白い騎士に斬られるその日まで (グロースグラス)
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00 管音相作は醜悪である

読み手を選ぶと思うので合わない方はそっ閉じお願いします


 

 ――俺、管音(くだね)相作(そうさ)は織斑一夏が嫌いだ

 彼に非はない。一切ない。彼を責めるのはお門違いであり、彼を嫌うことは間違っている。それでも俺は彼を嫌わざるを得ない。彼といるとどうしようもなく醜悪な負の感情が渦巻くのだ。
 
「おれ、おりむらいちか、よろしくな!」

 彼との出会いは幼稚園の頃だった。その頃俺は内気で周囲に馴染めずにいたらしい。当時から正義感の強かった彼はそんな俺を見過ごせなかったらしく声をかけ、これがきっかけで現在にいたるまでの付き合いが始まった。あまり記憶に残ってはいないが、彼が差し伸べた手はよく覚えている。
 それから俺と一夏は友人、親友と言っていいほどの仲に進展した。この頃はまだ、彼のことは嫌いではなかったし、むしろその逆と言っていい。彼と遊ぶのは楽しかったし、彼の方が精神年齢が高かったこともあり、なんというか年の近い兄と遊んでいるような感覚で、遠慮もいらず居心地が良かった。

 一夏と出会えて良かったと心底思っていたのだ。

「一夏も剣道やろうぜ!」

 それの原因は俺だった。いや、千冬さんによれば元々やらせるつもりだったらしいからタイミングが早まっただけに過ぎないのだろうけど、どちらにしろ原因は俺にある。この誘いはただのきっかけだから。
 当時、俺は爺さんの勧めで剣道をしていた。幼稚園の年長に入ったばかりの園児にさせるのはどうかと両親は反対していたらしいが、後に通うことになる篠ノ之には俺と同い年で既に剣道をしている子がいることと、爺さんの俺の内気な性格を治してやりたいという気持ちに後押しされ、道場に通うことになった。

「まだまだだな」

「つぎは負けない」

 その同い年の子のいうのが道場の娘、篠ノ之箒その人である。彼女はとても強く、それこそ小学生の低学年くらいの子に勝ってしまうほどに強かった。
 本来なら始めたばかりの初心者だった俺が小学生に勝ってしまう彼女と打ち合うことはないはずだったが、同い年だから面倒を見てやれという師範の指示で彼女と競い合うことになった。
 負けてばかりではあったが彼女と対峙するのは楽しかったし、もしかすると一夏といるより楽しかったかもしれない。
 そうして過ごしている内、俺は彼女に特別な感情を抱くようになる。それは恋心とかそういうものではない。子供だった俺にそんな感情が生まれる訳もなく、尊敬や憧れ、そういった類いの感情を抱いていたのだ。

 そして、一年の月日が流れ小学校に進学した俺は、一夏を剣道に誘った。
 剣道ばかりして一夏と遊ぶ時間が減っていて、そのことで一夏が不満を漏らしたのだ。普段は不満なんて漏らさない彼が初めて見せた不機嫌な顔、それを見て俺は“だったら一夏も剣道しようよ。これだったら一緒にいられるし”と提案した。我ながらナイスアイディアだと思ったし、笑顔になる彼を見て彼の不機嫌を解決できたことが嬉しかった。

「つよいな、そうさ!」

 吸収力の高い時期だったことと少しばかりの剣道の才能が助け、一年という時間で俺は強くなっていた。箒を除けば同年代、小学校低学年の子には負けないと自負するほどに成長したのだ。
 それを証明するように、いや、相手は初心者なのだから当然と言えば当然なのだが、余裕を持って一夏に勝ってみせた。しかし、その試合の中で俺は違和感を覚えたのを今でも覚えている。
 そしてその違和感はすぐに確信へ変わっていく。試合をする度に試合時間が延び、打ち合いの数が増え、そして引き分けることが多くなり、小学二年生に上がる頃には俺は――勝てなくなっていた。
 才能の差がそこにはあったのだ。それだけではない。彼は直向きだった。俺のように目の前の目標()を見ていたのではなく、彼は目の前()ではなくその先(千冬さん)を見ていたのだ。
 才能も、向上心も、それどころか練習量さえも彼は俺を上回っていた。俺が負けるのは当たり前であり、必然である。
 だが、幼い俺はそんなことを理解できなかった。何故、そんな疑問しか浮かばない。俺はそこで初めて嫉妬した。
 そしてそんな俺は更に彼への憎悪を抱くようになる。憧憬の対象である箒にも勝ってしまったのだ。負けるわけがない、彼女が負けるわけがない。自分の好きなキャラクターが負けたときに喚く子供のように、俺は怒りを覚えた。どうして、なんで、お前なんかが、そんな感情を一夏本人にぶつけようとして、箒の笑っている姿が視界に入った。自分と同じ感情を抱いていると思っていた彼女が笑っている。一夏へ笑いかけ、もう一度と竹刀を握っていた。訳がわからない。どうして負けたのに笑っているのか、どうして嫉妬しないのかがわからなかった。その困惑で俺はどうすることもできず、ただ立ち尽くしていた。

「でさ、その時箒がさ」

「へー」
 
 嫉妬して、憎悪を抱き、一夏に対してはもはや好意の欠片もなかっただろう俺はそれでも彼と縁を切らなかった。
 それは偏に俺が子供だったからである。嫉妬という感情も、憎悪も、心のもやもやくらいのもので寝て起きたら消えている、その程度のものだったのだ。喧嘩もしていないし、単に俺が不機嫌になるだけだった。

「引っ越すことになった」

 そんなあやふやな感情が確かなものになったのは小学四年生の頃、ISが原因で箒が引っ越すことになった時のこと。
 俺達は別れを惜しんだ。箒は泣いていたし、一夏も滅多に見せない悲しそうな顔をしていた。
 その時俺は、彼女に対する憧れやらの感情が恋へと成り代わったのを感じた。失うときに初めて気が付く、そんな感じだったのだろう。思い出したくはないけど、多分そうだ。
 そしてだからこそ箒が俺ではなく、一夏を好いているのだと気が付いた。
 剣道でも負け、恋愛でも負け、嫉妬や憎悪よりも黒い何かが生れた気がする。
 彼のことを罵りたかった、感情のままに叫びたかった。でもそれは間違いだと幼いながらに理解していた。それにそれまでのことは嘘ではなく、紛れもない本心だったのだ。一夏を友人と思っていたそれは拭えなかった。


 それから俺と一夏、その仲に弾や数馬、鈴が加わりしばらく、俺達は中学生になった。
 あれから俺は一夏へのそれを対抗心に変え、勉学、スポーツ、一つでも勝てるように励んだ。一夏に勝てる何かが欲しかった。過去に一度、テストで彼を上回るのことができたことがある。その時に感じた優越感はたまらないほど気持ちが良かった。我ながら小さな男だと思ったがそれでもその気持ちに浸りたくて我武者羅にそれこそ手当たり次第に頑張ったが、嗚呼、でも悲しいことにそれは叶うことがなかった。

「何しょぼくれてんのよ」

 それで落ち込む俺を良く鈴や弾達が励ましてくれたがそれでもぽっかりと空いた穴は埋まることはなかった。
 ただ嫌悪だけが増していく、際限のないそれは止まることをしらない。
 それでも、これだけの憎悪がありながらまだ俺は縁を切らなかった。鈴や弾、それに数馬。彼と縁を切れば彼女達との縁も切れる。それが怖かった。
 それに、一夏は良い奴で格好も良く、人望もある。彼の友人であるだけでそこに生まれる利益というのは計り知れない。
 そして何より、胸の内で憎悪を向ける俺を友人だと、親友だと笑う一夏の近くが心地よかったのだ。
 

 醜悪だ。酷く醜悪だ。

 俺に彼の友人を名乗る資格はない。嫌っていて、憎くて、それでも自分を肯定してくれる彼を手放したくなくて、利用できる彼の側が気楽で、嗚呼、醜悪だ。

 そんな自分が嫌いだ。それでも変わろうとしない自分が嫌いだ。そして心のどこかで自分を嫌うことで許されようとしている自分が嫌いだ。幼稚な自分が嫌いだ。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ。全部、嫌いだ。

 もし、彼がもう少し嫌な奴で、もう少し俺が大人で彼のことを受け入れられたら、もしくは本気で嫌えていたなら、縁を切っていたなら。沢山のもしも、しかしそれはもしもでしかなく、逃避にもならない。




 嫌いで、好きで、自分では制御できない矛盾に塗れ汚れた雁字搦めのこの感情は――嗚呼、醜悪だ。









黒獣(クロジシ)

 目の前の ISの名を呟いた。一夏の白式と真逆の黒色、騎士のような形とは真逆の獣のような荒々しい見た目、そして零落白夜と相反するような、それこそアンチ零落白夜とも言える単一仕様能力を持つIS。
 おそらく束さんはこの強力なISを俺に与えることで再び一夏の良きライバルとして隣に立てるようにこのISを送ってくれたのだろう。彼女は身内に甘い。意気消沈している俺を気遣っての行動だろう。
 もしかしたら、これを機に俺は変われたのかもしれない。このISがあればもう一度一夏と同じ土俵に立つことができる。そして俺が努力すれば、食らい付けば、黒い感情は消えていくのかもしれない。

「なぁ、一夏」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「なんだよそれ」

 嗚呼、でも思ってしまった。笑う一夏の姿を見て思ってしまったのだ。
 
 相反する力。確かにライバルに相応しい関係性だと思う。高め合うにはもってこいだ。

 しかし、それは同時に敵としての関係も成り立つ。

 もし俺が彼の敵として立ったとして、そしたら彼はどんな顔をするだろうか。怒りか、悲しみか、どんな感情に顔を歪めるのだろうか。

 もし、そんな顔を見ることができればそれはとても――




「――気持ちが良いんだろうな」


 
 酷く醜悪な呟きは虚空に消える。これまで誰にも見せたことのない黒いそれ。心の奥に押込み、押し殺し、潜めていたそれが音を立てて蠢いている。


 ――終りは近い


 その予感に俺は口角を上げた。

 


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