銀魂 赤獅子篇 (to.to...)
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本編
プロローグ


 黒塗りの空に、鈍く輝く三日月の夜。

 

 そんな江戸の街外れに、提灯を下げた男が一人。

 彼は同心であり、見廻りの警務を行っていた。

 

 

「……ちょいと、お巡りさん」

 

「む……」

 

 

 そこに男の声が一つ。

 声の主は、人気の無い路地裏に佇んでいた。

 夏と言えど夜は暗く、その姿の全容はうっすらとしか見えない。

 更に外套を羽織っているため、顔は闇に浸されていた。

 

 

「何用だ?」

 

 

 不審に思いながらも問いかける。

 

 

「えぇ。実はこの通り、灯りが消えちまいまして。火を分けていただけるとありがてぇんですが……」

 

「そうか」

 

 

 確かに手元には、明かりを失った提灯が下げられていた。

 その物言いに嘘偽りは無いようである。

 また、物腰の良さそうな口振りも、同心の警戒を解かせる要因となった。

 

 

「……いいだろう。貸せ、灯してやる」

 

 

 ぶっきらぼうに投げかけながらも、火を分けようと提灯の火袋をめくる。

 

 その一瞬だった。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 視線をそらした刹那に間合いを詰められ、伸ばした腕を掴まれる。

 と同時に、着物の袖を強引に巻くし上げられた。

 

 

「何をする、貴様!!」

 

「……やはり」

 

 

 何かを見つけたのか、小さく呟く。

 その声色は先程までのそれと、全く別種のモノであった。

 

 

「くッ……!」

 

 

 拘束を振りほどき、後方に跳躍して距離を取る。

 そして、腰に携えた十手へと手を伸ばした。

 

――――が。

 

 

「……うわァァッ!?」

 

 

 無かった。

 

 右腕が。

 

 正確には、肩から先が引きちぎられていた。

これでは物を掴めるはずもなく。

激痛に屈した同心は、その場に膝をついてしまった。

 

 

「ぐゥゥ……!!」

 

 

 苦痛に顔を歪めながらも、同心は相手の表情を伺う。

 落とした提灯から上がった炎が、顔の輪郭を仄かに照らした。

 布で隠れて目元までは見えない。

 だが肌の艶や骨付から、まだ年若い様に思えた。

 

 それよりも注意を引いたのは、両の手にあるモノだった。

 

 一方の手には、同心の右腕。

 

 そしてもう一方の手には、得物が。

 暗闇の中、その刀身は灯に当てられて、黄金色に揺らめいていた。

 

 

「……」

 

 

 もはや何も語りはしない。

 

 一方同心には、この凶漢に心当たりがあった。

 

 

「まさか……ッ!!報告にあった『警察狩り』とは、貴様のこ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジュッ……

 

 

 大通りから外れた、人影の無い小路。

 

 そこを微かに照らしていた小火が、音を鳴らして掻き消えた。

 

 水に当てられた様な音で。

 

 

 

 ……いや、実際そうだった。

 側で広がりつつある水溜まりが、火元に触れたが故に消えたのである。

 

 

 しかし、今日は雨が降っていただろうか。

 

 

 水溜まりというのはこんなにも――――

 

 

 

 

 

 

 

 

赤いモノだっただろうか?

 

 

 

 

 




お初にお目にかかります、tototoという者です。

 本作は原作銀魂の『将軍暗殺篇』の手前で分岐した物語、という設定となっております。

 原作が
『将軍暗殺篇』
『さらば真選組篇』
『烙陽決戦篇』
『銀ノ魂篇』
 と、四章を経て最終回に近づいて行くのに合わせ、

 本作も
『赤獅子篇』
『???篇』
『???篇』
『???篇』
 と、四つの長編を越えて、自分なりの完結に向かって行きたいと考えております。(間に短編が入る可能性アリ)

 また、ハーメルンでの投稿はこれが初となります。
 よって至らぬ点も多々あるかと思われますが、気軽にコメント・指摘などしていただけると幸いです。

 長期的な掲載を予定しておりますので、長らくお付き合い宜しくお願いします!


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第一訓 紙と金と顔と刀はちゃんと確認しておけ

「こいつァ酷ェや」

 

 

 規制テープの中。

 鑑識の目など気にも留めず、被害者の腕をいじくりまわす男が一人。

 彼こそ真選組一番隊隊長、沖田総悟その人である。

 

 と、それを戒める声が。

 

 

「おい。現場荒らしてんじゃねェよ総悟」

 

 

 こちらは同じく真選組副長の、土方十四郎。

 亡骸に合掌を済ませ、事件現場に視線を走らせているところであった。

 

 

「……害者の身元は?」

 

 

 近くに居た隊士に尋ねる。

 

 

「この辺りを統括する奉行所に属している、同心です。所有物から特定できました」

 

「続けろ」

 

「はい。死亡推定時刻は本日未明から明け方にかけて。死因は言うまでもなく、心臓部を一突きにされた事。それ以外の目立った外傷は、右腕が切断されている他に特に無し……」

 

「これを『切断』と言うには、ちと語弊があるんじゃねェですかねィ?」

 

 

 隊士の報告に耳を傾けていた沖田が、二人に歩み寄る。

 その手には、胴体から分離した被害者の腕が掴まれていた。

 

 

「いや持ってくんなよ!現場荒らすなっつってんだろーが!」

 

「よく見てくだせェよ」

 

 

 ぐい、と眼前に腕を持っていき、断面を突きつける。

 血肉から漂う臭気が土方の嗅覚を襲った。

 

 

「おいやめッ……あ"?」

 

 

 そこで土方は気付いた。

 傷口部分が異様な肉塊へ変質していることに。

 

 

「なんだこれ。溶けて固まってんのか……?いや、それにしてもこれは……」

 

「なら、人間離れした怪力で握り潰された?……というには、この傷はおかしい。ちょっと見ててくだせェ」

 

 

 そう言うと、沖田は手首を掴んで振り回し始めた。

 その姿はさながら、ハイパーヨーヨーのトリック、『アラウンド・ザ・ワールド』といったところだろうか。

 

 

「――だろうか、じゃねェよやめろォ!!」

 

「これだけ振り回しても血が飛び散らねェ。つまり、完璧なまでに止血されてやがる。ま、奴さんにそんな親切心があったとは思えやせんが――」

 

 

 亡骸の胴体を一瞥する。

 腕側の断面と同様に、そちらの方もほとんど出血はなく、辺りに広がる血溜まりは全て、胸の刺傷から流れ出たものだった。

 

 

「これだけの異質な力を行使して、とどめに刀を使ったワケも謎だ」

 

「あぁ。それに、抵抗すらさせず男の心臓を一突きで貫く剣技。並みの攘夷浪士の犯行とは、とても思えねェな」

 

 

 考察すればするほど、事件は深みを増していく。

 それにはやむを得ない理由があった。

 

 実は()()()は、この一件に関する情報をほとんど有していない。

 

 なぜなら――――

 

 

「おや、今回も出動が早いですね」

 

 

 そこに、思案にふける二人へ声をかける者が現れた。

 真選組とは対をなした純白の隊服に身を包み、片眼鏡を装着した面長の顔。

 それを見た途端に土方は表情を強張らせた。

 

 

「エリートを出し抜いて現場検証とは。職務に精が出ますね、鬼の副長殿?」

 

「佐々木……!」

 

 

 その男は見廻組局長、佐々木異三郎だった。

 隣には副長の今井信女も連れている。

 

 

「……」

 

 

 こちらも沖田と視線を交わらせ、空間が一気にが張り詰められた。

 そんな雰囲気を感じ取ってか、周りにいた隊士達は遠のき始める。

 

 

「用件はなんだ。まさか()()立ち退けってか?」

 

「えぇ、理解が早いようで」

 

 

 真選組がこの一件に連なる情報を知り得てない理由――――

 

 それは今回の様に、見廻組の介入があるからであった。

 

 

「アンタらが出張ってくるこたァは、やはりこの事件は『警察狩り』による犯行ってことかい」

 

「その通りです」

 

 

 

『警察狩り事件』

 

 連日に渡って行われる、警察関係者だけを狙った連続殺人事件である。

 すでに被害者は二十人に迫る勢いで、未だ犯人に繋がる糸口すら見つかっていない。

 

 

「……チッ。行くぞてめェらァ!」

 

 

 短い舌打ちを放つと、土方は声を荒らげた。

 

 真選組だけではない。

 見廻組を除く警察組織は、この事件に関与することを許可されていなかった。

 また、その制約を下しているのが松平片栗虎である為、流石の土方も従うしかなかったのだった。

 

 

 剣呑な面持ちのまま、佐々木の真横を通り過ぎる。

 その際、二人にしか聞こえないような声で、土方は話しかけた。

 

 

「……おい。この茶番、一体いつまで続けるつもりだ」

 

「さぁ、それは下手人しか知らぬ事。私に聞かないでください」

 

「ケッ……エリート殿にも分からねってか」

 

「えぇ。私より優秀な方は、意外にも多くいますから」

 

 

 その含みのある発言に、図らずも土方は振り返る。

 そして、問いただそうとしていた。

 

 

そいつは一体誰だ

 

 しかし、喉元までせり上がった言葉は、飲み込まれて音になることはなかった。

 

 どうせまともな返答は返って来ない――――

 

 そう、土方は結論付ける。

 

 

「……クソが」

 

 

 その代わりに出てきたのは、小さな悪態だった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「クソがァァァァァァァァァ!!」

 

 

 日の高く上がった頃、万事屋にて。

 

 銀時は臀部から溢れ出ようとする、大きな悪意と戦っていた。

 

 ……まァ、要するにアレである。

 今朝の卵かけご飯の卵が、傷んでいたのである。

 

 

「神楽ァァァ!早くひねり出して出て来て!お願い!300円あげるからァァ!!」

 

 

 朝食を作った張本人の名に懇願しながら、厠の戸に拳を振るった。

 しかし中からの応答は無い。

 

 

「ちょっと銀さん、そんな大声あげるとご近所さんから怒られちゃいますよ。それに神楽ちゃんは女の子なんだから、もうちょっとデリカシーに配慮しないと」

 

 

 と、そこに居間から新八の諭す声が。

 

 続いて――――

 

 

「そうアルヨ。これだから最近の男共は……ウ○コ一つにやかましいネ」

 

「神楽ちゃんももう少し、発言を改めた方がいい気がするけどね……」

 

「第一に、賞味期限切れの卵くらいで腹壊す軟弱な身体が悪いアル。夜兎を見習うヨロシ」

 

「それに関してはしょうがないんじゃ……って、あれっ?」

 

「……ん?」

 

 

 銀時と新八は何かしらの違和感を感じた。

 銀時は現在、厠から神楽が出て来るのを待っている。

 新八は居間で、神楽と話している。

 

 ――――これは。

 

 

「神楽が二人ィィ!?」

「神楽ちゃんが二人!?」

 

「そんなワケないでしょ。トイレにいるヤツは誰アルか」

 

 

 その指摘を聞き、銀時はすぐさまドアを蹴破った。

 

 そこには……

 

 

「ふぐぅぅぅぅぅ!!」

 

 

 腹を抱えて身を丸くし、呻き声をあげるロン毛の姿が。

 

 

「おめーかよヅラァァァァ!!」

 

 

 言わずも知れた、『狂乱の貴公子』と悪名高い攘夷浪士。

桂小太郎がそこにいた。

 

 

「ヅラじゃない桂だ……ッ!……て、お前は銀時!!なぜここに!?」

 

「いやここ俺ん家だから!!それはこっちのセリフだてめェ、なんで人ん家のトイレ勝手に借りてんだ!!」

 

「実は腹を下してしまってな。くっ……冷蔵庫に入ってた卵を確認もせず食べたのが過ちだったか……!」

 

「それもウチの物だろーが!!お前いつから(そこ)にいんの!!」

 

 

ボケの濁流にツッコミの応酬。

普段となんら変わりないが、今の銀時にはそれは負担でしかない。

 軽く刺激を受けてか、ギュルルルルと銀時の腹部が不快な音を奏でる。

 

 

「ヤバいもう出る!出ちゃう!!」

 

「なんだ銀時、お前も下しているのか。己の体調すら管理できないとは情けない。高杉君もクーデターそっちのけで笑っていようぞ。」

 

「人ん家の冷蔵庫からパクった卵で腹壊してるお前にだけは言われたかねェよ!!……てか、高杉がクーデター!?何の話だ!?」

 

 

 思いがけない名の登場に、つい反応してしまった。

あちら側の意識が一瞬緩むがここは耐える。

 

 

「そうだった。今日はその件で依頼があってここ来たのだった。聞いてくれ、実は……」

 

「ここでその話ィィ!?頼む、話は聞いてあげるから後にしてくれ!」

 

「おおそうか!引き受けてくれるのか銀時!」

 

「そこまでは言ってねェダルォ!?」

 

「お前の協力を得た今、幕府でさえも打倒できるような気が――――そう、すごい一体感を感じる。今までにない何か熱い一体感を。風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、俺たちのほうに……」

 

「風は吹かせなくてはいいから、早く拭いて出てこいつってんだよ!!」

 

「それがな銀時」

 

 

 神妙な眼差しを桂は向けた。

 

 

「紙が、無いのだ」

 

 

「……」

 

 

 

 桂はその後、しばらくしてから出てきた。

 

 銀時のアレは、すぐに出てしまったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 場面は少し進んで、万事屋の居間にて。

 

 寝間着から普段着に着替えたはいいものの、先程から放心状態の坂田銀時。

その傍らには神楽と新八が座しているが、心なしか僅かに距離がある。

そんないつもと何かが違う万事屋にお構い無く、平常運転の桂は切り込んだ。

 

 

「では、本題に入らせてもらうぞ」

 

「この流れで!?」

 

 

 あまりの唐突さに、新八からツッコミが飛ぶ。

 

 

「いや確かに、俺も若干の申し訳なさは感じている。しかし、二十後半の男が大を催すとは……。」

 

「言うな」

 

「あれか。松下村塾で、松陽先生に公開処刑された時以来か」

 

「やめろ」

 

「厠のお礼と言ってはなんだが、カレーの出前を取っておいたぞ。昼飯はまだだったろう、よろこべ」

 

「今の俺にカレーはやめて。マジでやめて。せめてチョコパフェにしてくれ」

 

「どっちも大して変わんないだろ!!てゆうか下ネタに尺使い過ぎだてめーらァ!!」

 

掌を卓上に叩きつける音と共に、新八の怒号が二人の間をつんざいた。

 

 

「それ以前にアンタら、腹壊してるんでしょーが!!」

 

「カレーに関しては別腹だ。ちなみに俺はイエロー(中辛)な!」

 

「なら私はレッド(激辛)ネ!」

 

「ふはははは!久々にニンジャーW(ダブル)カレーの再来といこうじゃないか、リーダー!」

 

「もういい……もういいですから、本題に入っててください」

 

「うむ、そうか」

 

 

 収拾がつかなくなることを予見した新八はツッコミを放棄して、話が進むよう促した。

 元より依頼を持ってきたいた桂は、これに素直に応じる。

 コホンと一つ咳払いをすると、万事屋に訪れた経緯を語り始めた。

 

 

「先ほども少し漏らしたが、今日は高杉の件で依頼があって参った」

 

「"もらす"っていうのやめてくんない?色んなところ敏感になってるから」

 

「銀さんうるさいです」

 

「以前、俺が率いる攘夷党と鬼兵隊が衝突したのは覚えているな?『紅桜』の一件だ」

 

「紅桜……」

 

 

 懐かしき言葉を反芻する。

 

 紅桜――――かつて、村田鉄矢が制作した対戦艦用機械機動兵器。

 高杉は過去に、これを用いたクーデターを画策していた。

しかしそれはもう終わった一件。

桂の暗躍と銀時の介入により、事なきを得たはずだったが。

 

 

「俺はあの時、全ての紅桜を爆破したと思っていた。だが……一本だけ江戸の海に沈み、それを免れていたのだ」

 

「そんな!」

 

 

 新八と神楽は悲鳴にも似た声をあげる。

 一方銀時は、至って冷静だった。

 

 

「……だがヅラ、その事実を知ってるってこたァ」

 

「察しがいいな銀時、その通りだ。海底に眠っていたあ

の凶刃は、俺が回収した」

 

 

桂は攘夷浪士の首魁であるが、兵器を有したとて凶行には及ばない。

 その発言に二人は安堵する。

 だが――――

 

 

「しかし……失策だった。こんなことになるならば、早々に処理しておくべきだった……!」

 

「……まさか」

 

「引き上げてから数日も経たず、紅桜は俺の手元から消えた。何者かに盗まれたのだ」

 

 

 万事屋内に緊張感が走った。

 あの刀の恐ろしさを、この面々は嫌と言うほど知っている。

 

 

「エリザベスの中に隠していたのだったが……」

 

「エリー!!エリーは無事アルか!?」

 

「エリザベスは……それ以来行方知らずだ。どうやらエリザベスは……」

 

「……」

 

「エリザベスは……腹を壊していたため、トイレで無防備になっていたところを狙われたらしい」

 

「お前も下痢してたんかィィィ!!」

 

 

 シリアスな場をぶち壊すかの様に、その時のエリザベスのイメージがもわもわっと浮かび上がる。

 

……そう。

 脱いだ布を扉に引っかけ、便器で格闘する全裸の男性の姿が。

 

 

「誰だこれ!!これホントにエリザベスさん!?」

 

「どうやら犯人は隣室で、その機会を伺っていたようだ」

 

 

 脳内イメージは続く。

 紅桜は脱衣した布の中に入っており、謎の人物によって、それごと個室の外から引っ張り出されてしまった。

 

 

「ちょっとォォォ!!紅桜はもちろんのこと、布を盗まれるのはエリザベスさんにとってマズイでしょ!!」

 

「もしかしてエリー、今は中身の姿で行動してるアルか!?」

 

「『中身』とはなんだリーダー!!エリザベスはエリザベス以外の何者でもない!!」

 

「いやヅラ、お前もさっき『エリザベスの中』とか言ってたぞ」

 

「……あっ、そういえばだ。最近攘夷党に加入した、将来有望な男がいてな。普段から服も着ず、やけ足毛が目立つ男だが……あやつも中々、エリザベスに引け劣らぬ逸材。エリザベスがいなければ、俺の右腕にしてやっても……」

 

「それ絶対エリザベスだろォォォォ!!そいつこそエリザベス以外の何者でもないだろ!!」

 

「……そーいえばヅラ」

 

 

 話の流れを変えるように、神楽が別ベクトルの質問を繰り出す。

 

 

「ヅラはさっきトイレから、どうやって出てきたアルか?紙無かったはずなのに」

 

「ん、紙か?それは偶然持ち合わせていた布切れを使ってだな……」

 

 

 言って、布の切れ端らしき物を懐から取り出す。

 

 その布片には、目のマークの様なモノが二つと、くちばしの様な黄色い膨らみの装飾が施されていた。

 

 

「……」

 

 

 一瞬の静寂が四人の間を流れる。

 

 それを破ったのは、銀時のツッコミだった。

 

 

「おいぃぃぃぃぃぃぃ!!お前の右腕(エリザベス)の服、お前の右腕によってウ○コ付けられて、流されちゃってるけどォォォ!?」

 

 

 桂の腕が自然と震える。

 流石にこれはマズイと思ったのか、額に大粒の汗が浮かび上がりだす。

 1フレーム程の速さでそれを懐に仕舞うと、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「……残念ながら、犯人の目星はまだついていない」

 

「戻した!強引に話を戻したよこの人!!」

 

「だが俺はこの一件、高杉一派の仕業だと考えている。そう言える理由が複数ある」

 

 

 もう桂はエリザベスの話題に触れるつもりはないようだ。

 

 

「まず一つ。紅桜の情報は一部の関係者にしか知られていないという事実。紅桜を打った村田家、鬼兵隊、我ら攘夷党、警察組織……。紅桜の一件に関しては、警察が知り得ている情報などたかだか氷山の一角だろう。また、攘夷党の同士達だが……これも同様だ。彼らはあの抗争の裏に、一振りの刀があったことなど知らない。であれば、紅桜の動向を把握できるのは、同じ攘夷浪士である鬼兵隊以外に考え難い」

 

「まァ、確かにな」

 

「次に、高杉は近頃、不穏な動きを見せていた。紅桜の時以上に、春雨と密な関係を築こうと図っていたり。警察の何者かに協力を促していたり。果ては徳川茂々の敵対勢力、一橋派に接触を企てていたり」

 

 

 疑惑の根拠となる事例を次々と上げていく。

 

 

「俺の見立てでは、近日中にまたクーデターを引き起こすのではないかと推測している。それに、奪われた紅桜を用いるのではないかとも」

 

「ヅラ、お前……」

 

「俺もただ、厠でスタンバっていただけではないさ。紅桜の一件以降、高杉が凶行に走ろうとも対応できるよう、常に監視の目は向けていた。……だが、時すでに遅し。俺の力だけでは太刀打ちできない程に、奴の勢力は拡大してしまった……」

 

 

 話の本筋が見え始めた。

 つまり桂は――――

 

 

「俺たちに協力しろってか」

 

「半分正解だ。お前の力添えも得られれば何よりだが……その他にもう一人、目をつけている者がいるのだ。その者を探し出すのと、助力の説得の手伝いを依頼したい」

 

「……そいつの名は?」

 

「『赤獅子(あかじし)』」

 

 

 聞き慣れない名だった。

 新八と神楽だけじゃなく、それは銀時においても。

 

 

「知らぬもの無理はない。攘夷志士で優先して名が上がるのは、『白夜叉』『狂乱の貴公子』『鬼兵隊総督』『声のデカい人』の四人。其奴の名は一部以外ではあまり知れ渡ってはおらん」

 

「なんか今一人おかしくありませんでしたか?」

 

「つーことは、その赤獅子ってのも俺たちと同じ攘夷志士か」

 

「その通りだ。

 赤き長髪を靡かせ、敵手を狩るその戦い様はまるで百獣の王。鮮血を浴びた緋色の衣は、更に真紅へと染め上がったという。

 そんな、志士の名だ。この者の所為で、攘夷戦争終戦が二年遅れたとも言われている」

 

「大層な伝説なこって。だがなんでそんな野郎が、あまり知られてない?」

 

「俺たちの戦場――つまり攘夷戦争の激戦区は、関東だ。しかし、打って変わって赤獅子の戦域は関西方面。攘夷戦争初頭から終幕までと長らく活躍した志士であり、向こうではある程度有名であったが……世間的には俺たちの影に隠れてしまったのだ」

 

 

 しかし赤獅子はこれだけではないぞと、桂は続ける。

 

 

「他にも凄まじい伝説が残っている。例えば――軍艦数隻を一刀で沈める、手料理が素晴らしく旨い、裁縫がとても得意、好き嫌いせず食べるetc……」

 

「後半めちゃくちゃ家庭的なだけじゃねーか!!最後のに至っては大して称えられるもんでもねェよ!!」

 

「故にこの赤獅子なる者、我ら四天王に比肩する力を持っていると見ている。それに加え、他の攘夷志士に繋がるパイプも。だが協力を得たくとも、その所在はまだ掴めていない……。だからどうか銀時、この者の捜索を手伝ってはくれないだろうか……!」

 

 

 桂の眼差しがより一層真剣な光を宿す。

 

 銀時としても高杉晋助が関わっている所為か、この依頼においては満更でもない様子である。

 

 

「……だがよ、そいつが江戸に来ている保証も無ェんだろ?それに容姿も何も分からねってのに、どうやって探しゃいいんだよ」

 

「む、それは……」

 

 

 

 

ピンポーン

 

 

 

 そこに、万事屋のチャイムが鳴り響いた。

今日は来訪の予定は無いはず、と顔を見合わせる三人。

 

 

「恐らく、出前のカレーが届いたのであろう」

 

 

 時計に目を向けると、すでに正午をまわっていた。

 深刻な話題の連続で疲れを感じていた四人にとっては、これはタイミングの良い休息であった。

 

 

「俺が行こう」

 

 

 と、桂は立ち上がる。

 

 

「此度出前を頼んだ店は『炎亭(えんてい)』と言ってだな。小さく質素な定食屋ではあるが、味は保証するぞ」

 

 

 そう語りながら居間を後にした。

聞き慣れない店ではあったが、桂の舌は馬鹿ではない。

味は保証すると言えば、そうなのだろう。

 まもなくして玄関から店員らしき男と桂の会話が聞こえ始める。

 

 

「小さく質素とは、酷ェ言いようじゃねーかヅラさん。これでもそれなりに儲かってんだぜ?」

 

「HAHAHA!だがそれにしても、相変わらずの安値だな。君の腕ならばもっと取ってもいいのではないか?」

 

「副業で稼げているから、こっちはこれくらいでも釣り合いが取れるんさ。で、ヅラさん、その御代は……」

 

 

 

 

「ヅラ、随分仲良さそうアルな」

 

「そうだね。行きつけの店なんですかね、桂さんの」

 

「さァな。とりあえず言えんのは、攘夷浪士の巨魁が不用意に彷徨くなってことよ」

 

 

 呆れ返る銀時。

 そこに桂からお呼びが掛かった。

 

 

「おい銀時ィ!ちょっと来てくれるか!」

 

「ハァ……なんだヅラァ!」

 

 

 深い溜め息に怒号を添え、銀時はやむなく門戸へと向かう。

 

 そこには銀時と同じく呆れ顔を浮かべた店員と、桂の姿が。

 

 

「いや実はな銀時、財布を持っていなかったのだ」

 

「はァ!?」

 

「悪いが立て替えてくれるか?」

 

「おめーって奴ァ!!」

 

 

 本来なら真選組屯所まで殴り飛ばしているところたが、店員の手前であるため、拳を抑えた。

 

 その握った手をポケットに伸ばし、現金を探る。

 指先に触れたのは小さな茶封筒。

 それはお登勢に渡すはずの、今月分の家賃だった。

 

「わ、悪ィな兄ちゃん。これで足りるか……?」

 

「ん?あァ……」

 

 

 受け取った青年は中身を確認する。

 入っていたのは千円にも満たない額だった。

 流石にこんな端金では、四人分のカレーは買えない。

 そう思っていたが――

 

 

「おお。凄ェなアンタ、ピッタリだ」

 

「えぇ嘘ォ!?」

 

 

 あまりの格安さに驚愕を隠せない。

 その心中を察したのか、青年は笑みを浮かべて銀時を見やる。

 

 

「お手頃でしょう。安さがウチの売りなんでね」

 

 

 こちらを見つめるその眼は一直線で、嘘をついている様子はない。

 

 そうして視線を交わらせたことにより、銀時はようやく青年の容姿を視認した。

そして、気づいてしまった。

 

 

 

青年の燃ゆる様な

 

 

 

 

 

 

緋色の双眸と

 

 

真紅の頭髪に

 

 

 

 

「これからもどうぞご贔屓に」

 

 

 太陽の様な屈託のない笑顔を見せると、青年は颯爽と去っていった。

 

 その笑みを当てられた銀時は、呆けてその場から動けないでいた。

 

 

「……アイツは……」

 

「彼か?」

 

 

 桂の声で現実に引き戻される。

 

 

「いい好青年だろう。日原大成君と言ってな。若くして一人で定食屋を切り盛りする、実に素晴らしいひ……」

 

「ふんぬッ!!」

 

 

 言い終わる前に、桂の顔面に鉄拳を放った。

続けて、ツッコミも。

 

 

 

「アイツ絶対ェ赤獅子だろォォォ!!」

 

 




ちなみにですが、作者名の『tototo』はトイレのTOTOから来ているワケではありません。

 でもトイレのあの個室空間って、すごい落ち着くよね。



『松下村塾で、松陽先生に公開処刑された時』というのは、銀魂単行本58巻の質問コーナー186から。

『江戸の海に沈んだ紅桜』は、劇場版新訳紅桜篇のラストシーンより。

『ニンジャーWカレー』は原作第67訓で登場した、桂と神楽のコンビ名ですね。


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第二訓 火事は110番じゃなくて119番だから

「あいつ……どこ行ったアルか」

 

 

 炎天の下、煌々と照る太陽が視界を歪ませる。

 神楽は完全に日原大成を見失い、途方に暮れていた。

 

 銀時が桂を殴りつけた後、直ぐ様あとを追った万事屋。

 しかし彼の漕ぐ出前用自転車は想像以上に速く、数度街角を曲がったところで掻き消えてしまったのだった。

 

 

「夜兎の、足でも、追いつけないなんて……」

 

 

 先行していた神楽に、ようやく追いついた新八と銀時。

 どちらも肩で息をしており、特に銀時は腹痛と相まって深刻な面持ちだ。

そんな二人に対する神楽の視線は、温い大気と比べてとても冷たい。

 

 

「なっさけないアルな男共」

 

「神楽ちゃんと比較しないでよ……」

 

「いやしかし、何よりも驚きなのは奴の身体能力だな。こりゃホントに当たりかもしれねェ」

 

 

 言いつつ、銀時は自然な流れで番傘の中に入り込んだ。

 即座に腹部をど突かれて追い出されてしまったが。

 

 

「神楽ァァァ!!腹は……!腹はやめよう……ッ!!」

 

「それよりも、ヅラはどうしたアルか。ヅラがいれば万事解決ネ」

 

 

 確かに、桂から日原大成の所在を聞けば済む話である。

 しかし――――

 

 

「桂さんはその……銀さんのパンチで気を失っちゃって……」

 

「どこまで役に立たないアルかお前は!!」

 

「やめてッ!!」

 

 

 回転を加えながら、神楽は腹を抉るように踏みにじる。

 そんな悶え苦しむ銀時だが、懸命に己の有益性を訴えた。

 

 

「ぎ、銀さんをあまく見んじゃねーよ!俺が何の手掛かりも掴めてないとでも!?」

 

「手掛かり……?」

 

 

 足の力が緩まる。

 銀時はその機を狙って、仕返しとばかりに起き上がる勢いで神楽を弾き飛ばした。

 

 

「わわッ!」

 

「……ったく。アイツが乗る自転車にな、『北斗心軒』って書いてあった」

 

「本当ですか!?」

 

 

 続けて自身の推論を語る。

 

 

「もしかしたら日原大成は幾松と面識があって、その繋がりからヅラは知り合ったのかもしれねェ」

 

「だとしたら、僕達が向かうべき場所は……」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「そーいうワケで、ウチに顔出したんかいアンタ等は」

 

「松姐、おかわり!」

 

「まったく……ラーメンはただじゃないんだけどねェ」

 

 

 場面は移って北斗心軒のカウンター席にて。

 これまでの事情を話した万事屋は、日原大成との関係を訊き出そうとしていた。

勿論、攘夷志士の話題は伏せてだが。

 

 一方神楽はラーメンを貪り、カウンター空の丼を積み重ねていた。

 万事屋を出る際、さりげなく四人分のカレーを平らげてきたというのに。

 

 

「で、そこんところどうなんだ幾松」

 

「確かに、大成君は北斗心軒と交流があるよ。アンタが見た自転車はウチが貸した物だし、(あのひと)に紹介したのも私さ」

 

 

 銀時の推測は正しかった。

 

 

「七、八年前だったっけ。まだ旦那が健在だった頃だね、彼が訪ねて来たのは」

 

 

 ――――八年前つったら、攘夷戦争が完全に終わった年だな。

 

 日原大成を攘夷と関連づける。

 銀時の内心、僅かではあるが赤獅子疑惑はより強いモノとなった。

 

 

 「この近くで定食屋を開きたいから、経営のノウハウを教えてくれって頼み込んで来たのさ」

 

「へぇ、そんな経緯が……って、今『この近く』って言いませんでしたか!?」

 

「なんだ、気づかなかったのかい?大成君の店は……」

 

 

 手に握る水切りを窓外へ向ける。

 

 

「ウチの相向かいだよ」

 

「はあああ!?」

 

 

 新八は思わず驚嘆の声をあげた。

 窓枠から覗き込むと、確かに『お食事処 炎亭』という看板を掲げた家屋があった。

確かに、桂が口にした店名と合致する。

 

 

「本当だ……」

 

「来た時はまだ年端もいかない少年だったからねェ。旦那もつい手解きしちまったが……今じゃ、いい商売敵だよ」

 

「なんだ。北斗心軒のライバルってんなら、炎亭ってのもたかが知れてるな」

 

「へいラーメン一丁」

 

 

 軽口を叩くと同時に、銀時の顔面にラーメンが叩き付けられる。

この一連の流れはもはや北斗心軒の様式美だろう。

 

 

「あっっっつゥ!!」

 

「それにしてもアンタ達はマヌケだね。ここには度々足を運んでるってのに」

 

「灯台もと暗しっ、てヤツですかね」

 

「それに大成君の腕は確かなものだよ。ということは、この私も」

 

「客にラーメン投げつけるその接客術を指摘してんだよ!!」

 

 

 銀時は声を荒げ、頭にかかる麺を払いながら戸口に向かった。

 服に染み込んだ汁を絞り出す為である。

 

 

「あーもう、ビチャビチャじゃねーか。こんな客の怒りに火ィ付けるような真似して、よく経営の手解きなんてできたな」

 

 

 不満をたれながら取手に手を掛ける。

 戸をスライドさせて開け放つと、店内に外気が流れ込んだ。

 

 夏の日差しより、ラーメンのスープより熱を帯びた外気が。

 

 

「わあああああああ!?」

 

 

 それを真正面から浴びた銀時は、咄嗟に後ずさった。

 

 

「何!?何事ですか銀さん!?」

 

「分からねェ!」

 

 

 状況が把握できない。

 熱で目も開けない。

 だが、外が喧騒に満ちていることは確認できた。

 

 ほどなくして熱気に慣れた一同は、屋外へ駆け出す。

 そして眼前に広がる光景に、言葉を失った。

 

 

「……」

 

 

 

 お食事処炎亭が、燃えていたのだった。

 

 その名の如く業火に包まれて。

 

 

 

「何あれえええええ!!さっき見た時は普通でしたよね!?今の一瞬で何があったァァァァ!?」

 

 

 道行く一般人と同様に困惑する万事屋。

 そんな中、幾松だけは平静を保っていた。

 

 

「なんだ、またやったのかいあの子は」

 

「またって何!?」

 

「炎亭から火の手が上がるのは、稀によくあることなんだよ」

 

「火事なんてそうそうあるもんじゃねェだろ!!てか《稀によくある》ってどっちだ!!

 

「とっ、とりあえず銀さん!日原さんを助けに行きましょう!きっとまだ中にいるのでは……!」

 

 周章狼狽の銀時に、新八は先ずもって提案した。

 幸い、火が回っているのは二階部分だけである。

 故に幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとって、飛び込んで人一人助け出すことなど難儀なことではなかった。

 

 

「よ、よし!とりあえず俺が店内を探すから、新八は119番通報しておけ!……あれっ!?119番って何番だったっけ!?110番だっけ!?」

 

「119番は119番です!」

 

「そうか、119番か!じゃあ俺はこれから119番に突入するから、新八は炎亭に通報を!」

 

「銀さん、何かが違います! 逆です!しっかりしてくださいよ!地の文も『難儀なことではない』って言ってるんですから!」

 

 

 幾多の変局に立ち遭ってきた万事屋にとっても、飛び込んで人一人助け出すことは難儀なことであり、ただ狼狽するしかなかった。

 

 

「変わっちゃった!地の文も呆れて内容変わっちゃったよ!」

 

 

 そうしてツッコんでいる間にも、炎は更に拡大していく。

 

 そんな中から、場違いに思える晴朗な声が響き渡った。

 

 

「あ、幾さァァん!!

 

「!?」

 

 

 声の発生源に周囲の視線が注がれる。

 それは日原大成のモノだった。

 まもなくして、火中からその姿を現す。

 

 やはり頭髪は深い赤で、火炎を背景にしても際立っていた。

 その色はとても染めて出来るものではない。

 

 そんな大成は四人を見下ろすと、こう続けた。

 

 

「自転車、もとの場所に戻しておいたからァァァ!」

 

「あいよォ!」

 

「なにナチュラルに会話してんですかアンタら!そんな状況じゃないでしょう!」

 

「ん? 君達は……」

 

 

 新八とは顔を合わせてない為、大成は首を傾げるしかなかった。

 しかし銀時の顔を見た途端、三人が何者かを理解した。

 

 

「あ、確か万事屋さんだったか?さっき出前に行った……」

 

「そうです! 万事屋です!大丈夫ですか日原さん!?」

 

「これが大丈夫に見えるかァァァァ!!」

 

「大丈夫じゃないんかい!!だったらもっと危機感持てよアンタ!!」

 

 

 その瞬間、炎の勢いが増す。

 流石にマズイと思ったのか、大成は上階から華麗に跳躍した。

 

 太陽を背に宙を舞うその姿は、まるで獣のよ……

 

 

「痛ッ」

 

「ちょっ……!」

 

 

 火災旋風に煽られバランスを崩した大成は、砂埃を立てて地面に突っ伏す。

もはや何からツッコめばよいのか、新八は分からなくなっていた。

 

 だが、そんな事はお構い無しに大成は続ける。

 

 

「万事屋ってのは確か、依頼をすれば引き受けてくれる何でも屋だったよな。ヅラさんがよく口にしてたんだった」

 

 

 呑気に駄弁る大成だが、今もなお店は燃えている。

 というか、大成自身も炎上していた。

 

 

「燃えてる!背中燃えてる!!」

 

「こんな場で依頼するのもアレだけど、引き受けてくれるか万事屋さん」

 

 

 鈍感なのか、はたまた意に介していないのか。

 

 

「消火、手伝ってくれない?」

 

 

 人懐っこい笑みを溢しながら、大成は頼み込んだ。

 

 

「わかった!わかったからまずは背中の火を消そうか!お前の命の灯が消火されちゃ……」

 

「あ」

 

 

 次の瞬間、銀時が言い終えるのも待たず大成は火だるまへ変貌する。

 

 

「ちょっとォォォォォォ!!」

 

 

 心配、当惑、その他諸々――

 

 様々な感情が入り雑じった哮りが、火の粉舞う空に轟いていった。

 

 



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第三訓 犬は119番じゃなくて110番で合ってます

「助かった助かった!」

 

 

 まだ火煙の匂いが立ち込める店内で、日原大成は軽快に笑う。

 その様は先程、自宅が火災に遭っていた人にはとても見えない。

 笑顔をひきつらせた万事屋はそんな思いを抱きつつ、カウンター越しに彼を傍観していた。

 

 

万事屋(みんな)のお陰で、手早く消火することが出来たよ。ありがとな」

 

「いや……正直僕たち何もしてないんですけど……」

 

 

 消火作業を思い返す。

 それはもう力技に頼った、強引な鎮火活動であった。

 

 

「まさか、燃えている二階部分を解体するとは……」

 

 

 新八の言うことに偽りは無い。

 

 どこからともなく刀を持ち出してきた大成は、火が回った建材を次々と斬り離して燃え広がるのを防いだ。

 分断した木材等は道に投げ捨て、万事屋がその火を鎮める。

 幸い、隣家に燃え移る前に消火は完了し、事なきを得たのであった。

 

 

「第一、なんでお前ん家は燃えてたアルか」

 

 

 手始めに切り込んだのは神楽だった。

 これに関しては銀時、新八も同様に疑問に感じていた。

 

 

「うん、まァ……大した理由じゃねェや」

 

 

後ろめたさがあるのか、少々言い淀む大成。

 

 

「なんだヨ~言えヨ~。お前が言ったら私も言うアルから~」

 

「俺が言ったら神楽ちゃんも絶対言えよ!絶対だぞ!?約束だかんな!?」

 

「なんで修学旅行で好きな子言い合うノリ!?日原さん別に乗らなくていいから!」

 

「いや、実はね」

 

 

 うなじを掻き、やはり少しばかり恥じらいながらも大成は答えた。

 

 

「俺が起こすトラブルに乗っかって、一緒にバカやってくれる様な人がタイプです。願わくばナイスバディ求む」

 

「日原さんその話じゃない!その話もう終わりました!」

 

「えぇマジか!?」

 

 

 ボケてるのか、素なのか。

 せっかくカミングアウトしたのに――――といった面持ちで続ける。

 

 

「ま、とりあえず神楽ちゃんみたいなまだ幼い子は、対象外だから安心し」

 

「ほあたァァァァ!!」

 

 

 大成の言った『幼い』とは、胸か歳か。

 どちらを意味したのかは分からないが、兎も角気に障った神楽は大成の顔面に拳を放った。

 その衝撃で、損壊した家が更に揺れる。

 

 

「日原さんんんん!!」

 

「流石、幾松んとこで手解きを受けただけあるな。客の神経を逆撫でんのが上手ェや」

 

 

 厨房に大の字で伸びる大成を眺め、銀時は納得する。

 しかし夜兎の鉄拳を食らったにもかかわらず、意外にも大成はすぐ復活した。

 

 

「か、辛うじて致命傷で済んだ」

 

「なんで無事なんですか!?今の絶対アウトでしょ!」

 

「これが俗に言う顔面セーフというヤツか……」

 

「アウトだよ!!」

 

「脳が揺さぶられて変な光景が見えてきた……。タコさんウインナーが高速でモヒカン貫通したり、グローブに弾かれたり、ロッカーにぶち当たったり……。そんなハチャメチャな、女子高生の日常が見え……」

 

「アウトだよ!!!」

 

 

 だがその割には平然としている。

 確かに手応えはあったのに、と言わんばかりに神楽は首を傾げていた。

 

 気付けば火事の話題からは逸れてしまった。

 いや、上手く逸らされたというべきか。

 

 言い辛い事でもあるのか――――

 

 引っ掛かる点はあれど、それを伏せようとした大成の心情を汲んで、銀時はそれ以上言及しようとはしなかった。

 

 

「次は俺が訊いていいか?ええと、坂田銀時さんだっけ」

 

「銀時でいいぞ」

 

「なんで銀さん達は俺を追って来たんだ?」

 

 

 銀時は本題を切り出すタイミングを伺っていた。

 よって、向こうから訊ねて来たのは好都合であった。

 

 

「質問に質問で返すようで悪ィが……大成、お前はこの廃刀令のご時世に、何で刀を持ってやがる」

 

「これか?」

 

 

 壁に掛けられている刀剣に視線を向ける。

 

 頭から(こじり)まで黒塗りで、(つば)の金色がよく映える。

 (さや)には血濡れた切れ布が巻かれていて、その隙間からは擦傷が顔を覗かしていた。

 さらに柄巻は所々解れ、使い古されているのが見て取れた。

 

 

「もしかしてそれは、攘夷戦争の零物なんじゃないのか?」

 

「……何が言いたいん?」

 

「お前は元攘夷志士かって訊いてるんだよ」

 

 

 一瞬で場が緊張感に囚われる。

 

 心倣しか……

『攘夷』という単語に反応した大成の口調と眼は、別人の様に感じられた。

 

 置いてけぼりを食らった新八と神楽に、もう入り込む余地は無い。

 もはやただ二人のやり取りを見守るしかなかった。

 

 

「俺達ァ依頼で、ある人物を探してんだ」

 

「誰を?」

 

「『赤獅子』っていう攘夷志士」

 

 

 銀時はただ、大成が赤髪赤眼という点だけで赤獅子と確信したのではない。

 

 万事屋で目を合わせた時、理解したのだ。

 

 澄んだように見えたその目は――――

 狂乱の貴公子、鬼兵隊総督、そして(しろやしゃ)と同類。

 数多の屍が転がる、そんな死地に生きた者の眼だと。

 

 

 察したのだ。

 

 微笑みの裏に伸びた陰は――――

 桂小太郎、高杉晋助、そして(さかたぎんとき)と同種。

 大切な何者かを失った者の闇だと。

 

 

 

「隠す必要は無ェよ。俺も過去に、『白夜叉』っつー攘夷志士やってた」

 

「銀さん!」

 

 

 新八達にすらあまり語ることのない、攘夷戦争時代の異名を晒す。

 これは紛れもなく、腹を割って話そうという合図だった。

 

 

「……!」

 

 

 この発言を聴いた途端、大成は行動に出た。

 

 即座に戸棚から"何か"を取り出し、厨房側から客席側へ跳ぶ。

 今までのくだらぬやり取りが嘘のような、俊敏な身のこなしで。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 突然の行動に、銀時は反射的に木刀へ手を伸ばした。

 ――――が、それを掴むより先に、大成の手が銀時の腕を捕らえた。

 

 逃れようとしても、想像以上の豪腕がそれを許さない。

 

 そしてもう一方の手に握る"何か"が、怪しく鈍い銀色に光った。

 

 

「お前、何を……ッ!」

 

「銀さんんん!!」

「銀ちゃんんん!!」

 

 

 一歩遅れて新八、神楽が駆け寄る。

 しかし振り降ろされた"何か"は、もう止まることはなかった。

 

 

 

 

 

カチリ

 

「はい、確保」

 

「へ?」

 

 

 間抜けた声がおのずと洩れる。

 

 大成の取り出した"何か"。

 光を反射する金属質の物体は――手錠だった。

 

 ここは定食屋であるため、包丁の類いだと勘違いしていた三人は完全に虚を突かれてしまった。

 

 

「は……?」

 

 

 銀時を拘束したのち、大成は懐からスマホを取り出し、慣れた手つきで画面を操作する。

 

 

「あーもしもし、俺です俺。炎亭の日原大成。真選組の屯所で合ってます?」

 

「ちょ……ちょっと……」

 

「なに?消防なら110番じゃなくて119番だって?いやだなァもう、いくら俺でも何度も火事起こさないよ。冗談キツイぜ」

 

「起こしてただろ!」

 

「いやー実は、伝説の攘夷志士の白夜叉だと名乗る男がウチに来ましてね。あっはい。捕まえたんで、引き取りに来てもらえます?」

 

「おい、大せ……」

 

「あ、すぐ来てくださる?ていうかもう既に二人向かっていると。あ、はい。了解しました。はい。では失礼しますね。はい、お待ちしておりまーす。はーい」

 

「はーい……じゃねェよォォォ!どういう事だ大成、説明しろ!」

 

 

 手錠の鎖を揺さぶり、やかましく音を鳴らしてもの申した。

 

 

「そーいう流れじゃなかったじゃん!ここからシリアスに展開してく感じだったじゃん!」

 

「悪ィな銀さん」

 

 

 通話を終えた端末を仕舞うと、自らも座席に腰を降ろす。

 

 

「残念ながら、多分俺はアンタの探してる『赤獅子』じゃないよ。戦争経験者ってのはアタリだけどな」

 

 

 語る大成の顔には、もとの柔らかな笑みが張り付いていた。

 

 

「けどそれはもう昔の話。今の俺は副業の繋がりで――――」

 

 

 万事屋での時の様に悪戯っぽく、こう告げた。

 

 

「警察関係者なんだ」

 




『質問を質問で返すなあーっ!
 疑問文には疑問文で答えろと寺子屋で教えているのか?
 わたしが「追ってきた理由」はと聞いているんだッ!』

 というパロディを大成の台詞に入れようかと思ったけど話の流れが明後日の方向に行って収拾がつかなくなりそうだったので自粛しましたハイ。



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第四訓 第一発見者は一番疑われやすい

「沖田くぅん、助けてぇ……」

 

 

 炎亭の暖簾を潜ると、なんとも気色の悪い猫なで声が出迎えてくれた。

 客は二人、沖田と土方。

 声の発生源は手錠を掛けられた坂田銀時である。

 

 

「うげっ……」

 

 

 沖田は神楽と、土方は銀時と目を合わせ、露骨に嫌な表情を浮かべた。

 

 

「なんだ。ウチに向かってる二人組ってのは、総悟とトシさんだったんかい」

 

 

 大成は彼等と知友なのか、親しみを持って迎え入れた。

 

 

「いらっしゃっしゃっしゃせ」

 

「おい大成、まずは色々ツッコませろ。なんでお前ん家はまた火事になってんだ?なんで万事屋が炎亭(ここ)にいんだ?なんであの腐れ天パは捕まってんだ?あと土方スペシャル頼む」

 

「あいよ」

 

 

 煙草をふかしながら無遠慮に座席に着く。

 さりげなく注文する辺り、土方はこの店に慣れているようだ。

 

 

「くそッ……朝っぱらから腹立たしい事があったってのに、ついてねェな」

 

 

 土方の言う()()()()()()とは、見廻組の介入の事である。

 そんな鬱憤を払拭するように、煙草を灰皿に押し付けた。

 

 

「で、何があったんだ?」

 

「実はこの万事屋の銀さん、元白夜叉だって言うからさ。ほっとくワケにはいかねェだろ」

 

「もうこの際、多串君でもいい!大成にちゃんと説明してやってくれ!」

 

「誰が多串君だ!久しぶりに聴いたなそれ!」

 

 

 まったく――と呆れる様に、溜息を吐く。

 

 

「おい大成、鍵渡してやれ」

 

「いいのか?」

 

 

 伺いながらもカウンター越しに沖田へ鍵を手渡した。

 応じた沖田は、それを鍵穴に差し込む。

 そして大成の誤解を解かんと、簡単に説いた。

 

 

「大成さんと同様でさァ。万事屋の旦那が元攘夷志士だってのは、俺達ァ容認してるんで」

 

「あぁ、そうなんか!」

 

 

 大成と真選組の間で、過去に一体どんなやり取りがあったのかは分からない。

 だが彼等の口振り、振舞いからその付き合いは長いようだと感じられた。

 

 

「悪かったな銀さん。立場上、伝説の攘夷志士を野放しには出来ねェからよ。……にしてもちょっと乱暴過ぎたな。済まねェ」

 

 

 土方等とは違って、皮肉らず自らの非を認める辺り、好感が持てる。

 

 

「いや、構わねーよ。俺も少し踏み込み過ぎた。……てか沖田君、まだ外れないんスかね?」

 

「あっ」

 

 

 何かに気付いたかのように声を漏らした。

 

 

「この鍵、歪んでいやすねェ」

 

「え」

 

「これじゃ解錠できねーんで、後で屯所に来てもらえます?」

 

「はぁ!?」

 

 

 先程の火事で熱せられた所為か。

 鍵穴から抜いて見せた鍵は確かに変形し、ただの鉄の棒と化していた。

 

 

「おいトイレとかどうすんだよこれ!拭けないんだけど!?」

 

「そこのチャイナにでも介護してもらってくだせェ」

 

「ふざけんなヨ!てめぇの首のヒラヒラしてるやつ引きちぎってトイレットペーパーにしてやろか!」

 

 

 と、もはや恒例のいざこざが勃発する。

 そんな騒ぎを横目に、いつの間にか調理を終えていた大成は、土方の前へ丼を差し出した。

 

 

「はいよ」

 

 

 豊潤な香りが店内に揺蕩い――――などと料理小説にありがちな表現は似つかわしくない。

 だってこれは、カロリーの塊。

 形容するなら、犬のエサ。

 それこそが土方スペシャル(大成ver)

 

 汚物に見えてしまうのは大成の腕が悪いのではなく、その存在自体がゲテモノだということを、念のため付け加えておこう。

 

 

「いただきます」

 

 

 箸を割ると同時に、マヨネーズを飛び散らせるかの勢いで掻き込み始めた。

 見てるだけで胸焼けしそうなそれは、光の速度で消えていく。

 

 

「土方さん、よくあんな物を食べれますよね……」

 

「ホントそれ」

 

 

 互いに小声で言葉を交わす。

 これに関しては大成も奇異だと認識しているようで、新八は僅かに安心した。

 

 

「でもここだけの話。俺としてはご飯にマヨネーズ掛けるだけで金取れるから、トシさんには度々足を運んで欲しいと思ってる」

 

「聞こえてんぞ」

 

「けど調理師の身からしたら、もうちょい健康に気ィ付けてもらいたいんだがねェ」

 

「……大成、お前は調理師なのか?」

 

 

 言ってなかったっけ、というような顔を浮かべる。

 それが副業なのかと銀時は問うと、大成は気軽に答えてくれた。

 

 

「あぁ、そうだよ。真選組には週2で、朝と夜の飯を担当させてもらってる。真選組に限らず見廻組や、他の奉行所も手掛けてるけどね」

 

 

 見廻組という単語に、土方の眉がピクリと反応する。

 

 

「おっと、まーたサブさんと何かあったんか。触れないでおくけどさ」

 

 

 サブさん――――佐々木異三郎のことだろうと、銀時は脳内で変換した。

彼らとの交友もあるのかと、大成の顔の広さに少々驚嘆する。

 

 

「ま、食堂のおばちゃん的な感じだよ。お残しは許しまへんでーってヤツ」

 

「だが、ただの調理師が逮捕権なんか持ってるもんなのか?いくら警察の胃袋任されてるとはいってもよ」

 

「この人はちょいと特別なんで。それも認可されてんでさァ」

 

 

 これには沖田が平易に応じる。

 続けて、抱いていた疑問を銀時にぶつけた。

 

 

「それにしても、旦那は炎亭に何用で?」

 

「うっ……」

 

 

 言葉に詰まった。

 経緯を説明すると面倒になる。

 流石に真選組の眼前で、桂小太郎の名を口にすることは出来ない。

 

 

「ま、まぁ……アレだよ。

 アレがああしてこうだから、それなんだよ」

 

「指事語しか喋れねェ体になっちまったんですかい?」

 

 

 言葉を濁す、というにはあまりにも粗末である。

 そんな銀時を見かねて、大成は口を開いた。

 

 

「確か銀さん、『赤獅子』を探してたんだっけな?」

 

「ちょ、いや……!」

 

「赤獅子っていうのは――――」

 

 

 事情を知らぬ大成は悠々と語ろうとする。

 だが、そこまで言い掛けたその時だった。

 

 

「銀時ィ!やはりここにいたのか!」

 

 

 戸の滑る音と共に、新たな来客の声が轟いた。

 名指しされた銀時に限らず、皆がその方へ振り向く。

 その人物は――――

 

 

「おう、ヅラさんも来たんか。いらっしゃい」

 

 

 桂小太郎だった。

 あまりにもタイミングが悪すぎる、と銀時は頭を抱える。

 私は無関係ですよーと言わんばかりに、新八と神楽も目をそらした。

 

 

「帰っていたか大成君。目覚めたら誰もいないものだから、もしやと炎亭に足を運んでみたが……」

 

 

 そう言って店内に目を配らせる。

 当然、真選組の二人と視線が衝突した。

 

 

「……」

 

 

 一瞬の静寂が流れる。

 ほんの、コンマ数秒。

 それを切り裂いたのは、バズーカの爆裂音と

 

 

「桂ァァァァァァ!!」

 

 

 沖田の怒号だった。

 咄嗟の射撃で僅かに狙いが逸れ、桂の頬を弾丸が掠める。

 標的を失ったそれは炎亭の壁に命中し、激しい爆煙を巻き上げた。

 

 

「ちょっとォ!!俺ん家もうこれ以上苛めないであげて!!」

 

「火事はオメーが原因だろ!」

 

「てか何だ!?ヅラさんが何かしたんか!?」

 

「ヅラさんて……アイツは攘夷志士の桂小太郎だぞ!!」

 

「はあああああ!?」

 

「気付いてなかったんかいィィィ!!」

 

 

 大成と土方のやり取りを余所に、沖田は煙中へ斬撃を放つ。

 生じた風圧で煙幕が晴れると、もうそこに桂の姿は無かった。

 流石、逃げの小太郎の名は伊達じゃない。

 舌打ちを鳴らすと、沖田はすぐさま後を追った。

 

 

「大成お前も来い!」

 

「お、おう」

 

 

 壁に掛けられた刀を腰に差すと、二人も後に続いた。

 そうして、喧騒に溢れていた店内は鎮まり、万事屋は静寂の中に取り残されてし

 

 

「ただいま」

 

 

 と思いきや、大成だけ即座に帰って来た。

 土方の食べ終わった食器を手に取ると、厨房にて洗剤を注ぐ。

そのボトルには、手書きで『特殊異物専用』と表記されていた。

 

 

「これに漬けとかないと、マヨの油汚れ落ちないからさ」

 

「家庭的かッ!」

 

「じゃ、イテキマース」

 

 

 そう言い残すと、大成は再び外へ駆けていった。

 

 家屋にまた静けさが訪れる。

 そんな中、三人はポツポツと話し始めた。

 

 

「なんか、悪い感じはしないヤツだったアルな。安心感というか、なんというか」

 

「そ、そうだね……。案の定、変な人ではあったけれど」

 

「だが結局、赤獅子の事は訊けずじまいか」

 

 

 しかし、大成が赤獅子について何かを知っているという事は分かった。

 元攘夷志士だという事実。

 警察組織との繋がり。

 謎は深まってしまったが。

 

 

「まァ、真選組(あいつら)と関わりがあるってんなら、近いうちに会うとこもあるだろうよ。それよりも……」

 

 

 銀時は手元に目を落とした。

 

 

手錠(これ)どうしよう」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「どこ行ったんだヅラさん」

 

 

 炎亭を発って数時間後。

 大成は桂を追って、人気の無い小路にいた。

 日は傾き始めたのも相まって、周囲には大成一人しかいない。

 

 

「こっちの方だと思ったけど……」

 

 

 あの後、真選組は隊士達を動員し大々的に捜索していた。

 しかし行方はくらまされ、人海戦術で手当たり次第に探している最中である。

 大成もその面子に混ざり、勘に身を委ねて桂を追っていた。

 

 ――――そんな、時だった。

 

 大成の足元に、背後から何者かの人影が差し込む。

 

 

「誰だ?」

 

 

 僅かに感じた異質な気配に警戒心を抱きつつ、大成は振り向いた。

 

 

「……なんだアンタかい」

 

「どうだ、桂はいたか?」

 

 

 そこに佇んでいたのは一人の真選組の隊士だった。

 食事係というだけあって隊士達の顔は全て把握しており、この者も例に漏れず顔見知りである。

 小さく安堵すると、大成は答えた。

 

 

「いや、いねェな」

 

「流石は逃げの小太郎、と言ったところか」

 

 

 大成は話す。

 

 

「しかし、あのヅラさんが桂小太郎だったとは……」

 

「知人だったのか?」

 

 

 大成は語る。

 

 

「ああ。前々からよく足を運んでくれてたんだ」

 

「そ……ッ」

 

 

 大成は続ける。

 

 

「んな悪い奴にも見えなかったけどなァ。中々面白い人でよ」

 

「……」

 

 

 大成は喋る。

 

 

「……てか気付かなかった俺は、何かしら責任問われるかね?」

 

 

 大成は独言する。

 

 

「少なくともトシさんには、小言を言われそうだな……って」

 

 

 一人で話していることに気付いた大成は、隊士の方に顔を向けた。

 

 

「会話をしよう!?普段ぶっきらぼうなのは知ってるけど、二人の時くらいは会話し」

 

 

その瞬間

 

 

 

 

 大成の顔に生暖かい液体が掛かった。

 視界を奪われ、咄嗟に腕で拭う。

 

 それは、大成の頭髪より深い赤色をしていた。

 

 

「血……?」

 

 

 次に視線を隊士に向ける。

 

 彼の首は刎ねられ、肉体は血の噴水と化していた。

 

 少し遅れて、身体が崩れる様に地面に倒れ込む。

 そして大成の足に、転がってきた頭部が触れた。

 

 

「……」

 

 

 抜刀し周囲を見渡すが、大成の他に誰もいない。

 気配も何も感じ取れない。

 強いて動いているモノを上げるなら、痙攣している隊士の亡骸くらいである。

 

 ――――そう、状況を確認した矢先だった。

 

 路地の物陰から、買い物帰りらしき主婦が現れる。

 

 

「ひッ……いやあああああああ!!」

 

 

 現場を目撃した女性は、案の定けたたましい悲鳴を上げた。

 腰を抜かし、落とした買い物袋からは夕飯の食材だろう物が転げる。

 じゃがいも、人参、玉ねぎ、鶏肉――――――

 

 今夜はカレーかシチューかな?

 

 

「(ってそんな考察してる場合じゃねェ!)」

 

 

 完全に自身が殺ったと思われている。

 それ以前に、まだ犯人が近くに潜伏してる可能性だってある。

 この状況はよろしくないと、大成は事情を話そうとした。

 が、女に声を掛ける前に、多数の足音が聞こえ始めた。

 先程の悲鳴を耳にして、近くの真選組隊士が駆けつけたのだろう。

 

 

「おい、そこで何をしている!!」

 

 

 聞き慣れた声が小路に響く。

 それを発したのは土方だった。

 続いて、大成を取り囲むように隊士達が群がる。

 

 

「大成!?お前……」

 

 

 反応はそれぞれ。

 絶句する者、切っ先を向ける者、目を逸らす者。

 中には沖田の姿もあり、すでに刀の柄に手を添えて、殺気を帯びた眼差しを注いでいた。

 

 そんな群衆の中から、一つの声が漏れる。

 ――――まさか、大成があの警察狩りだったのか?

 

 真選組の釜の飯を担う仲間ではある。

 付き合いも長い。

 だが元攘夷志士という過去が、疑惑を抱かせる一つの要因となっていた。

 

 

「違うぞ、俺じゃ……」

 

 

 しかし即座に、この言葉には意味が無い事を悟る。

 状況は誰が見ても大成が下手人である。

 

 ここで弁明しても無駄か……と。

 大成は抜き身の刀を鞘に収めると、土方の方へ放った。

 

 

「大成……」

 

 

 何も語らず、両手をただ高く挙げる。

 俯く様に視線を落とすと、先程の生首がこちらを見ていた。

 

 生気を失ったそれは、まるで自身の死に気付いてないかの表情をしていた。

 



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第五訓 漫画の世界では斬撃が普通に飛ぶから気を付けろ

「おいおい、やたら騒がしいな」

 

 

 真選組屯所の一室にて。

 珍しくもここに訪れていた銀時は、机越しに沖田へ話し掛ける。

 

 

「昨日のあの後起きた事件で、皆浮き足立ってんでさァ」

 

 

 ()()()というのは、桂を追って沖田達三人が炎亭を飛び出していった時の事を指す。

 つまり、銀時が手錠を掛けられたりしてから一日が経過していた。

 今日銀時が屯所に足を運んだ目的は、その手錠を外してもらう為である。

 

 

「……はい、取れやした」

 

「ったく。事件(それ)が無けりゃ、こんな所に二度も来なくて済んだのによ」

 

 

 実は昨日の夕暮れにも、銀時は一度訪れていた。

 しかし屯所内はかつてない程騒々しく、対応が追い付かなかったのだった。

 

 

「コイツの所為で着替えすらもままならなねェ。ケツもろくに拭けなかったんだけど」

 

「旦那、何か臭うんで近寄んねーでくれます?」

 

「誰の仕業だと……!」

 

「大成さんでさァ」

 

「ああ、そっか」

 

 

 それにしても外は騒然としている。

 今も廊下を、数人の隊士が右往左往と駆けて行った。

 銀時は先程からその喧騒に、気を取られてばかりだった。

 

 

「税金泥棒がこんなにも働き者だとァ知らなかったな。昨日の件ってのは一体何だ?」

 

「旦那は『警察狩り』って知ってやすか?」

 

 

 嫌味は無視して、逆に沖田は問い返した。

 

 

「いや、聞かねェ」

 

「まァそうでしょーね。とっつぁんと見廻組が規制してやすから」

 

 

 そんな情報を話してもいいのかと、内心呟く。

 だが銀時の思いとは裏腹に、沖田は事件の詳細を語り出した。

 

 

「二十件にも及ぶ警察関係者だけを狙った辻斬り。桂の側索中、その凶行にウチの隊士が殺られたんでさァ」

 

「それが昨日の」

 

「えぇ。目を見張るほど鮮やかに、首を一刀両断。重要参考人として、当時その隊士の側にいた男を捕らえやした」

 

 

 沖田が何故この件を打ち明けるのか、銀時は察した気がした。

 

 

「なぁ、その男ってのはもしかして……」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「どういう事アルか!?」

 

 

 赤獅子についてもう一度尋ねる為、炎亭に赴いていた神楽と新八。

 しかし店は()()()によって封鎖され、検分の手が回っていた。

 

 

「日原さんはつい昨日、僕達と談笑してたんですよ!?たった一日で一体何が……」

 

「童共に用は無い。失せろ」

 

 

 訴え掛ける新八だが、仏頂面の隊士は軽くあしらう。

 その姿勢は硬く、話し合いの余地は無いと感じられた。

 

 

「こうなったら……真選組の所に行こう。銀さんもいるはずだし、土方さん達なら事情を知ってるかも」

 

 

 不本意そうな表情を浮かべる神楽だが、異存は無いようであった。

 そうして二人は炎亭に背を向ける。

 そこに何を思ってか、先程の見廻組隊士は声を掛けてきた。

 

 

「……待て。そういえば小僧、今この店の亭主と談笑したと言ったな」

 

 

 軽率な発言だった、と新八は後悔する。

 

 

「やはり用ができた。お前達、少し同行してもら」

 

「その必要はない」

 

 

 更に、割り込むように放たれた声が一つ。

 隊士も含め三人は、店内から現れた今井信女に視線を向けた。

 

 

「信女!」

 

「副長……!いいのですか?」

 

「今の私達にその情報はいらない。立ち去りなさい」

 

 

 そう、冷淡に告げる。

 訝しげな眼差しを向けながらも、新八と神楽はその言葉を飲み、真選組屯所への道程についた。

 

 

「……」

 

 

 その背中を見送ると、再び信女は店内に戻る。

 そこに検分を行っていた隊士の一人が、何かの包みを抱えて寄ってきた。

 

 

「今井副長、戸棚よりこんな物が」

 

「これは?」

 

 

 黒地の布に、独特な模様の刺繍が施されている。

 隊士はそれを広げると、中からは古めかしい包丁が顔を出した。

 しかし、大切に包装されている割には錆が目立つ。

 それにこの腐食の仕方は――――

 

 

「……血」

 

 

 信女にはすぐ見切れた。

 これは人血により生じた錆であると。

 

 

「どう致しますか?」

 

 

 ――――これも、今は不必要。

 そう割り切って隊士に命じた。

 

 

「戻しておいて」

 

「物的証拠の一つとして回収しなくても……」

 

「構わない」

 

 

 既に信女の関心は移っているようで、何かを探るように店内に目を配っていた。

 

 

「他にはないの?」

 

「いえ、特にこれといった物は……。ごく普通の定食屋です」

 

「そう」

 

 

 無感情に短く吐く。

 そして詳しい検分の報告を聴くでもなくして――――

 

 

「副長?」

 

 

 信女も、炎亭を後にした。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「俺達が本気で、大成さんが警察狩りだと疑ってるとでも?」

 

「はぁ!?」

 

 

 唐突に述べた沖田に、銀時は眉をしかめた。

 なら何故大成を捕らえたと問い返す。

 

 

「保護の為でさァ」

 

「保護?」

 

「大成さんは警察狩りに仕立て上げられた可能性。それを考慮してるんです」

 

 

 なるほど、無能警察もそれほど単純ではなかったか。

 内心銀時は毒づいていると、次は沖田が質問を投げ掛けてきた。

 

 

「旦那、飛ぶ斬撃を見たことありやすか?」

 

「おい、何時から『警察狩り』から『海賊狩り』の話に変わったんだ」

 

「懸賞金3億2千万の中井和哉の事じゃなくて」

 

 

 三刀流マリモの話は置いといて、沖田は続ける。

 

 

「俺達も馬鹿じゃねェ。大成が下手人ではない証拠なんて、いくらでも挙げられまさァ。故に今回の犯行は、飛ぶ斬撃(これ)が使われたと考えられる」

 

 

 次に、そう考察する理由を述べた。

 

 

「現場近くの民家の塀に、一直線の刀傷を見つけやした。この傷跡は殺られた隊士の身長と、首の断面の角度を計算した際、その延長線上に位置する」

 

「まさか、真犯人は一刀流三十六煩悩鳳の使い手だとでも!?」

 

「もうそれ完全に■■ノア・ゾ■じゃないですかい」

 

「お前のそれも伏字になってねーぞ」

 

 

 もはや会話はあらぬ方へ向かっている。

 それを沖田は強引に修正した。

 

 

「だが、それに似た芸当を成せる奴を、俺ァ一人知っている」

 

 

あの暗殺剣、あの剣技は身体によく染み付いている。

 廃ビルで剣を交えた時の光景を脳裏に浮かべながら、その名を告げた。

 

「見廻組副長、今井信女」

 

「アイツか」

 

 

 確かに、彼女なら可能かもしれない。

 過去に共闘した経験のある銀時は、そう納得した。

 

 

「……てこたァ、お前等は見廻組が一枚噛んでると?」

 

「噛んでるも何も、一連の事件に見廻組が何らかの形で関与している事は明白」

 

「何故」

 

「警察狩りの捜査は見廻組が独占してんでさァ」

 

 

 銀時は昨日の土方と大成の会話を思い起こしていた。

 それが土方の苛立ちの要因だったのかと。

 

 

「その為、|俺達が警察狩りの現場に立ち入れたのは、今回も含めてたった数回しかない。事件が起きれば見廻組が手早く押さえやがるし、見廻組より早く駆けつけてもすぐに追い出されちまう」

 

 

 銀時の中で色々と合点がいった。

 

 

「そりゃ確かに、何か思惑がありそうだな」

 

「だから真選組(おれたち)は反抗に出ることにした」

 

 

 気付けば普段通りの悪戯気な面様が、沖田の顔に張り付いていた。

 

 

「見廻組には大成さんの身柄を捕らえるという目的があった。その大義名分で警察狩りの罪を擦り付けようって腹なら、先に大成さんを匿って妨害するまででさァ」

 

 

 僅かに身を乗り出し、楽しげに語る。

警察組織の愚かな内ゲバがそこにはあった。

 本当に大丈夫かと銀時は頬を引きつらせる。

 

 

「なァに、先に本物の下手人を挙げりゃいい話ですよ。だが――――」

 

 

 そう言い淀んで、沖田は一呼吸置いた。

 

 

「大成さんを狙った意図には、俺達の考え及ばない何か……深い理由がある。いまだ、本物の警察狩りの意図すら掴めていませんしねェ」

 

 

 多少の自嘲を込めて笑う。

 だがその表情を見るに、沖田は何かしらの予感を感じ取っているようであった。

 

 

「冗談めかして話してきやしたが、本当に今の大成さんは、放っておいてはいけない気がするんで。あの人の過去も相まって……」

 

「過去?」

 

 

 ここで銀時が予てより引っ掛かっていた事が、沖田の口から漏れた。

 

 

「そういや旦那達は、『赤獅子』について調べてたらしいですねィ」

 

「いや、それは……」

 

「誰の依頼かは詮索しないでおきやすよ。へへへ」

 

 

 弱味を握られた感じがして、あまり快くは受け取れられない。

 銀時の背に嫌な汗が滲み、不快感を加速させた。

 

 

「本当は本人から話すのが筋ってもんだが……まァ、旦那になら言っても構わんでしょう」

 

「大成の過去についてか?」

 

「ええ、俺の知ってる限りですが」

 

 

 そう予防線を張る沖田だが、大成の一歩踏み込んだ何かを知り得ているようだった。

 

 

「話しやしょう。大成さんと、赤獅子について」

 

 

 手始めにこれは知っていただきてェ、と沖田は語り出した。

 無意識の内か、その面持ちは真剣なものへと変容していたため、銀時も自然と気を引き締める。

 

 

「大成さんは、攘夷戦争の戦災孤児でさァ」

 

「……ッ」

 

 

 たった一言の言葉が、胸に刺さった。

 

 

「幼くして村も、友も、何もかも天人に焼き払われた。仕方無しに戦地へ放り出され、屍を漁ってでも生にしがみ付いた」

 

 

 その様が手に取るように容易く思い描ける。

 

 

「生きるために……生き残るために強くならざるを得なかった。そんな人です」

 

 

 血濡れた鏡を突き付けられたような感覚が、銀時を襲った。

 




第五訓……八割くらいまで書いた段階で、文章が全て文字化けしてしまい、書き直すのに時間が掛かりました(血涙)


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第六訓 本人のいない所で勝手に人の過去を話したり家を漁ったりするな

「旦那、大丈夫ですかい?」

 

「え……」

 

 

 大成が自身と似た境遇という事実に、少し銀時は呆然としていた。

 松陽と出会う前の己を想起していたのだった。

 

 

「(親も何も記憶にすら無い。気付けば俺は戦場でただ一人、屍の上に佇んでいた……)」

 

 

 一方大成には、全てを焼かれた際の記憶は残っているのだろう。

 沖田達にそれを話しているのだから。

 それ故、真の意味で傷を共有することはできない。

 

 

「あ……あぁ。続けてくれ」

 

 

 だがどちらも、生きるために手段を選びなかったのは変わりない。

 そうして銀時は、齢に不釣り合いな強さを得てしまった。

 大成も同じなのだろう。

 

 

「それやって、大成は赤獅子と呼ばれるようになったのか?」

 

「いえ違いやす」

 

 

 即答。

 

 

「あの人は赤獅子じゃない」

 

 

 今までの口振りや態度から、沖田達は大成に一目置いていると感じられた。

 その為銀時は、大成はそこそこ腕が立つのだと推測していたのだったが。

 

 

「確かにあの人は攘夷戦争時代、天人達相手に力を振るい、周囲からはその異名で呼ばれた。だが、大成さん自身はその称号を得ることに納得していない」

 

「何故?」

 

「赤獅子達に、赤獅子だと認められていないからでさァ」

 

()……ってことは、赤獅子は大成だけじゃないのか?」

 

 

 その通り、と沖田は頷く。

 

 

「攘夷戦争の開戦を機に、とある村を天人の手から護らんと決起した者達……それが、赤獅子と呼ばれた集団です。大成さんの親世代がそれに当たりまさァ」

 

 

 銀時は桂の台詞を思い出していた。

 ――――赤獅子とは、攘夷戦争初頭から終幕まで活躍した志士の異名。

 大成は見たところ二十台前半。

 攘夷戦争の開戦は二十年程前であるため、よくよく考えれば確かにおかしい。

 

 

「それについて、まずは大成さんの村……『江和村』の事から話させていただきやす」

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「なァ、父さん」

 

「ん?」

 

 

 刀を手入れしている最中、袖を引かれる感覚に男は振り返る。

 そこにはその男の息子が、気がかりのあるような表情でこちらを見ていた。

 

 

「どうした?下の毛が生え揃わないって悩みの相談なら……」

 

「ばっ……!違ェよ!何いきなり下ネタぶち込んでんだバカ親父!」

 

 

 僅かに赤面し早口で声を荒げる。

 その様子を見て、父親はからかうように笑った。

 

 

「おう、恥ずかしがっちゃって。髪赤くなってんぞ」

 

「元からだし、顔赤くなってるぞみたく言うな!てか髪の毛が赤いのは皆もだろ!」

 

「聞きたいのはそれか?」

 

 

 前触れもなく現れた真剣な声色に、少年は泡を食わされる。

返事もしどろもどろになってしまった。

 

「えっ……ああ、うん」

 

「やっぱり毛の悩みじゃんか」

 

「そうじゃなくて!」

 

 

 軽くあしらわれている感じがして、少年はややムキになっていた。

 

 

「この村は……江和村は何だって聞いてるんだよ!」

 

 

 少年は予てより気に掛けていた。

 なぜ自分達の住む江和村は、周囲の集落と関係を断っているのかと。

 何故村人の半数近くが、赤い頭髪をしているのかと。

 そして――――

 

 

「なんで……父さん達は戦うの?」

 

 

 今も刀の手入れをしている、そんな父親達の戦う理由が気になっていた。

 

 

「なんでって……今は戦時中だろ?関西は関東に次ぐ攘夷戦争の激戦区だから、この村も例外なく襲われる」

 

 

 少年を横目で見ながら、そう語る。

 

 

「そりゃあ、お前も含めた女子供を護るため、俺みてェな村の若い衆が剣を取るのは当たり前じゃねーか」

 

「それだけじゃないでしょ」

 

 

 江和村は大和国の山奥に位置する、辺境の村。

 激戦区とは言えど、本来はこんな人里離れた場所に天人が襲いに来ること自体おかしい。

 ……それも、大軍を率いているなら尚更。

 幼いながらも少年は、その違和感を感じ取っていたのだ。

 

 

「赤獅子なんて名前を付けられる程、みんな、天人を殺したんだよね?」

 

「そうだな」

 

 

 事実、この父親を頭領とした赤獅子達は、その軍勢を開戦後十数年経ってもなお凌ぎ続けている。

 

 

「だけど……そんなに大勢の天人が来るのは、この村に何かあるからなんじゃないの?天人が狙っている、何か――――」

 

 

 ここで父親は身体を少年に向け、その幼き眼に視線を合わせた。

 そして、冷やかに言い放つ。

 

 

「……君のような勘のいいガキは嫌いだよ」

 

「ッ……!」

 

 

 あまりにも豹変した表情を見せる父親に、少年は思わず目をそらした。

 その視線の先は父親の手元。

 そこには、鋼の○金術師第2巻が……

 

 

「ただのショウ・○ッカーの台詞じゃないか!てかその漫画はどこから仕入れてきた!?」

 

「いやァ俺はね、錬金術の類いは本当にあるのではと思うんだよ。いつか両手をパンッってやって、槍とか造り出してみたいのさ」

 

「聞いてねーし!」

 

「なァ、母さんもそう思うだろう?」

 

 

 と、家屋の奥にいる母親に声を掛ける。

 

 

「そう……ね。広い宇宙の何処かには、そういう一族が住まっていてもおかしくはないかもね」

 

 

 との返事が。

 もしやと思い、少年は母親のもとへ駆ける。

 そこには、鋼の錬○術師全27巻をとてつもない速さで閲読する姿が。

 

 

「アンタ等ハガレン好き過ぎか!」

 

「この錬成から水0.750L、炭素1.560kg、石灰0.108kgを取り除いて、新たに加える物質として……」

 

「もしかして人体錬成成功させようとしてる!?もう嫌だこの両親……」

 

 

 そう項垂れる少年の頭に、一冊の本が小突いてくる。

 見上げると、父親の包容力ある無邪気な笑顔が、少年を迎え入れてくれた。

 

 

「今のお前はのんびりと、このハガレン1巻でも読んでればいいのさ」

 

「さりげなく布教させんなって」

 

 

そう言って、わっしゃわっしゃと少年の頭を掻きむしる。

大きく硬い手の感触が、鬱陶しくも馴染んでいく。

 

 

「だが……そうだな。お前がもちょっと大きくなって、俺達が認めるくれェ強くなったら――――」

 

「強く、なったら?」

 

 

 父子の微笑ましい様子に、母親も本を閉じ、穏やかな眼差しを二人に向けていた。

 

 

「そん時にゃあ……ちゃんと全部教えてやるよ、大成」

 

 

 

 

◆◆◆◆

 

 

 

「後半ほぼハガレンの話じゃねェかァァ!!」

 

「そういえばハガレンも実写やるんでしたよねィ。一体どーなることやら」

 

「他作品より銀魂の実写を心配しろ!!」

 

 

 実写銀魂の公開日は7月14日。

 既に4ヶ月を切っている。

 更に同月の7月には『劇○版ポケットモンスター きみにきめた!』等の作品の公開も控えている。

 そのため小栗旬を始めとした俳優陣、監督や制作スタッフの方々には、他作品に引け劣らず良い作品に仕上げて欲しいと期待する。

かつ、銀魂らしさも失わないでもらいたい。

 月並みな言葉だが、そう願うばかりだ。

 

 

「なんか地の文が意思持って語り出しちゃてんだけど!?」

 

 

 と、ツッコミを吐く銀時。

 対する沖田は、再び話の続きを語り出そうとしていた。

 

 

「これからでさァ、重要なのは。この後……」

 

 

 その時だった。

 

 

「……なーに話してんの」

 

「あ"」

 

 

 声と共に背後から伸びた手が、沖田の頭を鷲掴み揺さぶった。

 

 

「大成さん、いたんですかかかかかか」

 

「本人のいない所で、人の事情を勝手に話すんじゃーありません」

 

 

 突如現れた大成は間延びした喋りで、沖田の髪を掻き乱した。

 悪戯気溢れる動作だが、その表情は妙に形容し難い。

 

 

「まァ、大したこと話してなかったからいいけどさ」

 

「よくねェェェ!」

 

 

 そこで銀時は机に身を乗り出し、大成を指差した。

 

 

「おうさ、また会ったな銀さん」

 

「匿われてる身だろ!?なんで普通に歩き回ってんだお前!」

 

 

 狙われてる者ならもっとそれらしく、大人しく身を潜めてろ――――

 と内心思う銀時だが、肝心の大成はあっけらかんとしている。

 

 

「隊士達の飯作ってるんだよ。世話になってんだから、非番でもそれくらいやってやんないと」

 

 

 確かによく見れば大成は、普段着ではなく調理服らしき着物を羽織っていた。

 

 

「それにそろそろ料理描写入れないと、料理人(笑)とか言われちまうからな」

 

「誰に!?」

 

 

 そうツッコミを入れながらも、変わらぬ大成の調子に銀時は少なからず安堵していた。

 だが同時に、途中で切れてしまった沖田の話……それは銀時の中で渦巻く大成に対する謎を、より一層深めるのであった。

 

――――とりあえず、得た情報を整理しろ。

 

 そう自分に言い聞かせ、沖田の語った内容を振り返る。

 

 

「(大成は江和村という集落出身。江和村付近は特に天人に狙われたらしく、村を護る為に村の若者達が立ち上がる。そいつらは皆赤い頭髪で、天人相手に猛威を振るい、赤獅子と呼ばれた。だが……)」

 

 

 沖田曰く、後に江和村は天人の手によって壊滅させられている。

 つまりそんな猛者の集まりでも、敵わない天人がいたということ。

 

 

「(そこから辛うじて逃げた大成は戦場に放り出され、死体を剥いででも生き延びた。そうして過ごしていくうちに、大成自身も赤獅子と呼ばれるようになった。が……)」

 

 

 実力を認めてくれる大人達がいない以上、自ら赤獅子を名乗る訳にはいかない。

 そんな曖昧な現況に、大成はいる。

 

 

「だが、詳しい事は分からなかったか……」

 

「さほど良い話でもねーぞ?」

 

 

 心の声で済ますつもりが、思わず口から漏れていた。

 それに対して大成は小さな笑みを溢す。

 

 

「言うて俺も詳しくは知らない。結局あの村は……天人の狙いは何だったのか」

 

 

 教えてくれる人はもういないから――――

 とは言わなかったが、銀時には大成の自嘲気味な笑顔がそう告げているように受け取られた。

 

 

「だけど知る手立てを失ったワケじゃない。小さいけどまだ、ちょっとだけ希望は残ってる。それに……」

 

 

 視線を手元に移すと、ポンポンと沖田の頭を気安く叩いた。

 

 

「今は俺の身を案じてくれる奴らがいる。それだけでもう十分、幸せもんさ」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「とっつぁん、そいつァ一体どういう事だ……!」

 

 

 警察庁の長官室にて近藤は大呼した。

 珍しくも、あの人情深い近藤が激昂している。

 

 

「仲間の一人が殺された。だから今度こそ、警察狩り事件捜査への参加許可を貰いに来たんだ……!なのにッ……」

 

 

 拳を握り、語気を強めて訴え掛ける。

 

 

「代わりに下された命令が、『日原大成を捕まえろ』とはどういう了見だ!」

 

 

 距離は離れているのに、鼻先に唾が掛かるような怒号。

 だが、それを浴びる松平片栗虎はたじろぐ様子すら見せない。

 

 

「とりあえず落ち着け、近藤さん」

 

 

 これが落ち着いていられるかと憤慨する近藤だが、そこを土方は上手く宥める。

 

 

「――――しかし、納得できねェのも確か。これまでは不満を抱きながらも、真選組は命令に従い、捜査から離れてきた。……だがよ、身内にも手が及んだとなれば話は別だ」

 

 

 心做しか、身内という単語に語調が強まる。

 つまり落ち着いているように見えて、近藤に引け劣らず土方も憤っている。

 

 

「そして経緯も告げられず、別の身内を捕らえろって命も、簡単に受け入れられるモノじゃねェ。とっつぁん、まずは言い分を聞かせてもらおうか」

 

「……確かにお前ら、仲間意識の高い狂犬共には解せねェよなァ」

 

 

 土方の鋭い視線も省みず、松平は卓上で足を組む。

 そのふてぶてしい態度と相変わらずの粘りある喋りは、神経質になっている二人を更に逆撫でした。

 

 

「だがよォ、お前らに無理難題押し付けんのは、今に始まった事じゃないだろう。んなに青筋立てんでもいいじゃねェか。なあ、近藤よ」

 

「俺が本当に許せねェのはそれじゃない……!」

 

 

 近藤の肩が微かに震える。

 

 

「大成とは!俺達よりもとっつぁんの方が付き合い長ェんだろォが!!」

 

 

 もう土方も止めようとはしない。

 近藤は激情に任せ、沸き立つ自身の思いを吐き出した。

 

 

「攘夷志士だった大成とどういう経緯で知り合い、警察(こっち)の世界に引き込んだのか、深くは知らない。だが……アンタ達二人の間には、何か大切な繋がりがあるんだろう!?」

 

 

 松平の眉が微かに動く。

 

 

「ならなんでアイツを信じてやらねェんだ!!」

 

「おじさんはただ大成を捕らえろっつっただけで、何も警察狩りの犯人だとは言ってねェだろ」

 

 

 だが松平は至って冷淡であった。

 

 

「それとも何か。まさかお前ェら、思う所でもあんじゃねーのか?」

 

「い、いや……」

 

 

 不意の問いに近藤は言い淀む。

 大成を屯所に匿うことを認可したのは、近藤その人であるからだ。

 

――――このまま近藤さんに喋らすとボロが出るな。

 

 そう判断した土方は、話を切り上げようと前に出る。

 だがそれを遮るかのように、背後の自動ドアが開いた。

 そんな機械の擦れる音とともに、土方の最も嫌う男の声が発せられる。

 

 

「目撃者がいる以上、犯人であるにしろないにしろ、彼に事情聴取をするのは当然でしょう」

 

「佐々木……!」

 

「奇遇ですね土方さん。昨日と言い、出先ではよく貴方と遭遇する」

 

 

 白い隊服を靡かせ、佐々木は二人の横を通り抜けた。

 そんな佐々木の背中に近藤は尋ねる。

 

 

「目撃者……?」

 

「凄惨な現場に居合わせてしまった、買い物帰りの主婦です」

 

 

 土方の内で疑問が沸き上がった。

 何故、目撃者の存在が露見した――――?

 土方達は事件直後、見廻組が到着するまでに、大成の身柄とともにその女性も保護していた。

 そして順当に事情聴取を行い、他の警察機関に悟られぬよう帰したのだ。

 故に事件発生から半日程しか経過していないにも関わらず、その人物が特定されているのはあまりにも早過ぎる。

 

 

「婦人の証言によると、刀を手にした日原さんが真選組隊士の首を刎ねた。そして直後にアナタ方が現場を押さえた」

 

 

 大成の証言とも、前日の聴取とも違う……つまり、事実がいいように捻じ曲げられていやがる。

 または端からあの女も、コイツらの手の者だったか――――

 土方は舌を鳴らしかけたが、下手に疑われないよう、ここは堪えた。

 

 

「ですがその後日原さんは、一体何処に消えたのでしょうね?」

 

 

 わざとらしく、佐々木は首を傾げる。

 

 

「……そんな思慮の浅い工作で誤魔化せる程、エリートは馬鹿じゃありません」

 

 

 真選組の目論見を看破しているかのような、佐々木の発言。

 近藤と土方には返す言葉は無い。

 だが、そんな二人に続けて放たれた言葉は想定外のモノだった。

 

 

「まあ、今日の所は見逃してあげましょう」

 

「……どういうことだ」

 

「我々はアナタ方とは違って忙しい。後来の無い狂犬に構っている程、暇ではないのですよ」

 

 

 普段通りのあっけらかんとした口調から、嘘の気配は感じられない。

 この男は真選組の企てをそこまで把握しておきながら、看過するというのだ。

 

 

「犬は大人しく犬小屋へお帰りなさい。きっとそこではお仲間が、美味しい定食でも用意しているのだから」

 

 

 そう、皮肉を滲ませて退室を促す。

 何か物申した気な面持ちの土方だが、逆に落ち着きを取り戻した近藤がそれを制止した。

 

 

「トシ、ここは言葉に甘えよう」

 

「……ああ」

 

 

 小さく一言吐き出すと土方は踵を返す。

 近藤も松平に一瞥だけくれ、その背中に続いた。

 ……退室後、警察庁を後にするまで二人は言葉は交えなかったが、同様の考えを抱いていた。

 

 こうなったら俺達が先に真犯人を炙り出し、捕らえるしかねェ――――

 

 

 

 

 

 

「――――とでも画策しているのでしょうかね」

 

 

 二人が立ち去った長官室で、佐々木は呟いた。

 少々呆れた口調だ。

 

 

「……で、家宅捜索の結果はどうだったんだ?出てきたのか?」

 

 

 そんな佐々木からの報告を、松平は催促する。

 

 

「『鍵』は」

 

「松平公」

 

 

 松平の発言に対し、諌めるかのように名前を一言。

 

 

「長官室とは言え、誰に聴かれているか分かりませんよ?両肩にフェアリーがいる可能性も捨ててはいけません」

 

「その二人のフェアリーも、聴かれちゃ困る連中も。もうあらかた消えただろうに」

 

「……確かに」

 

「で、どうだったんだ次期警察庁長官様よ」

 

 

 慣れた手つきで懐から煙草を取り出し、点火する。

 佐々木はため息混じりに口を開いた。

 

 

「部下の報告によれば、それらしき代物は無かったと。どうやら持ち出されたようですね」

 

「……そうかい。大成の身柄を押さえるんなら……いや、鍵さえ確保するだけなら簡単なんだがなァ」

 

 

 達観したかのように天井を仰ぎ、煙を吐き出す。

 お馴染みの銘柄が放つそれは松平の鼻腔を、目を刺激した。

 

 ――――右も左も知らねェガキだったお前が、また随分と面倒なモン抱えちまったな。

 

 目頭が疼いたのを誤魔化すように、松平は立ち上がった。

 

 

「真選組屯所に強制捜査を掛けたとして、アイツらが素直に応じるとも思えねェし、衝突も起きるだろう。これ以上の軋轢が生じるのは避けてェところだな」

 

「かと言って後手に回ることは許されません。天を相手取るには、永々と出し抜き続けなくては」

 

 

 気付けば佐々木は、松平の横に位置していた。

 共に江戸の街並みを高層階から遠望する。

 

 

「そのためにはやはり、今夜にでも仕掛けましょう」

 

 

 その視線の先には、昂然たる出で立ちのターミナルが聳えていた。




2018/2/1追記
まさか実写銀魂がここまで……


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第七訓 来襲せしは紅の

「見張りがいない?」

 

 

 カウンターテーブルを撫でつつ、赤い頭髪の男は呟く。

 普段は喧騒に溢れる炎亭だが、今は物音一つすらしない。

 

 

「(重要参考人と踏んでるんなら、その自宅に何人か配すんが定石だが……)」

 

 

 日中は白い制服達が屯していた。

 しかし夜の帳が下りた今、ただ物色された跡が残るだけである。

 そんな閑散とした空間に男は腰を下ろすと、探るように目を配った。

 

 この家屋から消えたモノは何か――――

 

 床、卓上、食器棚……男は喚び起こす、いつもの炎亭の姿を。

 そして壁面に視線が移った時、男はつい口に出していた。

 

 

「あぁ、そっか」

 

 

 その先には、壁に埋め込まれたフック状の金具が鈍く輝いていた。

 そこにいつも、掛けてあった物。

 

 

「刀か」

 

 

 

 

その、瞬間

 

 

 

 弾丸の雨が男を襲った。

 

 轟音と共に、炎亭の戸や壁が粉微塵と化していく。

 男は咄嗟にカウンターの内側へ身を隠した。

 

 

「へッ……子ども騙しみてェな案だったが、まさか本当に……」

 

 

 自嘲にも似た乾いた笑いが出る。

 やがて音は止み、再び炎亭に静けさが訪れた。

 男はそれを見計らって、周囲を伺う。

 

 

「本当に釣れるたァ思わなかったぜ」

 

 

 舞い上がった土煙に紛れて、二つの影が確認できた。

 片方はシルエットでも筋肉質だと分かる大柄な男。

 もう一方はそれ比べて華奢だが、その佇まいからは言い知れぬ気が放たれていた。

 そして共通して言えるのは、両者とも傘を携えているということ。

 

 

「だが釣れたんは、警察狩りじゃねェみてーだな」

 

 

 発泡してくる様子はもう無く、それを察した男はカウンターから身体を乗り出した。

 と同時に、煙塵の中から襲撃者は姿を露にする。

 

 

「ほら、言ったでしょ阿伏兎。これくらいじゃ死なないって」

 

「だからって、こうも騒ぎ立てる必要は無いだろすっとこどっこい」

 

「オイ」

 

 

 敵前にして談笑するかの如く余裕を見せる二人。

 そんな会話を遮るように、男は声を掛けた。

 

 

「どこのチンピラエボシだてめェら」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

「シマさん、総悟どこ行ったか知らない?」

 

「?」

 

 

 唐突な呼び掛けに、事務作業に勤しんでいた斉藤は振り返る。

 そこには両手にマヨネーズを携えた、奇っ怪な様相の日原大成がいた。

 

 

『大成くん、今しがた出掛けたばかりじゃ?』

 

「俺がか?いやいや、ずっと屯所にいたけど……」

 

 

 ノートで応じる斉藤は、訝しげに首を傾げる。

 どうやら何か思う所がある様子。

 

 

『ちなみに大成くんは、総悟くんに何か用が?』

 

「うん、ちょっと懲らしめてやろうとな」

 

 

 見てよコレと、両の手に持っていたマヨネーズを差し出す。

 

 

「トシさん用に低カロリーを意識して作ったマヨネーズなんだけどさ……」

 

 

 悪戯っぽく、手にするそれを揺さ振った。

 

 

「きれいな色してるだろ。ウソみたいだろ。下剤入ってるんだぜ、これで」

 

『何も……見なかったZ』

 

「いや、現場目撃したんならちゃんと申告してくれよな。トシさん腹壊しちゃうから」

 

 

 斎藤のアフロを軽く小突くと、大成は笑みを浮かべる。

 最近になってだいぶコミュニケーションを交わせるようになったなァ――――と、内心感慨深い大成であった。

 

 

「そういや……」

 

 

――――シマさんが変われたのも、確か万事屋のお陰だって聞いたな。

 

 ふと、以前に耳にした話を思い出す。

 それ以外にも隊士達との会話の中には、度々万事屋の名があった。

 自分には機会が無かったが、どうやら真選組はつくづく万事屋と縁があるようだ。

 ……といった思いに浸っていると、ふと大成は気付いた。

 

 

「……銀さんの姿も見ねェな。揃ってどこ行っちゃったんだか」

 

 

 そう述べつつ、首を捻る。

 妙な違和感、嫌な予感を感じていたのだった。

 

 そんな折――――

 

 

 

あ"あ"!?影武者だァ!?

 

 

 聞き慣れた怒声が、屯所の一室から耳に届いた。

興奮のあまり裏返っている。

 どうやら何かあった模様。

 

 

『今の声は』

 

「トシさんだな。ちょっと行ってくらァ!」

 

 

 途端に大成は忙しなく駆け出す。

 やれやれといった表情で、斎藤はその背中を見送った。

 

 そうして、声を追った大成がたどり着いたのは、真選組屯所内にある司令室だった。

 和風な木造建築には似つかわしくない、ハイテクな機械がごった返す空間。

 そこで第一に目に入ってきたのは、胸ぐらを掴まれつつ首筋に刃を突き付けられた山崎の姿だった。

 

 

「え……えぇ。そ、その沖田隊長は既に、屯所を出て行ってしまいまして……」

 

「独断でか?」

 

「俺に言わないでくださいィィィ!」

 

 

 精密機器の数に比例するように隊士達も多くいるのだが、問い質されているのは彼一人だけである。

 実に理不尽極まりない。

 そんな悲痛な叫びを上げた山崎は、土方越しに大成に気が付いた。

 涙目で助けてくれと訴えて掛けてくる。

 そんな思いを察した大成は、鬼気迫る形相の土方の肩を叩いた。

 

 

「トシさん、何かあったんか?」

 

「……大成、か。噂をすればだな」

 

 

 その呼び掛けに、土方は山崎の拘束を解いた。

 と同時に山崎の手元から何かが落ちる。

 

 

「え"」

 

 

 それは……赤毛のカツラに、大成の着流しを模した着物。

 

 

「……沖田隊長の部屋にあった物です」

 

「お前のコスプレ衣装一式だとよ」

 

「待って。何かゾワッと来たんだけど」

 

 

 そう表情を歪め、腕を胸先で交差させる。

 

 

「コミケ92まであと一ヶ月あるというのに、現段階でこの完成度とは……!」

 

「驚く所そこじゃねェだろ!てか三ヶ月も更新しない二次創作小説のオリキャラなんぞ、誰も興味なんか湧くはず無」

 

「止めてくれトシさん、そのツッコミはオレに効く」

 

 

 墓穴を掘ることになるとは露知らず、無作為にボケを放ったのを後悔する。

 むしろダメージを負っているのは大成ではなく……。

 

 

「ってことァ、もしかしてさっき聞こえた()()()って」

 

 

 この部屋に赴いた要因を思い出しつつ、状況を結びつける。

 

 

「……まさかよ。俺に扮して警察狩りを誘き出す、なんて安易な魂胆じゃないよな?」

 

 

図星だったのだろう。

土方から呆れたような口鼓が溢れた。

 

「残念ながらその通りだ、あの馬鹿が。まだ警察狩りの狙いが大成だと決まったワケじゃねェってのに」

 

「ま、まァ……沖田隊長も大成君の身を案じて、居ても立っても居られなくなってんでしょうし……」

 

 

 山崎のフォロー虚しく、土方の額に再び青筋が浮かび上がっていく。

 それに合わせて語気も勢いを帯びる。

 

 

「第一……ッ、お前の身長じゃ大成に届かんだろうが……!!」

 

「いや問題はそこじゃねェし、触れてやるなよ」

 

 

 さりげない土方から沖田への誹謗に、大成は冷静に返した。

 小言を挟む程の余裕は持ち合わせているようだが、土方の内心の憤怒はまだ留まらないらしい。

 そんな様子を見かねてか、大成は土方の眼前にマヨネーズを突き出した。

 

 

「……ま、かっかとしないでさ。苛立ちやすいのは腹が満たされてない証拠さ。ほら、食えい」

 

 

 沖田の動向も気になるが、鎮めなければ埒が明かないと考えたが故の行動。

 すかさず土方のツッコミが入る。

 

 

「なんでマヨネーズ単品!?料理人ならせめて何か調理をしろ!」

 

調()()()()、だと……?」

 

 

 ……どうやら今のは気に障ったらしい。

 

 発せられた一言に、突如大成の様相は一変した。

 同時に、目眩を伴うような激しい重圧が土方等を襲う。

 沸き立つ覇気に当てられた山崎は後退り、土方も硬直した。

 周囲の隊士達も同様。

 山崎含め、完全に巻き添えであるが。

 

 

「俺ァ今までアンタの偏った栄養バランスを配慮して、飯作ってきたんだがなァ」

 

「い、いやそれは……」

 

「随分軽々しく言ってくれんじゃんよ。『調理しろ』って?……舐めんじゃねェよォ!!」

 

 

 荒ぶる声に震える空気。

足元に走る亀裂。

 

 

「この俺がマヨネーズに手を加えていないとでも思ったかァァ!!」

 

「そこォォォ!?」

 

 

 見当違いの怒号に、負けず劣らず土方も叫んでいた。

 対する大成は拳を握り熱烈に語り始める。

 

 

「俺は兼ねてより考えていたんだ……ッ!再三の忠告に聞く耳を持たず、隊士達の栄養バランスを考慮した食事に、これからもアンタは容赦なくマヨネーズをぶっかけていくというのならば……マヨネーズ自体を健康的かつ摂り過ぎても身体に異常をきたさない物を変えればいいのだと!」

 

 

 故に俺は開発した――――と、その手に握るマヨネーズを高らかに掲げた。

照明に当てられ山吹色に輝くそれは、どこか神々しい。

 

 

「聞いて驚くなァ!このマヨネーズには死腐土(シーフード)星から取り寄せた珍味、『チコン貝』から抽出した油を用いている!」

 

「どっかで聞いたことあんだけど!?それに油を抽出って……」

 

「先端を擦ってるとピュッて出てきます(真顔)」

 

「やめろ!」

 

「このチコン貝の油は少し特殊で、油脂を製造する過程でトランス脂肪酸が生成されないんだ!よって、これにより悪玉コレステロール値の増加を抑えることが可能ッ!なおかつマヨネーズを構成する卵黄を始めとした材料も吟味を重ねることにより、従来の風味や質感をそのまま、生活習慣病を引き起こすリスクを軽減させることにも成功した!」

 

 

 高揚する大成の熱弁は止まらない。

 身振り手振りで興奮を露にする。

 

 

「これなら普段通りマヨネーズを過剰摂取しても多少は大丈夫だ!問題ない!これで性転換した時、ブタのフレンズみたいな醜態を晒すこともないぞ」

 

「ブタのフレンズって何!?もしかして土方X子の事言ってる!?」

 

「ふっとーい!君はマンホールに挟まるのが得意なフレンズなんだね!」

 

「あの話はもういいだろ!」

 

 

 ある種、黒歴史を引っ張り出された土方は一喝する。

 

 

「とりあえずこの新製品は、TES(タイセー)マヨネーズとでも呼んでくれ」

 

「何でちょっと小洒落た名前つけてんの、余計原谷乾いんだけど」

 

 

 ――――と、小さな悪態を吐きつつも土方はそれを受け取り、無造作に隊服の胸元に押し込んだ。

 その面持ちはどこか満足気。

 今の講釈からなるTESマヨネーズへの期待は、マヨラーには堪らないものだったのだろう。

 

 

そ こ で だ

 

 覚えているだろうか。

 このマヨネーズには下剤が仕込まれているという事を。

 当の大成もこの時、完全に脳内から消え去ってしまっている。

 

 これを食した土方が腹を壊すのは、また別のお話。

 

 

 ――――と、そんな時だった。

 

 

 

 

ビ――――ッ!!!

 

 

 

「……なッ!!」

 

 

 けたたましいアラームが室内に反響した。

 その出所は、山崎の位置するモニター。

 画面は一転して赤く染まり、非常事態という事実を色濃く示している。

 

 

「副長ォ!大成君!ちょっとこっち来てください!!」

 

 

 山崎の呼び掛けに応じ、二人も液晶に顔を寄せた。

 モニターには江戸の街並みらしき簡略図が映し出され、ある一点が赤く点滅を繰り返していた。

明らかに穏やかではない。

 

 

「こいつァ……」

 

「小型デバイスからの信号です!それに、これは沖田隊長の物……!」

 

 

 この信号を発している機械は、真選組隊士は全員が携帯を義務付けられている物である。

 主に互いの位置情報を共有したり、無線機としての役割を持つ。

 しかし本来、非常事態時や作戦遂行時にしか用いられない物なのだが……。

 

 

「しかもこの赤く光ってる場所、炎亭(おれんち)じゃねェか!」

 

「つーこたァ、本当に警察狩りを炙り出せたってワケか!?」

 

「そうなる……のでしょうか。こちらからも向こうの端末に……!」

 

 

 言うと山崎はすぐさま接続を試みた。

 一も二もなく無線とは繋がったが、ノイズが鳴り渡るだけで向こうの様子を捉えられない。

通信状況は芳しくない模様。

ただ、時折ノイズに紛れて聴こえる衝突音は、沖田が何者かと交戦していることを示していた。

 

 そうしている内に、複数の足音が部屋に近付いてきた。

 

 

「何かあったんですか!?」

 

 

 戸を滑らせ、入ってきたのは二人の少年少女。

 ――――新八と神楽である。

 

 

「おう、新八君に神楽ちゃん!警察狩りが釣れたかもしれない!」

 

「警察狩りって……件の!?本当ですか!?」

 

 

 と、やり取りを交わす大成と新八。

 一方、予想外の人物の登場に目が点になってる土方。

 なんで万事屋のガキ共がここに……といった面持ちの土方に対し、神楽は言った。

 

 

「あ、戻ってたアルかトシ……じゃなくてブタのフレンズ!」

 

「オイ今なんでわざわざ言い直した!トシで合ってるよ!?」

 

 

 露骨なボケに声を裏返してツッコミを放つ。

 

 

「てか何故その名前知ってる!?もしかして聞いてた!?」

 

「神楽ちゃんは可愛いウサギのフレンズネ。ウサギの聴力を舐めんなヨ」

 

「いやセルリアンの間違いだろ」

 

「誰がゲロアルか!私のはあんな気味悪いゲル状の化物じゃないネ!もっとピカピカに輝くもんじゃ焼きアル!」

 

「そこまで言ってないだろ!てかゲロだよなそれ。ゲルって言うよりモザイク掛かったゲロだよな。控えめに言ってセルリアンだよねそれ」

 

 

 そんなボケとツッコミの応酬を、新八は一喝して制止させる。

 

 

「そんなくだらない事やってる場合じゃないでしょうアンタ等ァァ!」

 

 

 ごもっとも。

 対峙しているのはあの沖田と言えど、相手の詳細は一切把握できていない。

 そしてあの沖田だからこそ、この信号は無下にはできない。

 大事を想定し、即刻増援を向かわせるのが懸命である。

 そうして会話を修正しようとした矢先、作業に当たっていた山崎が声を上げた。

 

 

「副長ッ!!」

 

 

 雑音が晴れ、向こうの機器と上手く繋がった様子。

 土方は山崎からマイクを奪うと、その先の沖田に呼び掛ける――――

 

 

「オイ総悟!今現場はどうなっている!?警察狩りは!?オイ聞こえ……」

 

『……ちょっとォ。気が散るんで、手元でうるさくすんの止めてくれますかねィ?』

 

 

 ――――が、帰って来たのは呑気な返事だった。

拍子抜けもいいところだ。

 緊迫した各々の表情が、呆れたものへと変わる。

 

 

『今いいところなんで。とりあえず山崎はただじゃ済まさねェって事でよろしく』

 

「なんで俺がいるってわかったんです!?俺まだ一言も喋ってないですよね!?」

 

『ハイ喋った。今喋った。故に処刑な』

 

「理不尽極まりない!!」

 

 

 多量の冷や汗が浮き出る山崎。

 その一方で、一同は胸を撫で下ろしていた。

 連日の警察狩りによる緊張感に、らしくもない沖田からの緊急信号も相まっていたのだろう。

 

 

「はァ……で、何かあったのか?」

 

 

 同様に土方も一息つくと、訊ねる。

 ――――だが。

 

 

その返答は、予想だにしないものであった

 

 

 

『ゴフッ……』

 

 

 くぐもった、噎せるような声。

 場慣れした者には分かる。

 

 これは……血を吐いた音。

 

 

「総悟ッ……!?」

 

『……まさか、こんな所で()()と出くわすたァな。こいつァ想定外でさァ』

 

 

 ビチャビチャと、液体のはじける音が耳を撫でる。

 通信機越しであるのに、それはやけに生々しく感じられた。

 

 

「夜兎だと!?」

 

『ずば抜けた化け物が、二人。伏兵は確認できてねェが……あとどれだけ稼げるか解ら』

 

 

 そう言った矢先。

 突如鈍い衝撃音が轟き、一瞬だけノイズに飲まれる。

 これには大成や新八も詰め寄り、機器に向かって呼号した。

 

 

「大丈夫ですか沖田さん!!」

 

「総悟ッ!!オイ総……」

 

 

 ――――しかし返って来たのは、別の男の声だった。

 

 

『……ん~、中々面白い強者(レアモノ)だね、このおまわりさん。真選組(アンタら)の中には、こんな侍がまだまだいるの?』

 

「ッ……!!」

 

 

 どうやら沖田はデバイスを奪われた模様。

 声は現場より離れた、司令室いる真選組(ものたち)に向けられている。

 妙に気味悪く落ち着き払ったそれは、一瞬にして土方達の背筋を凍らせた。

 特に、神楽の。

 

 

『……でも俺が求めてるのは、このおまわりさんじゃない』

 

 

 そして続いて発せられたモノに、大成は胸を衝かれた。

 

 

『この人は【ヒハラタイセー】じゃないでしょ?』

 

「お前……ッ」

 

 

 図らずも声が零れる。

 機器の向こう側で、男は笑みを浮かべたように思えた。

 

 

『ああ、そこにいるんだ。ヒハラタイセー』

 

 

 静かだが、情動の籠る声音。

 言い様のない悪寒が背筋を走る。

 

 

『待っててよ。名残惜しいけど、今コイツを片付け

 

 

 

 

――――ブッ

 

 

 そこで、通話は途絶えた。

 

 モニターから赤い点滅も消失していることから、デバイスは破壊されたらしい。

 ……そして、次第に室内はざわめきだす。

 そんな中神楽は、今だ豆鉄砲を食った鳩のように動けないでいた。

 

 

「神楽ちゃん……今のって……」

 

 

 傍にいた新八が、そんな神楽に声を掛ける。

 それにより現実に引き戻された神楽だが、すぐさま部屋を飛び出して行ってしまった。

 呼び掛けにも応じず、目の色を変えて。

 唖然とする各々に、恐る恐る口を開いた新八が代わりに説明を始めた。

 この――――真選組最強と謳われる沖田を相手取る、夜兎の男を。

 

 

「今の人は……神楽ちゃんのお兄さん、神威さんです!」

 

 

 青ざめた面持ちで新八は告げた。

 人間と夜兎の圧倒的な力の差を、過去に一度見せつけられたが故の畏怖だ。

 

 

「いくら沖田さんでも……人間ではあの人にはとても……!」

 

 

 相手は歴戦の夜兎――――その突きつけられた事実に、隊士達は戦慄する。

 夜兎との戦闘経験も無ければ、束で掛かっても勝てる保証は皆無。

 増援に向かう前から、士気は大きく削り落とされていた。

 

 

「おかしくねェか」

 

「?」

 

 

 だが……そんな状況で、冷静に一考していた大成は呟く。

 

 

「過去の警察狩りの犯行には、刀が使われてたよな。……なら何故()()が釣れた?二人という点も謎だ」

 

「む……」

 

 

 大成の言いたい事は自ずと伝わった。

 警察狩りは他にいるか、複数存在する。

または協力者――――その可能性を示唆しているのだ。

 

 

「……ともあれ、総悟が危険に晒されてる事に変わりはねェ。すぐに向かおう」

 

「馬鹿言え、自分の立場分かってんのか!」

 

 

 真選組の誰よりも早く部屋を後にしようとする大成を、土方は制止した。

 

 

「敵の狙いはてめェだぞ!うかうか出て行ったら、それこそ奴等の思う壺じゃねェか!」

 

「居場所がバレて、相手が複数人いると見込まれる以上、俺はここにいても意味がない」

 

 

 大成は屈する事なく、真っ直ぐな視線と言葉を土方に向けた。

 確かに――――現在真選組は昨日の一件などで人員が割かれ、残りもこれから沖田の増援に割り振らなくてはならない。

 所在が割れた状態で警備を手薄にするのは、賢明な策とはいえないだろう。

 そう、土方は考えてしまった。

 

 

「屯所に直接殴り込みに来る奴がいるとは考えにくいが……一理あるな」

 

「そういうこった。そんなら俺ァ援軍の一員として、総悟の加勢に向かいたい」

 

 

――――それに。

 

 納得しかけてしまう土方に、大成は更に言葉を連ねる。

 

 

「人を危険に晒してる張本人が、胡座をかいてられっかよ」

 

 

 自責の念でも抱いていたのだろうか。

 保護も捜索も真選組が勝手に行ったことであるため、負い目を感じる必要は無いのだが――――

 

 

「まァ……本来お前は、戦う側の人間。繋ぎ止めておくってのが無理な話だったか」

 

「そーいうこった。理解が早くて助かるぜ」

 

 

 折れた土方は、溜め息を一つ吐き出すと踵を返した。

 他の隊士達も同様。

 こうなった大成はもう止められね――――といったような呆れた面持ちで、土方の後に続いた。

 不思議と彼等の顔は、先程の戦慄が嘘のように士気が持ち直していた。

 

 

「……」

 

 

 その光景を、新八はただ部屋の片隅で呆然と眺めていた。

 まだ知らない真選組の表情、絆。

 垣間見えた曖昧だが確かなモノ。

 気付けば新八もだいぶ落ち着きを取り戻していた。

 

 

「あの……」

 

 

 そうして声を絞り出す。

 新八は一つの決意を固めると、勇気を奮った。

 

 ……だが。

 

 

「僕も同行させてくだ」

 

 さい!神楽ちゃんだけを危険な目に合わせるわけにはいきません!

 

 ――――と、いう新八の言葉は、喉を通ることはなかった。

 

 

「あ、れ……?」

 

 

 

 

 

ドッ

 

 

 

 

 

 

ドッ

 

 

 

 

ト"ッ"

 

 

 

 自然と、鼓動が早まる。

 体が動かない。

 息が詰まる。

 計り知れない『ナニカ』が襲い掛かる。

 目眩のするような状況下、辛うじて辺りを見渡した新八は驚愕した。

 

 皆も同様には硬直していたのだった。

 

 突然のあまりその誰もが、状況を掴めないでいる様子。

 伸し掛かるは、重力の様な圧。

 皮膚に刺さるは、凍てつく気。

 次第に四肢は震えだし、立つことさえままならなくなり始めた。

 そんな、彼らを押さえつけるモノの正体は――――殺意。

 

 

「体が、固ま、て……」

 

 

 土方は自分の掌を見つめた。

 自分の意に反するように、それは強張っていた。

 まるで本能が拒絶しているみたく。

 

「だが……この感覚、どこかで……?」

 

 

 ――――そんな降り注ぐ殺気の中、ただ一人動ける者がいた。

 

 

「避けろォォォォォォォォ!!」

 

 

 硬直した空間を劈く怒声が、者共を正気に連れ戻した。

 これを放ったのは、大成。

 続いて土方の襟首を鷲掴むと、後方へ力任せに投げ飛ばした。

 

 

「なッ!?」

 

 

 その直後だった。

 

 さっきまで土方の眼前にあった扉を真っ二つに、巨大な刃物の様な物体が部屋に侵入してきたのだった。

 

 

「うわァァァァ……ッッ!!」

 

 

部屋にとても収まりきらないそれは、天井も床も何もかも切り裂きながら容赦なく進む。

 迫り来るそれに、辛うじて動けるようになった隊士は紙一重で避けていく。

 大成の呼び掛けがなければ、何人が両断されていたであろう。

 

 

「今の……」

 

「刀、なのか……!?まさかこの部屋ごと……屯所ごと切り裂いたとでもッ!?」

 

 

 物体が通り過ぎた後の傷痕を眺め、一同は恐怖する。

 壁から天井、床、モニターなど機材に刻まれた、まるで豆腐に包丁を入れたかの様な痕を。

 それは司令室内に留まらず、屯所の端から端まで続いていた。

 

 そして、天井に開いた隙間に――――

 

 

「ッッ……!」

 

 

 何者かの指が差し込まれた。

 屯所がミシミシと悲鳴を上げ始める。

 

 

「まさか……!」

 

 

 ――――直後、屋根はいとも簡単にこじ開けられた。

 

屯所を形成していた木板やら瓦が、無機質な音を立てて崩れ散る。

 そんな舞い落ちる瓦礫の中、二つの影が隊士達の中央に降り立った。

 

 

「……ふぅ。神威に阿伏兎付けといて正解だったァな。アイツ一人じゃ、何しでかすか分かったもんじゃねェぜ」

 

「あァ」

 

 

 真選組の本陣に乗り込んでおきながら、言葉を交わす余裕を見せる二人。

 深い三度笠に隠れて、両者ともその素顔は闇に浸されていた。

 だが『神威』という名前から、沖田を襲撃した者達との繋がりは明白。

 そう、目先の敵に意識を向けていた大成に、一つの影が歩み寄る。

 

 

「……日原大成、だな」

 

 

 確認を取るように言い放つと、男は大成と視線を交えた。

 生気を感じさせない気味悪い黄色の眼光と、燃ゆるような深紅の眼差しが衝突する。

 

 

「だったら、どうするってんだ」

 

 

 味方の空気が再び萎縮してしまった以上、これより弱味を晒す訳にはいかない――――物怖じする欠片すら見せることなく、大成もあえて一歩踏み出した。

 すかさず男は、その手に握る刀剣を大成の首筋に当て交う。

 

 

「……」

 

 

唾を飲むだけでも刃に触れかねない。

空間を支配した緊張感が、刹那静かに流れる時に渦巻く。

そして黄眼の男は、告げた。

 

 

「見定めさせてもらう、赤獅子」

 

 

 

 この発言は、即座に開戦の火蓋へと化した――――。

 

 高速で抜刀した大成は、刀を自身と相手の刃先の間に滑り込ませ、鍔迫り合いの形に持ち込ませる。

 鈍い金属音が反響し、刃と刃の衝突が眩い程の火花を散らした。

 

 

「……!」

 

 

 力は大成が勝る様子。

 男の身体は自然と後退を始めた。

 

 ――――だが、それも束の間。

 両者の力は拮抗を始める。

 と同時に、男とその刀に異変が現れ出した。

 

 

「……おい、一体なんだそいつァ!」

 

 

 悪寒を察知した大成は、男を部屋の端まで弾き飛ばし距離を取る。

 

 

「……ユクモ、あんまし遊び過ぎんじゃねーぞ」

 

 

 口を開いたのは、後方で静観していたもう一人の男。

 どうやら大成と対峙する男は、『ユクモ』という名らしい。

 分かっていると小さく応じると、ユクモは切っ先を大成へ向けた。

 

 ユクモの刀は先程の様相とはかけ離れていた。

 それはとても禍々しく紅色の光を放ち、刀身は成人男性の背丈程に肥大化している。

 加えて、鍔付近から伸びた触手のような配線をユクモは右腕に纏い、自身と刀を一体化させていたのだった。

 

 

「間違い……ない……ッ!」

 

 

――――今日はつくづく、恐ろしいモノと再開する。

 

 新八は声を漏らした。

 部屋を切り裂かれた時から妙な予感があった。

 先日耳にした、桂からの話もある。

 もしやと思って事の成り行きを注視していたが、その不安は確信へと変わった。

 

 

「あれは紛れもなく……」

 

 

 桂の下から消えた、妖刀の一振り。

 

 

 

 

 

――――『紅桜』であった。

 

 

 

 

 

 




誰にも見られていないモニターにゆっくりと、赤い光が新たに生まれる。
僅か前に灯った光とは、別の。
それは虚しく、弱々しく点滅を繰り返していた。

……続いて


ビ――ッ




真選組の司令室に、もう一度アラームが鳴り響いた。

誰かが発した救援要請。

――――それは、剣撃のぶつかり合いに掻き消されて、何者の耳にも届くことはなかった。





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第八訓 天意の邂逅

「あれ?これちゃんと使えてんの?」

 

 

 慣れない小型デバイスを操作しつつ、赤髪の男は抜けた調子で呟いた。

 出際に仲間が渡してくれた連絡手段。

 しかしいざ使おうにも、向こうからの応答が無い始末だ。

 

 

「……ったく。人の税金使って、んな不良品作ってんじゃねーっての」

 

 

 汚名を着せられたデバイスは無残にも、黒に染まる路地裏へと投げ棄てられた。

 二度三度乾いた音を立てる。

 そして、何かに触れて制止する。

 

 

「こんな真選組(バカども)なら、わざわざ辻斬りなんざする必要は無ェと思うがね」

 

 

男の意識は暗がりの先へ。

 これでもかというほど作為的に、言い放った。

 

 

「なァ、そこん所どうなんだ。警察狩りさんよォ」

 

 

 

「……。」

 

 

 一瞬の間を置いて、外套を頭まで覆った人物が姿を表す。

 と同時に刺激臭が鼻腔を襲い、男は僅かに顔をしかめた。

 

 

「殺った後か」

 

 

 その手には人間の首が掴まれていた。

 血が溢れるように零れ落ちている様子から、犯行はつい今しがたの事なのだろう。

 よく目を凝らせば背後には胴体らしき肉塊があり、先程投げたデバイスが傍らに転がっている。

 さっきまで『者』だったその『モノ』は、黒い隊服を、真選組の制服を着ていた。

 

 

「……んで、次は俺を殺んのか?」

 

「いいえ」

 

「……ッ!?」

 

 

 男は一瞬制止した。

 相手が発したその声は予想に反して、()のものだったからだ。

 その刹那の膠着に女は生首を放り出し、男の懐に潜り込んでいた。

 

 

「お前、一体……!?」

 

 

 男の眼前で、女は唐突に勢いを緩める。

 その緩急の差に男は囚われ、完全に固まってしまっていた。

 

 

「あなたこそ、誰?」

 

 

 男の腕を掴み、もう一方の手を優しく頭へ伸ばす。

 そしてゆっくりと、髪の束を摘まみ、振り払った。

 赤い頭髪の下から覗いたのは……銀の鬣。

 

 

「……白夜叉か」

 

 

 男は赤獅子――――日原大成に扮した、坂田銀時だった。

 

 布切れの下、女は銀時に視線を合わせる。

 血の様に濁った瞳が、銀時を飲み込まんとする。

 時間が重い。

 鎖にでも巻き取られているかの様に。

 

 

「がァァ!!」

 

 

 そんな無窮にも思えた時の中、今度は耐え難い激痛が銀時を蝕んだ。

 肉体が焼き切れるかと錯覚するほどの痛み。

 それは、女に掴まれた右腕から。

 

 

「てんめェ……!!」

 

 

 意識が急速に現実へと引き戻された銀時は、咄嗟に蹴りを繰り出した。

 相手が女だからなどと、余裕の言ってられない容赦のない一撃。

 女はそれを軽く受けると、銀時の拘束を解いて自ら身を退いた。

 

 

「オイ……今何をしやがった」

 

 

 自身の右腕に視線を配る。

 そこには女の手形が、判然とした痣となって刻まれていた。

 そして、次第にその痣は身体に浸透するように、静かに掻き消えてゆく。

 言い知れぬ不快感に銀時は顔を歪めた。

 

 

「何も」

 

 

 冷淡な返答。

 いや、愛想が無いというよりも無感情という言葉が相応しいか。

 そんな彼女はもう銀時に一瞥すらくれることなく、どこか空を仰いでいた。

 

 

()()()()()()()は皆、この程度?」

 

 

 

ヨシダショウヨウ?

 

 

 

…………松、陽――――

 

 

吉田松陽

 

 

 瞳孔が一気に開かれた。

 

 何故その名を。何処で先生を。

 

 銀時の心中にあった女への疑念が、そして気味の悪さが、抑えきれない程に膨れ上がっていた。

 だが女には銀時に対する関心など、もう毛頭もありはしない。

 そして、銀時もそれを薄々気付いている。

 

 先の言葉は、銀時に掛けられたモノではなかったから。

 

 

「そんな訳があるか」

 

 

 一閃。

 声と共に上空より撃ち降ろされた何かが、晦冥を斬り裂いた。

 

 半歩後退した女は、紙一重でそれを回避する。

 彼女が数秒前まで位置していた場所に、突き刺さった何かとは――――鍔の無い長ドスの様な刀。

 

 

「……長居し過ぎたようだ」

 

 

 と、小さく。

 自身に向けられた死にすら然程の興味も抱かない様子。

だが、撤退する気か女は外套を靡かせ踵を返した。

 そんな背中に向けて、銀時は呼び掛ける。

 

 

「待ちやがれ!!」

 

 

 訊きたいことは山程ある。

 しかし女に触れられて以降、身体がうまく機能しない銀時は後を追うことが出来なかった。

 特に触れられた右腕が言うことを聞かない。

 木刀を握ろうにも、掴むことすらままならなかった。

 

 

「てめェは一体、何なんだ……?」

 

「……。」

 

 

 哀れにでも思ったのか、ただの気まぐれか。

 それとも……。

 女は一瞬歩みを止めると、顔は向けず僅かに呟いた。

 

 

「近くも遠き後来に、また」

 

 

 ポツリと呻くように一言。

 そうして女は、夜の帳に溶け込んでいった。

 

 その言葉の意味は、今の銀時には分からなかった。

 ただの独言だったのかどうかでさえも。

 だがこの状況、明瞭であり優先すべき事実が一つ。

 

 もう一人、何者かがいる――――

 

 

 

「逃がしたか」

 

 

 銀時の横を男が通り抜けた。

 その背格好はどこか既視感があり、声音は良く耳に馴染む。

 しかし同時に銀時は、懐かしき嫌悪感も抱いていた。

 

 

「こんなマヌケ面と比べられるたァ侵害だな」

 

 

 男は地面から長ドスを抜き取ると、そのまま剣先を銀時に向ける。

 と同時に、月の下に男の様相が露となった。

 

 

「よォ、久しいな銀時」

 

 

 包帯で左目を覆い、蝶をあしらった着流しを纏うその男を、銀時はよく知っている。

 その名を銀時は、敵意を持って呻吟した。

 

 

「高杉ィ……!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「兄上様?」

 

 

 

「……。」

 

 

 

「兄上様」

 

 

「…………。」

 

 

「兄上様!」

 

「………………。」

 

「もォ~、兄上様ったら!」

 

 

 身を乗り出してきた妹の呼び掛けに、時の将軍、徳川茂々はようやく反応を見せた。

 

 

「あ……ああ、そよか。すまぬ、考え事を……」

 

「もう、折角のお茶が冷めてしまいました」

 

 

 そう、将軍の妹君であるそよ姫は頬を膨らませる。

 続いて気遣わしげな面持ちで尋ねた。

 

 

「また政務でロクに寝ておられないのですか?」

 

「……。」

 

 

 沈黙。

 それは肯定を意味する。

 

 

「そんなに事だろうと思いました」

 

 

 小さく嘆息するとそよ姫は、茂々の正面に改めて座した。

 

 

「聞きました。また一人、兄上様の忠臣(みかた)失脚()ってしまったんですよね」

 

 

 言って、そよ姫は細々と語りだす。

 それは現状に対する不安の表れか、兄への純粋な心配か。

 いや、どちらもだろう。

 

 

「あの事件があってから……伯父上様が亡くなってからずっとこの調子」

 

 

『あの事件』とは、徳川定々と幕府内部の闇が浮き彫りとなった一件。

 天導衆の介入と定々の暗殺、そして現将軍の意志表示で幕は降ろされたが、そよ姫も件の中心人物として大きく関わった。

 それ以降幕府の内情は、安定しているとはとても言い難い。

 特に、徳川茂々の周囲は。

 

 

「今は内輪モメしている時じゃないのに……このままじゃ兄上様は一人ぼっちに……。あっ」

 

 

 妹のいれた茶を手に取ると、茂々は立ち上がり縁側へ向かう。

 その背中を、そよ姫は視線で追った。

 

 

「全ては……部下一人、友一人護れぬふがいない将軍(あるじ)の責任。こんな情けない男に、国を治める資格があるのか」

 

 

 自嘲気味に、微かに笑う。

 

 

「時々思う。天下国家の事など何もかも忘れ、こうしていつまでも妹のいれた不味い茶を、呆けた顔で飲んでいられたらと……」

 

 

 どこか物憂げな表情で、湯呑みに潜む月を眺める。

 ゆらゆらと揺らぐ月光。

 湯気の立たない冷めた茶は、映える夜空を観賞するには最適だった。

 

 

「兄上様……」

 

 

 茂々の口調にはもう、先程までの固さは無い。

 それに気付いたそよ姫は、自身も普段通りの調子で声を荒げた。

 

 

「もォ~ひどい!!いれたてならおいしいんですよ、私のお茶!!」

 

「そうか……いつか飲める日がくるといいな」

 

 

 虚像の月ではなく、茂々は天を仰いだ。

 

 

将来(さき)の事など案ずる事もない。将軍などいらなくなった安寧の国で……ただの兄として、妹のいれた茶を飲める日が」

 

 

 言いつつ、湯呑みを口に寄せた。

 自然な笑みが溢れる、口元へと。

 

 その時。

 

 

 

「――――失礼いたします、将軍様」

 

 

 襖の先から、何者かからの声が発せられた。

 思わず二人の視線は、そちらへ向かう。

 

 

「一橋喜々公の拝謁の用意が整いました。いかがなさいましょう」

 

 

 どうやら一橋の使いの者のよう。

 微かに眉をひそめると、茂々は一呼吸置いてから受け答えた。

 

 

「……わかった。すぐ向かうと伝えてもらえるか」

 

「承りしました」

 

 

 その返事を聴いた茂々はお碗を卓に戻し、戸へ向かう。

 

 

「こんな夜分に、ですか……?」

 

 

 怪訝そうに、そよ姫は尋ねた。

 将軍が本日行うべきの政務は終えているはず。

 ましてや相手は、政敵である一橋派の筆頭。

 そんなそよ姫の不審を察したのか、茂々は答える。

 そして、詫びた。

 

 

「すまぬな、そよ。私から声を掛けたのだ」

 

「兄上様から?」

 

 

 頷く。

 

 

「大切な話なのだ。お茶会はまた、別の機会にやろう」

 

 

 そう優しく告げると、返事を待たず茂々は出ていってしまった。

 一人取り残される姫君。

 ふと、目の前に配された湯呑みに視線を落とす。

 茶は一滴も減っていなかった。

 

 

「兄上様」

 

 

 呟くと、お碗を自らの口に寄せる。

 ぬるくなった茶を喉に流し込むと、空になった湯呑みを胸に寄せた。

 

 

「うん……。美味しくいれれたのになぁ」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「痛ててて」

 

 

 眼前数寸で制止した刀剣。

 その剣先に焦点を合わせた神威は、楽観的な声を漏らした。

 刀は神威の掌を貫通し、真選組の小型デバイスも貫いている。

 それは……沖田が所持していた物。

 

 

「やってくれんじゃん。地球のおまわりさん?」

 

「これ以上、醜態晒したら示しがつかねェんで」

 

 

 得物を向けている張本人、沖田は血を吐きつつも口角を吊り上げた。

 対峙する神威も同様。

 一時は冷めかけた闘争心が再燃した様子だ。

 

 

「やれやれ」

 

 

 そんな二人の戦いを傍観していた阿伏兎は、呆れた調子で溜め息をついた。

 

 

「あっちのバカもこっちのバカも、まだ殺る気マンマンのツラだ」

 

 

 トランシーバーを手先で弄びながら、両者の面持ちを伺う。

 案の定両方とも狂気染みていて、夜兎ながらも身震いしてしまう。

 

 

「……んまァ本命は、ユクモの兄ちゃんと旦那が行ってくれたから助かったぜ。団長を赤獅子と引き合わせたら、尻拭いする側はたまったもんじゃねェからな」

 

 先程情報を送った二人を思いつつ、阿伏兎は胸を撫で下ろす。

連絡手段を用いていたのは、どちらの陣営も同じだった。

 あと残された役目は、神威が暴走しないよう見張るだけだ。

 特に赤獅子の下に向かわせてはならない。

 

 

「だから精々、団長の足止め頑張ってくれよ。サムライ」

 

 

 そう、名も知らぬ真選組の男に語りかけた。

 

 ……一方、当の沖田。

 まさに神威との膠着状態が、解かれんとしている所であった。

 先に動いたのは――――神威。

 刀が貫通している手を強引に捻り、その刀身を叩き折ったのだった。

 すぐさま掌を反転させ、切っ先が刺さった状態の右手を沖田の顔面に突き出す。

 

 

「……!!」

 

 

 しかし沖田はそれに対応した。

 刃先を自身の歯で受け止めると同時に、神威の右腕に掌底を食らわし、軌道を横に逸らさせたのだ。

 と共に、折れた切っ先を抜き取る。

 そのままの流れで沖田は、咥えた刃を神威の腹部に刺し込んだ。

 

 

「お"」

 

 

 臓器を傷付けたのだろうか。

 沖田を振りほどくかのように、神威は反射的に番傘を薙いだ。

 僅かに触れでもしたら、その部位が全て持って行ってしまわれそうな剛腕。

 ……だが、沖田程の手練れが今の好感触を見逃すワケもなく。

 退きつつも攻撃の手を緩めなかった。

 

 

「ガグ……!」

 

 

 襲い掛かる渾身の一撃を、神威の身体を蹴りつけ後方に跳躍して回避する。

 しかも足蹴にした箇所は、切っ先を突き刺した腹部一点。

 その蹴りで刃先は、更に肉体の奥深くへと入り込んでいた。

 

 

「……いいねいいね。こういうのこの星じゃ『窮鼠猫を噛む』っていうんだろ」

 

 

 神威の口は赤く滲み、傷口から血の染みが見る見る内に広がっていく。

 どうやら本当に、どこかしらの器官を損傷したらしい。

 

 

「オイ」

 

 

 そんな神威に苦笑を送り、沖田は冷やかに吐き捨てた。

 

 

「いつから兎が猫になれると、勘違いしていやがる」

 

 

 そう告げると共に、折れた刀身を差し向けた。

 しかし、こうも毅然とした態度を取る沖田だが、神威相手に手傷を負わないはずもなく。

 既に何度か、夜兎の剛力をその身に味わっている。

 その証拠に沖田の口内には、体内を逆流して来た生血が充満していた。

 

 だが、それでいても揺るぎはしない沖田を目の当たりに、神威は心奥から笑いがこみ上げてくるのを実感していた。

 

 

「ヒヒッ」

 

 

 それは心の内に留まることなく、奇妙な笑い声として外界に漏れた。

 

 

「やっぱり……同類(人殺し)と殺り合うのは楽しいよ。なァ、アンタもそうじゃないか?」

 

 

 高揚からか、神威の肩は激しく上下していた。

 息も荒く、浮かべる笑みは悪魔染みている。

 対して沖田は何も返答せず、ただその様子を徐に静観する。

 

 

「死に直面してようやく生を実感する。そんなバカ共だよ、俺達は」

 

 

 そう語りつつ、神威は傷口に手を伸ばした。

 

 そして。

 

 

「だからこそ欲してたんじゃないか。アンタは強者(オレ)を。俺は……強者(アンタ)をさ!」

 

 

 語気を強めると同時に神威は、己の肉体に突き刺さる刃を力任せに抜き取った。

 

 

 ――――再開。

 

 重傷とは到底思えない速さで、沖田との間合いを詰める。

 その推進力を一点に集約させ、神威は番傘での突きを繰り出した。

 これは回避出来ないと察した沖田は土壇場、あえて傘の砲塔に刃を突き立てる。

 しかし、折れた剣が満足に働くはずもなく……

 夜兎との圧倒的な力量差を前に、沖田の刀は刀身、鍔、柄と、順々に砕け散っていった。

 

 

「がッッ!!」

 

 

 盾を失った沖田はその一撃を諸に受けた。

 血吐き散らしながら、沖田の肉体は宙を舞う。

 ……だが、それでも致命傷には至らない。

 沖田の決死の抵抗が番傘の先端を破壊し、深手を避けたのであった。

 それを即座に把握する神威。

 使い物にならなくなった傘を捨て、手中の切っ先を投擲した。

 

 

「……!」

 

 

 飛来した凶刃は空を斬り裂き、沖田の頭を――――

 

 

 ――――貫いた。

 

 

 

 

 

 

「決着か」

 

 

 殺し合いの行く末を見届けた阿伏兎は、自身の足下に転がってきた沖田に目を配った。

 団長相手にここまで戦えた奴は見たことねェ――――それが阿伏兎が抱いた素直な賛辞だった。

 ……しかし、横たわる肉体を前に、言い知れぬ違和感が湧き始める。

 

 

「なんだぁコイツ。血が一滴も流れて」

 

 

 いないのだ。

 頭部に得物が刺さっていようというのに。

 そう訝しんで沖田に手を伸ばそうとした、その時だった。

 

 

「て……めッ!!」

 

 

 突如動き出した沖田は阿伏兎の背後を取った。

 続いて自身の頭から切っ先を抜き取り、阿伏兎の首筋を狙う。

 

 ……ふと、パサリと何かが舞い落ちた。

 それは髪の毛の束。

 つまりは、カツラ。

 日原大成に偽装した際用いた、赤毛のカツラだった。

 これが頭を護る盾となり、首の皮の一枚ならぬ……頭皮一枚繋がったのであった。

 

 

「せめて一人は持っていく」

 

 

 言って沖田は、阿伏兎の肉体を切っ先で斬りつけた。

 辛うじて身を翻し、阿伏兎は急所の損傷を免れる。

 しかしその斬撃を受けた左腕は、肘より先が無くなってしまっていた。

 

 だが、鈍い感触に沖田は勘づく。

 そして少し、落胆したかのように一言。

 

 

「……義手かい」

 

「どいつもこいつも……俺の左手に恨みでもあんのかァァァ!?」

 

 

 沖田の襟首を鷲掴むと、阿伏兎は力の限りぶん投げた。

 空中で受身の姿勢を取るも、派手に地面を転がり生傷を増やしていく。

 

 

「……なるほど、これが侍の意地ってヤツか。夜兎を前に臆さないその精神に敬意を表して、拍手の一つでも送ってやりたいところだが」

 

 

 己の左腕を一瞥し、不敵な笑いを向ける。

 その額には青筋が浮かんでいた。

 

 

「またできなくなっちゃったよ」

 

「しなくていーんで」

 

 

 上体を起こし、沖田は軽く返す。

 しかしその身体は満身創痍。

 ろくな得物はもはや、刃毀れの酷い剣の先のみ。

 

 そんな状況下、沖田は見た。

 阿伏兎の背後から、こちらに向かって来る神威の狂喜の形相を。

 この現状は誰がどう見ても絶望そのものだった。

 

 ――――だが、そんな絶望(くだらないもの)など、どうでもいい。

 

 沖田は手の内の切っ先を握り締め、迎撃の準備に取り掛かった。

 その見据える先は、神威ではなく――――

 

 

「……?」

 

 

 沖田の妙な空気を察した神威は、刹那冷静になる。

 だが勢いは落とすことなく、空中に跳躍すると大きく振りかぶった。

 同時に、沖田は切っ先を神威目掛けて繰り出す。

 

 鉛の如く、重く堅牢な拳は沖田の即頭部へ。

 

 散々血肉を浴びた、鋭利な刃は神威の額へ。

 

 

 互いの攻撃が、互いに到達するよりも速く――――

 

 

 

 

何かが両者の間隙に投下された

 

 

 

「!?」

 

 

 それは掌サイズの、丸い形状の物体。

 機械仕掛けであろうそれには、デジタル数字が示されていた。

 その表示された秒数らしき数字は――00:00

 

 それが何であるかに気付いた沖田は、咄嗟に後方へ跳んでいた。

 

 それ、とは……時限爆弾であった。

 

 

 

 

 

 

 月明かりが映える灰の夜に、墨の様に黒い爆煙が立ち込める。

 辛くも爆発から逃れた沖田は、その黒色を眺めていた。

 

 

「……まさか、()()()に二度も救われるたァな」

 

「別に助けたワケではない」

 

 

 次第に夜風に流されて、煙は薄くなっていく。

 どうやら先方の神威も爆発からは免れたようだ。

 

 だが、ここで注目すべきは対岸ではなく、両者の中間に佇む存在。

 男の体格にして美しい長髪。

 腰に携えた一口の刀。

 そして……この戦場に相応しくない、ラーメン屋の丼。

 しかし器に入っているのはラーメンではなく、蕎麦である。

 奇天烈な様相の人物の登場により、場は先程までの喧騒が嘘の様に鎮まり返った。

 

 そんな静寂の中、麺を啜る音が一つ。

 当然、彼の男である。

 仕舞いには汁まで飲み干すと、男は一つ咳払いをし、神威の側に言い放った。

 

 

「騒がしいぞ。これでは蕎麦もろくに食えんではないか」



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第九訓 身近にこそ

 

【挿絵表示】

 

 

 

「がァァァ!!」

 

 

 剣と剣の衝突。

 木霊する金属音と共に赤獅子は哮る。

 対するは妖刀、紅桜を纏う謎の男――――ユクモ。

 二者の間に爆炎の如き火花が舞い上がった。

 

 

「ッ!?」

 

 

 紅桜から伸びた数本の触手が、大成の腕に絡み付く。

 振り解こうにも強固なそれは離してくれない。

 

 

「紅桜つったか、その刀……!」

 

 

 ならばと、大成は配線を鷲掴む。

 続けて背負い投げの形で、紅桜ごとユクモを床に叩きつけた。

 

 

「とても刀にァ見えねェんだがなァァ!!」

 

「……ッ!」

 

 

 威力は凄まじく、部屋全体の床板が隆起する程。

 その衝撃によって紅桜の拘束に綻びが生じる。

 そこへ大成は刀を刺し込み、触手を斬り裂いて束縛から逃れた。

 

 ――――そして、追撃に転じる。

 

 大成はユクモの雁首を目掛けて、刀を振り下ろした。

 ……しかし、凶刃が皮膚に触れる寸前、ユクモは紅桜を滑り込ませこれを防ぐ。

 再び鉄の衝突音が残響した。

 

 

「……!!」

 

 

 互いの力が拮抗し、暫し膠着の時間が訪れる。

 刃と刃が触れ合い、両者の腕を小刻みに震わした。

 

 そんな時、木材の割れる様な乾いた音が大成の耳に入り込んだ。

 その発生源は大成のすぐ背後。

 刀に込める力は緩めず、後方に視線を送る。

 

 

「またか!」

 

 

 そこには波の様にうねる、紅桜の触手が。

 どうやら死角である床下を伝い、足場を貫いて大成の背に回った模様。

 それは勢いを付けるように大きく揺れると、鞭の如く大成に攻めて掛かった。

 

 

「ぐがッッ!」

 

 

 鈍重な一撃が直撃する。

 大成は支柱、襖や壁を突き抜けて、真選組屯所の庭園まで吹き飛ばされた。

 その身体は池に落ち、盛大な水飛沫を上げる。

 落下地点に恵まれたお陰か、大成はすぐに水中から姿を表した。

 

 

「ぶはァァ!」

 

 

 体内に入り込んだ水を吐き出し、大きく酸素を吸う。

 間隙の無い攻防に、思えば息を忘れていた大成にとって、これはむしろありがたい休息であった。

 

 

「こんな身体動かしたんは久々だ。鈍ってらァな」

 

 

 微笑を浮かべると、軽く首を鳴らした。

 そうしている内にユクモは屋敷奥から現れ、地面に降り立つ。

 触手の数は大分減っており、刀身のサイズも従来の日本刀と同程度に戻っていた。

 

 

「オイ、本格的に化物だな。どういう仕組みなんだそいつァよ」

 

 

 と、もはや呆れた口調の大成。

 だが両者共、お互いの動向から目を離す事はない。

 脳内では相手を攻略する方法に思考を巡らしていた。

 

 

「(触手は無数で、各々が独立して行動可能。刀の形状も変幻自在。ついでにその斬れ味、破壊力は言わずもがな、か。面倒この上無ェなコノヤロウっ)」

 

 

 大成は自身が先程斬り落とした、紅桜の触手部分に目を配る。

 そこには傷の欠片すら残されていない。

 

 

「(自動修復ね。ならあの配線を斬ってもなんら効果は無い。とすれば無力化する為には、狙うは腕か刀身(ほんたい)か……)」

 

 

 そんな折――――

 

 

「大成さん!!」

 

 

 の、名前を呼ぶ声が一つ。

 それはユクモの背後、屯所の縁側から。

 声を放ったのは二人の後を追って来た、新八だった。

 

 

「子どもか」

 

 

 新八に一瞥もくれず、ユクモは触手を差し向けた。

 

 

「うわああッ!?」

 

 

 少々情けない反応を示すも、身体を屈め辛うじて攻撃を回避する。

 標的に躱された触手の濁流は、屯所の一角を粉砕した。

 その後刹那の間すら置かず、角度を変えた触手達は再び襲い掛かかった。

 ――――だが

 

 

「ぉ、おおおおお!!」

 

 

 雄叫びと共に鈍い衝撃音が轟く。

 新八はこれを……どういう訳か受け止めていた。

 

 何処からか持ち出してきた真剣で防いだのである。

 その反動で姿勢は崩れ、横に倒れ込んでしまうが。

 

 

「――――ほう」

 

 

 ユクモは一つ呟くと身を翻した。

 幸か不幸か、新八はユクモの興味を引いてしまったらしい。

 今度は触手ではなく、紅の凶刃が来襲した。

 

 

「ぐぐッ!!」

 

 

 しかし――新八はこれにも対応した。

 

 間髪入れずユクモは、試すように軽く紅桜を振るう。

 突き、薙ぎ、振り下ろし……剣が火の粉を散らす度に新八はよろめき、後退る。

 それでも新八は、ユクモの剣撃に応じた。

 

 

「……」

 

「(やっぱり……この人の剣()()は、何故か!!)」

 

 

 新八の中で何かが確信に変わる。

 だが、そう思ったのも束の間。

 打ち合いが長引くに連れて新八は、連撃を捌ききれなくなり始めた。

 

 

「新八君!!」

 

 

 そこを割って来たのは、大成だ。

 新八に振るわれる紅桜を弾き返すと、空いたユクモの腹部に蹴りをかます。

 迂闊にも大成から意識が逸れていたユクモはこれに反応できない。

 

 

「が……ッ!!」

 

 

 その威力は凄絶なモノで、ユクモの肉体は土塀を突き抜け、屯所の外まで飛ばされていった。

 これにより開いた間合いは余裕に直結する。

 その隙に大成は、新八に身を寄せた。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「は、はい……」

 

 

 新八の呼吸は荒く、滝の様に汗が吹き出ている。

 そして両の手は酷く震えていた。

 ユクモの相手は荷が重かったか――――

 しかしそれを悟られないよう、新八は強く拳を握ると、大成に向けて想いを告げた。

 

 

「僕も……一緒に戦わせてください!」

 

 

 続けて、言葉を畳み掛ける。

 

 

「使い手は違いますが、僕は一度あの妖刀と戦った事があります!!それに……剣を交えて確信しました。何故か分からないけど……僕はあの人の剣筋を読むことができます!!」

 

「剣筋が?」

 

 

 強く頷いた。

 

 

「うまく言葉にできませんが……なんかこう、次は何処に振って来るかが分かるんです」

 

 

 ひたむきな視線が大成の眼に飛び込む。

 その言葉に嘘偽りは無い様子。

 そんな真剣な想いとは裏腹に、大成は拍子抜けた事を言い放った。

 

 

「なるほど。つまり今の新八君は、ソシャゲの特攻キャラクターみたいな感じなんね」

 

 

 場違いな発言に、一瞬目が点になる新八。

 そして、一呼吸置いてからツッコミを飛ばした。

 

 

「それってイベント期間(ユクモ戦)過ぎたらクソ雑魚になるヤツじゃないですか!!」

 

 

 一方大成は、あっけらかんとした口調で続ける。

 

 

「その分、『銀魂大活劇』はそういう仕様じゃないから良いと思うよ」

 

「ここでアプリの宣伝!?」

 

「アンインストールしたから最近の仕様は分からないけども」

 

「やってないんかいいいいい!!」

 

 

 閑散とした空間に怒号が響く。

 いつもの新八らしい、意気軒昂なツッコミ。

 それを聴いた大成は笑みを零した。

 

 

「調子は戻ったな」

 

「……あ」

 

 

 視線を下に落とす。

 小刻みに震えていた手は、いつの間にか落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 戦えず、見てるだけってのは辛ェよな――――

 

 

 

「え……?」

 

 

 大成が小さく、呟いたような気がした。

 それも何処か弱々しく、悲哀とも受け取れる声調で。

 しかしそれは刹那の様相。

 新八の肩を強く叩くと、大成は跳ねるように立ち上がった。

 

 

「やってやろうじゃん」

 

 

 そして、手を差し伸ばす。

 大成の叩いた、まだ痺れの残る腕でその手を取ると、新八の身体は軽々と引き上げられた。

 自然と鼓舞されていた新八の中にはもう、畏れなどはない。

 

 大成の横に並ぶと、共に敵を見据えた。

 

 

「当節は夏だ。あの場違いな化物桜には、散ってもらおうじゃねェか」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「クソッ!完全に見失っちまった……!」

 

 

 廊下を駆けると同時に、土方は悪態を吐く。

 屯所を襲った二人組の片割れは、完全に行方を眩ましてしまっていた。

 

 

「……しかし、やけに静かだな」

 

 

 足を一旦止め、周囲を見渡す。

 襲撃者はおろか、隊士の姿すら見当たらない。

 

 土方は嫌な予感を感じ取っていた。

 ――――狙いが大成であるならば、何故二人して掛かからない。

 ――――何故、ユクモと大成の戦いに介入しない。

 

 そして、懸念材料はもう一つ。

 

 

「……あの悍ましい殺気を放ったのは、恐らくユクモって奴の方じゃねェ」

 

 

 十数名いる場慣れした隊士達を、一同に動けなくさせたあの覇気。

 それが今度は気配を消しているのだ。

 

 ――――野放しにしていいはずがない。

 

 そう再認識すると、土方は再び走り出す。

 そして角を一つ曲がった所で、何かが足に触れた。

 その何かとは……

 

 

「ッッ!!?」

 

 

 真選組監察、山崎退の身体だった。

 

 …………だけではない。

 廊下には幾十もの隊士達が、点々と転がっていた。

 

 

「オイ、何があった!!」

 

 

 すぐさま土方は山崎を抱え起こす。

 そして喫驚した。

 山崎は死んでいる訳でも、卒倒した訳でもなかった。

 ――だがどうも様子がおかしい。

 眼は見開かれ、土方の顔を捉えている。

 つまり意識ははっきりしている。

 加えて一見するに、外傷は全く見受けられない。

 

 しかし、手足胴体は一切動く気配を見せないのだ。

 

 

「オイ、しっかりしろ!」

 

 

 頬を軽く幾度か叩く。

 身体が麻痺しているのか、めぼしい反応は無い。

 精々、口が僅かに開閉するだけであった。

 

 

「ふ…………くち……ょ」

 

 

 掠れ掠れに声が零れる。

 土方に何かを知らせようと、山崎は黒目を横に逸らした。

 その視線は廊下の奥へ。

 屯所のとある一室に差し向けられていた。

 

 

「……あそこに居るのか」

 

 

 奴が。

 

 徐に山崎の身体を床に寝かすと、土方は歩みだした。

 道中、仲間達を跨ぎながら。

 そうして、山崎が示した部屋に恐る恐る近づく土方だが、妙な事象に気付く。

 

 

「誰も――――殺されていない?」

 

 

 そうなのだ。

 絶息どころか、一人たりとも流血すらしていない。

 皆が一様に山崎の如く、身体が硬直している状態にあった。

 

 そんな土方に訪れたのは、安堵。

 凄惨かと思えた光景を前にして、全員の無事が確認できたが故のモノ。

 そして、不快感。

 奴は何者か、奴の狙いは何か、奴は何をしたのか。

 それらが謎に包まれているが為に沸き起こる気持ち悪さ。

 

 そんな感情を渦巻かせている内に土方は辿り着いた。

 例の一室の手前まで。

 そして、一つの絶望が土方を襲った。

 

 白い障子は血飛沫で、赤黒く塗り染められていたのだった。

 

 

「くッ……!」

 

 

 思わず歯をくいしばる。

 これは紛れもなく、誰かが殺されたのだ。

 しかしひょっとしたら、これは奴の――――というのは希望的観測。

 十中八九、この血は真選組隊士のモノであろう。

 

 覚悟を決めずとも土方は、既に障子へ斬撃を放っていた。

 

 

「オオオオ!!」

 

 

 視界を遮る物は消え、室内が露になる。

 

 そして――――案の定、そこに奴はいた。

 

 

「よォ。鬼の副長さん」

 

 

 怒号とは裏腹に返ってきたのは軽快な口調。

 それごと斬り払う勢いで、土方の剣撃は男を襲った。

 だが……防がれる。

 男は抜刀すらせず、刀の鍔でこれを受け止めていた。

 

 

「大層な歓迎だ。これが鬼の一撃かい?」

 

 

 深編笠の下、ニヤリ不敵に笑う。

 すると男は土方を押し返して距離を取った。

 その隙に土方は部屋を見回し、状況を確認。

 畳の床は血の海へ。

 馴染みの匂いは鉄の香りに。

 想像通り、中では三名の隊士が無惨な亡骸と化していた。

 

 

「てめェか、警察狩りは……!!」

 

「巷じゃそう呼ばれてるみてェだな」

 

 

 何処か他人事。

 いやむしろ、土方の言動行動を楽しんでいるようにも見える。

 被る笠は顔全体を覆い口元すら伺えないが、そう土方は受け取った。

 

 

「そうだなァ。お前さんらの言う『警察狩り』とは、俺の事を指しているんだろうな」

 

 

 ――――認めた。

 自身が警察狩りであると。

 より一層土方の警戒心は高まった。

 だがそんな土方の敵意を解すように、男は一言。

 

 

「しかし、ちったァ語弊があるぜ。土方十四郎よ」

 

 

 そして告げる。

 

 

「俺ァ、()()は殺してねェよ」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 いや、分かっていても理解ができない。

 ……それよりも土方の中には確かなモノが一つ。

 それは、怒り。

 同胞を殺しておいて、涼しい顔をしている男に対する憤怒。

 同じ釜の飯を共にした同士を、警察とすら見なさない発言。

 

 

「何寝ぼけた事言ってやがらァァァァ!!」

 

 

 気づけば土方は再び斬り込んでいた。

 激情に身を任せて。

 

 

「ま、当然の反応さな」

 

 

 ここで男も抜刀する。

 

 両者の得物が交錯。

 悲鳴にも似た金切り音が、血濡れた部屋に轟いた。

 

 

「……ったく。こんくらいで取り乱してりゃ、この先身がもたねーぞ」

 

 

 男の述べる通り、土方は狼狽していた。

 当然そのような状態で繰り出された一撃など、無意識の産物。

 男は笠の下から哀れみの視線と、一つの攻撃を返した。

 

 

「目ェ醒ましな」

 

 

 それは、掌底打ち。

 刀の間隙を縫うように抜け、掌は土方の鼻柱を捉えた。

 ドッ、と軽く打ち付けたように見えた一撃は存外重く、土方は宙に浮く。

 すかさず男はその肉体に、今度は指で突きを放った。

 

 

「か……はッ!!?」

 

 

 掠れた声と空気を吐き出す。

 と同時に土方はその場に崩れ落ちた。

 そして、妙な感覚を催す。

 

 身体が動かない――――。

 

 肩、肘、鼠径部、膝……男に突かれた其々の箇所が。

 いずれも四肢を動かすに要用な部位だが、どれもまるで機能しない。

 完全に麻痺してしまっていた。

 

 

「経穴を突いた。暫くは動けんよ」

 

「今、のが……アイツらをやった技か……」

 

 

 苦悶の表情で男を睨む。

 そんな土方を尻目に、男は踵を返した。

 土方に追い討ちを掛けることなく向かった先には、隊士の亡骸が。

 

 

「まァ、見てなや」

 

 

 何をするかと思えば、男は死体の腕を切断した。

 まるで料理の食材でも切るかの様に。

 その行為に、かつて人間だったモノへの恭敬など微塵も感じられない。

 一つ物申したいところだが、動けない土方はその不可解な行動を見届けるしかなかった。

 

 

「……どうだ、見えるか?」

 

 

 続いて男は血の気と生気を失った腕を掴み、土方に見せつけてきた。

 その剥き出しとなった前腕部には、とある刺青が潜んでいた――――

 

 

「お前さんもコイツの意味くらい、知っているだろう?」

 

 

 知っている。

 土方は真選組副長という仕事柄、その存在は認知している。

 加えて過去に一度、その刺青を持つ者達の騒動に関わった。

 

 烏の刻印。

 これを持つ者の名は

 

 

「ま……さか……!」

 

「間者さ」

 

 

 男はわざとらしく、一つ息を置いた。

 

 

 

()()()()()のな」

 

 



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第十訓 明治軍

「天照院……奈落だと」

 

 

 男の発言を反芻する。

 

 

「ち――――ちょっと、待て……お前は何を言っている?」

 

 

 無論、土方は当惑していた。

 到底信じ難いその文言に。

 だが構うことなく男は続けた。

 

 

「今は亡き先代将軍が配していたのさ。幕府の重鎮から警察組織の末端に至るまで」

 

「先代……徳川定々公か?」

 

 

 そう――と相槌を打つ。

 同時に男は、無防備にもその場に腰を下ろした。

 その仕種に敵対の意志はなく、むしろ土方と語らおうとしている。

 その様子を察した土方は、自ら男に問いた。

 

 

「……何が為にだ?」

 

「我が身可愛さの為よ」

 

 

 案の定、男は返してくる。

 内容とは裏腹に、どうも軽快な口振りで。

 

 

「用途の一つは暗殺。己の政敵である幕臣を手に掛け、その後も嫌疑が自身に向かないよう、内部から働き掛けていた。まァ当人が死んだ今、これはどうでもいい瑣末事だが」

 

「……他は?」

 

「歩哨」

 

 

 問答に間隙はない。

 

 

「この廃刀令のご時世、攘夷浪士や他国勢力を除けば、武力を有するのはお前たち警察組織くらいだ。監視の眼くらい仕向けて置くさ。謀反でも起こされちゃ堪らんからな」

 

「なら……あの時の説明がつかねェ」

 

 

 一方の土方も聞くばかりではない。

 男の発言に生じた矛盾点を突いた。

 

 

「過去に一度、徳川茂々公の指揮の下、全警察勢力が定々に剣を向けた事件があった」

 

 

 それは白夜叉を始めとした五名の下手人が狼藉を働き、徳川紋に泥を塗った一件。

 結果、当代将軍と警察組織そのものが牙を剥き、天導衆の介入も経て定々は投獄。

 その後獄中に何者かの侵入を許し、暗殺で地位を得た者が暗殺で命を落とすという、なんとも皮肉な結末を迎えたのであった。

 

 

「天導衆はあの状況下でも定々の奪還を謀っていたはず……」

 

「任務には優先度がある。あの時の奈落は定々より課せられた職務を放棄していた。本当に仕えていた者の命によって」

 

 

 ――――誰だ、それは

 

 

「それこそ天導衆なんぞよりも高次の存在だ。そして、そいつはあの古狸が消えた今、残存する奈落をそのまま利用している。奴を貶める為には邪魔だったのさ」

 

「お前らは一体、何なんだ……?」

 

 

 男は、答える。

 

 

「奴――――そして天導衆が統治する世を良しとせず、脱却を求む集団。明に嚮いて治むるを望む者の集い」

 

 

 そして、立つ。

 高い見地から土方を見下ろす。

 達観を感じさせる口調は、その様相によってより一層極まった。

 

 

「『明治軍』とでも名乗っておこうか」

 

 

 

 

明治

 

 それはそこはかとなく、新時代を匂わせる響き。

 何か、縁を感じざるを得ない一片の辞。

 その余韻に男は浸る。

 

 と、思いきや、微かに小首を傾ぐとブツブツと呟き始めた。

 

 

「……いや、変革の意を込めて『維新軍』の方が良いか?だがジャパンプ■レスや昨年の火9ドラマと被ってしまうな……」

 

 

 ――――ふざけているのか?

 土方の額に青筋が浮かぶ。

 痺れた指に力が籠る。

 一度冷め掛けた怒りが、再び熱を帯始めてきた。

 

 

「はッ、随分とお喋りな野郎だな」

 

「そうさな。誰かと言葉を交わすのが好きな性分なんでね」

 

 

 掘り下げれて訊けば何でも吐いてしまいそうな調子だ。

 有する情報は引き出しておきたい……が、土方はこれ以上追及できなかった。

 いや、正確には声が出せなかった。

 

 男が刹那に放った殺気に、肉体が萎縮してしまっていたから。

 

 ――――男は、唐突に動く。

 

 

「そこの兄ちゃんとは違ってな」

 

 

 一閃。

 

 得物は抜かれていた。

 直後、空間が瞬く間に開ける。

 障子、土壁、支柱……土方の頭上を駆けた風は、視界を遮る物全を両断した。

 そして、その空を舞う木片達の中に佇む一つの影。

 引き締まった肉体に反して、爆発したかのような頭部の輪郭。

 

 

「終……ッ!?」

 

 

 真選組三番隊隊長、其の人であった。

 

 

「……!!」

 

 

 身を隠す意味を失った斉藤は、土方を飛び越えて両者の物間を割る。

 そして繰り出すは袈裟切り。

 ――――が、苦し紛れの一撃はいとも容易く男にいなされた。

 

 

「沖田と双璧をなす二刀の使い、斉藤終だな」

 

 

 すかさず斉藤の鳩尾に掌底が放たれる。

 俗に発勁と呼ばれる古武術。

 それは、斉藤に膝をつかせるには充分な衝撃を伴っていた。

 

 

「ッ……!!」

 

 

 口元を覆う手拭いに血が滲む。

 軽く意識が消失する。

 コマ録りのように、斉藤の上体は傾き始めた。

 ゆっくりと、緩徐に。

 

 それは――――斉藤の確かな機転だった。

 

 

「お」

 

 

 アフロの中より刀剣が出現したのである。

 それは、男目掛けて放たれた打突。

 完全に男の意表を突いたその一撃は、男の深編笠を捉えていた。

 

 

「……やる」

 

 

 少量の藁が散った。

 笠を貫いた刀に血が伝う。が、どうやら男はその中で、首を傾げて回避した模様。

 そんな状態のまま、男は声を送る。

 斉藤ではなくその背後――――土方へ。

 

 

「惜しいな、頬を掠めた」

 

「動くんじゃねぇ。このまま首を刎ねるぞ」

 

 

 ドスの効いた脅しを吐きつつ刃を首筋にあてがう。

 男は身動きを止めるが、それでも舌の回りは止まることを知らない。

 

 

「考えたな斉藤。確かにその頭は、遮蔽物としては最適だ」

 

 

 相も変わらず無口な斉藤は、よろめきながらも男の背後に回った。

 土方と挟み込む形で、男の背に刀を突き立てる。

 

 

「それにお前だ土方。発勁を食らわせたはずだが、何故動ける?」

 

 

 続いて、言葉の矛先は土方に。

 これは男の純粋な疑問であった。

 その問い掛けに応じるように、ボトッと、土方の懐から何かが落ちる。

 

 

「ウチの料理人に救われた」

 

 

 それは、大成特製のマヨネーズだった。

 ボトルの腹部は大きくへこみ、クリーム色の内容物が溢れている。

 発勁の一発は、土方の身体機能を奪えなかったようだ。

 

 

「……クッ」

 

 

 途端、男は吹き出した。

 そんな声が出るのかと思わせるほど、肩を震わせて高らか笑っている。

 確かにマヨネーズまみれの隊服を着る鬼の副長は、滑稽の一言。

 それにしても、その様子はとても奇異に見えた。

 

 

「いや、そうかそうか。そんなことに……」

 

 

 笑い冷めやらぬのか、まだ頭が小刻みに揺れている。

 その揺れにより、土方に空けられた笠の裂け目が広がっていく。

 

 

「っと」

 

 

 そして終いには、解れに解れた笠は男の頭部より崩れ落ちてしまった。

 

 隠されていたモノが露になる。

 男の素顔が、土方の瞳に映り込む。

 隔てるものは何もなく、ようやく顔を突き合わせたこの瞬間、男は屈託のない笑みを浮かべていた。

 

 

「おまッ……え、はッ……」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「おおおおおおお!!」

 

 

 闇夜を雄叫びと共に新八は駆け抜ける。

 行く手には、紅桜を携えた男。

 ユクモは刀剣を何十倍かに肥大させ、全てを引き裂かんとばかりに薙ぎを繰り出してきた。

 

 

「!!」

 

 

 刃より漏れだす妖光が、新八の引き攣った面様を照らした。

 しかし――――頬より数寸の地点、紅桜は静止する。

 新八の背後にて、大成が身をもって受け止めていたのだった。

 刀で勢いを殺し、脇に抱えて自由を奪う。

 身動きの取れなくなった紅桜を横目に、新八は厭うことなく進んだ。

 

 

「……」

 

 

 続いてユクモが放つは、触手の束。

 剣での近接戦なら勝ち目があると踏んだ新八だったが、それは容易ではなかった。

 第一陣、第二陣と捌くが、濁流の如き物量に圧倒されていく。

 剣の筋は読めるが、それに対応できる技術が新八にはまだ伴っていなかった。

 

 撤退を余儀なくされた、その時。

 

 

「今だァッ!!」

 

 

 獅子が哮た。

 紅桜を荒々しく手前に引き寄せ、新八とユクモの距離を強引に詰めさせる。

 ユクモの身体が僅かに浮く。

 獅子の咆哮に背を押された新八は、その隙を捉え損なったりなどしなかった。

 

 

「やァァァァァァ!!」

 

 

 ……頭部に振り降ろされたメンは、見事な一撃だった。

 彼の白夜叉も、この一刀だけを切り取ってみれば唸らされるモノだったであろう。

 相手さえ、悪くなければ。

 

 

「そんな……ッ」

 

 

 これも防がれていた。それも

 

 

「真剣を素手で!?」

 

 

 掌で刃を受けているというのに流血すらない。

 顔色も変化無し。

 刀身を掴まれ自由を失った新八は、そのまま刀ごと振りかぶられ地面に叩きつけられた。

 鈍痛に表情を歪めながら、自分に向けられた黄色の眼光を見返す。

 そして、己の力量を知った。

 

 駄目だ……僕なんかじゃとても敵わな――――

 

 

 そんな悲嘆にくれる暇すらなく、新八の頭上を赤色が過ぎた。

 高く跳躍するそれは、大成。

 

 

「上……!」

 

 

 新八の対応に一瞬意識を削がれていたユクモ。

 大成への反応が微かに遅れる。

 迎撃は不可と判断したユクモは先と同様、腕での受けに転じた。

 

 

「そっちじゃねェよ!!」

 

 

 しかし刀はユクモを襲わなかった。

 剣の軌跡が揺れた。

 大成の袈裟斬りが向かった先は……紅桜。

 

 

 

 ……パキン、と音が一つ。

 

 墨を溢したかのような夜の闇に、妖光放つ刀身が舞った。

 

 

「――――紅桜を……ッ」

 

「やった!!」

 

 

 折れ口より紅色の欠片が散りばめられる。

 あの禍々しくも華美な刀は、獅子の剛剣によって打ち破られたのだった。

 

 咄嗟にユクモは後方へ飛ぶ。

 だがそれよりも速く、大成は懐に入り込んでいた。

 好機、逃がしはしない。

 

 

「くッ……!!」

 

 

 横に大振りの剣撃。

 逃げ遅れた右の腕を掠め、着物の切れ端が飛ぶ。

 刃先の数センチだけだが、ようやく、確かにユクモを捉えた。

 

 いける――――

 三振り目を繰り出す大成を瞳に映しつつ、新八の拳に自然と力が籠った。

 

 ようやく、この得体の知れない相手を倒せる。

 

 しかし

 

 

「……え」

 

 

 その確信は覆された。

 

 新八は一部始終を見ていた。

 見ていたが、理解に時間を要した。

 

 まさか――――()()()()()()()()()()()()()()()()とは、想像だにしていなかったから。

 

 

「がァァ……っ!」

 

 

 鈍い呻きを吐きつつ、頭から崩れ落ちる大成。

 その背には先程断切したはずの紅桜が深々と食い込んでいる。

 

 

「紅桜には……そんな機能は……」

 

「技術は日々発展する」

 

 

 吸血しているのか、刀身は鴇色から真紅へと姿を変えていた。

 狼狽する新八を尻目に、ユクモは手を掲げる。

 手中には紅桜の柄。

 

 

「君の知る岡田の剣は、もうない」

 

 

 その動作を合図にか、大成を貫く刀身は散々に崩れ始めた。

 一欠片が指先大となった刀は、夜風に当てられ軽快に踊る。

 それはまさしく桜の名を冠するに相応しい光景であった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 やがて花弁はユクモの手元に収束し、一本の刀を形成した。

 

 

 

「……戯れが過ぎた」

 

「がッ」

 

 

 傷口を踵で足蹴にする。

 ブーツに硬質的な何かを仕込んでいるのか、抉られるかのような鋭い痛みが肉体を貫いた。

 

 

「てッ……んめぇ……!」

 

 

 反抗的に暴れんとする大成を、頭を鷲掴んで黙らせる。

 そして髪を引っ張り上げ、顔を突き合わせたユクモは告げた。

 

 

「本題に入る」

 

 

 彼らの、目的を。

 

 

 

「お前が母親……日原文乃(ひはらふみの)から受け取った『鍵』、いただくぞ」

 

 

 

 

 

 

 一瞬、時が止まった。

 

 

 

 

ヒハラ、フミノ?

 

 

 

日原文乃。

 

 それは、大成が攘夷戦争来、追い求めてきたモノの片割れだったから。

 

 

 そして、大成が――――

 

 

 

 

 



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