この紅魔の剣士に栄光を! (3103)
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第一章 魔法剣士育成計画
1話


このすばアニメ二期記念。




 夢を見た。

 どこか知らない場所で、数多のモンスター達と戦う夢だ。

 その世界の俺は身の丈程の刀身を担ぎ、世界中を旅する名うての剣士だった。

 

 木々が生い茂る密林を。

 太陽が砂を焼く広大な砂漠を。

 広がる青の海原を。

 焼け付く溶岩が噴き出す火山を。

 雪が舞う閉ざされた凍土の中を。

 俺は大剣を振りながら駆け抜けた。

 

 モンスターの脅威に晒される人々からの依頼を受け、信頼する仲間と共にこの身一つで戦い抜いた。

 一流の戦士になる為、何百時間も鍛錬を積み武具を鍛え、それ以上に精神を、肉体を、己を鍛えた。

 

『破壊乙。もう片方もよろ』

 

『りょ。スタンとって』

 

『ういうい』

 

 共に戦う仲間と交わす言葉は短かったが、充実した日々だった。

 モンスターとの戦いはいつだって俺の胸を熱くする。強敵との勝負は何より楽しく、俺は命知らずの旅を続けた。

 

 ただただ、楽しかった。満ち足りた日々だった。

 だけどそんな時間は、ある日急に無くなってしまった。

 理由は覚えていない。世界が潰えたその日から、俺の意識は消えてしまったのだから。

 それだけ俺にとってその時間は大切な物だったのだろう。

 その世界の終わりが、俺の人生の終わりだったらしい。それ以降の出来事を夢見る事は、一度も無かった。

 

 悔しかった。悲しかった。虚しかった。

 言い得ぬ絶望が俺の精神を黒く蝕んだ。

 もっと旅を続けたい。もっと強敵と戦いたい。もっと剣を振るっていたい。

 

 そんな前世の無念が、俺に剣を取らせたのだろう。

 魔法使いに成るべくして生まれた俺に。

 魔法使いに成るべくして育てられてきた俺に。

 敷かれたレールから、定められた運命から逃れようと、気づけば俺は剣を握っていた。

 

 また同じ様に剣を振るっていたいと。

 あの楽しかった日々をもう一度と送る為に、俺は今日も剣を背負う。

 

 何時しか忘念は、俺の夢へと変わっていた。

 夢は呪いと同じだという。ならば俺は呪いにかけられているのかも知れない。

 剣の道に生き、剣の道に死なねば解けない、そんな呪いが。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 剣を振る。

 朝、起きたら必ず行う毎日の日課だ。

 軽く二百回。時間があればもう百回。追加でこれを行う。

 

 頭の中に浮かぶ前世の記憶。

 それが毎日、俺に剣を握らせる。前世で高名な剣士であった俺は、どうにも剣を振るわない自分自身の怠惰を許せない様だ。

 

 朝の静謐な空気の中には、俺が息を吐く音と、練習用の木剣が空を切る音以外聞こえない。これで二百回。少し休憩しよう。

 額に滲んできた汗を拭い、白んできた空を見上げると、丁度太陽がオレンジ色の光を放ちながら登って来るのが見えた。

 

 今日もまた、一日が始まる。

 俺は和やかな気持ちのまま、素振りをさいかーー

 

「あ、兄ちゃんだ! また兄ちゃんが朝から『前世の因果に囚われた努力系主人公の朝の一幕ごっこ』してる! 凄い! かっこいい!」

 

 ーーいすること無く、俺はずっこけた。

 台無しである。折角シリアスな雰囲気を醸し出してたのに。本当は十回くらいしか素振りしてないけど、二百回やって息切らしてない体でいたのに。

 俺は勢いあまって飛ばしてしまった木剣を拾って、此方に向かって走ってくる妹を抱きとめた。

 

「おっと。おはようこめっこ。朝早くから元気だなお前は。んで、俺になんか用か?」

 

「兄ちゃん、お腹減った!」

 

「……あー、はいはい。だと思ったよ」

 

 満面の笑みで俺の腹に抱きついてくる欠食児童に向けて、俺は苦笑いを返す。

 俺の朝の一時を邪魔しに来た理由は、空腹が我慢出来なかったから、らしい。

 こめっこの黒い髪を撫でながら俺は言う。

 

「もうすぐ朝ごはんにするから、もう少しだけ我慢してくれないか?」

 

「無理! だってもウチにご飯ないもん!」

 

「いい笑顔で言い切るなぁ、お前」

 

 まあ、事実なのだが。我慢させたとこでウチの冷蔵室に何か食物が有るのかと聞かれれば、NOと答えるしかないのだが。

 仕方ない。可愛い妹の為だ。朝から面倒だが食材の調達をしてくるしかあるまい。

 俺はこめっこの頭を今一度撫でると、五歳の妹がしっかり理解出来る様に、今度はゆっくりと言う。

 

「よし。我が妹、こめっこよ。よく聞くのだ。兄ちゃんはこれから森に狩りに行ってくる。この時期ならそこそこ肥えた肉食モンスターが彷徨いているだろう。だからそいつらを適当に仕留めて、お肉を確保する」

 

「おお、お肉!!」

 

「しかし、こめっこ。お肉を美味しく頂くにはお米が必要だとは思わないか? お肉と食べるお米こそ、この世界で一番のご馳走だ。一番美味い食べ物だ。そうは思わないか?」

 

「……じゅるり」

 

「だが、悲しい事にウチにはもう俺たちが食べるだけのお米は残っていない。このままでは折角兄ちゃんが仕留めて来たお肉を、充分味わう事が出来ないのだ、こめっこよ」

 

「そ、そんなっ。あんまりだよ、兄ちゃん!」

 

 こめっこが涙目になる。

 さて。ここからが肝心だ。俺は一層シリアスな雰囲気を作り出して妹にいう。

 

「だからな、こめっこよ。お前にはお米を調達して来て貰いたいのだ。方法は簡単だ。ウチのご近所にぶっころりー、とかいうニー……、自宅の警備員をしているお兄さんがいるだろ? 今からお前はぶっころりーの家に向かい、彼の部屋の前で嘘泣きをするんだ。なるべく声を潜めて、静かにな。お腹が減って目が覚めて、気を紛らわせる為に散歩してたらここに辿り着いてしまった、と。家から出て隠れて一人で泣いてる風に」

 

「でも声が小さかったら気づいてくれないんじゃ?」

 

「大丈夫だ。あやつがこの時間に寝ている可能性は低い。人目が無い夜中に里を徘徊し、家族が起きている昼間は寝ているアイツなら、この時間は起きている筈だ。寧ろ寝る準備を始めるところだろう。だからこめっこ、行くのだ。ぶっころりーが寝る前に。ぶっころりーからお米を掠めて来るのだ!」

 

「わかった! 行ってくるね、兄ちゃん!」

 

 こめっこはぶっころりーの家に向かって駆け出した。

 俺はその小さな背中を見送りながら、軽い罪悪感に襲われる。

 また妹に良からぬ知識を教え込んでしまった。でも仕方ないじゃないか。俺だってお肉をおかずに白いご飯が食べたかったんだから。

 俺は悪くない。空腹と貧乏が悪いんだ。

 

 こめっこはもう行った。ならば俺も自分の仕事をしなければ。

 これで収穫ゼロだったら、空腹のこめっこに俺の肉が齧られてしまいそうだしな。気合を入れよう。

 俺は木剣を肩に担ぎながら、里の外にある森へと向かった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 早朝の森は静かだった。

 辺りに獣の気配は無い。つい最近、里の大人が安全を確保する為に大規模な魔物の討伐を行ったから、里から離れたこの辺りの森の魔物も何処かに逃げてしまったのだろうか。くそが。余計な事をしやがって。少しくらい残しといてくれよ。わざわざ森の深くまで行くの面倒くさいんだぞ。

 

「……と。いたいた。獲物を発見」

 

 里の不特定多数の大人達に文句を言いながら草を掻き分け進むと、頭から角を生やしたウサギのような魔物を発見した。

 すぐに身を近くの茂みに隠し、背中から下げた木剣を引き抜く。外見は非常に可愛らしいモンスターだが、相手はれっきとした肉食獣。頭から生えた角の突撃で、獲物を穴だらけにして食す残忍な怪物だ。

 

 こんな虚弱そうなモンスターでも、今の俺にとっては油断ならない大敵である。

 全盛期は巨大なドラゴンを一人で狩る生活が続いていたというのに、全くゼロからのスタートとは歯痒いものだ。

 こんな低ランクのモンスターにも死力を尽くさねばならぬとは……。

 

 呼吸を整えるように静かに息を吐く。

 紅魔族。それが俺の生まれた種族の名前だ。

 生まれつき強い魔力と知能を兼ね備え、高位の魔術師を数多く排出する一族。

 魔術の才能は言うまでもなく、更に俺たち紅魔族は身体に魔力を浸透させる事で、一時的にだが身体能力を強化する能力を持っている。

 俺が獲物を前にしてすぐに跳びかからず、呑気に空気を吸っているのはその為だ。

 意識を身体の隅から隅まで巡らせ、全身に強化をかけていく。この能力が無ければ、一体だけとはいえ子供の俺が木剣でモンスターを仕留める事は出来ないだろう。

 

 本来なら魔術が使えない時に施す予備の策の様なものなのだが、まだ魔法を何一つ使えない俺にとってはこれがメインウェポン。

 いや、魔法が使えたとしても俺はきっと剣しか振るわないのだろう。

 それが俺という生き物だ。剣に魅せられ、剣に生きる。そんな生き方しか出来ない、不器用な男さ……。

 

 しっかりと無言で強化を身体に施した俺は、木剣を握り直しながら身を隠していた茂みから飛び出した。

 

「ふっ。遅いーー!」

 

 短く息を吐き、ウサギの後頭部を木剣で殴る。

 俺の華麗な剣さばきについて行けず、ウサギは大きくよろめいた。不意打ちなんだからついて行けなくて当たり前だろ。とか、無粋な突っ込みをしてはいけない。

 

「ーー()ッ! 喰らえーー!」

 

 息を吐く間を与えず、俺はウサギの頭を再び殴る。

 皮が裂け、肉が開き、骨が砕けて空に血が舞う。

 残酷な光景に見えるかも知れない。弱いものイジメをしているだけの様に見えるかも知れない。

 しかしこれは自然の摂理に従った当然の行為。弱肉強食、弱者は強者に食われてその血肉となる運命(さだめ)

 

 故に俺は強者として、空腹を満たす為に狩りをしているだけに過ぎない。

 若干、というか大分俺の剣尖がブレているせいで、余計な痛みを生んでいる様な気がしないでも無いが。きっと気のせいだ。そうに違いない。

 

「ーーこれで、終わりだ!」

 

 ぐしゃり。と、木剣を握る俺の手になんとも言えない感触が返ってきた。

 頭を完全に破壊されたウサギは、力尽きその場に倒れる。割れた頭部からは派手に血が流れ出していた。

 

 よし。結構グロい感じになっているが、上手く仕留められた。

 後はこれを家まで持ち帰るだけだ。腹を空かせたこめっこがこれを見たらさぞ喜ぶ事だろう。

 俺は動かなくなったウサギの死体の足を持って、その身体を引きずりながら来た道を戻り出す。またあの距離歩かなきゃならんのか、と若干憂鬱になりながら。

 

 さて。仕留めたコイツ、どう料理してやろうか? まだ焼肉のタレはある筈だし、捌いてそのまま焼いて食べるか。シンプルイズベスト。想像しただけで美味そうだ。

 口の端から流れたヨダレを拭く。

 いけない。帰り道でこんな事を考えては。この前貰った本にも書いてあったじゃないか。

 狩りを終えた帰り道で獲物の味を想像してヨダレを垂らすのは、立てちゃいけないフラグだって。

 

「グルルルル……」

 

 聞こえちゃいけない鳴き声がした。

 というか聞きたくない鳴き声だ。ちらっと後ろを振り返る。

 すると俺のすぐ後ろに、ヨダレを垂らして此方に目を向ける巨大な熊の姿が見えた。

 俺の数倍は有るだろう巨体だ。魔力で身体能力を強化したところで、俺が今持っている武器で致命傷を与えるのは不可能だろう。相手は話が通じない獣だ。負けたら仕留めたウサギごと、森の熊さんの朝ごはんになってしまうだろう。

 ならば俺が取るべき道は一つだけ。

 俺は再び身体能力を強化すると、前に向き直り全速力で駆け出した。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!? 暴力反対! 暴力反対! 誰かお助けぇぇぇぇぇ!?」

 

「グルァァァァァァァ!!」

 

 爽やかな朝の森の中で、俺と熊、命を賭けた鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「……それで。持ち帰って来れたのは、仕留めたウサギの足一本だけ、と」

 

「だってあの熊本気だったんだもん! ガチで殺る気マンマンだったんだもん! ウサギ食わせてなきゃ俺が食われてたんだもん!!」

 

 未だ乱れたままの荒い呼吸で言う。

 俺の双子の姉、めぐみんは俺が片手に握っている熊の食べ残しのウサギの片足を見て溜息を吐いた。

 

「こめっこの前でカッコつけたいからって、森に狩りになんて行くからそんな目に遭うんですよ。ロクな武器も無いのに。魔法なんて全く使えないのに。我々は紅魔族はカッコつける生き物ですが、ほどほどにしてないと死にますよ」

 

「ちくしょう悔しいけど何も言い返せない」

 

 歯噛みする俺。

 別に前世の記憶があるのは設定じゃないのに。本当にそういう人生で経験した事の無い記憶が、確かに俺の脳内には存在するのに。

 話しても誰も信じてくれない。やっぱりショックだ。凹む俺。

 そんな弟から姉さんはウサギの足をひったくると、ため息まじりに台所に向かって行った。

 

「まあ、一部だけでも肉が手に入っただけ良しとしますか。少ないですがこれで今日の朝ごはんは確保出来ましたし。一応褒めてあげますよ、よろろん」

 

「……ふっ。我が半身よ。その名で呼ぶのは止めるのだ。よろろんとは仮初めの名前。我が姉よ。今後俺の事は前世で授かった真名、『ダークネスナイトメア』と呼ぶが良い」

 

「は? 何言ってるんですかよろろん。よろろんはよろろんじゃないですか。前世とかそういう設定は良いですから、早く朝ごはんの準備手伝って下さいよ、よろろん」

 

「あ、うん。わかった。手伝うからあんまり名前連呼しないで下さいお願いしますお姉様」

 

 真顔で名前を連呼する姉さんに懇願する俺。

 ちくしょう。なんで俺はこんな変な名前なんだ。基本的に紅魔族のセンスは素晴らしいと思っている俺だが、名前のセンスだけはどうかと思う。なんだよ、めぐみんによろろんって。アダ名かよ。それにしても出来が悪いわ。

 

「そういえば。こめっこがどこに行ったか知りませんか? 今日は一度も、起きてから姿を見てませんが」

 

「え? まだ帰って来てないの?」

 

 姉さんの言葉を聞いて首を傾げる。

 俺が狩りに出てから大体二時間。ぶっころりーの家までは大体片道五分。いくらちびっ子のこめっこの足でも帰って来てなければおかしい時間が経過している。

 

「……その口ぶりだと、こめっこがどこに向かったのか知っているみたいですね? 答えなさい、よろろん」

 

「たぶん、ぶっころりーの家だけど」

 

「さて。あのクソニートをぶち殺しに行きますか」

 

 姉さんは台所から包丁を取り出して、玄関に向かって行った。

 

「待て待て待て待て! 落ち着け姉さん! その結論は流石に音速過ぎる! 冷静になって考えるんだ! アイツに誘拐なんて犯罪に手を出せる程の度胸は無い! そんな甲斐性があるなら今頃定職に就いてるはずだ!」

 

「ええい離せ! 離しなさい! いいから離すんです! 今からあのロリコンを解体しに行くんですから!!」

 

「ただいまー! ってあれ? 姉ちゃんと兄ちゃん、二人で合体してるの? 楽しそう!」

 

 荒ぶる姉さんを羽交い締めしていると、こめっこが両手に大荷物を抱えて帰って来た。

 なんだか誰かに聞かれたら誤解を招きそうな言い回しをされた様な気がするが、まあ別に気にすることはないだろう。

 

 この辺りには小高い丘の上にポツンと我が家があるだけで、周りには家も畑も無いのだから。多少騒いだところで、誰かの耳に会話が聞こえるはずが無い。

 そんな事で気を揉むよりも、帰宅が遅かったこめっこに注意を払わなくては。

 こめっこが帰宅して多少落ち着きを取り戻した姉さんから手を離し、俺はこめっこが抱えている物品へと目を向ける。

 こめっこの小さな両腕の中には、小さな厚紙で出来たの箱と、その中から顔を覗かせる溢れんばかりの食材があった。

 

「……えっと、こめっこ? この食べ物、どうしたの?」

 

「貰ったの!」

 

「ぶっころりーから?」

 

「ううん、それ以外の人たちからも! 姉ちゃんと兄ちゃんがお腹を空かせて待ってるんです! って言ったらみんながくれたの!」

 

「そ、そうか。それは凄いな」

 

 予想以上の、いや全く予想していなかった収穫を得てきた妹の姿に困惑する。

 野菜から干し肉から、もちろんお米も。様々なレパートリーの食材を見て俺は呟いた。

 

「……うちの妹が魔性すぎる件」

 

 

 



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2話

 

 

 こめっこが得てきた食料で腹を満たし、そこはかとない敗北感を味わった俺は学校へ向かっていた。

 紅魔族の子供が十二歳になると通う事になる学校で、彼らが扱う魔法の事を学ぶ場所だ。

 隣に並ぶ姉と同時に就学年齢を迎え、学校に通うようになってから数日。

 未だクラスに馴染めず友達が出来ていない姉さんと共に、俺は学校へ向かって一緒に歩いていた。

 

「なぁ、姉さん。気づいてる? 誰かにつけられてるの」

 

「愚問ですね、よろろん。あんなガバガバな尾行、どんなバカでも気づきますよ」

 

 二人同時にちらっと振り返る。

 尾行して来た誰かさんは、振り返った俺たちに気づかれない様に慌てて体を物陰に隠した。

 が、大層慌てていたのか近くに置いてあった木箱に躓いて転んでしまう。

 見ていられなくなった俺は転んだ彼女に駆け寄った。

 

「ちょっ。大丈夫か、ゆんゆん?」

 

「痛たたた……。あ、うん。ありがとうよろろ……、ってひぁあああっ!?」

 

 転んだ女の子は俺の顔と、後ろにいた姉さんの顔を見ると悲鳴をあげた。

 いつの間にか同級生の女の子に、顔も見たくない程嫌われていたのだろうか。残酷な事実が朝から俺を苦しめる。

 

「……いやその、ごめん。別に不快な気持ちにさせるつもりじゃ無かったんだ。ただ派手に転んだみたいだったから怪我してないか心配で……。今離れるから、安心してくれ……」

 

「いや、別にっ。よろろんが嫌いとかそういんじゃなくてっ! 急に声かけられたびっくりしただけで、よろろんが声をかけてきてくれた事についてはむしろ嬉しかったというか男の子に話しかけられたの久しぶりだったから言葉が出なかったというかそのっ!!」

 

「……朝からなに騒いでいるんですか、貴方たちは?」

 

 凹む俺と慌てる同級生の女の子こと、ゆんゆんを見て、一人冷静だった姉さんが突っ込む。

 

「というかゆんゆん。何なんですか? なんで朝っぱらから私たちをストーカーしてたんですか? お金ですか。お金が目的なんですか? 得意の気配遮断を使って私たちの弱みを握って強請ろうって算段なんですか?」

 

「違うわよ! というかお金が目的ならわざわざめぐみん達は狙わないわよ!! めぐみんは私をなんだと思ってるの!? あと気配遮断が得意ってなに!? 別に私好きで影が薄い訳じゃないからね!?」

 

「じゃあ、なんで俺たちの後をつけてたんだ?」

 

 俺が尋ねるとゆんゆんはうっ、と言葉を詰まらせた。

 それからしばらく、何かを考える様な仕草で目線を泳がせて、

 

「そ、それはそのっ……。友達と朝一緒に学校行くのに憧れてて……。……じゃなくて!! そ、そうだ! 決闘よ! 私と勝負しなさいめぐみん! その隙を見つける為にずっとつけ回してたんだから! もう逃さないわよ!」

 

「……私が貴方からいつ逃げたっていうんですか。というか同級生とはいえ朝からストーキングとか普通に事案ですよね? 私より格段に泣き虫な女に臆病者扱いされてムカつきますし、警察を呼んでもいいですか?」

 

「落ち着け姉さん。私怨で国家権力を呼ぼうとするんじゃない。涙目の女の子の胸ぐら掴んで尋問してる時点で、疑われるのは姉さんの方だから」

 

 日頃の行いもあまりよろしくは無いしな。

 真っ先に疑われるのは俺と姉さんだろう。悔しいがこれは否定出来ない。

 

「まあ、取り敢えず。勝負なら学校に着いてからにしようぜ。こんなとこで朝から騒いでたらそれこそ通報されちまう」

 

「あ、うん。そうね。こんなとこで騒いでたらまた変な子だと思われちゃうし……」

 

「そうですね。頭がおかしいと噂されるのはそこの愚弟だけで充分です」

 

「おいちょっと待て。今凄く聞き捨てならない事が聞こえたんだが。俺どんな風に里のみんなから思われてんのかすっごい気になるんだが」

 

 俺を無視して歩き出す姉さんと、それにおどおど着いて行くゆんゆん。

 その噂を詳しく語る気は、我が姉には無いようだ。ずんずん進む姉さん達を追いかける。

 俺が里でどんな印象なのか、結局それがわかる事は無かった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 紅魔族の学校の授業は適当だ。

 一応、魔法の習得という目標はあるものの、それを達成する為のプロセスは各教員にまるな……、全任されているので、クラスによって授業の雰囲気に差が出る。

 しかも俺たちを受け持っている担任教諭の性格が適当だから、基本的に混沌を極める紅魔族の魔法の授業は殊更にカオスな感じになっている。

 かっこいい名乗り口上や呪文の詠唱などを主に取り扱い、魔法の基礎などは殆ど取り扱わない。たまにやる屋外実習で思い出したかのように詰め込む。担任が飲み過ぎで休んでしょっちゅう自習になる。上げだしたらキリが無い。

 今日は実習が無いのでいつもの通り、だらっとした雰囲気の担任教諭が、生気のない青い顔をしながら授業を進行していた。

 

 

「じゃあ次。炎の魔法、『ファイアーボール』を発射する練習だ。つむつむ、試しにやってみろ」

 

「は、はい!」

 

 教卓に立つ教諭が、クラスで一番成績が良い生徒を指名する。

 眼鏡を掛けた生真面目そうな生徒は、顔を引き締めながら右腕を前に突き出すと、

 

「ええっと……。ふ、『ファイアーボール』ッ!」

 

「それじゃダメだ。呪文が短すぎる。発動する前の詠唱を蔑ろにするな。5点」

 

「ええっ!?」

 

 クラスメイトの優等生が見せた『戦闘中だし出来るだけ隙を見せない様に短く呪文を唱えよう』という至極真っ当な意見は、担任教諭に却下された。

 確かに、魔法を使うのに長ったらしい呪文を唱える必要は無い。寧ろ見栄えを重視してわざわざ効率を悪くするのは、戦闘において下策以外の何物でもないだろう。

 しかし、長い呪文を唱えなければ魔法を使った、或いは使う気持ちに成れないではないか。

 ただ魔法名を唱える魔法では味気ないではないか。

 彼は確かに優等生だが、そういう紅魔族が生まれ持つ侘び寂びを理解していない様な気がする。

 

「じゃ、よろろん。やってみろ」

 

「はい」

 

 指名された俺は、肩を落としながら座る優等生と入れ変わる形で立ち上がった。

 ……ふむ。炎の呪文か。なら丁度良いのがあるな。

 俺は前世で蓄えた膨大な魔術の知識の中から、一つ選んで呪文を選び唱えた。

 

「ーー君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽撃き・人の名を冠す者よーー」

 

 区切る様に息を吸う。

 荘厳に言葉を紡ぎ始めた俺に向けられるクラスメイト達の視線は様々だ。

 羨望、呆れ、無関心、昼食の心配。

 そんな皆の気持ちを一身に背負い、俺は続ける。

 

「ーー灼熱と騒乱・海隔て・逆巻き・南へと歩を進めよーー」

 

 呪文の顕現に必要な呪は全て唱え終わった。

 あとは出す呪文の名前を叫ぶだけだ。

 しかし俺は敢えて一拍の間を作り、教室内が静寂に包まれていれるのを確認してから、先ほどの生徒と同じように右腕を突き出した。

 

「ーー『破道の三十一 赤火砲』ッ!!」

 

 もちろん魔法は発動しない。

 俺が唱えたのは架空の呪文だ。魔法を習得した状態で魔力を込めて唱えても、『ファイアーボール』は発動しなかっただろう。

 しかし。この授業で求められているのは、いかに格好良い呪文を格好良く唱えられるかだ。

 そういう意味でなら、俺は高得点を得られる回答をしたといえよう。

 現に俺の回答を聞いた担任は、満足気に頷きながら、

 

「素晴らしい。百点満点だ。流石、よろろん。呪文の詠唱とかっこいいポーズだけは他の追随を許さないな。スキルアップポーション、一本贈呈です。おめでとう」

 

「……ふっ。我が脳内に眠る十万三千冊の魔道書を駆使すればこの程度、造作も無いことよ」

 

「いや『ファイアーボール』はどこに消えたんですか?」

 

 拍手が巻き起こる。どうやら先生のお気に召した様だ。

 成し遂げたぜ。と、息を吐きながら、報酬の薬液が入ったガラス瓶を受け取る。

 

「あの、先生。今ので良いんですか? 無駄に長ったらしい上に勝手に新しい呪文勝手に作り上げちゃってますよ? アレだと魔法使えないと思いますよ?」

 

「いいんだよ、かっこいいんだから」

 

「そんな理由で!? そんな理由で勝手に呪文を改変して良いんですか!?」

 

 異議を却下された優等生が、涙目になって叫んだ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 昼休み。授業が終わると同時に、隣の女子のクラスに向かう。

 目的は姉さんに弁当を届ける為だ。あの姉、自分で作った弁当を持ってくの忘れて学校行ったからな。俺がこうして余計なカロリーを消費する羽目になる訳だ。ちくしょうメンドくさい。

 俺は姉さんの分の弁当箱を片手で吊るしながら、女子の教室の扉をノックした。

 

「失礼します。よろろんです。姉さんに弁当を届けに来ました」

 

「「「ーーえっ、嘘。めぐみんがお弁当持って来てる!?」」」

 

「おい、なんだそのリアクションは。我が家の台所事情に文句があるなら聞こうじゃないか」

 

 俺の声を聞いて驚きの声を上げたクラスメイトたちに姉さんが食ってかかる。

 ……まあ、初めてだからなぁ。学校に弁当持って来たの。驚かれるのも無理は無いか。

 

「い、いやっ。だってめぐみん達いつもお弁当なんて持って来てないからっ! 急にどうしたのか心配になっちゃって!」

 

「どうしてやりましょうかこの駄肉。引き千切って焼肉のタレで焼いてこめっこに食べさせてあげましょうそうしましょう」

 

「い、痛い痛い痛い痛い痛い!!」

 

「よすんだ姉さん。胸への攻撃は世が世なら同性でもセクハラで訴えられる」

 

 まるで親の仇の様に、ゆんゆんの出っ張り始めた胸を握り潰す姉さん。

 慌てて間に割って入り、姉さんの握撃を止めさせる。幾ら同性同士だといっても、そういう攻撃は控えた方が良いと思う。

 

「……ちっ。そりゃあ偶にはウチだってお弁当くらい作りますよ。毎日毎日、お湯で限界まで膨らませたお粥ばかり食べてる訳じゃありません。豪勢に固く炊いたご飯でおにぎりを作る事だってあるんです。バカにしないで下さい」

 

「姉さん、それウチの貧乏を自白してるよ。取り繕うどころか全てを曝け出しちゃってるよ」

 

「……私のお弁当、半分だったらあげても良いけど……」

 

 ほら見ろ。ゆんゆんに気を使わせてしまったじゃないか。

 つーか、そうやって同級生のお弁当を躊躇う事なく強奪するんじゃない。そんなんだから、色気を犠牲に食い気を極限まで強化したモンスターとか言われるんだよ。

 

「あ、ちょっ! 待って! 半分だったらって言ったでしょ! なんでみんな食べちゃおうとするの!? 私のお弁当なんだから私が食べる分は残しておいてよ!!」

 

「ふがふが。……ふぅ、ご馳走さまでした、美味しかったですよ、ゆんゆん」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!! めぐみんにお弁当取られたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 空っぽになった弁当箱を見て涙を浮かべるゆんゆん。

 流石我が姉、食事の速度が同年代の少年少女達とは段違いだ。

 と、白い目で姉さん見るのはこのくらいにしておいて。

 俺はため息混じりにゆんゆんに、自分の分の弁当箱を差し出した。

 

「……はぁ。いつもごめん、ゆんゆん。これ、少ないけどゆんゆんが食べてくれ。姉さんが食べた分の補填だと思って」

 

「……ふぇ? ……あ、い、いやっ。そんな、悪いよ。だって私がそれ食べちゃったら、めぐみんのお昼が……」

 

「そうですよ、それは私のおにぎりです。勝手に受け渡ししないで下さい」

 

「口の横に米粒付いてる食いしん坊は黙ってろ。……まあ、とにかくごめん、ゆんゆん。姉さんはこんな感じだけど根は優しい子なんだ。だからこれからも仲良くしてくれると嬉しい」

 

「……へっ、あっ、うん。こ、こちらこそ」

 

「ちょっと。なんでみんな、私をそんな生暖かい目で見るんですか? なんでそんな可哀想なものを見る目を向けるんですか? 私の方が姉ですよ。私の方がよろろんより三十分は早く産まれたんですからね」

 

 それは姉さんの日頃の行いのせいだと思う。

 俺がため息を吐くと、姉さんは此方を睨みながら、

 

「お、覚えてろ! 次は私が姉だということを徹底的に証明してみせてやりますからね! 絶対ですからね!!」

 

「もうその発言の時点でダメだと思う」

 

 今日も我が家の姉はポンコツでした。

 

 



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3話

 

 

 午後の授業は突然降り出した大雨のせいで無くなった。

 より正確に理由を語るなら、何者かが呼び出した分厚い雨雲が紅魔の里に降らせた雨のせいで、里の近くの森にある邪神を封印している墓の装置を何者かがいじくり回したせいで、邪神の封印が解けかけていたらしい。

 封印自体は可能なものの、封印の効果が薄い下僕が出歩いていないかとか、念の為その調査に学校の教師陣含め里の大人達が向かう事になったので、俺たちの授業はしていられなくなった。ということらしい。

 

 邪神の封印が解かれかけたとか、その下僕が出て来たかも知れないとか、普通なら呑気に微睡んでいる様な事態ではない筈なのだが、調査に向かった大人達のウキウキ顔を見たら、なんだかとても心配するのが馬鹿らしくなった。

 なんなら邪神の封印を解いて再封印までの流れ自体が、大人達のマッチポンプの可能性ですらある。というか多分そうだろう。

 

 この里の大人達は皆、厨二病なのだから。こういうノリは大好物だ。こんな主人公になれる機会、滅多に無いしな。

 みんな今頃、主人公を逃してなるものか、といきり立っている筈。

 俺も大概厨二病だと自負しているが、流石にわざわざピンチを演出する為だけに、邪神の封印を解くのはどうかと思う。

 そんなクソみたいな理由で解放された挙句、高位の魔法使い達に囲まれて、容赦無くリンチされる邪神の気持ちも少しは考えて欲しい。

 いい年して邪神如きではしゃいでんじゃないよ、みっともない。

 

「……げ、よろろん。君、こんなとこで何してんの?」

 

「なにって……。邪神探し」

 

 里の近くの森の中。

 茂みの中から現れたのは熊でも邪神でもなく、知り合いの靴屋のせがれの自宅警備員であった。

 俺は怪訝な顔で見てくるぶっころりーに片手を挙げて挨拶をする。

 

「よっす、ぶっころりー。どう? 邪神いた?」

 

「ノリが軽いなぁ。そんな迷子の犬猫探してるんじゃないんだから、もう少しシリアスしてくれよ。俺たちが相手にしてるの一応邪神だよ?」

 

 さっきから邪神の扱いが軽過ぎる件について。

 ま、こんな里の近くに封印されている邪神が悪い。世間を騒がせてる魔王軍の魔物ですら、恐怖を感じて近づかないこの土地が、そこら辺歩いてるおばさんですら上級魔法をバリバリ操れるこの里が悪い。

 どーせ日が暮れる前には解決してそう、と危機感が薄いのは俺のせいじゃない。

 

「というかなんで森に入って来てるんだよ。学生は危ないから近づくなって言われた筈だろ」

 

「逆に聞くけどさ、ぶっころりー。俺がそんな言いつけを守ると思う? 邪神の下僕がいるかも知れないとか聞かされて」

 

「いや全然。寧ろ決まりごととか嬉々として破るタイプの子供だもんね、君」

 

 流石唯一のご近所さん。俺の事を良く理解していらっしゃる。

 ぶっころりーは深くため息を吐くと、

 

「……しょうがない。追い返しても絶対諦めないだろうし、見回りに連れて行ってあげるから俺の側を離れない様に。あと大人しくしてる事。邪神とかモンスターがいても勝手に斬りかかっちゃダメだよ」

 

「おい、人を誰彼構わず斬りかかる頭がおかしい奴みたいに言うんじゃない。……でもまあ、同行を許可してくれた事については感謝しますぜ。さっすがぶっころりーの兄貴。話がわかるぜ。よっ、太っ腹。イケメン。紅魔族随一の自宅警備員」

 

「はっはっは。よせやい。事実だとしても照れるじゃないか」

 

 自宅警備員も褒め言葉でいいのか。

 言っといてなんだけど驚きだ。まあ、気分を良くしてくれたならそれでいいか。

 俺は先に進むぶっころりーについて行く。

 

「そういや、ぶっころりー。あの墓に封印されてた邪神ってどんな奴なの?」

 

「なんだ。そんな事も知らずに邪神探しに来てたのか」

 

「いやどんなのでも、見たって言えば箔が付きそうじゃん? 邪神って。明日学校で盛り上がる話題に出来そうじゃん?」

 

「君の中では本当に邪神の扱いが珍獣レベルまで下がってるんだね」

 

 邪神ってやっぱり悪魔系なんだろうか?

 だったら腕がなるぜ。前世の俺は有名なデビルハンターとしてもバリバリ言わせてからな。スタイリッシュにぶった斬ってやるぜ。

 

「まあ、アレだよ。良くある邪神さ。人に害なす悪い奴。多分黒色」

 

「情報がふわっとし過ぎじゃないですかね。さてはぶっころりー、邪神の詳細知らないな?」

 

「ははははははははは」

 

 笑って誤魔化すぶっころりー。

 最初から大して当てにしてなかったから別に良いんですけどね。

 どんな奴が来ようと我が魔剣で両断してやるさ。木剣とは違う背中に感じる確かな重さに、俺はニヤリと笑う。

 

「……なんだよ、よろろん。ニヤニヤしちゃって。女の子のパンツでも見えたのかい?」

 

「それよりも、もっと良いモノさ。……見たまえ、ぶっころりー。我が魂の現し身の輝きを」

 

 台詞と共に、俺は背中に背負っていた革製の鞘から出来立てほやほやの剣を引き抜く。

 広がる木々の葉の間から差し込む光に照らされて、抜き身の刀身が鈍く黒く輝いた。

 俺が握る両刃の剣は、所詮ブロードソードと呼ばれる形状の剣。

 その名はーー

 

「『ダーク・ソウルブレイド』。紅魔の里、随一の鍛冶屋が心血を注いで鍛えた一振り。黒く光る刃は邪悪な魂を吸い込み、より深く光るという……」

 

「おお、刀身が真っ黒だ。かっこいいね。これを持ってたから、今日はヤケにテンションが高かったのか。……でも一体どうやって入手したんだい? よろろん、こんなかっこいい剣買えるほどお金持って無いだろう?」

 

「……ふっ。俺くらいの剣士になると何故だか惹かれあっちまうのさ。血を啜る魔剣とはいえ切れ味は本物だ。例え呪われていようとも、俺が使うにはもってこいだろう?」

 

「いやこの剣、良く見たら刃が無いじゃないか。やたら重いだけで特別な魔力も感じないし、ひょっとしてこれ鍛冶屋の失敗作を在庫処分的に押し付けられたんじゃ」

 

「それ以上言うなら俺たちは殺し合う事になる」

 

 どうしてこのニート、変なところで勘が良いのだろうか。

 普段からそれだけ頭が働けばニートなんてやってないだろうに。

 

「まあ、とにかく。早く邪神を見つけようぜ。さっきから騒ぐんだよ。俺の魔剣が魂を喰らいたいってな……。邪神の魂ならこいつも満足してくれるだろう。斬りごたえがありそうだぜ」

 

「いやその剣じゃ大根も切れないと思うんだけど」

 

 ぶっころりーを無視して、俺は先を急いだ。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「お帰り兄ちゃん! お腹へった!」

 

 邪神の探索を終えて帰宅した俺を出迎えたのは、魔性の妹こめっこだった。

 開口一番飯の催促とは。いや別に食べ盛りだしご飯の催促をする事自体は間違ってないんだろうけど、普通こういうのって帰宅した側が家で待っていた側に言う台詞だろう。

 帰って来て早々、飯をねだられるとは。我が家の冷蔵室には今日も食べ物は入っていないらしい。

 

「ただいま、こめっこ。でも残念ながら今日はご飯持って帰ってこれなかったんだ。ごめんな」

 

 こめっこの頭を撫でながら言う。

 本当なら狩ってきた邪神で腹一杯にするつもりだったのだが、ぶっころりーと森の中を探し回っても邪神は見つからなかった。暗くなってきたので探索は打ち切った。

 本当に邪神などいるのだろうか。里の大人がそういう設定で魔物狩りをしてただけではないのだろうか。よろろんは訝しんだ。

 

「じゃあ仕方ないね。今日の晩ご飯はこれにしよう!」

 

 こめっこが鍋を持ってきて、その蓋を俺に見せつける様に開いた。

 中に入っていたのは一匹の小さな子猫だ。

 黒い毛並みをぷるぷる震わせて、妹のよだれを啜る音を怯えた様子で聞いている。

 

「……なあ、こめっこ。この猫、どこで捕まえてきたんだ?」

 

「森! 長くけわしい死闘だったよ!」

 

「人の土地から勝手に持って来た訳じゃないんだな?」

 

「うん! ちゃんと森で捕まえてきた!」

 

 首輪の様なものは見られない。

 誰かの家の飼い猫という訳ではなさそうだ。

 なるほど。なら問題は無いな。

 

「よし。じゃあ今日のおかずは猫のからあーー」

 

「こら待て。こめっこに変な物を食べさせようとするんじゃない」

 

 後頭部を叩かれた。

 振り返るとそこにいたのは姉さんだった。

 姉さんは呆れた様にため息を吐くと、

 

「……全く。なにバカなこと言ってるんですか貴方は」

 

「あー、ごめん。唐揚げじゃ無くて煮付けの方が味が染みてご飯が美味しくーー」

 

「違う。猫を食べようとするなと言っているんです。というかなんで真顔でそんな頭のおかしな事が言えるんですか? バカなんですかそうだバカなんでしたね」

 

 猫は好物じゃなかったのか、食べようとしたら姉さんに怒られた。

 仕方ない。猫を食べるのは諦めよう。前世の記憶的にもNGな感じするしな。今日は大量に肉が食えると思ったのだが。

 

「……ほら、こめっこ。返してきますからその毛玉をこちらに渡して下さい。そんなもの食べたらお腹を壊しますよ」

 

「い、いやっ。お別れするなんていやっ。この子は唐揚げにするの。私からこの子を奪わないでっ」

 

「ほら言わんこっちゃない。こめっこが変な事を言い始めてしまったではないですか」

 

 姉さんに睨まれる。

 いや唐揚げの部分は俺が悪いと思うけど、他は俺の所為ではないだろう。そんな理不尽な。

 

「……姉ちゃん、どうしても、ダメ?」

 

「私が見るにその子はまだ可食に適した大きさでは無いと思います。しばらくウチで餌を与えて、太らせてから食べる事にしましょう」

 

 チョロい。なんだこの姉、チョロいぞ。

 こめっこが涙目で小首を傾げたらすぐに折れやがった。このシスコンめ。

 

「それにこめっこ。お腹が空いたなら良いものがあります。じゃじゃん、お土産の子羊肉のサンドイッチです。そんな猫では無く、これを食べるといいでしょう」

 

「わーい! お肉だー!」

 

「その猫は私が預かりましょう。いいですか?」

 

「いいよ!」

 

 姉さんからサンドイッチを受け取ったこめっこは、にこにこ笑いながら齧り付く。

 鍋に入った猫のことなど、調理されたお肉を前にして、すっかり忘れてしまった様だ。

 こめっこがサンドイッチに夢中になっている間に、姉さんの手に渡った猫は、どこか安心した様子で丸くなった。

 

「……んで。どーすんだその毛玉。ウチで飼うのか?」

 

「このまま捨ててきても、またこめっこが拾って来そうですし、しばらくはウチで面倒を見ましょう。……もっとも、空腹のこめっこの前に出したらまた齧られてしまうかも知れませんが」

 

 齧られる、と聞いた猫が震える。

 齧られたのか。ウチの妹に齧られたのか、コイツは。

 ……流石に生食は控えるべきだとこめっこに教えよう。何でもかんでも口に入れてから考えるのは、人間の思考の仕方では無い。

 と、言うことで。我が家に新しい家族(非常食)が出来た。

 因みに俺の分のサンドイッチはこめっこに食べられていた。悲しい。

 

 

 



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4話

 

 

「ああああああああっ!! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!!」

 

 朝の訓練のついでに、家族で食べる獲物を狩りに森に入っていた俺は、昨日と同じく黒い毛皮の巨大な熊、通称一撃熊に追われて走っていた。

 昨日と違うのは、まだこいつらが生息している様な深い場所まで入っていないという事か。

 獲物を追いかけ森の奥まで出向いた訳でも無いのに、どうしてこんな目に遭っているのだろうか。昨日、猫を食べようとした罰なのだろうか。なら何故俺は虎やライオンでは無く熊に襲われているのだろうか。疑問は尽きない。

 

「ひっ、やっ、危なっ!?」

 

 熊の太い腕が俺の顔面目掛け、横薙ぎに振るわれた。

 すんでのところでそれを回避。物凄い勢いで空気が揺れて、つられて髪が激しく動く。

 今のはガチで危なかった。当たってたら言うまでも無く首がへし折れていた。一撃熊の名前は伊達じゃ無い。

 

「あ、やめっ、ごめんてっ! 俺が悪かった謝るから許して!!」

 

 次々に振るわれる熊の腕をかわす。

 魔力で身体能力を強化しているから、動きにはついていけるのだが、なにぶん攻撃手段が無いので反撃には出られない。

 人間の俺にしてみればかなり重いはずの『ダーク・ソウルブレイド』の一撃も、熊の頑丈な身体には効果が無い。

 ……くそっ、この身体があの時と同じ様に鍛え抜かれていれば。こんな熊なぞ素手でも倒せるのに。悔しさに思わず歯噛みする。

 

「がっ……!? ……やっべっ!?」

 

 熊から逃走を続けている最中、遂に俺は木の根に足を引っ掛けて盛大に転んだ。

 

 ヤバい。これはかなりマズイ。

 打ち付け痛む鼻頭を押さえながら振り返る。

 俺の目に映ったのは、熊が獲物を押し潰そうと前足を振り上げている姿だった。

 

「だああああああああっ!?」

 

 今度は本当にギリギリだった。

 身体の横を掠めた熊の前足は、羽織っていたローブを無残に引き千切る。

 安物なので元よりあまり頑丈では無く、綺麗に破けたのは幸いだった。その場に縫い付けられていたら、間違い無く追撃を食らっていただろう。

 回避した勢いで地面をゴロゴロ転がった俺は、近くに立っていた木の幹にぶつかって静止した。

 

「『カースド・ライトニング』ッッッ!!」

 

 次に俺の耳に聞こえてきたのは、空気を裂く雷の走る音だった。

 視界を一瞬横切った黒い雷は、熊の身体を正確に捉え、その身を焼き切る。

 肉が焦げる独特の匂いに顔をしかめていると、今度は草を分けて進む足音が聞こえてきた。

 

「ーー間一髪だったわね。怪我はない?」

 

 未だ地面に座る俺を、覗き込む様に見てきたのは長い黒髪の女だった。

 その瞳は紅い。俺と同じく紅魔族だろう。一撃熊を一撃で倒すとは、かなりの腕前らしい。

 助けてくれたのは彼女の様だ。俺は身を起こして礼を言う。

 

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

 

「お礼なんていらないわ。まあ、でもどうしても、というのなら受け取ってあげない事もないけど」

 

 いらない。と言いながらお礼をせしめる気らしい。

 助かったのは良いものの、妙なやつに助けられてしまった。新たな危機に遭遇した俺の額に汗が滲む。

 

「……あの、すいません。金銭的な要求はちょっと……。自分、ひょいざぶろーの所のせがれでして。お金は持ち合わせてないんです」

 

「あ、あら、そうなの? ……それはお気の毒に。じゃあ、お金はいらないわ。……そうね。なら君、私の弟子になってみない?」

 

「……はい?」

 

 彼女の言葉に首を傾げる。

 お礼に弟子になる? なんだそりゃ。

 というか助けられて弟子になるとしても、これって俺から言い出すもんだよな。貴方の強さに惚れました、みたいな感じで。

 いまいち彼女の提案の意味が理解できなかったので、今度は俺から彼女に聞く。

 

「あの、なんで俺が貴方の弟子に? 普通こういうのって逆ですよね? 俺から言い出すもんですよね?」

 

「私憧れてたのよねー、師匠って響きに。こんな時間に一人で森に入ってるって事は、君も修行に来てたんでしょう? 毎朝一人で修行するのも飽きてきたし、特別に私が色々教えてしんぜよう」

 

 ダメだこの人、話を聞く気がない。

 まあ、確かに。紅魔族的に師弟関係に憧れる気持ちはわからなくもないが……。

 俺は紅魔族に弟子入りする気はない。俺が目指しているのは最強の剣士だ。魔法使いに弟子入りしても意味は無い。だから断ろう。

 

「あの、すいません。俺まだ誰かに弟子入りするとか、そういうのはちょっと考えてなくて……」

 

「まあまあ、そんなこと言わずに。あ、そうだ。おにぎり食べる? 私の弟子になってくれるなら修行の合間に食べようと思ってた朝ごはんを分けてあげるわよ?」

 

 なるほど。説得は不可能と判断して、俺を食べ物で釣る作戦に出た訳か。

 随分と甘くみられたもんだ。確かにウチは貧乏で万年食いぶちには困っているが、だからといって見ず知らずの大人から食べ物を貰って首を縦に振る程軽い男では無い。

 はっきり言ってやらねば。俺は女に向かって声を出した。

 

「ご馳走になります。これからよろしくお願いします、師匠」

 

「はい、よろしくね」

 

 俺に師匠が出来ました。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 今日もまた、昨日と同じ様に姉さんに弁当を届ける為、隣の女子の教室を目指す。

 昼休みの教室は、楽しげな女子達の声で溢れていた。

 その輪の中に、姉さんの居場所はあるだろうか? ゆんゆんの事をぼっちぼっち言う癖に、自分も友達がいないからなぁ。

 そこら辺の人間関係に関しては、こめっこよりも姉の方が不安である。

 

「あ、ちょっと! ダメよめぐみん! トイレはそこじゃないわ! ちゃんとこっちでシーしなさい!」

 

 不安は的中した。

 目の前の教室からはそんな慌てた声が聞こえてくる。

 どうやら姉さんは教室で排泄して、クラスメイトに怒られているらしい。

 なんだろう。やっぱりいじめられているのだろうか。にしたって教室で、そんな……。

 あまりに酷すぎる。女の子同士のいじめとはこうも陰惨なものなのか。

 

「そうそう。そこでならシーしても良いからね。よしよし、ちゃんと覚えて偉いわねめぐみんは」

 

 完全にペット扱いされている姉さんに、俺は涙を流しそうになる。

 なんだよ、あの優しい声色は。本気で姉さんのトイレを褒めている様子じゃないか。

 姉さんはトイレで排泄出来ないと思われるほど、出来ない子に扱いされてたのか。というかうちの学校、教室にトイレは備え付けてないのだが。

 まさか俺の知らない間に姉さん専用の教室トイレが……? やっぱりペット(扱い)じゃないか!

 

 魔法の才能に溢れ、同年代ではトップの成績を持つ姉を、陰ながら誇っていたのに、そんな俺が抱いていたイメージは木っ端微塵に砕かれた。

 

「めぐみんダメよ! そんな所で爪を研いじゃ! 柱に傷がついちゃうじゃない!」

 

「ああ、そんな潤んだ瞳で見つめないで! いけない事をしてるから怒らなきゃいけないのに、ついつい許しちゃいそうになっちゃう! 可愛いって罪だわ!」

 

 本当に姉さんは何をやっているんだ。

 トイレが終わったらなんで急に爪を研ぎ始めたんだ。すっきりしたのを全力で表現してるのか。

 それにしたってもっとやり方があっただろう。何故わざわざ器物破損しなければ気が済まないのだ。ウチに弁償するお金が無いことは、姉さんだって良く知っているだろうに。

 

「ああああああああああああっ!!」

 

「ああっ!? ニセのめぐみんが急に狂暴に! 遂に理性も知性も無くしてしまったのね!」

 

 俺の知らない間に姉さんの偽物が作られた件について。

 確実に間違ってはいると思うが、姉さんは偽物が作られる程にはクラスで人気者だったらしい。

 ……いや待てよ。今までの行動は全て、姉さんの名前を騙る偽物がやっていた可能性がある。というかそうじゃない方が不自然だ。

 

 確かに姉は食べ物を前にすると、少々野生に帰ってしまう節があるが、トイレに行くのを面倒くさがってそこら辺で用を足したり、辺り構わず爪で引っ掻いて愛想を振りまく様な女ではなかった筈だ。

 色気より食い気だったが、最低限の慎みは持っていた筈だ。

 十二年も一緒に居た身として、今までの奇行が姉さんの行いだと信じたくはない。

 

「……くそっ。姉さんの名前を利用して好き勝手やりやがって。いくら姉さん相手でもやって良いことと悪いことがあるだろうが……!」

 

 肉親を侮辱され、腹の底から怒りがふつふつと湧いてくる。

 どこのどいつが犯人かは知らないが、相応の痛い目には遭って貰うぞ。

 俺は背負っている剣の柄を握り、教室の扉を勢い良く開けた。

 

「おらぁ! 誰だ! めぐみんの名前で好き勝手やってるやつは! ただでさえこめっこより婚期が遅れそうなのに、これ以上変な噂がたったら嫁の貰い手が無くなっちまうだろうが! そうなったら責任取れんのか!? ああん!!」

 

「た、大変よ! 今度はめぐみん弟が乗り込んで来たわ!」

 

「前世とか本気で言ってるあの!? 紅魔族的に見てもちょっと痛いと専ら噂の!? い、急いで逃げなきゃ! 早くしないと前世で結ばれてた許嫁に勝手にされちゃう!」

 

 俺が教室に入ると、女子の一団が蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。

 なんだか事実無根な失礼なことを言われた気がするが、追求している暇は無い。

 彼女らが取り囲んで居た中心には、荒い呼吸をする姉さんと、昨日こめっこが拾ってきた黒い子猫がいる。他に影早く見当たらない。

 

「姉さん大丈夫か? 今姉さんの偽物がこの教室にいるって聞いて急いで飛び込んで来たんだけど……」

 

「私の偽物? …………あー。はいはい。なんで貴方がそんなに息巻いて教室に入って来たのか理解出来ました。ちょっと落ち着いて私の話を聞いて下さい。貴方が言っている偽物というのはこの子の事です」

 

 言いながら姉さんは子猫を抱き上げた。

 昨日こめっこが拾って来た子猫だ。

 そういや家に置いとくとこめっこが素揚げにしかねない、とか言って学校に連れて来てたんだっけか。

 

 ……あー。なるほど。この猫、そういやまだ名前付けてなかったもんなー。

 それで一時的に姉さんの名前で呼ばれてたのか。理由まではわからないが。

 それなら教室で排泄するのも柱で爪を研ぐのも納得だ。猫の行動としてみればおかしなところは無い。

 事の理解が出来た俺は、溜息を吐き出す。

 

「なんだよ。驚かせやがって。てっきり姉さんがペット扱いされていじめられてんのかと思ったわ」

 

「誰がこんな奴らにいじめられますか。仮にやられたとしても黙ってやられてはやりませんよ。全員に一生消えない様なトラウマを刻んでやります。絶対に許しません」

 

「「「ひぇ……」」」

 

 姉さんの凄んだ声に教室の中で悲鳴が上がる。

 この分ならいじめられる心配は無さそうだ。寧ろ誰かをいじめてないか不安になって来た。

 ……いや本当に。加害者になってないでしょうね? 不安になってきた。

 

「そういえば、よろろん。貴方教室に入って来る時、何やら私に対して失礼なことをーー」

 

「あ、弁当ここに置いとくね。じゃあ失礼しましたッ!」

 

 俺は教室から逃げ出した。

 追求されていじめられたくなかったからだ。

 

 

 



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5話


今回ちょっとオリジナルな設定があります。
身体能力の強化については完全に妄想です。




 

 

 今日も俺は一撃熊に追われていた。

 毎朝熊に命を狙われるのが趣味になった訳ではない。命懸けの逃走劇のスリルに病みつきになってしまった訳ではない。

 こうして荒ぶる熊に追われる理由、それは非常にシンプル。

 

「ほら、反撃して! 逃げ回ってばかりじゃ成長出来ないわよ! その背中の剣は何の為に背負ってるの! 敵を無残に斬り殺す為でしょう! さあ早く! その刃に血を吸わせてやりなさい!」

 

「すいませんこの剣ただの鉄の塊なんです!! 斬り殺すなんて無理なんです!! カッコつけで背負ってたの認めますから早く助けて下さい!!」

 

 これが今日から行われる事になった、俺の修行内容の一つだからだ。

 木々の間を軽々を駆け抜けながら俺に檄を飛ばす師匠、そけっとに俺は助けを求める。

 師匠との修行開始初日。彼女の言いつけ通り早朝の森にやって来た俺は、餌を探しに里の近くまで来ていた所を、師匠の魔法で散々煽られ怒り狂った一撃熊に、仇の様に追われていた。

 

「だったら殴り殺せば良いじゃない! 鉄の塊である事には違いないわ! いけるいける! 殺れば出来る!」

 

「殺って出来ないから言ってるんですよ!? 子供の俺の筋力じゃ無理です!! 木刀でファイアドレイク殴り殺せる人と一緒にしないで下さい!!」

 

 この師匠、スパルタ過ぎる。

 というか何なの? 何でこの人、素で肉弾戦強いの? それでいて魔法使ったら更に強くなるとかチートなの?

 

「ちっ。仕方ないわね。じゃあ、助けてあげるわよ」

 

「舌打ちした!? 人を死地に送り込んでおいて舌打ちしやがった!?」

 

 俺の叫びを無視した師匠は、手に握っていた木刀を振りかぶると、目にも留まらぬ速度で一撃熊の頭を叩きつけた。

 魔力で強化された紅魔族の体はから放たれた打撃は、その線の細さからは想像も出来ない威力を生む。

 骨が砕ける様な、肉が潰れる様な形容し難い音が聞こえる。明らかに今の一撃、一撃熊に致命傷を与えた様だ。

 しかし師匠の攻撃は止まらない。

 再び木刀を構えると、今度は恐ろしいまでの威力と速さを持った突きの連撃で、熊の巨体を軽々揺らすと、

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 魔法によって木刀の刀身に光を纏わせ、その鋭い刃で熊の体をサイコロの様に細々と斬り裂いた。

 辺りに大量の血が飛び散る。大変スプラッタな光景だ。耐性がない人間だったら、思わず胃の中身をぶちまけていただろう。

 明らかにオーバーキルだ。いくらモンスターが相手といっても、やり過ぎでは無いだろうか。

 我が師匠の残虐ファイトに思わず疑問が浮かんだ。

 

「……全く。剣士を夢見てる男の子が、一撃熊くらい殴り殺せなくてどうするのよ。貴方に合わせてわざわざ肉弾戦をしてあげてるんだから、ちゃんとよく見てしっかり覚えなさいよね」

 

「あの、師匠。動きが別次元過ぎて全然ついていけて無いんですが。というか師匠って本当に紅魔族なんですよね? 実は里にスパイとして潜り込んだ魔王の手先とかじゃないですよ?」

 

「失礼ね。魔王の手先なんて私がなるわけないでしょう。魔王を手先にするなら、考えてあげてもいいけど」

 

 ヤバい。魔王より恐ろしい相手が目の前にいる。

 というかそけっと師匠、里では一番の美人と噂されてる占い師じゃないのか。よく当たると評判の占い師が、こんな魔王も真っ青な残虐ファイトをしていていいのだろうか。

 

「まあ、でも。貴方のレベルはわかったわ。先ずは基礎からやっていきましょうか」

 

「レベルを知る為だけに殺されかけたんですか俺は」

 

「はい、じゃあ魔力で体を強化してみて」

 

 質問はスルーされてしまったが、ようやく普通の修行っぽい感じになってきた。

 湧き出る気持ちを飲み込んで、俺は言われた通りに体に魔力を施す。

 

「うん。展開するのは中々のスピードね。でもそれじゃまだまだ充分なパワーを引き出せないわ。もう少し、体に通す魔力の量を多くしてみて。体に回る魔力を分厚くする様にイメージすると、やりやすいかも」

 

「……こう、ですか?」

 

「そうそう。中々飲み込みが早いわね。よろろんは今、レベル幾つだっけ?」

 

「確か、この前で五になった筈です」

 

「あら、その年にしては中々レベルが高いわね。ならもう少し魔力を体に回せる筈よ。学校じゃ、身体能力の強化についてはあんまり教えないから知らないと思うけど、レベルと魔力が高ければ高いほど、体に回せる魔力は多くなるのよ」

 

「そ、そうなんですか? それは初耳です。初めて知りましたよ」

 

「まあ、普通の紅魔族は基本的に遠距離攻撃が充実してるから、接近戦はあまりやらないし教えないからね。必要以上の身体能力の強化は魔力の無駄遣いにしかならないから。私たちって、魔力が切れたらただの人だし。身体に施す魔力があるなら、その分魔法攻撃した方が早いし。私達がみんな使える基本的な技術だけど、身体能力の強化に拘って使う人はあんまりいないから」

 

 なるほど。タメになる。

 学校や里の大人は基本的に魔法を使う事しか教えてくれないからな。膨大な魔力を有して、遠距離攻撃だけで戦闘をこなせる紅魔族の中じゃ、魔力による身体能力の強化なんていざという時のサブウェポンとしか扱われてないし。

 こうして白兵戦の知識を学ぶ機会は貴重だ。いきなり一撃熊とタイマン張らされた時は後悔しか生まれなかったが、案外この師匠に弟子入りしたのは良い判断だったのかも知れない。

 

 と、少しそけっと師匠の事を見直していると、がさがさと木立が揺れる音がした。

 音のする方を見ると、そこには一撃熊やその他多彩なモンスター達の姿が。

 どうやら先ほど師匠が斬り殺した熊の血の匂いにひかれてやって来たらしい。

 そういや講義に夢中で処理を忘れていた。この数に取り囲まれたのはかなりマズい。今なら虚をついて包囲網に穴を開けられる。さっさと逃げなければ。

 

「し、師匠。モンスターに囲まれてます。早くにげーー」

 

「あ、来たわね。じゃあ早速、今学んだことを用いて実践と洒落込みましょう。さあ、よろろん。剣を構えて身体を強化して」

 

「た、戦うんですか!? この数相手に!? さっきも言いましたけど俺まだ魔法使えないですよ!? というかその口ぶり、まさか熊を派手に斬り殺したのって……」

 

 俺の疑問に師匠はゆっくりと笑いながら、

 

「じゃあ、頑張って全部ぶち殺してね。私は陰ながら応援してるから。健闘を祈っているわ」

 

「し、師匠っ!? 待って置いてかないで!! い、いやぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 前言撤回。

 やっぱり食べ物に連られて簡単に弟子入りとか、しちゃいけないと思いました。

 

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「た、ただいま……」

 

「……おかえりなさい。なんか今日は一段とボロボロですね」

 

「は、はははっ……。ちょっと激しくやり合ってね。……はい、これお土産」

 

 朝の修行をなんとか逃げ延び、命からがら家に帰って来た俺は、玄関で出迎えた姉さんに一角ウサギを手渡した。

 

「……毎日毎日よくやりますね。わざわざ剣だけで魔物を仕留めるなんて、面倒くさくて危ない事を。紅魔族ならわざわざ肉弾戦に拘る事は無いでしょうに」

 

 怪訝な顔でウサギを受け取った姉さんが言う。

 確かに。俺たちは魔法の才能に恵まれた一族だ。白兵戦も出来ない事はないが、体を鍛えて戦えるよう努力するなら、魔法に関して学ぶ方が遥かに効率的だし向いている。

 普通の紅魔族から見れば、俺がやっている事は無駄な努力に見えてしまうかも知れない。

 強力な魔法を使えるのに、それを使わずわざわざ剣を振って闘うなんて、余りに愚かだ。自分でもそう思う。

 だけどーー

 

「ーー仕方ないじゃないか。夢、なんだもの。剣の腕だけで一流の冒険者になるのが……」

 

 どんなに非効率か理屈を聞かされても、正論で諭されても、こればっかりは譲れない。

 俺は晴れやかな顔でそう言った。

 対して姉さんは、あまり興味無さそうな顔で俺を見たまま、

 

「あ、そうですか。それは頑張って下さい。あと朝ごはんの準備手伝って下さい。何時もの通り、こめっこがお腹を空かせて待ってますから」

 

「ちょっと。もう少しシリアスなリアクションしてくれよ。聞き流すなよ。せっかくいい雰囲気作って言ったんだから」

 

「いや別に。貴方がどんな覚悟で剣を振ってるのかとか、凄いどうだって良いですし。本気で剣士を目指してるなら、頑張って下さいとしか。……というか剣だけで戦うつもりならなんで『アークウィザード』になんてなったんですか? 確かに私達の殆どは職業に『アークウィザード』を選びますけど、強制では無い筈ですよね? 冒険者カードを貰った時に剣士を選んでいればもう少し白兵戦は楽になったのでは?」

 

「え、だってそっちの方がかっこいいじゃん。魔法使いなのに剣術が得意ってかっこいいじゃん」

 

「いやうん、お前は馬鹿か」

 

 白い目で姉さんに突っ込まれた。

 仕方ないじゃないか。紅魔族なんだから。

 

「……まあ、なんでもいいですけど。怪我だけはしないで下さいよ。前世がどうとか言いながら家族が半端な剣術で魔物に挑んで死んでしまったら、私達は一生里の笑い者でしょうから」

 

 我が姉は相変わらず辛辣だった。

 まあ、姉さんならそう返して来ると思ってたけど。

 靴を脱いで家に上がる。すると廊下をペタペタと音を立てながら子猫が此方に向かって歩いて来るのが見えた。

 

「おー、ちびすけ。わざわざ出迎えに来てくれたのか。それはそれは大義である。褒めてつかわそう」

 

「単にウサギの匂いを嗅ぎつけて来ただけじゃないんですか? というか凄いナチュラルに頭を撫でてますけど、よろろん貴方こめっこ以上にその子を食べる気満々でしたよね? 気持ち切り替えるの早くないですか?」

 

 撫でる俺の手から嫌そうに子猫が逃げる。

 やっぱり嫌われてしまっているらしい。子猫はバタバタと慌てた様子で姉さんの足元に駆け寄った。

 

「そっちは随分懐かれてんのなー」

 

「家で面倒を見ているの私ですしね。この子の好感度を稼ぎたかったら貴方も肉を捧げてみてはどうですか?」

 

 言いながら姉さんは子猫を引きずって歩く。

 なぜ懐いているのか謎な扱いの雑さだ。確か名前はクロだっけか。まともな名前をつけて貰った様でなによりだ。我が親たちにもその感性を分けて欲しかったと心から思う。

 

 しっかしあの猫。本当にただの黒猫なのだろうか?

 いや別に厨二マインドを働かせているという訳では無く。なんというか。時折ただならぬ気配を感じるのだ。

 ……もしかしたら封印を解かれた邪神の一部だったり?

 

「あ、こら。クロ。そんなところをバリバリしゃちゃダメです。学校へ行ったら好きなだけバリバリして良いですから、もう少しだけ我慢して下さい」

 

「にゃー……」

 

 ……いやうん。それは無いな。

 十二歳の女の子に爪研ぐの邪魔されてしょんぼりする邪神なんて、いる筈が無い。いやいてたまるか。 

 邪神ってのはもっとこう、おどろおどろしくてカオスな感じなんだよ。あんな可愛いを極めた風貌はしてないんだよ。

 俺の気のせいか。と、変わらず姉さんに引きずられていく子猫を、俺は見送った。

 

 



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6話

 

 

 学校に向かうと眠そうな顔の教師が、開口一番自習を言い渡してきた。

 なんでも里のニー……、暇を持て余した大人達を集めて今からモンスターの討伐に向かうらしい。

 この頃何故だかモンスターの活動が活発になっており、里の近くまで危険なモンスターが近づいて来ているので、ここらで大規模な掃討作戦を行うようだ。

 なので俺たちには構っていられない。図書室で本でも読んどけ。

 と、いうことらしいので。俺は現在学校の図書室にいた。

 

 因みに今読んでいるのは『ドラゴン・ナージャ』と呼ばれる冒険小説だ。

 主人公が低身長なのに頑張るところに、特にシンパシーを感じる。でもなんだか、前世でも同じ様な内容の本を読んだ事があるような。

 俺の前世の記憶は結構曖昧で、思い出せない事が結構ある。前世で剣士をやっていたのに、剣術を何一つ思い出せないのもそのせいだ。

 その癖、魔法の呪文はしっかりと覚えている。前世で魔法使いに煮え湯を飲まされ、その対策として呪文を頭に叩き込んだのだろうか。

 そんな俺が今では魔法使いの子供とは。因果なものである。

 

「おや、よろろん。君もここに来ていたのかい?」

 

「おお、あるえ。てことは女子もやっぱり自習だったのか」

 

 俺の隣に座ったのは姉さんのクラスメイトの一人、同年代の中じゃ男子含めても一番背が高いんじゃないかと噂されているあるえだ。

 その身長を三分の一でも良いから分けてくれないだろうか。姉さん共々チビだから羨ましい。

 そんな俺より頭一つ背が高い彼女は、今日も眼帯で片目を隠し、物憂げな雰囲気を演出している。

 

「こうして話すのは久しぶりな気がするね。どうだい? 剣術の修行は順調かい? 最近はなんだか随分力を入れているみたいだけど」

 

「……ま、まあ。順調といえば順調、だぜ」

 

 言えない。毎朝毎朝、美人で噂の里一番の占い師の修行で死にかけてるとか言えない。

 しかも師事した理由が食い気とか口が裂けても言えない。確実に馬鹿にされる。

 話題を逸らすために、今度は俺からあるえに話を振る。

 

「そ、そういや今回の邪神の騒動、中々決着つかないよな。まあ、多分里の大人達が遊び半分で真面目に調査してないのが原因だろうけど」

 

「……いや、そうとも限らないんじゃないかい? 本当に今回の邪神は手強いのかも知れないよ?」

 

 意味深な顔をして言うあるえ。

 同調されると思っていた俺は虚をつかれ、思わず息を飲む。

 

「……こんな話を聞いたことがないかい? この里の近くには邪神から始まり数多くの危険なモノが眠っている、と」

 

「そ、そういや。確かにそんな話を父さんから聞いた事があるような」

 

 記憶を探るため、目を瞑る。

 あれは確か、珍しく父さんの作った魔道具が高値で売れて祝いの席を設けていた時、上機嫌な父さんが語った武勇伝が、確か里に封印されてる邪神との壮絶な戦いの様子だったような……。

 ウチの食卓には滅多に並ぶ事のない食材の数々に、姉さんとこめっこの目が談笑中なのに一切笑っていなかったのが印象的だった。今思い出せば誰も話を聞いていなかったな。

 思い出した俺は言葉を続ける。

 

「里の周りには強力な悪魔とか、信仰を失った傀儡の術を使う神とか、今騒ぎになってる邪神とか。それこそ紅魔族が束になって掛からないと太刀打ち出来ない様なヤツが封印されてるって」

 

「我々紅魔族は基本的に戦闘能力が高いからね。しかも様々な魔法に精通している人材も多い。万が一暴れ出した場合でも、すぐに対処出来るからこの里には危険な代物が国中から集められているのさ」

 

 ふっ。と、あるえが意味ありげに笑う。

 流石同学年で一番歴史の成績が良いあるえだ。誰も興味を示さない里の歴史にまで詳しいとは。

 

「その中の一つ、今回封印が解かれた邪神はかなりヤバいヤツらしくてね。王都の近衛騎士団、我々紅魔族、エリス教のアークプリースト、魔王軍の幹部。そんな腕利き達でも全く歯が立たない、最強最悪の邪神。ソイツが今、里の近くに潜んでいるらしい」

 

「なっ……!?」

 

 衝撃の事実だった。

 俺はてっきり、邪神退治だーとか言いながら暇な大人達が遊んでるのだとばかり……。

 まさかそんな大ごとになってるなんて……。

 俺は動揺を隠せないままあるえに問う。

 

「ど、どうするんだ。このまま放っておいたらーー」

 

「ーーああ、間違いなく。里は蹂躙されてしまうだろうね。件の邪神の手によって」

 

 あるえの口から絶望的な言葉が吐き出された。

 俺は思わず絶句する。言葉が出ない俺に代わって、あるえが更に言葉を繋ぐ。

 

「紅魔の里だけで済めば、良い方だろうね。彼の邪神は力は強大だ。封印が解け、従来の力を取り戻したのなら、おそらくその邪悪な力は国内全域を支配するだろう」

 

「お、王都からの応援は……!」

 

「既に要請しているみたいだが、到着する前に邪神は復活してしまうだろう。この辺りの森は険しく、生息しているモンスター達も手強い。

 そんな道を急いで来て疲弊した彼らが私達以上の戦力になれるとは思えないな」

 

 わかりきっている事を諭す様に、柔らかな口調であるえは言う。

 まるで癇癪を起こした子供を言い聞かせる様な声色だ。

 その態度に、逆効果になってしまうとわかりきっているのに、俺は叫ばずにはいられなかった。

 

「なら、どうすんだよ! このまま黙ってやられるのを待ってろって言うのかよ!!」

 

 思いの丈を叫ぶ。

 ヒートアップする俺を見るあるえの瞳は、対照的に酷く冷たい。

 叫んでも怒っても状況は好転しない。無理なことは無理なのだ。それを俺に示す様な怜悧な瞳だ。

 そんなのわかってる。俺が憤ったって何も変わらないくらい知っている。

 だけど、こんなの……。納得出来るかよ……!

 

「……なあ、あるえ。何か手はないのか? 封印出来なくても良い。王都からの応援が来るまでの時間を稼ぐだけでも良いんだ。……頼む。なんでも良い。教えてくれ。このまま黙って見てるだけなんて出来ないんだ……!」

 

「……残念ながら策は無い。私達に出来る事は何も無い、……と言いたいところだが。まあ、一つだけ。君にも出来る事がある」

 

「……っ!? それはーー」

 

「だが危険な策だ。命の保証は出来ない。……それでもやると言うのかい? その命を、魂を賭けて戦うと言い切れるかい?」

 

 あるえの問いに笑って答える。

 答えは既に決まっていた。話を聞いた時から、俺は戦う覚悟を決めていたのかも知れない。

 

「勿論だ。この里だけじゃなく世界の危機なんだろ? だったら怖気づいてる暇なんて無い。そうだろ、あるえ?」

 

「……ふっ。参った。負けたよ。君の熱意には頭が下がる。……全く。諌めるつもりで来た私の気持ちをこうも熱くさせてくれるとはね。向こう見ずのお人好しも、偶には役に立つということかな?」

 

 あるえが肩を竦めて言う。

 どうやら彼女も戦う覚悟を決めたらしい。これ以上無く心強い仲間が出来たって訳だ。

 状況は変わらず絶望的なのに、自然と笑みが溢れる。

 

「それでは、覚悟は出来ているみたいだし、早速準備に取り掛かろうか。自体は一刻を争う。ハードだがここから先は休んでいる暇は無いぞ?」

 

「心配すんなよ。これでも結構鍛えてるんだぜ? そっちこそ、本ばっか読んでて体がなまってんじゃないのか?」

 

「ふっ、言ってくれるな。それだけ口が回るなら心配する必要は無さそうだ。……では行こうか。ーーまず手始めに、世界を救うとしよう」

 

「ーーああ、了解だ」

 

 俺とあるえは立ち上がる。

 それにつられて、先ほどからチラチラ此方の様子を伺っていたゆんゆんも、慌てて立ち上がった。

 

「あ、あのっ! そういうことなら私もっ! 魔法も使えないし、よろろんみたいに剣術も扱えないけど……。それでも私も、紅魔の里の為にーー」

 

 時折言葉に詰まりながら、ゆんゆんが言ってくる。

 俺たちの話を聞いて、いてもたってもいられなくなったのだろう。

 優しく、責任感が強い娘だ。そしてなにより、場の空気に流されやす過ぎる気がする。

 

「ーーという事態が裏で起こっていたら良いとは思わないかい、よろろん? 勿論今まで話していた内容は百パーセント私が捏造したエピソードなのだけど」

 

「確かに。里の危機に戦う覚悟を決める子供達。物語の導入にはぴったりだな。別にそんな事態は全然起こってないけど」

 

「……え? ……えぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 ゆんゆんが絶叫した。

 他に俺たちの話を聞いていた生徒たちは、『ああやっぱり』みたいな顔で読書を再開し始めた。勿論、今のやり取りは百パーセント嘘である。

 久しぶりにこういう遊びを仕掛けて来たからか、あるえのフリについつい本気で乗ってしまった。

 だがまあ、楽しかったぜ。お前との『故郷の危機に立ち上がる熱血タイプの主人公と、それを諌めるクールキャラ』ごっこ。

 俺とあるえは固い握手を交わした。

 

「……ふっ。この切り返し、やはり腕は鈍っていなかった様だね。流石よろろんだ」

 

「あるえこそ、事実無根なエピソードを瞬時に捏造するその実力、大したもんだ」

 

「ちょ、ちょっと! 邪神の復活は!? 紅魔族の危機は!? 世界のピンチはどうなったの!?」

 

「落ち着いてくださいゆんゆん。あの二人の言葉を真に受ける方がいけないんです。それに考えてみてください。そんな危険な状態だったら流石にこうして学校になんてこれませんし、一大事ならまず族長の元に話が行く筈でしょう? その娘の貴方が話を聞かされてない時点で嘘に決まってるじゃないですか」

 

「そ、そうだけど! そうだけどおおおおおおっ!!」

 

 図書室にゆんゆんの絶叫が木霊した。

 

 

 



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7話

 

「よーし。じゃあ今日はこれから久々の実習だ。各員、怪我せず無理せず、私の仕事を増やさないように心がけろよー」

 

 いつもの担任の気の抜けた声に返事を返す。

 俺たちは現在、学校の教室の中ではなく、里近くの森の入り口に来ていた。

 

「先日里の暇人達で行われた魔物退治。そんときにワザと弱そうな魔物だけ残して貰ったから、そいつら殴り殺してレベルを上げて下さい。それが今日の実習内容です。あ、武器はそこに落ちてるの適当に使って。自分のがある奴は自分の使っても良いぞー」

 

 担任が指差した先には大小様々な武器が落ちている。

 ハルバードや大剣、巨大なモーニングスターなどなど。形状も様々だ。これを使ってモンスターを叩き潰せと言う事だろう。

 この世界でレベルを上げるには自らの手で、モンスターや生き物の命を奪う必要が有るからな。安全に戦える機会だとはいえ、命を預ける武器は慎重に選ばなければ。

 まあ、俺には『ダーク・ソウルブレイド』があるから、ここの武器達を使う気は無いのだが。

 クラスメイト達が思い思いの武器を手に取る中、俺は背中から下げているブロードソードをゆっくりと引き抜いた。

 

「ーーさあ。征こうか、我が漆黒の魔剣よ。邪悪を固めた黒の刃よ。獣の血潮で、化け物の魂で、その刃の渇きを潤すといい」

 

「お、やる気だなー、よろろん。いつもよりポエムに気合が入ってんじゃん」

 

「まあ、得意ですしね。こういう身体を動かす授業の方が。俺的にはこうして机から離れられるってだけでテンションが上がるわけですよ」

 

 軽く剣を振りながら言う。

 勉強もまあ、不得意な訳ではないが、机に噛り付いてペンを走らせるよりは、こうして外に出て剣を振る方が好きだし得意だ。

 幸い姉さんの様に運動が苦手な訳じゃないしな。

 学校を卒業したら冒険者となって、世界を旅して周りたいと思っているし、今のうちに体力を鍛えておかねば。

 最近は師匠とのスパルタ修行のお陰で、レベルも結構上がってきたしな。この調子で今日の授業でもガンガン経験値を稼ごう。

 

「まあ、張り切り過ぎて怪我しないようにな。俺の仕事を増やさないようにな」

 

「……ふっ。この程度の相手に本気なぞ出す気はありませんよ。軽く捻ってやります」

 

「それならよし。鍛えた剣の冴え、身動きを封じられた哀れなモンスター達に見せつけてやれ」

 

 欠伸を一つしながら、担任の女教師は去っていった。

 代わりに俺の元にやってきたのは、長いローブを羽織ったメガネの男子生徒だった。

 

「やあ、よろろん。今日の授業はよろしくね」

 

「よろしく、つむつむ。互いに頑張ってモンスターをボコってレベルをガンガン上げようぜ」

 

 授業中、俺とペアを組む事になったつむつむと握手を交わす。

 クラス一の優等生は、緊張しているのか固い笑顔を浮かべていた。

 

「よろろんは武器持ち込みなんだ。いい感じに黒光りしててカッコいいね。黒くてつやつやしててカッコいいよ」

 

「なんか素直に喜び難い褒め方してくれんな、おい。……つむつむの獲物は槍か。シンプルで無骨だがそれが良い。いい趣味してるぜ」

 

 つむつむは、鈍く光る穂先を持つ短槍を肩に担いでいた。

 真面目な彼らしいなんとも手堅いチョイスだ。これは安心して背中を預けられそうだぜ。

 

「そんじゃ準備が出来た奴から先生の所に集合な。森ん中にはお前らが殴り殺せるような弱いモンスターしかいないけど、先生が更に念を入れてモンスター達の動きを止める。みんなはその隙に倒す様に。女子も一緒に森に入ってるから、獲物を取り合って喧嘩しないようになー。なんかあったら遠慮せず大声で俺を呼ぶんだぞー。わかったなー?」

 

 はーい。と、集められたクラスメイト達がそれぞれ返事を返す。

 

「……くっくっく。今宵の『ダーク・ソウルブレイド』は血に飢えてるぜ」

 

「……いやまだ午前中だけど」

 

 冷静に突っ込むつむつむと並んで、俺は担任の後に続いて森の中に入った。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「え、えいっ! やぁ!!」

 

 つむつむが気合を入れて槍を振るう。

 矛先には赤い巨大なトカゲの姿がある。四足を全て凍らせられて、身動きが取れないモンスターは、つむつむのふらふらと揺れる槍の攻撃を、時折うめきながら受けていた。

 

「つむつむ、もっと腰落として。しっかり頭を狙って。拘束されたモンスターを攻撃するの、気が進まない気持ちも分かるけど、覚悟して一気に殺してやらないと寧ろかわいそうだぞ。それ木製で刃がついてない分殺傷能力低いし、このままだと致命傷を与えられないまま、動けないところをじわじわ嬲り殺しに……」

 

「い、言わなくていいからっ! わかってるから!!」

 

 軽く涙目になりながらつむつむはトカゲの頭を殴り続ける。

 しばらく続いた打撃音は、トカゲの頭骨が槍の穂先に潰されたなんとも言えない湿った音によって止まった。

 

「お、倒したか。初討伐、おめでとう」

 

「……ああ、うん。すっごい喜びにくいや。僕、嬉しさよりも罪悪感の方が強いよ今」

 

 はははは、と。乾いた笑いを浮かべるつむつむ。

 まあ、そこら辺を這ってる虫を潰すのとは訳が違うしな。ある程度の大きさを持つモンスターを倒すには慣れが必要だろう。肉体的にも、精神的にも。

 

 なら次見つけたモンスターもつむつむに譲るか。俺は最悪今日の授業で経験値を稼がなくても師匠との修行があるし。普段の修行のお陰でレベルだけは他の生徒達より高いし。

 ここはまだ慣れていない様子の彼に、モンスターを退治する経験を積ませた方が良いだろう。同級生とはいえこの分野に関しては俺の方が先達だしな。

 

「じゃあ、次行こうぜ。次のもつむつむが倒していいからな。今度はしっかりぶち殺すんだぞ」

 

「……い、いや。僕はもういいよ。次はよろろんがやっていいから」

 

「いやいや。遠慮する事ないって。俺の事は気にしなくていいからさ。ささ、ずいっと」

 

「だ、大丈夫大丈夫。そんな僕に気を使わなくていいから! もう僕はお腹いっぱいだから! だから次はよろろんがやってくれ! 頼む!」

 

「お、おう。そうか」

 

 頼まれてしまっては仕方ない。

 次は俺が殺る事にしよう。俺は背中から『ダーク・ソウルブレイド』を引き抜いた。

 

「た、助けてえええええええっ!! 誰かああああっ!!」

 

 俺がモンスターの探索を再開しようと歩き始めると近くの茂みが揺れて、女子の一団が勢いよく飛び出してきた。

 その中には姉さんとゆんゆん、あるえの姿が見える。そういや女子もレベル上げしてるんだっけか。一体なにをそんなに慌てているのだろう?

 そう彼女達に視線を向けていると、その背後から巨大な黒い影が現れた。

 

 両手に鋭い爪を持ち、漆黒の毛皮に覆われ、背中から一対のコウモリの羽を生やすモンスターだ。

 まるで物語に出てくる典型的な悪魔の姿をなぞった様なソイツは、姉さん達一団に狙いを定めて追い回していた。

 

 ……はっはーん。これはアレだな。

 ナイスな展開じゃないか! というヤツだな。

 俺がかっこよくモンスターを斬り倒して、みんなのヒーローになっちゃうヤツだな!

 俺は『ダーク・ソウルブレイド』を握り直すと、悪魔を見て背後で固まるつむつむに声をかける。

 

「つむつむ! 今すぐ先生を呼んでくるんだ! 俺は姉さん達を助けに行く!!」

 

「え、あっ、ちょっ……!? だ、大丈夫なのっ!? あんなモンスターこの辺りじゃ見た事ないよ! 魔王軍の手先だったり……」

 

「だったら尚更好都合だ! あのモンスターは俺に任せろ!!」

 

「よ、よろろんっ!? よろろーん!?」

 

 つむつむに言い渡した俺は、体に魔力の強化を施し大地を蹴った。

 強化された俺の体は森の木立の中を軽々潜り抜け、あっという間に姉さん達の背中に追いつく。

 ……よし。ヤツはまだ気づいていない。

 今のうちにその背中に一撃仕掛けさせて貰おう。

 俺は『ダーク・ソウルブレイド』の柄をぎゅっと握り直した。

 

「ーー卑王鉄槌。極光は反転する」

 

 腕を通して『ダーク・ソウルブレイド』に魔力を流し込む。

 紅魔族が有する膨大な魔力を飲み込んだその刀身が黒く輝き出した。

 刀身から溢れ出る黒光が周囲の空間を蝕んで行く。

 その光の禍々しさに、姉さん達も気づいたのか、振り返った緋色の瞳が俺を捉えた。

 

「ーー光を呑め。『約束された勝利の剣』(エクスカリバー・モルガン)ーーッ!!」

 

 裂帛の気合いと共に光を放つ刀身を悪魔の背に向けて叩きつける。

 しかし悪魔の巨体はビクともしない。やはり刀身が黒く光を放つだけではダメだったか。この剣、刃ついてないしな。

 頑丈な毛皮は俺の全力の一撃を全て吸収し、逆につけた勢いを殺しきれなかった俺の体は、空中で制動を失い姉さん達一団の中に投げ出された。

 

「ちょっ、ちょっと!! よろろん貴方何しに来たんですか!? 散々カッコつけておいて全然効いてないじゃないですか今の攻撃! あの黒い光はなんだったんですか!? 高まる魔力の奔流を解き放つ一撃、みたいな必殺技じゃなかったんですか!?」

 

「……くっ。俺の全力をもってしても倒しきれないとは……。気をつけろ姉さん、アイツは相当の手練れだぞ……!」

 

「よーし。このバカはあの悪魔の餌にしましょう。その隙に私たちは逃げるのです。さあ、早く! 手遅れになる前に!」

 

「お、落ち着いてめぐみん! いくら期待外れだったからって簡単に弟を生贄に捧げようとしないで!!」

 

 ふらつきながらも転ぶ事なく着地した俺に、姉さんが掴みかかってくる。

 いやぁ、まさかビクともしないとは。一応一撃熊くらいなら怯ませられるくらいの勢いをつけた筈なんだけどなぁ……。

 まあでも、もうやりたい事はやり切ったし、個人的には満足した。あとはこいつから逃げ切るだけである。

 

 と、姉さんに揺らされながら軽く悪魔の様子を振り返って見ると、その鉤爪付きの右腕が振り上げられているのが見えた。

 ……これはマズい。あんな太い腕の一撃。食らったら内臓が飛び出そうだ。

 そう攻撃の予備動作を観察している間にも、その悪魔の黒い腕が振り下ろされる。

 俺は姉さんの腕を振り切ると、丁度姉さんの隣を走っていたゆんゆんと、振り下ろされる悪魔の腕の間に体を入れて、その爪の一撃を『ダーク・ソウルブレイド』の刀身で防いだ。

 

 まるで金属同士がぶつかり合うような硬質な音が辺りに響き、凄まじい衝撃が俺の体を襲う。

 体に回す魔力の量を最大にしてなければ軽く吹き飛ばされていただろう。

 奥歯を噛み締めて、その攻撃を受け止める。

 

「……よ、よろろん!?」

 

「無事かゆんゆん!? 怪我ないなら早く逃げろ!! 俺の事は構わなくて良いから!!」

 

「へ……? あ、あのっ、今私を……」

 

「ぼーとしてないで行きますよゆんゆん! あの弟なら大丈夫です! 逃げ足だけは一流ですから!」

 

 俺は漆黒の腕から逃れると、悪魔と逃げる姉さん達の間に立ち塞がる。悪魔が前に出て来た俺を見据えている間に、姉さん達は逃げたようだ。

 ……仕方ない。時間稼ぎになるかどうかすら怪しいが、姉さん達だけでも逃げ切れるよう、少しでもこいつの進行をこの場に留めておかなければ。

 なるべく頑張って時間を稼ぐから、早く助けに来てくれよ先生方……!

 そう悪魔の威圧感に体が震え出さないよう、力を込めて立っていると、聞き慣れた声が聞こえて来た。

 

「ーー漆黒の雷よ、悪魔の雷撃よ。その猛る憎悪によって我が仇敵を討ち滅ぼせ! 『カースド・ライトニング』ッ!」

 

 迸るのは漆黒の雷撃。

 雷の凶槍は悪魔の体を穿ち、その命を音もなく奪い去る。

 どうやら救援は間に合った様だ。緊張の糸が解けた俺は、思わずその場に尻もちをつく。

 

「よー、よろろん。間一髪だったなー」

 

「せ、先生。来るの遅いっすよ……」

 

「いやー、結構前には気づいてたんだけど、一番かっこいいタイミングで飛び出そうと隙を探してたら出遅れちゃってさー。いやーほんと、ごめーんね☆」

 

「くそっ……! 俺にもっと力があれば目の前の邪悪を殴り殺せるのに……!」

 

 俺は三十路女教師のてへぺろを見ながら、悔しさで歯噛みした。

 

 



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8話

 午後の授業はまたしても無くなった。

 森で俺と死闘を繰り広げたあの魔物が、邪神と関わりが強いのではないかと、里の暇人と学校の教員たちで再び調査が行われる事になったからだ。

 普段おちゃらけている先生達が割と真剣な表情をしていたのを見ると、それなりに大変な状況になって来たのかも知れない。あるえと語り合った妄想ストーリーが現実味を帯びてきたな。

 そう不安以上の期待に胸躍らせながら、俺は帰路についていたのだが……。

 

「…………」

 

「…………っ! ひゃっ!?」

 

 視線を感じて振り返る。

 先ほどから俺の後をつけて来ていた誰かさんは、黒いローブを翻しながら慌てて物陰に姿を隠した。

 なかなか素早い身のこなしだ。今回も顔を見ることが出来なかった。

 しかし、一体どちらさんだろうか。俺に用事があれば普通に話しかけてくれればいいのに。

 学校を出てからここまで大体十分。いくらでもチャンスはあったと思うのだが……。

 

 そう首を傾げながら先に進む。

 しばらく歩くと再び俺背中に向けて視線が生まれた。

 また尾行を再開したらしい。俺は素早く振り返る。

 

「……っ!」

 

「……ひっ、ひゃあっ!?」

 

 再び身を隠す誰かさん。

 またしても顔を見る事が出来なかった。

 ……くっ、素早いやつめ。この俺の反応を超えるスピードとはなかなかやるじゃないか。

 だが遊びはここまでだ。次は本気だ。本気で振り返る。

 魔力の強化を施してでも、貴様のその顔、絶対に拝んでやろうしゃないか。

 息を吐き、魔力を体に纏わせると、俺は素早く振り返った。

 

「……っ!!」

 

「……っ!? あ、危なっ……!」

 

 すんでのところで奴の顔は隠れてしまった。

 ……野郎、俺に対抗して魔力強化してきやがった。

 とことん俺に顔を見られたくないらしい。

 ……ふっ、いいだろう。そっちがその気ならこっちも本気でやるとしよう。

 

「……っ!!」

 

「あっ、またっ!!」

 

「……っ! ……っ!!」

 

「こ、今度はフェイント……!?」

 

「…………………。…………っ!!」

 

「……は、早いっ!? で、でもっ! まだまだ……!」

 

 繰り返される命懸けの攻防。

 振り返る方と隠れる方、どちらも一歩も譲らずギリギリの戦いは続いていく。

 ……へへっ。やるじゃねぇか。出会いがこんな形じゃなかったら、俺たちゃ友達ってやつになれてたかも知れねぇな……。

 

 と、一対一、タイマンで『だるまさんがころんだ』をしていた俺に電流が走る。

 ……しまった。俺とした事が。こんな大事な事を忘れていたなんて。

 なんで今まで気がつかなかったんだ。呑気に『だるまさんがころんだ』で遊んでる場合じゃなかったろうに。

 自身の間の鈍さを恥じながら、俺は前を向き自宅に向けて進めていた歩みを止めた。

 

「……ふっ。俺とした事が。まさか今の今まで、こんな尾行にも気づけなかったとはな。随分と勘が鈍ったもんだ。……そこで隠れてるヤツ、出て来たらどうだ?」

 

「…………い、今まで執拗に振り返って来てたのに気づいて無かったんだ……」

 

 俺が出て来やすくなるよう、声を掛けても俺を尾行中の誰かさんは出てこなかった。

 なにやらボソボソ呟いていた様だが、少し距離があるせいでその声は俺の耳に届かない。

 ……まだ足りないのか。俺は更に言葉を続ける。

 

「……だんまり、か。俺も随分嫌われたもんだ。だが、お互いいつまでもこうしているのは不毛だと思わないか? そろそろ腹を割って話そうぜ」

 

「…………私はちょっと楽しかったんだけどな」

 

 またも誰かさんは出てこない。物陰でボソボソ呟くだけだ。

 ……俺が直接様子を見に行くパターンをそれがお望みなのか。仕方ない。叶えてやろう。

 そうこうしてる内にもう家の近くまで来ちゃったしな。

 俺は静かにそいつの元に歩いて行く。

 

「……やれやれ。手間をかけさせてくれるじゃないか。煩わしいのは嫌いだが、今回は特別だ。俺が直接、その顔を見てやろう」

 

「…………っ!?」

 

 がたん。と、物陰から何かが倒れる音が聞こえてきた。

 そんなに慌てなくても。別にいきなり殴り掛かったりとかはしないけど……。

 しかし勢い良く転んだな、今。怪我してないだろうか? ちょっと心配になってきた。なので普通に声をかける。

 

「……大丈夫か? 結構派手に転んだみたいだけど……」

 

「……い、いたたた。あ、うん。大丈夫。少しお尻を打っちゃっただけだから、大した怪我は……」

 

 物陰を覗き込んだ俺の目と、尾行していた誰かさんの目が合う。

 目が合ったそいつは、顔を真っ赤に染めて口をパクパクさせている。

 その見知った顔を見て俺は再び声をかけた。

 

「よっす、ゆんゆん。俺になんかよ」

 

「ひ、ひゃあああああああああああっ!?」

 

 俺をつけて来ていた少女は、俺が言い切る前に素っ頓狂な声を上げた。

 学校から俺をずっと尾行し続けていた犯人の正体は、姉さんの友達のゆんゆんだった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「……ご、ごめんなさい。あんまりよろろんと二人で話した事ないから、声掛け辛くて……」

 

「お、おう。そうだったのか」

 

 自宅に帰った俺は、我が家にゆんゆんを招き入れていた。

 最初は姉さんに用があって俺をつけまわしているのだと思ったのだが、今回は俺に用があるらしい。

 一体どんな用事があるのだろうか? 首を傾げる俺の隣で、胡乱な瞳の姉さんが口を開いた。

 

「……で。用件はなんなんです? まさか理由も無く弟をストーカーしてた訳じゃないですよね?」

 

「す、すすすす、ストーカー!? ち、ちがっ、別にそんなつもりじゃっ!?」

 

「……あー、もう相変わらずメンドくさい娘ですね貴方は。別に本気で言ってる訳じゃないですからそんなに気にしないで下さいよ。で、用件はなんなんです?」

 

「えっ、あっ、それは……、その……」

 

 姉さんの問いに口ごもるゆんゆん。

 此処では言い難いような案件なのだろうか。例えばそう、……俺を闇討ちする為の隙を見つける為に尾け回していたとか!

 

「早く答えないとアレですよ、ゆんゆん。この弟がとんでもない結論を勝手に出して一人で満足し始めますよ。あの顔はなにか素っ頓狂な事を思いついた時の顔です。気をつけて下さい」

 

「おい、人の考えを勝手に素っ頓狂呼ばわりしないで貰おうか」

 

「だったら今なに考えてたか聞かせて下さいよ」

 

「……え? いや、ゆんゆんはきっと俺に不意打ちを仕掛けてくる為に隠れて隙を窺ってたんじゃないかなかって……」

 

「ほら見て下さい。変な事を考えていたでしょう?」

 

「ち、ちがっ! 私そんな、よろろんの寝首をかこうだなんて……!!」

 

 俺が思い至った結論は、姉さんには白い目で見られ、ゆんゆんには全力で否定された。

 

「じゃあ、どうして俺の後ろをずっとついて来てたりしたんだ?」

 

「……う、うぅ。……そ、そのっ」

 

「そんなの一つしか無いじゃないですか。男の背中を女が追っかける理由なんて。ーーゆんゆんは貴方のことが好きなんですよ」

 

「ぶふぉわっ」

 

 ゆんゆんが飲んでいた出涸らしのお茶(我が家ではこれがデフォ)を噴き出した。

 口から噴き出されたお茶は、全て対面に座っていた姉さんにかかる。

 お湯を沸かしたて、淹れたてアツアツのお茶をかけられた姉さんはその場に転げ回る。

 

「ぎ、ぎゃああああああああっ!? な、ななな、何するんですかゆんゆん!! いくら私に勝ちたいからっていきなり毒霧で勝負を仕掛けてくるなんて卑怯ですよ!!」

 

「あ、ご、ごめん……。……って元はと言えばめぐみんが悪いんでしょ!? 何よ毒霧勝負って! そんな戦い挑まないわよ! 急に変な事言わないでよ! そ、それにっ……! わ、わた、私がよろろんのことを好きだとかっ……! そ、そんな……」

 

 ちらちらと俺を顔を赤くして見てくるゆんゆん。

 ゆんゆんは俺の事が好き。なるほど。そういう理由で俺を尾け回してたのか。

 なら俺の答えはこうだ。片手で顔を隠しながら、俺はニヒルに答える。

 

「……ふっ。悪いな、ゆんゆん。俺はその想いには答えられない。君の気持ちは大変ありがたいと思う。本当に嬉しいよ。……だけど俺には、出来ないんだどうしても。誰かを好きになるなんて。そんな尊いこと……」

 

「……えっ。ああ、うん。そっか、そうなんだ……。こっちこそ、ごめんね。いきなり変なこと言っちゃって……。……って、気がついたらなんで私が振られてるの!? まだ告白もしてないのに! というか別に今日はよろろんに告白しに来た訳じゃ無いわよ!」

 

「じゃあなんでこの愚弟の後尾け回ってたんです?」

 

 姉さんが聞くとゆんゆんは再びおし黙る。

 我が家のリビングを沈黙が支配する。

 俯くゆんゆん。見守る俺たち。

 暫しの静寂。それを打ち破ったのは何かを決心した様に頷いたゆんゆんの声であった。

 

「…………そ、そのっ。…………今日、授業中に、よろろんに助けて貰ったから、そのお礼をしたいと思って……」

 

「……なんだ。そんな事を言う為にわざわざ家までついて来たんですか。相変わらずぼっち拗らせてますね」

 

「ぼ、ぼっち拗らせるってなによ!? というかぼっちぼっちって、めぐみんだって人の事ぼっちって言う癖に友達いないじゃない! 今日の実習の時だって私がふにふらさん達と組んだから余ってた癖に!」

 

「な、なにおう!? 実習はちゃんと一人で暇そうにしてたあるえと組みましたよ! ぼっちじゃないです! 貴方と一緒にしないで下さい!!」

 

「…………いや、どっちもぼっちなんじゃないかな」

 

「……そんな生意気な事を言う口はこれですか?」

 

「い、いひゃいいひゃいっ!? や、やめひょ! ぼうりょふはよくにゃいっ!!」

 

 姉さんに全力で頬を引っ張られる。

 どうやら図星だった様だ。確信を捉えた俺の発言に怒り心頭の姉さんの腕からなんとか離脱した俺は、痛む頬を撫でながら、ゆんゆんに向き直る。

 

「いや、ゆんゆん。お礼とかそんな気にしなくていいって。俺もただ『ここは任せて先に行けっ!!』ってやりたかっただけだし」

 

「……え、うん。……でもよろろんに助けられたのは事実だし」

 

「ならお返しに何か奢ってやればいいんじゃないですか? それで貸し借り無しで」

 

「そ、そんなっ。命を助けて貰ったのにそんなお返しじゃ……」

 

「あ、うん。ならそれでいいや。ご馳走になります」

 

「い、いいのっ!? そんなに簡単に納得していいの!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるゆんゆん。

 っつてもなぁ……。本当に大した事してないし。ゆんゆんを助けたのも偶々だし。

 寧ろお礼を貰えるのがなんかむず痒いというか。場違いな気がするというか。

 と、頬を掻いていた俺に、ゆんゆんが頬を赤くしながら言ってきた。

 

「……じゃ、じゃあ。お礼にこ、こんど……。が、がっきょ、がっ、こぅ……」

 

「……ゆんゆんが学校の近くの喫茶店でご飯をご馳走してくれるみたいですよ。良かったですね、よろろん」

 

「お、そうなのか。それはそれは。ありがとうございます」

 

 俺が頭を下げると、顔が真っ赤なままのゆんゆんも黙って頷いた。

 

 

 



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9話

 

 

 ゆんゆんが我が家に来て次の日の放課後。

 早速昨日交わした約束を果たすために、学校の近くの喫茶店に俺達は来ていた。

 女の子にご馳走になるのは気がひけるが、お礼をしなければ気が済まないというのなら仕方ない。有り難く相伴に預かるとしよう。

 

 そう久しぶりの外食にわくわくしながらメニューをめくっていると、対面に座るゆんゆんが控え目に声をかけてきた。

 

「そ、その……。よろろんには助けて貰ったし、好きなの頼んでいいから……」

 

「あ、それはどうも。じゃあ遠慮なく……」

 

「め、めぐみんには言ってないっ! というかなんでめぐみんもいるの!? 昨日何もしてないわよね!?」

 

「ご存知ありませんか? 『弟のものは姉のもの、姉のものは姉のもの』という遠い国のシステムを。この里ではあまり馴染みが無いかも知れませんが、我が家ではそのシステムを採用しているのですよ。よってよろろんが得たご馳走は私とこめっこのものとなるのです」

 

「いや、どこの暴君のシステムだよそれ」

 

 俺以上に熱心にメニューを見る姉さんに、呆れながら突っ込みを入れる。

 ちゃっかりついて来た姉さんは、俺以上にゆんゆんからご馳走になる気満々だった。

 流石に二人分も奢って貰うのは心苦しいので、姉さんが食べた分は俺が払って、あとで姉さんのへそくりから回収する予定である。なけなしの貯金を切り崩してしまうが、是非もなし。

 そうこうしている内に、全員注文が決まったみたいなので俺は手を挙げて店員を呼んだ。

 

「……ごめんな、ゆんゆん。姉さんは食い気と空腹がローブ着て歩いてる様なもんだから。多少食い意地が張っていても、大目に見て欲しい」

 

「ちょっとそこの弟。人を勝手に暴食の化身呼ばわりしないで貰おうか」

 

「あ、うん。めぐみんが食べ物を前にすると野生に帰るのは知ってるから、全然大丈夫。もう慣れたから」

 

「……ゆんゆんもたまにさらっと毒吐く事ありますよね」

 

 と、俺達が談笑していると、店長らしき中年の男性が注文を取りにやって来た。

 男性は俺の顔を見ると、

 

「おや、ひょいざぶろーのとこのせがれじゃないか。珍しい顔を見たもんだ。いらっしゃい。注文は何にするんだい?」

 

「……では、この『魔神に捧げられし子羊のサンドイッチ』を。この店の評判は聞き及んでいます。その腕前、じっくりと見せて貰いましょうか」

 

「……ふっ、任せておけ。必ずや貴様の舌を唸らせてやろう……」

 

「あ、私はこの『白き衣を纏いしハニートースト』で」

 

「わ、私はこのシチューで」

 

「はいよ。『白き衣を纏いしハニートースト』と『暗黒神の加護を受けしシチュー』だな! ちょっと待ってな!」

 

「……もうそれでいいです」

 

 ゆんゆんが何かを諦めたようにため息を吐いた。

 注文を取り終えた店主は厨房へと戻っていく。

 俺はその後ろ姿を見送りながら果汁入りの水をちびちび飲む。

 

「そういえばよろろん。貴方スキルポイントはいくつぐらい溜まったんですか? 料理が来るまでの暇潰しに冒険者カードを見せて下さいよ」

 

 姉さんが片手を差し出しながら言ってくる。

 スキルポイントというのは、技能や魔法を習得する為のポイントだ。

 レベルアップや学校で配られるスキルアップポーションを使用する事で得る事が出来る。

 紅魔族の学校は、このスキルポイントを使用して魔法を習得する事で卒業となる。

 同じく学校に通う同士がどのくらいスキルポイントを貯めているのか、姉さんだけでなくゆんゆんも気になっている様子だった。

 

「……俺のカード? いや別に見てもいいけど、大して面白くないと思うぜ。……ほら」

 

 懐から取り出した冒険者カードを姉さんに渡す。

 自分のステータスやレベルが自動的に記入される便利なカードを、女子二人は興味深そうに見ていた。

 

「……れ、レベル高っ。いつの間にこんなにレベル上げしてたんです貴方。私の倍以上あるじゃないですか。というかこのレベルって、普通に私達の同級生の中で一番レベル高いんじゃないですか?」

 

「ほ、本当だ。凄い……」

 

「……なんかまじまじ見られると照れるな。いやでも、別にそんな大したことはないって。ただ人よりモンスターとエンカウントするだけだから。みんなも俺くらいモンスターと戦ってればこのくらいは余裕だって」

 

「それですよ。そこがおかしいんです」

 

 俺を指差しながら姉さんが言う。

 何やら矛盾点を見つけた探偵のような仕草で、姉さんは俺に尋ねて来る。

 

「最近、貴方の修行が捗り過ぎてませんか? ちょっと前まで一人じゃまともにモンスターを倒せてなかった貴方が、急にメキメキレベルを上げてますよね? 一体誰に手伝って貰ってるんです? まさかその玉ねぎもじゃがいもも人参も、野菜すら満足に切れない黒光りする剣の性能とでも言うんですか?」

 

「あ、いやっ……。……つーか、姉さん。野菜の件がやけに具体的なのが気になるんだが。まさか本当に野菜切るのに使ってないよな? 昨日の肉なし肉じゃがの野菜の一部が、やけに潰れてたのは単に煮込み過ぎただけだよな?」

 

「質問を質問で返すのはやめなさい。今質問してるのは私ですよ」

 

「……に、肉なし肉じゃがって。それただの野菜の煮物じゃないの?」

 

 姉さんの追求から逃れるように顔をそらす。

 ……い、言えない。特に姉さんの前では言いたく無い。占い師に食べ物で釣られて弟子になりましたとか、絶対に馬鹿にされる。

 適当に誤魔化そう。俺は嘘を悟られないよう、平静を保って姉さんに答える。

 

「ま、まあ。少し知り合いに手伝って貰っててな」

 

「……へぇ。貴方の知り合いでそんな暇がある人といえば、ぶっころりーあたりですか」

 

「そ、そうそう。ぶっころりーに手伝って貰ってたんだレベル上げ」

 

「……ふーん。……まぁ、この場はその答えで納得しておきましょう。深く追求はしないで上げますよ」

 

 俺を見つめていた姉さんの何かを探るような瞳が窓の外に移動する。

 一応助かったのか……? 姉さんにバレないようにため息をこぼす。

 なんだか妙な空気になってしまったな。ゆんゆんもなんだか落ち着かない様子できょろきょろしてるし。

 切り替えるために今度は此方から話題を振ろうか。

 

「ゆ、ゆんゆんはどんな魔法を覚えたいんだ? 俺はやっぱり上級魔法の『ライト・オブ・セイバー』かな。寧ろそれ以外に選択肢は無い。俺には剣しか扱えないからな……。……まだ先は長いけれども」

 

「そ、そうなんだ。私も上級魔法を覚えて卒業したいかな。『カースド・ライトニング』なんて使い勝手が良さそうだし。今のところ一番の候補かも。めぐみんは? めぐみんはどんな魔法を覚えて学校を卒業するの?」

 

 ゆんゆんの問いに、姉さんは窓の外を見たまま、

 

「……まあ、何かしらの上級魔法を覚えて卒業しますよ。そろそろポイントも貯まりますしね」

 

 らしくない姉さんの受け答えに、俺は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 喫茶店からの帰り道。

 ゆんゆんを家まで送った俺と姉さんは、夕暮れの道を歩いていた。

 

「……なあ、姉さん。姉さんは本当はどんな魔法を覚えるつもりなんだ?」

 

 こめっこ用に包んでお持ち帰りしたサンドイッチが入った袋を揺らしながら、隣を歩く姉さんに聞く。

 姉さんは夕日で赤く染まった空を見上げながら、

 

「……どうしても答えなきゃダメですか?」

 

「まあ、無理なら答えなくても良いけど。……あんまり変な魔法は習得しないでくれよ。魔王が開発したっていう、服だけ溶かすスライムを召喚する魔法とか」

 

「どうやったらそんなの覚えられるんですか。そんな趣味を疑われる魔法は覚える気ありませんよ」

 

「えぇー? 本当にござるかぁー?」

 

「………………」

 

「あ、ちょっ、やめっ! 脛を蹴るのは止めて!!」

 

 げしげしと無言で蹴ってくる姉さんから逃げる。

 姉さんも追撃する為に、俺を追いかけてくるが、体力に自信が無い姉さんはすぐにへばって、膝に手をついてその場に立ち止まった。

 

「……いや、流石にもやしっこ過ぎない? まだ二百メートルも走ってないと思うんだけど」

 

「あ、貴方が、体力バカなだけですよ……! 『アークウィザード』の癖に、体ばっかり鍛えやがって……!」

 

 はぁはぁ荒い息を吐く姉さんの背中を摩る。

 しばらく姉さんの背中を撫でてると、落ち着いたのか姉さんが顔を上げた。

 

「……はぁ。仕方ないですね。貴方の質問に答えて上げますよ。このままはぐらかしてると、勝手に変な結論出されて、勝手に納得されそうで怖いですし」

 

 ため息を吐く姉さん。

 姉さんの中で俺がどんな弟と認識されてるのか、少し気になったがここは黙って話を聞こう。質問したのは俺だしな。

 

「……答えますけど、笑わないで下さいよ? 絶対笑わないで下さいよ?」

 

「笑わないって。正直姉さんがどんな素っ頓狂な選択肢を選んだって、それ今更だし」

 

「絶対の絶対ですよ? 笑ったら本気で怒りますからね?」

 

「いやだから笑わないって。大丈夫だって」

 

「絶対ですよ? 絶対の絶対の絶対ですよ?」

 

「だぁ! もうしつこいなぁ! 笑わないって言ってんだろ! 答えるなら早く答えろよ!」

 

 何回も念を押してくる姉さんに憤る。

 そんな俺の様子を気にせず、姉さんは咳払いを一つすると、

 

「…………ば、爆裂魔法」

 

「……は? ……え、いや、なんだって?」

 

「だから……。……爆裂魔法ですよ。爆裂魔法」

 

「……………………はぁっ!?」

 

 姉さんの答えは流石に俺の想像超えていた。

 爆裂魔法。名前の通りかなり強力な魔法の一つだ。いや、単純な威力だけなら最強と言ってもいいかもしれない。

 長い射程を有し、全てを灰塵と化す爆焔の魔法。

 ……と言えば聞こえが良いが、実際は習得に必要になる大量のスキルポイント、膨大な魔力を持つ熟練の魔法使いでも一日一回しか撃てない燃費の悪さ、広過ぎて制御できない攻撃範囲、普通にモンスターを倒すなら必要無い程の大火力と、大抵はネタ扱いされる魔法である。

 強大な魔力を有する紅魔族だとしても、初めて覚える魔法に選ぶ事はまず無いだろう。

 覚える気が起きないヤツの方が多い筈だ。

 ……目の前の姉を除いては。

 

「……な、なんでまた、爆裂魔法なんだ? 高火力の魔法なら他にもあるだろ」

 

「高火力なら良いという訳では無いのです。爆裂魔法でなければ私は満足出来ないのです」

 

「……一応聞くけど、ちゃんとデメリットのことも知ってるよな?」

 

「もちろんです。学校の図書室にある爆裂魔法について書かれた本は全て熟読していますから。爆裂魔法の知識に関してだったら、里で一番の自信がありますよ」

 

 はっきりと言い放つ姉さん。

 どうやら本気で爆裂魔法を習得しようとしているらしい。

 初めて覚える魔法に小回りが利かないどころか、一発撃てば全ての魔力を使い果たして、その場に倒れてしまう出オチの極み、みたいな魔法を選ぶとは。とても正気の沙汰とは思えない。

 そうは思えないが、よく考えてみれば目の前に立つこの小柄な少女は俺の姉なのだ。

 前世の夢に魅せられ、魔法使いなのに剣を振るい続ける俺の実の姉さんなのだ。

 そう考えると何故だか、彼女が爆裂魔法に拘る事に、妙に納得出来てしまう自分がいた。

 

「……まあ、良いんじゃないか。そこまで本気なら、どんな魔法を選んだって後悔しないだろうし」

 

「ええまあ、爆裂魔法を選んで後悔するつもりは毛頭ありませんが……。……そんなにあっさり理解を得られてしまうとなんかこう、釈然としないといいますか……。もっと反発があるものだと構えてましたから」

 

「……なんだよ。反対して欲しかったのか?」

 

「いえ、そういう訳では……」

 

 なんだか微妙な表情を浮かべる姉さんに、俺は苦笑いを浮かべながら答える。

 

「ま、強いて言うならやっぱ俺たち双子なんだなぁ。……って思ったくらいだよ。こそこそ隠れて呪文の練習してたのも、そう考えると納得がいくし」

 

「き、気がついてたんですか?」

 

「何年も前からずっとやってればそりゃな。一つ屋根の下で一緒に暮らしてるんですし」

 

 俺が答えると姉さんは再び、今度は先ほどより大きくため息を吐いた。

 

「……なんだかあれこれ悩んでたのが、一気に馬鹿らしくなりましたよ。それについては感謝します」

 

「気にするな。大した事はしてないよ」

 

「で、お礼と言ってはなんですが貴方の悩みも聞いてあげましょう。特に最近熱が入っている剣の修行の事とか。一体誰と二人きりで早朝から修行してるんです? さあさあ、遠慮なさらず、お姉さんに聞かせてみなさい」

 

「くっ……、やっぱり諦めてなかったかこの姉……! こうなったらーー」

 

 俺は姉さんの追求から逃れるために走り出した。

 その時見た夕焼けは、ほんの少し何時もより綺麗に見えた。

 

 



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10話

 

「なんだか最近、誰かに後をつけられてる気がするのよねぇ……」

 

 修行の合間の休み時間。

 師匠ことそけっとが作ってきてくれたサンドイッチを頬張っていた俺は、らしくない彼女の物憂げな溜息に顔を上げた。

 

「え、師匠をストーカーする勇者なんて存在するんですか?」

 

「……あら。それってどういう意味かしらよろろんくん?」

 

「い、いたたたたっ! い、いひゃいでしゅ、ししょー!?」

 

 暗黒微笑を浮かべた師匠に頬をつねられる。

 ち、千切れる! 俺の頬が千切れてしまう!

 身の危険を感じた俺は、頬を掴んでいる師匠の腕をタップする。

 

「だ、だって! 里でもトップクラスの実力の師匠の後をつけ回すとか、ただの自殺行為じゃないですか! バレたら確実に殺られますって! 確かに師匠は美人ですけど、だからって命を担保にする程のものじゃ」

 

「まあ。美人だなんて嬉しいわ。でも余計な言葉が多過ぎたわね」

 

「いだだだだだだだっ!? は、鼻はやめろぉ!!」

 

 師匠の攻撃は止まらず、鼻を摘まれた俺は涙目で彼女の腕をタップし続ける。

 も、もげるっ! 鼻がもげるっ!?

 というか最近顔への攻撃多過ぎるだろ。俺が何したっていうんだ。

 

「……まあ、別に後をつけられてる以外に実害は無いから今の所放置しているんだけど。流石にちょっと気味が悪いのよねぇ……。真っ向から挑んでくるなら、いくらでも相手してあげるのに」

 

「そりゃ不意打ちしたくもなりますよ。木刀で熊をサイコロステーキですもん。そんな蛮族に正々堂々勝負しかける……、あ、ちょっ、やめっ!? くすぐるのはやめて! 弱いから! 脇腹はよわいかあひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」

 

 師匠の執拗な攻撃は止まらない。

 俺はその残虐な行いの数々を、ただ黙って耐えている事しか出来なかった。

 例え相手が女性であっても、大人が本気で魔力を使って強化した腕力からは逃れられなかった。

 

 くそっ……。俺にもっと力があれば……!

 力が欲しい。理不尽に抗えるだけの力が。

 誰にも屈すること無く己を突き通す為の力が。

 力無く地に臥す俺は、自分の無力が許せなくて涙を流した。

 

「か、かはっ……! は、はぁ、はぁ……! は、ごほっ、げほっ、がひょっ……!」

 

「あっ、ごめん。よろろんのリアクションが面白いから、ついついやり過ぎちゃった。ごめんね。大丈夫? ……はい、お茶。これ飲んで落ち着いて?」

 

「あ、あざます……」

 

 師匠から受け取ったお茶を飲む。

 喉を爽やかな紅茶の風味が通り抜けていく。

 ……うん、美味しい。こんな状況じゃなきゃもう少し素直にこの味を味わえたのに。残念だ。

 受け取ったカップの中身を綺麗に飲み込んだ俺は大きく息を吐いた。

 

「さあ、休憩は終わりにして修行の続きをしましょうか。レベル上げはそこそここなせてるし、しばらくは白兵戦の経験を積むのも悪く無いわね。試しに私と木剣の打ち合いでもしてみる? そっちはその黒い剣使っていいわよ」

 

「……ふっ。いいでしょう。前世から受け継ぎし俺の剣冴え、とくとご覧あれ」

 

 カップを師匠に返した俺は、立ち上がって背中に差していた『ダーク・ソウルブレイド』を引き抜く。

 

「それじゃいつでもどうぞ。どっからでもかかってーー」

 

「あ、『混沌より生まれし邪悪なる魔神』! 『混沌より生まれし邪悪なる魔神』だ! 凄え! 珍しい!」

 

「えっ? どこどこ?」

 

「隙ありぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 師匠が余所見した隙に斬りかかる。

 卑怯と思われるかも知れないが、これも勝利を得るために必要な行為なのだ。

 勝利に貪欲であれ。師匠から学んだ事を今こそ実践するのだ。別に先ほど散々弄られた恨みを晴らそうとしている訳ではない。

 

「はい、十点。不意打ち仕掛けるのはいいけど隙ありって口に出しちゃ意味ないでしょうに」

 

「あてっ!?」

 

 攻撃を師匠にかわされた挙句、頭を木刀で殴られた俺。

 不意打ちしたのに軽くあしらわれてしまった。悔しさが込み上げてくる。

 

「ち、ちくしょう……! 次こそは一本取ってやる!」

 

「ふふっ、いいわよ。相手してあげる。全力でかかってきなさい!」

 

 俺は師匠に向けて再び『ダーク・ソウルブレイド』を振り上げた。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「「「………………」」」

 

 かんかん、と硬い音が空き地の中に鳴り響く。

 弟のよろろんが、見知らぬ綺麗な女性に向けて、どこからか拾って来た漆黒の剣を打ち込む様を、私達は近くの茂みの影から静かに見ていた。

 

「……ふ、ふふふふっ、ふふふふふふふふふ。何度も見てきた光景だけど、やっぱりおかしいよなぁ……。自分の恋敵が10以上も年下の男の子だなんて」

 

「落ち着いて下さい、ぶっころりー。ただでさえ犯罪に手を出してそうなその顔が、ただの犯罪者の顔になってますよ」

 

「あ、あんまり最初と変わってないような……」

 

 暗い笑顔を浮かべて攻撃魔法の詠唱を始めるぶっころりーを止める。

 どうして私達がこんなストーカー紛いの事をしているのか。それは今朝、ぶっころりーが私の家を訪ねて来た所から始まる。

 

 日がな一日ごろごれ寝てばかりのニートが何の用かと聞いてみれば、ニートの分際で恋をしたと言う。

 それでその恋に立ち塞がる怨敵を排除して欲しいと頼んで来たのだ。

 自分よりも一回り年下の女の子に何頼んでるんだ、このニートは。私達だって暇じゃないんですよ。学生にとって休みの日は貴重なんです。

 と、一蹴しても良かったのだが、ぶっころりーの恋敵の正体を聞いた私達は、二つ返事で彼の依頼を受け、こうして彼が恋しているという里一番の美人、そけっとの後を追ってここに来たと言う訳だ。

 

 それで、その恋敵というのが……、

 

「……まさか私の弟だったとは。ねぇ、ぶっころりー。今どんな気持ちですか? 好きな人が年下の弟分に寝取られた気持ちは? あ、寝取られてはいませんか。だってぶっころりーはあの人の彼氏でもなんでもありませんもんね」

 

「ああああああああああああっ!!」

 

「ちょっ、ちょっと! 静かにして下さい! 大声出したら隠れてるのがバレちゃうじゃないですか!!」

 

 ゆんゆんがキレ気味にぶっころりーに言う。

 どうやら彼女も真剣に事の推移を見守っているようだ。

 ぶっころりーを煽った私もキツめに睨まれてしまった。ちょっと怖かった。

 

「……あ、アレだよな? あの二人に別に恋愛感情的なものは無いよな? あくまで師匠と弟子として、姉と弟的な気持ちで接してるだけだよな?」

 

「さあ? わかりませんよ。よくある話じゃないですか。普段は意識してない間柄から恋仲に発展するなんて。師匠と弟子のラブロマンス、十分可能性はあると思いますし、少なくとも現時点の好感度なら、可愛い愛弟子とただのストーカーで完全に敗北してますしね。ぶっころりー」

 

「…………かふっ」

 

「ぶ、ぶっころりーさんが死んだ! この人でなし!」

 

 白目をむいて倒れるぶっころりーを見下ろしながらゆんゆんが叫ぶ。

 さっきからだいぶ騒いでしまっているが、あの二人には気づかれていないのだろうか?

 ちらりと様子を盗み見ると、修行に打ち込む二人は外野の騒ぎなど気にせず、木剣と黒剣、手に握った得物同士をぶつけ合っていた。集中しているようで何よりである。

 

「……ね、ねぇ、めぐみん。ほ、本当によろろんと、そけっとさん、そういう関係じゃ無いわよね? だ、だって歳が離れ過ぎてるし、第一まだよろろんは学校を卒業していない子供だよ? そけっとさんみたいな大人の女性とは釣り合わないというか……」

 

「貴方も同じ事を聞くんですね。そんなに気になるんですか? 弟の恋路が」

 

「ち、ちがっ……! 別にそんな私は別によろろんの事なんて気になってないんだからねっ!!」

 

 気になってるじゃないですか。

 と、誤魔化しきれてない事を指摘して、ゆんゆんを涙目にしてやろうかとも思ったのだが、話が進まなさそうなのでやめておく。

 

「……まあ、真面目に答えるならあの弟の方にはそういう甘酸っぱい感情は無いと思いますよ。あの子に恋愛とか出来る精神性はまだ作られてないと思いますし。図体は多少大きくなってきてますが、中身はまだまだお子様ですよ」

 

 私は所感を述べる。

 おそらく、あの二人に私達が邪推しているような関係性は無いだろう。

 普段の生活を見ればわかる様に私の弟は、女の子と仲良くするより剣術やら修行やらの方に興味を持っている。

 それは先ほどまでの二人のやりとりを見ていれば、ある程度察する事が出来ると思うのだが……、

 

「よ、よろろんにその気は無くてもそけっとには……? 俺が知らないだけでそけっとには小さな男の子しか興奮出来ない性癖があったり……。……いやそれはそれで色々捗りそうだけどでも……」

 

「そ、そんなっ。いくらよろろんでもあんな美人なお姉さんに言い寄られたら絶対気持ちが傾いちゃう! ど、どうしようめぐみん! どうしようめぐみん!?」

 

 ぶっころりーとゆんゆん、二人してオロオロし始める。

 なんだこいつら。というかぶっころりーのリアクションはわかるけど、なんでゆんゆんまで慌てているのだろうか。

 やっぱり弟の事が気になってきてるのだろうか。異性的な意味で。

 まあ、確かに。よろろんは普段からゆんゆんには優しく接してるし、身長が私並みに小さい所に目を瞑れば、割と整った顔つきをしている。

 それに加えてこの前の授業の時の様に、かっこよく助けられたらチョロいゆんゆんなら惚れてしまうのも無理ないだろう。

 

 ……仕方ない。メンドくさいがここは私が一肌脱ぐとしよう。

 私は立ち上がって、隠れていた茂みから出て行った。

 

「ちょっ、めぐみんどこに行く気だい?」

 

「ここであれこれ言い合ってても埒があきませんし、確かめに行くんですよ。ーー本人達に直接聞きに行って」

 

 私の言葉を聞いたぶっころりーとゆんゆんが、慌てて茂みから飛び出してきた。

 

 



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11話

そっけと、と入力する毎に予測変換に出てくる鼠蹊部(そけいぶ)という文字にドキッとしてしまう今日この頃です。



「すいません。単刀直入にお聞きしますが、お二人は付き合ってらっしゃるのでしょうか?」

 

 師匠、そけっととの修行中。

 剣と剣を交えて殴り合っている最中、いきなり現れた姉さんが開口一番、そんな事を尋ねてきた。

 いきなり何なのだろうか? というかどうして俺達の居場所がバレたのだろうか? そしていきなり現れたこの姉は何を口走っているのだろうか?

 発言の意図を尋ねたかったものの、あまり知られたくなかった場面を姉さんに見られた俺は、冷や汗をかきながら目を逸らす。

 対照的に、そけっと師匠は小首を傾げながら姉さんに言葉を返した。

 

「付き合ってるって……、それは男女交際的な意味でよね?」

 

「はい、そうです。修行に付き合ってるだのそういう事が聞きたいのではありません。あくまでそこの愚弟と、貴方が深い仲なのかを聞きたいのです」

 

 姉さんは強張った表情で師匠に尋ねる。

 そけっと師匠は姉さんの言葉を聞くと、堪らずといった様子で笑い出し、

 

「……ぷっ、あははははははははっ!! 私とよろろんが? ないない! それはない!」

 

「……貴方にその気は無いと認識してよろしいのですね?」

 

「ぷっ、くくく……。よ、よろしいわよ。もう、ぜんっぜん、まったく、よろろんをそういう対象で見た事なんてないから。だから安心して」

 

 そけっと師匠は笑いながら答えた。

 ……姉さんは俺達の修行風景を見てて、そんなこと考えてたのか。この姉、ちょっと色ボケ過ぎじゃないですかね?

 普通に考えたらあり得ないだろ。だって俺と師匠、十個以上歳離れてんだぞ。

 俺はともかくとして、師匠はそういう目で俺を見れないだろう。見てたら確実にヤバイ人だろうが。

 

「いやー。まさか私が嫉妬されちゃうとはねー。剣を振り回すことにしか興味が無さそうなよろろんくんも、案外隅に置けないってことかー」

 

「……なんで俺の頬をぐりぐりするんですか、師匠」

 

「いえ、嫉妬しているのは私ではなくそこのーー」

 

「あ、あー!? め、めめめぐみん! こんな所に居たんだ探したよー!!」

 

 姉さんが最後まで言い切るのを遮るように、ゆんゆんが近くの茂みから突然出て来た。勢いよく出て来たからか、身体中に葉っぱや木の枝が引っ掛かっている。

 

 一体いつからそこに居たのだろうか? というかそんな距離まで近づいて来てるのに何故気付かなかった。今日こそは師匠に一本打ち込んでやろうと集中していたからだろうか。

 

 と、改めて修行に打ち込み過ぎていて、周りの事に全然気づけてなかった事に気づく俺。

 こういう時、素早く乱入者に気づくためにも、もう少し周りの気配を探れる術を身につけた方がいいのかもしれない。

 

 ……まあでも、そんな事より。早急に対処すべき問題は姉さんにこれ以上あれこれ聞かれないようにする事である。

 特に弟子入りした理由とか、そけっとを師匠と呼ぶようになった理由とか。

 聞かれたら確実に馬鹿にされる。それだけはなんとしても回避しなければ。

 俺は顔に受かんでくる表情を悟られないように、心を平静に真顔で姉さんに話しかける。

 

「まあ、なんにせよ。姉さんが知りたがってた事はわかったろ? だったら早く帰って」

 

「それでお二人はどんなきっかけで師弟関係を結んだんです? よろしければ教えて頂けないでしょうか?」

 

 この姉、俺が聞かれたくない所をピンポイントについて来やがる。

 恨みを視線に込めて向けると、にやけている姉の顔が見えた。間違いない。確信犯だコイツ。

 

「きっかけ、ねぇ……。別に聞いても面白い話じゃないわよ? ただ普通に、修行しに森に入ったら涙目で一撃熊に追いかけられてる彼を見つけ、一人で修行するのにも飽きてきてたし弟子にしてあげたの。子供が一人で森に入ってるのも、危ないと思ったしね」

 

 比較的真面目に、姉さんの質問に答える師匠。

 ……あ、ありがてぇ。この調子ならなんとか誤魔化せそうだ。

 真相を闇に葬るために、俺は顔を赤らめてやり取りを見守っていたゆんゆんに声をかける。

 

「そ、そういやゆんゆん。ゆんゆんはどうしてこんな所で隠れてたんだ? また姉さんに勝負を仕掛けるために隠れて機会を窺ってたのか?」

 

「……え、あっ、いや。今日は別にめぐみんと勝負をする為じゃなくて、ぶっころりーさんの依頼で……」

 

「……ぶっころりー? ぶっころりーって靴屋の息子さんのぶっころりーよね? ここで隠れてた貴方の口からどうして彼の名前が出てくるの?」

 

 師匠が小首を傾げると、がさがさと近くの茂みが揺れた。

 動物か何かだろうか。目を凝らしてよく見ると、風景の一部が不自然に歪んでいる様に見えた。

 ……明らかに不自然だ。流し見ただけでは気づかなかっただろうが、こうしっかり見ればアレが自然現象ではない事がわかるだろう。

 

 関わりなぞ皆無な筈なのに、何故かゆんゆんの口から出てきたぶっころりーの名前。

 光を屈折させ透明になったかの様に姿を隠せる魔法の存在。

 この所続いたという、師匠に対する何者かのストーカー行為。

 そして何より。姉さんが呆れた様にしたため息。

 そこから出される結論はーー

 

「……ちょっと待っててくれる? 今からストーカーをしばき倒して来るから」

 

 俺は知り合いがヴァルハラに誘われないよう、師匠の制裁がなるべくすぐ済む事を心から祈った。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「……全く。占いをして欲しいなら素直にお店を訪ねて来てくれれば良いのに」

 

「いや、その……。……ちょっと手持ちが無い上に占いとかあんまりやった事がないから、なんだか妙に恥ずかしくて……。いやほら、そけっとの占いはよく当たるって評判じゃないか。それで悪い結果が出たら、なんだか悪い未来を回避出来なくなるような気がして怖かったんだよ」

 

 場所は変わり、現在俺達はそけっと師匠の占いの店に来ていた。

 師匠の本業が占い師なのは知っていたが、こうして店を訪ねるのは初めてだ。

 ちゃんと占い師してたんだなぁ、と感慨が生まれる一方。師匠の対面に座り照れ臭そうに頭を掻くぶっころりーに、占いくらいにそんなにビビるなよ、と情けなさを感じていた。

 

 この所師匠を付け回していた犯人の正体は、やっぱりぶっころりーであった。

 理由は先ほど本人が話していた通り、師匠に自分を占って貰いたかったものの、イマイチ門戸を叩く勇気を持てず、機会を窺って後を追いかけていたらしい。

 そのあまりの情けなさに、姉さんもその隣のゆんゆんも、ぶっころりーにとびきりの根性無しを見る時のような、白い目を向けていた。

 

「そんなに気負わなくても大丈夫よ。確かに私の占いは精確だけれども、天気を占った時に曇りって結果が出たのに、五分ほどにわか雨が降ったりするくらいの誤差はあるから」

 

「それ殆ど誤差ゼロじゃないか!? そんな精度で未来を見られるの俺!? これで悪い結果しか出なかったら立ち直れそうにないんだけど!」

 

 師匠の言葉に涙目になるぶっころりー。

 そけっと師匠はそんなぶっころりーに微笑みながら、

 

「まあまあ。そんな気負わずに、軽く考えて。初回だし、今回のお題はサービスしてあげるから、気楽に占って欲しい事を言ってみなさい?」

 

「……え、本当にいいの? じゃ、じゃあ……。俺の将来の恋人、いやお嫁さん……。ああ、どうしよう! 悪い結果が気になって素直に頼めない!」

 

 頭を抱えて唸るぶっころりー。

 ……いやもうそこまで選択肢が出てるなら、素直に頼んでしまえばいいのに。

 俺と同じ事を思ったのか、師匠もぶっころりーを見ながらため息を吐いた。

 

「……はいはい。要するに貴方の未来の恋について占えばいいのね。じゃあ早速始めるから。さっさと覚悟しちゃいなさいよ」

 

「……は、はい」

 

 そけっと師匠が机の上に置いてあった水晶玉に手をかざす。室内に僅かながら緊張感が生じた。

 果たしてぶっころりーの未来の恋人はどんな人なのだろうか?

 恋愛事に疎い自覚がある俺でも少し気になって来た。

 師匠が静かに水晶を見つめて、そしてしばらく。

 放っていた水晶の淡い光が収束していき、そして……!

 

「……何も映らないんだけど」

 

「え、えぇっ!?」

 

 ただ光が治っただけの水晶玉を見て、師匠が慌て始める。

 

「お、おかしいわね。普通どんな人だって最低でも一人は映るのに、どうしてなにも映らないのかしら? 水晶の故障? いやでもこれこの前買い替えたばかりだし……」

 

「あ、あのっ。壊れてないか確かめる為に、他の人を占ってみるのはどうですか? それで確かめてダメなら、ぶっころりーさんも色々諦めがつくだろうし……」

 

「君やっぱりさらっと毒吐くよね!? 大人しそうな顔して言葉のエッジがヤバイ時あるよね!?」

 

 ゆんゆんに毒を吐かれて驚愕するぶっころりー。

 一方そけっと師匠は慌てた様子のまま、

 

「そ、そうね。私の力が不調なのかも知れないし、ちょっと確かめてみましょう。誰か占って欲しい人はいない? ついでみたいで悪いけど、この分のお代は要らないから」

 

「じゃあ、そこの愚弟なんかどうですか? 一応貴方の弟子ですし、実験台には丁度良いでしょう」

 

「軽々しく弟を生贄に差し出さないでくれませんかね? あと師匠も納得顔で占い始めないで下さいよ」

 

 俺の意思に関係なく、なぜか俺の将来の恋について占われ始めてしまった件。

 ……いやまあ、この中のメンバーなら一番恋愛ごとに興味が無いのは俺だろうし、変な結果が出ても気にしないから別にいいんだけど。

 その結果を複数人に見られるのは恥ずかしい。姉さんとぶっころりーだけじゃなく、なぜかゆんゆんまで興味津々だし。

 そうこう考えている内に、俺の事を占い始めていたそけっと師匠の水晶玉から光が収束していくのが見えた。

 

「……ふんふん。なるほど。……いやー、これは中々。……一筋縄じゃいかない感じねぇ」

 

「な、なにが見えたんですか? そんな含みを持った感じで言われると、流石に気になるんですが……」

 

「……う、うーん。せっかく未来を見たんだし教えてあげたいのは山々だけど、これは君に結果を教えない方が良いかも……。よろろん、変に意識しない方が上手くやりそうだし。だから君の未来の為にも、この場じゃ秘密にさせて貰うわ。ごめんね?」

 

「……まあ、師匠がそういうなら無理には聞かないですけど。正直そんなに興味も無いですし」

 

 若干尾を引かれる感じはするが、未来なんて解らない方が普通だしな。

 複数人の未来を見てきた師匠が言うなら、その方が良いのだろう。未来の恋路について知るのは、すっぱり諦めようか。

 

「……あれ? そけっとさん。よろろんの未来は教えないだけで見えたんですよね?」

 

「ええ、はっきりと。私の力も水晶も問題は無い様に感じたわ」

 

「……じゃあそんな万全な状態で占われたにも関わらず、なにも未来が見えなかったぶっころりーは……」

 

「や、やめてくれ! 今必死に現実逃避してたんだからわざわざ傷をえぐる様なまうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

 ぶっころりーは半泣きで、叫びながら店を飛び出して行った。

 

 




「……ゆんゆんだっけ? よろろんのこと、大変かもしれないけど諦めちゃダメよ?」

「……へっ!? あ、ななんでっ、なんで私の肩を叩くんですか!? 占ったのはよろろんの未来なんじゃ!?」

主人公の見えない所でこんなやりとりが、あったりなかったり。


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12話

「そんじゃテスト返すぞー。名前呼ばれたやつから取り来いよー」

 

 教卓に立つ気の抜けた女教師の呼びかけに、教室中の生徒達も気の抜けた返事を返した。

 そんなやる気が無いようにも見える態度を諌めることも無く、担任の教師は名前を呼んで採点し終わったテストを返していく。

 

「ほいじゃ次、よろろん」

 

「はいっす」

 

 教師の手からテストを返して貰う。

 点数はまあ、大体平均点くらいか。クラスの中じゃ真ん中くらいの成績だろう。

 

「よろろんはもう少し応用科目を勉強しとけよー。暗記とか基礎は出来てるんだから」

 

「……ふっ。魔法の知識なぞ、俺には基礎の最低限あれば充分ですよ、先生。元よりこの身の全ては剣に捧げていますので」

 

「じゃあ今からでも『ソードマン』に転職するか? 面倒くさいがそのくらいの手続きならすぐやってやるぞ?」

 

「あ、いや。……そういうのはちょっと」

 

 先生の提案をやんわりと断る。

 剣を使う為、体力を鍛えてはいるが、あくまで俺が目指しているのは『魔法使いなのに剣術が得意な紅魔族』なのだ。

 魔法をあまり使わず、剣の腕だけで魔物と戦う魔術師。

 この一件矛盾した、相反する属性がかっこいいのである。

 だから俺は魔法使いのまま剣術の腕を磨きたいのだ。

 

「……まあ、お前がそう決めてるなら止めはしないけどよ。ちょっとでも今のスタイルに疑問を感じたり、何か思う事が生まれたんなら、色んな道を経験して見るのも手だと思うぞ? 環境が変われば、見えてくるものも違ってくるだろうし」

 

「は、はい。覚えておきます」

 

 担任が珍しく真面目なモードで語ってきたので、思わず背筋がピンと伸びる。

 ……す、すげぇ。この人のこんな真剣な顔初めて見た。こりゃ明日は槍が降るかも知れないな。

 

「……よーし。これで全員にテスト返ったなー。ならもう先生行くわ。まだ邪神のごたごたが解決してなくてさー。先生も駆り出されてんのよ」

 

「……そこまでズルズル手間取るなら、もういっそのこと封印解いて邪神が出てきた所を囲んで倒してしまえばいいんじゃないですか? この里の大人達が集まれば可能でしょうに」

 

「いやー、先生もそう思ったんだけどさー。まだ慌てる様な時間じゃない。殺るには早過ぎる。今回は来たるべき日の為に再封印を施すべきだ。って意見が多くてねー。だから封印の準備の手伝いに行かなきゃなんないのよ、先生」

 

 たはは。と笑いながら語る先生。

 ……俺が言うのもなんだけど、この里の大人達はもう少し色んな事に危機感を覚えるべきだと思う。

 

「つーわけで。先生居なくなるから、午前中の授業は全部自習だ。午後には帰ってこれると思うから、各員ここの課題をちゃんと終わらせとく様に。じゃ、もう行くわ。ばいばーい」

 

 言いながら担任は教室を出て行った。

 最初は担任の適当さに呆気にとられ静かだった教室も、見張り役が居なくなった事で徐々に話し声が聞こえてくるようになる。

 

 教卓の上から課題を取った俺も、喋り始めたクラスメイト達に混ざって、近くの席のつむつむに声をかけた。

 

「よっ、つむつむ。今回もテスト満点だったな。スキルポイントはどのくらい溜まったんだ?」

 

「今回のポーションを入れれば……、28かな? あと二ポイントで上級魔法を覚えられるよ。よろろんはどのくらい溜まってるの?」

 

「俺? ……俺は確かこの前のポーションを飲んで28になったな」

 

「へぇー。やっぱりレベルが上がるのが早いとスキルポイントも早く溜まるんだねぇ……」

 

「まあ、お前と違ってテストの結果じゃポーションを稼げないからな。その分、他のとこで稼がにゃ卒業出来ないし」

 つむつむに苦笑いを浮かべて答える。

 この分にはつむつむと同じタイミングで卒業することになりそうだ。

 

「そういやつむつむは卒業したらどうするんだ? 俺は前々から言ってるように旅に出るつもりだけど」

 

「……その。……ちょっと照れ臭いんだけど、聞いても笑わないかい?」

 

「笑わない笑わない。ちょっと前、進路の事で衝撃を受けてな。今ならどんな事言われたって動じない自信がある」

 

 答えながら我が姉の顔を思い浮かべる。

 あの日の姉の発言は、爆裂魔法の如く強烈だった。

 俺の答えを聞いたつむつむは、少し躊躇いながら、

 

「……そ、その。……医者に、なりたいんだ」

 

「え? 立派な志じゃないか。どこも恥ずかしいとこなんてないだろ」

 

「い、いや。人間のじゃなくて……」

 

「……獣医って事か? そりゃ人間の医者になる奴よりは珍しいと思うけど、別に隠す様な夢じゃ……」

 

「そうでもなくて……。その、僕がなりたいのは……。ーー魔物の医者なんだ」

 

「…………へ?」

 

 意を決したつむつむの言葉に、思わず耳を疑う。

 ま、魔物の医者? そんなの聞いたことないぞ。

 怪我とかは治癒魔法が使えるプリーストに治療して貰うのがこの世界の主力だけど、普段の健康診断や、治癒魔法では治せない病気の治療の為に医者になる者も多い。

 家畜やペットの体調不良を治す為の獣医だって、人間の医者に比べれば少ないけどちゃんと職業として知られるくらいには母数がいる。

 

 しかし、魔物を治療する医者なんて存在は聞いたことも無かったし、いるとも思わなかった。

 人に害をなさない魔物はいるが、基本的にほとんどの魔物は人に仇なす存在なのだ。

 わざわざ好き好んで治してやる奴はいないだろう。

 それが俺の先ほどまでの認識だった。故に現在、俺は酷く困惑していた。

 

「あ、その、医者と言っても魔物の治療を専門に行う訳じゃないんだ。魔物の生態研究の中の一つとして、そういう考え方があるってだけで」

 

「そ、そうなのか。……じゃあ、つむつむは魔物の研究の方に進むってことか。うん、向いてると思うぜ、つむつむに」

 

 思い返せばつむつむは、やたら魔物について勉強していた様な気がする。

 それは将来魔物の研究をする為に知識を蓄えていたのか。

 その鬼気迫る表情も将来に向けて必死に勉強していたと考えると、なるほど納得だ。

 毎回毎回、息を荒げるくらい集中してたもんなぁ……。

 よほど魔物に興味があったのだろう。そんな相手に授業中とはいえ、魔物殺しを強要してしまったのは。

 過去の所業を思い出した俺は、つむつむに頭を下げる。

 

「いや、悪かった。レベル上げの時、魔物を殺すようしつこく言って。あの時はてっきり慣れてないから躊躇ってるんだとばかり……」

 

「気にしなくていいよ。そういう授業中だったんだし、よろろんは僕のため言ってくれてたんだろ? だったら僕が腹を立てるのはお門違いってやつさ。…………それにそっちもイケるんだって、新たな扉を開く事も出来たしね」

 

 ぼそっ。と呟いた最後の部分は聞き取れなかったものの、あの時の事はつむつむに許してもらえたらしい。

 なら良かった。胸を撫で下ろしながら、俺はつむつむに再び尋ねる。

 

「じゃあ卒業後は王都に向かう感じか。あそこなら専門に研究してる施設があるって話だし」

 

「いや、僕はアルカンレティアに向かうつもりなんだ。王都の研究所よりも、そこにある研究所の方が僕にあった研究をしてるみたいでね。この学校を卒業したらそこに行くつもりなんだ」

 

「……ア、アルカンレティア? って、あのアクシズ教団の総本山がある街だよな? だ、大丈夫なのか?」

 

 水と温泉の都、アルカンレティア。

 風光明媚で、観光するなら良い街らしいのだが、頭が可笑しい教徒しかいないと噂のアクシズ教団のお膝元なので、アクシズ教徒以外で定住する人間は少ないという。

 そんな場所に居を構える研究所に向かうと聞いて、俺は友人の正気を疑わずにはいられなかった。

 しかし我が友人、つむつむはすごく澄んだ瞳で、

 

「何を言ってるんだい、よろろん。アクア様の加護が一番強い都市なんだよ? 素晴らしい場所に決まっているじゃないか。きっと空気は澄み渡っていて、麗しき水の女神様の加護を受けるに相応しい場所なんだろうなぁ……。ああ、早く行きたいなぁ……」

 

 友人の穢れのない瞳に、俺は酷く嫌な予感がした。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「………………」

 

 俺は静かに姉さんと二人で使っている自室の扉を開ける。

 姉さんはまだ帰って来ていなかった。

 おそらく学校帰り、ゆんゆんと二人で遊んでいるのだろう。

 学校を出る時、なにやら二人で言い合ってるのが見えたしな。孤立しがちだった姉さんに仲が良い友達が出来たようでなによりである。

 

「……よし。なら今のうちに」

 

 部屋の真ん中に引かれた仕切り代わりのカーテンを潜って、俺の領域、俺の部屋に向かう。

 足音を立てないようにベッドの近くまで歩き、その足を少しずらして床板を露わにする。

 

「……よいしょっと」

 

 縦に並ぶ板の隙間に指を入れ、上に向かってめくり上げる。

 釘が効いておらず、固定されていなかった床板は呆気なく外れ、その下に二十センチ四方の床下スペースが現れた。

 

 俺は学校に持って行っていた鞄の中から、午後の授業で貰ったスキルアップポーションを取り出すと、現れた床下空間の中に入れる。

 これで俺が隠し持っているポーションの数は二本になった。

 今すぐ全て飲んでしまえば、あっという間にスキルポイントが上級魔法を習得出来るだけ溜まる。しかし我慢だ。

 これは王都からやってくる商人に売って、旅をする資金にするのだから。

 ここは我慢の時である。あと二ポイントくらい授業とレベル上げですぐに貯まるさ。

 俺はぐっと、湧き上がってくる欲求を飲み込んだ。

 

 紅魔の里中では割と簡単に手に入るスキルアップポーション。実はこれ、里の外ではかなりの貴重な品らしい。

 一つ数百万エリス近い値段で取引されている、と学校を卒業した先輩から聞いていた俺は、卒業の目安にスキルポイントが近づいてから、こうしてポーションを使わず貯めていたのだ。

 

 我が家は非常に貧乏だ。旅に出る俺の用意が出来るほど、金銭的余裕はないだろう。

 しかし、これだけのポーションがあれば旅の準備を充分整えられる。

 俺の用意は、ポーション一本売り捌けば出来るだろうし、残った一本は姉さんにあげるか。

 別に爆裂魔法の習得のために使ったって良いし、まあ旅に出る弟から姉に向けてのささやかなプレゼントだ。

 同じように売り捌いてお金に変えれば、姉さんもこめっこもしばらく飢えずに済むだろう。

 そんな事を考えながら床板を元に戻ーー

 

「兄ちゃんなにしてるの?」

 

「うひゃいっ!?」

 

 いきなり現れた妹の顔に、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 いつの間にか俺の近くまで来ていたこめっこは、興味深そうに俺の手元を覗いていた。

 

「兄ちゃんなにしまったの? えろ本?」

 

「は、はぁっ!? ちょっ、ちょちょちょっと待て!? こめっこ、そんないかがわしい言葉どこで覚えてきた!?」

 

「ぶっころりーが言ってた! 男がベッドの下にかくすもんはえろ本に決まってるって!」

 

 よし、埋めよう。

 占いの日以来、なにやら落ち込んでいたみたいだったから、いつも以上に優しく接してきたけどそれも今日でおしまいだ。

 覚悟を決めた俺は、床とベッドを元に戻すと、憎き怨敵の家に向かって歩き始めた。

 

「兄ちゃんどこ行くの? またごはんとり行くの?」

 

「いやちょっと、ゴミを片付けに。……あのベッドの下のこと、姉さんにはナイショにしといてくれよ」

 

「わかった! くちがさけても言わないね!」

 

「いや流石に口が裂けるくらいなら言っても良いけど。……ま、兎に角。兄ちゃんちょっと出掛けてくるわ。留守番頼んだぞ?」

 

「ふっ、まかされた。我が名はこめっこ。家の留守を任されるものにして、紅魔族随一の魔性の妹なり……」

 

 こめっこの可愛らしい名乗りに見送られながら、俺は怨敵の住処へと向かった。

 



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13話

 

「姉ちゃん姉ちゃん! 兄ちゃんがベッドの下にえろ本かくしてる!」

 

 こめっこの口から、そんな衝撃的な言葉を私は聞いた。

 きっかけは、私が帰ってきてからずっと沈黙していたこめっこに、その理由を問いただした時だ。

 先に帰って来ていたらしいよろろんの姿はどこにも無い。ヤツなら何か知っているかもしれないが、居ない事には問いただせない。

 仕方なくこめっこに理由を聞いても、ふるふると首を横に振るだけだ。

 何も答えず、頬を膨らませるばかりのこめっこの頬を仕方なく、つんつん弄んでいた私に、『口が裂けちゃう!』と堪らず口を開いたこめっこの出した二の句がその秘密だった。

 

 正直信じられなかった。

 あの剣を振るって喜んでいるお子様に、そんな欲求が有るとは思えなかったからだ。

 この前の占いの時だって、あんなに結果をもったいぶられたにも関わらず、あっさりと受け流すあたり、本当に色恋に関心がないのだと寧ろ関心してしまったというのに。

 

 しかし純粋なこめっこが、えろ本なんて言葉を使って私を騙すとも考えられない。

 と、言うか。妹の口からえろ本なんて言葉が出てきた自体、俄かには信じがたい。

 誰だ、そんないかがわしい言葉をこめっこにインプットしたのは。見つけたらタダじゃ済まさんぞ。

 

 ……まあ、こうやってクロとじゃれ合うこめっこを眺めながら、あれこれ考えていても仕方ない。

 百聞は一見にしかず。私は事実を確かめる為に、よろろんと共用している自室に向かった。

 

 日がほぼ沈みかけ、部屋に差し込む陽光はかなり少なくなっているので、室内は非常に薄暗い。

 が、まだギリギリ光源を使わなくても探索出来る位の明るさはある。窓際の弟のスペースなら、通路側の私のスペースよりも少しは明るいだろう。

 

 私は足音をなるべく立てないように、恐る恐る部屋の中心を仕切るカーテンを潜る。

 簡素なベッドとその枕元に立て掛けてある、使い込まれた木剣をちらりと横目で見た私は、早速ベッドの下を覗き込んだ。

 

「…………」

 

 結論から言えば、何もなかった。

 物も少なく、小まめに掃除しているからか、埃すらあまり無い。

 恐らく私のベッドの下より小綺麗だろう。

 こういう色々マメな所は、血を分けた姉弟として私も見習わなくてはな。と思う。

 

 そう床板の埃を確かめる為に、床を撫でていた私の手の平に、少々の違和感を感じた。

 こう……、僅かにだが出っ張りがあるような。今一度床を撫で、違和感を感じた部分を特定すると顔を近づけ観察する。

 

 すると私の目に、床板に入った切れ込みのような隙見が見えた。

 小さな隙間だが、爪を立てて隙間に引っ掛ければ上手く持ち上げられるかもしれない。

 床下か。これは良い隠し場所だ。

 好奇心が疼いた私は早速、隙間に指を入れて持ち上げる。

 

 しかし、僅かに床板が動くだけで持ち上げることが出来ない。

 理由はベッドの足が私が持ち上げようとしている床板の上に乗ってたからだ。

 ……なるほど。こうして私の探索を妨害する算段なのか。

 なかなか味な真似をしてくれる。私は体に魔力を纏わせた。

 

「……ふぉぉぉぉぉぉぉっ……!」

 

 思いの外、弟のベッドは重かった。

 しかし私が全力を出したなら、破壊出来ない壁は無い。

 肩で息をする程、体力を消耗させられたものの、どうにかベッドをどかす事は出来た。

 あとはこの憎き床板を剥がして、こめっこの言葉の真偽を確かめるだけである。

 

 私は再び床板に指をかける。

 今度はすんなりと板が持ち上がり、その下にスペースが生まれた。

 意を決して中を覗く。そこにはーー

 

「…………これは、スキルアップポーション、ですか?」

 

 よろろんのベッドの下のスペースにあったのは、えろ本ではなく二本のスキルアップポーションだった。

 ……よろろんめ。スキルアップポーションなんて隠し持って何に使うつもりなんだ。

 

 と、瓶を取り出して眺めていた私は気づいた。

 片方の瓶の栓のコルクに、小さく私の名前が書いてあった事に。

 それを見て、私は理解した。これは私の為に、よろろんが自分が貰って来た分を取っておいてくれたのだと。

 

 本数的に見て、最近集め出したのだろう。

 私が爆裂魔法の習得を彼に話したあの日から、大量のスキルポイントを使う私の為に取っておいてくれたのだろうか。

 

「……。……はぁ。全く。余計な事を……」

 

 私は静かにポーションをしまって、ベッドを元の位置まで戻した。

 自分で得て来た物なのだし、さっさと自分に使ってしまえばいいものを。

 変な所で気を利かせてくるというか、優しいというか。

 好奇心がすっかり萎えてしまった私は、探索を打ち切り居間へと戻る。

 

「あ、姉ちゃん。何してたの? えろ本探し?」

 

「いえ、ちょっと本を読んでいました。それより、こめっこ。えろ本なんて言葉、軽々しく口に出してはいけませんよ?」

 

「え、どうして?」

 

「『えろ本』とは呪われた魔術を記した魔道書の名前なのです。その効力とはとても凄まじく、名前を口に出しただけで呪われてしまうのです。幸い今回こめっこが口に出した分の呪いは私が解呪しておきましたが、次も上手くいく保証はありません。超強力な呪いなのでね、天才の私といえど一度の解呪が限界なのです。だからもう口に出してはいけませんよ。特に人前ではね」

 

「う、うんっ。わかった、もう言わないね」

 

 少し怯えた様子で頷くこめっこの頭を撫でながら、私は台所へと向かう。

 ……今日のおかずは、よろろんが好きな物を作ってあげよう。

 メニューを考えた私の口角が、自然と上がったのがわかった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

 ぶっころりーに制裁を加えた帰り道。

 すっかり暗くなったあぜ道を一人、俺は歩いていた。

 辺りに人気は無い。

 ぶっころりー家から帰る途中、出会ったつむ達と一緒に『最終決戦。主人公のピンチに駆けつけるかつてのライバルや仲間たち』ごっこをしていたら、すっかり遅くなってしまった。

 早く帰らないと姉さんとこめっこに夕飯を残らず食べられてしまう。

 

 そう帰路を急いでいた俺の目に、見慣れない姿の一団がやってくるのが見えた。

 見たことのない顔ぶれだ。杖やローブではなく鎧や刀剣を身につけている。

 旅の途中、この里に立ち寄った冒険者達だろうか? こんな時期に里に来る冒険者とは珍しい。

 向かい側からやって来る一団に目を向けていると、先頭を歩いていた鎧姿の男が声をかけてきた。

 

「やあ、こんばんは。君はこの里の子かな?」

 

「はい、そうです。貴方達は……」

 

「僕たちは冒険者でね。魔王軍と戦う為に、世界中を旅して周っている途中なんだ。少し道を尋ねてもいいかい?」

 

 男は俺に笑いながら答える。

 ……魔王軍と戦う冒険者とな? それってつまり名うての冒険者という事ではないか。

 確かに身につけている鎧はかなり良い物だ。腰に下げている剣からも、タダならぬ魔力を感じる。レベルも高そうだし、経歴を騙っている訳では無さそうだ。

 ……ふっ。成る程。

 この邂逅、運命という名の神の導きか。はたまた悪魔に悪戯によって歪められた物語の始まりか。

 どちらにせよ、強者との出会いを仕向けてくれた事には感謝せねばなるまい。

 ならば良し。その経歴に負けぬ名乗りを上げるとしよう。

 俺は意味深に笑うと、困惑した様子の鎧の男達を見据える。

 

「……ククク。成る程。まさかこのような場所に魔王を打倒せんとする勇士がやってくるとはな。歓迎しよう、盛大にな……」

 

「えっ? あ、ありがとう。で、その、道を聞いても……」

 

「……おっと、失礼。まだ名乗っていませんでしたね。ーーでは名乗りましょう。名乗らせていただきましょう!」

 

 困惑する冒険者一行を放置して、俺は試行錯誤の末に辿り着いた至高の名乗りポーズをする。

 足を半歩開き、右手で顔を覆って、左手を右手の交差するよう横に伸ばす。

 羽織っていたローブ(一撃熊の一撃によってだいぶ短くなってしまっている)を風にはためかせ、驚愕のような呆れのような変な表情で俺を見つめる客人達に、声高らかに名乗った。

 

「我が名は『ダークネス・ナイトメア』。漆黒より生まれし混沌の寵児。紅魔族随一の剣の使い手にして、いずれ世界最強の剣士となるものなり……」

 

「…………バカにしてるのかい?」

 

「ち、ちがうわいっ!」

 

 真顔で返されてしまった。

 渾身の名乗りだったのに……。やっぱり紅魔族式の自己紹介は、里の外の人間の目には特異に映ってしまうものなのだろうか。

 まあ、でもいいや。しっかり名乗れたし、それは満足した。

 故に俺は改めて彼らに名前を名乗った。

 

「あ、すいません。これは一応紅魔族のしきたりの様なものでして。あまり気にしないでくれると助かります。どうも、よろろんです。ですがこれは紅魔族の中で生活していく中で付けられた名前ですので、『ダークネス・ナイトメア』と呼んでいただいても一向に構いませんよ」

 

「……そ、そうなのか。……いや、こっちこそあんな態度を取ってしまって悪かった。この里に来てから事ある毎にあんな感じの自己紹介をされてたから、つい……」

 

 と、言いながら苦笑いを浮かべる男。

 外の人達からしたら、一々長ったるしいカッコつけた挨拶に付き合わされるのは、あまり好ましい事ではない様だ。

 

「よろしく、よろろん。僕はミツルギ・キョウヤ。この娘達は僕たちのパーティーメンバーの……」

 

「私はフィオ! で、こっちが」

 

「クレメアよ。よろしくね、よろろんくん」

 

 ミツルギさんに続いて、彼の後ろで一部始終を見守っていた女性達も俺に挨拶してきた。

 ……誰も『ダークネス・ナイトメア』と呼んでくれないな。やっぱり名前にしては長過ぎるのがいけないのか。家に帰ったら早速、新しい呼びやすい名前を考えよう。

 旅先で出会う人にまでよろろんとかいう名前で呼ばれるのは恥ずかしい。

 

 しかし、なんだろう。

 ミツルギ・キョウヤか……。どこか懐かしさを感じる名前だ。

 こんなかっこいい名前、今日初めて聞いたというのに。

 ……はっ。もしかして前世で、この男と何かしらの因縁が……?

 ……ククク。そうか。我が怨敵よ、再び今世で相見える事になるとはな……。

 ならばこれ以上の言葉は不要。ここから先は剣で語る事にしよう……。

 

「……ふふっ。いいでしょう。道案内を頼みたいと仰っていましたね? ミツルギさん」

 

「ああ、頼まれてくれるかい?」

 

「ええ、いいでしょう。何処へなりとも案内しますよ。ーーただしっ!」

 

 俺は背中から『ダーク・ソウルブレイド』を引き抜き、ミツルギさんにその切っ先を向ける。

 

「俺に勝てたら。ですけどね?」

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 以下、ダイジェスト。

 

「うぉぉぉぉぉぉっ!! 唸れ俺の、『ダーク・ソウルブレイド』ォ!!」

 

「……え? あっ、その。……ごめん」

 

「あべしっ!?」

 

「やった! キョウヤの勝ち!」

 

「さっすが私達のリーダー! あんな禍々しい光を放つ魔剣使いを倒すなんて!」

 

「あっ……。う、うん。や、やったぜ?」

 

「くぅっ……! ま、まさか、この俺が……倒される、とは……。……く、クククっ。……流石だ、勇者よ。だが次もこう上手くいくと思うなよ……! 俺を倒したところで、まだまだ魔王様に付き随う強者はいる。そやつらも、今回のように倒せると思うなよ……!」

 

「え、あっ……。が、頑張ります」

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 

「えっと……。……大丈夫かい?」

 

「はい、そりゃもう! お付き合い頂きありがとうございました!」

 

 地面に倒れていた俺に声をかけてくるミツルギさんに、俺は立ち上がりながら返事を返す。

 俺が提案した茶番に付き合ってくれた上、俺の身を案じてくれるとは。

 見かけの通りいい人だった。

 

「フィオさんとクレメアさんも、ありがとうございました」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

「私たちもちょっと楽しかったしね」

 

 ミツルギさんのパーティーの二人も、気の良い人達で助かった。

 立ち上がって寝転んだ時に付いた土汚れを払ってから、俺は彼らを先導する。

 

「さ、どうぞこちらです。宿屋への道ですよね。喜んでご案内させて貰います」

 

「あ、ありがとう。でも今のは……?」

 

「いやぁ、ちょっとやってみたかっただけなんで、お気になさらず」

 

 これで勇者と壮絶な戦いを繰り広げたという既成事実は出来たな! 明日学校へ行ったら自慢しよう。

 俺は夜道を揚々と歩き出した。

 

 



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14話

遅くなりました。申し訳ございません。




「………………」

 

「………………」

 

 

 現在俺は、ゆんゆんと二人で向かい合っていた。

 場所は紅魔族の族長の家。つまりゆんゆんの家。

 担任に頼まれて邪神関係の調査の報告書を届けに行った俺は、何故だかそのまま家の中に招かれ、ゆんゆんの部屋でお茶をご馳走になっていた。

 目の前のテーブルの上には、まずウチじゃ出される事がないような豪華なお菓子が並んでいる。

 ……た、食べてもいいのだろうか? 本当にこんなお菓子、俺なんかが食べてもいいものなのだろうか?

 

「…………あ、あ、あの……。よ、よろ、よろろん……。ど、どどどうっ、どうしてウチに……?」

 

 と、見たことの無い豪華なおやつに目が眩んでいた俺に、テーブルを挟んで対面に座るゆんゆんが、物凄く目を泳がせながら聞いて来た。

 落ち着かない様子のゆんゆんに、俺は事の経緯を説明する。

 

「いやそれが俺もよくわからないんだけど……。族長さんに用があってこの家を尋ねたんだよ。んで、玄関でゆんゆんのお父さんに事のあらましを説明してたら、なんか急に、

『ゆんゆんの、友達……だと……? ……さ、さあ、遠慮せず上がってお茶でも飲んで行きなさい!! か、母さん大変だ!! ゆ、ゆんゆんの友達が、ゆんゆんの友達がウチに遊びに来たぞぉ!!』とか言われて気がついたらこの部屋に……」

 

「あ、あああっ……! ああああああもうお父さんのバカァァァァァァ!!」

 

 ゆんゆんは顔を真っ赤にして叫んだ。

 ……まあ、あんな大騒ぎして突然自分の部屋に友達押し込まれたら、そりゃ叫びたくもなるよな。

 俺だって無断で姉さんが俺の部屋に(といっても一部屋をカーテンで仕切っているだけ)入って来たら怒るもん。それが血の繋がってない他人なら尚更だ。

 自分の意思では無いといえ、同級生の女の子の部屋に入ってしまった俺は、突然押しかけてしまった申し訳なさと、妙な気まずさに頬をかいた。

 

「……あー、うん。もう頼まれてた事も終わったしすぐに帰るから。そんなに気にしな」

 

「い、いやっ! ち、違うのっ! 別によろろんにすぐに帰って欲しいとかじゃなくてそのっ……」

 

 慌てた様子で俺の言葉を遮るゆんゆん。

 い、一応歓迎はされてるのか? ならもう少しだけお邪魔する事にしよう。

 ……でも、どうしよう。正直女の子の家とか一人で来たの初めてだし、何話せばいいのかとか、何して遊べばいいのか、とか全然わからん。

 ゆんゆんも俯いたまんま全然動かないし、一体どうすれば……。

 

「……ね、ねぇ。よろろん。き、聞いてもいいかな?」

 

 と、頭を悩ませていた俺に、ゆんゆんが恐る恐る聞いてきた。

 俺は彼女に頷きを返す。ゆんゆんはまだ少し口籠もりながら、

 

「……そ、そのっ。……ウチに来た時、よろろんはお父さんには、私の友達だって言ったの?」

 

「……え? ……あ、ごめん。姉さんとならともかく、俺達そんなに一緒に遊んだりした事なかったもんな。友達はちょっと馴れ馴れしかったか……。……ごめん」

 

「う、ううん! そ、そうじゃなくて! よろろんに友達って言われたのは凄い嬉しくて! どうして私なんかを友達扱いしてくれたのかが知りたくて……!」

 

 そこまで言って、ゆんゆんは赤かった顔を更に赤くした。

 それをあまり見ないようにしながら俺は答える。

 

「いや理由って……。姉さんも一緒だったけど、何回か一緒に遊んだし、結構一緒に帰ったりとかしてたし……」

 

「じゃ、じゃあ……。私もよろろんの事を友達だって思っても……」

 

「お、おう。別にいいけど……」

 

「…………っ!!」

 

 ゆんゆんが物凄い嬉しそうな顔になった。

 そ、そんなに友達に飢えていたのか……。

 俯きながらニヤニヤ笑うゆんゆんに、どうやって声を掛けていいのかわからなくなる俺。

 

 目線をゆんゆんから逸らして、解決策を探していた俺の目に、木造りの衣装ケースの上になにやら縦長の箱が乗っているのが見えた。

 確かあれは……。王都で話題になっているボードゲーム。

 ルールは単純ながも、戦略性の奥深さにハマってしまう人が続出している最新のゲームだ。

 これは途切れた会話を再開するきっかけになるかも知れない。

 俺は箱を指差して言う。

 

「な、なあ、ゆんゆん。アレって王都で話題になってるボードゲームだよな?」

 

「え、あっ、うん。……この前王都から帰って来た叔父さんが買って来てくれて……」

 

「ならアレやろうぜ! 俺話に聞いてからずっと気になってたんだよなぁ……。あのゲーム、めちゃくちゃ面白いんだろ?」

 

 俺が聞くとゆんゆんは、ぽかんと口を開けしばらく俺の顔を見てから、

 

「……う、うん! やろう!」

 

 はにかみながら答えた。

 その笑顔にどことなく、俺は気恥ずかしさを感じた。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

「……よし! ここでソードマンを進化ッ! 移動力が上がったソードマスターで一気にゆんゆんの陣地をーー」

 

「あっ……。アークウィザードの『ライトニング』でそのソードマスターは……」

 

「え、嘘? ま、またかよ……。……これで俺のソードマスター全滅……。前衛が居なくなって一気に攻め込まれるから……」

 

「わ、私の勝ち、だね……?」

 

「………………」

 

 駒が並べられた卓上を見て項垂れる俺。

 五戦やって全敗。俺は早くも自分のボードゲームに対するセンスの無さに絶望していた、

 

「ち、ちくしょう……。どうしてこうも前衛職の移動力は低いんだ。やっと敵陣に到達したと思ったら周りに囲まれてフルボッコだし……」

 

「もう少し攻め込むタイミングを待つべきじゃないかな? いくらなんでも開幕早々ソードマンだけで突っ込んでくるのは止めた方がいいと思う」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 でも仕方ないじゃないか。ちまちま攻めるのは性に合わないんだから。

 男ならこう……、一気に突撃して一気にズバッと敵を制圧したいと思うもんだろう。

 まあ無理なんですけどね。俺はままならない現実を前に、再び項垂れた。

 

「ね、ねぇ。よろろん。聞いてもいいかな?」

 

 そんな俺に、再びゆんゆんが尋ねてきた。

 顔を上げて返事を返す。

 

「どったの? もうゲーム終わりにする?」

 

「う、ううん。そうじゃなくて。……よろろんは学校卒業したら、どうするつもりなの?」

 

 ゆんゆんの質問に、盤上の駒をいじりながら答える。

 

「んー……。まあ、この里を出て世界中を旅をするつもりかな。やっぱりダンジョンを冒険、とかしてみたいし。こめっこを置いていくのはちょっと心残りがあるけど」

 

 素直に思っている事をゆんゆんに話す。

 世界に対する好奇心と、剣の腕を高める為に俺は旅に出るつもりだ。

 両親にはもう話をして、旅に出る許しを貰っている。そこは心配していない。

 

 姉さんもまあ、大丈夫だろう。

 体力は無いし爆裂魔法しか魔法が使えなくなりそうだけど、なんだかんだで逞しい人だ。

 あの悪知恵が働く頭があれば、どんな環境だって生きていけるだろう。

 姉に関してもまた懸念は無い。

 

 しかし問題はこめっこの事である。

 父さんも、その仕事を手伝っている母さんも家を留守にしがちだ。

 爆裂魔法を覚えようと画策している姉さんも、きっと旅に出るつもりだろうし、今面倒を見ている俺達が旅立ってしまえば、彼女は一人で留守番する事が多くなってしまうだろう。

 しっかりしているこめっこのこととはいえ心配だ。

 旅に出る前に、近所の人たちに妹の面倒を見てくれるよう、頼んで周る事にしよう。

 あとぶっころりーには変なことをしないようにしっかり釘を刺しておこうかな。

 

「……そうなんだ。よろろんも旅に出ちゃうんだ」

 

「ま、まあ、ちょくちょくこめっこや母さん達の顔を見に帰って来るつもりだし。そんな何十年も音信不通になっちゃうとかはないから安心してくれ」

 

「う、うん。そっか。…………やっぱり、私も」

 

 ぽつん。と小さな声で呟いた、最後のゆんゆんの声を、俺は聞き取ることが出来なかった。

 

 

 

 

 ♦︎

 

 

 

 

 白い月が窓の外に見える。

 夜。中々寝付けずにいた俺は、自室のベッドの上に寝転がって空を見上げていた。

 いつもなら布団に入ったら二分で熟睡する俺が、今日は珍しく寝付けていなかった。

 原因は夕方ゆんゆんの家で飲んだコーヒーだろうか。

 普段飲まない癖にカッコつけて、ブラックのまま飲み干したコーヒーの影響が強く出ているのだろうか。

 布団を被っても全然眠れる気配が無い。

 明日も朝から学校だというのに、このままでは寝不足で授業中に力尽きてしまう。

 早くポーションを集めるためにも、寝落ちだけは阻止しなければ。

 

 なんとか眠ろうと、再び布団を被る俺。

 しかし冴えた目を閉じた所で眠ることは出来ない。

 これは困った。そこそこ疲れも感じているし、早く眠りたいところなのに。

 

「……はぁ。仕方ない。腹が膨れれば少しは眠くなるだろ」

 

 俺は枕元に畳んで置いてある、自分のローブの隙間からゆんゆんの家で貰ったお菓子の一部を取り出す。

 姉さんとこめっこにあげたぶんのおまけだ。

 王都で流行っている小麦粉の焼き菓子。

 明日の昼食の足しにしようかと、姉さんとこめっこに見つからないようにとっておいたそれを、俺は口の中に放り込む。

 寝ている姉さんを起こさないよう、音を立てないように咀嚼する。

 

 中に入っている甘いクリームと、さくさくした焼き菓子の食感が良いアクセントになっている。

 ……うむ。やっぱり美味しい。

 お土産に貰って帰って来たら、姉さん達が目の色変えて食べ進めるわけだ。

 俺は二つ目の袋を取り出し、破いて中身を出す。

 

「にゃあ」

 

「ん、クロ? なんだお前、まだ起きてたのか」

 

 袋から取り出したお菓子を口に放り込もうとしていると、どこからともなく現れた黒猫と目が合った。

 ちびすけは物欲しげな瞳で俺の顔を見上げながら、ベッドに腰掛けていた俺の膝の上を占領した。

 その視線の先は、当然食べようとしているお菓子。

 誰に似たのか知らないが、食い意地が張った猫である。

 このままだとテコでも動きそうにない。

 俺はお菓子を半分に割ると、クロの鼻先へと持っていく。

 

「……見つかっちまったなら、しょうがない。半分食べさせてやるから、この事は秘密にしてくれよ」

 

「にゃあー」

 

 クロは小さく鳴くと、俺が差し出したお菓子をむしゃむしゃ食べ始めた。

 すぐに食べ終わり、再び俺の顔を見上げる。

 まだ食い足りないアピールだ。残りの半分も要求する気らしい。

 俺は結構食べたし、もう半分くらいあげようか。

 半分にしたお菓子をまた半分にして、俺はクロに差し出した。

 

「……。にゃあ」

 

 まだ足りないと申すか。

 この欠食児童め。まったく、誰に似たんだか。

 クロは早くよこせと言わんばかりに、俺の膝の上をごろごろ寝転がる。

 遂には催促の声のつもりか、にゃあにゃあと鳴き始めた。

 

「ちょっ、 ……静かに。姉さんが起きちまう」

 

 慌てた俺はクロの口にお菓子を突っ込む。

 半分に割っている余裕は無かった。

 むしゃむしゃと食べられるお菓子を見ながらため息を吐く。

 

「……はぁ、まあいいや。あんまり腹は膨れなかったけど、猫相手にお説教しても仕方ない。もう寝よう」

 

 俺はクロを膝の上から降ろすと、再びベッドに寝転がる。

 依然として俺の目は冴えたままだった。

 このままだと一晩中ベッドの上で眠れぬ夜を過ごす事になりそうだ。

 ……仕方ない。少し体を動かしてくるか。

 明日に備えて無駄な体力を使いたくはなかったのだが、こうも寝付けないんじゃそうも言ってられないだろう。

 不幸にも腹を膨らませられるだけの食べ物は家には無い。

 俺は起き上がると、寡黙な相棒である『ダークソウル・ブレイド』を背中に提げて部屋を静かに出て行った。

 

 

 

 

 

 



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15話

 

「ふわぁ……。ねむ……」

 

 一日の学業から解放された俺は、ふらふらと帰路に着いていた。

 昨夜は結局眠れず、今日一日は寝不足のせいでずっとこんな調子で過ごす羽目になった。

 お陰で授業中に寝落ちるわ、その罰として担任にいいようにこき使われるわ、散々な目に遭った結果、俺の苦手なものの項目にブラックコーヒーが増える事になったのでした。まる。

 

「くわぁ……。ねむい。……帰ったらすぐ寝よう」

 

 日はすっかり傾き、オレンジ色の陽光が空を染め上げている。

 また夕方だというのに、気を抜いた瞬間路上だろうが構わず寝落ちてしまうそうだ。

 そう目をこすりながら歩く俺の耳には、さっきから何やら喧しい鐘の音が響いていた。

 ……誰だよ、こんな夕方から傍迷惑な。

 まーた、里の大人達が邪神やらなにやらで、きゃっきゃしてんのかよ。もう封印するんじゃなかったのかよ。

 かーんかーんと鳴り響く鐘の音を、鬱陶しく思いつつも帰宅。

 なぜか開きっぱなしになっていた家の扉を潜ると、漆黒の巨体を持つモンスターと目が合った。

 

「………………」

 

「………………」

 

 目と目が合う瞬間、あの時の悪魔だと気づいた。

 この前の実習の時、俺達に襲いかかってきたモンスターが、何故だか我が家に遊びに来ていた。

 ……彼、いや彼女(?)は実は姉さんの友達だったりするのだろうか? 

 あの時も単に鬼ごっこをしていて、姉さんを追いかけ回して遊んでいただけなのかも知れない。

 ならあの時は水を差してしまったのことになるのか。それは悪いことをした。

 

 怒る気持ちも充分にわかる。

 だから謝る。素直に謝るから、どうか家を訪ねる時は、扉を壊さず遊びに来て欲しい。

 修理費だって結構するし、それを捻出する為に、ただでさえ少ない俺達の晩御飯のおかずが一品減ったらどうしてくれるのだろうか。

 此方に非があるとはいえ、その横暴な振る舞いには流石に怒りを感じずにはいられなかった。

 

 というかなんで今になるまで気がつかなかったし、俺。

 玄関の扉が派手にぶち破られてるのに、どうして欠伸しながら普通にただいまを言おうとしてたんだ。俺はバカなのか。

 

「よ、よろろん!? 無事ですかよろろん!!」

 

 と、あり得ない現実に目を擦っていた俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえてきた。

 振り返ると、慌てた様子で走ってくる姉さんと、その後ろに続くゆんゆんの姿が見える。

 俺は二人に声を返した。

 

「よお、姉さん。そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

「寧ろなんで貴方はそんなに落ち着いてるんですか!? この状況で! 目の前の悪魔が見えてないんですか!?」

 

「いや別に、姉さんの友達と挨拶してただけだし……」

 

「わかりました寝ぼけてますね! 目を覚ましてあげるから歯を食いしばりなさい!!」

 

「へぶぅ!?」

 

 姉さんにビンダされた俺はその場でよろめく。

 倒される程の衝撃は無かったものの、中々の威力で頬が痛い。

 この姉、本気で殴りやがったな……。

 ……まあ、でもお陰で目が覚めた。俺は背中から剣を抜いて、家の中の悪魔と相対する。

 

「……くっ、目覚めたらいきなりピンチとは! ここは俺に任せて二人は先に逃げろ!」

 

「今更カッコつけても何もかも手遅れですからね!? そ、それよりこめっこは!? こめっこは一緒じゃないんですか!?」

 

 慌てた様子で聞いてくる姉さん。

 そこで気がつく。我が家にいる悪魔によって、我が小さな妹が危険にさらされる可能性を。

 俺の額から汗が滲み始めた。

 

「た、大変だ姉さん! こ、こめっこがっ! こめっこがまだ中にっ!?」

 

「あ、あわっ、あわわわわわてるような状況ではありません!? ま、まずは落ち着いて、作戦をっ!」

 

「ふ、二人とも落ち着いて! 見てるから! 悪魔が今にも襲いかかってきそうな眼光で私達を見てるから!?」

 

 ゆんゆんの制止の声を聞いた俺達は、少しだけ冷静さを取り戻し悪魔と向き直った。

 その刹那。幸か不幸か、悪魔が右腕を引きしぼり腕を打ち出す姿勢を取っている姿を、俺の目は捉えた。

 俺は姉さんを突き飛ばすように下がらせ、剣を身体の前に構えながら魔力の強化を施す。

 盾のように構えた俺の『ダークソウル・ブレイド』を悪魔は遠慮なく殴りつけた。

 

「……っ!?」

 

「よ、よろろんっ!?」

 

 激しい金属音と共に、俺は玄関から吹き飛ばされた。

 衝撃で剣を構えていた腕がひどく痺れる。危うく剣を落としそうになったが、それだけは根性でなんとか堪えた。

 幸い魔力の強化が間に合ったからか、体を衝撃が駆け抜けた以外に傷は無い。

 俺は姉さんとゆんゆんが駆け寄ってくる足音を聞きながら、転がされて地に伏していた体を起こす。

 

「いたたたっ……」

 

「だ、大丈夫よろろんっ!? 怪我してない!

?」

 

「な、なんとか。……くそ。前は防ぎきれたのに。我が邪剣よ、真の力を発揮するには、まだ贄が足りぬというのか……?」

 

「……無事みたいですね。なによりです」

 

 姉さん達と言葉を交わしながら、俺は立ち上がる。

 軽々と俺を吹き飛ばした悪魔は、俺達が家から離れたからか、興味無いと言わんがばかりに室中へと入っていった。

 追撃はして来ない。なら目的は俺達じゃなく別にあるのか?

 我が家に押し入ってまで手に入れたくなるようなお宝など無い筈だが……。

 

「一撃食らった所悪いですが、よろろん。まだ動けますか?」

 

「勿論。中のこめっこを助けに行けって言うんだろ?」

 

 いつの間にか落ち着きを取り戻していた姉さんと言葉を交わす。

 姉弟二人、意思は同じだったようだ。

 姉さんは静かに頷いて、

 

「ええ、その通りです。私とゆんゆんがアイツの気を引きつけます。貴方はその隙に家の中にこっそり入ってこめっこを探して下さい」

 

「……いや大丈夫? 武器もあるし、囮なら俺がやった方がいいんじゃ……」

 

「こめっこを見つけたらそのまま抱えて逃げる必要があります。この中ならよろろんが一番筋力値が高くて、モンスターに追い回されても冷静に逃げ回れるでしょう? 遺憾ながら私達には出来そうにありません。ちみっことはいえ人一人担がせたまま逃げるのなら、貴方が適任です」

 

 すらすらと姉さんは、俺でなくてはならない理由を並べてくる。

 そう言われたら頷くしかあるまい。

 普段の食い意地の悪さと女子力を遥か彼方に投げ捨てている所に目を瞑れば、姉さんは頼りになる人だ。

 彼女がそう判断したのなら間違いはない。

 

 それに何より。頼りにされているならその期待には応えないとな。

 可愛い妹の命もかかっている。こんな所で尻込みしてはいられない。

 俺は未だに痺れが残る腕を軽く振りながら、背を見せ家の中を物色する悪魔に向き直る。

 

「よし。その役目、まかされた。二人は危なくなったらすぐに逃げてくれ。俺のことは気にしなくていいから」

 

「え、あ、……だ、大丈夫? いくらよろろんでも、あんな悪魔相手じゃ危ないんじゃ……?」

 

「大丈夫大丈夫。戦うつもりなんてないし、危なくなったら俺もすぐ逃げるから。そっちこそ、危なくなったらすぐ逃げろよ。俺のことは心配しなくてもいいからさ。逃げ足には自信あるし」

 

 そんな後ろ向きな宣言をしながら俺は屈伸する。

 こういう時、もっとカッコいいことが言えるほど強ければよかったのだが。

 生憎俺の剣の腕は未熟だ。紅魔族の癖に、魔法の一つも使えない。

 攻撃を剣の腹で受けて軽くすっ飛ばされ、反撃の手段は皆無である。派手に動いて気をひくか、精一杯動いてこめっこを抱えて逃げ出すことが俺の限界だ。

 ……なんか改めて思い返すと凄いクソザコだな俺。凄い悲しくなってきた。

 いつかはミツルギさんのような凄腕の剣士になれるのだろうか。

 ……いやなるんだ、なってみせる。

 だから今は、できることに全力で取り組もう。

 

 段々と落ちてきた気分を振り払うよいうに頭を振るう。

 幸いと言うべきか、我が家の中を物色する悪魔は、俺たちの企みには気づいていない。

 侵入するならこのタイミングだろう。

 悪魔の意識が此方に向かないうちにこめっこが隠れていそうな場所を片っ端から探索。見つけたらこめっこを抱えて即離脱。

 となると少しでも身軽になった方がいいだろう。悔しいが『ダークソウル・ブレイド』はここに置いていく。ヤツはこの戦いにはついてこれそうにない。

 

 手順を頭の中に浮かべつつ、俺は心配そうな顔でこちらを見ているゆんゆんに背中から下ろした『ダークソウル・ブレイド』を手渡した。

 

「ゆんゆん、これを。俺の代わりだと思って預かっててくれ。俺の相棒、ゆんゆんになら預けられる。俺に翼を授けてくれ、ゆんゆん!」

 

「えっ? ……あ、ああっ、いやっ!? そ、そそっ、そ、あ、あわわわっ!?」

 

「……『身軽になりたいし邪魔だから預かってろ』とカッコつけないで素直に言いなさい。色々勘違いして、ただでさえビビって使いものにならなそうなゆんゆんが、ますます使えなくなるじゃないですか」

 

「ああ、ごめん。いつもの癖で。……まあ、頼んだゆんゆん。いざという時には盾の代わりにでも使ってくれ」

 

「…………は、はぃぃ」

 

「こめっこに何かあったら許しませんからね。寝てる間にネロイドのしゅわしゅわを鼻に流し込みますからね。なんとしてでも助け出してきて下さいよ」

 

 顔を赤くし小さな声で呟くゆんゆんと、軽くドスの効いた声で脅してくる姉さん。

 対局な二人なりの激励を聞いた俺は、最後に一度だけ二人に振り返ると足音を殺して移動を開始した。

 背を見せる悪魔は抜き足差し足の俺に気づいてはいない。

 茂みや木の幹に体を隠しながら家の裏手へと回り込む。

 裏口の立て付けの悪い扉がぎしぎしと音を立てて軋んだが、なんとか気配を殺し切ったまま室内に侵入する事が出来た。

 

 悪魔の姿に気を配りながら台所を見て回る。

 と、玄関の方でどたばた激しい音が聞こえてきた。姉さんとゆんゆんの、勇ましいんだかそうでないのか解らない声も聞こえてくる。

 彼女らの呼び声にこめっこの反応は無い。

 しかし悪魔の注意は正面から突入してきた姉さん達に向けられたようだ。

 その隙に台所の隠れられそうな扉があったり、小さなスペースがある場所を全て確認。が、こめっこの姿は見つからなかった

 

 ……ここじゃないのか。となると、居間か二階の寝室か。

 変わらず足音を殺したまま、俺は階段を登っていく。

 

「た、助けてめぐみんっ! さっきよろろんから預かった変な剣が勝手に黒く光るの! 止めて! 早く止めて! なんかどんどん魔力吸われてる気がするからっ!!」

 

「ええい! 今はそれどころじゃないんです! 見て解らないんですか!!」

 

 その途中横目に見えたのは、姉さんが小さなナイフの切っ先を悪魔に突きつけている姿と、ゆんゆんが俺の『ダークソウル・ブレイド』に備わった『松明三十本分くらい明るく光る(黒色なので全く灯りには使えない)』に困惑している姿だった。

 非常にテンパりながら相対する姉さんと、その後ろに涙目で立つゆんゆんを、悪魔は茫然と見下ろしている。攻撃の意思を感じない棒立ちだった。

 恐怖と緊張で上ずった姉さんの声に、悪魔も困惑しているのだろうか。

 まあいい。動かないなら好都合だ。

 悪魔の視線が此方に向かないうちに俺は階段を登りきり、二階の自室の前まで辿り着いた。

 音を立てないように扉を開ける。

 室内に人気は無かった。隠れているかも知れないこめっこに、小さな声で呼びかける。

 

「……こめっこ。出てこいこめっこ。兄ちゃんが助けに来たぞ!」

 

 返事は無い。

 ベッドの下やクローゼットの影など、室内を隈なく探すものの、またしてもこめっこの姿は見つからなかった。

 念入りに俺のベッドの下の隠しスペースにも目を通してみるものの、辛うじて入れるか否かの小さな空間に妹の姿は無い。

 

「……くそっ。ここも外れか……!」

 

 元々あまり物が置かれていない小さな部屋だ。隠れられそうな場所は全て確認した。

 早々に探索を切り上げ、次の部屋に向かうために立ち上がった俺の耳に、ばたばたと何かが暴れるような音と、女の子の悲鳴が聞こえてきた。

 

 発信源は、玄関の方からか。傍観を続けていた悪魔が暴れ始めたのかも知れない。

 姉さん達の身に何かあったのでは……?

 探索は一時中断し、ここは加勢をしに……。……いや、魔法の一つも使えない俺が行った所で足手纏いにしか……。

 

「……あ、そうだポーション! アレを使えば!」

 

 俺はベッドの下のスペースから二本のスキルアップポーションを取り出す。

 今俺が所有しているスキルポイントは28。

 丁度この二本を服用すれば攻撃魔法を習得できる。

 旅に出るための資金源にしようと思って取っておいたものだが、妹や姉、友達の危機に使用を躊躇うほど大事な物ではない。

 ……しかし、このウチの一本は姉さんの為に取っておいたものだ。

 俺が得てきた物とはいえ使用が躊躇われる。

 

 悩む俺の耳に、再度暴れる音が聞こえてきた。

 ……くそっ。悩んでるだけ時間の無駄だ!

 姉さんには後で謝っておこう。

 覚悟を決めた俺は、スキルアップポーションの蓋を開け、中身を一気に喉の奥へと流し込んだ。

 

「……おぇぇ。流石に、二本イッキは……」

 

 口に残る薬品臭さに吐き気を覚えながら、俺はポケットから取り出した冒険者カードにスキルポイントを割り振っていく。

 覚える呪文は勿論ーー

 

「……よし。なんとか出来た。これなら、いけるッ!」

 

 身体の芯が造り変わっていくような感覚。

 筋肉を、神経を、血管を。見えないナニカが書き換えていく。

 体感した事がなくてもわかる。俺は今日、今この時に、初めて『魔法』を覚えたのだ。

 剣士としては邪道かも知れないけど、強固な武器を手に入れたのだ。

 これで戦える。俺は拳を強く握った。

 

 乱雑に扉を開けて室内を飛び出す。

 胸の奥底から湧き上がってくる戦意に身を震わせ、何度も口に出して繰り返して覚えた呪文を唱え始める。

 階段を駆け下りた時には既に必要な魔力も練り終わっていた。

 俺は下げていた視線を上げ、口上を言い放つ。

 

「さあさあ、 ここからが大見せ場ァ! 遠からんものーー」

 

「あ、よろろん。こめっこは見つかりましたか?」

 

「だ、大丈夫? よろろん怪我してない?」

 

「……あれぇ?」

 

 上げた視線の先に、悪魔の姿は無かった。

 室内をぐるりと見渡して見ても、どこにも見当たらない。

 

「あ、あの悪魔なら私が倒しましたよ。戦ってみればなんて事の無い雑魚でしたね。ナイフ刺さっただけで消えちゃいましたし」

 

「…………うそーん」

 

 壮大な肩透かしを食らった俺は、力なく俯いた。

 

 

 





また更新遅くなると思います。
申し訳ありません。



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