ナツメの義兄へ転生 (アステロイドベルト)
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一話

 

 

 

 暗がりの部屋。テンプレート的な展開が待たないことを期待していた俺の視界は、自然と望んでいないものを映し始めていた。

 

「揺りかごから落ちてしまったみたいですね」

 

 不意に、背後からそんな声がした。

 

 電球ひとつみたいな部屋だったのに、そっちの方へ向いた瞬間に花火が上がったみたいに明かりがはじけた。

 跳ねている光を目で追いながら、俺は首をかしげつつ呆れてやる。

 

「死にました、だなんて言わないでくれよ…………こちとら楽しみにしていた修学旅行だ、途中の飛行機で落下してあなたは死にました、なんて待ってねーんですが」

 

「残念」

 

 フードを目深に被っているせいで顔は見えないが、どうやら笑っているらしい。何だ? 諦めろという意味かそれは?

 

 兎角俺はどう言われようが屈することはない。ここで地獄に行くか天国に行くかの烙印を押しつけられるっていうんなら、死に物狂いで逃げてやる。

 

「別にすぐ地獄へ叩き落としましょうって訳じゃありません。ただ、貴方が死んだのは色々と都合が良いので、今回は特別にキャンペーンの実験台になって貰おうと思うのです」

 

「ビックリするくらい話が全然見えなくて俺は困っています」

 

「理解できなくても構いません。とにかくあなたには一度元の世界とは別の場所へ生まれ変わってもらいます」

 

「いやいやいや、待って待ってくださいよ……ちっとくらい説明してくれ、三行くらいでいいから」

 

「三行もダラダラと説明するわけにはいきません。そろそろ時間なので身構えておいてください。一瞬で視界が0になりますから」

 

 怖いなオイ。

 

 ていうか、生まれ変わるだの何だのと言うのは百歩譲って納得するとして、できればどんな場所に飛ばされるのかくらい教えてくれたっていいのではないだろうか?

 それを聞いても面倒くさいの一点張りなので、俺は自然と質問するのを諦めていた。

 

 俺は高校二年の冬、いざ修学旅行な普通の人間だった。

 とくに突飛した部分もなければ褒め称えられるような人間でもない。

 家にはいてもいなくても同じ。帰宅を待ってくれる家族はいないし、別に必要でもなく。

 

 友達だけならアホみたいに出来たが、家族だけは一人もいなかったんだ。

 

「何一人で語ってるんですか」

 

「口には出してなかったはずなんだけど……」

 

「丸聞こえですよ。それよりなんですか今の経歴は。同情して欲しいんですか?」

 

「同情してっ! さびしいからっ!」

 

 無様に跳ねまわるなんてことはしないけど、慰めてほしいのは事実だったのかもしれない。

 我ながらなんともつまらない人間である。

 

「そういえば、アンタは神様かなんかってことで良いのか?」

 

「…………さっきから気になってたんですけど、あなた常識人の割には異様に物事を飲みこみますよね。頭ごなしに説明してくれって顔もしてませんし」

 

「百聞は一見に如かずってことわざあるだろ?」

 

「使いどころが正しいのかどうだか」

 

「つまり、目の前で起こった事象について、俺はとやかく疑ったりするのは無駄だと思うんだよ」

 

「まあ、そっちの方が私にとっては好都合ですが。これからのあなたにとっても」

 

「はい」

 

「なんですか『はい』って……」

 

「いや、一々事細かに返答するの面倒だったからさ」

 

「……そうですか。あなた、本当にこの状況飲み込めてるんですか?」

 

「三分の一くらいのどにつっかえてる」

 

「吐きだしてみてください」

 

「嫌だ」

 

 ムスッ、とした態度が陰に隠れていても伝わるぞ。

 明らかに不機嫌になってしまった自称神様は、腕を組んで俺に背を向けつつ最後に呟いた。

 

 そろそろ時間ですよ、と。

 

 そういえば俺、今から生まれ変わるんだっけ?

 一度やってみたかったんだよね、この高校生の知識を持った状態で小学生時代。異様なほど進んだ課題解いちゃったりして。

 

「はぁ……下らない……」

 

「また勝手に覗き見しやがったな自称神様」

 

「無駄口叩いてないで、そろそろ目を閉じたらどうですか? 来ますよ寒波が」

 

「いやぁ怖い。最後に女の子を抱きしめてみたかったなぁ……」

 

「仕方ないですね……ほら、どうぞ」

 

 ん?

 

 何を言っているんだこの真っ黒クロスケは。いや、ローブとそのフードのせいで全身黒尽くめなだけなんだが。

 そんな泣く子も黙る小さなアヤシイ人物が、俺に向かって手を広げている。何を考えているのだろうか。

 

「何をしているんでしょうか」

 

「最後に女の子を抱きしめてみたかったのでしょう? どうぞ、遠慮なく」

 

「いや、女の子? 女? ♀? 女性なのオマエ?」

 

「いい加減にしてください。結構恥ずかしいんです」

 

「全然凹凸ないから、そんな気が起こらない……」

 

「ぶち殺しますよ」

 

 物騒なことを言いつつ、神様は不貞腐れ気味に手を畳んでしまった。勿体ない事したか?

 いや、初対面の少女を腕に収めたって何も面白くないだろう。ちゃんとしたお付き合いの上で云々。

 

 暫くすると、俺の目の前に身長より少し高いくらいの扉が現れた。

 赤、青、緑の装飾が施してあり、それ以外にメッキのようなテカテカ光る宝石が所々はめ込まれている。

 

「これからこれを潜る者のが味わう困難の数だといわれています」

 

「いや、多すぎだろう。自殺しかねんぞ」

 

「つまらない冗談は止めて、さっさと開けちゃってください。私も早急に片づけたい債務が腐るほどあるんですから」

 

 俺ってこんな冷たい神様の作ったルールの上で生きていたのか……。

 まぁ、いいか。これからどんな場所でどんなルールを課せられて生きていくのかは別の話だし、今思い悩んだって分かるようなことでもない。

 

 ドアノブに手をかけると、意外とずっしりして重かった。向こう側が拒絶しているみたいに思えて、なんだか悲しくなってくる。

 

「よっこらしょ」

 

 バキン、という扉が開くというよりカギが折れてしまったような音と共に、扉が開いた。

 向こう側に広がっていたのは、豪勢なシャンデリアみたいな世界。見るのも嫌になるほど、まぶしい光の世界。

 

「まぁ、精々頑張ればいいです、人間さん」

 

 送り言葉と共に俺は足を踏み入れた。おおう、温かいな。

 ふわっとした温暖な空気と共に髪が煽られ、一気に太陽が落下していく。

 

「お邪魔しまーすっと……」

 

 ノックはしなくてよかったんだよな?

 

 

 

 

 

 

 



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二話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 単刀直入に言うと、俺はヤマブキシティという名の街で、普通に民家の一人息子として生まれた。

 この名前で既に察しているとは思うが、どうやら俺はポケットモンスターという名の生物が息づく世界に生まれ落ちてしまったらしい。

 

 いや、別に文句はないんだ。だって楽しいからさ。

 家の中には数匹の可愛らしい生物がトコトコ歩いていたり、自分のポケモンを扱って戦わせたり。

 

 バトルは当初何とも気が引ける行為だったのだけれども、どうやらポケモンたちも嫌がってはいないみたいだし、むしろそういうのを望んでいると見える。

 ポケモンにとってはスポーツと変わらないらしい。

 

 まあこの流れだと、多分どこかで主人公と出会って、普通に普通のトレーナーとして倒された後に有り金引き剥がされるのだろうな、なんて思い悩んでいた矢先だ。

 

 父がぽっくり逝ってしまった。

 

 別段危険な仕事をしていたわけではない。確かシルフカンパニーの一般社員だった筈だ。

 そんな何の変哲もない人間がなぜ急死したのか。俺が知りたい。

 

 さて、そんなわけで内は母子家庭の厳しい毎日を送る羽目になってしまうではないか。

 なんてことを考え始めたのは父がいなくなって半年後の話で、それまではベトベターもびっくりなドンヨリ空気を垂れ流しながら布団にくるまっていたのだが。

 

 そんなとき、母さんの家に父の知り合いだという男性が現れた。

 

 最初は俺も警戒心むき出しで威嚇気味だったのだが、知りあうに連れてその人の良い場所ばかりが見えてきた。

 悪い人ではなさそうだ。俺がそういうイメージを持った時、既に母さんとその男性の関係は非常に親密になった後。

 

 いずれ結婚してしまうんではないだろうか? と思っていた。構わないんだけどさ。

 

 俺はそんなさくらんぼみたいな空間にいずらく、仕方なく家から足を出した。

 だって無理だろう。絶対お邪魔じゃん。そういうの察する年齢なのよね。

 

 まだ十四歳だけども。

 

 俺の手持ちは"ハッサム"一匹しかいない。父さんから譲り受けたストライクを、またまた父さんが持ち帰ったメタルコートで進化させたのだ。

 いかつい見てくれのせいで、リビングでモンスターボールから出した状態は母さんがビビるからいないが、こうして街中ではボールの中から放している。

 ボールの中は快適らしいけど、こうやって外の空気吸った方が良いだろ。

 

「家にいずらいって、我が家なのにおかしいよな」

 

 横で歩くハッサムは、心底同意したようにうなずいた。

 

「そーだ、近い内に旅にでも出るか? こうして外と家を何度も往復する毎日で、偶然帰ったら[ピー]だったら困るし」

 

 興味深そうな表情のハッサム。暫くすると、こくこくと今度は強く何度もうなずいた。

 

「ならさっそ「おーい! アンバー君!」」

 

 誰だ? 俺の華麗なる門出を遮るのは。万死に以下略。

 

「ふぅ……やっと追いついた…………。男の子はやっぱりわんぱくだな」

 

「どうしたんですか? こんなところまで。あと、俺はやんちゃ坊主じゃありません」

 

「ああ、君に聞きたいことがあってな…………その……」

 

 言うまでもないと思うが、この人が俺の母さんとムフフな関係にある男性だ。

 この人、有名人なのか外に出るとやけに注目されている。芸能人か何かか? 確かに整った容姿ではあるが、そういった振舞いは見られない。

 

 どっちかっていうと、トレーナー気質だ。

 

「私の…………子どもにならないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、話は予想以上にトントン拍子に進んだ。

 再婚を果たした母さんは前みたいに明るさを取り戻しつあり、なおかつ家の事情も回復している。

 

 まあ、プラスの方向に進んでいるのだろう。別に文句はない。

 家族のいなかった俺にとって、その家族にとって何が間違っているのかなんて判断できないのだから。

 

 さて、しんみりした空気は全くなれないので、この話はここまでにしよう。

 

 一つ驚いたことと言えば、あの男性の職業、実はジムリーダーだったらしい。

 普通街に住んでいるなら知っているだろう? と自分でも突っ込みを入れたいが、残念ながらリーグ関係に興味のない俺にとって、そのあたりはノーマークだったのだ。

 

 それに、俺の知っているヤマブキのジムリーダーは別の人物だ。

 

 その人物、もっと付け足せば少女は、現リーダーの娘にあたる人物らしい。

 病によって命を落としてしまった自分の愛する人。だから、あの人は母さんに優しくしていたんだ。

 崩れかけた彼だからこそ、それと同じ境遇だった母さんを支えた、と。

 

 他人だと思えなかったんだろうな。父さんとは友人だったらしいし。

 

 難しい話はここでおしまい。ここからは端的に日常が続いている。

 

「今日から君の妹になる、ナツメだ…………ほら、挨拶」

 

 そう言って、新しい父さんが横に立つ少女を促した。

 長い髪。俺の知っている姿と比べて大分小さい。

 

「初めまして。宜しく頼む」

 

 無愛想だ。

 

 まあ予想はしていたがな。

 そんな出会い方だった。

 

 暮らしていく上で理解できたのは、彼女が普通の人間ではないということ。

 超能力者。そういう人間らしい。

 だからって注目するわけでもないが、確かに珍しい。

 集中すれば心を読んだり、人を探したりとポケモンも顔負けなことまでやってのけてしまう。

 

 ナツメ。いつか、この街のジムリーダーになる少女の名だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レポート

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv22

 

わざ

 メタルクロー れんぞくぎり

 

 

 

 

 

 

 

 



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三話

 あれ、こんなに一話一話短かったっけ?
 って感じで投稿させて頂いています。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚まし時計がうるさい音を鳴らす中、俺は暗闇から目を避けた。

 

「うるっさい」

 

 俺が叫ぼうとしたその瞬間、バタンと扉を開けた少女が代わりにしかめっ面で俺に向かってシャウトした。

 目覚まし時計の音を止めると、黙って扉を閉じる。どうやら隣の部屋まで聞こえていたらしい。

 

 ハッサムもさっきのナツメの声でびっくりしたのか、既に目を覚ましてポカーンとしている。

 

「怒鳴られちった」

 

 

 

 

 

 

 朝ごはんを食べにリビングへ向かうと、そこには既にムスッとした表情のナツメが席に座っていた。

 

「なんだよ、別にお着替えシーンに直面したって訳でもないだろうに」

 

「そんなことをしてみろ。明日から足で歩けなくしてやる」

 

「いや、でもさ。これから旅する訳だから、自然と節約のために宿は一部屋になる。そうするとそういうラッキーイベントも起こりうるんだぞ?」

 

「それ以上言うな。気分が悪くなる」

 

 内の義妹は短気だな。

 

 聞こえぬようにそう呟いていると、次は父さんがリビングにやってきた。

 大きなあくび。昨日は親子だから似ているだの何だのと言ったが、ナツメは絶対に人前であんなことはしないだろうな。

 

(恥ずかしがり屋だからなーもー)

 

「恥ずかしがってなどないっ!」

 

「人の心を勝手に読まないで頂こうか」

 

 まったく。ああしてムキになってるところは可愛いんだが、いかんせん無愛想極まりないから。

 

「可愛いとかいうなっ!」

 

「だから何で俺の心読んでんだよ?」

 

「はいはいアンバー、ナツメちゃんをいじめるのはその辺にしておきなさい」

 

 母さんがそう俺に言いながら、朝食を運んでくる。どう見たら俺がナツメにちょっかい出していたように捉えられるんだ……。

 

 まあいいか。今日は大変な毎日の頭だ。初日から一々細かいことに怒りを覚えていては身が持たない。

 ムスッとしたままのナツメ。きまずい……気まずいぞっ。

 パンを頬張りながら俺が心底叫んでいると、ナツメの正面に座っている父さんが、彼女の方を向いて軽い感じで口を開いた。

 

「それにしても、お前が簡単に旅に赴くとは思ってもみなかったよ」

 

「良い経験だと思ったんだ。ポケモンたちも、いつまでも陰気な部屋で閉じこもっていたくないだろうから」

 

「ポケモンもそうだが、私はナツメにも外の空気にあたってほしいんだ。愛娘が外の楽しさを知らないまま、一生を過ごすのは親として如何な物かと思ってね」

 

「………………」

 

 珍しくいやそうな顔をしていない。いや、そんな嫌悪の表情は俺にしか向けな…………空しくなってきた。

 

「ナツメちゃんは、どんなポケモンを?」

 

 母さんがそう尋ねると、ナツメは素直に腰からモンスターボールを取りだした。

 数は3。中から現れたのは、ユンゲラー、バリヤード、スリープ。

 タイプの相性的には連勝出来そうなパーティーだが、俺以外の相手に対しては圧倒的だろう。

 

 ハッサムはエスパーが苦手なタイプが折り重なったようなタイプだからな。

 

「賢そうな子たちね! アンバーは?」

 

「知ってるだろ、ハッサムだよ」

 

「へぇ~……あなたたち、小さいころからずっと一緒よね」

 

「親友だよ」

 

 最後のパンの一切れを口に放り込むと、父さんが既に何も乗っていない皿を俺の皿と重ねて台所に持って行きながら、最初にどこへ向かうのか尋ねてきた。

 

 俺は間髪いれず、

 

「クチバの港。そこから別の地方に行こうと思ってます」

 

「ほう……さっそく私の上げたチケットが役に立つ訳か!」

 

 何から何まで感謝します、と頭を下げた後、俺は隣の席でいまだにパンの一枚も食べきれていないナツメの方を向いた。

 大分昔に「食べるの遅いな、ナツメは」と言ってやった時、にらみつけるで防御力を下げられたことがあるがあえて何も言わんっ。

 

「最初に行きたい地方は? リクエストはあるか?」

 

「別にどこでも構わない…………」

 

「そっか……」

 

 意気ごんでいたのものの、いざ決めるとなると迷う。

 女の子を品定めしてる気分だぜ!

 

「最低だな……」

 

「まさかと思ってカマ掛けてみたが、またか? 実はお前俺のこと大好きだろ」

 

「馬鹿を言うな。高々虫タイプ一匹で鼻を高くするんじゃない」

 

「何だとぅ? 三縦してやるから外に「なら、シンオウ地方なんてどう?」

 

 喧嘩を売りそうになった俺を遮って、母さんが急に意見を出した。

 三縦はまた今度にして、今は母さんに理由を聞いてみるとしよう。

 

「ほら、あそこって北だから雪が見れるじゃない? この辺りじゃ滅多に振らないし、行ってみたら?」

 

 まあ、確かに生れてこの方テレビでしか雪なんざ見たことないが、そんな理由で安易に選ぶべきだろうか?

 

「いいんじゃないか? 私はそれに賛成だ」

 

「ふむ。ナツメがそういうならそうするか」

 

「あらあら、アンバーったらナツメちゃんの事が大好きなのねぇ」

 

「何を今さら……」

 

「え……?」

 

「え?」

 

 ナツメの疑問の「え……?」に、俺もつられて同様に呆けた顔をしてしまう。

 

 え、何? 何その「お前私のこと嫌ってたんじゃねーの」みたいな顔は?

 愛情たっぷりに接していたつもりなんだけど。

 

「そ……そうか……」

 

 何だこのいまだかつてない気まずい空気。

 

「私は部屋で最後の確認をする。準備ができたら呼びに来てくれ……」

 

「あ、ああ…………了解」

 

 何だったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レポート

 

 名前 アンバー

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv28 特性 テクニシャン

 

わざ

 メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 

 名前 ナツメ

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv23 特性 シンクロ

 

わざ

 サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv20 特性 フィルター

 

わざ

 ねんりき リフレクター ひかりのかべ 

 

 スリープ Lv 21 特性 よちむ

 

わざ

 さいみんじゅつ ねんりき

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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四話













 送り出してくれた両親の顔を思い出しながら、俺は揺れる高速船の上でフラついていた。

 船酔いだ。しかもこんなに揺れるとはな…………。
 ドサッ、と自室のベットへ横になる俺を、椅子に座っているナツメが憐みの視線で眺めている。

 俺が愛情たっぷり云々言った時は何だかよく分からん様子で自室に籠っていたが、暫くすると特に何の変化もない状態で部屋から顔を出した。
 そして、今はこうして俺を小馬鹿にするような表情をしている。ちっとは動揺でもしたのかと思ったんだがなぁ……。

「うぇぇ……気分悪ィ……」

「全く、無様な格好だ」

「…………なあ、随分前から気になってたんだけどさ」

 吐気のせいで陰の残る俺の顔に、ナツメが相変わらずの視線を向けてくる。
 ベットに転がったまま、俺は数年前から気になっていた事を吐きだした。

「オマエ、女らしい言葉遣いとかしねーのな」

「義兄殿が変な気を起こさぬよう、こうして少しでも女らしさを抜いているのさ」

「そこまでするのか……」

 どうやら心底信頼を失っているらしい。
 あぁ……それにしても気分が悪い。吐気から逃れる方法は無い物か。

「吐くならトイレでしてくれよ……部屋が腐るような臭いに占められるのは迷惑千万だ」

「…………あい。ハッサム、運んでくれ」

 壁に寄り掛かっていた両手がハサミの赤い虫ポケモン、ハッサムにおんぶして貰い、情けないうめき声を出しながら俺はトイレへと運び込まれた。






「ふぅ……大分スッキリした」

 口の中を濯ぎ、ボールにハッサムを戻した俺はそんな事を呟きながらトイレから脱出した。
 地方を巡るとだけあって、結構優雅な振舞いな貴婦人や紳士が多いな。

(トイレまでの道、ハッサムに任せてたから自分の部屋が分からない……)

 廊下を延々と彷徨っていると、風の気持ちいい景色の開けた船の甲板に出た。

 ここなら楽だ。どんよりした感覚もない。

「ふいぃぃ……高速船って言ってたし、外見は小さいモンだと思ってたが、案外広いな」

 もうカントーは見えなくなっている。今は……お隣のジョウトを過ぎたってトコだな。
 ハッサムも出してやろうと思ったが、どうやら眠っているらしい。

「おや、君はもしかして、アンバー君ではないかね?」

 ふと、背後からそんな声が聞こえた。
 掠れた老人の声だ。振り返ると、そこにいたのは予想通り七十代の杖をついた男性だった。
 
 話を聞くところによると、死んだ父さんの古い知人だとか。
 シンオウには"商談"の用事で向かうらしい。

「父上のことは残念だった…………私も、もう少し気遣っておけばよかったよ」

「いえ、父は幸せそうな顔で眠っていましたし。誰にも非は無いと、俺は思っています」

「君がそういってくれると、少し気持ちが楽になったよ」

 ふふふ、と笑うご老人に、俺も苦笑交じりで返した。
 父さんは顔が広かったのか、時折こうして知り合いだ、という人物と出会う。
 まあ、大きく有名なシルフカンパニーの会社員としてのこともあったのだろう。度々地方を飛んでいたし。

「そうだ。君の父上から預かっていたポケモンがいるのだよ」

 そういうと、彼は懐から一個のモンスターボールを取りだした。
 何やらカタカタと震えている。興奮気味なのか? もし威嚇してるってんなら怖いな……。

 俺がそんな空気を出しながら表情を引きつらせていたせいか、老人は「はっはっは」と笑いながらボールを俺に手渡した。

「懐かしい匂いを感じて、少し喜んでいるのだろう。この子は君の父上に大変懐いていたからね」

「そうでしたか…………」

「ふふ、開いた瞬間に噛みつかれるとでも思ったかね?」

「ええ、正直」

「はっはっは、素直だね君は。父上そっくりだ」

 ボールから出してやると、そこから現れたのは青い体と同じ色の二つの腕を持った、いかにも重たそうなポケモンだった。

 名前は確か……"メタング"だったか。

「預かった時はまだダンバルだったのだがね。一緒にいたら進化してしまって」

「いえ、有難うございます……」

「そうか。それならいいんだ」

 そういうと、ご老人は杖を持ったまま肘かけに腕を置き、遠く離れていくジョウト地方へ目を向けた。
 何だろう。こう、大物っていうか。どこかで顔を見たことがある気がする。

「君の父上は、鋼タイプのポケモンを好んでいたなぁ……」

 知ってる。だから、俺にハッサムを与えてくれたんだ。
 父さんの手持ちのポケモンも、鋼タイプ一色だったのを覚えている。

 確か、そのポケモンたちは今母さんに預けられているんだっけか。

「では、私はこの辺で…………また会った時、そのメタングが強くなっているのを期待しているよ」

 そう言い残すと、しわしわの男性は杖をカツカツと突きながら、甲板の上から姿を消した。
 俺はふわふわ浮いているメタングに目を向け、ふぅ、とため息を吐く。

 空は青く澄み切っている。ここから先で、こんな空を何度も見上げるんだろうな……。

「部屋、どうやって戻ろう……」

「何をしている」

 俺が途方に暮れていると、再び背後から声が……って、なんだみんなして俺の背後から。狙ってんのか。
 俺が心の中でぶーたれながら振り返ると、そこには相変わらずのムスッと顔をしたナツメが立っていた。

「迎えに来てくれたのか? ナツメはやっぱりお兄ちゃん大好きだな」

「勘違いするな。お前がその辺をほっつき歩いて、私まで迷惑事を被るのが嫌だっただけだ」

「ツンデレちゃって可愛いー」

「つ、ツンデっ…………誰がツンデレだっ!? 馬鹿っ!!」

 ぷいっ、と背を向けると、さっさと歩き始めてしまった。
 俺はメタングをボールに戻すと、足早に去っていくナツメの後を追いかけていく。

 さて、こんなやり取りが今後何回あるかな。











 レポート

 名前 アンバー

 手持ち

 ハッサム Lv28 特性 テクニシャン
わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 メタング Lv20 特性 クリアボディ
わざ メタルクロー ねんりき てっぺき


 名前 ナツメ

 手持ち

 ユンゲラー Lv23 特性 シンクロ
わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 バリヤード Lv20 特性 フィルター
わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 スリープ Lv21 特性 よちむ
わざ さいみんじゅつ ねんりき











 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと船から脱出だっ……」

 

「はぁ…………こんな奴を兄だと思いたくないな……」

 

 そんな事を口ずさんでいる俺たちが最初に足を踏み入れた街は"ミオシティ"という、巨大な図書館がある町だった。

 回る目を必死に動かしながら、辺りを見回す。潮の匂いと風に満ち溢れた、ヤマブキとは違う意味で綺麗な場所だ。

 クチバに似ている個所があるな。

 

「こんなことで大丈夫なのか、この先。船に乗る機会はこれで最後じゃないんだぞ」

 

「え、マジで?」

 

「当然だ。シンオウ以外にも、地方は多くあるのだからな」

 

 胃がスッカラカンになってしまわぬよう気をつけねば。

 

 今日は船旅で疲れ切ってしまっているので、ここらで宿を探そう。

 そう切り出すと、ナツメは渋々宿泊場所を探し始めた。

 

 なんやかんやでしっかりしてるんだな、ウチの義妹は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナツメが探し当ててきたのは、値段も手頃な安心して寝つけるようなホテルだった。

 一部屋の代金を支払い、早速ベットにダイブする俺。なんだか今日はこんなんばっかりだ。

 

「そういえば、あのメタングはどうしたんだ? お前のポケモンはハッサムだけだったろうに」

 

「口調を女性らしい物にしたら教えてやる」

 

「無駄口叩いてないでさっさと教えてくれ」

 

 お兄ちゃんの微かな願いも聞いてくれないのね。

 

 俺は死んだ父さんの知り合いから引き取ったんだと、簡単に説明してやった。すると、ナツメは少し申し訳なさそうな表情をしながら「そうか」と答えた。

 

 気まずい空気に堪えられなくなった俺は、よし! と声を張って立ち上がった。

 

「もう日が沈みかけてるが、どうする? 俺は殆ど回復したぞ」

 

「あ、ああ……そうだな。今日は港の方で、海の神様を称える祭りがあると聞いた」

 

「お? 行ってみるか? 子どもの小遣い程度の出費なら、直ぐに補えるだろうしさ」

 

「そうだな、今日ばかりはお前に賛同してやる」

 

 そうと決まれば、と俺は斜めがけバックをベットの上に降ろし、部屋のカギを持って準備を始める。

 ナツメの方は殆ど手に持つような物は持って来ていないので、今頃何か準備する必要はない。

 

 ちなみに、着替え等は俺がバックの中に纏めて入れている。兄貴としてこのくらいはしてやらないとな。

 二人で部屋を出て、カギを締めているとふと思った。

 

 コイツ、俺のこと"お前"って呼ぶよな……。

 

「なあナツメ」

 

「お前の考えていることなら筒抜けだぞ。断固として拒否する」

 

「ならせめて一回でいいから! お兄ちゃんって呼んでくれ!!」

 

 ガラじゃないの一点張りで、少女はそそくさと歩いて行ってしまった。

 仕方ない……当分先まで我慢するか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 町は、予想以上に賑わっていた。

 街灯すらも霞んで見えるような明るい火と、猛々しいギャラドスの舞。誰のポケモンだろうか。

 

 俺はナツメと「はぐれないように」という名目で、現在進行形手を繋いでいる。柔らかい。

 多分頭の中が雑念だらけでナツメに怪しまれないか不安だったが、どうやらこのお祭り騒ぎに見とれているらしい。

 子どものように両目を開いて(14歳)、いくつもの明かりが交差するのを見つめている。

 

「うっへー、凄い人混みだな。どうする? 何かするか? それとも食べる?」

 

 出店がいくつも並ぶ中、俺とナツメは歩いていく。

 目移りしているのか、少女はあちらこちらへと目を向けていた。

 

「あ、あれだ。あれをするぞ」

 

「分かった分かった。引っ張らないでくれ」

 

 ナツメが向かったのは祭りの定番、射的だ。

 頭は良いが運動系はからっきしだった気がする。まあ、あまり関係ないか。

 

 百円を支払うと、専用の銃と弾が手渡される。

 制限弾数は三発。商品を一つ落とせばそれが貰えるのだろう。

 

「よく狙って撃てよー」

 

「分かっている」

 

 達者な口調で喋る中学生くらいの女の子が、必死に銃口を定めているのを後ろで眺めながら、俺は商品を一瞥する。

 

 こういうのは、何か倒れないように細工がされているものなんだが……。

 ナツメが狙っているのは、どうやらポケモンの入ったモンスターボールらしい。

 まあ、ああいう商品はよくないよな。助けてあげたいんだと思う。

 

(ナツメは優しいからな)

 

「ばっ?!」

 

 一発目は正確に芯を捉えていたナツメの弾が、今度は大きく逸れてしまった。

 キッ! と、祭りの明かりで顔が少し赤く見えるナツメが、俺の方を睨みつけてきた。

 

 俺、何かしたか?

 

 うーむ、と眺める俺。真芯を捉えて微動だにしないって、流石におかしいよな。

 よく目をこらせば何か見えるかも、と思った俺は、ナツメが最期の弾を無駄に終わらせて落ち込んでいるのをなだめつつ、ハッサムに何かないかと尋ねてみた。

 

 案の定、商品には細工がしてあった。イトマルの糸だ。それも極細にし、肉眼では捉えにくいほどの。

 中々手の込んだ商品だなぁ……。

 

「おっちゃん、次は俺がやる」

 

「おや、次は彼氏さんが挑戦かい? お熱いねぇ」

 

「兄貴っすよ」

 

 ニヤニヤしているおっちゃん。落とされないという自信があるのだろう。

 

 メタングを後ろに、銃を構えつつ狙いを定める。

 

「おいおい、ズルは無しだよ」

 

「しませんよ。商品にはね」

 

 恐らく、上の方でイトマルが糸を引っ張っているのだろう。

 俺は一発目の引き金を引き、先ずは狙いのモンスターボールへの弾道を確認する。

 

 二発目はそれより少し上。恐らく糸が通っているであろう場所に弾を掠らせる。

 これですべての位置確認は終わった。

 

 最後の弾を打ち出すと同時に、俺はメタングに命令する。

 

「メタング、ねんりき!!」

 

 甲高い掃除機の吸引音のような音と共に、メタングの両目が輝いた。

 弾丸よりも早く作用したその技は、店の上の方で糸を張っていたであろうイトマルに牙を剥く。

 

 そして、同時に弾丸がモンスターボールの開閉スイッチに直撃した。

 

「なっ?!」

 

 上から落ちてきたイトマルに驚いたのか、それとも商品を撃ち落とされたことに驚いたのか。

 多分両方だろうな。

 

 中から現れたのは、小さな帽子をかぶったような白いポケモンだった。

 出てきた瞬間に土台の上に踊り出て、俺とナツメの前でぱちぱちと手を叩く。

 

「この子は……?」

 

「ラルトスってポケモンだろ。今日からお前の友達だよ」

 

 そう言って小さな体を抱え上げ、ナツメの腕に抱かせてやる。

 俺今最高に格好いいぞ。

 

 赤いツノを光らせながら、ラルトスはナツメに抱きつく。

 多分、こいつの信号を受け取って、彼女はあれを狙ったんだろう。

 

「その自画自賛さえ無ければ、礼の一つくらいは言ってやろうと思ったんだがな……」

 

「俺はそういう奴だからなっ」

 

 にかっ、と笑ってやり、背を向ける。

 とりあえず祭りでの思い出作りは出来ただろう。俺としてもいい経験になった。

 

「おい!」

 

「まだ何か文句があるのか……"まだ"いやらしい事は考えていないぞ……」

 

「その、だな」

 

 もじもじとまるで女の子みたいな仕草をするナツメ。

 

 らしくないな、なんて笑い飛ばしてやったら蹴飛ばされるような気がするので、ここは次の言葉を待つ。

 

「あり、がとう…………お兄ちゃん!!」

 

「どーいたしまして」

 

 良い笑顔がみれて、お兄ちゃんご満悦だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv28 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv20 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv23 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv20 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv21 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv18 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 祭りのクジでわざマシンを手に入れた。メタングに覚えさせてやったが、今のところバトルの予定はない。

 

 

 日記 ナツメ

 

 あいつが私にできなかった事をやってのけた。ラルトスもみんなと同じように一生大事に育てよう。

 

 

 

 

 

 



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五話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。朝です。

 俺も男なので朝は朝なりに朝なのだが、今日はどうやら別の理由で朝のようだ。

 

 状況を整理しよう。

 俺は昨日、ナツメにかなしばりをされつつ別々のベットで眠りについた。流石にここまで信用がないと、俺も怒るぞ。

 いやいや、今はそんな事でどうこう言っている時ではなくて。

 

 単刀直入に言うと、朝起きたらロングストレートヘアーの美少女が、俺の隣で寝ていた。

 何を言っているか分からないと思うが、俺も分からん。

 

(かなしばりは解けてるし……誤解されぬよう、今の内に離れねばっ)

 

 するーりするーり。

 若干ナツメと肌が擦れ合うが、今は我慢だ。猛獣になるわけにはいかんからな。

 

「なんとか脱出せいこ…………」

 

 ふと、視線を感じた。

 

 わなわなと震えている女の子の方を振り向きながら、俺は苦笑いで返した。

 

「おはようさん」

 

「……何故私が、お前のベットで寝ている…………」

 

「寝ぼけて入ったんじゃねーの」

 

「な……に……?」

 

 今にも爆発しそうな真っ赤な顔で俺をにらむと、そそくさと自分のベットへと戻ってしまった。

 ぶつぶつと自己暗示をかけているが、今は気にしないことにしよう。

 

 時計を見ると午前八時。今日は起き次第朝食を取って出発の予定だったので、こっちはこっちで荷物を整理しておこう。

 

「なあ、先ずはどうするよ」

 

「あ、ああ、そうだな。もう次の街を目指していいんじゃないか?」

 

「なあ、なんで今さら布団に包まってんだ? 早く準備しねーと……」

 

「う、うるさい…………」

 

「んじゃ俺も、愛する義妹の匂いが残っている布団を今暫く…………」

 

 べっちーん。

 

 そんな乾いた音と共に、俺は意識を途切らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 再び俺が目を覚ますと、床で無様に転がっている俺を見下ろしながら、手足を組んでいるナツメが視界に入った。

 

「え、今何時ですか」

 

「十時だ馬鹿。さっさと起きろ、出るぞ」

 

「いやいやいや、まだ朝飯も食ってないんだけど」

 

「私は食べた」

 

「俺が食べてないんだって」

 

 一々うるさい男だ、などと呟きながら俺の横になった視界から消えると、暫くして一つの皿を持ってきた。

 床に置かれる白い皿。その上に乗っていたのは、二個の皿と同じ色をしたおにぎり。

 

 両方ともへんてこな形をしている。誰かが適当に作ったのか、それとも慣れないなりに頑張ったのか。

 

「まさかナツメが作ってくれたのか?」

 

「勘違いするなよ、私はさっさと次の街へ出たいから作ったのであって、決してお前のためなどとは思っていないからな」

 

(無意識かは知らんが、またツンデレ発動してやがる…………だが、また赤面してぶたれるのは簡便なので、俺は硬く口を閉ざす……)

 

「聞こえているんだよ間抜け!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

218ばんどうろ

 

 

 つりびとが勝負をしかけてきた。

 つりびとが勝負をしかけてきた。

 つりびとが勝負をしかけてきた。

 

「多い!!」

 

「弱音を吐くな。交代でバトルしてやっているんだ」

 

「いやだってさ、時間食うんだよ結構! なんだよさっきのトレーナー! 無駄にコイキング四体くりだして!」

 

「こういうのも経験だ。文句を言うな」

 

 早く行くぞ、と首根っこをつかまれる勢いで進まされる俺。

 

 確かにポケモンも鍛えられるし、バトルも学べるからそれほど愚痴愚痴文句を言いたい訳じゃないんだけど。

 ぶつくさ呟いていると、不意に先々歩いていたナツメが足をとめた。

 当たらぬよう横にそれて視線をナツメと同じ方向に向けると、そこには盛大なため息を吐いているふなのりAが。

 

 なんだ? 何の変哲もない、普通のトレーナーだろう?

 そう言ってやろうと思ったが、それより早くナツメが動いていた。

 

「どうかしたのか?」

 

 年上の相手でもお構いなしの上から目線口調で喋るナツメ。大物なのか、それとも礼儀がなっていないだけなのか……。

 俺は義妹の横に並ぶと、同じくふなのりの方へ目を向けた。

 

 ふなのりは突然話しかけられてビックリしていたが、暫くして再度ため息をついた。ナツメの顔をみてため息とは、失礼なやつだな。

 

「いやね。最近、息子がずっと悪夢にうなされていてね…………"まんげつじま"にいるポケモンの羽根があれば、悪夢を払えると言われているんだが……」

 

「なら行けば良いんじゃないか。アンタ船乗りだろ?」

 

「私もそう考えて一度向かってみたのだが、どうにもそのポケモンは"自分と似た者"の前にしか姿を現さないとかで……」

 

「え……何その設定」

 

 ナツメは真剣に聞いているが、俺は旅の寄り道程度にしか思えない。

 何か感じる事があるのかね。

 

 でも、自分と似た者って。流石にそこまで細かいリクエストをするポケモンは知らんぞ。

 

「ふむ…………その子どものところまで、案内してくれないか?」

 

「え? か、構わないが、どうするんだい?」

 

「俺も聞きたい」

 

「私なら何かしてやれるかもしれないだろう、これも人との関わり合いだ。行くぞ愚兄」

 

「酷ぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再びミオシティに戻ってきた俺たち。自分の殻に籠った内向的な子だと思っていたんだが、どうやら向上心が高いらしい。

 自分から進んで、自分から学ぼうとし、自分から触れようとする。

 

 えらいな、ナツメは。

 

 悪夢にうなされる少年の額に右手を当てたまま両目を瞑っているナツメを眺めながら、俺はそんな兄馬鹿なセリフを胸中で吐いていた。

 にしても、ウチの妹は悪夢も対処出来るのか? 本当万能だな。

 

 暫くすると、精神統一の如く集中していたナツメが、ゆっくり両目を開いた。

 

「ポケモンの悪戯だな。どこかに、この子に悪夢を見せているポケモンがいた」

 

「何で過去形なんだ?」

 

「一応、私が払っておいたんだが…………目を覚ますには、別の角度からの刺激が必要だ」

 

「結局、その"まんげつじま"ってところに行かなきゃならない訳か」

 

「そうなるな……」

 

 うーむ、と頭を悩ませていると、苦しそうな色が消えた少年の父、ふなのりのナミキが、俺たちの方へ歩み寄ってきた。

 

「ありがとうございます。息子の苦しそうな顔が無くなっただけで……」

 

「あ、ああ……」

 

 ナツメに深々と頭を下げるナミキ。我が妹ながら鼻が高い。

 

 何かやるせないような表情で俯いているが、ナミキの方は唸り声が消えただけで満足なようだ。

 それ以上は望めない。初対面の人間相手におこがましい。そんなところだろう。

 

「お礼と言うほどのものではありませんが、これを……」

 

「え……」

 

 心底驚き、今までにないくらい申し訳なさそうな表情で、ナツメはそれを受け取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ……良いことしたのに、何でそんなに落ち込んでるんだよ」

 

 場所は戻り再び218ばんどうろ。水路が続く道をメタングにのって浮遊しながら、俺はナツメに尋ねた。

 だってそうだろ? こいつは人に感謝されることをしたんだ。だからあの人はお礼に、と言って道具をくれた。

 なんだっけ? いいつりざお?

 

「だが、私はあの子を救えなかった……」

 

「救ったさ。あの子の顔、見ただろ? あんな安らかな顔、オマエが悪夢を取り除いてやらなきゃ見られなかった」

 

「私は最低限のことをしたまでだ」

 

 そう言って、ナツメは苦虫をつぶしたような表情のまま、真っすぐ前へ目を向ける。

 俺からは何も言えない。人から感謝されるっていうのを実感出来ないんだろうな。

 やり遂げないとダメだと思っている。だから素直に気持ちを受け取れない。

 

 今まで閉じこもっていたツケが回ってきた訳だ。

 

「オマエは真面目が過ぎるんだよ。もう少し楽観的に物事を見た方が良い」

 

「そう、なのか……?」

 

「ああ。肩の力を抜け。きびきび何もかもに真摯に打ち込むのはいい事だが、細かいことに対しても全部それだと身が持たないからな」

 

「そんなものか……」

 

 ふぅ。

 

 まだまだ、たくさん学ぶことがあるみたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv30 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv23 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv25 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv23 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv23 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv19 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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六話

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、コトブキシティだ。

 大きなあくびをする俺を、ナツメが呆れ顔で見ている。

 

 仕方ないだろう眠いんだから。そもそも、まだ旅を初めてそんなに経ってないのにイベント多すぎなんだよ。

 

「はいはーい! ここで突撃インタビュー! そこのバカップルさんたち、ちょこーっとお時間頂いてよろしいですかー?」

 

 よいしょよいしょの展開で大きな機具を持った集団が俺とナツメを取り囲む。

 ナツメの方はあまり気分が乗らないのか、不機嫌そうに両手を組んでいる。

 

 俺は妹の前に出ると、カメラから遮った。

 

「すんません、時間はありますけど俺ら兄妹でして……つか何でバカップル?」

 

「あらあら、そうでしたか。どうやら私の勘違いだったみたいです。では、お兄さんと妹さんにご質問してもよろしいですかー?」

 

「ええ、構いませんよ。何でしょう?」

 

 後ろから視線が突き刺さっている。恐らくいつもの情けなさとの変貌っぷりに呆れているのだろう。

 

(仕方ねーだろ、テレビの前でまでぐだぐだしてられん)

 

「では直球に本題! ずばり、現在シンオウで目撃されているという、宇宙から来たポケモンについてどう思いますか!?」

 

 元気だな。ていうか、今そんなのがこの辺うろついてんのか。初耳だぞ。

 

「そうですね……僕は好きですよ、そういうの。もしその宇宙から来たポケモンがどこから来たのか分かれば、そのポケモンの母星にもまだ多くのポケモンがいるかもしれないんですから」

 

「おおっ! これは好感触か?! ではでは次の質問!」

 

「どうぞ」

 

 ナツメがさっさと終わらせろと空気で語っている。怖い。

 いや、だってこれ地方で放送されるんだろ? 悪い顔してるところ見られると、始まったばかりの旅が再び船旅になってしまう。

 そうすると、オマエの眼の前でグロテスク吐瀉物放出するハメになるんだぞ。

 

 営業スマイルレッツ作り笑い。自分でも胡散臭い笑顔でカメラに微笑みつつ、次の質問とやらを待つ。

 

「トレーナー一個人として、ポケモンバトル! そこのカメラマンと私で、あなた方御兄妹とお願いできますか?!」

 

「なんだ、そんなことですか。構いませんよ」

 

「おい……」

 

(嫌なら俺一人でも構わん)

 

「…………チッ……仕方ない」

 

 珍しいな。

 バトルはあまり好きじゃない、やらなくてもいいバトルはしない。

 そう言っていたが。俺の意図が伝わったのかね。

 

「使用ポケモンは一体ずつ。では、スタート!」

 

 レポーターの女性がそう告げると同時に、カメラマンもボールを投げる。

 双方が出したのは、ルナトーンとソルロック。多分ナツメは初見か? でもエスパーだしな。もしかしたら知ってるかも。

 

「おいナツメ、あの二体のこと、知ってるか?」

 

「いや、始めて見たが……お前は?」

 

「お兄ちゃんを舐めるなよ。いや、舐めてもいいけど」

 

「またかなしばりに会いたいのか……」

 

「いやごめん。あれ怖いからホント」

 

 俺が出したのはメタング。ナツメはバリヤード。ああ、タッグを組むポケモンとしては有りがたいな。

 

「バリヤード、ひかりのかべ……」

 

 乗り気ではないが、どうやらやる事はやってくれるらしい。

 

 バリヤードが半透明の大きな壁を張ると、そこに相手の強力な攻撃が飛び込んでくる。

 ソルロックのかえんほうしゃだ。はがねのあるメタングでは、ひかりのかべ無しだとあっという間に落ちてしまっていたかもしれない。

 

「メタング、メタルクロー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バトルは俺たちの勝利という形で終わった。景品だとかキャンペーンだとかでポケッチという小型機械を貰ったが、今は時計以外に使えるような機能はない。

 あれはシンオウ地方中で放送されるらしく、一部地域でも流されるらしい。聞くところによると、カントーもそのうちに含まれるのだとか……。

 

「あんな媚び媚びの態度をとって恥ずかしくないのか?」

 

「体裁ってのを気にしないと、世の中渡り歩いていけないんだよ」

 

 よっぽど俺の態度が気に入らなかったのか、それともバトルの後だからなのか。まだしかめっつらをしている。

 

「お! トレーナーズスクールだってさ。寄ってくか?」

 

「今更何を学ぶつもりだ…………今さっきトレーナー二人倒してきたばかりだろうに」

 

「だって、学生さんとか見てみたいじゃん」

 

「直ぐに色目を使う奴は嫌いだ」

 

「ナツメが俺のことを嫌いでも、俺はナツメのことが大好きだからいいんだよ」

 

「だから、なぜお前はそんなことを平然と口に出来るんだ?!」

 

「お前の兄ちゃんだからだよ。ほら、さっさと行くぞー」

 

 ぐいぐいとナツメを引っ張りながら塾のような建物へ入っていく俺。

 傍から見れば怪しいやりとりに見えなくもない。傍から見たわけじゃないけど。

 

「おい! まだ行くと言ったわけでは……」

 

「そう言いながら着いて来てるくせに」

 

「そ、それはお前が引っ張るから…………ああもうっ!」

 

 観念したのか、渋々俺に引かれて足を進めていく。

 いやぁ、入ったは良いが、特にすることもないよな。

 

 すると、廊下の方でポケモンバトルをしている小学生くらいの子どもたちが目に入った。

 

「ビッパ! たいあたり!」

 

「ムックル! すなかけだ!」

 

 懐かしいやりとりを眺めながら、俺は無意識に笑っていた。

 ほほえましい光景だ。

 

 いつの間にか、ナツメも子どもたちのやりとりに目を奪われている。

 

「どうですか、我が校の生徒たちは」

 

 不意に、扉から髭を生やした後期高齢の男性が現れた。

 もうすでに退職していても不思議ではない見た目だが、自分の意思で職を離れないという人も時々見る。

 

 俺は子どもたちのバトルをじっ、と見つめているナツメの元を離れ、その男性の方へ歩み寄った。

 

「ここはやっぱり、ポケモンバトルを教えてらっしゃるので?」

 

「いや、きちんとしたポケモンとの接し方も学んでもらっているよ」

 

「そうですか」

 

 悪くない学校だな。

 そう感じた。

 

「お兄ちゃん、ぽけもんとれーなー?」

 

 ふと、手を引かれた。そこには無邪気な顔をした小さい女の子が、澄み切った瞳で俺を見ている姿が。

 俺は「そうだよ」と答えてやると、屈んで目の高さを同じにしてやる。

 子どもと接するには、まず同じ目線で会話をすべきだとどこかで聞いた。

 

「つよいの?」

 

「中の下かな」

 

「??」

 

「ふつう、ってことだよ」

 

「ぽけもん見せてくれない?」

 

「いいよ、ほら」

 

 二つのモンスターボールの開閉スイッチを押し、メタングとハッサムを出す。

 女の子は珍しい物でも見るような目で見とれており、ハッサムのハサミに触ったり、メタングの腕を叩いたりしていた。

 このあたりじゃ見れないポケモンだからな。

 

「何をしている」

 

「へ?」

 

 女の子をメタングに乗せたりして一緒に遊んでいると、威圧感たっぷりの目をしたナツメが俺をにらんでいた。

 何を怒っているか知らないが、今は刺激せぬよう言葉を選ぶべきだろう。

 

「女の子と遊んでます」

 

「…………」

 

「?」

 

「もう行くぞ。いつまでも一か所に留まるつもりはないからな」

 

「おおおお、おい?! どうしたんだよ?? てか痛いって!」

 

 さよーならー、と手を振る生徒たちと男性。俺は痛みに耐えながら笑顔で手を振り返し、無表情でもう一方の腕を引っ張るナツメに尋ねた。

 

「ちょちょちょちょ、痛いって! どうしたんだよ!?」

 

「私にはあんな笑顔……向けないくせに……」

 

「はい? なんて?」

 

「何でもないさ」

 

 もう何なんだホント。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv32 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv25 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv28 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv24 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv23 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv19 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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七話

 

 

 

 

 

 

 

 さて。俺は今、反抗期の妹と一緒に釣りをしている。

 理由は簡単。水上を移動できなければ、行動圏も限られてくるからである。

 

「釣れねぇ」

 

「もう少し静かに待てないものか……」

 

「だってもう三十分はこうしているぞ? 海に飛び込んで探した方がマシなんじゃないのか?」

 

「釣りとはそういう物だろう。私はそう学んだが」

 

 ぷらーんと垂れた釣り糸を眺めながら、俺は貧乏ゆすりを高速化させていく。

 今なら鍾乳洞のしずくもびっくりな勢いで穴を空けられそうだ。

 

「やべぇよこのままじゃ地面に風穴が…………おお?!」

 

「来たか」

 

 ぐいぐいっ、と俺とナツメの竿が揺れる。なんかいやらしいな。

 ナツメに冷たい視線を向けられるのは御免なので、今回は横線へ逸れることないよう気をつけよう。

 

「くっ……中々手強いな……」

 

「ユンゲラー、サイケこうせん!」

 

「え、ちょま……」

 

 どっぱーん、と盛大な水しぶきと共に海水が巻き上がり、俺はもちろんびちゃびちゃ。

 せめてナツメの濡れ濡れスケスケの姿を見ようと目をこらしたが、どうやらバリヤードの空気の壁で、水は浴びていないらしい。

 

「浴び損だよ……」

 

「無駄口叩いていないで、お前もさっさと手持ちを出せ」

 

 そういうナツメの視線の先には、星型のポケモンがこちらを向いて構えていた。

 

 ヒトデマンだ。

 

「え、俺が釣ったポケモンは?」

 

「そいつだ」

 

 ナツメが指差す先では、ぴちぴちと儚く跳ねるコイキングの姿が。

 三十分待ってこれかよ。

 

 俺がコイキングを海へリリースしているうちに、ナツメはヒトデマンを捕まえてしまっていた。

 早いな本当。

 

「はぁ……俺は結局また待つハメに……」

 

「お前はメタングに乗って移動できるのだから、問題ないんじゃないのか?」

 

「あ」

 

「どうやら、本当に頭の中に脳みそがあるのか確かめねばならんらしいな」

 

「いやちゃんとあるから。それよりどうするよ」

 

「何をだ」

 

「何って……これからだよ。今のところ、目標なんてないしさ。だらだら進んでいくってんならそれでも良いけど」

 

 元々大それたゴールがある訳じゃない。成長って名前の、極普通の冒険だ。

 ナツメは釣竿を俺のバックに収めながら、口元に手を当てて考える素振りを見せる。

 

「この地方には、ミオ以外にも港がある町は?」

 

「キッサキだな」

 

 ナツメが言いたいのは、他の地方へ向かえる港。そこを一区切りの目的地にして、シンオウを回ろうと言うことだった。

 流石我が妹。冴えてやがる。

 

 だとすれば、ルートは?

 

「それはお前に任せる」

 

「んじゃ、とりあえず北のソノオタウンに行くとするか。デケー花畑があるらしいぞ」

 

 花畑という言葉を出すと、ナツメは少し頬を緩ませて「そ、そうか。花畑か」と見て分かるように楽しみにし始めた。

 何でニヤけてんの? と年頃の少女に尋ねるのも無粋なので、とりあえず気づかぬフリをしておくことにしよう。

 

 ほぼスキップ調のナツメに、俺は少し早足で後ろから着いていった。

 

「ナツメもそれなりに女の子だな」

 

 

 

 

 

 

 

 ソノオに向かう途中の俺たちは、暗がりの洞窟立ち入ろうとしていた。

 足元が不安だ。こんなことなら、電気タイプのポケモンも手持ちにいれておくべきだった。

 ここを出たら捕まえるか。

 

 俺がぶつぶつ呟いていると、くいくいと何かが服の袖を引っ張ってきた。

 どうしたのかと視線を向けてみると、そこにはさっきのスキップが嘘のように顔を青くした義妹の姿が。

 

「なぁ、ここで提案がある」

 

「くっついて進む以外なら聞く」

 

 しゅんとするナツメ。ああ可愛い。

 もっといじめてみようかな……いやいや、俺はドS鬼畜野郎ではないぞ。

 

「ほら、行くぞ。どうせ出口はすぐそこだって」

 

「そ、そうか……」

 

「ゴーストタイプの一匹や二匹は出るかもしれんがな」

 

「え、えぇ?!」

 

 いやぁ面白い。

 こうしてビビってる時は集中できないのか、心を読まれることもないし。

 

 ハクタイの森に在る「もりのようかん」には絶対寄ろう。

 

「超能力が使えて、悪夢まで消し去れるってのに、何でお化けなんざ怖がってんだか……」

 

「ふ、ふん。誰が怖がっているだと?」

 

「水滴が落ちる度に跳ねてるオマエだよ」

 

 人が通れるように整備されてはいるが、何せポケモンの住み着く場所だ。

 畑をディグダが通れば耕されて喜ばれるが、こうして人が通るための道においては話が別になる。

 

「段差だ、気を付けろよ」

 

「ああ……」

 

 少し慣れたのか、余裕ができて周辺の地面状況を確かめながら進んでいる。

 

「やっと半分ってとこか」

 

「さっさとこんなところ――――」

 

 

 

ヒチャ…………。

 

 

 

 不意に、ナツメの肩へ何かが垂れ落ちてきた。

 二人同時にゆっくりと暗がりに潜む天井を見上げる。

 

 何が……。

 

 そこにいたのは、大きな体を垂らしながら、それに比例する大きさの口を広げた「マルノーム」だった。

 そこから、半透明の粘着質な液体が糸を引いている。

 

 つか、何でシンオウにマルノーム?

 

「何だ……これは……」

 

「ナツメ!?」

 

 お、おおう、これはエロチック……じゃなくて。

 驚いたナツメは腰を抜かして地面に尻餅をついている。

 見たところ、あの液体は唾液みたいなもんだ。だとすれば、次は丸のみか毛穴からの猛毒液。

 

「メタング!」

 

 叫び声と同時に、青い巨体が俺とナツメの真上に出現した。

 ドロッとした薄気味悪い有毒の液体が、マルノームの全身から噴き出す。

 

 だが、残念ながらメタングには通用しない。

 

「鋼鉄に、ンなチンケな攻撃は効きませんでした。ねんりきだ、メタング」

 

 爆音と共に、マルノームの薄紫の体が天井に激突した。

 落石をメタングが防ぐ。

 

「す、すまない……無様な所を見せてしまった……」

 

「いいさ。むしろごちそうさまでした」

 

「? 何のこと…………!?」

 

 最初は肩だけだったが、今は綺麗な長い髪にも絡み付いている。

 半透明なせいもあってか、やっほい。

 

「こっちを見るなッ!」

 

「眼福眼福」

 

 蹴飛ばされ、俺は無様に地面を転がった。

 その上かなしばりまで掛けられたことは、まぁ言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 あの後、マルノームのトレーナーだと名乗る男が洞窟の出口から走ってきた。

 

 なんでも遠方からの旅人から預かったポケモンらしく、散歩でもさせてやろうと思ってボールから出した瞬間、言うことを聞かずにこんなところまで来てしまったんだとか。

 出口から来たということは、ソノオの住人か。

 おそらく、マルノームは花の香りが気に入らなかったのだろう。

 

 聞いてみると、彼は花屋の従業員らしい。

 まだネトネト液体を被った状態のナツメは……俺の後ろに隠れている。

 

「ご迷惑をかけたみたいですし……どうです? 旅をしているのなら、ウチに泊まっていきませんか? 今日はもう遅いですし」

 

「ウチって、花屋?」

 

 俺が訊ねると、男性はこくりと頷いた。

 丁度いい。ナツメもすぐにシャワー浴びたいだろうしな。

 

「それじゃ、お言葉に甘えて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とナツメは、花屋の三階にある客室一部屋に案内された。

 部屋に入るや否やナツメはシャワーへ。どうやらよっぽど気にしていたらしい。

 

「失礼するね」

 

 退屈をもてあましていると、俺より少し年上と見える女性が扉を開けた。

 長い朱色の髪が特徴的。

 中三程度のチェリーボーイとしては、正にドキドキの展開だ。俺はそんな子どもでは断じてないがな!

 

「どうかしたんですか?」

 

「お茶とお菓子をね」

 

 そう言うと、彼女はトレイをテーブルの上に置き、ボールから出しているハッサムとメタングを、珍しそうにまじまじと眺め始めた。

 

「この子、メタングだよね。ホウエン地方で見たことあるよ」

 

「行ったことが?」

 

「一時住んでいたんだ」

 

 懐かしむように撫でている。

 メタングは喜んでいるが、それを見るハッサムは鋭い目で女性を半ば睨んでいた。

 何だ? 自分は撫でられないから膨れてんのか?

 

「君のハッサムは優秀だね」

 

「はい?」

 

 何を言っているのだろう。

 俺がそう思ってハッサムから目を移そうとしたときには、既に彼女の姿はなかった。

 

 何だったんだ?

 

「そういえば、あいつ着替え持っていってないな……」

 

 無論、我が義妹の事だ。

 急いでいたせいだろう。バックの中を覗き込み、寝巻きと下着を取り出す。

 思わず息を飲み。いやだってそうだろう?

 

 鋼タイプのポケモンを持っているだけあって、俺の理性は鋼鉄のごとく強固だ。

 しかし、年頃の女の子の下着がこんなにもそそる物だとは思わなかった。

 

 どーする。落ち着け俺、落ち着け俺、このままナツメの下着を我が物に……いやいや、それは家に帰ってからでいいだろう!

 

「良くないだろ俺! 全然落ち着いてないじゃねーかっ」

 

 頭を抱えて汗水たらしながら悩んでいると、脱衣所の扉が俺の思考を潰しながら開いた。

 

「なぜ私の下着を握り締めて踊っている」

 

 ヤバイヤバイヤバイヤパイ。

 崩壊しかけた理性の目の前に現れたのは、どこから拾ってきたか知らない学生が着るカッターシャツのような白くブカブカのYシャツを着たナツメだった。

 とてつもなくマニアックな格好だが、よくみると言えばよくみる。透き通るような肌に、今はほのかな赤みが差している。

 

 壁と扉の隙間程に圧迫された理性は、今にも消えてなくなりそう。誰か助けて。

 そんなことすら考え始めた俺が口に出したのは、こんなことだった。

 

「それは……俺がたぎっているからさ」

 

 尋常じゃない冷酷な視線を浴びる未来が見える。僕にも見えるよ。つか、言ってて意味がわからん。

 

 干魃した村の住人が空を見上げるような勢いで顔を上げると、そこにあったのは……。

 

 

「……そうか。なら仕方ないな」

 

「………………え?」

 

 あれ?

 

「罰としれ、わらひにちゅーしろー!」

 

「おわ?!」

 

 突然身を乗り出したナツメ。俺はそれを避けるようにキノガッサもびっくりなフットワークでベットから離れる。

 よく見ると、義妹の顔は何だか高揚としていた。

 もしかして……。

 

「お前、酔っぱらってるのか?」

 

 風呂で酔う奴なんて初めて見たぞ? まあ確かに、今日は念入りに体を洗ったりしたせいで長風呂にはなっていたが……。

 

「おにいちゃぁーん……えへへ」

 

「ッ?!」

 

 理性と義妹の貞操がヤバイッ!

 背中に手を回しながら迫るナツメの顔。火照った頬とトローンとした目が、俺の視界を包む。

 エロいぞ! たぎる! たぎるぜえええええええ!

 

 内心どっかんどっかんだが、残念ながら理性をスパーキングする訳にはいかない。男である前に兄だからな。

 

「おにいひゃんは、わらひのこときらい?」

 

「ナツメのことは好きだが、酔っ払いは嫌いだな」

 

「じゃあ、今のわたひはきらい?」

 

 クソッ! 一々顔を近づけてきやがる!

 想像してごらん、俺。ナツメのトロンとした目が俺を映しながらあばばばばばbbbbb。

 

 俺は今にもタガが外れてしまいそうな理性にてっぺきを命じ、無理やり作ったガタガタの笑顔でナツメを引き剥がす。

 

「ごめんなナツメ、お兄ちゃんって呼んでくれるのは嬉しいけど、今のお前は正気じゃないんだよ」

 

「そんらぁ……お兄ちゃん、やっぱりわたしのこと嫌いなんだぁ…………お兄ちゃんがわらひのこと好きって言った時、とっても嬉しかったのに……うぅ……」

 

「ちちちちち違うぞナツメ。お兄ちゃんはお前のことが嫌いなんてありえないってっ!」

 

「えへへ……」

 

 ああ抱きつかれた。

 今日はこのまま寝るのかな。明日朝起きたら、またかなしばりの感触で目が覚めるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv32 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv26 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv30 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv26 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv25 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv19 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv17 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい みずてっぽう こうそくスピン

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 今日は色々疲れた。以上。

 

 

 日記 ナツメ

 

 あいつをからかってやろうと思って、間違えて着替えに入っていた父のシャツだけを着て出たのだが、思いの他恥ずかしくて目の前が真っ白になってしまった。

 長風呂のせいだろうか……とんでもないことを口にした気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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八話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時速二十キロで戻ってきた意識を正確に掴み取りながら、俺は鬱陶しい眠気を払っていく。

 ジグゾーパズルを作るより面倒くさい朝に加えて、ジグゾーパズルのピースくらいの凹凸がある義妹。

 

 清々しいくらい非日常的な毎日を送る俺も、これは流石に難しい状況である。

 メタングに頼み、念力でナツメの体を隣のベットへゆっくり入れてやった。

 

 ひとまずの身の安全を確保したのを確認すると、ベットから跳ねるように起き上がる。

 

「ん?」

 

 ふと最初に目に入ったのは、テーブルの上に置かれたお菓子だった。

 昨日は"ゆうわく"と戦ってて食べそびれたからな。まったく色あせていないところを見るに、上質なものなのだろう。

 

(クッキーの類か……美味いな)

 

 俺はどっちかというと煎餅(激辛)の方が好きなのだが、たまに食べるクッキーも中々イケるものである。

 ナツメの愛情こもったおにぎりの方がおいしかったんですけどねー。

 

「誰が愛情を込めただって……?」

 

 俺が二枚目のクッキーを頬張っていると、ナツメの声が耳に入った。

 頭を押さえながら起き上っているところを見るに、どうやら昨日のことは忘れてしまっているらしい。

 酔いの勢いという奴か。演技だったらそれはそれで凄まじいのだが。

 

「え? ナツメが愛情をこめてくれたおにぎりの方がおいしいなーって」

 

「……ふん」

 

 ぷいっと顔をそむけると、木製の床をきぃきぃ鳴らしながら部屋を出て行った。洗面所に向かったのだろう。

 

「朝からご機嫌斜めだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの身支度を済ませた俺たちは、早急にここから発つために荷物をまとめて下の階へ降りていた。

 

「思った以上に女性だらけだ」

 

「青臭い思考だな」

 

「ナツメが一番魅力的だけどな!」

 

「…………ふん」

 

 そんなやりとりに気づいた店員さんが数人、俺たちの方へ珍しい物でも見たように歩み寄ってきた。

 話を聞くに、どうやらコトブキでのインタビューを見てしまったらしい。振舞いが紳士的だのなんだの言われたが、あれは勿論演技なのです。

 

 なんて答えはできないので、当然のごとく言葉遣いは紳士的に。

 ナツメの冷たい視線が気持ち……じゃなくて痛いっ。

 障壁のようにそびえ立っていたお姉サンたちの質問を一つ一つ対処し終えた俺たちは、最後に昨日の男性にお礼を言って花屋を後にした。

 

 若干やつれ気味の俺を見ながら、昨日のデレデレ空気はコップ一杯分も見えないナツメがため息を吐いた。

 

「何故にため息」

 

「お前が愚かしいからだ……」

 

「容赦ねぇ。そんで、どうするよ。花畑行ってみるか?」

 

「い、行ってやらんこともない」

 

 素直に行きたいって言えばいい物を。

 目を合わせない義妹の視線は、ちらちらとソノオのはなばたけの方へ向いていた。

 

 からかうほど気力も残ってないし、ここは素直に足を運ぶとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということで、ブラコンの妹と一緒にお花畑にやって参りました!」

 

「舌を引きぬかれたいのか?」

 

 辺り一面花だらけ。女の子にとっちゃ楽園気分なのだろうが、男の俺から見ればただの草タイプのすみかである。

 ナツメはクールを装ってはしゃぎ回ったりはしないが、時折花に顔を近づけたりしていた。

 

 俺は俺で退屈だ。ボールからポケモンを出してやると、メタングはナツメについていき、ハッサムは俺の横で突っ立っている。

 ちょうど良い坂を見つけ、そこへ寝っ転がった。花の匂いがする。

 

「失礼」

 

「はい?」

 

 突然声がしたかと思ったら、俺の横に金髪ロングヘアーの美人が立っていた。

 吹き抜ける風に揺れながら視界をちらちらする前髪の隙間から顔を見たが、どうにも見覚えのない人物だった。

 花屋の店員でもない。誰だ?

 

「あなたアンバー君よね?」

 

「そうだけど。誰?」

 

「あなたのお父さんの古い知人よ」

 

 またかよ。つか顔広すぎだろ父さん。

 どこで何をしていたとか正確な話までは知らんが、一社員として枠を外れたことはしていないはずだ。

 出張と言えど万人に会う仕事じゃねーだろうし。

 

「あら、あまり驚かないのね。あの人ってカントーの人間でしょう?」

 

「ここまで来る船の上で、同じような人に会ってるんだ。それで、何の用? まさかポケモン預かってるとか言わんよな」

 

「ご名答。あなたがシンオウに来たら、この子を渡してくれって頼まれたのよ」

 

 そういうと、女性は懐から一つのモンスターボールを取り出した。またカタカタ震えてやがる。

 俺にポケモンを与えてくれようとしてるのは有りがたいんだけどさ、長い間一人にするのはいかがな物か。

 

「あの子、あなたの彼女さんかしら?」

 

「いや、妹だ」

 

「随分似てないわね……」

 

 ナツメは美形で、俺は美形じゃないってかコラ。

 

「義兄妹なんだよ。母が再婚したからな」

 

「再婚……? どういうこと?」

 

「知らないのか。一年前、父さんが死んじまったんだよ」

 

 告げると、女性は心底驚いたように息を飲んだ。

 そう、とだけ口から絞り出し、暫く黙りこむ。そんなにショックなのだろうか。

 まさか愛人じゃねーだろうな。あの世に行ってしばき倒すぞ。こんな美人さんをうらやまけしからん。

 

「惜しい人を亡くしたわね…………あんなにポケモンに優しく接せられる人、他にはいないもの」

 

「そりゃ人の心構え次第だろ」

 

 優しくしようとすれば、自然と優しくなるもんだ。

 無理に意識しようとすれば空回りするんだけどな。

 

「そうね。じゃ、私はこの辺で失礼するわ」

 

「そいや何してるんだ? 父さんの知り合いっつーことは、どっかの社員?」

 

 女性はふふふ、と頬を緩ませながら笑うと、モンスターボールから大きな翼を持った鳥ポケモンを出しおった。

 バサッ、と翼を広げるそのポケモンの背に乗ると、女性は、

 

「そういうことにしておくわ。私の名前は"シロナ"よ」

 

 一帯の花が揺れるほどの風圧を撒きつつ、鳥ポケモンは空へと去って行った。

 木に隠れて見えなくなったころ、ナツメが戻ってくるのが見えた。

 

「今のは?」

 

「知らん。俺の父さんの知り合いだってさ」

 

「……ふむ」

 

「いやぁ、綺麗な人だったな。俺はナツメの方が好みだけd……」

 

「……そう何度も同じ手は食わないさ」

 

 言い切る前にかなしばりで止められてしまった。

 

 なんと非常な行為! 許すまじ!

 

(ナツメ可愛いナツメ可愛いナツメ可愛いナツメ可愛いナツメ可愛い)

 

「ぐっ!?」

 

 口は開かずとも頭は回るのさ。

 ナツメが赤面したまま花畑から離れていくと、集中力を切らしたせいかかなしばりが解けてしまった。

 

「いやあ、これは案外本当にブラコ……」

 

「それ以上言うと口をふさぐぞ」

 

「私の口でってか」

 

「チッ」

 

「なんで舌打ち?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv32 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv26 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv30 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv26 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv25 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv19 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv17 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい みずてっぽう こうそくスピン

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 赤面したナツメが可愛かった。これからどうやってからかってやろうか。

 グローバルターミナルで募集したい。

 

 

 

 日記 ナツメ

 

 今まであいつに可愛いだの何だのと言われて恥ずかしいだけだったのだが、最近なぜか嬉しいという感情まで現れた。

 意味が分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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九話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たにまの発電所って名前、なんかエロいよね。

 

 そんなことを呟いていると、ナツメが「またか」とでも言いたげな表情で深々とため息を吐いた。

 この流れならいける! と思って「ナツメの谷間も触らせて」と試しに言って手を伸ばしてみると、当然のごとくスカイアッパーを浴びた。痛い。

 

 現在、俺たちはメタングに二人して乗っかったまま谷間の発電所なる建物へ向かっている。

 理由は単純明快過ぎて以下略してしまいそうだ。

 

 俺とナツメがハクタイ方面へ向かおうとすると、俺のポケットから垂れていたナツメの下着を、どこからか流れてきた風船みたいなポケモンが奪い去っていってしまったのだ。

 勢いよく追いかけようとした矢先に胸倉を掴まれてしまったので見失ったのだが、飛び去って行った方向は見ていた。

 

「まったく……鞄の中で偶然絡まってただけだってのに」

 

「早とちりくらいは大目に見ろ。実刑は下さなかっただろう?」

 

「胸倉掴まれただけでも大分苦しいって……お、見えてきた」

 

 そこには、先ほどの風船みたいなポケモンから白い布(ナツメの下着)を受け取り、困ったように首を捻る男性がいた。

 俺はその男性の元へ降り立つと、下着泥棒(仮)に向かって変態紳士らしい振る舞いで近寄る。

 

「おっさん、その下着の持ち主、そこにいるまだ特に凹凸もない子どもだぞ。そんなモン使えねーだろ? だから俺にく「違うだろう」ぶ?!」

 

 背中から蹴り倒された俺の背中を踏み台にし、ナツメは不機嫌そうな表情のまま男性から下着を奪い取る。

 

 心配そうにメタングが俺の顔を覗き込む。ああ、お前のご主人さまは義妹に足蹴にされてるぜ……無様だろう?

 

「すまないすまない、あのフワンテは時々ああして物を拾って持ってくるんだよ」

 

「義兄が勘違いをしたようだ。こちらこそ悪かった」

 

「ホントかよ。あいつ、俺のポケットから垂れてる下着奪い去ってったんだぜ?」

 

「ポケットから下着?」

 

 それもそれで滑稽か。

 まあこの件についてとやかく言うのはやめよう。

 起き上がり、座り込んでいる俺にメタングが腕を貸してくれた。ポケモンは優しいのに妹は冷たい。

 お兄ちゃん悲しいぞ。

 

「風車で発電を?」

 

「ええ。この辺りでは風がよく吹くのでね」

 

 ふむ。確かに北風小僧もビックリするくらい吹いてんな。

 だからあのフワンテとかいうポケモンも、ここらに来るのだろう。

 

 ほら、今もあの風車、あまりに勢いが強すぎる風でぶっ壊れ……あれ?

 

「こ、こんなに強い風まで吹くのか?! あばばばば、メタングが吹っ飛ぶ!」

 

「い、いや、こんなのは初めてだ!」

 

 強すぎる風に耐える俺たち。

 メタングに腕を地面に突き刺すよう命じ、引っ張る形で吹き飛ばされぬよう抑え込む。

 

 そんな騒がしい風の音だけの世界で、ナツメがキッと虚空を睨んだ。

 

「違う、これはポケモンによる物……ユンゲラー!」

 

「ポケモンによるって……さっきのオネーサンが使ってたポケモンでも、こんな規模は起きなかったぞ?!」

 

 伝説のポケモンでも現れたのか?

 一心不乱にユンゲラーと共に辺りへ目を向けるナツメ。俺もそこらへ視線を散らすが、風のせいで中々目を開けない。

 

 ふと、発電所従業員の男性がどこかへ向けて指をさしているのが見えた。

 一々確認する暇はない。電光石火の突撃で仕掛けましょうってな。

 

「ハッサム、きりさくッ!」

 

 開閉スイッチを押した瞬間、赤い鋼の弾丸が飛び出した。

 目にもとまらぬスピードで標的を捉えると、右腕のハサミで勢いよく切り裂いた。

 

 ズバッ! と。いやズバットじゃなくてね。

 鈍い音が鳴るかと思いきや、刃で切り合うような甲高い金属音が響いた。

 同時に風が止む。

 

 メタングの上に乗ると、俺はハッサムの向かった方向へ目を向けた。

 そこにいたのは……。

 

「何だアイツ……?」

 

 赤と緑の体と、丸っこい触手みたいな腕が四本。

 うねうねと蠢く不気味な両腕を持つ、歪なポケモン。

 

 どっかで見た気がするが思い出せない。

 敵意は感じられるかとナツメに尋ねるが、なんともいえない表情で返された。

 ハッサムが連撃を仕掛けようとするが、はじき返されてしまう。

 

 力量は相当と見える。だってそうだろう?

 ナツメが反応したってことは、つまるところエスパータイプ。そして、サイコキネシスか何かで今の暴風を起こした訳だ。

 災害レベルだよ、こいつ一体で。しかも野生ですか? はっはっは。笑えない。

 

 仕掛けてきた。

 

「ハッサム、メタルクロー!」

 

「ユンゲラー、サイケこうせん!」

 

 ユンゲラーのサイケこうせんは掻き消され、ハッサムの攻撃は呆気なく跳ね返された。

 ハッサムで歯が立たないのなら、メタングでも同じかもしれない。

 

「クソッたれがッ」

 

 二匹をボールに戻し、俺は三つめのボールに手を掛けた。

 

「三匹目がいるのか? だがこんな相手に……」

 

「賭けるしかねーだろ。どっちにしろ、このままじゃ皆お陀仏かもしれないんだしさ」

 

 おびえている男性を一瞥し、ナツメの眼の前へ立つ。兄貴らしいことなんて、こういう時しかできないからな。

 俺が戦うわけじゃないけど。

 

「頼むぞ新人!」

 

 ボールが開くと同時に、内側から光りが溢れる。

 

「やべ、太陽拳じゃんコレ。みんな目閉じろ!!」

 

 自らの目を塞ぎ、ナツメの視界を隠すように頭を胸に抱き、伏せる。

 耳鳴りがするくらい嫌な音が辺り一帯に響き渡り、それに反応してナツメの耳も塞いでやった。

 多分、視界が真っ暗で何が起こっているか分からないだろう。

 

 今の俺には見えるけどな。

 耳がごわんごわん言って音は聞き取れないが、視界ならある。

 傷ついて逃走する、不気味な触手を揺らすポケモン。そして……、

 

(戦闘不能になった、ジバコイル……)

 

 ぐったりしたそいつは、間違いなく俺が持っていた三つめのボールから出たポケモンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv34 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv28 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33

わざ だいばくはつ

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv30 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう

 

 バリヤード Lv26 特性 フィルター

わざ ねんりき リフレクター ひかりのかべ

 

 スリープ Lv25 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき

 

 ラルトス Lv19 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv20 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい みずてっぽう こうそくスピン

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 親父がキレーなお姉さんに託したジバコイルのおかげで助かった。

 あれがなければ、俺はどうするつもりだったのだろう? 本当にナツメの兄としてあいつを守る意識があるなら、強くなることを真剣に考えるべきである。

 ていうか、なんでだいばくはつしか覚えてないの? 馬鹿なの? 死ぬの? 死んでるけど。

 

 

 

 日記 ナツメ

 

 もうダメかと思った時、あいつが私を守ってくれた。

 直後抱きしめられたので、その後の記憶が曖昧だ。覚えているのはあいつの胸が温かくて……いやいや、そんなこと思っていないっ。

 私はどうしてしまったのだろうか。むずむずした気持ちが最近渦巻いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "――ハクタイの森――"

 

 

 得体の知れない見たことのないポケモンを撃退した俺たちは、手持ちの仲間を回復させた後にとぼとぼとすり減った精神と共にハクタイの森へと辿りついていた。

 空は青いのに気分は曇り空。正直あの戦闘は疲れてしまった。

 

「どうした、いつもの無駄なテンションはどこへ行ってしまったんだ?」

 

「心配してくれてありがとうな」

 

 頭を撫でてやると、ナツメは「勘違いするな」と言って不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。

 こうしてナツメを心配させてしまうのも悪い。

 

 さて、先を目指すとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虫取り少年が勝負をしかけてきた。

 虫取り少年が勝負をしかけてきた。

 虫取り少年が勝負をしかけてきた。

 虫取り少年が勝負を以下略。

 虫取り少年が以下略。

 虫取り以下略。

 以下略。

 

 何人いるんだよ、が簡単な感想だろう。うん。

 なんて容赦ない輩だ。

 

 力量が上がることを除けば拷問以外のなんでもない。

 そんなこんなで目的の場所へ辿りついた。見ているだけで背筋がゾクゾクするような人工物。

 

 "もりのようかん"だ。

 

「来たな」

 

「さて、次の街はすぐそこだぞ?」

 

「何を言っている我が妹よ。ここを通らずしてこの先何を楽しみにしようというのかね?」

 

「ぐ……冗談じゃない! こんなの無駄足だろう?!」

 

「俺には娯楽の館に見えるけどな」

 

「この鬼畜愚兄が!!」

 

「鬼畜で結構。さ、行くぞ」

 

 森へピクニックに行く小学生並にきらきらした目をしつつ、俺はナツメを引っ張っていく。

 冗談抜きでお化けでも出そうな雰囲気の館は、化け物染みた空気と共に俺たちを迎えた。

 

 俺も入った瞬間の異臭には顔をしかめざるを得なかったが、必死に恐怖を我慢するナツメの顔を見てしかめっ面は吹き飛んでしまった。

 

「怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない」

 

 暗示掛けてやがる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗がりの道を進んでいく。木々の隙間から射すわずかな光ですら、今は逆に怪しさを感じさせていた。

 まだぶつぶつ言っているナツメを気にかけつつ、俺は辺りを見回す。

 

(思った以上に淀んだ館だな……)

 

「くそ……よくも私にこんな仕打ちを……」

 

「そうやって俺にひっ付いてれば大丈夫だって。それより、何か感じないか?」

 

「な、何かって……ダメだ。何も考えられない何も見えない。あそこにある画の両目が私を追いかけてるなんて見えない」

 

「やっぱ何かいるって。ハッサム、メタング、ジバ…………無理か」

 

 二体のポケモンをボールから出し、三つの視点からくまなく廊下中を見渡す。

 

「あの部屋か……行くぞ!」

 

「何も見えない聞こえない」

 

 二人(一名ただのシンボル)と二匹で目的の部屋へ駆け込むと、その瞬間から体の隅から隅までが感じていた違和感が確信に変わった。

 てか、電気で体毛が逆立ってただけなんだけどね。

 

 テレビから聞こえるあの嫌な音。水平発振回路から発せられる音が聞こえる。

 簡単に言うと、あの「キーン」って音だ。

 

 そして、テレビに映る電気的な刺々しいフォルム。なんだあれ。頭ににんじんでも付けてんのか?

 

「あいつだな。ナツメ、ユンゲラーを……って、気絶してやがる……」

 

 ぐったりしたナツメを背負い、ハッサムにテレビを切り裂けと命じる。

 ハッサムはこくりと頷くと、勢いよくハサミを構えてにんじんへ向かって突進していった。

 

 いける。そう思った直後、ハッサムとテレビ画面が接触する瞬間。

 

「やべ」

 

 テレビが凄まじい光量で発光し始めた。

 同時に、強烈な電撃がテレビから炸裂する。

 

 にんじんは猛烈な抵抗をした!

 煙を上げるほどダメージを受けてしまったハッサムは、すぐさま下がって俺の隣まで退いてきた。

 

 利口だな、とハサミに手を置き、ボールに戻ってもらう。

 正直、予想以上の強敵だ。なぜ今日はこう何度も何度も苦難ばかり……。

 

「メタング、ねんりきで引っ張り出せ!」

 

 鋼の体を光りの輪郭が包み、両目が淡く輝いた。

 刹那、にんじんと名付けていたポケモンが姿を現す。ヌッ、とテレビ画面から強力な磁力に引っ張られるように出現する。

 

 思った以上にイメージ通りの体色してんのな。

 

「メタルクロー!」

 

 多少無茶な攻撃だったか、見事鋭い鋼の爪は敵に直撃した。

 直後、ピギャー! と怪音波のような鳴き声をまきちらしながら、そのポケモンは廊下の窓から飛び出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に、あのポケモンがいなくなった途端、洋館を包んでいた異様な空気は消えてしまった。

 しかし、それがあのポケモンが発していた物だったからか。それとも、あのポケモンが存在することによる二次的な物なのかは分からない。

 知る必要も特にないだろうし、こうして柔らかい女の子を背負って歩けるだけで、俺はもうお腹いっぱいです。

 

「時々心配してくれて、バトルも強くて。これでちっとは言葉遣いを女性らしくしてくれれば無問題なんだがなぁ……」

 

 冗談抜きで悩みどころである。昨日はそれで二時まで悩み続けていたのだから。

 仕草や俺に対する態度もとげとげしい上に、男性口調で罵られるのはいかがなものか。

 夢と言ってもいい。もしもそうしてくれれば、ナツメがお兄ちゃんと呼んでくれる嬉しい。

 

 だがどうすれば良いのだろう。俺にはさっぱり分からん。

 

「こういう喋り方、私には似合わないでしょう?」

 

「?!」

 

 一瞬、背筋がゾクッとした。

 目を覚ましているらしいナツメは、そのまま俺の背中に顔を埋めた状態で続ける。

 

「けど、今日は二回ともカッコ良かったわ…………お兄ちゃん」

 

 だからご褒美にね? と付け足し、そこからは何も言わなかった。

 今日はこのまま、ハクタイについたら宿を探そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv35 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく

 

 メタング Lv32 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33

わざ だいばくはつ

メモ 育てようがないんだけど。

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv32 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード Lv28 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ Lv28 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん

 

 ラルトス Lv22 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv26 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい みずてっぽう こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 み な ぎ っ て き た

 

 

 

 日記 ナツメ

 

 いつまでもうだうだ言われるのは面倒だし、今日から口調を正そうと思う。

 決してデレてなどいないわ。決して思考を読んだりしていないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十一話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハクタイシティ。昔を今に繋ぐ街という代名詞を持った、いかにもな歴史ある場所だ。

 それは街へ踏み入れた瞬間から見える、巨大なポケモンの像からも察することができる。

 

 そんな伝説のポケモンを祀っている都市で一日の終わりを過ごした俺たちは、毎度お馴染みの駆逐したい敵NO1の明朝を迎えていた。

 だが、そんなミスター低血圧は既に卒業している。朝っぱらのアホみたいに寒い外へ足を運び、両手を擦り合わせながら三つのボールの開閉スイッチを押した。

 

「さて。今日はお前たちに頼みがある」

 

 ハッサム、メタング、ジバコイル。三匹一様にこくりとうなずくと、俺が懐から取り出した道具に視線を向ける。

 

「昨日森で拾ったわざマシンだ。今からコイツで、ただの爆弾に過ぎなかったジバなんとかさんに、遂に攻撃わざを覚えてもらうことになった」

 

 おー! と盛り上がるジバコイルとメタング。ハッサムはクールに無反応だ。今まであいつの妙ちきりんな仕草は見たことがない。

 

「んでもって、力量底上げのために朝から特訓といこうと思う。こういうスポ根みたいなノリは柄じゃないが、このままだといざって時に困るからな」

 

 わざマシンをジバコイルに使用し、空になったわざマシンを放り投げる。

 これで大爆発しか芸のなかったジバコイルも、立派な戦闘要因だ。

 

「よし。んじゃ始めるとするか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 肌寒い曇り空の下、メタングとジバコイルが目をバッテンにして、地面にへたれ込んでいる。

 疲れた素ぶりも見せずに立っているのは、ハッサムだけだ。

 

「よくやるなあ、お前」

 

 まだやれる、とでも言いたげな表情でハサミを開閉するが、既にメタングとジバコイルはバテバテ。

 特訓相手がいないため、今日はここまでとしか言いようがない。

 

 すまんな、と言いつつボールに三匹を戻してやると、少し離れたところでその様子を見ている女の子が視界に入った。

 年はナツメより少し下くらいか? 興味津津といった表情の少女は、せわしない足つきで俺の方へ走り寄ってきた。

 

「お兄ちゃん、今のポケモンよね!」

 

「そうだよ。ていうか、こんな朝早くから何してんの、お嬢ちゃん?」

 

「肝試し!」

 

「へぇー」

 

 何言ってんだこの子。

 さくらんぼみたいなポケモンを頭に乗っけてる辺りを見ると、どうやら彼女も一人のトレーナーのようだ。

 

「私、小さいころからお化けが怖くて…………だから、それを"こくふく"したいの!」

 

「ほー、偉いな。ウチの妹なんて、ビビって近づこうとすらしないぞ」

 

「誰がビビっているのかしら」

 

「オマエ」

 

 背後に指をさすと、そこには不機嫌そうに腕を組んだままのナツメが立っていた。

 どうやらこいつも朝は苦手らしい。いや、常時不機嫌にみえるんだけどな。

 

「昨日、兄ちゃんとこの姉ちゃんが行った"もりのようかん"なんてどうだ?」

 

「そこ! 今からそこに行こうとしてたの!」

 

「何? この朝から元気な子……」

 

「そいや名前は?」

 

「ナタネ!」

 

「そっか。俺はアンバーだ」

 

 どっかで聞いた事が有るような無いような。

 

「よし、なら今から俺が着いてってやるよ。ナツメはまだホテルに残ってていいから」

 

「ホント!?」

 

「…………そう」

 

 ナタネちゃんとやらは喜んでいるが、怖い思いをしないようにと思って言ってやったのに、ナツメの方は何故か釈然としない顔のままホテルに戻って行った。

 何か気に食わないこと言った? 俺。

 

「それじゃ早く行こうよ、アンバー!」

 

「ああ、引っ張るな引っ張るな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 再度舞い戻ってきた薄暗い森の入口付近で、俺とナタネちゃんは立ち止まっていた。

 いや、俺は立ち止まってるんじゃなくて、万力のように腕を絞め付けられながら引かれているだけだ。

 

「おい……やっぱ辞めとくか……」

 

「大丈夫大丈夫大丈夫、私は大丈夫だから早く行こうっ」

 

「んじゃ、そこで根張ってないでさっさと行くぞ」

 

 引っ張り上げ、一先ず抱きかかえながら入口は通過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

[んじゃ、そこで根張ってないでさっさと行くぞ]

 

 少年が、自分より少し小さい女の子を"お姫様だっこ"とやらで抱きかかえるイメージが浮かび上がる。

 他にも、ビックリして少年に抱きつく女の子の姿や、倒れた女の子に手を貸す少年の姿。

 

(別に…………見たくないのに……)

 

 勝手に頭の中へ入ってくるイメージに、少女はギリ、と苛立ちを隠すように俯いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昨日の電気ポケモンがいなくなったのが切っ掛けなのか、館全体にゴーストタイプの気配が充満していた。

 だがゴースのガスより何より、今の俺には右腕部の安全が第一優先事項だった。

 

「痛い痛い痛い、いい加減絞めるのヤメロ」

 

「大丈夫だからね、アンバー、私がいるから怖くない怖くない怖くない」

 

 お前のおかげで身の安全が保障されないんだけどな。

 にしたって怯えすぎだろうこれは。ナツメを優に凌駕してんぞ。

 

「一旦腕を離してくれ、ナタネちゃん。いざって時に立ち回りできな――――」

 

 言い切ろうとした瞬間、俺たちの周りを霧を纏う三つの怪しい光が旋回し始めた。

 ごうごうと燃え盛る鬼火のようでありながら、確かな輪郭がチラつく姿を見るにポケモンが身を隠しているのだろう。

 

「な、なにコレ?!」

 

「伏せろッ」

 

 ナタネちゃんを抱え込み、頭を引っ込めて体を引っ張り下げる。

 同時に、三つの光が頭上で爆音を鳴らしながら激突した。なんつー連中だ。実際のポケモンって人間にも容赦ねーな。

 

「に、逃げようよアンバー!」

 

「ゴーストタイプに、人間の足が敵う訳ないだろう? ジッとしてろ」

 

「無理だよこんな……それに、アンバーのポケモンは二匹ともバテバテで、一匹しか戦えない!」

 

 ナタネちゃんの頭を掻き回し、虚勢を張って笑って見せた。

 

 前回はこの状況下で一度失敗したが、一度は成功しているんだ。やれる、やってみせるさ。

 女の子の前で良いカッコしたいのは男の性《さが》なんだ。

 

「全部倒して見せるさ」

 

 一個のボールから、赤い影が飛び出す。

 鋼の爪はゴース、ゴーストの二匹をなぎ倒すと、最後の一匹へ向かった。

 

(こらえやがった……)

 

 ダメージは通っているように見えるが、どうやら戦闘不能にまでは至らなかったらしい。

 直後、ハッサムへ反撃が行われた。

 シャドーパンチ。残ったポケモンは、その技名にもあるようにシャドーポケモン。

 

 ゲンガーだ。

 

 特訓直後の消費した体力じゃキツイか……?

 だけどコイツにやってもらわねば、他に奴を仕留められそうなメンバーは残っていない。

 ジバコイルだって、爆弾扱いはできない。わざのタイプ相性的にな。

 

 敵は迷う暇を与えない。両目を妖しく光らせながら、こちらへ向かって突っ込んできた。

 ハッサムも迎え撃つ。さぁ、どう出る?

 ゲンガーの方が早い――――――、

 

 刹那、ハッサムの腕が弾丸に変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、一人ベットの上でうずくまっていた。

 唇をかみしめ、溢れる感情を押し殺すように……。

 

 シーツを掴み、何かに堪えるように引っ張る。

 

[伏せろ!]

 

(やめて……)

 

[ジッとしてろ]

 

(私以外に、優しくしないで!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつの間に思い出したのだろう? が正直な感想である。

 くたくたになったナタネちゃんと一緒にもりのようかんを出て、ハクタイシティに戻ってきている最中である。

 

 確かに、あの時ゲンガーに放った技は"バレットパンチ"だ。しかし、本来あの技はLv1の時に覚える物であって、訓練を積んで習得でるような特技ではない。

 

「ハッサム、最初から覚えていたんじゃないの? アンバーが知らなかっただけだよねー?」

 

 こくこくとうなずくハッサム。え、マジで?

 じゃあ教えてくれりゃ良かったじゃん。だって俺、十数年間ずっと一緒にいるけど、こいつが"バレットパンチ"使ってるところ一回も見た事ないんだぞ?

 

 確かに毎回毎回、ビックリするくらいのスピードで敵に飛んで行くけど、それは全部メタルクローだったし。

 

「アンバーはおバカさんねー?」

 

 ハッサムに向かってニコニコしながら訊ねるナタネちゃん。おい、なんで深々とうなずいてんだコラ。

 

「それに……えっと……」

 

「なに急にしおらしくなってんだ」

 

 さっきまでは子どもらしくぺちゃくちゃと喋っていたくせに。年下はこういうところがよく分からない。

 一生理解出来そうにもないが。

 

 俺がハッサムと同意したようにうんうんと頷くと、不意にナタネちゃんが俺の顔を引き寄せた。

 んちゅー、と。頬っぺたに柔らかい感触があばばばばbbbbb。

 

「あ、アンバーもカッコよかったよ! じゃ、じゃあね!」

 

 呆けている俺に、小さな女の子はそう告げて去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時。一体何時間あそこで右往左往していたか思い出したくもない。

 夕日色に染まったハクタイシティの一角にある大きなホテルに、俺は足を踏み入れていた。

 

 頬に残った湿りを再認識すると顔が熱い。こんなんだから童貞臭いだとか馬鹿にされるのだろう。

 非常に遺憾だが、今の俺に否定はできなかった。一目見れば自分を童貞だと直感で分かるレベルである。

 

 部屋の前でいつものような雰囲気で戻れるように、顔を目覚ましのようにぱんぱんと二度叩く。

 

「ただい……ま……?」

 

 帰宅するような勢いで扉を開くと、そこには俯いたまま無表情のナツメが。

 ドアの前でずっと立っていたのか? 犬じゃあるまいし。

 

「…………だった……」

 

「ん?」

 

 吹けば消えそうな声で、ナツメが何か呟いた。

 

 よく聞き取れなかった。なんと言ったのだろう。

 

「……嫌、だった……」

 

「聞こえな――――」

 

「嫌だったの!!」

 

 突然声を張り上げた。いつもは冷静に言葉を繋ぐ、あのナツメが。

 

「あなたが他の女の子をお姫様抱っこしたり、楽しそうに会話したり、二人きりで笑い合ったり触れ合ったり守ってあげたり!!」

 

「お、おい……ナツメ……」

 

「優しく他の女の子の名前を呼ぶだけで、苦しいの…………あなたの笑顔が、私以外に向けられてるって思うだけで……嫌な感情が爆発してしまいそう……」

 

 私、おかしいのかしら…………。

 

 最後の言葉を聞いて、俺は思わずナツメを抱き締めていた。

 ポロポロ涙を流すか細い少女を支えるために。

 

「もうずっと動きっぱなしだったから、疲れてるんだよ。もう休め……」

 

「違う。違うの。ずっと今日のあなた達を見ていて、狂ってしまいそうだった…………分かったのよ。私は、私はあなたの事が…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv39 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー れんぞくぎり きりさく バレットパンチ

 

 メタング Lv36 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー ねんりき てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33

わざ だいばくはつ こらえる

メモ もうどうにもならん。

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー Lv33 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード Lv29 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ Lv28 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん

 

 ラルトス Lv22 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv26 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい みずてっぽう こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 俺はどうすればいいのだろうか。

 

 

 

 日記 ナツメ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十二話

 何となくまだ慣れぬ今日この頃。
 総合ptの理屈が一番訳ワカメ。
 そんな訳で急展開の次話です。ナツメ可愛いよナツメ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あなたが他の女の子をお姫様抱っこしたり、楽しそうに会話したり、二人きりで笑い合ったり触れ合ったり守ってあげたり!!」

 

「優しく他の女の子の名前を呼ぶだけで、苦しいの…………あなたの笑顔が、私以外に向けられてるって思うだけで……嫌な感情が爆発してしまいそう……」

 

「もうずっと動きっぱなしだったから、疲れてるんだよ。もう休め……」

 

「違う。違うの。ずっと今日のあなた達を見ていて、狂ってしまいそうだった…………分かったのよ。私は、私はあなたの事が…………」

 

「ナツメッ!!」

 

 思わず喉を鳴らす。

 ビクッと震えるナツメの肩を抱きながら、俺は考えた。

 考えて考えて考えても、思いはプラスへ動かない。

 

 今回ばかりは都合の良いよう思考を巡らせる訳にはいかないのだ。

 

「オマエの思いに、俺は答えられない」

 

 誰か一人を腕に止めて置けるほど、今の俺は強くない。

 

「俺もオマエのことは大好きだ。けど、それはどういう意味の"好き"なのかはまだ見当もつかん」

 

「どの好き……?」

 

「忘れたのか? 俺たちは男女である以前に兄妹だ。もしかすると、ここへ来てようやく義兄妹の俺たちにも兄妹愛ってやつが生まれたのかもしれない」

 

「この思いは、兄妹だからだって言いたいの……?」

 

「かもしれないって言ってるんだ。この先時間はいくらでもある。その先で探していけばいい」

 

 俺も、オマエもな。

 

「でも、どっちの好きだとしても変わらない。私はこの思いを隠す気にはならない」

 

「デレるってこと?」

 

「もう少しオブラートに包んで欲しいわね……」

 

 深々とため息を吐くと、ナツメは俺の体から離れていった。

 

「き、気が向いたときは…………でで、デレて上げてもいいわ……」

 

 ああ、この先の人生で探せばいい。

 俺とオマエの感情がどういう質を持った物体なのか。その答えを。

 

 顔を爆発しそうなほど真っ赤にして両目を瞑っているナツメを眺めながら、俺はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハクタイを出発した俺たちは、211ばんどうろを通り、テンガン山を突き抜けている真っ最中。

 今は電気タイプのジバコイルのおかげで明かりがあるため、ナツメも前回の洞窟のように怯えていなかった。

 

 明かりを少し灯すだけで、あとはこらえるか爆発するかしか出来ないんだけどねこの子。

 

「思ったより長いわね……」

 

「足場も悪いしな。ジバコイルがいなきゃ進めなかったよ。サンキューな」

 

 はりきった様子でくるくる両腕を回すジバコイル。ぎゅいんぎゅいんと回転する磁石のせいか、辺りの鉱石がカタカタと震えている。

 

「あ、そうだ。メタングに乗って進めば良いか?」

 

「いつもいつも、タクシー代わりにするのはかわいそうよ。あなたもそう思うわよね?」

 

 体ごと頷くジバコイル。昨日のハッサムといい、こいつら本当は俺のことあんま好きじゃないんじゃね?

 

 小さいけど意義のある疑問を考えつつ、俺はナツメの手を引いて出口へと向かう。

 

「やっとでぐ――――――」

 

 俺が言いかけた瞬間。出口手前五メートル。

 駆け出そうとしたそのとき、目の前を大きな巨体が通り抜けた。

 岩の塊が連なった姿は、おそらくイワークだろう。

 

 いや違う。よく見ると、そのイワークの体は"鋼鉄"だった。

 そしてトゲトゲしい体。コイツはイワークじゃなくて、その進化形のハガネール。

 

「グハハハハ! どうだ、わしのハガネールは! 硬そうだろう!!」

 

「そっすね」

 

 突然俺たちの前に立ち塞がったのは、元気のよさそうなスコップを持ったオッサンだった。

 ヒゲオヤジと名付けよう。

 

 ナツメは特に反応せず、無表情のまま相手を見据えている。

 

「なんだ? 思ったより驚かないんだな、アンバーよ」

 

「何度も顔を合わせてたんだ。覚えてるさ、トウガンさん」

 

 トウガン。ミオシティのジムリーダーで、俺の父さんの良き友人だ。

 鋼タイプを好む者同士、互いに互いを高め合っていたと聞く。

 

 地方を越えて家にも来た事があるほどに、二人の仲は良かった。

 

「何でこんな所に? ジムリーダーって忙しいんじゃないのか?」

 

「あいつの息子が来るんだ。一目見ておこうと思ったんだんだが、どうやら大分父親のようにたくましくなってきたようだな」

 

 そこまで言うと、ヒゲオヤジは「ん?」とナツメの方へ目を向けた。

 

「そこの女の子は誰だ? ガールフレンドというやつか?!」

 

「義妹のナツメです……どうぞよろしく……」

 

「おお、君がナツメちゃんか! 話は聞いているぞ、ヤマブキジムリーダーの娘さんなんだって?」

 

 どうやら再婚したことは知っているらしい。

 家族ぐるみの付き合いだったからな。

 

「いやはや、アンバーのおふくろさんが言っていたが、想像以上の美人さんだな! ウチのヒョウタにも紹介したいくらいだ!」

 

「お断りします」

 

「え、お、ちょい待てって!」

 

 ナツメがそそくさと足を進めると、ハガネールがその先にある自分の体をくねらせて道を開いた。

 持ち主と違ってなんつー気のきいたポケモンだ。

 

「ナツメ! すんません今急いでて…………また今度!」

 

「待て待て待て、世間話をするためだけに来た訳じゃない。お前の父親からの預かり物を届けに来たのだ!」

 

 またかよ。モンスターボール以外なら投げて下さい、と言い返す。

 すると、ヒゲオヤジは開閉スイッチを押し、中身だけこちらへ向かって放り投げてきた。なんつー非常識。こんなんと意気投合できるって、父さんは一体どんな神経してたんだよ。

 

「どわっぷ?!」

 

 デカいけど小さい。そんなポケモンが俺の顔面を強打し、そのままごろごろと雪の上を転がっていく。

 気づくと、ナツメのすぐ後ろまで来ていた。

 

「そいつが持っているマフラーは土産だ! こっから先は防寒具がないと厳しいのでな! それでは、おふくろさんに宜しく言っておいてくれ!!」

 

 それだけ言うと、ヒゲオヤジもといジムリーダーであり、父の親友であったトウガンは巨大な鉄蛇と共に洞窟の中へ戻って行った。

 何だかんだ言って、きちんと人のことを思える男なのだ。息子との仲は良好ではないらしいが。

 

「これ、お前がつけてろよ」

 

「ダメよ。あなたが風邪を引くのも私が風邪を引くのも変わらないでしょう」

 

「関係ないって。妹ならお兄ちゃんの言うことは聞いておけよ」

 

 トウガンさんから託されたポケモン。大きな頭……? 口?

 名前は知ってる。クチートっていうポケモンだ。

 

 抱きしめてみるとあったかい。クチートもきゃいきゃい言いながら、頭の後ろについている巨大な顎を動かしている。

 

「いつになったら、私はあなたにとっての"守るべき妹"から脱却できるのかしら?」

 

「無理だろ。俺にとって、お前は一生守るべき対象なんだからな」

 

「そうじゃなくて、どうしたらあなたは私を対等な存在として認めてくれるの?」

 

 真剣な表情を向けるナツメ。対等もなにも、人として俺たちは相違ない。

 ポケモンバトルの技量だって、何だって同じだ。

 

 でも、もしこれに答えなきゃならないんだったら。

 これに答えないと、俺たちに答えが出ないなら。

 

「ジムリーダーにでもなれれば、俺はお前を"強い"って認めるよ」

 

「ジムリーダー…………」

 

 復唱するナツメ。俯き加減な義妹に、俺はクチートを頭に乗せつつジバコイルをボールに戻しながら口ずさんだ。

 

「ま、可愛いって言われただけで顔赤くするようじゃあ難しいだろうがな」

 

「し、仕方ないでしょう! そんなの、言われ慣れてないのだから……」 

 

「そんなんじゃ、もしジムリーダーになったときどうするんだ? 挑戦者一人ひとりが「か、可愛い……」って言葉を無くす度に顔真っ赤にしてうつむくのか? いや、その反応も見てみたい気がせんでもないが」

 

「真剣な戦いの場でそんなことを口にするトレーナーはいないわよ!」

 

「どうだか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv42♂ 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー シザークロス てっぺき バレットパンチ

 

 メタング Lv39 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー サイコキネシス てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33 特性 じりょく

わざ だいばくはつ こらえる

 

 クチート Lv41♀ 特性 いかく

わざ かみくだく てっぺき バトンタッチ まもる

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー♂ Lv36 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード♂ Lv33 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ♂ Lv32 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん ずつき

 

 キルリア♀ Lv26 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv31 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい バブルこうせん こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

日記 アンバー

 

 何か変わるかと思ったが、別に何も変わらなかった。

 でも、ナツメがジムリーダーを本格的に目指すのなら、俺は側にいない方がいいのかもしれない。

 

 

日記 ナツメ

 

 言いたい事を全て吐きだして今までと違う接し方ができると思ったのだけれど、今までと何も変わらない……。

 ラルトスがキルリアに進化した。か、かわいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十三話

 感想等は励みになるので大歓迎です。

 旅をするならライターくらい持て。そんな回です。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぶきって、ポケモンがポケモンにくりだす技だよな。

 ならそれに及ばないにしろ、吹雪く風の中を人が歩けばどうなるか。ロクな防寒具もない俺たちにとっては地獄絵図になるだろう。

 

「前が見えねえええええええええ!!」

 

 辺り一面真っ白。薄暗い曇り空と、純白のあられのおかげで視界はゼロ。

 もう叫ぶしかない訳である。

 いや、ついでに言えば聴覚も風が異様に吹いているから殆ど機能していない。

 

 頭に乗っているクチートも、ガタガタと震えているのが分かる。

 

「少し黙っていなさい」

 

「何してんだ?」

 

「どこか休める場所がないか探しているのよ。ロッジぐらいあるでしょう、普通」

 

 ああ、まあ確かにな。ほぼ登山状態だし、こんな辺境で遭難すれば間違いなくあの世行きだ。

 ナツメが「こっちよ」と足を進めていく。俺は震える足に鞭打ちながら、妹の後ろをついて行った。

 

 ナツメの言った通り、行く先には小さな木製の家があった。

 扉を開けると誰もおらず、完璧ご自由にお使いください状態らしい。

 

 ナツメは一息吐くと、首に巻いていた真っ白なマフラーをクチートに巻いて上げていた。

 

「優しいな、ナツメはやっぱり…………あ、また顔赤くした」

 

「い、一々言わないでちょうだい……」

 

 膝を抱え、体育座りになるナツメ。

 俺は薪を暖炉に放り込み、ジバコイルに頼んで火を付けてもらった。もちろん、ジバコイルは戦闘不能状態になる。

 

「ごめんなジバコイル。でもこれしか火つける方法無いんだわ」

 

「炎タイプの一匹くらい、手持ちに入れておけばいいのに……」

 

「出会うポケモンが全部鋼なんだから仕方ねーだろ。な、クチート?」

 

 こくこくと元気よく頷くと、俺の頭に再度飛び乗ってきた。

 

「…………いいな」

 

「ん? なんだって?」

 

「何でもないわよ」

 

「??」

 

 ス、と視線をそらされてしまった。

 にしても、体育座りとはまた無防備な。デルタゾーンが見えてしまいそうだ。

 

「っ?!」

 

「あ、隠した」

 

「あなたの視線と頭が卑猥な空気を纏っていたからよ!」

 

 顔を赤面しながらそう告げると、ぷいっ、と体まで背けてしまった。あーあ、すねちゃったよ。

 にしても、本当に俺の心読むの好きだね、この子。

 

「あなたの考えは……その…………無意識に拾ってしまうのよ……」

 

(デレたな)

 

「デレてない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 数十分後。一日待とうかなんて考え始めた矢先、外が静まりかえった。

 逆に不気味に感じたが、どうやら吹雪は止んだらしい。

 

「さてと……そろそろ行くか」

 

「ええ」

 

 ギギィ……と雪を押しのけながら扉が開く。

 結構積ってんな。

 

 頭に乗っかっているクチートと一緒に周辺を見渡し、安全確認をしたのちに歩き始めた。

 

「なあナツメ」

 

「なにかしら」

 

 ふと、横を歩く純白マフラーの義妹に声をかける。

 今話しとかないと、遅くなるかもしれないからな。

 

「オマエ、ジムリーダーになるんだよな?」

 

「そうよ。だってそうしないと、あなたは私を対等な存在として認めてくれないのでしょう?」

 

 そんなにこだわる必要があるのか?

 それが素直な感想だ。俺としても、歴史上の事柄にあまり変更点は加えたくない。

 

「そう、だよな。なら、一回カントーに帰るか? そんでジムリーダーを目指す。旅の事はその後で考えればいいだろう?」

 

 ナツメはしばらく考える素ぶりを見せたが、特に何の意見も出さずに「あなたがそういうのなら」とだけ告げ、足を速めた。

 もしかすると、俺が何を考えているのか分かっているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッサキシティ。港のふなのりに次はいつ船が出るかと訊ねると、

 

「今日は天気が悪くてねぇ……明日なら多分出ると思うぜ」

 

 と言われ、渋々宿を探す羽目になった。

 ここまでの道のりと比べれば大したことはないが、雪が降り積もるだけあって都会のヤマブキより数段寒い。

 

「つか、こんな田舎に宿なんてあるもんなのか……?」

 

「田舎だからこそ、でしょう。旅館くらいあるわよ」

 

「そんなモンかねぇ」

 

 今振り返ってみれば、まだ数日しか経ってないのにもうこんなところまで来てしまったんだな。

 シンオウにはまだ行ってない見てない場所がいくつもあるけど、それはまた今度でいいだろう。

 

「ほら、あそこ。早く行くわよ」

 

「お、ちょいちょい、引っ張るなこけるぞ!」

 

 言わんこっちゃない、と言いたくなるようなタイミングで雪に足を取られ、俺を道連れにしながら盛大に雪の上に倒れ込んだ。

 

 こっちはなんとか片手で体を支えられたが、ナツメの方は顔から雪に突っ込んでいる。

 顔を羞恥に染めながら起き上がる。まだ顔に雪ついてんぞ、と指摘すると、ふるふると首を振って払った。 

 

「ドジっ子属性をお持ちですか?」

 

「雪がこんなに積っている場所を歩くのは初めてなんだから、仕方ないでしょう…………」

 

 何はともあれ、今日一晩過ごす宿は見つける事が出来た。

 今日は冗談抜きで体力的に疲れたから、本当にさっさと部屋に入って布団に転がりこみたい気分である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キッサキ旅館の、二階にある階段から二つ目の一部屋を借りた俺たち。

 中々広い一室を眺める俺をよそに、ナツメの方は戸を開けて外の景色を眺めていた。

 

「ここ露天風呂が混浴なんだってさ」

 

「警察を呼ぶ準備ならできているわよ」

 

「なんで俺が襲う話になってんだ?」

 

 そうじゃなくて、と注意づけながら、荷物を部屋の隅の畳の上へ置く。

 

「気をつけろよ、って言いたい訳ですよ俺は。野獣なんてそこらへんに掃いて捨てるほどいるんだからな」

 

「心配してくれているのかしら?」

 

「……ま、そういうことだ。俺は先に温泉入ってくるぞ」

 

 手持ちを全てボールから出し、相変わらず頭に乗ったままのクチートも連れて一人と四匹で部屋を後にした。

 ジバコイルとメタングがフヨフヨとぶつからないように浮遊しており、ハッサムは物静かに俺の後ろを歩く。賑やかなのは好きだ。それとナツメが好きだ。

 

 最後に見た嬉しそうな笑顔が、頭にへばりついて離れない。

 

(無意識にああいう顔するなよ……ったく……)

 

 俺以外の男だったら、間違いなく襲われてたぞ。

 

 …………。

 

 こうして思っているということは、多分俺の中で答えは既に出ているのかもしれない。

 ナツメの笑顔を見れば嬉しくなるし、もっと見たいと思う。馬鹿みたいだけど、これも兄貴としての感情なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv43♂ 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー シザークロス てっぺき バレットパンチ

 

 メタング Lv41 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー サイコキネシス てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33 特性 じりょく

わざ だいばくはつ こらえる

 

 クチート Lv41♀ 特性 いかく

わざ かみくだく てっぺき バトンタッチ まもる

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー♂ Lv37 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード♂ Lv35 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ♂ Lv32 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん ずつき

 

 キルリア♀ Lv29 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv33 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい バブルこうせん こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日記 アンバー

 

 ジバコイルに土下座した。以上。

 

 

日記 ナツメ

 

 彼が考えていることは分かるのだけれど、納得がいくかはまた別の話。

 夜に話してくれるつもりらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 



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十四話

 全然関係ないんですが「コードギアス 亡国のアキト」を見てきました。
 いやあ、面白かった。
 アレクサンダカッコ良かったです。
 では、第十四話始まり始まり。


 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はカントーに帰ったら、ひたすらこいつらとの修行に励もうと思う。

 情けない話だが、俺が俺自身を強くするより、仲間であるポケモンに頼った方が幾分マシなのだ。

 

 だから、ああ。俺の遂げるべき二つの成長。一つ目は単純な"強さ"だ。

 

 そして二つ目。それは今から手に入れられるか否か。

 そんなところだろう。

 

 

 現在、俺は四匹の仲間たちと共に、久々の温泉に浸かっている。ちなみに、クチート以外はあっという間にのぼせて既に湯の中から撤退している。

 鋼タイプだから仕方ない。

 

 唯一クチートのみが鋼の顎を湯から出し、体だけぷかぷか浮いていた。非常に微笑ましい光景である。

 

 そういえば、こいつメスだけど男湯入れても大丈夫だよな……?

 

「………………そろそろ上がるか」

 

 

 

 今日は偶然他にお客さんがおらず、ほぼ貸し切り状態になっていた。

 勿論温泉に入っても一人。着替えてても一人。まあ、そっちの方がいいんだけどさ。

 

 なんかこう……心細くなるんだよね。やっべ、ホームシック発動しようとしてんのかコレ。

 

「ま、お前たちがいるから、全然寂しくないけどな」

 

 賑やかな仲間たちを連れ、騒々しく旅館の廊下を歩いていく。

 旅館、温泉といえば浴衣。当然今の俺も浴衣姿だ。

 

 左右手を左右の袖に入れて歩く。一回これやってみたかったんだよな。

 

 もう上がったから、露天風呂に行っても大丈夫だぞー、とナツメに知らせてやろうと思って扉を開くと、そこには既にナツメの姿は無かった。

 どうやら、とっくに温泉に向かったようだ。

 

「信用されてんだかされてないんだか……全く……」

 

 思わず苦笑が漏れ、畳の上に置かれた座布団に座りこむ。

 

 メタングはジバコイルと互いに浮遊しながら遊んでおり、双方の上をクチートが行ったり来たりしている。

 ハッサムだけ、まるでボディーガードのように俺の右斜め後ろへあぐらをかいて静かに座っていた。

 

「ふあ~あ……」

 

 なんだか眠くなってきた。

 俺が横になろうとすると、メタングが背中を自分の体で支えてきた。

 その横にジバコイルも寄り添い、俺の膝の上にクチートが乗る。

 

「みんなでひと眠りするとすっか」

 

 オマエも来いよ、とハッサムに手招くと、両目を閉じ、腕を組みながらジバコイルに背中を預けた。

 

 鋼タイプって金属で冷たいのに、なんだかあったけーのな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は火照った自らの体を見つつ、こんなことを考えていた。

 

 多分、このまま部屋に戻ると義兄が座っていて、

 

『お、浴衣姿も似合ってんじゃん。火照っててなんかエロい』

 

 などと言われるのだろうと。そしてまた無意識に自分は顔を赤くし、からかわれるのだ。

 

 想像するとムカつくはずだ。

 腹が立つはずだ。

 なのになぜ、嬉しいという感情があるのだろうか。そういう欲求があるのだろうか。

 

 これも兄妹愛なのか? 義兄に可愛いだの、エロいだのと女性として褒められ、顔を赤くして素直になれなくなるのが、本当に兄妹愛の範疇なのだろうか?

 

 それを決めるのは自分だ。それをどうだと判断できるのも自分だ。

 

 だから聞く。そして問う。

 義兄はカントーに帰ったら、もっと力をつけるためにヤマブキを離れるつもりだ。

 肝心の彼がいないのであれば、この感情を決定づけるのがもっと先の話になってしまう。

 

 だったら今しかない。

 

 今日、彼に確かめる。

 

 

 決心した少女が扉を開くと、すぐに目的の人物が視界に入った。

 

 

 けれどそれと同時に、安らかな寝息も聞いた。

 

 四匹の仲間に囲まれ、寄り添うように眠っている兄。

 

 

 少女はため息をつくと、机を挟んで兄と反対側に座った。

 肘をついて、彼の寝顔を眺める。

 

 

 彼女が自然と自分の頬が緩んでいる事に気づくのは、それから数分後の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、反対側の席でナツメが机に身を乗り出したままニヤけた顔で俺の顔を見ていた。

 

 まだ起きていることには気づかれていない。目を極細に開いた状態でなんともいえん空気の中寝たふりを続ける。

 こういうのって、一回フリを始めるとどうにも抜け出せない。

 

 俺が目を開くタイミングを伺っていると、不意にナツメが口を開いた。

 

「私、やっぱりあなたのことが好きらしいわ……」

 

 ドキッ、とした。

 

 両足が跳ね上がりそうになった。だがここは死ぬ気で堪える。

 

 独白するナツメの言葉は、また繋がり始めた。

 

「こうして寝ている無防備な姿を見ると、その唇に触れたくなってしまうもの。奪いたくて仕方がない」

 

 

「お、俺も……」

 

 

 気づいた時にはもう遅い。

 

 我慢弱い俺の口が、腹から絞り出すように声を出していた。

 

「オマエのその優しい顔を見ていて、どうしようもなく…………」

 

 ナツメは俺がずっと目を覚ましていた事に気づくと、頬を染めて目をそらした。

 

 ここで逃げる訳にはいかない。逃げられる訳にはいかない。

 

 乗り出した体を引こうとするナツメの肩を掴み、ジッ……と外れてしまった視線を合わせようとする。

 

「わっ、私は…………」

 

 

 今しかない。行け、俺。

 これを逃したら、いつまでたっても……。

 

「俺もオマエのことが「ご夕飯をお持ちしましたー」……」

 

 ………………。

 

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。

 

 しかし、三秒後には既に、俺の頭の中には"K"と"Y"の二文字が渦巻いていたのは思ってのとおりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を済ませた俺とナツメは、気まずい空気に包まれながらそれぞれの敷布団にもぐりこんでいた。

 

 ナツメの気持ちの判断から始まったのに、一日も過ぎない内に俺の気持ちが爆発してどうすんだよ。

 そんな自己嫌悪に陥りそうな感情の"のしかかる"を受けている俺に、背を向けて横になっているナツメがポツリと口を開いた。

 

 

「あの言葉の続き、聞かせて?」

 

 

 顔が見えないため、表情はうかがえない。

 

 告げるかどうか迷ったが、どっちにしろ心を読まれるから変わらないだろう、と決断して言葉に表した。

 

 

「俺は、オマエのことが好きだ。情けねーけど、一人の男として…………」

 

 おかしいのは俺じゃないか。本当に悩むべきはナツメじゃなくて、本気でこんなことを思っている俺だよ。

 

 あー、恥ずかしい。一世一代の静かな大告白を終え、笑っているように見える天井から遮るように、腕を両目に乗せた。

 

 強くなるって決めたのに、拒絶されたら絶対泣いちまうぞ。

 男の涙とか誰が得すんだ。女の涙も見たくないけど。

 

 俺は無言の空間で待つ。耳鳴りが酷い気がしたが、気のせいだと分かって唇をかみしめた。

 

 

 ごそごそと物音が聞こえたのに反応して腕をどけてみると、そこには眼前に迫ったナツメの姿があった。

 

 直後、唇に温かいものが触れる。俺は驚いて両手両足を上げてしまったが、数秒続くソレに力を抜かれていった。

 

 

「私も、あなたのことが好きで好きでたまらない。もう我慢なんてできないわ…………これからずっと好きを伝えたい……」

 

「…………なんで泣いてんだ……?」

 

「嬉しいからよ」

 

 

 訳わかんね。

 

 でも、俺も気づくと、笑いながら頬に雫を流していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv44♂ 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー シザークロス てっぺき バレットパンチ

 

 メタング Lv42 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー サイコキネシス てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33 特性 じりょく

わざ だいばくはつ こらえる

 

 クチート Lv42♀ 特性 いかく

わざ かみくだく てっぺき バトンタッチ まもる

 

 

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー♂ Lv38 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード♂ Lv36 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ♂ Lv33 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん ずつき

 

 キルリア♀ Lv31 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv34 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい バブルこうせん こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十五話

 さて、次回からはいつ更新になるのやらと。
 受験やバイトで色々忙しいので、まったりお待ちになられればと思います。
 感想等、本当に有難うございます。励みになってます。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 区切りの朝に、俺とナツメは当分ないであろう朝の身支度を始めた。

 

 現在午前十時。カントーへの高速船が出るのは午前十一時三十分。今用意を済ませておけば、多分簡単に間に合うだろう。

 ふわふわと浮いているメタングとジバコイルをボールに戻し、今度はハッサムの頭の上に乗っているクチートと、そのハッサムと、

 

「さて、そろそろ出るか。ナツメ」

 

「ええ……」

 

 また来る。そんな、気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆらんゆらんと巨大な顎を揺らすクチートを、ハッサムが鬱陶しそうにしている。

 

 どこかで聞いた話だが、あの口は元々ツノで、それが変形した姿らしい。

 

 

 それをナツメに教えてやると、どうでもいいとでも言いたげな表情で流された。酷い。

 

 

「それより、あなたはこれからのことを考えたらどうなの?」

 

 確かに、計画くらいは立てておいた方が良いのかもな。

 ナツメと一緒にいるために、ナツメの傍から離れるのだから。彼女を寂しがらせるに値する結果を残さなければならない。

 

 今のところ考えているのは、初代主人公のようにシロガネ山にでも籠ってみるという物だ。

 あそこなら辺境で生きた屈強なポケモンも出るし、それ相応の実力も身に着くだろう。

 

 

 飛行タイプのポケモンを持っていれば移動も出来るし、いざとなればヤマブキに帰る事も難しくはない。

 だけど、そんな軽い気持ちで強さなんて手に入らないから。

 

「全部聞こえているのだけれど……?」

 

 不意に、考えを巡らせながら降り積もった雪に足跡を残す俺の顔を、ナツメがひょこりと覗き込んできた。

 

「オマエに頭覗きこまれるくらい、俺は気にしないさ」

 

「随分と私に甘いわね」

 

「好きだからに決まってんだろ。今さらだ」

 

「ふふ……知ってる」

 

 こう、突然素直になられると慣れない。くぁいいからいいんだけど。

 

 それに多分、今までは忘れていたのだろう。

 母親が死に、周りの人間からは奇異の目で見られ、閉鎖的な環境で育った彼女は、無意識の内に表現と受け止め方を忘れていた。

 

 だから言葉が年齢や性別とズレ、感情表現も気難しい顔になる。

 

 

 今はそれを思い出して、逆に感情へ素直になり過ぎたくらいだ。

 でも、それでいい。まだ年ごろの女の子として、自分の思いを相手へ素直に伝えられるのはいいことだ。

 

 俺が彼女に教えたんじゃない。ナツメ自身が、自分の手で取り返した本来の心だ。

 

 

 船が見えてきた…………ん?

 

 俺とナツメが足を止め、顔を合わせた相手。昨日とは違うふなのり。

 

 そのふなのりには、見覚えがある。ミオシティで、最初にナツメが感謝の意を受け止め兼ねたあのふなのり。

 

 

 ナミキだ。

 

 彼は俺たちの顔を見るや否や、騒々しく「探しました!」と口にしながらナツメの方へ歩み寄る。

 そして手を取り、本当に優しい顔でナツメの目を見つめた。

 

 

「あなた方が来た次の日、あの子が目を覚ましたんです! 夢の中で、長い髪のお姉ちゃんが助けてくれたって言いながら…………もう私は嬉しくて嬉しくて……あなたに、一言お礼を言いたくて…………」

 

 

 涙をぽろぽろ流しながら、ナミキはナツメの手を柔らかく握る。

 

「あなたのおかげで、私たちにも笑顔が戻りました…………本当に、ありがとうございます!」

 

 

 ナツメはどうしていいのか分からない表情で、でも嬉しそうで、恥ずかしそうで、泣きそうで。

 

 多分、今度は正しく、本当の意味で受けとめたんだと思う。

 

 

 そうだろ? ナツメ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船の甲板の上で、俺とナツメは流れゆくシンオウ地方を眺めていた。

 見送るように飛び去る、数十匹のムクバード。それを見つめながら、ナツメがなびく髪を押さえていた。

 

 多分、悪夢を覚ますことが出来る羽根を持つというポケモンが、ナツメを感じてあの家に現れたのだろう。

 

 根拠はないけど、何でかそんな気がした。

 

「たった数日だったけれど、名残惜しいものね」

 

「また来ればいいさ」

 

 そう、また来ればいい。また今度。

 

 

 たくさんをくれた北の大地へさようならを言い、俺たちは再び始まりの地へ帰る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クチバに着くと、少年は親友であるハッサムをボールに戻し、大顎を持つクチートを頭に乗せた。

 

 ハッサムと入れ替えるようにメタングが姿を現す。

 

 

「そんじゃ、行くわ」

 

「え…………?」

 

 予想外だった。

 

 何を言っているのか、一瞬分からなくなる。

 

「家に顔…………出さずに行ってしまうの……?」

 

 青い鋼のポケモンに飛び乗る少年へ、手を伸ばす。

 

 少年の方も手を伸ばし、ナツメと硬く繋ぐ。指をからみ合わせる。

 

「俺もそう思ってたんだけど、家に帰ると揺らいじまいそうでさ。オマエから離れたくなくなるかもしれないんだよ」

 

 一瞬、それでもいいと口走りそうになった。

 でも止める。彼の心が命じている事なら、それに自分の意思を介入させるべきではない。

 

 

 だが、しかし、でも、だって。

 

 そんな否定のことばかり浮かび上がる自分の思考を捻りつぶしながら、ナツメは笑顔で彼を送り出す。送りだそうと決めた。決めたんだ。

 

 

「きっと、帰って来るわよね……?」

 

「帰るさ。ナツメと一秒でも長く一緒にいたい。だから、納得したらすぐに飛んで帰る」

 

「その時は抱きしめて。腕に抱いて。絶対に……」

 

 少年は笑うと、指を一本一本解いていく。

 

 

「約束するよ」

 

 

 最後に、跳んだ。

 

 自分の足が、クチバを包む砂を蹴る。

 

 

 そっと口で触れる。それだけ。

 

 虚を突かれたような顔をしていた彼は、泣きそうになって、それでもう一度笑った。

 

 

 

 

 

 さようなら。また今度。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レポート

 

 

 名前 アンバー

 

 

 手持ち

 

 ハッサム Lv44♂ 特性 テクニシャン

わざ メタルクロー シザークロス てっぺき バレットパンチ

 

 メタング Lv42 特性 クリアボディ

わざ メタルクロー サイコキネシス てっぺき どくどく

 

 ジバコイル Lv33 特性 じりょく

わざ だいばくはつ こらえる

 

 クチート Lv42♀ 特性 いかく

わざ かみくだく てっぺき バトンタッチ まもる

 

 

 

 

 名前 ナツメ

 

 

 手持ち

 

 ユンゲラー♂ Lv38 特性 シンクロ

わざ サイケこうせん かなしばり めいそう じこさいせい

 

 バリヤード♂ Lv36 特性 フィルター

わざ サイケこうせん リフレクター ひかりのかべ みがわり

 

 スリープ♂ Lv33 特性 よちむ

わざ さいみんじゅつ ねんりき サイケこうせん ずつき

 

 キルリア♀ Lv31 特性 トレース

わざ ねんりき しんぴのまもり おんがえし かげぶんしん

 

 ヒトデマン Lv34 特性 しぜんかいふく

わざ じこさいせい バブルこうせん こうそくスピン スピードスター

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日記 アンバー

 

 ナツメとまた会う約束をした。

 

 

 日記 ナツメ

 

 アンバーとまた会う約束をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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