変異特異点E 原初神王国家エジプト (バナナ暴徒)
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レイシフト

あけおめです。
病んだ主人公しか書けなくてすいません。


「やあよく来てくれたね。藤丸君」

 

 朝からカルデアの管制室に呼び出された俺は、目の前のドクターロマンの軽薄な笑みに向かって、軽く会釈する。

 

「えーっと、予定してた第七特異点へのレイシフトのことなんだけど…」

 

 俺の反応を見たドクターロマンは、少し顔を真剣な感じに改めてから話しはじめる。

 

「実は第七特異点より遥か昔に、新たな特異点を観測した。今まで観測されていなかった特異点で、かなりの危険が予想され…」

 

「場所と時代は」

 

 くどくどと面倒だったので、思わず口を挟んでしまった。しかし、どんなことがあろうと、特異点の人理は修復しないといけないのだから、注意するだけ時間の無駄だと思う。

 

「あ、あーそうだね。場所と時代ね。」

 

 ドクターロマンは気まずそうに笑った。

 

「えー場所はエジプトナイル川周辺。時代は紀元前31世紀だね。この時代は上下エジプトがはじめて統一されて、中央集権の体制をとり始めたとされる時代だ。」

 

 そもそもその時代に特異点となりうる出来事があるのか。あるとしたらやはり今ロマンが言っていた、

 

「統一事業か」

 

「ああうん。その可能性は高いね。」

 

「その時代の王とかの名前は?」

 

「一応『ナルメル』という名前が残っているよ。ただ、そのナルメルも資料がほとんど無くて、よくわかってないのが現状だ。」

 

 俺は顎に手を当てて思案に耽る。要は何が起こるか本格的にわからないということだ。どのような人物がいるかもわからないし、本当に王がいるのかすらも怪しい。

 

「準備してまた来ます。」

 

 俺はロマンに背を向けて管制室を出た。背後からはロマンの溜め息が微かに聞こえてきていた。

 

 

 》》》》》

 

 

「てことで、後で管制室に来て」

 

「了解した」

 

 連れていく最後のサーヴァント、シュヴァリエ・デオンに声をかけると、俺は自分の最終準備に入った。複数の魔術礼装に加え、いくつかの日用品。そして肌身離さず持っている音楽プレイヤー。それらを纏めて鞄にいれて、マイルームを出る。管制室まではそれなりに距離があり、その間に色々考え事をすることができる。…誰にも会わなければ。

 

「藤丸さん!今回の特異点も頑張りましょうね!」

 

 デミサーヴァントであるマシュ・キリエライトに会ってしまった。最初の頃こそ、先輩と呼んでくれていたのだが、いつの頃からか名字呼びになってしまっていた。まぁ俺が尊敬できるような人間かと訊かれたら別にそうでもないというのは自覚しているので、仕方ないと言えば仕方がない。

 

「ああ」

 

 そこから管制室につくまで、マシュにたくさん話しかけられていた気がするが、不毛な会話には特に用は無いので、全て生返事で返していた。だから先輩と呼ばれなくなるのだろう。何かしらの有意義な結論に至る会話なら大歓迎だが、マシュとの日常会話にはそのような結論は存在しない。

 長いエレベーターを降りて、管制室の前に到着する。

 

「ドクターおはようございます。今回の特異点は古代エジプトだと聞きました。」

 

「おはようマシュ。そうだね。今回はエジプトに行くことになる。だけど君達が知る砂だらけのエジプトじゃなくて、ナイル川の恵みによる、緑豊かな土地だ。」

 

 それはそうだろう。大河の周辺だからといってそこが砂漠だったら文明など誕生しないだろう。

 

「ドクター、そういえばダ・ヴィンチちゃんは何処にいらっしゃるのですか?」

 

「ああレオナルドはあまりにも異常な特異点だってことで、解析にかかりっきりだ。」

 

「そうですか…少し寂しいですね…」

 

「フォウフォーウ!」

 

「そうでした。フォウさんがいましたね。」

 

 マシュはそう言って、あまり好きになれない得たいの知れない動物を抱え上げると、頬擦りをした。俺はそれらのやり取りを少しウンザリした気持ちで見ながら、管制室の扉が開いた音を聞いた。

 

「サーヴァントも集まった。そろそろレイシフトをしないかドクター。」

 

「ん。それもそうだね。じゃあ行こうか。」

 

 後ろをちらりと見て自らのサーヴァントを確認する。そこにはマシュを除き、5人のサーヴァントが立っていた。

 

 シュヴァリエ・デオン、ヘクトール、アーラシュ、ビリー・ザ・キッド、アサシンのエミヤ、それぞれがそれぞれの表情で此方を見ている。俺に召喚された約50の英霊の内の殆どが、俺に失望して退去してしまった今、この5人の英霊は大切にしなければいけない。何故まだ着いてきてくれるのかはわからないが、立ち去っていかないだけでもかなり心強い。

 

「今回もよろしく」

 

「今更何さ」

 

 デオンが笑う。

 

「おうおう、オジサンは適度に休ませてくれよな」

 

 ヘクトールは面倒そうに笑う。

 

「任しとけ藤丸」

 

 アーラシュが拳を突き出す。

 

「ま、今回も適当に使ってよ」

 

 ビリーは口笛を吹く。

 

「…では早いとこ行こう」

 

 エミヤがフードを被って促してくる。

 俺は黙って頷き、マシュに目線を送ってコフィンに入る。少ししてレイシフト開始のアナウンスが聞こえてくる。

 胸騒ぎがする。今回も酷く辛い戦いになりそうだと、心の何処かで何かが呼び掛けてくる。俺は恐れを呼び起こすその声を黙って無視する。誰も味方を死なせはしない。俺は拳を握りしめて、粒子化していった。



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第1節:灼熱の太陽

評価、感想ありがとうございます。励みになります。


 変異特異点E 人理定礎値:A++ BC.30??

 

原初神王国家エジプト

 

 遥かなる人の王

 

 

 

 

 太陽の光を不気味に反射させて、侵略者の軍勢が迫ってくる。砂煙の上がり方からして、昨日よりは少数だろうか。昨日と同じように魔力を消費し、自らの宝具で軍勢を迎撃するべく私は玉座から徐に立ち上がる。

 背後にある都まで到達する軍勢をなるべく少なくしなくてはならない。私独りでできるだけ食い止める。孤独というのは少々寂しいものだが、私は生涯通して孤独だった。私の一生というものは酷く悲しいもので、英霊となった今でも進んで思い出したいとは思わない。それは悲しいという理由以外に自分の醜さをまざまざと見せつけられるからというのがあり、非常に堪えるものがあるからだ。あまりに身勝手で、あまりに意地っ張りで、そして、自分から人が離れていくことに慣れてしまっていたあの自分をもう見たくないからだ。

 生前誰からも心ある言葉ををかけられず、狂気の王と呼ばれた自分に声をかけてくれた、かの古代王を想う。誰からも目を向けられなかった狂気の王である、自分を真っ直ぐに見てくれた、あの純粋な瞳を思い出す。

 

「初めての召喚がこのようなものになろうとは…」

 

 私は一人呟いて、この城の魔力残量をすり減らしていく。

 

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

 

「どう考えてもおかしいだろ。どうなんだドクターロマン」

 

 鬱陶しそうにフードを外して、エミヤがロマンに問いかける。

 

「うーんそうだなぁ。まあでもほぼ確実にそれが人理崩壊の要因だろうな。で、問題はその原因な訳だけど。」

 

 ノイズが凄い通信越しにロマンが困ったような声を出す。接続が安定していない。しかし、ロマンの答えも至極最もだ。この異常の原因がすぐにわかるはずもない。もっと言えば見当もつかない。

 雲1つ無い空には燦々と地を灼く太陽があり、そして目線を下に戻すと、最早干からびて砂漠となってしまっている地表が目に入る。

 

「並の英霊にこんなことできるやついないでしょ。」

 

 ビリーはそう言い、寝そべって自身の顔に帽子を被せた。確かに、嫌になるほど暑い。汗が止めどなく流れ出てくる。

 

「このままでは私達はともかく、マスターがまずい。早いところ人の住んでいる場所を探さないと。」

 

「確かに、人の住むところなら多少なりとも水くらいはあるでしょ。」

 

 デオンの言葉にビリーが頷くと同時に、アーラシュとヘクトールがちらりと遠くを見る。

 

「ありゃあ敵か?」

 

「鎧が動いてるの、オジサン見たこと無いんだけど。」

 

「どうなんだロマン?」

 

 エミヤの問いかけにロマンは頷く。

 

「あれは敵と考えて差し支え無いと思う。何故ならこの時代に鉄はあるはず無いからね。」

 

「じゃあさっさと片付けちゃおうぜ」

 

 かすれたロマンの返答を聞いて、アーラシュが矢を飛ばすとおよそ二桁の鎧が吹き飛んだ。それを合図にしたかのように、他のサーヴァントも一斉に動き出す。

 

「…ロンドンでのオートマタを思い出してしまった。あれは中々に不気味だったな。」

 

「でもこれ機械とかじゃなくて魔力人形とかそんな感じじゃないかねぇ?」

 

「…油断してると怪我をするぞ。」

 

「エミヤの言う通りだな。マスターのためにも無駄口は慎んで早く終わらせようじゃないか。」

 

 鎧の人形兵達は、サーヴァントの前に次々と破壊されていった。

 

 

 》》》》》》》》》》

 

「んー通信が安定しないなあ。映像はちゃんとこっちに来るんだけど。」

 

 管制室でドクターロマンが悩ましげに呟く。しかし、パンと手を叩き合わせると、それはそれとしてと言い、管制室の入り口の方に振り向いた。

 

「何で君は今回藤丸君たちに着いていかなかったんだい?マシュ」

 

「えっとそれは…」

 

 いつの間にかカルデアの制服を着て立っていたマシュが、言いづらそうに口ごもった。

 

「言いにくいのですが、私…藤丸さんを護る…いや護りたいと思えないんです。」

 

「それはアレかい?藤丸君の行動とかがってこと?」

 

「はい…。的確だとは思えない行動ばかりで、まるで自分の身を案じていないというか、勝ちにいっていないというか…。」

 

 そのマシュの言葉を静かに聞いていたロマンは、軽く溜め息をついてマシュに語りかける。

 

「そっか。近くにいすぎてもわからないことがあるんだね。」

 

「…はい?」

 

 マシュが怪訝そうに聞き返す。

 

「よし、今回は僕と一緒に彼等を見守っていようか。たまにはそういうのもいいだろう。」

 

「え、ドクター?」

 

「ほら、こっちにおいで。彼を、少し距離おいて見てみようじゃないか。」

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

「アーラシュ、何か見えたか?」

 

「ああ都市みたいなのが見えるが……どうやらさっきの奴らの軍勢と戦っているようだな。」

 

「ここからどのくらいの距離なんだい?」

 

「んーマスターの足だとだいたい半日かかるかな。」

 

「それはまずいな。マスターのためにも、人理のためにもなるべく早く着かなければならない」

 

 そう話している間にも、灼熱の太陽は俺から水分を奪い続けていく。体から水が抜けていくのがわかるようだ。俺は暑さによる気だるさを感じながら口を開く。

 

「川沿いだ川沿い。こんな状況だ。街があるとしたら水の近くだろう。人がいるってことはまだ干からびて無いはずだ。」

 

「じゃあそうと決まれば移動さね」

 

 皆特に異論は無いようで、ゆっくりと腰を上げて川があると思われる方へと歩を進める。暑さのためそこら中で陽炎が揺らめき、此方の平衡感覚を刺激してくる。

 

「しかし、こんな異常気象にしちゃうって、神霊クラスかそのまんま神様かね。神様ってのオジサンいい思い出無いからごめん被りたいんだけどねえ。」

 

「でもそれはあり得るね。前回の嵐の王程かはわからないけれど。」

 

 ヘクトールとデオンの会話に耳を傾けて気を紛らわそうとするものの、脱水というのは気の持ちようでは防げない。僅か一時間歩いただけで俺は死をすぐそこに感じていた。

 

「お?やっといい感じの倒木があった。」

 

 アーラシュの声に目だけを動かしてそちらを窺うと、かなり大きめの倒木に手をかけて、引き摺ってきていた。

 

「おいそりゃあもしかして…」

 

「あんまり僕高いとこ好きじゃないんだけどなあ」

 

「さっさと河岸に着くためだ。少しくらい我慢しろ。ほら乗った乗った。」

 

 あまり乗り気じゃ無い様子でサーヴァント達は木に跨がり始めた。

 

「ほらマスターも」

 

 俺は軽く顔がひきつるのを感じながら、促されるままにそっと倒木に跨がった。

 

「お手柔らかにな?」

 

 情けないことに声が震えてしまった。その様子を見た大英雄は、からからと笑って、弓矢を空へ向けて構えた。

 

「よし行くぞ?」

 

 目の前のエミヤの背中が強張った気がした。意外な一面だと思った瞬間、

 俺の意識はそこに置いていかれた。

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

「む、これは軍師殿。何処へ行かれるのですかな」

 

「李将軍…。いや私は封神台へと行くところだ。」

 

「そうですか。しかし、都で起こっている事件聞きました?これは少し不味いのではないかと」

 

「わかっている。今それの対策をしに行くところだ。ところで李将軍。貴方は、どちらの李将軍なのかね?」

 

「やっぱりそっくりですか。私は貴方と共に戦った方ですよ。もう片方は今戦闘に出てます。」

 

「ふむ哪吒の父か。しかし丁度よい。顔見知りなら頼みやすい。少し頼み事をしたいのだがよろしいか?」

 

「ええ絶賛暇でしたので。」

 

「それはありがたい。では今封神台から喚ぶ者と都の事件を視て欲しいのだが。」

 

「かしこまりました。張飛、呂布とかなりの戦力を削がれていますからな。油断はしないようにしましょう。…と、おや?やはり貴方でしたか」

 

「ははは。これは李将軍。再び共に戦う事ができて光栄です。しかしあまりの荒事は勘弁していただきたい。」

 

「李将軍。都の方で任務の説明をよろしく頼む。」

 

「了解した。」

 

「ふむ…ではあと一人。開国武成王はいらっしゃるか。」

 

「……こっ恥ずかしいから普通に黄と呼んで欲しいんだが。」

 

「おお来たか。やぁ久しぶりだな黄将軍。」

 

「ああ、で?これはまたどういうことだ?」

 

「説明は後にまたする。その前に、だ。また私の下で働いてくれはしまいか?」

 

「ああまた戦争な訳だな。くく。それを貴方に言われて断る輩がそうそういると思っているのか?太公望?」

 

「…恩に着る。」



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第2節:ナイルのサソリ

真名ちょっとわかりにくいですよね
まだあんまり判るようには書いてないんでアレですけど


 ここはまるで、いつか本で読んだことのある古の中華の街並みのような、華々しい都だった。本を読んだ当時はこんな街で酒でも飲んでみたいと思ったものだが、まさか死んでから汗を流して走り回ることになろうとは思いもしなかった。

 目の端に今回の標的の内の一人を捉える。もう一人は殺した後だったので、今回はこれを済ませれば一息つくことができるだろう。その男は赤ら顔の巨漢で、どうやら酒を飲んだ後のようである。名もわかっている。戦場で名乗りをあげていたのを聞いたそうだ。それは、かの三國志の英雄張飛だ。あの物語の英雄を実際にこの目で見ることができるのはとても嬉しいが、かの張飛と真っ向から斬り結ぶことができないことに、少々の落胆を感じる。

 

 だが、

 

 側を一瞬で駆け抜ける。

 

 この、

 

 そして、すれ違いざまに、生涯の結晶である不可視の居合いを放つ。

 

 首を一瞬で刎ねる快楽の前には、

 

 首が落ち、消滅するのを横目に見てそのまま走り去る。

 

 その落胆も霞んでいってしまうのだ。

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

「…やはり水位が低くなっているな。」

 

 エミヤの言う通りナイル川の水位はかなり下がっていた。そして、そんなナイル川の岸を歩いて約2時間。やっと遠くに都市の輪郭を確認した。

 

「遠いな。オジサン歩くの飽きちゃったよ。」

 

「そこは疲れたとは言わないんだね。」

 

 呆れた様子のビリーは、ハットを深めにかぶり眩しさを軽減させているようだ。

 

「あーあんまりこういう状況でこういうことは言いたくは無いんだが…」

 

 少し気まずそうにアーラシュが皆に対して口を開いた時だった。

 

 ピッ

 

「あ、やっと繋がった!」

 

「ドクターロマン?」

 

「ああどうも。でも今はあまり無駄話はできないな。恐らく敵性個体だと思われる生体反応が複数ある!それも君達を囲むようにだ。」

 

「何!?」

 

「俺もそれを言おうと思ったんだが…」

 

「何故もっと早く言わなかった。くそ、なるほど視認できるようになってきたな」

 

「ごめんなエミヤ。ただのデカイ野生のサソリだと思ったんだ。」

 

「二人ともとりあえずは目の前の怪物だ。早く終わらせるぞ。マスター指示を。」

 

「了解だデオン。」

 

 俺は指示にあたる。ビリーとアーラシュには自分の側で狙撃にあたるよう言い、他のサーヴァントには前衛に出てもらう。

 

「さて、サソリの怪物に銃弾は通るかな」

 

 ビリーがサンダラーのトリガーに指をかけて悪戯っぽく笑う。

 

「銃弾か。矢で殻が砕けんだからいけるんじゃないか?ほらこんな具合に。」

 

 アーラシュの放つ矢が見事にサソリの甲を打ち砕いていく。それを見たビリーは呆れたように首を振った。

 

「まず君とは霊格が違うんだからっと。そうだな。隙間狙えばいけそうだな。ほらよっと。」

 

 軽快な銃声と共にサソリの脚やら尾やらが弾け飛ぶ。

 

「よしやった!ん?どうしたんだいマスター」

 

「…いや、ヘクトール達が帰ってきたら話す。」

 

「マスター、噂をすればってやつだな。」

 

 アーラシュの言葉に顔をあげると、前線組がさっさと終わらせて帰ってきていた。

 

「少し遅くなってしまったかな?」

 

「いやそうでもないさ。こっちも今しがた終わったとこだ。それよりマスターが話したいことがあるそうだ。」

 

「ほお?そりゃ珍しいな?」

 

 俺は一度頷いてから、この戦闘で気になったことを話すべく口を開いた。

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

「なぁ」

 

「なんでしょう」

 

 自らが乗る壁の下には広大な砂漠が広がっている。所々に中華風の甲冑の残骸が転がっていて、どこかアンバランスさが醸し出されている。

 

「同じランサーとして、同じ騎士としてききたいのだが…。いや、君は騎士として考えてもいいのか?」

 

「はっ。俺は伝説の騎士ですよ。どうぞ騎士として扱って頂きたい。そうでなくては俺が憐れでならないですからね。」

 

 隣の騎士は自嘲気味にそう言うと、自分の隣に腰をおろしてきた。

 

「ですが、俺は騎士として話は聞きません。あくまで一人の痛い男として聞きましょう。そうでなくては愚かな俺は己さえも制御できない。さぁ話を聞きましょう。貴方は騎士に話すつもりでお話しください。」

 

 彼は晴れ渡る空を軽く見上げて先を促してくる。私は見られていないのを知りながら、軽く頷いて話しかける。

 

「この戦いで我々騎士に何ができるのだろうか。この戦場では騎士は欲されていない。欲されているのは優秀な指揮官だ。わからんのだ。どうすればいいのか。」

 

「はっはっは。そのような質問は俺の特質上あまり俺にすべきでは無いでしょうな。ですが、あくまで俺の中の一般論で答えさせて貰いますと、」

 

 そこで言葉を切ると、男は遠くを眺めながら少し口角を上げた。しかし、それは人を馬鹿にするような表情ではなく、何かを諦めた、どこか哀愁を帯びた表情に見えた。

 

「騎士の十戒をお忘れですか?そう答えさせて頂きましょう。道に迷ったとき、貴方が騎士であるならば、自らに与えたその十戒に従うべきでしょう。それはどんなに暗い場所でも確かな道標になるのでは無いですか?」

 

 私は目を壁の下へと落とす。

 

「君の方が余程素晴らしい騎士だと思うな。私は自分の十戒が欺瞞に感じてしまうのだ。それなのに、ここぞというときにはそれに頼ってしまう。一つの、そう、道標として」

 

 それを聞いた男は瞳に憂いの感情を宿す。

 

「それでいいのでは無いですか?その十戒に頼れているのならば。それに、貴方はこの上なく素晴らしい騎士だと思います。俺なんかはただの一般人ですからあまり偉そうなことは言えませんが、貴方は後世の騎士や民間人が憧れたような騎士でしょうから、自分を卑下してはその方達に失礼が過ぎるというものです。そして、騎士でない者ほど騎士の十戒に夢を見るものなのです。その戒め、大切にしてください。」

 

「…さて、水でも飲みに行くか。」

 

「おや、結構話し込んでしまいましたね。」

 

「君は戻らないのか?」

 

「もう少しこの景色を見ていくとします。」

 

「…そうか。」

 

 その男の背中は非常に頼りなさげに見えた。

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

 皆で歩きながら話し始める。

 

「さっきのサソリ、本能では動いていないな?ヘクトール」

 

 ヘクトールが少し嬉しそうにニヤリと笑う。

 

「お、鋭いねえ」

 

「どういうことだマスター」

 

 デオンの疑問も最もだろう。それは戦場を俯瞰しているからこそわかること。

 

「サソリの動きが戦略的だった。ってことだよね?」

 

 ドクターの補足に頷きで答える。

 

「ああ確かに、群れて囲んでくるっていう悪趣味なサソリは聞かないな。」

 

「んーオジサンの勘だとアレ哨戒部隊の動かしかただと思うんだよねえ」

 

「哨戒。」

 

 エミヤがダルそうに繰り返す。

 

「そう。多分第二波は来ないと思うよ。近くに彷徨いてるとしても」

 

「どうだいロマン?周りにいるかい?」

 

 ビリーのその問いにはロマンは答えなかった。どうやら再び通信が切れてしまったようだ。

 

「はぁ全く間が悪い通信だなぁ。」

 

 ふと、アーラシュが歩みを止める。

 

「どうした?」

 

 その問いに顔を少し険しくしながら叫ぶ。

 

「何かが飛んできてる!注意しろ。ありゃ首がかっ飛ぶぞ!」

 

「ああ見えてきたな。アレは私が受けよう。」

 

「哨戒の結果を見てってとこか」

 

 ヘクトールが俺の前に立ち、万が一のために槍を構える。

 

「来た!」

 

 ビリーのその声と共に、物凄い勢いで何かが弾丸のようにデオンにぶつかり、鋭い金属音が響き渡る。

 

「くっ…」

 

 デオンが食い縛り、飛んできた者を弾き返した。飛んできた者はくるりと宙返りすると、すたりと着地した。

 

「へぇやるじゃんあんたら。」

 

 言葉を発したのは小柄な少年だった。

 

「君は誰なんだい?」

 

 デオンが警戒をとかないまま語りかける。すると、その少年は小馬鹿にしたようにこちらを見る。

 

「お前らみたいな闖入者に名乗るような名前はねぇよ!」

 

 言うが早いが少年は物凄い速さでデオンへと突進しようとした。時だった。

 上空から鋭い声が飛んできて、少年の動きが止まった。

 

「何をしているのですホルアハ!その方々は客人です。早まるなと何度申しましたか!?」

 

「くっ…」

 

 そのホルアハと呼ばれた少年を一喝すると、上空に浮かんでいる女性は徐にこちらに向き直り、言った。

 

「此度は失礼致しました。この時代の王ナルメルの配偶者ネイトホテプと申します。さぁ星見のお客人方、こちらへ。城へとご案内致しましょう。」

 

 

 》》》》》》》》》》

 

 

「梁山泊からは我等五人か。」

 

「林教頭がいるだけで俺達の士気は違うってもんだ。」

 

「なんで宋の兄貴は来てくんなかったんだ。俺ぁそれが残念で仕方ねぇんだ。」

 

「黒旋風はいつまでもメソメソ。これどうにかなりませんかね。呉先生。」

 

「これの扱いは君の方が慣れているだろうに。それに戦闘では相も変わらず暴れてくれてるんだしいいだろう。」

 

「そうですがねぇ。まぁいいか。ところで教頭。あなた…」

 

「おっとそこまでだ。ここでは俺の武勇などたかが知れたもの。戦闘なら軍師殿の策略や、そこの花栄の万能性のほうが余程役に立つ。」

 

「林教頭に褒められるとは光栄だな。だけどな、俺のは器用貧乏とも言ったりするんだぜ。あまり当てにするな。」

 

「全く。器用貧乏なら不敗ということは無いだろう。僕なんてとんでもない失敗ばかりだ。もう少し有能がよかったな」

 

「おいおいそんなこと言ったら俺なんてどうなるんだよ!」

 

「お前はそのまんまでオッケーさ。」

 

「なんか馴れ合いみたいで嫌だが、お前は変えなくてもそのままでいいのだと思う。変わったら黒旋風では無いだろう。」

 

「それは同意しようか。」

 

「ん?あれは出陣を知らせる伝令さんかね。この会話もここまでか?」

 

「ああ、そうだな。そろそろ我々も出陣か。」

 

「今度こそあの面倒な城を陥としたいもんだな。ありゃあ策略云々でどうにかなるもんでも無さそうだけどな。」

 

「いや今回はあの城は迂回しようと思っている。」

 

「お?ここで今日の策を話すのか?」

 

「いや、君達ならその場で兵を動かしながらでも平気だろう。」

 

「当たり前の話だよなぁ!何せ俺達は最強の梁山泊なんだからな!そんじゃ行くか!」

 

「さて、存分に我等の恐ろしさ、敵に刻み付けてやろうではないか。」

 

「「「「応!」」」」

 

 五人の男達はニヤリと笑い合い、肩を叩き合い歩いていった。

 五人の無頼漢たちは戦場を地獄に陥れるために、

 

 今、戦場を駆け抜ける。



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