港町の小規模艦隊(弱いとは言ってない) (酔いどれリンクズ)
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1話・叢雲と司令官
ここは西日本の日本海側にある昔からの港町。
漁業も盛んで、毎日の様に港の市場に多くの魚が水揚げされている。
深海棲艦と言う、人間や船を襲う怪物が海を支配し、かつてあったシーレーンを失っているにも関わらず、港は人々の賑わいで活気がある。
艦娘と言う、深海棲艦と戦える少女たちが少しずつシーレーンを解放しており、日本の周辺海域は安全になってきているからである。
そして、ある特殊兵器を扱う極少数の人々のおかげで・・・
深海棲艦と艦娘たちの長く苦しい戦いの中、その彼女たちを支える提督と、提督の指揮下にある艦娘たちの日常を描いたお話である。
「Zzzz・・・」
「こら、何寝てんのよ?早く起きなさい。あんたの決済が必要な書類、持ってきたわよ?」
「・・・ぁん?ああ、おはよう叢雲?徹夜明けなんで寝かせてくれ・・・」
「そう言ってどうせ夕方まで寝るんでしょ?また朝まで書類仕事することになるんだから早く起きる!昼間に仕事終わらせて、夜は寝る方が健康的でしょ!?」
「わかったよ・・・今何時?8時?・・・1時間くらいは寝たか。あ~だり~。改めておはよう叢雲。今日も綺麗ね。」
「おはよう卜部。お世辞は要らないから早く顔を洗ってらっしゃい。
」
「はいよ~。あ、それ役場の議員秘書室に持ってって?昼までに欲しいやつらしいから。議会で使うんだと。」
「はいはい・・・他に持っていくのあるの?書類はこっち置いとくわよ?15時には取りに来るからね?」
「あとは市場と呉の鎮守府送るやつだから、15時に取り来るときでいいよ・・・あ~寝み・・・」
卜部と呼ばれた男は、叢雲と呼んだ少女にお願いしながら執務室から出ていった。
「全く・・・もう少し真面目にしてれば格好もつくのに・・・」
そう言って嘆くこの少女は深海棲艦と戦うことのできる『艦娘』の一人である。
卜部は彼女の上官にあたり、艦娘を指揮下における数少ない提督の一人である。
卜部が駐在するこの港町は人口4000人くらいの小さな町。
佐世保・呉・舞鶴と大きい鎮守府があり、そこに多くの司令官が在籍し、出撃や遠征などの作戦を多く行っている。
そのため、港を管理する、と言う名目で艦娘を指揮下においている司令官が在籍しているのだが・・・
「あー目が覚めた気がする・・・おう、叢雲、まだいたか。なんか他にあったか?」
「特にないわよ?それにしても、町の請願書とか役場からの依頼書とか、本当に軍関係の指令書はないわね・・・あんた、本当は軍人じゃなくて役人なんじゃないの?」
「しゃーないっしょ?作戦行動は主に佐世保や舞鶴の鎮守府が行うし、日本海域が解放されて数年、一度もこの辺りで深海棲艦現れてないんだから・・・それにお前合わせて6人しか艦娘いないのに出撃要請も何も来るわけないだろ。」
「大淀や明石は艤装ないから、事実上、4人しか艦娘いないわね。あとは『あれ』があるけど。」
「整備しかしてないから、埃かぶってんぞ・・・『あれ』は・・・」
この港町に駐在する卜部の指揮下にいる艦娘は全部で6人。
軍部の通信・事務を行っている大淀や、艦娘が扱う艤装や『ある兵器』の整備を行っている明石は前線に出ることはないので、戦闘が行える艦娘は4人。
所謂『弱小艦隊』なのである。
そのため、彼らが行う仕事は主に港町の警らや町からの要望を軍へ送ること、言ってしまえば御用聞きな立場にあるのだ。
「まぁ、平和なのはいいことだよ。『あれ』動かすの疲れるしな・・・」
「戦うために軍に入ったのに、やってるのは大きな企業のOLみたいだから、たまに嫌になるわ。」
「まあそう言うな。他の町や基地にいる艦娘なんて出撃・演習・遠征毎日やって休みらしい休みがないとこもあるだろ?それに、一般住民の人から恐怖されたり、邪険に扱われないこの町はいい場所だと思うぞ?」
「・・・まあ、そうね。その辺のあんたの手腕には脱帽するわ。」
「いろいろ『弄られてるけど』俺も人間だし、お前らも艤装の適正なければ『ただの人間』だしな。町とは良好な関係作っとくのは、俺らの仕事を円滑に進めるには大事なことだ・・・それに外出るのめんどいし、できるやつに任せればいいんだよ、深海棲艦と戦うのは。」
「・・・最後のがなければ素晴らしい心意気、って思ったんだけどね・・・」
「いいんだよ。上からは使えない軍人、って思われてる方が仕事しなくて済むし。」
「かつては艦娘を差し置いて深海棲艦撃墜数トップにいた男が何言ってるんだか・・・まぁ、いいわ。私は行くわ。ちゃんとその書類、言った時間までに終わらせておいてよ?」
そう言って叢雲は執務室を後にして行った。
「15時までに終わる量か、これ?」
机の上に置かれた紙の山を横目に卜部は大きくため息をついた。
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2話・比叡と司令官
卜部が駐在するこの町は、港町と言うこともあり朝が早い。
丑三つ時と言われる時間には活動が始まり、早朝には市場へ水揚げされた多くの魚が売り買いされる。
そんな場所に彼女はいた。
金剛型2番艦、比叡。
卜部指揮下の艦娘の一人だ。
「ひえぇぇ・・・今日も魚が一杯ですッ!!」
「おッ!比叡ちゃん、今日はどうしたんだい?見回りかい?」
「今日は私が料理当番なので、新鮮な魚を買いに来たんです♪」
「そうかいッ!卜部のあんちゃんには世話になってるからな、これはどうだい?市場には出さない漁師の連中が食べるやつだから、持っていきなッ!」
「いえッ!それは申し訳ないですよッ!」
「いいんだよッ!今日はいつもより多かったし、美人さんばっかのあんちゃんとこで食べてもらった方がこいつらも幸せだッ!!」
「美人さんなんてそんな・・・じゃあ、ご厚意に甘えますね?」
「おう、持ってけ持ってけ。」
「何お前だけ、いい格好しようとしてんだッ!?比叡ちゃん、こっちの烏賊も持ってけッ!」
「お前らッ!?個人に勝手に商品タダであげてんじゃねぇよッ!!比叡さん、この魚も持っていってくれ。安全で快適な漁をさせてくれてる礼だ。卜部さんによろしく言っといてくれ。」
「「おやっさんもいい格好しようとしてんじゃねぇかッ!!??」」
「ひぇ~、あ、ありがとうございますッ!!」
この港町で彼女たち艦娘はとても気に入られ、こんな感じでとても良好な関係を築いていた。
これは他の地域であまり見られる状況ではなく、大概は恐れられ、軍に尻尾を振った『人間』として忌避される傾向にある。
深海棲艦の出現により、シーレーンを奪われ、人口の減少と食糧難に陥った人類が深海棲艦に対抗するために作り出した、艤装に適合する女性たち『艦娘』に対する風当たりは強かった。
かつての『軍艦』の魂を受け継いだ艤装に適合する女性たちは等しく『人間』ではあるが、適合するがために『一般の人間』ではあり得ない力と戦う意志が強く現れる。
そのため、普通の人間はその力に恐怖し、深海棲艦と同じような目で見てしまう傾向がある。
艤装を装着していれば『艦娘』であるが、艤装を装着していなければ『普通の人間』になっているにも拘らず。
しかし、この港町に住む人々はそのような感情を持っていない。
それは卜部が長い時間をかけて意識を変えていったこともあるが、卜部の指揮下にある艦娘たちの努力を、町の人々が見ていた事も要因である。
「なんか申し訳ないなぁ・・・あッ!!あとでみんなにも料理をご馳走しましょうッ!!お魚も一杯もらったので比叡特製シーフードかれーを「「「それだけは止めてくれ、比叡ちゃんッ!!!!」」」・・・残念です・・・」
比叡が作る特製カレーはダークマターである。
「魚の焼けるいい匂いだな・・・おはよう、比叡。今日はお前が当番か?」
「もう、こんにちは、ですよ?司令?おはようございます。朝、市場に行ったら漁師の皆さんからいっぱいお魚貰ったんですッ!」
「そっか・・・あとでお礼言いに行くか・・・他のやつらは?」
「皆さん、役場や町の巡回に出ていますよ?叢雲が司令は昼まで寝てるだろうから起きたら、机の書類片付けておきなさい、って言ってましたよ?」
「・・・何でこんな田舎の港町で毎日のように決済が必要な書類が出てくるんだよ・・・」
「それだけ町の皆さんから頼られてるんですよ、司令は・・・はい、どうぞ、朝食兼昼食です。」
「は~、市場行ってからやるか・・・ありがとうな、比叡。カレー以外なら上手だよな、料理。」
「司令までそんなこと言うんですか・・・次の私が当番だった時は絶対ぎゃふんと言わせるくらい美味しいカレー作りますからねッ!!」
「違う意味でぎゃふんと言わされるわ・・・」
艤装の適合により現在は艦娘となっている比叡だが、その前は、小さな料理屋で働いていた事もあり、料理は他のメンバーに比べるとダントツで上手である。
特に彼女の作る『カレー』は絶品で、地方にあった料理屋だったが、多くの人が来店し、評判のよかったほどだ。
しかし、艦娘として適合し『比叡』となった彼女は、料理の腕は変わらずの逸品だったが、何故か『カレー』だけはこの世の物とは思えない味を提供する程までになってしまっていた。
『他の人間より丈夫な』卜部でも完食はするが、次の日は寝込んでしまう程の物が出てくるのであった。
「今日は家にいるのか?」
「はいッ!昨日は司令が当番だったので洗濯が溜まっているので、それを片付けます。」
「流石にお前らの下着を俺が洗濯するわけにもいかんからな・・・ご馳走さま。今から市場行ってくるから、その間にやっといてくれ。」
「お粗末様でした・・・いってらっしゃい、司令。」
卜部は食器を洗い場まで持っていき、その足で外出していった。
艦娘たちが住んでいる宿舎には比叡一人となった。
「さて皆さん各々の仕事に行きましたね、では・・・今日もッ!気合い、入れて、頑張りますッ!!」
声を高らかにあげて自身の仕事に邁進する比叡だった。
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3話・大鳳と司令官
「あんた・・・また無駄遣いしたわね・・・?」
「いや、月報で開発の数増やさないと思ってな?今月は開発資材が多めに貰える、って聞いたからな?いや、聞きましたのでね?」
マルキュウマルマル。
日本海に面した小さな港町の一角。
執務室や宿舎が一緒になっている庁舎・・・解りやすく言えば、地方の片田舎に存在する駐在所みたいな風貌の家の玄関先で、そこに在籍している卜部と言う司令官が、鬼の形相をしているその彼の部下である艦娘『叢雲』の前で正座をして怒られている。
この小さな田舎町でよく見られている光景だ。
「あれ?また叢雲さんに司令は怒られてるんですか?今日は何を?」
「あ、おはよう、大鳳。今日は叢雲に黙って武器開発して失敗したみたいで、無駄に資材使っちゃったんだって?」
「比叡さん、おはようございます。そうなんですか。開発で失敗してしまうのは仕方ないですけど、黙って行ったら怒られますね。」
比叡から事の次第を聞いたのは、大鳳と言う、卜部指揮下の数少ない艦娘の一人である。
装甲空母と言う通常の空母とは違う彼女は海の哨戒に出ることが多く、余り、この町に居ることはない。
今日は非番、と言うこともあり、宿舎で1日のんびりしようとしていたようだ。
「大鳳ッ!いいところにッ!!お前の装備を新調しようとして開発してたんだッ!!助けてくれッ!!もう2時間このままなんだッ!!」
「私の装備を開発しようとしてたんですか?私が秘書官でいないとうまく作れないですよ?・・・まぁ、私の装備を作ってくれるのは嬉しいですけど・・・」
「頼むッ!!今座ってるところ、石が多いから痛いんだッ!!叢雲に何とか言ってくれッ!!」
「大鳳?助けなくていいわよ?こいつが作ろうとしたのは艦載機じゃないから。」
「え?何を作ろうとしてたんですか?」
「・・・じ・・・」
「え?」
「バルジらしいよ?大鳳『薄い』からバルジ着けたら、よくなるんじゃないかって?」
「おいッ!?比叡ッ!!『薄い』何て言ってねぇぞッ!!『細い』し装甲空母なんだからもう少し体しっかりしたほうg「提督?」あ、はい。」
「・・・ギルティ。」
「ちょ、おい、止めろッ!!その銃は深海棲艦に向けろッ!他の人より丈夫とは言えそんなもの撃たれたらッ!!」
「反省してください♪提督?」
「マジでかんb、ギャーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
平和で静かな港町に爆発音が鳴り響いたのはわりとよくある光景だった。
「くそ・・・容赦しろよな、お前・・・普通の人間だったら死ぬぞ・・・?」
「女の子にあんなこと言うからですよ?少しは反省してください。」
大鳳が放った銃弾は爆撃機に変わり、彼の頭上に爆弾を雨のように降り注いだ。
いつものボサボサ髪は、それ以上にボサボサになり所々焼け焦げている。
「で?今日は当番でもないし、非番なんだろ?何で執務室にいるんだよ?」
「ムラクモさんから監視を頼まれました。これ以上開発されると、私たちが出撃できないくらいに資材がなくなるので。」
「それくらい考えてるっつうの。それにどうせまともに海出るのお前くらいじゃないか。」
「いつ、出撃の要請が来るかわからないんですから、備蓄はしっかりやっておくべきですよ?それに提督の『あの子』は私たちより燃料や鋼材使うじゃないですか?ちゃんとその分は残しておかないと。」
「使わないに越したことないじゃないか・・・それに今はリミッター付けてるからいいけど『あれ』の環境汚染が原因で深海棲艦が増えてるって話もあるんだ・・・使うべきじゃねぇよ『あれ』は。」
「だとしても『あの子』のお陰で、日本海域を解放できましたし、私たちの同胞も助かったんです・・・それに『あの子』に乗る提督は格好いいですよ?」
「1つ間違えれば、世界を滅ぼす事ができる『あれ』の何処が格好いいんだか・・・まあ、いい。ほれ、終わったぞ?次のやつは?」
「今日の分は今ので終わりみたいです。時間もありますし、たまには『あの子』の整備でもしては如何です?」
「明石がその辺ちゃんとやってるだろ?そうだッ!明石に頼んで新しい装備を「駄目です。」・・・いいじゃねぇか。『あれ』の開発費は別口なんだから。」
「駄目です♪開発はさせない、って頼まれてるんですから・・・ですが、折角なので、あの子を見に行きましょう?喜びますよ?」
「はー・・・まぁ、たまにはいいか。昼飯食ってから行くぞ、大鳳?ちゃんと食べないとホントにバルジ着けるぞ?」
「まだ言うんですか・・・でしたら、今日のお昼は提督の奢りですよ?」
「わかったよ・・・ちゃっかりしてるな、お前は。」
そう言って二人は執務室を後にする。
そしてまた、隠れて開発を行ったため、その夜、叢雲の雷が落ちたのはいつかの話で・・・
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4話・龍田と司令官
「あら~?珍しいわね。司令官が『ここ』にいるなんて。」
「・・・ああ、龍田か・・・一応は俺の『相棒』だからな。埃被らねぇ程度には見に来るさ・・・お前こそ、なんで『ここ』にいるんだ?用事なんてねぇだろ?」
「うふふ、用事はあるわよぅ?明石ちゃんに用事があったけど、工廠妖精ちゃんから『こっち』にいるって聞いたから~。」
「そうか・・・」
ここは日本海に面した小さな港町に設置されている、海軍施設の中でも特に厳重に管理されている区画。
ここの入れるのは、この港町の海軍司令官である卜部とその部下である艦むす、大本営で特殊な訓練を受けた数名の軍人だけで、限られた人間以外は何があるかも知られていない特別な区画。
そんな場所に卜部とその部下龍田はいた。
龍田は卜部の部下で艦娘の一人である。
独特なほんわかした雰囲気を持つ女性だが、ある意味一番黒い。
服装も黒いワンピースをよく着ているが、腹の内も卜部の指揮下にあるある艦娘の中でダントツで黒い。
龍田自身は、思ったことを口にするので隠し事や良からぬ事を企んでいるつもりはないが、笑顔がそのように周りに見られていることを密かに気にしているのだった。
「明石なら大淀の所に行ったぞ。『こいつ』の整備の件で確認したいことがあるらしくてな。大本営へ通信しに先程行った。」
「そうなの~。入れ違いになっちゃったのね~。じゃあ、ここで待ってればその内来るわね~。」
「・・・まあ、30分くらい待ってれば来るとは思うぞ。」
そして、静寂が訪れる。
卜部は『目の前の機体』を腕を組ながら見上げ、その横にニコニコ笑顔な龍田が並ぶ。
艦むす専用の工厰より広いが、『目の前の機体』の他に輸送用のヘリと機体用の武装が置いてあるが2人以外誰もいないため物音ひとつしない静かな場所である。
暫しの静寂の後、龍田の口が開いた。
「『埃被ってればいいんだ、あんなもん』とか『二度と乗るものか』とかいつも言ってるけど、結局一番大事にしてるよね、『この子』?」
「・・・俺の生き方の一つだったからな・・・こいつがいたから『今の俺』がいるし、『今のこの国』がある・・・これから先は使われない事を祈りたいが、この戦いが終わらない以上、また『こいつ』に乗って戦場をまわることになるだろうな。いざというときに使えなければ、『こいつ』も『俺』も意味はない。」
「『この子』が出なくても、私たちが居るんだから、司令官は大人しく『この港』で待っててくれればいいのよ~?」
「そうもいかねーよ・・・龍田、お前は『こいつ』の事を一番大事にしていると言ったが、俺は『お前たち』が一番大事だ。この国の事はどうでもいい。お前たちを守るためなら『破壊者』『殺戮者』と謂われようとも『こいつ』と共に世界を破壊することさえ異問わなんさ。」
「あら~、嬉しいこと言ってくれるわねぇ。けど、深海棲艦と戦うのは私たち。その為に生まれたのは私たち。存在意義を奪わないで欲しいわぁ。それと・・・」
卜部の顔を先程まで見せていた笑顔を取り払い、真剣な顔で見る。
「国の為ではない、私も叢雲ちゃんや比叡ちゃん、大鳳ちゃん達の為に戦うの。みんなが生きてこの戦争を終えるために戦うの・・・司令官にも生きて終戦を迎えてほしいから、出来れば『この子』には乗らないで欲しいわね。」
「俺は軍人だからな。上から乗れ、と言われれば乗るさ・・・お前の言葉はありがたいけどな。」
卜部は龍田へ背を向け、ガレージを後にしていった。
「・・・本当に、私たちより早く居なくなっては駄目だよ、司令官・・・」
龍田は卜部を見送った後、一人、『卜部の機体』の前で明石が来るのを待つのだった。
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5話・大淀と司令官
ここは西日本の日本海側にある静かな港町の一つ。
海軍所属の卜部率いる艦娘艦隊が常駐する港町。
軍施設、通信室に彼女はいた。
彼女の名は『大淀』。
卜部指揮下の艦娘の一人だ。
叢雲・龍田・比叡・大鳳・明石・大淀と、卜部の指揮下の艦娘は6名いる。
その中で、明石・大淀は戦闘用の艤装を持っていないため、裏方の仕事をしていることが多い。
明石は卜部の機体や他4人の艦娘の艤装の整備を行っており、大淀は大本営や周辺基地への通信要員として任務に従事していた。
「えーと、つまり2日後の合同演習に、叢雲さんと比叡さんに演習指導要員として来てほしいと言うことですか?」
『はい。呉鎮守府へ要請してもよかったのですが、うちまでは微妙に距離ありますし、周辺の基地で高練度の艦娘がいるのは卜部さんところくらいしかいないですから。今回は7ヵ所の港で合同なんですよ。実践経験のある方がいると気持ちの入りも違いますから・・・』
「現状、急ぎの案件はなかったはずなので、多分、大丈夫だとは思いますが・・・卜部司令に確認を取りますので、回答は夕方でもよろしいですか?」
『問題ありません。よい返答を期待します。』
「はい、それでは・・・ふぅ。また演習依頼か・・・」
通信を終了し、一息ついた後、通信室から司令執務室へ移動する大淀。
日本海近海から深海棲艦の出現が減って数年。
艦娘の所属が多い基地や司令官の所は、遠征や演習などで艦娘の練度をあげる事ができるが、卜部の様に小さい港に駐在する司令官の所では訓練や哨戒などでしか練度向上はできない。
その為、周辺の司令官が合同で演習を行い、練度の向上を目指す動きがよく見られる。
幸い、卜部の艦娘達は前線に出る機会が多かったため、周辺の司令官の艦娘より実力は遥かに高く、指導教官として呼ばれる事が多いのだ。
「卜部司令、いらっしゃいますか?」
『ああ、その声は大淀か?入れよ。』
「はい、失礼します。」
庁舎内は、宿舎と一緒になっているためそんなに広くない。
2階建てのアパート程度の大きさしかない為、通信室から執務室まですぐ着いてしまう。
大淀が執務室に入ると、卜部はデスクで叢雲と一緒に書類整理に勤しんでいた。
「お忙しそうですね。」
「あ?役場から来週の周辺町村の合同会議の資料作成を頼まれてな・・・一応、軍の状況報告もしないと駄目だから、ついでに作ってんだよ。」
「町役場の人間には自分達の分くらい自分で作れ、って言いたいけど、決済がこっちに回ってる分はこっちで作らないといけないのよ・・・まあ、大半は卜部が安請け合いしたのが原因だけど。」
「いや、『議会の連中や県庁からの無理難題押し付けられてて残業しても間に合わないんです・・・』って泣きながら言われれば、手伝わざるを得んだろ・・・」
「ふふ、信頼されてますね、卜部司令は。」
港町役場の人々以外にも、港の漁師や町に住む多くの人々、更に周辺の町村からも様々なお願いをされる卜部は軍だけでなく、多くの人々に大きな影響を与えていることが分かる。
他の基地司令はここまでの事はやることはなく、軍関係者とは違う姿に大淀はとても好意を持っている。
「で、どうした?大本営か呉から何かあったか?」
「いえ呉鎮守府ではなく、隣の港町司令からお願いが来たので、それを伝えに来ました。」
「ふーん・・・ああ、2日後の合同演習の件か。どうせ比叡か大鳳辺りを貸してくれ、って話だろ?まあ、1日くらいなら問題ない、いいぞ、って伝えておいてくれ。」
「よくお分かりですね?」
「呉から合同演習の話は聞いてたからな。ご丁寧に、応援は出さない、って通達も来てたからな。めんどくさがりやがって、仕事しろ、ってんだよ。」
「そんな話しあったわね。2週間後の大規模作戦の為、応援は出せない、って通達だったわね。」
「大きいとこばっかり練度あげてもしかたねーだろ。小規模の司令部も育成しないと、何かあったときどうすんだ、って話だよ。」
「この辺は『あんた』が居るから二の次になるわよ。あんた一人で過剰戦力なのに、更に呉鎮守府の所属艦娘より練度の高い私達よ?ぶっちゃけ、呉の連中応援に来ても意味ないじゃない。」
やれやれと言わんばかりに肩を落とす叢雲。
それを横目に納得がいかないと言わんばかりの顔をする卜部。
二人の姿を少し笑いそうになった大淀であった。
「そうですね。叢雲さん、比叡さん、大鳳さん、龍田さん、卜部司令は呉鎮守府の全戦力集めても、それを上回る戦果を出せるじゃないですか。卜部司令が居れば充分って信頼されてるんですよ。」
「要らねぇ信頼だわ・・・ここなら仕事しなくていい、って話だったからこっち来たのに意味ねぇ・・・」
「まあ、前線の仕事しなくていい、と言う意味では間違ってないわね。まっ、精々書類仕事に勤しむことね。」
「はー・・・どっちが楽なのか・・・で、さっきの話だが、比叡か?大鳳か?龍田もしばらく動いてないし、誰が要請されたんだ?」
何故、自身の名を出さないのか、と言わんばかりに厳しい目を卜部に見せる叢雲。
叢雲がいなくなると自身だけで書類整理をしなくてはいけなくなるので、極力、外に出したくないのである。
「叢雲さんと比叡さんですね。今回は比較的規模も大きいみたいなので、2人の要望みたいですね。」
「叢雲には書類仕事頼みt「たまには書類仕事以外の事がしたいわね。」・・・わかったよ。隣の司令には了承の旨、伝えておいてくれ。後、比叡にも言っといてくれ。」
「わかりました。それでは書類整理頑張ってください。」
そう言って、2人が書類整理に勤しむ姿を残して執務室を出ていった。
大した距離のない廊下を歩きながら卜部の姿を思い出し、口許が緩む。
「戦場での凛々しい姿もいいですが、困った顔をしながら人々に囲まれた姿や書類整理している姿の方が私は好きですよ?卜部司令。」
こんな日常が続けばいい。
そんなことを胸に抱きながら、通信室へ戻っていくのだった。
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6話・明石と司令官
港の漁も終わり、町全体がのんびりとした雰囲気になるお昼過ぎ。
軍施設の一つ、艦娘専用の工厰から多くの火薬に火が付いてダイナマイトが使われたような大爆発の音が、町全体に鳴り響いた。
ここは普段は静かな西日本にある小さな港町の一つ。
海軍施設がある地域にしては穏やかな町である。
そんな場所で、普段は聞かないような轟音が鳴り響いたため、多くの人々が建物から出てきた。
「何だっ!?何が起こったっ!?」
「卜部さんとこの工厰から聞こえたみたいだけど?」
「工厰?・・・ああ、『あの人』か。」
「『あの人』なら仕方ない。」
「また何か失敗したんだな『あの人』。」
「人騒がせだなぁ・・・」
「今日はいつもより大きかったわねぇ。」
「まあ、大丈夫でしょ。」
「ヤバかったら警報なるしな。」
「だねぇ・・・さぁ寝よ寝よ。」
様々な建物から多くの人が出てきたが、爆発の場所が分かると、皆一様に建物へ帰っていった。
・・・普段は静かな港町である。
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「で?何か申し開きはあるか、整備士さんよ?」
「たはは・・・ちょっとエンジン調整ミスってしまいまして・・・」
艦娘の工厰の一角で、腕を組ながら青筋を立てて仁王立ちをする卜部。
その後ろには、またか、と言わんばかりの顔を一様にする卜部指揮下の艦娘達。
そして、卜部の前には所々煤けて黒くなったり服が破れてる、今回の爆発の原因を作った女性『明石』が正座をさせられていた。
明石は卜部指揮下6人の艦娘の一人で、大淀と同じ様に自身の艤装を持っていない。
その為、裏方の仕事に邁進している。
大淀が軍の通信や事務関係を引き受けており、明石は叢雲達4人の艤装の整備と卜部の機体や諸々の機械の整備、その他開発や改修など、工厰の主と言える作業を行っている。
今回は『ナニカ』のエンジンを調整しているときにミスがあり、エンジンが火を吹き爆発したようだ。
見る限り怪我はないようで、煤けるだけで済んでいる明石はやはり艦娘なのだろう。
「ったく・・・エンジン調整だけで何でこんな爆発すんだよ・・・町の連中から苦情が来ないからいいものを・・・」
「面目次第も御座いません・・・」
「怪我はないか?」
「え?ああ、この通り、煤けちゃいましたけど、怪我はないですよー。」
「そうか・・・じゃあ、後は片付けと明日までに始末書作ってこいよ。大鳳、後は任すわ。」
「あ、はい。任されました。」
卜部はそう言って自身が着ていた黒いコートを明石に被せ、町役場の方へ向かっていった。
一応、事の報告をしに行ったようだ。
大鳳と大淀以外の艦娘も明石の無事を確認すると、それぞれの仕事に戻っていった。
「久々にやりましたね、明石。」
「前回に比べるとかなり大きかったですね、爆発。」
「あはは・・・ご迷惑おかけしました。」
残っていた大淀と大鳳に介抱されながら工厰の中へ入っていく明石。
工厰内はものの見事に爆発の跡が残されており、物は散乱し、壁や天井は所々焼けたり黒焦げていたりする。
「・・・予想はしていましたが、片付け、修復は時間がかかりそうですね・・・」
「あ~・・・大丈夫ですよ。お二人は床の清掃をお願いできますか?私は散らばった工具類や機械の確認をしますので・・・夕方には終わりますから。」
「あ、これですね。今回の原因は・・・形ほとんど残ってないですけど、なんかエンジンっぽくないですけど?」
明石・大淀が片付けを始める中、大鳳が今回の騒動の原因っぽい機械の残骸を見つけていた。
爆発したため、ほぼ機械としての形を成していないが、周辺の煤け具合や部品の飛び散り方から爆発源であるのはわかる。
「えーと、さっきはエンジン調整って言ったんですけど、厳密にはモーターなんですよ。」
「モーター、ですか?」
「はい。『あの子』用の推進モーターで・・・」
どうやら、卜部の機体部品の開発を行なっていたようだ。
それを聞いて、2人は納得した。
基本的に、艦娘用の装備や部品開発で爆発する事は『ほぼ』ない。
物『自体』は完成するから(たまにペンギンみたいな『名状し難き物』になるが)。
完成した部品を取り付けて作動させると、失敗した装備は『エラー』が起こるため、開発した物が成功したか失敗したかはそれで判る。
だが、卜部が搭乗する『あの子』の部品は違う。
『妖精』と呼ばれるサポートしてくれる者が一切おらず、事実上、明石一人で作業を行なっている。
更に、機体の『性質上』部品の一つ一つが綿密な計算の元、作成されているため、中途半端に弄ると高確率で『爆発』するのだ。
「リミッターが掛かっているから抑制されていますけど、エンジン部から排出される『粒子』をモーター部分に届く前に、もう少し減らせないかと間にフィルターを取り付けてみたんですけど、フィルターに熱が籠っちゃって・・・」
「熱暴走して爆発した、と。・・・やろうとした事は解りましたけど、その実験で『粒子』は撒き散らしていませんか?」
「それは大丈夫です。発生率0.2%以下でしたし、リミッターで30%以下の出力でしたし、実験だったので徐々に出力上げてましたけど、リミッター出力まで行きませんでしたから。」
「リミッター以下の出力で、ここまで爆発するんですか・・・。確か、リミッターあってもflagship級の攻撃でさえダメージほぼ無し、棲姫クラスでも70%以下の損耗率にならないと聞いた事が・・・」
「厳密に言えば、出力が下がっていても平均的な艦娘の機動力の5倍以上、普通に避けちゃいます。当たらないから損耗率は減りますよ。更に火力もありますから、攻撃が当たる前に撃破しちゃいますからねぇ。」
「それだけの超兵器を『死蔵』させて、私達『艦娘』を配備するのに理由があるんですか?」
「検証されていませんけど、それが抑制させたい『粒子』に関係してくるんですね。この粒子、とても有害な物質で、壊滅的な環境汚染しちゃうんです。それが理由なのか、『深海棲艦』を爆発的に増やしちゃうんです。大鳳ちゃんは『日本海域解放戦』で少しだけ稼働してるの見てたんでしたっけ?短時間の稼働で撃墜数トップになったのに、使われない理由はそういう所にあるんです。」
「撃墜数トップは司令の技量もありますが・・・そのため『粒子』抑制の研究は、どの機関でも行われていますが、『現物』があるここは、ある意味一番研究しやすいのですよ。まあ、軍最高機密のため、事実上、明石一人で研究してますけどね。」
『爆発魔・明石』
機密のため詳細を語れず、素の性格上『あの人だから仕方ないか』と周りからは思われている。
大々的に行われていても、機密『は』守られている状況である。
「司令も分かっているので、お咎めほぼ無いです。まあ上層部が煩く言ってくる前に、顛末・始末書は早く作らないとですねぇ。」
「でしたら早速、片付け終わらせましょう。」
「まあ何時もの事なので、手早く片付けましょう。事務処理は叢雲さんと龍田さんがやってくれているので、私も時間ありますから。」
ある意味、何時もの事なので話しながらも手は止めず、手早く後始末をする3人であった。
ここは西日本にある普段は静かな小さな港町の一つ。
海軍施設がある地域にしては穏やかな町である。
しかしそこには、奪われた海を解放するために戦う6人の艦娘と、世界最強最悪の軍最高機密な超兵器が眠る、表向き『港町の小規模艦隊』と言われる卜部司令官が統括する『西日本最強艦隊』が着任している港町であった。
3年ぶり
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