【完結】東方袖引記 目指せコミュ障脱却! (月見肉団子)
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夕焼けに佇むその店は

諸君、私はポンコツ少女が好きだ!
諸君、私はポンコツ少女が好きだ!
諸君、私はポンコツ少女が大好きだ!

残念属性よ、世界に広まれ

修正し、投稿し直させて頂きました。


 人里を少し外れた所に、その店は建っている。

 

「韮袖呉服屋」と書かれた看板を掲げるその店は、寂れており少なくとも商売をしている様には感じられない。

 その店は、少女一人が営んでいる。話を伺うと明らかに人の子では無いそうな。

 

 

 時刻は既に夕暮れ。赤く揺らめく陽光は、妖しさを含みながら道を薄暗く照らしていた。

 季節は初夏、ひぐらしの声が鳴り響き、一人で歩くにはいささか心細い。

 そんな道に、帰路を急ぐ男が一人。

 

 その男、人里の反物屋ではございますが、近くの野原に薬草が取れると噂を聞きつけ、これはいても立ってもいられない。と野原を探し回る。

 はっ、と気がつけば日も傾き、既に妖怪が目を覚まし始める時刻。これはいけない、とばかりに帰路を急いでいる。

 せっせと、せっせと帰路一路、日は長くなったといえど、暗くなってしまえば妖怪が幅を利かせ始める時間。心の中で念仏を唱えつつもたったか、たったかと急ぎ足で駆けていきました。

 人里に入り一心地。妖怪の腹の中に収まる危険は去り、ひと安心。汗を吸った着物はベタベタと身体にまとわりついてきましたが、それすらも気に掛けず、心を落ち着けておりました。

 帰ったら湯を張った桶に飛び込みたいなどと思いつつも、普段通らない道故にキョロキョロと見回しながら歩いておった所、何故だか、心惹かれる店が一軒。

 何やらグイグイとした引力を感じつつも、近寄ってみますと、その看板は韮袖呉服屋と刻まれており、何やら呉服屋の様子。

 当然、反物屋を営んでおる者としては興味も沸くもの。その男は、フラフラと店に吸い込まれて行く様にその店に入って行きました。

 

 「いらっしゃい」

 

 鈴が転がる様な声と共に、奥から現れたのは、肩まで伸びた黒髪を持ち、狢の毛皮を肩にのせ、着物を纏った背丈の小さい少女。

 里で元気に遊び回っていても可笑しくは無いくらいの少女は首を傾げる。

 

「何か御用ですかい?」 

 

 無礼とも取れるその態度は、少女の愛らしい外見と相まって、何故だか男の耳に心地よく響く。

 そんな声に癒されつつも、思ったよりも小さい少女が出てきた事に、拍子抜けしつつ男は返した。

 

「あ、あぁ、何故だかここが気になってしまってね」

 

 入ってしまった理由も分からないままに、男はキョロキョロと商品に目を遣っている。 

 丁寧に折り畳まれた素朴ながらも、小綺麗な商品を見て思わず、ほぅ、と感嘆の息が漏れる。

 その感嘆を聞きつけたのか、少女は何やら嬉しそうに口元を吊り上げ聞き返す。

 

「へぇ、こんな寂れた店に?」

「確かに外見は寂れているが、商品は中々じゃないか」

 

 その男、布関連の仕事に就いておるだけあって、目利きは中々の男であった。夕日が差し込む薄暗い店内で反物を検分していきつつ、素直に評価を下す。

 そして今まで何故、この店を知らなかったのだろうと首を捻る。この道に入ってから、はや三十年。商人としては脂が乗っかってきて、更に上を目指そうかと言う頃。

 当然、そんな頃に出会ってしまった、この妖しい魅力を放つ店をそのまま見過ごす訳にもいかなかった。

 まるで、この店に呑み込まれたかの様にせっせと、商品を見ていく男。いくらだろうかと値踏みをしつつも、袂にある財布と相談し、脳内のそろばんを弾く。

 男は皮算用をしつつも、しめしめ掘り出し物を見つけたぞ、とばかりにニンマリと口を緩ませる。

 

 そんな男の言葉や態度に、少女は愉快そうに破顔する。慇懃な言葉遣いを放り出しにしたままではあるが、可愛らしさを伴って話していく。

 

「おや、お兄さん上手だねぇ。よぉし、その口達者に負けて今回ばかりは、うちの子達に色を付けようじゃあないか」

 

 素直に嬉しそうにしつつも、折角入って来た客を逃すまいと、商談に入る前口上。その言葉はやたらと堂に入っており、小さき少女の影に老成した空気を滲ませていた。

 その言葉を聞き、男は、やけに大人びた少女だなと違和感を覚える。しかし、最近の子はませているなと自分の中で納得させつつ、返答する。

 

「ハハハ、お嬢ちゃん、君はまこと商売上手と見える。もしかして君が店主なのかい?」

 

 男は冗談混じりに大人びているな、と遠回しに少女を誉める。

 その男の言葉に、ぴたりと、お薦めの商品を弄っていた少女も動きを止め、振り向いた。

 

「これは驚いた。もしかして君は人間の目利きもやっているのかい?」

 

 と、瞠目し、言葉を投げ返す。

 面白いことを言う子だな、と少女の言葉に笑いつつ、男は店の奥をしきりに見遣りながら言葉を続ける。

 

「馬鹿言っちゃあいけないよ、オレがやるのは布の目利きだけさぁ。さて、店主はいるかい?」

 

 少女の言葉を戯れと受けとり、男は店主を待ち望む。

 目の前にいる少女が店主だとは露とも思わず、男は商談がしたいと少女をせっつく。

 そんな男の態度が気にくわなかったのか、少女は少し目を細め、語勢を少し強めて言う。

 

「さては、信じていないな? 君が信じた様に見えたのは冗談か。きっと目利きもさほどでは無いだろう」

 

 少量の怒りを孕んだ様な響きで少女は言い返す。しかし、小僧時代に怒鳴り声を浴びせられ続けた男にとっては、自分の娘程の少女が怒った所で効果は薄い。それどころか、横柄な態度は男の癪に触った。

 イライラを抑えつつも、男は、幼子をしかりつけるように命令する。

 

「いいから、君は店主を出しなさい!」

 

 怒声を浴びせられた少女は、プルプルと震え始める。

 さらに、男は追撃するように呟く。

 

「全く、どうなっているんだこの店は」

 

 その言葉が耳に入ったようで、震えていた身体はぴたりと止まり、もう堪らんとばかりに少女は怒鳴りだす。

 

「この私が店主だ!」

「いい加減にしたまえ!!」

 

 男もついには堪忍袋の緒が切れたようで怒鳴り返し、踵を返す。

 

「店主が居ないなら居ないと言いたまえ! こんな餓鬼を店番に据える店主も店主だ! 二度と来るか! こんな店!!」

 

 と、乱暴に言葉を吐き捨て出ていってしまう。

 

 ぽつりと店内に残された少女は、悪びれた様子も無くフンとふんぞり返っていたそうな。

 

 後日、ワイワイガヤガヤと猥雑な酒場の中、その男が酒の肴にその店の話をすると、友人は心当たりがあるようで頷きながらも、酒を煽る。

 

「あぁ、そりゃあ韮塚のんとこの呉服屋だ」

「韮塚だぁ?」

 

 酔って気も大きくした男が大声で聞き返す。

 男の友、少し愉快そうにしながらも、周りが騒がしい酒場でも聞こえる程度に声をひそめ、笑いながら男に問いかける。

 

「お前さんよ、夕暮れの帰り道に何となく腕を引かれているって体験、無いかい?」

 

 いきなり、夕暮れの話に変わった事に怪訝な顔をしながらも、そんな噂があったなと思いつつ男は返す。

 

「あ、あぁ、ありゃあ妖怪の仕業って話じゃねぇか」

 

 その友人はニヤニヤとした顔を此方に向けるだけで、返答しない。

 焦れた男は先をせっつくように友人に問う。

 

「なんでぇ、そんな話を?」

 

 話が飛躍し過ぎだろと、男は言う。

 ついには友人はアハハハと笑いだし、真相を明かした。

 

「何てことはねぇ、その妖怪こそがお前が怒らせたという少女だ」

 

 男、それを聞くとたちまち顔面蒼白になり、酒をひっくり返したそうな。

 

 それからしばらく男は、夕暮れに帰る時は決まって袖を結んで急いで帰るようになったとさ。

 

 

 

──時は遡り、舞台は再び韮袖呉服屋

 

 着物を振り乱し、畳の上でじたばたする幼女が一人。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!! 私の馬鹿! 私の馬鹿!

 なんで人間を前にすると喧嘩腰になるんだ! 人間と仲良くしたいだけなのにぃぃぃ。 

 なんだよ人間の目利きって、馬鹿か! あたしゃ馬鹿か! 途中まではいい雰囲気だったじゃないか!!

 うぅぅ……そんなんだから袖を引くだけで挨拶出来ないんだ……

 なんだよ、袖を引くだけって、逃げんなよ私……

 あぁ……人間と仲良くしたい…」

 

 そんな声が夕焼け空に響いていましたとさ。

 

 この話は、人間に対し超コミュ障な妖怪が人間と、どうにか仲良くしようと試みる奮闘記である!



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着せ替え人形 袖引ちゃん

──外には梅が咲き始め、冬も明け始め、だんだんと春の足跡が聞こえてくるそんな頃。

 世間様は桃の節句が近づく頃になり、人里も可愛い娘さんが走り回り、親御さんもまた、あーでもない、こーでもない、と晴れ着の着せ替えを楽しんでおられる姿がちらほらと見える頃でございます。

 また、紅白のおめでたい巫女が管理する博麗神社は、雛祭りの前祝いと、宴会を始めているとか何とか。

 

 そんな無事に冬を越え、さぁ春を満喫するぞ、と目出度い空気が流れる中。

 

 この私、韮塚(にらつか) 袖引(そでひき)、大変追い詰められております。

 

 

「袖ちゃん、次はこれを着てくれないかしら?」

「わかった、わかったから、そう急かすな!」

 

 袖ちゃんというのは私の愛称でございまして。

 え? 違う? 聞きたいことはそうじゃない?

 それは失礼。

 

 では、まず現状から。

 私、真に勝手ながら呉服屋を営んでおりまして、商売をやっている以上、どんなに零細であろうとも、お客様がいらっしゃり、そこに縁が結ばれる物にございます。

 

 普段から口が綺麗な方ではなく、人間相手には口汚く罵ってしまうこともしばしば。

 そんな糞餓鬼の様な私に根気強く付き合って下さる、人のいいというか、変わっているというか、まぁ、気の長い人も稀にいらっしゃいます。

 そんな気の長い相手にはついついサービスも盛ってしまうというもの。

 

 あれよあれよと仲良くなり、いつの間にかお得意先になっていらっしゃった御客様の一人が、今度、家に来て商売してくれんかね。と、頼んだとあれば、これは居ても立っても居られない。すっかり舞い上がり、なにやら子供用の服が欲しいとの事で、事情等、深く考えずに一も二も無く返事をし、また後日とお別れ致しました。

 やがて当日となり、無い胸を膨らませつつ、小さく不便な体に、大きな大きな籠をよいしょと背負い込み駆けつけ参上した次第にございます。

 

 道中、えっちらおっちらと籠を運んでいる間、暖かい目線を向けられたような気も致しますが、それはきっと春の陽気。小さい子を見守る様な気分では断じて無いと断言出来ます。えぇ、きっと。

 

 さてさて、奥方様の住居にたどり着き、玄関先で自身の分身とも言える商売道具を広げよう、と思って居たところ、ちょっとこっちへおいでと呼ばれ、奥へ入っていきました所、現れたのは若いお女中様。ぐいっと中に引っ張り込まれ、すぽーんと服を脱がされました。

 実際の所、悪代官様が良くやっていらっしゃるような、帯をクルクル、連動して目もクルクル回しつつ、グイグイとあられもない姿にされた次第にございます。

 私、妖怪でありますゆえ、少女の様なこんな姿でも、人間様より遥かに力持ち。

 下手に抵抗できずになすがまま。このまま貞操を奪われてしまうのかと、ぼんやりと考えておりましたが、奥方さまがいらっしゃり、悪代官様の所業を止めてくださいました。

 何やら、伝達が中途半端であったらしく、いきなりひん剥いた。という状態になってしまったそうです。

 しかし、後ほどお女中様に聞いた所、小さい子の来客があったら脱がせておいて。なんて言われていたそうで、普段からひしひしと感じていた事ではありますが、清楚な見かけによらずなかなか豪胆なお方だな、と毎度の事ながら思ってしまいます。

 しかしながら、よくよく考えてみれば幻想郷に住まう方達はこれぐらいに収まらない程、豪胆な方も多くいらっしゃるのもまた事実。深く考えるのも無駄だと気づき諦めました。

 

 何はともあれ、私を裸一貫にした後の動作はいかがわしいものでは無く、私の商品を取り出したかと思うと、んーこれかしら? いや、これもいいな。なんて言いつつもちょっと着てくれないかしらと、すっかり奥方さまの調子に乗せられてしまいます。どうして、と問う間も無く、次はあれを着ろなんて仰られ、いそいそと着替えを繰り返す始末。

 あぁ、奥方様が欲しがっていらっしゃったのは、私の服では無く着せ替え人形の方だった、と気づくのにさほど時間はかかりませんでした。

 

 結局、脱いではこれ、脱いではこれ、と着替えを繰り返し、籠の中に入っていた商品を殆ど着てしまう羽目になりました。

 

「お、奥さん、その辺にしてくれ……私の体がもげてしまいそうだ」

 

 そんな弱々しい抗議の声も上げてみましたが、奥方様は実に楽しそうな表情を維持。

 

「ダメよぉ、まだ満足して無いもの」

 

 と、肝っ玉の座った奥方様らしく、必死の懇願にも関わらず、妖怪の要求を突っぱねます。

 

 え? いかがわしく聞こえた? 私、言いたかありませんが、なりは童女ですぜ、そして相手は見た目は麗しいがれっきとした旦那のいらっしゃる奥方様。なかなか想像するのがしんどいんじゃあ無いかと。

 

 

 まぁ、そんな話はどうでもいい重要なことじゃありません。

 要は危機なのです。助けを求めているのです。

 

 誰か、助けてくれないと……

 

「いい加減に、しろ!!」

 

 あぁ、ほら悪癖が出てしまった。

 

 私、いつぞやからこの身体に成ってからというもの、子供の様に癇癪を起こすというか、言いたくはありませんが、要するに短気なのでございます。

 魂は器に引っ張られると言いますが、綱引きに負けてしまった方の様にズルズルズルと、魂が物凄い勢いで引っ張れて行き、魂まで、ちんちくりんの短気な餓鬼になってしまいました。

 

 いつか脱却してやると思いつつも早数十年、慣れとは恐ろしい物でございまして、朝起きて自分の姿を確認しても何とも思わなくなってしまいました。

 冬に布団から抜け出せなくなるのと同じで、ダラダラとしている内に、春が過ぎ、夏が過ぎ、秋も過ぎ、そして冬も過ぎ、また春も来て、といつの間にか時間が経っており、抜け出せる日もまた遠い様に感じます。

 

 そんな些末な事より、悪癖の話に戻ります。

 怒り出したが、さぁ大変。私、そのまま外へ飛び出そうとしています。

 

「袖ちゃん、待って!」

 

 そんな制止の声を聞いたら、また人形にされちまうと、無視して往来に飛び出しました。

 

 今、思いますと何たる失態かと、人とまともに話が出来ないのなら、せめて話だけでもちゃんと聞こうと、普段からの心掛けを破ってしまった事をお天道様は見逃すはずもありません。

 

 奥さんの言葉が続きます。

 

「せめて、服を着て!!」

 

 その言葉を聞いたのは、往来に出るのが早いか遅いかの曖昧なタイミングではありますが、自分の体の勢いそのままに外にポーンと、飛び出しました。

 

 それから、カラクリの様にギギギと、自分の身体を見下ろします。

 

 魅力も何にもないつるぺったんな、幼い身体が目に入りました。

 

 先程は自分の身体を見ても何も思わなくなった、などと抜かしましたが、ここは往来。何事かと人々が視線を向ける中飛び出して来たのは裸の少女。

 

 声を上げるより早かったかどうかは定かではありませんでしたが、この時ばかりは能力を使い、全力で()()()()ました。

 

 それから一声

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!??」

 と叫びました。

 

 ……恥ずかしがり屋にこの仕打ちはあんまりです。

 顔から火が出る程恥ずかしく、また奥さんへの怒りもまだ燻り続け、もうどうしたら良いのか分からずに泣けてきました。

 歳を忘れる程には生きて参りましたが、この様な辱しめ受けたことがございませぬ。

 幸い、人は多く無く、女性が殆どでしたので色々大丈夫だったかとは思われますが、それでも恥ずかしい物は恥ずかしい。

 きっ、と涙目で奥さんを睨みつけますと、これには奥方も反省したようで、ごめんごめんと謝って頂けました。

 

 もと着て来た服も返して頂け、こんな事になってしまった詫びに、と茶と茶菓子を振る舞って頂けました。

 当然、私も商売者、最初は遠慮させて頂きましたが、奥方様は笑顔でいいからいいからと、強引に勧めて来ました。

 さすがにこれを断るのはまずいぞ、と感じた私めは、笑顔の圧力に屈し。床にぺたんと腰を落ち着ける流れと相成りました。

 

 そこで出して頂いた、餡ころ餅の旨いこと旨いこと、餡は程よく上品な甘さが出ており、お茶との相性もまた格別。自然と頬が緩むのを感じられました。

 

 不意にちらと、奥方様の方を見遣ると、何やら慈母の様な顔でこちらを眺めてらっしゃいました。

 何となく気恥ずかしさを覚え、弛んだ顔を張り直し、何か気をそらす話題が無いかと探しました所、こんな言葉が口から飛び出しました。

 

「そういえば、今回は何で子供用の服を?」

 

 確かこの家に子供は居なかったはず。と

 

 ここで私、とんでもない失敗を仕出かした事に気付きます。

 このお家では、早くに子供を病気で亡くしている、なんて事を何処ぞで耳に挟んでいたのをすっかりと忘れ、こんな質問をしてしまいました。

 

 けれど弁明はさせて頂きたい。何しろ私、人間と話してしまうと自然と舞い上がってしまい、口調がおかしくなり、感情のコントロールが何処ぞへと行ってしまいます。

 更に先程あった、裸での露出ぷれい? の様な事を仕出かしたのが、未だに頭の中をグルグルと周回しておりまして。

 要するに私、いっぱいいっぱいなのです。

 

 そんな未熟者な私の言葉を意に介さず、あるいはおくびに出さずに、あれ? 言っていなかったかしら? と言いつつも奥方様は今回の顛末を仰って頂けます。

 

「今年ね姪が七つなのよ」

「それで、お祝いに此方の服を?」

  

 いっぱいいっぱいながらも、どうにか話を繋いだ事にふぅ、と安堵していると、奥方様は言葉を続けました。

 

「そうそう、それでね、似合うのはどんなのか分からなくなってしまってね」

 

 そんな言葉と共に奥方様の表情が陰りました。しかし、それ以上は語らず、けれど、こんな事になってしまってごめんなさいねと、ふざけ過ぎた事を謝って下さいます。

 

 しかし、そんな陰った表情を見てしまった私は謝罪なぞ気にするような心など、既にここにはありませんでした。

 半ば勝手に喋る様に口が動きます。

 

「そうか、そうなら仕方ない」

 

 突然の私の言葉に、え? と奥方様は短い言葉を溢すばかり。

 私は、豪胆でありつつも、素敵なお得意様にそんな表情は似合わないとばかりに言葉を続けました。

 

「再び着せ替え人形をやってやる」

 

 再び人形になることを決意します。

 それを聞いた奥方様は少しびっくりしたような表情を見せた後、少しだけ光が戻った様に見えました。

 寂しい表情は完全に消せないながらも、お客様は穏やかに微笑み、言葉を返します。

 

「袖ちゃん……ありがとうね」

 

 ふふ、と微笑みつつ、すっと、頭に手を伸ばし頭を撫でようとしてきますが、体が勝手に撫でようとした手を払いのけ、フン、と鼻息で返答しました。

 

 ……この小憎たらしい態度を返す、この身体どうにかなりませんかね? なりませんかそうですか。

 

 こんなに人形になっていたら、いつの間にか森に住む、青い方の魔法使いさんの、()()()()()()になってしまいそうだ。などと思いつつも一肌脱ぎます。

 もう、往来で人肌どころか諸肌見せていますので、もう怖いものなんてございませぬ。あとは身を任せるだけ。

 

 そんなこんなで、時刻は夕暮れ、最終的に何点かお買上頂き商談としては上々、その代わり色々な物を失った気がしますが、未熟者の商人にとっての勉強料と致しましょう。

 

 

 戸口に立つと、夕日が差し込んできます。赤く、優しく、此方を照らす夕日は影を伸ばし、玄関に立つ奥方様に繋がります。

 

 夕闇も近く、陰ったそのお顔は少し寂しそうにも見えまして。つい、言葉を発してしまいます。

 

「また……」

「え?」

「また、御用の有るときは、何時でも韮袖呉服にいらして下さい」

「……はい、商人さん」

 

 気の聞いた言葉も言えず、口を出たのはセールス文句。こんなときに素直になれたらどんなにいいか、時々この口が恨めしくあります。

 しかし、そんな拙い文句でも納得して下さるのがこの奥方様。

 寂しそうに笑いながらも見送って下さいます。

 

 

──もう、伸びた影は重ならず。きっと誰の影も重ならない。

 

 

 けれど元より私と誰かさんは違うもの、それを理解しているからこそ、奥方様も笑って頂けたのでしょう。

 

 後ろ髪を引かれる様ではありますが、帰路を急ぎます。

 

 燃えるような夕日が平屋造りの町並みに濃い影を落としていきます。

 ぼーっとした赤い空にカラスが黒い飾りとなって飛んでおりました。

 

 ふと、前を見ると、親子が歩いて行きます。

 

──子が親の袖を掴みながら。

 

 そんな光景に一抹の寂しさを覚えた私は、あの時何も掴めなかった自分の右手を握ったり開いたりを繰り返しました。

 

 幾度かその動作を繰り返した後、

 

「さて、帰るとするかー」

 

 などと口に出し、帰路を急ぎます。

 

──誰かの袖が恋しくなって、掴んでしまう前に。

 

 

 

 

 さて、まずは持っていった商品を全て保管し、戸締まりをきっちりとし、自宅へ引き上げます。

 引き上げると言っても、自宅は韮袖呉服屋と繋がっておりまして、奥にいけば、見慣れた自身の部屋。

 

 さぁ、敷き布団に飛び込みまして布団を上からガバッ、と覆い被さるように掛けます。

 

 周囲が闇一色となり視覚的に布団に覆われた事を確認し

 

「あぁぁぁぁぁぁ、恥ずかしいぃぃぃ!!」

 

 と奇声をあげ始めました。

 

 今日やらかした事が走馬灯の様に走ります。とくに繰り返されるのは裸事件。

 

「あぁぁぁぁぁぁ、うぁぁぁぁぁ」

 

 布団の中に蹲り奇声を、思いきりあげます。

 

「なんで、もっと気の効いた言葉を掛けないかなぁ!! あぁもう、憎たらしい口!!」

 

 暗闇の中の反省会、人間と深く関わった日はこれをやらない日はありません。

 

「おばさん、寂しがってたな……」

 

 少し、収まり今日の別れを思いだします。

 

「あれで良かったのかな……? 良くないよね……」

 

 なんて反省を繰り返し、あばばばと、もう一度奇声をあげ始めた所で、今日はお仕舞い。

 

 これ以上は見苦しい場面しか御座いません。

 

 

 次の日、韮袖呉服屋にはこんな張り紙がしてあったそうだ。

 

 誠に勝手ながら、しばらくの間お休みを頂きます。




 何となく続けてしまいました。

こっちは思い付いた時に書く予定です。

※追記 3月19日

修正させて頂きました。


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おどろけー 袖引ちゃん

──ゆったりとした春の陽気。ついつい、居眠りしたくなるような午前と午後の境目。

 

 外では春を告げる妖精さんも全盛期。全力で春を告げて回っております。

 

 桃の節句も無事に済み、七つを過ぎた娘は神の子を止め、人の子として第二の生を謳歌しています。

 可愛い娘らの健康も祈り終えて、親御さん達もますます仕事にも身が入るもの。

 炬燵を仕舞い、襦袢を脱ぎ、お仕事へ出掛ける人も増えて参りました。

 

 例の如く、博麗神社は妖怪神社。魑魅魍魎が集まり花見の最中だそうで。

 

 人々がやれ、花が咲いた、今年はここが良いらしい、などの空に舞う花びらが如く、舞い上がる空気の中。

 

 

 

 私、韮塚(にらつか) 袖引(そでひき) お散歩中でございます。

 

 午前から、午後に変わるか変わらないかといった時間。

 店内に目をやれば、閑散とした店内はいつも通り。お花見に興じているのか客のきの字も見えず、開店休業状態。

 

 

 こんな状態なら私も春の陽気を楽しもうと。

 ぷらぷらと仕事なんぞ放り出し、花見をしみじみと楽しもうかと人里から出て、春探しの旅に出たいと思い立ちました。

 

 思い立ったら吉日とばかりに、曰く付きだか言われる自店の看板を下ろし、お結び拵え、店を閉めて、てくてくと出立します。

 

 ぷらぷらと、人里の出口へ向かいます。

 

 道中、お得意様を見かけますが、自前の悪癖ゆえこちらから声を掛ける訳にもいかず、見送ろうと思っていましたら。

 お得意様がこちらに気づいてしまった様で。

「袖ちゃん、お出かけかい?」

 と、人間様からお声がかかります。

 数少ない奇特なお得意様はいらっしゃいますが、こんな未熟者に声を掛けるお心のお広い方なぞ、この広い日の本を探してもなかなか居ないのでは無いか、と思われます。

 

 きっちりと挨拶をさせて頂き、世間話もそこそこに御暇(おいとま)させて頂きました。

 勿論人間様と話したくないとか、その御方が個人的に嫌いだったとかそんな事では決してございません。

 ただ、これ以上私めが人間様とお話を続けてしまった日には、あの忌々しい悪癖が私の口を蹴破って飛び出すに違いありません。

 

 元より人の口に戸なんて立てられないと、よく言われておりますが、人間様の口が木戸であるなら、妖怪である私の口なんぞ障子紙以下の耐久度。数秒と持たず罵詈雑言が口から飛び出すことでしょう。

 そんな迷惑をかけてしまった日には、また布団の中で反省会。

 当然、呑気に散歩なんぞ出来る心情では無くなります。

 そんな、人間様の為にも、心の平穏を願う意味でも、人間様に別れを告げます。

 

 

 そんな愛しい人間様とも別れ、人里からもずんずんと離れて行きます。

 

 季節は桜の頃、あちこちで花見なども開かれているくらいには、桜があちこちに咲いているのが見受けられます。

 綺麗な桜の木の下には死体が埋まっている、なんて言われる事がありますが、もし埋まっているとしたらどれ程の人間がこの世から去ったのかわからない位ですね。

 そんなに大勢がお亡くなりになってしまったら春でも無いのに花が咲く、なんて事がまた起きるのでしょうが、そんな事は机上の空論。

 そんな事を考えるくらいなら、木上にある桜を眺めている方が余程健全ですね。

 

 桜を満喫しつつ、旅を続けます。

 人間の方々も、花見に洒落込んでいる人も多く居るようで、桃色の吹雪に乗って子供たちの声が此方まで届きます。

 そんな光景をしみじみと楽しみつつ、てくてくと歩きます。

 昼の時間は人間の時間、人里に近いこの場所では大した妖怪など現れず、皆さんお楽しみの様。

 私の様な妖怪なぞ必要とされません。目に入らない内に少し道を逸れることに致しましょう。

 

 

 道を逸れて暫く行くと、チョロチョロと流れる小川のほとりに辿り着きました。

 春の小川とはよく言った物で、川の流れはさらさらと、川辺には菫や蓮華などが咲き誇り、風でそよそよと揺れ、春を一つの場面に押し込んだ。そんな風景が目の前に広がります。

 その花が群生する辺りに座り込み、菫を砂糖に漬け込むなんてお菓子もあったなと思考を傍らに置きつつ、一輪失敬します。

 それを太陽にかざしたりなどして、春の色を楽しみます。

 此処が、かの有名な太陽の畑だったらなんて考えたら身も縮む思いですが、ここは綺麗な小川の傍ですし、憎たらしい事に縮む程に背もありません。

 

 

 何となくこの場所が気に入り、腰を落ち着け持ってきたお結び片手に遅めの昼食を取りつつゆったりとしていると、不意に辺りが暗くなります。

 さては雲で太陽がお隠れ遊ばしたのかと、のんびりと思っていると──

 

「ばぁっ!!」 

 

 と、私めの背後からお声がかかります。

 (わたくし)、こういった唐突な事態に非常に弱いものでして、こんな事をされた日には悪癖が容赦なしに飛び出します。あぁ、反省会──

「ふざけんな!だれ───って、傘ちゃんか」

 振り向き、そのまま罵詈雑言の発射口となる運命にあったと思いきや、そこにあったのは友の顔。悪癖もなりを潜めます。

「あははは、また引っ掛かってくれた!」

 と、私の吃驚(びっくり)を喜んでくれる友人の姿が目に映ります。

 

 よく有ることなので慣れてはいます。えぇ、本当に。

 心の臓が早鐘を打っていますが、まぁあれでしょう、友達に会えて喜ばしいんですきっと。  

「こんにちは、傘ちゃん。

また、驚かせ技術が上がったんじゃない?」

 と、胸に手を当て、呼吸を整えつつ挨拶をします。

 小傘ちゃんも挨拶を返し

「こんにちは、袖ちゃん。こんな所で何してるの?」

 と、聞いてきます。

 

 旅に出てるんだよ、なんて春の陽気に相応しいような浮わついた返答をしておきます。

 そもそもが目的の無い散歩でしたので、特に何をしている訳ではありません。

 

 そんな言葉を聞いた小傘ちゃんは、 

「旅にねぇ……そうだ袖ちゃん! 私と良いことしようよ!」

 と誘ってきます。

 

 おや、ついに鍛冶屋では無く、ベビーシッターでも無く、女郎でも始めたのかそんな言葉を掛けられます。

 たまに一人称がわちきであったりと、そんな影もちらほらあったような気がしますが、まさかの少女趣味。これは中々、需要と供給が成り立つような趣味では無いような気もします。意外な一面を発見した気分でした。

 春には動物達も発情期を迎え、犬猫も御盛んな声が夜に響いておりますし、きっと付喪神も発情期なんでしょう。

──仕方ありません、これも友のため明日のため。ここは一肌脱ぐとしましょう。

 川辺には菫や蓮華など咲いていましたが、そろそろ時期的に百合の花も咲き始める頃。開花の先駆けになるのも悪くありません。

 

 

──私は決意を固め。

 

「わかりました。脱げばいいんですね?」

「なんで!?」

 

──おや?

 

 小傘ちゃんに大層驚かれてしまいました。あぁそうでしたそうでした。ここは野外、誰だって肌を外気に晒すのは嫌な物。春が訪れ、だんだんと暖かくもなってまいりましたが、些か羞恥心が勝るもの。

 

 ふむ……、となると何処か知らない長屋に連れ込まれる感じでしょうか。普段大人しい付喪神が私を無理矢理なんていうのもあながち悪い様ではありませんが、着物がダメになってしまう可能性もありますし、ここは素直にお願いするしかありませんね。

 

 

──私は体を掻き抱き、上目遣いで

 

「あの……優しく……してください」

「だから何で!?」

 

──あれ?

 

 

 おかしいですね、話が見えません。この子はどんな事を言いたいのでしょうか。長い間友達をやっており、いままで色んな事をやったり話したり、()()()()()()()仲間でありますのに、今回ばかりは話が噛み合っていないように思われます。

 こういう時は素直に聞くもの。大丈夫です。小傘ちゃんは優しく、一時の恥も許してくれるでしょう。

 

「あの……話が見えません」

「こっちもだよ!」

 

 そろそろ、こっちが驚いた分の倍くらい驚いているような気がしますがいいのでしょうか。

 私としては、人間様の不安や疑念をちょろっと頂く方がいいのですが。貰える物は貰っておきましょう。吃驚(びっくり)、ごちそう様でした。 

 

 とりあえず話を戻すことにしましょう。

 

「傘ちゃんは何に誘おうとしたの?」

「私と人間を驚かせに行かない? って誘おうとしたんだよ!」

「いいですよ」

「はやっ!?」

「暇でしたし」

 

 

 何となく思っていたのとは違う気もしますが、これもまた楽しそうな提案。

 何より人間を近くで眺める事も出来ますし。小傘ちゃんの誘いでしたら基本ホイホイついていく所存です。

 

 そんな驚きを主食とする友達について行き、来た道を引き返します。

 ぽつぽつと、道行く人も増えて参りました。

 こちらに話し掛ける人は居ないようで、緊張しないで嬉しいやら寂しいやら。

 

 さて、辿り着きました。人の里の近く、人里への帰り道。

 元は森を切り開いたような道路で、両脇には林が広がります。薪や、木の実、薬草を探しにいくとしたらこちらを使う人も居るでしょう。 

 その両脇に広がっている林の木立に隠れます。

 小傘ちゃん側も人里寄りに陣取って、準備万端。

 

 昼頃に出掛けたのも相まって、時刻は既に頭にあった太陽さんが、また明日とばかりに傾きつつある夕焼け頃。

 

 私の様な妖怪にとっては絶好の時間ですね。

 

 

 今回は基本的。私が注意を()()()その間に小傘ちゃんが近づいて驚かす。まぁ、ありふれた手法ですね。

 

 

 だんだんと帰路をひた走る人も増えて参りました。

 そして、日は更に傾き太陽が地平線の向こう側へ消えかかります。

 

 

──夕焼けから、夕闇に。

 それは人間の時間から、妖怪の時間に変化する瞬間。

 

 

 沈み行く夕焼けをぼんやりと眺めていますと、

 夕闇の中、スタスタと少し早足気味に歩く一人の男が通りすぎようとしているのが、遠目から伺えます。

 

 

 小傘ちゃんの方を向き。あの人を狙いますよの手振りを送ります。

 

 小傘ちゃん側も了解したようで、親指を天に突き立てこちらにつきだします。

 

 

──さて……作戦開始。

 

 

 まずは場所を変え、気づかれない位の距離の木まで接近します。私とて人を驚かす妖怪の端くれ、これ位ならお手の物です。配置に付き木立に隠れます。

 

 スタスタと早歩きをしている男がこちらが隠れている地点を通り過ぎます。どうやら薪を取りに行っていたようで、薪と斧を背負子に載せております。

 かなりのお急ぎの様で、こちらに気づいた素振りはまったくありません。

 

 隠れていた木立から音を立てずに飛び出し、後を追います。

 端から見たら急いでいる大人を、子供が追い掛けているそんな感じになるんでしょうか?

 子供の背丈じゃあ歩幅的に突き放されるんじゃあとか思われてしまいそうですが、心配ご無用。

 ご存じかも知れませんが、私は袖引き小僧を元とする妖怪でして、その袖引き小僧の幾つかの伝承の中には落武者であった。とかそんな説話が存在します。

 

 幻想郷に来てからか、その前からだったかは覚えてはおりませんが、そんな武者であったという伝承を受け継いでいるのか身体能力はそこそこの自信があります。

 まぁ、鬼だとか、ぬえだとか、そんな大妖怪と比較してしまったらそれこそ、子供と大人を比べる様な物になってしまいますが、同格の妖怪でしたら力比べは上位に食い込めると自負しております。

 

 

 そんなこんなで自慢の身体能力を使い、大した苦労もせずにその男の後ろに付きます。

 スタスタと歩く男の後ろを数歩離れてついていきます。……バレた気配はありません。

 

 正直、この瞬間はたまりません。後ろから近づいて行き、いつバレてしまうのかヒヤヒヤとしながら胸の中で渦巻く高揚感。そうですね、隠れんぼをしているときに近いでしょうか?

 絶対に見つかってはいけない隠れんぼを想像して頂くと、分かりやすいかと思います。……分かりづらいですねこの例え。

 

 

 そんな高揚感を抜き足、差し足、忍び足、そして急ぎ足で、小傘ちゃんの潜伏場所に近づくまで楽しみます。

 

 

 そして……小傘ちゃんの潜伏場所に近づきます。

遊びの時間は終わりです。更に男に対し一歩踏み込み、その距離、およそ三歩圏内。

 

 ()()を発動させます。

 

 何かを引っ張る程度の能力。その本質、袖を引っ張るという妖怪の本懐。

 

 引っ張った後、もう一度能力を発動させ体を()()()()()()

 

 

 男は驚き後ろを向いたときには、既に姿を消しています。男はキョロキョロとした後、首を傾げ再び歩き出します。

 一度目は気のせいかと考える方も多く、無視を決め込む方も多くいらっしゃいますが、この人はどうやら気にする御方。

 

 1度ものに触れたのなら、およそ5分間は再び対象に対し能力を発動出来ます。

 まぁ頑張ればもう少し効果時間を伸ばせたりもするのですが、疲れるのでやりません。

 

 

 そんな訳で、後ろに視線を惹き付ける事を狙い再び能力を発動させます。

 

 クイクイと糸で操る様な感覚でしょうか。男の袖を遠隔で引っ張ります。

 

 さすがにこれには不審に思ったようで、男は足を止め辺りを見回します。当然、見つかるようなヘマはしません。

 仲良くしようと考えなければ緊張はしませんし、余計な力も入りません。

 

 男は何者かが近くにいるが、その正体が分からない。という恐怖を味わっている様で、()()の感覚と言えばいいのでしょうか?ともかく、妖怪として必要な栄養の様な物が体に染み渡るのを感じます。

 

 

 男がキョロキョロと後方を見渡している間に小傘ちゃんが気配を殺して近寄ります。

 

 そして、男が再び首を傾げ前を向きました。

 

──男の動きが止まります。

 

 哀れな獲物である人間からしてみれば、夕闇の中、誰かに袖を二度引っ張られた、と思い後ろを向いていたら、前に見知らぬ女がいきなり立っていたということになります。

 こちらからだと、男の表情は確認出来ませんが、実際これをやられたら、一瞬の恐怖はかなりの物だと思われます。

 

 

 小傘ちゃんが、男が固まったのを見届けてから。

「うらめしや~」

 と、怪談の定型文のような言葉を発します。

 

 

 夕闇で顔が認識しづらいですが、冷静に考えれば誰がやっているのか等わかりそうなものですが、その男は冷静さを欠いていた様子。

 

 体をビクンと跳ね上げた後、う、うわぁぁぁと小傘ちゃんを突き飛ばし、走り去ります。

 

 

 突き飛ばされたのを見て慌てて、小傘ちゃんに近寄ります。

 

「傘ちゃん、大丈夫!?」 

 と、小傘ちゃんの姿を確認しにいくと、ぼーっとした様子で呟いています。

「わちき、驚かれた……驚かれたよ! 袖ちゃん!」

 いきなり、ガバッと抱きつかれます。

 

「ちょっ……」

「ひっさしぶりだぁ、これこれ、これだよね!」

 と、吃驚を噛み締めている様子。

 

 こちらは抱きつかれ、体格的に意外とある二つのお山に顔が埋もれます。

「……っ、……っ!!」

「ありがとうね、袖ちゃん!」

 抱きしめ攻勢は続きます。引き剥がすことも出来そうなのですが、この喜び様では気が引けます。

「袖ちゃん?」

 ですが、さすがに息が苦しくなってきたので止めて欲しいとじたばたしておりましたら。

「わわっ、ごめん!!」

 と、気づいた様で、謝りながら解放してくれます。

 

 肺に空気を取り込み、空気が美味しい事を再確認し

「……ふぅ、天国にお呼ばれしてしまうところでした」

 などと、軽口を叩きます。

 

 その事に本気でへこんだらしく

「うぅ、ごめんね」

 と申し訳なさそうに謝ってきます。

 意外に凹凸があるんだなーとか友人の体つきの事を考えていたら、つい口が滑ってしまいます。

「いえ、天国でしたし、大丈夫です」

「どういう事!?」

 

 小傘ちゃんが良い反応を示して下さいます。……本当に可愛いですねこの子。

 

 なんでもありません、などと答えつつ。周りを見れば既にお天道様は眠りにつき、兎たちが餅つきをしているお月様が上っています。

 

「もう、人は通らなそうだね」

 

 と小傘ちゃんが話してきます。

 一人でやり易そうな人を狙ったので、時間が掛かり、夜に突入してしまいました。

「そうですね。そろそろ私たちもお別れですかね?」

 そろそろ、おゆはんの時間ですし。

 

 そんな言葉を投げ掛けられた小傘ちゃんは、楽しかったという余韻に浸っていた表情が消え。

「あ、うん。そうだね……」

少し寂しそうな顔に変化した小傘ちゃんが言います。

 

 

 そんな友人の寂しい顔が嫌で、締まりの悪い口から声が溢れます。

「あの……家で夕飯を食べていきますか?」

 一人分増えるだけなら大丈夫ですし、と

そんな思い付きを友達に提案してみます。

 

 そんな提案を聞き、小傘ちゃんは

「いいの!?」

 と沈んだ笑顔が浮かび上がり、目を輝かせつつ聞き返します。

 

 そんな嬉しそうな表情が、何とも嬉しくて、

「いいも何も、たまにやっているじゃないですか」

 と、憎まれ口を叩いてしまいます。

 

 実際に小傘ちゃんを夕飯にご招待、という事は今まで幾度かあったので、ここまで喜んで貰えるような物では無い気もしますが、小傘ちゃんが喜んでいるのなら、それはそれでいいかな? などとも思いつつ友人の顔を眺めます。

 

「やったぁ!袖ちゃんのご飯!」

「そんな大したものは作れませんよ」

 

 なんて、やりとりをしつつ帰路に着きます。

 

 小傘ちゃんが言っていた良い事というのは、こんな幸福感も予測して言っていたのかな? と、下らない事も考えつつ友の横を歩きます。

 掴む袖はありませんが、友とはついていく物では無く、並ぶもの。これはこれで乙な物かと。

 

 

──さてさて、本日はこの辺でお仕舞いとさせて頂きます。

 

 え? 家に着いてからの描写はどうしたかって?

 

 家に着いてからの話なんぞ、大した事はございません。

 一緒に夕飯を食べ、湯浴みをし、寝ただけです。

 

 特に特筆するべき事はありませんでした。えぇ、ありませんでしたとも。

 どちらにせよ、本日はここでお開き。この続きは次の機会ということで。




小傘ちゃん可愛い!!


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懐かしき白黒のおもひで

 季節はそろそろ卯月から皐月へと移り変わる頃。いつの間にか女の子の月から男の子の月になり、空を目指す魚介さんもそろそろ出番かとウキウキしてる頃だと思われます。

 

 いつもいつとて子供達は風の子、外を元気にはしゃぎまわっております。

 寒がりな大人達も、そろそろ上着をしまい込み始め、そろそろ本格的に移り変わった事がわかります。

 

 博麗神社もさすがに花見で一杯と洒落込み過ぎたようで、肝臓の休憩日なのか暫く宴会の噂も聞きません。

 

 そんな名残雪も完全に溶け、新しい季節を完全に迎えたそんな頃。

 

 私、韮塚 袖引。懐かしんでおります。

 

 

 何時もの様に閑古鳥が鳴く店でボンヤリしつつ、お客さんが来るんだか来ないんだか分からない日々を過ごしておりました。

 仄かに薄暗い店内に水を打ったような静けさが広がっており、遠くで子供達がはしゃいでいる声が聞こえてきます。

 

 そんな中、奥に引っ込みまったりとお茶をしばいていると。邪魔するぜーとの声と共に訪問者が一人。

 

 やや、人間様が来店されたとあれば、居ても立ってもいられませんと店に飛び出しました。

 ドタバタと奥から飛び出してみれば、そこにいらっしゃったのはお得意様では無いけれど良く良く見知ったそのお顔。

 白黒のお洋服を御召しになさった、綺麗な金の髪を持つ女の子。霧雨魔理沙さんがご来店なされました。

 

 

「おや、霧雨さんの所の娘さんじゃないですか? ご機嫌麗しゅう」

 

 今は懐かしきそんな呼び方。

 そんな呼び方をされたお客様は嫌そうな顔に変わり。ムッとしながら此方に返します。

 

「ム、その呼び方はよして欲しいな」

「いやはや、懐かしくて。お久しぶりです魔理沙さん」

 

 何年ぶりでしょうか、和服を御召しになさったり、お洋服が白黒になる前から知ってる身としては、百年の知己の様なお方であります。

 

「おう、久しぶりに寄ってみたぜ。袖引ばぁちゃん」

「ム、ばぁちゃんは止めて欲しいですね」

 

 この子が小さい頃にこの店に入り浸っていた時期があったり、子供の頃に散々喧嘩していたりと、もうすでに怒るとか悪癖とか、もう既に通り越した仲にございます。

 

 ばぁちゃんと呼ばれた意趣返しとばかりに

「なんです?お父様と喧嘩して匿って欲しいんですか?」

 なんて昔の事を掘り出してみました。

 

 よく親子喧嘩をして此方に来てたのを思い出します。あの時は拗ねていたり、大泣きしていたりと、表情の豊かな子でございましたが、そのままスクスクと育って頂いた様で、今でも異変解決に一役買っていたりとお元気に活躍していると、良い噂も耳にします。

 魔理沙さんは頭をガシガシと掻き、嫌そうな顔で返答しました。

 

「あぁ、もう、しつこいぞ!」

「あぁ、すいません。ついつい」

「まったく……」

「で、当店に何の御用でしょうか? お客様?」

「……真面目にされるのも何というかアレだな」

「注文の多いお客様ですねぇ」

 

 昔みたいに喧嘩したいのでしょうか?

 もうこの子限定では悪癖は鳴りを潜めていますが、今も喉元に何というかイガイガした物が来ているのも事実です。

 まぁ、大人の余裕を見せつけてあげてるんです。うん。

 

 またも、頭を掻きつつそっぽを向いて魔理沙さんは続けます。

 

「まぁ、あのアレだ」

「どれです?」

「あー、もう元気にしてるかな……って……」

 

 最後の方は小さくなっていきましたが、バッチリと聞き取ってます。可愛いですねーこの子。

 昔もこんな素直で可愛い子でしたが、今や森の妖怪が怖れる魔法使い。人間とは分からないものですね。

 

 すっかりと私の背を追い抜いて、名実共に大きくなってやって来た古き知り合いに、奥に上がるように勧めます。

 途中少し低めになっている鴨居を見てこんな低かったか? なんてお声を上げておられました。

 

「無理も無いですよ、前回お越しになられたのは随分前ですから」

「……そうだったな」

 

 何かを思い出す様に魔理沙さんは此方を見て呟きます。

 

 それからは勝手知ったる他人の家が如く、魔理沙さんは座蒲団やら茶菓子を置場所から取り出してきます。

 それなら私もと、お茶を用意すべくお湯を沸かし始めようと、釜戸に向かおうとしたら魔理沙さんに呼び止められます。

 何やら湯を沸かすならこいつがいい、などと言い出しまして、何やら八角型の物体をヤカン下に座蒲団の要領で置きます。話を聞けばその六角型の物体は八卦炉と呼ばれる魔法の品だとか、出力を調整することで、その八卦炉さんでお湯が沸くらしいです。

 便利な時代になりましたねぇ、そんな便利な物を使いこなす魔理沙さんを眺め、小さかったあの子が本当に成長したんだなぁ、としみじみ思います。

 

 

 思えば、私よりも小さかった背丈が、グングンと伸びて、いつの間にか背が追い越された辺りから、だんだんと来店回数も減り、いつの間にか店に訪れなくなっていった様な気がします。

 

 勝手に戸棚から茶葉を出す金髪の女の子を眺めていると、昔の事を思い出します。

 

 

 

 始まりは確か……そうでした、そうでした。

 何代か続いていらっしゃる、霧雨店の方でお買い物させてもらった時に出会ったんでしたっけ。

 

「いらっしゃい。お、韮袖呉服の!」

「はい、お久しぶりです」

「今日はなんの用で?」

「今日は──」

 

 その時にはもう霧雨店の店主様は(わたくし)が妖怪であることや、呉服屋を営んでおります事も、ご存じでした筈です。

 

 えぇ、勿論あれですよ、緊張なんてしてませんでしたとも。

 私とて大人の女性、()()()()に買い物してみせましたとも。

 

 そんな、優雅に買い物をしている最中に店舗の外からタッタッタッと、此方にやってくる小さな足音を聞き付けました。

 その音はどんどんと近づいて来て店先に居た私に突貫をかましました。

 

「うぷっ」

「おっと、大丈夫ですか?」

 

 その突撃してくる人間様をお怪我のしないように受け止めさせて頂きました。突然の事に弱い未熟者の私と言えども、近づいてくる気配を感じていれさえすれば、身体能力はこちらが遥かに上、大した苦労も無く私めの腕に小さな影はすっぽりと収まりました。

 

「お?」

 

──綺麗な金髪。そんな印象を抱きました。

突然現れた壁に驚いているようで、その幼子はこちらを見上げてきます。

 

「こんにちは」

 

 突然の来訪者に、怪我無く受け止められて良かったと、驚きで胸を高速で弾ませつつ挨拶をしてみます。

アイサツは大事です。

 

「だれ?」

 

 

 確かそんな事を返されたと記憶しております。

 

「こら、()()()。こんにちはされたら、こんにちはだろうが!」

 そんな店主様の優しい叱り声が聞こえてきました。

 

「う、こんにちは」

 

 金髪の子は怒られた事に、首を竦めながらもこちらに挨拶を返してくれます。

 

 

「はい、こんにちは」

 

 挨拶をもう一度し、挨拶をしてくれた幼子をふんわりと抱き締めたまま店主様の方に向き、この子は?と質問させて頂きました。

 

「あぁ、そいつはうちの娘だ。魔理沙と言う」

 

 少し()()()()ながら、店主様は魔理沙さんを此方に紹介して頂けます。

 

「可愛い子ですね」

「いやはや、お恥ずかしい限りで」

「う?」

 

 こちらを見上げている可愛いお顔を見つめます。

 

 私は一度魔理沙さんを離し、魔理沙さんの目線まで屈みます。

 

──私と彼女の目線が交差します。

 

「はじめまして、私は韮塚 袖引と言います。」

「にら? そでひき?」

「えぇ、袖ちゃんと呼んで下さい」

「そでちゃん! そでちゃん!」

 

 嬉しそうに私の名前を連呼する。幼い魔理沙さん。

さすがにここまで幼いと悪癖も黙っています。

不思議と緊張もしません。

 嬉しそうにこちらの名前を連呼する表情に釣られて私も笑ってしまいました。

 

「えぇ、袖ちゃんです」

「魔理沙に新しい友達が一人、だな」

 

 なんて店主様も笑っていらっしゃる。

 

 

 これが、魔理沙さんとの出会いでした。

 

 

 

 基本的には自給自足な生活を送ってはおりますが、月に一回位は生活必需品を買い出しに向かいます。

 買い出しの店舗の中には霧雨店も含まれており、商品の代金の代わりに子供服を要求された。なんて事もあった筈です。

 そこで魔理沙さんに出会う度に挨拶されます。

 

「おー、そでちゃん!」

「はいはい、こんにちは」

 

 こんな感じのやり取りをしていました。

 月を追う毎に魔理沙はスクスクと育っていき、目に見えて大きくなっていくのが分かります。

 

 まぁ、それだけ大きくなっていけば、我も強くなって参りますし、色々とありました。えぇ、色々と。

 

 あまり思い出したくも無いのですが、えぇと確か理由は忘れましたが大福帳、つまり出納帳をたまたま持ち歩いていた時に魔理沙さんがそれを見つけ、見せてとせびられ、魔理沙さんには分からない物だから駄目だ、とか断った事が発端だったかと思われます。

 

「いいじゃん見せて!」

「駄目です、これは大事な物なんです」

「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいから!」

「駄ー目ーです」

「えーいいでしょー、見せーてー」

 

 魔理沙さんが袖を掴みグイグイと引っ張って大声で喚いてきます。

 そんな事をされて、忌まわしい悪癖がガンガンと戸を叩きます。

 子供だから子供だから、と我慢をしていましたがそろそろ限界です。

 

「いい加減にしないと──」

「ケチー、そでちゃんのごうつくばり!」

 

 ぶちんと何かがキレる音がしました。

 蜘蛛の糸並みに細い私にしてはよく頑張った方だと思います。えぇ、本当に。

 

「あぁ、もう、しつこい!」

「何でだよ! いいだろ!!」

「良くない! はーなーせー」

「うー、そでちゃんのケチ、バカ!」

「馬鹿とは何だ!!」

「バカなもんはバカだ! バーカバーカ!」

「馬鹿と言った方が馬鹿だ! 馬鹿!」

「今、バカって言った! そでちゃんはバカ!」

「うるさい! えぇい、もう行く!」

「ふんだ、ケチなそでちゃんなんて知らない! 何処にでも行っちゃえ!」

「何処にでも行くよ! うるさいなぁ!」

 

 そんな感じで喧嘩別れしたことを覚えております

 

 その後は酷い物でした。

 自宅に辿りつき、速攻で布団に潜り込み。

 

「あぁぁぁぁぁ、子供相手になんてことをぉぉぉ!!

 魔理沙さん最後の方涙目でしたよね。あぁぁぁぁ」

 

 などの奇声を筆頭にうがぁぁぉぉ、とか、うぼぁとか思い付く限りの声を上げた事を覚えております。

 

 

 後日、霧雨店に謝罪に訪れた所、あの日は魔理沙さんも大泣きして帰っていったみたいで、店主様が何が起きたのかと思ったよ。などと笑って仰っていました。

 

 当の本人様は柱の影に隠れ、こちらを伺っていました。

 まぁこういった事は大人である私から謝るもの。

 

「魔理沙さん、ごめんなさい」

 

 と、腰を折り、出来る限り丁寧に謝ります。

 魔理沙さんも此方の様子を見て、

「こっちこそ、ごめんね」

 と、素直に謝って下さいました。

 

 仲直りも済みましたし一件落着。などとほっとしておりましたら。

 

「でも、あの時はそでちゃんが悪い」

 

 と、魔理沙さんが言い出しました。

 

 思わず、仲直りしたのにいきなり罵詈雑言が飛び出し、修復した仲をぶち壊しにする所でした。危ない危ない。

 とりあえず聞き間違えかも知れません。聞き直してみましょう。

 

「何て言いました?」

「そでちゃんがケチなのがいけない!」

 

 ビキッ、と耳の近くで音がなったような気がしました。

 まぁ、せっかく一件落着でしたし。全てを無にするのも悪いでしょう。ここは大人の余裕をですね──

 

「なんだと!?」

 

──あ。

 

 売り文句に買い文句、悪癖さんが光より早く反応したかと思われます。

 

「そでちゃんがわーるーい!」

「あぁ、もうこいつは!!」

「そでちゃんのケーチ」

「うがぁぁぁ」

 

 これには霧雨店の店主さんも大笑い。

 

 こういった風に、魔理沙さんの幼少期は出会うたびに喧嘩しているぐらいには良く喧嘩をしておりました。

 その度に反省会を開いておりましたので、忘れたくとも忘れられない事も多い。そんな時期ですね。

 

 

 そうそう、初めてこちらに魔理沙さんがいらした時も忘れる事が出来ません。

 

 毎月の買い出しの為、霧雨店の方に訪れて珍しく喧嘩も無く。帰路につく事に成功し少し上機嫌なまま家に辿り着きました。荷物を降ろしていると、ガラガラと店先の戸の開く音がしまして。閉店の看板を立て掛け忘れたかなぁと思い。急ぎ、対応に走ろうかとした所で声が聞こえて参りました。

 

「へぇ~ここがそでちゃんの家」

 

 その聞き覚えのある声に、ん?と少し首を捻りながら奥から飛び出してみれば、そこには小さい影。

 

 思わず、二度見してしまいました。

 

「あ、そでちゃん発見!」

 

 その金髪の少女、魔理沙さんは此方を指さし喜んでおりました。

 

──とりあえず状況を整理しましょう。

 突然の事でうまく回らない頭を無理矢理回し考えます。

 私はいつも通り人里で、買い物をさせて頂き。特に大した失敗もなくルンルン気分で家に辿り着いた筈です。

 

 そして暫くしたら、魔理沙さんがやって来ていた。

 

──うん……うん?

 

 魔理沙さんは此方の家の事を知らない筈です。ということは、いつの間にか一人で後に着いてきていた。と考えるのが妥当でしょうか。

 

 そんな事を落ち着いて考えておりました。えぇ、落ち着いていましたとも。

 手に持っていた鞄をボトッと落とし、魔理沙さんにカラクリみたいなんて言われていましたが。

 

……落ち着いてましたよ?

 

 

 とりあえず来てしまったからには家に帰さない訳にも参りません。

 時刻は既に太陽の沈みかける頃。

 山の尾根に太陽が沈んで行き、赤と黒の色合いが里を支配する。

 そんな頃になっておりまして、サクサクと行かないと夜になってしまいます。

 

「魔理沙さん、お家に帰りましょう」

「やだ!」

「何でです?」

「ここに泊まる!」

 

 後から聞いた話では別の友達の家に泊めて貰った事が余程楽しかったらしく、人の家で泊まる泊まると言って聞かなかったらしいです。

 

「駄目です、親御さんが心配してしまいます」

「いいよ、そんなこと」

「良くありません! さぁ帰りますよ!」

「やーだー」

 

 魔理沙さんの手を引っ張って行こうとしたら、無理矢理にでも泊まりたいらしく、戸に掴まって抵抗します。

 

「そもそも家には一人分しかありません!」

「いーいーの!」

 

 こんなやり取りをしていたらまた、苛々が募って参りました。

 

「いい加減にしてください」

「ケーチー」

「ケチじゃない!」

「ケチだもん!」

「もういい!無理矢理連れてく!!」

 

 もう既に半泣きになりかけている魔理沙さんを能力を使い()()()()()いきます。

 自分の目論見を壊された魔理沙さんは滂沱(ぼうだ)の涙を流しています。

 

 引き摺って、引き摺られている私達を、端から見たら寺子屋を卒業するかしないかの子供が、寺子屋に入るか入らないかの子供を引き摺っている様に見えるのでしょうね。

 

 魔理沙さんもすっかり泣き止んでおり、もう私達の間に会話も無く、無言のまま彼誰時を歩いていきます。

 傾いた太陽が少しだけ寂しそうに私達を照らします。

 

 無言を切り裂く様に私は口を開きます。

 

「今度は、ちゃんと親御さんに許可をとってきて下さい」

「きょか?」

「そうです。親御さんに泊まりたいと話して来てください。私は大歓迎ですから」

 

 それを聞いた魔理沙さんはパァッと顔を綻ばせつつも

 

「うんっ!」

 

 と、元気良く返事をしてくれました。

 無事、店主様の元に送り届け、その日は帰って頂きました。

 

 

 我が家に戻りまた、あぁぁぁだとかうぉぉぉとかやっておりましたが二度もお見せする物ではありませんので割愛します。

 

 ただ次の日には、布団やら茶碗やらが一人用から二人用に増えており、手狭な家の中が更に狭くなっていました。

 

 

 

 私と魔理沙さんの付き合いは妖怪から見たら短く、人間から見たら長いものです。

 それ故、ここだけでは語り尽くせない、そんな経験や思い出も沢山ございます。

 せっかくの機会ではございますが、富士のお山よりも高く積もりに積もった思い出を引っ張り出すのは、またの機会とさせて頂きます。

 

 ではでは、長話にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。




 何となく、魔理沙と絡ませてみました。

 人間と妖怪の違いを上手い事表現してみたいものですね。

ご感想、お待ちしております。


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拐かしだよ 袖引ちゃん

 魔理沙との絡みは、合間合間にポツポツと入れていく予定です。


 秋の神々(姉妹)が信仰を集めつつ、季節を楽しみ。

 人々が、運動やら食物やら読書やら、秋を満喫しつつ、畑仕事も一段落。

 紅の葉がヒラヒラと舞い落ちる。

 そんな情景を楽しみつつも、そろそろ冬に備え始めるそんな頃。

 

 時期は大山鳴動し、蛇やら蛙やらの神様がおいでになさった、お山の異変が終わった後。

 博麗神社の宴会も終え、妖怪も、妖怪退治側の人間も次の異変を心待ちにしていた頃に。

 

 

 この私、韮塚 袖引 誘拐されております。

 

……えぇ。

 

 

 えーと、何から話したものでしょう?

 とりあえず、現状をば。

 

 新しく出来たとか降ってきたとか現れたとか、様々な噂が囁かれている神社の巫女様と、小脇に抱えられながら飛行しております。

 

 え? 何を言っているかわからない?

 えぇ、(わたくし)もわかりませんとも。どうしてこうなってしまったのか。

 ひとまず分かる事は、ガシッと私を小脇に挟み飛行する遥か年下の巫女様と、その巫女様に対しカチコチになった哀れな小妖怪が空に居るという事だけです。

 

 何度も繰り返しても現状が掴めません。えぇ掴めませんとも。

 

 もし、誰かお助け下さいませ。

 

 

 さて、時は遡り、異変が終了し宴会も終わり、いつも通りまったりと、人一人居ない店内を眺めておりました。

 ゆるゆるとお茶をしばいていましたところ、お茶っ葉が切れかけていたことに気づきました。

 前回の買い出しで忘れていたな、なんて思いつつも重い腰をよいしょ、と上げ、看板を下ろし、戸締まりをし、秋の色も深まる中、スタスタと出掛けました。

 あぁ、言い忘れておりましたが、看板を下ろす時は踏み台を用いております。

 取り付け棒を持ち、腕を精一杯伸ばしたところで、そのままですと届きません故。忌々しい背丈ですね本当。

 

 さてさて、お茶となりますと表通りまで出ないと購入できず、人通りの多い表通りまで出向くことになります。

 ふらふらと人を避けつつも、進んでいましたところ何やら講釈の様な声が何処からか聞こえて参りました。

 そちらの方に誘われる様にユラユラ歩いて行きましたところ、何処かで見たような巫女服に、この紅葉の中、夏に立ち戻ってしまったかの様な色合いの髪と服を御召しになさった方が、何やら勧誘中のご様子でございました。

 一人お立ち台に立ち、此方に来て日にちも浅い為、見向きもしない人間様が多い中、神の威光を切々と説いておりました。

 

 あれこそは最近お山にやって来た、神々家族の一員様、博麗の宴会で見かけたきりですね、と思いつつ、その家族を思う涙ぐましい努力を見守っておりました。

 

 え? 博麗神社の宴会に出向くのかって?

 えぇ、たまにお邪魔させて頂いております。知り合いの方々もいらっしゃるのでその方達に誘われれば、付いていったりと色々と。

 まぁ、その話はおいおいと。

 

 話を戻しまして、その人間様、確か、東風谷 早苗様でしたか。宴会で見かけたと致しましても、向こうもこちらもこれといった面識もございません。本当に見かけただけですので向こうが知らない可能性だって充分にございます。こんなちんけな妖怪なぞ知らなくて当然とも言えます。

 

 ともあれ、その東風谷様の演説を立ち止まって聞いていました所、立ち止まる人が少なく、また童女の風体をしている為か、視線と視線が交差しました。有り体に言って目が合うって奴ですね。

 目が合ってしまった以上、これ以上妖怪風情が此方に居ても邪魔になるだけだと判断し、右向け右をしつつ去ろうとします。

 

「あ、待って下さい!」

 

 そんな声が後ろから聞こえて来ましたが、他の人間様を呼び止めているのだと判断し、テクテク歩いていました所。肩をポンポンと叩かれます。

 肩を叩く人は誰ぞ? と振り返ります。

 目に入ったのは白色、緑色、そして顔を上げると緑髪の先程、お立ち台に登っていらした現人神様がいらっしゃいました。

 

「あ、あの先程見てましたよね?」

 

 と、声を掛けられます。これはあれでしょうか視線を向けられて不快だったから、とか言いつつ慰謝料を請求されてしまうのでしょうか。

 

 どうしましょう、(わたくし)お茶の代金とその他雑多な物を購入出来る位の金額しか財布に入れておりません。

 もし、その程度の金額じゃあ満足出来ないとおっしゃられてしまっては、貧しい体つきではございますが、この身を捧げる以外ございません。

 お山の神様は、過去は生け贄も受け取っていらっしゃった、とのこと。きっと供物に捧げられてしまうのでしょう。

 さらば、私よ。長くも短い妖生?でした。

 

 今生の別れを告げ、緑の巫女様にきちんと向き直ります。

 

「はい、煮るなり焼くなり好きにしてください」

「はい??」

 

──うん?

 

「生け贄に捧げるつもりでは?」

「生け贄!? 何のお話ですか?」

 

 おや、どうやら違う模様。

 哀れな生け贄に捧げられた小妖怪は妄想の産物であったと証明されました。

 では、なんでしょう?流石に妖怪を神道に勧誘するなんてことは、余程の常識知らずでもないとやらないでしょうし───

 

「あの、守矢神社に興味ありますか?」

「え? あ、はい。……はい?」

「やっぱりあるんですね! 先程からこちらを見ていたのでそうかなって。しかし、貴女の様な女の子が宗教に関心があるなんて、流石は幻想郷ですね!

 おっとと、いけないいけない。まずはこの子の勧誘を成功させないとですね! 小さな信仰であっても、大きな一歩! 待っていて下さい、諏訪子様、神奈子様!」

 

 

 いきなり宗教に勧誘をしてきたかと思いましたら立て板に水、水を得た魚──いえ、この場合は風を得た翼でしょうか?

 ともかく物凄い勢いでお話しされております。

 

 というか、まさか宗教勧誘をして頂けるなんぞ露とも思わず、ついつい肯定とも取れる返事をしてしまいました。弁明をさせて頂きたいのですが、聞き入れそうな様子ではございません。

 ですので、巫女様のありがたい機関銃の様な速さで続けられるお話に耳を傾けていらした所。

 

「そういえば、今日は貴女は一人ですか?」

「え、えぇ。いつも一人とも言えます」

「いつも、一人だなんて、親御さんは居ないんですか?」

「えぇもう、随分前に……」

「そんな、じゃあ普段は貴女一人で……?」

 

 おや? どうしてだか、話が噛み合っていないような気がします。

 しかし、そんな事よりも初対面の人間様に対して、私は悪癖を押さえ込むのに背一杯。短い背でございますので、いつ爆発するかわからない爆薬を抱え込むだけで精一杯でございます。

 ですので、爆薬と供に違和感まで抱き込みつつその話は続いてしまいます。

 

「えぇ、普段は一人ですね。人里の外れで呉服屋をやっております」 

 東風谷様は今の言葉が衝撃的でしたのか、口に手を当て驚きの表情を浮かべました。

 

「そ、そんな、そんな年でそんな苦労を……」

 

 そして、それを言ったきり黙りこんでしまいます。

 

 私とて、気遣いの出来る大人の女性。この時点でこの現人神様は、何か勘違いをなされているぞと気がつきます。それを訂正させて頂く為、話に割り込もうとしました。

 

「あの、巫女様───」

「決めました! うちに来てください!」

 

 ──はい?

 口に出せていたかは明瞭ではございませんが、心の中には確実に今の言葉に対する疑問を感じていました。

 

 ウチニキテクダサイ、何かの祝詞でしょうか?

 私は宗教関連はからっきしでございます故、残念なことにありがたい祝詞を仰られてもよく理解出来かねます。

 

「いえ、違いました! うちの子になりましょう!大丈夫です。諏訪子様も神奈子様もお優しいです!」

 

 私抜きで話が進んでいるようです。おかしいですね、どうも不穏当な言葉がポンポンと小気味良く飛び出して来ているような気が致しますが、脳がそれを受け付けてくれません。

 なんというか、理解する事を拒んだというか、そんな感じの曖昧模糊な理解度でした。

 

「でしたら、早速挨拶に向かいましょう!」

 

 と、緑の巫女様は私をむんずと掴み、小脇に挟み込みました。

 いくら私が軽いといえど、力持ちですねーなんて呑気な事を考えていると、視界がどんどんと高くなり、いつの間にか人里を見下ろして居ました。

 

──え?

 

 全くと言って良いほどには理解が追い付いていません。

 確か、お茶を買いに行ったのが始まりだった事は覚えております。

 そして、今、宙に浮いております。

 

 一体、何が起きているのか分からないまま、どんどんと人里から離れていきました。

 日光は秋の強くもなく弱くもない絶妙な具合でこちらを照らし、眼下には秋の神様の恩恵を受けた、紅色や、黄に染まった木々がポツポツと見えていました。

 

 秋の空 露をためたる 青さかな

 

 なんて、著名な俳諧の方は仰られたそうですが、秋の柔かな日射しの元、突き抜けるような青空の中我々は空を駆けています。厳密には飛んでいるのは一人で、こちらは抱えられている身ですが。

 

 おかしいですね、誘拐犯と話していた筈では無かったはずなのですが。

 いきなりな事に心身共に縮み上がってしまい。ぽかーんと阿呆の様に口を開けるばかり。

 

「暴れないで下さいね。落ちちゃいますから!」

 

 風が吹きすさぶ中、声を張り上げるように東風谷様はそんな事を仰いました。

 その声が元で(わたくし)、我に返りまして。現状把握。更には吹き荒れる風のように荒々しい口がベラベラと喋りだします。

 

「はなーせーー!」

「うわ、だから暴れないで下さいって!」

「何処につれてく気だぁぁ、はーなーせーーー! すかぽんたん!」

「そんなに、暴れると落ちちゃいますって!

──そうだ! えいっ!!」

 

 じたばたと空中で暴れだした所、天罰ならぬ天誅を首元に頂きました。

 かなり強い力で脛椎を狙って叩いたようで、なかなか首にズシンと衝撃が走りました。

 妖怪退治の名人である霊夢さんとも互角にやりあったなどとも聞きますし、元々退魔の素養があるのでしょう。

 なかなかの威力です、やりますね。──えぇ、泣いてなんていませんとも。

 ただ、私に浮力を与えている加護の様な風のせいで目に塵がですね……

 まぁ、痛いだけで気絶はしません。しかし、人間だと勘違いしてやっているのかは分かりませんが。誘拐しておいて殴るだなんて、魔理沙さんや霊夢さんにも負けず劣らずの破天荒具合ですね。いい傾向です。

 なんて、そんな事を思う余裕がございましたら、もう少し冷静に話合う事や、自分で飛べるなどの証明も出来たとは思うのですが、気が動転している最中(さなか)、その様な事は頭からはすっかりと消え去り、ただ、じたばたを継続する以外の選択肢はございませんでした。

 じたばたを継続している私を見て緑の巫女様は、驚いておりました。

 

「あ、あれ? 気絶しませんね?」

「暴力まで振るいやがって! もう許さん! 覚悟しやがれぃ誘拐犯!」

「一応、もう一度!」

 

 えいっ!! と言う声と共に首に衝撃が走りました。

 お馬鹿ですね、この子。そんな事で気絶するなら世の中誘拐犯だらけです。()()でも起こらない限り気絶なんてしません。

 

 ふふふ、見ていて下さい。これから華麗な逆転劇の後、東風谷早苗さん、もとい誘拐犯さんを撃退してみせましょう!

 いくら温厚な私と言えど、ここまで話を聞かないようでは怒ります。いえ、悪癖はポコポコ出てきていましたが。

 と、とりあえず、妖怪の恐ろしさを新人の巫女様に教えてあげると致しましょう。無名の妖怪の恐ろしさをここに刻んであげます。

 

 さぁ、華麗な反逆劇の幕開けです──

 

 

 

 

 気がつくと、そこは神社の境内でした。

 

 

 ───あれぇ?

 

 

 さて、反逆虚しく神社まで誘拐の憂き目に会いました。これから私どうなってしまうのでしょう。

 ぐへへへで、ぐひょひょな展開

 など待つ訳も無く。

 

 ゆるゆると神様に御対面させて頂く事と相成りました。

 

 強いて言うなら、あれですね。

 同じ背丈ぐらいですのに格の違いがはっきりと分かってしまうのは、悲しい事です。

 

 さて、その話は次回に持ち越しとさせて頂きます。

 

 ではでは、()()続きお楽しみ下さる事を願っております。

 

 



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御参拝だよ 袖引ちゃん

 引き続き、落ち穂を拾うようなそんな時期。

 

 晴れ渡る青空の下、紅の絨毯が山一面に広がり、日本の美を象徴するような妖怪の山。

 その中でも、雲に届きそうな御威光の象徴であられます、この山の頂、守矢神社にお邪魔させて頂いております。

 

 殆ど何も出来ずに誘拐されただけ?

 何を仰っておられるのかは分かりかねますが、気がついたら境内に辿り着いておりました。

 きっと、巫女様の熱心な勧誘の末、信仰心に目覚めてしまったのでしょう。そうに違いありません。……そう言うことにしました。

 

 そんなこんなで前回のお話の続き、今回は閑古鳥の鳴く店内からでは無く、霊験あらたかな守矢神社の境内から始まります。

 

 

 私、韮塚 袖引 参拝中でございます。

 

 山頂のありがたい鳥居を抜けると、そこは境内だった。

 

 当たり前の事ですね。

 しかし、私は参拝しようなどと予定を立てていた訳では無く、お茶を買い足しに出掛けた筈なのですが。

 そもそも、空中からお邪魔します。をやってしまったので鳥居すら潜っておりません。

 というか、気絶しておりましたので、それすら確かではございません。

 

 目覚めたら、お山の上でした。

 

 文に起こすとあら不思議、たった二言で終わってしまいます。

 状況説明を緑の巫女様に問い掛けようにも、ここで待っていて下さいね。と本殿まで走り去ってしまう始末。

 

 一人で下山しようにも、これがなかなか困難極める作業でして、ここ、妖怪の山と呼ばれる幻想郷に名高い霊峰は、高尾山などで有名な空を駆け、地を駆ける天狗と呼ばれる妖怪さん達がいらっしゃいます。

 その組織力は堅固で絶大。統率された集団が様々な神や妖怪が入り乱れる妖怪の山を自治しております。

 

 もし、のほほんと下山しようものなら、たちまち発見され捕縛されてしまうでしょう。

 いえ、例外があることにはあるのですが、その例外に出会える確率は少ないと言っても過言ではなく、虜囚にされてしまうのがオチでしょう。

 

 虜囚にされてしまったらなんて考えたくもありませんが……まぁ、恐らく五体満足では帰宅出来ないでしょうね。 

 故に、この境内が一番安全というか、危険が少ないので消去法で此方に残ります。

 

 強大な力をお持ちの皆様なら、こうはならない辺り、弱小妖怪社会は、かなり容赦が無い仕様となっております。

 

 

 さて、本殿を前にして、所在無さげに砂利の上に突っ立っておりますと、

 

「妖怪風情がこの神社に何の用だい?」

 

 と、後ろから声を掛けられます。

 

 その声と共に、此方が押し潰されそうな威圧感が後ろから掛かります。

 その声や威圧感に驚き、跳ね回る心臓をどうにか抑えつつ、ギギギと振り向きました所、神様の通り道である参道の上におわしますは、私と同じ位の背丈に、蛙を模した被り物の御方。

 

 東風谷 早苗様と同じ様に宴会でお目に掛かった、奥の院に御鎮座なさいます土着神の頂点、洩矢諏訪子様が威厳増し増しでいらっしゃいました。

 

 えぇ、もう、とんでもなく怖いです。思わず失禁しそうになってしまう程には。

 第一、背丈が同じ位と言えどその格は天と地程の差がございます。かたや土着神の頂点でいらっしゃった御方。

 もう一方は埼玉の片隅で確認されたとかされてないとかされる弱小妖怪。違いは明確です。

 そんな、二回りも、三回りも格が違う御方に睨まれた此方は、蛇に睨まれた蛙ならぬ、()()()()()()()()()()()でした。

 

 あ、もう食べられちゃってますね。終わりですかそうですか。

 

 妙に冷えきった頭でそんなことを考えます。

 

 長くも短かった、人生ならぬ妖生ではございましたが、大変楽しゅうございました。長らくの韮袖呉服、ご愛顧ありがとうございました。

 皆々様方に別れをつげたかったなー、などなどの事をぐるぐると考えておりましたら。段々と訳がわからなくなってしまいまして。

 

……えーと、今何をしていたんでしたっけ?

 

 一周回って、緊張感も過ぎ去り、兎に角目の前の御方に挨拶をしなくては、という考えで頭が支配されました。

 

 故に、こんな平々凡々な挨拶になってしまったのは当然の流れの筈です。

 

「あ、お初にお目に掛かります、(わたくし)、韮山 袖引と申します。

 韮袖呉服店という店を営んでおります。今後とも()()()()

「え? あぁ、これはご丁寧に……いや、ちょっと待って」

 

 我に返ると、既に事後だったという事って良くありますよね。……卑猥な事は考えないで下さいね。

 というか、()()()()、って何なんでしょうね。いつの頃からはんなり言葉を使いこなす様になったんでしょうか。

 本来、靴を舐める勢いでご機嫌取りをしないとならないのですが、この始末。

 こんな普通に挨拶してしまっては、折角の威厳も無駄になってしまうもの。

 その証左に向こうのご本尊様も、ちょっと待ってと右手を上げて、数秒間固まった後、何なんだこいつ、といった視線を浴びせてきます。

 

 我に返ってしまったからには、再び御身への恐怖心で心が支配されます。

 体がカタカタと震えだし、歯も噛み合わずカチカチと鳴り出しました。

 

 土着神の頂点様が此方をいぶかしむ表情で見られております。そして、二の句をつぐために再び口を開こうとしました。

 

 次の返答は絶対に失敗出来ません。次こそは靴を舐める勢いで己を卑下しつつ、あちら様を出来るだけ褒め讃えなければなりません。

 

 洩矢 諏訪子様の口が御開帳なされます。

 一言一言を全身全霊を掛けて聞き取り靴を舐める勢いで返答しなければなりません。

 一言でも失敗してしまったら、その時点で私の命は無いでしょう。

 

 口を開き始めてから発声するまで、おそらく一秒間にも満たない筈。

 しかし、私にはその瞬間は今までのどの時間よりも長いように感じました。

 永劫とも思える時が流れ、やっと時間に声が追い付きます。

 既に私の頭の中では、靴を舐める勢いで、という言葉が周回を繰り返しておりました。

 

「あのさ、私が怖くないの?」

「はい! 靴を舐めます!」

「……は?」

 

 

……ん?……あわわわわわわわ

 

 とんでもない失言をしてしまった事に気付きました。

 

 遂に終わりました、終焉を迎えてしまいました。

 まさか最後の言葉が靴を舐めます! なんて誰が予想出来たでしょうか。

 

 皆様には落ち着いているように見えているかもしれませんが、当の本人としては大惨事です。

 冷や汗が滝のように流れ、何か弁明しようにも言葉が浮かばず口許をヒクヒクとさせ、更には、出会ってから現在まで緊張のあまり、気を付けの姿勢で背筋をピンと伸ばし固まっております。

 

 よくよく考えると、やたら正々堂々とした佇まいで靴を舐めます! と言っていますね。これ以上格好いい姿勢は無いんじゃないでしょうか。

 

 いや、いやいやいや。そんな事を考える場合ではありません。と、とりあえず汚名挽回を。あ、あれ? 名誉返上でしたっけ?

 とりあえず、何を挽回しても返上しても良いのです。

 まずは、生き残る事が最優先。私は最終奥義 謝罪の頂点こと、土下座への予備動作に入ります。

 

 私は能力を使いながら海老の様に、全力で後ろへ一歩飛びすさり、その後地面へと頭を擦りつける様に全力で頭を地面へと───

 

 その時、私は()()()()()()

 いえ、()()()()()()()()と言うのが正確でしょうか。

 ここが()()()が足下にあるのかという事に。

 

 ここは霊験あらたかな守矢神社であり、私が立っていた地面には砂利が敷き詰められています。

 皆様は砂利の上で遊んだ事はございますか? 遊んだ事がおありでしたら心当たりがあるかと思われます。

 

 

──意外と砂利は滑るという事に……

 

 全力で後ろへと一歩飛び退いた私の速度は、瞬間的に幻想郷最速な方に比類する位には速かったのでは無いのでしょうか。

 ビュンと飛び退き、そのまま土下座へ移行するため前方へと重心を傾けます。

 当然、重心を前に傾ける為には足下を踏ん張る必要がございます。砂利を思いきり踏む訳ですね。

 しかし、砂利は私の足を支えて下さる事はございませんでした。

 

 足下でザリ、と何かが擦れるような音がした後、私の視界は暗くなり、星が散ります。

 

「ふぎゃ!!」

 

 どこかで、蛙が潰れたような声を己の耳で聞いたような気がします。

 流石にあちら様も面食らったようで、今まで此方に向けていらした威圧感が薄れます。

 更には、この弱小妖怪が危害を及ぼすことが無いと判断されたのか、近寄っていらして

 

「え、えーと。大丈夫?」

 

 と、洩矢様が心配して下さいました。

 

 あちら側から見た場合、妖怪が自分の家に入り込んでいたので威嚇し追い払おうとしたら、その妖怪が丁寧に良く分からない挨拶をし、靴を舐めます! と姿勢良く宣った後、全力で顔面から砂利に飛び込んだ。という事になるのでしょうか?

 

 そんな人、不審過ぎます。

 

 いえ、人では無く妖怪で、生き残りたいという理由から起こした行動なのですが。

 

 ともかく、しばらく私は恥ずかしさのあまり、起き上がれませんでした。

 今でしたら蛸よりも赤い顔をしている自信があります。顔から火が出るとしたら煙羅煙羅さんの如く、火事をあちこちに起こして回れるでしょう。

 

 全て自身が起こした現象ゆえ、泣くわけにもいかず、堤防が決壊しないように押し留めつつ立ち上がります。

 恐らく涙目であるであろう(わたくし)に対し、諏訪子様は極めて優しい口調で問い掛けられました。

 

「えーと、この神社に何をしに来たのかな?」

「よく……わかりません……」

「えぇ……」

 

 本格的に頭を抱え始める諏訪子様。

 私も良くわからない上に、この状況。もういっその事、泣いてしまったらすっきりするのでしょうか?

 最近、悪事なんて働いておらず心当たりがございませんが、何かお天道様のお気に障る事をやってしまったのでしょうか?

 そんな両者に困惑した空気が流れ始めた頃、救いの手が差し伸べられます。

 

「凄い音しましたけど大丈夫ですか?」

 

 と、此方のお社の巫女様、東風谷 早苗様が此方に走りよってきます。

 

 巫女とは神様と民草を繋げる中継役であります故、このがんじがらめになった状況も解きほぐし、何とかしてくれる事でしょう。

 

 私はそんな状況になる原因を作った張本人だと言うことも忘れ、神か何かと見紛いつつ東風谷様の解説を待ちます。

 

「あ、諏訪子様! そちらの子をこの神社で保護しても宜しいでしょうか?

 その子、身寄りが無いようで、その歳で一人で店を経営しているそうで。私、放って置けなくて」

 

 

──救いの手だと思った御手は、状況を撹拌するための杓文字(しゃもじ)か何かでした。

 

 

「え? えーと、この子を?」

 

 と、洩矢 諏訪子様も激変する状況についていけておられない様で、完全に困惑しております。

 

「はい!神社の正式な巫女として看過出来ません!

 ……宜しいでしょうか?」

「でも、この子、妖怪だよ?」

「え?」

「力は然程じゃないけど、妖怪だよ」

「えぇぇぇ!?」

 

 

 あぁ、やはり私が妖怪である事は気付かれておりませんでした。えぇ、どうせ、弱小妖怪ですよ。気にしてなどおりません。──本当ですからね!

 気にしてなぞおりませんが、私の力うんぬんかんぬんに対し思いを馳せていると、おずおずと、東風谷様が此方に近寄ってきて、少し怯えつつこちらに質問を投げ掛けられました。

 

 

「あ、あの貴女は妖怪ですか?」

「あ、はい、私は妖怪です。名は韮塚 袖引と申します」

「あ、私は東風谷 早苗と申します。

──いや、良くも騙しましたね! 妖怪!

 私を騙すなんて不届き千万! 守矢神社の名に掛けて退治して見せます!」

 

 

 と、意気揚々に御札を構え始めました。

 まさか、(かどわ)かされ、神様に脅され、(かどわ)かした本人に退治されるなんて思いも寄りませんでした。

 理不尽は幻想郷に暮らしているので、ある程度は慣れているつもりでしたが、今回の出来事は正月とお盆がいっぺんに来るような、てんこ盛りの厄災です。

 お陰で私はてんてこ舞い。二転三転と回転を繰り返す空気の中、ただ流され有罪判決を待つのみ。

 

 あまりの理不尽さに、先程からどうにか塞き止めていた涙腺が崩壊する音が聞こえました。

 私がポロポロと涙を流し始めるのを見て、東風谷様は大層驚いた様子でした。

 

「ちょっ、何で泣くんですか!?」

「あぁ、ヒック、お気になさらず。

 この体の…ぐすっ、せいなので。

……ッスン、た、退治されるのでしたよね。──ぐすっ」

 

 しゃくり上げながらも、どうにか伝えたい事を伝えようとします。

 体の感情の抑制が利かずにボロボロと涙を流していますが、こちらとて妖怪の端くれ。簡単にやられる訳にも参りません。

 

「そっ、ッスン、そっ、ぐすっ、そっちが、その気でしたら──」

「ちょっ、ちょっと待って下さい、私が悪かったです! 私が悪かったので泣き止んで下さい!」

 

 結局、全てを伝えきる前に、東風谷様が自身の罪を認め、矛を納めて頂けました。諏訪子様は此方の様子を見て、まるで話に着いていけないと言いたげな茫然とした表情を浮かべておりました。

 

──私としては戦っても良かったのですが……

 

 流石に新人の巫女様の方は、泣いている童女を退治出来るほどの鬼では無いのでしょう。紅白の巫女様でしたら恐らくこのまま退治されていましたね。

 

 

 何はともあれ、泣き止むまでどうにかしないといけません。

 とりあえず、参拝のお客様もいらっしゃるでしょうから、邪魔にならぬように境内の隅の方に向かおうとします。

 すると、東風谷様から静止の声がかかりました。

 

「泣いてるままで何処にいくんですか!? いいから、こっちまで来てください!」

 

 と、社務所の方に引っ張られて行きます。

 しゃくり上げながら、お気になさらずと言いましたが、伝わらなかったのか、無視されたのかズンズンと進んでいきました。

 結局、私の体が泣き止んで普通に話が出来るようになるまで、結局そこそこの時間が必要になり、私は守矢神社の居住空間まで通される事になりました。

 

 

 結局、神社で泣き出すという醜態を晒し、更には退治する側に心配されてしまうという、あべこべな事も発生いたしました。

 空は晴れ渡り、お天道様もバッチリと今回の事を見守っていたことでしょう。

 どうにかして忘れて頂きたいものです。

 

 何はともあれ、私は守矢神社の居住空間へとご招待を預かり、そこで、もう一柱様に出会うのですが、それはまた別のお話と言うことで。 

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。 

 

 




 初期案は日本刀を振り回す事も考えていたのに、どうしてこうなった……


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お邪魔します 袖引ちゃん

 畳に襖、ちゃぶ台にお茶の湯気が立ち上ぼり、ゆらゆらとちゃぶ台を囲む四つの人影を見回します。

 

 秋の空は澄みわたっており高く広々とした様子から秋高し、なんぞとは申しますが、今現在おります場所は標高もお高いお山の頂上。

 

 引き続き、守矢神社からお送りしております。

 

 場所は境内から一人と二柱が生活していらっしゃる居住空間。

 

 畳や襖、ちゃぶ台が配置され、我々が良く知る家屋に近い物。

 見回すと、魔理沙さんが着ていらっしゃる様なお洋服のお仲間さんの様な物が壁に掛けてあったり、使用用途が分からない箱というか板というか何とも言えない物が部屋の隅に置いてあったりと、所々人里の民家では見られない様な物もございましたが、概ねは我々が想像する日本家屋でした。

 

 そんなこんなで再び始まります。

 

 

 私 韮塚 袖引 お邪魔しております。

 

 

「や、やっと泣き止んでくれました」

 

 緑の巫女様はこちらの様子が落ち着くのを見て、疲れたように呟いております。

 先程まで、ぐずぐずと泣いていた身体も満足したようで、しゃくり上げも収まります。

 

 いえ、私はアレですよ? 怖くて泣いたりなんて、みっともない事は致しません。

 先程の失態は私の身体が勝手に起こした事であり、大人な私はあれぐらいでは動じません。

 失禁しそうだった? 何を言っているか良く分かりませんね。

 個人的には、ハラハラと涙を流しているつもりでしたが端から見るとそうではなかった様子。緑の巫女様はひたすら泣き続ける私を見てあたふたと宥め賺し、緑の神様はどう反応したものか、と悩んでいた様子。

 結果的に、社務所に引っ張っていく訳にもいかず、居住空間まで更に拉致されたという流れでした。

 

 何度もしゃくり上げながら

 

「お気になさらず」

 

 と、申した筈なのですが、此方の巫女様は人情に厚い様で聞く耳を持たず、擦りむいていた膝小僧や、転んでいた時に出来ていた()()()()を冷やして頂いたりと様々な応急手当てをして頂きました。

 

 その時に、私、恥ずかしい事に、おきしどーる? でしたか、謎の液体を擦りむいた膝小僧に振りかけられまして、大変染みたというかなんというか、えぇ、びっくりしてしまいまして。

 一瞬、東風谷様は、お天道様の目に入らない所で追い討ちを掛けていく腹積もりなのか、と勘繰ってしまいました。

 

 その後、その、おきしなんちゃらさんについてそれとなく聞いてみますと、傷が出来た時にかける焼酎とほぼ同じとお答え頂けまして、無い胸を撫で下ろしました。

 

 さてさて、泣き止んで(わたくし)何をやっているのかと申しますと──

 

 膝をつけ、三つ指を突き、頭を畳に擦りつけております。

 

 俗に言う土下座ですね。

 

 

「大変、申し訳ありませんでした」

 

 

 誠心誠意を徹底し、ひたすら謝り倒します。

 情けない? あなた方は身分が天の上にある御方、例えば所属する組織のお偉い様に粗相をしてしまった場合、どうなさいますか? こうしますよね。

 

 これは決して、誇りを捨ててヘコヘコしている訳では無く、生き残りを賭けた生存競争なのです。その為でしたら誇りだろうが身体だろうが投げましょうとも!

 

 そんな思考を投げ捨て、出来るだけ畳と一体になろうと平身低頭しておりますと、東風谷様からお声が掛かります。

 

「あぁ、そんな事止めてください!」 

 

 やめろ? 生きることをやめろと仰っておられますのでしょうか? 流石に生存を諦める程、私は長く生きてはおりません。精々、二百五十年程でしょうか? まだまだ若造な私としては、明日を生き生きと生き延びていたいのです。

 故に土下座を継続しようとしましたら、肩を持ち上げられ強制的に正座に戻されました。

 

 私は謝ることすら許されないのかと悲嘆にくれる間も無く、東風谷様は仰いました。

 

「貴方の様な容姿の妖怪さんにこんな事させてる。って知れたら何言われるか分かったものじゃ無いです!

 ですから、もう大丈夫です!」

 

 更には、諏訪子様からも

 

「そーだよ、こっちが悪かったのは早苗から聞いたから、とりあえず土下座は無し」

 

 と、静止が掛かります。

 

 御神託とあっては従わない訳には参りません。

 また土下座を繰り返そうという姿勢から、正座へと素早く移行。

 その素早さは風よりも速い自信があります。

 

 しゃきっと姿勢を正す私を見て、東風谷様はたじろいておりましたが、気にしている余裕はありません。諏訪子様が是といえば是、否と言われれば否となる力関係です。

 どんな要求でも答えねばなりません。

 

 当然、死ねと言われれば、死ぬしかありません。彼女にとって私なんぞ吹けば飛ぶちり紙同然です。

 

 ですから、可及的速やかに此処から去らなければなりません。さもないと、命が何時消し飛ぶか分かった物ではありません!

 穏やかに華麗に、ヘコヘコしつつ撤退するのです!

 

 そんな心中はさておき、人前で大泣きしてしまうのは恥ずかしいものです。

 

 私から何か言い出す事も出来ず、守矢神社側二人も何か言って下さらないので、気まずい時間が流れます。

 

 ちゃぶ台を囲みつつ、沈黙が支配します。

 緑の巫女様は、脱出法を思い付いたようで、あ、私、お茶汲んで来ますね! と慌ただしく去ってしまいました。

 行かないで、と割りと切実に願いを込めて、お構い無く。と固辞致しましたが聞き届けられず、逃げられてしまいました。

 

 残されたのは哀れな小妖怪と、偉大なる祟り神様。

 当然話し掛ける事なぞ出来ず、秋だというのに、頬に汗が伝っていきます。

 

 カチコチと時計が時を刻む音が、静かな居間に響き渡ります。

 

 所在無く部屋を見回したり、畳に視線を這わせていました所、諏訪様も同じような行動を取っているのに気づき目がバッチリと合ってしまいます。

 見続けるのも不敬かと思い、すぐさま目をそらしますが諏訪子様は、はーっ、とため息をつき、此方に話しかけてきます。

 

「うちの早苗が迷惑を掛けたね」

「いえいえ、とんでもありません

 此方こそ粗相をしてしまい申し訳ありませんでした」

「まぁ、うん。それも此方に責任があると言えばあるし……」

 

 と、お気になさっていられるご様子。

 意外と気にしてしまうんだなー、などと考えましたが、良く良く考えてみれば自分の容姿が原因であることに気づきました。

 

 神様は、子供を嫌うことは殆どありません。

 何故なら彼等は()()()。故に混じりっけ無しの信仰を神へと献上します。

 大人達でも信仰の濃淡はございますが、何れも子供の疑うことを知らぬ信仰には劣ります。

 知らないが故に、誰も踏み入れた事の無い白雪の様な信仰を神へと捧げるのです。 

 ですから、神々への贄に選ばれた人間は、子供が多い。

 

 だからこそ、神様は子供には甘く、弱い。

 

──贄 子供──

 

 これは妖怪にも共通する事でもありますね。信仰が畏れに変化すると妖怪の説明となります。

 

 元々妖怪は神であったり、神が妖怪になっていたりと定義が幻想郷の如くフワフワしているので、こんな感じだと思います。

 

 さて、長くはなりましたが、結論から言ってしまえば、諏訪子様からの恩情が享受出来るのではないか!

 その一点に尽きます。

 

 齡二百歳余りといった若造ですが、それでも潜ってきた修羅場は多いのです。冷静になってしまえば、此方のもの。

 巧みな話術で見事、この神社から逃げおおせて見せましょう!

 

 そう心の中で決心し、何処か気まずそうにしていらっしゃる蛙の神様へ言葉を告げるため、口を開こうとします。 

 

──その瞬間、誰かがやってくる音が聞こえ、襖に視線を送ります。

 その音の方に顔を向けてしまい、千載一遇の機会にもそっぽを向かれてしまいます。

 

 そして、その足音はどんどん近づき、スッと襖が開きます。

 

「騒がしいけど、どうしたんだい?」

 

 二柱目の神様がご光臨なされました。

 

──私は石になりました。

 

 いえ、考えてみればすぐにでも分かることでしたが、何分どう切り抜けるかに頭がいっておりまして、もう一柱の御方が完全に頭から抜けておりました。

 あの足音が聞こえた時に、無理矢理にでも離脱を試みるべきでした。

 あぁ、なんたる間抜け。口をポカーンと開けて、自ら状況を不利になるのを待つとは、あまりの間抜けさに与太郎に改名することを考えてしまう位です。

 

 

 そんな自己嫌悪など露知らず、そのお方は此方に気づいた様ですが、諏訪子様が先に話し掛けてしまいます。

 

「いやー、早苗がさー」

「へぇー、そんな事が──」

 

 何やら目前で、御二人が話をなさっておりますが内容が全く頭に入って来ません。

 巧みな話術? 何を言っているか分かりませんが、とりあえず考える事は一つです。

 

──帰りたい──

 

 えぇ、もう物凄く帰りたいです。今すぐにでも帰って布団にくるまってしまいたいです。

 

 そんな石となることに全力を注いでいた(わたくし)に天からのお声が掛かります。

 

 

「うちの子になるんだって?」

 

 蛇を象徴する方の神様は此方の顔を覗き込み、少し愉快そうにそう仰いました。

 

「い、いえいえいえ!! そんな、身に余る光栄な事ではありますが!辞退させて下さいませ!私には帰るべき場所も御座います故!」

 

 いきなり話し掛けられた身としては、百点満点と言えるでしょう。

 心の何処かで予測していただけとも言いますが、まぁ結果が宜しければ全て良しです。

 

 その返答を聞き、半ば本当に飼うつもりでいたのか残念そうにしつつ、こう仰いました。

 

「あら?残念ね。面白い子だと聞いたし是非移住して欲しかったのだけど?」

「恐れ多くも私なんぞは、そんな過分な評価を受けとるには些か、器量が足りないかと思われます……」

 

 私とて、誇りを持つ妖怪の末席。飼い猫の様に扱われるなぞ我慢なりません! いえ、小傘ちゃんとか親しい人にされるなら悪くないかな、と思わなくも無いのですが……

 兎に角、どうにかして回避を試みます。

 

 どう辞退したものかと悩みつつ、次の御言葉を待っていると別の所から声が聞こえてきました。

 

「お茶入りましたー!!」

 

 八坂様が二の句を告げる前に、二柱のお声を介する巫女様が暖簾を頭で押しつつやってまいりました。

 

 流石は巫女様、どうにか神様から過分なご寵愛を受けそうになっている自分の身を救出して下さるのか、と思いましたがそうでもなく。

 

 此方に近寄って、お盆をちゃぶ台に置き、此方にどうぞ、の一声を掛けて下さり、お茶をコトッと置かれます。

 

 その後、二柱の会話に混じっていってしまいました。

 和気あいあいと、笑い話に興じているようですが強大な神気に押し潰されそう。もとい、緊張で死んでしまいそうな(わたくし)めにはろくに耳に入ってきません。

 

──気まずい

 

 いえ、東風谷様や二柱様の団欒の姿を眺めるのは非常に和みますが。和むんですけれど。

 

 忘れられて幸いと言うべきか、忘れられて不幸と言うべきか、進むことも退くことも出来ずに部屋の片隅で置物となっている私の処遇をどうにかして欲しいなーなんて思ったりなんて致しましてね。

 

 そんな思いが伝わってしまったのか話題の矛先が私に向いてしまいます。

 

「いやー、でも可愛いですよね」

「まぁ、確かにね」

「子供っぽい妖怪というか子供の妖怪というか」

 

 

 と、六つの鉾が此方に向きます。

 意識せずに、崩しかけていた正座をバッ、と再び正します。

 そろそろ、ぴりぴりと足の方から悲鳴が聞こえておりますが、何のその。

 生きる為でしたら100万年だろうと全力で正座を続ける所存です。

 

 ですが、その……どうにかして欲しいなんて贅沢を言って申し訳ありませんでした。

 もう、何も言いませんのでこの地獄から解放してください。なんて処罰を言い渡される罪人のような心持ちで神様方の御言葉を座して待ちます。

 

 守矢一家の皆さんは此方を暫く見つめたあと、諏訪子様が口を開きます。

 

「さて、ほったらかしにして悪かったね

 改めてうちの早苗が色々と迷惑を掛けてすまなかった」

 

 と、頭を下げて下さいます。

 まさか、神様が頭を下げるなぞ思ってはおらず、反応が遅れた私を置いて、諏訪子様は更に続けます。

 

「んで、だ。

 何か詫びをさせてくれないかい?」

「え?」

 

 わざわざ、神様がこんな妖怪風情に謝り、あまつさえ、何かを施して頂けるなんぞ、生きて此処から出ることが出来るのか、なんて考えていた私には想像のつかないお話でありました。

 そんな、呆気に取られた様な顔を悟られたのか、諏訪子様は事の顛末を語って下さいます。

 

 

「早苗は私達の子みたいなもんさ、うちの子が誰かに迷惑を掛けたなら親が謝るのが筋だろう?

 そりゃあ、私達が仕出かしたことなら謝らないよ?だって好きでやってることだからさ。

 まぁ、早苗も私達も此処に来て浅いんだ。今回は見逃してやって欲しいって事で、こんな形になった訳さ」

「え、あ、はい」 

 

  

 呆然としたまま聞いてしまい、ろくに謙遜も出来ないままドドドと状況が流れていってしまいます。

 此方が目を点にしているのが、分かっているのかいないのか、八坂様も威厳マシマシで此方に問い掛けます。

 

「さぁ、小さき者よ、そちの願いを叶えたもう

 ──願いを述べよ」

 

 ちゃぶ台と畳の日常的な場所でございますのに、この身に感じる神聖さは祭壇と見紛う位には神奈子様は輝いておられました。

 そんな神聖さを肌身で受けて平常心で要られる程、強靭な肉体も鉄のような心も、持ち合わせておりません。

 

 愛想笑いを浮かべる事も出来ず、恐らく無表情が幼い顔立ちに張り付いていることでしょう。

 

 思い返せば、先程の諏訪子様との初遭遇の時も無表情が張り付いていたのでしょうか?

 益々不審者ですね。深く考えない様に致しましょう。

 

 こんな考えをぐるぐると頭の中で回していて回答を()()()()()訳にもいかず、頭の中に回答を引っ張り出します。

 

──私の望み、それは……

 

 

「帰りたい……」

「……はい?」

 

 この口がまた勝手な事を言い出しやがりました。

 

 ついつい先程から繰り返すように考えていた事が、ツルッと口から飛び出します。

 

 守矢神社の主祭神もこの願いには驚いたのか威厳を引っ込め固まってしまいます。

 更には奥の院にいらっしゃる方はぷふっと吹き出し大笑い

 いずれ神様になるであろう人間様は、その事態に目を点にしております。

 

 口が滑るとはまさにこの事、この状況で一度出した願いを引っ込めるのは失礼に当たるのでは、と考え、三者三様に反応を示す方達に、少し親しみを感じつつも、半ばヤケクソのまま続けます。

 

「私は無事に帰宅したいのです、それ以外は望みません」

「え? そんな事で良いのかい?」

「はい、それ以外は望みません」

 

 口に出している内にだんだん良い願いではないかという気持ちがムクムクと沸いて参りました。

 金銀財宝が欲しい訳でもありませんし、何より出会ったばかりのご新居さんに富や名声を要求できる程、私は厚顔無恥ではありません。

 そして、先程から何だかんだ良くして下さってくださる方達にそんな事を述べるのも、だいぶ失礼です。

 

 そんな事を考えつつ答えていますと、蛇を象徴する神様は言葉を切ってしまわれます。

 その代わりに蛙を象徴していらっしゃる神様が言葉を継ぎます。

 

「あっははは、お前は本当に面白い奴だ!

 韮塚 袖引だったね。気に入った!

 本当にうちの子にならないかい?」

「い、いえ、そういう訳には……」

「そうかい、残念だ。

 早苗! 送ってあげて」

 

 何となく、誘われて嬉しい気持ちになったりも致しましたが、それはそれ。丁重にお断り致します。

 そんな事を告げて下さった諏訪子さまは笑いながらも、早苗様を帰り道につけて下さいます。

 緑の巫女様は少し驚きながらも、はいと返事をし、此方に寄って下さいます。

 

 念願叶い、神様方は帰宅をお許し下さいました。

 帰れると決まれば、そそくさと居住まいを正し、別れのご挨拶。

 

「この度は誠に御迷惑をお掛け致しました」

「いやいや、面白かったよ」

 

 と、諏訪子様

 

「迷惑を掛けたのはこっちの方さね

 また、いつでもおいで」

 

 そう言って下さる神奈子様

 

「あ、あの本当にすいませんでした韮塚さん!!」 

「いえいえ、お構い無く。

 あ、でも韮塚さんはお堅い感じがしますので、袖引ちゃん辺りでお願いします」

「袖引ちゃんですね! わかりました!」 

「はい、袖引ちゃんです」

 

 

 そんなやり取りをしつつも、気付けば天高く私の醜態を見守って下さったお天道様もそろそろお休みの時間。

 橙色の光が緩やかに畳を照らしております。

 そんな中、八坂様は仕切るように切り出します。

 

「さて、もうそろそろ降りないと危ない時間だね、もうお行き」

「はい、お邪魔しました」

 

 いつの間にか、朗らかに接して下さった結果なのか二柱に対する恐怖心も沈み行く日光のように和らぎ、名残惜しい気持ちだけが残照の様に輝いております。

 

 戸口へと移動し、玄関先で二柱様達は此方を見送ります。

 

「んじゃーね袖引ちゃん。色々と面白かったよ」

「はい、洩矢様」

「諏訪子でいーよー」

「え?しかし」

「いいから」

「す、諏訪子様」

「それで良し」

 

 最終的に諏訪子様呼びに改められてしまいました。

 あの笑顔に逆らえる方がいらっしゃる方がいらっしゃるなら是非逆らってみて下さい。私には出来かねます。主に命の問題で。

 次は神奈子様が口を開きます。

 

「では、袖引。また会いましょう」

「はい、是非とも」

「まぁ、また何かあったらうちまでおいで」

「はい」

 

 夕陽に照らされ、柔らかい光のように微笑んで下さいました。

 そして、神奈子様は早苗様の方に向き直り。

 

「早苗、気を付けて行ってくるんだよ」

「はい、行ってきます!」

「よし、じゃあ日の沈まない内に行った行った!」

 

 と、玄関先から押し出されるように外に出されます。

 

 外に出ると、橙色の夕陽が此方を優しく見守っておられます。

 私は玄関に振り返り。感謝の気持ちと共にこう言いました。

 

「お邪魔しました!」

「また来てね」

「うん、またね」

 

 諏訪子様も、神奈子様も再会を楽しむ様な挨拶と共に見送って頂けます。

 

 もう一つの家が出来たようなそんな温かい気持ちと共に帰路につきます。

 燃え上がるような夕焼けを目指すように、飛行し人里へ向かいます。

 

「楽しい一時でした」

 

 自然とそんな声がこぼれます。

 色々ございましたが、終わりよければ全て良しとも言いますし、これはこれで善き一日だったのでしょう。

 

 早苗様のお耳にその言葉が届いてしまった様で、反応なさいます。

 

「本当ですか!?」

「えぇ、とても」

「怒ってるんじゃないかって、ちょっと心配してました」

「とんでもない! 東風谷様には──」

「早苗」

「はい?」

「私だって堅苦しいのは嫌いです」

 

 イタズラっぽい目でそんな事を言われてしまいます。

 自分が言った事ですし、相手様だけに押し付けるのはダメですね。自分は()()妖怪ですし。

 

「では、早苗さんで」

「むー、まぁ良いでしょう!」

 

 何故かむくれられてしまいましたが無事及第点を頂けました。

 

「また……来てくださいね」

「えぇ、またお邪魔させて頂きます」

 

 そんな風に、早苗さんからもお誘いを頂戴し、夕焼けに照らされた真っ赤な紅葉達を眼下に望みつつ、妖怪の山を抜けていきます。

 

 悪癖が顔を出す暇もなく、あっという間に、麓へとたどり着き別れを告げます。

 

「本日はありがとうございました、早苗さん」

「はい! また守矢神社に遊びに来てくださいね!」

「えぇ、ではまた」 

 

 

 と、言葉も短く、夕焼けと紅葉で真っ赤に染まる妖怪の山を背にします。

 

 絶対ですよーと声が追い掛けて来て、振り向けば遠くに大きく手を振る早苗さん。

 

 此方も負けじと大きく二、三度手を振り返し、今度こそ山を後にしました。

 

 

 その後、夜の帳が落ちきった後に住み慣れた我が家へとたどり着き、やはり自分の家が一番だ、と再認識したり、本日、一度、二度では済まなかった失態にふおおおおと、布団でゴロゴロと転げ回りましたが、それはそれ。

 

 とても幸せな気持ちで、眠りにつくことが出来ました。

 

 

 さてさて、夜の帳が落ちてしまい、語り手である(わたくし)も眠りに落ちてしまったので、今回はここで()()()とさせて頂きます。

 

 その後、守矢神社の方達とは良好にお付き合いさせて頂いております。

 早苗さんが我が家を訪問したり、神社を訪ねるためにひと悶着あったりと話は尽きませんが、またの機会とさせて頂きます。

 

 ではでは、またいずれ何処かでお会い致しましょう。

 

 またね。ですかね?




お待たせしました。

妖怪の山で天狗と追いかけっこも考えましたが、それはまた次回。

ご感想などお待ちしております。


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大好物だよ 袖引ちゃん

 ぼんやりと妖しい光を放つ行灯が唯一の光である薄暗い部屋の中。私はその()()と向かい合っております。

 仕切り越しからは睦言(むつごと)の様な囁き声が漏れ聞こえております。

 しかし、そんな内容など微塵も興味も無く私は目の前に投げ出されたその商品をじっくりと観察します。

 

 艶々とした雪のように白い肌、無防備に晒された肌は、まるでこちらを誘うように視線を送っております。

 透き通る様な肌を持つ()()は、無表情で此方に視線を投げ掛けます。

 更に、上へと視線を上らせていくと、頂点にございます、ぷっくりとした二つのさくらんぼが堂々と鎮座し、此方の口に含まれるのを今か今かと待ち詫びております。

 もう、その姿を見ただけで私は堪え切れ無くなり、ついつい涎を垂らしてしまいそうになってしまいます。

 哀れな獲物は、諦めたかの様に何の反応も示さないまま身体を差し出しています。

 ついに堪えきれず、私は飛び掛かるように獲物に手を出す──

 

「おっ、とと、危ない危ない。

 ──これを忘れていました」

 

 私は傍らに置いてありました容器を手に取ります。

 中にはねっとりとした液体が入っており、甘ったるい匂いが私の鼻を刺激します。

 

 私はそれを、獲物の全体に掛かるように丁寧にかけていきます。粘性を持つその液体は表面に触れると同時に、ぬめぬめと妖しい光を反射させながら真白い綺麗な肌を穢していきました。

 

 その姿はまさしく極上。

 そんな誘惑に私が耐えきれる筈も無く、ついつい()()()()()がっついてしまいました。

 

 まずは本丸は後回し、みずみずしい果実を口に含みゆっくりと、そして優しく弄ぶ様にねめつけます。

 此方を本丸だと仰られる方もいらっしゃいますが、私に言わせれば、まだまだと言えるでしょう。

 やはり、白くスベスベとしたあちらが本命。

 焦らすように、ゆっくりと全身を味わっていきます。

 その響きはとても甘美、歯を立てますとプニプニとした柔肌は此方を更に燃え上がらせます。

 ついつい、私の口から熱い吐息が零れてしまいます。

 はしたないと思いつつも、その魅力に抗えず、私は黙々と獲物に集中し続けます。

 その獲物は、抵抗もせずに私を受け入れておりました。

 声でも上げてくれたら少しは面白いのにな。とも思いつつも、つついたり、口に含んだりとたっぷりと楽しみます。

 久々に極上とも言える獲物です。しっかりと堪能し、その征服感を味わってから──ひんやりとしたその肌に歯を突き立てる!

 

 口に広がるのは甘美な味と、少しの官能感。

 

 思わず、自分の口からも喘ぎ声の様な声を出してしまいました。

 

「──んんっ、ここの白玉は最高ですねぇ」

 

 

 え? なんです? 白玉美味しいですよね?

 

 何故か、白玉よりも白い目線を背中にひしひしと感じてしまいますがそれはそれ。

 さてさて、ついつい長くなってしまいましたが細かい事はこの後に。

 

 季節は少し戻りまして蝉が喧しく騒ぎ、木々は青々としており、季節はまさに夏真っ盛り。

 この私もこの頃は、薄手の肌襦袢に半襦袢と裾よけを着込み、裏地の無い絽の着物を着込みます。薄着、と言う奴ですね。

 

 人里の方でも打ち水やら、水浴びやら、人間様も皆、思い思いの形で涼を取っております。

 

 そんな暑い夏の陽射しが頂点から少し下り、時刻でいうと午後の二時頃にあたるそんな頃。

 

 

 私、韮塚(にらつか) 袖引(そでひき) 至福を味わっております。

 

 

 そろそろ描写を省いても良いのでは、なんて思うほど何時もの如くお客様なぞいらっしゃらず、代わりに店内にいらっしゃるのは熱を孕んだ夏のそよ風。

 打ち水などもとうに済ませ、これはこれで夏っぽくて良いなぁと思いつつも、不定期に発刊される天狗様の新聞を麦茶片手に流し読み。

 ミーンミーンと鳴く声が遠くから聞こえる程静かな店内に、冷たいお茶を啜る音だけが響きます。

 新聞を子供達が水浴びをしている小川の如く、チョロチョロと読み流していた所、聞き捨てならぬもとい読み捨てならぬ記事を発見致しました。

 

──あの妖怪茶屋に新メニュー!! その裏には河童の陰謀が絡んでいた!?

 

 小さく纏められたその見出しに目が吸い寄せられます。

 いえ別に、巷ではごしっぷ? と呼ばれていらっしゃる()()()()()噂話には興味はございません。

 というか、河童様が何を企もうが何だろうが別に何でも良いのです。

 私にとって重要な所は前半にありました。妖怪茶屋に新めにゅーです!

 

 こんな記事を見つけたからには居てもたってもいれません。

 慣れた手つきで、自分の背丈程の棒を台座に乗りつつヨイショと使い看板降ろし、使いなれてきた臨時休業の看板を立て掛けます。

 こんな暑い中でも文句一つ言わない、働き者の狸の焼き物を中に入れつつ戸締まりや、商品を保管します。

 

──さて、準備は整いました。

 

「では、参りましょう」

 

 陽射しが照り付ける中、スタスタと早足気味で歩きます。流石に人間の皆様も好んで日光に焼かれる方は少なく、人通りも(まば)らです。

 

 声を掛けてくださる方もいらっしゃらず、私は目的地へとひた歩きます。

 何故そんなに急いでるのか? いえ、妖怪と言えども夏は暑いですし、そもそも人との会話が致命的に駄目な私としては今日ばかりは会話は出来るだけ避けたいと云いますか……

 決して、早く行かねば無くなってしまうかも、なんて考えてはおりません。彼処は隠れた穴場ですし、失礼ですがお客様もそこまで多くはありません。概ね売り切れると言うことは無いと断言出来るでしょう。

 しかし、しかしですよ、万が一にでも口に入れる事が出来なかった場合、やり場の無い気持ちを納める鞘を私は持ち合わせてはおりません。

 もし無かった場合、悪癖が顔を出し、愉快に騒ぎ出すことは必定です。故に売り切れていたなんて事が無いように、私は心ばかり急いでおるのです。

 私は油断すると走り出してしまいそうな身体を抑えつつも、憩いの場所への道を急ぎます。

 

 大通りから細道に逸れ、其処から更に幾つかの道を曲がると見えてきました。

 

 元は民家であったのかそうでなかったのかは定かではありませんが往来が少ない裏通りに、ぽつんと建つこじんまりとした甘味処が一軒。

 外には皆様が想像するような赤い敷物を引いた長椅子や番傘などはございませんが、軒下にひっそりとその看板がございます。

 

甘灯(あんどん)茶屋」

 

 という達筆な文字で書かれた小さな看板は此方を誘うようにちょこんと鎮座していらっしゃいました。

 

 この人里には人間はもちろん、たまに訪れる妖怪や私のように住んでいる妖怪なんぞもいます。

 しかし、まぁ人里でも妖怪を是としない方も少なからずいらっしゃる訳で、稀に影口の物種にもなったり致しまして、快く食事が出来ない事も。

 そこで、心優しい老店主が開かれたのがこのお店。

 それとなく仲の良い妖怪に持ちかけられ、ホイホイと開いてしまったと聞いております。

 一応、妖怪にも、人間にも開かれてはおりますが、この店舗はかなり見つけづらく、専ら、口伝えに噂を聞き付けた妖怪達の憩いの場となっております。

 故に、何時しか「妖怪茶屋」などと呼ばれるようになり、存在は知っているが、何処に在るかは分からない茶屋として有名になっております。

 

 私は迷うことなく、その戸を引き中へ入ります。

 中に入ると、しわがれた声が出迎えてくださいます。

 

「いらっしゃい。──おや? 袖引ちゃんじゃないか、よく来たね」

「はい、お久しぶりです。お元気にしておいででしたか?」

「ハハハ、元気も元気さ、そいで今日は一人かい?」

「えぇ、本日は新商品が出来たと風の噂で聞き付けた物ですから」

「おぉ、そいつは良かった

 場所は何時もの場所でいいね?」

 

 そう、朗らかにおっしゃいますと、そのお爺様は中へと案内して下さいます。

 使い込まれており、良く磨かれた席たちが並ぶ一階の席。ではなく、階段を降り地下室へと下って行きます。

 

 江戸時代の流れを色濃く組む幻想郷ではありますが当然のように地下室は存在します。

 と、言うよりも江戸時代には地下蔵文化は存在しました。火事と喧嘩は江戸の華なんて言われてはおりましたが、それくらい家屋は良く燃え、そんな所に貴重品を保存しておいたら何時灰になるか分かった物ではありません。

 ですので、地下に保存しておくというのが主流でした。これは私が生まれる前に起こった江戸を包んだ大火、「明歴の大火」から主流になったと言われています。

 また、穴蔵を専門に造る職人、「穴蔵大工」と呼ばれていらっしゃる方もおりまして、それなりに多かったと記憶しています。

 

 とはいえ、本来は地下蔵であって地下室ではございません。通気性の問題などが立ち塞がり、なかなか地下茶店を開くのは困難です。

 その例に漏れず、始めは地下は倉として使い、一階のみを解放しておりました。

 しかし、隠蔽されている訳でもありませんので、人間様も当然いらっしゃいます。

 元は妖怪の為の茶店であります故、人間様で一杯になってしまっては本末転倒。店主もその事に頭を悩ませておりました。

 その問題を解決してしまったのが河童の皆様方。えあこんやら、換気扇やら、何やら四角い機材を運び込み、地下空間をあっと言う間に素敵空間として改装してしまいました。

 お陰様で、何時の季節でも快適な空間として利用できております。

 

 何で、人間様が殺到しないかって?

 それはですね、この地下空間は本懐果たさんと造られた為、妖怪専用となっております。

 故に人間様には、立ち入り禁止となっており、これもまた、開かずの空間として噂になっていらっしゃる様子。

 本当に店主様には足を向けて眠れません。

 

 まぁ、実装当初は寺子屋の先生様が乗り込んでいらっしゃったりと一悶着ございましたが、今では危険無しと判断されております。

 せいぜい噂好きの間で人間を材料にしている、そもそも存在していない、など色々と尾ひれがついていらっしゃる様子。

 

 たまに一言申さん、と正義感を背負った若者やらがこの茶店を見つけ出し、乗り込んで来ますが、ご老人の人の良さに毒気を抜かれ、一服してお帰りになる、という事が何時もの流れです。

 また、八雲の式様や、太陽の畑の主様など怖……素晴らしい方もいらっしゃいます。

 この店舗にもし危害を加えようなんて勇者がいらっしゃいましたら、とりあえず思い留まる事をおすすめします。

 よく小傘さんも利用していらっしゃる様子、というよりも小傘ちゃんにこの茶屋を教えて貰い、常連となりました。

 

 まぁ、その話はおいおいと、まずは目の前に広がる素晴らしい光景をお話したいと思います。

 

 地下に下ると、心地好いひんやりとした空気が出迎えて下さいました。行灯が各所に用意され、しっかりと磨き込まれた机が並んでおり、薄暗くも幽玄な雰囲気漂う素敵空間となっております。

 物静かでありつつも窮屈では無い、そんな空気を楽しみながらも隅っこから二番目の奥の席へと乗り込みます。

 此方の店舗に訪れる妖怪はだいたい決まっており、何となく指定席みたいな場所がございます。

 まぁ、何となくなだけですし、他の方の指定席にもなっているかもしれませんが。

 

 とりあえずその席に通され、その噂の新めにゅうを注文します。

 おじいさんは頷き、言葉少ないままに厨房へ下がって下さいます。小傘さんが悪癖の事を説明しておいてくれたお陰でおじい様は此方を気遣い言葉を短く簡潔に、を心掛けて接客して下さいます。

 事前に説明してくれた小傘ちゃんと、こんな丁寧な接客をして下さるおじい様には感謝しか出てきません。

 

 何人かの妖怪さんがカチャカチャと食事やらお茶やらを楽しんでいらっしゃる音が聞こえてきます。

 時折、囁き声なども聞こえて来まして、沈黙では無く心地好い静寂を楽しみつつ、今か今かと微妙に床に届かない足をぷらぷらさせておりますと、やってまいりました、噂の新商品。

 

 ごゆっくり、の言葉と共に置かれたその商品はまるで宝の山。私にとっては鬼の秘宝にも負けず劣らずの魅力がそこに広がっておりました。

 目録には、「白玉クリーム餡蜜」と記されたその商品は、この暑い夏の中、冬のような冷気を放っておりました。

 夏に作られた白色の()()()()は、今か今かと食べられるのを待ち構えておりました。

 夏なのに何故こんな物が、なんて思う方もいらっしゃるとも思いますが、私もわかりません。

 しかし、先程見た新聞には河童の新技術がうんぬんと書かれていらっしゃったので、河童様が何か手をお貸ししたのでしょう。

 

 まぁまぁ、そんな分からない話など長々と考えていても目の前の氷のお友達が溶けてしまいます。

 さぁさぁ、傍らにあった餡蜜(あんみつ)を忘れないように掛けつつも、まずは季節ものにはちと遅いさくらんぼを頂きます。

 何やら冬が長く、こんな真夏になったとかなんやらで、ありがたく季節外れの果実を楽しみます。さーびすと二つも付けて下さったのを心行くままに堪能します。

 続いては、つるんとした寒天をぱくり、端に掛かった餡蜜と寒天の仄かな甘さが口に広がりました、そして噂の()()()とやらを一匙掬い口へと運びます。

 ひんやりとしつつも上品な甘さが口の中で遊びます。夏に食べる最高の贅沢と言えるでしょう。

 

──さて、さてさてさて!

 

 本命の時間がやって参りました。さくらんぼ? あいす? 馬鹿を言ってはなりません。

 ちゃんと商品名の頭に輝いていらっしゃるでしょう。「白玉」と。

 

 えぇ、そうです。(わたくし)、白玉に目がありません。

 今は昔、江戸の頃は水質事情があまり誉められた物では無く、水売りという商売をしていらっしゃる方もおられました。

 

 氷水あがらんか、(ひやっこ)い。

 汲立(くみたて)あがらんか、(ひやっこ)い。

 

 なんて売り文句と共に水を売り歩いており、その桶の中に白玉が入っているなんて事が良くありました。

 私の数少ない贅沢として、江戸に訪れていた水売り様には良くねだった物です。

 この容姿を活かせば()()()ことなど容易ですから! 妖怪らしく化かしてやりましたとも!

 

……自傷行為はさておき、そんなこんなで白玉は大の大好物です。

 白く艶々しい外見、食べた時の柔らかくも押し返してくる感触、そして仄かな甘味と胸一杯の幸福感。そのまま頂いても良し、餡蜜を掛けて良し、餡と共にも良し、()()()と共に頂いても良し、贅沢な選択肢も増え、益々可能性は広がるばかりです。そんな可能性を秘めた逸材。それが白玉なのです。

 えぇ、これを越える物は地上に無いと断言できます。

 ですから、食べたときに声にならない声をあげるのは仕方の無い事です。

 

 気がつくと、皿は空っぽになっており、腹は満たされ、幸福感で一杯でした。

 一緒に注文した、熱いお茶を啜りつつ余韻を楽しんでおりますと。

 ひそひそ話が耳に入ってきます。

 

「例の……だった?」

「……れで、……ね」

 

 どうやらすぐ後ろの席で誰かが話している様子。

 まぁ、聞き耳立てるほど野暮天でもありませんのでお茶に集中しつつ、最後の余韻を楽しみます。

 

 ユルユルと時間が流れていきます。

 

 至福な時も啜り終え、ほぅ、と一息ついて席を後にします。

 階段に向かう際に、すぐ後ろの妖怪達が目に入ります。緑色の帽子、青色の服、私と同じあいすをつついている河童様が何やらお話をされているようでした。

 

 さてさて、階段をトコトコ登り、店主にお勘定をお願いします。

 

「どうだったかい?」

 

 なんて、そろばんを弾きつつも一声掛けてくださいます。

 私は自然と笑顔になるのを自覚しつつ、心情を素直に吐露します。

 

「最高でした!」

「そうかい、そいつは良かった」

 

 お爺様もつられて、にっこり笑って下さいました。

 つつがなくお勘定を済ませ、がらがらっと外に出ますればそろそろ昼も終わる良い頃合い。

 

 今日は陽が落ちきらないうちに帰りたいと思います。

 

 トコトコと家に辿り着き、お茶を入れますが到底茶屋のお茶には届きません。

 

「また、行きたいなぁ」

 

 なんて、呟きながら冷たいお茶を啜り、暑い部屋に風が迷い混む中、風鈴の音を聞きつつ、夏の夕焼けが落ちていくのを眺めていました。

 遠くで蝉が鳴いているのを聞き、明日は晴れそうだ、なんて思いつつも夏の一日は幕を閉じました。

 

 

 

 その数日後、こんな噂を耳にしました。

 

 何やら、博麗の巫女様が河童達をこらしめたそうで。

 どうやら河童様が、魚の冷凍保存の為に色々と試行錯誤した失敗作を人間に押し付けた、というのが原因の様です。

 

 失敗作を押し付けたられたのは妖怪茶屋。人々の間に妖怪を贔屓にしている妖怪茶屋の店主も騙されるんだねぇ。と、店主に同情を、そして妖怪達にちょっとした畏れが集まり、本当の終わりとなります。

 

 白玉も畏れもお腹が膨れるお話でした。

 

 

 さてさて、落ち無し、山無しのお話となってしまいましたが、騒がしい日常ばかりでは些か食傷気味となってしまうもの、腰を落ち着けつつも白玉もお食べになって一服、なんてものも乙かと思われます。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 御馳走様でした。




袖ちゃんはKENZEN。いいね?


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お仕事だよ 袖引ちゃん

 季節引き続き夏の頃

 

 打ち水もすぐに乾いてしまうような真夏日に、ダラダラと汗流しつつも人間様たちは働いております。

 景色は歪み蜃気楼が発生したとかなんとか。

 氷の妖精なんかも暑さに耐えかね、ぐったりとしているという噂なんかも耳に入ってきたりしております。

 

 ミーンミーンと鳴く声がそろそろ喧しいそんな真夏の頃

 

 

 私、韮塚 袖引 お仕事しております。

 

 日陰になっていようと、()だるものは茹だる。薄暗い店内で氷室から取り出した氷を、ぽちょんぽちょんと落としつつ、冷たいお茶をしばいております。

 置いてある湯飲みは二人分。冷たい物を入れている湯飲みも、暑いと訴えているのか汗を大量にかいており、我々の手を濡らします。

 外からはみーんみーん、しじじ、と蝉の大合唱。もう少し涼しければ大合唱も穏やかに聞けた物ですが、本日は真夏日。暑苦しい中そんな余裕すらございません。

 店先に置いてある風鈴が揺れ、チリンチリンと清涼な音を振り撒いております。一瞬店内にも涼やかな風が舞い込んだ、なんて気分にさせて下さり少しだけ気分も涼やか。

 

 そんな薄暗くも暑苦しい店内にて、一口含めば爽やかな麦の香りが広がるそこそこ良い麦茶を口に含みつつ、風呂敷に包む作業を続行します。

 

 

 もう既に、お気づきの方もいらっしゃっるかも知れませんが、今回はお客様がお見えになっております。

 

 今回のお客様は、最近の私の生活を楽にしてくださったお得意様。十六夜 咲夜様がご来店なされております。

 

「十六夜様、もう少しで終わりますのでお待ち下さいませ」

「どうぞ、ごゆっくり。……このお茶美味しいわね、何処のかしら?」

「あぁ、そちらの茶葉でしたら霧雨店の通りの」

「なるほど、あの付近ね」

「もし宜しければご案内致しましょうか?」

「んー、それも良いけど先ずはそれを届けなくちゃ」

「かしこまりました」

 

 実に商売人らしい会話に自分で満足しつつ、風呂敷に服を包む作業を続行致します。

 現在いそいそと風呂敷に包んでおりまするのは、大量のお洋服。とはいえ、目の前にいらっしゃる方が着るものでは無く、この方のお勤め先にいらっしゃる妖精の物であります。

 故に型は小さめにとってあり、風呂敷にもいつもより多く包めております。

 丁寧に丁寧にを心掛け、ゆっくりと包んでいきます。今回お包み致しますのは百五十着程、大、中、小で区分けされた袋が三つ程並びます。

 余談ではございますが、大の大きさは幼児位の物をお仕立てしてしまえば良いので、慣れてしまえば楽なものですが、小の型となってしまうと手の平に収まる程のご注文であるため非常に苦労致しました。

 まぁ、今となっては慣れたものではありますが、最初の頃はちくちくとやっていた物が消えるなど、非常に手間取った事を今でも思い出せます。

 

「さて、これで良さそうね。ありがとう袖引さん」

「いえいえ、ではお運び致しますよ」

「それはありがたいわね、他にも持っているものもあるし」

 

 と、両腕に引っ提げられた手提げ鞄を揺らします。

 ()()()とは大変なお仕事なのだなと思いつつも、風呂敷をよいしょと担ぎます。

 サクサクと戸締まりを致しまして、ふわふわと飛ぶめいど長に追従します。

 夏の容赦の無い日差しが頬や目をチクチクと刺激していきました。

 この暑さの中でも文句を言わずにすいすいと飛んでいく十六夜様に関心しつつも、蜃気楼が出たとか出ないとか言われる霧の湖を抜けますと、目に映るのは、この夏の暑さの中見続けると気分が悪くなってきそうな程紅い館。紅魔館が現れました。

 いえ、決して悪口を言うつもりはございませんが、この茹だるような暑さの中では、この派手な外見は正直目に毒というか何と言うか。

 そんな事を考えている内に、目の前まで到着いたします。大きいお屋敷に相応しい大きな門の前にこれまた赤髪の方が立っておりました。

 この館、紅魔館の門番をしていらっしゃる妖怪の、紅 美鈴様ですね。しかし、何時もは真面目に門番をしていらしたり、不思議な舞いを舞っていたりするのですが今回は少しばかり様子が違います。

 いえ、立っていることに立っていましたが正確には目をつむっていらして、有り体に言ってしまえば寝ているような……

 いつもは門に寄っ掛かってはいるものの寝てはいないのですが。まぁ何はともあれ起こして上げようと手を伸ばしますと、手が触れる直前に門番さんがぱっ、と目を開きます。

 

「……ひっ」

 

 そんな言葉が私の歯と歯の隙間から溢れ落ちました。

 瞬時に能力を使い、ズササササ、と五歩程後ろに退き、抱えてきた丸っとした風呂敷を顔の前に掲げ防御姿勢を取ったところでハッ、と気がつきました。

 い、いえ、これはびっくりした訳では無いのです。決してびっくりした訳ではありません。これは弱小妖怪の本能が働いてしまったというか、とにかく突発的な事に弱い私にとって先程のような急転直下の出来事は心臓に悪いのです。

 さりとて、すこーしだけ驚いてしまい、能力を使って飛ぶように逃げてしまっては、向こうも驚いてしまうもの。お二人のまん丸のお目めが四つばかり此方に向けられており、決まりも悪い。

 そんな驚いた表情からいち早く立ち直った、門番さんが此方へと声を掛けて下さります。

 

「あ、あの大丈夫ですか? そこまでびっくりすると思っていなくて」

 

 そんな優しい声を掛けられてしまい、夏で火照った顔が更に真っ赤になってしまいます。今でしたら目の前の館と同じくらい紅い自信がございます。

 とりあえず、どうにか取り繕わねばなりません。折角の新規のお得意様。幻滅され、注文が無くなることは絶対に避けねばなりません。そうです、ここは大人らしく振る舞う場面ではありませんか! きっちりと完璧に受け答えし、大人という所を見せつけねばなりません。

 風呂敷を胸の高さまで降ろし、噛まないように細心の注意を払い返答します。

 

「え、えぇ、大丈夫です。失礼しました」

 

──ふっ、普段から悪癖が発動する私にとって、取り繕う事なんぞ日常茶飯事。たどたどしいながらもきっちりと返答出来ました!

 普段滅多にすることのない悪癖に感謝という珍事を胸中でしつつ、ホッ、と胸を撫で下ろします。

 十六夜様も私の味方に入って下さり、門番さんを叱りつけました。

 

「袖引さんをいじめない。怖がってるじゃない」

「アハハ、何となく思いついてしまったので。すいませんでした」

 

 叱られた門番さんは、微笑みながら此方に謝って下さいます。

 無事に危機を乗り越えた事を実感しつつ、返答致しました。

 

「いえ、お気になさらないで下さい。此方がびっくりしてしまったのが原因ですので」

 

 ふぅ、良かったです。ここで粗相をしてしまえば注文を持ってきて下さる回数が減ってしまったかもしれません。ダラダラ流れていた冷や汗を拭います。

 場を取り成すように十六夜様は、では此方へ、と紅魔館へと案内してくださいます。

 いそいそと十六夜様についていきますと、門を通り抜ける所で美鈴さんから声を掛けられました。

 何ぞ? と思い振り向きます。

 

「ばぁっ!!」

 

 突然、何処ぞの傘の妖怪の様な事をしてきます。舐められた物ですね、この様な驚かせ方でしたら此方も慣れたものです。むしろ懐かしさすら感じます。

 まぁ、落ち着いて対処できるでしょう、と私は目の前の風呂敷を降ろしつつ、五歩程遠のいた美鈴さんを見つめました。

 お二人の微笑ましい顔が目に飛び込んできます。

 

──どこかにすっぽりと埋まる事の出来る穴とかございませんかね?

 

 

 そんなこんなで館へと上がらせて頂きまして、荷物を降ろして、フリフリな侍女の長も、和服の私もふぅ、と一息。

 

「色々とありがとね、袖引さん。紅茶でもご馳走するわ」

「いえいえ、とんでもない! お構い無く。私がしたくて来た事ですから」

「あら、そう? お菓子もつくわよ?」

「………では、一杯だけ」

 

 悪癖が出てしまっては大変だから、とお断り致しましたが、十六夜様のお誘いが二度もありましたら断るのも失礼というもの。まぁ、御用聞きなんて事も出来ますから。これもまた勉強という事なのでしょう。

 ……決してお菓子という言葉に釣られた訳ではありませんよ?

 

 本日は館の主様は珍しく規則正しい生活をされているようで、夕方まで起きてこない。なんて話を聞きつつも、整理されているメイド長の私室に通されました。

 では、しばしお待ちを、の言葉が終わるのが早いか、紅茶の美味しい香りと、前にも出して頂いた、すこーんの甘い香りが鼻を掠めていきます。

 十六夜様の時間を操る程度の能力は本当に便利だななんて思いつつ、胸一杯に美味しそうな香りを吸い込みます。

 がっつきそうになる右手を抑えつつ、横に侍ろうとする十六夜様にもご一緒にと同席を促しました。十六夜様も従ってくれ、西洋湯飲みが一つ机に増えました。

 紅茶を注いで頂き、お菓子も充分。

 紅魔館の大黒柱様と共に暫しのお茶会を楽しませて頂きました。

 不思議な事に十六夜様は人間に対するイライラがそれほどまでに湧いてこず素敵な時間を過ごせます。

 紅魔館での苦労話を聞いてみたり、意外な所で注文が増えましたり、出会った最初の頃を話したりと色々な話題が上がりお茶もお菓子も進みます。

 いつの間にか話し込んでしまったようで、そろそろお嬢様も起き出す夕方前。

 今回はお嬢様が起き出す前に()()()()させて頂く流れとなりました。そうしないと主様を差し置いてお茶会を開いたとバレてしまい、拗ねるとか何とか。

 案内されて外に出ると、青い空が赤い空と混ざりあい綺麗な境界線をつくっております。

 昼間は圧倒的だった太陽光も落ち着いた様で、心地好い風がゆっくりと通り抜けていきました。

 

 流石に美鈴さんも帰りは何もして来ません。門までたどり着くと、笑顔で見送って下さいます。

 十六夜様に門前まで送って頂きまして、飛び立つ前に紅魔館の方へ振り向き、ペコリとご挨拶。

 

「本日はありがとうございました、また何かございましたら韮袖呉服店まで」

「えぇ、またお願いするわね」

「また来てくださいね」

 

 と、二人に暖かい対応を頂きまして、飛び立ちました。

 

 

 夕暮れの中、私が紅魔館から離れ人里への道を飛んでおりますと、突風が両脇に立っている木を揺らし、青々とした葉を奪っていきました。

 そんな突風と共に目の前に現れたのは、美しい黒羽をお持ちなさっている天狗様。

 大物が目の前に現れてしまい、慄然(りつぜん)としておりますと向こうから話し掛けて下さいます。

 

「あややや、これはこれは韮塚さんではありませんか!! 奇遇ですね!」

「射命丸様、お久しぶりでございます」

「ご丁寧にありがとうございます! ところで、先程紅魔館から出て来ましたよね?」

 

 と、手帳を取りだし何かを記入していきます。

 今回は記者として目の前に立っているようで、少しばかり、ほっ、とします。

 しかし、だからと言って粗相は出来ません。向こうにしてみたら此方など風の前の塵と同じような物です。機嫌を損ねないようにそそくさと退散しましょう。

 

「はい、その通りです。良くご存じで」

「たまたま目に入ったのですよ、たまたまね」

「たまたま……いえ、何でもありません」

 

 この天狗様、私みたいな低級でも愛想はすこぶるよろしいのですが、時々まるで監視しているかの如く、良い時分に出くわすのです。

 考え過ぎですよね。えぇ、私の悪い癖と言えるでしょうね。

 ありもしない妄想を振り払っておりますと、天狗様が手帳を強調しつつ、此方に問いかけます。

 

「韮塚さんは、紅魔館の皆さんを始め顔が広いご様子、その秘訣を是非!」

 

 なんて顔を近づけて聞いてきます。

 しかし、そう言われましても、日々流されているだけですので秘訣なんぞはございません。

 そんな事を考えていたらついつい疑念をそのまま口に出してしまいます。

 

「私の事なんて記事にして、需要がありますかね?」

「とんでもない! ございますよぉ」

 

 手を大げさに振った後、主に身内に、とボソッとした呟きが耳に入ってしまいます。

 

 身内、つまるところ天狗様達ですね。……正直あまり良い思い出はありません。

 外界では天狗様は時折衆道であるとされ、時折神隠しと称し、小さい男子を拐ったなんて伝承が残っていらっしゃいます。

 なかなか破天荒な生活ならぬ、性活を送っていらっしゃった天狗様達なのですが、幻想郷ではどうやらそれが反転してしまったようでして。趣味趣向が小さい男子から、小さい女子を狙うように考えが変わったようです。

 悲しい話ではありますが、私の外見もまた小さき少女。

 過去に合法やら、乱暴にしても壊れない。などの言葉を吐かれながら、山中を追いかけ回された事がございます。

 恐ろしい話はここからでして、全員が女性なのですよ。しかも、見目麗しいと言っても差し支えない程のお顔をお持ちな方々。その方達が笑顔を張り付け、恐ろしい速さで追いかけてくるのです。

 男に置き換えた場合、筋骨隆々な方々が大挙して押し寄せてくるといった感じでしょうか?

 

 まぁ、ともかくとして涙目になりながら全力で下山し、命からがら逃げ出した事がありました。

 

 目の前にいらっしゃる射命丸様はその時の危機で助けて頂いたお方。畏まりはせど、邪険にすることはございません。

 ですから、恩を返そうとばかりにお話をさせて頂きます。

 

「では、僭越ながらお話させて頂きます」

「なるべく刺激的にお願いします!」

「あっはい、え? 刺激的?」

「はい! 刺激的に」

 

 刺激的にを強調されましたが、飾って話せる技術はございません。

 私の聞いたまま、感じたままをお話すると致しましょう。

 

「まずは──」

 

 徐々に赤く染まっていく空を眺めながら、あの霧を思い出します。先程別れてきたお二人とも関係する紅い霧。

 未だに記憶は新品の様に輝いており、忘れられない大切な物。

 私は記憶を引っ張りだし、語り出しました。

 

 さて、お話が長くなりますゆえ、ここいらで区切らさせて頂きたいと思います。

 

 まずお話ししますのはやはり、あの異変から。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。



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紅い霧だよ 袖引ちゃん

3月7日 一話前にこの話の導入を投稿させて頂きました。
 順番が前後してしまい大変申し訳ありません。


 シーンと静まり返った野の道をひとり寂しくウロウロなんかしております。

 遠くから聞こえるのは血走った獣や空気に当てられた妖怪ばかり。

 普段でしたらテクテクと里の外れを歩き回れば、木こりの方や畑仕事に向かう方などがいらっしゃいますものですが、本日は人ひとり見当たらず、寒々とした風景が広まっております。

 草木もまるで息を潜めるかの如く陰っており、自身の草履が地面を蹴る音が聞こえてくる始末。

 

 本来真夏の頃であり、路端には瑞々しい赤茄子がなっていてもおかしくない時期。いえ、なっている事にはなっていますが、そんな赤もこんな天気ではとんと目立ちません。

 そんなのあんまりだとハァと溜息を吐き、空を見上げると、空は血の様に紅く染まっておりまして、おどろおどろしい雰囲気の空が此方を睨み返します。

 夕焼けの様な燃え盛るような赤とは違い、目が痛くなるような紅色が目に飛び込んで来て、鬱陶しいったらありゃしません。

 

 幸い、私は鬱陶しく感じたり、洗濯物に難儀したりする程度で済んでおりますが、人間様たちはそうも参りません。

 曰く吸い込んだら体調を崩した、霧を見ていたら気分を悪くしたなど、様々な苦情が耳に届いております。

 人間様の間では、これは明らかに異変だとまことしやかに囁かれておりました。

 

 まぁ、私も間違いなくそうだとは思っておりますが、異変にしては穏やかというか何というか、脈々と受け継がれて来ています博麗の巫女が解決した中にはもっと凄まじい物もございまして、正直穏やかだなー、なんて牧歌的な気分でいるのも事実です。

 

 しかし、里の管理者や稗田家、そして、人里の守護者様達はそういう訳にも行かず連日会議を開いているそうで、なかなかに権力者というものも暇では無いのだななんて思ってしまいます。

 素早く開かれた会議で決定された事項は、一先ずの厳戒令、つまるところ外出禁止令。隊員が体調を崩したりと怪我をしたりとガタガタになっている自衛団の再編。

 また、人里の守護者は博麗神社に直訴しにいくなどと相成ったそうです。

 

 そんな訳で人里も、人里の周辺も人間様は居なくなり、騒ぐのは妖怪ばかり。なんて様相を呈しております。

 

 さてさて、そんなこんなで幻想郷は紅い霧の異変の真っ最中。 

 そんな霧の異変にひょんな事から少しだけ関わってしまいます。 

 紅き霧の中、私を待ち受ける受難とは!?

 

 

 この私、韮塚 袖引 見回りをしております。

 

 

 普段、閑古鳥が鳴く店内ではございますが、なんと今回はお客様がいらっしゃっております。

 綺麗な銀色に所々青が入り混じり、黒で短めなの私からすると少し羨ましい絹のような長髪を腰ぐらいまで伸ばし、更にはお胸に自己主張の激しいお山を二つお持ちなさっていらっしゃる寺子屋の教師兼、人里の守護者の上白沢 慧音先生がいらっしゃっております。

 惜しむらくは客としていらしていないという点ではございますが、厳戒令が敷かれている今、来客があるだけマシだと思いましょう。

 

 

 さて、そんな普段は出会ったら世間話に洒落込む程度の仲の彼女ではございますが、今回は何の為にいらっしゃったのかいまいち分かっておりません。

 ガラッと戸を開けたと思ったら商品に脇目も振らず、ツカツカと此方へと歩み寄り、お邪魔するぞ、のお言葉と共に会議の次第を話して頂いているという流れでありまして、ゴーっと右耳から左耳へ流れて行く言葉は形にならず、いきなりお話され面食らっている私にはもう何がなんだか分かっておりません。

 分かっている事と言えば、目の前にある大きなお胸が羨まし──

 

「おい、ちゃんと聞いているのか韮塚?」

「ひぇゃ! ひゃい!」

 

 下らない事を考えておりましたら顔を覗き込まれた様で、目の前に怪訝そうな先生のご尊顔がございました。

 ぼけっとしていた分驚きも大きく、声にならない声を上げてしまい、顔が茹で上がります。

 そんな態度に溜め息を吐きつつも上白沢先生は更に言葉を続けます。

 

「と、いう訳だ、悪いが韮塚、裏門の見回りをお願いしたい」

「はい……はい?」

「おぉ、引き受けてくれるか! 感謝するぞ」

「ちょ、ちょっとお待ち下さい! えーとどういった経緯でそうなってしまったのでしょうか?」

「なんだ聞いていなかったのか? 自衛団が人手不足なんだ、今は妖怪の手すら借りたい。で、韮塚に白羽の矢が立った訳だ」

 

 異変の状況が思っていた以上に深刻であった様でそんな事を要請されてしまいます。

 当然、愛する人間様の為でしたら一肌、二肌、なんなら諸肌脱ぐ所存では御座いますが、一つ問題がございました。

 

「いえ、私は構いませんが、人里の方で反対意見は出なかったのですか? 一緒になって襲うなどの心配とか?」

「ん? あぁ、君は人間に直接的な被害を加えないからな。まぁ、反対意見があることにはあったが私が押し切った。人手が足りなさすぎるとな」

「なるほど……愚問ですが、上白沢先生の能力を使うというのは?」

 

 この人里の守護者さまは歴史を食べる能力をお持ちでありまして、私が此処に住み着いてから幾度かその能力の発動を目にしたことがございます。

 此処にある筈なのに、此処に無いという感覚は薄気味悪い感覚でございまして、初めて目にした時は大層たまげたものです。

 実は、そんな便利な能力を使わないのかと、過去に小さな異変が起きた際にも質問させて頂いたのですが、その時は決まって優しい笑顔と共に、こう仰います。

 

「私は守護者であって保護者では無いからな、本当に危険な時までとっておくさ」

 

 そんな人間の為という言葉を考えつくした優しいお方に頼まれたとあってはやる気もむくむく沸いてくるものです。捩じり鉢巻絞め、たすきを掛けんばかりの勢いで了承し、裏門へと赴きます。

 まぁ、武器なんて物騒な物を振り回せる訳も無く、素手かつ何時もの格好な訳ですが。

 

 最後に先生は私を見て少し心配そうな顔つきになり、ありがたいお言葉を掛けて下さいました。

 

「頼んでおいてなんだが……絶対に無茶だけはするんじゃないぞ、危なくなったら逃げても構わんからな!」

 

 そんな優しい言葉を背負いつつも、えっほえっほと現場に急行いたします。

 住んでいる地点が裏門に近く良く裏門を利用したりしてまして門番さんとは仲が良く、事情も通っていたようで門番さんに門を通して頂きました。

 この門番さん達が戦うのはあくまで最終手段との事で、基本的には人里へと到達する前に対処してしまう事を目的としております。

 

 やるべき事はこの霧の異変で舞い上がり、人里に乗り込もうとする小物を追い払う事と、たぶんあり得ないだろうが大物がやってきた場合、専門家が到着するまでの時間稼ぎだそうです。

 それと、上白沢先生は命名決闘法がこの前施行されたので、そこまでの危険は無い筈とも仰っておられました。

 

 ですが、それはあくまで人間と異変を起こした妖怪のお話、もっと言えば異変を解決出来るほどの力を持った人間と、異変を起こせるだけの知能を持った妖怪に限定されますので、あくまでも気休めにしかなりません。

 先生もその事には重々承知の上だからこそ、自衛団の再編やらで揉めていたり、挙げ句の果てにはこんな弱小妖怪に頼む流れとなったのでしょう。

 

 そんな方々に気を回す先生の苦労を軽減するためにも、里に近づこうとする不埒者を()()()()()()

 とは言え、幾つか存在する門の中でも、あまり存在自体が知られていないような小さな裏門から訪れる、という方もあまりは多くないのかそこまで来客は多くありません。

 時々引き寄せられますのは、霧に当てられた獣であったり、小妖怪などに拳骨やら説教やらをして回り、様々な舞い上がり方をしている者たちを追い返していました。

 気付けば辺りは薄暗く、いつの間にか日が暮れ始めていた事に気づきます。

 

 そんな誰そ彼時の中、暗闇を切り抜いた様な黒い球体がフワフワと此方に寄って参ります。

 

 その大きな黒団子を眺めていると、フラフラと木にぶつかろうとしておりました。

 さすがに、そのままぶつかってしまうのを黙って見ている訳にもいかず、ついつい声を掛けてしまいます。

 

「あの、危ないですよ?」

「おー? どこらから声が」

 

 反応を返してくれますが、球体状態からの解除する気配は見えず、そのままふわっと木の方へ向かっていきます。

 あ、と声を上げた時にはもう遅く、ドスンとぶつかってしまいました。

 

「あ、痛ぁ!」

 

 ゴチンなんて音が響きそうなくらい綺麗にぶつかった彼女は頭を抑えつつ、正体を表します。

 小さな身体に、金色の短髪、黒を基調とした白黒のご洋服を纏った闇の妖怪さん、ルーミアさんが姿を現しました。

 

「おー誰なのだー?」

「韮塚 袖引です……ってこの件何回目ですかね?」

 

 一応何度か顔を合わせている筈なのですが、何故か一向に顔を覚えて貰えません。何となく寂しく思いつつも毎回自己紹介を致します。

 

「何処かで会ったような気もするけど、別人の気もする」

「いえ、私は私なのですが……」

「ふーん? まぁどうでもいいや。何処かの誰かさん、さよならー」

 

 自己紹介をしましたがルーミアさんに興味無さげに聞き流され、そのまま人里の方に流れて行こうとしてしまいます。

 当然、そんな事を看過することは出来ず、彼女の元へと駆け寄り慌てて引き止めした。

 

「ちょ、ちょっとルーミアさん、何処に行くんですか!?」

「んー? 向こうから美味しそうな匂いがするから行くだけよ」

「そっちは人里です。引き返して下さい」

「えー良いじゃない、減るもんじゃないし」

「いえ、色々と減りますから」

「そんなの私の勝手でしょ、邪魔しないで欲しいなぁ」

「駄目ですって!」

 

 フラフラと去ってしまいそうな彼女の袖を右手でがしっと掴み、そのままグイグイと引っ張ると彼女はあからさまに面倒くさそうな顔を此方へと向けます。

 その後、はぁ、と溜め息を吐き、ボソッと言葉を発しました。

 

「あぁ、もう面倒臭いなぁ──」

 

 そう言い彼女は自身の周囲に闇を展開し、黒い球体を形成していきます。

 あまりの生成の速さに手を引き抜くタイミングを外し、黒い球体に右腕が飲み込まれてしまい、引き抜いた時にはもう既に時遅し。

 

 ゴリッと嫌な音がし、肘から上を残して右腕が()()()()()()()()()

 

「ぐっ──」

 

 子供染みた()()()()から血がドボドボと溢れ出し、痛みが津波のように押し寄せます。無くなってしまった喪失感と軽くなったという不気味な身軽さを感じ、気分が悪くなっていきました。

 ぼけっとしている暇も無く、即座に能力を使い痛みを()()()ます。この際血がいくら流れようが問題ありません。妖怪ですので多少の我慢は効きます。

 そんな血みどろな右腕から目を放し、再び球体に目を向けますと、何かを咀嚼するような音を響かせながら、黒い球体が声を発します。

 

「美味しくないなー、ねぇ、邪魔だから退いてよ」

「……そうもいきません、ここを任されてますから」

「お堅いなぁ」

「えぇ、ですから……とっとと帰れ糞餓鬼!」

 

 このまま黙ってやられるのは私とて我慢なりません。命名決闘法なんぞ知った事かと、バッ、と左腕を振り上げ能力を発動。

 私の能力は一度対象に触ってしまえば一定時間再びその対象に能力を発動できます。

 そして、食べられたとしても右手で触った事には変わりません。振り上げた左腕を勢い良く振り下ろし、ルーミアを地面に()()()()()()()

 グン、と引っ張られた黒い球体は地面へと激突し、ゴンと厭な音がこちらへと響いてきます。

 

「いったぁ……いきなりひど──」

 

 そんな声が聞こえてきますが無視、そのまま左腕で引き抜く様に何もない空間を思いきりグイッ、と()()()()()()

 すると、ルーミアが球体から勢い良く飛び出し、驚いた顔が目の前に飛び込んで来ました。

 そのまま私は後ろに引いた握りこぶしを驚愕を浮かべる顔に思いきり叩きつけます。

 

 ゴス、と嫌な音がし、私ぐらいの小さな身体が地面をゴロゴロと転がっていき、近くにあった木に激突。

 そのままぐったりと動かなくなりました。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 緊張と興奮がない交ぜとなった精神状態が血を滾らせ自然と息を迸らせます。食い千切られた右腕の断面からはドボドボと血が溢れだし、血の溜まりを作っていきます。

 多少下品ですが歯で着物を引きちぎり、腕の元へと結わい付け、片手で難儀しつつも簡易的な止血を行いました。

 前にも述べた通り、落武者の逸話がある私は、腕っぷしはそこそこだと自負しておりまして、今回みたいな荒事でもそこそこは戦えます。

 ふっ、どうです? 右腕という文字通り手痛い犠牲を払いましたが、なかなか久しぶりの喧嘩沙汰だろうとも上手くいったようで……

 

「いったいなぁ、もう」

 

 ……まぁ、非力な私では少しの間気絶させる事が精一杯だった様で、ルーミアさんが頭を摩りながら起き上がってきます。

 どうしたものですかね、あれで私、本気で殴ったつもりだったのですが。

 まぁまぁまぁ、とりあえずお話し合いからしてみる事にいたしましょう。

 始まりこそやや刺激的で、ついカッ、となってしまいましたが、やはり人型を取っている者同士お話し合いというものは非常に重要だと言えます、言えるのです、そうに違いありません。

 そんな内心の動揺を悟られない様にしつつもルーミアさんに話しかけます。

 

「どうです? 頭は冷えまひゃ……」

「……」

 

 ……噛んでませんよ? 動揺で噛むなんて恥ずかしい事なんぞ、とてもじゃありませんが出来ません。今のはあれです。食いちぎった着物の破片が口に残っていた事が気になってしまってですね……

 冷や汗が右腕の血と連動する様にダラダラと流れていきます。

 ルーミアさんも木の根元で起き上がった状態のまま、何をやっているのかとでも言いたげに、じとー、と視線を此方に向けており、非常に辛い物があったりします。

 

 まぁまぁ、一度の失敗と言うものは誰にでも存在するもの。

 とりあえずは咳払いなんかを一つ噛ましまして、仕切り直しとばかりに口を再び開きます。

 

「頭はひぇぁ……」

「……そっちが大丈夫?」

「大丈夫です……えぇ、しばらく放っておいてさえ頂ければ……」

「そーなのかー」

 

 二度噛んでしまうという大失態、霧に隠れてると言えども二度目ともあればお天道様も見逃さない。

 天におわしますお方が見逃さないとあっては目の前にいたルーミアさんが見逃すはずも無く、大丈夫? なんて首を傾げ尋ねられてしまう始末。

 穴があったら入りたいと言うか、今すぐにでも布団に飛び込んでしまいたいものですが、そうは問屋が卸さない。

 恥ずかしい会話の最中にルーミアさんが頬を擦りつつも立ち上がり、土の付いた衣服をパンパンとはたいていきます。

 

 普段でしたら、気絶している最中や会話の最中に退散してしまいますが、今回は人里の防衛線を任されており、後には引けません。

 そしていつもであったら逃走を選んでいたという場面であったばかりに、縛るというごく普通の考えも浮かばず、ただ止血をしていただけという愚かな行動をしてしまった為、再び緊張が走ります。

 完全に立ち直りルーミアさんはこちらへと視線を向けてきます。

 私の腕を貪った跡が未だにべったりとついており、口元同様に真っ赤な口を開きました。

 

「で、まだやるの?」

「いえ、私としては遠慮したいのですが」

「あっそ、ならいいや」

「へ?」

 

 意外にもサクッと引き下がり、もう一度身だしなみを確認し今度は気づいたのか口元を白いシャツでゴシゴシと拭うと、本当に興味が無くなったのか人里とは逆方向にフラフラと飛んでいこうとしてしまいます。

 あまりにも意外すぎて呆けていた私ですが、ルーミアさんが飛び上がるとともに、はっ、と現実に引き戻され慌てて引き止めてしまいます。

 

「待って下さい!」

「何? やっぱりまだやる?」

「いえ、それはちょっと……いえ、そうでは無く! 何故、突然襲撃をやめたんですか?」

「んー? もともと紅白な巫女にやられた憂さ晴らしが目的だったから?」

「憂さ晴らし……」

 

 憂さ晴らしで腕を一本落とした、という事実に落胆しつつ、まだ何か言いたそうにしているルーミアさんの言葉を待ちます。

 ルーミアさんは頭につけていらっしゃる、少し土で汚れているリボンをいじりつつも口を開きます。

 

「それに封印された者同士だったから?」

「封印……?」

「わからないなら、知らなーい」

 

 封印なんて耳慣れない言葉が登場し、そのことについて聞き返しますが彼女はどこ吹く風。

 ここまで話し本当に興味が尽きたようで浮き上がろうとし、何かに気づいた様に此方に再び顔を向けます。

 

「あ、そうそう、名前なんだっけ?」

「え? あぁ、韮塚 袖引です。いや、そんな事より封印の事を……」

「ふーん、覚えづらい名前よね、……袖引ね。わかったわかった。じゃあねー袖引ちゃん。また殺し合おうねー」

 

 封印の事には一切触れず、物騒な言葉だけ残して帰ってしまいました。浮き上がっていく彼女の背中には追って来るなという意思が込められている様に見え、そのまま去っていきます。

 私はすぐさま追うことが出来ず、彼女が薄暗く紅い空に完全に溶け込んでいくのを見送るばかりでした。

 

 残った私は左手を伸ばしますが、何も掴むことは無く宙を泳ぎます。手を伸ばした先に見える真紅に染まった空は何処と無く不気味で、青く澄み渡る空が恋しくなっていきました。

 

 ルーミアさんが去り、再び静寂が戻ってきます。

 妖怪すらも去った野道は広々としており、何処か寂しいものでありまして、何の気なしに転がっている小石を足で弄びます。

 

 荒く縛った右腕からはポタポタと血が溢れていますが何のその。

 右腕が取れた所で見回りには対した支障はございません。

 妖怪特有の再生力を私も持ってます故、一、二ヶ月も放っておけば、おいおい生えてくるでしょうし、といつもお世話して下さる皆様の為にもと、奉公の精神で見回りを続けていようと決心し見回りを続行。

 途中、石に躓き転がったり、腕が無いせいで起き上がる時にゴロゴロとしてしまいましたが、概ね問題はありません。ありませんでしたとも!

 

 そんな風に右腕から血をポタポタと垂らして見回りを続けていました所、上白沢先生に見つかり先生の自宅へ担ぎ込まれてしまいました。

 どうやら博麗神社からのお帰りに此方へ差し入れを持ってきて下さいましたが、私の様子を見るや吃驚仰天。

 差し入れ放り出し、襟首をむんずと掴みグイグイと引っ張っていかれました。

 私は平気だからなどと抗議致しましたが聞き入れて貰えず、見張りの方のギョッとした顔を通り抜け、人影絶えた人里通り抜け、あっ、という間に先生の自宅。

 

 いつの間にか辺りはすっかり暗く、蝋燭の火を灯りに包帯を巻いて下さっておりまして、一心地。

 なんとなく無くなった肘から先を眺めておりました所、鼻を啜る音が聞こえました。その声に反応し、顔をあげますと、上白沢先生のお顔は少し涙で濡れていらっしゃいまして、私はギョッとし慌てて話し掛けます。

 

「あ、あの、どうかしましたか?」

「どうして、君はそこまで自分に無頓着なんだ! 逃げて構わんと……いや、怪我するのは仕方ない。その後だ! 

 どうして、誰も頼らなかった!」

「え、あの、それはですね……」 

「私は逃げても良いと言った筈だ! こんなにボロボロになって……」

「……はい、その通りにございます」

 

 凄まじい剣幕の前に、ちょっとした油断で、右腕を落とした事や、裂傷が多いのも、先程転んでしまい泥だらけになってしまっているだけです。なんて、ほぼ自業自得だと口が裂けても言えません、えぇ、お互いの名誉の為にも。

 言ってしまったら最後、微妙な空気が流れ、私は恥ずかしさのあまり悶絶してしまいます。

 そんな事を避ける為にも口をつぐんでいますと、ガバッと抱きつかれます。

 いきなり抱きつかれ吃驚のあまりジタバタしておりますと、文句のような優しい言葉が頭上から降って参りました。

 

「全く、自分が頼んだ事とは言え、肝が冷えたぞ……どうして私の周りには自分の身を案じない奴が多いんだ……」

 

 なんて言葉と共に更にギュッと、強く抱き締められます。何となく拒絶する気になれずにその温もりを享受します。

 

 その日は帰ると言っても聞き入れて貰えず、上白沢先生のお家に泊まらせて頂く事となりました。

 あれよあれよと食事やら着替えやらで時が流れ、いつの間にか夜の帳は落ち切り、布団へと乗り込む時間帯。

 腕も即座に生えるわけでは無く、先生に着替えやらを手伝って頂きつつも布団の中へ。

 ぼふっ、と倒れるように飛び込むと、柔らかなお布団は全てを包み込む温かさで身体を暖めてくれます。そんな柔らかさに全身を預けつつも今日の出来事を反芻しようと致します。

 しかし、襲いかかる眠気には抗えず、ルーミアさんに言われていた重要な事が浮かんでは弾けていきます。

 

 ついに、私は押し寄せる波に身を任せ、たゆたう意識の海へ身体を沈めていきました。

 

 この紅い霧の異変は紅白の巫女が動いた次の朝には解決されてしまいます。

 しかし、私の本当の受難はこの先にあったのです。

 

 一旦、ここいらで中断とさせて頂きますが次回もユルユルと紅い異変を続けて参ります。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 




ポロリもあるよ!(物理)


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ご宿泊だよ 袖引ちゃん

 さてさて、食われ、担がれ、寝かされた明くる朝。

 小鳥の声で目を覚ました所は知らない天井。

 人々もそろそろ起き始め、異変が終わった事を知るのでしょう。

 しかし、私の異変はまだまだ終わらない。むしろここからが本番だとも言えます。

 

 季節は引き続き夏の頃、異変が解決した次の朝

 

 私、韮塚 袖引 目覚めております。

 

 

 明くる朝、目覚めると里を覆っていた暗澹たる雰囲気は消え去っておりました。

 おや、と思い寝た姿のままで縁側から外を眺めましたところ、眼前には澄み渡る様な青空。どうやらどなたかが異変を解決した様でひと安心。

 欠伸を噛み殺しつつも、んー、と伸びを致しますと目に入りますのは長さが揃わない両腕。そんな右腕を見て、昨日の見回りで腕を落として来た事を思い出しました。

 長さやら重さやらが足らない右腕を眺めつつ、一階へと下っていきますと、美味しそうなお味噌汁の香りが私の鼻をつつきます。

 お台所にひょこっと顔を出してみますと、トントントンと階段を下りる音に気付いたのか、上白沢先生がトントンと包丁の音を響かせながらもこちらに顔を向けて挨拶してくださいます。

 

「おはよう韮塚。腕の調子はどうだ?」

「おはようございます、上白沢先生。ちょっとだけ肩が軽いですかね?」

「馬鹿、そういう事を言っているんじゃ……まぁいい、座ってなさい。もうすぐ作り終わるから」

「わかりました、待たせて頂きます」

 

 片腕の状態ではかえって邪魔になるだろうと判断し居間に引っ込みます。

 しばらくすると食欲を引き立てる様な匂いと共に、朝餉が運ばれてきました。箸やお茶などを用意しつつ早速、朝餉を上がります。

 今では日常となった、つやつやの白米がほかほかと湯気を上げ私を誘惑し、その傍らにある熱々の豆腐のお味噌汁の香りが私の鼻孔を刺激していきます。

 そして主菜は川魚の干物を焼いた物。これまた綺麗な焼き色になっておりまして、上白沢先生の技量の高さを伺わせます。副菜には採れたての赤茄子がきらりと雫を光らせておりました。

 そんな美味しそうな食事に手を付ける前に、日ごろ食物を与えて下さる神々に感謝を述べるために片手で申し訳ないと思いつつも掌を捧げます。目の前の先生も手を合わせており、声が重なります。

 

「「いただきます」」

  

 さて、真っ先に手を付けますは綺麗な白米。左手であろうと箸の使いは狂わず、まっすぐに白米に手を伸ばしました。

 幾度食べても飽きが来ない味が、仄かな甘みと共に口一杯に広がります。一口噛むたびに広がっていく味は格別。自然と顔がほころんでしまいます。

 続いて、魚の干物をつつきますと、程よく焼けた茶色の外皮の中から湯気とともに白い身が顔を出します。魚料理特有の川を彷彿とさせる適度な香りが、食欲を増進させます。

 そのまま口に含むと程よい塩気が舌の上で転がりまして、先ほどの白米の後味と絶妙に調和し、素晴らしい感覚を脳髄まで運んでいきました。

 一息つけると今度は赤茄子をガブリ、最近ですと、とまと、なんて呼ぶ方も増えてまいりましたこの真っ赤な果実。

 旬を迎え丸々と大きくなった果実は食べやすい様に一口大に切られておりますが、それでも子供な私の口には余る物。あふれ出る果汁を溢さないように一気に口にほおばります。口一杯に広がった爽やかな夏の風は甘さ、酸っぱさ、そして少しの苦みを伴いつつ私の口を潤します。

 爽やかになった口内に満足しつつ、口をつけますは先程から味噌の香りでこちらを誘惑し続けておりますお味噌汁様。

 今だ湯気を立て熱々な事を主張しておりますその器を左手で掴み、やけどしないようにふーふーと冷ましつつ口に流し込みます。すると出汁のよく効いた味が口を駆け抜けていきました。口に流れ込む味噌の香りを楽しみつつも、箸で豆腐を一緒に口に含めない事を残念に思いつつ器を離しますと、目に映るのは微笑む上白沢先生。

 こちらの視線に気づいたのか話し掛けて下さいます。

 

「器用な物だな、てっきりもう少し苦労する物だとばかり」

 

 と視線で右腕を指し示します。

 私は右腕を眺めつつ返答しました。

 

「えぇ、まぁ慣れておりますから」

「慣れてる……」

「腕が無くなるだけなら安いものです」

「……苦労しているのだな」

 

 不憫そうな視線をくださる上白沢様。その優しさに好感を持ちつつ言葉を紡ぎます。

 

「放置しておけば直りますし、安い物ですよ」

 

 大したことが無いですよ、と伝えたかったのですが上手く伝わらなかった様で、上白沢様はカチャンと箸を置き此方を見据えます。

 

「前にも言ったが、君を見ているとな……」

 

 その目に讃えているのは、悲しみの色。

 そんな視線を此方に向けたまま、更に言葉を続けました。

 

「ある友人を思い出すんだ。その友人も自分の身を省みない奴でな、色々世話を焼いているんだ。

 しかもな、君の姿は寺子屋の生徒達とも重なる」

「……」

「君が人里の為に、働いてくれた事は純粋に感謝している。しかし、片腕を落としてまで人里を守ってくれた英雄が自分の事を大したこと無いと言ってしまうなんて寂しいじゃないか」

「いえ、そこまで深い意味で言ったわけでは無くてですね……あの、聞いてます?」

 

 しかも、そこまで大層な事はしておりません。和気あいあいと、知り合いと話した結果、片腕を持っていかれたとかそんな所です。そんな弁明を慌ててしますが聞き入れて貰えず、ドンドン言葉を続けられます。

 いつの間にか、上白沢先生は、悲しい目から優しい目に変わっておられ、ぐっ、と握り拳を作っておられました。

 

「うんうん、君がそういう性格なのは理解している。大丈夫だ! この事はなるべく広めないようにはしているから」

「あ、それは大変ありがたいです……いえ、そこでは無くて」

「韮塚、君もまとめて面倒を見てやろう。うん、そうだ! 暫く右腕も無いし大変だろう! そうするといい!」

 

 全く話を聞き入れてくれません。どうしたものかと思案している最中にも、話はガシガシと進んでいき、箸もドンドン進んでいきます。

 いつの間にか面倒を見る、見ない。の話題は終わっておまして、最近の里はどうだ、こうだという話に変わっておりました。

 話している内に、出されたご飯は全て平らげてまして、満腹感が腹を包んでおりました。

 上白沢様が此方が食べ終わったのを見て、ほほえみながら語りかけてきます。

 

「どうだった?」

「非常に美味しかったです」

「それは良かった、さて、ごちそうさまでした」

 

 上白沢先生は手を合わせ、一礼。

 私も追従します。

 

「ごちそうさまでした」

 

 片付けも手伝わなくて良いと仰られ、手持ち無沙汰のまま待機します。

 カチャカチャと音が聞こえ、食器が水桶に沈む音が聞こえてきます。

 先程は、泊まるだの面倒を見るだの、と仰ってらっしゃいましたが、食べ終わってからは、そんな音沙汰は無い様子。

 恐らくは食事の最中の冗談と言ったところでしょう。多分は、朝ごはんの食器の汚れの様に水に流されてしまった筈。少しばかりに残念ではありますが、昨日の介抱と先程の食事の御礼を言いつつも、そそくさと帰宅しようと思います。

 洗い物を終えて帰ってきた上白沢様に片手で三つ指つきつつ御礼を述べました。

 

「大変おいしゅうございました、また昨晩はありがとうございました」

「ん? 大したことじゃないぞ、というかどうした? そんなにかしこまる必要は無いだろう?」

「いえ、そろそろおいとまをさせて頂きたく……」

「待て、何処に行く? しばらくは家にいてもらうぞ?」

「……え?」

 

 どうやら先生の中では決定事項であったらしく、がしっと肩を掴まれます。

 意外と力が強く、見た目がどうであれ半獣なのだなと思い知らされました。

 抵抗できぬままに、グイグイとちゃぶ台まで引っ張って行かれ、強制的に着席。

 生徒を連れ戻す様な鮮やかさで連れ戻され、いつの間にか食後のお茶まで頂く始末。

 

 そんな暖かい厚意に、迷惑になると分かってはおりましたが、何故だか逆らえない自分が居まして、気づけば二日、三日と経っておりました。

 その間、稗田家の当主とご対面したり、噂の友人様、藤原妹紅様と出会ったりと色々ございました。

 風の噂で、稗田家の当主様は病弱と聞き及んでおりましたが、意外や意外。

 まさかあそこまで積極的だとは露とも知らず、先生のお使いを代行致しましたら、私の事について根掘り葉掘り聞かれる始末。 

 こっ恥ずかしい話なんぞも聞き出され、ついには悪癖も発露。

 完全記憶能力とやらもお持ちのようで、それらの事は全て覚えた。なんて仰られてしまい、日差しにやられた顔の様に真っ赤にしつつ屋敷を飛び出しました。

 まぁ、そんな恥ずかしい話はまた、今度。

 

 あぁ、そう言えばこんな事もございました。

 逗留二日目の事でしたかね。上白沢様が寺子屋にお勤めにいってしまった後、一本しか無い腕を余らせておりますと、玄関の方から戸がガラガラと開く音が聞こえて参りました。

 まぁ、一人で開くなんて夜中でもありませんし、間違いなく人でしょう。しかし、来客でしたらこの時間帯は先生は出掛けている事をご存知の筈。

 そんな事を考え、やや、白昼堂々と盗人か。なんて思い気を引き締めます。もし、盗人でしたら一大事。叩き出さねばなりません。

 思考に気を囚われている内に、謎の侵入者は足音を消さずにタスタスと、私が居座る居間まで近寄ってきました。

 不埒な侵入者め、この様な人柄の良い御方の家に踏み込むなんて不届き千万。しかし、私がたまたま居たことが運の尽きよ! いざ、覚悟。

 

 なんて、心持ちと共に、手元にございました新聞紙を緩く丸め、刀の様に構えます。隻腕のるろうにの様で少し楽しいですね。

 刀の様になんて申しておりますが、侵入者さんを叩き斬るつもりも、血の海に沈める気もございません。人間様に本気を出してしまった場合、例外を除き、間違いなく死んでしまいますし。まぁ、優しく、ぽかりとやるのが積の山です。

 と、いう訳で、緩く成敗し、ついでに恐れの感情でも頂こうと、タスタスとやって来る足音に備えます。

 ついに、足音は部屋の前で止まり、襖に手を掛ける所作が伝わってきました。

 私はひたすらその時まで、待ち構えます。気配を殺し、自分の息遣いすら耳に響くような、鼓動の音が聞こえてくるような静寂の中、すっ、と襖が空くのをひたすら待ちます。

 

 遂にすっ、と襖が横に移動しました。

 ───今ですっ!!!

 

 その人影が居間に踏み入れるか、否かの瞬間に怒号と共に飛び出しました。

 

「こらぁぁぁぁ!!」

「邪魔す──うわっ!?」

 

 意外と声が若いというか、女性の声に驚きつつも人間が認知出来るギリギリの力で居間を駆け抜けます。約三歩。

 タン、タン、タンと畳を出来るだけ優しく踏み、襖の元へと飛び込んでいきます。

 向こうも相当驚いた様で、声をあげていますが───もう、遅い。

 

 受けよ! 正義の新聞紙!!

 

 と、二歩と、三歩目の間で新聞紙を振り上げ、その侵入者の頭に届くように、三歩目で踏み切──ろうとした瞬間に、真横から脚が飛んで来るのがちらと目に入りました。

 襲い掛かる脚に対し、既に私の身体は伸びきっており、避ける術はありません。

 なす術なく、私のわき腹に侵入者の脚がげしっと食い込み、私の身体は斜めに吹っ飛んでいきました。

 

「ぎゃふん!!」

 

 そんな言葉を侵入者の足元に残しつつ、ごちんと壁に激突しまして、危うく意識を手放しそうになってしまいました。

 すんでの所で踏みとどまり、痛む後頭部を抑えつつ、見上げると、もんぺを着た白髪のお方が此方を覗きこんでおられました。

 

「大丈夫か? いきなり飛び出してくるなんてびっくりしたよ」

 

 私に止めを刺す訳でもなく、此方を心配する様子を見ると、どうやら盗人では無い様子。

 頭をさすりさすりしつつ、どなたかを問いかけます。

 

「あの……どちら様でしょうか?」

「慧音から何にも聞いていないか? 不在時の世話係を任されてきたんだが。──っと立てるか?」

 

 そんな事を言いつつ、手を伸ばして下さる白髪のお方。

 人間様の様な姿をしていらっしゃるのに、人間では無い。どちらかと言うと、妖怪の様な気配を感じる。そんな印象を受けました。

 伸ばして下さる手をとりつつ、挨拶をします。

 

「はじめまして、私、韮塚袖引と言うものです」

「あぁ、聞いているよ、藤原妹紅だ。よろしく」

 

 グイッと引き起こして貰いますと、思ったより顔が近寄ってきました。

 綺麗な白髪が腰まで伸ばされ、赤い目が私を捉えています。しゅっとしたお顔は同性の私でも見とれてしまうほど。

 そんなことを考えていますと、藤原様の口が開かれます。

 

「しかし、お前可愛いな」

「………へ?」

 

 心の準備が出来ていない所に、特大級の花火が撃ち込まれた気分です。突然の言葉は、私の中でドガドガと破裂していき、思わず言葉が詰まってしまいました。

 いや、ですけれど、気分としては悪くありません。むしろ良いと言っても過言ではない程です。

 ほぼ初対面ではありますが、相手の顔は整っており、じっと見つめ返されると、思わず頬が紅潮してしまう程。

 えへ、えへへへと、愛想笑いも出来ず、ただ石のように固まるだけ。 

 カチコチになった此方を心配したのか、藤原様は私の肩をがっしりと掴み、ゆさゆさと揺すって来ました。

 

「おーい、いきなり固まったけど大丈夫か?」

 

 更に顔が近寄って来まして、私はもう顔が茹で上がり、色々とギリギリの状態。

 この姿勢から、接吻、そのまま襲われる所まで妄想した後、ハッと我に帰ります。

 

 慌てて、手を振り払い、目を見開き、自分の身を掻き抱きます。

 

「わ、私に何をする気ですか!?」

「………強く蹴りすぎたかな?」

 

 そんな困ったお顔をしつつ頬をポリポリと掻く、藤原様。その態度を見て、初めて此方と、向こうの温度差に気づきました。

 

 もしかして、私はとんでもない勘違いをしてしまったのでは無いでしょうか!?

 おずおずと、藤原様に質問します。

 

「あの……先程の可愛いとは?」

「んん? あぁ、小さくて可愛いと言おうとしたんだけど」

「小さい………ぐぬぬぬ」

 

 小さいという言葉に引っ掛かりますが、怒濤の流れに悪癖もおいてけぼり。

 ついていけなくなった感情の代わりに、顔中の血が沸騰したように真っ赤になってせり上がってきます。

 勘違いという言葉が横っ面をひっぱたき、ずっしりと重みを背負わせてきました。

 やってしまった、という感覚にうちひしがれておりますと、藤原様は、此方を見てポツリと呟きました。

 

「変な奴だな」

 

 ……はい、返す言葉もございません。

 

 藤原様との最初の出会いはこの様な感じ、これから藤原様とは心配性気味の上白沢様の愚痴を共有したりと、様々な此方の失敗を笑って貰いつつも、良くして下さいました。

 

 

 泊まって二日、三日。

 そんな、楽しくも騒がしい生活に囲まれていました。

 こんなに毎日が騒がしいのは、いつの頃ぶりだか思い出せない位久々で、朝起きれば人がいて、朝御飯を作って貰える。

 普遍的な幸せをここ数日で、充分に噛み締めました。

 そんな騒がしい生活()()()()()()()、考えてしまったのかも知れません。

 

 

 静寂が包み込み、別の寝室の寝返りすら聞こえて来そうな、静かな、本当に静かな夜。

 ふと、起きてしまい、もぞもぞとしていると、風が吹き込んできました。

 それは()()()の様に、火照った私の熱を奪っていきます。

 

 私は、布団から起き上がり、初日からモヤモヤし続けていた胸の内と向かい合います。

 それは、私の境界線──

 

 

 いつからか人里に住む様になった私。

 妖怪としての私。

 

 私は、妖怪です。──妖怪の、筈です。

 人を恐れさせ、そこから糧を得るか弱き妖怪。

 それが私、韮塚袖引であった筈。

 

 しかし、今の私は、人里の中心に近い位置にいる人物と接しています。

 あまつさえ、そこで泊まっている。

 彼女は、妖怪? 人間?

 その、どちらでもありません。

 どちらでも無いからこそ、妖怪である私を泊めておけるのでしょう。

 怖がらせる事もなく、怖がる事もない。

 

 彼女がせめて、()()()()()あったなら。

 妖怪、あるいは人間。その()()()()であったのなら、きっと、ここまで決断を遅らせる事は無かったのでしょうね。

 半獣の彼女だからこそ、底抜けに優しい彼女だからこそ、ここまで迷ってしまった。

 柔らかい日差しが薄暗い夕闇に切り込んでくれば、思わず近寄ってしまうものです。

 

 えぇ、当然ながら私は人間様が大好きで、ずっと近くに居たいのです。

 だからこそ、人里に居を構えた。

 そう、だった筈です。

 

 けれど、私は──

 

 そこまで、考え、ハッと現実へと引き戻されました。

 じっとりとした汗がまとわり付き、生ぬるい風が開け放した窓から侵入し、頬を撫でていきます。

 

「──あぁ」

 

 ポツリと呟いた言葉は風に乗って流れてゆき、さ迷いつつ消えていきます。

 静寂が支配する空間は、今まであった喧騒を全て塗り潰すかの如く、重く、重くのしかかってきました。

 

 妖怪であるということ、それは人間では無いと言う事。

 

 ──私は少し、人間様に近寄り過ぎたようです。

 

 この晩、私は、出来るだけ早く此処を去ろうと決意しました。

 

 布団へと戻ると、柔らかな感触が、冷えた私を優しく包んでくれます。

 提供して下さるご飯も美味しく、布団も柔らかい。

 そんな暖かい日差しに、日陰者の私が何時までも居座る訳にも参りません。

 よく眠れていた布団なのに、何故か今晩は居心地が悪く、何度も目を覚ましてしまいました。

 

 

 出会いを交えつつも、何も無い間は全力で妖力を固め、急ぎ形だけの腕を作成しました。

 ようやく指先が動く様になるまで一週間ちょっと。

 まぁ、箸を掴む等の繊細な動きは出来ませんが、握って開くなんて事はお手の物。

 完治したとばかりに、手を結んで開いてと先生の前で手の運動を繰り返します。

 不承不承とばかりに先生も太鼓判を押して下さり、ようやく帰宅の目処が立ちました。

 そうとあれば、そそくさと引き払いの準備を済ませとっとと出ていきましょうとばかりに、すっかり馴染んでいた布団も干し、使わせて頂いたお部屋をお掃除します。

 掃除も終わり、一息つくと、慣れ始めたお部屋もすっかりと伽藍堂。そこにあった温もりもすっと消え、忘れられたかの様に、ポツンと、部屋の隅に布団が取り残されておりました。

 心の底で囁きかける誘惑を無視しつつも、私は部屋を後に致します。

 

 ここの主は、来客数も多く、人柄も良い。私のような粗忽者が居座っていても迷惑するだけです。

 

 とっとっと、と下まで降りて行き、今までのお礼と挨拶を申し上げました。

 やはり、と言うかなんというか、まだ泊まっていくといい、なんて温かいお言葉も頂けましたが、丁重にお断りさせて頂きまして、そそくさと自宅へと帰還致しました。

 

 

 一週間ぶりと、特に長くも無い期間空けていただけというのに、懐かしい感覚に囚われる我が家に帰宅しまして、着物の帯を緩め、ひと心地。

 ふぅ、と安心しつつも、何となく痛む右腕をさすり、我が家を堪能します。痛い程の静寂が身体にまとわりつき、外の喧騒がやたら五月蝿く耳をついてきました。

 何となくいたたまれなくなり、お湯でも沸かすかと立ち上がりますと、背中からガラガラと戸の開く音。

 

「こんにちは、空いているかしら?」

 

 そんな、声が店内を木霊します。

 ふっ、と振り向くと、青を基調としたお洋服に白き前掛けをつけていらっしゃる、見慣れない姿の女の方。

 その髪は銀色で、結わえられており、いかにも仕事の出で立ち。

 

「あぁ、えっと……」

 

 少し、思うところがあったと言いますか、物思いに耽っていたというか、何にも考えていなかったと言うべきか、ぐるぐるとした気分であった為に、まともな返答が出来ません。

 それを肯定と受け取ったのか、そのお方は此方まで近寄って参りまして、言葉を発します。

 

 

「仕事、受けてくれるかしら?」

 

 なんとなく、私はこの仕事を受けてしまいます。

 

 結果的に、私はこの仕事に救われる形となりました。モヤモヤと、雲が掛かった気持ちを吹き飛ばしてくれるような方達と対面いたします。

 

 えぇ……忘れることは出来ません。色んな意味で……

 

 そんなこんなで、今回はここまでとさせて頂きます。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 



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ご依頼だよ 袖引ちゃん

 紅かった霧は既に晴れ、青々とした空が広がっております。

 それに対し、私の心はグルグルと、とぐろを巻き、くだを巻く。曇天のように重く、暗い。そんな空気を抱えつつも、お洋服を召したお客様について参りました。

 蝉はうるさい程に大声を上げ鳴き喚く、夏の頃

 

 

 私、韮塚 袖引 依頼されております。

 

 

 心に色々と抱えつつも、先生様のお家から帰宅し、荷物や心を整理し一心地、なんて洒落込もうと画策しておりましたが、何やら見慣れぬ服装の訪問者様がいらっしゃりました。

 青と白の仕事着の様なものを御召しになり、銀髪を揺らし、ガラガラと戸を開け、お仕事のご依頼をなさった訪問者様。

 何となく空虚な心持ちだった為、その依頼を二つ返事でお受けいたしました。

 

 右腕も漸く動くようになり、早く勘を取り戻さねばなんて心もあったのかもしれません。

 いずれにせよ、私はお客様とのご依頼をお聞きする事と相成りました。

 

 話をお聞き致しますと、何やらあるお屋敷に住んでいらっしゃるお方で、めいど? というお女中にあたる、ご職業のお方。

 お名前は十六夜 咲夜様と名乗っておいででした。

 

 お互いに自己紹介を済ませつつ、何故このような寂れた店を? なんて質問を致しました。

 すると、十六夜様は、腕の良い服屋は無いか、と霧雨店に聞いた所、此処を紹介されたとの事。

 上白沢様がおっしゃっていたように、私が守護についていた事は知られていない事に感謝しつつ、霧雨店の名前が挙がったことに驚きました。

 袖振り合うのも多少の縁、なんて言うお言葉もございますが、普段からお世話になっているお方からのご紹介を頂いてしまい、色々と込み上げる物がございました。

 人間様との距離間について思うところがございました故、手放しで喜べない状態でありましたが、やはり嬉しい物は嬉しい物。

 

 此方に信を置き、紹介をして頂いた霧雨店様の為にも、この依頼は完遂せねばなりません。

 

 感謝しつつも、十六夜様のご依頼に耳を傾けます。

 十六夜様がお勤めになっているお屋敷ですが、めいど様が大量に勤めていらっしゃり、その責任者にあたるのが十六夜様だそうです。

 そして、その大量にいらっしゃるめいど様のお洋服が、大量にボロボロになってしまった様で、買い替える、あるいは手直ししてしまいたいという事で霧雨店に相談したところ、此方を紹介して頂いたという流れだそうです。聞いた所、妖怪であることも伝わっており、仕事もしやすい。店主には頭があがりません。

 

 ともかく、此方に至った流れを、なるほどなるほど、と理解しつつも、仕事の内容を頭でグツグツと煮詰めていきます。元々こういった事に適正があったのか筋道立てる作業は得意でございます。……得意ですからね?

 

 何はともあれ、採寸しないことには始まりません。十六夜様にその事を伝えると。あぁ、と得心がいったようで、うんうんと頷き、呟くように仰いました。

 

「それもそうね、じゃあついてきて下さいな」

 

 なんて了承して下さり、ガラガラと再び戸を開け表へと出て行かれる十六夜様。私もそれに伴って、ぱっぱっぱっ、と仕事道具を手早くまとめ、腰を落ち着ける暇すらなかった我が家を尻目に表へと踏み出しました。

 

 戸から一歩踏み出すと、薄暗い場所にいた為か、ギラギラと照りつけるお天道様が目にグサグサ突き刺さる。目をやられぬように左手でひさしを作りつつ外に出ると十六夜様も同じ仕草。

 暑いですね、なんて話しつつもテキパキと戸締りを済ませ、いざ行かんまだ見ぬお屋敷へ、とばかりに少しでも沈んだ感情を引きあげつつも、十六夜様に準備完了の意を伝えます。

 

「お待たせしました」

「そう? なら行こうかしら」

 

 その言葉と共に十六夜様はふわりと飛び上がりました。……飛び上がりました。

 飛んだ事に驚き固まっておりますと、十六夜様は振り返り、飛ばないの? と言いたげな視線を此方に向けておられました。しまった、と慌てて飛び上がり、十六夜様の近くへ。めいどと言う職業とやらは飛ばねば出来ない過酷なご職業なのかと内心震えつつも、十六夜様に追従します。

 

 ついこの間、右腕を置き忘れてきた辺りを通り抜け、どんどん人里から離れていきます。

 

 時折、魔理沙さんの様に人里に住むことを好まずに自由気ままに居を構える方がいらっしゃいます。

 当然ながら、人里から離れて生活する方たちに、妖怪達は遠慮する義理などございません。実力の無い者が人里の外に住んでしまえばあっという間に妖怪達の腹の中。

 故に、外に居を構える方々は一癖も二癖もある方が大半でございます。

 今回もそんな癖のあるお方なのだろうなぁ、なんて思いつつも、十六夜様の後ろをふいー、と飛行しております。

 

 道中、沈んだ心を溶かすように夏の爽やかな風が頬を撫でていきました。風が青々とした木々の上を走り抜け、木々がざわめきます。

 蝉の声が近くから、遠くから、とさまざまな方向から聞こえ、夏だという事をこれでもかと知らせておりました。

 

 ふと、十六夜様に対しては悪癖が鳴りを潜めていることに気が付きます。人間様相手には誰かれ構わず発動するこの憎たらしい悪癖。

 いつもでしたら、そろそろ腹の虫の如くぎゃあぎゃあと騒ぎ出し、多大な迷惑をおかけする頃合いなのですが、とんと反応がございません。

 妖怪になってからというもの、ずっとお付き合いしてきたこの悪癖がついに夏の暑さでくたばったか、と少しワクワクいたしますが、この程度でくたばる物なら私とて苦労はしてこなかったでしょう。

 おそらくは十六夜様が理知的であり、更には私に対して子供扱いするような視線をこれぽっちも向けて来ない事に由来するのでしょう。

 普段私に接する方たちは、多少なりとも子供に向ける様な視線交じりに私と接してくださいます。これは決して悪い事ではございません。人間様は多少の差はあれど基本見た目で判断するもの。これは私も理解しているつもりです。

 故に、見た目の件で軽んじられる事が無い限りは、憎たらしい悪癖とて騒ぎ出しません。

 しかし、その逆は実に珍しい。紹介があったとはいえ、初のお客様である十六夜様。大抵初のお客様である方達はこちらを見くびったり、態度が軟化するものでございますが、十六夜様がこちらに向けてくださる視線や態度には、見た目が子供である事を前提とした態度が一切無く、一介の商人として扱って下さいます。

 その扱いが実に心地よく、少し嬉しくもあります。だからこそ悪癖も鳴りを潜めているのでしょう。

 

 そんな考え事をしている内に幻想郷の湖の中では一番有名といって過言ではない、霧の湖周辺までやって参りました。霧の、と聞いて何かが脳裏を掠めたところで、十六夜様が口を開きました。

 

「もうすぐ着きますわ。こんなところまで来てもらって悪いわね」

 

 本当に悪いと思っているような表情でそんな事を仰ってくださいます。本人の人徳なのか、はたまた同じ労働者としての気遣いなのかは、未熟者の私には判別できませんがそんな気遣いを頂いて悪い気分になる訳がございません。

 脳裏に掠った何かをぽいっと放り出し、最大級の丁寧さで返答致しました。

 

「いえいえ、とんでもありません! お客様のためなら例え火の中、水の中、悪魔の館にだって参りますとも!」

 

 そんな、お決まりの様な文句に十六夜様はクスリと笑って下さいました。白く細い指を口にあてがい微笑む姿は非常に様になっており、十六夜様の名前にもございます月すらも魅了してしまう。そんな魅力をお持ちでありました。

 そんな素敵な笑顔のまま、十六夜様は返答してくださいました。

 

「そう、なら良かったわ」

 

 そんな和気藹々とした、雰囲気のまま湖の畔を飛んでいきますと、見えてくるのは大きなお屋敷。

 そのお屋敷は何と言いますか、非常に真っ赤、いえ、深紅と言うべきお館でありました。

 

 あっ、と、頭に電撃が走った気分でした。

 そう、この時点でようやく私は気が付きました。気がついてしまいました。一週間程前に起きた異変の黒幕が住まう館が、霧の湖周辺にあったということを。

 異変が終了した数日後に上白沢様から聞いていた事をすっかりと忘れ、何も考えぬままここまでやってきてしまいました。

 沈んだ気分とか、人間様との距離感など地平の彼方へとすっ飛んでいき、これはまずいぞ、とばかりに押しつぶされそうな焦燥が胸をジリジリと焦がしていきます。

 暑さでかく汗とは、また違った汗が背中や頬をダラダラと濡らしていき、すでに身体中汗まみれ。私の早とちりであれと願っておりましたがどうやら徒労に終わる様子。

 つい、先ほど十六夜様に啖呵を切ってしまったばかりに逃げるに逃げるという選択肢も取れず、どんどんと目に優しくない館に近づいていきました。

 

 じたばたとする時間も無く、目の前へと辿り着き、先に十六夜様が降り立ちました。

 何をされてしまうのか、なんて不安を抱えつつも、私もそれに続き降り立ちます。不安からかやたら地面がうねり、私を飲み込もうとしているのかと錯覚してしまう程。

 先程の沈んだ気分はどこへやら、まずは生きて帰ることが出来るのか、なんて考えで頭がいっぱいとなりました。

 

 そんな考えのままぎこちなく地面に降り立ちますと、出迎えてくださいますのは何やら緑色の中華服をお召しになさった女性のお方。

 紅い髪を腰まで伸ばし、スラリと伸びた手足は適度に筋肉がついており、健康的な美を誇っておられます。そして何よりも、立っていらっしゃるお姿が美しく芯がすっと一本通っているような印象を受けました。

 その美しいお方がふにゃっと微笑みつつ手をひらひらと振り、十六夜様に挨拶しました。

 

「お帰りなさい、咲夜さん! ……そちらの方は?」

 

 興味深そうな視線がこちらに向けられ思わずビクリとしてしまいます。そんなビクビクとした私の様子を気に留めることなく十六夜様は答えました。

 

「こちらは袖引さん。メイド服の仕立てに呼んだの」

「あぁ、この前手酷くやられてましたからね」

 

 なるほど、なんて言いつつも門を開けてくださいます。

 そして、こちらに向き直り、深くお辞儀をしてくださいました。

 

「ようこそ、紅魔館へ。私は紅美鈴。歓迎いたしますよ、ご客人」

 

 ニコッと、爽やかな笑顔を此方に向けてくださる美鈴様。こんな丁寧に挨拶をされてしまったら(わたくし)も返さねば不義理というもの。緊張で跳ね回る心臓を抑えつけつつ、きっちりお辞儀。

 

「ご丁寧にありがとうございます。私は、韮塚袖引と申します」

 

 お辞儀を返し頭を上げると、紅様は驚いた様な表情を少し浮かべ、その後、微笑んでくださいました。

 

「はい、よろしくお願いしますね、袖引さん!!」

 

 ふっ、どうです? なんて内心で自慢している余裕すら無いままに、紅様と挨拶を交わしつつも、十六夜様に導かれ、紅い館の敷地へと入っていきます。

 暖かい歓迎を受けていても、入る場所は変わりません。異変の黒幕の居城へ踏み入れる私の脈拍は最高潮。バクバクと心の臓が元気に跳ね回り、今にも口から飛び出さんばかり。

 笑みを浮かべる余裕すら無くなり、ギギギとぎごちないで十六夜様にやっとの思いでついていきます。

 必死に記憶の端を漁り、上白沢様との会話を思い出します。確か、首謀者は吸血鬼であらせられた筈です。その方は500年生きられていらっしゃるとかなんとか。

 私の倍以上生きられているお方。しかも、あの霊夢さんと互角以上にやり合ったなんて噂もございます。

 さぞかし威厳もたっぷりな事であると思われます。そんな方に、私の様なちんけな妖怪が粗相をしてしまった暁には、この館の染みの一つになるのでしょうね。この真っ赤なお館にはさぞかし良く映えることでしょう。

 

 そら恐ろしい想像をしつつ、私の背丈の三倍はあろうかという大きな扉を潜ると、やはりと言うか、何というか眼前には真っ赤な景色が広がっておりました。

 階段も、敷物も、天井すらも紅いのです。私、これには面食らってしまい、しばし反応する事が出来ませんでした。

 私が呆然としている間に何処かに置いたのか、いつの間にか十六夜様がぶら下げていた荷物は消えており、此方へ、と案内してくださいます。

 口をあんぐり開けたまま付いていきますと、衣装箪笥がずらりと並ぶ部屋へと通されました。

 

 そのまま、十六夜様は衣装箪笥から何かを取り出し、私に手渡しました。私の片手にぎりぎり収まるくらいかそうで無いかぐらいのそれは、上質な布地で出来ているようで手触りが良く、手の内でこねくりまわしたい衝動に駆られます。 

 そんな衝動を抑えつつ目を凝らして見てみると、それは私が商売道具にしている物。

 

「服……?」

 

 あまりにその服が小さかった為、思わず呟いてしまいました。

 その声はしっかりと聞こえていたようで、十六夜様が頷き返答しました。

 

「そう、それをあなたに作って欲しいの」

 

 美しい相貌が私をしっかりと捉えました。それはまるでこれ位ならばお手の物でしょ? と言いたげに見える視線であり、そんな眼差しに耐えることが出来ず、少し身じろぎしてしまいます。

 万全の状態であれば、苦労する事もきっと無かったのでしょうが、今回ばかりは事情が違います。

 先週食物となった右腕は強引に生やしており、物を触っていても、何重にも巻いた包帯の上から触っているような感覚が続き、万全の状態とは言えません。

 重ねて、いままで殆ど作る機会がなかった超小型のお洋服。思わず、何故依頼を受けてしまったのかと後悔してしまいました。感傷に浸り、気軽に依頼を受けた自分を気の行くまで殴ってしまいたいばかりでした。

 

 まぁ、そんな事をしていても始まりません。どういった物を作るかを見させて頂きましたら、次は実際に採寸あるのみです。その事を十六夜様に伝えようと口を開きかけた瞬間に、ガチャリと扉が開きました。

 扉から覗いたのは、私の顔の高さ程にある愛らしいお顔。青みがかかった銀髪を揺らし、ひょこっと顔だけをおだししておりました。そんな可愛らしいお方が口を開きます。

 

「さくやー、こっちにいるって来たんだけど」

「あら、お嬢様。今日はお早いですね」

「霊夢は、これくらいの時間には起きてると言うからね、たまには人間を真似してみたの」

 

 十六夜様は少し驚いたような表情を浮かべたかと思うと、いつの間にか扉を開けており、可愛らしい少女の傍らに立ちました。

 先ほどもありましたが、もしかして十六夜様は瞬間移動能力をお持ちなのでしょうか? なんて呑気な事を考えている暇はございませんでした。

 部屋に入った少女は、私を見ると面白そうに笑い、切れ長の目をすっと細めました。

 その瞬間、背骨を掴まれたような悪寒が身体中を這いずります。生存本能が警鐘を鳴らし、今すぐ逃げよ、と警告してきます。

 しかし、息は上がり、足は竦み、目は霞む。どうにか意識を持っていかれない様に、気を()()締め、倒れぬ様にするのが精一杯。

 紅い内装も、手に持つ小さな服も目に入りません。目に入るのはただただ、目の前の方の双眸のみ。紅く、赤く、眼前が紅色一色に染まります。

 紅い血溜まりから手が伸び、私を引きずり込んでいく。そんな感覚が私を襲い、どんどんと息苦しくなっていきます。ゴポゴポと溺れる様な感覚の中、藁を引き寄せる様な感覚で必死に意識を繋ぎ留めます。

 永劫にも似た長い時間の後、突然ふっと身体が軽くなりました。私は解放されるや否や、ぜえぜえと息を膝に手をつき空気を求め喘ぐ私。荒い息を吐いておりますと、頭の上から楽しそうな声が掛かりました。

 

「あら、気絶しないのね、気絶したら朝ごはんにでもしようと思っていたのだけど」

 

 息を整えつつ見上げると、艶めかしく舌なめずりをする少女の姿。妖艶にニタリと笑いながら唇を湿らす姿はやたらと様になっており、何年も生きてきた威厳を感じさせます。

 そのまま固まっていると、フッと楽しそうに笑い、十六夜様に振り向きます。

 

「耐えられるなんて中々ね。……で、こいつ誰かしら?」

 

 知らないで朝食にされかけた、という恐怖を味わいつつ、会話の行方を見守っておりますと、こんな事は日常茶飯事、とばかりに平然としていらっしゃる十六夜様が返しました。

 

「この方は、人里に住まう呉服屋で、今回は妖精メイドの採寸の為に招きました」

「あぁ、なるほど、で、名前は?」

 

 十六夜様の返答を聞き納得したように頷くと、再度こちらに紅い目を向けてきました。それに追従し十六夜様もこちらを向きまして、合計四つの瞳が私を見つめていらっしゃいます。自己紹介をしろという事なのでしょう。

 こちらの状態と言えば、先ほどの威圧から完全に立ち直っておらず、息も絶え絶えの状態。そんな中ではまともな返答なんて出来るはずもありません。……出来ませんよね? 

 故にこうなったのは必然と言うか、仕方のない事だったのです。

 

「私は、……あれ? 誰でしたっけ?」

「えっ?」

「お嬢様……」

 

 えぇ、あまりの緊張感に一瞬記憶が飛んでいたというか、意識が混濁していたのです。

 口に出して、ようやく記憶が里帰り。しかし、口に出した言葉はもう帰ってきません。質問を下さった方は固まり、十六夜様はあーあ、とでも言いたげなあきれ顔。

 取り繕うにも一瞬だけとは言え我を忘れていたのもまた事実。嘘でしたとも言えず訂正する機を逸します。

 どうしたものかと悩んでいると、次の会話が始まっておりました。

 先程から、お嬢様と呼ばれ続けていらっしゃるお方が、十六夜様の視線に困った様な表情を見せます。

 

「あー強く威圧しすぎたわね……咲夜、そんな目で睨まないで頂戴」

「ですが、袖引さんがおかしくなったのはお嬢様の責任ですよ」

「うっ……うー、わかったわよ! パチェのとこに連れて行きなさい!」

「かしこまりました」

 

 そんな、会話が繰り広げられた後、十六夜様がこちらへ向かってきました。

 さすがに、記憶の混濁も一瞬だけでしたし、お客様相手に迷惑はかけられぬと辞退するべし、努力をしようと思いましたが、いまここで、直りました、なんてほざこうものなら目の前のお嬢様とやらの怒りを買い、壁の染み。なんて事になりかねません。

 本日何回目かの、何て事をしてしまったのでしょう、と言う念に駆られながらも、十六夜様に従い、ついていく他ありませんでした。

 不都合な事にお嬢様な少女も暇を持て余していたのか、私たちについて来てしまいました。

 

 十六夜様に従い、カツンカツンと階段を下り、地下へ下っていきます。階段を降りきるとまたしても大きな扉が私を出迎えました。

 慣れている手つきで十六夜様がギギギと扉を開け放つとそこは本の海。

 どうしたものか、なんて考えている内に、知識溢れる場所へとご到着。これから起きるであろう事に私、不安で胸が一杯でございます。

 

 蝋燭がユラユラと揺れ部屋を照らしていますが明かりは十分とは言えず中々に薄暗い。そんな夕闇を思い出すような薄暗い空間に、私は足を踏み入れました。

 

 

 

 さて、私にとって非常に刺激的な出張は、まだまだ続く事と相成りました。

 目に入るのは大量の本、出会ったのは知識深い魔女様と、その方に仕える司書様でございました。

 

 果たして、無事に帰る事が出来るのでしょうか? 

 なんて、興味を引く文言を呟いて見せても、所詮は思い出話。出来ない訳がありません。

 いつもよりちょっぴり刺激的な日常をお見せするだけなのです。

 

 長くなりましたので、ここにて一旦お開きとさせて頂きます。 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。



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ご相談だよ 袖引ちゃん

 カツカツと階段を降りた先は知識の海原。

 私を埋めつくさんばかりの本が所狭しと並ぶ素晴らしい場所。

 真っ赤一色の館の中で実に彩り豊かな場所でございます。

 

 真っ赤な嘘とは言わずとも、結果的に嘘を吐いてしまった私めは、そんな海に沈んでいくことになるのでした。

 季節は言わずもがな夏の頃。夕闇の如き薄暗い地下からお送り致します。

 

 私、韮塚 袖引 相談しております。

 

 

 薄暗い階段を下っていくごとに、コツコツという音が響き、蝋燭の明かりは私たちが通り抜けるごとにゆらゆらと揺れ、私たちの影を揺らします。

 

 そして、私の心もグラグラと、天地がひっくり返ったかの様に動揺しておりました。どうしよう、どうしようという文言が心の中に木霊し、ドンドン焦りを増加させております。

 すでに私の気持ちはギリギリまで湯を張った桶の様な物。ちょっと揺らしただけで色々と漏れてきてしまいそうな状態であり、引くも出来ず、進むも出来ず、足踏み状態。

 ついにドン詰まりの中、階段は終わりを告げ、またしても大きな扉の目の前へとたどり着いてしまいました。

 

 よどみの無い動作で十六夜様が、大きな扉をギギギと開きますと、中から古びた本の香りがフワッと漂ってまいりました。

 本居様が経営していらっしゃる鈴奈庵の墨の香り入り混じる香りともまた違っており、たまに商人さんが使っていらっしゃる、万年筆に良く似ていらっしゃるインクの香りと、カビとホコリと古い紙の香りが入り混じる古びた知識の香りが漂っておりました。

 その雰囲気は静謐そのもの。本から空気に至るまで全てが息を潜めている。そんな静寂が支配しておりました。

 

 そんな知識の海に圧倒されておりますと、すすすと、お嬢様な方が邪魔するわよー、と入っていきました。静寂をぶち壊さん勢いで入っていくその姿に呆然としておりますと、十六夜様がどうぞの仕草。お次はどうやら私の番の様子。私は、十六夜様に促されるままにそっと部屋へ足を踏み入れました。

 恐る恐る足を踏み入れますと、ふかふかの地面が私の草履を包んでいき、更に場違い感と言いますか、私めの様な弱小妖怪では不釣り合いだぞ、と警告されている様でありました。

 助けを求める様に後ろをぐるりと振り向くと、十六夜様がギィと極力音を立てない様に扉を閉じつつ入ってきておりまして、それの扉がまた、牢獄の檻の様に感じてしまい、心の中では閉めないでーと声を大にしておりました。

 

 ついにはバタンと閉まりきり、退路が断たれ、進むしかない状態。

 

 しかし、先に行ったお嬢様さんはずんずんと先へ行ってしまい、薄暗い棚の中何処へ進むべきかも分かりません。半ば涙目の様相で十六夜様の方に振り向きますと、お先へと促すばかり。不安を抱えつつ、本の海で二の足を踏んでおりますと、棚の奥から声が響いてきました。 

 

「誰かしら?」

 

 少し眠たげな声が棚の奥から響き、ひょこっと、ゆったりとした服をお召しになさった御方が長い紫髪を揺らし、顔を出しました。

 全体的に色素が薄いというか、病的なまでに肌が白く、薄暗い中、その病的な白肌はぼぅと浮き上がる様でした。

 と、まぁ、そこまでしっかりと描写出来る程の余裕なんぞ当然ございません。いきなり、響いた声に私の身体は飛び上がらんばかりでした。

 バクバクと高鳴る心臓を抑えつけつつ、振り向きますと不審げな表情で此方を見つめる方が一人。返答に困っておりますと、十六夜様が駆けつけて下さり、事情を説明してくださいました。……当然記憶喪失であるという事を交えながら。

 今度こそ訂正の機会を失ったとばかりに打ちひしがれておりますと、こちらはパチュリー・ノーレッジ様と紹介してくださる十六夜様。魔女であるという説明を受け、魔理沙さんの事を思い出しておりますと、ズンズンと先に進んでいらした少女さんが不満げな表情をぶら下げつつ戻って参りました。

 そんな不満げな表情のまま、少女さんは仰いました。

 

「ちょっとパチェ! いるなら返事位しなさいよ」

「いいじゃない別に、いちいち声を出すのも面倒」

 

 そんな不満の声を聞いて、面倒くさいとばかりに表情を変化させ、雑に返答してまして仲が悪いのかと思えばそうでもなく、そのまま会話を続けていらっしゃいました。

 私は手持ち無沙汰のままその会話を聞きつつ、本棚をぐるりと見渡しておりますと、本棚の奥にいらっしゃった赤い髪の方のばったりと目が合わさってしまいました。

 暗いからいまいち表情等が分かりかねますが、どうやらちょいちょいと手招きをしていらっしゃるご様子。然程強い力も感じられず、このお二方のお近くに侍るよりはマシかと考え、そちらの方まで近寄って行きました。

 まぁ、今思えばなんて迂闊であったかと罵倒してしまいたい程ではありますが、当時としてはもう、脳内が二転三転、気も動転してしまい、コロコロと変化する状況に全く頭がついていけなかった為、仕方がありませんでした。えぇ、仕方がなかったのです。

 何はともあれ、悪魔の館で愚かにも手招きに乗ってしまった私はそれ相応の報いを受けることと相成りました。

 

 手招きに乗せられ近寄っていきますと、クイクイとお二人の死角に連れ込まれました。そして話の出来る距離まで近寄りますと、きちっとした服を着こんだ赤髪のお方の姿がはっきりとして参りました。

 腰位までの赤髪に、闇に溶け込みそうな暗い色をしたお洋服。巷ではスーツなんて呼ばれていらっしゃる物をかっちりと着込み、美しいと言っても過言では無いそのお顔に、何やら怪しげな笑顔を貼り付けておいででした。

 その方は極めて優しい口調で此方に話し掛けてくださいました。

 

「こんにちは、私は小悪魔と申します! 貴女のお名前は?」

 

 妖しげな笑みは何処へやら、先程の妖しげな笑顔は見間違いかと勘違いをしてしまう速さで人当たりの良い笑顔を浮かべ、此方に挨拶して下さいました。

 この挨拶を見て、私はコロリとやられてしまったのです。初恋の乙女ですらもう少し疑うでしょうと言った所。

 しかし、すでに私の脳内は、ようやくまともな人に会えた! の一点張り。疑う余地など私の小さい身体には存在致しませんでした。

 まともな人、相手をそう思い込んだら最後。私は頭や背中にございます、蝙蝠に似た羽など目に入らずに、ただひたすら歓喜しておりました。

 そんな嬉しくなってしまった気分のまま、私は名前をポロリと教えてしまいます。

 

「はい、私は韮塚 袖引と申します」

 

 そう名前を答えますと、ニヤリと三日月を彷彿とさせる様な笑みが相手方のお口に浮かびました。そんな笑みを張り付けたまま、呟くようにこちらに言葉を投げかけました。

 

「いい子ですねー。──本当にいい子」

 

 その言葉と共に、頭に手を伸ばしてきます。身長差がある私は、頭上から伸ばされた手を……受け入れました。

 サラサラと普段最低限の手入れしかしていない髪の上を、白く細い指が流れていきます。まるで、心が溶かされていくように心地よい感覚が流れていきました。

 視界がだんだんと揺れ始め、軽い酩酊感を覚え、心は軽く、まるで天にも昇る気持ちで──

 小悪魔さんが、更に言葉を続けました。その言葉は耳にこびりつく様に反響し、私を更に揺らしていきました。

 

「あなた、迷っている事があるでしょう?」

 

 目の前にいる方はもうニタリとした笑みを隠そうともしません。それでも何故か逆らえずに、ただ頭を撫でる手の感覚だけが適度に心地よく脳髄に響いておりました。

 とろけるような感覚の中、ただひたすらに目の前の方に告げられた言葉を反芻します。

 迷っていること、迷っていたこと。………何か忘れているような。何か失くしたような。そんな感覚に気づき、更に深く探っていきます。

 まどろみに近い感覚の中で、私は、何か零れ落ちてしまった様な物を探りあてました。それは手を伸ばせば掴めそうな位置にあり、私はそれに手を──

 

「その揺れる魂が本当に美味しそうで、美味しそうで! ───ねぇ、味見させて頂けませんか?」

 

 その言葉にはっ、と引き戻されまして、眠気の様な感覚とともに浮かんでいた事も吹き飛んでいきました。気が付くと小悪魔さんは、撫でていた手を引っ込め、ベロリと真っ赤な舌を出し、右手で胸元を緩めつつ、更に一歩。私との距離を縮めました。

 そんな淫靡な雰囲気に気圧されて、いつの間にか動ける様になった足をズリ、と一歩後ろへ引こうとすると、とす、と背中に本棚がぶつかってしまいます。ハァハァと艶やかな息を弾ませて、また一歩。すらりと綺麗な足が近寄って参りました。

 

 私は二日酔いの様にガンガンと痛む頭を抑えつつ、どうにか離脱することを考えます。しかし一歩遅かった様で、小悪魔さんの両腕がドン、と私の頭を挟み込む様に壁に押し付けられました。

 目前に程よい大きさのお胸と、綺麗なお顔が迫ります。そのお顔は完全に紅潮しており、ある意味ではこの館に相応しい顔色となっておりました。

 

「逃しませんよぉ、こんなに美味しそうなのは久々です……」

 

 熱い吐息が私へと掛かり、熱を伝導させていきます。

 あぁ、此処で襲われてしまうなんて、と少し呑気な事を考えつつも、どうにかして脱出を試みますが、実力行使以外ではどうにも抜け出せない様子。

 先ほどまでは無様にも、妖しい術にかかっておりましたが、二度目はありません。……ありませんよ?

 まぁ、ともかくとして、どうにかして暴力沙汰以外でこの状況を抜け出したいものです。こんな場所で事を構えた日には、十六夜様を始め、色々な方が私目掛けて報復、という事にもなりかねません。そうなってしまえばまず勝ち目なんぞございません。無残に引き裂かれる事でしょう。

 しかも、目の前の小悪魔さんに勝てるとも限りません。本人自体の力は弱いようですが、どこからか力の供給を受けておられる様子。危機察知能力に一家言ある私が見誤ったのも、そこが原因かと思われます。そうに違い無いのです。

 何はともあれ、暴力沙汰以外で抜けたいものですが、目の前の方がそうもさせてくれません。ちょっとでも動けばぶつかる距離まで迫った綺麗な顔。そこから伸び出る舌がこちらの頬を舐ります。

 

「抵抗しないんですかぁ? じゃあイっちゃいますよ?」

 

 さらに息を荒くさせ、せまる顔。もうダメかと言う瞬間。天からの助けが来てくださいました。

 

「何やってるの!」

 

 そんなお声と共に、小悪魔さんの脳天に天罰もとい、分厚い本が振り下ろされました。

 

「痛い!?」

 

 小悪魔さんから悲鳴が上がり、目の前から綺麗なお顔がフッと消えました。

 少し目線を下に送るとうずくまる小悪魔さんの姿。そして、視線を横にやると本を両手で抱えたパチュリー様の姿がございました。

 こちらの姿を見ると一安心した様で、ホッと胸を撫でおろし、話掛けてくださいました。

 

「大丈夫かしら? 変な事は……されているわね」

「あぁ、いえ、お気になさらず」

「はぁ……そういう訳にも行かないの、貴女はレミィのお客さん。私の部下が手を出したとあっては面倒なのよ」

 

 そう言いながらも、パチュリー様は柔らかい布で頬を拭いてくださいました。そのまま、小悪魔さんを見下ろしました。

 ううう、と呻きながらも恨みがましい声で、パチュリー様に非難の声を上げました。

 

「せっかくチャームを掛けたのに酷いですよぉ」

 

 やはり術を掛けられていたかと思うと同時に、反省した気配を見せないその様子に尊敬すら沸いてきました。

 そんな私とは対照的に、パチュリー様は苦い顔。まさしくやれやれといった風体で額に手を当てて、小悪魔さんにお小言を述べました。

 

「小悪魔、見境無さ過ぎ」

「えー、だってこんな可愛い子を見たら、ちょっかい出したくなるじゃないですかー」

 

 口を尖らせ不平不満を述べる姿を見ていると、むしろこちらが悪いのではと思ってしまう程。しかしその態度はパチュリー様の癪に障ったようで、極めて低い声で言いました。

 

「小悪魔、反省室ね」

「えぇ!? あそこはもう嫌です!! 不当です!!」

「正当よ!」

 

 そんな声を出しつつ、あっちに行きなさいと命令しました。どうやら魔力が籠っていたようで、小悪魔さんは逆らわずに退場していきました。

 去っていく最中、小悪魔さんはこちらへと向き、さようならーとばかりに声を投げ掛けてきました。

 

「袖引さーん、また遊びましょうねーー」

 

 そんな声を聞き、パチュリー様はため息、私は何とかなったと安堵の息を吐きました。そんな様子を見て楽しむかの様にニヤニヤしていらっしゃる方が一人。

 

「貸し一つね、パチェ」

 

 いつの間にか、近寄ってきていたお嬢様な方がそんな事をおっしゃいました。それに対し、パチュリー様は面倒だと言わんばかりに私の手を引いていきます。

 そして、すれ違い様に呟きました。

 

「これから帳消しになるんでしょうに」

 

 

 引っ張ってつれて行かれた先は大きな机と椅子そして、一つだけ安楽椅子が配置されている、読書をするような場所。しかし、その机の上には魔法陣やら薬品やらが所狭しと置かれており、いかにも魔女の工房といった風体。

 正直今すぐにでも帰ってしまいたいところではありますが、威圧やら、魅了やらで心身ともに疲れ切っており、促されるままに椅子へと沈み込みました。

 魅了の影響なのか頭がガンガンとしており、今すぐにでも眠ってしまいたい。そんな気分の中、いつの間にか、現れた十六夜様が、紅茶を入れてくださいました。

 こぽぽぽと耳に心地よく響く紅茶に合わせ、私の頭もこっくりこっくり。甘い匂いに誘われる様に、深い眠りへと落ちていきました。

 

 

「でね、そこにいる妖怪のことなんだけど」

「咲夜から事情は聞いたわ。正直面倒なんだけど……貸しだものね」

 

 眠る前にそんな声を聞いたような気も致しますが、もう夢か現実かは、はっきり致しませんでした。

 

 

 

 目が覚めると再び、図書館の中。向かい合わせの安楽椅子にはパチュリー様が座られており、紅茶をすすっておいででした。

 何か夢を見ていたような気も致しますが、とんと思い出せません。寝起きのボンヤリとした頭を捻っていると、パチュリー様がこちらに気がつきました。

 

「あら、目が覚めたかしら?」

 

 紅茶の入った容器を傾けつつも声だけ投げ掛けて下さいました。この声でようやく何処であるかを思い出し、慌てふためき返答しました。

 

「申し訳ございません!! つい、うとうとしてしまい!」

「いいのよ、そっちの方がやりやすかったし」

 

 紅茶を降ろし次は本に視線を落としつつ、返答しておられるパチュリー様。さらにパチュリー様は、それに、と付け加えて話されました。

 

「いろいろと興味深い事も出来たしね」

 

 そんな恐ろしい言葉に、たらりと汗が流れます。恐る恐る、その色々について聞いてみる事に致しました。

 

「あの、その色々というのは?」

「……聞きたい?」

 

 こっちに視線を寄越し、パチュリー様は問いかけます。そこには聞いてはいけないような深淵が隠されているようでつい尻込みをしてしまいました。

 

「い、いえ、大丈夫です」

「そう」

 

 そう仰るとパチュリー様は再び本へと視線を落としてしまわれました。頁をめくる音だけが静寂の図書館に吸い込まれていきました。

 そんな態度にへどもどしておりますと、再びパチュリー様から声が掛かります。

 

「記憶喪失って話だったわよね?」

「え? あ、はい」

「今の所、私に戻せる記憶は見当たらなかったわ」

 

 さらりと言われた事ではありますが、それは当然と言うもの。何故なら、一時的に記憶が飛んだだけの事。そもそも戻せる記憶なんてございません。

 同じ調子のまま、パチュリー様は続けました。

 

「だけど、レミィに突っ込まれるのも面倒だから、治したという事にしておいたわ。それでいいかしら?」

 

 そんな幸運が固まりとなって転がってくるような状況に顔がほころぶのが隠せませんでした。勢い勇んでパチュリー様に返答致します。

 

「いえ! むしろそれで良いんです! それが良いのです! ありがとうございました!」

「そ、そう……」

 

 気圧されたかのように、少し引き気味になるパチュリー様。そんな引いた状態のまま付け足すように言いました。

 

「あぁ、そうそう、右腕がスカスカだったから、そっちは直しておいたわよ。これはサービス」

 

 そんな事を言われ、右手を開いたり閉じたりすると、確かに鈍い痛みが消え去っており、快癒したことが伺えました。再びパチュリー様に向き直り、感謝の念を伝えました。

 

「ありがとうございます」

「大した事では無いわ」

 

 本当に大した事が無い様に、手をひらひらとさせ、応じるパチュリー様。

 お優しい方だと内心でも感謝しておりますと、ギギギと扉が開く音が聞こえ、お嬢様さんが十六夜様を伴なって入って参りました。つかつかと足音はこちらまでやってきまして、私を見るや、言葉を発しました。

 

「ようやくお目覚めかしら? 韮塚とやら」

「あっ、はいお蔭さまで」

 

 そんな高慢な態度を取られましたが、パチュリー様との会話の調子を継続してしまい、非常に穏やかな返答になってしまいました。

 当然そんな態度をとられたお相手さまは調子が外れたとばかりにずるっと転げる勢い。

 そんな拍子抜けした様な表情のまま、こちらに問いかけます。

 

「ま、まぁいいわ、私の名前は言えるかしら?」

 

 記憶喪失が直ったかと確認したいようですが、生憎、目の前にいらっしゃるお方については誰からもご紹介されておりません。

 返答に困った顔を浮かべていると、十六夜様がハッと気が付いたような顔をします。

 そして、うっかり買い物忘れをしたかの様な調子で言葉を発しました。

 

「あ、お嬢様の紹介を忘れていたわ」

 

 その言葉を聞いて更にがっくりとするお嬢様さん。なんというか少し親近感の様なものが沸いてきてしまいます。

 頭を抱えつつ、言葉を発します。

 

「お前、メイドとしての自覚をだな……いや、その前に自己紹介ね」

 

 十六夜様に向けていた顔を此方に向けて、威厳を発しました。先程の威圧と違い、立っていられないというものでは無く、自然とひざまづきたくなるような強大な妖怪の証。

 そんな物を直に喰らった私は、またしてもガチガチに緊張をし、お嬢様の次のお言葉を待ちました。

 

「私は、レミリア・スカーレット。紅魔館の主にして齢500年を超える吸血鬼よ」

「盛ったわね……」

「パチェうるさい」

 

 自己紹介の後に何か二人で会話しておられましたが、そんなものは耳に入って参りません。

 吹き付ける暴風の様な威厳が私の身体を襲います。しかし、自己紹介をされ、此方が返さないとあっては不義理というもの。そんな暴風雨に負けない様に自分も紹介し返します。

 

「私は……韮塚 袖引です。人里で呉服屋を営んでおりますっ!」

「……やっぱり根性あるわね」

 

 そんな言葉と共に、身体に活力がフッと抜け思わず前のめり。おっとっと、と勢いを殺しながら前に向きますとふふふと笑った、レミリア様の顔。

 実に楽しそうにしながら、レミリア様はこちらに話掛けます。

 

「お前、いや、袖引。あなた気に入ったわ。私の圧力をその力で良く受けきったわね」

 

 そのお言葉と共に、レミリア様は此方へ近寄ってきました。その行動に敵意は感じられず、ただ愉快そうにしているのみ。そしてついには目の前にやってきたレミリア様は、右手を私の頬に当てました。

 突然の言動に眼を白黒させておりますと、レミリア様は紅い目を此方に向け、口元に光る牙を此方に魅せつける様に言葉を発しました。

 

「ねぇ……私の物にならないかしら?」

 

 私の背丈と同じくらいの方が発したとは思えない色気に思わずクラクラしてしまいます。先程の魅了と違い、あくまで、自分から承諾してしまいそうな、その本人の魅力を増幅させているかのような力。

 しかし、()()()目で見てみますと、私を収める紅き瞳は、いたずらっぽい雰囲気を湛えており、まるで断ってもらう事を期待しているかの様。気に入ってもらったと言って頂いた以上、このいたずらには答えねばなりません。

 レミリア様のものになるという()()()()()()()提案を蹴り、しっかりと商人の本分を果たすと致しましょう。

 

「いえ、(わたくし)めは呉服屋でございまして、私自身はお売りしておりません」

「そうよ、それでいいの袖引。それでこそ紅魔館専属の商人に相応しい」

 

 からからと笑いながら、嬉しそうにするレミリア様。何故気に入って頂けたかは分かりませんが、どうやら本当に気に入って頂けたご様子。専属の商人認定まで頂けて、嬉しいばかり。

 そんなやり取りを見ていらした、十六夜様は少し嬉しそうに微笑み、パチュリー様は本をめくりながらも、ちらちらと視線を投げかけて下さっておりました。

 

 私が周囲を眺めておりますと、まるで引き戻すように、レミリア様からお声が掛かりました。

 

「何かして欲しい事はあるかしら? 色々と迷惑を掛けたし、今なら何でも叶えてあげるわよ?」

 

 背中の羽をぱたぱたさせつつそんな事を言って下さいました。

 

 突然そんな事を言われ、咄嗟に出たのは、先ほどの小悪魔さんの言葉。迷っていることがある、というその言葉。

 ここに来た理由の一つとも言える、人間様との距離について聞いてみたくなりました。

 ここには恐らく人間である十六夜様も住んでおり、人間様と妖怪が共存しております。そして何より、レミリア様は吸血鬼。つまり、人間様を食料とする種族である筈。そんな種族の方が人間様と住んでいる。そして500年も生きていらっしゃる。

 何か答えを持っていると、考えました。

 

「相談を受けてくれますか?」

「相談? ……まぁ、いいけど」

 

 オウム返しに聞きかえされた後、もっと大きな事を要求されると思ったのかまたもや拍子抜けした様な表情を浮かべておりました。

 そんな表情を見つつ、人里に住んでいるという事。そして人間様との距離を測りかねていること、それが現在の悩みである事を告げました。

 こんなこと出会ったばかりの方に相談するべきではないのかもしれませんが、年齢が倍以上もある大先輩に相談できる、またとない機会。私の強気な部分が、行け、と背中を押しました。

 そんな事を打ち明けると、レミリア様は、パチュリー様や十六夜様と顔を見合わせて、本当に何でもなさそうな表情で答えてくださりました。

 

「そんなの好きにしなさいよ、いちいち人間に伺い立てていたらやってられないわ」

 

 ぱりん、と何かが砕ける。そんな感覚がありました。

 いままでの私は人間様と共存するばかり考えておりました。いえ、人間様は大好きでございますので、共存はしたいのは間違いではありません。

 ですが、いつの間にか、私がしたいから共存しているのでは無く、共存したいが為に私が変わろうとする。と言う事態になっていた事に気づかされました。

 目が覚める、なんて表現は良く言ったものだななんて思いつつ、こんな小さな事に気がつかなかった私は驚き、水を掛けられたかのよう。

 私の考えが劇的に変化する事こそありませんが、もっと自由に生きるべきだという言葉は、私の心に新しい風を吹き込んでくれました。

 更に、レミリア様は労いの言葉を掛けて下さいました。

 

「まぁ、人里で生きるなんて私に出来ない芸当をやってのけているのよ、自信を持ちなさいな」

 

 これでいいかしら? とばかりに肩を竦めるレミリア様。その言葉には確かな力が籠っており、私に自信をつけさせて頂くには十分でありました。

 そしてレミリア様はクツクツと笑いだし、言葉を続けました。

 

「私に、しかもほぼ初対面で相談を持ち掛けるなんて、きっとあなただけよ。やっぱり面白いわ」

 

 と、愉快そうに私の悩みごと笑い飛ばしてくださいました。紅き霧を出した黒幕様はどうやら霧の晴らし方もお上手な様子。

 

 紅き霧も、私の悩みも晴れ、晴れて異変解決と相成りました。

 

 

 さて、そんな事がございまして、レミリア様に気に入られる事となり、またいらっしゃいな、との言葉と共に、紅魔館から送り出されました。

 時は、暮れかけた夕闇の時期。確かな闇が包み込むこの時間が少しだけ明るい様に見えました。

 

 十六夜様と紅様が見送って下さり、夕闇へと飛び立ちました。此方に来た時のグルグルとした曇り空は消え去っており、遠くまで見通せる夕空に身を躍らせました。

 

 

 さてさて、馴染みの自宅へ戻り、荷物を降ろし。といった瞬間、あっ、と思わず声が出てしまいました。

 何故荷物を持っていたのか、本来何をしに紅魔館まで訪れたのか、という事をすっかりと忘れ、歓迎されるだけ帰ってくる、という商人にあるまじき行為をやらかしてしまいました。

 心残りは消えましたが、仕事はしっかりと残し、まさしく本末転倒。

 

 良い気分で帰ってきただけに、この落差は大きく、やってしまった、と布団の中で叫ぶこととなってしまいました。

 

 後日、というよりその翌日。

 

 十六夜様がうっかりしていたわ、との言葉とともに此方へ訪問してくださいました。

 そして、レミリア様に大笑いされながら採寸を遂行する羽目になってしまいましたとさ。

 

 なんて、昔語り風に落ちをつけても、恥ずかしいものは、恥ずかしいもの。

 

 忘れられぬ言葉と忘れられぬ体験と共に、恥ずかしい記憶がしっかりと刻まれました。

 

 しかし、頂いた物は大切な物。大事に仕舞って忘れるより、忘れたくても忘れられぬ方が良いのでしょう。

 

 長い長い異変の一つは終わりました。なんて、綺麗に終われば良かったのですが、実はもう少しだけ続きます。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。



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おまけだよ、袖引ちゃん

大変お待たせしました!


「え? 今ので終わりじゃないんです?」

 

 射命丸様の驚愕した表情が目に入ります。

 まぁ、確かに今ので終わり。めでたしめでたし、なんて感じる人も多いのでしょう。実際私もそうでした。

 ですが、紅魔館の中で忘れてはならないのがもう一人いらっしゃいました。

 それを知るのはこの話。まぁ、後日譚の様なものでございますがお聴き下さいませ。

 

 時期はそうですね。確か、紅魔館でじたばたした後、少し時が立ちレミリア様が博麗神社へと通い出した頃。

 何やら紅魔館周辺だけに雨が降り注ぐなんて珍事が起きた後のお話でございます。

 

 

 私、韮塚 袖引 相談を受けております

 

 

 いつもいつとて、人様がいらっしゃらない店内で、ふぅ、とため息一つ。

 その響きは憂鬱からくるものでは決してなく、完成したぞと言う達成感からはみ出たもの。

 えぇ、そうです。ついに完成いたしました。慣れない服装の仕立て故、確認の為にここと紅魔館をいったり来たりなんて事もあった中。ついに、めいど服と呼べるものが注文数完成いたしました。

 この際だから屋敷中に居る全てのメイドの服を作ってくれなんて、注文を主様から頂いてしまいまして。嬉しいやら忙しいやら、夜なべして、せっせかせっせか、とやっておりましたが仕事の山はうず高く。まるで富士のようだなんて嬉しい悲鳴を上げておりました。

 そんないつ終わるかも分かりもしない、不治の山を一刻も早く終わらせねばなんて思うこと幾星霜。

 先程のため息とともにようやく完成致しました。

 

 さて、さっさと届けてぐーすか寝ましょう。なんて思いつつ、荷物をまとめ、戸締まりをし、紅魔館へと飛び立ちました。

 久方ぶりに飛ぶ青空は澄みわたっており、少し眩しい程。まるで仕事が終わった事を祝福して下さるようでありました。

 

 さて、蒼穹の下ふわふわと飛んでおりますと、見えてまいりました紅い館。

 ひとまずの納入やら質問やらで通い詰め、十六夜様に助言を願ったり、お茶をご馳走になったり。………お菓子を頂いたり。

 

 まぁまぁまぁ、決して怠慢をしていた訳ではありません。ましてや、お菓子目当てで通い詰めるなんてこと致しませんとも。

 ただ、十六夜さまが拵えて下さる西洋のお菓子は絶品でございまして、お誘いあらばついつい乗ってしまうもの。

 紅魔館へ訪れた日はなんだかんだと長居をし、夜に発奮する。なんて妖怪らしい生活で御座いました。

 

 とは言ったものの、訪れたらレミリア様について何処かにいってしまわれていたり、と紅魔館にいらっしゃらないなんて事もございました。

 しかし、レミリア様が仰る通り、十六夜様は完全で瀟洒なめいど様。普段は天然な面もございますが仕事とあれば、まさしく別人。

 予め、私が来訪することを見越し、指示書と共にくっきーとやらを代理の妖精さんに渡されたときは驚きやら美味しいやらで、尊敬の念が一層深くなってしまった程です。………あくまで仕事の面で、ですよ? 

 

 そんな紅魔館への来訪も慣れていき、だんだんと十六夜様を始め、紅魔館の皆様と親交を深めていきました。紅様にも顔を覚えて頂き、よく世間話なんかもしてくださる程。実に、ありがたい事です。

 しかし、他人は他人。昨日の事ではございますが、最終確認をば、なんて思いつつ尋ねに行きました所、何故か紅魔館周辺だけに周辺にのみ雨が降っておられ、これは、不思議な事だなんて思いつつ紅様に挨拶をしたところ、本日は立て込んでいるから明日にしてくれないか、と心苦しい顔。

 そんな顔をされてしまっては引き下がるという事が筋というもの。

 踏み込んでしまった挙句、疎まれるなんてことも予想可能な範疇でございました故、すごすごと引き下がった次第でございます。

  

 

 さて、そんなこともありました昨日の今日。本日もあわや門前払いかなんて内心戦々恐々としつつも見えてまいりました。紅き館。

 澄み渡る晴天の下、昨日の雨なんぞどこ吹く風といった表情で本日も真っ赤に建っておりました。

 

 ようやっと目の前に辿り着きまして、ひゅるひゅると高度を低くし、門の前へと降り立ちます。まずは紅様にご挨拶と致しましょう。

 

 姿が見えていたのか笑顔を差し向けて下さる紅様にご挨拶。

 

「こんにちは。荷物のお届けに参りました」

「はい、こんにちは。……昨日は追い返すような真似をしてしまい、すいませんでした」

 

 笑顔で挨拶を返してくださった後、すまなそうな顔で謝ってくださいました。

 そんな事をされてしまっては私としても困ってしまうもの。慌てて、紅様を静止します。

 

「そんな、とんでもない! むしろお忙しい時に大変失礼いたしました」

 

 手をブンブンとやりつつ紅様に佇まいを直して頂けるようにしますと、願い通じたのか元通りにしてくださり一安心。紅様も少し照れたようなお顔をお見せくださり、それにてひと段落。

 気にならないなんて言ってしまうと嘘になってしまいますが、踏み込まぬこともまた商売にとっては重要な事。先程の事は水になり雨になり流してもらう事と致しまして、軽い世間話を交えつつ、開門をお願い致しました。

 紅様も分かって頂けたのか、門を開けてくださいまして、さぁどうぞ、なんて仕草をしてくださいます。そんな仕草に合わせつつ、紅様が一言。

 

「中でお嬢様がお待ちです。……どうかお気をつけて」

 

 何やら不穏な言葉を掛けられつつも招き入れられます。

 レミリア様とお話していると無茶苦茶な事を要求されることもしばしば、また不機嫌な時はその機嫌が行動に出やすい。なんて事を紅様にお聞きした事もありました。

 故に、本日はレミリア様のご機嫌でも悪いのか、なんて思ってしまいまして、気が引けてしまいます。

 しかも、待っている、だなんて素敵滅法なお言葉までついているではありませんか。私が何かやらかしてしまったのかと震え上がらずにはいられませんでした。

 

 しかし、せっかく出来上がったものをわざわざ遅らせて届ける様な事はしたくありませんし、待っているという事は、こちらの行動は筒抜けの可能性がございます。私が目と鼻の先に来ている真っ赤な館から目を背け、踵を返してしまえば、レミリア様は烈火の如く怒り狂ってしまうかもしれません。そんな事をしてしまったら私なんぞ障子紙同然。ちぎって丸めてさようなら。でしょう。

 そもそも商売である以上は、信用という物は命よりも重い重要な物。誠実であるという信頼は何物にも代え難き物です。此方が何かをしでかしてしまったのなら、拳骨くらいは甘んじて受けましょう!! ……出来れば避けて通りたいものですが。

 

 まぁ、それはさておき、門番様の暖かいお心遣いにより、心が冷え切ってしまった所で、大きな扉の片割れをグイグイと押しつつ中に入っていきました。

 

 中に入るとこれまた十六夜様が出迎えて下さり、会食を行える様な非常に広い食堂へと通されました。燭台が西洋机の上に適度に並べられており、蝋燭が揺れます。

 十六夜様が椅子を引いて下さり、ここで待っていて欲しい、なんて言葉と共に何処ぞへと去ってしまいました。

 よくお話をさせて頂いている紅様や十六夜様ですら何も言って下さらず、私はもう気が気でございません。何かやらかしてしまったのは、もはや確定と断定してしまっても差し支えない程。

 この現状は沙汰を待つ罪人が如きであり、心臓は早鐘を打ち続け、座っている椅子はなんだかとても居心地の悪い物に思えてきてしまいました。

 

 そんな蝋燭の火のようにゆらゆらと心を揺らしておりますと、遂にレミリア様がやってきてしまいます。

 私としてはもう既に土下座をせんばかり。

 

「さて、今回は頼みたいことがあるんだが」

「はい! もうなんでもやりますとも!! 土下座ですか!? 土下座ですね!!」

「え? いや、土下座は要らない。と言うか何故土下座なの……?」

 

 少し困った様なお顔でそう答えられ、地面に頭を擦りつけんとしていた私も急停止。てっきり死刑宣告が下されるかと思われていましたがてっきり違う様子。対面のレミリア様も、十六夜様もこちらに白い眼を向けておられ私の顔は真っ赤っか。紅い館の主従より赤くなってしまい立つ瀬がございません。

 そうやって小さくなっておりますと、レミリア様が可愛らしい咳払いを一つ。仕切り直しとばかりにこちらを見据えました。先程の私の顔より、真っ赤なお目めがぱっちりとこちらを向いており、思わず吸い込まれてしまいそうでした。

 そんな紅の海に溺れておりますと、その下に位置する小さなお口が開きました。

 

「私の妹の相談を受けてくれないか?」

 

 そんな声を聞き、目から目を離しますと、レミリア様の表情は真剣そのもの。からかわれている訳ではないようです。妹君がいらっしゃったなんて初耳ではございますが、商人たるものお客様の要望には出来るだけご期待に添える努力せねばなりません。しかもご依頼してくださる方は、今後お得意様になってくださるかもしれない素晴らしいお方。答えたくなるのも人情でございます。……お菓子の恩もございますし。

 そんなこんなで迷うことなど微塵も無く頼み事をお受けする事に致しました。レミリア様の妹君でありますし、きっと聡明なお方なのでしょう。

 

「かしこまりました、その件お受けいたします」

「袖引ならそう言ってくれると思っていたわ」

 

 私が承諾の意をしましますと、レミリア様はにやりと口角を上げ口の前で手を組みつつ、妹様の説明をはじめました。

 

「私の妹は狂っていてね」

「……え?」

 

 今日のお茶っ葉はね、みたいな非常に軽い調子でレミリア様が語った内容は、私にとって到底聞き流すことの出来ないお話でございました。

 狂っている、なんて聞こえておりましたが、軽い冗談と言う物なのでしょうか? 余りにも鮮烈なお言葉であった為、思わず聞き返してしまいました。

 私が聞き返した事に少し不機嫌そうになりつつ、レミリア様は死刑宣告にも似たお言葉を仰りました。

 

「だから、私の妹は気がふれてるのよ」

 

 気が触れているとはまた突飛なお言葉がお口から飛び出したものです。ひょっとして私、とんでもない安請け合いをしてしまったのではないでしょうか!?

 冷や汗とも脂汗ともとれる汗をだらだらと垂らし、焦っておりますと、更にレミリア様は口を開きました。

 

「で、その妹と話してきて欲しいのよ」

 

 事情をよく聞くと、魔理沙さんが忍び込み、妹君と出会ったそうです。その後弾幕ごっこを経て外に連れ出すと約束をしたそうです。しかし、495年と言う長い間閉じこもっていた妹君は外に出るか悩んでいる。との事。

 私に頼んだ理由は、妖怪で人里に住んでいて、幻想郷の魅力を知っているだろうという事で白羽の矢が立ったそうです。

 因みにこの事が起きたのは昨日のことであり、運が悪ければ暴れ出すかもしれないとの事。

 

 えぇ、はい。………どうしましょうか?

 

 まず、495年閉じ込められていたという折り紙つきの箱入り娘様でいらっしゃった事に驚いた、というか度肝を抜かれたというか。私の年齢の倍くらい生きておられるのに世間を知らないとなると、何を話したものでしょうか。

 そもそも、気がふれているなんておっしゃっておりますし、まともにお話出来るかどうか。それ以前の問題として、私のような弱小妖怪がお役立てできることなんてございますでしょうか。ただ、千切られて紙吹雪のように舞う姿しか想像できません。

 とは言え、頼まれた事は頼まれた事。頼んだからには何か意図があるのでしょうし、断る気もございません。

 更には魔理沙さんが連れ出そうとしただなんて、興味も沸くもの。少し関わってみたくなったのも事実です。

 

 さて、色々な説明を受けながらも再び図書館へと、足を踏み入れ更に奥にある地下へと踏み入っていきました。

 

 先程は興味が沸いただなんて、格好つけておりましたが、いざ目の前にしてみますと、震えが止まりません。

 ありとあらゆるものを破壊する能力なんて物騒な能力をお持ちだそうで、本当に死んでしまうかもしれないなんて思ってしまい、ついつい震えが来てしまいます。

 コツコツと階段を降りる度に、心臓が縮んでいくようなそんな気すら起きてしまう程。

 そんな、心臓をバクバクとさせている私についてきて下さる方は、レミリア様と十六夜様。どちらも私とは違い平然とした顔つきで進んでおりました。

 薄暗い階段を下っておりますと、出来れば外に出してあげて欲しいものだわ、なんてレミリア様のポツリとした呟きが耳に入ります。

 

 その呟きを聞き、なんというか、お姉さんなんですね、なんて緊張する頭の片隅で思いつつ、気合いを入れ直しました。

 とは言え、私が死んでしまった所で大した事があるわけでもありませんし、魔理沙さんのお友達が増えるのならまた本望。せっかく頼まれた事でもありますし、しっかりと妹君をお外に出してみましょう。

 そんな事を考えていると、いつの間にか扉の前に辿りついておりました。ここまでついて来て下さったお二人は、変に刺激すると話辛いから、ということで図書館で待っているそうです。

 

 さて、正真正銘、私一人。鬼が出るか蛇が出るか、と言った気持ちで扉に手を掛けました。

 玄関や門よりは遥かに小さい扉を両手で、えい、と押し開けます。きぃ、と音と共に誰かを待っているが如く、すんなりと扉は開きました。

 

 中に入ると、レミリア様同様に私と同じくらいの背丈の少女がちょこんと座っておりました。

 まず目にはいるのは、今日び珍しさも薄れた、魔理沙さんを彷彿とさせる短めの金髪。その上に、レミリア様やパチュリーさまもつけていらっしゃる帽子の様なものが鎮座しておりました。

 身につけていらっしゃるお洋服は赤を基本とした上下一体型。頭の金と服の赤の対比はなかなか鮮烈な印象をこちらに与えて来ます。

 そして、背中につけていらっしゃる羽にあたる部分にはレミリア様とは違っておりまして、背中から枝のような細い物が一対突き出ており、その枝には結晶の様な物がぶら下がっておりました。

 私が入ってきた事に気づき、此方にレミリア様同様に整った顔を向け、問い掛けてきました。 

 

「誰?」

「魔理沙さんのお友達ですよ。韮塚袖引と申します」

 

 タラリ、と汗をかいてしまいます。今はあまり力を感じないと言えどお相手は格上も格上。一瞬で千切られる程の力の差がございます。

 更に、妹様がお持ちになっているのは、ありとあらゆる物を破壊する程度の能力。機嫌を損ねてしまえば、どかん。と行かれるのは目に見えております。

 故に、言葉を選びつつ慎重に慎重に、会話を試みます。

 私の言葉に反応したのか、妹様は此方に身体を向けてきました。

 

「あなたも巫女さん?」

 

 そんな質問が飛んできまして、ついうろたえてしまいます。

 巫女? 何故、巫女なのでしょうか。巫女要素は何処にも無い筈なのですが……ひょっとして、魔理沙さんが変な事でも言ったのでしょうか?

 とにかく、ここは正直に答えましょう。変に答えてしまったら最後、熟れた赤茄子の様に……なんて事になりかねません。

 

「いえ、しがない呉服屋でございます」

「服をつくるんだ? 私の服も作ってくれる?」

「えぇ、勿論」

 

 とんとん拍子に会話が進んでいきます。狂っているだなんて聞いて身構えておりましたが、どうやら杞憂の様子、レミリア様も茶目っ気のあるお方ですね、だなんて事を徐々に思いつつ会話を進めていきます。

 妹様は服飾と言う言葉に食いついたのか、少し身を乗り出して来ました。

 

「ふーん、作ってくれるんだ、どんなものを作ってくれるの?」

「注文して頂ければ、どんなものでも努力いたしましょう」

「じゃあ、ザディエ」

「ざで……?」

「ザディエよ、ザディエ」

「えーと、それはどんなものなのでしょうか?」

「知らないなら良いわ」

 

 ピシリ、と温まってきていた部屋の温度がぐんと下がった。そんな気がしてしまいます。せっかく、とんとん拍子に会話が進んでいたのに、私の無知がゆえに妹様がそっぽを向いてしまわれました。

 当然、そんな極寒な空気に私が耐えられるはずも無く、ガチガチと恐怖で震え始めました。悲しい事ですが、弱い者は強い者には逆らえないのです。

 ひとまず、機嫌を損ねてしまった事を何とか挽回しようと話題の転換を図ります。

 

「そう言えば、魔理沙さんとはどんな事をおっしゃっていましたか?」

「私と魔理沙が結婚するんだって」

「ぶふっ!?」

 

 あまりの衝撃につい吹き出してしまいました。なんて事を言っているんですか、彼女は。

 不意打ちなだけあって、その衝撃たるや凄まじく、こんないたいけな見た目な少女が趣味だったのでしょうか、いえ、もしかしたら私が近くにいたが故に、こんな趣味になってしまったのか、とか、様々な言葉が頭の中をぐーるぐる。ついでに私の頭もぐるぐると混乱し、挙句の果てには、同じ体格の私ではダメなのか、なんて思ってしまい、ついつい言葉が口をついて出てしまいます。

 

「お外に出なければ結婚出来ませんよ?」

 

 あ、っと思った時には、既に失言は口を旅立った後。取返しなんぞつきません。いつもでしたら即座に真っ青になって平謝り。しかし何故か、今回は腹の虫が収まらない。腹の虫が収まらないとあっちゃあ悪癖もまた収まりません。

 何というか、ずるいというのが正しいのですかね。そんな羨望にも似た感情が体を駆け巡り、身体を熱くさせていきました。

 私に対して妹様は大して気にした様子も無く、魔理沙さんとの結婚案をぶちまけました。

 

「内婚というやつにするわ、外はつまらないもの」

 

 妹様は結婚する気が満々の様でございますが、私とて魔理沙さんを幼い頃から知っている身。簡単に渡すわけにも参りません。格の差なんてしったる事かドンドンと突っかかっていきました。

 

「お外に出ないのは勿体ないですよ?」

「なに? 私に指図するの? そんなに弱いのに?」

 

 明らかに不機嫌そうになっていく妹様。

 しかし、今の一言で更に私は燃え上がります。めらめらと感情を燃やしていき、悪癖がそれを燃料に元気よく跳ね回りました。

 もう我慢なんぞ蚊帳の外、元気よく買い言葉が口を飛び出しました。

 

「弱いとは何だ!! そっちだって同じ位の背丈の癖に!!」

 

 はっ、と飛び出した後にようやく我に返りました。もう何をやっても後の祭り。

 あぁ、此処が私の死に場所なのですね、なんて思いつつ、ぎゅっと目を瞑ります。こうなってしまった以上仕方ありません。

 まぁ、出来るだけ痛くない様にお願いしたいものです、なんて思っておりましたが、いつまでたっても衝撃がやってきません。

 そろそろ私の愚かな言葉に激昂した妹様が、私を血祭りに上げるべく能力を遺憾なく振るう頃だと思うのですが……

 

 体感的には一刻二刻程の長さでしたが、恐らくは、十数える程の時間だったのでしょう、そろそろと目を開けてみますと、目に飛び込んで来たのはきょとんとした妹様のお顔。

 

「驚いた……まさか喧嘩売られるなんて……魔理沙といい勇気あるのね」

 

 口から飛び出したのはそんなお言葉。あぁ、変な所で姉妹なのだななんて実感させて頂けるような、姉様と良く似たそんな反応。

 そんな反応に唖然としてしまい、顔を付き合わせて少しだけ空白の時間が生まれます。

 

 空白の時間を切り裂いたのは妹様。此方に眼を合わせ、問いかけて来ました。

 

「袖引だっけ? 面白いわ。私と遊びましょ?」

 

 出てきたのは遊びのお誘い。そんな可愛らしい一面も見た目通りあるものだなんて思いつつ、快諾致しました。

 

「いいですよ、何して遊びましょうか?」

「お人形遊び。あなたがお人形」

 

 ん? ……今、変な単語が聞こえた気がします。私がお人形になるとかならないとか。私、この時点でレミリア様のありがたいお言葉を頭の中から追い出していたことに気づいてしまいました。

 気づいてしまったからにはさぁ、大変。緊張で固くなった頭を必死に回転させて、この場を離脱する事も考えましたが、レミリア様からの依頼である以上逃げる訳にもいかず、ただただ緊張するばかり。

 一縷の望みにかけて、私の様な人形と言い間違えた事をひたすら事を祈りつつ、妹様に話しかけました。

 

「日本人形は遊ぶものでは無いのですよ、婚礼道具です」

「壊れれば一緒。さぁ、仲良く遊びましょ?」

 

 まぁ、神も無ければ、救いも無い、いらっしゃるのは悪魔のみ。慈悲も、遊びも無く一方的な人形ごっこが始まってしまいました。……誰か、お助けを。

 

 さてさて、刺激的な場面ではございますがいったんの幕引きをば致します。

 

 妹様とのお人形ごっこ……私、どうなってしまうのでしょう。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 



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お疲れ様だよ 袖引ちゃん

 さて、図書館よりも更に奥。地下に潜り、出会ったのはお得意様の妹様。金の髪が眩しいそのお姿は私と変わらずの背丈で、可愛らしく美しい。

 そんなお姿の方が私目掛けて迫っております。

 

 季節等は省かせて頂きます。生憎ですが余裕の手持ちがございません。

 

 私、韮塚 袖引 遊んでおります。 

 

 

 「壊れれば一緒。さぁ、仲良く遊びましょ?」

 

 そんな刺激的なお言葉が発せられるか否かで、突然、私の身体が二、三歩分後ろへと飛び退きました。私の生存本能とも言える何かが思い切り身体を引っぱったのです。

 ぎゅんと引いた刹那。妹様の片腕が突っ立っていた場所の空気を根こそぎもぎ取とっていきました。

 

 ぶぅん、なんて音が目の前から耳をひっぱたきます。目の前には一瞬にして距離を詰めてきた妹様の姿。その速さは瞬間移動かと見紛う程。

 これはいけない、と頭を後ろに引いた勢いのまま、後ろへと飛び退きました。冷や汗が際限無く流れる中、距離を取り様子を見ることに。

 とは、言ったものの様子見というよりは、一時しのぎ。避けられた事すら奇跡的ですし。これといった手もご用意しておりません。つい最近癒えた右腕も今回は役に立つかは微妙な所。ちらりと出口を横目で探しますと、何時の間にか足でも生えたのか、唯一の扉は少し遠退いており、たどり着く前に捕まってしまうことが関の山。どうした物かと頭をひねります。

 捻った視界から見えるのは、数歩遠のいた妹様の姿。可愛らしいお顔が喜色満面に染まり、目が紅い光を爛々と称え、私を射殺さんばかり。そして非常に楽しそうに口元を歪ませながらこちらへと言葉を投げかけました。

 

「アハッ、避けた避けた」

 

 クスクスと笑いながら此方を見遣る姿はまさしく迫力満点。捕食者の様な楽しみ方に力の差を嫌と言う程見せつけられ、思わず身体がぶるっと震えます。

 いつ来てもいい様に、なんて心構えしつつ身構えますが、先程の素早さを見る限り全くと言って良い程避けられるという想像が沸きません。脳裏をよぎるのは弄ばれ、ぼろきれの様になった私の姿のみ。

 人間様は恐怖や怯えがある一線を飛び越えると逆に冷静になってしまう、なんて何処かで伺いましたが、今の私は正しくそれ。冷や水を頭からばしゃりとやったかの様に冷静そのもの。自分の呼吸音すら聞こえて来そうな程には頭が冷え切っていました。

 さぁ、いつでも掛かってこいなんて構えておりましたが、いつまでたっても妹様はこちらへと飛び込んできません。それどころか、こちらをじぃとしばらく見つめた後、そっぽを向いてしまいました。

 俯き加減に何かを呟き始め、私は蚊帳の外の様子。それならいっその事この部屋から出てしまおうなんて考え、抜き足差し足で移動しようとしますと、クスクスと再び笑い声。気づかれたかと思い、びくりと身体を硬直させ、ギギギと振り向きますがどうやら違う様子。

 部屋にポツンと佇むその姿は何やら寂しそうで、思わず足を止めてしまいます。研ぎ澄まされた耳に少し離れた距離ながらも呟きが聞こえて来ました。

 

「私はこれでいいの、ずっと私は一人。私はフランドールスカーレット」

 

 クスクスとした笑いはいつしかケタケタとした笑いとなっていき、笑い声が部屋を包みます。聞いた所によるとこの部屋は防音仕様。閉じ込められたのか、閉じ込めたのかは分かりかねますが、こんな場所で誰にも聞かれず、誰にも相手にされないなんて寂しい物です。

 何と言ったらいいのでしょうか、少し私も理解出来るような感覚でして、相手が誰なのかをすっかり忘れて近寄ってしまいました。

 フッと目の前に妹様が現れ、しまったと気づいた時にはもう遅し。吸血鬼の力を誇示するように、私の首を両手で掴み宙へと持ち上げました。

 ギリギリと首から出してはいけない音を出しつつも、ぐいぐいと持ち上げられており、一気に息苦しくなって行きました。万力の様な力で締め付ける妹様の両手に思わず呻きが漏れてしまいます。

 

「あ、うぐっ」

 

 景色が霞み、だんだんと視界が赤に染まっていきます。必死に妹様の両手を掴もうとしますが、ゆさゆさと首から揺さぶられます。視界がぶれにぶれ、グワングワンと頭が揺れる。

 どうにか掴んでいる手を止めたいのですが、力の差は歴然。どうしたって離れそうにありません。首がギリギリと音を立て、そろそろポロリととれてしまいそう。

 危機感が、生存本能が、全力で、全力で警鐘を打ち鳴らす。そろそろ空気が無くなってひしゃげた蛙の様に……なんて言っている場合でもありません。

 足をバタバタとさせ蹴りつけますが、効果は見られず。かくなる上は、などと考えていると、悲痛な笑いまじりの妹様の声が聞こえてきます。

 

「私が遊ぶと、全部壊れちゃう!! ねぇ、なんで!? どうして!? 私はどうしたらいいの!?」

 

 答えを求めるような響きでなく、悲鳴に近い独白。こんな事を毎日考え、暮らしてきたのでしょうか。閉じこもっていたというのは、そういう事なのでしょうか。

 あぁ、この子が外に出ると悩み、レミリア様たちに相談を持ち掛けていたのは、きっと……

 

 そうと分かったのなら、おちおち死んでもいられません。乱暴な手でありますが妹様の手を思い切り()()()()()ました。あらん限りの力で妹様の腕を無理矢理引っ張り、ぶん投げる。

 流石にこれ程の力は予想外だったのか、驚愕の表情で部屋の隅まですっ飛んで行きました。

 

「はっ、はあっ……」

 

 空気を求め。身体が勝手にあえぎます。今は確認できませんかが、恐らく数日間は妹様の素敵な手形が首元に残りそうな予感がひしひしと。何はともあれ、妖怪であり多少は頑丈で助かりました。

 

 九死に一生というか、必死に一生を勝ち得た私は妹様を見つめます。壁にぶつかったはずなのですが、壁にも妹様にも目立った外傷はございません。妹様は私の力に驚いたのか、驚愕の表情を浮かべるばかり。ふっ、どうですか、吸血鬼すら、えい、と投げ飛ばせるこの力は。もうただの弱小妖怪だなんて誰が呼べるのでしょう!

 そんなことを考えていると、妹様が口を開きます。

 

「驚いた……全然痛くない」

 

 ……えぇ、分かっていましたとも。弱小妖怪ですものね私。いえ、悲しくなんてないのです。ただ、理不尽な世の中だと噛みしめているだけなので。

 打ちひしがれていると、妹様はパンパンと埃やらを払いつつ、こちらへと寄ってきました。少し身構えてしまいますが、妹様はもう危害を加える意思は無い様で、興味を引いた様な表情で此方にやってきました。

 そして、妹様はこちらに話しかけて来ました。 

 

「袖引、そんなに弱いのによく生きていられるね!!」

 

 目の前の背丈が同じ程の妹様から頂戴したのは、そんな混じりっ気無しの純粋なお言葉。それは激しい衝撃となって私を襲い、危うく心がぽっきりと逝きかけました。

 引きこもっていたからというか何というか、恐らく悪意は無いのでしょうが、と言うか悪意が無いからこそ、心にズシンとしたこれまでに無い程の重たい衝撃が走り抜けました。

 まぁ、そんな事を言われては悪癖も黙ってはおりません。重たい言葉を吹き飛ばすかの如く、勢いよく言葉が飛び出しました。

 

「なんだと!? この野郎!!」

 

 先程打ちのめされかけたばかりですのに、よくもまぁべらべらと喋る物ですね。我ながら少し感心してしまいます。

 そんな反応に妹様は大喜び。腹を抱えんが如く大笑い致しました。

 

「あはははは、また怒った!」

 

 相手が大笑いしているのにこっちだけかっかしているのも損な物。すごすごと悪癖も引き下がり、ようやくまともなお話が出来る状態に。

 本当に可笑しかったのか、目を擦りながら妹様は更に話しかけて来ました。

 

「本当に袖引は面白いわ、そんなに弱いのはうちに居ないもの!!」

「それって褒めてくださっているんですか……?」

 

 あんまりなお言葉に涙がちょちょぎれそうです。しかもこのお屋敷には妖精も務めていらっしゃる筈。そこまで考え、妖精と比較してしまった事で更に心の中で涙を流します。

 そんな心の中でダラダラと雨を降らせていると、妹様は少し沈んだ様子で、こちらを見てきます。

 

「少しだけ、羨ましい」

 

 そんな呟きにも似たそのお言葉。本音なのかもしれませんし、勢いで言った事なのかもしれません。そんな事は私にはわかりません。ですが、寂しそうなお顔だけはきっと嘘ではないはずです。

 ですから、私も本音を打ち明ける事にしました。

 

「私も、フランドール様の力が羨ましいのです」

「――え?」

 

 恐らく一番驚いたのでしょう。妹様がばっと顔を上げ、視線が交差します。今日は何かにつけておどろかせておりますね。ふと、傘ちゃんの顔が脳裏に浮かびます。次会った時にこのことは自慢出来そうです。

 まぁ、それはともかく、驚かせた表情を貼り付けたまま妹様は問うてきます。

 

「なんで? こんなものがあっても苦労するだけだよ?」

「それはお互い様ですよ。言いたくはありませんが弱いだけでも苦労するものですよ? 例えばですと……」

 

 悪癖の事を始め、自分の苦労話を切々と話していきました。やれ、いちゃもんを付けられる。喧嘩でボロボロにされたなど。様々な事を話しました。

 その度に妹様は笑って下さり、ついつい気分も乗ってしまい話し込んでしまいました。フランドール様とお呼びしておりましたが、フラン様でいいとおっしゃって下さるなど、順調に仲を深めていきました。

 レミリア様の相談うんぬんを思い出したのは、もう随分と後の事。既に腰を下ろし話込んでいた最中でした。

 ねぇねぇ、次は! 次は? とねだられる中、私はフラン様へと顔をつき合わせます。

 

「フラン様、次はあなたのお話を聞きたいです」

 

 そう、伝えました。するとフラン様は少し躊躇った後、じゃあ最近の話だけ、と前置きをして話してくださいました。

 魔理沙さんが外の世界に出ないか、と誘ってくれた事。久しぶりに真剣にレミリア様と相談した事。暴れないのなら好きになさいと許可が出た事。など色々な事を語ってくださいました。

 分かっている事ではありますが、敢えて質問します。

 

「許可が出ているのに、お外には出ないんですか?」

「私が外に出ると、みんな壊れるの。だから外に出ないの」

「魔理沙さんは壊れましたか?」

「……壊れなかったわ」

 

 意地が悪い質問だ、なんて思いつつも魔理沙さんの事を引き合いに出しつつ話を続けます。フラン様の様子を見るにかなり悩んでいる様でありますし、出来る事なら後押しみたいな事をやってみたいのです。

 更に言葉を続けます。

 

「そして、私も壊れておりませんし、いまこうやってお話しております」

「……うん」

「私だって人間様から比べれば遥かに力持ちですし、悪癖だって勝手に暴走します。……まぁ、色々とありました。けれど今こうしてお話出来ているんです、フラン様は私よりも努力を要するかもしれませんが、大丈夫です。幻想郷は広いですから!」

「でも……」

 

 出会ってすぐの私の言葉もきちんと聞いて下さり、フラン様は真剣に悩んで下さっている様子。ならばもう一肌脱ぎましょう。全ての悩みを聞く事はできませんがきっと助言くらいなら許される筈。

 そう考えると私は、すくりと立ち上がります。そんな私の所作を見て、不思議そうな顔を浮かべたフラン様。そんな可愛らしいお顔を見つつ、私はある提案をしました。

 

「さて、私と弾幕ごっこでもしましょうか?」

「え?」

「暴走してしまうのなら、暴走する力と付き合っていけるようにしてしまえば良いのですよ。非殺傷の弾幕ごっこは最適かと」

「え、あ、うん」

 

 戸惑っているようですが関係ありません。ちょっとぐらい強引にいってしまう位が丁度良いのです。直感的にそう感じたので従うことにしました。

 困ったような、戸惑ったような表情を浮かべるフラン様の手を取ります。グイグイと引っ張っていき……たかったのですが、力の差的にびくとも致しません。

 ちらと後ろを振り向くと、更に困った様な顔を浮かべるフラン様。そんな様子を見てコホンと咳払い。

 

「さて、始めましょうか」

「あ、流すんだ」

 

 さて、始まりました弾幕ごっこ。私もそんなにやる方ではございませんが、フラン様に比べればやっている方、始めの内は手加減も必要かもしれません。え、先ほどの醜態? はて、なんのことやら。

 さてさて、気を取り直しつつも始まりますは弾幕ごっこ。幻想郷の新常識にして、美しさを競うという素晴らしい競技。何やら人間様が妖怪に勝てる様になんて考案されたものだそうですが、それは弱小妖怪においても同じ事。先程の醜態を含め、見事汚名返上致しましょう!

 

 そして、暫くが経ちました。

 

「袖引、弱い」

「ぐ、ぐぬぬ。やはりというか何というか強い……」

 

 えぇ、ぼろきれの様に地面に伏しております。非殺傷とは言え、痛いものは痛い。服もボロボロになるわ、弾幕がごつごつと当たり痛いわで中々のボロボロぶりと言えるでしょう。えぇ、こうでも言っておかないと泣き出してしまいそうなのです。

 始めの内の弾幕はそれこそ全身全霊を掛けて回避しないといけない程の物も多く、そこに気づいたフラン様が極端に調節をし、そのふり幅が隙となり優勢なこともございました。私が勝つたびにもう一回、と再戦を申し込まれ、応じている内に、徐々にフラン様がコツを掴んでいきふり幅が消え、形勢逆転。もう一回の声は私が発する事が常となり、現在の様に地面と添い寝するなんて機会が増えて参りました。

 

「も、もう一回です!!」

「まだやるの? まぁいいけど」

 

 とは言え、元々の目的が力の制御であるため、此処でやめるわけにも参りません。痛む身体を無理矢理立ち上がらせ、再戦を申し込みもう一度浮かびます。フラン様の部屋は広く動き回るのも特に問題はありません。ですが、出来る事ならお外でやりたいものですし、皆さんにもこの面白い弾幕を見て欲しいのです。

 ですから、私は何度だって立ち上がりましょう。迷って困っている子をちょいちょいと()()()()のもまた私の役目なのでしょうし。

 ぼろぼろな身体を引きずりつつも、再戦し続けました。

 

 そして――

 

「つ、疲れた。もうギブよ、袖引」

「そう、ですか……でしたら私の勝ちですね……」

 

 遂にフラン様が音を上げ、私の粘り勝ちとなりました。とは言えこちらの足取りはおぼつかず、服はボロボロ。どちらが勝者なのかは一目瞭然ではございますが勝ちは勝ち。息も絶え絶えではありますが勝利宣言を行い、弾幕ごっこは幕を閉じました。

 さて、こんなボロボロの状態で色々とするわけにもいきませんし、ここいらが潮時。あとは当人たちにお任せ致しましょう。そろそろ終わり、なんて空気を感じ取ったのかどこかフラン様もそわそわとし始める中、私は最後の気力を振り絞って、フラン様に伝えたい事を伝えます。

 

「フラン様、私に出来るのはせいぜいこうして弾幕ごっこやら遊びに付き合えるぐらいです。けれどレミリア様たちならきっと、きちんと問題に付き合って下さる筈です。ですから、もう一歩だけ踏み出してみて下さい。きっと見える世界が変わると思います」

 

 私がこう言った所で伝わるかどうかは不安でありましたが、どうやら伝わった様子。フラン様は小さく頷き、小さく呟きました。

 

「……頑張ってみるね」

「えぇ、是非。いつか、当店に来店して下さる事を心よりお待ちしております」

 

 心よりの笑顔を浮かべ、フラン様の来店を願います。そうなってくれたらなんて想像し、今から楽しみになってきました。

 そんなささやかな楽しみを思い浮かべておりますと、フラン様は不安そうな表情で此方に質問しました。

 

「また……来てくれる?」

 

 ふっ、と自然に笑みが漏れてしまいます。そして一言。

 

「えぇ、もちろん。また遊びにきますよ」

「絶対、絶対だよ!」

「では、指切りでもしましょうか」

 

 ゆーびきりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った!

 

 そんな約束を最後に部屋から退出しました。

 もう既に足取りが危ういのですが、ここで倒れてしまっては示しがつきません。壁に寄りかかりながら階段を昇り、図書館についた所で、意識が途切れました。

 

 

 

 さて、これにて紅魔館での異変はおしまい。気が付くと自宅で寝かされており、隣には十六夜様の書置きが一言。

 

「お疲れ様」

 

 見方によってはそっけなくも感じるかもしれませんが、私としては頑張ったなぁ。なんてひしひしと実感できる素敵な書置きでございました。

 それからは疲れを取るようにもう一度だけ寝なおして起きたら夕方。色々とあったなぁ、なんて感想に浸りつつも様々な繋がりを持つに至ったこの異変はようやく終わりを告げました。

 

 それからしばらくして、舞台は再び紅魔館。

 

 恐れ多くもレミリア様とご同席し、お菓子を頂いております。なんというべきか普段よりも数倍豪勢なそのお菓子群は私の頬を緩ませるには充分以上。笑顔全開でほおばっておりますとレミリア様からお言葉が。

 

「もしかしたら、袖引なら引っ張りだしてくれるかも? と思ったの」

 

 なんて自分の能力を説明してくださいます。運命を操る程度の能力は疑似的な未来予想ができるようで、私を見た時に直感的に感じたそうです。

 

「だから、二度もちょっかいを出したし、お菓子で餌付けしたわ」

「え?」

 

 餌付けなんて恐ろしいお言葉が聞こえ、思わず聞き返してしまいますが、レミリア様は悪びれた様子も無く言い切りました。

 

「だって悪魔だもの私。だから頼み事断れなかったでしょ?」

 

 なんてけらけら笑いながら言う始末。何というか、手のひらで転がされていた、というか手の上できりきり舞いしていただけだなんて判明してしまい、これが格の差ですか。ともう何度目か分からない実感をしてしまいました。

 そんな感心やら、諦めやらがない交ぜになった感情をお菓子とともに噛みしめておりますと、レミリア様は急に真面目な顔つきとなり頭を下げました。

 

「感謝するわ袖引、妹を引っ張りだしてくれてありがとう」

「とんでもありません。私はただフラン様と遊んだだけですから」

「ふふふ、これからも贔屓にしてあげるわ。せいぜい励みなさい?」

「はい、今後とも韮祖呉服をよろしくお願い致します」

 

 そんな、会話がございまして、本当にお仕舞い。

 

 あ、そうそう、フラン様は紅魔館の方々や、たまに忍び込む魔理沙さん相手に弾幕ごっこを挑む様になり、門内ではございますが庭を歩くなんて事もやり始めたそうです。案外ご来店も近いかもしれませんね。

 

 といった所で本当の本当に、長かった異変も無事終了致しました。

 え? 次がある? まぁまぁ、それはまた次回と言うことで。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 お疲れ様でした。

 



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ご帰宅だよ 袖引ちゃん

長らくお待たせ致しました。


 さてさて、長話もついには終わり、話始めの現在まで戻って参りました。

 夕焼け小焼けな時間も既に過ぎ去っており、夕焼け空は空の端に追いやられておりまして、カナカナとひぐらしが鳴き、そろそろ帰る頃と告げております。

 暑かった午後も、紅かった空も過去の物。

 

 私、韮塚 袖引 帰宅しております。

 

「ほほぉ、なるほどー」

 

 パタンと手帳を閉じ、手帳越しに得心がいった様な顔を覗かせる天狗様。私めのお話の収穫は上々だったのか夕陽にホクホク顔が良く映えております。

 

 話始めこそ夕焼け空でございましたが、もうお空を見ると、黒の割合がうんと増えており、夜の帳がもう落ちるぞと告げております。

 そんな中、家路を急ぐカラスの声が遠くから響いておりました。

 

 

 そんな、星が輝き始めた空の下、ふむふむと頷く顔は既に記者の顔となっているようで、頷きつつも細長い文具をゆらゆら。

 んーと首を傾げる姿は様になっており、美しい天狗様であるという事を再認識。

 かぁかぁと頭上で鳴くカラスさん達の実質的な支配者様は頭上に飛ぶカラスや、私も目に入っていない様でまさしくうわの空。

 さすがにここで、新聞を作られてしまっては私も帰る時期を逸してしまいますゆえ、感想などなどを程ほどにおいとまさせて頂くべく話し掛けさせて頂きました。

 

「あの……お気に召しましたでしょうか?」

「……え? あぁ、勿論ですとも!」

 

 まるで私の事なんぞ忘れていたと言わんばかりのそんな態度。ひらひら舞う木の葉とさほど変わらない扱いを受け少し寂しくなってしまいます。

 なんて事を考えていますと、顔にそのまま出ていたのか射命丸様が慌てて訂正。

 

「いやーすいません。あまりにも意外だった為、少し考え事を」

「そんなに意外だったのですか?」

「えぇ! 私とて新聞勧誘に訪れますが、大抵は軽くあしらわれてお仕舞いですから!」

 

 まぁ、購入頂いているので問題はありませんが。なんて呟いていらっしゃる新聞記者様。

 恐らくはその滲み出る胡散臭さというか、好奇心というかそういった物が原因なのでしょうが、間違っても口には出せません。

 間違って口に出そうものなら、ほいほいと裸に剥かれ、ポイと山へ放り込まれ鳥葬なんて事がきっと起きてしまいます。そんな事は勘弁していただきたい。

 まぁ、そんなこんなで射命丸様も私に対して思うこともあるでしょうし、お互いに腹のなかで押し留めといきましょう。

 

 さて、そろそろ話す種も尽きまして、そろそろお家に帰る頃。きっと蒔いた種は文字になり紙面を泳ぐ事でしょう。きっと天狗どのも満足なされた筈。

 というわけで帰宅する為にもお話を切り出させて頂きました。

 

「では、そろそろ……」

「えぇ、貴重なお話をありがとうございました」

 

 向こうも察して下さったのか、そんな事を満面の笑みでお礼を下さり、では、と短い挨拶を残しつつ満足気にばっさばっさと翼を広げあっ、と言う間に黒い点になっていきました。

 

 真っ黒い点が山の方に消えていくのを見届けてから、私もわが家へと戻る事に致しました。多くを話しましたし仕事もこなしそろそろ疲れも溜まってきた頃。自宅でゆっくりとする事に致しましょう。

 

 

 

 さて、ゆっくりノロノロと飛んで、たどり着きますは人里。では無く、その道逸れた脇道にございます小さな屋台。

 

 じゅーじゅーと小気味の良い音が耳をつつき、醤油の焦げる匂いがお腹を刺激します。

 トントントンと包丁が調子を刻み、夜空を煙と歌声で飾っておりました。

 

 

 何故こうなったかと言いますと、帰路の中、何処からか聞きなれた歌が聞こえてまいりまして、その歌にフラフラと誘われやってまいりますと、現れたのは馴染みの屋台。

 紅魔館へと運んだ荷物も、射命丸様に話も吐き出し、今日も色々とございました。そんな様でございますから腹の虫が元気良くがなりだすのは当然の流れ。フラフラと灯りにたかる虫の如く、屋台へと吸い寄せられました。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 暖簾を潜りますと、聞きなれた声と共に屋台の持ち主ことミスティア・ローレライさんが出迎えて下さいました。

 聞きなれた声に、嗅ぎなれた匂い。香ばしい香りが腹を否応なしに刺激し、自然と涎がじゅるりと出て来てしまいそうな程。腹の虫も今か今かと暴れ出しもう背と腹がひっついてしまいそう。

 早速、用意された丸椅子によっこらせと腰を下ろし、女将さんにいつもの、なんて注文致しました。

 そうです。私、ミスティアさんの屋台は良く利用する方でありまして、晩御飯の献立に迷った時や、イロイロと語りたい時などに良くこちらまで足を伸ばしました。

 女将さんであるミスティアさんも気立てが良く、心地よい一時を提供して頂けるのです。

 

 私がいつも頼むのは決まってヤツメウナギ。タレとの相性が抜群の目玉商品は、一度食べたら病みつきになること間違いなし。

 女将さんも慣れたもので、ちゃちゃちゃっとヤツメウナギを用意し、じゅわじゅわと焼き始めます。彼女は鳥の妖怪らしく物事をすぐに忘れるというか、人の顔に関しては忘れっぽいようでして、初めはなかなか顔を覚えて頂けませんでした。ようやく最近名前を憶えて頂き、いつもの下さいなんて少し格好の良い言葉でも通じる様になりました。

 

 

 どうやら今日は一番槍のようで横長の机には私一人。手すさびをしておりますと、女将さんは氷水の張った桶から徳利をことり、と置いて下さいました。

 暑い日に呑む冷酒もまた格別でございまして、渡されたおちょこに、とくとく、とついでおりますと、女将さんが話掛けてきて下さいました。

 

「最近羽振りが良さそうね」

「えぇ、おかげさまでお得意様が増えまして」

「それは目出度いわね、高いお酒行っとく?」

「いえいえ、私にはいつもので充分ですよ」

 

 なんて世間話を挟みつつ待っていますとやってまいりました、本命様。

 焼きたてのヤツメウナギはこんがりと焼けており醤油を基調としたたれの香りが私の鼻を刺激し、食欲を増進させます。

 私もこれには舌鼓。冷酒片手に焼きたての獲物をつつきます。

 

「へぇ、あの紅魔館にねぇ……」

「そうなんですよー、またそこの主様が──」

 

 ミスティアさんのお話と、ウナギを肴に酒がどんどんと進んでいきます。徳利が空になり、更に空になり、となってきた所で、新たに暖簾をくぐる方が一人。

 

「やってるかしら?」

 暖簾を押し退けて顔を出したのは、顔を浮かべる妖怪さん。フワフワと胴体から頭部を浮かせていらっしゃる、浮かれてないのに浮かれたお方。赤い髪に赤い首巻きが特徴的な赤蛮奇さんがやってまいりました。

 人里に住む仲間としてよくこうやって飲んでおりますが、ふふふ、お酒も入っておりますし気分も良いのです。ここは冗談を一つ。

 

「おぉ、蛮奇さん! 首を長くして待ってました」

「もう出来上がってるわね……袖引」

 

 何故か若干引いた目で見られましたが気になりません。今日も色々とありましたし、頑張りました。お酒入っている時くらい好きにしたいのです。えぇ、好きにしたいのです!!

 しかし、今日は「赤」に縁がございますね。なんて思ってしまいます。紅も赤も、今日はよく目に入ってきます。恐らくお酒を頂いている私の顔も朱が差しており本日の「赤」の仲間入りをしているはず。

 赤、赤、赤と夏に見るには少し熱く感じる色ではございますが、灼熱の太陽様もかんかん照りな真昼間に見るならともかく、太陽も山の向こうに消えていった今、多少暑かろうが夜風が冷ましてくれる事でしょう。

 

 と、いう訳で赤蛮奇さんもいらっしゃった事ですし、もう一本とばかりに冷酒を追加いたしました。

 蛮奇さんもウナギと冷酒を注文し、私も期間限定らしい山菜の煮物を注文し、しばし人里の事を中心に語りあっておりますと、ことんことんとやってきました二つの徳利。先に私が蛮奇さんのおちょこへとそそぎ、蛮奇さんも返杯して下さいます。そうしてなみなみにつがれた二つの器をこっつんこ。

 

「「かんぱーい」」

「楽しそうねー」

 

 女将さんも微笑んでくださり、更に飲み場が騒がしくなっていきました。

 蛮奇さんと話す事は主に人里のあーだこーだ。新しいお店が出来た、霧雨商店のあれこれ、町の噂、蕎麦屋がどうだ団子屋がどうだ、など話す事は色とりどり、時間を忘れてつい話し込んでしまいます。もともとお互いが人里に住み着いているだけあって、不満や言いたい事などもお互いたまりにたまり、たまにこうして吐き出しているのです。

 

「聞いて下さいよ、紅魔館でまた無茶を押し付けられたんです!」

「今度は何? 前に聞いた時はレミリアさんだかに似合う服装を50着だっけ?」

「えぇ、そうです! 報酬はたんまりと頂きましたがあれもまた大変でした……」

「で、今回は?」

「そうでした、今回はそれを見た妹様がですね、私も欲しいとねだりまして。また同じ数を拵えなければならないのですよ!」

「そう言えば、私の所にまでアイデア聞きに来てたわね……今回は色違いにするなんてどう?」

「いえ、それでは駄目なのです! まず私が許しません!」

「あぁ、そう……」

 

 呆れられた表情で見られる事二度目ではございますが、こんな場でしか吐き出せぬ事もありますし、私がこんな調子もあれば蛮奇さんがこんな調子の事もございます。お互い様と言うべきなのか、毎度毎度のことですし気にもなりません。そこそこの付き合いですし、酒の席で蛮奇さんとの付き合い方はこんな感じが多いのです。

 さて、私の近況も話したところで、お次は蛮奇さんの番、とばかりに話を振ってみました。

 

「そちらは何かありました?」

「そうそう、こんな事がね――」

 

 

 

 とはいえ、今ではこんな感じではございますが、最初は近寄り難かった蛮奇さん。こんなに仲良く出来ているのはお酒の力。

 もともとたびたび人里ですれ違っていたりと顔は存じあげておりましたが、なかなか話しかける機会も無く、また正体をかくしているような挙動でしたので迂闊に声をかけることは憚られました。

 向こうは向こうでこちらに気づいてはいたのですが、正体やら気位やらなんやらで話掛けることはせず。みたいな状態だったとうかがっております。

 そんなお互い近寄らずな静かな水面のような関係に一石を投じたのが、この屋台。ある意味ミスティアさんさまさまとも言えるのでしょう。

 

 

 

 ある日、フラフラと夜道をさすらっておりますと、本日の様に夜道に響き渡る歌声が何処からかやってまいりました。暗い夜道に溶け込むような澄んだ歌声は一本外れた道から聞こえてきており、私の興味を引いていきました。

 誰が歌っているのかと覗きにいきますと、何やら香ばしい香りも歌声に乗ってこちらまでやってくるではありませんか。驚き、気になり、いそいそ行くと屋台がぽつんと道端に止まっておりました。どうやら先客もいるようで暖簾から足が伸びておりました。

 

 歌声に腕を引っ張られるような感覚で入っていきますと、現れたのは夜雀の妖怪さんが歌っておりました。

 ぱさりと私が暖簾をくぐると歌を止めまして、いらっしゃいと笑顔で応じてくださった後、お好きな席へどうぞなんて言ってくださいました。

 

 見知らぬ店であり、妖怪の経営する飲み屋。どんなものが出て来るかなんて胸を高鳴らせつつ先客の方をみますとこちらを向いて固まっている首が一つ。真っ赤な髪が特徴的である頭、そしてその頭の下には本来あるべき首が無く、胴体と接続されている様子はございません。

 

 妖怪だとは分かっておりましたが、まさかろくろ首のお仲間だとはつゆ知らず、なんとなく感心してしまいました事をよく覚えております。

 向こうは向こうで、なんでこんな所にいるのかなんて表情を浮かべており、焦りやら困惑やらが綺麗に混ざりあった様子。

 こちらは感心やら意外やらで固まり、向こうは困ったぞ、のような表情を浮かべつつ汗をタラリ。そんな状態で両者目を合わせて固まっておりますと、女将さんが首を傾げて言いました。

 

「二人とも知り合い?」

「え、えーと」

 

 そんな曖昧な返事を返しますと、向こうもやはり同じ様な事を思っていたようで、拒絶とも肯定とも取れない表情を向けておりました。

 

 とりあえず座って、なんて勧められて座ったのは、一番隅に座っていらっしゃる蛮奇さんから席を一つ開けて私。というこれまた絶妙な位置取り。やはり人里に住む同志ですし、席を離すのは憚られます。かといって近づきすぎるのもまた困りもの。

 そんな理由でこの席を選んだのですが、それでスルスルと会話が始まるかと言えばそうでは無い。なかなかにそう上手く行くものではありません。

 

 お互いに意識し合いつつも話しかける事が出来ない。なんて曖昧な距離を保ちつつ料理を注文します。女将さんもこの状況を楽しんでいるのか鼻歌混じりに、トントンと調子と食材を刻むのみ。どうやら助け舟が出航の予定は無い様で自力で何とかせねばなるまいといった状況。

 そんな状況でありましたし何とか打開せんと話しかけました。

 

「「あの」」

 

 困った事に向こうも同じ思惑だったようで、声が重なります。あっ、とお互いに声を出し、カチコチと再び固まってしまいました。

 

 さて、困ったぞなんて思ってしまいます。まさか声を重ねてしまうとは思いも寄りませんでした。もしや話したいことがあったのやも知れません。でしたらこの私のどうでも良い話などしている場合ではありません。目の前にいらっしゃる、首回りの風通しがよさそうな方のお話を清聴せねばなりません。

 

 そう思い、私は相手のお話を促しました。

 

「「あっ、お先にどうぞ」」

 

 ……おや? 心なしか向こう様の口からも私と一言一句違わない言葉が出てきたように聞こえました。まさかとは思いますが、またしても声を被せてしまったのでしょうか?

 そんな疑問を持ちつつ相手の顔を見ますと、髪の色に負けず劣らずに顔を赤くした御方がそこに座っておいででした。その姿を見た瞬間に私も恥ずかしくなってきてしまい、一気に顔が火照ってしまいます。

 

 二人して顔を赤くして、固まってしまうと、ぷっ、ともう耐えられないとばかりに女将さんが吹き出しました。どうやら笑い袋の決壊点を超えていたようでミスティアさんは、あははははと大笑い。

 あまりにも愉快そうに笑うものですから、残された二人は顔を見合わせて困り顔。

 

 笑いの余波が冷めやらむ中、笑い過ぎで出た涙を擦りながらお酒とお料理を持ってきて下さいました。

 

「あーおかしい。はい、お待たせしました。似たもの同士には煮物をプレゼント-」

 

 コトン、コトンと料理が私の席と、その隣の隣の席に置かれます。ぬるい温度くらいの徳利と、小鉢に盛りつけられた良く煮たタケノコ。向こうにもタケノコとお酒が届いたようで、先に食べていた料理がある向こう様は困り顔。

 頼んでもいない酒と料理を押し付けるなんて、ミスティアさんも中々にしたたかですね。なんて感心しておりますと、場の雰囲気に乗せられたか、あるいは自分の意思か、困った様な楽しんでいる様な表情をうかべつつ向こう様はこちらに向けて杯を傾けて来ました。

 魅力的なお誘いに乗っかり、私も杯を向こうに寄せます。席一つ分空いていた隙間はいつの間にか消えていました。

 

「「乾杯」」

 

 三度目の声もまた綺麗に重なり、二人して、にやりと笑みを浮かべます。酒を飲みつつもポツリ、ポツリと話が始まり、そして相手様が先に自己紹介がまだだった事に気づきます。

 

「自己紹介が遅れたわね、私は赤蛮奇。妖怪よ」

「こちらこそ遅れまして失礼を、私、人里で呉服屋を営んでおります、韮塚袖引です」

「私はミスティア・ローレライ、妖怪でこの屋台の店主よ」

 

 楽しそうだったからなんて理由で、ミスティアさんも自己紹介に加わり、話に色が付き始めます。酒も乗り、口回る回る。次第にはみんなで仲良く大笑い、なんて事も起こりました。

 

 これが元で、私の交友関係は増え、蛮奇さんとはお茶をしたり、酒を酌み交わしたり。なんて事をちょくちょくするようになったのでした。

 

 

 さて、時は再び戻りまして現代。

 

「うっぷ」

「ちょっと、吐くなら背中を降りなさいよ!!」

 

 気づくと何本空にしたか分からない程飲んでおり、世界がぐるぐると回転し始めております。

 ついつい飲みすぎ食べ過ぎになってしまうあの屋台。ミスティアさんの商才や料理もさることながら、楽しい話までついて来るとあれば、飲み過ぎるのは妖怪の性。なので多少の深酒は多めに見てくださいまし。

 

 

 さてさて、只今、蛮奇さんに背負われ、昼間の暑さが冷めやらぬ野道をあるいております。コオロギやらキリギリスやらの虫の声が聞こえており、時折吹く風が火照った体に気持ち良い。

 妖怪でございますので、酒関連には無茶は効きますが流石に今回はやり過ぎた。ミスティアさんが止めるなんて希少なものも見れた気がします。

 

 蛮奇さんの背中で、うつらうつら、と夢うつつをさ迷っておりますと、蛮奇さんが呟きました。

 

「……今日も楽しかったわ」

 

 その呟きに対して私が何を言ったのかは定かではございません。しかし、耳に残っている最後の言葉が、え? 聞いてたの!? だった事を鑑みれば想像は難く無いと思います。 

 

 

 さて、小鳥が目を覚まし、人々が目を覚まし。といった時間に眼が覚めた私は帰って来た事を悟ります。

 一日出掛けただけですのに大冒険でもかました気分でございますが、手元に残るのはこの酒を飲んできたと証明を繰り返す頭痛のみ。顔を真っ赤にして帰ってきた私に対し、馬鹿めと言わんばかりでございます。

 

 色々と赤かった一日ではございますが、まさか私が赤くなってしまうとは。これも朱に交われば赤くなる。という事なのでしょうか? 

 何はともあれ、朱に交わり、酒に溺れ、色々と関わって参りました昨日も過去の物。既に新しい一日が始まっております。

 

 さて、朝日をたっぷりと浴びて起きると致しましょう。おはようございます。

 

 

 あ、言い忘れておりました。

 

 

 

 ただいまです。

 

 



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追いかけ、追いつき、追い越して

大変お待たせしました。

今回は魔理沙とのおはなし


 穏やかな雲が流れ、そよ風が通り抜けます。

 

 魔理沙さんがやって来た昼下がり。お茶と茶菓子を用意し、ちゃぶ台へ。出会った頃を思い出しておりましたが、今回は背比べ。

 

 晴れやかな午後にはこの店まで、子供たちの声が響き、ゆったりとした時間が流れております。

 只今、魔理沙さんと、お茶をしばき、ゆるゆると時間を過ごしております。

 

 世間話から、魔理沙さんの生活、異変の自慢話。話の種は尽きることがありません。

 

 

 私、韮塚 袖引 お話ししております。

 

 

 ずずず、とお茶をすすり、ちゃぶ台にことんと湯呑みを置きます。

 八卦炉から作られたお湯で入れたお茶。まぁなんてこともない筈なのですが、不思議と美味しく感じてしまいます。

 ちゃぶ台の対岸には帽子を脱いだ魔理沙さん。綺麗な金の絹糸が惜しげもなく晒され、揺れるお茶の面にゆらゆらと映っております。

 

「なぁ、お煎餅とか無いのか?」

「あぁ、それならあそこの棚に」 

「あいよ、私が取りに行くよ」

 

 新たなお茶受けを取りによっこいしょと立ち上がると、魔理沙さんも同時に立ち上がりました。

 私よりも背が高い魔理沙さん。 

 大きくなりましたねーなんて、思ってしまいますが、確かこれも過去に同じことを思った筈。

 

 来た時に柱と背を比べ、傷をつけていた跡もまだ残っており、本当に長いこと過ごしてきたなぁ、なんて実感すら沸いてくる我が家で、魔理沙さんは棚をごそごそと漁り、私は座り直します。

 

「おーい、これか?」

「そうそう、それです」

 

 お煎餅を取りだし掲げる魔理沙さん。それにあってますよー、なんて答えつつだらだらと膝を崩し座っております。

 

 ふと、目をやると、何やらまだごそごそと漁っている魔理沙さんの背中。

 後ろ姿は過去の思い出より大きく、雰囲気も一回り大きくなりました。本当に成長したものです。

 

 いつだって人間様はスクスクと成長していくもの。ちっぽけな私には想像も付かないほどに、人間様は色々な事を経験し、成長していくのでしょう。羨ましいものです。

 

 あれは、いつの事でしたか。

 

 私も魔理沙さんも、最初は喧嘩早い事この上無く、良く喧嘩になって罵り合いに発展しておりました。

 今の活発な姿からは想像も及びませんが、当時の魔理沙さんは泣き虫で、喧嘩なんぞしようものなら泣かない日は無いくらいでした。

 

 まぁ、罵り合いと言っても子供と子供の様な私では小憎らしい言葉ぐらいしか出てきません。馬鹿やら、阿呆やら良く言ったものです。

 

 まぁ、そんな他愛もない言い合いの中でも印象に残ったのがこの言葉。

 

「いつかその背を追い越してやるからな!」

 

 その時は、確か商店に買い物客として訪れた帰りのこと。

 ばったりと出会った魔理沙さんがちょっかいを掛けてきて、私の子供だろうが何であろうが見境なく発動する悪癖が原因で喧嘩になり、私より背が小さい癖に、とそんな様な事を言ってしまった。

 確か、そんな事が発端だった気がします。

 魔理沙さんは涙目になりつつ、そんな事を言っておりました。

 人間である以上、私の背なんていつかは追い越す。

 なんて事を悪癖の最中に言える筈もなく。フン、と私も大人げなく、ただ駆け出して行く背中を見送るだけ。

 普段から随分と情けない、なんて常日頃思ってはおりますが、小さな子供に怒ってしまうとその自己嫌悪もまた格別。ゴロゴロと布団の中で乱れておりました。

 

 その後、一時期やたらと身長を気にする魔理沙さんが短い背でうん、と背伸びをして私と張り合おうとする姿など、可愛らしい姿を見せてくれました。

 

 ふた月に一度あるかないかくらいに、魔理沙さんが親御さんを伴ってやって来て下さいますが、その時に魔理沙さんの身長の記録をとるために、柱にちょんちょんと傷をつけるなんて事もやりました。

 

 魔理沙さんが来るたびに縦方向へと増えていく柱の傷。古びた我が家の柱様。時々、私もその柱に触っては口元を緩めておりました。

 

 やってくる度に増える柱の傷。忘れる事も無くなることも無い足跡の一つ。大事にしていきたいものです。

 

 まぁ、そんなこんなで時も流れ、魔理沙さんも成長していきます。どんどんと背も伸び、言動も格好も少しずつ周りを意識していきます。

 

 この頃には、腰ぐらいしか無かった背が肩ぐらいまで伸びており、おかっぱぐらいであった金の髪を伸ばし始め、だんだんと女の子としての自覚が出てきて参りました。

 本当に見違えるようであり、会うたびに驚く。なんて事が多くなっていきました。

 

 また、親御さんと一緒に来ていたのが、だんだんと一人で来るようになって行くなど成長の片鱗を見せつけて下さいました魔理沙さん。

 実に微笑ましく、また嬉しい事でした。

 

 とは言え、まだまだお互いに未熟なもので、喧嘩も当時色々とやっておりまして、魔理沙さんが号泣し、私もぷんすか。なんてどうしようも無いことも起こっておりました。

 

 そんな時に役立ったのが、小さなお菓子だったりお茶でありまして、すっかりと場所を覚えられてしまい、勝手にお菓子を持って行かれる事も多くありました。

 そんな時に言う言葉は決まってこれ。

 

「全く、大人になったら返して貰いますからね!」

「うん、かりてるだけだもんね!」

 

 まぁ、帰ってくることを期待してはおりませんが、人のものを盗ることは良くありません。ですから、大人になったら返して貰うという約束を交わしておりました。………パチュリー様やらの話を聞いてしまうと、少し甘かったとは思ってしまいますが。

 

 しかし、普段から元気良く怒鳴り合いをしていた身としては、こんな時くらいは優しくしたいもの。返す気はあるようですし、本人が悪いことだと理解していてくれれば、それで良いのです。……良いのです!

 

 まぁ、身内ひいきみたいなものではございますがやはり可愛いのですから仕方ありません。実の子ではございませんが、目にいれても痛くない程には可愛がっていたと思います。

 

 当然と言えば当然ですが、魔理沙さんは他にも友達が多かったようで、あの頃は訪れる回数も多くて、月に一度か二度だったと記憶しております。

 そもそもここは人里の外れ、小さな女の子がこんな所に来ちゃあいけないよ。なんて制止をしていた時もありました。

 しかし、あまりにも無視されるので、いつの間にか言わなくなっていましたが。

 

 確か、そんな好き放題に生きる彼女がうちの店に入り浸り始めたのは、彼女の身長が私に迫ってきた、そんな頃だったかと思います。

 まったく誰に似たのか、男言葉を使い始めてきた魔理沙さん。まさかとは思いますが喧嘩しているときの私の口調が……無いですよねぇ、さすがに。

 少しどきどきとしてしまいますが、それはそれ。ともかく、頻度が多くなった我が家の訪問。魔理沙さんは家にやってくるなり、毎回行うことがありました。

 

「よしよし、もうちょいだ」

 

 私の店に来る度に近寄って来て、ちょっと背伸びしつつ、彼女の頭から私の額の辺りに手のひらを行ったり来たりさせて、そんな言葉を言っていました。

 

 その頃には、今の魔理沙さんと容姿は然程変わりない見た目だった筈です。さすがにまだ白黒してませんでしたが。

 私の店の和服から洋服へ、金髪に似合うからなんてお友だちに勧められたから着た、とかなんとか伺っております。

 

 初お洋服をお披露目された時は、えぇ、もう誉めちぎりました。

 私の服を着てくださらないのは少し寂しい事でもございますが、この子の可愛さに比べればちっぽけな物。大した事では無い、なんて思えるくらいには素敵な格好でございまして、町中歩き回って自慢したい程。

 私の反応が恥ずかしかったのか、大きな麦わら帽子で顔を隠していた事を良く覚えております。

 

 当時の魔理沙さんは子供ながらに秀才の片鱗を見せており、色々な事に疑問に思い始めたようで。良く良く質問を投げ掛けられました。

 その中でも印象に残っているのがこのお言葉。

 

「なぁ、袖引は背が伸びないのか?」

 

 その頃には妖怪であることも伝わっていて、成長しないことも分かってはいたのでしょう。恐らく確認の意味も込められていたんだと思います。

 

「えぇ、ご存じの通り妖怪ですから」

「ふーん、やっぱり無理なのか」

 

 魔理沙さんは、私の返答を聞いて、納得したような納得していないようなそんな表情を浮かべました。

 そんな態度を見つつ、私は少しおどけつつも話を続けます。

 

「伸ばせるなら伸ばしてやりたいですよ。そうしたらこんな悪癖なくなるでしょうし」

「それは無理だと思う」

 

 ピシャリと即答する魔理沙さん。出会った頃でしたら喧嘩ものでしたが、もう、こんな会話をしていても、なんだと? のような幼稚な脅し文句が、私の口から飛び出して来ない位には魔理沙さんとの距離も近くなっておりました。

 

 今考えれば、妖怪だと知っていても近寄ってきて、ちゃんと真正面からぶつかって来る。

 そんな、今も昔も変わらないこの態度があったからこそ、ここまで仲良くやっていけるのかも知れません。 

 

 まぁ、入り浸っていた期間ではこちらに泊めたこともありましたし、その時にも色々な事がありました。

 おねしょ……おっとこれは厳禁でした。あぁ、そうそう、いつの間にか私の家の物が消えていて、いつの間にか良く似た物を魔理沙さんが使っていた、なんて事もありました。 

 あげたつもりは無かったのですが、なんて不思議に思って問いかけますと、借りたんだぜと素敵な言葉。

 まぁ、別に大した物では無かったのでそのまま譲ってしまいましたが。何故か特に怒りもせずに譲ったのにムッとされた覚えがあります。

 あれはなんだったんですかね?

 

 まぁ、そんなこんなで様々な事、様々な日常を送りつつも魔理沙さんはスクスクと育っていきました。

 見上げていた視線がいつの間にか近づいてきていて、そして追い越されていきました。

 

 身長を追い越された時の驚きと喜び、そして少しの寂しさ。今でも思い出せます。なんというかついにこの時が来てしまったかという達成感みたいなものでしょうか? そんな感覚がムズムズと背中の辺りを走り回ります。

 そんな感覚でしたから、魔理沙さんも大層喜ぶか、と思うとそうでも無く、満足げな表情の裏に寂しそうな顔が覗いておりました。

 向こうも向こうで思うことがあったのでしょうか? 私には分かりませんが、きっと魔理沙さんも何か思うことがあった事でしょう。

 

 この頃からでしたかね、魔理沙さんが香霖堂に足を伸ばすようになりました。

 古くから霧雨店との付き合いがあった香霖堂の店主様の所に遊びにいっているようで、ちょっぴりとこちらにいらっしゃる回数が減り始めました。

 

 まぁ、かといって遊びの機会は存分にありましたとも。それでこそ語れないようなものまで沢山のものが。

 

 泊まっていたり、遊んでいたり、親父殿と喧嘩して逃げ込んできたり、そんなのいつもの事。

 一緒に悪さを仕出かしたり、私が付き添って冒険に出てみたり、いつの間にか二人でお昼寝をしていたり。

 

 

 本当に、本当にこの子とは色々な事がありました。

 語り尽くせない思い出があります。

 

 

 魔理沙さんは気安い友人の様であり、娘の様な子でもありました。だからこそ、私の丈をだんだんと追い越していくのを眺めるのは、嬉しくもあり、同時に淋しくもありました。

 

 ゆっくりと、ゆっくりと流れていく時間。緩やかな流れですが、それは止まる事は絶対にありません。

 川に落ちた木の葉が流されていくように、ゆっくりと、そして、あっ、という間に私達の時間は流れていきました。

 

 

 季節は回り、人もまた一回り成長します。

 私たち妖怪はただ、それをのんびりと眺めます。

 

 人間から見たら、私はどんな風に映るのでしょうか?

 子供の頃から私を見上げ、いつの間にか見下ろす立場になっていた魔理沙さんはどう思うのでしょうか?

 

 

 見送る事も悪い気分ではありません。

 けれども……いや、これは思ってはいけない事でした。

 

 人間と妖怪は違う。常識すら曖昧なこの幻想郷でも、これは絶対の線引きです。

 それを乗り越えてしまったら、きっと博麗の巫女様に退治されてしまうのでしょうね。

 

 まぁ、日常を繰り返す中でそんな事に、はた、とそんな事に気づいてしまった訳なのです。

 慣れている筈のこの感覚。妖怪である筈ですからこんな別れはいくらでも出会ってきた筈なのです。

 しかし、不思議と焦躁がチリチリと胸を焦がしていきます。何かを忘れているような、やり残しているような、どこか遠い所で誰かが叫んでいるようなそんな感覚。私はそれを無視することは出来ませんでした。

 

 何かやらなければ、何か残さなければ、私は何も出来ていないのでは無いか。

 

 魔理沙さんが帰っていた後、不安で眠れない日もありました。馬鹿な事だとも、種族が違うのも分かっているのです。

 しかし、夕焼けの中消えていく背中を思い出す度に、いつ見れなくなるのか不安になってしまうのです。

 

 だから、だからこそ、忘れられないような思い出が欲しかったのです。

 

 

 すっかりと季節も回り、夏が再びやってきた、そんな頃。

 蝉がじわじわと鳴き、お天道様が肌をじりじりと焦がす、そんな昼のこと。

 私は、魔理沙さんにある提案をしました。

 

 

「魔理沙さん、星を見にいきましょうか?」

「星?」

 

 その頃の魔理沙さんは白いわんぴーす、でしたか。珍しく上下一体となった服装に、麦わら帽子といった涼しげな格好。

 そんな格好だろうと暑いものは暑いのか、ぱたぱたと団扇で自身をあおぎつつ、不思議そうな顔で返答してきました。

 私はゆっくりと頷き返します。

 

「えぇ、流星群があるそうで」

「いや、それは知っているけど。ここで見るのか?」

「いえ、とっておきの場所を案内致しますよ」

 

 だから私は、私だけの秘密の場所。お気に入りの場所を魔理沙さんに教えることにしました。

 忘れぬように、忘れることが無いように。

 

 それはちょっとした夜の記憶。魔理沙さんも私も少しだけ考え方が変化したような、しなかったようなそんな夜。

 夏の暑さが少し残り、そよそよ、と通り抜ける風が肌を冷ましていく、そんな夜。私達は出発しました。

 

──星を見に行く為に。

 

 さて、少しだけ長くなりそうなのでここで一旦お開きとさせて頂きます。こんな長話でございますし、茶菓子のようにちょこちょこと楽しむと致しましょう。

 

 さてさて、満天の星空はしばらくお待ち下さい。魔理沙さんが茶菓子を持って参りましたので、一旦の休憩をば。

 

 

 次回のお話まで、しばらくお待ちくださいませ。  




また次回から異変と日常話に戻ります。


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貸本屋だよ 袖引ちゃん

 秋空は高く、馬も人も肥えるもの。紅い葉っぱが木から離れ始め、そろそろ木枯らしも冬の妖精さんも元気になり始めそうなそんな頃。

 運動、食物となんでもござれな秋の中、私は文字を()みに、ある貸本屋へと訪れております。

 

 文字に溺れたパチュリー様の図書館ともまた違い、心地よい静寂と、時折聞こえる紙がぱらぱらと捲れる音が心を和やかにしていきます。

 

 私、韮塚 袖引 耽っております。

 

 

 さて、新緑の夏から紅葉の秋へと衣替えもすっかりと終わり、ひらひらと散る紅葉達が印象的になってきた頃のことでございます。

 嬉し懐かしな紅い霧のお話を終えた、と思っていましたら、あっと言う間に紅い木々が立ち並ぶ季節に移り変わってしまいました。時の流れという物は中々に素早い物だと思ってしまいます。

 

 そんな流れには逆らわず、のんびりと過ごしてきた私ではございますが、最近寺子屋の教師様、上白沢先生よりある本屋のお話を伺いました。

 どうやらその本屋さんは蔦屋を彷彿とさせるような貸本屋を営んでいるようでして、若い女の子が店番をやっているとかなんとか。

 里中の噂話をまとめた本から、果ては妖魔本まで貸している。なんて、根も葉も無い噂がたっているようでして上白沢先生も気になっているご様子。されど、上白沢先生の様な里の有名人が訪れても簡単に尻尾を出すはずがございません。

 そこで、この私。里の中でも比較的知名度が低い、ちんけな私めに白羽の矢がグサリと立った訳でございます。

 とはいえお忍びで行って、そろそろと帰って来るだけ、と難しいことは何一つとして無いご依頼でございまして身構える必要もありません。

 

 そんなこんなで二つ返事で承った私は、元よりあまり忙しく無いこの店を空ける事に決め、人里の中心地へ向かいました。

 

 妖怪本といいますのは、本自身が妖怪化していたり、本の中に妖怪が封印されていたりといった曰く付きの本の事でございまして、付喪神がたびたび発生する人里でも珍しい方に入ります。

 しかし、完全に存在しない訳では無く、危険度の高い物はきちんとした管理者の元、保管されております。

 例えば稗田家、例えば上白沢家など知識を利用される方々は、そういった物に出会う事も少なくなく出会う度に再封印やらの処理を施していると先生に伺いました。

 

 今回何故まずいのかと申しますと、その場所は貸本屋、一般の方に妖怪本が渡る可能性が多いにありと判断されたからだとか。

 封印されている妖怪全てが悪いものではありませんが、悪い者たちが多いのも事実。故に芽から摘みとってしまおうかと画策している訳でございます。

 

 まぁ、何はともあれ百聞は一見に如かず。見てみないことには始まりません。だからこそ、てくてくと人里を歩いている訳でございます。

 今回はあくまでお忍びでございますので、いつもより多少地味な服装で出掛けております。冬に向けてまた箪笥の奥から引っ張り出した貉の首巻はまた箪笥へと逆戻りし、茶地な着物に多少明るめの帯。ちゃちゃっと着替え、草履をつっかけ人里を歩いております。

 

 

 さて、大通りに出ますれば秋真っ只中な今日び、あちらこちらから誘惑の魔の手が私を誘惑してきます。

 街を歩く人間様がホクホク顔で頬張る焼き芋の香りに引っ張られれば、栗や柿などの季節の果実が手をこまねきつつ店頭に所狭しと並んでおり、ついつい歩み寄ってしまいます。

 それにお隣には冬に備えての干し柿やら干物やら、少し早い季節ものをつまみ食いだなんて想像してしまいますと、思わず涎がじゅるり。

 極めつけはお菓子屋での新商品の(のぼり)が私を捕まえ、店内に引きずり込もうとして来ます。これには私も思わず立ち止まる。

 たい焼きやら、練り切りやらがこちらに熱烈な視線を送ってくださっているのに、このまま無視を決め込んで良い物なのか真剣に考えてしまいます。手元のがま口を開けば、キラリと光るお金がそこそこ。そろそろ季節的には寒くなってくる頃でありますが、私の懐はわりと暖かい。

 

 どうしようかと悩んだ結果。私は涙を飲みつつ、たい焼きの以外の物を諦める事と致しました。

 あんな光景を見せつけられて一つしか購入出来ないだなんて拷問に近しい物だと思ってしまいます。きらきらと輝く宝石を見せつけられ、どれか一つのみだなんてあんまりです。

 

 私は断腸の思いで選び取った茶色のお魚さんを、あつあつと手で弄びながら、貸本屋へと続く道を歩んでいきました。

 しかし、危険な地帯でした……下手を打てばあそこに小一時間。いや、三時間は優に幽閉されていたに違いありません。

 あんこがぎっしりと詰まっている鯛にかぶりつきながらそう考えます。この鯛一匹で済んだのはまさしく僥倖と言えるのでは無いでしょうか!

 栗があんこの中に含まれており、秋の味覚も存分に味わい、満足を一人で繰り返しておりますと、少し物静かな通りに出ます。

 さて、もうそろそろ目的地ですね。私はたい焼きの包み紙を丁寧に畳み懐にいれ、最後の一口を放り込みました。

 

 人々の往来から少し外れた場所。本居小鈴さんがいらっしゃると言われる、鈴奈庵へと到着しました。

 

 外れ掛かっている看板はご愛敬。庵の字が傾いており、中々に独特な字をしておいでです。貸本屋を示す暖簾を潜りますと、少し薄暗い店内に本棚の森が広がっておりました。

 全ての本がきっちりと整理されている訳では無く、無造作に置かれた本たちも棚の上に乗っかっており、何処か独特の雰囲気が漂っております。

 ふわっとした墨と和紙の香りが心を和ませ、落ち着いた調子の歌が店内にゆったりと響いている空間は、私好みの場所でもありました。

 ぐるりぐるりと本を見渡していると、奥からいらっしゃいの声が掛かります。その声に気づき奥を見遣ると眼鏡を掛けた少女が一人いらっしゃいました。こちらの姿を認めると、眼鏡を外しニコリと微笑んで下さいます。

 

「あら、初めて見る顔ね、お使いかしら?」

 

 お使いなんて表現をされ、子供扱いに少し引っかかるものもございましたが、よくよく考えると上白沢先生のお使いと言っても差し支えは無い。という事に気づき、ぐるぐると渦巻く悪癖はさざ波の様に引いていきました。

 とは言え、お使いという訳にもいかず、咄嗟に口から出まかせが飛び出ます。

 

「いえ、こちらに興味がありましたので」

「それは嬉しいわね、ようこそ鈴奈庵へ」

 

 本当にうれしそうな顔を浮かべながら鈴奈庵の説明をしてくださいます。

 ここには「外来本」と呼ばれるいわゆる外の本を取り扱っており、色々と珍しい本が集まるそうです。

 見せて頂いた本の中には絵巻の様に絵が主役の様な本がまとめられていたり、天狗様たちが良く発行していらっしゃる新聞等の見慣れた物も外の世界から流れ着いて来ているようです。

 

 本居様の親切な説明も終わり、本居様は再び本の世界へ、私は店内を物色し始めました。

 ぺらぺらと捲る音と、静かに流れる不思議な音。どうやら音楽の方は、本居様のいらっしゃる机の上にある百合の花の様な機械から流れてきているようです。

 後から聞いてみますと、蓄音機と呼ばれる機械だそうで、好きな音楽が流せるんだとか。

 これも外の世界から流れ着いたようで、れこーどだか何だかと呼ばれる円盤状の物と一対となっており、その円盤を蓄音機に掛けると振動の関係で聞けるのだとか。

 正直何が何だか、ちんぷんかんぷんでございましたが、本居様も良く分かっておられない様子でしたし、深くは追及できませんでした。

 

 そんな事よりも、目に見える本のお話に戻りましょう。振動だか真相だかは知りませんがそれも本の中にならございますでしょうし。

 本棚をすいすいとかき分けていくと、本当に様々な本が見つかります。

 その中でも興味深かったのは、現代に置ける着物の指南書なんて物もあり、大昔から全く変わっていないものや、逆に激しく様替わりしている物までありまして、中々に興味を引かれました。

 

 存分に楽しんだ後に、はっ、と上白沢先生のご依頼を思い出します。危うく忘れかけ読み耽るところでございましたが、それどころではありませんでした。早速捜索へと取り掛からねばなりません。

 まぁ、私も妖怪でございますし、そういった物が自然と集まりやすいところは心得ております。比較的暗く、じめりとしてくるような店舗の隅、ひょっこりと顔を出してみると……ございました、ございました。異様な雰囲気を放つ本が何点か。

 入店時にも感じた事でございますがここは何処か変わっているというか、異様な有様。そういった雰囲気の原因の一つが間違いなく此処でしょう。まぁ、他にも原因はありそうですが。

 

 さてさて、この妖魔本を突き出せば依頼は完了という訳ですが、どうしたものでしょうか? 

 そのまま借りて行き、渡してしまうというのが一番簡単ではございますが、それでは本居様も路頭に迷ってしまうかもしれません。

 大して害が無さそうでございますし、しばらくは放置しても問題無さそうなものばかり。少しばかり妖怪としてのいたずら心が芽吹いたのも否定できません。

 そうしてうーん、うーんと悩んでおりますと、本棚の中から声が聞こえてきました。

 

「出してくれぇ。出してくれぇ」

 

 その本たちに集中していなければ、きっと聞こえなかったような囁き声が本の中からしている事に気づき、耳を傾けます。その声は怨嗟の様でも、助けを求めているようでもありました。

 封印が解けかけている本がある様で、それをひょいひょいと引っ張りだします。どうやら四国の妖怪やらをつづった民話集のようなものでして、少し隅の方がぼろぼろとなっており、古い印象を受ける本から声がしております。

 そして躊躇う事無く、その本に向かって問いかけました。

 

「あなたは、どちら様でしょうか?」

「!? 俺の声が聞こえるのか!?」

「えぇ、いきなり本が喋っているので驚きましたよ」

 

 私はぼそぼそと、何も知らぬふりをしつつ妖怪に話掛けます。本の中の妖怪さんはしめしめと思ったようで、声色を変え、私に話掛けて来ます。

 

「その声だと、幼い女か……なぁ、ここから出してくれないか?」

「出すといってもどうしたらよいのか……」

 

 困ったような声を作り、妖怪へと返します。これ位ならお手の物。妖怪とは化かすものですから。

 ふふふ、どうです? たまには良い所を……

 

「さっきからぶつぶつ言っているけど、どうしたの?」

「わっひゃあ!?」

 

 本居様の声が響き、思わず本を放り投げてしまいます。バサッと本が開き。もくもくと嫌な妖気と煙の様なものが出てきてしまいまして、慌てて本を閉じました。

 ぱたんと閉じたとほぼ同時に、本居様が顔を出します。

 

「何か喋っている声がしたけど?」

「え、えぇ、すいません。本が面白くてつい独り言を」

「こんな妖怪譚が? 珍しいわね」

「四国の方の妖怪譚ですね、民話などもある様です」

「ふーん、こんなものあったかしら? まぁ、いいや。それ借りてく?」

 

 本居様は、不思議そうな顔をし本を覗き込んできましたが、特に追及もせずに商談へ。どうやらまだ妖怪本の中の妖怪さんは力は弱いようでして、本居様の耳には届かなかった様子。私は心の中でほっ、と息を吐きつつも貸してもらう様に手続きを促します。

 

「はい、お貸しくださいな」

「はーい」

 

 帳簿に名前と住所を記入し、この妖怪本と気に入ったものを借りて今回は引き上げ。恐らくたまに通う事になりそうだな、だなんて思いつつも、そそくさと鈴奈庵を後にします。

 人里の外れ、我が家に向かっておりますと、懐から声がいたします。

 

「そろそろ出してくれないかい? さっきみたいに本を開くだけでいいからさ」

 

 どうやらこちらの様子はあまり分かっていない様で、本の近くでする声だけしか聞き取れない様子。友好的な声の裏にじめじめとしたものを感じ取り、私は少し眉を顰めます。

 かといってそのまま放置というわけにもいかず、本を口元に寄せて返事をしました。

 

「ごめんなさい、中から煙が出てきたものだからびっくりしてしまいまして……」

「大丈夫だ、だから早く本を開いておくれよ」

 

 焦れたような声で私をせっついてきます。かといってその場で開くわけにもいきません。とりあえず人里の外へと繰り出します。道中何回もせっついてきましたが上手くやり過ごし、人気が無い野原へ降り立ちました。

 

 さて、借りてきた本をどう処理するか。野に放つなんて言うのもまた一興ではございますが、今回の妖怪はそうもいかない。明らかに敵意の高さが伝わってきますし、こちらを騙そうとする気が満々。

 先ほど鈴奈庵で見た煙は間違いなく火に関係するもの、それに四国と言えばまぁ、ある程度は絞り込めますね。縁が無いわけでもありませんし、ここは大事にせずこちらで処理してしまいますか。

 腹を決めたのならさっさと行ってしまいましょうか、放っておくと私では対処出来なくなりそうですし封印が強い内に終わらせましょう。

 という訳で先程から喧しい本を地面へと置きます。 

 

「さて、おまたせしました」

「おぉ、ついにか! 本を開いた後は草履を三回地面に叩きつけてくれ」

「えぇ、()()()()()。草履を三回ですね?」

「あぁ、早くしてくれ頼む!」

 

 よほど、お外に出たいのか私の微妙な変化にも気づかない様子。人間様が周りにいない事を確認し、ふぅ、と息を吐きました。

 

 さて、やりましょうか。

 

 おしゃべりな本を地面へと置き、該当する頁を開きます。すると先程鈴奈庵で見た煙よりも、激しく紙が燃える様な匂いと、卵が腐ったような嫌な臭いが辺りに立ち込めます。

 

「人の怨念というやつは嫌なものですね」

 

 なんて聞こえぬように呟き、草履をぱんぱんぱんと三度叩きます。すると更に煙が激しくなり、本の中から火の玉が飛び出しました。

 火の玉の中には、男の顔が浮かんでおりこちらを視認すると嘲笑うかのようにけたけたと笑い出しました。

 

 

「出して貰ってありがとうよお嬢ちゃん。燃えて死ぬのと、呪い殺されるのどちらがいい?」

 

 

 あまりに醜悪な顔つきであったため、露骨に嫌そうな顔が出てしまったかもしれません。四国の「けち火」ですね。人の怨念が火の玉になったもので鬼火と同一視される事もあるそうです。

 今回のけち火はまぁ、悪そうなお顔。人は見た目で判断してはならない、なんて言われますが、ここまで分かりやすいと逆に反応に困ってしまいます。おおかた人に害をなして、封じられたのでしょうが、年月が経ち封印が弱まった様子。

 

「どちらも嫌ですね……あなたが、人に害をなさず静かに生きるという選択肢は?」

「はっ、嫌に決まっているだろう? 俺は憎い、人間が憎い」

 

 おどろおどろしい声でそう告げられますが、私にとっては関係ないですし人間様に害をなされても困ります。

 

「そうですか……あなたがどうしてそうなったのかは知りませんが、人間に害を成すというなら懲らしめます」

「なんだ? 退治屋か?」

「いえ、しがない妖怪でございますよ」

「妖怪が人間の味方? 笑わせる……妖怪の誇りもないのか?」

「ここがどこだか知らないようですね……ここは幻想郷。人間と妖怪が共存する楽園です」

 

 その言葉と同時に、私は懐から紙を取り出し、けち火へと投げつけました。その紙がけち火に()()()()、みるみる火の勢いを弱らせていきます。

 

「なっ!? なんだこれは!?」

「私の()()()の包み紙です。鯛の絵が書いてあるでしょ?」

「鯛……魚かっ!?」

 

 元より魚は水に通じ、火避け、火伏せの意味がございます。良く見るものでしたら囲炉裏に釣り下がっている魚などはそれに当たります。そんな火避けのおまじないが効いた物を投げつけられれば、火の妖怪としてはたまったものでは無いでしょう。

 まぁ、本来でしたら包み紙程度で妖怪が倒せるほど妖怪も甘くはありません。しかし、封印で力が弱まっておりますし、私の妖力もございます。もともとお札等もそうなのですが、効くと思い込めば効くのです。妖怪でしたらそれは顕著。今回はその思い込みを利用します。

 しかしながら、たまたまたい焼きを食べていたのが幸いしました。世界とは面白く回っている物ですね。

 

 さまざまな恨み事を言いながらも包み紙を燃やそうとしておりますが、そう簡単には燃やせないように包み紙には妖力を纏わせております。

 喚き散らす言葉は、誰かへの恨みなのか個人の恨みなのか。どちらにせよ私には関係がありませんが。そんな事を考えつつも、力をどんどん失い、ぶすぶすと燻っていく妖怪を眺めていました。

 

「妖怪の癖に、妖怪のくせにぃ……」

 

 印象的な言葉を最期に残しながら、けち火は消えていきました。焦げ臭い匂いや、嫌な臭いはどこへやら。本は嫌な気配を綺麗さっぱりと消し借りたままの姿で残っておりました。

 

「えぇ、妖怪ですよ。人間様が大好きな……」

 

 もう消えてしまった妖怪に答えを返します。投げ掛けた言葉はどこにも届かず、返ってくるのは風の音のみ。そして私の言葉すら風がさらって何処かへといってしまいました。

 

 

 人里で暮らす人間様達にもときおり恐怖という物を味わって頂かねばなりません。そうしなければ妖怪という物は維持出来なくなってしまいますから。かといって不要な恐怖心は却って妖怪との溝を深めてしまう。

 

 難しいものですね、本当に。

 

 まぁ、いくら私程度が深く考えようが、弱小妖怪に出来る事などたかがしれておりますが。

 

 何はともあれ帰る事に致しましょう。私は、けち火の影響で、少し焦げが残る野原を後にしました。

 

 

 後日、火の無い所に煙は立たぬなんて申しますが、今回もそれに漏れない事態だったようで火の妖怪が出た訳です。

 事の顛末を上白沢先生に報告したわけですが、報告に思う所あってけち火の事は伏せつつ、上白沢先生へと報告しました。主に経過観察の必要あり、とだけ。

 まぁ、あの鈴奈庵は色々と読みたい本もございますし、まだまだ営業してもらわねばなりません。それに、あの本屋はいろいろと面白そうな事が起きる。と私の勘が告げているのです。

 

 燻るいたずら心もたまには解放してあげないと火事になってしまいますから。

 

 さて、意外な形で降りかかる火の粉を払った今回の一件ですが、あともう一つだけやる事がありました。

 

 

 

 さらにさらに後日の事。夕暮れの中、稗田家に通っていたのか、人気の少ない道を歩む本居様の袖を、くいくいと引っ張り、私はさっと物陰へと隠れます。

 本居様は気になったようで、後ろを振り向ききょろきょろと見渡し、首を傾げ再び歩き出しました。その少し警戒の色を滲ませた背中に忍び寄り、後ろから声を掛けました。

 

「もし、お嬢さん? あまりやり過ぎるといつしか()()()を負いますよ?」

 

 それだけささっと告げ、また物陰へと引っ込み、本居様を眺めます。すると心当たりでもあったのか、青い顔になり、本居様は、ぱたぱたと走り去ってしまいました。

 

 さて、妖怪への()()を忘れないで頂くとありがたいのですが……はてさてどうなることやら。少し楽しみでございます。

 

 

 ではでは、今回はここまでと致しましょう。まぁ、予想通りというべきか、なんというか本居様が中心となって巻き起こる事件も色々と起きる事となりました。火の無い所に煙は立ちませんが鈴奈庵は立派な火元だったようで。

 まぁ、それはまた後々のお話でございます。

 

 ではではでは、久しぶりに妖怪らしい事をした所でお別れを。

 

 次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 



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雪降りだよ 袖引ちゃん

 さわさわと、寒気を伴った風が吹き抜けます。

 両端に広がる竹が微かに揺れ、彼等の頭部に乗った雪を振り落としていきます。

 ぽとぽと、にわかに雪が降った様なそんな感じ。

 

 地面には誰も踏み入れぬ白の敷物。

 そんな中雪駄を履いた足跡をつけ、ほぅ、と白い息を吐き私は進んでいます。サクサクと雪を踏む度に鳴る音が白銀の世界に吸い込まれていきました。

 

 そんな事を考え、身を刺す様な寒さを感じつつも、私は進んでおります。

 

 

 時期は()()()()()()()な、冬の頃。

 

 幻想郷にも雪が降り注ぎ、静寂で真白い世界に塗り変わった次の朝。

 人里の人間様達も、寒さには勝てず炬燵に引きこもっていることでしょう。

 

 深々と降り積もり、辺りはシーンと静まり返る。

 

 

 私、韮塚 袖引 凍えております。

 

 

 何時もは昼下がりまで自堕落な生活を送り、そこから店を開くなんて本物の商人様が見ていらしたら拳骨の一つや二つでは済まされないような生活を送っております私ではありますが、今朝は事情が違っておりました。

 

 反省会場にも、寝具にもなる便利な布団を喉元まで被り、半纏を着込み、出来るだけ厚着をして寝た筈なのですが……

 

──寒い。

 

 えぇ、寒いのです。子供は風の子なんて良く言われておりますが、私の身体は都合良く出来てはいなかったようで、布団の中でガタガタ震えながら早朝に目がパッチりと覚めてしまいました。

 

 冷めたから覚めるなんて、更に気温が下がりそうな事を考えつつも、火鉢を起こそうとごそごそと準備をしておりました所。

 

「……無い」

 

 口を突いて出たのはそんな言葉。

 なんという致命的な失敗をしてしまったのでしょうか、あろうことか炭が殆ど切れかけておりました。

 

 いえ、決して勘違いしないで頂きたいのは、雪が降る中好きで炭を切らすほど被虐趣味には走っておりません。

 寒さに耐えかね、お酒をちびりちびりとやりつつ、川魚を炭火焼きしていたり、凍えた隣人に気前良く譲ってしまったりと訳があるのです。

 

 ……まぁ、一番の原因は夜通し火鉢起こす為に、酔いに任せ、ドドド、と大量の炭を灰の海に沈ませるという暴挙に走った事にあるのでしょうが。

 

 後の祭りなんて言うのでしょうが、後に残ったのは中途半端に燃え残った白黒の残滓。更には後悔でしょうか? いえ、お陰様で夜は快適ではあったのですけど。

 酒は命を削る鉋と申しますが、私の場合、命では無く炭を削られてしまった様で。炭なんぞ削った所で家が寒くなるだけです。

 

 冗談を繰り返してもくどくなってしまいますが、これ以上無い位寒いので寒くなる事もないのでしょう。

 これ以上、氷柱の様に落ちることもありません。下らないですし。

 

 

 さて、こうなってしまっては買いに出るしかありません。

 

 綿入れのあわせをしっかりと着込み、その上に(みの)を羽織ります。更に編み笠被り準備は完了。

 

 格好としては同じ妖怪である雪ん子さんの格好に近いでしょうか。何はともあれ、着ている服を雪仕様にいたしまして重たい戸を開け、歩き出します。

 

 昨日から降り続いていた雪はすっかりと止み、曇天の下、人間様が屋根に乗り、こんもりと乗っかった雪をぼとぼと落とす姿が見られます。

 私も帰ったらやらないといけないな、と思いつつ迷いの竹林を目指します。

 

 今回の、と言うより、毎回ご贔屓にさせていただいておりますのは、竹林に住む人間でありながら私よりもうんと生きていらっしゃる御方、藤原妹紅さんが作っていらっしゃる炭を買い付けに参ります。

 他の炭では駄目なのか、なんて疑問もあるでしょうが、私としては妹紅さんのでなければ駄目だと断言できます。

 完璧な焼き加減、煤などで嵩増しせずに、良心的なお値段で提供して頂いております竹炭は至高の逸品。私、もう冬の間は妹紅さん無しでは生きて行けない身体にされてしまいました。

 

 と、いった訳で、さくさくと雪を踏みつつも竹林目指して歩いて行きます。

 時折吹き付ける風が寒いこと寒いこと、容赦なく体温を奪っていこうと私の身体を撫でていきます。

 

 ううぅ、なんて呻きながらも辿り着きますは綺麗に雪が降り注いだ竹林の前。緑と白が入り混じる事無く独立し合い、素晴らしい美を演出しております。そんな光景に感動しつつも竹林へとサクサク音鳴らし踏み入れていきました。

 

 はー、と真白い息を両手に吹き掛けつつも決められた順序を辿ります。これでも私、方向には自信がございます。竹の判別はつかないとは言え、迷うことは殆どありません。

 初めの一回は迷うに迷いましたが……まぁ、それはそれ。一度くらいは誰でも失敗するものです。

 

 一度目のお話は横に置きつつ、不死人さんの所を目指していますと何やら視界の端に黒い影一つ。竹藪の間をすり抜けていくその影は、冬でも暖かそうなモフモフな尻尾がついておりました。

 

 雪がコンコンと降ると、犬は庭駆け回るなんて言われてはおりますが、狼なあの方も同じ様で元気に駆け回っております。

 そんな事を考えておりますと、向こうも此方に気づいた様で声を掛けて下さいました。

 

「あ、袖ちゃんじゃない! やっほー」

「どうも、影狼さん。お元気そうですね」

「えぇ、そうね。ちょっとテンション高いのは認めるわ。なんたって雪よ雪!」

 

 と、何時もよりも元気が三割増しぐらいになっておられる今泉影狼さんが此方に寄ってきて下さいました。

 彼女の言葉を借りるとテンションが高い状態である為なのか尻尾もバサバサと振られております。上気したお顔をこちらに向けられ、実に楽しそうなお姉さん。

 こんな状態は普段ではお目に掛かる事が出来ず、元気なお姉さんにたじろいでしまいます。

 

「で、袖ちゃんはこんな所で何をしているの?」

「あ、えと、あのですね」

 

 炭を買いに来たというだけなのにひゃっほうな感じの影狼さんに圧倒されて言葉が出てきません。普段は憎らしい位勝手に喋る口ですのに凍り付いたかの様に開かない。

 

「ん? どうしたの?」

 

 心配そうにかがみ込んで来る影狼さん。身長差があるだけに大人が子供をあやすようにも見えてしまいそうです。まぁ、そんな事を言っていようと周りにある竹のように背がグングンと伸びるわけでもありません。はぁ、と手を温めつつも事情を説明します。

 

「ほほぉ、なるほどねー炭を」

「えぇ、この寒さでは凍えてしまいますから」

「これくらいなら丁度良くない?」

 

 そんな事を、ふさふさとした尻尾を揺らしながらおっしゃる影狼さん。えぇ、それくらい立派なものを持っていれば私も……だなんて少し妬ましい視線を送ります。

 すると、影狼さんも気づいたのか、あーそっかー、なんて言いつつご自身の尻尾と私の身なりの間を視線が行ったり来たり。そして困った表情で首を横に傾けます。

 

「えーと、ごめんね?」

「まぁ、気にしてないんですけどね」

 

 私は、そんな表情も冗談とばかりにふくれっ面を放りだし、吹き出します。そろそろ影狼さんとも長い付き合い。こんな事で怒る程、私も子供ではありません。……ありませんよ?

 

 まぁこんなふざけていられる程に仲が良いのは、あの女将さんのお蔭と言っても差し支えは無いかもしれません。

 あの屋台。ミスティアさんの屋台に蛮奇さんと二人で行った時、初めて影狼さんに出会いました。蛮奇さんとも知り合いだった様で紹介してくださり、意気投合。そのまま夜が更けるまで話込みました。

 ただ、本格的に仲が良くなったのは、ここ中心に起きた夜の異変の頃からでございまして、そのお話も後々。

 

 そんな竹林の異変を思いだしておりますと目の前にぼとぼと、と雪が落ちて来ます。そんな光景を眺めていると夜の異変の前にも異変があった事を思い出しました。

 

「そう言えば、ありましたよね」

「ん? 何が?」

「雪が印象的な異変の事です」

「あぁ、あの春が来ない……」

 

 影狼さんも思いだした様で、懐かしむような顔に変化します。春が来ない異変……確かあの時は独自で春探しをしていた筈。色々と思い出していますと影狼さんから疑問の声。

 

「袖ちゃんはあの時何かしていたの?」

「あぁ、私はですね……」

「その話ちょっと待ったぁ!!」

 

 別に隠す事でもありませんし、道中の話題ついでに話してしまおうかと思って口を開きかけた所、天からお声が掛かります。聞き慣れたという程では無いにしろ、確かに聞き覚えのあるそのお声。

 黒い羽をはためかせ、空飛ぶ天狗様。射命丸文様が私たちの前に降り立ちました。その姿に影狼さんは面食らったようでびっくり顔。私はびっくりこそ致しましたが反応が間に合わず固まってしまいます。

 そんな私たちの反応を知ってか知らずか、射命丸様は一気にまくしたてました。

 

「お話のところ申し訳ありません、そのお話私にも是非お聞かせ下さいな。あややや、これは知らないお顔が一人いらっしゃいますね。どうも清く正しくな新聞記者、射命丸文です。どうかよろしくお願いします」

 

 立て板に水とばかりに、轟々と言葉を羅列した後、影狼さんに名刺を渡しますは幻想郷一素早い新聞記者様。そんな勢いに反応しきれなかったのか影狼さんは、あ、どうも。と気の抜けた反応。

 名刺を渡し満足なさったのか射命丸様は再びこちらへ向き直ります。

 

「聞いて下さいよ袖引さん。この前にお聞きした記事をついこの前、身内に発行したんです。すると、どうなったと思います?」

 

 夏の頃にお話した筈ですのに今頃に記事になっているとは……とも思ってしまうかもしれませんが、天狗様というのは中々独自の時間感覚をお持ちの様でして。こうなったのも仕方のない事かもしれません。

 また秋には妖怪の山での異変も起きておりましたし、ごたごたが色々と続き、苦労されたのでしょう。

 

 しかしながらお話したのはもう随分と前ですし、てっきりもう風化したものだと思っていました。どうやらそれは私の勝手な思い込みであった様で、ついこの前とやたらと最近に発行された私の記事。天狗様達に向けてばら撒かれたとなると、一瞬恐ろしい想像が頭をよぎります。

 私は嫌な予感を感じ取り、聞くことを躊躇っておりますと、影狼さんもようやく話に追いついたようで、射命丸様に聞いてしまいました。

 

「袖ちゃんの記事? 売れるのそれ?」

 

 興味がありそうに影狼さんが問いかけ、その言葉を待っていましたとばかりに射命丸様がぱっと顔を明るくさせます。もうその表情だけで大方の見当はついてしまい、つい頭を抱えたくなってしまいました。

 

「えぇ、それはもう! 増刷に次ぐ増刷! 妖怪の山に袖引さんの名前を知らない方はもういないんじゃないでしょうか!」

「おぉ、それは凄いわね! 私も読みたいわ、ってどうしたの袖ちゃん?」

 

 射命丸様の言葉を聞いた途端、私は本当に頭を抱え、しゃがみ込みました。

 人前で無ければあー、とかうおーとか言っていたのではないでしょうか! えぇ、もう、寒さなんて吹っ飛びましたとも! 顔は真っ赤っかになっている自信はございますし、全身をかきむしりたい程には恥ずかしい。

 

 妖怪の山の皆さんに私の愚行が知れ渡ってしまうとは、何という事態でしょうか! 私としては、こんなしょうもない妖怪の行動だなんて皆さん興味無いでしょうし、きっと鳴かず飛ばずで終わってしまうだろうだなんて考えたからこそお話したというのに!!

 

 そんな頭を抱えしゃがみ込んでいる私に対し、追撃と言わんばかりにズシンと重い事実が射命丸様の口から発せられました。

 

「袖引さんのお話だけでは少し迫力に欠けましたので、私が事実の元、()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 その言葉は私の心に深い痛手を負わせるには十分の言葉。天狗様、特に射命丸様の編集もとい捏造は時折、凄まじい事になっております。ただ読むだけでしたら十分に面白いのですが、自分が注目されるとなると話は別。きっと紙面の中の私は物凄い活躍を遂げている事でしょう。そんな物が妖怪の山に知れ渡っているだなんて……えぇ、もう、立ち直れません……ぐすん。

 

 もういっその事身投げでもしてしまおうか、なんて考えておりますと、手帳と、万年筆を用意した射命丸様から声が掛かります。

 

「では、次の異変のお話をお聞かせ下さい!」

 

 そんな声に反応し顔を上げますと、万年筆の尻の部分を此方へと突きつけ、私を見る目はキラキラと輝いている射命丸様。早く早くとせっつく子供の様に私を見ております。

 されど、私の目には獲物を狙う鷹の様にしか見えないそのお姿。くわっと見開かれたおめめには鋭い眼光をたたえており、突き付けられる万年筆はまるで鋭利な爪にしか見えません。

 

 更には私の後ろに立っていた影狼さんも話に乗っかってきました。

 

「私も異変の事聞きたいわ、袖ちゃん」

 

 あぁ、影狼さんまで味方になってしまうとは。と目の前が真っ暗にでもなってしまいそう、そんな状態。前門の天狗に後門の狼。とはまさしくこの事。涙がそろそろジワリと来てしまいそうな状況の中、私は声を絞り出すように言葉を口にしました。

 

「私、もう帰ります……」

 

 もう帰って布団へと飛び込み、全力で現実逃避してしまいたい。その行動しか頭に浮かんできませんでした。

 とにかく帰ろうとばかりに、くるりと後ろを向きますと、えぇ!? と驚いている影狼さんの姿。普段でしたら驚いている姿は大歓迎なのですがそれすらも気にしている余裕がございませんでした。

 すると影狼さんは、私の様子に気づいたのか、こちらに助け舟を出してくださいます。

 

「まぁ、無理にとは言わないし、異変の話はまた今度にしようか?」

 

 助け舟の言葉にぱっと顔をあげますと、にこっと笑う影狼さん。この時ばかりは影狼さんが女神ではないかと思ってしまう程。それくらいには影狼さんは輝いて見えました。

 

 その狼耳の女神様の言葉に乗っかり、尻尾を巻いてそそくさ退散を決め込もうと、一歩足を踏み出そうとします。すると、背中から声が追いかけて来ました。

 

「そうですか、残念です……せっかく天狗秘蔵のお酒を用意してきましたのに……」

 

 その言葉にピクリと足が止まります。後門の天狗となった射命丸様のお声は私を釘付けにするには十分すぎる程の威力を誇っておりました。

 ギギギと頭を後ろに向けますと、何処から取り出したのか残念そうに一升瓶を抱える射命丸様の姿が目に入ります。

 天狗様と言えばお酒。あの伝説の鬼の方々には敵いませんが、それでも天狗と言う種族は酒豪として名を馳せております。その天狗様の秘蔵のお酒。そんなものを見せつけられてしまっては、思わず飲んでみたいという気持ちがむくむくと沸いてきてしまいます。

 恐らくこの機会を逃したら一生手に入らない貴重中の貴重。思わず足が止まってしまうのも仕方のないでしょう。そんな悩める私に追い打ちとばかりに射命丸様は更に鞄を漁り小瓶を取り出しました。

 それは私は見た事はあれど触ったことの無い伝説の薬。思わず声も出てしまいます。

 

「そ、それはっ!?」

「どうやらご存知のようですね……そう、これこそはあの河童の妙薬!! 今ならこちらもお付けしますよ?」

 

 河童の妙薬と言えば、どんな怪我だろうが治してしまうと言われる伝説の霊薬。私自身、河童さん達とは縁がございまして見た事はあれど、使った事や触った事のない貴重品。

 なぜ射命丸様の手の内にあるのかは不明ですが、持っておくと非常に便利な代物。是非欲しい、と浅ましくも思ってしまいます。

 

 家の方向に向かっていた身体は完全に向き直り、非常に悩み始めます。確かに二度目も同じ様な事をされてしまうのは痛く恥ずかしい。しかしながら、目の前にあるものを完全には捨てきれない程の貴重度が高い物。もし諦めてしまっては後々後悔する事は目に見えております。

 

 私は完全に射命丸様の策略に嵌った事に気づかないまま、悩み、そして結論を出しました。一回目があったのなら二回目以降は問題ないだろうと! 自分自身何を考えていたのか本当に分かりませんが、とにかくそう言う事となり射命丸様に返事をします。

 

「……分かりました。お話しいたしましょう」

「はい、ありがとうございますー」

「袖ちゃん……」

 

 ふとした物欲に誘われ、ぽつりと返事をかましてしまいます。はっと気づいた時にはもう遅く、満面の笑みの射命丸様と、がっかりしたような影狼さんの顔に挟まれておりました。慌てて取り消そうと口を開きかけると、射命丸様が先手を取り、一升瓶と小瓶を押し付ける様に渡してきました。

 

「では、これで取引完了ですね!」

 

 さっ、と万年筆を構える射命丸さん。助けを求め後ろを振り向いても、物欲に釣られた私に影狼さんは呆れが入り混じる視線を寄越すばかり。そんな視線をされてしまいますと、もう何も言えません。手に持つ瓶二つがやたらと重く感じるのはきっと気のせいでは無いのでしょう。

 

 こうなってはもう、どうしようもありません。今更逃げ出す訳にもいかずに視線を泳がせます。しかし今度こそ助け船はありません。溺れかけの私が物欲を出してしまったのです。当たり前の事と言えるでしょう。

 

 策略と言う沼地に嵌り、もう、にっちもさっちもいけなくなった私は、諦めて話す事となりました。身から出た錆とは申しますが、今回ばかりはもう本当に自業自得。あまりのしょうもなさに涙さえ出て来ません。

 

 まぁ、もう何をしようにも後の祭り。もう手の施しようもありませんし、腹を括りましょう。

 

 さて、話すのならきっちりとお話ししましょうか。報酬でつられたものの受け取ったのならいい加減はまかり通りません。

 

 これからお話ししますは春が来なかった冬の事。あの時私は春を探しに出かけた所から始まります。

 

 さてさて、錆もお話も懐から出しまして裸一貫。話すことは大したことはございません。ただ巻きこまれただけの事。

 

 雪が積もるように異変のお話は、積りに積もっております。しかしながらきっちりとお話ししたい為、ここでいったん一区切り。しばらくお待ちくださいませ。

 

 では、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 



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春探しだよ 袖引ちゃん

お待たせしました。


 冬が深まり、びょうびょうと雪が雨戸に打ち付ける。そんな吹雪も吹いた冬も終わり。そろそろうららかな陽気とともに春一番がやってくる。……頃のはずなのですが。

 いまだに春は訪れず、冬がどんどんと深まっております。深々と雪が降れば雪かきに追われる。そんな日常に人間様達もおかしいぞ。と言い出しているそんな頃。

 

 私、韮塚 袖引 春探しをしております。

 

 

 肌寒いなんて季節などあっと言う間。冬が訪れ布団の中でガタガタと震えつつ春を待っておりましたが、春の便りが届く気配はこれっぽっちもございません。

 冬は苦手ではございませんが、ここまで続いてしまうと私も店も凍りつくもの。証拠に店内も人っ子一人おりません。……全く、気候とはまこと恐ろしいものでございますね。

 

 なにやら抗議の声が聞こえてきそうではありますが、そんな事はお構い無し、といそいそ防寒具を着込んでいきます。

 藁の防寒着はぬくぬくとまではいきませんが、保温性は高い。さてはて準備も完了し、いざ雪降るお外へ。

 しんしんと、雪降る外には春の気配などこれっぽっちも感じられません。さぶさぶと両腕さすり、歩く人もいる中、さくさくと雪踏み分け、参りますは霧の湖。

 妖精さん仲間なら何か知っているのかもなんて考え、チルノさんに会いに行ったわけです。

 

 

 雪けぶる霧の湖は一面鏡の様になっており、一面氷が張っておりました。この湖に住んでいらっしゃるわかさぎ姫さんは大丈夫かな、なんて考えつつ、元気に飛び回る青い妖精さんと、一緒に飛び回る緑の妖精さんに近づいていきました。

 

「あんた誰?」

 

 元気な氷精さんの第一声がこれ。前にも紅魔館に立ち寄る際に何度か出会っているはずなのですが、まぁ、妖精なら仕方ないのでしょうね。

 特にがっかりもせず、慌てふためいている隣の緑の妖精さん含めて問いかけました。

 

「春の妖精さんを知りませんか?」

「春の妖精?」

「リリーちゃんの事だよ、チルノちゃん!」

 

 チルノさんは首を捻り、大妖精さんは春告精さんの事を知っている様子。今度は大妖精さんに焦点を絞り、問いかけてみました。

 

「リリーさんがどこにいるか知っていますか? 今年は春が遅くて里の人間様が困っているのです」

「え、えーと、リリーちゃんはまだ寝ているというか、力を発揮出来ないというか……」

「力を発揮出来ない?」

 

 困った様に言葉を選ぶ大妖精さん。その言葉を聞き更に追及する私。大妖精さん、その言葉に首を捻り、リリーさんを思い出すように困り顔。

 

「あの子は本来、春になると自然と力が沸いてきて、冬から春へと移行させるんですけど、その力が流れ出てしまっているみたいで……今は彼女の住処で寝ています」

 

 妖精とは思えない位、つらつらと言葉が出て来る大妖精さん。あまり期待しないで此方へと来たのですが、思っていたよりも実りが多い寄り道となりました。

 さて収穫も得られましたし、次なる手掛かりへ。とふわふわ飛び去ろうとしますと、進路先にチルノさんが割り込んで来ました。

 どいて下さいな、と言いますと、チルノさんは敵意の目を向けてきます。

 

「今の話はよくわかんなかったけど、あんたが冬を終わらせる気なのは、わかった」

「まぁ、これ以上冬が続くと色々と良くありませんし」

「じゃあ、あたいがここであんたをやっつければ、永遠に冬なわけだ」

 

 ほう……妖精さん風情が私に喧嘩を売ろうとは良い度胸ですね。

 私とて、妖怪の末席。負けるわけがありません。軽く捻ってやりましょう。

 袖を捲るような心持ちで、弾幕の態勢へと移っていきました。あわあわと手を振る、大妖精さんを横目にチルノさんと向かい合います。

 

「全力全開なあたいの力見せてやる!」

「いくら冬で力をつけていると言っても、妖精は妖精! 軽く引きちぎってあげましょう!」

 

 そんなこんなで始まった弾幕戦。……えぇ、楽勝でしたとも。妖怪と妖精、違いは明白です。地力も違いますし、何より私もそこそこの修羅場をくぐっております。負けるはずがありません。

 ただ……えぇ、ただですね? チルノさん。普段から妖精としては強いなー、なんて思っておりましたが、全力全開なチルノさんは予想以上。

 間違い無く妖精の枠を超えた力は、容赦なく氷のつぶてとなり私に降り注ぎました。それが痛いのなんのって、油断していただけに涙目になってしまう程。

 

 そんな涙も凍り付いてしまうような弾幕ごっこの後、また雪降る空を飛んでおります。楽勝ですからね! 凍えるような風が傷に沁みたりなんかしておりません。……しておりませんとも。

 

 少し破けた袖を気にしつつ、次に向かう先は博麗神社。さすがにこの事態、博麗の巫女様にも動いて頂かなければなりません。

 長い参道を無視するように飛んでいき、ふわふわと鳥居を潜ると、いつもの場所。雪かきもほったらかしとなった境内を眺めつつ、社務所に回り込みますと、縁側に人影。

 雪空の下でも印象的な紅白衣装を纏う霊夢さんは、縁側に立ち、雪降る空を見上げておいででした。

 

「……あんたか」

 

 ぼそりと、霊夢さんは呟き、こちらを向きます。既に剣呑な雰囲気が滲み出ておりまして、雪よりも冷ややかな視線を向けられました。

 時機を間違えたかな? なんて冷や汗かきつつ言葉を待ちますと、口を開く霊夢さん。

 

「なんの用? いま雪を眺めるのに忙しいのよ」

「一応、人里の人間様が大変そうでしたので」

「あんたがやる事じゃないでしょ。袖引」

 

 ギロリ、なんて女の子に表現するものでもないかもしれませんが、そんな鋭い視線を向けられます。それは、まごう事無き博麗の巫女の目。

 確かに、本来私が手を出してはいけない領域。妖怪である以上、「異変」には手を出すべきではありません。

 妖怪が異変を起こし、人間がそれを解決する。その不文律は絶対。ましてや、異変中妖怪が表立って手助けなどは、基本あってはならないのです。

 

 だからこそ均衡を保つ博麗の巫女である霊夢さんの対応もこれが当然である、と言えます。それを分かっていながらもこちらまで来てしまった訳ですが。

 

 まぁ、要するに文句を言いたくなった訳ですよ。人間様の実害が出ているのにこの体たらくは何事かと。……あと、ずっと冬が続くと寒いですし。

 そんなこんなで、霊夢さんの極寒の視線にたじろぎつつも毅然とした態度で言い返してやります。

 

「だったらこんな私めに言われる前に動いて下さいよ、人里が凍えてます」

「何? あんたもそんな事言う訳? 魔理沙と似たような事言うのね」

 

 魔理沙さんの名前を聞き、魔理沙さんもやはり動いているのだなー、と少しホッとしておりましたら、霊夢さんは懐からお札を取り出しました。

 

 

「まぁ、いいわ。あんたもついでに倒しつつ、異変もちゃちゃっと解決しちゃいましょ」

「……はい?」

 

 おかしいですね……何故か聞こえてはならない言葉が聞こえた気がします。

 さらにおかしな事に、霊夢さんは臨戦態勢。今回の博麗の巫女は理不尽だとは聞いておりましたが、まさか無関係な私にまで厄災降りかかるとは思いませんでした。

 あわわわわと慌てつつも、一応穏便に済ませられないかと無駄な抵抗を試みます。

 

「あのー? 私、異変とは、ほぼほぼ無関係なのですが……?」

「異変中に私の前に現れたら、それはどれも敵なのよ」

 

 まぁ、聞き入れてくれるとは元より思っておりませんでしたが、ここまで理不尽だといっその事笑いが飛び出して来そうでございます。

 元より魔理沙さんに言われ準備は整っていたのか、札構え、大幣をいつの間にか取り出し、私へと向ける。

 その間は一瞬で、私は即座に反応する事が出来ずにあっと言う間に、退魔の札が目の前を埋め尽くします。

 

「ちょっ……」

 

 命からがら回避しますと、霊夢さんは露骨に舌打ち。

 

「面倒な……避けないでよ」

「避けなければ当たってしまうでしょう!?」

「当たれっていってるの!」

「お願いですから、お引き取り下さい……」

「邪魔だから押し通るわね」

 

 私の言葉はひゅるりと風に流され、ついに弾幕ごっこが始まりました。

 私は十全に力を発揮し、右へ左へと着物はためかせ、びゅんびゅん飛び回る大立回り。そんな動きに霊夢さんもたじたじ。

 ……だったら良かったのですが。まぁ、ほぼ何も出来ずに雪積もる境内へと墜落しました。

 チルノさんとの一戦も体力的に大きく影響しており、こちらも必死に弾幕で応戦しましたが、いかんせん力が出ない。

 そんな腑抜けた弾幕なんぞ霊夢さんに届くはずも無く、彼女はひょいひょいと避け、げに恐ろしい威力を持つお札をばしばしと投げ付けてきまして、もう着物も襤褸切れに。

 ついには尽きかけていた体力も底をつき、札が直撃致しました。

 

「り、理不尽……」

 

 最後の言葉はきっとこの言葉。そのままひゅるひゅると落下し、冷たい絨毯に埋もれて行きました。

 

「全く、手間取らせないで欲しいわ」

 

 消え行く意識の中そんな言葉が投げ掛けられたのを覚えております。

 

 

 結局、春探しはここでお仕舞い。霊夢さんに強制的に墜落させられて異変は終わり。

 雪降る中、袖振れない神社で札に巻き込まれる。えぇ悲しい一件でした。

 

 と、なれば良かったのかも知れませんが。春まで冬眠と言うわけにはいきませんでした。

 

 

 

「そんな所で半裸で寝ていたら風邪を引きますよ?」

 

 

 意識の外で感じていた雪が積もる感覚が一時的に止んだと思いきや、一時的冬眠している私に声が掛かりました。

 意識がゆっくりと浮かび上がり、雪の薄布団を被った手が目に入ります。さらに視線を上げてみると見知った顔。

 

「咲夜さん……?」

「袖引さん、そういう趣味が……?」

「……え?」

 

 ガバッと起き上がり、自身を改めますと着てきた着物も、防寒着も、もうぼろぼろになっておりまして、大分際どい姿でございました。慌てて隠そうにも無い袖は振れぬ。

 雪降る中、肌色を晒す愉快な妖怪が居るという事態は確実となってしまいました。

 慌ててあたふたしながらも、そこに知り合いがいた事を思い出し、恐る恐る視線を向けますと咲夜さんはにっこりと佇んでおられました。

 うんうんと頷き、万事悟った様な生暖かい目がこちらに向けられます。

 

「大丈夫ですわ、この事は誰にも──」

「違うんですーー!!」

 

 境内に私の声が響き渡り、降る雪がそれを白く染めていきました。

 

 

 かくかくしかじかと経緯話し、納得してもらうまで少しばかりの時間を要しましたが、無事、生暖かい視線付きで咲夜さんにも納得して頂きました。

 では、これにて、と帰ろうとしますと、後ろから掛かる咲夜さんの声。

 

「そのままで帰るつもりかしら?」

「うっ……」

 

 再度服を見下ろしても、変わらぬものは変わらぬ。先ほどと同じ襤褸切れが、辛うじて局部を隠しておりました。

 流石に妖怪の身体とて雪の羽毛は寒かったのか、若干肌色が多めの震える身体が目に飛び込んで来るだけとだいぶ悲惨な状態。

 どうしようかと悩んでいると、手に持つカバンをごそごそと漁る咲夜さん。なにするものぞと覗き込もうといたしますと取り出したるは、もう依頼で山ほど作った見慣れたお洋服。

 咲夜さんは、めいど服を取り出し、こちらに突きつけるように目の前にぶら下げました。

 

「こんな事もあろうかと……とは言わないけれど、これで良ければ」

「……あの」

 

 取り合えずとばかりに、何故持っているのか、と聞きますと、フラン様がめいど服の私を見てみたいなんて仰られ、とりあえずとばかりに一着作り、私に試着させようと自店に訪れたようです。

 しかし、当然ながら私は不在。どうしようかと困った挙句、何となく博麗神社に訪れますと私が半裸で雪に埋もれる倒錯的趣味を、心いくまでお楽しみの最中だったと。咲夜さんが、そんな顛末を話して頂きますが、流石に納得できない事が一つ。

 

「だから、違うんです! これは霊夢さんがっ!!」

「えぇ、分かっておりますわ。その恰好は霊夢のせいで袖引さんの趣味では無いと」

 

 これこそ必死になんてものじゃない位に訂正いたしましたが、本当に分かっているのか分からないままに流されてしまいます。

 

 あぁ……本当になんて事でしょうか。思わず泣きだしてしまいたい位には酷い状況。私にそんな趣味なんてこれっぽっちもありませんのに! ……ありませんからね!

 

 頭を抱えたいと思っておりますと、めいど服抱えた咲夜さんが問いかけます。

 

「で、これは着るのかしら?」

 

 ずずいと、突き付けられるめいど服。酷い状況だとは認識しておりましたが、事態は悪化の一途。

 着のみのまま帰れば、露出の気があると思われてしまう事は間違いなし。かと言ってあのめいど服を着るのもまた憚られます。

 えぇ……あのお洋服、何故か丈が膝上までしかなく、私が着用するには度胸が幾何か必要でございまして。

 例えば、目の前にいる咲夜さんの様にすらりとした方が着るのでしたら、それは大層お似合いな物でございましょう。

 しかし、しかしながらですよ? 私の様なちんちくりんが着飾ろうと、それは猫に小判。到底似合う物では無いではありません。

 ちらりと、もう一度見ますと、ずずずいと迫るめいど服。咲夜さん的にはフラン様の願いもございますし、着せてしまいたいというのが本音でしょう。

 

 うぅぅ、と思わず呻きが口から漏れ出てしまいます。

 確かに可愛いお洋服だとは思っておりますよ? 決して他人に言えることではございませんが、かのご依頼の時、姿見にてめいど服を肩まで持ち上げ、着た自身の姿を想像し、慌てて取りやめる事が何度かございました。

 

 ある意味で憧れのめいど服。それが目の前にずずずずいと迫ってきております。しかも今回ばかりは着ても仕方のない状況。

 吹きすさぶ風が体温を奪っていき、凍えてしまいそう。そんな状況の解決手段が目の前にあるのです。着ないわけには……しかしながら、めいど服を着てしまったら最後。大切な何かが壊れてしまいそうで。

 

 と、手を伸ばしては引っ込め、手を伸ばしては引っ込め、と繰り返しておりますと、咲夜さんが一言。

 

「フラン様が悲しむわね……」

 

 そうしてめいど服をしまう素振りを見せました。言葉にされて初めて、フラン様の少し寂しそうな表情が目に浮かびます。そんな表情が浮かんだ瞬間、葛藤の堰は決壊し言葉がポロリとこぼれます。

 

「……着ます、めいど服を着ますのでどうかお貸し下さい……」

 

 これでもありったけの勇気を振り絞って出した答え。そんな声を聞き届けた咲夜さんはしまう時の数倍の速さで、めいど服をささっと取り出し、こちらの目の前に。

 

「そう、それは良かったわ」

 

 あんまりな手際よさに嵌められたと気づくのに時間はかからず、そして気づかない内に、私の召し物が着物からめいど服へと変貌を遂げておりました。

 

「え……はい?」

 

 さすがの私もこれには声も出ず、あんぐりと口を開けるばかり。これが噂に聞きし咲夜さんの程度の能力かなんて考える暇も無く、瞬時に私はすかーとと呼ばれる下の着物を抑えつけます。

 

「ひゃあ!? さ、咲夜さんこれ、これぇ!?」

「ひょっとしてスカートは初めて?」

 

 通り抜ける風が容赦無く素足をさらっていき、先程までよりはましになったとはいえ、体温が抜けていく。

 あまりの下半身の頼り無さに、思わず屈みこんでしまいました。

 

「うぅぅ、やっぱりこんな格好だなんてぇ……」

「想像以上に似合ってるわよ?」

「そういう事では無く……」

 

 

 初めて着るめいど服。構造自体は理解してはおりましたが、着てみますと予想以上に恥ずかしい。そんなものを心の準備無しで着てしまったとあればもう。混乱は必須です。

 お嬢様と体型が似ているから着せ替えは楽だったわ、とのたまう咲夜さん。その表情はやはりというか、なんというか、非常に楽しそうなものでして、化かし合いが常な妖怪の一員として、やられた。と舌を巻くばかり。

 

 騙されたら、騙されたで一つ勉強になったとぶつぶつと無理矢理自分を納得させておりますと、咲夜さんはふわふわと飛び上がり、こちらに声を掛けてきます。

 

「じゃあ、行きましょうか。春探し、やるんでしょ?」

 

 どうやら、聞いているかどうか分からなかった経緯もきちんと聞いてくれていたようで、私で遊んだ後はきちんと、春探しを手伝ってくれるようです。

 妖怪は異変に関わるのはご法度ではありますが、人間様の手伝い位なら許されるでしょう。という訳で咲夜さんの手伝いという言い訳も出来ました。

 それに、文句だけ言って働かないのは少しばかり引っかかるものもございましたし。

 

 と、付き合ってくれる咲夜さんに感謝しつつ、飛び立とうとしました。しかし、「ある事」に気づいてしまいます。と、言うより先程から気づいていた事実。

 

「……見えてしまいますよね、これ」

 

 ひらひらとしているすかーとに目を遣り、抑えたり、伸ばそうとしますが、改善の気配はありません。

 もたもたとしていると、行かないの? と咲夜さんからお声が掛かり、慌てて返答します。

 

「あ、行きます! 行きますから!」

 

 もう一度足元を確認し、深呼吸。もう、毒食らわば皿までの様な気持ちで空へと上がります。

 もともとが冷たい季節を終わらせる為でしたのに、どうして冷たい目線を浴びるような事になっているのか。

 

 どちらにせよ、関わってしまいましたし、関わってしまったのなら終わりまで見届けるべきでしょう。

 とはいえ、霊夢さんが出張っているので直に終わるようなこの事態。のほほんと咲夜さんと蕾探しでも致しましょう。

 

 

 

 

 なんて考え、飛び立ちましたが、はてさてどうなることやら。我ながら砂糖菓子よりも甘い考えだと思ってしまいますが。

 

 そんなこんなで装い新たに再出発。私もついに初お洋服の御披露目と相成りました。

 

 冷たい風や冷たい視線は何のその。終わらない冬の終わりを見に行きます。

 

 という訳で今回はここまで。

 

 次回も()()続きお楽しみ下さる事を祈っております。

 

 

 あ、いえ。けれど見ないで下さいね? 特に下から覗き込むのだけは勘弁を……



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冬と春だよ 袖引ちゃん

 ひらひらと舞う雪の中突き進むのは、ひらひらとした服着た二人。風がぴゅーと吹く度に雪も服も巻き上がる。

 

 そんな天候の中、進んでおります春探し。寒風吹きすさび、木も草も真白く染めた、銀世界の空の上。

 さてさて、皆様にお話いたします二つ目の異変でございますが、果たしてどうなる事やら。

 

 

 私、韮塚 袖引 引き続き春探しをしております。

 

 

 

 ついに、ついに一線を超えたやら、なんとやら。和製妖怪の誇りは何処に行ったのか、お洋服召して雪の中。

 

 偶然神社で出会った咲夜さんと春探しの真っ最中。ひらひらはためく、すかーとをどうにか抑えつつ雪に紛れて空中を闊歩しております。

 しんしんと降る雪の中、飛び回るのはなかなかに趣深いともいえますが、それは自身に余裕があればこそ。

 私、只今能力まで使い、ひらひらする腰回りを何とか抑えられぬかと格闘しつつも気が付けば、魔法の森のすぐ近く。

 

 不本意ながら、お洋服にも慣れ始め、すかーとに諦めがついた頃でございますが一向に春は見えない。

 そもそも霊夢さんも魔理沙さんも動いているこの事態、炬燵でぬくぬくとしていればいつの間にか冬を越していた。という事も出来そうです。

 まぁ、こうして動いている以上はきちんと春探しをしたいと思っておりますが、やる気も和服も体温も冬の厳しさがどんどんと奪いとっていきます。と、いうよりも先程からどんどん寒くなって行っている様な気さえ致します。

 

 すると何かに気づいた咲夜さんが、ふと、止まりました。後ろでひらひらを気にしつつ飛んでいた私は、あわや衝突という所で急制動。無事ギリギリ止まる事が出来ました。

 それから何事かと咲夜さんの肩越しに覗き込みますと、元気そうに飛び回る一人の妖怪さんが目に入ります。

 

 目に飛び込んで来たのは銀の髪が銀世界によく合わさる、楽しそうに飛び回っておりましたレティ・ホワイトロックさん。

 びょうびょうと吹き付ける雪の中、薄着物のみで元気に飛び回れるのは、この人ぐらいなものでしょう。

 

 冬の異変に、冬の妖怪。裏で糸を引いているとするならこの妖怪さん位な物でしょう、と当たりをつけていた妖怪さんではありましたが、素直に見つかりちょっと驚いております。

 咲夜さんもレティさんを見て何か思ったのか、戦闘準備を始め、レティさんはレティさんで此方に気づき、ふわふわと降りて参りました。

 疑いの余地だらけなのは横に置き、とりあえずとばかりにご挨拶。

 

「楽しそうですね」

「えぇ、冬ももう終わるもの。今のうちに遊んでおくわ」

 

 少しばかり機嫌が良さそうなレティさん。黒幕だか白幕だかは存じませんが異変最中に元気にしていらっしゃるので少なくとも無関係ではない筈。

 こんな格好で外に出続けるのもアレですし、単刀直入とばかりに問いかけました。

 

「春がどこにあるかご存知ですか?」

 

 ずばりと問い掛けたつもりでありましたが、レティさんは呑気な様子で答えます。

 

「そぉねぇ? 私に勝ったら教えるわ。博麗の巫女に、普通の魔法使いさん。あの程度じゃ遊び足りないもの」

 

 

 ふふふ、と呑気にしつつも妖艶な笑い。敵意はどうやら満々のようで寒気の勢いが強まります。

 もう既に異変解決の達人二人には既に遭遇済みの様子。でしたらこの方はきっと黒幕ではないのでしょう、と思っておりますと、咲夜さんが口を開きます。

 

「で、あなたは結局黒幕なのかしら?」

「くろまくー」

「袖引きさん、この妖怪が黒幕だって」

「えぇ……」

 

 咲夜さんは分かっているのかいないのか。レティさんの返事を天然発揮し真面目に取る咲夜さん。

 まぁ、どっちであれ倒してしまえばいいと考えているのかもしれませんが、真相は雪の中にございます。

 なにはともあれ、先ほどから敵意むき出しなレティさんも寒気を更に吹き出します。肌に触る空気は突き刺さるように痛み、まるで剣山を押し付けられているかの様。

 ぱたぱたと服もはためき、すかーとも……って気にしている場合ではありませんね。

 その寒風の元凶たる、レティさんは頬に手を当て、げに恐ろしい笑みを浮かべております。

 

「うふふ、後もう少しで冬もお仕舞い。だったら最後に好きに暴れないとねー」 

 

 冬の妖怪の全盛期、こんな時期の彼女と事を構えるのは極力避けたい事態でありますが、というよりも絶対にやりたくない事だったのですが、咲夜さんもレティさんもやる気は十分。

 お互いにやる気が漏れ出しているまでもあります。

 

 こんなのに挟まれては逃げるに逃げられず、かと言って参加するほどの実力を持ち合わせてはおりません。

進退窮まっている様な、今の状況。出来たら助けて頂きたいものです。

 しかしながら、こんな寒い時期に出掛ける人なんてほとんどおらず、ましてや空を飛ぶ方なんてごく少数。思わず泣きたくなってきます。

 

 まぁ、泣いた所で涙すら凍ってしまいそうですし、泣き出しても到底状況が変化するとは思えません。

 こうなってしまってはやるしかないと肚を決め、私に出来る事をやりましょうか。私は先程からの努力の副産物を片手に集め始めました。

 

 レティさんと咲夜さんの戦闘ではございますが、始めは咲夜さんが押しておりました。

 時を操り、色んな場所に現れては、刃物を大量に投げつける。初見のレティさんは何が起きているのか、わからず困惑している内にガンガンと押していきました。

 もう、私の助太刀は要らないのではないかという位の勢いでございましたが、しかしながら相手にしているのは私よりも遥か格上。一筋縄ではいきません。

 

「ふふっ、やるわね」

 

 そんな一言を呟いたレティさん。彼女は何かを思いついたようで、びょうびょうと、更に容赦ない冷気を振りまきました。

 空気すらもカチコチ凍る攻撃は、容赦無く私たちに突き刺さります。人間である咲夜さんはもちろん、妖怪の私すらも凍ってしまいそうなそんな冷気。 

 

「……っ!?」

「これはっ……」

 

 咲夜さんも私も空気が変わった事に気づきおのおのの反応を示します。

 当然それだけには収まらず、影響が出始める。それは劇的なものでは無く、真綿で締めるようにじわじわと進行していきました。

 吐く息が更に真白に染まり、思わず身体を抱えてしまいたい程寒くなり、咲夜さんの表情も曇ります。

 しかし、それでも彼女はそれ以上に反応を見せずに苛烈に攻撃をしていきます。

 

 吹きすさぶ寒風なんのその、その手元は狂いが無く。といったのは先程までのお話。

 髪の毛は半分凍りつき、明らかに変調をきたしたその表情。そして、だんだんと咲夜さんの行動は鈍っていき、ついには構えた刃物を取りこぼしてしまいました。

 自身に起きた事に理解が追いついていないようで、寒さで震える手を眺め驚愕の表情を浮かべました。

 

「咲夜さん!?」

「……こ……れは?」

「あなたの能力がいくら凄くても、あなたはただの人間。肺が凍れば息も苦しいし、寒さで感覚すら失う、頭すら鈍っていくかもね?……終わりよ、メイドさん?」

「っく!?」

 

 レティは氷弾を咲夜さん目掛けて発射。避けられぬ程に弱った咲夜さん。ふらつきながらもどうにか避けようと致しますが、もう間に合いません。

 ぎゅん、と迫った氷弾はあわや、咲夜さんの命を刈り取った!

 

 

 と、いう事になる前に私の元まで思い切り引っ張り上げます。

 

 

「袖……引さ……?」

 

 

 グっと引っ張られた身体は見事に私の胸中へと収まり、抱きすくめるようなかたちになります。抱えた身体はこれでもか、とまでに冷たくなっており、随分と無理をしていたという事が嫌という程伝わってきました。

 

「お待たせしました。お外は寒かったでしょう? ちょっと休んでてください」

 

 と、少しでも体温を分け与えられるようにギュッと抱きしめます。そんな事をしていてレティさんの方が反応しない筈も無く、邪魔された事を憤るようにこちらを威圧してきました。

 

「あらぁ? さっきからコソコソとやっていたようだけど終わったのかしら。おちびちゃん?」

「む、おちびちゃんとはいただけないですね……」

「だって本当の事じゃない? 袖引ちゃん?」

「失礼な! 私とて成長しますとも!!」

「……どれくらい?」

「い、一分(いちぶ)位……」

「誤差って言うのよ、それ」

 

 他愛無い話を交えつつ、も自分の距離へじりじりと近寄っていきます。まだ、()()がバレない限りは……こちらに勝機がありますので。

 

「でさ、袖引ちゃん」

 

 ざわっ、と産毛が総立ちになりました。向けられたのは明らかな敵意。しかも先程の咲夜さんに向けたものよりも強大な威圧感がこちらに向けられます。

 それは妖怪が自尊心を刺激された時に起きる怒りの様な物。

 

「なんで、私の冷気の中でそこまで()()()()()のかしら? あなた寒さは苦手なんでしょ?」

「子供は体温が高いんですよ」

 

 まだ、まだバレてはなりません。力の差は歴然。だからこそ、切れる札は最後まで握るべきです。

 飄々と嘘を吐きつつ、更に近づきます。私の能力上接近しなければ十全には発揮できません。それに気づいているのかいないのか、レティさんは目を細めます。

 

「まぁ、良いわ。どんなカラクリがあっても、あなたと私では勝負にならないもの」

「じゃあ、見逃すというのも……」

「無いわねぇ、春まで氷漬けになりなさい!」

 

 その言葉を皮切りに、レティは私目掛けて物凄い密度の弾幕を放ってきました。

 冬を意識した弾幕はとても美しく、いつまでも見ていたい程。当然、只今そんな余裕なんぞ、これっぽちもございませんが。

 

 右へ左へと、回避していきます。思えば本日弾幕ごっこのやり過ぎでは無いでしょうか!? そろそろ酷使した身体も悲鳴を上げそうなのですが! と誰も聞いていない叫びを心の中で上げつつも懸命に避けていきます。

 咲夜さんを抱えておりますが、人一人っ子位軽いもの。ただこの状態で咲夜さんに弾幕が行くのは少し拙いと思い、避けるのに少し注意を払いつつ避けていきます。

 ぎゅうぎゅう抱きしめていると、咲夜さんにも体温が移った様で、ほんのり体温が戻ったのを感じます。ぴくりと動きがあり、無事が確認でき一安心。

 なんて胸を撫で下す暇も無く、回避に専念していきます。

 

 あともう少しで触れる距離なのですが、なかなか届きません。そうやって焦れているとレティさんがだいぶお元気な様子で言葉を投げかけて来ます。

 

「避けてばっかりじゃ、弾幕ごっこにならないわよ?」

「じゃあっ、もう、少しっ、いっ!? て、手加減を!」

「嫌よ、私が楽しめないじゃない。それに私の冷気を喰らってピンピンしているのを見ると、なんだか腹が立ってきちゃうのよ!」

「そっちの都合じゃないですかぁぁぁ!!」 

 

 今日も昨日も幻想郷は理不尽が横行する素敵な場所でございます。

 そして避け続けることちょっとの間、遂にレティさんも終わらせに掛かってきました。力を集約し決め技を放ってきます。

 

 

「そろそろ終わりかしらね? 白符 アンデュレイションレイ!」

「ぐっ、これは、ちょっと……」

 

 

 咲夜さん抱えてではちょっと避けられない量の弾幕が目の前を覆います。

 右を見ても左を見ても、埋め尽くすのは弾幕の嵐。でしたらもう、心を決めるしかありません。

 

「これは、もう……仕方無いですよねっ!!」

 

 右も左もダメならと、私はレティさん正面切って飛び込んでいきました。

 

 当然、正面にも弾幕は配置され、私を飲み込まんと覆い被さってきます。弾幕の向こうには勝ちを確信したレティさんの笑み。

 それを少し驚かせましょうか。と親友の付喪神の事を思い出し微笑み、そのまま右手を突き出しました。

 

 バチバチと弾幕と私の右手が干渉し合い、美しい空間を作ります。

 私の周りには桃色の花弁が舞い散り、雪と混ざりあう。まさしく幻想的な風景がそこに顕現しました。

 

 私の予想通り、というかなんと言いますかレティさんは驚きで顔を歪めながら、その花弁の名前を叫びます。

 

「それは、……桜っ!?」

「えぇ、今年の春の欠片です!!」

 

 すかーとに悪戦苦闘をしていた頃、私はどうにか出来ないかと、能力まで使いすかーとを引っ張っていた際に、たまたま空を舞う桜が引っ付いて来るのを見つけました。

 冬に桜とは珍しいと、まじまじ見ますと私が探していた春の香り。

 どうやら力を秘めているようでして、持っているとほんのり身体が暖かくなり、これは縁起物だと楽しく集めつつ、すかーとと格闘を繰り返していたら咲夜さんがレティさんを見つけた訳でございます。

 

 本来事を構える気など全くありませんでしたが、戦闘になるなら話は別。弱小である私は知恵を絞ります。

 レティさんは冬の妖怪。でしたら冬を終わらせる、春のものは効果抜群。咲夜さんが戦っている内に桜の力を使い結界やらを作成していた訳でございます。

 幸いにも本当に効果は抜群だったようで、私の弱弱しい結界でも、なんとか異常な寒さを凌げる位にはなっておりました。故にすいすいと吹きすさぶ冷気の中を移動できていた訳です。

 更に切り札だったのは、右手に集約した春の欠片達。これをレティさんに直接ぶつけることで倒そうと思ったのですが……なかなか万事上手くは運びませんね。……どうしましょう。

 

 さて、場面戻りまして、雪と桜。花より団子な方々ですら手を止め見惚れてしまう程の綺麗な光景ではございますが、そろそろ決着でございます。

 

 固めた春の欠片達はまだまだ健在。対し、全方位に散らした弾幕達は力を失っていきます。まるで冬が終わり春を告げる時の様に。

 そして、遂に長かった弾幕を抜け、そのまま私はレティさんに矢の様に一直線に突進します。レティさんも来る事が分かっておりまして、迎撃の準備は万端。それを分かっていながらも私は一直線。

 

 成功しますようにっ! と祈りを込め、左手を付き出しました。それに対しレティさんは口から息を吹き掛けます。すると見る見る内に私の左腕は氷つき、見事に氷像に。

 

「あぐっぅ……」

 

 感覚が急速に無くなっていくのを感じ、思わず呻き声を上げてしまいます。

 辛うじて肩を掠めただけに留まった私の捨て身の突進を見て、レティさんは勝ち誇りました。 

 

「残念だったわね? 袖引ちゃん」

「いえ……まだです! 咲夜さん!」

 

 突進の勢いのままレティさんを通りぬけ、レティさんもこちらを向く。空中で逆さまになりながら、それを見た私は、右手をぐいと()()()()()()()

 すると、突然レティさんの背後に咲夜さんが刃物を持ち、浮かび上がる様にスッと現れました。はっと気づいたレティさんは振り向き声を上げる。

 

「えっ!?」

「終わりね、冬の妖怪さん?」

 

 先程の弾幕の打ち消し合いの最中に目を覚ました咲夜さん。

 一瞬にして状況を把握したのか、こちらの目を見て頷き、フッ、と何処かへ身を隠しました。

 そして、レティさんと交差した瞬間。私は隠れた咲夜さんを引き寄せました! これで勝ち、でしたら良かったのですが、レティさんはただじゃ転ばない。

 

「惜しかったわね? あともうちょっとだったのにね。メイドの人間さん?」

 

 振り向いたレティさんは、瞬時に氷の壁を作り刃を防ぎました。防いで、しまいました。

 これが冬の妖怪の全力全開。とんでも無い底力です。ですが……

 

「流石ですね! 私だけでは到底及びません!」

 

 ですが……ですが、ここまでは想定しておりました!! 弱小なら最悪の事態を想定してこそです。

 私は掠めた左腕を使い、レティさんを思い切り()()()()()()()。ぐいと引っ張られたレティさんは今度こそ度肝を抜かれた表情で此方に振り向きます。

 

「なっ……!?」

 

 私は暖めてきた右腕を思い切り、振りぬきました。

 

 冬の妖怪さんの背中にぶち込まれた春の欠片は、きっちりと全て使い切り、レティさんはようやく森へと墜落していきました。

 

 

 ようやく倒せたという実感と、徒労感でぼーっとしておりますと、咲夜さんが近寄ってきてくれます。

 さすがに冬の妖怪の全盛期の力はとんでも無いとしか言いようが無く、咲夜さんや、春の欠片を集めていなければ万が一にも勝利はあり得なかったでしょう。……その前に戦闘になったか疑問ではありますが。

 

 まぁ、しかしながら向かい合うとお互いにボロボロで、プッと、どちらとともなく笑い出しました。

 

「まさか勝ってしまうとは、驚きです」

「袖引さんが抱きしめてくれなかったら危なかったわ。ありがとう」

「私も楽しかったわー」

「いえいえ、こちらこ……あの?」

 

 いつの間にか会話に混ざるレティさん。さっきの戦闘何処へやら、傷んだ服も弾いた帽子も元通りと、改めて冬の妖怪の力の強大さには驚くばかり。

 まるで軽い運動でもおこなったかの様に爽やかな笑みを浮かべております。

 そんな格の違いに戦々恐々しつつも、咲夜さんの前に立ち問いかけます。

 

「あの、まだやる、つもりです、か……?」

 

 正直に申し上げるとこちらはボロボロ。もう一戦なんてまっぴら御免被ります。

 故に少しだけ声が消え入りそうになっているのも仕方の無い事なのです。仕方無いんですからねっ!!

 そんな問い掛けに欠伸交じりで返してくるレティさん。

 

「ふぁぁ、もう満足したわー。それにあんな春の陽気を当てられちゃ眠くなるのー」

「本当に眠そうね……」

 

 咲夜さんも脱力した様にレティさんの様子を呟き、空気が弛緩。ゆるゆるとした空気の中、レティさんが口を開きます。

 

「久しぶりにこんなに暴れられて楽しかったわー、来年もやりましょうね」

「「結構です!!」」

「あらそう、残念ねー。じゃあ、眠いからそろそろ眠るわー。また来年会いましょう?」

 

 と、レティさんはふわふわと行ってしまいました。レティさんが眠るからと言っても雪は留まる事を知らず、しんしんと降り積もっていきます。

 とは言っても、先程の激しい寒さに比べればいくつか良心的。まだマシだと言えるでしょう。

 

 辺りを見回すといつの間にか、魔法の森付近だったのが魔法の森の真っ只、の空の上へと移動しており、忙しい戦いだったなと再認識するばかり。

 

 ともあれ、春探しよりも何よりもレティさんが去った今、やることは一つです。

 

「着替える場所探しましょうか? 腕も暖めないとまずいですし」

「そうね、紅魔館に一旦戻ろうかしら?」

 

 ボロボロの服を見て、私の左腕を見て咲夜さんも頷いて下さいます。お互いにこのままでは風邪をいくつ引いても足りないようなそんな状態。

 そそくさと引き上げようとしますと、いつの間にか小さな影に囲まれている事に気が付きました。

 

「ちょっと、うちの上でドンパチやるならまだしも、屋根に落下物落としておいてそのまま直帰とはいい度胸じゃない?」

 

 そして声が響き、そのまま人影が飛んできました。

 

「アリスさん……?」

 

 

 

 さてさて、ここいらで一旦お開きをば、強大な冬の妖怪を倒したと思っていたら、次は金の髪持つ素敵な女性が顔を真っ赤にして飛び出してきてしまいました。

 ボロボロな我々に降りかかる物とは一体……?

 

 そんなこんなで本日ここまで。

 

 次回も()()続きお楽しみ下さる事を願っております。



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春が来たよ 袖引ちゃん

 雪が降れば妖怪も降る。レティさんとの戦闘を終えた私達。一息ついていざ帰宅。なんて、考えておりますれば周囲には私よりも小さき人影。

 すわ、誰ぞなんて誰何の声を上げる暇もなく声を掛けてきましたのは、人里でたまに出会います魔法使いさん。

 

 雪降る異変の中で出会いましたるは、お人形の主様。西洋のお人形さんに取り囲まれているそんな現状、日本人形にしか縁が無い私には物珍しい光景です。

 

 そんなこんなで再び始まります、春探し。アリスさんの語る意外な事とは?

 

 私、韮塚 袖引 お招きされてます。

 

 

 

 「アリスさん……?」

 

 槍やら剣やら構えた西洋出身のお人形さんが、ずらりと周りを取り囲み私達に狙いをつける。どうやら虎の尾でも踏んだのか持ち主はお怒りの様子。

 そんな中、森から飛び出して来ましたのは青を基調としたお洋服に身を包み、金髪を揺らすお人形さんの様な美少女様。

 人里で見かける優しい顔は何処へ行ってしまわれたのか、白い雪が降る中お顔は真っ赤に染まっております。

 

「あら、喧嘩を売るのは誰だと思っていたらあんただったのね」

「ちょ、ちょっと待って下さい。どなたが喧嘩を押し売りに?」

「だからあんたでしょ、袖引? でっかい冬の妖怪を私の家の屋根に落としたのは」

 

 愉快な事態になったというかなんというか、アリスさんはご立腹。

 なんということでしょうか、先程の戦闘の余波はアリスさんの家の屋根に立派な穴を作ってしまったようでございます。

 しかしながらその理由の原因さんは先程飛び去ったばかり。追いかけようにも雪に埋もれて行先分からぬ。

 なんて、どう答えようかと悩む一瞬の隙に咲夜さんがずいずい前に出ました。さすがはメイド様、こんな事態なんて日常茶飯事。説明は私よりも数枚上手の筈。と確信し、この場を譲ります。 

 

「悪いのは私たちじゃないわ、悪いのはそこに家を建てたあなたのせいよ」

 

 ビシリとメイドさんが指突きつければ、ピシリ、と空気が凍る。私もアリスさんも一瞬固まりました。固まらなかったのは先程氷づけ一歩前までいったメイドさんのみ。

 さ、咲夜さん!? と声なき声を上げたくなりますが時すでに遅し。アリスさんは火に油を注がれた様で、固まった後に、にっこりと恐ろしい笑顔を浮かべました。

 

「へぇ、私が悪いのね? ……良い度胸じゃない。冬なのになぜか暖かいわ」

「それはお目出度いわね、お赤飯でも炊きましょうか?」

 

 ぼろぼろなのを忘れているのか、本当にそう思っているのか本当にこのメイド様は底が知れません。しかしながらそんな楽しい煽り合いはこちらの命にまで関わってくる大事。止めない訳にも参りませんでした。

 

「お、お二人とも落ち着いて下さい!」

 

 

 手をわたわたとさせ割って入りますと、先程の戦闘のせいでカチコチ凍る腕がズキリと痛む。そんな事を気にしている余裕なんぞ、なんて思っておりましたが私よりもその腕に反応する二人。

 

「退いて下さい袖引さん。早くこの人倒してパチュリー様に見てもらいましょう?」

「……その腕どうしたの?」

 

 咲夜さんはどうやらこちらを気遣った上で煽っていたようで感謝の念が浮かんできますが、それより何より私の腕に反応したアリスさんに目が向きます。

 こちらの腕をまじまじと見つめた後、アリスさんは人形さん達を一斉に下げました。予想外の行動にあっけにとられる私達。そんな事意に介さずにアリスさんは着いてらっしゃいの一言下さり、下へ降りていきました。

 

 私達は顔を見合わせた後、アリスさんを追いかけました。……ここで着いていかないと後ほど何されるか分かりませんから。

 

 ついていくと屋根に降り積もる雪に人の跡が残る人家に辿り着きました。アリスさんは扉を開け、どうぞの仕草。私達はアリスさんの家に招かれる事になりました。

 

 中に入るとこっちへいらっしゃいと右手掴まれ、グイグイ引っ張られる私。放されたのはパチパチ燃える暖炉の前。

 

「凍えてるようだしあんたらしばらくここに居なさい? 袖引の方は後で治療してあげるわ」

 

 いきなり態度が変わった事に驚きつつも、外の寒さを落とす様に暖炉に近づき凍った腕を解凍つつ暫し休憩と相成りました。

 只今、宙浮く人形さんに包帯を巻き巻きしてもらいつつも、アリスさんの魔法で治して貰っております。

 

「まったく怪我をしているなら先に言いなさいよね? 怪我してる相手を倒してもつまらないじゃない」

「え、あ、はい。すいません……?」

 

 何故か叱られておりますが、まぁ迷惑を掛けたと言えば掛けたのでなんとも言えません。アリスさん意外に好戦的な様で、私達が怪我をしていなければあのまま二回戦へとしゃれこんでいた事でしょう。

 そんなぞっとしない結末を想像していると右腕には包帯がぐるり。治療も完了し、御礼を言いつつも暖炉の前に。毛布にくるまる咲夜さんの横にちょこんと座ると、アリスさんが熱々の紅茶を入れて下さいました。

 

 パチパチと燃える火、そして温かい紅茶が内外からじんわりと身体を暖めていきました。するとアリスさんが紅茶をすすりつつ一言。

 

「普段使わないのだけど、薪を用意しておいて良かったわ」

 

 魔法使いになってからというもの寒さや、暑さは感じなくなったもののそれでも集めてしまう様で、薪もその一環だそうです。

 そんな癖に感謝しつつ、紅茶を楽しんでおりますと、ぽつりぽつりと会話が始まっていきます。姦しいなんて文字もございますし、一度火がつけば止まる事はございません。

 人里での事、この生活の事、咲夜さんも会話に交じり紅茶談義。この時は咲夜さんも楽しそうに話し、興が乗ったのかだんだんと紅魔館の話題も出始めます。

 そして闘争の熱が冷めやらぬのか、アリスさんも饒舌であり会話も弾む。そんなお楽しみの中ついに私にもお鉢が回って参りました。確か寿命の話やら幻想郷での経歴やらを話していた流れだったと思います。

 咲夜さんがこちらを振り向き一言。

 

「袖引さんていつから人里にいるのかしら?」

「え、えーと?」

 

 いきなり会話を振られたとかそういう事ではない筈なのですが、つい言い淀んでしまいます。振られたからには応えようと、私が過去の記憶を引っ張り出そうと試みましたが、何故かぼんやりと霧がかかった様に出てこない。あれ、あれと困惑している内にアリスさんが答えます。

 

「確か、先々代の時じゃなかったっけ?」

 

 

 そんな風に答えるアリスさん。幻想郷の中でもある程度長く生きた方のいう事ですし恐らくあっているのでしょう。しかしながら、いつから人里にいるかという質問はぼんやりと霧に浮かぶ島の様に、頭の奥底から出て来る事はありませんでした。

 アリスさんの反応に相槌を打ちつつも、反応を返さない私が気になったのか咲夜さんは再度質問を投げかけて来ます。

 

「本当の所はどうなんです?」

「私は……」

 

 

 うんしょ、うんしょと引っ張り出そうとは致しましたがどこぞの大きな蕪が如く引っ張り出せる事はありませんでした。何か大切な事があった気がするのですが、それすらも霧の中。忘れているというよりは思い出せないといった感覚になるのでしょうか? 若干のもどかしさと、にぶい頭痛が頭にじわじわ押し寄せて来ます。

 

 

「本当の所は……分かりません」

「わからない……?」

「分からない? 忘れたの?」

 

 咲夜さんが反応したと思えば、アリスさんも食いついてきまして二人のお顔がこちらを向きます。

 

「いえ、そうでは無く、どうしても思い出せないのです」

「ふーん? まぁそういう事もあるわよね」

 

 そう答えると、よくある範疇だとアリスさんは紅茶をすすります。長く生きていればそういった事は出て来てしまいますし、この度忘れもその一環だと思った様です。実際私も、その内思い出すだろうなんて緩く考えをしておりましたが、人間である咲夜さんは違った様子。アリスさんから視線をいどうさせますと、何やら思案顔を浮かべておいででした。

 

「もしかして……パチュリー様が言っていたのは……」

 

 

 そう呟くと、顎に手を当て何かを考えだすめいどさん。何事かと思い、話掛けようかとした所、私のすぐ真下、つまるところ床なのですが、その床が消えており、その代わりにぽっかりとした小空間が広がっておりました。

 簡単に言うとあれですね、原因不明の落とし穴にはまったようなものです。……何なのでしょうかこの穴。

 

「へ?」

 

 当然、咄嗟に反応出来るわけも無く、その穴向かって足からぴゅーと落ちていきます。最後に目に入ったのは、アリスさんの驚き顔と、こちらに気づく事無く、何かを考えている咲夜さんの顔でした。

 

 穴に落ちた私は着地なんぞ取れる訳も無く、そのままべしゃりと雪に突っ込みます。急いで顔を上げふるふると顔の周りの雪を振り払うと、周りはいつの間にか屋外へと変貌しておりました。

 

「へ? ……はい?」

 

 全く状況が飲み込めずにきょろきょろとしておりますと、どうやら周りは知った風景。若干寂れた神社に雪が舞い込んでいそうな賽銭箱。先ほども倒れていた博麗神社に居る様です。

 なんでこうなったのか、頭は疑問符だらけ。ぐるりと見渡しますと、にょきっと謎の空間から上半身だけ出している妖怪さんがいらっしゃいました。

 

「ごきげんよう、いい天気ね」

 

 金髪で、ゆったりとした紫の服。そして、雪だというのに日傘を差している妖怪さん。ずいぶん前、どこかで出会った方で幻想郷の実質的支配者さん、八雲紫さんが目の前にいらっしゃいました。

 そんな大物を目の前にして平常ではいられるはずなんてありましょうか? いや、ありません!

 自慢ではありませんが、急転直下なこの状況は私にとっては大の苦手。慌てる、慌てない以前に頭が追い付いておりません。口をぽかーんと開けたまま固まっております。

 

「あら、どうしたの? 頭でも打った?」

 

 するといつの間にか目の前に紫さんが現れ、おでこを覗きこんでおりました。流石にこれには私も反応。そんな間近に大妖怪樣がいるなんて事に耐えきれず、思わず距離を取ってしまいます。

 

「傷つくわねぇ……そんなに引かれたら寂しいじゃない」

 

 扇子を開き、ゆったりとした歩調で話せる距離まで歩み寄ってくる紫さん。妖力を放出している訳でもないのに、こちらに威圧感の様なものがひしひしと伝わってきます。向こうにそんな意図が無いにせよ、拉致された事実は変わりません。思わず身構えてしまいます。

 耐えきれず逃げ出したい程ではございますが、私では到底逃げ切れない。何故こちらに呼び出されたのかも分からぬまま博麗神社で立ち往生。緊張のあまり冗談の一つすら出て参りません。

 

「さて袖引ちゃん。お話、しましょ?」

 

 すっ、と細められた目はこちらを射抜き足をすくませる。無駄だと分かっていても身構え、慎重に言葉を選びます。

 

「お話、とは?」

 

 噛むなんて、あってはならぬ。隙は見せられぬ。肉食動物に睨まれた草食動物の気持ちはきっとこんな感じなのでしょう。

 

「あのお人形使いさんの家で話してたように、楽しくお話するのよ。こうして()()出会った訳だしね?」

「は、はぁ……?」

 

 胡散臭い態度を貫き通す紫さん。当然こちらに向こうの目的なんぞ見えるはずも無く、不信感が募る中会話に応じる事となりました。

 紫さんはこちらに直接危害を加えたいようではないですし、しばらくは安全。だなんて上手く行くわけも無く紫さんはこちらを見据え、いきなり本題に切り込んで来ました。

 

「でね、袖引ちゃん。……貴方、今凄く面白い立場にいる妖怪ってご存知かしら?」

「……生憎と存じ上げませんね」

 

 にやにやと面白そうに切り出した紫さん。ある妖怪なんてぼかしてはおりますが、これは私の事だと直感的に悟り、思わずとぼけてしまいました。そんな態度に気を害した様子も無く紫さんは続けます。

 

「あらそう? その子ね、人里に住んでいる妖怪なのよ」

「奇遇ですね、私も似たような所に住んでいるのですよ」

「えぇ、とても()()ね。その子はとても里に住む人間の事が好きでした」

「……」

 

 紫さんは、楽しそうに、実に()()()()()話を続けます。

 

「妖怪とは、人間の恐怖の対象。だけど、そんな事なぞ知った事かと暮らす妖怪さん。知名度は少ないながらも、理解者をじわじわと増やしている。バランスを重視する私としては実に()()()()()なのよ?」

 

 じり、と足が一歩後ろに下がります。意識したわけでも無い、頭で考えたわけでも無い、ただ本能が私を生かそうと足を後ろへと下げました。雪なんてもう目に入らない。じっとりとした汗が体を伝っていきます。

 つまり、これは、()()()()()という事でしょうか。目の前でニタリと笑うその存在が、目を細めこちらを見据える存在が、途方もない存在になって迫ってくるような感覚に襲われます。

 そのまま逃げられれば、あるいはいっその事諦めてへたり込んでしまえば、楽になれたのかもしれません。けれども私の身体はそのどちらも許さず、金縛りのように私を地面へと縫い付けておりました。

 

 更に、紫さんは話を続けます。

 

「だけど、その子には()()()()があった。故に、霊夢も動かない」

 

 ある事情……? ピクリと、その言葉に反応します。以前にルーミアさんが言っていた封印と何か関係があるのでしょうか? 考えは募ります。けれども、その答えに辿り着く事はありませんでした。

 

 そんな風に懊悩する私を眺め、紫さんは今一度扇子を開きました。

 

「幻想郷は全てを受け入れる。……だからこそ、期待している部分もあるわ?」

 

 そんな風に微笑むと、何処からともなく懐中時計を取り出し、慌て始めました。

 

「いけない、そろそろ幽々子の弾幕ごっこが始まっちゃうわ。今日は忙しくてやーね」

 

 急ぎ、空間の隙間に飛び込もうとする紫さん。そんな様子に私も慌てて声を掛けます。

 

「あ、あの紫さん!?」

「何かしら?」

「え? ひゃっ!?」

 

 にょきっと逆さまな首だけ私の目の前に出されれば、誰だって……いえ、そんなことを言っている場合ではありませんでした。

 

「事情と──」

 

 口を開きかけた所で、紫さんは私の口元に人差し指を押し当てます。

 

「まだ、思い出さなくていいの。まだ早いわ? ()()()()。あなたはまだ色々と見るべきなの」

 

 物を言わせぬ静かな口調で、紫さんはそれだけを告げて去っていきます。

 

「それじゃあまたね袖引ちゃん。また会えるといいわね?」

「まっ──」

 

 別れの挨拶は程々に紫さんは、あっという間に引き上げていってしまわれました。

 追いかけた私の言葉は決して届く事も無く、緩やかに吹く風に飲み込まれてしまいます。伸ばした手を降ろし、視線をさ迷わせますとくしゃみが一つ。どうやら思ったよりも雪が降り積もっていたようで、肩にもうっすらと……

 

「あぁっ!?」

 

 私、たった今衝撃の事実に気が付いてしまいました。……なんと、なんとっ! ()()()()を着たまま先ほどまで会話をしていたのです! 

 こんな、こんな事があっていいのでしょうか。たまたま仕方なくで着ていた格好を普段ほとんど交流の無い方に見られる。もうどうしようも無い事態だと断言してもよろしいかと! 弁明も何処でしたらいいのか分かりませんし、本日のお相手はきっと広い人脈をお持ちであろう大妖怪さん。下手したらとんでもない事になってしまう事でしょう。

 先程の話題ももちろん気になる事ではございますが、今は目先の事実。こんなひらひらした物を着ながら会話をしていただなんて、もう……もう、首を括ってしまいたい程でございます! 

 叫び出したいやら、転げ回りたいやらの気持ちをどうにか抑え、向かったのは再びアリスさんのお家。そう言えばアリスさんにもこの姿を見られていたな。と考え、ますます熱くなる頬を抑える事はできません。

 

 林檎なほっぺを抑えつつ行くと、家にいたのはアリスさんのみ。事情を説明すると、犯人に関してはほぼ分かっていたようで特に心配もせずに出迎えて下さいました。

 どうやら、咲夜さんにもその説明はなされたようでアリスさんに言付け残し帰ったそうです。

 

「本日は此処で帰宅させていただきます。あ、めいど服はさしあげますわ?」

 

 と、いった内容。めいど服の処遇は脇に置いておき、聞きたい事があっただけに少し残念がっておりますとアリスさんが追い打ちの様に言葉を掛けてきます。

 

「私の家の屋根、どうするつもり?」

 

 あ、なんて声がでてしまいましたが、よくよく考えれば、ほぼほぼ無罪なその下り。慌てて説明いたしますと、アリスさんも分かっているようで今度人形のもでる? をやってくれればそれでいいという事。なにやら黒髪めいど服に感銘を受けたとかなんとか。

 引き攣った顔でそのことを了解しつつ、そそくさと退散いたします。向かう先は当然我が家。本日は様々な事があり過ぎて頭の整理がついておりません。春探しほっぽり出し、帰宅を決め込もうと決断し一路わが家へ。

 

 すると、どうした事でしょうか。飛んでいる最中に春の陽気が鼻を擽ります。

 あぁ、どなたかが異変を解決したのだな。なんて思いつつ本日の事を振り返りますと、なんとまぁ中途半端。

 春探しも、紫さんのお話も、すっぱりと途中で切れております。そして自分の在り方も、また……。

 

 

 

 まぁ、そんな半端者だと痛感させられた所で今回の異変は終了となります。冬を越したと思いきや、もう既に春半ば。次の日には桜が咲きますように、なんて願いながら帰宅と相成りました。

 

 当然、家に帰りやる事は一つ。すぐさま布団へと潜り込み、反省会。恥ずかしい事が目白押しな今回。冬が完全に開け、春うららになる翌朝付近まで続く事となりました。

 

 さて、謎も深まり、春は到来。雪の下にある疑問も春になれば氷解。なんて事になって下さればよいのですが……

 

 まぁ、そんなこんなで本日ここまで、半端に終わった春探しにも収穫様々。荷下ろしはいつになるかはまだ不明ではございますが、やるべきことが増えたのは確かでございます。

 

 さてさて、ここらで一旦一区切り。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 お疲れ様でございました。



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春待ちだよ 袖引ちゃん

 さてさて、時間を大幅に進めまして、現在まで。雪降る竹林にてカラスに狼、そして私の妖怪の集いで立ち話。三人あつまりゃ文殊の知恵だなんて申しますが、出てくるのは私の過去話ばかり。一区切りいたしまして一息つく。白い息に交じり、ちょっとだけお疲れ色。

 先ほどからひっきりなしに手帳に描き込む射命丸様に、適度に心地よい反応して下さった影狼さん。道中の暇つぶしには十分だったようで、もうそろそろ妹紅さんの家へ辿り着く頃。

 

 

 私、韮塚 袖引 一休憩しております。

 

 

「ふぅ……」

 

 今思えば謎多き当時であったな。なんて思いつつ、春雪異変の事を話終えました。いや、まだ色々と解けていない謎もございますが。

 

「ほぅほぅ、なるほど、では次はこう行きましょうか」

 

 楽しそうな、射命丸様のお顔。次はどんな事を書かれてしまうのだろうと、まだ第一の記事も読めていない私としては空恐ろしい想像をするばかり。紙面の中で私はどんな八面六臂の活躍を見せているのでしょうか。

 まぁ、そんな事を想像しても暗くなるばかり、何とかなるの精神で目をそらしつつ、影狼さんの方へ向きます。

 

「袖ちゃん大変だったね。左腕ついてる?」

「ついてますよー、右腕はもう一つ前の異変で取れたのですけど」

「それは……壮絶だねー」

 

 

 適度に流して下さる影狼さん。影狼さんは影狼さんで色々と苦労しておりますし、お互いに共感しているからこそのこの対応。実際同情位しかやる事ありませんからね! ……だんだんと悲しくなってきました。

 

 さて、雪が足元に空はきらきらと晴れ、目の前の竹林は爽やかに。そんな光景眺めつつ、サクサク音鳴らし歩く三人。手帳を書き終えたのか、ぱたんと閉じる音が耳元に届きます。

 にこにこな顔でこちらを向く天狗様。頭の中の記事は完成したのでしょうか? そんな事を考えているうちに射命丸様からご挨拶。

 

「ではでは、ご協力ありがとうございました! そろそろ寒いので私はこれで! では皆さん、次回号をお楽しみに―」

 

 そう言うが先か後か、文さんは生い茂る竹と、まだ残る雪を器用に避けつつ空へ飛び去っていきました。

 

「相変わらず物凄い速さ……」

 

 そんな感心したような、呆れた様な言葉を呟いた後に、影狼さんはこちらを振り向きます。

 

「しかしまぁ、本当に色々と大変な事をやってるね。……イジメられるの好きなの?」

 

 ニヤニヤとちょっとだけ楽しそうな狼さん。見る人が見ればきっとゾクゾクしてしまうような素敵な表情。日本狼の本領発揮、なんて言葉も浮かんでしまいますが、生憎とその趣味はございません。

 

「ち、が、い、ま、す!」

「あら、そうなの……残念ねー」

 

 けらけら笑う人狼さん。冗談めかしてはおりますが先程までの目は本気。友人の意外な一面というべきか、はたまた狼の本性というべき物がちらりと見えたようで思わず身震いしてしまいます。……寒いですからね、寒さのせいという事にしておきましょう。

 

 さてさて、お天道様もいまだお隠れになっている今、先ほどのやり取りは見なかった事に致しましてサクサク歩いていきます。雪を踏み分けそろそろ見えて来る頃、だなんて思っている内に見えてきましたちょっと雰囲気のあるお家。

 少しだけ趣があるというか何というか、冬は隙間風が入りそうなそんなお家。妹紅さんのお家が目の前に現れました。

 

「わぁ、相変わらずボロボロの家」

 

 隣では影狼さんが口に手を当て正直な感想を発しました。まぁ何というか、その感想ごもっともな物でございまして上白沢先生に連れられこちらにやって来た時は大層驚いたものです。歴史深いというか何というか、先生も大層心配されておりました。

 

 そんなお家に近づいていきますと、何処からかほんのり甘い香りが鼻を擽っていきます。そんな匂いに影狼さんも気づいていたようで、甘酒の匂いだねーなんて話しつつ戸まで近づきます。

 

「ごめんくださーい」

 

 そんな感じで声を張り上げると、はいよーと家の裏側の方から声が帰ってきます。裏にとてとて回りますと、どうやら焚き火の最中だったようで、薪がパチパチと音を建てているのを妹紅さんが眺めておりました。

 

「誰かと思えば袖引ちゃんと影狼ちゃんか、どうしたんだい?」

「えーと、その炭を切らしてしまいまして」

「私はそのついでよー」

「あー、はいはい炭ね。とりあえずこっちに来なよ、寒かったでしょ?」

 

 ちょいちょいと手招きをする妹紅さんにつられ近づきますと、じんわりとした火の暖かみが冷えきった身体に染み渡ります。そして影狼さんも私も、焚き火のそばに寄り腰をおろしました。

 

「あー、暖かい」

「ですねぇ……」

 

 影狼さんも私も、なんだかんだ身体は凍えていたようで、火に当たりほっと一息。そんな様子に妹紅さんはクスリと笑いつつ、よっこらっしょっと立ち上がりました。

 

「そりゃ良かった、丁度甘酒を作ってたんだ飲んでくかい?」

「頂くとするわー」

「私もよろしいでしょうか?」

「もちろん、ちょっと待ってて」

 

 そう言うと、奥へと引っ込んでいく妹紅さん。

 

 ちなみに、今目の前で煮えている甘酒さん、時代はなんと妹紅さんよりも古い歴史を持っていらしているらしいです。古墳があった時代からあったとかなんとか。

 私的には甘酒と言えば夏に飲むものでございまして、江戸の方でも「甘い、甘い、甘酒ー」なんて歌とともに商人の方が売っておりました。

 今では冬に飲むものとして定着している気が致しますが、実の所夏の季語であったりと、どちらかと言えば夏に関係のある飲み物であったりします。とはいえ冬に飲む甘酒もまた格別ではございますが。

 

 別名、一夜酒なんて呼ばれております甘酒さん。一夜のお酒だなんてこの面子に相応しい言葉。

 

 とかなんとか考えておりましたら、妹紅さんが器を三つ持ちつつ、帰って参りました。

 

「はいよ、お待ちどうさん」

 

 手渡される器に注がれるは、美味しそうな白濁した飲み物。少しドロッとした液体は独特の風味を放っており鼻をついていきます。

 恐る恐る口をつけますと──

 

「んぐっ!? けほっけほっ」

 

 あまりの熱さに思わず咳き込んでしまいます。つぅーと口の端からトロリと顎まで滴っていきました。

 

「あっ、垂れてしまいました。勿体無い」

 

 口から垂れてしまい指ですくい取り舐めていると、影狼さんの視線に気がつきます。

 

「………袖ちゃん、わざとやってる?」

「はい? 何がです?」

「いや、何でもないよ……」

 

 影狼さんはそう言うと甘酒に口をつけます。妹紅さんは苦笑いしつつもふいと目を逸らしました。……一体何なのでしょうか?

 

 さて、甘酒すすり暖まりつつも、焚き火を囲んでおります。真白の地面の中からちょっとだけ見えている地面。パチパチ弾ける薪達。酔えるものではありませんがお酒も入り気分も良い。

 そんな空気の中、ポツリと妹紅さんが言葉を溢します。

 

「しかしなぁ、こう焚き火を囲むのも久しぶりだよ」

 

 そう言うと、ズズズと器傾ける妹紅さん。ゆるゆると燃える火に照されたその表情は穏やかなものでした。

 そんな言葉にコクコクと頷く影狼さん。

 

「まぁ、そうねー私も火を囲むなんてやらないわね。狼だし」

 

 元が狼であったために、そもそも火を囲むということをしない影狼さん。

 

「私も覚えがありませんねー囲炉裏ならありますが」

 

 野宿なら覚えがありますが、誰かと焚き火を囲むのは珍しい気がします。

 

 とまぁ、こんな感じに三者三様に孤独な面子ではございますが、私、割りとこの集まりは好きだったり致します。

 妹紅さんも口調が乱暴な事がございますが、基本的には面倒見が良い。影狼さんも臆病な所はございますが人が良く、何だかんだでノリが良いのです。

 お互いがお互いに少し距離を離し座っておりますが、その距離もまた悪くはありません。

 

 紅魔館の様に騒がしいのも、小傘ちゃんと馬鹿をやるのもまた楽しいものですが、こうやってポツリ、ポツリと会話が続くのも素敵な事。

 聞く手に回る事が多い私ではございますが、たまには話題を振るのも悪くありません。……普段はもっぱら聞き手なんですからね? 本当ですよ?

 

「そう言えば聞いて下さいよ、この前人間樣とですね──」

「またやらかしたの袖ちゃん?」

 

 何だかんだ長話。姦しいという言葉の通り、結局、焚き火が燻るくらいまでにはお互いに話続けました。

 

 

 

「あー話した話した。お腹一杯よ」

 

 だんだんと発する言葉が少なくなり、静かな空気の中、影狼さんがんーと背中を伸ばしつつそんな事を言いました。

 確かにお互いに話す話題も尽きまして、甘酒の鍋も底をつく。ゆるゆると燃える火もぷすぷすと音を立て、流れた時間を示しております。

 そろそろ帰りましょうかね。なんて思い腰を上げかけますと妹紅さんが最後とばかりに質問を投げてきます。

 

「そう言えば、あの異変の時に二人は一緒にいたよな?」

「「あー」」

 

 ほぼ同時に同じ言葉を発する二人。まぁ、なんといいますか色々ありました。

 

 あの異変というのは、この竹林が中心で起きた終わらない夜の異変。そこで影狼さんと色々とあった訳ですが……

 ちらりと影狼さんの方を向くと、渋いようなそうでないような、なんとも言えない表情を浮かべており、この場話すことは憚られました。

 先ほどは庇って下さった訳ですし、今回はこちらから切り出しましょうか。

 

「えーと、ですね妹紅さん。まぁ、色々あったんですよ、色々と」

「そんな言い方されると凄く気になる」

 

 ……あれ? 助け船を出したつもりが心なしか失敗しているような? 内心に焦りが生じ、困ったと影狼さんの方に顔を向けますと、呆れ返った顔を此方に向けておいででした。

 

「袖ちゃん……」

「ごごご、ごめんなさい!」

 

 もう、地面に平伏するような勢いで謝り倒しますが、影狼さんは呆れ顔のまま。

 そんなやり取りを見ていた妹紅さんはぷっ、と吹き出し大笑い。

 

「あっははは、分かった、分かったから。今のやり取りで伝わったよ。話しにくい事なんでしょ?」

「そうね、ちょっとだけ話したくないかも?」

「分かったよ、聞かない事にする。あと怒るのやめてあげな、たぶん袖引ちゃんも悪気があった訳じゃないさ」

「それはわかってるんだけどねー」

 

 ちらりとこちらに向けられる視線。思わずあう、なんて呟いてしまいますが後の祭り、影狼さんは烈火の如く怒り出しきっと私はめでたく影狼さんの腹の中に納まってしまうのでしょう。

 そんな事を考え、せめて死ぬ前に白玉がもう一度食べたかったとか考えておりました所、突然、影狼さんはケロリと表情を変えました。

 

「あー、やっぱり袖ちゃん面白い」

「え、あの、怒ってないのですか?」

「いや、元からそんなに怒ってないよ?」

 

 けらけらと素敵な笑顔つきでそんな事を言って下さる影狼さん。その態度でようやく影狼さんに弄ばれていたと分かり、激しく赤面する私。その赤面具合といったらもう、先程の焚き火に匹敵するほどなのは間違いありません。

 

「もう、からかわないでください!」

「嫌よ、私の楽しみが一つ消えるじゃない」

 

 もう、周りなんて憚らずにけらけら笑い続ける影狼さん。普段見せない態度を私に見せて下さるのはいいのですが、もう少し心臓に配慮して欲しい物です。

 なんて腹の中で不平不満を漏らしていますと、遂に妹紅さんまで笑い出す。

 

「毎回毎回、袖引ちゃんも面白い位に引っかかるな」

 

 くすくす笑われ、もう私も恥ずかしくてどうしたらいいのか分かりません。困ったことにこの恥ずかしくもこそばゆい気持ちを言葉にして非難出来る程、私の語彙は達者ではありませんでした。故にこう叫んだのです。

 

「もうっ! お二人ともやめてくださーい!」

 

 さらに笑い声が大きくなったのは言うまでもありません。

 

 

 さて、ひとしきり笑い終え、本当の本当に帰り支度。の前に竹炭の事をもう一度伝えた所、快く承諾を頂きまして、ほいほいと完成された品を渡されます。もちろんの事ながらお代もきちんと払い、包み紙にくるみ懐へ。

 

 さてさて、そろそろ帰りましょうかなんて言っておりましたが、もうそろそろ本当に夕焼けの頃。おうちに帰らねばなんて思っておりましたが、影狼さんは耳をひくひくとさせあるものを聞き取ったようで私たちにある提案をしました。

 

「ねぇ、面白そうなものが近くに来ているんだけど一緒に行かない?」

 

 楽しそうなその表情からどんなものかを察した妹紅さんと私。妹紅さんは仕方ないなの様な表情で、私は口元を緩めながら頷きます。まだまだ楽しい時間は終わらないようです。

 

 さて、竹林を一旦抜けまして道はずれ、もはや見慣れたといっても差し支えのない屋台がそこにはありました。相変わらず狼の聴力をなめてはいけないな、なんて思えば目も油断できないと妖怪の山に住む天狗様の事を思い出します。

 くだらない事を考えつつ屋台の暖簾潜れば、いつもの声が出迎えて下さいます。

 

「あら、いらっしゃい。今日は三人一緒なのね」

 

 クスリと微笑む素敵な女将さんことミスティアさんに出迎えられつつ席に着く、先ほどの焚き木は少し離れておりましたが、今回は席も少ない小さな屋台。必然と席も隣になります。そんな状態に私は少しだけ口角が上がります。他の二人もちょっぴりご機嫌な様子。

 お料理運ばれ、いざ会話劇第二回戦。今度は女将交え、お酒が入り、かなり騒がしく会話が始まります。お酒で口を湿らせれば、その分口は軽くなり、うまい料理に舌鼓打てば、楽しい会話も弾みます。

 次第に距離も近くなり、しなだれ掛かったり、泣きついたり、とかなりの騒がしさ。思わず頬も緩むという物。名誉の為に誰が誰とは申しませんが、しっちゃかめっちゃかになった所で今回はお開きとなりました。

 

 二人は竹林、私は人里となると残念なことに屋台でお別れ。赤ら顔の二人は夜闇の竹林へと消えていき、私も我が家へと引き返します。

 

 

 

 冬の厳しい寒さが体を打ち付け、思わず身震い。こんなのでは酔いが醒めそうだなんて思いつつも帰路を急ぎます。

 

 真っ暗な闇の中、冬のからっと晴れた星空が私の足元を照らしていきました。サクサクと雪残る道を敢えて歩いて帰っておりますが中々に趣深いものです。

 楽しい会話の終わりは一抹の寂しさが宿るもの。騒がしければ騒がしい程その反響は大きくなります。これは仕方の無い事なのでしょうね。

 

 

 はぁ、と白い息を手に吐きかけつつも何処までも続く様な暗闇を見つめました。この闇は一体何処に続くのだろうなんて考えてしまいますが、答えは簡単。人間様の住む所に辿り着くだけなのです。

 てくてく、サクサクと歩き続け不意に止まる。何となく後ろを振り返りますが当然の事ながらそちらも闇。分かっているのは後ろには行った場所が広がっている事だけです。

 

 道に迷った訳でも、立ち止まったわけでも無い、ただ見えないだけなのです。人間様はこういった闇を嫌いますが私たち妖怪はきっと逆。この闇こそ楽しいのであり、この闇は妖怪の味方であり続けます。

 

 人間様からすれば、見えないのであれば外に出なければ良いだけですし。怖いのであれば忘れて寝てしまえば良いのです。

 

 妖怪と人間が共存するこの幻想郷。賢者様は境界の妖怪ですが、この妖怪と人間の境界というのは一体どこに?

 

 

 なんてそこまで考え、なんだかんだ酔ってるのだな、なんて思ってしまいます。お酒は好きな方ですし飲める方でもあります。だからちょっと油断したのかもしれません。

 いっその事、そこいらに寝てしまおうかなんて考えましたが、そろそろ人里も見えて来る頃。落ちそうな瞼を堪えつつ、帰路を急ぎました。

 

 

 

 

 さて、やっとの思いで辿り着き、着替えもそこそこに布団へと飛び込みます。お酒も入り、心地良い揺れがふわふわと。私はその感覚に抗わずに意識を沈めていきました。

 

 

 明くる朝、ぼーっと目を覚ましてみれば寒気が顔を打つ、とは言え貰って来た炭を存分に使い火鉢を囲む。妹紅さんの炭は流石だと感心しつつも外を眺めますと、どうやらお天道様が出ている様子。今日は雪も氷も水になって流れていく事でしょう。

 だんだんと近づいてくる春の足音を楽しみながら、外に出ることに致しました。雪かきをやらないままでございましたし。

 

 そんなこんなで新しい朝が始まります。日光が全てを照らし出し、雪がきらきらと照り返す。そんな光が溢れる世界に踏み出しました。

 

 

 さて、こういった所で一段落。冬もいよいよ過ぎ去り、いよいよ春がやってまいります。春と言えば宴会。宴会と言えば……?

 

 そんなこんなで今回はここまでとさせて頂きます。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を願っております。

 

 

 春の陽気が待ち遠しいです。



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日常生活だよ 袖引ちゃん

 さてさて、異変も一段落。のほほんと平和を享受しております。このまま春まで待つのもよろしいですが、たまにはお茶うけでも。

 人里での私の生活をよろしければ、お聞き下さいませ。

 

 ……少し恥ずかしい気も致しますが。

 

 

 私、韮塚 袖引 生活しております。

 

  

 冬も真っ盛りな今日のような日もそろそろ珍しくなり、春の陽気が近くなってくる……なんて事を忘れさせてくれるような大雪降りまして、ぶるりと寒さで目を覚ませば真っ白な雪景色が再び。

 幻想郷は山間部にございます故、雪が積もれば屋根にも積もる。白川郷の様な構造をしているならまだしも、幻想郷のお家は普通のお家が多くございます。珍しい位の大雪が降ったとあれば、皆さん集まりてんやわんや。日が明ければ、積りに積もった雪にため息を吐きます。

 ともなれば行われるのは雪下ろし。そうです私、雪下ろしの真っ最中でございます。

 

 さて、雪降ろしと言えば木鋤(こすき)と呼ばれる物を使う訳ですが、皆様最近はすこっぷと呼ばれる物を使用している様子。流行に負けぬよう私も使ってみましたが、これはこれは大変使いやすいものであり時代の流れを感じさせるものでございました。

 さてさて、余談さておき私の雪降ろしは簡単も簡単、なんたって能力で簡単に出来てしまいますから。屋根の雪にぺとりと触り、能力使えばあら不思議。一瞬にして雪が引きずり下ろせます。

 まぁ、そんな一瞬ではございますが仮にも私、人里に住んでいる身でございまして、妖怪だと大っぴらに晒す訳にも参りません。屋根にはうんしょと登り、雪のひんやりとした感触を存分に味わった後にこっそりと能力を発動致します。少し面倒ではございますが、こっそりと住んでいる身としては仕方の無い事。そういった割り切りは重要なのです。

 

 雪降ろし終わり、部屋でのほほんと出来るかと言われますと、実のところそうではございません。幻想郷のご近所を回りまして足腰の悪い方のお手伝いもさせて頂いております。

 どさどさと雪が落ちる音を聞きながら、そのお家に向かっておりますと時折声を掛けられます。

 

「お、韮塚の! どうだい、雪かきは終わったかい」

「えぇ、お陰様で。もう終わっておりますよ」

 

 声を掛けて下さったのは、噂のすこっぷ担いだ筋骨逞しいご近所さん。私にも出会ったら一言、二言掛けて下さる素敵なお方でございます。

 

「あぁ、そりゃ良かった。終わってなかったら助けに行こうと思ってたんだ」

「もう、こちらは大丈夫ですよ。それよりも三丁目の……」

「あの爺さん家か、()()()のによくやるねぇ」

「ム……小さいは余計です」

「あっはっは、何言ってるんだそんな身長で……おっと」

 

 にこやかに世間話はいいものの、私の悪癖というものは抑えが効かぬものでございまして、悲しいかなこのように禁句に触れられただけで、吹きこぼれる鍋の様にあっという間に怒号が飛び出してしまいます。

 

 

「に、二度も……小さいだと! ふざけるな!」

「あっちゃあ……すまねぇ、こいつは禁句だったな。詫びに菓子あげるから許しておくれよ」

 

 まぁ、本当に私の人となりを知っている方は、実に慣れた対応でございまして、突如として怒り出した私に対しても笑い交じりに受け答えして下さいます。

 

「菓子なんていらない! いらないもん!」

「おぉ、そうかい。せっかくチョコレートを貰ったからあげようかと」

「ち、ちょこ……い、いらない! いらないからっ!!」

 

 

 私としては実に素敵な提案でございましたが、憎たらしい悪癖はうんともすんとも私の意思に反応してくださいません。それでもお菓子と聞いただけで揺らぐ辺り、実にお恥ずかしい限り。

 何はともあれ、悪癖は止まる事は無く、ふん、とそっぽ剥きますと、そのままろくに挨拶もせずに目的地まですたすたと向かってしまいました。

 なんともまぁ、みっともなくお恥ずかしい。穴があったら直ぐさまにでも直行したいほどです。

 

 さて、興奮覚め、悪癖も冷める。悪癖去ってみれば顔は真っ赤。手で顔を覆っても隠し切れぬ程に真っ赤かに燃え上がり、この熱で雪すら解けてしまいそうだとも思ってしまいます。

 

「あぁぁぁ、あーもう。あぁぁ……」

 

 なんという醜態、なんという愚かさ……もうやりきれない思いが切々と積もっていきます。もう、布団に飛び込み足をバタバタしてしまいたいのですが、そうもいかない。おじいさんもお困りでしょうし、早い所行かねばとばかりに重たい気分と、足をずりずりと引きずって行きました。

 

 さてさて、人力わだちを作りつつ、やって参りました古い家屋。もうすでにギシギシと悲鳴を上げていそうなものでございますが、そこは日本家屋の妙。この寒い中誰よりも元気に突っ立っている……気がします。

 

 赤い顔を雪で冷ましつつ、中に入りまして一声投げかけます。

 

「こんにちは、お手伝いに来ましたよ……」

「おぉ、その声は袖ちゃんかい。よく来たね」

 

 奥からしわがれた声と共に、半纏を着た好々爺と呼べるような風体のおじいさんが、のそのそといらっしゃいました。

 私の姿を認めると、にっこりと微笑んでくださりそのまま声を掛けて下さいます。

 

「さ、上がって上がって」

 

 奥へと入るように促されますが、私としては先程の失敗もありますし、何かと踏み込みにくい。

 そんな考えでもたついておりましたら、おじいさんは首を傾げた後に質問してきました。

 

「おや、何か失敗でもしたかい?」

 

 このおじいさんもまた人里暮らしが長いお方でございまして、私も随分と若いころからの顔見知りでございます。とは言え、ご近所さん程度の仲ではございますので、近すぎず、遠すぎずな仲ではございますが。

 そしてこのお方は自らの腕によって生計を立てていらした職人様。具体的には髪結いの職業を成されていた方でございまして、話す事も職業に組み込まれているようなお方であります。故に、私の機微にいち早く反応してくださいました。

 

 見抜かれたとあっては、隠し通すのも見苦しい。それではと、かくかくしかじか、洗いざらいお話致しました。

 おじいさん流石の聞き上手、話上手。適度な感覚で相槌を打って下さり、私もすらすらすらと言葉が飛び出します。決して私をないがしろにしないその姿は、まさしくお話の達人。悪癖もこうまでくると成りを潜めてしまいます。

 さて、先程の顛末話終え、おじいさんを見遣りますと何故だか笑顔を浮かべておりまして、くつくつと笑いながら一言おっしゃいました。

 

「くっくくく、変わらんねぇ袖ちゃんや」

「あの、笑い処ではなかったのですが……」

 

 愉快そうに笑っておられ、こちらも怒るに怒れません。この笑顔で何人のお客さんを虜にしてきたのだろう。なんて下らない事を思っておりましたら、おじいさんは言葉を続けました。

 

「いやはや、姿がいつまでも変わんないとはおもっていたがねぇ、まさか妖怪だとは」

「当時は驚きましたか?」

 

 驚かせるのは妖怪の誉れ、少しばかりいたずらっぽい笑みが浮かんでいる事が分かりつつも、つい聞いてしましました。

 当然の事ながらおじいさんは当時、吃驚仰天だった事でしょう! なんと言っても人里に弱小とはいえ生活しているのですから!

 腰を抜かしたよ、などの反応を、いまかいまかと待っておりましたが、おじいさん首を傾げつつもおっしゃったのはこの言葉。

 

「いや、何となくそうなんじゃないかねぇ、とは思っていたよ?」

「……あれ?」

 

 えーと、人里に妖怪が暮らしているのはだいぶ大事だと思うのですが……。

 とは言え、こんな私が、人里に暮らしていてもあまり大事になっている様子が無いのは、人里の風土がそうさせているのでしょうか? 

 人里というか、幻想郷は常に妖怪と隣り合わせ。人里に妖怪が出た、と言われても似たような話が星の数程ある人里では、噂話程度になってしまい、いずれは風化してしまう。ある種人間様にとって妖怪は生活の一部なのでしょうね。 

 

 えぇ、ですから、きっとそういった訳があるのでしょう。あるんです。そうに違いありません! ……悔しくなんて全然ありませんからね。ありませんとも!

 

 おじいさんは、苦笑い交えつつも話を続けます。

 

「しかしまぁ、妖怪はそれなりに見たつもりでは居たけども、袖ちゃん位毒気の無い妖怪も居ないんじゃないかい?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ? 私とて色々やっておりますとも」

「そいつぁ、怖いねぇ」

 

 

 さてさて、世話話もほどほどに、はしご掛けて屋根に登りまして雪を降ろす。悪いねぇ、なんて言葉も頂きますとやる気も益々。白い息を吐きつつも、どさどさと雪を落としていきます。

 本来重労働ではございますが、私に掛かれば何のその。鼻歌交じりで雪降ろし終え、するするとはしごを降りますと、待っていたのは温かいお茶にお饅頭。

 

 

「ありがとね袖ちゃんや、ほんの気持ちだよ。受け取っておくれ」

 

 なんて言葉と共に渡されまして、しばし腰を下ろします。春はまだだというのに四方山話に花咲かせ、お茶も飲み切った所でお別れとなりました。

 

「また来てな」

「はい、また!」

 

 とても心地よいお方だけにちょっぴりと名残惜しい部分もございますが、時間も時間。てくてくと古い家屋をあとにましました。

 

 

 

 お天道様もとうに顔を出し、道のわきに積んだ雪もきらきらと輝く。そんな清々しい景色を眺めつつ歩きますと、何処からかひそひそ声が聞こえて来ます。

 

 気になって耳を澄ましますと、こしょこしょと何処か囁くような声は、太陽の差さぬ家と家の隙間から聞こえておりました。

 おや、と覗き込みきょろきょろと見渡しますが、人一人っ子おりません。それどころか、声もピタリと止んでしまいました。この不思議な事態に思わず首を傾げます。そもそもこんな狭くて薄暗い空間で、好んで立ち話をする人間様がいるとは思えません。

 ともすれば……と、薄暗い空間に目を凝らしますと、使い古された道具達が一か所にまとめられておりました。

 

 先程の話にも出た木鋤を始め、最近姿を見なくなった道具達が寂しそうに佇んでいます。埃を被り、雪を被った道具達。この道具達が先程からおしゃべりしていたのでしょう。

 さしずめ、付喪神の成りかけでしょうか、集中してみれば微かに気配も感じます。

 

 忘れられ、使われなくなった物達。彼らは何を話すのでしょうか。今はまだ小さくて聞こえませんが先程何かを言っていたのは間違いありません。

 発した言葉は感謝の言葉か、はたまた……少なくともこのまま放っておけば妖怪化はまぬがれません。

 

 とは言いましても、私は何も手を出す気はございません。妖怪から見ればこの程度は些事でございます故。

 本当に妖怪化して人に襲い掛かるのも良し、感謝の言葉を述べるのも良し。要はやり過ぎなければ良いのです。

 

 そして何より、もしこの道具を人間様が使う事態となれば、それはそれで面白い事態となります。人間様が、知らず知らずに妖怪の手を借りていた。だなんて面白くありませんか?

 

 まぁ、こうした循環はある程度は仕方ありません。人間様は成長し、進歩します。その上で淘汰されるものも忘れ去られるものもきっとあるのでしょう。万物流転、仕方の無い事です。

 ただ、時折ふと思い出した時には処分するなりしてあげて欲しい物ですね。でないと、いつか妖怪となって人間様に返ってきてしまいますから。

 

 

 そんな感じで新たな妖怪の誕生を心待ちにしながらも、薄暗い場所から離れます。これ以上お話の邪魔をしても悪いですしね。

 その場所から離れますと、またこしょこしょと話声が風に乗ってやってきます。とは言え、数歩もしない内に風の音に紛れていってしまいましたが。

 

 いやはや、こうした妖怪もどきが里に居るからこそ、私もまた受け入れられているかと思いますと、実に不思議な気分でございますね。そう言った意味ではあの付喪神達には感謝せねばなりません。

 

 そんな事を考え帰り道を歩いておりましたら、先ほどのご近所さんにばったりと出くわしてしまいました。思わず、あ、と言葉が漏れてしまいます。

 何やら色々ございましたが、先程、盛大に醜態晒した事はまだまだ鮮明。私としましては、何ともいえない恥ずかしい気分ではございます。しかしながら、放っておくのもまた気になるものでございまして、先手を打ちまして謝罪致しました。

 

「先程は大変失礼しました!」

「さっきは悪かった!」

 

 おや、と顔上げれば向こう様も驚いた様子。まさか同時に頭を下げるとはお互い思っておらず、プッと吹き出してしまいます。

 お互い笑えば先程の事なんて溶けた雪の様に流れていってしまいまして。二、三言葉を交わし、本当にちょこを頂きまして帰宅となりました。

 

 気づけばもうお日様傾き、暁の頃。雲間から夕陽が漏れ出ている中、自宅へと辿り着きます。

 

 口の中は幸せでございますが、服はぐっちょり。当たり前でございますが雪道歩けば濡れるものです。

 

 流石にこれはいけない、と着替え持ちつつ、銭湯へと直行いたしました。番頭さんに代金渡し、するすると服を脱ぎまして湯浴みへと。

 短くも長くもない髪を髪留めで上げつつ、お湯をばしゃり。冷えた身体にじーん染み渡れば気持ちも安らぐ。

 そそくさと身体を洗い終え、湯船に浸かれば、あー、と幸せの声が口から漏れてくる程。このまま永久に入っていたい程でございます。

 とは言え、のんびりとしていられれば良いのですが、生憎と今日は寒かった為か、人間様が多くいらっしゃいます。

 といった訳で、お湯もそこそこに上がりましてささっと服を着ます。ぐっしょりとした服を持ちまして、外へ出ますと温まった体に寒風吹き付け、思わず身体がぶるり。髪を上げたお蔭でまぁ、うなじにも風が当たり程よく身体が冷めていきます。

 

 あまりにも寒いため、えっさえっさと急いで帰宅し火鉢を起こす。まだまだ妹紅さんの炭にはお世話になりそうです。

 

 そんなこんなで一日も終わり。あとはおゆはん終え、布団に入るだけでございます。

 

 

 

 ……時に、ふとした瞬間に今日起きたことが頭を駆け巡る瞬間てございますよね。布団に入るなどすると特に。

 私も例に漏れず、今日も一日色々とありましたね。なんて思いつつも眠りに落ちかけていたところで一つ思い出してしまいました。

 

「お菓子なんていらない! いらないもん!」

「ち、ちょこ……い、いらない! いらないからっ!!」

 

 

 えぇ、あれです。あの醜態の数々。齢二百以上な私。こんな言葉を発していたかと思うと、何かが背中から這い上がって来るような感覚に襲われます。顔も熱くなっていき、もう止まらない。

 がばっと起き上がり、そのまま布団にすっぽりと埋まります。

 

「あぁぁぁあぁ、何を言っているんですか私はぁぁぁ」

 

 もう恥ずかしさがどんどんとこみ上げてまいります。今日二度も会ったという事実すらも燃料に顔はぼうぼうと燃え盛る。

 いくら布団を引っ張ろうが恥ずかしさはもう、留まり知らず。いつまでたっても収まらぬ恥ずかしさに悶えながらも、夜は着々と明けていきました。

 

 そんな激しい夜を超えまして、私の一日は終わりでございます。

 翌朝目覚めてみれば、変わらぬ風景がそこに広がり、昨日端によせた雪もこんもりと積もっております。一日だけでは、人里もがらっと姿を変えることは当然出来ません。ゆったりゆったりと変化していくのです。

 

 朝日を浴びて欠伸を一つ。いつまでたっても成長しない心身を見下ろしつつ、着替えることに致しましょうか。また一日が続くのですから。

 

 

 

 さてさて、そんなお恥ずかしい限りの一日ではございましたが、たまにはこういったものも必要なのでしょう。……どうか必要とおっしゃってくださいませ。

 

 そんな与太話交えつつ、次こそ本当に春が到来致します。いましばしお待ち下さいませ。

 

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 恥ずかしいのはこれ限りにしたいものです……



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桜に酒だよ 袖引ちゃん

今回は少しだけ短めです。


 さて、更なりな季節は過ぎ去り、あけぼのな季節が到来致しました。

 春の妖精が騒ぎまわり、春の到来を告げた後、桜で野の山も埋め尽くされる。桃の花咲けば開花するは宴の音。

 そうです、私は只今宴会の真っ最中。飲めや騒げやの大騒ぎ、周りでもどんちゃん騒ぎの話がちらほらと。ご多聞に漏れず、博麗神社でも開かれておりまして、その宴会に私も参加しております。

 

 

 私、韮塚 袖引 飲んでおります。

 

 

「んぐんぐんぐ」

 

 御猪口傾け、ちょぼに口付け、熱い液体が喉元を通り抜ける。かーっと熱くなる魔法のお水。

 

「やめられませんねぇ、お酒は」

 

 ちゃぽんと徳利揺らせば聞こえて来るのは幸せの音。ちゃぷんといった音なんてもう打ち消され、周りは喧噪に満ちております。

 ざわざわ騒げば歓声が沸く。御座の上にひらひらと舞う桜を静かに見る方なんて一人もおらず、皆々さん梅や桜に負けぬ赤ら顔。

 時折、怒号やら徳利が飛ぶのはご愛敬。皆様楽しんでいるという事で。

 

 視界には境内にいらっしゃるご神木さまが、これでもかという位に綺麗に咲き誇っておりまして、時折そよ風が春の欠片を此方まで運んできて下さります。

 晴れ空に桜、雲一つない空は正しく花見日和。ひらひらと舞う桜の華を頭に乗っけた方々が酒瓶持って大はしゃぎ。実に騒がしい昼下がりでございます。

 

 そんな私もくるくると回っております。始めはひっそりと端の方で小傘ちゃん、影狼さん、蛮奇さんと妖怪の集まりで飲んでいたのですが、紅魔館の皆様に挨拶したが最後、名前も、顔も紅い姉妹に捕まってしまいました。

 

「袖引は私達といるのー」

 

 そんな声を上げたのは金の髪持つ妹様。グイグイと私の和服の袖引っ張り、私の役割をさらっと盗っていく妹様は非常にご機嫌な様子。

 笑顔を浮かべ、えへへと引っ張るその姿はとても愛くるしいものでございました。……もっとも引っ張られた瞬間に、私を浮かせる位の力は健在でございましたが。

 

 フラン様も始めの頃はおっかなびっくりでございましたが、少しづつお外に出向くようになり、ちらほらとお外で出会うことも多くなりました。

 たまに紅魔館へ出向くと不在なんてこともあり嬉しいやら寂しいやら。しかししかし、このように宴会にも出向くようになり嬉しい限りなのは間違いありません。

  

 さて話を戻しまして、ふわり引っ張られ妹様の腕の中。目を丸くしているしている私を見て笑う紅魔館の皆さん。私の心臓は跳ね回っておりましたが、皆様の笑顔に釣られ、私も笑顔を浮かべます。

 ひとしきり笑った後、頂いたわいん、とか呼ばれる果実酒をちまちまとやっていました所、続いて現れたのは紅白の巫女様と、白黒の魔法使いさん。

 

「おー珍しい所にいるな」

「フランもいるのね、珍しいじゃない」

 

 魔理沙さんは、そんな言葉と共に、紅魔館方々がいらっしゃる御座にどかっと腰を下ろします。それから笑いながら魔理沙さんは、抱きしめられている私を引っ張りだそうと、すっ、と手を伸ばしました。

 すると、魔理沙さんから隠すように、フランさんが私の位置をさっと後ろへとずらします。

 

「いくら魔理沙でも袖引ちゃんはあげない」

「あげないって……」

 

 いつから所有物になってしまったのか、苦笑いを浮かべますがフラン様は私をひしっと抱きしめ、離す様子がございません。

 困ったことに、ここにはそう言った冗談を面白がってしまうようなお方ばかり。一斉にやいのやいのと騒ぎ立て囃し立ててきます。

 しかしながらそんな中、フラン様に可愛く威嚇された魔理沙さんは、何とも微妙そうなお顔。笑ってるのは間違いが無いのですが、目が少しばかり怖いようなそうで無いような……

 

「……袖引は、誰のものでもないぜ?」

「じゃあ今から私の物ね」

 

 フランさんと魔理沙さん、お互いが視線を交差させバチバチとしのぎを削ります。お二人とも仲がいいですねぇ……なんて呑気に構え、事の成り行きを眺める私。

 しかしまぁ、本当は私なんぞどうでもいい事の筈でしょうに、なかなかお二人が矛を収めようとはいたしません。いやはやお酒とは恐ろしいものですね。

 お酒の魔力に震えつつも、近場で眺めるいつもの軽口対決。いやはや、直面すると迫力がございますね。しかし、そろそろ軽口ではすまなくなってきそうな雰囲気。軽口の口実である私も、そろそろ肩身が狭くなってきております。

 そんな中、すくっと立ち上がったのはレミリア様。流石の吸血鬼の威容で、立ち上がっただけで、すっと静まり返り、今までの雰囲気を全て持って行ってしまいました。

 縮こまっていた私もおぉ、と小さく声を上げ一喝を期待してしまいます。

 そして胸を張り、レミリア様はおっしゃいました。

 

「さっきから黙っていればフランも魔理沙も……袖引は、私の物よ! ぎゃおー」

 

 腕を広げて、けらけら笑うレミリア様に思わず、がくんと脱力する私。

 本人は楽しくお酒に酔っているのか、フラン様と私に重なるように抱きついてきます。あまりにも突然であった為、先程から私の腕を掴んでいた魔理沙さん含め、四人でバタンとひっくり返ってしまいました。

 

 木々から落ちた桜がふわりと巻き上げられ、はらはらと舞い散ります。

 そんな光景とは対照的に、どたどたと音を立ててひっくり返った私たち。ゴン、と鈍い音も聞こえまたもや騒がしくなりました。その中で真っ先に声を上げたのはフラン様。ジタバタと暴れ、喚くように声を上げております。

 

「お姉さまは黙ってて!! てか重い、邪魔!」

「こっちは頭を打った、慰謝料を請求するぜ」

 

 面白がり、割り込んできたレミリアさんに、二人とも抗議の声を上げますが、一向に聞き入れる気が無いのか笑って無視するだけ。そんな光景に思わず、私はぷっと吹き出してしまいます。

 

「ふ、ふふふ。もう何が何だかわかりませんね」

「笑い事じゃ……いや、笑い事か。……はぁ」

「もう、お姉さまのせいで台無しじゃない!」

「いいじゃない、私も混ぜなさいよ」

 

 私が笑い出せば、魔理沙さんは何故かため息を吐き、フラン様は羽をいきり立てレミリア様に抗議。レミリア様はレミリア様で、非常に楽しそうにぱたぱた羽を動かしております。

 先ほどの険悪な雰囲気は何処かへと吹き飛んでしまい、なんだかんだ笑顔に落ち着きました。咲夜さんを始め、見守っていた方々も非常に良い笑顔を此方に向けております。……何故か生暖かい視線を感じたような気も致しますが、春の風吹く中気温も生暖かい事もございますし、きっと気のせいでございましょう。

 

「いつか刺されそうよね」

 

 霊夢さんがぼそりとそんな事を呟いておりましたが、確かにレミリア様の自由っぷりは、いつか刺されてしまいそうで心配になることもございます。いやはや、困ったものです。

 

 

 じゃれつきもひと段落致しまして、紅魔館の方々ともふらりと別れ、別の場所。上白沢先生や妹紅さんとお話をし、永遠亭の方々に挨拶し、守矢神社の三柱様にお参り申しあげて、ぐるりと一周。やっとこさ馴染みの(ござ)へと戻って参りました。

 

 ふらふらと戻りますと、おかえりーと声を掛けて下さいました。そんな声に返事をしつつ、ぺたんと座りますと小傘ちゃんが話しかけて来ました。

 

「袖ちゃんってほんとに色んな所と知り合いだよね。私びっくりしちゃった」

「えぇ、まぁ……色々ありましたからねぇ」

 

 最近の私にあった様々な事が思い返されますが、よくもまぁ生きていられたものというか、今思い返しても震えが来てしまいそうなものばかり。

 

「この前聞いた冬の異変もそうなんだけど、本当に色んな事に巻き込まれてるよね」

「さっきも噂の吸血鬼姉妹に捕まってたしね、次はどんなのに巻き込まれるのかしら」

 

 影狼さんも、蛮奇さんも同情混じりの視線を向けて来ます。……同情交じりの楽しそうな目線なのも否定できませんが。

 まぁ、そこは妖怪ならではの楽しさを求めてしまう性という物でしょう。私も逆の立場であったらそうしてしまいそうですし。

 

 そんなニヤニヤとした視線にやめてくださいよー、と軽く返しつつも徳利を傾けます。しかし、傾けてもお酒が出てくることは無く、水滴垂れるだけ。どうやら空の徳利を取ってしまった様で、他の徳利を探します。

 すると蛮奇さんが、新しい徳利を差し出して下さいました。

 

「なにやってるのよ、そっちは空のものを集めた所よ。というか、間違えるなんてだいぶ酔ってるわね」

「そんな事ないれすよ? ……ないですよ?」

「だいぶ出来上がってるわね……」

 

 少し噛んでしまっただけだというのに酷い言い草ですねぇ。ちょっとばかり各所を回った際に、お酒を勧められただけだというのに、なんて考えながら新しい酒を注いでもらいます。

 とくとくと注いで貰って顔を上げると、人影が四つ。おかしいなーなんて軽い気持ちで飲んでいると、いい飲みっぷりですねぇ、なんて声を掛けられました。

 

 どちら様? と顔上げればいつの間にか、天狗様が我々の集いに紛れこんでおりました。

 平時でしたら皆気にしそうなお方ではございますが、現在は酒の席。誰一人として気にしておりません。私もその例に漏れず、ありがとうございます。なんて呑気に返し、再びちょこを傾けたところで我に返りました。

 

「あの、射命丸様。何故こちらへ?」

「いやー奇遇ですねぇ」

「いや、奇遇も何も」

「いいですから、いいですから」

 

 ぐいぐいと酒促され、なぜこちらにいらっしゃるのか分からぬままに、言われるがままに酒をぐいっと煽ります。

 

「おぉ、良い飲みっぷりですね! ささ、お次を」

 

 ぱちぱち拍手された後、更にとくとくとお酒を注がれ、私は目を白黒。そんな姿を見て、小傘ちゃんが思わず、と言った体で会話に割り込んで来ました。

 

「ちょ、ちょっと天狗さん……?」

「はい、何でしょう付喪神さん?」

「あの、どうして袖ちゃんにお酒を注ぐのかなーって」

「ふっ、よくぞ聞いて下さいました。私は特ダネをとある筋から手に入れ、その真偽を確かめに来たのです!」

「……特ダネ?」

「そう、袖引さんの噂話です!」

 

 小傘ちゃんが首を傾げ、射命丸様が胸を張ります。当の私はもうふわふわとした気分を存分に味わい、酒が何たるかという事をあぶくの様に考えては忘れ、考えては忘れ。を繰り返しておりました。

 

 そんな夢うつつとも、酩酊感とも言える極上を味わっている内に、話は種だか羽だかに移り変わり、今現在一緒に飲んでいる皆さんがこちらを向きました。 

 そんな赤い顔達がこちらに向く中、口を開いたのは天狗様。宴会の今、天狗のお面を彷彿とさせるような、赤い顔がずずいと目の前まで迫ります。

 

「まずは、前回はご協力ありがとうございました。……それでですね、風の噂で伺ったのですけど鬼の方々、いや萃香さんに気に入られてるのは本当ですか?」

「そうなの袖ちゃん?」

「さすがに冗談だよね……?」

「面白そうな話ね」

 

 射命丸様の言葉に、影狼さん、小傘ちゃん、蛮奇さんと反応し顔を乗り出して来ます。ぽけーとしていただけにびっくりどっきり。思わず手に持っていた猪口を取り落としそうになりました。

 猪口の中に映る桜の木が、波にかき消されるのを見遣りつつ、今の質問を反芻しました。

 何というか突拍子もない噂が流れておりますね、なんて呑気に考えてしまいます。弱小妖怪にそんな事出来るはずがありません。というよりもあれは……。

 

 まぁ、射命丸様も半信半疑の表情でございますし、小傘ちゃん達も本当だとは思っていない様子。そもそも本当も何も噂自体が嘘でございますし、ここはびしりと、答えてみせましょう。

 

「そんな、恐れ多いです。ただ、萃香さんとは宴会で話す程度の関係なだけです」

「まぁ、そうですよねー……ん?」

 

 どこか引っかかった様子の射命丸様。私も何処かおかしかったのかと首を傾げますが、一向にその原因見えてこない。困った様な笑顔を浮かべ、今一度聞いてきました。

 

「あのー貴女のような妖怪が、萃香さんとそこそこ仲が良いと?」

「え、えぇ、そうですけど……」

 

 事実とは言え、貴女のようなと、この扱いをされ、少々傷つきつつも答えます。

 

 確かに、よくよくと考えてみれば、私が鬼の方と交流があるのは意外かもしれません。しかし、弱小妖怪とは言え宴会に顔を出しますし、交流があってもいいものだと考えてもおかしくは……

 なんて考えておりましたが、そういえばかつて妖怪の山の元締めをやっていらした方々。天狗様達から見ますと、鬼の方は直属の上司にあたる方なのでしょう。そんな方が私の知り合いともなれば驚くのも必定と言えますね。

 

 と、考えておりましたが、射命丸様以外の方々も目を丸くしているようで私一人困ってしまいます。確かにあの方は、少し事を構えましたし、忘れられないと言いますかなんといいますか。それに、ちょっと暴力的というか、お酒に奔放というか。……あれ?

 

 ま、まぁ気を取り直しまして、まずは飲みなおす。こくりこくりと桜浮かぶ湖面飲み干して、ぷは、と一息。腰を上げ別のお酒を取りに立ち上がります。

 個人的にあれは、あまりと言うか何というか言いづらい物でございまして。さりげなく話題を変更しようと立ち上がりさまに言葉を発しました。

 

「さて、別のお話でも……」

 

 そんな感じでさりげなく話題を振ったわけでございますが、がしりと右腕を射命丸様に取られます。更に左腕を影狼さんが捕まえ、ぐいと持ち上げられ、ぷらーんとぶら下がってしまいます。

 

 釣り下げられた私は何事ぞ、と右左に首振りますと、翼をお持ちの方は目をきらきら煌めかせ、筆を揺らめかす。もう片方は、尻尾をぶんぶん揺らして意思を示しております。

 助けを求めに視線を走らせますが、小傘ちゃんは苦笑い、蛮奇さんは耳を傾けており、誰も助けて下さる方はおりません。

 

 私がじたばたして抵抗を示す中、射命丸様はゆうゆうと筆を口に咥え、ごそごそと手帳を取り出し臨戦態勢。

 

「当然、お聞かせ頂けるんですよねっ!!」

 

 と、笑顔でずいずい迫ってくる顔見れば、逃がす気は無いぞと、暗に顔に書いてあり無言の圧力を放ってきます。

 耐えきれずに横に目線ずらせば、ぱたぱた振る尻尾と共に影狼さんの一言。

 

「私も聞きたいなー、いいでしょ?」

 

 狼さんと天狗さんに睨まれれば誰だって身は竦むもの。断ってしまったらどうなるか……いや、影狼さんは特に何も起こらない事でしょうが、射命丸様は……うん、大変良い笑顔ですね、断る事を考えた私が愚かでございました。

 

「わ、わかりました。降参しますから、まずは降ろして下さい」

 

 冬の名残なのか、恐怖なのか分からない震えを感じつつ、すとんと降ろされ、また御座へと戻りました。

 そこには興味深々な方が増えておりまして、こちらをいかにもワクワクといった表情でこちらを見ております。

 こうなってしまっては、尻尾巻いて逃げ出す訳にもいかず、腹を括り話を思い出し始めます。何を話し、何を話さないかぼやけた頭で練っていき、口をお酒で湿らしました。

 

 

 思い出すのは、宴会続きの春の頃。今の様に桜が咲き乱れ、皆さんどんちゃんと騒いでおりました。

 終わらない冬も明けまして、待ちわびたかの様に開花を告げた桜の元で、皆さま楽しく宴会を開いていたころでございます。

 

 

 

 

 さて、これから語りますのは少しだけ苦い思い出にございまして、鬼の大将こと萃香様。やはり大将というだけありまして、とんでもないお方でございました。

 

 

 さてさて、そんなお話は次回以降。区切りの良い所で今回は此処までに致しましょう。次回以降は、桜吹く空の中、鬼さんに出会ったお話をいたします。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。



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鬼と夢だよ 袖引ちゃん

おまたせしました。


 さてさて、何をお話したものやらと頭を悩ませております。なんといってもあの異変、現在の私にもいまだに刺さるものがございまして、酒の席にて話すのは些か不適格な様な気も致します。

 うーんと、酒でぼやけた頭を捻り、萃香さんに会った事、私のわがままと勘違いで突っかかっていった事、なんだかんだ解決した事等、内容をかいつまんでお話致しました。

 

「ほーそんな事が、しかしまぁ次から次へと話題が絶えませんねぇ。私としては願ったり叶ったりな訳ですが」

「いやー相変わらず苦労してるよね」

「巻き込まれなくてよかった……」

「……」

 

 さらさらと、筆を走らせる射命丸様に、楽し気な影狼さん、ホッと息を吐く蛮奇さんに、心配そうな目で此方を伺う小傘ちゃん。三者三様な反応でございますが、どうやら会話に華を添えることは出来たようで一安心。くい、とお酒を飲み干したところで射命丸様が筆を止め、いつものようにお辞儀をし、別の席で飲んでいる萃香さんの所へ向かっていきました。

 

 鬼さんに絡まれつつも何かを聞き出している天狗さんを遠目から眺めている内に時間が経ち、宴もたけなわとなって参りました。思い思いに解散し始め、それでは、私たちもと立ち上がりますと、なにやら影狼さんが目配せをし、それに頷く二人が目に映りこむ。

 何をしているやらと首を傾げると、楽しそうに上気した顔を近づけ、声を掛けて来る影狼さん。

 

「よし、じゃあ飲みなおしにいこっか?」

「へ? あぁ、もちろんです! 行きましょう!」

 

 顔が近寄り、本当になにするものぞ? とドキドキしておりましたら飲みなおしのお誘いが。若干の間が空いてしまいましたが、もちろんと返事を返します。

 

 そんなこんなで興奮冷めやらぬままに、三人で霧の湖までやって来ました。流石に水辺に近寄るとまだ春ということもあって、ひんやりとした空気が火照っている肌を撫でていきます。草やら水やらの匂いを一杯に吸い込み深呼吸。

 そして、この場所の指定といえば、あの子を呼ぶためのものでしょう。影狼さんは気配り上手だなんてぼんやり思いつつ、今回宴会に参加しなかった子を呼ぶことに致しました。

 

「わかさぎ姫さーん」

 

 声が湖の中に吸い込まれていき、波立つ音だけが帰って来ます。もう寝てるかな? と首を傾げつつ影狼さん達を見遣りますと、各々分からないという仕草。

 そんな仕草を見ている内に、ぷくぷくと湖面に細かい泡が立ち始めました。湖面に浮かんでいる赤み掛かったお天道様が揺らいだかと思うと、ぷは、と顔を出す人魚さん。霧の湖に住むわかさぎ姫さんが顔を出しました。

 わかさぎ姫さん、影狼さんに紹介してもらったのが交流の始まりですが、今や紅魔館に服などを届けに行く時などに湖を通るが故に、出逢う回数が格段に上がりまして、今までも仲は悪くありませんでしたが、一転して仲がいいと言える関係までに交流が深くなっております。

 

 しかしながら整った顔立ちはご機嫌斜めの様相を呈しており、眉を潜めております。身体上の問題ゆえに、宴会に行けなかったことに拗ねているようで、つんとした態度で出迎えてくれました。

 

「あら、私を置いていった裏切り者さんたちじゃない? こんな哀れなお魚さんを笑いにきたのかしら?」

「あはは、ごめんてこれ持って帰って来たから許してよー」

 

 と、持ち帰って来た酒瓶を掲げてみせる影狼さん。更には小傘ちゃんもそれに乗っかり、笹の葉にくるんで来たおつまみを披露しました。

 

「聞いて驚け、見て驚け、こんなのもあるよ!」

 

 そして、蛮奇さんは私の肩をがしりと掴み、ぐいぐいと、わかさぎ姫の方へ押していきました。

 

「ついでに話の種も確保したわ」

「確保されましたー」

 

 そんなやり取りをしていましたら、とうとうわかさぎ姫も吹き出して、宴会のやり直しとなりました。先程っまでの出来事や、最近の事とまた話始め、くすくす笑いが起きていきます。そんなまったりとした時間を味わいながらも時間は刻々と流れていき、遂には夕焼け。そろそろ話疲れ、しんみりし始めました。

 その雰囲気を感じとったのか、影狼さんはさて、と話題を切り出します。

 

「袖ちゃん。何か話して無い事あるんじゃないの?」

「へ?」

「いや、だって隠し事してるよね?」

 

 いきなりな槍玉に首を傾げますと、首だけ飛ばして、わかさぎ姫に耳打ちをする蛮奇さんの姿。何を吹き込まれたのかぽんと手を打ち、にやりとするわかさぎ姫。

 

「袖ちゃん、また何かやらかしたんだって?」

 

 そんな言葉を言われ、はっと気が付きます。もしかして話を端折ったことがばれているのではないかと、恐る恐る影狼さんに顔を向けますと、やはりというか、なんというかはっきりと頷かれ、こう答えられました。

 

「だって袖ちゃん、嘘下手くそだし」

「……え?」

 

 がつんと何かに殴られたような衝撃が走った気がしました。妖怪なのに、びっくりとか主に主食にしている私が嘘が下手……? いやいや、まさかと蛮奇さんとわかさぎ姫の方へ向きますが、うんうんと、頷かれてしまう始末。 

 もはや泣きそうになりながらも、最後の良心こと小傘ちゃんの方へ顔を向けますが、あはは、と困った顔が私に残酷な事実を突きつけておりました。

 

「そ、そんな……」

 

 まさしく、ガーンと音が鳴りそうな衝撃を受けた私は、膝を突き、地面に四つん這いになりました。えぇ、もうしばらく立ち直れそうにありません。

 そんな態度お構い無しに、影狼さんは先程の異変についてせっついて来る始末。落ち込む暇などなく立ち上がりますが、どう話したものかと顔を見渡します。

 見えるのは付き合いの長い顔ばかり、影狼さん、蛮奇さん、わかさぎ姫さん、そして小傘ちゃん。最後に小傘ちゃんに向けた視線が交錯すると、心配そうな顔で小傘ちゃんが声を掛けて来ました。

 

「あの、袖ちゃん……」

「いいんですよ小傘ちゃん。きちんとお話しますから」

 

 小傘ちゃんの目を見て踏ん切りがつきました。きっちり何があったのか語りましょう。

 

「では、あまり面白くはないかもしれませんが……」

 

 そう切り出し、私は何があったのか余す事無く話し始めます。

 

 

 

 さて、これからお話するのは私の勘違いから始まった、少し苦い思い出となります。

 そんな大層な事でも無いかもしれませんが、とにかくもって、この異変は私にとっていささか話しづらい、そんなものでありまして。

 

 いやはや、鬼の方というのは苛烈も苛烈。戦闘も言葉も痛い所ばかりでございますね。痛くて苦い、そんな大人な風味で良ければ、お聞きくださいませ。

 

 

 

 さてさて、冬の異変も終わり今の様に皆さん宴会にて大はしゃぎ。私も宴会に参加したり休んだりと思い思いの時を過ごしていたころにございます。宴会も五日過ぎ、十日過ぎ、と皆様まだまだお盛んな様子。

 そんな中私はのんびりとお茶を啜っている最中でございます。

 

 私、韮塚袖引 ひと段落しております。

 

 

 季節外れ気味の桜咲き、皆様騒ぎ立て、囃し立て、大変元気なご様子で幻想郷中をにぎわせております。宴会に次ぐ宴会。皆様飲んで騒いで、大騒ぎ。

 私もよし飲むぞと勢い込み参加しておりましたが、ぐびぐびと飲み続け、食べ続け、とやっておりましたが、足腰が立たなくなる程に骨抜きになりまして、遂には脱落し、こうして店内でお茶を啜っている訳です。

 そんな、ちびちびお茶を啜っている現状ではございますが、それでも身体は自然と宴会に参加してしまいたくなるのですから、春の陽気というものは実に恐ろしいものでございます。

 

 春うららかな陽気を眺めつつも、ズルズルとお茶をしばいておりましたが、どうにもこうにも身体がうずうずとし始めてきてしまいまして、自宅でゆっくりという気分にはなりません。たんぽぽの綿毛が如くふわふわと心が落ち着かないのです。

 

 落ち着かないとあれば、出掛けるしかありません。浮ついた心を落ち着かせるためにも、散歩でも致しましょうといつもが如く戸締りをし、ぱたぱたと出かけました。

 

 遅咲きの桜咲き誇れば心もウキウキとし始め、自然とお酒の方へ方へと吸い寄せられます。しかしながら、人間様の宴会に割って入る事など、絶対に出来ることではなく、結局フラフラと博麗神社の方へと向かってしまったのでした。

 

 

 まぁ、そんな行動が間違いの始まりでございましたが、今嘆いても仕方の無い事です。

 

 とてとて歩けば、当然人にだって出くわします。人里を抜ければ鬼にだって……へ? 

 突然とんでも無い者を見たような気がする私は急制動。くるりと振り向けば、道の端でプカプカと浮かびながら瓢箪を煽っている方を見つけてしまいました。

 私程に小さい体に、立派な角。おとぎ話で出てくるような鬼の特徴をお持ちになった少女が、なんと本当にいらっしゃいました。

 まぁ、見ての通り妖怪なのでしょうが、鬼と言えば姿を暗ましまして幾星霜。まさか鬼だなんて思いもよりません。妖怪さんがここまで来てしまったのだな、のような感想でございました。

 

 いっその事見なかったことに。なんてことも過りましたが、ここは人里のすぐ近く。万が一があっては、一大事とその少女に近づき……といった所で足が止まりました。止まって、しまいました。

 なにやら嫌な予感といいますか、ぞくりとしたものが背筋をぞわぞわと這っていきまして、ぴたりと私の足を縫い付けます。まさか、まさかと脳裏に描き続けていた一つの可能性が、じわりじわりと脳を焦がしていきました。

 

 しかし、しかしながらここで見過ごすわけにもいかないでしょう。なんといっても、ここは人里の目と鼻の先。この妖怪さんを見過ごすには、些か無理がある距離でございます。迸る悪寒なんのその、えいやと勇気を振り絞り話掛けました。

 

「あの!」

 

 しかしながら、瓢箪を持った少女は宙に浮かびつつ、瓢箪を煽るのみ。ひょっとして聞こえてないのかと先程よりも大声で呼び掛けます。

 

「あの!!!」

「それ、私に言ってる?」

 

 瓢箪をゆっくりと降ろし、こちらをみる妖怪さん。その表情は面白そうなやつが来たぞ、といった体でこちらに顔を向けました。

 そんな不敵な態度をとりつつも、少女は頭の角を揺らします。こちらを不審がる事も、まじまじと見ることも無い。興味がない訳では無いのでしょうが、こちらの様相に関しては全くの無関心。経験上、こういった無関心さはとんでもない強者の可能性が高いのです。なぜなら、こちらを気にする必要がない位に強いのであれば、そういった動作は不要ですから。

 

 そんな強大な存在が、人里近くにいる。そんな考えたくもない想像を脳裏に浮かべつつ、質問を……といったところで、対面の少女さんが頭をガシガシと掻きぼそりと呟きます。

 

「しかしまぁ、私も油断したね。こんなちんけなのに発見されちゃったよ」

「ち、ちんけ……」

 

 

 いきなりなご挨拶でありますが、事実が事実なだけに反論もできません。少し凹みながらも問いかけます。

 

「あの、こちらで何を……?」

「少なくともあんたに用は無いよ。だってあんた、自分の事すら良く分かっていない小物じゃないか」

「……っ!?」

 

 本当に興味無さげに、目の前の方はそう言い放ちました。最近の封印やらの関係や、色々と思う所が次々と浮かび上がり、二の句が継げなくなります。

 絶句していると、さらに角の生えた妖怪は言葉を発しました。

 

「あんたは自分の事を騙してる。しかも自分ではそれに気づいていない。いや、気づいていない振りかな? 宴会でも、人里でもあんたの居場所なんて本当はどこにも無い。あんたはそう言う存在」

 

 飾り気のない言葉、虚飾も、虚構もない言葉がまっすぐに私の胸へと突き刺さりました。口を何度かパクパクとさせ、やっとの思いで言葉を絞り出します。

 

「……ずいぶんとずけずけと物を言う方ですね。えぇ、分かっていますとも、私が知らない何かがあるという事も、私から何か抜け落ちているということも。ですが、騙しているとは心外ですね」

「いんや、騙してる。あんたの顔は嘘を吐いてる顔だ。そんでもって私は鬼。嘘が大っ嫌いなのさ!!」

「鬼……やはりあなたは」

「そう、私こそは鬼なり。分かったらとっとと退くといいよ。私はこの先に用があるんだ」

 

 やはり、狙いは人里と、冷や水を浴びせられた感覚に陥ります。守護する人達もいることにはいますが、この鬼さんが人里に到達してしまえば、軽く蹴散らされてしまうでしょう。そうなる前に止める必要があります。

 

「……駄目です。行かせません」

「あ?」

 

 

 勇気を振り絞り、鬼の前に立ちはだかりました。どうしても、どうしてもこれは譲れません。

 そんな態度に、額に手を当ていかにも呆れたといった風体の鬼さん。

 

「おいおい、喧嘩を売る相手を間違えてないかい? 私、手加減しないよ?」

「……」

「あっそ、じゃああの世で後悔するといいよ」

 

 その言葉が聞こえて来るか否か、暴風ともいえる様な風を纏わせながら一瞬にして、私に肉薄してきました。そして、小ぶりな拳が、山に見える程の威圧感を放ちながら私目掛けて飛んできます。

 この戦いにおいて、私はたった二つ良い事がありました。……それは、あまりにも力の差があり過ぎて勝負に発展しないといった事でした。そして、手を抜かない事による力の差の拡大。

 人は蚊を潰す時に、全力で拳を振るう事は無いでしょう。もし振るったとしても、蚊は拳が発生する風によって何処かへと飛ばされるだけです。

 

 端的にいうと、それと同じことが起こりました。強大過ぎる力の余波が先に私の身体を巻き上げ、遠くへと飛ばしてしまいました。

 容赦のない暴風が私の身体を巻き上げ、大きく吹き飛ばしました。なんとか地面に着地できたものの、あまりの力の差に私は愕然とし、向こうは納得いかないといった表情で此方に視線を送ります。

 

「挑むからには多少なりとも覚えがあるもんだと思ったけど、そんな実力で私に挑んだ訳?」

 

 そんな簡単な問い掛けにすら、答える余裕はありません。冷や汗が止めどなく流れ、本能が警鐘をけたたましく鳴らす。このままでは、死ぬと、紙吹雪の様にバラバラにされると、ありありとその光景が浮かんできます。

 しかしながら、絶対に引けません。引いてはいけないのです。だって後ろには人里があって、気づいているのは私一人。私がやらねばなりません。カチカチと恐怖で歯を鳴らし、震える身体を抱きすくめながら対峙し直します。

 そんな様子を理解したのか、向こうさんの訝しむ目は、やがて呆れたという目つきに変わり、はぁ、とため息を一つ漏らしました。

 

「あー、分かったよ、分かった。弾幕ごっこにしようか? そっちの方が対等だし、何より潰すのに苦労しなくていいや」

「弾幕……ごっこ」

「知ってるだろう? あんたの様な小物でもちょっとは勝ち目がある遊びさ」

「……えぇ、もちろん、もちろん知っていますよ」

 

 勝ち目が全く見えない状態からの降ってわいた様な幸運。諦めて貰うためにも、話に乗る以外の選択肢はありませんでした。

 ──ですが、地力の差はあまりにも大きく、私の力では虚しく地に墜落するのが関の山でございました。

 

 覚えているのは、高密度の弾幕をやっとの思いで潜り抜け、ギリギリ触れられるといったところで、もう私は満身創痍。

 対して向こうは、全くの無傷といった状態でありました。何とかして一矢報いたかったのですが、右手が掠めたところで堕ちていき、去って行こうとする背中が、薄れゆく意識のまにまに見えた事位です。

 

 

 

 そうして私は、ある夢を見たのです。私の原点であり、未だに私の中で燻っている思い出したくないようなそうでないような、ちょっとだけ辛い記憶。

 私が人里に、こんなにも温かい場所に居ていいのかと時折鎌首をもたげる、或る記憶。例えば紅い霧の時に慧音先生の所に泊まった時も、誰かと楽しく遊んでいる、ふとした瞬間にも。

 

 時折、心に暗い影を落としてくる。そんな過去の夢を。

 

 

 

 夕焼け。

 

 燃えるような、全てが終わってしまうような、闇が近づいてくることを示す赤。

 

 闇を孕んだ残光が街道を照らしていました。

 

「──って!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 その声は少女の物。まだ、幼いと言っても間違いではないその風貌、幼い顔は悲嘆に染まっております。

 

「待って!!」

 

 ……馬鹿な子ですね。

 その人は、待ちも止まりもしませんよ。

 

「待ってよぉ!! ねぇ!!」

 

 泣き声は夕闇へと掻き消されていきます。

 悲鳴にも似たそれが向かう先には母とおぼしき女の背中。

 

 届いている筈の距離なのに、聞こえている筈の距離なのに、その人は振り向きも、立ち止まりもせずに早足で去ろうとしています。

 

 当然、幼い少女も必死で追いかけます。

 しかし、その手が何かを掴むことはありません。

 躓き、転びながらも彼女は叫びました。

 

「何で!? どうして!!! お母さん!!!」

 

 

 その声を最後に視界が反転し、自分は暗闇の中に放り出されました。 

 

 

 突如として浮遊感が消え、地面に激突し、ぼろぼろになった感覚とともに目を覚まします。

 

 「──っは! はぁ……はぁ……」

 

 懐かしい光景が脳裏を駆け巡りました。もう薄れ、忘れられ、幻想となった、ただの幻。きっと走馬灯とかいうものなのでしょうが、今はゆったりと思い出している暇すらありませんでした。

 わたしは、笑う膝をどうにか抑えつつ再び立ち上がろうとしました。しかし、もう力なんて入らずに地面べしゃりと突っ伏すばかり、それでも尚、諦められません。

 

 だって、目の前には鬼がいて、人間様達を、人達を脅かそうとしてる。どんなに、どんなにこの記憶が私の中で影を落としていようと、この人間様への思いは、きっと本物なのですから。

 能力を使い、ぐいと鬼を引っ張ります。全力を込めて、止まってと願うように。ぼろぼろにすり切れた着物が懐かしい光景と重なります。

 

 

「知って、ますか……袖引小僧は、ですね。寂しいから袖を引くんです……消えそうな私に気づく人がいて欲しいからっ!! 貴女を、人里……には行かせ、ませんっ!」

「お前……」

「一人なんて寂しい、じゃないですか……置いていく、なんて……言わないで下さいよ」

 

 意識も途切れ途切れのまま、私は能力を発動し続けました。もう相手がどうなっているかも分からないまま必死に。

 置いていかれるのも、人間が悲しむのもやっぱり辛いのです。ですから、どうか止まって欲しい。そう、願い続けました。

 

 

 もう、能力も切れ、体力も完全に無くなってしまいます。外界からの情報は遮断されていき視界が黒に染まっていきました。

 

 そんな途切れ途切れ視界の中で最後に見えたのは、星のような何かと、何処か懐かしい声でした。

 

 

 

 

 結局、目が冷めたのも全てが終わってからの事。いつの間にか自宅に居て、いつの間にか布団に寝かされていたのでした。

 そしてなぜか咲夜さんが看病をしていて、かなり驚いたものです。貴女がここまで運んだんですか? と聞きますと笑顔でやんわりと否定され、その後クスクス笑いながらこう告げたのでした。

 

「何処かの、素直になれない子の差し金よ」

 

 首を傾げますと擦り傷やら何やらが痛み、いたたたと声を上げてしまいました。その所作が気に入ったのか更に笑ってしまう咲夜さん。そんな笑顔を見ていたら、また眠くなり眠りに落ちたのでした。

 

 

 そんなこんなで鬼さんとの邂逅は終わり。長くなってしまいます故にここで一旦区切りといたします。

 

 全てを忘れて夢の中、せめて今だけは、あの夢ともおさらばしたいものですね。

 

 

 ではでは、これにて一旦一区切り。次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております




萃香がこんな態度なのは、萃夢想の萃香を、元にしているからでもあります。


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鬼と酒だよ 袖引ちゃん

 さて、夜も明けて朝が来る。どうやら人里はどこも無事だったようで一安心。ほっと胸をなでおろしつつ、新しい朝を迎えます。

 苦い夢も、残る身体の痛みも忘れてひと眠り。なんてことは許されませんでした。なぜか只今、宴会の真っ最中。困ったことに私、鬼さんの隣に座っております。

 

 さて、そんな冒頭から始まるのは今回の顛末でございます。……実は、これこそ話したくないものでございまして。

 

 

 そんなこんなで始まった、楽し恥ずかしな宴会でございます。

 

 私、韮塚 袖引 騒いでおります。

  

 

 擦り傷や、細かい傷が癒えつつある身体を引きずり、人里をぐるりと一周。人間様や、人里に被害がないのか見回っておりましたが、皆さん変わったところはなく、ふぅと胸を撫で下ろしました。どなたかが止めて下さったようで感謝しかありませんね。

 

 そんな晴れ渡る青空の下、元気に活動していらっしゃる皆さんを眺めつつ自宅へ戻りひと眠り……と行きたかったのですが、そうもいかない。何故なら霧の様なもやが目の前に来たと思いきや、いきなりこの前出会った鬼さんに化けたのですから。

 当然、私はびっくり仰天。驚いて尻もちを、ぺたんとついてしまった程です。

 

「あ、あなたは……」

「よう、二日ぶりくらいかい? とりあえず行くよ」

 

 

 そんな言葉と共にぐいと手を引っ張られ、空へと浮かび上がりました。へ? と疑問符を浮かべる前にぐいぐい人里が遠ざかっていき、どんどんどんどん小さくなっていきました。

 そんな突飛な事が非常に苦手でございます私としましては、もう何が何やら全く分からず目を白黒させる次第でございました。

 

「え、あの? え? ちょ、ちょっと!!」

「あーも、うるさい。いいとこに連れて行ってあげるんだから」

 

 そういった彼女の口からはかなりの酒精が漂っており、酔っ払っていることがまるわかり。そういえば鬼さんと言えば誘拐の代名詞。古来よりやれ人攫いだ、やれ誘拐だという伝承が各地に残っている有名な種族。はらわた食う、手足もぐなんてことも聞いた事がございます。

 そんな事を思い出し、茄子のように顔がすうっと真っ青に。こんなとんでもない事態になるなんて。私、悪さしましたか? ……えぇ、してました、してました。妖怪の本分やら、いたずらやら、あまつさえこの鬼さんに楯突いたり致しましたね。

 そんな考えが一瞬頭の中をぐるりと三周ぐらいしたのちに周囲の状況が見知ったものだと気づきます。

 

「ここは、博麗神社……? え、誘拐は? はらわたは?」

「何言ってるのか知らないけど、ただ飲みにいこうって誘っただけじゃないか? なんでさっきからそんなに固くなってるのさ」

「いえ、それはあの……」

 

 私が喧嘩を売った張本人であることや、あなた様は里を襲おうとした妖怪さんであったりとかそんな反論ございますが、そんな事口が裂けても言えません。

 ふるふる震えておりますと察してくださったのか、吹き出したかと思うと、快活に笑いながら背中をバシバシ叩いてこうおっしゃりました。

 

「くくくく、なんだい、私に喧嘩を売ったことをまだ気にしてんのかい? そんな細かいことなんて酒飲んでりゃ忘れるんだから気にしなくていいのに」

「は、はぁ……。その、あのですね、背中がそろそろ……」

 

 快活に笑い、水に流してくださる豪快さはとても好ましいのですが、先ほどから、さながら太鼓のように音を立てている背中が悲鳴を上げ始めておりまして、もともと癒え切っていないのもあり、そろそろ私、涙がにじんで来てしまいます。

 

「なんだよ、全くこれもダメかい? 本当に弱っちいなぁ」

「すいません……」

「謝ることでもないんだけど……えーと、名前なんだっけ? そもそも聞いたっけ?」

「え? あ、韮塚袖引です」

「あーそうそう、そんな感じだった気がする。弱すぎて覚えてらんなかったよ」

 

 

 本当に先ほどから飾り気のない言葉がばしばしとぶち当たり、もはや心地よい位になってまいりました。何というか新たな扉が開けそうなそんな予感すらも……

 いえ、それは、それはとてもまずい気がしたので踏みとどまりました。ふわっと影狼さんの顔が浮かびましたがきっと気のせいのはず。そうに違いありません。

 

 そんなことをいまだに鬼さんの腕にぶら下がっている状態で考えておりましたが、この誘拐犯さんの名前を聞いていないな。なんてことに気がつきます。

 ちらりと左上を見上げると、なんだかご機嫌そうな鬼さんの顔。先日の表情とは全く違っております。そんなご機嫌ならばと、少しだけ勇気を出してみました。

 

「あの、そちらのお名前を伺っても?」

「私かい? 言ってなかったっけ?」

「え、えぇ、まだですね」

「おや、そうかい。私は鬼の伊吹萃香だ。覚えたかい」

「伊吹萃香さんですね。分かりました」

「そうそう、忘れるんじゃないよ?」

 

 冗談めかしてそう笑っている伊吹様。本当に先日の態度が幻だったのでは? なんて思うくらいに上機嫌でございまして私も一安心です。なぜあの時はあんな刺々しい態度であったのか聞いてみたい気も致しますが、そこはぐっとこらえておきたい所。何故ならどこで怒りを買うか分かりませんから。

 

 なんて、危険物を扱う様にドキドキとしておりましたら、萃香さんがこちらの様子に気づいたのかそうで無いのか分からぬままに博麗神社へと到着してしまいました。

 そのまま軽々と私を抱え上げ、見せつける様に神社の管理者、霊夢さんに話掛けました。それが恥ずかしいのなんのって、ジタバタしておりましたが全く効果なし。抱えられる猫になった気分でございました。

 

「霊夢、一人攫って来たぞぉ」

「あんたねぇ……って、袖引か。ならいいわ」

「あの、その……降ろしてくださーい!」

 

 さらっと流す霊夢さんなんて気にしている余裕すらなく、降ろしてもらうことに精一杯。そんな事をしていましたら注目が集まるのも仕方の無い事。結局、担がれる私は、衆人の目にこれでもかと、言わんばかりに晒されることになったのでした。

 

 酒も入っていないのに赤い頬を抑えておりましたが、伊吹様が早速とばかりに、お酒をどぼどぼと溢れんばかりにつぎ込み、私に促しました。

 そんなお誘いを断る事無く、ちょこちょこ口を付けておりましたら、いつの間にか良い心地。がやがやとした喧噪にも馴染みこんで、段々と愉快になっていきました。

 流れのまま隣で飲んでいる伊吹様も好き放題飲んでおられ、実に楽しそうでございます。酒が切れると次の瞬間には、どぼどぼと注がれるのは少し困ったものでもありますが。

 そんな赤い顔の伊吹様でございますが、先ほどからやたらとご機嫌。飲んだ勢いで聞いてみた所、こんな回答が。

 

「こんな楽しい会は久しぶりだからねぇ。それに飲んでみたい奴とはあらかた飲めたからね。そりゃ楽しいさ」

「おぉ、それは良かったですねぇ。その方達も大層楽しんだのでは?」

 

 伊吹様に出会ってから、数日しか経っていないはずなのですが、もう既にかなりの数の方と飲んでいらっしゃる様子。流石、天狗様の元上司なんて噂を聞きます鬼の方。お酒は滅法強いようです。

 しかし一体誰と飲んだのか、なんて思いを巡らせておりました所、伊吹様はこちらをじとーと眺め、少し困ったような表情で、言葉を発します。

 

「いや、飲みたい奴ってのにあんたも入ってるからね、袖引」

「へぇ、私も。それは凄い……へ?」

 

 いきなり私の名前が伊吹様の口から飛び出しびっくり仰天。あまりの意外さに返答が少し的外れな物となってしましまいました。的もはずれりゃ、音階も外れる。非常に裏返った声の返答が、伊吹様へと投げ返されました。

 その返答受けた伊吹様はあきれ顔。まさしく何を驚いているんだと言わんばかり。とかなんとか考えりゃ、飛び出して来たのはこの言葉。

 

「何を驚いてんだい。攫ってきたのはそう言うことだろ?」

「は、はぁ。そうなのですか……」

 

 どうやら鬼の世界では攫った相手は興味有の証拠なようです。いえ、間違いでもないのですが、如何せん頭がついて参りません。

 しかしながら、あれだけ気に食わないと言われていての本日のこの態度。何か裏でもあるのかなんて考えてしまいます。

 結局、少し悩んだ後、そんな考えても仕方のないというか、もう私の事を含め分からない事だらけ。これ以上分からないことを増やしたくないと、既に弾幕ごっこで遊んだ仲でもありますし、お酒の力を借りて、聞きたい事をことごとく聞いてみることにしました。

 

「あの、私の事を……」

「あぁ、言ったよ。気に入らないって。だけど、それはあんたの在り方だよ。袖引」

 

 私が全てを口にする前から、全てがお見通しだったとばかりに瓢箪をどん、と置きこちらへ顔を向ける伊吹様。その様相は、まさしく古強者を想起させるような威厳を放っており、思わず震えが来てしまいました。

 こんな相手によくもまあ五体満足でいられたな、なんて自分の頑丈さに感心しつつも顔を伊吹様の方にしっかりと向けました。

 しばらく無言で向き合う私達。威厳を放つ伊吹さまの姿を見ているだけで、だんだん目の前が霞んで来るくらいにとんでもない威圧感が放たれており、もう私、たじたじでございます。

 

 そんな圧力の檻がいつの間に開けたのか、一口含みきゅぽんと瓢箪から口を離す伊吹様。いつの間にか威圧感は晴れ、その顔はけらけらと笑っており、そのまま口を拭い、楽しそうに一言口にしました。

 

「虚仮の一念岩をも通す。ってね。あんたの在り方は嫌いだが、お前の考えと根性は買うよ」

「へ? それはあの?」

「もし、何か起こすんだったら呼んでね。からかいに行くから」

 

 突然の態度の移り変わりについて行けず、置いてけぼり状態の私をからかう様に、つんつんとおでこを突っつく伊吹様。

 そんな押されたおでこを抑えつつも、頭はもう疑問符だらけ。いつもの事ながら、突然の出来事は手も足も出ませんね。ごーごーと流れる現状をただ困惑しつつも、受け入れるしかありませんでした。

 何も反応しないままでいると、伊吹様は私の様子を見て首を傾げました。 

 

「何、目丸くしてんの? ……もしかして、驚いてる?」

「えぇ、その通りで。いまもどう反応してよいものやら……」

「ぷっ、あはっはははは。あー駄目だこの子面白い」

 

 ついには、腹を抱えて大笑いしてしまう始末。お酒が入っているとは言え、ここまで変貌するなんて思いも寄らず、誰かが化けているのかと勘ぐってしまう程。

 でしたら、あの時の恐ろしい態度……いえ、今も恐ろしい事は恐ろしいのですが、そうでは無く。人里を攻めようとしていたり、私に対して激しく辛辣な、あの態度は何だったのかと思ってしまいます。

 流石にそんな不満をそのままぶつける訳にもいかず、少し遠回りのような形で問いかけました。

 

「あの……あの時の事は怒っていないのですか?」

「あの時の事?」

 

 伊吹様は首を傾げ、あぁと一言。

 

「私に喧嘩を売った事かい? そりゃ、弱すぎてイラっと来たけど、別に怒る程の事でもないよ? あんときは丁度酔いが切れていてねぇ。ま、運が無かったね」

「……へ? あの、人里の侵攻は? 略奪は?」

「あん? なんの話だい? もしかして、私が人里を攻めるとでも思ってた?」

「……あれ?」

「え、もしかして図星? ……ぷふっ」

 

 ど、どうしましょう。あの誰か、誰か、このこっぱずかしい妖怪をこの世から一時的に抹消出来る方は。あの、あの。

 えぇ、もう酒のせいだなんて通用しないくらいの赤っ恥。すぐさま耳まで赤く染め上げられ、これ以上無いって位に真っ赤っか。更に赤く出来る所を探し回っているようにすら感じてしまいます。すぐさま穴があったら入りたいどころか、埋まってしまいたい程。あぁ、恥ずかしい。

 

 羞恥でぷるぷるとしている私を見て、伊吹様またもや大笑い。あまりにも笑いすぎて、むせ返っている始末。

 げっほげっほ、とむせ返れば、何事かと集まって来る周囲の方々。霊夢さんやら、紅魔館の皆さん等々見知った顔に見られ、更に顔が熱く染まり上がります。

 

「いやー、だからか! だからあんな台詞を。いや、あれは良かったよ。だって私が袖引を気に入ったのそこだもん!」

 

 もうげっほげっほと笑い転げながら、背中をばしんばしんと叩かれ、もう羞恥と痛みで何が何やら。分かるのは今すぐにでも布団に潜り込んでしまいたいのと、痛い位の周りの視線のみ。

 なにやら気に入って貰える、貰えないのお話が聞こえた気も致しますが、そんなのはもう気になりません。あるのは羞恥ばかり。周りも少し優し気な目をしているのが、余計に堪えるのです。

 そんな火照った身体や頬を見ない様にとあえて周りを見渡します。すると、取り囲む顔の中に魔理沙さんの顔が見えない事に気がつきました。

 

 恥ずかしさも冷めやらぬ真っ赤な顔のまま、そのことを霊夢さんに問いかけると。

 

「あぁ、魔理沙ね。今回は欠席。今回は出ないってさ」

「彼女は、その……そっとしておいて下さいな」

 

 霊夢さんに話を聞いている最中に、咲夜さんがひょいと出て来て話掛けて来ました。

 

「……? どういうことです?」

 

 当然聞き返しますが、霊夢さんも、咲夜さんも苦笑い。そんな中、酔いも最高潮に回ったのか、ご機嫌限りの伊吹様が、けらけらと笑いながら割り込んで来ました。

 

「あぁ、魔理沙ね。あれも熱かった! いやーなんたって……」

「ちょっと、萃香」

「えー、いいじゃん。本人に聞かせてやりなよ」

 

 霊夢さんが慌ててたしなめ、伊吹様もぶーぶーと言いつつ口をつぐみました。

 もちろん、そんな態度が気にならない訳もなく。

 

「何かあったんです?」

 

 と、聞き出しますと、伊吹様はにやりと口を吊り上げ、話始めました。

 

「何かあったってもんじゃないよ。私が魔理沙をのしたのさ」

「……魔理沙さんを、あなたが?」 

「今回の欠席もそういうことなんじゃないかな?」

 

 聞き捨てならぬことを聞いた気が致します。どうやら今回の欠席は目の前の鬼さんから受けたものが原因な様子。……なにやら、咲夜さんと霊夢さんがこそこそと、絶対違うよね、なんて事を言っている様な気もしましたがきっと気のせいでしょう。

 まぁ、あれです。妖怪退治なんて危険な事をすれば、怪我だってするでしょう。弾幕ごっこだって安全だけのものでもありません。女の子なのにそんな危険な事を、なんて今更な言葉でございますし、言うつもりは毛頭ありません。

 しかしながら、そんな理屈とは別にふつふつと、腹の底から湧き上がって来るものがあるのです。宴会に出られない程の怪我をさせるなんて、駄目です。理屈とは別に許されないのです。

 ニヤリとしている萃香さんに、私は問いかけました。

 

「魔理沙さんが宴会に来れない原因は、あなたですか?」 

「あぁ、そうだね。私が原因なんじゃないかな」

「……許せません。魔理沙さんをそんな状態にするなんて」

「じゃあ、どうする?」

 

 

 表情を崩さない萃香さん。先ほどからニヤリニヤリとしている顔を歪ませてやります。先程の仕返しとばかりに、私は萃香さんのおでこをつんと触り、こう突き付けてやったのです。

 

「弾幕ごっこで、勝負です」

「いいねぇ、そう来なくっちゃ」

 

 相手が誰だったのかも忘れ、ただただ感情に任せて空へ浮かび上がります。いえ、きっと誰かだと分かっていても、私は挑んだのでしょう。お友達を傷つけて黙っていられるほど、私は気が長くは無いのです。

 

 空に浮かぶと、地上からはやんややんやと大喝采。流石幻想郷といいますか、お祭り騒ぎは大の好物な様で皆様思い思いに歓声を上げております。その中には私を応援して下さる声もあり、なんだか舞い上がってしまいます。

 そんな私を追うように、瓢箪片手に浮き上がって来た萃香さん。表情は崩さずに楽しそうな笑顔のまま、こちらに問いかけて来ました。

 

「その無謀な所、私、好きだなー。そうそう、始める前に一つ聞いてもいい?」

「……何でしょう?」

「例えば、今回のが魔理沙じゃなくて他の仲のいい奴だったらどうしてた?」

 

 そんな不思議な問い掛けに、首を傾げますが。ふわりと小傘ちゃんや、普段の仲のいい方たちが怪我させられている所を想像し、即座に答えは出て来ます。

 

「当然、同じ事をしますね」

「……まだ、遠いねぇ。魔理沙」

 

 何かぼそりと呟き、その後、まぁいいやと納得したのかこちらに向き直る萃香さん。

 

「じゃあ、やろっか弾幕ごっこ。今回は気張ってよ?」

「当然です。その笑顔歪ませてあげますとも!」

 

 そんなこんなで始まりますは、弾幕ごっこ。またもや挑みますは鬼の萃香さん。えぇ、いつの間にか敬意なんて吹っ飛んでおりましたとも。

 萃香さんも、もともとは肉体派。美しさを競う弾幕ごっこであれば勝ち目はある筈なのです。しかも今回は前回よりも酔っている様子。今回でしたらもしかすると、もしかするかも知れません。

 

 なんて、酒の熱と義憤に駆られ舞い上がった気持ちと身体。あとは相手に思いの丈をぶつけてやるだけなのです。

 

 さて、始まりますのは弾幕ごっこ。今回はただではやられません。なぜなら、弾幕ごっこ前に萃香さんに触れる機会がございました故。最初から能力を発動出来ちゃったりします。

 

 ふっ、これはもう仕返し出来たも同然。後は機会を見て能力を発動させるだけなのです。

 

 と、いうわけなので、次回はきっといい気分な場面から始まるのです。間違いありません。

 

 そんな訳で、今回ここまで。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 




ネタバレ 相手は萃香


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春と夢だよ 袖引ちゃん

読んで下さってる皆様、本当にありがとうございます。

お礼を述べたかったので、この場を借りて言わせて頂きました。


 さて、ひゅんひゅんと飛び交う弾幕は空を彩り、宴を盛り上げる。傍から見ればやはり相当綺麗なものでございます。えぇ……傍から見る事が出来たのなら。ですが。

 空に咲き誇る花火ですら近づけば火の塊。綺麗な物ほど不用意に近づいてはなりません。そんな事を只今実感しております。

 

 では引き続き、酔って暴走した愚かな小妖怪の小話を。

 

 私、韮塚袖引 弾幕ごっこしております。

 

 

 さて、私くらいの身長でありながら、アリと山くらいには格の違う萃香さんに、勢いのまま喧嘩を吹っ掛けてしまった私。今にも震えが来てしまいそう。しかしながら、私、後悔はしておりません。なぜなら、彼女は魔理沙さんを傷つけた。あまつさえ宴会に来れないような大怪我さえ負わせたというのです。

 

 そんなの絶対に許せないじゃないですか。

 

 と、いう訳なので、心もとない秘策を持ちつつ空へ浮かび上がった次第でございます。向こうは向こうで、肩をぐるぐると臨戦態勢。酒の席の一興とでも思っているのか、先日の果てしない絶望感は感じられません。……まぁ、果てしなくないというだけで、絶望感はひしひしと肌やら脳やらを駆け巡っているわけなのですが。

 そんな震えを、お酒やら、憤りやらで打ち消しつつ始まりますは弾幕ごっこ。前回のにっちもさっちもいかなかったあの結果を塗り替える機会が訪れたのです。

 

「そろそろいいかい?」

 

 下ではやんややんやと喝采が上がり大熱狂。そんな声に紛れつつ萃香さんが、やろうか、と手の平をちょいちょい。そんな挑発に乗るように私も言葉を返します。

 

「えぇ。──では、行きますっ!!」

 

 それを言い終わるが早いか、私はびゅんと弾かれた矢の様に飛び出しました。弾幕を展開させつつ一直線に萃香との距離を詰めました。萃香さんもぽつぽつと弾幕を飛ばしておりますが、私が何をするのか興味があるのか、避けられない程ではありません。

 そして、一気に切り札(スペルカード)を切りました。

 

「えい、夕符『逢魔が時の童歌』」

 

 現在では、暮れ六つの鐘の代わりに、歌が流れるそうで。そんな情景を弾幕に……なんて言っている暇はありませんでしたね。ともかくとして、私を中心に波状に広がっていく弾幕を展開しました。近寄ったのは弾幕の密度がそちらの方が高いからですね。

 しかし、当然ながら百戦錬磨の鬼の方。すいすいと余裕の表情で躱していこうとしております。しかししかし、それ位は私も予測済み。だからこそ、私は()()を発動したのです。

 

 そんな事も知らずに、萃香さん楽しそうに弾幕を飄々と避けており余裕の表情。ふふふ、これならば成功すると確信出来ます。いえ、むしろ勝ったと言ってもよいでしょう! そんな事を思いつつ、右手をぐいと引きました。

 丁度、萃香さんが余裕の表情浮かべ声を掛けて来ました。

 

「へぇ、私に接近戦? 度胸あ──なっ!?」

 

 一瞬にしてそんな余裕のあった顔が驚きで染まったのです。なぜなら、萃香さんの身体が弾幕の方にいきなりぐいぐい吸い寄せられていくではありませんか!

 

 えぇ、何を隠そう私の能力です! 普段は触れることが叶わなければ発動すら出来ない能力ですが、今回ばかりは弾幕ごっこの前に萃香さんに触れております。故に能力を萃香さんに行使できました。

 いくら萃香さんであろうと、この能力は予想出来ますまい。弾幕にあたってもらって私の勝利です。えぇ、勝てるのです。知識とちょっとのズルさえあれば勝て……あれ?

 

 先ほどからぐいぐいと引っ張っているのですが、なかなか思い通りにいきません。ぐいぐいぐいと引っ張ろうが、当たってくれる気配すら。それどころか楽しみが増えたとばかりに、嬉々として躱す大妖怪さんが目の前に一人。……え、あのちょっと。

 

 みるみると顔が青ざめていくのが、鏡を見なくとも丸わかり。困った事に、次善の策など思いつく訳もなく。ただ、弾幕が消えるのを待つだけでした。

 弾幕終わってみれば、いい汗かいたと言わんばかりのお顔と、青空よりも青い顔した顔が対面しております。

 そんな血色の良い方は、ぷかりぷかりと浮きつつ瓢箪を一煽り。

 

「ふぅ、なかなか危なかったかもね。私がそっちの能力を知らなかったら、だけど」

「知らなかったら……え? ……あっ!?」

 

 

 そそそそ、そうでした、もう見せているではないですか。私のちんけな能力はもうあの時に見せているではないですか!! 

 酒が入っているとは言え、憤ってたとは言え、すっかりさっぱりと先日の事を忘れていた私。そんな愚か者をもう、どうしたものやら。恥ずかしいというよりは、あまりの間抜けっぷりに、がくんと膝から崩れ落ちてしまいそうです。まぁ、膝つく場所なんてどこにもありませんが。

 ともかくとして、情けない限りの醜態を晒してしまい、もう力尽きてしまいそう。

 しかも、下から聞こえて来る歓声に見られていたことに気づき、青い顔が一瞬にして真っ赤か。火鉢でもここまで早く赤くなることは無いでしょう。

 

 情けないやら、恥ずかしいやらの板挟みにして、目の前には立派な角の大妖怪。さて、次はこっちの番かな? なんてのたまっている始末であり、彼女がちょいと本気を出せば、私なんぞ儚く消えてなくなってしまうことでしょう。

 現に弾幕の厚みは増し、避けるのがだんだんと難しくなっていきました。秘策を失った私ではどう足掻こうが対処出来ない力の差。それをまじまじと見せつけられた気分です。

 こうなった場合、弱小妖怪の私のやる事なんて一つです。全てを投げ出して許しを請うのです。そうしてしまえば、少なくとも余計な傷は負わずに済む事でしょう。まずそうすべきなのです。 

 

 ……まぁ、諦める気持ちなんて、どこにもありませんが。

 

 恥ずかしさで茹る顔を極力忘れる様にしつつ、気合を入れなおし、ギン、と相手を見据えます。

 見えるのはどう足掻いても勝てそうにない大妖怪。けれど一矢報いたいじゃないですか、友達を傷つけられて黙っていたくないじゃないですか。私がどうなろうと、これだけは絶対にやり返したいのです。

 

 だからこそ、無理と感じる弾幕ですら切り抜けようと心に決め、弾幕を散発的にしつつ回避を試みます。通常弾幕にして膨大な量。切り札が来てしまったら……なんて考えたくもありません。

 

 しかしながら、だらだらと弾幕ごっこを続けられる訳も無く。天高く萃香さんは札を掲げました。

 

「じゃあ、いくよ。袖引!」

 

 切り札の宣言が果たされようとしておりました。発動なんてされてしまえば、私は……いえ、絶対に避けきるのです。

 そう心で宣言しつつ、萃香さんをしっかりと見ました。蜘蛛の糸の様な、僅かな可能性を引き寄せる為に。

 

「鬼火『超高密度燐禍術』!!」

 

 

 火の弾幕が大波の様に押し寄せて来ます。上へ下へ、必死に避けますが、次第にじゅっとと掠める回数が多くなっていきました。火傷がひりひりとし始め、熱が体力を奪っていきます。

 もうダメなのか、なんて思いそうになる度に必死に弾幕に喰らいつき、一個一個乗り越えていきました。

 

 きっと私以外には一瞬の時間。されど、私には永遠に終わらないのか、なんて弱気になってしまう程に長い時間を抜け、ようやく、弾幕の雨を抜け切りました。

 

 抜けた先には、萃香さんが目をまんまるにしている姿。

 

「本当に驚いた。いや、まさか、これを抜け切るとは思ってなかったよ」

「ふ、ふふふ、どうです? 私とて、これ位は出来るのです」

 

 ひりひりと痛む身体を抑えつつ、背一杯の虚勢を張りました。そんな態度に萃香さんは満足げ。にやりにやりとしつつも、新たな札を掲げました。

 

「ほんと、根性あるよねぇ。ま、次で終わりかな?」

「……っ、それは……!」

 

 次なんて来たら、本当に受けきれません。そのまま墜落は必定と言えるでしょう。しかし、ここで、ここで終わる訳にはいかないのです!

 向こうが弾幕を展開するのなら、せめてやり返すとばかりに、こちらも弾幕を展開し返そうと画策します。弾幕ごっこは美しさが命。なれば、ぶつかり合いはとても美しいものとなるでしょう。

 そんな直撃覚悟で、萃香さんに合わせ口を開きました。

 

「さぁ、受けてみるがいい! 本物の鬼の力ってやつを!」

「くっ、引符『押して駄目なら、引いてみろ』!」

「おいおい、相討ち狙いかい? 符の壱──うわっ!?」

 

 その時です。萃香さん目掛けて、地面から紅い稲妻が迸りました。すんでの所で萃香さんが回避すると、その物体は物凄い速度で空へと駆け上がって行く何か。

 怒りを隠そうとしない萃香さんがばっ、と下を睨みつけます。するとレミリア様が、何かを投げた格好を隠さないままに、白々しく言葉を発しました。

 

「あら、手が滑ったわ」

「おい、コウモリもどき。またボコボコされたいのかい?」

「私は吸血『鬼』だって言わなかったかしら? それよりも、前、見た方がいいんじゃない?」

「……あ」

 

 萃香さんが口論に夢中になっている間に、私の発した弾幕が目前にまで迫ります。流石に萃香さんと言えど、ギリギリであったようで身を捻って躱しました。

 

「あっぶなぁ……」

「逃しません!!」

 

 ひと悶着ありましたが隙は隙。これを逃す手は無いと、全力で弾幕を()()()()()()()

 

 彼方へと飛んでいった弾幕を引き戻す事により、萃香さんの背中に弾幕が飛来。ほっと一息をついていた間隙を見事に狙えたようで、避ける暇も無く、遂に直撃しました。

 そんな光景を見届けたのにも関わらず、私は半信半疑。そんな状態から確信に繋げたいが為に、ぼそりと呟きました。

 

「はぁ、はぁ……あ、当たった?」

「うわちゃー……まさか負けるとはねぇ」

 

 そして、弾幕が消え残滓の中から頭を掻きつつ登場する萃香さんを見て、ようやく確信がじわりじわりと沸いてきます。そんな実感を噛みしめるように言葉をぽつりぽつり。

 

「か、勝ったの……? 勝ったん、ですよね?」

 

 じわじわと喜びが舞い込んでくる中。拍手の音が舞い込んで来ました。というか、一部は大穴だーとか、儲けたとかの悲鳴も聞こえたり、聞こえなかったり。

 

 もうへなへなとへたり込みたいくらいの心持ちで勝った、勝ったといっておりますと、耳元から声が。

 

「そうそう、おめでとう」

「わっひゃあ!?」

「邪魔が入ったとはいえ、勝負は勝負。お見事だ」

 

 すぐ隣を見ると、先程までの傷はどこへやら。不自然に綺麗な萃香さんが隣にいらっしゃいました。

 

「え? あの、お、お綺麗ですね?」

「それ褒めてるのかい? まぁ、いいや。しかし大したもんだよ。散らしてたとはいえ勝っちゃうなんてね」

「散らす?」

 

 私が疑問符をたくさん浮かべていると、説明して下さる萃香さん。萃香さんの能力は疎と密を操る程度の能力だそうで、今回はその力を使い私に合わせて下さったとの事。

 それを聞いてもう、色々と脱力してしまった私なのですが、なんでそんな事を、と最後の力振り絞り聞いてみると、萃香さんはこう答えました。

 

「え? 本気出したらすぐ終わっちゃうじゃん」

 

 もうその時点でどっ、と疲れ押し寄せまして。へなへなへなと地面へと降り、ぺたんと座り込みました。

 すると近寄ってくる見知った方々。お疲れ様と言いつつ、酒を注ぐ姿はいつもの事ながら安心してしまいます。

 

 アリスさんやら、咲夜さんに治療を受けホッと一息。

 そして、空では降りてきて即口論に発展したレミリア様と、萃香さんが、本気の弾幕ごっこを繰り広げ、注目は一気にそちらへ。

 お二人ともまぁ、激しい弾幕を繰り広げ、目が回ってしまいそう。そんな弾幕を肴にしつつ、霊夢さんに先ほどのレミリア様の槍の件を聞いてみると、こんな回答。

 

「別に邪魔しちゃいけないというルールは無いわ。みんな空気を読んでいるだけよ」

 

 そんな回答を聞いている内に、いつの間にか、萃香さんとレミリア様の弾幕ごっこも終わっており。萃香さんがこちらにやってきました。

 そしてこちらの顔を見て、悔しさがだんだんと沸いてきたのか、頭をがしがしとしつつ地面を踏み鳴らしました。

 

 

「あーもう、あのコウモリもどきにしてやられた、ってのもあるけど。袖引に負けるなんてぇ」

「さっきの態度はどこに行ったのよ。結果は結果でしょ。受け入れなさいな」

「負けて悔しくないはずないだろぉ!」

 

 霊夢さんがそんな萃香さんをめんどくさそうにあしらっていると、くるりと萃香さんがこちらを向きずんずんと近寄ってきました。

 八つ当たりされるのでは、と身をちょっとだけ引きますが、そんな事はお構い無し。そのまま首根っこ掴まれズルズルと引きずられていきました。

 

「うーがー、袖引、来い! 呑むぞ!」

「え? あの、ちょっと!?」

 

 

 まぁ、そんなこんなで管理者からも反則ではないなんてお墨付き頂き。手加減されていたとはいえ勝ちは勝ち。見事に悔しがらせる意趣返しが完遂できました。

 

 え? この後の事? 気が付くと、いつものお布団の中でございました。

 しかも、青あざがいくつか増えており、しばらくその痛みが続くようなものばかり。ほうぼうに何があったのか聞き回りましたが、皆優しい笑顔で首を振るばかり……本当に何があったのでしょうか。

 

 そんないててと、身体引きずる所でこの異変は終わりを告げました。色々と後が残りそうな異変でございましたが、蓋を開けてみれば、名残雪のようにいつの間にかきれいさっぱりと消えており、夏を迎える事となりました。

 

 

 しかしながら、いつまでも刺さっている棘は抜け切れず。また、見えぬものは見つからず。

 まるで夢のように過ぎ去った春は、霞んでしまった何かを想起させる事には、なりえませんでした。

 

 

 

 

「と、いう訳です。こんな感じで萃香さんと仲良くなりました」

 

 そんな事を話終えると、皆反応は様々。目を丸くしたり、楽しそうだねーと笑っていたり。

 

「毎回こんなことやってるの?」

 

 そんな中聞いてきたのはわかさぎ姫さん。その質問に、えぇ、そんな感じですと返しますと、わかさぎ姫さん苦笑い。

 そんな様子を見つつ、酒傾けながら影狼さんはこんな風にまとめました。

 

「結局さー、袖ちゃんが自爆を繰り返したってお話だったよねー」

「うっ……だから、話したく無かったんですよー」

 

 カラカラと笑い、酒を傾ける影狼さん。そんな雰囲気になったのか、皆さんひとしきり笑い別の話題へ。

 長話終え、思い思いに、お酒を傾け存分に楽しんでおりました。そんな中、小傘ちゃんが、少し心配そうな顔が目に止まりました。

 

 折を見て、皆から少し離れた場所へ。

 

「……大変だったね」

「そうですねぇ、ちょっと大変でした」

 

 わいのわいの、とやっている中、少し離れて月を見上げる私たち。まんまるなお月様は少し雲が掛かり、光を陰らせております。

 

「袖ちゃんは……」

「? なんです?」

「あっ、いやいや何でもない!」

 

 何かを言いかけたみたいですが、結局何も言わずに手をバタバタさせる小傘ちゃん。何だったのでしょう?

 

 そんな事をしている内に、首だけの蛮奇さんに見つかり、くるくると引っ張り戻されました。

 さて、そんな事こそございましたが、楽しい時間はあっという間。楽しくお酒を楽しんだ後にはお開きをと、わかさぎ姫さんと別れ、家路を歩いております。

 

 草木も眠る丑三つ時。静まり返った闇の中に、四人の妖怪がぶらぶらと。ちょっとした百鬼夜行ですね。なんて思ってみたり。

 さわさわと夜風を感じつつ、気が付いたら分かれ道。まずは小傘ちゃんが別れ、次に影狼さんと言った所でちょいちょいと手招きされました。

 とりあえずついていく事にしようと、一緒に帰るはずの蛮奇さんに振り返る。すると、察している、と言わんばかりに、じゃあまたね、とふらふらと闇の中に消えていきました。

 やたらの察しのよさに首を傾げますが、とりあえずは影狼さんの元へ。

 

 

 さて、そんなこんなで影狼さんと二人で夜のお散歩。月が儚く照らす道をてくてく歩いております。

 

 何となく話掛ける雰囲気でもなく、月夜の風景を眺めつつ、酔いをじんわりと感じておりました。すると、影狼さんが顔を向けぬまま、こちらに話掛けて来ました。

 

「袖ちゃんはさ……」

「はい?」

「喧嘩っぱやい!!」

「はい!?」

 

 ずびし、とそんな事を言われ思わず固まってしまいます。いえ、そんな事は……ないはず、ですよね? 

 そんなずびし、と指付きつけた影狼さんはコホンと咳払い。

 

「あぁ、いやいや違った、違った」

「え? あの?」

 

 そんなくるくる変わる態度に驚いていると、やり直しとばかりに、二度目の言葉。

 

「袖ちゃんはさ、何か、抱えてるのかもしれない」

「あ……」

 

 少しだけ、少しだけ予想していたような、そんな言葉。話すと決めてから、きっと口に出して聞かれるだろうと思っていたあの記憶。

 ぎゅっと、胸の前で拳を握りました。影狼さんの次の言葉を静かに待ちます。

 ちょっと相談したんだけどね。と前置きをしてから、影狼さんは続きを述べました。

 

「それを、私たちはね」

「はい……」

 

 どう、答えたものでしょうか。どう、言うべきなのでしょうか。私が元々は()()であっただなんて、どう、言えばよいのでしょうか。

 心の中で言葉が、ぐるぐると回り始めます。受け入れてくれるのか、変わらないでいてくれるのか、不安が胸の内でとぐろを巻いております。

 そんな中、影狼さんが言葉を続けました。

 

「聞かない事にした!」

「………え?」

 

 飛び出したのはそんな言葉。予想外というか、悩んでいたのは何だったのかとか。色々な言葉がぐるぐる回る中。影狼さんはこう言いました。

 

「だからね、みんなの前でいつか話せる日まで待つことにしたの」

「待つ?」

「そ、私達妖怪なんだし、百年くらいなら待てるでしょ?」

「……ありがとう、ございます」

 

 じわり、と滲んだのは果たして涙だったのか。目元が少しだけ熱くなり、夜風がそれを冷ましていきます。

 どうしてなのでしょうか、どうしてここまで、こんな私に優しくしてくれるのでしょうか。そんな言葉がふと、浮かんで消えていきました。

 目元をぐしぐしと擦りつつ、その後もぽつりぽつりと話した所で、影狼さんとお別れ。なんて事にはならず、泊ってく? の一言から影狼さんの家でお泊まりな流れになりました。

 

 久しぶりに誰かと眠る、なんて事をしており一日が終わっていきます。

 暖かい、なんて溢した春の夢。二人分の布団寄せあい、ぐっすりと次の日まで眠る事が出来ました。

 

 

 さて、そんなところで今回はここまで。

 ゆったりとした春は終わり、次は夏の季節。の前に少しだけ思い出話を。

 ゆらゆらとした夢も、春の霞もいずれは散っていくもの。忘れられた鬼が現れたように、きっといつか──

 

 

 

 ではでは、()()続きお楽しみ下さる事を願っております。

 

 おやすみなさい。



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袖引の寄り道 小傘の場合

 今回は本編にほぼ関係のないお話です。
 また本筋にも関係しないお話ですので、こういうルートがあったかも知れないという体でお読み下さい。

 また原作キャラとの恋愛描写がございます。苦手な方は飛ばして下さいませ。


 さて、今回は本筋離れて、ついでに本来無かった道を少しだけ覗き込む。すると面白いお話がたくさん転がっていたのでした。

 

 そんな、あったかも知れない。ないかも知れない。そんな狭間なお話です。どうか与太話として一つ。

 

 

 

 人里にある、人のいいお爺さんが経営する甘味所、甘灯茶屋にて小傘ちゃんに呼び出しをされた私。いつもが如く薄暗い席にて、思い思いのお菓子をつついております。

 世間話をちらほらとしておりましたが、何故だか、少しだけ上の空のようなそんな気配が伝わって参ります。

 これでも長い付き合いですからね。何だかんだいって伝わるものは伝わるのです。気になった事はとりあえず聞いてみるに限ります。

 

 さてさて、どうしましたか? では芸がありませんね。なんと聞きましょうか。そうですね、小傘ちゃんも私も花も恥らう女の子。ここは一つ、がーるずとーくらしく行ってみましょうか。

 

「恋の悩みです?」

「え? うーん」

 

 何故か、驚いたような表現を浮かべた後首をかしげる小傘ちゃん。

 

 首をかしげる姿も、様になってるなーなんてぼんやり眺めておりましたが、小傘ちゃんはなんと言うか悩んだようで、あーとかうーんとか繰り返しております。

 

「そんなに話辛い事です? でしたら別の話題を」

「あ、違う違うんだよ、話しやすいというか、一番話したいというか」

 

「でしたら、是非是非」

「うーん、そうだなぁ。あのさ、袖ちゃん。最初に会った時のこと覚えてる?」

 

 なんでそんな話になったのかと、こちらも首を傾げつつ記憶を引っ張り出します。

 

「よく覚えてませんが、確か雨の中で出会ったんですよね?」

「そうそう、ずぶ濡れだったんだよ?」

 

「ずぶ濡れ……よく覚えてないですねぇ……」

「まぁまぁ、そんなんだから私の家まで引っ張っていったの」

「私を引っ張るとは、ふふふ、さすが小傘ちゃん」

 

 なんだか可笑しくなってしまってくすくす笑っていると、小傘ちゃんは頬を掻いて。

 

「笑い事じゃなかったんだけどなぁ」

 

 と、呟き、そのまま小傘ちゃんは続けました。

 

「まぁ、いいかぁ。ちなみにその後、裸になったことも覚えてる?」

「……はい?」

 

 何か凄い事を聞いてしまったのですが、全く覚えておりません。……え? 本当に本当です?

 

「覚えてないならいいやー」

 

 そう言い、ペロリと舌を出す小傘ちゃん。ふふんと優越感に浸っている様子は大変愛らしいものですが、聞いた話が聞いた話なだけに、そのまま聞き流すなんて事は出来ません。

 

「あの、あのあの。どうして裸に……いえ、というよりも何故そんな事に……」

「んーこれはねー、あ、大丈夫だよ変な事はしてないから!」

 

 短い髪揺らし、実に楽しそうな表情な小傘ちゃん。ときおり見せる、私を翻弄せんとするこの表情。今回ばかりは負けられませんと気の無いフリを決め込みます。

 

「ふ、ふん。ま、まぁ良いです。そんな事より……」

「今でも思い出すなぁ、袖ちゃんの裸」

「ごふっ!?」

 

 思わずむせ込んでしまいました。もうそれはげっほげっほと、そのまま涙目で小傘ちゃんを見遣りますと、冗談冗談、なんてけらけらと笑います。

 滅多に他の所で見ることが出来ませんが、時折こうして翻弄してくる親友さん。

 驚かす妖怪の本領発揮というかその揺さぶりは中々のもので、いつも私が振り回している分、ぶんぶんと振り回されます。私だけ、という点に特別感を感じなくもないのですが。そんな事より……

 

「あの、そろそろ本題に……」

「えっ、あ、そうだね! えーと……」

 

 もう、裸の件は諦めました。もう全く気になりませんとも! ……気になりませんとも!

 そんな事を自分に言い聞かせつつ、はぐらかされている気がする本題へ。親友の悩みともあれば、黙まっておりませんとも!

 小傘ちゃんは少し悩み、よしと頷いてから話始めました。 

 

「あのね、今ね、好きな人が居るんだ」

「おぉ、誰です誰です?」

 

 懸想している人がいるなんて聞き思わず身を乗り出します。女子たるもの恋話はいつの世も、切って離せる事は無いのです。

 そんな私の乗り出し方に、えへへと笑いながら答える小傘ちゃん。

 

「その子はね、いつも近くにいてね」

「ほうほう」

 

 その子ということは、年下でしょうか、或いは子供のような子なのでしょうか。もしかして里の子ですかね。想像が膨らみます。

 

「でね、とっても優しい子なんだ」

「それはいいですねぇ」

 

 ふむふむ、優しい子でしたら小傘ちゃんを預けても問題ないでしょう。ちょっぴり寂しい気もしますが、それは自然の摂理、仕方の無い事です。

 小傘ちゃんは、続けます。

 

「その子ね、いつも頑張ってるから支えてあげたいなって」

「おぉ、良妻発言ですねぇ」

 

 さすが、小傘ちゃん。私の自慢の親友です。何処に出しても恥ずかしくの無い……。ふむ、何故か親の様な感覚になってしまいますね。

 そんな当の小傘ちゃんは、何故かため息を吐き、水を口に含みます。そして何事か呟いた後、私に向き直りました。

 その表情は真剣そのもの、そろそろその子とやらの名前が来るぞ。なんて身構えました所、小傘ちゃんが言葉を発しました。

 

「あのね、私はね。袖ちゃんの事を言ってるんだよ?」

「ほうほう私の事……」

 

 私の事とはあれですかね、私の事とは……あれ? えーと、今何を話していたのでしたっけ? 確か小傘ちゃんの思い人の事を話していたはず。そのはずです。

 で、小傘ちゃん曰く、私の事と。

 

 ふむふむ、ふむふむ……とりあえず落ち着く為に水を飲みましょう。飲みましょう。

 少しばかり震える手で、湯飲みをとり口へ含み……

 

「え、えぇえぇぇええぇぇえぇ!?!?」

 

 がぼがぼと、盛大にせき込む事になりました。

 

「えへ、驚いた?」

 

 何故か、楽し気な小傘ちゃん。困ったことにこう意識すると直視できないというか、そう言う目で見られていたのかとか、喜んでいる自分がいるなとか、ぐるぐるぐるぐると頭が回転を続け、私に落ち着く暇を与えません。

 

 そんな考えがまとまらず、あうあうとしておりますと、小傘ちゃんが手を伸ばしてきて、思わず声を上げてしまいました。

 

「ひゃっ、な、なにを」

「拭こうかなって。むせてたし」

「え? あ、そ、そうですよね! で、ではおねがいします」

 

 口をずい、と出しますが、拭いてもらうという行為に恥ずかしさが同居しておりまして、その恥ずかしさは満点。

 しかしながら今更断る事も出来ずに、赤面したままもじもじと、悶えるような時間を味わい、ふきふきとふき取って貰うのでした。

 

 終わったころには、顔は湯だっている所の騒ぎではありません。もうへそでは無く、顔で茶が沸かせてもおかしくはない位にはしゅうしゅうと煙を上げております。

 拭いてもらった後、私はしばらく返答する余裕が無く、小傘ちゃんもこちらの返答を待つかの如く黙ってしまい、変な沈黙が空気を支配してしまいました。

 

 時間が経つこと数分。いまだ返答すら出来ぬ私は、とりあえずの突破口と世間話を持ち掛けようとしました。いえ、正確にはしようとしたんです。

 しかし、何かにつけて話そうとするたびに他人の口から借りてきたもののように、うんともすんとも言えず。もうどうしたものやら。

 いつもの小傘ちゃんとなら、いつも小さな話題を見つけては、それについて小一時間程話す。なんて簡単に出来ますのに。今回ばかりは上手く言葉が出てきません。

 様子を伺わんとばかりに、小傘ちゃんをちらりと見つめました所、こちらを微笑みながら見つめておりました。その頬には赤みが少しかかり恥ずかしがっている事が分かります。

 

 そうです、小傘ちゃんだって勇気を出してこの事を告げてきた筈なのです。逃げるなんて選択肢ははなからありません。

 私だって小傘ちゃん大好きですし、意識をした瞬間に顔を直視できなくなる位の惚れこみ度。きっと素敵な事なのでしょう。

 

 しかしながら、すぐさまに、はい、とは言えず、その間隙を見つけたのか、するりと私の心の暗い影がひそひそと囁きました。このような私でいいのか、と。それは隙間風の様にすぅと通り抜け、私の心の熱を奪い、頭を冷やしていこうとしていきました。

 

 けれど……けれど、不安を振り払うように、もう一度だけ小傘ちゃんの顔を見ると、ん? と首を傾げる小傘ちゃん。先程から何も話していないのに、ずっと待ってくれている小傘ちゃん。私を信頼しているのか、それとも私を本当に、好きでいてくれるからなのでしょうか。

 

 その考えが浮かんだ瞬間。とくん、と心臓が跳ねた気がしました。鳥肌が立ち、景色が広がった様に感じます。

 

 あぁ、これがきっと、恋、なのかもしれません。相手を愛しいと思う気持ち。相手を信頼する気持ち。不安すらも期待に変えていけるような、そんな不思議な力を持った熱い塊が、すとん、と私の胸に収まった気がしました。

 理屈ではない感覚のような何かが、心の影を打ち消していき、そのまま返答する力に変わっていきました。 

 

 私はゆっくりと口を開きます。間違えないように、伝わるようにしっかりと。

 

「お待たせしました、小傘ちゃん」

「うん」

 

 小傘ちゃんから返ってくるのはその一言のみ。ですが、その言葉は裏打ちされた信頼と共に私の背中を押していきました。

 

「私は……いえ、私も、小傘ちゃんの事が大好きです。不束者ですが、どうか末永くお願いします」

「……ありがとう、袖ちゃん」

 

 その返答を聞き、胸に温かい気持ちが広がっていきました。安心とも、充実感とも違うその感覚。なんとも言えませんね。

 ただ、微妙な空気になってしまったのは否めず、転換とばかりにそそくさと会計済ませ二人でお外へ。

 

 

 表に出ますと時刻はまだ日が高く、まだまだ遊べるぞ、とそんな所。とりあえずいつもの如くブラブラとし始めたのですが……

 

「袖ちゃん」

「ひゃ、ひゃい! 何でしょう! こが、小傘さ、小傘ちゃん!」

 

 といったやり取りが何度か起きまして……いえ、あれなんですよ? 小傘ちゃんがいきなり可愛くなったのがいけないと思うんです。今まで友達でいた時には平気でした所作がもう……もう、悶える位に可愛いのです。

 んー、と首を傾げる所作は何故かきらめいて見えますし、色が分かれる真珠なような目で覗き込まれたときなんて、もう一瞬固まってしまいましたとも! 可愛いすぎませんか小傘ちゃん! 

 それに、ギクシャクしながらも手をつないだりと、恋人らしい事も致しました。しちゃったんです!

 

 

 そんな視点変われば、行動変わる。あばたもえくぼ、なんて言葉に頷いてしまう程の驚きの変わりようで、小傘ちゃんにたくさんのびっくりを提供しつつも、だんだんといつもの調子に戻ってきました。……戻って来たはずだったのです。

 

 だんだんと日が暮れ始め、そろそろおかえりの時間。ただ妖怪にとってはここからが始まりの時間とも言える時間でして、そういった意味でドキドキとしてしまいます。

 

 だんだんと平時の受け答えに戻せてきており、だんだんと自信がついてきた私。そんな中別れを惜しむ男女が、接吻を交わし分かれた所を見てしまった私は、いつか小傘ちゃんともそうなるのかな? なんて少しばかり情欲的な想像を巡らせてしまいます。

 小傘ちゃんも見ていたのか、わーすごいねーと声をぼそぼそとかけて来ます。当たり前ですが、その距離は寸前。小傘ちゃん特有の優しい香りが鼻腔を擽っていき、思わず先程のおかしな状態に戻りかけました。

 

 そんな妖怪特有のドキドキと、私の女としてのどきどきが重なって。だからこそあんなやり取りになってしまったのだと思います。そうです、そうに違いありません。

 

 そんなどきどきしつつも、次はどうするかの話題に移りました。ここでお別れするのなら、先程の様に接吻の一つや二つ交わした方がいいのかな。とか、もう少し一緒に居たいなとか、あわよくば……と思考を巡らせながら歩いていると、小傘ちゃんから返答が。

 

「じゃあ、袖ちゃんの家で食べたいな」

「もちろん……へっ!?」

 

 わた、私を食べる? 考え事をしながら歩いていたせいか、部分部分しか聞き取れませんでしたが、そう言う内容だった気がします。

 いつもでしたら夕食のことだな、なんてすぐに気が付くところですが、今回ばかりは事情が違います。なんといってもお付き合いを始めた初日でございます。いずれはそうなるだろうなとか、別に悪く無いどころか……と思考が明後日と本日を行ったり来たり。非常に元気に跳ね回っております。

 

 しかし、しかしですよ、いきなり、私をた、食べたいだなんて。小傘ちゃんの食いつきが良すぎではないでしょうか。いつも振り回す立場であったが為にグイグイくる小傘ちゃんに、もうついて行けておりません。まぁ、吝かではないどころか、むしろ気持ちは嬉しい限りなのですが。

 すると小傘ちゃん、私の手を握り、私を引っ張るように歩き出しました。

 

「じゃあ、早速行こうよ!」

「え……? ま、まって下さい! まだ準備が」

 

 心とか、床とかその……あれです。まだ、日も落ち切ってませんし……しかしながらこうまで小傘ちゃんが積極的だとは驚きです。思わずその、動悸がですね。

 そんなばくばくする胸の内などつゆ知らず、小傘ちゃんは、あれ? そうなの? と立ち止まり進路を変更。

 

「じゃあ、足りない物を買いに行こうか」

「売ってるものなんです!?」

 

 心とか、準備とか。最近の商売という物は非常に便利なものになりましたねと、ぐるぐるした頭が考えますが、そんな事なんて気にならないとんでもな言葉を、小傘ちゃん口にします。

 

「え、大根とかの事だよ?」

「大根使うんですか!?」

「あれ、袖ちゃん大根使わない派?」

 

 つ、使う使わないなんてあるのでしょうか。少なくとも私は初耳ですが、小傘ちゃんは使うのでしょうか……大根。もしかして小傘ちゃんて意外と、意外と……?

 先ほどから七転八倒な心情なんて知らないであろう小傘ちゃんは、ズルズルと私を引っ張っていき八百屋さんへ。

 

「袖ちゃん。どれにする?」

 

 目をキラキラさせながら問いかけて来る小傘ちゃん。とても輝いております。えぇ……とても。こうならば毒喰らわば皿までと、湯だった頭のまま買い物を済ませましたとも! 

 

 

 ただ、ただですね。夕陽がぼんやりと煌めく帰り道。炊事の煙立ち、みそ汁の香りが漂って来る中。小傘ちゃんにえ? おゆはんの事だよ? なんて言われてしまっては、もう……もう。

 真っ赤に染まる空に似た、真っ赤に顔を染めた妖怪がそこにはいました。まったくもって、劇的でも何でもない理由ですが。

 

 そんな愚かな私の気づいたのか、クスリと笑う小傘ちゃん。夕陽に染まったその顔はとても綺麗で、ちょっぴり妖艶な私の親友。いえ、恋人でしたか。こ、恋人ですよね?

 

 そんな愛しの恋人さんが、ぼそりと呟きました。

 

「そっちでも良かったかなぁ……」

「なっ……!?」

 

 しっかりばっちりと耳に届いた私は、今度こそ耳まで夕陽色に染まります。否定も、肯定も出来ずにただトクトクと動く心臓の音が耳まで聞こえてくる。そんな気分でした。

 ちらりと小傘ちゃんはこちらを見遣り、ふふっ、と笑う。そんな姿になんて言葉を返せばよいのでしょうか。二の句が継げません。

 

 そして小傘ちゃんが一言。

 

「ふふふ、……驚いた?」

 

 実にその目は喜色満面。微笑む姿はとてもとても。可愛いものでした。

 

 もうしてやられたやら、弄ばれたやら、ちょっとした悔しさとか嬉しさとか、もういろんなものがない交ぜになり、先ほどとはまた違った意味で言葉が出てきません。胸がいっぱいという奴でしょうか?

 結局何も言い返せずに、手だけをしっかりと握り返しました。離れないようにしっかりと。

 

 小傘ちゃんは、優し気な笑顔をこちらに向けた後。ゆっくりと歩き出しました。

 

「帰ろっか?」

「えぇ、帰りましょう」

 

 そんな感じで私には恋人が出来ました。とても可愛らしく、時々小悪魔さんな愛しい人。今はただ手を繋いで歩いて帰ります。一緒に、私の家へ。

 

 長く伸びた影はずっと重なっていた事でしょう。ずっと、ずっと。

 

 

 

 

 その後は……まぁ、あれです。色々と楽しかったですとだけ。

 

 そんな嬉し恥ずかしな私の小話は、これにて幕引き。この後は皆様のご想像にお任せ致します。まあ、色々な事がありそうな予感は致します……

 

 

 

 ……えへへ。私、幸せです。



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贈り物だよ 袖引ちゃん

大変お待たせ致しました。

現実の方でまとまった時間がとれず、こんなに投稿が延びてしまったことを御詫び致します。


 さて、季節は夏の始まりの頃。新緑の息吹が山一面に吹きかけられ、まさしく夏到来。

 私も暑くなってきたこの頃に、一枚、また一枚と春から夏の装いに。身体も心も本格的に軽くなっていくそんな頃。

 

 人里では、大掛かりな市が開かれておりました。人々が物を持ち寄り、要らなくなったものを人に売り渡し身辺を軽くする。購入する人は自然と財布も軽くなる。そんな軽々とした雰囲気に私も参加しております。

 

 私、韮塚 袖引 参加しております。

 

 

 さて、敷物広げ、道行く人を呼び込む声が響くがやがやとした喧噪が目の前に、品物見て笑い、よく売れたと笑う。そんな笑顔が咲き乱れるそんな中。私もこじんまりと物持ち寄り、ちまりちまりと売りさばいておりました。

 

 現在、人里では市が開かれ、商店が立ち並ぶ一角の広場に皆さん集まっております。中には食べ物をはじめとした屋台を出している店もあり、ちょっとしたお祭り状態。

 

 

 そんな人の状態ですし、いらっしゃいと声かければ、可愛い店番さんね。なんて二、三人は寄って来る。

 まぁ、可愛いと言われて悪い気はしませんが、いかんせん納得もいかないようなそうでないような。

 

 ともあれ、客引けば、お客さんも寄って来る。今回は市ということで、新品の服ではなく、持ち寄られた古着や私のお古を売り込んでおります。

 人間様に紛れつつも、のんびりのんびり物を売り込むのは楽しいものですね。私を知らぬ人が寄ってきては、二言、三言話して離れていく。そんな光景を楽しんでおりました。

 まぁ、分かっていても出てしまう悪癖は当然健在でございまして、今日も今日とて、元気に声をまき散らします。まぁ、それで離れてしまうお客様もいらっしゃいましたし、反省会の種は尽きることがございません。

 

 さて、そんな中。一休憩とばかりに腰を下ろしておりますと、何やら目の前に現れた小さい影に言葉を投げ掛けられました。

 

「おまえ、相変わらず小さいな!」

 

 やい、いきなり喧嘩を売るのはどこのどいつだ。なんてピクリと反応し、顔をあげますと、何処かで見知ったお顔。

 生意気そうなお顔に似合った悪戯っぽい笑み。そんな笑みで、すぐに思い当たりました。そうそう寺子屋のお子さんでしたね。 

 上白沢先生の寺子屋は、上白沢先生にお世話になっている関係上、たまーに顔を出したり出さなかったりするのですが、そんな時によく真っ先に突っかかってくる子供さんでございます。

 

 何やら普段から活発らしいのですが、私が訪ねると、もっと活発になるとかならないとか。まぁ、元気な事は良い事です。子供ならなおのこと。

 私自身寺子屋とは縁があったような、無かったようなそんな身の上。なので、通っていたとするのならこんな感じだったのかな? なんて思いつつも、上白沢先生を訪ねるがてら、ちらりと覗いたりもするわけなのです。

 そんなある時、目の前の子が、私に今みたいな身長に関する言葉を投げかけたのですよ。

 

 ……えぇ、始めはぐぐぐ、と堪えましたとも。相手は子供。しかも、平時からお世話になっている上白沢先生の教え子さん。すぐに怒り出す訳にも参りません。

 ただ、ただですよ? 自分よりも小さい子に言わるならともかくとして、似たような身長の子にちびちび言われるのは堪えるのです。……堪えるのです。

 

 堪えたとあっては堪え切れない。せききったように売り文句に買い文句。言い返せば言い返される。と、そんな大立ち回りを演じて以来、寺子屋にたまに寄る度に突っかかってこられるのです。

 

 まぁ、けれど、そろそろ慣れてきたというか何というか。こちらも大人ですから、そう何回も同じことを繰り返さないのです。えぇ、繰り返したりなんてしませんとも。

 ふふふ、平静な所を見せつけつつ、にっこりと優雅に挨拶を交わしましたとも。

 

「こんにちは。今日も元気ですね」

「な、なんだよ、ちびって言ってるんだぞ!」

 

 そんな態度にたじろぐ少年さん。やはり大人の対応こそ正義ですね、あの元気な子を一瞬でも困らせるのは楽しいものです。畳みかけていくように営業用の人懐っこい笑顔を浮かべます。

 

「当店に何か御用ですか?」

「……っ、な、なんでもない!」

「まぁまぁ、せっかくいらしたんですから見ていって下さいよ」

 

 やはり目的は悪口を言いに来ただけの様子。なればこそ、丁寧に接してあげればあげる程に相手はたじろぐのでしょう。手をとり、くいくいと商品を広げてある場所に行こうとしました。

 

 普段は言われたい放題な分、今日こそは。と、密かに普段の鬱憤晴らすべく小さい子を弄んでおります。

 やられたらきちんと報復する、これぞ妖怪冥利に尽きるというもの。向こうさんの表情を確かめるべく、目線を上げますと、ぱっと目が合いました。

 目線の先には怒りに震えているのか、若干頬を赤くした少年さん。握った手も握り返す力が弱いまま。ついぞ黙ってしまっていたので首を傾げますと、はっとした表情になり、いつもの悪口が飛んで参りました。

 

「こ、こんな、しょぼい店に用なんてあるかよっ!」

「あっ!?」

 

 とうとう向こうさんの堪忍袋の緒が切れたのか、ぱっと手を振り払い、たったか走り去ってしまわれました。

 一瞬で人込みに紛れる小さい背中を見て、少しやり過ぎましたかね……なんてちょっとの後悔が残る一幕。冷静になればムキになってしまい、お騒がせしたな。と周りの人にぺこりぺこりと頭を下げますが、何故だか皆さん優しい反応。むしろ生暖かい笑顔を浮かべる方もいらっしゃって疑問符が浮かばんばかり。

 

 まぁ、周りの方の表情はともかく、我ながら大人げない事をしたものです。と反省しつつも他のお客さんを出迎えます。なんて、そうは言っても、そんな殺到するほどに人気がある訳でもなく、まばらな人と話したり時には買ってもらったりしているだけ。そんなのんびりとした時間を楽しんでいると、小さい影再び。

 先程の少年が、少し離れた場所で、ちらちらこちらの様子を伺っては行ったり来たり。あからさまにこちらを気にしておりました。

 

 こちらも先程の一件が気になっていたのもあり、つい目で追ってしまいます。すっーと追っていると、先程の様に目があってしまいました。

 目が合った瞬間、弾けるように駆けだそうとする少年に、呼び止める私。僅差で私の声が早かったのか、ぴたりと止まる足。そしてそのままこちらへ来てくださいました。

 先程の元気何処へやら、しずしずと来る姿に本当にやり過ぎてしまったな、と反省する私。謝ろうかと口を開きかけると、少年さんが先に口を開いてしまいました。

 

 

「……ごめんなさい」

「へ?」

 

 出てきたのは私が口に出そうとした謝罪の言葉。まさか向こうから飛んでくるとは思わず、つい情けない声を出してしまいます。

 そんな私の様子なんて気にせずに、おずおずと少年は続けました。

 

「だって、おこってるでしょ? 普段あんな事言わないし」

「あー」

 

 確かに、普段は言い返したり、言い返さなかったりの応酬。ましてや、営業用の顔なんて浮かべませんでしたね。そういった点をしっかり捉えてくるあたり、子供は鋭いというかなんというか。見ていて飽きないものです。

 さて、怖がらせたままというのも悪くはありませんが、訂正しておくことにしておきましょう。

 出来るだけ優しい口調で、少年を諭します。

 

「確かに悪ふざけが過ぎていたかもしれませんね、ごめんなさい。……しかし、私ならいいですが、女の子にそんな乱暴な言葉遣いはいけませんよ? 結構傷つく事もあるのですよ?」

「……うん。気を付ける」

「いい子です」

 

 まぁ、そういって頭を撫でてあげました。……ちょっと背伸びをしたのは内緒です。

 向こうも向こうで神妙な表情でされるがまま。根は素直さんなんですね、さすが上白沢先生の教え子さんです。と感心しつつ手を離します。

 名残惜しそうな表情を一瞬見せた少年さん。なにやらごそごそとたもとを漁り、何かを取り出しました。

 

「これ、やるよ」

「これは……櫛?」

「さっきたまたま売ってたから。ちょうど良いから袖ちゃんにあげる」

 

 ぷい、とそっぽを向く少年さん。つまるところ、これは仲直りの印に、といった感じですかね。結局素直になれない所含めてなんとも可愛い子ですね。

 そんなほのぼのとしつつ、貰った櫛を眺めます。べっこう色の綺麗な櫛。混ざり合ったような文様が目の前の少年さん心情を映していいるようでもありました。

 

 しかし、櫛ですか。なかなか面白い物を選んできたというか、なんというか。本人にはそういう気持ちは無いのでしょうが、なんとなく嬉しくなるのも事実。しっかりと胸に抱き留めてお礼を一言。

 

「ありがとうございます。大事に、しますね」

 

 ふっと顔が緩むのが分かります。嬉しい気分にひたりつつ少年を見ると、何故だか顔が赤くなっておりぶんぶん頭を振っておりました。何がしたいのかは分かりませんでしたが、満足したのか頭を振り終わると、ぱっと踵を返し駆けだしていきました。

 

「じゃ、じゃあな! ……たまには寺子屋に来いよ! 袖ちゃん」

「え、あ、はい」

 

 確かに最近は色々とあってご無沙汰だったかもと思い返している内に、少年は去っていってしまいました。

 もう少しゆっくりしても良かったのに、なんて思いつつも櫛を眺めました。太陽が透ける綺麗な櫛が全てを物語っていたような、そうでないようなそんな気分。

 何はともあれ、里の子たちも元気で何より。やはり子供は宝物。これからも密やかに見守っていかねばなりません。迷ったら道位は教えてあげられるように、用意せねばなりませんね。

 

 

 さて、そんな午前中を過ごしていたら、あっという間に太陽登りお昼頃。

 当たり前ですが、皆さんお昼時と、一度引いていかれました。といった訳で、色々ございましたが、私も出張所を一旦畳み、お散歩がてら色々見て回ることに致しました。

 まばらになったとはいえ、活気は健在。ちょっと歩けばいらっしゃいと呼び掛ける声に、ひょいひょいと招かれる手の数々。なかなか面白いものもあり自然と顔がほころびます。中には付喪神が宿りそうな道具もあり、もしかしたらお仲間が生まれるかもなんて、想像巡らせつつ店回り。

 

 さてさて、人通り少なくなり、視界の通しも良くなったそんな中、よく通る男の声が市に響き渡りました。

 

「ふざけんな!」

「おいおい、私たちは何もしてないよ?」

 

 なにやら何処かで言い争っている様子。これは穏やかじゃないぞ、と近寄ってみれば見知らぬ男に、見知ったお顔。屋台越しに言い争っていたようです。

 しかしながら、もう、お話はあらかた終わっていたのか、男の方は諦めたように去っていきました。

 ちらりと、もう一方に目を向けるとやれやれ、とばかりにかぶりを振る女の姿。緑帽子が特徴的です。そんな見知った方のお顔を、先程から見つめておりました所。向こうもこちらに気づきました。

 青い髪を二つに分け、その上に緑色のお帽子。青いわんぴーすの上に、前掛けつけて作業の格好。いつも背負っていらっしゃる大きな背嚢は脇へと置いてありました。

 そんな川の妖怪こと、河童の河城にとりさんはこちらへ声を掛けて来ます。

 

「おや、盟友じゃないか。こんなところで何やってるんだい?」

「私はこの市に物を売りにきたのですよ。にとりさんもですか」

「あー、まぁだいたいそんな感じだよ」

 

 あはは、と明らかにごまかすような笑いを浮かべる河童さん。まぁ、妖怪業にいそしんでいるようで何よりですね。

 さて、このにとりさんに盟友呼ばわりなんてされている私でございますが、実はきちんとした理由がございます。

 河童といえば、だいたいの方は知っていらっしゃるでしょう。河太郎と呼ばれていたり、何やら平家の落人が化けた姿であったりと、伝承様々。そんな広く生活圏を構えていた為か河童の伝承は、袖引き小僧の伝承残る埼玉の地にもございます。

 まぁ、伝承があるということは実際に居たのですよ。実際に私も出会い交流を持ちました。流石に、河童の国に招待される。なんて洒落た小説みたいな事態にはなりませんでしたが。

 何はともあれ、妖怪なんて出会って酒飲めばだいたいお友達。というくらいにあっけらかんとしている方ばかり。例に漏れず、私も河童さんと仲良くなりました。

 

 そんな河童さんのお話が伝わっていたのか、あるいは気さくだったのか。目の前のにとりさんからは、ほぼ初対面の状態から、盟友なんて呼称をしてくださっております。

 

 

 そんなにとりさん。今回は怪しいというか、妖しいくじ引きをやっておりました。ひもを引っ張るくじ引きにございまして、大当たりからはずれまで、その糸の先に結わえ付けられているようです。

 しかし紐がいっぱいあるわ、明らかにつながってなさそうな景品はあるわ、とかなり怪しめな仕様。

 

 そんな怪しいくじ引きをまじまじと見ておりますと、にとりさんから声が掛けられます。

 

「やってくかい?」

「……まぁ、一回だけなら」

 

 まぁ、結果はだいたい分かっておりますが、物は試しと一回だけ挑戦します。懐から料金を手渡しどの紐かじっくり吟味します。

 

「ところで、なんでさっきの男性は怒っていたのですか?」

「んー? あぁ、十回もやって当たりが出ないなんておかしい。だってさ。運がないだけなのに笑っちゃうよね」

「運がないだけ、ですか……」

 

 そんな話聞き流しつつ、紐に集中。

 さて、引くのならばやはり私。とおみくじやら、くじ引きやらやる機会がなかったというか、やらなかった私でございますが、こういったものには大層自信がございます。

 これこそ当たり、というものに目星をつけて、えい、と引っ張りました。確かな重みが伝わってきて奥の方にあった景品が揺れておりました。紐の先には三等と書かれた商品。

 

「あっ……あ、当たり」

「ふふふ、当たっちゃいました」

 

 にとりさんが、あんぐりと口を開け驚き顔をこれでもか、と晒しておりました。そんな顔楽しく、つい笑ってしまいます。

 まぁ、しかしながら三等ですか……一等を狙うつもりで引いた筈。分かってはおりましたが、ちょっと悪質な様な気もします。

 騙される方が悪いと言えばそれまでなのですが、本日は皆さん市を楽しんでおられます。そんな中に水を差したくないなー、と考えてしまいます。

 どうするかと考えている内に、向こうも向こうでこっちの余裕さを訝しんだのか、疑り深い表情で此方に言葉を発しました。

 

「まさか、能力を使ってないだろうねぇ?」

「え? 嫌ですねぇ。ただ()()()()()()()()()()。ところで、もう一回引きたいんですけどいいですか?」

「む、むむむ……」

 

 先ほど言っていた言葉をそのまま返し、さらに追い打ち。一転してにとりさんは渋い顔に。

 我ながら性格悪いな。なんて思いますが、物を贈られてしまった以上、本日は人間様の味方。少しばかり市が楽しくなれるように、花を添えてみましょうか。といった気分で挑む私。出来るだけ笑顔を浮かべ、不敵な表情を維持します。

 向こうは向こうで、訝しんだ表情のまま両者にらめっこ。

 結局、私の意気込みにたじろいだのか、それとも諦めたのか、にとりさんは両手を上げて降参の格好。半ばやけくそ気味に声を上げました。

 

「あー分かった。分かったから。私の負け!!」

「分かってくれたのなら良かったです。商品はお返ししますね」

「あ、返してくれるんだ……」

 

 もともと意趣返しのためのズルでしたから、あまり惜しくもないような商品。それをにとりさんに渡しました。 その行動は、予想外だったらしく。本日二回目の驚いた顔。……本日は吃驚が美味しいですね。

 

 怒りの矛先の向け道がなくなったのか、にとりさんは机につっぷし、拗ねたような表情を浮かべます。

 

「でもさーこんな手に引っかかる方が悪くない?」

「えぇ、それはまぁ確かに」

「だから私は悪くない!」

「けれど、一等くらい真面目にくじ引きに組み込みましょうよー」

 

 ちなみに、幻の一等の内容はきゅうり一年分。当たって嬉しいかどうかは当てた人次第ですが、河童さんの方々はこれ以上に貴重な物はないという感じなのでしょうか。

 それはさておき、にとりさんは、うっと言葉に詰まり。結局大きなため息一つ。

 

「分かったよ、くじ引きに当たりをちゃんと入れるよ……だからもう、うちのくじ引きを荒らさないでおくれよ?」

「はい、分かりました」

 

 心のなかでやった、と喜びつつも、表情は極めて平静に取り繕い返答します。今回の口論は私の勝ち。向こうもしずしずと従って下さいます。

 うぅぅ、今日は厄日だぁ、なんてにとりさんのぼやきを聞きつつ、くじ引きの不正が正されるところを見ておりました。

 

 とりあえず一件落着とばかりに胸を撫で下しました。今回は上手い事一杯食わせましたが、本来でしたらこうはいきません。お互いに、したたかに生きているつもりですし。向こうは組織力も技術力もございます。たまたま知り合いであり、話の多少分かる方であったからこそ成立したズルですから。

 

 

 そうそう、話ついでにもう一つ。そんな話の分かるにとりさんに誘われて、妖怪の山に踏み入ったことがございます。まぁ、言うなれば話したくないというか、思い出したくないお話の一つでございます。以前に少し話題に出した天狗さんのお話。

 

 あれも今と同じ様な、こんな時期。いやはや、思い出すだけで背中にじっとりと嫌な汗が絡みついてきそうな程でございます。

 

 

 時期といたしましては、まだ、お山の上の神様家族の大お引越しも行われる前の頃。妖怪の山も比較的穏やかなそんな時期の事でした。

 

 

 さて、そんな忘れたいようなそうでないようなお話も、次回の持ち越しといたしましょう。

 えぇ、一息に語るのには長いですし、そもそも心の準備がいるのです……

 

 

 そんなこんなで今回ここまで。

 

 ではでは、()()続きお楽しみ下さる事を願っております。

 

 



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大人と子供と星空と

 さて、戻って参りますは、魔理沙さんとのお話。ゆったりと流れる時間も立場変われば、激しい川の流れの様に一瞬でございます。

 

 夏の夜、星を見に行こうと言い出した私の口。それは、きっと願いだったのかもしれません。流星に願うような小さな小さな胸の内。

 満点の星空の下、忘れたくない願いが、そこにはありました。

 

 

 私、韮塚 袖引 願っております。

 

 

 

 

 じわじわとセミが鳴き、夏の暑さ残る風が、背中をねめつけていきます。時は既に夕暮れ。赤色の柔らかい夕陽が人里を覆っておりました。

 魔理沙さんをお誘いしてから数日後。そんな夕焼けを、自宅から眺めております。

 

 何処か懐かしいような夕焼け見て、ぼんやりと思い出すのは過去の記憶。

 まだ人間であった頃の。いえ、私が袖引小僧になる前の誰かの記憶。おぼろげな記憶が、夕焼けの中にぷかりと浮かんでは消えていきました。

 

 

 私が生まれたのは、まだ江戸の世の頃。天上の方の名前なんぞ知りませんし、貧しい家だったのだと思います。貧しい家の生まれ。当時の記憶なんぞもう覚えてなんておりませんが、確かにそんな感じであったかと。

 ぱたんぱたんといった織機の音。農閑期に行われたものでしたっけ。おぼろげながらも残っているのは、そんな断片的なものばかり。もう、遠い過去の事。

 

 ところで、間引き、という言葉はご存知でしょうか? まぁ農業、林業等使われる場面が多い言葉ではございますが、こちら、人間相手にも使われた言葉でございました。

 言い換えるのなら、捨て子という表現になりますね。

 

 生計を立てきれぬ者たちが野や山へ子供を捨て去っていく。今でも時々起こりえる。そんな当たり前の風景。

 当然、犯罪と定められていたようですし。そんな所を見つかってしまえば死罪や罰金はまぬがれません。村社会であれば良くて村八分といった所でしょうか。

 

 しかし悲しいかな、そんな事がたびたび起こっていたのが、昔の事実なのです。

 

 当然、そんなの子供からすればたまったものではありませんよね。信じていた世界が、いきなりすぽんと無くなってしまうのですから。いつだって、置いていかれるのは寂しいものです。

 

 まぁ、要は、お恥ずかしながら、そんな当たり前の内の一人だったのですよ私は。口減らしの為に、山奥へと捨てられてしまう。そんなどこにでもあって誰にも気にされない、哀れな子供。

 こんな小さい身体です。生きていく術など持つわけもなく、自然に飲まれるはずでした。記憶はあっても実感はありませんし、実際野垂れ死んだのかもしれません。

 ただ、ひたすらに寂しかった。ということだけは覚えております。

 そんな思念でも残っていたのか、道行く人の手を引こう引こうという意識の塊が、当時の人間の噂話に乗っかり、いつしか妖怪になっていた。なんて、そんな下らない話です。

 

 けれど、こんな姿になっても人間を憎いとは思いませんでした。というよりも、捨てられてしまった彼女が、いまいち私であった、という現実感も薄いのです。

 私の手元に残っていたのは、寂しさと、人恋しいという記憶だけ。むしろ近寄りたくて、会いたくて。だから人間を好きになるのは必定であったと言えるでしょう。

 

 その後は人里に降りていったり、旅をしたりするのですが……その後は、幻想郷に入った経緯ってどんな……?

 

 

 

 

 そんなとりとめない回想をしておりますと、ガラガラと下の階の戸が開く音がしました。

 

「来ましたか……」

 

 さて、こんな私の過去話なんぞどうでも良い事。ぽいと放り出し本題に。

 そもそも普段からお付き合いしている方たちでも、こういった過去の一つや二つございます。小傘ちゃんであれ、影狼さんであれそんなのを表に出さず生活するのが大人。というものなのでしょう。

 私も大人の女性のはしくれ。それくらい出来なくてどうします。……まぁ、姿形はこんなのでございますが。

 

 さてさて、閑話休題。

 

 魔理沙さんには、夜出かけてもいいようにお父様の説得やら、道具を整えて貰っていたのです。

 窓の外を見ると、時刻は丁度宵の頃。夕陽がそろそろ眠い、と目をこすりだしておりました。

 

「では、行きますか」

 

 そんな独り言呟きつつも、ぱたぱたと階段を降り、一階へ。

 夕陽が玄関に差し込み、明暗の空間をつくっておりました。そんな中、紫色なお洋服召した女の子が一人。とんがった背の高い帽子に、少しふわりとしたお洋服。と、いつもはあまり見ることの無いような装いの女の子が一人。

 帽子をくいと上げると、見えたのはいつもの見慣れたお顔。夕陽に照らされたお顔は、少し恥ずかしい様な、そわそわしている様なそんな表情。

 

「……袖ちゃん。遊びに来たよ」

「えぇ、待ってましたよ。魔理沙さん」

「似合ってる……かな?」

「えぇ、とても似合ってますよ」

「……そっか、良かった」

 

 そんな、はにかむ様に笑いかけて来る魔理沙さんは、いつもと違う格好も相まって、まるで知らない子供のようでした。いえ、認めるべきなのでしょうね。大人びていると。

 

 さて、こちらはこちらで、彼女のいつもとは違う風変わりな格好に、少しどきどきとしつつも一旦家に引っ込み、出掛ける準備等済ませ。いざ出発。 

 では、星を見に行きましょうか。

 

 外へとつながる道を歩いていると、残光が山間からこちらを覗き込むように、ひっそりと光を漏らしておりました。そんな薄暗くも少しワクワクするような時間。魔理沙さんはどう思っているのでしょうね。

 

 

 

 

「──駄目です」

「……あれ?」

 

 

 そんな事を言われ立ち止まるのは、人里門前。目の前には門番さんがびしり、と道を塞いでおります。おかしいですね。いつもなら見て見ぬふりを……あ。

 ぎぎぎと後ろを振り返ると連れが一人。まごう事なき人の子がいらっしゃいました。

 

 そんな連れで、紫なお洋服の方こと魔理沙さん。半目でまたやらかしたな、とでも言いたげな視線を送ってきております。

 魔理沙さんも私とは長い付き合い。どういう時に、どういう事をやらかすかなんてお互いに筒抜けの状態。そして、この状態はあれですね……えぇ、やらかしてますね。

 門番さんと魔理沙さんに睨まれて汗はだらだら。もう暑さが原因だなんていってもいられないようなそんな状態。あわわわわわ、と内心は大慌てでございましたが、とりあえず平面だけでも繕って、門から一旦撤退。

 

「そ、そうですよね。しちゅれいしました!」

「あ、はい」

 

 面食らっている門番さんの返事も待たずに、魔理沙さんの手を引いていきます。すたすたと一旦門から離れると、先程のやり取りで噛んだことを思い出し思わず赤面。ちらりと後ろ見ると、魔理沙さんはくくくくと笑いを必死に噛み殺している様子。

 あんまりにもずっと笑っているもんで余計恥ずかしくなり、魔理沙さんに一言。

 

「もう、笑いすぎですよ!」

「だ、だって、あんまりにも慌ててる……くくくく」

 

 どうやら、魔理沙さん的には大うけする類だったらしく、そこそこ長い間くすくすと笑っておりました。そんな笑顔の似合う魔理沙さん見つめつつも、どうしよかと頭を悩ませておりました。

 人里でも良い事は良いのですが、個人的なお気に入りの場所がございまして。人里からちょっと抜けた先に小高い丘があってですね、木々に囲まれているせいか中々に見つけづらいのです。……たぶん。

 

 まぁ、誰が知っていようが私のお気に入りである事には間違いなしなのです。ですから行きたかったのですが……とそんな事を魔理沙さんに相談した所。

 

「飛べばいいじゃん」

「あ」

 

 

 すっかり忘れていたというか、頭の外にいたといいますか、抜けている思考を指摘されました。いやはや、まさしくまさしくですよね。いつもの手段忘れるとか本当にどうした事でしょう。

 あまりの間抜けさ加減にちょっと沈みかけましたが、それはさておき。よいしょと、魔理沙さんをお姫様抱っこの様に抱え、暮れなずむ空にひとっとび。

 しっかりと抱きつく魔理沙さんは、出逢ったあの頃の様な軽さはもうなく。女の子の細い腕ながらしっかりとした力で私に抱きついて来ておりました。

 本当に大きくなったんだなぁ、なんてしみじみとしておりましたが魔理沙さんが興奮した声を上げた所で思考が戻されました。

 

「おぉぉぉぉ!! 凄い! 凄いな空!!」

 

 あぁ、そういえば人里ではあまり妖怪じみた事なんてしておりませんでしたし、ましてや魔理沙さんの前ではそんな事なんておくびにも出さなかったはずです。だからこそ飛ぶなんて事を忘れていましたし、だからこそこんな親密な仲にもなれたのかもしれません。

 まぁ、それでも妖怪である事を指摘してくるあたり、彼女の情報収集能力は素晴らしいの一言ですが。

 

 おぉぉ、と叫ぶ魔理沙さんの近くでそんな事を思う私。駄目ですね、どうも感傷的になっています。先程の回想が悪かったのか、はたまた別の理由なのか。

 ともかくこれでは駄目だ。と頭をブンブン。思考を追い出すようにしながらも、目的地へと向かっていきました。

 

「気持ちいいなぁ、飛ぶって。こんな感じなんだな」

「えぇ、滅多に味わえないお散歩なので是非味わって下さい」

「……今は、ね」

 

 そんな会話も交えつつ、飛びつつ。彼女も最近含みのある物言いが増えて来ましたし、なんだか……いえ、余計な気分ですよね。

 ふわりふわりと飛んでいるように、ふわりふわりとした私の気分。そんな気持ちを抱えたまま丘へとふわりと着地しました。

 

 夕陽も山間にすっぽりと隠れ、空はもう夜の色。眩くもか細い一番星が輝きだし、これからたくさんの星たちが輝くことを知らせております。

 時刻的には早かった感じですね。そもそも歩いて来る事を想像しておりましたから、仕方ありませんが。

 

 となりには、興奮冷めやらぬ魔理沙さん。何かにまたがる動作やら、深く考え込む姿。最近は魔法の研究もしていると聞きますし、それの関連なのでしょうか。

 まぁ、分からぬことは分からぬ。と持ってきた風呂敷を解き、竹筒と湯飲みを取り出しました。

 

「魔理沙さーん。まだ早いですしお茶にしませんか?」

「お? おぉ、そんなもの持ってきてたのか」

 

 動作取りやめ、とてとて、こちらへやってくる魔理沙さん。ふふふ、今回は考えることよりも私を優先してもらうのです。なんて、そんなよく分からないものに、対抗心をめらめらさせつつも、二人して敷物の上にちょこんと腰を下ろしました。

 なにぶん小さい敷物で、二人分で満員状態ではありますが、こちらの方がなんとなく落ち着く私。あれですかね、狭苦しい方が落ち着く貧乏性的なものなんですかね。

 

 

 そんな取り留めない考えしつつ、取り留めもないお話をする私と魔理沙さん。

 魔理沙さんがおねしょした、だなんて私が言えば、あの時の袖ちゃんは失敗してた、なんて返してくる魔理沙さん。ずっと距離が近かったことも相まって、会話での殴り合いのようになりつつも、どんどんと話題が出て来ます。

 

 一緒に寝た事、虫取りに言った事、ごはんの事。

 

 いくらでも、いくらでも話が出来そうでした。

 

「昔は泣き虫さんだったんですけどねぇ」

「そんな事言ったら袖ちゃんは、いつまでたっても同じだ。変わらない」

「む、成長してないと?」

「だって身長抜いちゃったし」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ」

「ふっ、この話題は私の勝ちだな」

 

 

 たくさんの話をして、たくさんの思い出があって、そして、話疲れた頃には、真っ暗な闇の中。

 

 提灯を消して、ぱたんと私たちは倒れ込み、空を見上げました。

 

 視界いっぱいに映るのは、桶を返したような星々の奔流。いくもの煌めきが、競い合う様に私たちを見下ろしておりました。

 お互いの息遣いが聞こえてくるくらいには、静寂した空間。夏の草の匂いが、いつの間にか風景に溶け込んでいきます。

 遠く遠い星の海。手を伸ばしても届かぬことは分かっていますのに、それでも手を伸ばしてしまいます。

 まさしく一寸先は闇がごとし空間。片方の手が、魔理沙さんの手にちょこんと触れあいました。向こうも当然気づいたのか、ピクリと身じろぎしたような気配が伝わってきまます。それでも、今だけはどちらとも手は離さずにお互いの手は重なったまま。

 

「……言葉が出ないな」

 

 隣から聞こえて来る声。

 

「えぇ、本当に」

「こんなにも星って綺麗だったんだな」

「どうです? 私のお気に入りの場所」

「……気に入った」

「……良かったです」

 

 会話も少なく、かといって無言では無く、ぽつりぽつりと交わされる会話。そのやりとりが心地よく、気を抜けば消えてしまいそうなくらいに幸せなひと時でした。

  

 

「星ってさ、燃えてるらしいよ」

 

 

 こーりんから聞いた。と魔理沙さん。魔法の森の近くの、道具屋の店主さんとも仲良くしているようで安心安心。なんて下らない事考えつつ、そーなのかーと感心の一言。

 

「へぇ、燃えてるから綺麗に光るんですねぇ」

「……魔法ってさ、個人のイメージが大事なんだって」

「魔法?」

 

 いきなりの魔法の話題。しかしながら何となく来る事は予想出来ていました。香霖堂にて、魔法を学んでいるという話もされていましたし、修行しにいきたいとも前々から言っておりました。

 

「そう、魔法。私さ、ただ漠然と今までやって来てたんだけどさ。何となくこーりんの言ってること理解できたよ」

 

 教え方下手なんだよなぁ。と愚痴をこぼす魔理沙さん。でもその声は楽しそうで、何かに熱中している時の声でした。

 

 

「……魔理沙さんが成長できたのなら、私は嬉しいですよ」

「あのね、袖ちゃん」

 

 魔理沙さんが何かを言いたそうに、こちらの手を強く握りました。無意識の行動なのかもしれません。しかしながら、私はどちらでも良いと握り返します。

 

 なんとなく予測がついてしまうのです。何を言おうとしているのか、私に何を伝えたいのか……お互い、長い付き合いですから。

 彼女の言わんとしている事、彼女がやろうとしている事。これから何が起きるのか、私は予知めいた実感がありました。

 

「近頃、家出するっていったら……怒るかな?」

 

 ──あぁ、やはり、やはりこの話題。何か大切なものが手のひらから去っていってしまうような感覚。どこかで嫌という程に味わったようなこの感覚。

 それを近頃、ずっと感じていたからこそ、私もここへと誘ったはずです。だからこそ、私は此処へ来たのでしょう。修行しにいきたいと言っていたその日から、いや、もっと前からかもしれません。漠然とした不安はいつでも付きまとって来ていたのでした。

 

 きっと、止めれば思いとどまってくれるのでしょう。私が一言、一言でも何か言う事が出来たのなら。きっと魔理沙さんは普通の女の子として歩むかもしれません。

 けれど、私の身体は、私の口はそれを良しとはしませんでした。まるで何かに動かされるが如く、口を開いてしまいます。

 

「怒りはしませんよ。それが魔理沙さんの道であるのなら、上手く行くように祈るだけです」

「そっか……良かった」

 

 彼女は何かを……いえ、家出を決心したかのように言葉を繰り返しておりました。私の言葉を受けて。

 周囲が真っ暗で本当に良かったと、心底思います。今なら、泣きそうな表情を見られる心配もありませんでしたから。

 

 本当は、いかないで、ずっと人里に居て欲しいと伝えたかったのです。いつか感じた不安が目の当たりになってしまったのですから。けれど、ポロリとこぼれた言葉は別の言葉。もう、止める事は出来ないのでしょう。

 

 だから、今だけはせめて一緒に星を見ていられるように、この涙が伝わらぬように祈るだけでした。

 

 星を見て、流れる流星と共に涙も流し、あとは、言葉を伝えるだけ。

 

「魔理沙さん。これだけは約束してください。どんな事があっても絶対にあきらめないで下さいね。きっと何処かに活路は眠っていますから」

「……約束する」

「そうですか、良かったです」

 

 

 さて、と寝転んでいた身体を起こします。つられて魔理沙さんも起き上がる。月光に照らされた彼女はしっかりと自分の足で立っています。

 そんな姿をみて、自然に笑顔が浮かび、目頭が熱くなります。

 

「……帰りましょうか?」

 

 決して気取られぬように、決してばれぬように精一杯取り繕って、荷物をまとめます。

 

 そして、また、飛び上がり人里へ向かっていきました。道中お互いに口数は少なく、月が見守る中、空を滑って人里へ。

 

 ふわりと、着地。そして魔理沙さんを降ろします。

 

「今日はありがとな」

「えぇ、どういたしまして。ところで、家出の日程は?」

 

 日程を聞くのもおかしな話ではありますが、聞かずにはいられない。そうすると魔理沙さんもおかしかったのか、少し笑い、こう返しました。

 

「まだ、正確には決まってない」

「何処に行くとかも?」

「それは決まってる」

 

 正確に決まってないと返され、少し心配になりました。しかし取り越し苦労だったようで、きちんと目的地を決めている様子。

 

「それは……何処ですか?」

「聞いても、止めない?」

「……それは」

 

 なんともズルい返しを覚えられたものです。これでは聞くに聞けないではありませんか。聞きたい気持ちをぐっとこらえ、別の方向から聞いていきます。

 

「そこは遠いのですか?」

「うん。しばらく会えないかも」

「そこは、本当に行きたい場所ですか?」

「……決めたんだ。もう」

「そこは……魔理沙さんが、元気にやっていけますか?」

「……分からない」

 

 

 もう、雫が落ちぬようにするので精一杯。聞けば聞くほどに、遠い場所へと離れていくのが分かってしまいます。

 けれど、けれど泣くなんて事は出来ません。私は大人ですし、泣いてしまえばきっと心残りをつくってしまいます。だからこそ、私は精一杯に見送るのです。

 魔理沙さんの手をしっかりと握りました。

 

「大丈夫、大丈夫ですよ、魔理沙さん。あなたならきっと上手くやれます。だから、不安にならないで。決めたのなら、前を向いて歩くだけですよ」

「袖ちゃん……ありがと、う」

 

 深く帽子を被った魔理沙さん。その下の表情は見えません。けれども何処か懐かしいその声は、変わっていない部分もあるのだな。と実感させられるもので。

 あぁ、本当にたくさんの事があったな、と思いださせてくれるものでもありました。

 

 

 さて、そんな別れの挨拶も済み、では、各々の帰り道を行きましょうかといった所で、魔理沙さんは質問を投げかけてきました。

 

「あのさ、袖ちゃん。流れ星に何かお願いした?」

「流れ星ですか?」

「そうそう」

 

 別れ際に、そんな迷信も信じている可愛いらしい一面を見せてくれる魔理沙さん。本当に変わっていないなぁ、なんて微笑みつつも、正直に今の願いを答える事にしました。

 

「魔理沙さんと、ずっとお友達でいられますようにってお願いしましたよ?」

「──っ。……袖ちゃん、ズルい」

「大人はズルいものですよ? そちらは?」

「……言うの止めた!」

 

 照れたのかそうでないのか、帽子でまた顔を隠す魔理沙さん。そんな態度も愛らしいものですが、願いは明かされない様子。

 当然抗議の声を上げました。

 

「えー魔理沙さんズルいですよ」

「子供だってズルいんだぜ? ……という訳だ袖ちゃん。バイバイ」

 

 そして、その言葉を置いていくようにして駆けていく魔理沙さん。その足は速く、声を返す前に言ってしまいました。

 

「ばいばい、魔理沙さん」

 

 またね、と言ったのはいつだったか。そんな事ばかり思い出してしまいます。

 しかしながら、人は成長していくもの。彼女が歩きだしたのなら背中を押してあげるのは、大人の役目です。だから、流れる涙も、震える声も、きっときっと何かの間違いなのでしょう。

 

 寂しくなんて、無い筈なのです。

 

 誰かが、流した涙も、上げた声も、闇へと溶けて消えていきました。暗闇は優しく包む様に、ただ受け止めてくれたのでした。

 

 

 

 

 さて、今回はここまでと致しましょう。変わった関係も遠くなった関係も、歩いていくためには仕方のない事。それが経験となり、私たちに糧を与えてくれるのです。

 

 魔理沙さんも、私もまだまだ先はあるのです。ですから彼女は変化を望みましたし、私は不変を望んだのでした。

 しかしながら、変化を望んでいても、変わらぬものだってあります。不変を望んでいても変化は結局受け入れるしかないのです。

 お互いにそれを理解したような、そうでもないようなそんな夜なのでした。

 

 さて、そんな恥ずかしいやら懐かしいやら思い返しながらも、思い出話はこれにてお仕舞い。次は時間が進み成長した魔理沙さんと、そのままの私の場面から。

 

 そんなこんなで、魔理沙さんと私の話は、また少し間が空いたりします。ゆったり茶でもしばきつつ、しばしお待ちくだされば、幸いです。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。 

 

 

 どんな変化もいつかきっと……



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大脱走だよ 袖引ちゃん

お待たせ致しました。


 さて、セミの声が聞こえてくるようなそんな頃。木漏れ日が漏れ、木々に覆われた道を照らす。まだ春の名残が残る風が心地よく吹き抜けていきました。

 まさしく散歩日和。お弁当でもこさえつつぷらぷらと歩けば、非常に楽しい一日になること間違いなし。

 

 

 そんな中を全速力で駆け抜けております。

 

「いたぞ! そこだぁ!」

「うへへへ、おねーさんといいことしましょう!」

 

「ギャーーー」

 

 

 私、韮塚 袖引 逃げ出しております。

 

 

 さて、事の始まりは、河童のにとりさんに妖怪の山には埼玉出身の河童さんがいると聞いた事でございました。

 その時の私は危機感なんてまるで持たずに、では会ってみたいですねぇ。なんてほざいてしまったのが運の尽き。あれよあれよと話が進み、とんとん拍子で妖怪の山に行く事になったのでした。

 

 妖怪の山。その名が示す通り様々な妖怪が住んでいるという、幻想郷に名高き霊峰。

 動物、妖怪、神に仙人。様々な方が主張し合いつつ縄張りを持っているとかいないとか。中でも有名なのは天狗さん。私の知り合いこと射命丸様もその一族。新聞を売り歩いていらしたりと、色々と幻想郷でも活躍なさっている方たちですね。あわよくば普段お世話になっている分挨拶出来たらなー、とかぼんやりと考えておりました。

 

 普段妖怪の山になんて滅多に訪れませんが、それでも山菜とりや紅葉を眺めに訪れたりと、機会がないという事でもありません。そういう時は決まって麓を探索します。

 なぜなら、妖怪の山というのはお互いに縄張り意識が強く、特に中腹以上は天狗の領域とされております。ですので人里でも山菜を取りにいくとなった時は麓から中腹まで。道すがらある、かなり古くからある古い杉を超えてはならないとされております。

 杉超えて数歩あるきゃ天狗の餌。天狗の領域に踏み込んだのなら、食べられても文句は言えない。なんて文句が人里の中での共通認識です。

 

 そんな危険性を孕んでいることが分かっていても、普段の射命丸様を見ていた事や、あんまりにもにとりさんとのやり取りがとんとんで進んでしまった為、断るに断れない。そんな空気が出来てしまったのです。

 

 

 さて、そんな事を感じつつも山の中。強くなってきた日よけに傘被りまして、てくてく歩き、時には空を飛び、あっという間に中腹へと辿り着きました。

 人里の間では、実は妖怪なんじゃないか、とまことしやかに囁かれる杉の大樹がどんどんと迫り、気を引き締めます。

 

「さて、そろそろだね」

 

 そんな事を言いつつもにとりさんは私を上から下まで、じぃと眺めました。

 

「あの……何か?」

「うーん、まぁ大丈夫かな? ぎりぎりストライクゾーン外れてるでしょ」

「へ?」

 

 いきなりな言葉に目を白黒させていると、こっちの話。と、にとりさんは軽く返し、先へ行ってしまいました。ちょっと、どういうことです? なんて聞きつつ、わたわたついていきます。

 いつの間にか人の手が入ったらしき跡も少なくなり、辛うじて道と呼べるものをたすたすと辿っております。天狗様の監視下にあるこの霊山。空を飛んでひとっとび、という訳にも参りません。

 我々下々のものはこそこそとしながら徒歩で辿るのが正しいらしいです。

 

 さて、そんなうららかな陽気と、夏の足音の中間な空気を楽しみつつ歩いておりました所。気がつけば、杉の木のすぐ隣。

 太い根っこが道を遮るように生えており、どっしりとした杉が私たちを監視するように見下ろしておりました。あいも変わらず大きい木だな、なんて感想を抱きながら眺めておりますと、にとりさんがおもむろに振り返り、顔がこちらに向きました。

 

「さて、この奥だね。まぁ、私の後ろを離れなきゃ大丈夫だよ。たぶん」

「たぶん……? いえ、よろしくお願いします」

「はいはいよっと」

 

 根っこを飛び越え、ずんずん先へ進んでいくにとりさん。私もそれに続きます。

 

 一歩踏み入れると、背中が凍り付きました。

 

 誰かの視線がじっとりと這っている様な、見られている様な感覚。生存本能が嫌が応でも警鐘を鳴らす。見えない手が首をすっと撫でる様な……

 不穏な空気を感じとり、周りを見渡します。すると、遠くからはばたくような音。鳥にしては大きいようなと思っていますと、にとりさんが、ぽつりと言葉を漏らしました。

 

「なんで、今日に限って……」

「にとりさん? どうかしたんですか?」

「簡単にいうと、ヤバイかも……?」

 

 緊張の色を滲ませたにとりさんの声を聞き、再び顔を正面に戻します。すると、地面から生えてきたかのように一瞬にして、黒羽生やした天狗様が正面から我々を見下ろしておりました。

 黒羽に黒髪。射命丸様よりもだいぶ髪が長い彼女。普段の射命丸様とは大幅に違っておりました。

 雰囲気は剣呑そのもの。刀携え、今にも斬りかかってきてもおかしくないようなそんな空気。

 そしてカラスを彷彿とする鋭い目が二つ。きりりと締まった目つきは、嫌が応でもこちらが捕食される側だと知らしめているようで、ぴリぴりとした威圧感が肌を焼いていきます。

 

「河童か、その後ろのは何者だ?」

「わ、私の知人です」

 

 怯えた表情を見せるにとりさん。それもそのはず。ぴしりとした氷の様な目つきがにとりさんを捉えており、いかにも怒っています、といった表情。

 言葉を聞くや否や、嘲るような目に様変わり。見下したような態度をとります。

 

「知人? いつからここは規則が緩くなったのだ?」

「ひゅい!?」

 

 にとりさんがびくりと肩を飛び上がらせ、こちらへ二、三歩あとずさって来ます。すると、くすり、くすりと木々の間から嘲笑のような声が聞こえて来ました。

 その声にびくりとしつつ辺りを伺うと、幾人かの人の気配が感じられます。いつの間にか囲まれている様子。私もにとりさん同様に、たらりと冷や汗が流れ出ます。

 なんとも嫌な空気です。にとりさんは大丈夫だと言っておりましたが、退散も視野に入れつつ、じりじりとあとずさりを始めます。

 

 そんな動作に気づかれたのか、くるりとこちらに目線が向きます。

 

「ところで、その知人さんはどんな顔をしているのだ? こっちに見せろ」

 

 こっちに注目が向いた事を悟り、ぴしりと固まります。その緊張感たるや凄まじく、心臓を鷲掴みにされているような心持ちでした。

 天狗はそもそも高慢な方々だとよく聞きますが、普段の射命丸様を見ていて半身半疑な噂でございましたが、これではっきりと致しました。

 間違いなく高慢な方たちです。だって今、私に狙いを定めてどういたぶってやろうかと思案している目ですもん!  

 そんな態度、こちらからしてみれば恐怖以外の何物でもありません。下手に動くことが出来ずにまな板の鯉が如く固まっておりますと、天狗様が持っていた杖で私の編み傘をくいっと跳ね上げました。

 

「さて、その貧相な顔立ちを──え? 嘘? かわっ」

「かわ?」

 

 なにやら、傘をはがした瞬間に森がざわつき始め、目の前の天狗様も口を抑えてしまいます。いったいどうした事かとにとりさんの方に向くと、あーと呆れたような声を出すにとりさんが映るばかり。しかも、にとりさん何かを思いついた動作をしたのちに、天狗様に耳打ちをしました。

 

 すると一言。

 

「うむ、知人でもいいわ。というよりも歓迎します。ようこそ天狗の領地へ」

「へ? あの……へ?」

 

 突然の事態の変化について行けずに、一人取り残されますが、いいからと、にとりさんが腕を引っ張り、ぐいぐいと先へ行ってしまいます。あの、と疑問投げかけても無視されるばかり。どんどん先へ行ってしまうので転ばないようについていく間際、くるりと後ろ振り向けば、なにやら指示を出している天狗様の姿。全く事態が飲み込めずに、事態も道も進んでいきました。

 

 さて、とりあえず窮地を抜けた私たち。牛に釣られてならぬ、河童に引かれて綺麗な沢へ。木々が開け、一気に光の奔流が私たちを包みます。眩しさに目を瞑り、暗闇へ。そして再び戻ってくると、そこには青空が地面にも広がっており、ときおり光を反射しつつ飛沫が舞います。

 ちょろちょろと水が流れる音と、澄んだ水場の香り。まさしく幻想的な沢が眼前に広がっておりました。

 

 

「ふぅ、ここまでくれば安心かな?」

 

 感嘆の息をほう、と漏らしていると、にとりさんが汗をぬぐうような動作。そんな動作に安心しつつ私も肩の力を抜いていきます。

 そんなお互いにホッとした所で先程から気になっていた事を問いかけます。

 

「しかし、よくあの場面を切り抜けられましたね」

「あーそれはね」

 

 困ったようなにとりさん。頭をぽりぽり掻きつつ真相を話して下さいました。

 

 天狗は、外の世界ではもともと衆道の気、つまりは男色の気があったという伝説がございます。それも、天狗様はもともと山伏の姿をしている為に、男の方の印象が多くございます。

 そして天狗とは人さらい、あるいは神隠しと切っても切れぬ関係。中でも子供が多く攫われてしまうことが多くございました。

 まぁ、そんな事ですから男の子が攫われる事も多くあり、性的な目的で攫っているんだ、なんて下卑た話もちらほら。妖怪とはそんなあやふやな印象に影響を受けてしまうものでして、あながち間違いでもないという性質になってしまいました。

 

 さて、場所変わり幻想郷。こちらには多くの女の天狗様がいらっしゃいます。私も初めて天狗もとい、射命丸様に出会ったときは大層驚きましたし、女性が多いと聞いて腰を抜かさんばかりでございました。

 そんな女社会こと天狗社会。同性愛の伝承のこる天狗様でございますから、女性なってしまえば当然好みもそのまま反転致します。

 

 つまるところ天狗様は、私の様な、いえ、認めたくはありませんが、私の様な小さい女の子が大の好物だと、にとりさんから聞きました。

 

 ……え?

 

「あの、つまり私がダシに使われたと?」

「本当にごめんっ!!」

 

 恐る恐る聞いてみますと、にとりさん、深々と謝ります。あれしか無かったんだと悔しさを滲ませたような声を聞いてしまったら許さない訳にもいきません。

 不承不承ながら許しますと、にとりさんは流石盟友と調子の良い事を言っておりました。……ちらりと見えた笑みは気のせいでしょう、きっとたぶん。

 そんな悪い笑みを浮かべたような、浮かべてないようなにとりさん。先程の事はけろっと忘れ、沢を案内してくださいました。私も、なんとかなるの思考の元に、天狗様のことは、ぽいと忘れ、沢を楽しみます。どうやら皆さん歓迎してくださっているみたいで、嬉しい限り。

 

 同郷の河童さんとのお話、河童の技術力。水の掛け合いからのずぶ濡れになって服を乾かす機械に触ったことなど様々です。綺麗な風景楽しみつつ、懐かしくもあり、新しくもある素敵な場所。頭の片隅に追いやっていた天狗様の案件がすぽん、と抜けてしまう程に素敵なひと時でございました。

 

「さて、そろそろ下山の頃かな?」

 

 なんてにとりさんの言葉ともに、現実に引き戻された私。気が付けば高く登り切った日がそろそろ落ち始めるころ。暗くなってしまう前に、帰りましょうと沢から帰ろうとすると。にとりさんに何かを手渡されます。

 

「はい、光学迷彩だよ」

「こうがくめいさい? なんですそれ?」

「天狗の目から逃れるのに必要なもの」

「天狗……? あ」

「まさか、忘れてた?」

「い、いやいやいや、忘れるわけありませんよ! 覚えていましたとも!」

「……まぁ、いいや」

 

 そんな感じでなんとかごまかす事に成功した私。楽しすぎて忘れるなんてまるで子供みたいな事、バレる訳にはいきませんからねっ! ……バレてませんよね?

 さて、それは一旦さておき、重要なのは手元にある球状のもの。にとりさんの説明によりますと、なにやら周りの景色と同化できる機械のようで、疑似的ではありますが、他者から見えなくするものだそうです。

 激しく懐疑的ではございますが、目の前で消えられてしまっては信じるしかございません。……河童さんおそるべしです。

 

 そんな、こうがくめいさいさん。何やら使い捨てなようで、一定時間超えると壊れる仕様だそうです。しかも足音やら気配やらは消せないと色々と穴があるもの。

 しかしながら、そういった気遣いは嬉しいもので自然と頬が緩みます。球体状のものを弄びつつ、すいっちと呼ばれる凹みに指を掛けます。

 ちなみに、さっきのにとりさんが天狗さんに耳打ちしたのは、帰り道は私たちは同行しないというもの。つまるところ私は一人で下山しつつ、天狗様から逃れなければなりません。

 

「本当に一人で大丈夫?」

「えぇ、これでも()()()()()()()()()()()

 

 心配そうなにとりさんの顔を見つつ、こう返します。

 実際、何故かは分かりませんが、道に迷う事はほとんどありません。それこそ神がかり的に道に関しては強いのです。

 ですから、天狗様から逃れることが出来れば此度は私の勝利です。しかしこちらには最新器具。そして、道に強い私。負けるはずがございません。

 

 名残惜しさものこりますが、沢から離れ森に入ると、あちこちに何かの気配。私は息を殺しつつ、すいっちを作動させます。緊張の一瞬。極力音を立てぬように、そろりそろりと森を抜けていきます。

 

 

 そんなわけで、天狗様と私のかくれんぼが始まったのです。

 

 

「い、いやぁぁぁぁあぁぁ」

「待ちなさーい! 大丈夫、痛いのは最初だけだから! すぐに良い所までつれて行ってあげるから!」

「ズルいぞ! あれは私のものだ。何故なら最初に私が傘をとったのだからな!!」

 

 背中から追ってくるおぞましい声なんて気にしている余裕もなく、物凄い速度で山を駆け下ります。

 え? こうがくめいさい? あれは、あれです。緊張のあまりぐっと握り込んだら壊れてしまったというか、煙を立ててうんともすんとも言わなくなってしまったのです。

 しかししかし、本当に途中までは順調だったんですよ? 嘘でも誇張でもなく、このまま無事に帰る事ができるのでは? といったそんな状態。迂回を重ねながらも着実に下っていたんです。

 

 しかし、現実は上手く出来ている物で、そうは問屋が卸さなかった。

 先程の入り口にいらっしゃった天狗様と、他の天狗様がひそひそと話している姿を見かけてしまい、先程の光景を思い出してしまいます。

 あの獲物を狙う目、嘲るようにこちらを見下すあの表情。思わず力が入ってしまうのも当然の帰結ではないでしょうか!! いえ、当然の帰結なんです。

 

 どれくらいの規模で私の事が周知されているのかは分かりかねますが、誰にも見つからない方が良いですし、ましてや狙ってる張本人にバレる訳にも行きません。緊張のあまり手からも汗がだらだらと。落とさぬようにぎゅっと握り込みました。

 すると、ぷすんと音を立て球体から煙が上がってきました。何事!? と慌てつつもバレていないかと天狗様の方にむくと。

 ばっちりと目があってしまいました。えぇ、それはもうばっちりと。しかししかし、まさか故障しただなんて露にも思わず。というよりも信じたくなく、そのまま三秒程お互いに固まりました。

 

 ひゅるりと、風が木の葉を運んできた瞬間。見知った方の天狗様が動きます。

 

「い……」

「い?」

 

 阿呆のように聞き返す私。返って来る言葉は当然これ。

 

「いたぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」

「え? 何、あの子?」

 

「お邪魔しました!!」

 

 ずびし、と指をさされ、もう片方が戸惑う姿を見るか見ないかの内に、ぎゅんと踵を返しそれはもう、放たれた矢のような速度で違う方向から山を駆け下ります。

 もう、なんでこうがくめいさいが壊れたかとか、もう一人ももう一人でお胸があって綺麗な方だったとか、そんな事考えている余裕なんぞありません。とにかく全速力で半ば転がりつつ山を駆け下る。

 振り返っている余裕なんぞございませんが、どうやら追ってくるのは二人のみ。しかし、相手は空駆ける事に関しては最速といってよい程に速い天狗様。じわりじわりと距離を詰められます。

 まさしく、狩るものと狩られるもの。あんまりの恐怖に涙がじわりと浮かびます。

 

 しかし、途中までは順調であった成果が実り、あの杉まであと少し。よく分かりませんんがあの杉を超えてしまえばなんとかなる。そんな直感がございました。

 あと、ちょっと、あと、数間。自然と足も軽やかになります。身体が火だるまのように火照り、ばくばくと心臓が脈打ちます。あと本当に数歩!

 

 しかし、その期待は粉々に砕かれる事になりました。

 

 どすん、と背中に衝撃が走りました。全速力で下っていた勢いが余り、ごろごろごろと草の上に転がりそのまま木に激突してしまいます。

 何にあたったとか、そんなの気にする余裕なんてなく再び立ち上がろうとする私に、どすと何かが覆いかぶさりました。

 

「ふふふ、本当に天狗から逃げられると思っていたならお笑い草だな。楽しかったぞ鬼ごっこ?」

 

 今、世界中の誰より聞きたくない声が頭上から響いてきました。ぞくり、と背筋に冷たいものが駆け抜けます。信じたくない。信じたくないと叫ぶ脳を思い切り否定するかのように、乱暴に仰向けにされ顔をおがまされました。

 見えたのは、やはり先程の天狗。端正な顔立ちが嗜虐的な色に染まり、こちらをなぶる様に眺めまわされます。整っているからこそ嗜虐的なその表情は恐ろしくあり、また、捕食される側だということを強制的に自覚させられます。

 そんな黒髪長髪な天狗さまの後ろから、ひょこっと、もう一人の天狗が出て来ましてにやりと笑みを浮かべました。

 

「へぇ、この娘が。いかにも円佳(まどか)が好きそうな子だわぁ」

「うるさいわよ、凛瑚(りんご)。他のが来る前にさっさと済ませるぞ」

「な、何を……」

 

 得体のしれない恐怖を感じ取り、身じろぎします。しかし円佳と呼ばれた方が、細い体に見合わず、がっちりとした力強さでぴしりと押さえつけており、どうにも出来ません。出来る事をどんどんと奪われ、まるでひたりひたり、と音を立て寄ってくる恐怖を、無理矢理正視させられていくような恐怖があります。

 それでもあきらめきれずに、なかば暴れるように動かそうとしますが、本当に何も動けない。種族の違いをまざまざと見せつけられ、すっと熱が引いていきます。

 

 まずい、まずいと分かっていてもどうにも出来ない。本当に本当にどうしようもありません。脊髄が鷲掴みにされ、恐怖を引きずり出されるようなそんな感覚。

 この時ばかりは素直に思いました。ただただ、「怖い」と。

 

 そして、敢えてゆっくりと近寄ってきた凛瑚と呼ばれた方が、おもむろに服をはぎとり始めました。

 

「え? いやっ!?」

「はいはい大人しくしててねー」

「ちょ、やめっ!」

「大丈夫、おねーさんに任せて」

「やめろって!! 言ってるだろ!!」

 

 恐怖か、或いは怒りか。無理矢理にでも腕を振るい、能力を発動させ引きはがします。能力によって天狗は吹き飛ぶように離れます。

 しかし、それはその場しのぎにしかなりません。ゆらりと天狗は立ち上がると戻ってきました。

 もう一度、能力を発動させんと腕を振るおうとすると、どす、と顔の横に刀が突き立てられます。

 

「大人しくしていろ。大人しくしていれば五体満足で返してやる」

「ひっ……!?」

 

 怒気を含んだその声に、身が縮こまり、声が出なくなります。もう本当にどうしようもない。本当に手詰まりです。

 引きはがした天狗も戻ってきて、不気味な笑みを浮かべました。

 

「ふふ、あー可愛いわ堪らない」

「や、やだ……」

「力の差って悲しいよね……うふふふふ」

「さぁ、早く済ますぞ」

「やだ、やだよう」

 

 もう、本当に事が終わるのが静かに待つのみ。いくら悲しかろうが、これは弱者の定め。むしろ五体満足で帰れる分幸運なのです。そう思い込み、手が伸びてきたところでぎゅっと目を瞑りました。

 手が、布をはぎ、素肌が少しづつ晒される──はずでした。

 天から聞きなれた声が響き、この状況を切り裂きました。

 

「あややや、これは穏やかではありませんねぇ」

「なっ!?」

「え?」

 

 馬乗りにされている二人から動揺が伝わり、ぎゅっと閉じていた目を開けるとそこには見慣れた、本当に懐かしいような天狗様の姿。

 その天狗様は、すっ、と扇子を取り出したかと思うと、目を細め。凛とした声を響かせました。

 

「去れ、それは私のものだ」

 

 

 

 さて、そういった所で、一旦お開き。

 

 危うくみぐるみはがされ、あられもない姿を晒すところでございましたが九死に一生。まさしく天よりの助けがございました。

 

 本当に種族の差は悲しい物ですね。何度も酷い目にあっておりますが、その度に思う事でございます。

 今回ばかりは、本当の本当に恐怖するばかり。まぁ、過ぎてしまえば笑い話ですね。

 

 妖怪が恐怖のあまり涙目なんて、本当にお恥ずかしい限り。今でも思い出すだけで、恥ずかしいあまりに赤面してしまいます。

 

 さて、本当にお恥ずかしい姿を晒してしまい、恥ずかしさのあまり語ってしまいましたが、一旦区切れでございます。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。 




あややは、かっこいい。いいね?


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睨み合いだよ 袖引ちゃん

しばらく不定期になるやもしれません。努力致しますのでゆったりお待ち下さい


 さて、お山の中腹。今日も元気にはだけております。

 ……夏が近いとは言え、この気温。まだ半裸になるには適しておりません。いえ、半裸では無いと強硬に主張しますけどね!

 さて、そんな原因を作った天狗様方のお二方。長い黒髪のしゅっとされた方と、ちょっと羨ましいようなそうでないような体つきの、髪に癖があるお二人様。只今動揺中でございます。

 

 もうすぐ夏だというのに、怖気のよだつというか、鳥肌が立ったそんな出来事の後。

 

 

 私、韮塚 袖引 困っております。

 

 

「去れ、それは私のものだ」

 

 そんな、いつもにこやかに接して下さる射命丸様から想像出来ないような、冷淡な声がぴりりと響き、馬乗りになっている天狗様方から動揺が伝わってきました。

 私の上の天狗さんが狼狽しつつ、ぼそりと漏らします。

 

「な、なんでアンタがここに……」

「……いつの間にか随分と出世したようで。貴様、誰に向かって口を聞いているか、分かっているな?」

「ぐっ……申し訳ありません! ですが、こいつは侵入者で……」

「先程、私のものだと言ったはずだが?」

「っ……そんなはず……」

「なにか?」

 

 という言い合いが、馬乗りになったままで進行されております。話の主題は私の筈なのに、私は蚊帳の外。流石にこの剣幕に飛び込む勇気は無く、ただ案山子のように押し黙るしかありませんでした。

 そんな中、もう一方の確か凛瑚さんと呼ばれていた方が声を上げました。

 

「射命丸様。こいつは侵入者であってそれを懲らしめる……」

「ふむ、上司の決定に異存があると」

「……いえ、差し出がましい事をして申し訳ございません」

「貴女のそういう所嫌いじゃないわ」

 

 そんな言い合いを強引にねじ伏せるような形で、射命丸様が制し、天狗のお二人様は沈黙。馬乗りされたまま続けれた議論は馬乗りのまま終わってしまいました。

 なるべく息すら目立たないようにしておりましたが、そろそろ恐怖も緩み、身じろぎを一つ。すると、やっとこさ私の存在を認知したのか、円佳と呼ばれていた天狗様は、あ、という声を挟みつつ、ひょいと退いてくださいました。

 

 よいしょと起き上がると、乱れた髪やら服の裾。破かれてしまった所を慌てて隠します。それと同時にすすす、と射命丸様の方へ寄りつつ、彼女達から距離をとりました。

 

「あ……」

 

 残念そうに伸ばされる手。私からは魔の手としか言いようがありませんでしたが。

 そんな魔の手から逃れた私。そそくさと射命丸様の後ろへと回ります。そんな姿を見た彼女達は、二人で視線を交わし合い。きっ、と視線を投げつけつつ翼を広げ何処かに飛んで行ってしまいました。

 

「着せ替えごっこできると思ったのにー!!!」

 

 えぇ、あれです。最後に聞こえてきた声は空耳か何かでしょう。流石に誇り高き天狗様がそんな事をおっしゃる筈が……

 といった所で、頭にポンと手が置かれよしよしと撫でられました。

 

「怖かったですね」

 

 その一言だけ。射命丸様はその一言だけ発し、頭を撫でつけて下さいます。何者かに守られている安心感。そんな温かい気持ちが頭を通して全身に広がりました。

 こんなことは慣れっこなはずなんです。けれど、何故かぽろり、ぽろりと涙が出て、本当に死ぬんじゃないか、本当に恐ろしい事をされるんじゃないかという恐怖が今頃になって湧き出てきて、ぐすり、と鼻をすすりました。

 

「怖かった……本当に、怖かったよぉ」

「はいはい、もう大丈夫ですよ」

 

 まぁ、彼女たちの思惑どうであれ。私が味わったものは、死の一言を想起させるには充分すぎる位に恐ろしいものでございました。そんな中助けて下さった射命丸様は、仏様か何かの様に見えてしまう。

 だからこそ、みっともないというか、情けない姿を晒してしまった訳です。それに、正確な歳は分かりませんが、彼女が遥か上に年齢を置いているのは事実。そんな年長者のような風格もあったからこそ、私の涙はこうもぽろぽろ落ちていくのでしょう。

 子供のように泣いたのも、人前で涙を見せたのもいつ頃ぶりか。

 

 

 さて、泣き付き、抱きつき、そろそろ落ち着いたそんな頃。

 

 私、赤面しております。えぇ、もう真っ赤です。今なら天狗のお面にですら勝ててしまうこと間違い無し。あぁぁあ、と声漏らし、頭を抱えております。

 まさか、まさか、とんでもない恐怖あったとは言え、射命丸様に、抱きつくまでしてしまった行為の数々。情けないやら、恥ずかしいやらで頭は一杯一杯。重くなった頭落とさぬように、精一杯頭抱えてうずくまっております。

 本来ならば、天狗様なんてまさしく雲の上の存在。私なんぞの低級に抱きつかれてしまったあかつきには、嫌悪感も凄まじい事でしょう。そんな想像をし、顔が真っ青となり、ぱっと離れました。

 そして、すぐさま自分が今まで何をしていたのかと、顔を真っ赤に、とくるくる塗り替わる百面相をさらしておりました。

 

 

「いやー、珍しい姿でしたね。眼福でした」

 

 カメラがあったら撮っていましたよー、と楽しそうに話す射命丸様。目が実にキラキラしているというか、爛々としているというか、まさしく楽しそうでいいですね。といった表情。

 

「あぁ、もう、本当にすいませんでした! 違うんです。あれは違うんです!」

「はいはい、分かってますよ。この件は秘密ですね」

 

 あぁ、もう恥ずかしい。恥ずかしいったらありゃしない。と、赤らめつつも、あわわと手をぱたぱた。

 そんな慌てた私に、片目を閉じて応じるという、茶目っ気のある仕草で答える射命丸様。お優しいと実感するかしないかはともかくとして、平伏せんばかりに謝り倒した甲斐がございました。

 そんな射命丸様から一言。

 

「そもそも広めたりなんて絶対しませんけどね」

「ひぃっ!?」

 

 やっぱり怒っている様子。ぼそりと呟いたようなその言葉には、確かな感情が籠っており、こちらを見る目も先程の天狗さんの目を彷彿とさせるようなもので背筋が凍ります。

 そんな視線に耐えられず、そそくさと、慌てて身の回りのもの集めぺこりとお辞儀。

 

「この度は失礼いたしました! では、これにて!」

「あ、ちょっと、そんな格好で帰るんですか?」

 

 え? と見下ろせば、隙間風が入り込んできそうな私の格好。先程の惨事をすっかり忘れ、泣きべそをかいていた私は、正しく粗忽者なんて言葉が良く似合うことでしょう。

 

「韮塚さん、流石にその恰好は扇情的すぎません?」

「こ、これは……わ、忘れていたわけではなく」

「……まぁ、痴女だろうと私的にはおいしいネタが増えるだけですし」

「違います! 違うんです……」

「ふむ、人里に住む小さき妖怪。その実態は……おっと」

 

 あまりにも、あんまりです。私が悪いのは承知しておりますが、ここまで言われてしまうのでしょうか。痴女だなんてあんまりです。そんな事を思いつつも、相手が相手なだけに、何も言い出すことが出来ません。

 黙ってはらはらと涙を流しておりますれば、射命丸様も気づかれた様で、やり過ぎました? なんて首を傾げる仕草。

 

「あのー、ひょっとして……私?」

「……いいです。もう私なんて何でもいいんです。ふふふ、このまま帰って痴女と呼ばれるのも面白いかもしれませんね。いいんです、いいんです」

「ちょ、ちょっと冗談ですって! というかまた襲われますよ? いいんですか?」

 

 自暴自棄になりつつ帰路につこうと思っておりましたが、襲われるという単語で足がピタリと止まる。悲しいかな先程の動転といいますか、驚天動地な事件はしっかりはっきりと私の印象に残っております。若干、私の言動が怪しい事になっているのもそのせいです。そうに違いありません。

 

 さて、足縫い付けられ、服は繕いようがなく、進退窮まった私。ぐぬぬと頭を捻ります。このまま下山して、不本意ながら痴女のそしりを受けるか。あるいは、このまま山で暮らすのか。

 

「あのー」

 

 ふむ、どちらも困ったものです。痴女なんて称号を頂くのは不本意すぎますし、かと言ってここで暮らすなんて恐ろし過ぎて想像すらしたくありません。

 

「あのー聞いてます?」

 

 ……本当にどうしましょう。困りました。恥じらい捨てて帰りましょうか? いえ、でもそれはあまりにも……

 

「おっほん」

「ふぇっ!?」

 

 気が付くと、射命丸様が近寄って来ていて、大きく咳払い。これには私もびっくり仰天。思わずしりもちをペタリとついてしまいます。

 射命丸様の視線気にしつつ、立ち上がりますと。天狗様はにこにこ顔で話掛けて来ました。

 

「ふむ、眼福眼福……違った。私、韮塚さんの家まで送りましょうか?」

「はい? 送る? 誰を?」

「貴女を」

「へぇ、それはすごい……へ?」

 

 いきなりなありがたい提案に、思わず固まる私。まさしく天から降って沸いたような幸運について行けず、ぽかんと口を開くばかり。そんな私を見て警戒したと取ったのか、慌てて訂正する射命丸様。

 

「いやいや、あのはしたない二人みたいにいきなりとって食べようとなんてしませんとも! 私は清く正しい新聞記者。きっちりかっちり、紳士淑女的に送って差し上げますとも!」

「へ、あ、はい。……あ」

 

 違うんです! と言わんとしましたが、あまりの剣幕に思わず頷いてしまう私。それを了承ととったのか射命丸様は目をキラキラ輝かせます。そして、私の腕をがしっと掴みました。

 

「ふむ、やはり韮塚さんは話が分かるお方。いいでしょういいでしょう。今回は特別ですからね?」

 

 ひょいと、宙に浮く感覚があったかと思うと、いつの間にか射命丸様の腕の中。

 あんまりにも一瞬過ぎて、何が起きたのか全く把握出来ておりません。とにかく思ったのは、やはり天狗様は力がお強いなーとぼんやりと考える事位。

 つかまってて下さいね、の一言と共に強い風と浮遊感。いつの間にか空の旅へひとっとびでございました。

 

「しっかし、軽いですねー。大丈夫です? ちゃんと食べてます?」

「へ? あぁ、ちゃんと食べ……いや、そうでなく!」

「なになに、どうしました? ひょっとして夕飯がまだ決まっていないとか」

「まぁ、夕飯は決まってませんが……うん? えーと」

「まぁまぁ、落ち着いて決めましょうよ」

「そ、そうですね……えーと」

「さて! そろそろ人里ですよ!」

「え、嘘? はやっ!?」

 

 ジタバタする時間も無く、瞬きの間位の時間で人里の上空へ到達しておりました。速さに驚くあまり、つい素が出てしまう私。なんといいますか、今回はみっともない姿ばかり晒している気がします。

 ううう、と唸っていると、いつの間にか私の家の上空へ。ぱさりと屋根に降りて、するりと窓から中へ。確かに、そこまで強固な戸締りをしている覚えはありませんが、あまりの手口の素早さに、思わず、ん? と首を捻る私。

 気のせいですよね。うんうん、気のせいの筈です。

 

 さて、忍び寄る恐怖的なものを感じていると、優しく部屋に降ろされ、そのまま着替えを持ってきて下さる射命丸様。

 はい、どうぞとポンと渡され。ありがとうございますと返す私。早く服が着たかったが為に、感謝の気持ちが……という訳にもいきません。

 

「あの……なんで射命丸様は私の服の場所を?」

 

 流石に疑問に思い、恐る恐る聞いてみる私。背中にじわりじわりと嫌なものが這ってきている様な、そんな感じが致します。

 まぁ、衣装箪笥なんて一つしかありませんし、それを見つけたといった所でしょう。えぇ、間違えありません。

 

 そんな普通の答えを期待して、視線を送りました。

 いつの間にか陽は傾いていて、薄暗い影が忍び寄る部屋の中。射命丸様はクスリと笑い、何処からか取り出した手帳で口元を隠しました。その姿は何処か妖艶で、今までの軽い態度とは一線を画した「何か」がそこにいきなり現れた。そんな感覚を受けてしまいます。

 

「ふふふ、天狗は何でもお見通しなのですよ?」

 

 紛れもなく彼女は妖怪で、私というちっぽけな存在を見透かしてくるような、強大な力を持つ一つの個体。その事実を、まざまざと見せつけられたような、そんな一瞬。

 射命丸様は言葉を続けます。

 

「韮塚さん、きっと貴女はもう一度山に来る事でしょう。……まぁ、その時は麓だけで過ごす事です。天狗の領域には踏み込まぬよう、気を付けて下さい」

「え……?」

 

 思わぬ言葉に、思わぬ単語。また、あそこに行くとはどういう事なのでしょうか。そんな唐突な言葉に目を白黒させていると、射命丸様は窓に足を掛け、出立の姿勢。

 

「あ、そうそう。転んだ時も思いましたが、もう少し自分に頓着したほうがいいですよ? 今、どんな格好だか分かってます?」

「え……はっ!?」

「ではでは、お元気でー」

 

 慌てて胸元隠しつつ、ばさりと翼広げ飛んでいく射命丸様を見送りました。

 夕焼けに浮かぶ黒い点はあっという間に見えなくなり、ほっと溜息を一つ。そして、今日あった事を反芻していると、顔が青ざめたり、赤くなったり。

 

 襲われた事はともかくとして、射命丸様の前で泣きじゃくってしまった事や、色々と子供の様な事を言ったりしたり、と最終的に恥ずかしさが勝っていきました。

 そうなれば、やる事は一つ。布団引っ張り出して潜るだけです。がばっと、潜り込み、あーとか、うーとか叫んでいたらいつの間にか次の日に。

 

 なんて言うのが一回目の妖怪の山来訪でした。まぁ、あまりいい事なく、恥ずかしさばかり募る出来事でございましたね。と思い出すばかり。今でも赤面してしまいます。

 

 まぁ、いい事悪い事あるのもまた人生。なんて清濁やら、お茶やら飲み込みつつ、話は再び市へと戻ります。

 

 季節同じくして、時代は山の神様いらっしゃった異変から、そろそろ一回りな頃。再び私は戻ってまいりました。

 お蕎麦屋で一服し、再び陣地へと舞い戻る私。とは言え、そろそろいい感じに物も捌けて来て、そろそろ店じまいかなーなんて思い浮かべておりました。

 ぽつぽつ流れる人達を見つつ、ぼんやりしておりますと、声が掛かります。

 

「こんにちは。お店やってるんですね」

 

 声が掛かり振り向けば、最近見知ったお顔がそこに。

 いらっしゃったのは、緑の髪に特徴的な巫女衣装。お山の方の巫女さんこと、東風谷早苗さんが小さく手を振っておりました。

 

「おや、こんにちは。お買い物ですか?」

「そんなところです。バザーやってると聞いたのでこっちまで来てみました」

「ばざー?」

「あぁ……えーと、市って意味ですよ」

 

 なるほどなーと納得しつつ、見世物勧める私。ちなみに早苗さんは時折買い出しに来ていて、その際に家に遊びに来る事もしばしば。色々とお裾分けやらもして下さり、最近急激に仲良くなっております。

 そんな早苗さん、しげしげと端材で作った手ぬぐいやらを眺め。いいですねーこれとか楽しそうにしております。

 何と言いますか、物を眺める姿がとても似合っており、いつまでも眺めていたい程に微笑ましい。

 その中でも、やたらと気にかけていたのは、早苗さんが遊びに来た際に見せてもらった、しゅしゅ、と呼ばれるもの。

 髪留めの一種だそうで、割と簡単に作れてしまうものでしたので、ちょこちょこ作って持ってきておりました。人気を博し、売れ残っているのはあと一つ。といった状況で、早苗さんも作ったんですねー、とか言いつつも手にもって眺めておりました。

 

「これ、他にも色ありませんか?」

「えーと、すいません。それはもう残り一個でして……」

 

 売れ残っていたのは、藍染めの端材でつくったもので、緑を基調とする早苗さんには少し似合いづらい物。早苗さんもうーんと首を傾げております。

 いつもお世話になっている分、要望も叶えてあげたい所。

 

「あの、家に戻れば材料はまだありますので、一旦家に──」

「いえ、売り物として残っているのがこれなら、きっとこれはこれで運があったんです!」

 

 うんうんと頷くと、早苗さんは、たもとから財布を取り出そうしました。そんな時に再びかかる声一つ。

 

「やっと、見つけた! おーい、袖引ちゃん!」

 

 いきなりな声に、ぱっと振り向けばこれまた見知った影二つ。日傘を差した咲夜さんに、ぱたぱたと元気そうに特徴的な翼動かす妹様。フラン様がいらっしゃいました。 

 おーい、と言いながら、とてとて寄って来る姿に、和んでおりますと早苗さんがこそっと耳打ち。

 

「あの子、レミリアさんの妹さんですよね……? こんな所にいていいんですか?」

「へ? ……あ、そう言えば」

 

 愛くるしさに忘れておりましたが、フラン様は強大な力を持つ吸血鬼の一族。確かにこんなところで力を振るわれたら大惨事は必須でしょう。しかし、最近までずっと訓練を積み、時折私の店にも顔を出せる程に行動範囲が伸びたフラン様。

 まぁ、本当に色々とありましたが、今なら安心を持ってこう言えます。

 

「きっと大丈夫ですよ。最近は力の制御だいぶお上手ですから」

「うーん、でも……」

「ちょっと、そこの人間と何こそこそ話してるの?」

 

 いつの間にか、フラン様にすっと距離を詰められ、腕をぐいぐいと引っ張られました。

 相も変わらず私を引っ張るなんて役割を取られている様なそうで無いような。

 この光景に早苗さんも、そして、追ってきた咲夜さんも苦笑しつつも挨拶を交わします。どうやらお二人は面識があったようで、お互いに軽く会釈をしつつ挨拶しておりました。

 

「あはは……こんにちは」

「こんにちは、早苗さん」

 

 因みにフランさんは、私に抱きついたまま早苗さんは眼中にない、とばかりに私に話かけておりました。

 そんな態度ですので、私含め、三人で顔を見合わせて苦笑い。すぐにぐいぐいと引っ張られて、引き戻されましたが。

 

「妹様は本当に袖引さんが好きですね」

「当たり前じゃない。なんの為に探したと思ってるのよ」

「それもそうでしたね」

 

 聞けば、私を探すために人里を歩き回っただとか。そこまでして頂くのはありがたいのですが、そこまで探すものでもないと思うのですが……

 因みに早苗さんは苦笑いしつつ、どう話しに入ろうものかと考えている様子。そんな様子を見て、私は先程のしゅしゅを使うことに。

 

「そうでした、早苗さんそのしゅしゅですが──」

「なにこれ?」

 

 一旦地面に置かれたしゅしゅに水を向けますと、なんとフラン様が拾い上げ、しげしげと眺めてしまいました。

 あ、と声を漏らした早苗さん。しかしながら、そこは幻想郷在住の女の子。伸ばした手が降ろされる。なんてことにはなりませんでした。

 

「それは私のものです。今から買うんです」

「何? まだ買ってないならいいじゃない。霊夢の偽物さん?」

「れ、霊夢さんの偽物……その言葉は聞き捨てなりませんね!」

「ちょ、ちょっと……」

 

 言い合いが激しくなる。というか、確実に衝突の結末が見える言葉のぶつけ合い。

 それを止めたかったのですが、一度火がついた彼女達を止める事など到底不可能。次第にぼやから大火事になるまで眺めるしか他ありませんでした。

 

「ふん、所詮日傘なしに外を歩けない。へなちょこ種族さんめ」

「い、言ったわね……いいわ。その挑戦受けようじゃない」

「いいですよ? でも肌が貧弱なんですから日焼けを心配してくださいね?」

「偽物にはちょうどいいハンデじゃない?」

「ふ、ふふふ……いいでしょう。この私の本気をお見せしましょう!」

 

「「弾幕ごっこで勝負です(よ)」」

 

 

 あの……お話を聞いてください……。

 

 ちらりと咲夜さんの方を見ると、何かしら、と首を傾げる咲夜さん。この状況をなんとも思わない彼女もまた、立派な幻想郷在住の女の子でございました。

 

 

 さて、火花バチバチと散らし、しのぎを削ろうとする弾幕ごっこが始まろうとしておりますが、一旦ここらで一区切り。

 山の思い出話終えても、一息つかせぬままに次の事が舞い込んでくる今日この頃。とっても騒がしくも素敵ですね。……えぇ、忙しいとも言えてしまいますが。

 

 まぁ、気を落とさず、残機落とさず。本日も私の周りは元気に溢れております。

 

 といったところで次回に持ち越し。

 

 ではでは、()()続きお楽しみ下さる事を願っております。

 



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大騒ぎだよ 袖引ちゃん

お待たせしました。


 火花散らし、火蓋落として弾幕ごっこ。フランさんと早苗さんがしのぎを削っております。

 空に浮かぶは弾幕の文様。いやはや、何とも綺麗な物です。しかしながら、フラン様は日光を浴びておられますし、早苗は早苗さんで、少々押され気味の模様。

 やるとなったら、とことんやる幻想少女。血気お盛んなお年頃のあの二人を、誰か止めて下さったりしないでしょうか?

 

 さて、そんな場面から始まります今日の一風景。綺麗な文様描き飛ぶ二人に、見る二人。の筈でした。

 場所は人間様住まう人里。から離れ開けた場所。咲夜さんの鶴の一声で、何とか人里上空でのぶつかり合いは避けられました。

 まぁ、人間様への配慮うんぬんでは無く、もっと開けた場所で見た方が綺麗に見えるだろうから。と咲夜さんらしい理由ではございましたが。

 

 

 さて、そんなこんなで始まります。

 

 

 私、韮塚 袖引 見物をしております。

 

 

 

 きらきら煌めくお空の弾幕。だらだら垂れる私の冷や汗。手汗握る展開が繰り広げられ、私は気が気でなりません。何が心配かって? それはまぁ、お二人の心配ももちろんございますが、そうではございません。

 何故か空中には、はためくめいど服。えぇ、そうです、咲夜さんが乱入したのです。

 はじめは瀟洒な従者らしく粛々と観戦しておりましたが、何故か私も混ざりたいわ。などと言い出し、フラン様、早苗さんが撃ち合う火中に飛び出し、刃物を投げ始めたのです。

 しかも、しかもですよ。あろうことかフラン様も巻き添えにしてです。もし当たったら、とか従者の立場を考えないのでしょうか!? そんなわけで、咲夜さんの立場案じつつ、戦々恐々と見守っている訳なのです。

 

 

 さて、時は戻り、火蓋が落とされんばかりの頃。

 

「弾幕ごっこで勝負よ!!」

 

 ばちばちと、火花散らすのは結構でございますが、恐ろしい事にそのまま人里でやり合わんと気炎を上げる二人。流石にここではまずいと思っておりましたが、私の話なんぞ聞いて下さるような状況ではありません。ど、どうしましょうと咲夜さんの方振り向けば、咲夜さんは咳払い一つ。

 

「こちらでやるには少々見栄えが悪いかと。物も多いですし、何よりひやかしも大勢で、折角の熱がさめてしまいますわ」

「じゃあ咲夜、どうするの?」

「それは、場所を──」

「じゃあ、こうしましょう!」

 

 フラン様の問いに、ぱん、と手を合わせる早苗さん。パチンと綺麗な音が鳴ったと思えば、周囲はあっという間に風変わり。人里の街並みから、開けた場所に変わっておりました。

 

「……へ?」

「え?」

「……流石、ですね」

「どうです? 私の奇跡は?」

 

 あまりの急さに反応出来ずに呆ける私。そして、あっけに取られるフラン様。最後にびっくりしつつもきちんと状況を把握している咲夜さん。

 そんな各々の反応を見つつ、嬉しそうに胸を張る早苗さんが映ります。その言葉でようやく何が起きたのか悟る私。どうやら早苗さんの持つ、奇跡を起こす程度の能力で場所が転移したようです。

 感心したかのように、パチパチと拍手するフラン様。が、飛び出た言葉は火花をパチパチ散らす言葉。

 

「へー、偽物巫女でも奇跡をおこせるのねー」

「ふ、ふふふ……さっきから偽物、偽物と。奇跡に免じて許してあげようとも思ってましたが……ふふふ、私だって怒る時は怒るのですよ! 勝負だこのちびすけやろー!!」

 

 なんてやり取りがあったそうで。私が感心にうつつを抜かしておりましたら、いつの間にか空へ浮き上がる二人。

 血気盛んといいますか何といいますか。早苗さんは最近まで別の世界と言っても差し支えない現世に住んでいた方。

 また、フラン様はフラン様で、ここ最近まで館の中だけが世界の全てだった方です。世界の感じ方違えど、この二人の境遇はあながち似ているのかもしれません。だからこそ、こうして衝突し世界との距離を確かめているのかもしれませんね。

 

 と、ぼんやりと考えておりました。えぇ、そうでもしないとこの状況を直視出来ないといいますか。事態はそんな微笑ましい成長の過程で片付けて良いようなものでもありませんでした。

 

 本気で怒ったのか、最初からスペルカードを宣言し襲い掛かる早苗さん。奇跡の力量もそうですが、まだまだ全力で力を出すことが不慣れなのか、不安定かつ強力な技を繰り出す早苗さん。

 対して、フラン様も力を大いに振るう方。紅の霧の異変から随分と経ち、あれから訓練したのか制御自体はかなりの腕前。元より彼女は高貴なる血統の妹様。これくらいなら朝飯前なのでしょう。しかし、彼女の地力は他の存在と一線を画するもの。

 

 その二人がぶつかるとどうなるのか。答えは簡単でございます。

 

「えーと、咲夜さん」

「何かしら?」

「木が一本まるっと飛んでいったのは」

「現実ですわね」

「地面がめくれたり、抉れたりするのは」

「現実ですわね」

「さっきから、見物場所が転々としているのは」

「私の能力ですわ」

 

 えぇ、とても、危ないのです。思わず命の危険を感じるくらいには。大地が裂け、海が割れ、火が燃え盛る。そんな素敵滅法ならぬ、素敵末法な世界が顕現なされております。幸い咲夜さんの能力で私たちは巻き添えを喰らわずに済んでおりますが、ここが人里でございましたら。なんて想像したくもありません。

 さて、場所転々しつつ、お空の点々見上げる私たち。物凄い光景を作り上げている二人は騒ぎながら飛び回ります。

 

「息上がって来てるんじゃない?」

「そっちこそ、だいぶ日差しがきつそうですね! 降参したらどうです?」

 

 その中心の二人は大いに元気。なんともまぁ、やりたい放題でございます。

 

 しばらく見守っておりましたが、早苗さんは息切れなのか危なっかしい挙動が増え、フラン様はふらふらとし始めました。二人ともそろそろ危なかっしいのに、お互い手を緩める様子はありません。

 そんな終盤を思わせるような挙動の二人を見て、咲夜さんはとんでもない事を言い出しました。

 

「私も混ざりたいわね」

 

 私と空中で繰り広げられる綺麗な空模様を見守っておりましたが、時間が経つにつれ、そわそわし始めているのは感じておりました。しかしまさかそんな言葉がでるとは思わず、その言葉に驚いてしまいます。

 咄嗟にえ? と振り向けば、ふわりと浮き上がる咲夜さんの姿。そのまま飛び上がり、刃物を二人に投げ始めてしまいました。

 普段が素晴らしい従者をしているだけに、この行動を見て目を丸くせんばかり。まんまるなお目め見開いてみるのは、十六夜の名を冠した従者さま。流石にあのお二人も、びっくり仰天。一瞬動きが止まりました。

 そこに容赦なく切り込んでいく咲夜さん。本当に素晴らしいくらい綺麗に割り込みをかけていきました。

 

「楽しそうだから混ざりに来たわ」

「え? 咲夜!?」

「なんでこっちに……うわっ!?」

 

 びゅんびゅん飛び交う弾幕に混ざる、銀閃の煌めき。見栄えはとても素敵ですね。えぇ。

 咲夜さんは、早苗さんの方に向けて得物を数本投げた後、フラン様の方にも牽制のないふを数本放り投げました。一瞬にしてぴたりと硬直する場。瞬間にして空間の支配権を奪い取りました。

 そんな空間を支配した咲夜さん。何故か動きが止まってしまいます。

 

「さて、これからどうしましょう?」

 

 そしてフラン様と、早苗さんの間に割って入った咲夜さんは困ったように首を傾げる姿。どうやらさっきの行動は咄嗟の行動だったらしく、んーと悩んでいる表情を浮かべておりました。

 空間の支配者がこの状況ですので、私たちも動くに動けません。まさしく空気が凍り付いた、そんな中。再び動いたのは咲夜さん。あ、と呟いた後、ちょいちょいと私に手招きをしてきました。

 

「袖引さん、こっち来て」

「あ、はい」

 

 いきなりなご指名に即答する私。何といいますか紅魔館での立場もございますし、ほいほいと指示に従う事に慣れてしまっているのですね。なんとなく嫌な予感しつつも、ふわりと浮き上がり咲夜さんの元へ。

 すると咲夜さん、がしっと私の両手を掴みました。

 

「これで二対二ね」

「……はい?」

 

 幻聴でしょうか? まさか私を頭数に入れているなんて事はある筈ないですし、間違いなく幻聴ですねそうに違いありません。

 そんな幻聴のもとに恐る恐る顔を向けますと、片目瞑り、お茶目な表情をするめいど様。両の手もしっかりと白魚のような指が私の小さな手に絡みついておりました。

 

「背中は預けるわ」

「いやいやいや、咲夜さんは何を言っているんですか!?」

「大丈夫よ、あの時、あんなにも強く抱きしめてくれたでしょ?」

「いや、確かにそうですけども!」

「ちょっと咲夜。どういう事!?」

「あのー、お二人ともー?」

 

 冬の異変を持ち出しつつ私を押し出そうとする咲夜さんに、反応するフラン様。そして置いてけぼりな早苗さん。

 ふつふつと先程とはまた違う、別の熱がだんだんとこの場に満ちはじめました。今にも詰め寄らんとするフラン様に、任せたわとこちらに放り投げる咲夜さん。

 恐怖を感じる様な目つきのフラン様が、何故か咲夜さん通り越し、私に直接詰め寄って参りました。

 

「ねぇ、私たちも熱い夜を過ごしたもんね?」

「え、えぇ。確かに熱いと言えば大いに熱かったですが」

「何その態度。やっぱり咲夜なの、咲夜がいいの?」

「いえ、あのそうではなく」

「う、うぅ、私の事なんてもう嫌い? 嫌いなんだぁ……」

「違います! 違いますからぁ!」

 

 今にも泣きだしそうなフラン様にどうしたものかと咲夜さんに助けてと視線を送りましたが、咲夜さんは何やら早苗さんと話していて、こちらには目もくれません。

 早苗さんは何を吹き込まれたのか、心配そうな視線を送ってくださっていたのに、何故か途中から生暖かい笑顔に。一体何を話しているのでしょうか!?

 まったくもって不審なお二人を眺めておりますと、地獄よりも恐ろしい声が間近から響きます。

 

「ねぇ、袖引ちゃん? なんで、こっち向いてくれないの?」

 

 ぎぎぎと振り向くと、もう、魂でも抜き取れるんじゃないかと思えるくらいに恐ろしい双眸がこちらに向けられておりました。

 

「……ねぇ、どうして?」

 

 思わず、身体が硬直してしまう程に恐ろしい気配。意図せずして、終わらない夜の異変を思い出してしまいそうです。そんな事を知ってか知らずか、更に顔が近づくフラン様。キラリと鋭利な牙が光り、私の動こうという意思を奪っていきました。

 もう、吐息が掛かりそうな距離。いつもの幼げな態度は何処へやら。恐ろしさを孕みつつも、微かに大人の色香を感じさせるフラン様が私の腕を掴みます。

 これから何をされてしまうのか、と不安の雲がもくもくと。流石に血を吸われてしまうなんて事はありませんよね? えぇ、無い筈です。無いんですよね? 

 可愛くも美しいお顔がどんどんと近づいてきており、流石に私も、不安が限界を超えました。

 

「あ、あの……フラン様?」

「ねぇ、袖引ちゃん」

「は、はいっ!?」

「この行為ってなんだか知ってる?」

 

 ニタリ、とフラン様が浮かべる笑みが、私を竦ませます。後ろに咲夜さんが控えている筈ですが、どうにもこうにも助けが参りません。振り向く事もままならず、私はただ硬直するばかり。フラン様が抱きつくような形で、私の耳元もとい、首筋に口を近寄せて来ます。吐息がぞわぞわと背筋を震えさせてきます。

 そして、ぞくぞくとするような声が耳元から。

 

「この行為はね……」

「フ、フラン様? もう……」

「いたずらって言うんだよ!」

「へっ? ひゃあ!?」

 

 そんな元気な声が聞こえたかと思ったら、かぷっと耳を甘噛みするフラン様。突然の事態に私は驚くばかり。対して、あはは、と大笑いするフラン様。引っかかったーといつもの子供っぽい笑顔を浮かべておりまして、ホッと胸をなで下ろします。

 笑いが止まぬままに、フラン様は話します。

 

 

「やっぱり、袖引ちゃんとあそぶの楽しいわ。騙されてくれるし」

「い、いたずらだったんですね……」

「私達悪魔の言う事と、表情は信じちゃダメだよ?」

 

 悪びれずに、けろりとそんな事を言い放つフラン様。ついつい、がくりと力が抜けてしまいます。そんながくりとした私に、フラン様はぼそりと呟きました。

 

「……でもね、あんまりやり過ぎると嘘が本当になるわ」

 

 そんな底冷えするような声が私の耳へ。思わず笑顔も凍り付く。聞かなかったことにしたいが、そうもいかぬ。ぶるりと震えたのは、フラン様が離れたからではないのでしょう。

 けれど、私とてやられっぱなしでもいられません。きちんと言い返すべき場所は言い返します。ましてや相手はフラン様。ここはきっちりとフラン様だけのものではないと伝えねばなりません。

 

「それでも私は……」 

 

 その言葉を聞いたフラン様は一瞬止まり、ふっ、と柔らかい笑みをこぼしました。そして、私の言葉を遮るように言葉を発します。

 

「うん、分かってる。だから好きなのよ袖引ちゃん」

 

 そして、それだけ言うとふわふわと早苗さんと咲夜さんの所へ。

 ……いやはや、彼女もまた大人になっていくのですね。夜の異変を超えて、自分と相手だけの世界から、その他にも他者の存在があるとしっかりと認識されております。

 あまりの成長っぷりに目が眩みました。吸血鬼が日に焼かれるように、私にとって彼女の姿は、少し妬けてしまうほどに。

 

 さて、そんな憧憬とも嫉妬ともつかぬ視線を向けておりますと、フラン様が早苗さんに話しかける姿が目に入りました。

 

「早苗!」

「はい?」

「邪魔した咲夜と、袖引ちゃんやっつけるよ」

「……はいっ! 背中は任せてくださいっ!!」

 

 

 ……あの、なんでそうなるのでしょうか。いがみ合っていた二人は何処へやら、ふわりとした雲が行先を変えるが如く、矛先は私たちに向かっております。

 咲夜さんは、こちらを向いたあと、ぱちこんと片目を瞑る表情。まさしく狙い通りになったでしょう? と言わんばかりでございますが、私にとっては一大事。不満を張り上げるべく、大きな声で叫びます。

 

「どうして、そうなるんですかっ!?」

 

 

 さて、私巻き込んだ弾幕ごっこは結局陽が暮れるまで続く事になりました。

 そう言えばフラン様が日光を浴びていた件でございますが、咲夜さんがこっそり教えてくださいました。

 吸血鬼は日を浴びると致命傷である、という伝説。あれは本当の様で、レミリア様でしたらだいぶ危ないのですが、フラン様に関してはそれほどでもないそうです。

 厳密にはフラン様は特異な体質といいますか、宝石がついたような羽を見てもわかる通り、少しばかり普通とは違うようでございます。故に、日光を浴びてもちょっと酷い日焼け程度で済むとかなんとか。

 何はともあれ、元気でお外に遊べるのは良い事でございます。

 

 さて、そんな解説している内に夕焼け小焼けな空になり、一同ボロボロの状態で弾幕ごっこは終わります。女三人寄れば姦しいなんて言葉もございますが、姦しいというよりはだいぶ騒がしいのは、幻想郷に住む少女の特権なような気がします。

 

 さてさて、共同戦線を張りすっかりと仲良くなった二人。また遊ぼうねーなんて声掛け合い、手を振っております。すっかり喧嘩の原因である、私の髪留めの事は忘れ去られているようで、寂しいやら悲しいやら。

 早苗さんは山へと帰り、フラン様も咲夜さんを伴なって帰ってしまわれました。早苗さんもフラン様も待っている方がいるんですね。とても素敵な事だと思います。

 さようならを伝え、消えていく影を見送る私。夕焼けに消えていく彼女たちを、じっと見つめていました。

 

 騒がしかった時間は何処へやら。騒がしさが消え、寂寥感が残るのみ。

 

 私も私で店じまいを忘れた事に気づき、急いで人里へ。

 幸い、まだ終了時間からそんなに経ってなく、まばらながらも人間さまの姿もちらほら。そこに現れたのは、ほとんど売りつくしており、盗む物もなかった私の場所。

 

 そんな私の場所だけが忘れられたかのように、ぽっかりと出掛けたままの状態でございました。

 

 夕闇のせいなのか、何となくな寂しさ感じつつ、いそいそ片しておりますと後ろから声一つ。

 

「手伝いますわ」

 

 へ? と振り向けば見慣れためいどさんが一人。

 

「咲夜さん……?」

「さすがに、押しかけて放置もどうかと思いまして。袖引さん一人では大変でしょう?」

「む……こ、これくらい一人で出来ますよ!!」

 

 普段と違う気分だったからなのか、つい悪癖が出てしまう私。昼間に成長したフラン様を見たからでしょうか、自分の情けなさに涙が出て来そうでございます。

 そんな態度を見ても表情を崩さない咲夜さん。それどころかクスリと笑って話を続けました。

 

「あら、そうでしたか、では紅茶だけでもご馳走させて下さいな」

 

 どことなく慣れている態度な咲夜さん。彼女の大人っぷりに、自分の子供っぷりが恥ずかしくなる始末。

 気持ちではそう思っていても私の身体は気持ちを汲んでくれる事はありません。ふん、とだけ反応し、いそいそ片付けへと戻りました。

 

 どこから取り出したのか、こぽこぽと紅茶の香り。私の情けなさを浮かび上がらせるように、その紅茶は大人な香りが漂ってきて、私の言葉を塞ぎます。

 作業を終えて、紅茶を頂く私。そんな私を見て、咲夜さんは静かに言葉を発します。

 

「もし、よろしければ、今度お客として紅魔館にいらっしゃってくださいな。歓迎しますわ」

 

 その誘いにも何にも答える事が出来ずに、ただ黙って紅茶を啜る私。

 結局、終始拗ねたまま紅茶を飲み終え、ん、と容器を突き返します。はい、と受け取り、またどこかへと仕舞う咲夜さん。

 

「では、今日はありがとうございました。とても楽しかったわ」

「……私もです」

 

 やっとの思いで伝える言葉。でもそれ以上は、情けなくて、恥ずかしくて、涙がこぼれてしまいそうで話す事が出来ませんでした。

 

 

 さて、そんな事があって。一日中本当に楽しい日でございました。たくさんの人たちと触れ合えて、たくさんの人達と話して、そしてみんな、自分の場所へと帰っていくのでした。

 

 まさか咲夜さんにまで暴言吐くなんて思っておらず、本日の布団の中は大音声。という訳ではなく、少し静かに泣いたのでした。

 

 騒いで、遊んで、泣いて。そんな一日を過ごした日。そんな日はちょっとだけ部屋が広くて、布団の中へ逃げ込みます。

 ちっぽけな布団の中に入り込んだ矮小な妖怪。人里の中に居て、ここにいていいのかどうかさえ分からない私。本当に情けない限りです。

 じたばたと暴れ回る訳でもなく、静かに静かに、薄くなった布団の中で、夜が過ぎるのをじっと堪えて待つのでした。

 

 

 さて、見苦しい場面はこれにてお仕舞い。月が浮び続ける事も無く、新しい朝がやってくるのです。

 

 

 さてさて、こんな所で今回はお仕舞い。最後はお見苦しい限りではございますが、どうかご容赦を。

 

 ちょっとだけ出てきた夜の異変。これが次回のお話の中心かと。

 

 そんなこんなで今回ここまで。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 



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お月様だよ 袖引ちゃん

 


 さて、時は早朝。朝焼けが滲み出る中でお月様が隠れるのを忘れ、青く澄んだ空の中にぷかりと浮かんでおります。

 いささか早く起きてしまったな、なんて事を思いながら外へと踏み出します。夏とは言え早朝はまだ過ごしやすい空気。そんな朝の空気をすぅ、と吸い込み目を覚ましていきます。

 葉の上に朝露が乗り、薄明かりの中でキラリと光りました。そんな薄明かりの下、私はぐっと背伸び。

 

 朝が来るという事は何とも素晴らしいですね。煌めく星も良いものですが、やはり朝というのものは格別です。

 

 そんな事を思いながら、思い出しておりますのはあの夜の事。終わらぬ月が昇り、私もちょっとずつ気づき始めたそんな頃。竹林の中で大変色んな事が起きました。えぇ、本当に色んなことが。

 

 もし、現状と過去を繋げる分岐点があるとしたら、ここなのかもしれません。私の事、昔の事。まだまだ気づくのは先ではございますが、私は妖怪であって、人間でもあった過去があり、そして……

 まだ私は決めかねております。どうするべきなのか、本当にこれで良いのかと。確かに、確かに私はあの時も、あの時も。けれど、それは──

 

 ひぐらしが遠くから聞こえ、まだ夏は続くのだと教えてくれます。

 どんどんと明るくなっていく空に向かって、どこか寂しそうな声が早朝の空気に響いておりました。

 

 結局私は……

 

 

 

 さて、そんなこんなで始まりますは新しい一日。悩むことも考えることもひとまず置きまして、まずはご挨拶。

 

 私、韮塚 袖引 朝を迎えております。

 

 

 さて、朝餉を終えて、今日一日の計画を立てますかといった所。とはいえ、やる事なんぞ決まっておらず、特には予定もございません。けれど何となく商売する気にもならずに、ぼーっとしております。

 困ったことにそういう日に限って誰かがやって来ることも無く、誰かに会う気分にもなれません。ざわざわとした街の雑踏にも馴染めそうになく、とりあえず静かな所に行きたいと思い当たりました。

 

 静かな場所といいますと、この幻想郷にはそれなりにございますが今回の目的地は迷いの竹林。朝の考え事が影響したのか、清涼な竹林さんに足を運んでみたくなりました。もしかすると影狼さんや、妹紅さんに会うかもしれませんし、その時は思い出話にしゃれ込むのも悪くありません。

 

 ともかく、何となく停滞した空気を変えたいのもありまして、のろのろとではありますが出立の準備整え、てくてくと歩き出しました。

 

 さて、季節は夏。蝉の声もけたたましく、木々は青々と揺れております。広がっていくような青空には大きな雲がゆっくりとたなびき私の歩く速度に合わせてくれているみたいです。

 ぼんやりと雲流れて、私も流れる。ぼんやりと空見て歩けば、天には天狗様の姿。……天狗様? 

 はっ、と気が付くももう遅い様で、こちらに気が付いたのか黒い影がだんだんと大きくなり、姿もはっきりとして参ります。

 

 こういった経験上、あまりいい事ではないといいますか、えぇ、天狗様は正直苦手といいますか。しかしながら今更隠れる訳にもいかず、通り過ぎる事を祈りつつ平然を装い歩いておりました。

 まぁ、そんな努力虚しく、近くに誰かのやって来た気配。そして掛けられた言葉は、私をずっこけさせるものでした。

 

「そんな、からくりみたいな動きをして何してるんです?」

「な、なんのことでしょう?」

 

 聞こえてきたのは聞きなれた声。天狗様にして唯一の恩人こと、射命丸様でございました。しかしながらからくりは酷くありませんかね? 私、これでも必死に平静を装っていたのですが……

 さて、若干いじけつつも射命丸様と向き合います。何となく誰にも会いたくないな、と思っていた矢先に射命丸様。もちろん普段でしたらいいのですよ。ただ何といいますか──

 

「今は会いたくなかった。みたいな顔してますねぇ」

「そそそそ、そんな事ある訳ないじゃないですか!?」

 

 神通力か、はたまたさとりの妖怪か。射命丸様は何故かにっこりとした顔で此方を覗き込みそんな事をおっしゃられました。肯定しようものなら、塵となって消えてしまいそうなそんな問い。手をぶんぶんと振って否定します。

 しかしながら恐ろしい洞察力でございます。まさかまさか、こちらの考えが透けて見えているのでは無いかと勘ぐってしまう程でございます。

 

「で、その隠したい程のネタって何でしょう!? 私、とても興味があるんですけど!」

「む、ありませんよ。そんなもの」

「いやいや、そんな表情で歩いてるんです。何かあるんでしょ? 話してみて下さいな、きっと後悔はしませんよ?」

「すいません、ちょっと今日はもう……」

「まぁまぁ、お話しましょうよ─しましょうよー」

「もうっ!! お断りですっ!!」

「おや、つれない態度ですねぇ。まぁいいです。で、本題はあの夜の異変について調べているんですけども。袖引さん何か知りませんか?」

 

 邪険に扱おうがお構い無しな射命丸様。のらりくらりと、私の怒る限界点を見極めてギリギリのところをついては離れついては離れを繰り返し、私を弄んでおります。この御方は烏天狗の筈でございますが、どうにもこうにも様子を見ているとキツツキか何かだと思ってしまいそう。

 しかもしかも、私の事を突っつくの止めたと思いきや、今度は永夜の異変の事を聞いてくる始末。なんなのでしょうか、本当に心を読んでいるのでしょうか?

 

 そんな事を考え、一瞬黙りこくってしまい、しまったと思ったときにはもう遅い。そこを見逃す天狗様ではございませんでした。

 

「おやおや、心当たりがありそうですね? さささ、先ほどのお話は多めに見ますから、今回はお話してくださいな。大丈夫です! 清く正しくを信条とするこの私。雑な記事には絶対にしませんよ?」

「あーもう、分かりました!! 分かりましたから!!」

 

 ずずい、と迫られてしまえば逃げることも、もう出来ぬ。どちらにせよ、もうこの天狗様に捕まった時点で逃げる事はほぼ不可能。裸にひん剥かれるよりはだいぶマシだと思いましょう。

 ニヤリ、とほくそ笑んだように見えたのは嘘かまことか。天狗様は手帳を取り出し、きらりと目を輝かせておりました。

 

 さて、そんな事からお話に。天狗様に乗せられて、お話するのは終わらない夜の異変。話す事がたくさんあるこの異変でございますが、何から話したものやら。出来れば簡潔にお話してしまいたい。ですが、そうは許してはくれなそうでございます。

 腰を据えて、とはいかずともそれなりにじっくりに話す事になりそうです。

 

 

 あの日は確か、今と同じ様に竹林にいらっしゃる、妹紅さんに用があって出掛けていたはずでございます。

 

 

 

 

 夏の日差しも和らぐ夕焼け時。橙色の光を背負い、ただいま滑空中でございます。

 山間部に明かりも消えかけ、もうすぐ月が登る頃。薄着はためかせ飛ぶのはなかなか心地のよいものです。まぁ、私が失敗した。という理由さえなければですが。

 

 

 昼間、妹紅さんの家に遊びに行ったのですが、お財布を忘れてしまった事に気づき、ただいま人里から引きかえしております。

 和らぐ日差しに心地よさ感じつつも、やってしまった、とちょっぴり後悔。ついでだからと何か持って行っておゆはんでもご一緒しましょうか。と色々と物色しつつ空から物探し。

 そんな事をしておりましたら見つけたのは馴染みの屋台。普段使っている財布こそありませんが、たもとにちょっとお金は入ってますし、鰻でも持っていきましょうか、とふわふわ近寄ります。

 

「あ、いらっしゃい。丁度良かったわ。今から開店なの」

「おぉ、それは良かったです。鰻二人ぶん下さいな」

「はーい」

 

 下ごしらえを終えた鰻をとすとすと刺し、手際よく鰻を焼いていきました。焼き上がるまで世間話。それなりにお話しまして、すっかり日も落ちる。みすてぃあさんに、熱々の鰻抱えまして別れを告げます。

 お客さん求める為に移動すると、屋台を押していくみすてぃあさんをしっかりと見送ってから、さて、私もと空を飛ぼうとして。

 

 ──ふと、空を見上げました。

 

 どさっ、と荷物が落ちる様な音が、私の近くから聞こえていたような気がします。

 

「あ……」

 

 大きな大きな満月が、浮かんでおりました。大きな、大きな、満月

 思わずてを、伸ばしまし

 ようかいは、よるのいきもの。つきの力も、とうぜん、かんけい……

 

 

 

 

 あの、つき、つよ……

 

 

 

 

 

「──分かりました。貴方を封じましょう」

「……ありがとうございます。巫女様」

「けれど、貴女はしっかりと──」

 

 

 

 

「……はっ!?」

 

 どれほどの時間が経ったのでしょうか。ズキズキとする頭痛が、意識をしっかりとさせていきました。

 どこかの夢。いつか誰かが……そんな泡沫のようなものを見ていた様な気さえしてきます。 

 

 頭上にある大きな月を見て、吸い込まれるような気分になって。それから……?

 

 周りを見渡すと、落としてしまった鰻さん。もったいない事をしたなと思いつつひろいあげると、まだほんのりと暖かい。時間はそれほど経ってはいないようです。

 

 もう一度、月を見上げます。しかし、もう何も起こりません。

 ただいつもよりも大きく、何処か懐かしさを感じさせる月。それがお空に当然の様な顔つきで居座っていたのです。

 

 あと、もう一つ気になる事が。

 

 何故か、いつもよりも調子が良いといいますか、何となく身体が滾ってます。あの月のお蔭なのでしょうか? 

 今ならそれなりの妖怪と相対しても、何とか相手に出来てしまう位には力が滾っているような気がするんです。

 しかも、これ、妖気でない別の力が混ざっている様な? いうならば神秘に近い……何かが?

 

 しばらく体の具合を確かめましたが、恐ろしいくらいに調子が良い。

 まぁ、何故かなんて、考えても恐らくは答えは出ない事でしょう。ともかくとして、この月は危険ですね。私がそうであった様に、他の妖怪もまた取り込まれてしまうかもしれません。

 とは言ったものの。この異常事態の首謀者が誰なのかも分かりません。近くまで来ている事ですし、妹紅さんの助言やら意見を聞こうと、竹林を目指します。

 

 しかし、本当にこの夜は快適といいますか、いつもの倍くらいの速さで飛んでいるのではないでしょうか? ぎゅんぎゅんと竹林が近づき、直ぐに到着してしまいました。

 ふわりと着地し、竹林に踏み込もうとしました。すると、竹林からは拒絶の意識のようなものを感じ取り、足が止まります。ざわり、と竹林がざわめきました。

 

「……まさか、これって」

 

 まさか、まさかとは思いますが、異変の首謀者がいるのってこちらだったりするのでしょうか? だとすると……いやいや、妹紅さんやら、影狼さんが起こす筈はありません。……たぶん。

 

 ともかくとして、影狼さんやら妹紅さんが巻き込まれている可能性は高くなってまいりました。こうしてはおれません。とっとと踏み入って二人を探さねば。

 と、息巻き踏み込んだのは迷いの竹林。しかしながら、私は迷うことはありません。どうにもこうにも暗かろうが、異変が起きていようが、道に関しては強いのです。

 

 道は強い月あかりが照らし、時折竹の影たちが踊ります。青白い光の下、まずは影狼さんの所に会いに行く事にしました。

 妹紅さんよりも影狼さんなのは、妹紅さんは単独でもお強いですし、何より私よりも歳を経ています。まぁ、これに関しては影狼さんも似たような物ですので何とも言えません。 

 

 ただ、やっぱり戦闘力やら性格やらを考慮すると影狼さんを助けにいった方が良いと判断しました。

 

 さて、そんな感じであっという間につきますは影狼さんの家。まだ数回しかいった事の無い家でございますが難なく辿り着きます。

 辿り着き、早速コンコンと玄関を叩きます。

 

 

「影狼さん。韮塚なんですけど、入っていいですか?」

 

 そんな呼び掛けに応えたのは何故か困惑と、驚きが入り混じった声。

 

「袖ちゃん!? なんで!? あ、待って待って今はダメだから! ──きゃ!?」

「影狼さん!? どうしました!? 入りますからね!?」

 

 奥からどたんどたんと聞こえ、更には悲鳴が。こんな異常事態の夜にそんな状況。待っていろなんて言葉聞く訳も無く。慌てて、家に転がり込みます。

 履物ほっぽり出し、どたどたと廊下踏みしめ、気配のする部屋に飛び込みました。

 

「影狼さん、大丈夫ですかっ!? ……え?」

「あいたたた……あ、袖、ちゃん……」

 

 

 そこにいらっしゃったのは、あられもない姿の影狼さん。蝋燭の頼りない火と、月光が白く、すべすべしてそうな肌と、ちょっぴり目立つアレが私の目に飛び込んできたのでした。

 

「あ、れ?」

 

 思わず首を捻ります。確か影狼さんは危機的状況にあったのでは? いえ、確かに危機的状況ではあるのですが、こういったものはあまりにも予想外といいますか。

 そういった感じでお互い凍り付いていたものの、先に解凍されたのは影狼さん。はっ、と近くにあった布を掴み身体を隠します。そして、顔を赤く染め、ぷるぷると震え出しました。

 そして、ついにいつまでも固まっている私に、物を投げつけてきたのでした。

 

「……とりあえず、出てけーー!!」

「あ、はい! すいませんでしたっ!!」

 

 そういった訳で、今泉宅から風よりも早く飛び出した私。なんだかすごい物を見た気がするのですが……あんなになるのですね……

 そんな感じで自分のと比べつつ、落胆したりなんだか納得したりとしていると、不機嫌な感じの顔浮かべ外に出てきた影狼さん。彼女はとりあえずと、中へ通してくださいました。

 

「で、なんでダメだって言ってるのに入って来たの? 言ったじゃんダメだって」

「あの、その……すいませんでした。心配のあまり」

 

 正座です、正座しております。中に迎え入れられ、先ほどとは別の部屋に通され、正座の一言。

 こちらもやってしまった手前、即座に正座へと移行いたしました。慣れとは恐ろしいものでございますね。本当に……

 

 まぁ、自虐さておき。影狼さんは、よほど恥ずかしかったのか、ちくちくと正座中の私を攻撃しております。

 

「ふーん、そんなにも袖ちゃんは私の体毛が心配?」

「違います! 外が、満月がっ」

「へー、満月だったら私の裸覗いて良いんだ」

「あ……うぅぅ」

 

 しばらくそんなやり取りが続いた後に、影狼さん、はーとため息一つ。

 いつも余裕のある態度をみせる影狼さんが、顔を赤くしつつも私の額をこつん、と小突きました。そして、腕組みしながらもそっぽを向いて、こんな言葉を投げかけて来ました。

 

「誰だって恥ずかしいものはあるんだから、気をつけてよね。特に満月の日は家来るの禁止だからねっ!」

「はい……すいません」

「で、やっぱりあの月って異変なの?」

 

 不承不承ながらも、やってしまった事は水に流してくれるようで、異変の話にさらっと切り変えてくれる影狼さん。そんな彼女にありがたみを感じつつ、話題に乗っかります。

 おそらくは、なんて返すと、やっぱりか。と返ってきます。

 

「私もどうもおかしいと思ったんだよねー。妙に竹林が騒がしいし」

「やっぱり影狼さんも、満月の影響受けてます?」

「ん? まぁそうねーそれなりに元気はあるわ」

「やはり、この月は危険ですね……人里は大丈夫でしょうか」

 

 おそらくは上白沢様もいらっしゃいますし、大丈夫なはず。とりあえずは一刻も早くこの異変を解決せねばなりません。

 そんな決意を固めておりますと、影狼さんから意外な質問が飛んで参りました。

 

「ねぇ、何でそこまでして人間の味方なの? 別にこのくらいどうでも良くない?」

「……え?」

「いや、だってさ。これ私達が元気になる異変じゃない? 袖ちゃんが必死になる理由が分からないんだけど」

 

 ……確かに、そうですね。確かに、これは私たちにとって非常に有利といいますか、利点のある異変です。私も何故か力がみなぎってきておりますし。そこまで止めるべきではないはずです。

 真っ先に人里が出てきたのも、どうしてなのでしょうか。確かに人間様は好きですが、あくまで妖怪観点での話の筈。思えば萃香さんの時もルーミアさんの時もそうでした。何故私は人をそこまでして守りたがるのでしょうか?

 ルーミアさんと言えば、確か、封印が、と言っていたよう、な。

 

 

 

 

「──だから、どうか私を封印してくださいませんか?」

「……あなたは人間を恨んでいるの?」

「いいえ、違います。私は……私は、愛しているから。愛していたからこそ……」

 

 

 どこかで見た、どこかで……そんな光景が脳裏を過り、激しい頭痛が私を襲います。

 

「私、は……」

「ちょっと、袖ちゃん!?」

 

 景色が揺らぎ、焦る声が聞こえたようなしたまま、私の意識は闇の彼方へと消えていきました。

 

 

 

「ごめんね、絶対に戻ってくるから」

「袖様。袖様。またねー」

 

 みーんみーんと蝉が鳴き、うるさいくらいに暑い夏の光景。手狭な祠に供えられた布の切れ端。うだるような暑さなのに、なぜか心地よい。

 

 時代がまだ幕府から天皇のご治世になったと騒がれていた頃。

 誰か、がそこにいたのです。

 

 それは実感のない影法師。身に覚えのない映像だとでも言いましょうか。

 本を読む時に感じる様な、自分ではない誰かと一体化しているような感じです。

 けれど、そんな言葉では表せられないくらいに、懐かしさを覚えていたりだとか。まさしく、夢の様なふわりとした感覚が、私を包むのです。 

 

 

 蝉の声、人々の声、強い日差しと、どこまでも続くような長い道の途中。どこか懐かしさがこみあげて来ます。

 

 

 

 道の近くには小さな村のようなもの。人たちがこぞって移動していく姿が見えておりました。

 

 その光景。その光景と、道の端にある小さな祠と、供えられた布の欠片達。そんな布を、腕を下ろしたまま握りしめる誰か。

 それはとても悲しくて、胸が引き裂けそうなくらいに胸が痛い光景でした。

 

 

 

「おーい、そろそろ起きなよ、朝だよ? 夜だけど」

 

 

 こぽこぽと水に沈んだ様な意識が、ぺちぺちと頬を叩かれる優しい衝撃によって、浮上していきます。その夢は、はっきりとしていて、けれど何処か霞が掛かっていて……

 その続きが見たく、ごろんと寝返り一つ。

 

「……あと、ちょっと」

「よーし、元気だね。押しかけて来ていきなり倒れた時はびっくりしたけど。もう、心配もなさそうね」

「影狼さん……? ……なんでここに?」

「ここは私の家です!」

 

 まったく……なんて言いつつも熱は無いかとか、そんな気を掛けてくれる素振りを見せて下さる影狼さん。そんな彼女に感謝しつつも、先ほどの夢について思いを馳せました。

 萃香さんの時に見た記憶の反芻ではなく、何処か知らないはずなのになぜか懐かしいという光景。

 残っているのはズキズキする頭痛と、先程から継続している謎の力のみなぎり方。

 

 

 そんな状況が怖くなり、つい近くにいた影狼さんに質問してしまいました。

 

 

「影狼さん……私は誰ですか?」

 

 

 

 さて、そんな恐怖と共に一旦お開き。さて、謎の夢に、謎の月。分からない事だらけな今回の異変。でもいずれは太陽が昇り、全て明かされることになります。……そこに真っ黒い影ができるとしても。

 さてさて、まだまだ夏の夜長は始まったばかりにございます。みなぎる力に、謎の光景。そして、そんな事を気にしている余裕すらなくなる私の未来とはっ!?

 

 語るの恥ずかし、聞かれるの恥ずかしな私の物語。次回に持ち越しでございます。

 

 

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 




 挨拶代わりの活動報告投稿します。もしよろしければ是非お立ち寄り下さいませ。


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真夜中だよ 袖引ちゃん 

 大変、お待たせ致しましたっ!

 言い訳等々致しません。

 本当に、待って下さった読者の皆様ありがとうございます!


 夏の夜に、夜闇の声。鈴虫すらも鳴き止むような夜深く。潜むような息遣いばかりが私の耳に聞こえます。

 潜んで、隠れて夜の淵。

 隠れたものを探すように、いくばくかの人数が竹林に集まって来ていたようです。だんだんと夜が深くなる深夜過ぎ。朝を待てなくなった方たちが夜を暴きにやってまいりました。

 

 竹林がちょっとざわめけば、真相もひょっこり出てくることでしょう。今回はいつものよりもちょっと騒がしい様子。

 

 さて、そんな中。私は寝ぼけた頭でおはようございます、なんて呑気に呟いている最中。

 何処か遠い、それこそ月までの距離のような遠い夢。そんなものを見つつ今回も始まります。

 

 

 

「誰って、袖ちゃんじゃない?」

「え? ……あぁ、そう……でした」

 

 ポロリと溢してしまった言葉に反応する影狼さん。あっけらかんとしたその返答には、いささかの疑問もありそうにありません。

 質問はさらっと流し、いきなり倒れてびっくりしたよーなんてけらけら笑う影狼さん。どうやらこの夜に充満する妖気にあてられたと思っているようで、すっ、と水を下さいました。

 水を受け取り、一心地。若干の気分の悪さも、水とともに飲み下します。

 

 果たして、この夜のせいなのでしょうか? 倒れてしまった事も、このいつもとは違う力も、いつしかの夢も……と、そんな感じで少しばかり考えに耽っている私を見て、くいと影狼さんが覗き込んできました。

 

「袖ちゃん? まだ具合悪いなら送るよ?」

「あぁ、いえ、大丈夫です。それよりも行かなくては……」

 

 影狼さんの無事を確認しましたし、次は妹紅さんですね。

 もう体の方は大丈夫みたいですし、おいとまを告げましょう。なんて考えていたら、慌てて影狼さんが止めに入ってきました。

 

「ちょっと!? どこ行くつもり? その感じ、帰るって感じじゃないよね?」

「えぇ、ちょっと妹紅さんの所に」

「はぁ? 後にしなさいよ。今、どんな状況だか分ってるよね?」

「だからこそ行くんでしょう? 心配ですから」

「いやいや、さっき倒れたばっかりなんだよ?」

 

 そんな感じで押し問答。あーでもない、こーでもない。私はもちろん妹紅さんが心配ですし、このまま帰る訳にもいきません。

 私とて強情な自覚はございますが、影狼さんもなかなかのもの。ぜったいにダメ! と抑え付けようとしてきます。心配からの行動なのは分かっておりますが、こちらもこちらとて引く訳にいかぬ訳でして。

 押し合いへし合い。言葉上ではございますが、しのぎを削り合いどちらとも引かぬ大決戦。……結局、どちらも疲れ果て、絞り出した答えが発されました。

 

「……もう、一緒に行きましょうか?」

「そうね……疲れたわ……」

 

 お互いぐだぐだになりながらも出した、この折衷案。妹紅さんの様子を確かめたい、という意見と、私が心配という影狼さんの意見の半ばくらい。いえ、どちらかと言えば私の方が優勢ですけども! 

 ともかくとしてお互いの意見がまとまる形となりました。お互いに我が強く一歩も引かぬ、このやり取り。なかなか疲れるものでございました。

 幻想郷に住む者同士らしいといえば、それらしいですが。

 

 

 さて、口喧嘩一件落着。しかしながら未だに落ちぬ空の月。そんな夜深くに二人して外へ踏み出します。どこかで騒がしい、音が竹を伝わってやって来ます。

 耳が良い影狼さんは、どこかで光ったり、争ってる気配がする度に、ぴくんぴくんと二つの立派な狼耳を跳ねさせます。

 

「やっぱり、大勢ここに来てるのね……帰ろうかしら?」

「いやいや!? ここで帰られると、それはそれで心配になります!」

 

 流石に影狼さんの家を出て、もうそれなりに来てしまいました。

 竹林全体がお祭り騒ぎな今、ここで一人で帰ってしまわれると非常に危険といいますか、とても心配なんです。しかしながら私は、まだ会えてない妹紅さんも心配ですし……と、そんな旨を伝えると、影狼さんはため息一つ。更にちょっと責めるような目線をこちらに向けてきました。

 

「……はぁ。意外と欲張りだよねぇ、袖ちゃん」

「む、そんな事……ありますけど」

「自覚あるだけマシねー」

 

 そこまで言うと、くすりと微笑む影狼さん。月明りがその微笑みを映し出し、整った顔がより一層魅力的に浮かび上がります。その態度に呼応するかのように尻尾が嬉しそうに跳ねました。

 

「まぁ、良いわ。最後まで付き合ってあげる。袖ちゃん一人じゃ心配だしね」

 

 一歩、先へと影狼さんは影を躍らせます。すかーとの裾が跳ね、ぴょんと着地。

 

「ほら、早く行くよ?」

「あ……はい!」

 

 

 こうして、月明りの下に異変に加わる二人組の妖怪が誕生したのでした。

 

 

「で、ここどこ……?」

「えぇ……」

 

 

 さて、閑話休題いたしまして、ここは竹林なのですがどうやら術が掛かっている様子で、こちらに住んでいる影狼さんもこの有様。

 何者かが何かを隠したがっているかの様。まさしく迷いの竹林という名前に、ふさわしい事になっているようでございます。

 そんな中、呑気に私たちは進行中。私にはそのような術は感じられませんし、目的地は決まっております。まぁ、迷うことはありません。ふっ、久々に大活躍の予感ですっ!

 

 月が空に浮かび、足元を照らしております。ふと、月を見上げてしまうと、また何処かに連れていかれてしまいそうな気がします。なるべく見ないように、見ないようにと気を付けつつ草履を鳴らしておりました。

 何処かで断続的に続く戦闘音。誰かは分かりませんが、あちこちから音は響いていて相当の人数が入り込んでいると思われます。

 影狼さんも影狼さんで音の出所が分かるのか、先ほどからそっちはダメ、別の道に。と上手い事戦闘を避けつつ進んでいる次第。

 誰かの息遣い、誰かの戦闘音を近くに聞きながら息を殺し、ひっそりと進んでおりました。そんなこともあってか、夏の夜という事も相まって汗がじわりと滲み、おのずと無言で歩を進めております。

 

 

 遠回りしつつも、じわじわと近づく妹紅さんの家。あともう少しといったところで、影狼さんがくいっと私の肩に手を掛けて引っ張りました。そのまま竹藪に飛び込む私達。

 いきなりの事態に目を白黒とさせていると、耳元でこそこそと声が掛けられます。

 

「誰かこっちに来るよ」

「……誰だか分かりますか?」

「分かんない。けど、かなり力あるかも」

 

 そんな会話を密着しつつも、ひそひそと交わしております。

 

 しばらくすると、小さな人影が一人。紅い服に宝石の羽根。あどけない顔立ちながらも整ったお顔。見知ったそのお顔はまごう事無き、フラン様でございました。

 思わず飛び出そうとすると、手を引かれ、影狼さんに止められます。何をするかと振り向けば、後ろでフラン様の声。

 

「あれー? おかしいな、確かにこの辺に袖ちゃん居る気がするんだけどなー?」

 

 クルクルと、辺りを見回すフラン様。そこからは何の悪意も感じられません。

 やっぱり安全じゃないか、なんて視線をおくりました。しかし、影狼さんは、もはや涙目交じりで首をブンブンと振っております。

 フラン様は首を回し、影狼さんは首を振り、私は首を傾げる。そんな事態になりつつも影狼さんの態度信じ、もう一度潜みます。すると、フラン様がぶつぶつと何か呟いているのが聞こえました。

 

「さっきも誰かと居た……ダメ。袖ちゃんは私のなんだから」

 

 ぞわり、と毛が逆立ちます。はっ、と息をのみ、もう一度よく観察する私。すると、どうしてここまで気が付かなかったのかといった変わり様でございました。

 フラン様は少し虚ろな目といいますか、覗き込んでしまったら深淵へと落ちてしまいそうなそんな目つき。どう見ても尋常ではありません。しかも標的は私の様です。ぞわぞわと背筋に何かが昇っていくようなそんな感覚。

 変に力が有り余っているからか、普段よりも危機感といいますか、危機察知能力が落ちているようでございます。影狼さんが引き留めていなければ、危うく様子の怪しいフラン様の前に躍り出る所でした。

 鴨が葱を背負って来るが如く飛び出てしまっては、何が起きたか分かったものではありません。一寸先は闇なんて言葉もございますが、これは影狼さんに感謝してもしきれませんね。えぇ。

 

 え? なんでこんなに口が回るか? 当然、余裕からではございません。とりあえず頭の中だけでも話していないと余裕が保てないといいますか、なんでこんなことになっているかが分からない以上、いえ、大方あの月が原因なのでしょうが、何故私なのでしょうか? 

 なんて事も考えている暇も無く、ひたすらに影と同化する事に努めます。影と同化するなんて、むしろフラン様をはじめとした吸血鬼の得意分野。そんな得手とする相手にひたすら息をのむ、二人組。

 

 そろそろ息苦しくなってきたぞ、といった所で、フラン様はぼそりと呟きます。

 

「うーん、いないなぁ? 別の場所かな?」

 

 どうやら、別の場所に検討をつけたようで、ばさりと宝石の羽を広げます。

 ほっと、胸を撫で下し、やっとこの緊張から解放されるのかと安心します。そんな安心を確たるものにせんと、固唾を飲んで見守ります。

 

 ──すると、表情に影を落とした表情が一つ。何故かフラン様もこちらに目を向けておりました。……光の無い、虚ろな目を。

 

「なんて言うとでも思った?」

 

 ニタリ、なんて表現が正しいのでしょうか。欠けた月のように口を釣り上げたフラン様。そのまま手を掲げ、何かを握り込むような動作をしはじめました。

 

「まずっ──」

「かくれんぼはお仕舞いだよ」

 

 ──目の前で竹が弾けました。

 

 

 走る、飛ぶ。とにかくもって逃げ出す最中。やはり得意分野で挑むのは無理があったようで、しっかりばっちり吸血鬼さんに見つかっておりました。

 飛び散る竹の欠片と、その奥に見えるフラン様の恐怖しか感じない笑顔。あの構図はしばらく夢に見そうでございます。なんて思いつつも必死の形相で逃げる私と、影狼さん。すたこらさっさと逃げておりますが相手が相手。困ったことに私達二人では逃げ切れそうにありません。

 

 ちらりと後ろを見ると、もうすぐそこ。

 更に横に目をやると、影狼さんの姿。もともと巻き込んでしまったのは私が原因。影狼さんには何も関係が無いのです。

 ならばいっそ、ここで。そんな事を考え、腹を括ります。現状なら何とか話合いくらいまでは持っていけるのではないでしょうか? このあふれ出る力を使いこなせば……なんとか。

 もう一度、隣を見て、やっぱり決意を固めました。大事な友人ですからね。

 

「影狼さん」

「何!? 喋ってる余裕無いんだけど!?」

「先に行って下さい」

 

 そんな言葉を掛け、私は。──足を止めました。

 

「ちょっ!? 何やってるの!?」

「いえ、こちらで何とかしてみますので」

「何とかって……あぁ、もう!!」

 

 

 こちらの様子を見て、影狼さんも急制動。こちらに向かって叫びました。

 

「そんな事してると置いてっちゃうよ! いいの!?」

「えぇ、どうぞお先に」

「……」

「早くっ!」

 

 ちょっとどころか、かなり怖いのですが、ともかくとして影狼さんを巻き込むのは避けねばなりません。

 逃げ出しそうになる足をどうにか抑え、先へ先へと促しました。

 そんな私を見て何か言いたそうにした後、影狼さんはまた駆け出しました。

 

 ……これでいいんです。これは間違っていない筈。二人で一緒に逃げるより、私が盾になったほうが影狼さん的にも良いはずなんです。

 

 そんな事を考える私。ほんのりと心が痛いような気もしますが、それは気の迷いの筈。

 

 

 

 その心すらも、すぱりと切り替える。フラン様がやってくるその数秒だけでも、と準備をする私。

 ここも誰かが戦った後のようで、弾幕ごっこの痕跡が残っている場所でございました。故に、色々と落ちています。私とて、何も無しで挑むわけではありません。……まぁ、そもそも争いにならなければいいのですが。

 

 さて、そんな足掻きをやっておりましたら、やってまいりましたフラン様。

 今のお月様のように目をギラギラさせながら、得物を見つけたように口を釣り上げて。 

 

「袖ちゃん、みぃつけた」

「えぇ、こんばんは。いい夜ですね」

「うん! 袖ちゃんに会えたもの。飛び出してきて良かったわ」

「レミリア様はいないんですか?」

「ううん? いるよ? お姉様は好きになさいって、私を一人にしてくれたの」

 

 今の会話ではおかしいと感じる所はありません。しかし、フラン様の目がきょろきょろと誰かを探しているのが伝わってきます。

 なるべく、その話題に触れぬように会話をする私。恐らくですがその話題こそ触れてはならぬ導火線であり、その会話さえ避けていれば……なんて思っておりました。

 ただ、フラン様は聡いお方。私に流される事無くきっちりと聞いてきました。

 

「ねぇ? もう一人は何処に行ったの?」

「そんな方い……」

「嘘は嫌い」

 

 逸らすなんて私に出来る訳もなく、とぼけようにもすぱりと切り捨てられる。ぐっ、と言葉に詰まるとフラン様は追い打ちを掛けて来ます。

 

「ねぇ、答えて。袖ちゃんには何もしないよ?」

「……どうしてそんな事を聞くのですか?」

 

 

 やっと絞りだせたのがこんな問い。これが爆発の原因になると分かっていても、つい、言葉に出してしまいました。

 その問いを出した瞬間にフラン様は固まり、そして、怖がる様に震え出しました。

 

 

「どうして? だって、袖ちゃんが私以外の知らない人と話してるんだよ?」

「……それが?」

「だって、だってその人と私。比べられたら……怖い。怖い。ヤダ。ねぇ、袖ちゃん。私、私。私はフランだよね?」

「落ち着いてください。貴女はフラン様ですよ」

「でも……でも、袖ちゃんに嫌われたら私は私で無くなっちゃう。そしたら私はまたあの部屋に戻るしか……」

 

 

 500年。それはどれ程のものなのでしょうか? 私よりも更に果て無い時間。彼女はずっとあの場所に閉じこもっていたのです。

 彼女の世界は限りなく狭いのでしょう。それは脆く崩れそうな硝子細工のように繊細なもの。そんな綺麗な世界に私が介入する事で、新たな刺激を与えてしまいました。

 最近フラン様はお外に出ることも多くなり、自分だけの世界から、他人が介在する世界にその繊細な世界を晒してしまった。その際に、他人が自分の世界を破壊する可能性に気づいてしまったのかもしれません。

 それは、破壊に関連する能力を持つ、フラン様だからこそ強く感じてしまうのでしょう。繋がりは脆く、とても壊れやすいという事に。

 そして、私に近い容姿。魂は入れ物に引っ張られます。そんな子供っぽい独占欲が重なりあい、現状のような状態になっているのかもしれません。

 もしくは、空に浮かぶ月のせいなのかもしれません。そのどれかなのか、あるいは全てが混ざったのか、私には分からない事です。

 

 けれど、これは、これだからこそ。私が何とかしなければならないのかもしれません。引っ張りだしたのなら、世界を見せてしまったのなら、最後まで誠実に向かい合いましょう。それがきっとフラン様への「友情」の筈。

 

 私が腹をくくっている間に、フラン様は更に激化しておりました。

 頭を掻きむしり、帽子をぐちゃぐちゃにしながらも彼女は慟哭します。

 

「誰かに盗られるのは嫌。袖ちゃんが居なくなったら私じゃ無くなる! 私は、私で居たいの!!!」

「フラン様、私は貴女から離れませんよ」

「嘘、嘘だっ!! 多くのものが消えた! 多くのものが壊れた! 今更信じる事なんて出来るものかっ!!」

「それでも──」

「五月蠅い。五月蠅い五月蠅い五月蠅い、うるさいっ!!」

「フランさ……っく!?」

 

 

 ついに爆発したフラン様が乱暴に放った弾幕。それを自分でも驚くような速度で反応し、飛び退きます。地面が飛び散り、土くれがパラパラと顔の端に当たりました。

 

 フラン様は話を聞く事はない、といった態度で、やたらめったらに弾幕を放ちます。竹林に光の雨が降り注ぎ、私の逃げ場を塞ごうと、うなりを上げて襲い掛かってきました。

 そんな弾幕に美しさは介在せず、ただ乱暴に放たれたもの。しかしながら、そんな感情をむき出しにした弾幕が、私にはとても、とても輝いて見えたのです。

 

 まぁ、じっくりと見ることが出来たのはその一瞬。一瞬過ぎ去れば、鬼の様な弾幕が降り注ぐだけの事。経験と勘、時には跳ね上がった身体能力を駆使しつつ、転がりつつも躱していきます。

 着ている着物が泥だらけになりつつも、ひたすらに避ける事に専念します。反撃する余裕があったか? と聞かれると微妙なところですが、狙いが無かったわけでもありません。

 ひたすらに、ごろごろと地面を転がるようにみっともなく避け続けると、フラン様は焦れたように声を荒げます。

 

「ねぇ、降参しなよ。私の眷属になれば許してあげる。そんな無駄な事してないでさぁ!!」

「それは……出来ません!」

「いいから私のものになってよ。そうすればお姉様も喜ぶわ。咲夜もきっと……」

「フラン様、それは駄目です。それは……」

「きっと私も楽しいわ。紅魔館でいっしょに暮らしましょうよ?」

「フラン様!!」

 

 

 普段なら避けられないような苛烈な攻撃を避け続け、気づいたら開けた場所に。今現在五体満足でいることに気づき、ますます自分の力に驚きます。そして、その奥に潜む「何か」の片鱗が苛烈になっていく状況に応じて呼び覚まされていく。そんな感覚がずっと私についてまわっておりました。

 そんな変化などまったく知らぬフラン様。ついに彼女は、私の態度が受け入れられないとばかりにかぶりを振ります。

 

「どうして、どうしてよ! なんで出来ないの? なんでダメなの? 私を外に引っ張り出して、でも、私をずっと見てくれなくてっ!! 頑張ったのに! 私、頑張ったのにっ!!」

「……フラン様はご立派です。あの部屋から出て、今こうして自分の足でここにいる。それは私では到底できない事。あなたの様な方と友人でいる。それは私にとっても嬉しい事」

「だったら──」

 

 この受け答えに、ぱっと顔を輝かせるフラン様。

 誰にも、自分でさえも受け入れられなかった彼女。私の言葉は心地よく響くのかもしれません。

 

 けれど……けれど、言わねばなりません。この一言はフラン様を傷付けることでしょう。それでも、私越しに世界を見るのはきっと間違っていて、私無しには見えない世界は、閉じこもっていた部屋と変わりは無いのでしょう。

 フラン様が自分の道を歩んでいく為にも、「私」というものは切り離さなければなりません。

 

 ……だからこそ。そうだからこそ、ざっと足を踏みしめ、くるりと向き直りました。そして、しっかりとフラン様を見据えます。

 大きな満月を背負う、紅い月(フラン様)。その目は期待しているようで、でもどこか泣いているような、そんな表情がこちらを見おろしておりました。

 本当はもう分かっているのでしょうね。彼女は私よりもずっと賢く、ずっと強い。

 

 そんな彼女を、フラン様を、私の友人を()()()()()()()()()()。あの暗い部屋から。

 

 紅く、未完成で、そして、とても美しいお月様に向けて、私はこの言葉を投げつけました。

 

「それでもっ、私はあなただけのものじゃないんです!!」

「──っ!?」

 

 はっきりと、そしてどこまでも届くように。私は、フラン様を拒絶しました。

 そんな答えに、一瞬だけ優しい表情を浮かべるフラン様。けれど、それは本当に一瞬の出来事。彼女はじわりと涙を浮かべ、くしゃりと顔を歪めます。

 

「……分かった。分からない。分かった。分からないっ!。分からない分からない分からない。分からない。分からないっ!! ぜんぜん分からない!! 袖ちゃんの言うことなんて全然分かんないっ!!」

「フラン様……それでも私は、あなたを信じます」

「っ!? ……嫌い。袖ちゃんなんて大っ嫌い!! 壊れろ! 壊れろ! 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ。壊れちゃえっ!!」

 

 

 そして、フラン様は、私に向けて──

 

 

 破壊の能力を行使したのでした。

 

 

 

 

 

 さて、多くは語りません。後はフラン様とぶつかるだけ。心も、身体もあけすけにして、いざ挑まんフラン様!

 

 ………どうみても無事に済みそうにないのが、悲しいですが。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。



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頑張ってるよ 影狼ちゃん

すいませんお待たせしました。しばらく投稿ペースが不安定かもしれません。


 ──走る、走る。

 地面を踏みしめ、草を掻き分けて。

 ギリリと奥歯が鳴った。

 

 このぶつけようの無い気持ちも、情けないと自戒する気持ちも、全てをかなぐり捨てて疾走っていた。

 

 

 「袖ちゃん……」

 

 今ほどに、人型になっているのが恨めしいと思ったことも無い。四足ならきっと、もっと早く走れるだろうから。

 

 

「……っく!!」

 

 スピードを上げる。今はただ、あそこに向かって走るだけだ。

 早く、もっと早く……尻尾も、足も千切れたって構うものか。

 

 飛ぶよりも早く、走るよりも早く。今よりも早く動けないことが恨めしい。

 

 

 という訳で狼らしく、いろいろ噛みしめ走ってます。

 

 ではでは、あの子に倣いまして私も一つ。

 

 私、今泉 影狼。頑張ってます。

 

 

 さわさわと、竹林に風が吹き抜ける。その度に強い月光を浴びた影たちが元気に踊っていた。

 

 大きなお月様だなとは思っていた。異変かどうかと言われたら間違いなく異変の部類。

 けれど私には関係の無い事。空が紅かろうが、冬が終わらないとしてもいつも通り静観、静観。私に出来る事なんてたかが知れてるし、そもそも、調子が良い今の状態を維持できるのは僥倖ですらあった。

 

 唯一迷惑なのは、満月の目下。現在、生命力やら妖力やらがぐんと向上している。……まぁ、あれね。一言で言うと、毛並みが色々と凄い事になっているのよね。

 

 まったくこればっかりは面倒ねと、ばさりと服を脱ぐ。わいるどな感じに脱ぎ散らかす服。月の光と相まって、ちょっとだけ天の羽衣を連想したりしなかったり。

 そもそも狼であったし、裸の方が自然なぐらい……なんだけど、見られたい訳ではないから。そこの所は大いに注意して欲しい。

 

 さて、毛の処理するぞーなんて意気込む私。こんな夜に誰かが来るわけでも無し。障子だけ閉め、暗がりの中、気になる所を念入りに。

 なんてちまちま処理していたら、こっちにやって来る気配をぴくん、と耳が捉えた。まっすぐにこっちに向かって来る誰か。しかも、しかもだ、よりによって結構速い。

 もちろん、そんなスピードの相手に服を着る余裕なんてない。こんなギラギラ輝く夜に来る奴なんて決まってる。厄介事を持ち込んで来る奴に違いないのだ。

 そんな名無しの権兵衛の対処方は一つ。いないように見せかければいいのだ。すなわち居留守である。

 

 気配を殺し、いざ誰かが乗り込んで来てもいい様に、と一応戦闘用意。……ぜったいに来ませんように、本当に来ないで。なんて、念仏を唱えたい位だったのは秘密。

 

 心の準備をしている内に、やってきてしまった訪問者。緊張の一瞬。ピンと張った糸が私の本能を呼び起こす。静かに静かに、いなくなるのを待つつもりだった。しかし、まさかここに来るはずの無い声が聞こえて来て動転しちゃったのだ。

 

「影狼さん。韮塚なんですけど、入っていいですか?」

 

 一瞬、耳を疑った。何かいる、と感じてしまう程にこの状況は異質だった。いや、だってあれだよ。ここ私の家で迷いの竹林なんだよ? なのに何で、人里在住の彼女がいるのか不思議でしかないでしょ?

 ……ごほん。ともかくとしてちょっと怪しさは否めない。

 

 けれど、子供っぽい高い声は間違いなく彼女のもの。自慢の耳もそう捉えてる。

 じゃあ、どうするか。なんて、冷静に考えるタイプなら良かったのだけど。しかして私はそうではなかった。

 耳が捉えて、袖ちゃんと判断するや否や、咄嗟に反応してしまう私。長々と居留守に関して言っていた私は何処へ行ったとばかりに、即答でした。もうなんかピンと張った糸とか、だるんだるんも同然だった。

 

 

「袖ちゃん!? なんで!? あ、待って待って今はダメだから!」

 

 驚きと一緒に静止の言葉を入れられたのは、ギリギリでファインプレーだった。うん、ファインプレーだった。……焦って転ばなければ。

 

 飛び跳ねるように立ち上がります。

 服を脱ぎ散らかしていたのに気づきます。

 そのまま勢い余ってすとんと転びます。

 

 きゃっ、とか言っていた気がする。

 

 ……なんで区切り区切りなのかって? 恥ずかしいからだ。

 私の悲鳴に反応して、袖ちゃんが反応。

 

「影狼さん!? どうしました!? 入りますからね!?」

 

 ……やっぱり、服を脱いだりするときは、きちんと畳んだりしよう。そうしないと、裸を見られたりしちゃうらしいよ。うん。

 止める間もなく、ドタドタと入って来る袖ちゃん。そしてすぐにご対面と相成った。

 一瞬にして固まる時間。私も袖ちゃんもぴたりと固まる。そうして、長い時間が……経たないうちに私は事態を認識。

 とりあえずとばかりに、近くにあった服を掴み自身を隠す。

 女同士だし、普段ならまだ耐えられたが、今回は事情が違う。もう色々と気になる事だらけなのに、見られてる。

 しかもだ、まだおそらく生えて無さそうな体つきの子に。顔から火が出るんじゃないか、って位に恥ずかしくなる。ともかくもって追い出さなくてはと、渾身の力をもって叫んだ。あとついでに物とか投げてた。そこら辺にあるものなんて服くらいだったので、服をポイポイ投げてた。

 

「とりあえず、出てけーーーー!!」

 

 それはもう、竹林に響きそうなそんな声。いや、響かれたらそれはそれで困るのだけど。ともかくとして袖ちゃんは、謝罪の言葉とともに、風の様に外へ飛び出していった。これで一安心、なのかな?

 

 いや、そんなことよりもだ。

 

「うぅ、見られた。よね?」

 

 正直言って見られたくないのが本音だった。この姿は私の乙女尺度的にだいぶ……そのあれだ。無い。ありえないと言ってもいいだろう。その位のものを見られたとあって、ちょっとだけ凹む私。

 しかも、そこそこの親交を持つ袖ちゃん相手。いつもはからかう立場にいる私としては、この際に仕返しされたりとかしたら。とか考えてしまう。いや、本人がそんな事しないのは百も承知だけど。けど、やっぱり心配。

 

 そんな悶々としつつ着替えていると、だんだんと恥ずかしさと、怒りが勝って来るようになる。

 衣装も変われば心も変わる。我ながらに忙しいと思いつつも、変化する人狼としてはそれも当然なのかもと投げやり思考。

 くるくると心変えつつ、着替え終わる。結局、開き直りやらなんやら色々と済ませたら、ちょっと怒ってます位の気持ちに落ち着いた。不思議なものねー

 

 さて、袖ちゃん呼び戻してお説教。弁明を聞くと、何やら私が心配で来てくれたらしい。何よ、ちょっと嬉しいじゃない。

 そんな気持ちを隠すようにからかいつつ、とりあえずもってひと段落。やっぱりこれって異変だよね? と話を異変に切り替える。袖ちゃんもはいと答え、やっぱりと確信に至る。

 

「私もどうもおかしいと思ったんだよねー。妙に竹林が騒がしいし」

 

 やたらと調子はいいし、さっきから何かおかしな気配は感じている。そんな警戒をしていると袖ちゃんが質問してくる。

 

「やっぱり影狼さんも、満月の影響受けてます?」

「ん? まぁそうねーそれなりに元気はあるわ」

「やはり、この月は危険ですね……人里は大丈夫でしょうか」

 

 

 しかし、この子も変な子だ。私みたいな妖怪を心配したと思ったら、次は人間の心配をする。私には無い考え方というか、たぶん同じく人里に住む蛮奇ちゃんもそんな事考えないだろう。

 初めは何だっけ、確か蛮奇ちゃんとの一杯やるときに一緒にいたんだっけ? 見ていて面白い子だし、わりと仲良くもなった。まぁ、向こうがどう思っているかはさておき、私はこの子は結構好きな方だ。なんか変に意地っ張りで、でも周りは見えている。

 見た目通りなんだけど、見た目通りじゃない。ある意味妖怪らしい子。

 だから、余計に気になってしまった。私とは違う考え方、何を考えているのだろうという疑問。何のこともない質問を飛ばしてみた。

 

「ねぇ、何でそこまでして人間の味方なの? 別に、このくらいどうでも良くない?」

「……え?」

「いや、だってさ。これ私達が元気になる異変じゃない? 袖ちゃんが必死になる理由が分からないんだけど」

 

 酷く驚いた顔を浮かべる袖ちゃん。まるで、人里を守るのが、人間を庇護するのが、当たり前だと言わんばかりの態度に私も驚かされる。

 さて、その返答はというと、返って来なかった。袖ちゃんがぱたりと倒れてしまったのだ。

 

 そんな倒れ込む瞬間。目の前の袖ちゃんが一瞬だけ、別の存在に見えてしまった。目の色が変わるというべきか、そんな感じ。そんなの一瞬の出来事だったし気のせいかもしれない。けれど、竹林の様子もおかしいし何かが袖ちゃんの身に起きてるのかも? なんて考える。

 

 けど、まぁ、いいか。別にそこまで深い仲でもない訳だし。と自分を納得させる。そもそも幻想郷は誰が何をしていようと、どんな存在なのかも自由な所。別にちょっと怖かったとかじゃない。うん。

 

 とりあえず。布団でも敷いて寝かせておけば勝手に目が覚めるでしょ。と布団を用意しつつ、見た目幼女な妖怪さんを転がしておいた。

 

 一刻、二刻、三刻と、時間は進むも、袖ちゃんが起きる気配もない。そしておかしいのは月だけでは無いと私も気づき始める。

 

 月が動かないのだ、夜が止まってる。どこの大妖怪さんがやらかしたのか、どこぞの愉快犯が起こしたのかは知らないけれど大層な事だ。……正直、困る。

 直接的に困る事は無いのだけど、いつ寝て良いか、とか、起きたら夜とか寝た気がしないよね。とかそんな事を考える。

 

「うぇぇ、地味に嫌だ」

 

 ぽそりと、声が漏れる。

 困る事は困るけれど、そんな程度。あとは……

 

 ちらりと袖ちゃんを見る、まだ寝てる幼女さん。そんな幼女さんが言っていた人里の影響か。蛮奇ちゃんいるし心配じゃないと言えば嘘になるんだけど。うーん。

 正直大丈夫でしょ、という感じは否めない。あそこには寺子屋の教師さんやら色々いるし。あれ? でも、そこな和服ちゃんも守ってたんだっけ? 腕もってかれたとか聞いた気がする。こわいわー。

 そんな守りがこっち来ていいんだろうか? たぶん本人に、そんな考えはないだろうけど。

 

 さて、そろそろ起こしてあげますかーと、ゆさゆさ揺する。小さい彼女はううん、と唸るとぽそりと呟いた。

 

「……ていかないで……」

「え?」

 

 思わず聞き返してしまった。「置いていかないで」彼女が発した言葉は、ほんの少し私の胸に波紋を作る。

 ニホンオオカミの私、いなくなる仲間たち。いつの間にか私も忘れられていて……いや、今はあんまり関係はないか。と頭を振る。

 誰にだって、言いたくない事の一つや二つあるものだし、それについての追及はしない。言わないなら余計にね。……ただ、もし、本当にヤバいのだったら怖いからって理由も、なくもない……触らぬ神に祟りなし。

 ただ、今までよりはずっと目の前の子に興味が沸いたのは、紛れもない事実だったり。

 

「さて……おーい、そろそろ起きなよー朝だよ? 夜だけど」

「……あと、ちょっと」

 

 珍しく子供っぽいというか、ワガママを言う彼女。子供っぽい身なりに反して、ワガママを聞いたのって、初かもしれない。そんな事思いつつも、額やらなんやら確認。とりあえず異常はないようなので一安心。

 もう一度起こすと、本当に寝起きが弱いのか、のそのそ布団から這い出る袖引ちゃん。すこしぼーっとした後、私に問いかけてきた。

 

「影狼さん私は誰ですか?」

 

 ……ここまで寝起きに弱いとは。

 

 さて、寝起きの色々やり終わり、そろそろ送り返そうかなーとか思う私。送り狼安全バージョンである。安心安全、ついでに健全。

 すると何を思ったのか袖引ちゃんは、大丈夫だ。とか言いつつ何故か違う方を見ている。もう、あからさまに帰る感じじゃない。むしろ、ずんずん奥へと進んでいきそうな雰囲気すらあった。

 慌てて引き留める私。先程倒れたばかりなのに流石に無理はさせられない。そんなこんなで、あーでもこうでもと言い争い。ただ、この子尋常じゃない程強情だった。ワガママ聞いたことないとか、嘘かもしれない。

 

 そして、言い争うことそこそこ。ついに、私、陥落。

 諦めたというか諦めさせられたというか、ともかくもって、折れさせるのに非常に苦労が要りそうだったのだ。結局、一緒に行くという事で、決着がついてしまった。……なんかもう、すっごい疲れた。

 

 論争も終わり、心も決める。まぁ、二人なら大丈夫でしょ。と心を決め一歩外へ。いざ異変解決。

 

 外に出て、外の空気を吸う。

 澄んだ空気だ、気持ちが引き締まっていく感じがする。

 後ろからは小さい足音。そんな頼り無さそうな音を聞く。

 ちょっと勝手かもしれないけど、おねーさん頑張っちゃうぞーって気合も入るものだ。

 

 なんだかんだ強情な妖怪さん。そんな彼女のワガママに付き合ってあげるのも、たまにはいいのかもしれない。

 

「ほら、早く行くよ?」

 

 そんな風に竹林へと踏み出したのでした。

 

 

 ただ、一緒に行くとは言ったものの、正直不安がない訳じゃない。さっきから私の耳に、凄い音が聞こえてくるんだもの。

 この音はたぶん弾幕。この音源は間違いなく私達よりも強い。そんな感じで聞き分けてる。

 生きていく為の知恵と言うべきか、私たちはこういう生き抜く術を持っている……筈なんだけど。

 不安要素がもう一つ。隣のロリっ子はさっきから一直線に行こうとしてる。私が止めて無ければ、火中の栗を全部拾う勢いで突撃してるのだ。

 普段からこうでなかっただけに、やっぱり今夜は異常だ。倒れるわ、何か行動が変と、おかしい事に隙が無い。触れるのが怖いというか、触れる余裕が無かっただけに何も触れずにいるのだけど……ちらりと袖ちゃんを見遣る。

 今回は変な術でもかかっているのか、私が道を見失い、袖ちゃんが案内する。というよく分からない事態。

 そんな事態なだけに、袖ちゃんも気合が入ってる。すでに自信満々と言った表情に、こっちの心配も知らないで、と思わずため息を吐きたくなる。

 ……後々やらかしそうで怖い。

 

 そんな予感はすぐに的中した。遠回り、遠回りと目的地の妹紅さんの家に近づいている。はずだった。物凄い何かが、接近してきていたのを感じとった私は、袖ちゃんを茂みへと引っ張り込んだ。

 誰か来るよ、なんて警告をするものの、いまいちピンと来てない感じの幼女様。本当にどうしちゃったのかと思いつつも、茂みから様子を伺う。

 

 すると、金髪で顔立ちが整っていて、背丈が袖ちゃんと同じ位の子が空から舞い降りてきた。だが、決して可愛らしいなんて表現が似合う状態では無かった。目は虚ろだし、何かを探している風でもあった。……一瞬だけ目があった気がするけど気のせいだよね?

 さて、そんなヤバそうな妖怪なんて相手にするはずもなく、とっとと逃げ去る予定だった。だったのだが、袖ちゃんが飛び出そうという素振りが見え、この時ばかりは流石に心臓が飛び出るか、と思ってしまう。

 声も上げられぬままに、もう泣きそうな位の勢いで袖ちゃんをグイグイ止める。すると呼応するかのように向こうの金髪ちゃんが声を上げた。

 

「あれー? おかしいな、確かにこの辺に袖ちゃん居る気がするんだけどなー」

 

 まさかのご指名。こんな子とも交流があるとか、どんだけ交流広いの!? と思わざるを得ない。

 そんなびっくりどっきりな袖引ちゃんも、流石に異常な事態に気づいたようで、気を引き締めたみたい。 

 出会ったものはしょうがない。と、こっそりこっそりとやり過ごす気だったのだが、それもご破算。元より気づかれていたようで、目の前の藪が吹き飛び、あっけなく逃げ出す羽目になった。

 

 バタバタ逃げ出す私たち。流石にまずいとは感じていたけれど逃げ切れる算段だった。一瞬だけでも振り切ったのか相手の姿は見えないし、私も袖ちゃんも逃げること、引くことに関しては一家言ある。うん、大丈夫。そんなことを自分に言い聞かせつつ走っていた。

 本当は分かっていたのかもしれない。たぶん逃げ切れない。相手は藪を一瞬で吹き飛ばせるような、とんでもない力を持つ妖怪。

 私も、袖ちゃんも、もしかしたら……と、心に影ができる。

 

 だからだろう。隣で足を止める音が聞こえて、ドキリとしてしまったのは。袖ちゃんは私の心を見透かしたように足を止める。

 これで逃げ切れる。なんて心の安堵をかき消すように、ばっ、と振り返り大声をあげる。

 

「ちょっ!? 何やってるの!?」

 

 暗闇に慣れた目には、ふっと微笑む袖ちゃんが映る。

 

「いえ、こちらで何とかしてみますので」

 

 ──やめてよ。一人で逃げたくなっちゃうじゃない。

 

「何とかって……あぁ、もう!!」

 

 ──お願いだから怖いって言って。逃げたいって言ってよ。

 

 そんな思い込めつつ言葉を続ける。

 

「そんな事してると置いてっちゃうよ!! いいの!?」

 

 

 けれど、返ってきたのはとても残酷で、とても優しい言葉だった。

 袖ちゃんは、まるで列の順番でも譲るような気安さで微笑む。

 

「えぇ、どうぞお先に」 

「…………」

 

 何も言えなくなる。こんな小さい子を、こんな優しい子を置いて私は逃げるのか。

 逡巡する私に彼女は檄を飛ばす。

 

「早くっ!!」

 

 結局、私はその言葉に弾かれるように駆け出した。……駆け出してしまった。

 

 

 

 草が踏み荒らされる。大地に爪を立てる。

 こんなに私は速く走れるんだ。逃げ切れない訳がない。逃げ切れた。逃げきれたんだ。

 悔しさが、無念が心を覆っていく。弱い二人だけど、頑張ればきっと……逃げ切れたはずなんだ。

 

 ぶつけようの無い思いが言葉になる。それは、あの子を罵倒する事で、心を補完しようという自己防衛本能。

 

「あの子、馬鹿でしょ!」

 

 自然と足が早まる。逃げるためのものだ。

 

「ほんとっ馬鹿っ!」

 

 足が忙しくなる。これは逃げるためだ。

 

「なんで、あの子はもうっ!」

 

 次第にスピードを上げていく、もはや四つ足になってしまいたいと思ってしまう程。これは逃げる……違う。

 

「もう、もう……あぁ、もう本当にっ!」

 

 だって、彼女はいつだって真剣で。自分よりも周りを優先して。本当に損しかしないような性格をしているけれど。

 

「だって……私、そういうの嫌いじゃない」 

 

 いつも、あんなに真剣なのに、あんなに頑張っているのに、上手くいかないのも嫌いじゃないから。何度も失敗して、立ち上がる。その度に真正面から頑張ろうとするのは嫌いじゃないから。だから……

 

「助けなきゃ……」

 

 ──友達は大切に、しないとね。

 

「くっ!!」

 

 けれど、引き返さない。もともと向かっていた方向に舵を切る。だって私は強く無いから。悔しいけれど、奥歯が砕けそうなくらいに歯がゆいけれど。

 私は、強くない。

 だから、あくまで可能性の高い方に賭けるんだ。もしかしたら居ないかもしれない、助けてくれないかもしれない。彼女は同じ地域に住むってだけ。どうなるかは分からない。だからなるべく早く、絶対に速く。地を駆ける。

 

 

「袖ちゃんを……あの馬鹿を助けるんだっ!!」

 

 

 地を強く蹴る。目指すは藤原妹紅の家。彼女なら、妖怪ハンターもやっていた彼女なら何とかしてくれる。そんな一縷の望みに賭け、駆け出した。

 

 ……けれど、一度逃げ出した私を、神様は見逃してくれなかった。

 

 

「残念だけど、それは通せないわね」

 

 

 ──無慈悲に、紅い月が天から舞い降りてきた。

 私の行方を、阻むように。

 

 

 

 

 というわけで今回はここまで。

 

 次回も見てくれると嬉しいです。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、祈ってます。




ちょっと最近疲れ気味ですので、感想などをお待ちしております。
面白かったなど、一言でも救われます。

では、申し訳ありませんがしばらくお待ち下さい。


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見守ってるよ レミリアちゃん

 すいません大変お待たせ致しました。

 しばらくこのペースが続くと思われます。どうか気楽にお待ちください。


 宵闇に月。しかもフルムーンであれば私の領域。

 

 ……なんだけどね。気に入らないわね。この月、私の好みでは無いわ。

 まぁ、けれどいい機会か。

 

 私は、口角を釣り上げる。

 

 少しだけ、時計の針を進めましょうか。あの子も、我が妹も、このままではいられないでしょうに。

 

 

 月を手中に収める様に、私は手を伸ばす。

 

 ──さて、私の程度の能力。どう、使おうかしら?

 

 

 と、いう事で今回は私の目線。

 楽しんで貰えたら嬉しいわ。……なんてね。

 

 私、レミリア・スカーレット 見守ってるわ。

 

 

 発端は些細な事だった。ただ、私の従者が連れてきた、小さな妖怪。ちょっと人間の香りがしたから最初は朝ごはんと思ったのよね、あの子。

 本当に道端の小石程度の存在感。たしか、服を作らせる為に呼んでいたはず。

 

 その日は霊夢に負けて、人間にちょっと興味が沸いた。だから似たような生活をしてみようと、早起きした日。

 早起きは三文の得なんて言うらしいけれど、なかなかにことわざというものは侮れない。その日は、そんな気まぐれからスタートした日。

 

 私は運命に干渉出来る。元々は何となくで使っていたこの能力だけど、幻想郷だと能力は自己申告制。これからは運命を操る程度の能力と定める事にした。

 だから、運命を多少なりとも自由に出来る能力上なんとなく行動するというのは、私にとって良い方向に転がる行動であるの。

 何となくで行動する日は、何かが起こる日。その何かというのは分からないけれど、良い事であるのは確か。

 予想出来無い事を楽しむのは私の楽しみでもある訳だけど……

 

 けれど、まさかこんなちっぽけな存在が、あの子の在り方を変えるなんて思って無かった。

 

 

 出会って、妖力を放出して、びっくりさせるもとい、気絶させる位に妖力で圧力をかける。そんなちょっかいを掛けて、ついでに目の前の運命を覗いてみた。ここまでは何となく。

 

 そんな何となくで、一瞬にして寝ぼけていた頭が醒めることになった。

 運命とは未来予知のような側面もある。星の数以上にある運命の糸から輝けるものを見つけ、手繰り寄せる。

 すると、ある光景が私の中に浮かんでしまったのだ。495年閉じこもっているあの子と遊ぶ、目の前の妖怪の姿。寝ぼけているのかと思った。勘違いかと思った。そんな予感を感じさせてくれるような存在では無かった。

 

 けれど、見てしまったものは確かだ。誰に言われたわけでは無く、この私が見たのだ。信じる他無いだろう。

 さらにその自信を補強するように、彼女は私の威圧を受けきる事が出来た。それが偶然だったとしても奇跡だったにせよ、試してみる価値は大いにある。元手は無料のチップだ、賭けてみるのも面白い。心の中でそうごちる。

 

 賭ける胴元は、この紅魔館の地下奥深くに引きこもる我が妹、フランドール。

 あの子は狂っている。正確には狂ってしまったのだ。自分の力を制御しきれずに、フランは破壊の限りを尽くした。

 それはそれでいい。私たちは吸血鬼であり悪魔だ、壊して満足するならそれでいい。ただ、あの子は優しすぎる。結局彼女は自身の能力を嫌って引きこもり、自分自身を壊してしまった。

 いままで私が何も手を打たなかったわけではない。ただ、彼女が求めているものは、私の手の中に無かった。それだけの事。

 フランを部屋から引っ張り出すのは、救うとはニュアンスが違う。フランは助けて欲しいわけではない。自信が欲しいのだ。

 だからこそフランを再び立ち上がらせる。フランの欠片を再構成できる人材が必要だったのだ。

 

 だから魔理沙が侵入するのも放っておいた。人間ならば、なんて打算もあった。

 失敗は恐れていない、元から壊れているのだから失敗する心配はない。だから何度でも違う可能性をぶつけて試すだけ。今回もその一つだ。

 

 私は、何を利用してもフランをもう一度外へ連れ出したい。

 利用出来る物は全て使う。何と言われようと、何と思われようと、私は構わない。ただ、私は自分の目的のためだけに周囲を使う。それだけだ。

 

 ──そう。私は彼女を、袖引を利用出来るかも? としか考えていなかった。だからこそ強引にでも傘下に加えようとしたし、専属なんて言葉も使った。

 別にこいつがどうなろうと、どうでも良かったのだ。本当に、どうでも。

 

 

 だからこそ、あの結果には驚きを隠せなかった。まさか本当に生きて帰ってくるとは……ボロボロになりながらも、彼女は見事にフランをあの部屋から引っ張り出したのだ。

 

 あの日から、私の彼女を見る目も少しだけ変化する。少なくとも一妖怪では無く、袖引個人として見る様になる。

 遊びに来た時もからかったりと、以前に比べかなり接するようになった。

 

 彼女は面白い。何かと話題に困らないし、考え方もかなり特殊だ。少なくとも普通の妖怪であれば、あのような人間に寄った考え方はしない筈。

 何故? と思わない訳じゃない。私から見ても、何か問題を抱えているのは一目瞭然。手助けはやぶさかではない。だけど、別に彼女の秘密を暴くことが全てでは無いわ。それに彼女は……きっと暴かれる事を望んでいない。そんな気がする。

 助けてあげたいけれど手が出せないなんて、とこぞの妹と一緒ね。全く、困ったものだわ。

 

 さて、困った困ったなんて思案している内に、時は進む。

 

 うちの妹も外に興味を持ち、条件付きではあるけれど、外に出る様になった。妖精やら美鈴と夕暮れから遊び始める。そんな日々。そんな宝石のような日々が戻って来たのだ。

 そして、たまに遊びに来る客たち。霊夢、魔理沙、袖引。その他の連中にも少しづつ話して、関わっていくフラン。たどたどしいその様子は、ひな鳥のようで微笑ましい。

 

 

 ただ、時折、フランの執着が普通のそれとは違うことに気が付く。普通なんて唾棄すべき基準などどうでもいいけれど、私たちと比べても少々特定のものに執着しすぎる。

 刷り込み……と言う程に幼くはないだろうけど、いままで触れてきた刺激が少なかったのも事実。多少の執着は多めに見よう。という方針だった。

 

 

 そして、いつしか執着の相手、袖引の事をせがむ様になった。

 袖引はあれはあれでトラブルメーカーというか、トラブルに巻き込まれるきらいがある。そこから色んなのと関わるのだから、彼女の胆力も褒めてあげたいくらい。

 だけども、ちょっとは我が家の妹様の事情も考慮して欲しい所。……まぁ、彼女は自分に鈍感だから無理だとは思うけどね。

 

 あまりにも色んな人物と関わるものだから、フランも自分と比べてしまったのだろうな。ずっと引きこもっていたフランには、自分を確立させるという事はあまりにも辛い試練。自分と他人の優劣、それを自覚し、受け入れるのは辛いことだ。

 けれど、絶対に必要な事でもある。……紆余曲折あれど、いい方向に進んでいるのだろう。

 

 

 そんなフランを意図せずして導くようなことをしているのは、袖引なのであって、歪んだ道に引き込むのもまた袖引なんだよねぇ。

 本当に困ったものだよ袖引は。助かる気がないのに、周りを助けてしまう。自分は信じられないのに、周りを信じきってしまう。間抜けと言ってやりたいけど、それすらもきっと気づかない。……気づかないふりなのかね、あれは。

 彼女自身の存在含めて、危ういバランスの上にいるって一体どれくらいが気づいてるのかしらね。

 

 そんなバランスの上に、フランも預けないといけないなんて気が滅入る。

 まぁ、向こうにも借りはあるけど、こっちにだって貸しはある。最近の宴会の件、未来の担保みたいなものだけど、それはそれでつり合いが取れているはず。フランの問題を良かれ悪けれ解決できるのは袖引だけであるし、任せるしかないのも事実。

 

 だからこそ、私はこの異変に乗じてフランを連れ出すことにした。月があまりにも強く輝くこの夜に。

 

 ハッピーエンドを待ち望む程に、私は少女ではない。きっと待っているのはフランにとってのビターエンドであるし、袖引にとってもいい結果にはならない筈。

 けれど、あの子たちは子供なのだ。大人になろうとしているフランと、大人であろうとしている袖引。双方に子供ならば喧嘩は起きる物だ。二人には頑張って貰うしかない。……おそらく袖引の方が頑張る事になるだろうけども、うちの妹を袖にするのだ。それくらいはやって貰わないと姉として立つ瀬がない。

 

 さて、フランを連れて夜の淵。眩しすぎる月を横目に竹林へと飛び立った。……何故か咲夜もついてきたけど、まぁいいや。

 出掛けるついでにこのふざけた異変の首謀者を潰して、一石二鳥といきたい所だけども……さて。

 

 夜へと飛び立つ。まんまるの月が私たちを見ている。随分と魔力を秘めた月だ。小さい妖怪や、私たちのような夜の妖怪には色々な意味でたまらない。

 ちら、とフランを見ると、目を爛爛と輝かせそわそわしている。……私の妹ならもう少し落ち着いて欲しい所だけど、まぁいいとしようか。

 

 ほどなくして竹林に辿り着く。静かではあるけれど、そろそろ一斉に騒がしくなりそうな嵐の前の静けさのような雰囲気。実に物騒で結構。

 私の目的は二つ。まずは最優先で高確率で頭を突っ込んでいるであろう袖引を、フランに会わせる事。予測の域だけど間違いなく彼女は頭を突っ込む。私の能力では無く勘みたいなものだけど……外れていたら外れているで面白いけどね。

 

 もう一つ、それはフランと袖引の逢瀬を邪魔されない事。邪魔されれば、また歪みが生まれる。だからこそこちらは失敗出来ない。二人をきっちりと対話させる。私のやる事でもあるわね。

 異変の黒幕? そんなものはついでよ、ついで。

 

 さて、いないことは無いだろうけども、一応保険はかけておきたい。運命を手繰り、場所を手探り。

 ちょっと時間はかかったものの、ようやく袖引の後ろ姿を意図的にフランに見せる事に成功した。

 袖引を見つけ、喜ぶフラン。その表情は本当に少女のような可憐さで、私を微笑ませる。

 

 ……きっと、この笑顔も歪むのだろうな。ただ、これはきっと必要な事。

 だから私は、フランを止める事はしない。

 

 少しだけ、ほんの一息の間を置いて、私は言葉を発した。

 

 

「フラン、好きになさい」

「うん、ありがとう。お姉さま」

 

 その一言で、ぱっと笑顔になりフランは飛び立っていく。ある意味まっすぐでいい子なのだけどね……子供らしいまっすぐさも、時には恐ろしいものね。

 

「よろしかったのですか?」

 

 なんて、咲夜が聞いてくる。

 

「まぁ、最初から決めていた事だしね。それより咲夜」

「はい」

「これから狼に喧嘩を売るんだけど、勝ってくれるかしら?」

「嫌ですわ」

 

 あっさりとした即答に思わず聞き返してしまう。

 

「は?」

「狼は毛皮にするのが大変なんですもの」

「あぁ……そう」

 

 なんか気が抜けてしまったけど、いつものことだ、気にしないでおこう。

 さて、私は私で異変の黒幕を倒す前にやらねばならない事がある。

 子供の喧嘩に大人が割り込むのは無粋というもの。邪魔が入らないようにするのは私の役割だ。

 まずは目星をつけていた辺りで待ち構える、これは時間との競争でもあるからな。せっかちにはなれない。

 しばらくすると暗闇に紛れて疾駆する人狼の姿を見る。咲夜も気づいたようで、銀のナイフを取り出していた。

 

 さて、先回りしようかね。地を駆ける狼モドキの行く手を遮るように、私は急スピードで接近し、目の前へと降り立つ。

 

「残念だけど、それは通せないわね」

 

 目の前の人狼は驚いた表情を見せ、立ち止まる。だが、すぐに表情を戻し、私たちを無視するように駆け抜けようとした。

 

「咲夜」

「はい」

 

 即答の声とともに、銀のナイフが目の前の人狼に殺到し、刃を突き立てる。

 銀のナイフは退魔の印。西洋のモンスターとしても登場するワーウルフならば、実に効果的だ。

 そんなものが刺さろうものなら、大怪我は必至。実際に目の前の狼は悲鳴を上げていた。

 

「あがっ……ぐうぅぅ」

 

 これで下がってくれるなら良し、諦めてくれるならわざわざ殺す必要も無い。……がそうは簡単に事が運んでくれるなら私の能力はお払い箱だろう。

 目の前の彼女は、ぐぐぐと踏みとどまり、噛みしめる様にこう呟いた。

 

「袖ちゃんを……助けるんだ」

 

 初めからなんとなく分かってはいたが、やはりこの人狼も袖引の知り合いで、彼女に感化されたのだろう。……ここまでくると、笑える影響力だな彼女は。

 影響を受けたのがもう一人。うちの従者は少しだけ表情を揺らがせる。

 

「袖引さんを、助ける……?」

 

 咲夜は勝手についてきただけだし、特に何も伝えてない。ただ、推測は出来るだろう。誰のせいで袖引が危機に陥っているかなんて、火を見るより明らかのはず。

 咲夜の視線がこちらと人狼の間で一瞬だけ揺れ、こちらの表情を見ると直ぐに元に戻す。一瞬で判断する判断力を持ち合わせるよく出来た従者だ。ちょっとご褒美でもあげようかしら。

 

 そんな事を考えている間に、戦闘が再開された。私としては、時間稼ぎさえ出来てしまえばどちらでもいいのだけど、咲夜も、お相手さんもやる気だ。

 しかし、本当に袖引は罪な子だね。あ、咲夜が銀のナイフをしまった。袖引の知り合いだからって、手を抜くなんてご褒美は無しね。

 

 コチコチと時間は進む。フランと袖引の二人の事を心配していない訳じゃない。フランがやり過ぎることだってあり得るし、袖引がミスする事だってある。運命を操れるといっても、生死を完全に操れるわけではない。ただ、望む結果に近しい結果を引き寄せる事が出来るだけ。だから私は上手く行く事を祈るしかない……引き寄せる、か。上手くやってくれてるといいわね。

 

 物思いに耽っている内に、戦闘は咲夜が有利に推し進めていた。

 そもそも相手の人狼は走り抜ける事を目的としていて、こっちは時間稼ぎが主だ。まぁ、あの子が負けるってあんまり想像してないけれど、想像通りってのもつまらないものよねぇ。

 何度もナイフを避け損ねボロボロになった人狼が気合を発する様に叫ぶ。

 

「どいてっ、どけぇっっ!!!」

「気持ちは分かるけど落ち着きなさい」

「くっ、時間がないのにっ!」

「時間は無限よ。有限だけどね」

 

 えらく余裕な表情の咲夜。あいつ、私が絡んでるから安心してるな。鋭いわねぇ……

 ナイフも、頭もキレキレな我が従者。そんな従者に焦れた様に、人狼は大きく息を吸い込む。

 あ、まずいねこれ。

 

 そして、咲夜も止めに入ったが牽制に臆することなく、人狼はおよそ人の声ではない鳴き声を、びりびりと夜空へ響かせた。簡単に言うと遠吠え。格好も行動も破れかぶれであったけど、心配事が一つ増えた。

 

 誰か反応しそう、という事。特に袖引が反応してしまったら目も当てられない。聞こえてないのを祈るだけね。

 そして、お相手さんはついに駆け抜ける事を諦めたのか、本格的に応戦し始めた。がむしゃらなんて言葉が合うかもしれない。それくらい必死に喰らいつく。

 咲夜もだんだんと余裕が無くなってきているようで、軽口が減り苦言を呈す。

 

「どうしてそこまで、袖引さんをっ……」

「知らないわよっ、あんな馬鹿!! 馬鹿だから私が助けるの。悪い!?」

 

 人狼の気丈な返し。切羽詰まりながらも、無茶苦茶に反撃する。どこかの妖怪を思い出しそうなスタイルね。見ていてしみじみそう思う。類は友を呼ぶ……よねぇ。

 咲夜も咲夜で、少し顔を歪めながら応戦。流石に妖怪の本気はしんどそうね。それでも勝つだろうけど。

 私はそんな二人の対戦をこのまま眺めるつもりであったけど、耳が、第六感が、能力が動く気配を捉える。

 

 この戦いの行方がちょっと気になるといえば気になるなるけども、優先順位は間違えられない。何となくの声に従って私はこの場所を離れる。

 

「さくやー、その子お任せするわー」

「お嬢様?」

「ちょっと、散歩」

「朝ごはんまでにっ……帰ってきてくださいね」

 

 狼の攻撃をすんでの所で受けきりつつ、律義に軽口を返す瀟洒なメイド。そんな頭上に浮かぶ満月みたいな完璧な従者を残し、私は羽を広げ、飛び立った。

 

 

 能力が見せた光景。竹林の奥深く、あばら家のような家。そこに向かうべきなのだろうな。能力と勘を信じひたすらに飛ぶ。

 すると、向かう途中で白髪を風に靡かせ、走る人影が一つ。それを見逃すはずも無く、私は声を掛ける。

 

「おはよう、いい夜ね」

「こんばんわ、刺激的な夜だな」

「あら? こんな夜は嫌い?」

「一応聞いておくけど、さっきの遠吠えはお前さんかい?」

「そうよ、ぎゃおー」

 

 そう答えると、ふーんと興味がなくなったかのように視線を向けて来る白髪頭。信じろというほうがおかしいけれど、少しは信じるなりアクションが欲しかったわね。

 

「あっそ、ならいいや。行っていいよ」

「なら駄目なのよ。ここは通さない」

 

 おそらくこいつが、二人の邪魔する可能性のある人物かねぇ。怪しいし。

 

「通さないなら大人しく帰るよ、ただ気に食わないからお前は倒すけど」

「話が早くて助かるわ。とっとと終わらせましょ」

「はっ、とっととね。お子ちゃまはせっかちね」

「あら、これでも500歳なんだけど?」

「私は1000歳超えてるさ」

 

 そう言い放つ彼女。その言葉は嘘では無いだろう。この幻想郷には見た目で左右されない人物がごまんといる。その中の一人という訳だ。

 しかし1000歳か、さぞかし老獪だろうね。そんな風に多少驚いたものの、引くことは無い。二人の邪魔は絶対にさせない。それが姉としてのプライドだ。

 

「ずいぶんとババァね。血なら新鮮なほうが良かったんだけど」

「口の利き方には気を付けなお嬢ちゃん。火傷するよ」

 

 そんな言葉から口火が切られる。

 

 

 切ったと同時に、目の前を埋め尽くす炎が私目掛けて殺到する。

 私はそれを──

 

 

 さて、こんなところでいったんお仕舞い。まぁ、次回まで待って頂戴。 

 

 紅茶でも飲んで一息つきたいところね。……あなたもどう?

 

 熱々に熱するのも炎なの。使い道って大事よね。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っているわ。

 

 じゃあ、お疲れ様。

 




ご感想等々お待ちしております。

毎度、読んでくださりありがとうございます。


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永い夜だよ 妹紅ちゃん

 長らくお待たせしました。ちょっと難産でございました。


 さてさて、今宵は丸い月。もんぺの穴を繕うにはちょうどいい夜だ。チクチクと繕うために裁縫道具を持ち出す。

 手元も明るいし、調子は上々。さっきから竹林が騒がしいけど別に気にする程じゃない。年寄りは慌てないもんさ。

 

 しかし、本当に眩しいな。最近はめっきり月が眩しいなんて思ったことはないし、何となく久しい気分だ。こんな日はお月見なんてのもお洒落だろうね。器でも用意しようかね。

 器に水を張って月を招きいれる。そんなお月見だってたまにはいいだろう。遠い昔「月の顔見るは忌む事」なんて言われていた気がするけど、いつの間にか聞かなくなったな。なんてぼんやり考える。

 

 さて、そんなお月見しようかしないか、そんなところから始まるよ。

 

 私、藤原 妹紅 ぼんやりとしようかね。

 

 隙間風が入りこんでくるようなちょっと古い庵(と慧音に言い張ってる)に私一人。チクチクと繕い中。普段だったら笹の葉擦れ音くらいしか聞こえないもんだが今日はあちこちから気配を感じる。おおよそ馬鹿者が肝試しでもしているんだろう。まぁ、月も明るいし気持ちも分かろうもんだけどさ。慧音はなんと怒るかな。

 

 チクチクと針を布に通す。そう言えば針仕事といえば人里にもう一人変なのがいたか。

 慧音から似たような奴がいると聞かされて、興味本位で留守番任されたら、いきなり飛び掛かられた印象が強いけど。

 しかし、まぁあんな小さいのが私に似ているとはね。……なんか複雑だ。

 

 まぁ、そんな気持ちは置いておいて、実際面白いやつだよな。ミスティアの屋台で会ったり炭買いに来たりしてるけど、話していても付き合いやすい奴だ。

 たぶん必要以上にこっちに踏み込んでこないのが、私に都合がいいんだろうな。

 

 今までの出会いとかを思い出してクツクツと笑う。まぁ、悪い奴じゃない。人里に住んでいても特に害はないんじゃないかな。

 

 妖怪だか何だかが人里に住むってのも、中々に凄い事態だけど本人は気づいてるのかな。 

 

 ほっ、と息をつく。とりあえずは一段落。ふと、漏れでる月光に触れてみた。

 私の手を透過してくような澄んだ光。そこの隣には、いつもよりも濃い影が一つ。

 

 ……人里に住んで人間に紛れる、か。

 

 

 袖ちゃんがやっているのはあれだね。何処かの馬鹿な小娘が、まだ一欠片分ほどの期待を抱いていた時のそれだ。どうしようもない事を知って、それでもどうにかしたくて、けど、どうにもならなくて。

 

 はぁ、と私はため息を一つ。

 

 悔しいが、慧音の言う通り似た者同士って訳だ。

 ただ、似ているだけで決定的に違うのは、私は諦めて、彼女はまだ諦めていないということだ。詳しく聞く事は無いとは思うけど、あの子はたぶん、分かっていながらも前に進みたかったんじゃないかな。

 

 いや、それすらも分かんないし、知らないけど。

 

 ただ、私の期待混じりの推測がもし当たっていたら、彼女は相当に苦労するね。慧音からちょっとだけ聞かされている素性とかを鑑みても相当なものだ。

 大馬鹿というか、ある種狂ってるというか、いや、もしかしたらそんなもんなのかね。

 ともかくとして初めて聞いた時は驚いたもんだ。いるところには居るんだなって。

 

 あの位の執念があれば……私も。

 

 少し年季の入った壁(決してぼろい訳ではない)から吹き込んで来る風が私の頬を緩やかに撫でる。

 

「──うるさいな、分かってるよ」

 

 ぼそりと、言葉を溢す。やっぱり似ているだけで違う。私は諦めざるを得なくて、あいつは諦めが悪いだけだ。

 

 でも、でもだ、彼女ならもしかしたら、現状の私に対して答えを持っているかもしれない。後悔をしてもしきれない。何度死のうとしても死ねない。この死にぞこないに何か……いや、ないな。

 彼女は無力で、私は今まで通り生き続ける。それでいいじゃないか。……いい、じゃないか。変に期待を抱く方が、かえって傷が深くなる。諦めて、最初から期待しないでいけば、現状はそこそこに楽しめる。

 

 はっと我に返り、先程から作業が全く進んでいない事に気づく。

 もう一度ため息一つ。手にもっていたもの全てを投げ出し、擦り切れた畳に身体を預ける。

 

「あー」

 

 自然と声が漏れる。普段は憎しみの対象である黒髪の月の姫が何となく頭に浮かぶ。

 いつもだったら狂おしい位に憎いのに、こんな時にだけ顔が浮かぶ。なんて、憎たらしい奴なんだ。

 そんな憎たらしいアイツに向けた感情が、口からポロリとこぼれた。

 

「……殺し合いたいな」

 

 自分がどうしようもない化け物と認識させて欲しい。もう、どうしたって叶わない、手の施しようの無い状態であると認識させてほしい。救いなんてない、あるのは現状と、それを打開出来ない私が居るだけだ。

 

 ごろりと寝返りを打つ。停滞している空気をどうにかして欲しかったが、そんな時に限って風はやって来ない。もう寝てしまおうと目を瞑るも、眠気は中々にやってこなかった。

 

「あーもう。分かってるんだって……」

 

 隙間風はやって来るのに、どうしたって心は晴れることは無い。

 

 

 

 まどろみが、私を揺らし世界を揺らす。こんこんとした眠りに落ちて──

 

 アオォォォォン。

 

 突如として、遠吠えが夜を切り裂く。ウトウトとしていた意識も一瞬で覚醒し、ばっと跳ね起きる。

 中途半端にぼやけた頭で聞いたそれは、感情に波を立たせた。

 

「うるさいな……」

 

 乱雑に頭を掻く。今日はどうも駄目だ。昔の事を思い出したり、気分が晴れなかったり。あれもこれも……いや。

 どこかで獣の声がした。このままだと、今竹林にいる奴らは危険かもしれない。

 

「ちょっと暴れようかな」

 

 壁の隙間から漏れ出た月光が外に意識を向かせる。私は軽く衣服を整え、立ち上がった。

 

 ふらり、と外に出る。空では大きな月が、私をあざ笑う様にぽっかりと浮かんでいた。忌むべしなんて言われていた月を瞳に収める。

 かぐや姫が帰るようなとても綺麗で、昔の記憶を甦らせるようなそんな月。

 

「──あぁ、今日も死ねなさそうだなぁ」

 

 ふっ、と視線を切る。あちこちでやり合っている気配がある。なんだ、肝試しじゃないな。……ちょうどいいかもしれない。

 まずは先程の遠吠えの方にからだ、と決め、だいたいの方向に見当をつける。

 

 私は、もやっとした気持ちを振り切るように、夜闇に身を躍らせた。

 

 生温い風がまとわりつく。いつも嗅いでる竹の匂いが少し鬱陶しい。はやく、はやく走っていこう。

 

 

 

 しばらく走っていると、空から声が降って来た。聞いたことのないような、子供のような高い声。

 

「おはよう、いい夜ね」

 

 声がした方を向けば、見た目は洋装をした小さい女の子。

 月を背負う様に宙へと浮かんでいて、その風体に似合わない程の圧倒的な雰囲気を持っている。間違い無く妖怪の類だろう。というか人間の殆どは空飛ばないし。

 しかも、私に何の恨みがあるのか分からないけど、何故か敵意をひしひしと感じる。

 なんなのだろうか、もしかして竹林の姫の仕業だろうか。だとすると好都合。

 

 ともかく、初対面でここまで恨まれたのも久しぶりだ、しばらくは話に付きやってやろうか。

 

「こんばんは、刺激的な夜だな」

 

 いきなりこんなに会うなんて刺激的以外の何物でもないだろう。なんて批判の意味も込める。

 すると、意図を汲んだのか、汲まないのか、目の前の妖怪は上品に手を口に当て、くすりと笑う。

 

「あら? こんな夜は嫌い?」

 

 くすくすと、此方をからかう様に相手は笑う。どこぞの姫を思い出しそうな笑い方に感情が少し波立つ。

 

 あぁ、この類は面倒な奴だと即座に判断。ちょっと付き合ってやろうという気も失せ、話を切り上げるべく私の聞きたいことをぶつける。

 遠吠えの事を聞くと、おどけた様子で返される。やっぱりこういう輩は好きな事だけ話して、勝手に去ってく奴だな。追い払うに限る。

 

「あっそ、ならいいや行っていいよ」

 

 その言葉を聞くな否や、さっきまでおどけていた相手の真っ赤な瞳が、すっと細められる。

 

「なら駄目なのよ。ここは通さない」

 

 先程の敵意を更にむき出しにする妖怪。強い意志を感じる瞳に思わず尻込みをしてしまう。……何なんだ本当に今日は。そう、叫びたくなる。

 小さく息を吐く。どうにもこうにも今夜はそうらしい。停滞した私を責めるように、どんどん眩しい奴らが現れる。

 あぁ、本当に……

 

「通さないなら大人しく帰るよ」

 

 ただ、気に入らないからお前は倒すけど。

 

 そう答える。何が気に食わないだ。本当に気に食わないのは私自身だろうに。本当に、私は何をしにここまで来たんだ。

 目の前の妖怪が何かを言ってる。たぶん私も適当に答えてる。既に慣れてしまった思考だ、他の事をしながらでも簡単に割り切れる。……そう、割り切れるんだ。

 

 こいつを倒して、いつもの私に戻ろう。

 

 話が切られると同時に、私は、ぱっと生成した炎を相手にぶつける。並みの妖怪なら跡形もない筈だけど……あぁ、やっぱり効かないか。

 

 眼前に広がる炎を受けて、ちょっと熱そうにしながらも服も、身体も焼けた様子の無い妖怪。ぱんぱんとまとわりつく炎を払うと、余裕綽々にこう返してくる。

 

「あら、こんなんじゃ、うちの大釜のお湯沸かすには使えないわね」

「この程度、火花程度の段階さ」

 

 更に妖力を込めた火を作り出す。めらめらと、自分の身すらも焦がしかねない勢いの炎を投げつけた。それすらも相手のお嬢ちゃんは避けようとしない。……気分うんぬん抜きにカチンとくる奴だ。

 

 しっかりと直撃し、小さい人影は音を立てごうごうと燃え始める。しかし、それすらも奴は効いた素振りを見せなかった。まるでそよ風が吹いたかのように、涼しい顔で炎の中から現れこう告げた。

 

「なかなかマシね。薪も要らなそうだし家に来て働いて良いわよ」

「悪いが、薪ケチる様な所で働きたくないな。金払いが悪そうだ」

「うちはエコなのよ」

 

 言葉の応酬にも全く動じない。面倒だ、本当に面倒だ。露骨に面倒くさい顔を浮かべているだろう私を見て、今度は向こうが動き出した。

 

 そいつが持つ妖力にふさわしい速さで、こっちに突っ込んできた。避けることも出来たが、それもしない。敢えて受け身の姿勢を取り、攻撃を受ける。ただ、そのまま殴られるのは癪なので、私は身体全体に炎を纏わせる。

 

 一瞬の後、身体の芯が大きく揺さぶられるような大衝撃を受け、景色があっという間に横に流れる。そして再びの衝撃とメキメキと竹の倒れた音。あまりの素敵威力に、クラクラしてしまいそうだ。

 

「あら? 避けないのね。……ひょっとして、そっちの趣味かしら?」

 

 空から声が降って来る。

 ──あー、痛い。

 上を見上げると、月を背負って

 ──これなら何度か死ねそうだなぁ

 紅い目を持つ妖怪がこっちを見て

 ──こいつに全力出してもいいかな?

 面白そうに、

 ──思わず、 

 笑ってる。

 ──笑ってしまう。

 

 口がニタリと吊り上がるのが分かる。間違いなくこいつは強い。あぁ、うん間違いない。こいつなら大丈夫だろう。私より先に死ぬことは無い筈だ。

 天に唾を吐くように、私は言葉を吐き出す。

 

「痛いなぁ。なんて威力だよ」

「ちゃんと痛がるのね。驚いたわ」

「決めた。お前なら全力を出しても問題ないな」

 

 妖力を……いや、私の力を一気に放出する。燃え盛る様に周りの雑草がチリチリと焦げていく。

 そんな私を見て、すっ、と目を細める。どうやら向こうも腹を括ったらしい。

 

「……光栄ね、じゃあお手合わせお願いするわ」

「そうだな。このまま──」

「このままずっと」

「「永遠に!」」

 

 私は地面を思いっきり蹴りつけ、宙へと浮かぶ。そのまま自身を火の玉の様に燃え上がらせ、浮かせた火の玉を相手に叩き込む。それを相手はひらりと躱し、魔力弾を横合いから殺到させる。それを私は焼き払う。

 ゴウ、と視界一面に炎が広がり、宙を焼く。一瞬にして水分が蒸発し、視界が熱から逃げ出すようにゆらゆらと歪む。一瞬の後、めらめらと燃える海から飛び出す影一つ。小柄な体躯のそれに、すかさず蹴りをお見舞いしてやる。

 

 激しい音の後、蹴りが止まる。全力で出した蹴りを妖怪はか細い腕一本で止めていた。

 妖怪が口を釣り上げて笑う。

 

「全力ってこんなもの?」

「強がりはやめときなお嬢ちゃん。腕震えてるよ?」

「あなた気づかないかしら? 力の差ってものなんだけど」

「あぁ、ひしひし感じてるよ。弱いのに手加減するの苦手だからね」

「そう。じゃあ、死になさいな」

 

 

 その言葉と共に相手の小さいのは脚を強引に振り払い、その勢いのままに腕を振るってくる。受けたらヤバいと感じるも、回避出来ずに腕を交差させ咄嗟に防ぐ。

 メキメキ、と何かがひしゃげる音と、自身の骨の折れる音を聞きながら、踏み留まる。そして一瞬の後に激痛が体の中を疾駆した。死ぬのや怪我に慣れているといっても、痛みになれる事は無い。……簡単に言って凄く痛い。若干涙目になりつつ、そのままに相手を炎に巻き込む。ついでとばかりに、身体が勝手に折れた腕を回復した。

 

「燃え尽きな。お嬢ちゃん」

「──っぅ」

 

 唸りを上げた炎は、小さい体を飲み込んでいく。……これで終わりだろう。流石に立っていられる程、私の炎は甘く無い。まぁ、運が良ければ生きてるだろうし、良い運動にはなったかな。

 なんて考えていると、不意に炎の中から腕が伸びて来る。咄嗟に後ろにのけぞろうと重心を変えるが、それよりも早く焼けただれた腕が伸びてきて私の顔を掴む。

 

「良くもやってくれるじゃない。熱くてしょうがないわ」

「おや、ずいぶんとマシな姿になったじゃないか」

「このまま潰されたいのかしら?」

 

 ギリギリと立てちゃいけない音を立てて顔がきしむ。……かなり痛い。こいつ炎効かないのかな? 困ったな。殴ったり蹴ったりしないといけないのか。

 しかしまぁ、妖怪ってものはよくわからない。何処にそんな力があるんだろうか。現に私の頭がトマトみたいにぐしゃりと行きそうだし……あー痛い──

 

「ってかこれじゃ死ぬって!」

 

 そんな声を共に身体を捻り、脚をぶん回す。残念な事に、振り回した脚が当たる前に、妖怪はひらりと避ける。その後、驚いたような表情をこちらに向けてきた。

 

「さっきから行動と言い、お前、人間じゃないとは思ってたけど。まさか不死身?」

「あん? あー、そうだよ。驚いた?」

「驚いた驚いた。こんな所に生息してるのね。パチェに教えてあげようかしら」

「なんだか知らないけど嫌な予感……」

 

 背中に走る寒気の様なものを感じていると、妖怪が口を開く。悪辣そうな表情で、満月の夜に相応しくない三日月のように口を釣り上げた。

 

 彼女は言う。

 

「生きることを諦めて、それで尚、生き永らえる。……無様だわ」

 

 ──ぞわり、と鳥肌が立つ。

 

 恐怖したんじゃない。寒かったんじゃない。むしろ、身体が一瞬で沸騰した。いや、そうじゃない冷静だ。驚くくらいに冷静に冷静に……怒りを感じている。

 

 

 あいつは、言ってはいけない事を言っている。あいつは、私の領分に土足で踏み込んだ。

 

 ふぅ、と一呼吸置く。でないと、まともに言葉すらも形にならなそうだったから。

 

「──お前さ。言っていい事と悪い事ってあるよな」

「さて、ね。少なくとも今は許されるのよ」

「……そうかい」

「えぇ、今は永夜。お前の怒りなんて些事に過ぎない一瞬のお話だもの」

 

 

 明らかな挑発だ。分かってる。私を乗せて何かをさせたいのかもしれない。……いつもなら、いつもなら流せた筈だ。そう、いつもなら諦めて、諦めて居た筈だ。

 もう、届かない事を知った筈だ。諦めるのが賢いと学んだはずだ。何度も何度も分からされてきた筈だ。

 

 ふと、あの子の存在が浮かぶ。なんで、なんで袖引は諦めないんだろうな。種族も、立場すらも何もかも捨てて。あぁ……もう、本当に。

 

 再び、ふぅ、と息を吐く。もやもやと苛立ちが混ざり合って頭がおかしくなりそうだ。……ちょうどいい。全部こいつにぶつけてやる。

 ふざけた発言をした相手に気炎を吐く。全てを焦がすように大声を張り上げた。

 

「なら、永遠に続くこの月夜。終わらぬ恐怖に一生怯え続けろ!」

「今晩は私と踊り続けるのよ。彼女たちが満足するまで永遠にね!」

 

 再び、ぶつかっていく。火を纏い、天を焦がす。草むらはめらめらと燃えて煙が立ち上る。竹がパチパチという音と共に、焦げた匂いを発していく。空を焦がし、煙を巻き上げる。月まで届きそうもない私の煙。うねりを増していく炎はいまだに周辺で燻っていた。

 

 燃やして、死にかけて、燃やす。その繰り返し。

 

 紅い槍が私を貫き、お返しとばかりに相手を炎の渦へと叩き込む。湧き上がる感情も、血も全て蒸発させながら私は進んでいく。

 

 

 向こうもこちらも終わりは無く、永々と繰り返す。ひたすらに、ひたすらに。

 

 お互いに誰かを待つように、ひたすらに技を繰り返していた。

 

 

 

 あぁ、今夜は月が綺麗だ。踊る火の粉で影が揺れる。空を焦がし、大地を焦がし、あまつさえ自身すらも炎に包んでいく。

 燃えて、燃えて、尚燃えて。

 

 永い夜に相応しい様に、延々と、永々と、炎々と私は、私自身を焦がしていく。

 

 

 ──燃え尽きることは無いのだから。

 

 

 という訳で、今回はここまで。

 

 永い夜も、永い話もそこそこにここで一旦の区切りとしよう。……永いのは疲れるからな。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願ってるよ。

 

 

 




ご感想等をお待ちしてます。


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壊されたよ フランドールちゃん

お待たせ致しました!


 

 ねぇ……なんで。

 なんでこうなっちゃうのかな。

 

 私はただ、ただ遊びたいだけなのに。

 

 

 

 ぎゅっ、と握り込む。

 

 

 ぱりん、となにかが割れる音がした。

 

 

 それはきっと現実への未練。

 

 

 私は……私 フランドールスカーレットは、壊しました。

 

 

 

 初めは、何かが居る。そんな感覚だった。

 きっとご飯だろうと、そう思った。ちょっと匂いが変だけど人間の香り。暗い部屋に扉を開けて入って来た誰か。

 ただ、前に来た奴は違ったなぁ。とかそんな事を思いつつ話しかける。返答が無ければてきとうに遊んで壊しちゃおう、そんな風に思った。

 

 話しかけると自己紹介が返ってくる。それが少し面白くて、興味が沸いたんだ。

 

 

 

 久しぶりの……いや、その前に巫女を名乗る白黒が来てたっけ? 魔理沙っていう人間。結構最近な気もするし、そうでない気もする。動いてるものなんてそうそう見なかったから、何となく印象に残ってる。

 その魔理沙とかいうのに口車に乗せられて、確か弾幕ごっこだっけ? 結構楽しかった遊びをやった。遊んだ相手が壊れなかったのも久しぶり。

 

 そんな感じの印象を持っていただけに今回も期待していた。もしかしたらって。

 

 結果としてはそうなったし、そうもならなかった。

 

 彼女、私を怒らせるようなこと言うんだもの。私がどんな気持ちでここにいたのなんて分からないくせに、お外に出ようなんていうんだもの。まったく、困った子だよね。

 そろそろ私も怒っちゃうってところで、彼女が怒りだした。曰く、そっちだって小さいだろう。だって。

 

 今思い出しても、おかしいわ。怒るポイントもおかしいし、なにより私を怒る人なんて珍しい。

 珍しいというか最近居なかった。そんな物珍しさも相まって、なんか、拍子抜けをしてしまったのを覚えてる。

 

 

「驚いた……まさか喧嘩を売られるなんて……魔理沙といい勇気があるのね」

 

 

 そして、ちょっとムッと来ていたことも忘れて一緒に遊びたくなった。ただ、遊ぶなんて今まで一人でやっていた事だし、何をすればいいのか分からない。

 だから、一番慣れている事をやろうと思った。

 

「お人形遊び。あなたがお人形」

 

 結局、このころの私は一人になりたかったのかもしれない。諦めて、何もかもを手放して。この状況だってそう。もしかしたらずっと一緒に遊べるかもしれない相手を、壊そうとしてる。

 

「日本人形は遊び道具ではないですよ、婚礼道具です」

 

 向こうが何か言っても私は知らんぷり。

 

「壊れれば一緒。さぁ、仲良く遊びましょ?」

 

 何もかもを諦めていた。何もかもを放り出していた。

 

 だから、今回も一緒だって、ずっと思ってた。私と関われば全てが壊れる。それでいい。それでよかった。

 

 ふと、最近来た人間の顔が脳裏に浮かんで消える。

 

 ──あぁ、私は一人なんだから。早く、早くこの子を壊さなくてはいけない。

 

 捕まえようとして、一歩踏み出す。目の前の妖怪はすんでの所であとずさり。伸ばされた手が空を切る。

 避けることが純粋に嬉しい。相手がいることが純粋に楽しい。だから、自然に笑顔が浮かぶ。

 

「あはっ、避けた避けた」

 

 ……けど、こんな楽しい時間はすぐ終わる。また相手してくれる人はいなくなり、私は一人だ。

 暗く気分が沈む。どうしようもない事実が眼前に立ちはだかる。

  

 

 けれど、()()()()()()()()()()()()

 

 だって、生まれもった能力がこうなんだから。()()()()()ことなんだ。()()()()()()()()事だから。

 

 だから、だから私は、はっきりと諦める為に言葉にする。状況を言霊に乗せる。

 

「私はこれでいいの。ずっと私は一人。私は()()()()()()()()()()()()

 

 なんて、なんて愚かなんだろう。どうしようもなく救いがたくて、つい笑ってしまう。その状況が更におかしくって笑ってしまう。なんでなんだろう、どうしてなんだろう。おかしくって、おかしくって笑ってしまうのに、何処かが痛い。ズキズキと、ズキズキと痛んでしまう。

 

 そんな痛みから目を逸らすように、一気に距離を詰めて、見た目通りの細い首を締め上げた。

 

「あっ……うぐっ」

 

 苦しそうな声が聞こえて来る。今すぐに壊れそうな声を聞いて、更に笑いが漏れる。

 どうしてここまで、笑えてしまうんだろう。あぁ、自分が嫌でたまらない。自分が嫌で、そんな私を受け入れてくれない世界が嫌で、つい感情が爆発する。

 

「私が遊ぶと、全部壊れちゃう!! ねぇ、なんで!? どうして!? 私はどうしたらいいの!?」

 

 ガクガクと揺さぶっても答えは返って来ない。もう壊れてしまったのか、と失望に似た感情と共に力を抜く。──すると、ほぼ同時に私の身体が宙に浮き、壁へと投げ出された。おそらく最後の足掻きなんだと思う。

 

 ──あれ?

 

 けど、そんな力さえも弱々しく、全くもって脅威を感じない。というかなんなのだろう。ここまで力の差があると逆にあやしいくらい。

 

 私が想像したよりも遥かに弱くて、そんなのに私が吹き飛ばされたのもびっくりして、状況を理解する為に頭が冷える。

 冷やそうが、横に振ろうが、答えは出ない。世界を知らない私には理解のできない世界。そんなものが目の前に現れて、結局なんだかよくわからなくなった。

 

「驚いた……全然痛くない」

 

 とりあえず思った感想を口に出すと、向こうはがっかりした様子を見せる。

 そんな姿がなんだかちょっと可愛らしくて、何となく安心してしまう。そして、次第に疑念は興味に変わっていく。

 

 ……名前、なんだっけ? そうそう、確か袖引だよね。

 

 私は更に思った事を口にしてみる。

 

 

「袖引、そんなに弱いのによく生きていられるね!」

 

 お姉さまとか、私の力を見ていると、この子の力は本当に天と地の差ぐらいはある。そんな弱いのに喧嘩を売って来たのだ。興味がついつい沸いてしまう。

 そんな私の態度に、ムッと来たみたいで更に袖引は怒り出す。

 

「なんだとこの野郎!」

 

 そんな姿がおかしくて、また笑い出す私。自然に出てきたこの笑い。それは何処も痛くなくて、心地良かった。

 

「本当に袖引は面白いわ。そんなに弱いのはうちに居ないもの!」

 

 気持ちよくなって更に話す。楽しい。そう思いつつ、私は話している。

 私の言葉にしょんぼりしつつ、袖引は答える。

 

「それって褒めてくださっているんですか……?」

 

 そんな落ち込む、素振りを見せる彼女。それは、ありのままの姿のようで、私が捨てた幸せのようで、とても眩しく感じる。

 その姿に、思ってもみなかった言葉が漏れる。

 

「少しだけ、羨ましい」

 

 呟いた言葉にはっ、とする私。漏れた言葉に動揺してしまう。なんでこんな言葉が出るのだろう。

 自身の言葉に困惑する私。すると、袖引が言葉を返す。

 

「私もフランドール様の力が羨ましいのです」

 

 え、と言葉が口を突いて出る。

 

「なんで? こんなのあっても苦労するだけだよ?」

「それはお互い様ですよ。言いたくはありませんが弱いだけでも苦労するものですよ? 例えばですと──」

 

 それから袖引ちゃんは、色んな事を話してくれた。いろんな事を教えてくれた。そして弾幕ごっこして、指切りをして帰っていった。

 

 

 ずっと閉じていた扉を開けて、袖ちゃんは帰っていく。

 その後ろ姿に、私は一抹の寂しさを覚える。

 

 でも、いいんだ。また遊んでくれるって約束したから。

 

 私も、約束通り一歩踏み出してみよう。何かわかるのかもしれない。

 

 

 もう、ドアは袖ちゃんは開いてくれた。だから、ちょっと頑張ってみようって思ったんだ。

 

 それが、あの子との出会い。

 

 ──季節が変わるように、出会いを重ねていく。

 

 私がだんだんと外に出るようになって、風景が変わっていくことに気づく。

 そして、私の気持ちも……

 

 

 話しかけてくれるだけで良かった。

 たまに遊びに来てくれるだけで良かった。

 顔が見れたならそれでよかった。

 

 でも、次第にもっと、もっと欲しくなっていった。

 

 

 私は私を抑えられない。うん、ずっと前から分かっている事だよね。

 

 けれど、分かっていても今までは諦めるしかなかった。受け入れているんだ。そう、感じていた。そう感じて閉じこもっていた。

 

 引っ張り出された私。

 久しぶりに見る外の世界は暖かかった。眩しくて、とても綺麗で。とても……とても優しかった。

 

 

 

 だから私は決めたんだ。私は、努力をするって。

 

 袖ちゃんは私の基準だ。弱くたって生きられる。弱くても強いんだ。その強さが欲しいから、私はわがままを止めた。

 ──そう、閉じこもる事をやめて待つことにした。

 

 次第に、次第に積もっていく。最近見た真っ白い雪の様に。

 次第に、次第に遠くなる。袖ちゃんの声が、袖ちゃんの姿が、ずっと遠い。

 

 白く、白く、凍えながらも私は待つ。

 

 

 咲夜が袖ちゃんと会ったらしい。一緒に戦ったんだって。……ズルい。

 でも、ズルいなんてきっと思っちゃいけないんだ。袖ちゃんならきっとそんな事は言わない。

 

 

 待たなきゃ。待って声を聞かなきゃ。

 

 

 桜が咲く。お姉さまは宴会に出掛けるらしい。

 袖ちゃんはいるのかな、どんなことをしているんだろう。

 

 

 会いにきて、くれないのかな?

 

 

 なんで、会えないんだろう。どうして、こんなにも遠いんだろう。

 私はまだわがままなのかな。私よりも会いたい人がいるのかな。待っても待っても、袖ちゃんの影は遠のいてく。

 

 

 どうしてなんだろう。

 

  

 このところ、袖ちゃんはうちに来ない。仕方ないよね。仕方ない。

 最近忙しいらしい。遊びたいな。遊んで、お話したいな。

 

 

 まるで砂漠にいるみたいに、心が渇いてる。

 

 

 降り積もって、渇いて、埃の様にそれはうず高く積み上がる。

 

 そうして、心の中に何かが積み上がり、前が見えなくなってきた頃。あの夜がやってきた。

 

 それは夏の夜。私は、ふらふらと誘われるように外にでる。今夜なら、もしかしたら会えるかもしれない。そういう確信があった。

 

 ふと、空を見上げる。

 月を見た。まんまるで大きな月。吸い込まれるように私は──。

 

 パキンと鎖が壊れる様な、我慢していた何かが決壊したような感覚がどこかで私を包む。

 

 視界から月を外す。私は、どうしても、袖ちゃんに会いたくなった。我慢したくても、我慢できない。今まで堪えてきた感情が、堰を超えて溢れ出す。

 

 だから私は、お姉さまに頼り、連れ出してもらった。袖ちゃんに会いたいって。

 お姉さまは、少し悩んだような顔を見せたあと、こくりと頷いてくれたんだ。

 

 今夜の空は、やたらと眩しくて、私は帽子を深くかぶる。ずっと月が後ろから見ている様な気がした。

 

 

 竹藪に入りこみ、少し経つ頃にはもう抑えられる状態じゃなかった。衝動が胸を突く。待ち遠しくて待ち遠しくてたまらない。

 

 だから、それらしい背中を見たときは思わず叫んじゃうかと思った。

 お姉さまも許してくれた。だから一直線に飛び出す私。

 

 けど、望んだ再会は、望んだ展開にはならなかった。もう少しで追いつきそうという時に、袖ちゃんに寄り添う誰かの姿を見つける。

 

 今まで感じた事の無い痛みが胸のあたりに奔った。それは部屋に閉じこもっていた時によく感じていた痛みと似ていて、私の足を止めさせる。

 

 頭では分かってた。やっと会えたと思ったのに、誰かといる袖ちゃん。

 それはしょうがない事で、袖ちゃんだったら仕方なくて。けれどそれを認めてしまうと、どうしようもなく苦しくなりそうで。

 

 ──だから私は、私に理由を求めてしまう。

 

 

 あぁ、やっぱり、私がいけないから。私が、悪い子だから。

 やだ、やだよぉ。なんでよ。なんで、私だけを見てくれないの? なんで私だけに笑ってくれないの、どうして、なんで──

 

 そんな言葉が私を支配する。

 やっぱりそれは、どうしようもなく苦しくて、どうしようもなく泣きたくなった。

 

 その気持ちを振り払いたかった。もう、何も考えずに袖ちゃんと一緒に居たかった。だから私は飛び出した。袖ちゃんの目の前に、袖ちゃんを独り占めする為に。

 

 悪い事をしているって実感はあった。けど、止まる気も無かった。だって、そうしないと袖ちゃんはきっと手に入らないから。

 

 

 

 邪魔な竹を吹き飛ばすと、逃げ出す袖ちゃんと誰か。

 すぐに捕まえられるけど、せっかくの追いかけっこだもん。すぐに捕まえたら勿体ない。だから、追いつかないように追いかける。

 

 そうすると、袖ちゃんだけが立ち止まる。

 

 私だけを選んでくれたような気がして、嬉しくて、つい速度が上がる。

 

「袖ちゃん、みぃつけた」

 

 けど、もう一人の事を聞いたら、知らないって言おうとする袖ちゃん。袖ちゃんが嘘を吐こうとした。そのことが何よりも私に降りかかる。

 あぁ、私から逃がすために残ったんだ、って理解してしまう頭。そんな事を信じたくなくて、何よりも袖ちゃんが私から逃げようとするってことも苦しくて。

 だんだん、だんだん私は何をしたいのか分からなくなってくる。

 

 ただ、袖ちゃんに嫌われるのは怖くて、こんな感じにしたかったんじゃないってことは分かってて。でも、誰かと私を比べられたら、私を選ばないだろうという事も分かってて。

 

 だから、会話途中にこんな言葉も吐いてしまう。

 

「でも……でも、袖ちゃんに嫌われたら私は私で無くなっちゃう。そしたら私はあの部屋に戻るしか……」

 

 

 私の気持ちはぐちゃぐちゃになって、分かんなくなる。何を言っているのかさえも、何をしているのかさえも。

 

「誰かに盗られるのは嫌。袖ちゃんが居なくなったら私じゃなくなる! 私は、私でいたいの!!」

 

 私ってなんだろう、袖ちゃんが居なくなったら私は誰になるんだろう。分からない。分からないのは怖い。怖いから答えが欲しかった。

 

 ついに袖ちゃんの言葉すらも、私は信じられなくなる。

 怖くて、遠のいていくイメージが果てしなく怖くて。私はついに爆発した。

 

 地面を砕き、魔力の塊が空を埋め尽くす。

 

 怖いのは嫌。だから、私は逃げ回る袖ちゃんに呼びかける。

 

「ねぇ、降参しなよ。私の眷属になれば許してあげる。そんな無駄なことしてないでさぁ!!」

「それは……出来ません!」

 

 ──分かってた。

 

「いいから私のものになってよ。そうればお姉さまも喜ぶわ。咲夜もきっと……」

「フラン様、それは駄目です。それは……」

 

 ──その答えは分かっていたんだ。

 

「きっと私も楽しいわ。紅魔館で一緒に暮らしましょうよ」

「フラン様!!」

 

 ──でもそれは認めたくなくて。

 

 私の慟哭じみた叫びが虚空に吸い込まれる。

 それに袖ちゃんが反論して。

 

 分かっていたんだ。

 分かってなお、私はそれを夢見ていた。

 

 袖ちゃんは意を決したようにこちらを向く。

 

 ──やめて、その言葉は言ってほしくない。認めたくない。

 

 心が叫ぶ。

 

 けれど、袖ちゃんは止まってくれない。

 

「それでも、私はあなただけのものじゃないんです!!」

 

 分かってた。理解出来ていた。でも、痛くて、悲しくて。認めたくない私が居て。

 背後のお月様が、背中を押す。

 

 滅茶苦茶な言葉を吐く。

 きっと袖は心配してくれるはずだ。ごめんなさい、って謝ってくれるはずだ。

 

 そんな事を期待していた。

 

 でも、袖ちゃんは厳しかった。厳しくて、優しかった。

 

 フラン様、と私の名前を呼ぶ。他でもない私の名前。

 

「それでも私は、あなたを信じます」

 

 ──違う。私は救いの言葉が欲しかったのに。私はそんな言葉が欲しかったんじゃない。

 私は袖ちゃんにあこがれていたかった。袖ちゃんみたいな存在ならずっと届かなくて、いつでも諦められる理由になっていて。

 だから、袖ちゃんを理由にして心のどこかで諦めていた。外が怖くて、いつでも諦めていいんだ、って言葉が欲しかった。

 

 けど、袖ちゃんは、袖ちゃんから独立した私を、ずっと見ていてくれた。

 

 それが嬉しくて、だけど真っ直ぐに受け止められなくて、私は自分の痛みを優先して言葉を吐いてしまう。

 

「……嫌い。袖ちゃんなんて大っ嫌い!! 壊れろ! 壊れろ! 壊れろ壊れろ壊れろ。壊れちゃえっ!」

 

 吐露した心情は激しくて、濁流のように身体を飲み込んでいく。

 

 いつもこうだった。私は最後はこうやって全てを無くしてきた。今回こそはって思うたびに私は諦めてきた。

 

 ごめんね、袖ちゃん。せっかく私を信じてくれたのに。

 

 もう、激情は止まらない。思うがままに暴力の権化を行使する。

 袖ちゃんの身体を構成している根幹に狙いを定める。袖ちゃんが何かしようとする前に、私は右手に力を込めた。

 

 ──さようなら。私の道しるべ

 

 ぎゅっと目を瞑る。もう、何も見たくなんて無かった。もう、何も失望したくなかった。

 

 そして、私の能力が発動した。

 

 ぱりん、と何かが壊れる。そんな音が耳を突く。

 

 暗闇の明滅と、力が起こした暴風が、顔に嫌という程に吹き付けて来る。目を閉じていても分かってしまう。終わったんだ、と感じてしまう程に、はっきりとした感触が私の手の中に残る。

 

「ごめんなさい」

 

 誰かに聞こえるはずも無い声を、ぽつり、と呟く。

 

 そして、私は、しでかした事を受け入れる為に、ゆっくりと瞼を開けようとする。

 

「……フラン様」

 

 聞こえるはずの無い声が聞こえる。この声はきっと私への罰だ。こんなにもこんなにも、優しい声が聴けるはずが無い。

 私にそんな言葉を掛けてくれる人は、もう……

 

 視界が開けていく。おぼろげな霞に浮かぶ月夜。見えてきたのは土煙と、何かの破片。

 

 ──それと。

 

 

「……え?」

「私はまだ、壊れてませんよ?」

 

 

 それはあの時の様に、私に手を伸ばしてくれた、変わらないあの姿だった。

 

 ぼろぼろで、どうしようもなく頼りなくて。けど、とても強い眼差しがこちらへと向いている。

 

 

「さぁ、気の済むまでお相手してあげます。何度だって私が引きずり出しましょう」

 

 あぁ……なんて、優しいんだろう。

 

 ポロリと涙がこぼれる。

 手に入らないと、届かないと、もう、終わったものだってあきらめてた。けど、それは私の杞憂で、この子はずっと私の前で、手を出してくれていたんだ。

 

──大丈夫ですよ。って

 

 どんなに私が壊しても、この子は、袖ちゃんは壊れなかった。こんなにも弱々しいのに、こんなにも頼りないのに。

 

 ()()()()()()()

 

 それは、私がずっと欲しかった証明で、私が勝手に諦めていた可能性だった。私に関わったものは壊れる。その壁を袖ちゃんが壊してくれた。

 

 震える声で私は問いかける。

 

「……なんで、なんでそこまでしてくれるの?」

「友達だからですよ、フラン様」

 

 すぐに返って来る、袖ちゃんの声。

 

 それは暖かくて、どこか久しぶりに見た外の世界に似ていた。

 

 ずっと、夢見て、諦めて。そんな私を引っ張りあげてくれた子。そんな子が私の目の前に。

 今すぐにでも駆け出してお話がしたい。きっと今なら何でも楽しくて──

 

「さぁ、やりましょうかフラン様。今の私ならいくらでもお相手出来ます」

 

 はっ、とその声で、引き戻される。

 

 今どんな状態で何をしていたかが甦る。……別に私、ちょっと満足してたんだけど。

 

 まぁ、いいよね。そんなところも袖ちゃんらしい。どことなく私に似ていて、けど、私と違って。……あと、人の気持ち読むのがちょっと下手。

 

 あと、やっぱり友達のままじゃ寂しい気がする。確かに袖ちゃんは私のものじゃない。けど、いつか私のものにしてもいい気がする。うん、いいよね!

 

 

 さて、さっきと違ってあとは遊ぶだけ。けど、向こうは本気みたい。……ちょっと楽しみかも。

 

 さっきから感じていた月の気配はもうない。だから私も全力全開ができるという事。

 遊びで、全力。それは、今まで私が出来なかったこと。そんな私の初の相手は目の前に。……なんとかできるよね? 袖ちゃん。

 

 ふっ、と口の端が吊り上がる。私は今、とても楽しい。

 

 えーっと何だっけ、……そうそう確かこんな事を言っていた。

 私は、炎の剣を顕現させる。

 

「なら、徹底的に壊して私のものにする!」

「絶対に止めてみせます。絶対に負けません!」

 

 

 さて、こんなところで私のお話はおしまい。

 

 

 まさか、壊す役割は私ではなく、袖ちゃんでした。うんうん、袖ちゃんらしい? よねっ!

 

 全力で遊ぶことに喜びを感じつつ、今夜はここまで!

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当にありがとう。

 大好きだよ。

 

 

 




 ご感想等お待ちしております。


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諦めないよ 袖引ちゃん

大変お待たせ致しました。

色々としていたらいつの間にか時間が過ぎ、日付過ぎ。急いでモチベーション持ち直し書きました。 




 

 パラパラと散る紙吹雪。月は雲から顔を出し、こちらを覗き込んでおります。

 空中に浮かぶフラン様の姿。吸血鬼に影はございませんが、いくばくか大きく見えるような気もします。

 

 ところで、霊夢さんや魔理沙さんをはじめとした人間様の方々が、どう弾幕ごっこに興じているか分かりますでしょうか。

 私たち妖怪やら神やらは力も強く、ある程度の耐久力もございます。ですがですが、人間様はそうもいかない。敵側が打ち出す弾幕に力を含み過ぎていたら、最悪死に至ります。毬やら、お手玉なげているのではないのですから当然とも言えますが。

 まぁ、全て避けてしまえばいいのですが、そうともいかないのが弾幕ごっこというもの。避け損ねることもございます。そんな中、暗黙の了解と致しまして、いくつか「身代わり」を持つことを許されています。

 時折、弾幕ごっこの最中にぴちゅーんなんて音が聞こえますが、身代わりが壊れる音だとかそうで無いとか。

 

 そんな身代わりですが、私も拾っていたのです。こそこそ準備をしている最中に、恐らく霊夢さんが使っていただろうお札をかき集めてそれっぽく力を込めました。そのお蔭でフラン様の能力にも、一度は耐えられたようですね。……本当に、成功してよかったです。

 まぁ、成功しなければ、この紙吹雪と一緒に散っていただけのことですが。

 

 

 そんな訳で、命の危機をそれっぽくで回避した所から始まります。

 

 私、韮塚 袖引 説得してます。

 

 

 

 

 さてさて、何故だか長かったような気も致しますが、再びもってフラン様との対峙でございます。

 そこには聞くも涙、語るも涙な展開がございました。

 

 ガラス細工を散りばめたような弾幕駆け抜け、上がった身体能力による回避の数々。流石に自分でも驚くような身のこなしに、フラン様も大層驚いておりました。

 身体能力が向上するとこうも違うのか、という驚きと、もう一つの違和感を感じつつ弾幕ごっこは繰り広げられました。えぇ、凄かったです。凄かったんです。

 

 ……あのですね。何が言いたいのかといいますと。えぇ、結果的には勝ちました。間違いなく勝ちだと言えるでしょう。フラン様が負けたーとおっしゃっている以上は。

 確かに至近距離で弾幕を叩き込み墜落させることには成功しました。しかし、しかし、こちらはぼろきれのようになり、向こうはほぼ無傷。といいますかご自慢の再生力の高さ故に、きれいさっぱり傷が消えておりました。……私の苦労って。

 

 まぁまぁ、そんなことはいいんです。気になるのは明らかにこちらを殺す気であったフラン様が、弾幕ごっこを始めると同時に、ふっと殺気を消してしまったこと。びりびりと感じていたものがすっと消え、困惑するばかり。

 それはそれでいいことですが、なぜなんでしょうか……私、ちょっとばかり威勢よく啖呵切っただけに、恥ずかしいようなそうでないような。

 

 

 さて、そんな事お構い無しに現実へと戻りましょう。

 遊び終わった後に、体力を使い果たし地べたへと身を投げ出す私。そして楽しそうに私を覗き込む顔が一つ。月に重なるように向けられるその表情は、どこか凄くすっきりしたようなものでございました。

 

「袖ちゃん強くなったね! 修行でもしたの?」

「月の魔力ですかね? 理由は分かりませんがとても調子がいいですから……ぜんぜん敵わなかったですが」

「いいじゃない。あれは間違いなく袖ちゃんの勝ちなんだから」

 

 ちょっと恨めしい目線を送る私。それに対し一応負けた側でございますのに、フラン様は大満足。といった表情で、むふーと胸を張っております。

 

 

「確かに勝ちと言えば勝ちですが……もう一回やれと言われても無理ですよ」

 

 

 そう言うと、くすくすと笑いだすフラン様。それもそうね。と楽しそうに言われました。

 

「まぁ、でも勝ちは勝ち。私も手を抜いた訳じゃないわ。袖ちゃんがそれ以上に強かっただけ」

 

 あの弾幕を抜けてきたときはどうしようかと思ったわ。なんて、楽しそうに語るフラン様。その一言と表情は何処か、大人びているお姉さまを彷彿とさせるものでありました。

 なにがあったのかは知りませんが、とにかく落ち着いたと分かり、私は少しだけほっとしたのでした。……弾幕ごっこしただけですので、何が起きたのかさっぱりですが。

 

 時は過ぎ、されど月は動きません。そんな動きを忘れたお月様をぼーっと眺めてみても、先程の変な感覚は起こりません。さてさて、なんだったのかと思いつつも今は私の事は後回し。

 さて、とばかりにへばっていた身体に鞭を打ち、身体を起こしました。影狼さんも探さねばなりませんし妹紅さんにも会わねばなりません。

 やることは山のように積み上がっております。私の事など気になどしてられないでしょう。

 

 

 立ち上がる私と、それに反応するフラン様。事情を話しますと、

 

「面白そうだからついていくわ」

 

 とのこと。そんなこんなで心強い妹様と一緒に仲間探しを始めました。

 ──とはいえ、広いといえど広大と言えるほどにはに広いわけではありません。この辺かなと、てくてく歩いていると音が聞こえてきました。

 

「まだ、まだよ。まだ終わってないっ!」

「──っ、しつこい!」

 

 影狼さんの声と、聞いたことのあるどなたかの声。聞こえて来る音に耳を傾けますと、なにやら争っている様子。とりあえず止めに掛からねばと声をあげようとすると、フラン様の声と重なりました。

 

「影狼さん!」

「……咲夜?」

 

 そんな声に反応したのか、必死の形相のお二人がぐるんとこっちに顔を向けました。とりあえずはこれで止まってくれると安堵しかけたところで、お二人の口から図ったようにこの言葉が飛び出しました。

 

「「うるさいっ!!」」

 

 こんな邪険な態度を取られては、私も怒りのあまり黙り込んでしまうのも仕方ないと言えるでしょう。えぇ、怒りましたとも。あやうく腰を抜かしかけたとか、思わずフラン様の後ろに隠れてしまったとか、そんな事はありませんでしたし、決して怖かったとかそういうのでもありません。ありませんからねっ!

 

 ともかくとして、偶然……偶然かつ仕方なくフラン様の後ろに位置するようになってしまった訳です。そんな私を見てフラン様はケラケラ笑いつつ、咲夜さんにもう一度声をかけました。

 

「咲夜、私だよ。私」

「……あれ、妹様?」

 

 臨戦態勢からちょっとだけ態度が和らぐ咲夜さん。それに釣られて、影狼さんもこちらを見ました。それからフラン様の姿を認めると、目をはっと見開き、それからへなへなと地面に座り込んでしまいました。

 そんな態度を見て慌てて近づく私。大丈夫ですか、と声を掛けようとすると悲嘆に暮れた声がボソッと聞こえて来ました。

 

「そう、袖ちゃんはもう……」

「あのー」

「私をかばって……」

「……影狼さん?」

「惜しい子を……失くしたわ」

 

 なんだか、独自の世界に入っているようでしたので、とんとん、と優しく肩を叩きました。

 

「私、生きてますよ?」

「へ? ……うわっ幽霊!?」

「失礼なっ! 今は違います!」

「いくらなんでも化けて出るの早すぎじゃない? 相変わらずせっかちさんね」

「いやあの、ですから……」

「あ、でも今まで通りじゃないのか……やっぱり寂しい」 

「いーきーてーまーす!!」

「……へ?」

 

 

 手足をばたばたとさせ、生きていると主張する私。なんだかとっても滑稽な感じも致しますが、あんな別れ方をしたためかちょっと気恥ずかしい。そんなわけで少し大袈裟に振舞っている次第でございます。

 そういった訳で影狼さんも大袈裟に振舞っていると思っていたのですが、どうやら本当に私が化けて出たのと思っていたようでございます。まつ毛の長い目をぱちくりさせた後、私の頬やら、肩やらを触り感触を確かめ、あれ、触れる。と呟いておりました。

 すわ、これで信じてもらえたかと思ってほっと胸を撫で下していると、不意にがばっと重みが身体全体に伝わってきました。

 突然抱つかれた状態で目を白黒させる私。すると影狼さんが、こう言いました。

 

「馬鹿、ほんっと馬鹿!」

「あれ……えぇぇぇ?」

 

 ……あれ、なぜでしょう? どちらも生きておりますし、私頑張りましたし、褒められるとかちょっと期待していたんですが。実際には影狼さんから出るのは、こんな言葉。私が少しばかり驚くのも無理はないでしょう。

 ぎゅっと抱きしめられるのは嫌いではないのですが、影狼さんは大層怒っている様子。何が気に障ってしまったのかは分かりませんが、地獄の裁判の沙汰のように次の言葉を震えて待ちました。

 

 抱きしめる状態から少し離れ、目と目を合わせる影狼さんと私。影狼さんの目には少しばかり涙が滲んでおり、そこまで怒らせてしまったかと、どきりとしてしまいます。

 そして、影狼さんが、口を開きました。

 

「心配……したんだからね」

「……心配?」

 

 誰が、何を、心配していたのでしょうか? まさか私が心配される訳でもないでしょう。私めにそんな価値はありません。何度も捨てられてしまうような私に、そんなものは必要無いでしょう?

 

 もう一度抱きしめられる私。その温もりが酷く遠いものに思えてしまって、少しばかり身じろぎをしてしまいます。

 そう言えば似たような事を上白沢様に言われていたな。と、ふと思い出しました。

 あの時は、言いつけを守らなかったから怒られていたのと思っておりましたが、もしかしたら違ったのかもしれません。しかしまぁ、あれですね。私程度の妖怪なんぞ、何処にでもいるでしょうに。

 

 そんな事を思う私、けれど、理解は出来ずとも影狼さんの気持ちは伝わってきて、その温もりはやっぱり私には拒否できなくて、つい甘えてしまいます。弱く、本当に弱くですが、抱きしめ返しました。

 

 後ろで、妹様抑えて、抑えて、とか聞こえた気もしましたが、きっと気のせいでございましょう。

 

 抱きしめあっていると、不意に竹林がざわめきだしました。今度は何でしょうと、辺りを影狼さんと見渡しているといきなり近くに、ずどん、と人影が突っ込んで来ました。

 それは地面に抉れた跡を刻みながらも、すぐに立ち上がります。激しい争いでもしていたのか、ずいぶんとほこりやら傷やらが目立っておりましたが、長い白髪に見覚えのある服装。つい声を上げてしまいました。

 

「妹紅さん!?」

「こほっ、こほっ──ん?……袖ちゃんと、今泉……だっけ? ……なんで抱き合ってるの?」

 

 そんな事を言われ、顔を見合わせる私たち。影狼さんがみるみる赤面しておりました。そんな中、飛び出してくる影がもう一つ。

 

「あら、袖引じゃない。生きてたのね」 

「あ、お姉さま!」

 

 レミリア様の登場と共に、私と影狼さんの間に割って入り声をあげるフラン様。なんだか場が混乱してきました。土煙をあげつつ地面に突っ込んだ妹紅さん。それを追いかけるように出てきたレミリア様。何故か睨みあうフラン様と影狼さん。とりあえずお二人は、なんだかその様子が怖いのでそっとしておくことに。そんな光景をちょっと楽しそうというか、期待した表情で見守る咲夜さん。

 あまりにも急展開でございましたので、ともかくとして一番近い、妹紅さんに話を聞くことにいたしました。

 

「あの? そんなにぼろぼろになって、何をしているんです?」

「いや、それは袖ちゃんも人に言えたことじゃないだろう」

「私はまぁ、あれです。……成り行きといいますか」

「じゃあ、私もそれと──」

「殺し合いしてたのよ」

 

 妹紅さんが答えようとした言葉に被せるように、楽しそうにレミリア様が答えました。それに対し舌打ちをする妹紅さん。その態度からどうやら本当のようで、場が凍り付きました。

 にらみ合いをやめた影狼さんは状況を飲み込めず目をぱちくりさせておりますし、フラン様はレミリア様に何やってるのよ、みたいな目を向けております。咲夜さんは……レミリア様に対し、また始まったみたいなやれやれとした表情を。──そして私は、すっと目を細めて妹紅さんを見据えました。

 

「殺し合い……ですか? 妹紅さん」

「そうよ、袖引。私達今まで幾度となく死んだの。私も、そこのモンペもね」

 

 怒気を孕む私の声。さらに追い打ちを掛けるようにレミリア様が言葉を継ぎ足し。さらにむかっ腹が立ってしまいます。しかし、仕方無い事でしょう。だって、知り合いの()()()が殺し合いをしていると聞いたのです。怒らない訳にはいきません。

 そんな私の態度に、露骨に嫌そうな顔を浮かべる妹紅さん。

 

「袖ちゃんには関係ない」

「妹紅さん、こっちを見て言ってください」

「……うるさいな」

「妹紅さん!」

「だから、袖ちゃんは関係ないって。あいつと私の問題だから」

 

 そういって、拒絶しもう一度レミリア様の方へと行こうとする妹紅さん。レミリア様に止めてもらおうと視線を向けると面白がっているのか、さらに戦意を煽ろうとするレミリア様。そんな態度にも腹が立ち、ともかくとして妹紅さんの前へと立ちふさがりました。

 

「どいてよ」

「退きません」

「……どけってば」

「嫌です。妹紅さんが傷つくところなんて見たくないです」

「……どけ」

「どうしてそこまで、自分を傷つけようとするんですか。あなたは人間でし──」

「っ!? そういう所が!!」

 

 こんどは妹紅さんが私の声を遮りました。嫌そうな顔が、怒りの表情へと変貌します。けれど、こちらも既に茹っている状態。そうそうに引きません。

 妹紅さんは大きく息を吸い込み、吐き出しました。

 

「これが最後だ。……どけ」

「絶対に嫌です。人間様の傷つくところなんてみたくありません」

 

 たとえ実力差があろうともこれは譲れません。絶対にこれだけは。

 きっと、見つめかえすと、ふぅ、ともう一度妹紅はため息。そして、顔をふっと上げると、向こうさんはぷつんと切れた様子で怒気を発しました。

 

「おまえの、そういう所が、大っ嫌いなんだ!! なんだよ、なんで、なんで私の前に立つ! なんで諦めようとしたことを諦めさせてくれないっ! いいんだよ、私はもうすでにこっち側なんだよっ!」

「よくありませんっ! 私はそういう人の子も見捨てたくはないんです!」

「このっ……邪魔なんだよっ!」

「退きません、退きませんからねっ!」

 

 もう、何もかも目に入りません。周りの止めようとする声も、誰かの楽しそうな表情も全て。目に入るのは少し迷ってしまった女の子が一人。これを助けずして何が私でしょう。ぼろぼろになった袖をまくり、今一度の臨戦態勢。

 

「……いいよ、だったら、燃やしてやる。私の前に二度と現れないようにっ! 失せろよ、妖怪もどき!」

 

 そして、妹紅さんがまるで江戸の富士か、浅間かとばかりに噴火する姿を捉え、身体を瞬時に動かしました。

 

 この夜、満月を浴びた私。それはいくつかの気づきをもたらしました。その内の一つ。フラン様と弾幕ごっこをやっていた時に気づいたことがございました。あるいはもっと前より意識せずに使っていたのかもしれませんが。

 私、死に直結しそうなものが感覚的になんとなく分かるみたいです。死ぬかもしれないといった瞬間の予想がかなり早いというべきでしょうか。

 身体能力が上がるとともに、霞んでいた感覚が戻ってきたといいますか、手足の感覚がつかめてきたといいますか、ともかくとして、少しばかり自分の能力が把握しきれていなかったことが明らかになりました。

 

 おそらく一回目のフラン様の弾幕ごっこや、萃香様との戦闘でもそうだったのでしょう。あの理不尽な暴力の塊とやりあって五体満足でいられたのは、死に対して私が少しばかり鋭敏だったからでしょう。

 逆に死に直結しないようなルーミアさんの攻撃とかは感覚が働かないようで、してやられていましたが……

 しかし、そんな死に対する能力なんてどこで身に着けたのでしょうか? ……ふと、満月を見上げたときにみた光景がよみがえりそうになりましたが、咄嗟に頭を振って打ち消しました。 

 

 ともかくといたしまして、そんな感覚が鋭敏に働く今夜。頭に血が上った妹紅さん相手に、互角にやりあえております。

 妹紅さんは私を直接的に狙うことが多く、そのほとんどが即死級。本来ですと涙目ではすまない事になりそうですが、今夜は問題ありません。むしろこういうほうが避けやすく助かる始末。

 即死級の攻撃で攻める妹紅さんに対し、私も私で攻めあぐねる。常に炎が舞い、火の壁が立ちふさがる。そんな中、避ける事で精一杯の私はどうにかして突破口を見つけようとしますが、中々に埒が空かない。

 

「どうしました? ぜんぜん当たりませんよ?」

「ちょろちょろとっ……」

 

 お互いに、血を昇らせ、血を滾らせぎゅんぎゅんと竹林を飛び回ります。

 

 しばらく撃ち合った後、ふと、思いつき、竹を触りつつ飛び回りました。点々と竹を触って能力の発動を狙います。そして、最適な時期を見計らって竹を思い切り引っ張り、ばっと離しました。当然竹はしなり、唸りを上げて妹紅さんに突っ込みました。力が上がっていて、思ったよりも強力になってしまった竹の攻撃。それを受けて軽石のように吹き飛ぶ妹紅さん。

 やり過ぎたかと、急停止し駆け寄ろうとすると、吹き飛んだ妹紅さんは、むくりと立ち上がりました。その行動がやたらと無機質で近寄る足が止まる私。そんな私を見たからか、あるいはぼろぼろになった自分を確認したからか、彼女は口の端から血を垂らしつつ嗤いました。

 

「見てよ袖ちゃん。さっきのを受けてもまだ立ち上がれる人間がいると思う?」

「それは……」

「やっぱりさ、私は違うんだよ。……もう、いいよ」

 

 そう、力なくぽつり吐き出すと、ふっと顔を逸らした妹紅さん。その光景が胸がぐいと締め付けられるかのごとく、とても悲しくて、苦しくて、つい、私は踏み込んでしまいます。

 

「よく……ないです。絶対に、よくありません!」

「私は袖ちゃんとは違う。諦めさせてよ……頼むからさ。頼むよ……」

 

 それは、長い間苦しんだ彼女だからこそ出た、悠久の悲しみを内包した言葉。まさしく絞り出したかのような言葉に、止まってしまう私の言葉。

 このまま続いても、もう……という考えがふわりと脳裏を過ります。このまま続いてもきっと私の我儘なだけでしょう。けれど一方で、だからといって自分から傷つくのは絶対に違う、という考えもあり逡巡する私。

 お互いに立ち止まったままに、固まってしまいます。月も雲も、知らんぷりを決めたが如く上空でただ揺れるのみ。私と、妹紅さんだけが、動けず固まっていました。

 

「袖引」

 

 そんな中、ふと、だれかが私の名前を呼びました。それは、永遠を知りつつも打破できると確信を込めた声。

 その声にひっぱり出される様に、過去に同じ声で言われたことががふと蘇りました。

 

『そんなの好きにしなさいよ、いちいち人間に伺いを立てていたらやってられないわ』

 

 その声に背中を押されます。私を変えた一つの言葉。それに支えられるように、ふっと口の端が上がりました。

 ……そうですよね。妖怪が人間に迷惑がられるのも、煙たがれるのも、当然のことでした。だって私は妖怪で、彼女は「人間」なのですから。

 

 だから私は、自分の考えを押し通すことに致しました。引くのではなく、押す。ある意味私らしくもない選択でございますが、これもまた悪くはない。きっといつかそう思えるように、今はこれが正しい道であることを信じて、私は妹紅さんにこう答えたのです。

 

「それでも私は……諦めが悪いんですよ。妹紅さん」

 

 

 さて、そんなこんなで竹藪の中のお話もまとまりつつございます。

 

 雲が晴れるように晴れる能力と、皆さんの動き。

 今宵の月のように変わらぬ考えと、満ち欠けのように変わる考え。

 

 そんなものを包みつつも異変の巻物は出来上がっていくのでございました。

 

 さてさて、そんなところで今回おしまい。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。




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朝が来たよ 袖引ちゃん

大変お待たせ致しました。




 夏があり、その次の季節が来る。ゆったりとした雲の流れの中に、何処かせわしなく動いているような掠れ雲を見つけます。

 

 あぁ、季節が変わるのかな、と思いつつものんびりと視界を戻すと、いつものようにふむふむ頷く天狗様。立場上苦手な部分もございますが、全てが嫌いかと言われるというわけでもないそんな相手。そんな射命丸様相手に、永夜についてお話して参りました。

 長々と……いえ、永々とお話してきましたが、気に入って貰えたのでしょうか? まぁ、私なんぞのお話なんてどうでもいい事ではございますが。

 今一度、空を見上げます。たなびく雲の中に盛夏の色と、何処か変化を感じさせるような色。私は先程の雲を探しますが、形が変わってしまったのか再び見つけることは叶いませんでした。

 

 さてさて、そんな変化も感じつつお話致しましょう。永夜の終わり。

 

 

 私、韮塚 袖引 感じております。

 

 

 

「そうか……そうなんだな」

 

 啖呵をきった私に、妹紅さんはふらつく足をバシンと地面に叩きつけます。俯いた顔からはどのような表情をしているのかは伺えず、ただ幽鬼のような声を発します。

 

「分かった。もう、いい」

 

 ──ぞくり。と今まで感じて来なかったような悪寒を感じ、すぐさま飛び退く私。

 

 そこに、すかさず妹紅さんが炎を纏って突っ込んできました。

 

 熱風と、飛び散る土くれ。衝撃に押されるように数歩よろめく私。目の前には静かに激昂する妹紅さん。かつてどこかで赤い炎よりも青い炎の方が温度が高い。なんて、聞いたことがございますが、それを連想させるような静かなる怒りを、ひしひしとこちらにぶつけてきておりました。

 そんな妹紅さん。こちらに視線を向け、たった一言発しました。

 

「死ね」

 

 その言葉を皮切りに、鋭い蹴りをかましてくる妹紅さん。全力で転がるように避け、立ち上がる。しかし、妹紅さんの追い打ちが既に目前に迫っておりました。

 とっさに腕を交差させたものの、まともな形で蹴りを受ける私。威力を殺し切れずに横向きにすっ飛びました。傍から見ると、まるで蹴鞠か何かのようだった事でしょう。

 

 がはっ、だか、ごほっ、だか、とにかく私の身体から空気が漏れる音が聞こえ、意識が遠のきます。しかし、大見得を切った以上は身体だけでなく意識も飛ばす訳にはと、自分を奮起。気合で起き上がります。

 そんな吹っ飛んだ私目掛けて、炎を纏った蹴りを放って来る妹紅さんを何とか回避。直後に地面がはぜる音が聞こえ、ぱらぱらと土くれが弾けました。

 そろそろ月夜で大絶好調の私でも限界が近いのか、目がぼやけ、足元がふらふらとしております。飛んだり跳ねたりを繰り返して、荒くなった息遣いと、ぼろぼろになった着物。蹴られた所はズキズキと悲鳴を上げ、あちこちでこっちが痛い、こっちこそ痛いと身体が争いあってるような状況。

 

 そんな中、ぼやけた視界に映り込むのは、土煙の中の陰影。その緩慢な動きが、激昂していることをひしひしと伝えてきておりました。そんな態度に私は……だんだん腹が立ってきたのです。

 

 ゆらり、と土煙の中から姿を見せる妹紅さん。しかしそんな迫力のある光景すらも目に入りません。えぇ、いいでしょう。言ってやりますよ。言ってやりますとも。私は少しワガママになったんです。いつまでたっても分かってくれない妹紅さんに、この際だから言いたいことを言ってやろうと、私はおもむろに口を開きます。

 

「あーもうっ! 分かりましたよ分かりましたっ! そんなに悲劇の中に居たいならそうすればいいじゃないですかっ! いいです。私が勝手に引っ張り上げればいいんでしょう? やってやりますよ。やってやりますとも!」

「……分かんない奴だな。私はもう、助けて欲しくなんてないんだよ」

「知りませんっ! 私は私のやりたいことをやるんですっ!」

 

 

 私はズキンズキンと叫ぶ身体を無視。そして言ったままの勢いで妹紅さんに飛び掛かり、拳を振るいます。黒焦げにされる覚悟で突っ込んだのですが、何故か妹紅さんは反撃せず、こちらの拳を受け入れました。

 先程の私の様に吹っ飛んでいく妹紅さん。そんな様子にちょっと拍子抜けする私。様変わりした様子に追撃も出来ずに戸惑っていると、ゆっくりと妹紅さんは起き上がりました。

 

 

「……なんだよ、それ」

「これは、私の我が儘です」

「……本当に、本当にお前はなんなんだよ。もう手に入れてるんだよ。お前は私の欲しかった事が、欲しかった物をっ! 私ぐらい見捨ててよ。どうして、どうしてそこまで諦めが悪いっ!?」

 

 激情のような、内心が私目掛けて発されます。それは、私への嫉妬のようで、けどきっと彼女自身の願いも含まれていて。

 そんな思いを受けて私は……やっぱり踏み込みたいなって思ってしまったんです。きっと本当は助けなんて求めていないのでしょう。私が助けるなんて烏滸がましい。彼女は彼女なりに悩んで既に結論を出していたはずです。ただ、まだ、根底ではきっと諦めきれていない。そんな気もするんです。

 きっと今からやるのは、いらぬお節介。だから、でしょうか。もう、限界だと悲鳴をあげる身体から力が溢れてくるのは。人の子に力を貸すというのが、こんなにも滾って来るのは。

 

「私は、まだ諦めてませんよ。だって妹紅さんは──」

「……っ、もう、黙ってくれっ! だまれぇぇぇ!!」

 

 飛ばされる火球。それを最小の動きで躱します。直後にはぜる音と、爆風。ぼろぼろになった着物がはためきました。

 何かに浮かされるように駆け出す身体。それは今までのどんな動きよりも俊敏で、精密。連射される火球を全て紙一重で交わしていき、妹紅さんに肉薄します。

 

 驚いた表情の妹紅さんを連続した北斎漫画のように見ながら、私は腕を振り上げます。直後の衝撃に備えたのか、目を瞑る彼女。

 

 しかし、そんな一瞬は永遠にやってきません。

 

「……え?」

 

 彼女の驚いた声がぽろりと口から漏れる。きっとそれは私の起こした行動がそうさせたのでしょう。

 

 肉薄した直後、私は、妹紅さんを柔らかく抱きしめたのでした。

 

「大丈夫です。妹紅さん」

 

 私の起こした行動があまりにも意外だったのか、声を発さない妹紅さん。ちょっと身長差のせいで見上げる形になってしまっていますが、ともかくとして、妹紅さんに向け、私も思いの丈を吐き出します。

 

「私だって凹むことが何度だってありました。だって不器用ですもん私。……けど、それでも、私は何とかやってこれたんです。だって私は人の子が大好きで、とてもとても大好きで。だから、諦められなかったんです」

「わ、私は──」

「大丈夫ですよ、分かってます。色々とまだ諦めきれてないんですよね。だけど、それが難しいのも理解している。そう、ですよね」

 

 妹紅さんは何も答えられないのか、弱々しく首を振るのみ。頭上にて煌煌と輝く月光が、彼女の目の端に光を残しました。

 少し背伸びをして、彼女の髪を手櫛で梳いていきます。

 

「大丈夫です。妹紅さんは私よりもずっと強くて、ずっと頭がいいですから。きっといい方法が見つかると思います」

「でも、私は……もう」

「安心して下さい。しばらくは私もいるんです。上白沢様だって。だから、皆でいい方法を考えましょう。だから……無暗に傷つくのはやめて下さい。私、妹紅さんが傷つくのは悲しいんです」

 

 しっかりと目を見て、言葉を選んで伝えていく思いの一つ一つ。伝わるでしょうか? ちょっと不安です。けれど、やっぱり伝えるには私にはこの方法しかなくて、だからこそ一所懸命に言葉を紡ぎます。

 

 気が付くと、肩にぽたりと熱い雫がぽたり、ぽたりと落ちてきていました。

 

「……っ、あのね……わたし、ね」

 

 少しだけ、普段では見せないような表情を見せる妹紅さん。けど、今のお顔も妹紅さんの一面の一つ。大事にしてあげたいですよね。

 ずっと溜め込んで来たお話を聞く私。すると、いつの間にか離れていたのか、パタパタと遠くからやってくる複数人の足音。それに合わせて、へなへなと力が抜けていくあちらこちら。本当は蹴りやら爆風をまともに喰らっていたり、そもそもフラン様と弾幕ごっこしていたりと、体力的にはかなり無理がございました。

 抱き返される感触を感じつつ、ふっと離れる意識をどうにか繋ぎとめる私。なんだかこの後、妹紅さんがちょっと大変な事になりそうな、ならなさそうな。

 

「あ、あのですね、妹紅さん」

「っ……何……袖ちゃん?」

「そろそろ、泣き、止まないと」

 

 ふらふら、へなへなと地面に座り込む私。そんな様子と周りの様子を見て何かに気づいたのか、はっとした妹紅さん。けれど、時すでに遅しだったのか、到着した気配。

 しかし、私はその結末を最後まで見ることが出来ず、フラン様の声が聞こえたのを最後に、ふっと私の記憶が途切れました。

 

 

 

 さて、戻って参りまして、話し込んでしまったのか日はすでに傾きかけ。夕焼けの相を呈しております。夕焼けに映える黒い翼を軽く揺らし、楽しそうに筆を進める天狗様。

 

「ほうほう、そんな流れだったんですね」

「えぇ、そんな流れでした」

「ちなみに、なんですけど。結局気絶したあなたは誰に運ばれたんです?」

「それが……」

「それが?」

「分からないんです」

 

 ひとつだけ、ひとつだけ嘘を吐きました。分からない訳ではなく、更に言えば誰かも分かっていました。ただ、この先で起こそうとしている事がバレてしまいそうで、だから口をつぐみました。

 天狗様は一瞬だけ目を細めた後、にっこりと笑顔を浮かべます。

 

 ありがとうございました。また、近い内に伺いますね。

 

 それと、黒い羽根を何枚が地面に残し、射命丸様は去って行かれました。

 夕暮れの中、溶け込む黒。それを見送った後、私は当初の目的地であった竹林を目指します。今回の目的は時間潰しでございましたが、少しだけ目的を変更。夜にならない内にと急ぎます。

 

 夕暮れ空は夜を巻き込んで、境界を曖昧に混ぜ込む。その黄昏色が私の足元へと伸びてくる。それはゆったりと緩慢に、けれど、急速に夜へと変わっていくのでした。

 

 

 ──これは、私の根底にあるもので、紛れもなく私の一つ。それは異変の終わった朝に。

 

 

 記憶の途絶から帰還。つまるところ目が覚めると、何故か自室の布団にいた私。身体の節々さることながら隅々まで痛みを感じる有様でございましたが、なんとか生きているようで一安心。

 いつの間にかお日様も昇り、またしても気絶している間に異変が終わった事を知らせておりました。異変中にぼろぼろになった着物は、何故か洋装っぽく改造されつつも修繕され枕元に。そして何故か寝巻に着替えていた私はくるりと自室内を見渡しました。

 

 すると、見覚えのあるめいど服が視界に入ります。ふりふりなめいどさんこと。咲夜さんが水を運んでくださってる最中。

 こちらの様子に気が付くと、ふっと微笑む咲夜さん。

 

「あら。お目覚めですか?」

「えぇ、それなりにいい目覚めです。身体が痛い事を除けば」

「それは結構。生きている証拠ね」

「もう少し、穏やかな証が欲しかったです……」

「諦めなさい」

 

 けが人の言葉を一刀両断に切り捨てるめいどさん。なかなか切れ味の良い刃物を持ち歩いているようで思わずいじける私。

 そんな私に構わずに、慣れた調子で色々と世話して下さる咲夜さん。そんな咲夜さんに事の顛末を聞いてみますと……

 

「収拾がつかなくなりそうでしたので、置いてきたわ」

 

 と、すまし顔。結局、あの夜の終わりの方に何があったのかとか、そういった事は聞かずじまい。聞かない方がいいわと言われそのままに。私の身体も燃える事無く、顛末聞けず、色々と不完全燃焼ではございますが異変は終わりを告げたのでした。

 

 そう言えばと、布団の上で身体を動かしてみました。やはりというかなんというか、感じていた力の増加も鳴りを潜め、いつものちんちくりんに戻っておりました。

 ぱたり、ともう一度布団に寝転びます。台所とは別方向を向きつつ……いや、意図的に咲夜さんの方を見ないようにして。

 

 あの夜、フラン様、妹紅さん相手に発したあの力。はっきりと見えていた道筋。そして、感じていた感情と、それの結果。回避のみに使っていましたが、あれはきっと……

 

「……咲夜さん」

「なに」

「もし私が、死に関係する力をもっていたとしたら……驚きます?」

 

 なんでもないように、いとも平静を装ったように質問を投げかけます。きっとまだ拒絶は怖くて、でも少しだけ進まないと妹紅さんに何にも言えなくなってしまう。だからこそちょっとだけ歩を進めてみたのでした。

 

 畳を軽く踏みながら歩く音が間近まで近づきます。それと同時に彼女を象徴するような紅茶の香りが鼻をくすぐりました。

 お盆を枕元に置かれる気配。そして、衣擦れの音と共に咲夜さんが座った気配を感じました。

 

「私はお嬢様のメイドですわ。それ以上でもそれ以下でもありません」

「それは──」

 

 私はやはりどうでもいい存在だということ、と問おうとしたところで、けど、と咲夜さんが私の言葉を遮りました。

 

「袖引さんとは、同じお嬢様に振り回される者同士。これからも仲良くしていきたいですわ」

 

 完璧な笑顔と共に贈られる、その言葉。そんな完璧な対応に強張っていた肩の力も抜け、へなへなとしてしまいます。

 参ったとばかりに顔を向け、ちょっとむくれる私。

 

「相変わらず咲夜さんは完璧で瀟洒な従者さんです……」

「光栄ですわ」

 

 そんな形で締めくくられた異変の終わり。

 私の力の奥底がちょっと分かってきて、それはまだ一端で。遠い遠い記憶の中のあれは誰なのか。そんなことも、まだ分かっておりません。

 真っ暗な夜道に差す一筋の月光のように、端が見えた今回の異変。全貌が明かされるにもそうは遠くない。そんな永夜でございました。

 

 

 

 さて、現在竹林の前。妹紅さんの家にたどり着くにはそう遠くはございません。けれど、それだけではつまらない。たまには遊びを入れましょう。

 ということで、少し迂回をば。裏手に回り込むようにして竹林の藪を掻き分けます。ガサゴソガサゴソと草履で踏み分け、ずんずん進みます。

 さっそく見えましたは、妹紅さんのお家。以前に修復を手伝い、ちょっとはマシに見えなくもない家の裏手の方。そこの勝手口から侵入して驚かせてみせましょう。

 

 と、息巻いておりましたら、後ろから声が掛かります。

 

「何やってんの?」

「うひゃい!?」

 

 びっくりして尻もち。そのまま後ろに首だけ回すと、見慣れたもんぺの姿。まさか竹藪の中から妹紅さんが出てくるとは思わず、驚かせようとした対象にまんまと驚かされる私。まさかまさかの事態に慌てふためき、上手く言葉が出てまいりません。以前は上手くいったのにと脳裏に過りますが、それはそれ、あれはあれ。とりあえず出す言葉を選んでいると、妹紅さんが手を差し伸べて下さいました。

 

「また、うしろめたい事でもあった?」

 

 以前もあったよね? と声を掛けて下さる妹紅さん。

 

 そう。異変が終わり、妹紅さんに挨拶と謝りに赴いた際にこっちの道を使ったのでした。その時は成功し、驚かせつつ謝罪するという珍妙な事が起きました。それはそれで面白いのですが、まぁ、そのお話はまたの機会。

 とりあえず手を掴み、ぐいと起こされます。

 

「ありがとうございます」

「とりあえず入んなよ」

 

 家に入り、以前持ち込んだ湯飲みで一息つく。何にも持ってきていない事を詫びると、いいよいいよと返す妹紅さん。

 コロコロと鈴虫が聞こえて来そうな夜の中、灯した蝋燭がゆらりゆらり。

 

 お互いに言葉少なくお茶を啜り、ついでにご飯のご相伴に預かりました。

 茶碗を置き合った所で、妹紅さんが空気に切れ込みを入れました。

 

「さて、そろそろいい?」

「はい」

「今日は何しにきたの? 別に遊びに来た、とかでもいいんだけどさ」

 

 遊びにきたでもいいと言ったのは妹紅さんなりの優しさでしょう。何かあると察してくれて話したくないなら話さなくてもいいという表れ。

 そんな表現にありがたみを感じつつ、手に持っていた湯飲みを置きました。うすぼんやりと揺れる炎に影されて、私はついに本題に入りました。

 

 

 

「妹紅さん。私の我儘を聞いてくださいますか?」

 

 

 

 さて、そんな訳で異変は終わり。長々した夜も明け、ついに私の変化も顕著になってまいりました。

 

 そんな事が起きていても、幻想郷はあいも変わらずに存在し続けております。今日も、明日も。

 

 さてさて、そんな訳で今回ここまで。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 

 

 今日と明日の境界と……それと、ただの私の我が儘です。だから──




告知が一つございます。

今回、秋例大祭におきまして、サークル「ヒヨリミ」に参加させて頂きました。

東方地霊殿10周年のお祝いに際しまして、出品致しますのは

「地殻(マントル)の中心で愛を叫ぶ合同」

で、ございます。

スペースは「こ22a」

他にも、ハーメルンで活躍中の方々も筆を振るっております。

是非是非お越し下さいませ!

頒布価格は500円になります。


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お散歩だよ、袖引ちゃん

お待たせ致しました。


 さて、今回は小休止。日常的な事を一つ二つ。

 

 季節的には秋の空。寒風がやってきて冬の気配を感じるころでございます。この頃になりますと、秋の神様達がやれ塗り残しだ、やれ急ぎ過ぎただと騒がしくなってくる頃でございます。

 そんな中、私は我が家でゴロゴロしたり、お芋やら栗やらを探しにいったりと色々と忙しい。え? お店、も、もちろんやっておりますよ? 忙しかったり忙しくなかったり致しますが、何ぶん衣替えの季節。ここでかき入れねば、袖を濡らす事になるのは必定の定め。色々と頑張っております。

 

 

 私、韮塚 袖引 色々とやっております。

 

 

 ・壱 ごろごろ

 

 

 さて、秋と言えば読書の秋、食べ物の秋等々色んなものがございますが、私的には寒さの秋なのですよね。旧暦、現代風にいいますと、太陰太陽暦でしたっけ? 

 そんな小難しい言い回しをどなたかがしておられました。小難しい部分はともかく、秋は急激に気温が下がり、変化を肌に感じさせる季節でございます。

 ですので、そんな変化を誰よりも感じる私は、早め早めにと綿の買い付けに走ります。

 

 綿を買い付け、半纏を押入れから取り出し、もそもそと綿を詰めていきます。これはこれでなかなか乙なもの。ちょっと楽しくなり始めた辺りで作業は終わります。

 身辺を冬向けた仕様に変更するや否や、するりと袖通し、もぞもぞ布団へと戻っていきます。万年床にするつもりは一切ございませんが冬の間は見逃して頂きたいものです。

 私とて人型の妖怪。寒さは並みに感じ、寒すぎると風邪等々いろんなものに掛かってしまいます。そうすると医者にかからねばならなくなり、費用もかかります。そんな色んなものがぶら下がってししまうのであれば、初めから掛け布団を掛けて対策してしまった方が賢いはずです。

 

 最近これといった反省もなく、普通に寝具として使っておりますが、こんな布団もいつしか付喪神になるのでしょうか? そうしたら更にぬくぬく出来たり……いえ、流石にないですね。

 

 火鉢とかもそろそろ準備する頃。炭を妹紅さんのところに買い付けにいかねばとは思いますが、生憎、とろんと瞼が下りてきて眠気がむくむくと。疲れているのかな? と思いつつ眠気のしてやるがままに。

 結局奮起するものは誰もいない。そんな状況。ゆらゆらと揺れている様な感覚が続き、気がつけば夢の中。ぐっすりと寝ておりました。

 

 はっと、二度寝から覚醒致しますと、既に太陽がてっぺんに登り始める所。くぁ、とあくびをしつつ手足を伸ばす。

 さて、洗濯でも致しましょうか。

 

 

 ・弐 お掃除

 

 

「ふぅ……」

 

 すっ、と立ち上がりぱんぱんと、裾を払います。

 

「終わった?」

 

 そう声を掛けるのは博麗神社の巫女さん。今いるのは、博麗神社の裏手側。池があったり、合祀されている神様たちが列挙するその間。そこには小さな石碑がございます。

 その石碑には歴代の巫女が祀られておりました。忘れ去られた者たちが集う幻想郷において、名も無き彼女達の記憶を留める場所。そこの掃除をしつつ手を合わせていたのでした。

 

「物好きよね、あんた」

「……あの」

「何?」

「これは霊夢さんが掃除しろと……」

「そうね」

 

 まったく悪びれない霊夢さん。たまたま博麗神社に用があり、そこに向かったが運の尽き。宴会で多少騒いだことを引き合いに出され、嫌とも言えずに境内の掃除をする羽目に。霊夢さん曰く、立っている者は妖怪でも使え。とのことで、人使いの荒さがにじみ出ております。

 そんなこんなで、せっかくだからと手を合わせていたのでした。

 

「ね、袖引」

「はい?」

「……どこまで覚えてるの?」

「ちょっとだけですよ」

「あっそ」

 

 興味なさそうに、いつもの様子に戻る霊夢さん。そんな巫女さんにちょっと苦笑しつつ、掃除用具を片付けました。

 

「はい、おしまいです」

「はいはい、お疲れお疲れ」

「では、私はこれで」

「んー、ちょっとゆっくりしていきなさいな」

 

 そんな穏やかな口調とは裏腹に、襟首を掴まれてずるずると引きづられて行く私。どうやら拒否権とかないようで、なんだか笑ってしまいます。

 異変の時とかは比喩表現も無しに鬼のように怖い霊夢さんですが、普段ですとなんかこう、親しみやすいといいますか、何となく付いていってしまうんですよね。

 

 さて、引っ張られて社務所に到着。霊夢さんにお茶出して、と言われ、お湯を沸かしております。

 ……何かおかしい気がしますが、霊夢さんですし仕方ありません。

 

「はい、お待たせいたしました」

「遅いわねぇ」

「さんざんな言われようですねぇ」

 

 ことんことんとちゃぶ台に湯飲みを置いて、対面に座ります。緩慢な動作で湯飲みを取る霊夢さん。

 

「ちょっと。このお茶渋くない?」

「えぇ? 私、これ位が普通なのですが」

「見かけによらず、おばあちゃん味覚よね」

「まぁ、それなりに生きてますから」

「それなり、ね」

 

 すっと目を細めたり、こっちをちょっと観察してたりする幻想郷の守人。私の企みがバレてしまっているのかと動悸が早くなりますが、どうやらそういう様子でもない印象。噂の勘でしょうか? だとすれば凄まじい勘だと思ってしまいます。

 裁判の沙汰を待つ罪人の心持ちでございましたが、どうやら今回は見逃されたようで、いつものだらんとした霊夢さんに戻ります。

 

「まぁ、いいわ」

 

 ほっ、と息をつく私。そんな私に被せるように、霊夢さんは言葉を続けました。

 

「ただ、私が動いたら()()として倒すからね」

 

 ドキッとして振り向くと、そこには、一瞬だけ見せた幻想郷の守人の顔。たいして私は何も言えずにじっと霊夢さんの顔を見つめるばかり。

 返すように押し黙る私を見る霊夢さん。結局、彼女は真剣な顔つきなんて一瞬だけしか浮かべず、いつもの顔に戻り、言いました。

 

「袖引、そこの棚のおせんべい」

 

 そんな早変わりにまたもや苦笑してしまい、素直に従いつつもお昼が過ぎ去ろうとしておりました。

 

 

 

 ・参 きゃっちぼーる

 

 

 さて、博麗神社での一時も終わり、お外を歩いております。お昼はどこにしようかと考えていると、田んぼの端で子供たちが何かを投げ合って遊んでおりました。

 

 

「何をやっているのですか?」

「知らないの? 野ボールだよ、野ボール」

「そりゃっ」

「わっ!?」

 

 いきなり飛んで来る手のひらくらいの球。それを驚きつつも捕えます。普段から弾幕ごっこに興じているので余裕といえば余裕なのですが、いきなりはなかなか危ないもの。抗議の視線を送ろうと目を向けると、知った男の子がこちらを向いて笑っておりました。

 

「袖ちゃんもやるだろ? 野ボール」

 

 笑っていたのは、いつぞやの大市で櫛を下さった子。いたずらっぽそうな表情と、泥がちょっと跳ねた相貌が実に似合っています。楽しそうな表情を浮かべ誘ってくださったのに断るのも悪いなと思い、参加を決める私。

 

 やる事は非常に単純。ただボールと呼ばれている球を投げて、受け取るだけ。やり始める前は何が楽しいのかと少しばかり思いましたが、いざやってみるとこれが意外に面白いものでついつい耽ってしまいます。身体を動かすのはやっぱり心地よくて、子供たちと遊ぶのもまた楽しいものでございます。誰が言ったか運動の秋。寒くなり始めの季節には、とても良く似合う楽しい運動でございました。

 

 ちなみに、時折投げて来る意地悪な球を全て取っていると、だんだんと白熱し始め、あの子とほぼ一対一の投げ合いになったのは秘密でございます……

 

 さて、程よく身体を動かし、子供たちに別れを告げます。また来てねの言葉を受け取りつつもお昼ごはんを探しましょう。

 

 

 

 ・肆 お昼ごはん

 

 

 さて、お昼ごはんです。どういたしましょうか。……といった所で、自分の身なりに気づきます。先程、野ぼーるとやらをしたせいか、足袋は泥だらけ、裾も一部汚れております。

 そんな状態で、店内に入るのも心苦しいといったところ。さて、そんな状態で何を食べますかといいますと、立ち食い系を狙うのが世の理。

 

 さてさて、立ち食いといえば色々ございますが、印象的なのはやはりお寿司でしょうか? 隅田川のほとりに出店していらしたりとなかなか生活に根付いていたようなそうでないような。

 赤酢につけ込んだお米と、新鮮な貝やらお魚。ちょっと食べたい……ような。

 

 なんて、考えていたところに見かけるのは立ち食い蕎麦屋。ちょっと一瞬がっかりしましたが、だんだんと鰹の効いたつゆの匂いを嗅いでいる内にお蕎麦の気分に。ただお腹が減っていただけなのかもしれませんね。

 さてさて、思いついたら吉日。お蕎麦屋の暖簾をくぐります。匂いに誘われ、腹の虫を鳴らし、いざ注文。掛け蕎麦ではなんだか味気ないような気もするので、きつねも注文。……えへへ、今日は特別ですね。

 無愛想な店主さんから差し出される器を受け取り、蕎麦をたぐる。やっぱりお蕎麦、美味しいですね。

 

 さて、あらかた満足。店主さんに一言ごちそうさまでしたと告げますと、店主さんがこう返しました。

 

「お嬢ちゃん、親はどうしたよ?」

 

 そのおじさんにとっては何ともないような、そんな心配を孕んだ一言だったのでしょう。けど、私はびっくりしてしまって数秒返しが遅れます。

 それを無視ととったのか、また店主さんは振り返ってしまいました。

 

「まぁ、いいんだけどよ」

「……です」

「ん?」

 

 私の呟いた言葉に店主さんはこちらに顔を向ける。そんな店主さんに笑みを浮かべこう答えました。

 

「大丈夫です。私、大人ですから」

「あぁ、そうかい」

 

 にやりとする店主さん。それから、しっしと追い払うような仕草をしました。

 

「ほら、じゃあ行った行った。まいどありだ」

「えぇ、ごちそうさまでした」

 

 と、暖簾を再び潜ると、広がるのは秋の空。ちょっとだけ眩しいような気もして手をかざしてしまいます。さて、行きましょうか。

 

 と、てくてくと歩き出す私。

 

 ……後々、お会計を忘れた事に気づき、慌てて戻ったのは別のお話でございます。ちなみに、頑としてお代は受け取ってくれませんでした。

 

 

 ・伍 食べ歩き

 

 

 さて、秋と言えば食欲の秋。一旦着替えて、色々な店がひしめき合う通りに出てみれば、大判焼きにたい焼き、お茶所と色んな立ち寄りところが見えております。

 ちら、と街角を見遣ると、山の神社からいらした緑の巫女様が元気に演説もとい信者募集中。また連れ去られ、もとい邪魔しては悪いのでそそくさとその場所から遠ざかります。えぇ、彼女が嫌いということではありませんが、本日は人里を廻りたいんです。

 

 心のなかでごめんなさい、なんて声を掛けた後に向かうのはお団子屋さん。のぼりが立つその店の外見。それに一目惚れした私はのれんを潜る。しかし、生憎の満席。店員さんに相席でもいいでしょうか? と聞かれ、もちろんと答えると通されたのは、何やら桃色の髪のお客様の席。

 後ろ姿しか見ずに、相席すいません。と断ると、良いわよーともぐもぐしながらの答え。よいしょと座れば目の前に座るのは……頭にもお団子をくっつけた美人さん。

 どこかで見たことが……と思っていると、向こう様もこちらを見遣ります。すると、あら。と声を上げました。

 

「貴方、もしかして韮塚袖引?」

「はい?」

 

 いきなりの名指しに驚く私。何事かと顔を上げると、やっぱり知らないお顔。首を捻っていると向こう様が笑い掛ける。

 

「あぁ、ごめんなさい。知らないわよね。私は、茨木華扇。見ての通り仙人をやっているわ」

「仙人……見ての通り」

 

 確かに服装は中華風といいますか、仙人と言えば仙人なのですが、もっと違う気配というか似たような感じを想像していて違和感を感じてしまいます。

 というかよく見るとこの方、腕に包帯を巻いてますね。怪我でしょうか?

 

「あなたの名前は知人から聞いてるわ。なにしろ鬼に勝ったそうじゃない」

「はい?……あ、あれは違います! あれはまぐれといいますか、まさしく横やりが入ったといいますか……」

 

 まさかのあの弾幕ごっこの結果を真に受けているお方がいるとは思わず、一瞬固まり必死の弁明。あまりの慌てっぷりに向こうも笑っておられます。

 大声を上げてしまったこともあり注目を受ける私達。その恥ずかしさやら気恥ずかしさやらで、顔はもう茹でられたが如しでございます。お団子を食べるどころではなく縮こまっておりますと、違和感も何処かへと消えてしまいました。

 くすくすと笑っている仙人様に、顔を赤くしたまま話す私という変な構図が出来上がってしまいます。

 

 そんな始まりからお話を聞くと、霊夢さんやらの知り合いだそうで、魔理沙さんともたまに話すそう。思わぬ出会いと思わぬ話題に盛り上がってしまいます。害はないですし本当に話しやすい仙人様。強大な妖怪さん達とは大違いでございます。

 話弾み、食も進み気がつけばお茶に手が伸びる頃。互いに話は一段落。そろそろお互いがお暇を告げましょうといったところで、華扇さんが切り出します。

 

「美味しかったし、楽しかったわ。確か袖引は呉服屋をやってるんだっけ?」

「はい、今まさに書き入れ時でなかなか大変なのですよ」

「そう、じゃあ今度お邪魔させてもらうわ」

「えぇ、喜んでお待ちしてますね」

「私も妖怪の山が根城だからあそこで何かあったら呼んで頂戴。聞こえたら手助けくらいはしてあげる」

「妖怪の山……」

 

 その言葉で思い出す様々な出来事。誘拐、暴行……といい思い出がない所に咲いた一輪の癒しといった感じでしょうか。とにかく嬉しいお言葉。

 そんな感じで、二つ三つと言葉を交わし互いに店を出ました。いやはや、人里には色んな出会いがあるものですね。

 

 ……しかし、聞きそびれてしまいましたが、知人とはどなたなんでしょうね。華扇さんのことですし変な知り合いでは無いとは思いますが。

 振り向いても華扇さんの姿はもう消えていて、聞くに聞けぬ終わり方。まぁ、また今度機会があれば聞いてみましょうと心に決め、私も雑踏に紛れていきました。

 

 

 ・陸 夕暮れ空

 

 

 さて、人里を一周していたら、あっという間に時は夕暮れ。お空も暗くなっております。

 いやはや、一日はあっという間ですね。時間は待ってはくれないどころか、私を置き去りにしていくかの様。そろそろ行きましょうかと考えていると、見えてきたのは見慣れた赤髪さん。思わず口がにやりと吊り上がってしまいます。

 赤い髪こと蛮奇さんを見つけた私は、距離を詰めていきます。もちろん、気配は消して。

 

 そろりそろりと、近づいてぴったりと後ろに……

 

「バレてるわよ、袖引」

「わっ!?」

 

 振り向く蛮奇さん。赤髪が夕焼けに映えてとても綺麗です。バツが悪く、苦笑いをしつつご挨拶。

 

「バレちゃいました?」

「……そうね、結構前から」

「気配を隠すの自信があったんですが」

「私は鋭いのよ」

「むぅ、流石ですね……」

 

 ちょっとだけ蛮奇さんは私をじっと見て、そしてため息を吐く。

 

「飲みにでも行く?」

「行きます!」

「食いつきっぷり凄いわね……」

「他の方も誘います?」

「んー、そうね」

 

 首を傾ける蛮奇さん。あ、首は無いんでしたっけ。

 

「二人で飲みましょ。今日はそんな気分」

「分かりました、ではでは何処にいきましょうか」

「私行きつけの場所があるの。袖ちゃんも入れるような場所だからおいで」

「はいっ!」

 

 もはや慣れた関係。特に言葉を交わす必要もなく蛮奇さんの後をついていきます。

 

 ちらりと後ろを振り向くと、自身と蛮奇さんの長い影と、夕焼けに染まる街。人間も妖怪も、そして神すらもここに集まってきてしまう。そんな人が寄り添う所。

 

「──待ってよぉ、おかあさん!」

 

 不意にそんな声が聞こえ、声のした方にばっ、と目をやる。そこには早く歩き過ぎたのか、立ち止まる母親と笑いながら駆け寄る子供。どちらも笑っておられました。

 

 そんな姿に私は……どんな表情をしていたのでしょうね。おそらく笑っていたんだと思います。気がつけば立ち止まる時間も長引いて蛮奇さんに声を掛けられる始末。

 慌てて蛮奇さんの元へと走り寄りました。その親子へと二度目の視線を向けることはなく、少し足早に歩き出します。

 そんな私を気遣うことなく、のんびり歩く蛮奇さん。こっちだよと指示だけ下さいます。蛮奇さんも私も結局はひとり者同士の考え方をしており、蛮奇さんの対応が今は心地がいい。

 

 辿り着くころにはすっかり日も暮れて、私の気も落ち着きました。そんな様子を蛮奇さんが見て一言。

 

「じゃあ、飲もっか」

「はい」

 

 そんな感じで夜を明かしたのでした。

 

 結局、その日は深酒しすぎて蛮奇さんの家に泊まる事に。これがお持ち帰りというやつでしょうか? まぁ、なにもされてないと思いますが。そんな私を持ち帰った妖怪さん。寝て起きて覚めた朝の表情は、凄い面倒臭かったという顔と、一言。

 

「やっぱり二人で飲むのはやめとけば良かったわ」

 

 ずっぱり切られてしまったのは残念でしたが、そんな一日でございました。酔い過ぎて多少粗相をした覚えもございますが、気にしない。だってしばらくは我儘をすると決めましたから。

 

 

 さて、そんなこんなで本日といいますか、一日開けたお話はお仕舞いでございます。

 人も妖怪も、神すらも似たり寄ったりなお話でございました。

 

 さてさて、そろそろお開きの時間でございます。朝日が目に沁みますが、蛮奇さんの厄介になるばかりにも参りません。そろそろ家へと戻りましょう。

 

 そんなこんなで今回もお開き。

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 

 

 

 ──もし……もしあの時、もしあの夕暮れの時間が少しでも長かったのなら、私は母親を探せたのでしょうか。

 

 もし、あの場所の時間が少しでも長かったのなら……私は。

 

 

 それは意味のないことで、けれど私には……




ご感想等々お待ちしております


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袖引の寄り道 がーるずとーく

 今回は息抜き回。頭からっぽにして書きました。

時系列等々まったく関係のないお話ですので、頭空っぽにして、お読みください


 活動報告でちょっと触れましたが、例大祭にて合同誌に参加させて頂きました。 
 サークル名は「ヒヨリミ」 た-14bにて出展しております。例大祭ご参加の方は是非是非お立ち寄り下さい。


 本筋から外れ、色々お愉しみなお話でございます。時期はきっと、私に関わる事が色々と終わった後の事。

 

 さて、そろそろ火鉢もしまい込み、襦袢の綿も抜いて、春模様。外では暖かい風がそよそよと吹いており、良い天気でございます。里の子供もきゃっきゃと遊び回れば、足跡に華が咲く。

 そんな時こそお出かけしましょう。やることなす事ほっぽって店はお休み中。思い立った時が休日な店模様。呆れたように暖簾がふわりと揺れておりました。

 

 

 そんなわけで本日おでかけ。本筋逸れて、ぷらぷらと歩くのも良きものです。

 

 

 私、韮塚 袖引 お散歩中でございます。

 

 

 風が寒かったり暑かったりときままな春の風に乗せられて、外に足を運んでおります。冬の重々しい服装脱ぎ捨て、軽々と草履でてんてんてん。

 春口の軽い服装に半幅帯を結び、身も軽く。たまにはと肩口くらいの髪をまとめ上げ、耳かき、もといかんざしを頭にぶら下げ、街中を闊歩しております。

 

 ちょっとしたおしゃれを楽しみつつ、てくてく歩いておりますと、見慣れた後ろ姿の御仁が一人。赤い服外套に青い髪飾り。人里に住む妖怪仲間、飛蛮奇こと赤蛮奇さんの姿を見かけました。

 いつもでしたら人里での出会いならば会釈程度で済ませ、すれ違う程で終わるのですが、今回は気分がいいので暗黙の了解抜けてご挨拶。

 

「こんにちは、いい日ですね」

 

 途端にびくりとなる蛮奇さん。ちょっと不自然なくらいに顔が浮かび上がります。焦ったように首をくるりと回し、辺りを伺います。そして、私の腕をひっ掴み、ちょっと来てとぐいぐい暗がりへと連れ込まれました。

 

 さて、人も通らぬ裏通り、建物に遮られ日もほとんど入ってこないそんな路地。そこに私と蛮奇さん。いったい何をされるのか私、どきどきで……

 

「あのさ、人里で話掛けると、目つけられる可能性があるから止めてって前言わなかったっけ?」

「ご、ごめんなさい」

 

 はい、普通にお説教でございました。しかも、危うく正体ばれ一歩手前。赤い外套に似合うように顔を赤くして、結構怒っていらっしゃいました。

 お説教がてら頬をむにーと引っ張られ、お次は両手で挟み込まれる。蛸さん状態になっている私をみて、はーとため息。

 

「で、なんの用かしら?」

「え? ……いいお天気ですよね? ってご挨拶を」

「……」

 

 はぁ、と深いため息をつく蛮奇さん。そこまで呆れる事ですかね? なんてちょっと傷付きつつも蛸さん状態から解放されます。

 ぷふーと息を一息。むにむにされたほっぺを自分で調節。そんな私を見て、蛮奇さんは話しかけて来ます。

 

「なんかおしゃれしてるね」

「えぇ、似合ってます?」

「……いいんじゃない? うん、悪くない」

「えへへ、ありがとうございます」

 

 褒められて、自然に頬が緩む私。季節に合わせて着物は変えていても、おしゃれとなるとあまりやらなかったので正直不安でしたが、褒められて一安心。後ろ髪を結わえた簪をちょこんと触りました。

 そんな私を見て、ちょっと嬉しそうに微笑む蛮奇さん。笑顔の花が道端に二つ。春らしい光景に胸も軽くなりました。

 

 さてさて、会話もひと段落。次の話題へと移ります。

 

「せっかく出会いましたし、何処か行きませんか?」

「うん? まぁ、いいよ」

 

 さらっと、承諾してくれる蛮奇さん。切り替えが早いというか、諦めが早いといいますかどちらにせよ素敵な事です。

 さてさて、何処にいきましょうかね。せっかくですし甘いものでも……そうだ。

 

「甘灯茶屋知ってます?」

「前言ってた所?」

「そうです、そうです! 白玉がほんとに美味しいんです」

「ふーん? じゃあそこにする?」

 

 甘灯茶屋。そこは表通りからは少し離れ細道をちょろちょろと歩けば、ひっそりとした茶屋が見つかります。達筆の看板を掲げるその場所には、なんと妖怪専用の地下空間がございます。河童さんたちの手で改装もとい改造を施されたその場所はまさしく快適。

 なんてお話を以前、蛮奇さんにしており、その話を蛮奇さんも覚えていて下さったようでした。嬉しいですね。

 

 さてさてさて、街中を歩けばちらりと視線を感じたり感じなかったり。人里に住む妖怪達はこっそりとしたもので、あんまり一緒にいることもありません。付喪神やら紛れる妖怪やらが視線を送っているのでしょうが……どうも視線が多く感じます。

 ちょっと居心地悪く、身じろぎ一つ。往来の中にいるのにどうも人間さんからも視線を感じてしまい……駄目ですね自意識過剰も甚だしいかと。

 

 そんなこんなで、視線を感じつつそそくさと裏通りへ。ちょっと落ち着かなったのでふぅ、とため息一つ。

 やっと気になる感覚から解放されるかと思いきや、蛮奇さんから視線を感じます。

 

「やっぱり注目されてるし……」

 

 恨みがましそうなそんな声に、むーと膨れる私。ただ、たしかに一緒に行きましょうと誘ったのは私ですし、何も言い返せません。

 ぐぬぬと黙っている内に裏通りをするすると抜け、やってきました甘灯茶屋。相変わらずのかっこいい字に見とれてしまいそうです。

 さて、見とれている内に、入るわよと、暖簾をくぐる蛮奇さん。慌てて後をついていくと出迎えてくださるいつものおじいさん。

 

「おや、袖ちゃんかい? 今日はめかしこんでるねぇ」

「えぇ、ちょっとおしゃれを」

「そいつはいい事だ。そっちの赤いお嬢さんは友達かい?」

「そうですそうです。先程出会いまして」

「じゃあ今日は……」

「地下のほうで」

「はいよ、入んなさい」

 

 地下の方で、と言った時にちらりと蛮奇さんの方に視線がいきましたが、特に追及はせずに入れて下さるおじいさん。慣れた対応に追及しないのも、皆さんから好かれる理由の一つですね。

 梯子を下ると、落ち着いた雰囲気の明かりが灯る素敵な場所。蛮奇さんもおぉ、と小さく口を開けて驚いてます。やっぱり、どの方もこんな感じですよね。驚いてくださるとなんだか私も嬉しくなってしまいます。

 

 さて、コトリと席についてお品書きに目を通します。やっぱりいつもの白玉あんみつでしょうか、ついちょっと浮いている足をばたばたさせてしまいます。

 蛮奇さんは蛮奇さんで、すっと目を通すとこれ、と指を指します。指を差した先にはあんころ餅。なかなかいい所をつくといいますか、思わず浮気をしてしまいそうな位くらっと心が揺れてしまいます。しかししかし、非常に惜しいのですが、私は白玉に身も心も捧げた身。いまさら浮気なんて、浮気なんて……あう。

 

 っく、いまさら迷ってどうするのです。もう私は白玉にすると決めた筈。えぇ、そうです。もう迷ってはならぬのです。迷う時間はとうに──

 そんなところにお茶を運んできて下さるおじいさん。いつもはその心遣いがありがたいのですが、本日はもう少し待って欲しい所。蛮奇さんはついでとばかりに注文し、こちらに視線を送ります。

 

 さぁ、決断の時。もう、迷ってはいられぬのでしょうね……

 

 私は、断腸の思いでその商品名を口にしました。

 

「……白玉あんみつで」

 

 やはり、やはり離れられぬのです。私はあの白くてつやつやな食べ物からは逃れられないのです。白玉ならば溺れても良いと考えているくらいです。あ、余談ですが砂糖醬油かけて頂くもの大好きです。

 

 さて、そんな思いを知ってか知らずか、蛮奇さんの目の前にはあんころ餅。私の目の前には白玉がやってきました。隣の芝は青いなんてよく聞きますが、本当にあんこが、あんこが……

 

 視線うんぬんの話を先程しておりましたが、今回はその視線を送っていたのは私の様で、蛮奇さん身じろぎ一つ。

 そして、こっちを見てこう言いました。

 

「食べる?」

「頂きますっ! ……はっ」

 

 聞かれた瞬間に反応する身体。もう本能には抗えぬといいますか、願望が口をついて出てしまいました。あまりの素早さに蛮奇さんも少し引いております。

 引きつつも、箸であんころ餅をとって下さる蛮奇さん。そんな優しさに感謝しつつ、しっかりと味わおうと口を開きます。

 

「じゃあ……はい」

「あーん」

「え?」

「え? あっ……」

 

 二度目の驚いた顔。そして対岸には恥ずかしいあまりに真っ赤な私。これが対岸の火事……では、ありませんね。

 ともかく、ともかく。……や、やってしまいました。たまに紅魔館とかにお食事に行くとフランさんがやってくださるのでつい癖で……いや、そんな事を言っている場合では無くて! どうにかして挽回せねばなりません。ど、どうしましょう……?

 

 あわわわと、口を手で塞いでいると、蛮奇さんがこう一言。

 

「やらないの?」

「へっ?」

 

 そんな返しをすると、蛮奇さんがふっとそっぽを向きました。その顔は赤く、耳まで真っ赤。お互いにやらかしたと気づき、ちょっと沈黙。そして、私は今一度口を開きました。

 

「あ、あーん」

 

 は、恥ずかしい。これ凄く恥ずかしいですっ。早く終わってと思ってしまう程に恥ずかしい限り。向こうも向こうで恥ずかしいと感じているのか、ぷるぷると震え、顔をそむけて差し出しているのでなかなか進みません。

 悶絶するような時間が静かな空間を支配します。傍から見たら意味不明ですし、私たちも何でこうなったのか意味がわかりません。ただコチコチと時計が進むばかり。……うぅ、変な汗が出て来ました。

 長い時間をかけて、ついに蛮奇さんの箸が私へと到達。……よく考えるとこれ、間接……うん、考え過ぎはよくありません。えぇ、よくありません。ともかく、あんころ餅あんころ餅。

 そんな感じに呪文の様にあんころ餅が頭の中でぐるぐると。しかしながら、中々に味がはっきりしません。本当にあんころ餅ですかね、これ?

 と、そんな事を感じていると対岸の赤のというよりも真っ赤な妖怪さんが、ぽつりと呟くように聞いてきました。

 

「お、美味しい?」

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 咄嗟に返事をしようにも、いろんな事が頭でぐるぐる。言葉が出てきません。何っを話そうものかと考えはするのですが、あぶくのように消えるのみ。もごもごとまごついていると、向こうも何も言わずにもそもそ続きを食べておりました。

 

 ちょっとした気まずい時間が流れます。……どうにかしたいとは思いますが、さて、どうしたものでしょう。

 

 向こうも向こうで、ちらちらとこちらを伺っている様子。うむむ、そうだ! 

 

 ぱっと閃いた私。以前より気になっていた事を聞いてみることに。

 

「蛮奇さんの食べたものって何処に行くんです?」

「……それ、今言う事?」

「へ?」

 

 またしてもはぁ、とため息をつく蛮奇さん。

 うぅぅ、また、やってしまいました。どうもこういう状況に弱いと言いますか、何を言っていいのか分からなくなってしまうと言いますか……蛮奇さんも呆れている様子。

 どうにかして突破口を見つけたと思ったのですが、抜けた先は袋小路。また沈黙が重くのしかかってきました。

 

 そんな沈黙をといたのは、

 

「……そんなものあれよ。気分」

「え?」

「さっきの話!」

「さっきの話って食べたものは何処にいくかっていう……」

「そうよ」

 

 ぷいっと、そっぽを向く蛮奇さん。顔はまたしても真っ赤。先程の質問で怒らせてしまったようです。

 

「あ、あの、ごめんなさい……」

「なんで謝るのよ」

 

 今日は蛮奇さんに迷惑を掛けてばかり……流石にここまでやってしまうと、私もどうしようもないといいますかもう取返しもつかないといいますか。怒って帰られてもしかたないのでは無いでしょうか?

 裁判の沙汰を待つが如くしずしずとしておりましたが、意外や意外。蛮奇さんはプッと吹き出しました。突然の変転に私は目を丸くするばかり。

変転に私は目を丸くするばかり。

 くくくく、と笑う蛮奇さんにあの、と声を掛けてみれば、愉快そうにこう返ってきました。

 

「なんかしょぼんとした袖ちゃんって……ツボに入る」

「なんでですかっ!?」

「いや、だって。ふふっ」

 

 腑に落ちませんが、どうにも知らず知らずのうちに蛮奇さんの笑いのツボに入り込んでいた様子。状況は打開できてなによりなのですが……うぅ、何と言いますか、ちょっと恥ずかしい。

 しばらく上機嫌で蛮奇さんは静かに笑うと、笑い過ぎで出た涙をぬぐいます。

 

「あー笑った」

「それは良かったですねぇ!」

「ありゃ、すねちゃった? ごめんね。悪気はないんだよ?」

「分かってます。分かってますけど!」

 

 もう場所が場所なら机をばんばん叩いて抗議をしたいくらいなのですが、流石にそんなことは憚られる場所。でも、ぶーぶーと文句を垂れるくらいなら許されるはず。というか、言ってやります。言わなければならないのです。

 

 そんなわけで、今度はこちらが怒る番……と思っていたのですが、ご機嫌な蛮奇さんを見てだんだんとどうでも良くなっていきます。

 我慢することだけが大人ではないにしろ、もうなんかどうでも良くなってしまえば、どちらでもいいですよね。うん。

 

 結局、いつもの調子に戻る私たち、ここが居酒屋でなかろうと、春でなかろうと基本的に女子二人よれば会話の花咲く。結局、会話を満開にして、長々と茶屋さんの一角をお借りしておりました。

 

 

「あー、楽しかった」

 

 なんて言葉は蛮奇さんの言葉。夕焼けに染まる赤い外套が非常によく似合っております。私も私で大満足。非常に楽しかったと言えるでしょう。

 暖かみのある夕焼けに手をかざし、今日の事を振り返る。どれもこれも九割九分下らないお話、けれどそんな積み重ねもまた大事な事なのでしょうね。ふとした瞬間に思い出して、ちょっと微笑む。そんな暖かい記憶を大事に大事に心の中に。

 

「いっぱい話しましたねー」

「そうねー」

「この後は予定あるの?」

 

 そんな事を聞いてくる蛮奇さん。当然あるはずが無く、ありませんよーと軽く答えます。すると、にやりと首なしの方、右手で小さい器を持つように丸め、くいくいと傾ける仕草。

 そんな仕草に私もにやけます。

 

 楽しい時間はまだまだ終わりそうにありません。

 

 

 さて、そんなこんなで良き春の日に、花咲かせたお話でございました。

 

 その後、そのままの勢いで人里の居酒屋に入ろうとすると、流石に……という答えが返って来る。二人して顔を見合わせると出て来る言葉が一つ。

 

「「あ」」

 

 この後、またしても蛮奇さんは笑い、私が拗ねる様になったのは別のお話。

 

 

 さてさて、そんなこんなで今回はここまで。ゆったりとした春の日に良き友達。嬉しい限りです。そんな積み重ねもまた日々を彩る綺麗な欠片。

 綺麗な欠片だけでなく不格好な欠片だってあります。それすらもきっと重ねて、輝き合って、また重なる。きっといつしか万華鏡のように、くるくると綺麗に綺麗になった欠片を見返すときがくるのでしょう。

 その万華鏡を覗いて、見返した時に笑えるように、恥ずかしくなれるように、毎日を素敵な事でいっぱいにしたいですね。

 

 いつしか覗く時を、楽しみに……

 

 ふふふ、ちょっと恥ずかしい台詞。ですかね?



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うつろう花の異変と、過去のお話 壱

 さて、最近輪をかけて自己主張をするようになった。というよりも「我儘」を通そうとしている図々しい弱小妖怪こと私めでございますが、これもあれも事情というものがございます。

 私がひたすらにうじうじうじと悩んでいる内に、春は過ぎ、夏が到来し、秋までやってきて、ついには冬まで襲って来る始末。蝸牛(かぎゅう)のようにのろのろとしていたらいつの間にか一年(ひととし)二年(ふたとし)経とうとしておりました。

 

 この頃になってくるとある程度は自身の事も分かってくるもので、少しばかり焦りが生じてきたのも確か。このまま何もしないのかどうかを決めかねていて、結局我儘を通したいなって思ったんです。まぁ、頼む相手相手にはことごとく怒られてしまいましたが。

 

 

 おっと、事情をお話するのを忘れていました。

 

 

 私、韮塚 袖引 消滅の危機でございます。

 

 

 なんて、言っても大したことは無いだろうとかお思いかもしれません。まぁ、確かに私が消えること自体は本当に大した事はございません。矮小な存在が消えるだけですから。ただ、この事に関しては嘘ではないです。確実にこのままでは消えるでしょう。なんて太鼓判を頂いてしまったのですから。

 

 誰から言われたのかといえば、地獄の閻魔様に当たるお方でこれ以上に無い位に適任なお方です。

 

 

 さて、そんなお方との出会いはあの異変。とりあえずと致しまして、私が現在いる場所からの始まりといたしましょう。

 

 

 

 

 一面には向日葵。黄色の海がどこまでも続いていそうなそんな錯覚。さわさわと寒くなって来た風が吹き付けるのにここはそのまま。

 太陽の畑に出向いている私は、寒風の中で咲き乱れる向日葵を見上げております。普通でしたらあり得ない。幻想郷ならではの場所の一つ。

 

 そんな、曇天の黄色の海に目立つ黒い翼が一つ。まさしく烏の濡れ羽のような髪を揺らしつつ、ニコニコと微笑んでおります。

 

「はい、こんにちは。いつもの射命丸です」

「寒い中で精が出ますね」

「えぇ、良い記事には余念は欠かせませんから」

「で、今回は?」

「もちろん、この花畑で捕まえたのなら聞くことは一つです」

「……あぁ、花の異変ですね」

 

 そう返すと、射命丸様は答える代わりににっこりと手帳と書き物を取り出しました。

 

「とは言っても、今回は話すことはありませんよ?」

「おやおや? そんな事はない筈なんですけどねぇ?」

 

 知ったように返す天狗様。ちょっと小馬鹿にしたような態度にも慣れてしまいました。なんだかんだお世話になっている天狗様。ですが、今回はあまりお話したくないといいますか、胸中を明かしたくないんです。

 しかし、手助けされた経験もございます。話してもいいのかな、とも心が揺れる。

 

 少しの逡巡の間。そんな思いを知ってか知らずか、射命丸様は、ふっ、と笑って、両手のものをしまってしまいました。

 

「まぁ、知らないのなら仕方ないですね。また今度別のお話でも」

「えぇ、別のお話でしたら」

「再び聞けることを祈ってますよ」

 

 そんな別れの言葉を吐いて、翼を広げる。いつものように飛び立つ前に、もう一度立ち止まる射命丸様。彼女は、ついうっかり忘れ物をしてしまったように私に言いました。

 

「あぁ、袖引さん」

 

 訳も無げに彼女はこう言いました。

 

「どうしても逃げたくなったら、この天狗にご用命をば。一人ぐらい『神隠し』するのは訳ないんですよ?」

 

 背を向けたままの彼女。ちらりと見える口元は少しばかり上がっており、何処か楽しそうでした。

 

 見透かされている、素直にそう思います。きっと花の異変の事もある程度は掴んでいるのでしょうね。だからこそ今回は素直に引いたんだと思います。

 ふと、いつもこの天狗様はそうだったなと思ってしまいます。いつだって私の行動はお見通しのように質問を投げかけてきたり、先回りしていたり。きっと、いつまでもそうなのかもしれません。

 

 ですから、ちょっとだけ意趣返し。

 

「えぇ、それもいいかもしれません。射命丸様と一緒も刺激的でいいかもしれませんね」

「……あやや、照れますねぇ」

「ですが」

 

 そんな切り返しに、最後まで立ち止まって答えを聞いて下さる天狗様。……最後まで顔はこちらに向けてくれないのですね。

 

「私は、まだやりたいことがありますので」

「……んー、フラれちゃいましたねぇ」

 

 茶化した様子の返答と、ぽりぽりと頭をかく仕草。

 

「ま、いいでしょう。何をしでかすかは分かりませんが、期待してますよ?」

 

 結局、彼女は振り返ることなく挨拶を残し、去って行かれました。

 

 

 そんなやり取りにため息を一つ。私程度を気にかけて頂いても何にもならないのですがね……あぁ、一応記事にはなるんでしたっけ?

 

 ──瞬間。寒風が私の横をすり抜けていきました。黄色の波が揺れて、曇り空の中にポツンと佇む私を浮き彫りに。

 

「あぁ、降りそうですね」

「何が降りそうなのかしら?」

「おや、幽香さん」

 

 独り言に答えてくれたのは、太陽の畑の主こと、風見幽香さん。緑の髪を揺らし、閉じた日傘を片手にこちらへと近づいてまいります。

 基本的には恐ろしい妖怪さんと言われており、実際に力も強い。先程話題に出た花の異変では、そこそこ暴れられたそうで。ただ、禁忌さえ犯さなければこちらに害を与えることは殆どありません。……彼女の気分によるところはございますが。

 

 今回は機嫌は悪くなかったようで、二つ、三つ話したのちに、またふらふらと離れていきました。

 

「ま、のんびりしてらっしゃい」

 

 ありがたい限りですね。物思いに耽ろうかと思っていましたので。太陽の畑の持ち主の許可も頂き、適当な場所に腰を据えましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、思い出すのは花の咲き乱れる異変。今のような寒い季節ではなく、春先の少し暖かくなってきたようなそんな頃でございます。

 この話だけは話さない。と、いうよりも話せないが正しいですね。だって聞かれてしまえば、ただでさえ揺らぎかけの私が更に揺らいでしまう。そんな異変でございましたから。

 

 

 

 夜の異変も終わって、永遠亭の皆様が薬を人里に届けてくるようになってきて、幻想郷が新しい住人を受け入れた。そんな事を感じる頃のお話でございます。

 

 世間様は春が到来の息吹をまき散らし、桜咲き乱れる。……だけに収まらず、季節とりどりの花が幻想郷を取り巻いております。菜の花につつじに向日葵、挙句の果てには寒菊まで、様々な季節の花が正しく咲き乱れる。

 確かに美しい光景ではございますが、やはりというかなんというか、この光景に違和感を覚える方が何人かおられるようで、私もその一人。

 何故だかは分かりませんが何処か見覚えのあるこの光景。月の異変が終わった後、しばらくは引きこもり気味ではございましたが、感じた違和感を確かめるべく、そして危険があったら排除すべく、いつもの如く張り紙をし出掛けたのでした。

 

 さて、向かう先はといいますと、やはりこういうのは専門家に問いかけるのが筋という物でしょう。花の妖怪と言えば一つでございますが、あえてそこには触れません。だって機嫌悪いと怖いですし……

 この幻想郷には自然に住まうものたちが大勢おります。特に妖怪などがそうですが自然に結びつきの強い存在は多いのです。もちろん私の友人にもおりまして──

 

「ということで、どうでしょうか、わかさぎ姫?」

「どうって……水温とかはあんまり変わってないかなぁ」

 

 そんな訳でここ、霧の湖にやってきてわかさぎ姫に質問を投げかけております。

 あまり興味のない話題なのか、彼女のひれがちゃぽんと水面を叩きます。

 

「あ」

「何か思いつくことありました?」

「うん。今ね湖底は苔が綺麗に咲いていて、中々の眺めになってるよ」

「おぉ、それは気になります!」

「見る?」

「見ます見ます!」

 

 流石に着物のまま潜る訳にもいかず、冬の寒さ残る中、襦袢だけになり水中探索。水辺の花も中々に乙なものでございまして、睡蓮や、こけの花。挙句にはまりもと呼ばれるものまで。色鮮やかとは参りませんでしたが、色とりどりな花の探索楽しみ、じゃぶんと上がる。

 

 濡れた襦袢を絞っていると、わかさぎ姫から声が掛かります。

 

「結局さー、袖ちゃんって今回も人間の為に動くんでしょ?」

「えぇ、そうですよ?」

「うーん、まぁいいんだけどね」

「はい?」

「それも袖ちゃんらしいと言えばらしいのかなーって。なんだかんだ誰しも助けちゃうし。困っている人見捨てられない性格だよねーって」

「……そんなことないです」

 

 私だって助けられるものなら助けたいものはたくさんございます。けれど、それには力が足りなくて、私にはもったいない言葉です。

 だからそんな意味を込めて、こう続けました。

 

「私は、弱いですから……手の届く、いえ掴んで引っ張れる方しか助けられませんよ」

「最初から、誰しも助けるって考え方自体が……まぁ、いいかー」

 

 私も妖怪としては特殊だしねーと、そう水の中から手をひらひらさせるわかさぎ姫。

 

「まぁ、いいんじゃない? 私はそういう考え方も好きだよ。いざとなったら助けてくれそうだし」

「もちろん。わかさぎ姫なら何処にだって駆け付けますとも!」

 

 胸を張って答える私。この身を犠牲にしようとも助ける自信がございます。普段、私に良くしてくださいますし。

 そんな答えに、ふふ、と微笑みつつも、少し意地悪い表情を浮かべるわかさぎ姫。そんな表情を浮かべつつ、彼女はこう問いかけてきました。

 

「──人間かどっちかしか助けられなかったら?」

「……それは」

 

 思わず、答えに詰まる私。ぱっと、わかさぎ姫を始めとした交友のある方々を思い浮かべます。そして、人里の人間様を。

 ちょっと前、おそらくほんの少しまえでしたら、迷わずわかさぎ姫と答えていたんでしょうね。けれど、今は……

 

 妖怪らしからぬ矛盾な思考であることは分かっています。ただ、どうしても、どうしても人間様が関わって来ると駄目なんです。最近特にその考え方が顕著でございまして、時折、自身がぶれているようなそんな感覚を味わうこともしばしば。

 

 答えに詰まって幾ばくか。彼女はちょっと苦笑い。

 

「嘘つけないよねー、袖ちゃん」

「……はい、すいません」

「責めてるわけじゃないよ。ただ──」

「ただ?」

 

 

 

 私は、ふらふらと歩を進めています。

 

 ──妖怪っぽくはないかもね

 

 彼女の言ったことが、胸へと突き刺さる。自身では分かっていたつもりでしたが、他の方の言葉がこんなにも衝撃を伴ってくるとは思いませんでした。そういえば影狼さんにも似たような事を……

 ズキズキと頭痛が走り、思わず立ち眩む。

 

 彼女が悪意を持って言っていたわけでもないのは分かっております。けれど、だけど、もうそれすらも分からなくなってしまいました。

 

 妖怪というものは、存在に意味を持つことが殆どでございます。雪女であったら寒さを象徴する冬の能力。木霊であれば、呼び返す等々、わたしたちの存在はそうでなくてはなりません。

 私も私で、袖引小僧という妖怪の筈。けれど、私はその事に疑問を持ち始め、それを看破されてしまった。ぐらり、と何かが揺らぎます。

 振り向いてしまえば、立ち止まってしまえば、何かが壊れてしまいそうな気がして。

 

(考えるな、考えるな、考えるな)

 

 反芻しつつも、ひたすらに歩く。飛ぶことも忘れ、まるでただの小娘のようにふらふらと彷徨っていたのでした。

 

 気がつくと視界には一面の紅の色。曼珠沙華、いや、彼岸花が目に飛び込んできました。紅の地面が緩やかな風に揺られ、まるで私を迎えいれるかのように手を伸ばしてきておりました。

 

 

 ふらふらと亡者のように迷い歩いてみれば、辿り着く先は捨てられた物達が集う墓場、無縁塚。

 

 思わず笑えてきてしまいます。

 

 ある意味ではこの場所は相応しいのかもしれませんね。何者かも分からない私を、文字通り存在を亡くしてしまったかのような亡者を埋めるには、ちょうどいい場所でしょう。

 そう考えてしまうと、もう何処にも力が入らずになってしまう私。思わず、ぺたんと座り込みます。

 

「──疲れました。もう……何も考えたくない」

 

 このまま地面と同化して消えてしまえば楽なのに、なんて思えてしまう程に疲れています。歩いたからでしょうか、それとも、このまま消えるからなんでしょうか。

 ごろんと寝転がると本当に地面に吸い込まれそうで心地がいい。そんな半分熱に浮かされたときのような気分。

 

「じゃあ一緒にサボるかい?」

 

 そんな声が、上から降ってきます。ついでにひょいと持ち上げられる感覚。

 

「そんなところで寝てると踏まれるよ? 韮塚袖引ちゃん」

 

 目に入ってきたのは、曼珠沙華のような赤の髪と大鎌を担ぐ姿。そして何故か私の名前を知っている初対面の顔でした。

 

「あの……降ろしてください」

「おや? 立てるかい?」

「えぇ、一応は」

 

 周りについた土を払いつつも、どちら様だろうと視線を向けます。

 

「あぁ、私かい? 私は小野塚小町。死神さんだよ」

「死神……?」

 

 まさか、お迎えが来てしまったのかとも思いますが、いやいやと手を振る死神さん。

 

「私は運ぶ専門。それに、まだあんたは大丈夫だよ。名前を知ってるのは、うちの上司が気にしてる一人だったからさ」

「上司……?」

「そ、閻魔様。ちょっと説教臭いけどね」

 

 あ、小町でいいからね。なんて前置いた後に、いやー、うちの上司がさーと愚痴が始まる始末。かなり気さくな方だなと思っていると、だんだんと警戒心も溶けて来ます。

 それにしても閻魔様が私をというのは、何かしでかしてしまったのでしょうか? 心当たりがありすぎて少しばかり震えが来てしまいます。

 

「それにしたって、ねぇ……」

 

 小町さんが複雑な表情を浮かべこちらを見ます。目線をこちらにくれた後、曼珠沙華の方へと視線を伸ばす。そして雰囲気が少しだけ変化しました。

 おそらく、今のこちらにとっては良くないほうに。

 

 

「花の色は移りにけりないたづらに……って歌知ってるかい?」

「小野小町、ですよね死神さん」

「そ、せいかーい」

「なんで、その歌を」

「いや、似てるなぁって」

 

 とぼけた様子なのに、逃がす気はないといった感じの雰囲気。

 

 

 花の色は移りにけりないたづらに 

 我が世に振るながめせしまに

 

 流れていく時間の残酷さと、その間なんて無為に過ごしてきてしまったのだろうという後悔。それを花に例えた有名な歌です。ですが、私は変化のしようがない妖怪の筈。

 

「変化しようのないものと、花を比べた所で」

「いやいや、違うよ。色があせるのは袖引じゃないよ。人間さ」

「では、私は無為に過ごして来たと、そう言いたい訳ですか?」

「変化してないって点では一緒だねぇ」

 

 呑気な様子で答える死神さん。

 

「それにね、閻魔様が気にしてるのは袖引の言ってるそこじゃないんだ。正確には、無為に過ごさなかった事自体も悪い」

「何を言って……」

 

 分からない。私には何を言っているのかが分からない筈なんです。けれど、その言葉が胸を締め付けて来る。

 そんな私を見て、そして、誰かを待つ素振りをする小町さん。そろそろ来るかな? なんて呟いたあと、更に言葉を続けました。

 

「じゃあ、来る間にもう一つ。袖引ちゃん、あたい達死神はさ、多かれ少なかれ距離に関する力があるんだ。なぁ、袖引ちゃんや。あんたの引き寄せる能力なんて、なんてまさにそれじゃないかい?」

 

 何を言っているのか分からないままに話は進んでしまいます。変化しなかったことが悪いように聞こえて、その実は逆?

 更には、小町さんは何を言おうとしているのでしょうか? 距離のお話? そんなもの今の私には……

 

「引くという言葉といえば、引導を渡す。なんて言葉があるだろう? あれさ、もともと仏教用語なんだって。導くやらの意味もあってさ、道に迷わないようにお坊さんがお経を唱えてるんだってさ」

 

 今の私には……

 

(もし私が、死に関係する力をもっていたとしたら……驚きます?)

 

 ふっ、と月の異変が思い当たります。そして咲夜さんに言ったことも。体の熱がすっ、引いていくのが分かりました。

 ねぇ、と小町さんの声が聞こえてきました。

 

「今からでも遅くないよ。全部思い出して死神にならないかい? 袖引ちゃんが同僚なのも悪くなさそうだ」

「何を言っているのか、私には分かりませんっ!! もっと、もっと私に分かるように──」

「……分かんないかなぁ?」

 

 その答えを見たくなくて、聞きたくなくて、何よりも終わらせたくなくて。声を荒げました。しかし、小町さんはため息を吐きつつも、私の反論をバッサリ切り落とすように、まるで、死神の大鎌を振るわれたが如く、その言葉は紡ぎました。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ってことだよ。袖引ちゃん」

 

 それは、私にとっての今までを破壊する言葉。まるで一刀両断されたかのような痛みを伴って襲いかかってくるのでした。

 そんな痛みに耐えられなくて、そんなものを直視したくなくて、私自身を見たくなくて目をぎゅっと瞑ります。そして、言葉がにじみ出るようにぽろぽろと零れたのでした。

 

「……違う」

「違わない。分かってるんだろ? 別に誰も怒らないさ」

「違う。違うっ!!」

 

 まるで駄々っ子のように耳を塞ぎ、座り込む私。目も、耳も塞いで、まるで自宅の布団の中を再現するかのように周りを遮断します。

 駄々っ子でもいい。しょうもない小僧でもいい。ただひたすらに現実を直視したくなくて、やたらめったらに言葉を投げつけました。

 

 

 

「あまり混乱させるものではありませんよ、小町」

 

 そんな中、現れたもう一つの声。曼珠沙華の花の中での誰かの入廷。

 

 

 

 そして──現在の私を裁く、裁判が開廷されようとしておりました。

 

 

 さて、本日はここまで。花咲き乱れ、私も取り乱し、乱れるばかりのこの異変。

 私は一体どうなるのか。まぁ、分かってはいるんですけどね。

 

 今回は、私のみっともない所ばかりをお見せ致します。ですので、言葉は少なくここまでと致しましょう。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 




長らくお待たせ致しました。

もう一年回ってしまうのですね。早いものです。

次のお話は、出来上がっているので近い内に投稿出来るはずです。お待ちください


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うつろう花の異変と、過去のお話 弐

「あんまり混乱させるものではありませんよ、小町」

 

 凛とした声が曼珠沙華を揺らします。

 駄々をこねる私と、きっと困っていただろう小町さんに助け船を出した方。その方は緑の髪と、特徴的な帽子と道具をもっているお方。

 

「こんにちは、韮塚袖引さん。小町がご迷惑をおかけしましたね」

 

 思わず固まっていた私を引っ張り上げました。そして面と向かってこう告げられます。

 

「私は、四季映姫・ヤマザナドゥ。幻想郷の閻魔です」

 

 彼女の助け船に乗りながら、私は曼珠沙華ひしめく裁判所へと招かれたのでした。

 

 

 

 私、韮塚袖引 裁かれております。

 

 

「さて、だいたいの事情は状況を見れば分かりますが……」

 

 ちらりと小町さんを見遣ります。

 

「小町、あなたは少し直接的すぎる。確かに結果を求め、対応を素早くすることもまた大切です。しかし、それだけでは届かないものもあるのです。貴女はきっと彼女が受け入れてくれると信じてやったことでしょうが、私が要注意と言ったのは彼女の現状を含めて言ったのです。善は急げとはいいますが、全て急ぐ事が善とも限りません。遠回りする事で逆に目的に近づくこともあります。分かりますね?」

「急がば回れってやつですね。分かります」

「よろしい。ただ、貴女が真面目に仕事をして返って来た結果です。裏面に出たものの決して悪い事ではありません。よく、やりました」

「いやー、そんな。ほら、それよりも袖引ちゃん待ってますよ?」

 

 突然飛び出た説教に目をぱちくりさせていると、照れた小町さんが私の方を促す。

 閻魔様は、まぁ、いいでしょうと、咳払いを一つ。そしてこちらに向き直りました。

 

 

「さて、袖引さん。あなたには色々と言いたい事もありますが、まず一つ。うちの小町がご迷惑をお掛けしました。もともと私が見て回るつもりでしたが、まさか小町がこんなにも精力的に務めているとは思いませんでした」

 

 後ろに立つ小町さんに視線を送ると、偶然とは言えないなぁ。みたいにそっぽを向く仕草。

 再び視線を戻すと、四季様は真っ直ぐ見つめ返してきます。

 

「あえて名前で呼びましょう。韮塚袖引さん、貴女は現状から目を逸らしすぎている」

「目を……」

「小町に言われて心当たりはあるのでしょう? 事情が事情ですし、私ももともとは地蔵だった身。情状酌量の余地はある。と言ってあげたいところです。実際に善行も程よく積んでいますしね」

 

 ただ、と閻魔様は首を振る。

 

「最近のあなたはそうも言っていられなくなった。覚えていないのは仕方のない事ですが、覚えていないと嘘を吐くのは立派な罪に当たります。このままでは舌抜きですよ」

 

 つい、押し黙ってしまいました。心当たりがあるということ、図星を差されるのがここまで痛いとは。

 

「黙っていても構いません。しかし、貴女の封印はもう解かれているんです」

「封印とは……」

「分かっているんでしょう? 知らなかった筈の記憶が自分の中にある事を。最初はおそらくは受け入れがたくて、他人の記憶だと思ってしまうかもしれません。ただ、徐々に分かってきます」

「何故、私に封印が」

「あなたが望んだからです。あなたがそう、望んだ」

 

 記憶の封印。そう、月の異変からずっと頭の隅に追いやっている記憶がございます。他人の記憶ということにして、知らないふりをしていた記憶。

 

「何らかの強い力を受けて、封印が解けたのでしょうね。おそらく元々あまり強くはかけていなかったみたいだけど」

 

 日が陰り、雲が空を覆う。いつの間にか晴れていた空が曇天へと変貌していました。

 ぽつぽつと雨粒が降って来そうな中、なんでもお見通しな裁判長の言葉は続きます。

 

 

「袖引さん……貴女は人間が怖い。違いますか?」

 

 その告げられた言葉は、遠雷と共にやってきて私を引き裂きました。

 

 ──私が、人間様を……怖がっている?

 

 直視したくないような、現実が実感となって襲いかかってきます。動悸が早くなり、呼吸が乱れる。その言葉だけは認めたくなくて、思わず声を張り上げる。

 

「違うっ! そんな、そんな事は……」

「違いません。貴女は逃げている。あなた自身に嘘をついているのです」

 

 嘘をついている。いつか、萃香さんにも同じような事を言われた気がします。けれど、絶対にそれだけは認めてはいけないような気がして、首を力なく振ります。

 

「私は、私が……人間が怖いだなんてそんな、そんなのって」

「目を逸らすことは優しい事ですが、今のあなたはそうも言っていられない。あなたは妖怪に、そして神に寄り過ぎた」

「ちが……」

「違いません。貴女の過去には神であった期間がありました。それが原因とも言えるでしょう。ただ、その記憶を封印していただけなのです」

 

 

 思えば何故、という事も多くございました。初めて辿る道だろうと、迷わない道というものに対する強さ。見た覚えもいた筈も無い筈なのに、何故か懐かしい祠の記憶。月の異変に感じた妖力ではない何か。どれもこれもが、本来の袖引小僧には無い物でございます。

 それによくよく考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そのこと自体がおかしいのです。蛮奇さんのように正体を隠しているのならともかく、半妖でも、人間でもない私が普通に生活出来ているのはおかしい筈。

 

 今まで目を逸らし続けてきたこと全てが、濁流となって私に押し寄せてきます。

 先ほどのように駄々をこねても無駄な相手。全てが見通された上でそう言われているのが分かるだけに、逃げる事は叶いません。

 もう、何もかもが追い詰められて、結局私は思い出すことにしたのでした。

 

「さぁ、今度こそ目を逸らさないで。過去を清算するときが来たのです」

 

 もう、思い出していたということをはっきりと自覚してしまいます。月の異変からずっと目を逸らしてきた事。異変が終わって私には何もなかった、と言い聞かせてきたことが終わってしまいます。

 

 浄玻璃の鏡に立たされたかのように、私は今に続く過去の事を思い出していきました。

 

 

 

 

 

 あれは、小さな小さな村の祠。いつか見た、私に似た誰かのお話。まだ実感はありませんが、これが過去の私なのでしょう。

 

 確か、旅の途中で野犬から小さい子を守ったのが始まりだったと思います。助けて、そこから去ろうとしたら歓迎されて、いつの間にか馴染んで。そして、いつの間にか神だの、袖様なんて大仰な名前で呼ばれていたんです。

 

 私が道に強いのは、単純に村への道へと続く目印の祠だったから。道祖神のような扱いを受けていたからに他なりません。

 その頃は旅人も多く、村で一番信仰されていた私に祈願を参る方も多かった事を覚えております。お供え物は袖の切り端。

 なんでも、野犬を追い払った際に私の袖が食いちぎられた以外は無事だったからだそうで。嬉しくもないお供え物に文句を言うたびに、村の人達からは笑われておりましたっけ。

 

 ちなみにの余談でございますが、旅人さんが道中で亡くなってしまわれた方を見た際にも簡易の弔いとして、着物の袖を分け与え、弔いをしたそうです。

 おそらくそこからなのでしょうか、私には死に関わる力がいつの間にか備わっていて、驚いた過去もございます。結局、殆ど葬儀にしか使いませんでしたが。

 

 そんな村人さんたちの楽しい生活。それは、人間であった頃に捨てられてからの長い旅路で、安息を与えて下さるものでした。帰るべき家すらなかった頃からに比べれば、今は祠ではございますが家もある。一緒に笑ってくれる人達もいる。頼りにしてくれる人もいる。捨てられてしまった私に優しくしてくれる。

 

 幸せ過ぎて、零れてしまうのがとても怖かった。私の小さな手では掬い切れないものがあるのを認めてしまうのが、とてもとても怖かった時期でございました。

 

 そんな後ろ向きの幸せの享受だったからなのかもしれません。

 

 結局、私には何も残ってはくれませんでした。

 

 時代が移り変わり、時は明治と呼ばれる時代へと変化しました。私のいたところはまぁ、さっくり言って田舎中の田舎でございましたし、その知らせが届くのが遅い事遅い事。

 いつの間にか時代も変わったんだなぁ、と思っているところに、変化の矢先がこちらへと向いておりました。領主の税制が変わり、年貢から地租と呼ばれているものに変わった頃に、問題は起きました。

 

 いままでも貧しい村ではございました。しかし、その貧しさに拍車を掛けるように更に税は重くなり、次第に次第に私たちを苦しめていきました。

 私はそれを何も出来ずに、ただ眺めているだけ。神だろうが妖怪だろうが、一人であることには変わりがありません。一人分の働きが全体を支えることは出来ず、だんだんと、村から消えていく人が多くなっていきました。

 

「ごめんね、絶対に戻ってくるから」

「袖様。袖様。またねー」

 

 見知った顔が、袖の切れ端だけを置いて去っていく。

 

 待って、も、行かないで、も言うことは出来ません。だって、私は神の筈なのに、何も出来やしない役立たずですから。言う権利なんぞある訳がございません。

 

 その頃の私は、泣くことも怒る事もせず、残った住民の為に身を粉にして働きました。朝も夜も、ずっと皆と一緒に居られるように。

 けれど、一度始まった人の流失は止まることはありません。それに、藩から県へと治世が変わり、更に変化は加速していきました。

 

「ごめんなさい、絶対にいつかここにお参りに戻ります」

「いいの、気にしなくて。……誰のせいでもありませんから」

「袖様……」

「行ってくださいお菊さん。新しい場所でも、旦那さんとどうかお元気で」

 

 そして、最後まで残ってくれた家の子たちも出ていき、村はがらん。と無くなってしまいました。

 

 私の傍らに残るのは、私ほどに高く積まれた袖の欠片達。それが、ポツンと寂しそうに夕暮れに照らされるのを見ていました。

 

 何も、誰もいなくなった村を歩きます。

 

 ──また、置いて行かれちゃった。

 

 ぽろぽろと涙が流れる。滴った雫が地面へと吸い込まれていきます。かつて騒いで飲んでいた広場も、井戸の周りも、お気に入りだった遊び場所も、ただ影を残すのみ。

 むせび泣いても、家から心配そうに顔を出す住民もいない。それを感じ、私は更に涙を流していきます。

 

 ──私が、悪いんだ。私が、もっと、もっと……頑張らなかったから

 

 後悔も、懺悔も聞いてくれる相手もいないままに、時間は流れて夜になり朝になる。自暴自棄のような夢遊のようなそんな時間が過ぎて。それからともなくして八雲紫さんがやってきて、幻想郷へと招かれたのでした。

 

 過去からの回想から立ち返る私。頬には止まることのない涙が流れていて、拭っても拭っても流れてきます。

 袖が涙で重くなる頃に、閻魔様は問いかけてきました。

 

「思い出しましたか?」

「どうしたら……良かったんですかね。どうすれば、良かったんですかね。私はただ、あの場所さえずっと続いてくれればそれで……」

「小町も言っていた事でしょうが、時代は常に変化し続けます。あなたも、私も、その変化の渦には逆らえません。その過程で傷つくこともあるでしょう。しかし、いつかは、それを自分のものであると認めねばならない時が来るんです」

 

 あなたの選んだことは、間違いではなくても正しくはなかった。と彼女は告げました。

 

 それは今の私にはとても重くのしかかる言葉で、支えられるかもわからなくなってしまいそうで今にも崩れそう。

 

 しかし、それだけには収まりませんでした。涙がにじむ中、映姫様は更に残酷な事を告げる。

 

「それと、もう一つ」

 

 手に持つ棒を私に突き付けます。これ以上、何を言うつもりなのでしょうか。もう既に私は立っていられなくなりそうな程にふらふらなのに。

 ただ辛いことは重なってやってくるといいます。今回もその例に漏れず、映姫様の言葉が紡がれました。 

 

「人間にも妖怪にも神にも染まれない貴女。それは私が看過できる存在ではありません」

 

 容赦なく振り下ろされる、裁判長の木槌。彼女は、三つに分けて私の罪状を告げていきました。

 

 一つ

 

「妖怪として生きるには、貴女は人間に寄りすぎる」

 

 二つ

 

「神として生きるにも、貴女は神の名を失っている」

 

 三つ

 

「人間になろうとしても、貴方はすでに死んでいる」

 

 そして判決が下されます。

 

「あなたの存在の根幹が揺らいでいる。このままでは輪廻に乗れず、消滅してしまいますよ」

「しょう……めつ」

 

 ぴしり、と何処かでひびが入った音が響きます。それは私の何処かで、もう決壊間近であることを告げる警報でございました。

 もう、私は立っていることすら耐えられず、へなへなと座り込んでしまいます。変に冷やされた頭が別視点の私を作り上げ、傍観者を気取る。

 あぁ、絶望が過ぎると涙って出ないんですね。と、思うばかり。

 

 そんな私を置いたままに、映姫様は優しくも、絶対の厳しさで告げていきます。

 

「選びなさい。貴方が存在を続けたいのなら」

「選ぶなんて……そんな事」

 

 妖怪を選べば、人里には居られなくなる。

 神を選べば、きっと今までの交流も無くなってしまう。だって、人間を第一に考えてしまうのが分かってしまうから。

 もし、奇跡が起きて人間になったとしたら、きっとそれはもう私ではない。

 

 先程のように、どうしたら、と呟く気力すらも沸いてきません。ただひたすらに、暗い現実が襲いかかってくるのみ。

 

「選んで、悩んで、生きていくんです。韮塚袖引」

「私、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が、降っていました。

 

 ずぶ濡れになって、服が重くなりはじめてからようやく気付く始末。

 

「幸い、まだ猶予はあります。おそらく二年か、三年かといったところでしょうが。輪廻の輪を外れてしまえば、私には手出しすることは叶いません。それまでに決めるのですよ。いいですね?」

 

 その言葉を残し、閻魔と小町さんは去っていったのを、おぼろげながらも覚えております。

 

 

 こう、雨に打たれていると頭が冷えて、色んな事が溢れてきました。一度認めてしまえば、もう止まらない記憶の奔流に飲み込まれてしまいます。

 

 

 

 

 

 

「どうか、神の力を封印してください。博麗の巫女様」

 

 

 

 

 そう、それは幻想郷に辿り着いた頃の記憶。

 

 最初はまた人間に出会えると喜んでいましたっけ。紫さんにありがとうと言っていた記憶がございます。

 

 当時の博麗の巫女は霊夢さんの先々代くらいに当たるはずの方。黒髪が短めにまとまった綺麗な方だったのを覚えております。

 

 幻想郷のしきたりを教えて頂いたり、妖怪やら神やらにご挨拶に回ったりと色々としました。

 そろそろ幻想郷に慣れたと言い張れるそんな時期。それまで、一切人里にも人間にも近寄る事はありませんでした。無意識のうちに避けていたんでしょうね。

 

 落ち着いた頃にさて、一念発起。

 しかし、いざ人里へと向かおうとすると足が震え、気分が悪くなる。あんなに大好きな人間がどうして怖いのかと、笑い飛ばして、目を逸らして、足を無理矢理進めました。

 そうやって何とか人里の目の前へと辿り着くや否や、人間に出会ってしまいます。懐かしい服装と、仕草が目に飛び込んで来る。

 やっと会えた。なんて思っていると、いきなり視界がぐにゃぐにゃし始め、目が回る。心配そうな色を含んだ人の声を聞くたびに気分が悪くなる。

 

 

 おかしいおかしいと思いつつもだんだんと気分は悪くなっていく。人の声が聞こえる度にその感覚は強くなっていって、結局そんな感覚に耐えられず私は思い切り、胃の中のものをぶちまけたのでした。

 

 

 突然の様子に驚く人間を後に、脇目も振らずその場から逃げ出しました。気が付いた時には、もう人里は遠く離れていて、既に()()()()()()()()

 

 自分がしてしまったことを信じられないままに、もう一度向かおうとします。けれど、足はがくがくと震え、吐き気は増すばかり。

 驚かしてごめんなさい。掃除します。そんな事すらも言いに行けずに、まさしく立ち往生。

 

「嘘……でしょ?」

 

 地の底に叩きつけられた方がマシな程の絶望感が、じわりじわりと背筋を這いまわります。そんな事はない、そんな事は絶対にないと頭で否定するたびに、心が、身体が()()を拒絶します。

 頭でそろばんを弾き、可能性を探る度ににじみ出て来る言葉が、太鼓のように心の臓を鳴らします。

 

 ──人間が怖い。

 

 違うと、否定したくとも、身体が、私の心がそれを肯定してしまう。口の中の酸味が増し、胃の中身がせり上がってくる。走馬灯のように、今まで出会った人や見守ってきた人が、脳裏に浮かび消えていきます。その度に

だんだんと不快な感覚が走っていく。

 

「待ってよぉ、ねぇ!!」

 

 遠くで、私の声が聞こえて来て更に怯えが増していきました。

 

 涙がぽろぽろ零れるのに、否定の言葉は一切出てこない。認めたくない事実を肯定してしまうと共に、もう一度、私は吐き出したのでした。

 

 

 そこからはもう、よく覚えていません。ただ、必死に博麗の巫女さんに頼み込んだことは覚えています。

 

「お願いします。これ以上、人間を嫌いになりたくないんです。だから、どうか私を封印してくださいませんか?」

「……あなたは人間を恨んでいるの?」

「いいえ、違います。私は……私は、愛しているから。愛していたからこそ……」

 

 これ以上、嫌いたくない。それだけが私の願いでした。愛しさ余って憎さ百倍という状態が怖くて、原因の記憶を一刻も早く消し去りたいと思ってしまいました。

 

 

 これ以上にない大切な記憶だったのに。けれど、矮小な私には受け入れがたくて、心が壊れそうでした。

 

 そんな状態を見て、博麗の巫女様はふぅ、と息を吐き出し真剣な目つきを向けて下さいます。人間を超えた清らかな瞳が私を射抜きました。

 

「──分かりました。貴方を封じましょう」

「……ありがとうございます。巫女様」

「けれど、貴女はしっかりと神をやっていた。それをどうか、いつか思い出してあげて」

 

 そして、私は神であった袖様という名前を捨てました。そして新たに博麗の巫女様から頂いた、韮塚袖引の名のもとに妖怪として生まれ変わったのでした。

 

 

 

 確か、その日も雨が降っていたのを覚えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ……あぁあ……あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁ!!!!」

 

 雨天に木霊する叫び。

 

 思い出した。思い出してしまいました。絶対に思い出すまいと封印していた記憶が、根こそぎ掘り返されます。こんなにも辛いのならずっと忘れていたかった。ずっと自分の底にしまっておきたかった。

 

 次第に激しくなる雨と、私の涙。それは止むこともなく全身をずぶ濡れにしていきます。

 頬を伝うのが雨なのか涙なのかさえ分からなくて、それでも私は叫び続けました。叫んで、声がでなくなったらひたすらに泣いて。

 

 こうでもしないと、私には耐えきれる衝撃ではなくて。私が壊れてしまいそうで。誰かに見つけてほしくて。

 

 

 同じことが過去にもあった気がします。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「傘、入る?」

 

 

 

 いつしか雨が止んでいたような覚えがあったのでした。



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うつろう花の異変と、過去のお話 参

 さて、昔語りもほどほどに、再び戻りますは現在の時間。

 

 残り少ない時間をどうしようかなんて悩んでいたのも過去の事。結局、好きに生きる事。我儘を通す事を決めたのでした。

 太陽の畑を眺め、花の異変を思い出した私は、ある場所へと向かいます。

 

 

 私、韮塚 袖引 雨宿りをしております。

 

 

 ぽつぽつ、と雨が顔に当たる。

 

「ついに、降ってしまいましたか」

 

 そう、ごちると重い腰を持ち上げました。思い出の中で降っていた雨。

 さて、幽香さんにお礼を告げて、ここから去りましょうか。

 

 と、思っていたら、突然の影。彼女の面影がよぎります。

 

「こがさちゃ──」

「ではないわ。残念だったわね」

 

 声を掛けてきたのは幽香さん。手に持っている傘に入れて下さっております。……ほんとに今日は機嫌がいいようですね。

 ぱちぱちと、雨の音が変わっていきます。紙製の傘とはまた違った落ち着く音。

 

「こんなところに居たら濡れてしまうわ。早く帰りなさい」

「はい、丁度帰ろうとしていたところです」

 

 

 ──うちに来る?

 

 こんな会話をしていると、あの日の言葉を思い出してしまいます。油をぬった傘が雨を弾く音、少しだけ湿った肩先と、差し伸べられた手、落ち着く匂い。

 

 再び記憶は、閻魔様に宣告を突き付けられた、あの日に戻っていきました。

 

 

 

 

 濡れぼそっている感覚が支配して、ここにはもう誰もいない。地面を雫が叩き、全てを流していく。叫んで、泣いて、ボロボロになっていく感覚に逆らわず、感情に任せてひたすらに体をもがかせる。

 言葉にならない言葉を吐き出し後、叫び疲れて、身体を投げ出すように地面に突っ伏します。

 

 ──もう、嫌だよう。誰か……

 

 雨は強くなっていき、容赦なく身体の熱を奪っていく。

 

 ──寒いよ、寒い。

 

 意識がどんどん薄れていき、消えてしまいそうな中、誰かの声が聞こえました。

 

「傘、入る?」

 

 雨が、止んだ。そんな気がしたのでした。

 

 

 誰かに背負われている感覚。いつか感じたような感覚に任せて、再び目を閉じました。

 

 

 目を覚ますと、知らない天上と掛けられた布団。

 

「あ、目が覚めた?」

 

 そう声を掛けてきたのはいつも聞きなれた声。

 

「小傘ちゃん……?」

「うん、そうだよ?」

「あの……なんで?」

「んー? なんとなく」

 

 そうおどける小傘ちゃん。そのままに、はいと白湯を差し出してくださいます。

 湯飲みを受け取ると、じんわりと手に温かさが広がっていく。少し落ち着いたのを自覚しながら、ちびちびと啜ります。

 

「あ、そうそう、あんまりにもびしょ濡れだったからわっちの服に変えてるよ。あと、お風呂沸かしてるから待っててね」

「え、あ……ありがとう」

「んーん? 気にしないで」

 

 樽風呂に火を掛けつつも、まだ湿り気が残る髪の毛を撫でてくれる小傘ちゃん。なんだか気恥ずかしい気もしましたが、どうにも逆らえずにされるがままに。

 しばらくして、お風呂の様子を見に行く小傘ちゃんの背中を見送りつつ、今日あった出来事をなぞっていきました。

 

 閻魔様に言われたこと、そして……自覚してしまった事。

 目を逸らしたくとももう逸らせない、そんな事実。

 

 きっと私の悪癖というのも、元々はこの気持ちが根底にあったから。

 私の表面上の人間様と仲良くしたいという気持ちと、奥底に眠る人間への恐怖心の軋轢。その二つが重なってあんな醜態を晒すのでしょう。

 

 なんだか急に自分が他人の様に見えて来てしまう。しかもそれで、冷静に状況が見えて来てしまうのだから驚きです。散々自嘲したというのに、まだそんな余地があると思うともはや笑うしかないのでしょうか。それすらも、もうよく分かりません。

 

「──おどろけー!!」

「へ? うわっ!?」

 

 そんな思考の檻に囚われていると突然、わっ、と顔が目の前にきます。突然の事態に反応できずにひっくリ返る私。

 ひっくり返った私を見下ろすのは、もちろん家の主の小傘ちゃん。その顔は何故かとても穏やかで普段見せる事のないような大人びた雰囲気。あまりにもその瞬間が綺麗で、どきっと来てしまった程。

 

「お風呂、準備できたよ?」

「と、突然びっくりした……」

「うん、びっくりさせたの」

 

 悪びれない小傘ちゃんに促され、お風呂へと身体を沈ませます。

 

「熱くないー?」

「ばっちりですー」

 

 ちゃぽんと跳ねるお湯と、髪の毛から滴る雫。水面にぼやけた自分の顔が映ります。目は真っ赤に腫れていて、しっとりと濡れた髪はうなだれるように水面へと向いていました。

 火加減を調節する小傘ちゃんは、何も言葉を発さずにただ黙って作業をしております。気を使って下さっているのでしょう。

 静かな時間が流れます。物思いもほどほどにゆったりとお湯を堪能し、風呂を後にします。

 

「ありがとうございました」

「落ち着いた?」

「はい……とても」

 

 柔らかい気遣いに涙が出そうになりながら、小傘ちゃんとおしゃべり。内容は他愛もないお話でした。ぎごちなく話す私に微笑みながらも、小傘ちゃんは答えてくださいました。

 時間が流れ、雨が止む。外は暗くなっておりますが、帰れる状態。

 

「では、小傘ちゃん。ご迷惑をおかけしました」

 

 そう告げ立ち上がろうと思うと、右腕を引っ張られ、すとんと再び座り込む。

 

「……小傘ちゃん?」

「あのね、袖ちゃん。今日は泊まって」

「でも、それは」

「袖ちゃん」

 

 有無を言わせないような瞳。

 

「話さなくてもいい、何も言わなくてもいいから。今日だけ、わっちと居よう?」

 

 その言葉に、何も言えなくなり腰を下ろしなおします。

 少しの沈黙が降り、その後、私が口を開きました。

 

「小傘ちゃん」

「──うん」

「あのね」

「うん」

「あの、ね……」

 

 上手く話そうとして言葉が出なくて。その代わりに枯れたと思っていた涙がぽろぽろと零れます。おかしいなってごしごしと袖で拭っても、溢れるばかり。

 その様子を小傘ちゃんは何も言わず、さっきと変わらない優しい表情で見守ってくださるのでした。

 

 たどたどしいながらも話し、いつしか話し疲れて、気がつくと小傘ちゃんに抱きしめられるように眠っておりました。

 

 

 だいたいの事は話せたと思います。閻魔様の事、私の事、人間様の事。彼女はその全てを分かっているかの如く受け入れて下さいました。

 それがとてもありがたくて、とても嬉しくて。小傘ちゃんには足を向けて寝られませんね。なんて言ったら彼女は笑ってくださいました。

 

 結局、この問題の解決策は出ませんでした。なんと言っても私の問題ですから。ただ、かなり心持ちは軽くなった気がします。

 正直言うと、人間様が怖いと自覚してしまったのは、本当に心が砕かれてしまいそうな程の衝撃でございました。しかし、それで人間様への執着が諦められる程に、私は物分かりがいい訳ではありません。

 それからというものの、小傘ちゃんに頼んでしばらく泊めさせてもらい、人里からはしばらく距離を置いていました。

 

 季節は春から冬へ。一年間の期間をかけて、人里からはなるべく距離を置いておりました。その間に、妖怪として人間様を驚かしたり、ときどきはひょっこりと人里に顔を出して、やっぱり悪癖が反応したりして、小傘ちゃんに泣き付いた事もございました。

 

 そして、年が明ける。数えきれない程に泣いて、小傘ちゃんに寄りかかって、ようやく諦めと、納得がいったところで引き上げることにいたしました。

 

 

「いままで大変お世話になりました」

「ううん、良いの。袖ちゃんが元気になったのならそれで」

「本当にありがとうございました。こんなに居心地がいい場所は、やはり小傘ちゃんのお家だけです」

「……うん。ありがとう」

 

 小傘ちゃんは別れを惜しんでくれているのか、少し寂しそうな笑みを浮かべておりました。何となくその顔が気になってしまいます。

 結局、ちょっと迷った後、小傘ちゃんの身体に抱きつきました。

 

「また、来ますから」

「絶対だよ?」

「はい──」

 

 私が消えてしまうまで、なんて言葉も喉から出掛かっておりました。しかしぐっと飲みこんで、ついでにちょっと小傘ちゃんの身体に回す腕の力も強めて。

 しばらくこうしていて、ついにどちらかともなく離れる。そしてお別れとなりました。

 

 

 さて、久々に帰って来た我が家でございます。まぁ、色々と依頼されたことや、ときどきのお掃除のため戻ってはきておりましたが久々は久々。

 埃を被らない程度に掃除された部屋を見渡して、ついでに長期休業中の張り紙もはがして、もう一度のやり直し。

 

 怖かろうが、私が怯えていようが、結局最終的には選ばねばなりません。妖怪か、それとも神の道か。あるいは人間に戻ってしまう、なんてことも言っておりましたっけ。そんなの奇跡でも起こらない限りは無理でしょうが。

 まだ時間はあります。あと、二年か三年かは分からないところですが、どうかそれまでは私は韮塚袖引でいたい。

 

 さて、色々な事は浮かびますが、とりあえず考えません。明日からの開店に備えて今日はお休み。

 

「ただいま」

 

 誰にいうこともなく、我が家に声を掛けたのでした。

 

 

 

 

 

 

 そういうことで、これから色々な事が起こるのでした。天狗様に根掘り葉掘り聞かれたり、魔理沙さんが訪ねて来たり、市に出たり。と、この異変こそが私の原点でございました。

 全てが一旦崩れて最初からのやり直し。まさか賽の河原のようなやり直しになってしまうとは……ある意味で小僧らしくて笑えますが。

 

 さて、そんな再び積み上げたものも、もう一度崩れる時が近づいてまいりました。

 

 私の消滅に関しては考えたくもない、と思考の隅に追いやっておりましたが、ついには実感が沸いてきております。

 最近、妙に力が増してきているのです。まるで月の異変のときのように。それが私の妖力と相まってかなりのものになって参りました。

 しかも、一度吹っ切れた私は人里で好きに振舞っていたので、信仰に近い感情が集まっている。要するに力が強過ぎるのです。

 

 調子が良いとかその域にとどまらない私。さすがにこのまま放置したらどうなるかなど、赤子でもわかるもの。というわけで、私は行動を開始しているのでした。

 

 

 さて、色々な事を思い出してここに立っている私。

 

 過去の私も、未来の私もここにはおりません。現在の私がいるだけ。

 現在地点から未来への分岐点がもうすぐやってきてしまいます。だからこそ今のうちに出来ることを全てやらねばなりません。

 

 

 

 ──惜しむらくは、きっと未練が残る事でしょうが。きっと、仕方のないことなんでしょうね。

 

 

 

 

 

 さて、私は太陽の畑を抜けて、住み慣れたもう一つの家へと向かうのでした。

 

 

「小傘ちゃん。会いにきました」

「うん、待ってたよ」

 

 現在へと長い記憶旅行を抜けて戻って来た私は、愛する親友のもとへ。

 

 

 

「今日は我が儘を言いに来たんです」

 

 

 

 その言葉は最近言いまわっている言葉。個人的に親しいと思っている方のみに告げる言葉。

 長ったらしい私の身の上を話した上で告げるので、全員が三者三葉に怒っているこのお話。少し怖いのですが小傘ちゃんにも告げましょう。……怒られちゃいますかね?

 

「私は近々異変を起こそうと思います」

「うん」

 

 これを聞いた蛮奇さんは、ちょっと楽しそうに口の端を釣り上げていましたっけ。

 

「それでですね……」

「わっちは何をすればいいのかな?」

 

 ここまでは似たような反応をみんなしてくださいました。わかさぎ姫さんはうんうんと相槌を下さり、影狼さんもしょうがないわね……なんて言いつつ乗り気だったのを覚えております。

 ただ、問題がございまして、次に吐き出す言葉を聞くと、皆さんが決まって能面のような面になるのです。面霊気でもないのに一体どうしたことやら……そんなどきどきを胸に秘めつつ、次の言葉を放ちました。

 

「ですので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……うん?」

 

 微笑んでいた小傘ちゃんが固まり、次第に無表情になっていきます。

 

 ……そんなに駄目ですかね?

 

 私としては、一人で異変を起こして勝手に倒されて消えるくらいの予定ですし、その過程で皆様と戦うのはとても心苦しいです。いくら強くなっているとはいえ限界がございますし。

 そんな訳で、私はきっとご迷惑をおかけすることになりますが、邪魔しないで欲しいと親しい方々に告げて回っているのです。

 私は我が儘ですね。勝手に幻想郷に迷惑をかけて、あまつさえ人様の行動に制限をかけようとしている。それが我が儘と言わずなんというのでしょう。怒られて当然だと思います。妹紅さんも呆れて言葉が出なくなっていたようですし。

 

 そんな事を考えていると、小傘ちゃんが無表情のままに問いかけてきました。

 

「袖ちゃん、それって私が邪魔だってこと?」

 

 これ、フラン様と同じ問いかけですね。あっちは何故か泣きそうになりながら聞いておりましたが。

 もちろん、私は必死に否定します。

 

「いえいえ!! とんでもない! 大切だからこそですよ」

「そうだよね、良かったよ。ん? ……あー」

 

 ここで小傘ちゃんは何かに気づいたようで、首を捻ったあと、はぁ……と深いため息を一つ。

 

「あのね、袖ちゃん」

「はい」

 

 小傘ちゃんが優しい感じに話しかけてきます。……何故か可哀想な子を見る目つきになっているのが気になりますが。

 

「私が異変に協力するよって言ったら……驚く?」

「えぇ!? 小傘ちゃんもですかっ!?」

「も、って、やっぱり……」

 

 今一度のため息。そんなに吐いてしまうと幸せが逃げてしまいそうで心配です……では、なくて。まさかの小傘ちゃんまで加わってくれるなんて驚きといいますか、何と言いますか。

 今まで話した方たちもかなり怒るやら呆れるやらで、私に思い思いの行動を示しておりました。しかし、決まって最後には後に協力するよ。って言って頂いておりました。

 ですのでもしや、とは思っておりましたが、まさかこんなにご迷惑をおかけした小傘ちゃんまで加わってくれるなんて……。

 

 思わず、口調が早まってしまいます。

 

「いいんですかっ? 私に協力してもお金くらいしか出せませんよ?」

「お金出しちゃうんだ……」

「きっと、怪我とかもしますし……」

「袖ちゃんが一番すると思うんだけど」

「いえ、私はいいんです。それよりも私なんかに協力して本当にいいんですかっ!?」

 

 私は所詮、捨てられてしまうような存在でございます。ですので、私のようなそんな存在に価値はない。そう思って生きておりました。

 しかし、何故だか皆さまは笑って、時には怒って私に協力するよ。と言って下さいます。なんでなんでしょう。どうしてなんでしょうか?

 

 そんな疑問を見透かしたかのように小傘ちゃんは答えます。

 

「だって袖ちゃんの事、大切だし」

「私なんて……」

「それ以上言うならわっちも怒るからね」

「ひゅい!?」

 

 また、能面にもどる付喪神様。あんまりの迫力に思わず押し黙ってしまうほど。がたがた震えてると小傘はにこりと笑顔を浮かべます。

 

「ちなみに、他に袖ちゃんが声を掛けたのは誰なの?」

「ひぇ……」

 

 何故か笑顔なのに迫力を感じる一瞬。震えが加速してしまいます。

 

「誰なのかなーって、袖ちゃんの性格だと仲のいい人にしか声、掛けないよね?」

「そ、その通りでございます」

 

 勝手に姿勢が正座になってしまう私。今まで怒った誰よりも怖いかもしれません! 誤魔化したい、なんて気持ちも沸いてきますが、誤魔化したらどうなるのか分からないのと、そもそも誤魔化す理由もないので洗いざらいの白状。

 

「フラン様、影狼さん、わかさぎ姫さん、蛮奇さん、妹紅さんです」

「ふーん? わっちが最後?」

「は、はい……そのつもりなんですけども……」

 

 もう、最後の方は声が消えてしまいそうなくらいに細くなっていきました。それを聞いて小傘ちゃんはとどめの一撃とばかりに言葉を放ちます。

 

「わっちは一番の後回しかぁ……ひどいなぁ」

「えぇっ!? あ、あの……」

 

 もう訳も分からずしどろもどろ。

 なんで怒っているのか分かりませんが、とにかく最後に回されて怒っている様子。しかし、最後に回してごめんなさい。なんて言ったらそれはそれで凄く怒られる。そんな気もします。

 結局、思考を巡らせてもいい答えは出ませんし、だんだんと小傘ちゃんの顔が怖くなっていきました。そんな恐怖に耐えきれずに、口を開きます。

 

「小傘ちゃんが一番大切、でしたから」

 

 

 結局、何も言葉が思いつかずにぽろっと本音が零れます。あ、と思ってもこぼれた言葉は後の祭り。こんな理由では、怒られてしまうとぎゅっと目を閉じます。

 目を閉じていても聞こえてこないので、そっと目を開ける。すると、ほんのり顔を赤くした小傘ちゃんが目に入ってきます。

 

「袖ちゃん……あの、その、ずるいよ?」

「はい……はい?」

 

 怒られると思っていただけに、覚悟がすっぽ抜けるような気分。顔が真っ赤なのは怒っているからというよりも……いえ、でもまさか。

 

 変な空気が流れ、私も小傘ちゃんも黙り込む。困った事に一緒に一年近く住んでいたのに、こういった時の対処は良く分かりません。

 結局、小傘ちゃんが何か呟いたあと、私に向き合います。

 

「ありがとう袖ちゃん。私、うれしいよ」

 

 その表情はまごう事無き笑顔。私も嬉しくなってきてしまいます。

 けど、その笑顔が一瞬にして、真剣な顔つきへと変貌しました。それは時折彼女が見せる年輪のような根幹の部分で、きっと彼女の本音の垣間見える瞬間。

 

「私はね、袖ちゃんが消滅なんて本当は信じたくないの。そしてね、きっとどちらかを選ぼうと袖ちゃんが悩んでるのも分かるの」

 

 私は黙って言葉を受け取ります。もしかするとちっぽけな私を理解していて下さっているのかも。なんて思いながら。

 

「……どっちかを選んだら、私の知ってる()()()()()じゃなくなるのも理解してる」

 

 少しだけ言葉を詰まらせる彼女。

 

 ──あぁ、きっと私の為に彼女は悩んでくれている。きっとそうであって欲しい。そう、思ってしまいます。

 

 小さく首を振る彼女。

 

「けど、けどね。親友が困ってるのにそのままにしておきたくもないんだ」

 

 本当にどっちもは選べないの? なんて小傘ちゃんは聞いてきます。

 その問いに、私も首を振る。そんなのはきっと出来るはずがありません。それが出来るとするならば、もうそれは私ではない私になるという事。避けられぬ事態の筈なんです。

 

「そっか……」

 

 小傘ちゃんは、頷いて、寂しそうに笑います。

 

 ──また、いなくなるのかな。

 

 寂しそうな微笑みのままに呟いたその言葉は、ここにいない誰かに向けた言葉。私にはきっと関係の無い筈の言葉。それには彼女なりの確かな実感があって、けれど、私にはどうする事も出来ないものだと理解してしまう。

 だから、私は思い余って抱きしめたのでした。

 

「小傘ちゃん、ごめんなさい」

「ううん、違うの……違うんだよ、袖ちゃん」

 

 腕が私の身体に回される。その腕は暖かくて、少しだけ震えていたのでした。

 

 そうです、その筈なんです。呟いた言葉はきっと私には関係がない。けれど、奥底の私が叫ぶかのように、どうしてもそうしないといけないと感じている。

 

 私は震えている身体を抱きしめ続けました。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなところで花の異変は終わりでございます。

 

 色々な事、事情が咲き乱れ、それが一瞬で散っていく。それが今回のお話。

 

 開花の時期も過ぎて、後は咲き誇って散るだけでございます。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 わがままも、何もかも、もうすぐ終わる。だから……

 





少し遅れましたがあけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


新年から百合のお花を咲かすのもどうかと思ったので、自重しました。ついでに自重したので、話に重さをプラスしておきました。いぇい。


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うつろう花の異変と、過去のお話 傘

お待たせいたしました。みんな大好き小傘ちゃんのターンだよ。


 ──時期はそう……晴れた日だった。

 

 

 私、多々良 小傘 出会いました。

 

 

 

「傘、入る?」

 

 雨の中で立ち止まる子に声を掛ける。その子は何処か迷っていて、どこにも行く当てがないようで、私は彼女を抱きかかえる。

 時期は花の異変の最中。わかさぎ姫ちゃんからこっちの方に行ったと聞いて、急いで駆けつけたらずぶ濡れの袖ちゃんを発見したの。

 

「帰ろうか、袖ちゃん」

 

 そう言って私は彼女を家へと運んで行った。

 

 

 ざぶざぶと降る雨は止みそうになくて、泥は撥ねる。背負った身体からじんわりとした温かさと、湿った感触が伝わって来る。

 安心して寝ちゃったみたい。まるで子供……子供なんだよね。

 

「ねぇ、覚えてる……?」

 

 答えのない、返事のない袖ちゃんに向かって問いかける。

 

「こうやったのは初めてじゃないんだよ?」

 

 今の袖ちゃんも好きだし、もちろん親友。けど私は、彼女によく似たもう一人も、とても大切に思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「はじめまして」

 

 最初の言葉はよく覚えてる。素直に元気そんな感じを受ける子。腰まで髪を伸ばし、子供のように小さくて、でもしっかりと地に足を付けた印象を受けたその子。彼女は自分で名乗るのもなんですけど、なんて言いながら袖様と名乗っていたの。

 

 それが私と、彼女の出会い。

 

 この頃の私も別に、今と変わってはいない。人間を驚かして、楽しんで、それだけ。今とあんまりは変わらない。けど、彼女と出会って変化したこともあるの。

 

 それは人間への見方。

 

 付喪神である私は、紆余曲折あれど結局のところ忘れ捨てられ、ここにいる。なんだかんだ使われる側の私としては少し複雑な思いがあったのは確かなのだ。そんな複雑な思いを抱えたままにこの場所に辿り着いて、流されるように人を驚かせていた。私は妖怪だったしそれでいいとも思っていた。

 

 そんな時に彼女が現れたんだ。

 

 ねぇ、覚えてる? なんて言っても忘れているのは分かっている。それでも目の前にいる子に時々言いたくなるのだ。

 初めはあなた、家がなくて私の家に泊っていたんだよ。

 

 出会ったのは唐突で、それだけじゃ印象には残らなかったのだろう。けど、神様だったことも相まってか何となく色々と聞いてしまった。

 曰く、挨拶周りの途中だったこと。しばらく博麗の巫女に厄介になっていたけど、お暇してきたので当てがない事。そして泊まる所もないので野宿予定な事。

 

 野宿なのかーなんて思って、艶やかな長い髪を見てしまいこう思う。もったいないなーなんて。そう思う程に綺麗な髪の毛で、それが土に汚れるのもなんか嫌だった。

 なので、ついぽろっと、うちに泊まる? なんて誘いの声を出してしまった。

 そしたら、袖様。表情にはあんまり出ていなかったけど、目をきらきらとさせて深々とお辞儀。

 

「いいのっ……じゃない。では、今日からお世話になります」

 

 そんなこんなでちょっと我が家が狭くなった。その代わりにちょっと暖かくもなった。

 後から聞いた所、長い間神様っぽい喋り方をしていなかったせいで、素が出やすかったとかなんとか。そんな言い訳じみた事を言っていたのでクスクスと笑ってしまった。

 

 

 さて、泊めることになったこの神様。意外や意外にもなんでもこなす。家事からお裁縫までなんでもこなしていたので、なんでも出来るねなんて、驚いて聞いてみた。

 すると、元々治めていたところが神様を勘違いしていて、なんでも頼んで来るからなんでも出来るようになっていたとか言っている。

 

 そんなことを聞くたびに袖様は、それに関する思い出話を語っていた。やれ、ここが細かかったとか、神様なのに駄目出しを貰っていたとか。そんな人とのふれあいをとても大切に、とても大切そうに語っていたのをよく覚えてる。

 

 あぁ、この子は人間が好きなんだな、って嫌が応でも分かる程に、愛が溢れていた。

 

 そんな姿に、毎回毎回私はこう返す。

 

「まるで袖様は、人間に恋してるみたいだよね」

「えぇ、恋してるわね。なんなら失恋したら、この髪の毛をばっさりいってもいい位」

「わっちがそのためのハサミ、用意しておくよ」

 

 多々良の姓を貰っていた私は、家事ならぬ鍛冶の才能があった。鉄を鍛えて形にする。それがわりと楽しくて一人でこそこそと色々とやっていたのだ。

 その過程でハサミとかも取扱っていて、いつか断ち切りハサミとかも欲しいですねーなんて袖様にねだられていた。

 

 

 そんな暮らしを続けていく。

 

 

「小傘ちゃんは人の子は嫌いなの?」

 

 ある日、そんな風に問いかけられたことがある。

 

「うーん、わっちは……どうなんだろ」

 

 嫌い、ではないと思う。けど、捨てられてここに来ている以上複雑だ。

 

「嫌いじゃないのなら、今度お店でも開いてみるといいと思うよ」

「お店?」

 

 そ、お店。と袖様は答える。商売をしているといろんな事が見えてくるから。小傘ちゃんなら鍛冶屋なんてどう? そんな事を事もなげに言ってくる神様。

 時はまだ弾幕ごっこも無い時代。当然、人と妖怪はいがみ合っていたし、恐れられもされていた。そんな中、こんなことを言うのだ。驚いてしまう。

 

「どうしたの、目を丸くして?」

「えーと、だって私妖怪だよ?」

 

 それを聞くと、袖様は目を丸くしてころころと笑う。

 

「わっち、そんな変な事言ったかな?」

「あぁ、えと、ごめんなさい。そういうんじゃないの」

 

 笑い過ぎたのか、彼女は目を擦りながら言う。

 

「妖怪は妖怪でも、小傘ちゃんなら大丈夫です。神様の私が保障します」

 

 なんて、笑いながらそう言ってくるもんだから、わっちもついその気になっちゃう。

 

「じゃあ、いつか私が鍛冶屋やったらお得意様になってね」

「えぇ、その時は、布でも取り扱ってハサミ買ってあげますよ」

 

 そんな会話ばっかりしていた。そんな人間が好きで、私までその気にさせてしまう彼女。そんな彼女が私は大好きだったし、ずっと一緒にいるものだと思っていた。

 

 実際、「泊まる」がいつの間にか「住む」に変わる位はずっといっしょにいた。その間、山の麓の神様達などに会いにいったりと二人で幻想郷を回ったりしていた。けど、なんだかんだと理由をつけて、袖様は決して人里には近づかなかった。

 

 そんなものだろうと思っていたし、彼女の別れ方を聞いたら心の準備もいるよね、なんて思っていた。きっと大丈夫。そんな風に思っていたの。

 

 

 ──けど、結果は違った。

 

 彼女は、ある朝人里に行ってきます。と告げて、そのまま帰ってこなかった。本当にそのままに私の前から姿を消した。

 

 

 朝の袖様の決心を聞いて、じゃあハサミでも用意しておくよ。なんて軽口を叩いて見送った朝。

 

 袖様が少し心配になってきた頃に空を見上げると、黒々とした雲が広がっていく空。なんとなく不安が掻き立って、雨が降ってきそうだからと自分なりの理由をつけて人里へと飛び立った。

 

 傘をもって人里にいってみたが不安が的中し、彼女の姿がない。走って、探して、それでも姿がない事に不安はだんだんと大きくなっていった。

 不安を抱えつつも人里で小さな女の子を見なかったかと、聞いて回る。すると、ふだん見ない小さな女の子なら、声を掛ける暇もなく外へと走って行ってしまったよ。と返答を得て踵を返す。

 

 嫌な予感が付きまとう。じんわりとした空気の中、心当たりを探していた。雨はぽつぽつ、と降り始めていた気がする。

 

 ざぁざぁと雨の降る中、私は彼女を探す。探す場所に詰まった私は、直感に近いような閃きで博麗神社へと寄ってみる。……すると、探し求めていた彼女はいた。私の予想もしない形で。

 

 彼女は、ずぶ濡れになった状態で、結界のようなものの中にいて目を閉じていた。

 

「袖様っ!?」

「──いいえ、もう、その名前は無くなりました」

 

 そう答えたのは、同じく雨に濡れる博麗の巫女。身体を横たえる彼女に何か術を施していて、それが彼女にとって良くないものに見えてしまい、私は吠える。

 

「袖様から離れて!」

「落ち着きなさいよ。……もう、ほぼ終わってる」

「何を……していたの」

 

 はぁ……とため息をつく博麗の巫女。一息、二息入れてから彼女はこう返して来た。

 

「──彼女の、袖様の抹消と、新しい名前の授与」

 

 衝撃的に身体が動く。博麗の巫女の頬を張る。

 

 湿った空気の中、虚しい音が一つ。

 

「彼女を返して」

「……袖様が、そう望んだのよ」

 

 張られたほほを抑える事無く、博麗の巫女は答える。そして彼女は事の顛末を語ってくれた。袖様のこと、人里での事、そして何を望んだかということ。

 

 自然と身体が崩れ落ちる。

 

 後悔は、たぶんある。なんで止めなかったんだろう、とか、一緒に行けば良かったとか。けど、そんな後悔よりもなによりも。彼女が人間を受け入れられなかったことが、なによりも衝撃的だった。

 

 

 雨降る中、袖様は帰ってこなくなったのだ。それもきっと永遠に。

 

 

 

「あなたはどうする」

 

 博麗の巫女はこちらに問う。

 

「忘れさせてあげることも出来るわ」

 

 首を横に振る。

 

「辛いわよ? たぶんこの子は根っこが変わらない」

「それでも……わっちは、私は忘れたくない」

「友達思いなのね」

 

 その返答は無視し、座り込んでしまった時に溢した傘を拾いあげ、袖様だった彼女にかざす。

 

「その子の新しい名前は、韮塚袖引。妖怪よ」

「……袖引」

「そう、出来たてほやほやの子。今日はそっちに連れて帰ってあげて。しばらく混乱していると思うから」

 

 その言葉を背に、袖引を背負う。

 小さな呻き声が耳に届く、それは頼りなくて、本当に彼女と同じ身体から出ているのかが疑問に思ってしまう程。

 

 雨がずっと付きまとう。傘がぱたぱたと音を立てて、私の耳をつんざいていた。

 

 

 

 

 

 家に辿り着き、彼女を寝かせてあげる。とは言っても既に覚醒しかけだったようで、ぼんやりと辺りを見回していた。

 

「ここは……」

 

 やっぱり、何処か怯えていて頼りない。袖様を思うと本当に……いや、違うんだ。だから私はこう言わなければならない。 

 

()()()()()()、私は多々良小傘」

 

 あなたのお名前は? なんて問う。もしかすると、なんて期待も込めて。

 

「私は──」

 

 

 自分で名乗るのもなんですが、彼女が脳裏に過る。

 

「韮塚袖引と申します」

 

 袖様と呼んでください、という答えは返ってこない。どこかで聞いた名前を名乗る子が目の前にいた。姿形もまるで変わらないのに、その子は、自身を韮塚袖引と名乗る。そのことがとても衝撃的で、思わず身が引き裂かれる。

 何かを言おうとして、言えなくて。しばらく固まっていると、彼女のほうから質問が飛んでくる。

 

「あの……何か?」

 

 首を傾げる彼女。その言葉遣いにも、仕草も違和感があって、彼女はもう韮塚袖引になった。それ以上でも、それ以下でもないんだ。そう実感せざるを得なかった。

 

 だからきっと私以上に、袖様を覚えている人はもういなくなる。じゃあ、忘れないように姿形がまったく変わらない彼女を袖様と呼ぶのか。……それも違う。

 

 ──だから。

 

「ううん、違うの」

 

 ──だから、私はこう呼ぼう。彼女を忘れないように、そして、新しい彼女を決して否定しないように。

 

「袖引ちゃんだから、()()()()だね!」

 

 にっこりと笑顔で、こう告げる。執着なのかもしれない。ただ忘れるのが怖かったのかもしれない。もちろん袖引ちゃんが受け入れられない訳じゃない。けど、こうしないと私が前に進めなくて。

 

 だから、彼女は袖ちゃん。

 

 あだ名呼びが妙に気に入ったのか、ちょっと嬉しそうな表情を向けて、そしてまた曇らせる。どうしたのって聞くとぽつり、と袖ちゃんが声を漏らす。

 

「それと……」

 

 袖ちゃんが、申し訳なさそうにこちらに視線を向ける。

 

「ん? 何かな?」

「ハサミはありますか?」

 

 一瞬声が出なかった。口を開いて、ようやく震える声を絞り出す。

 

「……ハサミ?」

「えぇ……()()()()()()()

 

 もうすでにいなくなってしまった彼女が言っていたこと、その一言を思い出す。

 

「なんなら、失恋したら──」

 

 ぽたりと、雫が床に落ちる。それは、頬を伝って二滴、三滴。それを見た袖ちゃんが慌てる。何か失礼な事言いましたかっ!? って。

 

「ううん、違うの」

「そ、それはよかったです。でもそんな状態じゃ──」

「ちょっと待っててね。今、持って来るから」

 

 声を振り切るように、立ち上がる。冗談で用意していたもの、もし帰ってきていたのなら笑いの種にでもしようと思って、しまっていたものを戸棚から取り出す。

 使うなんて思ってなかった。まさか、こんな事になるなんて夢にも思ってなかった。思いたくもなかった。……けど、それが望みなんだよね。

 

 ──あるよ、とってもいいハサミ。

 

 

 どうやら袖ちゃんは謙虚、というよりも何かに怯えているような感じで、なんでも自分でやろうとしてしまうらしい。持ってきたハサミを受け取ろうとする。でもこれだけは譲れない。たとえ袖ちゃんだろうと誰であろうと、これだけは絶対にゆずれないから。

 

 結局私が切るよ。と押し切った。大事な約束だから。たとえ冗談だったとしても、彼女の約束だから。

 

 ──ちょきちょきと、髪を切っていく。

 

「どうして髪を切りたくなったの?」

「なんと言いますか、そうしなければいけない気がして」

 

 そんな会話をしつつ、髪を切っていく。ちょきちょき、ちょきちょき。

 

 小気味いい音を立てながら、もったいないと、あの時思った髪の毛がこぼれ落ちていく。変わっていく彼女を眺めて、思わず視界がぼやけてしまう。

 雨が絶えず降っていて、蝋燭がぼんやりと揺れる。

 

「本当にいなくなったんだね……袖様」

 

 一粒、雨が頬を伝った気がした。

 

 

 

 

 

 髪を切りおわった彼女はまるで別人のよう。本当に幼く感じて、思わず可愛くなったね。なんて言ってしまう。

 

「そんな、勿体無いお言葉ですよ」

「ううん、よく似合ってるよ」

「そ、そうですか……あの、ありがとうございます」

 

 それが、袖ちゃんとの出会い。きっとその後も色々とあって覚えては無いんだろうけど、私は忘れないから。大丈夫だよ、袖様。大丈夫。

 

 

 

 

 

 本当に色々とあった。袖ちゃんは袖ちゃんで巻き込まれる性格してるから、本当にはらはらさせられるし、力が弱くなってる筈なのに、無理はするし。

 まったくまったく、なんて思って見ていたら、いつの間にか彼女よりも袖ちゃんと過ごした日の方が長くなって……思わず笑っちゃうよね。

 なんとも言えない複雑な感情が、いつの間にか変わっていって。友達を思う気持ちになって。

 

 ──だから、助けてあげなくっちゃって思うんだ。

 

 彼女を家に運んで、寝かせて。頬をつんつんとつつく。うんうんと嫌そうな顔をするのは彼女と変わらない。起きたからお風呂を沸かしてあげて。そして、色々と聞いた。

 一緒に住めたのは楽しかったし、やっぱり彼女とも違うな、なんて思ってしまう。けどやっぱり彼女との生活は楽しかったし、色々と整理もついた気がする。

 

 そうして楽しんでいる内にいつの間にか時が過ぎてて、季節は回って袖ちゃんはここから出て行った。

 

 

 

 そして今日、袖ちゃんが再びやって来た。

 

 何かの決意をした彼女は、出逢った頃の頼りない感じを漂わせながらも、自分でしっかりと地面に足をつけていた。つま先だけ大人になった。なんて言ってもいいかもしれない。

 

 また話を聞く。どうやら異変を起こすらしい。

 彼女の口から邪魔しないで、なんて言われたときはしょっくだった。けど、よくよく考えるとこの子は、誰にも必要とされてないなんて考え方が根底にありつつも、お人好ししちゃう性格なのを思い出す。

 

 はぁ、と思わず漏れるため息。

 

 わっちくらい頼ってくれてもいいじゃない。なんて思っていたら、袖ちゃんは袖ちゃんで新しい関係を作っていて、そこにも頼ったらしいと聞いた。

 

「わっちは一番の後回しかぁ……ひどいなぁ」

 

 ふーん、最初に家を貸したのは私なんだけどなーとか思いつつも、ちょっとむくれつつ言う私。結構意地悪な言い方をしているのは分かってる。けど、こうも言わないと気が済まなかった。

 袖ちゃんがいつものごとくしどろもどろ。ちょっと可哀想かなとか思い声を出そうとすると、袖ちゃんからの一撃。

 

「小傘ちゃんが、一番大切でしたから」

 

 その一撃は私の心に沁み込んで、一瞬にして顔を上気させる。

 予想外の攻撃ならぬ口撃を喰らい、よろめく私。ちょっとときめいちゃった。

 

「袖ちゃん……あの、その、ずるいよ?」

「はい……はい?」

 

 んー、本当に分かってないよねこれ。私の意図本当にいつも汲んでくれないよね。なんて思いつつも、呆れはしない。いや、少し呆れてる。だって、この子以前からずっとそうだったし。

 自分への愛情がきっと信じられないんだと思う。誰よりも袖ちゃん自身がきっと、自分の事を好きじゃないから……

 もう少しだけでも袖ちゃんは、袖ちゃん自身のこと好きになってもいいんじゃないかなーとも思う。けど、一番愛して愛されたであろう時期を彼女が知らない。だから彼女は鈍感なんだと思う。

 

 だから、少しでも彼女が袖ちゃんを好きになれるように、素直な言葉を口にする。

 

「ありがとう袖ちゃん。私、うれしいよ」

 

 いつか届けばいいな、なんて思いながら。

 

 

 

 

 閑話休題しての本題。彼女自身が抱える問題について。

 

 それは、袖ちゃんの消滅の危険と、選択肢のお話。心の中では分かってたことだった。あの後、博麗の巫女にも言われていたことだった。こうなるかもしれないって。

 だから、私は私に出来ることをするしかない、するしかないんだけど……

 

 居住まいを正して、袖ちゃんを見る。そして、私の本心から話していく。

 

「私はね、袖ちゃんが消滅だなんて本当は信じたくないの。そしてね、きっとどちらかを選ぼうと袖ちゃんが悩んでいるのもわかるの」

 

 袖ちゃんがどちらを選ぼうと私は味方になるつもりでいる。けど──

 

「……どっちかを選んだら、私の知ってる()()()()()じゃなくなるのも理解してる」

 

 現状の彼女である韮塚袖引は間違いなく居なくなってしまう。その事に私も引っ掛かりを覚える。覚えてしまっていた。

 ずっと疑問だった一つの事。袖様が彼女が帰って来るかもしれないのに、どうしてこんなにも私の気分は浮かないのだろうって。

 結局、この言葉を口にするまで分からなかった。()()()()しか見てなかった私には、袖引ちゃんから目を逸らして来た私には分からなかった。……ひどいのはどっちだ。

 

 口に出してみて、ようやくわかる私の本心。

 

 ──あぁ、私は袖引ちゃんに消えて欲しく無いんだ。

 

 ずっと一緒にいて、馬鹿なことやって、遊んで。今まで一緒に歩いて来たことが泡沫のように浮かんで消える。

 こんなにも大事になっていただなんて気がつかなかった。今までずっと()()()()を見てきて、韮塚袖引ちゃんという子を見ないようにしてきたけど、こんなにも私の中で大きくなっていただんて気がつかなかった。

 

 消えそうになって初めて分かるなんて、私も馬鹿だな。なんて思う。

 目の前の袖ちゃんは親友で、彼女とは違う。だから袖様の袖ちゃんじゃなくて、韮塚袖引の袖ちゃんをちゃんと認めていく。……ううん、違うよね。彼女は彼女。どっちとも袖ちゃんだから、どちらとも彼女だから、私は大事なんだと思う。

 

「本当にどっちもは選べないの?」

 

 なんて聞いてしまう。大事だから、私は袖ちゃんと一緒に居たい。

 けれど、袖ちゃんは静かに首を振る。その仕草が何故かやたらと懐かしくて彼女と重なる。だからだろうか言葉が零れる。そっか、と空気に置いていく言葉を探しながら、思いの丈が零れてしまう。

 

「また、いなくなるのかな……」

 

 それは、彼女の突然のさよならと、目の前の子が重なってしまった結果で。それが袖ちゃんにとって酷い事なのは分かってる。でもこぼれてしまって……泣く権利なんてきっとない筈なのに、もう一つこみあげてくるものがあって。

 

 袖ちゃんが抱きついてくる。

 

「小傘ちゃん、ごめんなさい」

 

 泣いてるのに気づかれてしまったのだろうか。小さい体に腕を回す。

 

「ううん、違うの……違うんだよ、袖ちゃん」

 

 謝るのは私の方で、ずっと彼女を通してでしか見てこなかった私が悪いのであって、彼女は悪くない。そう言いたいのに言葉が出て来なくて。

 

 違うんだよ、袖ちゃん。私が悪いの。

 

 ずっと、そう心の中で呟いていた。

 

 

 

 ひとしきり袖ちゃんの身体に抱きついて、泣いて。私は決心を固める。

 

 ──私は、最期まで彼女の味方でいよう。

 

 もし、もし、私が本当に選ぶのだとしたら、もう一度彼女に会いたい。

 けど、袖ちゃんが違う道を選ぶのならそれでもいい。私はどこまでだって付いていこう。袖ちゃんの事だ。きっと、どんな道を選んでも転んで泣くときもあるだろうし、その度に雨よけになってあげればいい。

 傘だから大したことは出来ないけれど、彼女が望む限りずっとそばにいよう。

 

 晴れの日は笑って、雨の日は雨避けになりましょう。

 風の日はちょっと邪魔かもしれないけれど、一緒ならきっと楽しいだろう。

 雪の日は、一緒に凍えよう。

 槍の日があったら、きっと思い出になる。

 

 

 彼女が歩く道の側で笑いましょう。ずっとずっと永遠に。

 

 

 

 

 これが私の決心。今まで見てこなかったものを彼女と一緒に見に行こう。()()()()と一緒に遊びましょう。

 

 ──()()が望む最後まで。

 

 

 

 

 これが私の決心。異変に参加しても、何が起きても変わらない。例え、巫女だって止めてみせる。袖ちゃんがそう望むのなら。

 

 

 

 夕焼け空を見て思う。曖昧で、誰にも優しいこの時間。──この時間が、続きますようにって。

 

 

 ここまでが私のお話。あとはきっと彼女自身の問題だから。それを近くから見守ろうと思うの。きっと誰よりも私が袖ちゃんの事を好きだから。

 

 最後は彼女に倣ってこう言いましょう。

 

 

 ではでは、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。出来る事なら最後まで。

 

 

 

 

 もし、もしも、袖ちゃんが袖ちゃんのままでいられるとしたら……彼女の現状を、現状のまま助け出せるとしたら。

 

 その役目はきっと妖怪である私ではなく──

 

 




aimerさんのref:rainを少しイメージしたお話。

そして正妻力を見せつけていくのです。

感想、評価等お待ちしております。


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袖引の寄り道 ばれんたいん

衝動とやる気と、あと勘の取り戻しの為にかるーいお話を一つ。

本編には全く絡みませんので、頭をからっぽにしてお読みください


 深々と積もる雪、積もった想い。果たして、そのお菓子は誰の手に。

 

 これは、私を取り巻く人の一夜のお話。

 

 

 私 韮塚袖引 ちょこれーとを作っております。

 

 

「ばれんたいんでー?」

「そうなんですよ、私のもともといた場所では二月の十四日にチョコレートを渡すんです」

 

 

 睦月から如月に移り、だんだんと春の足音が聞こえてきそうなそんな頃。三寒四温な気温に晒されて風邪でも引いてしまいそうな毎日。

 そんな中、人里で早苗さんに出会い。そのまま一緒にお買い物。何やら彼女はちょこれーとなるものを探しており、私にもその質問をされました。よくよく聞いてみると「しょこらーと」と一緒のものであることが分かり、お店へと連れて行きます。

 

 銀紙に包まれて、「貯古齢糖」の文字が当てられたお菓子を買い込みます。早苗さんに乗っかり、私も少しと手を出します……とは言え、まだまだこの幻想郷において、ちょこれーとは貴重品の一種。まだまだ価格というものは庶民な私にはちとばかし高いと言えましょう。

 からっかぜに吹かれ、懐を少し寒くしつつもちょこれーとを購入。さてさて、これを贈り物にするのかと早苗さんに聞くと、何やら違う様子。事細かに聞きますと、このちょこれーとを一旦溶かし、色々と処理を加えた後に、型にはめると中々に手間が要りそうなそんな工程。

 聞けば聞くほど面白そうだとは思いますが、さてさてどういたしましょう。ちょこれーとが足りるかどうか。そんな事を話しつつ買い物を終えました。

 

「これは大変な事を聞いてしまいましたねぇ……」

 

 そんな帽子を目深にかぶった記者さんの声を聞き逃しながら。

 

 

 さてさて、我が家に戻りお湯を沸かす。ふんふんと鼻歌交じりにとんとん、とちょこを砕いていきます。一枚、二枚と、砕き終わって、取り出したりますは──

 

「誰に渡しましょうかね、これ」

 

 なんて、言いつつも調理は完了したのでした。

 

 

 

 さて、翌朝。配るもの拵えて幻想郷上空。ふらりと飛んでまいりますと、目の前から幻想郷最速なお方がすっ飛んでくる。これはいけない、と慌てて回避するも、どうやら初めから狙いは私の様子。ひゅんとすっ飛んできて、ずばんと巻き込まれる。突然の突風に、墜落しないようにとつむじ風にもまれつつも立て直す。

 

「おや、偶然ですねっ袖引さん!」

「え、えぇ、酷い偶然もあったものです……中々にご機嫌ですね……」

「はい、一仕事終えた後ですから!」

「一仕事?」

 

 やたらと楽しそうにこちらを眺める天狗様。どうしたのかと聞きたい所ではございますが、嫌な予感が先程からびんびんと。

 しかししかし、ここで聞かぬと更に酷い事になりそうなのもまた事実。小さな勇気を振り絞って、私は問いかけました。

 

「ちなみに……そのお仕事というのは?」

「もちろん、新聞配達ですよぉ。今回は号外が出たので、ちょっと楽しんじゃったわ」

「……ちなみに、ですけど内容は?」

「んふふ、袖引さんにだけ特別ですよぉ?」

 

 

 号外 あの妖怪少女の愛は誰に!?

 

 人里にて恐ろしいニュースが発覚した。なんと、現世では恋愛感情の代わりに洋菓子を贈ることが流行になっているとの情報が入った。事の真相を確かめるべく、私は人里に急行した。

 すると、なんと件の流行に乗っかるように最近幻想郷にやってきた山の巫女Kさんと、人里在住のNさんが仲睦まじく買い物をしているではないか(写真壱) 

 事情を伺った所、なにやら恋慕の感情を持つ誰かに配るとも答えた。そんな愛らしい姿と、笑顔とは裏腹に手にもつ洋菓子は二つのみ。

 

 果たして、その少女の甘い愛は、一体誰が受け取るというのだろうか。興味は尽きない。

 

 

 そんな事が一面記事に大きく載っている記事を笑顔のまま見せつける、記者様。

 それを読み、一瞬固まってしまう私。

 

 なんとか声を絞り出しつつ、目の前の記者様に問いかけました。

 

「あの……」

「はいっ、何でしょう? 今回は綺麗に写真も撮れておりますし、増版間違いないと踏んでます!」

 

 きらきらな笑顔を見せられて、たじろぐ私。けれども、これだけは言わねばなりません。我慢出来ぬのです。

 

「なっんですか、この記事はぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 綺麗な青空に響き渡る私の声。そんな声をもろともせずに笑顔で記事を差し出す天狗様。

 

「よく書けているでしょう?」

「ど、どこで撮ったんですかこれ!」

「書いてあるじゃないですか、人里ですよ」

 

 盗撮、なんて言葉も浮かびましたが、そもそもこの幻想郷に人の顔を勝手に写真に写してはいけません。なんて法はございません。

 ぐっ、と言葉に詰まりつつ、次の言葉を探す私。

 

「で、でも受け答えなんてしてませんよねっ?」

「えぇ、ここは私の想像で補完致しました。自信作です!」

 

 それを聞いてしまい、一気に湧き上がる疲労感。

 なんかもう、無駄な気もしてきました。既に起こったことは起こった事。私が新聞の一面を飾ったところで徒労に終わるでしょう。

 はぁ、とため息一つ。無駄なことは諦めるといたしました。そして。普段からお世話にはなっている射命丸様にと、腰に結わえている巾着を漁ります。

 すると、明らかに顔色を変える天狗様。

 

「……はぇっ!? わ、私に何かあるんですか!? え、嘘、ほんと?」

「えぇ、普段からお世話になっておりますし」

 

 何故か赤面し始め、ぶつぶつと何事か呟く射命丸様。そんな彼女を他所に、巾着をごそごそとやり、さて渡すぞと物を出す私。

 するとすると、なんと物が出て来る前にもう一人の声が割って入る。

 

「あーーーーーっ! ようやく見つけたと思ったら!」

 

 またしてもびゅん、と飛んできた謎の声。聞き覚えのある声に振り向くと、そこには紅魔館の妹様ことフラン様が血相を変えてこちらを指さしている。

 

「あっ、フラン様。こんにちは」

 

 何事かとは思いましたがまずは挨拶。しかし、何か別の事に夢中になっているようで、無視される私。ぐすん。

 

 挨拶を華麗に無視するや否や、焦った様なフラン様は天狗様に突撃をかましました。

 突然の光景に目を丸くする私と、まるで予想していたかのようにひらりと躱す天狗様。その仕草が更に癪にさわったのか、イライラした顔でフラン様は射命丸様に牙を剥く。

 

「私の袖ちゃんに何してるのかなぁ? お菓子を貰うのは私なんだけどなぁ?」

「おやおや? 随分と自信過剰ね? 今のを見てなかったの? 文ちゃん大勝利の歴史的瞬間ですよぉ?」

 

 食い掛かる吸血鬼さんに、煽る天狗さん。お二人の間でばちばちと火花が散った様にすら感じます。私が口を挟む間も無く会話は進む。ついでとばかりに口火の勢いも大きくなる。

 

「うるさいなぁ、天狗に渡すくらいなら私が奪って食べるわ」

「引きこもりが私に追いつくとでも? 速さも、袖引さんとの距離も百年早いわね」

 

 凄い剣幕に私はたじたじ。途中から何を言っているのかさえ聞き取る余裕はございませんでした。そんな物凄い力を持つもの同士の対決に、私は吹き飛ばされん限り。すんでのところで踏みとどまってはおりますが、今や今やと爆発が起きてしまいそう。固唾を飲んで見守ることしか出来ない私はじりじりと後ずさりをはじめました。

 そしてついに──

 

「小娘はひっこんでなさいな。年季が違いますから」

「ふーん、その年季って偉い人にぺこぺこしてた年季?」

「……ふっ、ふふふふふ、いいでしょう。そこまで言うのなら実力をお見せするまで」

「いいよ、軽く捻ってから今晩のお夕飯にでもしてあげる」

 

 口火から火蓋へ。燃える勢い凄く、私なんぞが声をかける暇もなく始まりますは弾幕ごっこ。実力者同士のとんでもない光景に巻き込まれぬように、早々にこそこそ撤退致しました。

 

 後ろでどっかんどっかんと楽しく遊んでおられますので、後に回すといたしましょう。

 さてさて、何処に行きましょうかね。

 

「わぁ、いいの? ありがとう!」

「いつものお礼です。友ちょこ、とかいうらしいですよ?」

 

 方々を回り、現在小傘ちゃんの番。傘がべろんと舌を出しておりますが、実は傘で食べたりとかそんな事するんでしょうか? なんて考えつつ差し出す贈り物。嬉しそうな顔が浮かび私も満足満足、嬉しい限り。

 ふらふらと歩き回り妹紅さんや、影狼さんを回っていきました。妹紅さんは、いいのか? 何にもこっちは用意してないぞ? なんて言いつつも遠慮していたので多少押し付け気味に。

 影狼さんは、ふーん面白い企画ね。私も作ろうかしら? なんていいつつも尻尾をぶんぶん振って受け取って下さいました。

 

 さて、魔法の森にも訪れてみましたが、生憎目当ての方は留守のよう。まぁ、便りがないのがいい便りなんて言葉もございますし。まぁまぁ、郵便受けに入れておけばいいですし。悪くはないはずです。悪くは、ないはずです。

 魔法の森に久しぶりにきましたので、少しですがアリスさんにもお裾分け。

 

「あら? ありがとう」

「いえいえ、こんなものでよろしければ」

「それより何かあった?」

「何かとは?」

「何処か落ち込んでいるように見えたから」

 

 蒼い瞳に見抜かれてしまったかのようにぴたりと動きが止まる私。

 

「ん?」

 

 なんて覗き込んで追撃をかけてくるものだから、慌てて言葉を出しました。

 

「お、落ち込んでなんていません! いませんから!」

「……あぁ、魔理沙なら今朝出掛けて行くのを見たわよ?」

「何故それをっ!?」

「あぁ、やっぱり」

 

 クスクス笑うアリスさん。引っ掛かった事に気づき赤面する私。

 

「アリスさん……引っかけるなんてズルいです」

「会話もブレインよ。……なんてね。あぁ、ほら拗ねない拗ねない。面白いチョコのお礼に紅茶をご馳走するわ」

「別に拗ねてませんし。別に怒ってません」

「じゃあ、紅茶と甘いお菓子はいらないのかしら?」

 

 ……アリスさん。私をだれだと思っているのでしょうか。流石に乗せられて、少し、ほんの少しではございますが腹を立てている私がそうやすやすと懐柔策に乗るとでも? さすがに馬鹿にされ過ぎてカチンと来てしまいそうです。あえて、言いましょう。舐めないで頂きたいと。

 断固たる決意と、断固たる意識を持って口を開きます。 

 

「アリスさん──」

「あ、そうそう、袖ちゃんが前に食べたいといっていたジャムもあるわ」

「食べますっ! ……あっ」

「はいはい、いらっしゃい」

 

 ぐ、ぬぬぬ、とはらわたが煮えくり返りそうではございますが、背に腹は代えられぬ。腹が減ってはなんとやら。というもの。結局、食欲には逆らえませんねと誘わるがままにアリスさんと楽しい時間を過ごしました。

 

 さてさて、回って、渡して、人の縁。戻ってまいりますは、先程の上空。

 お二人様子は、といいますと。まぁ、戻ってきたときに遠目でわかってはおりましたが……まだやっておいででした。

 

「「私が、強い!!」」

 

 当初の目的がなんなのかは知りませんが、おそらくまったく違っているのは、予想を外れていないと思います。

 お互いに当たり散らしながら、火花散らし弾幕撒き散らすお二人。言い争いが加速しておりますが、手元は狂わない。なんの為かは分かりませんがお互いの欲望のために頑張っておりました。

 と、思いきや、お二人が声を張り上げこう叫ぶ。

 

「「袖ちゃんのお菓子は、私のものだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」

 

 ……あぁ、なるほど。二人が欲していたのはこちらの巾着の中身でございましたか。それならそうと早く言って頂けたらよかったのに。配るようにと、たくさん作ったのでまだまだあるんですが。

 しかししかし、嵐のような弾幕ごっこの中をくぐり抜けて渡すのは中々に難しい。狂気的な弾幕密度といいますか、思わず腰を抜かしてしまいそうなそんな激しさ。そんなに甘味って欲しいものですかね……いえ、アリスさんのジャムに一本釣りされた私が言うことではありませんね。

 

 いつまでも見守るわけにもいきませんので、とりあえず声を上げてみましょうか。

 

「えーごほん。お二人ともー」

 

 まったく反応せず。聞こえているのかいないのか。それすらもわかりません。

 

「えーごほんごほん。もしもーし!」

 

 ちょっと声を大きめに。……まったく聞こえていない様子。ここまでくると意地でも反応させてみたくなるもの。すぅと息を吸い込み、身体の底からありったけの声を張り上げます。

 

「もっしもーーーし!!」

「「うるさいっ!」」

「ひゅい!?」

 

 聞こえてはいるようです、聞こえては。……あまりに二人が怖くて泣いたりとかしてません。してませんよ?

 

「そんなにいらないなら、いいですよ。二人にはあげません」

 

 先程よりも、格段に小さい声で、というより普通の声でぼそりと呟く。すると、何かに弾かれたかのようにぐりんと二人が反応しました。

 

「それは駄目、いけない。とおりません」

「お、お菓子がないなんて嘘だよね、ねぇ!?」

 

 なんと態度が一変し、こちらへと詰め寄るように飛んでくる。それはそれで恐怖を感じる絵面でございましたので、後ずさりしつつ待ち構える。

 取り乱したかのようにすっ飛んでくる二人は、私を見てはっと我に返ります。

 

「あれ? 袖ちゃん?」

「あ、あははは、見苦しいところをお見せいたしました……」

  

 フラン様に射命丸様は、気まずそうにお互いの目線を行ったり来たり。そして時々視線が腰のあたりをさ迷っているので、その注目されている巾着を持ち上げます。

 

「無視されたの傷つきました」

 

 本日二回目なちょっとご立腹。けっして怖さの裏返りとかそんなのではありません。

 私の言葉を聞いて各々顔色を変え、一人は素直にごめんなさい。一人はさっと言い訳を始める。そんな二人を見て苦笑い。そして巾着から小さな包みを取り出し、二人に差し出しました。

 

「はい。いつもお世話になっているお礼です」

「わぁ、ありがとう袖ちゃん!」

「これは……白玉? あれ? 洋菓子は?」

 

 そう、私が渡して回っていたのは白玉でございました。しかし、ただの白玉ではございません。

 

「少し大きめになっているでしょう? 中にちょこやあんこを詰めてみました」

 

 二つきりしか買えなかったので、私はどうにかして皆に渡そうと考えた結果。常に家に三袋は常備してある白玉に目をつけました。これを使えばいいのでは? と。

 結局、ちょこを包むだけでは足りませんでしたので、似たような甘味の小豆を早朝に炊き出したり、黒蜜を用意したりと色々と工夫を凝らしつつ数をそろえたのでした。

 

 どうです? 寒い中頑張って早起きした甲斐があったとは思う出来なはず。

 

 紙面通りの結果にならなかったのが悔しいのか、ちょっと渋い顔を見せる射命丸様と、跳ねるばかりに喜ぶフラン様。二者二様でございますが、とにかく渡せてよかったなんて思ってしまいます。

 とりあえず渋い顔を浮かべる射命丸様に声を掛けます。

 

「射命丸様は白玉はお嫌いですか?……でしたら」

「あぁ、いえ!! そうでないんです! ちょっと意外だったなぁ、というか空回りだったかなぁといいますかね?」

「うっ……地味ですいません」

「あぁ、もうだから違うの! ありがとう袖引さん!」

 

 なんでかは知りませんが怒ったり、落ち込んだりと忙しい射命丸様。なんて返そうかななんて思っているとフラン様が私に飛びつき抱きつきこう告げます。

 

「こういうときはね、袖ちゃん」

「はいはい」

「こう言うの」

 

 ごにょごにょと耳元に伝わる甘い囁き。ではないですが、少しいたずら心がまじったようなその言葉を、私は射命丸様に向けて、反芻します。

 

「射命丸様」

「? はい?」

「はっぴーばれんたいん!」

「……ぷっ、あははははははは」

「な、なんで笑うんですかっ!?」

 

 ひょっとして騙されたのか、とフラン様をばっと見れば、フラン様も笑っていらっしゃる。

 そんな様子に全くもう……なんて思いつつも何故か笑顔が浮かんでしまう。

 

 結局、三人で笑って話して、ちょこっと甘い時間を過ごしました。……なんちゃって。

 

 

 

 さてさて、そんな一日でございました。普段の感謝の気持ちを込めて。あるいは違う気持ちも込めたりなんかした贈り物もまた素敵なこと。ちょこにせよ花にせよ、感謝というのはいいものです。

 

 なんてお話でございました。

 

 

 ではでは、皆さま。

 

 

 ──はっぴーばれんたいん!!

 

 

 

 

 



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人と妖怪と、出会いと別れ

 皆さまお待たせ致しました。

 魔理沙のターンです。


 さて、時は舞い戻り、またまた魔理沙さんとの時間。

 星を見た記憶も話して、もう話すことも程々にお茶をしばいてのんびりと。

 

 私、韮塚 袖引 伝えております。

 

 

 客も無い午後の明かり。ぼんやりとした陽光が差し込む中、縁側で暖かいお茶をすすります。

 

「平和ですねぇ、ここだけでも何もないみたいです」

「……そうだな、本当にここは閑古鳥が鳴いてる」

 

 魔理沙さんものんびりとくつろぎつつ、こちらを少し気にしている様子。

 

「このままお昼寝なんてものもいいかもしれませんねー」

「布団はいつものところか? 寝るなら出す」

「あぁ、いいですね。そろそろ暖かくなってきましたし、薄い掛け布団でも大丈夫ですよね」

 

 のんびりとぼんやりと、本当に何を話したものでしょうかね。色々と話したいこともあった気がしますが、忘れてしまいました。

 ただ、この子といる時間があればそれでいい。なんとなくそうも思ってしまいます。

 

「なぁ、袖ちゃん」

「ん? 何でしょう」

「……いや、なんでもない。布団用意する」

 

 そうこうしている内にちゃちゃっと用意された布団。畳へと、私は身を投げ出します。魔理沙さんもそれに倣い身を投げ出そうとしますが、私が制止をかけました。

 

「魔理沙さん、お洋服、しわになっちゃいます」

「ん? あぁ、でもこれは」

「駄目です。着替えなさい。せっかくの綺麗なおべべが台無しになってしまいます」

「はいはい、わかったぜ」

 

 やれやれ、といった感じで戸棚を漁る魔理沙さん。大きいものがなければ用意しますよーなんて声をかけますが、大丈夫だぜーと返って来る。

 魔理沙さんが取り出したのは昔懐かしの魔理沙さんの着ていた浴衣。魔理沙さんが着ると手足が余る。……時の流れを感じます。

 

「うぉぉ、意外ときついか?」

「ちゃんと大きいのだしますよ、小傘ちゃんのとかもありますし」

「いや、これでいい。これがいい」

「……そですか、じゃあお昼寝しましょうか」

 

 

 畳へと転がる私たち。横になったら眠くなったのか、魔理沙さんが欠伸を一つ。眠いですか? なんて聞くと最近研究で寝てないしな、なんて返ってくる。

 

「寝ない子は育ちませんよ?」

「じゃあ袖ちゃんは万年不眠症だぜ」

「この子は……まったく、口が減りませんねぇ」

「ある意味じゃ商売道具だ。減られても困る」

「はいはい、今日はゆったりしていってくださいな。その商品はもう見飽きました」

 

 毎回新鮮なんだけどなぁ、なんて言いつつも普段の疲れが出たのか、うつらうつらとし始める魔理沙さん。そんな船をこぐ船頭さんの頭を撫でていきます。

 

「本当に成長しましたよね、魔理沙さん」

「とーぜん……おいつきたいからな」

「霊夢さんですかね……あぁ、本当に」

 

 本当に成長されました。いつまでたっても成長のない私と違って、彼女はすくすくと若木のように成長されていってしまわれます。私に出来るのは、ただ見守る事。

 ちょっと癖のある髪の毛を撫でて、目を閉じる。瞼の奥に懐かしい風景が浮かび上がっていきます。小さい頃の魔理沙さんも、よくうちに来てはお昼寝をされておりました。怖い夢を見たと一緒の布団で寝た事もありました。

 今の様に頭を撫でて、ふんわりした匂いと落ち着く空気。あの時間は宝物でございます。

 

 こんなにも大きく成長して、異変にも関わって、どこらかしこでも噂を聞く。良い噂だけではございませんがそれもまた元気な証拠。彼女の活躍の数々に思わずにんまりしてしまったことも確か。

 のんびりとした昼下がりに、ゆったりとした時間が流れます。時は止まらず、撫でる手も止まらず。私に出来るのはせいぜい感じる時間を精一杯楽しむだけ。

 

 いつの間にか魔理沙さんの反応が無くなって、寝息が耳元で聞こえ始めます。

 

「静かになりましたね」

 

 近くで感じる魔理沙さんの存在。暖かくて、私よりも少し大きくて。

 

 私としての存在が揺らいでも、この子は私の事を忘れないでいてくれるでしょうか。周りに色んな方が居て、たくさんの良い人に囲まれているあなたは、私の事を……

 ふるふると頭を振り、その考えを振り払う。それはきっと考えても詮無いこと。けれど、私はまだ諦められもしない弱い存在。そんな情けない自分にふっ、と浮かぶ自嘲の笑み。

 

 人間様が愛おしい。あなたみたいにすくすくと育っては旅立っていく存在が、とてもとても大切に感じてしまう。神としての本質が私を情動的に動かしてしまう。

 けど、妖怪もまた私の故郷。小傘ちゃんを始めとしたみんなはきっと、妖怪でなければ受け入れてはくれなかった。

 

 岐路に立つ私。そのどちらとも選べないままにずっと過ごしてきて、あまつさえその道すらもなくそうとしている私。帰路が消えていくのを理解しながらも、この小さい体には支え切れぬものが両手から離れてくれない。……いや、離したくないのでしょうね。玩具をねだる子供のように、どちらとも欲しいと泣き叫ぶ私。

 

「どっちもが欲しいのですよ、私は」

 

 ぽつりと漏れ出る言葉。なんども決めようとして、諦めようと自分に言い聞かせてもどうしても心の奥底からあふれ出てしまう本音。それが何度も私を引き留めていたのでした。

 

 ぴくり、と魔理沙さんが動きます。起こしてしまったのかななんて思いつつ頭に手を乗せ、優しく触れては離す。

 

 閻魔様には確かにどちらかを選べと言われました。それが絶対的な選択であるかのように。けれど、私はそれでもまだ選べないのです。胸の内から叫び出す言葉が私の足を泊めさせる。

 

 ──あぁ、なんて。目の前の子を見て思いは一層募るばかり。

 

「どうしてこんなにも私は弱いんでしょうね。魔理沙さん」

 

 むずがるような仕草を見せる少女。彼女の持つ金の羊毛のような髪の毛を撫でつけつつ、一緒の布団をかぶります。怖い夢であればよかったのかもしれません。けれど、それは現実であり、一刻一刻と時間は進む。

 

 ──私を置き去りにしたままに。

 

 

  

 

 

 いつの間にか眠りに落ちていたようで、ごそごそと隣で動く気配がして目が覚めます。心地よい布団から出たくないと呻き声を上げると、声が降ってきます。

 

「起こしちゃったか」

「んー、いえいえ」

 

 ふらりと頭を持ち上げて、外の方をみるとそろそろ黄金色の時間。昼も下がり切り、星空の時間がやってこようとしておりました。

 んーと、揃って伸びをする私たち。思わず二人して笑ってしまいます。

 

「さて、そろそろ魔理沙さんは帰る時間ですよ」

「んー、それもそうか」

 

 着物のままに、ふらりと自分のお洋服の方にいって、そして立ち止まる。

 そんな挙動に首を傾げていると、魔理沙さんはくるりと振り返り、真剣な顔つき。何事かと問いかける前に魔理沙さんは口を開きます。

 

「なぁ、袖ちゃん。ここ最近まで店ずっと閉めてなかったか?」

 

 闇交じりの部屋に浮かぶ、成長途中のお顔。その表情は、心配と疑惑が入り混じっている。そんな印象をぶつけてきます。

 知れてはいけないことを知られてしまった。そんな風にすら思えてしまう魔理沙さんの真剣な表情。彼女の意思に押されるように頷いてしまいます。

 

「えぇ、そうですよ」

「……どこにいってたんだ?」

「友達の家に」

「一年近くもか?」

「……はい」

 

 心配をかけてしまうし、この子に余計なことを聞かせてこの子の顔を曇らせたくなかった。だから最後まで子の子には言わないつもりでした。

 ですが、彼女はまっすぐにこちらを見つめます。

 

「袖ちゃんが隠してるから、きっと話したくないんだろうって思ってた。だから別にいい。とも思っていたんだ」

 

 けどな、とまっすぐにこちらを見る彼女。

 

「なんで、そんなに悲しそうなんだ。袖ちゃん」

「……表情は隠せませんか」

「あぁ、ばればれだ」

「聞かないで、って言ったら。素直に聞いてくれますかね?」

「聞かないでって言われて素直に聞くと思うか?」

「まったく、本当に口が減らない……」

 

 思わずかぶりを振ってしまいます。困ったものです、本当に。成長が見て取れるのは嬉しいことですが、あまりにも人の子というのは成長が早すぎる。

 ふと、魔理沙さんの成長の証として傷をつけてきた柱が目に入る。数多の傷が彼女の足跡を誇るようにこちらへと見せつけてきておりました。その年輪が私と魔理沙さんと歩いてきた道。いつの頃か私の一緒に背を刻み、ぜったい超える。なんて書かれたものです。

 

 ……すっかりと私は小さくなってしまいました。

「今日はその為に来たんだ。聞かせてもらうぜ。袖ちゃん」

  

 ずいずいと迫る魔理沙さん。夕陽が差し込む部屋に真剣な顔色。本当に心配してくれているという事がこちらまで届いてくる。

 一度口を開いて、また閉じる。逡巡のまにまに差し込む一縷の影が私の背筋を撫でていく。結局、開きかけた口をまた門戸のように固く閉ざしてしまいました。

 

「何も……何もありませんでしたよ。心配性ですね魔理沙さん」

 

 閉ざしてしまった門戸は駄々っ子のように意地っぱりでどうもしようもない。心配なのが伝わってきていても、それ以上に彼女の足跡が私の意地を加速させる。この子にだけは迷っていることも、悩んでいるところも見せたくなかった。馬鹿なことだと分かっていても、これだけは譲れませんでした。

 

 だから、私は魔理沙さんに嘘を吐きました。

 

 私程度の存在に気を使わなくていいんです。あなたはもう、幻想郷でしっかりと根を張っている。矮小な私に気を使ってあまつさえ迷ってしまったら。そんなの私が耐えられないのです。

 悩んでいることすらも気取られぬべきでした。ですが、そんな事は不器用な私には到底出来なくて。

 

 魔理沙さんが何かを言おうとして、黙り込む。こんな所なんて似なくてもいいのに、なんて思いつつも、次に吐き出されるであろう言葉を受け入れる準備をする。

 影を落とし込み、帽子を深くかぶる魔理沙さん。何か言いたそうな表情を浮かべ、その言葉を噛み殺す。そして、血を吐くようにして震える声を絞り出しました。

 

「まだ、まだそんなに頼りないのか……私は」

 

 向けられた顔は今にも泣きそうで、泣き虫だった面影を色濃く残しながら私へと訴え掛けてきます。

 不覚にもその陰に引っ張られるようにして、私は凍り付く。いけないことを言ってしまったのかと、何かとんでもない勘違いをしていたのではないのかと。

 けれどもう、お話は転がり始める。だんだんと勢いがつき始める岩のように。もう、止まらなくなっていったのです。

 

「袖ちゃんにとって私は、私はその程度なのか……?」

「わ、私はそういうつもりじゃあ……」

「じゃあ、なんなんだよ! 私にそんなに相談できないのか!」

「違う、違う。私は!」

「私はなんなんだよ!!」

 

 だんだんと熱される場。言葉に熱が篭り、意思が乗せられていく。そして、私も場に押されて悪癖が発露してしまう。

 もともと、この悪癖は私の人間への恐怖が形を変えてしまったもの。私は嫌われたくないと魔理沙さんに恐怖を抱いてしまったのです。

 

「違うって言ってるだろっ!!」

 

 こうなってしまえば転がり落ちるだけ。怒鳴りつけた私はこんなことをしてしまった自身を顧みて啞然としてしまい、魔理沙さんは目を丸くする。

 はっ、とした一瞬。その一瞬の後、彼女は怒りで目を揺らつかせる。

 

「あぁ、分かったよ!! 袖ちゃんがそういうのなら私はなにもしてやらない!」

「人の言葉を聞かないやつに頼む事なんてないっ!」

 

 ──違う、私は、私はこんなことを言いたいんじゃなくて。私はただ魔理沙さんに心配をかけたくなくて、ただそれだけなのに。

 それだけのことなのに私の口は勝手に回る。勝手に火に油を注いでいく。どうして、どうしてここまでもどかしいのでしょう。どうしてこんなにも胸が辛いのにやめられないの。

 

「なんでっ、なんでそんな泣きそうな顔なのにっ……! なんで助けてって言ってくれないんだよぉ!」

 

 魔理沙さんが悔しそうな表情で、歯痒いと言わんばかりに私へと訴え掛ける。しかし、私の身体はそれすらも届かなくて。

 

「泣いてなんかない! 私は、泣いてなんか……ないっ!」

「そんな表情で言ったって……意味、ないぜ。なぁ、袖ちゃん」

 

 もう一度だけ伸ばされる手。それは私にとっての救いで、けれど絶対に取ってはいけない手。

 ぱしん、と渇いた音が響きます。それは、私が彼女の暖かい手を払った音。

 

 信じられない、といった表情の魔理沙さんと、やってしまったことと、自身の意思でやったことを反芻する私。痛い位の静寂が、深くなってきた夕闇と融和して私達を飲み込んでいきました。

 

「……そうかよ」

 

 ぽつり、と呟かれた言葉。それはいままでのどんな言葉よりも酷薄で、私の胸に深く、鋭い刃を突き立てます。

 魔理沙さんが、荷物も持たずに駆け出します。咄嗟に反応しようと振り向きましたが、何を言っていいのか、そもそも何か言う権利が私にあるのすら分からず、固まる私。

 

 乱暴に引き戸が開けられ、舞い込む夜の暗闇。夕闇に取り残される私と、外へと駆け出そうと魔理沙さん。

 彼女は、何も言わない私を見て、かぶりを振った後、俯き加減にこうつぶやきました。

 

「邪魔したな」

 

 そのまま彼女が戸を閉めていくのを、暮れかけの部屋の中で眺める私。

 滑稽ですね、本当に。違うのなら追いかければよかったのに。違うと一言いって、その後あやまれば彼女は許してくれるでしょうに。彼女を追いかけて、せめて消えるその時までは、仲よく遊べたでしょうに。

 

「あぁ……」

 

 なんて、愚かなんでしょうね私は。本来ならこの畳に沁み込んだ雫すらも流す権利はないはずなのに。

 一滴、二滴。落ちる雫。けれど、それでも私は必至に足を縫いつける。行ってしまえば、追いかけてしまえば、きっと私は彼女の枷になる。それだけは許せないのです。絶対に。

 

「全部、私が決めたことなのに」

 

 ぽつり、と言葉が漏れてしまいます。

 

「どうしてなんでしょうね」

 

 なんで、と自分に問いかけても、答えは夕闇に掠れ消える。薄明かりにぼんやりと浮き彫りになっていく、一人ぼっちの影。

 

 あぁ、本当に本当に周りはこんなにも成長しているのに、私は何故足踏みばかりしてしまうんでしょう。自分が、自分であることに本当に嫌気が差します。

 ぽたぽたと落ちていく滴。それに答えてくれる相手はおりません。本当に情けなくて、矮小な私。

 

 それでも、こんな私だとしても魔理沙さんみたいに心配して関わってくださる方がいるんです。そんな心優しい人たちを悲しませたくはありません……だから、私は好いてくれる周りのためにもきっと、消えねばならないのです。

 

 どちらを取っても誰か悲しむのなら、誰かが私の為に泣いてしまうのならば。いっその事幻想にでもなんにでもなって、初めから存在しなかったことにするべきなんです。

 

 ぎゅっと、袖を握り込む。

 

 喧嘩別れをするつもりはなかったのですがこれもまた、悪くはないのでしょう。ぐじぐじと強引に涙を拭いさる。

 掠れ行く夕陽が私を置き去りにしていく。それはあの日のように酷く寂し気な濃い紅色の薄明かり。きっと今も同じで掴む手も、戻る道も無くしてしまった小さな小僧がただ寂しそうに泣いているだけ。そう、それだけなんです。

 

 私が異変までに行うのは記憶の「引き」払い。みんなの記憶からいなくなれば消滅は可能なはず。こういったことは苦手でございますが自分をひっぱるんです。出来ない訳がありません。

 無くなって消滅さえしてしまえば、私は、私は。

 

 点々とした涙のあとだけが、名残惜しそうに夕焼けを眺めている。そんな気がしました。

 

 その日はお布団にこもってさめざめと泣きました。そんな権利なんてないはずと知りながら。泣いて、後悔して、それでもやると決意を固めて。

 一晩中泣きはらして、砂の城のような意思が泥の壁くらいに変わっていって、私は行動することを。そして、神か妖怪か、そのどちらか片方だけを選ばないことを決めました。たとえそれが消滅に向かう道であっても。

 

 これから始めなければならないのは根回し。こういった裏で動くのは苦手でございますがやらねばなりません。やらねば、ならぬのです。

 

 まずは、どこに向かいましょうか。

 あぁ、そうだ。咲夜さんから頼まれていた事がありました。そろそろ準備しないと。そしたらフラン様にも会いにいきましょう。最近また会う頻度も増えて来て、だんだんと笑顔が素敵になっていくフラン様を見るのは密かな楽しみでもあります。

 ついでになってしまうようで悪いですが霧の湖にも向かいましょうか。わかさぎ姫にも会えますね。霧が晴れるとまたあそこも絶景なんですよね。鏡面のような湖に雲が映り込み鏡合わせの景色が映り込む。それがまた見れるのが楽しみでちょくちょく訪れてしまう場所。

 

 そしたら、竹林にも参りましょう。さわさわと清涼な風が吹く素敵な場所。成長の早い竹は何度も形を変えては出迎えてくれる素敵な場所。最近兎さんもみるようにもなってますます、綺麗な場所へと成長されました。

 そうそう、影狼さんも妹紅さんもそういった場所に住んでいるので仕方ありませんが、すぐに服がぼろぼろになってしまうんですよね。繕った服と、おすすめ出来る服でもお土産にしましょうか。

 

 そうですね、やっぱり博麗神社にもいきましょうか。少しおっかないですが優しい管理人さんに挨拶しておきましょう。あなた方がいてくれたから私は楽しく人里で暮らせました。と伝えねばなりません。ちゃんと筋は通しましょう。

 その次は人里を巡りましょうかね。大好きな人間様を目に焼き付けつつ、ゆったりとお散歩でもしましょうか。甘味処によく行くお茶のお店。市として出店した場所。数え切れぬほどの思い出がございました。それらを回りきっていきたいところ。もしかしたら蛮奇さんにも出会えるかもしれません。

 最後は……小傘ちゃんですよね。少し心の準備がいるかもしれませんが、やっぱり親友にはきちんとお話したいですよね。心の準備がてらに、太陽の畑に寄りましょうか。

 

 そろそろ春が終わって、夏が来る。そして、いつの間にか秋になり、冬が来る。

 

 季節の変化を楽しみながら、ゆっくりゆっくり準備をしていきましょうか。そうでないと臆病な私が立ち止まってしまいそうですし。

 この夢の様な幻想郷を楽しみつつ、準備を重ねましょう。糸を紡いで、服をつくっていくように。

 

 異変へとつながる私の動き。今まで「我儘」してこなかった分、たくさん我儘しちゃいましょう。……きっと許してくださいますよね?

 

 異変を起こして、霊夢さんに退治されて、みんなして私の事を忘れる。それでいいんです。それがきっと最良なのだから。

 

 さて、涙の雨が降って地が多少なりとも固まる。そんなお話でございました。

 後悔も、心残りもありますが時間はじりじりとやってくる。全部を抱えつつも異変へと挑みましょう。

 

 

 さてさて、今回はここまで。異変へとつながるお話と、魔理沙さんとの今生のお別れでございました。

 

 では、次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 ……さようなら。私の──




ご感想、評価をお待ちしております


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始まりだよ 袖引ちゃん

お待たせ致しました!

異変編はーじまるよー


 夕暮れの空。遠くに見える人里。誰も周りに居なくなった私。

 ぼんやりと今まであった事を思い出しつつも、消えゆく実感に浸ります。ゆったりと意識が攪拌されていくような時間。

 引き延ばされた夕焼けはまだ残ったまま。

 

「やっと見つけたわ」

 

 空に浮かぶ私に声を掛けてきたのは、紅白の巫女服。いつもの厳しいながらに優しい雰囲気は消え、ただ仕事として私を見つめる幻想郷の守り人。

 

「そう……でしたか、最期はあなたと戦うんですね」

 

 ぽつりと零れたのはそんな言葉。脳裏に投影されるのはあの子の姿。

 

「私が一番乗りね。さっさと終わらせましょ」

「そうですね、そろそろ皆さんに迷惑なんじゃないかって思い始めていたころですから」

「……まったく。そんな事言う奴初めて見たわ」

「じゃ、始めましょうか。……いえ、違いますね。幕を引くってのが正しいかもしれません」

「そうね、これでこの異変は終わり。アンタは妖怪としてこれからも生きることになる」

 

 博麗の巫女が武器を構え、私も伸びはじめた髪の毛を靡かせつつも構えを取ります。

 

 さて、これで本当にお仕舞い。私も韮塚袖引としても。これが最初で最後の異変になるでしょう。後悔は……きっとありません。小傘ちゃんを始め、みんなに協力をしてもらって幻想郷を見て回ることが出来ました。これ以上何を望むというのでしょう。

 幸せでした。こんなにもこんなにも楽しい思い出を抱えていくのですから。幸せだったんです。

 

 迫りくる霊夢さんを見て、思います。

 

──あぁ、願わくば、最期に一目でもあの子に逢いたかったな。と

 

 

 

 私、韮塚 袖引 出掛けております。

 

 さて、各方面への根回しもといお願いも終わり一段落。色々と終わりホッとしております。さてさて、そんな私の描いた餅とは少し違う形で実現されそうな私の我儘。そんな周りの方々に恵まれた私は少し計画を変更する事といたしました。

 もともとは、私一人が幻想郷を見て回り、そして最後を迎えましょうか。といった考えだったのですが、その考えをやめて出来うる限りみんなで幻想郷をお散歩する事に致しました。お散歩最中に誰かが来たらお相手をお願いしようかな。なんて図々しい事を考えていたり……

 まぁ、異変なんて大仰に言っても私に出来ることは限られているのでもしかしたら誰も来ないかも? なんて思いもありますが、それはそれで皆さんと少しでも長くいられると思うと、それもまたいいかもしれません。

 

 結局はちょっとしたお約束のようなものです。ただ、幻想郷に住む者として異変を起こすという一大事、一度はやっておきたいじゃないですか。それが友人たちと一緒に起こせるのなら、それはもうこの上ない幸せだと思います。えぇ、本当に、本当に幸せものだと思います。

 

 そんな訳で私は再度お願いをして回るために、もう一度腰を上げます。あと何度、なんて考えてもしまいますが詮無き事。少し寂しさを残しながら我が家を後にしました。

 

 さてさて、竹林に向かい影狼さんと妹紅さんにご挨拶。なんとなく妹紅さんの家に集まりつつ、そこでお酒を頂戴。そこからかくかくしかじかまるまるうまうまなお話をお伝えすると、二人ともにこっと笑って下さり、こう答えて下さいます。

 

「なるほどな、構わないよ」

「いいよー、袖ちゃんらしいし。それがやりたいんでしょ?」

 

 確かに袖ちゃんが今の袖ちゃんでいるのもそれっきりだしね。長くいたいよね。なんて言葉も下さりつつも誰と戦う? なんて話始めておりました。

 そんな二人の快諾に、お酒も入っていたせいか胸にこみあげてくるものを感じ、思わず目頭が熱くなる。結局、お二人の笑顔に呑まれたままに消滅を選んだことは伝えられずじまい。

 こんなにも暖かい友人に隠し事をするなんて、なんて思いつつも目尻を擦る。声が震えていないかなんて少し怯えつつも声を絞り出す。

「ありがとうございます」

 

 なんて結局涙交じりの声になってしまう私。お二人はそんな私を見て、目を丸くした後あははと笑う。そして大袈裟な。だなんて言って下さいました。

 結局、それ以上の言葉は出てこなくて。感謝を伝えて別れを告げる。つもりでした、そしたら二人に呼び止められる。何事かと振り向くと頬をぽりぽりと掻く妹紅さんと、にやりとしている影狼さんが目に入ります。

 

「私はさ、どんな袖ちゃんになろうが構わないよ。長い事生きてきたんだ、変化は慣れてる」

「妹紅さん……」

「いい思い出にしようよ。きっと新しい変化も悪くないかもよ。……それに、新しい袖ちゃん弄るのも楽しみだし」

「影狼さんまで……」

 

 ぷい、とそっぽを向きつつ恥ずかしそうに告げる妹紅さん。にやりとしたままに告げる影狼さん。そんな二人の信頼が嬉しくて、二人の気遣いがとても、とても……

 ついに感極まってぼやける視界に、二人が映る。そんな優しい二人に何も言うことが出来ぬ私。そんな卑怯な私が漏らす言葉は一つだけでした。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」

 

 許してもらえるなんて思っておりません。けど、私は選べなかった。あなた方の様に妖怪側として生きていくことは、私には選べなかったのです。

 

 それから、蛮奇さんに同じような事を告げて、わかさぎ姫にも同じことを言う。皆さん、とても優しい言葉をかけてくれて、その度に私は思うのです。もう少し私が器用であれば何か変わっていたのかなと。

 けれど頑固で臆病な私は今までのものを崩すのは怖くて。なにより変わってしまう私を捨てる方が出てしまったら。と益体のないことを思い浮かべてしまう。

 それまでに私は置いていかれることや、変わってしまうことを恐れているのです。

 

 ──今でも私は、あの夕闇の中に立ち続ける。きっと、消えるまで何も変わらないのでしょうね。

 

 

 

 涙も秘めた事も抱えつつ、お次は紅魔館の地下室にて紅茶を頂きつつもフラン様とのお話。

 

 異変のことを伝える私。やりたい事は見て回る事。じっくりと幻想郷を見て回って、最後にお別れをする事。そんな事を伝えると、紅茶を口にしつつフラン様が語り掛けてきます。

 

「ねぇ、袖ちゃん」

「ん? 何でしょう」

「これってさ、元々袖ちゃんに頼まれたわけじゃない?」

「えぇ、フラン様にわがままを言う所からの始まりですね」

「うんうん、あの言葉を言い出したときはどうしようかと思ったよ」

 

 皆さん取り乱していたので驚きましたが、そこまで威力のある言葉だったのでしょうか? 私的には協力だなんてとても頼めなくて、それ故に皆さんが快く受けて下さったのが驚きなのです。

 きょとんとする私に何かを言おうとして、ま、そんなところも袖ちゃんらしいと言えばそうだよねーなんて、紅茶の香りと一緒に言いたそうな言葉を飲み込むフラン様。

 そして、んーと伸びをして、一寸。こちらに真剣な目を向ける。透き通るような深紅の瞳でした。

 

「じゃあさ、こっちからも我儘言っていい?」

「なんでしょうか? 今ならある程度なんでも叶えてあげられることが出来るとおもいますが」

 

 実際力が溢れておりますし、その力の源も神であったころの名残。願いに掛けてはかなりの融通が利くほうだと自負しております。

 フラン様は目を逸らさずに、こちらを捉えたままに言葉を投げる。

 

「袖ちゃんの選んだ結論が知りたいなーって」

 

 瞬間、背骨を掴まれた様な気がして思わずばっ、とフラン様の表情を見てしまいます。その先に見えたのは、知啓に富んだ真剣な目。こちらの企みを完全に見抜き、その上で自身の願いを通そうとする強い覚悟の瞳。

 そんな意志の輝きにたじろいでしまい、思わず目を泳がせる。しかし、フラン様は逃がそうととはしてくれず、押し黙ったまま。

 

「それは……」

 

 思わず言い淀んでしまいます。そのことが回答だとばかりに頷くフラン様。この知性に満ちた行動はフラン様のお姉さまの影を見んばかり。

 そんな成長の過程を見せつけられ、たじろぐ私にフラン様は畳みかける。

 

「やっぱり言えない? そうだよね」

「フラン様……?」

 

 ふるふると頭を振るフラン様。やっと深紅の目から解放されたのも束の間。再び視線を戻したフラン様が吐き出す言葉に絡めとられてしまう。

 

「実はね、パチュリーから記憶に関してはちょっと聞いてたの」

「……? はい?」

「だからぁ、パチュリーから聞いてたの!」

「なんでパチュリー様が?」

 

 予想もしてないところからやってくる人物に目を白黒させる私。まったく思い当たる節が無いのですが、あの方の観察眼は凄いってことでいいのでしょうか? なんて回らぬ頭で考える。

 思いあたることが無いだけに首を傾げていると、全てを知るフラン様があ、そうそうパチュリーから伝言。なんて告げてきました。

 

「戻せる記憶はなかったけど、失くしてる記憶がなかったわけじゃないわ。だって」

「うん? なんの……? あれ?」

 

 どこかで聞いたことがあるような台詞。それは……確か。随分前に聞いたような聞かなかったような……

 ぼんやりと思い浮かぶのは、同じくぼんやりとしたときに聞いた記憶。そこまでぼんやりづくしであれば恐らく気絶か何かから目覚めた時であって……あれ?

 

「異変のときですかっ!?」

 

 飛び跳ねる私。それは紅い霧の時、初めて紅魔館にお邪魔したときの言葉。随分と長い期間が立っておりましたが、そういった事は全く耳にはしておりませんでした。

 もっと早くに教えて下されば……なんて思っているとフラン様が更に口を開きます。

 

「こうも言ってたよ。なんで教えなかったかは、単純に聞かれなかったからだって」

「あー」

 

 求められれば答えるけど、求められなければ答えないよ。という動かない大図書館の威風を見せつけて下さるパチュリー様が浮かび、思わず納得してしまう私。まぁ、知ったのが早かれ遅かれ、きっと結末に変わりはないんだろうなぁ、とも思ってしまいますが。

 私も余裕が無かった時期だったからね、とフラン様。月の異変までのフラン様を見ているとそれもあながち嘘ではない様子。

 ごめんね、なんて一拍置いてからまた語り出すフラン様。

 

「きっと他の子たちはどっちかを選ぶのかなぁ、って思ってると思う。だから何も言わないんじゃないかな? どっちを選んでも、袖ちゃんは袖ちゃんだってきっと割り切ってるんだと思う」

「……本当に私にはもったいない友人です」

 

 胸が暖かい気持ちで満たされます。こんな私にも好いて下さる方がいるのですから、世界は広いものです。

 じーんとしていると、フラン様がけどね。と前置きをし、その言葉に私も再びフラン様に引っ張られる。

 

「私は違う。私はたぶんそうじゃないだろうなって思ってた。袖ちゃんならたぶんそうは選べないだろうなって」

 

 真摯な目。本当に真っ直ぐな目を向けてきて……思わず目を逸らしたくなってしまいます。直視出来ないような輝きを放つフランの瞳。それに応えたくて、けど認めてしまったら何かが崩れてしまうような気もして。

 何も言えずにいる私に彼女は、優しい笑みを見せる。

 

「きっと、ずっと目を逸らすことなく見続けたのは私だから気づけたこと。他の皆にはバレてないよ」

「本当に……なんでもお見通しなのですね」

「袖ちゃんだって私のことをお見通しだったじゃない」

「あれは、フラン様が私に少し似ていたからであって……今はもう」

 

 違う、と言いかけたところでフラン様が人差し指でぴっと私の口をふさぐ。

 

「ううん、違わない。だから、だから私は……袖ちゃんと一緒に居たいんだから」

「けれど私は……」

「分かってる。分かってるの袖ちゃん。どっちも選べないからこそ……どっちも大事にしてくれるから袖ちゃんなんだって」

 

 もうそんなのは月の異変の時に気づいたよ。なんて、大人びた笑いとともに流すフラン様。

 その姿はとても美しく。まさしく一皮剥けたと言えてしまうほどに、成長を感じさせるものでした。

 

「だからね、私のお願いは一つ」

 

 異変の時にみんなで集まって移動して、そこで誰かが来たら足止めするんだよね? とフラン様。その言葉に頷く私。言葉はありません。……言葉は出せませんでした。

 その返答を聞いて、そっか……と返すフラン様。だったらね、とこちらに目を向ける。

 

「私を最後にして欲しいの。私が、私が最後。それだけ」

「フラン様……」

 

 私の選んだ事を見抜いた上で、そのお願いをされる。その事がどこまで彼女にとって重いことだったのかは私にはわかりません。けれど、先程から向けられる瞳には確かな重みが宿っていて、それを無碍には出来ないという説得力が確かに存在しておりました。

 重々しい口を、私は開きます。

 

「……わかりました」

 

 本当に、本当に、それだけ。それ以上に私は何を言えばいいのかがわかりませんでした。礼を言えばいいのか、それとも謝ってしまったほうがいいのか。

 ただ、この向けられる感情は悪いものではなくて。同時に胸のどこかを悲しさで染めるものでもありました。

 

「ん、ありがと、袖ちゃん」

 

 再び紅茶を啜るフラン様。釣られて私も口をつけると、すっかりとぬるくなってしまった紅茶が時の流れを感じさせて下さいました。向こうは、まだ温かかったりしたのでしょうか。それも聞けば教えてくれる事。けれど、それ以上に、多く言葉を交わすこともなく、束の間を過ごした後に私達は別れました。

 

 これでよかったのか、何か言うべきではなかったのか。なんて思いつつも。私にはその解答は持ち合わせてはおりませんでした。

 

 

 最後に小傘ちゃんにも異変のことを伝えると、やたらと決意に満ちた目で私やるよ! と自信満々に返される。なんだかこちらがたじろぐような勢いでしたが、何かあったのでしょうか。嬉しいかぎりではありますが。そんな勢いにおされてかフラン様の事は相談できず仕舞い。

 

 

 ともかく、全員に通達し。予定を決める。なんだか遊びの約束みたいでわくわくとしてくる私たち。だんだんと、お菓子は何持っていこうとか。お酒はどのくらい必要だとか。宴会の準備染みて来る始末。みんな笑顔でした。そして、その笑顔を目に焼きつけようと私は必死でした。

 

 そして、いつの間にか間欠泉が噴出した冬が終わり、春に近づこうという頃に、一つの確信が頭を走りました。

 

 ──今年の春は迎えられない。

 

 そんな予感がして、実感があって。そのことをみんなへと伝えていきます。そしてみんなで盛大に花火を上げる日を決めて──

 

 

「ふぁあ、朝早くてねむいわー」

「ま、一日で幻想郷を回るんだ。早ければ早い方がいい」

「まったく、昨日は昨日でお酒飲んだし、朝日が眩しそうね」

「今日の為に飛べるように訓練したんだからがんばるよ。水筒もちゃんと持った!」

「袖ちゃんが気分悪くなったら日陰はつくってあげなくちゃ」

「朝寝坊しなくて良かった。習慣戻した甲斐があったわ」

 

 わいわいがやがやと、私の家の前に集まる六人の声が自室へと響きます。朝日は昇っておらず、雨戸を閉める前に清浄な空気を胸いっぱいに吸い込んでいく。

 

 荷物は持ちました。出る前に顔を洗いました。布団もちゃんと畳んで、寝間着と一緒に部屋の片隅へ。朝ごはんも食べて、食器は洗い済み。忘れ物は……ないですよね?

 一旦の区切りとして大安売りをかけた店内はがらんとしていて、その棚の間を小走りで抜けていく。ちらり、と目の端に映るのは、魔理沙さんと一緒に傷をつけた古びた柱。そんな思い出も今日で一区切り。

 戸を開ける前に後ろを振り向くと、目に飛び込んでくるすっかり整理のついた我が家。朝日も差し込まぬ薄暗い店内に、頭を一度下げる。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

 そんな言葉を我が家に掛けて、いつものように、がらりと外へ踏み出していく。

 

 

 

 そうして開けた扉の向こう。朝霧の立ち込める中で皆さんが待っていてくださいました。急いでその輪の中へと踏み込んでいきます。

 

 

「お待たせしました」

 

 私が現れて、みなさんが思い思いに反応する。ぶーぶーなんて不満もあり歓迎もあり、そんな光景に私もみんなも笑ってしまい、しばしの談笑。

 ……そして、誰ともなくじゃあ行こっかという言葉が発せられる。

 

「あ、ちょっと待って下さい」

 

 雰囲気に水を刺したのは私。雰囲気に流されて、あやうく忘れる所でした。やり残した事一つ。不思議がるみんなを背中に、我が家の戸へと駆け出します。

 それは、いつも出掛けているときにやっていた作業。手慣れた手つきで作業をこなす。看板がまだ出ていないのは好都合。看板を下ろす必要がありませんから。やることは単純。ただ戸締りをして張り紙をしていくだけ。

 

 そんな行動に皆笑う。暖かい雰囲気の中、ふいに空を見ると朝焼けが春先の空を染めていっておりました。

 

「じゃあ行きましょうか」

「どこにいきたい?」

「そうですね……」

 

 みんなで並んで人里をこっそりと抜けて歩き出す。影狼さん、蛮奇さん、わかさぎ姫、妹紅さん、小傘ちゃん、そしてフラン様。そんなみんなと歩く私は、さしずめ小さな百鬼夜行。

 

 さてさて、どこへと参りましょうか。やる事もなすことももう決まっております。あとは……みなさんと遊ぶだけ。

 朝早くから、夕方の帰る時間まで、たくさん遊べるといいな、なんて期待に胸を膨らませて歩いていく。

 

 

 そうやって、異変の朝は誰にも気づかれる事なく始まったのでした。

 

 

 さてさて、今回はここまで。

 

 これから歩き始め、終わりまでずっと歩いていく。……きっと止まる事はありません。こんな様子を、人生なんて例えたら美しいのかもしれませんね。

 

 

 私の歩みもまた、いつか止まるところまで歩いていく。みんなと、それぞれと、そして一人で。それは楽しみに満ちたものかもしれません。苦渋に満ちたものかもしれません。それを知る術はきっとないのでしょう。

 

 ですから……どうか、どうか最期まで見続けることができますように。

 

 

 

 ではでは、今回のお話はここまで。次回も()()続きお楽しみ下さる事を、願っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──只今、閉店中。

 

 御用のある方は、書き置きを残しておいてください。

 

 




みんなで並んで歩く絵っていいよね!!

評価、ご感想お待ちしております。


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Stage1 不死鳥が鳴いた夕染め空 道中

お待たせしました。
リアルが忙しく、しばらくペースが落ちるかもしれません。申し訳ないです。


 夕焼けの空を見て、いつしか思った事。帰りたくないとごねた事。

 ──それらは全てあの夕空が聞いていた。

 

 

 色んな風景を見て、皆が笑う。これもまたいいのかもしれない。それでも、私のみたいな存在でもなければ終わりは来るものだ。きっとまた、それも必然というもの。

 終わらないってことは、きっと良くないことなはず。そう……良くないんだ。

 

 彼女の背中を見つめる。小さいけど大きな背中。あの夜。私が求めて、諦めて、それでも助けようとしてくれた背中。

 結果的に私は、あの頃よりちょっと丸くなった気もしつつ、日々を謳歌出来ている。何もかもを諦めていた頃よりも楽しくなった。そう、思える。

 

 だからね、袖ちゃん。私は感謝してるんだ。

 

 

 私、藤原 妹紅 見つめているよ

 

 

 夕暮れが足を伸ばし、こちらへと近づいてきた。みんなで楽しく妖怪の山やら湖やらと巡った一日の終わりの始まり。

 すなわち、私たちの異変の始まりが近いことを告げていた。

 

「さて、袖ちゃん」

 

 それを切り出すように、私は言葉を口にする。夕染めの空を飛んでいた一向の動きが止まり、こちらに顔を向ける。怪訝そうな顔、何をいうのかと興味を向ける顔。興味なさそうな顔。それぞれの視線が突き刺さる。

 奇妙な集まりだ。なんて思う。彼女の人選だが人魚に、人狼に、飛蛮奇に、付喪神に、吸血鬼。それに不死人。……どんな面子だ、本当に。

 深く考えてしまうと、話が進まないので話を押し出すかのように進めていく。

 

「これからどうする?」

 

 実際そこが一番重要な部分であるのは間違いじゃない。はず。

 

 今から始めるのは、彼女自身の力を使って時間を引き延ばす事。時間を引き延ばしてなるべく幻想郷を回りたいと言っている。それもまた事実だろう。

 けど、きっとそれだけじゃないはず。遠慮がちの彼女のことだ、それだけの為に人に頼むか、と言われると少し首を捻る。

 確かに異変が起きれば妨害はあるだろうし、私たちも止めるかもしれない。ただ、そういったことすらも袖ちゃんなら認めつつ受け入れていたような気がする。それだけに、今回お願いされたことが引っかかる。

 

 まぁ、ただこれ以上深く詮索する気はない。彼女がやりたいと言っていたのだから袖ちゃんにとっても悪いことじゃあきっとないはずだ。まさか彼女自身、前の私のような自殺願望があるわけないだろうし。

 

 そんな訳で、袖ちゃんを見つめる。

 

「私はまだ見て回りたいですね」

 

 人里と、あとは。と指折り数える袖ちゃんがそこで止まり、言いにくそうな顔でこちらに視線をくれる。大抵こういう時は良い予感がしないな。なんて思いつつも聞き返す。

 

「それと?」

「博麗神社にいきたいですね」

 

 その言葉を出したとき周りが一瞬だけざわつき、そして各々の表情を浮かべている。笑ってる奴、呆れを浮かべている奴。微笑んでいる奴。私はどちらかというと呆れている方に入っていた。

 

「あのな、袖ちゃん。行ったらどうなるのか、わからない訳じゃないよな?」

 

 彼女の突拍子の無さはいつもの事だと思いつつも、優しく問いかける。そんな声に袖ちゃんも苦笑いを浮かべたあと、寂しそうに、残念そうに表情を変えた。

 どうにもこの表情には弱い。しかも、これはきっと止まらないだろう……だって──

 

「どうしても駄目、ですかね?」

 

 彼女は言動とは裏腹に言い出したら聞かない頑固者だということも、経験上、実によく知っていたからだ。

 ちら、と周りを見渡す。夕陽の中、様々な種族の各々の表情が浮かぶ。ただ、口出しはしてこない。博麗神社に辿り着けばどうなるか皆分かっていて、その中で誰が戦えるかという沈黙の確認。

 まだ異変は起こっていないにせよ、間違いなくこの集団でいけば気づくはずだ。そうしたら戦闘になる。その中で一番槍を務めて、この楽しい幻想郷巡りから一抜けするかの確認。

 

 再度、面子を見渡す。……悪いとは思うけど、正直、私よりも強いのって吸血鬼ぐらいなんじゃないだろうか。付喪神やら、陸に上がった人魚やらが強いとは思えない訳で。しかも、フランドールとかいう吸血鬼は動く素振りを見せない。ただ私も別に袖ちゃんと離れたいわけではないしなぁ。といったところ。

 

 視線を動かしていると、たまに人里にいたりする多々良小傘と目が合う。知らない仲ではないが、今回の集まりまできちんと話した事の無かった相手。彼女は袖ちゃんに対して、私たちとは違う感情を持っているようにも思えた。普段、袖ちゃんからも名前をちらほら聞くくらいなのだから、相当に仲がいい事は確かなんだけど、何か妙でもある。

 そんな彼女が決意を秘めた目をしていて、どこか寂しそうなそれに私が気づいてしまった。そのままに彼女が口を開こうとして──

 

 瞬間、強い風が吹いた。私の迷いを吹き飛ばしていくような、背中を押していくような強い風。

 

 こちらのだんまりにおろおろとしていた袖ちゃんも、この集まりも、皆が口を紡ぐ。そんな中、言わせまいと私だけが口火を切った。

 

「わかった。袖ちゃん。何かあったら私が対処してやるよ」

 

 茜を運ぶ風の中、私は一抜けの声を上げる。皆がさまざまな顔を見せる中、一歩分だけ袖ちゃんに近づいた。

 言わされたみたいではあるけど、もう、腹を括ってしまおう。

 

「何があろうと、私がいる間は守ってやるよ」

 

 夕焼けの空に広がる雲の下、異変の一番槍がここに決定した。

 

 そして驚いた顔の多々良小傘に視線を向け、首を振る。きっとこの付喪神の役割はここじゃない。吸血鬼にしたってそうだ。やっぱり最後まで異変らしくあるのなら、切り札は残しておきたい。そうしたらここで戦えるのは私しか……

 いや、違うか。もっときっと口を開いたのは単純なことなんだ。

 

『これは私の我が儘です』

 

 異変のときに聞いた言葉を、もう一度告げられた日から私はずっと助けてやろうと思っていたんだ。あの時、私を引っ張りあげてくれた我儘を、今度は彼女自身が使う。それがとても、とても嬉しかった。

 だから、私は彼女のやりたい事をさせてあげたい。異変というこの壮大な遊びを最後まで楽しんでもらいたい。そうして、終わったらまた一緒に焚き火でも囲いたい。ただ、それだけだ。

 

 我儘なのだから、袖ちゃん優先だよな。そうしたら親友は最後まで残しておくべきだろう。ならば、私のやるべきことは一つだ。

 

「私がやる。これは誰にも譲らない」

 

 もう一歩分、袖ちゃんに近づく。

 袖ちゃんは、何かを言おうとして、飲み込む素振りを見せる。そして、微笑みを浮かべながらこう言った。

 

「ありがとうございます、妹紅さん」

 

 と、妹紅さんなら安心ですねと、無垢な信頼を受け、少しこそばゆい。

 いつの間にか長く付き合っていた彼女。色々とあって、助けもしたし、助けられもした。友達、と呼んでいいのかは分からないけれど、きっとこういうのも友達と言っていいのだろう。

 

 あの日、袖ちゃん自身の口から、性質が変化するかもと聞いて、もしかしたら今まで通りにはいられないかもしれないと聞いた時から、この質問だけはすると、心に決めていた。

 

 私がここにいる意味と、ここにいる理由。それはきっと。

 

 顔をほころばせる袖ちゃんに語り掛ける。

 

「……袖ちゃん」

「なんでしょう?」

「今日は朝早かったよな」

「えぇ、危うく寝坊でした」

「そのあと、妖怪の山に行って、天狗に因縁つけられたよな」

「あれは逆に天狗さん可哀想でした……」

「梅の花が咲き始めの下でお昼ご飯食べたっけ」

「えぇ、とてもとても綺麗でした」

 

 なぁ、袖ちゃん。こうして、私が外に出回って遊んでいるのは誰のお蔭か分かってる? こうして、今も夕染めの空の下で笑顔を浮かべていられるのは誰のお蔭?

 彼女のくれた影響はとても小さくて頼りない。そして、私自身の変化はとても小さいけれど、その変化が、そのとても小さい変化が私にとってはとても大事な変化だったんだ。

 あの夜、少しばかり頼りない手を頑張って伸ばしてくれたから、ここでこうして遊んでいられたんだ。

 

 ありがとう。袖ちゃん。私は、変わる事が出来たよ。

 

 ──聞きたい事。それは、私がいて、貴女がどうだったのかという事。私がいて本当に良かったのか、という事。

 不死という長い時間の中で、今、この瞬間。私がいて、彼女は幸せだったのかどうか。

 

「なぁ、袖ちゃん」

「何でしょうか?」

「今日は……楽しかった?」

 

 彼女が一日を楽しく過ごしたいといった。まだ、一日は終わっていないけれど、終わらせないけれど。もう、時刻は日が沈みかけて、私はそろそろお別れの時間。

 身長差がある彼女を見下ろす。小さくて、大きい彼女は、橙に染まる空の中、にっこりと微笑んだ。

 

「はい、とてもとても楽しかったです。きっとこれくらい楽しいのはあとにも先にもありません!」

 

 二の句が継げず言葉に詰まる。こっちこそって答えるつもりが、胸の方でつかえて出てこない。そっか、楽しかったか。……そっか。

 

 救われた。そんな気がする。結局、私は袖ちゃんが変わってしまいそうなのが怖かったんだ。

 置いていかれるのに慣れていたつもりだったのに、誰かが変化してしまうのがこんなにも怖いことだったなんて忘れていた。

 けど、きっともう大丈夫。これでもし変化した彼女が私を忘れたとしても、きっと今日を抱えて生きていける。

 

 救われた、救ってくれた笑顔を見て、自然と口端が吊り上がる。

 

「そっか、よかった……ありがとう、袖ちゃん」

 

 

 いえ、そんな、と謙遜する彼女と、周りで微笑む仲間たち。なんだか気恥ずかしくて、空を見る。

 

 ──燃える様な夕焼けが、楽しそうにこちらを見つめていたんだ。

 

 

 なんだかんだと話し込んで、どこからともなく動き出して。そんな愉快な仲間たちと共に、博麗神社に向かう。道中、袖ちゃん以外の唯一の知り合いと言うべき、今泉影狼が話しかけてきた。

 

「案外いいところあるのね」

「案外は余計だ。案外は」

「じゃあ、いいところあるのね」

「まぁ、こうなる事は分かってたからね」

「世話焼きよねーほんと、嫌いじゃないけど」

「そりゃどーも」

 

 それにさ、と少しだけ声の調子を変えて影狼は言う。

 

「袖ちゃんと関わってちょっとだけ関わりやすくなったよね、もこたん」

「誰がもこたんだ、燃やすぞ」

 

 まったく、からかう相手を選んで欲しい。なんて思っていると、急に目の前の狼の耳がしょぼくれる。

 

「……ありがとね、たぶん私じゃ力になれない所だから」

「どっちにしろ私がやってたさ、気にしないほうがいいよ。……影狼」

「……ん、わかった。次は私、頑張るよ」

 

 なんとなく名前で呼んでみたけれど、案外悪くない。人付き合いなんて本当に限られた範囲でしかやっていなかったから、距離感には苦労するなぁ。とか関係ないことを思いつつも、影狼との会話をしていく。

 

 それから更に時間も過ぎて、日も落ちかけて、そろそろ夜の足音が聞こえて来る絶妙な時間。昼と夜が反発しあってまだらに混ざりあう魅力的な時間。そんな時間に差し掛かっていた。

 

 すると、先頭にいた袖ちゃんがくるりと後ろを振り向いて、皆が止まる。

 

 視線の集まる中、袖ちゃんの雰囲気が少しずつ変わっていく。変貌の仕方がまるで、あの月の異変の頃の袖ちゃんを思い出すような力強さと儚さを兼ね備えた変貌であった。

 よく妖怪と神の境界は絶妙なものだ、なんて言われているけれど、それを実感してしまうような力の質の変化が目の前で起こっていた。

 

「では、そろそろ始めようかと思います」

 

 彼女が、韮塚袖引が言葉を紡ぐ。彼女の雰囲気が変化したことに気づきながらも、その姿から目が離せない。

 

「私達の、きっと最初にして最期の異変」

 

 楽しさと、寂しさと、そして何故か別れの予感を感じさせるような表情が彼女に浮かんでいる。今にも夕暮れに溶けて消えてしまいそうなのに、その姿は何処までも力強い。

 

「皆さんと一緒に、精一杯、楽しみましょう!」

 

 ──そんな彼女は、不覚にも美しいと思わせるような何かが宿っていた。

 

 彼女が手を掲げ、何かを引っ張る動作を起こす。その瞬間に湖面に一石を投じたかのように波紋が広がっていく。神秘的な何かを内包したそれが、無限に続く空を追ってじんわりと幻想郷へと広がっていった。

 

 透明な力が広がる光景を私達は黙って見守っていた。さっきまで姦しかった異種族の集まりが静かに黙って固定された空を眺める。

 

 もう一度空を見上げると。空には夜の成りかけが広がっていて、そこに夕染めの色を染み込ませたかのような綺麗な光景が広がっている。雲がのんびりと流れ、今にも沈みそうな太陽が最後の輝きを放つ。

 そんないつもと変わらないような夕方。ただ一点、違うとすれば、そこから空が一歩も動く事がないということだろうか。どんなに探しても一番星は見当たらず、夕陽は沈まない。

 普通なのにどこか違う。いつもと同じなのに、何かが違う。そんな奇妙な違和感を秘めさせるような、焦燥感と不安を募らせるような空の元、袖ちゃんが手を下ろす。

 

 

 その瞬間、儀式は完了し、曖昧で、ゆったりとした時間がついに足を止めた。

 

 

 そういえば、夕暮れのこれ位の時間の事を、『逢魔が時』っていうんだっけ。なんて、私は思い出す。他には黄昏時、誰そ彼。行く先にいる人の顔が分からないから、もし、どなたか、と問いかけた時間。

 

 袖ちゃんに視点を戻す。髪が少し伸びている。きっと力の変貌か何かが起こっているんだろうな。神であって、妖怪であって、人間が大好きな袖ちゃん。

 彼女は今、誰で、どこに向かっているのかな。

 

 ふと、空の端を見ながら、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 夕刻が過ぎて、そろそろ夜になる頃の時間。人々は気づき始めるだろう。

 

 ──いつまでも、夜が訪れない。

 

 そんな異変が、静かに静かに始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 茜が差し込む鳥居を通り抜けて、博麗神社に到着する。清潔な空間に差し込む茜の光は見る者全てを魅了してしまいそうな光景ではあった。

 けれど、神社は基本的に夕方には閉まるもの。神様もそろそろ眠くなり耳を傾けてくれなくなる。まぁ、幻想郷の神様は別だけど。

 

 社を眺め、賽銭箱の方に視線をやる。すると、長く伸びた人影が一つ。ゆらりとこちら側に向いていた。視線を影の下へと伸ばしていくと、茜に染まった社の中で巫女が立っている。本来箒やら、湯飲みを持っている手には大幣、宙には陰陽玉が浮いていた。剣呑な雰囲気と形容するのが正しいと思う。

 

 幻想郷の守護者、霊夢が戦闘準備を完了させて、こちらを待ち構えていた。

 

「やっぱりあんたたちか、とりあえずまずはお賽銭。素敵な賽銭箱はこちらよ」

 

 呑気に、けれども剣呑に。幻想郷の守護者は語り掛けて来る。

 

「神様だってこの時間は閉店中だろうに」

「そうね、神様はお休み中。けど賽銭箱は年中無休なのよ」

「そりゃ、働きもんだこと」

 

 私が答え、霊夢が返す。その張りつめた雰囲気の波紋が広がって、こっちの集団にも緊張が走る。そして口々に霊夢に挨拶代わりの喧嘩口調を投げつけた。

 そこに袖ちゃんも混ざって来る。彼女は何か言いたそうにしながらずっと黙っていたが、その堰を切ったのかぽろりと口から溢した。

 

「霊夢さん、私は……」

「何、観光でもしに来た? けどね、私は言った通りアンタを妖怪として倒すって決めてるの」

「やはり、そうなりますか……なりますよね」

「そうね、面倒だけど私は博麗の巫女だもの」

 

 にべもなく突き返す霊夢。その言葉に偽りがないように、彼女はお払い棒を構えた。その態度に慌てる袖ちゃん。そしてそれを見て、構える私。大丈夫だよ、袖ちゃん。私が代わりに戦ってやる。なんて覚悟をしていると袖ちゃんと霊夢が再び話し始める。

 

「そろそろ始めるわ」

「待って下さい! せめて……」

「せめて?」

「お賽銭と、ご参拝だけでもしたいです!」

 

 その言葉に、袖ちゃんを除いた全員が拍子を外す。なんたってそこをこだわるのかと、言いたい気持ちを抑え霊夢の方を見遣ると、やっぱり霊夢も調子を崩されたようで、頭をぽりぽりと掻いている。

 そして、ため息で一拍。

 

「……いいわ、いってらっしゃい。ただ、お賽銭は忘れずにね」

「ありがとうございます!」

 

 そういうと、袖ちゃんはとててててと賽銭箱に近寄り、お賽銭をした後、柏手を打つ。そしてなにかを呟いた後に、啞然とする集団へと戻って来た。

 

「お待たせしました!」

 

 皆が微妙な反応を示す中、霊夢が仕切り直し。

 

「で、もういいかしら?」

 

 お払い棒を構えてこちらに敵意を向けて来る。仕方ありませんねと、袖ちゃんが前に出ようとして、私が止める。

 

「私が代わりに戦うよ、まだ行きたいところがあるんだろう?」

「でも、これは私が始めた異変で」

「分かってるよ、けどね、だからこそ袖ちゃんは戦っちゃダメなんだよ」

「だってここに来たのも私の我が儘で……」

 

 その意思が好きだから。その意思が好きだったからここまできた。もしかしたら変わってしまうかもしれない彼女を、今しかいない彼女を一秒でも長く好きにさせる。

 悪いことじゃあないさ。

 

 袖ちゃんの頭を少し乱暴に撫でる。

 

「その我儘が私は好きなんだ。さっきも言っただろう? 私が守ってやるって」

「待って、待って下さい! 私は──」

「大丈夫さ、霊夢を倒したら追いつくよ」

「待って下さい、そんな意味で私はっ!」

 

 若干突き放し気味にいった言葉すらも意に返さず、こっちに手を伸ばす袖ちゃん。言うだろうなぁとは思っていたけど、やっぱりか。なんて笑ってしまう。

 謙虚に見えて、本当に欲張りなやつだよ袖ちゃん。我儘って言葉が本当に似合ってる。

 

 ──だから、私は戦える。

 

 決心を固めていると、それを見取ったのか、ぐいと、影狼が袖ちゃんを引っ張る。

  

「袖ちゃん、行くよっ!」

 

 止めようとする袖ちゃんを、影狼が遮って、動こうとする彼女をみんなが抑える。その様子を見て、頼むよ、と視線を投げると各々に頷いてくれた。そして、何かを言ってる袖ちゃんをそのままに連れ去り、博麗神社を去っていった。

 

 なんだ、会話とかぎこちないなんて思っていたけど、割と悪くない集まりじゃないか。また今度集まっても楽しいかもな。

 なんて、思っていると霊夢がこっちに声を掛ける。

 

「騒がしいわね、ほんと。静かに参拝も出来ないの」

「見逃すなんて案外優しいところもあるじゃないか」

「案外は余計よ、案外は」

「そーかい」

 

 どこかで聞いたような言葉だなと思いつつ、言葉を投げる。不気味なまでに動かない霊夢に気を張る私。

 

「別に言われなくても、追いかけるわ」

「じゃあどうして見逃した」

「一人一人やったほうが楽だからよ」

 

 まるでこっちは眼中にない、と言わんばかりの発言にカチンとくる私。

 

「そうかそうか、確かに私も一人相手にした方が楽だな。何より倒すのに時間がかからないから、すぐに追いつける」

「追いつかないわよ。アンタはここで伸びるてるのが役割よ」

「おいおい夜が近いんだ。また恐怖体験したくなければお家に帰りなお嬢ちゃん」

「近いけど遠いのよ。それに肝試し大会はもういいわ。演出が貧相で飽きたわ」

 

 言葉の応酬で、場も心も暖まっていく。こういう空気は嫌いじゃない。もともと喧嘩慣れしてるのもあることだし、今日は気分がいい。存分に戦えそうだ。

 

 炎を顕現させ、身に纏う。手に足にまとわりつく炎が、ぱちぱちと空気が爆ぜさせ地面を焦がしていく。

 対して自然体でこちらを挑発する博麗の巫女。

 

 なんだか余裕綽々で少し癪に障るが、まぁ、そんな態度も悪くない。今に変えてやるさ。

 

「私の炎が貧相だって? この目で確かめさせてやるわ」

 

 その言葉を皮切りに、炎を霊夢に向かって繰り出す。うねりをあげ突っ込んでいくそれを、霊夢が回避した。

 ごうという炎とともに、天を焦がし狼煙代わりの煙が一つ。

 

 

 異変の始まりを狼煙で飾る。そんな一番槍も彼女のためなら、まぁ悪くは無いさ。

 

 そんなことを思いながら、戦いへと身を焦がしていった。

 

 

 

 ここに、茜色の異変が始まり、その最初の戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 いつかどこかで鳥が鳴く。もう、帰る時間がやってきたんだ。

 それでもまだ、終わって欲しくなくて足を止めた。

 

 夕焼けがこちらを焦がす。

 

 ぴたりと、一緒に立ち止まった自身の影。

 長く長く伸びた影が、泣きそうにこちらを見つめていた。

 



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Stage1 不死鳥が鳴いた夕染め空 ボス

お待たせしましたー



 茜差す空を見て、ため息を一つ投げ込む。

 私だって……なんて言葉はきっと似合わない。けど、こうも言いたくもなるわよこんなの。

 

 もう一度、空を見上げる。迷いを帯びた茜の空がこちらを見返していた。

 

 もうすぐ彼女はここにやって来る。それは私の勘が告げている。それは彼女に終わりを渡すことに他ならない。

 燃えるような赤い空。雲の流れもいつもとは違う。その変化の有り様が何かが決定的に変化する。そんな事を告げている様な気がして、焦りのようなものが胸を焦がす。

 

 それを見て、もう一つため息。 

 

 

 あーあ、もう、本当に面倒ねぇ妖怪ってのは。

 

 私、博麗 霊夢。決心中よ。

 

 

 彼女を始めて見たのは……覚えてないわね。いつだったか忘れたけど、その頃には当たり前に人里に居て、当たり前のように人間に接していた。

 まぁ、人里に潜り込む妖怪なんてそこそこいて、そこは問題はない。けど居を構えているのは本当に珍しい。そこには驚きもしたし、疑問も抱いた。

 結局、考えるのが面倒になって紫に聞いたんだっけ。

 

 それに対してあの隙間はこう答えたの。

 

「あれは私達の問題だから良いのよ。しばらくの間は放っておいて頂戴な」

 

 私達という言葉に引っかかりは覚えたけど、ふーんそんなものかと、当時は流していた。

 まぁ、問題を起こしたら退治すればいいか。とそんな考えの元に放置していた。

 けど、そんな退治の機会は訪れなかった。問題を起こせば、なんてこともなく。むしろ人助けをしたりして暮らしている。その態度に問題は無かった。無さすぎた。

 彼女は時折思い出したかのように人にいたずらをするだけで、他はのほほんと暮らしているだけ。私的にはそれでいいんだけど。彼女的に、なにより幻想郷にとってそれは良いことではなかった。

 幻想郷の均衡は妖怪が人間を脅かし、恐怖を煽り、それを糧とする妖怪。脅かされつつもそこで暮らす人間たち。そこに均衡が生まれ、その均衡を崩すものが現れたときに私、博麗の巫女の出番がやってくる。

 それ故に、脅かしてもいなければ、均衡は崩していない。だからこそ彼女は面倒な存在だ。妖怪は人間とあまり馴染みすぎてはならない。

 居るだけで問題児な彼女。退治も出来なければ、かといって干渉も難しい。確実に頭痛の種の一つになるだろうそんな予感を感じていた。

 

 そんな頭痛に悩んでいると、意外なところから繋がりが出てきた。なんと、魔理沙が昔を知ってるそう。

 そんなわけで彼女の話を聞いた。昔世話になったそう。色々と手助けしてくれたり、遊んでくれたり。そして……といったところで彼女は口をつぐむ。

 

「まぁ、そんなところだよ袖引は。昔から何にも変わってないからな」

 

 話さなかったことも気になるけど、何よりも魔理沙が大事に思っていそうなのが意外だった。何もかも捨てて魔法の森に住んでいても切れないものもあるのね。とそんな風にすら思えてしまうほどに。

 

 春がきて、夏がくる。四季が巡って、幻想郷にもいくつかの異変が起きた。その度に袖引は首をつっこんだと噂が耳に入る。

 紅い霧が幻想郷を包んだときは、妖怪から人里を守った。そのあと吸血鬼の家庭事情に関わっていった、とレミリアから聞いた。

 あの幽霊が起こした春が来ない異変。その時は私の所に来たんだっけ。苛立ってたからぼこぼこにしたけど、あれも元はといえば人間の為。

 じゃあ、その後の萃香の異変は? やっぱり人のために萃香に立ち向かったと聞いた。面白いやつだよ、アイツ。とかなんとか言ってたわね。

 

 行動一つ一つを考えてもため息が出そうになる。

 本当に、本当に……おせっかいだ。おせっかいで、それは人の為を思っての行動。なのに……それは間違っている。どうしようもなく間違っている。幻想郷にとって彼女は異物でしかない。「妖怪」としての彼女は、幻想郷が理想とする妖怪像とはかけ離れていた。

 

 そんな時にもう一度、紫に聞いた。あの妖怪は何なのかと。

 

「あら、私を呼び出したと思ったらそんな事?」

 

 そう答えた紫は、少し微笑んでから彼女の生い立ちを語ってくれた。元々人間あったこと、神でもあって。そのどちらでも彼女は離別を経験していた。

 どちらも人間側の勝手な理由のせい。それでも彼女は人を恨まずに、記憶を封印してまで人に寄り添うことを選んだ事。

 

 彼女は優しかった。きっと、誰よりも人間に優しくて、人間の事を思っていたのかもしれない。

 けれど、そんな彼女に対して世界はそれほどに優しくなかった。

 それだけの話よ。と紫は語った。

 

「いずれ、退治する必要は……ある?」

 

 情けない声を出していたのかもしれない。別に私は情に厚い方じゃない。けど、けれど……この妖怪をいずれ退治せねばなるまいと思うと、気が重たくなる。故に心が少しだけぶれる。

 そんなぶれを見逃す程、紫は甘くない。

 

「えぇ。その時が来たらね」

 

 その時の紫はとても冷たくて、けど、とても正しかった。

 動揺を見透かされて、ぐっ、と言葉に詰まる。けど、何か答えなければいけない気がして声を絞り出す。

 

「そう……そうよね」

 

 言葉を口にすると、何かが胸を縛り付ける。彼女、袖引は妖怪で。私は博麗の巫女。いままで通り普通に過ごしていれば問題はない。

 宴会のときは騒いで、普通に訪ねてきたときは普通に応対し、そして……その時が来たら始末すればいいだけの事。

 

 その後は紫も何も言わなかった。だから、その時の会話はそこで打ち切られた。

 

 

 そしてまた時が流れる。きっと決定的に変化があったのはこの時の異変の後。

 

 月の異変が起きて、私が解決に乗り出して、そして解決をする。そんないつもの流れ。

 そんな異変解決途中に違和感が一つ。誰かが私の札を使って神の力を引き出している。そんな感覚が異変中に一度だけ起きた。

 神の力を行使するということは、神に通じるか、あるいは神そのものでなければならない。

 私以外でそんな力を使える奴。そして、この異変に参加していそうな奴。……すぐに思い当たってしまうのが一人いた。

 かつて神であった彼女なら、その力を行使するのは不可能なことではない。けど、そんなことをしてしまえば、彼女の存在が揺らぐことにつながる。

 

 流石にそんな馬鹿なことはしない。……と言い切りたかったし、寿命が縮まるようなことはして欲しくなかった。

 

 異変が終わったあとも、レミリアの企みに巻き込まれて月へ行ったりと、なかなか事の真偽を確かめられずに時は過ぎた。

 すっかり頭から抜け落ちてしまっていた頃。突然、彼女は現れた。

 

 目に入ってきたのは、私にとても馴染みのある神の力と、妖怪の力をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた様な危険な状態。

 そんな状態で博麗神社にふらふらとやってきていて、思わず私は呼び止めてしまう。

 

「ねぇ」

「はい?」

 

 呼び止めた先を考えいなくて、少し間が出来る。そんな間を塞ぐように少し早口で捲し立てた。

 

「袖引、あんたこの前、宴会で騒いでたわね? 罰として裏手にある墓掃除をしなさいな」

「えぇ……わ、分かりましたよ! 睨まないでください!」

 

 ぱっと、墓掃除が浮かんだのは、私が何をしたらいいか分からなくなってしまっていたからだ。

 

 この子、しかもこんな状態に対して何をしたらいいかなんてわかる訳がない。どうしてこうなったのかも分からないのにこれ以上手なんて出せないわよ。

 

 あぁ、もう。こんな事を私が考えること自体が異常だ。

 同情したいわけじゃない、けど、

単純に退治するべきなのか迷う側面がたくさんあって。魔理沙の恩人でもあって。私一人で行く末を決めてしまうには、彼女にはしがらみや繋がりが多すぎる。

 

 そこで、ご先代何か助言めいたものをくれるかも。なんて、半ば神頼みめいた考えで墓に放りだしたのだ。

 

 放置していくばくか。そっと様子を覗いてみると、そこにはきちんと掃除がなされ、更には手を合わせている袖引の姿。

 なんというか、本当に……

 

「終わった?」

 

 言葉にしづらい困惑じみた気持ちを持ちつつも声を掛けた。

 静かに振り向き、えぇ、と短く返す彼女。

 

「物好きよね、あんた」

 

 心のうちにいた言葉をそのまま投げつけてみる。すると、彼女は不満と疑惑が混じった目でこちらを見返す。

 

「あの……」

「何?」

「これは霊夢さんが掃除しろと……」

 

 ごもっともな返答だ。ごもっとも過ぎて特に何も返す気も起きなかったので、そうね。と返してみる。

 

 ちらり、と再び視線を戻す。……姿形はかわっていない。なのに、中身が違う……違うというか、もともと持っていたものが溢れ始めている。

 

「ね、袖引」

「はい?」

 

 声を掛けると掛けるときょとんとした顔が返って来る。この表情のままで終わって欲しいと思いながら、決心を一つ。かまを掛けてみる。

 

「何処まで覚えているの?」

 

 過去の事、今の事、そして、袖引自身の事。そのことをどれくらい認知しているのか、それによって私の動きも変わってくる。

 この質問で何かが変わる。そんな予感が頭をよぎる。私がそう思ったということは、間違いなくそうなる。そうなってしまう。

 内から来る確信に心が動く。そんな動揺を悟られないように、そっけなく端的に。

 そんな心をしってか知らずか、彼女は特に躊躇うこともなく口を開いた。

 

「ちょっとだけですよ」

 

 この瞬間に喉に詰まっていたものが、すとん、と胸に落ちてきた。──そう……もう、知っている。知ってるんだ。

 

『ちょっとだけ』つまり知らない事を知っているという事。

 彼女が何も知らない妖怪から、複雑な事情がある妖怪もどきになったという事。

 何故人を襲う必要があまりなかったのか、おおっぴらに人里に住んでいて咎められなかったのか。その事に気づいてしまった。という事。

 

 それは、私にとって、手を打たざるを得ない段階に進んでいるということもあって、すぐに受け入れるには心の準備が足りていなかった。

 

 これから先、袖引がどう動くかがこれで完全に読めなくなった。妖怪として生きるのか、神として生きるのか。それとも他の選択肢を取るのか。それは彼女次第。

 だけど、それは彼女の問題でもあって、幻想郷及び人里の問題でもある。

 

 彼女は、妖怪だ。そうであるのなら袖引は人里から立ち去らねばならない。妖怪には恐怖が絶対に必要。だけど、袖引はそれを積極的に集めようとはしていない。素性も隠さずにそれでは困るのよ。だって、それは全体の均衡の崩壊に繋がるから。

 人が妖怪に対する恐怖を和らげてしまえば、感情を糧にする妖怪は消滅の憂き目にあう。人が妖怪に対して油断し始めれば、人肉を糧とする妖怪の恰好の餌食になる。それは博麗の巫女として容認出来ない存在になってしまう。

 そうなった以上、退治しなければならないのだ。彼女の存在は綻びに繋がってしまうから。

 今度は冬の異変のような『ごっこ』ではなくて……本気で。

 

 この瞬間から、彼女は袖引でも周りが呼んでいるような袖ちゃんでもなくて、ただの『妖怪』となった。

 

「あっそ」

 

 悩む必要がなくなった。そう考えれば気が楽になったのかもしれない。

 けど、けれど。散々悩んで、散々躊躇して、何度かごっこ遊びもしていて、宴会に来ていて、たまに人里でも話しかける。そんな存在を今日からはい、そうですかと放り投げられる程に私は大人じゃない。

 だから……今日だけは、今日だけはこの子は袖引だ。誰かがやっているように無遠慮に神社に遊びに来ている妖怪の一人で、それをこき使うのが博麗霊夢の役割だ。

 そんな訳でお茶を入れさせたり、雑談したりして時間を潰す。そして、忠告を一つだけ言ってあげる事にする。

 

「ただ、私が動いたら()()として倒すからね」

 

 その言葉は選別な様なもので、訣別のようなもので、いままでの私に対する決意なようなものでもあった。

 

 

 

 時が過ぎて。私は夕暮れを眺めている。

 

 いつまでたっても変化のない夕焼け空は、まるで終わって欲しくないと泣きじゃくる子供のようで、ちくりと心のどこかに針が刺さった。

 

 魔理沙になんて言おうかしら。とか、ふと考える。そういえば最近魔理沙の様子がぎこちなかった。

 しかも、その事について口が重い。話したがらないところを見ると、彼女絡みで何かあったのかもしれない。もし喧嘩別れとかしていたら、それが今生の別れにもなりかねない。それは少し酷だ。

 

 まぁ、彼女も運が良ければ、肉体的には死ぬことはないはず。けど、神様交じりの彼女の神性を否定するということは、彼女にとって半分死ぬのとなんら変わりのない事。

 彼女は決定的に変化が起きる。それは間違いではないはず。

 

 それは魔理沙にとってどうなるんだろう。彼女にとってはどうなるんだろう。分からない。分からないけど、きっといい事ではないはず。

 

 でも、これはもう決めた事。決心したことに関してアイツ(八雲紫)は何にも言ってこない。つまり、少なくとも間違いじゃないって事。それだけは確信出来る。

 

 もう時間はそんなに残されていないはず。元々不安定ながら崩れる心配がなかったものが、崩れてもおかしくない状態になった。あれはそういう不安定さだ。迷っていたらこの異変は時間切れになる。

 それは解決にはなるけど、いい結末は持ってこない。急がないといけないの。

 

 だから、せめてとばかりに泣きじゃくる空を睨み返してやった。もう、迷うことはしない。迷う時間も、ないのだから。

 

 宙に陰陽玉を浮かせ、大幣を手に取る。あとはやるだけ。

 心のどこかにある迷いを振り切るように、一度だけ大幣で空を切る。泣きじゃくる空を殴りつけるように。

 

 

 しばらく経つと、そんな夕焼け空にいくつかの影が差す。その影達はだんだんと近づいていって、友人の様な気安さで目の間に降り立った。

 ため息の一つでもくれてやりたい気分だけど、そんな気分とため息を飲み込みつつ、かわりに軽口を投げてみる。

 

「やっぱりあんたたちか、とりあえずまずはお賽銭。素敵な賽銭箱はあちらよ」

 

 人数……多いわね。なんか見たことのあるのばっかりだし。彼女の周りにいたやつらばっかり。まぁ、いいわ。一人ずつ倒していきましょ。

 

 その集団のメンツと何度かやりとりがあった後に、今回の首謀者に目を向ける。

 不安そうで、けどどこか覚悟を決めた目がこちらを見返す。

 

「霊夢さん、私は……」

「何、観光でもしに来た? けどね、私は言った通りアンタを妖怪として倒すって決めてるの」

「やはり、そうなりますか……なりますよね」

「そうね、面倒だけど私は博麗の巫女だもの」

 

 そう、前の時と同じ。いくら脅してもこの子は引かなかった。本当に頑固者で、私にとってどこまでも面倒なそんな考えの持ち主。そんな性格は決して嫌いじゃなかった。そう、嫌いじゃなかったわ。

 

 ──でも、私は博麗の巫女だもの。やるべきことはやらなくちゃ。

 

 

 で、そんな決心をしていたのに「お賽銭と、ご参拝だけでもしたいです」の一言で見事にぶち壊し、賽銭を投げ込む彼女見て、さっき呑み込んだため息が漏れる。まぁ、賽銭中は攻撃しないけどさぁ……まぁ、いいか。

 

 さて、とてとてと空気を読めない、読まない彼女が戻って来たところで仕切り直し。

 

「で、もういいかしら?」

 

 全員倒すつもりで武器を構えると、ごちゃごちゃ集団の中から、灰色髪が目立つ妹紅が前に出て来る。そのあと仲のよさそうなやり取りをして、そのままに妹紅を除いた連中は空へと消えて行った。

 やっと終わったのね、なんて思いつつ見送る灰色頭に声を掛ける。

 

「騒がしいわね、ほんと。静かに参拝も出来ないの」

 

 これはこれで好都合だ。一人一人倒すのは楽だし、何より魔理沙への言葉を考える時間が出来る。……まぁ、多少は嫌われるかもね。

 

 そんな事を考えながらも口火を切る。何かを考えながらなんて、本当に久々だ。駄目ね、集中しないと。今回は時間との闘いでもあるんだから。

 

 そうしている間に向こうは完全に暖まっている様子。流石は火の鳥ね、暖気は完璧だわ。そんなことを考えているうちに向こうが仕掛けてきた。

 

 

 地面を焦がす勢いの炎がこちらに肉薄する。けど、私は静観。

 こんなの当たらない。うねりを上げて炎が側を通り過ぎていくのを眺めて一言。

 

「神社荒れるから嫌なんだけど……まぁ、あとで掃除させればいいか」

 

 元々展開していた陰陽玉に力を込めて、弾幕を打ち出していく。後を考えるなんてらしくない。……相手が人間だって、妖怪だって神だって退治してきている私らしくない。

 

 空を飛ぶ能力を少し強める。こんなのじゃ戦えないから。こんなのじゃ異変解決の巫女になれないから、私は心ごと宙に浮かす。

 そして弾幕ごっこへと身を投げ込んでいった。

 

 炎と札が吹き荒れる中。妹紅が話しかけてくる。

 

「なぁ、霊夢」

「何よ」

「袖ちゃんはさ、どうなるんだろうな」

「こっちが知りたいわよそんなの」

 

 本当にこっちが知りたいくらいの話題を持ち出してくる相手。こっちの気持ちを知ってか知らずか、構わずに話を続けてくる。

 

「霊夢、彼女を倒すつもりなんだろ?」

「そうね、異変の首謀者ですもの」

「……何かいい解決策はあったりする?」

 

 はっ、と向こうの目をまじまじと見てしまう。妹紅の目はどこかすがるような、探るような目をこちらに向けていた。

 攻撃の手を緩めてこっちも聞き返す。

 

「そんなの聞いてどうするのよ?」

「あるなら聞き出して私が解決する。無いならこのまま倒す」

「……無いわよそんなの。あったらとっくにやってるわ」

 

 そうねぇ、こんな奴にもなんだかんだ言って好かれてるのよね彼女。今回の異変は意外と大きくなるかもしれない。

 そんな事を考えてしまう。いや違うか。そんな事じゃない。

 

 問題なのは、向こうも解決策を持っていなさそうなところ。

 ありえるかもなんて思っていただけに、落胆する気持ちがどこか遠くで主張していた。

 それは向こうも同じだったようで、落胆の色が瞳を陰らせている。

 

「そうか……残念だ」

「お互いにね」

 

 もうお互いに聞き出すことはない、そんなことを確信し再び弾幕を交えさせる。炎を潜り抜けて、羽のように広がる弾幕を回避し、札を叩きつける。

 

 とっとと終わらせて次ね。急がないと。

 

 

 気づけば茜に染まった空が少し濃さを増していた。薄かった箇所に絵の具を足していくように、暖炉に薪を追加するように、空は燃え上がる。

 何処かの誰かの存在を燃料にしながら、終わらない火が、終わりに向かっていた。




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Stage2 送り狼ともうちょっと 道中

 どこかで遠吠えが聞こえる。

 焦りが混じったようにも聞こえる遠い声は、足を縫い付ける。

 

 あぁ、帰りたくなんて、本当は──

 

 

 

 私はどうしようか。ずっとそれだけを考えている。私は彼女のなんなのか。それだけを手伝って下さいと告げられたあの日からずっと考えていた。

 

 私、今泉 影狼 答えを出してるわ。

 

 袖ちゃんにとっての私。それは……他人ではなく。特別親しい親友というわけでも無かった。

 ただ、一緒に酒を飲む関係で時折遊んで。そんな仲だった。わかさぎ姫や蛮奇もそう考えている。袖ちゃんは友達。それ以上でもそれ以下でもない。

 そのままの関係でここまで来たのなら、きっとここまで悩むこともなかった。けど、私は違う。私だけはあの月の異変で変化の予兆を見せる袖ちゃんを見てしまっていた。

 あの時は彼女のために必死に走り、傷付いて。自分でも馬鹿みたいなんて思いながらもがむしゃらにやって来た。なんでそこまでやったのか。友達のためにというには少し逸脱していた。

 

 だから私は考えたんだ。なんでかってことを。そこで辿り着いたのは憧れだった。

 あの子も私もそれ相応に弱い存在なのに、彼女の考え方は私とは圧倒的に違う。私は自分優先の考え方。彼女は他者優先の考え方。しかも自己犠牲をいとわない。

 

 それをあの異変で見てしまった。感じてしまった。

 目前に迫る脅威に対して、あの子は逃げろ。と言わんばかりに脅威に立ちはだかった。それは私では絶対に取らない行動で、どうあがいても馬鹿のやることで、私には自殺行為にしか見えなかった。

 

 ……けど、けれど、それを心のどこかでとても美しいと感じてしまう私もいて、それがあの時の私を走らせた。

 

 

 今にして思う。時々抱く袖ちゃんに対しての奇妙な感情。あれは一種の嫉妬なのかもしれない。臆病で、ちょっと怖がりで、でもマイペース。それをどこかで自分と重ねていたからこんな複雑な気持ちなのかも。

 

 

「私がやる。これは誰にも譲らない」

 

 夕焼けの中、妹紅が一番手を名乗り出た時も、私は自分の立ち位置を探ってしまっていた。となりのわかさぎ姫がこっちをちらりと見て、蛮奇が視線だけを寄越す。

 小傘ちゃんは袖ちゃんに特別な感情が少なからずあって、吸血鬼の幼女は袖ちゃんの何なのかがよくわからない。恩人だったとかは聞いたけど。

 

 そんな二人を差し置いて私が残るわけにもいかない。だから、私は袖ちゃんと次でお別れ。

 彼女自身の話によると、性質が変化すれば色々と変わってしまうかも。なんてことを言っていた。それが心の中でずっと引っかかっている。けれど、時間は待ってなんてくれなくて。

 夕暮れの空が止まっていても、皆の足は止まらない。私だけが置き去りになる。そんな錯覚すら抱いてしまう。だから、妹紅に近寄ってこう告げたの。

 

「次は私、頑張るよ」

 

 こう言えば逃げられない。こうすれば臆病者の私を縛っていられる。だからそう告げた。自身の鎖とするために。

 

 

 博麗神社に着く。ここに来る前からじわじわと背中を這っていた焦燥感を実現したかのように、赤い夕陽と薄暗く揺れる境内の影がくっきりと目に焼き付いて、現実を突きつける。

 ついに異変が始まってしまう。その事に毛並みが逆立って、鳥肌が浮かんだ。

 

「素敵な賽銭箱はあちらよ」

 

 目の前の博麗の巫女が何かを告げている。あぁ、少し、いや……怖い。争うことは痛いことだ。戦うことは怖いこと。それの考えが染みついてる私は足がすくむ。

 

 とか、考えていたら袖ちゃんがお賽銭をしたいなんて頓珍漢な事を言い出して、思いっきり力やら緊張が抜けていく。あのねぇ……ちょっとは周りの空気ってものを、無理か。基本、あの子あぁいう子だものね。

 はぁ、とため息が漏れる。色々と考えていた頃が霧散して散り散りになってしまった。いつも私のペースをみだすのよね。彼女は。

 ふにゃりと腑抜けそうになる中、向こうさんはやる気みたいで袖ちゃんが戻ってくると同時に、ぴりっとした空気を放つ。怖っ。

 さて、ここは妹紅にお任せしましょ。なんて考えていると何故か進み出る袖ちゃん。さっきあれほど妹紅が守ってくれるって言ったでしょ! とか言い出しかける。そこに入り込むように妹紅が袖ちゃんを諭した。

 

「私が代わりに戦うよ」

 

 うんうん、それでいい。だって妹紅強いし、ひょっとしたら霊夢にだって勝てるかもしれない。私や袖ちゃんが戦うよりもずっと分がある勝負。

 けれど、袖ちゃんはそれに納得がいっていない様子で食い下がる。何がそんなに納得できないのか私には分からない。だって、袖ちゃんは私と同じ弱っちい妖怪なんだから、大人しく強い人の影に隠れないと。

 

 きっとここが私と袖ちゃんの違い。弱いのに分かってない。異変のあの時も、今だって。なんでそんなに身体を張ろうとするのかわからない。群れの中の強い存在に守ってもらう。それはきっと当たり前の事なのに。

 

 在り方は似ているのに、決定的に違う考え方。それがずっと引っかかっていた。それがすとん、と理解できるようになる言葉を袖ちゃんは吐いた。

 

「だってここに来たのも私の我が儘で……」

 

 我儘……最近の袖ちゃんが、ずっと言っていた言葉だ。

 その言葉にはずっと違和感を感じていた。どこかおかしい。そんな感覚が常に付きまとっていた。

 だから、今こそ、その感覚を寄り合わせる。彼女の使う我儘の意味を考えて、普段の言動を考える。──そこでかちり、となにかが嵌った。

 

 この言葉は決して、いい言葉じゃない。自分勝手な事をするときに使う言葉で、本来もっと自由な奴が使うものだ。この子が使うべき言葉ではないと思う。

 少なくとも消えそうで、自身に変化が起きてしまうことが分かっている。そんな状態では使うべきではない。

 そんな恐怖にも立ち向かいながらも「我儘」とのたまう彼女。それはどんな心境なのか。

 変わってしまう。何事なく平和に暮らしていたはずなのに、ふと変化の予兆を知る。しかも、もしかすると今後の生に影響を与えるようなもの。

 それは、どれくらいの重圧なんだろう。少なくとも私ならもっと取り乱しているはずだ。取り乱しても許されるはずなんだ。

 それなのに彼女はそれをしない……いや、出来ないんだ。きっと、ずっとずっと折れなくて、折れる事すら出来なかった彼女が、やっとの思いで絞り出した言葉が「我儘」なんだ。

 

 「助けて」でも、「手を貸して」でもなくて、本当の本当にどうしようもないのに、まだ自身を見捨てて、周りに頼れない彼女の叫び。それが「我儘」。

 そんな叫びが本当に聞こえたような気がして、ばっ、と空を見上げる。固定された夕暮れがどこかうずくまった袖ちゃんを連想させて、胸の奥がきゅうと締め付けられる。

 

 

 ──あぁ、この子は……私たちだっているのに、それすらも見えていない。こんなにも寂しいのに周りすらも見えていない状態で、夕暮れに立っていたの?

 

 

 つっ、と熱を持たない何かで、なぞられたかの様に背筋が冷える。

 このことを周りは理解していながら、ここにいるの? 私はどうしたらいい? 瞬時に、頭の中に言葉が駆け巡る。

 そんな中。ふっ、と妹紅に目が合わさった。夕陽に陰る瞳には、決意の炎と、少しの迷いが目に浮かんでいた。

 妹紅だって迷ってる。袖ちゃんを守るのが本当に正しいことなんかなんて、分からないんだ。

 けど、きっと妹紅は自分がやりたい事と袖ちゃんのやりたそうな事が重なったから動いてる。

 私は、全部はこの子の事を理解出来てない。私も、妹紅も。

 おそらく、袖ちゃんの本当の考えなんて分からない。だって彼女は隠してしまうから。だから私も妹紅もそう動くしかない。彼女に対して良かれと思った事を全力でやるしかない!

 

 きっと他人の理解なんてそんなもので、それすらも拒む袖ちゃんが悲しくて。ぐっと、スカートを握りこむ。

 だから、袖ちゃんがやりたいこと、私達が出来る事を考える。わからないなりに、今までの彼女の原動を考えて、やりそうなことを見据えて。

 

 すると、不思議な事に、袖ちゃんのことではなく、妹紅のやりたかった事、そして、今やるべきことが見えて来る。彼女のやりたいことはわからない。それでも、私はこうするしかないっ!

 

 即座に身体が動く、迷ってる場合じゃない。今は動かなきゃ。袖ちゃんの後ろに回り込み、腕を抑える。そして、そのままに飛び上がる。

 

「袖ちゃん、いくよっ!!」

「!? 待って、下さい!!」

 

 じたばたする袖ちゃんを無理矢理押さえつける。きっと、この子がこのまま退治されて、変化が起きても、いいことはきっとない。だから無理矢理にでもここから連れ出さなきゃならない。

 

 それを見た小傘を始めとして、みんなが袖ちゃんを押さえつける。

 この集団の心は一緒みたいね。なんて思いながらも妹紅に視線を送ると、頼んだ。みたいな目をしてた。気のせいかもしれない。けど、そう言った気がするんだ。

 そんな目を見ながらに浮き上がっていく。どんどんと小さくなる博麗神社を尻目に、緊張を緩めていく。

 そういえば霊夢は追ってこなかったな。なんて思ってしまった。

 

 

 少し経った後、袖ちゃんを離してみる。先程から暴れたりとかはしてなかったとは思うけど、一応は警戒。

 彼女は、騒ぎ疲れたか憔悴した様子で一言ぽそりと呟いた。

 

 

「私は、みんなで……」

 

 あまりにも痛々しい様子だった為か、誰も、何も言えなくなる。

 

「何よ、それ……」

 

 けど、それでも妹紅と関わりが、少しでもあった私は違った。この空気に黙っていなかった。黙っていられなかった。

 

「袖ちゃん、時間無いんでしょ?」

 

 棘のある言い方だなとは自覚してる。実際彼女は時間が無い。けど、そんな事が気にならない程に私は腹が立っていた。

 

「それはそうですけどっ」

「そうですけど……何?」

 

 妹紅の考えを否定されるのは嫌。何のために彼女が残ったかぜんぜんこの子は分かってない。そんなのお互いにとって悲しすぎる。……私が口を出すのもお門違いかもだけど、嫌なものは嫌。

 

「うっ……で、でも」

「でも、も、さってもないの!! これでも私は怒ってるの!! 分かる? 妹紅があれだけの決心をしてあそこに残ったのに、袖ちゃんはいつまでたってもうじうじうじうじとっ! 変わるのが怖いのは分かる。怖いから、変化を受け入れたくないからこの異変を起こしたんでしょ! だったら最期まで自分のわがままを通しなさい! それがあんたの役割!」

「私はっ!! 私は……」

 

 袖ちゃんは言葉を詰まらせる。向こうからどう思われるかは分からない。けど、これは通さないと。彼女が変わってしまう前に、言わないとならない事。それをぶちまける。

 だって、友達も仲間も信じ切ることができない。……寂しいじゃないそんなの。

 

「袖ちゃんが何をしてきたか、見てきたかなんて私は知らない。けど、私と出会ってからの袖ちゃんなら私は知ってる! 袖ちゃんは頑張った。足りない力でも、なんとかしようと足掻いて! いつも他人優先でっ! それなのに、まだ、まだ袖ちゃんは自分の為を考えられない! そんなにも私たちに頼るのが嫌? そんなにも頼りない!?」

 

 周りがいることも忘れ、袖ちゃんだけを見据える。

 

「ちがっ……そういうわけじゃ……」

 

 否定する袖ちゃん。実際そうなのだろう。この子はいつも自分を一番下に置いてる。けど、そんなのは、そんな気遣いは私たちにあって欲しくはない。

 図々しいかもしれない。袖ちゃんの考えを否定することでもあるから。

 けど、この子も私達にわがままを言ってる。だったら私も最後まで言わせてもらうしかない。

 

「困ったら頼りなさい! だれでもいいっ! だけど一人で抱え込まないでよっ! 話して! 話して欲しいのっ!」

「影狼さん…」 

「……私はね、あんたと対等でいたいのよ、袖ちゃん。恩人でも、親友でもない。袖ちゃんの親交の輪は小さいかもしれない。けど、普通の友達くらいならきっとまだ入れるでしょ?」

 

 何かを言おうとして口を開けて、また閉じる。次にこの子が言いそうなことは何となくわかる。だから先んじて口に出す。

 

「もし、私なんて。とか言おうものなら私も一緒に貶められるんだからね?」

「あ、あぅ……」

 

 ほら、ぴったり合ってた。

 何も言えなくなった袖ちゃんを見てふっと微笑む。

 

「こういう時はね、袖ちゃん。ありがとう、でいいの」

 

 何にも言えなくなった袖ちゃんが、視線をさまよせて、そしてこちらにもう一度戻ってくる。口をもごもごさせて、ようやく言葉を捻り出した。

 

「あ、ありがとうございます。……本当にありがとうござます」

 

 そう、別にお礼なんていらない位なんだけどね。言いそうなことを先回りできる位には長く一緒にいるんだから。そろそろ友達として認め欲しいなー……なんて……

 

 ──あれ、ひょっとしてかなり恥ずかしい事を言ってなかったかしら?

 

 ぎぎぎと油の差さってない「からくり」もかくや、といった感じで周りを見渡す。予想通りというかなんというか、蛮奇にわかさぎ姫。小傘ちゃんに、フランドールと全員漏れなくにやにやしてる。

 

「あんたと対等でいたいのよ、わかさぎ姫!」

「こんな情熱的な台詞今まで影狼から聞いた事無いなー。いいなー袖ちゃんいいなー」

 

 ふざけた感じで蛮奇が茶化し、それに乗っかるわかさぎ姫。それを聞いてみるみるうちに顔が熱くなっていくのを自覚する。……でも、今回は私間違ってない。

 それを知ってか知らずか、それ以上は茶化さない二人。……まぁ、知ってるわよね。あの二人ならどこまでふざけられるか分かってるだろうし。

 

 はずかしさを振り払うように、頭をぶんぶん振る。もういい。このままいってやるわよ! きっ、と袖ちゃんに目を向ける。

 

「次は何処へ行きたいの!?」

 

 半ばやけ気味に聞いた為か袖ちゃんは、数歩下がる。けど、それ以上には下がることはなく、私の目をしっかりと見返した。

 

「私……私はっ、人里に、行きたいです!」

 

 ちゃんと言えるじゃない。それならこっちもやる気も出るってものよね。

 

「わかった、届けてあげる。だれが来ようと私が守ってあげるわ。袖ちゃん」

 

 

 そうして、次の目的地が決まり、皆、再び飛び上がった。まぁ恥ずかしいっちゃ恥ずかしかったけど、決して恥じることじゃない。そう私は信じてる。

 まわりが和気あいあいとしながら進む。それもまたいいかもね。

 

 

 しばらく経つと、人里にが見えて来る。あともう少し──というところで目の前に立ちふさがる人影があった。

 

「良い夕方ね。こんにちは、袖引さん。いえ、こんばんはかしら?」

「……咲夜、さん」

 

 現れたのはいつぞやの異変でやりあった、いけ好かない女中。となりの吸血鬼もぽそりと彼女の名前を呟いていたりと、なかなかこちらに与えた衝撃は大きいみたい。

 手には刃物。こちらの進路をふさぐような仁王立ち。やる気が満ちあふれているような格好に思わず口をはさんでしまう。

 

「どう見ても買い物帰りのそれじゃないわね……」

「あら、毛皮もいたの? 今度こそちゃんとはく製に……」

「おっかないわね、あんた」

 

 そう言いながら袖ちゃんの前に出る。さて、私の番だ。そう、決心していると、くいくいと、袖が引っ張られた。

 犯人は分かっているが、きちんと振り向く。

 

「影狼さん……その」

 

 振り返ると、案の定というか心配顔の袖ちゃん。……少しは信用しなさいよね。

 あんまりにも袖ちゃんが心配そうな顔を向けるから、頬をつまんでやった。お、ぷにぷにしてる。

 

「いひゃいです。いひゃいですよ!」

「痛くてもいいの。あんたはもっと色んなものを見なさいな。まぁ、間に合うかはわかんないけどさ」

「かげろうひゃん?」

 

 わしゃわしゃと髪を撫でる。えぇい、紛れろ恥ずかしさっ。

 

「まだ、袖ちゃんは見るべき場所がある。行くべき場所がある。やらなければならないことがある。そうでしょ?」

 

 なんでこんな恥ずかしいことやってるのかって、結局この子の前で格好つけたいのよね。

 この子がどうしようもなく頼りなくて、どうしようもなく独りよがりだから。一人じゃないぞって教えてあげたいんだ。

 

「わたひには……」

「言いたいことは分かる。けどね、いつか乗り越えていけるから。いつか、歩いていてよかった。って思える日もくるから」

 

 争うことは怖い。出来るならのんびりと暮らしていたい。

 けれど、一人はもっと怖い。それを日本狼の私は知っているから。

 しっかりと彼女の目を見る。少しでも伝わってくれたのか目の色が変わる。

 

「……私は、まだやりたいことがあります。行きたいところがあるんです」

 

 そう返してきた袖ちゃん。頼りないけどれっきとした芯を持っているいつもの袖ちゃんだ。

 

 

「もう、悩む時間は終わった?」

「……えぇ。ですからもう、私は行きますね。……私は、行ってきますね!」

 

 変わる。いや、変わりゆく彼女に気の利いた別れ言葉なんて出てこない。結局、言うことなんて少ないから、精一杯の笑顔でこう答える。

 

 

「ここは私に任せなさいよ。ばっちり私が引き受けるから」

「本当に、本当にっ……ありがとうございました!」 

 

 少し涙声の袖ちゃん。馬鹿ね、大袈裟なのよいつも。

 

「この臆病者の私をここまでさせるなんてね!」

「これが、私のわがままですから」

「それもそうね……まぁ、こっちも頑張る。だから、この異変、必ずやり遂げてよ」

 

 袖ちゃんから一歩、二歩と離れる。またこの子とはきちんと話せばいい。その時を期待して、今は友達のわがままを叶えなきゃね。

 決心を固めているところに、よく聞き覚えのある声が二つ上がる。

 

「じゃあ、私もここまでかな」

「そうね、袖ちゃん。今日はとっても楽しかった」

 

 声の主は、蛮奇と姫。いつも遊んでる面子。

 

「お二人も、ですか……」

 

 袖ちゃんが名残惜しそうに、二人に視線を送る。

 そんな目に、わかさぎ姫がうん、と呟く。

 

「確かに袖ちゃんも心配だしまだ一緒に居たい。けどね、私は袖ちゃん以上に、影狼が心配なの。だから私もここでお別れ」

「わたしもね、袖ちゃん。一緒に吞んだりと楽しかったし、やりたいこともある。けど、それよりも影狼が頑張るって決めたことを応援してあげたいんだ」

 

 蛮奇も、蛮奇で意思を伝えてこちらに来る。

 まったく、二人がいるから大丈夫とか思ってたのに……思わず涙が出そうになってしまう。

 

「あんたらは袖ちゃんの所に居て欲しかったのに……」

「そんな事言っても尻尾は隠し切れてないよ?」

「まったく、恥ずかしい台詞吐くんだから……手伝ってあげるからかっこつけなさいな」

 

 ふっと、袖ちゃんの方に視線を向ける。

 彼女は手をこちらに向けようとして、止める。そして、くっと握り込む。

 こちらに感謝の視線を送る、奥の二人に顔を向ける。

 

「小傘ちゃん、フランさん行きましょう!」

 

 三人は、ふわり、と高度を上げるように浮かび上がり、人里に向けて飛んでいった。

 

「世話が焼けるわね本当に……」

 

 小さい背中が少し大きくなった。そんな大きくなった小さくなる背中を見送っていくと、三人の影が一つに重なっていく。

 夕暮れの空が反射して、どこかそれは幻想的な影になっていた。

 

 ──頑張れ、袖ちゃん。

 

 ひとしきり見送った後に視線を下ろすと、そのままの格好の女中。ちょっとかちんと来るわね。

 

「何よ。見逃してたり、随分暇そうじゃない?」

「こっちにも考えがあるのよ。短絡的なあなたと違って」

「考え……ねぇ。追いつくなんて考えてる?」

 

 こっちの言葉に驚いた顔を見せる咲夜。

 

「あら、どうしてわかったのかしら?」

「ひょっとして舐めてる?」

「そうね……否定はしないわね」

「まったく……いい度胸じゃない。腹に収めてやろうかしら」

 

 この女中戦う気あるのかしら? そもそも袖ちゃん狙いじゃない? いやいや、そんな、まさかね?

 

「あら、この毛皮とその他。お屋敷の何処に仕舞おうかしら」

「ぱくっと平らげて、すぐにでも袖ちゃんを追いかけてやる!」

「石でも詰めてあげるから、お腹を見せなさいな」

 

 投げてきた刃物を爪で弾く。高い金属音が夕焼け空に響いていく。

 

 

 こうして彼女の異変の二回目の戦いが始まった。

 

 

 もう少しだけ、なんて時間はもう無くて。

 もう行かないと、という時間が迫る。

 

 不安な帰り道。ふと、後ろを振り返る。

 真っ赤な夕焼けが、影を切り裂いて歩いてきた道を照らしていて、足跡を浮かばせる。

 

 遠くで鳴く犬の声が、背中を押した気がした。




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Stage2 送り狼ともうちょっと ボス

大変お待たせしまして申し訳ございません。


 空が赤らむ頃。私は夕暮れのような紅い館にいた。

 かしづく私に、にやける主様。変わらない斜陽を眺めながらも、私は主様の戯れに付き合っていた。

 

 紅く紅く空が揺らめいては、怪しい色に変わる。入道雲のように、先行きを偲ばせるようなそんな空。

 それを眺めては手元の時計に手を伸ばす。かちりかちりと、決められたままに時を刻む仕事仲間。彼は億劫そうにこちらを向いた。いつだって私の時計は正確であり狂っていた。

 時刻は正常で、世界は止まったまま。

 

 眼前に広がる赤い空から、すすり泣きのような声が何処から聞こえた。

 

 それはきっと、気のせいではないのだろう。

 

 

 私、十六夜 咲夜 従っているわ。

 

 

 

 かちん、と茶器を置きながら、お嬢様は蝋燭揺らめく間にて頬杖をつく。ホロホロに焼けたクッキーと、じっくりと仕上げた紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

 窓の外は紫と紅が攻めぎ合い、混ざり合う。黄金の尾がしなだれるように境界線が引かれ、夜も昼も無くされてしまった曖昧な時間。それをティーカップに映しては、ぺろりと飲み込む主様。

 

 そんな光景を侍りながらも見ていると、ふと雲に目が行ってしまう。

 

 美しいといって憚らないカンバスの上を、まるで染みか何かのように点々と動く白いもの。どちらにも染まれぬまだらな雲の群れ。混ざり合うこともなく、かと言って離れることもなく、ただ一つの塊のようにのんびりと、と思えば、せっつきながら、独自に自由に動き回っていた。

 

 夕暮れ空に吸い込まれる。彼女がつくったであろう光景をぼんやり眺めていると、怒気が混じった声でレミリア様が私を呼ぶ。いつの間に気が逸れてしまったようだ。

 文句を言われる事は分かっているので、紅茶を注いではお茶を濁す。

 

 お嬢様は、ため息なのか嘆息なのか分からない息をティーカップへと溢した。

 

 ふとお嬢様が庭を眺める。その表情からは夕陽が覆い被さっていて、何を考えているのか読み取ることは出来なかった。

 

 各々が空を眺めたままに、ぽつり、と口火が切られた。

 

「ところで咲夜、フランが行ったわね」

「えぇ、よろしかったので?」

「いいのよ、全てはこの日の為のものだからね」

 

 口元がにやりと吊りあがる。影を纏って妖艶に笑う幼子の姿。それは私の瞳を捕まえて離さない。全ては私の手の平の上。それが当然であるかのように、お嬢様は向き直る。

 

「やってもらいたいことと、命令どちらから聞きたいかしら?」

「短い方から聞きたいですわね」

「それは何故かしら?」

「結局は完了させるのですから、最初に短い方が覚えやすいですもの」

「相変わらず楽しいわね咲夜は」

 

 くすくす、と牙が覗く。吸血鬼が持つ証。高貴な種族の証明。

 この笑い方はただのおつかいでは済まさないな、とひしひしと感じつつ耳を傾ける。

 

「じゃあまずはやって欲しい事から」

 

 尊大な口調をいきなり崩すレミリア様。この変貌の仕方でさえも一種の遊びなのかと錯覚してしまう。所詮は私も人間。そういう事なのだろうか。そんな事を思う。

 もう飽きてしまったのかと思う間もなく、主様は一人の姉の顔になった。

 

「簡単よ。今回の異変でフランがやり過ぎないように見てて欲しいの」

 

 先程飛び出していった妹様を心配するような一言に、少しばかり頬が緩む。

 

「袖引を殺すことは無いとは思うけれど……やり過ぎる事はあるかもね」

 

 ふふふ、とレミリア様は笑う。まぁ、やり過ぎたら後始末を頼むわね。と仰った。

 お優しいんだか、投げやりなのか。まぁ、本当に彼女のことなんて些事なのかもしれないし、もうもしかすると終わった事なのかもしれない。 

 

 ともかくとして、思った事が一つ。

 

「あら、この異変は袖引さんが起こしてたんですね」

 

 口に出すと、レミリア様はガクンとうなだれた。

 

「たまにお前を従者にしたのが正解だったのか迷う時があるわ」

「それは光栄ですわね」

「褒めてないわよ」

 

 そんなやりとりがあった後に、レミリア様が口を開く。内容は今回の異変の事。

 袖引さんが起こした事。彼女の大まかな目的の事。そしてそれに巻き込んだ妖怪、人間が大勢いる事。

 

 ──彼女はね、自身が消える事を受け入れようとしてるのよ。生きる事を諦めようとしてる。

 

 これはその為の異変。お嬢様はそう言って話を締めくくった。

 それに対して、何も口に出せずに佇んでいると、続きを促していると思われたのか、お嬢様が口を開いた。

 

「彼女はね、結局自信が持てないのよ」

 

 確信を持っている。そう感じさせる揺るぎない口ぶり。

 

「彼女は結局の所同じところをぐるぐるしてるだけ。あいつが異変の後に訪ねてきた日。相談をしたいなんて言ったあの時から、変わってなんてなかったの」

 

 夕陽に手を伸ばすレミリア様の表情は読めない。けれど、何かを掴もうとしては空を切る手を眺めている。

 

 

「助けてって言えば、助けたのにね」

 

 

 紅く、紅く染まった空。その空の元でレミリア様はとても優しげに微笑んでいた。

 

 

 返す言葉も、かと言ってうなずくことも無く佇んでいると、お嬢様はは気持ちを切り替えたように、パン、と両手を合わせた。

 

「この異変はね、彼女なりのシグナルなのよ咲夜。口にも表情にも出せなかった苦悩や、悩みをこの空にぶちまけた壮大な私への相談。そうだとは思わない?」

「はい、そうですね。……きっとそうなのでしょう」

 

 おどけたように、けれど決して嘘ではない口調が耳を触る。

 他人の一大決心のような異変を私物化して笑う、我が主様。晴れやかに、けれど、いたずらっぽく彼女は笑っていた。その姿はまさしく夜の支配者たる吸血鬼の姿で、どこか私をほっとさせた。

 

 

「私が言っても解決することは出来るわ。けれど、それじゃつまらない」

「それで、私ですか」

「分かってる事を聞かないの」

 

 くすくすと笑う姿に見惚れてしまう。

 やはり、ここの従者であることは間違いではなかった。と、ぼんやりと考えていると、そうそう、もう一つの事を言うのを忘れていたわね。なんて、ふざけ半分で、けれど声音は真剣なままに私へと言葉が投げられる。

 

「命令ね。命令はただ一つ──」

 

 

 

 ──袖引の事を丸く収めてらっしゃい。

 

 

 

 

 火花が散る。爪とナイフがぶつかっては高い音をあげて反発しあう。

 

「まったく……派手でいいわね」

 

 不利を感じ、瞬時に飛び退く。態勢を立て直そうとすると、左右からの弾幕が煌びやかに強襲する。

 掠り(グレイズし)ながらも合間をすり抜ける。異色の三対一ね、と一人ごちた。文句染みてしまったが、しかし、以前に幽霊姉妹もいたわね。初ではないとも思い直した。この幻想郷では常識に囚われてはいけない。

 

 人魚に、人狼に、人の首。あぁ、まったく本当に。と、袖引さんの事を思い出す。いつも不安げだったあの子。類は友を呼ぶなんて言葉もあるけれど、随分と似たようなものが揃っている。どことなく人に寄せていて、けれど人間ではない……あぁ、ある意味、私もか。

 

 弾き、回避、そして応戦。ナイフが舞う。 

 

 あの子は愛されているわね。とため息でも一つ漏らしたくなってしまう。私も彼女は好きな方でもあるけれど、別の意味で好きなのは……果たしてどれくらいなのだろうか。妹様も前途多難ね。

 

 弾幕をいなしながら、躱しながら、人魚へ肉薄する。しかし、視界の影から黒が伸びるように狼が疾駆する。タイミングを合わされては、その隙にろくろ首が攻撃をかます。大したコンビネーションね。

 

 ついには裁き切れなくなり、仕方ないか、と腰元の銀時計に手を伸ばした。

 

 

 

 ──かちん、と針が、世界が一変した。全てが白黒となって動きを止める。

 

 

 

 世界が静寂に包まれて、私一人だけが取り残される。ここは私だけの世界。

 

 何もかもが静止した世界の中で、ふと、沈みかけた夕陽を見る。それは彼女のように寂しげで、それでも何処か意地を張ったようにそこから動けない。

 時間が動いていても、動いていなくても変わらない彼女の象徴。彼女の想い。それは私の世界の中でも変わらない。手を伸ばしてみても私では触れられない。

 

 

 雪の異変で助けて貰った事も、色々と融通してもらった事も、他愛ない事を話した事も。忘れていない。

 好きな時間だった。とはっきり言うのも躊躇うけれど、やっぱり嫌いな時間であるはずも無くて。

 

 弱くて強い友人。それが彼女。

 

 袖引さんが困っているのに、私に出来る事は限りなく少ない。敬愛すべきご主人様もお見通しだからこそ、『解決してらっしゃい』とは言わなかったのだろう。きっとそれすらも成長に繋がると笑っている気すらしてくる。決して悪い気分ではないけれど……ね。

 

 ため息一つ。

 

「困った子ね。本当に」

 

 誰にも聞かれない愚痴が零れては、長い影に吸い込まれた。

 

 結局、出来る事は目の前の困ったお客さんを排除して、妹様のところにいく位。だからこそ完璧にこなさないと。

 

 

 仕事も愚痴もお仕舞い。気持ちをしまい込んで、あとは実行のみ。

 

 

 

 ──世界が再び動き出す。

 

 

 

 ナイフが鬱陶しい動きを続けていたろくろ首に殺到する。気を取られている人魚を始末しようと、一気に接近しようとするも、瞬時に人狼に阻まれる。

 

「あら、いらっしゃいませ」

「二度目は無いわ。負けられないのっ!!」

 

 鍔迫り合いにすらならず跳ね返される。人間と人狼。純粋なパワーの差で押し返された。ふわりと数間下がり、地面へと痕を付けた。

 ちらと視線をやると、ダメージ事態はあるもののろくろ首も無事だ。

 

 強い。一対一ならともかく、三対一で尚且つ隙を確実に潰す守りの為のコンビネーション。負けはしないが、勝ちもない。奇しくも私が得意とする戦法に似ていた。

 月の異変の時の意趣返し、かしらね。

 

「悪いけど、袖ちゃんの所には行かせない」

「そうね、飲み友達を無くすには惜しいもの」

「ほんとにね、私が戦うなんてあんまりないんだから! 絶対に勝ちたいよっ」

 

 口々に決意をこちらに吠える三妖怪。まったくもって喧しい。いえ、姦しいかしらね。

 

 

 それを突破しないと妹様や袖引さんの所に行けないから、困ったもの。

 

 

 再びナイフを構える。三人を見据えて、銀時計へと手を伸ばす。

 

 

 ねぇ、袖引さん。ここにも四人いるんだけど、分かっているのかしら? あなたが諦めようとしてるもの、あなたが置いていこうとしたものは、こんなにもあなたの事を思っているの。

 

 

 ──終わりにはまだ早いんじゃないかしら。

 

 

 ナイフを振るう。投げつける。銀の舞踊のように、夕陽を反射して、陰を切り裂く。

 

「こっちだって負けられないの……どいて頂戴な」

 

 

 時間を早めることも、遅くすることも出来ない私はただ止めるのみ。それでも彼女に一言くらいは言ってやりたいの。

 毎回紅茶を褒めてくれた事も、ちょっとしたお嬢様に対する愚痴を一緒に吐いたことも、それすらも無くそうというのなら、少しは怒っても許されるだろう。

 まったく……本当に世話が焼ける。

 

「私の入れた紅茶が飲めなくなるわよ?」

 

 それでもいいの? そう、夕陽に問いかける。

 

 

 

 ──夕暮れ空は困ったような、笑ったような、そんな曖昧な表情を返して来た。

 

 

 

 

 

 夕陽が長く伸びたようにも感じる。けれど、立ち止まってみればそれは錯覚のようで。

 動きだすと、また伸びて来る。きっと何度だって同じこと。

 

 

 だから、ときどきは立ち止まるのだ。

 長い長い、影が追いついてこないように。

 

 

 影がうずくまって動かない事を確認し、諦めるように、また歩き出した。

 

 ──その影が、泣いているなんて知らないままに。

 

 




なんとか一年立つ前に投稿出来ました。
重ねて大変お待たせして、申し訳ございません。

モチベの火が消える前に、となんとか投稿にこぎつけましたので少しばかり縮小版。

不定期ですが終わらせるように、頑張りたいと思っています。


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Stage3  虹と風の通り道 道中

長らくお待たせ致しました。遅まきながらも完結は目指しますのでどうか長い目で一つ。


 ──心地よい風が吹く。

 

 諏訪神社はいつも風が吹き抜ける。茜空とつむじ風に誘われるように目を閉じる。

 

 まだ現世にいた頃、私は前宮から見下ろす景色が好きだった。住んでいる街が見えて、湖があって、そしてお二柱の住まう社を感じる。

 あの場所が好きだった。諏訪の地に優しく包まれているみたいで、どこか暖かい。

 暖かい場所は好きだ。お二柱のことが好きだ。

 

 ふと、あの子を思い出した。

 彼女も不思議な包容力を持っている。似たような安心感がそこにはあった。

 それがどこかあの場所に似ていて、だから好きになったのかもしれない。悩みながらも暖かくて、いつだって迷っているけれど、だからこそ優しい方。そんな袖引さんの事が。

 髪を撫でつける優しい風が吹く。けど、この風はどこか寂しそうで、悲しかった。

 

 

 私、東風谷 早苗 奇跡を願ってます。

 

 

 茜空の下で粛々と清掃を終えて、夜ご飯は何から作りましょうかね、とかぼんやり思考を巡らせていました。

 すると、境内に小さい人影が一つ。カエルの被り物をされた神様こと、諏訪子様が空を眺めておりました。

 

「ねぇ、早苗。随分と今日はゆっくりと掃除するじゃないか。私はお腹が空いてきてねぇ」

 

 どこか芝居がかった口調に内心首を捻りながらも、答えを返します。

 

「え? でもまだ夕方ですし、夕陽が……あれ?」

 

 そう言えば、どこのくらいここでぼーっとしていたんでしたっけ。夕暮れも、風も冷たくなっていてもおかしくない時期なのに。

 そんなことを思いながら、ついつい腕時計を見る仕草をしてしまいます。

 

「もう夜になっててもおかしくない時間だよ」

 

 まぁ今は時刻も、時分も関係ないけどね。と、ころころと笑いながら空を見つめました。

 

「ひょっとして……これって異変ですか?」

「ひょっとしなくても、だろうね」

 

 その声を聞くや、色々な用意をする為に箒をほっぽりだし駆け出そうとするやいなや声が掛かります。

 

「ちょい待ち、早苗」

 

 くいくいと袖を引かれ、立ち止まる。

 夕陽に浮かび上がる諏訪子様。それは袖引さんを彷彿とさせるような立ち姿でございました。

 

「行く前にさ、一つ質問」

 

 長く伸びた影に飲み込まれたように足を止める。敬愛する諏訪子様と目が合います。

 

「その心当たりについて神託でもあげようってことだよ。既に目星はついている。そうだろう早苗?」

「なんでも……お見通しですね」

 

 異変と聞いて、頭に真っ先に浮かんだのは袖引さん。駆け出して駆け付けてお話を聞こうと思ってました。

 その考えが私だけのものだと思っていただけに、見抜かれて悔しい。でも、ほっ、としたのも事実で。

 恨みをちょっと込めた視線を向けても、諏訪子様は素知らぬ顔でけらけら笑いました。

 

「いつから見てきたと思ってんだい。で、どうするつもり? 倒すの? 話すの?」

「それはもちろん……」

 

 いまいち何を聞きたいのかわかりません。異変とあらば巫女が元凶を退治する。というのはここの決まり。けれど、彼女とは友達ですので。

 

「もちろん倒してから、話します!!!」

 

 意識ある程度までに留めておけばお話も出来ますし、退治すればお二方のためにもなりますので、一石二鳥ですね!!

 

「逞しくなったねぇ」

 

 変わらずからから笑う諏訪子様。いまいち内心を掴みかねていると、空を仰ぎました。

 

「早苗。彼女が最初に来たときのこと覚えているかい?」

「最初………わ、私が連れ去ったときのことですか?」

 

 今思えばもう懐かしいとも思えるくらいですが、何故今なのでしょうか。本音はもうそろそろ飛び立ちたいのですけど。あと、恥ずかしい。

 

「彼女はね、お願いをしたんだよ。それは叶えてやらないといけないものなんだ」

「お願い……?」

 

 何かしてましたっけ。思いつくまえに諏訪子様は振り返ります。

 

「いいかい? これからやるべきことをよく聞くんだ──」

 

 

 

 

 夕暮れを薄く雲が這っています。夕合いに紫が染みてまだらになる。それを横目に全速力で山を下っていきました。

 結局何だったのでしょうか。何を願っていたんでしたっけ? あんまり覚えていないというか、あの時は焦っていたといいますか。

 

 諏訪子様の言葉が頭を過る。

 

「彼女はさ。こんなに力を持ってはいなかっただろう? 消える気でこれをやってる筈だよ。何かあったのかは知らないけどね」

 

 急がないといけませんね。と、決意を新たにぐんぐんと風を切り裂き、駆け抜けていきました。

 胸に残る一抹の不安から目を背けながら。

 

 しばらくすると、遠くに見える三人の影がポツリと浮かぶ。今回の異変の主犯者(決定)たちでした。

 

「袖引さん!!」

 

 見えるやいなや、すかさず声を張り上げて突進します。何故こんなことをしたのかとか、どうしてそんな状態なのに一言も相談をしてくれなかったのかとか。そんな言葉を掛けようとする。

 けれど、それが口に出ることはありませんでした。彼女が振り返ると、こう言ったのです。

 

「あ、早苗さん。こんばんは。いえ、こんにちはですかね?」

 

 いつものように、本当に日常の一コマのように彼女は笑って手を振りました。

 その様子に拍子抜け。そして急ブレーキ。いつも通り過ぎて、胸にある不安や違和感が偽物だとわかり、ほっと胸を撫で下ろしました。

 異変の主犯者(疑惑)に語りかけます。

 

「こんにちは、ですよ。袖引さん」

 

 だからいつものように挨拶をして、いつものように世間話をする。そうすれば、きっと日常が続くと信じられるから。信じたいから。

 心配のしすぎだって、笑ってもらおう。そして一緒に解決出来たらそれはきっと楽しいことだろう。

 

「今日は変な天気ですねー。夕方がずっと続く。こんなこともあるんですね。やっぱりこれは異常で──」

「えぇ、私がそうしてますから」

 

 切れ味のいい刃物が胸を突くように、ひやりと冷たい感覚が体に広がっていきます。

 きっぱりと、その日常は終わっていく。そんな予感がして。

 

「ふふ、知ってますよ! 異変の首謀者め! ここで止めないと退治しますよ!」

 

 それでもやっぱりいつもが欲しかったから、出来るだけ茶化してしまう。

 この暗雲が胸に詰まった感覚を私は知っている。現世でも幾度となく感じては気味悪がられていた。

 

「ごめんなさい。今は倒される訳にはいかないんです」

「ふふふ、目的があるんですね! 冥土の土産です聞きましょう」

 

 聞かない方がいい。聞かないで倒して、それで終わりでいい。決まってこの感覚は悪いときの感覚だから。

 聞きたくない、聞きたくない。はやく倒して終わりにしてしまえ、そんな警鐘をよそに彼女は口を開く。

 

「私はもうすぐ消えるんです。まだ色々と見て回りたい。だから……ごめんなさい」

「き、消えるって、冗談ですよね! もー、そんなこと言っても騙されないんですからねっ!」

 

 お散歩があるから。そんな日常のような一言なのにとてもずれている。もし、彼女が本当に消えるのであれば取り乱さないと不自然だ。不自然なはずなのになんとなく納得が出来てしまう。

 あぁ、わかってる。諏訪子様の言葉も、感じていた不安もこれはそういうことだ。

 

「嘘ではありません。私はここからまもなく消滅します。死ぬ、と言い換えてもいいですね。昼間にそちらにいこうとしてみんなに止められましたから……消える前に会えて良かったです。早苗さん」

 

 日常が、壊れる音がした。

 

 それから内心で取り乱しながらも顛末を聞きます。過去のこと、いまの彼女のこと。まるで世間話の一つのように語っていました。

 この非常時なのに、彼女だけが不変で普遍。

 袖引さんは何も気負ってなんて無くて、助けも何も求めて無くて。ただただ日常として自分が消えていくことを受け入れている。

 それを否定する言葉もこの前まで女子高生だった私には持ち合わせておらず、何て言葉を掛けたらいいのか、私にはわかりませんでした。

 

 言葉に詰まり、足も止める。なんとか継ぐ言葉を考えていると、目の前には小傘さんの姿。

 

「袖ちゃんは急いでるの。悪いけれど、ここは私が相手するわ」

 

 決意のこもった目が私を射抜く。左右色違いの瞳が夕陽を取り込んで煌めきます。

 引いてくれそうな雰囲気は無く、ただただ立ちふさがる。やるしかないことは一目瞭然でした。

 けれど、これでお別れにはしたくなくて、袖引さんに語り掛けました。

 

「──ねぇ、私は楽しかったんですよ」

 

 彼女の頑固さはよく知っています。行かないでといっても止まることはないでしょう。今、私に出来ることは多くありません。

 

「早苗さん……」

「知り合って、色々あって。あなたのおかげでここに馴染めました。あなたがいたから楽しかった、本当に感謝しているんです」 

 

 ねぇ、袖引さん。馴染めない私を引っ張ってくれたのはあなたでした。ここで、どうやって笑えばいいかを見せてくれたのはあなたでした。

 止まって欲しいと素直に思う。けれど、時間は止まってはくれはしません。時間は誰にだって平等で残酷なもの。置き去りにされた夕暮れだけが、駄々っ子のようにここに残るだけでした。

 

 戸惑うように止まる彼女を、フランちゃんが促します。

 

「袖ちゃん! 行こう。時間がないよ」

 

 フランちゃんがぐいぐいと引っ張るのを、袖引ちゃんは優しく引き剥がし、こちらを向きます。

 夕空の下、いまだけはここには私たちだけ。そんな気がして。

 

「早苗さん」

「……はい、なんでしょう。袖引ちゃん」

「私も楽しかったです。本当に会えて、今日ここで会うことが出来て、よかった。どうかどうか……お元気で」

 

 ぐっ、と奥歯を噛みしめ、口元を覆う。そうしないと涙が流れてしまいそうで、崩れてしまいそうで。

 また明日、なんて言いそうなくらいな気軽さで彼女は飛びさって行きました。それをぼんやりと眺めます。

 いつまでやってたのかわかりません。ただ、突然の声とともに我に返りました。

 

「ねぇ、早苗?」 

「なんでしょうか」

「これからどうするつもり?」

 

 小傘ちゃんからの問いかけ。もちろん答えは決まってます。ぐしぐしと涙を拭いて答えました。

 

「──追いかけます。追いかけてどうにかします」

「頼もしいね」

 

 奇しくも諏訪子様と同じような答え。

 

「けどね。あなたじゃ無理。ううん、私でも他の人でも」

「そんなことっ、は……」

 

 白くなるほど握り締められている右手が目にはいってしまって、言葉は尻すぼみに。

 静かに首を横に振る彼女。

 

「袖ちゃんはね、諦めてる。傷ついて、悩んで、消えることを受け入れてる」

 

 何かを飲み込むように、ぐっと堪えながら彼女は言いました。

 

「妖怪か、神か、袖ちゃんは選ばなかった。ううん、選べなかった。変わることは彼女にとって失うことだから」

 

 早苗、と小傘ちゃんは言う。

 妖怪はね、精神に左右されるの。消えたいと思ってしまえば、もう引き返せない。小傘は呟く。

 

「だから、私は私の役割を果たすわ」

 

 そうやって戦闘体勢に入る小傘ちゃん。

 淡々とした物言いにむっ、としてしまい思わず食って掛かりました。

 

「あなたの役割ってなんなんですかっ!? だって、だったら、袖引さんの側にいてあげたほうが!!」

「──っ!? そんなの……そんなの、わかってるよっ!!!」

 

 図星を刺されたかのように顔が歪み、唇を噛み締める彼女。ついには堪えたものが決壊し叫びが夕焼けに木霊しました。

 

「私が側に居たくないと本当に思ってるの!? 私が袖ちゃんを助けたいのっ! でも、それは私でも、あなたの役割じゃないのっ!!」

 

 堰を切ったように流れた涙と、感情のままに叩きつけられる弾幕。スペルカードがかざされて光弾が目の前を埋め尽くしました。

 

「救うのは……私でも、あなたでもないっ!!!」

 

 悔しさを吐き出すように、悲しいとわかっていながらもどうしようもないように声が木霊する。

 

「──救うのは、袖ちゃんを止められるのはっ!!!」

 

 悲しいほどに赤い夕焼けが私たちを照らし出す。

 

「魔理沙なのっ!!」




ご感想、評価お待ちしております。


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Stage3  虹と風の通り道 ボス

お待たせ致しました。


 ──古びた箪笥。中にはハサミがある。

 ──彼女との、思い出がそこにはある。

 

「忘れないよ」

 

 忘れられない。忘れるわけがない。『今』をくれたのは彼女だったから。

 人と私を繋ぐ勇気をくれた、あなただから。

 

 私、多々良 小傘 雨宿りをしています。

 

 ぽつぽつと雨が降っている。快晴の夕暮れにずっーと雨が降っている。それは、私の傘じゃ防げないもので、ただ見ていることしか出来なかった。

 ふと、袖ちゃんの顔が目に入る。寂しそうで、けど晴れやかな面持ち。もう戻る気はないのかな。

 

「──ねぇ、覚えてる?」

「はい? なんでしょう?」

 

 届くと思ってなかった独り言を、袖ちゃんに拾われる。

 

「むぅ、聞いてたの? 袖ちゃん」

「覚えてる? 何か忘れものでもしてましたか?」

「……うん、大事なものをたくさん」

 

 えぇ!? と慌てる袖ちゃんに冗談だよ。と告げて、彼女を見る。

 目に見えて髪が伸びている。それはそう、袖様の力に寄るものなのだろう。懐かしい面影に涙が出そうになる。

 けど、これは彼女の物語だから。

 

 楽しそうな彼女の背中をずっと追っていた。

 

 

 

「──みんな聞いて」

 

 こう言っていたのはフランちゃん。袖ちゃんが色んなところに挨拶にいっているときの事。

 

「これは、袖ちゃんを助けるために必要なことだから」

 

 神でも、妖怪でも、人間でも無い彼女。

 それは倒された時点で、そのどれかに存在が確定してしまうから、逃げ回るよ。ということ。

 

「逃げ回ったら消えちゃうじゃない」

 

 これは影狼ちゃんの声。

 

「そう、でもね。袖ちゃんを袖ちゃんのまま倒して異変を解決出来る人がいるの」

 

 

 ──魔理沙だよ。

 

 

 その名前を聞いたとき、ふっと憑き物が落ちた。

 虚脱を感じるといえば嘘じゃない。救いたかったといえばそれはホントのこと。

 けれど、まだ助かる道があることも嬉しくて、それが私じゃないのが寂しいだけだ。きっとそうに違いない。

 

「霊夢は妖怪としてを確定させようとしてる。早苗辺りはもしかすると何か仕掛けてくるかもしれない」

 

 袖ちゃんを袖ちゃんのまま維持するには、彼女と長く過ごしていて、使命も後ろ楯も勢力図も持っていない人物。

 だから魔理沙が必要なの! そう告げていた。

 

 

 

 

「私がやる。これは誰に譲れない」

 

 妹紅さんが行った。

 

「ここは私に任せておきなさいよ。ばっちり引き受けるから」

 

 そうやって、影狼ちゃんたちは繋いでくれた。

 

 

 私はずっと選択肢の上に立っていた。行くかどうか。

 欲を言えばずっと見ていたい。ずっと終わる瞬間まで側にいたい。けれど、きっとどこかでお別れは来る。

 だって、彼女は変わる前も変わった後も人気者だもの。私は置いていかれる、きっとまた。

 置き傘は忘れ去られる運命なのだから。

 

 もう袖様についてはお別れは終わってる。箪笥の中に確かに残ってるから。

 だからだろうか、早苗が来た時にすとん、と胸の中の何かが落ちる音がしたのは。

 

 ──袖ちゃん。これはあなたを通して『彼女』を見ていた事の罪滅ぼし。

 

 

 言葉もなく私は前に立つ。

 言うべきことはもう終わってるから、彼女には一言だけ告げる。

 

「ここまで、ありがとう」

 

 ちゃんと笑えていればいいけど。そんな事を思いながら私は自分から離れていく。

 

 大丈夫だよ、ちゃんと役割は果たすから。

 

 そんな事を思いながらフランちゃんに目配せする。すると意を汲んでくれたのか、すぐさまに飛び去ってくれた。

 名残惜しそうに早苗が飛び去った方を見ている。

 

 最後の一瞬だけ目が合ってしまった袖ちゃんの表情を思い出すと笑えてしまう。そんな悲しい顔しないで欲しかったな。こっちが笑顔で送ってるのだから、ちゃんと笑って欲しかった。……なんて。

 

「ねぇ、早苗?」

 

 失敗したなぁ、なんて思いながら彼女に語り掛ける。

 夕暮れに色合わせしている瞳が、こちらを向いた。

 

「これからどうするつもり?」

 

 彼女も泣いているなぁ、とか思いながらも話を聞くと、早苗もまた袖ちゃんを助けるつもりらしい。

 やっぱり人気者だ。それが嬉しいのに、何処か心にすきま風が吹いている。

 

 だからかな。とても早苗の言葉が煩わしくて少し苛立ってしまう。

 

「けどね、あなたじゃ無理。ううん、私でも他の人でも」

 

 思えばいつだって失敗ばかりだ。袖様の時も、真実を知って袖ちゃんが傷ついたときも。今回も。何一つ成功していない。

 

「袖ちゃんはね、諦めてる。傷ついて、悩んで、消える事を受け入れてる」

 

 だから、救えるのが私じゃないと知ったから納得してしまったのかな。

 

「妖怪か、神か、袖ちゃんは選ばなかった。ううん、選べなかった。変わることは彼女にとって失うことだから」

 

 私の側でも、あなたの側でもなく消える事を選んだ。変わりたくなかった。それが彼女の答え。

 

「だから、私は私の役割を果たすわ」

 

 あとはこれだけで終わりだと思っていたから。思っていたかったから。

 

 きっと早苗の言葉が深く突き刺さったかもしれない。

 

 

「あなたの役割ってなんなんですかっ!? だって、だったら、袖引さんの側にいてあげたほうが!!」

「──っ!? そんなの……そんなの、わかってるよっ!!!」

 

 声をあげてしまった自分が一番驚いた。こんなのがどこに隠れていたのだろう、と思えるような怒涛の感情が堰を切って溢れだしていく。

 

「私が側に居たくないと本当に思ってるの!? 私が袖ちゃんを助けたいのっ! でも、それは私でも、あなたの役割じゃないのっ!!」

 

 あぁ、そうだった。本当は私が彼女を助けたくて。本当は本当はずっと側に居たくて、だから選んで欲しくって。

 駄々をこねるように、弾幕が空へと散らばって消えていく。決して届かない。

 

「救うのは……私でも、あなたでもないっ!!!」

 

 ずっとずっと悔しかった。力になりたくて。力になれなくて。もどかしい気持ちだけが募って積もって。

 

「──救うのは、袖ちゃんを止められるのはっ!!!」

 

 私は袖ちゃんを──

 

「魔理沙なのっ!!」

 

 

 助けられないから。

 

 

 諦めと共に放たれた弾幕は綺麗じゃなかった。それが目の前に広がって、私の視界を埋め尽くしていく。

 淀んだ雨が広がって、白く白く視界が、未練が消えていって、そして最後には何も無くなる。それでいい。それで──

 

「そんなもので、諦めるんですかっ!!??」

 

 突風が吹き付けて雨雲が取り払われるように。

 声が、奇跡が私の元へ飛び込んでくる。

 

 

 スペルカード「海が割れた日」

 

 

 弾幕が真っ二つに切り裂かれて、彼女の顔が目前に迫った。何故だか泣いていて、その涙のせいで私まで目元が熱くなる。

 

「彼女のことをそんな、そんな簡単にっ!!」

「諦めてなんかっ!! 私は彼女に泣いて欲しく──」

「あなただってっ……あなただって泣いているじゃないですかっ!!」

 

 必死な顔が目の前に飛び込んで、私をはたく。

 

 ──上手く笑えているといいけど。

  

 別れの時、確かにそう思っていた。他人事の様に、まるで他の誰かのように。

 別れてしまうのが、袖ちゃんと自分でないかのように。

 

 ──あぁ、そうだった。

 

 笑ってなんかいない。ずっとずっと泣いていたんだ。

 寂しかった。消えてしまうのが嫌だった。彼女が消えてしまうのが何よりも嫌だった。悲しくて悲しくて仕方ない。

 

「あ……そうだった。そう、だったよね」

 

 頬を伝うものをようやく自覚する。

 

「私は、袖ちゃんとお別れするのが嫌なんだ……」

  

 救うのが誰でもいい。側にいるのが私じゃなくてもいい。ただ、ただ彼女に笑っていて欲しかった。

 

「小傘ちゃん」

 

 そう言ってふにゃり、と笑う顔が透きだったから。

 

 一度流れると、自覚するともう止まらない。止めどない涙がぽろぽろと溢れては頬を伝っていく。

 

「どうして、袖ちゃんの周りは本当にこういうのばっかりなんですかっ!? なんなんですかっ!! 本当にもうっ!!」

 

 早苗がそんなことを言っては、手を差しのべてきた。

 

「私には秘策があるんです。いいですか? そちらの策も、こっちの策も彼女を救える可能性はあるんです!」

「………でも」

「でも、も、だってもありません!! いいですか? 私は巫女です。諏訪神社の巫女です。神の身許である限り何度だって奇跡を起こしてみせますよ!!」

 

 ──だから、信じてください。

 

 押し切られたといえばそうなのだろう。信じてみようという気持ちと足踏みする気持ちがせめぎあっている。

 

 けど、確かに私の雨を割ったのは彼女だから。

 

「……信じて、みようかな」

 

 信じてみるのも悪くない。そう思わせるから。

 弾幕ごっこは美しいと思った方の負け。だから、もう負けている。

 けど、ここでけじめをつけないと、晴れにしていかないといけなかったから。彼女の為に、そして何よりも自身の為に。

 

「──早苗、これが私のラストカードにするね」

「……はいっ!!」

「ちゃんと、避けてねっ!!」

 

 ずっと雨が降っていた。空が晴れていても、彼女の中では止むことはない。

 

「だからね。──届いてっ!」 

 

 ──虹府「オーバー・ザ・レインボー」

 

 赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色が空を駆け抜ける。

 夕暮れに浮かぶ色とりどりの弾幕が私たちを包んでいく。正真正銘、全身全霊の一撃。

 

 彼女の泣き姿は目に焼き付いているから。

 あのときは何も出来なかったし、今回もきっと何も出来ないだろう。

 けど、もう迷わない。私の役割はいつだって雨避けだから。

 

 

 泣き止むまで一緒にいるから。

 どこにいってもいい。側にいなくてもいいから。

 

 

 せめて、最後は笑っていて欲しい。そう思うんだ。

 

 

 

 

 晴れ渡った夕焼けに、大きな大きな虹が掛かった。

 

 

 

 

 

 

 すべて裁き切った後に、早苗が降り立つ。

 

「引き分け、ですね」

「……いいの? それで?」

「あんなに綺麗なもの見せられちゃ、文句も出ませんって!」

 

 ぽかんと口を開けた私に笑い掛ける彼女。

 なんだか晴れやかな気分だ。

 

「──さて! まだ追い付けるかもしれませんよ? ってことで行きましょう!!」

「え? え????」

 

 ぐい、と引っ張られたと思ったらもう空にいる。

 本当に強引な風が、私の雨雲をどっかにやっちゃったみたい。今は笑顔すら溢れてる。

 

「いきますよー! 掴まっててくださいね!」

 

 笑い声が響いて夕暮れに消えていく。楽しくて、ワクワクする。間に合うかもしれない。なんとか出来るかもなんて希望もある。

 そんな夕暮れだってあるんだよ? って伝えに行かなくちゃ。

 

 ──待っててね。今度はこっちから側にいっちゃうんだから!

 

 

   

 

 

 

 

 夕陽が強くなる。沈む前の最後の煌めきなのかもしれない。もうすぐ暗闇がやって来る前に急がなきゃ。

 

 虹の掛かった空に背を向けて歩いていく。速度をあげて、ちょっとだけ元気に。

 

 水溜まりに写る顔が、少し笑っていたように思えるから。




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Stage4 吸血鬼のコンティニュー

お待たせ致しました。


 暗い部屋の中、私は光を見た。

 一つは強烈で、すべてを壊していくもの。

 一つは優しく、外に引っ張り出してくれたもの。

 

 私はどちらとも手離せないから。

 どちらも大事なものだから。

 

 

 私、フランドール・スカーレット 怒ってるわ 

 

 

 早苗が来て、小傘ちゃんと別れた。

 何も言わなかったのは彼女なりの決意だと思ったから。私も覚悟を決めた。

 

 彼女の力がある限りこの空は夕暮れのままなのに、背後に何かがいる。

 夜が迫ってきている。そう感じてしまっている。

 ぐい、と袖ちゃんを引っ張ってどこまでも飛んでいく。離れないように、離さないように。

 

「フランさん、もう大丈夫ですよ」

 

 止まる私と、静かな表情の袖ちゃん。

 

「もう……人里が見えました」

 

 眼下に広がる夕暮れの町並み。彼女の日常。ここは彼女の始まり、終わりの場所。

 

「本当に、本当にありがとうございました。ここまで引っ張って来てくれて」

 

 ただ、深々とお辞儀をする彼女を見つめている。

 

「今日という日は本当に楽しかった。本当に本当に楽しかったです。一生の、思い出ですね」

 

 夕陽を背負いながら、それはとても儚げで。

 

「もうそろそろお時間ですね。私が私でいるこの境界線。この素敵な時間は終わりになります」

 

 満足げな表情に、声が出せなかった。

 

「ですから、フランさんもここでお別れ」

 

 息を吸って、吐く。

 別れることは分かっていた。私はここでやることがある。

 

「わかった。袖ちゃん。私はここで行くね」

「えぇ、本当にありがとうございました」

「このあとはどうするの?」

「もう、一つだけ行きたいところがあるので。そちらに」

 

 連れていってはくれないの、と言いそうになる。それをぐっと呑み込んで笑顔をつくる。

 

「わかった!」

 

 袖ちゃんが口を開きかけたのを見計らって、口を挟む。

 

「でもね、私はまだ諦めてないよ? 袖ちゃんのことも()()()のことも」

「……ありがとうございます。でも、私は」

「知ってるよ。………知ってる。けど、それでも私は諦めないって決めたから」

 

 柔らかな光の下で私達は向かい合う。

 私のわがまま。好きなことをするから。他人の為に動くこと。これはね、あなたが教えてくれた強さなんだよ?

 

「だからね待っててよ。引っ張り出して、必ず行くから」

 

 

 飛び立つ袖ちゃんを眺めて、くるり、と方向転換。

 無理はしている。日中にいるということが私にとって、吸血鬼にとって、どういうことを意味するかはわかっている。私も同じように時間がない。急がないと。

 向かう先は分かってる。

 

 もし、同じ立場なら、私も同じようにするからだ。

 

 見慣れた風景を突っ切って、空から一直線に目的地へ。もう、迷うことはないから。アイツを説得して、表舞台に引っ張り出す。私がやることはこの一つ。

 

 

 

 今朝のことを思い出した。

 

 出発するまえに、眠そうな目を擦りながらお姉様が語りかけてきた。

 

「フラン、いくの?」

「うん、ここでいかないとずっと後悔しちゃうから」

 

 日光のもとに出ることも、その後しばらくはうごけなくともいい。ただ、黙ってただ待ってるのはもう嫌だったから。

 そう、と何か考え込んだ後、お姉様は言う。

 

「何も出来なくても?」

 

 意地悪な質問だ。そう思う。けどもう決めたから。

 

「私は袖ちゃんの()()だから」

 

 にらみ返してやる。全部撥ね付けてでも彼女の下に向かう。

 しばらく向かい合って、お姉様はため息を一つ。その表情は満足気だった。

 

「好きにしなさいな。袖引にもそう言ったからね」

「ん、行ってくるよ。お姉様」

「待ちなさいな。餞別をあげる」

 

 最後に一つだけ。とお姉様は言う。運命を操る程度の能力を持つお姉様の言葉。

 

 ──アイツを立ち上がらせなさい。それがきっと解決の助けになるわ。フラン。

 

 その言葉を背中に、固く閉ざされた扉を開け放ち、飛び立った。

 

 

 

 

 

 茜色が空にしなだれかかる。切れ切れになった雲が霞んで、藍、紫と混じりあう。

 

 影が長く伸びて、玄関に差し掛かっていた。

 

 一人の影と、そこに降り立った二つ目。

 

「──袖ちゃんは外出中だよ。魔理沙」

 

 

 いつもの場所。いつもの風景。見慣れた彼女の家。

 人里の外れにぽつんと建っている服屋で、私達は向かい合った。

 

「……用があったわけじゃない」

「嘘つき」

 

 目を逸らす彼女をにらみ続ける。

 

「知ってるよ、喧嘩したことも、気になってることも」

「知らないな。誰のことだ?」

「……あっそ」

 

 埒があかないと、ポケットから地面へとコインを落とす。

 ちゃりん、と転がる音。

 

「コインをあげるわ。魔理沙」 

「生憎と私は乞食じゃないんでな。いらないぜ」

「知らないわ。もう使ってしまったもの」

 

 一瞬だけ黙る彼女。期待してなかったといえば嘘じゃない。いつものように飄々と異変に参加して、解決話を持ってきてくれるのを期待していた。

 ──けれど、悲しいことに、それは私の期待だけでしかなかった。

 

「知らないぜ。諦めな。コンテニューは、ない」

 

 そっぽを向く彼女。

 我関せずなら諦められた。完全に腑抜けてしまっているなら、まだ納得できた。けど、この場所にいて、彼女は目を逸らしつづけている。

 逸らした先は、袖ちゃんの家だったから。

 

「異変を起こしてるのが袖ちゃんでも?」

 

 こんな分かり切ってることなんて聞きたくなかった。どう返されるのかもわかるのに、つい口をついて出た。

 

「もう、私は諦めた」

 

 かっ、と目頭が熱くなる。悲しいのだ。どうしようもなく。

 私の扉を開いてくれた人が、こんなことを言うなんて聞きたくなかった。

 声がなるべく震えないようにしても、我慢できていないのが、自分でもわかってしまう。

 

「知らないわよ。諦めることは出来ないわ」

「私は──っ!?」

 

 言葉に詰まる魔理沙。

 

 ──あぁ、本当に。二人みたいに格好よくなんて出来ないよ。

 

 ポロポロと涙が溢れるのが分かる。本当にみっともない。全然格好良くない。

 

「知らないわ。本当に……袖ちゃんの気持ちも、魔理沙の気持ちも知らないわよっ!」

 

 夕焼けに吸い込まれる声。

 

「二人共勝手で、私に何にも言わないでっ!! 知らないっ、知らないよっ!!」

 

 こんな子供みたいな事をいうつもりじゃなかった。ただ冷静に諭して、袖ちゃんを助けてもらえればそれでよかったはずなのに。

 ぼやけて見える視界の中、魔理沙は頭を乱暴に掻き乱していた。 

 

「あぁ、もうっ!! 私だって!!」

 

 そう言いかけて魔理沙は押し黙る。

 無理矢理作り出した沈黙の中、魔理沙は地面へと手を伸ばす。

 

「……いいぜ、拾ってやる。ただ、私が勝ったら、もう諦めてくれ」

 

 そうやって拾ったコインを空中へと放り投げる。

 落ちていくコインはどこか彼女の心境のようで、つい動きが止まる。

 はっ、と気づいたときにはもう魔理沙は構えていた。

 

「待っ──」

「スタートだ」

 

 ちゃりん。と再びコインは、音を鳴らした。

 

 その音を皮切りに、瞬時に身を引く。間一髪、居た場所に光弾が殺到していた。

 距離を取ろうとすると、それを読まれたのか突っ込んでくる。突進をいなし、なんとか間合いを保つと、魔理沙はため息をついた。

 

「まったく。今ので倒すつもりだったんだけどな」

 

 パチュリーの本を盗みにきたときに何度か撃退しているので、お互いに手の内は分かっている。

 けど、そうではなくて。

 

「時間が無いの! 止まってよ魔理沙!」

「はっ、そうかよ! どうせ霊夢辺りが解決するだろうよ」

「それじゃ駄目! 袖ちゃんがっ!!」

「助けたかったんだよっ! 私だって!!」

 

 感情を弾幕に乗せて戦いが続く。

 

「私だって、最初に手を伸ばしたさ! けど、袖ちゃんそれを蹴った!」

 

 一枚目のスペルカードが切れる。

 

「いいじゃないか、一回くらいは参加しなくたって!

霊夢も早苗もいるだろ!」

 

 二枚目を避けきって。

 

「私じゃなかっただけだ。今回救うのは、救いたいのが私じゃなかっただけだ」

 

 宝剣を顕現させて、弾幕を凪ぎ払った。

 

「──嘘吐き」

 

 魔理沙の動きが止まる。

 

「嘘吐き。そんなことちっとも思ってないでしょ!」

 

 こんなところで見つかるわけがない。

 諦めたなんて彼女は言ってたけど、諦めてたらこんなに必死に応戦はしない。

 何よりも──

 

「自分に言い聞かせてるの……止めようよ」

 

 ずっと吐く言葉が自分に向けられていたから。どうにか納得できる理由を探そうと足掻いていたから。

 それが、とても羨ましく見えてしまう。

 

「私が何にも出来ないのは知ってた。お姉様も分かってて行かせてくれた」

 

 それでも私は諦められなかったから。何かしたかったから。いまここにいる。

 

「魔理沙が諦めないでよ……どうにかできる魔理沙が諦めないでよっ!! それくらいで……一回拒絶されたくらいで諦めるなら代わってよ!! 何もしないなら代わってよ!! 私が全部やる。私が全部やるからぁ……」

 

 もう声もかすれてきた。内側に持てるものを吐き出すのも、諦められない願いがあるのも初めてだ。すごく身体が重くて、頭が回らない。

 

 ──今まで諦めていたから。今まではずっと閉じ籠っていたから。

 

「魔理沙のっ………ばかぁ!!!」

 

 諦めの象徴だった扉を壊してくれたのは、魔理沙だったから。悔しくて悔しくて堪らない。

 

「………馬鹿、か」

 

 ぼやける視界の中で、確かにその声が聞こえた。

 

「勝手に決めて、勝手に諦めて……」

 

 空を見て佇む魔理沙が見える。

 

「なぁ、フラン。今の私って情けないかな?」

「うん……すっごくかっこわるい」

「そっか……そうだよな」

 

 彼女は深く帽子をかぶり直す。

 

「いつの間にか、同じことしてたな」

 

 ──わかったよフラン。

 

 口元には不適な笑みが浮かんでいる。

 いつもの魔理沙が帰ってきた。そう感じさせる表情で晴れやかに帽子をあげる。

 

「コンティニューだ。フラン」




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Stage4 魔法使いのコンティニュー

長らくお待たせ致しました。

ノロノロと完結まで頑張ります


『追いついたぜ』

 

 ずっと言えなかった言葉を吐いた。

 

『待ってました』

 

 既にボロボロの彼女はそれでも微笑む。

 

『楽しい時間にしましょう』

 

 そして遊びに行った時の様に彼女は──

 

 

 私、霧雨魔理沙 『追いかけているぜ』

 

 

 道端の小石を蹴り上げる。いきなりの事に慌てるようにてんてん、と跳ねては草むらへと逃げ込む。何の空虚感か、ともかく腹いせに空を蹴った。

 戻るにも戻れなくて、影を辿ろうにも既にそこは遠かった。結局振り返ることすらせずに立ち止まっては歯噛みする。思わず溢れそうになる涙を飲み込んだ。

 

 

「なんだよ、関係無いなんて」

 

 喧嘩別れした時のことを思い出していた。

 彼女が悩んでいる事は分かっていた。その中身も薄々と。だからこそ力になれると思っていた。異変をいくつか解決し、妖怪とも神とも対等に渡り合える私だから。

 でも違った。そうじゃなかった。

 

 じりじりとした長い夕焼け。冬の名残と、春の儚さが同居した日暮刻。立ち並ぶのぼりを眺める。そろそろ店じまいをしようか悩む人々や、帰らず済むと大言を吐きながらもう一つと徳利を頼む声。騒然たる状況を横目に早足で通り過ぎる。

 目指すは里の外れ、最近は二の足を踏んでは結局足を運ぶことを辞めていた呉服屋。

 「しばらくお休みします」と書かれた貼紙を見て、自分の勘が冴えていることに眉を潜めた。

 

「………そうだよな」

 

 やっぱり、と呟くと空を仰いだ。心が落ち着かないのは、足元の影がいつもよりも長いせいだ。

 だから、これは関係のない話。霊夢が解決するだろうし、そうすれば私は気まずい思いはしなくて済む。

 それでいい。それがいい。

 

 いつだってそうだった。彼女は勝手に決めてはいつの間にか先にいる。

 ずっと見てきた。背丈を追い抜いたときに喜んでくれた時も、家を出るって決めたときも、彼女は背中を押してくれた。そして、異変を解決した時もいつも彼女は分かってるように頷いてくれては気を回す。ずっとだ。ずっと私は背中を見てきた。

 ようやく並び立てるってところに来たと思っていたら、彼女は居なくなると抜かす。

 

『邪魔したな』

 

 歯痒くて歯痒くて堪らない。ふざけるなと言って揺すってやりたい。手を伸ばしてくれれば、こっちを頼りさえすれば今ならなんだってしてやるのに。

 

「馬鹿、か………」

 

 あのとき、そう言えれば何かが変わったのかもしれない。意味がないことは分かっているのに後悔は止まらない。

 結局、どこにもどうにもならない事を悟ってはため息を漏らす。

 

 

「ねぇ……あのとき助けてって言ってさえくれれば」

 

 結局は分かっている。分かっているんだ。けれど、もうどうにもならない。

 雁字搦めになって動けなくなって、ついには舌打ちだけが漏れる。くそ、と悪態をついても返事は来ない。

 

 背を向けようとしたところで誰かの気配に足を止めた。

 

「──袖ちゃんは外出中だよ。魔理沙」

 

 追いかけないの、と空から声が降って来た。その方向を睨みつけると、宙に浮かぶ金色の吸血鬼。

 

「……用があったわけじゃない」

「嘘つき」

 

 即答に眉を潜める。

 

「知ってるよ、喧嘩した事も──」

 

 フランが話し始める、私の愚かさを透かすように。

 ──あぁ、そうだ。

 

『まだ、まだ……そんなに頼りないのか』

 

 嘘を吐いた。喧嘩もした。あの時も、今も。

 

 ──わかってる、わかってるんだよ。もう嫌という程に。

 

 けれど、あの否定が怖かった。私の伸ばした手をもう一度振り払われるのが怖かった。何処かへ行ってしまうのだって怖い。でも、私は……この手が空を切ることを何よりも恐れている。

 

 フランの問いにそっけなく返していく。

 

「私はもう、諦めたんだ」

 

 感情のない声を出したかった。それだけ。少し震えたかもしれない。

 目の前にいるフランドールは何も気にせずに喚きたてる。

 

「知らないわよ、諦めることなんて出来ないわ」

「私は──っ!?」

 

 人の気持ちは知ってか知らずか、ずけずけと踏み込んできた彼女に思わず声を荒げた。

 まだ荒げられる気力があった事に驚いているとついには向こうが痺れを切らした。

 

「知らないわ、本当に……袖ちゃんの気持ちも魔理沙の気持ちも知らないわよっ!」

 

 溢れ出した感情の行き場を示すように、夕陽が彼女の目元を光らせる。

 

「二人共勝手で、私に何にも言わないでっ!! 知らないっ、知らないよっ!」

 

 奥歯をぎり、と噛みしめる。そのまま黙っていたかった。そのまま無視できるものならしたかった。

 でも、身体は、心は、そうはならなかった。

 

「あぁ、もうっ!! 私だって!!」

 

 無気力でいられるならそうしたい、けれどどうにもならない気持ちがぐるぐると渦巻いていて気持ちが悪い。

 その気持ちを発散するべく、投げてきたコインを拾いあげ宙へと放る。

 

 私が彼女にぶちまけるように光弾を放った事で、弾けるように戦いが始まった。

 しかし、不意打ち気味の高速弾を彼女はあっさりと避ける。

 

「まったく。今ので倒すつもりだったんだけどな」

 

 瞠目したフランが慌てたように叫ぶ。

 

「時間が無いの! 止まってよ魔理沙!」

「はっ、そうかよ! どうせ霊夢辺りが解決するだろうよ」

 

 自嘲気味に笑い飛ばす。言い聞かせたかった。きっと──

 激しい反撃をかいくぐり、互いに火花を散らす。

 

「それじゃ駄目! 袖ちゃんがっ!!」

 

 誰かがやる。私がやらなくたっていい。そう言って欲しかった。

 あの時の払われた手の感触がまだ残っている。 

 

「助けたかったんだよっ! 私だって!!」

 

 あの悲しい表情も、影の掛かった思いも、全部、全部っ!!

 

「私だって、最初に手を伸ばしたさ! けど、袖ちゃんそれを蹴った!」

 

 激情のままにスペルカードを切る。

 

「いいじゃないか、一回くらいは参加しなくたって! 霊夢も早苗もいるだろ!」

 

 のべつまくなしに喚く。

 

「私じゃなかっただけだ。今回救うのは、救いたいのが私じゃなかっただけだ」

 

 本当に言い聞かせたかったのは……私だったから。

 

 

「──嘘吐き」

 

 フランが炎剣を現出させ、弾幕と共に一蹴した。

 

「嘘吐き。そんなことちっとも思ってないでしょ!」

 

 思わず動きが止まる。見上げると真っ直ぐに見つめる双眸があった。

 その目は悲しさをたたえていて、それが彼女と重なった。

 

「自分に言い聞かせてるの……止めようよ」

 

 ズキン、と言葉が胸に突き刺さる。

 

「私が何にも出来ないのは知ってた。お姉様も分かってて行かせてくれた」

 

 まるで血でも吐くように、悔しくて悔しくて堪らないといったように彼女は訴える。

 

「魔理沙が諦めないでよ……どうにかできる魔理沙が諦めないでよっ!! それくらいで……一回拒絶されたくらいで諦めるなら代わってよ!! 何もしないなら代わってよ!! 私が全部やる。私が全部やるからぁ……」

 

 真っ赤な瞳から滴が零れる。

 それは今の私には無くて、彼女にだけあるもの。

 

「魔理沙のっ………ばかぁ!!!」

 

 だからこそ、この言葉は重く、辛くて、そして何よりも真っ直ぐに伝わって来た。

 

「……馬鹿、か」

「勝手に決めて、勝手に諦めて……」

 

 夕焼けを眺めて思い出す。悲しげな表情を浮かべて笑う彼女を。

 あの日の訣別も同じだった。彼女が勝手に決めて、こっちも勝手に援けたくて。

 

「いつの間にか、同じ事してたな」

 

 わかったよ、と呟いて空へと浮かび上がる。

 本当は向こうがどうあったって構わない。私が決めるべき事だったのに。

 

 ──私は、袖ちゃんとこれからも生きていきたいから。

 

「コンティニューだ、フラン」

 

 そうして笑いかけると、戻ったね、とフランもへにゃりと笑う。

 

「うん、袖ちゃんによろしくね」

 

 相当無理していたのか、そのまま力なく日陰に隠れて手を振ってくれている。

 それを尻目に彼女の居そうな方角にアタリをつける。向かう先は異変の首謀者。それをぶっ飛ばして、皆笑顔で宴会を迎える。それだけだ。

 ようやくらしくなってきたと、自身に活を入れつつ箒の速度を上げる。人里ののぼりもどんどん遠ざかる。

 

 夕陽が強い。影が色濃くなっていく。どんどんと落ち続ける斜陽へ走っていく。

 不安はある。妖怪だってあやふやな存在だ。あやふやな存在の境界がおかしくなる。それはどれだけ危険な事なのかわからない。

 

 どんな結末であっても、私は見届けたい。涙はきっとその後でもいいはずだ。

 

 星を見せてくれた人がいる。背中を押してくれた人がいる。

 背が伸びて追い越しても、いたずらしてもずっと笑って怒ってくれた人がいる。

 ずっとずっと泣いていた人がいる。私はそれに全然気づくことは無くて、気づいた時にはもうこんなにも手遅れ一歩前だ。後悔も悔しさもある。

 

 だから全速力でいかなければならない。真っ先に駆けてこの夕焼けに一番星を灯すんだ。 

 

 彼女は妖怪でも神でも、そんなのは関係ない。

 彼女は袖ちゃんで、ちょっと抜けていて。それでいて、いつも優しい私の大切な友達だから。

 

 

 

 ──箒星が薄暗くなった道を駆けていく。

   真っ直ぐに、脇目も振らず。落日の袂へと。もう一度繋ぐ為に。

 

 

 

 

 

 

 もうすぐ帰れる気がした。そろそろ一番星が見れるかな。

 伸びた影に捕まる前に、僕が僕で無くなる前に。

 ふと、影を見る。少し笑っている気がした。




評価、感想等をお待ちしております


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Stage5 誰かが見ている帰り道

おまたせ致しました。3日ぶりの投稿なので初投稿です


 思えば随分と寄り道したようにも思います。

 ここに来て、小傘ちゃんや皆と出会って。そして、魔理沙さんと出会った。後悔はありません。ただ少し寂しいだけ。

 

 暮れなずむ街並みを一望出来る丘、いつか魔理沙さんと星を見に来た思い出の場所。

 もし、私の終着点というのならきっとここ。

 

 いいえ、そうではありませんね。ただ、待ち人をここで待ってみたかった。そういう事でしょう。

 子供のする約束の様に、確約もなく、連絡もなく、それでもきっとくる。そう分かっていると思える不思議な約束。そんな秘め事のような決め事を期待しながら赤に染まる街を見ています。

 一時でも、私が住んで、私が居た。そんな幻想のような出来事を誰か覚えていてくれればいいな、と思いつつ。

 

 

 

 私、韮塚 袖引 待ちわびてます。

 

 

 微かに夕餉の香りが漂ってきそうな夕刻時。歩いて笑って遊んで、ひとしきり騒いだ後に訪れる一抹の寂しさ。それに浸るかのようにぼんやりと夕陽を眺めておりました。

 妹紅さん、影狼さん達、小傘ちゃん、フランさん、私に付き合ってくれた方達は既に周りに居ません。皆、私に時間を作ってくれるかのように手助けして下さったのです。

 

 もう充分なのかもしれません。もう充分過ぎる程に貰ったから、どこにも行かず、これ以上誰とも会わずに消えてしまってもいいのかもしれません。

 諦めの悪いこの手を離してしまえば異変はおしまい。私も時間切れとなり神とも妖怪ともならない曖昧な存在として、何処かへ漂白することでしょう。その時の私はおそらくいまの様に意地っ張りでも、出来損ないでもない。『何か』として上手くやれる。そう思います。

 自身が消えて異変も終えて。それはそれで大団円かと、そう思えるのがおかしくて笑みが零れる。

  

 それでも尚思い残すことがあるとするならば──

 

 

 そんな風に、浮かんでは消える思いをふわりふわりと追いかけていた所に追手が一人。

 

「やっと見つけたわ」

 

 空に浮かぶ私に声を掛けてきたのは紅白の巫女服。少し焦げたリボンと裾を見て、思わず妹紅さんに感謝の念が零れます。いつもの厳しいながらに優しい雰囲気は消え、ただ仕事として私を見つめる幻想郷の守り人。

 すわ、年貢の納め時。なんてふざけている事なんて出来なくて、それでもやっぱり矮小な私は黒幕らしい事なんて言えなくて。

 

 

「そう……でしたか、最期はあなたと戦うんですね」

 

 ぽつりと零れたのはそんな言葉。残念そうに聞こえてしまったら失礼かとも思いつつ、脳裏に投影されるのはあの子の姿。

 そんな姿に何を感じたか、果たして何も感じないのか、霊夢さんは険しい顔のまま。

 

「私が一番乗りね。さっさと終わらせましょ」

「そうですね、そろそろ皆さんに迷惑なんじゃないかって思い始めていたころですから」

「……まったく。そんな事言う奴初めて見たわ」

 

 苦笑交じりながらも見せた笑みを見て、この人で良かったなぁ、なんて思ってしまうのは贅沢でしょうか。

 

「じゃ、始めましょうか。……いえ、違いますね。幕を引くってのが正しいかもしれません」

「そうね、これでこの異変は終わり。アンタは妖怪としてこれからも生きることになる」

 

 博麗の巫女が武器を構え、私も伸びはじめた髪の毛を靡かせつつも構えを取ります。

 

「言っておきますが……今日の私は強いですよ」

 

 神とも妖怪ともつかない私だからこそ、どちらの力も最大限に発揮できる。

 

「あっそ、関係ないわね。早く終わらせて帰りたいの」

「まだまだ夕暮れ時ですよ、帰るには早い。もう少し遊びましょうよ」

「その頭でっかちな考えをひっぱたいて、暮れ六つにしてやるわ」

 

 にべもなく返し合う言葉の応酬、それが楽しくていつまでも遊んでいたくなるような気持ちにもなります。

 

「後ろ髪引かれないように全て出し切るとしましょう」

 

 最後ですからね。と言い切るか言い切らないかの内に、弾幕ごっこが始まりました。

 

 強襲するお札や針を避けながら、光弾を叩きこむ。夕空一杯に広がる光一つ一つに、自分でも驚くくらいの力が込められておりました。普段が米粒程の力だとしたら今はおむすび位でしょうか。何倍にも膨れ上がった力に霊夢さんも驚きを隠せない様子。

 

「アンタ、本当に……」

「えぇ、勝っても負けてもここで最後です。私は……どちらとも選べなかったので」

「アンタといい、あいつといい……」

 

 馬鹿ね、と切り捨てて高度を上げては下げ、ひゅんひゅんと隙間を縫って飛び回る空飛ぶ巫女に合わせて引き絞り、放つ。一面に広がって弾ける札と光弾。きらきらと反射して消えていく様は万華鏡のよう。

 

「そろそろ……いきましょうかっ!」

 

 お互いに掠り傷が多くなってきた頃合い。場が盛り上がり燃え上がって来たところで、私はとっておきの一枚目をかざしました。

 

 ──スペルカード 哀歌『地蔵影の童歌』

 

 大きな光弾が広範囲に広がり彼女の逃げ道を塞いでは閉じ込めんと迫る。霊夢さんは難なく回避しようとする動作の最中、急停止。目の前に掠める光弾を間一髪を回避しました。

 目を引く大きな光弾を目いっぱいに広げて注意を惹きつけはおりますが、影に隠れる小さな光弾が大本命。

 すんでのところで回避した霊夢さんを見遣り、少しだけ肩を落します。

 流石の霊夢さんも冷や汗ものだったのか軽口が飛んできます。

 

「っと、……危ないわね」

「結構、自信作だったんですが……」

「案外狡猾じゃない」

「歳の功ってやつですよ」

 

 一瞬の掛け合いをかわした後、またしても始まる弾幕戦。

 最初こそは優勢ではありましたが、向こうも慣れてきた様子。こちらの弾幕を打ち消したりしながら、順応しているのが目に見えてわかるかのよう。

 地力の差は圧倒的の筈なのにどんどんと埋められていく差。絶対に当たると思った弾が躱され、次で落とすと意気込んだ先は暖簾に腕押ししたような空虚な手ごたえ。ふわりふわりと風船のように漂っているのに力自体はご神木のようなずっしりとした威圧感。始めに押していたものの、次第に焦燥していく側が逆になり始めました。

 

「……くっ!?」

 

 思わず漏れた呻きに反応して苛烈を極めていく弾幕戦。霊夢さんも本腰を入れ始めたのか激しさを増す一方。捌ききれないものが多くなり始め、だんだんと着物に掠めるようになり始め、遂には五分五分以上の所までやってきてしまいました。

 

「まだ……負けませんっ!」

 

 

 ──スペルカード 再符「引かれ者の小僧唄」

 

 

 力が込められた札を解放し、もう一度気力を取り戻す。まだまだ続けられる。と意気込んだところで霊夢さんの放つ対抗弾幕(ボム)。美しい弾幕を上書きするかのように打ち消されるこちらの弾幕。それが決定的となり形成は完全に傾きました。

 そして、間隙を突かれ、ついには体制を崩してしまう私。向こうも好機と感じたのか『切札』が放たれました。

 

「そろそろ決めるわよ。袖引」

 

 ──スペルカード 霊符『夢想封印』

 

 

 目の前に広がる、色とりどりの光弾、札が散りばめられ一斉に殺到してきます。何とか持ちこたえていたもののついに捌き切れなくなり、反撃の薄くなった場所を集中攻撃。あっと言う間に満身創痍となりました。

 あえなくして墜落。強くなったとはいえこの程度なのか、はたまた霊夢さんが強過ぎるのか、どちらにせよ異変を起こしたものは巫女によって退治されるのは不文律ということなのでしょう。

 

 空から降りてきた最強の巫女は、こちらにお払い棒を向ける。

 

「さて、そろそろ本当の幕引きね。袖引」

「……本当に格好がつかない限りで」

「格好とかどうでもいいの」

 

 ──言い残すことはある? と、一瞬だけ私の良く知る霊夢さんに戻る。

 けれどそんな優しい彼女に対して、静かに首を振りました。

 

「そう」

 

 と短く首肯したあとに、何か祝詞を唱えるとお払い棒を振り上げました。

 

「さようなら、韮塚袖引」

 

 幻想郷の均衡は保たないといけないのよ。と誰への言葉なのか。その言葉と共に最後の一撃が振り下ろされました。

 

 これで終わり、と思うと、色んなことがあったように思えます。

 人里の端に住まいを構えて小傘ちゃんを始めとした素晴らしい友達に出会って。町民さんとも仲良くなったりひと悶着あったり。そして……あの子に出会った。

 韮塚袖引としても。これが最初で最後の異変。後悔は……きっとありません。小傘ちゃんを始め、みんなに協力をしてもらって幻想郷を見て回ることが出来ました。これ以上何を望むというのでしょう。

 

 幸せでした。こんなにもこんなにも楽しい思い出を抱えていくのですから。幸せだったんです。

 

 最期の瞬間はとてもゆっくりに感じました。迫りくる棒を見て、思います。

 

 ──あぁ、願わくば、最期に一目でもあの子に逢いたかったな。と

 

「……さよなら、私の幻想たち」

 

 

 頬に熱いものが流れ落ちるのを感じながら、終わりが来る瞬間を待ち続けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……けれどその時はいくら待っても訪れませんでした。

 

 

 

「もし何か起こすんだったら呼んで、と言ったろうに」

 

 私を嘘つきにさせるつもりかい? と軽口混じりに口角を上げている、小さくて大きな存在。霊夢さんの得物を意にも介さないといった様相で片手で止める。傍若無人とも言えるような相手。流石の霊夢さんも眉を潜めました。

 

「萃香……」

「よう、霊夢。邪魔しに来たよ」

 

 まるでぷらりと家に上がった様な気軽さで押し返し、距離を取らせる鬼の女傑。

 飛び退いてすぐさま霊夢さんはきっ、と睨みつけました。

 

「今忙しいの、どいて」

「そう言うなって、駆けつけ一杯。喧嘩なんてどうだい?」

「押し売りはお断りよ、見てるだけならいいけど邪魔するなら帰れ」

 

 そういうと私との戦闘の疲れなんてなんのそのと言わんばかりに力を溢れさせ、臨戦態勢。

 対して萃香さんもやる気のご様子。手や足首を慣らしては音を鳴らす。

 

「見てるだけのつもりが手が出ちゃっただけさ。せっかく乗りかかった船だ。ひと暴れさせて貰うよ」

 

 はぁ、と眉を潜め、ため息を吐く霊夢さんに対し、心底楽しそうな萃香さん。

 膨れ上がった気配たちが静かにぶつかり合う、緊張の瞬間。

 

「やる事が増えたわね。とっとと終わらせましょ」

「残念、日暮れの百鬼夜行はまだまだ終わらぬ、日が落ちるまでは楽しんでいきな」

 

 両者激突。激しい戦いが始まりました。

 いきなり始まった弾幕ごっこを見ながら、突然の事に驚きを隠せない私。その肩をとんとん叩く影一つ。振り向くと少し縮んだ萃香さんが立っていました。

 事態が飲み込めず口をあんぐりと開けて固まった私に対し、へらへらとそれでいてあまりにも強大で頼り甲斐がある鬼の大将。そんな彼女がこう言います。

 

「からかいにきてやったぞ、小さな大将さん」

「どうして、いや、あの……何と言ったらいいのか。私はただ──」

「あー気にしない気にしない、私はあんたを気に入ってる。向こう見ずで、それでいて一本芯がある」

 

 そんな馬鹿が大好きなんだ、私は。と呟いて笑いました。

 

「異変を起こすくらいにやりたい事があったんだろう、自分に気づいて欲しかったんだろう?」

「……でも、そんな資格は私には」

「誰だって、忘れられるのは寂しいもんさ。消えていくのも見届けて欲しいもの。そうだろ?」

 

 大丈夫だ、心配要らない。と豪快に笑い飛ばす。

 

「もうすぐ来るさ。ちょっとばかり遅れてるだけ」

「でも彼女と私は……」

「えい」

 

 あまりにうじうじしているのに見かねたか、背中をべしんとひっぱたいた萃香さん。本人は軽い活のつもりでしょうが、一瞬呼吸が止まるかと思う程の一撃が私を襲います。

 声が出せないままに、うずくまってとしていると、しっかりしな、と言い放つ。

 

「袖引、今のおまえさんは大将だ。黒幕らしく山のようにどっしり構えてればいいのさ」

「……萃香さん」

 

 気張りなよ、あともう少しさ。と優しい顔になった後にもう一度笑いました。

 

「そろそろ戦いに集中しなきゃ、こういうときの霊夢はなかなか楽しいねぇ」

「あの……本当にありがとうございました」

「今回の随分と可愛い百鬼夜行だったじゃないか、次はもう少し骨のある奴を連れてくと箔がつくよ」

 

 鬼とかどうだい? と消えていくなかで冗句を言う彼女に、ぺこりと頭を下げ続ける私。

 

 そうして霧の様に目の前から消えた萃香さん。気を使ってくれたのか、既に霊夢さんとの戦いは今の場所から遠ざかっておりました。

 

 

 今一度礼をして、もう一度あの丘へと向かいます。 

  

 

 妖怪とも、神になるとも選べなかった私。過去の私があって今の私がある。どちらかを捨ててしまえば私ではない。袖引小僧の枠からいささか逸脱しすぎはしましたが、消えると言われようが実際にここから去る時が来てしまおうが、やっぱりどこを探しても後悔なんてありませんでした。

 

 

 振り返ると、真っ赤に染まる幻想郷。山間の稜線が黄金に輝いて、茅葺の屋根たちに色濃い影を落とす。川が夕陽に反射しきらきらと輝きながら流れ落ち、木々が夜を不安がるかのように黒と赤を纏って揺れる。

 美しくて、何処か懐かしい場所。この中には妹紅さんが霊夢さんを止める為に奮闘した痕があって、影狼さん、わかさぎ姫さん、赤蛮奇さんが咲夜さんと戦って、早苗さんと小傘ちゃんがぶつかっていて、そしてフランさんが頑張っているそんな大好きな場所。

 手をかざすと、その向こうの景色が薄く見える。いよいよな状況となってきたな、と思うのも束の間、強い風に煽られました。

 つん、とした鼻を擽る風。それでもどこまでも美しくて優しい風はまるで、さよならを告げているようでした。

 

 

 遠くで虹が輝いて消える頃。誰かがやってくる気配が一つ。

 それはいつも見知っていて、けれどそれがとても嬉しくて思わず笑みが零れます。

 

 いつもの黒帽子に、魔女を彷彿とさせる衣装。箒に跨ってやってきた彼女。魔理沙さんは怖いくらいに真剣な顔を浮かべておりました。

 何かを言おうとして飲み込んで、そして彼女は呟くように声を出しました。 

 

 

「追いついたぜ」

 

 振り向いていつものように笑いかける私。

 

「えぇ、待ってました」

 

 あくまでいつものように、こんな異変のせいで日常を壊してしまうには、あまりにも愛おしすぎる毎日だったから。

 既にボロボロであって黒幕として出迎えるには格好が向かないのかもしれませんが、やはり、いつだって見守ってきた子が来てくれるのは嬉しいものです。

 

 もはや語る時間すらも惜しい私は弾幕ごっこを示唆します。いつだってどこだって、幻想郷はこれが会話となり戦いとなる。語りたい事だって沢山ありました。言いたい事だって沢山。けれどそれすらも叶えられるかどうか。

 ──せめて、ごっこ遊びの中に一つでも多く残せますように。

 

 お互いが向かい合い、構えます。真剣に向き合ってくれる魔理沙さんを見て、やはり私は微笑んでしまうのでした。

 

「楽しい時間にしましょう」

 

 

 そうやって正真正銘、最後の弾幕ごっこが始まりました。

 一瞬にして永遠のような夕暮れの時間。

 長く、短く、楽しい時間は一刻、一刻と進んでいくのでした。




ご感想、評価をお待ちしております。


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Stage6 子供が還る帰り道

おまたせ致しました。いよいよ大詰めにございます。


 夕暮れに浮かぶ中、二つの影が並び立ちました。

 普通の魔法使いと、異常な袖引小僧。

 

 よく見知った顔なのに、今は違って見える。これが異変の時の魔理沙さんなんですね。なんて、しみじみ思いながら真剣な面立ちを眺めます。これも黒幕の特権でしょうか。

 思えば昔から表情が良く変わる子でした。泣いて、笑って、怒って。いくつもの折り重ねの上にこの今がある。そう思うと気合も入ろうものです。

 せめて、その表情の片隅にでもいたいですから。

 

 さてさて、いよいよもって大詰めにございます。どちらが勝っても幕は引かれる最終局面。泣いても笑ってもきっとこれが最期のお立合い。全てを出して旅立つといたしましょう。

 

 

 私、韮塚 袖引 遊んでいます。

 

 

「追いついたぜ」

 

 この言葉にどれほどの思いを乗せていた事でしょうか。彼女が掛けた言葉を胸中で繰り返しながら、いつものように歓迎の言葉を返します。

 

「えぇ、待ってました」

 

 影が揺れる。いつの間にか超えられていた背丈の大きさ。いつしかのようにまた一つ階段を昇った様なすっきりとした顔。人間様……人の子の成長はいつだって驚くほどに早くて眩しい。

 陽が沈む焦燥感に押されるように、口を開かずともお互いに構えを取りました。長い付き合いです。これまでが分かっていて、この先が分かっている。何が始まるのかも。

 神妙な顔つきのままに、視線が混じり合う。ふっ、と笑みが零れました。

 

 

「楽しい時間にしましょう」

 

 

 そうして私達は遊び始めました。

 夕陽が燃えるように、私達も燃え尽きるまで遊ぶ事でしょう。

 口火を切ったのは私でした。

 機織りの様に、服を紡ぐように、落日の赤に合う弾幕を構築していきます。対して彼女はきらきらと輝かしい弾幕を。光と騒がしさ。それらが闇に反射しぱちぱちと白く輝き、弾けていく。

 私の永さと彼女の刹那が交差しては溶け込んでいく。それはもう格別な時間を確信させるものでした。

 

 こちらから繰り出す弾幕を彼女が躱す。向こうから飛んでくるものを私が捌く。いくつかの応酬をしているうちに、突如、魔理沙さんが口を開きました。

 

「なぁ、袖ちゃん」

「なんでしょうか」

「戸棚のさ、隠してあった煎餅、どこで売ってるんだ?」

「んなっ……また勝手に食べたんですかっ!!」

 

 あれ、お気に入りなんですけどっ、と悲鳴が夕陽にこだましました。

 

「置いてあったなら食べるぜ」

「隠してたって自分で言ってるじゃないですかっ! 高いんですよあれ!!」

「あーあー、回避に忙しくてきこえなーい」

 

 くるくる回転しながら華麗に回避しては、あることないこと吐きまわる彼女。ぐるぐるとよく回る口にこちらも乗せられ、思わず目が吊り上がる。

 怒り心頭、急沸騰と弾幕の密度を濃くしていきます。

 

「うわ、本当に怒ってる? 怖い怖い。おっかないぜ」

「こ……このぉ! ちょこまかと避けない!」

 

 それでも難なく避けていく彼女を見て、怒る私。そして、いつともなく二人で吹き出しました。

 

「くくく……」

「ぷっ……ふふふ」

 

 

 あはは、と声が重なる。哄笑が空へと吸い込まれました。

 お互いが笑いをこらえられないかの様に、指を差しあい笑い合う。

 

「なんだよその顔、随分と膨らむんだな」

「そっちこそ、いっつもそうやって私をからかうんですから」

 

 魔理沙さんの癖、私に何かしでかしたときや謝りたいときなんかは、いつだってそうやって気を逸らす。

 いつもはこちらも意地になっておりますが、今日は趣旨返し。

 

「気にしてませんよ。あの時の事」

「……いきなりだな」

「むしろ、あの時の私は酷かったですね」

 

 夕暮れの訣別。駆け出していった背中を見送った日。あの日ほど自分の性分を恨んだ日はありませんでした。彼女の駆け出す背中を見送った事を何度後悔した事か。もう少し、傷付けない方法だってありました。……ただ、もう遅すぎるだけのこと。

 だから、ここでしっかりと清算をしておきたい。そんな心づもりでした。

  

 ──ごめんなさい。

 

 そう言うと、魔理沙さんも困った様に頭を掻く。

 

「あー、もう。先に言うつもりだったんだけどなぁ」

「ふふふ、そうやって言いづらい事があると、すぐにからかうのは分かってますからね。先回りです」

 

 すると逆に今度は向こうがふくれっ面。機嫌の損ね合いもなんだか懐かしさすら覚えます。

 唇を尖らせて彼女は言う。

 

「そうやっていつもいつも先回りだ」

 

 くすくすと笑うと、両頬の餅は更にこんがり。随分と美味しそうにふくれるものです。

 いつまでたっても子供扱いは良くないのはわかりますが、そう見てしまうのもまた見てきたものの性。どうしたって贔屓はしてしまいますし、からかいたくだってなります。

 ふくれっ面がしぼむ頃、彼女は夕焼けよりも頬を赤くさせながら、ぽそりと呟きました。

 

「そっちの事情も考えずに焦ってた」

 

 悪かったと、頭を下げる彼女。

 そんな頭を撫でてもあげたくなるのが人情というものではございますが、何分ここは遊び事の真っ最中。ぐっとこらえ真剣に事を進めねばなりません。

 

「いいんですよ。……そろそろ再開しましょうか」

 

 きらきらと輝かしい日々も、何もかもが今は過去に。風が全てを置き去りにしてくれます。

 袖靡かせて、帽子はためいて。掠めて焦げた匂いも、汗が滲んで張り付いた髪も、きらきらと輝くように思い出になっていきます。

 弾幕を放ち合いながら、色んな戯言を言い、下らない事で笑い合う。それが楽しくて楽しくてついつい時間を忘れそうになってしまいます。そこまで時間なんて無いというのに。

 ひとしきり笑って、ひとしきり騒ぎあって波が引いたように落ち着いてきた頃。魔理沙さんが切り出しました。

 

「もっと変わったと思ってた」

「何がです?」

「袖ちゃんがさ。こんな異変まで起こして」

「変わらない為に頑張ってますからね」

 

 既に袖引小僧の枠から外れかかって世の理の淵にいる私。神も妖怪もどちらかを選べば、おそらく決定的に変わってしまう何か、忘れてしまう何かが捨てられなかったから、こうしているのですから。

 半透明になった腕がちらちらと視界に入ってきます。悲しいかな、欲張りさんは受け入れてくれない様子。

 それでも、後悔はきっともう無いのだから。

 

 それの様子を見た魔理沙さんは帽子を抑えつけ、光の波をくぐり抜け、また一つ言葉を発します。

 

「なぁ、私が勝ったらどっちか受け入れるのか?」

「そうですねぇ……どっちがいいでしょうか」

 

 とぼける私に、彼女はかっと目を見開く。すぐさま箒を急発進させ、突進してきました。

 反応しきれずにいると、距離を詰めて来ては胸倉をむんずと掴まれる。彼女の香りも憤りも間近に来て、睨みつける二つの瞳。

 息巻く彼女がそこにはいました。真っ直ぐな感情が突き刺さる。

 

「真剣に、だ。袖ちゃんはどうしたい!」

 

 どうしたいかなんて決まってます。それをする為にこれを起こしたのですから。

 それでも真っ直ぐに向かってきた感情を、鬼気迫る表情を、ものともせずに言い返す私。

 

「私はこのままがいいです」

「消えるとしても……か?」

 

 はっと彼女の表情を見ると、双眸には光るもの。堪えるような表情を見るのはいつだって辛い事。

 でも、もう今更変えられないから。変わる事なんて赦されないから。手も足も刻々と消滅しているのだから。

 にべもなく私は答えます。

 

「消えるとしても、です」

「そうか……そんなところまで変わらないか」

「ええ、それくらい大事なんですよ私は」

 

 ぱっ、と離しては突き飛ばされる。ここは譲れないのは既に分かっていたこと。冷淡でもなんでもここは譲れない。

 だって、その為だけに私はここにいる。みんなに頼んで最後までわがままを言って。もうこれ以上は、充分。

 そうして距離を取ると固まる魔理沙さん。流石に突き放されたのは辛かったでしょうか。

 じっと眺めていると、彼女は小刻みに震え出して、いきなり息を胸いっぱいに溜め込みました。そして。

 

「ばぁぁぁぁぁぁぁかっっっ!!」

 

 きぃんと甲高い音が耳を突き抜けました。ぐわんぐわんと頭が揺れる。やまびこでも帰ってきそうな反響の中、夕暮れに大音声は消えていきました。

 思わず耳を塞いで目を白黒させていると、今一度、息を取り込んでは口を開く。

 

 

「もう一度言ってやる。馬鹿っ!!」

「な……なっ」

「それはみんな悲しいからこうなってるんだろっ!! いい加減に周りを見ろっ!」

 

 涙を浮かべてさえ訴えかける言葉。周りがどんな思いで。なんて、言われなくてもわかっているから。

 だからこそ、かえって私はめらめらと燃え上がる。

 

「いいじゃないですかっ! わがまま言ったって! 分かってますよっそんなことっ!!」

 

 私なんて、と卑下するには、あまりにもみんなが優しすぎました。目を逸らすには、大きすぎるくらいに沢山もらってしまいました。

 それでも、それだからこそ。口角泡を飛ばす。

 

「けど、どうしようもないじゃないですかっ!! 私はこのままでいたいんですからっ!」

「私がなんとかするっ! なんとでもしてやるっ!! 袖ちゃんがこのままでもいられるようにしてやるからっ!!」

 

 駄々をこねるように、かぶりを振って彼女は叫ぶ。

 昔の泣き虫だったままに強かった彼女。それを彷彿とさせるような彼女の訴え。

 全てを受け入れて慰めだってしたくなります。けれどそれはもう無理な言葉だから。

 その言葉は今更というには遅すぎて、けれど、暖かくて、涙が出る程に嬉しくて。無理だと分かっていてもすがりたくなるような魅力に溢れていました。

 だからこそ、拒絶するにはもったいなくて、返す言葉が見つからなくて。

 

「私に勝ってからいいなさいっ!!」

「じゃあ、私が勝ったら今度こそ私を頼るんだなっ!? 私が」

 

 どれだけ突き放しても、必死に伸ばしてくる魔理沙さんの手。必死の決意が伝わって来る。

 

 けれど、それを掴むことはありません。あの時もそして今もやっぱり、私は掴めないまま。伸ばしても、伸ばしても届かなかったから。どれだけ頑張っても繋がれなかったから。

 今までずっとひた隠しにしてきた言葉。最後の最後まで隠しておこうと思っていた。奥底の私が溢れ出す。

 

「それでも、私は怖いんですよっ!!」

 

 ──待って、待ってよぉ!!

 

 失い続けてきたから。

 

 ──ごめんね、また絶対戻って来るから。

 

 無くし続けてきたから。

 

 ──どうか、神の力を封印してください。

 

 諦めてきたから。

 

 

 この小さすぎる手からこぼれていくのを、ただ泣いて眺めるしかなかったから。

 

 それでも残ったものが、こんなにも暖かくて大切だから。

 どうかどうか、これ以上のものを私から奪わないで欲しいと、ぎゅっと抱え続けてきた手放せないものだから。

 私はこれだけは譲れない。譲れないから今ここにいる。

 

 最後まで隠しておこうと思っていた本音。それが零れて止まらない。そんな様子に魔理沙さんも静かに首を振る。

 もう既に、引き返せない所まで来てしまいました。

 

 互いに譲れない平行線。意見をぶつけあっても曲げられない以上、やる事は一つ。

 

 夕陽を背に、今一度向かい合う。

 

「楽しい時間はそろそろ終わりにしましょう」

「最初からそのつもりだぜ袖ちゃん」

 

 睨み合い、ぶつけあいながら言葉を交わす。

 本当に、本当に最後の。私達の時間。

 

「さぁ、カーテンコールだ。そろそろ夜が待ち遠しいぜ」

「夕陽も沈まぬ薄暮刻。もう後には引けませんよっ!!」

 

 長くなった髪も、端のほつれた袖も引き連れて、金色の空に身を投げ出しました。

 

 時が止まる。とはこういった感覚なのでしょう。音が聞こえなくなり、全ての弾幕が止まって見える。次に何が向かって来るのか逃さず把握できてしまう。

 冷水を浴びせたかのようにひんやりとした全身と、つま先まで把握出来る感覚。その二つが重なって、全ての空間を支配しました。

 右、上、下方、背後、くるくると変わる着弾地点を身をよじり、回転し、または相殺して、全ての弾幕を捌いていきます。

 花火のようなもの、金平糖のようなもの、妙な臭いを放つもの。全てが私の手の平の上で叩き落とされていくのでした。

 すれ違う刹那、交錯した目線は随分と苦しそうで、向こうがぎりぎりを強いられているのは間違いなし。

 

 ここに来てまさかまさかの大覚醒。神と妖怪、ずれていた力が重なった完全に重なった感覚。爆発的な能力を生かし、ひたすらに戦場を跳ね回りました。

 速さも弾幕も一段階上がった私を見て、魔理沙さんも思わず声がもれました。

 

「更に強くなるのかよっ!! くそっ、たまんないなっ!」

「出し惜しみはありませんからねっ!」

 

 言葉に嘘なし、一切の貯蓄はなし、私はスペルカードを切りました。

 

──スペルカード 影符『背高のっぽの影法師』

 

 引き伸ばした自身の影が立ち上がり弾幕を放つ。遠隔操作のスペルカード。

 私の影からも光弾が放たれると、察知するや否や、すぐさまに身を翻し距離を取る魔理沙さん。

 しかし、今日の私は一味違う。すぐに二本目の矢を放ちました。

 

「一息もつかせませんよっ!」

「げっ!?」

 

 なんと魔理沙さんの影もまた立ちあがり、弾幕を放ちはじめる始末。

 これには彼女も大層驚いたようで、服も髪も掠めてやっとの思いで躱していきました。

 私含めて三方向の包囲網。ぐいぐいと迫る影になすすべなしや、と思いきや、何かを思いついたのか、表情がさっと変わる彼女。

 にやけ顔のまま夕陽に向かって上昇していく。すぐさま追いかけつつ、何を……と考えているとはっ、と気づく。

 

「まさかっ!!」

「影は、光の正面には出来ないよなぁ!!」

 

 これで標的が絞られたな、とニヤリ、と帽子を抑え八卦炉を構える彼女。

 その右手には臨界まで溜め込まれた力が今か今かと放たれる瞬間を待っているかのよう。

 

「全力で、いっくぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 眩い光が視界を覆う。放たれたのは極太の凶悪光線。全てを吞み込まんと影ごと搔き消して迫って来る。

 

 

──スペルカード 魔砲『マスタースパーク』

 

 

 彼女の意思かと言わんばかりに、真っ直ぐにこちらへ向かってくる魔理沙さんの全力。

 影も弾幕も全てを照らし出し、打ち消していきました。それを避けられるわけもなく、目の前にして立ち竦む。

 

「とはいえ……」

 

 妹紅さん、影狼さん、蛮奇さん、わかさぎ姫さん、小傘ちゃん、フランさん、そして萃香さんが作ってくれた今だから。こうやって遊べる時間を作ってもらえているのだから。

 

「私も私で、絶対にっ、負けたくないんですよっ!!」

 

 袂から千切れた袖を宙に放る。かつて神だった頃のお供え物と同じもの。くるくると回転し、花のような形を形成しました。それが神力を持って障害を阻む。

 

──スペルカード 『逢魔が時のスリーブドロワー』

 

 極太の光線が信仰の印に直撃しました。全てを吹き飛ばさんとする衝撃、激しい爆発音が、うねりと熱を持って辺りに拡散されました。

 光を散らし、想いが衝突しあい喰い合っていく。どちらとも一歩も引かない大接戦。 

 かつて、私を形成したものが再び還ってきて、そしてここで守ってくれている。

 一歩も引けないからこそ、それが少し懐かしくて、当時の村人たちの顔が思い浮かぶようでした。

 

 力と力、それが衝突しあい徐々に消滅していく。

 彼女のスペルカードは消えていき、私の防壁もまた消えていきました。

 もうもうと立ち込める煙の中、私は、無傷で立っておりました。全力を受けきり、そして、なおもまだ気力も余力もある。

 

「これで魔理沙さんの切り札は……っ!」

 

 勝った、と確信し、覆う煙を払い、空を仰ぎ見る。

 少なからず落胆した魔理沙さんが見れる。そう確信しておりました。

 しかし、沈みかけた夕空を背負う魔理沙さんはそんな状況でも笑みを絶やさない。

 

 にぃ、と口角を上げて彼女は高らかに声を張る。

 

「違うぜ袖ちゃんっ!! 本当に()()()()()()のはっ!!」

 

 

 天高く、そのスペルカードを掲げました。

 

 

「こいつ、だっ!!」

 

 

 彼女の切り札(スペルカード)が放たれました。

 

 藍と紅が混じり合った空に、輝くものが一つ、二つ。

 

 

「あ……」

 

 どんなものでも避けられると思ってました。どんなものでも受けきれると思ってました。

 実際、今の私だったら可能だったでしょう。

 

 それでも、()()に思わず見とれてしまって、私は思わず手を下ろす。

 

 

 

──スペルカード 魔符『スターダストレヴァリエ』

 

 

 

 暮れなずむ夕焼けの空に浮かぶ、一番星。

 それは異変の終わりを指し示すもの。

 

 

──星を見に行きませんか?

 あの時の満天の空を描く、彼女の思い。

 それが今、私の薄暗がりな空を切り裂いていく。

 

 光が散らばって、星が夕焼けと混ざり合う。それはとてもとても綺麗な彼女の願い。

 

 星が昇ったら子供たちは帰らねばなりません。どんなに駄々をこねても、今日の遊びはおしまいだから。

 泣いても、笑っていても、またね、と手を振らねばなりません。

 

 これで『わがまま』はおしまい。

 

 感嘆の声が自然と漏れ出しました。

 

「あぁ、こんなにも……」

 

 いくつ一緒に歳を重ねた事でしょうか。

 麦わら帽子を被っていた頃から、今の今まで。どれだけ、私を見上げて、追い越していったのでしょうか。

 

「大きく、なっていたんですね」

 

 ふっ、と全身の力が抜けて、私は墜落したのでした。

 

 夕暮れが終わっていく。残照は消えゆき、掴んでいた空の時間が元に戻る。

 幻想郷はまた正しい時間を刻むのでしょう。

 空が割れるように流れていって、満天の星空が傷付いた時間を癒すようにゆったりと照らし出します。

 

 

 楽しい時間はすぐに終わるものです。どれだけ引き伸ばしてもそれはきっと変わらない。

 永遠に続くとすら思えた、魔理沙さんと私の遊びはこれで終わり。

 

 あとは、それぞれの場所に帰っていくだけ。全てが元に戻っていく事でしょう。時間も、空も、そして皆も。

 あとは、存在してはいけないものだけが消えるだけ。

 

 

 

 そうして、夜の帳が落ちて。短く儚い夕焼けは消えていく。

 

 幻想郷の空を引き留めた異変は、これにて幕引きとなりました。

 

 

 

 ──そして私も、透けた手足と、急激に消えていく力を感じ取っていたのでした。




評価、ご感想等お待ちしております。


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終話 夕焼け迎えるその店は

いよいよもって、一区切りでございます。
お待たせ致しました。


 何とかなるなんて、本当は思ってなかった。けれど、どうにかしたくて、どうにかなれと願っていた。

 

 でも、叶わない事も知っていたんだ。

 

 それでも、手を伸ばしたこと自体は、きっと無駄じゃなかったと思いたいから。

 

 

 スペルカードを放った時、彼女が手を止めたように見えた。

 

 マスタースパークをおとりに使った作戦。いきなり強くなった彼女に、追いつく事がやっとで勝算は正直薄かった。

 けれど、半ば賭けになる事を知っていながらも実行したんだ。このスペルカードで決めるしかないと、心の私が叫んでいたから。

 

 戦いとなった場所には、思い出が詰まっている。

 魔法使いを目指した私の背中を押してくれた事。それを今でも覚えているから。

 その時の星空をイメージしたものだから、誰よりも見て欲しかった。

 

 

 スターダストレヴァリエが綺麗に決まった瞬間、墜落していく小さな身体を追いかけた。

 

「袖ちゃん!!」

 

 慌てて追いついては、草むらに落ちた彼女を抱き起す。

 自慢もいち早くしたかったから。だから、彼女に触った時ゾッとした。

 

「どうだった? 私のスペルカード。ここの思い出が元になってるんだぜ」

「覚えてくれてましたか……懐かしいですね」

「……忘れるわけないぜ」

 

 視線を合わせた先の彼女の身体は既に透けていた。信じられない、信じたくない光景に思わず目を逸らしてしまう。

 そんな仕草を見られたか、優しい声が届いた。

 

「これから……辛いところを見せちゃうかもしれませんね」

 

 袖ちゃんは穏やかに笑って、身体を横たえたままに空を見る。

 そんな彼女に膝を貸して、膝枕の要領で一緒に座り込んだ。

 

「まったく、何言ってるんだか。これから私主役の宴会の準備しないとならないんだぜ?」

 

 軽くて儚い。嫌でもそう感じる。

 透き通った彼女の髪を撫でてみる。確かに感触はあるのに、どこか遠い。

 

「えぇ、きっと賑やかな宴会になります」

「もちろん袖ちゃんも参加するんだぞ」

「そうですね、参加出来たら……楽しかったかもしれません」

 

 全てを受け入れた声がする。やめてくれ。と声が漏れそうになってしまう。

 何か出来るはずと思っていても、思考がパンクして手の平からすり抜ける。

 

「魔理沙さん、星が綺麗ですよ」

「……あぁ、そうだな」

「あの時、みたいですね」

 

 刻々と時間は流れる。時間は誰にだって平等な筈なのに残酷だ。

 それでも私は足掻こうとする。何も持っていないのに、ただ笑って袖ちゃんへと手を伸ばす。

 

「袖ちゃんはさ、困った事とかないか?」

「そうですね、消えるのは……今は、少し怖いです」

 

 震える手が目の前にあるから、私は祈るように手を伸ばす。

 

「実はこの時の為に、凄い魔法を開発したんだぜ?」

「そうなんですか、また嘘だったりしませんよね」

「あぁ、嘘なもんか、約束する」

「凄い魔法使いさんですもんね。期待してます」

 

 目を閉じる袖ちゃんを見て、ぐっ、と奥歯を嚙みしめる。油断してると零れてしまいそうで。

 泣くのは全部終わった後だと決めているのに、破ってしまいそうで。

 

「なんと、手を握ってくれれば、全部がハッピーエンドだ」

「それは……素敵なことですね」

「だからさ、いいだろ? 信じても」

 

 そっと、手を伸ばす。何度も何度も払いのけられた手だけど、それでも諦めなかった。諦めきれなかったから。

 そうですね、と、袖ちゃんはゆっくりと頷く。

 

「魔理沙さん……手を」

 

 儚くて弱弱しいけれど、彼女の意思で伸ばした手が、私の手に触れる。

 

──ずっと掴みたかった手が、ようやく届いた。

 

「全く、決めるのが遅いぜ」

「このままずっと……」

 

 感触はあと僅か、消えるように伸ばされた手をしっかりと掴む。

 儚くて小さな手を無くさないように。

 

「ありがとう……ございます。魔理沙さん」

 

 笑う彼女を優しく撫でる。

 

「ほんとは、ずっとこうしたかったです。ずっと……みんなと一緒ににいたかったから」

「まったく、わがままなんだぜ」

「えぇ、本当に私はわがままで……でも、幸せでした」

 

 

 ──大好きですよ、魔理沙さん。

 

 

 その言葉を最後に、ふっ、と感覚が軽くなる。掴んでいた手がするりと抜けて落ちた。

 

「まったく……遅すぎるん、だよぉ……」

 

 言葉を出す度に、ぼろぼろと、大粒の涙が膝に零れていく。ぬぐってもぬぐっても止まる気がしなくて。点々とついていく涙の痕。

 何処を探しても、彼女はもういない。さっきまでそこにあった暖かさだけが、袖ちゃんが此処にいた事を伝えていた。

 

「いやだ……いやだよぉ……」

 

 落ちる涙は止まらず。涙の筋を月明かりが照らす。

 

「もっと一緒にいたかった……もっと遊んでいたかったっ!! もっと……もっと……」

 

 狭い部屋で騒いだこと、無茶をして怒られたこと。一緒に狭い布団で寝た事。色んな思い出が蘇る。たくさん遊んだ、たくさん笑った。色んな事を二人でやった。

 

「帰って……きてよぉ……」

 

 嗚咽を漏らしながら声を絞り出す。その声は本人には届かず、星空だけが悲しそうに聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 一連の異変が終わって幻想郷に桜が満開になる頃。博麗神社で宴会が開かれた。

 

「魔理沙、来ないわね……」

「あんなことがあったあとではねぇ」

 

 既に主役はいないのに始めてる奴らが多い、と霊夢がため息を吐いて、手伝う咲夜がそれに応じる。

 幻想郷は既に桜一色。宴会も盛り上がろうというものだ。

 やんややんやと辺りには喝采が上がり、飲み転げている。神社は宴で染まり、厨房は大忙しだ。

 

「しっかし、主役も不在。異変を起こしたのは……」

「彼女、ね」

 

 さぁ、と風が流れていく。二人共に沈黙が訪れた。

 咲夜が口火を切った。 

 

「ねぇ、あの時の異変は、彼女にとって……」

「この結末になったことは、別にどうとも思っていないわよ。ただ、そうなると寂しいと感じてたやつもいたってだけ」

「あなたもその一人でしょうに」

「……まぁね」

「早く来ないかしらね、彼女」

 

 風が吹いて木々が揺れる。止めていた手を再び動かす二人。

 

「咲夜さん、お醤油が……あれ、霊夢さんも」

 

 そこに緑の巫女も会話に混じる。

 

「彼女の話ですか、そういえば魔理沙さん遅いですものね」

 

 んー、と唇に人差し指を持っていく早苗。

 

「諏訪子様も神奈子様も初めから決まっていた、とおっしゃっていらしてましたよ。けれど、あの姿は見てられなかったのも、また……」

「久しぶりに見たのは確かね、あんな姿」

「皆待っているんですけどねぇ」

「きっと、あそこに寄ってるのよ。それより早く終わらせちゃいましょ」

 

 咲夜の鶴の一声でまた作業へと戻っていく三人。宴会は料理に酒にと大忙し。せっせと支度に追われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 宴会の端で妖怪たちが話し合う。 

 

「結局のところさ、私達って暴れただけじゃない?」

「それでも彼女の為になったと思うけどね」

「後悔は無かったんじゃないかな」

「わちきは……満足してるよ。これで良かったって」

 

 酒もつまみもどんどんと積み上がってるござの一角で、影狼、赤蛮奇、わかさぎ姫、小傘は管を巻いていた。

 各々が好き勝手喋りあいながら、酒をどんどん消費していく。

 空へと舞った花びらと共に、足音が聞こえてきた。

 

「おまえさんらこんな所で飲んでたのか」

 

 加えてやってきたのはもんぺ姿の不死人。どかっと座りこんでは会話に混ざる。

 

「……少なくとも寂しくなくなったなら。私のいた意味はあったと思いたいね」

「寂しい……かぁ」

 

 小傘が空を見上げる。頭上には満開の桜が溢れていた。

 

 

 

 

 

 真っ赤なカーペット。洋風の装いの中に彼女たちはいる。木陰の中で優雅に話し合っていた。

 

「ねぇ、お姉さま。運命って面白いよね」

「えぇ、そうね。少なからず彼女の数奇な運命は、見ていて飽きるものではなかったわね」

「糸のように絡まって、けれど、一本の線がつながっている。ね」

「今回、自身で動してみてどうだったかしら?」

 

 フランとレミリア。紅い姉妹は優雅に、そして楽しそうに語り合う。

 

「悪くなかったわ。少なくとも、悲しかったこと含めて」

「そうね、それなら良かった。……彼女がそろそろついた頃かしらね」

 

 姉が人里の方角を見る。そこには何が映っているのか。

 そんな仕草を見遣りながら、妹の方はのんびりと飲み物に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 木立が流れていく。博麗神社へと続く道を木漏れ日が楽しそうに彩っていた。

 

「急げ、急げって! もう、駄々をこねるから余計に!」

「いやいや、そっちだって昨日まで渋っていたじゃないですかっ!」

 

 その間を駆け抜ける影が二つ。春の陽気を切り裂いていく。

 

「異変を起こして大々的に消えます、っていうのが詐欺になったからって、そこまで引きこもるかぁ?」

「そっちだって、随分と泣き顔見られて、だいぶ恥ずかしがってたらしいじゃないですか!」

 

 二人は喧嘩しあいながら、同じ道を疾駆する。ぐんぐんと周りの景色が置いていかれている。

 

「しょうがないだろっ!! あんないきなり帰ってくるとか聞いて無いぜ」

「私だって予定外だったんですから!」

 

 喚き合う二人。けれど、それはとても楽しそうな響きを伴なっていた。

 

「そろそろつくぜ? 準備はいいか?」

「ちょっと心臓が跳ねてますが」

「手でも繋ぐ?」

「……ふふ、いいでしょう、繋いでもらいましょうか」

 

 そうして、一斉に階段を飛びぬけて、鳥居をくぐる。

 その姿を見るや、待ってましたの大歓声。

 

 待ちに待った主役の登場と、もみくちゃにされて出迎えられる二人の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、そんなことがございまして、宴会はつつがなく続いていきました。

 そんな楽しげな時を巻き戻しまして、消えた直後の時間へと戻ります。

 え、なんで私がいるかですって? それは聞いてからのお楽しみ。 

 

 私、韮塚 袖引 語っております。

 

 魔理沙さんに見送られて消滅した直後、道ならぬ道を歩いておりました。

 見知らぬ暗い道に吹き抜ける風。ひょうと吹き抜ける()()()()が寂しさを纏ってました。

 

 後ろを振り返る。誰もいない。

 小さく息をついて、また歩き始めました。分かっていましたが、肩は落ちるものです。

 暗くて何もない途。死後の世界というのは虚しくも悲しい。

 

「悪いこと、しちゃいましたよね」

 

 目の前で消えるのはきっと、傷を残してしまった事でしょう。悲しいかな、戻りたくとも、もう戻れない。

 未練がましく後ろを振りかえってしまうのは、きっと彼女のお蔭なのでしょうね。

 

 さて、名残惜しくもとにかく先に進むしかありません。ここは冥界か、三途への旅路か、腹を括って真っ暗な途を一歩踏み出していきました。

 

 ひとしきり後悔も出し切って、閻魔様になんと言いましょうか、と考え始めた頃。

 途の途中にて、見知った顔に声を掛けられました。顔を上げてみれば生前お世話になったお二柱。

 

「やぁ、袖引。待っていたよ」

「神のお導きってやつだねぇ?」

 

 蛙の帽子のお方と、特徴的なしめ縄を背負ったお方。待っていたのは洩矢の二柱でした。

 随分と待ったよ、なんてお声を掛けて下さるものですから。どうして、なんて声が漏れる。

 早苗が道を開けてくれたのさ、と諏訪子様がなんとも無さげにいうものですから更に腰が抜ける。

 びっくりとでも言わんばかりに、口をぽかんと開けた私。そこに神奈子様がお声を掛けて来る。

 

「さて、袖引。以前こう願ったろう? 帰りたいと」

「確かに、生前そう願いましたが……けれど」

 

 初めてお二柱がいらっしゃる神社にお邪魔したとき確かに願った言葉です。

 ですが、ともごもごと口ごもる私。彼女らの言葉に首を振ります。

 私には既にその資格はありません。袖引小僧としての私は既に消滅してしまったのですから。

 そんな不安を払拭するように、神奈子様は笑う。

 

「神は自ら助くるものを助く。そうだろう?」

「おまえさんが、自ら手を伸ばしたんだ。ね、袖引?」

 

 続けて諏訪子様もまた笑い掛ける。

 助かりたいと思えば、既に助けられる状況にあったという。ただ神は直接手を出さない。本人、周りが願わないかぎりは。そう話す諏訪子様。

 

「もともとは土着神だろう? いくらでも私がなんとか出来る範囲さ」

 

 私を元に戻すには元々、神様の姿で戻す予定だったと諏訪子様は語ります。

 けれど、それは出来ないとのこと。妖怪の姿があまりにも認知され過ぎている。とおっしゃっておりました。幻想郷でひっそり暮らしていたのにも関わらず、あまりにも多くの存在から妖怪と知られ過ぎている。

 これは、お前さんの功績であり、あの新聞をばら撒いていた天狗のお蔭だよ、と神奈子はお告げなさいました。活躍を描いたあの新聞を各所にばら撒いていたから、こうして認知されている。これは大事なことなんだ。そう述べる神様。

 

 結局、袖引小僧でも道祖神でもない新たな曖昧な存在として、幻想郷に返すとの事となりました。

 人間でも、妖怪でも、神でもない存在。言うなればゆーまみたいなもんさ、とお二柱は笑っておられました。

 

 大勢に忘れられると、一気に存在が不安定になるから気をつけて、と言うお二人。

 

「まぁ、でも心配ないでしょ」

「気になるなら、うちにおいで。歓迎するよ」

 

 笑って見送ろうとする二人に、私は二の足を踏む。

 本当に……帰ってもいいのでしょうか、そんな気分にもなる。

 

「ほら、帰るならあっちだよ」

 

 諏訪子様が指さす方向に向くと光が見えました。

 

「帰りたいと願うのなら、叶えてやりましょう」

 

 神奈子様が目を閉じて、私に選択を促す。

 躊躇いながらも、そちらの方へ向く。

 すると、色んなものが視界に飛び込んできました。

 

 やりきった筈なのに元気の無い異変を起こした仲間たち。肩を震わせる方すらも、そこには居ました。

 悩むような素振りをする霊夢さん。一心不乱に祈り続ける早苗さん。そして……

 

 ──帰って……きてよぉ……

 

 その声に、その姿に、足が勝手に動き、駆け出していました。脇目も振らず一心に。

 

「この度は、ありがとうございました! また、いずれお礼に参ろうと思います!」

「あぁ、待ってるよ」

「お賽銭も忘れずにね」

 

 そうして、声に導かれ、光に吸い込まれるように別の世界へと飛んでいきました。

 

 

 そして、目を開くと──

 懐かしくも、愛おしい幻想郷。

 

 

 眩しくて、思わず目元を拭う。

 

 

「えへへ……引き返して、来ちゃいました」

 

 

 そう呟いて、私は皆の元へと駆けていったのでした。

 

 

 なんだかんだと、初七日は過ぎるかどうかの時間がたっていた事もあって、関係して下さった方たちに挨拶周りを行っては怒られて、おかえりと言われる。そんな繰り返しでした。

 こうして宴会でももみくちゃにされているのも、また仕方ない事でしょう。

 余談ですが、魔理沙さんの所にいった時はそれはもう大騒ぎ。どったんばったんと二転三転して、ひとしきりお互いに泣いて、笑って、またね、と別れてきました。

 久しぶりに、ころころ変わる表情を見れたような気がします。

 

 

 

 皆さんに帰ってきたと報告するのには、いささか気恥ずかしさもございました。しかし、帰ってくれば迎えてくれる人がいて、怒ってくれる人がいる。それは嬉しいもの。

 

 散々人を拒絶して、自ら遠ざけていた私ではございましたが、こうして最後には伸ばされた手をちゃんと掴めました。一歩前進といったところでしょうか。

 けれど、やはり厄介な性分。染みついたものは即座には抜けぬものでございまして、なかなか難儀な悪癖は抜けてはくれません。また失敗して、落ち込んでその繰り返しでございます。

 でも、でもなんです。そんな時は一歩引いてみる。

 そうすると見守って下さる方、一緒に騒いでくれる方、そして手を差し伸べてくれる方。そういった存在が、必ず何処かにいる事に、私は気づけました。

 私なんか、はもう辞めようと思います。せっかく素晴らしい方たちが周りにいるのですから。

 

 これからも沢山のことがあると思います。それでも私は歩いていきます。この厄介な性格と共に。

 

 

 引き続き、頑張っていきましょう。

 

 

 

 今日もまた、幻想郷に風が吹く。朝が来て、昼が回って、夕方に。 

 幻想郷に夕の帳が降りた頃に、目を引く店が一つ。

 

 人里を少し外れた所に、その店は建っている。

「韮袖呉服屋」と書かれた看板を掲げるその店は、寂れており、少なくとも商売をしている様には感じられない。

 その店は、少女一人が営んでいる。話を伺うと、明らかに人の子では無いそうな。

 

「さてさて、今日はどんな風に接客致しましょうかね。たまには口調を変えてもいいかもしれません」

 

 手を変え、品を変え。彼女は、また失敗を繰り返しては泣いて、笑う毎日を送ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宴会の途中。某所でのお話。

 スキマを縫うように、文脈の間を埋めるように。胡散臭い二人が話し合う。

 

「今回はお手柄だったわね、新聞記者さん?」

「いえいえ、私は何も……」

 

 そんなにお気に入りだった? と聞く紫と、のらりくらりと躱そうとする文。

 木立が妖しく揺れて、二人を隠す。ひそひそと木々が噂話を話し始めた。

 

 彼女、袖引さんはいいですねぇ、と新聞記者は言う。

 特ダネがいっつも舞い込んで来るもので。書くものに困らない。そんな事をいう彼女に紫は口元を隠す。

 

「やっぱり彼女にぞっこんねぇ。新聞記者さん?」

「えぇ、一ファンなもので」

 

 にこやかな表情を張り付けて、彼女らは互いを探り合う。腹もさぞかしドロドロとしたものが溜まっていることだろう。犬も猫もきっと手をつけないくらいのものが。

 非常に和やかな会話の中、ふと、真剣な表情へと顔を崩す文。

 

「あやや、しかし彼女は今後、台風の目になりかねない。……いえ、なりますよ」

 

 人里に妖怪が住まう意味。そしてより曖昧になった彼女の歪さ。それらは暗に危険だと、警鐘を鳴らす。

 こちら側としても、注目せざるを得ない立場ですしね、とぼそり呟く新聞記者に、紫は微笑む。

 

「あら、そちらの方が面白いじゃない?」

 

 神でも人でも、ましてや妖怪でもない微妙な存在。それなのに人里に住んでいて、生活を送っている。

 どの勢力も、あの立ち位置とのつながりは欲しい筈。

 そんな境界線上の存在がいたっていいじゃない。とスキマ妖怪は微笑む。

 

「まさか……知っていて。いえ、本当にどこまで見えているのか」

 

 恐れ入りますよ、本当に。とかぶりを振る文。いささか呆れすら見えている。

 

「今後、似たような存在が出るとして、そんな存在まで受け入れていくつもりですか?」

「あら? 知らないの?」

 

 紫は嬉しそうに微笑む。意地悪も多少は含んでいそうだが。それはもう、とても嬉しそうに。

 

 

 

「幻想郷は全てを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さてさて、そういった訳で、私のお話はここで一旦の幕引きとさせて頂きます。

 

 長々と語ってはございましたが、これもあれも皆々様のお蔭にございます。平に感謝を申し上げますと共に皆様のお付き合いの良さには感服するばかり。

 そんなわけで、一言申させて頂きたくてこの場をお借りした次第にございます。

 ではでは、一言頂きまして。

 

 ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。

 

 引き続き、当店をご贔屓にして下さると大変嬉しく思います。

 

        少しばかり大人になった店主より。

 




一話から長々と続けさせて頂きましたが、一旦ここで一区切りでございます。
途中投稿ペースが大幅に乱れたり、期間が空いてしまった中で最後までお付き合い頂いた読者様には頭が上がらない限り。本当に最後までありがとうございました。

ささやかながら続きも予定はしておりますので、気を長くしてお待ち下さい。

ご評価ご感想頂ければ嬉しいです。

本当にお付き合いありがとうございました。


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