点があるとすれば、

魔法力を持ったウィッチでなければ美幸の魔法伝信を受信出来ないこと。

 

「頼むね」

「うん」

 

ストライカーユニット零式水上偵察脚の金星四三型魔導エンジンが唸りをあげる。

 

監視の為に残った夕月、

美幸が戻るまで千里眼を使い続けなくてはならない。

 

これは魔法力を消費し、

負担が大きい。

 

「夕月頑張って、すぐ戻るから!」



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4、美幸の戦い、其のニ

敷設艦沖島が海上に円形の航跡を描く。

円の中は波が静まり、水偵はそこに着水する。

 

つまり、

急遽戻ってくる美幸の受け入れ準備だった。

 

艦内では水兵たちが慌ただしく動きまわり、時折怒号と威勢のよい返事まで聞こえてくる。

 

「燃料補給の用意を急げ、嬢ちゃんが帰ってくるぞ!」

「どっちの?」

「カワウソだ!」

 

フソウカワウソはウィッチである美幸の使い魔。

 

ウィッチは魔法力を行使する時、契約を交わした使い魔(精霊)と精神を同調する。

その時、使い魔の身体の一部がウィッチ身体にも現れるのだ。

 

魔法力を行使中の美幸の頭部にはカワウソの小さな耳、尾骨部からは太いカワウソの尻尾が現れる。

 

だから水兵たちからは《カワウソちゃん》の愛称で呼ばれていた。

 

 

敷設艦沖島は美幸からの緊急連絡を受け取っていた。

 

『海上を航行する怪異を捕捉。

 

北緯37度、東経133度、

隠岐諸島沖を東南東へ進行中。

 

速力20ノット前後』

 

すぐさま沖島艦長、能美実大佐の命令で、一時帰還してくる美幸の受け入れ準備となっていたのだ。

 

「12時の方向来ます。ウミツバメ1、確認」

 

減速進入、

 

身体引き起こし、

 

着水、

 

海面に青白く輝く魔法陣が展開、

 

綺麗な直立の姿勢で海面を滑り、

 

十分減速したところで右脚フロートで海面を蹴り、

 

左ターンでクルリと反転ブレーキ、

 

水飛沫を立てながら完全に停止。

 

魔法陣が消えると同時に美幸の頭部と尾骨部分から見えていた耳と尻尾も消えた。

 

「うん、お手本みたいに綺麗な着水だ」

 

整備班長が美幸の鮮やかな着水に感心していた。

 

クレーンに捕まって甲板に引き上げられる美幸。

 

「ネウロイが出たって本当か?」

「まだ解んないけど怪しいです、ユニットの燃料補給、お願いします!」

「了解だ」

 

ストライカーユニットを外し、

クレーンから飛び降りる。

 

「カワウソちゃんも補給しとけ」

「ありがとうございます!」

 

ラムネと竹の葉包みのおにぎりを受け取る。

さっそくビー玉を押し込んでビンを仰ぎ、ラムネを喉に流し込んだ。

 

艦長の能美大佐が甲板にやってくると姿勢を正して敬礼する一同。

 

「報告、

 

森美幸一飛曹、隠岐諸島沖を航行中の怪異を発見、

 

只今森ニ飛曹が現場で監視を続けてます。

 

戦力調査の必要性から零式水偵の爆装と、

 

小官の再出撃を意見具申します!」

 

うん、と能美は頷く。

 

「直ちに発艦準備にかかるように」

 

号令がかかると水兵たちは素早く持ち場へと散っていった。

 

能美は美幸の前まで歩み寄ると、

そっと肩に手を置き、優しく語りかけた。

 

「無理はするな、待ってるから必ずこの艦に帰ってくるんだぞ」

「は、はい…」

 

能美大佐の激励を受ける美幸の頬に赤味が差しているのは、

 

彼女に男性の耐性が無いだけなのか…

 

それとも違う理由があるのかは解らない。

 

 

ストライカーユニットのハードポイントに三番通常爆弾二型が取り付けられる。

 

炸薬量15キロ、

総重量約30キロの汎用爆弾。

 

これを左右のユニットに一発づつ装備。

 

更に九九式一号20ミリ機銃が用意された。

 

「カワウソちゃん、解ってると思うが、

爆装しても20ミリ持っても零貞は戦闘機ではないし艦爆でもない。

舞鶴にもう連絡がいってるから迎撃のウィッチ部隊が飛んでくるし、艦隊も出撃してくる筈だ。

くれぐれも妙な功名心を起こすなよ」

 

「解ってますってば!」

 

神妙な顔で釘を刺してくる整備班長に笑顔で対応する美幸。

 

整備班長のへの字口がしの字に変わった。

 

ちなみに整備班長は郷里に美幸と同じ時の娘がいたりする。

 

美幸はカタパルトにセットされたストライカーユニットに飛び込み、装着。

 

魔導エンジンが始動し、

 

甲板に魔法陣が描かれ、

 

美幸の頭部と尾骨にフソウカワウソの耳と尻尾が現れた。

 

「森美幸、零式水偵行きます!」

 

カタパルト射出、

 

蒼空に黒髪を靡かせながら、

 

可憐なる魔女が飛び出していった。



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5、美幸の戦い、其の三(挿絵有)

《夕月、そっちはどう?》

 

《相変わらずだよ、東へ東へと泳いで進んでる》

 

《沖島から舞鶴へ迎撃要請がいったから、やがてウィッチ部隊も駆けつけてくるわ》

 

《北郷先生も来るかな?》

 

《たぶん真っ先にね》

 

魔法伝信で夕月と連絡をとる美幸。

 

養成学校時代の教官の話題が出て、美幸は思い出していた。

 

五年前の扶桑海事変、

北郷章香は先頭に立ち、候補生たちを引き連れて飛行型の怪異に立ち向かった。

 

その時、

11歳だった美幸は、

 

怖くて、

出撃できなかった…

 

軍事教練こそ多少受けていたとはいえ、

まだ候補生でもなく、

その前段階のウィッチ養成学生に過ぎなかった彼女には無理もないことではあるのだが…

 

若本や坂本といった同期のウィッチたちは、果敢にも出撃していった。

 

その後欧州へ派遣され、

各々戦果をあげる彼女らのなんと煌びやかなことか…

 

美幸は真面目さが取り柄、

離着水が上手なんて言われても、

 

その実、

訓練以外では一発も実弾を撃ったことがない哨戒ウィッチ。

 

そんな地味な自分が戦いの魁になろうとしている?

しかも、

今次大戦の戦局にも影響を与えるかもしれない?

 

…と、そこまで思い至り、

それを打ち消すようにフルフルと首を左右に振った。

 

「功名心に囚われちゃいけないって言われたばっかりだった…」

 

人は人、

自分には自分の役割がある、

と言い聞かせる。

 

 

「夕月!」

「美幸ちゃん!」

 

 

一人で怪異の監視を続けていた夕月と合流を果たし、姉妹は手を取り合った。

 

 

「お疲れ様、後は私が引き受けるから沖島へ戻ってラムネでも飲みながら待ってて!」

 

 

不安顔の夕月を少しでも安心させようと、

なるべく明るく振る舞ってみせるが、

 

 

「絶対に無理しちゃダメだからね!」

「ハイハイ」

「ラムネは美幸ちゃんの分もとっておくから一緒に飲むんだよ!」

「もう沖島で飲んできちゃったけどね」

「じゃあ、夕月のと半分こ!」

「解ったから、もう」

 

 

夕月が大好物のラムネを半分譲るなんて、

よっぽど心配されてるんだなぁ、と苦笑する。

 

 

「私だってウィッチだから!」

「夕月もだよー」

 

ピシャッと自分の両頬を叩いて気合いを入れ、九九式の安全装置を外した。

 

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 

軽く手を振り、青空で別れる二人。

夕月は戦いに赴く姉の後ろ姿を暫くその場で見送る。

 

美幸は、

本当に軽くお出かけでもするように、

明るい笑顔だった。

 

けど、その笑顔が明るければ明るいほど、

悪い予感が強くなる…

 

 

「美幸ちゃん、今日もいつもみたいに帰ってくるよね?

いつも通り一緒にご飯食べて、一緒に身体洗って、二段ベッドでオヤスミして…。たまに夕月に小言をいうお母さんよりうるさい美幸ちゃんだけど…

 

…夕月の大事なお姉ちゃんだから。」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

一人になった美幸の表情は真剣。

気持ちを戦闘態勢へもっていく。

 

 

「私の任務はほどほど戦闘して、敵の戦力を確認して報告すること…」

 

 

もう一度、

胸に刻むように自分に言い聞かせた。

 

やがて、それらしい黒いものが見えてくる。

近づくにつれ露わになっていく怪異の全容。

 

 

「大きさは軽巡洋艦以下、駆逐艦以上ね」

 

 

正面に回り込み、確認。

人間の髑髏にも似た顔付きだった。

 

怪異と、視線が合わさる。

 

正に怪物、

 

不気味で、

寒気がする様な姿形。

 

口顎が開いたと思ったら、

凄まじい咆哮を上げた。

 

ビリビリと身体の芯に響く、巨大な雄叫びだった。

 

魔法陣を展開。

魔法陣のシールドが赤い礫の様な光弾を弾いた。

 

すぐに旋回飛行でその場を回避するが、

火線が追いかけてくる。

 

対空迎撃の機銃掃射みたいな赤い光弾が怪異から放たれている。

だが威力はそれ程でもなく、

シールドで難なくガードできた。

 

「そんな豆鉄砲なんてーっ!」

 

ロールして光弾を反らしつつ近づき、機銃掃射。

命中弾が火花を散らしているが、

 

「デカいし、硬い」

 

余りにも対象が大きすぎて機銃では有効なダメージは与えられなさそうだった。

 

上昇して一旦距離をとり、

 

「なら今度は」

 

シールドを展開しつつ突入態勢。

 

赤光弾が雨霰と降りかかるがシールドで弾き、回避行動を取らずに速度を上げる。

 

ユニットから爆弾を切り離し、投下。

 

ヒューと風切り音を立てながら巨体に吸い込まれ、

青白い閃光を放ながら轟音を立てて炸裂した。

 

 

「ギャァアアアアアアアッ!」

 

 

怪魚が悲鳴を上げ、海面を叩いてのたうちまわる。

 

 

「やった、効いてる!」

 

 

機銃は効かないが、

魔法力を込めた爆弾は有効。

 

 

「仕留め…られる?」

 

 

爆弾が命中した背部が大きく抉れていた。

怪魚は動きを止めて再生を開始、抉れた傷が盛り上がって塞がる。

 

放っておくと、

すぐに元どおりになってしまう。

もう一発爆弾が命中すれば、

もしかしたら…

 

やるなら今しかない!

 

 

それは、

胸の奥に封印した筈の《功名心》

 

そもそも初陣で、敵と対峙して、

余裕が無かった。

 

もっと冷静に戦力の分析に徹していれば…

 

先程と同じ要領で突入態勢になった。

 

今度は迎撃の光弾が無い。

怪魚は接近する美幸を見て、大きく口を開けた。

その大口の中に爆弾を叩き込んでやる!

 

と、思った瞬間、

 

美幸の視界いっぱいに、

真っ赤な閃光が広がった。



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6、美幸の戦い、其の四

目の前が真っ赤に光って、

チカチカしたと思ったら、

 

激しい衝撃を感じて…

 

後は、

もうワケが解らない。

 

碧い海面と、

蒼い空が交互に見えて、

 

世界がひっくり返ってる?

え、何か違う?

 

 

あれ、

 

 

水?

 

 

海水…?

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

海面に、美幸の身体がプカリと浮かび上がる。

 

まだ状況を把握できず、

しばらくぼんやりと海面から空を眺めていた。

 

身体が重い、

 

怠い、

 

やたら寒くて、

 

何だか眠たい…

 

「怪魚が…、ケホッ」

 

苦しくて咳混むと、

血咳が出てきた。

 

自分の身に何が起こったのか、

 

途切れそうな意識の中で

記憶の糸を辿ってみる。

 

あの時、

もう一発、爆弾を当てようと突入したら、

 

怪魚が大きな口を開けてこっちを向き、

口の中から何かが出てきた。

 

アレは、

 

例えるなら…

 

砲門。

 

口から砲門が飛び出し、

赤い光線、ビームを放ってきた。

 

シールドを張っていて直撃は避けたが…

 

そのまま吹き飛ばされ、

そこから記憶が途切れている。

 

 

海水が赤く滲む、

美幸の周りが赤く染まっていく。

 

 

「血、私の血…、私は…」

 

 

もう、助からないらしい…

 

情けなくて、ホロリと瞳から涙が零れた。

 

結局、

功名心に囚われて判断ミスをしてしまった。

 

整備班長に心配されて、

能美大佐にも、

夕月にも、

無理してはいけないと言われていたのに。

 

怪魚はまだ身体の再生中ですぐには動きそうにない。

美幸は残りカスのような魔法力を集中させて、今のうちに出来ることをしなくてはならなかった。

 

 

『北郷先生、来てますか?』

『これは…魔法伝信、森美幸か?』

『報告します、敵は100メートルはある巨大な怪魚、ネウロイの亜種です』

『そうか』

『対空迎撃の赤い光弾を放ってきます、近づく際は注意を』

『解った』

『機銃は殆ど通じませんが、魔法力を込めた爆弾による攻撃は有効です』

『なるほど、魔導爆弾か』

『口の中に砲門を持っていてビームを撃ってきます。シールドごと吹き飛ばす威力です』

『よくぞここまで調べた、流石だな』

『それから夕月にゴメンと…』

『え?』

『後を…お願いします』

『まさか、森一飛曹っ!』

 

これでもう、

魔法力は尽きた。

 

やがて命も尽きる…

 

再生を終えた怪魚が美幸を見ている。

 

一つ目が赤く爛々と光を放っていた。

 

悪趣味にも、

ゆっくり死んでいく様を見届けようとでもいうのだろうか?

 

が、それは見当違い。

怪魚は別の意図を持って美幸を見ていたのだ。

 

 

『小さき君よ…』

 

 

低く、やたら響く声…

 

 

『勇敢なる小さき君よ、よく戦った』

 

 

まさか、

怪異が人語を解するとは!

 

 

『苦しまぬよう止めを入れてやる。最期に吾の名を刻み、逝くがよい…』

 

 

怪異に名前、

そんな概念があるなんて…

いや、そもそもコレはネウロイなのか?

もしかして、もっと違う別の何かなのだろうか?

 

 

『吾の名は広開土大王。古の聖君の名を冠する戦船也』

 

 

「くぁんげとでわん…?」

 

 

怪魚の口が開き、

砲門が見えた。

 

エネルギーを充填、

砲門が赤く輝きを放ち始める。

 

美幸は、

いよいよ迫る最期の刻を悟り、

瞳を閉じた。

 

 

ビームは放たれた。

 

 

美幸の身体は赤い光の中に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呑み込まれなかった!

 

 

 

「美幸ちゃぁあああんっ!」

 

ビームは美幸に届く前に、

青白い魔法陣に防がれて拡散した。

 

美幸も完全には防ぎきれなかったビームを跳ね返したのは、

 

夕月のシールド。

 

ビームが切れた一瞬の間、

海面に漂う美幸の身体を抱き上げる。

 

「バカバカバカバカーッ!」

「夕月…」

「こんなになって、こんなヒドイことになっちゃって!」

 

大粒の涙を零しながら美幸に頬ずりする夕月。

 

その間にエネルギー充填を終え、

攻撃体勢になる怪魚。

 

 

「美幸ちゃんを」

 

 

放たれる赤い光線、

同時に展開する、

青白い魔法陣。

 

 

「イジメるなぁあああーっ!」

 



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7、奇跡の魔法(挿絵有)

 

【挿絵表示】

 

 

二つのエネルギーは激しく衝突、

しばらく膠着したが

 

赤い光が拡散、

 

やがて四方に飛び散って虚空に霧散していく。

 

青白く光り輝く魔法陣は、

 

健在。

 

強力なシールドだった。

 

怪魚が放つ強力なビームを完璧に跳ね返す、鉄壁の魔法陣。

 

しかし、

もともと夕月の魔法力といえば平凡なものの筈。

 

本来のシールド強度などは美幸より劣るくらいである。

 

しかし、

この現象は不可解なこととも言えない。

 

ウィッチの魔法力は精神力の影響を大きく受ける。

 

美幸の窮地を救うべく、

決死の覚悟でこの修羅場に戻ってきた夕月の魔法力は普段の数十倍の力を発揮していた。

 

過去に、

この様な奇跡的な力を発現したウィッチの例はいくつもあった。

 

「うわああああぁぁっ!」

 

怪魚に容赦は全くなく、

繰り返し繰り返しビームを撃ち放ってくる。

 

渾身の魔法力を振り絞って展開したシールドでビームを受け止め続ける夕月だが…

 

奇跡は何度も起きはしない。

 

この魔法力の発現は、

燃え尽きる寸前の蝋燭の炎のようなものだった。

 

この力を発現した殆どのウィッチは魔法力を枯渇させ、

 

あるいは生命力までを使い切っての死…

 

そんな結末を迎える運命にあった。

 

「美幸ちゃんは…夕月が、守るんだから…」

 

みるみる消耗していく夕月。

 

もう一発で均衡が崩れるのは明らかだった。

 

 

『夕月が殺される…

そんなのダメ、

 

ダメえっ!』

 

 

この時、

この場所にいたもう一人の魔女が、

 

もう一つの奇跡の魔法力を発現させた。

 

『助けて、

 

助けて!

 

私の妹を、助けて!

 

お願いだから、

誰か私の大切な妹を守って!

 

私は死んでもいい、

だからお願い…

 

夕月を、守ってぇっ!』

 

 

 

 

魔法力もとっくに尽き、

そもそも命尽きる寸前だった美幸が発した強烈な魔法波。

 

この《魔法伝信》は普段の数倍する広範囲に波紋となって広がった。

 

舞鶴から出撃した北郷章香らウィッチ部隊も全員受けとっていたし、

 

舞鶴に残っていた残留のウィッチ、

 

さらには養成学校の生徒たちまでこの声を聞いている。

 

それだけではなく、

 

魔法力を帯びた声は物理的な範囲を越えて、

悠久の時を越え、

本来は交わらない世界の永き眠りの中にあった、

 

ある御霊の元へも届けられた。

 

 

《解った、今、行こう》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、

代償もあった。

 

魔法力ゼロで使われた魔法は、

美幸の生命力を燃やし尽くしてしまう。

 

瞳は光を失い、

胸の鼓動は静かに、

 

動きを止めてしまった。

 

 

「イヤァアアアアアアアアアッ、

 

美幸ちゃん、そんなのイヤ、

 

イヤだよぉっ!」

 

 

事切れた美幸の身体に縋り付いて泣き叫ぶ夕月。

 

その二人に、

怪魚の放ったビームが迫る。

 

 

夕月は、

 

もう、

シールドを張ろうとしなかった。

 

美幸の亡骸を抱き寄せて、

ただ泣いていた…

 

 

 

 

その時、

 

美幸と夕月の足元に巨大な魔法陣が描かれ、

二人の身体は青白い魔法力の輝きに包まれた。

 

魔法陣は夕月が展開したものでもなければ、

ましてや既に事切れた美幸が展開したものでもない。

 

 

謎の魔法陣は強力なシールドであり、

赤い光線はシールドに阻まれて拡散してしまった。

 

 

「な、何が…」

 

 

戸惑う夕月、

 

この魔法力の輝きの元は…?

 

 

美幸の亡骸が、

青白い光を放ち始めていた。

 

その眩い輝きは、

美幸の身体を曖昧にしていく…

 

 

 

 

 

 

 



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8、復活の戦船

静かな夜の海だった。

波は穏やかで、夜空に月は無く、そのおかげで天空にかかる星屑の大河『Milky Way』をクッキリと映し出している。

綺麗で幻想的で…、非現実的な光景。

美幸は、そんな場所の海面に立っている。

 

水上機乗りウィッチの彼女は、

水面に立つ、歩く、滑る、走るなんて行為自体は造作もない。

訓練では飛行するより先に叩き込まれた動作ではあったが…

 

「何これ、変なの…」

 

水上機ユニットにはフロートが付いていて、その浮力で水面に浮く。

ユニットを装備してなくても、シールドを足元に発生させることで水面に立つことはできるが、今の美幸はユニットを装着していなけりゃ、海面に魔法陣も展開されてない。

どう考えてもおかしい、変だ。

 

でも驚かない、この状況に心当たりがあるから。

 

 

「私、死んじゃったんだぁ」

 

 

自嘲の笑みをうかべる美幸。

 

 

「バカみたい…

 

初陣で、

焦ってミスして、

呆気なく戦死…

 

バッカみたい…

 

私みたいな平凡なウィッチ、

美緒ちゃんや徹子ちゃんみたいになれるわけ無いのに…

 

しかも一人で死ねばよかったのに、

夕月まで巻きこんで…

 

バカ、バカ、バカ、

私の、バカぁ…

 

う、ううぅ…

 

ウワアァァァァァッ!」

 

 

少しづつ零れ出した涙は、

堰を切って一気に溢れてきて、

膝を付いて大声を上げて泣いた。

 

泣いて、泣いて、涙が枯れるまでずっと海の上で泣き続けた。

膝を抱えて丸くなって、たった一人で泣いていたが…

 

「あっ」

 

目の前に、誰かの足があった。水面に立つ誰かの…

ゴシゴシと充血した瞳を擦って立ち上がると、同じ位置に瞳があり、真っ直ぐに視線が合わさる。

 

「ウソ、わ、私?」

 

身長も、体型も、髪型も、顔立ちも、美幸に瓜二つの少女がそこにいた。

しかし、明らかに違うところもある。

黒髪で黒い瞳の典型的な扶桑女子の美幸。対して彼女のそれは白に近い銀髪で、瞳の色は宝石みたいに綺麗な赤。

 

「えっと、アナタは誰?

もしかしたら私の死神さんとか?」

 

しどろもどろに質問する美幸に対し、銀髪の彼女は薄っすらと笑みを浮かべて答えた。

 

「そうだな、ある意味死神かもしれない」

「あ、やっぱり…」

 

シュンとして俯く美幸。

不意に、優しい手のひらが美幸の頭を撫でた。

何度も、何度も、美幸の頭は撫でられて…

 

「よく、頑張った。強敵相手に君は一歩も引かずに立ち向かった。

命を懸けて飛ばされた君の声は、私のところにもちゃんと届いた」

 

撫でていた手が、フワリと背中に回され、そのままゆっくり抱き寄せられた。

余りにも優しい行為で、美幸の胸がグッと熱くなって、瞳にはまた涙が溢れてくる。

 

「でも君の妹は、切迫している」

 

真顔になって視線を合わせる二人、

 

「私を受け入れれば、君の肉体は私の力を受け継いで復活すると思う。

でも…

その時、そこにいるのは君であって君でない誰か。私であって私でない誰か。

そういう意味では私は君の死神だと言える。君という存在、この場合は魂や霊といったものが事実上消滅してしまうからな。

 

…どうする?」

 

美幸は少しだけ考えたが、その顔に喜色を浮かべ、銀髪の彼女に懇願するのであった。

 

「私はいい、夕月を守れるなら、私はどうなってもいいから、妹を守って!」

 

銀髪の彼女は頷く、

そして美幸の頬に優しく手を当てて、

 

「ユヅキ、君の妹は夕月というのか」

「うん?」

「かつて私にも妹がいた、名は夕月(ユウヅキ)」

「え…」

「偶然ではない必然、というより、運命なのかもしれないな…」

 

銀髪の彼女は、美幸の唇に自分の唇を合わせた。

こういうことにはまるで疎い美幸、動揺して身体をビクつかせたが、彼女が優しいので抵抗せずに受け入れていた。

 

「契約の印だ。私と君はこれから一つの御霊となり、君の肉体だった器へと還る」

 

うんと頷き、彼女に一つ質問する美幸。

 

「教えて、アナタは一体誰?」

 

「私は…」

 

声は遠くなっていく、

目の前が白くなって、美幸とそっくりな彼女の姿がぼやけていく。

 

 

《私は、在りし日の戦船の御霊、

睦月型9番艦、第23駆逐隊、

 

菊月だ、共に行こう、

 

…森美幸!》



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9、夕月と菊月と(挿絵有)

 

【挿絵表示】

 

 

巨大化な六芒の魔法陣に、

天から青白い光芒が注がれる。

 

怪魚が光に目を眩ませているのか攻撃を中断して苦しそうに唸っている。

 

遥か後方にいた北郷らウィッチ部隊も、

水平線の向こうに青白い光柱が立ったのを見た。

 

やがて光が小さくなり、

現象は終息していく。

 

 

「美幸ちゃん…え、誰?」

 

 

海面に、

美幸の代わりに一人の少女が立っていた。

 

夕月が一瞬見間違えた彼女には、

いくつも美幸と共通点があり、

また、

いくつも異なる点があった。

 

長い銀髪を靡せ、

水面を蹴って、

彼女は前へ進む。

 

熱い闘志を秘めたルビーのように赤い瞳は、

 

真っ直ぐに怪魚を見据えていた。

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

相手はちっぽけだった。

 

広開土大王級駆逐艦、

広開土大王、

全長135m、

全幅14m、

排水量3200t、

 

という己の体格に比べて。

 

素早く空を飛び回るが、

アレはどう見ても艦載機の類ではなく人間が直接空を飛んでいる。

 

 

小さく、

貧弱で、

脆い、

生身の人間。

 

己が戦うべき相手は、

己と同じ艦艇でなくてはいけないという認識があり、

適当に追い払っておけばいいとタカをくくっていたのだが…

 

思わぬ攻撃力の高さに驚愕させられた。

 

降下しながら放ってきた爆弾には特殊な力が込められており、想像以上の破壊力を秘めていた。

 

迎撃の銃撃も妙なシールド機能で跳ね返し、効かない。

相手を舐めていた己を恥じた。

 

この後は尊敬の念を込め、

全力を尽くし、

この果敢に立ち向かってくる倭人の戦士を殺す。

 

容赦はしない。

全戦闘力を以って、徹底的に叩き潰す。

 

それが、

戦士である《小さき君》への礼儀であり、

戦士である己の流儀である。

 

 

そして、

それは全くの予想外。

 

倒した筈の小さき君が、

再び立ち上がり、

前より一層激しい闘志を向けてきた。

 

解る、

解るぞ…

 

この気配、

この霊気、

 

身体は小さき君のままだが…

中身は別モノになっている。

 

アレは…

 

 

《戦船》だ。

 

 

吾と同じ、

在りし日の戦船の魂を受け継いだものに違いない。

 

よき敵と巡りあった。

 

吾が望んだ、

好敵手が現れた。

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

怪魚は巨大な咆哮をあげた。

 

海面に波紋が広がる程凄まじい雄叫びだった。

 

銀髪の少女は怪魚に向かって疾走する。

 

「また戦さ場に身を投じる日がくるとはな…」

 

手を前に掲げると、

青白い光が集束して銃が…

 

否、銃というには大きな口径の

《砲》が出現する。

 

砲を怪魚に向け、

 

「いけっ!」

 

砲身が唸りを上げ、

辺りに轟音が響きわたる。

 

砲口から青白い光弾が発射され、

光弾は怪魚の顔面に命中。

 

 

「グギャアァァアアアアアッ!」

 

 

怪魚は顔面の上半分を吹き飛ばされ大きな悲鳴をあげていた。

 

銀髪の少女は怪魚の様子を確認すると海面をターンして身を翻し、一旦引く。

 

彼女の懸念は…

 

「何が起こってるのよぉ」

 

全く状況が解らず、

身を縮めて衝撃波に耐えている夕月。

 

「無事か?」

 

銀髪の少女がその夕月の身を案じて側まで寄ろうとしたが、夕月は近づく彼女を避けて身構えた。

 

「誰なの、美幸ちゃんじゃないよね!」

 

怯えと猜疑の視線を盛大に向けてくる夕月の態度に少女は戸惑う。

 

「夕月、もっと後方へ下がれ、説明は後からする」

 

7.7ミリ機銃の銃口が銀髪の少女に向けられた。

 

夕月の瞳の中の怯えと猜疑はより強く、

怒りさえ含んでいる。

 

 

「夕月に命令するなぁっ!

アンタ誰って聞いてるでしょ、美幸ちゃんはどうしたのよぉっ!」

「わ、私は菊月だ。美幸のことは後で説明するから、今は避難してほしい」

「ううぅ…」

 

つい命令口調になってしまったのは失敗だったな、と、

菊月を名乗った少女は反省する。

 

嘆願すると夕月はしぶしぶ言うことを聞き下がっていくが…

 

夕月の菊月を見る瞳は冷たく、

猜疑心は根深そうだった。

 

「ふざけてる、ムカつく!」

 

わざと聞こえるように吐き捨てていく夕月。

まさかの拒否反応に、深く溜息をつく菊月。

 

「今は戦いを優先しなければ…」

 

気持ちを切り替えて。

怪魚と再び対峙する。

 

 

菊月と広開土大王、

 

各々の姿形は異形になり果ててはいるが…

 

その身に宿す魂は同じ、

戦船の御霊。

 

敵対する二隻の戦船が海上で対峙する、

 

やることは、

一つしかない…

 

 

 

砲雷撃戦開始!



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10、砲雷撃戦

最初に動き出したのは菊月、

白波を立てて海面をダッシュ。

 

怪魚は菊月に照準を合わせ、

砲身から赤い光弾を吐き出した。

 

光弾は僅かに菊月を逸れ、

海面に水柱を立たせる。

 

続けて赤い光球が飛んできた。

 

「む、速射重視か」

 

破壊のエネルギーはビームでなく光球状にすることで充填無しの連射が可能な代物らしい。

 

両舷全速、

速力にものをいわせた回避、

命中弾無し、

潮吹雪を切りさきながら接近、

 

直立の姿勢で慣性に任せて海面を滑り…

 

両脚に青白く光る魚雷発射管が現れた。

 

左足を持ち上げて魚雷発射、

飛び魚が跳ねるように海中へと放り込まれた四連装魚雷、

 

四本の白い雷跡が一気に迫るが…

 

怪魚はそれを回避しようともせず動きを止め、

その巨体が海中に沈み込む。

 

魚雷は直撃コースだが、

 

「何故避けない?」

 

不可解な行動、違和感、

ジワリと圧迫を与えてくる。

 

瞬間、

立ち上がる潮壁、

真っ白になる視界、

 

海上の菊月は激しい津波を食らってバランスを崩す。

 

「くっ、目潰しのつもりか!」

 

体勢を立て直し、

砲門を構えた菊月だったが信じられない光景を目の当たりにすることになった。

 

100メートルを越す巨体が海面から跳ね上がり、

 

空中を舞う。

 

スズキが『針外し』をする為に海面から飛翔するかの如く。

 

怪魚は菊月が放った雷撃を見事に外してみせた。

 

「うわぁっ!」

 

そのまま菊月のところへ落下してくる怪魚。

 

この巨体を回避する術はなく、

下敷きになって海中に飲み込まれてしまう。

 

巨体を押し付けられ、

水圧で身動きが取れない菊月は必死に怪魚の鼻先にへばりついていたが、

閉じられた怪魚の口からは赤い光が漏れてきた。

 

「このまま、この距離で、水中で撃つ気か、相打ち覚悟の一撃を!」

 

 

海中から轟音が轟き、

巨大な水柱が立ち上がった。

 

 

周辺に、

暫くの間海水の雨が降り注がれる。

 

無残に上半分が吹き飛んだ怪魚の身体がゆっくり浮かび上がってきた。

 

再生が始まり、

黒い外殻がパキパキと音を立てながら形成されていく。

 

その中心には仄かに光を灯す赤い結晶。

 

この赤い結晶こそ、怪異《ネウロイ》のコアである。

 

このコアこそ唯一にして絶対の弱点であり、

逆にこれを破壊しない限りネウロイは何度でも再生して復活するのだ。

 

 

コアの側に立つ菊月。

 

無論無傷ではなかったが、どちらのダメージが大かは一目瞭然である。

 

「魔法シールド、この御世のウィッチというものは便利なものだな…」

 

この状態からの反撃は不可能と判断して展開していたシールドを解いた。

 

爆弾を手に赤い結晶を見下ろす。

 

爆弾は森美幸の魔法力が込められ、

 

彼女の遺品となった三番爆弾。

 

 

「詰みだ、最期に言い残すことは?」

 

『見事也、吾が名は駆逐艦広開土大王(クァンゲトデワン)、願わくばこの名を貴殿の胸に刻み給え…』

 

「広開土大王、確か古代高句麗の王君の尊称だったと記憶している 」

 

『吾が名を知り御国を知るのか…

そうか、吾が御国はやはりあるのだな、どこかに存在しているのだな…

そうか…』

 

菊月の手から、

爆弾が放たれる。

 

 

炸裂し激しい爆煙が起こった。

 

無防備に晒された赤い結晶、

コアを粉砕。

 

再生中だった黒い巨大な怪魚の身体がひび割れ、

 

乾いた音を立てて砕け散った。

 

銀色の粒子が辺りに舞う、

太陽光を反射してキラキラと光り輝く。

 

菊月はその中心に立っていた。

 

上空に気配を感じ、

蒼空を仰ぎみる。

 

規則正しい雁行の編隊飛行は、

航空歩兵としての練度の高さを容易に想像させる。

 

舞鶴航空ウィッチ部隊。

 

「何だ、森美幸一飛曹…、なのか?」

 

「北郷少佐か…」

 

 

扶桑海軍公式記録では、

1942年5月4日、隠岐諸島沖にて怪異発見。

 

敷設艦沖島所属、森美幸一飛曹の爆撃によって撃破されたことになっている。

 



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11、敷設艦沖島にて、其の一

「沖島、沖島か…」

「ああ、沖島だ。それがどうかしたのか森?」

「なんでもない」

 

ストライカーユニットを失っていた美幸改め菊月は、

北郷章香に抱えられて空へ上がっていた。

 

視界に母艦である敷設艦沖島が入ってくると菊月は感慨深そうにじっと沖島を見つめる。

 

北郷は今自分の腕の中にいる少女に違和感を感じていた。

 

…というか違和感しかなかった。

 

「なあ、森…」

「何か?」

「お前は、森美幸なのか?」

「取り敢えずその認識で構わない」

 

銀髪と赤い瞳以外は良く知る教え子の森美幸そのものである。

 

何らかの魔法の行使によって、

その類の身体変化もウィッチには別段珍しいことではない、

 

そう、

珍しいくもないのだが…

 

「北郷少佐」

「何だ?」

「きっと私に聞きたいことが山ほどあることだろう。

私の知る限り話はする、

ただ私も色々と聞きたいことがあるのだが、

答えてもらってもよいか?」

「そうだな、まずは沖島までお前を送ってからな」

「宜しく頼む」

 

このやり取り、

軍役に就いてからも先生先生と自分を慕っていた少女とは明らかに別人だった。

 

森美幸は真面目であり、

責任感が強く、

確かに軍人たらんと懸命ではあったが、

素の彼女は年頃の普通の娘だった。

 

今のこの彼女は、

武人然とし過ぎている。

 

しかも練度云々という以前に、

既に何度も実戦を潜ってきた歴戦の兵の風格さえ感じる…

 

(そういえば、固有魔法に《憑依》というのがあると聞いたことがあったな、

 

この変化はその類のものかも知れないか…)

 

 

フロートの無い零式戦闘脚の北郷は、沖島の後部甲板目掛けて着艦体勢をとった。

 

普通、陸上ストライカーで空母でもない艦にこのような着艦はしない。

一つの間違えれば艦橋や砲塔に衝突といった大事故になり兼ねないのだが、

そこは軍神と讃えられる歴戦の古兵、難なく着艦してみせた。

 

「能美大佐…」

「え?」

 

出迎えに出ていた能美大佐の姿を見て、彼女の表情に喜色が浮かんだのを北郷は見た。

 

北郷と菊月、それと能美が向かい合って敬礼を交わす。

 

「森美幸、怪異撃破、帰還しました」

「ご苦労」

 

形式ばった報告が終わった瞬間に、

軍隊としての形式は崩れさる。

 

能美は菊月の頭を抱えると、

額を自分の胸に押し当ててわしゃわしゃと後頭部を撫でた。

 

「戦果なんていいんだ。

とにかく、無事に俺の艦にちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう!」

 

流石の北郷も驚いて目を白黒させてしまった。

 

 

「え、えーと…」

 

菊月は満更でも無さそうにされるがまま。

気持ち良さそうに目を瞑ってホカホカした顔になってる。

 

(さっきまで武人っぽかったんだが…)

 

北郷は暫くジト目で眺めていたが、

どうにもキリが無さそうなのでエヘンと咳払いして二人の間に斬り込んでいくことにする。

 

「大佐、森一飛曹からは今回のことについて更に詳細を聞きたいと思いますので、立会いをお願いしたいのですが」

 

能美、見事な変わり身で佇まいを正す。

 

「そうだな。では森一飛曹、北郷少佐、ヒトヨンマルマルに作戦指令室へ来なさい」

「はっ!」

 

一旦解散、

余裕を持たされた時間は、

戦闘で傷つき、

制服もズタボロになっていた菊月への配慮であろう。

 

(美幸と菊月の記憶がゴッチャになって、どうもいかんな)

 

コンコンと自分の頭を小突く。

 

菊月もまた、

急な状況の変化に追いついていなかった。

 

 

「あっ」

 

ドクンと、

心の臓が跳ね上がった。

 

「夕月…」

 

水兵たちと談笑する夕月を見つけてしまった。

 

妹の夕月に対する美幸の想いは、

かつて戦場を共に馳せた菊月の姉妹艦へ対する思いと同じであった。

 

「夕月ぃっ!」

 

感極まって、

駆け寄って、

厚く抱擁するが…

 

腕は振り解かれ、

突き飛ばされて甲板を転がる。

 

夕月は光のない黒い眼で菊月を見据え、拳銃を取って銃口を向けた。

 

「森二飛曹、よせ!」

 

北郷が二人の間に入って夕月を止める。

容易ならざる事態に周りは騒然となった。

 

「気持ち悪いし、次はマジで撃つから」

 

冷たい目、

激しい嫌悪感を含む視線、

 

菊月を見下す夕月…

 

菊月はその視線に耐えられず、

ただ哀しげに俯くのだった。



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12、敷設艦沖島にて、其の二

今回はほぼ説明回です。


「では森一飛曹、いろいろと私から質問があるが、答えてもらえるか?」

 

うん、と頷いた菊月は椅子に着席し、机に並ぶ北郷と能美の二人と向かい合う。

 

一四〇〇時、菊月、北郷、能美の三人は敷設艦沖島の作戦指令室で会談した。

 

 

「まどろっこしいのは性に合わなくてな、単刀直入に聞く。君は、私が知っている森美幸ではないのではないか?」

 

 

能美がチラリと北郷を見て、

それから菊月を見る。

 

一見平静に見えるが、あんまりな質問の内容に動揺しているのかも知れない。

 

 

「その通りだ。

この身体は森美幸のものだが、私は彼女の亡骸を器として借り受けて今この御世ある。

だが彼女の御霊とも同化しているから美幸はちゃんと私の中にある」

「森一飛曹が死んだだと!」

 

 

能美が眉間に皺を寄せ声を荒げた。

 

部下の死、

彼にとっては聞き捨てできないことのようだ。

 

 

「美幸は勇敢だった。

怪異相手に一人で善戦したが、及ばなかった。

しかし魔法力を使い果たし、

瀕死の重傷を負っていたにも関わらず、強力な伝信を放ち、

私は呼ばれたのだ」

「その魔法伝信は私も聞いた」

 

 

北郷、ふう、と溜息をつく。

 

伝信の内容からよもやと思っていたのだが、現実を知るとやはり口惜しい。

 

 

「で、君は何処の誰なのだ?」

 

 

真っ直ぐ菊月を見据える北郷。

 

 

「その前にこちらも聞きたいことがある」

「それは君の正体に関することか?」

「そうだ、で、能美大佐」

「うん?」

「扶桑海軍には睦月型駆逐艦は在籍しているか?」

「ある、12隻」

「艦名は?」

「1番艦睦月、続いて2番艦以下、如月、弥生、卯月、皐月、水無月、文月、葉月、長月、神在月、霜月、師走だ」

「なるほど…」

 

 

菊月は腕を組んで少し考える。

菊月からの質問は続く。

 

 

「では、森幸吉という人物は海軍に在籍しているか?」

 

 

能美と北郷、顔を見合わせて、

 

 

「たぶんいない、聞いたこともない」

 

 

菊月の眉尻が下がった。

哀しげな表情で俯いて小さく呟く。

 

 

「大日本帝国と扶桑皇国、

9番艦から先の睦月型駆逐艦、

良く似ているが少しずつ違いがある。

 

ここは、似て非なる御世か。

 

森幸吉少佐はいない、否、いないのではなく、森美幸か…

ほんの少し違う人間、代わりの存在がいる。

つまり、彼女の声が私に届けられたのは偶然でなかったということか…」

「何を言っているのだ?」

 

「第31号駆逐艦改め睦月型駆逐艦9番艦菊月、それが私だ」

 

 

北郷も能美も流石に理解が追いつかなかったのか、

一瞬ポカンとしてしまう。

 

 

「魔女どころか人じゃないというのか、そもそも菊月なんて聞いたことないぞ」

 

 

北郷はこれを魔女の固有魔法によるものと推測していたが、事態は予想の斜め上をいっていて驚いていた。

 

 

「少佐、菊月はな、第31号駆逐艦、今の睦月型9番艦神在月につけられる筈だった艦名なのだ」

「大佐、そうなのか?」

「大正時代の話だから若い少佐が知らないのも無理はない」

 

二人は奇異の目をもって菊月を見た。

 

戯事を言っているのか、

目の前に超常現象があるのか、

判断できる筈もない。

 

 

「戦船に魂なぞ、と思うか?

私は覚えている。

 

私は南洋艦隊の麾下にあり旗艦沖島の…

つまり能美大佐、貴方の指揮下で戦っていたのだ。

 

そもそもこの御世では、

怪異とかネウロイとかいう生命体かどうかも解らない超常の敵と今現在、大戦中なのではないのか?」

 

 

戯事で片付けるには菊月の言葉は具体的だった。

かと言って信用するにはあまりにも突拍子もない内容である。

冷や汗を頬に伝わせながら話を聞くことしか出来なかった。

 

 

「菊月殿…」

「森美幸で構わない」

「そうか、では先の戦闘において敵怪異について森一飛曹の所見を聞きたい」

 

 

うんと頷き、真面目な表情で、

 

 

「奴の正体は私と同じ、戦船の御霊の成れの果てだった」

「なっ…!」

 

北郷は思わず席を立っていた。

 

 

「何故解る?」

「止めを入れる際、広開土大王級駆逐艦を自ら名乗った」

「意思疎通したのか!」

 

 

怪異ネウロイの正体については殆ど解っていない。

 

 

「しかし、くぁんげとでわん…奇妙なイントネーションだがどこの言語だ?」

 

 

首を傾げる能美。

ウラルへ派遣された経験もある北郷にも心当たりはない。

 

 

「教えて欲しい、扶桑海の向こうユーラシア大陸の東側はどうなっていて、何という国家がある?」

「北東部は大国オラーシャがあり、シベリア鉄道の起点に我が扶桑皇国の領土浦塩がある。その南はモンゴルだ」

「オラーシャ?

…おロシア?

 

ロシアのことか、地図を見せて欲しい」

 

菊月はジッと地図を凝視し、

説明を聞いていたが、

 

 

「無い…」

「え?」

「私が知る国家が無い。

いつから…いつ無くなってしまったのだ!」

「何のことだ?」

「支那だ。中原の華と言われた大国はいつから無いのだ?」

 

 

菊月が指を差した場所、

扶桑海を挟んだ向かい側、

半島からその先に広がる膨大な大地。

 

この場所は…

 

 

「昔からそこには何も無い。

無人の荒野だが」

 

「人の記憶にすら無いのか!」

 

 

菊月は戦慄する。

菊月が倒した広開土大王は高潔なる戦船であった。

彼の御霊が、何故、荒れ狂う荒御霊に成り果てたのか…

その理由をハッキリと理解したからだ。

 

 

「彼我は裏表一体…

一つ間違えれば私も怪異になっていただろうな…」

 

 

ガクリ、と、

力無くうなだれる菊月。

 

この御世の人間である北郷と能美には理解は難しかろう。

 

どう説明しようか、

菊月はただ困り果てるのであった。

 

 



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13、敷設艦沖島にて、其の三

白波を立てて海上を疾走する銀髪の少女の姿があった。

 

自称、睦月型駆逐艦菊月。

 

滑らかな軌道で海面にS字の航跡を引く。

その手に構えるのは、45口径三年式12cm砲。

 

…と彼女は言うが、砲の実物は少女の手に収まる大きさではないので、これはミニチュア版の艦砲だと言える。

 

 

「うん、森一飛曹はもともと離着水や海面走行が得意であったが、アレはそういうレベルでは無いな、特化している」

 

 

艦橋から双眼鏡で菊月の動きを見学する北郷。

甲板でも多くの水兵たちがワイワイと話しながら見守っている。

 

大きな炸裂音を響かせ砲門から光球が飛び出す、続けて四発。

 

光球は緩やかな弾道を描き、

水平線の手前で水柱を四本立たせた。

 

オオーと甲板から歓声があがり、北郷の隣にいた能美も唸りを上げていた。

 

 

「ふむ、確かに凄い。動き、砲の威力、駆逐艦並だな」

「あの武装…いや艤装と言っていたか、どこから出すのだろう?」

 

 

沖島の船縁まで戻ってきた菊月が水上機用のクレーンで艦上へと引き上げられる。

 

 

「すげえなカワウソちゃん」

「ストライカーユニットもいいが、こっちもすげえ戦力じゃないか!」

 

 

菊月、感心して寄ってくる水兵たちへ曖昧な笑みを浮かべて対応していた。

 

刺すような視線を感じて振り返ると、水兵たちの後から夕月がこちらを見ている。

 

冷たい目で、

ジッと見ている…。

 

菊月が気がついて目が合うと夕月は立ち去っていった。

 

 

(夕月、私はどうしたら…)

 

 

菊月への質疑応答の後、北郷と能美は彼女のことをどう報告し説明するか話し合った。

 

そもそも当人たちも菊月の話の全てを理解できてはいなかったが…

 

菊月は森美幸の記憶と魔法力を受け継いでおり、シールドなどの基本的な魔法は使えるのだが、固有魔法の魔法伝信は失っていた。

ストライカーユニットは使用不能。

代わりに《艤装》と本人が宣う装備一式をその身に纏う。

艤装は艦船用の装備で飛翔することはできないが、海上で縦横無尽の機動力を発揮した。

 

武装は12cm砲(装填一回につき4連発)、

61cm4連装魚雷、

対潜爆雷。

 

菊月の言によると、

艤装とは戦船として生み出された己の生前の肉体の一部。

故に魂に付属しているものであり、それをウィッチの魔法力で具現化したものだという。

 

 

「まるで海上歩兵だな」

「そうですね、そういうことにしましょう」

「《白波の魔女》なんてどうだろう、少佐」

「はあ?」

「彼女の二つ名だよ、戦果を上げたんだ、必要だろうよ!

うん、妹の森二飛曹と二人で《沖島白波の魔女小隊》なんていいな。

小隊ならあと一人ウィッチが欲しいところだ!」

 

 

拳を握って熱く語る能美に対し、

ハァと溜息を吐く北郷。

 

(能美実という人は部下想いの良い人なんだが、どこかズレているなぁ…)

 

と、呆れるのだった。

 

とにかく菊月の事は秘匿し、

森美幸は新規開発中の兵器《水上ストライカーユニット》のテストウィッチに選抜され、その試作機の運用テストを敷設艦沖島で実施する。

 

と、いう筋書きが用意された。

 

 

食事の後、自室(森美幸の)へと戻る菊月。

 

狭い部屋で妹の夕月と同室。

制服を掛けておく簡易クローゼットと二段ベッドがあるだけ、窓も無い。

 

それでも下っ端の水兵なぞは魚雷の下で寝袋に入って寝起きしているので、女性であり且つウィッチである彼女らはまだ優遇されている方である。

 

 

「ただいま、夕月」

 

 

二段ベッドの上段で、もう休んでいる筈の夕月に優しく声をかけるが返事は無い。

寝ているのか、無視しているのか…?

 

(私は菊月だが、美幸なんだ。夕月、私は哀しい…)

 

下段ベッドに入り、毛布を身体にかける。

 

今日はいろいろあり過ぎて酷く疲れていた。

一気に眠気に襲われ瞼に重力を感じて瞳を閉じる菊月。

 

 

「おやすみ、ユ、ヅ、キ…」

 

 

微睡みの中へと沈む菊月。

 

夕月は、

まだ起きていた。

 

 

当然菊月の声は聞こえていたが、無視したのだ。

 

 

「アイツは美幸ちゃんじゃない、

美幸ちゃんの魂を食べちゃって、

美幸ちゃんの身体を乗っ取って、

美幸ちゃんのフリをしてる…」

 

 

夕月の瞳に生気は無く、

 

 

「アイツは、たぶん、ネウロイ!」

 

 

上半身を起こし、自分の手のひらを見つめて独り言を呟くその瞳は…

 

 

「やっぱり殺すしかないよね、夕月が美幸ちゃんを助けなきゃ」

 

 

狂気を帯びていた。

 

とっくに正気を失って、

妄想に取り憑かれていたのだ。

 

目の前で、美幸の死を目の当たりにした彼女の精神はズタズタに引き裂かれていた。

 

北郷も能美もまずは彼女の心のケアをするべきであったが、後回しにされ、放置されたままになってしまった。

 

そっと梯子を降りて下段ベットに入り込むと、眠っている菊月に馬乗りになる。

 

真っ黒い瞳は瞬きを殆どせずに、

しばらく菊月の寝顔を見ていた。

 

 

 

「死んじゃえ…」

 

 

両手が菊月の細い首を掴かみ、

親指に力を入れて絞め上げた。

 



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14、敷設艦沖島にて、其の四

その日、その場所、

菊月は戦友たちと共にあった。

 

高栄丸、吾妻山丸、そして敷設艦沖島。

それと…姉妹艦である、睦月型12番艦夕月。

 

一大作戦の支援の為の水上機基地設営作業を完了し、

給油作業の最中だったのだが…

 

敵は空からやってきた。

 

わんさとやってきて爆弾の雨を降らせ、

低空飛行で銃弾を撒き散らしていく。

 

設営したばかりの水上機基地は破壊され、

補給艦玉丸は爆破轟沈、

 

夕月も中破炎上…

 

菊月は補給作業を直ちに中止、

敵の注意を旗艦である敷設艦沖島から逸らし、自分に向くように動きを見せた。

 

 

「こい、私のところへ、こい!」

 

 

敵機から放たれた8本の魚雷、

必死の回避行動を試みる菊月だったが…

 

「ああああっ!」

 

かわしきれずに1本が右舷に命中、機関室をやられ大破。

 

「菊月さん、しっかりしてください!」

 

第三利丸が重傷の菊月を必死に曳航するが…

 

「もう、いい。ここに私を置いていけ…」

「そんな…」

 

菊月は沈められずに、ある島の海岸に擱座することになる。

艦隊は各自バラバラに退避行動を取り…

 

 

菊月は、そのまま投棄。

 

死に切れず、

かと言って生きているわけでもなく、

 

ただ棄てられてしまった。

 

 

「夕月も沖島さんも、なんとか無事だったか。

皆、後は頼む…

 

 

逃げてくれ…

 

逃げてくれ…

 

逃げて…

 

 

逃げ…

 

 

 

イヤだ…

 

 

逃げないでくれ…

 

 

私を…

 

 

棄てていかないでくれ、

 

 

 

私はまだ死んでない…

 

 

 

私を独りにしないでくれ…!

 

 

誰か、

 

 

誰か…!

 

 

 

夕月ぃ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

菊月が瞼を開けると、

夕月が上にのしかかり、体重をかけ親指を首に食い込ませるように絞めていた。

 

「ユ、ヅキ…」

 

夕月から激しい殺意を感じる。

 

その両手に込められた腕力は明らかに息の根を止めにきている。

 

このままでは殺されて…

 

夕月を跳ね除け、

殴って目を覚まさせるか、

 

…と、一瞬考えたが止めた。

 

 

(受け入れよう、夕月が望むまま、

受け入れよう…)

 

 

菊月は観念した。

 

抵抗することを諦めて、この行為を受け入れることにしてしまった。

 

夕月の頬を優しくなでた。

憎しみに満ちた視線を向けてくる夕月に対し、苦痛をおくびにも出さず、

 

慈愛さえ感じる表情…

 

殺意に充ち満ちた夕月の顔色が変化して、

 

怯えと戸惑いが表情に表れた。

 

腕の力が抜け、

首にかかった手が外れる。

 

「何で抵抗しないの!

 

殺されるところなのに、

 

何受け入れてんのよぉっ!」

 

半狂乱で頭を抱え、

そのまま蹲ってわめき散らす夕月。

 

「何でアンタは美幸ちゃんにそっくりなの?

 

美幸ちゃんみたいに私に優しくするの?

 

おかしい、こんなのおかしい!

 

夕月、頭の中がグチャグチャになる!

 

もう耐えられない、

もうイヤ、

夕月も死にたい、

 

美幸ちゃんのところに逝きたいぃっ!」

 

「ダメだ!」

 

蹲る夕月の身体を起こし、

肩を強く掴んで声を荒げた。

 

「今私がここに在るのは、おまえを守る為だ。

美幸と菊月の御霊は同化して、今の私がいる。

おまえを守りたいという美幸の意思は私の想いなんだ!」

 

「う、うぅ」

 

「死にたいなんて言わないでくれ…

 

お願いだ…」

 

「美幸ちゃぁん」

 

夕月が菊月の胸の中に入り、菊月がその夕月を包むように抱き抱える。

 

二人して泣いた。

凍てついた心が、

氷解していく…

 

菊月の優しさは美幸と全く同じ。ようやくそれを感じることができた。

 

 

「菊月ちゃん…」

「美幸で構わない」

「ううん、美幸ちゃんが生まれ変わって新しいお姉ちゃんになったから、やっぱり菊月ちゃん」

「おまえの意思を受け入れよう」

「えへへ」

 

二人は同じベットで一つの毛布を被り、お互いの体温を気持ち良く感じながらいつまでも喋っていた。

 

やがて夕月が眠そうにトロンとしてきたので、菊月は話すのを止めて頭をゆっくり撫でた。

 

撫でられると、

夕月は心地良さそうに微睡みの中へ…

 

「夕月を守るのが、私がこの御世にある為の存在理由…」

 

虚空を見つめて深く考える。

 

「広開土大王は、護るべき御国が存在せず己の存在理由を失ってしまったが為に暴走し…

 

彼我は表裏一体、奴と私は全く同質の存在…」

 

そこで考えるのを止めた。

 

得体の知れない恐怖心が悪寒を走らせる。

 

とにかく今は夕月の温もりを感じながらゆっくり眠りたい。

 

懊悩を無理やり心の奥にしまい、夕月の身体を抱き寄せて眠りについた。

 



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15、聖川丸の魔女

話は少し遡る。

 

聖川丸は川崎造船所にて竣工された貨物船だったが扶桑海軍に徴傭され、改修を受け最大12機の水上機が運用可能な特設水上機母艦となった。

 

1942年5月4日、

演習の為に第六水雷戦隊(旗艦、巡洋艦夕張)、

第十八戦隊(巡洋艦天龍、龍田)、

特設巡洋艦金剛丸、金竜丸と共に里安来岩礁へ向かう途中で、

 

隠岐諸島沖に怪異出現の一報を受ける。

 

演習を中止して後方から怪異を追跡し、舞鶴の戦力と連動し迎撃しようと行動を開始したのだった。

 

 

 

「行かせろぉーっ!」

 

 

聖川丸の水上機格納庫から、喚声が響く。

 

 

「待機命令が出てる!」

「うるせえ邪魔すんな!」

「命令に背くのか、貴様それでも軍人か!」

「ダチが助けを求めてんだよ!」

 

 

数人がかりで水兵に取り押さえられるウィッチの姿があった。

 

 

「行きたいのは我々も一緒だ、今は落ち着け保田一飛曹!」

「ちくしょーっ!」

 

 

彼女、保田ひとみは膝をつき激しく嗚咽する。

 

艦内の船員たちの表情は不安に満ちていた。

どうやら舞鶴の部隊が怪異と接触し、交戦が始まったようだが…

その後はずっと音信不通で状況が解らない。

 

ウィッチである彼女は何か感じ取ったのか?

 

待機命令を無視して出撃すると言い出し、止められてこの状況だった。

 

 

「美幸ぃ、助けに行ってやれねぇ…」

 

 

出撃を諦め、泣きながら床を拳で叩いていた。

 

 

1200時頃。

 

 

「保田…」

 

 

水偵乗りの大竹莞爾は、艦首のあたりで膝を抱えて蹲るひとみに声をかけた。

 

ひとみ、泣き腫らして真っ赤になった目でチラリと大竹を一瞥。

その隣にやってきてヨイショと腰をかける。

 

ひとみはこの艦隊唯一のウィッチで紅一点。

 

なのだが…

 

婦女子にあるまじきガサツな性格、

口の悪さと喧嘩っ早さ、

よくよく部隊のトラブルメーカーであった。

 

一年前配属されてきた時の第一声が…

 

 

「オレの名は保田ひとみ、戦闘ウィッチだ。ふふふ、怖いか?」

 

 

と、いきなり水偵を挑発するもので隊員の度肝を抜いたのは記憶に新しい。

 

オレは強えが口癖で、

ギンバイだって平然とこなし、

自称16歳だが飲酒してバカ騒ぎする、

 

そんな彼女は、

人一倍情が深い。

 

一度仲間と認めればどこまでも彼女にとって仲間、

 

この一年で聖川丸飛行隊員として、すっかり馴染んでいた。

 

 

「森美幸、たぶん今は敷設艦沖島で哨戒任務をやってる」

「それがおまえのダチか?」

「真面目でさ、最初オレとは合わなくてさ、喧嘩もよくしたけど基本面倒見のいい奴でさ…」

「今は大事な仲間か」

「その美幸が、自分じゃなくて妹を助けてって、自分の命はどうなってもいいからって…」

 

 

膝を抱えた手に力が入った。

言ってるうちに感情がまた昂る。

 

 

「相当ヤバイんだぜ、あんな必死な魔法伝信!」

 

 

そう言ってまたダラダラと涙を流し始めるひとみ。

 

(コイツ、こんなによく泣く奴だったのか?)

 

同僚の以外な一面に、

大竹は不謹慎にも少し心拍が高鳴るのを感じてしまった。

 

 

「大丈夫じゃないか、たぶん?」

「何で解んだよ!」

 

 

食ってかかるひとみを軽くいなしながら、

 

 

「森さんて子、たぶんおまえより強いんだろ?」

「ぶっ殺されてえか、あんなチンチクリンにオレが負けるかよ!」

 

 

からかうとムキになるひとみだが、

 

 

「ふ…、はははっ」

「アハハッ」

 

 

場が少し和んで二人から笑顔がこぼれた。

 

 

「…大竹、ありがと」

 

 

涙で潤んだ瞳、

赤らんだ頬、

少し俯いて上目遣い、

 

この不意打ち、心の臓を直撃した。

 

 

「大竹、保田!」

 

 

飛行隊長の新見中尉が二人に呼びかける。

 

 

「朗報だ、怪異撃破!

やったのは敷設艦沖島の森美幸一飛曹だそうだ」

 

 

キャーと、いつもならあり得ない声を上げるひとみ。

そのまま大竹の手を取って、

 

 

「やった、美幸がやったー!」

 

 

嬉しさのあまり魔法力まで行使され、ひとみの使い魔シマリスの尻尾と耳が出ていた。

 

魔法力が行使されると常人の数倍の腕力が発揮され、大竹の大柄な身体が軽々とブンブンと振り回される。

 

 

「バカ、海に落ちる、よせーっ!」

 

 

大竹、少しでもトキめいたことを後悔するのだった。



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後章 荒御霊の章
16、勃発


特設水上機母艦聖川丸を含む艦隊は本来の任務に復し、里安来岩礁で演習を開始した。

 

里安来岩礁とは、約百年前の1849年にガリア国籍の捕鯨船リアンクール号が、北緯37度、東経131度の地点で発見した岩礁であり、呼称はその船名に由来する。

 

東島と西島の二つの島と多数の岩礁からなり、海産資源は豊富だが島に飲料水などは乏しく人間が住める環境ではない。

 

海軍の演習地に選定されており、定期的に演習が実施されていた。

 

演習の内容は以下の通り、

聖川丸飛行隊による偵察の後、

艦隊による艦砲射撃を行い揚陸支援。

陸戦部隊の上陸と島の制圧、

水偵部隊による銃撃で陸戦部隊の支援であった。

 

 

「よっしゃあ!」

 

 

聖川丸から出撃した水偵隊の先頭に、張り切って飛行する保田ひとみの姿があった。

 

彼女のストライカーユニットは十六試水上偵察脚。

偵察機と攻撃機の統合を目的とし、零式水偵より速力、急降下性能を向上させた新鋭の試作ユニットである。

ちなみにこの機体を元に正式に量産が開始されたのが水上攻撃脚《瑞雲》である。

 

 

『保田一飛曹、まずは偵察だから撃つなよ』

「わーってるよ、隊長」

 

 

飛行隊長の新見に釘を刺され唇を尖らせるひとみ。

 

機銃掃射は陸戦部隊が上陸してからだが、景気付けに先に撃っときたいのが本音だったり。

 

 

『東島、確認』

『西島、確認』

『周辺に船影無し』

『聖川丸隊上空待機、3分後に艦隊、艦砲射撃開始。全機、味方に撃ち落とされんじゃないぞ!』

 

 

隊長の指示で艦砲射撃が当たらないように、飛行隊は島の上空に高度をとった。

 

定刻、

第六水雷戦隊旗艦、巡洋艦夕張、駆逐艦追風、疾風、睦月、如月、弥生、望月らが各々砲撃を開始。

 

島の周辺は激しい爆音に包まれ、砲弾があちこちで炸裂し、爆煙が上がる。

 

「すげえな、地上型ネウロイがいたとしても、これじゃひとたまりもないぜ!」

 

上空からその様子がバッチリ見える。搭乗員たちのテンションも自然上がっていく。

演習はここまで予定通りスムーズに進んでいる。

 

ここまでは…

 

 

「どうした?」

「大発、降せませません、波が高すぎます!」

「バカを言うな、出来ませんでは済まんのだ」

「しかし…」

「何の為の演習か、やれ!」

 

 

金剛丸、金竜丸では、陸戦隊を乗せた大発動艇を海面へ降ろす作業が難航していた。

 

次々と押し寄せる高波がグラグラと特設巡洋艦の大きな船体を弄ぶ。

 

陸戦隊員の揚陸艇、大発動艇はもっと悲惨で、乗り込んでいた陸戦隊員たちはたっぷりと海水をご馳走になった。

 

なんとか海面に降ろされても満足に動けず、辺り一面ひしめくような密集状態になる。

 

そうなると大発同士が衝突して大破してしまったり、

転覆してしまうものまで出てしまう有様に…

 

 

「おいおい、大丈夫か陸戦隊は?」

 

 

上空の飛行隊も下の惨状に呆れてはいるが、

まだ楽観していた。

 

この時、

これはただの演習だから、

と、誰もが高を括っていたのだ。

 

 

本当にこれが、

 

演習なら良かったのに…

 

 

 

何処からか、

大きな鯨波が起こった。

 

この世のものとは思えない、

不気味な、

 

大型肉食獣の咆哮のような…

 

赤い光弾が、

中空に放物線を描いて飛来。

駆逐艦疾風の艦尾数メートルの至近に着弾し、激しく立ち上がった水柱は艦尾にいた水兵を吹き飛ばし、海中へ引きずり落とした。

 

 

「至近弾だとっ!」

 

 

誰も、何が起こったのか理解できなかった。

理解できなかったが、状況は加速していく。

もう一発飛んできた光弾は疾風の艦首近くに着弾。

 

 

「まずい、これは、夾叉されたぞ!」

 

 

疾風艦長高塚実少佐は、いち早く危険に気が付いた。

しかし全速離脱を命じるより先に、三発目の光弾が艦中央を貫く。

駆逐艦疾風は大爆発を起こして船体が真っ二つに折れ、海水を弾き飛ばし、巨大な水柱を立てた。

 

あっと言う間に168名の船員もろとも海中へ…

 

 

「疾風が!」

 

 

あり得ないし、信じられないが、

これは間違いではなく…

 

 

「て、敵襲っ!」

「これは演習ではない、繰り返す、これは演習ではない!」

 

 

後に、

里安来岩礁事件と呼ばれる惨劇の始まりであった。

 

 




保田 ひとみ ヤスダヒトミ
年齢 16歳
階級 一等飛行兵曹(曹長)
固有魔法 影分身
使い魔 シマリス
ユニット 十六試水上偵察脚


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17、海の守護神

艦これ成分高め。


『聖川丸隊各機、一刻も早く敵を見つけ出せ』

『了解!』

 

 

上空待機していた水偵隊が散開、

いきなり砲撃してきた謎の敵の発見を急ぐ。

 

 

「オレの目の前で、クソ…」

 

 

疾風の轟沈は一瞬、

船員たちの生存は絶望的…

 

同じ艦隊の仲間が、

160人以上の人間が、

この短時間に海の藻屑になってしまった。

 

あまりにも惨い、

あまりにも理不尽、

戦争の現実にひとみは憤る。

 

艦隊は大混乱に陥っていた。

 

最初に偵察した時には周辺に何もいなかったし、そもそも敵が何なのかも解らない。

 

更に陸戦隊の半数以上が大発動艇に乗り込んで海上にあり、これを放置して撤退するわけにはいかない。

 

そんな艦隊の都合なぞ御構い無しに次なる光弾が飛来して海面に水柱を立てた。

 

大竹一飛曹が飛来する光弾を目撃し、その飛んできた方向を確認すると、

 

…いた。

 

海上に何か黒いものが二つ。

 

大竹機、更に接近して観察を続けるとその不気味な姿が露わになってくる。

 

 

「何だアレは…」

 

 

突き出した額部、

青く輝く二つ目、

大きく開けられた口から砲門らしきもの、

長く伸びた胴体、

その胴体の後部に生えた二本の白い足、

全長は100メートルを越す巨体。

 

二体は砲撃を繰り返しながら、徐々に艦隊に近づきつつある。

 

大竹は急ぎ旗艦夕張へ敵怪異の位置を知らせた。

 

 

「金剛丸、金竜丸は陸戦隊の収容を急げ、我ら第六水雷戦隊は怪異に対し反撃する、全艦砲戦用意!」

「よし、反撃だ、砲戦用意!」

「疾風の仇、砲戦用意!」

「足止めする、砲戦用意!」

 

 

疾風を轟沈させられた第六水雷戦隊だが、まだまだ戦意は失なっていなかった。

 

各艦一斉に反撃の狼煙を上げ、徹甲弾を二体の怪異に叩き込む。

 

二体の怪異は何発か直撃を喰らい足が止まるが、すぐに身体を再生させて赤い光弾を放ってきた。

 

辺りに絶え間なく砲音が轟き、

水柱が乱立する。

 

砲火を存分に交換しあう、

激しい砲撃戦の開始。

 

金竜丸の陸戦隊員収容が先に済み、十八戦隊の巡洋艦天龍、龍田が護衛に付き退避行動を開始。

 

金剛丸の方はまだ時間がかかりそうだが、第六水雷戦隊が敵怪異を足止めしてくれている。

 

だが、悪夢はまだ終わらない。

 

そもそも、演習を開始した時点でこの海域には何もなかった筈だった。

 

水偵隊は見落としてなどないし、電探にも反応がなかった。

 

では何故気が付かず、接近を許してしまったのか?

 

答えは簡単、怪異は外から艦隊に近づいてきたのではなく、

 

たった今この場所に出現したのだ。

 

そしてもう一つの怪異が…

 

 

「何だ…」

 

 

二体の怪異の後方、

海上に大きな渦が発生している。

 

渦の中心が赤黒く光り、やがて海面に大きな赤い結晶が浮かび上がってきた。

結晶の周りに黒い外殻が形成されていく。

 

 

「コアだ、ネウロイのコアが海の中から!」

 

 

新見、大竹、ひとみら水偵隊は一部始終を見た。

新たな怪異が生み出される、

おぞましい有り様を…

 

黒い楕円形、

それがパックリと上下に大きく割れて、大きな歯を生やした口顎が出来上がる。

 

青く輝く左目、そして右目に当たる部分が異様に突き出したと思うと、筒状の砲門の様なものになった。

 

そして、先の怪異と同じく身体の後側に白い足が生え、前の部分には両手まで生える。

 

両手足を海面に付けて四つん這いの様な姿勢で海の上に立ち、

少し上向きになると産声たる巨大な咆哮を上げた。

 

その場にいた全ての人間の予想外が起こったのはこの後だった。

 

『倭奴め、倭奴供め…

 

吾らの神聖な御国に砲を向け汚したるは、万死に値する。

 

吾、御国の守護たるその力を以って汝らを殲滅してくれようぞ…

 

吾の名は独島(ドクト)

東海の守護神、独島也』

 

 

 

 

 

独島を名乗った怪異が、その大口を更に凄まじく広げると口内から黒いものが飛び出してきた。

 

先端が尖った流線型のそれらは、いくつもいくつも飛び出してきて、一定の規則を以って旋回飛行を始める。

 

「ウソだろぉ」

 

ひとみの頭から血の気が引き、冷や汗をかく。

 

悪い予感しかしない、

それが何なのか解ってしまったから。

 

「艦載機、黒い小さいのは艦載機で、あのバケモノは空母なんだ!」

 

雁行陣になった飛行型の小型怪異の編隊が必死の抵抗を続ける第六水雷戦隊へ、

 

上空から一挙に襲いかかっていった。



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18、竹島に散る

怪異《独島》から放たれた飛行する小型怪異は、上空から第六水雷戦隊各艦に迫り、霰のような赤い光弾を撒き散らしていった。

 

その光弾は大型怪異のそれのように一発で船を破壊する威力はないのだが、艦上にいた水兵たちには充分過ぎる程の脅威である。

 

まず集中して狙われたのは駆逐艦より的が大きい巡洋艦夕張。

 

何度も光弾銃撃に晒され、艦上に鮮血が飛び散ちり、死傷者を多数出す死屍累々の酷い有り様に成り果ててしまった。

 

そして、陸戦隊を収容中だった金剛丸も標的となる。

 

ほとんど無防備に近かった金剛丸も繰り返し光弾の雨に打たれ、遂にガソリンが入ったタンクに光弾が命中、

爆発を起こす。

 

「金剛丸が…!」

 

 

零式水偵では戦闘機相手に制空戦は不利。

悪化する戦況を見ていることしかできなかった聖川丸飛行隊だったが…

 

保田ひとみは手にしていた九七式七粍七機銃に魔法力を込め始めた。

 

ウィッチである彼女はシールドが張れるし、十六試は零式水偵よりは制空力がある。

 

「好き勝手やりやがって…!」

 

単機、金剛丸の元へと駆けつけ、

 

「落ちろっ!」

 

いまだ金剛丸を襲い続けていた怪異に肉薄しつつ、引き金を引く。

 

銃口に小さく魔法陣が浮かび、弾丸は青白い光の粒になり、目標の怪異に目掛けて放たれた。

 

一発、二発…、三発目にはその体を貫き、怪異はガラス細工の如く粉々に砕け散る。

 

「ウィッチだ、ウィッチがやってくれたぞっ!」

 

まだ海上にあった陸戦隊員たちから歓声が上がっていた。

 

戦場に飛び込んできたひとみを脅威と認識した怪異は、目標を金剛丸から切り替えて襲いかかってくる。

 

 

「よし、来い、

そのままついて来い!」

 

ひとみは冷静だった。

シールドを展開して敵の攻撃を防ぎ、煽るようにたまに撃ち返しつつ、空域を移動していく。

 

金剛丸を敵の攻撃から逸らし、

隙を作る事に成功した。

 

「保田め、やるじゃないか!」

 

隊長の新見も感心する。

 

まともな制空戦ができなくても、それなりの戦い方がある。

 

ひとみの奮戦は漢たちの飛行乗り魂に火を付けた。

 

聖川丸飛行隊は敵の艦載機相手に決死の制空戦を挑む為に、突撃を開始するのであった。

 

金剛丸はいまだ炎上中、

これ以上この場所にとどまるのはもう限界である。

 

非情の決断を迫られた。

 

「ああ、金剛丸が…」

「ウワーッ、そんな」

「待ってくれぇっ」

 

海上から悲痛の声が漏れる。

金剛丸はついに陸戦隊員の収容を諦めて退避行動を開始した。

 

いまだ未収容の者たちはこの場に…

 

非道だが、これ以上攻撃を受けて金剛丸が轟沈してしまえば誰も助からない。

それ故の決断である。

 

戦場とは常に非道なもの、

いくつもの命を天秤にかけ、どれが最善なのかという究極の選択を迫られるものなのだ。

 

 

金剛丸の離脱を受けて、足止めの為に踏みとどまって交戦を続けていた第六水雷戦隊も海域からの離脱を開始する。

 

そしてその中で…

 

「副長、大発のところへ行ってくれるか」

「艦長…、了解しました」

 

「旗艦夕張に打電、ワレ殿軍ニ務ム、全速離脱サレタシ!」

 

駆逐艦如月艦長、小川陽一郎少佐は艦隊から離れ、残された陸戦隊のところへと向かうよう指示する。

 

二体の大型怪異、及び艦載機群は全速離脱する艦隊を追跡せずに単艦残留した如月に喰らいついた。

 

至近弾が水柱をあげる中、如月は残された陸戦隊員を収容するべくゆっくり進んでいく。

 

「小川艦長…よし、

聖川丸隊、如月を直掩せよ」

「了解」

「保田おまえは離脱しろ、舞鶴へ向かえ」

「バカな!」

「命令だ」

「イヤだっ!」

 

新見の命令に、当然ひとみは反抗する。

 

「聞け、ウィッチは怪異を撃退する為に絶対失ってはならない戦力なんだ。こんなところで犬死にするんじゃない!」

「イヤだ、オレは残って戦う!

何で…何で、そんなこと言うんだよ…」

 

最後は嗚咽混じりだった。

理屈は解る、でも納得できる筈もない。

一年間寝食をともにしてきた仲間を置いて、たった一人で遁走するなんて。

 

「第一印象は最悪だった」

「え?」

「おまえみたいな女だけは無いなってな」

「こんな時に何だ、大竹!」

「聞けよ。今は、おまえよりも良い女はいないと思ってる」

「バ、バカ…」

「大竹、抜け駆けしてんじゃねえ、俺は最初から惚れてたぞ!」

「俺だってそうだ」

「おまえら…」

 

飛行隊員たちからのいきなりのカミングアウト。

ひとみの顔面が赤面して湯気を立たせたのは言うまでもないが…

 

「ウィッチのおまえは知らないだろうが、水偵ってのは戦闘が始まっちまうともう母艦には帰れないんだ」

「え」

「水偵乗りの宿命さ、この事態になった時点で俺たちはもう覚悟を決めてるんだ」

「そんな」

「おまえは俺たちと違い助かる可能性がある、だから行くんだ!」

「でも」

 

爆音が響き、

如月から火の手が上がる。

 

糞に群がる銀蝿のように、

怪異たちは如月に纏わり付いて攻撃を繰り返していた。

 

「行くぞーっ!」

「オオーッ!」

 

ひとみは如月の元へ駆けつける水偵たちを呆然と見ていることしかできない。

 

怪異が砕け散ってキラキラ光る破片になり、

零式水偵は火の玉となって海上に堕ちていく。

 

如月が大爆発を起こし、艦橋を吹き飛ばされた異様な姿になる。

 

赤い光線が如月の船体を貫き、

大きな水柱と共に海中に姿を消していった。

 

 

 

 

 

 

「ワァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ…」

 

 

 

 

 

 

ひとみの悲痛の鳴き声は、

水平線の彼方へと霧散していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

「菊月ちゃん!」

 

敷設艦沖島、

 

舷から水平線を眺めていた菊月に夕月は声を掛けたが…

 

振り返った菊月が涙を流しているのに気が付いて言葉を失った。

 

菊月は一度涙を拭い、

 

 

「姉妹が死んだ、たった今…」

 

 

それだけ言うと、また振り返って水平線の先を見つめる。

 

ポタリ、ポタリと赤い瞳から零れ落ちる涙。

 

夕月には菊月の言葉の意味が解りかねた。

しかし、只事ではない様子。

彼女を慰めるために、後ろからそっと菊月を抱き寄せることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




駆逐艦如月、そして悲壮な運命を背負い出撃していった水上偵察機の搭乗員たちに鎮魂歌を捧げます。


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19、敗残兵の帰還

「オレは、弱い…」

 

 

保田ひとみは虚ろな瞳で、ブツブツと独り言を呟きながら飛び続けていた。

 

聖川丸飛行隊と駆逐艦如月の最期を見届けた後、新見中尉に目指せと言われた舞鶴に向かってはみたものの…

 

もう、どうでもよくなった。

 

「誰一人守れない、弱すぎるウィッチ…」

 

涙は枯れ果ててもう出てこない。

代わりに出てくるのは自嘲だけ。

 

いきなり沈められた駆逐艦疾風、

見捨てられた陸戦隊員たち、

踏み止まった駆逐艦如月、

如月を守ろうと絶望的な制空戦を挑んでいった飛行隊員たち…

 

艦隊で唯一のウィッチとして、全員が守るべき対象だった。

 

だが、反対に守られたのは自分という皮肉。

 

ストライカーユニットも調子が悪い。

精神が弱り切った状態で充分な魔法力を発揮できるわけもなく…

 

やがて魔導エンジンが停止し、ひとみは紺碧の海へとゆっくり墜ちていった。

 

ひとみの脚から外れたストライカーユニットはフロートの浮力で辛うじて浮いていたが、潮によって何処かへ流されいく。

 

ひとみの身体も海面を移ろい、

漂い流される。

 

 

「まだ生きてる、死ねばよかったのに…」

 

これでハレて漂流者。

今更生きようと足掻くつもりもなく、終わりにしようと瞳を閉じた。

 

そうしていたのは何秒かだったか?

もしかしたら何時間だったのか?

時間の感覚すら無くしていたら、

 

「ひとみちゃん、ひとみちゃんだ!」

 

物憂げに瞼を開くとそこには見知った顔がある。

 

「夕月、森夕月か」

「よかった生きてる、ひとみちゃん、生きてる!」

 

この発見は決して偶然ではなく、

里安来岩礁異変の一報を受けた敷設艦沖島が舞鶴方面から岩礁を目指して移動してきたのと、夕月の千里眼があったからだった。

 

夕月に抱えられて敷設艦沖島へ向かうひとみ。

 

「美幸は、元気か?」

「うん、元気…かな」

「そっか、でも今は…」

 

正直ちょっと会いたくない。

と言う言葉を呑み込む。

 

怪異を見事に撃破して戦果を挙げた美幸。

反対に、仲間を皆殺しにされ無様に一人で逃げてきた自分。

 

美幸はきっとひとみを慰めようとする。

 

でも今はその優しさがひとみの胸の傷を容赦なく抉る。

ザクザクと切り刻む。

 

そして、激昂して酷いことを言って美幸を傷つけるかもしれない。

 

だから、会いたくなかった。

 

「美幸は、あんなんを倒したんだな。スゲーよ、本当、スゲー…」

 

別に皮肉で言ったわけじゃない。

何となく口に出てしまった言葉だったが…

 

「何が解るの…」

 

「え?」

 

「美幸ちゃんが、何の犠牲も払わずに怪異を倒したと思ってるの?」

 

「な、何だよ…」

 

「ひとみちゃんに、何が解るのよ!」

 

夕月の思わぬ剣幕にひとみは閉口してしまった。

 

森美幸は、

怪異《広開土大王》に戦いを挑み、破れて命を落とした。

 

目の前で美幸が死んでいく、

あの光景は夕月にとって最大級のトラウマである。

 

ひとみは迂闊にもそのトラウマに触れてしまったのだ。

 

それ以上口を開くこともなく、

二人は敷設艦沖島を目指して飛び続けた。

 

 

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

保田ひとみは若干の衰弱が見られたが概ね健康で、無事に敷設艦沖島へ収容された。

 

その後沖島は第十八戦隊、第六水雷戦隊の残存艦艇と合流し、戦力の立て直しを図る為に舞鶴鎮守府へと帰投。

 

出現した怪異は四体(内一体撃破)。

 

軍令部はこれを改めて《艦艇型ネウロイ》として、この殲滅を目的とした作戦を立案。

 

舞鶴に大本営を設置し、

《破号作戦》を発令した。



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20、湯けむりの中で、其の一

ストライクウィッチーズの名物といえば…


舞鶴鎮守府、

ウィッチ専用宿舎にて。

 

 

「お、おまえは誰なんだ?」

 

「菊月、睦月型駆逐艦9番艦菊月。望むなら森美幸でも構わない」

 

ひとみの口がひん曲がってへの字を描き、

 

「何言ってんのか、さっぱり意味解んねーよっ!」

「理解してもらわなくても結構だ」

「美幸はこんな言葉遣いしてなかったし!」

 

と言いつつ上から下まで一通り見回して、

 

「まあ、この丸っこい顔とチビでチンチクリンなところはそのままだな」

 

菊月のほっぺたを指でムニムニと摘んで弄び始める。

 

菊月は黙ってされるがまま、

それどころか意外と心地良さそうな…。

 

(昔はムキになって怒ったもんだが…

何だコイツ、ちょっと可愛い)

 

能美の時もそうだったが菊月はどうやらこういうスキンシップに抵抗が無いらしい。

 

「ひ、と、み、ちゃん…」

「わっ!」

 

髪が逆立ち、

瞳が赤く変色、

青白い魔法力のオーラまで漂わせてる尋常でない夕月が…

 

昨日も夕月を怒らせたが、今日もまた別の地雷を踏んだらしい。

 

「おい、夕月が前より何か変だぞ?」

「うん、いろいろあって私に対する依存が強くなった」

 

あの日以来、

就寝は必ず同衾するようになり、スキンシップの多めな能美大佐に殺意を催したりするようになったり、

 

菊月としては夕月の暴走っぷりを身を以て体験している為、いつか刃傷沙汰にならないかハラハラしているところであった。

 

「久々に陸に上がったんだ、風呂でも入ってさっぱりしてこようぜ」

「それはいいな」

「わーい、菊月ちゃん洗いっこしようね!」

「それはちょっと…」

 

菊月、

夕月、

ひとみ、

 

年若い三人の海の魔女。

修羅場を潜り、各々浅くない傷を心に負ってきたが、今は和やかに時を過ごしたい。

 

 

「あの~」

「ん?」

 

 

間延びした声を掛けられて振り返る。

 

そこには白を基調とした海軍の士官服姿の女性。

襟の階級章を確認し、三人は直ぐに佇まいを正して敬礼で応えた。

 

 

「失礼しました、何でしょうか中尉」

「あ~いえ~、そんな畏まらずに~、大した者ではないので~」

「はぁ…」

 

 

何だか力の入らないやたら間延びした口調の変わった上官ではあるが、女性士官ということはウィッチなんだろうか?

そういえばここはウィッチ専用の宿舎だっけかと思い出す。

 

 

「え~と、沖島の森一飛曹と、妹の森二飛曹に、聖川丸の保田一飛曹ですか~」

「はい…」

 

 

どうにも会話のテンポが遅く要領を得ない。

早く風呂に入りたい三人はちょっと辟易してしまう。

 

 

「自己紹介まだですね~、私、金丸昇子と言うものです~」

 

 

ペコリと頭を下げたウィッチは金丸と名乗った。

 

 

「蒼龍飛行隊の!」

「有名な人?」

「夕月、失礼だぞ。百発百中の魔女、金丸中尉だ」

「ほえーっ」

 

 

金丸昇子は、

第二航空戦隊正規空母蒼龍所属のウィッチであり、扶桑海軍に金丸有りと讃えらる爆撃の名手。

 

正確無比な爆撃技術はもちろん、固有魔法《炸裂》は爆弾の破壊力を飛躍的に高め、超ド級戦艦すら一撃で轟沈させる威力を発揮する。

 

 

「今回実戦を経験した御三方に、お話を伺いたくて~」

 

 

それは構わないのだが…

風呂に入れるのはいつになるのだろうかと心配になっていたら、金丸が三人に提案。

 

 

「これからお風呂でもご一緒して~、そこでゆっく~りとお話しませんか~?」

「ハイ、そうしましょう!」

「菊月ちゃんと洗いっこー」

「やっぱりするのか…」

 

 

金丸昇子は、

意外と空気の読める人だった。

 



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21、湯けむりの中で、其の二

軍艦内での真水の使用は極端な制限を受ける。

水兵一人につき一日に使用できる真水のは洗面器一杯、なんて当たり前で、多少優遇されているウィッチとて制限は間逃れない。

 

陸に上がった時の楽しみの一つが入浴であるのは想像に難くないだろう。

ましてや軍人とはいえ、女性なのだから。

 

 

「私、今~、燃えています~」

 

 

湯船の中で拳を作って熱弁を振るう金丸昇子。

同じ湯船に浸かって話を聞いているのは保田ひとみ。

 

 

「これぞ我が道と精進してきましたが~、欧州では~飛行型ネウロイが跋扈して私のような爆撃家の出番なんてなくて~…」

 

 

激戦地である欧州では専ら飛行型ネウロイ相手の制空戦が航空ウィッチの主任務になる。

 

百発百中と言われ、

無類の練度を誇る彼女も、

遣欧艦隊リバウ航空隊には選出されずに国内居残りに甘んじ…

 

結局、

未だ実戦経験が無いというのが現状である。

 

「菊月ちゃーん」

「ひあっ!」

 

 

洗い場から何だか奇妙な悲鳴が聞こえてきて、一旦話を切って二人して注目する。

 

 

「ひやああうっ!」

 

 

引き続き、洗い場から奇声が…

 

 

「な、何してるのかしら~?」

「夕月が菊月のカラダを洗うとか張り切ってましたけど…」

「アラ~楽しそうね、私たちもやりましょうか~」

「えっと、遠慮します…」

 

 

と、言いつつチラチラと昇子の身体を見て、

自分と比べるひとみ。

 

湯に濡れた艶のある黒髪に、

雪みたいに白い肌は湯にあたってほんのり赤みが差し、

軍人らしく程よく鍛えられた身体に…

 

ボリュームのある胸部装甲!

 

彼女の身体は、

成熟した大人の女性の魅力に溢れている。

 

 

「あの、失礼ですが中尉のお年は…」

「19よ~。それから中尉なんて呼ばないで~、慣れなくてむず痒いから、昇子でいいわよ~」

「じゃあ、昇子さん…」

「ハイ、よく出来ました~」

 

 

ずいっと寄ってきてひとみの頭をヨシヨシと撫でる昇子。

ひとみ、赤く染めた顔を半分まで湯船に浸けて、ブクブクと泡を立てる。

 

(オレが今16、後三年でこんな大人の女の身体に育つかぁ?)

 

上機嫌な夕月と、

何だかフラフラしている菊月も湯船に入ってきた。

 

 

「菊月ちゃんどうしたの~?」

「に、人間の肉体というのは、なかなか神秘に満ちているものだな…」

「バーカ」

「きゃー、中尉の胸って大きくて張りがあって何かスゴイですねー」

「も~、中尉はやめて~、昇子でいいから~」

「じゃあ昇子さん!」

「昇子」

「菊月、上官だぞ。呼び捨ては流石にねーだろ!」

「私は軍人じゃなくて軍艦だ、階級は関係ない」

「またそんな意味不明なヘリクツを…」

「別にいいわよ~、昇子で~」

 

 

女子四人、

なんだかんだ楽しそうな入浴であった。

 

 

 

「私も19です~」

 

 

一般的にウィッチは20歳を境に魔法力の減退を迎えると言われる。

 

 

「もしかしたら実戦なんて、今回が最初で最後かも~」

 

 

今回の敵は《艦艇型》、

艦爆乗りとして活きが上がるのは仕方がないのかも知れない。

 

 

「だから、ちょっと楽しみなんです~」

 

 

昇子は上官だが決してそれを鼻にかけることは無い。

おっとりした性格で良い人だと、それも充分解った。

でも、

この時はどうにも、

こののんびり口調がひとみの癪に障って仕方がなかった。

 

 

「自分は、里安来岩礁で飛行型のネウロイを一機撃墜しました」

 

 

低く、静かに…

しかし、声には怒気を含ませて。

 

 

「聖川丸飛行隊は自分以外、全員死にました!」

「え…」

 

 

暖かい筈の湯けむりが、

一瞬で凍りつく。

 

「まず疾風が轟沈させられて、160人くらい乗っていた船員が一瞬で海に消えました」

「う…」

「次に金剛丸が爆発して、炎上して、どうにもならなくなって、大発に乗って海にいた陸戦隊員たちは見殺しになりました」

「そ、そんな…」

「如月は、残された陸戦隊員を収容しようと残ったけど、ネウロイから集中攻撃を受けて…」

「……」

「聖川隊は何とか如月を援護しようとしましたが、次々撃墜されていって…」

「……」

「如月がボコボコにされて、沈んでいくのを見ながら…

 

自分は、

ただ逃げてきたんですっ!

 

何も出来ずに、

誰も守れずに、

 

無様に、

 

一機撃墜?

戦果?

 

そんなもん、

クソにもなりませんよっ!

 

 

う、う、うぅ…

うぅうううううぅっ!」

 

 

怒声は最後に嗚咽に変わり、大粒の涙が湯船に落ちていく。

 

昇子はひとみにかける言葉すら失い、蒼白になった顔を下に向けていた。

菊月がそっとひとみの肩を寄せて撫でる。

 

 

「ひとみ、私の姉を守ってくれてありがとう。立派に戦った姉の最期を教えてくれて、ありがとう…」

 

 

菊月の言う《姉》とは睦月型駆逐艦2番艦である如月のこと。

その言葉でひとみは少しだけ気持ちを落ち着けられた。

 

 

「美幸ちゃんは…」

 

 

今度は夕月だが、だいぶ気が立っているのか瞳が赤く変色している。

 

 

「夕月が駆けつけた時には、もうズタボロになってて、

お腹のところに穴が空いてて…

血がたくさん出てて、

海が血で真っ赤になってて…」

「何っ?」

 

 

ひとみと昇子、菊月に注目する。

 

 

「夕月、美幸ちゃんを守ろうとしたけど、ぜんぜんネウロイに敵わなくて…」

 

 

思い出したのか、

夕月の瞳からはポロポロと涙が溢れ落ちてきた。

「美幸ちゃん死んじゃったの、

夕月の目の前で、死んだのぉ」

「ええっ!」

 

 

美幸は今、菊月を名乗ってここにいる。

ひとみの記憶にある美幸とはちょっと違っていたが、二人だけが知る記憶もちゃんと共有していた筈。

 

 

「おまえ、本当に…」

「この御世では睦月型9番艦は神在月、私とは別の艦だ。そもそも私の御国は扶桑皇国じゃなく大日本帝国、よく似ているが異なる国だ」

「でもおまえから美幸の気配を感じるし、記憶も…?」

「この身体は美幸のものだ。

美幸の御霊は菊月と同化したから魔法力と記憶は受け継いでいる。しかし魔法伝信は使えないし、ストライカーユニットも使えない」

 

 

今まで、菊月の言ってることをまともに取り合ってなかったんだが…

 

 

「あの~」

 

 

暫し言葉を失っていた昇子が呼びかける。

 

 

「森美幸さんが戦死なさったなら~、誰がどのようにネウロイを倒したのですか~?」

「ストライカーユニットは使えないが、私には睦月型駆逐艦の艤装があるからな。戦船同士の一騎討ち、砲雷撃戦の末に紙一重の差で私が勝った。

奴にトドメを入れたのは美幸の魔法力が込められた三番爆弾だ」

 

 

菊月、昇子をジッと見つめて。

 

 

「魔法力を込めた爆弾は奴らに対し有効だ。

昇子、やはり今度の戦いは艦爆隊の働きが鍵だと思う、期待している」

「ハイ頑張ります~」

 

 

菊月に励まされて嬉しそうな昇子。

どっちが上官なんだか?

 

 

「あの…昇子さん」

「ハイ~?」

「つい感情的になっちまって、怒鳴っちゃってすいません…」

「いいんです、それよりも辛かったですよね、ちょっと無神経でした~」

 

 

ヨシヨシと頭を撫でられて、照れ臭そうにするひとみ。

 

 

「それにしても菊月ってゾンビだったのか…」

「違うもん、菊月ちゃん生きてるし、心臓もドキドキしてるし、ホラ!」

「ひやああうあっ!」

 

 

菊月の胸に手を当ててサワサワする夕月。

菊月、目を見開いて変な悲鳴。

それを見ていたひとみ、勝ち誇ったニンマリした顔。

 

 

「菊月小さいな、オレの勝ち!」

「ひとみちゃんはまだまだ発育の余地はありそうですけど、なかなかですね~」

「いやん、昇子さん!」

 

 

ひとみの乳房を後ろから両手で確認しながらニコニコする昇子。

実は純情でオクテなひとみ、

いつもと違う乙女のような声が出てしまう。

 

 

「今日は四人で寝ましょ~」

「うん、いいだろう」

「じゃあ、寝る前はやっぱり恋バナだよね!」

「ふっふっふ、オレは艦隊じゃモテたんだぜ!」

 

 

決戦の前とは思えない程、和やかなひと時。

菊月も口角を柔らかく持ち上げて、笑顔をみせていた。

 




金丸 昇子 カネマル ショウコ
年齢 19歳
階級 中尉
固有魔法 炸裂
使い魔 ホンドタヌキ
ユニット 彗星一二型


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22、破号作戦開始

1942年5月12日、

 

東の水平線の向こうから空がボンヤリと紫色に染まっていく。

 

星屑は虚空の彼方へと消えていくが、反対に一等星は未だその輝きを主張する。

 

夜明け前、黎明。

 

岩壁に咆哮が反響していた。

 

里安来岩礁海域では二体の艦艇型ネウロイ(駆逐級)が忙しなく海上を泳ぎ回り、時より不気味な雄叫びを上げている。

 

 

李舜臣(イスンシン)姜邯賛(カンガムチャン)、其の方らも感じるか…』

 

 

艦艇型ネウロイ(空母級)独島は巨大な一つ目で東の水平線を注視していた。

 

 

『感じる、倭奴供の高まる戦意を感じる。またここに来るのだな。

 

だが吾は守護神独島、

何度こようとも、何者がこようとも、吾らの御国を汚させはせぬ。

 

返り討ちにしてくれる!』

 

 

独島は吠えた。

 

それは高まる戦意を一気に吐き出す雄叫び。

 

戦いの開始を告げる鯨波だった。

 

独島がその気になって艦載機を飛ばせば、

 

すぐに舞鶴鎮守府を攻撃することが出来る。

 

舞鶴の戦力が整う前に、駆逐艦二隻を率いて強襲を仕掛けることも出来る。

 

だが、それはしない。

本義ではないから。

 

正に守護神であった。

 

守る為に戦う。

それだけが存在意義の、

誇り高き海の戦神である。

 

独島は、彼方の御世において、

御国の人民の期待を一身に受け、

国家の威信を掛けて建造された、

最強の戦船であった。

 

しかしどういうわけか、この世界には御国が存在した形跡が無い。

 

それでも独島は守護神たらんとす。

 

この御世には存在しない御国の為などではなく…

 

彼方の御世おいて、

己の名を冠するこの島、

 

《独島》を守る為に戦おうとしていた。

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

一機、また一機と鋼鉄の猛禽たちが飛び発つ。

 

両翼に必殺の闘志をみなぎらせて。

 

航空母艦蒼龍、飛龍の飛行甲板からは艦上爆撃機を主体とする攻撃部隊。

 

舞鶴飛行場の滑走路からは艦爆を直掩する戦闘機部隊が発進をいそぐ。

 

合わせて港からは艦隊が出撃。

 

巡洋艦夕張、駆逐艦追風、睦月、弥生、望月、それに夕凪と朝凪を新たに加えた第六水雷戦隊。

第十八戦隊、巡洋艦天龍、龍田。

第六戦隊、巡洋艦古鷹、加古、青葉、衣笠。

第八戦隊、巡洋艦利根、筑摩。

第十七駆逐隊からは駆逐艦谷風、浦風、それと、菊月らを乗せた敷設艦沖島。

 

舞鶴鎮守府の殆どの戦力を投入した総力戦の構えであった。

 

艦隊司令長官、井上成美中将が全軍に檄を飛ばす。

 

『皇国の興廃、この一戦に有り。各員一層奮励努力せよ』

 

 

敷設艦沖島で、井上中将の檄を聞いていた菊月は少し口角を持ち上げながら、ひとみと夕月に聞いてみる。

 

「扶桑とオラーシャは戦争したことがあるのか?」

 

二人とも怪訝な顔、

 

「ねーよ、人同士で戦争なんてありえねーし!」

「だよねー」

 

さも当然と言ったような解答に「そうだな」と切ない表情で応えた。

 

(人が怪異の脅威に常に脅かされているこの御世、

人と人が血みどろの戦いを繰り返していた元の私の御世、

どちらの方がマシだろうか…)

 

蒼龍から発艦した艦爆部隊が沖島を超えて里安来岩礁を目指していく。

 

 

「第一次攻撃隊だよ。あー、昇子さんが手を振ってる」

「おお、どこだ、あっちか?」

 

殆どゴマ粒程にしか見えないが、

千里眼を持つ夕月にはハッキリと見えているらしい。

舷から三人そろって艦爆隊に向かって手を振って見送った。

 

 

ちなみにこの戦いは後の世に、

《扶桑海海戦》

として伝えられることになる。



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23、扶桑海決戦、其の一(挿絵有)

 

【挿絵表示】

 

 

発艦、上昇、水平飛行、発見、接近、急降下、爆弾投下…

 

それは何百回と繰り返し繰り返し訓練してきた動作。

 

5歳で魔法力が発現。

10歳で養成学校に入学。

航空ウィッチとして軍役に就いたのが14歳。

以来5年間飛行隊員、飛行歩兵として毎日飛び続けてきた。

 

飛行時間は5000時間を超え、

ベテランの域に達し、百発百中の二つ名まで勝手に付いてきたが…

 

金丸昇子にとって今日が初会敵であり初陣であった。

 

どうしても胸が高鳴り、心臓がいつもより大きく鼓動する。

 

解っている。

 

実戦は決して甘美なものではなく、戦場の悲惨さは先日宿舎で一緒になった若いウィッチたちから聞いた。

 

それでも…

 

「敵はどこ、私の爆弾ウズウズしてる~」

 

全身全霊、歓喜していた。

 

艦艇への急降下爆撃、

艦爆乗り待望の花道であった。

 

愛用のストライカーユニット、

彗星一二型も調子が良いし、不安要素は何一つ無い。

楽しみ過ぎてペロリと思わず舌を舐めずりしてしまう。

 

生来の甘ったるい声色と、

間延びした力の入らない口調でおっとりした性格と思われがちな彼女だが、実はかなりの戦闘狂で好戦的な性質であった。

 

隊長機がバンクして翼を振っている。

防風に注目すると江種大尉がハンドサインで合図を送っていた。

 

 

『一時ノ方向ニ敵艦ミユ』

 

 

蟻みたいな小さく黒いものがイチ、ニィ、サン…、目標を確認。

大本営が設定したコードネームでは足が二本生えてるのが駆逐イ級、これが二体。

飛行する小型を放ってくる四本足が空母ヌ級、人語を解し自ら《ドクト》を名乗るネウロイで、おそらく旗艦。

 

敵を見据えて目を細め、フフンと小さく嬉しそうに微笑む。

 

魔法力の行使、全身が青白く輝きを放つ。

 

昇子の容貌に変化、

艶やかな黒髪と瞳が彩度を高めて赤紫色に染まった。

 

美しく、妖艶なる魔女。

しかし、美しさには棘がある。

 

ネウロイにとっては致命的であろう毒を持つ棘、

爆弾の威力を凶悪なまでに高める固有魔法《炸裂》の発現である。

 

部隊の要は隊長の江種機ではなく金丸機。

蒼龍爆撃隊は常に彼女を中心に爆撃を行う。

実は第二航空戦隊の中でも、艦爆隊にウィッチは昇子一人だけだからだ。

やはり航空ウィッチが縦横無尽に活躍できる戦闘機が人気であり、爆撃や雷撃となると極端に人員が少なくなるのが海軍の実情。

それだけに彼女の存在は希少価値があるとも言えた。

 

その時、

撃鉄が撃針を叩く音を聞くと共に、空気を叩き付けるような衝撃を感じた。

 

「えっ!」

 

傍らを飛行していた僚機の九九式艦上攻撃機に異変が起きていた。

 

防風には蜘蛛の巣が張り、内側から飛び散った鮮血で赤く染められ、既にコントロールを失ってグラグラと機体が振れている。

 

 

「そんな…」

 

 

僚機は撃たれた。

おそらく操縦士をやられていて、その後の運命は決まっている。

 

被撃墜、搭乗員二名は戦死、

あまりにも呆気ない死…

 

訓練を積み重ねてきたのは一般搭乗員も同じ。

昨日の出撃前にこれまでの鬱憤を存分に晴らし、艦爆魂を知らしめようと皆で盛り上っていたのに…

 

250キロの爆弾を腹に抱えたままクルクルと錐揉みしながら落下していく僚機を見ていると、

 

その無念が解りすぎて涙が零れそうになる…

 

しかし、犠牲になったのはこの一機のみ。

 

次の瞬間には飛行型ネウロイの方が火線に撃ち抜かれ、粉々に砕け散っていく。

 

 

直掩の戦闘機隊が突入、

 

扶桑の象徴たる三日月の紋章を両翼に掲げる零式艦上戦闘機。

 

シールドを展開しながら確実に敵を追い詰め撃破している制空隊のウィッチたち。

 

 

「ちょっとズルいな~」

 

 

シールドは少なくても五つ以上ある。

やっぱり制空隊にはウィッチが多いなぁとジェラシーを感じたが…

 

お陰で気持ちに余裕が生まれた。

 

戦闘機乗りたちがジェラシーするくらいド派手な爆撃を決めてやろうと、ペロッと舌を出した。

 

雁行だった陣形が単横陣に変化、突入隊形をとる。

 

目標の敵艦はもうハッキリ形を視認できていた。

 

 

「突入っ!」

 

 

降下角度45度以上、命中精度が最も高く、

一撃必殺の破壊力を秘めた航空攻撃を急降下爆撃とし、

それを実行できる機体を急降下爆撃機とされた。

緩降下や水平爆撃しかできない普通の攻撃機とは一線を画されていたのだ。

 

目標はもう目前、空母ヌ級。

ヌ級は己の元に迫る艦爆の群れに向かって雄叫びを上げる。

肌にビリビリと衝撃が伝わる程凄まじい大声だったが、

 

そんな威嚇になぞ怯まない!

 

 

「放てぇぇえええぇーっ!」

 



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24、扶桑海決戦、其の二

それは凄まじい、

例えるなら落雷、それを数倍したような轟音が轟く。

 

衝撃波で海面に波が立ち、潮吹雪で辺りが真っ白になった。

 

 

「命中した、でも~…」

 

 

急上昇で離脱する艦爆隊。

急降下爆撃を実施した昇子の眉尻が下り、表情は浮かない。

 

空母ヌ級に対して放たれた二五番爆弾は、

真っ直ぐ必中の軌道を描いて巨体に吸い込まれていったのだが…

 

寸前で遮られた。

 

あの時、

ヌ級の前にいたイ級が海面から飛び出し、昇子の炸裂魔法弾を空中で身に受けた。

 

イ級は爆散し、粉々に砕け散って絶命しているが…

 

その身を盾にして旗艦を庇った。

 

我が身の犠牲を顧みず、

仲間を庇ったのだ。

 

 

「あれは、本当にネウロイなの~?

私たちは、一体、何と戦っているの~?」

 

 

 

 

『李舜臣よ、

 

忠武公と讃えられる其方の働き見事であった…

 

同胞に告ぐ、女兵士を狙え!

 

彼の女たちは超常の力の持ち主で、吾らを脅かす容易ならざる敵とみた。

それ以外はものの数ではない。

 

女たちを殺せ!』

 

 

独島の呼びかけで戦場に展開していた全ネウロイが動きだす。

 

 

 

 

 

艦爆隊は一旦集結ポイントへ集まり、母艦蒼龍、飛龍へと一時帰還するのだが…

 

「あっ!」

 

九九式を貫く赤い光弾。

翼が折れ、制御不能になった機体が煙を上げて堕ちていく。

その集結ポイントに、送り狼が待ち構えていた。

 

 

「全機、散開、逃げろ、逃げろぉっ!」

 

 

九九式は、車輪が引き込み脚になっていない旧式の機体で機速が遅い。

装甲も薄く対弾性能が貧弱、《九九式棺桶》とまで揶揄された機体である。

戦闘機に狙われたらひとたまりもない。

 

直掩機より敵の数が多い。

制空隊の舞鶴飛行隊も、堕としても堕としても湧いてくる敵に苦戦している。

 

この状況で昇子の身体は反射的に動いた。

 

 

「もうこれ以上、仲間をやらせません~!」

 

 

艦爆隊とネウロイの間に入り込んで巨大なシールドを展開し、僚機を守る。

 

 

「逃げてください、私が、引きつけます~」

「金丸中尉!」

「私はシールドがあるし、彗星は九九式より足が早いですから~」

 

 

昇子の判断は確かに理に適っていた。

適ってはいたのだ。

 

だからこそ隊長機の江種大尉は、彼女に殿軍を任せ、早急に撤退するように指示する。

 

そして蒼龍飛行隊は犠牲を最小限に止めることができた。

しかし、それは空母独島の図った通りの結果でもあった。

 

昇子一人に、わんさと群がる飛行型ネウロイ。

 

しかし、ベテラン飛行兵たる昇子の回避は巧みであった。

 

右へ左へと蛇行、

直感で右に身体を逸らすと今まで身体があったところを赤い光弾が走り抜けていく。

 

反撃をせず、シールドも張らず、

魔法力を飛行に集中。

 

勘で敵の攻撃を回避し、

群がってくる飛行型ネウロイを一機、二機と振り切っていく。

 

ある程度振り切ったら、いや、振り切れるものを振り切ってしまったら最後は手強いものが残る。

 

尻にぴったり食いつく二機、

更にその背後に様子を伺うように張り付く二機。

 

後ろの二機は前の二機が振り切られたら、カバーに入ってくるつもりだろう。

 

敵ながら巧みな追跡だった。

 

 

「に、逃げ切れなさそう…」

 

 

窮地であった。

敵は二組四機、こちらはいずれ魔法力が尽きて捕捉される。

 

ヤバいかな、と思っていたら正面から飛んでくるウィッチ。

 

(あ~、確か舞鶴の北郷少佐の列機で、有明さん…)

 

すれ違い様、有明少尉は下を指差す。

 

(海面へ逃れろってこと~?)

 

 

有明に従って降下したところで、後方が青白く輝いた。

 

巨大な魔法陣の壁、

有明少尉の固有魔法である《障壁》が、昇子を追っていた二機と衝突してネウロイが衝撃で粉砕された。

 

 

「アジをやる~」

 

 

助かった。

これで逃げられるかも知れない。

 

と、期待した瞬間に赤い閃光が走り抜けていく。

 

 

「ああっ」

 

 

艦艇型が放ってきた、強力な赤いビーム。

 

海面スレスレを飛ぶ昇子を逸れて、その後方。

一瞬で有明を飲み込み、彼女はシールドを張る間も無く真面にビーム身体を受けて…

 

 

「有明さん!」

 

 

有明少尉の死、

仲間の死、

ウィッチの死…

 

この瞬間、張り詰めていた昇子の気持ちが削がれた。

 

圧倒的な集中力と、鋭い勘で、全ての攻撃を回避してきた昇子の気持ちに隙が生まれたのである。

 

急に目の前の海面が大きく盛り上がった。

これまでの彼女なら回避出来たかも知れなかったが…

 

一瞬だけ途切れた集中力が、回避行動を遅らせる。

 

硬い、

 

明らかに海水ではない硬い何かと時速300キロで衝突。

 

 

「キャアっ!」

 

 

何とか張ったシールドのおかげで即死こそま逃れたが、

 

激しい衝撃でストライカーユニット彗星が破損して破片を撒き散らし、昇子の身体は空中に投げ出された。

 

盛り上がる黒い巨大なもの、

駆逐イ級。

 

鯱が獲物を狩る時にやる、下からの突き上げるような体当たり。

100mを越す巨体でそれをやられたのだから、ひとたまりもない。

 

海面に落ちた時にはもう、動くことも敵わない程のダメージを追っていた。

 

巨大な二つ目が怨嗟の篭った視線で昇子を睨み、

開かれた大口から突き出した砲門が照準を合わせている。

 

 

『兄弟の仇…!』

 

 

 

「わ、私、死ぬの…」

 

 

 

一発、爆弾を放ち、死んでいく。

それすら出来ずに死んだ同輩もいたからまだ幸せな方か?

 

そんな筈はない。

たった一発の爆弾の為だけの人生などあり得ない。

 

来年には二十歳になって軍を退役して、

ウィッチでなくなって一般人になって、

そこから本当の意味で金丸昇子としての人生が始まる。

 

元ウィッチだの、

百発百中だの、

名人だの、

 

そんなのは長い人生の彩りの一つに過ぎない。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

良い異性と巡りあって恋愛したいし、結婚だってしたかったな。

 

仲良くなった同性の友達と、

もっと楽しく話などもしたい。

 

ああ…

 

話をするなら、

またあの子たちが良いな、楽しかったしなぁ。

 

沖島にいた三人のウィッチ、

可愛い後輩たち、

 

ひとみちゃんに、

夕月ちゃんに、

菊月ちゃん…

 

 

ヤダな、

 

まだ死にたくない。

 

 

 

イヤだよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

昇子の身体が赤い光線に包まれる。

 

唯一の救いは、

彼女がそれ以上苦痛を感じることもなく…

 

 

海水が一気に蒸発して激しい爆発が起こった。

 

 

 

跡には何も…

 

何の痕跡も残ってはいない。

 

 

 

美しき紫花は、

 

儚く…

 

戦場に、

その花弁を散らしてしまった。

 



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25、扶桑海決戦、其の三(挿絵有)

「綺麗な海ね、本当にエメラルドみた~い」

「珊瑚礁の海なんだ」

「南の島か、何ていうところ~?」

「フロリダ諸島、ツラギ島」

「ふ~ん」

 

 

ある海の上、

少女二人が雑談していた。

 

まあ、一人は少女というには身体が成熟していて女性といってよかったが。

 

少女は銀髪に赤い瞳、菊月。

女性は赤紫の髪と瞳の金丸昇子。

 

 

「船の残骸、これってもしかして~?」

「うん、私の本体。座礁した睦月型駆逐艦菊月」

「立派な軍艦ね~」

「ありがとう」

「近くで見たいわ~」

 

 

二人で海面をテクテク歩き、菊月の残骸までやってくると昇子は手で触れてみる。

 

慈しむような優しい目で、

ゆっくりと…

 

 

「菊月ちゃんは、ここでずっと眠ってたの~?」

 

 

コクリ、

と首を縦に振る菊月。

 

 

「私も何処かで眠りにつくのかな~」

「解らない…」

 

 

紫の瞳が潤み、涙が零れて頬を伝う。

 

 

「アレ、アレアレ…」

 

 

昇子が焦って瞳を拭っているが、

涙は拭いても拭いても次々と零れ落ちてくる。

 

 

「みっともない、みっともないわ~」

 

 

焦る昇子の身体を、

優しく後ろから抱き寄せる。

 

 

「美幸も、ここにきて私たちは出会った。

私のかつての仲間たちは殆どが海の底で眠っているし、姉妹たちも全員…

 

戦船だけじゃなく、

かつてこの辺りの海で戦船と運命を共にした多くの兵たちも静かに眠っている。

 

眠りは静かで穏やかで、安らぎではあるが…

私はここに独りきりだったからちょっと寂しかった。

 

だから私は人と触れ合うのが好きだ。

 

夕月と一緒に眠るのも、

能美大佐に撫でられるのも、

ひとみにからかわれるのも、

昇子をこうして抱きしめるのも…

 

全て心地良いんだ」

 

 

菊月の瞳からも涙が零れる。

 

これは、

昇子との今世での別れ…

 

 

「私は役目を終えたら、たぶんここへ戻ってくる」

「ここで待ってても良い~?」

「ああ」

 

 

昇子は笑顔で、

そっと菊月の頬に口づけするのだった。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

「菊月ちゃ~ん!」

「おい菊月、居眠りとは随分余裕じゃねーか?」

 

 

顔を上げて二人を見ると、ひとみも夕月も余裕の笑顔。

ストライカーユニットを装着し、カタパルト上で待機。

 

出撃直前。

 

菊月は二人に話すべきか一瞬躊躇したが、

戦いが終わって自分だってどうなっているかわからない。

 

否、本当は解っている。

 

この戦いが終わると自分の役目は果たされ、

たぶんあの南の島に還ることになる。

やはり今話すべきと判断した。

 

 

「昇子が、死んだ」

 

 

二人の表情が強張る。

ひとみに至ってはすぐに怒りを露わにした。

 

 

「テメぇ、冗談でもそんな…」

「ひとみちゃん、菊月ちゃんは冗談なんて言えない!」

 

 

コクリと頷き、夕月の言葉を肯定する。

 

 

「うぅ、昇子さぁん、ヤダぁ」

「ちくしょう、ちくしょう…」

「まだ泣くな!」

 

 

菊月に一喝されて、動揺を掻き消される二人。

 

 

「二人とも生き残るんだ。生き残らなきゃ、勇敢に戦って散っていった兵たちを弔うことなんて出来ない。

涙はその時までとっておいてくれ」

「ズルイよ」

「ああズルイ」

 

 

二人の意外な反応にキョトンとする菊月だが、

 

 

「自分はそんな大泣きしながら何言ってんだ」

 

 

ひとみに言われてようやく気が付いたが、頬を拭うと袖がおもいっきり濡れる。

 

 

「菊月ちゃんて意外とよく泣くよねー」

「クールぶってるクセにな!」

 

 

アハハと、笑顔が溢れる二人。

結果、場が少しだけ和んで良かったのかと思われる。

 

 

「嬢ちゃんたち、出撃だっ!」

 

 

出撃命令が伝えられ、三人の魔女たち其々の表情に気合いが入る。

 

ひとみと夕月、

二人のストライカーユニットは、能美大佐が大本営で熱弁を振るい、説得して特別に受領された新鋭ユニットである。

 

 

「保田ひとみ、強風、出撃するぜ!」

「森夕月、瑞雲、出まーす!」

 

 

順次カタパルトから射出されていく水上ストライカーユニット。

 

続いて菊月の全身が青白い光に包まれ、艤装を展開。

舷から海上に飛び降りて海面に立つ。

 

海面を蹴って滑走、

沖島としばらく並走してから、水飛沫を上げて一気に加速していく。

 

 

「菊月、出る!」

 

 

臨時編成された敷設艦沖島のウィッチ三人、

 

白波の魔女小隊、

《WHITECAP WITCHES》が出撃していった。

 



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26、扶桑海決戦、其の四

「第一次攻撃隊、帰艦!」

 

 

航空母艦蒼龍、飛龍では、既に第ニ次攻撃隊は発艦済みで、帰還した第一次攻撃隊の再出撃、第三次攻撃の準備が進められていた。

 

 

「戦闘機14、艦上爆撃機26、艦上攻撃機2、第一次攻撃隊の損害は軽微です!」

 

 

第二航空戦隊司令山口多聞少将はウムと小さく頷き、双眼鏡で帰艦機を一つ一つ確認していたが…

 

 

「ウィッチがいない、金丸中尉はどうした?」

「それが、僚機を逃す為に囮になったと…」

 

 

ほんの一瞬、山口少将の目付きが鋭くなったがすぐに戻り、そうかと小さく一言だけ呟いた。

 

 

「第三次攻撃の準備は…」

「無い」

「えっ」

「もう無意味だ」

 

 

相変わらず口調は冷静だったが誰にも有無を言わさない圧力があり、反論出来なかった。

 

爆撃も艦砲射撃も、通常兵器による攻撃では艦艇型ネウロイに決定打を与えることが不可能なのである。

 

唯一、致命打を与え撃破する手段はウィッチの魔法力を爆弾に充填した魔導弾のみ。

 

第二航空戦隊の中にあって魔導爆撃が出来るウィッチは金丸昇子しかいなかった。

その彼女を失なってしまったら後は消耗戦しかなく、甚大な犠牲を払わざるを得ないのは目に見えていたのだ。

 

実は山口少将は怒っていた。

 

…怒り狂っていた。

 

 

「損害軽微だと!

 

これ以上の大損害があるか!

何故男供が彼女の盾にならなかったのか?

たわけがっ!」

 

 

と、本音をブチまけたかったがそれを言ってしまったら全軍の士気がガタ落ちになるので表面上は冷静を装ったのだった。

 

しかし、山口少将は知らない。

 

昇子以外にも艦艇型ネウロイに対抗できる戦力がまだあることを。

 

 

敷設艦沖島艦長能美実大佐が熱弁を振るってその戦術的有用性を主張した特殊部隊、

 

《WHITECAP WITCHES》

 

駆逐級と互角に戦うことが出来る水上歩兵森美幸こと、睦月型駆逐艦菊月。

 

そして魔導爆弾を装備した新型攻撃ストライカーユニット《瑞雲》で出撃したウィッチ、森夕月。

 

大出力の新型魔導エンジンを搭載した新鋭戦闘ストライカーユニット《強風》で出撃したウィッチ、保田ひとみ。

 

白波の魔女小隊は戦場に降臨する。

 

 

「作戦は?」

 

 

ひとみが菊月に尋ねる。

いちおう白波小隊の隊長は戦時特別辞令で准尉に昇進した菊月。(もちろん駆逐級を一隻撃破したことも評価され)

 

 

「夕月、魔導爆撃はできるか?」

「昇子さん程上手くはないかもだけど、この瑞雲なら出来るよ。九九式爆弾も装備してきてる!」

「ひとみ、敵艦載機から夕月を守ってくれ」

「了解、まかされた!」

「昇子が命を懸けて敵を一隻倒してくれた。

後二隻、私たち三人でやるぞ!」

 

 

夕月、ひとみ、二人同時に頷く。

 

 

「駆逐イ級の相手は私がする。夕月は空母ヌ級に魔導爆撃。ひとみは夕月の護衛と援護だ」

 

「夕月がヌ級に一発かましちゃうんだから!」

 

「艦載機共はオレが蹴散らしてやる!」

 

 

赤い光弾が飛び交っている。

ちょうど第二次攻撃の真っ最中のようだった。

 

 

「今、敵の注意は攻撃隊に向いている。私が横合いから突撃、強襲して更に注意を引く。ひとみと夕月は敵の背後へ回り込め」

「了解!」

 

 

菊月は二人と別れ、対空迎撃に専念中の駆逐イ級を見据えた。

 

船速一杯、魚雷装填、

急速接近しながら12cm砲構え、

 

距離1500、まだ遠いが今は敵の注意をこちらに惹きつけなくてはならない。

 

 

「行けっ!」

 

 

砲身が轟き、砲口から青白い閃光と共に、光弾が勢いよく飛び出していった。



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27、扶桑海決戦、其の五

駆逐イ級の至近に大きな水柱が立ち上がった。

 

 

「艦砲射撃? え、違う?」

 

 

舞鶴航空戦隊のウィッチたちは、その不可解な現象に戸惑った。

 

そして彼女を目撃した時、

戸惑いは驚愕に変化する。

 

 

「えーっ!」

「ウィッチなの!」

 

 

水飛沫を上げて海面を割り、滑走するように接近してきたのは銀髪の少女。

 

彼女は手にした大きめの銃を構えると銃身は青白い輝きを放ち、銃口から光弾を放つ。

光弾は放物線を描き、駆逐イ級の至近に着弾。

 

響き渡る轟音と立ち上がる水柱の大きさ、この威力は…

 

 

「すごい、まるで砲撃!」

「陸戦ウィッチの海上仕様ってわけ?」

「アレ、あの子確か養成学校で…」

「心強い援軍がきてくれたな」

「北郷少佐!」

 

 

北郷章香が駆逐イ級と交戦を開始した菊月を眺めながら笑みを浮かべていた。

好奇の視線を菊月へと向けるウィッチたち。

 

 

「敷設艦沖島の森美幸、今は准尉だな」

「美幸ちゃんだったの?」

「おまえたちの中には養成学校で一緒だった者もいるだろう」

「ハイ、知ってます」

 

 

魔眼使いの《サムライ》坂本美緒、

覚醒者《ロサ・バイン》若本徹子、

今や扶桑海軍が誇る二代エースの陰に隠れて目立つことがなかった美幸。

 

しかし今の美幸は海上を縦横無尽に疾駆し、

手にした砲から魔法弾を放ち、

魔導雷撃まででき、

体長100mを越す巨大な艦艇型ネウロイ駆逐イ級と互角の戦いを繰り広げる水上歩兵。

 

 

「白波の魔女か…」

 

 

最初に能美大佐から聞かされた時には呆れたものだったが、

 

確かに今の彼女にしっくりくる、

見事な二つ名だと納得できた。

 

 

 

 

 

 

……………………

 

 

 

 

 

『面白き奴輩よ』

 

 

駆逐イ級が対峙する菊月に語りかける。

その異相からは感情を読み取ることはできない。

 

菊月は冷厳な瞳で目の前の敵を見つめながらイ級の言に耳を傾けていた。

 

 

『小さき君よ、貴様からは吾らと同じ霊性が感じられる。

人の形をしているが本性は吾らと同じ戦船ではないか?』

 

 

コクリ、と首を縦に振って肯定を意に表す。

 

 

『面白きかな!

 

ならば知れ、

吾が名を刻め、

そして存分に戦おうぞ!

 

吾が名は姜邯賛、

李舜臣級駆逐艦姜邯賛也!』

 

高麗(コマ)か…」

 

『!』

 

「攻めよせる契丹軍を撃破し、国を護った高麗の堯将の名だと記憶している。

私は睦月型駆逐艦菊月だ」

 

 

もしかして嬉しいのだろうか?

姜邯賛が俯き気味にユラユラと揺れている。

 

 

『善かろう菊月、ならば勝負と参ろうか!』

 

 

強大な雄叫びを上げて襲いかかる姜邯賛。

 

既に臨戦態勢を整え、

迎え討つ菊月。

 

二隻の戦船、戦闘開始。

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

空母ヌ級こと独島は違和感を感じていた。

 

通常兵器による攻撃はものの数ではない。

敵の中で脅威となりえるのは不思議な力を持った女兵士。

その中でも爆弾を使う者は特に危険だが、それは比率を考えると決して多くは無い筈。

70機はいた攻撃機の中で女兵士はたった一人しかおらず、その一人は撃墜済みだった。

 

決め手が無くなりダラダラとした消耗戦に移行しかけるタイミングで現れたもう一つの脅威、女兵士の姿をした艦艇。

 

しかしそれは護衛艦である姜邯賛と戦闘を開始し、その刃は自分には届かない。

 

だが士気が落ちかけていた敵勢が息を吹き返し、必死の反撃を始める。

 

まるで注意を引きつけようと立ち回っているような…

 

戦場に何かしらの意図を感じる。

様々な憶測、推測、そして直感から敵軍のもう一手を予感する独島。

 

一応、自らの直掩の為の艦載機を放っておく。



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28、吹き抜ける強風

「また出てきたよウジャウジャと」

「任せろ、道はオレが切り開く!」

 

 

保田ひとみは九九式二号三型二〇粍機関銃の安全装置を外し戦闘態勢になる。

 

背中に背負う扶桑刀、

銃弾を撃ち尽くしてもこれを抜き、一機でも倒すという決意の表れである。

 

 

「オレはもう絶対に逃げない!

聖川丸の仲間たちを皆殺しにした、あの空母野郎まで夕月を届ける!」

 

 

瞳が黄金の輝きを放ち、極限まで集中し高められた魔法力を銃に込める。

 

二人の接近に気が付いた艦載機型ネウロイが振り向き、牙を剥き出しにして襲いかかってきて、迎撃の赤い光弾を放ってきた。

 

 

「夕月、離れるな!」

「うん!」

 

 

魔法陣を展開、シールドが光弾を跳ね返す。

 

回避行動を殆どしないし魔法力の出し惜しみもしない。

ひとみはもともとそういう器用な戦い方なんて出来ない。

 

大馬力の火星一三型魔導エンジンが、彼女の高まった魔法力を受け止め、スペック以上の性能を発揮している。

 

 

「どけぇええっ!」

 

 

そのまま一気に必殺の間合いまで接近、引き金を引く。

 

青白い光弾となって銃口から弾き出される弾丸はネウロイ三体を瞬く間に蜂の巣に変えた。

 

そのまま正面に立ちはだかる敵機をとにかく撃つ、

 

払いのけるように撃って、

 

撃って、

 

撃って、

 

撃ち落とし続けた。

 

すれ違う敵、

後ろに付こうとする敵は全て無視、優速で一気に振り切ってしまう。

強引なまでに勢いに任せてに道を開き、ひたすら突入を試みる。

 

ひとみの本領発揮、猪突猛進だった。

 

 

「ひとみちゃん…」

 

 

鬼神の如き戦いぶりだったが夕月はその様子に危うさを感じていた。

 

《奇跡の魔法力の発現》

 

ウィッチの能力以上の絶大な力を発揮するが、これは燃え尽きる前の蝋燭の炎の揺らめき。

 

 

これを発現した二人、

 

美幸は生命力を使い切って命を落とし…

 

夕月は命に別状は無く、魔法力の枯渇もなかったが…

 

その後、精神が酷く不安定になって錯乱したのはもしかしたら影響なのかも知れない。

 

 

九九式の弾丸が尽きたが、直掩機群を抜けてない。

 

 

「夕月ぃっ!」

「ハイ!」

 

 

ひとみの全身が黄金の輝きを放つ。

噛み付こうと飛びかかってきた円形のネウロイに九九式の銃身を叩き付けた。

 

バラバラになる銃と粉々に砕け散るネウロイ。

 

背中の扶桑刀を抜くと、魔法力を帯びた刀身が黄金のオーラを纏っている。

 

 

「行くぞぉっ!」

 

 

黄金のオーラが、ネウロイの赤い光弾を跳ね返す。

そのまま突進し、すれ違い様の斬撃。

 

突進は止まらない。

 

斬って、

 

斬って、

 

斬り進み続けて、

 

艦載機の群れを抜けて空母ヌ級の直上に飛び出した時、

 

ヌ級が二人に向けてビームを放ってくる。

二人が艦載機群を抜け出す地点を予測し、狙いすましていた回避不可能な迎撃だった。

 

 

ひとみ、扶桑刀を構えて受け止める姿勢。

 

 

「ウオオオオッ!」

 

 

最大魔力を振り絞り、二人の盾となる巨大な魔法陣を展開した。

 

激しく衝突し、

拡散する赤い光線。

 

 

扶桑刀が圧力に負けて折れ飛び、ひとみの左眼に当たり鮮血が飛び散った。

強風が衝撃に耐え切れず破損、発火。

 

…が、それでも耐えた。

 

耐え切った、

 

ビームの奔流は通り過ぎた。

 

 

満身創痍になっていたが、

ひとみは健在だった。

 

だが、

もうこれ以上戦闘を続行する魔法力は残っていない。

ストライカーユニット強風も、起動限界に達していた。

 

 

「き、切り札は…

最後まで、とっておくもん…だ」

 

 

力尽きるひとみ。

 

黒煙を引きながら海上へと、

墜落していく…

 

そして、

まだそこにいた夕月が…

 

パチンと弾けた。

 

シャボン玉のように跡形もなく消えてしまった。

 

 

『!』

 

 

流石のヌ級にも何が起きたのか理解が追いつかない。

 

撃墜したのか?

 

一人はともかく、

もう一人は余りにも手応えが無さ過ぎる。

 

 

「後は…頼んだぜ、夕月…菊月」

 

 

困惑するヌ級の様子に、

会心の笑みを浮かべるひとみ。

 

 

固有魔法《影分身》

 

魔法力で夕月の分身体を作り出し、自分の大立ち回りで敵の目を見事に欺いてみせたのだ。

 

 

「ぶっとんじゃえーっ!」

 

 

夕月は気付かれず、別の角度からヌ級の至近まで接近。

 

ありったけの魔法力を込めた二五番爆弾を、

 

必中の間合いで放った!

 



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29、神殺し

九九式二五番爆弾は50ミリの鉄板をぶち抜く貫通力を備えた対艦爆弾。

 

この一撃は命中すれば必殺、

乾坤一擲の急降下爆撃だった。

 

常人の数十倍という視力を発揮する固有魔法《千里眼》は着弾観測にも役に立ち、

実は夕月、養成学校時代は爆撃が得意科目の一つであった。

 

今、

夕月の手によって、九九式魔導爆弾は放たれた。

 

空母ヌ級は保田ひとみの迎撃にビームを放っており、それは連射が出来ないことは先の広開土大王との戦闘経験から知っている。

 

ひとみの獅子奮迅の活躍と固有魔法《影分身》によって、艦載機群の注意を夕月から逸らせることに成功。

 

駆逐イ級は菊月と戦闘中ですぐにヌ級の元へと駆けつけることは不可能…

 

つまり、

 

この瞬間、

空母ヌ級は全くの無防備だった。

 

ヌ級は最後の悪足掻きと言っていい抵抗を試みた。

 

駆逐級にはない手、

左手を振りかざして爆弾を払いのけようとして爆弾に触れた瞬間に、

 

 

炸裂した!

 

 

戦場全体に、

青白い閃光が走り抜ける。

 

次の瞬間に巻き起こる、激しい大爆発。

 

 

「魔導爆撃!」

「やったか?」

 

 

夕月は確かな手応えを感じていた。

 

舞い上がった海水が潮吹雪を形成し辺り一面真っ白になる。

視界が利かないのでヌ級の姿が見えず、気になってはいたが早急に離脱しようとしたら…

 

目の前を、ヌウッと現れた巨体な手に塞がれた。

 

 

「キャアッ」

 

 

夕月、回避できず掌に衝突、

指が閉じて身体を掴まれてしまう。

 

巨大な黒い影が徐々に露わになる。

 

 

「ゆっ……

 

夕月ぃいいいいいいいーっ!」

 

 

菊月の悲鳴の様な絶叫がこだました。

 

空母ヌ級は健在だった。

 

左半身を中心に船体の3分の2を吹き飛ばされ、赤く輝くコアが剥き出しになっていたが…

 

まだ、生きていた。

 

 

「イヤァッ、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いィイイッ!」

 

 

夕月の表情が苦痛で歪んで悲鳴をあげる。

 

掌が強く閉じられ、

夕月の身体を握り潰そうと…

 

重症のひとみは、海面を漂いながらなす術なくその悲鳴を聞かされる。

 

菊月は血相を変えて駆けつけようとしたがイ級に阻まれて近づけない。

 

北郷らも異変に気がつくが、

艦載機の相手で精一杯とても助けには行けない。

 

 

形勢は逆転した。

 

 

最期の切り札だった夕月による魔導爆撃は、

 

独島の撃破には至らず…

 

失敗に終わったのだ。

 

 

 

「夕月、死んじゃうんだよね?

もう、これじゃ助からないよね?

 

コアが…

 

ネウロイのコアがすぐ近くにあるのに、何も出来ずに殺されちゃうの?

 

すぐそこなのに、

手が届かない…

 

何でもいい、

アレに、

コアにもう一撃だけできたら…

 

………あ!

 

できるかも!

 

後一撃、

できちゃうかも?

 

手は届かないけど足ならっ!」

 

 

キッとコアを睨み、

覚悟を決めた表情の夕月。

 

魔法力を集中、

瞳が赤く輝きを放ち瑞雲がフルパワーで発動する。

更にリミッターを外し、機械限界以上の魔法力を瑞雲に送り込む。

 

両足をヌ級のコアに向け、

魔導プロペラを急速逆回転。

 

 

「瑞雲、お願いぃっ!」

 

 

夕月の脚から勢いよく飛び出した瑞雲が、

剥き出しになっていたヌ級のコアに衝突、

そのまま突き刺さった。

 

 

『その覚悟と根性に心から敬服する…』

 

 

魔法力の過剰供給で暴走状態の瑞雲が、

青白い閃光を撒き散らしながら激しい爆発を起こした。

 

その衝撃でヌ級のコアが砕け散る。

 

残ったヌ級の身体は、

爆発とともに粉々に砕け散って銀色の細かい破片になった。

 

辺りを飛び交っていた艦載機型ネウロイも一斉に砕け散っていく…

 

 

「やった…」

「やったぞーっ!」

 

 

歓声が上がった。

 

ウィッチたちも、

一般搭乗員たちも、

 

敵旗艦撃破に喜色を上げた。

 

 

海の守護神《独島》は撃破されたのだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

 

ひとみはよろけながらも何とかシールドを展開して海面に立った。

 

すぐ近くに落ちてきた夕月のところまで歩き、身体を掬いあげる。

 

 

 

「夕月、大戦果だぜ!

スゲエよ、姉妹揃ってスゲエよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、

 

目を開けろよなぁ…

 

寝てんじゃねえよ、

頼むから…

 

 

もうこれ以上はイヤだ…

 

仲間がいなくなっちまうのは、

イヤなんだ…

 

 

 

 

聖川丸飛行隊の皆も、

 

昇子さんも、

 

 

おまえまで…

 

 

居なくならないでくれよ…

 

 

 

 

ううううううううぅぅ…

 

イヤだ、イヤだよぉ…

 

わあああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 

 

 

 

夕月の身体を抱きしめ、泣き叫ぶひとみ。

 

左眼からは血が、

右眼からは涙が流れる。

 

 

 

 

 

独島は撃破された。

 

しかし、

代償は大きかった。

 

 

神殺しの代償は、

 

 

余りにも大きかった…

 



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30、荒神降臨

『独島様が…』

 

 

唯一残存していた駆逐イ級が、空母ヌ級の撃破とともに動きを止めて沈黙した。

 

『独島様を護り、共に戦うのが吾ら護衛艦の使命…

それも、終わりを告げたか。もう吾の存在に意味をなさぬ。菊月よ、この…』

 

 

言い終わらぬうちに撃ち込まれた光弾がイ級の船体を大きく削る。

 

二発、三発、四発と次々と撃ち込まれとうとうコアを剥き出しにした。

 

 

「沈め…」

 

 

コアに砲身を叩きつける。

 

そのまま何度も何度も叩きつけ、砲身がひしゃげて使い物にならなくなると投げ棄て、足首の魚雷発射管から魚雷を抜いた。

 

憎悪に満ちた表情、

 

赤い瞳から血混じりの涙を流し…

 

魚雷をコアに叩きつける。

 

 

爆発してコアが砕けるが、

更に次々と魚雷を叩きつけていく。

 

イ級はもう無抵抗、

 

それに容赦のない攻撃を加える菊月は…

 

殆ど発狂していた。

 

狂乱と言っていいくらいに。

 

 

「よくも夕月をォオオオッ!」

 

 

菊月が大きく声を上げた。

 

イ級を惨殺しても、

その激しい憎しみの奔流は収まりはしない。

 

駆逐艦菊月が取り込んだ森美幸としての感情と、

 

戦船の御霊としての霊性が異変を起こし始めていた。

 

 

 

 

激しい憎悪を持ったまま、

 

戦う意味を失った御霊はどうなるのか?

 

正気を失なっていく…

 

激しい憎しみを抱え、

 

憎しみは生ある者全てに害を為そうとする、

 

 

《荒御霊》と成り果てるのだ。

 

 

 

 

第六戦隊を中心とした艦隊が戦場へ到着。

 

既に敵の殲滅は完了していたが、不時着した搭乗員の収容、

残敵の探索、警戒等やることはまだまだある。

 

 

「艦隊がきたか、オレたちも沖島に帰ろうぜ…夕月」

 

 

物言わぬ夕月を背負って海上を歩くひとみ。

 

そこへ北郷章香らウィッチ隊が見舞いにやってくる。

 

 

「保田一飛曹、無事だったか」

「や、保田さん、左目が…!」

「北郷先生、皆…」

「今は敷設艦沖島所属だったな、母艦まで運ぶか?」

「アレ、背中の子って森さんの…」

 

 

ああ、と力なく答える様子を見て全員が事情を察知する。

 

 

「コイツが、森夕月が空母ヌ級を仕留めたんです。

立派に…戦ったんです。でも、そんなのはどうでもよくて…

 

夕月はいつも笑ってて、

普段はバカで惚けた奴で、

でも何か憎めない奴で、

コイツが笑ってたら、

こっちもピリピリしたり緊張してんのがバカらしくなって…

今も惚けて寝たフリしてるんじゃないかって…

沖島に戻ったら急にパチッと目を開けて、

 

運んでくれてありがとー

おかげ様で楽できたよーん。

 

…とか、オレのことバカにしたように言いそうで」

 

 

涙と血を流しながら戦友のことを語る様子が余りにも痛ましく、もらい泣きするウィッチもいる。

 

 

「今回は、余りにも色々なものを失ったな…」

「ハイ」

「帰ろうか」

「森さんはアタシが」

「すまねえ…」

 

 

北郷がスッと手を伸ばした時、

赤い閃光が走り抜けて激しい爆音が轟く。

 

 

「何っ!」

「そんな…」

 

 

艦隊のいる辺りで巨大な水柱が上がっていたが…

艦艇型ネウロイの姿などもうどこにもない。

 

しかし、

赤いビームが再び放たれ、第六戦隊旗艦古鷹の至近に着弾。

古鷹の船体が木の葉のようにユラユラと揺らされている。

 

 

「あそこに…」

 

 

ビームが放たれた場所、駆逐イ級が最後に目撃された地点近く。

 

 

そこには駆逐イ級より小さく、

 

しかし、

もっと強大で凶悪なモノが出現していた。

 

 

 

 

赤く輝きを放つ瞳からは血涙が流れていた。

 

艤装は大きく変形し、

背中から大きな黒い手の様なモノが突き出している。

 

右手に二門の砲、

左手の指は魚雷状、

 

 

強力な魔法波を放ち、

その場にいた全ての者に宣言する。

 

 

 

 

『私は深海棲艦駆逐水鬼級、菊月…

 

この御世の全ての者を憎悪する。

 

今から、

 

全ての飛行機を堕とし、

全ての船を沈める。

 

 

闇の中へ、沈め…』

 

 

 

 

駆逐水鬼と化した菊月が使ったのは、

美幸の固有魔法《魔法伝信》。

 

しかしその声は、

ウィッチどころか一般の人間の脳にまで強く響かせる程の強い魔法力を秘めていた。

 

文字通り、

 

菊月からの、戦線布告であった。

 



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終章
31、荒れ狂う御霊、駆逐水鬼(挿絵有)


改稿中


 

【挿絵表示】

 

 

三体の艦艇型ネウロイの殲滅に殆ど全戦力を注ぎ込んでいた舞鶴艦隊。

 

突然発生した新たな怪異に対抗する戦略なぞある筈もなく…

 

特にネウロイに対して有効なダメージを与えられるウィッチたちの消耗が激しく、現状まともに戦える者は皆無だった。

 

ひとみと夕月は、北郷章香らウィッチ部隊と合流していたのが幸い。

すぐにその場から退避して母艦である敷設艦沖島へ向かっていた。

 

「あれは、菊月のようだ」

 

「何言ってんすか、ふざけたこと言うと先生でも怒りますよ!」

 

「あの子は…」

 

思い出すように遠くを見つめる北郷。

 

彼女は教え子たち一人一人のことを、よく覚えている。

 

「森美幸は物事を溜め込むタイプだった。その傾向は菊月になってより強くなっていたと思う」

 

「それは…!」

 

 

確かに心当たりがある。

 

菊月は、大事なこと、難しいこと、そして彼女が漠然と抱いている不安…、それら全てを一人で抱え込んでいる節があった。

 

本当はこの結末が解っていたのではないだろうか?

 

敵、艦艇型ネウロイと自分が、

全く同種の存在であること。

 

きっかけ一つで自分も、ネウロイ化してしまうかも知れないこと。

自分がバケモノになるかもしれないなんて、考えたら寒気がする…

菊月は、どれだけの恐怖を感じながらこれまで時を過ごしていたのだろうか?

 

ものすごい精神力だと思う。

自分なら何日も持たずに発狂するなと、ひとみは思う。

 

もしかして…

 

戦いが終わったら、

 

ネウロイ化する前に自ら命を絶つつもりだった?

 

 

「菊月…、救いがねぇよ。

こんなの、酷すぎる。

 

あんまりだ…」

 

 

友の為に何もしてやれない無力な自分に…

 

悔し涙が溢れてくるのだった。

 

 

轟音が響き渡る。

舞鶴艦隊が砲撃を開始。

 

巡洋艦利根、筑摩から発艦した水偵による着弾観測から、菊月に向け一斉射。

 

 

だが思い知る、

この小さな怪異が体長100mを越す巨大な艦艇型よりも遥かに厄介な敵であることを。

 

赤く輝く巨大な魔法陣が展開、

 

砲弾は全てシールドに衝突して爆散してしまった。

 

菊月には全くダメージはない。

 

 

「な、何だとぉ…」

「ウィッチだとでも言うのか!」

 

 

菊月から放たれた赤い光球は巡洋艦加古の船首に命中、爆炎が上がる。

 

光球は次々と放たれ、第六戦隊、第六水雷戦隊の艦艇に着弾していき、甚大な被害が出た。

 

中破、大破する船が続出して、艦隊は大混乱に陥る。

 

 

「森准尉がこんな…」

「あのバケモノが本当に森さんかどうかわからないでしょ!」

「でも…さっきの魔法伝信だよね。あの固有魔法を使えるの、森さんしか…」

「え、それってつまり…、ウィッチがネウロイになるかもしれないってこと?」

「そんな…!」

「わ、私たちも…?」

 

 

ウィッチたちの中に不安が広がりつつあった。

あったのだが…

 

 

「ならねーよ…」

「え、保田さん?」

 

「オレたちみたいな並のウィッチじゃ、なりたくてもああはならねーよ」

 

「……」

 

ひとみの言葉に誰しもが閉口するしかなかった。

 

 

第十七駆逐隊、駆逐艦浦風と谷風と行動を共にしていた敷設艦沖島。

 

北郷やひとみら、消耗著しいウィッチたちを収容し、艦隊が菊月によって蹂躙されるのを見ていた。

 

 

「能美大佐」

 

「ああ、我が艦は戦線を離脱する、浦風、谷風にも打電」

 

 

冷静な声で指示を出す能美の目は赤い。

 

変わり果てた森夕月の姿を見て、この男は恥も外聞もなく取り乱して涙を流したが…

 

今は見事に切り替えて艦の指揮を執っていた。

 

 

「能美大佐、残念ですが…」

 

「ああ少佐、何も出来ない。我々には、もうどうすることも出来ない…」

 

 

悔しそうに俯く北郷。

彼女の麾下の舞鶴航空ウィッチ部隊は先の戦闘で20人中少なくても7人が戦死し、残った者も魔法力を使い果たし、怪我をしていないものは一人もいない。

 

白波小隊も壊滅状態。

 

今、ここに、暴走する菊月を止められる者はいない。

 

ただ逃げるしか手がない。

 

誰も、

菊月を救えるものはいないのだ。



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32、睦月型駆逐艦、其の一

ひとみは夕月の亡骸の側に力無く座って俯いていた。

 

左目に巻かれた包帯に滲んだ赤い斑点が痛々しい。

 

涙もとうに枯れ、言葉も無く、ただガックリと肩を落として座っている姿が余りにも哀れ過ぎて誰も声を掛けられなかった。

 

 

「結局、オレはまた誰も守れなかった。なんて弱いウィッチなんだろう…

 

隻眼になっちまった、兵士としてはもう役立たずだし除隊だな。

 

片目の醜女に寄ってくる男だっていやしないだろうし、これからは独りでひっそりと生きていこう…

 

もう、たくさんだ。

 

仲間や友達が、目の前で死んでいくのはゴメンだ…」

 

 

グッと、膝の上に置かれた手に力が入る。

 

人一倍情に厚いひとみ。

 

けどもうこれからは感情を殺して生きていこうと、そうと決めた。

 

他人に無関心になって感情を殺してしまえば、

 

もうこんな苦しい想いをしなくて済む筈だと…

 

もう生きることさえ厭気がさしたひとみを青白く照らすものがあった。

 

 

「えっ?」

 

 

残った右目を開いて驚いて呆気にとられた。

 

夕月の亡骸が仄かにウィッチの魔法力を象徴する青白い光を放ち始めていた。

 

最初はボンヤリとした輝きだったが、徐々に強くなり…

 

 

「うわ、アア…、うわわわわっ!」

「おはよー、ひとみちゃん」

 

 

パチクリと、夕月の瞳が開いた。

 

 

「うわわ…、ウソ、そんな、だって…、あそっか、こりゃ夢だ、オレってば疲れてて居眠りしちまってんだハ…っ」

 

 

ムクッと身体を起こした夕月に、頬を抓られてグイーッと引っ張られる。

 

 

「痛てぇ、よせって夕月、オレ怪我してんだ、左の目ん玉が無くなったんだって!」

 

「夢じゃないみたいよー」

 

 

ニコッと小悪魔的な笑顔を向けてくる夕月。

いつもならフザケンナーと、えらい剣幕で怒鳴るひとみだが…

 

 

「夕月ぃいいい、夢じゃねー、夢じゃねーよ、本当に夕月だあっ」

 

 

ガバッと抱きついて、嬉しい嗚咽を漏らす。

そんなひとみの頭をヨシヨシと撫でてあやす夕月。

 

 

「夕月、確かに死んじゃったけど蘇った…

違うかな?

産まれ変わったんだよ。

菊月ちゃんと同じみたいに」

 

 

ひとみ、涙と鼻水でグシャグシャになりながら、

 

 

「何だそりゃ?」

「うーん、説明は長くなるから、まず見てみて」

 

 

スッと立ち上がり、魔法力を開放。

青白い輝きが夕月の身体に纏付き、具現化していく…

 

太腿に四連装魚雷発射管、

左右、両手に一門づつ二門の12cm砲、

背中に煙突を背負い、そこには円柱形の爆雷、

 

 

「それ菊月と同じ艤装とかいう!」

「うん今の夕月、駆逐艦娘だもん。睦月型12番艦夕月だよ!」

 

 

 

「でも、菊月みたいに人格とか変わってないよな?」

「うん、じゃあ最初から説明するね」

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

ユラユラと白く揺らめく天井。

白い揺らめきは光。

 

辺りは少し薄暗く、

碧くて、

 

世界の全てに碧味が入った紺碧色。

 

光は遠く高い所にあって、

手を伸ばしても届かなくて…

 

 

やたら寒くて、

 

どんどん寒くなっていって、

 

白い光もどんどん遠くなっていって…

 

 

「夕月、死んじゃったんだ。

このまま暗い海の底へ沈んじゃうんだ…」

 

 

 

最後まで精一杯やり遂げた、確認出来なかったけど、きっとネウロイは倒した。

 

思い残すことは…

 

 

 

 

ある。

 

たくさんある。

 

ぶっちゃけネウロイなんてどうでもいい…

 

 

「イヤだよ、もっと菊月ちゃんやひとみちゃんと一緒にいたいよ、

 

死にたくないよ、

 

独りで、

暗い海の底になんて沈みたくない…

 

 

イヤだ、

 

 

イ、ヤ、だよぅ…」

 

 

夕月、死ぬのが嫌で、

皆とお別れするのが嫌で、

 

もがいたの。

何とかもう一度地上へ上がろうともがいて…

 

バカだよね、

肉体の無い霊のまま地上へ戻っても…

 

ネウロイみたいな怪異か、

怨霊になっちゃうしかないのに…

 

 



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33、睦月型駆逐艦、其の二

その時に海の中で夕月を受け止めてくれる人がいたんだ。

 

 

『気持ちを落ち着けて、暴走してこのまま海上へ出たら深海棲艦になってしまうわ!』

「しんかいせいかん?」

『お帰りなさい、ユヅキ』

「ほえ…ウソ~!」

 

 

夕月を抱きとめたのは夕月。

上から下まで全く同じ姿かたちをした彼女。

 

彼女は、夕月に名乗ったの。

 

 

『私は睦月型駆逐艦12番艦夕月(ユウヅキ)

「えー、菊月ちゃんの?」

『ハイ、末の妹になります』

「夕月ももしかして菊月ちゃんみたいに…」

『ご説明いたしますね』

 

『森美幸さんは菊月姉様の、つまり駆逐艦菊月の艦長だった森幸吉少佐のこちらの御世での同一存在になります。

 

だから姉様は美幸さんの助けを求める声に呼応したんですね。

そして森少佐は私の艦長でもありました。

なので美幸さんの助けを求める声は私のところにも届き、深海で眠っていた私は目覚めて彼女を助ける為にこの御世へ参ったのですが…

 

美幸さんの魔法伝信は世の隔たり、そして時間の隔たりをも越える強力なものでした。

 

私がその御世に現れた時、実はまだ事件の起こる15年前で美幸さんは一歳。

扶桑皇国はいたって平和で助けが必要ではなかったのですね。

 

でも15年後には事が起こり、その時、美幸さんには助けが必要なのを知っていたのでどうするか思案しました。

 

私はこの御世で眠りに付き、時を待つ事にしたのです。

そして私が目覚めるまでの間、

私に代行して美幸さんを助ける存在が必要と判断して、その時はまだ美幸さんのお母様の母胎の中にいた小さな胎児に私の霊性を与えることにしたのです』

 

「え、それ夕月のこと?」

 

『ハイ、貴女はウッチ森夕月(ユヅキ)であると同時に、睦月型駆逐艦12番艦の御霊を受け継いで生まれてきた艦娘夕月(ユウヅキ)なのです』

 

「えええええーっ!」

 

『菊月姉様の御霊を受け入れて後天的に艦娘化した美幸さんと違い、貴女は先天的に私の霊性を持って生まれた艦娘ということになりますね』

 

「かんむす…菊月ちゃんや夕月みたいに船の魂を持ってる人のこと?」

 

『ハイその通りです。それより夕月、実は今菊月姉様、そして姉様と同化した美幸さんが危険な状態です』

 

「菊月ちゃんから聞いてる!

アナタと同化して受け入れれば、かんむすになって復活できるんだよね!」

 

『だいたいそういうことです』

 

「やる、菊月ちゃんも美幸ちゃんも助ける!」

 

『では切迫しているので急いで参りましょう』

 

 

駆逐艦夕月、

夕月のこといきなり抱き寄せて、唇を重ねて…

 

夕月、チューされちゃった!

 

しかもけっこう長く!

 

 

 

「…な、何するのよ」

『儀式ですので』

 

 

睨んでみてもサラッとした笑顔で受け流す駆逐艦夕月にちょっとだけ腹が立ったけど…

 

それから駆逐艦夕月も、夕月も青白く光だして…

 

 

 

…………………

 

 

 

「で、目を開けたらひとみちゃんがいたってわけ」

「で、人格が変わってないのは…」

「駆逐艦夕月と、ウィッチの夕月はもともと同じ御霊なの。扶桑の神様がよくやる分霊ってやつね。だから、美幸ちゃんと菊月ちゃんみたいに御霊が入れ替わったわけじゃないの。

 

それより菊月ちゃん、憎しみのあまり暴走して深海棲艦になっちゃったんだよね。

普通の兵器でも、たぶんウィッチでも止められない。

 

今の菊月ちゃんを止められるのは睦月型12番艦夕月だけだから。

 

行ってくるね。

菊月ちゃんと美幸ちゃんを助けてくるよ!」

 

 

ひとみは行かせまいと夕月を遮るように抱きつく。

 

 

「ダメ、行ったらおまえ…殺されるかも知れない。そうなったらオレ、今度こそ耐えられねえよ」

 

 

ちょっとだけ困ったような顔をする夕月だが、ひとみの後頭に優しく手を回して引き寄せて…

 

唇を重ねた。

 

ひとみ、驚いてジタバタと暴れるが、しっかりと身体を抱きよせる夕月の力が強くて離れない。

 

抵抗しなくなるまで、夕月は存分に唇を堪能。

 

やがて動きが無くなったひとみを離すと、彼女は力無くヘナヘナと膝を付いてその場に座り込む。

 

 

「艦娘の契約の印。ひとみちゃんの御霊は駆逐艦夕月のもの、死んでも離れないよ」

 

 

サワッと頭を撫でて夕月は行く。

 

もう止めない、

というか思考が…大混乱を起こしてそれどころじゃない。

 

 

 

「やっぱり、ちょっと人格変わってるよ……な」

 



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34、睦月型駆逐艦、其の三

「も、森二飛曹!」

「夕月ちゃん!」

「こりゃたまげた!」

 

 

復活した森夕月を目の当たりにして、敷設艦沖島一同目を丸くして驚きの声を上げていた。

 

能美大佐などは、目に涙を溜めて…

 

 

「森二飛曹ぉおっ!」

「まて大佐…、うわっ、キャーッ!」

 

 

感涙しながら抱きつこうと飛びかり、殺気を感じた北郷が前に出て止めようとしたが、能美はそのまま北郷を強く抱擁してしまった。

 

夕月はといえば、

抱きつかれたら反射的に12cm砲をぶっ放していたかも知れない?

 

 

「た、助けてー!」

「北郷先生…」

「何か満更でもなさそうじゃない?」

「面白いから放っておこっか」

 

 

普段は凛々しい北郷が真っ赤になって悲鳴を上げて助けを求めている。

ウィッチたちはクスリと笑いながら傍観を決め込んだ。

 

ちなみに北郷章香25歳は未だに男を知らない。

一皮剥ければ初心で耐性のない乙女だった。

 

 

「能美大佐、森夕月二飛…否、睦月型駆逐艦夕月、出撃許可をください。

 

駆逐艦菊月を止められるのは、

駆逐艦夕月だけです!」

 

 

北郷を放してさっと佇まいを正し、艦長として夕月と向き合う能美。

 

相変わらず切り替えの早さが只者ではない。

 

 

「出撃を許可する。舞鶴艦隊の離脱を掩護せよ」

「了解!」

 

 

柵の上に立ち、舷から飛び降り、飛沫を上げて海面に降り立つ。

 

振り返ると艦の全員が夕月を見守っていた。

帽子を着用しているものはそれを手に、帽フレの合図で出撃する夕月を見送る。

 

 

 

「駆逐艦夕月、抜錨します!」

 

 

 

海面を蹴り、

白波を立て、

滑走開始。

 

 

 

夕月は征く、

 

今戦役の最後であろう戦いに赴く。

 

撃破する為でなく、

 

救う為に、

 

遠くなった姉妹を連れ戻す為に。

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

菊月の異変は激しい怒りと憎しみから端を発してはいたが、既に記憶も意識も曖昧になっていた。

 

深い闇の中に堕ちた意識。

 

今の菊月の視界は暗い、真っ暗に近い深い紺碧の世界の中にいる。

強い憎悪の感情だけが胸中に渦巻く。

 

憎悪の理由は

もうよく思い出せない…

 

 

それよりも、

もっと根源的な古い記憶、

 

遥か遠い記憶、

曖昧な記憶の中には強い無念があった。

 

一大決戦の主力部隊から外されてしまったという無念。

 

 

「しかも主戦場でもない前哨戦で私は…

 

悔しい…

 

悔しい…

 

まだ何もしていない…

 

こんな筈じゃない。

まだまだ戦える筈だった。

 

しかも、

死に切れず、

 

生きたまま棄てられて…

 

孤独に、

 

ゆっくりと朽ち、

 

鉄屑になっていく私の身体…

 

孤独は辛い。

 

孤独は苦しい。

 

 

悔しく、

 

苦しく、

 

 

寂しい…。

 

 

いっそ、僚艦や姉妹艦たちと同じ様に海底にでも沈んでしまえば…

 

 

 

しかし、私は…

 

呼ばれたのだ。

 

身体を海水に蝕まれ、

ただの残骸に成り果て、

 

水漬く屍となっていた自分を必要とする者の、

助けを求める声を聞いたのだ。

 

懐かしい声だった。

 

私を呼んだ声の主は、

この私を愛し、誇りにしてくれた、

 

森幸吉艦長だった。

 

森艦長は私が棄てられた後、姉妹艦の夕月に移った筈。

この御世の艦長は少女の姿だったが、

霊性は間違いなく森艦長。

 

そして、夕月とも会えた。

 

私は、

 

森艦長から夕月を託され、

夕月を守る為に再びこの御世で戦うことを決めたのだ。

 

 

 

夕月を守る為、

 

夕月を…

 

ゆ、夕月…

 

 

夕月…

 

 

夕月ぃ…

 

 

夕月が…

 

 

…死んだ。

 

 

私は、

 

夕月を、

守れなかった…

 

 

私は…

 

 

夕月を、殺した敵が憎い!

 

 

夕月を、死に追いやったこの御世の全てが憎い!

 

 

夕月を、守れずに死なせてしまった私自身が…

 

 

…憎いィっ!

 

 

全て、憎い。

 

敵も、

味方も、

 

私も…

 

全部沈んでしまえばいい…

 

生あるものは、

全て死んでしまえ。

 

屍になればいい。

 

私が、

 

この御世の全てを屍に変えてやる。

 

 

最後には私も屍に戻る…

 

水漬く屍に戻るのだ…

 

 

 

 

海ゆかば 水漬く屍

 

山ゆかば 草生す屍

 

大君の辺にこそ死なめ

 

かえりみはせじ

 

 

 

この御世も、

 

前世も、

 

世界は屍に満ちている。

 

大義の名の下に、

多くの命が屍に変えられていく…

 

人は積み上げられた屍の上に立ち、

その上を歩いていくのだ。

 

返り見よ、

 

顧みよ、

 

省みよ…」

 

 

 

「闇はいつか晴れて、水平線から朝日が上がる。

 

暁の水平線には水漬く旭が輝くんだよ。

 

 

山は色鮮やかな花が咲き、青い若葉が芽吹き、

 

大地は生命力に満ちているんだから。

 

 

私たちは屍の上に立ってるんじゃないよ。

 

倒れた人たちもいるけど、

その人たちが示して、拓いてくれた道を歩いていくの。

 

そして、先に続く若い命の為に私たちが新しい道を拓いていかなくちゃならないの。

 

人は、

 

屍じゃなくて、紡がれた想いの上に立ってるんだよ。

 

 

夕月は…

 

夕月は大義なんて知らない。

 

 

ただ貴女の為に戦う。

 

大好きで、

大事な、

 

私の小さな姉妹の為に戦う!

 

今は遠くにいる、

 

貴女のところへ還るんだから。

 

 

菊月ちゃん!」

 

 

 

駆逐水鬼菊月、

駆逐艦夕月、

 

対峙する。

 

 

菊月は夕月を認識出来ていないのか激しい敵意の籠もった瞳で夕月を睨んでいた。



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35、睦月型駆逐艦、其の四

菊月は黒い艤装の左手を翳して、魚雷状になった指を飛ばした。

 

夕月も魚雷発射管から魚雷を放った。

狙いは菊月の魚雷の誘爆。

 

 

海中で衝突した魚雷同士が炸裂して海面が吹け上がる。

 

 

既に動き出していた夕月の足元を、誘爆しきれなかった魚雷が掠めていく。

 

 

菊月の砲門が強烈な赤い閃光を放ち輝いた。

 

赤い光弾が夕月を襲う。

 

 

船速いっぱいで之の字軌道を描く夕月に命中弾無し。

 

回避しながら隙をみて反撃の光弾を撃つ夕月。

 

展開される赤い魔方陣。

夕月の放った青白い光弾は魔法陣のシールドに衝突して閃光を放つが菊月には届いていない。

 

 

しかし、

夕月の姿が見えなくなった。

一瞬戸惑う菊月だったが…

 

 

衝撃で弾き飛ばさる。

 

 

夕月は身体を低く、スライディングさせるように海面を滑らせて、僅かに開いていたシールドの隙を縫って接近。

 

12センチ砲の一撃を見舞っていた。

 

大きな黒い手が爆炎を振り払い、赤い瞳を輝かせた菊月が姿を現わす。

 

夕月の砲撃は、駆逐水鬼の艤装によって阻まれ菊月本人にはダメージは無い。

 

左手を伸ばしながら急速に接近。

夕月、後方へ飛びながら発砲。

 

青白い光弾が魚雷状になっている指に至近距離で命中。

 

魚雷が誘爆し、激しい爆発を起こす。

 

衝撃ですっ飛ばされた夕月の身体が海面に叩きつけられて、飛び石の原理で二回海面を跳ねたが、三回目には体勢を立て直して着水した。

 

 

「はあ、はあ、危なかった…!」

 

 

駆逐水鬼の艤装、魚雷発射管になっていた左手が手首から上が吹き飛んでいる。

 

 

「もしかして…」

 

 

菊月の艤装は再生しない。

する様子がない、

 

つまり…

 

「菊月ちゃんはネウロイになったんじゃない。ヌ級やイ級とは違う!」

 

 

響き渡る轟音、

立ち上がる水柱。

 

菊月と夕月、

 

血を分けた二人の姉妹の魔女。

同型二隻、姉妹たる駆逐艦。

 

殆ど格闘戦に近いくらい至近距離での激しい砲雷撃戦。

 

 

その場にいた全ての者たちがこの戦いに注目する。

 

退却する筈だった第六戦隊も逃げ足を止め、その場に止まった。

 

 

「魔女が…二人のウィッチが戦っている!

 

我ら舞鶴艦隊が逃げるしか無かった、あの小さく強大な魔女相手に…、たった一人のウィッチが戦いを挑んでいる!

 

全艦、止まれぇっ!

あの戦いから目を離すことなかれ、見届けん…

 

我ら、戦いの見届け人とならん!」

 

 

第六戦隊司令官、五藤存知少将が命令し、

第六戦隊始め、第六水雷戦隊、代十八戦隊など…

 

全ての艦艇が動きを止め、戦場に留まった。

 

 

第六戦隊重巡洋艦加古は菊月の砲撃で中破炎上したが、すでに消化作業は済んでいた。

 

今は五藤少将に従ってその場に止まり、菊月と夕月の激闘を艦内全員で見守っている。

 

加古艦長、高橋雄次大佐が二人の戦いを見守りながら呟いた。

 

 

「小さき君に、襲ひかかれる敵水鬼、掩護の我は遠くにありしに…」

 

「艦長?」

 

「あの少女たちは、まるで別世界の住人だな。

 

魔女と魔女の戦いに、我々男供が入る余地などない…

 

遠く、遥か遠く…

人智を超えた超常のところにある。

 

我々の出来ることは、

 

 

ただ、見届けるだけだ…」

 

 

 

敷設艦沖島も足を止め、

乗船していた全ての者が、夕月と菊月の戦いを見守っていた。

 

 

「森准尉…」

 

「森二飛曹…!」

 

「森さん!」

 

「が、頑張れ…」

 

「カワセミちゃん…頑張れ」

 

「カワウソちゃんを助けてやってくれ!」

 

「夕月ちゃん」

 

「頑張れ、夕月ちゃん…」

 

「ま、まけるなー…」

 

「夕月ちゃん、頑張れ!」

 

「頑張れー!」

 

 

沖島の船員も、

収容されたウィッチたちも、

 

艦内の全員が駆逐水鬼に立ち向かう夕月にエールを送る。

 

 

そしてひとみも…

 

 

「夕月、菊月を助けてやれるのは、おまえしかいねえんだ!

 

菊月、早く自分を取り戻せ。

憎しみなんて捨てて、前にいるのが誰か、その目をちゃんと開いて見てみろ。

 

美幸、

菊月の中にまだいるんなら助けてやってくれ。

 

菊月を、悲しみと苦しみから救ってやってくれ!

 

頼む、

 

頼んだぞ、森姉妹ーっ!」



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36、姉妹の再会

「はあ、はあ…」

 

「ぐううぅ…っ!」

 

菊月と夕月、二人とも満身創痍になっていた。

 

夕月は違和感を感じる。

 

 

「どう考えても基本スペックはあっちが上。

練度にも差はない筈…。

なのに、互角。

というか、菊月ちゃんの動きが鈍い気がする。

 

一体どういうこと?」

 

 

よく観察してみると、菊月の様子が少しおかしい。

時より苦しそうに頭を押さえ、イヤイヤと首を横に振るような動作が見られる。

 

 

「菊月ちゃんも戦ってる!

駆逐水鬼と戦ってるんだ!

 

え、それだけじゃない、

もしかして、

 

美幸ちゃん…!」

 

 

夕月は確信した。

 

今、駆逐水鬼菊月と戦っているのは夕月一人ではなく…

 

駆逐艦菊月、

そして森美幸もまた、

 

暴走する駆逐水鬼と、その内面で戦っていたのだ。

 

 

「勝てるよ、私たちこの戦いに勝てる。

もう終わりにするよ、駆逐水鬼!」

 

 

菊月が光弾を放つ。

夕月は素早く動き、初弾を回避。

 

これ以降は動きを読んで、着弾予測が立てられた攻撃となる。

 

互いに接近しながら光弾を放つ。

 

菊月二弾、

夕月初弾、

 

赤と青の光弾が衝突して空中で炸裂。

その間も二人の動きは止まらない。

 

菊月三弾、

夕月二弾、

 

空中に描かれたシールドがお互いの光弾を受け止め、炸裂。

夕月のシールドはそれで破壊されるが、

菊月のシールドは健在。

 

菊月四弾、

夕月に命中し爆煙が巻き起こる。

 

夕月三弾、

菊月は余裕で青白い光弾をシールドで受け止めようとしたが、直前でシールドが消滅。

予想外のことに対処出来ず直撃。

 

爆炎を振り払い、大破状態の駆逐水鬼が姿を現わすが…

目の前に砲口が突きつけられた。

 

同じく大破状態の夕月がそこに立つ。

 

 

「お互い大破で、もう一発で轟沈だけど…

菊月ちゃんは四発撃って、私は三発撃った。

睦月型駆逐艦は一回装填で砲撃は四回まで。

菊月ちゃんはもう撃てず、私はもう一発撃てる。

もうこの距離じゃ回避できない。

 

詰みだよ…駆逐水鬼」

 

「この菊月が、紙一重の戦いで破れるか…

いい腕だ、いい勝負だった。

強敵と、全力を出し切る砲雷撃戦の果てに沈んでいく…

 

本望だ。

 

私を沈める貴艦は誰だ、名を教えて欲しい。

貴艦の名は…?」

 

 

菊月は敗北を悟り、もう観念したのか瞳を閉じて、その身を敵に預けている。

 

それは、

 

憎しみに駆られた狂気の駆逐水鬼ではなく…

 

誇り高き歴戦の戦船、

睦月型駆逐艦菊月そのものだった。

 

菊月に向けられる12センチ砲の砲口がユラユラと揺れて…

 

海面へ、投げ捨てられた。

 

 

「う、撃てるわけ…

撃てるわけないー!

これ以上菊月ちゃんを傷つけるなんて出来ないーっ!」

 

 

泣きながら菊月に抱きつく夕月。

 

 

「血を分けた姉妹なのに!

魂で結びついた姉妹艦なのに!

 

傷つけ合って、

殺し合うなんて…

 

そんな再会しかないなんて!」

 

「……何だ、暖かい、え?」

 

 

菊月の瞳から流れていた血涙が止まる。

 

 

「き…、貴艦は一体、誰なんだ?」

 

「菊月ちゃん、私、夕月だよ…」

 

「ユヅキ…?

ユウヅキ…?」

 

「私は…

敷設艦沖島のウィッチ、森夕月(ユヅキ)であり、

睦月型駆逐艦12番艦夕月(ユウヅキ)。

 

森美幸の血を分けた妹で、

菊月の御霊とも繋がる姉妹艦」

 

 

菊月の瞳が再び開く。

 

もう血混じりでなく、

透き通る涙が零れてくる。

 

 

「夕月、夕月なのか…」

 

「菊月ちゃん!」

 

「夕月…!」

 

「菊月ちゃぁん…」

 

「夕月ぃ!」

 

 

二人は厚い抱擁でお互いの存在を確かめる。

 

 

前世での大戦、

ツラギ島の襲撃で菊月が擱座して離れ離れになってから…

 

 

悠久の時空を超え、

 

 

人の肉体を得て、

 

 

数奇な運命に翻弄され、

 

 

死闘を経て、

 

 

姉妹艦は、

 

今、再会を果たしたのだった。



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37、英霊への鎮魂歌

「ゴメンね、ゴメンね、置き去りにしてしまって…

助けに行ってあげられなくて!

 

あの後もっと戦いが激しくなっていって…

戦線縮小して、フロリダ諸島はもう敵の勢力圏になってしまって…

 

ごめんなさい、菊月ちゃぁん!」

 

「解ってる、大丈夫、大丈夫…

 

…いや、大丈夫じゃない。

本当は辛かった…

 

寂しかったんだ…

寂しくて、あの島で眠りにつくまでずっと泣いていたんだ…

 

だから夕月とまた会えて嬉しい!

 

人の身体とは良いものだな、

おまえの温もりを感じられるぞ。

 

こうして抱きしめていると、

とても心地良い」

 

失われた時間を取り戻すように、

お互いの身体をしっかりと抱きしめ合う二人…

 

菊月を覆っていた禍々しい赤いオーラは消え、

 

今は優しい青白い光が彼女を包んでいる。

 

…しかし、

 

 

「菊月ちゃん、身体が!」

 

 

光が強くなるにつれ、ゆっくりと希薄になっていく菊月。

 

そう、これは…

 

 

「私の今世での役割は全て果たされた…と、いうわけか」

 

 

再会、

 

そしてすぐさま訪れる、

 

別れ。

 

 

まだ触れることができるが、菊月の身体が透けてきている。

 

 

「この御世に人として、ウィッチとして生を受けている夕月は…まだちょっと時間があるみたい。

 

でも、哀しまない。

いつか私も、菊月ちゃんのところへ行くから。

ツラギの島に、夕月も行くね」

 

「ああ、待っている」

 

 

優しい笑顔を夕月へ向ける菊月に、更なる変化が現れた。

 

白に近い銀髪だった髪にサアッと濃い色が付き、

赤かった瞳も濃く深い色に…

 

艶やかな美しい黒髪、

そしてオニキスのような黒い瞳。

 

 

「み、みみ…」

 

「強くなったね、本当に頑張ったね夕月!」

 

「美幸ちゃぁんっ!」

 

 

もう一つの姉妹の再会。

嬉しそうにしながらも美幸は少し、俯き気味に言う。

 

「私は、何もしてあげられない本当にダメな姉だった。弱くて、役立たずで…」

「そんなことない!

いつも美幸ちゃんのこと感じてた。菊月ちゃんを通して、ずっと夕月のこと守ってくれていたよね。

 

最後に駆逐水鬼のシールドが消滅したのは美幸ちゃんがやってくれたんでしょ、お陰で勝てたんだよ!

 

最初から、

今でも、

これからもずっと、

 

夕月の自慢のお姉ちゃん、

 

大好きだから、美幸ちゃん!」

 

 

厚く、熱く、抱擁する姉妹。

 

今度こそ、

本当の別れの時。

 

 

「私いくね。これからは菊月ちゃんの側にいてあげようと思うの。あの子、ああ見えてものすごく寂しがり屋だから」

 

「知ってる、すごく泣き虫なのも。昇子さんにもよろしくね」

 

「うん、ひとみにもよろしく言っといてね」

 

 

青白い光の粒が、フワリフワリと宙を舞い。

もう殆ど消えていく美幸の身体。

 

涙を拭い、

最後は笑顔を浮かべて、

 

姉妹は暫しの別れを告げた。

 

 

 

「またね、

 

菊月ちゃん、

 

美幸ちゃん、

 

 

いつかまた会う日まで…」

 



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38、エピローグ

空も海も、その全てがよく知る扶桑の海とは明らかに違っている。

 

痛いくらいに強く照りつく太陽光は、大海原を目が痛くなるほど鮮やかなエメラルドグリーンに塗り潰していた。

何処までも広がり、何処までも輝く、南国の大海原。

 

森夕月は敷設艦沖島の船首に立ち、涼やかなる潮風を全身で受け止めていた。

固有魔法の千里眼を使えば、水平線の彼方まで良く見通すこともできるのだが…

今の彼女の瞳は閉じられ、そもそも見ていなかった。

 

匂い、

 

音、

 

感触、

 

霊気…

 

視覚以外の感覚を研ぎ澄まし、海神(ワダツミ)の気配を感じようとしていた。

 

彼女の後ろには左目に眼帯を巻いた少女、保田ひとみ。

夕月が振り返ってひとみを見る。

 

ただ見るんじゃなく、

ジトッと、意味深な含みを持った視線を送りつけると彼女は赤面して無理やり視線を逸らして甲板に寝転んで不貞寝を決め込んでしまった。

 

その動揺っぷりが可笑しくて、可愛い…

クスリと悪戯っぽい笑みを浮かべながら前に向き直る。

 

 

「昇子さん、美幸ちゃん、菊月ちゃん…

夕月たちも来たよ。

皆、この南の海の何処かにいるの?

ツラギ島はたぶんあるけど…

こっちの御世じゃあ扶桑皇国とリベリオン合衆国は戦争してない。だからソロモン海域の激戦は無いし、鉄底海峡も存在しない。

 

駆逐艦菊月は擱座なんてしてないし、そもそも駆逐艦菊月は扶桑皇国にはない…」

 

 

瑠璃色の水平線の先にポツリポツリと島影が見えてきた。

夕月は再び感覚を研ぎ澄まして気配を探る。

 

果てしなく広く大きい大海原の何処かにあるかもしれない、三人の親しい友の御霊を感じようと…

 

 

 

 

 

1943年5月12日、

 

敷設艦沖島は南洋艦隊第十九戦隊として扶桑皇国領資源採掘特別地域、

南洋島(パシフィス島)へ派遣されていた。

 

南洋島周辺の航路を利用する商船、資源発掘基地の護衛、その他、周辺海域の警戒が主任務である。

 

その日は、夜な夜な現れ騒動の原因になっている幽霊の調査を現地住民から依頼され、ある島へと向かっていた。

 

その島とは、

ソロモン海域フロリダ諸島の一つ、

 

ツラギ島…。

 

 

 

 

 

 

 

…………………

 

 

 

 

 

 

遥か彼方の夜の海。

 

天に広がる果てしない暗黒を白くぼんやりと染め上げるMilkyway。

 

そのMilkywayをそっくり写しあげる程、鏡のように静かに凪いだ海面。

 

それは静かな、

深海のような静かな夜の海である。

 

海面に半身を乗り上げ、ゆっくりと朽ちていく船体を晒す駆逐艦菊月の上に、二人の少女と一人の女性の姿があった。

 

ぼんやりと青白い仄かな光を放ち、ほんのり透けるような身体。

 

菊月の船体に寄り添うように腰掛ける三人は、とくに言葉もなく、小さく、優しく僅かに聞こえてくる波の声に静かに耳を傾けていた。

 

不意に、一人の少女が小声で漏らす。

 

 

「小さき君が、

もう、近くまで来てるね」

 

「近くて遠い、彼方の御世よ〜」

 

「そっか、まだ生者であるあの子たちとは会えないかな…」

 

「そうね〜…」

 

 

黒髪の少女と、赤紫の女性。

かつて森美幸と金丸昇子だった二人の御霊は寂しそうに俯いたが…、銀髪の少女が立ち上がり、二人に手を差し伸べた。

 

 

「行ける…」

 

「え、でも〜」

「どうやって世の隔たりを超えて行くの?」

 

「私は駆逐艦菊月、生でもなく死でもなく、悠久の次元の外に存在する、在りし日の戦船だ」

 

 

眩い輝きを放ち、少女の姿だった御霊が光球へと変わる。

青白い光球は、大きく海面に広がっていき、徐々に姿を変えていく。

 

「二本の煙突とアンテナ、二基の魚雷発射管、四門の12センチ砲〜…」

「睦月型駆逐艦…菊月ちゃん!」

 

『美幸、昇子、さあ乗って、共に行こう、彼方の御世まで私が運ぼう』

 

「うん!」

 

 

二人の御霊を乗せた駆逐艦菊月は、抜錨する。

青白い光の航跡を引きながら、

Milkyway、星の大海へと乗り出していく。

 

 

 

 

 

 

それは静かな、

遥か彼方の南の島の、

 

 

夜の海のことであった。

 

 

 

 

 

 

〜FIN〜



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