なのは+『未完の護り手』 (黒影翼)
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プロローグ~幼い刀

 

 

プロローグ~幼い刀

 

 

初めは興味本位だったと思う。

母譲りの頭の良さもあって、人よりは早く色々と把握できたのも大きかった。

人より身体が丈夫だったのも大きい。

 

とにかく、そんな事もあって私は父に興味を持った。

 

魔法を振り回す人のはびこるこの世界で、手持ちの剣二本と針と糸。

そんなものを持って何をする気なのかとも思った。

 

 

でも…

 

 

初めて見た父の姿は、とても格好良かった。

叔父も、よく来ていた槍使いのお客さんも、父の剣を超える事はできなかった。

 

単純に誇らしくて、私も真似したくなって…

 

 

そんな単純なものじゃない事を思い知った。

 

 

私の身体は生まれた時から普通の人体より強いはずだった。

それこそ、ただ魔力があるだけの子供ならスポーツで遊べるくらいには。

 

そんな私が倒れそうなくらいの距離と速さを軽々走る父。

その後、基本訓練。

ひたすらに素振りや投擲を繰り返す。

 

私ですら疲れきるほどの時の後に、こんな目立たない事を淡々と繰り返す。

 

普通の子供なら飽きているだろうその光景。

けど、飽きもせずにその目立たない鍛錬を見ていられた私は普通じゃないのだろう。

やっぱり父の子供だからなのだろうか?

 

本格的に訓練に入ると決めて、父に問われたのは覚悟。

十分に色々見ていたつもりだったが、其処から先は酷かったと思う。

 

今となっては感覚が麻痺してしまっているけど、ぐずった事なら何度もあるし、ごねたいと思った事もあった。

そんな時、厳しい父はまだよかった。

でも…『嫌だったら俺が必ずやめさせてやる。兄さんは俺が止めてやるから、な?』と笑顔で慰めてくる叔父の言葉は、本当にずるいと思った。

 

父がどうしてあそこまでの強さを手に入れたのかを見ていた私は、やっぱり剣を捨てる気になれなくて、だからついていくしかなくて…

 

 

そうして、ちょっとの自信とありとあらゆる私以上をこなす父への強い畏敬の念が芽生えた頃、その事件は起こった。

 

 

Js事件。

 

 

未曾有の大型テロとしてその名を残す事になるこの事件の中で、父と叔父は戦った。

詳細までは知らない。けど、父は敵の主犯格との交戦が原因で局員の人に少し呼び出されて話したりしていたし、叔父に至っては意識不明の重体にまで陥って、二人の女性を救って見せた。

 

 

それが報道されたり、讃えられたりする事はなかった。

 

 

当たり前だ、そんな事をされたら厄介なだけだし、尤も大事な救い手であるために力を振るうという事は完遂している。

叔父の方は調子に乗って見せるだろうからあまり直接言いたくはないけど…誇らしい二人だった。

 

だからこそ…思う。

 

 

 

 

英雄扱いされている魔導師達は、一体何なのかと。

 

 

 

絶対に違う。

あの二人を差し置いて貴女達が英雄と称されるなんて認めない。縁の下の力もちではあるけれど、貴女達程度の引き立て役なんかじゃ、絶対にないんだから。

 

戦いが…力を振るうって事がどんな事か、口先だけでしか知らないような連中なんか…

 

他の誰が認めても―

 

 

 

 

 

 

―私は絶対認めない。

 

 




もうちょっとだけつ(以下略)
案としては先に浮かんでいたものの、歴史順序的に後になる事に(汗)。
長いのは承知しているものの、投げ出さずに進めたいと思いますので、良かったら覗いていただければ幸いです。


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前書き&過去設定

作者、黒影翼のなのは+シリーズの続編です。

そのため、魔法少女リリカルなのはVividを主体としていますが、開始時点で色々と異なります。

 

注)本編VividのMemory47(単行本9巻目)まで販売時点で開始しています。

 

 

主役格簡易プロフィール

 

月村雫

プロローグの理由で魔法を敵視しているも、未熟と認識している為恭也に許可されない限りは魔法関係と関わるのを我慢してきた。

訳あってなのはを特に敵視している為、その娘にて魔導格闘使いのヴィヴィオには複雑な気持ちを抱いている。

本編開始時11歳。

 

 

 

 

※ここからはなのは+シリーズ過去作未読の人用

 

 

 

 

月村恭也

月村忍

ノエル

地球の組織に忍が目をつけられた為、管理世界に逃亡。

ほとぼりは冷めたものの、暗躍レベルでとはいえ恭也がドゥーエを倒した事で管理世界の方で目をつけられ、そのまま残る事に。

忍は非魔法技師として、強度の高い刀やノエルの動作部品などの研究をしていて、ノエルは家事を基本に偶に動作テストを兼ねた戦闘訓練などを行っている。

 

高町速人

元主人公。ヒーロー目指して割と色々無茶して救ってきた。

なのはの兄として引き取られた元暗殺者。

なのはの一個上で恭也を主な師として、晶やレンなどから格闘術も学んでいる。

恭也達のような戦闘者でも感知できない『完全気配遮断』を扱えるが、殺す事を禁じている為直接戦闘ではほぼ使わない(主に調査用)。

御神の技は神速まで扱え、多少魔法と併用する。風の変換資質持ち。

飛行も可能だが、戦闘時は主に足裏に歩行用の魔法陣を展開して、空中を『歩く』。

 

 

リライヴ

単純科学で発展した世界で奴隷として過ごしたが、イノセントと出会いその高い魔法の資質を使い、誤って故郷を滅ぼしてしまう。

奴隷時、一度来た管理局が管理外世界に首を突っ込めないと助けられなかった為、ルールで救われない人を救おうとプレシアやはやて、ルーテシアに協力して、JS事件の最後に捕まるが、速人が交渉の末開放。

元々はやてと同等以上の魔力の持ち主の上に高速戦闘でそれを普通に扱えるが、開放時に局からBまでの魔力制限をうけている。

無色の魔力光。

近接戦闘は短剣携帯のデバイスから魔力刃を片手剣程度の長さにして扱い、中遠距離では射砲撃、高速移動とオールマイティに扱える。閃光弾等の科学装備も扱う。

 

 

アリシア

速人に救われ、那美の治療の結果意識を取り戻す。

命を救われた事から、速人達の技師として共に暮らしている。

戦闘能力は無いが、一家の稼ぎ頭。

 

 

レジアス=ゲイズ

JS事件後、当然のことながら局は解雇となったものの、逮捕等にはならず、誰も雇うに雇えない大物犯罪者と言う微妙な相手を何のためらいも無く速人が拾う事に。

主にウェイターを務めているが、時間が出来て運動に参加させられて体型が標準になった結果、知る人しか分からないと言う状態に

 

 

シュテル、レヴィ、ディアーチェ

闇の書に防衛戦力として使われ、速人に闇の書の闇から切り離し、宵の騎士という形で救われた。

ユーリを救った結果単独でも行動可能にはなったが、家族として速人と共に暮らしている。

 

宵の巻物

闇の書との交戦時に闇の書の闇に防衛に使われたシュテル、レヴィ、ディアーチェの三人と、初代リインフォースを救う為に使った新たな器となるデバイス。

新品のデバイスに、闇の書の問題点から四人を切り離して移す事で無事救った。

 

ユーリ

ディアーチェ達が紫天の書本体を持ったままで闇の書の闇から切り離されたため、目覚めに10年の時を要した。

JS事件後の冬、目覚めてディアーチェによって救出される。

 

初代リインフォース

宵の巻物の管制に移る際に戦力の全てをはやてに渡したため、戦闘能力は皆無。

髪は未練を断ち切る意味を込めて肩で切って、名前はそのまま名乗れないと言う事でリインフォース・フレイアと改名している。

パティシエとして桃子に訓練を受けていて、管理世界に移ったときに店をやっている。

 

 

エメラルドスイーツ

上記速人達管理世界に移る際に用意してもらった場所に開いた店。兼家。

黒字と赤字の境界を彷徨っている為、収入源としては大して機能していない。

 

 

 

アクア=トーティア

魔力もち程度の一般人だったが、最強の魔導師に興味を持ってあれこれ首を突っ込むうちに事件に巻き込まれる。

イクスと火災に巻き込まれたところを速人とスバルに救われる。

以来、首を突っ込んでも安全なようにと訓練している。

 

クラウ=トーティア

アクアの付き人…のような弟。

魔力値的には乏しいが、姉のアクアのために体を張れるように鍛えていた。

 

 

フレア=ライト

管理局員の槍使い。速人との遭遇を機に業を身につけ始める。

コミュニケーションをあまりとろうとしなかったのをフェイトに心配され、以来模擬戦等を偶に行っている。

 




前作は『調べていく』形式だった為、過去設定載せずに進めましたが、今回は必要かと思いましたので簡易的にですが。
必要な設定思い出す、指摘される等あったら編集したいとおもいます。


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第一話・酷な護り手

 

 

 

第一話・酷な護り手

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

格闘戦技、ストライクアーツの師匠のノーヴェから紹介された、アインハルトさん。

スパーリングという事で進められたんだけど…とっても強くて、楽しくなって。

 

 

 

「趣味と遊びの範囲内でしたら十分すぎるほどに。」

 

 

 

そんなタイミングで、こんな事を言われてスパーを中断された。

ショックも一瞬、それでも食い下がろうとして…

 

 

 

「そこまで言うなら私が教えてあげようか?趣味と遊びの範疇外。」

 

 

 

唐突に開かれた扉。

そこから現れた女の子が、笑顔でそう言った。

 

「何だお前?借り切ってる場所にずかずかと。」

「それは悪いわね。私はそこの覇王様に用があるだけだから、問題があるなら場所は変えるわ。」

 

紫色の長い髪を後ろで束ねた女の子は、ノーヴェに睨まれながらちっとも悪そうじゃない様子でそう言う。

覇王って…最近の連続襲撃事件の…

 

「貴女は一体…」

「私に勝てたら教えてあげるわ。ご先祖様が強かったなら余裕でしょ?」

「っ…分かりました。」

 

私からは背中しか見えないから、アインハルトさんの表情は見えない。でも、ご先祖様といわれた瞬間に何か力が入ったような気がした。

きっとそれが、ノーヴェがアインハルトさんを私に引き合わせた理由なんだとは思うけど…

 

 

何か…嫌な予感がした。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

私は急な乱入者と戦うと決め、ノーヴェさんの指示の元距離をとって構える。

 

ルールは魔法なしの格闘のみで4分間。

 

 

けれど…嫌な予感がした。

 

 

『趣味と遊びの範疇外』を教えるといった彼女は、何の気負いもなく立っているだけなのにどこから攻めても危険な気がする。

 

 

「それじゃ、合図お願い。」

 

 

彼女はノーヴェさんに向かってそれだけ言って…

 

 

 

 

 

直後、私の足に何かが絡みついた。

 

「っ!」

 

正体は鋼線。先端のみに重さを持たせ、自在操作を可能とした金属糸。

咄嗟に私は迎撃の体勢をとる。たとえ片足がとられたところで…

 

「遅い。」

「え?」

 

視界がふさがった。

 

何が起きたのか分からなかった。ただ片足を浮かされていた私はそのまま…

 

 

 

 

頭から勢いよく落とされた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

合図を薦めたその瞬間、よく分からない糸を使った奇襲によって、アインハルトさんは顔面を捕まれたまま床に向かって頭を下ろされて、受身もままならない形で後頭部から叩きつけられた。

 

「てめぇ!!」

「ちょ、ノーヴェそれは…」

「うるせぇ!今のが試合な訳あるかっ!ぶっ飛ばして連衡してやる!」

 

武装形態をとったノーヴェが、びっくりするほどの剣幕で怒っている。

でも、正直私も同じ気持ちだった。

 

あんな卑怯な真似…

 

 

「今のが試合なら私の負け。項目的には反則負けによる退場って所かしら。」

 

 

ところが、紫色の髪の女の子は、自分の負けだと何のためらいもなく言い切った。

潔い…というか、あんな真似をする人の台詞ではないとその意外さに荒れていたノーヴェも動きを止める。

 

 

 

「でも…私が卑怯だからって理由で、その状態で誰かを守る事が出来る?」

「っ!!」

 

 

 

ビクリと、意識が混濁しているだろう筈のアインハルトさんが大きく体を震わせた。

 

「無理ね、貴女は何も守れない。趣味と遊び…と、競技かしらね。貴女が軽く見積もったヴィヴィオと、その点で貴女は何も変わらない。」

 

ズキリと胸が痛む。

なのはママをいつか守れるように。私の中にある想いも、まとめて否定されて…

 

 

 

 

幽鬼のように、ゆらりとした挙動でアインハルトさんが立ち上がった。

 

 

 

 

「お、おい!」

 

何かを否定するように展開される武装形態。

さっきまでと違って私の大人モードと同じように成人の姿をとったアインハルトさんは…

 

私じゃまともに対応も出来ないだろう速度で踏み込んだ。

 

 

 

「覇王…断空拳っ!!!」

 

 

 

瞳を閉じて、語りかける様相で棒立ちで居た、紫色の髪の女の子に一直線に向かっていった拳。

女の子からは魔力が感じられない。直撃すれば死―

 

 

 

 

瞬間、パンッ!と軽い音が響いた。

 

 

 

 

「嘘…」

 

私が見たのは、アインハルトさんの右拳をかわして、懐で左拳をアインハルトさんの頬に当てている女の子の姿。

全く振り切っていない拳、けれど、先に頭を揺らされていたからか、アインハルトさんはそのまま糸が切れたようにへたり込んでしまった。

 

 

今度は、何一つ文句のない…むしろ、アインハルトさんの方が不意打ち気味だったにも関わらず拳での対応。

 

まともに…戦えたんだ。

 

彼女は本当に…『戦いと試合の違い』を見せるためだけに、あんなわざとらしい反則をしたんだ…

 

「傷負う気は無かったんだけどね、さすが魔導師って事にしておこうか。」

 

女の子の言葉によくみてみれば、拳圧なのか拳が掠めたのか、彼女の左腕から血が痛々しいくらいに流れ出ていた。

けれど、顔をしかめる事すらなく、へたり込んだアインハルトさんを見下ろす女の子。

 

 

「守る強さ…趣味でも遊びでもない力って、こういうものよ。実戦ごっこをしていた貴女には、荷が重いわ。」

「ぅ…ぁ…」

 

アインハルトさんは、女の子を見ながら立ち上がろうとしたけど、出来なかった。

否定したくても、もう体がまともに動かないんだろう。

 

そんなアインハルトさんの様子を見届けた女の子は、今度はノーヴェたちの方を見る。

 

「彼女が訴えるようなら逮捕でもいいですよ。一応は約束どおり、『趣味でも遊びでもない戦闘』を教えてあげただけなんですけどね。」

 

彼女の言葉に、誰も何も返せなかった。

そこは言うとおりで、何よりアインハルトさんからの命すら危ぶまれた奇襲に対しては、完全に体を気遣った対応だったから。

 

そのまま、彼女はやる事は済んだとばかりに背を向けて帰ろうとする。

 

 

「あ、あのっ!」

 

 

私はそれを呼び止めた。

仲良くなりたいとか、そんなわけじゃない。

でも、このまま二度と彼女と会えなくなるのは、何か許せない気がした。

 

「試合なら…負けだったんですよね?負けたら貴女の事教えるって約束ですよね?」

「ぅ…」

 

私の問いかけに、女性は苦い表情をして頭を手で押さえる。

しばらくそうしていたかと思うと、深く息を吐いて…

 

 

 

 

 

 

「月村雫、旧姓高町恭也の一人娘よ。叔母さんは元気にしてる?ヴィヴィオ。」

 

 

 

 

 

 

硬直、静寂。

しばらくそんな空気が辺りを支配して…

 

 

「「「「「えええええぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」」」

 

 

 

 

何重かも分からないくらいの叫びが響き渡った。

 

 

どこの誰がこんな事をと思ったら私の身内だった。

ど、どうしよう…アインハルトさんにすっごい失礼なんだけど…ああぁぁぁ!

 

「無理もないけどね…会ったことある人とも本当子供の頃だし、店にも出てないしね。」

 

言いながら雫さんはスバルさんとティアナさんの方を見る。

二人は雫さんを改めて見回して、昔のイメージと照らし合わせているみたいだ。

 

「ま、本当はここまでするつもりじゃなかったんだけど、趣味と遊びの…競技の範疇では頑張ってるヴィヴィオを大した差もないのに馬鹿にしてたからね。お灸をすえるって意味も兼ねてた訳。納得してくれた?」

「出来ません。」

 

ノーヴェ達に説明するように語っていた雫さん。

私はそこに割って入るように断言した。強く、はっきりと。

 

「私がストライクアーツをやってるのは、趣味と遊び…だけじゃないです。」

「だから『競技』も入れてあげたでしょ?それとも、犯罪者や悲劇が、開始の合図くれると思ってるの?」

 

雫さんの話は何もおかしくない。だって実際に、犯罪者も事故も事件も、前もって連絡してくれないし、ルールをもう破ってる。

 

だからきっと、これは私のわがまま。

 

でも…

 

「なのはママは…こんな事練習しなくたって、皆も守って…私も救ってくれた。こんなのが守る強さだ何て…絶対に納得できませんっ!!」

「ヴィヴィオ…」

 

断言した私を見て、ノーヴェが笑みを浮かべた。

 

言葉にして改めて思う。

そうだ、こんなのが強さだなんておかしい。私がなのはママと約束した…強くなるって決めた先は、こんなのじゃないっ!

 

「証明するのは簡単なんだけど、身内が守ろうとしてるものをどうこうするのは気がひけるわね…」

「っ!」

 

顔が引きつったのが分かる。

証明って言ったのは、きっと私を倒すとかじゃなくて、友達とか、他の何かを奪ったり壊したり…そういう方法なんだろう。

思わず睨みつけてしまう私に対して、雫さんは小さく息を吐いた。

 

 

「分かった。それじゃ、来週私と貴女で試合をして、もし私が負けたら全力で謝るわ。」

 

 

私を真っ直ぐ見て言う雫さん。

それは意外な提案だった。

てっきり全うな方法なんて受け入れてくれないと思ってたから。

 

「それでいい?」

「はいっ!」

 

私は強く答えた。

そうしたら雫さんは仕方ないとばかりに肩を竦めて微笑んで…

 

 

何かに気付いたように手を打った。

そうしてポケットをごそごそと漁りだす。

 

直前にあったことがあったことだけに私達は全員少し身構えて…

 

 

 

「エメラルドスイーツ割引券、二回目の人もいるけど今回はサービスで渡しとくね。」

 

 

 

と、割引券の束を取り出したのを見て全員ずっこけた。

 

 

し、雫さんのキャラが分からない…

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

はぁ…妙な事になっちゃったな…

 

家について、湯船に体を浸しながら思う。

 

 

単に辻斬り紛いの真似をしている迷惑な奴を止めようと思って、調べて追って行ったら、

魔法の使い手が守る守れないの話をしていいなんて勘違いをしていた上、ヴィヴィオの憧れを突っぱねたから仕置きのつもりだったんだけど…

 

 

当のヴィヴィオに睨まれて、まさか宣戦布告に近い真似されるとは…

 

 

って、予想できないでもなかったんだけどね、こんな汚い事したら。

 

でも、とりあえず言う事は言った。

あの程度なら魔導師の人だって分かってるとは思うけど…見た感じ皆ヴィヴィオの味方っぽかったなぁ。

 

 

『なのはママは…こんな事練習しなくたって、皆も守って…私も救ってくれた。』

 

 

それはそうだろう。正攻法でどうにもならない部分は全部速人さんが、偶にお父様の力を借りてどうにかしてきたんだから。

 

奇襲で墜ちたのはどこのどいつか、あの子本当に分かってるのかな?

 

 

「あんな奴に…守り手なんて名乗る資格…ある訳がない。」

 

 

湯船に深く体を沈め、私は小さく呟いた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




いきなり、『お前はフレアかっ!』とツッコミが来そうな11歳(苦笑)。
加減知らずで魔導師と戦闘がらみがきっついですが、根はいい子なんで仲良く…なれるか?これ(汗)


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第二話・惑う少女

 

第二話・惑う少女

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

まだ少しふらつく頭を抑えて、私はその家の前に立っていた。

昨日叩きのめされたばかりで、頭がまだ痛む。

 

『私が卑怯だからって理由で、その状態で誰かを守る事が出来る?』

「っ…」

 

頭の痛みとともに、別の痛みも一緒に走る。

胸の奥から聞こえる、数百年分の後悔と過去の哀しみ。

 

それが、突きつけられた事実から逃げられずに痛みを発している。

 

 

この痛みを、悲しみを、受け止めてくれる相手として紹介されたヴィヴィオさん。

 

 

でも、何も知らず純粋に格闘技を楽しんでいる彼女にこんな拳は向けられない。

だから断った。そして…

 

 

 

直後、受け止めてくれる相手どころか、傷を広げに来た少女に叩きのめされた。

 

 

 

守れないという言葉が反響する。

 

 

…怯えるな、逃げるな。

もし、覇王の悲願を成すのなら…それを断ち切った敵相手に、泣き寝入りして逃げるわけには行かないのだから。

 

「いらっしゃいませ。」

「ぇ?」

 

入るなり、銀髪の女性が綺麗な一礼をした。

割引券に描かれていた地図を頼りに店まで来たのだけど…もしかして、彼女本人とは関係ないのだろうか?

 

「あ、あの…月村雫さんと話がしたいのですが…」

「雫?友達という訳でもなさそうだけど…」

 

いきなり厳しい問いを投げられた。

『試合で叩きのめされたので話がしたい』なんてわけの分からない理由が通じるわけもないし…

 

「どちらにしても遅くなるだろうから、夕食時位まで家の方で待っていくか?」

「あ、その…」

 

断ろうとして、頭痛に目を細める。そんな私の様子を見て、微笑む女性。

 

「中まで案内しよう。平日はこの通りだから、気にすることはない。」

「え、あ…」

 

女性が言うとおり、確かに店内に少しある席は、一つも埋まっていなかった。

だからといって私がいきなり世話になってしまう理由が無いのだけど。

 

 

「んー…フレイアー、甘いものー…」

 

 

と、家に入るなり聞こえてきた声とともに姿を見せたのは…

 

 

 

下着姿に黒い男物のシャツを羽織っただけの女性だった。

 

 

 

「し、忍!なんて格好で!」

「別に人が来るわけでもないしい…」

 

眠そうに目をこすっていた女性が私を見る。目が合う。

私は気まずくて眼を閉じて顔を逸らした。

 

「ちょ、い、言ってよ!」

「珍しく部屋から出ている時にだけそんな事を言われても…」

 

ばたばたとかけていく音がして、しばらくして戻ってくる足音がした。

私は漸くそこで目を開く。

 

 

「始めまして、月村忍です。」

 

 

黒い服に髪と同じ紫色のタイトスカートをはいた女性が、仕切りなおしとばかりにそう名乗った。

第一印象って侮れませんね…私も気をつけましょう。

 

 

 

 

 

 

 

「あの子そんな事してたのね…これは恭也に怒って貰わないと。」

 

フレイアさんが店番に戻った後、忍さんに一通りの話をした。

私との一戦の事は伝わっていなかったのか、忍さんが少し険しい表情をした。

 

「私も同意しての事ですし…その…危険度で言えば私の方が…」

「そっちもだけど、そもそもあの子半人前以下なのよ。そんな事件とか騒動に関わろうなんて勝手な事したら危ないから。」

 

半人前…以下?

私は、そんな人に魔力もなしに断空拳を捌かれたの?

 

「あ、えーっと…強いは強いから、そんなに気にしなくてもいいわよ?」

 

慰められても答えられる言葉がない。

黙りこくってしまった私を前に頬杖を着いた忍さんは、にっこりと笑う。

 

「あの子学校行かずに鍛錬してるから。」

「え?」

 

あまり道徳的な話とも言えず、どうコメントしていいか迷う。

学校行かずにって…

 

「もうしばらく離れる予定もないし、学校くらい通ってもいいんだけどね…『必要ない』って。」

「必要ない事はないでしょう。」

「全くね。」

 

私の言葉に頷く忍さん。

そう言っても、通わせてないのは忍さんも同じではないのだろうか?

尤も余所の家の事情にあまり口を挟むものではないので、流すことにする。

 

「ですが彼女は…」

「魔導師じゃない?」

「…はい。」

 

騎士だという訳でもない、魔法の使えない人間。

そんな相手に負けて、気にしないという訳にもいかない。

 

だって…私は身体強化も断空拳も使ったのだから。

 

「でも、『一人前』はもっと強いわよ。」

「一人前…ですか?」

「なんだったら戦ってみりゅっ!」

 

唐突に、喋っていた忍さんにハリセンが飛んできた。

投げられたのだろうそれを来た元を見る。

 

「勝手に人を担ぎ出すな馬鹿者。」

「うぅ…いいじゃない今更。」

 

見てみると、黒尽くめの男性と…

 

 

 

その傍らにボロボロの雫さんが居た。

 

 

額に包帯、頬にガーゼを当てている姿は何かの襲撃にでもあったのかと心配するほどで…

 

「何?見ての通りなんだけど、今から戦う気?」

「い、いえ…私も今日は訓練を止められてまして…」

「…あぁ、頭揺らしてるものね。」

 

覇気の欠片もない装いに口調。

これが私を…覇王流をへし折った少女とはとても思えない。

 

「君がアインハルトか。この馬鹿娘が迷惑をかけたらしいな、済まない。」

「合意の上でしたから。」

「そうか。用事は雫になんだろう?少し部屋で話してくるといい。」

「こっち。」

 

私が答える前に、雫さんは歩き出してしまった。

少し躊躇ったものの、雫さんにだけ用事があったのは本当なのでついて行く事にした。

 

 

 

 

 

「部屋は防音完備だから何喋っても大丈夫よ。で、何の用?」

 

ベッドに腰掛けた雫さんが用事を聞いてくる。

私は勧められるままクッションに座って話を切り出す。

 

「貴女は…私に言いましたね、守れないと。覇王の話をどこまで知った上で来たのですか?」

 

私が個人的に聞きたかった事。

覇王の…クラウスの事は私にとって全てと言って過言じゃない事だ。

気にせずにはいられなかった。

 

「聞いた話で悪いんだけど。覇王イングヴァルトは昔、ゆりかごに向かうオリヴィエをとめるために一騎打ちを挑んで負けて結局阻止できなかった…って位。」

「確かにそれで、覇王イングヴァルトが守るために力をつけたところまでは分かりますけど…」

 

私がその記憶を受け継いでいる事までわからなければ、私への挑発には使えないのではないか。

そう疑問に思っての問いかけだったけど、呆れたような溜息一つ返されて終わる。

 

「伝承を読んだのか、記憶を直接持ってるのか…相当入れ込んでるのは見れば分かるわよ。」

「そう…ですか…」

 

初対面の人から見てまで私はそんなに余裕無く見えるのだろうか…

見えるんだ、きっと。私は覇王流を存在理由だと思ってるんだから。

 

「で、それを確認してどうするの?」

「…貴女は私に守れないと言いました。貴女がやったような卑怯な戦いをしなければならないようでは、覇を以って和をなすという覇王の悲願を叶える事が出来ません。」

「納得いかない?」

 

馬鹿にするでもなんでもない純粋な問いかけ。

正直に言えば、納得出来る筈もない。私にとっては命題なのだから。

 

「ですが…私は貴女に負けましたから。」

 

結局の所はこれに尽きる。

彼女に倒されて動く事が出来なくなった私は、ゆりかごに去り行くオリヴィエを見送る事しか出来なかったクラウスと同じで、何も救えず守れないまま。

 

と、唐突に盛大な溜息が聞こえてきた。

 

「貴女…どうしたいの?」

「え?」

「覇王さんが苦悩してたって言っても、今からオリヴィエさん蘇らせられる訳でもないから、無念を晴らすって言っても根本的解決なんてないわよ?」

「っ…」

 

解決がない。

何一つ終わってないこの悲しみの記憶を、どうする事もできない…

 

「私は、堂々と最強名乗りがしたいだけなのかと思ってたんだけど。」

「え?」

「だって、私が見せた戦いでの守り方納得いかないんでしょ?」

 

雫さんの言う守り方、何をしてでも。

試しに、毒入り飲料を勧めたり、油断してる所に後ろから殴りかかるクラウスを想像する。

 

 

実力で挑んで必ず勝つなんて都合のいい話はいつでもあるわけじゃない。

オリヴィエが守れたのなら、こんな手段でもよかったのだろうか?

 

 

身を裂くほどの悲しみを湛えた記憶に問いかけてみるものの、答えは返ってこない。

 

「ま、答えはそっちで出して。ヴィヴィオと一緒に居て不快でないなら、彼女と競技に出てもいいんじゃない?」

「…はい。」

 

何も試さず、何も考えずに進める状況でもない。

なら雫さんが示したとおり、私自身で色々考えて、触れてみるしかないんだろう。

 

と、そこまで考えた所でヴィヴィオさんの名前に、私は漸くここに来たもう一つの目的を思い出した。

…自分の事は後だ、とりあえず聞かないといけない事がある。

 

「そう言えば、雫さん。ヴィヴィオさんとの約束の事なんですが…」

「あぁ、来週試合して、私が負けたら全力で謝るって奴ね。それがどうしたの?」

 

なんでもないことのように告げる雫さん。

けれど…覇王流を継ぐ身として、何度も罠にはめられるわけには行かない。

 

「来週…ヴィヴィオさんとちゃんと試合する気はありますか?」

「…気付いたか。」

 

雫さんを真っ直ぐ見て問いかけると、当の雫さんは私から目を逸らしてしまった。

 

…やっぱりだ。

ヴィヴィオさん相手に私と同じく奇襲から致命になりかねない攻撃なんて仕掛けられないだろうし、かといって雫さんが素直にそんな話を守るというのも不自然。

何か裏があると思って約束の内容を反芻した結果、試合をする約束ではない事に気付いた。

 

「予想通りよ。ヴィヴィオとの約束には、二つの条件がある。試合で勝つことと…そもそも来週私を試合の場に立たせる事。直接ヴィヴィオ回りになにかするのも酷い話だし、被害が出ない方法で分からせてあげようと思って。」

 

肩を竦める雫さん。

これをあの場ですぐさま考えたのなら大した口をしていると思う。

 

「どうするの?特にバラすなとは言えないけど。」

「正直、迷っています。」

「よく迷うねぇ…」

 

呆れたように言う雫さん。

誰のせいだと…と、睨もうかとも思ったけど、負けた身でそれをやっても無様なだけなので飲み込む。

 

でもこんな懊悩を重ねる度にクラウスが辛かったのだと理解できてしまうので、なんだか私は一生この惑いを抱える羽目になりそうな気がする。

 

「ヴィヴィオさんに趣味と遊びだと言ったのは…彼女がとても楽しそうだったからです。」

「アレだけ気持ちよさそうに戦ってるとね。私もちょっと羨ましいわ。」

 

私と同じ物を感じていたのか、雫さんは笑顔で頷く。

 

「ええ、だから…私の抱える覇王の痛みを、彼女にぶつけたくなかったんです。」

「あ、迷ってるってそういう事ね。」

「はい。」

 

雫さんの戦いは、悲しみを抱える私とは違うけれど、邪道だ。

ヴィヴィオさんの場所を踏み荒らす事になると言う意味では、雫さんを戦わせるのも同じ事。

 

おそらくは、承知の上で雫さんと戦おうとしてるヴィヴィオさん。

その気持ちを汲んで彼女を引きずり出すべきか、このまま黙っておくべきか…

 

「私も戦うのは気が進まないから、このまま済んでくれたほうがいいんだけどね。」

 

雫さんがどこか疲れたようにしみじみと言う。

…本当に気が進まないんだな。

 

「…分かりました、私は黙っておきます。」

 

結局、私はそう答える事しか出来なかった。

ヴィヴィオさんには悪いのだけれど、やっぱり私と違うヴィヴィオさんを、この人と戦わせる気にはなれなかった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

たとえヴィヴィオと戦う事になってもならなくても、別に…どちらでもいい…

 

「はぁ…嘘…よね。」

 

私は額を抑えて頭を振った。直後、訓練で受けた傷が痛みを発して後悔する。

 

アインハルトを傷つけた事も勿論だけど、危険度が低いとはいえ勝手に事件に関わった事を、自惚れと称されて実戦形式で叩きのめされたのだ。

 

嫌と言う程実力不足を思い知らされ…る前から分かってはいた。

それでも尚、今回の襲撃事件に関わろうとしたのは…

 

 

 

私が…魔導師と、『魔法使い』と戦いたかったから。

 

 

 

もう子供じゃないし、まして普通の子供じゃない。自分の本心くらいごまかさずに汲み取らないと。尤も…我慢が効くほど大人にもなれてないみたいだけど。

 

守護の刃で身内を傷つける提案なんてどうかしている、ヴィヴィオと戦っていいはずがない。まして『殺人剣』で。

 

にもかかわらず、戦わないつもりとはいえあんな提案を投げかけたのは…告げ口を迷っているアインハルトを全力で止めなかったのは…つまりそういう事なんだ。

 

「…これじゃお父様に怒られても当然だわ、情けない…何を見てきたのよ。」

 

握り締めた拳で力なくベッドを叩く。

決して表舞台で賞賛を送られる戦いじゃないし、そのための力じゃない。

分かっていた筈だ、分かっている筈だ。その筈なのに…

 

 

…幸い、アインハルトは黙っててくれるって事だし、このままヴィヴィオに憎まれることにしよう。

 

 

それでいい、そういう剣で、そういう力なんだから…

 

 

 

ちらついた高町なのはの笑顔の幻影を握りつぶすように目の前で拳を握ると、私はそのまま眼を閉じた。

 

 

 

SIDE OUT

 




さすがに年中実際に叩かれてはいないものの、木刀で試合形式だとぼろぼろが常の雫。これでも速人の幼少期よりはマシなほうです。
…どんな訓練だ(汗)


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幕間・一枚上手の大人様

 

 

 

幕間・一枚上手の大人様

 

 

Side~ティアナ=ランスター

 

 

「ねぇ、雫、ちゃんと戦ってくれると思う?」

 

雫の凄惨な戦いから数日後、あたしはスバルとノーヴェを呼んで、公園でそう問いかけた。

丁度貰った割引券を使って、個数制限ないのをいい事にショーウィンドウから消える程の数のシューアイスを買ったスバルに呆れつつ、自分の分のシューを啄んで答えを待つ。

 

「相当対人関係問題ありそうだけど、身内相手に嘘言うような類じゃねぇとは思うぜ。根性曲がった奴があんな技量まで辿り着けるかよ。」

「…そうね。」

 

あんな技量、と言うのは当然ながら雫のずば抜けて高い技量の事。

前回の結果を、奇襲なら当然なんて見るのは完全な素人だ。

正確無比で速い糸の操作、力任せでなく斬って落とすようにして相手の重さも利用した、頭から落ちるタイプの受けづらい事この上ない投げ。

更に、奇襲気味の断空拳に対してカウンターで『殆ど同じ型』の拳を叩き込むと言うこの上なくアインハルトの心を折る攻撃。

 

ただの捻くれ者や性格破綻者に出来ることじゃない。

 

「んー…嘘吐く気はないと思うんだけど…」

 

スバルは何か引っかかるのか、一個丸まるシューを口に放りこんでもごもごと口を動かしながら考え始める。片手サイズとはいえ一口はないでしょ一口は…

 

「…私の憶測だけどね、ヴィヴィオにも教える気なんじゃないかしら。思い知らせるって言ってたの覚えてる?」

「あぁ。けどヴィヴィオの大切なものって、家族は勿論の事リオやコロナもそう簡単にいかないし、さすがに襲撃なんてやらかしたら問答無用で逮捕だ。そこまでするとは思えねぇけどな。」

 

その通り。そして、それは雫が手を出すのを嫌った理由でもある。

でも…その後すぐに試合をもちだしたのが引っかかる。

 

「試合に負けたら、謝罪する。そう約束したけど…試合をするって約束はしてないわね。」

「あ?」

「そもそも戦わなかったら負けも何もないでしょ。」

 

多分、これが雫の狙い。

試合に備えているヴィヴィオに、『抜けている』事を、体を傷つけずに思い知らせるには丁度いい方法。

 

「…あのバカめ。」

 

舌打ちしながらノーヴェが苦虫を噛み潰したような顔をする。

怒ってるんだろう、乱入からここまでいいようにされっぱなしだし、それも正攻法呼べないものばかりだから。

 

「ヴィヴィオは?」

「来週の試合に備えてこっちがびっくりするほど真剣に特訓中だよ。くそっ…」

 

真っ直ぐなヴィヴィオ。それを知ってるだけに余計にノーヴェは苛立っているんだろう。

でも、ま、そういう事ならあたしも手を打ちますか。

 

「ヴィヴィオには教えないでおきなさい。雫はあたしが連れ出してあげるから。」

「あ?」

「現職執務官の目の前で言葉遊びの詐欺を謀った浅はかさを教えてあげないと…ね。」

 

これでもあたしも好みじゃない手ばかりしてくれてる悪い子相手にお仕置きを兼ねるなら、徹底的にやらないとね。

 

「あはは…お手柔らかにね?ティア。雫だってまだ小さい子なんだから。」

 

あたしが割と本気で対応する事に感づいたらしいスバルが、引きつった笑みと共にそう言った。

 

 

 

 

とりあえず、速人さんが帰ってるだろう時間を見計らって通信を入れてみる。

 

『はい。』

「あ、ティアナ=ランスターです。速人さんですか?」

 

展開された映像通信には、薄暗い森林が映っていた。

もう夜も遅いって言うのに、まだ訓練してるのかしら?これが通常のペースならとんでもない人ね…

 

『お、ティアナか。珍しいな?』

「今日は少しお願いがありまして…」

『身内からの依頼なら格安だぜ。』

 

お金の話が出て思い出す。

そう言えば裏窓口みたいな所で何でも屋みたいなことやってたっけ。

…戦力としては数十~数百人分は軽いくせにその辺の魔導師貸し出し業なんかの半分くらいの額で動いてるらしいのに、その格安って…そんな事してるから稼ぎ悪いのよ。

 

「雫のことなんですけど…」

『へ?』

 

 

 

 

 

『なるほどね…』

 

事情を伝えると、速人さんは少し考え込むように腕を組む。

何かまずそうな雰囲気だ。

 

「問題でも?」

『そもそもアイツ、この間勝手に動いた一件でこっぴどく兄さんに叩きのめされてるんだよな…この上試合か…』

 

どうやら、雫の鍛錬状況的に他流試合のような真似は許可されていないようだった。

 

『とりあえずそれは兄さんに聞いてみないとな。上手くいったら連絡いれる。』

「そうですか、分かりました。」

 

とりあえずの話だけをつけて通信を閉じる。

…ここまで予定通りなら、本当恐ろしい子ね、雫。

 

「依頼両は」

『ただの言伝で金とるか!』

 

一応聞いてみた話にツッコミで返されて、それもそうかと納得した反面、こんな感じで速人さん大丈夫なんだろうか?と思ってしまう。

 

そうこうしているうちに通信は閉じてしまった。

打てる手はとりあえず打っておいた。後は返事を待つだけ…ね。

 

 

 

Side~月村忍

 

 

帰ってくるなり何か考えている速人君の姿を見かけた私は、気になって話を聞いてみた。

 

何でも、試合をダシにヴィヴィオちゃんに教訓を残そうと謀っている雫を試合の場に立たせる為に恭也を説得しようと考えてるとか。

 

「…ね、それ私に任せてみる気ない?」

「は?」

 

 

 

 

恭也の説得となると、剣の観点から話を進めたところで聞いてくれる訳もない。

けれど、雫の事で私はずっと懸念してる事があった。

学校にも行かず、朝から晩まで剣の訓練と戦闘知識の収集、それから生活に必須な最低限の学習メニュー。

 

 

それじゃ、外に友達所か知り合いも出来ない。

 

 

ヴィヴィオちゃんは身内で知り合いで同年代。

この心配については恭也も知ってくれているし、丁度いい機会だからこの点から納得して貰おう。

 

 

 

 

 

「という事で、どうかしら?」

「…雫の心配をしているにしては随分と楽しそうだな。」

 

寝室で並んで眠る中、恭也に一通りの話をすると、恭也から呆れ混じりの声が返ってきた。

さすがに恭也にはバレバレ…というか、そんなに隠している訳でもないけど。

 

「だって、折角雫が外に接する機会が出来たんだもの。まさか恭也だってそれは反対しないでしょ?ヴィヴィオちゃんなら安心だし。」

 

いくら剣の修行に全てをかけていると言っても恭也だって出会いの全てを無視する気なんて無かったはず。

でも、恭也の顔は難しそうなものだった。

 

まさか、修行の妨げになるとか言って今のまま外と関わらせない気なんだろうか?

 

そりゃ私だって人付き合いとかそこまで上手かったほうじゃないけど…

 

「…賭けにはなるが、それしかない…か。」

「賭け?」

 

雫がヴィヴィオちゃん達と上手く行くかどうかが心配なんだろうか?

確かに今の状況を考えると仲がこじれる可能性が高いけど、だからって何もしないでいるわけには行かない。

第一、こじれる心配をするなら初めから思いっきりこじれてるし。

 

「わかった。しかし、どうする気だ?まさか俺から雫にヴィヴィオに勝てとでも課題として出せとでも言うのか?」

 

恭也の言うとおりにさせたら、多分雫は『死に物狂いで』ヴィヴィオちゃんを倒すだろう。

私のこともちゃんとお母さんと呼んでくれるけど、剣の師でもあり目がないくらいに敬愛しきっている恭也はお父様なんて呼ぶくらいだ。

そんな恭也から、剣の課題と強制されれば、間違いなく何が何でもヴィヴィオちゃんを倒そうとする。それこそ後も先も他の事も一切考えず。

 

だから、私は別に手を考えてあった。少なくとも、待ち合わせ場所まで雫を呼び出す事は確実な手を。

 

「それに関しては私に任せて。少し雫にも灸をすえてあげないとね。」

「…程々にな。」

 

私のイタズラ心に感づいたのか、恭也が目を閉じて呆れたように呟いた。

自分だってイタズラは好きな癖に。

 

 

 

Side~高町速人

 

 

 

兄さんが渋い顔をしつつも了承したと言う話を聞いた俺は、楽しげに根回しを始めた忍さんを横目に流しつつ、兄さんに声をかけた。

 

「良かったのか?雫を引っ張り出して。」

 

俺の方は割と真面目に問いかけたのだが、兄さんの方は肩を竦めた。

 

「お前こそヴィヴィオを騙そうとしているのを見過ごすのか?ヒーローの癖に。」

「茶化すなよ。」

 

話を逸らそうとしている兄さんの言葉を一言で片付ける。

そりゃ、一見すれば『ひたむきに頑張っている女の子を騙そうとしている身内』ってだけなんだから、何が何でもとめて連れ出すのが普通の流れだ。

 

でも、雫が魔導師と立ち会うのを手伝うとなると話が変わってくる。

 

「アイツ、なのは達の事嫌いなんだぞ?」

「分かってる。素直だからな、雫は。」

 

息を吐いて笑みを漏らす兄さん。

 

素直。

 

この一騒ぎだけ知ってる人からすれば信じにくい評価だが、超素直に殺人剣を覚えて行ったからこんな事になっている。

 

真剣にと言えば子供ながらに無理矢理にでも顔をこわばらせ、挨拶も何もなしで兄さんから『教育』の元奇襲を仕掛けられても、そういうものだと教えられているから嫌な顔一つしなかった。そんな子供。

 

それだけに、なのは達を嫌ってるのは分かりやすくて仕方ない。

 

Js事件が片付いた辺りから、『英雄、八神はやてとその部隊機動六課』についての話が出る度に口数が減り、何度かあったパーティーや何かでも、休んでもいいというのに勉強だ刀の手入れだと出たがらなかった。

 

どう考えてもJS事件に関わった面々を避けている。

 

「無理して色々分かったフリしたって雫は普通の子供だろ?嫌ってる相手に普通にしてられると思えないんだが…まして、アイツ魔導師と戦いたがってるし。」

 

アインハルトの噂を知って調べて顔だしたのもそれが原因だろう。

戦っても相手を殺すわけでもない魔導師で、俺達を巻き込むほどでもない世間に迷惑をかけてる相手。

半人前でもとめに入って何とかなると思ったんだろう。最悪の危険性も低いし。

 

「だが、いつになる?」

「え?」

「まともにアイツが外と関わる機会だ。俺から指示して学校くらい通わせてもいいが…」

 

言いかけてとめる兄さん。

でも言いたい事は分かった。

 

 

修行をとめたくないんだろう。

義務教育当たり前の時代に修行で旅してた時期があるとかないとか言うくらいだしな、兄さん自身。

 

それに、雫は急いでる。

最低限の勉強は暇を見て毎日進めてるし、真面目に修行をしているともなれば無理矢理学校通わせるのも気がひけるんだろう。

 

「ヴィヴィオなら…多少もめても身内だからな。」

「苦い顔で言うならせめてなのはに通信入れといてやれよな。」

「あぁ。」

 

俺はとても手が放せる状態じゃないし、上手くまとまるといいんだが…

 

初めから色々と終わってる雫とヴィヴィオの邂逅、一体この先どうなるんだか。

 

 

SIDE OUT

 




遠巻きとはいえちゃんといた執務官様他。さすがに雫が言いくるめるのは無理ですね。
…イタズラレベルの話になると、大人勢のほうが好んでる人多い気がする(汗)


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第三話・人を殺せる力

 

 

 

第三話・人を殺せる力

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

雫さんに容赦なく叩き伏せられてから1週間。

いきなり入った通信を開くと、そこにはノーヴェさんの姿が映った。

 

「あ…どうも。」

『よう、アインハルト。今暇か?』

「時間はありますけど…」

 

正直に言えば修行に入りたいので暇ではない。

けれど、用事によっては迷惑をかけてしまったノーヴェさんの頼みには応じたい気持ちもある。

 

『今日ヴィヴィオと雫の試合の日なんだけどさ、良かったら見に来ないか?私の勝手だからわがまま言えないとか言ってたけど、本音ではお前に見て欲しいだろうからさ。ヴィヴィオ。』

「そう…ですか…」

 

私は自分の表情が翳るのを自分で感じていた。

きっとこの一週間、真っ直ぐに雫さんと戦う事を考えていただろうヴィヴィオさんの姿を思い浮かべると、自責の念に駆られると同時に、行く意味がない事を知っているから返事を躊躇ってしまう。

 

いけない、当たり障りのない答えだけは返しておかないと不審に思われてしまう。

 

『雫の奴は引きずり出すから、良かったら見に来てくれ。』

「はい、分かりました。」

 

それを最後にモニターが閉じる。

 

 

…引きずり出す?

 

 

疑念を抱いたのは、既に通信が途切れてしまった後だった。

 

 

 

 

 

 

結局気になって試合予定の場所に赴いた私が見たのは…

 

 

 

これ以上ない位不機嫌そうな顔で立つ雫さんの姿だった。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

試合当日、私の前に現れた雫さんはものすっごく不機嫌そうだった。

 

「確かにね?試合じゃなくてもいついかなる時でも油断してはならないって言うのが護り手の基本責務よ?でもね…」

 

言いつつ私…ではなく、ノーヴェ達と一緒に固まっている一角に立つ、一組の姉弟に目を向ける。

 

 

 

「身内が共犯の泥棒なんて防げるかーっ!!!」

「情けないなぁ、あんまり言い訳すると恭也さんにちくっちゃうぞー。」

 

 

 

雫さんが怒鳴ったのは、アクアさんとクラウさん。

イクスが救出された時に一緒にスバルさんに助けられて以来、エメラルドスイーツでバイトしたりトレーニングに混ざったりしているらしい。

 

二人は、雫さんの宝物である二本の小太刀を一本ずつ持っている。

 

正直、今日始めて実は雫さんが私と戦う気じゃなかったと聞かされて、またちょっと怒ってたんだけど…

それに気付いたティアナさんがノーヴェ達と一緒にとった対処に、ちょっと雫さんに同情した。

身内全部に手を回して雫さんの刀をアクアさんとクラウさんに持ち出させたらしく、昨日の夜雫さんが家に帰ると、『刀を返して欲しければヴィヴィオとの試合をちゃんとやれ』と書かれた紙一枚だけ置いてあったらしい。それは怒ってもしょうがないと思う。

 

「まぁ、身内の共犯も、言い訳にはならないのよね。貴女ならわかってくれると思うけど…ね。」

「ぐっ…」

「それに、現職の執務官を前に言葉遊びで挑んだのは、剣士の貴女じゃ無謀だったんじゃないかしら。こっちは全くのでまかせでも見抜く必要あるしね。」

 

ティアナさんの解説を横に、スバルさんが楽しそうに笑みを浮かべていた。

雫さんが搦め手を使うって言っても、ちゃんと話が通じる人だからだろう。前回アインハルトさんがやられた時のお返しを今してる感じだ。

 

雫さんは乱雑に自分の髪ごと掴んで頭を抑える。

そうして、深く深く息を吐いた。

 

「…お医者様は?」

「即死でなければどうにかなるわ。元々局でも使ってる訓練場だし、私達も応急くらいできるしね。」

「そう…」

 

何かを諦めたような雫さん。私は一瞬、このまま戦っていいのか疑問を抱いてしまう。

 

それを、頭を振って打ち消す。

 

証明するんだ、なのはママが鍛えたスバルさん達、私が誓った強くなる事。

あんな酷い事しなくたって、ちゃんと守る力になるんだって。

 

「よろしくお願いします、雫さん。」

「アクア、クラウ、刀を。」

 

頭を下げる私には何も言わずに、雫さんは二人から刀を受け取る。

二本の刀、鞘に収められたそれを左右に差して…

 

私に視線を合わせた瞬間、空気が一変した。

 

 

「っぁ…」

 

思わず飛びずさって構える。

礼も何もあったものじゃないのは分かっていたけど、そう『させられた』。

 

 

「抜いたら、司会が止めるまでやるわよ?やめとくなら今のうちだけど…どうする?」

 

 

眼を閉じた雫さんが静かに問いかけてくる。

見られてないと、ちょっと体が落ち着いた。

普段ノーヴェとかとやる時に感じる威圧感とは別物で、一瞬動けなくなったかと思った。

 

でも…

 

 

「セイクリッドハート!セットアップ!!」

 

 

私はウサギのぬいぐるみ…を外装にした自分のデバイス、クリスを掲げて叫ぶ。

瞬間、光に包まれた私は、かつての聖王の時の姿をとっていた。

なのはママと同じ色のジャケットで大人の姿。

高町ヴィヴィオの全力全開、大人モード。

 

 

 

「…お願いします!」

「そう…じゃ司会、合図お願い。」

 

 

 

迷いを振り切るように強く宣言する。

この程度で折れてて、強くなんかなれないんだから。

 

きっと雫さんの優しさだったんだろうけど、それは『強くなんか無くていい』って優しさ。

 

強くなるって決めたんだ、それに頷く訳には行かない。頷いてたまるもんか!

見学に来てくれたリオやコロナ達が居るほうを見ると、アインハルトさんも来てくれていた。

 

ありがとうノーヴェ。

 

私にナイショで声をかけてくれたんだろう師匠に心の中でお礼を告げて、雫さんに向かい合う。

きっと証明する、私だって、アインハルトさんだって…

 

 

あんな卑怯な真似をしなくたって、守る為に強くなれてるんだって。

 

 

「時間無制限、射砲撃無し一本勝負…始め!」

 

 

ノーヴェの合図と共に、私は拳を握って地を蹴った。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ゾッとした。

雫さんが刀を受け取ってヴィヴィオさんと正対した瞬間、一瞬覇王の記憶が掘り返された。

 

戦地での、殺し合いの…相手の命を絶つ為の意志の塊。

 

何でそんなものを、ただ立っただけの雫さんから感じる?

 

「口だけ…じゃないですね。グリフ程ではないですけど、彼以外でここまでの威は彼女が始めてです。」

「うん…」

 

シスターのお二人が雫さんからの殺気に険しい表情を見せる。

聖王教会のシスターと言う事で、ヴィヴィオさんの護衛を兼ねている以上、雫さん相手に気は抜けないのだろう。

 

それでなくても…私と共に立つリオさんとコロナさんは、立っているのもやっとと言う感じだった。

 

 

無理もない。緊張感では済まない。まるで心臓に刃を当てられているような気さえする。

 

 

でも…私は…

そんな雫さんと向かい合って立てるヴィヴィオさんの方に、心惹かれていた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ノーヴェの合図と共に一気に踏み込んでくるヴィヴィオ。

さすがに速い…身体強化とはよく言ったものだ。

 

「っ!」

 

攻撃のモーションに入る直前を見極めてバックステップ。

目の前を蹴り足が風の如く通り過ぎていく。

 

ったく、こんなの一発でも食らったら即死じゃない。

 

「はっ!」

 

右による抜刀の一閃。

たとえ剣閃が見えなくても、さすがに右で放つのはバレバレだから、避けられるとは思った。けど…

 

「っ!」

「な…」

 

ヴィヴィオは私の剣を、腕で受け止めた。

 

 

非常識にも程がある。魔導師め…

 

 

間髪入れずに飛んでくる左拳を、左腕でガードし…

 

 

 

そこで一瞬、意識が途切れた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「……え?」

 

なんて事ない左拳。

振りぬいてこそいたものの、私は魔力値が高い方でも無ければそう筋力が強い訳でもない。

だから…

 

 

 

 

拳に感じた骨を折る手ごたえと、吹き飛んでいって地面を転がる雫さんの姿に動きが止まってしまった。

 

 

 

 

「っ…はぁっ!」

 

ごろごろと転がっていた雫さんは、一声と共に刀を握った右拳を地面に叩きつけるようにして立ち上がる。

そうして、私を真っ直ぐに見据えて…

 

 

「…どうしたの?来ないの?」

 

なんでもないことのようにそう言った。

 

「っ!」

「待て、お前腕折れてるだろうが。」

 

躊躇う私を前に、ノーヴェが静止の声と共に雫さんを見る。

だらりと垂れ下がった左腕。それを見れば一目瞭然だった。

 

「それで?」

「なっ…」

「別に死にはしないわよこんなもの。大体、スポーツ選手だって骨程度で試合は諦めないわ。その上…」

 

右手の刀を真っ直ぐ私に向ける雫さん。

その目からの威圧感は…殺気はまるで最初と変わって無くて…

 

 

 

「私は選手じゃない、殺せる力で守るべき物を守る剣術家だ。その私に守る力を示すなんて講釈するつもりなら…この程度で躊躇うな。」

 

 

 

なんとなく、理解する。

卑怯とか、裏をかくとかかかないとか、そんな事じゃなくて、力を振るって何かを守るって事の『重さ』が全然違うから、だから雫さんは、私やアインハルトさんに趣味や遊びや競技だって…守るための力なんかじゃないって言い切ったんだ。

 

全力を直撃させたら、雫さんは死んでしまう。それを防ぐジャケットも何もない。

でも、だからって負けるわけにも行かない。その調整は…魔力弾ならともかく、打撃となると自分でしないといけない。

 

でも…

 

 

「…はいっ!」

 

 

 

私は構えた。

ここで躊躇って逃げたら、全て嘘になってしまいそうな気がしたから。

強くなるって決めたんだ…逃げずに、ちゃんと勝たないと。

 

「許可出来っかコラ!」

「審判がうるさいから、後一回でケリにしましょう。」

「はい!」

「あたしのせいかオイ!ちょ、お前らもあたしをとめてどーすんだこら馬鹿姉!」

 

口調の割に優しいノーヴェが静止するのを、スバルさん達が止めてくれている。

それを横目に見た後、私は改めて雫さんと向かい合った。

 

 

尋常じゃない威圧感。片腕が使えないとはとても思えない。

 

雫さんの力じゃ蹴りはまともに機能しない。

なら、どう考えても狙ってくるのは右に手にした刀の一閃。

 

くぐるか左で防いで、右を叩き込む。

 

死なせないように、でも勝ったと胸を張って言える様に。

 

 

 

私と雫さんは、殆ど同時に駆け出した。

 

 

右手の刀を振りかぶっている雫さん。その鋭さを考えれば、突進中に避けるなんて無謀だと判断した私は、左腕で防ぐ事にする。

クリスの防御効果がないと、ジャケットじゃ防ぎきれ無かった雫さんの斬撃は…

 

左腕を抜け、振り始めていた右拳そのものに向かってきた。

 

拳と刃がぶつかる。でも、格闘時は拳も保護されてるからこのまま振りぬいて…

 

 

 

次の瞬間、私の右手から物凄い激痛が走った。

 

 

 

「っあ!ぅ…」

 

 

痛みに硬直したのも一瞬、斬り返された刀の先端が、私の喉に突きつけられていた。

 

 

「審判、勝ち?負け?ノーゲーム?」

「…お前の勝ちだよ。」

 

ノーヴェが雫さんの勝ちを宣告すると、雫さんは静かに刀を鞘に収めた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




すっごい今更ですが実際問題、大木やら岩盤やらを平気で破壊する人類(しかも10歳前後ですら)って、法規制他どうなってんでしょう(汗)
軽はずみでこそないだろうものの、目を輝かせて魔法を振るっている彼女達には今の雫を足して二で割るくらいで丁度いいかなーとも(苦笑)


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第四話・研ぎ澄まされた小さな力

 

 

第四話・研ぎ澄まされた小さな力

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

最後の拳と刃の衝突、そもそも雫さんの斬撃がヴィヴィオさんに通じた事も不思議だけれど…もう少しヴィヴィオさんの踏み込みが強く拳が速ければ、少なくとも刃と衝突する事はなかったはずだ。

しかも、あれはヴィヴィオさんの全身全霊…ではなかった。

 

 

いや、出来る筈がない。

 

試合に来たヴィヴィオさんが、身体強化全開の状態で、ジャケットも魔法防御も施していない人の中心に拳を全力で叩き込むなんて。

 

 

それも踏まえて…だったのだろうか?

 

 

雫さんなら腕が折れた事すら狙っていたような気さえしてくる。

 

 

「「ヴィヴィオ!」」

 

 

手を押さえて痛そうにしているヴィヴィオさんが心配なのか、リオさんとコロナさんが駆け足でヴィヴィオさんの元へ向かう。

私のその後を早足で追った。

 

 

「あぅ、ご、ごめん心配させちゃって。まさか打ち負けると思ってなかったから痛いって言うより驚いちゃって…」

「打ち負けたって、別にどこも切れて…あれ?」

 

打ち負けたヴィヴィオさんの拳を見ていたリオさんが不思議そうな声を上げる。

 

「ちょ!ヴィヴィオ!変身解除!」

「えっと…モードリリース。」

 

慌て気味のリオさんに促されて、苦笑いしながら変身を解除するヴィヴィオさん。

 

ジャケットで見えなかった手が現れて…

 

中指と薬指の間がぱっくりと裂けていた。

 

 

「ちょ、痛い痛い見てて痛い!!」

「これは早く治したほうがいいよ。」

 

指付近は神経が普通の部位より感度がいいので、普通の切り傷より痛い。

確かに見ていて痛そうだ。

 

「雫、お前も来い。骨折れてんだろうが。」

「不要よ。」

 

ノーヴェさんに声をかけられた雫さんだったけれど、やることは全部済んだとばかりに帰ろうとする雫さん。

さすがにそうまでされて誰一人とめられるはずも…

 

 

「アフターケアまでちゃんと面倒見るようにって頼まれてるんだけど、ご自宅にはどう報告すればいいかしら?」

「う…ぐっ…」

 

 

ティアナさんから放たれた、優しい声の辛い質問に、雫さんは物凄く嫌そうな声を出して足を止めた。

…なんと言うか、ご愁傷様です。

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「それじゃ、ちょっと待っててね。」

 

 

簡単に処置を済ませると、薬を用意してくれると席を外すシャマルさん。

お医者さんの準備があるって言ってたのはシャマルさんのことだったらしく、応急処置だけで向かった先で、あっという間に治療を済ませてしまった。

完全治癒ばかりに頼ると独力での回復力や超回復にも影響がでるみたいで、痛みと出血を収める程度の簡単な治癒魔法と、塗り薬で済ませるらしい。

 

骨が折れたはずの雫さんは、私そっちのけで、包帯の巻かれた腕を見ながら拳を握ったり開いたりしていた。

 

「雫さん…治療に魔法使ったのは?」

「一応初めてじゃないわよ。怪我の治りはいいほうだからそんなに要らないんだけどね。」

「そ、そうですか…」

 

会話が続かない。

うー…アインハルトさんも物静かだけど、そう言うのと違うやり辛さが…

 

 

「…悪かったわね、ごめん。」

「え?」

 

 

唐突に謝られた。

怪我の度合いなら雫さんの方が酷い気がするし…一体何を謝ってるんだろう?

 

「本当は、戦っちゃいけなかったのよ私。」

「どうしてですか?あんなに強いのに…」

「お父様から見ればひよこ扱いよ。それに…私はさっき言ったように殺せる力で守るべき物を守る剣術家…身内の子供相手に使っていい力じゃないわ。」

 

どこか落ち込んだ様子の雫さん。

でも…そんなことを謝って欲しいわけじゃなかったのに…

 

私の…私達の力でもちゃんと守れるんだって証明するつもりで頑張って、いざ命が…雫さんの体が危険だと知った瞬間、全力を出せなくなった。

 

それで負けてちゃ、まるっきり雫さんの言うとおりだ。

 

 

「しょげる事ないわよ。貴女は私より当然強いし、前に言った通り貴女お気に入りのアインハルトとも修行期間が同じならいい勝負になるはずよ。」

「雫さんより強いって…」

 

今さっき負けたばかりの身で言われると少し受け答えに困る。

けど、当の雫さんはそれが当たり前であるかのように気負わない。

 

「ま、私の倒し方はアインハルトが気付いたと思うし、そこに立ってる彼女達に聞いてみたら?」

「っ!?」

 

途中で扉を見て告げる雫さん。

すると、扉が音を立てて、少しの後開いてリオとコロナが…その後ろにアインハルトさんも続いて入ってきた。

 

「あはは…いやーやっぱり気になっちゃって…」

「わ、私は止めたのですが…二人きりにして何かあったら不味いと…」

「中学生、自分だけ予防線はらない。」

「うぐっ…」

 

少し焦った様子で部屋に入ってきた三人。

照れたのかしどろもどろになっていたアインハルトさんが、雫さんにばっさり言葉を切られて俯いてしまう。

 

「それよりアインハルトさん。雫さんの倒し方が分かるって本当ですか?」

 

話題を変えるために、気になったことを聞いてみた。

振られたアインハルトさんは、チラリと雫さんの顔を見る。

自分の倒し方を周囲に語るわけだし、喋っちゃっていいか気にしているんだ。

 

「貴女の予想なだけだし、気にせずどうぞ。」

 

雫さんはあっさり許してくれて、アインハルトさんは小さく頷いた。

 

「身体強化を全力で駆使して足を常に動かせる状態で牽制打や乱打を繰り返す。それでほぼ間違いなく勝利できると思います。」

「あ…」

 

淡々と、どこか寂しそうにすら聞こえる声で告げるアインハルトさん。

その解説を聞いた雫さんは、ただ小さな笑みを見せた。

 

 

ピストルの弾一つが致命傷で、地形を変えるなんて事は到底出来ない生身の剣士。

動きでついてこれているのが既に不思議なくらいで、力に至っては比べようもない。

 

それこそ、手打ちの攻撃だけすらまともに防げないほどに…

 

 

「…ま、それが正解かは置いておいて、私はスポーツやってるわけじゃないからね。合図を聞いて正々堂々戦う必要ないからいいんだけど。」

 

 

あっけらかんとそう言った雫さんは、立ち上がって部屋の扉に手をかける。

開いた先に、丁度シャマル先生が帰ってきた。

 

「あ、あら?どこに」

「薬受け取って終わりですよね?修行もあるしそろそろ帰ろうかと。」

「修行って、その腕で何を…言う訳ないわね。分かった。雫ちゃんのは飲み薬。栄養剤も兼ねてるからちゃんと飲んでね。」

「お気使いどうも。」

 

業務報告みたいにさっさと薬を受け取った雫さんは、一度部屋を振り返り…

 

「用があれば、エメラルドスイーツにでも連絡して。無ければさよ」

「は、はいっ!必ず!」

 

まるで二度と会わないような台詞を言いそうだった雫さんの言葉を大慌てで断ち切る。

雫さんはそんな私の様子に笑顔を見せてくれた。

 

「…そう、それじゃまたね。」

 

去り際の笑顔は、戦う時の厳しい表情でも、私達を馬鹿にしていたときのものでもない、本当に優しくて、嬉しそうなものだった。

 

 

 

「…彼女は、学校にも行かずにひたすらに剣の修行をしているそうです。日に8時間や10時間が当たり前だとか。」

 

 

アインハルトさんが静かに告げた事実に、私達は何も言えなくなった。

体力や持続力をつけるためのものならともかく、戦闘訓練をそんな時間で繰り返すのは正気じゃない。

まして、雫さんは生身なんだ。刀どころか、木刀だって打ち所が悪かったら…

 

 

そんな鍛錬を繰り返して、兵器位の差がある魔導師の子供相手に戦いで勝てないとしたら…私ですらパワー不足を感じて少し思うところが出来るくらいなのに、雫さんから見て私達は…魔導師はどううつるんだろう。

 

身内に振るうべきじゃない、そう雫さんは言っていた。そして謝ってきた。

身内に振るうべきじゃないと思っているのに、そんな修行を繰り返してくるだけの心の強さがあっても尚我慢できないほどに、何かがあったんだ。

 

 

でも…

 

 

それでもいつか、必ず認めてもらうんだ。

ちゃんと雫さんと同じくらい、それ以上に頑張って…うん、どうにかして。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

「ったく…何ホイホイ使われてるのよ。」

「いやいやとんでもない!いいもの見れて何よりだよ!」

「うん。」

 

帰り道を共に歩くアクアとクラウ。二人はそれがさも当然みたいに、明るい返事とそれに続いて簡素な答えを返してくる。

 

…ふん、いいものってどのあたりがよかったんだか。

 

「いままで何でそっけない対応されてたのか分からなかったんだけど、シュテルちゃんとか…時によっては速人さんまで手伝わせてるのにこんな軽い感じに見えるから嫌だったんだね。」

「…悪かったわね、どーせ子供よ。」

 

アクア達を手伝ってるのはシュテルも速人さんも勝手にやってる事だ。

私が拗ねるのはお門違い。

 

うん、理屈では分かってるんだ。わかってたって抑え切れないものってあるだけで。

 

「そんなことないよ、だって雫ちゃんの見た通りで、私が言えるのはせいぜい『頑張る』って位で…雫ちゃんやアインハルトちゃん程重いものなんてないし、下手するとヴィヴィオちゃんよりノリ軽いし。」

 

自分で言ってちゃおしまいだ。と、思わなくも無かったけど、彼女達は一般人。

クラウはともかく、アクアの方は『強くなれた分お得』程度の認識でやってるんだから、そんなところに文句を言ってもしょうがない。

それに、テンションや認識の割にはきついだろう課題を、ちゃんとめげずに続けてる辺りは確かに『頑張る』って部分は出来てる。

 

 

 

「でも!私は何とか雫ちゃんとも仲良くしたいっ!!」

 

 

 

ズビシ!と、効果音でも聞こえてきそうな位オーバーなポーズで私を指差すアクア。

それは挑戦状を叩きつける時にやるものでしょうが…と、内心呆れ、

 

 

 

「だから、DSAAに出場する事にしたから!いいとこまで行ったら仲良くしよっ!」

 

 

 

本当に挑戦状だった。しかも意味も理由も分からない。

 

確か、トラウマ気味の敗戦して以来出る気失せたんじゃなかったっけ?

そんなものに出て大丈夫なんだろうか…

 

そもそも競技だ、私に関係ない。分かってやってるのか全く…

 

「…優勝よね?」

「へっ?」

「ヒーローの速人さんとオーバーS級のシュテル、そんな人達の技術サポートをしてるアリシアさん。そんな豪華メンバーに鍛えて貰ってるんだから、いい所って当然優勝よね?」

「あー、うー…」

 

言いよどむアクア。

それも当然。自信なんて初めてで木っ端微塵になったらしいし、今だってそんな人たち相手にぼろぼろに言われながら色々やってるんだから。

まして、優勝となると他とは群を抜いて強いらしいジークリンデとかいう子にも勝たなきゃならない。

 

「が、頑張るっ!!」

 

躊躇った末、アクアは拳を握ってそうとだけ返した。

自信ないまま、それでも約束は守るアクアらしい返しだと思う。

 

「まぁそうしてくれると助かるわ。アクアが優勝してくれれば、アクアに勝つだけで次元世界最強になれて楽だから。」

「楽って言うなー!」

 

他流試合なんてもう早々やる暇も機会もない以上、そうなってくれれば私としては非常に助かる。

…ま、目的は別にあるから、最強なんてのはまだいいんだけど。

 

 

「なら僕は雫を剣だけで超える。」

 

 

唐突に、私達の会話を断ち切るように明言したのは、珍しくクラウだった。

その内容も、驚きで私達を硬直させるのに一役買っていた。

 

「く、クラウ、あんたそれは…」

「姉さんにとってあの大会に出るのが、出直すのがどれだけ勇気のいる事か、僕は知ってる。だから…僕も。」

 

アクアに勇気を与えて、私にはアクアの選択が勇気あるものだと証明する。そのための宣言。

アレだけ魔導師相手に酷なことを言って、やってのけた私相手に随分な事を言うものだ。

 

 

「ま、やってみたら?」

 

 

それだけ言って、私達はそれぞれの家へと分かれた。

 

 

 

一人になった帰り道、思い出すのは…

 

 

『は、はいっ!必ず!』

 

 

もう用もないだろうと思った、私と無関係のはずの小さな女の子。

その曇りない声。

 

別に私みたいな面白みもない…きっとあの邂逅だけだと性悪にしか見えないだろう私相手に、何であんな必死になるのやら。

 

物好きの多い事。

 

「ただいまー。」

 

少し呆れながら、回想を終わらせた。

私には、時間がないんだから…

 

 

 

Side~高町速人

 

 

憑き物が取れたような珍しい笑顔を見せていた雫。

兄さんの図った賭けはとりあえずは上手い方向に行ったらしい。

 

…危うい所だよなぁ、ホント。

 

とはいえ、師に徹する兄さんは一切の甘さを…『見せない』。

本当は褒めちぎりたいだろう所でも、感心する所でも、一切それを口に出す事はない。

 

姉さんや俺は、そんな中でも大して問題なかったが…何をやってどうなっても褒められず、ひたすら厳しい日常に身を落とすなんて普通の子供ならまず心がぶっ壊れるだろう。

 

文句も言わずついてきてるけど、自分の力を試す相手が常に自分より遥か上にいて、勝てない試合を繰り返すことになる。しかも強い意志や願いを持って。

挙句、試合用の修行じゃないから勝手に余所と戦えず…

 

 

勝負で手ごたえを感じられれば、あるいはそんな雫に誰か一人でも関心や敬意を払ってくれたなら、砂漠で水を見つける位に嬉しいはずだ。

 

 

少し位褒めてやればいいという話も出るかも知れないが、それは兄さんが望んでいる『期待値』の問題だ。

 

全てから大切なものを護れるだけの力。

 

作品に熱を入れる者が一切の妥協を許さぬように、師として、導くものとして立っている兄さんが、未完を讃えるわけには行かない。

まして、雫自身の願いが兄さんと同じ、御神の剣士としての大成なら尚更だ。

 

 

雫が兄さんに褒められるとしたら…兄さんを超えた時と、望んだ位置に辿りついた時。

 

 

そこまで今の苦行に一切の救いもないまま進ませるのは、色々不味い。

技巧では間違いなく同年代から並外れてるし、すこしはヴィヴィオ達の興味を引けたようだ。

 

いやぁ、何より何より……

 

「だけど、何で俺が出前しないといけないわけ?」

「雫ちゃんのためにヴィヴィオの力を借りたようなものなんだから、ヴィヴィオのねぎらいにお兄ちゃんが出張る位当然でしょ?」

 

玄関先でなのは相手にケーキの箱を渡しつつ愚痴をもらすと、反論できないような、それでも俺じゃなくて兄さんが出張るべきなようなと、なんだか納得しきれない言葉をなのはに返される。

 

「やれやれ…身内が滅茶苦茶だと大変だ。」

「一番滅茶苦茶な人が言うなっ!」

 

ケーキを渡して呆れ混じりに両手を挙げると、また反論できない答えを返された。

家の末っ子には勝てないな、全く。

 

 

SIDE OUT

 

 




美由希だって訓練そのものには耐えられてたものの、『成長が遅くて恭也に迷惑かけっぱなし』何て勘違いさせるような厳しい日常を送らされてたわけで…
幼少からそんなところが常の雫…よく耐えてるなぁ(汗)


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第五話・そして再び巡り合う

 

第五話・そして再び巡り合う

 

 

Side~月村雫

 

 

 

体力鍛錬の為のジョギング中、見かけた光景につい目が行く。

 

シグナムさん達と、子供の集まる光景。

近所の子供の格闘鍛錬。その中でも、一人…

 

打撃用バッグを強打して、数人を纏めて吹き飛ばしている子の姿。

 

『身体強化を全力で駆使して足を常に動かせる状態で牽制打や乱打を繰り返す。それでほぼ間違いなく勝利できると思います。』

 

こんな言葉で片付けられてしまう、私の11年とその成果。

 

 

魔導師…

 

 

一瞬足を止めそうになったけど、憤りを押し殺して走る。

私には、関係ない…関係ないんだ…

 

 

 

 

 

「は…はっ…」

 

家に着くなり、視界を塞ぐ程の汗を拭う。

ハンカチでさっと視界だけ空けて、さっさとお風呂場へ向かう。

 

お風呂からあがったら着替えて食事。順序は違えど殆どルーチンワーク。

頑張ってはいるんだけど…進んでいるのか止まっているのか。

 

「とりあえず、『徹』くらいは使い物になるようにしないとね…」

 

11にもなって…しかも修行をずっと通してやってきたのに、未だに右の袈裟斬りと打ち下ろしのみでしか、『徹』を使えない。

 

速人さんは10で既にまだ私が聞いてもいない第三段階まで扱えるようになっていたらしいのに…第二段階の『徹』でこんな…

『徹』がないとバリアジャケットはともかく防御魔法なんて絶対に…

 

「っ!!」

 

頭を振って浮かんできた考えを振り払う為に首を振ると、水音が響く。

いつの間にか浮かぶ魔導師の倒し方。それは…目的じゃない。

 

…重症だな。

 

忘れようと無理して笑ってお風呂を出た。

明日からは久しぶりに一週間の外修行だ、不安や憤りにとらわれてないで集中しないと。

 

 

 

 

 

 

「はああっ!!」

 

森林でのお父様との斬り合い…否、斬り『合わされ』。

次元世界に出てからの対魔導師用の修行や、速人さんとの競り合いの結果、お父様は強くなりすぎた。

隙が出来たらいつでも本気で斬り込むようでは、私なんてただの的にしかならない。

 

基礎固めのためらしく、私が扱える『徹』までしか使ってしか貰えず、その上手加減までされて…

 

「甘い。」

「っ!」

 

右の徹に左の徹を合わされた私は、刀を手放さないように右手に力を込めて…

 

「う…」

 

硬直している間に右の刀を喉元に突きつけられた。

 

…手加減までされて、この有様。

本当、急いで強くならないといけないな…

 

 

「初見でも何か狙っているのが丸分かりだ。気迫があるのはいいが、決め手の一撃なのが分かりきっていては今のようにたやすくとめられる。後、以前打ち負けてはじかれたからと必死で握っていたんだろうが、それで他の意識を裂いてどうする。」

 

試合を終えての叱責を、ただ静かに聞く。

 

『徹』は奥義もろくに知らない今の私にとって完全に決め技で、オマケに右でしか使えず相当に集中しないといけない為、気軽に打てない。

お父様は左でさも普通の斬撃と変わらない構えから打って来た。

打ち込む時そのものはともかく、その前の構え位はどんな体勢からでも自然に扱える必要があるんだろう。

 

一通りの話を終えると、お父様は今度は木刀を取り出して、手渡して来る。

 

「基本型3000本、行くぞ。」

「…はいっ!」

 

今更回数にも、試合直後なのにも驚きはしない。

刀を納め、練習用の鉛入木刀を二刀手に、お父様に向かって打ち込んでいった。

 

 

 

 

 

「ここまでだな。」

「はあっ…はあっ…」

 

日の課目を一通りを終えてさすがに息を本気で切らす私にタオルを渡すと、お父様は自分の汗を拭い始めた。

 

肩で息もしてるし、汗も凄いけど…そもそも、普通の人間のはずのお父様の方が何でこんな平気そうなのか…

きっと私の動きに無駄があるんだろう。さすがに体力負けしてるとは思いたくない。

 

 

 

そんなこんなで、普段は少しはさむ勉強の時間もほぼないまま、軽い生き地獄を味わえるような訓練をこなして4日目…

 

「…え?」

「へっ?」

 

普通の食事はともかく、火を扱う道具やら色々と調達しなおさないといけないものがあるって事で、管理人の住居に戻る事にした真っ最中、ここにいるはずのない人の姿を見かけた。

 

一瞬硬直、しばらくの間を置いて私はお父様の顔を見る。

 

 

「奇遇だな。」

「わー、こんな所で会うなんて偶然だね恭也お兄ちゃん。」

「嘘吐けっ!!!」

 

 

さも予定外とでも言う風に口裏を合わせようとするお父様と棒読みのなのは叔母さんに、思わず声を大にしてつっ込んでしまう。

お母さんとだったらどのへんが嘘なのか分からないような演技するけど、さすがに片方が棒読みじゃ分かりやすかった。

 

 

一体何だってこんな事したのやら…

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ついて早々、大人達はトレーニングに向かい、私はノーヴェさんに連れられて、ヴィヴィオさん達と水遊びと言う事になった。

 

そんな中…

 

 

 

「コレは誰の嫌がらせ?ねぇっ…」

 

 

 

『ひらがな』と言う管理外世界の文字で、しずくと三文字書かれた紺色の水着を着た雫さんが、その名前の辺りをつまんで引っ張ってノーヴェさんに抗議の声を上げていた。

…水着になる、と言うのも少し恥ずかしいものがあったのだけど、雫さんのアレはなんというかその…別の類の恥ずかしさがある。

 

「さーな、あたしは渡された小包を開かず持ってきただけだからな。候補はお前ん家の誰かだろ?」

「にやつきながら答えるな…っ!」

「まぁまぁ雫さん、折角ですから楽しく行きましょう?ね?」

 

割と真面目に怒っているらしい雫さん。

元々始めての邂逅からいい印象のないリオさんとコロナさんは、怒りっぱなしの雫さん相手に複雑そうな表情を見せていて、ヴィヴィオさんがそれに気付いて雫さんを宥めていた。

 

「…とりあえず、よろしく頼むわ。」

「はいっ。」

 

ばつが悪そうな雫さん、それでも今まで見た険しさを見せない彼女相手に、皆さんも砕けた雰囲気を取り戻した。

 

 

 

 

で、水遊びをするということになったのだけれど…

 

水泳で置いていかれて、体力も真っ先に尽きた私は監督していたノーヴェさんの横で速攻で休む事になった。

 

「しっかし…まさかお前よりアイツの方がもつとはな…」

 

ヴィヴィオさん達とボールを打ちあっている雫さんを見ながら、なんだか悔しそうなノーヴェさん。…訓練付けの私が、水中での体と力の使い方の違いについて全く知らなかったのと同じように雫さんも知らずに参ると思っていたんでしょうか?

 

「水斬りまで出来るんじゃないだろうな…」

「水斬り?」

「打撃のチェックを兼ねたちょっとしたお遊びさ。見てみるか?」

 

知らない事、それも戦いに関わる事で。

興味を惹かれないはずもなく、即答で頷いた。

 

そうして、ノーヴェさんに声をかけられて皆が一列に並び…

 

 

突き出された拳の先、水が裂けるように開けていった。

 

 

「雫はどうだ?」

「門外漢何だけど…ま、いいわ。」

 

ノーヴェさんに促されて、雫さんも水中で構える。

ヴィヴィオさん達と同じように突きを放つと、大体ヴィヴィオさんと同じ位の長さに水が裂けて行った。

裂けた水の高さが半分もないところを見ると、鋭さはきっと雫さんの方が上なんだろう。

 

「おいおい…砲撃かっつの。」

「お父様ならこんな川幅、端から端まで届くわよ。」

「…人間技じゃねぇな。」

 

なんでもないことのように言う雫さんの言葉に、ノーヴェさんが引きつった声で呟きを漏らした。

ちなみに私はやってみたものの盛大に水柱を作ってしまい、改めて何も知らなかったのだと思い知らされた。

 

「けど、よく呼ばれたからって来る気になったわね。」

 

水斬りを練習する最中、傍らにいた雫さんに声をかけられた。

 

「…貴女の戦いに負けたからです。」

 

ヴィヴィオさん達も傍にいたので正直に答えるのは躊躇われたけど、黙っているわけにも行かずに結局素直に答える。

 

「全うな戦いとは到底呼べない奇襲、でも貴女はそれで私を倒して立っていた。護れるのなら貴女の戦いを受け入れるのか…それとも、真っ直ぐに戦って勝ちたいのか…」

「あぁ、そう言えば言ったわね。とりあえずヴィヴィオ達とも一緒に競技にでも関わればって。」

 

思い出した雫さんがしてくれた補足に私は静かに頷く。

だから…ノーヴェさんの誘いを受け、迷わずここに来て、練習もせず水遊びに混じり…

 

 

知らない事を知る事が出来た。

 

 

まだ答えは出てないけれど、答えを考える為の視点が…私の見ていた世界が本当に狭いものだったのだと、気付けただけでも収穫だった。

 

「じゃ、じゃあアインハルトさんも…その…雫さんみたいになるかもなんですか?」

 

少し恐る恐るといった様子で声をかけてくるヴィヴィオさん。

私は、頷くでも首を振るでもなく、少しだけ俯いた。

 

「覇王としての正道と、守れなかったオリヴィエを守れる可能性のあった邪道。私は汚い真似は嫌ですが、友を失ったのが弱いまま決闘などと贅沢な願いを持ったせいだと言うのなら…」

 

後悔と言う形でクラウスの記憶を受け継いでいる私は、『オリヴィエを守れなかった』苦しさを知っている。

アレをまるっきり無視して、正々堂々などと口走るのは躊躇われた。

 

「だからアインハルトさんはちゃんと強くなろうって頑張ってきたんじゃ」

「その時はいつ起こるかわからない。」

 

私を雫さんのようにしたくないのだろうヴィヴィオさんが少し悲しげに語るのを断ち切って、雫さんが口を開いた。

 

「ゆりかごに向かうオリヴィエを前に、覇王流きわめて来るまで決闘待ってーなんて馬鹿な事頼める訳ないでしょ?その点で、クラウスは完全に守り手失格よ。ノーヴェさんだって一応今ここで誰か溺れても、装備がないから無理、とかそんな間抜けな事言わないはずよ。」

「…まぁな。」

 

命を預かる身として否定できない要素だったのか、ノーヴェさんも雫さんの話に頷く。

師匠のノーヴェさんまでもが雫さんの話に頷いてしまったためか、ヴィヴィオさんもそれ以上は言えず沈黙が…

 

 

 

「えいっ。」

「わぷっ!!」

 

 

 

誰もが黙りそうになった時、私の顔面を水が覆い隠した。

ぽたぽたと顔を水が流れていく感触を感じながら、何が起きたのかと発生源を探すと…

 

 

ルーテシアさんが両手を振り上げてニヤニヤしながら私を見ていた。

 

 

「ふっふーん、隙ありよ堅物バトルっ娘達。って、言いたかったんだけど…」

 

 

右手で私に向かって水をかけ、左手で雫さんに向けて水をかけようとしたらしいけれど…

雫さんは片手を振り上げた体勢で止まっていた。

私は思いっきり被ったのに、どうやら防いだらしい。

こんな所でもきっちり反応できるのかって少し感心していると…

 

 

「…ふっ、後衛の図書マニアさんが私相手に奇襲なんていい度胸ね。」

 

 

雫さんが、何だか見たことないくらい素直に笑みを見せていた。

 

「え…っと、雫?両手を腰打めに構えて一体どうする気…」

「水没しろーっ!!!」

 

直後、平手を突き出して水をルーテシアさんに向かって思いっきりかける雫さん。

しかも、両手交互に連続で。

 

 

「わぷ!ちょ!お、おぼれっ…ぶっ!だ、誰か加勢してー!」

 

 

完全に顔が出る程度の深さまでしかないはずなのに、連続で巻き上げられた水しぶきにのまれてルーテシアさんが顔を隠して逃げ回る。

それをノリノリで追い回しながら雫さんは私達の元を離れていく。

 

残された私達は呆然とその様子を眺め…

 

「「「あははははは!!」」」

 

しばらくしてヴィヴィオさん達の笑い声が川に響いた。

おそらくは暗くなりかけた空気を払拭する為だったんだろうルーテシアさんの奇襲。

でもまさか雫さんのノリがこうもいいとは思わなかった。

 

「程々でやめておいてやれよー!」

「覚えとくわー!」

「ちょ!ノーヴェの薄情者ー!」

 

結構な身体能力の雫さんに追い回されながら少しだけ反撃するルーテシアさん。

私達はそんな様子を横目に、再び水斬りの練習を再開する事にした。

 

 

 

 

 

そうして、昼時になって着替えの最中、私はふと気になった事を聞いてみることにした。

 

「雫さんは私がきたのが不思議だと言いましたが、私としては雫さんが此方に混じられた事の方が不思議なのですが…」

「そうだよ、水遊びであんなにはしゃぐなんて思わなかった。」

 

私が切り出した疑問に追従する形でリオさんがルーテシアさんを追い回していた時の雫さんのモノマネをする。

雫さんは目線を逸らして少し恥ずかしそうに頬を朱に染めた。

 

「い、いいでしょ?遊ぶのは好きなの、あんまり機会もないしね。」

 

照れながら答える雫さんの表情は、どう見ても普通の子供のそれだった。

 

「それに…」

 

けど、服に袖を通したところで声が一変する。

きっと剣の話。

私にとっての覇王流のように、雫さんにとって尤も大事で真剣でなきゃならないものの話。

 

 

「お父様が、私の剣を鍛えるのに邪魔になる事なんて勧める筈がない。だから、きっと何かあるのよ。」

 

 

迷いのない断言。絶対の信頼…いや、最早信仰とすら言うべきかもしれない。

けど、重い空気もその一言で終わり、再び笑顔を見せる雫さん。

 

「…ま、そういう訳で短い間だけどよろしくね。」

「「「はいっ!」」」

「よろしくお願いします。」

 

息の合った返事を返すヴィヴィオさん達に続くように、私はお辞儀をした。

 

…私も発見があった、雫さんにとっても意味のある事。

ノーヴェさんとヴィヴィオさんに感謝しつつ、私はこの開けた世界で答えを捜そうと改めて心に決めた。

 

 

SIDE OUT

 

 




剣に関しては厳しい環境なものの、家庭環境が荒んでるとかそういう類では妙な事はないので、まともに遊んだりすれば普通にお子様です。
…逆に言うと、戦闘修行に関しては誰一人普通のお子様でいられないのか高町家(汗)。


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第六話・未熟な子供達

 

第六話・未熟な子供達

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

「…で、ルーちゃんそんなバテバテなんだ。」

「雫があんなアグレッシブだなって思わなかったわ…」

 

疲れきった様子のルールーにキャロさんが笑う。

確かにあれは私もびっくりした。

当の雫さんは、恭也さんの隣で少し俯き気味で食事を進めていた。

 

恥ずかしいみたいだ、とてもはしゃぐ風には見えないし。

 

「大人ぶるのは子供の証拠と言う奴だ。」

「別に大人のフリなんてする気ないのに…それに、家にはまともな大人殆どいないし。」

「まともな大人なんてものは幻想だぞ?俺の父親はちょっかいを出す為だけに剣技を使ってきたしな。」

 

恭也さんの言葉になのはママが苦笑いしている。

おじいちゃんってそんな感じなんだ…確かに明るくてノリのよさそうな人だったけど。

 

「私まで一緒にしないでよね?そんなこと」

「未だにデバイスで殴られる速人に聞かせてやりたい台詞だな。」

「うぐ…」

 

反論しようとしたなのはママも一言で片付けられてしまった。

速人さん相手だとちょっとはじけるって言うか砕けるって言うか。とりあえず仲はいいんだろうけど、なのはママが一緒にいて一番ママっぽく見えない人かもしれない。

 

「DVだな、執務官が二人もいるんだし逮捕して貰うか?」

「えぇ!?」

「人の恋路に首を突っ込むのは専門外なので。」

「ちょ、ティアナ!?」

 

思いっきり大慌てになるなのはママ。

こんなのめったに見れないんじゃないだろうか…って言うか、多分見れない。

 

「まぁ速人はともかく恭也さん相手だとなのはもさすがに形無しだよね。ただティアナ…」

「はい?」

「あんまり好きに言っちゃうと、この後模擬戦で大変かもよ?」

 

フェイトママが笑顔で告げた言葉を聞いて、ティアナさんが硬直する。

 

「だ、大丈夫!ティアにはあたしがついてるんだから!」

「そうだねー、どの道ちゃんと頑張らないと意味ないしねー。」

「ぼ、棒読みが怖いですなのはさん…」

 

意気込むスバルさんにどうにか言葉を返すティアナさん。

ホントに怒ってるわけじゃないと思うけど…なのはママが怒ると大変だなぁ。

 

「雫、此方も午後は鍛錬に行くぞ。」

「はい。」

 

雫さんの…『あの』雫さんの普段の鍛錬。

ちょっと気になった。

 

「あの…見学してもいいですか?」

 

なのはママも模擬戦をやるけど、そっちは何度か見てるし、貴重な機会の方に興味がわくのは当然で…

 

「あのねぇ…人様に奥義ひけらかす余裕があるほど」

「騒がなければかまわないぞ。この馬鹿娘には奥義も見せていないから、少しつまらないかもしれないがな。」

 

私をとがめようとした雫さんだったけれど、恭也さんの言葉に俯いて目を閉じる雫さん。

 

あ…すっごい複雑そう…怒ろうにもパパ相手だから怒れないんだ…

こんな事言われっぱなしじゃさすがに辛いんだろうなぁ。

 

「雫さん…ドンマイですっ。」

「ううぅぅぅぅ……」

 

励ましたつもりだったのだけど、雫さんは何故か恨めしそうに私を睨む。

 

結局理由が分からないままでご飯が終わって、雫さん達が森の方に消えてしまった所で、傍らに舞うクリスを見る。

 

『この馬鹿娘には奥義も見せていないから』

 

そう言えば、使ってる刀も修行用に渡されたもので雫さん専用の刀じゃないらしい。

おまけに基礎が出来てきて、魔導学としては応用に入った私。

 

私が励ましても説得力ないんだ。

 

学校すら行かずに訓練してまだあの言われよう。

雫さんに余裕がなさそうな理由が、ちょっと分かった気がした。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ヴィヴィオさんが切り出して許可を貰った雫さんの鍛錬見学。

恭也さんからは騒がなければと念を押されていたものの、はっきり言ってその必要はなかった。

 

防御魔法所か防具一つ無いままで真剣を振るっている人間を前に騒げるわけがない。

 

鍛錬の筈なのに、真剣で首狙いの一閃を本気で振るってすらいる。

 

「はあっ!」

 

二人の右の刀が衝突し、雷のような轟音が響く。

ただ刀を打ち合わせたにしてはあまりに鋭い衝撃音。

 

間髪いれずに恭也さんが左の刀を横薙ぎに振るい、雫さんは距離をとる。

と、恭也さんの右手から糸が伸び、雫さんの左腕を絡めとる。

 

「っ!」

 

引き寄せられた雫さんは、その勢いのままフリーの右に手にした刀を振るうものの、左の刀で防がれて、引き寄せると同時に突きの体勢になっていた恭也さんの右の一閃が、深々と雫さんの体に突き刺さった。

 

一瞬、貫通したのかとすら思ったけど、よく見たら刀による突きを柄による打撃に変えていたようで…

 

「ぐ…っ…」

 

それでも思いっきり打撃を急所に受けた雫さんは受けた場所を押さえながら地面にうずくまった。

偶の模擬戦や試合ならともかく、こんな訓練を平時から繰り返しているのだろうか?

身体がもたない気がする。

 

「一分休憩だ。」

「は、はい。」

 

緊張感がある、と言うよりありすぎるその光景を興味で眺め続けるのに引け目を感じた私達は、静かにその場を離れる事にした。

 

 

 

 

 

 

雫さんの元を離れ、ヴィヴィオさんのお母様達の訓練を見学にうつった私は、またしても驚愕する事になった。

二対一で戦う…というか、教導官らしいヴィヴィオさんのお母様がその状況で主導権を握っていた。

 

「いやぁ…凄いよね!なのはさん達は勿論雫さんも!」

 

興奮気味のリオさん。でも無理もなかった。

鋭く、張り詰めた糸を見ているような雫さん達の鍛錬に、心燃やされるようなヴィヴィオさんのお母様達の魔法戦。

そして、何よりどちらも今時点で私が驚かされるほど凄いものだった。

 

届くのだろうか…届かせたい。

覇王の拳を、あの人達に思いっきりぶつけてみたい。

 

「アインハルトさん、良ければ見学抜けて軽く一本どうですか?」

「…はい、是非。」

 

ヴィヴィオさんに誘われるまま、見学を抜けて森の中。

相変わらず真剣のぶつかる高い音がどこからか聞こえてくる森の中で、ヴィヴィオさんはミットを手に、受け手として立ってくれた。

 

人の手にしているミット相手の型練習は、古流のそれとは違うものの、これはこれでいい練習になる。

何より、開けた世界で色々と試してみたいと思っていた私にとっては、こういう機会は願ってもないものだった。

 

そして、しばらく打たせてもらった後、交代する事にして…

 

「そういえば、ヴィヴィオさんはどうするつもりなのですか?」

「へっ?」

「雫さんの事です。」

 

その準備中、少し気になった事を聞いてみた。

私ばかり心配されていたけれど、ヴィヴィオさんも雫さん相手に決定的な敗北を喫している。

 

自身の力が、守るための力になるって証明する。

そのために試合を挑んで、逆に力の重さの違いを証明されてしまった。

 

関わりあいにならないようにすると言うならともかく、こうして共にいてその事実をまるきり無視するような事もしないはず…

 

私の質問にヴィヴィオさんは、少しだけ元気のない笑みを浮かべる。

 

「それが…『認めてもらうとかの前に、基礎が出来てきたばっかりの半人前さんなのはホントの事なんだから。一つ一つ頑張るように。』ってママに怒られまして。」

「あー…」

 

見事に元も子もない話である。

 

「だからとりあえず、ちゃんと続けて強くなって、段階踏んで、いつか…どうにかして。って感じです。アインハルトさんに教わった方法そのままで戦うのもおかしな話ですし。」

 

それはきっと、順当にいけば大分遠い話。

それでもめげずにいられる辺りは、ヴィヴィオさんの強さなのだろう。

 

「そういう事なら…きちんと鍛えていかないといけませんね。」

「はいっ!よろしくお願いします!」

 

休憩がてらの会話も済んだため、私達は練習を再開した。

剣の音は止んでいない。雫さん相手に胸を張るのなら、立ち止まってはいられないから。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

夕食と言う事もあっていつもほど続かなかった訓練も終わり、汗を拭いつつ時々聞こえていた音の方へ足を向ける。

 

断続的な打撃音を生んでいたのは、予想通りヴィヴィオとアインハルトだった。

 

いい動きに打撃だけど、見切って切り込めと言われれば出来なくもない。

 

…尤も、強打を受けたミットから煙のようなものがのぼるのを見ていると、やりたくはないけど。

私アレを腕で受けたのか、ホントいろんな意味で嫌になる。

 

「あ、雫さん。」

「そろそろ夕食時だから切り上げたんだけど、二人はまだやるの?」

「気付いていませんでした、戻ります。」

 

時間も忘れてやってる辺り、本当に熱中と言う感じだ。

 

「あ、いたいた。おーい!」

 

丁度魔導師の大人達の方も訓練が終わったらしく、仲よさそうに密集してこっちに向かってきた。

…ま、いいんだろうな。

家でも速人さんを中心に紫天の騎士の皆やらリライヴさんやらが集まってる光景を偶に見る。

 

羨ましくて仕方ない…というほどではないけれど、ちょっとだけ自分が虚しくなった。

 

「ママ達は?」

「仕上げだって言って二人で残ってたよ。」

 

集団に叔母さんとフェイトさんの姿が無いことに首をかしげながらたずねるヴィヴィオに、エリオが答えを返す。

 

「そう言えば恭也さんもいないわね。」

「当然でしょ、私とだけじゃ訓練にならないもの。」

 

ティアナさんの疑問に、私は断言するように答えた。

 

「訓練にならないって、それはいくらなんでも」

「ならないわ。私が弱いから、って言うのもあるけど、お父様が強すぎるから。」

 

俯くでもなく、自嘲でもなく、でも断言する。

 

「お父様の『訓練相手』が勤まるのは…速人さんと、偶に来るフレアさんって槍使いだけ。そして、二人ですら技量を以ってお父様をただの一度でも倒す事が出来ていない。」

「一度もって…あの速人さんが!?」

 

スバルさんが身を乗り出すかのようにして大声で詰め寄ってくる。

Js事件の時に、速人さんの実力の方は身にしみて知ってるんだろう。

 

「そりゃ、殴っただけで地形を変えるような魔力をフル活用すれば、いくらお父様でも限界あると思うけど…少なくとも、事が技量で済む領域にある間はお父様を破れる人なんて存在しないわ。こんな世界になった今じゃ、絶対って言ってもいい。」

「こんな世界?」

 

言い方が不味かったのか、曇った表情で此方を見るヴィヴィオ。

でも、その間にスバルさんが入ってくれた。

 

「それ、あたし聞いた事ある。多分マルチタスクの事でしょ?」

 

スバルさんは一時期速人さんに格闘関連の指導を受けた事があるらしい。

あの人教えるって意味じゃそんなに凄い人じゃない気もするけど…大方『体で覚えろ』だったんだろう。

 

身体強化を施し、防御魔法を展開し、射砲を制御しながら近接戦闘。

このうち二つはほぼ常時鍛えて使う必要がある魔導師は、完璧を1として、0.8位の技術を複数同時に扱う事ができる。

大して、ただ一つのみを続ける私達のような技巧訓練は、一つを1に近づけるため0.9の後ろにひたすら9を書き足していくような訓練。

差そのものはそれほどなく、合計値で考えれば複数進めている魔導師のほうが圧倒的に多い。

でも、それを『精度』で図った場合、その差は数百倍、数千倍…数万倍…とにかく途方もない差になる。

 

 

絶対に超えられない紙一重、それがお父様と私達の差。

 

 

「でもそれでも凄いよねー、あたし速人さんにガードすらして貰えてないし…」

「魔導師様たちの攻撃はね、人間がガードなんてしたら死んじゃうの!さっきだってヴィヴィオ達ミットから煙吹いてたけど、私よくあんなもの防いだって自分で怖くなったんだから!」

 

のんきな口調で速人さんを褒めるスバルさんに、どうにか自分達のとんでもっぷりを理解して貰おうと熱弁する。

…まぁ、速人さんはそんな技量を身につけておきながら、空で戦う為に魔法の力も借りて、その二つを見事に使いこなしてるけど。

 

「けどそんな凄い人が身内だと大変でしょ。やっぱり焦ってるのもそのせい?」

 

ティアナさんからの問いに、私は一瞬硬直した。

 

焦ってる。

 

そう言われて、違うと断言できるほどお気楽じゃなかったし、自覚もあった。

お父様がヴィヴィオ達に私を混ぜた理由がその払拭なんじゃないのかってそう考える位には。

 

でも…

 

「別に試合があるわけでもないし、焦る理由ないわ。」

 

それだけ言って、私は早足で皆から離れた。

逃げたのがばれても、焦ってるのが分かっても、その理由だけ分からなきゃそれでいい。

 

 

相談に乗ってくれる気にでもなったのかもしれないけど、大きなお世話だ。

何しろ私が死ぬほど努力するか突然才能に恵まれる以外に解決不可能な問題なんだ、考えるだけで気が滅入る。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

言うだけ言ってさっさと逃げてしまった雫さん。

追求されたくないのが私でも分かってしまうくらいバレバレだ。

 

「…思いつめて痛い目見た身として、忠告の一つもしておきたかったんだけどね。」

 

苦笑しながら早足で帰る雫さんの背を眺めるティアナさん。

やっぱり人生の先輩さん達には色々あるんだなぁとか、そんな事をどこか遠くに思ってる私は今のところお気楽なんだろうか。

 

「ノーヴェがいつものノリで強引に根掘り葉掘り聞き出せばいいんじゃない?」

「そりゃどーいう意味だ?お嬢…」

「ですが、おかげで私はヴィヴィオさんと出会えたので。」

「お前もかっ!」

 

振り回されてるノーヴェの姿に思わず笑ってしまう。

 

焦ってる…かぁ。

 

尊敬の対象というか、下手するとそれよりも凄い雫さんの技術。

あんな実力で、学校にすら行かずに修行するだけの時間もあって、まだ何を焦っているんだろう?

 

強くて悩みを抱えていると言えばアインハルトさんもだ。

尤もアインハルトさんの方は雫さんが原因って気もするけれど…

 

興味本位で聞ける話じゃないのは分かっていたけど、きっと魔導師にかたくなな理由があるんじゃないかって…そう思えて。

もしちゃんと仲良くなるんなら、いつか話して貰える自分でいないといけない気がした。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




興味本位で根掘り葉掘り質問飛ばすようなのが子供にもいないので、雫が打ちあけないと何も知らないままと言う(汗)
出来た子ばっかりだ(苦笑)


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第七話・春色騒動

 

 

第七話・春色騒動

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

「温泉だって!楽しみだね!」

「汗かいたし気持ちよさそうっ。」

 

明るく服を脱いで畳んでいくヴィヴィオさん達を余所に、私は気恥ずかしさを隠しきれないまま気を抜くと震えそうな手で脱いだ服を置いていく。

 

「貴女こういうとこ本当弱いわね…」

「そ、そういう強さはいらないと思います。」

 

既に服をしまい、タオルすら巻かずに堂々とした様相で突っ立っている雫さんに呆れられた。

すぐに反発したものの、考え直す。

 

風呂場で襲われたから負けました、とは言えないのでは?

あの雫さんならそれもありえる気が…

 

 

「…タオルの結び目見ながら何を真剣に考えてるのか知らないけど、私もさすがにお父様以外が入ってきたら叫ぶわよ?」

「っ!?」

 

 

バレバレだったらしく、肩を竦めた雫さんに苦い顔で呟きを漏らされる。

って…あれ?

 

「あのー…フツーパパが入ってきても叫ぶと思うけど…」

 

とっくに温泉入りの準備が済んだらしいリオさんが、恐る恐るといった感じで声をかけてくる。

見ればその背後ではヴィヴィオさんとコロナさんも頬を赤らめて目をぱちくりと瞬かせていた。

雫さんは心底不思議そうに息を吐いて…

 

 

 

「何言ってるの?親子だしお風呂くらい入るでしょ?」

「「「ないないないないっ!!!」」」

 

 

 

常識のように語った日常らしい光景を、三人にばっさりと全否定された。

 

「嘘だぁ!アインハルトは?クラウスさんとかなら入るでしょ?」

 

私に振られても味方は出来ないのでやんわりと謝ろうと思っていたのだけれど、よりにもよって何故かクラウスの名前を出された。

 

一瞬、記憶の残滓にうつる端整な顔立ちの青年に後ろから抱えられた状態で湯船に身を沈めた姿を想像してしまって…

 

「ひっ…人の先祖でなんて想像を…っ!!!」

「ちょ!え!?想像って何!?や、ごめん!分かったから離して!肩砕けるって!!」

「元気なのは分かったがそんなカッコで突っ立ってたら風邪引くぞー。」

 

完全にパニックになった私は、ノーヴェさんが止めに入るまで雫さんの両肩を掴んでがくがくと揺らし続けていた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

雫さんが振ったとんでも発言に、いけない想像をしてしまったらしいアインハルトさんは、

温泉に入っても体を隠すように腕を組みっぱなしだった。

 

「駄目ですよ雫さん、アインハルトさん清楚な方なんですから。」

「どーせ私はお嬢様でもなければ学校にも行ってないわよっ。」

 

で、当の雫さんも私達全員から総出で否定された挙句、アインハルトさんに肩を痕が残る位の強さでつかまれてすっかりご機嫌斜めといった感じになってしまった。

 

家族でお風呂ってだけなら…うん、普通かも知れないけど…

 

試しにパパ『候補』の速人さん、ユーノさん、フレアさんと一緒にお風呂に入ってる所を考えて…

 

 

無理無理無理無理っ!恥ずかしいよ!

 

 

やっぱりどうしたって雫さんのフォローは今回は無理そうだった。

 

「あらら、雫ちゃん楽しんでくれてる?」

「温泉は気持ちいいわ。ちょっと傷が痛むけどね。」

 

様子を見に来たルールーには素直に答える雫さん。

温泉自体は楽しんでくれてるみたいだ。

 

でも、傷の話が気になって雫さんの体を見る。

 

湯船に浸かった雫さんの白い肌。その所々に何かですった様な傷跡や、切り傷みたいなものの痕がうっすらと…でもあちこちに見える。

一応女の娘だし、痕が残らないように治癒して貰ったりはしてるんだけど、雫さんを見る限りそういう事をしてるようには見えない。

 

「あの…傷治さないんですか?」

 

魔法で。

と言う事になってしまうから恐る恐る聞いてみる。

 

「あ、温泉的に?」

「それは気にしなくても、かけ湯通ってさえくれれば。」

「そう。ならこのままでいいわ。」

 

けど、雫さんは特に怒るでもなく、ルールーに確認だけ済ませてさっぱりとそう答えた。

 

「菌とか入るし痕も残るって言うんでしょ?でも致命なものじゃない場合自分で治すのも大事だからね。」

 

筋力が強くなるのに必要な工程の超回復も身体を治そうとする力が必要だし、その関係で魔法に頼らないようにしてるらしい。

私達も全快までは使わないけど、残りそうな傷口にはさすがに使ってる。…女の子だし。

 

「剣に理解を示してくれない人と結ばれる気なんて欠片もないから、修行で負った傷跡がいくら残っても関係ないわ。」

 

全く迷いも躊躇いもない済んだ声。

ここまで断言できるって本当凄いと思う。

 

「…漢だな。」

 

素直に感心していたのに、少し離れた所から聞こえてきたノーヴェの感想のせいで全部台無しになってしまった。

ノーヴェ…いくら何でもそれは酷いって。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ぼー…っと、身を隠すようにして湯に身を委ねる。

妙な妄想にクラウスの姿を巻き込んでしまったせいで、下手にクラウスの事を思い出すと先の妄想まで出てきてしまう。

 

…どの道温泉で修行するわけでもないのですから、何も考えずにゆったりしましょう。

 

「きゃあ!」

「何!?何かいる!!」

 

甲高い声に思わず視線を移す。

恥ずかしげな悲鳴。何かがいる。

 

 

…何…か?

 

 

『誰か』ではないのだろうか?

恥ずかしさが残るまま浮かんだのは、痴漢の可能性。

思わず立ち上がって身構える。

 

「アインハルトさん?はわわっ!」

「きゃあっ!」

 

雫さんと話していたヴィヴィオさんが急に立ち上がった私をいぶかしんだ次の瞬間、ビクリと身を竦ませる。

続くように、コロナさんも悲鳴を上げる。

 

 

ブチリ…と、頭の中で何かが切れる音がしたような気がした。

 

 

妄想が妄想ですまなくなっている。

雫さんも異常に気付いたのか、立ち上がって少し私の傍に寄ってきた。

 

 

私の顔を見てくる雫さん。

刀もなく、魔力も使わない雫さんは、決め手になれない。

おそらく、トドメは私に任せると言う事だろう。そう判断して小さく頷く。

 

「…そこっ!」

 

雫さんが温泉の中に向かって手を突き入れる。そうしてそのまま引き上げて…

 

「アインハルト!」

「はいっ!!」

 

アイコンタクトの通り私に向かって差し出された犯人に向かって、散々やった水斬りの要領で、溜めた拳を解き放つ!

練習含めて今迄で一番の手ごたえで水が切れる感触がして…

 

 

「いぎゅっ!!」

 

 

メキッ…と、鈍い手ごたえと同時に聞こえてきた、女性の声。

 

 

…え?

 

 

恐る恐る私が手を引くと、鼻からだらだらと血を流している顔を両手で押さえる女性の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「鬼だ…最近の子供は鬼だあぁぁぁ…」

「すみませんすみません!!」

 

鼻に紙を詰めてプルプルと震えるシスター、セインさん。

何でもサプライズでイタズラを仕掛けて脅かそうと思っていたらしいけれど、完全に痴漢だと思い込んでしまった私は、雫さんと揃って病院送りにするぐらいの気で攻撃してしまった。

 

鼻血が出たままでは温泉に入るのもままならないので、イタズラひとつで…というか、私がやりすぎたせいで完全に外野扱いになってしまった。

 

「いーんだよ、セクハラも犯罪なんだ。自業自得だ。」

「うぐっ…」

「何なら逮捕してもらう?局員が目撃してるし裁判揉めないわよー。」

「ううぅぅぅ…」

 

ノーヴェさんとルーテシアさんにステレオで呆れられて縮こまるセインさん。

過剰防衛と言われても仕方ない気がして私としては正直何も言えない気分だ。

直前にあんな妄想してたせいで、過剰反応してしまった。

 

「ま、いーんじゃない?古い芸人みたいで面白いし。減るものでもないし。」

「減るものでもないって…」

「お前ホントさっぱりしてるなオイ…」

 

雫さんは犯人が女性とわかった時点で温泉に浸かりなおしてのんびりとし始めていた。

あまりの軽さにティアナさんやノーヴェさんといった大人の皆さんが微妙な表情で雫さんを見ていた。

 

そんな周囲の様子に気付いた雫さんは、局員の皆さんを見渡し…

 

 

 

 

 

「大体、セクハラで逮捕するなら、元機動六課部隊長八神はやても逮捕するのね?」

 

 

 

 

 

続けて放った雫さんの一言で、周囲の空気が凍りついた。

 

「わかったら身内のイタズラ位スルーすれば?十分痛い目見てる訳だし。」

「そ、そうね、そうしましょうか。」

「ル、ルーちゃんもそれでいい?」

「まぁ…しょうがないわね、うん。」

 

すさまじく作られた空気の中、セインさんについての話はこれで片付けることとなった。

 

「あの…ヴィヴィオさん、八神はやてさんとは…」

「ママ達の親友で皆さんの昔の部隊長何ですけど…」

 

言葉を濁すヴィヴィオさんだったけれど、少し躊躇って視線を私から外して呟く様に…

 

「…大きい胸好きなんです、無類の。」

「あぁ…」

 

この空気の原因が一言でわかってしまった私は、これ以上この件には触れない事にした。

そんな偉人が同じようなイタズラかスキンシップかに関わっていてはさすがにこれ以上何も言えないだろう。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

自宅だとよくありそうな程度の騒ぎに、訴えるだなんだと物騒な単語が飛び交ってたので、さっさと黙らせただけだったんだけど…

 

「助かったー!ありがとう、えーと…」

 

どうやら当のセインには感謝されたらしい。

名前がわからないようなので素直に名乗ることにする。

 

「月村雫。」

「あー!あの恭也さんの!お母さんに似てるねぇ。」

 

鼻血の為お風呂に入れないセインは、水着のままで湯の外から話しかけてくる。

 

「って、家来たの?」

 

お父様のほうはJS事件で犯人の一人を倒したらしく関係者に知られているけど、お母さんのほうは特に名が売れるようなことはしていない。

となると、直接面識がないと知らないはずだ。

 

「ケーキ買いに行ったり、パーティーとかする時にね。全然どこにも来なかったのに今回はどうしたのさ?」

「お父様と修行に来た所で『偶然』会ってね。」

「あー…」

 

ほとんど棒読みで偶然だけ強調した事に、なんとなく事態を察したらしいセインは何かに納得したようにうなずいていた。

 

「のんびりしてる時間ないから、修行してたいんだけどね…」

「うへぇ…よく見れば細かいけど傷跡だらけじゃん…それでまだ修行してたいなんて、よくやるねぇ…」

 

苦い表情をするセイン。

実戦ができない今の私にとって、次の修行に移るために修行してるような状態なんだから、修行を嫌がってたら何も進まない。

 

…まさか、実戦というかお試しに戦える相手としてヴィヴィオ達と絡ませたんだろうか?

 

いや違う違う!調子に乗るな!

双方怪我して身内に振るうものじゃないってちゃんと再認識したはずだ。

 

「どうしたの?なんか首振って。」

「いや、我慢がきかなくてつい…」

「何々?襲いたくなっちゃったとか?」

 

ニヤニヤしながら胸を強調するセイン。

…悪乗りする人だっていうのはわかったけど、シスターがそれでいいのか。

 

「鼻ティッシュで何言ってるんだか。」

「うぐっ…子供の癖にどんだけ冷めた反応するんだよぉ。」

 

悪い冗談が特技の大人が周囲にいると、さすがに慣れる。って言うか、子供相手に何言ってるんだ。

 

にぎやかになっているヴィヴィオ達のほうに目をやると、模擬戦とかの話になっていた。

 

「明日の模擬戦の話みたいだね。雫ちゃんも参加するんでしょ?」

「しないわ、お父様との修行で来てるんだから。あまりいろいろする時間ないもの。」

 

参加したいわけでも、興味がまったくないわけでもない。つまりはどっちでもいい。

だったらだったで、絶対に必要な事柄を優先するのは当然で…

 

「あぁそうだ、恭也さんから話があってな。」

「え?」

 

ヴィヴィオ達との話から外れてきたノーヴェが、お父様の名前を出す。

 

「明日来るアクアとクラウ、フレア空尉と一緒にお前も朝は参加しとけって。練習会。」

「は?」

 

あっさりと、本当にあっさりと言われた事態についていけない。

ヴィヴィオ達も初耳だったのか、よってきたノーヴェの後に続くようにして私の顔を見ながら楽しそうに笑う。

 

「へへー…アインハルトさんやヴィヴィオだけ負けちゃって、魔法戦技馬鹿にされてたからねー。敵チームで当たったら全力で勝ちにいくからね!」

「私達だって結構強いんですよ?」

 

リオとコロナが私を見ながらそう声をかけてくる。

無理もないが、なんだかいつの間にか相当な悪役になってたらしい。

 

…これは逃げられないな。どの道お父様の指示らしいから、逃げるつもりはないけど。

 

「どうせやるなら私は実戦経験組のほうがいいんだけどね。」

「あーっ!まだ馬鹿にしてるー!」

 

軽口で返しながら、私は空を見上げる。

 

わざわざお父様がなのは叔母さんと口裏あわせまでやって巻き込んだんだろう魔導師戦。

何でかはわからないけれど、何かはある。

 

「…ま、やれるだけやってみるしかない…か。」

 

お気楽に笑顔で握り拳をかざして楽しそうに話すヴィヴィオ達を眺めながら、私は途方もない力を持つ魔導師達とどう戦うか考えながら目を閉じた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




厳格で厳しい部分もある家系ではあるものの、身内や好きな人には時によって甘甘な一家の片鱗、『一緒にお風呂』(笑)。
なのはも昔お父様に呼ばれてましたし(爆)。


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第八話・開始早々大混乱

 

第八話・開始早々大混乱

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

練習会とか言う試合への参加が決まった翌日の早朝、私は一人ベッドを抜け出して外に出ていた。

 

青竹。

 

素人だと生えてるものすら刀で切れないそれを、紙の紐で木の枝に吊るす。

 

「…ふっ!」

 

袈裟切りに一閃。

二つに断ち切れた竹は地面に落ちて乾いた音を立てた。

 

「見事だな。」

「おはようございます、フレアさん。」

「おはよう。」

 

朝食もまだって時間なのに、時差ぼけとか大丈夫なんだろうか?

それにしても…結構砕けてきたなぁ。

 

初めて会った頃は、お父様もびっくりするくらい必要最低限以外笑みも挨拶もないくらいだったのに。

 

「フェイトさんに呼ばれたんですか?」

「あぁ、『人数が少ないから』とな。」

 

なるほど。

高レベルの団体戦ができる機会は貴重らしいし、せっかくなら対1より多対多として機能したほうがいい。

フレアさんにチーム戦ができるんだろうか、という問題はおいておいて。個人としての力量は最高クラスだと聞いている。

 

「やっほー雫ちゃん。」

 

と、フレアさんに続くようにして現れたアクアとクラウ。

って、何でこの二人が…

 

「…あ、そう言えば来るんだっけ。」

「おーいっ!何その脇役扱い!」

 

今思い出したのをそのまま言葉にすると、思いっきりハイテンションで抗議の声を上げるアクア。

…そうは言うけど…ねぇ。

 

「何戦全敗?」

「う…ぐっ…」

 

チラッとフレアさんを見た後に、脇役たる原因を聞いてみる。

聞いたとおりフレアさん相手に全敗中で、しかもアクアとクラウの二人がかりでだ。

何戦したかは知らないけど、主役には程遠い。

もっとも、お父様に全力すら出して貰えてない私が人の事言えたものじゃないけど。

 

「大丈夫。」

「え?」

「ヴィヴィオ達なら何とかなる。」

「そ、そうだよね!アレだけ修行したんだしそれくらい…」

 

クラウの強気なんだか弱気なんだか微妙な発言に、ガッツポーズで答えるアクア。

 

いや、それ大丈夫じゃないでしょ…

 

「まったく、敵のほうが楽そうね。」

「あ、残念でした。雫ちゃん私達と同じチームだよ。」

「え?」

 

言いつつ、アクアは私に小包を差し出した。

 

包みを開くと、中から出てきたのは、見覚えのある二刀だった。

 

「ナギハ?いや、違うこれは…」

 

確かナギハが局預かりのときに予備で作ったデバイスがあった。

魔力に関してはわからないけど、刀身を見ている限り間違いない。

 

「魔法戦混じるなら通信とか、最低限のシステムとか防御詰んでないと駄目でしょ?単独で機能するように作ってあるから使ってってアリシアさんから。チーム構成表のデータとかも入ってるからそれで見ておいて。」

「そう、ありがとう。」

 

デバイスはともかく、この世界の通信端末くらいは使った事はある。

一応同チームらしいアクア達からも話を聞きながら、私は端末のチーム構成や作戦の連絡について目を通す事にした。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

昨日温泉で聞くまで知らなかった四人の参戦を聞いてから、私はかなりワクワクしてきていた。

とっても強いフレアさんは勿論、戦うの自体初めてのアクアさんとクラウさんがどんなことをするのか、今から気になって仕方ない。

 

チームごとに整列する。

 

私の組の青組は…

センターガード、なのはママ。

フルバック、ルールー。

フロントアタッカー、スバルさんと私。

ガードウイング、エリオさんとフレアさんとリオ。

ウイングバック、コロナ。

 

赤組には他の皆。

センターガード、ティアナさん。

フルバック、キャロさん。

フロントアタッカー、ノーヴェ、アインハルトさん、クラウさん。

ガードウイング、フェイトママ、アクアさん。

そして、雫さんなんだけど…

 

 

「あの、このフロントイレイザーって?」

 

 

聞き覚えの無い名前に質問を投げると、ノーヴェは雫さんに視線を移す。

 

「生身で魔導師とやりあう人間に割り振るポジションってのも普通ねーからな。フロントアタッカーにするにはライフ多い訳もないし、ガードウイングにするほど広くも対応してねぇ。だから雫用に決めたデータだ。意味は特にねぇ。」

 

意味は無いってノーヴェは言うけど、ライフもフルバックより低い2000に設定されているのに前衛設定。

って言うか、『前衛を消す者』って名前が、雫さんの全てを物語ってる気がする。

それでもさすがにフルバックより低い2000はやりすぎじゃないかとも思ったけど…

 

「食らったら終わりだしね、これでも多いくらいよ。」

 

不満なんてまったく見せない様子で、あっさりとそう言う雫さん。

 

「質問は以上か?それじゃ、皆正々堂々怪我の無いように。」

 

質問が出ない事を確認したノーヴェが挨拶を締めくくったところで、割り当てられたチーム空間のそれぞれの位置に移動する。

 

 

『皆準備はいい?それじゃ試合開始!!』

 

 

メガーヌさんから通信越しに合図があり、ガリューが大きなドラを叩く。

 

音が響くと共に空に青と黄の道が縦横無尽に走る。

陸戦だから、ノーヴェとスバルさんの作る道が、結構戦いのキーになる。

 

えっと…近くにいる人は…

 

「やっ!一試合どう?」

「はい!」

 

 

気軽に声をかけてきたのはアクアさん。

戦闘スタイルとかもまったく知らないし、戦ってみたいと思ってたからちょっとラッキーだ。

 

「ソニックシューター!」

 

今回は魔法もアリだから、私もいろんな能力をフルに使える。

距離があるうちにシューターを撃って、別ルートで接近。

 

格闘だと距離を詰めないと話にならないし、シューターにどう対処するかで何が得意なのか少しはわかる。

 

アクアさんは手にした槍状のデバイスで、シューターを次々に破壊して行った。

でも、当然ながらその間に距離をつめた私は…

 

「はぁ…あれっ!?」

 

振りぬいた拳をあっさりとかわされた。

見ればアクアさんは私から数歩分距離を離してゆらゆらと揺れている。

 

「ウェイブステップ。残念だけど、水は斬れない殴れない。」

 

デバイスを手に、構えるというよりはむしろ力を感じさせないように腕を下げて揺らしているアクアさん。

でも、動きを見てるとただやってるんじゃないのがよくわかる。

歩く、走るにある、つけた足が止まる踏み込みの瞬間がまったく無いすべるような動き。

アレでデバイスを振るってたから、シューターを壊しながらすぐ回避に移れたんだ。

でも…

 

「殴りますっ!全力で!」

「たはは…字面だけだと怖いって。」

 

苦笑されて『確かに』と自分で思いつつ、改めて構え直した。

さすがあの雫さんと一緒にいる人だ、やっぱり楽しい人だ。

よーし、絶対当ててやるっ!!!

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

開始直後にかけて貰ったキャロのブースト魔法の効果を、走りながら実感する。

力が入るし体が軽い。

これでも本職の身体強化ほどじゃないらしいから、まともに力と力で当たったらまずいとは言われたけど、十二分だ。

 

フレアさんは、フェイトさんが抑えるらしい。

あのフレアさんを抑えられる人なんて本当に限られた人だけだし、フェイトさんにしても勝利するとは言い難い。

とっとと一人二人倒しておかないと。

 

 

視界の端をフレアさんが陣地奥に向かって飛来するのが見えた。

 

 

 

…え?

 

 

『ちょ!?マジ!?』

 

通信から、ティアナさんの悲鳴。

見ればフレアさんは一直線にティアナさんに向かっていた。

 

フェイトさんは何を…

 

姿を探すと、エリオに互角の戦いを演じさせられていた。

彼のほうも高速系能力者の為、抜けようにも抜けられないらしい。

 

そして…

 

「仲良しコンビ参上!ヴィヴィオがいないけど、3人相手に戦うくらいならっ!」

「いけるよね、ゴライアス!」

 

前にリオ、その後ろに馬鹿でかい石のゴーレムに乗ったコロナがいた。

何でかリオも大人になっている。まぁ魔法といえばなんでも済む世界だけど。

エリオと戦う予定でいたアインハルトと、リオとコロナと戦う予定でいた私とクラウが揃っているけど…

 

「…アインハルト、先行しておばさんの所へ。」

「え?」

「ティアナさんは間違いなく負ける。そうなれば、あの大砲がいつどこに打たれるかわからない、やりたい放題の戦場になる。」

 

フレアさんは中遠距離で簡単に攻撃が当てられる相手じゃないし、近距離が最強クラス。勝ち目が無い。

指揮を握ってるのはティアナさんだけど、フレアさん相手にしながらそんな余裕は無いから、勝手だけど動かせて貰う。

コンビネーションって意味でも、三人が三人よく知らないんじゃ動きづらいし。

 

「わかりました。」

 

まずい状況を悟ってか、それとも一流と戦いたかったからか、割と素直にアインハルトは先行してくれた。

 

「止めないの?」

「抜刀体勢に入ってる雫さんを前に余所見なんてできないって。」

 

威圧しないで挑発してみたけど、無駄だったらしい。リオもコロナも、私とクラウから目を離さない。

確かにアインハルト一人じゃあの人落とすのも無理だし、相手にする必要は無いか。

 

だけど…甘い。

 

 

「いくよ!双竜…え?」

 

 

魔法陣を展開して戦闘態勢に『なろうとした』瞬間を狙って、私は『一歩で』踏み込んだ。

視覚誤認を利用した長距離移動方。縮地とか言う人もいるらしいけど…御神の剣では、奥義のためにも使う。

 

開かれた腕の隙間から、わき腹に向かって右の抜刀。

さらに右を振りぬいた勢いをそのままに伸ばした左手で、リオの右手を掴む。

 

引き寄せるようにしながら、斬ったわき腹に右で膝蹴り。足が浮き上がったのを見ながら腕をひねるようにして地面に叩き付けた。あ、受身取ってる。

 

ライフが減りきらなかったらしく、置き去りにされていた炎と雷の竜が、倒れたリオに向かって動き出す。自分も巻き添えになりそうだけど、多分自分は食らわないんだろう。

このままここにいても消し炭にされる。だったら…

 

私は倒れたリオの顔面を踏み台に前方に跳躍して二匹の竜を回避した。

 

 

「今っ!!」

「クラウ!!」

 

 

リオから離れるのを狙い済ましたかのように振るわれた、ゴーレムの巨大な腕。

回避しきれない為、クラウ任せになるが…

 

いつも通りの無骨な大剣をゴーレムの腕に横から振るったクラウ。それでどうにか軌道がそれてくれた。

 

隣のビルに直撃した拳が撒き散らした破片を受けた私は、それが思ったより痛くないことに感心する。

普段なら擦り傷余裕で出来るけど…これもブーストのおかげなら、便利なものね。

 

鼻を抑えながらリオが立ち上がった。…落とせなかったか。

しかも見れば、喰らった竜のエネルギーなのか、炎と雷を纏ってバチバチと恐ろしいほどの力の塊になっている。

素だと近づくだけで火傷するわね、アレは。

 

「…雫ちゃん、やることがエグい。」

 

自然災害さながらの光景の中、若干恨めしげな視線を向けてくるリオ。

一応、喉にしなかったのが良心のつもりだったんだけど、まぁスポーツとしては確かに酷い手だ。

 

「殺人剣だから。」

 

でも、この一言で全てが済む。

リオの方も察していたのか、苦笑するだけで終わった。

 

計器を使ってライフポイントを見る。

リオが今ので2400減って残り400、ティアナさんが…残り900。

 

よくもってるけど、秒読に入ったか…

 

狙いは多分フレアさんに、ティアナさんとキャロを倒させて補助を断ち切っての殲滅。

その状況になってなのは叔母さんが自由なら、単なる砲撃と槍の処刑場になる。

 

ティアナさんを助けるのは無理だけど、キャロなら召喚してもらえばすぐ手伝いにいける。

 

なら…

 

「ティアナさんが無事な内に、一人落としてキャロさんを守る。一人任せられる?」

「大丈夫。」

 

小声で伝える事を伝え、戦闘に集中する。あまり時間も無い…確実に決めないと。

 

 

 

Side~メガーヌ=アルピーノ

 

 

 

なのはちゃん達がとんでもないのは十分わかってたけど、たまに森を修行場にする為に来てくれていた恭也さん達については何も知らなかった。

けどまさか…まだヴィヴィオちゃんより一つ上の程度の雫ちゃんが、完全な縮地まで使えるなんて思わなかった。

 

「確かに早かったけど、まるで反応できないって感じでもなかったよーな…」

「縮地よ。」

「縮地?」

 

当然とはいえ、見学していたセインは知らなかったらしく首を傾げる。

そんなセインの正面に向かって、私はまっすぐに左拳を伸ばした。

 

「他の動きがまったく見えない状態でまっすぐ伸びてくるものは、見ていて一番距離が判別しづらいの。縮地はそれを利用して一歩で一瞬で近づいたように見せる技術よ。」

「他の動きをまったく見せないって…無理じゃない?」

 

セインが足をゆっくり動かして前に出ようとするも、頭の高さが変わるようだとバレバレだ。

しかも、動きを見せないように実際の動きがスローモーションになると意味が無いし、体を動かせない為どうしても二歩では意味がない。つまり、一歩で距離そのものをつめる必要もある。

 

「歩法だから空戦じゃ使えないし、一瞬で近づいたように『見せる』位なら高位の高速移動魔法使ったほうが普通に一瞬で近づけるから、多分使える人は…」

「雫だけって事!?」

「だけ…って事はないと思うけど…ただ、クイントが試そうとして投げた位には難しいのよ。」

「うへぇ…」

 

冷や汗を流すセイン。正直気持ちはよくわかった。

体中に傷跡を残しているような雫ちゃんの生活も含めて、そんな気分にさせられる。

 

それにしても…

 

フレアさん相手に射撃と近接を織り交ぜてしのいでるティアナといい、こちらも高等技術な移動方を駆使してるアクアちゃんを息もつかせない攻勢で追いかけるヴィヴィオちゃんといい、互角の格闘戦をしているノーヴェとスバルといい…

 

「皆楽しそうでいいわねぇ。」

「いや、約一名死に物狂いっすけど…」

 

多分触れるだけでデバイスすら切断しかねない槍で追い回されてるティアナの事をさしているんだろうセイン。

けど、なんにしても必死でこういう事が出来るのは楽しそうだ。

 

休憩に用意するおやつを考えながら、展開がどんどん進んでいく試合を眺める。

これは目が離せないわ。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




トーティア姉弟脱一般人のお知らせ(笑)。
フレアのおかげでチームバランスが大変なことに…


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第九話・崩れる戦線

 

 

第九話・崩れる戦線

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

「紅蓮拳!」

 

打ち出される炎の砲撃を横っ飛びで回避する。

完全回避はブーストかかってないと難しかったかもね。

 

けど…お父様達なら対射撃の訓練もやってるんだろうけど、まだ私は対近接、投擲がせいぜい。

こんなもの撃たれっぱなしじゃ近づくのは無理そうだ。

 

時間もないし…やるか。

 

「ふっ!」

 

私は右の刀を思いっきり投擲する。

狙いはリオの左肩。

 

「っと!」

 

当然の如く回避される。

 

…ま、予定調和だけど。

 

「って!?糸!?」

 

0番鋼糸で結んであった刀。

私は右手の内に隠してあったリールを思いっきり引いて、内側に回避したリオに刀をぶつけ…

 

「くっ!」

 

ようとしたけど、リオが踏み込んできたせいで刀本体を外された。糸がリオの二の腕に触れ…

 

「あ…ったぁっ!!」

 

軽く引っ張ると、リオが悲鳴を上げた。

 

使い手の加減で石くらいなら容易に裂ける鋼糸に触れた状態で引っ張ったんだ。

当然少量だけどダメージが入る。

 

「えぇ!?今ので終わり!?」

 

どうやらライフがゼロになったらしい。

…どうにかなったか。

 

コロナとはクラウが戦ってくれてる、特にこっちが巻き込まれる気配もない。

攻撃の気配が無いことだけは確認した上で通信を入れる。

 

「キャロ、召喚して。フレアさんの相手は私がする。」

『わ、わかった。動かないで!』

 

少しだけ転送に時間が要るらしい。

 

私は座り込んで腕の傷を見ているリオを見て…

 

「怪我させてごめん、後で治してもらって。」

 

ノーヴェに怪我が無いようにって話を出されたのに、出血してしまってるので謝っておくことにした。

 

「あはは、かすり傷かすり傷。よかったらまたやろうねー!」

 

が、当のリオは手を振って私を見送ってくれた。

スポーツとしてはずいぶん汚い手も使ったと思うけど、まったくあの娘の友達は人がいい。

 

景色が変わり、キャロの傍に出る。

 

「さて…と、そろそろ来る?」

 

全体の様子を常に伺ってたはずのキャロに様子を聞いてみる。

キャロは小さくうなずいて…

 

「でもその前に雫ちゃんの回復しておこっか。石の破片でダメージ受けてるの気付いてた?」

 

コロナのゴーレムが破壊したビルの破片だろう。

ほとんど痛みもないし、はたかれた程度だから気にも止めてなかったけど、ポイントを見ると150減っていた。

 

脆いな、私の設定。

 

 

 

Side~クラウ=トーティア

 

 

 

僕の倍以上は軽くあるゴーレムが、器用に動いて攻撃を仕掛けてくる。

普通ならかわして操者を狙うんだろうけど…

 

「はあっ!!!」

 

突き出される拳に向かって、僕は全力で剣を打ち下ろした。

 

足場がビキビキと頼りない音を立て、僕も吹き飛ばされて地面を転がる。

 

そのまま立ち上がって構えなおすと、ゴーレムの指が二本ほど千切れるのが見えた。

 

「うわわわわ…打ち合って斬っちゃった…」

 

コロナが驚く声が聞こえるけど、答えている余裕は無い。

剣に魔力を溜め…

 

「雲斬。」

 

振りぬいて魔力刃を放つ。

面を小さく、鋭く強い刃を打てるようにとは常に思ってはいるけど…

 

「軽い飛び道具じゃ崩れませんっ!」

 

少し表面に痕がついてぐらついた程度で、とても破壊には至らなそうだった。

近づいてきたゴーレムは拳を叩きつけるように振り下ろしてきた。

 

 

僕はそれに合わせて全力で斬り上げる。

 

 

 

ゴーレムの拳と僕の剣が衝突し…

 

 

 

 

「っ…ぐ…」

 

僕は衝突に負けて剣を杖に膝をついた。

 

頭上からぱらぱらとゴーレムの破片が落ちてくる。

 

「あわわ…打ち合う度にゴライアスが砕けてく…」

 

コロナが驚いている声が聞こえてくる。

とはいえ、もう残りライフは1050。

打ち合う度にこの調子じゃゴーレムを崩しきる前にライフが尽きる。

 

 

…小技でやっててもきりが無いか。

 

 

立ち上がって構えなおす。

次で…決める。

 

 

「っ!ゴライアス!!」

 

 

無言で駆け出した僕に向かって、焦ったのか呆れたのか、少しの戸惑いとともにゴーレムに拳を振るわせる。

僕はその拳を、前方に跳躍しながら回避した。回転しながらゴーレムの胸に向かって。

 

 

 

ぶつかる寸前、斬撃が入るタイミングで僕は…

 

 

 

 

「風車!!!」

 

 

 

 

回転の勢いを乗せた剣をゴーレムに向かってまっすぐに振り下ろした。

跳躍、回転の勢いを乗せた上で、単体を断つ為だけに振るう一撃。

 

確かな手ごたえとともに、ゴーレムが縦に二つに裂けた。

そこまではよかったんだけど…

 

 

「あ…」

 

 

一撃のみに集中した結果、残身も何も出来てない体勢で落ちていく。

平地なら着地くらい出来たけど、地上には切れて崩れたゴーレムの破片が散乱していて…

 

「っ…」

 

身を丸めるようにして落ちることしか出来なくて、ちょっと痛かった。

バリアジャケットもあるしそこまでではないけど、ライフは300ほど減った。

 

でもこれで…

 

 

 

「っ!!」

 

 

唐突に背中に衝撃。立ち上がろうとしていた僕はそのままうつぶせに潰された。

 

まだ終わってない。

 

とりあえず痛みは無視して無理やり立ち上がる。

コロナの姿を探すと、転んだのか立ち上がってスカートをはたいていた。

 

崩れるゴーレムの肩から飛び降りて、僕めがけて落ちてきたんだ。無茶をする。

 

「初心者レベルですけど…私も一応ストライクアーツやってるので。」

「…そう。」

 

綺麗なデバイスを手に、構えを取るコロナ。

追撃のおかげでライフは200も無いけど、操者から操作するゴーレムを奪えたんだ。

 

勝機はある。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「はっ!」

「残念。」

「っ!!」

 

蹴りをかわされて、地に足が着く前に柄のほうでおなかを突かれて下がる。

止まらないどころか加速減速すら自由自在みたいで、どれだけ追いかけても全然捕まえられる気がしない。すごい移動法だ。

 

でも…弱点みーっけ。

 

「いきますっ!」

「あ…」

 

アクアさんの腰の辺りを覆うように展開したのは、リングバインド。

これ自体は背後に飛んで回避される。けど…

 

「今っ!」

「やば…っ!」

 

着地のタイミングを狙ってダッシュから思いっきり拳を振りぬく。

槍で防がれたけど、そのまま吹っ飛ばした。

 

 

やっぱり…両足が地面についたまんま、しかもふわふわとした状態を続けてないと続けられないんだ。

しかも、動いている最中は足を滑らせるような感じになってるから、踏み込みを使うようなちゃんとした攻撃が出来ず、ほとんど撫でる様な手打ちしか出来ない。

ちょっとライフも削られたけど、それだけわかれば…

 

「はああぁっ!」

「まず…」

 

またかわされながら追いかける。

でも、今度はアテが無いわけじゃない。

さっきから要所要所で私に打ち込んでた攻撃のときには、この移動法で避けられることが無い。

つまり、攻撃を狙ってカウンターを取れば!

 

「くっ!」

 

あせっているのが表情でわかる。

そして、予想通り足が止まって、顎に向かってくる一撃。これを空振りさせて…

 

 

「ぶっ!?」

 

 

タイミングを見誤って打ち上げられた。

地面から軽く足が浮き上がる。しかもやられたのが顎なせいで視界がちかちかする。

 

「乾坤一擲…」

 

半回転させて槍の先端を私に向けて溜めの姿勢になったアクアさんから、不吉な言葉が聞こえる。

これ…確か…フレアさんの…っ!

 

 

「アブソリュートランサー!!!」

 

 

全てを貫く最強の槍を、突きと共に腕ごと砲撃で打ち出す、究極の貫通攻撃。

砲撃と共に放たれた突きを受けた私は、思いっきり吹き飛ばされてビルにめり込んだ。

とっさに両腕を交差させて受けたものの…なんと受けた腕が凍り付いている。

しかもライフ20にまで減らされたせいで行動不能判定を受けて、寒いのに動けない。

 

クリスの力も借りて全力で防御したのに…とんでもない突きだ。

 

見ればアクアさんの槍の先端に、槍を一回り大きくするような氷がまとわりついていた。砲撃まで氷結効果があったのか、アクアさんの腕も霜に覆われている。

 

「うぅさむっ…よくこんなもの撃つなぁフレアさん。ま、これで終わりかな。ヴィヴィオちゃんご退場ー。」

「あうぅ…」

 

念のためと言わんばかりの魔力弾が放たれ…

 

「ふぅっ、セーフ。」

「ルールー!」

 

着弾前にルールーに回収して貰えた。

よかったー…

 

「あの娘、なかなかの詐欺師ね。」

「え?」

「要所要所の攻撃見て、タイミング覚えてたんでしょ?あの娘、それを知ってて7~8割程度しか出さなかったのよ。で、さも追い詰められたって感じで苦し紛れを装って全力を出したの。初めから弱点見抜かれるのは想定してたみたいね。」

 

ニヤニヤしながらモニターを見るルールー。

確かにそれだと当然カウンター狙っても思いっきりタイミングがずれる。

 

移動法の弱点に気付いたのに浮かれて全然気付かなかった…

 

「化かしあいなら私も得意よ…ふふっ。」

「あ、あはは…」

 

笑いながら回復を進めてくれるルールーを横目に、モニターを見て…

 

 

一瞬で笑ってられなくなった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

一撃一撃、受けるだけで手がしびれそうな攻撃をどうにか捌く。

受け手に回っていたんじゃ追い詰められるだけなのはわかっているんだけど…

 

魔力を普通に使っているフレアさんが、ここまで強くなるなんて思わなかった。

 

こっちも普段と比べ物にならない身体能力になってるはずなのに、刀から手を離さず打ち合うのが精一杯。しかも、槍の先端に捉えられたら一撃で武器破壊されるとなると、回避か先端を避けて受け止めるかの二択になる。

 

 

当然いつまでも受けていられずに、大きく後方に跳躍することになる。

 

 

普通ならこんなことすれば着地を狙われるけど…

 

「アルケミックチェーン!!」

 

その瞬間だけ、私達から少し離れた位置にいるキャロが魔法でフレアさんの追撃を妨害してくれる。

操作されて複雑怪奇な動きを見せる鎖を、紙でもちぎるかのように槍の先端で斬り落とすフレアさん。

正直、こっちから攻められる気がしないから、出来るなら魔法で終わってほしいんだけど…この様子じゃ無理な話だ。

 

フレアさんのライフは、ティアナさんが落とされる直前に入れた射撃の一撃分減っただけの1900。

 

正直、相打ち覚悟でも射撃を打ち込めたティアナさんには頭が下がる。

こっちは斬り合いメインなのに当てられる気がしない。

 

他が優勢になるなら時間をかせぐだけでいいけど…そういうわけにもいかないか。

 

 

右に手にした刀を腰打めに引いて深く構える。

 

速人さんが実家の空手家から学んだという吼破、その高威力を利用した突き、銃刺突『ガンブレード』。

 

これで、残りを削るしかない。

 

「…私と突きで勝負する気か。」

「戦闘中に喋るなんて珍しいですね。」

 

少なくとも家じゃ滅多に無いことをしだしたフレアさんに指摘すると、フレアさんも黙って突きの体勢になった。

 

おそらくは…それだけの自信と誇りがあるんだ。何より、彼の突きの威力と精度は私だってよく知ってる。

 

でも…やって見せる。

 

 

 

SIDE OUT

 




試合で0番鋼糸(首、腕の切断可能)て(汗)。でもジャケット込みなので括ったりしなければそこまで重体にはなりませんが。
糸での切断目的より、極細で視認が困難と言う理由で主に使用しています(汗)


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第十話・切り札交錯

 

第十話・切り札交錯

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

攻めに来ているのはフレアさん。

まして突きの構えで挑発までしているんだ、必ず向こうからくる。

 

私が何かを狙っていることに気付いたのか、キャロも横槍を入れるつもりは無いみたいだ。

 

そして…

 

 

 

一閃。

 

 

 

並の人間じゃ身をすくめるのが精一杯の鋭い突きに、私は右足で踏み込んで…

 

 

 

 

手にした右の刀を放し、槍の軌道を逸らした。

 

 

…ただでさえ、最強の突きを扱うフレアさんに、小太刀で槍の突きに勝てるわけも無い。

 

だから、初めから最初の構えは囮。踏み込みとともに手にしていた刀を放して突きを体から外すのが目的。

 

そして…突き出された槍に右手を添えたままで、手放した刀は左手に。

初めから狙いはこの…左での銃刺突『ガンブレード』。

 

私は右手で逸らした槍をそのままに、左を踏み

 

 

「え?」

 

 

 

込もうとして、尻餅をついていた。

やわらかく、突き倒されると言うよりは自分から壁を押して跳ね返ってきた力で姿勢が崩れたような、そんな感覚。

 

一瞬驚いたけど、覚えがあった。

 

これ…合気…っ!?

細かいところは最早『理論や言語に翻訳できない』ような技術。

低レベルな理解でいいのなら、相手の力と同調、流れを自分のものにして望む結果を得る技。

 

当然、戦闘で使用するとなると超高難度技術。

 

「見事だが、足りなかったな。」

「っ…」

 

倒れた私の喉元には、すでにフレアさんの槍が突きつけられていた。

 

 

 

Side~ルーテシア=アルピーノ

 

 

 

ヴィヴィオが視線を向けて動かなくなったモニターを見れば、あのフレアさん相手に善戦してる雫の姿があった。

正直、コンクリートに顔面から擦り付けられて拘束されて以来、あの人にはいいイメージはないんだけど…

 

 

 

『強い』。それだけは絶対の保障があった。

 

 

 

って事は補助があるとはいえ彼の得意分野の近接戦で戦えてる雫は…

 

「あれ?アクアさんあんなところで何を…」

 

ヴィヴィオの声に、雫への感想を打ち切った私は、見晴らしのいいビルに立つアクアの姿に少し呆れた。

 

もうアインハルトも片付きかけてる…つまり、なのはさんがフリーになりかけてるって言うのに、近接型があんな見晴らしのいいところに立って…

 

 

 

…あの娘近接型だなんて『言ってたっけ』?

 

 

 

まずい、と思ったときにはすでに手遅れだった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

フレアさんの背からいきなり飛来した砲撃。

あまりにも部外からの攻撃で、想定しきれていなかったのだろうフレアさん。

それでも、反射的に振り返りながら振るった槍で砲撃を切り裂いた。

 

ただ…アクアのしたたかさは私の想像を超えていた。

 

「っ!」

 

二発目が直後に続いていた。

砲撃を消すために振りぬいた姿勢では、さすがにもう一度砲撃を消すだけの斬撃は打てないのか、咄嗟に槍本体で防御姿勢をとる。

 

ここしかない。

 

私は後転から立ち直り、そのまま左で突きの姿勢をとる。

槍と、それを持つ手を凍らされたフレアさんに、私は今度こそ躊躇無く銃刺突『ガンブレード』を放った。

 

振り返りうけようとするフレアさん。けど、他所を向いた状態であるどころか、槍の持ち手が自由にならなくなったままですばやく動くことが出来ず…

 

 

私の突きは、振り返ったフレアさんの水月に吸い込まれた。

 

 

硬いようなやわらかいような、そんな何かが砕けた感触とともにフレアさんは吹き飛んで、地面を転がって…

 

 

 

止まったところで、デバイスをしまった。

 

 

「やたっ!勝利っ!」

 

 

キャロの声を聞いて、ようやくフレアさんのライフを減らしきれたのだと知った。

は…ぁっ…3人でやっとか…

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

フレアさんとの試合は課題として出されてるけど、私達の指導者は基本シュテルちゃんなんだよねー。

三連砲撃ディザスターヒートを教わってる真っ最中…なんだけど、今は二連が限界。

とはいえ火力は十二分。どーにかフレアさんは止められたらしい。

 

さて…と。

なのは大先生相手にいつまでもアインハルトちゃん一人でやらせておくわけにもいかない。ライフも300無いし。

 

と言うわけで…

 

 

 

「おーいおばさーん!っておわぁ!!」

 

 

 

とどめを狙われてたアインハルトちゃんに攻撃が行かないようにと、挑発がてら声をかけてシューターを撃とうとしたんだけど、声に出した瞬間に展開されてた全弾がこっちに一気に向かってきた。

 

16発って…片手間に撃っていい数じゃないでしょこれ!!

 

撃ちかけの3発のシューターを向かってくる桜色の弾に向かって適当に撃って、私は体から力を抜く。

 

 

ウェイブステップ。

 

 

本来一番使えるのは近接戦だけど、緩急自在のこの動きは基本回避全般に使える。

車や銃弾より、蝶や風に舞う木の葉のほうが捕らえ辛いものだ。

 

だから、誘導弾でも捌ききって…

 

 

みせようと思ったんだけどねっ!

 

 

あんまり数が多すぎてウェイブステップだけで避けきれず、防御魔法で受け止める。

シューターにしては必殺級の威力が防御越しに響く。

 

けど、それですまなかった。

 

「え?」

 

リングバインドが展開されて、あわてて槍を振って叩き斬る。

で、すぐその場を離れようとして…

 

 

 

足に桜色の鎖が絡みついた。

 

 

 

おーい!いくつ並列展開してたのー!?

 

「はーい、アクアちゃんご退場ー。」

 

綺麗な棒読みの声とともに、速射砲が放たれた。

あー、ヴィヴィオの敵討ちも入ってるのかなー、私の台詞と一緒だー。

 

 

って、言ってる場合かー!!

 

 

「空破断!!」

 

 

迫ってきてた桜色の砲撃が、唐突に掻き消えた。

 

「お母様は…一人では無理そうです。」

 

言いながら姿を見せたアインハルトちゃんは、ライフの通りの見た目だった。

なんというか、メッタメタのボロボロ。

 

確かに一人は無理がある。

 

「アインハルトちゃん、ライフ大丈夫?」

「変に挑発するのだけやめて貰えれば。」

「あはは…確かに怒らせたら怖いタイプだね。」

 

攻撃誘導するためとはいえ、さっきの連続攻撃はホント死ぬかと思った。

間違いなく怒ってたのにアレだけ丁寧に仕掛けてくるんだもんなぁ…さすが歴戦の英雄ってところだ。

 

子供二人でどうできるかわかったものじゃないけど…

 

ま、やってみますか!!

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

さすがなのはママ。

アインハルトさんをほとんどノーダメージで落としかけて、そこにアクアさんが加わったのに、シューターでけん制したりプロテクション張ったりで凌いでる。

 

あと一撃で終わりのアインハルトさんが下手に攻勢に出られないのも原因だと思うけど、それでも二人に詰め寄られて凌いでるのは凄い。

 

一方で、さすがに一対一でフェイトママに勝ちきるのは無理だったのか、エリオさんが大分ピンチだった。

スバルさんとノーヴェは結構いい勝負で、コロナは…ライフぎりぎりのクラウさんにはどうにか勝てたけど、へたってるところに来た雫さんに斬られて落ちた。

 

あ、エリオさんも落ちた。フェイトママは一気になのはママのほうに向かって飛ぶ。

 

「さてと…そろそろ狙い目かしらね。」

 

なのはママのいる位置に戦力が集まった。

こっちも放置しないようにキャロさんが近づいては来てるけど…

 

「キャロ?残念だけど、もう手遅れよ。」

「え?」

「なのはさん以外高威力範囲攻撃が無いって思ったのは浅はかだったわね。」

 

ルールーがここまで小技すら使わず、私の回復のみで済ませてきた理由…

リライヴさんから教わったって言う、魔力弾の雨を降らせる凶悪な攻撃を展開する。

 

「シューティングスター、ツイン。」

「ぅえぇえ!?」

 

 

名前の通りに展開される二つの魔法陣。

そして、視界を覆いつくす紫色の光弾。

 

丁度なのはママがいる位置と直線状に入ってきたキャロさんが聞いたことないような悲鳴を上げた。

 

うわ、実物を見たのは初めてだけど、まさかこんな凶悪な魔法だったなんて…

直射弾とはいえ、これじゃもう極大砲撃と変わんない。だって、全部撃たれたら隙間が無くなりそうな量がある。

 

 

 

「これで…決まり!」

 

 

 

ルールーが言い切ると同時に、紫色の流星が放たれた。

まず、目の前のキャロさんが、防いでそのまま障壁ごと飲まれて砕かれて墜ちた。

発動と同タイミングで離脱する予定のなのはママの姿も見えない。

ちょっと心配だけど、私には役目がある。

 

 

別の位置にいた雫さんがこっちに向かってきてる。

これを撃ち終えたらルールーはまともに戦えないから、雫さんに奇襲は受けないようにしないといけない。

キャロさんのブーストが切れたはずだからそこまで危なくない…と思えるけど、魔法がかかってあった魔力反応が無いから、気配とか音で察知するしか手が無い。

 

「……げ。」

 

ルールーが、苦い声を出す。

魔力弾の雨が収まって晴れた視界の先に、二人の人影があった。

 

アインハルトさんとアクアさん。

 

アクアさんがアインハルトさんを庇ったらしく、デバイスを翳した体勢のままで立っていた。

 

受け手に回ったアクアさんのライフは行動不能域の100未満まで落ちていたため、そのまま座り込む。けど、アインハルトさんは250のまま残っていた。

 

何が起こったのかはわからないけど、なのはママもフェイトママも落ちてしまったらしく、アインハルトさんがこっちに向かって接近してくる。

 

 

一瞬、本当に一瞬、その状況を確認するだけの間位しか意識がそれてなかった。

そのはずなのに…

 

 

 

「いっ!?」

 

背後に影が見えて、咄嗟に首を左腕で守る。

斬撃とジャケットの防御魔力が衝突した高い音と衝撃。

 

 

確認するまでも無く、背後に雫さんがいた。

 

咄嗟に反転。

アインハルトさんも向かってきてるけど、距離もあるしライフも減ってるからルールーに任せるしかない。

ブーストさえなければ防御力でどうにでもなる…って言うのがルールーの見解だけど…

 

正直、私はそこまで雫さんを甘く見れない。

 

前も普通の攻撃はジャケットで受けられたけど、拳と打ち合って手が斬れたし。

 

「ディバインバスター!」

 

だから、全力で。

生身の身体能力しかないはずの雫さんには物騒すぎる過ぎた技、砲撃魔法。

これなら避けられない、物理的に、絶対に。

 

 

 

 

私が撃つ前に雫さんが動いていなければ。

 

 

 

 

「え?」

 

何故か雫さんが私の懐にいた。

何?何時!?どうや

 

 

「枝葉落とし。」

 

 

動揺してる間なんてあるはずも無く、伸びきった腕をとられ、投げ技に入られた。

腕の関節に雫さんの刀を挟みこまれ…そのまま捻り投げられる。

 

「あ…ったぁっ!!」

 

間接技と斬撃を同時に食らうような激痛の後、背中から地面に落とされると言うオマケ付き。

せっかく全快近くまで回復してたライフがいきなり1500に減らされた。

 

追撃を警戒してあわてて立ち上がり…

 

雫さんは自分の背後に向かって刀を思いっきり投擲した。

 

「あ、ルールー!!」

「へっ?あたっ!」

 

投げで位置が変わったせいで、背にしていたはずのルールーの後頭部に刀が直撃する。

しかも、丁度やってきたアインハルトさんに、飛び込みから拳の一撃を受けて…

 

「…ごめんヴィヴィオ、墜ちちゃった。」

「嘘ぉっ!?」

 

ルールーが墜ちた。

 

私の前には、アインハルトさんと雫さん。クロスレンジでかなわない大敗中の二人。

 

…うわー、大ピンチ。

 

 

でも、アインハルトさんは撫でれば墜ちるライフだし、雫さんも頑丈じゃないから当てれば勝てる。

カウンターヒッターとして…乗り切ってみせる!!

 

 

 

SIDE OUT

 

 




奥様の噂話なんかからも情報収集してきたアクアは、怒らせる台詞も把握して…
…そんなもの知らなくても20代女性相手にアレは普通怒りますね(汗)


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第十一話・まだ無い答え

 

 

第十一話・まだ無い答え

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

…ったく、冗談じゃない。

相変わらずジャケットだけで斬撃は防がれるし、枝葉落としは本来『間接破壊投げ』を行う武器投げ、萌木割りの斬撃版。

普通なら刃を支点に腕を捻り投げる訳だから『腕を落とす』技なのに、ライフ減っただけで関節を痛めた様子すら無い。

 

尤も、想定内だけど。でなきゃさすがに身内にこんなものやらない。

 

展開された魔法の道から少し外れたビルの上でにらみ会うヴィヴィオと私とアインハルト。

 

魔法の発動が先だと今の私には回避しきれない。

だから仕掛けようと、そう思った直後…

 

 

「ディバインバスター!!」

「「は?」」

 

 

ヴィヴィオは、私達が立つビルに向かって砲撃魔法を撃った。

 

…ちょっと待て。

 

「っ!」

 

崩落に巻き込まれたら瓦礫の破片だけで危険だと判断した私は…

 

 

 

咄嗟にビルから飛び降りた。

 

 

 

五階…か。

普通に落ちたらまずいな。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

直接的な飛び道具の無いアインハルトさんがこれですぐ攻撃仕掛けてくることは無いし、雫さんもこれでノーダメージって事は無いはず。

落下に巻き込まれながら私はソニックシューターを展開、同じく落下中のアインハルトさんに向かって放つ。

 

不安定だったから2発だったけど、どっちか1発でもあたればOK。

 

とか、簡単に思ってたんだけど…

 

 

 

撃ったシューターの1発を弾かれ、1発を投げ返された。

 

「あたぁっ!!」

 

直撃を受けた上で落ちる。

そして、そのまま瓦礫と一緒に落ちた。

 

「ったたた…」

 

落ちてみて、ずいぶん無茶をしたとわかった。

けど、アインハルトさんも空中でああまでして着地の姿勢制御仕切れなかったのか、行動不能判定になっていた。

私のほうはどうにか300残ってくれた。これで…

 

 

 

「っあ!!!」

 

 

背中に斬撃。

振り返ると、刀を振りぬいた体勢の雫さんがそこに立っていた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

居合い抜きでヴィヴィオのライフを0にした上で刀を納めて一息吐く。

 

…どうにかなった。

 

正直あの高さから生身で落とされたときにはどうしたものかと思ったけど、多点着地がうまく出来てよかった。

万一失敗してたらスプラッタだった可能性もあるのよね、まったく…2、3階ならともかく、普通に着地していい高さじゃないっての。

 

 

 

 

「ディバインー…」

「は?」

 

 

 

 

さっき聞いたばかりの不吉な名前を聞いた私は、声の発信源に視線を移す。

 

 

スバルさんが、こっちを向いて拳を構えていた。

 

 

 

 

あぁ、ノーヴェ負けてたのか…

 

 

 

「バスター!!」

 

 

ヴィヴィオの時どうにかできたのは、私が先読みして長距離移動で距離を詰めたからで、完全に息吐いていたタイミングで撃たれて砲撃なんてかわせるわけも無い。

せめてもの抵抗とばかりに腕を交差させたのもむなしく、青い光に飲み込まれて意識がブツリと途切れた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

結果的にチームは勝ったけど、私的には大敗だった。

アクアさんには引っ掛けられたし、雫さんには斬られるし。

うぅー…次はがんばらないと!

 

なのはママは離脱前にフェイトママに先回りされて墜とされていたらしい。

攻撃着弾直前に無茶苦茶するなぁフェイトママも。

 

そして、5階ぐらいの高さから墜ちた『既に生身だったはずの』雫さんがなんでノーダメージだったのか…見てびっくりした。

 

足から降りた雫さんは、そのまま止まらず後転でもするように、全身で着地の勢いをばらしたんだ。

単純に言うとそれだけの事なんだけど、少しでもタイミングか何かを間違えれば、体のどこかで5階から落下した分のダメージを直撃することになる。

当然、いきなり出来るわけが無い。ということは、こんな練習も日常的にやってるんだろうか?

戦闘ってだけだと目立たない技術のはずなのに…穴がないなぁ。

 

 

その雫さんは、一戦目が終わったところでさっさとおやつを一口つまんで森に消えてしまった。

 

『別に試合があるわけでもないし、焦る理由ないわ。』

 

追求から逃れたくて雫さんが言っていた台詞。

でも、実際に戦って、スバルさんの生身でどうにも出来ない砲撃を受けて倒された。

やっぱりショックだっただろうか?多分、魔法には初敗北ってことになるだろうし…

少し心配になった私は、一人で皆の輪を抜けて雫さんの様子を見に行く事にした。

 

 

森の中、竹を手に、刀を鞘に納めたまま立つ雫さんの姿があった。

デバイスのほうはおいてあるところを見ると、いつも使ってる方の刀なんだろう。

 

声をかけられなかった。

 

竹を宙に投げる雫さん。そして…

 

 

抜刀で、宙の竹を両断した。

切断できた竹は、大きくは飛ばずにわずかにゆっくりと宙を舞う。

そして、左手を収めた刀に添えて…

 

左の抜刀と右の打ち下ろしを切断されて分かれた竹にそれぞれ打ち込んだ。

 

…ものの、次は切断できずに弾かれて地面に落ちた。

 

 

「やっぱり、集中した一撃以外はまだ甘いか…」

「それでも凄いです。」

 

何の気なしに賞賛の声を上げると、雫さんは驚くでもなく私に視線を向けた。

 

「作戦会議はいいの?」

「あ…えと…」

 

雫さんが心配で来た。なんて言える訳も無く口ごもる。

 

「何か聞きたそうね。」

 

刀を納めた雫さんが、私と向かい合う。

もうぼかしてもしょうがないか。

 

「そんなに焦るのは…なんでですか?」

 

わざわざ聞きたい事があると雫さんのほうから言い出してくれたのだから、もう答えてくれる筈。

それに、一応は砲撃魔法で倒されたはずの体でほとんど休みも無くこんなことをしだす雫さんが、今更焦ってないなんていっても絶対に信用できる訳が無い。

雫さんは、失敗したって感じの表情であたりを見回して…

 

 

「時間が無いのよ。」

 

 

焦るのに、ごくごく普通の理由を答えてくれた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

一応は周囲に何の気配も無いことだけは確認して、話を始める。

 

「地球の生身のアスリートの現役期間って、どれくらいだと思う?」

「え?」

「種目にもよるけど、40までやってる人はそういない。」

 

困惑しながらもうなずくヴィヴィオ。聡い人ならこれだけで感づくだろう。

 

「私の師にして、条件次第で魔導師すらそのままの身で完全に破る技を使えるお父様がその全てを振るえる時間は…そう長くない。」

「あ…」

 

私が20になる前に、お父様は40を超えてしまう。

全てを見せて貰えていない私は噂程度しか知らないが、その20ですら、奥義を使いこなせる『本家』の人間は稀だったという。

 

「じゃ、じゃあ魔導師が嫌いなのは?」

「そりゃその辺の子の数年で…下手したら素養だけで追い抜かれたらイラつくでしょ。焦ってるのは周りが強いからじゃないわよ。私は競技選手じゃないもの。」

 

競う必要が無いから、人が強いのは別に急ぐ理由にならない。

私は自分の紫色の髪を乱雑に掴むと、ヴィヴィオの前に翳す。

 

「見ての通り、剣士の血筋の才能より、お母さんの血のほうがずっと濃い。継いだ才能が…少ない。その証拠に、学校に行きながら片手間に混じってたはずの速人さんは、私と同じ年で私より先の段階に踏み込んでたって聞いてる。本当に…時間が無い…のよ。」

 

私は…私の『身体』は凄くなんて無い。

下手したら、同じ時間御神の訓練をしてたら、ヴィヴィオにすら置いてけぼりにされていた可能性すらある。

 

才能が欲しい、時間が欲しい。

勿論言い訳だ、わかってる。でもこれ以上どうしようがある?

 

年数回家族で遊んだり出かけたりするくらいで、ほとんどの期間を修行に当てているのにこの有様。

 

唯一残る奥義の全てが記載された書物は実家。

現状純正の御神の剣士で一番若いのは、私を除けば美由希さんだけ。

このままだと…技の全てを知ることすら間に合わず御神の技が絶えてしまう。

 

努力を続ける意志はある。だから、才能が言い訳だとしても、せめて時間くらい…

 

現状を丁寧に思い返すと、常に胸を締め付ける不安と憤り。

私はそれを首を振って打ち消した。

 

こんな弱さ、お父様の前で見せても刀を持つ資格がないと証明するようなものだ。

だから、飲み込んで進むしかない。それしかない。

 

「言わなかった訳わかるでしょ?話した所で、どうあがいても解決方法無いのよ。それどころか、こんなのお父様や速人さんに直接知れたら…」

 

私の弱さを問題として剣士の資格を失うか、そこまでいかなくてもいらない責任を押し付けてしまう事になりかねない。

今更こんな話を知り合いにしたって御神の剣士が沸いて出る訳じゃないんだから、無意味な悩みだ。

 

「いい?誰にも話さないでよ?特になのはさんとかに!」

「な、何でなのはママ?」

 

胸倉を掴んでの念押しに戸惑うヴィヴィオ。

でも、これだけはしっかりとやっておかないといけない。

 

「速人さんからの話だけど、あの人上司特権で漁った情報を身内共用してべらべら喋ってた前科があるの!今回速人さんとかお父様に…『身内』に!知れたらまずい話なんだから、そんな危ない人に伝わったら困るの。OK!?」

「は、はい…」

 

大好きなお母さんをコケにされたヴィヴィオとしては素直に頷けないかもしれないけど、それでもこれだけは承諾して貰わないといけない。

 

「でも…そこまで念押しするくらいなら、何で話してくれたんですか?私に関係ないって言うことも出来たはずなのに…」

「ヴィヴィオには話をしたって事実があれば、周りの人を変に不安にさせなくて済むかなって。」

 

誰にも話さず抱えてるって事そのものが問題で、知ってる人もいるのなら話が違ってくる。

まぁ確かにヴィヴィオがべらべら喋らないかって問題もあるはあるんだけど…

 

と、ヴィヴィオが唐突に笑顔を見せた。

 

「何で笑うのよ?」

「師匠さん達以外では私が一番信用されてたって事ですよね。ちょっとうれしくて。」

 

そんなところが喜ばれたのかと思うと、なんか少し恥ずかしくなる。

私よっぽどとげとげしく見えるんだろうな…しょうがないけど…

 

「それがうれしいならホント頼むわよ?」

「はいっ、約束します。」

 

差し出された小指を絡めて互いに頷きあう。

明るく優しい親戚の少女との約束を信じることにして、私は修行に戻った。

本当の意味で時間が無いのだと知って、さすがにヴィヴィオは私を止めようとしなかった。

 

でも、多分…お父様も感づいているから学校に通わせずに私に修行させてくれてる筈。

なのに…どうしてこんな…

無関係の魔導師と少ない時間を使ってまで関わらされてるのか、どうしてもわからなかった。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

雫さんこそ一戦で抜けてしまったものの、その後も熱く激しい時間は瞬く間に過ぎていって…

 

 

全力を絞りすぎた私は、ヴィヴィオさん達と一緒にベッドに倒れてビクビクと痙攣気味にしか動けなくなっていた。

 

 

「……打ち上げられた魚の集団ね、まるっきり。」

「貴女こそ何でそんな余裕なんですか…砲撃の直撃でダウンしてるでしょう…」

 

朝の話とはいえ、基本的に魔力が無いも同じの雫さんがそんな目に遭って平然としてるなんてどうかしている。

それどころか、ヴィヴィオさんの話ではそれからすぐに鍛錬を始めていたらしい。どんな身体をしてるのか…

 

「あらら、皆くたくただね。」

「アクアはそんなに頑張らなかったの?」

「基本が脱力だから、体力そんなに使わないの。クラウはやせ我慢して修行中。」

「いや、止めてきなさいよ馬鹿姉。」

 

元気なアクアさんと、呆れ混じりの雫さんを見ていると、どちらが年上なのかとわからなくなる。

 

「あ、そうそう。アインハルトちゃんも勧誘しようと思ってたんだけどさ。今日のが面白かったならこれどう?DSAA。」

 

アクアさんが表示してくれたモニターには、戦う魔導師達の姿と、今日のように設定されているライフポイントが写っていた。

 

公式魔法戦…か。

 

「正直、出たいです。けど…」

「けど?」

 

一瞬、傍にいるヴィヴィオさんがものすごい不安そうな表情を見せる。

 

「その前に一つだけ確認したいことがあるので、返事はそれが終わってからでいいですか?」

「いいよ、答えられる事なら何でも聞いて!」

 

胸を張って答えるアクアさん。

でも、私は慌てて首…を振る力が無かったのでゆっくりと否定した。

 

「すみません、私の個人的な事ですから…宿泊中にでも確認しておきます。」

「そう?」

 

私はそれだけ答えて目を閉じる。

覇王の悲願、その可不可、覇王流、私の気持ち。

雫さんに砕かれ、断ち切られたそれらに対しての私の答え。

 

それが無ければ、私はきっと大会に出る資格が無い。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




何気に使用している旋衝破(笑)。
魔導師にぴりぴりしている雫ですが、性格等関係ないところを判断するときにはちゃんと区別して判断するように心がけてはいます。


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幕間・アクアレポート

 

 

 

幕間・アクアレポート

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

皆さん揃ってエース級の局員さんや、伝説の王様の血を引く人。

 

それに、インターミドルでも上位といい勝負しそうな強い子勢ぞろいのこの環境。

 

 

こーんなおいしい状況で…

 

 

「この私が動かないわけにはいかないでしょ!やっぱり!」

 

 

なんでか情報マニアとまで言われた私としては、こういう時は逃せない。

いい感じにへとへとくたくただし、少し口が緩くなっててくれてるかもしれない。

 

 

ふっふっふ…いろいろ聞かせて貰いましょうか!

 

 

 

 

「と言うわけで!呼ばれず飛び出てこんにちは!アクアでーす!!」

「テンションたっけぇなぁお前…」

 

ノーヴェさんが呆れ混じりの視線を向けてくる浴場。

とりあえず足が運びやすかったので、私はそこに顔を出した。

 

「早めに答えておくけど、あんまり貴女にはいろいろ話せないわよ。」

「へっ?」

「『アクアはある意味一番手ごわいから気をつけろ』って前情報があってね。実際自力でいいとこまで速人さん達の調査推察進めちゃったし、少なくともここの局員は皆警戒してるわよ。」

「うえぇ!?」

 

ティアナさんに微笑み混じりに告げられた話は、結構な絶望感をあおるものだった。

こういう時に一番話をうっかり漏らしてまずいのは子供勢だと思ったけど、まさか私が一番警戒されてるとは。

 

「まー、油断できないよね。連戦でくたくたのお風呂上りでいい気持ちのところを狙ってくる所とか。」

「はうわ!ばれてるっ!」

 

苦笑気味のスバルさんに、全部見抜かれてることを告げられた。

状況とか心境も、話を聞くのに必要な要素。

その辺のお姉さん(主婦)方に話を聞くときには、特に重要だ。

 

「うーん…別に機密とかを暴きたいわけじゃないんだけど…そういうことならしょうが無いか。コレも無駄になっちゃったなぁ…」

 

ポケットから取り出したチケットを眺めて溜息を吐く。

いろいろ話を聞けたなら、お礼として渡してくるといいってそう言ってフレイアさんに渡された割引券。

しかも、普段宣伝で配ってるものと違って、シューアイス限定とはいえ30%OFFと言う、うれしい豪華チケット。

 

ヴィヴィオちゃん達からだけでも話を聞こうと踵を返して…

 

 

 

チケットを握った右腕を、がっしりと掴まれた。

 

 

 

「ま、まぁあたし達個人の話とかなら出来るし、何が聞きたかったのだけでも教えて欲しいなー…」

「スバル…あんたねぇ…」

 

私の腕を掴んでいたのは、椅子に座っていたはずのスバルさんだった。

な、なんか腕から軋む様な感触がするんですけどー…

 

「オイこら馬鹿姉。」

「だって!エメラルドスイーツのシューアイスだよ?30%オフだよ!?元々安物使ってないから高いんだよ!?普通に食べたら財布空になるくらいにっ!!!」

「『普通に』店の一日分買い潰すな!そりゃ財布も空になるっての!」

 

涙目のスバルさんに怒鳴るノーヴェさん。

…あー…なんかこの券を渡してくれたときにフレイアさんがなんだか軽く疲れてたような気がしたのは、またそうなることを悟ってたからか。

 

「それじゃちょっと気になったんですけど…」

「あ、何々?」

「なのはさんって怖いんですか?」

 

とりあえず、腕が壊れないうちにスバルさんに手を離して貰って聞いてみる。

 

「噂では、『鬼教官』とか言われてるみたいですけど、なんか見てる限り真剣になったり訓練内容がきつかったりってのはありそうですけど、鬼って言うような怖いイメージはあんまりなさそうで。」

 

正直、気のいいお母さんだ。

魔法戦ってなると、恐ろしい技量は発揮するけど技量だけでそこまで怖がられるんだろうか?

昔訓練受けてたらしいし、なにかエピソードとか聞けるかなーと。

 

まさか本人に、『貴女怖いですか?』って聞くわけには行かないし。

 

けど、ノーヴェさんが肩を竦めた。

 

「所詮噂は噂って事だろ?確かに未熟な内にあの砲撃はちと怖いだろうけどな。」

「そうだね、叱責とか指摘はずばずば飛ぶけど、フレア空尉みたいな感じの怖さは…」

 

言いかけたスバルさんが硬直して首だけ動かす。

あまりに異様な動作に、首の向き先を見ると…

 

 

 

「めん…い…ごめ…さ…ごめ…な…い…」

 

 

 

うつむいて何かをぶつぶつと小さく呟いているティアナさんの姿があった。

目が死んでる。地面を見てるようで焦点がどこと無くあってない。

 

「お…おい?スバル?これ…」

「あー…うん、少しそっとしといてあげて。」

 

ノーヴェさんも見覚えが無い姿なのか、ティアナさんを見て心配していた。

 

 

 

結論。ほとんど出会うことは無いけど、たまに現役の執務官すら思い出すだけで怯えるような恐ろしさを振るう事がある。

…私も二度と下手な挑発はしないようにしよう、うん。

 

 

 

 

 

 

割引券を渡すだけ渡して次へ。

 

「はぁっ!」

「遅い。」

 

外に出ると、クラウと一緒にいたフレアさん。

クラウが剣を思いっきり振り下ろして硬直したタイミングを狙って放たれたフレアさんの突きがクラウの肩を捕らえた。

 

うわー…アレだけやった後にまだ連戦。無茶するなぁ。

 

「こらこら、もうやめときなさいって。」

「あ、姉さん…」

「加減は知っている、もう終わりだ。」

 

いやいや、ただでさえ今日の三連戦で明日午前は休みってことになってるのに、今動き回ってる時点でどうかしてる。

 

「所で、フレアさんに聞きたいことがあるんですけど…」

「何だ?」

「フレアさんの本命って…フェイトさんなんですか?」

 

執務官としてバリバリ働いてる超多忙かつ、プライベートをヴィヴィオちゃんとエリオ君とキャロちゃんに裂いてる日常、男の影となるとフレアさん位だろう。しかも、接点はプライベートらしいし。

 

 

なにしろ私も乙女なもので、こういう話に興味がわかない訳が無い。

 

 

「本命?」

「そのー…恋人とか結婚とか。」

 

首を傾げられそうな勢いだったのでぶっちゃけ気味に聞いてみる。

と、フレアさんは考えるように手で口元を隠す。

 

「あまり考えたことが無いからわからん、同期を見る限り考えるに遅いくらいなのだろうがな。」

「あー…」

「第一、私のような者をあのフェイトが相手にするとも思えない。」

 

自信+努力家、と言うか、揺らぐって事がなさそうなこのフレアさんが、自分を卑下するような言い方をするなんて思わなかったのでちょっとびっくりする。

 

「えと、どうして?」

「無辜の民を守る力として前線にいるためにいろいろと評価を下げているからな。戦力として私ほどのものがそういない為、前線の兵として使われるような位置で居続けているが、単純評価で『仕事を真面目にやらない冷血漢』だ。万人に優しく真面目な彼女からすれば見ていられまい。」

「あー…」

 

卑下という程でもない単純な自己評価だった。

戦闘となると社交辞令もなにもかもスルーらしいしなぁ…

 

「人柄も良く器もある出来た美人だ、相手によほどの断る理由でもない限り成立するだろうから、私よりフェイトに本命とやらを聞いたほうがわかり易いだろう。」

「そ、そうですか。」

 

うーん…フェイトさん本人にフレアさんが本命かって直接聞いたってうまい事はぐらかされるのがオチだと思ってフレアさんに聞いてみたのに、こうも真面目に答えられて『わからない』んじゃ失敗だったかな…

 

 

しょうがない、フェイトさんのほうに聞いてみるか。

 

 

「あ、ちなみにコレいります?」

「…あぁ、感謝する。」

 

割引券を渡すとお礼を言われた。ちょっと予想外だ。

 

 

 

 

 

 

と言うわけで、フェイトさんのいるはずの部屋に向かったんだけど…

 

 

「あれ?エリオ君、キャロちゃん?」

 

なぜか部屋の前に揃っているエリオ君とキャロちゃんの二人。

二人は揃って私を見る。

 

「アクアさんにはお引取り願うようにって。」

「ものすごい慌てて部屋に戻ってきたフェイトさんにそう言われまして…」

「うえあ!?」

 

まさかあのフェイトさんに突っぱねられるとは思わなかった。門前払いて…

 

「うぅ…やっぱりパパラッチは嫌われる運命なんだ…ってパパラッチじゃないしっ!!」

「はは…」

「ノリツッコミ…」

 

苦笑する二人。

うーん、けど二人の今の言い方だとフェイトさん部屋か出てどこかに行…アレ?

 

 

 

まさか……フレアさんとの会話聞かれた?

 

 

 

あの人一切照れとか無いから普通の声で喋ってたし、聞こえててもおかしくは無い。

と言うか、私名指しで遭わないようにする理由がそれしかない。

 

…なんとも思ってなかったら、こんなに照れる必要ないよなぁ。

 

「あー、うん。もう大丈夫。」

「あんまり変な話は広めないでくださいよ?」

「聞かれなきゃね、コレフェイトさんに渡しておいて。」

 

例によって割引券を渡して次へ…

 

うーん、後1枚か。やっぱりヴィヴィオちゃん達のところがいいかな。

 

DSAA出るし、少しでも足しになる話が聞ければお得だ。

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけでインタビューターイム!」

「いきなりだねぇ。はい、アクアちゃんもドリンク。」

「あ、どもです。」

 

ヴィヴィオちゃん達がいる場所に再度顔を出すと、雫ちゃんがいなくなって代わりになのはさんとメガーヌさんが居た。

 

「いきなり言われても、アクアさんも大会参加するんですよね?」

「下手なこと喋れませんよー。」

 

うっわ、子供達にまでバッサリと!

 

「なのはさーん、私どこ行ってもこんな感じで苛められるんですけどー。」

「諦めるしかないかなぁ、アクアちゃんしたたか過ぎるし。」

 

あんまりあちこちでこんなことばかり言われるので、良心と思われたなのはさんに泣き付いて見たものの、にっこりとバッサリと行かれた。

うわー…確かに怖いとかでないけどキッツイ…

 

「と、とにかく、抱負くらいでいいからさ。サクッと。」

「抱負…って言うか、とりあえず私達の目標は都市本戦出場ですね。」

「それ以上はさすがに数年計画って言うか…」

 

気を取り直して答えてくれそうな所を聞いてみると、ヴィヴィオちゃんとリオちゃんが目標を答えてくれた。

おぉ、結構な目標だ。

と言うか、出場までこぎつける…各区で勝ち抜けるなら、本戦上位に勝つ必要が出てくる可能性が高い。

むしろ達成できたら優勝見えるレベルだし。

 

「アクアさんは?」

「私は大それた事は言えない身で…どちらかと言うと出来るだけやってみるって感じ…だったんだけどねー…」

 

答えながら遠くを見る。

 

「いい所まで行って頑張ってるってとこちゃんと雫ちゃんに見せて、かたくなな気分解いて貰おうと思ったんだけど…いい所って当然優勝よね。とか念押されて…」

「うわぁ、雫さんらしいというか…」

「舐めすぎだーっ!」

 

ヴィヴィオちゃんとコロナちゃんが苦笑いで、リオちゃんがほえるように手を上げる。

正直私もそう思ってたんだけど…違う見解の人が一人いた。

 

「でも、せっかくなら前へ前へもいいんじゃない?目標より先には普通辿り着けないから、目指すところから低いんじゃ全然進めないよ。六課の皆は最初から私達が対戦相手だったしね。」

 

なのはさんが胸を張って自慢げにそう答える。

 

それを聞いて、一同皆納得するように頷いていた。

だって、なのはさん達はとんでもなく強かったし、フォワードの皆もいい勝負出来てた。

 

…そこに至るまでに、きっとボッコボコにされ続けて来たのは、シュテルちゃん達にメタメタにやられてきた私にとっては想像に難くない。

 

「んー…ま、個人的に目標無いことも無いけど、達成前にジークさんとかと当たらないといいなぁ…」

「ジーク…って、まさかジークリンデさん!?知り合いなんですか!?」

「あ。」

 

口が滑った。そして聞き逃してくれない耳聡い子供達。

しまった、紹介しろとか何とか騒ぎになるの嫌いそうだったから誰にも話さないつもりだったのに。

 

目立ちたくないだろうジークさんに、時々スイーツ渡しに行ったり買ってあげたりしてたんだよねぇ。

少しは話したり軽い組み手くらいならやって貰ったりしたけど…べらべら喋ったら怒られそうだ。

 

「…ごめん!なのはさん、大人なら察して収拾つけてー!!」

「にゃ!?丸投げ!?」

 

結局言い訳まるで思いつかなかった私は、最後の割引券を投げるように部屋に置いて、ダッシュで部屋を飛び出した。

 

「私もいるんだけどー…」

 

去り際、メガーヌさんの遠い声が聞こえてきた。

うんごめんなさい、何というかなのはさんのほうがいろいろうまくやりそうで。

 

 

 

 

「ふー、とりあえずいろいろ聞けて収穫にはなったかな。」

 

貰って来た分は配っていいって言われてたとはいえ、結構大変なことになりそうだな、フレイアさん。

 

でも…うん、今聞いた話だけじゃなく、外でやる集団戦もなかなか為になった。

 

なった…けど…

 

「不安?」

「っ!?な、なんだクラウか。脅かさないでよ。」

 

いきなり背後から話しかけられてビクッとして振り返ると、クラウがそこにいた。

 

「大丈夫。」

「な、なに?」

「姉さんはずっと強くなってる。だから、大丈夫。」

 

勝てる。そう断言できるほど甘い大会じゃないのはクラウだってわかってる。

今日だって、いろいろ小出しに謀ったけど、出したものは次から次へと見切られたし。

けど…ううん、だからこそ、大丈夫だって繰り返してくれるクラウ。

 

「…うん。」

 

…正直、怖い部分もある。

一年積んだものがある、一年分しか積み上げきれてない。

大したこともしないまま自惚れてた頃と違っていろいろやってきた。でも、それでも結果が変わらなかったら、本当に救われないくらい辛い。

それがすごく怖い。

 

「頑張れ。」

 

クラウはそう言って私の頭を一撫でした。

 

「ってコラー!私がお姉ちゃんなんだからね!!」

「うん、ごめん。」

 

恥ずかしくなって照れ隠しに怒ってみたけど、クラウが素直に謝ってしまい、なんだか余計に姉の威厳が失墜した気がする。

うぅー…優勝とまで行かなくても、絶対高記録残してやるっ!!!

 

 

 

SIDE OUT

 

 




せっかく多数集まってるので、こんな感じで焦点を当てていければと。


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第十二話・高町流教導

 

 

 

第十二話・高町流教導

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

デバイスではなくいつもの二刀と服。

日も落ちて明かりも無い夜の闇。

 

その中を私はただ歩く、呼び出された場所へ。

 

 

「…奇襲しなかったね。」

 

 

そんな一言を、鋭い目で私を見ながら告げる女性…高町なのは。

 

 

「貴女に私が教育なんておかしな話です。第一、何の用かも聞いてませんし。」

「完全武装しておいて何言ってるんだか。」

 

彼女は淡白な私の口調に対して苦笑をもらした。

 

確かにそうだ、わかってる。

でなければ、こんな敵対心を隠す気もないように振舞うことは無い。

 

「試合…するよ。」

「お断り。お父様の許可で混ざってるけど、刀は簡単に振るっていいものじゃ」

 

半分予想通りの内容。だけど、お父様の名前は挙がらなかった。

許可がでてるかを聞いてないから帰ろうとして…

 

 

私の傍に、小さな光が叩き込まれた。

 

 

 

「逃げるなら、一撃で終わらせる。」

 

 

 

完全に戦闘態勢、と言った感じの表情だった。

模擬戦の時の集中してるだけの感じじゃない、犯罪者でも相手にするかのような鋭さだ。

 

 

「…どっちが犯罪者だか。」

 

 

まぁ、許可出てないはずが無いし、そもそもここまでされて逃げ帰るわけにもいかない。

 

 

 

次を撃たせる前に、私は一歩で斬りかかった。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

物思いに耽りながら回顧録を眺めていた私は、ふと感じた力に反応して窓の外に目を向けた。

 

「魔力反応?」

 

試合に使った陸戦場のほうから、魔力の反応があった。

明日の朝すら何もせずに休もうと言うことになっているタイミングで一体誰が何を…

 

「これ…なのはママのです。」

「ヴィヴィオさん、起きていたのですか。」

 

ゆっくりと寝かせていた身体を起こすヴィヴィオさん。

 

独り言…聞かれていたでしょうか。

 

少し恥ずかしくなったものの、ヴィヴィオさんの表情を見てそんなことを考えていられなくなった。

何か、不安げな表情。

 

「ヴィヴィオさん?」

「中、前衛で動き回ってたフェイトママが未だに戦闘訓練なんて無茶するわけない。他の皆もくたくたでダウンしてる。なのに今、こんな時間になのはママは戦ってる。」

 

クリスさんを握り締めて、淡々と状況を語るヴィヴィオさん。

 

一体どこの誰が…まさか…

 

「雫さん?」

「アインハルトさん、一緒に来てくれませんか?」

 

不安そうなままのヴィヴィオさんに誘われて、断る理由などどこにも無かった。

雫さんに少し話を聞けた事を喜んでいたはずなのに、何で今これほど不安そうなのか。

あるいは、ヴィヴィオさんにも不安の理由が確かじゃないのかもしれない。

 

「あたし達だけのけ者にしないよね?」

 

言いながら、ゆっくりとリオさんが身を起こす。

一緒にコロナさんも起きた。

 

傍で話しすぎたみたいだ。

 

「ごめん、起こした?」

「全然!いいもの見れるなら行くしかないでしょ!」

「そうだね、何かあったら心配だし。」

 

楽しげなリオさんとコロナさんを前にしても、ヴィヴィオさんは笑顔にはならなかった。

聡くて優しい子なのは、もう十分知ってる。

だからきっと、ただの胸騒ぎじゃすまないんだろう。

 

近接型でもないのに完全に攻撃を見切られていた気がするあの人に、雫さんの『力』ではどうしようも無い。そして、多分雫さんもそれはわかっているはず…

 

もし試合をする事になったのなら、『何をしてでも勝利しなきゃならない』守り手の雫さんがどうしてそんなことをしているのか…それが気になった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

通常の斬撃ではバリアジャケットを斬れない。

そう考えた私は、初手から居合い抜きを仕掛けたのだけど…

 

 

 

左の抜刀を受けられた。防御魔法でなくデバイスで。

 

 

 

通常の抜刀は右限定だけど、私達の場合左右がある。

それでも見切った?

 

 

「っ!」

 

 

二刀を手に、連撃に切り替える。

けど、彼女はデバイスで私の剣を受け続けた。

 

彼女はデバイスを両手で手にしている。そこで、まっすぐに打ち込まずにわざと刀を傾けた。

そうして、受け止めたデバイスを滑らせるように握る手を狙う。

 

と、彼女は私の斬撃の向かう手をデバイスから放して、その手を私に向けた。

 

「くっ!」

 

光った瞬間、咄嗟に首を動かす。頭を掠めて光が飛んでい

 

 

「フラッシュインパクト。」

 

 

片手で握ったデバイスの一撃。

私はそれを両手の刀で受け止めて、吹き飛ばされて地面を転がった。

 

転がった勢いのままで刀を手にした拳を地面に叩きつけるようにして跳ね起きる。

デバイスを振りぬいた彼女は、特に表情を変えることも無く私を真っ直ぐに見ていた。

 

「ヴィヴィオにも言ったことだけど…まだ未熟なんだから、認めるだ認めないだの偉そうな話は早すぎるよ。」

「…一緒にしないで。」

「一緒じゃなくてヴィヴィオ以下。ヴィヴィオは雫ちゃんを尊敬してるけど、雫ちゃんは魔導師を舐めてるから。」

 

…ギシ、と、刀を握る手から鈍い音がした気がした。

駄目だ…こっちはコレでも我慢してるのに…挑発にのせられていい訳が無いのに…

 

 

 

やっぱり、私は未熟な子供らしい。完全に頭にきてる。

 

 

 

「…貴女にだけは…何も語る資格は…ない。」

「まだそう思うなら、黙らせてみたら?」

 

 

一切揺らがない彼女を前に、二刀を手に構える。

 

まだ…じゃない。

こいつには、『初めから』そんな資格無いんだから。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

上から目線で言ってみたはいいものの、鋭く繋ぎの速いしっかりとした剣閃は、正直冷や汗ものだ。

出力リミットかけたままで受け損なったら普通に斬られそうだ。

バリアジャケット、魔導師同士でも弱い攻撃なら止まるんだけどな…

湧き上がる感動と興奮を表情に出さないようにするのに必死だった。

 

 

コレでほぼ褒めないって…厳しい師匠だなぁ、恭也お兄ちゃんも。

 

 

 

 

 

朝の一戦が終わった所で、私は起きた恭也お兄ちゃんに雫ちゃんの試合の映像を見せに行った。

雫ちゃんの出来は悪くないと思うんだけど、どこか表情が浮かない気がする。

 

「…ずいぶん戦えてるな。ブーストか?」

「うん…キャロのね。」

 

正直、それを除いても強い。

まだ私の全開のバリアジャケットを抜くには至らないだろうけど、徹も使えるし、ヴィヴィオやアインハルトちゃんに勝ったのは、まぐれなんかじゃない。

…子供らしいところにつけこんだって言うのはあるけど。

 

「雫の様子は?」

「いつも通り…かな。無理してショックを受けてない風を装ってるようには見えなかったし、大丈夫だと思うけど。」

 

奇襲に対応できずに、問答無用の力を用いた魔法に対しての初敗北。

外に出る事自体が少ない雫ちゃんにとってはこういう敗北体験は多分ない。

心配してるのかと思ったんだけど…

 

「なのは。」

「何?」

「お前なら…余裕で倒せるな?」

 

そんな甘い訳が無かった。

振られて、なんとなく何をさせたいのか理解する。

 

「そう言うのはお兄ちゃんが十二分にやってるんじゃないの?」

「アイツは俺や速人に勝てない…いや、勝つ必要がまだないと思っている。並外れた力に自惚れないようにとしてきたし、まだ加減せざるを得ないほどの差があるからな。」

 

手加減されてる相手と真剣勝負とはいかない。

うん、それはわかるんだけど…

 

「…私が本気でやるの?」

「地上縛りなら、俺が全力で戦うよりは勝機もあるだろう。」

 

それはそれで、私を馬鹿にしすぎじゃないかと思って抗議したけど、ぐうの音も出ない返しをされる。

 

「それに…」

「?」

「魔導師に負けたほうがいい。」

 

まったく厳しい人だ。

とはいえ、それには私も同感。

偏見とかってよくないし、雫ちゃんが『戦えば勝つ』御神の剣士に正しくなるつもりなら尚の事。

 

「了解。」

 

言い訳しようのない魔導師相手の敗北、それを雫ちゃんに渡す。

剣士だから強いのでも、魔導師だから下手なのでもないのだと、上辺でなく思い知らせるために。

雫ちゃん相手だと余裕はそこまでなさそうだけど、エースオブエースにして高町家のお姉さん枠として、きっちりやっておこう。

 

 

 

 

 

と、引き受けたのはいいんだけど。

砲撃や全面防御みたいな技術で対処できないことをやっちゃうと、正直ただ魔導師へのわだかまりが深くなるだけだ。

 

だから、そういうのを使うのは出来るだけ避けて戦ってるけど…際どい斬撃を防ぐ度に肝が冷える。首狙いもあってちょっと怖い。

 

 

少し大きく右の刀振りかぶる雫ちゃん。

 

…徹だな、まだ完全に使えないから第三段階に移れていないらしいけど、私でも何かを狙ってるのがわかる。

 

振るわれた斬撃を回避しながら、振り切った雫ちゃんに向かって三発のシューターを叩き込んだ。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

三発の光が水月と手足に一発ずつ。

水月で吹き飛ばされて、手足を撃たれたせいで受身も出来ずに地面を転がる。

身体が壊れるような衝撃は無いものの、食らった箇所が疲弊を重ねたように重くなる。

犯罪者や敵対相手を止めるための非殺傷攻撃…

 

「っ…ぐっ…」

 

さすがに十数年分の経験の塊だけある。

狙う箇所も命中精度も弾丸の軌道も、嫌がらせかと思うほどやり辛い。

 

 

「もう終わり?」

 

 

そんな素直な感想も、彼女の冷めた声に消える。

 

 

 

「くっ…そおぉぉっ!!!」

 

 

 

鈍い身体を無理やりに動かして、袖口の針を投げる。

狙いは顔…目。

腕で覆えば問題ない針だけど、視界をさえぎることが出来る。

その間に距離を…

 

 

一個の光弾が、三本投げた針を打ち落とした。

 

 

当然視界がふさがる訳も無く、光弾はそのまま私に向かってくる。

 

「っ!」

 

跳躍しながら光弾を斬り、下降とともに刀を返す。

打ち下ろしになるため当然あっさり受けられるけど…

 

右の打ち下ろしを受けている間に着地して、左の刀で突きを放つ。

 

デバイスの下をくぐるように放った突きは…

刀とすれ違うように近づいてきた彼女を捉える事が出来なかった。

 

お腹に触れる、やわらかい感触。

 

 

 

 

「ディバインバスター・インパルス。」

 

 

 

 

それが掌だと知る前に、私は意識ごと吹き飛ばされた。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

…やりすぎた。

 

これで終わらせる気で撃った非殺傷近接砲撃。

心は折れそうに無いから、完全に意識を断つ為に撃ったんだけど…

 

 

砲撃そのもののダメージはともかく、吹き飛ばされて地面を滑った摩擦で、服の所々が破け、それだけで済まず石を滑った肌の所々から血が出ているのが見えた。

 

バリアジャケットなら無傷で済むところだし、雫ちゃん自体強かったから軽く配慮が欠けた。

 

さすがにコレで終わりだ。

地面との擦り傷って、剣で斬るようなのと違って小石や砂が皮膚の内側に張り付いて結構酷いし、早く手当てしてあげ

 

 

 

「雫さんっ!!!」

 

 

 

唐突に響く、意外すぎる叫び。

いろんな意味で驚いて視線を向けた先には…

 

 

今の悲鳴じみた叫び声を響かせたアインハルトちゃんと、ヴィヴィオ達がそこにいた。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ヴィヴィオさんが心配するような『何か』。

それを知らなくても、今の姿を見ているだけで何かがあると悟るのには十分だった。

 

「まだです!まだ終わってない!」

 

酷な言葉だって、十分分かっている。

あの人とは私だって戦っている、砲撃魔法のダメージも、防ぐ手段もないままそれを受けた身体で戦えというのも、どれだけ残酷なことなのか分かってる。

 

でも…言わずにいられなかった。

 

動かない身体、笑み一つ曇らせる事が…何も出来ず、大切なものを護れなかった悲しい記憶の中のクラウス。その姿と…

 

かすり傷すら負わせられないヴィヴィオさんのお母様に向かって咆哮と共に向かっていく雫さんの姿が重なったから。

 

 

 

 

「これでいいはずが無い!立って…立てええぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 

 

貴女は言った筈だ、そんな有様では護れないと。

貴女は言った筈だ、クラウスは失敗したのだと。

貴女は一声も上げなかった筈だ、私が裂いた腕の傷にもヴィヴィオさんに腕を折られたときにも。

 

 

そんな貴女が叫ぶ程大切な何かが…この戦いにある筈だ!

 

 

綯い交ぜになった怒りと悲しみに突き動かされて、私は必死で叫んだ。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

必死で呼びかけるアインハルトちゃん。

しばらくそうしていたかと思うと…

 

 

「近接封じさえかけられなきゃ雫さんなら勝てますっ!頑張れっ!!」

 

 

ヴィヴィオまで雫ちゃんの応援をしだした。

思わずずっこけかける。ま、まぁそんな状況じゃないから踏みとどまったけど。

戦ってるの私なのに、ヴィヴィオー…

 

「こらー!散々言ったんだからもうちょっと頑張れー!」

「負けないで!雫さん!」

 

そんなにいい印象無かったはずのリオちゃんやコロナちゃんまで、雫ちゃんの激励をする。

 

普段冷静な雫ちゃんが、叫びながら私に向かってきた様を見てたなら、そういう気持ちになっても不思議じゃない。

普段寡黙なほうのアインハルトちゃんがなぜか痛いほど必死に叫んでいるし、つられるのも分かる。

でも、もう聞こえているはずも無いからそれは…

 

 

 

 

もぞり、と、雫ちゃんの腕が動いた。

 

 

 

今更ながらに気付く。あんな状態でまだ尚、刀を手放していない事に。

そして…

 

私の身体を、何かが斬り裂いた。

 

それは強烈な殺気の幻。斬り殺すと言う研ぎ澄まされた意志の塊。

 

ゆらり…と、幽鬼のように立ち上がり、私を見た雫ちゃん。

その瞳が一瞬だけ…一瞬だけだけど確かに…

 

 

 

 

赤い紅い光を湛えていた。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




刃物で指なんかを斬る傷とかより面で怪我する転んだ膝とかのほうが痛いし治るのに面倒だし大変なんですよね…壁にめり込んだりしてそういう怪我が無いって地味に便利な効果だと思います(笑)


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第十三話・捨てられた宝物

 

 

 

第十三話・捨てられた宝物

 

 

 

Side~高町速人

 

 

 

「ばっ…馬鹿野郎!!!」

 

兄さんからの通信、その内容に思わず叫ぶ。

 

雫をなのはと戦わせてる、しかも一騎打ちで。

 

『…戦闘に関して偏見が絡むままでいいはずが無いだろう。』

「なのはに頼んだらまずい事に気付かなかったのか、全部承知の上でやったのか知らないけどな!後で絶対ぶん殴る!!」

 

俺は通信を叩き切ると、ただならぬ様子に気付いたらしいリライヴが顔を出す。

丁度良かった。

 

「頼む!カルナージまで飛ばしてくれ!カートリッジ使ってもいいからすぐ!!」

「…うん、わかった。」

「悪い。」

 

理由も聞かずに頷いてくれるリライヴに感謝しつつ、すぐに飛ぶ準備する。

 

くそっ…あの朴念仁!相も変わらず自分がどれだけ慕われてるかにはとことん疎い!

アイツも何で引き受けた!ったく!

 

 

雫にとってなのははどういう人間なのか、どっちも気付かなかったのか。

 

 

 

 

Side~月村恭也

 

 

 

俺相手とはいえ、速人の奴がああまで言うのも珍しい。

一体何を知っている気なのかと思い、魔力反応に気付いたらしいヴィヴィオ達の引率がてら様子を伺いに行く。

 

そこには、珍しく感情を剥き出しにして戦っている雫の姿があった。

 

違和感を感じないでもなかったが、速人の様子がおかしかったせいで偏見があるだけだと判断して…

 

 

子供達の声に答えるかのように起き上がった雫から感じた殺気で、それが間違っていることを悟った。

 

「す、凄い…あのダメージでここまでの殺気を試合で…」

 

すさまじい殺気。

対峙しているなのはも身が竦んでいるし、アインハルト以外の子供たちは声すら出せなくなっていた。

 

これは…

 

「違う。」

「え?」

「アイツに、ここまでの威を叩きつけることなど出来るはずがない。少なくとも…試合で。」

 

どうしたって、試合や練習なんかの本気とは違ってくる実戦。

いくら雫でも、人を本気で殺す気で刃を振るった事の無いまま、試合でこんなものを纏えるはずが無い。

 

 

「本気で、なのはを殺したいと心の底から思っていなければ、こうはならない。」

「ぇ…」

 

 

アインハルトのかすれた声と、身を竦めた子供達の服の擦れる音だけが、夜の闇にやけに響いた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

Js事件も片付いた折、ニュースに流れる映像。

幼い私は、特に何の気なしにその映像を眺めていた。

 

「なんだか目立ってるね。」

 

ニュースにてかてかと取り上げられる、レジアスおじさんの不祥事、解任の騒動と、暴いて防いだ局の部隊長、八神はやて。

代表格だからか映っている隊長の二人、なのはさんとフェイトさん。

 

「大事件だったからねぇ、これの解決に一役も二役もかってるんだからさすが速人。」

「俺は手伝っただけだって。」

 

モニターを横目に擦り寄るアリシアさん相手に苦笑する速人さん。

 

リライヴを落としたのが局外部の人とか広まっても管理局によくない。

ただでさえ高官の不祥事で大騒動だって言うのにこの上戦力まで他所が目立つようじゃ大変なことになる。

そういう事情で速人さんやお父様は、報道規制としては存在すら明かされない程厳重なものになっていた。派手に戦っていたので噂は漏れていたようだけど。

 

「俺達は守るべきものの力になればそれでいい、振り回して騒がれるためのものじゃないんだ。」

「…はいっ。」

 

お父様の念押しに真っ直ぐ頷く。

 

お父様は私にとって、誇りと尊敬の塊だった。

速人さんすら剣で及ばない、そんな力を持ちながら、言うとおり一切それを見せたがることも無く。

寡黙で厳しく、でも剣以外では優しい、凄いお父様。

私はそんなお父様の剣を継いで、絶え掛けた御神の剣の全てを収めることで、御神の生き字引になると誓った。

幸い生まれのおかげで寿命は長いし、いくらでも努力をするつもりもあったから、時間がかかっても辿りつけると少し楽観してた。

 

でも…私じゃなく、お父様のほうに時間が無い事に気がついた。

 

修行しても修行しても、痛いのに耐えても時間をいくら貰っても、まだ同じ年の頃の速人さんに追いつけていない。

学校にすら行かずに修行しているのに、こんな有様。

 

 

焦る、焦る、焦る。

 

 

せめて間に兄弟子みたいな人がいてくれたなら、まだ時間もあったのに…

 

 

 

魔法に進んだ高町なのは、高町の血を継いでいるはずの人。

 

英雄扱いになるまで何の苦労も無い、そんなことは無いとわかっていた。

苦労の山を越え、苦痛に耐えて鍛えてきただろう筈の身で、やっていることは戦い。

 

 

 

それなのになんで…あの人は刀を手にしていないんだ。

 

 

 

魔力が高く、魔法があったほうが便利だから後から知ったそちらを選んだならわかる。

速人さんにしても、ヒーローとして全ての手段を使い切るために魔法と剣を使っている。

それ故に御神の全ては継げてないって話だけど、それは仕方ない。

なのに…話を聞けば、のんびりすごしていたあの人は魔法に出会ってから魔法で戦い始めたらしい。

 

私の宝物、尊敬すべきお父様の剣。

誰より傍にあって見てきたはずなのに、目もくれずにスルーして、拾った魔法に染まって、実家の商売も剣も捨てたのに、英雄扱いの広告塔、高町なのは。

戦いを嫌って避けた訳でもないくせに、二刀を存在から無視して魔法に走った高町なのは。

 

 

 

いつからか、無力に焦り、魔法を見るたびに、それらが許せなくなっていった。

 

 

 

私が弱いのは、私の才能不足は私のせい、いらだつけれど、それで怒る権利は私には無い。

 

でも…だからなんだ!なんなんだ!

苦行を乗り切る意志の強さがあって選ばないほど、人を護りたいと思える心があるくせにどうでもいいほど、貴女にとってお父様の…御神の剣は価値がないものだったのか!!

そんな事をした人が、治安維持組織で人にものを教えてるって…何様だ!!

 

 

『一緒じゃなくてヴィヴィオ以下。ヴィヴィオは雫ちゃんを尊敬してるけど、雫ちゃんは魔導師を舐めてるから。』

 

 

舐めてる…だって?

お前が言う台詞か!!ふざけるな!!!

 

 

 

 

 

 

 

「…立てええぇぇぇぇっ!!!」

 

どこか遠くから聞こえるような、アインハルトの叫びに誘われるようにぼやけていた意識を覚醒させた私は、地面でもぞもぞと動いて刀身を見る。

 

磨き上げられた刀身、その銀の光に映る私の瞳。赤い…瞳。

 

力を使い、自分にアクセスする。

一つは、魔力ダメージと言う、怪我の無いはずの身体にまとわりついている倦怠感を払う事。

そしてもう一つは…

 

 

人の身が持つ全ての力を振り絞る…脳内麻薬の分泌による身体能力強化。

 

 

速人さんが自力で出来るそれを、私は一族の能力を自分に使うことで使用できるようにした。

 

当然、滅多なことで使わないようにとは念を押されていた。

お父様にも内緒で教わったものだし、夜の一族だって知れたらまずいから。

 

『絶対に負けちゃいけない戦いの時だけ…な、約束だ。』

 

教えてくれた速人さんと、確かにそう約束した。

 

 

 

だから…今使うんだ。

 

 

 

立ち上がり、口の中を満たす血の塊を吐き捨てる。吹き飛ばされる直前、意識を保つためにかんでおいた舌からの出血。

 

 

負けられない、負けるわけには行かない。

こいつにだけは何があっても…御神の剣で負けるわけには行かない!

 

「私は決して砕けない…」

 

絶望的な戦いなんて、苦痛と苦行を乗り切っての訓練なんて、山ほど受けてきた。

苦しみに私が涙しそうになると、速人さんが優しく『戦いなんてするもんじゃない』ってやめさせようとするから、泣き言だってほとんど言えなかった。

 

 

今までに比べて、こんな状況絶望的でもなんでもない。

 

 

あんな拾い物の力…未完成の私の剣でも絶対に破れる、破ってみせる。

 

 

「魔法なんかに、ましてやお前の魔法では、絶対に…砕けはしない!!」

 

二十数年のうち、半分近くがただのお子様だったような出来損ないに、御神の剣を捨てた奴に、よりにもよって戦いで…負ける訳には行かないんだ!!

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

殺気立っている雫ちゃん。試合の時と違って、作り物でない本気の殺意。

そっちの専門家である恭也お兄ちゃんには、自分に向けられたものでなくても区別がついたのか、見学の位置から近づいてくる。

 

おそらくは、雫ちゃんを止めるために。でも…

 

 

 

「止めるなっ!!!」

 

 

 

皆の方を見て、本気の一喝。自分でも少し驚くくらいに、夜の闇に響いた。

 

「止めにきたら…私がぶっ飛ばす、誰だろうと。」

 

様子を伺っていたヴィヴィオ達にも含めて牽制する。

恭也お兄ちゃんは、少し私を見てからヴィヴィオ達の下へ戻った。

 

 

『お前の魔法』

 

 

そう告げた雫ちゃんの言葉に、硬く握り締めている二刀に、全て…とまでは言わないけど、なんとなく察する。

 

 

私があの剣より、魔法を手にしたから、それで戦ってるから、出世やらなにやらちゃんと出来てて世間に称され、裏で命がけで戦っていろんな人を救ってきた速人お兄ちゃんが、それでも裏でだからいろいろ大変なのを目にしてるから…

 

見ず知らずの他人ならともかく、私がそんなんじゃ、雫ちゃんから見たら『裏切り者』以外の何者でもない。

 

『…貴女にだけは…何も語る資格は…ない。』

 

雫ちゃんの言うとおりだった。

私が御神の剣士に口出しできる道理は一つだってなかった。

魔導師を舐めてるんじゃなくて、許せなかったんだ。どれだけの理屈と理由を揃えて口にしても。

 

それでも我慢してた。私が教師役を引き受けて魔法で戦うなんて事になるまでは。

今の今まで、雫ちゃんはずっと、我慢してきたんだ。

 

どれだけ大切にしてるかなんて、その澄んだ『紫色の瞳』を見ればよくわかる。

何のために力を使ったのか詳しくは知らないけど、立ち上がることが出来たから、力を切ったんだ。

 

理性で我慢しきれないほど恨んでいるはずなのに…それでも、剣だけで戦う事に…御神の剣で私を倒す事にこだわっている。

 

今更、武器を収めて終わり。で済ませていいわけが無い。

そんな半端では、もう二度と雫ちゃんは私を認めてはくれないだろう。

 

 

「リミットリリース。」

 

 

普段の節約や、目立たないようにするための魔力のセルフリミット。

当然ながら、ヴィヴィオ達との試合の最中もしっぱなしだった出力制限、それを解く。

 

 

力が戻ってくるのを感じる。私の本来の力が、全ての力が。

 

 

 

「…全力で応えるよ。私の全力で。」

 

 

 

そうでなきゃいけない。

その上で…御神の剣士とか以前に足りないものがあることを、彼女に伝えないといけない。

 

だからまずは…

 

「いくぞ!」

「うん!」

 

応えるんだ。

私の尊敬する兄、姉達が収めた御神の剣を継いでくれようと必死になってくれている彼女に、その剣に、今の私の全力全開で。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

正直、ぞっとした。

なのはママの全力。

聖王の鎧を破り、魔力の働き辛いゆりかご内部にクレーターまで作った力。

 

それを、生身の人間である雫さんに振るおうとしているんだ。

 

雫さんに満ちている殺意といい、とてもじゃないけど正常でいられるはずがない。

 

 

まして…

 

 

「これは…」

 

 

今駆けつけたばかりの、割と心配性のフェイトママには。

後を見れば、ついてこれなかっただけで皆来ている。

 

 

「止めちゃ駄目だよ、フェイトママ。」

「っ、ヴィヴィオ!?でもこれ…」

 

険しい表情のフェイトママ。ただの試合じゃないって、なんとなくわかるんだ。

でも…

 

私は、数歩だけ進んで、反転した。

他の皆と向かい合う形になる。一人で、凄い人数相手に。

 

「戦ってでも、邪魔させません。雫さんとなのはママ、二人とも望んでて…きっと必要なことだから。」

 

執務官とかとなると、この空気は仕事で止めに入らざるをえない状況かもしれない。

それでも、迷いは無かった。

 

と、アインハルトさんが私の隣について、振り返ってくれる。

 

「すみません、同じく。」

「お前ら…けどこれただ事じゃ…」

 

険しい表情のノーヴェ。

当然ではある、何しろ片方が殺意を持ってて、片方が対事件でもそうやらない全力なんだから。

それでも折れない私とアインハルトさんを見ていたフェイトママは、ゆっくりと近づいてきて…

 

私達の肩に手を置いて、私達の向きを変えた。

 

「…わかったから、一緒に見よう。二人も気になるでしょ?」

「うん。」

 

背を向けていて見れなかったなのはママ達のほうに視線を戻して貰えた私達は、それで認めてくれたのだと少しだけほっとして…

 

 

ぴりぴりと肌を刺す緊張感に、再び身を竦めた。

 

どうなるのか…わからない。

それでも、この戦いはきっと、私にとっても見逃しちゃいけないものになる。

 

そんな気がした。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




親、兄弟は皆相当に懐広いからほとんどスルーしてたけど、身内かつ余裕ないとなるとあっても不思議じゃない反応かな…と。
脳内操作は…記憶や意識をいじれるなら、その一環で練習すればいけるかなーと言う事で(汗)。


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第十四話・初めての全身全霊

 

 

第十四話・初めての全身全霊

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

宣言と同時に距離がつめられ、さすがに驚く。

 

縮地が元のままだった。

 

殺意と怒りで冷静さや技量なんて消えてるかと思ったけど、とんでもない。

逆に言って、冷静でなくてもそれが『当たり前』であるほど、修練を続けてきたのかもしれないけど…

 

どっちにしても、凄いことだ。でも…

 

こっちだって別に、全て出し切っていたわけじゃない。

 

『プロテクション。』

 

機械音声と共に展開される魔法障壁。

雫ちゃんの剣でいくら叩いたところで斬れるはずもない。

 

「バリアバースト!」

「っ!」

 

防いだ障壁の爆発。

吹き飛んだ雫ちゃんだったけれど、身体能力が上がってるのか空中で動いて体勢を整えて着地して、私に向かってすぐに駆け出す。

その程度は想定済みで、距離が出来ていればいい。

 

「ディバイン…バスター!!」

 

左右に飛んでも避け切れないようにと、ある程度の範囲を塗りつぶす砲撃。

ダッシュの体勢から横にすぐ飛んで、いくらなんでもそんなに大きくは跳躍できないだろう。そう踏んだのだけど…

 

 

「な…」

 

 

雫ちゃんは私の足元まで来ていた…スライディングで。

 

砲撃をあんなものでくぐりぬけるなんてどうかしてる。と言うか、正直完全に想定外だった。

しかも、その勢いを止めないまま、地面を腕で殴るようにして跳ね起きて、突きを放ってくる。

 

 

咄嗟に障壁を張って左の突きを受け止める。…左?

 

 

右が徹の構えになっていた。

 

「くっ!」

 

後方に思いっきり跳躍しながら、シューターを放つ。

魔力制限があるときより速い、五発の誘導弾。

 

雫ちゃんはそれを片っ端から切り払い、どうにか五発全てを切り裂いた。

 

リングバインドを展開、見えてないだろう足首を狙って…

 

 

すぐさま跳躍された。

 

 

勘がいいにも程がある。

だけど、空中にいたら狙い放だ…

 

 

飛刀。

 

 

刀を投げられた。それだけだけど、空中のはずなのに真っ直ぐ私に向かってくる。空戦出来る訳もないのによく綺麗に狙えるなぁ。

私は刀をデバイスで払って…

 

ようやく刀に鋼線がくくりつけられていることを知った。

真っ直ぐ迫ってきていて鋼線が見えなかった。

刀が弾かれてしなった鋼線は、私のデバイスの先端にぐるぐると巻きつけられ、手繰り寄せる力を感じるのと同時に、雫ちゃんが急降下してきた。

 

「はあぁぁっ!!」

 

急降下の勢いをのせて振るわれる左の刀。

一瞬だけ張ったプロテクションでそれを止めた私は、雫ちゃんの下降の勢いが止まり、着地するまでの時間で…

 

 

ショートバスター。

 

 

空では動けない雫ちゃんは、さすがにこれは避けられず直撃する。

 

吹っ飛んでごろごろと転がった先に、バインドを…

 

 

 

 

展開したけど、跳ね起きた勢いのまま回避された。

 

 

 

姿勢を立て直した雫ちゃんは、私を真っ直ぐに見据える。荒れた呼吸につられて閉じることが出来ない口から、だらだらと血をあふれさせながら。

 

また口の中噛んでおいたのか…全身の擦り傷といい、いい加減馬鹿に出来ない感じになってきてる。

生身で瓦礫とかも防げない雫ちゃん相手。

死なせないようにするには手段を選ばなきゃいけないって言うのも、ここまで持ちこたえられてる理由ではある。

でも…それを除いても…

 

 

強いや、本当。

 

 

 

Side~月村恭也

 

 

 

危険ではある、止めるべきでもある。

だが、師として未熟なことにそれよりも胸をしめる思いがあった。

 

 

 

この先を見てみたい。

 

 

 

勝つ必要の無い、勝ち目の無い、そんな相手としか交戦が許されなかった雫。

やれるだけやる、全力でやる、そこまでは常にやってきた。

 

それでも心の何処かで、『絶対に負ける』って結末が雫には取り付いていた。

 

今やっているのは、アイツにとって何があっても負けられない戦い。

だからこそ、懸念も我慢も、あらゆる鎖を解いた雫の全力。

止めたらそれが終わってしまうと思うと、止めに入れなくなる。

 

最も…止めようものなら泣きそうな声で雫が立つよう願ったアインハルトや母親の選択を支えようと俺達に一人でも向かい合ったヴィヴィオを裏切ることになるし、何より今のなのはの邪魔に入る気には俺ですらならない。

 

先の『誰であろうとぶっ飛ばす』は間違いなく本気だろう。とんだ武闘派になったものだ。

 

「なのはを恨むなど、八つ当たりもいい所なんだが…」

 

惜しむべきは、アイツにとっての負けられない理由が八つ当たりじみたものだと言う事。

それはそれで、俺が託した剣を本当に敬っている証ではあるのだが、身内相手に殺す気で戦われては喜べない。

 

「雫が自分でもわかっててずっと無理して我慢してたものを無理やり暴いたんですから、怒ったりしたら駄目ですよ?」

「…さすがにな。」

 

だが、傍のフェイトにたしなめられる。

まったく気付くことなく、雫をこの戦いに引きずり出したのは俺となのはだ。

修行中に泣き言を言うような真似を許さなかった俺と、二度と戦わせないようにと優しさを見せる速人に挟まれて、剣を捨てたくなかったら不平不満、不安不信を持つことすら許されないような生活を送って来た結果だ、雫を責められはしない。

 

速人があれだけ怒るのも珍しいと思ったが、こうなることが想像ついてたならまったくおかしな話ではなかったと言うことか。

 

本当に後で殴られそうだな。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

「っ…ぁあああああ!!」

 

私がデバイスに絡みついた糸と刀を引き剥がすと同時、咆哮とともに駆け出す雫ちゃん。

視界だってしっかりとしないくらいにはダメージあるだろうに、この状況で大した気勢だ。

 

雫ちゃんの刀は、右に持ち替えた左の一本だけ。

 

私は鋼線がついたままの刀を後方に投げ、シューターを放つ。

砲撃で吹き飛ばしてこれ以上地面を転がれば、それだけで傷が酷いことになりかねないと判断したから。

 

総数16発。さすがに一刀では裁ききれないだろうと踏んだけど…

 

 

急所のみカバーして直撃しながら突っ走ってきた。

 

 

強引過ぎるのは、きっともう保たないって自分で判断してるからだ。

…実戦なら確実にアウトなんだけどな、まったく。

 

身体に害の少ない魔力ダメージとはいえ、意志を断つ攻撃ではあるのに…一瞬見た一回以外で力は使ってないはずだから、意志力だけで持ちこたえてることになる。

 

雫ちゃんの間合いに入る。この一手を凌いで最後の一撃を…

 

 

徹だ。

 

プロテクションで受けたら貫通してくるため、下がって避け…

 

 

 

 

振るわれた袈裟切りが、途中で止まった。

丁度フェンシングのような、そんな体勢になる。

 

 

 

 

徹を…フェイントに!?

 

 

 

 

下がろうとしてる真っ最中に方向かえるような真似が出来るわけも無く、雫ちゃん渾身の突きが私に向かって放たれた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

なのはママが唯一避けていた攻撃。多分まともに通じる雫さん唯一の攻撃。それをフェイントに使った雫さん。

 

 

疲労困憊、失血、魔力ダメージと、嫌になるほど苦しいはずなのに、魔力弾の雨を強行突破までして近づいたはずなのに、そんな時に…

 

 

 

 

これ以上ないほど冷静な選択だった。

 

 

 

 

狙いはなのはママの右肩。防御魔法は間に合わない、届く。

 

 

 

 

なのはママの右肩に恐ろしいほど正確に向かった刀は…

 

 

 

 

バリアジャケットに阻まれて、それ以上動かなくなっていた。

ジャケットを覆う淡い桜色の光。それはなのはママの魔力で構成された防御を抜く力が、雫さんに無いことを示していて…

 

 

雫さんの身体を、幾重にもバインドが取り巻いた。

小さく微笑んだなのはママは、思いっきり跳躍して脇の建物に乗る。

 

 

これからなのはママが『何』をしようとしているか悟った私はゾッとした。

 

 

非殺傷砲撃で怪我するのは、地面を転がって滑るから。

逆に言えば…撃ち下ろしなら、『どんな強力な』砲撃でも撃つ事ができる。

 

 

「あ…ぁ?」

「ちょ、なのは…それ…」

 

あたりから戦慄の声が上がる。当たり前だ。

 

集束する魔力、展開されるビット、最大出力のはずの魔力がさらに上がる。

 

 

 

「…言った通り、全力で応えるよ。」

 

 

 

自己ブースト、ブラスター…多分最大の3での…

 

 

 

 

 

「スターライト…ブレイカーッ!!!!!」

 

 

 

 

直撃する雫さんの心配どころか、こっちはこっちで防御魔法展開せざるをえないような、そんな破壊の一撃が放たれた。

 

 

轟音、崩れる陸戦場。

昼の試合が何だったのかと思うような、恐ろしい一撃。

ただでさえロストロギアのレリックを、聖王の鎧ごと撃ち砕いた、なのはママの全力全開。

 

 

やがて引く、音と衝撃。

 

 

クレーターの如くへこんだ地面。その中央にいる雫さん。

意識など保っていられるわけも無く、ぐらりとその身体が揺れて…

 

 

 

 

 

片膝まで崩れ落ちたところで、そのまま止まった。

 

 

 

右手を見れば、いつ逆手に持ち替えたのかわからない小太刀を杖のように地面に突き刺している。

そのままの姿勢で止まっている。刀を握ったままで。

 

 

 

「…気絶してるな。」

 

 

 

遠目なのにわかるのか、小さく恭也さんが呟いた。

確かに、言わなくても、確認しなくても気絶してて当たり前のダメージのはずなんだけど…

 

 

 

 

 

雫さんはそれでも、右手の刀を手放すことも、地面に倒れることも無かった。

 

 

 

 

 

『私は決して砕けない…』

 

 

 

 

 

全力で戦う前に聞こえた雫さんの呟き。

短く小さな呟きだったけど、今の雫さんの姿がこの言葉を体現しているような気がした。

 

 

 

Side~フェイト=T=ハラオウン

 

 

 

試合の後、凄い勢いで飛び込んできた速人が気を失った雫を、壊れ物でも扱うようにそっと抱え上げて、恭也さんとなのはをそれぞれ一睨みしてホテルへ向かった。

 

普通に来たら4時間はかかるし船だってとってない以上、リライヴやユーリに力を借りて無理やりに吹っ飛ばして貰ったんだろう。

 

無茶や強行をしたと怒るべき場面。

ホテルの予約も何もしてないし、治癒魔法が使えるわけでもない速人。

 

 

だけど、事件中ですら滅多に見せない本気の様相を感じ取った皆は、一切口出しできなかった。

 

 

誰も何も言えないままでそれぞれの部屋に戻っていく中、私はなのはと二人少し夜風に当たっていた。

 

「…どうしよ。」

 

ポツリ、と、なのはが呟く。

速人の雰囲気があれだけわかりやすく変わるのは珍しいし、怒られるの心配なのかな。

 

「今度ばっかりは庇えないよ?私はなのはも心配」

「そういう心配じゃなくて…ね。」

 

言いながら、なのははバリアジャケットのままだったその姿を元に戻す。

肩の出てる服。その右肩を指差す。

 

小さく、針で刺されたような赤い痕。

 

虫刺されとかじゃない。これ、雫の最後の一撃…

 

 

「リミット解除してたのに、『徹』でもないのに抜かれちゃった。」

 

 

…少し、呆然とその肩の痕を見る。

未だ未完の雫。その通常攻撃。それでなのはのバリアジャケットが抜けた…

 

 

「ホントどーしよ、強いや家の皆。面目立たないなぁ。」

「はは…」

 

 

高町家最弱だとか妹だとか、いろいろからかわれてるなのはとしては、このまま雫にまで抜かれちゃったらと思うと心配になるのもわかる。

でも…さっぱりとそう言ったなのはは、凄く楽しそうだった。

 

 

 

「あ、でも…」

「?」

「雫ちゃんにはナイショにね。『傷一つつけられなかった』のほうが衝撃大きいし、どん底乗り切ったらきっと強くなるからね。」

 

笑顔で人差し指を口元に当てるなのはに、私は苦笑を返すほか無かった。

とことん厳しい高町家だった。それは強くもなるよ皆。

 

 

 

SIDE OUT

 




生身で射砲系とやりあうって大変だなぁ(遠い目)。
対火器(ではないけど)訓練は御神でも神速修得後の筈なので、よくやったほうです、はい。


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第十五話・明かされた間違い

 

 

第十五話・明かされた間違い

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ゆっくりと目を開ける。

それほど日は高くない見たいだけど、もう朝になっているようだった。

 

鈍い頭を揺り起こすようなつもりで身体を起こして…

 

「よ、目が覚めたか。」

 

速人さんが、私のベッドの横に座っていた。

 

 

何で速人さんがここに…と、考えて…

 

 

 

 

一気に、記憶が戻った。

 

 

 

 

魔導師、高町なのはからの宣戦布告。正々堂々とした一騎打ち。

御神の剣士として、私の宝物に目もくれずに英雄になってしまった裏切り者。

 

絶対に負けたくなくて…何一つできずに負けた。

 

…あんな感情むき出しで、身内相手に殺意を以って戦ってしまった私を、きっとお父様は許してはくれないだろう。

それでも、自分でやったことだから…

 

 

 

唐突に速人さんに抱き寄せられた。

 

 

 

「ぇ…あ、あの…」

 

 

 

優しく、傷口がわかるのかあまり身体が痛まないように気遣って、肩から抱き寄せられた。

暖かな腕に包まれて、速人さんの意図がわかる。

 

「怒られるタイミングですから…別にこんなこと…」

「いいから。」

「だって…私が…悪」

「大丈夫、ここには誰もいない。」

 

抱き寄せられたままでゆっくりと頭を撫でられる。

我慢しなきゃいけないって、悪いことをしたんだって、そう…思い…

 

 

 

 

「ぅ…ぁ…ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…」

 

 

 

 

無理だった。

 

 

泣いた。

速人さんの服に顔を埋めて、縋り付いて、体裁も何もなく泣いた。

 

何一つできないまま、絶対に許せなかった相手に負けた。

 

彼女に捨てられた家族の力、御神の剣。

私が誇りにしてた、お父様が振るってた、戦えば勝つ、護るべきものを護る御神の剣。

 

結局私が弱かったから。理由なんてそれだけで…

 

 

でも、納得できるはずが無かった。

 

 

何で…何で何で何で何で何で…

 

 

 

 

 

 

 

どれくらいの時間そうしていたのか、私は歯を食いしばって速人さんを突き飛ばすように離れた。

 

「お?」

 

うつむいたまま、一呼吸。

目元を軽く袖で拭ってから、私は顔を上げた。

 

「もう大丈夫。」

「いや、立ち直り早すぎ」

「少しくらいは無理しますよ、私は何があっても剣を捨てる気ないですから。」

 

アインハルト達にあれだけ偉そうにべらべら喋ってた割に負けちゃいけない戦いで負けて、面目も何もかもズタボロだけど、それでも無理をする。

 

剣を捨てる気が無いのなら…折れてはいられないんだ。

いつまでも縋ってはいられない。

 

とりあえずは…

 

 

 

お父様に会わないといけない。

正直、今となってはこんな怪我よりそれがよっぽど怖い。

 

大体私が諦めないと言っても、お父様に呆れられたらそれまでなんだ。

御神の剣は私が自力だけで習得できるものでもなければ、書物なんかがあるわけでもないし。

速人さんも今の私よりいろいろ知っていると言っても直系じゃない。足りない部分が出てきてしまう。

 

「…とりあえず、英気を養わないと…ね。」

「あー…やっぱりそうなる?一応寝る前にも」

「駄目?」

 

困った様子の速人さん。

でも、ちょっと卑怯なのがわかってて駄目かと聞いてみる。

当然ながら今の私に速人さんが辛辣な対応をするわけも無く…

 

 

軽く服をはだけた速人さんに抱きついた。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

「にゃ!?」

 

一瞬、とんでもな光景に目を疑う。

服をはだけた速人お兄ちゃんに、雫ちゃんが抱きついていた。

 

 

よく見て、ようやく状況を理解した。

 

 

雫ちゃんは今速人お兄ちゃんの首筋に噛み付いて血を飲んでいた。

夜の一族は、血を得ることで色々と力に融通が利く。昔忍さんやすずかちゃんも大怪我を治すのに血を貰ったとか。

 

「あのね、見られたらどうするの。」

「大丈夫だよ、近くにお前以外の気配はないし。」

「ぷはっ…ふぅ…」

 

私の声に気付いたのか、それとも十分血を飲めたからか、雫ちゃんが速人お兄ちゃんから離れる。

 

「お兄ちゃんも大丈夫?寝かせる前にも血、分けてあげたんでしょ?」

「慣れてるからな、造血能力は結構高いぜ。」

「一晩でどうにかなるわけ無いでしょ。無茶しないでよ?」

 

自信満々のテンションを見せる速人お兄ちゃん。だけど、顔色が目に見えて悪くなっていた。

…お兄ちゃんの分の食事、多めに見繕って貰うように頼んでおこう。

 

「…すみませんでした。」

 

感情を押し殺した、形式だけの謝罪の声。

それは、ベッドに腰掛けた雫ちゃんからのものだった。

 

「本音で話してくれるとうれしいかな。私は雫ちゃんのお師匠さんじゃないし、密告とかしないから。それとも、信用もしてくれない?」

 

教官と教え子なら少し問題だけど、本当なら皆の本心を、本当の声を気持ちを聞いて、語り合いたい。

…アリサちゃんとの邂逅以来、こういう所は変わってないんだなぁって自分で思う。

 

「…私はちょっと嬉しかったんだけどな、特に最後の一撃。」

「何?」

 

素直な感想だったのだけど、雫ちゃんはあんな戦いになって嬉しかったって言う私の気持ちなんて想像もつかなかったのか、驚きを見せる。

でも、感情むき出しで意識も朦朧としていたはずの最後の一撃。

そんなときの一撃。あれは、きっと雫ちゃんの本心で…

 

「恨んでたはずなのに、それでも肩を狙った。ジャケットすらない部分だって狙えたはずなのに。」

 

そう言って、私は首を指差した。

もしここで直撃すれば、ただですんでなかったかもしれない。

私がそれに気付いてるんだ、あの恭也お兄ちゃんが気付いてないはずが無い。

最後の最後で、血を吐いてでも勝ちたいほど恨んでる相手でも、必要の無い殺人を選ばなかった雫ちゃん。それが、なんだか嬉しかった。

 

「…殺人剣だから?」

「え?」

「貴女が…御神の剣に目もくれずに魔法に走ったのは。」

 

厳しい目の雫ちゃんの問いかけ。

戦う力なら、大なり小なり覚悟は必要で、『死なせない力で便利』だなんて浮かれて魔法を手にした訳じゃない。

けど、今雫ちゃんが知ってる情報だけだと、そう思われてもしょうがない。

 

「ナギハ。」

『プットアウト。』

 

と、様子を静観していた速人お兄ちゃんが、サッカーボールを取り出す。

 

これ以上ないほどわかりやすい、剣を手に出来ない理由。

 

あー…すっごくかっこわるい理由だから正直嫌だったんだけど…今雫ちゃん相手に黙ってる訳にはいかない。

 

「なのは、真似してみ。」

 

それだけ言って、速人お兄ちゃんは軽く放ったサッカーボールを爪先で跳ねあげ、額で軽く私にパス。室内の高さに余裕で収まるやわらかいパス。

私は同じように爪先で…

 

 

蹴ったボールは、加減を誤って思いっきり天井にぶつかって跳ね返ってきた。

 

 

ヘディングに備えて上を向いていた私の顔面に思いっきり直撃して、私はそれで尻餅をつく。

 

「いったた…」

 

鼻を押さえて立ち上がる。

雫ちゃんが白い目で私を見ていた。滑った芸人さんってこんな気持ちなのかなー…視線が痛いよ…

 

「見ての通りだ。」

「は?」

「極度の運動オンチなんだよ、コイツ。鋼糸持たせたら多分ボンレスハム出来上がるぞ。御神の、どころか剣道すらできるかどうか…」

 

笑うでも馬鹿にするでもなく、しみじみと言う速人お兄ちゃん。

うぅ…こんな雰囲気で言われると本当に救いようが無いみたいで悲しい。

雫ちゃんは現状が理解不能らしく、渋い顔で私を見ている。

 

「い、いやだって私の剣止められたよ?最初はデバイスで。」

「目はいいし、距離感も反応も優秀なんだよ。だから、シューティングゲームとかなら好成績出すんだ。距離と軌道がわかってるなら、そこにデバイスをおいておくのはなのはでもできるって事だ。後はベテランの戦闘慣れって奴だな。」

 

反応に困る。

そんな表情を隠すでもなく私を見ている雫ちゃん。

私はそんな雫ちゃんに向かって笑いかけた。

 

「…御神の剣、全部納めて生き字引になろうって頑張ってくれてるんでしょ?これでも私もお兄ちゃん達尊敬してるんだ。だから、ありがとう。」

 

本心からのお礼。それが伝わったのかはわからないけれど、雫ちゃんは私を見ていられないとばかりにうつむいてしまった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

顔向けできない。

さっきの有様で剣を握っても、冗談半分になってしまう。

だからむしろ、潔く引き下がったとすら言えて…

 

「別に、貴女のために収めてるわけじゃないけれど…そう言う事ならごめんなさい。勘違いしていて…」

 

うつむいたままで、私はやっとの思いで口を開く。

 

「でも…もう無理かも知れない。」

「え?」

「取り返しがつかない、それが私達の戦い。勘違いで身内に剣を振るい、絶対に負けられない戦いにこだわりを持ち込んで負けた私に、あのお父様がまだ剣を教えてくれるかどうか…」

 

何もかも間違いだった。

わかっていたはずなのに、だから我慢もしていたのに…耐え切れなかった。

 

「『戦えば勝つ』、それが御神の剣士に課せられた課題。でも、必ず勝てる人なんてものがいるわけが無い。」

 

つまりそれは、状況を駆使したり、最悪勝てない相手には如何にして安全を確保するかを考えたり、生き延びるための護り刀。その課題。

だから、今の私が正々堂々この人と戦おうなんて思うこと自体がそもそも…

 

「えいっ。」

「あたっ!」

 

ゴッ、と鈍い音が私の頭からした。

慌てて顔を上げれば、デバイスを手にして呆れた表情のなのはさん。

 

「やーっぱり勘違いしてた、無理も無いけど。」

「勘違い?私が剣の話で何を」

「深読みのしすぎ。短絡的よりいいのかもしれないけど、今回はもっと単純な話だよ。」

 

訳がわからない。そんな私を前になのはさんは続ける。

 

「護る側は、いつ奇襲があるかわからない、相手がどんな装備かわからない、人数がわからない。さっきの雫ちゃんの話、有利な状況を選ぶ能力が大事って話。あってるけど、正確には『できるだけ不利になりにくい状況を選ぶ』力だよ。」

「意味は一緒でしょう?それが…」

 

言いかけて、止まる。

違う。こちらが不利前提で、『戦えば勝つ』というのなら…まるで意味が違う。

 

なのはさんは、私が言葉を止めたことで気付いたことを察したのか、小さく笑うと自分の服を思いっきり捲り上げた。

 

 

右脇腹から左胸に向かって、薄く、でもはっきりとした線、斬り傷があった。

 

 

古いものじゃない、それなら消える程度の傷。だからそれができたのはつい最近で…

 

「何で昨日の朝雫ちゃんだけ模擬戦に出して、恭也お兄ちゃんが監督もせずにお寝坊さんになるほど疲れてたと思う?」

「あ…ぁ…」

 

察する。驚愕の事実を。私と違って本当に生身の人間であるはずのお父様に、できていいはずが無い偉業を。

 

察してそして…

 

 

 

 

「一昨日の夜、私とフェイトちゃん二人がかりでやって負けちゃったんだ。あの人比喩でもなんでもなく、『戦えば勝つ』んだよ。」

 

 

 

 

察した以上の事実に、私は呼吸すら忘れて、斬り傷を見せて苦笑いするなのはさんを呆然と見つめた。

 

よりにもよって、私がお父様を侮っているのだと、この人に教えられた。

私が一人に傷一つつけられなかったレベルの相手二人に、試合のままで勝利したお父様との天地の差を示された。

…悔しい。とてつもなく悔しい。

 

あんな天変地異起こしておいても死なないような便利武器を振り回してるく人に、戦いについて、御神の剣士について言われっぱなしで、何も言えなくてとてつもなく悔しい。

 

 

だから…

 

 

 

「ストリッパー。」

 

 

 

苦し紛れの嫌がらせに一言言うしかできなかった。

 

「いや、傷見せるのに…」

 

何か言おうとしたなのはさんの前で、私はそれを指差す。

捲り上げた服と手が邪魔で見えないなのはさんのお腹。その前で息を殺して傷口を見ている速人さん。

蚊帳の外…というか、私となのはさんの会話にしたかったからか、あえて話に混ざらなかったせいで、失念してたらしい。

覗き込むように下を向いたなのはさんと、動いたなのはさんの顔を見上げた速人さんの目が合う。

 

しばらく硬直。そして…

 

 

 

「うぉ!」

 

 

 

屈み込んだ姿勢の速人さんの顔面に向かって、なのはさんは思いっきり握り拳を振り下ろした。

運動オンチは冗談じゃないようで、野球投手みたいななのはさんの大振り。尻餅をつくようにどうにかそれをかわす速人さん。

 

「フーッ!フーッ!」

「ちょ、ちょっと待て!傷口見てただけだって!」

 

驚いたときと言いなんだか猫のようななのはさん。

怒られてる速人さんには悪いけど、私のささやかな反撃なのできっちりやらせて貰うことにしよう。

 

「速人さん、好きな色は?」

「ライトグリーン。って待て待て待て待て!!」

「っ…!待たないっ!!」

 

しまいにはデバイスまで展開したなのはさんはそれを振りかぶる。

振るわれる前に窓を開いた速人さんはそこから外に飛び出そうとして…

 

 

窓枠に足を引っ掛けて腹からすべるように転んだ。

 

 

立て直してさっさと逃げるように走り出す速人さん。

私との話が済んでないからか、なのはさんはそれを見送って服装を整えた。

 

「…ああいう事、気付かないうちにする人だって分かってるから、アリシアさんもシュテルも速人さんに惹かれるのかな。」

「あ、ああいう事って…」

 

赤い顔で私を見るなのはさん。

その様子だと恥ずかしさが先行してまったく気付いてないらしい。

 

「外で転んだ服なら、洗っても誰も不思議に思わないでしょ。」

「あ…」

 

そこまで言って、ようやく察する。

自分で言うのも恥ずかしい話だけど、縋り付いて泣いていた涙に皺に、ぐしゃぐしゃの服。

しばらくすれば乾くかも知れないけど…洗えたほうが人に知れなくて済む。

 

普通に窓から出て転ぶ人でもないから、慌てたフリをして逃げる状況が必要で…どこから想定どおりなのやら、あの人は。

 

揃ってしてやられた感じの私となのはさんは、顔を見合わせたままで苦笑した。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




誘導弾使用して複数の的を狙うようなことを凄い精度と速さで出来るような人が、小学校のドッジボールでアタフタするレベルだなんて誰も想像つかないでしょう(汗)
ちなみに、恭也は師匠の立場+忍の独占の為、速人が献血役をやっているので慣れてます。


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幕間・命を燃やす刃

※時系列的には模擬戦前に子供達が温泉に使ってる頃合のため大分前なのですが、ネタバレ要素なんかの関係でこのタイミングになりました。丸々回想的な幕間だと思って下さると幸いです(汗)


 

幕間・命を燃やす刃

 

 

Side~フェイト=T=ハラオウン

 

 

 

斬撃、移動、斬撃斬撃、移動、斬撃移動斬撃斬撃移斬斬移斬斬移斬移斬斬移斬斬…

 

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

思考で間に合わせられないくらいの全速連撃。

ソニック+ライオットの二刀でブリッツアクションを連発する。

 

調査や報告、事務なんかに裂かれて訓練が久々な私とティアナは、同じ訓練でエリオやキャロよりバテるのが早い有り様だった。

そんな私が、この人相手に遠慮なんて出来る筈がなかった。

 

 

 

 

一般局員や魔導師は勿論、『ただの人間』には絶対に過ぎた戦法だけど…

 

 

 

「っ!!」

 

 

 

目の前の『ただの人間』には、そんな常識は通用しないようだった。

 

踏み込みにあわせて足に糸を絡めて引かれ、体勢を崩される。

踏みとどまるのも一瞬、横薙の一閃から魔力刃を飛ばして糸を…

 

 

切断しようと思っていた剣を弾かれた。

 

 

 

…出鱈目過ぎる、恭也さん。

 

 

 

恭也さんは、わたしを飛び越えつつ、伸ばした糸で私の周囲に螺旋を描く。

まずい、抜けられない。

 

残った左の一刀を振るって糸を斬る。

速人の五指鋼線と違ってリールから伸びる一本だけだから、どこを切っても縛られるのは避けられる。

 

 

恭也さんの着地…多分跳躍に合わせて放たれたのだろう誘導弾が、全方位を埋めるように恭也さんに襲いかかる。

中空にいる間に近付いてきた数発の魔力弾を切り裂いた恭也さんの足が地面に…

 

 

「っ!!」

 

 

ついたのを確認した瞬間ブリッツアクション。

 

距離をとって、もといた場所目掛けてソニックシューターを展開する。

予想通り高速移動に入って残りの魔力弾を回避した恭也さん。

恭也さん達の使う高速移動にも持続時間がある。

だから、シューターの平射で時間を稼いで…

 

「はあぁぁぁっ!!」

 

ザンバーを大剣にして、『周囲の木々ごと』薙払う。

大剣を伏せてか跳躍かでかわされても周囲の木々に潰される。まして高速移動の終わりならなおさら…

 

 

 

倒れ行く木々から、木片が飛び散った。

 

 

「っ!!」

 

 

倒れ行く木々を足場に接近してくる恭也さん。

下手に大剣にしてしまったのが命取りになったのか、逃げるのもままならず頭に衝撃が走った。

 

これは…駄目だ。

 

 

『なのは…っ!』

 

 

薄れて行く意識の中、念話を使うと同時に桜色の光が迫ってくるのが見えた。

 

 

いくら恭也さんでもこれは避けられないだろう。

安心した瞬間、意識がとぎれた。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

砲撃を放った体勢のままでいるわけにも行かずにすぐさま構えなおす。

 

「アレまで避ける?」

 

構えなおした先には、荒い息を吐き両の刀を鞘に収めた恭也お兄ちゃんの姿があった。

 

「文句があるのはこっちだ…殺す気か…」

「フェイトちゃんはともかく、砲撃は非殺傷だよ。」

 

木々で潰そうとした時にはさすがにちょっとびっくりした。

多分相手が人間なのを忘れてたんだろう。

 

 

相手は陸戦最強の人間だ、無理もない。

 

 

距離は十以上…バインドも射砲も使う余裕はある。

でも構えて何もしないのは、一手しか使う余裕がないから。

 

それを外したら詰む。

そしてお兄ちゃんならただの一手は必ず外す。

 

…だから、狙うのは恭也お兄ちゃんが動いた瞬間。

その瞬間に、全面プロテクションを張る。

 

小技なら止められるし、斬りかかってきたならバリアバーストを使う。

それに、もう何度も高速移動使えないはずだ。多分ここで決めに来る。

 

 

問題は受けた瞬間、バリアバーストを投擲相手に使えば隙だらけになるし、斬撃にいつまでも使わないと徹される。その瞬間の一手を即座に決めないと…

 

 

 

 

 

「…いくぞ。」

 

 

 

 

 

だから…恭也お兄ちゃんが短い声と共に抜刀体勢になった時…

まさかその瞬間に、試合が終わっていたなんて、まるで気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

恭也お兄ちゃんの姿が消えた。

 

私はそれに合わせてプロテクションを展開する。

即座に来るだろう衝撃に備え、集中…

 

 

 

 

展開された障壁越しに恭也お兄ちゃんが刀を鞘に収める姿があった。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

おかしい。

戦闘中にこんな隙だらけになるはずがない。

何で…何…

 

「ぇ…」

 

プロテクションの内側、私の身体に赤い線。

右脇腹から左胸まで、バリアジャケットが斬り開かれて、内側の私の身体から血が出てきていた。

 

皮一枚裂いた程度の軽い傷。

でもそれは加減の結果で、呆然とプロテクションを展開したままで固まる私の前で地面に腰を下ろした恭也お兄ちゃんの姿が、全てを物語っていた。

 

 

 

 

 

…私、何をされたかも解らないまま負けたんだ。

 

 

 

 

 

「はー…強いや。」

 

 

 

 

空を見上げ思う。

 

事件にも絡み、エースオブエースと呼ばれるほどになっても、私はまだ高町家の末っ子なんだなぁ…と。

 

 

 

 

 

 

 

負けたのは私とフェイトちゃん。

何だけど…

 

『奥義』を連発しすぎた恭也お兄ちゃんのほうがいろいろとばてばてだった。

顔色は一番悪いし汗だくだし、足も痙攣気味で頭と膝を撫でるように座っている。

 

人間の限界を超えられるお兄ちゃん達の奥義の弱点。

本来出しちゃいけない力を搾り出す反動と消耗による、戦闘時間の短さ。

魔導師相手でも使えば勝てる位の代物だけど、使わなきゃ少し運動神経のいい生身の人間。使用が過ぎれば攻撃に当たらなくても下手すると数日、数ヶ月戦えなくなってしまう程の消耗。

フェイトちゃんが恭也お兄ちゃんの予想より持ちこたえたせいか、無茶が過ぎたらしい。

 

「そこまで無茶しなくても。」

「…妹相手に負けてやれるか。」

 

ここまで疲れると完治には大分時間がかかるんじゃないかと心配したんだけど、少しすねたように返された。

エースオブエースと現役執務官の二人がかり何だけど、貪欲と言うかなんというか。

 

 

疲れきって座っている恭也お兄ちゃん。

 

少なくともフェイトちゃんが起きるまでは休まないといけないから、子供達が誰もいない今のうちに聞きたかった事を聞いてみることにした。

 

「雫ちゃんを魔導師と…ううん、ヴィヴィオ達と関わらせたのは何で?」

 

あえて言い直して聞いてみる。

恭也お兄ちゃんは私の顔を一瞬だけみて、呟くように話を始めた。

 

「必要なものがある。」

「必要なもの?」

「アイツが家で戦う誰より弱く、俺や速人が強すぎるせいで手には入らなかったものだ。」

 

 

少し考えて、心当たりが一つ。

 

「それを言うなら恭也お兄ちゃんだってあんな小さな頃は無かったんじゃない?物心ついたときから剣持ってたんでしょ?」

 

修行が先にきたのはお兄ちゃんも同じ筈。

そう思ったんだけど…

 

「…俺達に勝てない。事実だが、素直過ぎてその事実を受け入れてしまっている。」

 

実戦において、勝てない敵に正々堂々なんて危険な真似が許される機会は無い。

逆に言えば、未完の雫ちゃんにとって、今の実戦は…どうやってお兄ちゃん達、達人に引き継ぐか。

これだけになり、素直と称される雫ちゃんは、多少の我慢でその事実を受け入れている。

 

物分かりがいいと言えば褒められるかもしれないけど…気持ちに蓋をしたまま強くなんてなれるわけもない。

そして…それだと、雫ちゃんはいつまでも恭也お兄ちゃんが言う『必要なもの』を手に入れることができないだろう。

 

「すまないな、愛娘を巻き込んでしまって。」

「それは全然。ヴィヴィオが雫ちゃん嫌ってる訳でもないし、広い経験つめるなら多少のトラブルもあったほうがいいしね。」

「スパルタだな。」

「恭也お兄ちゃんにだけは言われたくない。」

 

言い合って、互いに笑う。

と、チクリと少しさすような痛みが傷から走る。

皮一枚、血が少し出る程度に斬られた傷。

 

 

いつ何されたのか、わからなかった。

 

 

こんな技が使えるなら、地上ならリライヴちゃんにも勝てるって話もあながち嘘じゃないんだな、きっと。

 

 

「戦えば勝つってホントなんだね。さすがに二人がかりで負けるとは思わなかった。」

 

 

私の言葉を聞いた恭也お兄ちゃんは小さく笑う。

微笑むと言うよりは、どこか悪戯な笑み。

 

 

「ヒーロー以外には…な。」

 

 

意味深に告げられた意味を噛み砕くのに数瞬。

 

つまり…何?

私とフェイトちゃん二人でやっても力関係的には速人お兄ちゃんに…

 

 

「いたた…フレアの提案を真似するのはやっぱり無茶だね。そろそろ帰」

「修行!修行しようフェイトちゃん!いますぐっ!!」

 

起きてきたフェイトちゃんの手をひったくるように掴む。

 

「い、今すぐは無茶だよ。明日だって試合あるんだし。」

「ううぅぅぅ…」

 

恭也お兄ちゃんに負けたのは我慢と言うか何というか、受け入れられるけど、速人お兄ちゃんとそんな差になってるって言うのは納得いかなかった。

 

 

あーもー!絶対追いついてやる!!

 

 

 

SIDE OUT

 

 




恭也がなのはを上回れる証拠を雫に残せるタイミングがここだなーとは思ってたんですが…話を2対1にするのに疑問が出ませんでした。恭也…(汗)


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第十六話・答えを求めて新たな道へ

 

 

 

第十六話・答えを求めて新たな道へ

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

一人で休んだほうがいいとなのはさんが去って静かになった部屋。

私はそこで、頭を抱える羽目になっていた。

 

 

 

 

「私はきっと、御神の剣士月村雫に口出しできる立場じゃない。けどね…それを踏まえてでも、雫ちゃんに伝えておかないといけないことがあるんだ。」

「何?」

「強くなるのに必要なもの、私も恭也お兄ちゃんも、ヴィヴィオですら持ってるモノ。それを雫ちゃんは持ってないの。多分、アインハルトちゃんもないかな?今回ここで一緒になったのは、雫ちゃんにそれを見つける機会を作るためなんだよ。」

 

 

 

去り際のなのはさんとの会話。それを思い出して握り拳に力をこめる。

身体に走る痛みが丁度いいくらいに頭を冷やしてくれた。

拳を握った腕でベッドを叩く。

 

「なにが『答えは手に入ったら教えてあげる』よっ!こっちは時間が無いって言ってるのにあの鬼めっ!手に入ってからじゃ遅い!!」

 

口汚くなったけど無視する。

どうせあんな派手なことがあったらあの人が特別嫌いなのはヴィヴィオにも分かっちゃっただろうし、今更行儀よく、まして人前でもないのにする必要が無い。

 

「教わるばかりだったから考え足り無い?でも自分で剣や練習法編み出すような立場でも無いし、第一回り道してる暇も余裕も無いのに…っ!」

 

回り道できない、時間が無い。

今の今まで御神の剣に全てをかける為の枷で、言い訳や甘えを断ち切るための最大の力を持つ言葉。

でも、引っかかりを残されたせいでそうも行かなくなった。

 

 

『強くなるのに必要なもの』が無い。

 

 

エネルギーなしでアクセル踏んで動く車が無いように、必要なものとかいうのがないままで修行だけに明け暮れてても意味があるかどうか…

下手をすると、才能とかでもなく、それが無いために速人さんより進行が悪いって可能性だってある。

 

誤解を解いても人を悩ませる原因なのかあの人は、まったく。

 

「お父様に足りないものを聞く…訳にも行かないか。」

 

考えが足りないのが問題っていう可能性もあるくらいだ。大抵の事に確認取ってるし。

 

 

「…こんなの休めないな。」

 

 

どうせ芯にダメージなんて無い、痛いだけだしあれだけ血を貰えばそれもすぐ消える。

朝にはなっていることだし、朝食に早い時間でも起きてる人もいるだろう。少しうろつこう。

 

 

 

 

 

「「「あ…」」」

 

 

外の空気を吸うのに家を出て早々、難しい顔を見合わせているヴィヴィオとアインハルトがいた。

…気まずい、特にヴィヴィオに。

最初挑発こそされたけど、殺意全開で挑んだのは私のほうなんだ、ヴィヴィオの母親に。

 

「あの…大丈夫…ですか?」

 

けれど、そんな私の懸念を他所に、私を心配するヴィヴィオ。

本当、優しい娘だ。

普通に答えても無理してると思われるだろうし、今は傷とは別に問題を抱えてる。

察されたら面倒かな…と言うわけで。

 

 

「…無理、駄目、死にそう。」

「えええぇぇぇぇっ!?」

 

 

額を押さえてさらっとでまかせ吐いてみた。

 

「いや、出歩いてる通り身体の芯にダメージは無いんだけど、全身痛いしだるいし…大体あの砲撃人が食らっていいものじゃないでしょ。太陽でも落ちてきたかと…」

「あ、あの、その…」

 

勝負だから誰が悪いと責められないのかヴィヴィオが言葉に困ったように戸惑いを見せる。

このまま、むしろ平気そうにすれば騙されたと思うだけで本心まで見抜かれないだろう。そう思ったんだけど…

 

 

「私達は…素直に話をするに値しませんか?」

 

 

アインハルトが私を真っ直ぐに見ながらそう言った。

 

『今更隠すな。』

 

目がそう言っていた。

そう言えば、件の覇王様とやらも、何も出来ずに終わったんだっけ?そこまで好きでもない相手の応援なんて必死にするなんて変だとは思ったけど…

 

確かにアインハルトからは覇王の話も聞いてるし、ヴィヴィオの出生の経緯も少しは知ってる。もう何もかもやってしまった後なんだ、二人には黙っておけないか。

 

 

 

殺意の理由、その勘違いを知った事、そんな身の上話をかいつまんで話すと、ヴィヴィオは何処かほっとしたような笑みを浮かべた。

 

「じゃあもうなのはママ怒られたりする理由も無いんですね?」

 

私となのはさんの折り合いが悪いのはヴィヴィオ的に気分のいい話ではなかったらしい。

たしかに、あの運動神経を見た後では納得せざるを得ないけど…

 

「あの人単純に腹立つ。」

「えぇっ!?」

 

綺麗さっぱり遺恨がなくなって、手を繋いでダンス踊ったりするような仲にいきなりなることはさすがになかった。

 

「去り際に問題投げてってくれたのよ。こっちは時間が無いって言うのに楽しそうに…ったく…」

 

最早嫌がらせだ。こっちは時間が無いって言うのに、あんな問題…

と、問題の内容を反芻したところで、そういえばアインハルトも無いかも知れないって言ってたと思い出す。

 

「私とアインハルトに無くて、ヴィヴィオが持ってる『強くなるのに必要なもの』があるんだって。当たりだとすると貴女も人事じゃないね。」

「なっ…」

 

うろたえるアインハルト。

無理も無い、私にとっては時間が無いとは言え段階踏んでる最中だけど、彼女の覇王流にとって強さ=目的なんだから。

 

「アインハルトさんと雫さんが持ってないもの?えー…」

 

ヴィヴィオが私達を見比べながら考え込む。

答えを見つけて貰えれば楽って言うのと、人に考えさせるの自体なんだか『足りてない』事を露呈している気がするのとでちょっと悩む。

ヴィヴィオが一瞬難しい顔をする。あれ?まさか答えわかった?

 

 

 

「友達じゃない?」

 

 

 

と、屋内から出てきたアクアが放り込んだ一言で、アインハルトが凍りついた。

ヴィヴィオを見れば、引きつった顔で私とアインハルトから目を逸らす。…同じ答えにたどりついたって訳ね。

 

「私の情報によればアインハルトちゃんは教室でも近寄りがたい寡黙な無愛想っ娘だし、雫ちゃんはそもそも外出てないしね。」

「どっ、どこから人の学校の情報を集めてるんですかっ!」

「こっちが私の本領、中学生なんて菓子の一つも摘めばいろいろ話してくれるものだよ。噂話に耳を済ませるってのも有効。今回温泉もあったし大体私服や下着の選択基準とかまで拾ってえぅあ!!」

 

耐え切れなくなったらしいアインハルトが腰の入った拳を全力気味でアクアに向かって振るう。

どうにかかわしたか…家で修行してなきゃ今のでスプラッタだったな、彼女の本来の生活にも役に立ってるようで何よりだ。

 

「まーまー、そう怒らない。小物の選択基準も人の思考を知るのに使えるんだよ。」

 

軽く手を叩くようにしてアインハルトをなだめるアクア。

 

「色気も無ければ戸口も狭い二人は、案外そういう所足りてないんじゃない?」

「色気があるのが強いなら、家で最強なのは多分忍お母さんになる。大体エースオブエース様が枯れてるんだから、それは関係ないでしょ。」

「…ごめんママ、否定できない。」

 

ヴィヴィオですら庇わないあたり、結婚事情は相当干上がっているんだろう。

ところで…

 

「ヴィヴィオ、私はともかくアインハルトは友達じゃないの?」

 

ビクリと肩を震わすアインハルト。アインハルト的にもそれは気がかりなんだ。

 

「あ、や!そんなつもりじゃないです!けど…先輩だから友達とかって失礼になっちゃうかなって…」

 

わたわたと大慌てするヴィヴィオ。大変だなぁ世の中って。

 

「堅いなぁ、私なんてフレイアさんと友達でOKって言われたよ。アインハルトちゃんは駄目なの?」

「そんなことは…」

「OKだって。じゃ今度から友達のアインハルトさんって堂々と紹介できるね。」

 

アクアがさらっと誘導して話をつけてしまう。

 

人の思考を知る、先読み、心の隙を突く。

戸口を広く、色々を知るって言うのは、事実彼女の戦闘方法にも使えている。

 

私やアインハルトが使わず、アクアがちゃんと力として機能させている能力という意味では、確かに足りないのはそういうものなのかも知れないな。

 

「戸口を広く…か。なるほどね。収穫にはなったわ、ありがとうアクア。」

「それじゃついでに、二人ともインターミドル参加しようよ。いろいろ広がるよー。」

 

魔法戦技の話か…と、人事のようにきいて、今のフリがおかしいことに気付く。

ヴィヴィオは誘うまでもなく参加だろう。じゃ、二人って…

 

「私が出られるわけ無いでしょ。何言って」

「規定デバイスは装備できたでしょ?安全基準を満たせてれば大丈夫。」

 

わざわざ今日の模擬戦のためだけに私用に改造したのかと思ったけど、まさかインターミドル用だったとは。アリシアさんも暇じゃないはずなのによくやるな。

 

「そう言えばアインハルトさん、確かめなきゃいけないことがあるって…」

「そうですね…アクアさん、ちょっと見ていただきたいものがあるのですが…」

 

言いながら、アインハルトが私とアクアのほうに向かってくる。そして…

 

 

 

唐突に、私の腕を掴んだ。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

完全な奇襲。

でも、傷だらけのはずの雫さんは一瞬で戦闘態勢になる。

 

「はあっ!!」

「っ…」

 

下手に技術を使えないよう、掴んだ雫さんを無理やり振り上げる。

さすがに死なせるわけには行かないので、振り下ろすときだけはそれなりに加減して背中から落とす。

でも、息が止まる程度の衝撃にはなったようで、動けなくなった雫さんの顔面に向かって…

 

 

 

拳を寸止めで突き出した。

 

 

 

ヴィヴィオさんもアクアさんも呆然としている。

当たり前だ。死人に鞭打つと言っていい事を、奇襲でやっているんだから。

 

 

 

「……で、満足できた?」

 

 

 

でも…呼吸を取り戻した雫さんが苦しそうに吐き出した言葉は、私が確かめたかった事を悟っている内容だった。

 

 

私が持つ記憶の中のクラウス、その想い。

護るべきものを護れる力、覇王流の…私の求める到達点。

 

でも、決して本人と話せる訳じゃない。

 

だから結局…雫さんが示した、護るための…勝利の為の手段を全て使い切る事が、それでいいのか悪いのかがわからない、クラウスから答えはない。

どれだけの力を手に入れても、どれだけの敵を倒せても、穢れる覚悟が無いと護れないのかもしれない。

護りたいときに護りたいものを護る力が、いつでもどこでもあるわけじゃないのだから。

 

 

でも、私は…

 

 

「満足…出来るわけ…無い…っ!」

 

 

嫌だった。

 

記憶の中のクラウスが、こうしてオリヴィエを護るのも…これから先こんな事をするのも。

クラウスにとって護れればよかったのだとしても…『私』が嫌だった。

 

 

「ごめんなさいクラウス…私…私は…っ!!!」

 

 

雫さんに負けて、突きつけられた現実。

あの時、雫さんが『奪う者』だったなら、私には、覇王流はまた何も護れず終わるところだったのだという真実。

 

それを前に尚、私はこんな力は嫌だった。

 

「とりあえずアインハルトは参加だって。」

 

いつの間にか起き上がっていた雫さんの声で、私は現状を思い出す。

護るより正々堂々の戦いを選んでしまっている自分に気付いた私は、申し訳なさに泣いてしまっていて、今私が何をしでかした状態なのか忘れてしまっていた。

 

「あ、あの…」

「元々けしかけたのは私なんだから気にしなくていい。」

 

そう言って、雫さんはさっさと屋内へ行ってしまった。

 

「ちょ、結局雫ちゃんはどうするのー!?」

 

大会参加の返答を聞いていない雫さんを追いかけるアクアさん。

私とヴィヴィオさんは並んでその背を見送る。

 

「強い…ですね。」

「はい。」

 

あんな敗北の後、私自身も躊躇いながらの奇襲だったと言うのに、まるで何事も無かったかのように済ませてしまった雫さん。

…悲しみ、怒り、失意。

クラウスですらあったものが、あんな年端も行かない少女に一つもないわけがない。

それでも、怒ったり嘆いたりを選ばない。

 

そんな彼女を、私は本当に強いと思った。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ついてきたアクアにお父様からの許可が必要だって旨を告げる。

放送されるような場所に出ていいものかどうかもわからないし、そもそも今回の一件で剣を取り上げられるかもしれない。まだその話だってお父様と出来ていないんだから。

 

 

 

 

…と、言ったが最後、ずるずるとお父様の元まで引きずられていきなり二人きりにされた。

 

 

 

元から傷だらけで、アインハルトにダメージを追加され、魔導師の力で掴まれて逃げられるわけも無かった。

確かにいつまでも先延ばしにする意味も無いけど…昨日の戦いや今の傷の痛みなんかと比べ物にならないくらい怖いし苦しいって言うのに…

だって、私が諦めないって言っても、指導を断られればほぼ完成の道は断たれるんだから。

 

黙って私を見るお父様と向かい合う形で立つ。

 

 

「あの…お父様…私…」

 

どうしても怖くて俯き気味になってしまう私が、言葉を言い切る前に額を平手ではたかれた。

結果、首があがってお父様と目が合う。

 

「インターミドルに参加するんだな?」

「え?あ、はい…」

「対魔導師に使えそうな技を教える。左右の徹とあわせてそれまでにモノにして見せろ。」

 

呆然と、けど徐々に理解する。

新しく技を教えて貰える、つまり、剣を教え続けてくれる。

 

それだけで、十分のはずなのに…

 

 

ポン、と軽く、頭を撫でられた。

 

 

励ます、許しをくれる。そんな甘いことはお父様がするはず無い。

でもそれが、口にしない事の変わりのような気がして…

 

 

「ありがとう…ございます…」

 

 

私は泣きそうなのを必死でこらえながら、背を向けたお父様に向かってお礼を搾り出した。

…必ず、応えよう。絶対になるんだ、御神の生き字引に。技術だけでなくその存在意義も含めて。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




友人がいないことに疑問一つ持ってない雫。
そりゃ皆家から出したがります(汗)


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第十七話・インターミドルに向けて

 

 

 

第十七話・インターミドルに向けて

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ルーチンワーク気味に修行に明け暮れていた今までと違ってイベント三昧だった外泊修行が終わり、帰ってきた翌日…

 

 

「と言うわけで、今日からは貴女の訓練も担当します。」

「よろしくシュテル。」

 

 

シュテル指導の下、対魔修行に入ることになった。

 

私がインターミドルに参加するに当たって目下対魔導師の一番の問題である射砲撃、バインドへの対処。となれば家で最良の相手は、シュテルしかいない。

訓練について考えるのもアクアとクラウ相手にやってるし、教師としては適任だ。

 

セコンドも彼女がやるらしい。まぁ、大舞台で下手な話をしそうなレヴィやユーリなんて引っ張り出すわけにも行かないけど。

 

「と言っても、貴女に剣を教えるなんて事は到底出来ませんので…」

 

言いつつ、シュテルは誘導弾を展開する。

燃えてるよ…競技設定って言っても、当たったら熱いことだろう。

 

「基本に沿って、身体で覚えてください。尚…ライフタグで管理しますので、凶行は控えるように。」

「うん。」

 

皮肉っぽい口調のシュテルだったけど、私は真面目に頷いた。

実際、なのはさんが殺す気だったらアレだと死んでる。最低でも急所は避けないと。

私が真面目に答えたからか、シュテルはそれ以上何も言わなかった。

 

砲撃は絶対回避か発動阻止。回避には真横移動が必須。射撃は誘導性のせいで器用に避け辛い部分もあり、すれ違うように避けることになる。

魔力とか言う不思議パワーを使ってる割に慣性が皆無って訳ではないのか、進行方向や曲線の移動もある。だから、軌跡の追えないタイミングで接近回避。

誘導弾サイズなら斬って壊れるデバイスじゃないとの事だったから、回避方向の邪魔な弾を斬って、開いた道に飛び込む形が理想…接近しないと話にならないし。

 

 

 

私は前傾姿勢で殺到する誘導弾を待ち構え…

斬ると同時に潜

 

 

 

「…と、このように、着弾炸裂のものもありますので、爆発時には爆風にあわせて後方に飛ぶなど、工夫も必要になります。貴女の反応速度ならそう問題ないでしょう。」

 

爆発した弾のせいで接近を図れず、潜るはずだった全弾の爆炎に飲まれた私は、日差しの暑さに拍車をかける魔力熱を受けて倒れた状態でシュテルの声を聞いていた。

…やっぱり魔法嫌いだ。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

私は、リオ、コロナ、アインハルトさんとまとめて、ノーヴェにコーチとして正式に申請して貰えることになって、同時に大会までの間皆の訓練を見て貰えることになった。

と言っても、特技強化の必要があってそれぞればらばらで特訓している。

 

「と言う訳で、まだ早い段階って置いておいた対射砲戦闘をやってる。そう遠くないうちに単発じゃ何もつうじなくなるかもね。」

「はー…」

 

そんな中、定期的に集合してるある日に、クラウさんが顔を出して雫さんの訓練状況について話してくれた。

シュテルさんは、単純スペックでなのはママと互角らしい。

個性を得て種類や傾向は変わってるけど、それでももしシュテルさんを破れるようになったなら、近接戦の不利が否めない以上大変なことになる。

 

「それにしてもそんな告げ口みたいなことしていいんですか?」

「様子を話しに来ただけだから。それに、皆がどんな感じなのかも見るからあいこだよ。」

 

言って私達を見るクラウさん。

手につけている魔力育成用の負荷バンド。

 

「魔力値が伸びる時期で、身体を下手に壊したら危ない時期だからって。」

「だから、魔力負荷だけかけて訓練してるんです。」

 

と、話した所で、背後に気配を感じる。

席を外していたノーヴェが戻ってきた。

 

「こらこら、スパイにべらべら喋る奴があるか。」

「あう、でも雫さんの話聞かせてもらったし。」

「ちょっと位いいかなーって。」

 

苦笑しながら言うリオとコロナ。

けど、ノーヴェはクラウさんに近づいていく。

 

「で、アクアは?」

 

クラウさんの目を覗き込むようにして言うノーヴェ。

クラウさんは少しの間を置いて…

 

「有力者の情報収集を僕に頼んで訓練中。」

「スパイじゃねーか!!!」

 

ものすごく正直に答えたクラウさんに間髪いれずにつっこむノーヴェ。

凄いノリだ…そして雫さんの話が出てアクアさんの事を一つも聞いてない事に気付く。

クラウさんも情報収集のやり手なのかな?上手い流れだ。

 

「参加選手の情報を得ているという意味では、私も幾人かとスパーリングを組ませていただいてますし、気にするほどでも…」

「相手があのアクアだと気にもするっての。ったく…ま、確かに世間話でどうこういう事はねーけどな。」

 

アインハルトさんに窘められて肩をすくめるノーヴェ。

あのアクア。

とは、勿論想定外の手で手玉に取られ続けたアクアさんの戦い方だろう。

 

初めから何がどれくらい出来るかわかってれば戸惑うことも無いけど…下手をするとこの間の模擬戦で全力出してない可能性すらあるからなぁアクアさん。

 

「でも実際アクアさんどんな感じなんですか?あのときも私いいように振り回されちゃったから気になって。」

 

素直に気になったから聞いてみる。

と、クラウさんは黙ったまま少しだけ俯いてしまった。

 

人の…それも応援してる人の話を勝手には出来ないか。

あんまり無茶言うべきじゃなかったかな?と、そう思って…

 

「水族館。」

 

諦めかけた所で、クラウさんがそう呟いた。

 

「え?」

「水族館作ってる、勝つのは大変だよ。」

 

それだけ言って、手を振って帰ってしまうクラウさん。

 

水族館…それだけ言われて具体的に何がわかるって事は無いけど…

 

「やっぱり…楽しそうっ!」

「だねっ!」

 

あのアクアさんが想像もつかない何かをしてるとか、雫さんが魔導師対策をしてるとか聞いて、燃えないわけが無かった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

一応、ヴィヴィオ達に条件を合わせる意味もあって…まぁ無意味だけど、学校に行っている時間帯はお父様との通常訓練限定になっている。

日中お父様といつもの訓練をこなした上で昼以降にシュテルからの訓練。

アクアは別に練習があるらしく、シュテルは私の専属みたいに熱心に潰…鍛えてくれる。

 

何でもシュテルは、訓練中私に一撃も食らわなければ、速人さんが一日何でも付き合ってくれると約束したらしく、怖いくらい本気だ。

もっとも、それくらい乗り切らなきゃ魔法戦技会なんかに乗り込んでも何も出来ずに終わるけど。

 

「や、きつそうだね。」

「あぁ、アクア。」

 

片手間に挨拶を交わしてくるアクア。

疲れてる様子も無いところを見ると、そんな動いてないようにも思うけど…

 

「サボってる…訳ないわよね。」

「いやぁ、秘密兵器の開発をね。誰にでも勝てるんだよ。」

「そんな都合よく行くといいけど。」

 

冷めた声で返すと苦笑するアクア。自分でも言いすぎだとは思ってるんだろう。

誰にでも勝てる…誇張表現だとしても、普通に評価して『ある程度の相手なら勝利できる』って所になるかな?大した秘密兵器だ。

 

「雫ちゃんのほうは…って、直接具合聞いたらまずいか。」

「別にいいわよ。…芳しくないけどね。」

 

隠すでもなく返した。

どうせ、弾幕や砲撃をさばけるかさばけないかでばれることだ、隠す意味も無い。

 

「あらら…」

「時間に追われて成果も出ずに迷走…って言う状況には、少しは慣れてる。それに、今回は見聞が目的だから、こつこつやるよ。」

 

本気ではやるけど、それは武器を手にしている間はあたりまえ。

私とアインハルトに無いもので強さに関わるもの。それが『余裕』って可能性もあるわけだし、勝手に追い詰められるのもよくない。

 

「そっか…魔法戦自体には元々そこまで興味も無かった?」

「と言うか、今までいろいろはやってる暇が無いって感じだったから。興味がないというか、そこまでやるのは後のつもりではいた。」

「説得力ないなぁ、アインハルトちゃんに襲い掛かってるようじゃ。」

「う、うるさいな…我慢してたのよ。」

 

そして、しきれずに他人たたきのめすわ身内に斬りかかるわ、まったく…

振り返って呆れていると、アクアが私の頭を撫でる。

 

「冗談だよ、雫ちゃんは頑張りすぎなくらい頑張ってるって。」

「目標点が普通の人と違うからね。でも、ありがと。」

 

励ましてくれてる手を跳ね飛ばすのも気が引けて、私はその手をやわらかく掴んで頭から下ろさせる。

彼女だってトラウマの払拭に挑むんだから、人の事気にするほど余裕に満ち溢れてるって訳でもないだろうに。

 

「励ましてる暇があったら、選考会で私に当たらないように祈っておけば?」

「あ、言ったな?雫ちゃんこそ大口叩いてきたんだから、無名選手に負けて落選とか情けないのやめてよね。」

 

笑いながら言い合う。

けど、不安と言う程ではないけど、このままで一戦目から射砲メインの相手に当たればそんな情けない事態も起こりかねない。

アクアにしたって不安を抱えてるだろう。

 

純粋にわくわくしてそうなヴィヴィオ達には見せられない本心ね、まったく。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

強い。

 

ノーヴェさんの紹介もあって出来た公式戦経験者巡りは、誰も彼も強かった。

今のまま覇王の力を示そうとしている事に引け目すら感じかねないほどに。

 

実戦だったら何回死んで…

 

「…一回ですね、どう考えても。」

 

一回死んで、そこから先何も出来ない死体に変わる。

ヴィヴィオさんが雫さんの骨をただの一撃で折って痛感した、命と戦いについての重さ。

それを間近で見ている身として、とてもじゃないが何回も死ねると思えない。思う訳には行かない。まして、護りたいものを護る強さが欲しいなら、なおさら…

 

「にゃぁ?」

「ティオ、ああいえ、知り合いの事を思い出していただけですから。」

 

インターミドル参加資格を満たすためのデバイス、アスティオン。

猫のぬいぐるみ外装を着ている上に、当人も機械音声ではなく猫の音声を登録されている。

おそらくは、クリスさんの対になるように考えてくれた結果のサプライズ。

 

出会ったばかりと思えないくらい私になじんで、なついてくれている。それだけに、少し重くなった気分を察して心配してくれたのだろう。

 

「とても強い方です。仲良く…なれるかはわかりませんが、凄い人ですよ。」

 

出会い方はよくなかったものの、嫌うほど間違った事も無く、むしろ心身ともに強く尊敬できる。

けれど仲良くとなると、彼女がどうしても一線を引いている気がする。

私はアクアさんに指摘されたとおり、単にいろいろ下手でやってこなかっただけだけど、彼女は普通に話したり遊んだり出来るのに深入りを避けている。

 

戦えば勝つ剣。

 

雫さんの到達点もあるいは、覇王の望んだ本当の強さと同じものなのかもしれない。でも…

 

「大会で当たれば、彼女も倒さなければなりません。」

「にゃ!」

 

笑顔で答えてくれるティオ。なんだか心が落ち着く。

 

私と雫さんに無い物が同じと言う話は、きっと的外れではない。なら、こうして広い世界を知ることで、私も足りないものを見つけられる筈。

 

次元世界最強。

 

たとえ今届かないものだとしても、私はそこに辿り着かないといけない…必ず。

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

とりあえず理論設計は済んだ。

と言う訳で、さし当たって試す相手として…

 

「すみませんリライヴさん。忙しいのに…」

 

リライヴさんに声をかけた。

速人さんと揃っていろいろと忙しいらしく、ホントならあんまり私用を頼むのも悪いんだけど…

 

「家のパティシエの親友さんの頼みだもん、問題ないよ。」

 

いつも通り笑顔で答えてくれるリライヴさん。

ヒーローとその仲間達そのままな感じで皆優しいんだよなぁ…ディアーチェちゃんなんかは厳しくも見えるけど、なんだかんだで家族の事考えてるし。

 

「でもいいの?私…エレミアさんにも勝てると思うけど。」

「わかってます。」

 

そうでないといけない。

何しろ…誰にでも勝てる武器として作り上げたんだから。

 

「わかった。それじゃ全力で…いくよ。」

「はいっ!」

 

たった一人で世界と戦ってきたリライヴさんは、力を使い切れば誰もフォローしてくれなかった。だから多分…ほとんどの人が知らない、白い堕天使の全力。

一年位前まではただの一般人だった私が、そんなものとつりあう訳が無い。

 

 

でも…

 

 

届いてみせる。

 

 

 

 

 

魔力値の高さ、少し思いのままに動いて使える槍。

お人よしで子供に甘い両親があっさりくれた高性能デバイス、アクアリウム。

 

そんな自分に自惚れて思いつきで出た大会で、これ以上ないくらいあっさりと負けて、それで全部諦めた。

一流と呼ばれる人たちのように、頑張ってみることすらないままに。

 

当時の私はただの子供、コテンパンに負けた後頑張る気になれなくて、遠目に見てるだけになった。

 

そして…遠目に見るために色々調べ、ヒーローに近づくことが出来た。

 

近づいて…改めて自分がどれほどただの子供だったのか思い知った。

 

朝から晩までに近い勢いで鍛錬生活を送っている雫ちゃん。

そして、そんな雫ちゃんを鍛えているから自分の修行がしきれないとその後でまだ試合を組む速人さんや恭也さん。

 

興味本位で修行に混ざってただ一年、私自身は一回諦めたへっぽこなお子様として評価されてもしょうがない。

でも…一年の時を過ごして尚、大して育たないような程度のことしかやっていない人達だと、私の尊敬した、本当に凄いと思った人達が、そんな評価を受けるのは…絶対嫌だ。

 

だから…

 

 

 

 

「れ…らい…リライヴひゃんれも…たおひゅんらー…」

「目を回すくらいに叩いてもそんなこと言える気概は十分私達に染まってるよ。」

 

遠くのほうから聞こえてくる声にまともに答える事も出来ずに私は力尽きた。

うー…やっぱりそう簡単にはいかないか…

 

 

 

SIDE OUT

 

 




暑い日に炎熱魔法…非殺傷に出来ても喰らいたくない、というか熱中症で死ぬかもですね(汗)


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第十八話・新たな舞台

 

第十八話・新たな舞台

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

「いよいよ選考会前日となりました、組み合わせが発表され通知が届いていますのでこれから確認したいと思います。」

 

一見、いつも通り冷静なだけに見えるシュテルの通知。でも割とよく一緒にいるアクアはすぐに異常を感じたらしく、私を横目にみる。

 

「あのー…何かあったの?シュテルちゃん。」

「は?いえ別に?何も無いし何もなくなりましたが?」

「は、はい…」

 

やぶへびだと察したらしくそれきり黙りこむアクア。

速人さんも想定してくれていたのかどうかわからないけど、とりあえず射砲を抜けるのに2ヶ月はかからなかった。

…それでシュテルのほうは速人さんの一日独占権をパーにされたから仏頂面と相成った訳だけど。

 

無言で通知の紙を開くシュテル。そして、内容を確認すると、私達に見せた。

 

「雫、予選1組。アクア、予選6組ですね。」

「うわぁ!雫ちゃん所激戦区じゃん!」

「アインハルトとコロナの事なら初参加の子供なんだし、別に気にするほどでもないでしょ。」

 

何というか、知り合いの多い所だ。

 

「いやいや、そうじゃなくてっ!!」

 

一覧の一つを指差すアクア。

 

 

ジークリンデ=エレミア。

 

 

私の組のシードにその名があった。確か無敗のエリートとかどうとか。

 

「ああ、そう言えば。」

「そう言えばって!そんな認識なの!?」

「大会優勝が目的でもなければ全員用の対策を別々に組むわけでもないし。あたりそうな人が判明してからじゃないといちいちイメージ固めてられないって。」

 

それにしても、序盤で当たるな。

強くなるのに必要なもの…それを探したいから踏み込んでみたわけで。徐々に強くなってくれると良かったんだけど、RPGよろしく自分の都合のいい采配にはならないか。

 

「試合数経験したければ彼女も倒せば済む話です。」

 

目を閉じてそう言うシュテル。

私を見ながら言えないのは、おそらく彼女の計算上では、それが途方も無く絶望的な話だからだろう。

 

「私が心配なのは、世界最強片付けて後がつまらなくならないかって事。」

「うっわぁ…笑顔で…」

 

だからあえて、自信満々という体で言い切る。

確かに、私としても計算するなら勝率はほぼ無いと考えるし、これが実戦の相手なら出来るだけ正面から勝負する形は避けるべき相手だ。

 

あぁ…そういう意味では都合がいい。

 

戦って勝つ、大会でそれ以外の選択肢なんて無い。だからきっと、考え方も色々違ってくる。

 

「そっちはどうなの?」

「んー…運は良かった、かな。」

 

言いつつ笑みを見せるアクア。

名前を見たところでそこまで人を知ってるわけでもないし、私が戦う訳でもないんだから当日を楽しみにしておこう。

 

「ともあれまずは選考会です。特に雫、貴女は食らえば終わりと言って過言ではないので注意してください。」

「了解。」

 

シュテルの言葉に頷いて、私は手にした刀を見る。

所有者およびデバイスの登録名称が必要という事で、速人さんが使ってるデバイス、ナギハの影打ちにあたるデバイスとして、カゲハと名付けた。

我ながら安直だ。しかも影打ちって…ずいぶん失礼になったな。

 

とはいえ、これでいいとも思ってる。

お父様や速人さんには、遠く及ばない身である私が扱う、それも仮の刀なんだから。

 

「って通信?」

 

感傷に浸る間もなくカゲハに通信が入る。

映像通信…私は無言でそれを開く。

 

『雫さんっ!見ましたか!?組み合わせ!』

「ハイテンションね…シードだけ面白そうだったけど。」

『あ…』

 

私の言葉に過剰反応を示したヴィヴィオが向けた視線の先には、眉をひそめたアインハルト。コロナのほうは今更だと流す余裕があるみたいだ。

 

「冗談冗談。ちゃんと二人も確認してるよ。当たったらよろしく。」

『今度は負けませんから。』

『同じくですっ!』

 

通信越しに凄い温度差だ。

…と言うのは表面上だけ、私も負けるつもりはない。

 

『おう雫。二月前のままじゃ話にならないぜ?そっちはどうなんだ。』

「二月でそんなに変わる訳無いでしょ。シュテルに一泡吹かせるくらいは出来るけどね。」

『よく言うぜ…大分鍛えてんじゃねーか。』

 

自信満々と言った様子のノーヴェ。

向こうは相当鍛えたらしい、技量に伸び代があると身体能力よりはきっかけとかで身につきやすいから手ごわいだろうな。

 

「それじゃ、大会で!」

『うん!また!』

 

アクアとヴィヴィオがそれぞれ明るい挨拶で通信をしめる。

 

大会で…か。

 

どっちにしろまずは明日、初戦の相手が無名のダークホースって可能性もあるわけだし、油断はしないようにしないと。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

たっぷり休んで選考会当日。

どうせなら一緒にという事で、雫さん達と待ち合わせをしていた。

 

「お久しぶりです雫さん!」

「久しぶり。相変わらず元気と言うか楽しそうね。」

 

待ち合わせ場所に先についていた雫さんに挨拶して握手する。

 

「またそんなこと言っちゃってー、あたしたちより先についてたくせに。」

 

リオが笑いながらつっこみを入れる。

礼儀とか時間とかに厳しいからなのかなーとか、簡単に考えてたんだけど…

 

「そりゃ会場に来る人大会参加者なんだから、様子位見ておきたいしね。朝一で来て腕利きがいるか見てたのよ。アクアも第二会場で同じことやってるわ。」

「あいっかわらず油断できねーなお前ら…」

 

当たり前のように既に戦闘準備をしていたと告げる雫さんに、ノーヴェが引きつった笑みを見せる。

見ただけでわかるの?なんて野暮な事は言わない。

歩き方や鍛え方、雰囲気である程度までは察することが出来るんだ。アクアさんは小物まで思考の参考にするくらいだし、まめだなぁ二人共。

 

「これが護衛戦なら会場の下見とかも必要だし、何でも練習って奴。後でお父様に報告して調査に穴や見落としが無いかとかも採点してもらうことになってる。災害が起きても避難誘導できるくらいには調べたわ。」

「さすがですね…」

 

アインハルトさんが思わず声に出して感心する。

そっか…護衛となると、ただ戦えばいいって話にもならないんだ。

 

護れる強さにはきっと必要になる。こういう所は私も見習わないと。

 

「雫の自慢話はおいておいて行きましょう。」

「自慢って…何してたか話しただけなのに…」

「あはは…」

 

自慢話で片付けられた雫さんがシュテルさんを恨めしげな視線を送るのを最後に、私達は連れ立って会場に入った。

 

 

 

熱気で包まれた会場内、整列して前年度都市本戦8位入賞のエルス=タスミン選手の選手宣誓。トップファイターの一人の姿を前に、ますます熱が入る。

 

…よし、やるぞ!

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

待機しながらヴィヴィオ達の試合をのんびりと眺める。

 

鍛えてきた…ってだけあって、明らかに年上の相手を次々と片付けていく。

アインハルトは一撃勝利…か。さすがだな。

 

「ずいぶん落ち着いてるな。」

「入る前にも言ったけど場所を選べないのよ、護衛だったらね。」

 

声をかけてきたノーヴェに、簡潔に答えを返す。

 

一回しかない命がけの戦いで、場所も人数も空気も選べない。

パーティー会場で戦う必要だってあるだろうし、いちいちとまどってられない。

…ま、慣れてるって程人前でてる訳じゃないんだけどね。

 

「…もしかして心配してくれたの?」

「一応な。お前ロクに家族間から離れてねーんだろ?人酔いとかしてねーかと思ってよ。」

 

顔を逸らしながら答えるノーヴェ。一応敵同士なのに優しいもので。

 

「心配ないことは試合で証明する。安心していいよ。」

 

自分の番号が呼ばれたので、リングに足を向けて片手を挙げる。

リングには先にシュテルがついていた。

 

「気をつけて。」

「了解。」

 

笑顔だったり熱意だったりが飛び交う会場で、私もシュテルもおとなしめの子供だから審判の人が少し戸惑ってる。

対して相手は…近接オーソドックスの槍装備。

とはいえ、射砲が使えても不思議がないのはアクアで十分知っている。

 

「Bリング、スタンバイ・セット。」

 

審判の声と共に突きの構えを取る相手。

私はカゲハを両の腰に下げたままで無行の位。

何も知らない人から見れば、構えもせずに突っ立ってるだけで…

 

舐めてると思ったのか、相手が少し眉を吊り上げた。

 

「レディー・ゴー!」

「はああああぁぁぁっ!!」

 

開始の合図と共に、構えのまま突きを放ってくる。

鍛えている魔導師、確かに速く鋭いが…

 

突進の溜めで突きが来ると事前にわかれば、どうにでもなる。

 

すれ違うように相手の右足の後ろに右足で踏み込んで、顎に軽く掌打。

突きの勢いが凄いこともあって浮き上がった彼女を…

 

 

 

 

 

後頭部から落とした。

 

 

 

 

 

顔面を掴んでいた手を離して、審判を見る。

 

「ぁ…ビ、Bリング選考終了。」

 

終わったと明言されたところで、倒れた相手側に向かって一礼だけ済ませて、私はリングを降りた。

 

「…抜きませんでしたね?」

「必要なかったからね。」

 

牽制攻撃から入られたらこう上手くはいかなかっただろうけど、渾身の一撃で仕掛けてくれたからそのまま返すことが出来た。

 

「「「お疲れ様ー!!」」」

「お疲れ様です。」

 

後は様子見でも、と思った所でいつもの四人が駆け寄ってきた。

チームナカジマだったか、わかりやすい名前だ。

 

「凄かったです!ほとんど一撃で終わらせちゃうなんて。」

「アインハルトもそうでしょ。」

「刀も抜かなかったじゃん。」

 

ずいぶん騒ぐなぁ…

当たったら負けるのは選考会でも変わらないんだから、当たらずに片付けるのは必須事項なのに。

 

はしゃぎ気味の皆に詰め寄られてると、唐突に周囲が騒がしくなる。

 

 

「チャンピオン?どこどこ!?」

「チャンピオン!?」

 

 

聞き捨てならない言葉が入っていたらしく、大慌てで周囲を見回し始めるヴィヴィオ達。

私はそんなヴィヴィオ達より先に、騒がしくなっている客席の一角に視線を向ける。

 

 

ジークリンデ。

 

 

私の組に居た有名人がそこにいた。

…正直、らしいカリスマ性って言うか、そういうのがまったく、これでもかってほど感じられない。

あ、でもこっちに気付いてポーズとった。サービス精神はあるらしい。

 

「次元世界最強の10代女子…ね。」

「雫さん?」

 

つい漏らした私の声が冷めていた事に気付いたヴィヴィオが不思議そうに私を見る。

 

「…なんでもないわ。」

 

不穏な言葉は避けるべきだと思った私は、お茶を濁すことにした。

少なくともここで喋らせることじゃないと察してくれたのか、他の皆も何も聞かなかった。

 

こんな場所で言える訳が無い、『多分あの人そんなに強くない』なんて。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

ミウラさんに紹介しておこうと思って帰ろうとする雫さんを少しばかり引き止める。

大分勝ち上がらないと直接戦うことは無いけど、せっかくだし。

 

「あ、ヴィヴィオさん!…ってうわさっきの凄い人!?」

「月村雫さんです。せっかくなので友達も紹介しておこうと思いまして。」

「え、えとっ!ミウラ=リナルディですっ!よろしくお願いします!」

「よろ…しく?」

 

緊張気味のミウラさんと握手を交わす雫さん。

でも、なんだか戸惑った様子で…

 

「どうかしました?」

「いやあの…私友達でいいの?」

 

なにかと思えば、私を見ながらそんなことを聞いてくる雫さん。

と、そんな雫さんに割って入るように、アインハルトさんが問いかけを投げる。

 

「嫌なんですか?」

「や、そんなことはない。ただ、色々嫌われてそうだと…」

 

なんだか恐縮そうな雫さんに、ようやく察する。

色々厳しい話とか対応が多かったから、私達が嫌ってるものだと思ってたんだ。

なのはママとの一戦にしたってママのほうから挑発したって聞いてるし、雫さんがそこまで気にすること無いのに…

 

「なら友人ですね。」

「はい!」

「だね。」

「ですね。」

 

アクアさんからの誘導でアインハルトさんが流された状況。

同じ状況を作ったのだと察した私達は、流れに乗るように畳み掛ける。

 

「ったく…変なとこ真似するのね。」

「『足りないもの』を探すためにここにいるんでしょう?貴女も。なら悪くもないと思いますが。」

 

アインハルトさんと雫さんが無いらしい、強くなるのに必要なもの。

それを探すのに、籠もって修行してたところから出てきたって意味だと、二人とも似てるのかもしれない。

 

「そうね、改めてよろしく。」

「「「よろしくですっ!!」」」

 

軽く一礼する雫さんに私はリオ、コロナと揃って返事を返す。

 

「え、えーと?」

 

なんの事情も知らないミウラさんが私達を見回して困惑する。

説明もなしでグダグダになっちゃってたな。まぁ紹介も兼ねてるわけだし、そういう話は今から色々すればいいか。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 




通知の紙一枚に全参加者のリストが載ってるとすると、何気に魔法より凄い技術な気が(笑)


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第十九話・選考会を終えて

 

 

第十九話・選考会を終えて

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

「だー!辛勝!!」

 

結構手ごわい人で、大分てこずってしまった。

まいったな…これじゃスーパーノービス入れるかもわからない。

 

「へーそう、辛勝ねぇ…」

「ギク…」

「それ口に出して言う人は初めて見たわ。」

 

割と頭を抱えて帰ってきた私に声をかけてきたのは、同会場で選考を行っているルーテシアちゃんだった。

そりゃ試合を見てたならそんな言葉も出るだろう。

何しろ、射砲、ウェイブステップ、高出力攻撃全部縛ってほぼ槍術だけで戦ったんだから。

 

「あ、あのー…やっぱり喋っちゃう?」

「何が出来るかは話してないわよ、面白くないし。知り合いに聞かれたら、相当な曲者って答えてる。」

「あはは…それはどうも。」

 

下手に周囲に聞こえないよう小声で聞いてみると、割と親切な回答が帰ってきた。

けど…つくづくどこでも酷評だなぁ。

元気で明るい女の子、で済んでいいと思うんだけど。可愛いって自分で入れないくらいには調子にのってもないと思うし。

 

「ま、汚さにかけてはもう一人も負けてないから、試合を楽しみにさせて貰うわ。」

「ちょっとルルっち!汚いって何さ!」

 

と、近づいて来ていたシスターさんがルーテシアちゃんに抗議の声を上げる。

 

「どうも、はじめまして。アクアです。」

「あーどもども!噂は聞いてるよ。陛下を出し抜いた曲者がいるって。」

 

シスターってだけ聞くと、随分印象違う明るい娘だ。

 

「シャンテって言って、こんなノリでもシスターよ。」

「あたしだけ特別こんな感じでもないでしょ?セインとかも似たようなもんじゃん。」

 

うーむ、どうやら私のシスターの情報の方を改定する必要があるらしい。

いや、彼女の所属チームとかだけが特別って可能性もなくはないけど。

 

「でも、今日の見る限りなんかいっぱいいっぱいって感じじゃん。そんなんであたしと当たるまで勝ち上がってこれるの?」

 

ちょっと呆れ混じりに聞いてくるシャンテちゃん。

 

「たはは…これでもフレアさんに色々習ってるんだけど、どうにもね。」

 

実際危なかったので苦笑交じりに返事を返す位しか出来ない。

こんな調子で切り札温存しておけるんだろうか…

 

「ま、勝ち進めるよう頑張るから、当たったらよろしく。」

 

握手を最後に二人と離れ、離れて待っていたクラウと合流する。

シュテルちゃんが雫ちゃんの方にもつかなきゃいけないから、日がかぶったときにはクラウだけが私のセコンド役を請け負ってくれる。

話してる間に選考結果を聞いたらしく、私に伝えてくれる。

 

「彼女、シャンテと当たるのはヴィクトーリアさんの一回前。温存は厳しそうだよ。」

「そっか…」

 

まだ力を隠してるシャンテちゃん。

正道でまともに当たって上回るのは厳しそうだし、達人相手に連戦も大変だ。

 

「よし、基本槍術だけで乗り切れるように頑張りたいから帰ったら付き合ってね。」

「いつでも。」

 

強く頷いてくれる頼もしい弟と一緒に帰路に着く。

 

さてと…ここからだ!

 

 

 

Side~ルーテシア=アルピーノ

 

 

 

ソフトな苦笑を最後に去っていくアクア。

思わず笑いが漏れる。

 

「本っ当曲者ね、せっかく狙って挑発までしたのにあっさり受け流されて。」

「ルルっちも気付いてたか、ホントやるもんだよねあの娘。」

 

シャンテはわざとからかい気味につっかかって、怒ったり自信を見せたりといった程度を確認するつもりだったんだろうけど、さも本当のことを言われたといわんばかりの低姿勢で返したアクア。

 

ニュースなんかをやってる人は自分の主観を語れない制限とかあるらしいし、さらっと相手の反応に重ねられるのかもしれない。

 

「ああ言ったけど、陛下の敵討ちもしなきゃだしきっちり勝ち上がって貰わないとね。」

「そうね、私も面白いのと当たるし帰ったら練習付き合ってね。」

「了解。あっさり負けてられないからね。」

 

渋ることなく頷くシャンテ。どうやらそこまでアクアを侮ってもないらしい。

ふふ…燃えてきたわね。

 

 

 

帰り道、教会についたところでアクアとクラウに丁度出くわす。

あれ?とりあえずは勝ったから祝勝会なり練習なりしてると思ったのになんでこんなところに?

 

「あ、丁度良かった!ほらこれ!」

 

と、アクアは手にしていた箱を私達に向かって差し出す。

 

「ひょっとして、ケーキ?」

「うん、せっかくだから二人にも届けてって。」

 

渡された箱を受け取り…

 

「それじゃ大会で!!」

「え!あ、ちょ!」

 

お礼を言う間もなく手を振ってさっさと去ってしまうアクア。

クラウも、笑みと一礼を残してアクアについてすぐに去ってしまう。

 

「さっぱり明るい子だね、それに…親切だこと。」

 

シャンテが屈んで覗き込んだケーキの箱の底。

私は箱の裏が見えるように持ち上げる。

 

 

「…確かに。」

 

 

箱の裏には、売り物だったことを示す成分表示のシールが張ったままだった。

身内贈答用に包んだならこんなもの張る必要もない、きっと彼女の自腹なんだろう。

 

私とシャンテは揃って小さく笑みを漏らして、アクア達の去っていった方を眺めた。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

選考会を好スタートできた祝いという事で、私達チームナカジマ一同は、エメラルドスイーツに招待された。

 

「それじゃアクアちゃん以外皆スーパーノービス入りしたんだ。凄いねぇ。」

「とほほ…水差して面目ないです。」

 

ヴィヴィオさんのお母様…なのはさんが賞賛の声を送る中、アクアさんが申し訳なさそうに呟きを漏らす。

 

「それでも一個下なだけでしょ?2回勝つくらい大丈夫だよ。」

 

沈み気味のアクアさんを励ますフェイトさん。

けど、そんなフェイトさんに続くようにして雫さんから溜息が漏れる。

 

「手持ちの技ほぼ全部伏せて快勝しようなんて方が欲張りなのよ。」

「返す言葉もございま…って!刀も抜かなかった雫ちゃんに言われたくなーいっ!!」

 

反省しようとしたところで思い出したように雫さんを指差すアクアさん。

 

…あ、顔を逸らした。

 

「私の方がぎりぎりではあるけどね。当たったら負けだし。」

 

呟くように漏らす雫さん。

確かに、近接戦闘でまともに攻撃を受けたら終わりとなると、緊張感のレベルが違う。

 

「このまま勝ち上がって行ったら雫さん、エリートクラスの三回戦でジークリンデ=エレミア選手と当たることになるんですよね。」

 

雫さんの位置、私の気がかりだった次元世界最強のエリートファイター、ジークリンデさんとの試合を、雫さんが先にやることになる。

 

「悪いわね、アインハルト。」

「え?」

「戦いたかったでしょ?仮にも世界最強だし。」

 

言いながらケーキを摘む雫さん。

言葉の意味を噛み砕いた所で私は息を呑んで…

 

「雫さん、さすがにチャンピオンは私達と同列で考えるのはまずいですよ。」

 

ヴィヴィオさんが少し真面目な指摘をする。

雫さんはフォークを皿に置くと、小さな笑みを見せた。

それは…

 

 

「確かにね。彼女の全力とスペックは、私が一撃も受けずに済むほど甘くも、受けて耐えられるほど弱くもない。」

 

 

力ない笑み。

なのはさんに襲い掛かったのが誤解だと、それで負けたのだと私達に語ってくれたときのように。

 

 

「だから…勝率は『低い』。」

 

 

そして、その笑みのままで静かに告げられた内容に、皆が驚いた。

自信とか意気込みとかそういうものじゃない、『判断』だけで雫さんは、勝率があると見込んでいるんだ。受けたら終わりであのチャンピオン相手に。

私にはその域は想像できない、辿り着けたとしても出来て五体の削り合いになると思う。

 

「実戦と違って、その確率に賭けることを躊躇わず迷わず許された舞台が、競技の試合。貴女が投げっぱなしにしてくれた問いの答えを見つけないといけないから、こんなところで躓く気はない。」

「頑張って、応援するよ。」

 

なのはさんと視線を交わす雫さん。

…強くなるのに必要なもの…か。問いを投げかけたくらいだから、なのはさんも持っているものなのだろう。

 

「そういうわけで二人とも、勝ち上がって来て戦おう。」

「「はい!」」

 

私とコロナさんの返事がピタリと重なって、周囲から笑い声が上がる。

私は少し恥ずかしくなって飲み物を小さく傾けた。

 

 

 

 

自室に帰り、就寝前の鍛錬を終えて今日の事を振り返る。

 

 

雫さんと…次元世界最強。

本来なら勝負にもならない格差があるはずだけど、雫さんは冷静に勝算がありそうだった。

 

そこまでの激変があったのか、刀を抜いてないからまだ何一つ見せていないのか。

少し気になって、今日見た雫さんの試合映像を再度見てみることにした。

 

突進に対して、掌打を叩き込んだと言うよりは、顎だけせき止めて勢いを利用して浮かせたような、無理のないやわらかい踏み込み。

避けたのがわかって直進する人間などいないのだから、本当に紙一重で避けなければできない芸当だ。

 

 

 

そしてそのまま指先で相手の顔を掴んで…指先?

 

 

 

嫌な予感がした私は、そこからをスロー再生で追ってみる。

 

 

指先で掴んだ顔を振り下ろす。

後頭部激突。

軽く頭がバウンドして掌と顔の僅かな空洞が埋まり、一方雫さんの振り下ろしは止まらず、今度は掌に押されて再度後頭部から地面へ―

 

 

「ぁ…」

 

 

おかしいと、思っていた。

 

生身の雫さんは、鋭い斬撃でようやくバリアジャケットを超えられる程度。装甲で受ける必要すらなく、耐えることが出来る攻撃力。

にもかかわらず、いくら頭といえ投げの一撃で意識まで断つ様な攻撃が出来るのか…と、疑問には思っていた。

 

でも、違う、関係ない。

こんなものを頭に喰らえば、いくら皮膚も骨も耐えられる防御能力があったとしても、振動回数だけで脳が…意識が潰される。

 

「にゃぁ?」

「あ…」

 

いつの間にか握り拳を震わせながら呆けていたらしく、ティオが困惑して声を漏らす。

 

いつか見た、ヴィヴィオさんの拳を断ち切った斬撃。

再現も理解も未だ及ばないけれど、こんな恐ろしく繊細な技を使う位だ、何が出来てもおかしくない。

 

 

 

雫さんと世界最強の戦いも含めて、とてつもなく試合の日が待ち遠しくなった。

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

試合間近、ノービスクラス消化の為の修行の合間、私はクラウの報告を受けてダッシュで現地に向かっていた。

 

「とおぉぉぉぉぅっ!!」

 

とりあえず意味もなく跳躍した私は、目的の人の眼前に着地する。

 

「アーちゃん。」

「こんちわ、ジークさん。エリートクラス前に会っておきたくってね。クラウが動いてたから気付いてたとは思うけど。」

 

修行中にクラウに行方を追って貰ってたけど、さすがにジークさんがクラウに気付くほうが早いだろう。

 

「あんま目立ちとうないんやけど…事前調査かなんか?」

「あー、ごめんごめん。ちょっとハイテンション過ぎたね。」

 

目立ちたくないからと人のいない道をフードで走っているのに、跳躍して眼前に割り入っては元も子もない。

 

「次元世界最強の十代女子。その冠が気になった結果私はあの人達に会えたわけだしね。ジークさんには感謝してるからちょっとおせっかいをやきに来たの。」

「おせっかいだと思うなら引っ込んだらどうかしら?パパラッチさん。」

 

背後から聞こえてきた声に振り返れば、そこには雷帝ことヴィクトーリア=ダールグリュン選手の姿があった。

 

「選考会で会えたから後は試合会場でと思っていたのだけど、あなたの小間使いが動いていると耳にしてね。あんまり試合前の友人にちょっかい出さないで欲しいわね。」

「ジークさーん、私あちこちでこんな評価なんだけどー…」

「ヴィクター、アーちゃんはウチと会ったこととか噂広げんといてくれとるし、そういう心配はいらんよ。」

 

珍しく庇ってくれる人がいた感激でジークさんに飛びつく。

ちょっと驚いたジークさんだったけど、笑顔で頭を撫でてくれた。

 

…あ、ヴィクターさんがすっごく面白くなさそうな顔してる。

 

一端ジークさんから離れた私は、話を進めるために咳払いを一つ。

 

「えっとね、順当に進んだらの話になるんだけど…アインハルトちゃんと当たるでしょ?」

「うん。覇王流の娘やね。」

 

迷わず答えてくれたジークさん。多分気になってたんだろう。だけど…

 

「その前に気をつけて。」

「え?」

「月村雫、彼女…私が知る限り、新人最強だから。」

 

雫ちゃんの応援をしたくないわけじゃない。

でも、私にとってはジークさんも友人だ。だから、もし万一無警戒だったらと思って伝えに来て見たんだ。

まぁさすがにこれ以上詳しい話は出来ないけど。

 

「油断はしないとは思ってるけど…無名だし、覇王流が気がかりだと印象薄いんじゃないかと思って。」

「私もみたけど、彼女の力ではそこまで警戒する理由は思い至らないわね。」

 

ヴィクターさんからの淡白な感想。

うん、普通に見てたらその程度の認識だと思う。

 

でも…

 

「殺人術の使い手を警戒せん理由はないな、あの娘なんで大会にでてきたん?」

「…は?」

 

どうやらジークさんは、ヴィクターさんより雫ちゃんを見ていたらしかった。

殺人術なんて物騒な単語にヴィクターさんが眉を潜める。

 

「気付いてたんだ。」

「毛色が違ったから気になってよう見とったんよ。それより、知り合いなんやったら伝えといてくれんかな?」

 

ジークさんが私を見る。

拗ねたような機嫌が悪いようなそんな表情で。

 

 

「勝ち上がってきても、ウチまでで必ず止めるって。」

 

 

宣戦布告。

まさかジークさんの方からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。

 

 

私は頷いて、踵をかえし…

 

 

 

「…あ、ケーキは走ると崩れるから邪魔だと思ってクッキー持ってきたんだった。」

 

 

帰ろうとした所で丁度クッキーを持ってきていたことを思い出して、ジークさんに差し出す為に振り返り…

 

ずっこけたジークさんとヴィクターさんの姿があった。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




宣誓時の大会参加者(MOB)の表情とか見てると割とみんな笑顔で、終始張り詰めてるのってアインハルト含め稀に見えるので…雫の戦闘は毛色が違うじゃすまないでしょう(汗)


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第二十話・開幕、水精対奏剣

 

 

 

第二十話・開幕、水精対奏剣

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

「は?」

 

アクアから伝えられた、次元世界最強選手からの宣戦布告。

私の事を知ってる訳もなければ関わりがある訳でもない彼女が何でそんな事をするのか。

 

「何で大会に来たのか…って言ってたけど。」

「何で、ねぇ。大きなお世話…って、彼女もわかってるから勝ち上がったら倒すって言ったのよね。」

 

やめろ、とか出るな、ではなく、倒す。

選手として、私をたたき出すための手段…か。

 

「…ま、私の方は気にしなくてもいいわ。それより、そっちの方が問題でしょ?」

「あー…まぁね。」

 

私がジークリンデと当たるとしても三回戦、少なくとも今心配なのはアクアだけだ。

エリートクラスに到達した今、アクアは一回勝つだけで二回戦でシャンテと当たる。

あの娘は上位選手ほどでないにしてもヴィヴィオ達に並ぶクラス。

 

「うん、何とかするよ。」

 

自信がなさそうなアクア。

でも、三回戦で当たる予定のヴィクトーリア相手に出来る限り手札を隠しておくつもりでいる訳で、ないのはそのための自信。

 

それってある意味過信とすら言える気がするけれど、本人はそんなつもりはないんだろうな…エリートクラスまでたどり着いただけで大はしゃぎだったし。

 

「それじゃ…」

「うん!勝ち抜いてまた!」

 

会場が違う私とアクアは、それぞれ別の場所に向かうことになる。

油断しなきゃ大丈夫だとは思うけど…

 

「って、人の心配してる程の余裕はないわね。」

 

食らえば終わりの私だって、相手が無名だからと気を抜けるわけじゃないんだ。

元より戦闘で気を抜くなんてことはないけど、私も気を引き締めていこう。

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

「うーわぁ…ミウラちゃん強ぉ…」

 

モニター越しに映る第一会場の様子に私は呆然と口を開けているしかなかった。

規定ライフの倍近いダメージを与えてシード選手を吹っ飛ばすとか、恐ろしい攻撃力だ。

 

「こっちは一戦目から3ラウンドいっぱいかかってるのに…」

「手札のほぼ全てを伏せているのですから当然でしょう。」

 

今回、私の方が厳しいっていう事で、シュテルちゃんはこっちの会場に来てくれている。

クラウが雫ちゃんのセコンドについてくれているけど…雫ちゃんなら大丈夫だろう。

 

「次は初手から手札を開くつもりで。」

「…やっぱり?でも出来たらシャンテちゃんが何できるか暴いてからそれにあわせて使いたいんだけど…」

 

シュテルちゃんは少し眉を潜める。

そこまで余裕ないかなー…やっぱり。

 

「貴女がそのつもりでいるのを利用して、いきなり決めにくる可能性があります。」

「あー…」

 

確かにウェイブステップすら無しで彼女の高速攻撃を捌けるかって言われると厳しい。

手札を隠している内に、何も出来ないまま大ダメージか瞬殺か。

 

「様子を見るのもかまいませんが、躊躇いなく手札を切る心の準備だけはしておくように。」

「うん。」

 

きっとシャンテちゃんは強い。

でも…だからこそ。

 

ここを乗り切れば、少しは戦えるって思える筈だ。

 

 

「そろそろ時間ですね。」

「…よし、行きますか!」

 

 

私はシュテルちゃんの先導にしたがって、入場準備に入った。

 

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「皆この試合までに終わってよかったねー!」

「うん!」

 

私達チームナカジマの一回戦は、全員勝利って最高の結果で終わる。

二回戦までの時間の間に丁度収まる形で、その試合は始まった。

 

 

シャンテさん対アクアさん。

 

 

チームではないけれど、知り合い同士…そして多分、シード選手を除いてはかなりの好カード。

 

ここまでアクアさんは単純な槍術だけで凌いでるから、大会ではシャンテの方が高評価だけど、はっきり言ってアテにならない比較だ。

 

「ヴィヴィオさんはどう見ます?」

「ウェイブステップは初見で捕らえるのかなり難しいと思います。シャンテがすぐに特性に気付けば、速さもあるし捕らえられると思いますけど…」

 

アインハルトさんに尋ねられて、今までの情報から私なりに見解をまとめてみる。

うん、纏めてはみたものの…

 

「シャンテさんもそうかもしれないけどさ、あのアクアさんが全部手札見せてくれたと思えないんだけど。」

「そうだね…」

 

リオのコメントに頷くコロナ。私も、多分アインハルトさんも同意見だ。

リオの意見通り、アクアさんが手札全て明かしてくれてるととても思えない。

一気に全部の新技明かして、見事にはめられる可能性は十二分にある。私も一回いいようにやられちゃったし。

 

水族館って言うのも気になるし。

 

水色一色の身体の輪郭がわからないようなひらひらとしたドレスを身に纏って、額にはサークレットをつけたアクアさん。

シンプルで綺麗だけど、戦闘って意味であんなに防御も動きやすさも考慮しない服装でいいのかな?

高速戦闘可能なシャンテの攻撃でも、あんまり耐えられなさそうだ。

 

 

『予選6組、二回戦…レディ・セット…』

 

 

互いに構える。

アクアさんの構えを見る限り、いきなりウェイブステップを使う気はなさそうだ。

 

『ファイト!』

 

そして開始の宣言と同時…

 

 

「「「「ああぁっ!!」」」」

 

 

双輪剣舞。

発動するまでもなく私には防げないとわかってしまった、シャンテの高速2連撃。

槍で受けたアクアさんは、そのまま場外に吹っ飛ばされた。

 

「油断するから。」

「あ、雫さん、クラウさん。」

 

背後からの声に振り返ると、雫さんとクラウさんの姿があった。

いつの間にか来ていたらしい。

 

「でも、騒ぐほどじゃない。」

「確かにね。」

 

まったく動揺のない二人につられてモニターに視線を戻すと、思いっきり吹き飛ばされたように見えたアクアさんは、服をはたきながら笑顔でリングに戻ってきた。

 

 

ダメージはほぼない、勝負はここからだ。

 

 

 

Side~シャンテ=アピニオン

 

 

 

「ったたた…」

 

手をひらひらと振りながらリングに戻ってくるアクア。

角度のまるで違う瞬間の二連撃。槍一本で凌ぐには厳しい代物のつもりなんだけど…

 

きっちり二撃とも受けられてほぼノーダメージ。衝撃が伝ったって程度だ。

 

「リング・イン…ファイト!!」

 

けど、見えていながら場外まで吹っ飛んだってことはさほどパワーや接地面の重さがないって事だ。強打は来ないから怖くない。

 

なら…準備する間は与えない、このまま押しきる!

 

死角に入って、一気に首を…

 

 

「ってあれ?」

 

 

振りぬいた剣から、感触が帰ってこなかった。

よく見てみれば、いつの間にかずいぶん前に動いて振り返っている。

 

「それじゃ、水の妖精アクア=トーティアのとっておき、開封しちゃおうかな。」

 

ゆらゆらとゆれながら、くるりと一回転するアクア。すると…

 

 

水色だったドレスが、いきなり透明色になった。

下に着ているボディラインぴったりの全身の白いインナーがはっきり見えている。

 

 

「さ、行くよ!」

 

 

下手をすると裸より恥ずかしい格好で、照れの一つもわからない。

こ、この人…ある意味ホントに大物だ…

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

やっぱり手札を晒す羽目になってしまった。

とはいえ、さすがにいきりKOされるわけにはいかない。

 

 

ウェイブステップ・ミラージュ。

 

 

「ふらふらゆれてたって!」

 

ゆれているだけにしか見えないだろう私の状態に業をにやしたのか、シャンテちゃんは驚きを振り切って斬りかかってくる。

 

けれど、当然ながら加減速自由自在のこのウェイブステップ。

初見でいきなり捕らえられるわけもなく、シャンテちゃんの斬撃はことごとく空を切る。

 

 

「こ、これはどういうことか!?いままで確かな槍捌きを以って試合を勝ち抜いてきたアクア選手!シャンテ選手の高速斬撃を、ゆらゆらと力なくかわす!!」

 

 

しばらく回避を繰り返していると、シャンテちゃんが笑みを見せる。

脱力維持してないと出来ないことを察したんだろう。

 

確かに、いくら回避能力が高くたって攻撃能力が低い相手なんか怖くない。

でも別に、攻撃できない訳じゃない。

 

「もらった!」

「残念!」

 

 

確実に捕らえるためか大げさに近づいてきたシャンテちゃんを、強い踏み込みからの突きで貫いて…

 

 

消えた。

 

 

 

あれ?

 

 

 

「そっちがね。」

 

 

 

背後から声。

ウェイブステップから強打を放つことが出来ても、全力で攻撃した状態からすぐに動くのは無理な話で…

 

 

危機を感じたときには既に遅く、鋭い風切り音が聞こえてきた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

呆然と、本当に呆然と私達はその光景に見入っていた。

 

ウェイブステップの弱点をすぐに見抜いたシャンテの攻撃。

それを利用したアクアさんの反撃。

 

 

でも、それすら幻で、強打を放ったアクアさんは決定的な隙を晒す。

 

 

アクアさんの反撃まで読んだなら、シャンテの戦法は完璧だった。

 

 

 

 

なのに。

 

 

「外…した?」

 

リオの呆然とした声を皮切りに、モニターでは仕切りなおすように構えなおす二人の姿が映る。

コロナも…アインハルトさんですら、リオと同じ理由で驚いているのだろう。

 

そう…決定的なチャンスに、シャンテがアクアさんの足に向かって振りぬいた一撃は、皮一枚掠める程度に空を切った。

 

 

でも私は…なんとなく失敗じゃないと思った。

 

 

「雫さん、アレがあのジャケットの…」

「さすがヴィヴィオ、モニター越しでよく見破ったわね。」

 

 

だからきっと、知っている…または知らなくても気付いてるだろう雫さんに聞いてみる。

雫さんは私を軽く褒めた後、クラウさんを見る。

 

「ウェイブステップ・ミラージュ。まともに相対したら視覚そのものを狂わされる姉さんが作った『水族館』だよ。」

 

視覚を狂わされる。

モニター越しに映る映像の違和感程度に感じていたものの正体が判明してぞっとした。

 

「ウェイブステップによる緩急自在の移動術と、揺らめく透明なジャケットが起こす光の屈折。しかも入りと白いインナーからの反射光の両方が曲がる。ただでさえ捕捉しづらいウェイブステップで決め技すら回避されようものなら…自分の視界そのものが信じられなくなる。」

 

雫さんの解説に口を開けて呆然とする皆。

私は特にその恐ろしさがわかった。

 

ただでさえウェイブステップは捕らえ辛いのに、見ようとすればするほど…距離感や自分の確信が揺らいでいく。

しかも、視点が合わないのを無理にあわせようと必死で見れば、目が疲れ、ますます距離感が測りにくくなる。

ある程度以上の技量を持つ近接戦闘および中距離射撃使いにとって、アレは幻と戦えってくらい厄介な代物だ。

 

「波の内にいる生き物に、陸地の者では触れることすらままならない。何人いても、『見て』距離を測ってるのが本物一人じゃ、厳しいかもね。」

 

何人いても。

雫さんが何気なく発した言葉に、私は心の中で同意した。

 

 

…そう、シャンテがあの分身で出せる人数は、1人なんかじゃない。

 

 

確信すると同時、モニターでは揺れるアクアさんを狙う獣の群れのように、6人にまでなったシャンテがその周囲を取り囲んで構えていた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




アクアが化かしあいで上回っているようで、実はノーダメージのシャンテ。
…化かしあいって単語が似合う気がします(笑)


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第二十一話・曲がった力を使う者

 

 

第二十一話・曲がった力を使う者

 

 

 

Side~シャンテ=アピニオン

 

 

 

「シャンテー!あんまり見ちゃ駄目だー!」

 

セインからとんでもな指示が飛んでくる。

 

 

見ないでどう戦えってっての!

 

 

…とはいえ、『見るな』って言うとおり、正直目を閉じたくなる。

ピントのずれたメガネでもかけたらこんな感じになるかな?

ずれる視界を直そうとするたびに、透明の…わずかに虹色にも見える、光を曲げるひらひらの服越しに見える腕や足が、タコみたいにうねうね動いてる気さえしてくる。

 

 

でも…視界が多少ずれた所で、手はある。

 

 

早い話、切っ先でなく剣の中腹を当てるように斬りかかればいい。

ずれるったって腕一本分くらいだ、いつもより深めに踏み込めば―

 

 

近づいた分身が、ことごとく切り払われた。

 

 

こんなところで戦える腕の人相手に、自分の間合いをつかめないとなるとさすがにやりたい放題だ。あのステップのまんまのなで斬りでも、分身じゃ耐えられないし。

このまま攻めるのは分が悪い、どうにか戦法か手段を見繕って…

 

「ところで…」

 

言いつつ、アクアが私に近づいてくる。

 

 

「いつまでかくれてるの?」

 

 

分身に囲ませて、私は迷彩幻術で遠巻きにどう戦おうか考えをめぐらせてた所なんだけど…見破った?一体どう…

 

足元にうっすらと、霧が広がっていた。

私が透明だと霧の中に足の空洞が…

 

「はっ!」

「っ!」

 

アクアの気合の入った突き。

咄嗟に防御に入るも、彼女はそのまま私に向かって距離をつめながら連続攻撃に入る。

 

槍の中程を持って柄と刃を駆使した槍術と言うより棒術の動き。

両手の力を一つの武器に伝えることが出来る上、手数は二刀と互角に持ち込める。

厄介極まりない。

 

でも…こっちは一人じゃないんだよね!

 

アクアの背後からの分身の斬撃にあわせるように反撃に出る。

 

「っと、残念。」

 

けど、するりと横にかわされた。

だーっ!強打の直後とかでないと、いつあのステップになるかわからない!

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

ウェイブステップ。一時も留まることなく、回避を中心とした体力も多く使わない技法。

 

「あの歩法は元々一対多を想定した技なのですね。」

「うん。」

 

クラウさんに確認を取ると頷いて答えてくれる。

そうなると、普通は一対一のこの大会用に覚えたものではない。たまたま当たった幻術使いのシャンテさんは、組み合わせが悪かったかもしれない。

 

「ちなみに、アインハルトならどうする?」

 

雫さんが振った質問に対する答えは、私も考えずに眺めていたわけじゃない。

とはいえ、あのステップだけでも厄介なのに、距離感まで奪われては取れる手段は多くない。

思いついた策は二つ。

 

「一つは…攻撃の瞬間にそれを掴むか受けるかで耐え、返し技を叩き込む。」

「うわぁ…」

 

攻撃をつかめれば一番いいが、槍を深々と受け、あるいは突き刺されても、抜かれなければ武器を手放さない限り離れることが出来ない。

おそらく、私が取るならこの手段になる。

 

「防御の軽い彼女が使うには無理のある方法ね。一つはってことはまだあるの?」

「顔を…見ます。」

「あ!そっか!」

 

続けてかけられた問いかけに簡単に答えると、勘のいいヴィヴィオさんがすぐに気付く。

身体を覆い隠すように包まれた透明のドレス。

けれど、当然顔にそれはない。自分からの視界も歪んでしまうから。

ウェイブステップについては捉える必要が出てくるけれど、距離感は狂わないはずだ。

 

「そうね。それで距離感を失わずに済む。ウェイブステップも、アレだけの分身で連撃を賭ければ隙の一つ位作れる。」

 

私の案を肯定してくれる雫さん。

肯定が帰ってきたはずなのに、違和感。

当たり前だ、雫さんが…使用者の隣人がそれに気付いているのなら、アクアさんが考えていない訳がない。

 

「普通、攻撃に動き出してから見切るなんてことはしない。予備動作、目線や…それこそ筋肉の動きやひじ、足の位置なんかで攻撃種別を判断する。」

「あ…」

「顔だけしか見ないんじゃ、いきなり大技振るわれても余程わかりやすいモーションとってない限り気付けないかもね。」

 

雫さんの指摘通り、身体の回転を利用して大きく槍を回したアクアさんの一撃で、シャンテさんの分身がまとめて全て掻き消された。

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

足腰の溜めを使って一回転。

それで周囲から同時にかかってきた分身を一掃した。

 

「そこぉっ!」

「んの!対一だからって!」

 

残りの一人、本物に向かって全力で打ち込みにかかる。

けれど、元々双剣術でここまで綺麗に凌いで来たシャンテちゃん。

いままで槍だけでいっぱいいっぱいの私が直接当たるのは多分不利。

 

なので…

 

「えい。」

「てっ!…氷結!?」

 

直接攻撃を仕掛けるフリをして、氷結魔力弾を足元に放つ。

迷彩確認の為のフィールドミストも相まって足元が広めに凍りつく。

まともなバインドほどじゃないけど、一瞬動けなくするくらいの効果は十分にある。

 

「風車!」

「っ!」

 

跳躍から、回転の勢いを利用して放つ打ち下ろし。

少ない力でも効果を出しやすくはあるんだけど…

 

両手の双剣で受けられたら、槍じゃ重さが足りなかった。

これはクラウみたいな中、大型武器使い専用だな。ハイリスク、ローリターンじゃ使えない。

 

考えながら着地したところでラウンドが終わった。

 

 

「多段分身に幻惑移動!互いに魅せてくれるシャンテ選手にアクア選手ですが、ここまでラウンド終了で両者ともクリーンヒットなし!この先どうなるのか!」

 

 

らしい実況さんの声と沸き立つ会場の声に包まれて、シュテルちゃんの元に戻る。

 

「…初手で足をやられなかったのは不幸中の幸いですよ、わかってますね?」

「うん。」

 

最初に分身を思いっきり貫いたとき、あの後の足への一撃が外れたのは完全にまぐれだ。

だって、目測が合わないって事は、深く踏み込んでくる可能性もあったんだから。

この衣装の光学効果は、目測を間違えている相手への対応がやりやすくなるって程度の効果であって、隙だらけのところに攻撃されても外れるって程便利なものじゃない。

 

「でしたら、そろそろ全て使い切りなさい。彼女は私達と戦える領域に近いです。貴女に温存をする程の差はありませんよ?」

 

シュテルちゃんの指摘には同意しかない。

余程技量が上回ってない限り彼女の速度は破れないし、そもそも下手したら一対一で戦って勝てるかも怪しい。

小細工もそろそろ尽きてきたし、しかも風車みたいな大技まで使って防ぎきられた。

 

「…うん、やってみる。」

 

切り札は…ある。

出来れば使いたくなかったけど、もう温存できる状況じゃないのは良くわかった。

素の戦闘能力はきっとシャンテちゃんのほうが上だ、だから…やるしかない。

 

 

Side~シャンテ=アピニオン

 

 

 

「何重にも張っている罠、高等技術である歩法など、一見底が見えませんが、近接戦闘における技量は貴女の方が上手です。油断さえしなければ物怖じすることはありません。」

「おうともさ!」

 

元気に答える余裕はある。

それはあるけど…いや参った。

 

あの陛下を困らせたって位だから甘く見てた訳じゃないんだけど、決め技は外れるわ、ステップは追いきれないわ、やっとのことで捉え方が思いついても、弱点対策どころかそれに対して罠張ってるわ。

 

ありゃ曲者って言われる訳だ。

 

 

「ま、任せてよ。次で決めるからさ。」

 

 

けど、シスターシャッハの言うとおり。

曲者…『曲がった手』を使わなきゃならない者。

 

一丁叩きなおしてやりますか!

 

 

インターバルも終わり、直撃を受けてない私達は共にライフ全快となる。

足の氷結も、もう冷えも残ってない。

 

 

よし、いける。

 

 

「さぁーて、そろそろ行こうか…なっと!!」

 

宣言すると同時、私は一気に分身を出し、円を描くようにアクアの周りをぐるぐる回る。

高速で回りながら、分身の数を増やす。

 

 

ゆらゆら揺れて、ちゃんと捉えきれないなら…

揺れる範囲ごと、微塵に刻んでやるまでだ!!!

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

うっとおしい。

10とか言うふざけた数の、それも攻撃まで仕掛けてくる分身。

一応私は本物当てられてると思うけど、アクアじゃそれも出来ないはずだ。

 

まして、ああも同じ姿のがちゃんと見えない位の速さで回られたら、尚更。

 

「ヴィヴィオさん…本物見えます?」

「ちょっと…怪しいです。」

 

アインハルトに本物を聞かれ、否定を返すヴィヴィオ。

わざわざ確認をとるあたり、アインハルトもわからないんだろう。モニター越しじゃ魔力反応とかもわからないし尚更だ。

 

 

何の策もないのなら、これでアクアは終わる。

 

 

と、分身が一斉に動きを止めた。否、アクアめがけて構えた。

 

「十重奏!突撃!」

 

斬撃の雨。

一人二人弾いても意味がないと判断したのか、アクアは跳躍する。

けど、隠れてた本物が…

 

「貰った!」

 

先回りしていた本物のシャンテが、上から打ち下ろしの一撃を放つ。

仮に防いだところで、今下に落とされれば待機してる分身に群がられて終わり。

 

 

だから…

 

 

空中で動いて攻撃をかわして、その上シャンテの足首を手に取ったアクアを見て何が起きたのか理解できなかった。

 

そのまま、シャンテを掴んだままで空中でグルグルと回転しだすアクア。

 

息を呑む、そんな音なき音が聞こえた気がして…

 

 

 

アクアは、風車をシャンテでやった。地面に向かって。

 

 

 

受身と言うほどではないが、頭部から叩きつけられるのを避けるために腕を枕にしてはいるシャンテ。

でも…高高度から遠心力込みで叩きつけられたダメージがその程度で殺しきれる訳もない。

 

ゆっくりと起き上がるシャンテ。でも、ただでさえ頭部がやられているのに、見る限り左腕も骨折判定を受けているらしく、だらりと垂れ下がってしまっている。

 

 

何とか構えなおして、試合再開。

直後に駆け出したアクアに向かってどうにか右の一閃を振るうシャンテ。

けれど、両腕で頭を庇ったからか、それとも脳震盪でふらついているのか、右の剣も見る影もなく衰えたものとなっていた。

アクアはなんでもないようにその一撃を受けると、柄の足払いでシャンテの体勢を崩し、倒れかけになったところに突きを叩き込んだ。

 

 

勝負あり…か。

 

 

それにしても、最後の空中のは絶対にアクアに出来る動きじゃなかった。

まるで、初めからそのタイミングでその位置から攻撃が来るってわかっていたような…

 

…種明かしはアクアの気が向いたら聞かせて貰うか。

 

「それじゃ、私達はこれで。」

「え?」

 

試合が終わった所でいきなり離れようとする私を、驚きの表情のままで見るヴィヴィオ達。でも、私は取り合わずにクラウと共に離れた。

 

 

 

「優しいね。」

 

しばらく離れると、クラウが呟くようにそう言う。

 

「常識の範囲でしょ、別に。」

 

しらばっくれる意味もないので普通に返す。

 

そう、常識の範囲内だ。

 

おそらくきっと、目を覚ました彼女や、その知り合い…ルーテシアや私の知らない人とかとも通信を繋ぐだろうヴィヴィオ達。

通信繋いで勝者やその親類が傍にいるなんて状況、普通へらへら笑ってみれる物じゃない。

彼女達みたいに強い女性なら、そんなこと気にしない…気にしない風を装うことは出来るだろうけど、人間なんだ。何のわだかまりもないなんて事はありえない。

 

 

勝者とは、求めたものを勝ち取る事が出来た者。

 

 

それだけで十分なんだから、それ以上に人様を叩くものじゃない。

 

「それより、アクアの方も気にかけてあげなさいよ?」

 

勝つには勝った。

ただ、元々彼女は次の試合が本命。

それほど自信に満ち溢れた感じもないあの娘は、後々手札を晒したことを不安に思うかもしれない。

 

クラウもそれがわかってるのか静かに頷く。

 

「…でも、帰ってからでいいよ。」

 

けれど、返ってきた答えは珍しいものだった。

ほとんどアクアの付き人に近いのに、通信も繋がないなんて…

 

「多分…寝てるだろうから。」

 

呟くように告げるクラウ。

あまり派手に感情を見せるタイプではないけれど、それでも何処か落ち込んだ様子が感じられた。

 

誰にでも勝てる秘密兵器…か。

 

おそらくは、名前負けしない性能を出すために、それなりの犠牲を払うものなんだろう。

笑顔の裏で皆大変だな、まったく。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




何気に一番大変なの、贔屓なしに全試合盛り上がる感じで、わかり易くインパクトのある伝え方で伝える実況な気がします(汗)


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第二十二話・現の夢舞台で

 

 

 

第二十二話・現の夢舞台で

 

 

 

Side~月村雫

 

 

アクアの派手な試合の後の第二試合という事もあって、一応同チームで登録されている私を遠巻きに見てくる人がたくさんいた。

ただ、私もクラウも人を歓迎するほど明るい空気はないので特に話しかけられたりはしないまま、試合になる。

そうして、試合前向かいあって…

 

「貴女…ヒーローの知り合い?」

 

挑発でも宣戦布告でもなく話しかけられた。

リボン=サンフィード…確か、アクアが以前速人さんを追いかけた過程で会ったらしい偽者がそんな名前だった気がする。

 

私の今の衣装は、お父様のボディーガード正装と同じ上下黒のスーツ。

速人さんも黒上下で統一してるし、アクアとも取調べか何かで会ってはいる筈だ。

同チームの黒服剣士を関係者と予測したのか。正解だけど。

 

「私が勝ったら紹介して貰えない?」

 

ただの興味本位…にしては、結構真面目に問いかけを投げかけてくる。

元々速人さんを語ってたし、アクアや私の戦闘を見ていれば気になるのもわかる。

 

けど、私は首を横に振った。

 

「っ…」

 

彼女は表情を歪める。そこで、審判が間にはいった。

世間話をする場所じゃないんだ、当然長々と話せるわけもない。

 

「レディ・セット…ファイト!」

 

合図と共に、背の剣を抜いたリボンは、初期位置のままで剣を振るう。

光の刃が剣から放たれて飛んで来た。…魔力刃か。

 

斜めの光る刃をハードルの要領で飛び越えると、丁度刃を返して踏み込んできたリボンが返した刃を横薙ぎに斬りかかって来る。

私はその斬撃ごと彼女を飛び越えた。彼女の首に鋼糸をかけながら。

 

着地と同時に背中合わせに彼女の首を絞めながら、背中に乗せるようにして軽く彼女の足を浮かせる。

 

最細の0番…と言うか、斬撃に使える細い鋼糸は規格外で通らなかった為、太めの鋼糸。

出血判定は当然つかないが、落とすには十分だ。

 

背負った彼女が足を振り上げる感覚。

それにあわせて私は屈んで肩膝をつき、首を絞めながら背負った彼女を私の前に後頭部から落とした。

 

首を絞めながら後頭部から落としたんだ、そうそう意識戻ることもないだろうけど…

 

「っ…ぐ…」

 

ワイヤーで首を絞めたままで頭から地面に落としたって言うのに、彼女は首を押さえながら立ち上がった。

さすがに魔導師を斬撃なしで倒すには、力が不足気味か。

 

…抜く…か?

 

カゲハに手をかける。

残りライフは3000と少し、斬れば簡単に減らしきれるだろうけど…

 

 

やめた。

 

 

「く…な、めるなぁっ!!!」

 

一度刀に手をかけ、それでも抜かなかった私を見て、激昂と共に剣を振るうリボン。

近づくことに危険を感じたのか、遠間から魔力刃を連続で飛ばしてくる。

 

私は飛んでくる刃をかわしながら近づく。

間合いにはいったとして、彼女の剣は決して遅くない。

 

 

私はスーツの上一枚を早脱ぎして、彼女の眼前に放り投げた。

バリアジャケットとはいえ、決して速くはない布の軌道。

 

視界をふさぐそれを切り払うリボン。それと同時に私は距離をつめる。

でも、それは予想内だったらしく、彼女は蹴りを繰り出してくる。

 

振り上げられた足を避けつつ足裏を押して姿勢を崩す。

力任せに振り上げた足を戻してどうにか着地した彼女。

 

 

その首に向かって、私は手を突き入れた。

よろめいた彼女の後頭部を掴んで、今度は額から地面に叩きつける。

 

同時に、リボンのセコンドからタオルが投げられた。

急所四連続だし、さすがに心配か。

 

 

「…悪いわね。あの人、忙しいくせに優しいからあまり頼りたくないの。」

 

 

聞こえているかは怪しかったけど、伝えることだけ言って、私は脱いだスーツを拾って羽織ってリングを降りた。

 

 

 

エリートクラス2回戦突破…か。

これで…噂の次元世界最強と戦う事になる。

 

「お疲れ様。」

「さっさと帰ろうか、アクア心配でしょ?」

 

二つ返事で頷くと思っていたクラウ。だけど、なぜか不思議そうな顔をした。

 

「…ヴィヴィオ達の試合は見ていかないの?」

 

これからヴィヴィオ達の試合となるわけだけど、どうせまだ上位の相手じゃない。

 

「心配しなくても、こんな所で躓いたりしないでしょ。身内の研究なんて必要ないしね。」

「そっか、ありがとう。」

 

アクアが心配なのは当たっていたらしく、納得する説明をすると礼を言われた。

私の方もさすがに準備があるし、ヴィヴィオ達には後から結果を聞くだけで十分だ。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

全員二回戦を突破してノーヴェと合流した所で、雫さんが帰った事を知る。

 

「そっか…雫さん帰っちゃったんだ…」

「アイツは次ジークリンデとだからな、さすがに準備とか色々あるんだろうさ。」

「いよいよかぁ…」

 

元々その順序なのは知ってはいたけど、改めてノーヴェが言葉にして実感がわいたのか、リオが目を輝かせる。

 

いよいよ。

 

リオの呟きには同感だった。

文句のつけようのないエリートファイターであるジークリンデさん。

スピードで近く、パワーは大差で低いのに、私やアインハルトさんを破った桁外れの技量の雫さん。

 

頂上決戦を目の前にした気分だ。

 

「それより次はお前らも大変だぞ。ヴィヴィオはミウラとだし、リオは次、必ずトップファイターのどちらかと当たる事になる。それに…」

 

言いつつ視線を移すノーヴェ。その先にはコロナとアインハルトさん。

 

「アインハルトとコロナ、次は同チーム対決になる。対決することになるから今回は練習も別々にやるぞ。」

 

少し重い空気。

一緒にやってきた仲間同士での戦いとなると、気が重いのも無理はない。

 

うーん…

 

「あ、ねぇノーヴェ!その前に雫さんとアクアさんに応援メッセージ送りたいんだけど!アクアさんもトップファイターとだし、雫さんにいたっては世界最強だし!」

「お!いいねそれ!あたしの方も自慢しちゃっとこう!」

 

別々になる前に、明るくやれる何かがやれたらいいなって考えて、思いついた。

リオも私の考えを察してくれたのか、煽って乗ってくれる。

 

「ったく…んじゃ少し広い場所移るか。」

「「「「はいっ!」」」」

 

話の種として使わせて貰ったものの、雫さんの応援をしたいのも本当だ。

アインハルトさんだって、雫さんへの雪辱戦と最強の称号、まとめて奪えるなら直接ジークリンデさんと当たる必要もないだろうし。

 

頑張って下さい、雫さん。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ジークリンデ=エレミア。

部屋に帰って、いくつか参考になりそうな映像資料を引っ張って見てみるが…

 

強い。

 

総合魔導戦技の名の通り、まるでリライヴさんの劣化版…いや、リライヴさんが魔力制限を受けてる今、出力は彼女よりかなり上。

『たった一人で管理局を敵に回して生活していた』あのリライヴさんの劣化版。

つまるところ、彼女も一対軍クラスって事になる。

他の出場選手は、得意分野で彼女と張り合えるのが強い方だ。それでいい勝負が出来ても、他の距離や状況で不利になるし、投げまで使えるって言うのは厄介だ。

ガードに使用している部位を掴んで投げたりすることも出来るし、拳の指より掌の方が当たって受けるダメージが少ない。つまり、掌底を攻めに使えばガードしても掴まれ、攻勢防御もさほど役に立たないと言う便利な使い方が出来る。

 

その上で、切り札となるイレイザーまで存在する。

アレを受けたら…私の防御だと、エミュレートどころの騒ぎじゃすまないな…

 

「ヤッホー…」

 

眠たそうに目を擦りながらも元気に片手をあげて入って来るアクアと、その付き添いのクラウ。

無理して元気なフリしないで寝てればいいのに。

 

「今日は早めに帰って休めば?」

「そう言ったけど、ジークさんの事で聞きたい事があるって。」

 

アクアは私を見て、無理して目を開く。

 

「雫ちゃんの見立てで、ジークさんはどんな感じ?」

 

タイムリーな話題だ。と言うか、相手が相手だし誰だって気になるか。

私は、さっきまでの考えを説明し、厄介な相手だと素直に告げる。

 

 

 

「それ…本心?」

 

 

 

眠そうだったはずのアクア。それでも、その問いは真剣なものだった。

なんとなく気付いてたのかもしれないな、出場選手たちの憧れである彼女を、自信以外の理由で馬鹿にするものじゃないと思って本音を抑えてた事に。

 

 

「弱点…文字通り弱い点がある。そこをつけば多分…そう苦労せずに勝てると思ってる。」

 

 

私は、自嘲気味に笑ってそう答えた。

 

「とにかく、今日はここまで。これ以上の話が聞きたかったらアクアが切り札の話してくれたらね。」

「えー?勝ち上がったら雫ちゃんと当たるかもしれないのにー…」

「その台詞覚えておくね。」

「うぅ…」

 

クラウに引きずられるように帰るアクア。

扉が閉まるまで手を振って…私は小さく息を吐く。

 

弱点を突く。

こと戦いにおいて、卑怯でもなんでもない常套手段。

だからこそ、首、頭を狙って問答無用で意識を断ち切って勝ち進む事を選んできた。

 

明るく楽しく、観客の心をひきつける派手な魔法や高等技術、それらとはまったく対照的な、人の希望を、意志を、命を断つ為の手段。

 

「何で大会に出てきた…か。」

 

ジークリンデが私に向けたらしい言葉。

余計なお世話なのは間違いないはずなのに、やけにその言葉が胸の中に残っていた。

 

私は一つの画像を開く。

 

『雫さんならいけます!頑張って!』

 

応援メッセージと共に送られてきた、ヴィヴィオ達の集合写真。

アインハルトまでポーズ取らされて、可愛くデコレーションされている。

 

「ホント、どうしようか…な。」

 

私は画像を前に目を閉じた。

 

 

 

Side~コロナ=ティミル

 

 

 

「は…はっ…」

 

オットーとノーヴェ師匠が指導についてくれる中、それが終わった後も隠れてある特訓をしていた。

 

アインハルトさんに勝つための秘策。

 

コーチしてくれてるノーヴェ師匠には怒られるかもしれないけれど、使っても大丈夫だって見せれば納得して貰えるかもしれない。

 

「なるほどね。」

「っ!?」

 

いきなりかけられた声にビクリとする。

まさか、これでも隠れて練習していたつもりなのに見つかるなんて思ってなかったから。

 

でも、相手が彼女なら納得も出来るかもしれない。

 

 

「雫…さん?」

 

 

複雑な心境だ。

アインハルトさんに見つかったなら論外だけど、もし超えられたならその次に戦うかもしれない相手なんだから。

 

「知ってか知らずか辿り着いてたのね。」

 

私に向かって放り投げるように紙束を渡す雫さん。

表紙には…聖王オリヴィエの絵。

 

「っ…」

「自分の身体も動かなかった、聖王様の身体操作術。当の王様の血筋じゃなく、その友達が修得してるっていうのも、なんだか面白い話だけど。」

 

渡された紙束には、雫さんが話した身体操作術の詳細が書いてあった。

ばれてるなら隠れてする意味もない…か。

 

「それだけ普通に使ったら、確実に負けるよ?」

「これは切り札です。アインハルトさん相手だと、ゴーレムを破壊されたり、まともに創成できずに畳み掛けられる可能性がありますから。」

 

敗北を宣告してくる雫さんに、あくまでも冷静を装って返す。

けれど…嫌な汗が流れた。

雫さんが、戦闘で私より浅い考えを軽はずみに喋ると思えなかったから。

 

「聖王オリヴィエに破れて護れなかった覇王クラウスの記憶に突き動かされている彼女に、その聖王の技…それも付け焼刃で勝てる訳がない。」

「っ!!」

 

胸が痛むくらい、その言葉は深く私を貫いた。

 

間が抜けているにも程がある。

アインハルトさんの戦う理由は知ってたはずだ、回顧録も見たし、そこから思いついたものでもある。

この技には、ある意味他の何より負けてはいけないはずなんだ。

 

あの日見た、なのはさんに向かっていった雫さんのように。

 

「納得がいかないなら、私が今破ってみせようか?」

「ぅ…」

 

確固たる自信。ううん、多分確信。

私用の対策なんて考えてないはずの雫さんですら、きっと破る算段がある。

 

「…試合開始も前からそんな泣きそうな顔しないの、競技選手でしょ?」

 

貴女が言うか!と、思ったけど、言うに言えない。

ある意味雫さんがくれたのはアドバイスであって、しかもアインハルトさんの味方のつもりなら、この話はアインハルトさんに伝えに行ったほうがいいんだから。

 

「直接通じない、弱点がある、そんなものどんな技術も基本的に当たり前。で、相手がそれをわかってる。なら…どうする?」

 

どんな技術も弱点は当たり前。例えば私の場合…

アインハルトさんは、ゴーレム生成にかかる時間を与えないために初手から一気につめてくると読んでいる。だから、それを『逆手にとって』開始直後逆に…あ。

 

「アクアを見習うことと、クラウを倒したのが『誰か』を忘れない事。それが出来れば、貴女は勝てるわ。アインハルトが私の予想を超えない限りはね。」

 

言うだけ言って帰ろうとする雫さん。

でも…

 

「待ってください!どうして…」

「味方をするのか、疑ってる?」

「信じてるんです!あの雫さんが、試合とはいえ戦いで、えこひいきとかそんなことしないって!なのに…」

 

これはおかしい。

どっちが勝っても倒すだけの筈の試合で、雫さんが片方に肩入れする理由なんてどこにもない。

 

「ちょっと…ね。嫌だったら忘れて。」

 

少し悲しそうな雫さんの声。

 

何があったのかはわからない。

けれどきっと…初めての邂逅でアインハルトさんにした奇襲の時のような、雫さんにとって必要な悪い事。それが関わってるんだと思う。

 

それがなんなのか、話して貰えない限りわからない。

でも、少なくとも、今日の話は私がアインハルトさんに勝ちたいなら、忘れる訳にも無視する訳にもいかないものだ。

 

 

アクアさんを見習え…か。

 

 

「…よしっ!」

 

頬を張って、気合を入れなおす。

雫さんの考えは、大会にも試合にも関係ない。今は勝つ事だけを考えるんだ。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




キャラ増えてどうする!って声もありそうな気がしてますが、今のところやられてるだけの方にも名前ついてたりしたんで命名してみました。
…命名どころか覚えがある人がいるのやら(汗)


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第二十三話・交錯する糸の中創手は踊る

 

 

第二十三話・交錯する糸の中創手は踊る

 

 

 

Side~ノーヴェ=ナカジマ

 

 

 

つかつかと、乗り込む位の気分で歩く。

さすがに夜遅くは寝るか勉強に当てていると聞いているから夕食も終わった今の時間ならいる筈だ。

 

挨拶もそこそこにエメラルドスイーツ、その家側に入り、雫の元に。

 

聞かれたくない話なら防音が聞いているからと部屋に招かれ、ベッドに腰掛ける雫と向かい合う。

 

「通信もあるのに直接顔だすなんてね。」

「家とかだと誰聞いてるかわかったもんじゃねーからな。まさかお前の部屋が防音とは思わなかったけど。」

「…色々あるのよ。で?」

 

別に何があったわけでもないと言わんばかりの装いの雫。

まさかわからない訳もないだろうに…図太い奴。

 

「なんでコロナの助言に来た?」

「黙秘権を行使。」

 

濁すのも面倒だし夜で時間も無いという事もあって、スパッと聞いたらばっさり断られた。

 

こいつ…

 

沸いた怒りのまま怒鳴りつけてやろうか、あるいはもう関わるのはやめて帰ろうかと考え…

 

 

「とはいえ、黙ってるって事は貴女の言い分と行動を止めないって事でもある。」

 

けど、続けてそう言った雫が『微笑んで』いたのを見て、あたしはそのどちらも出来なくなった。

悲しかったり不安だったり、そう言うのを隠し潰して見せる笑み。

 

「怒りたかったら怒ってもいいし、実はアインハルトにも手を貸してるとか疑うなら確認にも行けばいい。コロナを止めるのは…あんまり気が進まない?」

「見透かしたような事ばっかべらべらと…ったく…」

 

怒るに怒れなかった。

コイツが何かするときに、何の覚悟もないまま動く訳がない。

 

それに…コロナやあたしがあのまま何も知らずに戦ったなら、あの切り札を切ってかつ決定的な形で破られて敗北する可能性だってあったんだ。

コロナが事前にあたしに明かしてくれたのは、作戦を具体化するのに時間がかかると踏んだから。

雫の話を聞かなけりゃ、切り札の事をあたしに黙ったまま本番で使ったりされた可能性すらあった。

事前に知れてチャンスが増えたのは間違いない。

 

「…でも、本当に怒っていい。きっと悪い事だから。」

「覚悟を決めたお前に何言っても仕方ねぇのはわかってるよ。きっとコロナもな。ただ…」

 

あたしは真っ直ぐに雫の目を見すえる。

 

「試合終わってまだ、何も話さず黙っとくつもりなら…何があっても許さねぇ、絶対にだ。」

 

間違いなく試合に…競い合いに首を突っ込んだんだ、自分の何かの為に。

その訳を何もかも叶った…終わった後ですら語れないとなれば、理由がなんであれ、許すわけには行かない。

 

…と、こっちは真剣だってのに、雫はなぜか口元を隠して笑う。

 

「なんだよ!」

「いや、ノーヴェって本当に、悪いの口調だけなんだなぁ…って。」

 

こ、んの…口の減らない奴!

言うだけは言ったし、これ以上振り回されるのもごめんだ。

あたしは踵を返して扉に手をかける。

 

 

「全部終わったら話す。聞きたかったら…私の試合前に来て。」

 

 

同時に、真剣な、それでも望んでた答えが返ってきた事に内心安堵しながら部屋を出て…

 

扉を閉めた所で違和感に気付く。

 

試合前って、確かあたし達の知り合いの中で、アイツの試合が…アイツと、ジークリンデの試合が最後だったはずだ。

人の心配してる場合じゃない、間違いなく。本当何考えたらそうなるんだよ、お前…

 

 

 

Side~コロナ=ティミル

 

 

 

ヴィヴィオとリオが見に行ったプライムマッチには、ついていけなかった。

リオは勝ったほうと当たる以上研究目的でもあるし、そうでなくてもプライムマッチとなれば普通に見に行きたい。

けれど私は、煮詰めるものが多くなったからそんな事をしてる暇はなかった。

 

ゴーレムマイスターとしての戦い、それで勝てるかって考えて、難しいって思ったから手に入れた切り札、身体操作。

それじゃ駄目だって示されて、『じゃあやめよう』ってなれば、勝つのが難しい状態に元通り。

 

 

ならどうするか?決まってる。

 

 

ヒントどころか雫さんはほとんど答えを置いていった。

その理由はわからないけど、それはこの試合が終わるまで考えないって決めた。

 

そして…試合当日。

 

具体的な手も考えた、準備も済んだ、覚悟もある。

私はきっと、アインハルトさんに勝てる。

 

 

「それでは選手の入場です!!」

 

 

さぁ行こう、私の全ては、皆と同じ場所に立てるんだって証明するために。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

コロナとアインハルトさんの試合。

なんだか少しノーヴェの様子が違った気がしてちょっと心配だったけど、コロナは大丈夫そうだった。

 

なんと言っても、開幕直後の強打。

ゴーレム生成を潰しにかかったアインハルトさんは、避ける事も出来ずに創成された岩の拳をまともに受け止める羽目になった。

 

あっさり止めて立ってるあたりはさすがだけど、開幕からリズムを崩されたアインハルトさんはゴーレム生成を止め損ねて、ダウン判定の一撃を受けた。

 

「へぇ、コロナも結構強いじゃない。」

「雫さん!」

 

モニターに映る試合を見ていると、傍から雫さんの声がした。

 

「…けど、普通に戦ったらここまでね。」

 

断言する雫さん。

私は否定の言葉を口にしたかったけど、雫さんを見る事しかできなかった。

 

勝負はわからないって口にするだけなら簡単だ。

でも、あのアインハルトさんの攻撃が、クラウさんが破壊できたゴーレムに通じないとは思えなかったから。

 

クラウさんも弱いわけじゃないけど、古流ハードヒッターのアインハルトさんより強いかと言われると…

 

当然のように、ゴーレムをたったの一撃で粉砕して着地するアインハルトさんの姿が、その答えを物語っていた。

 

「コロナ…」

「まだ終わってないよ。」

 

複雑な気分でコロナの名前を漏らすリオ。

私も念押しこそしてみるものの、ゴーレムを破壊されてライフも後一撃分じゃ、コロナにあのアインハルトさんの拳をしのぎきる事は出来そうに無…

 

「そう、まだ何も…」

「え?」

 

小さく呟きが聞こえた気がした次の瞬間、試合再開と共にアインハルトさんが棒立ちのコロナめがけてとどめに向かって…

 

 

アクセルスマッシュからリボルバースパイクのコンボを返されたアインハルトさんが地面を転がった。

 

 

 

Side~コロナ=ティミル

 

 

 

どうにかラウンドを繋いだ私は、ノーヴェ師匠とオットーの元に戻る事ができた。

 

「アインハルトさんは?」

「わりぃ、ただでさえ表情に出にくいアイツの様子を気付かれないように伺うってのは…」

 

すまなそうなノーヴェ師匠。

でも、無理もない事だから私は首を横に振った。

 

大丈夫…元から、痛くても使うつもりでいた切り札なんだ。

 

「二人とも何を」

「いいから表情や視線に出すな、気付かれる。」

 

伝え損ねたと言うか、言いづらかったと言うか。ちょっと無茶だったから親身になってくれたオットーには、全部は明かせてない。

それに…多分今オットーが全部聞いたら色々ばれちゃうし。

 

「このまま行きます。」

 

ネフィリムフィスト、身体自動操作、私の切り札。

ゴーレムを操るように、自分の身体で格闘戦を行う事ができる上、事前の設定でカウンターが一瞬で打てる。

 

コレをとことん使い切る!

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

ゴーレム操作の要領で自分の身体を動かすコロナ。

だけど、次第にアインハルトさんの反応が早くなっていく、『異常に』。

 

理由も察しがついていた。

登録してる技…それらを撃つために鍛えたりしてきたわけじゃないコロナの身体を使っての技だと言うことと、ラッシュの流れや組み合わせなんかも設定で使っているだけだから、大体決まった動きをする事。

 

つまり、見易くて読み易い。

 

次第に連携も断ち切られ、オートカウンターの間合いを見切られ逆に倒されるコロナ。

私でも見えるんだ、アインハルトさんに見抜かれないわけが無い。

だけど…一つ気がかりがあった。

 

黙ってモニターを見つめる雫さん。

そのさっきの呟きは、この身体自動操作を含めて何かを知っているようで…

 

倒れているコロナが起き上がる。完全に外から魔力で身体を動かしてる。

でも駄目だ、私はともかく、アインハルトさんはそれで何をしてくるかまで多分わかっ…

 

 

 

分かってる。私でも読めるのなら、もしかしてコロナも…

 

 

 

直後、高速で動いたコロナが、アインハルトさんの目の前で停止した。

丁度勢いを支えて貰うように、ガードするつもりでいたアインハルトさんの腕に掌を添えて止まるコロナ。

 

一瞬、アインハルトさんは動かなかった。

 

多分防御するつもりでいて、まさか目の前で止まられると思っていなかったのだろう。

両腕を交差させて、衝撃に耐えるつもりの前傾姿勢のアインハルトさん。

蹴りも拳も放てないまま、アインハルトさんは足を岩に、腕をリングバインドに拘束された。

 

 

 

Side~コロナ=ティミル

 

 

 

手札で足りず、切り札を手に入れた。切り札が通じない理由を諭された。

だったらどうするか、その答えがこれ。

 

 

見抜かれてる事を逆手にとって、切り札を使い倒して、最後の最後で別の手を切る。

 

 

ノーヴェ師匠にはアインハルトさんがネフィリムフィストを見切ったのかまだなのか、様子を見てもらってたけど、殆ど表情に出さないから分からなかったらしい。

 

本当はオートカウンターの発動を止めて反撃するつもりだったんだけど、つい頼ってしまって、倒されたからちょっとだけ焦った。

でも、すっごく痛かったけどライフが残ってくれて…最後のチャンスは逃がさなくて良かった。

 

交差させた腕、踏み込みに使う足、その両方を封じた以上『繋がれぬ拳』も何も出来る筈もない。

 

 

「スパイラル…フィンガー!!」

 

 

零距離でのスパイラルフィンガー。

多分最初で最後の好機。でも、まだこの一撃だけじゃ倒しきれる訳もない。

だから…狙いはボディに絞る。

 

意識は奪えないけど、足を弱らせ一番回復し辛い箇所にダメージを与えられるから。

リングを削りながら吹き飛んでいったアインハルトさんは、止まった所で腕のバインドを引きちぎる。

 

「ケイジング・スピアーズ!!」

「っ!」

 

岩の槍を発生させアインハルトさんを囲う。

その槍を破壊する隙に、ゴライアスの再生成を進める。

 

「創主コロナと魔導器ブランゼルの名の元に…蘇れ巨神…」

 

復活させたゴライアス。その腕を振り上げたところで…

ゴライアスの操作から、ネフィリムフィストに操作を移す。

 

「ガイストダイブ!」

「な…」

 

腕を振り上げたゴライアスに向かい合うアインハルトさん。その腹部に向かって、今度は高速突撃で打撃を放り込む。

 

止まった所でもう一度ゴライアスの制御に。既に腕は振り上げてある、その一撃を振り下ろすだけ!

 

 

「ギガントナックル!!!」

 

 

振り下ろされたゴライアスの拳が、アインハルトさんの姿を捕らえた。

 

 

手を見せ隠しして相手を手玉に取るアクアさんの流れの組み方。

クラウさんを倒した、ゴライアスですらない『私』自身。

そして、ノーヴェ師匠が私に認めてくれた、知略と戦術を組み立てる力。

 

その全てで組み上げた、私の『全て』をぶつける戦い方。

 

 

「っ!!」

 

 

ネフィリムフィストを見せてる時間が長すぎてぼろぼろになってしまった身体で、私は拳を握り締めた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ライフ530とぎりぎりの状態から、アインハルトのライフを残り120まで減らしてみせたコロナは、立てた策が通じたからか俯いて小さく握り拳を作っていた。

 

概ね私の想像通りに動いたコロナ。

しかも、アスティオンが回復補助能力を持つ事を想定してか、回復し辛いボディへ二発。

その上でのゴーレムの拳。

 

元々の手札と切り札を組み込んだ連撃。

 

 

たいていの相手なら上手く踊らされるだろう。まして…アインハルト相手なら尚更。

ネフィリムフィスト、身体自動操作…元聖王の術を破って、読みきったと思ったからこそバインドからの連撃に何一つまともな対処が間に合わなかったのだから。

 

アインハルトが起きたところで、既にボディへの強打二発。

近接対近接ならいざしらず、距離をつめるまでにゴーレムを破って魔法を潜り抜けてと言う作業を、自由の利かない足でこなすにはあまりにも厳しい。

 

 

ゴーレムの腕が上がると、ほとんど意識が飛んだアインハルトの姿が現れた。

倒れたままだけど、目が瞬いている所を見ると、まだ意識がある。

 

 

審判が駆け寄る、カウントが進む。

 

 

これで…終わる気か?

そう思った直後、カウント8と同時に拳を叩きつけるようにしてアインハルトが跳ね起きた。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

馬鹿か…私は!

 

オリヴィエの技を使い、その先へと辿り付いた姿を見て、それが切り札と勝手に決めていた。その虚を突かれ、リズムががたがたになった所を狙って連撃を次から次へと叩き込まれた。

 

彼女はコロナ=ティミル、彼女だけの創成戦技の使い手。

 

『にゃ…』

『ティオ…すみません…回復はいいです、後でもう一度だけ力を。』

 

相当無理を押して致命打をこらえてくれたティオに謝罪をして、コロナさんを真っ直ぐに見る。

コロナさんの魔法は特殊なものではあるけれど、ゴーレムも射撃もネフィリムフィストによる攻撃も、空間攻撃の類ではない。

 

だったら…!

 

私は、重い足を引きずるように駆けた。

真正面からゴライアスとその肩に乗るコロナさんに向かって。

 

 

「っ!ゴライアス!」

 

 

当然そんな足取りで間に合うわけもなく、ゴライアスの腕と、コロナさんの展開した魔法が私に全て照準を定める。

 

私はそこで、足を止めた。

 

 

 

 

「アインハルトの覇王流って、晶さんの技に似てるんだよね。」

 

温泉で、模擬戦の合間の休憩時間に聞いた、アクアさんの何気ない話に出てきた覇王流に似た技の話。

少し気になるとはいえ、地球の…魔法無き管理外世界の一人の人類の話。

何気ない一コマとしてその話を聞き流そうとして…

 

「私、魔力使って普通に負けちゃったんだよね。」

 

とても聞き流せたものでない話が飛び出した。

あまりの話によくよく聞いてみれば、雫さんですら受け止めなかった魔導師の攻撃を、ヴィヴィオさんより出力では高いアクアさんの槍を、本当にただの生身のままで受け流したと言う。

その気になれば、それこそあらゆる攻撃を断つ事ができるらしい。

 

 

 

 

 

意識を切らすな、力を抜け。

彼女の其れが積み重ねただけのモノなら、今までの時を覇王流を積み重ねる事にかけてきた私に…出来ない筈がない。

 

「ふっ…!」

 

投げ返さないまま…止める事のないまま、魔力にすら頼らずただ『受け流す』。

弾幕と、ゴーレムの腕。一つでも受け損ねたら終わりだったそれらは、私からそれて周囲の床に着弾する。

総攻撃全てを放ってコロナさんが硬直したその瞬間…

 

 

 

「破城槌っ!!!」

『にゃあぁっ!!!』

 

 

フルパワーの破城槌を、『リング』に叩き込んだ。

荒めだが、ひび割れた地面はゴライアスの巨体にとって砂利のように変わり…

 

パージブラストを放った衝撃を受け止めて立っていたゴライアスは、すべるように転倒した。

肩に乗っていたコロナさんは、巻き込まれないために跳躍する。

 

「空破断!」

「っ!」

 

着地前のコロナさんめがけて右で空破断を放つ。

飛び道具と言える技が少ない私の追撃はさすがに予測済みだったのか、岩を纏った腕で空破断を受け止めるコロナさん。

しかも、ボディダメージの影響か威力が足りず、ノーダメージで済んでしまう。

 

空破断を受け止めた腕を振りかぶるコロナさん。今攻撃されれば避けるも受けるもままならない。だから、ここで倒す必要がある。

 

 

「おおおぉぉぉぉっ!!!」

「えっ!?」

 

 

砕けたリング、その破片。拳より一回り大きい程度の岩。

私はそれを、隠していた左手で投げ放った。

 

 

元々格闘系ですらないコロナさんが、空中で何度も体勢を変えるような真似が出来るわけもなく、岩塊を直撃したコロナさんは、構えいていた攻撃態勢のまま私の前に墜落した。

 

 

ライフが0になったのか、試合終了の知らせが響く。

 

 

最初、投げ返す事すらままならず全てを弾く事になったのは、留めておいて投げ返すだけの魔力すらもうろくになかったから。破城槌を撃ったらそれで空、こんななりふりかまわない投擲しかできる事がなかった。

 

泥仕合のような荒業になってしまったけれど、それもコロナさんが強かったからだ。

 

「…ありがとうございました。」

「っ!」

 

力尽きたのか、倒れたままの姿勢で首だけ動かして私を見るコロナさん。

私はその姿に突き動かされるようにコロナさんを抱き起こした。

 

「…こちらこそ、ありがとうございました。」

 

拍手の音が何故か雨音のように聞こえる中で、私は担架が来るまでの間、ただ静かにコロナさんを抱えていた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




ヴィヴィオの打撃で雫は腕折れてるのに…振り返ってみると何気に晶とんでもない事してたんですね(汗)さすが速人の師匠(笑)


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第二十四話・情報使いの最終兵器

 

第二十四話・情報使いの最終兵器

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

あーもー…向こうどうなっただろう。

結局せがんで全部話して貰ったのはいいけど、雫ちゃんが心配でしょうがなかった。

 

アインハルトちゃんが負けててくれれば…いやいや、そういう望み方はよくない。

って、こんな悶々とした気持ちを繰り返しっぱなしだ。

 

「姉さん。」

「OKOK、分かってる。こっちはこっちでとりあえず目標地点が見えた訳だしね。」

 

クラウに釘を刺すように呼ばれて笑顔で頷き返す。

天性の魔力値におぼれて…ってまぁそれなりには練習もしてたけど、それでも今みたいな修行と呼べるだけのものはロクにしてなかったお子様時代。

 

 

初戦であっさり私を敗北に追いやった、ヴィクトーリア=ダールグリュン。

 

 

まっさかジークさんと超仲のいい友人で、おまけにそのジークさんと知り合うなんて展開想像もしてなかったから、初めて鉢合わせになった時はちょっと驚いたっけ。

 

当時負けて、一年前の私の修行前はきっと天地の差。

向こうからしてみれば記憶にも残らない相手な訳だし。

 

だからこそ…もし一年で追いつけたのなら。

私が尊敬してやまない人達が辿っている道が、いかに凄いか分かりやすい証明になるはずだ。

 

それは、憧れで白い堕天使やヒーローを追った私としては、願ってやまない第一目標。

ま、まぁ所詮一年目のペーパーって言う見方も出来なくもないんだけど…

 

「ええい!ここまで来て考えてられるか!!!」

 

気持ちを切り替えるために両頬を軽く叩く。

やる事はやった、この間の試合でちょっとだけ使っちゃった切り札も機能した。

 

後は全部ぶつけるだけだ!

 

「とっとと片付けて雫ちゃんの試合観戦行こう!」

「…気を逸らすか不安になるかしかないの?」

「分かってるなら言うなぁっ!」

 

情けない話で、このごに及んでまだこんな調子だった。

 

あーもー…頑張れ私!

雲を掴むような探し物に振り回されてる雫ちゃんに比べたら、はっきり目標が目の前にいる私は幸運なんだから!!!

 

 

 

 

「さぁ此方三回戦!前回のシャンテ選手との一戦で幻惑演舞を魅せてくれたアクア=トーティア選手!『雷帝』ヴィクトーリア=ダールグリュン選手にどう戦うか!」

 

さすがのカリスマヴィクターさん。沸き立つ会場に勝負と言うよりは挑戦者的な実況を耳にしながら入場して、ヴィクターさんと向かい合う。

 

「まさかあそこまで三味線弾いてたとは思わなかったわ。」

 

一応知り合いではあったけど、私から話しかけるとインタビューの時とか大変そうかなーと思って黙ってるつもりだった。

だけど、なんかヴィクターさんの方が話しかけてくれた。

 

「あっはっは。褒めてくれるならあだ名をパパラッチから水の妖精にしてくれると嬉しいなぁ。」

「破廉恥詐欺師ね。」

「より酷い!?」

 

嬉しくなって調子に乗ってみたらすっごい酷い返しをされた。

うー…確かにドレス透明だとある意味全身タイツに靴と手袋にサークレットだから、コマンダーとかスパイ映画の人でもない限り変態さんっぽいけど、それにしたってちゃんと効果はあるんだから。

 

「予選6組三回戦、レディ・セット…」

 

定位置に付き、私はいきなりジャケットを透過する。

元々防御が高い設定じゃない、もう隠してるわけでもないし…

 

「ファイト!」

 

ウェイブステップ・ミラージュ。いきなり使…

 

 

 

斧が私の体を薙いだ。

 

 

 

どうにか回避したけど、本当ぎりぎりで少し焦った。

 

「あ、あっぶなぁ…」

「休ませる気はありませんわ!」

 

戦斧を振りぬいたくせに慣性を無視してるかのごとく打ち下ろしの体勢に入っているヴィクターさん。

 

だあぁ!でたらめな!

 

重さをまったく感じさせない的確かつ当たったら終わりな連撃。

何度もかわすのはいいけど…シャンテちゃんの剣より長いせいか、大雑把に狙われると視覚がぶれる程度じゃ武器の間合いを外しきれない。

 

とうとう捕らえられた私は、デバイスで受けたものの斧の重さを受け止めきれず吹っ飛ばされて地面を転がった。

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

アクアを紙切れのように吹き飛ばした斧、その『柄』からの感触に内心でいらつく。

 

分かっていたことだけど…やり辛い。

 

斧の先端部を当てられるようにいつも通りに狙っていては、あっさりと間合いを外される。

あのウェイブステップとかいう代物だけでそれが出来てしまうほど厄介な上に、破廉恥な透明のドレスのおかげで、体の輪郭を捉える事すらままならない。

だからといって、まさか長柄に大体全身像を捕らえる練習をする羽目になるとは…

まるで『下手になれ』と言われるようなその対策内容には、対策段階からいらつかされた。

 

けれど、まるで対策なしに当たるには、あの技も服も脅威が過ぎた。

 

目の疲れは、距離感どころか、視認したものに対する反応速度にも影響してくる上、まさか目を閉じて戦う訳にも行かない。

その上、あのステップは捕まえるには骨が折れる。

 

治癒や防御でどうにかならない、実際の体の…目の消耗。

結果、それを避けるには消耗が積み重なる前に倒すべきと判断した。

 

おかげで、当たるまで大雑把に狙いをつけて連続で攻撃を仕掛ける。と言う、屈辱的な作戦を取らざるをえなかった。

しかも、それで攻撃を当てられても先端部…斧の刃を当てられてはいないからダメージはどうしても低くなる。…厄介な相手ね。

 

 

「よっ…と!」

 

 

アクアが立ち上がったタイミングを狙って再び一閃。

けれど、即座にまたあの妙な移動で回避する。

 

水の妖精…上手い事言うわねまったく!

 

けれど…

 

「待ちの一手の相手に引き下がるほど、雷帝の力は甘くありませんわ!」

 

九十一式『破軍斬滅』。

周囲の敵を根こそぎなぎ払うための技。

 

どこが、とか何が、は気にしない。とにかく当たればそれでいい。

そして、想定通り手ごたえが返って来る。

 

「っ…」

 

デバイスで防いでこらえているアクア。

でも、その姿勢が…ステップが止まる瞬間が欲しかっただけ!

 

「砕っ!」

 

頭から叩き切るつもりで振り下ろす。

 

が…それでも甘かったらしく、彼女は距離ととるどころかつめて私の一撃を回避した。

すれ違うように回避しながら、私の身体を槍で…

 

 

撫でた。

 

 

「あらっ?」

「軽い。」

 

本人は攻撃したつもりだったのだろうけれど、一撃の重さが足りない。

きちんと踏み込んで放った突き等ならいざしらず、通り過ぎざまにはたくように攻撃していったところで、大したダメージにはならない。

 

「外式『天瞳・水月』!」

 

分解した石突部分を利用した居合い術。

通り過ぎて背後を取ったと思っているアクアに向かって、反転の遠心力を利用して斧を置き去りに一閃。

 

 

けたたましい衝撃音と共に、再びアクアが吹き飛んだ。

 

 

またガードしてましたわね…ずいぶん反応のいい。余程油断したら墜ちるような修行繰り返してきたんでしょうね。

 

「半端な抜刀なんて食らっちゃ…雫ちゃんに怒られるからねっ…」

 

場外まで吹き飛んでる身でよく言う。

けれど…早いうちに狙い通りにいきましたわね。

 

軽い痙攣を起こしているアクアの身体を確認して、私は作戦が上手く成った事を悟った。

 

 

 

Side~シャンテ=アピニオン

 

 

 

セインに引っ張られるようにして顔を出した、アクアの三回戦。

120程度のダメージ一撃当てただけのアクアは、全撃防いではいるものの、そのライフを半分近く削られて8000にまでおちていた。

 

オマケに…

 

「軽度感電…アクアには最悪だね。」

 

武器の直撃は防いでいても、帯電する魔力の余波を受けてたらさすがに痺れが回る。

 

普通なら大した事ない程度の軽度感電症状。

だけど、あのアクアのステップは高度な脱力が必要。痺れのある身体じゃ、ちゃんと力を入れて動く事は出来ても脱力は…

 

「こんなあっさり終わるなよ…」

 

アタシを倒しておいて。そう言いかけて口ごもる。

負けなきゃよかっただけの話、人に何か言うのは間違ってる。

 

「なんだ、やっぱり応援してるんじゃんか。」

「っ!?別にそんなんじゃねーっ!」

 

セインに聞こえたかと思って焦る。でも、当のセインはこっちを気にせず楽しそうにアクアを指差した。

 

「まだやりそうだよ、あの曲者妖精。」

 

あんまり確信めいた様子で言うからよく見てみると、焦るでも慌てるでも落ち込むでもなく笑っているアクアの姿があった。

アイツはそのままデバイスを突きつけて…

 

 

 

「後一分で、この試合を終わらせる!!」

 

 

 

まるで予言みたいに、会場に響くような声でそう言い切った。

KO予告…嘘ぉ?

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

私の宣言に、ヴィクターさんは眉を潜める。

 

そりゃそうだ。圧倒的不利な殆ど新参者の私にKO予告されたんだから。

 

身体の痺れは軽度、ウェイブステップが使えなくなっただけで、普通に動くに大した問題はない。

 

「舐めた真似を…」

 

呟き…って言うにはものすっごいドスのきいた声が聞こえた気がして軽く頬が引きつる。

あー、意外と怒りっぽい?いや、意外でもないかも…

 

ま、いいや。全力で来てくれた方がこっちもやりやすいし。

 

「行くよ、アクアリウム。」

『了解。』

 

試合再開の合図と共に…

 

 

 

「『インフィニティーアナライザー、起動!!』」

 

 

 

最終兵器を起動させ、私は全力で駆け出した。

 

「今更付け焼刃の槍術で!」

 

ウェイブステップすら捉えられるくらいの相手、私の槍で真正面から通じる訳がない。

 

 

…普通なら。

 

 

「はい残念!」

「な…」

 

打ち下ろしをぎりぎりのタイミングで回転しながらかわし、遠心力を伴った一撃を放り込む。

さすがにこれだけだと柄を利用して防がれる。

そのまま斧を振り上げて私の槍ごと跳ね除けようとしたので、今度は小回り気味に逆回転。

 

振り上げでがら空きになった胴体向かって思いっきり突きを放った。

 

「く…っ!」

 

ダメージより、こうも近接戦で私に上手くやられる事そのものに戸惑っている。

無理もない。何しろ、『事前に分かってないと』無理なタイミングで回避と攻撃を繰り出してるんだから。

 

 

これが、インターミドル…強敵との一対一正面衝突用に作り上げた『誰にでも勝てる秘密兵器』インフィニティーアナライザー。

効果は…莫大な演算と分析を利用した『限定的未来予知』。

 

相手の思考とか性格なんかも把握しておかないといけないし、誰にでも確実に機能するかまでは試してないけど、リライヴさん相手に調整に付き合ってもらって機能して、この間シャンテちゃん相手にもちゃんと本体相手にあっさり反応できたのもコレのおかげ。

 

正常に機能してるなら、いくらヴィクターさんでもリライヴさんより上な訳がない!

 

「ハズレ!」

「っ!?」

 

珍しく後退しようとしたヴィクターさんの足元に向かって槍の柄を置いておき、足を引っ掛ける。

 

転ばされて転がったヴィクターさんに向かって即座に跳躍回転。

 

「風車!」

「小賢しい!!」

 

こっちは空中から回転して打ち下ろしの一撃を放っているのに、あっさり防がれ跳ね飛ばされる。

転がった直後だったのに、力持ちだなぁ。

 

「読むなら、読んでも防げない攻撃をするまでよ!!」

 

言いつつ大技に入ろうとするヴィクターさん。

ここで、私は最後の札を切る。

 

 

「ディザスターフリーズ!!!」

「っ!?」

 

 

空中で既に狙いをつけながらの三連砲撃。

まさかここで砲撃がくるなんてまるで分からなかっただろうヴィクターさんは大技の溜めの姿勢のまま氷結砲撃を三連続で直撃して動けなくなる。

 

分からなくて当たり前だ、何しろ…

 

「貴女最大出力まで!?」

 

射砲、ウェイブステップ、高出力攻撃。この全てを封じてやってた序盤。

その内、改良したウェイブステップと新しいインフィニティーアナライザーはシャンテちゃんのときに明かしている。

誰もが手こずって全てを開封したように思える豪華で珍しいほうを先に使い、ここまで砲撃と出力を封じてきたんだ。

 

まさかヴィクターさんに通じる砲撃が使えるなんて誰も予想してないだろう。

 

「4割程度でした!!」

「こ、この詐欺師っ!!!!」

 

さすがにヴィクターさんより低いけど、想定の倍以上の出力の攻撃を前に動けない状態ではさすがに焦るらしい。

 

トドメの一撃は決まってる。

デバイスの先端のみに集中させた魔力、形成される氷の刃。

 

 

 

「乾坤一擲…アブソリュートランサー!!!」

 

 

 

砲撃魔法と共に放たれる全てを貫く槍は、氷に包まれたヴィクターさんに突き刺さり、その身体を場外まで吹き飛ばした。

 

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

砲撃の氷すら意外と強固で破りきれなかった私は、彼女の突きを前にただ防御に集中するほかなかった。しかも動けないためただ魔力を鎧に集中するだけ。

予想より二回り以上高い魔力値で、しかも槍の先端部のみに異常に集中された魔力は、全てを貫くと言って過言ではない威力を有していた。何しろ、実際に鎧が貫かれている。

しかも…

 

「な、なんとここへ来て魔力値まで隠していたアクア選手!ヴィクトーリア選手を場外へ!!しかも、その身体が場外に凍り付いて縫いとめられています!!」

 

ここまで予想していたのか分からないが、私は場外の壁ごと氷に包まれていた。

カウント内にコレを割らないとリングに戻る事すらままならない。意識はあるとはいえ、3桁まで減らされたライフとエミュレートを抱えた身体で。

 

「っ…の!」

 

残る力全てを使いきる気で氷を破砕。どうにかリングに戻る。

試合再開の合図を聞いて、冷え切って動きづらい身体で斧を構え…

 

 

 

 

アクアが唐突に前のめりに倒れた。

同時に、セコンドの弟からタオルが投げ込まれる。

 

 

 

 

誰もが呆気に取られていた。

当たり前だ。私はここ1分、致命打どころか一撃すらまともに加えられて…

 

 

1分?

 

 

「えー…アクア選手のセコンドからの情報によると、先のヴィクトーリア選手の攻撃を読む為に使用した、インフィニティーアナライザーに必要な莫大な情報処理の負荷の結果、強制的に睡眠状態におちてしまったとの事です!」

 

あまりに不信な終わり方の為、実況から情報が明かされる。

 

Ko予告、なんてものではなかった。

初めからここで勝負をつけなければ終わりだと分かっていたのだ。

 

よくもまぁ緊張感もなく笑って大見得きったわね…こんな危険で際どい状況で。

まったく…恐ろしい妖精だったわ。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




いきなり飛んでしまってますが、順序的にこの流れになりました。


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第二十五話・勝利と目的

 

 

 

第二十五話・勝利と目的

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

ジークリンデとの試合前、私の前にはノーヴェがアインハルトとコロナをつれてきていた。

 

「何も知らないヴィヴィオ達は気兼ねなく楽しんで貰うためにつれてこなかった。」

「人の事心配するほど余裕もないだろうし、妥当ね。」

 

ヴィヴィオもリオも、接戦とはいえ敗戦に終わってしまった以上、あとはのんびり楽しんでて貰いたい。…負けたくない所で負ける気分は私も分かるし。

 

ノーヴェは言いたい事を呑んでコロナを促す。

そして、コロナはおそるおそると言った感じで口を開いた。

 

 

 

「雫さん、この結果…雫さんの予想通り…なんですか?」

 

 

 

アインハルトの勝利が予想通り。

もしそうなら…負けさせる前提でヒントを放り込んだとするなら、当て馬にされたようなものだ。おっかなびっくりと言った様子なのも無理はない。

 

「ううん、望み通り…よ。さすがに予想はちょっとね。」

 

そして…殆どそうしたも同じ。

敗北に誘導したわけではないけど、結果は望み通りなんだから。

 

「アインハルトに聖王の技を破らせたかったんだな?だが何でだ?」

「それが出来るなら、アインハルトの夢を潰さないであげようと思って。」

 

何も考えてなかった訳じゃないのか、ノーヴェが私の目的を当ててみせた。けど、理由まではさすがに分からないらしい。

夢を潰さないと言っても、まだ皆の理解は及ばないようだ。

 

「アインハルト、貴女はここで見つかった?」

「え?」

「私達が持ってないらしい、強くなるのに必要なもの。」

 

そこまで言ってようやくそんな話があった事を思い出すくらいの反応を示すアインハルト。そうして、少しの間をおいて首を横に振る。

 

「でしょうね。私は試合繰り返しながら考えてたけど、よくよく考えたらこういう所に出てくる前のヴィヴィオですら持っていたんだから、きっとここで探すのは必須じゃない。」

 

事情を知らないのか、コロナとノーヴェはアインハルトと私の様子を交互に伺う。

 

確かに、色々な経験はつめる。

対戦相手それぞれに対策を考える過程、用意された環境で戦う等々。

 

けど、ヴィヴィオがもう既に持っているのなら、こういうものはあまり関係ない気がする。

当然、まだ見落としが多くあるかもしれない。ただ…

 

「ある『かも知れない』を確認するためだけに、夢や希望に満ち溢れた選手を潰しているこの状況を振り返って、ここまでする必要はないのかな…って。」

 

アクアが伝えてきたジークリンデからの伝言、『何で大会に出てきた』と言う問いへの答えを改めて振り返ったところで、自分がしてきた事についてはっきり気付いた。

 

 

勝者とは、望むものを奪って勝ち取れた者。

 

喉から手が出るほどジークリンデと戦ってみたかった娘だっていただろうに、私は探し物で何の気なしにそれを片付けて来た。

しかもその勝利に特に意味がないとなればさすがに気が引ける。

 

互いに譲れない状況ならまだしも、餓死寸前の娘がもつパンを『今日はパンの気分だから』なんて理由で、食に困ってない大富豪が笑いながらひったくったら最低極まりない。

大会を勝ち進む事そのものにこだわりの無い私は、それと同じような事をしているんだ。

 

「だから、これ以上勝つだけの為に戦うのをやめようと思って。」

「どういう…事ですか?」

「ジークリンデに勝利判定を受ける方法については思いついてるのよ。とても褒められたものじゃない…ね。」

 

確実に勝利できるとも限らない、でも調整しだいでかなりの高確率で勝つ方法。

ただ…

 

「それに成功したら、彼女は世界最強と謳われている力の殆どを使う事も出来ずに終わる。それは多分…この大会に関わる全ての人が虚しい結果。」

 

夢の舞台で夢を奪わぬように、私が思いつく『全て』は使わず、与えられたルールにしたがって力を出す、ただそれだけなら悩む事でもない。

 

けど問題が一つ。私の実力が、彼女の全てを引き出せてしまったなら…

 

 

「ただ、彼女の最大攻撃は私の防御力じゃ…クラッシュエミュレートで済んでくれるかどうかすら分からない。そもそも去年、一応ちゃんと『魔法使い』のミカヤさんも病院送りにされてるし…ね。」

「ぁ…」

 

 

デバイスの力で最低限規格は通るだけの防御力は確保してるけど、生肉の身で普通に彼女の、防具を紙切れ扱いするような攻撃を受けたなら、病院送りにすらなってくれない可能性がある。

 

直撃でもすれば死ぬ。

 

割と深い怪我でもちゃんと治ってくれる身体だけど、それでも頭や心臓つぶれたらどうにもならない。

 

「だから…アインハルトに、世界最強に挑戦するだけの資格が…その機会を私が命がけでも譲ってもいい位かどうか、それが見たかったの。」

 

全力を出し合ってぶつかれば、彼女が予定調和の如く私を倒しても、私の技量が彼女の全てを破っても、アインハルトはとりあえず、最強の称号に近い十代女子と戦える。

 

もし万一コロナが勝つことより自分の力で戦い、貰い物の力での勝利を我慢して選ばなかったのなら、私も自分から魔導師へ屈すると言う苦を我慢してジークリンデとの試合を棄権するつもりだった。

もしアインハルトが聖王の影に振り回されたまま終わるなら、私がどんな手で勝ってもさして悪いとは思わなかった。

 

でも…アインハルトは勝利して見せた。

 

「貴女は私がコロナに囁いた、聖王の力を餌にする戦い方を乗り切って勝ってみせた。…だから、これ以上この場を望んだ人達の夢を奪わないように、私も命を懸けてくる。」

 

探し物に来ただけの私と違い、アインハルトは元々覇王の拳が強いんだって示すためにここに来た。

その分かりやすい機会を、自分と関係のない所で台無しにされたらたまらないだろう。

 

スポーツ大会で結構な命がけの状況だと知っては責められなくなったのか、最初は怒っていたノーヴェも苦い表情になっている。

 

そんな中…アインハルトが私を真っ直ぐに見て、口を開く。

 

 

「正面から戦って、世界最強を超えて来て下さい。その先で…貴女を倒して見せます。」

 

 

まさかこの状況で励まされるとまでは思ってなかった私は、一瞬呆けてしまった。

 

「それはどーも。」

 

これ以上皆を見ている気になれず、私は目を閉じてそう返した。

本当、向いてないなここは。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

自分が戦う覚悟の為にコロナさんを利用した事を許せもせず、それでもスポーツが命がけになってる雫さんに怒れもしなかった私は、あんな事しか言えなかった。

 

そもそも、企みがあったとはいえ雫さんがコロナさんにした事は単なる助言。

私の勝利を望んでいたのにコロナさんに助言をした。と言うのが歪な空気を生んでいるものの、内容に嘘偽りがあった訳でもないし責められる謂れはないんだ。…納得はし辛いけれど。

 

聞く事は聞いた私達は客席へと向かう。その道の中、コロナさんが重々しい口を開いた。

 

「当たり前みたいな顔して私達と一緒にいますけど、雫さんは魔導師じゃないんですよね…」

「はい…」

 

それがどういう事なのか、わかっている、知っているはずなのについ忘れてしまう…否、忘れさせる力を持つ雫さん。

思えば、私達が胸を躍らせたヴィヴィオさんのお母様方との試合も、彼女にしてみれば命懸だった。高所から落ちて着地をしくじれば、射砲で吹き飛んだ瓦礫の破片が頭にでも当たれば、ただで済むわけがないのだから。

 

魔導師に負けたくない、負けるつもりでいない雫さんが、それでも勝つために使える全ての手を使わない。

強さの概念が私達と似て非なる雫さんにとって、それはどんな気持ちなんだろうか…まして、今回は…

 

「私の夢を護る為…なんですよね。」

 

全ての力を出し切って戦い、勝利する。そうでなければ、競技を選んだ意味がない。

雫さんが相手の全力を封殺して競技の域を外れた勝利を手にしたなら、仮にそれで勝ち上がってきた雫さんに勝利しても、何の意味もなさないだろう。

 

 

私はこの大会に出ると決めた時…

 

『満足…出来るわけ…無い…っ!』

 

その戦いを選ばなかったんだから。

 

 

思い返していると、ポンとやわらかい掌の感触が頭におかれる。

 

「こうまで騒がせてくれたんだ、世界最強に届くようにしっかり見ておこうぜ。」

「…はいっ!」

 

沈んだ雰囲気を晴らすノーヴェさんの励ましに力強く頷く。

そんな中、派手な足音が聞こえてきた。

 

「は、走る必要ありましたの?」

「勝手に…ついてきたんでしょう?」

 

足音の方へと視線を移すと、クラウさんと…雷帝、ヴィクトーリア選手が並走している姿があった。

よく見ればアクアさんもクラウさんにおぶられている。

 

確かヴィヴィオさんの試合前くらいに魔法の過負荷で眠ったと話があったのですが…大丈夫でしょうか。

 

「過負荷で倒れた娘を引き連れて走り回ってる人がいれば気にもしますわよ。って…あら?貴女は…」

「…どうも。」

 

私に気付いたヴィクトーリア選手に、小さくお辞儀をする。

敵という訳でもないけれど、古代ベルカに縁のあるトップファイターとなるとあまりいい顔が出来ないので無愛想になってしまう。倒さなければいけない、と言う思いが強くて。

 

「姉さん、アインハルトだよ。起きて。」

「んー…」

 

クラウさんの肩で眠そうに目を擦るアクアさん。

…完全回復、と言うわけでもないはず。倒れたという話だし。

ポヤポヤとした雰囲気のまま細く目を開いて、どうにか私を見ようとするアクアさん。

 

「あー…アインハルト?」

「はい。」

「よく見たげてね。本当、よくぅ…」

 

が、眠たげな声のまま私に話すだけ話してぐらぐらとまた瞼を閉じてしまった。

 

「…この娘、連れ帰って眠らせたほうがいいんじゃないかしら。」

 

ヴィクトーリア選手は小さく溜息を吐くと、アクアさんの項に手を伸ばす。

 

「ぴみゃ!?」

 

パチンと、何かがはじけるような音がして跳ね起きたアクアさんはクラウさんの背からおちて尻餅をついた。

電気変換を利用して起こしたのか…頭じゃ調整が難しいはずなのに、相当自信がないと出来ない。

 

「簡易的な眠気覚ましですわ。身体には良くないから眠いのなら寝なさい。」

「あ、ありがとヴィクターさん。」

「まったく…素直なんだか卑怯なんだか…」

 

感心する私達を他所に、ヴィクトーリア選手は客席へ進む。私達もその後を追った。

客席には、ヴィヴィオさん達がミカヤさん、ミウラさん、ハリー選手等が集まっていた。

 

「…なんで貴女まで。」

「あー?ここで戦った上にジークの試合なんだからそりゃ見るだろ。ミカ姉もいるから丁度いいしな。」

「仲良くとまで言わないが、興味のある一戦なんだ。隣で喧嘩は勘弁して貰うよ。」

 

会って早々睨み合うハリー選手とヴィクトーリア選手。それを苦笑しながらたしなめるミカヤさん。

なんだか仲のいい知り合いのようだ。同レベルの人同士は自然ライバルになるからかも知れない。

 

「そう言えば、アクアさんは雫さんから何か聞いているのですか?」

「へっ?あー…うー…」

 

わざわざ私によく見ておけなどと言う念押しをするくらいなら、雫さんから変わった話が出ていないかと思って聞いてみると、分かりやすい反応が返ってきた。

言い辛いのか言葉を濁すアクアさん、その泳ぐ目を見つめる。

 

「少なくとも…私達には聞く権利はあるはずです。」

 

アクアさんに何があるわけでもないけれど、どうしても問い詰めるようになってしまう。

私がコロナさんに一瞬視線を向けると、アクアさんも気まずい表情をする。

 

「…まっすぐ曲がっちゃってるからさ、雫ちゃん。」

 

正々堂々の勝負…どころか、勝敗以前のところから考えて動いている守り手。

その厳しさは正しいもので…時に受け入れる事すらままならないほどで。

そして…本人はとっても優しい。だからこそ、自分に理由の薄い命がけの戦いをあっさり引き受けて見せた。

きっとそんな重くてずれた雫さんの、言い辛い何かを知ってるんだ。

 

その何かを知りたくて次の言葉を待っていたが、アクアさんは何も言わない。

様子がおかしいと思った瞬間、アクアさんはいきなり自分の頬を張った。

 

 

「や!うん!大丈夫大丈夫、コレだけは見ないといけないんだから絶対何が何でもっ!」

 

 

またおちかけてたらしい。

本当眠ったほうがいいんじゃないだろうかとも思ったが、そんな事はあのクラウさんが分かってない訳がない。

 

今重い話を強請るのは、アクアさんに悪い。

それに、ミカヤさん達に取ってはあまり関係ない身内話になる。

私はそれ以上何を言う事も出来ず、会場に目を向けた。

 

整備も終わった、そろそろ…か。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

「…そろそろ入場です、準備を。」

「分かった。」

 

シュテルから準備を促されて、私は目を閉じた。

 

なのはさん相手に夜の一族の力を使って無理やり機能させていた、脳内麻薬の分泌による身体能力強化。

 

なのはさんに一瞬瞳の赤が映ったと指摘されたため、独力だけで使えるようにと連日使う事で慣らしていき、どうにか能力なしでも使えるようになった。

 

拳をゆっくりと握って開いて、力の具合を確認する。うん、問題ない。

 

「死ななければ何とかなる、と言うのは、死ねば終わりという事です。くれぐれも自覚を。」

「私がわかってないって?」

「ええ。正確には、貴女の基準が厳しすぎて、普通恐れるものを恐れず、躊躇うものを躊躇っていないように見える…と言うべきですか。」

 

シュテルの指摘は、私でも納得できるものだった。

一般人が厳しい、汚いと顔をしかめるような事を平然と出来るのは、私にとってそれらが当たり前だから。

ただ…当たり前と教わり、当たり前だと把握して剣を振るうようでは、その『重さ』の認識が足りなくなる。

 

傷も死も、耐えて進むものであって、当たり前にしていいものじゃない。そこを間違えたら、刺激が足りないからなんて理由で殺し合いに走りたがる生きた悪鬼になってしまう。

 

「ありがと。でも、今回は特に怖がるわけには行かない。」

 

ジークリンデから伝えられた伝言、その意味を考えるに当たって初めて彼女を見たときから思っていた事。

 

 

あの人は、あまり強くない。

 

 

試合映像を見た限りじゃその感想が浮かんだのが間違いだったとしか思えなかったけれど…エレミアについての情報と、彼女の伝言のおかげで、その原因が分かった。

 

「相手の弱点を突くのは戦術の基本中の基本…なのですが、貴女も大概お人よしと言うか何というか…」

「まぁ競技の試合だから、私に必須の用事がないなら尚更。」

 

アインハルトに世界最強との戦いの機会を譲ると決めたんだ。

それでも負けたくなかったら…真正面から今の私が彼女の全力を破るしかない。

 

「普通に戦ったら、10%もありませんよ?勝率。」

「シュテルの予想って、レヴィによくひっくり返されるけどね。」

「貴女はあの娘並みの馬鹿を…やる気でしたね、今から。まったく誰も彼も…」

 

笑って返した私に言葉だけ呆れるシュテル。

言葉だけなのは、返事をしながら口元が微笑んでいるのを見れば分かりやすい。

家の馬鹿代表の速人さんが好きなんだから当然と言えば当然か。

 

「動いている間は止めません、死なない程度に好きなように。」

「ありがとう。」

 

負けた事のない次元世界最強の十代女子に教えてあげよう。

王様やその子孫なんかじゃ手も足も出ない、『御神の剣士』って生き物が、この世界に存在する事を。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 




対世界最強十代女子戦…対なのはとどっちが危け(以下略)


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第二十六話・強き者

 

 

 

第二十六話・強き者

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

審判さんの誘導の下向かい合っている今この時、既に背中が寒かった。

 

笑みを漏らさず、油断も隙もない。

それだけで見ればあの覇王流継承者、アインハルト=ストラトスと共通してるようにも思える。

 

よう見とると全然別物なんが分かるけど。

武人みたいな覇王の彼女に比べて、月村雫…彼女はまるで死神。

向き合っているのに後ろから首を刎ねられそうな、そんな寒気が離れない。

 

 

だから…ウチはちょっと怒っとった。

 

 

競技者の夢の舞台、インターミドル。

この場所で彼女はウチのエレミアと同じ…

 

立ち並ぶ命を絶ち、敵を討ち滅ぼす為の殺人術を躊躇いもなく振るっていた。

 

感慨も歓喜もなく、倒れて当然だと言わんばかりに立ち会った競技者を打ち倒し、冷めた瞳のままで。ルール違反はしとらんけど…

 

それは、ウチが殲撃を乱発するのと同じ事。

 

必死な結果出てしまった、とかでもない。刀も抜かずにやってる事がそれを証明しとる。

 

 

この娘は先に通せない。競技者、ジークリンデ=エレミアとして。

 

「レディ・セット…」

 

距離を離れ構えあう。

 

力はないけど技量は飛びぬけてる彼女。

けど…彼女には付き合う気はない、開始と同時に弾幕を打ち込む。

 

「ファイト!」

 

開始の合図と同時に射撃魔法を展開しようとして…

 

 

 

 

目の前に彼女の姿があった。

 

 

 

 

は?

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

「でたっ!縮地っ!」

 

いきなり刀を振りぬける距離までつめた雫ちゃんを見て、ヴィヴィオちゃんが歓声を上げる。

接敵を一歩で済ませた雫ちゃんは、そのままの距離で戦闘を開始した。

 

「お…おいおい!?なんなんだよアイツ!!」

「魔法じゃない…凄まじいな。」

 

雫ちゃんは小太刀を自由に振って、そしてジークさんは拳、蹴りを振り切って届く距離で。

 

そして…その距離で。

 

 

雫ちゃんは、ただの一撃も受けずに二刀を振るい続けていた。

 

とはいえそこはジークさん。息つく間もないほど繰り出されている斬撃を、直撃は喰らわずに持ちこたえている。けれど…

 

「狙いが『攻撃を仕掛けた手足』では、さすがの彼女も回避出来ないか。」

 

ミカヤさんのコメント通り、雫ちゃんは攻撃を仕掛けるジークさんの腕や脚、刀で滑らせるように受けている。

アレは痛い。ダンボールに皮をすらせるようなものだ。しかも今ジークさんが触れてるのは刀の刃。

けど、自分から傷つきに行くのを嫌って何もしないでガードに回れば斬られ続けるし、攻撃はせざるを得ない。

 

ジークさんも攻撃はしている。

それでもジークさんだけが受け続け、一撃も当てられないでいるのは…

 

 

「『魔法使い』の戦闘経験にないもの…か。」

 

 

オールラウンダーのミッド式は勿論、近接戦を主体としたベルカ式ですら、文献の画を見る限りフルメイルや武具により装備を整え戦う者が主体。それでなくても魔法装備。

 

競技者や格闘戦技なんてものが出回ったところで、その二つの流れを汲んだものである事は変わりない。何より、マルチタスクと共に彼らの神業は使えない。

 

つまり…エレミアですら、防具回復魔法無き世界で近接殺傷武器を振るい続ける剣士と戦った『経験』は存在しない。

古代ベルカで強い人って大抵王様達…特別な血筋の人だし。ノーガードで戦地に飛び込む想定ではいないだろう。

 

速人さん達がことごとく魔導師に喰らいついてこれた理由でもあるし、何より雫ちゃんはともかく、恭也さんは間違いなくジークさんより上手い。

恭也さんとちゃんと修行になってる雫ちゃん相手じゃ、触れるだけで勝ててもそう簡単に触れられない。

 

 

 

「それがジークさんの弱点?」

「いや違…あ、ば、バカッ…」

 

クラウにきかれた事に素直に答えかけて、それがまずい事に気付く。

 

「ジークの弱点…ですって?」

 

ヴィクターさんから穏やかじゃない声がした。

 

トップファイター勢揃いな上、なんだか皆さん仲がよさげだから、正直避けたかった話題。

なんだけど、ハイになってるだけで眠らないとまずい今の頭じゃそれに気付くのが遅れた。

 

ど、どーしよこの空気…

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

嘗めとった。

 

勿論、ウチ的に甘く見積もったつもりはなかった。

けど…デバイスに出場条件の全てを任せ、その他一切の『力』を持たない彼女に、ウチを倒す手段が無いと思うとった。

 

せやけど、現実は…

 

「ふっ!」

「っ!!」

 

短く鋭い呼気と共に放たれる、容赦なく急所を狙った攻撃。

出血判定でも受けたらますますついていけなくなる以上、確実に防がなきゃならん。

 

でも、防いだ手は攻撃に使えず、二刀を手にした彼女は次から次へと連撃を放ってくる。

流れを変えたくて攻撃を仕掛けると…

 

斜めに構えられた刀に滑るように攻撃を受けられ、攻撃した部位を傷つけられた。

 

はっきり言って、まともに防いだならろくに魔力も貰えていないデバイスなんか一撃で砕ける。

 

せやけど…いや、だからこそ、まともに受け止めんのや。

斜めになった刀に滑るように拳が空を切り、刃を滑るように走った指や腕が痛む。

 

けど、いつまでも―!?

 

次の斬撃を掴もうと思った瞬間、彼女は半歩下がると同時に納刀する。

居合い抜きか!!

首に刺す、冷たい空気。人によっては凍りついて動けなくなるほどの殺気。

 

この…っ!!

 

危険より怒りを感じて、右腕で首を守りつつ、左拳を最短距離で走らせた。

 

 

左拳に軽い衝撃。

それだけで、彼女は数メートル地面を転がっていった。

 

 

いや、違う。

軽い衝撃にするために自分から跳んだんや。

 

予想通りダウンなんて事なく、転がった勢いをそのままに起き上がる。

このまま追撃で…?

 

 

「ファンサービスは好き?」

 

 

何故か試合終了とでも言わんばかりに直立で刀を納めながら、彼女はいきなりそう言った。

 

「え…うん。」

 

まさか、彼女が戦闘中に話しかけてくるなんて思っても見てなかったウチは、呆けたように返すしか出来なくて…

 

 

「なら…よかったわ。」

 

 

刀が収まったと同時に、胸元から布の動くような小さな感触。

思わず下を向いて…

 

 

 

ばっさりと、胸の先端部分を横一文字に斬られた自分の防護服が目に入った。

 

 

 

 

「ぁ?」

 

 

 

 

硬直。

人はあまりの現実に直面した時、逃げる事すら思いつかずに硬直するって話を聞いたことがある。ウチは整理がつくまでの少し、それを体感することになった。

満員会場、エリートクラスからはTV中継も流されとる。

カメラもあって審判の男の人が何か慌て…

 

 

 

 

「ゃ…やあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 

 

何もかも頭から吹っ飛んだウチは、両腕で胸を隠してしゃがみ込んだ。

 

てっ…テレビ…中継…放送…胸…

うあああぁぁぁぁぁっ!!!

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

さすがに放送できないからか、審判の人が止めに入って映像が消える。

客席の周りからも同様や恥ずかしげな反応が…あ、チャンピオンのファンの人からか凄いブーイングもある。

 

「やれやれ、いやらしい子だな。」

 

側で観戦してるミカヤさんがそんな呟きを漏らす。

あんまり単純な評価が多くて、私はなんか違う気がしてたから反論してみた。

 

「私は…雫さんに限って戦闘でふざけるなんて思えないです。」

「知っているよ、そしてパニックを起こしていてもジークもそろそろ気付くだろう。」

 

けど、私は反論したつもりなのに、ミカヤさんはそんな私にうなずき返す。

 

「防護服が綺麗に切断されていると言うことがどういう意味か…ね。」

「あっ!!」

 

思わず叫んでしまう。

そうだ、何を見てたんだ!あれが斬れたって事は…

 

 

 

雫さんは、チャンピオンを斬れるんだ。

 

 

 

「次元世界最強の十代女子、黒のエレミアの継承者にして完璧な性能を誇る負け無しのエリートファイター、ジークリンデ=エレミアの弱点。」

 

アクアさんが、何かを諦めたようにさっき言いかけた話題を戻す。

聞いただけじゃまるで弱点が浮かばない。

 

 

「雫ちゃん曰く…使用者ジークリンデ=エレミアが、持たされた武器の力にまるで追いついてない、普通の女の子である事…だって。本当厳しくて…優しいよね、雫ちゃん。」

 

 

笑いながら、それでも少し悲しそうなアクアさんが、今の話を優しいと言った意味が、私にはなんとなく分かった。

 

英雄、八神はやて率いる部隊の前線隊長、高町なのはとフェイト=T=ハラオウン。

贔屓目なく見たら、アインハルトさん曰く『家庭的でほのぼのとしたお母様』。

 

チャンピオンと舞い上がって凄い凄いとばかり思っていた私達の中で、雫さんがジークリンデ=エレミアって人間を、ちゃんと見てた証。

普通の女の子なんだ。超人でも…雫さんのような殺人術の『使用者』でもない。

 

「知った風な事を…っ!」

「い、言ったの私じゃないって!」

「わかってますわっ!」

 

けど、アクアさんをヴィクトーリア選手が睨むような目で見据え、焦ったアクアさんの姿に気付いて顔を逸らす。

チャンピオンと一緒にいたし、仲がいいのだったら、友人を『武器以外弱い』なんて言われて怒るのは無理なかった。

 

ただ…

 

コロナとアインハルトさんがどこか様子がおかしい気がしていたけど、何も聞かされてない私でも分かった事がある。

 

雫さんがもし止まらず戦闘続行していて、唐突にチャンピオンが自分の状態に気付けば…

チャンピオンが動揺して硬直して審判の人からの静止がはいるまでの間に、一撃放り込む事ができる。

私の拳を斬った貫通斬撃を首にでも打ち込めば、事故として違反にもならずにチャンピオンの敗退になっていたはずだ。全力も出せないまま。

 

「雫さんが…勝ちより正々堂々を選んだ…」

 

なのはママ相手の戦いと違って、真正面から戦う理由なんて雫さんにはないはずなのに。

それは、私にとって少し驚きで…少し嬉しかった。

 

 

…ま、まぁ…正々堂々って明るく言うには挑発が過ぎるけど。

 

「とにかく、ここまでされればいくらジークでも加減なんて選ばない。」

「だな。」

 

落ち着いたチャンピオンの姿を確認した皆が、同じ思いで頷く。

 

 

ここからだ。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

「すみません、もう半歩踏み込めれば終わったんですが。」

 

審判の人から注意を受けた彼女が口にした言葉を聞いて、一気に目が覚めた。

 

防護服がばっさり斬られた。

それは、下手をするとコレで終わっていたかもしれないと言うこと。

 

そもそも、首を目掛けて放たれる斬撃が見えた筈。なのに、胸元が斬れている。

殺気によるフェイント?本命には攻撃の気配も何も感じなかったのに?非常識にも程がある。

 

「再構成は待ってやる、目が覚めたなら…とっとと抜け。」

「っ!」

 

自分の手を交互に指さした彼女は、ニュートラルコーナーへ向かう。

 

「な…何というルーキー!何という剣士!開始早々鉄腕の催促!!これが古流剣術使いの実力だというのか!!」

 

今頃事態に気づいたかのような実況を耳にしながら立ち上がる。

防護服の再構成、そして鉄腕の展開。

 

「…全力のエレミアを前に、五体満足でいられると思ったら困るよ?」

 

準備は出来た、試合再開…するかと思って彼女を見ると、手首を何かいじっていて…

 

外したリストバンドをセコンドに向かって放り投げた。

 

 

「リスト…ウェイトっ!?」

 

 

こ…この娘は…っ!!

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

確かに外したのはリストウェイトだけど、本来飛針をしこんでいる重さに設定して、普段通りにしていただけ。

だから、外したのは単なる演出。無くてもあっても困らないものだから。

 

でも、演出としては十分だったらしい。

凄いブーイングと呆気にとられたジークリンデの表情が、ソレを物語っていた。

 

 

この方法使って勝つつもりないならやめておいてあげても良かった。

それでもわざわざ挑発まがいの真似をしたのは…

 

彼女が、私を含めた相手の『心配』をしているから。

 

魔法と生身の殺人術。と言う以外にも、彼女と私には決定的な違いがあった。

それは、持たされた力と身に着けた力と言う事。

 

何もしてなかった、とまで馬鹿にする気もないし、本人なりに葛藤や苦痛もあったんだろうけど、それでも私みたいに周り中に負けるのが当たり前みたいな状態で、這いずるように進んできた訳じゃない。これはヴィヴィオ含め、一般競技者だって持ってるタイプの意志力。

もう一つ、獅子や竜みたいな『天然で強い者』が持つ空気もあるけれど…それは大抵ぎらぎらとした…何というか大物っぽい威圧感や存在感がある。コレは…ディアーチェかな?

 

彼女から感じられたのはそのどちらでもなかった。

核爆弾任されてがたがた震えながら発射ボタンに指を添えているような、そんな空気。使えば勝てる、使えば殺せる、でもどうしよう…と。

 

普通の人間なら迷って当然だけど、戦う者としてはその心は弱点以外の何者でもないし、何よりここにいるのはちゃんと強い人。

私だって、ヴィヴィオ達に『加減してあげないと』なんて理由で軽く見た事はない。

 

試合で使っているのが殺人術だから手加減しないと…なんて、いらない心配だ。私だってここまで刀を抜かなかったのは単に必要なかったから…つまり自分の都合。

未完ながら同じ人殺しの武器を持つ者として、言外にそれを叩き込んでやろうと思ってわざわざここまで挑発した。アインハルトが世界最強に勝ちたいなら、向こうにも全力振り絞って貰う必要があるし。

 

 

 

いい加減に目も覚めたはず、ここからはこっちもただじゃすまない。

 

覚悟は出来てる、破壊術でも殺人術でも来ればいい。

御神の剣は護り刀、私は決して砕けない。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




オート発動の一撃死級攻撃なんて持たされたら普通怖くて当たり前でしょう。
一般家庭だと、『つい』で破壊したものの弁償で借金地獄になりそうな気がして別な意味で怖いです(苦笑)


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第二十七話・綱渡りの一撃

 

 

 

第二十七話・綱渡りの一撃

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

さて…ここからだ。

 

再度、脳内麻薬の分泌をしなおす。

開始の合図と同時…

 

 

 

弾幕が展開された。

 

 

 

総合魔導戦技…さすがに名ばかりじゃないか。

 

私は弾幕を前に普通に駆け出し…ギリギリでスライディング。

弾幕をくぐった私に向かって迫ってくるジークリンデ。

タックルも関節技もやりたい放題だったな、彼女は。

 

右に転がりつつ起き―っ!?

 

 

銃口のように立てられたジークリンデの右指が光る。

 

魔力弾か!

 

居合い抜きを放とうとしていた左手の刀の柄で魔力弾を受ける。

 

マグナム弾でも止めたかのようなビリビリと伝わる衝撃。

刀を手放さない為にこらえたのが拙かったか、魔力弾を撃った右手をのばしてきて、硬直していた左腕をつかまれた。

 

「これでおしまいや。」

 

握り潰すかのような握力と共に、内側に捻るようにして引かれる左腕がカゲハを手放す。

引き寄せながら打ち込むつもりか、ジークリンデは左腕を振りかぶっている。

 

…甘い。

 

宙のカゲハを右手でつかみ、逆関節に決められたまま引き寄せられた左腕を『自分から折るように』身体を捻りながら、飛び膝蹴り。

右手に掴んだ刀の裏から刃を押し込むようにジークリンデの顔面に叩き込んだ膝蹴りは、重さと鋭さを得たギロチンのように彼女の身体を倒した。

 

声かけた一瞬がなかったら、腕折って飛ばなきゃいけないから間に合わなかったかもしれないって言うのに…ここまで挑発した相手にわざわざ念押しするって…全く。

 

 

「人の心配してるなよ。」

 

 

ダウン判定らしくコーナーへ戻るよう指示された私は、考えるでもなく聞こえるか聞こえないか位の声で呟きを漏らしていた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

チャンピオンのダウン。

大騒ぎになるはずの一幕に、会場は静まり返っていた。

 

 

当たり前だ、だってありえない。

 

 

逆関節決めて腕を引かれ、脱出できないから『じゃあ折ろうか』なんて発想に行く人間なんてどう考えてもまともじゃない。

まして、痛みを再現するクラッシュエミュレートと違って、曲がらない状態にされたから折ったんだ。実際に骨折してる。

あまつさえ、顔面に向かって刀の裏から飛び膝蹴り。

横向きにギロチンを受けたみたいに吹っ飛んだチャンピオンは、クラッシュエミュレートとはいえ出血ダメージの判定を受けていた。

 

だらりと垂れ下がった腕を気にするでもなく刀を鞘に納めてニュートラルコーナーへ下がる雫さん。

その腕は、よく見ると折れているだけでなく、掴まれた部分が潰れていた。

複雑骨折なんて生易しいもので済んでない。ジャケットなかったら魔力すらない生身なんだから、鉄腕で握られたら潰れて当然。

 

損傷が酷すぎて、ダウンさせたはずのチャンピオンと同程度のライフにおちてる雫さん。

そんなライフでも…損傷でも表情を歪ませない。

我慢でダウンにならないのはハリー選手が証明してるけど、度が過ぎた。

 

どうにか仕事だけはやろうって頑張ってる審判さんが、おっかなびっくりカウントを進める。ある意味一番大変かもしれない、私だったらきっと仕事にならない。

 

「まずいね。」

 

そんな中、クラウさんがポツリと呟くように切り出した。

同意するように頷いたミカヤさんが口を開く。

 

「一見ダウンを取った雫ちゃんが有利のようにも見えるけど、彼女がしのげていたのは両の刀を急所に散らしてジークに防御させていたからだ。片腕が使えなければどうしたって隙が出来る。それでも防御出来る反応速度は彼女にはあるだろうが…」

「防御じゃ、雫さんがチャンピオンの攻撃に耐えられる訳がない。」

 

ミカヤさんに続くように、私は雫さんに示された現実を告げる。

全てを話す必要もなく、握って引かれただけの腕の損傷がそれを物語っていた。

 

「それに、あのペースはいつまでももたないわね。」

 

当然だけど、異変に気付いていたヴィクトーリア選手がそれを口にする。

 

殆ど直撃を受けずに避けきってきた雫さんの技量が高い…って事もあるけど…それは、後先を考えないどころか…なのはママと戦ってた時と同じような、異常な身体能力を出してる結果だ。

魔法を使ってるわけでもないなら、きっとあの時と同じように限界『以上』を無理矢理引っ張り出している。

表情にこそ出してないけど、まだラウンドも終わってないのに額の汗や上下する肩が隠しようがない証拠になってる。

 

「それともう一つ…」

 

続けてミカヤさんが話そうとした瞬間、びりびりと強い気配を感じた。

気配なんて言わなくていい。雫さん達のソレと違って、私達に馴染み深い力の奔流。

 

発生源は…ゆらりと立ち上がったチャンピオンの手が纏った異常な力。

 

「エレミアの真髄…ただの鉄腕であの有様では、食らったら…」

「あの人は…全部知っててあの場所にいるんです…」

 

険しい表情で話すミカヤさんに続くように、アインハルトさんが搾り出すように言った。

 

直後、チャンピオンが動く。跳躍から、左腕を一閃。

 

 

たったそれだけの動作で放たれた一撃が、リングを消し飛ばした。

 

 

雫さんはなりふり構わず横に飛んで転がってかわしたけど、転がった拍子に折れた腕が下敷きになってて痛そうだ。

チャンピオンの力は当然そのままで、雫さんは…

 

 

「え?」

 

 

左腰の刀を抜き、腰溜めに低く構えた。

突き、それも銃刺突『ガンブレード』の構え。

ただの突きと非じゃない重さのアレなら、今当たれば雫さんでも押し切れるかもしれない。けれど、そもそも雫さんが今直撃を受けたら…

 

「馬鹿なっ…自殺する気!?」

「おい馬鹿止めろ!」

 

身をのりだしそうな勢いで叫ぶヴィクトーリア選手とハリー選手。

私は…怖い気持ちを押さえ込んで、睨むように二人が動き出すのを見ていた。

 

 

 

 

そして…

 

 

 

 

距離がゼロになった直後、デバイスを砕かれた雫さんが吹き飛ばされて打ち捨てられるようにリングを転がった。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

「ぁ…」

 

正気に戻るも、全てが遅かった。

殲撃の直撃を受けて、ミカヤさんよりもはるかに防御力のない人がただで済むわけがない。

 

 

 

競技で…ウチは…人を…

 

 

 

自分の手を、呆然と眺める中、急にあたりが騒がしくなる。

嫌だ!ききたくない!やめ…

 

 

 

「目…閉じるなよ…試合中よ。」

 

 

 

ありえない、声がした。

 

 

 

目を開くと、月村雫が立ち上がっていた。

 

左半身のバリアジャケットが削げて、胸の辺りからは実際に出血している。

腕はバリアジャケットとクラッシュエミュレートで済んだのか、傷跡だらけの左腕がむき出しになっている。

 

「し、試合中って君」

「肋骨と左腕。高町ヴィヴィオ選手が同じエミュレートで試合続けられてるはずです。」

 

無茶苦茶なダメージなのは間違いなく、エミュレートか実際にか、苦痛に表情を歪めながら、それでもそんな馬鹿みたいな事を言う彼女。

慌てて駆け寄ったはずの審判さんが黙らされてしまう。

 

 

冗談やない、そんな理由で…

 

 

「っ!?」

 

 

審判さんが無言で私を促した。

動揺を隠せないまま私は構えなおす。

 

「ファイト!」

 

再開の声がかかり、そして…

 

 

「っ…はあああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

ここへきて、一番と言っていいほどの気勢で、彼女は駆けてきた。右手しか使えないのに右腰の刀を納めたまま。

弾幕だのなんだのと気構えが間に合わなかった私は、ただ迎え撃とうと右拳を引いて…

 

 

直後、寒気がした。

 

 

「く…っ!」

 

勘に近い思いで左腕で首を護る。直後、鉄腕越しにビリビリと伝わる衝撃。

見れば、彼女は右腕で右腰の刀を逆手に持っていた。

 

逆手抜刀…最後の最後まで恐ろしいものを…

 

ただ…今までの一撃と違い、防いですぐ目の前からいなくなるなんて事はなかった。

文字通り渾身の一撃だったんや。

 

目の前で止まった彼女の頬に向かって、ウチは右拳を振りぬいた。

 

 

 

その日初めての拳からの確かな手応え。それとと共に、試合終了が告げられた。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

軌道を完全に外すには大きく回避に出なければならず、いずれ捉まる。

直撃すれば、防御も何もなく一撃で死に至る。

 

雫さんが生き延びた答えはまるで境界線のように細い綱渡りみたいにそこにあった。

 

 

半分晒す。

 

 

身体の半分、腕や重要器官…内臓部などを通らない位置に身を晒し、骨を砕かれ身を削られながら攻撃を放り込む。

半身と言うあまりにも基本的な構えの一つが、その綱渡りを成した武器だった。

 

 

ただ…殲撃の軌道上に雫さんの攻撃まで含められてしまったため、相打ちは成立しなかった。

 

 

やれと言われて出来るものじゃない。覚悟もいる訳だ。

受けたら終わりの殲撃を、きっと初めから半分受けるつもりでいたんだから。

 

 

「…勝ちます。」

 

 

意識を断たれて運ばれていく雫さんを見ながら、私の口は殆ど勝手に動いていた。

 

 

「勝ちます…必ず。」

 

 

握り締めた拳の痛みでなんとか泣かずに平静を装っていられた。そんな私が静かに繰り返す言葉を、今度ばかりはヴィクトーリア選手も止めなかった。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

インタビューの間もいろんな意味で落ち着けなかった。

どうにか平静だけは装ったけど…彼女が上手い事やってたから無事やったけど…

 

「殺しかけたん…よね。」

 

自分の掌を見ながら呟いた言葉が、追い討ちをかけるように心に刺さる。

 

直行で医務室行きになった彼女の損傷は、聞いた所によると左腕、左肋骨の複雑骨折に、それに伴う内臓、筋肉の損傷など、結構な酷さだったらしい。

 

頭や心臓に直撃してたなら…

 

 

「やっぱりね。」

「っ!?」

 

 

会場を出たところでいきなり聞こえた声にビクリと肩が跳ねる。

 

目の前に、重体気味の怪我で運ばれたはずの月村雫ちゃんがいた。

左腕をギプスで覆っているあたり、エミュレートで済んでも無ければ回復魔法で治る怪我でもなかった事が伺える。

 

「会場の人や選手から夢を奪わないように真っ向から戦ったつもりなのに貴女に逃げられたら全部台無しだから、一応様子を見に来たんだけど…やっぱり落ち込んでた。」

「っ…」

 

誰のせいで、と言えば自分のせいやけど…散々挑発した挙句自分から賭けみたいな戦法を選んだ彼女に言われると、複雑な気分だった。

 

「悪かったわね。」

「え?」

 

唐突に謝られる。

 

「本当は倒してあげたかったのよ。自分が全力で戦うと相手が壊れちゃうどうしよう…って心配してる貴女に、どう頑張っても倒せない、全部の力で安心して遊べる相手がこの世界にいるって教えてあげるために。負けてこのざまじゃ説得力無いけどね。」

「そんな変な事謝られても」

「勝って敗者相手に『加減失敗した』みたいな顔してる奴がいるから変な事心配する必要が出るのよ。」

「ぅ…」

 

勝てなくてごめんなさいなんて謝られて返答に困ったウチの返しを、冷たく切り捨てる雫ちゃん。

皆必死で戦っとる、勝つために。

そんな中ウチ一人勝って心配しとったらおかしくなる。全く反論できんかった。

 

完全に顔向けできなくなったウチを前に、盛大に溜息を吐く雫ちゃん。

 

「誰も彼も自分より弱いんじゃ、そうなるのも無理ないけど。」

 

言いながら、ポケットから一枚のチケットを取り出して差し出してくる雫ちゃん。

ぐちゃぐちゃになった気持ちのままでそのチケットを受け取って見ると、よく聞く名前があった。

 

エメラルドスイーツ。アーちゃんがようくれる洋菓子の店名。

 

「インターミドル、負けられなかったら…本物の次元世界最強の十代女子を紹介してあげる。気が向いたら顔出して。」

 

負けられなかったら。別に負けたいとか思ってるわけでもないけど、なんかその言葉が胸に残る。

 

それで用事が済んだのか、踵を返した雫ちゃんは…少し歩いて振り返った。

 

 

「ただ貴女、次で負けるかもね。」

 

 

雫ちゃんの背を見ながら、次と言う言葉に思い出す。

そう言えば、客席から見とった時、チームナカジマの皆と一緒におったな、雫ちゃん。

 

『会場の人や選手から夢を奪わないように真っ向から戦ったつもりなのに貴女に逃げられたら全部台無しだから』

 

自分の掌を見つめる。彼女の体を粉砕した、競技枠を超えた力を振るった手を。

この力を使ってしまう事…怖くないと言ったら嘘になる。

…けど、逃げれんな。

傷だらけの体を引きずって友達と戦うようにって念押しに来た雫ちゃんの言葉。

戦う約束をしたヴィクターや、声援をくれてた観客の皆、そして次戦う事になるだろう覇王を継ぐ娘。

 

どれも投げて逃げられるほど軽いものやない、なら…進むだけや。

 

 

 

Side~月村恭也

 

 

 

あれだけの怪我ではさすがにすぐには回復しないだろうと言うのに、意識を取り戻してすぐ出歩く馬鹿娘。

後をつけて様子を伺っていたが、どうやら今日戦った少女と話していたらしい。

 

しばらくして話す事が済んだのか、離れて歩き出す。

雫は少女の視界を外れたところで、手近な壁に背を預けた。

 

「…馬鹿者。」

「ぁ…お父様…」

 

遠巻きに様子を伺うのを止めて声をかけると、力ない瞳をこちらに向けた。

損傷の痛みに熱に、とてもうろうろとしていられる身体ではない。

 

「すみません…」

 

こんなときまで殊勝にする雫にこれ以上取り合わず、傷に触れないように抱えあげる。

すると雫は、何が起こったのかわからないとばかりに目を瞬かせた。

 

そう言えば…最近はあまり出かけたりもしていなかったな。学校に行かずに修行に裂いている身で、その上遊ぶ訳には行かないと。

ただでさえ修行自体、女の子には厳しいものだと言うのに、それに文句も言えない状況を選んでいままで…

 

「俺はお前が傷つくために、御神の剣を教えている訳じゃない。」

 

抱きかかえた雫が、目を閉じて小さく頷いた。

 

「出来るだけの事を…したかったの…」

 

傷を負ったからと、疲れたからと、泣き言を許す事もなく、その結果を自分の手にする為ですらなく。光のあたる場所で輝くものの為に、影で請け負う汚れ役。

 

暗殺術、殺人術の使い道として、散々俺が示した事。

俺を崇拝するような雫が、ことごとく受け入れてきた…受け入れすぎた事。

 

「…人の大事なものを無闇に傷つけるな。俺は…お前が大事なんだ。」

 

聞こえたか聞こえないか分からないが、しばらくして雫の寝息が聞こえてきた。

 

 

「普段から言わないから。」

 

 

いきなり聞こえてきた声に視線を向けると、いつからいたのか速人が立っていた。

こいつ…俺が滅多に本音を言わないからと盗み聞きしてたな…

 

「師匠役が甘やかす訳にもいかないし、教えてきたのも本当の事だけど、全部素直に受け入れられてると大変だな、ホント。」

「…両手が開いたら覚えていろよ。」

「雫の分のお説教なら変わりにいくらでも聞くよ。さっきの本音、ちゃんと雫に言ってやるならな。」

 

俺の呟きを笑顔で流す速人。

本音が定まらずに誰にも答えられてない奴がよく言う、全く…

 

 

 

SIDE OUT

 

 




見る限り芯か手足かでライフ減少は大幅に違うようだったので、一応雫が立てたのもそれで。
…実際に骨折とかしてる時、エミュレートって本当の痛みに追加でくるんでしょうか(汗)魔法怖い(苦笑)


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第二十八話・何よりも大切な普通の宝物

 

 

 

第二十八話・何よりも大切な普通の宝物

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

日の暮れた帰り道、出くわしていいはずのない人に出くわした。

 

「雫さん?」

 

重傷…と言うより重体近い筈の身になってまだ2日目。

だと言うのに出歩いているなんて…

 

「ジークリンデとはどう戦うつもり?」

 

雫さんから放たれたのは、予想通りの問いだった。

このタイミングでくる理由がそれしかない。

 

「…どうと言う事もありません。貴女ほど超能力じみた予想が立てられるわけでもありませんし、チームの皆さんの対策の下、覇王の拳を叩き込むだけです。」

 

投げのタイミングや拘束技の抜け方、カウンターの狙い所などについて、チームナカジマの皆さんとミカヤさんの助力で対策を組めている。

それを全力で生かせば、拳を当てる機会も作れる。そして…当たれば誰だろうと倒してみせる。

 

「なるほどね…負けるよ?」

「っ…」

 

言うと思った。

厳しい現実だが、優しいからわざわざ言いに来る。この人のはそう言う優しさだ。

 

「んー…まぁそれであの爪を引きずり出すまでは、上手く行けば出来ると思うけど…あの全自動破壊作業員になった所での策はあるの?ノーヴェに。」

「それは…」

 

『ノーヴェに』と強く言われて口ごもる。

雫さんが決めようとした殲撃へのカウンターによる相打ち、アレについて相談した所、ノーヴェさんには『却下、絶対回避』と言われ、ミカヤさんにも無意味と言われた。

ノーヴェさんのはコーチとして私達の体や未来にまで危険を冒させられないと言う優しさだったけれど、ミカヤさんから無意味と伝えられた理由を聞くと、納得せざるを得なかった。

 

最低でも500年分の戦闘経験を詰め込まれているらしいエレミアの末裔。

どのタイミングでカウンターを狙うにしても危険が付きまとうし、雫さんのように平地で打ち合いを誘発したところで攻撃ごと払われるのは目に見えている。

全身防御の魔法じゃないから、相手の武器、攻撃ごとなぎ払う経験は日常的に持っているはずとの事だった。でなければ戦渦で敵中で戦えない。

 

「まぁいい経験だと思って胸を借りるつもりで戦えばいいか、競技者だしね、無理をすることもない。」

 

小さく笑みを見せてそう言う雫さん。

多分何か考えてはいるんだろう。けれど、もう耐えられなかった。

 

 

「なんで…何で貴女がそんな事をっ!」

 

 

他ならぬ雫さんが、こんな事を無理して笑って言うのに耐えられなかった。

覇王流の悲願を知っていて、競技者や私から夢を奪わないようにと命がけの戦いまで演じた雫さんが、負けるけどしょうがないなんて言い方を…っ!

 

「私の為とも言わないだろう貴女が!自分で望んであんな立ち回りを選んだ貴女がっ!自分でそれが無意味だなんて言うような事を何で!何で…言えるんですか…」

 

分かっていた、私が弱いせい。

いつもいつも、『覇王』が弱いせいでこうなってしまう。

古い記憶も今もずっと…だから強くなりたくて…

 

未だに、全てをかけて戦ってくれた友人を前に、損な役だけ引き受けさせるような真似をさせている。

 

「ごめん、まさか私の心配して泣くなんて思ってなくて…」

「謝るなら…何をしにきたのか、ちゃんと教えて下さい。身を削る覚悟も、戦い抜く覚悟もあります。それとも私は…貴女から託されるに値しませんか?」

 

おそらくは雫さんが引き出したかったのは、身を削ってでも勝つって言う私の宣言。

ノーヴェさんの意にも沿わないし、同意を取るという形だと雫さんの作戦に私が乗ったようになるから、『選びたければご自由に』と、コロナさんにそうしたように投げるつもりでいたんだ。押し付けないために。

 

覚悟は目の前で友人が人の夢の為に勝利を捨てて身を削った時点で出来ている。

助力を借りるというなら、チームメイトでもないのに協力してくれているミカヤさんもそうだ。今更躊躇いはない。

 

「私の方は気にして欲しくなかったんだけどね、皆して汚れ役相手に優しすぎ。」

 

肩をすくめる雫さん。

暗躍の先に、示した厳しい現実の先に伝えたい事がある事を…雫さんが優しい事を知ってるから、その『皆』は雫さんが優しいと思うような接し方をしているんだろう。

 

私を止めに来た時からそうだった。

力を無作為に振るって実戦の気でいた私を止めるために出会い、魔導師の力がどういうものか知らしめる為にヴィヴィオさん相手にその身を晒し、今だって自分には関係ないはずの場で、いい目が向かない事を知っていながら挑発を繰り返して引き出したチャンピオンの全力を受けて重体に陥って久しい身でアドバイスなんかに顔を出している。

 

「じゃあ教えるわ。勝率が天文学的数値から3割程度まで上がる作戦を。」

「…天文学は酷すぎです。」

「酷いものよ現実は。」

 

雫さんの、策なしでの勝率予想があまりに酷すぎで抗議するも、取り付く島もなかった。

いずれ、雫さんにもちゃんと勝たないといけないな…

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

「あはは…あの娘やっぱきっついなぁ。」

 

覇王っ娘との試合前、ヴィクターがウチの前では珍しく拗ねたような怒ったような感じで気をつけるように念押しに来たから何かと思ったら、雫ちゃんが『ウチが』弱いとアーちゃんに言うてたらしい。

正直否定するに出来ん。勝ったからいいものの、下手したら最低の負け方しとった。

 

「何で笑ってるの、あんな目に遭わされて…」

「あの娘いい娘やよ。瀕死の体引きずって、友達とちゃんと戦ったげてーって言いに来る位に。」

 

本人は隠しとったつもりらしいけど、目の下とか血色とか、どう見ても倒れる寸前ってくらいぼろぼろやった。

一回棄権しとるし…あの段階で止めとかんとって思ったんやろ。

 

「呆れた…あの体でそんな事してたの?」

 

呆れた、と言いつつ少し表情を和らげるヴィクター。

なんだかんだでウチの方が心配やったんやろな、棄権しだしたりせんか。

 

「優勝出来たらご褒美あるらしいし、頑張って勝たんとあかんな。」

 

少し気になる、本物の世界最強。

負け惜しみ…にしては、さばさばとした感じやったし、きっとなにかある。

それがちょっと気になっとったんやけど…

 

 

「ご褒美って…またバランス崩す菓子サービスじゃないでしょうね?」

 

 

ヴィクターからはものすごい白い目で見られた。

うぅー…なんだかんだ言う割、ヴィクターだって美味しい言うてたんに…エメラルドスイーツのお菓子…

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

「アインハルトさーん!ファイトーっ!」

 

チャンピオン相手の歓声を断ち切って響くヴィヴィオさん達の声援に、拳で答える。

軽く客席を見渡すものの、雫さんの姿は見つからなかった。

 

 

後は…私の番だ。託された全てを使ってこの戦い、勝利してみせる。

 

 

私とチャンピオンは互いに構え、そして…

 

 

「予選1組4回戦、プライムマッチ…試合開始です!」

 

 

私の悲願に近づく試合が始まった。

 

 

「はっ!」

 

接敵からの格闘戦。

左拳を振り切らずにガードさせてすぐに引き、右の蹴り。

 

下がって回避されたうえ、軸足になっている左足を魔力弾で撃たれて姿勢を崩す。

 

「よいしょぉっ!」

 

左腕を掴まれ背中から投げられる。

背中から落ちて息が詰まる。が…

 

「うわ!」

 

反動でオーバーヘッド気味に蹴りを繰り出し、ガードさせることでつかみから逃げた。

 

「無理するなぁ。」

 

息苦しい中動いた私に肩をすくめるチャンピオン。

別に無理をした訳じゃない、呼吸より腕を捕まれたままきめ技に持って行かれるのを避けただけだ。

 

…お陰で息が落ち着かないが。

 

「覇王の拳は見せてくれんの?」

「…貴女が言いますか。」

 

楽しげに言う鉄腕も使っていない彼女に多少苛立ちを感じながらも、立場的にチャンピオン対挑戦者の構図になることは解っているため、呟くだけに留める。

 

ただ、温存という訳じゃない。高位技能者に単発で大技狙っても話にならない事を誰かのおかげで散々に味わっているから、いきなり使いづらかっただけだ。

 

…相手は次元世界最強。初めから小細工でどうこうなる相手じゃない。

 

深く構える。断空拳を使えるように。

 

「君とは戦いたかったんよ。ただ…無事ではすまんよ?」

 

言いつつ、鉄腕を展開するチャンピオン。

 

 

 

瞬間、胸が跳ねた。

 

 

 

記憶が…鮮明に蘇る。

予習でも作戦でも映像でもない、実際に私はこのスタイルを『知っている』!

 

 

「エレ…ミア…」

「え?」

「エレミアァッ!!!!」

 

 

湧き上がった記憶に突き動かされるように、私は駆け出した。

 

 

 

Side~アクア=トーティア

 

 

 

気合の入った…ううん、何かに突き動かされるようにジークさんに立ち向かうアインハルトちゃん。

けれど…身を護り敵を破砕する鉄腕を得たエレミア相手に真正面から獣のように突撃を繰り返しても、がりがりとその身を削られていくだけだ。

 

隣ではヴィヴィオちゃんがふらついている。何でも今までろくに思い出さなかった記憶が、アインハルトちゃんが叫ぶと同時に共鳴でも起こしたように呼び起こされたらしい。

 

分かる、なんて軽々しく言ったらまずいのかもしれない。

とはいえ、今の今まで古い記憶が出てきた事がなかったヴィヴィオちゃんが倒れかけるくらいなのに、先祖の記憶に沿ってここまで戦ってきたアインハルトちゃんがああなっちゃうのも分かる、無理はない。

 

 

 

けどさ…それでも…あんまりだよ。

 

 

「あ、アクアさん?」

 

 

ヴィヴィオちゃんの、周りの皆の心配が私に移る。

しょうがないよね、だって…泣いちゃってるし。

 

 

 

インフィニティーアナライザーによる未来予知じみた先読みは、膨大な『思考と判断』を読む必要がある。

昨日、私はそれを使って弾き出した推論で、雫ちゃんにカマをかけた。

 

だって…この大会にもさして興味が無くて、自分の得るものにもならないなら、命がけの戦いなんてしないで躊躇い無く棄権したはずだったから。

本人はプライドがどうこうと言ってたけど、そんな理由は命がけの…まして人の命をかける実戦で使っちゃいけない理由。

身内で剣を選ばなかったと憤りを抱え続けてきたなのはさんを前にしても挑発されなきゃ我慢していた雫ちゃんが、まさか無関係の王族相手に勝ち負けでこだわる…まして、無為に命を賭ける訳がない。

 

「アクアなら十二分に知ってると思うけど、私の剣は奪う物。今はそんな事無いけど、いつかきっと…自分で望んで人を殺す。非殺傷なんて便利な力はないし、手加減できる相手ばかりな訳も無いから。」

 

犯罪者みたいな、後から反省する間違いでもなく、自分の意志と判断で勝手に人の命を奪う可能性。

護りたい物が危機に晒された時、それは雫ちゃんにとって可能性ではなく、確実と言っていい位の未来だ。

 

「そうなった時になって、『こんな人と付き合ってたなんて』…って、後から思わないように、ちょっと度が過ぎるくらい厳しめに接してた筈なんだよね。」

 

宝物でも抱えたかのように、見たことないほど和らいだ笑みを浮かべた雫ちゃんは…

 

「それなのに友達だって笑顔で…ホント、御人好し多すぎだよ。」

 

おどける様に、肩をすくめて言う雫ちゃんの姿が、かえって胸に痛かった。

 

私でも聞いてる事、大切なものが輝けるよう護りたいものが護れるよう振るい、傷を負い血を被る御神の剣。

 

 

 

雫ちゃんはその剣で、『ここで勝ち進む事を誰より望んでる友達』って言う大切なものの為に命を懸けたんだ。

どっちが御人好しなんだよ…馬鹿。

 

 

 

 

このままアインハルトちゃんが負けてもきっと…ううん、間違いなく責めない。

やれる事はやったって思うだけならいい。

でも、願いが叶わなかった事を、例え犯罪者とか相手ですら他人のせいに出来ない雫ちゃんが、まだ足りなかったとか思ったなら…

 

 

そんなの…あんまりだ。

過去に振り回されたまま何も出来ずに負けたら…っ!!

 

 

 

「何…やってんだよっ!バカァッ!!!」

 

 

 

気付けば、ボロボロと泣きながら力の限りに叫んでいた。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

アーちゃんの悲鳴に一瞬意識をとられた瞬間、首を拘束しているアインハルトの力が抜けた。

 

 

これで終わった。そう思って…

 

 

足が崩れていなかった。むしろこれは…

 

 

「なっ!?」

 

 

脱力状態から炸裂点への力の流れを作ることで、あらゆる拘束を無視して千切り飛ばす打撃。

 

たしか、俗称は…アンチェインナックル。

 

振りぬかれた拳によってフロントチョークを強引に外される。

首拘束されとる状態でなんてもんを…

 

「っはあぁぁぁっ!!」

「だから落ち着かんと…」

 

相変わらず猛進気味の彼女に呆れつつ、突進から繰り出される右の拳を掴んで捻…

 

 

 

 

「るああぁぁぁぁっ!!!」

「は?っ!!」

 

 

 

 

捻り込むようにして鉄腕で掴んでいた拘束を無理やり突破してきた。彼女の腕から皮が剥けて血が出る。

一応は掴んで勢いを減らせていた為か、頬を軽く叩かれる程度の衝撃で済んだ。

とは言え、予想外に顔面に一撃を受けて思わず後ずさる。

 

と、同時に、1ラウンドが終了した。

 

 

 

インターバルに入ってすぐ、最後の一撃について考える。

 

今までと違った。

錯乱とか自棄やない、何でどう止められても通すって渾身の一撃やった。

 

ビリビリと感じる闘気、ボロボロの全身と比べて…いや、いきなり変わった時と比べても増している覇気が…ちゃんとウチに向けられていた。

 

さっきまでの暴走は、きっと『エレミア』絡み。だとして、それ以上何が…

 

 

『ただ貴女、次で負けるかもね。』

 

 

3回戦後、無理して現れた雫ちゃんの言葉を思い出す。

 

なるほど、アレ…か。

 

命がけのカウンターを仕掛けた雫ちゃん、ボロボロのままでそれでも折れなかったあの姿。

彼女達が繋がってるなら、アーちゃんの叫びも、それに応える様に闘士を強めた彼女も納得がいく。

 

そうなると、心配も一つ。

雫ちゃんが絡んでるなら、失敗した殲撃へのカウンターを仕込んでる可能性がある。

そして、失敗のリスクがいくら高くても、あの戦いに応える気で闘士を取り戻したのなら、彼女もまた同じ手を狙ってくるかもしれん。

 

ウチが弱いと言った雫ちゃんなら、エレミアの真髄状態を怖がって萎縮すると思っとるかもしれんけど…これでも競技者としてちゃんと鍛えてもおるんや、そんな甘く見られたら困る。

 

 

エレミアの真髄発動前に、彼女を倒してみせる。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




さらっと叫んだアクアですが、やっぱりミッドだろうと会場等で野次がすぎると退場させられるんでしょうか(汗)
…まぁ拘束魔法使ってる人もいたしダイジョーブカナー(棒)


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第二十九話・『アインハルト』の力

 

 

 

第二十九話・『アインハルト』の力

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

インターバルに入って早々、セコンドで待機してくれているノーヴェさん達に謝罪する。

 

「…すみません、お見苦しい所を。」

「もう大丈夫なのか?」

「はい。」

 

頭が冷えた…と、表現するのには些か問題があった。

当然のように身を裂く勢いで湧き出すクラウスの記憶は今も強くある。

 

ただ…そこに無い答えについて考え、クラウスの願いに背いていても正々堂々戦い勝ちたいとこの大会の出場を決めた時、導き出した結論があった。

 

 

覇王流の、覇王クラウスの物語の終着が悲しいままである事が、私に…アインハルト=ストラトスに納得がいかないから、こうして戦っているのだと。

 

 

別人からの貰い物と切り離すのでも、先祖だからと乗り移られたかのように動くのでもない、私の選択。

だから忘れない、忘れる訳にはいかない。

 

力をくれたチームの皆やミカヤさん、アクアさん、クラウさん達の事を、身を削るのが当たり前の日常を、選ぶ余地があるのに自分で選んで進んできた雫さんの事。

 

 

私が…選んでここにいる事。

 

 

 

 

「大丈夫だ、アイツはあたし達の『予定通りに』強い。迷わず全力で行って来い!」

「はい!」

 

ノーヴェさんに送り出されてリングに上がる。

全力を引き出すことが出来てないけれど、基本的な動きは予定通りだ。

後は…信じるだけ。

 

 

 

「…あの娘の真似は、感心せんよ?」

 

リングに上がるなり、少し険しい表情になったチャンピオンにそう声をかけられる。

アクアさんの叫びも聞こえているだろうし、あたりをつけたのかもしれない。

 

けれど…

 

 

「今の貴女も感心は出来ません。」

 

 

突っぱねた。

彼女が始めから無慈悲なくらい全力で戦っていたのなら、雫さん相手に殲撃発動まで持ち込まれることも無かったかもしれないというのに、アレだけのことがあってまだ私の気遣いをしている。

このまま負けたならそれも否定できないが…

 

 

負けるつもりは毛頭無い!!

 

 

「ファイト!」

 

 

開始と同時、左拳を顔面目掛けて打つも右手に捕まれる。

 

織り込み済み。

 

捕まれた腕の力を抜いて右足を踏み込み、ボディへ右拳を下から打ち込む。

空いていた左腕でガードされたが、彼女は私の左腕を離して後退した。

 

「っ!」

 

零距離でないまま攻撃を繋ごうとすると、打撃を振り切る必要が出てくる。

押し切られないようにと応戦に応じたチャンピオンの拳。それは…

 

ヴィヴィオさんが見つけてくれたカウンターチャンス。

 

「はぁっ!!」

 

迷い無く拳を振りぬいて、チャンピオンの顔面に拳を叩き込んだ。

 

今度は1ラウンド終わりと違い、完全なクリーンヒットだった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

力こそ魔導師に通じないものの、投げ複合の近接戦闘ってだけなら御神の技でも再現できる。だからこそヴィヴィオが拾えたいくつかのカウンターの狙い目。

 

全てを見てから回避できない以上、事前に練習を積んだ型をやってきたなら、カウンターが入るのは必然だった。

 

「こんな所で隠れてどうしたん?」

 

人目につかない目立たないところをわざわざ探してモニターの映像を見ていた所に、ひょっこりと顔を出したのは、八神はやてさんだった。

 

「…ここは私の舞台じゃない。アレだけ騒がせた身だし、様子だけ見て帰ろうと思って。」

「私は君が心配やけどな。」

 

むんずと右腕を掴まれる。

あ、力は強い。SSとか言う話だっけ?身体強化も上手くなくても無理矢理で力出せるんだろう。

この…卓上判子押しの癖に…!

 

「せっかく友達の為にあれこれやったんやし、こんな所でひっこんどらんでも。」

「だ、誰がっ!離せ公務員!セクハラだよこれ!」

「高官なので握りつぶしまーす。」

「最低だー!!」

「冗談やって、でも恭也さんも忍さんも止めんやろうし問題は無いけどな。」

 

心底楽しそうなはやてさんに引きずられて、私は観客席…おそらくはヴィヴィオ達の下へ向かう。

くっ…左腕ギプスじゃなかったら徹で振り払うのに…

 

「雫ちゃんから見たら私らが軽く見えるのかも知れんけど…思いつめてて楽しくないなら何の意味もないやろ。」

 

軽く装われたはやてさんの言葉。

元犯罪者。そんなくくりで見るなら、結構な量の知り合いがそうだ。

未だ修行中の私が一人で重々しい空気抱えてたら、引きずり出したくなるんだろうか?

 

「…余裕無いのよ、子供だから。」

「自分で言うかなこの娘は。」

 

はやてさんに離す気が無い以上逃げようも無いだろう。私は諦めて力を抜いた。

どうせ会場で見るなら、勝利シーンみせて貰うわよ、アインハルト。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

エレミアの真髄。

向かい合っているだけで背筋が凍るような力の奔流。

 

この力を前に雫さんはアレをやったのか…つくづく頭が下がる。

 

深く構える。右拳を引き、雫さんのあの一撃と重なるような形で。

 

 

 

 

 

「今の覇王流は黒のエレミアに届かない。」

 

雫さんに告げられた非情な宣告。

けれど…

 

「アインハルトがジークリンデを倒す事は出来る、させられる。」

 

コロナさんがちらつかせた聖王の技を傘にした戦法を越えることが出来た。

勝利を熱望していたミカヤさんから、チャンピオンの話を聞く事が出来た。

力を持つリオさんに、投げ、組み技の対策を練らせて貰えた。

ヴィヴィオさんにカウンターの一撃を放りこむ場面を見つけて貰えた。

 

 

 

覇王流がエレミアを超えなくても、『私』はジークリンデ=エレミアを倒すことが出来る、そのための一撃。

 

 

 

同じ構え、同じ突き…これで、同じタイミングで放ったのなら、間違いなく雫さんの時と同じように、攻撃ごと薙ぎ払われる。

 

モーションが軽くなれば通じない以上、大きく打ちぬかざるを得ない、だから、半歩速くなるなんて、そんな都合のいいことはありえない。

エレミアの真髄という『システム』がそう判断して、『破った型を繰り出す相手』に疑問を抱くだけの意識がジークリンデに無いのなら―

 

 

「っはあぁっ!!!」

 

 

足先で練り上げた力を伝える断空と似て非なる、踏み込みから力を伝える、零距離でも使える打撃術…

 

 

寸頸。

 

 

最小のモーション、距離でも最大の効果を発揮するよう組まれた凶悪な打撃術。

雫さん相手と同じタイミングで振るう気でいたらしい殲撃が私の身体を吹き飛ばす前に、私の一撃がチャンピオンの顎を捉えた。

 

 

 

 

一瞬遅れて衝撃。

 

 

 

 

痛みで意識がついたり消えたりする。…こんなものに大した防御力も無い身で耐えてまだ戦ったのか雫さんは、つくづく恐ろしい。

 

突き出した右腕も巻き込まれている私は、ある意味雫さんよりも酷いダメージかもしれない。けれど…

 

 

私は…『独り』じゃない!!!

 

 

 

『にゃ…ああああぁぁぁぁぁっ!!!』

 

 

 

バリアジャケットはそのままに、どうにか身体だけは動ける状態まで回復して貰うと同時、ティオからの信号が途絶えた。

 

迷いは無い、立ち上がる。

 

 

「ま…だですっ!!」

 

 

両足で大地を踏みしめ、しっかりと構えて強く答えた。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

気を抜くと倒れそうな頭でウチはどうにか立ち上がる。

 

 

ありえない。

 

 

ウチの頭を占めていたのは、大半がこの言葉だった。

 

自動発動である事を狙われて危機に陥ったからか、エレミアの真髄状態が解けた。

ハードヒッターの命がけのカウンターの一撃を、撃破でなく脳震盪による平衡感覚の破壊の為だけに、顎の先端に打ち込んだ。

 

 

そんな普通なら驚く事柄の連続も、ある事実には霞んで見えた。

 

 

この作戦…成功させるためには、事前に同じ構えの攻撃を破っていたほうが、破る事ができたと記憶させた都合がいい。まして、自動発動の結果ウチの意識が働かないなら尚更だ。違和感を持つ事も出来なかった。

 

でも…

 

 

 

 

そのためだけに『殲撃を食らう為に』、あの娘はウチと戦ったんか?

 

 

 

 

仮に自分の戦いでやる事全部上手くいった所で、貰い物の作戦で戦う事を彼女が渋る可能性だって、彼女がウチからエレミアの真髄を引き出せないまま終わる可能性だって、決して低いものやなかったのに…ありえない。

 

立ち上がって構える。

 

ウチのライフは残り5150、彼女の方がデバイスの回復能力のお陰で7200。

それよりも…

 

溶けて歪んだ景色の方が問題だった。

 

Koを量産してきたハードヒッターの攻撃の直撃、それを『脳を揺らすためだけ』に使われ、今自分の足がついてるのかもよく分からん位になっとった。

 

きっとここからは泥仕合。姿勢制御もロクに出来ない身体で、覇王の拳を相手に。

 

 

「ファイト!」

 

 

死刑宣告に近い審判からの試合再開の合図と共に、溶けたままの覇王の拳が向かってきた。

 

「っ…」

 

右拳を左腕で受けるもぐらついて、ついで放たれた左足の蹴りを今度は右腕で受ける。

掴むも投げるも出来ない、そもそも立ってるのかよく分からないんだから。

 

 

 

負ける。

 

 

 

このまま、こんな形で。

人の掌で踊らされるような、こんな有様で、ヴィクターや番長のところにも辿り付けないで―

 

 

 

「ああぁぁぁっ!!」

 

 

気がつけば、なんて言い訳はしない。

ウチは自分の意志で、なりふり構わず右の殲撃を振るっていた。

 

咄嗟に腕を交差させるアインハルト。鈍い音と感触が…

 

 

したけれど、彼女は立っていた。

 

 

基本演算制御する魔法。頭がやられて消耗してきた結果威力が出し切れなかった?

 

 

「っ…断空…脚!」

 

 

だらりと垂れ下がった両腕。けれど、そのままで左足先から伝えた力を以って、右足で水平に蹴りを放ってきた。

 

今まで使ってなかったやろ!それ出来たんか!?

 

水月目掛けてすっ飛んできた蹴りとの間に、振りぬいた右腕を挟む。

お世辞にも防いだと言えない不恰好なその防御のお陰か、どうにかライフは持ちこたえた。

 

「っそぉ!」

 

左腕による殲撃。

防御する腕も使えなくなった彼女は回避しようとしたらしいが、避けきれずに吹き飛んだ。

 

 

試合終了のアナウンスが響く中…

 

「っ!!」

 

ウチは硬く握り締めた左拳を突き上げた。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

最後殲撃を止めた腕以外の怪我はエミュレートであっさりどうにかなる程度で済んだのか、私の意識は意外と早く戻った。

医務室で一応一通りの治療を受けた所で、扉が開かれた。

 

「雫さん?」

 

そこにいたのは雫さんだった。

いつもよりも険しい表情な気がする。

 

 

「…ごめん。」

 

 

雫さんは、そう言って頭を下げた。

しばらく硬直。

 

「貴女でも謝る事があるんですね。」

 

真剣だったので言っていいか迷ったものの、素直に浮かんでしまった感想を口にしていた。

すると、雫さんは私から顔を逸らす。

 

「望んでやった事はともかく、間違えたり失敗した事は謝るわよ。」

「間違えた?」

「使える筈が無いと思ってた。多分私と戦わなかったら、きっと使えなかった。」

 

言われてすぐ察する。

無意識でなかったはずなのに使われた殲撃。

アレは彼女が自分の意志で、望んで発動したもので…雫さんが、それは出来ない弱い人だと踏んでいた所。

 

「貴女は私の望み通り、世界最強の人を、貴女の予想以上に完璧な形で進ませてくれただけです。戦って負けたのは私の問題、謝るなんて…やめてください。」

「…うん。」

 

なんとなく察してくれたのか、雫さんは私の顔を見ないまま踵を返して医務室を出て行った。

 

「…よく我慢したな。」

 

傍らについて座っていたノーヴェさんがそう言って私の頭を撫でた。

それが…限界だった。

 

 

 

「うあ…あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

泣いた。

声を上げて盛大に。

 

謝りたかったのは、許せなかったのは私の方だ。

皆に力を借りて、夢を受け取って、命まで賭けて貰って。

 

そこまでして貰ったのに…

 

 

 

最後の最後、私が『断空』を蹴りで使いこなせていないのが原因で、倒しきることが出来なかった。

 

 

 

私の戦いに、皆の力を借りて、その全てが確かな支えになってくれたのに、最後の最後よりにもよって私自身の未熟のせいで…

 

「私…私のっ…ごめ、ごめんなさっ…」

「謝んな、謝らなくていいんだ…」

 

そっと、ノーヴェさんが私の頭を抱き寄せてくれる。

 

「覇王流の事、知りきれなくて支えきれなくて、それでしょうがねぇって、何も出来てなかったあたしの責任だ。お前はやれるだけ…いや、それ以上にやってくれたさ。」

「っ…ああぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

泣いた。

もう理由とか理屈なんかじゃ無かった。

悔しかった。自分の弱さが、届かなかった事が…

 

 

ただただ、心の底から悔しかった。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




結果が結果だけに切ない題名ですが、クラウスはヴィヴィオ達と知り合いじゃない。って意味合いでつけてます。


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第三十話・舞台の裏表で

注※ここから先は本編よりそれていきます。


 

 

 

第三十話・舞台の裏表で

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

えーと…

上位選手の皆さんと一緒に食事にお話という事で、ついさっきまで色々楽しみにしてた私は、目の前の光景に口を動かせずにいた。

 

 

 

睨み合うヴィクターさんと雫さん。

 

 

 

正直、何で固まってるかコレだけで察して貰えると思う。

 

正確には睨み気味なのはヴィクターさんだけで雫さんの方はそんなでもない。

身長差のせいでただでさえ険しいヴィクターさんの視線が余計怖く見えるけど、雫さんは何処吹く風。さすがって言えばいい…のかな?

 

とにかく、緊張感が凄い。

 

 

「…何か?」

 

 

睨み合いを続けた挙句、首を傾げる雫さん。

しらばっくれた!?

 

「何か…って、貴女ね」

「ヴィクター、言っても仕方ない事くらいわかっているだろう?」

 

食って掛かりそうになるヴィクターさんを、ミカヤさんが止める。

凄い色々やったし言ってるしなぁ雫さん。

でも、ヴィクターさんもそれ以上人前で食って掛かったりするような事はなく、ようやく落ち着いた。

 

「…ほんとにこんな空気の中いちゃっていいの?」

「それはもう!」

 

はやてさんを見て苦い表情を見せる雫さんに、飛びつくように声をかける。

雫さんが嫌ならともかく、『いていいの』って確認だったから。

 

「ヴィヴィオもこう言うてくれとる事やし、友達の昔話みたいなもんなんやから聞いといて損はない思うよ。」

 

はやてさんも雫さんを促してくれて、頷いてくれる雫さん。

そうして、チャンピオンも合流した所で場所を移す事に。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

さすがの税金ど…出世コースの司令さん、いいホテルをとっていた。

豪華な料理の並ぶ部屋で、皆で料理を摘む。

 

「たまにはこういうのもいいわね。」

 

パスタを食べながら少し嬉しくなる。

と、漏らした感想を聞き取られたのか、ヴィヴィオがこっちに視線を向けた。

 

「普段はどんなもの食べてるんですか?」

「母さんとかメイドが調べた超回復食を基本にしてるから、濃い野菜とか固めの肉が多いのよ。いいの探してるんだって。」

「超回復食…」

 

竜種の肉とかどうやって調達してるんだろうか?…ヒーローがいるくらいだから変な事だけはしてない…と思いたいけど。

と、ミウラが私を見て呆然としていた。理由を考えて…もしかしてと思い至る。

 

「言っとくけど、超回復って消耗後の回復で筋力なんかが前より強くなる事だから、スーパーヒーリングフードなんて面白メニュー食べてるわけじゃないからね?」

「あ、あはは…」

 

念押した説明にミウラは苦笑いした。

やっぱり知らなかったか、鍛えて強くなるって事実だけあれば現象名なんて知らなくても大丈夫だし。

 

「雫ちゃんがそんな感じの食べとったらなかなかギャップあるなぁ。」

「どーでもいいけど、貴女がよく私にフレンドリーに…」

 

談笑していた私達のところにひょっこり顔をだしたのは、チャンピオン様ジークリンデ。

いきなり軽い彼女に突っ込むと、何故かショックを受けたように一歩後ずさり。

 

「あ、ご、ごめん…ややった?」

「いや、むしろ私が嫌われてるかと思ってたんだけど。友人には睨まれたしね。」

「あー…」

 

困ったようにヴィクトーリアに視線を移すジークリンデ。

あ、目を逸らした。ジークリンデが仲良くしようとしてるとバツが悪いのか。

 

「遠慮とか萎縮せんと話せるんが珍しくてな。ヴィクターや番長、ミカさん位やったし。」

 

分からなくも無い理由だった。

別に尊敬されるのが嫌いって訳じゃなくても、四六時中それは息が詰まるだろう。彼女みたいな性格だと特に。

と、アクアがジークリンデの背後からひょっこり顔を出す。

 

「私はー?」

 

どうやらさっきの羅列に自分の名前が挙がらなかったのが不満らしい。

首に抱きつくようにして顔を出すアクアに照れるジークリンデ。

 

「詐欺師と安心して話せる人はいないでしょ。」

「詐欺師って言うなー!」

「じゃ多数決でもとる?」

 

抗議の声を上げるアクアを他所に、私はざっと全員を見回す。

…大体が目を逸らしたり俯いたりだった。散々振り回されたヴィクトーリアに至っては頷きすらしている。

とるまでも無い多数決に、アクアはがっくりとうなだれた。

 

「うぅ…元々決闘用じゃないものまで使って頑張ったって言うのに詐欺師扱いなんて…」

 

悲しげに呟くアクア。

 

確かに、彼女が教わってきたのは情報収集をするための旅なんかに使える系統の技術。

何処でも水分が確保しやすいよう空気中の水分を利用する氷結系を覚えたり、群れや組織相手の状況を切り抜けるために多対一でも機能するウェイブステップを覚えたりしてきたわけだし、インフィニティーアナライザーに至っては、単に情報整理を楽にするためにデバイスに追加した高速処理能力を利用して一からアクアが考えた切り札。

騙して楽しよう…って言うより、それらを必死に使ってどうにか喰らいつけただけだし、詐欺師も酷いのかもしれないけど…

 

「諦めたら?さすがに切り札大公開の最後の最後で最大出力隠してた…って、知ってる人以外予想もできなかったでしょうし。」

 

正直、ここまでしては庇えるものも庇えない。

自覚はあったのか、アクアは笑いながら視線を逸らす。

 

「けど、騙す言うんなら雫ちゃんもやよ。自分で使てもいい手を彼女に譲るなんて…」

 

少しだけ翳りのある厳しい視線を私に向けるジークリンデ。

アインハルトに作戦教えて私が玉砕した事を言ってるんだろう。

直撃しておいて分からないらしい。

 

「使えなかったのよ、私には。」

「え?」

「刀で頭は揺らせないし、腕を『斜め上』に伸ばしたら、半歩分速く踏み込めても、結局直撃までが遅くなる。」

 

紙一重の攻防には決定的に重い、身長差という壁。

大人に変身できるアインハルトと違い、普段のアインハルトと同じかそれより少し低いくらいの私の体格では、その紙一重を超えられない。

 

「それよりも断空、蹴りで使ったほうが驚きだったわ。まだ出来ないんじゃなかったの?」

「腕で防御して足で攻撃をする事は出来ても、足で防御して動きまわる事は出来ませんから、危機極まれば必要になるかと思いまして。」

「なるほど。」

 

簡単に言ったアインハルトだったけど、一日二日じゃ無理だ。

インターミドル参加が決まった段階からこつこつ試していたんだろうな。

 

それでも、倒すには至らなかった。

医務室出てすぐだったから聞こえちゃった悲鳴も…無理ないか。

 

顔に出そうになったから視線をさまよわせると、丁度はやてさんが手を振りだした。

 

「皆ー、食べながらでいいからちょう聞いてなー。」

 

旧ベルカの血統としての話の為に来たアインハルトとジークリンデ。二人に加えてその周囲に集うベルカの王族。

大人側からだと、それが余計なものを引き込みそうだという懸念から、この会に参加したという話があった。

 

夜天の書継承しただけで完全地球出身なのに、さも血統のように話すなぁ。

そういう扱いでいるらしいし、家族は皆純ベルカ生まれみたいなものだから当然…なのかな?

 

 

…古代ベルカの事は気にしなくていいか、私にとってはただの情報に過ぎないんだから。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

私はクラウスの…オリヴィエとヴィルフリッド=エレミア…リッドとの過去の記憶を語った。

ゆりかごに赴いたオリヴィエを止められなかった…笑みすら曇らせずに負けた事を、その前にリッドが姿を消していた事などを語り、その頃のリッドについて尋ねた。

けれど、予想通りというべきか、記憶が残っているわけでもないジークリンデさんは、何も知らなかった。

 

そして、エレミアの名に聞き覚えのあるヴィヴィオさんの勧めで無限書庫に行く事になって…

 

 

「行ってらっしゃい。」

 

 

雫さんがそう言って手を振った。

皆さん意外だったようで、雫さんに視線が集まる。

 

私も、何故か胸が痛んだ。

 

彼女には関係ないし、言ってもおかしくないと言うのに。

視線が集まる中で彼女は小さく笑って…

 

「ただの人間が無重力空間で何の役に立つの?足手まといが確定してるのに行く必要ないわ。」

「ぁ…」

 

人間って言葉に、また忘れて久しい事を思い出す。

別段事実を話していなかった人達は、それだけでは理解が及ばない。

 

「いくら飛行が初めてだからここまで来てそりゃ」

「ハリー、彼女はそもそも飛ぶ事自体出来ないんだ。魔法が使えないんだから。」

「は?」

 

理解が及ばなかったらしく、事実を知らなかった人達が幽霊でもみるかのような目で雫さんを見る。

地を砕き、岩を投げ、巨木を割り、そんな力が当たり前にある魔導師たちの中に生身で立っていた。

魔力値が低い、とは決定的に違う恐ろしい事実。理解が及ばなくて当然だった。

 

「それに私は、今の昔話で一番不幸なのが名前も出ないまま誰の記憶にも残らず殺された普通の人達だって思えない王様の記憶なんて、探す気にもなれないし。次代もちゃんと繋げてるのに悲しい運命?冗談じゃない。」

「っ…」

「アインハルト、クラウスの記憶が残ってる貴女がそんな顔してるって事は事実なんでしょ?他人より友達のが大事なのは分かるけど、それで他がどうなろうと知った事じゃないなら、私にとってクラウスもオリヴィエもヴィルフリッドも他人だし。」

 

歴史になれなかった人たち。

それも命なのだと、彼女がそう言っているのに私に否定できる訳がなかった。

 

戦乱も知らない子供が…という思いが聞こえる一方で、知っているからこそ否定できない事実がある。

戦乱を終わらせるためゆりかごを目指したオリヴィエを、『何の案もないまま』クラウスは止めようとした。自分がゆりかごに行った所でオリヴィエが見送る身になるだけなのに。

 

「そういう訳で私は今回は遠慮するわヴィヴィオ。何かあったらまた。」

「あ…はい…」

 

言うだけ言うと、荷物を手に部屋を出る雫さん。おそらくはこのまま帰るつもりなのだろう。

 

「偉そうに…」

「誰かを護る事に、私は彼女に口出しできる身じゃありません。きっと、クラウスでさえ…」

 

相変わらずな雫さんの去った扉を睨むヴィクターさん。

けれど、言い返せる事が思いつきだけの私には、何も言う事が出来ない。

私がそれを知っている事を告げると、それ以上誰も雫さんを批難しなかった。

 

雫さんが自分にだけ特別甘いのなら、あるいは同じものを誰にでも向けるなら、否定も批難も出来る。

けれど、力を以って護るという目的を持っている人に対しての厳しさで、別に私達が同じだけ苦難を選ばなくても、雫さんは一番割が悪い部分を引き受ける気でいる。護り手として。

 

そんな彼女に口出しなど、出来るはずがなかった。

 

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

子供達が空気を戻そうと明るく振舞う中、私はその輪をこっそり外れる。

雫のいなくなった扉を見つめる八神司令に、小さく声をかける。

 

「心配そうですわね。」

 

私が声をかけると、司令は小さく息を吐いた。

 

「強いし夢見てもない娘やから、こういう事になるんよ。」

「夢を…見てない?」

「夢見て現実に泣く子はよくおるし、そうなって事実やって知るから強く否定も出来ん。けど、それだけやと…なぁ。」

 

もどかしげに呟く司令。けれど、その気持ちは少し分かる気がした。

初めからああで、ああなるべく育ってきたと言うのなら…人を離れて一人膝を抱えていた頃のジークと同じだ。

一つ違うのは、ジークは壊す自分が嫌でそうしていたのに対し、彼女は殺す者になろうとしているから、それがもたらすものを知って示したり離れたりしているという事。

 

一人になりたいわけではない…と思う。さっきは楽しそうに喋っていたように見えた。

 

「という訳で、私は雫よりは物分りいいつもりやから、別に普通の女の子の彼女にどうこうしようさせようって気はないから、心配せんでもええよ。」

 

内心を言い当てられてちょっとだけ驚く。

ジークが普通の女の子である事が弱点なんて言い切った月村雫。彼女の心配をする司令が、同じような事を思ってエレミアの過去漁りを手伝う気でいるのか否か、少し心配になったのだ。

 

「…バレバレでしたか。」

「職業柄な。」

 

私より余程腹に色々抱えた偉い方々と交渉などをするなら、この程度の予想は立つんだろう。若い方だけれど、よくある魔導出世の新人という訳ではないらしい。

 

「ヴィヴィ達と違って直接関わる機会があるとは思えませんが…まぁそういう事でしたら、私も気にかけてはおきますわ。」

「ええの?」

「ジークも少し引っかかってるようですし、見てないところでヴィヴィ達が泣かされては可哀想ですし。」

 

直接的でないにしろ、今日のように仲間外れになろうとする彼女を止める理由がないまま寂しい思いをする姿を何度も見るのも忍びない。

ああも態度がよくないと彼女を気遣う気にはなれないけれど、それでも悪い子じゃないのは十分分かる。何をするにも、厳しさや緊張感はあっても悪意が見られなかったから。

尊敬できる技量の同年代の娘。悪い娘でないのなら、人当たりが悪くてもヴィヴィ達は嫌ったりしないだろう。

 

「ありがとな、これからも仲良くしてくれると嬉しい。」

「此方こそ。数々のご好意、ジークに変わり感謝いたしますわ。」

 

見たとおりの人とは思うのは早計かもしれないけれど、さすがにいい人なのは分かる。

仲良くできると嬉しいとの事だったけれど、私もそう願う人だった。

 

仲良く…か。

 

あの調子では仲良くなれないだろう事は彼女も想像つくでしょうに、それでも彼女は、私が知っているだけでも一度、アインハルトの為に命を賭けている。

覚悟も過ぎると悲しいものね…

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

翌日、私は目的の場所に立っていた。

 

 

管理局本局。

 

 

本局とはいえ町まである場所となると、人の出入りを完全に見切るのは難しいらしい。

そして、私でも来れるって事は…

 

 

「お前は…」

「はじめまして。」

 

 

侵入者を完璧に防ぐ事などできないって事でもある。

 

目の前にいるのは、ファビア=クロゼルグ。

確か順当に行けば後でルーテシアが当たるらしい選手。

 

「その有様で私を止める気?」

「覗いてたみたいね、隠す気はないようで何より。」

 

元々、妙な視線と言うか気配と言うか、そういうのを感じたから張ってたんだけど、距離とか位置が分からなかったのは魔法だったせいらしい。

私は答えて左腕を包むギプスに、右手の刀を向ける。

そして…

 

完治している左腕を外気に晒した。

 

魔法でも、見た目はともかく中身の回復がありえない速度だから隠していたけど、実際に当たりを引いてまだ隠してはいられない。

 

「普通に混ざるだけなら止めないけど…ヴィヴィオ達に手出しするつもりなら、止める。」

 

旧ベルカの王様は他人、魔法世界の歴史にもさしたる興味はない。

でも…私を友達と言ってのけたヴィヴィオ達は、私の護るべき者だ。

 

 

理由はそれで十二分、この戦闘も、彼女が襲おうとしている事も、何も知らず気にせず楽しめばいい。

それが出来るようにするために、私は今ここにいる。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




雫とヴィクターの二人、いままでの流れでそれぞれと個別に知り合いで、鉢合わせになるところに一緒にいると、何気に怖い組み合わせです(汗)


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第三十一話・過去を手に今から先へ

 

 

 

第三十一話・過去を手に今から先へ

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

私を前に、ファビアは妙な小悪魔を取り出す。

 

「シズク=ツキムラ、コレを…」

「見ないわよ。」

 

言いつつ、私は瞳を閉じていた。

 

呪術使い相手への正攻法は、条件をそろえさせない事。

 

呪いには基本、距離も時間も無い。写真とか毛髪とかを人形といっしょに釘で打つだけでかかるようなものに、念を入れて損はない。

魔法が科学になってるこの世界じゃもっと条件厳しいのかもしれないけれど…そこまでは知った事じゃない。後からアインハルトにでも聞いてみるか?

 

そして、瞳を閉じた私を前に、彼女がずっと立っているわけも無く…

 

「ふっ!」

「っ!?」

 

小悪魔を手にしていた腕が動く気配を感じたタイミングで、私は目を開いて斬りかかった。

どうにか宙に浮いて斬撃をかわした彼女目掛けて、右袖の飛針を左手で投げた。

 

「っ…」

 

数本の針が足に刺さって顔をしかめるファビア。

 

「薄目を開けてた?ううん、そんな小細工で認証から逃げられる訳…」

「見てなくても気配くらい分かるわよ。それだけで戦えるほどじゃないけどね。」

 

言いつつ、私は右の刀を納めた。

それと同時に、ファビアの身体に力が入り始める。

浮いていた彼女は、ゆっくりと下降する。…内股で。

 

「お…まえ…っ…」

「毒じゃないんだからそんなに睨まなくても。ただの利尿剤よ。利尿剤。」

 

毒じゃないというにはアレだが、まぁ気にしない。

震えながら私を睨む彼女を前に、私は笑いながら懐からカメラを取り出す。

 

「お漏らしシーン大公開とか面白そうよね。ほらほら、みっともなくどうぞ。」

「っ…!!」

 

真っ赤で涙目の彼女が、手を突き出して魔法を展開する。

くだらない演技に引っかかる…隙だらけだ。

 

 

瞬間、私はカメラを手放して踏み込んだ。

 

 

「遅い。」

 

 

指先で掴んだ彼女を、後頭部から床に叩き落す。そして掌底で再度顔面を押してもう一度。

選考会で使った手だけど、結構効きがいい。

 

周囲にいる小悪魔達を睨む。

事としだいによっては斬り殺す。一睨みでそれが伝わったのか、整列して動かなくなった。

別におかしくも無いことで作り笑いするのも大変ね。おかげで楽に倒せたからいいけど…

 

 

こんなんで倒されるって、本当強いだけの子供ね。

 

 

「…ど外道。」

 

いつの間に顔を出したのか、空からルーテシアが呆れた表情で私を見ていた。

都合はいい…かな?

 

 

 

Side~八神はやて

 

 

 

えーと…何がどうしてこうなったんやろ。

 

ちょっと妙な気配を感じて、皆の引率をノーヴェに任して気配の下にきたんやけど…

 

 

「…ふざけた公務員め。」

「あ、貴女がよく…っぅ…」

 

 

壁に背を預けて息を整えている雫と、結構な痛みがあるらしく脇腹の辺りを押さえて動かなくなってるるー子。

 

 

それから…全身を拘束されて泣きながら震えているファビアの姿があった。

 

 

「とりあえず、話聞いても?」

 

 

私は苦笑しながら肩を竦めた。一体全体何があってこうなったのやら。

 

 

 

 

 

事情を聞いて、ファビアがあんまりにも可哀想になった。

いやまぁ元はと言えば、昨日ホテルでの会話を盗聴、窃視してて、ヴィヴィオ達を襲撃しつつエレミアの手記を横取りしようとしてた彼女が悪いんやけど…

 

利尿剤撃ち込まれてお漏らしコールで騙され錯乱状態で気絶させられ、目を覚ました所で雫とるー子が口喧嘩しとって、その隙を突いて逃げようとるー子に奇襲しかけようとしてそれを雫に見抜かれて肺への峰打ち強打。

呼吸困難で悶えている所を魔力錠で動けなくされ、やりすぎだと雫もひっとらえようとしたるー子と、隙だらけのるー子が悪いと冷めた返答をした雫が戦闘開始。

 

以後、身動き取れない状態で流れ弾やら何やらに襲われる恐怖にさらされていたという。

 

 

「あー…」

「すみません…」

 

どうしたものかと困る私を前にシュンとなるるー子。

局員が騒ぎに一役買っとる感じに見えなくもないし、落ち着いて反省したんやろか。

 

「どうしてそんな喧嘩に?」

「魔女の呪いと記憶。受け継いで、それに従ってヴィヴィオ達を襲うつもりでいた彼女に、先祖から継いだものを呪いのままにするか祝福にするかは自分の選択だ…って、注意したんです。そしたら…」

「言葉遊びと飾りに逃げるな、事実は何も変わらない。…って私が言ったのが気に障ったみたい。公務員がそんな理由で暴れないでくれない?」

「貴女まだ…っぅ…」

 

この後に及んで挑発的な事を言う雫に食って掛かろうとするるー子。

けど、脇腹を痛そうに押さえる。…見た目より酷そうやな。

 

「とりあえず回復魔法使うよ。癒しの風よ…」

 

夜天の書から、広域回復魔法を引きずり出して使用。

それで収まったのか、雫もるー子も普通に立つ。

 

「魔女で居たいならいればいいとも言ったでしょ、犯罪者をそのままにしておくような事を言うから。」

「会話のこのあたりで彼女を再度倒したんです。それで、だったら殺人剣を振るってる私も捕まえるのか?と聞いたら、襲い掛かってきたので返り討ちに。」

「軽く泡吹くまでやったら過剰防衛も程があるわよ、息があるか心配になったくらいなんだから。」

 

見た感じ、多分魔力ダメージの攻撃を強行突破したんやろけど、それでもるー子をさらっと返り討ちにしたとか言えるんか、雫。

怖い子に育っとるなぁ…

 

「雫も、危ないから一人で何でもせんでな?」

「無理があるならヴィヴィオかノーヴェに繋げるように端末は持ってました。ただ…局員に繋ぐとどうしたって探検の邪魔になるかと思って。」

 

無理があるなら連絡、逆に言えば余裕だと判断されてその通り倒されたファビア。

あ、震えて泣きそう。

 

…ま、何がしたいか察しはつく。

戦乱に振り回された子や、その記憶を持つ子にとってはヴィヴィオ達はただの王の先祖。

因縁があって、本人達と知り合う機会もないままの子やったら、アインハルトが辻斬りやっとった頃と変わらん。

 

つまり…誰も知らん間に片付けて、普通に知り合いにさせたかったんやろう。

そんなんでもなければ、局内で一人、誰にも連絡せず静かに片付ける必要なんてない。

 

いい顔や自慢がしたくて一人でやるなら、汚い手を使う理由もないし。

 

 

で、るー子と喧嘩になったんは…

 

「雫には人事やないもんな、古くて忌み嫌われる大事なもの。それを自分で選んだ子が悪口言われてるのを前に黙ってはおれんか。」

 

予想が大当たりだったのか、雫はフイと視線を逸らした。

それでるー子もようやく気付いたらしい。

 

御神の剣、何代も前から続き、近年本家が滅び、途絶えかけている殺人剣。

 

スバルたちフォワードすら事細かには聞いてない話だからるー子も当然全容までは知らんけど、それでも古流の殺人剣って事は知ってる。

 

「…もういいわ、確かに覚悟不足のお子様を庇う理由は私にはないし。騒がせてごめんなさい、はやてさん、ルーテシア。」

 

言って頭を下げる雫。

私がるー子を見ると、るー子の方も小さく頭を下げた。

 

「なら、ファビアはちょっとお話聞かせてな。」

「私は?」

「警備の見直しとかしたいから、来た道とかだけ教えてくれれば。ファビアとはベルカ関連で聞かれたくない話もあるかもしれんし。」

 

ファビアだけを名指しにした理由を確認すると、マップと移動情報をるー子に送る雫。

そうして、済ませることを済ませて帰路に着こうとする。

 

「何でここまでしたの?王の事、他人って言ってた筈…」

 

去ろうとした雫の背に、ファビアが声をかける。

雫は立ち止まり、振り返らないまま答えた。

 

「高町ヴィヴィオもアインハルト=ストラトスも王様じゃない、私みたいなのを友人扱いする変わり者よ。そういう子が気兼ねなくやりたい事が出来るように…私の剣はある。」

 

今度こそ止まらずに帰る雫。

変わり者…ねぇ、素直に友達言えばええのに。

 

「あそこまでわかっとるんやったら、別にるー子と喧嘩せんでもええのにな。」

「え?」

「自分の持ち物、その効果。それらが何一つ変わらなくても、『何に使うか』は自分で決められる。」

 

自分の力が何なのかをいくら言葉で飾っても、事実は何も変わらない。

魔女の呪いが呪いのままでも、剣が人を斬るものでも、それでも…

 

「君は、どうしたい?魔女の記憶に従って王の末裔達を呪うか、高町ヴィヴィオ達と昔話をするか。」

「私…は…」

「…ま、その辺の事も、お話しながらでもゆっくり考えよか。」

 

俯いて瞳を閉じたファビアは、そのまま小さく頷いた。

さて、後は…

 

「…着替え用意するからちょう待ってな。」

「ぁ…っ!!」

 

興奮状態だったのか、ようやく自分の状態に気付くファビア。

利尿剤打ち込まれて気絶させられた彼女の着替えやらなんやら、一通り用意せんとな。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

エレミアの手記を見つけその内容に触れた後、歓談の中から抜け出すように一人で帰る。

 

ヴィヴィオさん達が悪い訳じゃない…どころの話じゃない、私が悪い。

 

過去を忘れて生きていいのだと示されると、…微笑んでしまいそうで怖い。

屈託無くすごせる皆さんに呑まれる様に。

 

『クラウスもオリヴィエもヴィルフリッドも他人だし。』

 

ズキリ…と、胸が痛む。

既に取り返しがつかないところまで今に心を奪われているのかもしれない。

 

あの雫さんに拒絶を示されただけで、胸が痛むのだから。

こういう事を告げてもまるでおかしくない人なのに。

 

過去に縛られて、普通の皆はそう言う、表現する。

 

ただ…

 

知りたいといい、屈託なく笑ってみせるヴィヴィオさん。

王族など関係ないとばかりに言い捨てた雫さん。

 

彼女達は、そんな事を言わなかった。

 

チャンピオンと戦った時のように、私はこの身に宿る過去の鎖を、自らの意志で掴んだままで前に進む事が出来るのだろうか?

 

縛られるのでも囚われるのでもなく、選んで自分で掴んで進む。

それをやりきるつもりなら、ヴィヴィオさんに拒絶を示すなど論外だ。

 

「このまま…心と身体を満たす温もりを感じ続ける事が…怖い。」

 

暖かさに触れれば触れるほど、手放すつもりの無い覇王の悲願を達成する事もないまま微笑んでしまいそうで。

それが…どうしようもなく…怖い。

 

分かっている、それが、他でもない私の弱さのせいなのだと。

 

ヴィヴィオさんは、あれだけ明るく楽しく過ごしているのに、雫さんと戦った時にもインターミドルでも凄い覚悟や意志力を持っていた。

雫さんも、普通に話したり遊んだりとしていながら、根底にある戦闘の厳しさについてはぶれない強さを持ち続けている。

 

 

手放したくないものを持ち続けて、今の暖かさの中で過ごせる強さが私に足りていないんだ。

 

 

分かったところで、ただ自分が弱い事が原因で拒絶してしまったヴィヴィオさん達に申し訳なくなるだけで、解決策がまったく浮かばなかった。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「ただいまー…」

「お帰りヴィヴィオ。ってあれ、元気無い?」

 

出来るだけ普通に…って思ってたんだけど、全然取り繕う事も出来てなかったみたいでなのはママに一発で見抜かれる。

 

黙っててもしょうがないし、素直に話す事にした。

 

 

雫さんに、『王様の事は関係ない』と突っぱねられた事。

エレミアの手記を見つけてその内容に触れてからか、アインハルトさんがよそよそしくなってしまった事。

 

「…二人の事、って言ったらそれまでかもだけど、なんかこう…うにゃぁー…って。」

「あー…らしいって言うか、何て言うか。」

 

机に顎まで乗せる勢いで潰れる私を前に苦笑するなのはママ。

スケジュール表を開き、何かを確認してそれを私に向けて指差す。

 

「稲神山一週間…雫さん?」

「雫ちゃんの御神家修行日程。学校もあるから全部は無理だけど、休みのタイミングでなら顔出せるよ。どう?」

「行きたいけど…」

 

雫さんの邪魔になりそうでちょっと抵抗がある。

強くなるのに必要なものをインターミドルで探す意味が無い、って話もコロナとアインハルトさんから聞いているし。

第一、魔導師が混ざるのを許してくれるかどうか。

 

「訓練場でキャンプをするけど、そこについていく位は大丈夫だよ。実際に斬りあう時は危ないから混ぜて貰えないかもしれないけどね。行きたいなら、私が外堀から埋めてあげる。」

「あ、あはは…」

 

心底楽しそうななのはママ。

外堀から…って事は、パパさんとかそういう人に許可取るんだろう。

そっちで許可が出ちゃったら、雫さんに選択の余地はない。

 

「一人で突っ張ってれば強くなれるって、そう思う時もあるんだよね。私は結局それじゃ駄目だったけど。」

 

物思いと共に呟くなのはママ。

一人思いつめて無茶したらどうなるか、昔大怪我して以来それをかみ締めるように考えてるって聞いてる。忘れないように。

 

「ヴィヴィオ、助けてあげて…とまでは言わないけど、二人が大事なら覚えておいてあげて。」

「うん!」

 

王様の事、ベルカの事、身内の事、剣の事、いっぱいいっぱいあって関わったりそうでなかったりって言うのは分かってるつもりだ。

 

けれどやっぱり、私から見たら雫さんもアインハルトさんも、優しくて強くて格好いい先輩さんで友達。それだけで十分大事だ。

 

「なのはママやフェイトママがそうして来たみたいに、困ったり辛かったりするなら、知りたいし助けられるようになりたいもん。全力全開で強引にっ!」

 

笑顔でガッツポーズを作ったんだけど、なのはママは椅子からずり落ちてずっこけた。

 

あれ?ママ達の武勇伝を聞く限りだと大分強引だったような気がするんだけど?なにか間違ってたのかな?

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 




手洗い…実際数時間の任務とか気合で耐えるんでしょうか(汗)


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第三十二話・のどかな時の中で

 

 

第三十二話・のどかな時の中で

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

何故でしょう、逃げてしまった筈なのに、何故…

 

 

「「「地球到着っ!!」」」

 

 

何故また引っ張られて来てしまっているのでしょう…

 

 

 

 

『雫さんの修行地に行くんですけど、アインハルトさん予定は大丈夫ですか?』

「あの…私はいつも通り」

『なら大丈夫ですねっ!』

「え?」

『準備は着替え位で大丈夫ですから!それじゃ待ってますね!!』

 

 

昨日、ヴィヴィオさんにコレで通信を切られてしまった。

ノーヴェさんのノリなのか、お母様の影響か、畳み掛けられて断る間も無く決まってしまった。

いつも通りと聞いた瞬間に大丈夫って…いやまぁまともに友人を作っている訳でも凝った予定がある訳でもない私が悪いのかもしれないけれど。

 

結局、すさまじく張り切った様子のヴィヴィオさんに断る事もできず来てしまった。

 

 

 

 

「あんまりそういう事言わないようにね、管理世界じゃないから。」

「はーい。」

 

引率してくれたなのはさんの注意を受ける皆さん。

普通には管理外世界に来ることなど無いので、貴重な機会である事は間違いなく、あの雫さんの修行地に行くとの事で強引に取り付けられて…

なんだかんだで、断らなかった私の意志が弱いのでしょうが。

 

「それじゃ、後は私が。」

「ありがとね、すずかちゃん。」

 

忍さんや雫さんと同じ綺麗な紫色の長い髪の女性。

似ているのだけれど、なんというか…テラスで飲み物を傾けるような、清楚というか上品というか、そんな姿が浮かんでくる。

なのはさんは用事で各地を回るらしく、帰る時までは皆さんと一緒にいる事になる。

来てしまった以上、はぐれたら帰ることすらままならない。

 

「管理外世界って言っても、ちゃんとある程度の文明はあるから、そんなに硬くならなくても大丈夫だよ。」

「は、はい…」

 

親切な方ばかりで緊張感が途切れてしまいそうになるのが不安なのだけれど、私の変わった事情など知る由もないすずかさんは、やわらかく接してくれる。

 

…慣れないと、いけない。

少なくともこの前のように拒絶したままで泊まれるわけも無いのだから。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

あまり試合はしていないものの、お父様には届いていない。

というのが美由希さんの自己評価らしいけど…よく言う。

 

刀じゃ掠る気もしない、飛針くらいなら相打ち気味のタイミングで狙えば当たるかもしれないけれど、骨断たせて肉斬ってもしょうがないし…

 

狙うか。

 

対魔導師用に教わって、ジークリンデ戦には間に合ったものの使うタイミングが無かった、縮地と連動した『長射程抜刀術』、虎切。

 

 

飛針を牽制に投擲しつつ、距離を開け…

 

 

「射抜。」

「っ!?」

 

 

体勢を整える間もなく踏み込んできた美由希さんに殴られて吹っ飛んだ私は、そのまま川に落ちた。

 

胸が痛む中、私は…

 

「っはぁ!!!」

 

立ち上がると同時に左手で水飛沫を巻き上げた。そして、間髪いれずに右手でナイフを投擲する。

視界を水で埋めたにもかかわらず、まるで関係ないように投擲されたナイフを掴んだ美由希さんは、投げたナイフの柄側を私に向かって投擲した。

腰までどっぷり水に浸かったような水中じゃまともに動けるはずも無く、まともに柄が命中する。

 

「はい、無茶しない。もう終わってるんだから。」

「ぁ、す、すみません…」

 

抗おうとばかりしていて気が回っていなかったが、そもそも刀で突くはずの突き技を、あえて拳にしたんだ、刀を持ったまま。さっきの一撃で既に私は終わってる。

 

「胸は大丈夫?」

「大丈夫です、便利な身体なので。」

「痛めたらまずいから何かあったら言わないと駄目だよ。」

 

師匠に向かないとはお父様が言っていたけど、こういう気遣いをする所なのかもしれない。

お父様にはほぼほぼ怒られるばっかりだし。

 

「この後はヴィヴィオ達が来る日ですよね、多少疲労が過ぎてもどの道今のペースではやらないですから。」

「それもそうだね。」

 

こっちに来るに当たって、ノーヴェコーチに私達がやってる基本メニューについて見てもらって、そのままヴィヴィオ達を…それも世界が世界だけに身体強化なしで混ぜていいかと聞いて、全力で却下されている。

私と違って美由希さんは疲労抜きも必要らしいので、最後二日をそれに当てつつこのへんの紹介やキャンプを楽しむ程度に当てたいと思ってる。

 

美由希さんの『仕事』の話は、子供の前では出来ないし。

 

現在、美由希さんは香港国際警防部隊で、実動隊の一人になっている。

…知ってる人からすればこれだけで子供の前で喋ろうとは誰も思わない。

 

「ん?…来たかな。」

「え?あ、本当だ。」

 

遠くから微かな音を拾えた私が人の接近に気付くと、美由希さんも周囲に意識をめぐらせ、気付く。

 

「感覚関係は大分凄いよね。たはは…私本職なのに…」

「ただの音とかならさすがに私の方が。身体が身体なので。」

 

母さんも、力任せに喧嘩したらお父様ですら危ない身体能力がある。

特別何もしてない母さんがそれだけなら、私が研ぎ澄まされてるのは当然だ。

 

…いや、誇るべき所は誇っておこうか。

 

身体能力は貰い物、と自慢にする気が薄かったけれど、それを気にしすぎてたチャンピオンを思い出した私は小さく頭を振った。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

山篭りは修行となると最適なのだろうか。

聞けばチャンピオンもしているようだし、色々と勉強になるかもしれない。

 

…なんだかんだと満喫してしまいそうになって、再び自己嫌悪。

ヴィヴィオさん達に拒絶の意を示してしまっておいて、誘われて満喫しているようでは…何をやっているのかと自分が情けなくなる。

 

「っ!」

「え?」

 

俯いていると、突然ヴィヴィオさんに押しのけられる。

何かがヴィヴィオさんに…私のいた位置に向かっていて、ヴィヴィオさんはその何かを拳で弾く。

 

べちゃ、という音がした。

 

「お見事。」

 

と、さっきまでろくに気配もしなかった木の影から二人の人影が姿を見せる。

雫さんと、大人の女性…高町美由希さん。

 

「私達の修行地体験ってことで、せっかくだから気分だけでも味わって貰おうと奇襲かけてみたけど、やるじゃないヴィヴィオ。さすが高町家ね。」

「それにしても泥団子は酷いですよぉ、怪我しないようにって言ってももっと何か無かったんですか?」

「川近くにテント張ってるから、洗うのに不都合はないって。そんな汚れるの嫌いなお嬢様みたいなこと…お嬢様だったっけ。」

 

奇襲を受けたというのに和気藹々と行った感じのヴィヴィオさんと雫さん。

さすが高町家って…家中こんな感じなんでしょうか?殺伐としてる気が…

 

「ところで、気分だけとは?」

「あれ?ノーヴェから私達の普段の無茶には生身でつき合わせるなって話が出てるって聞いたけど…管理外世界だから、派手に素手で木とか折られても困るし。」

 

意外そうな雫さんの反応。

ヴィヴィオさん達に視線を向けると、一斉に視線を逸らされた。

 

…やられた。確かに修行する、と直接聞いたわけじゃない。

普通のトレーニングや体術くらいならともかく、ここで魔法を使うわけにもいかない以上、コーチ指示で雫さんにつきあわせないようにするのはむしろ必然だって言うのに。

 

「ま、後で美由希さんと試合したりもすればいいわ、練習用木刀もあるし。魔法なしってなると、4対1でもクリーンヒット出せないかもしれないけどね。」

「フェイトちゃんとかシグナムさんとか全然下手なんてことなかったから、そんな差あるかどうか。」

 

笑いながら言う美由希さんだったが、私は戦慄していた。

お二人とも手合わせの経験があるが、あの人たち相手に下手じゃないなんて、自然に出ていい台詞じゃない。どんな格差だと言うのか…

 

「ところで、こう言う所での基本として食料の現地調達って項目があるんだけど、私とアインハルトに魚任せてもらっていい?」

 

え?

 

「うん分かった。それじゃ皆は山菜集めね。すずかちゃんは飯盒とかお願いしていいかな?」

「はい。」

 

返事をする間もなく役割が決まってしまって、どちらがいいとか言う間もなく雫さんに手を引かれた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

なんでか雫さんがアインハルトさんをまっさきに連れてってしまった。

うー…雫さんともアインハルトさんとも話せる状況じゃないって、なんだかなぁ…

 

「ヴィヴィオ、二人の事気になるんでしょ?」

「へっ?」

 

図星を見事に突かれて慌てて視線を移すと、ちょっと笑ったリオの姿があった。

 

「アインハルトさんとか雫さんと知り合ってから妬けるくらいだよねぇ。」

「もー、そういう言い方しないでよ。」

 

ぶんぶんと手を振って抗議するも、リオどころかコロナまでそんな私を見て笑う始末。

アインハルトさんはちょっと憧れの先輩…って感じだし、雫さんは元々身内で厳しいけれど優しく、いつかママを守れる位になりたいって思うなら、私でもそれが出来る事を証明しないといけない。

単に仲良くなったリオやコロナとはちょっと違うわけで、妬けられても困る。

 

「アインハルトさんは大変そうだけど、雫さんは大丈夫だよ。」

 

確信を持っているかのようなコロナ。

確かにアインハルトさんはともかく、雫さんは特に私達が来るのを嫌がったりって事はなかった。

そうは言っても、手記探しに行くときみたいにいつ拒絶されるかと思うと…

 

と、そんな私達を見ながら、美由希さんがくすくすと笑っていた。

 

「ああ、ごめん。懐かしいな…って。」

「懐かしい?」

「なのは達もそうだったなって。元々三人仲良しで、フェイトちゃんが来てから気になって気になって。気にしすぎて怒られたり。」

 

なのはママと一緒って言われてちょっと嬉しくなる中、二人からの視線がちょっと怖い。

あわてて視線を周囲に逸らすと、綺麗なきのこを見つけた。

 

「わ、赤くて綺麗。」

「そういうのは毒だよ、こっちの長い奴は…」

「きのこは無理に触らないようにね、下手したら死んじゃうから。」

 

文系で無限書庫まで行ってる私達にはそれなりの情報はあるものの、そういう半端な知識が一番危ないって事で、美由希さんには特に見張られることになってる。

 

山菜探しに戻りつつ、私はやっぱり気になるアインハルトさんと雫さんの事を考えてしまう。

…なのはママみたいに二人に怒られないように気をつけよう。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

こんな事をしている場合じゃない。

針を川に沈めて、揺れ動く水面を見つめているとそんな焦燥感を抱いてしまう。

 

「よ…っと。」

「あ…」

 

隣であっさりと一匹目を釣り上げる雫さん。

私はその様子を横目に、再度水面を見…

 

動いていたので引き上げるも、遅すぎた。

 

再度、水中に針を沈める。

 

「ずいぶん頑なね。」

 

少しの間の後に、雫さんが話しかけてきた。

今となると、少し癇に障る。

 

「…貴女には関係ない事の筈です。」

「ま、そうだけど。ヴィヴィオが遠慮気味だったのは私にもだし、人の事は言えないわね。」

 

ヴィヴィオさんの名前を出されると、少し…痛い。

私の都合で拒絶した、初めて会った時のように。

 

「覇を以って和をなす…だっけ?貴女の願い事、今の貴女には無理そうだから言っておいてあげたくて。」

「どういう…」

「見当もつかないの?今の貴女がどれだけの力を手に入れたって和をなす存在にはなれないって言ってるのよ。」

 

関係ないと言ったとおり、責めるでもない口調で告げられる言葉。

それでも、その内容は聞き捨てならないものだった。

 

エレミアが最強の能力でもジークさんが普通の女性だったように、私が原因で覇王の願いが叶わないと、彼女はそう言っている。

 

けど…関係ないと言い切ってベルカの話を適当に聞き流した挙句エレミアの手記探しにもついてこようとしなかった癖に…そう思うと、我慢ができなかった。

 

「今更何をっ」

「ふっ…」

「あ…くっ!」

 

二匹目を釣り上げる雫さんを見て、慌てて視線を戻すと、今度は丁度タイミングが良かった。

間に合った、そう思って思い切り竿を振り上げ…

 

 

魚が針から外れて宙を舞った。勢いが良すぎて水飛沫も上がる。

 

 

竿から片手を離した雫さんがその手を振るうと、伸びた金属糸が宙の魚に巻き付いた。

まるで慌てた様子も緊張も無い、いつ何が起きてもこういう事が自然に出来るのか。

 

雫さんの手元に来た私の舞い上げた魚は、針が刺さった状態で強く引っ張られたせいか、口が裂けてしまっていた。見ていてすさまじく痛々しい。

 

「和を…って言うけどさ、慕ってくる人、手を伸ばす人、全てを突っぱねて独りで強くなったとして…覇道はともかく和をなす方はどう考えても無理でしょ、現に今既にヴィヴィオと上手くいってない。」

「ぅ…」

 

口の裂けた魚を差し出されながら告げられる事実に、否定の言葉が返せなかった。

 

「覇王の悲願、目指してるんでしょ?今の有り方が望みなら、覇王様はコミュ障の引き篭りだってアクアに広めて貰うわ。」

「…貴女だって似たようなものでしょう。」

「私は学校行ってないからね、お嬢様と違って不良なのよ。」

 

笑顔で言う雫さん。けれど、どっちが不良か分かったものではなかった。

バケツの中には、雫さんの釣り上げた魚二匹がゆったりと泳いでいて、手にした魚の怪我は、同じところに入れるのを躊躇う程だ。

 

「強くなるのに必要な、私達にないもの。」

「それは…」

「なんとなく…ね、こういう所にありそうな気がして。だからこっちに誘ってみたの。」

 

言いつつ、雫さんは私の手にした魚をひったくるとバケツに放り込む。

そして、首で釣りを促した。

 

肩の力を抜いて、心静かに水面を眺める。

 

しばらくして、私は竿を引き上げた。

針には、しっかりと魚がかかっていた。

 

「お見事。どう、見つかりそう?」

「釣りで見つかったら苦労はないです。」

「同感。」

 

上手くいったのに淡白な返事をする私に、肩を竦める雫さん。

そして、竿を手放すと刀を抜く。

 

「そろそろヴィヴィオ達の方も終わってると思うし、手っ取り早く済ませようか。」

「え?」

 

手っ取り早く済ませる。

意味が分からず呆然としている私を前に、刀を振りかぶった雫さんは…

 

川横の岩に刀を叩き付けた。

振動音が響き、そして…

 

 

ぷかぷかと、何匹かの魚が水面に浮いた。気絶している。

 

 

川に入っていった雫さんは、そのまま浮いた魚をバケツ目掛けてテンポよく投げる。

 

最初からそうすればいい、そんなこと雫さんが分かってないはずが無い。

 

私に釣りをさせるため…力を抜いて心静かに、そんな状態にさせるため。

変な緊張感は、かなり落ち着いていた。

 

「釣りで見つかったら苦労はない…なので、苦労したいと思います。」

「ん?」

「ヴィヴィオさん達と居て微笑まずにいるほうが、難しそうですから。」

 

自分の都合で難題から逃げて、傷つけたくない人を傷つけないように。

 

「そう。」

 

短い返事だったけれど、何故か一番優しい声に聞こえた。

 

魚の入ったバケツを持ってテントへ足を向け…

背後からわずかな気配。

 

振り返ると同時に飛来する泥団子を見つけ、私は片手でそれを崩さず掴んで投げ返した。

ぎりぎりでかわした雫さんだったけれど、服を掠めて泥がついた。

 

「…旋衝破ね、やるじゃない。」

「貴女やヴィヴィオさんに負けてはいられませんから。」

 

覇を以って和を成す、かつてクラウスに出来なかった事を…大切なものをこの手で守れるように。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

アインハルトさんと雫さんが、なんか仲良くなっていた。

良かったんだけど…

 

「はい、これ。ヴィヴィオ達の分もよろしく。」

「分かりました。」

 

いつまでも火に差しておくと焦げてしまうからか、焼き加減を見ていた雫さんが丁度いいタイミングを見計らって焼けた魚をアインハルトさんに渡す。

アインハルトさんの方も、予期していたみたいに紙皿にそれを受け取る。

 

「あの…どうかしましたか?」

「えっ、や、なんでもないです。」

 

魚を持ってきてくれたアインハルトさんに私の方が心配されてしまう。

それ以上動揺しているのも変なので素直に受け取って、雫さんを見る。

 

…家の戦技を継ぐのに一生懸命、強くなるのに同じものが足りないらしくて、あんまりはしゃぐようなタイプじゃない。

雫さんとアインハルトさんって、案外似てて相性いいんだろうか?

 

「魚ならもうないわよ?」

「べっ、別に食いしんぼうじゃないですー!!!」

 

雫さんに笑いながらからかわれて腕を振り上げて抗議する。

 

アインハルトさんも少し雰囲気が和らいでるし、上手くいったのかもしれないけどっ…

無理にアインハルトさんを誘い出した割りに、なんだかいつの間にか全部終わってるみたいだった。

良かったけど、なんだか乗り遅れたみたいな気分だ。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 




泥遊び…は、経験なさそうなメンバーだと(苦笑)


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幕間・世界最強の先へ

 

 

幕間・世界最強の先へ

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

滞りなく、って自分で言うとアレやけど…インターミドルに優勝したウチは、手にしたチケットを見る。

 

 

『負けられなかったら…本物の次元世界最強の十代女子を紹介してあげる。』

 

 

興味が無い、と言ったら嘘になる。

そんな強いなら何で大会出ないとか色々思うところはあるけど、少なくとも雫ちゃんが根拠も無くハッタリを言うとは思えない。

 

会ってみたい、素直にそう思った。

 

そして…顔を出したエメラルドスイーツで…

 

 

「どうも…ユーリ=エーベルヴァインです。」

 

 

本物の次元世界最強の十代女子。

そう紹介されたその娘は、あまりに普通な女の子やった。

 

「あの…私十代でいいんでしょうか?」

「登録上そうなんだしいいでしょ。能力的な話するならコレも最低500才だし。」

「コレ言うなぁ!」

 

投げやり気味にウチを指差す雫ちゃんに怒るも、雫ちゃんは聞き流す。

アーちゃんから聞いた話やと、友達なくすとか以前に最初からおらん状況受け入れとるっぽいし…悲しいなぁ。

 

触れたもの全てを壊す破壊の力を嫌ったウチが、人を殺す忌み嫌われる技を望んで会得しとる彼女の心を開くのは無理なんやろか。

 

「ほう、この小娘が噂のエレミアか。」

 

エレミアと言われて目を向けると…

 

「へ…?」

 

小さな白髪の八神指令がいた。

声も若いけど同じ。

 

「ディアーチェ、あだ名は王様。」

「あだ名とは何だあだ名とは!」

「なら自称。」

「貴様そこを動くな、エクスカリバーを叩き込んでくれるわ。」

 

冗談のようなやりとりから、ディアーチェと呼ばれた娘は、見覚えある形状のデバイスを構え、デバイスに冗談じゃすまん魔力を溜め始めた。

 

 

「ちょ、ちょう待って!こんなとこでそれはアカンて!!」

 

 

大慌てで割って入ると、ディアーチェって娘はなんでもないようにデバイスをしまう。

 

「ふん、戯れよ。この程度で狼狽えていては底が知れるな。」

「家の戯れは普通の人にはきついと思うけど…」

 

まともな反応をしとるのはウチやと思うけど、なんでもない風に片付ける雫ちゃんとディアーチェちゃんを見とると、自分がおかしい気がしてきてまう。

 

ウチ…ひょっとしてものすごい所に来てしもうたんやろか?

 

 

招待したのは雫ちゃんなんに、興味ないとばかりに引き合わせを済ませるとさっさといなくなってしまった。

 

 

そうして、そこそこ話した所でヴィヴィちゃんが来て、ユーリちゃんと試合をするために移動する事になった。

わざわざ別の世界まで飛んで、随分大掛かりや。

 

「小娘…今、貴様は格下だ。何も気にせず己が全てを振るうがいい。」

「はぁ…」

 

王様と呼ばれてた通りの態度のディアーチェちゃんに念を押されるも、まだ半信半疑やった。

 

と言うのも、ここまでユーリちゃんを見てて、ウチと戦えそうな何かを感じることがなかったから。

これなら雫ちゃんから感じた威圧感のほうが強いし鋭い。

普通の女の子を前にしとるような気がして…

 

「では行くぞユーリ。全制限解除、コントロールを紫天の盟主、ユーリ=エーベルヴァインに!」

 

制限解除と言うことで、出力が跳ね上がるんやろうと予測したウチは…

 

 

 

 

 

直後、言葉を失った。

 

 

 

 

「…大丈夫です、制御できてます。」

「そうか、ならよい。後は好きに遊んでこい。」

 

 

遊んでこいの意味が分かってぞっとする。

ウチとあの娘が戦うんや、そのために来たんやから当たり前や。やのに…

 

 

目の前の娘がウチと…いや、大会で会った誰とも天と地ほどの差が…

 

 

ううん、これは、まるで別のモノ…や。

 

 

出力があがるって予想自体はあっとったけど、規模が予想とかけ離れとった。

 

「じゃあ行きますよー。」

 

気の抜けるような優しい女の子の声、直後…

 

 

 

射出、リング状射撃攻撃。

性質不明、威力極大。

 

 

殲撃。

 

 

 

「わ…凄いです。」

 

 

殺意も何もない少女の声のおかげで我に返る。

ハッキリと残る手応え。

 

殲撃なのに…だ。

 

「じゃあどんどん行きますね。」

「いっ!?」

 

どんどん。

当たり前や、ノータイムで撃った攻撃が連発出来ないわけがない。

 

『何も気にせず己が全てを振るうがいい。』

 

王様の言葉が蘇る。

気にせずゆーか…

 

 

 

気にしたら死ぬ。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

さすがユーリさん。とんでもない。

リングが走った余波で地表がひび割れてる。

一瞬でエレミアの真髄状態になったチャンピオンは、そのままで戦うことになった。

 

「起動直後でもなく安定もしていて対抗プログラムも組まれておらんユーリの全力は初めて見るが…ここまでか。」

 

ディアーチェさんも予想外だったのか、少し険しい表情になっていた。

それもその筈、いざとなったらユーリさんを止めるのが、ディアーチェさんがここにいるわけだから。

 

ちなみに、ユーリさんのほうは…

 

 

 

懐に踏み込んだ殲撃をボディに直撃したのに突っ立っていた。障壁が一枚割れる音がしただけで。

たしかなのはママのブレイカーでようやく一枚破れる4重障壁で守られてるんだっけ?

しかも理知の伴わない暴走状態じゃないから張り直しも自由、出力は高くてエネルギーはほぼ無制限。

 

つまりまぁ…ジークさんがやりすぎてユーリさんがどうにかなるって心配はほぼないみたい。

 

「小兎、観戦はかまわんが広域攻撃以外は避けろよ。なのはが泣く。」

「はーい。」

 

ちなみに、流れ弾が既に危険なレベルなので私も大人モード。

特にユーリさんの攻撃は、ディアーチェさんでも治るのに支障をきたすような特殊攻撃。絶対触れない。

 

でも…

 

 

正直緊張より興奮のほうが凄かった。

歴代級の大戦の一幕をみている気分だ。何しろ戦争を終わらせるゆりかごに対して、世界を終わらせる破壊の力との真っ向勝負なんだから。

 

 

頑張れっ!ジークさん!!

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

性質不明刃、二本。

回避、接近。

 

赤い腕、危険きけんキケン…

 

殲撃。

 

破壊失敗、姿勢を制御する。

 

「一応普通のも教わってるので、いきますよー。アロンダイト!」

 

極大砲撃が接近、殲撃で相殺する。

余波で転ばされる。

起き上がって、今度は誘導弾が多数接近してきた。

 

「ゲヴェイア・クーゲル!!」

 

誘導弾で相殺を図って…

 

 

こっちのだけ全弾涼風のようにかき消された。

 

 

…さっきから、意識がちゃんとしたのに戻ってきとる。

 

命の危険を感じると自動で発動するエレミアの真髄状態。

それはつまり、命の危険を脱しようとする行為に他ならない。

戦闘中で、嵌められた訳でもないのに正気でいるのは、何てこと無い。

 

 

エレミアの戦闘記憶全て使っても、このまま彼女と戦っていたら死ぬ。

自動発動のエレミアの戦闘経験が、そう結論づけたから。

 

彼女に殺意がなく、これがただの試合やってウチは知っとる。

だから、『とっとと降参して頭下げれば生きて帰れる』から、ウチに正気が戻ったんや。

 

 

だけど…ああ、何やろこの気持ち。

 

「っはぁ!」

 

中空を殲撃でなぎ払って接近してきた誘導弾を全部消し去る。

直後、ダッシュ。

 

「はっ!」

 

振り降ろそうとしていた手、その甲目掛けて魔力弾を単発で放つ。

ダメージは通らなかったけど真っ直ぐ振り切れれなかった手とともに、地上から放たれる牙のような力の塊もあらぬ方向にそれる。

無視して直進、抱え込んで…

 

「ど…っせぇぃっ!」

「うわわわわ!!」

 

背中から叩き付けた。

普段ならこのまま投げを続けるんやけど…

 

「え?」

「はあああぁぁぁぁっ!!!」

 

仰向けの彼女に向かって、両の手に力をたたえたままでラッシュに入る。マウントポジションで。

障壁なのか何なのか、砕けるような感触がするけど気にしない。

 

と、彼女の背中から生えた赤い腕が掴みかかってきたんで、跳躍して回避。

 

 

 

 

「ガイスト・クヴァール!!!」

 

 

 

仰向けのままの彼女がいる辺りを、殲撃でなぎ払った。

周囲の地形が抉れて変わる。彼女の姿はまだ見えない。

 

 

けれど、確信があった。彼女がこの程度で終わる訳が無い。

それと同時に、ある気持ちも。

 

努力しとらん、って言うたら言い過ぎや。

けどきっと、ウチが皆を凄いと思っていたのと同じで、彼女もウチの事を凄いって見てる。

 

『ある程度で戦っていい相手』が楽しくて。

 

全力を出す事そのものが禁忌のような力を抱えていた。競技でも何でも、無闇に使うもんや無いって思いながら、使えば勝てるってどこかで思ってて…

 

そんなウチを、尊敬する事なく挑んでくれた雫ちゃんが示してくれた事。

それを…

 

 

 

「舐めるな。」

 

 

 

宣言する。

 

分かってる、エレミアの戦闘経験が叫んでるんだ、『逃げろ死ぬぞ』と。

舐めているのはウチの方、思い上がりもいい所。

 

それでも…

 

「ウチはこれでも、次元世界最強のチャンピオンや。いくらでも付き合って…勝たせてもらうから、全力でおいで、ユーリちゃん。」

 

戦って、倒して来た娘達の姿が浮かぶ。

あの娘達に…今楽しみに見てくれているヴィヴィちゃんに胸を張れる自分でありたい。

 

だから…ちょっと強いだけの娘に『心配なんかされたくない』。

 

「人の心配しとるなよ!」

 

とびっきりの緊張感と、ほんの少しの楽しさの中、笑って告げる。

競技者であるウチが思う心のままに。

 

やがて起き上がったユーリちゃんは、パンパンと二回自分の頬を叩くと、大きく息を吸い込んで…

 

「はいっ!!!」

 

笑顔でいい返事をくれた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「やれやれ…無窮の力を振るう存在同士の戦いとは思えんほど明るいな。揃いも揃って。」

 

隣でディアーチェさんが呆れたような事を言う。けれど、口調とは違って顔はどう見ても笑顔だった。

でも気持ちは分かる。

ユーリさんの事が秘匿気味でないのなら、私一人これを見ているのが勿体無い位だ。

 

 

…ちょっとだけ、嫉妬と言うか悲しいと言うか。

 

 

ジークさんがいま一番生き生きしてる気がする。って言う事は、つまりインターミドルの参加者じゃ皆ジークさんを満足させられて無かったって事で。

 

「…うずうずしておるが、混ざりたいなどとほざくなよ小娘。」

「は、はぁーい…」

 

ディアーチェさんに横目で睨まれる。

図星だけど、わかってもいる。こんな所混ざっても私じゃ一瞬で挽肉になる。

 

いつになるかは分からない、けれど…

 

いつかここに辿り付いて、いつかこの先に進んで…ママ達を守れるくらいに。

 

果てしない、って言って過言じゃないほど遠い目標だけど、それでも諦めるつもりは無かった。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

思ったとおり遠慮していたと言うか、一発一発様子見ながら撃って、ウチが大丈夫か確認していたらしい。

開き直ったユーリちゃんは、中遠距離で無尽蔵に近い勢いで攻撃を乱射してくる。

 

ホントに雫ちゃんの気持ちが分かる、危険だろうがなんだろうが、近くでやらなきゃ何も出来ない。

 

防御すらまともに出来ない威力やから、攻撃で相殺しながら強行突破しかない。

 

「っおおおぉぉぉぉ!!!」

 

懐に入って腕を掴む。と、背中から生えてきた赤い巨大な腕の方がウチを捕らえに来て、慌てて手放して離れる。

くっ…あの腕のせいでまともに投げも出来ん!

 

けど!!

 

「はっ!」

「っぅ…」

 

爪の大振りをかわして懐に潜り込んで下から持ち上げるようにボディーブロー。

浮き上がったユーリちゃんの顔面に向かって今度は逆の手で打ち下ろし気味に拳を叩き込む。

地面にバウンドした彼女が体勢を整える前に追撃に…

 

適当にか振るわれた爪の一撃をぎりぎりで下がってかわす。

振り回すだけで凶悪な威力や、ホント。

 

「スピアー!!!」

「は?なっ!?」

 

上位能力者でも30前後がせいぜいの誘導弾。

勿論、ただの直射弾幕ならその限りやないのは知ってるけど…同じ規模を弾にしたら砲撃より余程消費魔力が大きくなる以上…

 

 

視界を埋め尽くすような弾の雨なんて撃って来る娘は知らない。

 

 

「はああああぁぁっ!!」

 

 

手当たり次第になぎ払って相殺…するも、砲撃と違って弾の雨になってるせいで、消しきれなかった数発の弾が身体を撃ち貫いた。

 

 

「ぐ…っ…」

 

 

弾幕が収まったところで、ウチは脇腹を押さえてよろめいた。

 

…こんな長い時間、しかもフルパワーに近い勢いで殲撃を使いとおした事はない。

もう限界近かった。

 

 

「気は使いません、いきますね。」

 

 

虚空に手を突き入れたユーリちゃん。そして…

 

 

絶望的な力を持った、赤い槍を取り出した。

腕の爪と同じような、何か分からない力の塊で形成された槍…というか棒。

 

 

あ、はは…まだ全力じゃなかったん?

 

 

 

「エンシェント…マトリクス!!!」

 

 

 

ボディダメージのせいかろくにきかない足で放たれた赤い槍。

避けられない、殲撃でも相殺しきれない、喰らえば死ぬ。

 

なら…

 

 

両腕を大きく開く。そして…

 

 

 

「く…っぁああああああ!!!!!」

 

 

 

眼前で、開いた手を閉じるようにして槍を捕らえた。

ぶっつけ本番の、両の手同時の全力の殲撃。

 

片手じゃ相殺できないだろう赤い槍は、挟み込むように放った二発の殲撃で砕け…散…

 

 

 

Side~ディアーチェ

 

 

 

「…ひやひやさせおって。」

 

事故じゃすまんレベルの攻撃だったため悪態をついてみるものの、それよりも倒れたエレミアの方が恐ろしかった。

…エンシェントマトリクスを、それも、今のユーリの全出力で放たれたそれを、相殺するか。

 

全ての命は価値を持たない、とまで言われるらしい黒のエレミアだが、ここまで行くとそれも納得だ。

 

そんな力を使った割に、当人は仰向けに転がって気持ちよさそうに眠りについている。

力を使いきったらしい。ダメージも緊張感も半端じゃないし、無理も無かったろうがな。

 

「ね、ねぇディアーチェさん。ユーリさんが駄目ならディアーチェさんと試合したら駄目?」

「む?」

 

妙な提案をしてくる小娘を見れば、何か目を輝かせてうずうずしていた。

収まりつかんのかこのバトルジャンキーめ。

 

「あ、あの…私もディアーチェに教わりたいです…通常出力に制限かけたので大丈夫ですよね?」

 

突っぱねようと思った段階で、あろうことかユーリまでそんなことを言い出す。

 

「えー!ユーリさん今戦ったばっかりじゃないですか!」

「あまりディアーチェは付き合ってくれなくて…ヴィヴィオさんはコーチやお母さんがいるでしょう?」

「皆お仕事で暇じゃないですよ!」

「別にディアーチェ達が暇という訳でも」

 

キリの無い口論を繰り返す二人の子供。

ええいまったく面倒な…

 

 

 

「黙れ身の程知らず共!!まとめて相手にしてやるからかかって来い!!!」

 

 

 

暗黒甲冑を展開、杖を突きつけ宣言すると、二人が目を合わせ、頷きあって、同時に我を見る。

 

…あ、やばいかこれは?

直後、それでいいならと言わんばかりに揃って襲い掛かってきた。

 

 

 

 

 

 

「…で、デアボリック・エミッション・ドールズシフトまで使って帰って来れなくなった…と。」

「あ、あからさまに呆れておらんと…さっさと連れて行け…」

 

結局、かろうじて二人を昏倒させることが出来たものの、限界ぎりぎりまで戦ってしまって身動き取れなくなった我は、通信でリライヴを呼ぶ羽目になった。

 

リライヴは視線を我から外し、一点を見る。

 

「…とりあえず、彼女に渡すお詫びの代金は全部ディアーチェの小遣いからでいいね。」

 

言われて視線を移すと、疲れきって眠っていたエレミアを魔法戦に巻き込んでいたらしく、妙な姿勢とボロボロで端切れしか残っていない防護服で転がっているエレミアの姿があった。

 

魔力ダメージでやってたから死んではいない筈だが…

 

さすがに開き直れず、我は首を縦に振った。

 

 

 

ちなみに、起きたエレミアは気絶中の事で大して覚えておらず、例に漏れず高出力魔導師の一人として大喰らいらしく、結構な量の菓子を満足気に抱えて帰っていった。

 

これでも暇を奪われ子守についたと言うのに…理不尽だ、くそう。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

大量のお菓子と疲れきった身体で、ウチはヴィクターの家に来た。

中に案内されて、半分ほどを渡して出されたお茶と貰ったお菓子を摘む。

 

「…何かあったの?」

「あ、うん。そうなんやけど、分かる?」

「嬉しそうな悲しそうな、そんな顔してるわよ。雫絡み?」

 

雫ちゃんの話を聞いたときに近い気分で、エメラルドスイーツ製の菓子を持っていれば、そんな結論に至るのも無理は無いのかもしれない。

ちょっとだけ心配そうなヴィクター。

 

…ホントは、ユーリちゃんの事は誰にも話したらアカンことになっとって、ウチとあわせてくれたんも特例って言うか、そんな感じ。

 

けど、何と言うか、ヴィクターにだけは黙っておきたくない事が一つだけあった。

 

 

 

「…ごめん、負けてもうた。」

 

 

 

搾り出すような気持ちで言う。

これだけは、黙って隠しておきたなかったから。

 

顔を見ていられなくて目を閉じる。怒られるか、がっかりさせるか、悲しまれるか。

 

 

「馬鹿ね、全く。」

 

 

頭をゆっくりと撫でられ、思わず目を開く。

ヴィクターは、優しい笑顔だった。

 

「…泣いていいのよ。私にだけは話しに来てくれて嬉しかったわ。」

「あ…っ!!」

 

優しく撫でられてて頬を伝う感触に気付いて、慌ててテーブルに突っ伏した。

 

強くなろう、もっともっと…

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 




気兼ねなく遊ばせてあげたいなー…と思ったらこの組み合わせに。
舞台用意するだけでも一苦労ですが(苦笑)


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幕間・白い試金石

 

 

 

幕間・白い試金石

 

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

ヴィヴィに連絡を取り付けて、渋られたものの交渉の末機会を作って貰う事に。

 

月村雫と、ジークを倒したと言う世界最強の人との手合わせの機会を。

 

雫には返礼と意趣返しの意味があり、ジークを倒した人とやらは…仇討ちと言うといいすぎだけれど、放っても置けなかった。

 

人目につくとまずいらしく…なんと局の訓練施設を使わせて貰う事に。

大掛かりな準備に、自分で頼んだものの、ヴィヴィを頼ったのが少しだけ申し訳なくなった。

 

 

「それにしても…そろい踏みですわね。」

「あはは…」

 

 

インターミドルでチームナカジマと言っていたメンバーが勢揃いしていた。

ヴィヴィがつれてきたのだろうけど、アインハルトも一緒だったのは少し意外だったかもしれない。

 

「雷帝の力、存分に見せて貰います。頑張ってください。」

「言われるまでもありませんわ。」

 

せっかくなので軽く歓談をかわしつつ、雫たちの到着を待つ。

 

すると、現れたのはあまりに意外な人物だった。

 

雫がいたのはいい、けれど…

彼女に寄り添うようにして歩いてくる女性は…

 

「どうかしましたか?」

「え?あ、いえ…」

 

アインハルトに尋ねられ、生返事でとぼけてしまう。

…ヴィヴィは間違いなく知っているのだろうけれど、他の皆が知っているとは思えない、いや、その筈が無い。

 

噂程度に聞いていた、歴代最強と謳われている都市伝説、『白い堕天使』リライヴ。

一応わずかに入手できた映像で人となりは遠目に知っていたけれど…何故彼女がこんなところに?

普段着すら明るく柄の無い物が好きなのか、特徴の薄い淡い桜色の服に水色のケープを纏っている。

…黒一色男物近い雫より余程いいけれど。あの娘、黒しか持ってないんだろうか?

 

「まずは…ごめんね。ジークリンデを倒したって言うのは私じゃないんだけど、その娘、滅多な事で人に会わせられないの。二回も三回もあんなの戦わせられるか!って上の人に怒られちゃって。」

 

そう言って深々と頭を下げる彼女。

歴史に残るレベルの『犯罪者』と聞いているけれど、噂通りと言うべきか、悪い人間に値する人ではないらしい。

作ったものでない謝罪の念を感じて少々面食らう。

 

「それで、試金石もかねて私が。満足はさせられるだろうし、もし私に勝ったらあわせてあげていいって事になってるから。」

「なるほど…」

 

ジークの場合は、雫が約束を取り付けて、しかも見事にインターミドルに優勝したっていう実績がある。

もし本物に会いたければ、相応のものを示せ。と言う事か。納得のいく話だ。

 

「ではまず雫から…」

「まだそんなこと言ってるの?貴女、気付いているんでしょう。私に負けた後で彼女に勝てる気でいるの?」

 

睨む、と言うよりはむしろ呆れ混じりの雫の言葉に苛立つも、言葉を呑まざるを得なかった。

もし彼女が本当に本物なら、全力で行ったって勝負にもならない程の差があるはず。

 

元々、雫とジークを倒した娘を一日に相手しようと言う時点で、確かに自惚れですわね。

…最も、何故か私が雫に負ける前提になっている所は訂正させたいけれど。

 

「では…」

「うん、セットアップ!」

 

前置きはもういい、互いに防護服を装備し、武器を…

 

武器…を?

 

「…デバイスは?」

「必要なら。」

 

微笑んで告げる真っ白な女性は、何も手にしていなかった。

白い堕天使の名にふさわしく、白い髪に純白のドレス。

 

 

怒ろうかとも思った。が…

 

 

涼しげに立つ彼女相手に、それが出来なかった。

 

威圧感も無い、微笑んでさえいる。

 

『彼女の微笑みを曇らす事も―』

 

重々しく告げられた、アインハルトの過去を思い出す。

届かない、そんな気がして…

 

「っはぁ!!!」

 

振り払うために、初手から全力で戦斧を振るった。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

打ち下ろしの一撃を手で弾くも、纏った雷に触れたせいか、一瞬動きを止める白い女性。

ヴィクターさんは、間髪いれずに斧を横に薙いだ。

手で受けた白い女性は…

 

吹っ飛ばされた先で地面を転がる事も無く空中で回転して姿勢を立て直した。

 

「凄いね、下手に触れないや。」

 

笑顔でヴィクターさんを褒める女性。

けれど、正直…よく言う、と思った。

 

吹っ飛ばされた。と言えば、攻めているヴィクターさんの方が状況がいいように聞こえるが、彼女は斧を白刃取りで掴んで押し飛ばされたのだ。しかも、あわせて後方に跳躍もしている。

 

防御で受けて吹っ飛んだのではない、完全に見切ってないと出来ない芸当だ。

 

「ねぇ、あの人って…」

「うん、やっぱり…」

 

リオさんとコロナさんが、ヴィヴィオさんを見て小声で話しかける。

ヴィヴィオさんは、二人の追及に首を横に振った。

 

違うと言いたいのか、名前を挙げてはいけないのか、どちらにしてもまともな自己紹介もすまないまま試合になった以上、普通の人ではないのだろう。

 

見たところ特別魔力量も多くないようだけれど、あの技量なら…?

 

 

「まさか…」

 

 

白い女性の指先に灯る光、展開される様々な色の魔力弾。何よりその…

 

渦を描くような魔力弾の配置。

 

「ゲヴェイア・クーゲル…だっけ?」

「な…ふざっ…」

「ファイア!」

 

女性の掛け声と共に、いつか見た弾幕が一斉にヴィクターさんに放たれた。

面食らった様子のヴィクターさん、けれど、チャンピオンと親しく少々気性の激しい彼女は、むしろ形相を浮かべて弾幕を凌いだ。

 

けど、防いだヴィクターさんに接近した女性は、そのままヴィクターさんの足を掴んで投げる。

 

「っ…軽い!!」

 

背中からまともに落ちたものの、女性の出力がそこまででもないからか、ヴィクターさんはそのまま低姿勢で足元を薙ぐように斧を振るった。

後転とびで回避した女性は、左手で…

 

 

 

「ガイスト・クヴァール。」

 

 

 

殲撃を放った。

出力が低かったためかどうにかこらえたヴィクターさんだったが、それでも受けたデバイスがビリビリと振動し、抜けた衝撃で鎧にひびが入っている。

 

本物…だ…

 

「様々な技を使う事ができる特殊能力を持った人と戦った、とある偉い人が言った言葉があります。」

 

驚きに硬直する私達に視線を向けて微笑んだ女性は…

 

 

「『その程度素で出来る』…ってね。皆も王家の人達に気が引ける必要ないから頑張ってね。」

 

 

そう言ってウインクしてみせた。

冗談じゃない、チャンピオンの技をそんな理由であっさり使われて

 

 

「…舐めた…真似を!!!」

 

 

たまるか、そう思ったのと同時に、恐ろしいほど低い声が響いた。

私の感想は驚きだったのだけれど、ヴィクターさんは同じ理由で怒りを覚えたらしい。

 

ヴィクターさんには悪いけれど、正直少し怖かった。

 

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

…魔力光は一人一つ、様々な色になっていたのは、わざわざ自分で彩色工程をはさんだから。

人の技を使うだけならまだしも、そこまでなんでもないことのようにやるかこの…っ!

 

 

「外式『破城槌』!!!」

 

 

告げると同時、斧の柄を地面に叩きつける。

直後、地面に雷光がほとばしって大きく砕けて裂けた。

 

これで新地よりは動きにくくなったはず。

 

「っとと。」

「ちょこまか動いて偉そうな事を!この一撃で…!?」

 

着地位置で私に向けて手を翳す彼女。

バインドかと警戒して…

 

 

「スペースインパクト。」

 

 

目の前で爆発が起きた。

 

「ぐ…っ…」

 

空間爆撃魔法!?

遠隔発生砲撃魔法も存在する以上、出来ない諸行ではないんでしょうけど…でたらめな!

 

 

「っざ…かしい!!!」

 

 

私は、ダメージを無視して無理矢理技を振り切った。

 

 

百式『神雷』。手加減無しの広域殲滅攻撃。

 

 

捉えれば、それで倒しきれなくとも痺れの効果を残せる。

少なくとも、ああも借り物の技で好き放題される事はないだろう。

 

が…

 

「高速…移動…」

「ふぅ…っ、結構危なかったよ。」

 

高速移動でも『範囲外には』逃げられないと予測したものの、彼女は雷撃の流れでも予測したのか、周囲の壊れ方の少ない場所で防御魔法を展開していた。

指向性の強い射砲ではなく、変換した雷で周囲を埋める技であるためかは知らないが…雷の流れを読みきるなんて最早人間技じゃない、感だとでも言うつもり?

 

届く気がしない。

こんな人を『試金石』扱いで出すような人と…ジークは…

 

 

『…ごめん、負けてもうた。』

 

 

目を伏せたジークの姿を思い出し、気力を取り戻す。

そう簡単に…折れてたまるものですか!!!

 

「っ!」

 

四式『瞬光』。

飛び込んで雷を纏った突きを放つ。

私の背側に穂先を通り過ぎるように踏み込んできた彼女。

 

っ…まだだ!

 

「外式『天道・水月』!」

 

アクア相手の時は、完全に背後に到達されたが、彼女の位置は脇腹を叩けるような位置。

半回転、所か300度近く回転する事になるが…

その分遠心力を込めた一撃になる、と、躊躇う事無く振り切った。

 

 

 

 

生身ではない、硬い感触。

小太刀よりも更に短いナイフが、私の斬撃を止めていた。

 

 

 

 

「お見事。」

 

 

 

 

楽しげに呟いた彼女が、ナイフ状のデバイスを握る手を動かしたように見えた次の瞬間、私の意識は切れた。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「あ、あのっ!剣!剣っ!!」

「あ、しまったつい。」

 

思わず焦って声をかける。

デバイスを展開するまではともかく、いつもの透明の剣を展開してしまっていたから。

射撃の時にはわざわざ彩色していたのに…

 

「…わざとでしょう?そこまでしなくても倒せたのに。」

「殲撃に魔力を使いすぎちゃって。アレを今使うのはちょっときついね。」

 

雫さんの言葉にも笑いながら防護服とデバイスを解除するリライヴさん。

簡単に言うけれど、今じゃなければ連発できるんだろうか?あの空間爆撃といい、デタラメな人だ。

 

「王族が上位に食い込んでるからわざわざ選んでエレミアの技使ったんでしょう?怖がるほど大したものじゃないって励ましたかったんでしょうけど、正直自慢ですって。」

『こういう事を無自覚でするのがマスターなのです。』

「い、いや、よくそう言う反応されるからさすがに最近は考えてるよ?ただ、そういうマイナス思考な娘はヴィヴィオの友達だし雫ぐらいだろうしいいかなーって。」

「だれがマイナス思考ですか!それに日常的に負けっぱなしじゃへらへら笑ってられませんって!」

 

家では割と明るいのか、怒鳴り気味で猛抗議する雫さんってちょっと新鮮な姿が見られる。

デバイスのイノセントにまで呆れ口調で話されるあたりは、変なところで抜けてるリライヴさんらしいというかなんと言うか…

 

「とにかく、ばらす気でそれ使ったなら…見ても分かってない人が仲間はずれになります。」

 

投げやりな口調で話した雫さんが指差した先では、アインハルトさんが置いてきぼりを食らったような顔で突っ立っていた。

 

この手の話題に詳しそうじゃないもんなぁ…無理もないか。

 

 

「ま、予想は皆でご自由に。それじゃ私はこれで」

「アインハルト、この白いの倒せば世界最強よ、年齢区分抜きで。」

「「え?」」

 

リライヴさんが帰ろうとした直後、雫さんが火種の一言を放つ。

アインハルトさんとリライヴさんの驚きの声が被る。

 

「ちょ、ちょっと雫?あの、殲撃ホントに消費が」

「見たい人ー。」

「「はーい。」」

 

狼狽するリライヴさんをあえてスルーする雫さん。

リオとコロナは素直に明るく手を上げて、私はリライヴさんにあれこれやらせるのがまずいんじゃないかとか色々考えながら…

 

結局おずおずと手を上げた。興味に逆らえなかった。

 

「…では、挑戦させていただきます。」

 

意を決したのか、アインハルトさんが武装形態をとる。

ここまで来て渋るほど付き合いが悪い人でもなく、リライヴさんもそれに答えるように戦闘態勢になった。

 

「どうしてアインハルトさんと?」

 

折角だからともう少し戦って貰うのはともかく、アインハルトさんを名指ししたのはなんでかと疑問を抱く。

流れ的にそうなったから、と言えばいいけど、名指ししたのは雫さんだ。

命がけになるくらいだし、いつの間にか仲良くなったんだろうか?

 

「世界最強に拘りがあるからよ。大体ヴィヴィオは全部知ってるんだからいつでも顔出せるでしょ?拗ねないの。」

「べっ…別に拗ねてないけど…」

 

拗ねていると言われてドキリとする。

本当に、アインハルトさんがリライヴさんと戦える事には拗ねてるわけじゃないはずなのに。

しばらく私の顔を見ていた雫さんは、ニヤリと笑うと私の頭を撫でる。

 

「お気に入りの先輩の隣も取っちゃったりしないからさ。」

「ぅ…」

 

言われて、そっちが原因だって自覚してしまう。

恥ずかしくなって一瞬俯いて…

 

 

 

スパァン!と、高い音が聞こえた。

 

 

 

「ふぅ…格闘型でよかった。」

 

音に目を開くと、アインハルトさんは尻餅をついて立てなくなっていた。

顎のあたりを押さえている所を見ると、平手で頭を揺らされたらしい。

 

「ノーダメージでホッとしてるところ見てると、なんだか無理にでも倒したくなるわね。」

 

雫さんの声に、皆でリライヴさんを見て…

 

 

「そ、それじゃっ!!!」

 

 

当のリライヴさんはダッシュで逃げた。

自分の魔法でもない殲撃を今の魔力値で使ったんだから、実際に疲れてはいたんだろうけど…なんだかなぁ。

なのはママ達とスバルさん達もにこやかに倒される感じだったみたいだし、何度思ったか知れないけれど、まだまだ大変だ。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




このクラスの人達、模擬戦やるにも大変そうな…


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第三十三話・未完のまま来るその時

 

 

 

第三十三話・未完のまま来るその時

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

毎日が本当楽しくて、すっごく変わった訳じゃないけれど、雫さんやアインハルトさんと会えていままでと見違えるように強くなれた気がして…

 

 

そんな気でいたのが自惚れだったのか、気分も何も関係なく無力だったのか。

 

 

 

 

私は今、誘拐されていた。

 

 

 

 

 

 

メインの通りから外れた日当たりのいいカフェで、インターミドル以来時々会うようになったアインハルトさんと雫さんと、三人でのんびりしていた。

普段はリオやコロナも一緒なんだけど、ミカヤさんやヴィクターさんと用事だって事でたまたま三人で。

 

 

 

雫さんがお手洗いで席を外して、そして…

 

 

一瞬だった。

 

 

狙撃気味に打ち込まれた機械から発生した強力なAMF、破壊しようにも魔力強化できない身体で金属の塊を破壊出来る訳もなく、AMF下にいる間に接近してきた車から何人か覆面の人が降りてきて、セミオートの銃を手に周囲の人に向けて『抵抗したら撃つ』と言われた。

 

その後、私とアインハルトさんは何も出来ず何かを考える間もなく車に連れ込まれた。

 

通信を弄る間なんて無くて、拘束具は車に押し込まれてから少しずつ増やされた。

そこまで念入りにしなくても、関節外すような真似なんて出来ないのに。

 

 

しばらくして、車は変形して海中に。

 

 

無い訳じゃないけど一般的なものじゃない、結構な機構だ。

 

 

「ふぅ…とりあえずはここまで来れば一安心か?」

「油断はすんなよ、今ん所追跡は無いが、管理局が動いたなら魔導師が出てこない訳がねぇ、あいつらが何するかなんざ分かったもんじゃないからな。」

 

前の席で会話する二人の声を聞き漏らさないように集中する。

うっかり漏らした言葉に隠された内容が、後で何かの役に立つ可能性だってあるから。

今更つかまった事を悔やんで俯いていても仕方ない、出来る限りの事をしないと…

 

「やっぱり強ぇ譲ちゃんだな、この状況で目が死んでねぇ。」

「何で私とアインハルトさんを?理由も聞いちゃ駄目ですか?」

「別に駄目って事はねぇな。」

 

隣で私達を見張っている人に質問を投げると、ちゃんと答えてくれた。

口調がちょっと乱暴だったけど、何故かそこまで悪い風に聞こえなかった。

 

ただ…

 

 

「高町なのはへの復讐だよ。」

 

 

たった一言だったけれど、その一言からだけは強い悪意を感じた。

 

「何故お母様への復讐でヴィヴィオさんに!卑怯な!」

「魔導師と直接当たる訳ねーだろ、そういうのは、正々堂々じゃ無くて『馬鹿』って言うんだよ。」

「…そうですね。」

 

怒るアインハルトさんを嘲笑うかのように放たれた言葉に、私は同意を示した。

下手に彼らを怒らせたくないと言う意図をアインハルトさんに伝えるためと…自分への戒めの為に。

 

『犯罪者や悲劇が、開始の合図くれると思ってるの?』

 

かつて雫さんに告げられ、否定できなかった事。

そんなもの、くれる訳が無い。だから、卑怯だろうと何だろうと対処できなきゃいけないんだ、護りたいなら。

だから、対処できずに捕まって、文句をいくら言ったって…虚しいだけ。

卑怯だとは思うけど、だからって対処できなくていいなんて事はない。

 

 

海中に入ってから数分で再び陸地に、そして地下施設の入り口のような場所に来た。

車から降ろされて、連行される。

 

施設にもAMFがかかっている上、拘束具には魔力錠。

とても力任せに引きちぎれる代物じゃなかった。

 

何階層も下った先の一室、金属で出来た重たそうな扉の中に押入れられると、質素なソファに並べて座らされた。

 

「こんな事をしてなんになると言うんですか…」

「言ったろ、復讐だって。」

「後先考えないにも程があります。私達がどうなるかはわかりませんが、この施設外で魔導師と戦えない貴女方が、管理局を敵にとって無事で済みませんよ?」

 

私がさっき止めたからか、怒るのではなく悲しそうな口調で話すアインハルトさん。

 

「後はねぇよ。」

「え?」

「捕まって、その後どうなるか…まぁ、ろくな事にならねぇ覚悟はしてる。」

 

捕まる前提でいるらしい。

捨て身で復讐なんていう彼らに、私はそれ以上何も言えなかった。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

「っ…」

 

ヴィヴィオ誘拐の報を聞いて、即座に仕事場から離れ教会と通信を繋ぐ。

直後、犯人から連絡が届いた。

 

『こっちからの要求を簡潔に伝えさせて貰う。高町なのは一人でここに来る事。それだけだ。』

 

堂々と通信を繋いで、自分達の座標まで送ってくる犯人達。ただ…

 

『言っとくが、ここにお探しの娘さんはいねぇ。要求を無視していきなり逮捕に来てもかまわねぇが…その時は、娘さんと引き換えだと思うんだな。』

「く…っ…」

 

当然ながら、そこに人質がいる訳も無かった。

聖王教会、旧ベルカ絡みの組織や団体にはある程度の目をつけていたものの、まさか『私』が狙いでヴィヴィオに手を出す人間がいるって言うのは想定外で、逃げ切られたらしい。

 

拘束されたヴィヴィオとアインハルトちゃんの映った写真と、何に使う気か考えたくもないドリルのような物が映った写真を手に笑う誘拐犯。

 

『30分以内に削り始める。すぐには死なねぇだろうが、急ぐんだな。』

「無茶な!」

『作戦とか考えずに準備すりゃ間に合うだろ?手続きの時間稼ぎはそっちの都合だ、聖王様が大事なら何でも頑張んだな!ははははは!』 

 

笑い声を最後にブツリと通信が途切れた。

 

「いきます。」

『なのはさん!?』

「いかせてください。」

 

今回はゆりかごの時のように作戦次第で世界がどうのという事は無い。

まして、ただ私を名指ししている上に、ヴィヴィオは単に娘ってだけじゃなくて聖王縁の娘。私一人引き換えに安全が確保できるなら局としても問題は無い。

 

『落ち着いて』

「落ち着く時間を作らないための時間指定です。」

『貴女が行って確実にヴィヴィオが開放される保障はないんですよ?』

「私次第でヴィヴィオが確実に危険になるなら、行く意味はあります。指定時間ぎりぎりに行くようにはします、行かせてください。」

 

私が行けば、少なくとも時間稼ぎにはなる。

それに、見失った相手を数分で探すなんていくらなんでも無理な芸当だ。

 

ヴィヴィオを見捨てる気はない。

 

今すぐにでも出ようと思い…

 

『メールです。』

「今そんな場合じゃ…っ!?」

 

呑気にメールとか言い出すレイジングハートに苛立ちをぶつけそうになって、送信者に気付いて飛びつくように開く。

 

 

速攻で助ける。高町速人。

 

 

…また頼りきり…か。

 

『どうしました?』

「ぎりぎりで出ます、助かったら連絡が入ると思うので。」

『…なるほど、彼らですか。』

 

押し殺していた焦燥感は薄れていた。代わりに、疑問が一つ。

写真にはヴィヴィオとアインハルトちゃんの姿があったけど、雫ちゃんの姿が無かった。

無事だといいんだけど…

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

こんな事態になって、ヴィヴィオさんの方が冷静だと言う事実に軽く打ちひしがれた。

あくまで冷静に話しかけたり周囲の状況を見たり、出来るだけの事をしようとするヴィヴィオさんに沿って、私も出来るだけ冷静に勤める。

動けない以上、暴れてもいい事は無い。

 

 

そうこうして部屋に押し込められたところで、私達を連れてきた人と入れ替わるように小汚い人が部屋に入る。

顔が赤黒く、昼から飲酒でもしているようにみえる。

 

彼はいきなり私の胸元に手を伸ばしてきて…

 

「っ!」

「あで!」

 

腕はともかく、椅子に完全固定されているわけではないので頭突きを顔面に叩き込む。さすがに黙ってはいられなかったから。

 

が…

 

 

「っああぁぁぁっ!!!」

 

 

直後、意識がはねた。

ヴィヴィオさんの声が遠く聞こえた気がする状態で地面を転がる。

 

…スタンガン。

 

「お前さんはオマケだしな、手を出そうが知ったこっちゃねぇ。おとなしくしてりゃこれ以上痛い目見ずに済ませてやるよ、出来るだけな。」

「ぅ…く…」

 

普段ならいざ知らず、拘束状態で魔力も使えないとあっては頭突き程度で成人男性を気絶させられなかった。

しかも、こんな大それた事に加わるだけあってと評価するべきか、地味に鍛えてはいるらしい。

 

「何かするなら私がします、関係ないならアインハルトさんは見逃してください。」

「な…」

 

ヴィヴィオさんがとんでもないことを言い出して、私は何かしないとと思うも、麻痺した身体はすぐには満足に動いてくれなかった。

簡単に椅子と拘束されるだけで動けなくなった私の目の前で、彼は刃物を取り出してヴィヴィオさんの服を掴むと…

 

 

 

天井から…通気口から降りてきた影に首を強打されて倒れた。

 

 

 

 

「叫ばないでよ、ばれるから。」

 

 

 

 

そこには、完全武装をした雫さんの姿があった。

ヴィヴィオさんが何もされずに済んだのだからよかったのに、何故か素直に浮かなかった。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

 

ああもう、どうして私はこうも…

思い上がってるのか甘いのか、自分で自分が嫌になる。

 

誘拐されたのだから、人質か実験か、とにかく即座に殺される訳じゃない。

私が単独で見張ってたって守りきってAMF範囲外まで離脱できる確率がそこまで高くない以上、殺されたりしないならおとなしく見ているべきだったのに…

 

泣きそうなのをいっぱいいっぱいこらえて無理してるヴィヴィオを見て、我慢できずに飛び出してしまった。

これで誰か死なせたら私のせいだ。

 

「し、雫さん、どうやって?」

「車の去り際にサイドミラーに映らない後部にへばりついてきた。」

 

呆然とする二人を殆ど無視して、私は刀を振るって二人の拘束を解く。

分かってたけど、おかげさまで消耗が激しすぎる。ただでさえ負荷が大きいのに、海中まで通られたから、本当死ぬ所だった。

乗り込んですぐふらついてるような状態で、施設一つから足手まとい二人も抱えて逃げられる訳が無い。せめてAMF範囲外に抜けないと…どう準備したのか知らないけど、手持ちの機器で計測する限りゆりかご級だし、ここじゃ魔導師は全員ただの人間だ。

刃物程度ならともかく、銃持ち出されたらそれだけで殺される。

 

「見張りの交代が来るまでに伝えとく事があるから黙って聞いて。」

 

時間も無く、ここは敵地。

幸いカメラの類も無く、魔法も使えない環境という事は遠隔地から覗く事が出来ないという事でもある。

見張りを倒した以上、すぐには騒ぎにはならない。

 

「一つ、私達の勝利条件はAMF範囲外への脱出か、管理局のエースまたは家の人の誰かの到着。」

 

突破か時間稼ぎ。

敵地なのに時間を稼ぐってのも妙な話だけど、AMFに上手く対処できる局のエースがすぐ来るかはともかく、家の人なら誰が来てもほぼ助かったも同然だ。私達が捕まってなければ。

だから半人前未満の私がでしゃばるべきじゃなかったんだけど…繰り返しても無駄な事と首を振る。反省も後悔も後だ。

 

途中海を挟んだけど、それまでの道の所々に髪を抜いて撒いてきたから、アクアが手伝ってくれるならインフィニティーアナライザーで経路予測も立てられるはず。

 

「時間稼ぎは見張りの交代がくるまで。そこからは突破を試みる。襲撃や施設の発見を警戒してるはずだから、出たら突っ走ったほうがいい。」

 

通路には各所にカメラが設置されてた。

ここに無いのはまぁ…さっきみたいなのを見張りついでに映像で流したくなかったからだろう。

カメラを破壊したところで、侵入者がいることは分かってしまう、出たら突っ切るしかない。

 

「もう一つ…二人はAMF外行くまではなにがあっても戦うな、最悪もう一回捕まっても。」

「それは…」

「死んだら終わりなの。おとなしくしてれば、生かしておく価値がある間は生きてられる。プライドのが大事だって言うなら今ここで微塵切りにしてあげるけど?」

 

何か言おうとしたアインハルトを封殺するようにつげ、刀に手をかける。

 

別に怒ったわけじゃない。

実際お姫様とかならたまに国の誇りか何か知らないが自害するとも聞く。

微塵切りなら死体も下手に扱われないはずだ。

 

ただ…それより大事な目的が生きてちゃんとあるはずの二人には癇癪おこして死んで欲しくないだけだ。

 

二人は殺し合いがどうのと学習してる訳も無いから、下手な事をさせるわけには行かない。

目の前で味方が死んだ時、興奮状態の奴がいたら人質とか忘れて殺しにかかってくる可能性だってある。

一方で、乱戦の中生身の人間相手にそれなりに出来る二人がいい感じの一撃を入れて、高所から叩き落したりすれば…何の覚悟もできてないまま手を汚させる事になる。相手も魔導師じゃないんだから。

 

半人前の私だって軽はずみに覚悟は出来てるなんて吐いちゃいけないことなのに、二人に関わらせるわけにはいかない。

 

殺すの殺されるのは競技者には無縁でいい、ここは私達の領分だ。

 

「…分かりました、戦いません。」

「はい。」

 

重々しい空気の中二人が返事をくれたのにホッとして、最後に移る。

 

「最後に…これ、絶対黙ってて。」

「え?あ、あの…」

 

ヴィヴィオに近づいて、キスをするように顎を上げると、さすがに動揺したのか目を瞬かせる。

私は、そんなヴィヴィオの首筋に噛み付いた。

 

「っぇ?」

「な、何を!?」

 

異常行動。

端から見ればそう見えるのは当然で、止めに入ろうとするアインハルトを手で制す。

 

あ、普通の味じゃない。やっぱりベルカ王族って何かあるんだな。専用の特殊能力とかあるくらいだし。

 

怪我でもない疲労の回復だ、献血より多い程度ですんだか。

 

「ふぅ…」

「あ、あの…雫…さん?」

 

助けに来た友人に急所を噛まれ、しかも血を飲まれたとあってはいくらヴィヴィオでも困惑するのは無理も無い。

けど、のんびりしてる暇は無い。

 

手を握る、開く、握る、開く。…うん、大丈夫だ。力は戻ってきた。

しっかり休んでないから全快には至らないけど、十分だ。

 

「…私、一般で言う吸血鬼なの。正確には色々違うけど、血で色々と回復できるのよ。」

 

怪我なんかも並を軽く上回る回復させられるし、洗脳含めた力だって多用するなら必要だ。

 

「散々魔導師を化物扱いしておいて本人コレだもの、幻滅したかもしれないけど…その辺の小言は上手く帰れたらにしてくれると嬉しい。」

「言いませんよ。」

 

きっぱりと告げたのは、アインハルトだった。

ヴィヴィオも、血を抜かれている身で頷く。

 

「雫さんが普通の身体の強度で、力で技術を駆使して戦ってた事はちゃんと知ってます。治る身体だからって無茶はしないで欲しいですけど…雫さんはちゃんと凄いです。」

 

身体能力も当然高いけど…こっちはあくまで人間の範疇。別に妖怪のように人間と桁外れに違うものじゃない。

…なんだけど、それを理由にすんなり怒らずにいられるとは。

まったく、こっちは魔導師にやりきれない気持ち抱えっぱなしだったっていうのに。

 

「アインハルト、貴女から血を飲まなかったのは、身体能力はどうしても年齢の大差が出るから、貴女がヴィヴィオを支えて逃げるほうがいいからよ。だから…繰り返すけど、下手なことはしないように。」

「はい。」

「よし、親戚頼むわよ。」

 

足音が向かってきている、そろそろ交代が来るのだろう。

 

改めて二人の顔を見て、覚悟を決める。

もうやるしかない、半端だろうがなんだろうが今戦えるのは私だけ。

護るんだ、この剣はそのためのものなんだから。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




ヴィータ等も重傷負ってますが…献血とか代え利くんでしょうか(苦笑)。


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第三十四話・開かれた扉

 

 

第三十四話・開かれた扉

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

金属の扉を前に、鞘に収めたままの刀を手に、突きの構えを取る。

あえて目を閉じ、外からの感覚に全神経を集中…

 

 

 

 

「はぁっ!!!」

 

 

 

 

高速長射程の刺突技、射抜。

虎切を使うつもりでとった距離を余裕で埋めて来た美由希さんのアレを使って、扉ごと外の交代を吹き飛ばす。

さすが母さん特別製の鞘だ、扉は変形して吹っ飛んでるのに罅も歪みもない。

 

と、妙に静かな二人の方に視線を向けると、二人は揃って口を開いて呆然としていた。

 

「行くぞ!」

「「は、はいっ!」」

 

呆ける理由は知らないが、少なくとも今はそんな場合じゃない。

一気に部屋を出て…

 

「左です!」

 

右に行こうとした所でアインハルトが逆だと叫ぶ。

そう言えば目隠しされて無かったわね…ルート覚えてるのか。

 

「案内して、ただ、別の方に向かったら私についてきて。」

「はい!」

 

一から十まで来た道帰るとさすがに罠くらい敷ける。

そこまで説明しなくても理由は分かってくれたのか、素直な返事が帰ってきた。

 

『人質が逃げたぞ!』

「有線放送とカメラか。」

 

ここまでの設備を準備しておいて、むしろ無いほうがお粗末だ。

ただ、この事態を想定していなかったのか作戦も何もなくまばらに人が来る。

設備の割にお粗末だな…

 

「な、何っ!?」

「何だこのガキ!?」

 

驚きつつも銃を抜く通路の二人に、撃たせる間もなく接近。

峰打ちで足の骨を折る。

 

銃は…いいか。

ヴィヴィオは射撃もできるかもしれないが、魔法とハンドガンでは勝手が違う上に、さすがに反動を受ける筋力もないはずだ。

 

「次は」

 

何か言いかけたアインハルトを片手で制す。

曲がり角を曲がった先に人がいる。

こっちに来てないあたり、出待ちか。

 

上着を脱いで、手にしたまま飛び出す。

直後、二人がかりで射撃。

 

斜め横に跳躍して回避、壁を蹴って接近するも距離を埋める前に次が向かってくる。

想定済み。

手にした上着を振るって弾を受け、左手の刀を投げる。

一人の足に突き刺さったそれを抜くことなく、もう一人が銃で殴りかかってきたので手首を殴り返す。

 

うめき声を上げて後ずさりした男の足を容赦なく踏み砕き、顎を掌で跳ね上げて昏倒させる。

 

「て、てめ」

「寝てて。」

 

足に刀が刺さったままでこっちに銃を向けようとしていたもう一人も昏倒させて刀を回収する。

 

「足ばっかりですね。」

「死なせず戦闘不能にするなら足が楽だから。」

 

ヴィヴィオの言葉に簡潔に答えると、ヴィヴィオが小さく笑みを見せた。

別に不殺の為に殺してないわけじゃないんだけど…まぁいいか。

 

「階段を上った先、右、左、真っ直ぐで広間です。そこを過ぎれば…」

「広間か…」

 

包囲や罠を用意するなら丁度いい場所だ。避けて通りたいが、今までのがハンドガンだったからってアサルト系統やマシンガンなんかを持ってる奴がいないとは限らない。

長い直線でそんなのに出くわしたらどうしようもない。広間ならまだ…いけるか?ヴィヴィオ達は撃てないだろうし…

 

「よし、とりあえずそっちに。」

 

告げて先陣を切って飛び出す。

階段の途中では、何でか大した事ないくせにトンファーなんて持ってる奴がいた。

その手の映画とか嵌まってるんだろうか、何か気が抜けそうだ。

 

無理にでも気を引き締めるよう心中で繰り返し、先を急いだ。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

力のほぼ全てを封じられ、生身となった今になって改めて…驚きしかなかった。

血を抜かれたヴィヴィオさんの手を引いているとはいえ、戦闘まで済ませて進んでいるのに、私達はほぼ止まらず雫さんを追わなければついていけなかった。

 

吸血鬼…と言うものの、伝承の化物のような違い方ではなく、あっても動物同士の組成の違い程度。下手をすれば、それすら大して違わない可能性すらある。

なのに…今やっている雫さんの真似は、生身では挑戦しようとも思わないような事ばかりだった。

 

普通の身体で、魔導師と…兵器と戦うという事が、どれだけの事なのか、こんな状態に陥ってようやく思い知る。

知っていたけど、分かってなかった。分かっていたつもりだった。

まるで聞きかじっただけで体験したかのようなつもりで話をするような、そんな程度の間の抜けた理解だった。

 

広間の扉に着くと、雫さんは刀を納めて一呼吸。

一気に扉を開いて広間に踏み入った。

 

甲高い音が聞こえると同時に開けた視界。その先にあったのは…

 

 

 

 

二足歩行駆動兵器だった。

 

 

 

 

雫さんの剣は関節部に綺麗に入ったのに、まるで通じた様子がない。

サングラスのようなモニターが色づいて、雫さんを視界に捉え…

 

右腕に取り付けられたブレードを振り上げた。

 

速い…魔力が上手く働いても厳しそうな相手だ。

 

「くっ…」

 

間一髪で回避した雫さんは再度斬りかかるが、胴の当たりに当たっただけで結局とまる。

直後、高速の横薙ぎ。

どうにか右の刀で防いだ雫さんは…勢いよく跳ね飛ばされた。

 

左の背中あたりから壁に叩きつけられ、壁に背を預けずるずるとすべる雫さん。

 

まずい…あれは意識が…

 

 

「くっ…はああぁぁぁっ!!」

「アインハルトさん!?」

 

 

考えている間は無かった。

トドメを差そうといわんばかりにブレードを振り上げ雫さんの方へ向き直った機体に向けて、全力で拳を叩き込む。

 

 

メキ…と、嫌な感触がした。

 

 

保護も何もなしで普通の人間が金属の塊を殴れば、拳が砕けるのは当然だった。

 

「っ…くっ!」

 

攻撃を仕掛けたとみなされたのか、私に向かってブレードを振り下ろしてくる機体。

なりふり構わずバックステップでかわすと、次いで後ろ回し蹴りが向かってきた。

 

並の機体じゃない、避けきれない…っ!

せめて防ごうと腕を交差させ…

 

 

 

 

意識がとんだ。

 

 

 

一瞬か長時間かはわからない。気付けばやわらかいものに抱えられていて…

 

「だ、大丈夫ですか…」

「っ、ヴィヴィオさ…っぷ…」

 

振り返って叫びかけて、吐血する。

まずい…内臓にまでダメージがある…

 

例の機体は、ヴィヴィオさんを殺傷しないよう設定されているのか、私達を捕捉しながらすぐに動こうとはせず…

 

 

「こっちだ。」

 

 

機体は声が聞こえたほうへとその頭部を動かした。私も釣られるように視線を動かし…

 

雫さんが立っていた。

 

 

ブレードを振り上げる機体、そしてそのまま突進から超高速の打ち下ろし。

 

 

脳天に向かったそれを、雫さんはすれ違うように回避して機体の胸部に斬撃を叩き込んだ。

チャンピオンの殲撃相手にやった、半身での回避攻撃の一種なんだろうけれど、関節部でも届かないのに一番強度が高い部分なんて斬れる訳が…

 

 

「装甲が厚いって事は、壊れちゃいけないものがある…って読み、当たって何よりだわ。」

 

 

言いつつ刀を納めた雫さんが此方に向かってくると、煙を吹き始めた機体はそのまま爆発音を内部から響かせながら炎上した。

 

ヴィヴィオさんの手を防御越しに斬った貫通斬撃…あれなら内部の精密機器やケーブルは斬れる。

ただ、重要機関を外し、普通の部分損傷で終わったら雫さんは間違いなく殺されていた。これは実戦なんだから。

こんな状況下で冷静な上に覚悟も凄い。

 

「…動ける?」

 

軽く身体を動かしてみる。

痛むが…すぐにどうこうという事はなさそうだ。

両腕が使い物にならないけれど、本来戦うなって言われているのだから足が動けばいい。

 

「すみません、大丈夫です。」

「ヴィヴィオは?」

「うん、大丈夫です。」

 

ヴィヴィオさんにも聞き出した雫さん。

嫌な予感がして振り返ると、表情を少し歪めていた。

…私を受け止めたせいで肋骨のどこかを折ったのか。

 

「…すみません。」

「反省会はキリがない、血を吐くダメージのアインハルトが一番危険だから早く外へ行こう。猫の力を借りれば怪我なら死にはしないでしょ。」

 

高濃度AMF内の為ただの機器と化しているティオとクリスは、一応私達の懐にある。

 

そうだ、今悔いている場合じゃない。

すぐに先に…

 

 

 

 

「こ、このクソガキドモガアアァァァァ!!!」

 

 

 

 

丁度進行予定の扉に視線を移した時、濁った怒声と共にその扉が開かれた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

唐突に扉が開かれ、絶望的な状況を悟る。

 

ヴィヴィオ達の様子を見るのに背を向けていて完全に出遅れた。

咄嗟に振り返るも、到底一歩で埋まらない距離。しかも刀を抜いてさえいない。

 

オマケに…私達に銃を向けた男の目は壊れていた。

 

ああなったのは一撃で…それも急所への直撃で殺さないと簡単には止まらない。

飛針の牽制なんかは痛覚がちゃんと伝わらず役に立たない。

 

 

 

「いくらしたと思ってんだクソオォォ!!!」

 

 

 

よだれを撒き散らし血走った目の男が私達に向けた銃は、アサルトライフルだった。

 

 

死ぬ。

 

 

私一人は避けながら距離をつめて致命傷を避けられるかもしれない。

でも…

 

 

 

 

背後のヴィヴィオとアインハルトは確実に死ぬ。

 

 

 

当たり所も何もない、今既に重傷と失血の二人が、射撃に晒されて無事で済むわけがない。

 

 

「ぁ―」

 

自分の口から声にならない声が漏れた気がした直後、銃口が光を放つ。

アレが素通りしたら間違いなく二人が…

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

 

 

 

踏み込みながら銃弾を右の居合い抜きで斬り払う。その間に3発の弾丸が追加。

直撃コースは一発、それを左の居合い抜きで斬りながら更に一歩。

 

今度は二発が直撃コース。けれど、後一歩。

 

二刀の鍔で弾を受け、同時に刀を手放す。

 

銃の発射口を右手で下から思いっきり跳ね上げ、左の拳を思いっきり鳩尾に叩き込んだ。

 

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

死んだと思った。

もうどうしようもないと思った。

魔法の使えない空間だし、たまたま丁度速人さん達がやってくる位の事でもない限り終わったと、そう思った。

 

 

魔法の使えない空間なんだ、そう。

 

だからありえない。

 

 

 

 

フルオートの銃の弾道を見切って私達に当たりそうなものだけ止めて瞬間移動する人間なんて。

 

 

 

胃が壊れたのか、殴られた男の人は思いっきり血を吐いて倒れる。

雫さんは拳を叩き込んだ体勢のままで動かない。

 

「…何…が?」

 

アインハルトさんが、絞りだすように声を出したけど、目の前で見ていたはずなのに現状が分かっていないみたいだ。

 

 

でも…私は、実は本当は知っていた。

 

 

身体が、心が叫んでた。『お前はコレを知っている』と。

 

戦闘魔導師になるにしたってルールーと同じ中後衛系統の資質なのに、格闘技を志して進めて来た理由。

 

なのはママより圧倒的に低い『力』の速人さんが、なのはママを護れる、夢みたいな力。

私はそれを知っている。

 

 

だから…その負荷も知っていた。

 

「し、雫さんっ!」

 

尻餅をつくようにして崩れ落ちる雫さんを見て、私は金縛りから解き放たれたように叫んでいた。

 

発動時間は一瞬に近いけれど、きっと途方も無い負荷と消耗のはず。

さっきの機体に強打されて無傷で済んでる訳がない雫さんが今あんなもの使って平気なわけが…

 

と、思って駆け出そうとしたけれど、私もそんな身体じゃなかった。

よろけながら必死で近づく。

 

「はぁ…っぷ…ぁ?え?」

 

アインハルトさんが内臓をやられているのに、思いっきり壁に叩きつけられた雫さんが無傷な訳ないとは思っていたけど、やっぱり血を飲み込んでごまかしていたらしい。

体裁も整えなくなったらしく口の端から血を零しながら何が起きたのか自分でも整理できてない雫さんに近づく。

 

「今…私…」

「し、雫さん、私の血を…まだ大丈夫ですから!」

「っ…それなら私が…」

 

正直今戦えるのは雫さんだけ。

それを分かってる私達は、身を削るくらいしか出来ない。

雫さんは私達を見て立ち上がり…

 

 

足音がばたばたと聞こえてきた。

 

「…そんな暇、無いわね。」

「っ…」

 

素手で構えを取る雫さん。おそらくは部屋に入ってきた一瞬が勝負だと思ってるんだろう。

けれど…もう雫さんだって動ける身体じゃ…

 

「ま、まて」

「無理!!」

 

扉の向こうから、聞きなれた声とともに打撃音が聞こえてきた。

次いですぐ扉が開く。

 

 

「悪い待たせた!大丈夫か?」

「は、速人さんっ!!」

 

私は思わず歓喜の声を上げる。

目の前で構えていた雫さんは、そのまま速人さんの顔を見上げ…

 

 

 

倒れた。

 

 

 

覚悟や何かの話になると、冷めてるような印象すら受けるくらいの雫さんが、安心したら倒れるくらい必死になってくれてたんだ…

そう思うと、なんだかとても強く胸を打たれた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




さらっと出てますが、忍やアリシアも作るほうで色々やってます。
雫の武装は恭也のつい(以下略)


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最終話・始まりの気持ちを手に

 

 

 

最終話・始まりの気持ちを手に

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

速人さんがまだそんなに忙しくなかった頃の一幕。

私は一歩も動かない速人さん相手に一太刀も浴びせられなかった。

 

「っ…手も足も出ないなんて…」

「そりゃ天下無敵のヒーローだからな。」

 

私は先人の軽い台詞に少しだけ疑問を持っていた。

こんな実力が軽口を吐く人間に身に付くわけがないのに…

 

「無敵無敵って、お父様やリライヴ相手だって危ないんでしょ?なんでそんな軽口ばっかり言うの?」

 

技量こそ尊敬するものだっただけに、剣に関わる事だけは厳しかったお父様相手に訓練されていた私は、そこだけはどうしても疑問だった。

かと言って軽いだなんだって未完の子供の私が注意みたいな真似できるわけも無くて、気になって聞いてみることしか出来なかった。

はぐらかされるかなーとも思ったんだけど…

 

「言霊、って知ってるか?」

 

意外にも、速人さんは真面目に答えてくれた。

 

「こと…だま?」

「言葉には力がありますよ、って事だよ。」

 

子供の私でも分かる、言っててそうなるのなら苦労なんてしない。

そんなの嘘っぱちだと思って…

 

「言葉の意味を知っていれば、それを具体的にはっきり想い描く事が出来る。繰り返していれば、身体に染み入るように入る。」

 

否定できない事があった。

 

繰り返して、染み込んで来る。

 

剣も、考えて振っていたんじゃ戦闘で使えない。

だから、基本の斬も、ひたすらひたすら繰り返す。

毎日毎日呆れるほどに、何も考えなくてもそうなるように。

 

「試しにお前も決めてみたらどうだ?自分の在りたい形をさ。私はお父様より強いんだーとか。」

「それ、余計悲しくなりそう。」

 

私の返事に苦笑する速人さんを横目に、私は自分の手を見る。

 

負けて負けて負けて、褒められる事もロクになくて、泣き言を言えば諦めさせられそうで…それでも、剣を諦めたくないのなら…

 

 

「私は…決して砕けない…」

 

 

その一念のみで、全ての苦難を堪え続け…あれから私は…未だに誰にも何にも届かないままで…

 

 

 

 

 

「死ねやあぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

血走った目の男が放った射撃が、ヴィヴィオとアインハルトを撃ち抜き視界が赤に染まった。

 

 

 

 

 

「っ!…ぐっ!?」

 

飛び起きて身体の痛みに呻く。

 

 

夢?なんて悪夢を…

 

 

ゆっくりと、何があったかを思い出す。

 

 

「こらこら、まだ寝てなさいって。」

 

聞こえてきた声に視線を移すと、ベッドの隣の椅子に母さんが座っていた。

 

「普通に病院に行く訳にもいかないし、シャマル先生に診て貰ったんだけど、大丈夫だって。」

 

私の身体なら大概どうにかなるし、それよりもっと大事な事がある。

 

「ヴィヴィオとアインハルトは?」

「二人とも無事よ。」

「犯人達に死人は?」

「一人完治に時間がかかりそうな人がいたけど、誰も死なずには済んでるわ。」

 

聞きたかった事に素直に答えてもらえて、私はようやく一息吐けた。

息を吐いて、ベッドに身を預ける。

 

「今日くらいは休んでおきなさい。まったく、冷たい振りしてる割に優しいんだから。」

「別に…」

 

横になった状態で頭を撫でられて顔を逸らす。

そんな褒められたものじゃない。

 

「それじゃ、恭也も後で来るからゆっくり休んでなさいね?」

「…うん。」

 

とりあえず、終わったんだ。

私は大きく息を吐いて目を閉じた。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

アインハルトちゃんのお見舞いを済ませ、雫ちゃんの部屋へと足を向けようとした時、速人お兄ちゃんと恭也お兄ちゃんにばったりあった。

私はお兄ちゃん達にお礼を言って謝る。

 

「ごめんね、ヴィヴィオの事で雫ちゃんに無茶させて。」

「お互い様だ。それに、コイツがとっととついていれば誰一人怪我なく済んだんだがな。」

「面目次第もございません。」

 

恭也お兄ちゃんの淡白な台詞にしゅんと肩を落とす速人お兄ちゃん。

けど、速人お兄ちゃんに落ち込まれたら私はどうすればいいのやら。

私の事でヴィヴィオが捕まって、挙句ヴィヴィオ救出に関してはろくな事ができなかった。

せいぜい後から速人お兄ちゃんの飛行を許可して報道規制かけたのと、私を呼び出した側の残りを逮捕出来ただけだ。

 

「アクアにも礼はしといてくれ。今回は正直アイツが笑いながら寝込むまでインフィニティーアナライザー使ってくれたおかげだ。」

 

20分もしないうちに海経由で逃亡した犯人の潜伏先を暴くなんて真似、あれが無かったら出来るわけがない。

勿論、それまでの逃走ルートから犯人達の思考を読む必要があったわけで、雫ちゃんが残してたと言う髪の毛が無かったらそれすら分からず難航していたらしい。

たまたま一緒にいただけとはいえ、雫ちゃんの力が無かったら今頃どうなってたか…

 

「所で、アインハルトちゃんから聞いた話だから、ちゃんとあってるか分からないんだけど…」

 

半信半疑のままだったけど、だったら尚更剣の師である恭也お兄ちゃんには伝えておく必要がある。

 

「雫ちゃんが…目の前で消えたって。」

「は?え?本当に?」

 

速人お兄ちゃんが目を瞬かせてそう聞いて、無理に笑わない限りポーカーフェイスが板についてる恭也お兄ちゃんすら目を丸くする。

身体強化が無いって言ったって目は自分のものだし、高速移動魔法相手ならともかく、普通の人間をアインハルトちゃんが見失うなんてありえない。

 

「それってやっぱり…」

「…しかないよなぁ。おいおい…アイツ自信なさそうだったのに一足飛びかよ。」

「別に褒められた話じゃない。だが…」

 

一人きつい事を言う恭也お兄ちゃん。けれど、その表情は珍しく笑顔だった。

 

「自分の危険を割り切るアイツが、ただ使えるようになるわけが無い。」

 

割り切る。

大人になるにつれて時に必要になる、心を切る行為。

ただそれは…過ぎれば蓋や足かせのように、先に進む可能性を断っていく。

 

負けたくないって強い気持ちが競技選手を体の限り立ち上がらせるように、雫ちゃんも…

 

「強くなるのに必要なもの…見つかったみたいだね。」

「らしいな。全く、兄さんが堅物でなけりゃこうまで時間もかからなかったろうに。」

「いつ何処で刀を振るうか分からん治安で、軽い気持ちで守るなどと喋らせておけるか。」

 

速人お兄ちゃんに横目で睨まれた恭也お兄ちゃんは、私達に目を合わせないままで言い訳のように話す。

 

Js事件からなにから、魔導師や組織が犯罪を犯すとどうしても大規模になってしまうこの世界で、雫ちゃんが巻き込まれない保障は無い。

その時、誰かを斬って笑いながら、護れたと手を叩いてはしゃいでいるような事があったらと心配になるのは分からなくもない。剣を手にするなら、恭也お兄ちゃんが甘いこといえる訳が無い。

 

とはいえ、その結果厳しすぎて、結構過酷な日常送って来た筈のアインハルトちゃんすら甘いだ何だと評価するようなきっつい娘になっちゃって。

嘘を教えた訳じゃないとはいえ、いたたまれない気持ちはあったみたいだ。

 

「この鬼は直りそうもないし、俺は俺で甘すぎるって思われてるからさ。お前から教えておいてやってくれ。」

「任されたよ。」

 

自信満々に胸を叩いて答えて見せる。…表層くらい。

 

今回私が出来た事は、ヴィヴィオ達が助かったと報告を受けて、呼び出された先にいた人たちを捕まえる位のことだけだった。

武装隊は調査班が見つけた場所に急行するような形で動くし、インフィニティーアナライザーで見つけた位だから、準備、指揮の必要な局員が先回りなんて出来ないのも無理ないんだけど…

 

うん、無茶しない程度に頑張ろう。

何度思ったか知れない誓いを新たに、私は雫ちゃんの病室へと足を向けた。

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

なのはさんが私の病室に顔を出す。

忙しいだろうに…

 

「ありがとね。ヴィヴィオを助けてくれて。」

 

笑顔のなのはさん。

その言葉があまりにも意外すぎて、私は俯きがちだった顔を勢いよく上げた。

 

「どうかした?」

 

私の反応が意外だったらしく、首を傾げるなのはさん。

あぁ…全くこの人は…本気で私の心配をしているのか…っ!!!

 

 

 

「何を呑気な事をっ!私はヴィヴィオ達を殺しかけたんだぞ!!!」

 

 

 

身を裂くように全身を包んでいた自責の念を、少しの怒りに乗せて叩きつけるように叫んでいた。

本職の…命を実際預かる管理局員が、気付いてないなんて馬鹿な事は有り得ない、あっていい筈が無い。

 

「半人前がいきがって、自分に夢見たいな力があるって勘違いして、そうして飛び出した結果、二人に怪我を負わせた。それだけじゃない、まぐれで切り抜けられたけど、ぼろぼろの状態で銃を向けられたあの時、私達は本当は殺されていた。おとなしく待っていれば助けがこれる状態になっていたのに!!」

 

思い上がりで失いかねなかった二人の顔を思い出すと、手先が震えてさえ来る。

大人で実際に命を預かる仕事についてる癖に、こんな事を注意もせずに感謝なんて馬鹿な事が何で…

 

 

「本当に?」

 

 

なのはさんから、静かに問いが投げかけられた。

目が据わってる…って訳でもないけれど、さっきまでの笑みは消え、私を真っ直ぐに見てくる。

両肩をつかまれ、顔が近づく。

 

「本当に調子に乗って剣を振ったの?戦いたくて?目立ちたくて?」

 

怒ってるって様子が無いのが、逆に怖かった。

特殊能力があるとかそんな訳じゃない筈なのに、心を見ようとしている瞳が見辛かった。

 

私は目を閉じて顔を背け、呟くように言う。

 

「命を背負える強さなんて無いくせにでしゃばった人間が、そうでなきゃなんだって言うの?」

 

溜息を吐きながら、私の肩に置いた手を離すなのはさん。

平手打ちでも飛んでくるかと思って目を開いて…

 

 

 

 

「守りたいもの…ありますか?」

 

 

 

 

優しい笑顔のなのはさんに、そんな質問を投げかけられた。

質問も、その優しげな表情も予想外すぎて、私は何も答えられなかった。

 

「はぁ…全くもう。」

 

呆れたような溜息を吐いたなのはさんに抱き寄せられて、頭を撫でられる。

ゆっくりと、壊れ物でも扱うかのように。

 

「強くなるのに必要なもの、それなんだ。雫ちゃん、自分で護る必要が全く無いほど周りが強い人たちばっかりだったし、勝手をするなって怒られて素直に聞いてきたから、ずっとなかったんだよ。」

 

お父様や速人さんや紫天の騎士の皆、そして、そんな皆がかなりの頻度で傍にいて、私なんか何一つ役に立てない半人前。

ちょっと鍛えてるからって思い上がらないように注意されて、それを素直に受け入れて…

 

そうしてきたからこそ、そう思ってきたからこそ、私が持てなかったもの。

 

「襲われそうだったヴィヴィオが放って置けなくて飛び出して、皆が死んじゃうと思って無我夢中で戦ったんでしょ?確かに雫ちゃんが動かなかったら命は確実に助かったかもしれないけれど、変わりに心と身体に癒えない傷が出来てたはず。私も多分…ね。」

 

頭から背中を撫でる優しい感触に、強張っていた身体や気持ちが安らいでいくのを感じる。

 

「だから…護ろうとして悪かったなんて言わないで。」

「…はい。」

 

銃を向けられ、二人が死ぬと思ったあの時感じた気持ちと、直後に出来た偉業の感覚。

その二つとも、はっきりと胸に焼き付いている。

 

 

何の為に剣を振るうのか。

 

 

今の今まで、私は剣士として大成だけを望み、それは、護りたいものを護れる力と言う『結果』だと思ってた。

 

 

決定的に、逆なんだ。

力を手にした者に成り上がり、持ってるから仕方なく護ってあげるんじゃない。

 

だからこそ強くなる為に必要なもの、護りたいもの。

その結果を得るために、『どれだけ強くなっても足りないかもしれない』と言う、際限なく強く前に進むためのもの。

 

頭の理解でなく、失うと言う気持ちを生で感じられた今になって初めて、怒るでも褒めるでもなく私を見ていたお父様やなのはさん達の気分が分かった気がした。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 




実際問題素人だと危ないは危ないんですが、雫は自信持たなきゃいけない方を目指して居る身なので控えすぎるのも…色々と匙加減って難しいですね(汗)


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エピローグ~大切なものを護れるように

 

 

 

エピローグ~大切なものを護れるように

 

 

 

Side~月村雫

 

 

 

一通りの治療も済んで、退院も済ませた翌日、私はヴィヴィオとアインハルトを呼び出していた。

人通りの少ない川沿い。丁度夕日が綺麗な時間だった。

 

結構早めについておいたのに、案の定と言うべきかすぐに顔を出す二人。

 

 

「こんばんは、雫さん。」

「…こんばんは。」

 

明るいヴィヴィオに軽く会釈をするアインハルト。

一騒ぎあっても相変わらず…少なくとも、相変わらずの体を保てるようで何よりだ。

 

「ま、大した用じゃない…かな?うん、多分…」

 

自分で言ってて、今更ながらに躊躇う。

あーもう、告白前の学生じゃないんだから、こんな所でどきどきしてなくてもいいのに…

…うん、理屈と感情がまるっきり別で機能してるのがよく分かる。頭で理屈こねても全然気が楽にならない。

 

「えーと…今までみたいに頻繁には、しばらく会えなくなる。」

 

告げた途端、ちょっとヴィヴィオの笑顔が驚きに変わる。

 

よかった…と、思ってしまった。

『そっか、またねー』なんて、本当に大したことじゃないように返されたら、地味にショックだから。

 

「見つかったのですか?強くなるのに必要なもの。」

 

アインハルトから出てきた質問はまぁ当然と言ったところだった。アインハルトとしては気になる所なのは間違いない。

 

口先で述べた言葉そのものより、抱いた気持ちの方が大事だから、なのはさんもお父様も言わなかったのだと分かっている今、少し教えるべきか迷った。

けれど、強くなるためにと独りになろうとし続けてきたアインハルトには教えておいたほうが機会が出来やすそうだ。

 

「守りたいものだって。抽象的なのじゃなくて、どうしようもないほど…ね。独りでいたら出来ないわけだわ。」

「ぁ…」

 

アインハルトがヴィヴィオを見て俯く。

なんだかんだ人から離れて修行、独りで修行とやってきたから、今更ながらに申し訳なくなったのかもしれない。

 

「私も…無理してたけどね、楽しかったの。簡単に友達だ何だって、言っていいと思ってなかったから。」

「え?」

 

二人の表情に不理解が混じる。

なりたいなりたくないで無く、名乗っていいと思わない。

そんなことを言うとは思わなかったんだろう。

 

「今回の一件、重傷者を出したのは聞いてる?」

「あ…でもそれは」

「故意、よ。私が望んだ事の為に私の力と意思を以って傷つけた人。そして、このまま進むなら、いつかきっと望んで人を殺す。」

「っ…」

 

反省する訳でもない殺人犯を友達ですなんて紹介させられないし、堂々と笑顔で握手を交わした手が実は血みどろだったなんて後から知るのも悲しい話だ。

 

「だからまぁ、ヴィヴィオに友達だなんて紹介された時も、本音を言えば凄く嬉しかったのに、言うに言えなかったんだ。」

 

隠していた心中を明かしつつ、私はポケットからアクセサリーを取り出す。

 

それは、二つに分かれた二刀のネックレス。

私がインターミドルに出るに当たって使っていた、速人さんの予備デバイス、カゲハ。

 

「それでその…もし私がそんな身だって知った上で、まだ友達だって言ってくれるなら…コレ、受け取ってくれないかなって。」

「これ…って、カゲハじゃないですか!」

 

デバイスと友達みたいに過ごしてる二人からすれば、意外なことなのかもしれない。

けれど、ちゃんと訳はある。

 

「この間の一件で中途半端に踏み込んじゃった場所にちゃんと辿り着かないと、半端なのが半端なままだと危ないから、家の修行地に篭もって修行する事になったんだ。」

 

聞いた話だと、私が一瞬踏み込んだ領域は、御神の扉の一つらしい。

辿り着いて、使えるようになって、使いこなせるようにならないと…半端な状態でうろうろする事になる。

 

勝手に変わったあの時、私は本気で消耗していた。怪我とか考慮しなくても。

使おうとして使えなくても、勝手に使って消耗しても、どっちでも危ない。

 

そういう事で、篭もってしばらく出られなくなる。速人さんですら半年かかったらしいし、私は1年以上見込む必要があるという事だった。

 

「だから、しばらく会えなくなるんだけど…そうなると、魔導競技や模擬戦にでも出なきゃ使われないカゲハはただの飾りになっちゃうから。二人とも格闘戦技使いだからいらないとは思うけど、それでも魔導師の手元にあったほうが…と思ってね。ただ、知らない人にあげるほど適当なものでもないし。だからその…」

 

友達であってくれるなら、持ってて欲しい。

 

恥ずかしいのか怖いのか、言い切る事が出来なかった。

剣を振るうときとは別なんだろうけど、ものすっごい緊張だ。今更ながら断られたらとか思うと。

 

私の掌に乗る二つに分かれたデバイス。それに手を重ねたヴィヴィオは…

握りこまずに私の目を見た。

 

「一つ約束してくれませんか?」

「何を?」

「確かに、雫さんが目指してる形にちゃんとなるなら、人を取り返しがつかないほど傷つけたり…殺してしまったり、きっとあるとは思います。けど、それでも…今回みたいにどうしても必要な時以外は、そういう事はしないって。」

 

真っ直ぐ私を見るヴィヴィオの目は、なのはさんを思い起こさせた。

全く、血縁何て関係なく継ぐものは継ぐんだな。

 

「無理を言ってるとは思います、雫さんが間違ってたって言う訳でもないです。でも…初めてあった時みたいにあちこちで傷つく人が出るのはやっぱり違うって思うから…」

「分かってる、それは今回思い知ったから。約束する。」

 

 

この問いに揺らぎを見せる訳には行かないと思って、真っ直ぐヴィヴィオの瞳を見て約束を交わす。

そうすると、ヴィヴィオは満面の笑みを見せて、その手にカゲハの片割れを握ってくれた。

 

 

護ろうとして悪かったなんて言わないで。

命や力を扱う事の重さ、その先の結果。それにばかり目が行き過ぎて、見ているようで見ていなかった人の気持ち。

ジークリンデにしろファビアにしろ、必須ってわけでもないのに結構無茶やって傷つけてきた。

正しければ何でもいいってものじゃない。

命と折り合いをつけるんだから下手に甘い事は言えないし出来ないけれど、一から十まで厳しくあればそれで護りたいものが護れるのかって言ったら、それはまた別の話だ。

 

今回だって、黙ってみてたら確実に助かった代わりにヴィヴィオはきっとトラウマものの傷を負う事になってた。そして、そんな心の傷、大事な人で無い限りさして気にも留めなかっただろう。

 

 

手に残ったもう一つ、それをアインハルトに向ける。

結構色々あったし、断られるかとも思ったけど…

 

「いつか、私が胸を張れる様になった時…再戦を。」

 

アインハルトから告げられたのは、そんな約束だった。

試合としては汚い手で倒して、その逆で満足行かなくて、インターミドルでも直接意趣返しできてないし、覇を以って和をなすって言えば、御神ほど裏方でないにしろ似たような願いではある。

ある意味、らしい約束だ。

 

「喜んで。負けてはあげられないけどね。」

 

戦えば勝つ御神の剣士にちゃんとなるなら、ここまでが私に出来る約束だった。

アインハルトはそれでもカゲハの片割れを受け取ってくれた。

 

「…それじゃ、またね。」

「「はい!」」

 

仲良く返事を返してくれた二人に手を振って、私は帰路に着いた。

 

 

 

修行内容の関係でしばらく地球に行く事になるため、家の皆に挨拶を済ませ、お父様と共に家を出る。

別に帰るって訳じゃないので、母さんはこっちで開発作業を続けるらしい。

どの道、ついて地球に来た所で修行地に一緒にはいられない。山奥じゃノエルの整備出来ないし。

 

 

「ただ刃を鍛えても修羅になるだけだ。」

 

剣や力に関しての話の時に、笑顔なんて見せる事は殆ど無いって言ってよかった。

けれど、そう言って私を見るお父様は、修行中見るような厳しいものでなくて…

 

「お前の大切なものの事、忘れるなよ。」

 

優しく微笑んで私の肩を軽く叩いた。

 

 

師として、尊敬すべき目標として、先に見ていたお父様。

けれど…大切なもの…か。

 

ヴィヴィオがなのはさんを護る気で進んでいると言うのなら…

私もいつか、お父様や速人さんを護れるほど強くなる。

思い上がりと避けていた事だけれど…出来るからではなく、大切だから。

 

進んでいこう、大切なものを護れる御神の剣士になる為に。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 




ただでさえ世の中離れ気味なのに山篭り。
10そこそこなのに仙人のようですね(汗)


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外話・鮮烈なる約束の拳(前編)

 

 

外話・鮮烈なる約束の拳(前編)

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

アインハルトさんが痛めたのは内臓だから色々調べなきゃいけないし、雫さんは…種族の話を伏せてる関係でかやっぱり別の部屋。

私は骨をちょっと痛めたけど、デリケートな部分のダメージがそんなにないから回復魔法をかけて貰ったうえで少し休んでる感じだ。

 

そうして分けられた病室で、私は一人で自分の掌を見つめていた。

 

「ヴィヴィオ!」

「…大丈夫?」

 

様子を見に来てくれたなのはママとフェイトママ。

私はどうにか笑顔を作って二人を見る。

 

「ごめんなさい、心配かけて。」

「そんなこと…無事でホントに良かったよ。」

「だね、無事でよかった。雫ちゃんにもお礼を言っておかないとね。」

 

謝る私を前に、怪我こそしたけど重大なことにならずに済んでよかったと笑顔を見せてくれる二人。

それだけならこんな事なんて…

 

「え?」

「ヴィヴィオ?」

「え、あ、ぅ…」

 

泣く事なんてなかったのに、雫さんの名前が出て、耐えられなくなってしまった。

 

「ねぇ…なのはママ…」

「な、なに?」

「雫さんが持ってない、強くなるのに必要なもの…私…持ってるんだよね?」

 

顔を見ていられくなって、俯いてしまう。

布団を握り締める手の甲に、涙がぽろぽろと零れ落ちた。

 

なのはママも、他の皆も、いままでちゃんと護れたから、きっといつかって、そう思ってた。思ってたけど…

 

 

「何も…何も出来なかった!」

 

 

俯いて目を閉じて叫んでいた。

 

「戦っている雫さんの力になる事も!足手まといにならない事も!ただ無事でいる事すら!!!」

 

本当に何も出来なかった。

誘拐され、戦う事も出来ず、銃も下手に回避できないため刀で防いだりする破目になって、挙句重傷を負ってよろよろと。

最後来てくれたのが速人さんだったから良かったようなものの、まだ残ってた犯人さんとかだったら…

 

 

「私は…どうすればよかったの?どうすれば…いいの?」

 

 

聞かずにいられなかった。

たまにしかあわない雫さんにアドバイス出来て、私には何も言わないなんて意地悪、わざとする理由が無い。

でも、わざとじゃないのなら…

 

 

「……ごめん。」

 

 

なのはママから返ってきたのは、予想通りの宣告だった。

言わないのではなく、言えない…無い。

私は横たわって布団に篭もる。これ以上話なんて出来なかった。

 

 

 

 

 

 

ママ達と気まずいままで終わった翌日、私は雫さんに呼び出されてカゲハの片割れを受け取った。

 

守りたいもの。

 

よりにもよって、それが強くなるのに必要なものだったと言う。

正直、自分でもよく雫さんが帰るまで我慢したと思う。

 

だって…今回手に入ったって事は…その守りたいものって…

 

「え、ヴィヴィオさん!?」

「ぁ…や、そのっ…」

 

涙がぼろぼろとこぼれてた。

だめ…泣くのやめないとアインハルトさんが困っ…

 

「っ!!」

 

唐突に、アインハルトさんに抱きしめられた。

やわらかい感じじゃなく、むしろアインハルトさんも強張って震えているようで…

 

「分かってます…私だって…同じなんですから…」

「アイ…ルト…ん…」

 

無力で捕まって、必死で助け出されて、足手まといで何も出来ず…

 

 

 

私達を守ろうと必死になった結果、雫さん一人本当に先に進んでしまった。

 

 

 

守りたくて、守れるようになりたくて。

なのに、大人達ならいざ知らず、命がけの戦いで友達に守られるだけになった。

 

 

 

 

 

「「っ…あああぁぁぁぁぁぁっ!!!」」

 

 

 

 

 

泣いた。

この上ないくらいに泣いた。

渡されたカゲハの片割れを握り締めて。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

 

AMF機器の狙撃に始まり、無手で機体を殴って砕けた拳。

それが、この事件の私の結末。

 

『無理ね、貴女は何も守れない。』

 

全力で守られた。

私達を守るために死力を尽くした友人を前に、敵を討つ、人を傷つける役も任せきりで、悪事の解決と言い訳にせず背負う人を前に。

 

何一つ出来なかった。

しかも、当の雫さんは、私達を守るために限界まで超えた。

最後見たアレは今までの雫さんに…と言うか、人に出来ていいことじゃなかった。

 

一気に突き放された。

 

ヴィヴィオさんに至っては、お母様の為の人質としてさらわれたのだ、そのショックは私より大きいはずだった。

だから泣いた。とにかく泣いて…

 

 

「アインハルトさん…そろそろ離して貰えると…」

 

 

ひとしきり済んだ後、今の構図に気付く。

 

一回り小さな友人を全力で抱きしめている私。

クラウスの記憶も相まって、私は大慌てで離れた挙句尻餅をついてしまった。

 

私の様子を見て硬直したヴィヴィオさんは、少しして口元を隠して肩を震わせる。

笑いをこらえている事に気付いて慌てて立ち上がってスカートをはたく。

 

「アインハルトさん、ちょっと提案があるんですけど。」

 

涙を拭って、いつもの少し強い意志を持った優しい瞳に戻ったヴィヴィオさん。

 

「雫さんに追いつく提案なら、いくらでも。」

 

私とヴィヴィオさんは、カゲハを握った拳を軽くぶつけて頷いた。

 

 

 

 

ヴィヴィオさんからの提案は、次の…来年のインターミドルまでを、先の2ヶ月のペースで修行しようと言うものだった。

もとより手抜きなどする気は無いし、ノーヴェさんが組んでくれたメニューに従っていた時のペースなら、体に不調が起きる可能性も低い。

私は二つ返事で了承したのだが、ヴィヴィオさんの方に問題が一つ。

かつてお母様が無茶をして大怪我をしているため、勝手にはやれないので許可を取る、とのことだった。

私の方は元々覇王流の鍛錬に関して苦情が出る謂れはなく、何の問題も無い。

 

 

目を閉じて、思い返す。

忘れられないし、忘れてたまるものか、と言う思いもあった。

 

AMFの結果機能していないデバイスには、当然記録できていなかったあの光景、雫さんが、目の前で消えて弾を切り裂いていったあの光景。

 

 

アレは生身の人間がとかでなく、人の器で出来ていい業ではなかった。少なくとも、私の知る限りでは。

 

私の知る限り…『覇王の記憶』を持つ私が知る限りを以ってしても…だ。

 

次会うのがいつになるのか分からないが、雫さんと並び、超えるつもりでいるのなら…並大抵の事ではすまない。

 

破ってみせる…必ず。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

「お願いしますっ!!」

 

ちょっと無茶の過ぎる提案だし、ノーヴェの力も借りられないとなると、記憶にあるメニューを状況に合わせて自分で弄らないといけない。

ノーヴェだって忙しいし。

 

だからまぁ…あんまりいい反応は期待できなかった。

顔を上げてみたなのはママは、優しい笑みこそ浮かべていたが、魔法の話をする真面目な瞳で…

 

「私が、ヴィヴィオが雫ちゃんに追いつく方法を答えられなかった理由なんだけどね。」

「それはその…ごめんなさい。」

 

追いつけないのは私が悪いだけで、そもそも捕まったのから迷惑かけっ放しな訳で。

なのに拗ねちゃったので謝ったけど…

 

「答えようがなかったんだ、私も…追いつけてないから。」

「ぁ…」

 

寂しそうに言ったなのはママに、さっきよりかえって悪い気分になった。

 

そうだ、答えられる訳が無い。

本来頼るべきじゃないのを知っていながら、速人さんに頼らなきゃいけなかったなのはママが、自力で超えたい人を超える方法なんて知ってたらとっくにやっている。

 

俯きかけた私の鼻を、指先で弾いて顔を上げさせるなのはママ。

 

「へぅ?」

「…だからね、色々試してみたいって言うなら止めないよ。」

 

そう言ったなのはママは、とっても嬉しそうだった。

 

「前に進もうって時に俯かないの。頑張って…頑張りすぎなら止めるから。」

「あはは…」

 

 

 

 

 

 

そうして…修行してく事になったんだけど…

全く黙ってるってわけには行かなくてノーヴェにもちゃんと話をしたら、忙しい中面倒を見るって買って出てくれて、リオやコロナにも、対戦相手はいたほうがいいだろうし二人だけずるいって二人まで一緒になった。

 

スパーの相手が必要って暇を見ては知り合いの参加選手やママ達が試合してくれて、ぼっこぼこにされてもへこんでる暇も無かったりして。

誘拐の一件から引きずって始めた事だからって生身でも訓練しようとしてママやノーヴェに怒られたり。

 

そんな日常を繰り返して…

 

 

 

 

インターミドルを迎えた。

 

 

 

 

「はあああぁぁぁっ!!!」

 

 

縮地にこそなってないものの、一歩で距離をつめてきたリボン選手に剣の間合いで連続攻撃を仕掛けられる。

 

秒間何閃なのか数えてみたくなるようなとんでもない速度の剣閃をどうにか捌きつづける。

セイクリッドディフェンダーのノリで防御意識さえ持って受ければ私でもノーダメージでガードできる威力の斬撃ではあるんだけど…この数だと両手ですらガードと回避に回り続ける破目になる。

 

「ここまで圧倒的な手数で勝ち進んできたリボン選手の斬撃の雨を前に防戦一方のヴィヴィオ選手!踏み込めば届く一歩が埋まらない!」

 

去年は雫さんに負けたリボン選手だけど、どれだけ鍛えたらそうなるのか剣の斬り返しが全く止まらない。

エリートクラス4回戦、彼女はここまでを殆ど瞬殺に近い形で済ませてきたんだ、強いに決まってる。

 

額を剣が切り裂く。よろけた私に向かって止まらず続いた一撃を…

 

 

 

弾き飛ばした。

 

 

 

「な…くっ!!」

 

武器を弾かれて、普通引きたくなるタイミング。

けれど、リボン選手はそれだとつめられると判断したのか、手刀で私を狙う。

 

凄いと素直に思った。けれど…

 

 

今の私が拳が届く距離で素手の剣士に負ける事は無かった。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

別会場の為映像で見ることになったヴィヴィオさんの戦い。

無事に勝利して見せたヴィヴィオさんの姿を見て、私は安心と敬意を覚えた。

 

防ぎきるもかわしきるも到底不可能事に近い数の斬撃に身を晒して、ほぼ全てを捌ききってたった1ラウンドで見切ったヴィヴィオさん。

見る限りリボン選手の剣は予選で済む戦力じゃない、それをああも軽く破れるなんて。さすがに並じゃない。

 

此方も油断は出来ない、先に進むためにここを乗り切らなければ。

 

 

「よぉ覇王っ子!調子いいみてぇだが、ここで終わりにしてやるぜ!!」

 

いつか会った通りの様相で現れたハリー選手。後押しするように響く声援が、彼女の立つ位置を示しているようにも見える。

 

 

丁度いい。

どの道以前のままでいるわけには行かなかったのだから。

 

私は静かに一礼だけすると、定位置につく。

 

「相っ変わらずっつーか、更にテンション低くねぇか?」

「すみません、こんな所で止まっている訳には行かないので、全力で先へ行かせていただきます。」

「へっ!やれるもんならやって見やがれ!」

 

さすがに何も言わないのもアレなので、宣言だけ済ませて構える。

 

 

「レディ・セット・ファイト!!!」

「ぶっとべぇっ!!!」

 

 

開幕直後からのハリー選手の代名詞、ガンブレイズ。

手加減抜きのそれに私は真正面から突っ込んだ。

 

 

「なんだ?あっけなく喰ら…なっ!?」

 

爆炎にさえぎられて姿なきまま聞こえてきていた声が驚きに変わる。

砲撃を直撃寸前に殴って、消すまでには至らないが凌いだのだ。

 

そして、そのまま無かったことのように接近。

 

「ちっ!」

 

去年晒しているからか、問答無用で延びてくる鎖、レッドホーク。

私はそれを右腕で絡めとりながら、更に距離をつめる。

 

「無茶苦茶だなおいくそ!!」

 

鎖がひっぱられ、張った瞬間に腕をすばやく強く引き腰へ。

鎖は引きちぎれ、私は打撃の体勢になる。

 

「戦車かテメェ!」

「はあっ!!!」

 

 

断空拳。

鎖を纏ったままの重さをのせた拳で、お構いなしに全力で拳を振るう。

思い切り鎖を引いた左手はガードに使えず、右腕でガードの体勢を…

 

とった腕ごとへし折って吹き飛ばした。

 

 

リング外へ吹っ飛んだハリー選手。だけど、あの耐えることで有名な彼女がコレで終わるはずも無い。

右腕は勿論、砲撃の余波で焼かれた身体に全身火傷のエミュレートが痛みを伝えてくるが…無視した。

 

こんなもの、『痛く』ない。

 

「っ…の、ざけんな、この程度で終わっかよ!」

「知っています。」

 

折れた右腕を押さえながら上がってくるハリー選手。そして、少しのやり取りの後試合再開の合図が聞こえ…

ちぎれた右腕の鎖が腕から離れ、身体ごと縛りにかかる。

 

「くたばりやが」

「破城槌!!」

 

身体に纏わりついた鎖を引きちぎりながら地面に左腕を叩きつける。

遠隔発生しかけた砲撃ごと、地面が砕け散った。

 

そして、砕けて小石状になったリングの破片を右手で掻き出すようにして、ハリー選手に向かって投げ放った。

散弾のように飛んでいったそれをガードするハリー選手。

 

そのガードの間だけあれば、十分だった。

 

飛び掛って、上から顔面に向けて左拳を振り下ろす。

叩きつけるように地面を転がったハリー選手は、そのまま動かなくなった。

 

 

「ありがとうございました。」

 

勝利宣言を受け、私は開始前同様に一礼だけしてリングを去る。

ヴィヴィオさん達につく必要があるノーヴェさんに代わり、今回も私についてくれたウェンディさんとディエチさんが、私の様子に少し心配そうにする。

 

「余裕…って感じでもないっスねぇ、大丈夫っスか?」

「はい、ティオもいますし。」

 

エミュレートはそれなりに痛かったし、解除されたから全回復、と言うわけでもない。

それでも、揺るがずに告げた。

 

 

こんな傷の痛み、あの約束の日に比べたらなんでもない。

 

 

きっとヴィヴィオさんも同じ事を思っているだろう。

手にしたカゲハに祈るように、私は目を閉じた。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




と言うわけで、ヴィヴィオ、アインハルトのお話がもうちょっと続きます。


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外話・鮮烈なる約束の拳(中編)

 

 

外話・鮮烈なる約束の拳(中編)

 

 

 

Side~ヴィクトーリア=ダールグリュン

 

 

 

都市本戦準決勝、ジークが既にあっさりと決勝を決めた次の試合、会場はジークのそれと同じかそれ以上かと思うほどの盛り上がりを見せていた。

 

無理も無い、玄人目で見た上でジークを除いて世界代表戦と言って過言で無い域に達している二人の試合なのだから。

 

そう…高町ヴィヴィオと、アインハルト=ストラトスの。

 

「しっかし盛り上がってるなぁおい…お嬢が負けたくらいだもんな。」

「貴女は予選で負けたでしょうが…」

 

余計な事を言いながら顔を出した不良娘を睨む。

言われた通り、私もヴィヴィに本戦で負けた。

 

「けどあいつら一体何やったんだ?いくら伸びる時期ったって強くなりすぎだろアレは。」

「貴女まさか、知らないんですの?」

「あ?」

 

首を傾げる彼女の様子を見る限り、どうやら知らないらしい。

傍にいたミカヤさんが話し始める。ノーヴェさん経由で私達よりは詳しく知っているらしい。

 

「去年、誘拐事件があっただろう?」

「二人がさらわれた奴か。それで鍛えたのか…」

「いや、二人を命がけで助けたのが雫ちゃんだったんだよ。AMFのせいで二人はなにも出来なかったそうだ。」

 

そこまで聞いて少し考え、苦い顔をする不良娘。

 

「そりゃ…痛いな。」

 

アインハルトの…覇王の話を聞いていた以上、足手まといで守られ目の前で友人が傷つく様を見ているしかできない辛さは想像できるのだろう。

 

なんにしても、この一年で桁外れに強くなった。

 

そう…

 

 

 

試合前から既にジークをうずうずさせるくらいに。

 

 

 

誰かに負けて以来、目標が出来たのか何か分からないが、ジークも更に腕を上げていった。

そのせいか並以上の相手が試合にならないほどになってしまっている。

 

だからなのかヴィヴィ達との試合だからか、普段はお菓子を摘みながらのんびりしているジークが既にニヤニヤしていた。

 

二人が悪い訳ではない、無いけれど…ものすごく悔しかった。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

次の試合は今までとは桁外れに際どいものになる。

私と同じものを見て、強くなろうとして、実際に強くなったんだ。

同じペースで強くなったんだとしても、もとからアインハルトさんの方が強かったんだ。

 

 

戦法は、あんまりない。

けれど、勝算はある。

 

 

今のアインハルトさんの攻撃は、受けたら終わりだ。

だから、受けずに戦うしかない。

 

「おい、今のアイツ相手にここまでと同じようにやる気か?」

「…うん。」

 

ここまでと同じに。

ノーヴェが気がかりとしたその戦い方は、相手の得意距離の攻撃を捌きながら隙を見て一閃を叩き込む。と言う戦法だった。

得意距離で攻撃を渋って戦いになるわけが無いし、皆今まできちんと応じてくれた。

自分の得意距離でしとめられない相手に勝てる訳が無いから当然だけど。

 

ただそれは…私に相手の全力を見切りきれる能力が必須だった。

 

リボン選手の時も一発失敗したし、ヴィクターさん相手にも戦斧、石突剣、格闘の三段階攻撃の三つ目を見切り損ねて直撃してる。楽に出来る事じゃなかった。

まして、今回は、ハリーさんを秒殺したアインハルトさん。

射砲や魔法攻撃じゃないから最大攻撃力は並になってしまうけれど、格闘戦技での強打者は、『一撃必殺を大した消費も無く連打してくる』相手。

 

一発でも見切り損なえば…でも。

 

「『だから』やる意味があるの、私が本当の目標に辿り着くために。どの道、そこまで出来ないとチャンピオンには到底敵いっこないし。」

「ヴィヴィオ…」

 

私の目標、正確に語るわけには行かないけれど、ノーヴェも察してはくれている。

事実、その為の訓練メニューも組み込まれていた。

 

「任せて!」

「…あぁ!思いっきりやって来い!!」

 

笑顔で宣言すると、ノーヴェも今度こそ不安を見せる事なく強く答えてくれた。

 

 

 

 

 

 

『前年、彗星の如く現れたKOを量産するルーキーズ、チームナカジマ。今年はなんと、4人全員が都市本戦まで勝ち上がると言う快挙を成し遂げました。そしてっ!中でも異彩を放つ、言わずと知れたこの二人!!今回なんと準決勝と言う大舞台で雌雄を決する事となりました!!!』

 

壮大な前振りにすっごい歓声が聞こえてくる会場。

今更ながら、私こんな凄いところに来ちゃってるんだなぁって人事みたいに思う。

 

当たり前みたいになのはママ達みたいな人ばっかりが回りにいて、上位選手の皆さんともすぐ知り合いになって。

この一年、それが普通で、そこから先に進もうって過ごしてきたから、あんまり実感が無かった。

 

『まずはこの人!見えないものなど無いと言わんばかりにここまでの試合を全て、相手の全力を捌き切ることで進んできた超技巧派!高町ヴィヴィオ選手!!!』

 

響き渡る歓声の中手を振りながら歩いて入場。

観客席の中、見てくれてるだろう人たちの姿を探す。

あ、チャンピオンみっけ。珍しくジャンクフードそっちのけでこっちの様子を見てる。

 

待ち遠しいと思ってくれているのなら、それはとっても嬉しい。

 

『そしてもう一人!全ての障害は無いも同然と言わんばかりに攻撃もバインドも砕いて突き進んできた、破壊不能の動く要塞!アインハルト=ストラトス選手!!!』

 

次の紹介と共に響き渡った歓声は…

 

 

 

耳に入らなかった。

 

 

 

ゆっくりと、まるで音など何も無いかのように歩いてくるアインハルトさん。

目が合ったと思ったその瞬間から、きっと私と同じなんだろう。

 

やがて、中央に立ったアインハルトさんと向かい合う。

私は…手の中にカゲハを握った拳を突き出した。

アインハルトさんも私の意図を察したのか、握り拳を合わせてくれる。

 

 

それ以上言葉は要らなかった。

約束の日の、無力に涙した私達はもう居ない。後は…

ここで戦い、この先に進んで…超えるだけだ。

 

 

 

Side~ジークリンデ=エレミア

 

 

 

あわわ…何というかかんというか…

すっごい緊張感と信頼の篭もったやり取りだ。

 

あれだけで通じ合って、あれ以上は何も言わないって、そんな感じだ。

舞台慣れ不足の緊張感でもなければ殺し合いの緊張感でもない。

かといって、明るく楽しいって雰囲気でもない。

 

「先に進めるのはどちらか一人。その資格が相手にあることを十二分に認め、それでも自分で進みたいと思ってる。二人ともとっても強く。」

「自信とか、勝てるとかって感じやないな。二人とも、同じ位置で同じ力を持ってる事を認めあっとる。」

 

それはまるで、自分と戦うようにすら見えた。

自分に確実に勝てる保障なんてない、鏡合わせの自分と戦えば、勝率は確実に半分。

 

同じ傷を負って、同じ人に救われて、同じ人を超えようと思って、同じように必死で修行してきた。半身みたいなもんやな。

 

 

『さぁ!既に先に決勝進出を決めたチャンピオンの下へ辿り着くのは、一体どちらなのか!今…試合開始です!!!』

 

力の入る実況にかき消されるように少しだけ聞こえた合図と共に、ヴィヴィちゃんがいきなり駆けた。

旋衝破さえ警戒すれば中遠で少しは削れるのに、やっぱり今までどおり相手の得意距離に飛び込むつもりらしい。

 

一方で、ハルにゃんもそれに応えるつもりらしく、迎え撃つように構え…

 

拳が交錯した。

 

振り切れる距離でヴィヴィちゃんの連撃。左拳二発が一瞬で繰り出され、顔をガードしてあいた右足狙って左足の蹴りが放たれる。

下がってかわしたハルにゃん。その右拳が腰打めに溜められる。

 

断空拳。と思ったんやけど、軽めにすばやく振るわれたそれは…

伸びきった腕の外側に回って回避され、外に回ったヴィヴィちゃんの左フックがハルにゃんの顔面を捉えた。

 

断空拳だったなら、振り切るのも踏み込みも強くなる。

今のカウンターが更に深く直撃する事になる。そりゃ使えんはずや、わかっとったなら。

 

と言うか…決め技よりも確実に当てるように溜めを少なく繰り出したはずなのに、ヴィヴィちゃんはそれすらかわした。

 

「私と戦っていた時からそうだったけど…あの動きキレ過ぎね。」

「けどアインハルトちゃんもとんでもないな。彼女、ヴィヴィオちゃんがあそこまで出来る前提でいる。」

 

ミカさんが言う通り、ハルにゃんは直撃しておきながらまったく動揺していなかった。

ふらついてさえいない。

 

まさか…ハルにゃん、ここまでの試合を強行気味に戦ってきたの、ヴィヴィちゃん相手に回避しきれない事を悟っとったからなんか?

ヴィヴィちゃんにしても、ハルにゃんの状態を見て全く動揺しとらん。

 

この二人…揃ってどんなつもりでいるんや?

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

危なかった。

ダメージ量がどうのじゃなく、私は下手に『喰らっちゃいけない』んだ。

 

「はっ!」

「っ!」

 

仕切りなおしにしようと間を取ったのに、直撃を受けたはずのアインハルトさんの方がつめてくる。

伸びてくる左拳。その先端を右手ではたくようにして直撃コースから逸らして、はたいた反動で軽く右手を突き出す。

顔面に直撃。けど、手首の返しだけで勢いをつけた軽い一撃なんてよろける事もなく、無視して右拳を振るってくる。ボディ狙いのそれを、下がらず跳躍でかわし…

 

 

「っせぇぃ!!」

 

 

回転蹴り。

重武器もち前提の風車よりは私向きの蹴り技で、下からのアクセルスマッシュを上からのコレをちらつかせれば結構な脅威になる。

現に今右肩に左の踵が直撃したアインハルトさんはよろけ…

 

「っ!?」

 

下がった右肩でそのままタックルしかけてきた。

当たれば何でもお構いなしって感じだ。

 

とはいえ、拳じゃないからさすがにダメージはない。無理にこらえず押される形で下がって…

 

足払い気味に蹴りかかって来た左足の脛を右足の踵で止める。

さすがに痛みで下がるかと思ったんだけど…無理矢理振り切ってきた。

右足をうかされてバランスを崩したところに左での肘打ち。

 

勢いに逆らわずに崩れ落ちて回避、逆に無理矢理仕掛けてきたアインハルトさんの足を手で払う。

 

さすがにすっ転ぶような事はなく前転で体勢を立て直したアインハルトさんは…

 

 

 

また攻めかかってきた。

 

 

 

…さっすが!!

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

インターバルまで来て、コーナーへと下がる。

痛い。全身が痛かった。ティオにもいくらか無理をさせてしまったかもしれない。

インターバルまで一方的に喰らいっぱなしだったんだ、強打だけは避けたとはいえとても平気なダメージじゃない。

 

「ムキになって攻め過ぎっスよ。いくらティオの力があってもアレじゃ」

「作戦…なの?」

 

心配してくるウェンディさんを止めて、ディエチさんがそう聞いてくる。

ムキにはなっていない。正気で居るし、攻撃も見ている。大振りも殆どしてないし、致命打はどうにか避けてきたつもりだ。それでも一撃も当てられていないけれど。

作戦、なんて綺麗なものじゃない。ただ…

 

「今のヴィヴィオさんに勝つ、おそらくは唯一の方法です。」

「いいんだけど…向こうには多分気付かれてるよ?大丈夫?」

 

ディエチさんが見る相手方、つまりはちゃんとしたセコンドであるノーヴェさんがついている、ヴィヴィオさんの側。

付き添う形で居てくれているディエチさんが気付けた事に、専門家が気付かない訳がない、という事だろう。

 

「大丈夫です、分かった所でどうにも出来ない事ですから。」

 

つくづくティオには申し訳ないが、コレは今までの試合でも幾度か告げて気にするなと言わんばかりに返された事。

全てはコレを超えるために積んできたんだ、今更気にしない。

 

 

 

Side~ミカヤ=シェベル

 

 

「アクセルドライブ…か。」

 

ここまでも想像出来なくもなかったが、まさかヴィヴィオちゃんがそこまで辿り着いているとは思わなかった為、今の今まで出てこなかった。

思わず呟いてしまった単語に聞き覚えがなかったからか、周囲の皆が私を見る。

 

軽装での一閃を主とする私の戦い方にとっても人事ではないからとナカジマちゃんに聞かされた『噂話』。

人間誰にでも備わっていて、誰一人に使いこなす事ができない領域の力。

 

医学的に使ってはならない、人間の全力。なぜなら壊れるから。

フルドライブの集中力版とでも言うべき力。

 

「走馬灯は知っているね。」

「死に際に見えるって奴か?」

「どうにか助かろうと記憶から知識を引っ張り出す結果起こる現象と聞きますけど。」

 

さすがにこの程度なら知っていたか、ハリーとヴィクターが答えを返してくれる。

 

「一瞬でそれだけの情報がただの一般人ですら引き出せるんだ。格闘戦技の使い手にそれが出来れば、無敵に近いだろう。」

「それが…アクセルドライブ?」

「正確には、異常な集中状態によって引き起こす限界突破…らしい。まだ局ですら研究中の段階らしくてね。」

 

話によれば、別に戦闘に限ったものではないらしい。

針が風船に触れた瞬間を機械補助無しで捉える者や、見えているのか分からない速さで切り替わる画面の内容を全て把握する者すらいるとか。

専門としている技能一つにとてつもなく集中力や反応を鍛えた人間がなっている場合があるとかないとか。

真偽がはっきりしないあたりは噂話らしいのだが…

 

「もしかしてミカさん…ヴィヴィちゃん今、それやって?」

「おそらく間違いない。先読みでもなく、速いとか言う次元ですらなく、普通人間に出来ちゃいけない反応をしている。インフィニティーアナライザーでも同じ事は可能かもしれないが、それだと中遠距離を避ける必要は無い。」

 

アクアちゃんの切り札の名を聞いたヴィクターが苦い表情をする。

未だにアレを真っ向から破る方法が思いつかないらしいから無理も無い。しかも今年、彼女は弟と旅に出たとか言う話で参加していないし。

 

「アレと同じ事が近距離で出来るって事は、格闘戦技じゃ…」

「…どうかな。」

 

皆がヴィヴィオちゃんの勝ちを見ているだろう中、私は揺らいだ様子の無いアインハルトちゃんと、この一分一度も目を開かなかったヴィヴィオちゃんを見比べ、一人違う予想を描いていた。

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

試合再開と共に、私は再び特攻。

コレしかないから。

 

 

きっと、今のヴィヴィオさんには、私の…いえ、全ての攻撃がスローモーションに見えているはずだ。

遅いから…では無く、知覚速度の問題で。

 

カウンターヒッターのヴィヴィオさん相手にそんな状態で近接戦で大振りなど振り切れる訳も無く、小刻みに攻撃を繰り出す。

それでも直撃せず、防がれる。

 

防がれている、最初は回避だったのに。

 

頃合と見て、私は大きく右拳を振る。下がっての回避をさせないために。

自然大振りになるため、接近と共に大きく振るった私の腕の内側を小さくクルリとヴィヴィオさんの左拳が通過し、私の顎を捉える。

でも堪える。受ける前提で居るカウンターなら堪えられる。

 

「っは!」

 

左拳をボディ目掛けて放つ。

けれど、右腕できっちりと止められる。ボディに当たれば足が止まるからヴィヴィオさんなら止められて当然だ。

 

 

当然。そう、予想通り!!

 

 

ボディに向かった下からの拳をガード。曲がっていた膝が伸びている。

この状態でバックステップは無理、だから―

 

 

 

今なら足を潰せる!

 

 

 

「はっ!!」

「っ!」

 

ヴィヴィオさんの左足の膝目掛けて右足を一閃。直撃するも…止まる。

セイクリッドディフェンダー…ここまで来て大した技術だ。感心する。

 

けれど…それも予想通り。

 

「っあぁっ!!!」

 

わずかに伸ばしきらなかった足、わずかに使い切らなかった溜め、その全てを接触状態から更に振り絞る。

 

去年無手で使った寸頸の要領で、蹴りを押し込む。

 

残身も何も考えずに振り切った一撃は、今度こそヴィヴィオさんに通った。

 

 

転がるようにダウンするヴィヴィオさん。

 

「っ!!」

『アインハルト選手この試合初のクリーンヒット!冷静な彼女が珍しくガッツポーズを見せる!!』

「ぁ…」

 

コーナーに戻る事すら忘れて小さく拳を握っていた事に、実況の声でようやく気付く。

私は少し恥ずかしくなってコーナーに戻った。

 

これで、どれだけ見えていてもかわしきれなくなる。

後はカウンターで倒しきられる前に削り倒すだけだ。

 

 

油断は出来ないが…ここからは勝負になる。

 

 

当然だが、片足をやられた程度でヴィヴィオさんが諦めるわけも無く、ゆっくりと立ち上がる。

強い踏ん張りはきかないらしいけれど、まだ拳を振るうのに不都合はなさそうだ。

 

「レディ・セット…」

 

ヴィヴィオさんが立ち上がり、構えあう。

再開と同時に駆ける。ここで決める!ここで―!!

 

 

「ファイト!」

「スペースインパクト!!!」

「は?」

 

 

射砲、バインドに備えつつ駆け出した私を待っていたのは、大爆発だった。

 

 

 

これは…あの白い女性の…

 

 

 

前のめりに崩れ落ちた私は、ぼんやりとした意識の中で呟く。

二手三手、上に上にと見積もって予想を立てていたはずなのに…何処まで予想以上なんですか、貴女は。

 

 

 

SIDE OUT

 

 




アインハルトが劣勢っぽく見えますけど…不死身みたいに何度も全快してくる一撃KO可能な突撃格闘系ってこれくらい出来ないと勝負にならない気がします(汗)


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外話・鮮烈なる約束の拳(後編)

 

 

外話・鮮烈なる約束の拳(後編)

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

左足の痛みをこらえながら、爆煙の中を見つめる。

折れ…ては居ないけれど、今ハードヒッターのアインハルトさんに距離をつめられたら到底回避しきれない。

 

正直、よく保ったと自分で思う。

 

ノーヴェとこなしてきたメニューの中、ようやく最近入れるようになってきた、色々とスローモーションに見えるくらいの集中状態。

戦術も何も、全部見えるから打ち勝てると言えばそうなんだけど…

 

 

 

連続1分続けばいいほうだった。

 

 

 

実戦なら、接敵した一瞬や、弾幕が迫る一瞬に分けられるから消耗も少ないんだけど、アインハルトさんはそれを知っているからか、自分のダメージを無視するような勢いで攻め手を維持し続けた。

見えたところで、かわせる身体がなかったら意味が無いため、必死でそれを捌き続ける。ボディなんか間違っても喰らえなかった。

それで1ラウンドをしのいだ頃には限界近かった。

気休めばかりに1分ずっと何も考えずに目を閉じていたけど、それで全快する訳も無くて…とうとう足をやられた。セイクリッドディフェンダーを使って防御に回るのまで読みきられて。

 

 

でも…そこまでは私の『予想通り』だった。

 

 

アインハルトさんに破れない訳が無い、だって…あの日見た雫さんを超えようとしてるんだ。まだそこまでは辿りつけてない私位、アインハルトさんが超えられない訳が無い。

だから、ここに一手が必要だった。

 

いくら状況をひっくり返して油断があったとしても、バインド射砲はハリー選手のそれすら突破する今のアインハルトさん相手に望み薄。

だから…覚えておいたリライヴさんの空間爆発魔法を使う事にした。

どうやらなのはママに教えるつもりで作ったらしく、ママの魔法をいくつか覚えてる私には比較的扱いやすかったのだ。

 

 

ただ…

 

 

『あーっと!アインハルト選手!拳を叩き付ける様にして立ち上がる!彼女は不死身なのかッ!!?』

 

これは予想外だった。

 

あれだけ耐えに耐えてようやく得られた攻撃のチャンスなのに、攻め手にって意識は防御の意識を薄れさせるものなのに、アインハルトさんはきっちり防御態勢をとっていたのだ。

それは私を甘く見ていなかった、とことん警戒してくれた、ある意味で最大限の賛辞なんだけど…

 

…まいった、どうしよう。

ダメージは足だけとはいえ、何時間も勉強した後みたいに頭が煮えてるし目も開きたくない。無理な反応速度に付き合って動いた身体の疲労も半端じゃない。

 

 

全くもう…ホント、どうしよっかこれ。

 

 

 

Side~ミウラ=リナルディ

 

 

 

皆が騒いでいた。

明らかな劣勢が狙った流れだったと言わんばかりのアインハルトさんのクリーンヒット。

足を奪われたのに動揺することなく、ここへ来て新魔法を撃ちだすヴィヴィオさん。

 

二人とも客席の誰も想像つかないような展開をやってのけたのに、まだついていない決着。

 

騒ぐのも無理なかった。だけどボクは…

 

 

「笑ってる…」

 

 

ヴィヴィオさんが笑っていた事が一番驚いた。

あの魔法、決め球のつもりで撃った筈だ。立ち上がってきたアインハルトさんを見て、これまでと違って本気で驚いていた。

 

なのに…その後になって、笑っている。

ボクと戦ってた時と同じに、あるいは…

 

まるでアインハルトさんが立ち上がってくれた事を心底喜んでいるように。

 

「去年の事件の後ね、物凄く泣いてたんだ。ヴィヴィオは隠してたけど、目元見ればすぐ分かるくらいにね。」

「二人とも、見てて時々辛くなるくらい必死でさ。」

 

一緒に観戦しているコロナさんとリオさんも同じ事に気付いたのか、笑顔を見せていた。

 

「鏡あわせみたいに強くなってきたんだもん、予想以上に強くて嬉しいんだよ、きっと。」

 

笑顔のまま構えたヴィヴィオさんに驚く様子も無く構えるアインハルトさん。

あまり表情に動きの無い人だけど、ヴィヴィオさんが笑った事に驚いていないのが、同じ気持ちだって証明してる気がする。

 

 

なんにしても、コレがラストだ。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

再開直後、再び空間爆撃を狙う。

魔導師なら発生までの溜めの間に発生点を感じる事が出来るのが欠点で、この魔法を知ってる人なら、奇襲でもない限りバインドを読むのと同じように発生位置を読むことが出来る。

直接攻撃系のため、隠すのもままならないし。

 

だからって、爆心地を拳でなぎ払う事で爆発を切り裂いて突っ込んでくるのは予想外にも程があるけれど。さすが破壊不能の移動要塞。

 

「はあっ!」

 

容赦なく飛んでくる左拳。

ステップも出来ないし、私はそれを右手で受けて…流した。

 

踏み込めないなら、アインハルトさんの方を引いて近づく。

あいた懐に向かって左腕を伸ばし…右肘でガードされた。攻勢防御だ。

 

でも残念、掌でした。拳と違ってそう簡単に砕けない。

 

「掌底!?」

「せいっ!」

 

さっき左拳を流すと同時に引いた右拳。それを勢いよく顔面目掛けて…

 

 

アインハルトさんが突然形相を浮かべた。

嫌な予感がしたけど、振った拳が止められるわけも無く…

 

 

 

直撃したのに、アインハルトさんは動かなかった。

形相って言うか、首とか顔周辺に思いっきり力込めたんだ。堪える気で。

 

「っはぁ!」

 

ズドン、と、何か受けちゃいけないものを受けたような衝撃が身体に走る。

攻撃喰らった直後で体勢安定してないはずなのに…アインハルトさんの右拳を脇腹に受けた私は、押されるように一歩下がる。

 

「覇王…断空脚!」

 

全てを潰す左足の一閃。けど!

 

右腕で受けて押し戻されるも堪える。セイクリッドディフェンダーがある限り、動けなくったってタイミングさえ見違えなきゃそう簡単に!!

 

「って…ぁ?」

 

止まれずにぐらついた。

左足に今の衝撃を支えきるだけの力が…耐えられるだけの力が残ってなかったらしい。

 

そんなことに思考を取られたのも一瞬、既にアインハルトさんは次を放っていた。

全弾断空って…もうお構い無しと言った所だ。

事実、かわしきる事なんて出来ないし、受けて吹っ飛ばされても立て直す足が無い。

 

当たれば何処でもかまわないとばかりに、体の真ん中目掛けて向かってくる右拳。

そして事実、次直撃なんて受けようものなら終わりだった。

 

 

 

 

まだだ…まだ―まだ終われない!!!

 

 

 

 

普通には止められない。なら、防がない。

向かってくるアインハルトさんの拳、その先端。

ただそこだけを狙って最短距離で左手の甲を走らせる。

拳を逸らすと同時、左足の痛みを堪えて右足を一歩踏み込んで…一閃。

 

 

アクセルスマッシュ。

 

 

得意技にして代名詞。今回も何度も放ってきた意識を刈り取るそれを叩き込む!

拳があごを捉え、アインハルトさんの頭が跳ね上…

 

 

 

首を上に向けた体勢で、アインハルトさんは止まった。

 

 

 

カウンターは、攻撃中や攻撃直後の刹那を狙う事で、意識もしてない所で直撃を受けることで完璧、かつ最高の形で成立する。

逆に言えば、見えていようがいまいが、攻撃を喰らうと思ってる人相手にはどうしても性能が落ちる。

 

 

 

けれど…まさか…ここまで来てまだくらう前提でいたの?

私自分で今の出来たの信じられないって言うのに。

 

 

 

私どれだけ高評価なんですかー!!!

 

 

 

右脇腹に何かがめり込んだような感触と共に私は地面に転がった。

 

 

 

Side~高町なのは

 

 

 

忙しくなってきている仕事に無理矢理間を作って見に来た試合で、私は溜息を吐いた。

 

まいった。

下手したら本気で私より強くなっちゃったんじゃないだろうか?

少なくとも、二人とも地上戦はやる気がしない。

 

 

 

それにしても…ねぇ。

 

 

 

『ダ、ダブルKOっ!!?な、なんという幕切れだーっ!!!』

 

 

 

あまりの結末に苦笑してしまう。コレはあまりに仲良すぎじゃないだろうか。

反撃まで繰り出したものの、さすがに貰いすぎだったのか、もたなかったアインハルトちゃんは、ヴィヴィオと一緒に背中からばったりと倒れこんだ。

仰向けで眠ってしまって、二人ともピクリとも動かない。

最後の一撃、ちょっと深々とめり込んでいたし心配だな…フェイトちゃんには悪いけれど、見に来てなくて良かった。卒倒してたかもしれないし。

 

私は運ばれるだろう部屋に様子を伺いに行こうと思って席を立つ。

と、道中で噂程度に知ってる上位選手達の集まりを目にする。

別にミーハーとかってわけじゃない。ただ様子がちょっと変だったから。

フードを深くまで被った娘が、心配されているけど全く動かなかった。

 

 

そう言えば、仲がいいと聞いてるメンバーにチャンピオンの姿が見え…あ。

 

 

フードの彼女がそうなのだと気付いた所で、私は状況を察した。

 

 

二人どっちとも戦えなくなっちゃったんだ、チャンピオン。

親馬鹿のつもりはない私がちゃんと驚かされた位なんだ、戦いたかったんだろうなぁ…

 

ちょっと不憫に思いつつも、さすがに今はそれ所じゃないから、私は再び歩き出した。

 

 

 

Side~アインハルト=ストラトス

 

 

 

「全く、無茶するものじゃないよ。」

「す、すみません…」

 

ダブルKOと言うなんともいいようのない結果はさておき、クラッシュエミュレートですまなかったらしいヴィヴィオさんのダメージを聞いて、いてもたってもいられず飛び出そうとした所で、私はぐらついて倒れた。

直撃を堪えたとはいえ、散々頭を揺らされているので、ヴィヴィオさんと同じく私も安静らしい。

それでも頼み込んで、両腕をウェンディさんとディエチさんに掴んで貰ってヴィヴィオさんの下に向かった。

 

 

何を言えばいいのか、どう言えばいいのか、奇妙すぎる結果に困惑しながら扉を開いて…

 

涙目のヴィヴィオさんの姿に一瞬とても申し訳なくなり、次いで頭を押さえて呆れているノーヴェさんの姿に戸惑う。

 

「あの…何が?」

「…ダブルKOって聞いた瞬間、肋骨折れてるの忘れて大笑いしやがって。それで腹筋とか動かしすぎて痛みに悶えてんだよ。呆れてものも言えねぇ。」

「そ、そこまで言わなくても…アタタ…」

 

私が負わせた怪我が原因であるものの、なんだか深刻にもなりきれない事情だった。

 

「さてと…ヴィヴィオと話したくて来たんでしょ?」

 

と、傍らに座っていたもう一人が、ヴィヴィオさんのお母様である事に声がしてようやく気付く。

 

「すみません…」

「試合だったんだから気にしないの。ね?」

「…はい。」

 

当のお母様に笑顔で言われると少し躊躇うものがあったが、それでも恥じるものでもないのは確かなので素直に頷く。

 

「…それじゃ、私達は出てるから。」

「へっ、あ、ちょ、なのはさん!?」

 

座っていたノーヴェさんの手を取ると、ひらひらと手を振りながら軽い挨拶で済ませて部屋を出る。

その様子を見たディエチさんとウェンディさんも、私を椅子まで座らせると、後に続くように出て行ってしまった。

 

雫さんとのやり取りと、その後のやり取りは、特に誰にも話していない。

かいつまんだ程度の話ならともかく、大泣きして抱き合ってたんだから色々話し辛い。

 

結果何も話せていないから、秘密の話も出来たほうがいいと気を使われたのだろう。

 

「あはは…」

 

何もかも言い辛い。

どちらかが勝っていたのなら、次への抱負や全てを託す意味でも、伝えたいものは山ほど出来る。

でも、こうなってしまうとどうしたものか。

ヴィヴィオさんですら笑うしかない状況で、私に話が浮かぶはずも無く…

 

 

「…届き…ましたかね?」

 

 

ポツリと、呟くように漏らされたヴィヴィオさんの言葉は、どこか寂しげだった。

きっと、分かっているから。

 

「まだ…でしょうね。」

 

私は目に焼きついたあの光景を思い返して搾り出すように告げる。

あの時の雫さん、あれはきっと、ヴィヴィオさんの本当の目標。

けれど、ただ集中力があるばかりではあの速さは説明がつかない。同時に、終わった時の急激な消耗も。

ヴィヴィオさんの辿り着いた異常な集中状態は確かに凄い。けれど、1分近く続く…逆に言えば、1分続けていられる程度の『濃度』の力。

 

それはまだ、追いつけていない証明なんだろう。

 

一方で私は、同じ域に入るのは困難と思い、破る事に徹したけれど…

雫さんと相対した場合、きっと貫通斬撃をかわしきる事が出来ずに喰らって終わる。

ティオの力を使えば何度かは傷口を塞いでしのげるだろうけれど、失血まではどうにもならない。

 

「でも…無理も無いですよね。身体が治るからって、痛みそのものまで軽くなる訳じゃないのに、学校にちゃんと行ってる私達でも大変だった量以上鍛えて過ごしてきたんですから。」

 

焦って欲張ったのかと思ったんだろう。

けれど、私は首を横に振った。

 

「この刃を託された身として、何が何でも追いついて見せます。友として…」

 

同じ道ではなくても、同じ高さで。

庇われ、護られ続けることなく、私達なりに彼女と並べるように。

ヴィヴィオさんにもそうあってほしい。勝手かもしれないけれど、そう思って…

 

「勿論。焦らないってだけで諦める気は無いですよ、私も。」

 

痛むだろう身体で、拳を伸ばすヴィヴィオさん。

 

「これからも一緒に頑張りましょう、ね?」

「…はい。」

 

応えるように私は拳を打ち合わせ…驚いているヴィヴィオさんを見て初めて気付く。

 

 

微笑んでしまっていた。

 

 

慌てて手を引いて顔を隠す。そんな私を見て、ヴィヴィオさんは優しく笑った。

 

「今、私と互角なんですよ?ちょっと位誇ってくれてもいいじゃないですか。」

「ヴィヴィオさん…」

 

余裕…なんてなかった筈だった。

でも、あの時…決め球だったはずのあの空間爆撃から立ちあがった私を見て…驚いてから、笑って見せた。

 

強がりでもなんでもなく、心から。

 

浮ついていればいいとも思えない。けれど…

なんだか、最後まで笑顔になれなかったことが、弱さの証明のような気がして…

 

「はい。」

 

今くらい、素直に応える事にした。

保険で弱い証明をし続けていても仕方ない、素直に笑えるようにと言うのなら、今笑って後悔しないよう強くなっていけばいい。

 

「よしっ、写真ゲット。」

「え?…あ。」

 

クリスもティオもスリープ中で完全に油断していた私を前に、カゲハを手に笑うヴィヴィオさん。

い、今くらいいいって思ったけどそんな保存されるのはちょっと…

 

「秘密にはしておきますけど、消しませんからね。次雫さんに会ったら見せるんですから。それに、強くなるなら笑っててもいいんでしょう?」

 

邪気のない満面の笑みを見せるヴィヴィオさんを前に、私は何も言えず恥ずかしくなって顔を逸らす。

なんだか、こういう所では一生敵わない気がした。

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 




格闘ゲームだと再戦になったりしますが…
双方ズタボロで倒れた直後、『決着つけるのにもう一回!』って無茶ですね(汗)


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???・舞台の影で

 

 

 

???・舞台の影で

 

 

 

Side~リライヴ

 

 

 

ヴィヴィオ達の誘拐騒ぎの中、なのはのフォロー…と言うか、真犯人捕縛の為に私はなのはが呼ばれた世界に忍び込んだ。

 

放送機材やら揃えてにたにた笑ってる男集団を見ていると少々そっちを先に葬りたくなったけど、ヴィヴィオ達が助かったら連絡が行くはずだし、逮捕は公務員の仕事。私はそっちにでしゃばらずに目的の敵を探し出した。

 

「…あら、見つかりましたな。」

「ずいぶん余裕だね。」

 

着物姿の…女性、と言うには顔立ちに幼さを残す少女の姿があった。

大人と間違えたのは…とんでもなくスタイルがいいから。胸半分位覆ってる着物は、つつましいどころかかえって卑猥なくらい。撫子の衣装が聞いて呆れる。

 

「あんさんが…噂の白い堕天使で?何や可愛らしい方どすなぁ。」

「ほっといてよ!」

「堪忍え、馬鹿にするつもりやおまへんけど、うちが喋ると…なぁ。」

 

手に持った扇子を開いて口元を隠しながら肩を縮める少女。胸が収まりきらずに腕に押されて形を変える。

 

うぅ…科学に関しては私の世界より大幅に遅れのあるこの世界で後から身体の調整なんてしようもない。まして、さすがに成長期ではないし。尚更どうしようもない。

 

「やけど、何や用どすか?」

「私は局員じゃない、しらばっくれるなら倒すだけ。」

「物騒なかたどすなぁ。」

 

何の用か、と言えば勿論決まっていた。

今回の一件で動いた彼ら、そのボスに当たる人は確かになのはによって捕まってる。

盗みなんかも働いてはいたけど…魔導師に有益な世界のなかや状況で不利益をこうむったり、戦闘なんかの巻き添えを食って親兄弟を失った人を集めて保護してた義賊っぽい人たちだ。

尊敬されていたボスを捕らえたなのは本人のみを標的にしている所と言い、一見彼らだけでやったように見えなくも無いが…

 

世界をまたいで施設を用意、AMF装備まで揃えられるだけの技術や資金、その両方をただの成り上がり、それもボスを失った一団に出来るはずがない。

 

 

状況を利用している外部の人間が居る。

高町なのは一人の排除か、ベルカ王族の血液でも盗む気だったのか、それは分からない。

 

あるいは…私達が出回る事まで読んでたか。

 

「噂を聞いて来た野次馬どす、うちは殿方に囲まれんの好きでなぁ…代われるものなら是非譲って欲しいもんやわ。」

 

自分の肩を抱いて身を震わせる少女。

…なるほど、そういう事か。

 

「良かった。」

「え?」

「なんとなく君にいらついてた理由、単なる僻みじゃないかってちょっと心配だったんだけど…それじゃ、私が嫌いなのも無理ないね。」

 

私はそこまで言ってデバイスを抜いた。

彼女を信頼しているのか、捨て駒扱いなのか、他に誰も見張っている気配は感じない。

なら…倒して聞く事は聞けばいい。

ただの野次馬なわけが無いし…この子は私とはとことんあわない。

 

「ところで…うちが何でゆるりと会話に興じとると思います?」

「何…」

 

最初から思ってはいたが確かに妙だ。

疑われるのは間違いなく、私の事を知っているなら尚更一人で余裕でいられる訳がない。余程の自信家でもない限りは。

ゆっくりと、閉じた扇子を私に向かって突きつけ…

 

 

 

瞳が揺―

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

咄嗟に目を閉じバックステップ。

だが、手遅れだった。

 

身体が…麻痺してる。

催眠、洗脳系の術だ。

 

「やりますなぁ…これでもうちのとっておきやのに。」

「なるほどね…私をさらうか殺すかする気だったって訳か。」

 

自信家…それも、この一件に関わってる連中のとっておきの一人らしい。

ここで彼女を逃がす手は無い。けど…まいったな、確実に勝てるって言い切れないぞコレは。

 

「ここは引かせて貰います。」

「何?」

「うちは薊といいます。生きとったらまた会いまひょか、堕天使はん。」

 

引き際の良すぎる彼女は、名乗った直後に服を脱いで投げてきた。

 

生きてたら。その言葉に引っかかりを覚え…

 

 

「鳳仙花。」

 

 

声が聞こえてくると同時、視界を覆うように投げられた着物が散弾になった。

咄嗟に張った防御魔法で受けるも、いつも通りの強度にならずあっさり砕け…

 

転がるようにして急所への着弾を避けた。

 

「っ…ぐっ…」

 

続いている麻痺と上手くいかなかった魔法の原因を探る。

洗脳系の防御と解除は、忍さん達の力を借りて練習を積んでいる。

 

けれど、どうも掴みどころがないというか薄いと言うか…紐解くのに時間がかかった。

 

「無事ですか?」

「あ、シュテル。うん、なんとか。」

 

心配してるんだかしてないんだか、あんまり表情の分からないシュテルの声に苦笑交じりに答える。

 

「しかし、まさか貴女が負けるとは…」

「視線交わしただけでかかる洗脳術使われてね。全身麻痺+魔法制御不全にされた。」

「…逆によく凌げましたね、化物。」

 

一言余計だ。

 

「洗脳にかかる直前にフォトンバレット4発放り込んだだけだよ、まだ動けたのに引くあたりは結構冷静で出来る娘だったね。」

 

私の事を知っているなら、いやらしい話が嫌いだとか位は聞いてて不思議は無い。

会話の段階から緩やかに洗脳を侵食させていたのだとしたら、かなり知恵の回る娘だ。

 

「…とにかく、洗脳術をかけられたなら一度検査はしておきましょう。キーワードで何か仕掛けられないとも限りません。」

「分かってる、とりあえず帰ろう。」

 

帰路に着きながら思う。

平穏な時なんて10年も続けばいい方だ、そんな話も聞く世界だけれど…

 

本当の問題をちゃんと片付けないと、諦めるには早すぎるよね。

 

 

 

Side~高町ヴィヴィオ

 

 

 

ダブルKOなんて微妙な結果の大会以来、ろくに遊んでいなかった今までを取り返すように、プールに旅行にと色々はっちゃけて楽しんでみた。

訓練も忘れるってわけじゃないけど、今までから比べたらちょっと加減しすぎちゃうくらいに。

アインハルトさんの方は…私達と遊んだ上で鍛錬までこなそうとして眠たげだったりふらふらだったりしてノーヴェに怒られたりしてた。

 

 

そして、あれから…雫さんと最後に会った日から一年。

 

 

この日ばっかりは、『みんなと』って枠からアインハルトさんと二人で抜けた。

近場のベンチに並んで腰掛ける。

何を言うでもなくただ座ってる状態が何だかむずがゆいというか悲しいと言うか。

 

「…なんだか、形見のようになってしまっていますね。」

 

掌に乗せたカゲハを見ながら、悲しげに呟くアインハルトさん。

あれから一度も連絡を取れていない雫さん相手には丁度いいコメントだと思いつつ、私は小さく笑って首を横に振った。

 

「大丈夫ですよ。それに、アインハルトさんが『大切な人』を放っておく訳無いんですから、大丈夫だって思ってるんでしょう?」

「あの人の心配はするだけ無駄な気はしてます。」

 

すねたように言うアインハルトさん。

エレミアの手記の時のようなすれ違いを知っている上、私達がなにか危険と言うわけでも無いから裏切ったとかは思わないようにしてるけど…やっぱり『連絡くらいよこせ』とは思ってるんだろう。

分からないようで、よく見てると分かりやすい人だ。まぁ、私も同じ気持ちだって言うのもあるけど。

 

「無茶はしてるでしょうから、少し心配ですけどね。雫さんは自分で茨を必死になって掴んでかき集めてる人ですから。」

 

縛られる、と言う表現でもなく苦難の中人とろくに交わる事もできず学校にすら通わず修行に篭もっていた雫さん。

家系から色々大変だったらしいヴィクターさんやジークさんと違って、憧れて手にしようとしたものを、女の子が無理して苦痛に耐えた挙句殺人剣なんてと『手放す事を勧める』速人さんが傍にいた結果、アインハルトさんと似て非なる形でかたくなになったんだ。

 

綺麗だと思った宝物を手放さない為に。

だから、きっと今も…

 

 

私達はちょっとの不安を打ち消しながら、少しの間話をしていた。

 

 

 

看板の外れたお店を眺めながら。

 

 

 

 

SIDE OUT

 

 

 

 

 

 




後書き


雫の成長が早かった気もしますが、学校行かずに訓練してた上、筋力とかはそこまで鍛えなくても元から並よりしっかりしているので、ムラは出てもこんな感じかな…
と言うのと、時系列的なつ(以下略)

とはいえ、『未完の護り手』としては、これで終了となります。
重ね重ねにはなりますが、ここまで読んで下さっている皆様、ありがとうございます!


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