運命の渦 (瓢鹿)
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始まりは紅蓮の中で

お久し振りです!
昔書いていたものに手を加え出してみました。
良ければ感想等待ってます!
さわりは分かりにくいと思いますが一応fateと俺ガイルのクロスオーバーです。


 今でも思い出す。

 あたり一面に燃え盛る炎。

 あたり一面に漂う死臭。

 あたり一面にこだまする怨嗟の声、苦悶の声、懇願の声。

 燃え盛る炎は着々と逃げ道を奪ってゆき、漂う死臭は嫌がおうにも死人が出たという現実を突きつけ、こだまする声は、己の幸運さ、非道さ、無力さを知らしめる。

 何も罪など犯していないはずのおれたちが、一方的に蹂躙されつくされ、死体の山を積み重ねる。

 そこに残るものは虚無であって、

 

 幼いころから達観していた俺は周囲から浮き省かれることが多く、自身もまたそれをよしとしていた。

 周りと違うものを徹底的にない者に、排斥しようと出る自分と同じ年の子供を見てはこの世界に辟易していた。

 それは世界の摂理であって、不変である。

 俺はそんな人が、社会があまり好きとは言えなかった。半ば世界を諦めていた。

 それでもそんな俺が好きだと言える人たちがいた。

 家族だ。

 こんな俺の思いを受け止め、理解し、優しく思いやってくれた。

 そんな家族の存在は俺にとっては救いであり、呪いであった。

 この世界のどこかに家族のように俺を認め、思ってくれる人がいるはずだと、そう理想を抱かせ、俺の世界に対する諦めを許容しなかった。

 

 そんなある日突如俺の住んでいた地域で大規模な原因不明の火災が起きた。

 

  あたり一面に燃え盛る炎。

 あたり一面に漂う死臭。

 あたり一面にこだまする怨嗟の声、苦悶の声、懇願の声。

 燃え盛る炎は着々と逃げ道を奪ってゆき、漂う死臭は嫌がおうにも死人が出たという現実を突きつけ、こだまする声は、己の幸運さ、非道さ、無力さを知らしめる。

 それらは確実に俺の心と体を削っていった。

 歩いて歩いて歩いて歩いて。

 自身の形容しがたい感情と決して向き合わず助けを求めて歩き続けた。けれどもやはり俺以外に生存者はいなく、聞こえてくる声が諦めろとささやいてるような気がした。

 

 何も罪など犯していないはずのおれたちが、一方的に蹂躙されつくされ、死体の山を積み重ねる。

 それは蹂躙であって、救済などではない。

 だのに俺は安堵してしまった。こんな俺を大事にしてくれた家族を失ったのに。

 理由は一つ、確かなものがあった。

 これで俺はもう頑張らなくていいんだと、もう何もわからない者へ手を伸ばすことなんてしなくていいだと、もうあきらめていいだと、思ってしまったのだった。

 人間大事なのは心の持ちようで、それを動力としてい端さえある。

 心が折れれば、体も自然と進むことを諦めた。

 日は勢いを増して、あたりを貪り続ける。

 声は発するものが減る代わりに、より大きく、近くに聞こえる。

 足の力が抜け、背中から地面に倒れこんだ。

 それを見ればただただ黒煙が空を覆い、星の一つすら見えない。

 何一つ見えない中でも市が近づいてくるのだけはわかった。明確な足音が聞こえ、だんだんと姿かたちをつっ食ってゆく。

 今目を閉じれば永遠に眠ることができそうで―――

 深い闇を見た。

 それは安寧への入口。強要されることなく、許容され、何も持たずにただひたすら堕ちていく。

 延々と続く底の見えない安寧の陥穽。

 ただぽっかりと底の見えない大きな口を開けて堕ちてくるものを待ち望み、その開いた口からこの世の悪を吐き出す。

 そんな化け物を見た。

 

 そんなものがこの先に待ち受けるものだと知ってあきらめるのが急に怖くなった。

 

 ぽつぽつと頬を何やらが打った。

 閉じかけていた瞼に力を入れれば黒い空から大粒の雨が降り出してきたのが見える。

 雨は、無遠慮に盛り続ける炎の勢いを目に見えてとはいえずとも、着実に殺していく。

 それでもやはり俺のところへと炎の魔の手が向かってくるのは避けられないものであった。

 幼い心ながらに迫る死を受け入れ、空を仰ぎ見る。

 ――諦めるな――

 そう聞こえた気がした。

 しかし、やはり耳を傍立てても、聞こえてくるのは雨の音といまだ燃え続ける炎が焦がす音のみ。

 空耳だったのか。諦めるなと言われても既に心が折れている。

 既に体が負けている。

 このどうしようもない状況を覆すには奇跡に頼るしかなかった。

 奇跡というものはこの世界に好かれているものにしか起こらない気まぐれだと思う。

 ましてや嫌われている者に対してなんて論外だ。片方が嫌いであればもう片方もそれに便乗して嫌いあうのが常識だと思っていた。

 それなのに、どうやら俺は嫌われてはいなかったらしい。

 不意に頬を打つ雨が止んだ。

 だがそれは誤解で、下半身部分を打つ雨はいまだ止むことを知らず降りつづけている。

 ――何かが雨を遮っている?

 霞む視界で暗い何かが声を発した。

「大丈夫かい」

 何もかもを救ってしまいそうな優しさを含んだ声がした。

 そう言って男は俺の安否を確かめた。

 既に多量の煙を吸い込んでしまって、のどを痛めていた俺は首の動きで生きているというサインを送った。

「僕が今助けるからね」

 頬を水滴が打った。

 それは雨なんかじゃなかった。

「生きててくれてありがとう......」

 その全身を黒で包んだ男は今まさに死に体であった俺に感謝をした。

 その感謝が一体どんなものを内包しているのかはわからなかったけど、救われたことだけは理解できた。

 あと、間違いなく奇跡が起きたということも。

 

 そこで俺の意識はいったん途切れた。

 

 再び目を開けたとき目に入ったのは清潔感を漂わせる白い天井。知らない天井だった。

「ここはどこだ......?」

 状況を整理する。

 俺は確か......

火事が起きて、みんな死んで、――俺だけが助かったのか。

 本来大勢がけがをした場合は同じ病室をあてがわれるはずだ。

 しかし、俺の病室は個室。俺の体にはこれといった大けがはなく、こんな個室に入れられるほど大事に至ってはない。

 ならば考えられる理由は一つ。

 俺しか生きていたものがいない。

 俺以外皆死んだということだ。

 家族がいない。

 大切なものを失った。

 

 襲ってくるのは耐えがたい喪失感。

 

 どうして

 どうして

 どうして

 どうして

 

 いくら問い続けても答えはない。

 愚か答える者すらいない。

 当然もう俺しかいないのだから。

 俺の疑問に常に一緒に考え、答えてくれた家族がいないのだから。

 

 その不変の事実が俺の弱く脆い心を貫いた。

 目頭が熱くなる。

 目から涙が止まらない。

 拭っても拭っても拭っても、涙は止まることを知らず流れ続ける。

 この涙はまるであの日の空のようにとめどなく流れた。

 胸に飛来するこの痛み、虚無。

 

 そうか。俺は失ったことが悲しくて泣いてるんだな――

 

 この言いようのない胸の痛みを忘れないために、声をだして泣いた。

 泣き続け泣き続け、泣き続けた。

 いくら泣いても心の痛みは消えない。

 心の穴はふさがらない。

 

 いまだ流れ続ける涙を俺は拭うことをやめた。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございました!


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ユメのあと

―――大人のユメの跡を見た。

それは、どちらかと言えば、きっと聞いたと言った方が言葉的には正しい筈だと思うけれど。

話すその姿を見て、俺はハッキリと遂げることの出来なかった跡が、頭の中で見た。

 

まだ小学生の頃だったか、酷く月の綺麗な夜のこと。

立派な日本風屋敷の一角に在る縁側で、その綺麗な月を一人の男と見ていた時の話だ。

「僕はね、正義の味方に成りたかったんだ」

隣から、唐突に声がして顔を向けると、輝きを失ったその瞳で哀しそうに名月を見上げている男―衛宮切嗣がいた。

「なんだ、爺さんか」

穏やかな声に併せ表情も穏やかだ。

切嗣は、冬木の新都で起こった大火災の際に俺を助け出し、その上こんな血も繋がっていない、接点すらなかった俺の面倒を見てくれている、言うなれば父親のような人だ。

以前は何かと出張だと言って、各地へと赴いていたのだが、その出張とやらに最近行くところを俺は見ていない。

まるで身を退けるのように、細々としていき、そして今に至る。

仕事の内容を以前聞こうと試しても、仄めかすだけで、余り言えないものだろうかと疑っていたが、それはもう気になることではなかった。けれど、知りたくないのかと聞かれれば嘘になる。

言いたくないことがあるのだと、俺は聞くことをいつからかやめた。

けれど、仄めかすときの、切嗣の顔を見ると、仕方ないからという気持ちと、やりたいからという気持ちの両方が見えて、大人って難しいものだなと子供心にそう思っていた。

そんな今の状況を見ると、仕事の舞台から姿を消した切嗣が、まるで死期を悟って、姿を消す猫のように思え、耐え難い寒気がした。

それに加え、家でも基本的には何もせずぼうっとしてしていることが多くて、そこが老人のようにも見えて、より一層本当に死んでしまうのじゃないかと思えた。

「いきなりどうしたんだよ」

訝るような声を俺は投げかける。

そんな声に切嗣は、

「いや、なんとなくだよ」

と、穏やかな微笑みと一緒に返すのだ。

尚更、嫌な予感がした。

そんな嫌な思いを振り払いたくて、頭上に昇る月を見ると、やって来た朧雲にいつの間にか燐光と共にすっぽりと隠れてしまった。

そして、一つの疑問が頭に浮かぶ。

「成りたかったっていうのは、成れなかったのか?」

その疑問に切嗣は、

「そうだよ。成りたかったんだけどね、どうすることも出来なくなってね、諦めたんだ」

そう語る切嗣の横顔には、諦めたのかどうか疑いたくなる様な未練というか、そんなものが見えてしまった。

まるで、スポーツ選手になりたかったのだと過去の夢を話しつつ、そのスポーツを続ける人のような。

「僕はね、昔正義の味方っていうのは、沢山の人を救うために、少しの誰かを犠牲にするものだと考えていたんだ。だけど、それは違ったんだ」

「何が違ったんだ?」

「結局正義の味方なんてのは誰もなれないんだという事さ。犠牲を払って、助けるなんてのは正義の味方じゃないんだ。それは悪なんだよ。踏みにじった犠牲から目をそらして、救った結果だけを見ている。そんなものだと気付いた時には、もう諦めていたよ」

よく日曜になると特撮のヒーロー番組がやっているけど、切嗣の言っている事はそのヒーローと同じだ。

正義の味方はいつだって、誰も死なせない。みんな助けるのだ。敵だって助けるし、人だって助ける。

みんな助けるからこその正義の味方なんだ、と。

切嗣の言葉はなぜかすとんと胸に落ちるように納得できた。

けど、それを納得してしまうと、切嗣の事も否定してまうようで嫌だった。

だからなのか、それともその時の俺が幼さ故の反骨心からだろうか、あるいは。

憧れたからか。

「だったらその夢俺がじいさんの代わりに叶えてやるよ」

そう口走っていた。

その時を思い出すと、恥ずかしさと共になぜか安堵する。

ここで切嗣を否定してしまえば、もう切嗣は消えてしまうんじゃないか、と思って。

あと、語る切嗣の顔が羨ましいと思ったからだろうか。

何もない自分にとって、空虚な穴を埋める材料になると思ったから。

その時俺は恥ずかしくて月を見て言った。

月は未だ陰っていた。

消えない朧雲に苛立ちを覚え始めていると、

「そうかい。それは安心だ」

そう言って切嗣もまた月を見上げ始めた。

その声には安堵が含まれていて、どうしてだろう、俺は涙が出そうになった。

今にも目端から流れてしまいそうになる涙を月を見上げることで押し留める。

「任せろ!」

おれは、出来るだけ切嗣が安心できるように言って、切嗣へと思いっきり笑う。

切嗣もその笑顔に返すように静かに微笑んだ。

そしてまた空を見る。

 

あれほどあった朧雲はもう欠片しかなく、そこからひょっこりと淡い光を灯した月が顔を覗かせていた。

今日はとても月が綺麗だ。

キラリと光る切嗣の頬に伝う筋に俺はあえて何も言わずに、綺麗な月を見上げ続けた。

 

「それじゃ、僕は寝るよ。おやすみ」

「ああ、おやすみ」

そう言って切嗣は、自室へと戻って行った。

その背中は今にも泣き出しそうなか弱さで、けれどどこか嬉しさを滲ませていた。

 

きっと俺の言葉は正しかったのだろうとその時は思う。

 

そしてあくる朝。

自室の布団で寝ていた切嗣が二度と目を覚ますことは無かった。

 

眠る切嗣の顔に悔恨は一切なく清々しく、穏やかな顔をしていた。

 

「投影、開始――」

俺はそのユメを投影する。

誓いを遂げるために。

 

今でもこの時誓った言葉は胸の中にある。

 

あの時の誓いに嘘偽りはなく、その場の雰囲気でも無くて、俺はそう在れるように生きている。

困っている誰かの助けになりたいと、助けたいと願いながら。

 

その誓いこそが俺と切嗣という特殊な親子を結ぶ絆と信じて。

 

そしてその誓いを果たすチャンスは意外にもすぐ側へと迫っていることに。

 

――――そして、一つの万能の願望機をかけた命懸けの闘いが今始まる。

 




お久し振りです!第二話となります。
次回からは多分、現在の話へとなるので……


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ある冬の朝

どうもです!第3話です!
ようやく物語が進み始めたり……?


―――リリリリリリリ。

 

朝の到来を告げる目覚ましのアラームがけたたましく鳴る音で目が覚めた。

2月の初頭、季節が冬にもなると、毛布に身をくるんでいてもそれでは些か寒さに耐えるには難しい。

幼い頃の夢を見たせいか、額に触れると、夥しい量の汗が出ている。シャツは汗を吸って、体に張り付いている。少し気持ちが悪い。

幼い頃の夢、それは10年前に起きた大火災の事だ。火災の後すぐの頃はよく見ていたが、ここ最近見ることはなかった。あの惨状。もう思い出したくもない地獄絵図。

だめだ。気分が悪くなる。この不快感を流すためにもシャワーを浴びたいなと思い、時計を見れば7時半。

……入るには少し遅いか。

手近にあった携帯の電源を入れると、予備用のアラームまでも稼働していた。

それに加え、今からだと朝飯を作って食べるには明らかに遅い。

「しょうがないか……」

朝飯を諦め、汗による不快感も諦め、学校へ行くための用意を始める決心をして、ベッドから抜け出して、リビングへ。

テレビを付けると、アナウンサーが昨日の出来事を機械のように視聴者に向け話している。

数々のニュースの中、一つだけ目を引くものが。

それは、ローカル局のニュース番組にて、

「昨日新都にてガス漏れ事件が発生―――

従業員多数が昏睡状態に陥り、病院へ搬送されました。死者はいないということです。」

という、まあ、最近では良くある工場での事故みたいなものだった。

しかし。時期を考えるとどうしてもそれが自然的に起きたものと考えることが出来ない。

「そろそろか……」

この時期。

と言うのも、俺の左手の甲に浮かび上がっている一つの紅い刻印が原因だ。

この刻印の名は令呪と呼ばれる魔術刻印に分類されるものだ。

この刻印が宿るということは、ある舞台へ上がることを許された資格と言っても差し支えないだろう。

その舞台とは、どんな願いも忽ちに叶えてしまう魔法の杯。万能の願望機。それをサーヴァントと呼ばれる使い魔とともに、自らがそれを使役するマスターとなって、他の選ばれた六人のマスター達と雌雄を決する、聖杯戦争と呼ばれるものだ。

因みにあの大火災も前回この冬木で起きた第四次聖杯戦争が原因らしい。それは昔ある男から聞いた話だ。

 

「八幡。あの火災はね、ある争いのせいなんだよ。それには僕も参加していた。何なら僕も加害者として裁かれるべき立場だ。それでも君は僕を許すかい?」

そう、衛宮切嗣という男に問いかけられた事があった。

それは火災後数年経ってからで、その頃の俺は同い年の奴らと比べ、達観していたからか、目の前できっと彼が引き起こしたことではないはずなのに見せる、沈痛な面持ちを見てか、

「別に、アンタが張本人て訳じゃないなら何も問題無いだろ。許す許さないの話で、俺がもし許さないのならとっくにアンタに襲い掛かってるし」

と言ったと思う。

その言葉を聞いた切嗣の色んなものが綯い交ぜになった表情も。

そして、そこからきっと経緯としては俺が要求したからだと思うが、聖杯戦争の様々な話を、ひいては魔術に関しての知識も学んだ。

衛宮切嗣がどんな生き方をしてきたか、魔術師としてどんな非道を行ったか、どんなものを見てきたのかを。

俺は切嗣の話を聞いて涙せずにいられなかった。

それもそうだ。切嗣の生き様はあまりにもヒトとして哀しいものだったからだ。

自身を機械として使役し、血も涙も無く、冷血に徹して、冷酷に接し、冷淡に数々の仕事をこなした。

そこには、自身の正義に殉ずる信義者と、その信義者が積み上げた正義の為の生贄が正道という道の端にまるで石ころのように転がっていたのだ。

それはきっと世界としては「絶対悪」の代物なのだ。けれど。

俺は不覚にもそんな自己犠牲を、尊く、美しいユメとは思わずにはいられなかった。

それは間違いなく、「正義の味方」

聖杯とやらが起こす奇跡の担い手として、誰よりも切嗣こそ相応しいと思った。

そして切嗣もその聖杯に奇跡を願った。

しかし、聖杯は応えず、切嗣が知り得る答えのみで解決を導き出そうとした。それは、全人類の破滅。

全員が0点を取ってしまえば、平均点が0になるように、切嗣以外を全て消滅させることで、その正義をこの世へ反映させようとしたのだ。

切嗣が願ったのは、救済で。破滅ではなく、切嗣は、自身の令呪を使用し、聖杯を破壊するに至った。

 

これが前回の聖杯戦争の結末だ。

あまりにも悲運で、非業なそんな終わり方。流れた血は無為に終わって、大きな戦禍の爪痕だけが残った。

それはこの時の為に様々な自らをも含んだ犠牲を払ってきた切嗣にとっては報われないことこの上ないだろう。

しかし、そんな報われずして終わりを迎えるその時に、俺ともう一人の生存者を見つけたことによって、報われず終わることは無かったのだ。

それはまるで、しがみつく為の一縷の希望。はたまた暗闇に差す一筋の光明か。

きっとそのどちらもだ。

俺を助け出した時の切嗣の表情を俺は10年経つ今でも明確に思い出すことが出来る。それどころか目蓋にしっかりと焼き付いてさえいる。

彭湃と流す涙に目もくれず、ただ、ありがとうと、対象の分からない感謝をうわ言のように言っていた。

まるで救われた人のように。

その表情に一体どれほど憧れたことだろう。俺にもいつか救われる日が来るだろうかと、やってくるかも分からない、不明瞭な救済を待ち焦がれたことさえある。

けれど、それは切嗣へ向けての救済であるのなら、もっと大掛かりなもので良かったはずだ。

それこそ、切嗣の求めてやまなかった理想の世界、あらゆる闘争が排除された、誰もが心の内で希った世界を、具現して初めて救済と呼べるのだ。

でもそれは、結局やって来なかった。

努力したものが報われない。そんな世界は間違っている。

切嗣は、それでもいいと言ったけれど、俺には到底許せない。

こんな間違えた世界を、俺は。

―――――ぶっ壊してやる。

 

と、誰にいうでもなく、幼心に誓ったのだ。

 

そしてその願いを胸に俺は聖杯戦争へと挑むのだ。

多数の誰かを救うことを俺は決して望んでいる訳では無い。

――――――その男を知ったから。

――――――その生き様を認めたから。

唯、一人の男。不器用ながらも、願った世界を実現しようと、あらゆる研鑽を身を粉にして、もはや、その世界の為に要らない全てを自分から排除して、積み重ねた、一人の人間。

そんな一人を救う為に俺は全てを排除する。

それはいつか願われた世界ではなく、最も遠ざけた世界だ。

けれども、それを俺は実現させる。

 

――――――衛宮切嗣を、正義の味方を救う為に。

 

時計を見れば8時前。

そろそろ出なくては。

汗を吸い、濡れてしまったシャツを脱ぎ捨て、制服へと着替え、足早に家を出た。その際にテレビを消すことを忘れない。

その時にも、未だニュースではガス漏れ事件について触れており、俺も早く戦争に向けての準備を進めなくてはならないという焦燥が俺の心を苛み始めた。

時は2月、季節は冬。

身を刺す様な冷たい空気が満ちた外は、雲一つない青空で、戦争の口火を切ったとは、到底思えない美しさをしていた。

 

「おはよう比企谷」

玄関を出た側、不意に見知った声をかけられた。

「うす、お前か。衛宮」

予定調和となりつつある、挨拶を済ませ、肩を並べて学校へと歩き始めた。

彼の名は衛宮士郎。

切嗣と同じ苗字をした、10年前のあの日、切嗣に助けられ、今日まで生きてきた、俺の唯一の友とも呼べる存在である。

「どうした比企谷?そんな俺の顔を見つめて」

「何でもねえよ」

衛宮も、また戦争の口火を切ったことを知らない。

この空と同様に。

 

「平和だなぁ……」

空を見上げ、何も知らない隣の衛宮と、世間に向け、不平を洩らすように呟いた。

 

 




残念!切嗣に助けられたのは1人ではありませんでした!
クロスオーバーらしくこれからはもっとゴチャゴチャしていきたいと思います!


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動き出した時間

はい!4話です!毎回題名について悩んでいます。
この話自体のも、そうなんですけど、そういう所が苦手なんですよね……誰か僕にそんなセンスをください……

とりあえずどうぞ!


隣の衛宮士郎と、登校する生徒達によって騒々しくなり始めた朝の通学路を歩く。

「この時間に登校するなんて何だか不思議な感じだな……」

隣で歩く衛宮が何やらしみじみ、と言った様子で呟いた。

「そう言えば、衛宮は毎朝早いもんな。噂になってるぞ、生徒会長とデキてるんじゃないかって」

教室でチラと聞こえたことがある。名前は知らんが、クラスの女子がキャーキャー言ってた。あと、ついでに腐海の女王も。

それを聞いた衛宮が、心底嫌そうな顔をしてげんなりと、

「その噂やっぱりあるんだな……」

「知ってたのかよ……」

「ああ……お前のクラスの海老名って女子がよく俺の所に来て、何だかよく分からんことを言って来るんだよ……」

何やらかしてんだあの女王。芯まで腐りきってんのな……

「何かすまん」

「いや、いいんだ……」

ホントうちのバカがすいません……

このどうしようもない空気を変えようと、衛宮が、

「そういえば、今朝のニュースって比企谷は見たか?」

「ああ、ガス漏れ事件か」

恐らくサーヴァントによる犯行だと、考えたあの事件。

そしてこれからも今回のような事件は度々起こるのだろう。

そんな、聖杯戦争の、ひいては魔術社会の「秘匿」という大切な掟を早速破るなんて、場違いな輩もいたもんだ。

考えてもみろよ。住宅街のド真ん中で中世の騎士みたいな格好をした成人が、人外の速度で剣とか使って戦うとかあまりにもシュールだろ。通行人とかいたら間違いなく俺は知らない人のフリをする。

どこの漫画の世界だって突っ込みたくもなる。

それを隠蔽してくれる聖堂教会には感謝を捧げたい。

ホントもう協会の人とかマジ社畜の鏡だからな。理不尽なほどのマスター同士の戦闘の爪痕を理不尽な上層部からの命令で必死に隠蔽して。

因みに、前回の話では未遠川でキャスターが怪魔化、切嗣がホテルを破壊、それに加えてあの大火災。

それらの全てをよくもまあ隠し切れたものだ。やり遂げた教会の方々に万雷の拍手で讃えたいくらい。

……話が逸れたな。

まあ、令呪の宿った、聖杯戦争に参加するマスターとしては無視出来ないところだが、対抗するサーヴァントがそもそもいないので、僕は悪くないな、と。あ、因みに令呪は包帯で隠してます。秘匿大事。バレるのダメ。絶対。

そこら辺は正義感の強いマスターがサーヴァント諸共頑張って自滅してくれるだろう。俺はそう祈ってる。

「比企谷?」

「すまん。ぼーっとしてた」

「朝だぞ?もう少しシャキッとしろよ、それと、そのせいか部活は暫く禁止だってさ」

爽やかに笑いかける衛宮。おい後半。マジか。かなりラッキーだ。今日は元々暫く休むと連絡するつもりだったから、これで雪ノ下に妙な悪口を言われなくて済む……あの人休む連絡をする度に、正確に人の傷口に塩を塗るような事ばかり言うからホント嫌い。女王、怖い。

それにシャキッとしろと言われてもなぁ……衛宮の家のように毎朝大勢と食事したり、その準備に追われたりとかしないからなぁ……

「寝覚めが悪かったんだよ……」

あながち嘘ではない。なんせ朝から昔の夢を見たんだから、気分が悪くならないことは無い。

「やる気が出ない……」

学校なくなれー、という念を込めてそう呟くと、衛宮は苦笑いを浮かべ、「たはは」と、可哀想なやつを見るような目で俺を見ていた。

歩いて数分もすると、俺たちの通う学校である総武高校がすぐ側までくる。

外観も、内装も、広さもこれといって普通で、強いて言えば、偏差値が高いのが自慢、というありふれた進学校だ。

偏差値が高くてもオツムの中は高校生で、朝から「っべー」とか、「それな」、ほかは……「やっはろー!」なんて、如何にも高校生らしい薄っぺらな会話が聞こえてくる。なんなら薄すぎて風に飛ばされるまである。いや、最後の挨拶は知ってる声だな。

肩を軽く小突かれて、そちらへ顔を向けると、俺の所属する奉仕部の同じ部員である由比ヶ浜結衣が立っていた。

「うす。なんか用か」

「何で、一回目で振り向かないし」

「人違いかと思ったからな」

ほら、良くあるじゃん。後ろから声掛けられて振り向いたら誰こいつ、とか。俺はそんな経験あるか覚えてないけど。まあ、大体振り向くと知らん奴。そもそも知らん奴の方が多いから。

単純に振り向くのが面倒だったという話です。

「まあ、それならいいかな……」

「今のは嘘だぞ。完璧に比企谷反応してたからな」

俺の完璧な言い訳が、間髪入れず放った衛宮の一言で水の泡となった。

「分かってたのに反応しないとか、ヒッキーマジキモイ!」

「反応しないのがキモイとか俺もう生きる価値ほぼないに等しいだろ……」

やだこの子超口悪い。全く、どこの下さんに影響されたのかしらん。後で文句言ってやる。

「あ、衛宮くん!やっはろー!」

「おう、由比ヶ浜。おはよう」

俺の言葉はスルーですかそうですか。

もう後は若い2人に任せますかね……

意を決して、ステルスヒッキーを使用!

影を薄くして、見合いの時の親ばりにすすす……と退散しようと、校門をくぐるその時、一つの違和感が俺の体を駆け抜けた。

心臓を、いや、身体がまるで甘ったるい重さに取り憑かれた様な。

――あまりにも空気が違いすぎる。

校門を境にした世界の隔たりができたのか……?

周囲をチラと、窺ってもこの状況に気付いた者はいない。

この学校に魔術師は片手の指ほどしかいない。家系の者はいてももう廃れてしまった所ばかりだ。そしてこの時期。

この場合、考えられるのは一つだ。

それは―――――

「何で先行くし!」

魔術結界だろう。精気を奪うタイプの。またしても聖杯戦争関連か。サーヴァント精気好きスギィ!

そう結論付けた所でまたしても肩を小突かれた。

訝しむ目つきで振り向くとフグのように頬を膨らませた由比ヶ浜。

「そもそも、一緒に行こうなんて言ってない」

やることが出来てしまったというのに。

不満を込めた目で見ると、膨らんだ頬も威勢と共に縮まった。なにそれ面白い。

「そういう訳じゃないけど……」

何か悪い事をしたような気分にさせられて、由比ヶ浜から目をそらす。

「怒ってねえよ。心配するぐらいならやるな。あと、俺はやることが出来たから先に行く」

何やら、凄く由比ヶ浜は怯えた様子を見せている。何、俺の不満げな目がそんなに怖かったの?

「衛宮、由比ヶ浜と一緒に行ってやってくれ」

「あ、ああ、って比企谷?」

衛宮の返事も聞かずに、一言残して、最も魔力の濃さを感じた場所へと全速力で駆け出した。

時計を見れば時間には多少の余裕、HRには間に合うはずだ……

誰もいなければ。

 

昇降口を抜け、階段を駆け抜けて、壊れた南京錠のかかった扉を開ける。

息切れすら怒らないのは日頃の鍛錬の賜物だろうか。こういう些細な事で恩恵を感じることが多々あるように思える。まあ、その為に鍛えてる訳では無いんだけど。

扉を開くと、そこには一人の女子生徒が立っていた。

俺はその後ろ姿を知っている。勿論向こうは、俺のことを知らない。一方通行の認知という訳である。

名前は、遠坂凛。

容姿端麗、成績優秀、品行方正な優等生。この学校では確か、雪ノ下と同等か、それ以上の秀才らしい。

それに加えて、彼女は魔術師。そして、それもこの冬木の地にて管理者の権限を持つ程である。実力については余り知らないけれど。用心するに越したことは無い程だとは思う。

それにしても、まさか土地の管理者がこんな狡い手を使うとは、余程サーヴァントに恵まれなかったのだろうか。もしくは世も末という事だろうか。

まあ、理由を問うよりも先に止めさせるのが先決だ。

 

深く目を閉じて、意識を集中させる。

―――全身の神経を反転させ、魔術回路を発現、魔力を血液と同様に全身の回路に満遍なく回るように巡らせる。

現れるのは、この世ならざる神秘の体現器官。血を重ね、織り成して生まれた叡智の結晶。

背中に刻まれた幾何学模様の魔術刻印までもがその出番を待ち焦がれる様に、熱く、熱く、滾るように、疼き出す。

―回る、回る、回る、回る。

音を上げて、唸りながら、さながら自動車のエンジンが回転数をより一層上げる様に、まわりはじめる。

まるで焼け付く様な熱さが身を廻り、やがて消える。

器官は今や常世に顕現し、神秘の再現をまだかまだかと待ち続ける。

反転して、現れた幾重もの回路は今やこの世の理と完全に同調し、神秘を示すことは思いのままと言っても過言ではない。

物体に干渉、人間に干渉、自然に干渉、時間に干渉、其れは確かな世界への干渉。

神秘を世界に示す為、理から外れた現象を生み出すために、この現れた回路から、魔力という人の理より外れた力を持って干渉する。

さあ、迎撃準備は万全だ。如何な敵をも砕いて見せよう。俺の力の全てをもってして。

……サーヴァントがいなければの話だが。

制服の内ポケットに忍ばせた冷たい金属の感触を確かめながら、問いかける。

 

「おい、そこで何してんだ」

声を掛けると、女子生徒がこちらを向く。振り向くと同時にはためく黒髪がとても美しく、流麗に見えたのは些か場違いだった感想かもしれない。

間違いなく、そこに居たのは―――――

 

「こっちがそれを聞きたいんだけどいいかしら?比企谷君?」

普段のそれとは違う、魔術師の瞳をした遠坂凛が立っていた。

彼女の手の甲にも緑の燐光を灯らせた幾何学模様が浮かび上がっていた。

そこは間違いなく戦場。

場所は学校であっても、漂う空気は戦場のそれだった。

それも当然だ。

何故なら、もう戦争は始まってしまっているのだから。

 

 




今、この話を書くためにfateを読み直したりしていますが、やっぱりzeroが一番好きですね!特に起源弾の設定とか燃えますよね!
お読み頂きありがとうございました!
次回をお楽しみに!


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戦いの幕開け

カオチャが欲しい…切実に。

それと視点を変えて書いてみました。良ければ感想にてこっちの方が良かったとか前の書き方の方が良いなども意見を頂けると嬉しいです。

それではどうぞ。


晴れた冬空の下で日常ならざる非日常幕が上がっていた。

その非日常とは二人の魔術師の有り得ないはずの邂逅である。

一介の年端もいかぬ高校生が、浸かり続けたぬるま湯―日常―からその身を引き抜いて、一様に、光る瞳に確固たる意思を宿して、屋上にて対峙していた。

蒼く輝く瞳と、それと同等に鈍く、昏く澱む瞳。

互いに隠しもせずに疑いの目を向ける。

学校に張られた危険な魔術結界を張った魔術師が目の前の人物であるのか、そうでないかをこの眼で見極める為に。

遠坂凛は目の前に立つ目が死んでいる少年―比企谷八幡―を極めて異質であると判断していた。

彼は知らない。思いの外彼は注目視されていることに。しかしそれは一部の人間に限られた話である。

彼の異常性には目を見張る点があったのだ。

一度でも殺意を感じた事のある現代社会において特殊な者であるならば彼の異常性を理解する。

彼は日常生活にて殺意を抱いていたのだ。

抱く理由は解らない。けれどその濁った瞳には「殺す」その一点だけが映されている時があった。

凛がそれに気づいた時は、廊下ですれ違った時のこと。ふと八幡と目が合った時にそれはやってきた。

全身の産毛が総毛立ち、チリチリと痛んだ。言い訳のしようがない明確な恐怖を感じた。

思わず魔術回路を開こうとさえしてしまった。意識的ではなく、本能で。

殺意の「さ」 すら解らない現代の高校生が彼の殺意に気付くことはきっと出来ない。

死と隣り合わせの運命に身を置く、いや置いた事のある凛だから理解したのだ。

彼女は一度十年前に死の危険に直面している。

前回の聖杯戦争に参加していた殺人鬼、雨生龍之介によって。

あの悪寒を、恐怖を凛は忘れない。恐怖だ。

あの瞳には快楽の炎が点っていたけれど、確かな殺気も宿っていた。

異常な光。あれは恐怖に値する代物であった。

八幡の殺気はこと静かなものであったが、しかしあの雨生のそれとは違い、まるで洗練された、磨き抜かれたかのような鋭く美しいものである。

しかし、それゆえに彼女はより八幡を恐れる。

どうしてこうも只の成人ですらない高校生の魔術師がそんなにも鍛錬を積み重ねたモノを見せるのか。

それは分からない。

だが、この少年が自身の目的の為なら何物だって犠牲にするだろう。

昏い瞳から、全身から発せられる殺気を得る為に彼はきっと他の全てを投げ打ってきたのだろうから。

凛はそう結論づけると、見に刻まれた幾何学模様――魔術回路――のスイッチをオンへと切り替えた。

瞬間、凛の身体を熱い疼きが駆け巡る。

いつになっても慣れない感覚が凛の全身を巡り終える頃には、彼女の魔術回路は万全の状態となっていた。

制服のポケットに入った宝石を手でまさぐる。何度か弄び、宝石の感覚を確かめ、目の前の少年へと再び意識を向けると――

既に彼は消え失せていた。

直後、背後から声がする。

「お前がこの結界を張った張本人か?」

およそ、怒りも、どんな感情をも窺わせない冷たい声。

紛れもなくその声は、先程まで目の前に立っていた筈の、比企谷八幡だった。

 

前に立つ凛は八幡を敵と早々に認識したのか、魔力をその身に巡らせる。その間僅か2秒足らず。

凛の回路の起動から魔力の巡行までの速度は並大抵の魔術師よりも遥かにその上を行く。

だが、戦場において誰も敵にそんな時間をやる道理などない。

そもそも敵の襲来を考えているなら常に警戒をするべきであったのだ。

それは間違いなく凛の過失だった。

他の誰かであれば、まだどうにかなったのかもしれない。だが八幡に対してその時間は余りにも無謀で、無防備となったのだ。

八幡はその数瞬で魔術を行使する。元々凛と会った瞬間に警戒して魔術回路を起動させたのだから凛の様な準備の時間は既に要らず、数句の詠唱のみで事は足りる。

「 Time alter,Triple accel」

そう八幡が数句唱えると、世界の色が変転した。

まるで目の前の凛の動きはコマ送りのように、スローモーションのように明らかに遅々となった。制服をはためかせる冷たい風までもがその動きを遅める。否、周りが遅くなったのではないこの世界において八幡の速度が異常なのだ。一人だけが世界の標準よりもその先へ、時を止めるまでは行かずとも、通常の時間と比べ三倍の速さで世界へと干渉する。この速度であれば、実際に対峙すると目の前の人物が瞬間移動したかのように錯覚させることすら可能である。しかしそれは魔術において基本の身体強化ではない。使い手がほとんど居ない、固有時制御という高等魔術である。

使用者の時間を加速、停滞させるという効果を持つ魔術。時間操作と言っても差し支えない代物である。しかしその代償は重く、先へ進んだ分の帳尻

を合わせるかのように、全身の細胞へ、血液へと、行使の際に負荷となって激痛がその身を襲うのだ。しかしその代償は八幡に至っては些事でしかない。彼の身はあくまで破滅へ向かう身。風前の灯の様に儚くありながらも願望を遂げるまでは燃え盛る紅蓮の業火のように猛々しく在り続ける。

 

これは昔、幼い頃切嗣から八幡へ授けられた切嗣の生き残る為の手練手管の内の一つである。その内容は武器の扱い、武術の心得から野宿の仕方など、多岐にわたる、些事から様々な事を八幡は学んだのだ。

そしてこの武器も彼から譲り受けた物――

八幡はポケットに忍ばせた重い金属の感触を確かめる。

魔術の恩恵により高速で凛の背後へと移動し、内ポケットに隠された、普通の拳銃に比べ長い漆黒の銃身と意匠による細やかな彫刻。グリップとフォアエンド、その所々を胡桃材によって設えられた、シンプルながらも美しい拳銃―トンプソン・コンテンダーを引き抜くと、重々しい撃鉄を親指で叩き起し、引金へ指を添え、凛の心臓部へと押し当てた。

凛は背後の気配の放つ異常さに感嘆と畏怖から思わず息を呑む。

凛の背後に匂い立つ気配は暗殺者のそれではなく、最早死神と言っても間違いないほどの死の運び手と変貌した。

制服の背中越しに押し当てられた所から伝わる金属の感触はあらゆる生命を断ち切る死神の鎌を連想させる。

「ちょっとそんなもの反則じゃない……?」

凛は八幡に向けて呼び掛ける。

何とかして出した声はまるでそこから捻り出した最後の一滴のようにあまりにもか細く、儚い。

抗議の意を含めた言葉は受け入れられず、背中越しに伝わる感触が一層強まった。

「魔術回路を閉じろ」

有無を言わせない物言いに凛は従い、大人しく回路を閉じた。行き場の無くなった魔力が身体の中を漂う。

「お前がこの結界を張った張本人か?」

断罪の鎌を握った死神は死刑を下す最後の審判の為、一言一句を重々しく述べる。

 




お読み頂きありがとうございました。
次回もお楽しみに。


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提案

僕は銃に関してド素人ですので、銃に関する描写が間違っていても、優しく指摘してください!


八幡は凛の背中に銃口を押し付けながら一つの疑問を抱いていた。

 

――どうして遠坂は俺を見てから魔術回路を開くなんて馬鹿なことをしたんだ?結界を張って、他の魔術師に破られることを警戒しているなら、常に警戒して、何か策を講じてるんじゃないのか?

 

それは凛が単に警戒を怠っていた、と結論付けることも出来る。

しかし、そう結論付けても、もしも結界を張った魔術師でなかったら、と考えてしまうと、無駄な犠牲を出すだけで、一から魔術師を探すハメになってしまうリスクもある。

元々、八幡は無駄な犠牲を出すことをあまり好まない。それに含め、リスクも嫌う。

そんな性分はきっと八幡が破滅を願いながらも何処かで不要な犠牲を良しとしない優しさがあったからだろう。だが。

――もしも彼女が違ったのなら?――

 

瞬間、屋上を濃厚な血の臭いと香る硝煙に彩られた血溜りに臥せる凛が脳裏に映る。

誰かを殺したことは無い。だが、この指にかかる引金の重さを、銃口から放たれる弾丸の軽さを八幡は知っている。

引金を引けば最後、この距離ならば間違いなく凛は死に至る。鮮血を胸から迸らせて。

そしてとめどなく溢れる血がきっと動かなくなった彼女の肢体を胸から足へ、更には臥した頭部へ際限なく鮮血で染め上げるのだ。

自身の足元にまでやって来る血溜りを見て一体何を想うのか?

後悔、懺悔、罪悪感。はたまた愉悦を感じるのか。

八幡は引金を引くことで知ることの出来る、それを知りたくなかった。

叶えたい願いがある。

だが、無辜の人々を殺したとして一体何が得られるのだろうか。

何も無い荒野、溢れかえった血溜りと噎せる程の血臭と、鼻をつく硝煙の匂いの中に銃把を音を立ててきつく握り締める自分がそこに居た。

 

何故かその姿に言いようの無い嫌悪を感じた。

押し付けた銃はそのまま、疑念をそのまま凛へとぶつける。

「もしかして、お前、結界を張った奴じゃないのか?」

術を行使し、銃を構える今まで緩ませることのなかった殺意を八幡は僅かに緩ませる。

すると、背中に押し付けた銃口から確かな安堵が漏れ出した。

 

「そもそも私まだ話せてもらえていなかったんだけど。ちゃんと話を聞いてから判断しようとは思わなかったのかしら?」

 

「それもそうだな……」

 

八幡はそう呻くと、凛の背中へと押し付けていたコンテンダーを下ろし、殺意を完全に身体から消した。

ようやく死の恐怖から解放された凛の口から大きな安堵の溜め息が漏れる。

そして、コンテンダーを内ポケットに仕舞うと、振り返った凛と再び向き合う。

 

「その、なんだ……とりあえずすまん」

 

焦燥に駆られた、自分の非を理解している八幡が素直に謝ると、凛は安堵に弛んでいた口元を引き上げ、微笑みを形作る。

そこにはもう魔術師としての遠坂凛はほんの少ししか存在せず、何時もの優等生然とした遠坂凛になっていた。

 

「そうね。もしも私が比企谷君と同じ立場にいても同じ様な事をしていただろうし、許してあげるわ」

 

「そいつはどうも」

 

凛からの許しを得て、ようやく話は始まりへと回帰する。

 

そもそもこの状況に至ったのは学校に張られた結界が原因である。使用者である魔術師を突き止めようとして今に至る。

だから取り敢えず今彼のやるべき事は一つ。

「お前がこの結界の所有者じゃないのなら、この結界は破壊するが、構わないか?」

視線を禍々しく刻まれた紫の刻印、呪刻と呼ばれる結界の起点へと目を向ける。

 

そして再びポケットから銃を抜き放つ。

今度は コンテンダーとは違う拳銃。銃全体が宵闇の如き黒さに彩られた自動拳銃―ベレッタM92Fである。

重さは一kgにも及ばない軽量の拳銃で、その高い操作性から扱いが容易で高い評価を受ける。

また、装弾できる弾薬の数も普通の拳銃より多い。コンテンダーは装填可能弾数が一発ずつと極端に少ないが、ベレッタ92はそれに比べ軽量であり、尚且つ15発と、コンテンダーよりも多く弾薬を装填可能なのだ。

それに加え日本では銃刀法がある為、余り公に銃を使用出来ない。

敵にも周りにも発見されるのを防ぐため、サプレッサーを取り付けてある。

何より八幡がコンテンダーを使わずにこの銃を使うのは、コンテンダーがあくまでも聖杯戦争での奥の手であるからだ。

凛はその才能故間違いなく今回の聖杯戦争のマスター足り得る人物だろう。

ならば、未来の敵を前にして態々手の内を見せるのは愚策であると判断した。

 

ベレッタに装填されているのはNATO標準により定められている9mmパラベラム弾。弾自体は至って普通の弾薬である。だが、それはあくまでも見た目上の話。実際には対魔術師用の破魔の術式を組み込んだ物だ。

これに関しては余り見られても気にする事は無いので問題ない。

 

「銃で破壊出来る物じゃないわよ?」

八幡の握るベレッタへと目を向けながら半ば呆れと驚きの入り混じった顔で凛が指摘する。

「まあ見てろ」

ベレッタ上部のスライドを引くと、薬莢が外に飛び出す。

そして―――八幡は引金を引いた。

 

サプレッサーによる恩恵で、極限にまで消音に近づいた静かな銃声が凛に答える様に唸り、一発の弾丸が結界の呪刻目掛けて放たれ、その中心を貫いた。

そして、幾何学模様が浮かび上がり、呪刻には罅が入り、次第に欠け、歪み、霧散した。

後に形を残した物は薬莢も包まれた実包も、弾薬の欠片すら存在しない。

弾痕には放たれた薬莢と思しき金色の液体が残っているだけだった。

 

「驚きの言葉しか出てこないわ……そんな、現代兵器で魔術に対抗する魔術師なんて初めて見るし、聞いたこともないわね。それに、どうやって弾丸を消したの?」

 

まじまじと弾丸が最後に貫いた場所を見つめながら八幡に問いかける。

 

「簡単なことだ。設定した時間を過ぎれば容易な火属性の魔術で高温で内部から溶かしてるんだよ。溶解された弾丸も液体から蒸発するまで魔術が発動し続けるから、その内液体も無くなる」

 

八幡が説明を終える頃に凛が再び弾痕へ目を向ると、薬莢と思しき金色の液体は煙となって霧散していた。

これも、争いの跡を公に晒さない為の一つの方法である。

証拠を元に見つかってしまうのなら、その証拠を消してしまえばいい。

そう考えた八幡は、使用することの出来る火属性の魔術の術式を破魔の術式に重ねた。先程述べた条件下によって発動するように。

 

凛は思考を脳の端から端へと巡らせる。

―召喚することの叶わなかった最優のサーヴァントであるセイバーが居なくても、比企谷八幡という後ろ盾があれば勝利へと近付くことが出来るのではないだろうか。

 

それは戦争に勝利する為の策でもあった。

彼の力があれば今回の聖杯戦争を勝ち抜く事は容易なことではないか、と。

そして、散り散りになっていた思考が一つの考えに纏まる。

八幡を自身の陣営に迎え入れる、または同盟を組んでしまえば良いのだと。

彼もきっと今回の聖杯戦争に参戦するマスターの内の一人であるだろうから、サーヴァント一人よりも二人の方が他の陣営に対する戦力差から余裕が生まれ、更には戦略の幅も広がるはずだ。

それに、この学校を覆う結界の呪刻は先程破壊した一つだけではないことを凛は知っている。その数およそ三十。

一人で片付けるには少々骨が折れる数だ。

それを分担しようものならその疲労はいうに及ばず減るに違いない。

彼はこの結界の在り方を良しとしないだろうから―――

 

「ねえ、比企谷君」

 

「何だ。まだ何かあるのか」

少し強めの風が凛の結われた黒髪をはためかせる。

風からは少しだけツンとした硝煙の匂いが運ばれてきた。

 

「貴方、聖杯戦争に参加するマスターよね?」

 

瞬間八幡は凛の口から放たれた言葉で理解した。

―間違いなく遠坂はマスターの内の一人だ。

 

「ああ。そうだ」

八幡はベレッタをポケットに仕舞うと、次なる凛の言葉を待つ。

 

「私と聖杯戦争の期間中、同盟を組まない?」

 

八幡の返答を促す様に、八幡が背負った理想を確かめる様に一際強い風が八幡に慣れ親しんだ硝煙の臭いと凛から発する甘やかな匂いを香らせた。

 




読んで頂きありがとうございました!
次回もお楽しみに。


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そして彼の答えは

お久しぶりです!読んでいただいてる方大変お待たせしました!


「私と同盟を組まない?」

 

凛の口から告げられた言葉は甘美な響きを八幡に感じさせた。

風から薫る甘い匂いが、流れる艶やかな黒髪もが誘惑しているとさえ感じてしまう。

 

確かに同盟を組むことによってメリットが幾らか発生する。

魔術師とそれに付随してサーヴァントも追加で一名となると、戦力の増加、戦術の幅広さ、対抗出来うる手段の豊富さを見込めるだろうか。

これから向かってくる個人での陣営に対し八幡は数的有利な状況を作り出し、尚且つ相手取る英霊が並々ならぬ手練でも有利な状況から相手を封じ込めることも可能だろう。

戦術に於いても多角的な視点から多様な物を作り出すことだってできる。

対抗手段の豊富さから戦う際にはある程度の余裕もできるだろう。

一人よりも二人の方が聖杯にだって近づきやすい。

デメリットとしては遠坂による裏切りによって寝首をかかれる危険性、マスター間での意思の統一の難しさだろう。

こちらは不協和音が仇となる。と言ったところか。

 

こればかりは聖杯戦争とは詰まるところ私利私欲による闘争であるから、どうしても不安を拭うことが出来ない。

思考を巡らせると、有利さがどうしても八幡には光るように思える。

けれどもその光も薫る甘やかな匂いも八幡を揺るがせるには至らなかった。

それに、例え彼は最強のマスターとサーヴァントが同盟を組まないかと持ちかけたとしても絶対にその提案に乗ることはないのだ。

 

「断る」

 

一言で凛の提案を一蹴する。

一蹴された側の凛の表情はといえば、大きく口を開け、唖然としていた。瞳孔すらも口と同じくあんぐりと開かれており、優等生然とした抜け目無い普段の凛とは違う側面を垣間見た気がする。

それから数秒ほどフリーズした後、凛は開いた口を塞ぐと、どうしてという疑問をその顔一杯に浮かべて八幡を見た。

 

「ど、どうして?!断る理由なんて何処にもないじゃない!」

 

「まあ、事実そうなんだろう。お前からすれば俺は不利な状況を好むドMにしか見えないだろうな。けど……」

理解できないことによる苛立ちを今度は滲ませ半ば叫びながら、八幡へと詰め寄る。

 

「お前に答えることじゃない」

 

突き放すように冷たい言葉を放つ。迸る殺気は修羅の如き恐ろしさへと到達する。

けれど目の前の彼女には冷たい言葉も殺意も温度を下げるどころか逆に温度を上げてしまうことに八幡は気付くことが出来なかった。

八幡が答えずにいると、業を煮やしたのか、じりじりと着実に八幡との距離を詰め始める。

無言でいる間にも距離は縮まっていき、その距離はいまや吐息が触れ合う域に達した。

至近距離で揺れる瞳と視線が交錯して、思わず目を逸らす。

凛は学校内で奉仕部部長の雪ノ下雪乃と肩を並べる程の美少女だ。

なるほど雪乃の完璧とも言える整った顔貌に及ぶ程の造形の美しさ。これなら雪乃と校内の人気を二分してしまうだけはある。

そんな美少女と至近距離で顔を合わせる八幡の心臓は既に数回飛び出していた。

先程までの剣呑な雰囲気は何処へ、甘酸っぱい青春の一ページの完成である。

思わず自分が実は死んでしまったのかと錯覚する。

だが鼻腔を擽る香りが、身近に感じる体温がそんなわけないと否定した。

かぶりを振り、甘い幻想を掻き消す。

「どうして俺なんだ?」

「その目が気になるから……かしら」

 

さも自分でも理解できないような凛の口振りに

――何だそりゃ。

そんな呆れしか八幡は感じることが出来なかった。

この濁りきった目が興味に値するとでも言うのだろうか。ないだろ。

 

「そりゃ凄まじいセンスをお持ちで……」

 

突飛な凛の答えに若干辟易しつつ、間近に迫った凛から遠ざかった。

すると先程よりかは離れた凛の顔が膨らんだ。

何かを訴えるかのようにジト目で八幡の瞳をじっと見詰める。

八幡は頭を掻き毟り、観念した。そして同時に理解する。

――こいつと関わるには金輪際やめた方が良いのかもな。

八幡は、断るという判断はもしかすると僥倖であったのかもしれない。と眼前にまで迫っていた凛を心底面倒くさそうに一瞥した。

 

「分かったよ。一人でやりたいことがあるからだッ」

 

八幡は凛の提案を受け入れるわけにはいかなかった。

 

叶えたい願いがある。

成し遂げるべき事がある。

ある一人の男を救うため、たった独りの正義の味方をもうこれ以上苦しませないため。

自分が闘争を生み続ける人類を消却する。人類を産み続ける世界を破壊する。

衛宮切嗣の夢見た尊く遥か遠くに位置する理想を知ってしまったのだ。

けれども理想は現実に侵され尽くした。

だから今度はこちらが侵し尽くす。一個人のちっぽけな願いで。

地獄を見続け、体験し続けた彷徨者に対する救いを――

それがユメ半ばで倒れた切嗣への何も返すことの出来なかった自分の、せめてもの手向けでもあるのだから。

ただ一人のためだけに世界を壊す。

そんな――「絶対悪」――を成すのだから。

 

 

 

 

 

 

へー、と間の抜けた声を出してそれからニコリと微笑んだ。

 

「それなら仕方ないわね」

 

凛の返答に八幡は思わず拍子抜けしていた。それと同時に遠坂凛の人の良さも理解してしまった。

てっきり根掘り葉掘り聞かれるものかと内心身構えた自分の覚悟を返して欲しい。

八幡が固まっていると、それ以上別段何も無く、 おざなりに手を振りつつ短い別れの言葉とともに凛は屋上と校舎内を隔てる鉄扉の中へと姿を消した。

変な奴だな、と消えゆく背中から視線を逸らしながら心の中で八幡は呟いた。

扉がゆっくりと錆びた音を立てて閉まってゆく。

その姿を凛が哀しげな瞳で一瞥された事に八幡が気付くことは無かった。

 

 

凛の気配が十分遠ざかったのを確認して、大きく伸びをする。ぱきこき、と肩と首あたりが軽快な音を立てる。そして大きな溜息を吐く。

八幡は心のどこかで遠坂凛を殺さずに済んだことに安堵していた。

これから命のやりとりを交わす相手であっても、その命を奪わないに越したことは無い。

たとえそれが自分の復讐が叶った後には消えゆく運命にあったのだとしても―――

自分の余りの愚かさに思わずかぶりを振り、思考をもみ消す。

―自分は全人類を殺す覚悟を持ってこの戦いに身を投じるのでは無かったのか?

そんな自分からの問いを投げかけられる。

―そうだ。けれど、凛の背中に銃口を突き付けていた時にふと脳裏を過ぎった映像に嫌悪を感じたのは何故だろう。

自問に対する答えは最早答えの体を成さずに、疑問を疑問で返す。

地獄絵図としか形容することの出来ない場所に立ち尽くす自分は辿り着くべき最果てであるはずだ。

無辜の人々を殺して何の利益が有るかなんて考えそのものだって間違っている。

八幡の願いは結局は破滅以外の何物でもない。そしてそれは世界すべてを含むべきもの。

後悔、懺悔、慚愧、それとは縁遠い愉悦を感じてはいけない。

願いのために積み重ねる生贄の数を数えてはいけない。

踏みしめた血溜りになんの感慨も抱いてはいけない。

設定した目標のみに向けて邁進する機械でないとこれからの道を進むことは出来ないのだから。

自身を一つのキリング・マシーンだと自覚していた衛宮切嗣ですら至れなかった果てに、彼に劣る自分が辿り着くためには結局のところ感情を、倫理の何物も持ち合わせていけないのだ。

必要なのは暗殺者としての才覚。

 

それは感情を挟まずに他者に対し生命を刈り取る引き金を引けるかどうか。

切嗣が八幡に遺した言葉の一つでもあった。

 

『暗殺を生業とする者かどうか見極める方法が有るんだ』

 

『如何に感情を切り離して手を動かすことが出来るか――これをやってのける奴は大抵殺しの道へ進んでいく、いずれにせよ人間のおくる人生とは甚だ程遠い物になるだろう』

 

『舞弥にしても、僕にしてもそうだ。けれど君は違う』

 

『その恐怖こそがまだ君が人間であることの証だ。君が優しさを持ち合わせていることの証明でもあるんだ。いいかい八幡、引き返すなら今だ――』

 

この願いを抱いてしまったときには人間らしさなど欲しなくなった。 すべき事を完遂するだけの力量さえ有れば良いのだと考え続けてきた。そしてその力量を得るために今の今まで自身を鍛え続けたのだ。

十年という長い月日を経てこの舞台に立つ今、もう後戻りなど出来はしないし、戻りたいとも思わない。

ただ自身の起源とも呼べる願いを果たす事こそが今の俺にとっての生きる意味であるのだから。

――だからどうか俺に叶えるための力を――

ポケットに収められたコンテンダーの存在を両の手で確認。

触れる手の微かな震えを意識の外へと押しやる。

 

「復讐するは我にあり――」

 

自身の覚悟を再確認するために、敢えて言葉を口にした。

そして眦を鋭く光らせ、清々しい晴れ空を、天上に上り始めた太陽を殺意を以て睨めつけた。

数秒後には空に背を向け凛と同じく屋上を後にした。

大きな錆びた音を立てて鉄扉が勢いよく閉じられる。

扉の閉められた音によって日常ならざる非日常の幕が一度下ろされる。

数分前はあれほど波乱に溢れた屋上は人一人いないもぬけの殻と化す。

その後静けさを取り戻しつつある屋上には一陣の強い風が吹き抜けた。

更に後に太陽は薄い雲を隠れ蓑にその姿をくらます。まるで八幡の瞳から逃げ出したかのように。

演者もセットまでもが舞台の裾へと一度捌けていく。

ここにて一部完結。僅かな休息の後、再び非日常という名の舞台の幕が上がることになる。

序章は終わり、いよいよ始まりがすぐそこまでに、八幡の目下へと迫っていた。

 

 

屋上の扉からは八幡だけの足音が虚ろに鳴り響いた。

彼は気付かない。願いを抱いてしまっている時点で彼はどこまでも機械ではなくただの人間である事に。

 

 




fgoのイベントほんと楽しいなぁ(白目)百万辛い…
あと個人的にはギルの消滅する時の台詞がツボでしたね!
ウルク民に僕もなりたい……

読んで頂きありがとうございました!


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彼の見た光景

お久しぶりです!
感想の方随時お待ちしております!


教室のドアをくぐると、喧騒が八幡の耳を騒ぎ立てる。

中身のない言葉、同意していない同意、貼り付けた笑顔。それらが渦巻く喧騒は、煩く、また同時に吐き気が出そうになるほど醜悪なものだった。

薄っぺらな関係のまま彼等は友情という嘘を育み続けるのだろうか。

そんな疑問を思わず抱く。

けれど、この光景に慣れてしまった自分も存在していた。

あくまでも、どこまでも他人は他人で、自分の意見の介入など許されることは無い、そう考える八幡は、クラスの喧騒をどこか他人事のように捉え、日々を静かに、穏やかに暮らしていた。

自分の席が使われていないことを確認し、席に座る。

視線を感じてそちらへと向けば、戸塚彩加が自分へと手を振っていたことに気づく。

こっちまで来ればいいのに。残念に思いつつ、彼の周囲を見れば、多数の女子生徒に囲まれいる彼の現状に気付いた。

朝から人気者である友人の状況に苦笑しつつ、手を振り返す。

「比企谷」

間違えられることなく、名前を呼ばれて振り向くと、そこには士郎が立っていた。

「よお。さっきぶりだな」

「そうだな。で、何かあったのか?」

 

尋ねられ、八幡は内心ほんの少し答えに迷った。

――朝から発砲してました?

それは違う。

――美少女と密会してました。

似ているようで非なるもの。

 

「ちょっと腹が痛くなってな……」

事実にかすりもしない嘘でその場を誤魔化す。

「そりゃしょうがない。けど、理由を言ってから行ってくれよな?由比ヶ浜がお前を追いかけそうだったから引き止めるのに苦労したよ」

 

そう語る士郎の顔には若干の疲れが見える。結衣を引き止めることがそんなにも辛かったのか、そんなことを思う。

 

「助かったよ。お前が友人で助かった」

 

八幡が素直に感謝を述べると、士郎が口を開き、唖然とした表情をする。

 

「なんだよ。そんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔しやがって」

 

「いや、お前がそういう事言うなんて珍しいなって思ってさ。いいことでもあったのか?」

 

「いいや。そんな分けないだろ。なんなら年中悪いことだらけなまである」

 

「そうかよ。ならそういうことにしておくさ」

 

「ああ」

 

会話を続けていると、ベルが鳴った。

教室前方のドアが開かれる音もする。

 

「ホームルーム始めるぞー。席につけよー」

 

間延びした担任の声に喧騒そのままに生徒達が自分の席へと散らばっていく。

 

「よし。出席確認するぞー、相沢ー」

 

「はい」

 

次々と返事が上がる中、ある生徒の声だけがしなかった。

 

「葉山は……誰か聞いてないかー?」

 

「隼人君なら今日休みっすよー」

 

葉山隼人、彼のグループに在籍するチンピラのような見た目をした戸部翔が代弁する。

 

「そうか……珍しいこともあるもんだな……」

 

翔の応えに一部の女子生徒からは「えー」といった残念そうな声が漏れる。

 

「大丈夫だべ!俺がいるっしょ!」

 

翔の渾身のスマイルと共に届けられた甘い言葉は、

 

「調子にのんな」

 

「いいから座れー戸部」

 

担任と、同じく隼人のグループ、ひいては八幡のクラスの女王的存在である三浦優美子によって切り捨てられた。

 

「それはないっしょー」

 

「はい、つぎは―――」

 

翔の言葉はそれ以上聞き入れられることは無かった。

 

出席確認、連絡を終え、担任が教室を出た。

 

―やっぱり部活動は中止か……となると、真っ直ぐ家に帰って、準備か……

 

「やあ、比企谷。葉山はいないのかい」

「……」

「比企谷!?」

「俺じゃなくて衛宮に聞けよ。友達だろお前ら」

「お前も衛宮の友達なんだろ?じゃあ僕の友達と言っても同義じゃないか。アイツのものは僕のもの、だよ」

「なんだそのジャイアニズム。取り敢えず失せろ。俺は眠い。寝る」

 

「――――――――――」

 

八幡の耳に何か蝿の羽音の様にうざったいざわめきが届くが、鞄から目を閉じたまま、イヤホンを装着。

ざわめきが聞こえないことを確認して、言葉通り、眠りについた。

 

 

はずだった。

 

なのに。

 

いつの間にか砂漠の中に立っていた。時折砂を含んだ激しい風が紙を弄んで、容赦なく全身にその礫を叩きつける。

呼吸をすればそれに合わせ砂が口内に侵入し、思わず唾を吐こうとして、出来ないことに気付く。侵入した砂を含んだザラザラとした感触が舌をひりつかせる。

周囲を確認する為に、体を動かそうとして。

―――身体の自由が聞かないことを悟った。

意識が、周囲を、状況を確認しようとすることを望んでいるのに。

視線がひとりでに動き、自身のものであるはずの両の手を見た。

――血にまみれている。

返り血など生易しいものではなく、まるで血の雨を浴びたかのように。

「は?」

 

あまりの脈絡の無さに間抜けた声が八幡から漏れる。

指が動くと、ぬちゃ、と粘り気のある音がした。

どろりとした粘性の、自身の手に付着したソレはまるで、自身の存在を主張する若者の落書きのように、激しく、かつ大胆にベッタリと己の存在を主張していた。

 

――どうしてこうなった?なにか、この現状においての手がかりは……

 

体が動き出す。1歩を刻む度に、金属が派手な音を鳴らすことに疑問を覚えた。

またしても視線が勝手に動く。今度は音のなる、ちょうど腰あたりへと動いた。

その視線の先には、両の手と同じように、腰のホルスター内に収納された自動拳銃と思しき銃に、肉厚なコンバットナイフに毒々しい血痕が付着していた。

 

―――俺が、俺がやったのか?

 

この辺りには誰もいない。

必然、その問に答えるものも存在しない。そも、声すら出ない状況で答えを求めることが出来るだろうか。

 

今度は首が、周囲を見渡すためにぐるりと動く。

周囲360度。

それら全てを埋めつくのは――

 

物言わぬ死体の山々。正に死屍累々、その言葉が最も適する、倒れ臥した人間の亡骸が無残に無碍に、そして無情に積み重なった、そんな光景だった。

 

山々から赤い液体が流れ出る。

それは、命の残量を伝える流血。しかして、絶望を伝えるものでさえあった。

 

額にわずか数センチ程の穴が空いた者。腹部が切り裂かれた者。

死に様は千差万別でありつつも、死という結果だけは大同小異。

血のにおいは濃密なまでの死を。屍から零れ落ちる臓物が、頭蓋からはみ出した脳漿が、凄惨なまでの死を。

 

物言わぬ死体の代わりに状況を的確に告げていた。

なのに。

問いかけても、応えが返ってくる筈がない、という八幡の推測を、加えて砂漠に塗れた沈黙を一つの呻き声が破り去った。

 

身体が唐突に、全力で疾駆し、呻き声の元へと駆けつける。声の主からは幸い離れておらず、辛うじて声の主の意識は未だこの世に存在していた。

 

「何があった?!これは……俺がやったのか!?」

 

八幡は問う。

けれど、彼の声は届かない。

その代わりに。

 

「すまない」

 

短い謝罪が儚く漏れる。

声の主は、八幡が視線のみを共有している人物の、男の声であった。

――どうして謝罪を述べるのか。

それは、周囲が、自身が何よりも物語っている。

あまりにも簡単すぎる答え。それは―――

 

声の主である男は呆気に取られた顔を浮かべる。まるで、男の言っていることが微塵も理解出来ないかのように。

現に彼は理解出来なかったのだろう。

何故ならば。

 

「お前が俺達の仲間を殺したクセに、よくそんな事が言えたもんだ!この死神が!」

 

飛ばす罵詈雑言。その言葉とともに唾と、吐血が混じり合い、身に募る怨嗟の程を伺わせる。

男の言葉を以て、八幡は状況を真に理解した。間違いなく、自身と感覚を共有している男がこの状況を作り上げた張本人なのだと。

けれど、その言葉の棘は、本来無関係であるはずの八幡の心根にさえその鋭さを向けているように錯覚させる。

 

「違う……俺は、俺は何も、やってない!俺じゃなくて、こいつが……」

 

無辜さえ殺し尽くす死神を、届くことがないとわかっていても、心底憎く思い、滾る憎悪そのままを持って形のない双眸で睨めつける。

 

「…………」

 

男の言葉に死神は何も応えない。ただ目の前の現実を受け入れる。

 

「お前のせいで、俺達は………!」

 

――― 何を言っている。それは誰のことだ。俺なわけないだろ。状況すら弁えて無かった俺が、どうしてお前達を、殺すんだ。

 

またも言葉の棘が八幡の心を突き刺す。

どうして彼の心にこれ程までに届くのか。

その答えを、八幡はとうに知っているはずだった。理解して、弁えていたはずだった。

 

 

けれど、直視することが出来なかった。

 

――こっちを見ろ。この光景こそがお前の願いのの最果てだ。

 

声がした。暗く、低く、虚ろで、内から聞こえるくぐもった声が。

 

「テメエも道連れだ!コンチクショウが!地獄に落ちろよ!!」

 

その時、男の形相が決死に歪んだことに八幡は気付くことが出来なかった。

 

いつの間にか、その手に握られた黒い球体の様な何か。それは、ピンが抜けかけた手榴弾。

この至近距離、タイミングならば確実に死に直結する――

ピンを抜き切る、その動作は僅か一瞬のささやかな物で、その後の結末はそのささやかさとは真逆を行く、大爆発。

男が、その一瞬を駆け抜けるその前に、目にも止まらぬ、異常とも言える速度で無造作に死神は腰に据えた拳銃を抜き撃った。

――至近距離での、頭部射撃。絶命の余韻に浸ることすらなく、男はこの世を去る。

驚きに目が見開かれたまま、滴る血液でその双眸から真紅の血涙を流していた。それは悲しみを讃えた涙などでなく、怨嗟を訴えるものだった。

死神は、その死に顔に一瞥くれると、すぐ歩き出した。

 

―――ああ、さっきコイツが走ったのは、救うためなんかじゃなくて、ここに居る人間全てを葬り去る為に過ぎなかったんだ。

だけど。

 

砂風に揺れる視界の中、ある結論に八幡は辿り着いた。

 

ここ、即ち世界の人間を全て葬り去る。それは自分の背負った業となんら大差ないものだと。

 

――なら、嫌悪なんか抱いてはいけない。

 

未だ死神が作り出した阿鼻叫喚な光景を駆け抜ける中、嫌悪を抱かないよう、自制する。

――目を逸らしてはいけない。これはあくまでも先達の業。

――いつかは俺が果たす宿願であるのだから。

 

 

―――西の方角から再び人間の声が響く。

視界が西を向いた。

それは、死神が次の標的を定めた瞬間であった。

次の瞬間、不安定な砂の足場の中、死神は音速もかくや、といった疾駆を見せる。

風を切り、砂を裂き、銃を構える。

 

――次の地獄こそ見届けなければ。

そんな強迫観念のような焦燥に八幡の心は駆り立てられ、突き動かされ、彼はやがて目をそらすことをやめた。

 

そして、死神が狙い全てを撃ち抜き、葬り去った時を同じくして、八幡の視界は暗転した―――

 

 

 

「きが………………ろ!!」

 

「あ……?」

 

虚ろな意識に誰かの、聞き覚えのある叫びが木霊する。

明転した視界であたりを見れば、そこは最後に見た教室だった。

 

「何時まで寝ているんだね君は」

 

時計を見れば既に4限目の時間。時計内部の長針、短針、そのどちらもが天井を指している。

最後に意識があったのは2限目だろうか。八幡は目の前に立つ教師に起こされるまで寝続けていたことを理解した。

誰も起こしてくれなかったという事実に、自身の状況に改めて辟易する。

視界を起こせば、目の前に立つ怒れる女教師平塚静は、憤怒の形相を、その美しいかんばせいっぱいに浮かべていた。

 

――こめかみに見えるピクピクと蠢動する血管が見間違いであることを願いたい。

そう切に願う。

けれど、引き裂かれた笑みの口端も血管同様に蠢いていた。

 

――これは説教待ったなしだな……

 

これから辿る運命に八幡は心底うんざりした。

 

「全く君は……後で話があるから授業終了後、私の所へ来るように」

うげえ、と嫌な顔を隠さず、ささやかな悲鳴を上げると、一際血管が蠢いた―様な気がした。

ついでにほかの生徒に見えない角度にさり気なく牽制、もしくは制裁のための拳が既に八幡の顎を捉えている。

 

「ほう………偶には鉄拳指導も悪くないな」

 

「すいません目が覚めました」

 

「よろしい。では、180ページの五行目から読みたまえ」

 

「はあ……」

 

引き裂かれた笑みのまま、彼女は教卓へと戻っていった。

ページを捲っていると、複数の視線に射抜かれる錯覚を受ける。

周りの生徒も八幡の朗読を催促していた。その視線から蔑みの色が見えるのは気のせいではない。

椅子を引き立ち上がる。

教科書に羅列された文字列をスラスラと読み上げる中、先程見ていた夢の様なものを再び思い返していた。

 

――あれは夢だったのか。

――それは当然だろう。夢とは本来寝ている時に見るもんだ。

――ならば、あれはただの突飛な夢なのか?

――それは。

 

長々とした文字列を読み終えても、その結論が答えに行き着くことは無かった。

 

ただ、この背中を見て進め、という指摘のような、エールのような意味合いが少なからずあったのではないかと思ってしまうほどに、あの死神と八幡の境遇はあまりにも似通っていた。

 

「よろしい。座りたまえ」

 

「うす」

 

椅子に座り、再び、ノートをとる姿勢そのままで目を閉じる。

次第に意識は深い水底へと落ちていった。そして終業のチャイムがなるまで彼が目を覚ますことは無かった。

そして、その八幡を見る静の目が更なる怒りに磨かれたのはもはや自明の理とも言えることであった。

 

しかし、八幡が先程と同じ夢を見ることは無かった。

 




読んで頂きありがとうございます!
遅くなってしまい申し訳ない。
ダクソのせいです…俺は悪くない。ダクソが、社会が悪い。


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