東方魂恋録 (狼々)
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プロローグ
第1話 日常


どうも、狼々(ろうろう)と申します。
この作品は注意事項に書き上げている通り、処女作です。
稚拙な文、駄文や誤字脱字が目立つでしょうが、ご了承ください。
週に3、4話のペースで、1話1300字前後を目標に書いていこうと思います。
戦闘、恋愛の描写も今後含まれると思うので、
そういったジャンルが苦手な方はブラウザバック推奨です。
他の注意事項もOKな方は読んでいただけると幸いです。
では、プロローグ、どうぞ!

追記(2/12)
文字数を第8話から変えてます。
8話からは、大体5、6000字程度になります。


ざわざわ、と廊下から声がする。いつもより騒がしいな……。

けれど、教室の窓へと差し込む木漏れ日はいつも通りで変わらない。

 

ああ、そうか、今日は中間考査の結果張り出し日だったな……。

皆と同じように廊下に出て結果を確認する。

教科ごと、総合得点共に、一番上の順位に。

俺、新藤 天(しんどう そら)の名前がのっていた。

 

「おい、天!やっぱお前はすげぇな!!」

 

どん、と強く背中を叩かれる。

叩かれた方を見ると、俺のクラスメートで数少ない友人の一人、相模 翔(さがみ かける)がいた。

 

「いや、そんなことはない。今回は運がよかっただけだ」

「お前、それ前の結果発表でも言ってたぞ」

「そうだっけか? まあ、どうだっていいだろ」

「頭いいって得だよなあ…勉強しなくていいし」

「そうでもないぞ、案外」

「天才はみなそう言うんだよな~」

 

違う。俺は天才ではない。

今回のテスト結果もその前も、そのまた前も、俺が努力に努力を重ねた結果だ。

自慢ではないが、周りと比べると結構な努力家だと思っている。

天才というより『秀才』というヤツだろうか。

 

すると、翔の後ろにいた、俺のクラスメートが俺に話しかけてきた。

ちなみにその子とは、友達の友達くらいの、親しいと言えないくらいの間柄だ。

 

「新藤、やっぱりお前は名前の通り、『神童』なんだな」

 

正直、俺は天才だとか、神童だとかと呼ばれるのは嫌いだ。

俺の努力が見られていないような気がする。

俺の頑張りが意味がないもののように感じる。

それは、とても悲しいことで、寂しいことだと俺は思う。

やはり、努力は報われるべきだろう。

 

「いや、だから、俺はそんな大層な人間じゃねぇよ。じゃあ、俺は先教室戻ってるわ」

 

俺は翔に背を向けて一人教室へ向かう。

 

「おう、とりあえず、一位おめでとうな!」

 

背中を向けたまま右腕を軽く上げて返事をする。

 

別に努力を称えてくれだとか、誉めてくれだとか、そんなことは言わない。

ただ、まあ、こうやって称賛してくれる人間がいてくれるから、努力の意味があるのかもしれない。

そして、かくいう俺も、そうしてくれることを少し期待しているのかもしれない。

そんなことを思いながら、教室へ足を進めていた。

 

一足先に教室に戻った俺は、気分転換がてら、読書をしていた。

教室が少し静かになり、不自然に思った俺は、勉強のふりをしつつ、

視線のみを少しだけ動かしたり、周りの音を注意深く聞いていた。

すると、こんなひそひそ話が聞こえてきた。

 

(ほら…またテスト一位の新藤…)

(ああ、いかにも一位が当然です、ってかのような表情で読書をしているな)

(ほんと、『神童』はいいよねぇ~。余裕綽々なことで)

 

……俺は、いつもテスト一位であることを理由に嫌われぎみだ。

俺が話しかけようとすると、露骨に嫌がられ、避けようとすると、隠れて陰口。

俺の友人、翔が『数少ない』友人であるのもそのためだ。

そんな毎日をここ一年ほど過ごしている。

 

(……俺の努力も知らないで、よくそんな口が利けるな……!)

 

俺は怒りを押さえつけ、読書を再開する。

まもなく予鈴がなり、もうすぐで授業が始まることを知らせる。

翔達もいつの間にか教室に戻ってきていた。

俺は気持ちを切り替え、いつもの自分に。

他人とは極力関わらず、自分を周りから遠ざける。

 

嗚呼、今日も同じ日常が始まる。

 




はい、プロローグを読んでいただき、ありがとうございました!
実際書いてみると、導入が難しいったら…
他の作者様は本当にすごいですね…尊敬します!
今回は、東方要素を入れませんでした。次回入れる予定です。
また、タグにアンチ・ヘイトがついていないのは、わざとです。
付かない程度に書いていきます。

今後とも、この作品をよろしくお願いいたします!

追記 5月5日

今現在も、アンチ・ヘイトは付かない程度に書いています。



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第2話 呼ばれた者

どうも、狼々です!
第2話です。二人の容姿を書いてみました。
具体的な表現と抽象的な表現、どちらが向いているんでしょうかね?
まあ、大事な所は終わりくらいなんですがね……
何より、たった1話で失踪という最悪なことは無くなったわけです。
よかったよかった。内心ホッとしています。
それでは本編どうぞ!


授業・帰りのHRを終え、俺と翔は帰路についていた。

自宅まであと半分というところで、こんな会話をしていた。

 

「天は、モテそうな見た目なのに、どうしてモテないかねぇ?」

「……いや、モテそうな見た目ってどんなんだよ。大体、俺には女子はおろか、男子も近寄ろうとしないぞ」

 

実際、俺はそこまでモテそうな見た目ではない。

灰色がかった少々くせのある短めの黒髪にエメラルド色よりの黒のつり目、一重の瞼。

身長は周りよりちょっと高いくらいで、体格は平均よりほんの少し良いくらい。

顔が整っている方だと時々言われるが、まあその程度だ。

 

「俺よりも翔の方が女子としては近づきやすいとは思うんだが」

「アハハ~☆また大層なご冗談を~」

 

本人はこう言っているが、俺だから過小評価、翔だから過大評価とかを抜きにして考えた結果だ。

俺とは違った完全な黒髪に、澄んでいる蒼い瞳と二重の瞼。

わりと中性的で端正な顔立ちに、この楽観的な感じの口調。

女子との交流は俺よりも多く、深いだろう。

 

「俺は冗談のつもりじゃないんだがな……」

「まっ、誉め言葉として受け取っておくよ」

 

そんな他愛のない会話をしていたら、いつの間にか翔の家に着いていた。

翔の家は俺の家までの帰路の途中にある。

 

「それじゃ、また明日ね~」

「ああ、また明日、学校でな」

 

翔と別れ、残りの道を歩いて5分程で俺の家に着いた。

普段ならすぐに勉強に取り組むのだが、今日は気分が乗り気ではなかった。

(1、2時間くらい寝るか……たまにはいいだろう……)

俺はそう思い、自分の部屋のベッドへと歩を進めていた。

 

(余裕綽々……か……)

 

今日クラスメートに言われた陰口が脳裏をよぎった。

そうしてまもなく、俺は眠りについていた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

文字通りのたくさんの『目』がある空間で、私は彼――新藤 天の様子を見ていた。

そして一人呟く。

 

「さあ、そろそろ『呼びに』行かなくっちゃ」

 

と、同時に、天以外誰もいなかった部屋の空間に裂け目ができ、私はその裂け目から降り立つ。

 

 

「――もう、『起きる』時間よ」

 

 

瞬間、天は先ほどの裂け目に音もなく、静かに吸い込まれ、姿を消した。

 

「天……あなたには、幻想郷に来てもらうわ。」

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「ん……うぁ……」

 

情けない声を出しながら、俺は比較的浅い眠りから覚める。

少し重い瞼を擦り、睡眠の分を取り戻すため、勉強を始めようとした。が……

 

「何だ……ここ……?」

 

全く意味の解らない空間と呼べるかもはっきりしないモノが周りに広がっていた。

それは大量の『目』が張り付けてあるかのようだった。はっきり言って……

 

「気持ちわりぃ……」

 

それはそうだろう。普通こんな光景なんて見る機会がないのだから。

下を向き、頭痛を訴えるかのような姿勢をとっていた俺に、

人の足がちらっと見えた。それと同時に、

 

「いきなり『気持ちわりぃ……』は当然の反応かもしれないけど、いくらなんでも失礼なんじゃない?」

 

と、声が足の見える方から聞こえた。

声の主を知ろうと独りでに顔をあげた。

目の前には金髪ロングの少女がいた。




第2話終了です。
いかがでしたか?
もう大半の方が分かっているであろう最後の人物ですが……
視点変更は中々処女作で取り入れるには難しすぎな気がしますが、
どうしても書きたい表現があるので、頑張ります!
次回はプロローグを終え、ついに天が幻想入りを果たします。
因みに、もう彼の能力は考えています!


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第1章 幻想入り
第3話 決断、そして……


どうも、狼々です!
今回ちょっと長めです。説明が多いので、見るのが苦痛かもしれませんが、
ご了承ください。
あと、試しに今回ルビを振ってみました。
次回以降は程よい長さを心がけます。
では、本編どうぞ!


とりあえず、今俺の置かれている状況を整理しよう。

家に帰って寝ていたと思っていたら、実際はたくさんの目のある空間のような何かの中で寝ていて、

起きたら知らない金髪美少女がモーニングコール。

……なるほど、わからん。

俺は自分の置かれている状況を警戒心を持って目の前の少女に聞くことにした。

 

「いや、まあ、俺の発言にも非はあると思うよ? けどさ、いきなりこんな状況に置かれて冷静に言葉を選ぶ余裕なんて、俺は持ち合わせていない」

「……ええ、普通そうよね。あなたもいろいろ聞きたいことがあるでしょう。質問なら受け付けますよ?」

 

……今の発言とこの少女がここにいることを考えると、十中八九この少女が何か関係していることに間違いないだろう。

 

「まず、ここは何処だ? そして、お前は誰だ?」

「お答えしますわ。ここは、『スキマ』の中。私は八雲(やくも)(ゆかり)と申します。

スキマについては、私の持つ能力、『境界を操る程度の能力』で創った、まあ、隔離空間みたいなものです」

 

……スキマ。能力。境界。隔離空間。……わからない。

 

「あなたは今私が申し上げたことを信じられないでしょう。ですが、こうして目の当たりにしている以上、否定はできませんよ?」

「……わかった。お前の言うことも一理ある。とりあえず、それらがある前提で話を進めよう。

ああ、自己紹介がまだだったな。俺は新藤 天だ。よろしく頼む。名字で呼ばれるのは嫌いなんだ。

できるだけ、名前で呼んでもらえると助かる。呼び捨てでも全然構わない」

「ええ、了解しました。こちらこそよろしくお願いいたします。助かりますわ。名前も好きな様にお呼びくださいませ」

「了解した、紫。次だ。何が目的だ? こんなことになってるくらいだから、きっと普通な感じじゃないんだろう?」

「その通りです。話が早く、助かります。私の目的。それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたに、天に『幻想郷』という別世界を、迫るであろう危機から救って頂きたいのです」

 

……随分と突飛すぎやしないか。正直、そんなことを言われても意味がわからない。仮に意味がわかっていたとして、そんな義理はない。

そして、何故俺なんだ。……とりあえず、情報が欲しい。できるだけ詳しく状況を把握しろ、俺。

 

「正直に言おう。紫、あんたの話は突飛過ぎる。情報が足りない。判断材料が圧倒的に少なすぎる」

「ごもっともです。お教えしましょう、幻想郷について。天にしていただきたいことについて。

……そして、迫るであろう危機、『幻獣』のことについて」

 

俺は紫から幻想郷は実際は日本の山奥にあって、出入りできないように結界、というものが張られていること。

その結界は結界管理者である紫とその仲間が保っていること。

幻想郷の名の通り、俺の元々いた『外』の世界で幻想となっている生き物がいること。

その生き物とは別に幻想郷で荒れ狂い、被害をもたらす生き物が『幻獣』であること。

幻獣が幻想郷を支配し、結界管理者がいなくなる時が来たとき、結界を破壊して外の世界へ侵攻することを知らされた。

 

「なんだ? つまり、今ここで俺が紫の願いを聞かなかったら幻想郷、ひいては外の世界に少なからず影響が出る、と」

「ええ、そういうことです」

「そんな大問題俺が背負うべきじゃないんじゃないのか?」

「外の世界いる人間のなかでこれを解決する一番適任の方があなたなのです」

「そういうことなら俺は手伝わせてもらおう。ここで外に帰っても外が支配されるのも時間の問題だからな……」

「ありがとう……ございます……!」

紫は、俺に深々と頭を下げていた。

 

「では、今からあなたは、外の世界から来た『外来人』として、幻想郷に入る、『幻想入り』を果たします。

幻獣の侵攻は恐らく5年後。それまでの間、あなたには対幻獣のため、力をつけてもらいます」

「力をつけるったってどうすんだ? 一体何をすればいい?」

「そのことに関しては、幻想入りした後、神社にいる赤白の巫女服を着た巫女に。もう、事情は伝えてあります」

「わかった、とりあえず、俺は異世界暮らしを少し楽しみながら修行しますかね」

「ええ、そうしてもらえると」

「あと、敬語もいらねぇよ。次会ったときにはお互いタメ口で、な?」

「ええ、わかりま…… わかったわ。じゃあ、スキマを開けるわよ?」

「ああ!」

 

紫は幻想郷へのスキマを開いた。

――――俺はスキマに飛び込んだ。




第3話の閲覧ありがとうございました。
長さには反省しています。
……本当に申し訳ありませんでした。
さて、次回からは幻想郷でのお話が展開されていきます。
次回投稿を楽しみにして頂けると幸いです。
ではでは!


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第4話 巫女と魔法使いと外来人と

どうも、狼々です!
前回、「長くならないよう気を付けます」と言いましたね。
……あれは嘘だ。 いや、本当に申し訳ないのですが、今回も長くなりました。
そのわりに物語の進行が遅いという……
皆さんはどのくらいの長さがいいのでしょうか?
とりあえず、長さには気を付けたいものです。
それでは、本編どうぞ!


紫のスキマから出て、地面に降り立った。

光が瞳に突然差し込み、眩しくなりながらも辺りを見回す。

一面は森に囲まれているが、その中に建造物を見つけた。

鳥居と、拝堂。この組み合わせは……

 

「……神社ってことで、いいのか?」

 

「ええ、そうよ。ここは博麗神社っていうの」

 

瞬間、俺の無意識に出た独り言に返事があった。

咄嗟に声のした方に顔を向ける。

 

「こんにちは、外来人さん」

 

目の前には、清楚な赤白の巫女服を着た少女がいる。

肩と腋を露出しており、赤のリボンで暗茶と黒の間の色の髪を結んでいる。

……赤白の巫女服。恐らくこの子が紫の話にあった巫女だろう。

とりあえず、お世話になるわけだから、敬語の方がいいかな……

 

「こんにちは、あなたが紫の話していた『赤白の巫女服を着た巫女』であってますか?」

「ええ、たぶんそうよ。あと、敬語もいいわ。私も使わないから。」

「わかった。紫には、幻獣ってやつに対抗する力をつけるには、その巫女に聞け、って言われたんだ。

具体的には俺は何をすれば……」

 

そこまで言ったところで少女に手で制された。

 

「まあ、待って。とりあえず、自己紹介から始めましょ。お互いに呼びにくいでしょ。

私の名前は、博麗(はくれい) 霊夢(れいむ)。呼び方は下の呼び捨てでお願い。慣れてるからね」

「よろしく、霊夢。自己紹介が遅れてすまなかった。俺は新藤 天だ。名字で呼ばれるのは嫌いなんだ。

できるだけ下の名前で呼んでくれるとありがたい。」

「わかったわ、天。こちらこそ、宜しく。」

 

そこまで会話したところで拝堂の方からこちらに向かって足音がしていることに気づく。

霊夢も俺と同じく気づいたようで。

足音の方を見ると、やや黄色よりの金髪ロング。白リボンのついた大きな三角帽を被っていて、

黒の服の上に白いエプロンを着ている(ほうき)を持ったの少女がこちらにやってくる。

 

「なあ、霊夢、そいつが噂の外来人か?」

「ええ、この人がその外来人、新藤 天よ」

 

……え? なに? 俺って噂になるほど有名人なの?

 

「よう、私は霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)、人間の魔法使いなんだぜ!

よろしく頼むんだぜ!」

「ああ、よろしく頼む、魔理沙。知ってるようだが改めて、新藤 天だ。

下の名前で呼んでくれるとありがたい。……上の名前は嫌いなんだ。」

「了解なんだぜ。」

「じゃ、魔理沙との自己紹介も終わったわね。早速だけど魔理沙、例の準備をお願い。」

「わかったんだぜ。んじゃ、とっとと行ってきますか!」

 

魔理沙はそう言うが早いか持っていた箒に飛び乗って……

 

()()()()()()()()。相当な速度で飛んでいった魔理沙は、

1秒もかからないうちに姿が見えなくなった。

俺はたっぷり5秒程口を開けて呆然としていた。

 

「……はぁ!?」

「魔理沙は箒にのって空飛べるのよ。ちなみに私も飛べるわよ。箒なしで」

「……それは、紫の境界のヤツみたいな能力の一つなのか?」

「ええ、私はね、『主に空を飛ぶ程度の能力』。でも魔理沙は、『魔法を使う程度の能力』よ」

「じゃあ、何で魔理沙は能力じゃない飛行が使えるんだ?」

「何て言うか……特技っていうか、副次的なものなのよ」

 

へぇ……何か現実離れしてるな……慣れていくしかないか。

幻獣を倒さなきゃいけないしな… あれ……?

俺も幻想郷で過ごしてたら能力開花はあるのか?

攻撃的な感じだったら幻獣に対して有利になるし、何よりかっこいい。

男の子の夢の1つだよな。自在に能力使うの。……使ってみてぇ……!

 

「なあ、能力って才能みたいな感じで先天的なものに限るのか? それとも後天的なものもあるのか?」

「ん~……なんとも言えないわね。見たことがないし。ただ、可能性がゼロでもないと思うわよ?」

「そうなのか……」

 

まあ、外の世界と同じように地道な努力は欠かさない方がいいか……

それはそうとして……

 

「魔理沙は何しに行ったんだ?」

「外来人がやってきたしね。それもかなり大役の。天も早く幻想郷の皆と交流を持った方がいいでしょ?

だから、交流の場を設けるのよ。魔理沙はその招待にいったってわけ」

「交流の場って言っても……具体的に何すんのさ?」

「決まってるじゃない! ()()!」

 

へぇ……面白そうじゃないか……!

ま、幻獣が来るのは5年後だ。初日くらい、楽しんでもいいだろう。

 




ありがとうございました。
次回は宴回ですかね……
メインヒロイン妖夢が登場していないという深刻な事態に……!
できるだけ早く出します。
私はラブストーリーは好きになる過程がけっこう好きなので、
間を長々と書くと思います。そこには目を瞑って頂きたいです。
あらすじに、「創り変える『者』」と書いてますが、
幻獣は人ではありませんよ。
かといって、あらすじに間違いがあるわけでもありませんよ。
ではでは!


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第5話 改めて、ようこそ、幻想郷へ!

どうも、狼々です!
この話を書く前にちらっとUA数を見たら、150行ってて
二度見しました。リアルで。まさかこんなに見て頂けるとは……!
ペース、数的に良いのか悪いのか分かりませんが、とても嬉しいです!
改めてこの作品を見てくださっている方々に感謝を。
では、本編どうぞ!


夜になり、空には星が浮かんでいる。静けさの象徴のような時間帯。

しかし、今夜限り、この場所、博麗神社だけはそうではないらしい。

今は宴の準備中。後5分程で終わるだろうか。

そんな中、霊夢は俺を見つけるや否や駆け足でこちらに向かってきた。

 

「ねえ、天には宴が始まる前の挨拶をしてもらうから、何か一言か二言考えといてね♪」

「わかった。何か俺に手伝えることはあるか?」

「……いえ、無いわね。考える時間にでも充てといて。後もう少しで準備終わるから、なるべく早くね!」

 

そう言って霊夢は元いた方向へ駆け足で戻っていった。

じゃ、言われた通り、セリフ考えますか……

にしても……騒がしすぎだろ。ここだけ昼だなこれ。

魔理沙が時間をかけて集めただけあり、人数はかなり多い。

これからが宴の始まりだというのに、この騒がしさ。始まったときには地獄絵図が待っているだろう。

宴の準備が終わり、霊夢は前に立ち、皆へと呼びかけを始めていた。

 

(挨拶をするなら、少なくとも前にはいた方がいいよな……)

 

俺はそう思い、霊夢斜め後ろに立った。

 

「皆! 今から、外来人、新藤 天の幻想郷歓迎の意味を込めた宴を始めるわ!」

「「「いえーい!!」」」

「じゃあ、乾杯の前に本人から挨拶をしてもらうとするわよ!」

 

その瞬間、皆の歓声が一層強くなった。期待……されてるのか……?

……ヤバい、そう思うと緊張してきたな……

 

(まあ、成るようになるかな……)

 

霊夢は一歩後ろに下がり、俺は一歩前に出て、俺が目立つ形になった。

さっきの騒ぎが嘘だったかのような静寂がこの場を包む。

 

「えっと……今日幻想入りした、新藤 天です。俺のためにこんなに大きな宴を開いて頂き、本当にありがとうございます。これから、俺のことをよろしくお願いします」

 

ここまでいい終えた後、斜め後ろの霊夢から、「乾杯も声かけちゃって、そっちの方が盛り上がるでしょ?」と囁かれた。

俺は霊夢を見て、頷いて肯定の意を示す。

 

「じゃあ、今夜は楽しみましょう!では、皆さん――乾杯!!」

「「「乾杯!!!」」」

 

宴が始まった。自分の役割を果たすことができ、ホッとしたのもつかの間、大勢が俺を取り囲んで、次々に質問をされた。

俺は正直――嬉しかった。自分が、他人に求められているような気がして。俺のことを喜んで受け入れてくれている気がして。

避けて避けられてを繰り返す学校生活よりも、こっちの方がずっと楽しいし、これから幸せでいられる気がする。

皆の質問を一つ一つ丁寧に答えながら、そんなことを考えていた。

 

皆からの質問の嵐がある程度過ぎ、俺もゆっくりするくらいに余裕ができた。

俺は神社の縁側で夜空の月と星々を見上げて、感激に浸っていた。

すると、突然に何もないところから声が聞こえてきた。

 

「やっほ~天、楽しそうで何よりだわ」

「う、うわああああっ!?」

「ふふふ、その反応とても良いわね……」

「な、なんだ、紫か……脅かさないでくれよ……」

 

境界を操る紫にとって、いきなり隣に出てくるなんて造作もないことだろうな……慣れておかないとな……またいつ驚かされ、からかわれるかわからん。

 

「今のはかわいかったわね~♪」

 

女の人からかわいい、と言われると、その、照れるというか、何か……恥ずかしい。

それは表情に少し出ていたらしく、紫がそれを見て悪戯に笑う。

 

「あはは、天、あなた本当にかわいいのね♪」

「う、うるさい! 俺で遊ぶな! ……にしても、キャラが変わりすぎだろ」

「あら、タメ口でいいって言ったのはどこの誰だったかしら?」

「いや、別に不快なわけでもねぇよ。むしろこっちの方が自然な感じが出ていて楽だ。……で、何の用だ? 今更俺に質問があるわけでもあるまいし、一人の時を狙ったのには何かしらの理由があるんだろ?」

「……天は洞察力が優れ過ぎね。今の一瞬でそこまで見通すのは、中々難しいわよ?」

「ま、頭の回転の良さには自信があるんだわ」

「話が早くて助かるのだけれどね。……天、あなた、幻獣とはどうやって戦っていくつもりなの?」

「いや、考えてなかったな。取り敢えず、素手一つは無しだな。もし鮫肌系の幻獣に戦うことになったら厄介だからな」

 

すると、紫は心底驚いた、という顔をする。

 

「あなたの頭の回転の良さには脱帽ものね…… じゃあ、天は何かしらの武器を持って戦う、ということでいいの?」

「まあ、そうなるな」

 

そこまで聞いた紫は一拍置いて話を再開させる。

 

「……私の古くからの友人の従者に、結構凄腕の剣士がいるの。剣、といっても、刀の方なのよね」

 

大体何が言いたいかは理解できる。恐らく、紫は……

 

 

 

 

 

「その子に、刀を教えてもらう気はない?」

 

 

……やはりか。……俺の武器、か…… 早い内に決めて、練習に少しでも時間を割いた方がよさそうだな。

俺はそんなことを思いながら、紫の話を聞いていた。




ありがとうございました。
ええ、皆さんが何が言いたいのか私には分かりますよ、はい。
「お前、長くなったから短くするって言っただろ」でしょう?
本当にすみません、皆さん。
何か、意識すれば意識するほどできないんですよ。
もう短くするの無理なんじゃないかと思い始めました。

第5話は、予約投稿、というヤツで投稿してみようと思います。
次回は、天君の能力判明、できたらいいなと思っています。
ではでは!


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第6話 武器と能力は使いよう

どうも、狼々です!
活動報告にも書いた通り、私は投稿環境に難があり、ある曜日と時間には投稿できません。
詳しいことは、お手数ですが、活動報告をご覧になってください。
今回は本当に少しだけ、コメディを入れました。
皆さんとしては、こういうコメディ要素は今までより多目にあった方がいいのですか?
要望があったときに増やそうと思います。
では、本編どうぞ!


刀、か……悪くはない。リーチもそこそこあり、距離を詰めやすく、取りやすい。のだが……

 

「刀、かぁ……悪くはないんだがな……」

「何か問題でもあるの?」

「修行したところで俺に扱えるのか?いくら5年あるとはいえ、刀握ったこともない素人がどうなるかくらい目に見えてるだろ」

「ああ、そういえば、天には伝えてなかったわね……」

「何をだ?」

「『あなたがこの幻想郷を救うのに適役だ』って言った意味よ」

「で、それが今の話と何の関係がある?」

 

紫が一拍置いたことで緊張感が増す。

 

「天の能力についてよ。天の能力は外の世界で少しだけ、だけど()()()()()()()()

 

「……はぁ!? 俺が、霊夢や魔理沙、紫みたいな感じのか?」

「ええ。戦闘特化能力って訳でもないけど、何にでも使えると思うわ」

 

戦闘特化じゃないのはともかく、俺に能力があったとはな……

俺は視線で紫に能力の説明を促す。

 

「天、あなたの能力は、『努力が実りをもたらす程度の能力』だと思われるわよ」

 

はは……それはまぁ、随分と……

 

「俺にお似合いの能力だな」

「ええ、そうね。勉強以外にも使えると思うわよ」

「……ちょっと待て、何で俺が勉強を努力の対象だと思った? スポーツでも、芸術でも色々あるだろ」

「だって私、2、3年前からあなたには目を付けて観察してたもの」

 

あ~なるほどな、2、3年前から見られてたのか。それなら知ってて当然だな!

…ん? 今さらっと問題発言が出てた様なきがしなくもn……待てよ……?

 

「……おい紫! てめぇストーカーだったのかよ! 見損なったぞ、おい!」

「仕方ないじゃない。外の世界で少しとはいえ能力使ってんのよ? 気になるじゃない」

「何でそれが大義名分みたいになってんだよ! ならないからな? 俺のプライバシーはどこいった!?」

「まあまあ、いいじゃない。それより、自分の能力、気にならない?」

「……で、結局のところ、その『努力』でどうなるってんだよ」

「いい、天の能力はね、努力に見合った成果が約束されてる上、その成果が普通よりも格段に大きいの」

「ってことは、努力の成長は急速かつ、成果も保証ってことか。見合ったってのは、頑張りが大きければ大きいほどそれなりの成果がついてくるってことか?」

「ええ、その通りよ。努力量と成果は比例するわ」

 

なるほどな、俺の努力次第では刀を扱うのも夢じゃないってか。

じゃ、決まりだな……

 

「……よし、わかった。刀を使う方針でいこうか」

「決まりのようだし、私が天の未来の師範とその主に話をつけておくわ。主の方とはずっと前からの親友でね、多分話は通ると思うわ」

「サンキューな」

「いえ、いいのよ。私が呼んだんだもの。あと、今日のところは博麗神社に泊めてもらいなさい。明日から5年は主のところで住みなさい」

「わかった」

 

俺がそう言うと紫はスキマの奥に消えていった。

……さて、宴会の続きを再開しますか。




ありがとうございました。
能力自体はあまり強くないですが、使い方によっては化けますね。
前回、UAの数が150いったことに歓喜していたのですが、
今日見てみると200に到達……!
嬉しい限りです。
見てくださる方はいないんじゃないかと若干思い始めてました。
ではでは!



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第7話 幼女吸血鬼とそのメイドとの交流

こんにちは、狼々です!
今回は、タイトル通りです。ええ。
天との関係を持たせるだけの話なので、最悪飛ばしていただいても構いません。
そういった話は一律して『~との交流』とタイトルに入れるので、
読みたくない、読まなくてもいい方はそれのついたタイトルは全て飛ばしてください。
では、本編どうぞ!


宴に戻った俺は、幻想郷の仲間と交流を深めることにした。

幻想郷のメンバーで知っているのは、今のところ紫、霊夢、魔理沙の3人だけだ。

前の世界で友人が少なかったとはいえ、3人は少なすぎだ。

質問がたくさんきたときには返事を返すのに精一杯で、ろくに挨拶ができていない。

さすがに挨拶もなしは社交的な意味でもまずいだろ……

そんなことを考えながら歩いていると、1人の幼女が周りと話さないで紅茶を飲んでいるのが見えた。

 

肩まであるウェーブをかけた青みがかった銀髪に、ルビーを思わせる紅の瞳。

白主体のややピンク色のナイトキャップに、赤の線が横に入ったレースの服と長めのスカート。

まるで……お嬢様みたいだな。

ま、1人ならちょうどいい。最初の挨拶はあの子にしとくか。

 

「こんばんは、お嬢さん。今夜は来てくれてありがとうな。」

「ええ、こんばんは。あなたが新藤 天ね。あなたが私のところに来るのはわかっていたわ」

「へぇ、すごいな」

「私は『運命を操る程度の能力』だもの。未来予知くらい私にとっては簡単よ!」

 

と、自慢顔で全体の大きさ的にも膨らみ的にも小さな胸を張った。

かわいいな、案外。ロリコンの路線に走ってしまいそうだ。

てか、能力チートじゃありません? 俺なんて地味すぎだろ……

 

「お嬢さんも能力持ちなのか……」

「ええ。私は、レミリア・スカーレットよ。お嬢さんよりも名前で呼んで頂戴ね」

「ああ、よろしく、レミリアちゃん。俺のことは天で呼んでくれ。名字で呼ばれるのは嫌いなんだよ」

「わかったわ。じゃあそのレミリア『ちゃん』っていうのもやめて頂戴。幼く思われるわ」

「思われる、ってか、そもそも幼いじゃないか」

「あら、心外ね。少なくともあなたより400年は生きてるはずよ?」

「ハハハ、面白い冗談だ。」

「むぅ……私は吸血鬼なのよ? その気になれば今ここで天の血を吸ってあげてもいいのよ?」

「レミリアちゃんはかわいいな、ハハハ」

「……もういいわ。……咲夜!」

 

レミリアちゃんがそう言って間もなく、()()()()()()()()()()()()()

 

「如何なさいましたか、お嬢様」

「うわぁああ!」

「咲夜、この男に私が吸血鬼であることと、遥かに年上であることをわからせてやって!」

「……御意に」

 

少女はそう言って俺の方に向き直り、きれいに30度のお辞儀をする。

銀髪のボブカットに左右の三つ編み。三つ編みの先には緑のリボンが結ばれている。

青と白で構成されたメイド服に膝くらいの長さのスカート、頭にはホワイトブリムを着けている。

 

「こんばんは、新藤様。私は十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)と申します」

「こんばんは。俺の名前はもう知ってるみたいだな、改めて、新藤 天だ。咲夜さん、悪いんだけど呼び方は名前で頼むよ。名字で呼ばれるのは嫌いなんだ」

「失礼致しました、天様。私のことも咲夜で構いません。それと、お嬢様が仰っていることに関しては全て事実でございます」

「ふぅん……」

「ちょっと! 信じてないでしょ!」

「いや、信じるよ。からかって悪かったな、レミリア」

「……あら、意外とあっさりね?」

「まあな。レミリアの言動からして、咲夜は結構信頼できるメイドだろ? わざわざ嘘を言うような人を連れてこないだろ」

「嘘で言ってるかもしれないじゃない。嘘じゃない保証なんてどこにもないわ」

「いや、多分嘘もないだろう。咲夜、挨拶の角度、30度くらいだったな。初対面の相手への挨拶は基本的に30度の敬礼だ。社会人のマナーの基本だ。それを守る人が直後に嘘を吐くとは考えにくい。それに、俺が咲夜のことをさん付けしたときに『咲夜で構いません』、なんて言うくらいの人間性だ。嘘吐く人間じゃないだろ。嘘の可能性の方が低い。本当と考えるのが妥当だ」

 

俺が長々とした説明を終えると2人は呆然としていた。

 

「ねえ、天。あなた、その洞察力はどうしたの?」

「さぁな? 俺は頭の回転は早い方なんだ。チェスとか将棋は負けたことがないな」

 

やった回数も少ないがな!

 

「へぇ……!あなた、チェスに自信があるの?」

「まあ、人並み以上には、な?」

「面白いわね、天……あなた、紅魔館……うちで暮らさない? 天は退屈しなさそうだわ。幻想入りしたばかりで、住むところはないでしょう?」

「嬉しいお誘いだが、少なくとも今から5年は無理だな。もう住むところは決まりそうなんだ。」

「そう……残念ね……」

「ま、たまには遊びに行くよ。そのうち移住も考えてみるわ」

「ほんと!? やったわ! 約束よ、天!」

「ああ、約束だ!」

「よかったですね、お嬢様」

「ええ!」

 

そう言ってレミリアは見た目の年相応の幼さを持つ純粋無垢な笑顔を見せた。

その笑顔につられて俺と咲夜も笑顔になる。

すると、咲夜はレミリアに聞こえないような小声で俺に話しかける。

 

「天様、よろしかったら、お嬢様とこれからも仲良くしていただけませんか?」

「ああ、喜んでそうさせてもらうよ」

「かくいう私も天様に来ていただくことに嬉しさを感じているのです。」

「俺も、咲夜とは仲良くしたいかな。とりあえず、俺に様付けと敬語はいらないよ」

「じゃあ、これからそうさせてもらうわね、天」

「ああ。……じゃ、俺は他の人に挨拶に行ってくるよ」

「ええ、またね、天。チェス、楽しみにしてるわ!」

「次会うのを楽しみにしてしてるわ、天」

「ああ!」

 

俺は次の人に挨拶に向かうべく、2人の元を離れた。




ありがとうございました。
またですよ、またやらかしましたよこの男。
いつになったら文字短くできるんですかね……
我ながら呆れてしまいます。
次回は鴉天狗さんの新聞記者の予定です。
変わるかもしれませんけどね。
ではでは!


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第8話 鴉天狗の新聞記者との交流/刀の準備

どうも、狼々です!
私はFAQを見てたときに見つけてしまったんですよ、ええ。
『一話当たりの最低文字数について』
利用規約、FAQと取扱説明書は全部見たんですよ。
ですが、一つだけ、見逃していまして……
それを見てみると、こう書いてありました。
「2500字以上推奨」と……
これからは、大体5000字くらいで投稿ができればいいなと思っております。
今回のタイトルに/が入っているのは、~との交流とは他に、本編で関わることを書いているからです。
一応、この話を見ないでも本編がつながるようにはしますので、ご安心を。
では、本編どうぞ!


レミリア・咲夜と別れて、俺は次に挨拶をする人を探していた。

にしても、レミリアが吸血鬼であることに、実感がない。

確かにあの時俺は事実だと考えたし、今でもそれは変わらない。

の、だが。それを受け入れたり、認識するのはまた別問題だ。

まあ、認識する以外に、何をしても変わらないのだが。

流石に咲夜は人間だよな……?

魔理沙も魔法が使える人間、とか言っていたが、魔法が使えたら人間じゃなく魔女になるだろ。

だめだ……もう人間かそれ以外かの種族の基準がわからなくなってきた。

せめて、わかりやすい種族から先に挨拶しよ……

そんなことを考えていると、()()()()少女の声が聞こえた。

 

「あ! やっと見つけた!」

 

どうやら俺を探していたらしい。

少女は、空から俺のもとへ向かって降りてくる。のだが……

 

如何せん見えてしまっているのだ。何がとは言わない。俺にとってはあまり残念でもないのだが……

見ようと思わなくても自然に視線が吸い込まれる。

 

……ふむ、白か。取り敢えず、平静を装うんだ、俺。幻想入り初日で嫌われるとか、シャレにならない。

残り5年をどうしてくれようか。

 

「こんばんは、新藤さん! 私は清く正しい射命丸で知られている、射命丸(しゃめいまる) (あや)と申します!」

 

レミリアと同じく赤の瞳に、半袖の全体が白、袖口が黒のシャツ。

黒色のフリルの付いているスカートと、底の高い下駄の様な赤い靴。

そして何よりも目立っているのが、背中にある黒い羽。その羽根は蝙蝠のような感じではなく、烏の羽だ。

 

「こんばんは、文さん。知っているようですが、一応。俺は新藤 天といいます。できれば俺のことは名前で呼んでください。名字で呼ばれるのは嫌いなんですよ」

「あやややや、そうでしたか……失礼しました、天さん。私のことはお好きなように呼んでいただいて構いませんよ! 敬語も要りません。」

「わかった、文。すまないな」

「いえいえ。私は新聞記者をやっています。早速なんですが、天さんに取材をしたく、こうして訪ねた所存です。お願いできますか?」

「ああ、喜んで取材を受けよう。」

 

俺は文からの質問を正直に答えていった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天の能力の説明と武器の決定をした後、私は古い友人の住んでいる場所――白玉楼に向かっていた。

スキマを抜け、白玉楼についた私は、広い屋敷のなかで友人である、彼女の部屋へ向かった。

 

「こんばんは、幽々子(ゆゆこ)。宴会には行ってなかったのね」

「こんばんは、紫。ええ。なんかゆっくりとしてたかったのよ」

「あなたは相変わらずのマイペースみたいね……」

「まあね~♪」

 

 

「ねえ、幽々子……」

「……何?」

 

私が真剣な雰囲気で話しかけたことを悟ってくれた幽々子は、持ち前の飄々さを微塵も漂わせていなかった。

 

「幽々子と、あなたの従者に、頼みたいことがあるのよ。どうしてもあなたに――」

 

 

「ええ、いいわよ。受けるわ」

 

 

……私は心底驚いた。まだ何も頼む内容を言ってないのに、幽々子がその頼みを受けると言っているからだ。

 

「いいの? 私はまだ何も内容言ってないわよ……?」

「いいのよ。紫が真剣に頼んでくれるんだもの。こうして私に頼んでくれていることが嬉しいのよ。それに――」

「それに?」

「どうせ、幻獣絡みのことなんでしょ?」

「……何で、そう思ったの?」

「紫がこんなに真剣に悩んでいるなんて、幻想郷の危険と関係あることしか考えられないわ。」

 

……どうやら、幽々子は全部お見通しの様だ。

 

「ええ、その通りよ。」

「じゃあ、私たちは何をすればいいの?」

「少し前に天、っていう子を連れてくるかも、って言ってたじゃない?」

「ああ、確かに言ってたわね」

 

「……その子をここに住まわせて、剣を教えてやってほしい」

 

私は、幽々子に頭を下げた。

 

「頭を上げて頂戴、紫。私は言ったはずよ? あなたの頼みは受けるって」

「……ありがとう……!」

 

私は、幽々子に深く感謝した。

 

「剣の技術についてはあの子に後で教えるよう頼んでおくわ。で、問題は……」

「肝心の刀自体、よね?」

「ええ。でも、刀に関してはあるのよ。うちに」

「あら、あるの?」

「あるにはある。けれど、その子が使いこなせるかどうかは別だけどね?」

「それに関しては多分大丈夫よ」

「その心は?」

「……彼の能力が、本格的に開いたから」

 

幽々子は驚く様子を見せる。私も彼の能力発現を知ったときにはかなり驚いた。

なんてったって……

 

「ありえないわ。幻想入りはいつしたの?」

「今日よ。もっと正確に言うと……6、7時間位前かしら?」

 

ええっと……天が家に帰ったのが大体18時、それとほぼ同時に幻想郷に入れて、

今が宴会をやっていて24時位……ええ、あってるわね。

 

「……だったら尚更ありえないわ。幻想郷に来てすぐに能力開花なんて、私も聞いたことが無い。」

「私もよ。信じられないかもしれないけど、彼は外の世界で既に、能力が開花寸前だったのよ。少しだけだけど、能力の効果が出ていたときもあったわね」

「な……!」

「多分、幻想郷の妖力や霊力に当てられて、本格的な能力開放に至ったんだと思うわ。」

「……で、その子の能力は?」

「『努力が実りをもたらす程度の能力』よ」

「……また随分と地味なようで、強そうな能力ね」

「ええ、全くその通りよ。詳細を説明すると、努力量に比例した結果が得られるかつ、その効果が約束されているって感じね」

「それは……つまり、努力して報われないことは一切なく、努力の仕方によってはいくらでも強くなれる、と?」

「まあ、極端に言ってしまえばね。ただ、無限に強くなれるかはわからないし、そうなる可能性があっても、極々低いでしょうね」

 

無限に強くなる、ということは言ってしまえば、かなりの努力を永遠に続けることに等しい。

人間には『超回復』というものがある。それは、自分の限界に挑戦し続けることで、かつての限界を突破して、限界の上限を引き延ばすことだ。

『努力』の能力の強いポイントは、その超回復のしやすさにある。

つまりは、限界を更新し続けることが成長し続ける条件である以上、無限に強くなろうとすれば、

途方もない努力と時間が必要になる。やろうとしても、途中で精神が擦り切れて終わりになることは目に見えている。

 

「なるほど、それで刀も使えるようになる、と。」

「ええ、その通りよ」

「じゃあ、『あれ』を使わせるとするわ」

「ええ、ありがとう。それと、天は今日博麗神社に泊まらせるわ。明日から天のこと、よろしくね。任せたわよ」

「ええ、任されたわ」

「じゃあ、私は天に報告に行ってくるわ。」

「ええ、いってらっしゃい。」

 

私はスキマをつくり、その中に入る。目的地は、博麗神社。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

紫を見送った私は、私の大切な従者――魂魄妖夢を探していた。

 

「妖夢~! 妖夢~!」

「如何なさいましたか、幽々子様」

「あなたに用があって探していたのよ」

「それで、ご用件は?」

「2つあるのよ。1つは、明日ここにやってくる男の子に、剣を教えてほしいの」

「……剣を、ですか?」

「ええ、剣。」

「……幽々子様のご用命であるのなら私は構いませんが。それで、もう一方は?」

「結構大切に保管してたあの刀、あるでしょ? あれをいつでも使えるように準備しといてくれない?」

「……それは、その例の男に?」

「ええ。そうよ」

「私が剣を教えられる位の剣の腕で、あの刀を使いこなせるとも思えませんが……」

「2つ目の用は、紫からのお願いでもあるのよ。何でも、努力次第ではそれも使える、らしいわよ」

「……わかりました。すぐに準備を始めます」

 

そう言うや否や、あの刀を取りに行き始める。

 

「頼んだわよ~!」

「わかりました~!」

 

妖夢への用も済ませた私は、私室へ戻ることにした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

文からの質問を答え終わった俺は、文と雑談をしていた。

 

「なあ、文。お前のその羽って烏のか?」

「ええ、そうですよ?」

「じゃ、文の種族は烏なのか?」

「厳密には違いますね。元々は鴉でしたが、今は天狗に変じて鴉天狗です」

「へぇ、そうなのか。じゃあ、文の出してる新聞は何なんだ?」

文々。新聞(ぶんぶんまるしんぶん)と言います。よかったらご購読くださいね! 今回は号外として天さんを載せたいのですが、いいですか?」

「ああ、構わないよ。ただ、ゴシップ記事だけはやめてくれよ?」

「ええ、勿論です! 裏の取れない情報は新聞記事にはしませんよ。逆に言うと、真実だったら何だって書きますよ?」

 

それは……ゲスいな。真実だから否定できないのがまたいやらしい。

そんな想像をしていると、文はそれはもう楽しそうな表情でこう言う。

 

「例えば、天さんが私が空から降りてくるときに、スカートの中を覗いてたこととか!」

 

……バレていたのか。いや、まだ弁解の余地はある。落ち着いて対処だ。

 

「いや、初対面の女の子相手にスカートの中覗くとか、どんな神経してんだよ。俺はそんな神経持ち合わせちゃいねぇよ」

「じゃあ、初対面じゃなかったら覗く、と……」

「おい、何メモ取ってんだ。真実以外載せないのは嘘だったのか?」

「いえ、今の発言を逆に捉えるとそうなりますが?」

「嘘の反対が真実とは限らないだろ」

 

俺がそう言ったこの言葉を待っていたかのように、さっきよりももっと楽しそうな表情の文がそこにいた。

 

そして、俺は自分自身の失言に一足遅く気づく。

 

「あれれれれ? 嘘の反対が真実とは限らない? ということは? 最初に言ったことは嘘であると?」

 

……こいつ、妙に鋭いな……俺の失言を見逃していない。

……まあまて。一旦考えろ、この出来事が、俺にとってどれだけ重要かを。

 

文がこのことを新聞に載せて配ったらどうなる?

俺は『変態』のレッテルを貼られ、周囲からは蔑む視線のプレゼント。

幻想入り祝いにしては、中々酷いじゃないか。

100歩譲ってそうなるのはいい。だが、問題はその先だ。

 

俺は周りとの交流が、少しはしにくくなるだろう。そうなると、俺は残り5年をどう過ごせばいい?

俺はまだ、会ったことがある相手よりも、会ったことがない相手の方が格段に多い。

第一印象もまだついていないような状態だ。そんな相手に新聞が配られ、『天の第一印象=変態』の等式が1度成り立ってしまうと、

それを払拭するのは中々難しい。第一印象は、良くも悪くも変わりにくいものだ。さらに、これは俺の信用にも関わってくる。

 

それは、幻獣をこれから一緒になって倒すことになるであろうメンバーにも言えることだ。

変態で信用できない、と思われた俺は、戦闘時にコミュニケーションや戦略が上手くいくだろうか。いや、いかないだろう。

そうなると、幻獣に幻想郷を滅ぼされる可能性が高まってしまう。

……ヤバい……!

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ……!!

 

絶対に失敗してはならない。重要度が高すぎる。

こんな下らないことで幻想郷と外の世界へ幻獣を侵攻させる訳には……!

考えろ。この状況で最も最適な答え……模範解答は何だ……?

文が新聞に載せたら困る状況をつくりあげるんだ……!

 

困る……状況……?

 

「ハッ、はっはっはっはぁっ!」

「あやややや!? いきなりどうしたんですか?」

「文、お前は一体何が言いたい?」

「……天さんは、スカートの中を覗いている、と言いたいんですが……」

「ああ、そうだな。それは、どういうことを示していると思う?」

「……? ……あっ!」

 

文はそれに気づき、顔を羞恥で少し赤面させる。

 

「そう、俺は知っていることになるんだよ。色を、種類を。何がとは言わないがな? もし。文が新聞にこのことを載せて配ると同時に、俺はそれらを暴露して回るとする。そうなると、文にとっては少なくとも、いいことではないよなぁ?」

「う、うう……」

「俺は見てないって言ってんだ。嘘じゃない。新聞に載せられたら、デマを言いふらすだけだ。文にとって、いいことは一つもない」

「……わかりましたよ、このことは新聞に載せませんよ……」

 

よし……!勝った……!

そんなことを思っていると、文はメモ帳をポケットに入れ、宴会から帰ろうとしていた。

 

「じゃあ、私はここらで帰りますね。今から編集しないと、朝に間に合わないので」

「ああ、わかった。編集頑張れよ?」

「ええ、ありがとうございます。……あの事は新聞に載せませんから、本当にデマとかやめてくださいね……?」

「ああ、わかったよ」

「それでは、失礼します!」

 

もう一度念を押した後、文は1秒もかからないうちに、背中が見えなくなる位の速さで飛んで帰っていった。

 

「……速っ!?」

 

妙な脱力感がやってくる。そして俺はこう思う。

 

 

俺は一体何をしていたんだろう、と。




ありがとうございました。
天君との交流はないものの、とうとう妖夢ちゃん登場!
メインヒロイン登場に8話かかるとは……

今回、少しコメディ的な何かの要素を加えてみました。
もっと〇〇の要素が欲しい、☓☓の要素より、△△の要素を優先して欲しいなど、
要望があったらなるべく汲み取って書いていきたいとは思います。
ではでは!

追記
1月の24日火曜日は、投稿をお休みさせて頂きます。
申し訳ありません。
詳しくは、活動報告に書いております。お手数ですが、そちらをご覧ください。


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第9話 二人の酒豪鬼との交流/霊力

どうも、狼々です!
お待たせしました!
今回も、終わりの方に本編に関わる部分があります。
例のように飛ばしていただいても問題はありません。
では、どうぞ!


文の取材を受けた俺は、次に挨拶をする相手を探していた。

探し始めて1分も経たないうちに、妙に騒がしい所が目に入った。

宴会はもう随分と時間が経っていて、皆落ち着いている頃だ。

まだまだ騒がしいところもあるが、目に入ったところは、他のどこよりも騒がしかった。

 

俺はそこで何が起きているのか知るため、近づいてみることにした。

そこには、2人の女性の()がいた。一目で見て一発で鬼だとわかる。

それは、2人とも頭に角が生えていたからだ。1人は1本、1人は2本生えていた。

向こうの2人も、やってきた俺に気がついた。

 

「ああ! お前がさっき前に出てた天ってヤツだな!」

 

身長が高い方の、角が1本の女性の鬼が声を上げる。

腰ぐらいまで伸びている金髪に、額からは、鬼の象徴でもある、赤の角が生えている。

よくよく見ると、その赤い角には、黄色の星のマークが描かている。

瞳の色は赤。ルビーよりも澄んでいて、赤がよく見えている、レッドスピネルの方が近いだろうか。

服は、半袖の白を基調であり、赤の線が入っている体操服によく似ていて、

半透明のスカートを履いている。

手にはとても大きな盃を持っている。

 

「おい、勇儀。いくらなんでもその言い方は失礼だろう」

 

と、次はもう1人の、角が2本で、背の低い鬼の方が前に出て、声を上げて注意をする。

薄茶色の、同じく腰ほどまで伸びたロングヘアーを、毛先の方で一つにまとめている。

さらに、霊夢と同じように赤のリボンをつけている。

目の色は髪と同じく薄茶色で、手には瓢箪(ひょうたん)を持っている。

2本あるうちの、彼女から見て左の角に、青のリボンを巻いている。

服は、白のノースリーブに紫の膝丈のスカート。

髪と両手には3つの飾りがある。右手に赤色の三角錐、左手に黄色の球体、髪に水色の立方体である。

 

「いや、いいんだよ。改めて、新藤 天だ。できるなら名前で呼んで欲しい」

「わかったよ。私は星熊(ほしぐま) 勇儀(ゆうぎ)だ。よろしくな!」

 

と、身長の高い方の鬼が言い、

 

「私は伊吹(いぶき) 萃香(すいか)だよ。よろしく」

 

と、身長の低い方の鬼が言う。

 

「ああ、勇儀、萃香、二人共よろしくな!」

 

こうして2人が並んでいるとわかるが、身長の差が大きい。

どのくらいかというと、10歳程の女の子とその保護者に見えるくらいだ。

 

「宴会は楽しんでくれているか?」

「「ああ、もちろんとも!」」

 

二人は当然、というように答える。

俺は内心、楽しんでくれている人がいて嬉しかった。

すると、勇儀が、

 

「なあ、私達の友好の印に、一緒に飲まないかい?」

 

と、俺を酒に誘ってくれる。

 

「悪いけど、俺はまだ未成年なんだ。お酒は飲めないし、飲んだこともないんだよ」

 

俺は今17歳。誕生日は11月の13日。次の誕生日が来ても18なので、未成年。

あと3年ほど待たないといけない。

 

「あれ、知らないのかい? 幻想郷では、未成年でもお酒飲むんだよ。ほら、霊夢とか……」

 

と言って萃香は、ある場所を指差す。

俺もその方向を見る。目に入ってきた光景には、酒を思い切り飲んで、酔いつぶれた霊夢がいた。

霊夢の容姿は明らかに未成年。ここでは法律の類はないらしい。

まあ、神社で宴会するぐらいだもんな。

 

「……わかった。少しだけ飲んでみよう」

「よし、決まりだな! おい、萃香! お前も一緒に飲むぞ!」

「はいよ~」

 

勇儀、俺、萃香が座って、三人の前に酒が用意できた。

これは……日本酒、だろうか?

香りは嗅いだことがないのでわからないが、お猪口(ちょこ)……だっただろうか。

それが俺に用意されているので、恐らくそうだろう。

二人はというと、それぞれ手に持っていた盃と瓢箪に口をつけている。

 

「……コクッ」

 

俺は少しだけ日本酒を口の中に流し込み、喉を通した。

瞬間、胸が焼けるような熱さに襲われ、息が苦しくなる。呼吸がままならない。

 

「カ……ハァッ……!」

「大丈夫かい、天!? ほら、水だよ!」

 

俺は勇儀の差し出してくれた水を飲む。

……少しだけ、楽になっただろうか。

 

「ハァ……ハァ……あ、ありがとう、勇儀。すまないな……」

「いいんだよ、無理はするな。最初はそんなもんさね」

「勇儀の言うとおりさ。少しずつ慣れていけばいいよ」

「萃香も、ありがとうな……」

 

俺は二人に背中をさすってもらっていた。

なんか、俺が情けなく思えてくるな……

 

「ありがとう、二人共。俺はもう大丈夫だ……」

「そうかい? ならいいんだけどねぇ」

「あんまり無理はするもんじゃないよ」

 

俺は二人の優しさに触れていた。

何か、勇儀は姐さんの様な感じだな……

ふと、二人がさすってくれていたことを嬉しく感じていたとき、ようやく気づく。

 

「あれ……? 勇儀、萃香、二人の腕についてるその鎖の腕輪は何なんだ?」

「ああ、これかい? これは、力の抑止の意味でつけているんだよ」

「それは……鬼だから、なのか?」

「ああ、そうだよ。鬼は力が強いことに定評があってね……勇儀とかはもうすごいんだよ?」

「そうなのか、勇儀?」

「ああ。萃香も中々強いが、私の方が強いね。私は『怪力乱神を持つ程度の能力』だからね!」

 

やはり勇儀も能力持ちなのか……となると、萃香もその可能性は高いな……

力には相当な自信があるんだろうか、勇儀は堂々と胸を張って答えていた。

てか、大きいな……何がとは言わないよ?

 

「怪力乱神って何なんだ?」

「え、ええっとな……」

 

勇儀は見た目通り、と言うべきか頭で考えるよりも、行動が先にでるタイプの様だ。

勇儀が言いあぐねていると、萃香が代わって教えてくれる。

 

「怪異・勇力・悖乱(はいらん)・鬼神のことさ。まぁ平たく言えば、説明できないような不思議な現象のことだよ。」

「ま、具体的にはその能力を持ってる私もわからないんだけどね」

 

勇儀ははっはっはと愉快に笑う。

さすがにそれはどうかと思うが……

 

「萃香はどんな能力を持ってるんだ?」

「私かい? 私は、『密と疎を操る程度の能力』を持ってるんだよ」

「具体的には?」

「物質を(あつ)めたり、(うと)めたりできるのさ。要するに、密度が変えられるんだよ」

「へぇ……」

「実際に見せようか? そっちの方がわかりやすいだろ?」

「ありがとう、そうしてもらえると助かるよ」

「いいよ。今から私は密度を小さくして姿を消すよ。天、目をつぶってて。勇儀、私が消えたら目を開くように言ってくれ」

「わかったよ。」

 

俺はそう言って目を閉じた。すると、3秒も経っていないうちに、「もういいよ」と勇儀から声がかかった。

目を開く。萃香の姿がない。ホントに消えられんのかよ……

俺は萃香の消えた先を探そうと、辺りを見回していた。

……だめだ、見つからない。

 

「ここだよ、天」

 

背後から萃香の声が聞こえる。

振り返ると、見回したときにはいなかった萃香が、最初からそこにいたかのように立っていた。

 

「驚いたな……まさか本当に消えるとはな」

「嘘は言わないよ。鬼の一番嫌いな物だからね」

「私も嘘は嫌いだよ。鬼の共通の心理さね」

 

なるほど、そうなのか。

誠実な鬼も居るもんなんだな。この幻想郷は外の、俺の固定観念や先入観、常識を覆してばかりだ。

ある意味では、外の世界よりもずっと面白くていい場所だろう。

 

「厳密には消えたんじゃなくて、霧状になって見えなくなった、の方が正しいのかな?」

 

そりゃ見えないわけだ。

 

「なるほどなぁ……なあ、この幻想郷にいる生き物は、全部能力を持ってるのか?」

「全部かどうかはわからないが、能力持ちは結構な種族がいるよ。人間、妖怪、神、鬼、吸血鬼に亡霊。後は、半分人間半分幽霊とか、半分人間半分白沢(はくたく)とか、不死の人間もいるねぇ」

 

多すぎだろ……ということは、その数以上の能力があるわけで。

それらの中で俺の能力は……ないよりマシだよな、うん!

 

「よし、じゃあ酒飲み直すかね!」

「そうしようか、勇儀!」

「俺は話だけしていようかな?」

「いつか一緒に酒を飲めたらいいな!」

 

俺はそれを実現させるために、酒を飲む練習をしておこうと心に決めた。

 

 

「じゃあ、ここらで宴は終わりよ~!」

 

勇儀、萃香と雑談を初めて1時間ほど経ったとき、霊夢による宴終了の声がかかった。

二人はまだ酒を飲み続けている。飲み過ぎじゃないのか……? 心配になる。

話をしていて知ったが、萃香の持っている瓢箪、『伊吹瓢(いぶきびょう)』には、酒虫という

少しの水から多量の酒をつくる虫の体液が塗られていて、無限に酒が沸くのだという。

 

さらに勇儀、萃香の飲んでいる酒は、度数がかなり高いものらしい。

外の世界には『スピリタス』というポーランド原産のアルコール度数が、世界最高の96度の酒があるらしい。

これを飲ませても平気な顔して飲んでそうだから、見ているこっちが怖くなってくる。

 

「あ? もう宴会終わりかい?」

「どうもそうみたいだねぇ」

「そうみたいだな」

「天とは近いうちにまた会いたいな!」

「そうだね、勇儀」

「俺も、二人と会うのを楽しみにしているよ」

「そんじゃ、帰りますか!」

「なあ、二人は何処に住んでいるんだ?」

「私は前は妖怪の山ってとこに、今は地底――旧地獄の旧都に住んでるよ」

 

勇儀が言う。てか、地獄って……閻魔様とか幻想郷には本当にいそうだな……

地底人とかはよくオカルトの話題になるけど、実際にいそう。

オカルト大好きな人間が幻想入りしたら、目を輝かせるに違いないな。

 

「私はいつも霧になって寝ているから、そもそも住むって概念自体がないのかもね。ま、どこにでもいるのさ」

 

萃香が言う。定住することがないのか……

まあ、その分偶然会うことだってあるよな。そう考えると良かったかもしれない。

 

「わかったよ。またいつか、今度は俺も一緒に酒を飲んでもいいか?」

「当たり前だよ! 今度会ったら、天とは戦ってもみたいな!」

「力比べか……勇儀には勝てる自信がない。けどまあ、ただで負けないように修行はしとくよ。一矢報いるくらいはしたいね」

「楽しみだな! 今度暇があったら地底に遊びに来なよ! 場所は霊夢が知ってるはずだよ」

「わかった、勇儀。いつか遊びに行こう。嘘じゃない、絶対だ。その時は勿論萃香も一緒にな」

「その言葉、鬼に対して言うってことはもし守らなかったらわかっているだろうね?」

「ああ、萃香。約束してなくとも行くよ」

「そこまで言ってくれるとは嬉しいねえ。じゃあ、そろそろ帰るとしますかね」

「じゃあ、私もそろそろ寝るとするかねぇ……」

 

萃香は酒の効果もあってか、うとうとし始めている。

 

「じゃあな、勇儀、萃香」

「「じゃあね、天」」

 

二人は同時にそう言って、萃香は霧状になって見えなく、勇儀は背を向けて歩いて帰っていった。

……じゃあ、霊夢のところに戻るかな。泊めてもらわないと。

 

「お~い、霊夢~」

「あ、ああ、天。さっき、紫が来たわ。今日は博麗神社に泊まって、明日以降は白玉楼に住むらしいわね」

「白玉楼……?」

「ああ、聞いてなかったのね。明日から天が住むのは、冥界の白玉楼っていうとこよ」

 

冥界か……まさか、自分が死ぬ前に行くことになるとはな……

霊夢は少し酔いは冷めているようだが、まだ顔色が悪い。

 

「ああ、泊めてもらえないか?」

「いいわよ、空き部屋なら幾つかあるわ。お風呂もさっき私は入ってきたから、自由に使って頂戴」

「わかった、ありがとう。……水、要るか?」

「ええ……お願いできるかしら……?」

「ああ。泊めてもらうんだから、これくらいのことはしないとな」

「助かるわ……」

 

俺は台所へ向かった。今に至るまでにわかったことだが、

幻想郷は、外の世界よりも技術面がはるかに遅れている。

水道や下水道が通っているかどうかもわからなかったが、どうやら通っているようだ。

ちゃんと台所もあったし、お手洗いもある。

 

台所で水を入れ、霊夢のところに戻った俺は、入れてきた水を飲んでいる霊夢に聞いてみることにした。

 

「……なあ、霊夢。人間が精神的にじゃなく、肉体的な意味で強くなるためにはどうすればいいんだ?」

「そうねえ……それは天へのアドバイス、ってことでいいかしら?」

「ああ。」

「ええと……まずは、霊力の増幅からじゃない?」

「えっと、霊力ってなんだ?」

「ああ、ごめんなさいね。今から説明するわ。霊力っていうのは、自分の持っている力……エネルギーみたいなものよ。ここまでいい?」

「……わかった、それで?」

「霊力は誰でも持っているものなの。けれど、微々たるもので殆ど無いに等しいくらい。稀に霊力が多い人間もいるけど、結局その程度よ」

「その霊力は、どういうときに使うんだ?」

「基本は『弾幕』っていうのを張るときに使うわ。弾幕は、霊力を玉とか針とかの形に圧縮したものを大量に集めたものよ」

「その弾幕はどこで使うんだ?」

「『弾幕ごっこ』っていうのに使うわ。ごっこと言っても殺し合い規模になることもなくはないわ。まぁ、威力はあるから幻獣にも使えると思うわよ」

 

ふむ……刀で接近戦、弾幕で遠距離戦って感じで使い分けるのがベストみたいだな。

いや、それよりも……

 

「なあ、霊夢って幻獣を知っていたのか?」

「? ええ、知ってるわ。対幻獣のメンバーだけね。私や魔理沙、咲夜にレミリアとか、勇儀、萃香とかね。一応、メンバーじゃなくても、いざという時のために幻想郷で力が強いメンバーには伝えてあるらしいわ。普通の人間とかには、余計な混乱を招かないためにも言ってないし、例え幻獣を知っている者同士でも、周りに聞かれる可能性があるから、公の場では話さないことが暗黙の了解になってるわ」

「そうなのか……話を脱線させて悪かったな。続けてくれ。」

「ええ。弾幕以外にも武器強化みたいな感じで、武器の周りに霊力を張ったりできるわ。天もいずれ使わなきゃかもしれないから、弾幕はともかく、武器強化の方は覚えた方がいいわね。後は、空飛ぶ時も使うわね、霊力」

 

結構これから重要なものになりそうだな……より強く、長く飛んだり強化したり弾幕を張るには、霊力強化は必須ってことか……

 

「わかった、ありがとう。じゃあ、本題の霊力の増やし方は?」

「多分、イメージすることが一番ね」

「イメージ……?」

「ええ。イメージ。霊力っていうのは、自分の肉体じゃなくて、魂そのもののエネルギーのことよ。自分の魂を意識して、自分の体の一部、もしくは全体に纏う感じをイメージするの。つまり、想像力が鍵ね。慣れてきたらイメージしなくても霊力を出せるようになるわ」

「……わかった。気分悪くて遅い時間なのに悪かったな」

「いえ、いいのよ。いつかは説明しないといけないし、霊力の扱いは私が幻想郷一だろうから」

「……ありがとう、霊夢。おやすみ」

「ええ、おやすみ。明日は昼少し前に出発するわ。」

「連れて行ってくれるのか?」

「……天、あなた本当に何も聞いてないのね。冥界ははるか上空よ。私が飛んで連れて行かないと行けないでしょ」

「いや、でも紫のスキマで……」

「そうなったら冥界から地上に戻ってきた時、一人じゃ帰れないでしょ。方向くらいは覚えなさい。いずれ天も空を飛ぶでしょうから」

 

……え!? 俺空飛べるかもしんないの? 滅茶苦茶練習してでも早く飛べるようになりたいな……!

空飛びたいって何人の人間が願って、叶わないと知って絶望したことか……

 

「俺、空飛べるようになるの?」

「勘よ、勘。まあ、空飛ぶ種類の幻獣がいる可能性も否定できないから、絶対に覚えてもらわなくちゃいけないのよ。それに、私の勘は結構当たるのよ?」

「……わかった。俺、頑張るよ」

「私は意外にあなたを高く買ってるわ。天は紫に呼ばれたくらいなんだもの。期待しているわ」

「……ああ。期待されちゃあ、応えないわけにはいかないな」

 

俺はそう言って霊夢の部屋を後にした。




ありがとうございました。
8時間ほどだらだらと書き続けていたので、誤字脱字等があるかもしれません。
見つけた場合はお手数ですが、報告をお願い致します。
次回、とうとうメインヒロインの妖夢と主人公の天が出会います。
そして刀も出す予定です。
ネーミングセンス皆無なので、名前の出来の悪さは目を瞑ってください。
ではでは!


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第10話 隣に立つための努力。そして、出会い

どうも、狼々です!
今回から本編始まります。
7~9話を見てくださった方には少し説明的な文章になっています。
ご了承ください。
では、本編どうぞ!


宴はレミリアと咲夜、文、勇儀と萃香に挨拶・軽い会話や取材応答をしたところで終了を迎えた。

今は博麗神社に泊めてもらい、お風呂に入ってもう寝る準備も終わるところだ。

布団を敷き、その中に入った俺は一人呟く。

 

「霊力、か……」

 

俺はさっき霊夢に人間が精神的にじゃなく、肉体的に強くなるにはどうすればいいかを尋ねた。

返ってきた答えは、『霊力増幅』だった。

なんでも、弾幕という弾を出したり、空中浮遊したり、武器を霊力で覆って強化することに必要らしい。

霊力について大方理解した俺は、次に霊力増幅の方法を尋ねた。

答えは、『イメージ』だった。霊夢によると、霊力は自分の体じゃなく、魂そのものにあるらしい。

魂を意識して、自分に纏う感じだという。慣れたらイメージなしでもいいようだ。

 

「明日から、刀を練習すんのか……なんか、実感がわかないな」

 

思えば、幻想郷に来てまだ半日も経っていないのに色々あったものだ。

スキマに連れ込まれ、紫と出会い。幻想郷を助けてと言われ。

神社では霊夢、魔理沙に会って、幻想入りしたばかりの俺が主役の宴会を開いてもらい。

宴会では吸血鬼、鴉天狗、鬼と仲良くなり、紅魔館と地底に行く約束までした。

正直、今自分のいる幻想郷はユメの世界なんじゃないかと疑っている。

 

本当はまだ俺は自分のベッドで寝ていて、今幻想郷で眠ると起きたときには現実の世界で、

あの敬遠の権化のような学校生活が始まるんじゃないか。

……翔には悪いが、外にはあまり戻りたくない。

俺は、幻想郷を気に入ってしまった。……いや、そう言うと語弊があるかな?

 

()()()()()()()()()()

 

俺は、これがユメじゃないことを祈りつつ、意識を手放そうとする。

……のだが。

 

「……眠れないな」

 

今はもう1時や2時を回っているだろうに。俺はいつも、勉強は遅くても12時には終えて、ベッドに入っていた。

……ちょうどいいかな。

 

俺は布団を抜け出し、霊夢を起こさないよう部屋を、玄関を出る。

外へ出た俺は、夜の寒さに身を震わせる。そして、イメージをする。

そう、霊力増幅の練習を早速やってみる。

 

「体に、魂のエネルギーを纏う……」

 

 

もう2、3時間程経っただろうか。

俺は焦りを感じていた。

 

「ヤベぇ……上手くいかねえっ……!」

 

ホントに上手くいかない。いや、上手くいってるのかもしれない。かもしれないのだが……

 

霊力がわからない。どんな感じが霊力が出てるのかを理解できない。

要するに、霊力感知ができないのだ。この感覚でいいのか、駄目なのか……

 

「う~ん、これ、霊力出てるのか……?」

 

そう呟いた瞬間だった。後ろから突然に声をかけられたのは。

 

「出てるわよ。まあ、2時間だけだからほんの少し最初より増えただけね」

 

俺は驚いた。部屋から出たのが1、2時。それから約2時間の練習。

今がどれだけ早くとも3時、遅いと4時なのだ。こんな時間に外はおろか、神社に来るだろうか。初詣でもあるまいし。

俺はその驚きを隠せないまま後ろを振り返る。

 

そこには、紫が立っていた。

 

「……いつから、そこにいた?」

「出てきたのはついさっき。見てたのは最初から。」

「……」

 

外の世界で周りから聞こえた陰口に怒りを覚えていた気がするが……

やはり、隠れた努力は隠れたままの方がいいな。見られたときにどんな反応すればいいかわからなくなる。

 

「幻想入りして間もないのに、精が出るわね。」

「さあ、何の事だかな。少し早く起きたから、外の空気を浴びに来ただけだ」

「ふふふ、まぁ、そういうことにしておいてあげるわ」

「で、紫。なんか用か?」

「ええ、二つほど。一つは天の服よ。あなた、学生服のままこっちに来たでしょ?」

 

そう。俺は帰宅してすぐ寝ていたため、学生服のまま幻想入りしている。

今は、霊夢の用意してくれた和服を着ている。俺のためにわざわざ買いに行ってくれたらしい。

勿論、お礼は忘れてないよ?

 

「ああ、そうだったな」

「そこで! 優しい可愛い紫さんが、クローゼットごと幻想郷に持ってきました!」

 

おお、それはありがたい。普通に。

あえて『優しい可愛い』には触れないでおこう。あながち間違っていないのがまた……

 

紫は意外に用意が良い。その点では優しいと言えるだろう。

可愛さは……誰が見ても「可愛い」と言うだろうな。そもそも幻想郷には、全体として美少女・美女が多い気がする。

 

「ありがとう、助かるよ。で、どこにあるんだ?」

「もう天の新しい家に運んどいたわ」

「白玉楼に置いてくれるとは、もっと助かるよ」

「あら、白玉楼は霊夢から聞いていたのね。二つ目はついさっきできた用よ。天、霊力の感覚教えたげるわ」

「いいのか?」

「いいから言ってるのよ。私は妖力――妖怪の使う、霊力と同じようなものを出すわ。感覚は似たような感じだから、問題はないわ」

 

妖力もあるのか。妖怪だから、か……

 

「……え、紫って妖怪なの?」

「ええ、そうよ。言ってなかった? それも、結構強い方なのよ?」

 

ま、強いのはその能力を使えるからじゃなくて、使うこと自体にあるようなものだしな。

自由に使えてるってことは、それだけ強いことの証明みたいなものだ。

 

「強いことは薄々感じていたよ。早速教えてもらいたいんだが」

「わかったわ。――ただ、気絶しないでね? 最初は弱く、徐々に強く出していくつもりだけど、一応ね♪」

 

――え? 気絶?

頭のなかでその言葉が響いてすぐ、気配のようなものを紫の周りから感じる。

 

「その感覚を体で覚えて。頭で理解できるようなものじゃないから。」

「――ああ」

 

徐々に気配が強くなっていく。その気配は徐々に強大に、凄絶になっていく――

 

気がつくと、それはもう気配ではなくなっていた。

実体がある、と言われたらそう感じる程に。けれど、目の前には一人の少女が、日の入りの陽光に照らされるのみ。

 

いつしか、足が震え始めた。膝が笑い始めた。手汗が止まらなくなった。

 

力の差。それは、絶対的で、覆すことの出来ないもの。

力の差。それは、どんなに愚かな者でも理解することのできるもの。

力の差。それは――相手が自分より強いことを認めると同時に、自分が相手より弱者であることを受け入れること。

 

まさにそれは、紫と俺は――()()()()()()()のようだった。

 

「――、―ら! そら! 天!」

 

はっ、と俺の意識が自由になる。

冷や汗が止まらない。震えも一向に止まる気配が無い。

いつの間にか紫の周りからは気配は消えていて、俺を心配そうに見つめる紫が、俺の肩を揺すっている。

 

「天、大丈夫? ごめんなさい、少しやり過ぎたわ……」

「あ、ああ……だ、大丈夫、だよ……」

 

声も震えている。その様子を見た紫が落ち込む。

 

「紫、そんな顔しないでくれ。紫が力になってくれることがどれだけありがたいか、心強いか身を()って知ることができた。何より、霊力の感覚が十分すぎる程にわかった。ありがとうな、紫」

「……そう言ってもらえると、嬉しいわ」

 

彼女の顔はほんの少し、嬉しそうな微笑を浮かべていた。

今の言葉は本心だ。実際、これ以上ない位に実感できた。

ただ、それと同時に自分の弱さも痛感した。

相手が強いとはいえ、少女一人に畏怖さえしてしまう自分には、失望してしまう程だ。

 

――だからこそ、俺は努力で強くなりたい。彼女に追いつく位には。

追い越すとまでは言わない。せめて、同じ場所に、隣に立てるようになる。いつか、絶対に。

 

俺は、霊夢が起きる約二時間、紫に指導をしてもらいながら、霊力増幅を進めていた。

 

紫は、霊夢が起きたようだから帰るわ、といってスキマに入っていった。

俺は紫にありがとう、助かったよと一言言って別れ、玄関に入る。

 

廊下で俺は、部屋から出てきた霊夢と鉢合わせる。

そういえば、霊夢は宴会で酔いつぶれていたな……寝る前も顔色が悪かったが、大丈夫だろうか。

どうやら、ここでは未成年でも飲酒が可能なそうだ。勇儀と萃香と一緒に日本酒を飲んだが、

猪口(ちょこ)一杯分どころか、一口飲んだだけで胸焼けを起こしていた。まあ、それはどうでもいいか。

取り敢えず、朝の挨拶を交わす。そこで思い出す。一睡もしていないことに。

――あ、寝てねぇや。今日大丈夫か?

 

「おはよう、霊夢」

「ええ、おは――ッ!」

 

突然、霊夢は言葉が途切らせ、寝ぼけ気味だった表情を強張らせて、思い切りバックジャンプをしていた。

ジャンプで俺から距離をとった霊夢は、昨日は見せたこともないような真剣な表情をしつつ、拳を構えていた。

――()()()()()()()()()()()()()()

――ゑ? 何事?

 

「天、あなた、どうしたの……?」

 

一切こちらへの警戒心を解かずに問われる。

 

「いや、どうしたって言われても――」

「あなたの霊力はどうした、って言ってるのよ!」

「お、俺の霊力が?」

 

俺に自覚がないとわかったためか、霊夢は構えていた拳を下ろし、警戒心もなくなっていた。

 

「……ええ、そうよ。昨日のあなたとは訳が違うくらい霊力が増えているわ。その証拠に、霊力がだだ漏れよ」

「そうなのか? 俺は特に何も感じないが……取り敢えず、どうやって止めればいい?」

「霊力を出すときとは逆のイメージよ。魂にエネルギーを送り戻すの」

 

俺は、意識を集中させる。俺の魂へ……戻していく……

もう霊力の感覚がわかる俺は、霊力の溢れが止まったこともわかり、止めるのにもそう時間はかからなかった。

 

「……ねえ、その霊力は本当にどうしたの? 一晩でそんなに増えるものじゃないわ。人間が増やそうと思ったら、その量にするには一年以上はかかるわよ?」

 

俺は目を見開く。俺としてはたった一晩頑張っただけだ。

……これが『努力』の能力か? いや、それだけじゃないだろう。

努力量に応じた結果が出るのだから。割りに合っていない。不釣り合い過ぎる。

 

あの時、俺には他に何があった……? 紫の指導? 恐怖感?

……ああ、成る程。多分これだな。

 

「霊夢には言ってなかったな。紫によると、俺は能力持ちらしいんだ。『努力が実りをもたらす程度の能力』、努力量と、多分()()()()()()()()()()()()に応じた結果が約束される。さっきまで、紫に霊力の出し方を教えてもらっていたんだよ」

「……信じ難いわね、幻想入り一日もしないで能力を持つなんて」

「俺自信も、な」

「ま、いいわ。私が楽だし。ああ、その霊力の大きさなら、空も余裕で飛べるわね。飛ぶだけに霊力を使うなら1時間は飛べる量ね。後は飛び方を知るだけよ」

 

おお……! 早くも飛行人間に成れるのか! しかも1時間も飛べる。予想外の進展だったな……

 

「じゃ、朝食を済ませるわよ。準備しなさい」

「ああ、了解だ」

 

俺は霊夢と一緒に朝食を済ませた。

金銭的な問題か、料理の質が何か貧相な感じだったが、触れないでおこう。

 

宴会で耳に入った話だが、ここは参拝しにくい所にあって、参拝客が少なく、お賽銭が集まりにくいらしい。

だが、霊夢が信仰を集めるようなことをしないのも理由の一つだとか。

生業は妖怪退治と、異変解決らしい。異変とは、いつもと大きく違うことが起きることらしい。

幻獣の侵攻も異変に入るのだろうか?

 

 

昼になり、白玉楼に出発する準備ができた。といっても、学生服持っただけだが。

 

「じゃ、行くわよ」

「ああ、頼むよ」

「捕まってね、振り落とされないように気をつけなさい。一応落ちてもいいように私も握っておくわ」

「助かるよ」

 

俺は霊夢と若干手を繋いだような形になり、空を飛び始めた。

おお……! やっぱ凄えな……感動する。

 

「博麗神社は幻想郷の東端よ。今から向かう白玉楼は、北西にあるからね」

「了解。……なあ、霊夢。空はどうやって飛べるんだ?」

「移動時間は暇だし、教えてあげるわ。時間がちょっとだけ余ってるから、ほんの少しなら練習もしていいかもね。ええっと……大体飛び方には二種類あるわ。一つが飛行方向の逆に霊力を打ち出すようにして勢いを出す方法。もう一つは、霊力を調節して自分の体の落下を止めたり、進んだりする方法。おすすめは後者よ。前者は止まるときに勢いを相殺しないといけないから、咄嗟の事態に対応できないわ。その点後者は、判断とほぼ同時に飛行方向や速度を変えられるし、調節そのものもし易いわ。やってみる?」

 

俺は、ああ、と肯定の意を示す。霊夢は進行を止めて浮遊のみを行う。

 

「じゃあ、今私が言ったようにやってみて」

 

俺は意識を集中させる。今俺は霊夢に引っ張られているが、本来は落下が始まる。

上に向けて霊力を調節……

 

「重力を自分だけ逆に働かせるような感じよ」

 

重力を上に……

ジェットパックみたいな感じか……?

 

 

すると、一瞬だけ、ほんの少しだけだが霊夢の力を借りずに空中に留まれた。

だが、すぐに落ちて霊夢の支えを借りることになった。

 

「……驚いたわ。まさか一瞬とはいえ飛行もやっちゃうなんてねぇ。天、あなたにはセンスが……才能があるわ。このまま練習していれば、きっと一週間で――!?」

 

霊夢がそこまで言ったところで変化が起きた。

 

()()()()()()()()()()()()。さすがに前進等、動くことはできない。浮くので精一杯だ。

 

 

「一週間で――何だって?」

 

 

俺は必死に浮遊を行っている。それを表情に出さずに、あくまでも自慢顔で、余裕のある表情を見せる。

見栄は張りたいものだな。実際浮くだけでも超嬉しい。

 

「あ……あ……」

 

霊夢は驚きを思い切り表情に出して、ろくな声を出していなかった。

 

 

 

 

 

……あ、ヤバイ。もう落ちそう。限界……

 

「な、なあ霊夢、さっきはあんなこと言ってたけどもう限界なん――――だあああぁぁぁ!」

 

俺は本来の摂理に則って下に落下を始める。

 

「ちょっ、そ、そら~!」

 

霊夢が正気に戻り、俺を再び掴んで落下を止める。

 

「あ、危なかったぁ……」

「サ、サンキュー……俺、死ぬとこだったわ……!」

「あんたねぇ……見栄張ってないで無理なら無理って言いなさいよねぇ……」

「いや、霊夢を驚かせたかったんだよ。俺超嬉しかった。ソラ、トベタ。」

「なんで片言なのよ……まあ、今までで一番驚いたかもね」

「今度はもっと長い時間の浮遊と前進だな……」

「そうね――じゃあ、白玉楼行くわよ!」

 

その霊夢の声が、まるで嬉しいかのように声が大きくなっていたことに、

俺は満足気に笑みを浮かべていた。

 

 

 

「着いたわよ」

「ここが白玉楼……?」

 

そこは辺りが薄暗く、目の前にはとてつもなく長い階段があった。

 

「正確にはまだよ。冥界には着いたわ。この階段の先が白玉楼っていうお屋敷よ」

「……この階段登るのか……?」

 

この階段を登るとか軽く絶望だ。

取り敢えず先が全く見えないくらい。

 

「まさか。飛んで行くわよ。ちょっと休んでただけ。さあ、行くわよ」

「悪いな。疲れてるよな」

「いいのよ。その代わり、ちょっと飛ばすわよ!」

 

そう言った霊夢は俺の腕を掴み、急加速した。

わ~速い。いつか俺もこの速度で自由に飛びたいな……

飛行の目標を決め終えている頃には、もう階段を登り――否、飛び切っていた。

 

霊夢と俺が着地して辺りを見渡すと、霊夢の言っていたであろうお屋敷と、沢山の桜があった。

中間テストが5月の終わり頃。外の世界ではもう春も終わりなのにな……にしても、綺麗だ。

それらに見惚れていると、一人の銀髪の少女が立ってることに気付く。

向こうもこちらと同様、気付いた様でこちらへ向かってくる。

 

「やっほ~妖夢~!」

「こんにちは、霊夢。――お待ちしておりました、新藤様」

 

それが、彼女――魂魄妖夢との、最初の出会いだった。




ありがとうございました。
刀を出そうと思いましたが、どうやら次回になりそうです。
紫の妖力のところで書き方を少し変えてみました。今後こういうことが何回かあると思います。
そしていきなりの天の成長。センスもあるとのことで。
妖夢と出会いましたね。まだ会話してないですが……
次回は刀入手と妖夢と修行についてを書こうと思っています。
ではでは!


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第2章 修行in白玉楼
第11話 その程度なら


どうも、狼々です!
今回こそ刀を出します。
まだ修行に入りませんが、今回から白玉楼ということで、
第2章はこの話からとなっています。
天君を何とか頭の回転が早いキャラにしたいのですが……いまいち上手くいきません。
では、どうぞ!


お待ちしておりました、新藤さん。

その言葉で俺は目の前の銀髪の少女に迎えられていた。

黒いリボンを着けたボブカットの髪型、胸元には黒の蝶ネクタイがある。

白シャツに青緑のベストを着ていて、肌は白め。

――そして、何かが隣でピョコピョコ動いている。物凄く気になる。

長刀と短刀を一本ずつ携えている。重くないのだろうか?

日本刀はかなり重いらしいが……彼女の刀長すぎない? 使えんのかな? まず抜くのにも一苦労しそうだが。

……刀持ちってことは、俺の師範になるのかな? 

 

「こんにちは、ご存知の様ですが一応。新藤 天といいます。呼ぶ時は名前で呼んでもらえると。あと、様付けはなしでお願いします」

「わかりました。私は魂魄(こんぱく) 妖夢(ようむ)と申します。呼び方はお好きなようにどうぞ。天君、と呼んでも?」

「はい、どうぞ。」

「いえいえ。天君も敬語はいいですよ。……貴方のことは幽々子様からお聞きしています。これからは、私が貴方に刀を教えていきます。とはいえ、私も修行中の身なので、教えられることだけ教えて一緒に修行していく、という形になりますが」

「わかった。俺は敬語も外してもらって構わないぞ?」

「えと、敬語が基本的な話し方なんです」

「了解だ。いつか敬語を取ってくれることを期待しているよ」

「ええ、きっといつか。今から幽々子様の所へご案内します。――霊夢も一緒に来てほしいとのことなので。」

「ええ、わかったわ」

 

俺は妖夢に着いていく。

少ししてお屋敷の庭に着く。にしても、広いな……それに、桜が綺麗だ。

外では桜はもう散ってしまっていたが――気候とかやっぱ違うのか?

そんな中、一つだけ桜の咲いていない木を見つけた。

……まあ、そんなこともあるだろ。俺は特に気にすることもなく妖夢に着いていく。

お屋敷自体もかなり広いコの字型の本堂。ここからも桜が見える。

そして、妖夢がある障子の前で止まる。

 

「こちらで幽々子様がお待ちです。どうぞお入りください」

 

俺は障子を開ける。妖夢の言っていた、幽々子様と思わしき人物が正座していた。

ウェーブをかけたセミロングでここの桜を思わせるピンク色の髪に、レミリアと形の似ているナイトキャップを被っていて、

浴衣や着物に似た雰囲気の服に身を包ませている。帽子には三角巾があり、額のところに渦巻きの赤いマークがある。

胸もかなり大きい。霊夢とか殆どないよね。壁。やべ、本人に言ったら俺が殺されてしまうことになる。

そんなことを考えているが、目の前の彼女をとても美麗に思う。美人すぎる。

厳かな雰囲気が漂っていて、大人な感じやカリスマ性を思わせる。

俺が見惚れていると、彼女が口を開く。

 

「やっほ~あなたが天ね! 会いたかったわよぉ~♪」

 

ニコニコと桜にも劣ることのない笑顔を浮かべる。

……厳かでカリスマ溢れる感じが一気に飄々とした態度に変わる。

どこか翔に似たような口調だ。親近感を覚えてしまう。

妖夢、霊夢は俺を間に挟む形で正座、俺は彼女らの一歩前で正座して、目前の少女と顔を合わせる。

 

「はい。俺も会えて嬉しいです。ご存知の様ですが、新藤 天です。これからここでお世話になります。雑用でも何でもしますので、どうかよろしくお願い致します」

「ん? 今何でもって……まあいいわ。私は西行寺(さいぎょうじ) 幽々子(ゆゆこ)よ。こちらこそよろしくね。それより、そんなに態度を硬くしないでいいわよ♪ 敬語も要らないからね?」

「……わかった、幽々子。じゃあ幽々子、会ってすぐにはしないような質問もしていいか?」

「ええ、もちろんよ~」

 

俺はついさっき『それ』に気がついた。

浴衣や着物独自で持つ『それ』の意味に。

 

「なあ、幽々子は、その、言いにくいんだが――亡くなっているのか?」

 

辺りの空気が強張った感じがする。

霊夢や妖夢も会っていきなりの質問の内容に驚いている様子だ。

 

俺は、幽々子の目が少ほんの少し、一瞬細められたことを見逃さない。

会ってすぐのような雰囲気が目前の彼女に戻る。

 

「……どうして、そう思ったの?」

「――その服、()()()()()?」

 

着物は普通左前じゃなく、右前だ。右利きが多く、懐へものを入れたり、その逆の取り出しがしやすいよう。

ただただ左が下か右が下かの違いだ。間違える人もいる。――()()()()()()

 

ここが外の世界なら俺は、ああ間違えたんだな、くらいにしか思わない。

だが、ここは幻想郷。洋風の文化が殆ど入っていない。入ってるとすれば、レミリアのとこぐらいだろう。

着物や浴衣を着る習慣がないから間違える。それは、洋服を着るのが主流になったから。

 

幻想郷では洋服など殆ど存在しない。存在しても、さっき言ったレミリアのとこ。もしくは、朝に紫が運んでくれた俺の洋服だけだろう。

 

そうなると、この着方はわざとだろう。左前――それは、死者に着物を着せるときに用いる着方だ。

 

そうなると、『そういうこと』なのだろう。

 

「……ああ、ごめんなさいね。間違って――」

「こんなに大きい和の屋敷を持っていて、着物や浴衣の着方一つを間違えるのか?」

「……今日はたまたま間違えたのよ。いつもは間違わないのにねぇ……?」

「いや、それもないな。妖夢が気付くだろ。俺と霊夢が来たのが昼少し前だ。その間妖夢が一回も幽々子に会わない可能性は低いだろう。それに、いつも間違わないってんなら、今だけってのもおかしいだろ」

 

――静寂。それは、ほんの数秒なのかもしれないし、数分と静寂にとってとてつもなく長い時間だったのかもしれない。

最初に口を開いたのは、幽々子だった。

 

「あっはははは! すごいわね、天! 紫から聞いていた以上だわ! あっはははは!」

 

幽々子は緊張感の欠片もない、屈託のない笑顔を浮かべていた。

腹を抱えて、目尻に少し涙を浮かべる程に。

後ろの妖夢と霊夢も少しほっとした様子で微笑を浮かべていた。

 

「にしても、鋭い洞察力ねぇ~普通は死んだ人間が目の前で自分と会話しているなんて思わないわよ?」

「幻想郷は何度も俺の常識を覆してきた。ここは冥界だ。死人の可能性もきっぱりと否定できない自分がいた」

「いや~面白かったわ……その通り、私は死んだ人間で、今は亡霊よ。ちなみに、幽霊とは違うわよ?」

 

そうなのか。同じような感じもするが……

 

「違いは?」

「死んだ時“生への執着”があったら亡霊、なかったら幽霊。幽霊は基本地獄か天界に送られて輪廻転生よ」

「じゃあ、幽々子は生に執着があったのか?」

「いいえ。色々とあって、亡霊のまま過ごしてるわ。地獄には閻魔様にあたる相手から、能力の関係もあって冥界の永住を認められてるの」

 

やっぱ閻魔様はいたのか。

宴会のときに種族云々について聞いたが、閻魔様とかもいそうだと思っていたのだ。

 

「幽々子も能力持ちか。何の能力だ?」

「それはね、『死を操る程度の能力』よ。中々でしょ?」

 

……うん、毎回毎回思うんだけどさ。

――チートの能力がちょくちょくあるよね。俺がいなくても幻獣程度は大丈夫な気がする。幻獣見たこと無いけど。

 

「まぁ、この能力で幽霊や霊体の存在も自由に扱えて、冥界でそれらの管理を任されてるのよ」

「へぇ……ってことは、俺の命も思いのまま、なのか……?」

「ええ。けど、そんなことしないわよ。そんな顔しないで」

 

俺はどんな顔をしていたのだろうか。

 

 

 

「じゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 

 

幽々子は扇子を広げて口元を隠す。

先程までの笑みは完全に消え、瞳は真っ直ぐに俺を見つめている。

 

「最初に言ったけど、天、貴方については紫から聞いているわ。武器や能力のことも」

「そこまで聞いてるのか」

「ええ。武器はもうこちらで用意しているわ。それも、とびきりの一級品を、ね。……妖夢、悪いんだけど、『あれ』持ってきて頂戴」

「かしこまりました。では、失礼します」

 

妖夢は障子を開けて部屋を出る。

 

「そういえば、幽々子。能力について新しくわかったことがあるんだ。紫にもまだ言っていない」

「何がわかったの?」

「俺の『努力』の能力は、目標にかける思いが強ければ強いほど結果も良い方に向くらしい」

 

そこで、今まで無言だった霊夢が口を開く。

 

「それについては私からも説明するわ。昨日の夜、霊力の増やし方を私が教えたの。それで、朝まで天が練習してたらしいの。私が起きたときには、格段に霊力が増えていたわ」

「大体どのくらいに増えたの?」

「……それは、実際に感じた方が早いわ。天、全力で霊力を出してみて。あまり出しすぎると気を失って倒れるから、全力といっても程々にね」

「了解。……よいしょっと」

 

俺は正座から立ち上がり、目を閉じる。

霊力をイメージ、そして一気に――外へ!

 

「――ぇ?」

 

俺は目を開く。幽々子は信じられないといった表情をしている。

そこで、部屋に妖夢が戻って来る。

 

「お待たせし――! ……天君はどうして、そんなに霊力を持っているんですか……? 普通の人間、ですよね……?」

 

妖夢も驚くほどか。まあ、霊夢のあの驚き方だったしな。完全に俺を退治しようとしてたし。それに比べたら抑えてる方か。

 

「……ねぇ、霊夢。これ、本当に一晩で増やしたの?」

「ええ。夜に確認したわよ。その時の量は完全に常人のそれだった。特別最初から霊力が多かったわけでもないわ……もう霊力抑えていいわよ、天」

 

俺は霊力を収める。……結構疲れるな。体力的にも精神的にも。

 

「しかも、霊力を自由に扱えるの……?」

「何でも、紫の指導らしいわ。」

「紫が!? あの紫よ? 睡眠時間は!?」

「ええ。私も少し驚いたわ。寝る時間を大幅に割いてまでこの子に強くなってもらいたいんでしょ」

 

紫が俺にそこまでしてくれていたのか。今度会ったらお礼からだな。

そこで、俺は妖夢の持ってきた物に気付く。

それは、俺が武器で使う予定の、刀だった。

 

「幽々子様、刀をお持ちしてきました」

「ありがとう、妖夢。……天、この大太刀を貴方にあげるわ。これを今後使いなさい」

 

差し出された刀を受け取る。

鞘は黒一色だが、柄は横に寝かせて見た時、縦方向に赤、青、黄色の三色で分けられていた。

 

そして何より、一番目に着くのは――その恐るべき長さだった。

俺の身長は180cm前後、刀を立てたら、恐らく俺の腰より少し上まであるだろう。身長の8割より少し長いくらいか。

妖夢の刀も、彼女の身長の約8割ほどあった。彼女の身長は見たところ150cmほど、その8割なので、

刀の長さは120cm前後。それでも十分長い。

 

だが、俺の身長となると8割以上は……刀の長さが145cm以上になる。

まず、素人の俺では抜けないだろう。で、鞘を投げ捨てるなりなんなりして抜けたとしよう。絶対に扱えない。

その重さに耐えられずに落としてしまうだろう。振るなんて以ての外だ。

 

「……幽々子、俺、これ使える気がしないんだが。長すぎだろ」

「ええ、そうね。でも妖夢もおんなじ感じよ?」

「いや、妖夢は……」

「なに? あなた、女の子に負けちゃうの? 私は、できると思うんだけどねぇ……?」

「……ああ! わかったよ! ……それを使わせてもらうよ」

「ああ、ちょっと待って。一応この刀の説明をするわ。……もしかしたら、使いたくなくなるかもしれないしね……」

「……何か、その大太刀は訳ありなのか?」

 

「ええ。この刀の名前は――『妖刀 神憑(かみがかり)』よ」

 

「かみ、がかり……妖刀ってのは?」

「――その刀は、能力を持っているの。いえ、正確には、その刀に宿された魂が神の力を無理矢理取り入れて、自分の物にしていたの」

「それで?」

「その能力は、刀の使用者が自由に使うことができたの。でも――この刀の使用者は一週間ちょうどに()()()()()()()()()()()()()()()()

 

幽々子以外の三人が目を見開く。

どう考えても必然的だろう。全員が能力暴走で、きっかり一週間で亡くなるとは思えない。

多分、その宿されている魂という奴がわざと暴発を起こしたのだろう。それ以外に考えられない。

 

「それで、その刀は使()()()()()()刀として忌み嫌われて、使用されなくなったの。だから、妖刀」

 

なるほどな……不吉なことこの上ないな。そもそもこの長い刀を使おうとする人も少なかろう。

 

「でね、その使用者の一人だった人がこう言っていたらしいの。『一週間で、私にあなたの器を示して。って刀の魂に言われたんだ』ってね」

 

ふむ……ただ単純に力が足りなかったから、剣士として弱かったから、という理由ではないだろう。

そう……何か、別の要因があるはずだ。そうでないと全員は殺されないだろう。

考えるのは後でも良い。その刀についてもう少し深く聞いてみるか……

 

「なぁ、幽々子。使用者が死ぬ云々は一旦置いといて、その宿された魂は何の神の、何の能力を取り入れたんだ?」

「全部で3つよ。カグツチの火、ミヅハノメの水、タケミカヅチの雷よ」

 

……は? みっつも? これ最強なんじゃ……

火で灼きつくすもよし、水で呼吸活動止めるもよし。雷で感電させるもよし。

上手くいけば最強、いかなかったら一週間で死、か……

なんという極端なハイリスク・ハイリターンだろうか。

 

「正直私が言うのもなんだけど、この刀の使用は安易に考えないでね。勿論、他の刀も――」

 

 

「いや、俺この刀使うわ」

 

 

「「「ええええっ!?」」」

 

俺以外の三人の絶叫が聞こえる。

実際、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ちょっと天! あなた、もう少し自分の命大切にしなさいよ!」

「そうですよ、天君! 貴方が死んだら刀を教えるどころじゃ――」

「いや、大丈夫だろ。死んでも幽々子が何とかしてくれるだろ。だったら問題はねぇよ」

「いや、何とかしてみるけど……それでいいの? 確かに私は貴方に『この先はこの刀を使うように』って言ったわ。けど、強制じゃないのよ?」

「だってこれ強いんだろ? 俺がもしこいつにやられるなら『結局その程度』ってことだろ。そんなんで幻獣倒せねぇよ。これから戦っていく上で命の危機は嫌というほどあるだろ。その一回目がこれで、予行練習みたいなものだと思えばいいさ。死ぬのは怖いよ? けど、これで逃げ出してちゃ、俺は何のためにここに来てんだよ。俺がもしそんな精神のヤツなら、そもそも幻想入りしてねぇだろうよ」

 

三人が三人呆れた表情をする。そんなに俺のこと呆れちゃうの?

俺悲しくなるよ?

 

「まあ、私が渡す刀だし、それなりの責任は負うつもりよ。……じゃあ、この刀を使うってことでいいのね?」

「ああ、さっきからそう言ってるだろ」

「……わかったわ。一先ず、刀は後にして――お昼ご飯にしない? 私、もうお腹がペコペコなのよ……」

 

さっきまでの緊張感が一気に霧散していく。

今度は幽々子以外の三人で呆れた表情を見せる。

 

「じゃあ、私はご飯を作ってきますね」

「あ、俺も手伝うよ」

「え、天は料理できるの?」

 

一応できる。人並み以上には。結構練習したしな。俺は高校から一人暮らしをしている。だから必須になってくるんだよ、料理スキルは。

今思えば今までで一番苦労した努力は、案外料理かもしれない。なのに必須なんだよなぁ……

 

「ああ、できるぞ、霊夢。和のメニューも結構あるぞ」

「じゃあ、天君は私を手伝って下さい。これからも手伝ってもらうことがあるでしょうから」

「言われなくとも毎日手伝うつもりだよ。じゃ、幽々子、霊夢、ちょっと待っててくれ」

「「ええ、わかったわ」」

 

俺は来る時と同様、妖夢に案内をしてもらいながら台所へ向かう。




ありがとうございました。
妖夢の口調は霊夢など親しい人に対しては敬語じゃないらしいのですが、
口調が安定していないキャラらしいですね。この作品では敬語で統一させることにしようと思います。
刀の能力が強すぎますが、無双させる気は全くないのでご安心を。
ではでは!


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第12話 『器』を見せて?

どうも、狼々です!
この話を書いているときに、UA数が600を超しました!
嬉しい限りです。1、3話に至ってはアクセス数120超えてます。
1話はなんとなくわかりますが、なぜ3話……?
と不思議に思っている私でした。
1章の第1話だからですかね?
では、本編どうぞ!


俺は今妖夢と一緒に台所で料理をしている。

のだが、まだあの白いナニカがふよふよと妖夢の隣で浮いている。

……だめだ。気になる。俺は妖夢にそれについて聞いてみることにした。

 

「なあ妖夢、その隣でふよふよしているヤツは何だ? ずっと妖夢の隣に付いて離れてないが……」

「ああ、それは『半霊』といって、私の半分なんですよ。私は半人半霊ですから……」

 

ああ――そういえば、宴会で萃香にどんな種族があるのか聞いた時、その中の一つにあった気がする。

妖夢のことだったのか。

俺らは料理の手を止めず、目も料理をする手元に向けていた。

 

「へぇ……色々あるもんなんだな。まだまだ幻想郷には知らないことだらけだな」

「……ねぇ、天君」

「何だ?」

 

妖夢の少し沈んだ様な声に反応して、俺は妖夢の方を見る。

妖夢もこちらを向いていたようで、目が合う。手も止めていて、表情は声と同じく沈んでいるように見える。

 

「……天君は、嫌じゃないんですか……?」

「いや、なにが? てか、どうしたのそんな顔して」

「私は半人半霊と言いましたよね。名の通り半分幽霊で、人間なのは半分だけなんですよ」

「それで?」

「ですから――気持ち悪いとか、不快だとか思わないんですか?」

「いいや、全然? というか、何でそうなるんだよ」

「幽霊が自分と会話して、隣にいるんですよ?」

「ああ、なるほど。そういうことか」

 

妖夢は自分のことについてあまりいい思いをされなかったことがあるのだろう。

中身を見られずに外の肩書だけを見られ、避けられたのだろうか。

俺は別に嫌うことも不快に思うことも特にはない。まあ、交流がまだまだ薄いのもあるだろうが。

 

「――俺は、『外』だけ見るようなことはしないよ。これから俺は刀教わるんだ。そんときに『中』をずっと見ることになるだろうさ」

「……そうですか」

 

俺と妖夢はそれ以降先程のことには一切触れずに料理を完成させ、幽々子達の元へ料理を運んだ。

……にしても、なんか多くない? 俺と霊夢の二人が増えてもこの量は食べきれないぞ。

 

「えっと……なぁ妖夢? ちょっと多くない?」

「いえ、合ってますよ。これの半分くらいは幽々子様一人で食べられますから」

 

……まじかよ。これ八人分くらいあるぞ。幽々子だけで四人分……恐ろしいな。

食費とかどうなってんだろ……大変だな。

俺と妖夢は幽々子の部屋にたどり着く。

 

「あ、来たわね。早速食べましょ! 食べたら、まず天には抜刀してもらうわ」

「わかったよ。てか、抜けんのかあれ?」

「大丈夫よ。いざとなったら鞘は投げ捨てればいいわ」

「いや、回収するからね?」

 

刀のことはこの会話以外一切せず、他愛のない話で食事を進めていた。

……俺を気遣ってくれてるのか? いや、考えすぎだな。

 

 

 

俺達は食事を終え、刀を持って中庭に集まっていた。

 

「天、一週間よ。一週間で『器』を見せなさい」

「……ああ」

 

俺は刀を手に取る。ずしり、と重い感覚が右手に伝わる。

何とか持てる。これなら抜刀して、両手なら案外振れそうだ。

俺は刀を横にして限界まで腕を広げ、刀を鞘から出そうとする。

徐々に刃が見えてくる。銀色の光を反射させて光るそれは、まるで鏡のようだ。

刀を完全に抜刀させた。鞘は捨てずに抜くことができた。きつくないわけではないが。

構えとかわからないので、取り敢えず俺は刀を前に構える。

 

 

 

 

瞬間、()()()()()()()()

 

 

 

 

――気がつくと、俺は一面が白一色の場所に立っていた。さっきまで持っていた刀もない。

広さは……わからない。とても遠くまで、それこそ永遠に続いているかもしれないし、とても狭い立方体の中なのかもしれない。

すると、突然目の前に幼女が現れた。いや、俺が気づかなかっただけで、最初からいた。

 

「こんにちは、あなたの名前はなに?」

 

幽々子のようなピンクでロングの髪。瞳はエメラルドというよりもコバルトグリーンに近い緑色。

服は水色の……ワンピースのような服を着ている。腕には銀のブレスレットが左右の腕に一つづつ付けられている。

靴はワンピースと同じような水色のサンダルを履いている。

洋服、か。まあ、服装はこの際はどうでもいい。それより、聞くべきことがあるだろう。

 

「俺は新藤 天だ。呼び方は天でいい。……で、ここが何処かと、君は誰かを聞いてもいいかな?」

「ここは刀の中、かな? 取り敢えず、魂同士で会話できたりしちゃうところ。名前は……別にいいよね?」

「……どうしてだい?」

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()

 

俺はその言葉を聞いてすぐさま後ろへ全力で飛ぶ。

ただただ距離を取ったほうが良いと自分の本能が叫んでいた。

この幼女は恐らく――――

 

「あはは、そんなに怖がらなくてもいいのに。」

「――君が、刀に宿っている使用者を殺す魂、でいいのかい?」

「うん、そうだよ。私のこともう知ってるみたいだね」

「……『器を見せろ』、だろ?」

「そこまで知ってるの? なら話が早いわ。一週間で私に『器』を見せてね」

「……言われなくとも。一応聞くが、器って人間の心の広さのことか?」

「ある意味じゃそうだし、違うとも言えるね」

「……それが聞ければ十分だ。『器』が何かはまだ分からないが。皆のところにはどうやって戻れる?」

「私しか刀の中の魂の移動権は持ってないよ。だから、私しか天を外に出せないよ?」

「じゃ、出してくれ。出さないと、『器』とやらも見せられないし」

「出さないなんて言ってないよ。ただ、私は刀から天をずっと見ているからね?」

「了解」

「じゃ、目を閉じて。3秒くらいでいいわよ」

 

俺は言われた通り、目を閉じる。

3秒経つと、幽々子や妖夢の声が聞こえる。

俺は目を開く。目に飛び込んでくる光に眩しさを感じる。

 

「あ、起きましたよ!」

「「天! 大丈夫!?」」

 

幽々子と霊夢が血相を変えて走ってくる。

心配させたみたいだな……

 

「ああ、大丈夫だ。……例の魂に会ってきた。例の如く、『器を見せろ』だとさ」

「「「……!」」」

 

三人が顔を引き締める。

 

「妖夢、今から刀を教えてくれ」

「え……ですが――」

「頼む。一週間で終わるかもしんないからさ?」

 

俺がそう言った瞬間、妖夢は怒りと寂しさを持ち合わせた表情で俺を真っ直ぐに見つめる。

 

「――そんなこと言わないでください。この先ずっと教えていくんですから。一週間と言わず、ずっと」

 

その言葉を聞いて安心すると同時に嬉しくなる。

今日から、俺の刀の修行が始まる――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

今日から私は、天君と一緒に修行する。

教えられるところは少ないけれど、出来る限りのことをしたい。

屋敷の外に出て、私は桜観剣を抜き、天君の隣に立って実際に見せる。

 

「じゃあ、まずは構えからですね。……これが中段の構えです。基本の構えですから、一番に覚えてください」

「……これでいいか?」

「足が逆ですよ。もっと足は肩幅に開いて……ええ、大体そんな感じですね。で、振り方なんですが……まず振れそうですか?」

「ああ、なんとかな……」

「刀を上に上げてください。……そう、それが上段の構えです。その構えから刀を下に振ってください」

「あ、案外振れると思ったけど、お、重っ……はぁっ!」

「結構いい感じですね。さっきの上段は、左右の足どちらが前に出るかで左上段と右上段に分かれます」

「わかった……」

「あと、上段は攻撃的な姿勢ですが、防御に向いていません。天君は最初はあまり使わないほうがいいでしょう」

「了解、俺もこれを上に上げるのは中々骨が折れる……」

 

さっき幽々子様にもらった――神憑、だっただろうか?

それを一瞥して天君は疲れたように息を吐く。

 

「なぁ妖夢、その二本の刀の名前ってなんていうんだ?」

「こっちの長いのが楼観剣(ろうかんけん)、短いのが白楼剣(はくろうけん)です」

「二本あるってことは、やっぱ二刀流なのか?」

「ええ、そうですよ。さぁ、続きに取り掛かりますよ。次は八相の構えと脇構えです。左足を前に出して、刀を上に立てて右手側に寄せてください」

「……こうか?」

「ええ、それが八相の構えです。重い刀だと持ち続けるだけで体力を使いますから、その構えで余計な力を抜くんです」

「なるほど……確かに持つのが楽だな」

「次は脇構えです。右斜めに体を向けてを剣先を後ろに下げて……そうです。この構えは自分の弱点の集まる中央部分を隠すことと相手に刀の長さを測らせないこと、左半身へ相手の攻撃を誘うことができます。まあ、殆ど対人戦にしか良いことがないですね」

「ま、逆に言えば人間には効果があるってことだろ? ……いや、一般人に剣向けたりしないからね?」

「私は何も言ってないですし、そんなことをするとは思っていませんよ……」

 

私は自然と溜め息をつく。

天君は色々と他人に気が回るし、頭も良い。幽々子様のことを初見で見抜いたくらいだ。

けど……なんというか――少し抜けている、というか天然というか……まぁ、私も人のことを言えないが。

 

「おや、結構信頼されているようで。俺は嬉しいよ」

「信頼とかじゃなくて、人間性から考えたんですよ」

「そうか。ま、いつか信用されるように頑張るよ」

「……それは、一週間以上生きる、ということでいいですか?」

「……あれ? もしかして妖夢俺のこと嫌いだったりする? 一週間で死んで欲しいみたいな――」

「そんなことはありませんよ!」

「うあぃ!びっくりした……どうした急に?」

 

あ……つい声を大きくし過ぎてしまった……

でも――少なくとも私は彼に死んで欲しいとは思っていない。

 

「……私は天君に死んで欲しいなんて少しも、微塵も思っていませんし、今後思うことも無いでしょう」

「これまた随分ときっぱりと言うもんだな。――悪かった。続きやろうか」

「……ええ。次は下段の構えです。刀の剣先を少し下げた中段の構えで良いです。……そうです、あってますよ。下段は上段よりも防御的構えです。」

「ああ、わかった」

「さっき教えた五つの構えのことを『五行の構え』といいます。剣術の基本なので、これらは最低限覚えておくべき構えです」

「了解、覚えたよ。多分完璧なはずだ。構えだけならね?」

 

……覚えた? この短時間で、簡単な説明しかしてないのに?

それも完璧に……過信にも程がある。

 

「へぇ……そこまで言うんだったら“完璧に”やってくださいね?」

「そのつもりだ。じゃ、教えてもらった順にやるから、見終わったら何か言ってくれ」

「――わかりました」

 

天君は中段の構えを取る。

……おかしな点は何も見当たらない。

 

「次、いいですよ」

「あいよ」

 

天君は前言の通り、上段、八相、脇構え、下段をどれも“完璧な”形をとっていた。

……ありえない。形を覚えるならまだできるかもしれない。

のだが――――()()()()()()()()()()()()()()()()

ということは……

 

「天君……()()()()()()()()()()()()()()の?」

「お、敬語取れたね。……そうだけど?」

「……私が構えを見せたのは長くて30秒、短かったら10秒も見せてないです。教えなかったところもありました」

「ああ残念、戻っちゃったか。……ああ、何個かあったな」

「早すぎる。覚えるには時間が足りないです」

「こと覚えるに関しては誰よりも頑張ってきたつもりだからね。覚えようとすればできるさ。ただ、覚えようと意識しなかったら無理だけどな?」

 

……ある種の才能だ。幽々子様の部屋での霊力量といい、さっきといい、この男は何なんだろうか。

 

「天君、あなたは正直“天才”だと思います。“才能があります”。剣も他のことも他人よりすぐに上手くなれますよ」

 

そう言うと天君は悲しそうな、諦めたような、苦しそうな。でも、慣れているといったような表情を私に見せた。

 

 

 

 

 

私はこの後すぐに、自分の失言に気付くことになる。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天才、才能がある、か……

結局――

 

 

 

 

 

「――やっぱり妖夢も、そう言うのか」

 

 

 

「……ぇ……?」

 

妖夢は戸惑った表情を見せる。

小さくだが、声に出てしまっていたか。

妖夢は意識してわざと言ったわけじゃないんだ。さっきまでと同じように接しよう。

 

「さぁ、続きをお願いしますよ、『師匠』?」

「……ええ。そう、ですね」

 

妖夢がまだ戸惑いの表情を収めない。

 

「どうしたんだよ、そんな顔して。さ、俺に刀、教えてよ」

「――わかりました」

 

妖夢がずっと浮かない顔のまま刀を教えていた。

初日は攻撃の受け流し方、体の捌き方を教えてくれた。

 

 

 

修行が終わり、今俺と妖夢は台所で夕食の準備を進めていた。

 

「「……」」

 

気まずい、気まず過ぎる……!

黙々と進めていると料理はどんどんと完成していく。

そろそろ何か言わないとまずいよな……?

 

「な、なあ!」「あ、あの!」

 

俺と妖夢の互いへの呼びかけが重なる。

さらに気まずくなったじゃないか……

 

「お、お先にどうぞ……」

「……妖夢は、ずっと剣を教えているとき浮かない顔をしていた。どうしてだ?」

「……浮かない顔なんてしてません」

「いや、してたな」

「……胸が、苦しかったんですよ。あの時の天君の顔は、私にとってとても辛そうに見えました」

 

ダメだ、繕いきれてなかったか。そうだろうな。そりゃバレるよなぁ……

 

「……『あの時』っていつだ?」

「『妖夢もそう言うのか』って言ったときです……」

「……俺はそんなこと言った覚えはないよ?」

 

馬鹿か俺は。嘘ついてどうする。言葉覚えられるくらい記憶に残ってんだぞ。

往生際が悪いにも程があるだろうに。我ながら呆れてしまう。

 

「……そう、ですか?」

「ああ、そうだよ?」

「……私たちはまだ会って間もないです。ですが、これから関わり続ける予定です。今すぐにとは言いません。……何かあったら、私に相談してくださいね……?」

 

俺は妖夢の言葉を聞いて心が痛んだ。

会って初日の男の顔を見て胸が苦しくなり、辛いことは相談に乗ると言ってくれるような優しい少女に。

……俺は嘘を吐いてしまった。

 

「あ、ああ……何かあったら妖夢に頼らせてもらうよ」

 

 

「……ありがとうございます!」

 

 

妖夢は屈託のない、純粋に嬉しい。そういった笑顔を浮かべる。

俺の心はさっきよりも痛む。

 

 

 

その光輝くような笑顔は、俺には眩しすぎた。

 

 

 

料理を完成させ、幽々子の部屋へ運んでいる最中。

 

「妖夢はさ、何か能力とか持ってんの?」

「ええ。『剣術を扱う程度の能力』を持ってますよ」

 

やっぱ剣系統の能力か……なんとなく気づいてはいたが。

 

「剣の研鑽(けんさん)をすればずるほど強くなっていく、というものです」

 

なるほど。剣を使えば使うほどってか。

努力の能力と少し似ている所があるな……

 

「俺の能力と少し似てるな」

「ええ。案外私たちは似ているのかもしれないですね」

「違いない」

 

そんな他愛のない話をしていると、幽々子の部屋に辿り着く。

 

「幽々子様~お料理お持ちしましたよ~」

「ありがとうね、妖夢~天もありがとう~」

 

相変わらずマイペースなようで。

部屋で霊夢を見つける。まだ帰っていなかったみたいだ。

 

「そうそう、霊夢がね、天が浮いた時の話を自分のことのように嬉しそーに話してたのよ?」

「ちょ、ちょっと幽々子! あんたさっき言わないって言ってたでしょ! ……そこ! ニヤニヤしない!」

 

おっと、恥じらう霊夢を見てニヤニヤしてしまっていたか。

俺が重い刀持ちでも自由に飛べるようになったら霊夢はどんな顔をするのだろうか。

楽しみができたな。後でこっそり練習するか……

 

「じゃ、食べるか!」

 

俺達四人は食事を楽しんだ。

こんなに楽しく食事ができたのはいつ以来だろうか。

いつも一人で食事していたからな……たまにはこういうのも悪くない。むしろ良い。

この楽しい生活を一週間では終わらせない。終わらせたくない。

俺はそう思いながら夕食をとった。




ありがとうございました。
途中妖夢がプロポーズに取れなくもない言葉を言いましたね。
少しラブコメの要素も入ってきたでしょうか?
妖夢視点の時、地の文も敬語だと違和感があったので、敬語は使っていません。
私は剣道経験者どころか竹刀すら握ったことがありません。
なので、この話で書いたことが本当かどうかもわかりません。
間違っていたら、修正の報告をしていただけるとありがたいです。
ではでは!


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第13話 死刑判決

どうも、狼々です!
不安しかないタイトルですが……どうなるんでしょうかね?
最近ちょっとUA数の勢いが上がってきて嬉しくなってます。
26、7日は100近く行っていて、思わず二度見した程です。
皆さんありがとうございます!
では、本編どうぞ!


俺は食事中、霊夢に『スペルカード』、通称『スペカ』というものを聞いた。

霊力のときに説明された弾幕ごっこに使う、得意技のことらしい。

御札のようなものに自分の得意技を書くらしいのだが、これが契約書のような役割となり、そのスペカが使えるんだとか。

また、その御札の数を事前に宣言すること、不意打ちをしないこと、スペカの美しさに意味をもたせること、負けはきちんと認めることが定められているそうで。その制限を『スペルカードルール』と言い、霊夢が考案・導入したようだ。

実は、御札がなくてもいいんだとか。宣言が相手に伝わればいいらしい。技の名前を叫ぶこともあるらしいが、それもなくていいらしい。

でも、叫んだほうがカッコイイよな。スペカには○符が多いらしい。一応それ以外もあるらしいが。

で、その中で一番強かったり、自身があるのを『ラストスペル』という。スペルを全部攻略されたり、敵わないと感じたら負けらしい。

妖夢も幽々子も霊夢も魔理沙も持ってるらしい。

 

「う~ん、必殺技的な感じか……?」

 

そして、その御札を霊夢から6枚ほどもらった。

でも、6枚全部使えるようにするにはかなりの霊力とか体力とか諸々必要らしい。

……ま、後でもいいよね。そのうち考えとこ。

俺は今風呂の中に入っている。

それにしても広い。広すぎる。妖夢一人で今まで掃除してたのか……?

今後は手伝うことにしようか。

 

俺は風呂から上がり、脱衣所で服を着替える。

ちなみに、今着ている服は外の世界で使っていた寝巻きだ。

俺は用意された自分の部屋へ向かう。場所は既に幽々子から聞いておいた。

俺の部屋の障子を開ける。

 

「やっぱ広いよな。ここに俺一人過ごすのもなんか悪い気がしてくるな」

 

幽々子の部屋もとても広かった。俺の部屋もそれより少しだけ狭いくらい。十分すぎる。

 

「さってと、明日に備えて寝るかな……っと思ったけど」

 

俺は部屋の時計を確認する。21時か……

俺は部屋に置いてあった神憑を手に取り、部屋の外の様子を探る。

俺は誰にも見られていないことを確認しつつ、外へ出た。

寝る前に、少しだけ練習しようか。

今日教わった、構え、受け、足運びと空を飛ぶ練習を2時間ほどした。

もっとしてもよかったが、昨日は一睡もしていないので早めに眠ることに。

部屋へ戻り、布団を敷いて中へ入り、目を閉じる。

案外疲れていたらしく、すぐに眠気に誘われて意識を手放した。

 

 

 

 

……はずだが。

 

「やっほ~天」

「……俺の魂の自由を頂戴。俺寝たいんだけど」

 

例の魂幼女に無理矢理魂だけ剣に連れてこられた。

 

「そんなこと言わないでよ。言いたいことがあるのよ」

「できるだけ手短にな」

「私の力、いつ使うの?」

「……そっちとしてはいつがいいの?」

「できるだけ早いほうがいいわね」

「わかった。明日にでも使わせてもらえるよう妖夢に言ってみるよ」

「あ、使う時は、霊力と同じように意識をしてね。刀に伝わってきたらその通りに使うから」

「……なあ、俺からも一つ聞いていいか?」

「できるだけ手短にな、よ」

「……何で俺に能力を使わせる? 問答無用で能力使って俺を殺せばいいじゃないか」

「それだと意味がないの。私は『器』が欲しいのよ」

 

俺がわからない点。それは、この魂幼女のメリットだ。

『器』が何かわからない以上、はっきりとは言えないのだが、ないように思える。

となると、目的は彼女ではなく()()()()()()()にあることになる。

目的である所持者自身を殺してしまっては本末転倒だ。なのにこの幼女はそれをやり続けた。

ということは、その目的の所持者に何らかの条件があって、それを満たさないといけないことになり、

その条件が例の『器』と考えるのが自然だ。では、なぜ『器』が必要か?

――それを考えると、結局のところ最初に戻ってしまうのだ。

『器』=彼女の目的・メリット。でも『器』は何かわからないから目的もメリットもわからない、ということだ。

 

「いやそうじゃなくて、俺に能力を使わせなけりゃいいじゃん。貸す意味がわからないんだよ」

 

そうなると、俺に能力を貸す意味もないように思える。

問答無用で殺すは無いにしても、能力貸し出しといて命とるとか気前いいのか悪いのかわからん。

 

「『能力使わなかったから器を示せなかった』なんて言われたら嫌だもの」

「わかった。俺言わないから能力は一週間過ぎた後に使わせてもらうよ」

「……もう生きる前提なのね。生きられるかどうかもわからないのにね」

「生きられるさ。生きられなかったら、俺は『その程度』ってこった。悪いのは俺だ」

「……意外だね。自分が悪い、なんて言った人今までで一人もいなかったよ?」

「そいつらがまともじゃないだけだ。本来の責任は当人にある。能力使える刀がノーリスクで使えるなんて話があるか。だから俺はこの一週間を否定してないだろ」

 

この言葉は本心だ。俺は一週間を嫌だなんて言ってないし、思ってもない。

相応のリスクだと考えればいい。ま、死んでも幽々子がなんとかしてくれるって保険があるけど、

それを抜きにしても俺の考えは変わらないはずだ。

 

「……なるほど、ね」

「じゃ、俺はそろそろ寝るわ。……いや、今のうちに能力使って慣れたほうが良いのか?」

「はいはい、お好きにどうぞ。目を閉じてね。……うん、じゃ、おやすみ~」

「ああ、おやすみ」

 

俺は幼女の適当な笑いに同じく笑いを返して白の場所を去った。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

白に囲まれた場所で私は一人暇を持て余していた。

さっき私が呼んだ人物の顔を思い出す。

 

「自分が悪い、その程度、か……意外にかっこよかったなぁ」

 

その潔さに私は素直に感心していた。

一週間後に有罪で死刑か無罪かの判決を言い渡されるのと同じだ。

普通そんな言葉は出ない。

 

「案外、あの子がいいのかもね……」

 

その言葉はこの白の空間ではなく、私の心に響いた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「……くん、…らくん、天君、起きてください、朝ですよ!」

「うぁあ、眠い……」

「もう起きてください、朝です、あ~さ~で~す~よ~」

 

誰かの声を目覚ましに起きる。

 

「やっと起きましたか。結構朝に弱いんですね、天君は」

 

重い瞼をなんとか開かせる。

眩しいながらも起こしてくれた相手を視認する。

 

「あぁ、妖夢か……ありがと……」

「朝ごはんですよ、行きましょう」

「ごめん、手伝うよ」

 

俺は少し頼りなくよろよろと立ち上がる。

すると妖夢が言う。

 

「いえ、もう私が作っておきました。もう食べる時間なので起こしに来たんです」

 

うわ……やらかしたな。

二日目そうそうにこれとは。妖夢に謝らなければ。

 

「ご、ごめん! 来てすぐなのに――」

「いえ、いいんですよ。徐々に慣れていけばいいですよ。今回は天君の寝顔で許してあげますよ」

 

寝顔か……女の子に見られるのは恥ずかしい。

なんというか、子供っぽい所を見られてる感じがする。

 

「さ、行きましょう。幽々子様も霊夢も待ってますよ!」

「あれ、霊夢もいるの?」

「ええ。なんでも、天君が一週間過ごすまで泊まることになってます。幽々子様の提案で」

「了解、すまないな遅くなって。準備してから行くよ」

「わかりました。食事の準備は今からなので、急がなくてもいいですよ」

「ありがと」

 

洗面所へ行って歯を磨き、顔を洗ってから幽々子の部屋へ。

ちなみに部屋割りや場所は昨日の内に覚えた。広いが、なんてことはない。

障子を開ける。

 

「あら、『お寝坊さん』がきたわね♪」

「ホントよ、天。何してんのよ……」

「は、はは……」

 

霊夢と幽々子が迎える。

絶対こうなると思ってたんだよ……

はぁ、こうなるから恥ずかしいんだ。特に幽々子とか楽しそうにしてるし。

 

「私も見たかったな~。妖夢が私に、『天君の寝顔がかわいかったです~』なんて言ってきたのよ?」

「ちょ、ちょっと幽々子様! な、何言ってるんですか!」

 

おお、妖夢が来た。障子の前にいて、聞こえたのだろう。

てか、もう俺の寝坊についてはあまり触れないで欲しい……

 

 

俺たちは食事を終え、昨日のように修行に入る。

と、その前に……

 

「なぁ、妖夢。昨日剣の魂に言われちゃったんだよ。能力使ってくれってさ」

「ええ、いいですよ。私もちょっと見てみたいですし」

「ありがと。一応距離は取っておいてくれ」

 

俺は妖夢が十分に距離を取ったことを確認する。

最初は……じゃあまずは……火からいこう。

俺は自分の目の前に炎柱が立つのを意識する。

 

その瞬間、俺の目の前に燃え盛る炎が上がった。

おお……!やっぱカッケェ……!

んじゃ、次は水かな……

俺は水で龍を模らせた、いわゆる『水龍』を意識する。

 

その瞬間、今にも咆哮を轟かせんする迫力ある水の龍が現れた。

俺は、龍は火よりも水の方がしっくりくるんだよね。

まあ、それは置いといて……最後に雷かな?

俺は先程よりも少し離れた場所に刹那で落とされる雷を意識する。

 

その瞬間、雲も雨もない中、ただただ雷鳴と共に雷が落ちる。

雷は纏えたらかなり強そうに思えるよね。今度やってみよ。

 

……強すぎだろ。使用者これ使いこなせたのか?

何か好き放題やらかす姿しか思い浮かばないんだが。てか、ここまできたら『天才』じゃなくて『天災』だな。

危なすぎだろ。そりゃ暴発したら死ぬわな。

 

「す、すごいですね天君!」

 

妖夢が目を輝かせながら迫ってくる。

ちょ、顔近いよ。女の子に迫られるのは嫌じゃないですむしろ嬉しい――じゃなくて。

 

「あ、ああ、ありがと。けど、まだまだわからないことがあるけどな」

 

実際今考えてる中だけでも、纏えるかどうか、別物質――具体的には水を氷に変換できるか等が挙げられる。

今度呼ばれた時聞いてみるか。俺から会いにとか行けんのかな? 今日の夜やってみるか。

 

「じゃあ、能力と一緒に刀も練習しましょう。……そういえば、天君はどうやって神憑を運んで、抜刀するんですか?」

「あ~……そう、だな……」

 

俺は抜刀は横にしてしかできない。腰に帯刀するにも、背中に背負うにしても、一回外さないといけない。

どうしたものか。

 

「じゃあ、背中に背負うのはどうですか?」

「いや、それだと抜けないんだよ」

「それ、柄はどっちの肩を向いてましたか?」

「えっと……右、だな」

「天君は右利きですよね?」

「ああ、そうだが……」

「それじゃあ抜けないですよ。柄を左肩に向けて、腰を捻りながら抜刀させてみたらどうですか?」

 

俺は妖夢に言われたように左肩から右肩に背負う。

結構アニメとか漫画とかは右から左が多いが、あれどうなんだろうか。

 

「それで、抜き方ですが、鍔元を左手で持って鯉口を切って引き抜くんです」

 

鍔元とか鯉口とか言われてもわからんのだが。

 

「あー……ごめん妖夢、わからない」

「ですよね、言うと思いました。私がやってみますから、見ててください」

 

妖夢が楼観剣を左肩から右肩に背負い、抜刀する。

かなり洗練されたその動きに、純粋に目を奪われる。

 

「……そらさ~ん、そ~らく~ん、見てましたか~」

 

気づいたら妖夢がジト目で俺の目の前で手を左右に振っていた。

ジト目もなかなか……じゃなくて、

 

「あ、あ~ごめん、もいっかいお願い」

「はぁ、わかりました。次はちゃんと見ててくださいね」

 

これ以上注意されるわけにもいかないので、覚えに入る。

なんだかんだ言ってもう一度やってくれる妖夢の優しさに感謝、感謝。

妖夢は、先程と同様の抜刀をした。

流石にこんなに流れるようにはいかないが、なんとか抜刀くらいはできるだろう。

 

「じゃあ、やってみてください」

 

妖夢に促されるがまま、俺は妖夢の刀の抜き方のみを参考にする。

楼観剣と神憑は長さが結構違うので、完全に真似しようとすると、多分抜けないだろう。

柄を左に持ってきて、鍔元と思われる所を左手で持って、腰を捻りながら、抜く――!

すると、横にして抜いていたよりも遥かに楽に、スムーズに抜けるようになった。

でも、やっぱり達人ほど上手くいかない。少しマシな程度。

 

「まだ動きがぎこちないですが、これから練習していけばいいですよ」

「どのくらいかかる?」

「天君の能力も考えると……最短で二、三ヶ月くらいですかね……?」

 

流石に一週間は無理か……

生きてたら練習できるな。まあそれができるかはわからんが。

 

「天君、今『一週間じゃ無理か』、とか考えましたよね……?」

 

妖夢が少し怒ったような表情を貼り付けて言う。

てか、なんでわかったの?

 

「はぁ……顔に出てるんですよ、顔に」

 

今度は呆れた表情で言う。

俺そんなに顔に出やすいわけじゃないんだがな……?

 

「顔全体じゃなく、目ですよ、目」

「目? 目なんて変わらないだろ。どうやって見抜くんだよ」

「……少し、悲しそうになるんですよ。私はその目を見るたびに胸が痛くなるんです。その目はあまりしないでくださいね。一週間じゃなく、もっと先のことを見てください。天君なら生きられますから」

 

そう言う妖夢の顔も少し悲しそうな表情に見えるのは俺だけだろうか。

でも、まあ。なんというか……

 

「ありがとう、妖夢。妖夢もそんな悲しそうな顔すんなよ」

「……誰のせいだと思ってるんですか」

「お、それそれ。その笑顔、いいね。……一週間後、笑ってられると、いいな」

「……まだ少し足りてませんね。笑おうとするのが模範的です」

「――そうだな。笑おうか、一週間後を」

「そうですね……約束ですよ?」

「……ああ」

 

俺達は、この日の修行を終えた後、少し笑顔を相手に見せる回数が増えた気がする。

 

 

 

そして、時はどんどんと加速していった。

二日目が終わり、三日目、四日目……と時は過ぎていき、今は最終日、七日目の朝。台所で妖夢と朝食を作っている

毎日同じように、料理して、修行して、寝てを繰り返した。だけれども、退屈だとか、飽きたとかは微塵も思わなかった。

妖夢には本当に感謝している。一週間ずっと俺に身を入れて刀を教えてくれた。

けれども、一週間で上手くなるほど甘くない。一日目と同様、他の日も夜の課外の努力は欠かしていない。

でも、一週間なのだ。いくら努力の能力持ちでも限界がある。

実践の練習を一切していないことにもあるだろうが、その腕にも届いていない。

だが、霊力、飛行は少し上手くなった。霊力は、霊夢曰く『私の三分の一くらい』だそうだ。

……いや、どんだけ霊夢は霊力多いんだよ。だが、強化後の霊力が少ないというわけでもないらしい。

結構強いスペカだけならギリギリ二回使えるらしい。その後霊力切れで倒れるらしいが。

飛ぶことに関しては、飛行なら上に10mほど飛べるように、滞空なら10分間保つようになった。

 

まあ、今日が笑えるか笑えないかは『器』にかかっているんだけど。

結局『器』に関しては何もわからなかった。情報が少なすぎるのだ。判断のしようがない。

昨日、夜寝たときにあの魂幼女と会ったが、結果は13時に魂を刀に連れて知らせるとのこと。

 

寝坊したのは二日目だけで済み、三日目からはちゃんと朝食も一緒に作れた。

この期間で距離を一番詰められたのは妖夢だと俺は思う。妖夢がどう思っているかは知らないが。

修行の時間がやっぱ大きい。それに、こういう料理の時間もなにかと一緒にいた。

 

そんなことを考えていると、包丁で指を切った。

 

「あいたっ! ……あ~」

 

痛い。結構痛い。包丁は案外サクッといくよね。

おお、恐い恐い。

 

「……絆創膏持ってきますね」

「ああ、ありがとう。お願いするよ」

 

妖夢は料理を中断し、絆創膏を取りにいってくれる。

考え事してて指切っちゃいました、なんてアホすぎる。仮にも刃物持ってんだから気をつけろよ俺……

俺がそう思って自分に呆れていると、妖夢が戻ってきた。

 

「……貼りますよ、絆創膏」

「ありがとう。助かるよ」

 

絆創膏って片手だと結構ズレるときあるよね。

やっぱり人にしてもらうのが一番だな。ズレる心配がない。

そんな考えを巡らせていると、絆創膏を貼っている途中、妖夢に視線はそのままで言われる。

 

「……やっぱり、不安ですよね」

「……何が?」

 

俺はとぼける。意味がわからないわけじゃない。

 

「……終わりましたよ。――もう、大丈夫です」

 

妖夢はそう言って料理に戻る。

 

 

今の妖夢の『大丈夫』には、どんな思いが、いくつの意味があっただろうか。

 

 

朝食を済ませて、12時まで修行をする。

いつも通りのはずだったが、少し、体が重い感じがする。いや、体だけじゃないのだろうか、重いのは。

妖夢も俺と同じく、いつもの様に身が入っていなかった。元気がなかった。

辛そうな顔と目を見て、胸が痛くなり、俺は気付いた。

ああ、妖夢はこんな思いをしていたんだ、と。

 

幽々子、霊夢、妖夢、俺が同じ場所に集まる。

もうすぐ、13時。

 

「ねえ、天……」

「どうした、霊夢?」

「私があんだけ教えたんだから、絶対今日死なないでね」

「……ああ」

「私は、天を信じているわ。まだ私達と暮らさなきゃいけないんだから、死ぬなんて許されないわよ」

「……わかってるよ、幽々子」

 

そこまで言って、空間にスキマができる。

ああ、これは、このスキマは……

 

「こんにちは、天。……事情はわかってるわ。ずっと聞いていたもの。」

「そうか。久しいな、紫。一週間ぶりくらいか。あん時はありが――」

「ああ、いいのよ。私がしたくてやったんだし。それに、どうしてもお礼が言いたいっていうなら生きることが決定した後に聞かせてもらうわ」

「……そうさせてもらうよ、紫」

「約束、覚えてますか?」

「……一週間後を笑う、だったか」

「約束、破らないでくださいね?」

「……そんなつもりは毛頭ないよ」

 

……13時になる。

 

「じゃ、行ってくるよ」

 

そう言った瞬間、意識が途切れた。

 

 

もう見慣れてきたこの空白の空間と目の前の幼女。

今日は今までとは訳が違う、そう思うだけで目の前の景色が見慣れなくなる。

 

「こんにちは、天。来てくれたね」

「そっちが呼んだんだろ。別に行かない理由もないしな」

「んじゃ、手短に言うよ。良いか駄目かでね」

 

俺は無意識に一層の緊張感を体中に走らせる。

 

「天、あなたは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――駄目だよ。『器』が足りない。」

 

 

俺は、死刑判決を下された。

 

 




ありがとうございました。
修行一日ずつ書いていたら長くなるので、最初以外は飛ばしました。
あえてのタイトルネタバレ。
ですが、まだまだ続きますからね?
ではでは!


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第14話 約束だから

どうも、狼々です!
終わりませんよ、ええ。
今回、妖夢と天君の距離が結構近づいてます。
個人的に一番見ていただきたい話です。
では、どうぞ!


――『器』が足りない。

ああ、そうか。俺は、駄目だったのか……

少し、悔しい感じもあるが、何よりも罪悪感でいっぱいだ。

皆の顔を思うと、胸が張り裂けそうだ。

 

「……ああ、そうか。じゃ、皆のもとに戻してくれ。皆のもとを離れなきゃならない。能力が暴発したら皆が巻き込まれる。それだけは嫌なんだ……頼むよ」

「ねぇ、自分が今から死ぬんだよ? どうとも思わないの?」

「どうもないって言ったら嘘になる。けど、この前も言った通り、()()()()()んだ。前言を撤回するつもりはない」

「……それだけは嫌って、自分が死ぬことじゃないの?」

「違う。さっきから言ってるだろ。結局のところ俺がその程度だったから死ぬってだけだ。それに皆を巻き込むなんてできない。……なあ、頼むよ。皆は悪くないんだ。俺の命についてはもう何も言わない。好きにしてくれていい。ただ、皆だけは……!」

「……わかったよ。最初からそのつもりだったし。……天の本心も確認できたしね」

「……本当に、ありがとう」

「…………じゃあ、目を閉じて」

 

俺は、魂幼女に心から感謝した。

よかった、皆は巻き込まれないで済む。俺の勝手な都合で皆も死なせる訳にはいかない。

そして、目を閉じる。

 

 

 

目を開く。例の四人が俺の顔を覗き込んでいた。俺は魂が抜けて横たわっていた体を起こす。

妖夢が一番早く口を開く。

 

「……どうでしたか?」

 

俺はこの先の言葉を言うのに躊躇ってしまう。

妖夢は……霊夢は、紫は、幽々子はどんな顔をするんだろうか。

胸が締め付けられる。

 

「……駄目だった。足りないってさ。もうすぐ能力が襲ってくるらしいからさ、俺はここを離れるよ。……幽々子、俺が死んだらもう何もしなくていいよ。わざわざあの時言ってくれたのに、申し訳ない。俺は閻魔様のお世話になってくるよ」

 

そうじゃないと、合わせる顔がない。どんな顔で会えば良いのかわからない。

 

「……霊夢、わざわざ色々と教えてくれたのに、ごめんな。勉強になったよ」

 

本当に勉強になった。少しでも幻想郷について知られてよかったと思っている。

 

「……紫、お礼は言えそうにないよ。言いたかったんだけどね……すまなかった」

 

お礼の言葉が謝罪の言葉に変わることにひどく自分に嫌悪感を抱いてしまう。

 

「……そして、妖夢。約束、守れなかったな。本当に悪いと思っている。……あと、色々と俺にしてくれて、()()()()()な。俺は嬉しかったよ」

 

……そろそろ離れないと。

俺は白玉楼を飛び出す。少しでも、皆の遠くに。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、彼が起き上がって言った言葉を受け入れたくなかった。

 

だめ……? なにが、だめなの?

うつわ……? たりないって、どういうこと?

 

彼の淡々とした声は殆ど私の耳に入らない。私に声が向けられて、ようやく耳に入ってくる。

 

「……そして、妖夢。約束、守れなかったな。本当に悪いと思っている。そして、色々と俺にしてくれて、ありがとうな。俺は嬉しかったよ」

 

そんなこと……いわないで……やくそく、まもってよ……!

そう叫ぼうとするが、上手く声が出せない。

彼はそう言うと、すぐさまこの場を離れていく。

その瞬間、霊夢の怒号が響き渡る。

 

「妖夢! 今すぐ天を追って! 泣いてないで、早く!」

 

え……? あれ、私、泣いて……

霊夢に言われて初めて涙を流していることを認識する。

幽々子様、紫様からも大きく言われる。

 

「妖夢、追いなさい! 天は皆に謝っていた。けど! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()わ! この意味がわからないの!?」

「行きなさい! ()()()()()()()()()()あなたが!」

 

私にだけ、ありがとうと言っていた。信頼、されていた……。

その言葉は私の体を動かすには十分だった。

 

「……行ってきます!」

 

私は全速力で彼を追った。けれども、もう彼の後ろ姿も見えない。

私がうじうじとしていた分だけ遅れてしまっている。

もっと速く、急いで……!

 

 

私は、彼を見つけた。やっと、見つけた。

息も上がってしまうほどに急いで探した。必死に探した。

彼は、冥界から地上へ下る階段の少し前にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで見つかった彼は、()()()()()()()()()()()()()

 

 

背筋が凍る。全身から血の気が引いていく。時間が遅く感じられる。音と彼以外の色が消え去る。

自分の視界から周りのものは消え、彼のみを映す。現実を、非常な現実を、私に突きつけるように。

 

「……そら、くん……?」

 

弱々しい声が周りの静寂を破る。

 

 

 

……が、その声に反応は返ってこなかった。

安定しない足取りで彼のもとに辿り着く。

 

 

「あ、れ? そら、くん? どうし、たんですか……? こんなところで……?

ふざけてないで、ほら、かぜ、ひきますよ……?」

 

彼の体を抱き上げる。変わらず彼の体は動かない。

閉ざされた瞳は一向に動く気配がない。

私の思考はようやく巡り始める。

 

 

        ……あれ?       

 

               なんで、そらくんはうごかないの?

 

   なんで、めをとじてるの?   

 

 

           おか、しいよね……?

   

 

 

 

                  あれ……?  

 

 

 

 

 

 

 

                           もしかして―― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                   しん――――   

 

 

 

 

 

 

「あ……ぁあああぁぁぁああああぁあああああ……! いやぁぁぁぁあああああああああああ!」

 

その悲鳴は、虚しく白玉楼中に響き渡った。

彼の体は私が抱きついて泣いてもなお、動かない。

どれだけ涙を流そうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 

 

 

 

 

もう来ることはないだろうと思っていた()()()()

そしてもう会わないだろうと思っていた()()()

 

「……なぁ、なんで俺を、ここに呼んだ?」

 

疑問。

 

「呼ぶ必要が、あったから」

 

回答。

 

「何のために?」

 

……わからない。最後まで。

 

()()()()()()()()()()()()

 

……はぁ~。なんてことだ。逆に死んでしまいそうに力が抜ける。

もう既にわかりきっていることを確認するために聞く。

 

「……どういうつもりだよ」

「だから、貴方は『器』を示した。前の刀所有者は、『器』が足りないって言ったら、皆は生きようと刀を捨てたり、逃げようとしたり、酷いヤツは、部下に刀を押し付けて自分だけ助かろうとしたのもいた」

「……なにが、いいたい?」

「あなたは、自分の死を受け入れようとする『器』(心の強さ)と、周りを大切に考えようとする『器』(優しさ)を示した。私はそれに応える」

「……つまり?」

「天は『器』を示した。なら、私は天の命は取らないし、取りたくない」

「……はぁぁぁぁ~」

 

俺は大きな溜め息をつく。

これ皆のもとに戻ってどんな顔すればいいんだ……

「やっぱ合格だったわ。テヘペロ♪」ってか。気持ち悪いしふざけているにも程がある。

自分の言ったことが悔やまれる。何であんなこと言っちまったんだ……恥ずかしすぎる!

……けど、まだ魂幼女に聞くべきことがある。

 

「なんで『器』が必要だったんだ?」

「私が人の中に入っても問題ない人を探してたの。私が中に入ると、私の力を刀より使用者の近くで使うわけだから必然的に力が大きくなる。私の能力を悪用しないかつ、私が入っても大丈夫な心の『器』を持ってる人が条件で、それにあったのが天なの」

「俺が悪用しないとは限らないだろ」

「毎晩ずっと隠れて自分の力を磨くような人がそんなことするとは思えない」

 

そうか、いつでも見てるって言ってたな……

俺の近くに刀がある限り俺が何してるかわかるのか。

 

「あ、それと私の名前言ってなかったね」

「そうだよ。『一週間も生きられないー』なんて言って自分だけ言ってなかっただろ」

「あはは、ごめんごめん。私の名前は(しおり)。よろしくね、天」

「こちらこそよろしく、栞。……で、俺はどうすればいい?」

「ええと、まず天を外に出すでしょ? その後、私が天の中に入るから、それなりの心の準備をしてて」

「心の準備ってな……」

「はいはい、じゃあ目を閉じて~」

 

俺は例の如く目を閉じる。

少しして聴覚が戻ってくる。やっぱり何度経験しても慣れない。

そして、自分の胸の上に何かがあることと、泣いている声が聞こえることに気がつく。

はっとなって目を開き、確認する。

 

 

そこには、思い切り俺に抱きつき、泣き声をあげている――妖夢がいた。

 

「……ぇっく……あぁあ、そら、くぅん……」

 

俺はドキッとした。妖美になった彼女の声が耳で、頭で響く。

それよりも、かなり心配させたようだな……

 

「……妖夢」

「……ぇ? あ、ああ、そら、くん……よか、ったぁ……そら、くぅん!」

 

妖夢が俺へ抱きつく力を一層強める。

心臓がドキドキしっぱなしだ。抱きしめられて、こんな声で名前を呼ばれて。

 

「……心配、かけたようだな」

「ほんと、ですよ……わたし、そらくんが、しん、じゃったと……う、うわぁぁぁん!」

 

妖夢が再び泣き始める。俺は妖夢を抱きしめ返す。

 

「大丈夫だよ。俺は死んでない。さっき、刀の魂から合格もらってきた。まだ妖夢達と一緒に暮らせそうだ」

「ええ、ええ……本当に、よかった、です。……約束、守ってくれたね」

 

敬語のない彼女の言葉と共にあったのは。

今昇っている太陽よりもはるかに明るい、今までで一番の妖夢の笑顔だった。

俺はこの笑顔を一生忘れることはないだろう。それほどまでに、輝いていた。

 

そして。頭にあの声が響く。

 

(やっほー、天。移ったよ~。これからは頭の中で会話できるからね……って、アレ、先客? ま、いいや。よろしくね~)

(ああ、改めてこれからよろしく、栞)

 

俺も頭のなかで同じようにして言葉を発する。

 

(お、初めての脳内会話にしては上手いね。それよりも……お邪魔だった?)

(いや、なにが?)

(えっと…妖夢ちゃん、だったっけ? あの子といい雰囲気だったのに、私が入って悪かったな~って。あ、ちなみに私の声は周りには聞こえないからね♪)

 

栞が明らかに悪いと思っていない、むしろ愉しそうな声色で言う。

そう言われて俺は今更ながらとても恥ずかしくなる。

けど……少しくらい、俺も甘えてもいいと思うんだよ。

 

「なぁ、妖夢。もう少し、このままでもいいか?」

「……ええ、いいですよ。――お疲れ様でした、天君」

 

――ありがとう。心の中でそう言って、妖夢を抱き続けた。

 

 

どのくらいの時間が経っただろうか。

たった数分にも、数時間にも思える。正直、妖夢といると心が落ち着く。

外では避けられていた俺にとって、こうやって接してくれる相手がいることは本当に嬉しい。

 

「ありがとう。もう大丈夫だ。行こう。……妖夢は、大丈夫か?」

「大丈夫です。さっきは取り乱してしまい、すみませんでした」

「いや、こっちだって。俺の方こそ男なのに甘えてしまって悪かったな」

「いえ、いいんですよ。お互い様です。――本当に、よかった……」

「あ、ありが、とう……」

 

そんなことを言われると言葉に詰まってしまう。

嬉しいけど、恥ずかしい。言った妖夢もかなり顔が赤くなっている。

 

(あらあら、お盛んなことで……)

 

栞が口を挟む。

 

「おい! 誰がお盛んだ!」

「え、えええええ!? お、お盛んって、え!?」

 

あ、口に出してしまった。そういえば栞の声、妖夢には聞こえないんだったんだな……

妖夢が両頬に手を当てて、紅潮した頬を隠そうとする。が、バレバレ。耳まで赤いもん。

 

(あれ? 違うの? あの子結構可愛いし性格もいいし、悪くないんじゃない?)

「いや確かに可愛いし性格いいけどさぁ!」

「ひゃわあ!? かわ……、せい、あ、あ……!」

 

ダメだ。このままでは負の連鎖が終わらないどころか加速していく。

てか、俺誘導されてる気がするんだが……

 

「妖夢! 聞いてくれ!」

「い、いや、まだそんな、会って一週間ですよ、もも、もっとお互いをですね……!」

 

話が通じない。ろくに会話もできないくらいに頭が働いていないらしい。

 

「妖夢、一旦落ち着け」

「は、はい、はい、お、落ち着いて、落ち着いて、そう、う、うん。す、すみませんでした」

「いいよ。前に魂がどうのって言ってただろ? あれ俺の中に入ったから。名前は栞っていうらしい。俺から代わってよろしくと言っておくよ」

「わかりました、よろしくお願いしますね。……それでは、そろそろ戻りましょうか」

「ああ……俺、どんな顔して会えばいいんだろ……」

「かなり恥ずかしいようなことを言ってましたね~」

 

妖夢が珍しく意地悪な笑みを浮かべる。

 

「や、やめてくれ。……俺だって、相応の覚悟はしていたんだ。もう妖夢にも、紫にも、幽々子にも、霊夢にも。全員に会わないと思ってたからな」

「あ……す、すみません……」

「……いや、良いんだよ。皆とまた会うことができて嬉しいからさ」

「……行きましょうか」

「……ああ」

 

俺と妖夢は白玉楼へ戻り始める。

玄関の前に立って、少し抵抗を感じたが、すぐに扉を開いて中に入る。

もう見慣れた幽々子の部屋への道を歩いているのに、体に妙な緊張が走る。

とうとう幽々子の部屋の障子前に着く。一度深呼吸をして、障子を開ける――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

時は少し遡って移動中。

私はココロの中で、よかった、よかったと繰り返し言っていた。

彼がいなくなってしまったら。彼が死んでしまったら。そう考えるだけで、胸が締め付けられる。

喉が閉鎖されたかのように声が出なくなる。それほどまでに、悲しく、辛い。

私と彼はまだ会って一週間。けれども、私の中で彼の存在が徐々に徐々に大きくなっていた。

 

私のココロの中。私と()()()私が向かい合っている。

そして、本心の私と普段の私の会話――自問自答が始まる。

 

――彼が死ななくてよかった。

               そう思う。心から。

 

――それは本心だよね?   

               当たり前だ。 

 

――なんでそう思うの?

               私が刀を教えると言ったから。そうである以上彼は私の弟子。死んでほしくないのは当然だ。

 

そこで自問自答を終え、普段の私がココロから消える。

いや、『自問自答』 だと語弊があるだろうか。正確には、『()()』を終えた。

私のココロの中で、本心の私が自問をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()

 

 

 

 

 

本心の私の声は、私の『ココロ』と『心』に響いた。

が、その返事は返ってくることはない。      




ありがとうございました。
なんという叙述トリック。どれくらいの人を騙せましたかね?
結構自信あるんですが、とまあ今までやったことのない表現に挑戦してみました。
如何でしたか?
今回だけでフラグが結構な量立ちました。
好きになるのはできるだけ早めに、恋人同士になるまでを長めに書きたいです。
ネタに詰まったら別なのですが。
ではでは!


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第15話 上の空

どうも、狼々です!
前回の話から、恋愛パートが始まってます。
ラブコメ要素を入れつつ、戦闘のシーンも書けたら良いな、と思ってます。
今回、霊夢視点が入ってますが、今まで一度も視点人物になってないので霊夢視点を入れました。
特に深い意味はありません。
では、どうぞ!


私と幽々子、紫は、今幽々子の部屋で彼と彼女の帰りを待っている。

 

「……ねえ、二人共、ホントに追いかけなくてよかったの?」

 

待つこと10分と少し。私が痺れを切らして口を開く。

 

「大丈夫よ。妖夢がいるなら私達はいらないわ。そうよね、紫?」

「そうね。私達の中で一番適任だったのが妖夢。それくらい霊夢もわかってるでしょ?」

「いや、確かにそうだけど……なんか遅くない?」

「どうせそこらでイチャついてんでしょ。すぐ戻ってくるわよ」

「イチャついてるってねぇ……」

 

そんな会話をしていると、静かに障子が開く。

その瞬間、私達三人は一斉に部屋の入口へ顔を向ける。……なんだかんだ言ってあなたたちも心配なんじゃない。

入り口には目尻がさらに赤くなった、もう一度泣いたであろう妖夢と、先程飛び出していった彼、天の姿があった。

 

「あ、あ~、そ、その、悪かったな……どうやら俺はまだ生きられるらしい」

 

三人は同時にホッとしていた。

 

「本当よ。どれだけ心配したと思ってるのよ。二人なんて『妖夢が行ったから』、なんて言って静かに待ってたけど、貴方達が障子開けてすぐ顔向けてたわよ」

「当たり前じゃない。私の呼んだ人間がこんなところで死ぬなんてありえないのだけれどね? 一応、心配じゃない」

「そうよ。まだ一週間だけど、天は私と妖夢の家族みたいなものよ? 心配するのは当然よ。妖夢なんて泣いちゃってるじゃない」

 

幽々子はさすがと言うべきか、自分の従者のちょっとした変化にも気づいてるようで。

 

「い、いや、泣いてませんからね!?」

「嘘つかなくてもいいわよ~? 泣くほど心配だったのよね~?」

「しょ、しょうがないじゃないですか! 天君を見つけた時、倒れて動いていなかったんですよ! もう、あのときは、しんじゃったかと……」

 

だんだんと妖夢の声に勢いがなくなって、今にも泣きそうになった。

幽々子が慌てて慰めに入る。

 

「あ、ああ、ごめんなさいね、妖夢。辛かったわよね……と、いうわけで。皆これだけ心配していたのよ、天?」

「……本当に、ごめん」

「あら、ごめんよりも言って欲しい言葉があるのだけど?」

 

紫が促す。

 

「ははっ……皆、ここまで俺のことを心配してくれて、ありがとう!」

 

彼は苦笑したあと、夜空に輝く一等星に負けないくらいの光のある笑顔を見せた。

……んじゃ、無事も確認できたことだし、そろそろ神社に帰らないと。

 

「じゃ、私はそろそろ帰るとするわ。じゃあね」

 

私は四人に見送られながら博麗神社へ帰った。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「じゃあ、私も戻るわね」

「あ、待ってくれ。戻ってこれたから今からお礼を言うよ。……あの時はありがとう、紫」

 

 

紫もスキマでどこかへ行き、部屋には俺と幽々子、妖夢のみとなっていた。

 

 

 

「にしても~、よ~くあんなに恥ずかし~いことを言って戻ってこられたわね~……」

 

 

 

幽々子が今までで一番意地悪で、愉しそうな表情を見せる。

……あ、あれ? お、おかしいな……なんか、嫌な予感しかしないぞ……?

俺のその予感は、まるで未来予知のように的中することになる。

幽々子が俺の声を真似して言う。

 

「幽々子、俺が死んだら――」

 

「うわーー! わーー! 聞こえなーーいーー! あー、あー!」

 

「あっはははは、面白い面白い! 黒歴史確定ねこれ、あはははは!」

 

幽々子がお腹を抱えて、足をばたつかせながら、目尻に涙を浮かばせるくらいに面白がっている。

一方、俺の方は面白くもなんともなく、ただただ恥ずかしいだけだ。

なんという公開処刑だろうか……さらに慈悲なしときた。

 

……あれ? 何か妖夢震えてない? 笑いこらえてない? 気のせいだよね、気のせいだと言ってくれ! 

 

「勉強になったよ、とか、お礼言えそうにないよ、だって~!」

「やめろーー! 恥ずかしすぎんだろが!」

「妖夢言ったことに至っては、色々としてくれてありがとう、だって! 聞いてるこっちが恥ずかしいな~!」

「だからやめろって言ってるだろが! 俺もそろそろ怒るぞ!」

「ゆ、幽々子様! わ、私まで恥ずかしくなってきます!」

「その言葉が一番俺に刺さってるんだよ―!」

 

……でも、こうしてバカなことやってられて、俺は嬉しい。

結局、俺もこの環境が好きなんだな、と実感させられる。

 

 

 

「あー面白かった! ……何はともあれ、無事でよかったわ、天」

 

幽々子の笑顔と共にあった目尻の涙は、さっき笑ったときのものだったのだろうか。

 

 

 

俺と妖夢は少し遅れた昼食を作るべく、台所へ向かう。

結構急がないとまずい、と思ったが、幽々子なら昼食と夕食一緒に食べても問題ないんじゃね? とも思い始めた。

結局、いつもの速さで料理を進めている。の、だが……

 

「「……」」

 

如何せん二人きりだと、その……意識してしまう節がある。それは俺にも妖夢にも言えることで。

つい、妖夢の妖美な泣き声と太陽よりも明るい笑顔が脳裏を掠める。

顔が赤くなっているだろう。自分でわかるくらいだ。

色々と考え事をしていると、もう一度指を切ってしまいそうになった。さすがに二回目は……な?

そうこうしている内に、料理は完成して、あとは運ぶだけとなった。

できるだけ、自然な感じで声をかけるんだ、俺。自然な感じで――

 

「じゃ、じゃあ妖夢、は、運びに行くか」

「え、ええ……そう、ですね」

 

俺の自然は本来の自然とは遠くかけ離れたものになっていた。

食事は大きめのお盆に料理を乗せて、何回か台所と部屋を往復して運んでいる。

のだが、二人共お盆がカタカタと小刻みに震えている。

お互いに反応が外に出すぎだろ……お互いだから自分のこと言えないけどさ!

俺と妖夢は隣り合ってお盆を揺らしながら料理を運ぶ。二回目の往復で、廊下を歩いている時。

そこで。そのタイミングで。俺の中で最悪な言葉を言う声が響いた。

 

(あ~あ、せっかく()()()()なのにねぇ~……)

「うわぁい!」

「ひゃぅあ! 天君、いきなり大声出さないでください!」

「ご、ごめん妖夢!」

 

栞によって、二人きり、という言葉の意味を再認識する。

心音が大きく響いて()まない。男はどうしてこんなにも単純なのだろうか……

 

「……どうしたんですか?」

「あ、ああ、栞がちょっとな?」

「……ふぅん、ふぅうん……そうですか~……」

 

妖夢の足が少し早足になる。いきなりの加速に俺が少し遅れる。

 

「ま、待ってくれ、……どうしたんだよ急に?」

 

追いつけないわけでもないので、妖夢の隣へ戻る。

 

「いいぇえ? ……別になんでもありませんよ」

 

加速したまま廊下を歩いていたので、いつもより速く食事を運ぶことになった。

 

 

食事中。妖夢がチラチラとこちらを見ている気がする。

自意識過剰の様な発言だが、明らかにこっちを見てる。それに最初に気付いた時、俺も妖夢の方を見たがすぐに目を逸らされた。

……これ、俺は妖夢に避けられてんのかな……?

そう自分が思ったのにも関わらず、寂しく、悲しくなる。信頼している人物に嫌われるのは嫌だ。

……嫌われて、避けられるのはもう十分だ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は無意識に彼を見ていた。

視線が吸い込まれるような感覚を不思議に思っていると、彼と目が合った。

咄嗟に私は目を逸らしてしまった。……逸らす必要なんて、ないのに。

そこで、私が泣いて彼に抱きついたことを思い出す。

 

彼の腕の中の感覚。耳元と頭の中でしきりに響く彼の声。

 

それらが鮮明に(よみがえ)り、急に恥ずかしくなる。が、不快では全く無い。

ふわふわと思考が覚束(おぼつか)なくなってくる。そうして、やがて高揚感が訪れる。

そうなると、もう思考に歯止めが効かなくなってくる。

鮮明に甦った記憶がさらに鮮明に。まるで今、目の前で起こっているかのように――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

あれからまたさらに二週間程経ったある日の昼。

 

昼食を終え、俺は妖夢の異変に気がつく。

妖夢がぼうっとしている。普段はあんな姿、見せたこともないのに。

 

「おい、どうした妖夢? ぼうっとして。妖夢らしくないな」

「へ……? あ、はい、すみません。修行に行きましょうか」

「……なあ、教えてもらってる俺が言うのも何だけどさ、今日の修行は休まないか?」

「い、いえ、ですが――」

「一ヶ月くらい見てきたけどさ、今の妖夢は見たことがない。きちんと修行をこなしてるとこから見ても、今までずっとそうだったんだろ? いつもと違う様子が見られるのは誰にでもある。けど、妖夢みたいな性格の人となると話は少し違ってくる。異常が周りの人よりも大きいってことだ。多少の異常ならいつもと違う様子は見せないさ」

「……わかり、ました」

 

俺には妖夢の顔が、気持ちが沈んでいる見えた。

……あれ? 今気付いたが、買い物は普段どうしているのだろうか。

修行を早めに切り上げるときが2、3回あったが……

 

「なぁ、買い物っていつもどうしてるんだ?」

「えっと……三日おきくらいに人里へ降りて、大量に買い物して帰って来ますね」

「了解。今はまだ空飛べないけど、飛べるようになって、妖夢が今回のようになったら代わりに行くよ。ただ、さっきも言った通り、今は空飛べないから、妖夢だけで行ってくれ。できるだけ早く飛べるようになるよ」

「……すみません。今日のところは天君の言う通り、修行を休ませていただくことにします」

「ああ、それがいい」

「……じゃあ、今から準備をして、いつもより早く買い物に行ってくることにします」

 

妖夢はそう言って屋敷の中へ消えていく。

しばらくして、妖夢が戻ってくる。

 

「……では、いってきます」

「ああ、いってらっしゃい」

 

妖夢が準備を終えて、買い物を人里へ。

今日は、飛ぶことだけ練習してようかな……

そう思っていると、頭の中で栞から話しかけられる。

 

(天、あなた空飛びたいの?)

(ああ。栞も見てたからわかると思うが、まだ全然飛べないんだよ)

(そりゃそうだよ。霊力の使い方から違うもん)

(栞って霊力使えるのか?)

(うん。今の天の三倍近くの霊力とその使い方まで知ってますがなにか?)

 

……はぁっ!? さんっ……ばい!?

 

(おい。どうなってるんだ)

(神の力を吸い取ったときに、一緒に霊力も吸ったの。まあ、神だったら神力になるんだけど、同じようなものよ。あ、それと三倍っていうのは天が今ぎりぎり使える量。ホントはもっとあるよ?)

 

……さすが神様の力だなー。

 

(なぁ、限界ギリギリ以上の霊力使ったらどうなるんだ?)

(ん~? 多分反動で内臓ぐちゃぐちゃになって生きられないんじゃない? 生きても数分。それにおまけの激痛付きだと思うよ?)

(恐すぎだろおい!)

 

恐怖しか無い。内臓ぐちゃぐちゃとか、考えるだけでも恐ろしい。

……ん? これ足とか腕とか部分が限界を超えたらどうなんだ?

 

(それって、腕とか足とか一部分だけが霊力の限界を超えたらどうなるんだ?)

(霊力を流した所が数分後には使えなくなる。下手したら霊力爆発だね)

(その霊力爆発ってのは?)

(その名の通り、霊力の爆発だよ。例えば、腕が霊力爆発を起こしたとしたら、腕とその周り一帯が霊力の爆発を起こす。勿論、腕はぐちゃぐちゃ、体は爆発に巻き込まれて全身骨折。唯一の救いが、火とかみたいに熱を持たないから、火傷しないことだね)

(おい。救いとか以前の問題だろが!)

(あ、でも神経とかもダメになるだろうから、痛みは一瞬だよ。よかったね)

(よくねぇよ! 骨折の方は神経生きてるからダメじゃねえかよ!)

 

いいことが何一つない。限界には気をつけろってか。

 

(じゃあ、飛行に話を戻すよ。天の場合、飛び方に無駄な霊力を使いすぎてるの。具体的には、使う霊力全部を100として、その内飛ぶことに必要なことに使ってる霊力は10とか15くらい。100全部を効率よく使えば、今の天の霊力でも何不自由なく飛べるよ)

 

おい……俺の今までの努力は何だったんだ……

今の話を聞く限りでは、使った霊力量の85~90%が無駄ってことになるんだが。

エネルギー変換効率が悪いとかそういうレベルじゃない。もはや正常に機能してないな。

 

(やり方は教えるよ。多分少なくて一時間、多くても二時間ちょっとぐらいしか時間はかからないよ?)

(ねぇ、何でそれを早く言ってくれないの? 一ヶ月間見てたよね?)

(しょうがないでしょ、天の中に入ったから霊力の使用内訳がわかってるの。刀の中じゃわからないよ。それとも、私は教えない方が――)

(ぜひ教えてください! よろしくお願いします!)

(ふふっ……はいはい。わかりました)

 

……あれ? 栞が入ったのは二週間程前のこと。だったら少なくとも二週間は教えてくれてないんじゃ……無駄なことを言うと教えてくれない気がするから、余計な発言は控えよう。

そうして、俺は無事一時間とちょっとで、完全な飛行を実現できたとさ。

 

……え? 完全ってどのくらいかって? 高度は地上から十分冥界に届くくらいまで。時間は三時間ほどもつだろうと思われるくらいに。

 

……はぁぁ……

ま、まぁ買い物には行けるようになったし、よかったよかった。

……はぁ……俺の努力は無駄だったのか……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は彼に言われて、今日の修行は休むことになった。

いつもと違って、今日の私はどこかがおかしい。

でも、おかしい原因がわからない。おかしいことは理解している。

なのに、どれだけ注意してもいつもの様にはいかない。

人里に買い物に来ている今でもそれは変わっていない。

むしろ、まだ白玉楼にいるときの方がマシなくらいになってしまっている。

 

「お、どうしたの? 今日は元気がないねぇ」

 

お店の店員さんから話しかけられる。

 

「えっと……あの、自分でもよくわからないんです」

「……今、どんな気持ちになってるのか、わかるかい?」

「ある人のことを考えると、なんか……もやもやして、でも、嫌とかじゃなくて……」

「その人は、男の人かい?」

「……? はい、そうですけど、どうしてわかったんですか?」

「ふふふ、何だ、そういうことか。あのね、よく聞くんだよ。多分、君は――

 

 

 

 

 

 

      ――その人に『恋』をしているんだと思うよ」

 

 

……恋、なのかな? 聞いたことはある。異性の相手を好きだと思うこと。

でも、本当に私が彼のことを好きなのかどうか、分からない。

けれど、どちらかと言われたら――

 

「わかりません、が……多分、違うと思います。私は、その人のことが好きじゃない、と、思います……あ、でも、嫌いってわけでは決して……」

「……そうかい。じゃあ、今はどうしようもないよ。けれど、いつかは自分がどうだったのかわかると思うよ。つまり、もっと時間が経てばいずれわかるってことさ。心配しなくとも大丈夫さ」

「……はい、ありがとう、ございました……」

 

時間が経てばいずれわかる、か……

そうだと、いいな……

 

そう思いながら、買い物を済ませて白玉楼へ帰る。




ありがとうございました。
まだ完全に妖夢は天のことを好きではありませんよ?
少し意識し始めたかな? くらいです。
恐らく初の恋愛だろうということで、拙い感じをできるだけ出そうとしました。
聞く所によると、神霊廊から妖夢が変化したらしいですね。
そっち方面で。
ではでは!


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第16話 私の『好き』に気付く時

どうも、狼々です!
いや~ついにこのタイトル来ましたね!
目標としては、読んでくださる皆さんが、純粋な恋愛で心が悶えるようになるくらいの
文を書くことです。早くそうなりたい……!
妖夢は純愛です。ヤンデレではありませんよ、ええ。
では、どうぞ!


買い物から帰った私は、自分の部屋で自分が彼のことをどう思っているのかを考えていた。

私は彼のことをとても大切に思っている。

その証拠に、あの時は彼に抱きついて泣き喚いたほどだ。

 

――『とても大切』。それは、どういう意味で?

 

ココロの中の本心が私に語りかける。

 

 ……弟子として。

 

――本当に?

 

 ……多分、そう。

 

――多分、ってことは、思うところもあるんじゃないの?

 

やっぱりそうなのだろうか。いずれにしても、まだ時が過ぎるのを待つべきだ。

あの店員さんも言っていた。いつかわかる、って。

 

私、どうしちゃったのかな……ねぇ、教えてよ、天君――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

食事を作るまで少しばかり時間があった俺は、幽々子に相談をしようと、彼女の部屋へ向かった。

彼女の部屋の障子を開ける。見えた幽々子の顔は、少し意外、という顔をしていた。

 

「あら、天。珍しいわね、私の部屋に来るなんて。どうしたの?」

「相談したいことが……あるんだ」

「これはまた珍しいわね。いいわよ、話してみなさい」

「……なぁ、幽々子。俺って、妖夢に何か悪いことをしてたか?」

「……急にどうしたの?」

 

幽々子が不思議だと言わんばかりの表情で尋ねる。

 

「……いや、俺は妖夢に嫌われてんのかなぁ……ってさ、思ったん――」

「それは無いわ。絶対に、確実に」

 

幽々子は俺の言葉を途中で遮り、視線でも強く訴えかけてくる。

 

「貴方、忘れたわけじゃないわよね? 妖夢はあなたの死ぬかもしれないとわかって泣いたのよ? 天はすぐ飛び出したから知らないでしょうけど、貴方が飛び出した瞬間からもう既に一度泣いてるのよ。貴方のために短時間で二回も泣いたのに? 嫌われた? はっ! 笑わせないで頂戴!」

 

幽々子の語調がだんだんと強くなってくる。

 

「断言するわ。妖夢は絶対に貴方を嫌ってない!」

「……だが……」

「だが、何だというの? そもそも何でそう思ったのよ」

「いや……妖夢に避けられてる気がするんだ。普通に話だってするし、露骨に嫌われてもいない……と思う。けど、何か……逃げられてる、っていうか、そんな感じだ」

「私にはむしろもっとかまって欲しいくらいにしか見えないわ。妖夢はいつだって天を見てるじゃない」

 

やっぱり気のせいじゃなかったのか。

 

「やっぱそうなのか。俺も薄々は感じてた。けど、目が合ったらすぐ逸らされんだよ。それだけじゃない。いつだって自分にも他人にも厳しい徹底ぶりを見せる妖夢が、呆けていたんだ。あの妖夢が。体調が悪いならまだわかるが、そんな様子もなかった」

「ふーん……ま、いいわ。妖夢に直接聞いてみるわ」

「ありがとう。そうしてもらえると助かるよ」

「いいのよ。……それより、さっきは強く言い過ぎちゃったわ。ごめんね」

 

幽々子が申し訳無さそうに言う。相談を受けてもらえただけで嬉しいのに。

 

「いや、いいんだよ。それだけ確かなことってことがわかった。……それだけ分かれば、十分ってもんだ」

「……なにか、あったの?」

 

何かあったか。NOと答えれば嘘になる。それは、外の世界での話。

今、俺は幻想郷にいる。ここには、皆いい人ばかりいる。俺を避けようともしないような。

その環境と存在は俺にとって、とても大きい。そんな所に外の世界の残酷さを話に持ち出すようなことはあまりしたくない。

 

「……いや、別に何も?」

「――ねぇ、嘘を吐く時、人は手を隠そうとするって知ってる?」

 

……嘘がバレた? いや、そんなはずはない。

俺は思わず、無意識の内に。自分の手を確認していた。

 

「どうしたの、手なんか見て? ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わよ?」

 

……一本取られたな、こりゃ。

 

「……カマかけとは、随分と悪趣味じゃないか?」

「あら、心外ね。家族同然の私に嘘吐いてまで、自分のことを隠そうとするのも、随分とそうなんじゃない? ……話してくれる?」

「……わかった」

 

 

 

俺は幽々子に外の世界での俺の扱いについてを話した。

話し始めたら、(せき)を切ったように、どんどんと心の中でしまい続けた思いが溢れ出す。

 

 

「俺は、もう嫌われるのは嫌なんだよ……辛くなって、苦しくなって、泣きたくなってくる。俺は何も悪いことはしていない。なのに、皆は俺を避けようと、拒絶しようとする。それがたまらなく悔しくて、悲しかったんだ……。どれだけだって努力してきた。手が届かない、諦めようって思っても必死で頑張ってきた。……なのに、俺は――」

 

 

 

 

そこまで話していて、俺の目から涙が零れ落ち始める。

ポツ、ポツと畳に少しづつ跡を付けながら。それは当然、止まるはずもなく。

 

「――天、ちょっとこっちにおいで」

「え……?」

「いいから、こっちに来るの。ほら、早く」

 

俺は幽々子に急かされながら、言われた通り幽々子の近くへ。

 

 

 

 

 

不意に、幽々子は俺を抱きしめた。

俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「え、えと――」

「天、辛かった、わよね……痛かった、わよね……気づいて、あげられなくて、ごめ、んね……」

 

幽々子の声は震えていて、涙声になっていた。

俺のために、幽々子も泣いてくれているのだろうか……

そう思うと、さらに俺の涙を流す量が増えた。悲しいわけじゃない。

――ただただ、嬉しかった。

 

「私と妖夢は、ずっと、天の味方、だからね……! もう、我慢しない、でね……! 私達が、いる、からね……!」 

「あ、あり、がとう……ありが、とう……俺は、嬉しいよ……!」

 

 

幽々子は、俺の涙が止まるまでずっと一緒に泣いてくれた。

自分を肯定してくれる人がいる。そう思うだけで、また涙が出そうなくらい幸福感があった。

 

 

「ご、ごめんな、幽々子。泣きついちゃって……男なのにな……」

「いえ、いいのよ。それくらい信用されてるって証だから。それに、さっきも言った通り私達は天の味方よ。性別がどうこうとかじゃないのよ。私達を、もっと頼ってくれてもいいのよ」

「……ああ、そうさせてもらうよ。本当に、ありがとう……!」

「ええ。……また辛くなったらおいでね」

「わかった」

 

俺は幽々子の部屋を出て、自分の部屋に戻った。

その時の俺は、足取りも、心も、以前よりも断然軽いものとなっていた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、少し早めに夕飯の仕込みをしようと、台所へと向かっていた。

ある部屋を通ろうとした時、話し声が聞こえた。

ここは……幽々子様の部屋?

障子が少しだけ開いている。私はそこから中を覗いた。

幽々子様と……天君が何かを話している。私は耳をすませる。

 

「……俺は辛かった。妖夢に嫌われたんじゃないかって。避けられてる感じがして。外の世界と同じように、幻想郷でも避けられてるのかと思うと、寂しくて仕方がなかった。せっかく交流を持てたのに、また嫌われるのかと思うと、嫌だったんだ……」

 

私が……天君を、嫌う? ありえない。私は絶対に彼を嫌いになんてなれないし、なりたくない。

避けていたつもりもない。……でも、そう感じた天君は悲しんでしまっている。

私が、天君を傷つけちゃったのかな……? そう思うと、胸が締め付けられる思いに(さいな)まれる。

 

話を聞いていてわかった。努力を重ねても、周りからは避けられていたということ。

それでも、一切努力はやめなかったこと。……私は聞いている内に涙が溢れてきた。

やがて、話をしていた天君も泣き始める。……相当、辛かったんだ。なのに、私は何もしてあげられなかった。

それどころか……

 

そこまで思考を巡らせて、幽々子様が自分の所へ天君を呼んだ。

 

そして、幽々子様が天君を抱きしめた。

 

 

……ぇ……?

私はまともな思考が働かなかった。さっきと同じように、けれど、本質が全く違う胸の苦しみが訪れる。

同じように、本質が根本から違う涙も出てくる。なのに、何で胸が苦しくなって、涙が出るのかが理解できなかった。

……見たくない。どれだけそう思っても、視線はそのまま。まるで視線が釘付けになったかのように。

聞こえはいいだろう。しかし、本来の意味のその言葉とは全く逆の意味を持っている気がした。

 

私はようやく正気に戻り、足を動かし始める。

――否。戻ってなどいなかった。料理をしようと台所へ行こうとしていたのに、私の足は自分の部屋へと向かっていた。

部屋につき、障子を閉める。途端に足の力が抜けて、ぺたん、と座り込む。

と同時に、さっきよりも上の胸の苦しみと涙に襲われる。

 

――そこから先のことはあまり覚えていない。ずっと天井を見て寝ていたことが微かに記憶に残っているくらい。

私が本当の意味で正気に戻ったのは、夕食を作り終えた、という報告が天君から入った時だった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、夕食を作ろうと妖夢を呼びに行こうとした天を止めてこう言った。

 

「ねぇ、今日は妖夢をそっとさせておかない? 様子がいつもと違ってたんでしょ? 悪いんだけど、今日は一人で夕食を作ってもらえない?」

「ああ、いいけど……妖夢は大丈夫か……?」

「後で私が様子を見に行くわ。夕食、お願いね?」

「了解。じゃ、行ってくるよ」

 

天は妖夢の部屋ではなく、台所の方向へ向かう。

……何故天にあんなことを言ったのか。――それは、私が途中で妖夢に気づいたから。

障子の隙間から覗いていた。幸いと言うべきか、天は障子に背を向けていて気づいていない。

私も妖夢の様子の変化にはとっくに気がついていた。でも、何が原因かは分かっていなかった。

けれど、さっき天から聞いた話から察するに、妖夢は――天に恋をしている。

仮にそうじゃなかったとしても、少なくとも妖夢の変化に天が関わっている。時期から考えてもおかしくない。

もし恋をしているのだとしたら。私の行動を見た妖夢は天に近づけない方がいい。

恐らく妖夢は初恋だろう。自分の気持ちに戸惑うばかりの初恋。

その最中に、この状況で天を近づけたら、妖夢は何を言い、行動するかわからない。

天がせっかく立ち直って、私達を頼ろうとしてくれている。それを壊すわけにはいかない。

 

……妖夢を呼び出すのは、明日にしよう。それがいい。

そう考えを固めて、私は天の夕食が来るのを待ち続けた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

案の定、夕食はあまり喉を通らなかった。

思い出されるのは、幽々子様の天君の抱擁の姿ばかり。

食べる量の少なくなった私は、二人より先に食事を終えて部屋に戻っていた。

今日は早めに寝てしまおうと布団の準備を早々に済ませて中に入る。

けれど、一向に眠れない。

 

 

十時くらいだろうか。大体布団に入って一時間ほどした時に、廊下から足音が聞こえる。

やがて、足音はペタペタという裸足のものからトントンという靴の音に変わり、玄関の開いた音がした。

誰かが、外に出た? 幽々子様はもう寝ているはず。……天君が? 何のために?

私は気になる。どうせ寝られないのだから、様子を見に行ってみよう。

私は靴に履き替えて外に出る。天君は、屋敷から少し離れたところにいた。

何をしているんだろうと思った。そして、私は驚いていた。

 

彼が、刀を振って練習していた。

 

咄嗟に私は屋敷の影に隠れる。彼に気づかれてはいけない気がした。

そして、彼の独り言にさらに驚くことになる。

 

「あ~あ。かれこれ一ヶ月近く夜に練習してるけど、中々思うように行かねぇな……最初より上手くなったけど、実践をやったことがねぇから何ともな……」

 

一ヶ月近く……? 彼が白玉楼に来て住むことになったのもそのくらい前。

じゃあ、もしかして彼は、来てずっと夜に一人で練習を……?

言い終わって、彼は練習に戻る。私は、その姿から目を離すことができなくなっていた。

ずっと悩みながらも努力を続けていたというのか。

......カッコいい、そう思った。実際、私には努力する彼の姿は輝いて見えた。

 

私はあることに気がつく。それは――自分の心臓の鼓動がとても早くなっていること。

 

ドクン、ドクンと音は大きく、速さはどんどんと加速していく。

 

息遣いも荒くなっているのがわかった。もう、『はぁ……はぁ……』と息切れを起こしたかのように。

 

胸も苦しくなってくる。思わず胸に手を当ててしまうほどに。

 

でも……不快感は全く無い。

 

思考が蕩けてくる。彼のことだけしか考えられなくなる。

 

顔が赤くなってくる。どれだけ時間が経っても、それらは全て収まらなかった。

 

 

 

いつまでそうしていただろう。彼が練習を終え、玄関に戻ってくる。

屋敷の影に隠れていた私は見つかることはなかった。

彼が玄関に入り、靴を脱いで部屋に戻っていく。

私の様子は、彼が見えなくなった今でも変わることがない。

ふと、彼が練習していた場所を見ると、彼の上着が忘れてあった。

ふふっ、と笑いをこぼして上着を回収する。

 

「えっと……届けに行った方がいい……よね?」

 

私は玄関に入り、靴を脱いで天君の部屋に向かう。

天君の部屋についた。一応、夜だし小さい声で……

 

「そ、天君~、上着忘れてますよ~……」

 

返事がない。何度か呼びかけたが、一向に返事の気配がない。もう寝てしまったのだろうか。

入った方が……いいのかな? そう考えると、急に緊張し始める。

で、でもでも、上着届けなきゃだし、入らないとだよね……?

そうやって自分の中で理由(口実)を作って彼の部屋に入る。既に明かりは消されていて、案の定、彼は布団の中で眠っていた。

私は畳んだ上着を置いて、部屋を出ようとした。……が、視線が彼を向いて離れない。

 

……布団の中に入っちゃおうか。……寝てるし、少しだけならいいよね……?

私の思考はこのあたりからおかしくなってしまっていた。

 

「し、失礼しま~す……」

 

彼と同じ布団の中に入る。

瞬間、自分を布団と彼の温かみが包む。

 

ふぁぁ……あったかい……

 

私は気がつくと、彼の背中に腕を回していた。無意識に。……本能が離れたくないと告げるように。

私自身も彼の腕の中に無理矢理入り込み、お互いが抱き合うような形になった。

心臓がさっきよりもドキドキしている。腕も震え始め、思考も再び蕩けてくる。

顔もより紅潮していることが、鏡なしでもわかる。

 

 

何より、彼と一緒に、近くにいることに、これ以上無い幸福感があった。

自分を満たしてくれるその幸福感は次第に、安心感と共に私の眠気も誘っていた。

私の意識が途切れる前、私はようやく気付く。

 

 

自分の本当の思いに。……私が、彼をどう思っているのかに。

 

 

 

 

 

 

私は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ――私は、天君のことが、好きだ。――

 

 

そう気付いた瞬間、私は彼の腕の中で意識を手放した。




ありがとうございました!
如何でしたか? まだまだ経験不足+文才の欠如によりあまり上手く書けてないかもしれません。
ここにきて悔やまれる……!
そして、この話を書いているとき、東方魂恋録のUA数が1000を突破しました!
ありがとうございます! まさか1000いくとは……!
嬉しい限りです!
今後とも、私とこの作品をよろしくお願い致します!
ではでは!


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第17話 相談

どうも、狼々です!
1日に、29日に注文した、紅魔郷、妖々夢、永夜抄が届きました!
待ち望んでましたよ。
早速プレイしたわけですよ。紅魔郷から。
すると、Windows10で起動しようとして、超高速のバグが起きました。かなり焦りました(笑)直りましたが。
結果なのですが、EASYなのにコンティニュー3回使いました! なんということでしょう!
弾幕ゲーム初めてなんですよ。これから頑張って上手くなります。
……先は長そうですが。
では、本編どうぞ!


朝になった。昨日もいつもの如く練習していた。

もう一ヶ月もこの生活リズムを続けているので、いい加減慣れてくる。

きっちり定刻通りに起きられた。

布団の中から出て、布団を畳んでしまおうとした時。

 

……ん? 何か体が動かな……固定されてるのか?

いつもはこんな感覚は全く無い。なので、俺は不気味に感じる。

原因を探ろうと、固定されてる布団をめくる。腕も大きくは動かせない。

腕の動かせる範囲で……

 

 

――妖夢がいた。妖夢が見えた。俺に腕を回している妖夢が。

 

 

俺はすぐさま布団を戻した。今俺の思考がパニック。

一旦落ち着くんだ、俺、素数を数えろ……1、2、3

――おい。1は素数じゃねえよ。残念なことに、ついに俺の思考も末期なようだ。

いや、まだ見間違いの可能性。妖夢によく似た人形が……

俺はそう思い、もう一度布団を覗く。

 

――変わらず妖夢がいる。『すう……すう……』と寝息を寝息を立てて。

 

見間違いでも人形でもない。正真正銘、本物の妖夢がここにいる。

ここは俺の部屋。布団には俺と妖夢。

俺は夜に練習して眠った。少なくともその時に妖夢はおろか、部屋には俺以外入っていない。

となると、その後だ。俺が寝ぼけて妖夢を部屋にお持ち帰りしたとかでない限り、

妖夢が自分の意思で俺の部屋の布団の中に潜り、腕を回したことになる。

 

……超恥ずかしい。今俺の心臓の速さがマッハ超えそう。

いや超えたら超えたで別の問題が……

そこまで思考を巡らせた時。俺の布団の中から。

 

 

「……んぅ……ぅぁ……」

 

 

と、妖夢の声がした。俺は動きを硬直させる。妖夢の様子を見るが、起きた様子はない。

……ああ、心臓が止まるかと思ったぞっ……!

あまり動かない方がいいか……? いや、ここは静かに抜け出して――

 

「んん……そら、くぅん……?」

 

あ。妖夢が起きた。オワタ、もうダメだ。

いや、まだ弁解の余地はあるはず。ここは俺の部屋なんだ。何も怖がることは――

 

「えへへぇ……天くん、だぁいすきだよ~……えへへ……」

 

甘々の声が耳元で出される。

妖夢に腕の回す位置を背中から首に変えて、強く抱かれた。

 

――ドクン、ドクン……!

 

――え、妖夢、今……

 

妖夢の言葉を認識する前に、抱かれたときから心拍数は跳ね上がっていた。

最初の心拍とは比べものにならない。五感の中の味覚以外の4つが彼女で満たされる

彼女の甘美な声で。甘い香りで。華奢な体で。端麗な容姿で。

ヤバイ……そろそろ、理性まで……!

 

「よ、よう……む……!」

「……へ?」

「……え?……あ」

 

さっきまでよりもはっきりとした声が聞こえた。思わず間の抜けた声が漏れる。

妖夢は寝ぼけてたのか。よかった……いや、よくない。

 

「ひ、ひゃあああ! す、すみません!」

 

そう言って彼女は俺からすぐに離れる。

……それもそれで、その、少し寂しいというか……

 

「ちょっと待って落ち着こうか!」

「あう……あ……」

 

妖夢の顔は限界まで紅潮していて、まともに声も出せていない。

 

「妖夢、ここは俺の部屋だ。妖夢は何をしに来た?」

「あ、いや、えっと……」

「……わかった。混乱してるようだし、落ち着いた時にでも話してくれ。俺は先に朝食作ってるよ」

「ひ、ひゃい!」

 

俺は妖夢の慌てた返事を聞いてすぐに部屋を出る。

妖夢に紅潮した顔を隠すようにして。

俺の心拍は今まで生きてきた中で、一番強く、速くなっていた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私はもう重症だった。

天君のことで頭がいっぱい。もっと一緒に居たいと思う。

もっと話したい。もっと顔を見ていたい。もっと触れていたい。

そう考えるけれど、いざ彼と会うと上手く言葉が出せない。

心拍数は上がり、顔は紅潮。思考も溶かされる。

話した後はどうしようもなく喜んで、次を楽しみにして、終わったことを寂しく思う。

早く修行の時間にならないかな……そうすれば、長い時間二人きりでいられるのに。

 

私はそう思いながら、彼のいる台所へ向かう。

私の中がとても満たされて、自然と笑顔が溢れてしまう。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

俺が台所へついて数分後、妖夢も追いつき、二人で作り始める。

朝食を作ることに集中しようとするけれど、無理な話だ。

かといって、さっきのことについて聞くわけにも……いや、聞かないわけにもなぁ……

 

「……な、なぁ」

「ひゃい!」

「……どうしたんだ? 今朝は俺の布団の中に入ってるし、今は俺の言葉に過剰に反応するし」

「え、えっと、ですね……その、だめ、でしたか……?」

 

そんなに上目遣いで悲しそうにされると……な?

上目遣いって小動物的な雰囲気が出て断るにもできないよね。

 

「い、いや、その……別に嫌な訳じゃなかったし……ただ、心配だったんだ。二つの意味で」

「二つ、とは?」

「一つは、妖夢に何かあったのかって意味で。一つは……身勝手なんだが、俺が嫌われたんじゃないかって意味で」

「……私、あの時言いましたよね。天君のその辛そうな目は見たくない、と。今の天君はその目をしています」

 

俺には返す言葉がなかった。

 

「私は天君のことは嫌いになんてなりません、絶対に。私から言わせてもらえば、天君がその目と表情をする方が嫌です。天君が心配になるのは私もなんです。……その顔をされると、逆に嫌いになってしまうかもしれません」

 

妖夢の言葉は俺の心に刺さって、抜けない。

じわじわと心に痛みを残していく。ゆっくりと。しかし、確実に。

 

「……そう、だよな。やっぱり妖夢は、俺のことが――」

 

 

 

「何で分からないの!?」

 

 

 

妖夢の怒号が聞こえる。こんな声は今まで聞いたことが無い。

俺は目を見開いて彼女を見る。目にははっきりと怒気を宿している。

敬語もなくなるくらいに、怒っている。

 

「私は天君を嫌いにならないって言ってるの! その顔をされると、胸が締め付けられるの! 天君が苦しいのはわかってる、でも! 私は同じくらい悲しくなる! 泣きそうになる! その顔を見せられると、私は信用されてるのか不安になる! 相談もできないほど信頼されてないかと思っちゃう!」

「……いや、そんなことは――」

「だったら!  もっと私を頼ってよ! そうじゃないと、私は……逆に天君に、きら……われた……かと……」

 

そう言って、妖夢の瞳には涙が溜まり始める。

その涙が、さらに俺の心を痛めつける。

 

「妖夢……」

「わた、しも……天君には、きらわれたく、ないの……!」

「……それこそ無いな。俺が妖夢を嫌おうにも嫌えないからな」

「私も、そうなんだよ? もっと、頼って……?」

「ああ、……そうさせてもらうからさ、もう泣かないでくれよ」

「ひっく……うん、ありがとう……ごめんね?」

「いいんだよ。元々俺が発端だしな。悪いのはどちらかというと俺だ。俺の方こそごめんな?」

「……うん、いいの」

「――ありがとう」

 

妖夢の泣き顔は、あまり見たくない。

見ていると、心が苦しめられる。喉も絞められたように痛く、苦しい。

 

 

 

朝食を終えて、妖夢との修行を始めようとした時。

 

「ねぇ、天。ちょっと私の部屋に来てもらえない?」

「ああ……修行が終わってからじゃダメか?」

「できるだけすぐに聞きたい事があるの。何とかできない?」

「……ってわけだから、ごめんな、妖夢。ちょっと行ってくるよ。すぐに戻ってくる」

「……へ? あ、はい……」

 

妖夢が見せた顔は、あからさまに沈んでいた。

――まるで、俺が近くにいないで悲しいと言うように。

さすがにそれはないよな。

 

――ない、よな……?

 

 

幽々子と共に彼女の部屋へ入る。

幽々子が話を切り出す。

 

「ねぇ、妖夢の様子はどう?」

「……何か、昨日の問題は解決した。けど……別の問題ができたな」

「何があったの?」

「今日の朝、俺が起きた時に布団の中に妖夢がいた」

 

幽々子は目を見開いて驚き、たっぷりと10秒近く硬直していた。

無理もない。俺だって驚いたんだ。俺よりも親しい幽々子の反応は当然だろう。

 

「貴方、もしかして……妖夢に、その……手を出し――」

「違ぇよ! 絶対疑われると思ったよ! ……俺は、俺の部屋で寝た。その時に俺以外の人物は確認していない」

「妖夢が自分からってこと……?」

「俺も信じられないけどな。そうとしか考えきれない」

「……他には?」

 

……ある。あるっちゃある。けど……不確定だし、何より恥ずかしい。

頑張って表情には出さないようにしていたが、幽々子は僅かな俺の表情の変化も見逃さなかったようで。

 

「……あるのね? なんなの?」

「……いや、言うのは、その……恥ずかしい、し……何より本当かどうかもわからない」

「……貴方、妖夢に何をしたの? いくら何でも、していいことと悪いことがあるでしょ? 区別だってつくわよね?」

「おい待て幽々子。どうして俺が全面的に悪いことになってんだ。まだ内容言ってないだろ」

「天が勿体ぶるからでしょ。さっさと言ってしまいなさいよ」

 

……やっぱり恥ずかしい。でも、言うしか無い、か。

 

「……妖夢が寝ぼけてて、布団の中で俺に、だ、抱きついて……その……だ、『大好き』って言ったんだよ……」

 

……ああもう! 恥ずかしいにも程があるだろ! 

……あれ? 幽々子の視線がなんか生暖かくなったような……

幽々子はフッ、と柔らかな笑みで言う。

 

「……おめでとう。もう私からは何も言うことはないわ。頑張りなさい」

「俺からは数え切れないほどあるよ! 話を終わらせようとすんじゃねぇ!」

「もう頭が逝ってしまったようだからね。私達にはもうどうすることも――」

「家族同然なんだろ!? 諦めるなよ! 頼れ、って言い出したのは誰だったよ! ああ!?」

「……そう怒らないで頂戴。嘘かどうかを確認しただけよ」

 

俺嘘吐いてるって疑われてたのかよ。

それもそれでどうかと思んだがどうだろう幽々子?

 

「……それって、本当なの? 聞き間違い……とかは?」

「ないな。耳元で言われたから間違えようがない」

「……本当かどうかわからない、っていうのは?」

「寝ぼけてたからな。真偽はわからない。それこそ、妖夢にしかな」

「……わかったわ。もう十分よ。一応妖夢に聞いてみるけど、大体の見当はついたわ。貴方は心配する必要はない。修行に戻っていいわよ。悪かったわね。あと、妖夢も呼んできて頂戴」

「……いや、見当ついたなら、俺に教えてくれても――」

「呼んできて頂戴。あまり不確定要素を教えても意味がないでしょ」

 

……圧力がすごい。聞くな、ってオーラが溢れてる。

ちょーこわい。

 

「あー……わかったよ。悪かったな、呼んでくるよ」

「ええ、ありがとう」

 

俺は外に出て妖夢のところへ戻る。

妖夢は俺に気がつくと、あからさまに表情を明るくする。

――まるで俺と一緒にいることが嬉しいと言うように。

 

「妖夢、幽々子が部屋に来なさいってさ」

「……わかり、ました。先に始めていて下さい」

「おう、わかった」

 

妖夢は再び沈んだ表情に戻り、玄関へ向かう。

――俺は、妖夢に求められてる……のか?

 

俺は、俺が少しだけそうであることに期待しているとは気付かない。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「失礼します、幽々子様」

「ええ、入って頂戴」

 

妖夢が私の部屋に入る。

……さっそく本題に入ろうか。

 

「ねぇ、妖夢。貴方、最近様子がおかしいじゃないの。何かあったのでしょう? さすがに気付かない、なんてことはないわ」

「……いえ、何も――」

「嘘。私は貴女の主人よ。さっきも言った通り、気付いていない訳が無いでしょう?」

「……本当に、何も……」

「……天のことで何かあるの?」

 

天の名前を口にした瞬間の妖夢の顔が少し固まる。一瞬だけ。

だけど、私はそれを見逃さない。

 

「なるほど。やっぱりそうなのね。」

「いえ、違いま――」

「違うってことは、他に何かあるってことになるけど、何? 私にも言えないようなことなの?」

「……そう、です。天君のことで、少し……」

「……天君が嫌いなの?」

「い、いえ! 決してそんなことは……!」

 

妖夢が必死になって否定を始める。

その必死さから、本心からそうであると推測ができる。

 

「じゃあ、何なの?」

 

私も予想はついている。多分、合ってもいるだろう。

けれど、私はあえてそれを妖夢の口から言わせる。……私に言えないようじゃ、何もできないだろうから。

 

「え、えっと……その……」

 

妖夢は答えを言うのを渋り、頬を赤らめる。……やはりそうか。

そして10秒程経って、言葉を繋ぐ。

 

「え、っと……彼――天君のことが、少し……気になってまして……」

「……それはどういう『気になってる』なの? 能力が? 才能が? それとも他だったり、心配とかの意味?」

 

少しでも濁っている答えは受け付けない。

ちゃんと、自分の口からはっきりとした言葉として言ってもらう。

私が発言して、赤くなった頬が一層赤くなる。

頬だけでなく、耳まで真っ赤だ。……あら、可愛いわね! ていうかどれだけ想ってるのよ……

 

 

 

「そ、天君のことが、その……す、好き、なんです。……一人のい、異性、として……」

 

 

 

そこまで言うと、妖夢に限界が来たようで、顔を俯かせる。

ふふ、ホント可愛いわ……虐めたくなるほどに。

 

「彼のどこが好きなの?」

「……ひたむきさと、心の強さです。彼の努力は折れません。どんなに辛いことがあっても妥協しようとしません。……彼はこの一ヶ月ずっと、夜に一人で刀の練習をしていたらしいんです。……カッコイイ、そう思ったんです」

「……それだけ、なの?」

「いえ、違います! 彼にはもっと良い所が沢山あります。優しさだったり、真っ直ぐな目だったり。数えだしたらきりがありません。……私は、彼の全てを好きになったんだと思います」

 

あらあら……これはまた正直なことで。少しぐらいはぐらかしてもいいだろうに。

そう思って、妖夢に聞いてみる。

 

「ねぇ、何でそんなにはっきりと言うの? 少しは隠すものじゃない?」

「……隠したく、ありません。彼が好きなことは、隠したくないんです。彼のことが本当に好きじゃない、みたいに思われたくないので……」

 

聞いてるこっちまで恥ずかしくなってくる。

妖夢の純情は破壊力抜群ね……一種の兵器よ、これ。

 

「まぁ、貴女が天を好きなことはわかったわ。私からはこのことを彼に言わないと約束する。……いつか、彼に好きと言えたらいいわね」

「はい!」

 

妖夢の屈託ない笑顔。

私が男だったら、これだけで惚れてしまいそうね……

 

あの男はどうなのかしらね? ねぇ、天?




ありがとうございました!
活動報告に、これからの更新ペースについて書きました。
これからに関わってくるので、お手数ですがご覧になってください。
ではでは!


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第18話 “飛ばす”斬撃

どうも、狼々です!
この話は、栞が天以外の人と会話します。
天のみの脳内会話は( )で、他の人にも伝わる脳内会話は「 」で書いてます。
わかりにくいでしょうが、よろしくお願いします。
では、本編どうぞ!


妖夢が幽々子に呼ばれている間。

俺は言われた通り、一人で修行をしていた。その最中、栞に聞きたいことがあり、質問した。

 

(なぁ、栞。霊力で刀とか自分自身とか強化できるんだよな?)

(うん、できるけど?)

(あれってどうやるんだ?)

(霊力を形を変えて纏わせるイメージを持つの。刀だったら、鋭い形に霊力を圧縮して刃に纏わせる感じ)

(自分自身はどうするんだ?)

(拳とかだったら、霊力を固める感じ。移動が早くなるとかもできなくはないけど?)

(どうすんの?)

(浮遊の時の感じを足、または足の裏だけに集中させて、一回の蹴りで速く、遠くに移動って感じかな?)

 

意外と簡単そうだな……少なくとも、移動速度アップはすぐできそうな雰囲気だが。

 

(やってみる?)

(ん、じゃ、やってみるわ)

 

霊力を自分の足へ集める。すると、初めて気付くことがあった。

 

(……あれ? 何か足の周り白くない?)

 

今まで霊力は飛行で結構使ってきてるが、これは見たことがない。

抽象的な光と、使ったタイミングからして、これが霊力の色であることは間違いないだろう。

 

(霊力は本来、色を持ってるの。色は、その霊力の特徴が大体反映されてる。この白は、結構汎用性がある方の証だよ)

(意外と珍しかったりは?)

(まあ、白は案外少ないくらいかな。で、色が出るのは、霊力の……濃度みたいなのが高いと出るのよ。天は今まで飛行にしか霊力使ってないでしょ? あれ自体使う霊力は少ないし、一箇所に集まったり、高密度で圧縮しないと色は出ない。弾幕とかは、圧縮してるから色がでてるよ。ちなみに、能力を同時に使ったらその色に霊力の色が変化する。火は赤、水は青、雷は黄にね)

 

ふ~ん、そうなのか。今思ってみれば、霊力を一箇所に集めるのはこれが最初じゃないか?

初期段階の飛行は集めるほどでもなかったしな。

 

(で、その足に霊力を維持させ続ける。そして、その霊力で自分の足の力にブーストをかけるの)

(ブースト……ねぇっ!)

 

俺は地面を思い切り蹴って走る。

 

 

……すると、驚異的な速度で走り始めた。

 

「うわああああああああ!」

 

叫ばずにはいられなかった。走るだけで恐怖が襲ってくる。

 

(何してんのさ! 早く止まってよ!)

 

栞の必死の警告が頭に入る。

足を前に出して、半ば強引に停止にかかる。

 

「いったあ! うあっ、痛すぎる……!」

 

足の痛みに思わず声を上げる。

足を心配しつつ、今走った道を振り返って見た。

すると、数秒前にいた俺の位置が、約50m先にあった。

 

「……はぁ!?」

 

またしても叫ぶ。驚きしかない。

 

(うわぁ……さすがにこれはすごいね……)

(……どのくらいすごいんだ?)

(えっと……今走ったのが3秒間くらい、走った距離が50m前後だね。この速度を維持したとすると、1km走るのに1分間。時速だと60kmだね)

 

……速すぎる。そこらの車並みだ。

それで、さらに自分の体の状態に関しても驚く。

 

(……なぁ、これどんだけ走ったら疲れるんだ?)

 

そう。疲労がない。全くと言っていいほど。

心拍数も上がった様子がないし、呼吸も整っている。汗なんて形もない。

 

(そう、だね。霊力でブーストしてるから、動かす分は普通よりも少ない疲労だよ。でも、使い続ければ、霊力の精神的な疲労が来るだろうけどね)

 

つまり、瞬間ならば、体力消費を実質ゼロで驚異的な加速が実現できる、ということ。

刀等、接近する必要のある武器を使う俺にとって、大きなアドバンテージだ。

間合いを一瞬で詰めたり、空けたりできる。戦術に組み込めば、かなり可能性を広げられる。

 

ただ……

 

(止まる時が痛いんだよなぁ……)

(それは簡単だよ。霊力を足全体に広げて、踏みとどまる力を強くするか、骨に霊力を張って無理矢理耐えるかすればいいじゃん。圧倒的に前者がおすすめだけど)

 

……なるほど、止まる時も霊力強化で、か。

 

(了解、次練習した時にでも試してみるよ)

(……ねぇ、妖夢ちゃんには霊力強化について秘密にしておかない?)

(その心は?)

(天の成長スピードから考えて、妖夢ちゃんと模擬戦をやるのはそう遠くないはずよ。……その時に、驚かせてみない?)

 

……ふむ。中々面白い提案じゃないか。妖夢の驚いた表情を見てみたい。

 

(……いいね。驚いた顔を見てみたいよ。その時のために、練習しなくちゃな)

(そうだね。……妖夢ちゃんの表情をもっと見たいのは、天が一番だろうしね?)

(何でそうなるんだよ。……まぁ、見たいっちゃ見たいけどさぁ――)

(自分のことを気付いてないの? ……まあいいわ。次は武器の霊力強化を――っと思ったけど、今日はお開きみたいだね。戻ってきたよ、妖夢ちゃん。ほら)

 

俺は栞に促され、玄関を見る。

妖夢が笑顔でこっちに向かってくる。

 

(妖夢ちゃん可愛いよね~)

(ああ、そうだな――って何言わせんだよ)

(はぁ~……)

 

栞の溜め息は少々呆れ気味だった。……まぁ、妖夢は可愛いけどさ……

笑顔とかもうたまらなく可愛い。あの無垢な笑顔には目を奪われる。庇護欲をそそられるというか……

 

 

――何考えてんだろ、俺。

 

 

 

「さ、修行に取り掛かりましょう!」

「了解!」

 

妖夢が声を大きくして言う。

 

「今日は、そうですね……栞ちゃん、聞こえてますか?」

 

妖夢が栞を呼ぶ。そういえば、妖夢が栞を呼ぶのは初めてなんじゃないか?

 

「聞こえてるよ~」

「聞こえてるってさ」

 

……これ不便じゃない? 一々俺を介して会話って結構手間取るよね。

 

 

 

「はい、私も聞こえましたよ?」

 

 

 

「……おい栞」

「……何かな、天くん?」

「後で話さなきゃいけないことがあるんだ。ちょっと付き合ってくれよ……?」

「わ、わかったよ~……それで妖夢ちゃん、何?」

「え、えっと……今日は刀に霊力を使います。天君の霊力の流れはわかりますか?」

「うん、ばっちりね」

「はい。じゃあ、天君が上手くいかない時に、霊力の使い方を一緒に教えてあげてください」

「りょうか~い」

「じゃあ、始めましょう。霊力を刀に集めてください」

 

俺は妖夢に頷き、刀を抜いて霊力を集めようとする。

すると、栞が俺のみに声を聞こえさせる。

 

(どうやら刀の霊力強化は、妖夢ちゃん直々に教わることになるみたいだね。少し残念な気もするかな。他のを教えるから、夜に頑張ろうね)

(……まぁ残念だが、妖夢に教わるなら大丈夫だろ。にしても、そんな『頑張ろう』なんて言うんだな。一回殺そうとしたのに)

(いや、それは……でも、私は天が続けてきた努力も知ってるし、応援したいの。純粋にね)

(ま、ありがとうな。頑張るわ)

 

そこまで会話をして、本格的に霊力を集める。

刀には先程見た、白色の霊力が漂い始める。

 

「天君は白ですか。基本何にでも使えるので便利ですよ。弾幕も、速度重視のものから高火力のものまで出せますよ」

「へぇ、中々使い勝手が良さそうだな……こんな感じでいいか?」

「えっと……漂わせるんじゃなくて、貼り付ける感じです。霊力そのものを鋭い刃のようにして……」

 

言われた通りにやってみる。霊力を出して維持すること自体にも精神力を使うけど、形にして維持はもっと負荷があるな……

ちょっと意識を外すと、すぐに霊力が霧散して戻りそうだ。

 

「霊力が無駄になっちゃってるよ。半分以上ね。周りの空間から霊力圧縮じゃなくて、刀に最低限流し込んで貼り付けるの」

「そうですよ、天君。頑張ってくださいね~」

 

(おお、妖夢ちゃんが応援してくれてるよ! 頑張れ、天!)

(……言われなくとも、な!)

 

貼り付けのイメージで霊力を刀に再抽出する。

 

「おお、そうですよ! すごいですね、天君!」

「あ、ああ。ありが……とう」

 

この無邪気に笑う妖夢に褒められると、なんだか照れる。

俺の成功を自分のことのように喜んでくれるみたいで。

 

「妖夢ちゃん、天が妖夢ちゃんに褒められて照れてるよ!」

「言うな! 恥ずかしい……」

「可愛いね~」

「可愛いですね~」

「はぁ~……あ、霊力が」

 

霊力が完全に霧散した。意識の片隅にも置けてなかったからな……

もう一度霊力を刀に戻す。意外と疲れるな……

妖夢はクスッと笑って言う。

 

「……もう完璧みたいですね。さすが天君です」

「おい妖夢。妖夢まで俺をからかいたいか。必要以上に褒め倒そうという魂胆が見え見えだぞ」

「あ、バレましたか? もう一度だけ見たかったんですよ」

「俺はそうじゃないがな。で、次はどうするんだ?」

「その霊力を使って、斬撃を“飛ばす”んです。霊力刃(れいりょくじん)っていうものの練習です」

 

斬撃を……飛ばす? 霊力の刃、か。

 

「ああ、なるほど。天、霊力を斬撃として飛ばすの」

「今栞ちゃんが言った通りです。これができれば、弾幕の一種としても、スペルカードとしても使えます。近接武器の刀で遠距離攻撃ができますから、覚えた方がいいんですよ」

「了解。じゃ……どこに撃てばいい?」

 

撃つ場所がない。桜の木に撃つわけにもいかないし。

 

「そう、ですね……私に撃っていいですよ。天君の慣れない霊力刃なら私でも安全に打ち消すことができると思います」

「……わかった。やってみる」

 

俺は少し躊躇しながらも、妖夢の提案を受け入れる。あまり妖夢は傷つけたくない。

だが、正直な所傷つけようとしてもできない。まだまだ力の差がありすぎる。

妖夢が少し下がり、楼観剣を構えたことを確認し、霊力強化から斬撃を飛ばす。意外と飛ばすだけなので、簡単みたいだ。

じゃあ、せめて……!

 

「いくぞ~ ……はぁッ!」

 

初弾で成功し、前に飛ぶ霊力刃。中々の速度だと思う。大きさは刀の半分ほど。

さっき走った速さの半分よりちょっと速いくらいだろうか?

妖夢の右腕の2m先に霊力刃が到達したところ辺りで、楼観剣が振り抜かれる。

しっかりとタイミングが合って楼観剣と衝突。瞬間、キィン! と甲高い音を立てて、霊力刃が相殺される。

 

「いいですよ! その調子です! もっと本気でいいですよ!」

 

十分本気のつもりだった。けれど、妖夢は思いの外軽々と相殺したので、ちょっと凹む。

……もっと強くいくか!

 

「わかった! ……はぁぁっ!」

 

スピードはさっきより速い速度で、大きさも刀の三分の二ほどにまで大きくなっている。

少しだが、尾を引いている気もする。

無意識に本気を出すのを躊躇ってたのか……? 俺では妖夢に全く敵わないとわかってるはずなのにな。

今度は妖夢の左脚に霊力刃が向かう。が、しかし。当然と言うべきか、呆気なく楼観剣に弾かれる。

 

「……はぁ、まだまだ、だな」

 

(そんなことないよ? 結構筋もいい方だね。努力すればかなり磨きはかかると思うよ? 天ならできるさ。私はそう思うよ?)

(ま、頑張ってみるよ。ありがとうな)

(ホントのことだからね。ありがとうも何も……)

(いや、嬉しかったよ。励ましの言葉が。……ありがとう)

(……いいんだよ。ほら、続きやって!)

(ああ!)

 

栞に励ましの言葉をもらって、やる気が出る。

栞は意外とこういうことに気が回る。俺が少し鬱だったり、落ち込んだ時は、ちゃんと心配してくれて、励ましてくれる。

結構ありがたいものだ。

 

「妖夢! もういいか?」

「いいですよ!」

 

俺はこの後、30発強の霊力刃を撃ったが、ことごとく妖夢に弾かれた。

全く歯が立たない、とはまさにこういうことだ。

 

 

 

そして、修行も終わり。……今日はいつもより終わりが早いな。

 

「お疲れ様でした。自分では気付いてないかもしれませんが、回数を重ねる度に成長してますよ。威力も、スピードも、大きさも。コツを掴んだみたいですね。これからも一緒に頑張りましょうね」

「……ああ。ありがとうな」

「そんなに落ち込まなくていいんですよ。初めてにしては出来過ぎな位です。今日はゆっくり休みましょう」

「そうするよ……とは言わずに」

「……? どうしたんですか?」

「今日は普段より終わりが早いよな? 買い物だろ? 俺が行ってくるよ」

「いえ、その言葉は嬉しいですが……飛べないでしょう?」

「ふっふっふ~……何を隠そう、俺はもう自由自在に飛べるようになりました!」

 

俺は自慢顔で妖夢に告げる。妖夢の表情に若干どころじゃない期待を抱いて。

妖夢の顔を見ると、口を開けて、目をパチクリと動かすばかり。

 

「え、えええぇぇぇ! え、だって昨日の今日で、え!?」

 

うむ、余は満足じゃ。期待通りのリアクションに笑みが溢れる。

……可愛い。

 

「まぁ、自分の力じゃなくて栞に教わった分なんだけどな?」

「いや、私は教えただけ。そこから頑張って、飛べるようにしたのは天。あくまでも天の力なの」

「と、栞ちゃんは言っていますね。謙遜ですね。……全く、そういう時はちゃんと胸を張っていいんですよ?」

「いや、それもおかしいだろ。あまり自分の成果は公表するものじゃないからな」

「私は今知りましたから、公表したことになりますね」

「……まあな」

 

やっぱり努力の成果は人に自慢するものじゃないな。

この幻想郷に来てわかった。

 

「天君が頑張ったから飛べたんです。よく頑張りましたね。えらいえら~い」

 

妖夢の褒めの言葉。……恥ずかしい。

 

「あ、照れてますね! 私でもわかりますよ! やっぱり可愛いですね~」

「そうだね~」

「二人して俺に羞恥を植え付けて何がしたいんだ……とにかく、俺が行けるようになったから、行ってくるよ」

「いえ、ですが……わかりました、私が一緒に行きますから!」

「い、いや一人でもいいんだ。妖夢はゆっくりと休んでてくれ」

「え、えっと……買うものわかりませんよね? 私が着いていきます!」

「……じゃあ、何かメモをくれ。それ見るよ」

「う、うう……そ、そうです! 重いです! 私はこの隣の半霊でも持てるからいいですが、人が一人だと持てません!」

「……じゃあ、悪いけど手伝ってもらうよ。ごめんな?」

「いえ、いいんですよ。 ……私が行きたいってことで!」

 

妖夢は一緒に買い物に行くことが決まって、笑顔を浮かべる。

――まるで、俺との買い物が楽しみであるかのように。

 

   ――考えすぎだ、俺。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は一旦自分の部屋に戻り、準備をしていた。

本当は今日は買い物に行く必要はない。まあ、行くに越したことはないが。

それは、昨日買い物に行ったから。今日修行を早めに切り上げたのは、買い物に誘おうとしたから。

一緒に買い物して、一緒にご飯を作り、一緒に食べて。そんな夫婦のような『理想の』関係にすがるため。

彼ともっと長い時間居たい。彼のそばで、隣で。

彼から一人で買い物に行くと言われ、少しだけ焦ったが何とかなった。

彼を前にすると、時々性格がブレてしまう。それだけ彼に接しようと必死ということだろうか。

 

準備を終えて、部屋から出て、彼のもとへ。

 

 

  もう私は、彼に随分と溺れてしまっているみたいだ。

      

              けれど、私にはそれがたまらなく幸せに感じる。




ありがとうございました!
次回は買い物からスタートです。
そろそろ紅魔館メンバー出します。
ではでは!


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第19話 気付けたなら

どうも、狼々です!
今回、少し調子が悪いです。
いつもつまらない文がさらにつまらなくなっていることだろうと思います。
ご了承ください。
では、本編どうぞ!


さて、今俺は買い物に行く準備を部屋で進めているのだが。

……恥ずかしいことに、緊張してしまっている。

思えば、妖夢と二人で外に出るのは初めてだ。期待してしまう。

いや……これってデーt――

 

(わー天が不純な妄想をしてるー。妖夢ちゃ――)

(……おい、そういえば話があるっていってたよなぁ……?)

(あ、ああ、そんなことも言ってたねぇ……)

(少し前。結構遅めの昼食の時。俺にちょっかいかけたよなぁ? 妖夢に聞こえないことをいいことになぁ……)

(え、えっと……何のことかさっぱり――)

(忘れたとは言わせないぞ。あん時俺だけに聞こえさせたよな? 『わざと』!)

(あ、いや……えっと、その……)

(俺をそんなに困らせたいか?)

(つい出来心でやっちゃった♪ 面白かったよ。反省も後悔もしていない)

(少しは反省と後悔の意思表示をしろ!)

(ほ、ほら、早く行かないと! 大好きな妖夢ちゃんが待ってるよ!)

(誰が『大好き』だ! お前まだおちょくるつもりか!)

 

会話の間に用意を終え、部屋から出る。

大好き、というワードを聞いて、今朝の光景が甦る。

景色も、音も、匂いまでも。

 

(……あれ? 急に黙り込んだね。もしかしてずぼ――)

(おい後で覚えてろ。しっかりと問い詰めて反省も後悔もさせてやる)

(……はい)

 

玄関を出ようとすると、妖夢が俺に追いつく形で再会。

妖夢も準備は終わったようで。

 

「では、行きましょうか!」

「おう!」

 

冥界から降りて、人里へ。かれこれ一ヶ月ほど地上に降りてなかったな……

落下の速度が速まる中、飛行の要領で自由落下を相殺。

無事に怪我なく地上に降りられた。

 

「こっちです。行きましょう」

「あ、ああ。わかった」

 

妖夢がいないと危なかったな……場所がわかんない。

つくづく自分が抜けていることを感じる。知らない場所に地図とかヒントなしで買い物行こうとしてたのか、俺は。

 

歩いて約5分、思いの外近くにあった人里に着いた。

買い物を始める。肉、野菜、米等を買っていく。

店員の反応を見る限り、半人半霊であることはあまり気にしていない様子。

……よかった。前、会ったばかりの頃に思う所があったからな。

 

買い物を始めて10分ほど経って。

俺たちが八百屋へ行こうとしたところ。

 

「すみません、この――」

「おお! 妖夢ちゃんじゃないかい! ……で、その隣の男の子は?」

「え、っと……」

「――あ、ああ! なるほどね! 君、名前は何ていうの?」

「え、ええっと……新藤 天です」

 

俺はいきなりの出来事すぎて自分の名前を答えることさえすぐにできなかった。

でも、突然知らない人から名前の開示を要求されたら、こうなるのは当然だと思う。

 

「天君ね! 覚えたよ。ちょっと妖夢ちゃん借りてくけど、いい?」

「え、ええ。妖夢がいいなら……」

「と、いうことだけど、妖夢ちゃんは?」

「私も、天君がいいなら……天君、悪いですが、少し待っててください」

「おう、了解。待っとくよ」

 

妖夢は店員に連れられ、店の裏へと入っていく。

……大丈夫だろうか? まぁ、妖夢の様子を見る限りは大丈夫そうだが……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は店員さんに連れられて店の裏側へ。

店員さんは、私に面白いものを見る目をして尋ねる。

 

「あの子がこの間話してた子であってる?」

「え、ええ……」

「で、好きなんだろ? あの天って子を」

「え、えっと……はい。好きだとわかったのは、つい先日ですが……」

「ふふっ、もう一緒に買い物に誘ったのかい。けっこう積極的なんだねぇ~」

「あ、いや、その――」

「いいんだよ、そのくらいの方が」

「あ、あの……天君には、一緒に買い物に行くことを嫌がられてると思いますか? 正直にお願いします」

「……そりゃ、少なくとも嫌じゃないだろうね。来てくれてるってことはそういうことさ。私にはむしろ、嬉しそうにしてると感じたね」

「ほ、本当ですか!?」

 

嬉しくてつい大声を上げてしまう。

そっか……嬉しいのか……えへへ

 

「うん、本当さ。……にしても、随分と惚れ込んじゃってるねぇ」

「……ええ。その、大好き、ですから……」

 

恥ずかしいが、嘘偽りは言いたくない。

好きの気持ちが薄れてしまいそうだから。

 

「ふふふ、見てるこっちが笑ってしまいそうだよ。このままいけば大丈夫だとは思うけどね~」

「……頑張ります」

「ああ。悪かったね、行ってきな、“大好きな”彼のところに」

「も、もう! からかわないでください!」

 

店員さんは、ふふ、と笑って私を送り出してくれる。

お店を出て、ずっと待っててくれていた優しい彼の姿が見える。

私は、つくづく彼のことを好きになってよかったと思う。

彼の魅力に気付くことができて、よかったと思う。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

(お、妖夢ちゃん戻ってきたよ?)

(戻ってきたか、意外と遅かったな)

(そんなことはないよ。5分も経ってない。天が早く戻ってきて欲しかったんじゃないの、ねぇ?)

(……そうかもな)

(……え!? 否定しないの!?)

 

はいはい。そうですね。そうかもしれないですね。

……実際のところはどうなのだろうか。俺は彼女と早く会いたいと思っているのだろうか。

――まあいい。後でゆっくりと考えよう。

 

「お待たせしました。それでは、行きましょうか」

「……ああ、わかった」

「……? どうしたんですか?」

「いや……何でもないよ」

 

そう言って、俺は先に歩きだしていた妖夢に追いつく。

 

「そうですか。もうすぐ終わりますからね」

「ああ」

 

俺の妖夢への返事にはあまり力が入っていなかった。

 

 

 

買い物も終わり、もう帰るだけとなる。

実は、半霊の白いふよふよが、どうやって買ったものを持つのか少し気になっていた。

さて、妖夢はどうするのか……?

 

そう思っていたら、買った物を半霊に引っ掛けていた。

あれって物理判定あるのか……てっきりすり抜けるのかと思ってた。

幽霊ってそんなもんだとばかり。第一、その存在自体が不確かだもんな。

 

「どうしましたか? ……ああ、半霊ですか。いつもこうやって引っ掛けて運んでるんですよ。まあ、今回は天君も持ってくれますし、重くはないんですけどね。付き合ってもらってありがとうございます」

「いいんだよ。自分で言いだしたことなんだ。むしろ、妖夢に来てくれて嬉しかったし、実際助かった。まず道わからなくて終わってたからな」

「あ、あはは……嬉しかった、ですか」

「ああ。嬉しかったとも」

 

本心だ。嬉しかった。一人じゃ寂しいしね。

 

(私がいるじゃない)

(そうでした)

(忘れてました、みたいな言い方だね)

(その通りだから何も反論しないよ?)

(……ふーん、いいよ。こっちにも考えがあるから。私の口は塞げないことを一生悔いるといいよ!)

 

あ、まずい。少しふざけすぎた。

栞はなにを言い出すかわからないから恐い。やると言ったらやってしまうのが栞だ。

 

「妖夢ちゃ~ん、あのね~天が――」

「わー! 悪かったから、俺が悪かったから!」

「天君がどうしたんですか? 気になります!」

「妖夢も乗るな! 知ってもあまり意味はないし、な!」

「それで、天君がどうなんですか?」

 

だめだ、妖夢はもう俺に聞く耳を持たない。

いや、まだ栞には弁解の余地が――

 

「天が何を言っても私は言うのをやめないよ~! さっきの報いだ~!」

 

オワタ。弁解の余地すらない。もう俺には何もすることができない。

報いって……

 

「あのね、妖夢がいないときに、天が結構寂しがってたんだよ?」

「へぇ……そうなんですか?」

「うん!」

 

……あれ? もっと精神的な意味で痛々しいものが来ると思っていたが……

 

「もっと恥ずかしいやつが来ると思ったんですが、まぁこれでも中々ですね。私、結構早かったですよね?」

「そうだね。5分と経ってなかった。なのに天は、『遅かった』、なんて言ってたの。それで私が、早く戻って来て欲しかったんじゃないの? って言ったら、『そうかもな』って……」

「……私が少し、恥ずかしいです。でも、悪い気はしませんよ?」

「そうかい。そうかそうか、よかったな~」

 

何でここでこう言ったのか、自分の気が知れない。

とにかく、早く会話を終えたかった。

 

「……あれ? 天君、拗ねてます?」

「……そうじゃない」

「お~天は拗ねても可愛いね~」

「そうですね~可愛いですよ~天君」

 

俺は何も答える気になれなかった。なんか、体も心も重くなった気分になる。

 

「……そうかよ」

「えっ……? ちょ、ちょっと天、どうしたの? 何か変だよ?」

「そ、そうですよ? いつもならこんなことは言いません。何か言い返すはずです。何かあったんですか?」

「いや、別に……それよりも、二人が俺のことをどう思っているのかを問い詰めたいな」

「ご、ごめん。私が言い過ぎたからさ――」

「――まぁいいよ。早く帰って、夕食作ろう」

「……わかり、ました」

 

その会話以降、白玉楼に着くまで誰も口を開かなかった。

体が重い。だるい。何も考えたくない。

そう思いながら、俺たちは白玉楼に着く。

玄関を開けて、中に入ったとき、自分の異変に気がつく。

いくらなんでも、体が動かなすぎる。重すぎる。思ったように体が動かない。

……今日の夕食は、悪いけど妖夢に作ってもらうか。

 

「……なぁ、妖夢」

「はい、どうしました?」

「……悪いんだけどさ、今日の夕食は妖夢一人でつく――」

 

 

 

 

 

 

そこまで言って、俺は両脚の力が抜ける。

支えを失った俺の体は、重力に従って倒れる。

バタン、と音を立てて、俺の全身に衝撃が伝わる。が、どうすることもできない。

 

「……ぇ? ちょ、ちょっと、天君……?」

 

大丈夫だ。そう言おうとするが、口も開けない。

指もピクリとも動かなくなっている。あ……意識も薄れてきた。

俺は、目を開けているのがやっとの状態になっていた。

瞼がどんどんと重くなる。目に入る光の量も少なくなる。

 

「天君! しっかりして! ―らくん! ――! ――」

「天! 大丈夫!? ―ら! ――! ――」

 

薄れ行く意識の中、俺は妖夢の必死な表情と、妖夢と栞の強い心配の声だけが目に、耳に入った。

 

 

そうして、俺は目を閉じた。意識も手放す。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天がいきなり。突然に、倒れた。

様子がおかしかったのはわかっていた。けれど、倒れるほどだとは思っていなかった。

……あれ? 天の霊力が……殆どなくなってしまっている。

私は妖夢ちゃんに呼びかける。

 

「妖夢ちゃん。天の霊力がなくなってる。霊力は私が補給するから、天を運んで?」

「あ……はい、わかりました」

 

妖夢ちゃんは、天を運び始める。

……天の様子が変だったのは、帰りの飛行を始めて少し。タイミングを考えれば、すぐにわかったはずのに。

私は、天という器の中にいる。いさせてもらっている。

本質的には違うが、私の体は彼の体のようなものだ。彼の異変くらいは気づけ、私。

 

――何で、気づけなかった。どうして、わからなかった。

 

それらの言葉だけが、私の頭の中をぐるぐると回り始める。

責任は、私にある。私が、悪い。彼に気付かなければならなかった、私の責任。

 

「妖夢ちゃん、ごめんなさい。私が、気づいていれば……」

「いえ、私も悪いんです。彼に気付かなかったのは、私も同じことなんですから……」

 

私たちの中で、彼の存在は、とても大きくなっている様だ。

妖夢ちゃんの中の彼は大きくなっていることはわかっていた。

私の中の彼は、思っているよりもずっと大きかったようだ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、何をしていた?

彼の異変に気付かないで、一人で喜んで。何が『大好き』、だ。

本当に大好きなら、彼の様子の変化くらい気づいてあげられる。

 

 

本当に自分は彼を好きなのか?

 

 

この言葉が私の中をよぎった時、私はひどく心が痛んだ。

好きになる資格さえないんじゃないのか?

そう思うと、涙が出そうになった。

 

 

天君を運んでいる途中、幽々子様と会った。

幽々子様は目を見開いて驚く。すぐに彼に駆け寄る。

 

「天! 天! しっかりして!」

「……幽々子様、少し前に話した、刀の魂の栞ちゃんによると、霊力切れらしいです」

「……そう、ごめんなさい。取り乱しちゃったわね。夕食の前に、彼の様子を診ておきましょう」

「わかりました」

 

彼を彼の部屋に運んで、幽々子様と私、栞ちゃんで彼の様子を診る。

診終わった幽々子様が口を開く。

 

「妖夢、それに……栞? 聞こえる?」

「うん、聞こえてるよ」

「……天の容態なんだけど……霊力切れだけが問題じゃないわ」

「そう、なのですか……?」

「ええ。それについては彼が起きてから話すわ。とりあえず、今はゆっくり休ませましょう」

「あ、霊力については私が補給させといたよ。あとは体力が戻るだけだよ」

「そう。ありがとうね」

 

そう言って、幽々子様は部屋を出る。

私と栞ちゃん、倒れた天君だけが部屋に残る。

 

「……じゃあ、私は夕食を作っておきます。栞ちゃん、天君のことをお願いします」

「わかったよ」

 

私はそう言って、逃げるように部屋から出て台所へ向かう。

 

私は逃げたかった。あの部屋から、栞ちゃんから、……そして天君から。

 

そして何よりも、自分が彼をああしたのは自分の所為だ、という罪悪感から。

 

 

 

私の罪悪感は、とうてい逃げられるようなものではなかった。

 

それこそ、死んで冥界まで付き纏い続けるように。

 

私のその感情は、生きている私にとっても、死んだも同然だった。




ありがとうございました!
そろそろ第2章終了です。
長くて2、3話、短かったら次話で終了になると思います。
最近、お気に入りの登録数と一日のUA数の多さに驚きを隠せません。
それこそ、目が飛び出しそうなくらいに。
皆さんありがとうございます! こんなに見ていただけるとは思ってませんでした。
ではでは!


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第20話 一緒に背負うから

どうも、狼々です!
何とか日曜投稿できました!
今回は、栞ちゃん回です。
残念ながら、妖夢が殆ど出てきません。
さらに、後半には、紫さんから幻獣についての補足の説明があります。
では、本編どうぞ!


――俺は、ユメを見ていた。“黒い”自分と対峙して、会話するユメ。

ユメの中にいる黒のそれは、殆ど表情は見えなかった。が、声が俺のそれだった。

 

“黒の”自分が言う。

 

――『俺』は、そのままでいいのか?  

 

    どういう意味だ。                     

 

――この環境さ。今までの『俺』はずっと孤独(独り)だったじゃないか。

 

    何が言いたい?

 

――周りに頼ろうとするな。信じられるのは、いつも自分だ。

 

    ……それで?

 

――『俺』は、甘くなりすぎだ。いつか足をすくわれるぞ。幻獣に勝つなんて到底無理だ。

 

    ……俺にどうしろと?

 

――周りは、信用するな。困ったら『オレ』が前に出てやる。『俺』は引っ込んでろ。

 

    大丈夫だ。皆がいる。もう俺は独りじゃない。

 

――“表面上(うわべ)は”、な。本当は今、自分がどうなのかすぐにわかる。少なくとも、幻獣と戦って。

 

    何がわかるというんだ。仲間がいないと勝てない。呼ばれたのもそれがあるからだろ?

 

――『俺』は何もわかっちゃいない。外で何も学ばなかったのか?

 

    じゃあ、何を学べた? 言ってみろよ。そんなに自信があるなら。

 

――簡単だ。『周り(他人)は信用できない』、『俺』もわかっているはずだ。『オレ』はわかっている。

 

    結局、『オレ』は何が言いたい?

 

――何度も言っているだろう。周りに頼るな。なに、心配するな。さっき言ったように、いざとなったら『オレ』が出てやる。

 

 

 

ここでユメは終わった。周りは頼るな、か……

頼り過ぎは良くないとは思う。が、幻想郷(ここ)に来て気付いた。

適度に頼ることも大切であることを。

『俺』と『オレ』の会話は終わる。

 

 

俺は重い瞼を開ける。差し込む光が眩しい。天井が見える。俺は横たわっているのか。

体を動かそうとするが、倒れた時と同じく、全く動かない。

 

(あ……天……)

(お、栞。ちょうど良かった。俺が倒れた後、どうなった?)

(え、えっと……霊力切れで倒れて、妖夢ちゃんに運ばれた。ここは天の部屋。幽々子は霊力切れだけが原因じゃないって言ってた……)

(そうか。結構霊力量には自信ついてきたんだがな……って、どうした?)

 

栞の語調にいつもの元気がない。倒れる前はいつも通りだったはずだ。

俺で遊んでたくらいだしな。

 

(その……ごめん、なさい……)

(お、おい、急にどうした? 俺は逆に心配になるぞ……?)

(私は、天の異変に気付けなかった。それが、悔しかったの……私が、気付いていれば……)

(いや、栞が悪いわけじゃないだろ。どっちかと言うと、自己管理ができてなかった俺に責任が――)

(私ね、気付いたの。天が私の中で結構大きな存在なんだ、ってことに)

(いきなりだな、おい)

(うん。さっきね、気付いたばかりなの。天は私を中に入れてくれてる。なのに、私は天に何もしてあげられてない。それどころか、助けてもらってばっかり)

 

……そうだろうか? 俺はいつ、栞を助けた?

むしろ、逆に感じる。

 

(いや、逆だろ。俺は栞に、能力とか諸々教わってたりした。助けてもらってるのは、こっちだ)

(……もう、天の中に入れてくれたことから、助けてもらってるんだよ。ずっと、独りだった。何年も、何十年も、刀の白の中にいた。そんな中、天がやってきて、私に色をくれた。それが、どれだけ嬉しかったことか……)

 

俺と、一緒。いや、栞の方が辛い。俺なんかとは期間が桁違いだ。

独りでいること、特に『独りを強いられている』人の気持ちはよく分かる。だって、自分がそうだったから。

俺はもう独りになりたくない。栞もそれは一緒。けれど、大抵この手の人は理解してもらえない。

 

そんな人が最も欲しいものを、俺は知っている。“理解者”だ。

俺は、栞の“理解者”になりたい。俺に務まるのかどうかはわからない。

けれど、少しでも共通の認識があるから。少しでも、一緒に背負ってあげたい。

 

(栞、きちんと面と向かって話がしたい。一回あそこに連れてってくれ)

(……わかった。目、閉じて)

 

前回以前と同様、目を閉じた数秒後に白へ。

中央には、一ヶ月程顔を見合わせていなかった栞。

 

「なぁ、栞。俺も一緒だったんだよ。幽々子に呼び出された時の会話、聞いてたんだろ?」

「……うん」

「俺は、孤独の重みと苦しさを知ってる。そして、俺の目の前にそれに現在進行系で悩む人がいる。だったら、俺がしたいことは一つだ」

 

もうその苦しみに自分自身も悩みたくない。そんな人も見たくない。

だったら。

 

「一緒に、背負わせてくれないか? こんなに頼りない、弱い人間だけどさ? これから一緒に頑張ろうぜ? な?」

 

その人の支えになる。それが、責務ってもんだろ?

 

「……あぁ……ああ。お願い、するよ……ありがとう……!   あ、天、ご、ごめんね……ちょっと、涙が……ぅぁ……」

 

栞がポロポロと泣き出す。それが、幽々子の前の俺の姿と重なった気がした。

……だったら、やることも一緒だろ。

 

「……なぁ、栞。ちょっとこっち来いよ? な?」

「え……? う、うん……わわっ!」

 

俺は、俺の前に来た栞を抱きしめる。

 

「辛かったよな。痛かったよな。俺は、それを知ってる。どれだけ辛くて、悲しいか、知ってる。俺は、栞の力になりたい。支えたい。時々でいいからさ、俺のことも支えてくれると嬉しいよ」

「あぁ、あっぁ……そう、するよ。こんな私でよければ……いくらでも……!」

「ありがとうな。……一緒に、支え合っていこうぜ。文字通り、一心同体なんだからさ?」

「そう、だね……! ありがとう……! ぁぁ……!」

 

栞の抱きしめる力が一層強くなる。

その入れられた力の分だけ、俺は彼女を支えてあげられるようになりたい。

頼り、頼られの関係を築き上げたい。

 

 

俺は、彼女の意思に応えるように抱く力を入れた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、ずっと独りだった。

私を、私の能力を上手く利用しようとする人は少なくはなかった。

私は、もう誰も信用できないのかと思っていた。

半ば諦めかけた時、彼がやってきた。

 

彼は、今までの出会ってきた人間とは、根本から異なっていた。

能力の悪用は頭の隅にも入れず、責任転嫁なんて欠片もなかった。

むしろ、それとは真逆だった。

 

『自分の責任だから、それに周りは巻き込めない』

 

彼は、自分の命が尽きるであろうその瞬間まで、その考えを持ち続けた。

そして、その姿を見た私は思った。

 

――この人なら。彼なら。天なら信じられる、と。

 

思えば、この時から私の中で彼が膨らんでいたのだろう。

私には、彼がどんな人間よりも輝いて見えた。憧れだったのかもしれない。

 

 

そして、突然に彼が無理をして倒れた。

私はこう思った。

 

何で言ってくれなかったんだろう、と。

 

けれど、その後に疑問が生じた。

 

 

私は彼を信用している。それもかなり。

 

 

 

 

    

 

     ――()()()()()()()()()()()

 

 

私はそこまで考えが巡って、泣きそうになった。

私が勝手に。一方的に。信頼してるだけなんじゃないか? 

彼にとって、私は相談できるほど信頼できない人なのか?

 

彼は目覚めてから、こう言ってくれた。

 

『一緒に、背負わせてくれないか?』

 

彼は私と同じだった。自分は悪くないのに、周りからは毛嫌いされる。

私と彼は、そのことの辛さと悲しさを経験し、知っている。

私と彼は、共通して“理解者”が欲しかった。

お互いがお互いを“理解者”となった今日、私の心の傷が少し癒えた気がした。

今度は、私が彼の傷を癒やす役目を担いたい。

そして、彼はこう言った。

 

『これから一緒に頑張ろうぜ?』

 

私は、彼の言葉につい涙を流してしまった。

やっと自分のことをわかってくれる人が現れてくれた。そう思うだけで、涙が(せき)を切ったように流れて止まなかった。

そんな私を見て、彼は私を抱きしめてくれた。

 

あぁ、これが人の温もり。とても、暖かい。もう感じることは無いと思ってた、人の温かさ。

随分と忘れていた、温かさ。優しく包んでくれる彼の温もり。

 

彼には、本当に感謝している。感謝してもしきれない。

だから、今度は私が彼を支えたい。頼って欲しい。

 

私は、彼の言ったこれらの言葉が、ずっとずっと欲しかったんだ……

 

私は、彼に協力できることは何だってしたい。

彼は幻獣と戦わなければならない。相当大変だろう。

だから。その時に。これまで受けた恩を精一杯返したい。

 

私はそう決意を固めた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 

俺と栞との仲が深まった。これからは、二人で頑張っていく。支え合う。

 

 

あの白一色の場所から抜けて、俺は再び天井を見つめた状態で目覚める。

 

「天!? 大丈夫だった!? どこか変なとこない!?」

 

俺が目を開けた瞬間、幽々子の張り詰めた声が聞こえた。

いつもの幽々子からは考えられない程の慌てよう。相当に心配させたようだ。

何とか会話はできるようになったみたいだ。俺は幽々子に返事をする。

 

「あ、ああ。大丈夫だ。心配かけたな……」

「本当よ、全く! ……妖夢が貴方を運んでいるのを見て、心臓が止まりかけたのよ……?」

「はは……そんなに焦らなくてもいいのに。さすがにそれは心配しすぎだ」

「天のことだから心配なんでしょ! 貴方って人は本当に……!」

「ごめんごめん……で、俺の体はどうなんだ? 霊力切れらしいじゃないか」

「……妖夢が来てから一緒に説明するわ。まずは夕食よ」

 

ああ……妖夢にちゃんと頼めてなかったよな、夕食作り。

悪いことしたな……って、あ。

 

「俺、どうやって食べんの? 腕動かないよ?」

「腕も動かないの!? 貴方本当に何したのよ……」

 

幽々子が心配半分、呆れ半分といった様子で言う。

いやはや、自分が一番知りたいですね~

 

「わからん。突然倒れて、目が覚めたら全身動かなかった」

「腕だけじゃないのね……これは、かなり……」

「ん? どうした、幽々子?」

「……妖夢にでも食べさせてもらうことね」

 

幽々子にそう言われて想像する。

妖夢の「あーん」かぁ……中々悪くない。

彼女は滅茶苦茶可愛い方だし、性格もいい。

外だとモテただろうな……っと、それは置いといて。

 

「ん、そうするよ。実際、俺何もできないし」

「もうすぐできるらしいからね。今日は天の部屋で食べましょ」

「いいのか?」

「妖夢と天が二人で食べて、私が一人って寂しいじゃない」

「ま、だな」

 

妖夢が夕食を運んでくるまでの間、幽々子と雑談をしていた。

……のだが、雑談でかなりこれから重要になることを話していた。

 

「あ、そうそう。幻獣の出現、あれ()()()()()()()()()()()()ね」

「……え?」

「大体の予測出現時間が五年後。予測だから正確にはわからないわ」

「お、おい、ってことは……!」

「ええ。極端な話、()()()()()()()()()()()()()()わ。ま、さすがにそれはありえないけどね?」

 

俺は全力で叫ぶ。彼女の名前を。

 

「ゆぅかりぃーーーー!」

「呼ばれて飛び出てぇ」

 

俺が紫を呼んだ瞬間、空間にスキマができて、紫が現れる。

瞬時に出てきたことよりも、物申したいことがある!

 

「おい紫! なんでそんなに大事な大事なことを話さなかったんだよ!」

「いやぁ……忘れちゃってた♪」

「おい紫ちょっと来い! 俺が動けないことをいいことにおちょくってんじゃねえよ!」

「いやぁ……ごめんね♪」

「お前後で覚えとけよ……!」

「いや~乱暴されるぅ~」

「できねぇよ! 俺は紫に勝てる気がしねぇよ!」

「……で、何が聞きたいの?」

 

急に雰囲気を変えて話し始める。

……紫はふざけているのか、真剣なのか、つくづくわからない。

 

「まず、幻獣出現がズレる可能性のある理由から」

「……幻獣ってのは、一度幻想郷を襲ったことがあるの。それで、今はその幻獣たちが封印されてる。かなり強い結界でね」

 

もう既に一度出ているのか。となると、抑えた人物がいるはずだが……

 

「で、それ誰がやった? そいつ連れてくればいいじゃん」

「できるならとっくにやってるわ。封印したのは……()()()()()()()。幻想郷の初代博麗の巫女。博麗の原点にして、()()()()()

 

最強、か。恐らく。……いや、確実にかなり強いだろうな。

この幻想郷にはかなり強いメンバーがいる。その当時にいなかったとしても、未だに紫が最強と言うんだ。

創造者である紫にそこまで言わせる一代目。強いことに間違いはないだろう。

勿論、その後の代になる霊夢を凌ぐくらいに。

だが、その巫女を連れてこられない。そして、後の代の霊夢がいることを考えると――

 

「もう亡くなった、のか……?」

「ええ。封印の時に文字通り全ての霊力を使って、ね。大規模かつ強力な結界を張った初代は、いくら最強といっても耐えられなかった。封印に必要な霊力を持つ人もいないし、その封印自体使える人がいないからね。勿論、霊夢だって使えない」

 

……今の幻想郷で一番霊力の扱いに長けているとここに来る前……幻想入り初日の夜に本人から聞いた。

話を聞く限り、本当だろう。となると、他の誰かが奇跡的に使える、という可能性もないに等しい。

 

「……なるほど。二度目の封印が無理だとわかった今、根絶させるしか手はない、と」

「ええ。そういうことよ」

「で、それは後で考えるとして……一度目の幻獣襲来。あれは誰がやったんだ?」

 

そう、諸悪の根源はこの初撃を加えさせた人物にある。

なので可能性として、そいつを無力化できれば幻獣自体も止められる可能性がある。

 

幻獣が幻想であることと、荒れ狂っていることは初めに紫から伝えられた。

幻想を引っ張り出す役と、幻獣を本格的に操り、動かす役がいるだろう。

最低でも一人二役だったとして、一人は黒幕が奥で隠れている。

 

「……さすがね。そこに目を付けられるのは、中々悪くないわ。名前は詳しくはわからない。姿も隠してた。けれど……全部で三人いることは確かよ」

 

三人、か……幻獣を大規模に動かせるということは、少なくとも弱くはない。

言い方から察するに、誰一人仕留められてない。

 

「わかった。そいつらが封印を解く可能性は?」

「十分にあるわ。もう初代の結界もなくなりかけてる。結界の中で幻獣が暴れ続けてたら、1、2年の誤差も十分ありえる」

「それはもう誤差っていうレベルじゃないんですがそれは」

「いえ、封印がかなり前なの。1年や2年も誤差になってしまうくらいね」

 

大体わかってきた。今ここでまとめるとするならば……

 

「なぁ紫、これって()()()()()()()()、だよな?」

「ええ。かなりね。でも、対策がないわけじゃない。それが、貴方――天よ」

「俺の実力を買いかぶり過ぎじゃないか?」

「まぁ、貴方の能力と、そこの魂ちゃんの能力の合わせが唯一の希望なの」

「私の……?」

「あら、喋ってくれたわね。こんばんは~。紫って言うの。よろしくね~」

「う、うん、よろしく……私は、栞」

「栞ちゃんね。覚えたわ」

 

二人が自己紹介をする間に考える。

努力の能力と、火、水、雷の能力の合わせ、か……

無限の可能性はありそうだが、それを持ってるのが普通の人間じゃなぁ……

 

「紫。どう考えても栞の方はともかく、俺は力不足に感じるが……」

「言ったわよね? 貴方が最適って。もう何言っても遅いわ。できるできないじゃなくて、やるのよ」

「……できるだけやってみるよ。それで、幻獣は一気に大量に来るから強いのか? それともかなり強い幻獣が少数だけどいるから強いのか? はたまた、その両方なのか?」

「両方よ。それに、結界を一部だけ集中して破って、ある一定の強さや数の幻獣を出すことも考えられるわ。だから、幻獣との戦いはまだ後のこと、なんて考えないでね?」

 

かなり手強いな……こちらの手札はたかが知れている。

二度目となると、それは黒幕の三人にも知られているはずだ。

好きなタイミングで、好きな強さの幻獣を、好きな数で出せる。ハンデがありすぎる。

 

「幻獣出現の場所の事前特定は?」

「できませ~ん。襲ってきてからじゃないとわからないわ。まぁ、幻獣の力はとてつもなく強いから、幻獣が出てきた瞬間にわかるでしょうね。霊力感知できたら、ね」

 

あ~……場所もランダムときたか。

これはもう勝てないんじゃないかと思うくらい。

……けど、呼ばれたからには頑張るだけ頑張るか。

そう考えていると、俺の部屋の障子が開いた。

 

「あ……夕食を運びに来ました。紫様、こんばんは」

「こんばんは~。私は晩御飯に参加してもいいかしら?」

「私が許可するわ。……紫にも天の容態をここで聞いてもらった方がいいでしょうから」

「……わかりました」

 

そう言って妖夢はまだ台所にあるであろう、運んでいない夕食を運びに俺の部屋を出る。

 

 

 

一瞬、妖夢と目が合ったが、すぐに逸らされた。

 




ありがとうございました!
今回はいつもより少し長めでした。
そろそろ妖夢とは一旦距離を置いてもらいます。
VS幻獣もあと10話するかしないかくらいで書くつもりです。
戦闘の文が心配で仕方がないです。
ではでは!


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第21話 信頼は

どうも、狼々です!
前回は闇の天君が出てましたね。
今回も出ますよ?
結構重要な役割を担ってもらおうと思ってます。
では、本編どうぞ!


先程、妖夢が夕食を全て運び終わり、今は皆で夕食を食べている。

俺はというと、動けないので妖夢に「あ~ん」をしてもらっていた……のだが。

 

妖夢の様子がおかしい。買い物の前まであんなに嬉しそうに、元気そうにしていたのに。

今は悲しそうな、辛い表情しか見せていない。

 

俺が妖夢を気にしている時。……食事開始から約10分後に。

 

「……それで、そろそろ天の様態について話してもいいかしら?」

 

幽々子の声がかかる。

瞬間、ビクッと妖夢の肩が跳ねる。

 

……やっぱ、俺が原因か……

 

「……お願いします、幽々子様」

「よろしく、幽々子」

「私からもお願いするよ」

 

妖夢、紫、栞の三人が答える。

 

「……天、今回貴方が倒れた原因は二つ。一つは、聞いている通り、霊力切れ。完全に無くなってはないけれどね。体が動かなくなるくらいまで霊力を消費していた」

 

幽々子が一拍置いて話を繋げる。

 

「で、もう一つは……極度の疲労。その疲れ方は普通しないってくらいに、疲労を溜め込んでる。……貴方何してたの?」

 

修行は……多分、原因じゃない。妖夢は俺に合ったペースで修行を進めてくれているから。

となると……夜のやつだな。睡眠時間の減少で少しづつ、一ヶ月間疲労が溜まり続けた、ということか。

栞に言った通り、完全に自己管理ができていない俺に責任がある。俺しか無い。

 

「あ~……多分、何でも――」

「“何でもない”、“わからない”は無しよ」

 

幽々子に出口を先に塞がれる。

どうしても話してほしいらしいな……

 

「……天、貴方の性格はわかってるつもりよ。大方、夜に修行し続けたんでしょ? 夜しか他に時間がないもの」

「……」

 

参ったな……全部お見通し、ってか。

さすがと言うかなんというか……

 

「……そうだよ。あまり知られたくなかったんだがな」

「やっぱりね。……天、努力っていうのは無理をするものじゃないの」

「……わかったよ。次回からは気を付けるよ」

「やめるって、言わないのね。……やめろとは言わないわ。けど、天の体はもう貴方だけのモノじゃないことを頭に入れて頂戴」

「わかった。心配かけたな」

「ホントよ……今日のところは休むことね」

「そうさせてもらうとするよ」

 

 

食事が終わり、幽々子は部屋へ、紫はスキマへ行き、俺と妖夢、栞だけが部屋に残っている。俺はというと、妖夢を見ていた。

依然としてあの表情を続ける妖夢を見るのも、限界があった。聞かないわけにもいかない。

 

「なぁ、妖夢。大丈夫か? 何か俺は悪いことをしたのか? そうなら謝るよ」

「い、いえ、違うんです……違うんです」

 

どうも様子が変だ。妖夢らしくない、というか……

 

「じゃあ、どうしたんだ?」

「その……私は、天君が無理をしていることに気付けませんでした」

「いや、だからあれは――」

「ですが、私はその状態の天君を買い物へ連れ出してしまいました。……本当に、すみませんでした」

「……買い物に行くと言い出したのは俺だ。妖夢は手伝ってくれたんだ、気に病むことはない」

「私は天君に頼って欲しいと言いました。それなのに……」

「いいんだって。元は俺が悪かったんだ。頼る頼らないとかじゃない」

「……天君は、優しすぎるんです。……私は時々、その優しさが羨ましく、眩しく見えます」

 

優しい。この言葉は言われたことがあまりないが、言われて嬉しいかと聞かれたら、俺はそうじゃない。

俺より善人な奴なんて世界中探せば山のようにいるんだ。

 

「私は、その優しさに甘えてしまうんです。私が頼られるようにならないといけないのに」

「そんなことはない。俺はいつだって妖夢に支えてもらってたと思うし。俺も妖夢に頼られてるなら嬉しい」

「……そういうところに、私は甘えてしまうんです。天君なら許してくれる、大丈夫って、思ってしまうんです」

「俺もかなり信頼されているようで嬉しいよ。それなら、信頼『しあえる』関係だ。よかったよ」

 

妖夢に信頼されるのは嬉しい。頼り、頼られの関係の重要性を知った今、つくづくそう思う。

思えば、俺はこの関係に飢えていたのかもしれないな……

 

「果たして、これが信頼しあえると言えるのでしょうか……私が一方的に頼ってばかりですから」

「だから、俺も助けてもらってるんだよ。妖夢が気付かなくても、俺がそう自覚している。それに、そうやって悪いと自覚できるならまだいい方だ。改善の余地がある」

「そう、なのでしょうか……」

「そうだよ」

 

俺は言葉を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

……いや、()()が前に出て俺の言葉を繋ぐ。

 

「外ではオレを足蹴にするくせに、利用しようとする時だけオレに寄ってくる奴も沢山いた。そいつらは悪い、なんてこれっぽっちも思っていないんだ。……だから、周りは信用できないんだ」

「ぇ……?」

「他人なんてあてにならない。邪魔なだけだ。邪魔するだけ邪魔した後、利用して使い捨てる。そんな奴しかいないんだ。どれだけ善人のフリをしても、必ず裏がある。ドス黒い感情を押し込めて、タイミングを見て利用して、捨てようとする」

「ぁ、あの、そら……くん?」

 

オレの後ろで俺が聞く。

俺は何度もオレに言う。

 

……やめろ、やめろ、言うんじゃない、と。

 

けれど、オレの言葉は紡がれ続ける。

 

「どんな人間も裏があるんだ。全員オレの敵なんだ。オレしか信用できない。妖夢も、周りには気を付けろよ? オレだって、いつ妖夢を裏切ったりするかわからないんだ。オレ自身もわからない。そもそも裏切るかも怪しい」

「ぇっと、あ……その――」

「けど、どれだけ信頼できても、どれだけ優しくても、結局はこれだ。『自分しか頼れない』。どんな人間でも、裏切る時は裏切る。それなりの覚悟を持たなきゃならない」

 

どれだけ抵抗しても、俺の口は一向に閉じない。

オレの言葉が次々に湧いてくる。

 

「期待をするな。周りなんて何するかわからないんだ。裏切られる。……だったら、こっちから先に裏切るんだよ。いや、裏切るってのもおかしいか。最初は信用している、みたいな言い方だもんな。訂正しよう、切り捨てるんだ。邪魔なものは一切排除する」

「天君……? ねぇ、どうしたの……?」

「……あ……?」

 

オレが突然下がり、俺が前に出る。

 

「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ、ごめん、妖夢。ははっ……」

 

乾いた笑いで誤魔化す。

 

ココロの中で、オレが俺に一方的に言う。

 

 

――俺にも言っているんだぞ?

 

 

―*―*―*―*―*―*―

 

彼の様子が突然おかしくなった。

私の見ていた天君と違う。あの眩しさが、なくなっている。

心が、考え方が違っている。

 

信用できない、裏切り、邪魔。こんな言葉は彼は今まで使ったことがない。

私は、天君に裏切られる可能性があることを提示されて、悲しくなった。

……二つの意味で。

 

一つは、純粋に自分が裏切られることに対して悲しみを覚えたから。

もう一つは――

 

 

 

 

――天君が今まで、私が思っていたよりもずっと、追い詰められていたとわかったから。

 

ずっと、辛かったんだ。そうわかって、悲しみが増える。

……だけど、私よりも、彼のほうがずっと苦しくて、悲しいんだ。

私は天君を助けたい。――私は、彼を好きでいたい。

私は、彼の笑顔が見たい。もう、あんなに苦しくて、痛い顔は見たくない。

本当に好きでいたいなら。私は、彼を全力で助けるべきだ。

好きでいる資格を持ちたいならば。そうするべきだ。

 

最後に見せた、今まで彼が見せた表情の中で、一番悲しい顔をさせないために。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は彼の部屋を出た後、近くで、彼の様子を見ていた。

どうしても、心配だった。

彼は全部一人で背負おうとする。そのくせに、他人の重みは一緒になって背負う。

彼は無理をしてしまう。

もし、彼が動けるようになって早い内に無理を始めて、問題が大きくなってしまったら。

そう考えると、自分の部屋に行くことはどうしてもできなかった。

従者である妖夢に任せたらいいと思った。けれど、自分が彼を直接見ていたかった。

それほど、心配だったから。

 

食事前からギクシャクしていた、妖夢と天がようやく話し始めた。

のだが、しばらくして、彼の口調がおかしくなった。

その口調を聞いた妖夢も、驚きを隠せていない。

私も、それを聞いていて驚き、悲しみもした。

 

気が付いたら、私は一人で泣いていた。

今までどれほどの孤独の辛さを感じていたのか。それを私は今まで勘違いしていた。

本当は、もっともっと大きかったなんて思っていなかった。

 

私は彼に何をした? 何が出来た?

――何も、一切。できていない。

 

彼が涙を流して、私に(すが)ってくれた。

 

 

――なのに。なのに、なのに、なのに!

 

 

私は、彼のことをちっとも分かっていなかった! 何もできなかった!

 

頼って? こんなんじゃ、天は頼ることなんてない。

仮に頼ってくれたとして。私にそこから何ができる?

――私は、天に頼られるくらい、頼ってもいいと判断されるくらいになりたい。

私はそう強く思った。

 

廊下に静かに落ちていた雫は、もうそれ以上落ちることはなかった。

落ちるはずの涙は、私の強い決意に塗り替えられる。

 

今の状況を冷静に考えろ、私。

天のことだけじゃない。周りのことも考えて、最善の方法は何だ?

 

そうして私は、私達にとって少し辛い最善手を見つけた。

彼のためだ。私達の寂しさに比べたら……

 

私は再び天の部屋に入る――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

俺は、どうしてしまったのだろうか。

意識が持って行かれた。俺の言うことを体が聞かなかった。

動かないからではなく、動くはずの口も意識とは別に動いてしまっていた。

ユメに出てきたオレが前に出たのか……?

何が何だかわからない。恐い。怖い。自分のはずなのに、自分じゃない、別のジブンがいる。

制御が効かない。歯止めがかからない。

 

俺はそのことに恐怖を抱えたまま、俺の部屋の障子が開いたことに気付く。

妖夢も気付いて、障子を見る。

障子を開け、部屋に入ってきたのは、幽々子だった。

……目が、赤い……? 充血か?

いや、さっきの食事ではそうじゃなかった。

……今までの状況から考えて、俺に原因がある可能性が高いなぁ……

 

「天、少し話があるの。よく聞いて。妖夢も」

「は、はい!」

「おう、了解」

「まず言う前に言うわ。私は貴方を苦しめたいから言うわけじゃない。ちゃんと理由があるから言っている、ということを心に留めて聞いて頂戴」

「……わかった。約束しよう」

 

幽々子が真剣な雰囲気を宿し始めて言う。

前置きから考えて、何か嫌なことがあるんだろうなぁ……

 

「天、貴方には……そうね……一年間くらい――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

白玉楼から出てもらうわ。その間に戻ってもこないで」

 

 

「ぇ……ゆ、幽々子、様……? っと、どういう、え?」

 

妖夢が最大限の混乱を示す。

それなりの心の準備ができていた俺は、冷静な状態で話すことが出来た。

 

「……わかった。その期間が経てば戻ってきてもいいのか?」

「ええ、勿論」

「了解。いつになったら出ていけばいい?」

「明日。多分明日になったら動けるでしょうから」

 

明日か……いくら心の準備が出来てても、身の準備ができないよな……

と、それよりも大きな問題が……

 

「ここ出ていった後はどうすればいい?」

「さあ? 自分で何とかして頂戴」

 

お、おいおい……

 

「んな投げやりな。俺に自給自足の生活をしろと?」

「さすがにそこまで言ってないわ。どっか住む場所とかは自分で探して頂戴、っていう意味よ」

「わかったよ。いざとなったら霊夢とか魔理沙の世話になるか……」

「え、えっと……天君が、え……」

「……おい、妖夢?」

「どこかに行っちゃうん、ですか……?」

「ああ。そうだけど……?」

「そ、そうな、んですか。……わかりました。修行は出ていってもやってくださいね」

 

妖夢はそう言って、すぐに俺の部屋を出た。

 

「で、幽々子。何の説明もなしに出て行け、なんて言わないよな?」

「勿論説明はするつもりよ。で、何を聞きたい?」

「ただ一つ。理由だけ聞きたい」

 

幽々子は理由があってこう言う、と事前に言っていた。

だが、俺にはその理由が見当もつかない。

 

「大きく二つよ。一つは、妖夢と天を一旦距離を置かせるため」

「その心は?」

「貴方、さっきおかしなことを妖夢に言ってたでしょ? 信用できない、だとか」

「……ああ、言ってたな」

「妖夢は多分、少し衝撃を受けてるわ。自分自身も気付かないくらい少し、ね」

「わかるのか?」

「何年あの子の主人をやってきたかわからないくらいよ。それくらいわかるわ」

 

やっぱり幽々子は何だかんだですごく卓越した観察眼と洞察力を持ってる。

本人も気付かないことを気付くなんてそうそうできるものじゃない。

 

「少し間を置いたほうがいいと判断したの。もう一つは、まぁ個人的にしてほしいことなんだけど、妖夢と互角に戦えるようになって?」

「無理だ」

 

俺は即否定の言葉を返す。

俺は、否定の言葉や諦め、言い訳は、人間の可能性を大きく狭めるものと考えている。

だが、俺は聞いた瞬間に否定した。なぜか? それは、()()()()()()()()()

最初から可能性が皆無(ゼロ)なら狭めるも何もない。

 

「そんなことはないわ。能力、栞ちゃんの力、ずば抜けた判断力と洞察力。あらゆるものを駆使したらどう?」

「多分、無理だな」

「……否定はしないのね? 貴方も、どこかで『できるかも』って思ってるんじゃないの?」

「……できるできないは置いといて、やってみたいとは思う……かな?」

「じゃ、決まりね。妖夢をあっと驚かせて見せなさい。私も驚かせてくれると嬉しいわ」

「そうできればいいがな」

「……いきなりこんなことを言って悪かったわね。理由があるにしても、出て行け、は少しきつかったわよね……」

「いいよ。ちゃんと前置きしてくれたからな。なかったら俺はどうなってたやら……」

「ホントに、ごめんね……」

「また一年後、戻ってくるよ。……あ、持ち物どうしよ。ま、紫に頼もうか。悪いけど」

「それが最善でしょうね。私から言っておくわ」

「ありがと」

「じゃ、今日のところはもう寝てしまいなさい。明日動けるように、ね?」

「ああ。おやすみ、幽々子」

「ええ、おやすみなさい」

 

そう言って幽々子は部屋を出た。

……何もすることがない、というかできない。

幽々子の言った通り、寝るか。

 

(おやすみ、栞)

(うん。おやすみ、天。……明日から頑張ろうね)

(“頑張って”じゃないあたりポイント高いな。……ああ、一緒に、な)

 

俺は目を閉じる。

思いの外疲労は取れていなかったようで、数秒して眠りに落ちた。

 

 

暗い、(くら)いユメの中の世界。

あの時と同じく、『俺』と『オレ』が対峙する。

 

    何であの時、妖夢の会話の時に前に出た?

 

――お前が一番大切にする人そうだったからな。そいつから手始めに信用を失くしてもらおうと、な。

 

    妖夢は傷ついていた。妖夢は関係ないだろ。

 

――俺が絶望するだろ。そして俺は思い出す。周りは信用したら終わりだって。信用するから、期待して、絶望するんだから。

 

    なぜオレはそんなに信用を嫌う?

 

――嫌う、は語弊があるな。見返すんだよ。今までオレを足蹴にした奴らをなぁ!

 

    そんな考えを持つオレにそんな力はない。

 

 

 

 

 

そして、俺のユメはこの言葉で終わりを迎えることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――信頼の『希望』より、孤独の『絶望』の方がよっぽど強いんだぜ?




ありがとうございました!
ついに白玉楼から離れます。
と、いうわけで。今回で2章終了です。
この調子でいくと終わりは何章になることか……
ではでは!


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第3章 紅魔館にて修行中
第22話 楽しみにしていたわ!


どうも、狼々です!
天君には白玉楼を出てもらいます。
そして、新章スタートです!
今回、時間の関係上、少し短めです。
では、本編どうぞ!


朝になった。目を開く。

陽光が目に差し込む。そんな中、夜に見たユメを思い出していた。

 

「絶望は希望より強い、か……」

 

本当は真に受ける必要なんて全く無い。そもそも、俺が対峙したオレの存在自体が不確定。

自分の今まで積もり積もった思いが、自分でも制御できなくなり、こんな形になった。ということだってある。

……それを考えるよりも、今は――

 

「……準備するか」

 

一人で黙々と荷造りを始めていた。タンスとその中は紫に持っていってもらうとして――

……あれ?

 

「俺、私物少なすぎじゃね?」

 

そう。私物の量だ。むしろ、全く無いまである。

強いて言えば、幽々子がくれた神憑のみ。

そもそも、幻想郷に来た時に持っていたものは学生服くらいだからなぁ……

今日は、荷造りのために少し早起きしてある。

このままでは時間が余ってしまう。

 

「……朝食作ってから行くか」

 

台所へ足を運ぶ。

 

 

 

調理開始から一時間くらい経って、朝食が出来た。

……とりあえず、幽々子の部屋に運ぶか。

幽々子を起こさないよう、慎重に出入りして料理を運ぶ。

台所に、料理を作ったことがわかるよう、台所に書き置きを残しておく。

俺も簡易的に朝食を済ませる。

 

玄関へ行き、扉を開けようとして。

俺は、振り向く。

 

「じゃあな、幽々子、妖夢、白玉楼」

 

しっかりと挨拶は忘れずに。

別れの挨拶と一年後に強くなって戻ってくるから。

それまでの別れだ。二人をあっと驚かせてやりたい。

そう思って、俺は屋敷を出る。

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、天様」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 

 

玄関を開けてすぐ、見覚えのあるメイドが立って、お辞儀しているのが見えた。

それは、宴の時にあの吸血鬼幼女のレミリアと一緒にいた……!

 

「咲夜! 久しいな! 今日はどうしたんだ?」

「本日は、お嬢様の命によりお迎えに上がりました。今から、紅魔館へと向かいます」

 

……もう一ヶ月前のことだもんな。覚えてない、か。

にしても、このタイミングはどう考えても図っているだろう。

 

「で、どうして今?」

「この日のこの時間に天が住む当てなく白玉楼を出る、とのことで、迎えに」

「俺はこれからどうすればいいんだ?」

「先程申し上げた通り、紅魔館へ向かい、そこで一年間暮らしていただきます」

 

もう俺の事情まで調査済みらしい。

ここまでくると逆に怖くなってくる。

とはいえ、正直この話はありがたい。霊夢や魔理沙も一年もお世話になるのはおろか、

そもそも住まわせてくれるのかもわからない。

 

「了解。俺の方も助かるよ。ありがとう」

「いえいえ。じゃあ――出発しましょう、天?」

「……何だよ、約束、覚えてくれてたんじゃないか」

「あくまで仕事だからね。終わるまで一応、ね?」

 

俺は咲夜と会った時、次回からはお互い敬語なしで、という約束をしていた。

てっきり一ヶ月経って忘れてしまったかと思っていたが……

どうやら、杞憂だったようだ。

 

俺と咲夜は空を飛んで、咲夜の隣でついていく形で紅魔館へ向かっていた。

というか、咲夜も飛べることに驚き。できるメイドはここまでできるのか……!

 

「嬉しいよ。咲夜がそうやって話してくれてさ」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。ま、お互い色々話したいこともあるでしょうし、続きは空で話しましょう? 飛べるのでしょう?」

「……何で知ってんだ? 俺は咲夜と会った時はまだ飛ぶことはできなかったはずだが?」

「お嬢様が、天は飛べる、と仰ってたのよ。私もそれを聞いて驚いたわ」

 

レミリアは何でも知ってるのか。

その知識で何かしら強くなれないかな……?

 

「ねえねえ天、この人と知り合い?」

「……ん? 今どこかから声がしなかった?」

 

栞の声がわからない咲夜が首をかしげる。

ま、無理ないな。魂で俺の中にいる、だなんて。

 

「ああ、宴会の一週間後から俺の中に幼女の魂が住むようになったんだ。ほら栞、挨拶するんだ」

「うん。初めまして、咲夜さん。私は栞。さっきの天の説明で大体合ってるよ。よろしく」

「……私もとうとうおかしくなったようね。幻聴が聞こえるわ」

「幻聴じゃなくて栞の声だ。俺の中で住んでるんだって」

「その発言は問題大アリの発言ね。霊夢に突き出せばいいの?」

「いや、霊夢は栞のこと知ってるし」

 

俺が何か犯罪者的なロリコンみたいじゃないか。

今の発言は問題があると取られてもおかしくないけどさぁ?

 

「じゃあ貴方を医者に診せればいいの? 残念だけど、治りそうにないわよ?」

「そんなに俺が信用出来ないか! ってか咲夜、そんなにノリが良かったのかよ知らなかったなぁ!」

「冗談よ。少しまだ信じられないけれど、実際に声が聞こえてるんだもの、信じるわ。あと、咲夜でいいわよ」

「わかったよ、咲夜。にしても、天は何でこうも美人さんの知り合いが多いんだろうね~」

「あら、お世辞でも嬉しいわね」

「俺も疑問だ。むしろ一番聞きたいまである」

「そうだよね~。霊夢に紫、幽々子に咲夜。そして妖夢ちゃん」

「……貴方、見かけと頭脳によらず面食いなの……?」

「違ぇよ! 最低だなおい!」

「ふふ、冗談よ」

「冗談好きだな! ホントにノリがいいようですねぇ!」

「あら、さすが私ね。笑いの類も褒められるほどなのね」

「褒めてねぇよ!」

 

ここまでくると、俺と咲夜でコンビ組んで芸人やってけそうだな。

……ホントにできそうで軽く言えない。

 

 

他愛のない、けれど、中々に楽しく話をしていると、湖を通った。

湖を通ってすぐ、紅魔館と思われる館が見えた。

洋風で大きいこともあり、中々わかりやすかったのだが……

 

「うわぁ……赤一色だな」

「『紅』魔館だもの。赤じゃなかったらどうなの?」

「ま、それもそうだな……」

 

俺と咲夜は、門の前で着地する。

すると、門にもたれかかって眠っている女性がいた。

 

「……はぁ、またね……ほら、美鈴! 起きて!」

「ひゃぅう!」

 

咲夜が容赦なく眠っていた女性にチョップを入れる。

女性は起きて、チョップの当たった額を押さえてうずくまっている。

随分とクリーンヒットだったようで。

普通に痛そうだと思える。

 

「な、なぁ咲夜、大丈夫なのか?」

「いいのよ。うちの門番なのに毎回毎回居眠りするんだもの。何度注意しても聞かなくて手を焼いてるのよね……」

「ち、違うんですよ咲夜さん、それは……っさて、あれ、その男の人は……? ……とうとう咲夜さんにも男が――」

 

そう彼女が言った瞬間、咲夜が、どこからか出したナイフをちらつかせた。

本当に一瞬。あの宴会のときにやってきた時と同じように。

 

「ひ、ひぃっ! すみません冗談が過ぎましたごめんなさい!」

 

彼女は、まくし立てて早口で謝っていて、懺悔のようになっていた。

 

「わかればいいのよ。取り敢えず、挨拶してちょうだい。これから一年間住むっていう例の子だから」

「あ~……貴方が新藤 天さんですか。私は、(ホン) 美鈴(メイリン)と言います。これからよろしくお願いします」

 

彼女が自己紹介をする。

彼女の着ている服は、一言で言うと『緑のチャイナ服』。

赤い髪を腰まで伸ばし、左右を咲夜のように三つ編みにして、先に黒リボンを巻きつけている。

咲夜と同じくして、身長が高い。俺くらいかそれより少し低いくらいだろうか。

 

「ああ、よろしく。俺のことは名前で呼んでくれ」

「わかりました、天さん。では、門を開けますので入ってください」

 

キイィ、と甲高い音を上げながら門が開いていく。

美鈴の『いってらっしゃ~い』、という声に、背を向けたまま、腕を挙げて返事をする。

建物の中に入るまで少し時間があったので、宴会の時に聞きそびれていたことを思い出し、聞くことにした。

 

「そういえば、咲夜も何か能力を持っているのか?」

「ええ。私は『時間を操る程度の能力』を持ってるわよ。さすがに時間遡行は無理だけど、停止、加速、減速ならできるわ」

 

出た。また最強格の能力だよ。

もう本格的に俺要らないんじゃね?

今の幻想郷のメンバーでも十分勝てるだろ……

ここに来られて本当に良かったけどな。

 

「ちなみに、美鈴は『気を操る程度の能力』を持ってるの。“気”は、武術的な意味の“気”ってことらしいわ」

 

あやふやだなぁ……体術とか武術系か。

……そういえば、俺は体術・武術の類を一切習得していない。

これは結構重要な問題だな……この一年の最大の課題かもな。

いざ戦いになって、刀よりも体術の方が有利な状況は必ず、絶対に来るはずだ。

 

「天も能力を持ってるの?」

 

俺は咲夜に俺の能力の説明をした。

説明をしている最中、何だか寂しくなった気がした。

べ、別に俺の能力が周りと比べてちょっと地味だな~、とか思って凹んだわけじゃないからな?

 

「はい、着いたわ。入り口を開けるから、その後も私に着いてきて。お嬢様の部屋に行くから」

「了解」

 

軽い返事を返して、咲夜に言われた通りについていく。

にしても広いな、紅魔館……

 

「……なぁ、この紅魔館、ここまで広くしてんのは咲夜か?」

「……どうして、そう思ったの?」

 

反応を見る限り正解の様だ。

どうして、と言われるとなぁ……

 

「いや、時を操れたら、空間も操れることになるかな……? って思っただけだ。もしかして、違ったか?」

「――いえ。驚いているのよ。能力を知ってすぐこの考えに行き着く貴方に、ね」

 

時間と空間は密接な関係にある。

 

平たく例を挙げるとするならば、ボールを遠くに真っ直ぐ投げたとき。

本来であれば、時間が経つにつれてボールの勢いは弱くなり、次第に落下を始める。

 

だが、投げた後に時を止めたらどうだろうか。

ボールは空中で静止することになり、勢いが弱くなることもない。

 

つまりは、()()()()()()()()()()、とも考えられる。

時間を操ることは、空間を操ることと同義だと言えるだろう。

 

「普通はそんなに早く気付かないわ。時間をあげても気付かない方が普通。さすがね」

「……ちょっと頭が働くってだけだよ」

「また謙遜を……っと、着いたわ。ここがお嬢様の部屋よ。入って」

 

俺はコンコンコン、と三回ノックをする。

どうぞ、という声が部屋の奥からかかった。

 

俺は扉を開けて、中に入る。

 

「久しいわね、天」

「ああ、一ヶ月ぶりかぁ……」

「そんなに久しくもなかったかしら? 私にとってはね」

「ま、数百年生きてきた吸血鬼にとってはそうかもしれないな」

「いえ、案外待ち遠しかったものよ? この日を、この時を。ずっと楽しみにしていたわ」

「それはどうも。俺も結構楽しみだったぜ?」

「あら、嬉しいわ。五年よりもずっと早くてよかったわ」

「そうかい。俺も、いつここに来られるかわからなかったし、ちょうど良かったよ」

 

修行した一ヶ月の間にも、何度か行こうとは思っていた。

が、如何せん時間がない。夜遅くに訪問するわけにもいかないしな。

訪問したとして、何もできないくらいの時間しか残らない。

 

「じゃあ、一つ俺から質問をいいか?」

「何かしら?」

 

見た目の年齢に不相応なカリスマのオーラを漂わせながらレミリアが答える。

 

「どうして俺が白玉楼を出るってわかったんだ?」

「あら、最初に言わなかったかしら? 運命を操る私にとって、未来予知なんて造作もないわ、って!」

 

一ヶ月前と変わらない姿で胸を張るレミリア。

一瞬でカリスマのオーラが崩れ去る。俗に言う『カリスマブレイク』だ。

 

「そうだったか。結構深くまで事情を読んでたから、驚いてたんだ」

「ふふん、そうでしょ!」

 

さっきよりも自慢顔で言う。

ロリコンじゃない俺でもこの姿には可愛さを覚える。

……ロリコンじゃないよ?

 

「ははは、そうだな! じゃ、約束通り、チェスでもやろうか?」

「いえ、その前にパチェとフランに会わせるわ。これから一年関わるんだもの。自己紹介に回るのが先ね」

「それもそうだな――」

「お嬢様、妹様に会わせるのでしょうか……?」

「――大丈夫よ。私から強く言っておくわ。フランは私の言うことなら聞いてくれるはずよ」

「……わかりました」

「じゃ、行くわよ、天?」

「――え、レミリアもついてくるの?」

「じゃあ逆にどこに誰がいるか、この紅魔館の広さでわかるの? さぁ、行きましょ!」

 

レミリアが先導して歩いてくれる。

そして、咲夜がレミリアに聞こえないように耳打ちをする。

 

「普通はお嬢様はこんなにはしゃいで案内を自分から、なんてされないわ。貴方と会うのが相当楽しみだったのよ?」

「とても嬉しい限りだ。これからは、レミリアと一緒に遊ぶとするかな……」

「ええ、そうして頂戴。私とも遊んでくれるかしら?」

「それはむしろ歓迎するんだが……何するんだ?」

「……私、結構チェス強いのよ?」

「――面白い、望むところだ」

 

俺と咲夜は、レミリアに続いて紅魔館を歩いて行く。




ありがとうございました!
美鈴の口調に四苦八苦。
原作では、敵とか妖精にはタメ口、紅魔館のお客に対しては丁寧な口調らしいです。
この作品では多くが丁寧な口調になると思います。

おぜうさまのカリスマブレイクの胸を張った姿を想像してニヤつく私でした。
ロリコンじゃありませんよ?

天君を賢いキャラにしたく、奮闘していますが、中々上手い表現ができません。
ではでは!


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第23話 私と一緒に!

どうも、狼々です!
今回は、パチェさんとフランちゃんが登場です。
最後にはちょっとした遊びがあります。
では、本編どうぞ!


レミリアと咲夜と共に、紅魔館を歩く。

今からレミリアは、『パチェ』なる人と、『フラン』なる人の元へ行くようだ。

咲夜も『妹様』と言ってたし、どっちかは妹の様だ。

 

そうして、ある部屋の前についた。

レミリアが声をかけながら扉を開く。

開いた扉からは、大量の本が収められた本とその本棚。

見たところ、図書館……だろうか。

視界いっぱいに広がっているほど冊数は多い。

俺も今まで一度にここまで沢山の本は見たことがない。

 

「パチェ~例の天、来たわよ~」

「そうなの。じゃあこっちに連れてきて」

「オッケー。天、今からパチェ――パチュリーに会わせるわ。自己紹介よろしくね」

「了解。じゃ、行ってくるよ」

 

先程声がした方向へ進んでいく。

机に本を置いて、椅子に座って読書をしている少女が見える。

 

紫の髪の両サイドをリボンで結んでいて、レミリア、幽々子と同じようにナイトキャップをしている。

ゆったりとした薄い紫色の、ネグリジェの様な服は寝巻に見えなくもない。

 

「貴方が天ね。私はパチュリー・ノーレッジよ。まぁよろしく」

 

彼女が本に目を落としたまま言う。

……ってか本を読むスピードが速すぎる。十秒に一回はページをめくってる。

 

「ああ。よろしく頼むよ。ところで、今何の本を――」

 

ドゴォオン!

 

と大きな音が俺の言葉を遮った。

音のした方――ドアの方を反射的に見る。

ドアは破壊され、少々の煙が立っている。そこには、黒の服を着た箒に乗った少女がいた。

 

「お、魔理沙じゃん! 久しいな」

「おう、天。久し――って、レミリアに咲夜もいるのか!? ヤバっ、逃げろ!」

 

そう言って凄いスピードで低空飛行で紅魔館を飛んでいく。

 

「ちょ、待ちなさ――けほっ、けほっ……!」

「お、おい、大丈夫か?」

 

急に咳き込みだしたパチュリーの背中を擦る。

大丈夫だろうか。

 

「あ、ありがと……私、喘息持ちなのよ……けほっ……!」

「あんま無理すんなよ? ……で、魔理沙は何しに来たんだ?」

「うちの本を盗っていくのよ。いつもそう」

「窃盗だろ。どうなんだよ?」

「彼女曰く、『死ぬまで借りていくだけ』、らしいわよ」

「完全に窃盗です。本当にありがとうございました」

「私も窃盗は良くないと思うよ~」

「……ん? 何か声がしなかった?」

 

栞の同意の声にパチュリーが不思議な顔をする。

まだ紹介してなかったな。

……あ、レミリアにもまだだな。後で言っとくか。

 

「ああ、まだ栞が挨拶してなかったな。俺の中に住んでる幼女の魂だ。ほら、挨拶して」

「は~い。私、栞っていうの。今の天の説明で大体合ってるよ。よろしく!」

「ええ、よろしく。……天、さっきの貴方の発言は見過ごせないわよ。とても危ないわ。頭が」

「いや、そう取られてもおかしくないけど! ……本当だよ。咲夜からも言われたよ」

 

皆して俺を犯罪者扱いして……

幼女が自分の中にいるなんて言って不審者じゃないに――

――いや、完全に不審者だな。外だったら精神科を勧められていたかもしれない。

 

「そう。わかったわ」

 

意外とさっぱりとした返事をして読書に戻った。

ふと、パチュリーの机の横の本が視界に入り、気になって手に取った。

 

「魔法関連か……魔理沙と同じように、パチュリーも魔法使いなのか?」

「ええ。魔女、と言うべきかもしれないけれど、あまり変わらないわ」

「――にしても、本が好きなんだな。俺も結構本は好きだよ」

「……本当に?」

「ああ。本のページをめくる緊張感は、他では表し難いものがある。それに、書かれたことは嘘がないからな。間違いはあるにしろ、人みたいに嘘は吐かない。そう考えると、人間よりもずっと正直だよな」

「……貴方、本当に興味があるの? 読書を好む人は結構少数派よ?」

 

そうなのだろうか?

俺は学校で暇な時に読書をするくらいには好きだ。

そういえば、幻想郷に来る前に学校で読んだことを最後に、もう一ヶ月近く読書をしてないな……

そう思うと、読書をしたくなってくる。

本を好きな人にはわかるはず。急に本が読みたくなる病ってあるよな。

 

「そうか? 少なくとも俺は好きだよ? 暇な時は読書してたからなぁ……」

「そうなの。……空いた時間にでもここに来なさい。本ならいくらでもあるわ」

「そうさせてもらおうかな。じゃ、そん時はおすすめの本とか教えてくれ」

「ええ、いいわよ」

「それじゃ、俺は他に挨拶に回ってくるよ。いつか近いうちに必ずここに寄るよ」

「わかったわ」

 

そう言ってパチュリーの元を離れ、咲夜、レミリアのところへ戻る。

 

「終わったよ。さ、行こうか」

「少し長かったわね。何を話してたの?」

 

レミリアが問う。

 

「いや、本についてだよ。今度暇な時にでもここに来いってさ」

 

「「……え?」」

 

二人が目を丸くして驚いていた。

 

「……え? 俺が『え?』って言いたいんだけど」

「いや……パチュリーが初対面の人間と会話した時間が最高記録だったのよ。それを咲夜と珍しい、って話していたの。けど……」

「まさか、図書館に自分から誘うなんて……天、何したの?」

「えっと……俺も本が好きだよ、とかかな?」

「まぁいいわ。次はフランのところに行くわ」

「了解――って、ん?」

 

今更ながら、レミリアの背中に気付く。

吸血鬼であることは宴会で聞いていた。だが……

 

「なぁレミリア、その蝙蝠(こうもり)の羽って宴会で見せてたか?」

「ああ、これ? いいえ、あの時はたたんでたのよ」

 

レミリアが背中の羽をパタパタと動かしながら答える。

 

「へぇ、そうなのか」

「そうなのよ。ちなみに、今から会いに行くフランも羽があるわ」

 

同じく羽があるのか。ってことは……

 

「じゃあそのフラン、って子はレミリアの妹なのか?」

「ええ。私より五歳下の、ね」

 

五歳か……となると、同じように俺よりも断然年上か。

もうここまでくると、年上とかの次元の話じゃなくなってくるよな。

よし、今話しとくか。

 

「それでなんだけどな? もう咲夜には話したんだが……」

「何? どうしたの?」

「俺の中に幼女の魂が住んでるんだよ。ほら、栞。挨拶、挨拶」

「わかったよ~。初めまして、私は栞。よろしくね~」

「へぇ……よろしくね、栞。私はレミリアって呼んで頂戴」

「わかったよ、レミリア~」

「……ねぇ天、貴方面白いものを隠してたのね」

「いや、隠してたわけじゃねぇよ。ただ忘れてただけ」

「まぁいいわ。天の問題発言も言質が取れたわ。これでいつでも霊夢に突き出せるわね」

「レミリアもかよ! それに、霊夢は栞を既に知ってるからな?」

 

俺の犯罪者疑惑はまだまだ払拭されないのか。

いや、払拭できてるんだろうが、次々に疑いをかけられてるだけか。

……だけ、ってのもおかしいな。

 

レミリアについていって、今まで通ってきた道とは違うような所を通る。

階段を降り始めていたのだ。確か、さっき降りる前が一階だから、ここは地下か?

階段を下り終え、扉の前に着く。

 

「……ついたわ。自己紹介の前に、私からフランに言いたいことがあるの。それまで待っておいて」

「わかったよ」

 

レミリアが扉を開ける。

目の前に広がるは、灯りが少し周りより多めの部屋。

そこに、背中に羽を携えた、幼女がベッドの上に座っていた。

 

「フラン、紹介するわ。この人は新藤 天。それで……絶対に。絶対に、『()()()()()』ね? 私との約束。……できる?」

「はい、お姉様。できますわ」

「ええ。よろしくね」

 

それだけ言ってレミリアが地下室から出る。

……あれ、『壊す』って何だ? さっきの話からは俺が『壊される』側なんだが。

 

「……ええっと、フランちゃん、でいいかな?」

「うん。私は、フランドール・スカーレット。よろしくね、新藤お兄ちゃん」

「あ~……悪いけど、下の名前で呼んでもらってもいいかな?」

「うん……いいけど、どうして?」

 

新藤(神童)は、嫌いなんだよ」

 

「は~い。わかったよ、天お兄ちゃん♪」

 

うお……中々心をくすぐられる感覚だ……

何か――高校生の俺を。見た目が完全に小学校いかない幼女が、お兄ちゃんって呼んでると、とてつもない犯罪臭が……

もう本格的に俺は犯罪者なのだろうか……

 

「ねえねえ、どうしてここに来たの?」

「えっと……フランちゃんの姉ちゃんのレミリアと、咲夜に呼ばれて来たんだ。これから一年間住むことになるからね」

「そうなの? これから一緒に遊んでくれる?」

「ああ。俺からもお願いしようか。一緒に遊ぼうな」

 

そう言って、フランちゃんは屈託のない、純度百パーセントの笑顔で言う。

 

「ほんと!? わ~い! ありがと、天お兄ちゃん!」

 

フランちゃんが俺の腕を内側に抱きついてくる。

……あれ? 何か力強くない? だんだん強くなってきたような――

 

「いたたた! 痛い、痛いよフランちゃん!」

「あ……ごめんなさい。……だいじょぶ?」

 

フランちゃんが腕を擦りながら言う。

なんという癒やし。痛みより癒やしが強いな……

ロリコンじゃないとはいえ、この姿に庇護欲をそそられない者はいないだろう。

 

「だいじょぶ。次は、少し力を抜いてくれると助かるかな?」

「うん、わかった……こう?」

 

再び同じようにしてフランちゃんが抱きつく。

今度は痛みもなく、楽にできた。

 

「ああ。ありがとうね、フランちゃん」

「えへへ~何か、落ち着くな~」

「そうか? そこまで俺のことを気に入ってくれたなら嬉しいよ」

「私も~。天、安心できる~」

 

なんと嬉しいことを言ってくれるのだろうか。

今日――もっと言うと、つい数分前に初対面したばかりだというのに。

 

「じゃあ、早速遊ぼう!」

「ああ、いいよ。何して遊ぼうか?」

「えっとねぇ……ポーカーしよ?」

 

ポーカー。アメリカで主に行われているトランプゲームの一種。カジノのゲームとしてもプレイされる。

プレイヤーに五枚のカードが配られ、特定の役――組み合わせを揃えて、その役の強さを競うゲーム。

当然、出る確率の低い役ほど強くなる。

一番強い役の『ロイヤルストレートフラッシュ』は、出る確率が約65万分の1とも言われている。

 

「いいけど、二人でか?」

「ううん。二人だけど、二人じゃないよ」

「それってどういう――」

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 

フランちゃんがそう唱えた瞬間、フランが――()()()()()()

 

「え!? すごいな、フランちゃん!」

「えっへん! どう? これでディーラーが一人とプレイヤーが四人。二人だけど、二人じゃないよ?」

「……よし、やるか!」

「わ~い」

 

そうやって、俺とフランちゃん三人のプレイヤーでポーカーが始まった――

 

 

 

ルールはワイルドカードのジョーカー2枚を抜いた52枚の使用。

各プレイヤーに配られたカードは本人のみが見られる、クローズドポーカー。

ちなみに、フランちゃんにも分身のフランちゃんの手札はわからないらしい。

というか、そうじゃないと面白くないからやらない、とのこと。

今回は遊びなので、チップの概念はなし。

純粋に勝った回数での勝負。

 

 

俺の配られた配役は……このままだと、ワンペア。

だが、ポーカーには、一度のみカードの再配布が許可されている。

交換なしもよし、枚数を定めて交換もよし、全枚交換もよし。

俺は、ペアになった二枚以外のカードを捨てて、交換。

ふむ……変わらずワンペア。これは無理かな……?

 

フランちゃん達も交換が終わり、後はカードの公表のみとなった。

それぞれがカードを表にして、テーブルに並べながら言う。

 

「俺はワンペアだったよ」

「私はストレート」

「私はツーペア」

 

で、後は本体のフランちゃんだけの公表のみ。

ちなみに、俺の役は今の時点では誰にも勝てていない。

運が結構な割合を占めるこのゲーム。悲しきかな。

 

「私はフォーカードだったよ~。と、いうことで、まずは私の勝ちだね」

 

圧倒的に負けた俺。全員に勝てていない。

ここで、俺はあることに気がついた。

 

……ん? フォーカード……?

 

「ああ、なるほど。『フォーオブアカインド』ってそういうことか」

「どうしたの?」

「いや、ポーカーの役だろ? 日本はフォーカードって言うけど、外国はfour of a kind(フォーオブアカインド)って言うだろ」

「せいか~い。意外に気付いたんだね」

「まぁな。――じゃあ、続きやるか!」

「「おー!」」

 

 

俺とフランちゃんの遊びは、咲夜とレミリアの迎えが来るまで行われた。

 




ありがとうございました!
フランちゃん可愛い。フランちゃんに『お兄ちゃん』って呼ばれてみたいのは私だけじゃないはず。
パチェさんも結構好きですよ? 私リアルで読書好きですし。
読書好きな割に小説書くのは下手という……
悲しきかな。
ではでは!


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第24話 待ってて欲しい

どうも、狼々です!
前回、フランちゃんの容姿について説明をし忘れていたので、今回書きました。
恐らく、要らないという方が多いでしょうが、一応。
大丈夫です。文字数稼ぎではありませんよ。
ちゃんと全体の長さをのばしてます、はい。
では、どうぞ!


ポーカーをしている最中のこと。

俺はフランの容姿を不思議に思っていた。

 

黄色のサイドテールとそれに被さるレミリアと同じような、白のナイトキャップ。

巻きスカート、と呼ばれるスカートと半袖の服。どちらも赤を基調としていて、所々に白もある。

身長や外見年齢はレミリアと同じくらい。なのだが……

 

「フランちゃん、フランちゃんはレミリアの妹なんだろ?」

「そうだよ~」

「じゃあさ、その羽ってどうなんだ? 姉の方は蝙蝠だったろ?」

 

フランちゃんの羽。それは、どの生き物に似ている、とは形容し難いものだ。

木の枝に七色の結晶を付けたような翼。

その結晶は、ミョウバンの結晶の形と似た、正八面体に似ている形をしている。

 

「ん~、何でだろうね? 私は綺麗だからこっちの方が好きかな?」

「ま、綺麗は綺麗だな」

「あはは、ありがと」

「……で、この部屋についてと、レミリアとの約束について聞きたいことがあるんだが、大丈夫か?」

「うん。私ね、ちょっと気が触れちゃってるのよ。あと、あんまり外に出たくないから地下室に入ってるの」

 

この容姿の年齢でもう引きこもり発言。

まぁ実際、500年近く生きてるらしいが。

気が触れてる、か……

 

「……悪いこと聞いたな。ごめん」

「謝らなくてもいいの。最近は館内を少し歩くくらいになったしね。それで、お姉様との約束は……私の能力に関して」

 

やっぱフランちゃんも持ってるのか。

となると、『壊す』……破壊系か?

 

「私の能力は、『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』なの。名前の通り、何でも壊せる」

 

なんというデストロイ。幻獣もそれで全部木っ端微塵にできそうじゃね?

 

「あ、ちなみに、幻獣は不確定な存在で、厳密に『物』じゃないから壊せない。実体がなきゃいけないのよ」

 

そうでしたか。フランちゃんが知ってるってことは、対幻獣メンバーの一人か。

そりゃそうだよな。咲夜、レミリアと知ってるんだからな

 

「それで、さっきも言った通り、良くなったとはいえ、気が触れちゃってる。だから、私が天お兄ちゃんを『壊しちゃう』ことになるかもしれないから」

「お、俺って結構生命の危機に瀕していたんだな……」

「で、でも! 私は天お兄ちゃんを壊したくない!」

「はは、ありがとうな、嬉しいよ。で、その能力ってどんな感じに発動するんだ?」

「えっと……こんな感じだよ」

 

そう言ってフランちゃんが手をグーに握った。

瞬間、部屋の中に置いてあったテーブルランプが粉々になって砕けた。

 

「……え、すご。俺がこれくらったらどうなんだろ」

「いや、だから私は……壊したく、ない」

「あ、ああ、ごめんねフランちゃん。そんなに悲しそうな表情をしないで、ね?」

「うん、わかった……続き、しよっか」

「ああ、次は俺が勝つぞ!」

 

そうして、ポーカーを二十回分程やったが、俺が本体のフランに勝てたのは、たったの五回だった。

つまり、残り十五回は全部、全部負けているわけで。

……いくら運勝負だからって弱すぎだろ、俺……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

時は少し遡る。

場所も変わって。

 

私は起きて、準備を終えて朝食を作りに台所へ行く。

……が。料理をしている彼の姿はなかった。

今まであったのに。それが日常の一風景だったのに。それが欠けた。欠けてしまっていた。

 

……まだ起きてないのかな? 今日は天君は、白玉楼を出発しないといけないのに。

何が理由かはわからない。けれど、天君がそれを受け入れていた。

理由なんて、この際どうでもいい。聞いても、わかっても、どうにもならないんだから。

天君がここを離れることを、すんなりと受け入れられないことに、変わりはないんだから。

 

私はそう思って天君の部屋に行く。

そして、障子を開けて呼びかけた。

 

「天く~ん、朝ですよ~。準備も――あ、あれ?」

 

天君が、いない。

どこにも、いない。

それに、いつもの場所に置いてあった神憑もない。

全身が固まる。

 

 

……もう、行ってしまったのか? 別れも言わない、で……?

 

 

私は走って館の中を探す。

……が、どこにも見当たらない。

そして、台所へ戻ってきてしまった。

戻ってきた時に、彼の料理をする姿が見られるのではないかと期待して、来てしまった。

 

――だけれど、台所にもいない。

 

悲しくなった。別れくらい、言ってくれてもいいのに。

そう思って、泣きそうになった。泣き出す直前に、紙が一枚置いてあるのを見つけた。

これは……天君の……手紙?

私は手紙の内容を読んだ。

 

 

 

妖夢へ

 

俺はもう色々と準備し終わったから、少し早いけど出発するよ。

 

あと、朝食はもう作って幽々子の部屋に置いてある。

 

幽々子は起こしてないと思うから、起こしといてくれ。

 

あと、修行は妖夢がいなくてもきっちりやっとくよ。

 

大丈夫。無理はしないつもりだからさ。倒れない程度に、な?

 

別れの言葉もなしに急にいなくなってごめん。悪いとは思っている。

 

幽々子にはそう言っておいてくれ。

 

けどさ、見送られると悲しくなるからさ。静かに出ていくことにしたよ。

 

ま、一年だし、そんなに長くないから。すぐに戻ってくるよ。

 

戻ってきたら、今まで通りに接してくれよな? 急に仰々しくなったら、それこそ泣いてしまう。

 

あ、それと、昨日は酷い言葉を言ってごめんな。直接謝れなくて申し訳ない。

 

絶対、妖夢が驚くほど強くなって。一年後に戻ってきて、姿を見せると約束するよ。

 

だから、さ? 待ってて欲しいんだ。他でもない妖夢に、一番な。

 

                  いつか妖夢に追いついて、隣に立っていたい天より

 

 

 

私は、その手紙の内容を見て、一人呟いた。

 

「私だって、抜かれるわけにはいきませんよ……?」

 

天君の残してくれた手紙に、一つ、また一つと。

紙にシミがついていった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

時と場所は戻り。

 

俺とフランちゃんがポーカーで遊んでいた時。

――結局俺は、本体のフランちゃんには殆ど勝てなかったが――

 

地下室の扉が開いた。

俺とフランちゃんが一斉に扉の方を向く。

 

「天、迎えに来てあげたわよ。……ふふ、フランとは仲良くなれたみたいね。よかったわ」

「ああ。……じゃ、俺は行くよ」

「あ……また、遊んでくれる……?」

 

フランちゃんが俺の服の裾を掴みながら言い寄ってくる。

ま、まずい……こうやって寂しそうに期待して言い寄られるとなぁ……

 

「また遊びに来るよ。約束だ」

「……うん、わかった。天お兄ちゃんの約束なら大丈夫だと思う。絶対に遊びに来てね……?」

「勿論。俺から遊んでもらいたいくらいだよ。……よし、行こうか、レミリア、咲夜」

 

俺は地下室を後にした。

近いうちに寄るとするか……

 

 

 

時刻は昼に。そろそろ昼食の時間だ。

移動中にレミリアから声がかかる。

 

「挨拶はこれで終わり。中国――美鈴の挨拶はもう済んでるようだからね。貴方を呼びに来たのは、昼食が出来上がったからよ」

 

ちゅ、中国って……まぁ確かに中国の服に似てるけどさ……

あまりにもそれは不憫(ふびん)だろ……せめて俺は名前で呼ぶことにしよう。

 

「やっぱり、咲夜が作ってるのか?」

「ええ、そうよ。咲夜の料理は驚くほど美味しいのよ!」

「ありがとうございます。お褒めに(あずか)り光栄です」

 

レミリアが絶賛するほどだ。

つい期待してしまう。

 

食堂について、大テーブルが見える。パチュリーと美鈴ももう来ていた。

フランちゃんはもう少し後で来るそうだ。

俺とレミリアは椅子に座って、咲夜が料理を運んで来るのを待っていた。

手伝おうとしたが、お客として招いているわけだから、そういうわけにもいかない、とのこと。

そうなると、俺はここで一年間『お客』をやることになるのだが……

さすがに一年任せるわけにもいかない。今度から手伝おうか。

 

「お待たせ致しました。お料理をお持ちしました」

 

そう言って咲夜は、手際よく料理を全員分並べていく。

料理を運んでくる間、フランちゃんも食堂にやってきた。

引きこもり志願とはいえ、ちゃんと食堂には来てくれるみたいだ。よかった。

どうやら、料理はコースのようだ。何というか、さすがというか……

メイド長すげー。

と、飲み物として、ワインが置かれる。

あ、これ大丈夫か……? 

宴会の時、萃香と勇儀と少しだけ日本酒を飲んだが、お猪口一口で限界だった。

乾杯の後、ナプキンを敷いて準備をする。

ワインに恐る恐る口を付ける。

 

……あれ? 意外に飲めるな……

アルコールの感じが弱い。咲夜が配慮してくれたのか?

ありがたい。……ん? ねぇレミリア、肩が震えてるよ。

表情には殆ど出してないけど、ぷるぷる震えてるからね? そんなにおかしかったかい?

 

マナーに気をつけながら食べる。しかし、あまり意識しない程度に。

オードブルを口に運び、すぐに思う。

……え、なにこれ。とてつもなく美味しい。

そこらで店を出せるレベル、とかじゃなく、次元が違う。

咲夜、恐るべし。料理以外も全部こなすんだろうな……

と、メイドである咲夜も席に座る。

一緒に食べるあたり、レミリアらしいというか、家族、って感じがする。

……いいよな、こういうの。

 

 

美味しい食事を食べ終えた。

皆で一斉に立ち上がる。食堂を出てまず、咲夜に聞く。

 

「なぁ、俺のワイン、あれってアルコールの濃度低めか?」

「いえ、違うわよ。皆と同じものよ。高くも低くもないくらい。お酒で悶える姿を見たかったのに、残念だったわ」

 

あ、あれ? 濃度変わらないのか……?

でもこの前……ん? あの日本酒、濃度いくつだ?

……あっ、察してしまった俺。あれが特別高かっただけだわ。

普通のだったらいけんだわ。何だよ……

 

「ま、恐る恐るワインを飲む姿は中々面白かったわよ?」

 

咲夜が意地悪な笑みを見せて言う。

咲夜は意外にSの素質があるのだろうか?

だがしかし、あいにく俺にはMの気質は無い。

 

「そうかよ」

「ええ、そうよ?」

「はいはい――あ、思い出した! レミリア、おい、レミリア!」

「何? どうしたの急に大声で」

「さっきの食事中、ワイン飲む俺見て笑ってただろ!」

「……そんなことはないわよ? 笑ってないわよ」

 

……ほう。あくまでしらを切るつもりか。

 

「ふ~ん……思いっきり肩が震えてたんだよなぁ……なぁ、怒らないから正直に――」

「面白かったわ! 食事中じゃなかったら大笑いものね! 今でも思い出して笑ってしまいそうなくらいよ!」

「おいこら言い過ぎだろ!」

「あら、怒らないって言ったじゃない」

「そこまで言われちゃ我慢ならねぇよ!」

「まぁまぁ。私には、ちゃんとマナーが守れてた方の驚きが大きかったわ」

 

マナーに関しては合っていたようだ。

結構無頓着になりきれずに、外で少し学んだのが正解だったようだ。

まぁ普通は西洋の食事マナーは学ばないんだけれども。

 

「意外と自然にできていたわよ?」

「そうか、俺は人の姿見て笑いこらえて肩震わすのはマナー違反だと思うんだよ」

「そうね。全くそんな失礼なことをするのは私にはできないわ」

「お前が言うな、レミリア!」

 

紅魔館の人はどうやらノリが良いらしい。

俺も仰々しくやってくより気楽でずっといい。……良すぎるのも考えものだが。

 

 

レミリア、咲夜との会話を終えて、自分の部屋の場所を説明をされる。

部屋の様子を見たが、どうやらもうタンスの中は全てクローゼットの中に移動済みらしい。

タンスを紫が先に運んでくれていることに驚いていたが、紫は俺の様子見てるんだったか。会ったらありがとう、だな。

何とも紫はべんr――もとい、気が利くんだ。

 

で、今は庭に出て、ぼーっとしている。

暇だ、暇すぎる。咲夜の手伝いも断られるし……

あ、思い出した。レミリアとチェスやるんだったか。

修行は夜にいいか。初日くらいゆっくりとしよう。

俺は今日咲夜に案内されたレミリアの部屋の位置を思い出して道を辿る。

部屋までは無事に着く。一応ノックをしておく。

コンコンコン、っとな。

 

「……どうぞ」

「入るぞ、レミリア」

「やっと来たわね。さ、チェスをやりましょう?」

「何だよ、用件もわかってるのか」

「だってそれが運命だもの。ちなみに、運命は私の勝利とセットよ、青年?」

「ほう……言うじゃないか」

「そちらこそ……楽しくなりそうね?」

 

負けられない戦いがそこにはある。

正直、チェスには自信があり、それをレミリアには公言している。負けるわけにもいかない。

……じゃあ、心理から揺さぶるか。勝つために。

ゲームは、始まる前からもうゲームが始まってんだぜ?

 

「そうだな。大丈夫だ、俺は手加減してやるから、遠慮なく本気で来いよ。レミリアは頭も幼女なのかな?」

 

少しの挑発を交えて言う。

さて、反応は……?

 

「あら、その言葉をそっくり返してあげるわ。たかが十数年生きたくらいで図に乗らないことね?」

 

さすがレミリア、安い挑発には乗らないらしい。

が、この挑発は無駄にはしない。絶対に。

 

 

チェス。それは、西洋のみならず、沢山の国々で親しまれているボードゲームの一つ。

将棋のようなルールを持つが、取った駒の使い方をはじめ、意外と違いがある。

8×8の盤面に黒と白の各6種類、計12種類の駒で、キングの駒を追い詰め、詰み(チェックメイト)することが勝利条件。

 

将棋に囲碁、チェスやオセロ等、運の絡まないゲームを総称して、『二人零和有限確定完全情報ゲーム』と言う。

文字通りの、実力勝負。先攻が有利なのだが、通常は2局セットで行われるので、その差もなし。

つまり、負けた時の言い訳がきかない。『運が悪かった』、と逃げることも出来ない。

その特性から、前の時代には知恵比べの手段として用いられることも多かったという。

 

さっきのフランちゃんとのポーカーは、逆にイカサマをしない限り、運の勝負になる。

このチェスは、イカサマも通用しない。駒の入れ替え、位置の不正等々、全て。

 

だが、それは()()()()だ。逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 

そう、俺はレミリアとの大きな差を既に生み出している。ボードゲームにおいて、大きく有利になる切り札。

 

そう、それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(さぁ、栞。一緒に考えよっか♪)

(最低だね!? 手加減するんでしょ!? それで勝てるんでしょ!?)

 

そう、栞がいる。二人? 残念、三人でした!

 

(私は参加しないよ! ちゃんと自分で戦うんだね。もし食い下がろうとするなら、レミリアに不正を訴えかける)

 

む……さすがに不正は良くないか。まぁ、今引き下げれば言わないってだけマシだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、()()()()()()()()()()か……




ありがとうございました!
先日、UA数が2000を突破しました!
ありがとうございます!
次回はチェスのVSレミリアから始めたいと思います。
ではでは!


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第25話 足りない『何か』

どうも、狼々です!
先にお伝えしたいことがあります。
アンケートを活動報告で実施しようと思います。
皆さんの意見をお聞きしたいです。
趣旨は、特別話についてとその内容です。
なるべく協力していただけるとありがたいです。
強制ではありませんので、答えたくない方は無視していただいて構いません。
ご協力よろしくお願いします。

では、本編どうぞ!


さぁ、チェスの始まりだ。

 

「じゃ、先攻はどうぞ、レミリア」

「あら、じゃあそうするわ。その余裕がいつまで続くかな?」

「さあな? もしかしたら終わっても続いてるかもな?」

「舐められたものね。私には負ける運命なんて見えないわ」

 

そう言って、レミリアがポーンを前に。

それから先はどちらも会話をすることがなくなった。

部屋には、コトッ、コトッ、という駒を動かす音のみが響き渡る。

 

最初に試合(ゲーム)を動かしたのは――レミリアだった。

レミリアと俺が合計10手程打った時。

 

「チェックよ、坊や?」

 

チェック。将棋で言う『王手』のそれに等しい。

レミリアはビショップでチェックをとっている。

その範囲から俺のキングを動かして、俺のナイトの後ろへ逃げ込む。

次にレミリアがもう一度ビショップでチェック出来ない位置へ。

 

「あら、残念。でも、深追いはしないのが定石よ」

 

そう言って、レミリアはビショップを戻す。

 

 

 

じゃ、俺からも仕掛けるか……

ナイトを前に出す。さて、どうでるかな……?

レミリアは好機とばかりに、ビショップをもう一度前に出し、ナイトを狙う。

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()……

 

 

俺はクイーンを前に――

――()()()()退()()()移動させる。

 

「……えっ? え、でもそれ――」

「ほら、俺は打ったぞ。続けろよ?」

「……わかったわ」

 

遠慮なく、とでも言うようにレミリアはビショップでナイトをとる。

……勝ったな。

 

「はい、チェック」

 

俺はクイーンでチェックをする。

レミリアがビショップを前に出したせいですぐには戻れない。

後はキングを移動するだけしか残されていない。

 

「……なるほど、私の動揺を誘ったのね?」

「さぁ? 身に覚えがない。ただ俺は打っただけ」

 

レミリアがキングを移動させる。

……が、もうこの時点で詰みなんだよ。

 

ルークを前に出して、別の駒で再びチェック。

 

「はい、またチェック、と」

「あなた……はめてるわね?」

「いや、何が? チェスってこういうゲームだろ?」

 

当然、レミリアはキングを動かすほか無い。

ビショップは、戻れない。他の駒も、動かせない。

レミリアが動かした後、俺は自分のビショップで三回目のチェックをする。

 

「はい、チェック~っと」

「……」

ああ、レミリアが喋らなくなった。

本気でなんとかしようとしているらしい。

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()な。

 

レミリアが動かす。

……が、そろそろ限界がくる。

レミリアの周りにはまだまだ沢山の駒がある。

まだ10手しか打ってないでレミリアがチェックをかけたのだ。

当然と言えば当然だ。

 

自分のキング守り抜きながら相手を詰ませる、というこのゲームにおいて、

自分の駒は、最強の盾にも、()()()()()()にもなる。

障害物となった駒は早急に動かして、進路を作ることが必要だ。

 

だが、レミリアはそれに気付くのが遅すぎた。

目の前にチラつかせた餌に飛び込んで、自分が満足に攻撃・防御ができなくなる。

そこで、障害物の存在に気がついても遅すぎる。既に障害物として機能し始めているそれは、もう取り除けない。

 

俺はレミリア陣の駒を利用して、通路を極端に少なくしたわけだ。

チェックされたらキングしか動かせないというゲームの特性上、この戦略はハマるとかなり強い。

一気に優位に立てるのだ。

 

「はい、チェックメイト。俺の勝ちだな」

「……さ、攻守交代よ」

 

どうやらレミリアも本気でかかるそうで。

 

「ああ、わかった。負ける運命が見えないな」

「……そう」

 

あ、ちょっと怒ってますね、これは。

顔がふくれっ面になってる。

カリスマ抜群の彼女とのギャップが意外にくるな……

――っと、余計な考えはやめるか。油断はできない。

 

続きを始めよう。

さぁ、レミリアはどんな手を打ってくるのかな……?

 

 

 

 

 

 

 

レミリアと勝負を始めて約三時間。

 

「……あー! 何で勝てないのよ!」

 

 とうとうレミリアが頭を抱えて叫び出す。

 

そう、俺はずっとレミリアに勝ち続けている。

あの手この手と色々手段を変えて勝ち続けている。

 

……え? 大人げない? 何を言う。レミリアのほうがよっぽど年上だ。

 

「ま、大人げなかったかな……あ、そういえば、俺が随分と年下なんだったか」

「……! もう許さないわ! もう一回よ!」

「はは……わかったよ、じゃ、やるか!」

 

 

 

その後でも、一回もレミリアに負けずにチェスの勝負を終えた。

 

 

 

「……ねえ、何でそんなにチェス強いのよ……私だって自信があったのに」

「まぁ気にすんな。レミリアに癖があるんだよ」

「……なに? それは一番最初で気付いてたって言いたいの?」

「まぁな。レミリアは咄嗟に起きた意外な出来事の対応に弱すぎるんだ」

「ふぅん……」

「最初のゲーム、退路を塞いだやつな。あれであからさまな動揺を見せたのが敗因だったな」

「貴方のその眼と頭には勝てそうにもないわね」

 

 レミリアが肩を竦めながら言う。

 

「そうか? 俺も最初の動揺がなかったら勝ててたかわからないぞ?」

「貴方とのチェスは、負けても面白かったわ。楽しみにしてて正解だったわね」

「どうする? またいつかやるかい?」

「ええ。その時は絶対に勝ってみせるわ」

「……望むところだ。じゃ、俺は庭に行くよ」

 

いってらっしゃい、とレミリアの見送りの言葉を受けて部屋を出る。

さて、修行でもするかな……

 

 

 

 

部屋に置いていた神憑を取ってきて庭に出た俺は、霊力強化で走る練習をしようとしていた。

やっぱここ広いよな……庭とは思えない。普通に外だもん。

と、脳内で栞から声がかかる。

 

(ねぇ天、今から何するのさ?)

(霊力強化の走りだよ。スピードに慣れるのと、止まり方、次の一歩を出す練習かな?)

(ん、じゃあやってみて。どこが悪いか教えるから)

 

もうできないこと確定なのか……それもそれで凹む。

もう少し可能性があってもいいんじゃないかい?

 

(了解……ふっ!)

 

瞬間、自分の体が加速する。

――で、霊力を足全体に……っと。

二歩目、三歩目と歩を進める。どうやら走り続けることには成功したようだ。

けれど、まだ目がスピードに追いついていない。

そして、止まりだが――

 

(よい……しょっ!)

(お、おお~まさか一回で成功したとはね~。驚いたよ)

(ま、まあな。結構足痛いけど……)

(駄目じゃん)

(そんなこと言うなよ……)

(霊力強化が上手くいってない。無理矢理一気に止まろうとするんじゃなくて、少しづつ減速させる感じ。そりゃいきなり止まろうとすれば痛いに決まってるよ)

(わかったよ。じゃ、やってみるか)

 

栞のアドバイス通りにやってみる。

少しづつ減速……か。

俺の体を一気に加速させて走り始める。――で、少しずつ減速っと……

膝をゆっくりと曲げ、衝撃をなるべく吸収する。

 

(こう、か?)

(そうそう。足は痛い?)

(……まだ少しだけな)

(ま、上出来だよ。少しづつ練習していこうか。……で、練習してほしいことがあるの)

(ああ、わかった。俺の課題だろうからな)

(うん。えっとね……霊力が纏える量を増やす練習なの)

(で、どうしてだ?)

(えっとね、新しい技を使うのに必要。――――っていうんだけどね。どうしても必要なの)

(具体的な効果はなんだ?)

(えっと、――――――なの。)

(了解。それは毎日反復って感じの方が良いのか?)

(そうだね。なるべく体を大量の霊力に慣れさせた方が良いかな)

 

――――か。できたら中々使えそうだな。

となると、霊力量も増やす練習が必要だな。

今のところでは、体術、霊力の限界の底上げ、総霊力量のアップ。

体術は美鈴に教えてもらうか。

 

(で、今からやればいいか?)

(うん。そうだね。霊力を“限界まで”体全体か一部を纏わせて?)

 

うん。……うん? 限界まで?

確か許容限界を超えたら……

 

(爆発するじゃねぇかよ! 俺に死ねってか!?)

(違う違う。逆だよ、逆。もし幻獣が強すぎた時、使える霊力の限界が低かったらどうするの?)

 

あー……対抗のしようがない、か。

いくら霊力が多くても、一回に使える制限がありすぎたらまともに戦えないってことか。

 

(なるほど、そういうことか。わかった、やってみるけど……いざ爆発しそうになったら止めてくれよ?)

(……頑張って♪)

(おい絶対見捨てるだろ!)

(大丈夫だよ。天ならできる。うん。私はいざとなったら刀に退避するから)

(見捨てる気満々じゃねぇか! ここで大爆発起こして紅魔館の皆が駆けつけたら、天の死体があがってた、って状況になったらどうすんだよ!)

(……いや、多分できると思うよ、本気で。私も逃げないよ、爆発するとしたら一緒だよ)

(……な、何か、そのセリフ……恥ずかしい)

(わー! 天君が恥ずかしがってるー!)

(少し見直したって思った俺の気持ち返せ!)

 

……まぁ栞が退避するにしても、しないにしても。

失敗は命取りだな。許されない。

 

(で? 霊力を限界まで“纏う”のか? それとも“纏い続ける”のか?)

(纏い続ける方向で)

(どのくらいやればいい?)

(一時間くらい連続でやってて?)

 

あ、ダメだ。俺の集中力が切れて爆発するオチしか見えない。

さよなら、皆。俺はダメみたいだよ……

 

(――そんなにあからさまに絶望しないで? どうするにせよ、やらないといけないんだから)

 

……それもそうだな。

今やらなかったら幻獣戦で死ぬだけ。

今やれば将来の死亡確率が下がるが、今死ぬ可能性がある。

可能性だし、俺が幻想郷に呼ばれた理由を考えると今やるべきだ。

 

じゃ、やるか……

俺は霊力のイメージをして、限界まで纏い続ける。

いつもは纏ったことのないほどの高密度の霊力なので、白色もついている。

 

(な、なあ、もうそろそろいいんじゃないか?)

(いいや、まだまだ。全然だね)

 

えぇぇ……結構怖いんだけど。

ロシアンルーレットの弾を限りなく増やしてやろうとしてるみたい。

まだ入れる? まだ入れる? ってなって、無理して一発しか弾を抜いてない状態で撃って死にそう。

死んじゃうのかよ。

 

霊力の白色がだんだんと濃くなってきた。

真っ白、というわけじゃないけど、それなりに。

それは、霊力が危ない量まで来てる証で。

 

(お、おいもう良いだろ? そろそろ危ない気が――)

(――あ)

(え、何その『あ』って!? 何そのいかにも『やっちゃいました』的な『あ』。 何か嫌な予感しかしないんだけど)

 

 

 

(……ごめんね)

 

 

 

(嫌だぁぁあああ! 死にたくないー!)

 

(あっははは! 面白い面白い! ……ふ、ふふ、笑いが止まらな――あっははは!)

(お前後で覚えとけよ! 笑い事じゃ済まないんだぞ!)

 

 

 

全くひどい目にあった。結局一時間維持し続けたが……あまり効果が実感できない。

ぼろぼろの命綱でバンジージャンプしたようなものなのにな。

にしても栞はひどすぎる。まるで他人事みたいに笑い始める。

命が関わってんだぜ? 信じられないだろ?

 

「あ、あー……疲れた……」

 

そしてこの疲弊。

霊力を限界まで、それも一時間維持し続けたんだから。

おかげで、というべきか、イメージなしでも霊力を使えるようになった。

出そうと思えばすぐに出せるレベルにはなっていた。

 

(お、お疲れ様……天)

(おい声が震えてるぞ。いつまで笑ってんだ)

(い、いや、笑ってなんて……ふ、ふふっ)

(思いっきり笑い堪えてんじゃねえか! どんだけ面白かったんだよ! 俺が死ぬのがそんなに楽しいかよ!?)

(いや……そうじゃなくて、ええと、ま、まぁできたからよしとしよう。うん。明日からこれを毎日やってね?)

(わかったよ。その度に笑うなよ?)

(……わかったよ。さすがにやりすぎた)

(わかればよろしい)

 

俺は寛大なのだ。

ふと、時間を気にするが、まだまだ時間はある。

時間になったら咲夜が呼びに来てくれそうだし、大丈夫かな?

 

(なぁ、霊力強化の刀、練習していいか?)

(いいけど……どうしたの?)

(俺も、スペルカードにあたる必殺技を持っときたいからさ)

(お、どんな感じにするの?)

 

ずっとスペルカードの内容については考えてきた。

今のところ、雷が一つ、火と雷混合が一つだけだが。

水のやつも考えとかなきゃな……

能力なしで、スペルカードじゃない技術的な技も一応考えた。

その一つが、霊力刃の応用なのだ。聞いておきたい。

 

(霊力刃に関してなんだよ。上手くいってるか見てもらいたいんだ)

(いいよ~。じゃあ、やってみて)

 

俺は――――をする。

考案は少し前だったのだが、実際にやるのは始めてだ。

上手くいったともいってないとも言えるくらい……か?

ともかく、実践で使えるか、と聞かれたら、NOだろう。貧弱すぎだ。

 

(う~ん……もう少し霊力の密度を高めたら? その技、結構いいと思うよ?)

(ありがと。やってみる)

(刀は霊力の限界で爆発なんて殆どしないから、遠慮せずに霊力を送っていいよ)

(これって、栞の霊力を好きにこっちに送ったり、俺が使えたりできるのか?)

(うん、基本はね。霊力は取ろうと思えばいくらでも取れるよ。ただ、取った後があれだけどね)

(爆発はマジで勘弁。俺こんな馬鹿らしく死にたくない)

(はいはい。じゃ、さっさとやったやった!)

 

霊力を刀に全力一歩手前くらいで送る。

そして、栞の霊力を自分の体から引っ張り出す。

俺と栞の霊力が共鳴するかのように、刀で揺らめき始める。

色は……白のまま。色が濃くなった感じもする。

 

(栞も白の霊力なのか?)

(そうだよ。魂の部屋は白一色だったでしょ? アレはこれが原因なの。元々霊力で周りと隔絶した空間を作ってるわけだからね)

 

空間を作ってるってかなり凄くないか?

話を聞いただけでも霊力がとても多いことがわかる。

以前、栞は俺の三倍以上の霊力があると言っていたが、もう三倍とかのレベルじゃないだろうな。

 

霊力を送る量を増やして再挑戦。

 

「……はぁっ!」

(お、できてるじゃん。妖夢ちゃんはこれで驚かせられると思うよ)

(そうだな……幽々子も驚かせたいんだよ。まだまだ新しいことを覚えなきゃな)

(そうだね。特に妖夢ちゃんには、ね?)

(……そうだな)

 

俺と栞は一旦修行を終えて、部屋に戻る。

が、どうにも物足りない。修行は疲れるほどやった。

だけれど、何かが欠けている。

それが、俺のなかで、かなり引っかかっていた。

手を伸ばせば届きそうなのに。頭では理解しているのかもしれない。

けれど、それを認識することが出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

何かが足りない。何か、大切なものが。

この上なく。大切な『何か』が。

この時の俺は、そのことに気付いてなんていなかった。

 

 

 

 

 

それが、――の存在だということに。




ありがとうございました!
天君の技については、――(ダッシュ)で伏せさせてもらいました。
何になるんでしょうね……?
楽しみに待っていただければと思います。
ではでは!


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第26話 スペルカード/模擬戦 VSレミリア

どうも、狼々です!
今回は、少しだけ戦闘のシーンを入れました!
あまりシーンが想像ができないくらい下手なんですが、ご了承ください。
では、本編どうぞ!


今、俺は部屋のベッドの上に座ってぼーっとしている。

いや、考え事をしている。

 

――この喪失感は何だ?

 

ずっとこのことばかりを考えている。が、一向に答えを見出だせない。

何とも形容し難い思いだ。

 

この喪失感の正体は何なのか。

なぜ俺はこうなっているのか。

どうして今のタイミングなのか。

 

あらかたの見当はつくはずだ。なのに、それを形にできない。

俺は咲夜が夕食が出来たと呼びに来るまで、この喪失感に苛まれていた。

 

 

夕食も食べ終わり、することが本格的になくなった。

どうしようか……

と、考えているが、夜の練習しか思い浮かばなかった。

 

神憑を取って、庭に出る。庭は、月明かりに照らされている。

今は霊力刃の応用の新技を練習中。ま、新技って言っても旧技があるわけじゃないが。

 

(ねぇ、スペルカードの練習すれば?)

(いや絶対屋敷に被害出るだろ。俺にはそんな勇気はないぞ)

(じゃあ、被害でないようにすれば?)

(そんなのできないだろ。……水の能力って状態変化はできるのか?)

(どしたの? 急に)

(水を氷とか水蒸気にできんのかな、ってふと疑問に思ったんだよ)

(できるよ~。水を司るわけだしね。ただ、状態変化の時に霊力を余分に使うけどね)

 

結構便利なんじゃないか?

今は夏に入ろうとしているが、氷とか作ったら気持ちよさそう。

あ……

 

(水……いや、氷のスペカ思いついた。)

(ホント? どんなの?)

(――――ってやつだ。取り敢えず、部屋に戻る。んで、スペカの御札に書いて、ここに戻ってきて試してみよう)

(おっけー。レッツゴー!)

 

……あれ? 今まで意識してなかったが、栞って何で外来語を使えるんだ?

――ま、いっか……

 

 

 

部屋に戻り、水最初のスペルカードを書き記し、庭に戻ってきた。

意表を突くことには長けてるスペルカードだと思うが……

 

(んじゃ、やってみるぞ?)

(うん! 何気に天のスペルカード発動は初めて見るからね、結構楽しみだよ)

(俺もスペカ発動は初めてなんだよ。……じゃ、いくぜ?)

 

俺は神憑を抜刀し、声高らかにスペルカードの名前を宣言する。

そして、地面に神憑を突き刺して――!

 

 

 

 

 

「氷結符『寒煙迷離(かんえんめいり)の氷国』!」

 

 

 

 

 

瞬間。

 

ピキィィィイイイン!

 

と、甲高い音を立てて、辺り一面が氷漬けになる。

氷から出る冷気はまさに、寒煙だと言える。

……あ、これ強いわ。かっこいいし、サイコーじゃん!

 

(へ~……これは驚いた。けど……実践で霊力足りるの?)

(いや、このままだと無理だな。だから、霊力限界を上げるのと一緒に霊力量を増やす。いざとなれば、栞の霊力量を借りるよ)

(でも、ちょっとタイミングを選ぶよね。それ。神憑から凍らせてるでしょ?)

 

そう、俺は神憑で霊力を伝わらせて水を瞬間に凍らせている。

素早く凍らせなければ意表を突くことはできない。かといって、一気に霊力を流して凍らせれば爆発する。

なので、霊力を一旦神憑を経由させて凍らせている。

霊力の多くはそのまま神憑に流れるので、腕が爆発することもない、というわけだ。

 

だが、そうすると、空中にいる時は問答無用で使えないし、相手に隙がある時にしか使えない。

 

(霊力を渡すのはいいけど――あ、咲夜が来た)

 

「ちょっと、どうしたの!?」

 

咲夜が驚きを隠さない表情でこちらにやってくる。

 

「……これ、どうしたの?」

「あ、いや、その――」

「……はぁ、どうせ天がやったんでしょ? すぐに直して頂戴。それよりも、どうして氷?」

「スペルカードが思いついたから試してたんだよ。栞、これどうやって直す?」

「イメージで元に戻せない?」

「あ、なるほど」

 

俺はイメージで氷のない状態に庭を戻す。刀も納刀する。

危ない……元に戻せなかったら咲夜から怒られてたな。

発動後を考えないでスペルカード使ったのもどうかと思うが。

 

「それで、この遅くに何してたのよ?」

「あ……っと、ちょっと、ね?」

 

 

「皆で内緒に練習してたんでしょ?」

 

 

咲夜でも、俺でも、栞でもない声が庭に響く。

声の元にいたのは、レミリアだった。

 

「いや、まあそうなんだけどさ……」

「貴方、それが理由で白玉楼を出たんでしょう? 私にはわかるわよ?」

「うぐ……はい、そう……です。いい機会だから、一年出て修行して妖夢と幽々子を驚かせろ、って言われたからな」

「じゃ、言われたから一人でやっていいのね? これでまた貴方が倒れたら二人はどう思うかしら?」

「……で、でも――」

「でも――なに?」

 

レミリアの鋭い目線。真っ直ぐで、誠実さに溢れるだろう目線。

それからは、俺への心配がひしひしと現れていた。

 

「ねぇ咲夜、天の監視が必要だとは思わない?」

「ぁっ……その通りでございます、お嬢様。またこのような事態にならないとも限りませんので」

「じゃ、誰かが監視役になってやらないとね?」

「い、いや俺は別に――」

「――要るわよね?」

「はい要ります。それはもう」

「じゃあ、私が天の練習を見るわ。時々ね」

「でもさ、それだとレミリアは――」

「いいのよ。チェスでは散々負かされたんだもの。戦闘ぐらいは勝ちたいものよ」

 

まだ根に持ってたのか……だがまあ、相手がいるのはありがたい。

俺は今までに一回も戦闘を行ったことがない。

実践の練習も兼ねてくれるらしいので、素直に嬉しい。この機会は活かすのが得策だろう。

 

「ありがとう、レミリア。俺も相手がいてくれて嬉しいよ」

「私は時々しか参加しないわ。咲夜とかパチェにちゅう――美鈴とフラン。全員に手伝ってもらうわ」

「さすがに全員に迷惑をかけるわけにもいかないよ。時々レミリアが来てくれるだけでも十分過ぎる」

「じゃあ全員に聞いてみましょう。本人がいいと言うなら断る理由もないでしょう?」

「そりゃそうだけど、俺のためにそこまでしなくてもいいだろ」

「貴方、少し悲観的過ぎるわよ。自分はいい、そこまでしなくてもいい、じゃあいつまでも強くはなれない。身体でも、精神でも」

「……そうか。じゃあお言葉に甘えさせて頂くとするよ」

「じゃあ早速実践よ。刀を使っていいから、かかってきなさい。どうせなら、本気で当てるつもりで。当たらないでしょうから、問題はないわ。さっきのスペルカードも使ってどうぞ?」

 

レミリアが余裕綽々な表情と態度で言う。

ほう……言ってくれるじゃないか。

俺だって一ヶ月怠けて練習していた訳じゃない。むしろ頑張ってた方だと思う。

少しは目に物見せてやるよ……!

 

「わかったよ。当てないから寸止めな? そうじゃないと万が一当たったらレミリアが怪我する」

「大丈夫よ。私は吸血鬼だから傷はすぐ塞がるし、万が一にも当たらないから。御託を並べてないでさっさと来たらどう?」

「じゃ、遠慮なく。……栞、頑張るよ」

「おっけー! 頑張ってね!」

「ああ! ――妖刀、神憑!」

 

俺は神憑を引き抜く。

シャリリィィイン!

神憑は、月明かりを反射させて、夜空で輝いている。

 

「あら、中々いい刀じゃない。じゃあ私も……神槍『スピア・ザ・グングニル』」

 

瞬間、レミリアの手に細い『何か』がシュッ、と生成される。

 

「来ないならこっちから、いくわ……よ!」

 

そして、レミリアが若干のタメを入れた後、『何か』が高速で迫ってくる。

それはまるで、鋭利な『槍』のようだ。

その槍は、俺の胸部へ瞬時に距離を詰めて襲い掛かってくる。

 

驚きながらも、ほぼ反射的に神憑をぶつけて勢いを相殺する。

 

キャィィィイイイイイイン!

 

刀と槍の甲高い接触音が、俺の耳をつんざく。

妖力でできていたらしい槍は、相殺した後、すぐに霧散した。

いきなりの出来事にしては対応できた方じゃないか?

だが……

 

「おい、胸は心臓あるだろ、アブねぇよ! レミリアが死ななくても俺が死ぬ!」

「パチェに何とかしてもらうわ。それなら問題ないで……しょ!」

 

そう言いながら、レミリアは二本目の槍を飛ばす。

今度は頭部に。同じように神憑で弾く。

明らかに狙ってるだろ……もし弾けなかったらどうするつもりなのだろうか。

 

「あっぶねええ! 怖えよ、怖えよ……」

「もう怯えているの? 私はあのチェスの恨みはここで晴らすわ。貴方の敗因は、私をチェスで負かしたことよ!」

「恨んでるみたいになってるじゃないかよ! 八つ当たりか? 俺だってこのまま負けるわけにはいかないぞ!」

「あらそうなの? てっきり私は逃げ続けるだけかと思ったわ。私も次のスペルカードを使うわ」

 

レミリアの槍の応酬が止む。あれはレミリアのスペルカードなのか。

応酬、といっても二回だけなのだが、恐怖は十分にあった。

 

「貴方、弾幕を見るのは初めてかしら?」

「ああ、そうだよ」

「じゃあ一つだけ。飛ばないと話にならないわよ?」

「じゃ、そうさせてもらうよ……っと」

 

俺は浮遊を始める。弾幕という言葉だけ聞いたことがあるが、実際に見るのは初。

緊張と興奮が体を覆う。

 

「せめてもの情けに、簡単な方の弾幕にしてあげるわ。――これが弾幕よ!」

 

そう言って、レミリアはスペルカードを宣言。

 

「天罰『スターオブダビデ』」

 

スターオブダビデ。日本語訳だと『ダビデの星』。

それは、ユダヤ教やその民族を象徴するシンボルマーク……だったか?

いわゆる『六芒星』、というヤツだ。

となると、弾幕も六芒星にちなんでるのか?

 

 

 

 

そんなことを思って、俺はすぐに考えを改めた。

巨大な赤の球が無数に浮かび、そこから赤のレーザーが放たれている。

それと同時に、一回り小さな青い球が、赤の球一つにつき五つ放たれている。

星、なんて甘いものじゃない。

 

「あ、あれ、これは……無理だわ」

「ちょっと、しっかりして! 危ないでしょ! 神憑で切って相殺して! その刀に大量の霊力を流して、早く!」

 

栞の怒号に似た指示を受け、俺は神憑に霊力を送り、白の霊力を纏わせる。

月の光を反射して輝いていた神憑は、霊力で自ら白に光りだす。

そして、俺は飛んでくる青の球を神憑で弾き続ける。

これなら何とか耐えられそうだ。

 

「へぇ……中々刀も扱えてるじゃない。向こうで練習してたの?」

「ああ。妖夢から直々に教わってたからな」

「そう、妖夢から……」

「俺の師匠に追いつきたくてこの一年頑張るんだよ」

「じゃ、取り敢えず私に一発でも何か当てることね」

「そうさせてもらう……よ!」

 

俺は避けて、弾き続けたレミリアの弾幕を、間を縫うようにレミリアに急接近を始める。

咄嗟の出来事には弱いんだろ……!?

 

「なっ……あなた、何して――!」

「はあぁぁぁあ!」

 

レミリアの前まで来た俺は、右から左へと神憑を薙ぐ。

が、レミリアに当たるはずもなく。レミリアは神憑を振るった先へ避ける。

つまり、左へ避けた。勿論、俺の刀が届かないように下がって。

そして、神憑を振った俺には、大きな隙ができた。

当然、レミリアもそれを逃そうとするはずもなく。

 

もう一度レミリアは槍を投げ飛ばして、俺を貫こうとタメを作る。

もう後1、2秒後には槍が俺を貫くだろう。

絶対的な窮地。レミリアも、咲夜もそう思う。

 

だが、俺にはそうは思わない。むしろ、逆。()()()()()()()だと確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

つまるところ、()()()()()()()()()()()()のだ。

そこを突けばいい。今の俺の体制は右から左へ刀を振った後。

レミリアは俺の刀の薙いだ先に。

このモーションとレミリアはの位置から速攻・急襲ができる攻撃手段はただ一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだ終わっちゃいないぜ?」

「なぁっ!……ぐわぁっ……!?」

 

 

レミリアの腕に、斬れた後が入り、そこから鮮血が吹き出す。

白のレースの服が彼女の鮮血で真っ赤に染まる。

これこそ、『スカーレット(深紅)』と言うべきか。

……大丈夫か? いくら腕に当てたとはいえ、出血しているんだ。

 

「おい、レミリア! 大丈夫か!?」

「え、ええ……大丈夫。すぐに傷は治るから。……咲夜、あまり天を悪く見ないで頂戴ね? 私が当てていいと言ったのだから。それに、天は私の腕に当てた。急所は避けてくれたのよ」

「……わかりました、お嬢様」

「……すまない、レミリア。急所を避けたとはいえ、傷つけたことには変わりはない。どんな報復も受け入れよう」

「報復だなんて言わないで。貴方は私に勝負で勝ったのよ。報復も何もないわ」

「あれは『勝った』に入るのか? 一撃当てただけだぞ?」

「貴方、戦闘経験はどのくらい?」

「修行だけなら一ヶ月。戦闘になったら今のが初だ」

「え、初めて!? ――なら尚のこと貴方の勝ちよ。大勝利。初戦闘で弾幕を避けて前に進んで、攻撃を当てた。出来すぎなくらいよ」

「……ありがとう。俺もそう言ってもらえて嬉しいよ」

 

まさか褒めてもらえるとは思ってなかった。

自信がなかったこともあるが、嫌われるかと思ったからが一番大きい。

自分を傷つけた相手は、普通嫌に思われるから。

 

……俺は、しみじみと嫌われることに対して敏感で、怯えていることを感じた。

 

「……で、さっきの攻撃は何? 私は貴方の刀のリーチじゃ届かないところまで下がってた。攻撃は当たるはずがない。けど、あの傷の入り方は刀のものよ」

 

 

 

「ああ、それか。()()()だよ。霊力を刀に纏わせたやつをさらに圧縮して飛ばしたんだ」

 

 

この霊力刃なら、刀を振りかぶると同時に二回目の攻撃ができる。

たとえ神憑のリーチが届かなくても、飛ばす斬撃の霊力刃なら関係ない。

速度もまあまあ速い方だ。なので、神憑の斬撃を避けるくらいの間合いなら、回避はおろか、相殺も反応もできない。

 

「面白いわね……それも妖夢から教わったの?」

「ああ。今のところだが、彼女に教わった最後の技だ。けど、これを最後にする気は毛頭ない」

「そうね。貴方はまだまだ強くなれる。私達が天を全力で鍛える。支えるわ。だから、妖夢を驚かせましょう?」

「ああ。絶対にそうする。妖夢との実践が来たら呼ぶからさ、皆で見に来てくれよ」

「当たり前じゃない。言われなくても行くわ。幽々子も驚かせるんでしょ? ……これからが楽しみね」

「そうだな。……よろしく頼むよ」

「ええ。こちらこそ」

 

 

 

この日から、紅魔館の皆との特訓が始まった――

 




ありがとうございました!
レミリアが幽々子や妖夢と面識があるのかどうかがわかりませんでした。
この作品では、知り合いくらいの間柄、ということにさせてください。
ではでは!


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第27話 守る強さ

どうも、狼々です!
シリアスは今までに何回か書いてきましたが……下手ですね~。
日常編との両立が中々……
今回は始まってすぐにシリアスです。
出来には目を瞑ってください。
では、本編どうぞ!


特訓が始まった日の真夜中。

といっても、レミリアとの模擬戦を終えて部屋に戻った直後だ。

 

俺は、『攻撃』することを軽く見すぎていたのかもしれない。

 

いや、『かも』じゃなく、そうだったのだ。

今まで、誰かに凶器となる刀を向けたことがなかった。

だから。だから、こんな思いを抱えているのか。

 

 

()()()()()()()()()()”と。

 

 

相手を傷つける。それは、とても無責任なことだ。故に、恐ろしい。

他人を痛めつけることに。命すらも奪ってしまえることに。

その生命(いのち)の重みが、そのままのしかかってくるのだ。

はたして俺は、それに耐えられるのか? 殺傷の覚悟があるのか?

 

そこまで考えが巡り、雷光のように頭にさっきの光景が甦る。

 

レミリアの腕から吹き出す鮮血。

服にまで染み渡るそれが、痛みの象徴。

そして、俺がやったのだ、というかなりの重圧。

 

俺は気付いたら、手が震えていた。

手だけじゃない。体も小刻みに震えている。

ドクン、ドクン、という心音が頭に響くほど大きく。

息も乱れ始め、呼吸もままならない。

怖い、恐い、こわい、コワイ。

 

 

殺す。殺傷(ころ)す。ころす。コロス。

 

 

この言葉にはどれだけの覚悟があるのだろうか。責任があるのだろうか。

言うのは簡単だ。じゃあ、本気でやってみろと言われたら?

 

 

 

――できない、できるはずがない。

 

 

 

このことは、責任の無自覚の現れ。無責任の現れ。

そして、それらを本当に自覚した時、俺たち人間はどうなるのだろうか?

それはわからない。人それぞれだろう。

 

 

 

――俺のように、殺傷に怯えることだって。

 

(……天? ねぇ、大丈夫? どうしたの?)

(こわ、いんだ……俺が、人を傷付けられるという事実が……)

(そう、だね。命は重い。だからこそ、そう思えることがとても大切なんだと思うよ)

 

どういう、ことだろうか……?

栞の心配の言葉に付随したのは、『大切』という言葉。

俺には理解できない。わからない。

その思いが、理不尽な戸惑いと怒りに変換される。

 

(大切、って……何でだよ? いっその事殺しなんてあっさりやれた方がいいだろ!? こんなに悩まされて、苦しめられるんだからさぁ! どうしてなんだよ!?)

 

栞に叫びついた俺の心と声は震えていて。

同時に――ひどく惨めで、痛々しかった。

 

(あのね、よく聞いて欲しい。天には、殺しを平気でやってしまえる人間にはなってほしくないの)

(俺はそうとは思わない! いっそ自分のことも平気で殺せるくらいに――)

 

(何言ってるの、天! バカな事は言わないでよ!? 自分を殺す!? ふざけないで!)

 

栞の明確な怒りが声に表れる。

 

(私は殺しを平気でする人間を見たことがある! そいつはもう、人なんかじゃなかった! ただ、人の形をした化け物だった! 人の道を外れてた! 天には、そうなってほしくない!)

(別にいいだろ、どうだって!? 栞には関係ない! 俺が決めることだ、俺の命なんだよ! 俺がどうなろうといいだろ!?)

(どうでも良くないからこう言ってるの! まだわからないの!? 天が死んで、どれだけの人が苦しむと思ってるの!?)

(知らねぇよ!)

 

言葉ではそう言っているが。

俺は今まで出会った皆の悲しみの顔が目に浮かんだ。

特に――妖夢の泣き顔が。

ひどく痛々しく、絶望に満ち溢れた顔が。

 

(……天。少なくとも、私は天に死んでほしくない)

(そうかよ!? だったら何だって言うんだよ!?)

(人の道を外れてほしくない。それは、自分や他人を殺す苦しみよりも大きい苦しみを味わうことになるから)

(より大きい、苦しみ……?)

 

少しづつ落ち着きを取り戻す俺の声。

 

(うん、それは人それぞれで変わる。けど、苦しむことに変わりはないの)

(そう、なのか?)

(そう。それが恐いところ。だから、まだ殺傷が怖いと思える人間の内に、その苦しみを受け入れて、乗り越えないといけない)

(どうやってやるんだよ……俺には、そんなことはできない。今でさえこれだけ苦しいんだ)

(……ねぇ天、天は、何でここにいるの?)

 

……どういう、ことだろうか。

 

(どうして、この幻想郷に来たの? 帰ってもよかったんじゃない?)

(それは、外の世界も影響があるからで……)

()()()()()()()?)

(どういう、意味だよ……?)

(天のさっきの言葉には、『仕方なく』残ってる感じがするんだよ。……もう一度言うよ。本当に、そうなの?)

 

俺はどうしてここに居続けるんだ……?

自分でも、わからなかった。

ここは外よりも居心地が良い。だが、それだけで外の生活を捨てるのか?

 

答えは――否。

 

他に理由がある。何だ、何なんだ。

 

(天、難しく考える必要はないんだよ。思ったことをそのままでいいんだよ?)

 

思ったことを、そのまま……

 

 

 

 

 

 

ああ、なんだ……こんなに単純で、簡単で、大切で。かけがえのない理由だったのか。

 

(栞、わかったよ。俺がここに残ってる理由。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――強くなって、この幻想郷を守るためなんだ)

(やっと気付いたかい、天。それに気付ければ、もう十分じゃないのかい?)

(……そうだな。守りたい。そのために、こんなことで悩んでいられない。俺はそれを超える。そして、守る強さを手に入れる)

(じゃあ、ここでは死ねないね)

(仰る通りで。……それで、改めて頼みたいことが――)

(誰に、何を頼むの? しっかりと示してね?)

(栞に頼みたいんだ。……これから、俺が迷った時には力を貸してくれ)

(愚問だねぇ。言われなくとも。あの時支え合うって約束したでしょ?)

(……そうだったな。よろしく頼むよ)

(私も支えてもらうんだからね? ……よろしく、天)

 

これからも頼ることにしようか。

栞が大切なことを見つけさせてくれた。

幻想郷のために、戦っていく。

俺はそう決意した。

 

しかし。どこからか声が聞こえる。聞こえてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――守る? できっこねぇのになあ?

 

 

 

 

俺が栞に元気づけられた後、すぐに眠りに入った。

だが。またしても、あのユメ。

 

 

――俺には守るなんて力、ねぇよ

 

    そうだ。だから、今から鍛える。

 

――鍛えても無駄だ。オレを出せ。すぐに終わらせられるからな。

 

    オレを前に出す予定は無い。大体オレは何なんだ?

 

――そう、だな。俺が『正』なら、オレは『負』。俺が『表』なら、オレが『裏』。それ以上でも、以下でもねぇよ。

 

    オレが何であろうと、俺の考えを曲げることはない。もう話は終わりだ。

 

 

そう言って、俺はユメから抜け出す。

オレが何なのか、正体が何なのかはどうでもいいし、興味もない。

知ったところで、何もならない。

 

 

 

 

 

短めのユメから覚めた。

ここのところ、オレとのユメばかり見て、他の夢は見ていない。

どうということはないはずなのだが……不快感がひどい。

オレを見て、思い浮かべるだけで吐き気がしてくる。

 

(おはよ、天)

(ああ、おはよう。今日も頑張るか~)

(そだね~)

 

素っ気ない、やる気のない会話は、脳内で響き渡る。

こうも中身のない会話をしたのは、何故だろうか。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

計画は順調に進行中。

俺のいる部屋の中に女が一人入る。

 

「失礼します!」

「……例の計画の進行はどうだ?」

「はい、不知火(しらぬい)様。計画は予定通りに進行中です。しかし……」

「しかし、何だ?」

「一人。外来人が幻想入りしたそうで。何でも、私達の幻獣侵攻の計画を阻もうとしているとか」

「構わん、たった一人増えたところで何になるという?」

 

 

 

「いえ、ですが……あの栞を中に入れている、とのことで」

 

 

 

「……そうか。わかった、そいつは要注意人物として計画を進めろ」

「はい、不知火様」

「それで……その外来人の名は?」

 

 

 

 

 

「はい、新藤 天というようです」

 

 

 

 

 

「新藤 天、か……わかった。何か変化があったら俺に報告しろ。特に、その新藤とかいう外来人の情報は絶対に逃すな」

「はっ! かしこまりました。では、失礼します!」

 

部屋を出た。

そして、俺が一人になって。呟く。

 

「新藤、天。貴様は、俺たち、『アイデアライズ』には勝てねぇよ……」

 

―*―*―*―*―*―*―

 

食堂へ行って朝食をとりおわった俺は、図書館へ向かっていた。

長い廊下を進み、図書館前の扉に着く。

てか一日で扉直したのか……多分咲夜だな。

ん……? 何か騒がしくないか?

俺は扉を開けて、中の様子を見る。

 

「お~いパチュリー、どうs――ぐはぁあっ!」

「あぁ!? 天、大丈夫かよ!?」

 

扉を開けた途端、箒に乗って飛んできた魔理沙に追突された。

箒は思い切り俺の腹部にめり込み、とてつもない痛みに襲われる。

 

「魔理沙! 待ちなさい!」

「あ、やっべ……ごめんな、天。ちょっと急いでるから、またな!」

 

そう言って、昨日と同じように低空飛行で飛び去ってゆく。

 

「うあぁ……ま、まり、がはっ……」

「ちょっと天、どうしたの?」

 

パチュリーが心配そうに駆け寄って来る。

 

「あ、ああ……魔理沙に、衝突した……」

「大丈夫なの?」

「もう、大丈夫。今日は図書館に本を読みに来たんだよ」

「そうなの。じゃあ入って頂戴」

 

パチュリーに促されて、俺とパチュリーは図書館へ入る。

本を読みに来た、といったが、何か霊力関係の本を読んで勉強したい。

それも、霊力強化じゃなく、弾幕の本を。

 

「パチュリー、霊力の……弾幕の打ち方が書いてある本はないか?」

「あるけど……貴方は霊力刃、とか言う霊力を圧縮させたものを放ったんでしょ? レミィ――レミリアから聞いたわ」

「そうか。それで、霊力刃がどうした?」

「それよ。それは弾幕の一種とも分類できるわ。その霊力刃を手から球体や針とかの形にして出せばいい」

「あれって弾幕なのか? そう何度も出せないぞ?」

「刀でやろうとするからよ。飛ばそうとする度に刀を構えなきゃいけない。その点、手から出せば比較的すぐに出せるし、一度に複数の弾や短い間隔で弾を出せるの」

 

そういうものなのか。

手から、ねぇ……

 

「どんな感覚でやればいい?」

「同じでいいわ。強いて言えば、弾幕の形になるように霊力を圧縮するの」

「了解、ありがとう。早速庭に練習に行くよ!」

 

俺は図書館を飛び出す。

 

「あ、ちょっと天……全く、騒がしいわね」

 

俺はそのままの速度で庭に向かう。

っと、その前に神憑も一応持ってくか……

 

 

 

 

一旦自分の部屋に戻り、神憑を取って庭へ。

今度からここがいつもの練習の場所になりそうだ。

 

(さて、弾幕をやってみたいのだが、どうすればいい?)

(パチュリーの話聞いてた? そのままよ、そのまま)

 

栞に若干呆れられる。

いや、刀から出すのと手から出すのは違うじゃん?

 

(……言われた通りやってみるよ)

(そうそう。何事も経験だよ)

 

まぁ、一理あるな。

頑張って勉強してるとして、覚える『インプット』のみを繰り返すよりも、

テストの『アウトプット』を少しでも代わりに入れた方が効率が上がるしな。

結構インプットのみを繰り返す人は多いよね。

やっぱりテストで自分の覚えてないとこを確認しないとね。

 

さて……まずは球体からやってみるかな。一番メジャーそうだし。

俺は球体を意識して、鋭くない霊力刃を飛ばす感覚で弾幕に挑戦。

右腕を前に伸ばして、手の平に霊力を集める。

 

すると、やはりと言うべきか、白色の球体が五個、手の平から出た。

おお……! 若干の感動がこみ上げ――

 

(……あ~あ。どうして天はこんなに霊力の扱いが下手なの?)

 

――こみ上げて来たが、儚く打ち砕かれる。

え、下手だったかな……?

 

(俺って言うほど下手?)

(うん。慣れればむしろ上手なんだけど、一番最初にやるのはセンスの欠片も感じないね)

(そこまで言うかよ!? 俺だって傷付くぞ!?)

(いや、相当だよ? 飛行だって、霊力刃だって、霊力強化だって。全部全部ぜ~んぶ、効率が悪すぎるか、そもそものやり方がおかしい)

(凹むぞおい!)

(大丈夫だって。私が教えるから。あのね、もう少し流れるように打つの)

(どういうことだ?)

(そのまんまの意味。連続で小さいのをパパパ~って出す感じ)

(ふむ、なるほどわからん)

 

擬音語で言われても……

こっちは全くできないんだから抽象的に言われてもなおのことわからない。

 

(要するに、弾幕一発にかかる霊力を最小限にするの。で、削減できた分の霊力で別の弾にして打ち出す。これを意識して同じくらいの霊力でやってごらん?)

 

俺は栞のアドバイスを意識して、先程と同じくらいの霊力で、多くの弾幕を作るようにする。

すると、さっきは五個だった弾幕が、倍の十個に増えていた。

俺、霊力の無駄が多すぎるだろ……半分要らなかったじゃん。

 

(こんな感じ?)

(う~ん、どうしてかなぁ……その霊力量だったら二十は下らないはずなんだけどな……慣れてないだけ?)

(俺にセンスがないんだろ)

(そうだね。うん、そうだ)

(おい俺の謙虚さをそのままとるな。自虐ネタとかじゃないからな)

(ごめんごめん。もう少し練習したら数も増えるはずだよ。それか、球体の弾幕が苦手なのかな? 他の試してみる?)

(そうするよ。じゃあ……針の形でいこうかな)

(おっけ~。さっきの霊力だと、二十打てれば良い方なんじゃないの?)

 

目標は二十。それに届くまで、とは言わない。

せめて近い数出せればいいのだが……!

 

針の形となって真っ直ぐに素早く飛んで行く弾幕の数は――二十五。

どうやら、早くもコツを掴んでしまったみたいだ。

 

(あ、あれぇ~……もうコツ掴んじゃった?)

(そうみたいだな。やはり才能はあったんだ)

(才能あるなら最初からできてるよ。努力の能力でしょ。強くなりたい、って思いが弾幕への慣れを早めたんでしょ)

(そんな辛辣なコメントよりも褒めて欲しいな~)

(はいはい、おめでとう、よくやったよくやったっと……)

 

あのさぁ……俺の扱いなんか雑じゃない?

 

―*―*―*―*―*―*―

 

結界は徐々に破壊しつつある。

幻獣を一部に限って放出するとすれば……()()()()()くらいには幻獣を放出できるだろうか。

破壊した後は、――の持つ――の能力で幻獣を操るだけ。

そこまで来れば、もう計画は完遂したも同然。

そうして、この幻想郷を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――“理想郷”に、創り変える。




ありがとうございました!
とうとう敵が書かれました。やっとです。
不知火とあと二人。それと、幻獣を操る能力持ちがいることがわかりました。
これからは戦闘シーンが多めになっていきます!
お楽しみにしていただければ……!
ではでは!


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第28話 オレの力

どうも、狼々です!
今回は、美鈴が紫のことを話します。
面識自体はあるらしいのですが、呼び方がわからなかったので、
この作品では『紫さん』でいこうと思います。
では、本編どうぞ!



俺が紅魔館に来て、半年程経った。

夏は終わり、秋も過ぎ、冬真っ盛り。12月くらいだろうか?

やっぱり幻想郷でも寒いものだな……

昼の今、俺はいつものように庭で鍛練中。

一人で――ではなく、美鈴と一緒だ。

 

「もっと霊力を腕に集めて、一撃の威力を強くするんですよ。蹴りも同じです」

「腕、って言われても、具体的に腕の何処に集めればいいんだ?」

「大半は相手に当てる所で、少しを全体に集めます。全体に送って、振り抜きの速さを上げるんです」

 

俺の課題の一つである、霊力強化の武術を教えてもらっている。

刀は置いてきた。体術の練習には重いしね。

今までも何回か教えてもらっていたが、上手くいっていない。

門番の仕事もあり、教えてもらえる回数そのものも少ないのだ。

 

「は……あぁ!」

「う~ん……何で上手くいかないと思う、美鈴?」

 

いつの間にか栞と美鈴も仲良くなってるし。

いや、ホントにいつからだ……?

 

「そうですね……天さんの霊力と天さんの考えが武術を苦手としてるんじゃないですか?」

「というと?」

「天さんは、何を目的に強くなろうとしていますか?」

「えっと……幻獣については知ってる、よな?」

「ええ。もっとも、知ってるのは一部だけですが。紅魔館では全員知ってますよ」

「そうか。まず最初に俺は、その幻獣への対抗の為に紫に呼ばれた。で、幻想入りしたんだが――」

「ゆ、紫さんに呼ばれたんですか!?」

「お、おう。あ、そういえばまだこのことに関しては言ってる人少ないな……」

「何してるんですか……それ、結構重要なことですよ。幻獣が来た時に真っ先に主力になるのは、天さんの可能性が高いんですからね」

「ま、後で皆に言うよ。で、幻獣から幻想郷を守るためにここにいる」

「それは、目的ってことですか?」

「まあ、そうだな」

 

ちょうど半年前に栞から気付かされた。

幻想郷を守るために力を付けて、その力を使う。

そう、決めたんだ。

 

「じゃあ今力を出すのはほぼ無理ですね」

「どうしてだ?」

「『守るために』力を使うと考えている以上、必要以上には相手を傷付けまいとしてます。刀は元から殺傷武器です。ですから、殺傷の意思のない天さんでも霊力強化が若干使えているのでしょう」

「なるほどねぇ~。つまり天には武術そのものができないんだ」

「ま、平和的でいいだろ? 俺は平和主義なんだよ」

「幻獣には容赦無しでお願いしますね……?」

 

瞬間、()()の声が響く。

 

 

 

――オレならできるけどなぁ?

  

    オレは絶対に前に出す気は無い。出したら、何をするかわからないからな。

 

――そうかよ。じゃあ……無理矢理前に出るだけだ!

 

 

 

 

 

 

オレが、前に出る。出てしまう。

強く、激しい憎しみの力が、俺を後ろに追いやった。

為す術もなく、俺は追いやられた。力が、強すぎる……!

ま、まずい――!

 

「――なぁ、美鈴」

「なんですか、天さん?」

 

 

 

 

 

「だったら、試してみるかよ?」

 

 

 

 

 

 

そう言った直後、俺の体からは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()吹き出した。

 

美鈴はそれを察知すると、驚異的な速度で後ろに飛び、間合いをとって戦闘態勢に入った。

 

「貴方……()()()()……?」

「いやだなぁ……オレは天だよ、新藤 天。さっきまで知らない相手と会話してたのか?」

「いや、貴方は天さんじゃない……!」

「ま、それも半分正解ってことかな?」

「……それって、どういう――」

「ああぁ、それはいいとして……どうする? 試してみるのかよ?」

「何を、ですか」

 

何を、だなんてしらばっくれて。

さっきまで霊力強化の武術を俺に教えてたじゃないか。

だったら……何をするかなんて野暮な質問は要らないだろう?

 

「決まってんだろ……こうするんだよ!」

 

黒の霊力がオレの足を包み、両膝を曲げた直後。

 

バァァアアン! と激しく音をたててオレの体が加速する。

この加速は、()()()()()()()()()()だった。

 

「なぁっ……!」

「天、どうしたの天! しっかりして!」

「うるせぇよ栞! 美鈴も何驚いてんだよぉ!」

 

そして、オレは()()()()()()()()()()

それも察知した美鈴が、拳を握る。

本格的に相手をするつもりかよ。無駄だがなぁ!

腕に集まった霊力が、一つの技を組み上げる。

それは、とても破壊衝動に満ちていて、危険すぎる。

故に、強すぎる技。純粋に破壊のみを目的とする技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「  『虚無ノ絶撃』ィ!  」

「はぁあっ!」

 

 

オレと美鈴が同時に拳を打ち出す。

美鈴も容赦が無いようで。

――だけど、関係ねぇなあ!?

お互いの拳がぶつかりあった瞬間。

 

ドゴォォォオオオオオオン!

 

地面には亀裂が入り、空気の震動は、紅魔館中に届くほどに強く、重く。

聞いたところだと、美鈴の体術は達人級。それに、妖怪でかなり力が強いらしい。

 

 

 

 

 

だが、その美鈴に()()。拳は均衡を保っている。

 

「ねえ天! 本当にどうしたの!?」

「うるせぇって言ってんだろ!」

「は……ああっ!」

「ちっ……!」

 

オレが栞と会話した隙に、美鈴がさらに腕に妖力を加えて、均衡を崩し始めた。

オレは押され、このまま先程の状態に戻すのは不可能だと判断し、後ろに跳ぶ。

そして、突然に吹き出した黒の霊力に気付いた紅魔館のメンバーが庭に来る。

 

「……! 天、どうしたの!?」

「お嬢様、近づかないでください! こいつは……天さんじゃない!」

「天お兄ちゃん、しっかりして!」

 

レミリアとフランの叫ぶ声。

それさえも、オレに届かない。

 

「おらおらぁ! 何よそ見してんだよ、美鈴!」

「ちぃっ……はあぁ!」

 

再び、爆音。双方の拳はぶつかり。

オレの腕は先程よりも黒くなっている。

実際に黒い訳じゃない。ただ、腕を覆う霊力の量と密度が増えたのだ。

それが意味することは、美鈴の押されること。

ぶつかりあった拳は、徐々に、徐々にだが。

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

「ど、どうして……さっきまで、こんなに……」

「どうしてだぁ!? オレが美鈴を『壊す』意思が強くなったからに決まってんだろ!?」

 

そう言った瞬間。

 

ピッ、という『何かを飛ばした音』が小さくだが、聞こえた。

オレはそれも聞き逃さない。

確実に、オレの方へ向かってくる。それに、一つじゃない……!

オレは再び後ろへ飛び退いて、美鈴との距離を空けた後、音のした方を向く。

瞬間、さくんさくん、とオレのいた場所に無数のナイフが刺さる。

 

「あら、残念。当たらなかったわ」

「……おい咲夜。今本気で当てようとしただろ……?」

「そうだけど、何か? 貴方のような人は知らないわ」

「全く、白状な奴なこった。相手をしてやってもいいが……そろそろ()()()()()()か。どいつもこいつも使えねぇ」

 

その言葉を最後に、オレが後ろへ。

それと同時に――俺が前に出るが。

俺の意識はなくなり、支える力もなく、地面に倒れた。

 

「え……天さん! 天さん!」

 

俺が聞こえたのは、美鈴の叫び声。

ああ、あんなことをしたのに、心配してくれるのか。

その思いも、泡沫のように消えて。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天が、倒れた。

美鈴との相手をしている途中に。

何が何だかわからない。私と模擬戦をした時は霊力は白色だった。

けど、今の天は黒の霊力を溢れんばかりに纏っていた。

そもそも何で天は美鈴と戦っていたのだろうか。

美鈴も本気だった。模擬戦とは考えにくいし、何より天が敵意を持っていた。

……いや、今はそんなことよりも。

 

「美鈴、天は救護室に連れてって! 咲夜は美鈴の補助! パチェは一応治癒魔法の準備!」

「「わかりました、お嬢様」」

「やってみるわよ」

「ね、ねぇお姉様。私はどうしたらいい……?」

「……私とフランは、天に付いてあげましょう。寂しいだろうからね」

「……うん。お姉様、天お兄ちゃん大丈夫かな……?」

「ええ。フランが大丈夫って思えば、きっと大丈夫よ」

「わかった。……大丈夫、大丈夫――」

 

天……早く起きなさいよ。

皆、貴方のことを大切に思ってるんだからね……!

 

―*―*―*―*―*―*―

 

ここはユメの中。夢なんかでは決して無い、ユメの中。また、暗い冥い場所。

やはり、オレがいる。

 

――さっきのでわかっただろ? 俺よりオレの方が強い。

 

    何で美鈴に攻撃した! 仲間なんだぞ!

 

――俺に知らしめるためさ。ちょうどよかったんだよ。幻獣相手にはオレが必要だろ?

 

    オレの力なんて使わない。大体、オレは本当に何なんだ!?

 

――この前言った通りさ。俺の闇がオレ。憎しみの塊がオレ。つまりは、信頼の逆を信じてる。

 

    そうかよ。オレの力はもう使わない。あれが最初で最後だ。俺は俺の力で強くなる。

 

――限界って知ってるか? いずれ俺の方からオレを求める。近いうちに、な?

 

    それはない。絶対にオレは前に出さない。

 

俺は一方的にユメから去る。逃げるように。

だが、オレの言葉は未だに紡がれ続ける。

 

――いつまでそんなことが言えるのかな? 楽しみだなぁ!?

 

 

 

 

 

 

俺が目を覚ます。

そこには白の天井。最近は赤の建物しか見ていなかったから、少し新鮮に思える。

起き上がろうとする。――が、体が動かない。

 

「あ、起きた! 天お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

最大限の心配の表情を浮かべて、俺の顔を覗き込んでくる。

 

「本当? 天、大丈夫かしら?」

「大丈夫? かなりの時間寝ていたわよ?」

 

レミリアと咲夜が同じように。

かなりって……どのくらいなんだろうか。

 

「どのくらい、寝ていた?」

「えっと……三ヶ月くらい?」

「……はぁ!? い、いや、でも俺……!」

「嘘よ。三日よ、三日。けど、三日も長いとは思うわよ?」

 

三日。72時間。それは、とてつもなく大きい。

幽々子の話では、いつ幻獣が来てもおかしくないらしい。

なのに、三日も無駄にしてしまった。

三日もあったら、どれだけ修行ができただろう。どれだけ強くなれただろう。

……すぐに、取り戻さないと。

体を起こそうとするが、尚も体が動かない。

 

「無理よ。三日休んで体力が戻らないほど疲労があったのよ」

 

パチュリーが現れて、俺の説明をする。

 

「……俺は、どうなってたんだ?」

「過度な疲労。霊力が乱暴に使われていたの。けど、()()()()()()()()()()()。こっちが何でか聞きたいくらいよ」

「多分だが……あの時の俺は、俺であって俺じゃない。別のオレだった」

「……どういうこと?」

「そのままだ。俺でもわからない。けど、俺が俺じゃない。霊力がなくなってないってのもそれが関係してるだろうな」

「まぁ、そうよね。私との模擬戦での天の霊力は白。あの時は黒だったもの」

 

そう、だったな。あの時の俺は黒の霊力だったな。

 

「なぁ栞。黒の霊力の特徴ってなんだ?」

「えっと……ごめん、私にもわからない。今までに見たことがないの。けど……霊力の色っていうのは、その魂の象徴みたいなものなの。黒っていうことは……少なくとも普通じゃない」

 

普通じゃない、か。我ながら嫌気がさす。

信頼の白と絶望の黒。信用の白と裏切りの黒。

……本当に、嫌気がさす。

 

 

「天さん、大丈夫ですか?」

「あ……」

 

美鈴が、いる。

美鈴と顔をあわせることができるのか? 顔を合わせられるのか?

……仮にオレとはいえ、仲間を攻撃したんだ。

まずは、謝らないと……

 

「美鈴――」「天さん――」

 

 

 

「ごめん!」「ごめんなさい!」

 

「「……え?」」

 

え、っと……何で美鈴が謝るんだ?

本来謝るのは俺のはずなのに……

 

「えっと、どうして、美鈴が謝る? 謝るのは俺だ。俺は仲間の美鈴に手を上げたんだぞ……」

「それは……私だって、天さんに手を上げました。お互い様なんです。あの時だって、他に方法はあったはずなのに、手を上げてしまいました。妖怪の私が、人間の天さんに。種族の問題で、力の差は大きいことがあるのは、わかってたはずなのに、です」

「……俺に関しては、もういいんだよ。俺でも美鈴の考えは正しいと思ってる」

「その、えっと……私からも、ごめんなさい」

 

咲夜も、美鈴と同じように謝る。

 

「私も、人間であるとはいえ、丸腰の貴方にナイフを、刃物を、武器を向けてしまった。貴方にナイフを本気で当てようとしてしまったの。……本当に、ごめんなさい」

「い、いいんだって……美鈴と同じように咲夜の判断は間違ってないと思うよ。むしろ、俺があのまま暴れてたら危なかったしな」

 

想像してしまう。オレが皆を傷付けることを。

他でもない、自分が。

……そんなことは、間違ってもしたくない。

 

「とにかく、二人共。そんなに気にしないでくれ」

「はいはい。じゃあ貴方はもう休んでなさい。あと一日寝てれば大丈夫なはずだから。……皆、出ましょう」

 

レミリアによる声がかかって、皆が出る。

その後。

 

(ねぇ……私が最初に天の中に入った時のこと、覚えてる?)

(あ、ああ。あの妖夢が抱きついてた時な。覚えてるよ)

(どうして妖夢ちゃんを話に出すかなぁ……まぁいいや。それよりも、その時の私が言った言葉、覚えてる?)

(どれかわかんねぇよ)

(えっとね……『先客がいる』って言ったの覚えてない?)

 

……あ~、確かそんなことを言っていた気がする。

正直、妖夢に気を取られすぎてあまり覚えてないが。あれは衝撃だったよ。

 

(そういやそうだったな。で、その『先客』がどうした?)

(多分、それがもう一人の天。……そいつが何か、話してくれない?)

(いいけど……俺自身でもわかってることが少ないんだよ)

(構わない。それが、天の助けになるのなら)

(……ありがとう)

 

俺はオレのことについて話した。

ユメのこと、独りでいた時のオレのこと、信頼とは真逆の考えを持っていること、白玉楼を出る前に妖夢に言っていたのはオレであること。そして、今回出てきたのもオレであること。

 

(そうなの……だから、守る意思のない、逆に破壊、裏切りの意思のあるもう一方が、えっと……虚無ノ絶撃、だっけ? それを使えるのかな? 今の天でも使えるの?)

(恐らく、いや。確実に無理だ。だから……もう一人の方のオレが俺よりも強いんだよ。俺は、弱いんだよ)

(私は、そうは思わない。今の天の方がよほど強いと思うよ。今はそうじゃなくても、将来的には絶対に強くなれる)

(そうじゃ、ない。俺はやっぱり、もう一人のオレを使った方がいいんだよ)

 

あ、ああ……なるほど。こういうことか。

オレが、俺の方からオレを求めるって。力が強いのはオレなんだ。

じゃあ、幻想郷を守るには――

 

(あのね、天。守るものが、護るものがある方が強くなれるんだよ?)

(でも、破壊専門の方が強いに決まってるだろ……)

(そうだね。でも、そうじゃないんだよ。精神が違うのさ。守るために頑張ろう、って思える精神が)

(……俺は、どうすればいいと思う?)

(どうするも何も、今までと変わらないよ。天のままで強くなるべきだ。そうじゃないと、幽々子と妖夢が驚いて褒めるどころか、怒られちゃうよ?)

(そうだな。それもそうか、ははっ……)

(そうだよ。えへへ)

 

こうやって笑えることが、俺にはとてつもなく安心できて、心地良い。

最近俺は、栞に助けられてばかりだな。

最初は助けたとはいえ、ここのところはずっと受け身側。

いつか、返したい。

そのためにも、強くならないと。

守る為に、強く、強く。




ありがとうございました!
美鈴と栞は、とばされた半年の間で面識を持った、ということにしてください。
半年間も知り合ってない、というのは少し不自然ですので。

まさかの12話の『先客』が伏線となってて、今になって回収されたのでした。
中々この伏線の隠し方は自信ありました。わかる人にはわかるんでしょうが。
忘れた頃にやってくるスタイル。

栞ちゃんが大分天君の支えになってますね。結構こういうキャラは好きです。
目立つ主人公があるけど、その主人公もこのキャラがいないとたたない、みたいな。

ではでは!


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 特別話 バレンタインのチョコの味

どうも、狼々です!
今回はアンケート結果通り、特別話を書きました!
皆さん、ご協力ありがとうございました!

アンケートの数が集まらず、内心焦ってましたが。
内訳は、特別話の意見が全部でした。
おお……!
私自身、結構この話を書くのを楽しみにしていました。
この話書き始めたのが、第28話を書き終わった直後でして。

この話は、完全なラブコメディにしてます。ストーリーの幻獣とか不知火とか
アイデアライズとか関係なく、生粋の恋愛日常編。
一旦シリアス等から離れて、この話をお楽しみください!
頑張って妖夢と天君を甘々に!

では、特別話どうぞ!


あれからまたさらに二ヶ月後。

もう2月になった。意外と早いものだ。

 

朝になってベッドから起きる。

さて、今日の日付は14日。そう、2月14日。

リア充と呼ばれる者達が蔓延(はびこ)る三大イベントの一つ、バレンタインデーだ。

 

バレンタインデー、ホワイトデー、(カップルでの)夏祭り、クリスマス。

あ、四つじゃん。いや、バレンタインとホワイトデーをセットで三つだな。

 

外の世界では見せつけるかの如く騒ぎ、自分たちが主役の世界に入り込む。周りのことなんて二の次だ。

勿論、全体がそうだとは思わないし、一概にそうだとも言えない。

が、そうであっても、全体の傾向としてはそれが多すぎるのだ。

 

自分達の刹那的な快楽を優先させ、他人の迷惑を気にも留めない。

そんな行為をただ繰り返す輩が、加速的に増加しつつある。

昨今(さっこん)の若者カップルにはあまり良いとは言えない行為が顕著に表れている。

 

かといって、それを抑えようとするどころか、影響されて真似をする組まで表れ始める。

類は友を呼ぶ、とも言うが、自分達の縄張りの中だけでやってもらえないだろうか。やめてもらいたい。

それを()とすることはありえないのだから。目の保養にもならない。

 

しかし、きちんと節度を守って、自分達の中だけで、迷惑をかけないように気を付ける組もいる。

俺は素直にその組の幸福を祈りたいとは思う。俺が嫌いなのは公衆の面前で節度のない組だ。

 

それで、俺を含む非リアと呼ばれる人種は、リア充と対極している。

非リアとは全体として、リア充を目の敵とする者が多い。

例によって、これも全体の傾向であり、全員がそうではない。

ただ、目の敵とする理由の多くは、羨望(せんぼう)や渇望である。

非リアはリア充を妬んでいるのだ。(そね)みなのだ。

 

 

長くなってしまったが、結論を言おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――リア充爆発しろ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

いつものように布団から身を出す。

そして、いつものように台所へ行き、朝食を作る。

が、半年とちょっと前の彼との時間を考えると、いつもとは言えないだろう。

いや、むしろ今のほうが『いつも』である。

しかし、そう思いたくない。なぜなら、そうあって欲しいと思っているから。

彼がいる光景がいつもの光景だと思いたいから。私は、再びその光景が見られるのを半年以上待ち焦がれる。

 

「妖夢、おはよ~」

「え……? おはようございます、幽々子様。今日は本当にお早いですね。まだ寝ててもいいですよ? 朝食ができたら起こしますから」

「ああ、いいえ。今日は妖夢に伝えたいことがあるのよ」

「は、はい……それで、ご用件は……?」

 

 

 

 

「天に、会いたくない?」

 

 

 

 

その言葉を聞いた一瞬で、色々な思いが湧き上がった。

驚愕、期待、歓喜、安心、感動。そして……愛。

 

「ぇ……あ、会えるのですか!?」

「勿論よ。場所も、天が出ていって一週間後に知ったわ」

「な、何で教えてくれなかったんですか!」

「まあまあ。今日この日のためよ。今日は何日かしら?」

「えっと……2月の14日ですね。それがどうかしました?」

「貴女、今日が何の日か知ってる?」

「いいえ……何かあるんですか?」

「ええ。外の世界では、『バレンタインデー』という日が今日らしいのよ」

「それで、その『ばれんたいんでぇ』といものがどうかしたんですか?」

「ふっふっふっ……バレンタインデーといのは、女性が『()()()()()()()()()』チョコレートというものをあげる、という日らしいの」

 

好きな異性。その言葉を聞いて、すぐに彼を思い浮かべる。

ああ……この感覚。この心からふつふつと湧き上がる幸福感と切なさ、そして充実感。

まるであの時と変わっていない。むしろ、会えていないばかりに強くなっているんじゃあないだろうか。

よかった……私は、まだ彼のことを好きでいられて……

 

――って、何か恥ずかしい……『すぐに』彼を思い浮かべるところとか……

 

「あら妖夢、顔が真っ赤ねぇ……どうしたの? ――あ、もしかして、好きな異性を思い出してたのかなぁ~?」

 

幽々子様が意地悪な笑みを満面に浮かべる。あたかも愉しいと言っているように。

 

「そ、そうですよ……私は天君が好きです。天君を思い出してました!」

「あらあら……未だに正直なことで」

 

やっぱり、好きの気持ちは曲げたくないよね……。

曲げちゃいけない気がする。それは、半年前と変わらないようで。

 

「まあいいわ。それで、チョコレートを作って彼にあげてきなさい」

「え、ええぇっ!? い、いえ、ですが……彼に好きって言うようなものじゃ――」

「じゃあ聞くわよ。あげたくないの?」

「……あげたい、です」

 

言葉が尻すぼみになりながらも答える。

うう……やっぱり恥ずかしい。

 

「じゃあ決まりね。チョコレートの材料と作り方は紫が教えるらしいからね。朝食、一人分多く作っといてね」

 

そう言ってすぐに幽々子様が部屋に戻っていく。

そして私は期待に満ち溢れながら朝食を作りを再開。

 

「天君……喜んでくれるかなぁ……えへへ」

 

そう呟いてから微笑んだ私は、自然と料理を作る手が速まっていた。

 

 

 

 

朝食が終わり、紫様とキッチンへ。

胸が躍るが、少し緊張する。彼がおいしいと言って食べてもらえる『ちょこれえと』というものを作れるのだろうか。

 

「じゃあ、天に送るのよね?」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「作り方は横で話していくわ。じゃあまずは――」

 

 

そうして、私のチョコレート作りが始まった。

 

 

 

 

 

 

「さぁて、これでココアパウダーをまぶしたらトリュフチョコの完成よ……そう、その粉よ」

「は、はい……」

「はい、完成! お疲れ様、妖夢!」

「ありがとうございました、紫様!」

「いいのよ。貴女が頑張ったのよ。にしても……本当によく頑張ったわね」

 

かれこれ作り始めて四、五時間くらい経ってしまった。

朝食はいつもより少し早めに七時に終わってから、すぐ作り始めて、今はちょうどお昼。

チョコが固まらない、チョコがぼろつく、水気が多い、分離する等、数々の失敗を繰り返して、上手くいったのがついさっき。

結構たいへんだった……

 

「それで……生チョコじゃなくてよかったの? トリュフチョコよりも簡単だったのよ?」

 

作る前。紫様に生チョコとトリュフチョコ、どちらを作りたいかと聞かれた。簡単なのは、生チョコだとも言われた。

けれど、私はトリュフチョコを挑戦した。チョコレートすら、一回も作ったことも、見たこともないのに。

 

「どうしてトリュフチョコにしたの?」

「そ、その……頑張って作った方が、天君が喜んでくれるかなぁ、って、思い、まして……」

「はあぁ~……ホント、天は幸せ者よねぇ……本当に、よく頑張ったわね」

「はい、紫様のご指導のおかげです!」

「ふふ、そこまで頑張って、嬉しそうに言われると私も教えてよかったわ。さてと……大変だけど、片付けて昼食作りましょう。私も手伝うわ」

「い、いえ、そういうわけにも――」

「いいの。早く作って、早く食べて、早く天に会って渡してきなさい」

「紫様……はい、わかりました。お言葉に甘えさせてもらいます!」

「ええ。じゃ、片付けるわよ」

 

私と紫様の二人で片付けを始める。

私の頭の中は、この時点で彼のことでいっぱいだった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

時は少し遡って。

 

俺は朝食を取った後、いつもの通り、修行をしていた。

弾幕も使いこなせるようになった。その中でも、針の弾幕は得意なようだった。

明らかに他の弾幕の出来が違っていた。比較的数も多く、一発あたりにかかる霊力も少ない。

針の形の弾幕は、スピードが速く、牽制に使ったり、広い範囲を攻撃しやすいことが特徴らしい。

 

栞、言ってた。

 

(ねぇ……今日って何日だっけ?)

(……14日だよ)

(何月のだっけ?)

(……2月だよ)

(何か特別な日だったっけ?)

(……バレンタインデーだよ)

(どんな日だったっけ?)

(栞! お前明らかに俺に傷を入れようとしてんだろ! はいはい、どうせ俺はチョコもらえませんよ!)

(そんなことはないよ。私だって外に出られたら天にチョコあげてるよ?)

(……え? それマジ?)

 

少し期待してしまう。女の子からチョコもらえるってだけで期待するのが、男という種類なのだ。

なんて悲しくて、単純なんだろうか。しかし、それが男の(さが)なんだよ……仕方ないじゃん。

俺に限ったことじゃない。むしろ世界中の男子がそのはずだ。

 

 

(あ、期待してる! 嬉しいよ、私――ふ、ふふっ……)

(おい栞、笑ってるんだろ? 聞こえてないとでも思ったかおい?)

(い、いやぁ……面白かったよ?)

(もう俺泣いちゃうよ? 泣いちゃうからね?)

(ごめんごめん。でも……ホントに作れてたら、あげてるかもね)

(……ん? おい栞、今――)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(“義理”だけどね♪)

(もう許さねぇ! 今まで散々おちょくってくれたなぁおい! 積もり積もった分を返してやろうか!?)

(わー、恐ーい。……あ、謎掛け思いついた。それも結構上手いかも)

(ほぅ……出来によってはチャラにしてやってもいいぞ?)

 

謎掛けねぇ……

○○と掛けまして、✕✕と解きます。 その心は? どちらも△△でしょう、ってあれか。

俳句みたいな感じでアイデアが浮かぶよな、あれ。

できた時には特有の達成感があるよね。

おお……! キター! って感じの。

 

 

(え~……コホン。――バレンタインデーの天と掛けまして、私から見た天と解きます)

 

あーもう嫌な予感しかしない。

どうせ俺を小馬鹿にするんだろ? わかってるよ?

今までのパターンが全部そうだったからな。

けど、まだ諦めるには早いと思うんだ。一筋の可能性。

虚数の彼方に存在するかどうかも怪しい可能性に賭けてっ……!

 

(……その心は?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どちらも、傍観【暴漢】でしょう!)

 

 

(お前絶対許さねぇ! 今回ばっかりは堪忍袋の緒が切れたぞ! 仏の顔も三度までって言うだろ!? もう三回以上我慢してきたよなあ!?)

(ほら、すぐにそうやって暴力的なことを言う! やっぱり暴漢じゃん!)

 

 

 

「あんまりふざけるなぁあ!」

 

 

 

俺の叫び声は、紅魔館中に響き渡ったとさ。

……いや、幻想郷全体に広がったかもしれないくらいだった。

 

 

 

叫び声をあげて、俺の気も落ち着いて。

昼食を食べた後、咲夜に後で彼女の部屋に来るよう呼び出された。

結構珍しい。咲夜から呼び出されたのは今まで数回あったかなかったかくらいだ。

……もしかして、バレンタインだろうか? もらえるのだろうか?

今まで俺は、外の世界でチョコは数回もらったことがある。

……が、悲しいことに全て義理。もらえないよりは当然嬉しい。けど、現実って非情だよな、ははっ。

 

 

……ははっ。

 

少し沈んだ気持ちと期待の気持ちがごちゃ混ぜになりながらも、咲夜の部屋へ。

そこには、咲夜と……袋に入れられたエクレアがあった。

 

「で、どうした? 咲夜から呼び出すなんて珍しいじゃないか」

「天、今日はバレンタインでしょ?」

「あ、ああ。そう、だな」

 

期待で声が震え始める。単純すぎだろおい。そこらの男より単純な自信があるぞ。

 

「それで、このエクレアあげるわ。ま、いつもの感謝の気持ちよ」

 

ですよねー義理ですよねーわかってました。

 

けども……『咲夜の作った』エクレアとなると話が違う。

単純な味の要素にも期待がかかる。

 

「え、えっと……今食べても?」

「貴方ねぇ……さっき昼食食べたばっかじゃないの」

「い、いやぁ……味が楽しみなんだよ」

「……ご自由にどうぞ」

 

よっしゃ! いただきま―す!

袋を丁寧に開けて、エクレアを取り出し、口に運ぶ。

 

外のシュー生地はサクッと、かつ中のカスタードクリームとホイップクリームは甘く、濃厚。

上にかかったチョコレートとの調和は抜群。

や、やっぱり美味しすぎる……! 今まで食べたエクレアの中で一番美味しいのは間違いない。

 

「お、美味しい……! 今までで一番美味しい!」

「……そ。喜んでもらえて何よりだわ。さ、帰った帰った。修行するんでしょ?」

「わ、わかったよ……じゃ、ありがとうな!」

「ええ。どういたしまして」

 

俺は咲夜の元を離れる。紅魔館に――というか幻想郷自体にも言えるが――男は俺しかいない訳で。

俺の為に作ってくれたということに感謝感謝っと。

 

 

暇だ。暇過ぎる。修行をちょっとやったが、こんな日まで修行は少し気が乗らなかったらしい。

今は、気分転換に図書館へ向かっている。

 

さあて、図書館に着いた。何の本を読もうか……

扉を開ける。中には、紅茶を飲みながら読書をするパチュリー。

見慣れた光景。

 

「あら天。来てくれたのね。よかったわ」

「えっと……どうして?」

「渡したいものがあるのよ……はい」

 

差し出されたのは、クッキーだった。半分白、半分黒のチェック柄のあれ。モノクロクッキーだったか?

これは……バレンタインだから?

俺についに来たモテ期。突然過ぎる。

 

「えっと……どうして俺に?」

「今日はバレンタインでしょ? チョコよりもクッキーの方がいいと思ったのよ。それなら、もし甘いものが苦手でも食べられるでしょ? それに、紅茶に合うわ。そう作ったからね」

 

なるほど。ちゃんと考えてくれていたのか。それも手作りで。

俺は甘いものが苦手ではないが、こういう気遣いはとても嬉しい。

こうやって相手のことを考えてくれた贈り物って普通よりも嬉しくなる。

あ、考えてくれてるんだ、って。

 

「……ありがとう、パチュリー。一緒に食べないか?」

「……まあ、いいけど」

 

本を手に取り、椅子に座って。パチュリーの注いでくれた紅茶とクッキーを食べながら読書。

中々に心地いい。安心感があるよね。

 

 

 

 

クッキーを食べ終わり、図書館を出ようとして。

 

「ありがとうパチュリー、美味しかったよ。俺は――」

「あ、いた! 探したよ! ね、ね! 私の部屋来て!」

 

フランちゃんがいきなり扉を開けて現れて、俺の手を取って引く。かなり強く。

かなりの力で抵抗できずに、手を引かれたままフランちゃんの地下室へ。

 

「ねえねえ! 今日は、ばれんたいん、なんでしょ?」

「あ、ああ。そうだよ」

 

そう答えて、フランちゃんは驚愕の発言をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのね……私と遊ぼ! チョコレートは作れないから……()()()()()!」

 

 

 

おっとこれで合法的になったわけですが。今からでもロリコンにジョブチェンジしようかな?

……しないよ? しないからね?

 

というか、こんなに純度百パーセントの笑顔で言われたら……ねぇ?

ああ、卑猥な意味で捉えてしまえる俺は、なんて心が(けが)れているんだ……

 

「あんまりそういう発言はしないようにね……? 遊ぶけどさ」

「どうして?」

 

フランちゃんが首を傾げる。ああ、なんて愛らしいんだ。

小動物的な行動に精神をもってかれそうになる。

 

「どうしても。あんまり信用できない人には言わない。約束できるなら、遊ぼう?」

「わかった! でも、信用できる天お兄ちゃんならいいよね?」

 

ああ、ダメだ。フランちゃんの笑顔が眩しくて直視できない。

 

「……わかった。良いから、他の人には言わないこと。じゃ、遊ぼうか?」

「わ~い! じゃあ……チェスやろ!」

「ほう、俺にチェスを挑むとな。悪いが俺は強いぞ? レミリアに全勝してるからな!」

「そうなの? でも、お姉様は単純だから、引っ掛けたら途端に弱くなるよ?」

 

……妹にディスられてますよ、レミリアお姉さん?

 

 

 

 

 

さて、チェスも大分やった。

勝敗の比率は五分五分。きっちり五分五分。

……フランちゃんは運以外もお強いんですね。びっくりした。最初のゲーム取られて気付いた。

『あ、ヤバイ。フランちゃん強い』、って。

もうすぐ勝敗が付く。このゲーム終わったらそろそろ修行に行くか……

 

「ほら天お兄ちゃん、チェック」

「あ、どうしよ……はい、いいよ」

「あ~あ。……はい、チェックメイト。これで私の勝ちだね!」

 

いつの間にか負けていた。

いや、でもこの笑顔と敗北を引き換えにできるならむしろ――

 

「天! ここにいるのは運命が言ってるのよ! 出てきなさい!」

「あ、()()()()()()お姉様だ!」

 

もう目の前でディスられてますよ、レミリアお嬢様……?

それで本当にいいのだろうか? 姉の威厳が消滅しそう。

 

「ふふふ……この前の私とは違うわ! 今度こそ勝つ! 私とのバレンタインプレゼントは、貴方の敗北よ、天!」

「じゃあ、せめて勝利を持っていこうかな?」

「そうやって余裕があるのも今のうち。すぐに私の強さを知ることになるわ!」

「そうかそうか。じゃあこのチェス盤でやるか。……フランちゃん、いいか?」

「いいよ~! 私、お姉様が天お兄ちゃんに負けるとこ見た~い!」

 

……純粋って、時々怖くなるよね。お兄ちゃん悲しいよ。

 

 

 

 

レミリアとのチェスも終わって。

 

「どうして勝てないの~! う~……」

「天お兄ちゃんの勝ち~! いえ~い!」

「わ、わ~い……か、勝った~」

 

フランちゃんの応援は俺にのみ向き、妹にディスられる中。

一方的にレミリアのアウェーな状況でゲーム終了。

結果は……まあ、そうです。はい。

 

「レミリア、同じ手ばかり使おうとするから負けるんだよ」

「う~……次は負けないわ! 勝ち逃げなんてさせないからね!」

 

そう言ってレミリアは、地下室をダッシュで去る。

何故こうも紅魔館の姉妹は魅力があるのだろうか。

『う~』って、ギャップを感じるよね。普通に可愛い。

 

「……じゃ、俺は庭に修行に行くよ。また来る」

「うん。頑張ってね~」

 

フランちゃんに見送られて地下室を出る。

フランちゃんの応援があれば何でもできそうな気がする。

……時に素直さは残酷だけど。

 

 

さて、庭に着いたのだが。

 

「あ、天さん。ちょうどよかったです。探してましたよ?」

 

美鈴がこちらに駆け寄って来る。

……もうそろそろ展開がわかってきた。

なんか俺、今年すごくね?

もうこれから義理含めて一切もらえないんじゃないか?

 

「はい、どうぞ。これを食べて、これからも頑張ってくださいね!」

 

そう言って差し出されたのは、チョコマフィンだった。

チョコチップが散らばっていて、全体の色もチョコレートの色。普通に美味しそう。

 

「今食べてもいいか?」

「ええ、勿論。どうぞ!」

 

では、一口。

……うん、美味しい。きちんとしたマフィンの味だ。

チョコレートも多すぎず、少なすぎずで丁度良く、チョコチップの食感も好ましい。

 

「うん、美味しい。ありがとう、美鈴」

「いえいえ、お粗末さまでした。頑張ってください!」

「ああ。頑張るよ」

 

俺がそう言って、美鈴は門の方へ走っていく。

美鈴って、案外お菓子作りとかできたのか。……失礼だが。

中華料理が超得意そう。炒飯(チャーハン)とか、小籠包(ショーロンポー)とか。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

片付けもあり、遅くに昼食を食べ終えて。

私は、体が疼いていた。恥ずかしい人だとか、卑猥な意味じゃなく。

早く、早く、彼に会いたい……!

色々話して、笑いあって、彼の優しさに触れたい。

 

「それで幽々子様、天君はどこにいるんですか?」

「紅魔館よ。咲夜から連絡が入ったの。うちで預かってます、ってね」

 

紅魔館か……レミリアとか咲夜さんとかいるところかあ……

紅魔館には、可愛い女の子がたっくさんいるよね……誰かが彼を好きになってしまわないだろうか。

逆に、彼が誰かを好きになっていないだろうか。

不安になる。少し寂しくもなる。まだ彼が私に振り向いてくれるとも決まってないのに。

私のほうが、交流の時間は浅いのに。

私は一ヶ月。でも、紅魔館の皆は今は半年とちょっと。先まで考えると、一年間。

……はぁ。

 

「……どうしたの? そんな表情で渡しに行ってもいいの? 今まで会うのを楽しみにしてたじゃない。天が喜んでくれないわよ?」

「……わかりました。――では、行って来ます!」

 

満面の笑みを浮かべて飛び立つ。

手には、袋に入れたトリュフチョコ。今日一番の出来の。

ドキドキする。まだ会ってもいないのに。

……それだけ、彼に溺れてしまっている、ということだろうか。

 

 

 

よかったなぁ……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

さてと、妖夢も行ったし何しようかな~……

 

「幽々子、妖夢は嬉しそうに飛んでったわよ」

「そうねぇ……」

 

あんなに嬉しそうに笑う妖夢は、彼が去ってから見ていなかった。

主人としては、あの子の中の彼の存在の大きさに悔しさと羨みがある。

 

「ホント、彼が大好きなのねぇ……」

「ホントよ。もう見てるこっちが恥ずかしくなってくるわよ」

「……で、幽々子は会いに行かなくていいの?」

「私が戻ってくるな、って言ったしね。それに……あの子達の邪魔をするのは野暮、ってものよ?」

「ふふっ、それもそうね……」

 

ああ、本当に彼って――

 

「「彼って本当に幸せ者よね~……」」

 

紫と声が重なる。

こう思っているのは、どうやら私だけじゃないようだ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

しばらく飛んで、紅魔館が見えてきた。

胸の高鳴りを必死になって抑えて、門の前に着地。

門の前には、美鈴が立っていた。

 

「あ、いらっしゃいませ、妖夢さん。今日はどんな用件で?」

「え、え、っと……今日は、天君に用があって……」

 

そう言って、反射的に手に持っていたチョコレートを自分の後ろに隠してしまう。

隠す必要なんてないのに……

 

「……? どうしました、天さんを呼んできましょうか?」

「あ、いえ、その……私から会いたいと思いまして……」

「ええと……何かあるんでs――あ、あ~! 成程!」

「えっと、どうしました?」

 

美鈴の思案顔が、少し明るげになったと思ったら、にやにやと笑い始めた。

愉しそうに、悪戯を仕掛ける子供みたいに。

 

「なるほど~。今日は『あの日』ですもんね、ええ!」

「……え、えっと、どうしました?」

 

私は美鈴の対応に上手く反応できない。

美鈴は依然としてその表情を保っている。

むしろ、さっきよりも愉しそうになったような気が……

 

「いえいえ、いいんですよ。楽しんできてください! それはもう!」

 

そうして、ようやく美鈴の真意に思考が辿り着く。

 

「……あ! え、い、いや、そんな!」

「ふふ、いいですね、天さんは。幸せ者ですよ。……頑張ってください。応援してますよ?」

「ぁ……はい。ありがとう、ございます……」

 

美鈴に門を開けてもらい、紅魔館の中に入る。

 

「あ! 天さんなら中庭にいると思います。場所わかりますよね?」

「はい! ありがとうございます!」

 

中庭……もうすぐで、彼に会える。

胸の高鳴りが今まで以上になる。

呼吸も苦しく。でも、幸せな気持ち。

 

恋って、いいな……

 

 

 

 

 

 

 

そうして、見覚えのある姿の、見覚えのある刀を持った、最愛の彼がいた。

見つけた。ようやく、見つけた。

……このまま前に出るのもいいけど、少し遊ぼ……

私は足音を立てないように彼の背後に回って、徐々に徐々に近づく。ゆっくり、ゆっくりと。

彼は背が高いので、少しだけ飛んで、両手を彼の両目に被せる。

そして……

 

 

 

 

                 「だ~れだ?」

 

―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―

 

俺は、中庭に立っていた。

そして、こんなことをぼーっと考えていた。

 

 

 

 

 

 

モテ期すげー!、と。

何て馬鹿なのだろうか。でも、嬉しかった。

義理とはいえ、感謝の気持ちと言われたんだ。

……ホワイトデーは大変そうだな。

 

そんなことを考えていて、不意に視界が暗転する。

そして、凛とした高い声で。ずっと聞いていなかった、懐かしい声で、この言葉が聞こえた。

 

「だ~れだ?」

「……え? ――あ、あぁ……よう、む……」

「はい、正解です! 天君!」

 

彼女が前に出て、満面の笑みを浮かべる。

……可愛い。

 

「妖夢、会いたかったよ! まさか、少し早く会えるとはな!」

「ふふっ、私もずっと会いたかったですよ? そう言ってもらえて嬉しいです」

 

会いたかった、と言われて、嬉しさが止まらない。

あんなにひどいことを言っても、まだ『会いたい』なんて思ってくれることに対して。

……今、謝っておこうか。

 

「妖夢……その、ごめん。出ていく前日、俺は妖夢にひどい言葉を言ってしまった。幽々子がな、言ってたんだ。妖夢はほんの少しだけショックを受けている、って」

「あ……いえ、いいんですよ。私は、貴方の笑顔が見られたんですから。ただ……やっぱり、貴方に悲しい表情は似合いません」

「……そうか。今度からは気を付けるよ」

「それよりも!」

 

ビシッ、と指を顔の目の前に突きつけられて。

 

「何で出ていく時一人で行っちゃったんですか! 私だって最後に色々話したかったんですよ!?」

「あ、あ~……いや、泣きそうになるから、な?」

「私は泣きましたよ!? 起きたらもう天君がいないんだから! 大体、手紙で別れなんてずるいの!」

 

徐々に敬語が取れていく妖夢。

どうやら本気で怒ってるようだ……

……怒ってる妖夢も可愛いな。

 

「ごめんって。ま、あとちょっとしたら戻るからさ?」

「……許す。その代わり、戻ってきたら今までどおりに接してね? 急に仰々しくなったら悲しくなるから」

「ああ、わかった……って、俺が手紙に書いたことじゃないかよ」

「あ、バレた?」

「隠す気もないだろ。……で、何で今日なんだ? 何か用か?」

 

そう言って、妖夢は急に顔を赤面させる。

 

「あ、いえ……えっと……」

 

あ、敬語に戻った。……恥ずかしいのか?

まさか――バレンタイン? いや、でも妖夢はチョコレート知らないだろうし、バレンタインデーすらも知らないだろう。

でも、期待してしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今までもらった誰よりも。

 

「え、っと……その……」

 

瞬間。妖夢の背後にスキマが出来た。

 

あ、久しぶりゆk――

 

「あーもー! じれったいわね!」

「え、紫様!?」

「はい、どーん!」

 

そう言って、紫は遠慮なしに、思い切り()()()()()()()()()

 

……あ、倒れる。それも、俺の方に。

 

勿論、突然に突き飛ばされた妖夢は、力の向きに従って俺に。

俺は妖夢を受け止める。

 

 

……かっる!? これ重さあんのか!?

よくこれで刀振り回せるな……

 

「よ、っと……大丈夫か?」

「あ……あぁ、あああぁ……」

 

妖夢が切なそうな声を出して、()()()()()()()()()()()()

それも、何かを探ってるように腕をせわしなく動かしている。

 

おっとヨウムさん? それはちょっと反則というか何というか……

てか、いつの間にかスキマもなくなってるし……

 

「よ、妖夢、さん?」

「あぁ……天君……本当に、会いたかったんですよ……」

「そうか、俺もそう言ってもらえて嬉しいよ」

「……すみません、もう少し、このままで……」

「……わかった」

 

俺も妖夢を抱き返す。

優しく、優しく。しかし、強く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっべぇぇえ! 超緊張する!

もう心臓バックバク。何かめっちゃいい匂いするし……

俺は、『あの朝』を思い出していた。幽々子に相談もしたあれ。

けれど……今妖夢は、完全に意識がはっきりしている。

 

 

 

それって……()()()()()()、なんだろうか?

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は彼にもたれかかってしまった。

後ろからいきなり紫様に押されて、ぽすん、と。

 

その瞬間、私の気持ちの歯止めが効かなくなった。

彼に会いたいという気持ちの、大き過ぎる気持ちの歯止めが。

 

もたれかかった上に、彼の背に腕まで回して。

どうしても、そうしたかった。彼を一心に求めていた。

 

彼が欲しい、彼と一緒にいたい。彼と――。

 

彼の温もりが、彼の体が、彼の優しさが。

どうしようもなく、体も気持ちも先行させる。

未だに、私の腕は彼に回されている。

 

それに、彼も私に腕を回してくれた。

彼の腕の中で。私はぐるぐると回っていた。

彼の中で。彼の中で。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「ありがとうございました。すみません、恥ずかしいだろうに……」

 

そう言って妖夢が離れる。

とても長かった様な、短かった様な感じがする。

 

「あ……いや、まあ、いいんだよ。……俺も嫌じゃない、というかなんというか……」

「あっ……そう、ですか……」

 

「「……」」

 

一気に気まずくなった。何か話題を……!

 

「そ、それで、何しに来たんだ?」

「あ、そ、そうでした! ……すー、はー……よし!」

 

妖夢が深呼吸をして、何か覚悟を決めたかのように。

なんか、またしても緊張が……

 

「こ、これ……私の気持ちです! 受け取ってください!」

 

そう言って差し出されたのは、トリュフチョコだった。

 

「あ、あれ……? でも、妖夢はチョコレート知ってるの? 作るのにも苦労したよね?」

 

トリュフチョコが難しい事は知っている。

大きさがまちまちなので、手作りの可能性が極めて高い。

 

「えっと、それ、は……」

 

またしても、スキマと、その間から紫の上半身のみが現れる。

あ、ちっす、紫さん。

 

「妖夢には私が教えたのよ。妖夢ったら、天に喜んでもらいたい! って簡単な生チョコよりも難しいトリュフチョコを選んだのよ? それに、作るのにとっても時間かけてて――」

「わ、わー! 紫様! 言わないでー! わー!」

「あら、可愛いわね」

 

ホントそうですね。国宝級だな。

 

「えっと、とにかく、受け取ってください!」

「あ、ああ……今食べてもいいか?」

「え? え、ええ……どうぞ」

 

では。……パクリ。

味はいい。頑張りが出ている。よくチョコレートも知らないのにここまで作れたものだ。

特に問題もなし。普通に美味しい。美味しすぎ。

 

「うん、美味しい! ありがとうな、妖夢!」

「ぁ……えへへ、よかったです!」

 

再び妖夢の満面の笑みが浮かぶ。

 

 

 

もう一つ食べたトリュフチョコの味は、他のバレンタインのプレゼントの味よりも、数段甘かった気がした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、天君と別れて、今は白玉楼に帰る途中。

私の脳内では、彼の声がまだ残っていた。

 

美味しい、ありがとう、か……えへへぇ……

 

つい笑みが溢れてしまう。

……私の気持ちは、伝わったのだろうか。

告白と同じようなものなのだから、相当緊張した。

 

 

白玉楼について、しばらくして。

 

「幽々子様~。行って来ました!」

「お帰り、妖夢。……で、どうだった!?」

「美味しいって言ってくれました! もう嬉しかったですよ!」

「ふふ、よかったわね」

 

幽々子様が頭を撫でてくれる。

本当に嬉しかった。今まで生きてきた中で一番緊張したんだから。

 

「それで……あれってもう、告白、になっちゃうんでしょうか……?」

 

きっと今よりも緊張するだろうが、やっぱり『好き』は自分で言いたい。

自分で、どれだけ彼のことが好きなのかを、直接言いたい。

そう思っていると、幽々子様の衝撃の一言が。

 

 

 

 

 

「バレンタインのチョコレートってね、好きじゃない人にもあげる時があるのよ」

 

 

 

……。

 

「ちょ、ちょっと……? それってどういう……」

「そのままよ? 仲良くしてね、とかの意味でも送られる時はあるわ」

「で、でも、幽々子様は、女性が『好きな異性に』、って……」

「ああ、あれ? ああいった方が妖夢が本気になるでしょ? 貴女の一途な姿は微笑ましかったわよ? 見てるこっちが恥ずかしかったわ。あ、そぉれぇにぃ~……」

 

幽々子様の表情が、幾度となく見てきた悪戯顔になる。

もう嫌な予感しかしない……

 

()()()()()()()らしいわね! 紫から聞いたわよ! 全く大胆ねえ、妖夢は!」

 

あ、ああ……

 

 

 

「いやぁぁぁああああああ!」

 

私の叫び声は、白玉楼中に響き渡った。

……いや、幻想郷全体に広がったかもしれないくらいだった。




ありがとうございました!
特別話ということで、かなり長めに書きました。二話分くらいに。
一万二千字超えてて驚いてました。執筆だけで2日かかりましたよ……
楽しかったんで、よかったです!

いかかだったでしょうか?
甘々に書けてればいいなと思ってます。
にしても……天君モテすぎぃ!
でも……本命は、妖夢だけですよ?

妖夢パートで、『天君』ではなく、『彼』が多いのは、自分に置き換えてもらえれば、そういう気分になれるかな……?
というなんとも悲しい理由です。
想像していただけると、嬉しいかもです。
彼と――。のところは、ご想像におまかせします。

敬語なしの妖夢可愛ぃいい! 想像してたらニヤけてました。

もう付き合っちゃえよ! って言いたくなりました。
自分で書いてるのに。

次回からは、通常通りストーリーを進めていきます。
もし、また特別話を書くときがあったら、アンケートをとることになると思います。
その時は、もう一度ご協力お願い致します。

ではでは!


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第29話 じゃあな、紅魔館。ただいま、白玉楼。

どうも、狼々です!
さて、特別話を見て頂けたでしょうか?
個人的にはとても見てほしいですが……皆さんは、チョコレート、貰えましたか?

……え、私? いやだなぁ、貰えるわけないじゃないですか(切実)。

三十話書いてやっとですが、地の文が少ないことに気づきました。
今回から少し意識して多めにしてます。
元に戻して欲しいなどの要望がない限りは増やしたままでいこうと思います。

では、本編どうぞ!


俺は妖夢を見送って、自分の部屋に戻る。

まだ妖夢からもらったトリュフチョコが十分にあるので、今から食べようか。

うん……甘い味がする。

 

(よかったねぇ、妖夢ちゃんからもらえて?)

(あぁ、まさか渡しに来てくれるとは思わなんだ)

 

もう三ヶ月待たないと会うこともできなかったはずなのにな。

本当に想像もつかなかった。それだけに、嬉しさも倍増なのだが。

 

(ねぇ、天?)

(うん、何だ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(天はさ、妖夢ちゃんのこと、()()()()?)

(はぁ!? が、がはっ、がはっ……い、いきなり、どうしたんだ!?)

 

驚きのあまり、食べていたトリュフチョコを喉に引っ掛ける。

チョコレートとかの刺激物を引っ掛けた時の喉の痛みは異常。

普通よりも尋常じゃなく痛いよね。

 

(いや、そのさ? 妖夢ちゃんを抱いてた時、ドキドキしてたでしょ?)

(……いや、そうだけどさ? 普通の反応だと思うよ?)

(もうその二人の姿が恋人のそれだった。実にラブラブだったな~って)

 

そう……見えるのだろうか。

もし本気で、妖夢を好きかどうかと聞かれて、俺はどう答えを出すのだろうか?

 

(あのさ……本当に、どうなの? 真面目に、ふざけないで答えて)

 

栞の声は、いつになく真剣さを帯びていた。

 

(……わから、ない。俺が妖夢をどう思っているかは)

(少なくとも、妖夢ちゃんからは前に、寝ぼけてだけど、好きって言われたんでしょ?)

(……ああ)

 

あの時を思い出す。

 

扇情的な彼女の表情は、何を意味していたのだろうか。

妖美な声は、何を意味していたのだろうか。

妖夢の言葉は、何を意味していたのだろうか。

 

本来は考える必要もないかもしれない。いや、そんな必要はないと断言できるだろう。

――が、俺自身戸惑いが隠せないのだ。

 

今まで、疑ったことは何度かあった。

そして、それに対して自分はどうなのかも考えようとした。

……が、無意識に答えを出すことを避けていた。戸惑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()

 

(そろそろ、答えを出した方がいいんじゃない?)

(その通り、かもな。考えてみるよ。ありがと)

(いいんだよ、少年! 全く、目の前でイチャイチャするのを見てるこっちの身にもなってよね?)

 

イチャイチャ、ねぇ……

そんな会話をしていて、トリュフチョコを食べ終わる。

 

「ご馳走様でした」

(ご馳走様でした!)

(おい栞。今違う意味で言っただろ)

(ナンノコトカナ?)

 

バレバレである。

まあ、白玉楼に帰るまで三ヶ月あるんだ。

しっかりと、自分と向き合ってみるかな。

……恋愛なんてしたことがないが。乙女心はさっぱりだが。やれるだけ、やってみたい。

 

 

 

 

 

夕食も終わって夜。

よくあんなに食べといて夕食を食べられたものだ。

今は、神憑を持っていつものように中庭にいる。

 

(ねぇ、もう一人の天は最近どう?)

(それが……あれ以来全く動きがない。ここまでくると逆に不安になるよ)

 

ビックリするくらい動いてない、本当に。

オレの暴走が二ヶ月前。今に至る二ヶ月間、前に出ることはおろか、ユメに出てくることもなくなった。

邪魔されないに越したことはないが。

 

(もう一人の天のことなんだけどね、幻獣と戦っていく上で、あいつの力は、正直欲しい。悔しいけどね)

(そう、だよな。……ごめん、俺が弱いばっかりに――)

(違う、そうじゃない。十分に天は強いと思うよ。……私との『あれ』、もう完成しそうじゃない)

(……あと二ヶ月で完成するとは思うが……頑張るよ)

 

栞との練習。ずっと霊力量の限界を高めることで成し得る技。

これはきっと、これからの戦いで大きく役に立つだろう。

霊力量も増やした。その中で、霊力・妖力・神力などの感知もできるようになった。

……確実に、成長できている。もっと自分に自信を持て、俺。

 

(うん。それでね、あいつが必要な理由。それは、体術の使用と、霊力の増加のためなの)

(体術はわかる。考え方が根本的に違っている俺とは別に体術が使えるからだろ? でも、霊力は何でだ?)

 

俺の体を使っているなら、使用している霊力も俺の霊力のはず。

実際、オレが後ろに下がった時、激しい霊力消費で倒れた。

 

 

……本当に、そうなのか?

 

(黒の霊力。本来、霊力は()()()()()()()()()()の。つまり、()()()()()()()()()()ってことになるの)

(でも、あの時俺は暴走して倒れた。霊力を使ったってんなら倒れたことの説明がつかない)

(あの倒れは、疲労なの。いつもあんなに乱暴に霊力を使わないから、体が慣れてなかっただけ)

 

……となると、俺の霊力はオレを合わせると単純に考えて二倍。

どう考えても、この先の戦いに有利になることは間違いない。幻獣たちだけじゃなく、黒幕の三人とも戦わないといけないんだ。

霊力がなくなって動けない、なんて言っていられないのだ。

 

(……じゃあ、オレを出せってか?)

 

正直、危険だと思う。

邪魔だと言って、仲間を攻撃する可能性が否めない。十分にありえるのだから。

そこまでのリスクを負ってまでオレを出すより、地道に俺が鍛錬を続けた方がずっといい。

 

(いや、そうじゃない。あいつを……()()()()()()()()

(取り込む、というのは具体的に?)

(黒の霊力を持つあいつを自分と一体化させる。それで、天が黒の霊力と白の霊力の両方を使えるようにするの)

 

……オレを、一体化?

イマイチ感覚が掴めない。

 

(つまり、あいつを、他でもない天が受け入れないといけないの。あいつは、天の孤独の権化みたいなものなんでしょ?)

(……そうだ。けど、オレを取り込んだとする。孤独・絶望のオレと、信頼の俺。()()()()()()?)

(…………)

 

栞は、答えない。

わからないからだろうか。いや、もし俺が負けたら。

そう考えているからだろうか。

 

取り込む、なんて一方的なものじゃない。二つが一体化すると考えれば……どちらかの人格が消え失せるわけだ。

これで、オレが勝ったら。栞の能力も使えて、白と黒の霊力を使って。無差別的に攻撃を始めるだろう。

多少は幻獣たち敵に回るだろう。が、恐らく一人で戦うことになる。

間違いなく勝てない。いくら強力とはいえ、限界があるんだ。

それで、仲間に助けられようとしたら……絶対に攻撃を始めてしまう。

皆の善意が、皆を殺すことになりかねない。

 

(大丈夫。天なら勝てる。信じてるから。それに、今から取り込むなんてことはしないよ。もっと時間をかけて、ね?)

(了解。俺は絶対に勝つ。幻獣から、黒幕から、幻想郷を守るために)

(そうだね、一緒に頑張ろう。それじゃ、『あれ』の練習しよっか!)

(ああ!)

 

俺は、強くなる。強くならないと、いけないんだ。

 

 

 

修行を終えて、自分の部屋に。

ベッドに横になって、オレのことについて考えていた。

 

少なくとも、力は俺よりも強い。けど、致命的な問題持ち。

 

……俺が、取り込めなかったら。

 

このことばかり考えてしまう。

自分の人格が消えると、どうなるのだろうか。

 

(大丈夫、大丈夫、だから……)

(……栞? どうした?)

(天が、苦しそうにしてたから。大丈夫だよ、私がいるから……)

 

栞は、なんやかんやで俺を支えてくれる。

いつでも、俺の中で。

 

(ありがとう。もう大丈夫だ)

(……嘘、つかないで。顔が強張ってる。あんまり無理しないで。少なくとも、私の前では)

 

本当に栞には助けられてばかりだ。

俺のことを一番わかってくれてるんじゃないか。

 

(……ごめん、怖いんだよ。オレが俺を蝕んでいくのが。いつか、俺のまま気が狂ってしまうかもしれない)

(大丈夫、私がいる。天が消えたら、()()()()()から)

 

……今、栞はなんと言ったのだろうか?

栞が……消える?

 

(お、おい……なんで、栞が――)

(私は、天と一緒にいたい。魂だから、私も消えようと思えばできると思う)

(いや、でも……ぁあ……)

(……天?)

 

栞が、消える。

今までずっとそばにいてくれた、栞が。

 

(い、いやだ……栞が、消えるなんて……)

(……ふふ、心配しないで。消えるのは、天が取り込めなかったらの話。取り込めたら、一緒だから)

 

……絶対に、失敗できない。

取り込みがいつになるかわからない。

けれど、それなりの覚悟をしておかなければならない。

失敗したら、栞も消えるのだと。

 

(私は嬉しいよ、そう言ってくれて。でも、らしくない。天には、自分の足で立って欲しい。縋るような生き方は、しないで欲しい)

(……わかった。頼らせてはもらう。けど、縋るようなことはもうしない。約束しよう)

(よし、おっけ! 今日はもう寝よう?)

(わかった。……ありがとう、おやすみ)

(いいんだよ。……おやすみなさい)

 

栞の暖かさを感じながら、意識は闇へと落とされる。

 

 

 

 

 

 

意識が落とされた先は、夢だった。ユメではない、夢だった。

そこには、今までの妖夢の顔が、浮かんでは消えていた。

 

怒った顔、悲しんだ顔、楽しい顔、泣いた顔など。

 

彼女の表情だけでなく、その時の状況全体がフラッシュバックする。

彼女の表情は、どれもとても魅力的だった。特に、彼女の笑顔がそうだった。

彼女の笑顔で、何でも頑張ろうと思えた。今だって驚きが混ざったように、俺の成長を喜んでくれる彼女の顔が楽しみで仕方がない。

 

彼女の流す涙を見ると、胸の奥の奥が、きゅっと締め付けられる。

今まで何回か彼女の涙を見たが、全てそうだった。苦しかった。

でも。それでも、彼女の扇情的な表情と妖美な声に、どうしても魅力を感じてしまう。

苦しいはずなのに、わかっているのに。そうやって感じてしまう。

 

心のどこかで、俺の声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

――答えなら、もうとっくに出てるんじゃねぇのか?

 

 

 

 

 

朝になった。俺はベッドから出て、食堂へ向かう。

あの夢は何だったのだろうか。しきりに妖夢が出ていた。

 

(おはよう、天。もう大丈夫だよね?)

(あ、ああ……大丈夫だよ。ありがと)

(……? どうしたの? なんか変だね)

 

今の会話で変ってわかるのか!? 中々だぞ……

 

(いや、その、な? 夢で妖夢がめっちゃ出てきた)

(ふぅ~ん……やっぱり好きなんだね。意外と早かったね)

 

栞は嬉々とした声でからかうでもなく、ごく真面目に答える。

 

(でも……まだわからない。今まで恋をしたことがないんだよ)

(そうかい。ま、時間が経てば自然とわかるよ。今は目の前に集中するの)

 

そう、だな。わからないものはわからない。

いつか理解できるようになると信じて待つ。その時を。

 

 

 

朝食を終えて。俺は例の如く庭へ。

そして、『あれ』と霊力刃の応用技の練習。

 

「はぁっ!」

(おぉ~、もう霊力刃の方は大丈夫そうだね。結構難しいやつだから、妖夢も幽々子も驚くと思うよ)

 

さて、霊力刃の方は完成、っと……

俺の努力の能力があってもかなり時間がかかったな……

 

(あとは『あれ』だけだね。あと三ヶ月、がんばろー!)

(おー!)

(うわっ、天ってそんなに子供っぽかったの?)

(ノッてやったんだろ!)

 

修行はその後も続く。

 

 

それから、三ヶ月の月日が経つのはあっという間だった。

 

 

 

 

 

 

 

今日は、最終日の朝。なんの最終日か? それは、この紅魔館で過ごす期間の、だ。

思えば、長かったようであっという間だった。

修行もうまくいき、一年前の俺とは見違えるほどだろう。

 

(……なんか、寂しくなるな)

(そうだね。でも、白玉楼に戻るわけだからね?)

 

白玉楼に戻って、どうしようか。

妖夢と修行して、買い物して、料理して。

幽々子と笑いあって。

三人で、笑いあって。

 

(ホントに、お世話になったよな……)

(うんうん。皆がいなかったら、霊力刃の応用も、『あれ』も完成できなかったしね~)

 

結局、『あれ』は完成した。

恐らく、もう実践で使えるレベルにはなっているだろう。

 

昼になる前には、もうここを発つ。

朝食を食べてすぐに。

 

食堂へ向かいながら、そんなことを考えて。

感謝の気持ちを胸にしながら、食堂の扉を開ける。

 

「もう、貴方との食事もこれで終わりね。何だか寂しいわ」

「俺もだよ、レミリア。一年続いてたんだからなぁ……」

「皆も寂しがってるわ。……準備はもうできてるの?」

「ああ。もう朝食をとったらすぐに出発する」

 

皆がテーブルで寂しそうな顔をする。

そんな顔をされると、嬉しいような悲しいような……

 

「ま、いつか遊びに来るよ」

「ええ。ぜひ来て頂戴。いつでも歓迎するわ」

 

そう言ってもらえると嬉しい。

次にここに来た時には、もっと強くなって皆を驚かせよう。

まさに、今の白玉楼と紅魔館が逆転するように。

 

 

思っていたよりずっと早くに朝食を食べ終わる。

 

「じゃあ、俺は行くよ、レミリア。今までずっと、お世話になりました!」

「ええ、これからもよろしくね。……次会った時のチェスで泣きを見るといいわ!」

 

まだ悔しいか……

俺が飛び立とうとする時、レミリアに引き止められる。

 

「ああ、待って、天……皆!」

 

レミリアの呼びかけで全員が集まって、見送ってくれる。

 

「天お兄ちゃん、また遊ぼうね~!」

「天、また図書館に寄りなさいよ!」

「次は執事でここに来てもいいのよ、天!」

「私は門の前に居ますから、寄ってくださいね!」

「「「「「栞も、じゃあね!」」」」」

 

俺と栞にそれぞれ一言ずつ別れの言葉を告げられる。

あ、やば……俺こういうの弱いんだよ。泣きそうになる。

 

「ああ! 必ず会おう、近いうちに!」

「じゃあね! 皆!」

 

俺と栞も、皆に声をかけて飛び去る。

 

本当に、来てよかった。

 

 

 

 

しばらく飛んで、俺は見慣れた、しかし最近はずっと見ていなかった建物に着く。

俺はその建物を懐かしみながら、玄関に入る。

ただいま~っと。

台所から、料理をしている音が聞こえる。恐らく妖夢だろう。

 

 

……このまま会っても面白くないな。あの日のお返しをしなきゃなぁ……

 

 

ちょうどバレンタインの日、妖夢も同じようなことを考えていたに違いない。

 

忍び足で、妖夢の背後に近づく。

とりあえず……包丁を持ってないことと、火を使っていないことだけ確認して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後ろから彼女を抱き寄せて、両手で彼女の両目を覆う。

そして、こう言う。

 

 

                 「だ~れだ?」

 

 

ビクン、と彼女の体が驚きで震えて、戸惑いの言葉を口にする。

 

「……ぇ? あ、あ、あぁ……その声は、そら、くん……」

「せいか~い!」

 

彼女の体を回して、こちらに向き合わせる。

 

「あぁ……天君、おかえり、なさい……!」

 

 

「ああ! ただいま、妖夢!」

 

俺は、飛びついてきた妖夢を笑顔で受け止めた。




ありがとうございました!
今日はなんだか調子が悪いです。
最後の方とかぐちゃぐちゃになってます。
いつもより低い文才がより露呈しちゃってます。ご了承を。

タイトル通り、帰ってきました!

今回で第3章は終わり、次回からは第4章になります!
次章では、本格的にストーリーを進める予定です。
予定なので、変わるかもしれませんが。
ではでは!


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第4章 幻獣
第30話 好きになれるなら


どうも、狼々です!
とうとう第30話、区切りです。
ここまで書き続けられたのも、読んでくださっている皆さんのおかげです。
今後も投稿は続けていきますので、よろしくお願いします。

今回から第4章スタートです!

余談ですが、SAOの19巻を買いました。
表紙のキリト君がかっこいい!

では、本編どうぞ!


妖夢を受け止めて、数秒後。

 

「あぁ……この日を、ずっと待ってましたよ……」

「ははっ、そこまで言ってくれるとはな。俺も嬉しい限りだ」

「もう幽々子様には挨拶を済ませたんですか?」

 

……あ、重要な主に言ってない。

完全に忘れていた。でも、物は言いようなのだ。

 

「い、今から行こうと――」

「はいはい。忘れてたんですよね? もう行っていいですから、早く会いに行ってください」

 

だめでした。妖夢は俺の性格をわかっていらっしゃる。

 

「わかった。挨拶が終わったら昼食作り手伝うよ。待っててくれ」

 

そう言って、何度も通った木造の廊下を歩いてゆく。

一年経ったのにも関わらず、体が道を覚えている。

広い、広い屋敷の中を、ただ一つの部屋に向かって歩く。

そして、少しして目的の部屋の前に着く。

 

障子を開けて中に入り、部屋にいる桃色の髪をした女性と、一年ぶりの会話。

 

「ただいま、幽々子。戻ってきたよ」

「……ええ、おかえりなさい」

「……反応薄くない?」

「そんなことはないわよ? ただ、妖夢の所にすぐに行ったから、少し寂しかっただけ」

 

何で分かるんだよ……何でもお見通し、ってか。

――それよりも。今は話さないといけないことがある。

 

「幽々子。紅魔館にいてわかったことがいくつかある」

「話してみなさい」

 

真剣味を漂わせ、扇子で口元を隠し、目を細める。

それは、彼女が真面目な態度に変わった合図。

この部屋に充満し始める、緊張感。

 

出ていく前、妖夢と話してショックを与えたのは、俺でなく、オレであること。

今後に戦闘がある以上、オレを取り込むことは必須で、避けられないこと。

既に一回、オレが紅魔館の皆に対して、攻撃してしまったこと。

 

「……わかったわ。で、最近の動きは?」

「全くない。逆に怖いくらいにな」

 

 

「ま、天だから大丈夫よ! そんなことより、おかえり~!」

 

幽々子の表情は一気に弛緩し、扇子も既にしまわれている。

口調もいつもの通りになってるし、もうこの話は終わりなのだろう。

 

……え、終わりなの? 結構大変な問題だと思うんだけど。

 

「お、おい幽々子……? そんなに軽い問題じゃ――」

「大丈夫よ。一回そいつに飲まれたんでしょ? でも、天はここにいる。これからもきっとそうよ。それに、強くなってるんでしょ?」

「いや、そうだけどさ……」

 

話を聞いていたのだろうか? 栞だって真面目に話していたんだ。

少なくとも、軽い話などでは全く無いはず。

なのに、幽々子は一層顔を笑顔にして、両手を胸の前でパン、と音を立てて合わせて。

 

「あ、後で妖夢と模擬戦してもらうからね? もし負けたら――」

「もいっかい白玉楼出てくわ。じゃ、そういうことで」

 

俺が踵を返して部屋を出ようとする。

すると、幽々子が俺の服の端を掴んで止める。

 

「あ~ん、待ってよ~。負けのペナルティはなしでいいから~」

「……幽々子、口調がおかしくないか? 俺が帰ってきてはしゃいでるのか?」

「あ、バレた? そうなのよね~。で、やるの? やらないの?」

 

もうその質問自体意味がなくないか?

何のために俺が一年頑張ってきたかわからなくなる。

スペルカードだって、『寒煙迷離の氷国』以外も作った。

『あれ』と、霊力刃のやつも頑張った。正直、初見の一回は勝てるだろう。

……勝てないと凹む。

 

「――やるよ。どうせやらないって言っても聞かないだろうしな。で、いつやるんだ?」

「昼食終わってすぐ♪ 早く成長した天を見たいわ~」

「早すぎだろ! 俺今帰ってきたばっか! 休みたい!」

 

ヤスミタイデス。カエッタバカリ。

 

「そんなことを言わないでよ。……貴方が出ていってからバレンタインまで、妖夢の元気がずっとなかったのよ。その分と思って?」

「……わかったよ、やってみる。勝てるかどうかはわからんが」

「天~、妖夢ちゃんと模擬戦?」

 

栞が会話に入る。

 

「そうだ。修行の成果を見せなきゃな」

「そだね~。多分勝てるだろうけど。初見は、ね」

 

ですよね~。逆に言えば初見以外勝てる可能性がない。

俺自身そう思う。

そして、幽々子が若干声を下げて。

 

「あらあら……うちの従者に勝てる、と。そこまで甘くないわよ……?」

「おお、怖い怖い。ま、初見だけだからな。それ以外は勝てん」

「いくら初見とはいえ、勝てると言ったんだから、それなりの行動を見せて頂戴な」

「言われなくとも。な、栞?」

「そだね~」

 

なんだ……? 栞のやる気がいつもに増して無い。

調子が悪いのか?

 

「栞、どうした?」

「いや、私が出なくても勝てるでしょ? まぁ、二回目になったら私が入っても勝てないし。やることないの」

「ふふふ……随分と妖夢を舐めてくれるわね」

 

俺、何も言ってない。栞、言った。

そんなに怒んないでよ……

 

 

 

結局、幽々子との話が長引き、先に妖夢が昼食を完成させていた。

ちょっと妖夢が不機嫌そうにしていた。そんな妖夢も可愛い。

 

妖夢って普通に可愛いんだよなぁ……そもそも幻想郷に美女・美少女割合が多い。

 

で。妖夢と模擬戦をすることになったんだが……

 

「寸止めの一回勝負、始めの合図で試合開始。いい、妖夢、天?」

「はい。……天君、私に勝てると言ったそうですね。……覚悟してくださいね?」

 

あぁ……笑顔が怖い。

不機嫌になった後は、怒ってるのか……まあ、やることは変わらないが。

 

「俺はいいよ。……じゃ、俺は手を抜くつもりはないからさ?」

「少しでも手を抜こうと少しでも考えたこと、後悔させてあげますよ」

 

「では……始め!」

 

幽々子の試合開始の合図が、高らかと空に響く。

10mほど離れていた、妖夢と俺が同時に刀を抜く。

 

その瞬間に、俺のスペルカードを発動させる。

『寒煙迷離の氷国』ではない、もう一つの水の能力を使ったスペルカード。

刀を突き立てるのではなく、『空気に触れさせるように』高々と神憑を掲げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「霧符 『一寸先も見えない濃霧』」

 

瞬間、俺と妖夢は勿論のこと、幽々子の周りさえもが濃霧に覆われる。

 

 

さぁ、見せてやるよ、俺の力……!

 

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天君が神憑を掲げて突然、私の視界が急激に悪くなる。物理的に、一寸先は闇のよう。

濃霧に包まれるこの場所には、光さえも届かず、まさに闇。

 

「なるほど。いい考えですが……甘いですよ!」

 

私は、抜いた楼観剣を思い切り横に振る。

瞬間、濃霧は風圧で飛び、天君が元の場所にいることを確認できるくらいに視界が戻る。

 

「う、わぁ……さすがにそれは……」

「言ったでしょう! 後悔させる、って!」

 

私は天君との距離を一気に詰める。

それは、まさに刹那。短距離なら、幻想郷一ですから。

びゅん、と音を立てて加速し、それによって吹いた風により、完全に霧が晴れる。

 

「は……あぁ!」

「はや――うおっ!?」

 

楼観剣を振り下ろした直後、天君の神憑が閃いた。

楼観剣と神憑がぶつかり合い。

 

キャィィイン!、と激しい金属音が鳴り響く。

 

……おかしい。あれを止められるはずがない。

私自身、本気の振りだった。勿論、当てるつもりではなかったが。

天君に受け止められるはずがない。天君は、そんな並外れた反射神経は持っていないはず。

 

「い、いやぁ~……太刀筋見てなかったら、危なかったかもなぁ……?」

「……侮れませんね。太刀筋なんて普通体で覚えません。かといって、頭で覚えても間に合わない」

「今まで誰に教わってきたと思ってんだよ、師匠……?」

 

にっ、と不敵な笑みを浮かべる天君。

一年経っても覚えていてくれるとは、嬉しい。

けれど……師匠として負けられない。まだ負ける訳にはいかない。

 

「はあぁ……!」

 

ぎりぎりと刀が震える中、楼観剣が神憑を押し始める。

 

「っく……よ、妖夢、一つ良いか……?」

「なんですか……降参、ですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……()()()()()

「……え?」

 

勝ち? 今は刀は拮抗状態。とても振るなんてできない。

なのに、勝ち?

 

「……あまりふざけないほうが、身のためですよ!」

 

私はさらに力を込める。

それに対応して、神憑も押され続ける。

 

「違う……! それ以上は危ない、止まれ……! ()()()()……!」

「……喉?」

 

喉の方を見る。が、何ともない。

だが、天君が嘘を言っている様子はない。

苦しい表情を続けながら、天君が言う。

 

「なぁ、妖夢……何か感じないか? 例えば――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()……?」

 

喉に、霊力……?

 

「なっ……!」

 

ある。喉の位置に、霊力が。()()()が。

それを認知した瞬間、天君から飛び退いて距離を取る。

 

「……何を、しました?」

「霊力刃を飛ばすんじゃなく――()()()んだよ」

「ぇ……え、えぇえ!?」

 

ありえない。霊力は、普通は空間に留まることはない。

いや、留まることはあるのだ。ただ、すぐに霧散してしまう。

 

「ど、どうやって……」

「簡単な話さ。霊力の密度を極めて高くした。最初は俺も戸惑ったよ。すぐに消えちゃうんだからな」

 

楽になった表情を浮かべて、少し飄々(ひょうひょう)と話し始める。

 

「それで、栞からアドバイスをもらった。霊力を限界まで固めるといい、って。俺の霊力は白だから、比較的見えにくいし」

「で、でも……いつ、残したんですか?」

「最初に霧を出した直後。まさか、喉の位置に残るとは思ってなかった。ごめんな、危険にさせるようなことして」

「いえ……天君が言ってくれましたから」

 

実際、言われないと危なかった。

言われる寸前まで気付かなかったのだから。

……負ける気はなかったんだけどなぁ。でも――

 

「……天君、すごいですね。驚きました。成長、しましたね」

 

私は、天君の成長を本心からの笑顔で喜べた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

成長、しましたね。

 

あぁ……この一言をもらうために、俺はどれだけ頑張れただろうか。

この言葉をもらって、どれだけ安心できただろうか。

つくづく思う。頑張ってよかった、と。

 

「おう!」

 

だからこそ、笑顔を返すことができたのだろう。

 

 

 

夕食の時間まで修行をしていた。その途中のこと。

 

「天君……私に、()()()()()()()()()()? それも、かなり重要な」

「あ……? して、ないよ?」

「嘘ですね。自慢ですが、私は天君の嘘は大抵わかります」

 

自慢なのかよ。普通そこは、自慢じゃないですが、だろう。

……本当のところは、嘘だ。

 

オレのことを、話していない。話そうかどうか迷っている。

話して、余計な心配をさせるのではないだろうかと思ってしまう。

 

「……」

「言えないん、ですね……それは、私が信用できないから……?」

 

妖夢が悲しそうな、寂しそうな、泣き出しそうな顔で問う。

俺は首を横に振る。

信用できないからじゃない。逆なんだ。信用できるから、心配かけたくない。

 

「わかりました。いつか話してもらえると信じて待っています。だから……その時は、教えて下さいね?」

 

……胸が、痛い。

張り裂けそうだ。俺は、こんなにも俺のことを心配してくれている妖夢を、騙しているんだ。

言い方に語弊があるかもしれない。騙すなんて大層なことではないのかもしれない。

 

けれど、彼女の優しげな微笑みが、そう思わせることを許さない。

ひどい罪悪感に苛まれながら、修行をすることになった。

 

 

 

夕食を作り、食べ終わって。

俺の部屋に戻って、栞に相談をしていた。

 

(なぁ……俺って、妖夢のこと好きなのかな……?)

(へぇ、珍しいね。自分から色恋沙汰の話をするのは)

(それだけ悩んでんだよ。このまま放っておく訳にもいかないだろ)

 

三ヶ月前。栞には、そろそろ答えを出すべきだ、と言われたが、未だに答えが出せていない。

自意識過剰とか、そういうことを抜きにして、妖夢は俺のことを好きなんじゃないかと思う。

 

ふざけてだとか、ナルシストとかも抜いて。言動がもうそれらしかったから。

俺も鈍い訳ではない。かといって、鋭いわけでもない。思い込みかもしれないのはある。が。

 

(そうだね。さすがにもうはっきりさせないとねぇ……天自身はどうなの?)

(……わからない。他人よりは好きだ、それはわかる。ただ、恋愛となると、好きかもしれないし、そうじゃないかもしれない。単純に俺の恋愛経験が圧倒的に足りてないのも原因の一つだが)

 

決定的に足りていない経験。今までは大抵勉強しかしてこなかった。

ここに来て余裕ができてから、従来経験しなかったことも経験したり、しそうになったりしている。

その一つが、恋愛だ。

 

(じゃあ、もし妖夢ちゃんに告白されたら、受けるの?)

 

告白、されたら……

 

 

妖夢が、俺に好きだと言ったら。はっきりと意識のある状態で言われたら。

明確に好意を伝えられたなら。俺は、どう返事を返すだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……たぶん、()()()。)

(ま、ムリもないね。可愛いし、性格いいし。何より……天のことを、一番わかってる。あ、二番目は私だよ?)

 

栞も大分俺のことをわかってくれてる。が、栞以上にわかっているとなると、妖夢だけだろう。

幽々子も中々張り合えるが、妖夢とは交流の時間が圧倒的に違う。

 

(そうだよなぁ……俺なんか勿体無いくらいだもんな……)

(あ、あれ、スルー?)

 

ホントに、勿体無い。

あんなに魅力的な女性には、もっとふさわしい男性がいるだろうに。

ま、本当に好きかどうかも定かじゃないが。

寝ぼけてたから本心、ってわけでもないしな。でも、それだと行動に説明がつかないんだよな……

 

(でも、もし俺が妖夢を好きになれる可能性があるなら、好きになりたい。彼女の魅力に惹かれたい)

(おぉ~、恥ずかしいけどいい言葉だね……)

(恥ずかしい言うな!)

(……急いでも、焦る必要はないよ。むしろ、焦って間違った判断をされた方が困る。妖夢ちゃんを好きになりたいなら、ゆっくりと好きになれるところを探していけばいいよ。全部が好きってなら、今すぐ告白に行っても――)

(ゆっくり考えるか! ありがと栞。さてと、夜の修行行くか!)

 

今すぐ告白は当然ないとして。

惹かれるまでの間、この関係を楽しむのも、また一興だろう。

散々悩んだ頭は、外の夜の冷気によって冷やされ、落ち着きを取り戻す。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

まただ……もう一年も前のこと。

私が――彼を好きになった日のこと。

彼は、一人で隠れて夜に鍛錬を積んでいた。

今思えば、私は彼の頑張る、努力する姿のかっこよさに惹かれたのだろう。

 

その日と同じ。また、夜の足音。外に向かって、静寂に伝わる足音。

私は、無意識に彼を追っていた。

 

そして、あの時と同じく外に出る。

彼は既に鍛錬を始めていた。建物の影に隠れて、彼の様子を見守る。

真剣な横顔が、彼の努力の程度を物語っている。

 

その姿に、私はいつの間にか目が離せなくなっていた。

離そうとも思わない。自分でも、自分の顔が恍惚となっていることがわかった。

 

 

 

 

私は今、深い、深い海の中にいるようで。

呼吸は苦しく、溺れてしまっている。

 

決定的に違っているのは、不快感。

今、私には不快感どころか、幸福感に溺れている。

顔も熱くなっている。呼吸も荒く、苦しく。

心臓が鐘のように鳴り響いて止まず、音が小さくなる気配すらない。

 

彼は海。私を溺れさせる、海。

けれどそれは、とても暖かくて、光が乱反射している、眩しい海。

私を包んでくれて、安心感をもたらしてくれる海。

 

そんな海の波に、私は今日から再び流されて、沈んでいく。

しかし、どこまで流され、沈もうとも、決して光は絶えることはなく。

流されて、沈み続ける。

 

どこまでも、どこまでも、どこまでも。




ありがとうございました!
最後の方の海のくだりは、なんとなくです。
こんな表現もたまには入れてみようかな……?
と思ったもので。
まあ、要するに気まぐれです。

ではでは!


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第31話 絶叫

どうも、狼々です!
不穏なタイトルですね。嫌な予感しかしない。
大半は甘々要素、最後だけシリアスです。
これらの両立を図りたいですね……

とうとうこの作品の評価バーに色が付きました!
皆さん、ありがとうございます!
今後も頑張りますので、よろしくお願いします。

では、本編どうぞ!


月の光に照らされながら、彼の姿を見続けて。

 

「さってと……そろそろ終わるか」

 

天君がそう言って、玄関を通って部屋に戻っていく。

彼を追おうとして、彼の鍛錬した場所を見るが、前のように上着は置いていない。

彼の部屋に行く理由はない。口実だって作れそうにない。

 

けれど、私は惚けてしまっていた。ろくな判断さえもできない。

自分のやりたことをやる。今はそれが、彼の部屋に行くこと。

 

ふらふらとした足取りで玄関を通り、彼の部屋に。

障子を開けるが、彼はもう寝ていて、反応は一切ない。

 

「天、君……」

 

もう限界だった。胸が切なさでいっぱいになっていた。

きゅっ、と締め付けられて。彼を欲しがって。

 

あの時のように布団へ潜り込み、彼に密着する。これをやったあの朝、どうなったのかも忘れて。

彼の温かみを肌で感じ、体が震え始める。それは、寒さなどではなく、幸福によるもので。

自分の欲が満たされていくのをひしひしと感じながら、一層深くへ溺れてゆく。

 

ただ、それの繰り返し。見惚れ、惚けて、満たされ、溺れる。

溺れた状態から助かったと思いきや、また見惚れて。

でも、それがこの上ない喜びで、幸せで、満たされるのだ。

 

そして、安心しきった時に、さらに意識が落ちてゆく。

思いの外呆気なく、私は闇へと誘われて。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

窓や障子から、木漏れ日のように朝の陽光が差し込んでくる。

この感覚も久しぶりだ。まったく、懐かしいものだ。

と、布団を出ようとして。自分の体に何かがしがみついていることに気がつく。

 

い、いや、まさかな……?

 

掛け布団を開き、中を覗く。

 

俺の予想通り、というべきか、妖夢がいた。

二度目。一年の時を超えての二度目。見たことのある景色とはいえ、戸惑いを隠せない。

 

(お、おい、栞……起きてるか?)

(んぅ……おは――天……初夜、だったの?)

(違ぇよバカ! 何が――しょ、初夜だ! またなんだよ、また!)

(わ~お……積極的なんだね)

 

それはどっちが……? 妖夢が? それとも俺が?

俺の場合はまだ勘違いの可能性が高いので、気付けをせねば。

 

(俺はどうすれば――)

(抱いちゃえば?)

(あいよわかった――とでも言うと思ったか!?)

 

どさくさに紛れて規格外のことを言い始める栞。

 

(いいじゃん。天が連れてきたわけじゃないんでしょ?)

(いやそうだけど……)

(じゃあ抱いちゃえ。妖夢ちゃんから入ったんならいいでしょ。天ってそんなこともできない『ヘタレ』だったのかー)

 

むぅ……だがしかし。ここで抱くのも悪くないというか……むしろ嬉しい位だが。

ヘタレと言われるのも癪だしな……

 

(……わかったよ。一回抱いてみる)

(どうしてそうなったし)

(何だって?)

(なんでもないです~、どうぞ抱いちゃってくださいな。ささ、私に構わず)

 

俺と彼女は既に密着状態。今から後ろに腕を回すだけで抱けるのだが……

恋愛経験ゼロの俺にはそれさえも難しい。

 

(ほらほら、抱いちゃいなよ。ぎゅ~、って)

 

……

震えながらも、彼女の肢体に腕を回す。

優しく抱き寄せる。優しく、優しく。

やはり軽い。軽すぎる。殆ど力を入れずに抱き寄せてしまった。

 

(ついに自分からだね! 今まで妖夢ちゃんが寄ってきたところを抱いてたからね~。)

(あ、ああ……)

(おやおや? お声が震えていますね~。意識しちゃってるのかなぁ~?)

(仕方ないだろ! 妖夢なんだぞ!?)

 

才色兼備。その一言で片付けるには、あまりに勿体無く、おこがましい程の美少女を抱いている。

そう考えると、意識せずにはいられない。

 

そうして、俺は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()ことに。

 

「ん……ぅ……あ、あれ……?」

 

そして、妖夢の意識が完全に覚醒する。

 

(……あ)

(……何その『あ』って。嫌な予感しかしないんだけど)

(……妖夢が起きた。頑張って♪)

(うわああぁぁあ!)

 

今この状況を妖夢が認知したら、どうなるだろうか。

この布団に入ったのは十中八九どころか、十中十が妖夢の仕業だろう。

だが、その後は? 俺が起きた状態で彼女を抱き寄せていたと知ったら?

もし本当に恋をしているならまだいい。が、そうじゃなかった時は社会的に抹殺されてしまう。

 

こうなったら……!

 

(狸寝入りしか、ない!)

(ヘタレだ!? ヘタレ過ぎる! バレた時が大変だよ? 私は止めたからね……?)

 

一か八か。俺はそんな賭けに乗りたくはない。

だが、ここで起きてみろ。一も八もなく〇、ゼロ、零。

ならば、ここで狸寝入り以外の選択は、ありえない……!

 

ま、自分で蒔いた種だから何も言えないし……

 

「え……あ、あれ? 天く――」

 

貫け、貫くんだ。耐えるんだ……!

微動だにすることなく……!

 

「あ……そっか、また私――天君……?」

 

起きてません。俺、寝てます。

 

「……寝てますか。早く起きないと」

 

そう、俺の部屋から出たならこちらの勝ちなんだ。

が、しかし。妖夢の言動が、俺の思考を狂わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも……()()()()()()()()()()()……?」

 

そう言って、妖夢は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分から腕を回し、俺と抱き合う形になる。

 

(ええぇぇぇえ!?)

(どうしてこうなった。ってか、私の前でイチャつき過ぎでしょ……)

(ど、どうすればいい!? まさか抱き返されるとは思わなかったんだよ!?)

(どうしようもないね。私も予想外だったけど、早めに言っておいた方がいいことは確かだね)

 

だよなぁ……早めに言うのが吉か。

でもな~……言ったら――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……天君? 起きてますよね?」

「アァ、バレテマシタカ、ヨウムサン」

 

オワタ。モウダメダ。オシマイ。

 

「はぁ……やっぱり起きてましたか。それで、どういう了見ですか?」

「スミマセンデシタ。ゴメンナサイ」

「……もういいですよ。怒らないですから、言ってください」

 

おぉ……女神よ。

この俺を許してくださる寛大な女神様よ。

 

「いや、布団の中に妖夢がいて……栞が抱いちゃえ、って」

「私のせいなの!? ねえ!? そりゃ促しはしたけど、実際に抱いたのは天じゃん!?」

「妖夢の前でそれ言うかよ!?」

 

その発言はまずい。

このままだと、いらないことまでペラペラと話してしまいそうだ。

 

「……わかりましたよ。私は先に朝食作ってますから、後で来てください」

 

そう言って、妖夢はそそくさと俺の部屋を出ていく。

特に何事もなく。本当に事なきを得た。

……え、あれ?

 

「お咎めなしなの? しかも意外とさっぱりしてたし」

(そう見えた? 私は、そうは思わないけどね♪)

 

栞の声は、どこか弾むように。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私の足は、震えていた。しかし、軽くもあった。

今にも崩れそうな足で向かうのは、私の部屋。

 

台所までもいけないくらいに震えてしまっている。

私の部屋に入り壁に背を預けて寄り掛かると、ついに足が崩れる。

 

ペタン、と座り込んだまま足が動かない。

同じく震えてしまっている手を、自分の胸の上に置く。

 

トクントクン、と今までにないくらいに心臓の鼓動が速くなっている。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

激しい息切れと体温上昇。

私は半人半霊で、人間よりも体温は少し低めだが、今の私は普通の人間よりも高くなっていることだろう。

顔も赤くなりっぱなし。今の私の顔は、物凄くはしたなく興奮に満ちているだろう。

彼には狂わされっぱなしだ。

 

彼が、自分から抱いてくれた。

少なくとも、私を嫌いじゃない。

 

むしろ、好きなんじゃ――

そこまで考えて、さらに顔の紅潮と心拍上昇が進む。

 

彼が、私を、好き。

 

理想の様な話だ。この恋が、彼と同じものだなんて。考えただけでも……!

私の瞳は、どんどんと虚ろになる。

気力が無いようで、気力に満ち溢れたように。

 

私は、どれだけ彼に溺れていれば気が済むのだろうか。

 

「責任……とってくださいね……?」

 

恍惚とした顔で呟いた言葉は、期待でいっぱいだった。

 

早く台所に行かないと、彼に怪しまれる。

震える足で無理矢理に立ち、彼に会うことを楽しみにした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

さて、お咎めなしで済んだのだが。

 

(なぁ栞。どう思うよ?)

(これはもう恋しちゃってますね。もうバレバレ。天は嬉しいの?)

(嬉しいに決まってんだろ。……だからこそ、この環境と関係が崩れることが怖い)

 

今の、幽々子と俺と妖夢の暮らしが。仲良く笑い合う環境が壊れることへの恐怖。

あの一ヶ月を、思い出にするのはまだ早いだろう。

 

(大丈夫だよ。恋愛一つで変わるほど小さい関係じゃないはずだよ)

 

それはわかっている。けれど、わかっていても、考えてしまう。

関係なんて、簡単に崩れてしまうのだから。

そして、それを再建するのは、崩すことよりも、一から作ることよりも難しく、大変だ。

でも、そんなことを考えていても、前に進むことはない。

 

(そこまで悩むなら、幽々子に相談すれば?)

(……いや、自分で答えを出すよ。彼女を、自分で好きになりたい)

 

好きになるならば、自分で。彼女の魅力に他人の助言で気付くくらいじゃダメだ。

自分の惚れるところは、自分で見つけて好きになる。本来がそうだから。

 

さて、妖夢に追いつくか。

今は少しでも、彼女との交流を増やしたい。

 

 

 

台所へ行き、朝直の用意を進める。

この感覚、久しぶりだ。やっぱりこっちの方がしっくりくる。

今まで一年、ずっと料理はしていなかった。咲夜の料理を俺が手伝うと不味くなりかねないからな。

それに、向こうから断られたし。

 

気付いたら、自然と笑みが溢れていた。

なんやかんやで、俺はこの環境が一番好きなようだ。

 

「ふふっ、なんだか嬉しそうですね。どうしましたか?」

「ははっ、いやさ、この感覚が懐かしいんだよ。隣に妖夢がいて、一緒に料理して、幽々子の部屋に運ぶのが」

「そうですか……私も、天君が帰ってきてくれて嬉しいですよ?」

 

彼女の眩しい笑顔に、胸を締められる。

どうしてだろうか。

 

「俺も嬉しいよ。さ、作り終わったし、運ぼうか」

 

お盆に料理を乗せて運ぶ。この感覚だ。長らく忘れていた。

俺にとっての日常が回帰したことを、遅まきながら実感する。

 

 

朝食を食べ終わり、修行を始めようとして。

 

「天君、もう一回模擬戦やりましょう!」

 

負けたままだと、師匠としての顔が立たないためか、指導に入る前に再戦の希望。

何度も言うとおり、二度目は勝てない。“残撃”――残る霊力刃も、霊力に感づかれて躱される。

『あれ』もあるが……正直なところ、使いたくない。

ま、負け覚悟で足掻きますか……

 

「わかった。……一応、幽々子を呼んでくるよ」

 

一旦玄関を通って幽々子の部屋へ。

用件を伝えて、了承を得て戻ってくる。

昨日と同じルールで、模擬戦をすることになった。

 

「では、よ~い……始め!」

 

刹那。

バァン! と音を立てて妖夢の体が加速する。早期決着を狙ってるか……

なら……!

 

俺も足に霊力を溜めて、妖夢の攻撃をギリギリまで待って、引きつける。

妖夢の楼観剣が抜かれて、楼観剣は眩い光を反射する。俺も同じく、神憑を引き抜く。

そして、楼観剣が右から左へ振り抜かれる。視認できないようなスピードで振られた楼観剣は、音も置き去りにする。

 

……ここだ!

 

俺は体を最小限に動かし、カウンターを狙う。服が楼観剣に掠り、少しばかり布を斬る。

今なら避けられないだろ――っ!

 

俺は全力で後ろに飛び退いた。

瞬間、白楼剣が抜かれて、俺のいた場所を一閃。

 

「へぇ……よく避けられましたね」

「中々嫌な予感がしたからな。俺って案外こういうのは鋭いかもな」

「では……次はどうでしょうか!?」

 

先程よりも速いスピードで距離を詰められる。

このままだと、避けられない。負ける。ま、まずい――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――あ~あ、俺はだらしねぇなぁ!?

 

 

瞬間。足に霊力が集まり、異様なスピードで後退する。

 

 

「はいは~い、残念だったね、妖夢」

 

俺が最も恐れていたことが起きてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――オレが、前に出てしまった……!

 

 

「妖夢、幽々子! ヤバい――」

 

それを最後に、俺の言葉は途切れた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天の様子が、おかしい。

あんなに飄々とした態度は、勝負事では見せないような性格の彼が。

そして、私は霊力の異変に気付く。

 

「ほら見ろよぉ! オレは強くなってんだろ!?」

 

そう言った彼からは、黒い霊力が溢れんばかりに流れた。

 

「妖夢! 本気を出しなさい! 死なない程度だったらなんでも良いから!」

「そら、くん……?」

 

ダメだ、気付いていない。

ショックなのはわかるけれど……!

 

「妖夢! しっかりしなさい!」

「あ……は、はい! 殺さない程度にいきますよ!」

「やれるもんならなぁ!?」

 

瞬間、二人の姿が消えた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

オレは驚異的な速度での移動を続けている。が……

 

「ちっ! 速い……!」

 

妖夢がそれに追いついている。

一瞬でも気を抜けば、二本の剣に喰われる……!

なら……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレはあえて()()()()()()()()()()。まるで、『攻撃してください』、とでも言うように。

勿論、当たれば死ぬだろう。だが――

 

「……っ!」

 

振られた刀は、オレの胸の手前の空を斬った。

 

「ハッハハハハア! こいつは面白ぇな! 攻撃できないかよ? 大事なんだもんなぁ?」

 

予想通り。妖夢はオレに攻撃できない。

俺は妖夢に、オレのことを話していない。だからこそ、攻撃できない。俺がどうなるかわからないから。

 

まったく、傑作だなぁ!

 

「じゃあこっちから行く……ぜぇ! ……虚無ノ絶撃ィ!」

 

神憑を納刀し、黒の霊力を最大限に右腕に集める。

その黒は、まさに虚無。全てをも飲み込んでしまいそうな、虚。

霊力の密度が高い分、一筋の光さえも通さない。

 

腕の次に、曲げた足に霊力を溜めて、解放。

テレポートのように移動したオレの体は、妖夢の懐へ、

そのまま、霊力を溜めた右腕を――!

 

 

しかし、右腕は掠りもせず。

先程まで目の前に居た少女は、横に移動している。

はや――すぎるっ……!

 

「……すみません!!」

 

妖夢の楼観剣が、オレの腕を斬る。正確には、肩のあたりを。

ピシャッ! と鮮血が飛び散り、オレと妖夢の顔にかかる。

 

瞬間、二人は顔を歪めた。

妖夢は、大切な人を斬ってしまった罪悪感から。オレは、斬られた腕に激痛が走ったから。

 

「こ、この……!」

 

オレがもう一度右腕を上げて虚無ノ絶撃を放とうとする。が――

 

「アァァアア! イタイ!、イタイィ!」

「……腱とその周りの筋肉を、斬った。もう()()()右腕は動かない」

「ハハハ……敬語も、なくなったかよ……?」

「お前は天君じゃない。斬った天君には敬語ですが、お前には敬語を使う価値もない」

 

そう、かよ……オレも俺なのになぁ?

 

そこでようやく、俺が前に出る。

……が、激痛で言葉を話すどころか、意識も飛びそうだ。

 

「よ……妖夢、よくやった。ごめ……ん、な……」

「ぁ……天君! 天君!」

「紫! すぐに来て! 天を永遠亭に!」

 

俺が最後に見たのは、妖夢の泣き顔と、幽々子のこれまでで一番悲しい顔。

そして、スキマの中の大量の目だった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私は、天君を斬ってしまった。

斬ってしまった。きってしまった。キッテシマッタ。

私は何をすればいいだろう。

彼に会わない? 責任をとって、自分の腱も斬る? いっそのこと、死んでしまう?

 

「あ……あぁ……ああああァァァアァぁアァあ!!」

 

私の絶叫は、どこまでも響いて。




ありがとうございました!
さあ、次回は永遠亭からです。

腱を切ってどれくらい痛いかはわかりませんが、刀で一緒に切るのに必要な筋肉も切った、
ということで。

これ以上キャラ増やして大丈夫なのか心配です。
一部のキャラクターの出番が極端に少なくなる可能性があります。

文、勇儀、萃香は今後出そうと思っています。
交流の話も書きましたし。ただ、すごく後になるかもしれません。
ご了承ください。

ではでは!


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第32話 過去

どうも、狼々です!

今回は、天君の過去話を書きます。
それで、内容について不快感を覚えるかたもいらっしゃるかもしれません。
ご注意ください。

ではでは!


俺はゆめを見ていた。

夢でも、ユメでもない、ゆめ。

ゆめと言っても、そんなにハッピーなものじゃない。

これは、オレができる根源を作ったであろうゆめだ。

 

 

 

 

俺は、新藤の名字と天の名前を授かり、18年前に産まれた。

当時、俺はひどく大人しい赤ん坊だったそうだ。

まぁ、そんなことはどうでもいいか。

 

それで、俺が6歳の夏の時のことだった。家族でとある駅に行って、両親に駅で待っているように言われた。

俺は待ち続けた。いつまでも、いつまでも。

 

 

だが、両親は来ることはなかった。

悲しみに震えていた。駅のホームで、一人だった。

その時のことはよく覚えている。

まだ小学1年生のことなのにな。……それだけショックだったのだろう。

 

空蝉のように空っぽになった俺の心を満たしてくれた人は、親戚の叔父と叔母だった。

事故の後、叔父と叔母の元に引き取られた。

それで、中学3年まで育ててくれた。本当に感謝している。

 

ただ、いつまでもその状態は続けられない。叔父と叔母に悪い。

そう考えた俺は、中学の間、必死に勉強をした。

成績上位者の、高校入学優遇の為に。

 

それで、今の高校に通っている。無事成績上位者として入学できた。

ただ、その優遇は成績の下落が見られると、なくなる体制が取られていた。まぁ、当たり前と言えば当たり前だが。

俺は時間を惜しんで勉強した。他人よりも頑張った。だって、気概が違うのだから。

 

だが、周りからは避けられて。俺の事情も知らないで。

俺の行動の裏にある真意には、誰にも気付いていなかった。今まで、ずっと。

別に気付いて欲しいわけじゃない。避けられる理由が理由じゃなければ。

 

無意識の内に、俺は助けを求めていたのかもしれない。

俺は本当はこんな過去を持っているんだ、こんな事情があるんだ、って言って、環境を変えたかった。

 

だけれど、できなかった。

そして、誰も気付かないまま時だけが過ぎていき、俺への対応は、氷のように冷たくなっていった。

 

 

いつからだろうか。オレの考えができ始めたような気がした。自分でも気付かない内に。

周りを見返す、周りなんて信用できない。そんな考えが生まれたのは。

 

もしかしたら、6歳の時に既に芽生えた感情なのかもしれない。

当時、最愛の両親に捨てられ、周りからも避けられて。どんどんと、俺の存在価値が薄くなっていくのがわかった。

今思えば、幻想郷に来たのもこれが理由なのかもしれない。

 

今の環境から逃げて、俺を必要としてくれるところへ行く。

ひどい現実逃避だ。だけれど、それほどまでに追い詰められていた。

 

そして、俺を避けないでくれる人を、沢山見つけた。その中でも、銀髪の剣士は本当に友好的に接してくれた。

後から、庭師と聞かれて驚いたものだ。刀がとても上手いのにな。庭師もやってのけるとは。

 

そうして、人と接する中で、信頼の必要性を大きく感じていた。人間らしく生きる為には、必要不可欠なんだと知った。

好かれたら、今度は嫌われたくない思いが強くなっていった。もう、前のような生活に戻りたくない。

その思いだけが先行していった。

 

それで、今に至るわけだが。結局のところ、俺もオレも同じなのだ。

嫌われたくない。この思いからの行動が、さらなる信頼か、縁を切って孤独になるか。これだけの違い。

だが、オレはわかっていない。孤独になったら、悲しむ人がいることに。

 

悲しんだ人が、嫌いじゃないから嫌いに変わる可能性があることを。

信頼することの尊さを。

それらを、伝える必要がある。オレは、俺だから。

 

 

 

 

 

ゆめが覚めた。

体を起こす。今回は、体を限界まで動かした訳ではなかったため、起き上がることができた。

斬られた右腕には、服の切れた跡と、血液の跡が残っている。うわぁ……

どうやら、固定はされていないようだ。腱が切れて固定するのかはわからんが。

……ここは、どこだろうか。

 

少なくとも、白玉楼じゃない。このような病院特有のアルコールの、鼻を刺激するような匂いはないから。

となると、別の場所。それも、俺が今まで行ったことがないところ。

俺が周りをキョロキョロと見渡していると、部屋に一人の少女が入ってきた。

……女子、高生?

 

「あ、起きられましたか。待っていてください。師匠を呼んできます」

 

そう言って、パタパタと部屋を出ていった。

のだが、あれは頭に垂れたうさみみが付いていたよね……コスプレか? 幻想郷に?

 

そうして、待つこと数分。

さっきの女の子と、恐らく、『お師匠様』にあたるであろう人物が入ってきた。

 

「こんにちは。貴方が天ね。取り敢えず、ここは永遠亭、って呼ばれる……まぁ、病院みたいなものよ」

 

病院、か。俺の怪我を考えると、外科の方もやっているのだろうか?

幻想郷にもあったか。医薬品の類とかどうしてるのかと思ったが、この永遠亭と呼ばれるところで売られてるのか?

……ってか、今さっきまで、ここしか病院系の施設を聞いたことが無い。ここだけだとしたら、かなりまずいんじゃ?

 

「で、貴方の怪我……綺麗に腕の腱が切断されてたわ。最小限の傷だわ。事情は急いでた様だから知らないけど、何かあったんでしょう?」

「わかるんですか?」

「ええ。後、敬語は要らない」

 

そうか。俺はお医者さんとか店員さんには敬語を使う派なんだがな。

一応丁寧にしておこうと思ってね。

 

それにしても、最小限、か。さすが師匠、さすが妖夢といったところか。

優しさも感じる。あんなになった俺を容赦なく斬ってもおかしくないのに。

 

「わかった。――ってことは、貴女が治してくれたのか?」

「そうよ。――まだ自己紹介がまだだったわね。私は八意(やごころ) 永琳(えいりん)よ。よろしく」

 

中央で赤と青に分かれた服とスカートは、やや特徴的だ。

長い銀髪を、三つ編みにして後ろに流している。やはりと言うべきか、美人さん。

 

「ウドンゲ、貴女も自己紹介しときなさい」

「はい。どうも、私は鈴仙(れいせん)優曇華院(うどんげいん)・イナバと言います。鈴仙で構いませんよ?」

 

最初に気になった女子高生の制服と、垂れたうさみみ。

うさみみのついた髪は薄紫色で、とても長い。どれくらいかと言うと、膝に余裕で届くくらい。

スカートが短すぎるような気もするが気の所為だろう。やはり可愛い。

 

「よろしく、鈴仙、永琳」

「ええ。で、天の怪我についてはもう大丈夫よ。だけど、少なくとも三日は動かさない方が良いわ。動かすなとは言わないけれど、少なくともその刀を抜くのはやめておいた方が良いわね」

 

そう言って、部屋の机に置いてあった神憑を指差す。

おお、そこにあったか。寝てて感触がなかったから焦った。

……え?

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。そんなに早く治るものなのか?」

 

時計を見るが、倒れたであろう時刻から数時間と経っていない。

腱が綺麗に切断されてたらしいが、そんなに早く治るのか? 少なくとも、手術はしたはずだ。

それに、見たような言い方だったから、その可能性は高いだろう。

 

「私なら治せるわ。『あらゆる薬を作る程度の能力』だもの。それに、薬だけじゃなくて、手術もできるもの」

 

何その天才。薬も作れるし、手術もできる。医者として結構すごいんじゃ……。

本当に病院に適した、というような人だな……

 

「そうなのか……ありがとう」

「いえ、いいのよ。試薬も使えたしね」

 

……ん? 試薬? 試す薬と書いて試薬? まさか俺って実験d……

これ以上は、考えることをやめた。

 

「そ、そうだ。鈴仙は何か能力持ってるのか?」

「ええ。『狂気を操る程度の能力』を。文字通りの効果です」

 

……病院にいていいのか? 狂気を操るって、発狂すんだろ?

あ、いや、操るだから、逆もありえるのか? カウンセリングとか上手そう。

 

永琳を『師匠』って呼んでたし、永琳が上司なのか? 師匠というより、上司の方が案外的確なのかもしれない。

 

「狂気か……それで、永遠亭って何処にあるんだ?」

「冥界の反対側よ。白玉楼から見て、妖怪の山とか、紅魔館とかのさらに先にある、迷いの竹林の中」

 

妖怪の山……? 確か、紅魔館を通った時に大きな山が見えたような見えてないような……まあいいか。

となると、結構遠くに来てるのか。

迷いってことは、相当に広い、もしくは幻術で同じところをぐるぐる回るかだな。

ま、飛べば大丈夫じゃないかな? さすがに冥界まで竹は伸びていないだろう。

 

「で、傷が完治するまで、貴方をここで預かるわ。患者としてね。三日経ったら戻っていいわよ」

 

三日か。まぁ大丈夫そうだな。白玉楼には妖夢がいるし。

むしろ期間は短すぎるくらいなんだ。感謝感謝。

 

「わかった。何から何まですまないな。この礼は必ず」

「そう。幻想郷を幻獣から救うのでチャラでいいわ。それより、その間にまたここを訪れないように気を付けることね」

「ぜ、善処しよう……」

 

やはり、唯一の病院ということもあり、幻獣は知ってるか。

となると、狂気を操る鈴仙がかなり使えそう。幻獣が操られて暴れてるなら、止められないか?

 

……けど、それで上手くいくなら俺呼んでねぇよなあ……。

あまり期待はできなさそうだ。

 

「じゃ、今日はもう寝ておきなさい。後、ここを無理に出ようとしても無駄よ。鈴仙が見つけるだろうから」

「ええ。骨を折ってでも粉々にしてでも連れて帰りますよ♪」

 

何それ怖い。もう治った後の傷よりも悪化する可能性が……

うさみみの可愛い顔して結構言うんだな……能力も『狂気』だし。

 

「お、おう。気を付ける」

「私はもう行くわ。何かあったら呼んで頂戴。じゃ、お大事にね」

「お大事にお願いします。失礼します」

 

二人が部屋から出て、俺が一人になる。

急に静かになったな……

 

「なぁ栞」

(どうしたの? 声出して。わざわざ声出さなくてもいいでしょ)

「いや、喋ってたい。声に出して、な。暇だし」

 

凄く、凄く暇だ。

話し相手もいない、修行もできない、何もすることがない。

今振り返って感じるが、俺の日常って結構パターン化されてんな。思いの外単純だ。

 

「じゃあ私も聞こえるように出すよ。特に意味はないけど。で……大丈夫? またあいつでしょ?」

「ああ。妖夢が抑えてくれたからよかったものの、どうだろうなぁ……嫌われたかなあ……」

 

途中で妖夢の敬語が抜けていたし。お前には敬語を使う価値もない、ってね。

オレのことを話していない妖夢にとって、俺の犯行だろ思われてんだろうな……

 

「大丈夫でしょ。天君には使う、って言ってたし、どこかで天とは違うってことがわかってたのかもね」

 

さすがと言うかなんというか。栞曰く、『天を一番わかってる』人物なだけある。自分でもそう思っているが。

となると、別の問題が……

 

「怒られっかなぁ……? 『何で言ってくれなかったの!?』って感じで」

「あ~……ありそうだね。もうこうなった以上、幽々子も黙ったままじゃないでしょ」

 

ですよねー。何のために言わなかったのか、わからなくなってくる。

心配かけたくなかった、と言えば、『信頼できませんか?』とか言われそうで。

むしろ一番信頼しているというかなんというか。

 

「だよな……帰ったらすぐに謝っとかないとな」

「そうだね。……もう、早くあいつは取り込んだ方がいいのかもね。できれば、幻獣が来ない今のうちに」

「……ごもっともで」

 

戦闘中に変わったらたまらない。

何するかわからないし、疲れるし、倒れるしでいいことがない。

 

「まぁ、三日は休んだ方がいいらしいじゃん。しばらくの休暇ってことで、休みなよ?」

「そうするか……じゃ、早速寝るよ。おやすみ~」

 

そう言って、俺はすぐに眠ってしまう。案外疲れがあったのか。

 

「あ……って、もう寝ちゃったのか。……相変わらず、天にだけ負担がかかっちゃってるなぁ……私だって……」

 

栞のその声は、眠っていた俺に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

ユメ。また、あのユメ。随分と長く見ていなかったユメ。

悪夢のように続くユメ。

 

 

 

――おい、俺。弱すぎだ。オレが手本を見せてやったんだ。感謝しろよな?

 

    はいはい。それより、オレには言いたいことがあるんだよ。

 

――へえ、何だよ珍しい。聞いてやらないこともないぞ?

 

    そうかよ。……いつまでも孤独じゃいられないぞ。少しは信頼を覚えたらどうだよ?

 

――わかっている。そんなことは。……でもよ、どうしても信頼できない。裏切らないとは限らないからな。

 

    意外だったよ。信頼を覚えようとしていたとはな。

 

――さすがに一人の限界を理解できないようなバカじゃない。

 

    そうか。少しだけ嬉しくなくもないかな?

 

――どういう風の吹き回しだ? オレを嫌ってんだろ?

 

    まぁな。でも、さっきの言葉を聞いて少し印象が変わった。オレも俺だし、悪いようにはしないよ。

 

――そうかよ。だが、オレはオレしか信用できない。オレは俺だから、俺を信じるのと同義だ。

 

    何が言いたい?

 

――俺の可能性は信じたい。俺が、仲間を持って信頼の可能性があるなら、それを信じたい。

 

    オレこそどういう風の吹き回しだ? 急に友好的になったなあ?

 

――気の所為だろ。俺が弱かったら、今まで通り無理矢理に前に出る。弱い俺の信頼もしたくなくなる。

 

    俺の強さ次第では、信頼の俺に取り込まれる、ってことでいいのかな?

 

――ご勝手に。その飲み込む、ってヤツが少し気に入らないがな。元々俺なんだ。飲み込まれるのはオレだ。

 

    そうだな。飲み込んだ時は、一緒に前を向けるようになれるといいな。

 

――なわけねーだろ。少しは絶望を知れ。そもそも、オレが俺を飲み込む可能性だってあるんだ。容赦はするつもりはないから、覚悟しとけよ!

 

 

そう言って、今までで初めてオレが先に抜ける。

少しだけオレの本質を知れたのかもしれない。まぁ、オレが厄介な存在であることに変わりはないが。

このやり取りが、後に大きく影響することを信じて。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

さて、あれから約一年が経った。

とうとう幻獣が解放できる秒読み段階までこぎつけた。

 

「おい、叢雲(むらくも)。――の幻獣を出すのにあとどれくらいかかる」

「えっと……アタシにかかりゃ、遅くとも五日だね。早いと四日だね」

 

ふむ……じゃあ、どうするか。

出す幻獣は決まっている。場所もその時の状況によるが、後は解放の日数のみが足枷だ。

 

さて……天よ。どう出る?

 

俺は口元を歪ませて嗤っていた。




今回は、あまり物語が進む回ではありませんでした。
天の過去に、新キャラの鈴仙と永琳、そしてアイデアライズの叢雲の名前が出ました。
アイデアライズの方は、あと一人ですね。

次回は、妖夢ちゃん書きます。前回叫ばせておいて、今回でなかったので。
ごめんよ、妖夢ちゃん……すみません、皆さん……

ではでは!


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第33話 予告

どうも、狼々です!
今回は、一番ストーリーが動くと思われます!
これから白熱の感じで書ければ良いのですが……頑張ります!

さて、余談なのですが、この小説の連載開始から一ヶ月が経ちました!
これも皆さんのおかげです。ありがとうございます! まさかここまで続くとは……!
これからも頑張っていきますので、私とこの作品をよろしくお願いします!

では、本編どうぞ!


天がいなくなって三日目の朝。

そろそろ戻ってきてもいい頃合いだろう。

……だけど。

 

「妖夢~、朝食作って~」

「……はい」

 

座っていた妖夢はスッと立ち上がり、音もなく部屋を出て行く。

その妖夢の眼には、光が、色がなかった。

まるで完全に死んでいるかの様に、真っ黒な闇のみを映していた。

 

ここのところ、ずっとあの調子だ。原因は目に見えているが。それ故に、私にはどうすることもできない。

あの子を闇から引っ張り上げ、救い出すことはかなわない。

眼だけでなく、心も黒く染まってしまっていた。何をするにも単調で。

さっきの返事からも、陰々滅々(いんいんめつめつ)であることが手に取るようにわかる。わかってしまうほど、思い悩んでいる。

 

……やはり、彼でないと解決できない問題だろう。だけど、今の妖夢が彼に会ったらどうなるのだろうか。

狂気的になってしまうこともありえる。心配だ。

 

「……私には、何ができるのかな……」

 

幽霊の様にぼんやりとした独り言が口からこぼれ出るが、すぐに消えて。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「よっしゃ~、今日で三日だ! いや~、長かった!」

「そだね~、危うく命も刈り取られてたかもね」

 

やっと今日で三日目。その日の朝が今。

ようやくだ、ようやく。ずっと暇だった。暇を持て余すとは、まさにこの事だろう。

 

 

 

命も刈り取られてたかも、というのは、一日目の夜のこと。

もうその時から暇すぎて、神憑を取って、部屋を抜け出そうとした時のことだった。

 

机の神憑を手に取った瞬間、鈴仙が入ってきた。

 

「あら天さぁん? 何してるんですかねぇ……?」

「ひ、ひぃっ!」

 

威圧感がものすごかった。あの笑顔に隠された狂気は並じゃなかっただろう。

よく、顔が笑っているが目が笑っていない、という表現で恐怖を表すことがある。

が、その時の鈴仙の顔は、顔も目も笑っていたのに、恐怖しかなかった。

なんとか、『刀の様子を確認していた』、で誤魔化すことができた。

が、二度目はないだろうと思い、その時以来、今に至るまで神憑を手にしていない。

 

 

 

「あらあら、恩人に対して失礼ね。鈴仙は無理をさせない為に引き止めたのよ」

 

そう言って、永琳が部屋に入る。

 

「いや、まぁ感謝はしてるよ。この上なく」

「全然そうは見えないわね。ま、試薬の実験台になりたくなかったら、もうここには来ないことね」

 

永琳が目を細めて笑いながらそう言う。

いや、もう『実験台』って言っちゃってるし。隠そうともしてないな。

もはやここまで開き直られると何も言葉が出ない。一周回って脱帽するレベル。

 

「気を付けるよ。俺はもう行っていいのか?」

「ええ。元々三日も安全を考えて、だからね。お大事に」

「お大事にお願いしますね~」

 

二人に見送られて神憑を持って部屋を出て、空へ。

空から見下ろすのは初めてだが、ホントに『迷いの竹林』、って感じがするな。

一回入ったら最後、出られないくらいに広い。

だが、その竹林にも案内役なる者がいるらしいが。今回は自力で飛んでいこうか。

空なら迷わないし、方角も紅魔館側の先に冥界あるしね。

 

 

 

 

さて、冥界に着いた。

病院を出たのが朝の6時前後。結構速く飛んだので、今は大体7時前といったところだろうか。

暇すぎて早くに起きて出発したのが正解だったか。

まだ俺は朝食を取っていないから、白玉楼で取れる時間に帰りたかったのだ。

 

しばらく移動して、おなじみの屋敷が見えてくる。

紅魔館に行って白玉楼を離れ、永遠亭に連れられ白玉楼を離れ……

紅魔館から戻って、永遠亭に行くのは一日しか経っていない。

申し訳ない気持ちで溢れる。

 

「ただいま~、帰ってきたよ~」

 

声を上げながら玄関の戸を開ける。

数日前と同じように、台所から料理をする音が聞こえる。

どうやら、朝食前には間に合ったようだ。よかったよかった。

と、今回は前回の反省を活かし、先に幽々子の部屋へ行く。

 

部屋に着いて、障子を開ける。……あれ、この時間って起きてたっけ?

そう思いながら部屋の中を確認するが、こちらに顔を向けた幽々子がいた。

おお、珍しい。この時間に起きているとはな。自分から部屋に入っていて言うのも何だが。

 

「やっほ~、永遠亭から帰ってきたよ」

「おかえり、天。心配したわよ?」

 

そう言った幽々子の様子は、心配とは程遠かった。……心配してないんじゃないよね? 目に見えてないだけだよな?

そう信じたいものだ。

 

「ありがと。じゃ、妖夢のとこ行ってくるよ」

「ああ、ちょっと待って、その前に。……一応、気を付けてね?」

「……? お、おう、わかった」

 

『気を付けて』……? 何にだろうか。

妖夢に? いや、そんなことはないだろう。が、見当がつかない。ま、気に留めとくか。

そんなことを思いつつ、台所へ。

 

 

さってと、台所に着いた。

案の定、妖夢がいた。まぁこの白玉楼には幽々子と妖夢と俺しか住んでないから、必然的に妖夢がいることになるが。

 

「よう、妖夢。帰ってきたよ。心配かけたな……」

 

声をかける。が、反応がない。

……あれえ、おかしいな。妖夢は人の呼びかけを無視するような人格じゃない。

きっちりと返事くらいは返すはずだが……

 

「妖夢? お~い、ようむ~」

「……え?」

 

腑抜けた声を出して振り向いた妖夢の瞳は、一瞬だが、光が消えていた。

俺の背筋が凍ったようになった。正直に言うと、怖かった。

いつもの優しく、穏やかで、可愛らしい妖夢とはまるで別人だった。まるで……そう、死んでいるかの如く。

その暗い瞳が光を取り戻す。が、いつもよりも暗いことは変わっていなかった。

 

「あ……あ、あぁあ……天君――わた、しは、貴方を……」

「お、おい、妖夢……?」

 

妖夢の瞳が見開かれ初めて、体が震えている。

怯えている様なその様子は、見ていて痛々しかった。

 

「私は……貴方を、傷つけて、それで……あぁ……」

「い、いや、俺は感謝してるぞ? 俺を止めてくれたんだ。それよりも、いきなり襲いかかった俺に非がある。悪かったな」

「そうですか……貴方の優しさは、いつでも変わらないんですね」

 

妖夢は少し顔を俯かせる。見開かれた目と震えは収まったが、元気がない。

俺に対する罪悪感からだろうか。そんなもの、必要ないのに。

寂しそうに、無理をして空虚に笑うその姿は、見るに堪えない。

 

「優しさじゃない。妖夢は悪いことなんて何一つしてないんだ。あと、俺はその妖夢の顔……()()()()

「……!」

 

言うのも躊躇(ためら)われた。が、このくらいのことを言わないといけない気がした。

嫌い、この言葉を妖夢に言うと、俺の胸は締め付けた様な痛みを持った。

 

……やっぱり俺は、彼女のことが――なのだろうか?

 

―*―*―*―*―*―*―

 

嫌い、彼の口から聞こえた言葉。

それが私に向けられたものであることを、認めたくなかった。

彼に嫌われたくない。嫌われたくない。きら、われたく……

 

「あ……あ、あぁぁ……ぇ、ぇぅう……」

 

私はいつの間にか、情けない声と涙をこぼしていた。

いくら口を閉じようとしても、涙を拭おうとも、止まらない。

止めたくても、止められない。こんなに情けない姿を見せる師匠を、彼はどう思うだろうか?

その答えを出そうとして、一層涙が止まらなくなる。

 

「ちょ、ちょっと、泣くなよ……俺が嫌いなのは妖夢の悲しい顔だ。……その、何だ? 妖夢の明るい顔は……まあ、好きだよ」

「ぇ、ぇぐっ……ほんとう、ですか……?」

 

彼の『好き』の言葉だけが頼りだった。

嫌われたくない。その思いだけが先行し続ける。

彼の言葉一つで感情が大きく変化するくらい、私にとって彼の存在は大きい。

 

好き、か……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

うわああぁああ、はずかしっ……

仮にも恋愛的な意味での『好き』じゃないとはいえ、やはり恥ずかしさがある。

 

「……ああ。だからさ、もう泣かないでくれ。俺が泣きそうになる」

「わかり、ました」

 

ようやく妖夢が泣き止む。ほっとした……朝からこんなことになるとは。

 

「その、天君。……私は、許されるのでしょうか?」

「当たり前だ。許すとか、許されないとかの問題じゃないだろ」

 

そう、全ては俺にある。オレの存在が抑えきれない俺の責任だ。

三日前に見たユメの限りでは、これから仲間に敵意を向けることはなさそうだが。

いずれにせよ、妖夢の所為では決して無い。彼女が気に病む必要なんて、最初からないのだ。

 

「……ありがとう、ごさいます」

 

先程見せた空虚な笑顔とは別の、嬉しさを帯びたいつもの優しい、女神の様な微笑みが見える。

 

……ドキッとした。彼女の笑顔に。見惚れていた。

 

こういう時は、深呼吸だ。

 

すー、すー、すー……

吸ってるだけじゃねぇかよ。『深吸』じゃねぇかよ。

 

「あ――いや、いいんだよ。それより、朝食を作ろう」

「はい!」

 

彼女の屈託のない笑顔は、俺を見惚れさせるには十分過ぎた。

 

 

 

 

朝食を食べて、いつもの通りに修行へ行こうとした時。

 

「天、少し残って頂戴。妖夢は先に行ってて」

「はい、わかりました」

 

妖夢が部屋を出て、部屋には俺と幽々子の二人だけが残った。

幽々子の顔は、至極真面目だ。ま、大体何が言いたいかはわかっているが。

恐らく、オレのことだろうな。もうしばらくは心配ないだろうけどな。

 

「天、この間の、妖夢に攻撃した貴方は、話していたあいつなの?」

 

やはりか。ソレ以外に聞かれることもないし。

予想はしやすい。嘘を答える訳にもいかないし、意味が無いか。

 

「そうだ。霊力も別物だったはずだ」

「ええ。それも真逆の黒。随分と攻撃的な感じだったわね。できるだけ早めに何とかしておきたいわね」

 

全く、幽々子の言う通りだ。

見境なく躍起になって攻撃するオレの姿は、さぞ見苦しかったろう。

 

「……妖夢には、言ったほうがいいと思うか?」

「いえ、そのことは考えなくてもいいわ。……いるんでしょ、妖夢?」

 

え、いるの?

幽々子の声がかかって数秒して、妖夢が入ってくる。

いたのかよ……てかそれを見抜ける幽々子も幽々子だ。

従者のことをわかっていらっしゃるようで。

 

「天、これ以上隠すのも無理があるわ。今のうちに言っときなさい」

「……わかった。いいか――」

 

妖夢に、幽々子に説明した通りに話す。

オレのことについて、何もかも。勿論、オレの取り込みに失敗した時のことも。

ついでに、これからは今までよりも暴走の可能性が低くなったことも一緒に話した。

妖夢はまるで自分のことの様に、真摯になって聞いてくれた。

 

「わかりました。ですが、私から言えば、そんなに大きな問題でもないように思えます」

 

お前もかよ……幽々子もこんなこと言ってたような気がする。

皆して軽視って……もしかして、俺ってあんまり心配されてない?

 

「どうして、そう思う?」

「天君だからです。私だって、無責任にそんなことは言いません」

 

その理由も随分と無責任に感じるのは俺だけだろうか?

『俺だから』、なんてそもそも理由にもならないかもしれない。俺だから大丈夫じゃないならわかるが。

 

「いやその発言も無責任だと思うんだが」

「いえいえ。むしろ、これ以上に説得力があるのも珍しいくらいの理由です。それに、私への隠し事、これですよね? 話してくれるっていうことは、その時が来たってことです。なら、もう大丈夫ですよ。心配するより、信じた方が上手くいきそうじゃないですか」

 

彼女がウインクをしながら、したり顔になる。

この組み合わせの妖夢も可愛いな……って、そんなことより。

 

「ま、信じられるのは本望だ。頑張るよ」

「ええ、そうしてください。私も、信用してくださいね?」

 

やっぱり、彼女の笑顔は可愛い。

まるで女神……って、さっきもそんなこと思ってたな。

 

「はいは~い、二人の空間はそこまでにして――」

 

妖夢が少し赤くなって会話を終わらせる。可愛い。

 

 

幽々子の顔が、今まで以上に本気の顔になった。一切のおふざけがない、カリスマ状態の彼女。

その姿を見た俺と妖夢は、自然と背筋を伸ばした。

 

「そろそろ来るはずよ……」

 

そう言って、玄関の戸が開く音がする。

お客……? 誰だろうか。それも、このタイミングで。

しばらくこちらに歩いてくる音が聞こえて、目の前の障子が開かれる。

そこにいたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、未来の執事の天?」

「おはよう、数日ぶりね。このタイミングで来いって運命が言っていたのよ!」

 

 

「咲夜にレミリア!?」

 

意外だった。客が来るのも意外だったが、この二人がそうなのはもっと意外。

てっきり、霊夢とか魔理沙辺りかと思っていたが……

未来の執事って……もうここから出て他で生活しないとは思うが。

 

「朝早くに、そこのメイドが来たのよ。天が戻って皆が集まった時、ここに来るって言われたの」

 

なるほど、それが今ってことか。皆いるし。

おおよそ、レミリアの能力で俺が永遠亭に行ってたことを知ったのだろう。

……で、このメンバーが一斉に集まる必要があるってことは、それなりのこと、というわけだ。

嫌でも身が引き締まる。

 

「で、ここに来たのは他でもないわ。――運命が、変わった」

 

皆が固唾を呑んで、先の言葉を待つ。

 

「その変わった運命なんだけど――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――明日、幻獣が襲来する。場所まではわからない」

「は……はぁっ!?」

 

幻獣が、来る……!?

まだ五年には程遠い。五分の一しか経っていないのだ。

それが……

 

「今すぐ博麗神社に行くわよ。急いで。幽々子は待機、妖夢と天は来て頂戴。屋敷を空にするわけにもいかないでしょう?」

「「了解」」

 

俺と妖夢、レミリアに咲夜は、屋敷を出て空へ飛び、博麗神社へ。

明日、幻獣が襲来する。

この一言が、俺をここに呼んだ理由に直結するんだ。

……頑張らないとな。

 

 

 

博麗神社に到着した。

四人はほぼ同時に着地して、拝堂の方へ。

 

そこにいたのは、霊夢に魔理沙、勇儀と萃香、文にフランちゃん、美鈴、パチュリーと紫など……全員で二十人くらい。

それに、ここの四人。勢揃いってやつだ。俺が幻想郷で知り合った仲間のほぼ全てがメンバー。

だが、数人知らないメンバーもいる。

ことの重大さに、早くも悪寒が体を走りそうになる。

 

 

「皆! 聞いての通り、幻獣よ! 襲来は明日! 今から、その対策会議を始めるわ!」

 

 

霊夢の呼びかけに、皆がより一層真剣な眼差しになる。

霊夢自身の様子も、ずっと前に見た中でも、匹敵しない程、真剣で真っ直ぐな眼差しと表情をしている。

 

「襲撃場所、出現幻獣等、詳細は一切不明。だから、今から大きく分けて二つのグループに分けるわ。一つが、主に人里の防衛をするグループ。一つが――本格的な幻獣と戦闘をするグループ。今から、そのメンバーを発表するわ」

 

霊夢がそう言うと、どこからか一枚の紙を取り出し、それを見ながら名前を連ねてゆく。

その瞬間、この場の緊張感が飛躍的に上がる。今までも相当な緊張感が、より一層。

 

 

 

 

「防衛グループは……勇儀、萃香、さとり、こいし、文、椛、早苗、フラン、パチュリー、美鈴、紫、慧音、鈴仙、永琳……以上よ!」

 

「「「了解!」」」

 

「お、おい霊夢……防衛グループが多すぎやしないか?」

 

何人か知らない名前もあがった。

 

霊夢の防衛グループ発表が終わった直後、魔理沙から抗議の声があがる。

確かにそうだ。この場にいる約三分の二が防衛グループに回っていることになる。

いくらなんでも多すぎる。これでは対幻獣のグループが戦力不足だ。

 

「いえ、逆に少ないくらいよ。幻獣がどこに来るかわからない以上、防衛グループのメンバーを増やすしか方法がないのよ。それに、増援がいないとも限らない。複数の場所にタイミングをずらして襲撃されたら終わりなのよ。皆も、わかって頂戴」

 

……なるほど。人里は、恐らくと言うか、ほぼ確実に沢山あるだろう。俺の一回行ったところのみ、というのも考えにくい。

それなら、わざわざこんなに防衛グループを増やす必要も無いから。

さらに、敵が複数で、タイミングをずらす可能性。操るのは、三人の黒幕だから、当然ありえる。

それなりに霊夢も考えてのことの様だ。

 

「じゃあ……今から、幻獣戦闘グループを発表するわ」

 

しん……と一瞬の、束の間の静寂。

そして、響き渡る巫女の声。

 

「私、魔理沙、咲夜、レミリア、妹紅、妖夢、そして――天!」

「「「了解!」」」

 

幻獣戦闘グループとして、俺の名前が呼ばれた。

今までの鍛錬の成果を、発揮する時がついにきた。

 

 

 

 

 

 

――絶対に、勝つ!




ありがとうございました!
さあさあ、ようやく幻獣ですよ!
次話または次々話には戦闘に入れればいいな、と思っています。
紅魔館で練習してた『あれ』は、いつ出そうかとわくわくしております。

以前、感想で幻獣の強さについて尋ねていただいたことがありました。
『かなり強くする予定』とはしたものの、どうなるかは実際のところわかりません。
取り敢えず、強いは強いです。その理由の一つが、防衛グループに戦力を回さないといけないことです。

ではでは!


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第34話 俺の『好き』に、ようやく気付き。

どうも、狼々です!

この作品の評価バーの色が黄色になりました!
おお……! なんとも嬉しい限りです!
ありがとうございます!

今回、幻獣は出せません! すみません!
それと、今回は少し長めです。8000字弱くらいです。
といっても、7957文字と、ほぼ8000字なのですが。
舞い上がってました。

今回は、タイトル通りの話です。

では、本編どうぞ!


対策会議が終わり、メンバーが発表された後。

俺は同じ幻獣戦闘グループのメンバーだけでも知らない人と知り合っておこうと思い、『妹紅』なる人物に話しかけていた。

名前からして女の子だが……

 

「よう、君が妹紅かい?」

「ああ、そうだよ。貴方とは初めて会うわね。私は藤原(ふじわらの) 妹紅(もこう)よ。よろしくね」

 

多少男勝りな印象を受けるが、しっかり女の子のようだ。

『もんぺ』と呼ばれるスボンを着用して、ポケットに手を入れている。ここでズボンの少女は珍しい。

さらに、白を基調とした、赤白の大きなリボンがある、長い白髪が周りの目を引くだろう。

白のカッターシャツが、もんぺとサスペンダーで繋がっている。

 

「よろしく、妹紅。俺は新藤 天。天で呼んでくれ」

「わかったわ、天。一応、戦闘能力だけ手短に伝えておくよ。能力も含めて」

 

やはり能力持ち。対幻獣となると、能力は持っている前提なのだろうか。

となると、幻獣戦闘グループの妹紅の能力は、かなり戦闘向けのはずだ。

 

「私の能力は、『老いる事も死ぬ事も無い程度の能力』だよ。不老不死、ってヤツだね」

「……わ~お」

 

感嘆のみ。もうここまでくると逆に清々しいな。

不老不死って、世界中の七つの星のボール集める、とかじゃないと叶わない気がする。

 

蓬莱人(ほうらいじん)、って呼ばれる人間は皆そうさ。あと、炎を使えるな。得意」

 

人、ってことは一応人間なのか。最近は人間以外の人種を多く見ている気がする。

『人間以外の人種』って哲学かよ。

 

炎か。俺の中の栞も火を使えるけど、俺はあまり使っていない。

スペルカードは一応一通り揃ってるけど、未だに使ったことがあるのは水のみ。それも、氷と霧。

バリエーションに乏しいのが難点だろう。その点、炎を得意とする妹紅は、頼もしい。

火よりも炎が強そうだし。

 

不老不死で炎って聞くと、フェニックスを思い出す。

実際には不死鳥じゃなく、薪の中に自分から入って命が尽きたら生き返るらしいけど。

妹紅もそんな感じだろうか。最初から死なないんじゃなく、死ぬけど生き返る的な。

 

「へぇ、俺も火が使えるけど、中々上手く使えそうにないんだ。一緒に頑張ろうな!」

「ええ!」

 

挨拶と自己紹介を手短に済ませて、一人の少女の元へ向かう。

俺が最近気になり始めたかもしれない、銀髪の少女の元へ。

 

自然と足が早くなる。

 

見つけた。人が多かったが、すぐに見つけられた。

 

「妖夢、ちょっと付き合ってくれないか? 人里に用があるんだよ」

「え、ええ……わかりました――って、ちょ、ちょっと天君、手を引っ張らないでください!」

 

妖夢の了承を受け、二人で人里へ向かう。

俺が彼女の手を引いて、飛んで、走って人里へ。

俺はだんだんと笑顔になってゆく。妖夢も、最初は戸惑い気味だったが、柔らかい笑みを浮かべている。

 

ようやく人里に着いた。少々息を切らせる程はしゃいで来てしまった。

 

「えっと……どうしたんですか、急に?」

「あのな……二人で、買い物をしたいんだよ。何か、お揃いのアクセサリーを買いたいんだよ。……いいか?」

 

俺がそう尋ねると、妖夢は一瞬ぽかんとした顔をして、すぐにくすくすと笑い始めた。

な、何なのだろうか……? 俺はおかしいことを言ったか?

 

「いえ、おかしくありませんよ、あはは……」

「エスパーかよ!?」

 

心を読めるって……俺も妖夢に心を読まれたか。

もしくは、そこまで俺のことをわかってくれているのだろうか。

 

「ただ……いきなり引っ張って連れられたのに、いいか、だって……あ、はは……」

「い、いいだろ、別に……」

 

なぜ俺が急にこんな行動に走ったか。

それは、幻獣戦の前にしておきたいと、前々から思っていたことだ。

 

「それで……何故そんなことを?」

「……怒らないで聞いて欲しい」

「内容によりけりです。怒らせる様なことを言うなら怒ります。ついでに叱るかもしれません」

 

怒られた上に叱られるのか……一応、覚悟はしといた方がいいか。

俺は呼吸で一拍置いて、話を再開させる。

 

 

 

 

「……もし俺が幻獣との戦いで死んだら、妖夢がそれを見て、俺のことを思い出して――」

 

「怒ります。そこに正座ですね」

「早くない!? しかもここ人里のど真ん中! 周りの視線が痛い! そもそもまだ話は――」

「いえ、もう十分です。……貴方が死ぬ想像なんて、私は絶対にしたくありません」

 

妖夢が急に悲しい目と表情になり、俺の胸を抉る。

それほどの悲しみが、俺を襲った。そして、俺の発言をひどく後悔した。

 

「あ……ご、ごめん」

「別の理由に訂正するなら今のうちです。早く考えてくださいね? じゅ~う、きゅ~う……」

 

あ、妖夢がカウントダウンを始めた。

言葉を伸ばす子供らしい妖夢も可愛い……じゃなくて!

え、え~と……

 

「さ~ん、に~い、い~ち――」

「妖夢とお揃いのが単純に欲しいんだよ! 信頼の証みたいでさ!」

「……ふむ、まあ及第点でしょうかね。よかったですね、正座は免れましたよ」

 

よ、よかった……って、今の妖夢にSっ気が混ざっていた気が……

き、気の所為だよ、うん。ウッドフェアリー。

それ『木の精』じゃねえかよ。

 

「じゃ、早く行きましょう。()()()()()買いに!」

 

妖夢が『お揃い』をやけに強調して、満面の笑みを浮かべて。

今度は妖夢が俺の手を引いて、走り出す。

俺も妖夢の笑顔につられて笑う。本当に、楽しい。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

彼がお揃いのアクセサリーを買おうと連れてくれたらしい。

それも、珍しく彼がはしゃぎながら、私の手を引いて。

手を引かれる中、少しドキドキしながらついていった。

 

そして、アクセサリーを欲しがった理由を聞いた。

 

それは恐らく、自分が死んだら、そのアクセサリーを見て思い出して、忘れないで欲しいという内容だろう。

『恐らく』、『だろう』の理由は、彼が理由を話している最中に、続きを聞きたくないが為に、私が言葉を遮ったから。

想像もしたくない。けれど、一瞬想像してしまう。

 

血溜まりの中に倒れて、冷たくなった彼の姿と体を。

目は虚ろになっていて、何も映していない。

 

想像した瞬間、とてつもない寒気に襲われた。

いやだ――いやだ、もう、彼が死ぬのを認識するのは。

彼が白玉楼に来てちょうど一週間の時を思い出した。

 

私がどれだけ泣き叫んでも、動かなかった彼の体。

 

もう、見たくない。あの時は外傷がなかったからまだ良かったが、きっと幻獣戦での戦死は、血を伴う。

そうしたら、彼は彼自身の血溜まりに浮かんで死んでいることになる。

惑うことなき死。あの時の様に目が覚めるんじゃないか、という淡い期待を粉々にする。

 

 

私の不快感を外に出すことなく、彼に訂正を求めた。

 

すると彼は、単純にお揃いが欲しい、信頼の証になる、だって。

もう、おかしくって。笑いを堪えるのに必死だった。

 

それ以上に、嬉しさをなるべく外に出さないようにすることが必死だった。

彼からそんな……こ、恋人チックなことを言ってもらえるとは。

 

今度は、私が彼の手を引いて。

彼もだんだんと笑顔になってくれる。

かくいう私も、目一杯はしゃいでいたのだった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「さて……どれにするかなぁ~」

「そうですね~……」

「決めてなかったの!? あんなにラヴラヴな感じだったのに……」

 

栞が口を挟むが、恥ずかしいので無視無視っと……

いや、まさか考えないまま来ることになるとは思っていなかった。

夢中で手を引いて、気付いたら買うもの考えるのを忘れていた。

我ながら抜けているというかなんというか……

 

「あ……これ、素敵だな……」

 

妖夢が独り呟いて、一つのペアネックレスを手に取る。

二つの銀のリングが付いている、シンプルな型のもの。

俺はこういうシンプルなものは好きだが……

 

「よし、それにすっか」

「え……い、いいんですか?」

「勿論。俺から誘ったんだし、妖夢が嬉しがるものが一番いい」

 

そう言って、ペアネックレスを手にとって、会計を済ませる。

正直、お金には困っていないので、支払いに苦しむこともなかったが。

 

「はいよ、これどうぞ」

「あ……ありがとう! え、えへへ……」

 

敬語の抜けた彼女の柔らかな笑顔には、確実な嬉しさが感じ取れた。

……破壊力がすごい。とんでもなく可愛い。

俺もそこまで喜んでくれると嬉しい。

 

早速、二人でネックレスを着けて帰っていった。

……あれ? 俺と妖夢が、人里の皆から暖かい目で見られている様な――

 

 

 

……ん? ペア、ネックレス……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それって、()()()()()着けるものじゃ……

そこまで考えが巡って、俺は赤面する。

 

「あ……ペア、ネックレ……」

 

そう言って、妖夢も赤面する。可愛く、愛おしい。

二人して赤面した姿は、実にシュールだった。

 

(ようやく天も妖夢ちゃんも気付いたのかい!)

(ということは、栞は気付いて言わなかったのか。後で何してやろうかな~……)

(はいはい。そう言って今まで何もしてないから怖くないよ)

 

だって何も手段がないんだもの。

仕方ないじゃん。ま、あっても多分しないとは思うが。

 

 

 

 

 

……多分。

 

 

 

 

そんなこともありながら、なんやかんやでネックレスは着けたまま白玉楼に帰ってしまった。

ついでということで、買い物もしてきたが、店員さんからは冷やかされまくった。全く……

 

現在時刻は昼ちょっと前。今から昼食を作り始めれば、昼には間に合うだろう。

夜は、幻獣がいつ来るかわからないので、幻獣戦闘グループのみが博麗神社に泊まることに。

防衛グループは、自分の住む周辺の人里を守る、ということで、各自待機だそうだ。

 

で、俺が心配なのは、部屋について。知らない人間もいたが、姿を見る限りは、全員女性。俺の部屋はあるのだろうか。

博霊神社はやや広く、部屋も沢山ある。……一応、トラブルとかも考えて、外で寝るか。やったことないけど。

防寒具とか着けてれば大丈夫だろう。部屋からもっていっとくか。今春だしね。

 

玄関に入り、早速料理に取り掛かる。

料理の最中も、妖夢はペンダントを外すことはなかった。俺もだけど。

 

 

料理を部屋に運んで、いただきます、と三人の声を揃えた時。

 

「……? ねぇ天、妖夢。そのペアネックレス、いつから着けてたの?」

 

しまったぁぁああ! 一番バレたくない人物に感づかれたぁぁああ!

幽々子は絶対、知った瞬間にやにやと笑ってからかわれるだろう。目に見えている。

 

「い、いやぁ、結構前からだよ? 気付いてなかっただけじゃない?」

「声、上ずってるわよ。……ねえねえ妖夢、本当のところはどうなの?」

 

よ、よし妖夢、話を合わせるんだ。話を――

 

 

 

 

「今日会議が終わってからです♪ 天君が手を引いて連れてってくれました♪」

「よぅぅううむぅううう!」

 

瞬間、俺の描いたビジョンが、未来予知になったかの如く、想像通りの悪戯顔の笑みを浮かべる。

あ、オワタ。弁解も不可能。そもそも俺の話を聞いてくれるかも怪しい。八方塞がりだ。

 

「あらあら~、ラブラブじゃない。それも、『()()』ネックレスを『()()()()()』ねぇ……で、どこまで進んだの?」

「進んでねぇよぉおおお!!」

 

俺の怒号にも似た叫び声は、しばらく白玉楼に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

昼食が終わって、またしても俺が幽々子に残される。部屋には俺と幽々子のみ。

まだからかわれるのだろうか。昼食中は散々からかわれた。主に俺が。

妖夢もからかわれて赤面していたが、非情に愛らしかった。

 

「……で、本当のところはどこまでいったの? 恋人? それ以上? それとも――」

「進んでねぇっつってんだろ!」

「真面目に聞くわよ。……貴方、妖夢のことをどう思っているの?」

 

……まだ答えは出ていない。ずっと考えていた。

紅魔館でも、永遠亭でも、今に至るまでずっと。

……大体はわかっている。けれど、はっきりとした根拠がない。きっかけが、足りないのだ。

 

「……その様子だと、まだの様ね――妖夢、盗み聞きはあまり良くないわよ?」

 

直後、ひっ、という高い声と共に、タタタ、と廊下を駆けていく音が聞こえた。

聞いてたのかよ……って、今の一部を聞かれただけでも十分まずくね?

 

「さっきのもそうだけど、正直、妖夢はかなり貴方のことが気になってる。当然、異性として。それは、自分でもそうでしょ?」

 

無言で首を縦に振って、静かに肯定の意を示す。

数度目だが、俺だって鈍いわけでも、鋭いわけでもない。

妖夢とは長い時間接してきたが、俺に好意を持っている感じは結構前から感じていた。

それも、白玉楼から出て、紅魔館に行く前から。

 

「貴方が死ぬとは微塵も思わない。けど、幻獣と戦う前……今日にははっきりさせた方が良いわよ。生き残らなきゃいけない理由にもなるしね?」

「……わかった。今日は、博麗神社に泊まることになる。一人にさせて申し訳ないが、頼む」

「ええ。これでも私、強いのよ? 安心して戦ってきなさい。……訂正。戦って、()()()()()()()!」

「はっ、言われなくとも! もう神社に行く準備をしてくるよ」

 

俺が立ち上がって、部屋を出ようとする。

最後に、幽々子からの『頑張ってね』と声が聞こえて、心の中で返事を返す。

 

 

勿論、『四人で』頑張るよ、と。

 

 

妖夢と俺は先に博麗神社に泊まる用意を済ませ、少し暗くなる前まで修行をした。

できるだけのことはしたいものだ。

修行を終えて、博麗神社へ向かう俺たち。

もうこの時点で若干緊張し始めている。幻獣と戦闘になったら一体どうなるのだろうか。

緊張で動けない、なんて笑い話では済まされない。緊張なんて、する余裕はないんだ……

 

「天、緊張しないで。大丈夫だよ」

 

妖夢が、視線をこちらに向けて、真っ直ぐに俺を見つめて言う。

敬語も取れている辺り、至極真面目な話なのだろう。

 

「私達なら、勝てる。もう、今までの天じゃない。独りじゃないの。幽々子様、栞ちゃん、それに私。苦しかったら頼っていいし、逆に私達が苦しくなったら助けてもらう。だからさ、そんなに緊張なんて、する必要はないんだよ」

「そうだよ、天。私はずっと見てきたよ、天の頑張ってるトコ。見る限りは、絶対に大丈夫」

 

妖夢は優しい笑顔と言葉で、栞は元気な励ましの声で、俺を支えてくれる。

俺は、なんていい仲間を持ったんだろうか。涙が出てきそうだ。

 

独りじゃない、大丈夫。この言葉を、どれだけ待ち望んでいたのだろうか。

前にも言われたことはあった。けれど、ここまで俺を強くしてくれた言葉はないだろう。

 

「……ああ、二人共ありがとう。絶対に、守る。皆で、な?」

「そうそう、天はやっぱりその顔が一番だよ」

「そうだね~、ま、『あれ』もあるし、負けないよ」

 

そう、まだ秘策はある。黒幕の監視がないとも限らないので、ずっと秘密裏に進めてきた特訓。

その成果。俺の紅魔館での努力の結晶と言っても過言ではないだろう。

それほどまでに、頑張れた。

 

「『あれ』ってなんですか?」

「お楽しみだ。取り敢えず、奥の手はある」

「その余裕はもう大丈夫ですね。さ、早くいこ?」

 

妖夢が飛ぶスピードを上げた。俺もそれに着いていく。

 

 

夜になる前に博麗神社には着いた。

今はもう夕食後で、皆寝た頃だろう。それぞれ、一緒に来た者同士でグループを作り、同じ部屋を使うようだ。

俺は決めておいた通り、外。風が思いの外冷たく、防寒具を持ってきて正解だった。

 

眠れず、いつもの様に夜の修行に励んでいた。

すると。

 

 

「こんな日まで夜の修行はいいんですよ?」

「え……妖夢? 寝てなかったのか?」

 

ふんわりとした笑みを浮かべて、夜空を背に立つ銀の少女、妖夢。

まさか起きていたとは。灯りが全部消えていたので、もう皆寝てしまったのかと思っていたが……

 

「はい。天君が見えましたから。部屋に戻ってください」

「いや、俺は外で寝るよ。沢山の女の子と一つの建物で、ってのも皆が嫌がるだろ?」

 

俺がそう言うと、妖夢はジト目を俺に向ける。やっぱり可愛い。

ってか俺の発言の何がいけなかったんだ?

 

「皆そう思ってないに決まってます。風邪引いて幻獣と戦えなくなった方が嫌がりますよ?」

「あ、確かにそうだな……」

「はぁ……ホント、天然というかなんというか……」

 

おっとそれはブーメランですよ妖夢さん?

オーストラリアの先住民のやつ並のブーメラン。狩りに使うほどだ。

主に小動物に使われたらしいが。いや、持ち主自身が小動物……これ以上はおかしくなりそうだからやめておこう。

夜になってテンションがおかしくなってしまっている。

 

「そ、その……部屋なら私の部屋に来ていいですから……」

「え、妖夢はいいの?」

「い、いい、というか、なんというか……(むしろ嬉しいというか……)

 

……ん? 最後いくら耳が良くても聞こえないような声で話したな……

俺は難聴系主人公じゃないぞっと。あいつら、いつも大事なヒロインとの恋愛フラグの言葉聞き逃すよね。

全く、ありえないにも程がある。

 

「ま、まあ妖夢がいいなら――一緒に使わせてもらうよ」

「は、はい。では、行きましょうか……?」

 

中に入り、廊下を進んで一つの部屋の前で一旦止まる。

妖夢が一瞬深呼吸をして、戸を開けて部屋に入る。

……ん? 何で深呼吸した? そう思いつつ、部屋に入る。

 

 

 

 

 

 

「その、布団が一個だけだったので、その……二人で、入りましょう?」

 

……ゑ? なんで?

 

「い、いいいいや、妖夢はいいの!?」

「わ、私は別に……呼んだの私ですし……」

 

そこで、あまり冷静になれない中。灯りが消え、月の光が部屋を照らす中。

一つのことに気が付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()ことに。

普通、枕と布団はセットで置くはずだ。どちらかが多い、少ないなんてないだろう。

……ということは、今(ふすま)を開ければ、布団がある可能性が高い。

 

ん……? 妖夢さん、ちらちら襖見てません? バレバレですよ?

 

「い、いやでも枕g――」

「一つしかなかったんです!」

 

……ふ~ん。

 

「今襖開けたr――」

「一つしかないの!」

 

赤面した彼女はやはり可愛い。

……折れてやるか。

 

「……わかったよ。一緒に寝させてもらうよ」

「……(やった!)

 

彼女が小さくガッツポーズを決めている。

おっと今のは聞こえましたよ? 何がやったなんでしょうね~……

 

 

ドクン

 

 

……っと、ドキドキしてきた。あまりふざけるのも大概にするか。

 

「じゃ、明日いつ幻獣が来るかわからないので、早めに寝ましょう!」

「お、おう……声が大きいよ……皆が起きる」

「あ……すみません」

 

えへへ、とはにかむ彼女にも魅力があった。

 

 

ドクンドクン

 

 

さってと、彼女に促された通り、寝ますか……

俺が布団に入った後、彼女が同じ布団に入る。

……近い。

 

 

ドクンドクンドクン

 

 

「全く、いつもそんなに夜に修行しなくてもいいでしょうに」

「いや……でも、こうしないと眠れな――」

 

そこまで言って、もう一つ気が付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()。まるで……()()()()()()()()発言の仕方に。

まさか……!

 

「……? どうしたんですか?」

「あ、い、いや、なんでもない。寝ようか」

 

俺の努力の姿を、見ててくれてたのか……?

 

 

ドクンドクンドクンドクン

 

 

体が急に熱くなっていた。外は肌寒いくらいなのに。

彼女の暖かさもあるが、聞くところによると、彼女の体温は種族の関係で低めらしい。

じゃあ、この熱さは……?

 

 

「天君……」

「……あ? あ、ああ、何だ?」

 

彼女の呼びかけにきっちりと対応ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は今、とても幸せです……!」

 

 

 

 

彼女の見せた笑顔は、頬が上気していて……

月の厳かで、荘厳で、静かな光が彼女を際立たせて。

それはまるで、自然のスポットライト。彼女にのみ、光が当たって際立っている。

 

いや、他の場所も光っている。が、俺には彼女の姿しか見えない。視線を外せない。

 

今までの俺が見てきたどの彼女の笑顔よりも、ひどく愛らしく、扇情的で、魅力的で、可愛らしく、端麗なものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクンドクンドクンドクンドクン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、やっと、ようやくはっきりした。

ずっと悩み続けてきたことが、ようやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――妖夢のことが、好きなんだ。

 

 

そのことを認知した瞬間、俺の意識は落ちた。




ありがとうございました!

今回、幻獣は出せませんでしたが、次回はほぼ確実で出せると思います。

難聴系主人公ありえねー、みたいなことを天君が言ってましたね。
……その言葉もブーメランだ、って言ってやりたいですね。

ちなみにですが、小文字表記を入れる方法は、ルビ機能の応用です。
文字の欄を空白、振り仮名の欄に小文字にしたい文を入れるとできます。
場所は、入れたいところにそのままで。文の途中でも大丈夫です。
知ってる人は多いでしょうが、一応書きました。

妖夢ちゃんが意外に策士だった件について。
布団一個だけ用意して呼んで、枕は二つ置く辺りが抜けているというか……

ようやっと二人がお互いに意識し合いましたよ。
いや~、長かった!よかったよかった。幻獣との対決前ですが。
後は死亡フラグとならないように

ではでは!


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第35話 解放

どうも、狼々です!
前回、布団のくだりをしましたが、数が圧倒的に足りないことに気付きました。
レミリアからの支給、ということにさせてください。
お願いします。

さあ、今回から戦闘が本格的に始まります!
戦闘シーンは書いたことがなく、出来が悪すぎると思いますので、
よければ『どこをどうした方がいい』、『ここはこのままの表現でいい』などの
アドバイスをください!

では、本編どうぞ!


「本当に、幸せです」

「……」

「……天君?」

 

呼びかけても返事がない。静かな寝息が少しだけ聞こえる。

寝てしまったのだろう……もっと話したかったが、明日のことを考えると、そうも言ってられない。

彼と一緒に、頑張ろう。

 

そう思って、私と彼の首元にかかっているお揃いのネックレスを見る。

信頼の、証。他でもない、私と彼の。

形になっていることで、なんとも言えない嬉しさがこみ上げてくる。

 

そして、私の行き過ぎた思いが、自分を赤面させることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……いつか、指輪もお揃いに――

 

そう考えて、私は今までで一番赤くなる。

しかし、自然と左手薬指に視線を向けていた。

 

「な、何を考えて――ゆ、指輪、なんて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう結婚を考えてるの? 中々隅に置けないねぇ~」

「ぇ……ひゃぁっ!? し、栞ちゃん!?」

「し~……天と皆が起きちゃう」

 

そ、それもそうだ。天だけじゃなく、他の皆も起きてしまう。

けど、栞ちゃんは天君の意識がなくても話せたとは。

今まで知らなかった。……ってことはまさか――!

 

 

 

 

彼の部屋に忍び込んだときを見てる!?

そ、それに――け、結婚のことまで……!

 

「やっぱり、天のこと、好き?」

「……は、はい。でも、言わないでくださいね。私から、きちんと言いたいです」

「ふふっ……言われなくとも。さ、明日は早いから、もう寝ようか?」

 

そ、そうだった。……明日死んだら、この先がどんなに幸せな未来でも、意味が無いんだ。

師匠の私が、天君を守らないと……!

 

そう決心して、私は眠りに落ちた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「どうだ、時雨(しぐれ)。明日には間に合いそうか?」

「俺の能力はすぐだよ。十分間に合う。昼前には終わるよ」

「こっちの結界と封印も終わりそうだよ」

 

よし、順調に進んでいる。

――幻想郷の主力メンバーが集まっていること以外は。

 

予想外だ。奇襲の牽制をしようとしたが、対策をされている。能力か。

まあ、どちらにせよ、奇襲が効かないこともわかった。

それに、思わぬ収穫もあった。

 

――天の弱点。きっと銀髪の刀を持った少女だろう。

そして、その少女もあいつが弱点。片方始末してしまえば問題はないか。

となると、注意人物の天は残して、少女を攻撃するのが吉か。

しかし……

 

「時雨。お前の能力は、知能までは本当に無理か?」

「無理だね。むしろ逆。荒れ狂うばかりだよ。集中攻撃とか、戦術を立てるなら、俺たち三人が出ないと」

 

やはりダメか。もしかしたら、と思ったのだが。能力の関係上無理なものは無理だ。

今更そんなことで悔やんでなどいられない。

 

「よし、準備ができ次第、――を出す。いいか、叢雲、時雨」

「「了解!」」

 

さて、今回だけで上手くいくとは思っていないが、どれだけ戦力を削られるだろうか。

楽しみだ。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

朝。決戦の朝。

それなのに、太陽の光はいつもと変わらずに降り注ぐ。幻獣など、来る気配もない。

いっその事、間違いであった方がいい。

けれど、現実はそうもいかない。……準備をせねば。

 

俺は目を開き、布団から出ようとする。

 

が、目の前に妖夢がいる。すっかり忘れてしまっていた。

そうか……俺は、妖夢を……

 

そう考えて、急にドキドキしてきた。

自分の好きな女の子が、目の前に。目と鼻の先に。

い、今なら、抱いても――

 

 

 

 

瞬間、戸の開く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きて~、もうあs――お邪魔しました~」

「待ってくれ霊夢絶対に勘違いをしているその優しそうな目をやめろぉおお!」

「朝から盛ってんじゃないわよ。見せつけてくれちゃって」

 

当然、俺と妖夢は同じ布団に。朝をその状態で迎えているのだ。

何も知らない人間から見たら、誤解しか招かない。

ってか、盛ってるって……

 

「ち、違うんだよ……」

「はいはい、お楽しみでしたね~、ちゃっかりペアネックレスしてるしね」

「う、うぐ……」

 

い、意外と鋭い、だと……!?

何でこんな細かいとこまで見てんだ……?

普通気付かないだろ。

それより、お楽しみでもなかったからね?

 

 

 

 

妖夢を起こして、二人で朝食を食べに、一つの部屋に皆で集まる。

その部屋の前に着いて、戸を開ける。瞬間。

 

「おっ、オシドリ夫婦が来たぞ!」

「誰がオシドリ夫婦だよ! まだ結婚してねぇよ!」

 

魔理沙から面白そうにわざと大きな声で、皆に聞こえるように言う。

皆は、驚き、好奇、微笑等など、様々な表情で気持ちを表していた。

 

「じゃ、『まだ』ってことは、予定はあるってことの裏付けだよな?」

「……あっ、い、いや、そうじゃなくて……」

 

しまった、このままじゃあまずい。誤解を招きかねない。

自分の言葉の穴に気付くのが一足遅く、自分で自分の首を絞める結果に。

 

助け舟を求めようと、妖夢の方を見る。が……

 

「あ……ふ、うふ……け、けっこ……」

 

あ、だめだ。完全に赤くなっちゃってるし。

で、でも、こんなになるってことは、やっぱり俺を――

 

「はいはい、もうやめやめ。早く食べて、幻獣に備えよう!」

 

霊夢の一声で何とかこの場は収まった。

全く、今日は幻獣襲来なのに、いつまでも呑気だ。そこが良いところでもあるのだが。

 

 

朝食を終えて、少しでも修行をしようと、神憑を取って、境内で刀を振っていた。

 

(天、『あれ』、できそう?)

(多分な。ただ、万が一を考えて、最初からは使わない)

 

ずっと練習してきた、『あれ』。もう余裕でできる域には達している。

が、奥の手はあまり披露したくない。ぎりぎりまで。

皆がやられそうになったら別だが。

 

「そうそう、幻獣は霊力での攻撃が効果的よ」

「そうか、サンキュー幽々子……って、幽々子!?」

「は~い♪」

 

幽々子が、スキマから突然現れた。紫の協力か。

ふむ……霊力が効くのか。霊力刃とかは使えそうだな。後は、刀に纏わせる霊力強化か。

 

「で、天に聞きたいことがあって来たのよ」

「何だよ?」

「……気付いた? 自分の気持ちには?」

 

……なるほど。そのことについてか。

俺だって馬鹿じゃない。質問の意味くらいはわかる。特に、気付いたばかりの今なら。

 

「ああ。俺はやっぱり、妖夢のことが好きだ」

「そう、よかったわ♪ じゃあ、尚更勝たないとね。頑張ってね、応援してるわ」

 

幽々子は一方的にそう告げて、さっさとスキマの中に戻り、スキマごと消えた。

妖夢だけじゃない、幽々子も、皆も、応援してくれている。

……負けられない。絶対に。

 

瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷のどこかに、莫大な霊力の様な何かの力を感じた。

霊力の感じだけれど、霊力じゃない。それだけはわかった。

霊力と決定的に違っていたのは、感じた瞬間の鋭さ。霊力は、あんなに鋭くも、ドス黒い感じもない。

オレの黒の霊力よりも、恐ろしいもの。

 

「皆! 幻獣が来た! 私についてきて!」

 

霊夢がいち早く博麗神社を飛び去る。

皆もそれに続いて飛翔。俺も後に続く。

殆ど俺の全速力で飛ぶ霊夢に、皆が緊迫の表情を持ってついて行く。

 

……負けちゃだめなんだ。俺は何の為に呼ばれたのか思い出せ。

 

「大丈夫です。このネックレスがある限り、私たちは勝てます」

 

険しい表情になっていた俺を、妖夢が優しい声でほぐしてくれる。

彼女の存在が、ありがたい。

 

 

飛んでいる最中、昨日の夕食中に話し合った戦略を思い出していた。

 

まず、魔理沙のスペルカードを放つ。――魔理沙のスペルカードは、威力重視のものらしい―-

それで様子を見て、俺と妖夢が近接で相手の注意を引きつけつつ、周りもスペルカードを放つ。

これが大まかな作戦の内容だった。

 

だが、霊夢本人でも、上手くいく方が珍しいくらい、だそうだ。

臨機応変な対応が求められている。

 

 

そうやって内容を思い出していると、平野に幻獣の姿が見えてくる。

一目見ただけで幻獣とわかるくらい、目立つ存在だった。

 

虎の体に人間の顔を持って、長い牙が下から上に向かって生えている。

さらに、尾はとても長い。3~4m程もある。

 

霊夢から、幻獣についての説明がされる。

 

 

 

 

「……檮杌(とうこつ)。『四凶』の一柱よ。かなりの戦闘狂らしくて、正直強いわ。皆、油断しないで。……魔理沙、降りたらすぐに準備して」

「了解」

 

今までで一番の真剣な眼差しを檮杌に向ける。

それは、確実な敵意となって、檮杌に届く。

 

 

 

 

魔理沙が、降りた。

 

「恋符 『マスタースパーク』!」

 

瞬間、極太のレーザーが地面を走る。

 

 

当たった。直後。

 

 

 

バァァァァァアアァアン!

 

 

ダイナマイトにも似た音が空気を揺るがす。

幻獣の居た場所には砂埃が立ち、風圧で俺は飛ばされそうになる。

つよっ……! だが、これほど頼もしいものもない。

誰もが檮杌の負傷を期待していた。確信していた。

皆が地面に降りる。

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、砂埃の中から光の速さで何かが飛び出した。

そして、それは止まり。

 

 

 

 

「……ァァァアアアアアアア!!!」

 

雄叫び。それは他でもない、檮杌の。

同じく、大地を揺るがす。が、それには狂気的なものも込められて。

 

 

 

 

 

叫んだとほぼ同時に。

 

 

 

 

 

 

檮杌の全身から、()()()()()()()()()

オレの霊力とは違う。根本から。

 

 

オレの『黒』は、絶望・孤独。だが。

 

 

 

 

檮杌の持つ『黒』は、破壊・死。

ドス黒い(もや)が未だに吹き出し続ける。

 

 

 

 

「まずい! 皆、戦闘準備!」

 

意外にも、栞の声が最初に響く。

皆が驚いた様子から開放され、戦闘準備に。

 

 

 

 

 

「妖刀 神憑!」

 

 

刀の名を告げ、抜刀。

 

そこで、檮杌はここにいる皆が敵であることを認知する。

 

 

 

 

 

檮杌に睨まれた。その瞳は、血塗られた瞳よりも、狂気で満たされていた。

 

 

 

 

 

瞳が、こう語っていたようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       「オマエヲ、コロス!」

 

 

 

 

 

 

 

俺が一瞬畏怖し、足がすくんだ瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

()()()姿()()()()()

 

 

 

 

あ、あれ、やばい、見失なった! 今見失ったら――

 

 

 

 

 

「――がはぁぁっ!」

 

 

 

 

突然、俺の体躯が吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

何が起こったのかわからない。

 

 

 

俺の体は、10m程にも渡って飛び、バウンドし続ける。

 

 

 

 

 

 

皆の驚きが、表情が見える。

 

 

特に妖夢の表情は、既に絶望に染められている。

 

 

 

 

立ち上がろうとして。

 

 

 

「ぐふっ……!」

 

 

吐血。がはっ、がはっ、とおびただしい量の血が口から溢れ、血溜まりを作る。

 

 

 

 

 

 

 

な、なんだよ、これ……おれの、ち、なのか?……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう認識して、突然寒気に襲われた。

 

 

 

 

恐怖。死。死。死。

 

 

 

 

殺される、皆、殺される。いま、あいつに、ころさ、れる。

 

 

 

 

あ、やば、も、う、か……ない

 

 

 

もう……き……んな……され……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりして! あんたは! 今まで何の為に努力を重ねたのさ!」

 

 

俺の意識を、栞が戻した。

 

 

「あんた、やられにきたの!? 死にに来たの!? ここにいる皆も守れないで、幻想郷全部守るなんて、できるわけないだろ!?

だったら! 今、ここで立ち上がらなくてどうすんの!?」

 

 

 

 

 

 

 

そう、だ。

 

 

俺は、この世界を。

 

 

 

 

この、幻想郷を、守るんだ。

 

 

 

 

こんなところで。

 

 

 

攻撃を一撃当てられたくらいで。

 

 

 

 

 

しょぼくれてんじゃ、ねぇよ……!

 

 

「……さんきゅ、栞」

 

「いいんだよ。……思いっきり、戦ってこい!」

 

 

 

 

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

返事と共に、俺の体は起き上がり、加速する。

 

 

 

 

 

 

 

地面を蹴って、前へ……!

 

 

 

 

 

 

嘲笑っている檮杌の姿が見える。

 

 

 

「おら! 何余裕見せてんだ……よぉ!」

 

 

刀を振り下ろす。檮杌に、当たった。

 

最大威力、最高スピードの刀が。

 

 

勿論、霊力を込めることを忘れずに。

 

 

 

 

「……イギャァァアア!」

 

 

 

瞬間、刀の当たったところから、またしても黒い靄が吹き出す。

 

 

 

 

血の様なそれは、天高くへと昇って、消えていった。

 

 

「皆、天に続いて攻撃! 危なくなったらしっかり避けて!」

 

 

 

「「「了解!」」」

 

 

 

 

「神霊『夢想封印』!」

 

「幻符『殺人ドール』」

 

「恋心『ダブルスパーク』!」

 

 

 

 

霊夢は色とりどりの、大きな弾幕を。

 

 

咲夜は大量の、ナイフを。

 

 

魔理沙は二本の、マスタースパークを。

 

 

それぞれを撃って、檮杌に応戦する。

 

 

 

 

……が、殆どを圧倒的なスピードで躱される。

 

特に霊夢の弾は重点的に避けられる。封印の名目だからだろう。

 

 

 

 

 

 

だけどさ……?

 

「俺のこと、忘れてないか!」

 

 

突然の加速で間を詰め、連続で斬りを入れる。

 

 

「ギャァァアアア!」

 

 

やはり、霊力は弱点特効みたいだ。

 

 

それに、近接の為、霊力のダメージが直接伝わる。

 

 

 

 

 

 

「さすがです、天君! 私も、負けていられませんね……!」

 

 

そう言って、妖夢のスペルカードが発動。

 

 

 

 

「人符『現世斬』」

 

 

 

宣言後、妖夢の姿が消える。

 

 

 

直後。

 

 

 

「ァァァァァアアアアアアア!!」

 

 

 

妖夢の楼観剣が閃く。一閃。

 

 

 

 

 

 

剣先も、姿も、見えなかった……

 

 

 

 

 

これが、本物……!

 

 

「さっすが妖夢! 一緒に行くぞ!」

「はい!」

 

 

 

今度は、二人で斬りにかかる。

 

 

 

 

俺が囮になって攻撃を引きつけて躱し、攻撃の瞬間の隙を、妖夢が突く。

 

 

 

 

二人で事前の打ち合わせなんて、微塵もしていない。けれど。

 

 

 

 

 

俺らにとって、完璧な連携など、造作もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このネックレスに誓って、勝つと決めたから。

 

 

 

 

「ャァァアアァァアアア!」

 

 

一層強く、檮杌の咆哮が響く。

 

 

 

大地を揺らし、木々を揺らし、平野の草を揺らし。

 

 

 

たった一つ、揺るがないもの。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ここにいる全員の、勝つという気持ちだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、現実は、そんなに上手くいかない。残酷なものだった。

 

 

 

皆が勝てると確信していた瞬間。

 

 

「ォォォオオオオオオオオオオ!」

 

黒の靄が吹き出す。今までの量とは比較にならない程だ。

 

 

 

 

 

 

全員は警戒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

檮杌が再び消える。

 

そこまでは何度か見た。が。

 

 

 

 

「ぁぁぁああ!」

 

 

咲夜の悲鳴。

 

 

「きゃぁぁあ!」

 

 

霊夢の悲鳴。

 

 

「うわぁぁああ!」

 

魔理沙の悲鳴。

 

 

続々と、俺の仲間が悲鳴を上げて、倒れていった。

 

 

 

 

お、おい……どうして、だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして、()()()()()()()()姿()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

さっきまで、攻撃が終わったらスピードが落ちて姿が見えていた。

 

 

 

 

けれど、それがなくなった。これの意味することは一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺達が一方的に殺戮(ころ)される側だ、ということ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全身から、血の気が引いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まずい!――不死『火の鳥――鳳翼天翔』!」

 

「冥符『紅色の冥界』!」

 

 

妹紅、レミリアが広範囲に弾幕を張る。が、見えない相手に当たるはずもなく。

 

 

 

「「あぁぁぁあああっ!」」

 

 

二人の悲鳴が、響く。

 

 

 

 

 

 

俺はもう、半ば諦めていた。

 

 

 

 

 

                           もう無理だ。

 

 

 

      諦めよう。

                             

 

 

                   戦っても、傷つくだけ。

 

 

 

 

 

        それなら、いっそ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「天君、危ない!」

 

 

 

 

 

妖夢の叫び声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とん、と押されて、俺は体制を崩して、倒れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

揺れる視界の先で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖夢が、俺を突き飛ばしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時に見た妖夢の顔は、いつもの優しい笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、檮杌のものであろう攻撃が、妖夢を襲って彼女を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

20mは確実に飛ばされている。俺の一撃目よりも、ひどいもの。

 

 

 

 

 

飛ばされた先では、妖夢が、彼女の血溜まりを作っていた。

 

 

 

 

 

 

 

俺の、せい。で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、しっかり、し、てい、れば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が 弱い   か ら    妖 夢は    傷 ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、弱いから!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くないと!   意味が無いんだ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くないと! 守りたいものも守れない!!

 

 

 

 

 

 

 

だったら――!!

 

 

 

 

 

 

 

「しっかりしろ! 妖夢の分をやり返すんだよ! 『あれ』がまだある!」

 

 

 

乱れていた精神をもう一度栞に正される。

 

 

 

 

 

 

……そうだ、俺には、まだ『あれ』がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

立っているのは、俺一人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦えるのも、俺一人。

 

 

 

 

 

 

 

「やるしか、ない!」

 

 

 

「やっと気付いたかい! ホント、手間取らせるねぇ! こんなに仲間がやられて、悔しくないのか!? 自分の無力さを悔いることもできないくらい、落ちぶれていたのかい!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違う! 俺は、絶対に! 檮杌を倒す!」

 

 

 

そうだ、このネックレスに誓ったんだ。

 

 

 

皆を守るって、皆に誓ったんだ!

 

 

 

「だったら、私に何か頼むことがあるんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

 

「栞、俺に力を、貸してくれ!」

 

 

 

 

 

「勿論! 最初だし、二人で一斉に叫ぶよ!」

 

 

 

 

「おう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやり取りをして、『あれ』を使う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「リベレーション!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時から、新藤 天の英雄譚(えいゆうたん)が、本格的に始まった。




ありがとうございました!

今回、戦闘シーンを空白多めにして盛り上げたつもりです。
緊迫感というか、緊張感出るかな……? と思っていたり。
実際にあるのかどうかはわかりませんが。

さあ、英雄譚の始まりです!

この物語は、加速する!

って感じにできたらいいな、と思ってます。
あ、恋愛も書きますよ? 戦闘シーンより恋愛シーンの方が向いている気がします。
マシな程度なので、どっちも向いていないでしょうが。

ではでは!


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第36話 貫き通せ!

高らかと、二人の声。

 

 

 

「「リベレーション!」」

 

 

 

間もなく、俺の体から、溢れんばかりの霊力が。

 

リベレーション。それは、俺と栞が紅魔館で練習し続けたもの。

 

 

栞の莫大な霊力の内の一部を、俺が譲り受ける。

 

自分の霊力を纏える限界を高め続けたのは、栞の霊力を少しでも多く使えるようにするため。

 

 

体の表面に、爆発ぎりぎりまで纏われたそれ。

 

 

 

 

 

 

それの力は、俺の今までの実力を飛躍的に高める。

 

 

まるで、発火剤の様に。

 

 

 

 

 

皆はそれほど大きな外傷を負っている訳ではなく、ゆっくりとだが、立ち上がり始める。

 

 

 

 

だが、唯一。妖夢が、動かない。血溜まりに、波紋を作ることがない。

 

 

 

 

 

 

「妖夢……!」

 

「待って天! 今近づいちゃだめ。 一緒に攻撃されたら終わり。今は、早期決着を優先!」

 

 

「くっ……了解!」

 

 

 

 

 

依然として、檮杌の姿は消え続けている。

 

 

 

速すぎるが故に、音を、風を置き去りにしている。

 

 

 

だが、あの黒の靄の独特の雰囲気はある。感じられる。

 

 

 

 

 

 

 

「そこ……だろっ!?」

 

 

「アアアアアァァァァッァァアアア!」

 

 

 

 

檮杌の叫び声が上がるが、スピードは落ちない。

 

俺に攻撃が来る。が……

 

 

「避け……るっ!」

 

 

 

リベレーションにより、反応後の動きを無理矢理に加速させ、避ける。

 

 

「あ……あぁあああぁっ!」

 

 

霊力刃を飛ばし続ける。霊力切れの心配はない。

 

霊力刃の密度を上げることもできた。今の俺の霊力刃を受けたら、檮杌に大きなダメージを与えられる。

 

 

 

 

しかし、追いつかない。檮杌のスピードが速すぎて。避けられ続ける。

 

 

 

 

 

 

俺の霊力刃は、音を超えることはできない。

 

 

 

 

なら。

 

 

 

「は……あぁあ!」

 

 

 

()()()()しながら、檮杌の攻撃を避け続ける。わざと、檮杌に当たらないところで、素振り。

 

 

 

 

 

 

 

この行為の意味。それは……

 

 

檮杌が、俺が素振りをした位置に来た時。二度目を通った時に。

 

 

「ギャアァァアアアア!」

 

 

 

残撃。霊力刃を残し続けた結果。荒れ狂うばかりの幻獣は、霊力感知など、できるはずがない。

 

 

 

 

不意の一撃は、大きな隙を作る。

 

 

 

「皆! 今だ! ……氷結符 『寒煙迷離の氷国』」

 

 

神憑を地面に突き立て、辺りを凍らせる。草の忙しない揺れが止まり、凍りつく。

 

 

 

 

無論、足を止めていた檮杌諸共凍らせて。

 

 

 

一度止まった獣の足は、容易には動かない。

 

 

 

「サンキュー、天! 魔砲『ファイナルスパーク』!」

 

魔理沙の、先に見た二回のスペルカードよりも、強いマスタースパークが、檮杌を襲う。

 

同時に。

 

「紅符『スカーレットマイスタ』」

 

レミリアが弾幕を張る。大小の紅い弾が次々と檮杌へ。

 

さらに。

 

「神霊『夢想封印』」

 

霊夢の多色の霊弾が、避けられることなく、檮杌へ向かう。

 

 

 

ほぼ同時に当てられたそれらが。

 

 

 

 

ドォォォオオオオオォォオオオォオン!

 

 

 

異常なまでの爆発音を轟かせる。

 

台風が通過したかのような突風が、俺達の優勢を再確認させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……が、所詮は優勢なだけだった。

 

平原の中に佇むそれは、黒の靄を空に舞わせながらだが。

 

 

体の殆どをなくし、黒の靄となって消えそうになりながらだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

檮杌は、立っていた。

 

 

 

「ォォオオオォァァアアアア!!」

 

 

最大級の咆哮と怒りが轟き、周りは驚愕に包まれる。

 

 

檮杌はもう消滅寸前。にも関わらず、戦意喪失どころか、先程よりも破壊衝動が強くなっていると感じさせる。

 

 

 

 

 

……まずい。まずいまずいまずいまずいまずい。

 

 

皆は不意を突かれている。そんな中、またさっきの様に消えさせてみろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()。一人残らず、抹殺される。

 

 

 

 

 

「あぁぁぁあああああ!」

 

 

そう判断した瞬間、俺はリベレーションのブーストを受け、急接近を開始。

 

 

思い切り霊力を神憑にのせ、振り抜こうとした。

 

 

 

が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ァァア!」

 

「が……ぁ、ぁあ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の体。腹には、長い長い牙が埋め込まれていた。

 

 

 

「ぁ……ぐぁ がはっ!」

 

 

熱い、熱い、痛い、熱い。ただ、それだけ。

 

牙からは俺の血が(したた)ち落ちる。穴の開いた腹から、俺の口から。

 

 

檮杌は、俺の血を浴びて、満足げな、至福だと言わんばかりの笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

もう、かんかくも、いたみも、ない。

 

 

 

 

ただ、ひたすら、あつい。

 

 

 

 

 

 

 

まぶたが、おもく、なって くる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けっきょ く お れは なに も まもれ な かった……

 

 

 

 

乱暴に頭を振った檮杌。俺の腹から牙が抜け、数瞬の浮遊感。

そして、全身に伝わる衝撃。

 

 

「「「天!」」」

 

 

皆の、叫び声。

 

 

 

 

 

 

 

目を開けたら、目の前には――妖夢がいた。

 

 

妖夢は既に意識を覚醒させていたが、起きられなかっただけのようだ。

 

 

すぐさま俺の血が流れ、二つの血溜まりが一つになる。

 

 

「ぁ……ああ、天君……ごめん、なさい……貴方を、守れませんでした……師匠の、私が……」

 

 

妖夢が弱々しい声で、俺に告げる。

 

 

「ぁ……もうひとつ……ネックレス、血で汚れちゃいました……ごめん、なさい……せっかく、天君がくれたのに……」

 

 

妖夢の声が、一層弱くなり、湿っぽくなっていく。

 

 

 

 

その中、チャリ、と音がして、ネックレスが見えた。

 

 

妖夢と俺の血で少しくすんでいるが、まだ輝きを持っていた。

 

 

 

 

俺には、その輝きでさえも、眩しすぎた。

 

 

 

 

 

 

「ごめん、なさい……」

 

 

 

ついに、妖夢が静かに涙を流し始めた。

 

 

俺の胸が、今までの比じゃないくらいに痛めつけられている。

 

 

それこそ、この大穴の痛みの何十倍も痛かった。

 

 

胸にこみ上げてくる罪悪感と後悔。……そして、渇望。

 

 

 

せめて、彼女だけでも、助けたい……!

 

 

この際、俺の命はくれてやる。だから、彼女は、彼女だけは……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――おい、俺。死んじゃあ元も子もねぇ。一度きりだ。次はねぇ。

……さぁ、立て! 俺は、牙を突き立てられた。

 

 

 

 

 

 

――今度は、()()()()()()()()()()()()()! (ほふ)れ! 完全に、アイツを消滅させろ!

 

 

 

 

 

――守るんだろ? 信頼はどこいったよ? 俺を信頼したヤツはどうする? 

このままやられて裏切るのか? ……それじゃあ、オレと同じだな。

 

 

 

 

 

――信頼(守護)を貫き通すなら、今立ち上がらないでどうする!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間。

 

 

 

 

俺の体から白の霊力が――否。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()霊力が溢れ出し、天高くに黒と白の霊力の柱を作る。

 

 

 

 

 

立ち上がれ、俺。皆を、裏切らないために。

 

 

 

 

 

――皆を、守る為に!

 

 

 

 

 

 

 

俺は血溜まりから抜け出し、神憑を檮杌に向けて構える。

 

 

「ガァァア……?」

 

 

完全に勝利したと思い込んでいた檮杌が、再びこちらに敵意を向ける。

 

 

 

「天! もうやめて! このまま戦ったら、死んじゃう!」

 

 

栞の声。それに重なるように、皆の声が聴こえる。

 

 

 

が、俺には他の選択肢なんて考えていなかった。

 

 

 

逃げる? ――否。

 

諦める? ――否。

 

黙って死ぬ? ――否。

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が、檮杌に、牙を剥く!

 

 

そう決意が固まった瞬間、一層白黒の霊力が強くなる。

 

「そら……くん……?」

「――待っててくれ。すぐ、終わらせる」

 

 

 

妖夢にそれだけ告げた後、両膝を曲げ、加速。傷なんて気にせず。

 

 

黒白の霊力が尾を引いて、俺の体についてくる。

 

 

 

その様は、まるで彗星の如し。

 

 

 

彗星の速度に反応できない檮杌。

 

 

 

 

――いける!

 

 

練習なんてしたことがない。失敗の可能性の方が高い。

 

 

けれど、どうせこのままだと死ぬんだ。

 

 

なら。一か八か!

 

 

 

成功の、望みに賭けて! 

 

 

 

自分を、仲間を、信じて!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

煉獄業火(れんごくごうか)(ひらめき)!」

 

 

 

俺の刀に、霊力が集まり。

 

 

それを燃料とするかの様に火が点き、燃え盛る。

 

 

 

それはまさに、閃光の様に。

 

 

 

 

閃光は、檮杌を切り裂き。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――まだだぁぁあぁああ!」

 

 

 

 

集めていた霊力を、爆発させる。

 

 

 

 

霊力爆発。刀の周りの霊力を、爆発させる!

 

 

 

 

今、刀は檮杌を切り裂いている途中。

 

 

 

 

 

瞬間、爆発音が、檮杌の中で響いた。

 

 

 

 

「ァァァァアアアアアアアァッァアアアアァァッァアッァアアアア!!」

 

 

大絶叫。無理もない。弱点の霊力が、自分の中で爆発しているんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、檮杌はまだ倒れない。

 

 

 

絶対に守るという守護意志と、ゼッタイニコロスという破壊意志のぶつかり合い。

 

 

 

 

 

俺と檮杌以外の皆は、それを眺めることしかしていなかった。

 

 

 

 

 

コロスという意志の意地が、ヤツを奮い立たせて、立たせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、もうそれも終わりだ。

 

 

 

霊力爆発を行った後、俺はすぐさま後ろに飛び退き、距離をとる。

 

 

さすがの檮杌も、さっきまでのダメージが積もり積もっている。容易には動けない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、神憑を――()()()()

 

 

 

 

唯一の武器である、神憑を、収めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、霊力を右腕に込める。

 

 

白ではなく、黒の霊力を。

 

 

 

 

 

白ではできないことも、黒でならできることがある。勿論、逆も然り。

 

 

 

 

 

今は、黒でしかできない。

 

 

 

 

 

 

腕が霊力爆発する寸前まで霊力を溜めて、再び加速。

 

 

 

瞬時に俺と檮杌の間合いはゼロになり、俺の右腕が檮杌へ勢い良く向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虚無ノ……絶撃ぃぃぃぃいいいいいいいい!」

 

 

 

俺の右腕は、檮杌に当たり。

 

 

「ィィイイイギャァァァアアアァァアアアァァアァァアア!」

 

 

 

檮杌は、叫び声で幻想郷を揺るがしながら、吹き飛ばされる。

 

 

 

 

地面を跳ねながら、遠くへ。

 

 

 

やがて動きが止まり、檮杌はピクリとも動かなくなった。

 

 

 

 

そして、檮杌の体が黒の靄となって散ってゆく。

 

 

 

 

 

それは、世にも珍しい、黒の春桜となった。

 

 

 

 

 

桜が全て散り、檮杌は跡形も残らず、空に舞っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見送った俺は、こんなことを思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は、守れたのだろうか……?

 

 

 

 

その直後。

 

 

 

 

 

「……天! すごいぜ! ったく、無茶しやがって! この、このお!」

「い、いたいって、魔理沙……」

「ホント、無茶ばかりね。私達が情けなくなるくらいに無茶して頑張ってくれたわ。……ありがとう、お疲れ様」

 

 

 

魔理沙、霊夢が笑顔で、俺に(ねぎら)いの言葉をかけてくれる。

 

この笑顔を見られただけでも、いいか。

 

 

それより……!

 

「よ、ようむ……!」

 

俺は、妖夢の元へ行く。

ふらつく足で、何とかたどり着いた。

妖夢も、もう立てるくらいには回復したようだ。

 

「……お疲れ様でした。よく、頑張りましたね」

「……ああ、このネックレスに、ちか、った、から――」

 

 

 

 

 

 

そこが、俺の限界だった。

そこまで言って、足に力が入らず、地面に突っ伏す。

もう、起き上がる気力もない。瞼が再び重くなっていく。

 

ああ、今度こそ死ぬのだろうか……

 

 

 

 

最後に、妖夢に笑顔を見せられたから、よかったか。

 

 

 

俺は心でも笑いながら、意識を闇に閉ざした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

彼が、天君が、頑張って戦った。

 

私も一緒に頑張ろうとしたが、結局動けなくなってしまった。

 

天君は、必死で頑張ってくれた。

 

「……お疲れ様でした。よく、頑張りましたね」

「……ぁ、ああ、このネックレスに、ちか、った、から――」

 

そう言うが否か、倒れた。

 

「ぁ……そら、くん……?」

 

どくどくと流れ続ける血は、私が流した血の何倍もの量があった。

 

背筋が凍てつく。思考が止まる。呼吸も困難になる。

 

 

 

――まさか、彼は――

 

「い、いや……やめてよ……」

 

屈んで、彼の体を揺するも、彼の体は動かない。

 

 

そして、昨日の想像を、思い出した。

 

 

血溜まりの中の、動かない彼。

 

 

それが示すのは、惑うことなき――

 

 

「ぁ……ぁあ……あぁぁぁぁあぁぁああああ!!」

 

 

私は、叫んだ。だが、どれだけ叫んでも、彼の返事は帰ってこない。

 

 

「いや! いやぁ! 死なないで! 私を残して、死なないでよ! ねぇ! 天ぁぁあ!」

 

 

泣いた。哭いた。ただひたすらに。それだけを。

 

体を揺すり続けて、チャリ、と音がした。

見ると、彼の首に、ネックレスがついていた。

 

思い出してしまう。彼の言葉を。

 

 

 

 

 

『……もし俺が幻獣との戦いで死んだら、妖夢がそれを見て、俺のことを思い出して――』

 

 

 

 

「ああぁぁあああぁぁぁあ! いや、いやぁぁぁぁああああ!」

 

 

そして、感じる。

 

 

 

 

 

――彼が死んだのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、それを覆す声。

 

 

 

 

 

 

「まだ天は生きてる! 今永遠亭に運べば、まだ間に合う! 天は、助かる!」

 

栞ちゃんの声は、ここにいる全員に響いた。

叫び、泣いている私にも。

 

唯一の希望だった。

彼が生きている。その言葉に、縋るしかなかった。

 

「お願い! すぐに運んで! 天を、助けて……お願い、だから……!」

「……私が行きます、すぐにでも! 皆さん、後はお願いします!」

「わかった。魔理沙、報告に行くわよ。皆も、神社に向かって!」

 

そう言ってすぐに、彼を担いで、永遠亭に全速力で向かった。

一刻でも早く……!

 

自分の傷はお構いなしに、彼を救いたい一心で飛び続けた。

お願い、間に合って……!

 

―*―*―*―*―*―*―

 

黒。何度も来たことのある、場所。

――ユメ。

 

やはりここには、オレが居た。

 

――全く、世話を焼かせてくれる。

 

    ……ありがとう。オレがいなかったら、きっと勝てなかった。

 

 

あそこで黒の霊力がなかったらどうなっていただろうか。

きっと立ち上がることもできずに俺の人生が終わっていただろう。

 

 

――だろーな。ほんっと、感謝しろよ?

 

    ああ。このままいっその事取り込まれてくれれば楽なことこの上ないな。

 

――バカ言うな。オレは俺とは違う。一度きりだって言ったはずだ。

 

    はいはい、そうかい。いずれ俺の手で取り込むさ。

 

――ハッ、威勢がいいことで。今まさに死にそうだってのにな。

 

 

そうですね。いや、もうあの感覚は味わいたくない。

七つの星の球を集めて緑の星に行って、敵に腹を角で突き刺される感覚は、きっとあんな感じだろう。

大穴空いた瞬間、『あ、死んだ』って思ったもん。

半ば諦めかけてた。妖夢の前に転がらなかったら、何があっても起き上がることはできなかっただろうな。

 

昨日はペアネックレスを買っていて正解だったな。

もしこのまま死んでも、思い出してくれるだろうし。

 

 

    全くだ。煉獄業火の閃なんて、アイデアもなかったのにな。霊力爆発も取り入れてて自分でも驚いた。

 

――本当だ。虚無ノ絶撃も使うとはな。この先が思いやられる。

 

    成長が期待できる、の間違いだろ。可能性秘めまくった七色たまごだぞ。

 

――今は白一色の普通のたまごだがな。量産型だ。

 

スーパーに陳列されるくらいなのか。

何という安定感だろうか。

訂正。何と悲しいことだろうか。

 

    今から少なくとも、白と黒の二色のたまごにはなるな。

 

美味しくなさそうで、誰も買わないだろうな……

黒ゴマみたいな感じになっていることだろう。

おでんの煮玉子は茶色だから、案外惜しいところでもある。

 

――その自信はどこからくるのかね? ……次の幻獣、十分に負ける可能性があるぞ。

 

    ま、そうだな。それまでにオレを取り込むよ。

 

――いや、ダメだ。そん時は、オレが前に出る。下手なことはしねぇよ。する余裕もない。

 

    はいよ。秘策は用意しないとな。帰ったら修行だな。

 

――そうだな。それにだけは同意だ。にしても、リベレーションはどうだよ?

 

    霊力限界を上げれば上げるほど強くなれるな。まずはそれが最優先だな。

 

――それだけか? 今回の課題は他にもあると思うがな?

 

    何だよ、言えよ。

 

――言わねぇよ。そんくらい自分で気付け。……じゃあな。オレは行くよ。……お疲れさん。

 

    ああ、お疲れ。

 

……ったく、素直じゃねぇオレだ。ツンデレなのか?

 

うわ、寒気がしてきた。俺がツンデレとか、誰得だよ……

 

っと、それよりも。

まずは生きなきゃな。生きてますよーに。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

永遠亭に着いた。

早く、早く、彼を……!

 

戸を開けて、大声で叫ぶ。

 

「永琳! 天を、助けて……!」

「……! 鈴仙、手伝って」

「はい、師匠」

 

永琳は、慣れた手つきで、素早く天の処置に取り掛かってくれる。

……間に合うだろうか。

 

「貴女も結構な怪我ね。診せてみなさい」

「い、いえ。私よりも、天君をお願いします。……彼だけは、助かって欲しいんです」

「はぁ~……わかったわ。先にこっちをやる。終わり次第、そっちの処置に取り掛かるわ」

 

そう言って、永琳は天君の処置を進める。

 

「まぁ、また派手にやらかしてるわね~」

「そうですね、師匠。あれだけもう来ないように気を付けろ、って言ってすぐ戻ってきましたね」

「全くよ。……ったく、無理しすぎなのよ。……で、幻獣は倒せたの?」

 

永琳が私に問う。

 

「はい。皆で頑張ってましたけど、一番天君が頑張ってて、活躍してました」

「……そ。で、彼が目覚めたら、どうするの?」

 

ということは、生きる可能性は十分にあるのか。

ほっとした。このまま永遠に別れ、なんて耐えられない。

 

にしても……どうする?

質問の意味がわからず、ポカンとしていると、永琳は、はぁっ、と溜め息をつく。

 

「……好きなんでしょ? 同じネックレスまでして。しかもペアの恋人用」

「ぁ……い、いえ、まだ付き合っているわけでは……」

「ホント、二人共馬鹿よね。……で、いつ伝えるの?」

 

どうしようか。

私の想いは、いつ伝えるべきなのだろうか。

いつ伝えるのが適切なのだろうか。

今の関係も楽しい。だから、失敗した時の関係の崩壊が、怖い。

もし、フラレたらどういう顔をして過ごしていけばいいのだろうか。

 

そう思うと、中々決断ができない。

 

「……落ち着いたら、いつか」

「……そう。じゃ、そこで待ってて頂戴」

 

はい、と返事をして、永琳に指さされた椅子に座る。

 

彼の命がつながることを、祈りつつ……

 

―*―*―*―*―*―*―

 

さぁ……何なのよ、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()でしょ……

 

臓器を綺麗に避けてる。少し位置がズレてるところもあるけれど、目立った外傷はなし。

……運命が、まだ生きろって言ってるのかしらね?

 

さて、試薬でも使いましょうか。彼が二度目来たら実験台にする、って決めてたし。

もう一回彼がここに来たのが悪いのよ。

 

「鈴仙、あれ取ってきて。最近完成した試薬」

「は~い」

 

小走りで鈴仙が試薬を取りに向かう。

にしても、天は本当に恵まれてるわね。

 

 

 

怪我といい、女性のことといい。

ペアネックレスをどちらも着けている、ってことは、少なくとも、お互い嫌じゃない。

早く付き合ってしまえばいいのに。

 

「……大体、恋の病は、私の専門外なのよ」

 

彼が起きるのは、いつになるのか。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「……不知火。悪い知らせだ。……檮杌が、やられた」

「な、なにっ……!?」

 

ありえない。

あの幻獣は、封印されている中でも強い方だ。

それが、今の幻想郷メンバーにいるのか……?

 

ま、まさか――!

 

「そう、ご名答。……天。例の外来人が、殆ど殺った。アタシにも信じ難いけど、ホントだよ」

「……っ! そうか。次回からは、そいつを撃破すること。及び、そいつと親しい銀髪の少女剣士を撃破することを優先することにする」

「俺もそれがいいと思うよ。どうする? もう早めに俺ら出ちゃった方が確実かな?」

 

それもいいが。

まだまだ焦るようなときじゃない。たった一回やられただけ。

誤差の範囲だ。

 

「いや……次は、――でいく。封印の解除はそれを優先しろ、叢雲」

「おっけー」

「後はさっきの通り、時雨の能力で狂わせる。いいな、時雨」

「勿論。俺の『瘴気を操る程度の能力』なら余裕だね」

 

さて。今回は負けたが。

絶対に次はないぞ、天……!




どうも、狼々です!
と、共にありがとうございました!

前回から前書きなしで、直接繋げたほうが盛り上がるかな? と思ったので、
今回は前書きはなしです。

何とか胸熱展開にしたいのですが、中々上手くいきません。

前回、今回と戦闘シーンを書いたので、日常・恋愛編の方を書きたいですね。
甘々にできればいいですが。
他の方の恋愛小説は、この作品よりもかなりレベルが高いです。
まさに雲泥の差、提灯に釣鐘。

近々、アンケートを取るかもしれないので、その時は、ご協力をお願い致します。

ではでは!



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第37話 欲望のままに

どうも、狼々です!
今回は、あまりストーリーは進めません。

一回執筆中、約6000字が消えかかりました。
自動保存に引っかかってたので、サルベージ。
危なかった……!

冷や汗かきまくってました。焦った焦った。

UA数が5000いきました!
皆さん、ありがとうございます!


では、本編どうぞ!


妖夢が天を連れて、永遠亭の方向へ、超スピードで飛んでゆく。

今まで私が見た中で、一番の速さだった。彼女の必死さが伺われる。

今、私たちは博麗神社に向かっている。もうすぐで到着する。

 

この後、色々と確認すべきことがある。

紫への報告、人里の安全確認、他の幻獣は出ていないかの確認等……

思うだけでも疲れてくる。

 

天のことは妖夢に全部任せたほうが良いだろう。

……ただ、祈る。天の無事を。

 

 

 

博麗神社に着いて。

 

「紫、他の幻獣は?」

「なし。結果も見てたからわかるわ。天は大丈夫よ、霊夢」

 

紫の声が返る。

見ていたのならば、手伝え、と言いたくなるが、それはあまりしない方が良いとわかり、開きかけの口を閉じる。

何故なら、紫は緊急事態に対応してもらわないとならないから。

 

彼女の能力は、ほぼ万能。境界の専門外でなければ。

故に、残ってもらう必要があるのだ。

 

「そう。で……人里の方は?」

「被害は勿論なし。ただ、白黒の霊力の柱で若干名不穏を抱いたのがいる。もういっその事話した方がいいのかもね」

 

そう、か。

話した方が、万が一幻獣が人里に降りた時に、迅速な避難ができる。

むしろ、話してしまった方が危険の回避に繋がりそうだ。

 

「……話しましょう。さすがに、黒白の霊力の柱は隠せないわ。異変ね」

「そうね、幻獣異変、というところかしら? じゃ、早いこと話してきなさい」

「は~い」

 

 

 

 

 

飛び立って、多数ある人里へ。

皆に手伝ってもらいつつ、演説を行って、幻獣の説明をした。

 

勿論、少々のパニックになった。

幻獣がいきなり襲ってきた、という感じ程ではないが。

身の危険を知らされて、無理もない。

 

だが、皆で幻獣と命を賭して戦ったこと。

実際に今、命を落としかけている、一年前に来た外来人、天のことを話すと、途端に静かになった。

 

そして、こんな声が聞こえてくる。

 

「天さんは、頑張ってくれたんだろ!? 命を賭けて、皆を、俺達を! なら、安全なところにいる俺達がするべきことは、怒号を飛び交う環境を作ることじゃない! 信じて応援することだろ!?」

 

一人の若者が、静寂を破って、皆を諭し始めた。

その声は、人里皆の意識を変え始めた。

 

「そう……だな。ここに来てたった一年の天さんが、俺達皆を守ってくれたんだ」

「そうだよ! 後で天さんにはお礼だ!」

「そうだ! 博麗の巫女達も頑張ってくれたんだろ? なら、天さんが元気になって宴を用意しないとな!」

 

再び、里がざわつく。

しかし、その原因は、先程と違って決して悪いものではなかった。

それを見た私たちは、ふと、笑みをこぼした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「よし……終わりよ。いつ目覚めるかは彼次第。じゃ、そっちも診せて」

「あ、ありがとうございます。お願いします……」

 

シャツを開いて、妖夢の怪我の具合を診る。

お腹に、少し裂かれた跡がある。この形はきっと、爪。

大方、派手に引っかかれたのだろう。

 

出血の割には大した傷じゃない。

入院も必要ない。少し薬を投与すれば、一週間せずに治る。

 

「……わかったわ。今から薬を塗って、一週間もしたら治るわ」

「あ、ありがとうございます……」

 

ちら、と妖夢が横たわったままの天を見る。

 

天は、お腹に広く包帯を巻いていて、ひどい状態。

完全に治るかどうかもわからない。

でも、命が危険にさらされる状態ではなくなった。あのままだと、遅かれ早かれ死んでいたが。

 

「心配なのはわかるわよ。目が覚めるまでいていいから、彼のそばに居てやりなさい」

「あ……そうですか。ありがとうございます」

 

と言いつつ、またちらりと見ている。

どれだけ好きなのよ……

 

「……はい、終わり。もう私達は出るから、傷に響かない程度にならイチャついていいわよ。じゃ、行くわよ、鈴仙」

「はい、師匠。……では、思う存分イチャついてどうぞ?」

「なっ……! い、いや、イチャつくって――」

 

私の言葉の続きも聞かず、早々に部屋を出て行く鈴仙と永琳。

 

……ちらっ。

彼を見る。すー、すーと今は寝てしまっている。

彼の顔が見たい。こんな状況だと言うのに。

 

彼の横たわるベッドのすぐ隣に椅子を移動させ、顔を覗き込む。

……寝顔も可愛い。

 

そんなことを考えていると、突然、天が呟く。

 

「ぁ……かあ、さん……とう、さん……」

「ひゃぁっ!? ……お母さんと、お父さん、ですか?」

 

両親を呼んだ天君の顔が、不意に悲しそうな顔になった。

その瞬間、私の胸が痛みだす。

 

「かあさん、とうさん……いか、ないで……」

「ぁ……」

 

天君が、一筋の涙をこぼした。

つー、と一筋だけ。……何か、悲しいことがあったのだろうか。

 

前にも、聞いたことがない。

彼は、中々自分のことを話そうとしない。

以前、前の暮らしがどんな感じだったのかを聞いた時のこと。

 

 

 

「天君、天君は前に、どんな生活をしていたんですか?」

「ん? ……あ~、いや、俺のことは別に良いじゃないか」

「……でも、私は気になります」

「いいじゃん。俺の今の暮らしは、ここにあるんだから。昔より今だよ」

 

 

 

そんな会話をしたことがあった。

その後、何を聞いても、『別に良い』、『今とは関係ない』、とかで返された。

まともな返しをしてもらった試しがない。

……話したく、なかったんだろうか。

 

そう思うと、急に罪悪感に苛まれる。

今の天君の言葉を聞く限り、両親と何らかの事情で離れることになったのだろう。

……いつも天君は、信頼、信頼、って、互いの関係を大切にする人だった。

 

 

 

 

 

……そして、その信頼関係が壊れることに、人一倍敏感になっていた。

幽々子様と天君の抱擁の時を思い出す。

 

泣いてしまうほど、天君は思い詰めていたんだ。

普段は涙を見せようとしない天君が。

 

今は、無意識。それで、泣いている。

……一人で、背負わせている。

 

私は以前、頼ってくれ、と言った。

でも、こうやって隠れて泣いている。

私がこんなことにも気付けないから、私に話そうとしないのだろうか。

 

……好きな男の子の役に立てるなら、役に立ちたい。

励ませるのなら、励ましたい。

 

「大丈夫ですよ……私が、そばにいますからね」

「ぁ……」

 

涙をそっと拭いて、呟く。

 

私の言葉が天君に届いたのかはわからない。が。

 

 

彼が、少し笑った気がした。

 

それに嬉しくなり、彼の手を握りしめた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

……ゆめ。気持ちがいい訳じゃない、ゆめ。

 

あの時を思い出す。

 

両親が俺を――捨てた日のことを。

 

目の前で、両親と小さい頃の俺が会話している。

 

「ここで待っていなさい。すぐに戻ってくるわ」

「いい子にしてるんだぞ、天?」

 

両親の笑顔が浮かび上がる。

 

 

 

 

――けれど、それは偽り。

 

「うん、わかったよ! お父さん、お母さん!」

 

その偽りの笑顔に気付かない、俺。

 

 

 

――二人とは違って、心からの、偽りのない笑み。

 

 

 

 

 

つい、口からこぼれてしまう言葉。

 

「母さん……父さん……行かないで……!」

 

 

瞬間、ゆめが覚める。

 

目の前に広がるは、白玉楼。

 

白玉楼をバックに、妖夢が映っている。

これは現実のものじゃないとわかっていながらも、彼女の存在に安心する。

 

怪我、大丈夫だったか……

 

俺がそう思ってすぐ、彼女の言葉。

 

「大丈夫ですよ……私が、そばにいますからね」

 

柔和な笑みを浮かべた妖夢のその言葉は、俺を更に安心させ、幸福感を満たし、笑顔にさせるには、十分過ぎた。

 

 

 

 

 

やっぱり、俺は彼女が好きなんだ。

 

彼女の存在は、俺の中でかなりの大きさに膨らんでいる。

……檮杌にやられかけた時は、自分の命を差し出してでも、彼女を助けたかった。

 

 

 

 

本当に大切なのは、俺ではなく、彼女なのだろうか。

 

それなら、俺はなんて幸せなんだろう。

 

これは、現実じゃない。もう俺は死んでいて、ここは天国なのかもしれない。

俺が天国に行けるかもわからない。

 

けれど――

 

 

 

 

 

――好きな女の子の為に、命を尽くせたのは、よかった。

 

最初に庇ってもらった俺が言えることじゃないかもしれない。

けど、自分の命と引き換えにできるなら安いものだ。

そこまで考える程に、彼女が好きだということに、得も言えぬ幸福感があった。

 

 

「まだ、天君は死んじゃだめです。だって私は、天君のことを――」

 

彼女の言葉の最後は、聞くことができなかった。だが、こうであって欲しいという考えはあった。

 

「あぁ、俺も、妖夢のことを――」

 

そこで、俺の意識は引き戻される。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「ぁ……あぁ……」

 

目を開く。

 

景色は、つい最近見たことのある天井。

 

「生きてたか……また運のいいことで」

 

本当に。

腹に大きな穴が開いていたのに。

臓器に突き刺さって、出血多量で死んでもおかしくなかったのに。

ただ、ちくちくと腹を刺す痛みがある。さすがにどうともない訳ではないらしい。

 

起き上がることはできそうなので、起き上がろうと手を動かそうとして。

 

「……(んんっ)……」

「……うん?」

 

妖夢が、いた。

眠っていて、俺の胸に頭を乗せて。

そして、俺の左手を握りながら。

 

すやすやと寝息を立てている彼女の『素』の顔が、俺の目の前にあった。

可愛すぎる……!

 

「なっ……!」

 

愛おしさの増した彼女の顔は、俺の心臓の鼓動を急加速させる。

 

バクバクと鳴り止まない心臓がうるさい。

どんどんと上がってゆく体温が鬱陶しい。

 

紅潮してゆく自分の顔。

未だに加速する心臓のリズム。

妖夢の握ってくれている手の暖かさ。

 

彼女の魅力が溢れる顔から、視線を離すことができない。

 

「……(ん、んっ)……」

 

少し声を漏らして身をよじらせる。さらに顔に近づいてきた。

その動作一つにも、信じられないほどの可愛さ。

俺の頭の中は、彼女で占拠されていた。

 

「ぁ……っ……!」

 

理性の限界が近くなる。

このままだと、何をするかもわからない。

が、鋼の如き精神で何とか持ちこたえる。

 

「あ、あっぶね……!」

 

が、我慢できずに、彼女の顔を見てしまう。

依然として眠り続ける彼女は眠り姫のよう。

彼女の艶やかな唇に、色気を感じてしまう。

 

「う……ぁ……」

 

自然と、彼女を自分の方へ抱き寄せた。

自分の意識とは関係なしに、体が動く。

 

瞬間。

 

「はいは~い、何しようとしてるの? 発情しちゃってるの?」

 

ビクッ、と体を揺らして声のした方を見る。

そこには、扉の前に立っていた、永琳が居た。

 

「え、ええええ永琳!? い、いい、いつからそこに居た!?」

「貴方が、『生きてたか……』って言ってた時くらいから」

「一番最初からじゃねぇか!」

 

全く、危なかった。

永琳がじゃなく、俺が。

もし永琳がいなかったら、今頃俺は何をしていたかわからない。

 

「で、容態を説明しに来たら、貴方が発情してたってわけ」

「発情してねぇよ!」

「案外間違いでもなかったじゃない。妖夢の顔見て興奮してたじゃない」

「う……」

 

ちら、と妖夢の顔を見る。

破壊力の寝顔が、俺の理性を削り取っていく。

急いで目を逸らし、永琳に再び目を向ける。

 

「ほら、やっぱり」

「だから違うって言ってんだろ!」

「静かにしなさいよ。今起きられたらどうなると思う? 私が起きた妖夢に現状を伝えたら、社会的抹殺は(まぬが)れないわよ?」

 

卑怯過ぎだろ!

男の立場として、絶対に勝てないこの状況。

屈服するしか……ない、のか……!

 

「はい、いいこいいこ。で、貴方の傷。もう塞がってるわ」

 

……はい?

『もう塞がってる』? あんなに穴が開いた腹が?

今も包帯が巻かれているのに?

 

「試薬、使ったわ♪」

 

にっこりとした笑顔で言う。

……俺はもう少しで死んでしまうようだ。

さよなら、皆。さよなら、妖夢。

俺はどうやらここで死ぬ運命らしい……

 

「そんな安らかな表情しないでよ。私が使ったのは、『治癒機能活性化』の薬。霊力がすごい勢いでなくなる分、治癒能力が飛躍的に上がる。貴方の中のお友達が、霊力を提供してくれたのよ。感謝しなさいよ?」

 

栞が……?

いつの間に知り合ったのだろう。

少なくとも、前の三日で知り合った様子はない。

 

「いやぁ……別に褒めてくれていいんだよ?」

「ありがとー、わーい、たすかったよー、さすがしおりさーん」

「ひどいね!?」

 

やはり栞はいじり甲斐がある。

話してて面白い。

 

「……で、貴方がここにいるのは三日。よかったわね?」

「お、おう……この前と同じ日数ってのもちょっと納得いかないが……」

 

これで三日なら、前の時はもっと早く帰れたよな……?

暇すぎて死にそうだったというのに。

 

「それより、これ」

 

永琳が近寄って、俺に何かを差し出した。

 

 

 

それは、二つのペアネックレスだった。

 

「それ、血で汚れてたから、二つとも洗っといたわ。気遣いができる永琳さんに感謝しなさいね」

「あ……あ、ありがとう! よ、よかった……」

 

このネックレスは、本当に大切にしようと思っていたものだ。

妖夢との共通点、っていうか、そういうものを持てる気がしたのも理由の一つ。

 

「……ホントに妖夢が好きなのね」

「……ああ、好きだよ」

 

俺は至って真面目に答える。

自分のこの思い。やっと気付いたこの思い。

ぼかしたくないのだ。

 

「せいぜいお幸せに。もう私は部屋を出るわ。あとは好きになさい。無理したら許さないけど」

 

そう言って、永琳は足早に部屋を出る。

 

再び、二人きりに。

彼女はまだ、眠り続ける。

愛しい。可愛い。愛でたい。

 

そう思っていたら、彼女を撫でていた。

やめておけばよかったものを。

彼女は、顔をほころばせて、身をよじらせる。

 

「……(んっ)……」

 

艶っぽい、色っぽい声を出した妖夢は、いつもより魅力的だった。

俺の瞳には、もう妖夢しか映っていなかった。

……どうやら、もう既に、俺は妖夢に夢中になってしまっているみたいだ。

 

「っと、そうだ……」

 

先程永琳から受け取ったネックレスを、自分の首にかける。

そして、もう一つのネックレスを、妖夢の首にかけようとする。

 

「……しょ、っと」

 

かけている途中、俺の手が、妖夢の首に当たる。

すると。

 

「……んんんっ……!」

 

ビクンッ、と彼女の体が震えた。

顔は紅潮していて、息も荒い。

 

……おかしい。

 

耳元で、囁く。

 

「……おい、妖夢。起きてんだろ?」

「ぁぁっ……! ――いつから、気付いてました?」

 

やはりか。妖夢が目を開けて、俺と目を合わせる。

まだ紅潮した頬と、とろりとした目が、俺の理性を狂わせかねない。

思いが、爆発しそうだ。

 

「ついさっき。で、そっちはいつから起きてた?」

「……最初から、です」

 

あ……?

ってことは、さっきの永琳との話も……!

 

「い、いや、俺は欲情したってより、ええと、その――」

「天は、私を女として見てるの……?」

 

いっ……!

なんて質問なんだ……!

今この顔で、この質問をされたら、色々とまずい。

いや、深い意味はない……はず。正直に答えろ。やましい気持ちなんて全くないんだ。

 

「……ま、当たり前だ。妖夢はかなり可愛い女の子なんだ。女の子として意識するなってのが無理だな」

「え……か、かわ、いい――ぁっ!」

「ん……妖夢?」

 

妖夢は顔だけでなく、耳まで赤くなる。

そして、少し様子がおかしくなる。

それに気付いた時には、既に遅かった。

 

 

 

 

妖夢は、俺に抱きついていた。

 

「よ、ようむ――!?」

「もう、我慢、できない……! 天君!」

 

俺の胸に思い切り抱きついて離れない。

 

俺の心臓は、さっきまでとは比べようもないくらいにうるさかった。

 

ドクンドクンと激しく音を立てていて、妖夢に聞こえそうだった。

俺も、顔が紅潮しているのがわかる。

 

「ど、どうしたんだ……?」

「……私を、抱き締めてください。お願いです」

 

もう、俺は限界だった。

大体、こんな反則級の妖夢に、抗えってのが無理な話だ。

 

「妖夢!」

「ぁっ……!」

 

思い切り、抱き締めた。

 

妖夢が本当に俺のことを好きなのかどうかはわからない。

けれど、妖夢から抱きしめて欲しいと言ったのだ。

なら。関係ない。

 

俺の思いをそのまま込めて。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

私が手を握って、天君の寝顔を堪能していた。

それで、顔を彼の胸に乗せていると、ひどく安心感があった。

そんな最中。彼が突然に起きた。

 

「ぁ……あぁ……」

 

ビクン、と驚いて、寝たふりを決行した。

我ながらなんて馬鹿なんだろう……あの時。天君の狸寝入りがバレた時。

天君にああ言っておきながら、今は、自分も同じ事をしている。

 

少し声を出しながら、彼の胸に深く顔を押し付ける。

全く、こんな状況だというのに、どこまでも私は強欲だ。

 

そして、そのままやり過ごそうとした時、永琳が声を出した。

天君はひどく驚いた様子で反応していた。どうしたのだろうか?

 

会話を聞いていて。

天君が私に、その……よ、欲情していたらしい。

私としては……正直、とても嬉しい。

 

『あ、私を異性として見てくれてるんだ』、って感じがするから。

 

そして、私の心臓が止まるんじゃないかと思う発言が。

 

「……ホントに妖夢が好きなのね」

「……ああ、好きだよ」

 

思わず、叫び声を上げてしまいそうだった。

彼の口から。私を『好き』だ、って……

私の思考は、ここから蕩けていたのかもしれない。

 

彼の手が、私の頭を撫でてくれる。得も言えぬ安心感が。

 

そして、彼がネックレスをかけてくれた。ああ、やっぱり優しいな、と思った瞬間。

 

彼の手が、私の首元に当たった。

 

彼のことをひどく意識していた私は、声が出るのを必死で我慢した。

けれど、無駄だった。

 

「……んんんっ……!」

 

声も少し出てしまったし、体もビクンと震えてしまった。

バレた……? いや、大丈夫だろう。

 

そう思って、油断していると。

 

「……おい、妖夢。起きてんだろ?」

 

耳元で囁かれた。いつもよりも低い声が、私の耳の中で反響する。

普段より魅力的な彼の声。ドキドキが増してしまう。

 

このままだと、いずれバレるので、早めに白状した。

 

だが。私の思考は、既に手遅れな状態だった。

さっきの永琳との話を掘り返し、彼に聞く。

さらには。

 

「天は、私を女として見てるの……?」

 

本当に、何を考えていたのだろう。

そして、彼も何を思ったのか。

 

「……ま、当たり前だ。妖夢はかなり可愛い女の子なんだ。女の子として意識するなってのが無理だな」

 

限界。もう、吹っ切れてしまおう。

何もかも投げ捨てて、欲望のままに身を委ねようか。

そう思って、彼に夢中で抱きついた。強く抱き締めた。

 

彼も当然戸惑っていた。けれど、同じように、強く抱き返してくれた。

 

あぁ……この感覚だ。この湧き上がってくる幸福感。

私は、この幸福感がずっと続いて欲しい。

 

そう、願った。




ありがとうございました!
R15でこれはセーフ……ですよね?
セーフであることを祈ります。

最近、ずっと前に食べていた、『CHOICE』というビスケットを再び食べてまして。
意外に美味しい。甘くて。
知ってる方はいるんでしょうか。

今後、前・後書きに雑談を入れていきたい今日このごろ。

ではでは!


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第38話 私は『中』を知ってるから

どうも、狼々です!
最近、私の生活の中心が小説投稿になりつつあります。

朝起きて学校へ行き、授業を適当に受けながら頭で魂恋録のネタを考え、
学校が終わって走って帰り、すぐさまPC起動。小説を書き。
夕食の時間まで書いて夕食食べたら、また執筆。
そして宿題して、終わったらまた執筆。そして就寝という。

何という生活リズム。

楽しいんで私は満足ですが。

では、本編どうぞ!


俺が彼女を抱き締めて数分もしたところで、妖夢がようやく離れた。

……少し、残念というか、寂しいというか。

 

「す、すみません! わ、私ったら……!」

 

急に正気に戻った妖夢が、慌てている。

俺もビックリだが、意識がコントロールできないのだろうか?

俺の発情云々の時みたいな感じだろうか……?

 

――いや、だとしたら、妖夢が俺に――!

 

「あ、ああ、いいんだよ。辛くなったら、いつでも頼ってくれていい」

「……それは、天君なんじゃないですか?」

 

さっきまでの慌てようが急に引っ込み、眼差しが真っ直ぐになった。

……急にどうしたのだろうか。

 

妖夢はあまりふざけるような人物じゃない。それは長いこと接していてわかる。

第一、そんなことは長くなくともわかる。

この目が“本物”であることぐらい。

 

だったら、俺の返す言葉は一つだ。

 

「……いや、別に? 俺が辛くなることなんてないだろ。ここはいい所だ。俺が辛くなるようなことは何一つないよ」

 

隠す。隠し続ける。

隠すと言っても、本当になんのことかわからないのだが。

いきなり『辛いか?』、なんて質問に答えられない。何に対して辛いのかもわからないから。

 

「いえ、恐らくあるでしょう? ここ『は』いい所だと、貴方は言いました」

「……それが、どうした?」

「貴方のいた外で、何かありましたよね、辛いことが」

 

……なるほど。

俺がそう言われて頭に浮かんだのは、同級生の冷たい態度と、親に捨てられたこと。

今まで妖夢には、外の俺に関しては殆ど話してこなかった。

 

何故か?――自分が弱いと思われたくないから。

 

いつまでも過去のことに泣きついている奴なんて、誰が好きになろうか。

恋愛的な意味でも、友好的な意味でも。

ましてや、ここ幻想郷には一切の関係がない。無関係なことを、どこまでも引きずっていられない。

それが、自分の弱さに直結すると思っているから。弱いが嫌いに変わるとわかっているから。

 

故に、隠し続けることを選ぶ。

 

「……いや? 辛いことがない人間なんて一人もいねぇよ。それより――」

「そうですね。……じゃあ、貴方のその辛そうな、悲しそうな目はどうしたんですか?」

 

目……?

俺が目で、妖夢に助けを()うている。そう言いたいのか?

そんなはずはない。

 

「どうもないだろ。いつもと変わらないはずだよ。目の変化なんて、大したことじゃない」

 

そう言った直後。

 

 

 

 

「……じゃあ、もういいですよ」

 

 

 

 

彼女の冷淡な声が聞こえた。

こんな声を聞くのは、今までで初めてだ。

そして、目。何よりも俺が恐れた目。

 

 

人を見放す時の目をしていた。

そこで思い出したのは。

 

両親が、俺を捨てた時の目。

 

二人の目と、妖夢の目が、殆ど一致していた。

二人はまだ笑顔で柔らかさがあったからまだ良かったが、妖夢は違う。

 

真剣に、自分の心の奥から。本音で言っていることがわかるような表情をしていた。

 

そして、俺は感じてしまう。

 

 

 

 

――妖夢に、捨てられる。

 

「ま、待って――! 痛っ……」

「……天君?」

 

咄嗟に起き上がろうとして、傷を負ったばかりの腹が再び痛みだし、起き上がれない。

でも、俺にはそれ以上の痛みがあることを察知している。

 

「ま、待ってくれ! 行かないでくれ……!」

「何があったんですか……? そんなになって引き止めるのは、相当なことがあったんですよね……?」

 

相当なこと。

そうなると、両親の方の悲しみだ。

まだ同級生なら良い方だろう。けれど、それよりも大きい悲しみが、それ。

 

小学生になったばかりの俺に、酷な現実を突きつけられて。

悲しくないはずがない。現に、今でも俺の記憶の中で、心を抉り続けている。

 

「天君。違うなら違うと言ってください。……ご両親のこと、ですか?」

「なっ……なんで、わかる?」

 

先の通り、俺は一度も外の俺の境遇などは話したことがない。

数多くある可能性の中で、両親だけをピックアップすることは、偶然ではない。

いや、偶然はありえる。が、それが正解であることが問題なのだ。

 

「天君が寝ていた時。ついさっきのことです。『母さん、父さん、行かないで』、って聞こえたんですよ。貴方のその口から。目からは涙まで流して」

 

これは……何とも言えないな。

ゆめの中でそんなことは言った気がする。

こっちで声が漏れていたとは、何とも言えない、としか言いようがない。

 

「あっははは……いや~、まぁ大したことは――」

「大したことがないなら、あんな目はしてません」

「……全く、妖夢には敵わないよ。嘘なんて到底吐けたものじゃない」

「えっへん。……少しは、話してください。私も、貴方を支えたいんです」

 

いつもの女神の笑みが浮かんだ。

『ああ、この笑顔に、俺は惚れたんだ』、と心の底から感じる。

てか、『えっへん』だってさ。可愛いにも程があるだろ。

 

さすがに話さないってのも、限界があるか。

 

妖夢に座るように促す。

すると、妖夢は椅子に座らず、俺のベッドに座ってきた。

距離が近くて、余計に意識してしまう。

 

雑念を振り払い、俺は淡々と妖夢に話す。

 

「俺が6歳の時だ。……両親が、俺を捨てたんだよ」

「ぁ……」

 

妖夢が途端にばつの悪い顔をした。

聞いてしまったことの罪悪感だろうか。

 

「いいんだよ。……それでな? 俺は叔父と叔母――親戚に引き取られた」

 

できる限りいつもの口調を変えずに話す。

自分ではそんなに気にしていないことを装うために。

妖夢から視線を外し、天井を見て。

 

「で、色々迷惑かけたんだよ。学校に行くのもな。でも、勉強ができれば、あまり迷惑かけないで済むような制度が取られてたんだよ。俺は必死になって勉強してた」

 

妖夢はすぐに、真剣な顔に戻って、俺の話を真摯に聞いてくれる。

そのことが、少し嬉しかった。

 

「で、その制度を維持する必要があった。勉強するんじゃなく、勉強『し続ける』ってことだ。当然、俺は継続させた。……でもな、学校で……テスト、と言ってわかるか?」

 

妖夢が小さく首を横に振る。

なので、少しばかりテストの説明を。

 

「……で、そのテストが制度の基準だったんだ。そのテストの結果は、皆に見られるように掲示されてた。結果がいい人は点数だけじゃなく、名前も載った。で、俺が学校で一番だったんだよ」

「え!? す、すごいじゃないですか! 私まで嬉しくなりますね♪」

 

う……可愛い……!

この笑顔の破壊力が凄まじいことは分かっていたが、これほどまでとは……!

どれだけ自分が妖夢の笑顔が好きなのかがわかるな。

 

「……だがな、妖夢みたいにいい印象を持つ人間なんていなかったんだよ。……あ、いや、一人くらいはいたかな?」

 

今頃、翔は何してんのかな……

俺が一年近く行方不明になって、世間はどれだけ騒いでいるんだろうか。

……そこまで騒いでもなさそうだが。

傍から見たら神隠しだから、ニュースくらいはありそうだ。証拠も残らず消えたんだし。

 

「どうして、ですか? 頑張ったのは天君です。称えることはあっても、悪いことを考える人はいないと思いますが……」

「あのな、俺も言いたくないんだが、外の人間は、ここの皆ほど清い心を持ってる訳じゃないんだ」

 

本当に、汚れてばかりの心を――いや、『しか』持っていない奴もいた。

 

「表面上だけで判断するんだよ。中身さえ見られないまま、その人の価値をレッテルとして貼り付ける。俺の場合だと、『何でそんなに勉強できるんだ』、って嫉妬みたいな感じだよ」

 

本当に迷惑な話だ。こっちの身にもなってほしい。

 

「何もしてない。かといって、することさえ許されない。一度型にはまりきった評価は、崩そうともさせてくれない。自分たちの価値観だけを押し付けていく」

 

勿論、全員がそうではない。が、何もしてない人間も、俺のことを何とかしようだなんて思ってない。

そう思われている時点で、俺は見放されているのだ。

 

「それで、同じ考えを持つ者同士で集まって、俺を卑下する。自分達の存在価値を少しでも上げようとするために。他人を下に見て、自分が優位であると錯覚させて」

 

そう、錯覚。

結局のところ、それは現実を遠ざけようとしているだけ。

ただ、多くの人間がその錯覚に縋る。それだけは錯覚じゃない。

 

「……っと、悪い。大分話がそれたな。ごめん。まぁ、あんま大した事ないから――」

「――おかしい……そんなの、絶対に、許せない」

「……妖夢?」

 

ふと、妖夢を見ると、今にも泣きそうな顔で声を絞り出していた。

いや、もう目尻には涙が溜まってしまっている。

 

「お、おい妖夢、何で妖夢が泣くんだよ。俺のことなんて――」

「その言い方、やめて。『なんか』なんて言わないで」

 

泣きながら、しかし強い、真っ直ぐにな眼差しで俺を見つめる。

妖夢の視線に、射抜かれた。

 

「私、今までずっと貴方の努力を見てきた。一切努力を惜しまないその姿は、かっこいいです」

 

かっこいい、と好きな女の子に突然言われ、こんな状況でも心臓が跳ねる。

跳ねた後も、暴れ続ける。全く落ち着く気配もない。

 

「正直、私からは、言わせておけばいい、なの。天には少し厳しいかもしれない。けど、貴方のいいところを限られた人だけが知っている。その中に、私もいると考えると、嬉しくてたまらないの」

「な、なにを、言って――」

「私は、天の努力を尊敬してる! 卑下なんてとんでもない!」

 

涙を振り払うかの様にして、一層に目を真っ直ぐ向けて、力強く言う。

 

「私は貴方の『中』を知っています。皆は『外』しか知りません。それでいいじゃないですか。私だけじゃない、他の皆も天君の『中』を知っていますよ?」

 

敬語に戻った彼女の声が、静かに、安らかに部屋に響く。

俺はまだ驚きを隠せない。

 

「……俺は、この言葉を、ずっと欲しかったんだろうな」

「それなら、よかったです」

 

妖夢の静かな笑いは、俺の頭に焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

妖夢とその後も色々会話した。

基本は俺への励ましだったが。実際、救われた。

 

今、妖夢は夕食を作らなければならないので、白玉楼に戻るとのこと。

で、再びあの三日が始まるわけだが。

 

(暇だな~)

(暇だねぇ~)

 

栞とのこのやる気のない会話。

どれだけ暇なのかが見て取れることだろう。

 

(にしても、天の性欲はすごかったね)

(まだその話を持ってくるかよ! それに性欲言うな!)

 

いくら暇とはいえ、こんな会話で楽しめる訳がない。

栞は面白そうだが。当の俺は全然面白くない。

不快感が募るばかりだ。

 

(でも、よかったじゃん。生きてる、ってことは、告白できる、ってことだよ?)

(……まあ、そうだな)

 

死んでも亡霊になりそうなものだが。

死ぬことに未練があると亡霊なんだったか?

妖夢に会っただけで成仏してしまいそうだから、生きてた方がいいか。

会わなくとも、妖夢の元気そうな顔が見られれば、一瞬で成仏する可能性すらある。

 

(生きてる内に告白しなきゃね。そのためにもまずは、怪我の完治からだね)

(そうだな。ほんっと、死んだと思ったよ。あの感覚はもう二度と味わいたくない)

 

あの自分の体に異物が思い切り入ったかのような。

ただ痛くて血が流れるだけ。そんなもんじゃない。

まさか、あんな経験をしてこれからを生きるとは思わなんだ。

 

(私もビックリしたよ。……そう! 何あの『煉獄業火の閃』って! 練習してないよね!?)

(ふっふっふ、だろ? あれ、即興なんだぜ? しかも、あの『虚無ノ絶撃』もだぞ?)

 

俺は自信満々に言う。こればっかりは褒めてもらいたい。

間違いなく活躍してたろ。

 

(いや~、ホントに面白いね! 今まで天みたいな面白い人は見たことがないよ!)

 

それは褒めているのか? それともけなしているのか?

バカっぽい、アホっぽいとかの意味だったら許すことはできない。

 

(そうかい。ま、俺の才能、ってやつだな)

(……そうやって自分の努力を隠そうとするトコ、私は好きだよ)

(……は?)

 

それは告白か?

いやでも俺は妖夢が好きだしな……

 

(あはは、やっぱり面白い。からかいがいがあるね♪)

(おい今すぐ魂の部屋に連れてけ。話があるんだよとってもとっても大事ななぁ!)

(わーお、暴漢だ~!)

 

そろそろ俺もカチンと来るぞ……?

ふざけるのも大概にするんだぞ……?

 

 

そんな楽しい(?)会話を脳内でしていると。

 

「失礼します、天さん。……もう元気そうでなによりです」

 

鈴仙が部屋に入って、そう告げる。

狂気のない普通の笑顔で。

……うさみみってほんわかとした雰囲気を与えるよね。

 

「おかげさまでな。またここに来るのがこんなに早いとは、思ってなかったよ」

「ほんとですよ! ……次来たら、どうしましょうか?」

 

あの、鈴仙さん? その言葉と笑顔には恐怖を感じるんですが気の所為?

試薬投与は間違いなくされるとして。その後は……いや、考えるのはよそう。怖くなってたまらない。

 

「け、検討します……で、俺の神憑は?」

「貴方の刀のことですかね? それなら、そこに」

 

鈴仙が指差した先は、少し先にあるテーブルの上。

なくなっていたわけではなかったので、取り敢えず一安心。

……隠れて抜け出すことは、もうしようとも思ってないよ? 怖いからね。

せっかく全治三日なのに、それ以上に期限を延ばすことになる。

 

「そうか、ありがとう」

「いえ、それよりも、妖夢に欲情してたそうじゃないですか?」

 

な ぜ 知 っ て る し。

俺の頭の中で、一人の命の恩人(ヤブ医者)の悪戯な笑顔が浮かんで消えた。

あぁ……

 

「……男の子なら、仕方ないと思うんだ」

「そうですね~、好きな女の子になら当然だと思いますよ?」

 

な ぜ そ れ も 知 っ て る し。

再び、試薬大好きな医者(ヤブ医者)の顔が浮かぶ。そして消えない。

 

 

 

「えええぇぇぇえぇえええりぃいぃいいいいいいいん!」

 

 

俺の永琳のコールは、しばらく永遠亭に響き続けたという。




ありがとうございました!

次回、長らく出ていなかったあのキャラ出します!
丁度いい設定が揃ったので!

まだ永夜抄ノーマルもノーコンできません。
輝夜のとこまで行ったんですけどね~……

ではでは!


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第39話 入院二日目

どうも、狼々です!

しばらく……と言っても、あと一、二話、永遠亭のところを少し書きます。
前回書けなかったので。
ですが、その割に永琳と鈴仙の出番が……

今回は、あのキャラ再登場!
交流編を見ていないことも考えて、少し説明的になってます。

では、本編どうぞ!


俺が入院一日目を終えて、二日目の朝。

大体8時少し前くらいだろうか。

 

俺は目を覚ました。

だが、特にやることがない。暇。最大級の暇人だ。

もう一眠りしようと、瞼を開くこともなく寝ようとして、栞に引き止められる。

 

(ねえ、寝ないでよ天。この女の人、誰なの?)

 

……は? おんなの、ひと?

それも、栞の知らない人間。人間かどうかも怪しいが。

 

どうにも気になるので、仕方がなく瞼を開く。

 

 

 

「あ、起きましたか。おはよーございまーす!」

 

「……おい、文。何で人の寝顔勝手に撮ってんだよ」

 

目を開けると、射命丸 文がいた。俺の顔を覗き込んで。

文とは、宴会で知り合って、取材を受けた時以来だ。

 

取材の内容で、少し俺の社会的抹殺が計画されていたが、無事阻止できた。

人里へ買い物に行った時に何も言われなかったから、恐らく記事には載ってない。

新聞読まないからわからないが。

 

で、その内容が、『スカート覗く外来人、天。変態か!?』である。

あながち間違っていないから困るのだが。

文が飛んでいるところを下から『無意識に』覗いた。他意もない。

なのに、そのことを記事に載せられかけて、俺の第一印象が最悪になるところだったのだ。

まぁ、『色を暴露するぞ』、と脅しをかけたら引き下がってくれたのだ。

 

……やべ、何か俺がヤバイ奴みたいに聞こえるな。

で、でも、文がああやって脅しをかけるからだ。

仕方なく、仕方がなく、良心が痛む中で、泣く泣く言っただけ、うん。

俺に非はないはずだ。

 

「いや~、この寝顔、意外に可愛いですねぇ……載せますね♪」

「俺のプライバシーはどこに行ったよ!? 載せんな!」

「……仕方ないですね。わかりました――」

 

あ、あれ? 今回は意外とあっさりだな。

やっぱり文も、一年ちょっとの間で少しは変わって――

 

 

 

 

 

「個人的に楽しませてもらいますね!」

「変わったと思った俺の気持ち返せ! 少しでも見直した俺が馬鹿だったよ!」

 

訂正。ちっとも変わっていなかった。全く。完璧に。

 

「で、何しに来た? 俺が永遠亭にいることを知ってまで来たんだから、何かあるんだろ?」

「さすが天さん、話が早い。この度は、幻獣、檮杌撃破の(かなめ)となった天さんに取材しに参りました!」

 

……だと思ったよ。どうせ取材だろうとは思っていた。

俺のことを取材するとしたら、間違いなく檮杌撃破について。

そこまでは予想はついていたのだ。だが。

 

「いや、まずいだろ。幻獣知らない人里に新聞配っちゃ、知らせた人を限定させた意味がなくなる」

「そこまで頭が回るとは。ええ、確かにそうです。が、幻獣との戦闘が終わった後、もう隠しても不安を煽るだけ、との判断で、霊夢さん達が、人里の皆さんに公開したのです」

 

へぇ、かなり思い切ったな。

今まで隠していた分、自分達に返ってくるのは、明白だろうに。

 

いや、今の内に公開した方が、後を考えるといいのかもな。

後になって幻獣が直接人里を襲い始めたら、『何で教えなかった』、と責め立てられることだろう。

そうなると、人里の皆の避難も遅れ、被害が大きくなる可能性がある。

 

幻想郷を守るために被害が大きくなったら、元も子もない。

妥当っちゃ妥当か。

 

「了解。ま、プライバシー侵害にならない程度には答えるよ」

「ありがとうございます。では、早速……白黒の霊力の柱は、天さんのものですか?」

 

ほ、ホントにいきなりだな……

ストレートに聞いてくるところが、新聞記者らしいというか、文らしいというか。

 

「……ああ、そうだ。宴会でのときとは比べ物にならないくらい強くなってるだろ?」

「ええ、それはもう。別人ですね。空も飛べ、刀も使うようですし、一年しか経ってないのが嘘に思えてくる程です」

 

……今思えば、一年前の俺は、刀なんて持ったこと無い、霊力も使えない。

さらには、空も飛べない。こんな状況だったわけだ。

成長の幅に関しては誇ってもいいくらいだろう。

 

「次です。檮杌戦で、かなりの重症を負ったようですが、その時の状況と、怪我の具合を詳しく」

「ええっと……俺が檮杌に攻撃に行って、あいつの牙でお腹を貫かれた。出血多量で死んでもおかしくなかった。もっと言うと、臓器を負傷する可能性だって高かった。けど、臓器には傷はなかったし、血もすぐに止めてもらった」

「ほぇ~……それはまた大怪我にも程がありますね……」

 

それには全力で同意したい。うん。

今生きてるのが不思議なくらいなのだ。もうあの感覚を味わうのはごめんだ。

まあ、味わう機会もないくらい珍しいだろうが。

普通一回も経験しないからな。二回目とか堪ったものではない。

珍しいと言っても、いいことでは決してないのが、たちが悪いというか。

 

「では、途中で霊力の感じが強くなりましたが、あれは何ですか? やはり、天さんに関係が?」

「ご名答。『リベレーション』っていうんだ。栞の霊力を体の表面に纏って、身体能力を高めるんだ」

「え、ええっと……その、『栞』、とは?」

 

あぁ、そうか。

文は栞の存在を知らなかったのだった。

栞も文を知らなかったし、気付くべきだったか。

遅まきながら、俺は栞の紹介を文に。

 

「紹介するよ。俺の中に住んでる魂幼女、栞だ。……じゃあ、栞、文に挨拶して」

「は~い、初めまして。私は栞。よろしくね! 今の天の説明で大体合ってるよ」

 

そう栞が言った瞬間、文が怪訝な顔になった。

……ん? この顔は……

 

「あ、あの……天さんは、やっぱり変態なんですか……?」

 

「違ぇよ!」「その通りだよ!」

 

栞と俺の全く逆の答えが重なり、文はさらに怪訝な顔になる。

絶対栞の方を信じてますねぇこれは……

 

「おい栞! 今は誤解を招くだろ! 何でこんな時に限ってそんなに自信満々で言うんだよ!」

「やっぱりそうだったんですか!」

「違うんだよ文、違うんだ。何もかもが独り歩きしてるんだよ」

 

 

俺が文の誤解を解くのに30分はかかった。

途中で栞が、「発情!、発情! 欲情!、欲情!」なんて言わなかったら、あと20分は縮まっていたはずだ。

本当に、ひどいものだ。

 

 

「……わかりましたよ。そんなに必死になって否定しないでください。良心が痛みます……ぐすん」

「さらっと嘘つくなよ。じゃあなんであんなに(かたく)なに信じなかったんだよ」

「……てへ♪」

「もう許さない。スカートの中の暴露も時間の問題だな。せいぜい反省することだな」

「すみませんでしたー!」

 

よし、圧勝。大勝利。

意外に『てへ♪』の表情が、可愛くて沈みかけた。

文も美少女なんだよ……妖夢には敵わないだろうが。

俺の好きな女の子の脳内補正がかかってるし。

補正がかかっていなくても大丈夫だろうが。妖夢が一番だと信じてる。

 

「ふむ、わかればよろしい。……で、まだ他にはなにかあんの?」

「では……ちょっと怪我の具合を見せてください。記事とは関係なく、心配なのですよ」

 

少し悲しそうな顔が浮かんだ気がした。

心配してるのか? 俺のことを、文が?

 

――な、なんかギャップが可愛いく感じてしまう。

 

「わ、わかった。じゃあ、今見せるから待って――」

 

と、俺が上の服を脱いで、包帯を取ろうとした時。

 

「いえ、いいですよ。――

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()

「え? なん――ちょ、ちょい!」

「は~い、遅いですよぉ~……っと」

 

文が突然、目を見張るようなことを言って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()

 

傷は痛くない。あくまで傷はお腹だから。

だけど、この体制は――!

 

「わ~、天がまた発情してる~、繁殖期~」

「あやややや……私に興奮してるんですかぁ~……?」

 

栞の言葉の後に、文が悪戯な笑みに変わって。

……嫌な予感しかしない。

 

「……じゃあ、服、脱がしますね……?」

「まて文、まだ戻れるぞ――って、その声はヤバイから……!」

 

急に妖艶な声を出し、心が揺さぶられる。

 

 

そして、文は俺の服に手をかけて――

 

―*―*―*―*―*―*―

 

また二人となった朝食を終えて、幽々子様が。

 

「ねぇ妖夢。貴方、天のところに行きたいんでしょ? お昼と夜に戻ってくる以外は行っていいわよ?」

「あ……で、ですが――」

「いいのよ。行ってきなさい。きっと、天も喜ぶわ。彼が一番頑張ったんだもの。優先させないとね」

 

で、でも、いいのだろうか?

私は……行きたい。だけど……

 

「私のことで迷うくらいなら、行った方がいいわよ?」

 

幽々子様は、そう仰っているが……しかし……

――でも、行きたい。彼に、会いたい。

 

「わかり、ました……すみません、行って来ます」

「気を付けてね。彼を笑わせてあげてね。……彼も、かなりの重みと戦っているだろうから」

「……はい。では」

 

それだけ言って、私は永遠亭に向かって飛ぶ。

ああ言ったのにも関わらず、行くとなったら急いで永遠亭に向かう自分に、少し呆れていた。

どれだけ彼に夢中になってしまうのだろうか。

 

少し、怖くもなってくるし、幸せにもなってくる。

 

 

しばらく飛び続けて、永遠亭に着いた。

今は……8時30分くらいだろうか。やはり、普通より早くに着いている。

そのことに少し恥ずかしくなりながらも、彼のいる部屋への足は、早く早くと急かしてくる。

 

彼の部屋の前に着いて。

部屋の中から、少し話し声が聞こえた。誰かいるのだろうか?

 

「失礼しま――ぇ……」

 

 

私が見たのは、天君の下腹部に跨って、服を脱がそうとする文の姿だった。

一瞬の静寂。口を最初に開いたのは、天君だった。

 

「よ、妖夢! これは違うんだよ! 文が――」

「あ、妖夢さん、おはようございます。私が無理矢理脱がそうとしてるだけなので、大丈夫ですよ」

「いや俺が大丈夫じゃない。妖夢も大丈夫じゃない。……妖夢、何か言ってやってくれ――妖夢?」

 

私は、とてもとてもショックだった。

当然、天は私が好きであることが、確定もしていなければ、恋人同士でもない。

 

けれど、自分の好きな人を取られる。そうわかって、胸が抉られた。

悲しみに震えそう。だけれど、涙も流せないほど、言葉一つも出せないほど。

それほど、ショックだったのだ。

 

「あ……いえ、その……文、やめてもらえると、ありがたい、です……」

「あ、そうでしたね……すみません。私もやり過ぎました」

 

そう言って、文が天君の上から降りた。

少しホッとした自分に、嫌気が差した様な気もした。

自分の独占欲の強さに。彼を欲してやまない気持ちに。

 

「あ、ありがと……で、怪我を見せればいいんだろ?」

 

そう言って、彼は服を脱ぎ始めて、筋肉が見える。

彼が幻想郷に来た時も、体格はよかった。

が、刀の修行で程よく筋肉のついた体は、私にとって、とても魅力的なものだった。

 

ぼうっとして見ていると、急に恥ずかしくなって、急いで目を逸らした。

……けれど、少しどころではなく、気になってしょうがない。

 

……見たい。

 

ちらちらと、彼の逞しい体を見てしまう。視線が吸い寄せられる。

 

そして、お腹に広く巻かれた包帯が見えた。

天君はそれを、するすると取っていく。彼の様子からして、もう痛みもないようだ。

 

包帯を外し終わり、お腹の状態がはっきりと見えるようになった。

私と文は、すぐに彼に近づいて、目を見開いて、お腹を覗いた。

何故か。それは、昨日の傷が、殆ど塞がっているからだ。

文と私、二人して驚いてしまった。

 

「もう大丈夫みたいだな。……さすがにこれは驚いたな。もう退院してよさそうなもんだがな」

「そうですね……わかりました、私はもう帰ります。では、取材にお答え頂きありがとうございました!」

 

そうお礼を言って、文は部屋から出ていく。

その直前に、私に近寄って。私にだけ聞こえるように、小声で。

 

(本当に何もありませんからね。貴女と天さんの間を邪魔しようなんて、少しも考えてませんよ?)

(なっ……! なんで、それを……)

(私はブン屋ですよ? 人里に、ペアネックレスを買いに行ったことも、知ってますよ?)

 

そこまで知られて、言われると、少し恥ずかしい。

私が周りにわかるほど、『好き』の気持ちを前面に出しているみたいで。

 

それだけ言って、文はさっさと部屋を出て行く。

本当に、何もなければいいのだが。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

文が何かを妖夢に耳打ちして、部屋から出る。

耳打ち、というのは、非常に会話の内容が気になるものだ。誰もがそうだろう。

だが、わざわざそうするということは、少なくとも俺に聞かれないようにするためである。

そのために耳打ちしたのに、『何話してたの?』なんて聞くようなことはしない。

 

「で、妖夢はどうしたんだ?」

「あ、えっと……その、特には何もないんです」

 

な、なにもないのに来たのか……?

永遠亭と白玉楼は、結構距離がある。

行きは勿論、帰りのことも考えると、何もなしにくるのは――

 

そこまで考えていて。

 

「その、強いて言うなら……天君に、会いたかったのです……」

 

妖夢が目を逸らし、もじもじとしながら答える。

 

「ガハァッ!」

「え!? そ、天君、どうしたんですか!?」

「い、いや、大丈夫だ、問題ない。装備だって、一番いいんだ……」

 

あまりに妖夢が可愛すぎて、吐血しかけた。

危うく命も刈り取られるところだった。

妖夢が、『命、刈り取っちゃいますよ♡』とか言ってたら、本当に刈り取られそう。

いや、怖いけどね? でも、可愛い。

 

それより、この格好よりも弱いものの方が珍しいくらいだろう。

俺の現在の服装。カッターシャツとごく普通のズボンのみ。

完全に私服。鎧なんて、影も形も存在しない。

まだ灰色の防具の方がマシだ。かといって、指パッチンで白の防具も出てこない。

 

「な、何を言ってるのかわかりませんが……少し、お話しましょう?」

 

彼女の柔らかい笑み。

やはり、この笑顔に勝てるものは何もないと思いつつ。

俺は、彼女との一時を過ごした。

 

……途中。

 

「そ、その……天君は、へ、変態さんなんですか……?」

「いや違うよ? あれはただ文が乗っただけなんだって」

「下腹部に、ですか……?」

「いやホントに違うんだよあれはだね――」

 

もう色々と聞かれた。

ホントに何もないのか、とか。

……俺が他の女の子とそういうことをするのが、気になるのだろうか?

 

 

 

それって、つまりは、やはり。

 

 

 

そういうことでいいのだろうか?

 




ありがとうございました!

次回は、そろそろ病院出たいです。
前書きのやつは何だったのだろう。長くて二話なのは変わりませんが。

あと五話以内に、あのキャラを出せるといいな、とは思っています。
正直、殆どの方が予想できないと思います。
できても、恐らくはずれですね。

どなたかわかる方がいらっしゃれば、メッセージか感想欄にどうぞ。

リアルでは、私はメガネをかけているのですが、不便ですね。
やっぱり、目は悪くするべきじゃないですね。
いいに越したことはないです。

ではでは!


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第40話 強く、ならなくちゃ

どうも、狼々です!

早速謝罪をば。
2月26日の投稿がストップしてしまい、すみませんでした。
風邪引いてました、はい。
書き溜めを作らなかった私が悪かったです。

今後の体調管理には十分気をつけます。

では、本編どうぞ!


妖夢が昼になる前に、昼食を作るために白玉楼へ帰っていった。

さて、再び暇。かといって、何かをしていい訳でもなし。

 

にしても、変態『さん』とは、中々可愛い言い方だ。

妖夢らしいというか、初々しい感じが何ともいえない。

 

(あ~、暇だな~)

(そだね。でも、もうそうでもないらしいよ?)

 

……は? 何言って――

 

その瞬間、部屋の扉が開いて、大多数の人間が押し寄せた。

大多数、と言っても、5人程度なのだが。

それに、最近見たばかりの顔。

つい二日前。檮杌撃破に至った時の、幻獣戦闘グループの皆だ。

 

「やっほ~い、天。遊びに来てやったぜ~?」

 

にやにやとしながら、皆より先に俺のところに来て言う。

いや、俺、命が危なかったんですが。遊びに来たって……

 

「ほら魔理沙。そういうこと言わない。天も大変なんだから」

 

霊夢が魔理沙に言う。

霊夢はちゃんとしてくれる。

 

「今日はお見舞いよ。取り敢えず、生きててなによりよ」

 

今度はレミリアが言う。

ホント、生きててよかったよ。死んでも幽々子が何とかしてくれるだろうが。

幻獣第一戦で殺られるのは避けられた訳だ。

 

「妖夢は大変だったのよ? 『いやぁ! 私を残して死なないで!』って泣き叫んでたんだ」

 

妹紅が、妖夢の声を真似して言う。

妖夢がそんな様子を見せていなかっただけに、驚く。

 

……俺自身、妖夢がそうなったら、どうなるかわからないが。

自分でも怖くなってしまう。どうなるのだろうか。

……いや、想像はしない方がいいか。そうならないことを願うためにも。

 

「そうだったか。皆、無事でよかったよ。遅くなったが、お疲れ様」

「何言ってんのよ。私たちは殆ど何もしてないじゃない。貴方がお疲れ様よ」

 

咲夜がそう言って、皆が同時に首を縦に振る。

いや、皆がいないと勝てなかったし……

 

「俺だけが戦ったんじゃないだろ? 皆の力あってだ。あの時の檮杌が動けなかったのがその証拠だ」

「全く、そういうところは謙虚じゃなくていいのよ。胸を張っていいのよ」

 

霊夢はそう言うが、俺は、あまり胸を張ることには慣れていない。

外の世界では、胸を張ることなんてできなかったしね。

 

「いや、でも……」

「でも も何もないの。天が一番貢献したことに変わりはないだ」

「そうだんだぜ! それに、人里の皆からは『ああやって』呼ばれてるんだしな!」

 

ああやって……?

少なくとも、天または新藤の、名前じゃない。

となると、異名とか通り名、通称なのか……?

呼ばれる側の俺としては、とても気になるところだ。

 

「どうやって呼ばれてるんだ? 不名誉だったりは……?」

「安心しなさい。不名誉なことは全くないわ。それだけに、最初は人里の皆から聞いた方がいいわよ」

 

レミリアはそう言っているが、気になってしょうがない。

一見名誉溢れる呼び名でも、俺にとって不名誉な名前の可能性もある。

 

例えば――戦いの『天才』、だとか。まぁ、そんな安直でもなさそうだが。

 

「わかったよ。で、何か他に用はあるのか?」

「いや、特にはないのよ。生存確認と、お見舞いだけ。あんまり長居する訳にもいかないし、帰りましょう、皆」

 

霊夢の呼びかけで、皆が部屋からぞろぞろと出始める。

それぞれが挨拶をしてくれて、俺はそれに応えてゆく。

 

楽しかったし、嬉しかった。

俺のために、皆がわざわざ来てくれたと考えると。

やっぱり、幻想郷は外の世界よりもいい。

 

 

 

そして、三日目の朝を迎えた。

暇。この言葉を最近使いすぎだと思われる。が、それほど暇なのだ。

にしても、皆お見舞いに来てくれて嬉しかったな~

 

 

昼食を食べて。

意外にここの昼食も美味しい。

病院食とかじゃなくてよかった。まずい時が多いからね。完全な偏見と失礼ではあるが。

 

刺激物と濃い味付け・歯ごたえのあるものを避けて

配送にも時間がかかって温かいものは冷えて、冷たいものはぬるくなるかららしいが。

でも、出してくれることには、感謝の気持ちを示したいものだ。

食べたことないけど。

 

その時。コンコン、とノックが響いた。

ん……? ノックをするのは、妖夢とか鈴仙くらいだが、慣れたくらいになくなった。

昨日の皆はノックをしてなかったが。

病室にはノックが基本なのに、それがない状況に慣れつつある自分がいる。

かといって、ノックが必要なことをしているわけでもないが。

 

「どうぞ」

 

短く声をかけ、入室を促す。

静かに扉が開いて見えた相手は――勇儀と萃香だった。

 

「勇儀に萃香! 久しぶり!」

「おう、久しいね! 会えて嬉しいよ!」

「私もね! 私としてはいつでも会えたけど、勇儀と一緒に来たかったんだよ」

 

勇儀と萃香とは、宴会で会って以来だ。

お酒に耐えられなかった思い出が甦る。が。

 

「……なぁ、あの時俺が飲んだお酒のアルコール度数、いくつだった?」

「「……あ」」

 

二人が声を揃えて。

 

「ご、ごめんな? つい渡しちゃったんだよ。次はちゃんと低いの渡すからさ?」

「そ、そうそう」

 

さすがは鬼、といったところか。

嘘を吐こうとしない。こんな些細なことでも誠実でいようとする。

その精神は、大きな宝だとも思える。それだけ貴重なものだと思うから。

 

「いや、いいんだよ。俺も普通のお酒なら飲めることがわかったんだ。今度……一緒に飲もうな?」

「ああ、約束したからね!」

 

勇儀の眩しい笑顔。やはり姐さんみたいな人だ。

優しげなところが魅力。

 

「そうだね! 退院してすぐでも……なんなら、今でもいいんだよ?」

 

萃香が伊吹瓢を見せて、はにかむ。

この無邪気な笑いも、彼女の魅力の一つであろう。

 

「いや、今は……な? で、何か用か?」

「お見舞いだよ。天の活躍ぶりは、地底にもしっかり届いているよ」

 

な、なんか恥ずかしいな……

有名人みたいな感じだ。

 

「幻獣相手に頑張ったんだってね。お疲れ様。それと、おめでとう」

「本当によくやったね。私は嬉しいよ」

 

今度は萃香と勇儀は労いの言葉をかけてくれる。

 

「ありがとう、二人共。そう言われると、頑張った甲斐があったよ」

「なに、頑張った奴には当然さ」

「ホント、死ななくてよかったよ」

 

皆は外の世界の人間とは違って、俺を求めてくれる。

俺は、それがたまらなく嬉しい。信頼されてるんだ、って感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……じゃあ、信頼され続けるには、どうするべきだろうか。

 

「俺も死ななくてよかったよ。二人とお酒が飲めるんだからね。もう一年くらい経っちゃったけど、必ず地底には行くよ」

「ああ! こいしとさとりにも会わせたいね」

 

『こいし』、『さとり』は確か、防衛グループに呼ばれていた気がする。

となると、その二人も地底に住んでる結構強い人なのか。

例の如く、人の可能性は限りなく低いが。

 

「じゃ、私達はもう出るよ。早く元気になれよ?」

「ああ。ありがとう、二人共」

 

じゃあな、と去っていく二人を見送って、再び部屋が静かになる。

けれど、今の俺は暇じゃあない。

ずっと、こんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、俺が求められている意味は何なのだろうか。

皆は、本当に俺と仲良くしたいから、友好的になっているのだろうか。

 

 

……違う、かもしれない。

 

じゃあ、何で俺と交流をしているのだろうか。

 

それは当然、幻獣と戦うための戦力を、増やした状態で維持させるため。

俺が幻想郷(ここ)に呼ばれた理由を考えればわかる。

 

じゃあ、俺はどうして信頼されているんだ。どういう意味の『信頼』なのだろうか。

何に対しての『信頼』なのか。

 

 

 

 

――幻獣と、戦うこと。

 

じゃあ、皆に信頼され続けるには。

 

――強くなって、幻獣との戦いに勝っていくこと。

 

それは、ここにいる意味と同じ。

だったら、俺が信頼されているのは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺自身じゃなく、()()()なんだ。

 

 

 

 

ようやく、俺がするべきことが見えた。やっと見つけた。

俺がやるべきこと。それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ただ、力を手に入れること。

 

 

そこまで考えていると、部屋の扉が開いた。

けれど、それに見向きもしないで、思考を続ける。

当然、誰が入ったのかは、どうでもよかった。

 

 

俺は、強くならなくちゃいけない。

皆から、見放されていってしまう。

 

見放されないためにも、強くなる。

強くなって、見放されないように。

 

信頼されているのは、俺じゃない。俺の力なんだ。

もうこの際、俺自身に信頼を寄せてくれなくても構わない。

俺の一部でも、信頼してくれれば――

 

「――らくん! ――そらくん! ――天君!」

「あ……?」

 

ふと、現実に引き戻された。

引き戻したのは、妖夢だった。

 

「ああ、来てたか、妖夢」

「その、どうしましたか? 目が虚ろになってましたよ? 何か悩んでいるんですか?」

 

悩んでいる、か。

悩みなんかじゃない。嘘も吐くことはないはずだ。

 

「いや、何でも? それより、また来てくれたのか。俺は嬉しいよ」

「貴方に、会いたいんですよ……言わせないでください」

 

少し顔を紅潮させて、目を逸らしながら言った。

 

 

 

 

 

 

なら、俺のこの恋はどうなるのだろうか。

 

 

 

 

 

絶対に、叶わないのだろうか。

 

 

 

 

 

 

あぁ、そうなのか。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、一方的な片思いを続けていくことになるのか。

 

「……天君?」

「あ……あ、ああ、どうした?」

「……何かあったら、私に相談してくださいね?」

 

柔らかな笑みで、悲しげな感じの少し入った笑顔。

しかし、いつもと変わらない優しげな笑顔。

 

「何でもないよ。心配してくれて、ありがとうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はその笑顔が、いつもよりも眩しく見えた。

 

 

話しているのも、少し億劫な感じだった。

いや、億劫、と言うよりも、上の空みたいな感じだった。

心ここにあらず、という表現がぴったりなくらいに。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天君の様子がおかしかった。

いつもはあんなに無愛想な感じじゃない。

 

いつも笑顔が似合う、素敵な素敵な青年。

恋をしている私の目線だから、少し過大評価かもしれないけれど、私自身はそうは思わない。

けれど、今日は殆ど笑顔を見せていなかった。見せても、乾いた笑顔のみだった。

 

天君が嘘を吐いていたのは明白だった。けれど、彼はそれでも隠そうとする。

このことが意味するのは、二つの可能性。

 

一つは、私が原因であること。一つは、相談できるほど信頼されていないこと。

 

後者は、あってほしくないし、可能性も低いだろう。

でも、前者ならまだわからない。けれど、私は身に覚えがない。

 

じゃあ、別のこと……? 私が気付いていない、第三の可能性……?

 

 

そんなことを考えて見る彼の乾いた笑顔は、私の胸を締め付ける。

 

「……じゃあ、私はそろそろ行きます。明日、帰ってくるんですよね?」

「あ……ああ、そうだ。明日から帰って修行だな」

 

……なんとなく。なんとなくだが、わかった……気がする。

 

「はい。じゃあ、また明日」

「ああ、また明日な」

 

そう言葉を交わして、部屋を出る。

 

平坦な廊下が、どこまでも長く感じた。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

(ねぇ、どうしたの天? いつもは大好きな妖夢ちゃんにあんな態度で接しないよね?)

(……そうだな。何でだろうな)

 

妖夢が帰った後、栞に問い詰められていた。

その声には少し、怒気があるような気もする。

 

(……何かあった? 私が見ている中では、特に何もなさそうだけど……)

(いや何も? 見てる通り、何もない。ま、明日からまた修行なんだ。頑張らなきゃな)

(ねぇ天。私そろそろ怒るよ……?)

 

何に怒るというのだろうか。

 

(いや、何でだよ。本当に何もないんだって)

(……そ。なら、もういいよ)

 

最後に発した栞の声は、どこまでも冷たかった。

だけど、そんなことまで気にしていられない。

 

 

 

 

強く、ならないと。

力を、手に入れないと。

 

 

 

 

その日は過ぎて、次の日。

 

「よっしゃ、退院だ!」

「はいはい、おめでと~。またここに来ないことね」

「ぜ、善処します……」

「ついこの前もそう言ってた覚えがあるんですが……」

 

今、部屋には俺と永琳、鈴仙がいる。

今日は退院日だ。今から永遠亭を発って、白玉楼に戻るところだ。

 

「じゃ、じゃあ、ありがとう。もう行くよ」

「ええ、気を付けて。次は解剖もするかもね?」

「お気をつけて。今回は刀を持ち出そうとはしませんでしたね?」

 

う……やはりバレていたか。あれでごまかせるとも到底思っておらず、ごまかせたらラッキー程度だったが。

にしても、解剖は本格的にまずい。俺が死んじゃう。劇薬も同じくだ。

 

二人に見送られながら飛び立って、竹林を抜ける。

目指すは、白玉楼。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

彼が飛んでいった後。

 

「……さて、もっと治癒能力の強い薬品、作らないとねぇ……」

「そうですね~、多分また来るでしょうからね。それも遠くない内に」

 

やっぱりねぇ~、死なないといいけど。

ま、彼のことだから、そう簡単には死なないでしょうけど。

 

「それで師匠、天さんの様子、少しおかしくなかったですか?」

「あ、やっぱりそう思う? 余裕がない感じがしてたわよね~……」

 

私だけでなく、鈴仙もそう思っていたようだ。

余裕がない、焦っている、必死になっている感じが見て取れた。

 

……何もないことはないんでしょうけど、もう少し休みなさいよ。

 

心の中で彼にそう告げて、永遠亭の中に戻る。

鈴仙も、私にパタパタとついてくる。

 

 

春だというのに、吹いていく風は、悲しく冷たいものだった。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

しばらく飛び続けて、白玉楼が見えた。

見えた瞬間、スピードを大きく上げて向かう。

 

十数秒後、白玉楼の玄関に着いた。

自分の飛行速度に若干の驚きを覚えながらも、部屋へ。

 

今は昼前だということもあり、やはり台所から料理の音が聞こえてくる。

俺が白玉楼から離れて、帰ってきた時はいつもこの音が聞こえてくる。

その度に、『あぁ、帰ってきたんだな』って感じる。

 

前々回、前回のこともあり、先に幽々子の部屋へ向かう。

……どんな言葉を言われるのか、少し怖くなってきた。

 

 

 

幽々子の部屋の前。一瞬深呼吸をして、障子を開ける。

 

「ただいま、ゆゆ――」

「何してんのよ!? お腹に穴開いたんですって!? 心配かけないでよ!」

 

あ、やっぱり怒っていらっしゃる。

でも、少し涙も見える気がする。

 

「ご、ごめん。で、でも『生きて帰ってこい』っていうのは守れたし……」

「じゃあ死にかけだったらいいの? ……どれだけ、心配したと思うの?」

 

幽々子の悲しそうな表情。

 

「……本当にごめん。もうこのままじゃいないからさ。頑張って強くなるよ」

「……え? わ、私はそんなこと――」

「じゃあ、妖夢のところに行ってくるよ」

 

幽々子の言葉を途中で遮って、台所へ。

 

 

 

俺のいない幽々子の部屋で。

一人、呟く声が。当然、俺には届かない。

 

 

 

「……何か、あったのね」




ありがとうございました!

完全に文章が支離滅裂ですね。すみません。
早く治したいものです。

進学先の課題にも追われていて、中々厳しいものがあります。
じゃあ何でこんな作品書いてんだ、って話ですが。
すみません……! 楽しくて、たまらないんです……!

ではでは!


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第41話 『孤独』はどっちだ?

どうも、狼々です!

投稿が遅れてしまい、本当に申し訳ありません。

前回からもわかる通り、シリアス出します。
今回は、その前準備みたいな感じです。
しばらくはストーリーは遅めで進めます。

天君の二つ名は、この話では出しませんが、近い内に出します。

では、本編どうぞ!


部屋から出てしばらく歩き、台所についた。

今度の妖夢は、先に俺に気付いたみたいだ。

 

「おかえりなさい、天君」

 

彼女の美麗な笑顔。いつ見ても飽きない。

その優しそうな微笑みに、いつも甘えたくなってしまう。

 

けれど、甘えていては、ずっと弱いままだ。弱いと思われたくない。

 

「ただいま、妖夢。手伝うよ」

「いえ、いいんですよ。今日くらいは、ゆっくりしててください」

 

妖夢は優しい。その優しさが、俺にこう考えさせた。

 

 

 

 

 

 

『この優しさは、俺自身に向けられたものなのだろうか』、と。

『本当は俺に向けていないんじゃないのだろうか』、と。

 

「……悪いな。そうさせてもらうよ」

「ええ。休んでてくださいね?」

 

妖夢にそう声をかけてもらい、向かったのは、自室。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――否。外だ。刀を持って、外へ。

 

一刻も早く、少しでも力をつけないといけない。

俺は、強くならないといけないんだ。

 

強くならないと、信頼されなくなる。

強くならないと、守りたいものさえ守れなくなる。

 

『守りたいものは、強いだけでは守れない』、とはよく言う。

しかし――

 

 

 

 

 

――力がないと、守れないものも十分にあるんだ。

 

 

 

しばらく修行し続けて、栞に問う。

 

(なぁ、栞。今の動き、どう思う?)

(……知らない。――まだ、気付かないの?)

 

怒ってる、のか?

なんで栞が。訳がわからないのだが。

それに、『気付く』の意味もわからない。何に『気付く』というのだろうか。

 

(『気付く』ってなんだよ。それに、どうして怒ってんだよ?)

(……もういいよ。自分で考えな)

 

栞は、そう冷たい言葉を出しただけだった。

俺が不思議に思い、栞に呼びかける。

 

(栞? ……おい、栞?)

(…………)

 

彼女から、返事が返ってくることがなくなった。

無言を貫いて、俺の呼びかけに答えようとしない。

……いったい、どうしたのだろうか。何か悪いことでもしただろうか。

 

そんなことを考えつつ、修行を続けて。

 

「……あ、天君。……ここにいたんですね。探しましたよ?」

「あ……? 妖夢?」

 

妖夢が玄関から出てきた。何しに……

……あ、『休んでてくださいね』って言われたのに、部屋に戻らず、外に出てしまった。

妖夢には、一声かけるべきだったか。

 

「もう昼食が出来上がりましたよ。一緒に食べましょう」

「ああ、わかった。ありがとう」

 

それだけ言って、一緒に玄関へ。

幽々子の部屋に向かって、三人で昼食をとった。

 

 

 

昼食も終わり、修行の時間になった。

俺は妖夢より一足先に、中庭に出て、修行を始めていた。

刀を振っていて、一つ気付いたことがある。

 

「……あれ? あの桜の木、去年も咲いてなかったよな?」

 

周りの桜の木よりも一際大きく、目立つ桜の木。

その木には、今年も桜が咲いていなかった。

 

あの桜が満開になれば、どれだけ綺麗なことだろうか。

少し見てみたい気もするな……

 

「お待たせしました~……さぁ、始めましょうか――って、どうしました?」

「ああ、いやな? あの桜、昨年も咲いてなかったから、何かあるのかな~って」

 

追いついてきた妖夢に、その木について尋ねることにした。

二年連続でこの桜だけが咲いていない。他は咲いているのにな。

この一本だけ、っていうのも、不自然に感じたのだ。

 

「あ~……それは、西行妖(さいぎょうあやかし)っていう桜です。その……以前、それで異変を起こしまして……」

 

え、異変起こしたの? となると、霊夢とかが動いた訳だよな?

となると、首謀者は妖夢か幽々子のどちらかだ。

自然に考えて、幽々子だろう。従者の妖夢が首謀者だとは、少し考えにくい。

 

……あれ? それって、妖夢は最低でもそれを許容してるよな?

むしろ、従者の立場上、協力している可能性も高い。

 

「……それで?」

「その……『春』を、集めてました。幻想郷に春が来るのが、とても遅かった時があったんですよ」

 

ふ~ん……ずっと寒い春だったのかな?

それで、妖夢の顔が少し曇り始めた。何故かはわからないが。

まぁ少なくとも、聞いてよさそうな内容じゃないようだな。

 

……もしかして、異変関係者だからだろうか?

 

「ま、いいや。じゃ、修行を始めようか?」

「……そうですね。始めましょうか!」

 

妖夢との修行が始まった。

……さて、新技の開発もしていきますかね。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

天君と修行していた。今は終わって、買い物に来ているところだ。

次のお店に移動している途中、修行の時の天君を思い出していた。

 

天君が、おかしかった。

今まで、天君は修行を楽しんでた、というか……そんな感じだった。

いくら修行と言っても、笑顔は絶やさない。それが彼だった。

 

けれど、今日の天君は違った。

 

 

笑っていなかった。苦しそうだった。笑顔が乾いていた。

何故かまでは、わからないが。

 

今日はたまたまかもしれないし、三日の休みで感覚を忘れた分を取り戻すためかもしれない。

修行に限ったことじゃないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

そう思いたい。けれど、恐らく違う。

 

先日の病室でもそうだった。笑顔が少なかったし、笑っても胸を締め付けられた。

 

彼は言った。『何でもないよ』、と。

私は思った。『嘘を吐いているのは明白だ』、と。

 

私は何を思って、何が理由でそう思ったんだろうか。

ふと、昨日の会話の一言が頭をよぎった。

 

 

 

 

 

『明日から帰って修行だな』

 

 

 

……これだ。恐らく、これ。

私はあの時、明日帰ってくる、としか言っていない。

なのに彼は、修行を話題として挙げたのだ。何かある。

 

そうなると、原因はこれに関連することにある。

修行に関する何か。

 

……もう少し、様子を見てみようか。

 

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 

 

 

あれから――白玉楼に戻ってから。夏になった。

月は七月。日は一日。ちょうど今日から七月だ。

 

俺は、相変わらず修行にうちこんでいる。

心なしか、夜の修行の時間が増えた気がする。

 

まだ、栞は俺と話してくれない。しかし、返事が少しそっけないくらいにはなった。

良かったのか悪かったのかはわからない。

進歩したとは言えるかな? 原因はまだ全くもってわからないが。

 

「まぁ何にせよ、強くならないと、意味が無いんだ」

 

独り言の様で、自分に言い聞かせる様な言葉。

 

今は、朝食を食べ終わり、修行に取り掛かろうとするところだ。

 

 

 

 

強くなる。それだけを目標に、永遠亭を出てから過ごしていた。

少ない時間でも、暇さえあれば、修行に()てた。

あれだけ気になっていた二つ名も、もうどうでもよく感じてきた。

 

 

そんな時。ある日の夜。俺が寝た時にユメを見た。久しぶりに。

 

 

――なぁ、俺。最近どうしたよ? やけに力に貪欲じゃねぇか。心変わりか? オレはいつでも用意できてるぜ?

 

    いや。信頼されるには、力が必要なだけだ。それに、皆だって守りたい。

 

――俺にしては、やけに極論じゃねえか。マジでどうしたよ?

 

    檮杌戦でわかったんだよ。俺が信頼されるには、幻獣に勝つことが一番だって。

 

――オレがあえて言わせてもらおうか。()()()。栞の言葉、もう忘れたか? 『自分で考えな』。

 

    考えた結果がこれだ。そもそも、俺が幻想入りしたのもそのためだ。それをスムーズに進めるのが一番だ。

 

――やっぱ変わったな。失望しそうだぞ。オレでもわかるくらいなのになぁ?

 

    ……何が正解とかの問題じゃないだろ。じゃあな。

 

 

そう言って、俺が一方的に去ったのを覚えている。

俺も、しっかり考えているのだ。その上の結果だ。

考えなしに、動いている訳ではないのだ。

 

今、妖夢は幽々子に呼び出されている。遅れてくるそうだ。

この時間も、無駄にできない。

強くならないといけないんだから。もっと強く、強く。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「えっと……その、最近の天君、変ですよね?」

「ええ。私は、彼が帰ってきてすぐに気付いたけどね?」

 

やはりそうか。感じていたのは、私だけじゃなかった。

今まで、ずっと彼の様子を見てきた。

 

どうやら、彼は修行熱心どころじゃなく、修行だけを追い求めている様だった。

前は、そんな人じゃなかった。変わったのは、檮杌戦の後。

永遠亭で、何かがあったのだろうか。何か、心を一新させるようなことが。

 

「幽々子様は、何故かわかるのでしょうか?」

「……さあね、そこまではわからないわ。修行に関すること、ってだけね」

 

幽々子様は、今までずっと見た私よりも、彼のことをわかっているのだろうか。

少し、嫉妬してしまう。

 

「私もそうだと思います。ですけど……」

「それだから何だ、って話よねぇ……」

 

修行が原因なところまではわかっている。けれど、何故そうなのかがわからない。

つまりは、裏に隠された理由が見えない。

見えないから、解決もしにくい。

 

修行をすること自体に、意味があるかもしれないし、それがあくまでも、副産物であるかもしれない。

とにかく、もどかしい感じだ。

 

彼のことを、わかっていたいのに。

 

「じゃあ聞くわ。……妖夢は、どうしたいの? 彼が悩んでるのは、既にわかってるんでしょ?」

 

どうしたいか、だなんて。そんなの、決まっている。

随分と前から決まっていたし、原因がわかる前にもはっきりしていた。

 

「勿論、助けたいです。絶対に」

「それがいいでしょうね。ただ……」

「ただ……何でしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

「……発言には、十分に気を付けてね」

 

……どういう、意味だろうか。

不思議に思っていると、幽々子様が補足の説明を入れてくださった。

 

「今まで天が、あんな感じになったの……見たことある?」

「……いえ、ないですね」

 

彼は一人で背負(しょい)込む傾向にあるのは。わかっている。

できるだけ自分で解決しようと、頑張っている。

 

けれど、本当に助けて欲しい時には、すぐに助けを求めていた。

――今の天君と違って。

 

「いつもとは違う。だから、少し会話の仕方を間違えただけで、爆発する可能性も十分にある」

 

いつもよりも無理をしている。それはわかる。

だから、その分いつもよりも敏感になってしまっている、ということだろう。

 

何とはなしに言った言葉でも、彼を傷つけかねない。

それほどまでに、追い詰められているのだろうか。

 

「わかりました。出来る限りの範囲でやってみます。では、失礼します」

「ええ。早く彼の元に行ってあげなさい。疲労で倒れかねないしね」

 

幽々子様の言葉に頷いて、外に出る。

彼は案の定、というべきか、いつものように。

 

……まるで取り憑かれた様に、修行に専念していた。

それに、疲労の色も見える。無理な修行を積んだいるのだ。当然だろう。

 

その光景は、私の胸を締め付ける。

私が、彼に出来る限りのことをしたい。

 

――早く、支えたい。助けたい。

その思いで、彼に向かう足が加速した。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

俺がいなくなった後のユメの中、オレは一人呟いていた。

 

――あ~あ、ホント、俺は何してんだかな。

 

当然、ユメの中で声が反響するだけ。

俺に届くことなんてない。俺はもう去ったから。

聞こえるはずがないのだ。

 

――全く、手間のかかる奴だ。オレには俺の気持ち、わからないでもない。元は一つだからな。

 

淡々と、響く声。しかし、俺には届かない。

 

――だからこそ言える。()()()()()()と。『信頼』の俺が、聞いて呆れるな。

 

それは、俺に向けられたものである。

 

――でも、俺自身が気付かないと、意味ねぇんだよ。

 

そして。

 

――今、『孤独』なのはどっちだよ、俺。

 

そう言って、オレはユメの中の闇に消えて。

オレの言葉も、闇へと消えていった。儚く、脆く。しかし、芯の通った言葉は。

 

 

 

 

――やはり、俺に届くことはなかった。




ありがとうございました!

今回は少し短めになりました。調整のためです。

これからは、活動報告を書く時は、特別な時にします。
基本、平日は午前6時、週末は正午に投稿です。

皆さんは、コーラは好きですか?
私にとってのコーラは、天君にとっての神憑とか妖夢にあたります。

つまりは、必須の存在なわけです。

次回、天君は、そんな必須の存在な妖夢に――!

ではでは!


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第42話 逆上

どうも、狼々です!

ほんっと~に遅くなり、すいません!
まだまだ治りません。ここまでしつこい風邪は初めてです。
熱は引きましたが。(3月3日現在)

あと、次回で第4章終了します。
ですが、幻獣との戦いが終わるわけではありませんよ。

今回のタイトル……あっ(察し)。
まぁ、こうすることは最初から決めていたのですが。

では、本編どうぞ!


 まだ妖夢は戻ってこない。恐らくもうすぐで戻ってくるだろうが。

 

 今は、雷の技の練習中だ。新しいスペルカード。

 ようやく、ちゃんとした『弾幕の』スペルカードができたのだ。

 

 さて、結構前にだが、霊力と栞の能力を使うと、その能力に対応して霊力の色が変化することを栞から聞いた。

 今回は雷系統なので、黄色に輝くことになる。

 

 栞は未だにあの状態だが、能力や霊力に関しては使わせてくれる。

 ツンデレなのか? ……いや、ねぇな。俺にデレるなんてな。

 

「……天君。少し、お話があります」

「お、妖夢。戻って――」

 

 戻って来たか。そう言おうとして、自然と言葉が止まる。

 

 妖夢の顔が、違う。どういう風に違うかは――真剣味と怒りが入り混じったような。

 怒りの方は少なめだが、確かに存在しているだろう。

 

「――どうしたの。そんな顔して」

「……天君。今から私の言うことをよく聞いてください」

「お、おう……」

 

 いきなりどうしたのだろうか。妖夢が呼び出される前は、こんな感じじゃなかった。

 恐らく、というか確実に。幽々子が何か言ったのだろう。

 

 表情からして、かなり深刻な問題だとも思える。

 それも、俺に関連した。いや、俺が()()の可能性が高い。

 

 わざわざ俺に聞かれないようにして幽々子と会話し、この表情で妖夢が話しかけている。

 つまりは、そういうことだ。

 

「あのですね。天君は何故、そこまで修行に必死なのですか?」

 

 必死な理由。先程の質問に一応肯定しているので、嘘を吐くわけにもいかない。

 正直に。

 

「……強く、なるため。信頼されなくなるから」

「え、っと……話が見えません。強くなりたい。それはわかりました。ですが、何故信頼になるんですか?」

 

 あくまでも、淡々と述べていく。

 

「そのままだ。俺が弱いとダメなんだよ。ここに呼ばれた意味がない」

「……すみません、わからないです。とにかく私には、そうとは思わない、としか言えません」

 

 何故か聞きたいのがこっちになってきた。

 すぐにわかるだろうに。弱かったら、見捨てられる。

 ここに呼ばれたのは、幻獣に勝つため。頼られなくなる。

 

「あのな、幻獣に勝てないと、俺が頼れないだろ。わざわざ弱いやつを幻想郷(ここ)に残す必要もない」

「……それですね。はっきりと言わせてもらいますが……()()()()()()()

「あ……?」

 

 間違い? どこがだ。正論だろう。

 

「いや、だから、弱いと幻獣と戦えない。そしたら、皆は――」

「ですから、そうじゃないんです。根本から違うんですよ」

 

 根本が……? わからない。

 思案顔で考えていたら、妖夢が言う。

 

「あのですね……皆はそんなこと少しも考えていませんよ?」

 

 そんなわけがない。自分の中で即答した。

 霊夢も、魔理沙も、レミリアも、咲夜も、幽々子も、紫も。

 それこそ、妖夢や栞だって。

 

 何故か。それは――

 

「――皆、俺の力が良いと思ってるんだ。それがくすんじゃいけねぇだろ」

「い、いや、何を言って――」

「そのまんまさ。俺自身じゃなく、()()()()好きなんだよ。皆、皆、皆」

 

 わかったのだ。檮杌戦で。

 結局のところは、『俺の力こそが全てだったんだ』、と。

 

 ここの皆は優しい。何故か。

 

 

 

 ――幻想郷が危険だから。

 

 考えてもみろ。幻想郷に幻獣や、裏の黒幕三人組がいなかったら、俺はここに来ていないんだ。

 そうして、俺が呼ばれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――いや、『俺の力が』呼ばれた。

 

『力』、というよりも、『能力』の方が正しいだろうか?

 最初はまだ強くなかったし、能力は外の世界でも少し発現していたみたいだからな。

 

「あ、あの、ホントに何言って――」

「俺はそれでもいいよ、正直。贅沢は言わないさ。でも……求められてるものを、失くすわけにはいかない。もう嫌なんだよ。見捨てられるのはさぁ」

 

 後に、俺は自分でも考えられないことを言う。

 この言葉で止めておけばよかったのに。

 

 この言葉が、負の連鎖の始まりなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ほんっと、妖夢はいいよな。強いからさぁ」

 

 一瞬、妖夢の目が見開かれる。

 

 今まで俺は、外で何を覚えたのかと言いたくなる。

 自分でもわかっているだろうに。いや、自分が一番わかっているだろうに。

 

 ――妖夢の能力は、妖夢の努力があってこそのものだと。

 

「わ、私は強くありません。実際未熟ですし、まだまだ修行中の身ですから」

「少なくとも、俺より強い。当然だ、期間が違うからな。だからこそ、俺は強くならないといけない。そうしないと、次の幻獣に勝てない。恐らく、檮杌よりも強いヤツが来るからな」

 

 だんだんと口数が増えていく。

 

 それは、妖夢にしっかりと伝えることだけでなく――

 

 

 

 ――『()()()()()()()()()()()()』目的の様に感じる。

 

「え、ええ。ですから、今頑張って修行して――」

「足りないんだよ、それじゃあ。皆が、俺が死んでからじゃ遅いんだよ。求められる以上のことをしないと、意味がない」

 

 そう、命に関して以外にも、何に対しても言える。終わってしまった後では、遅すぎるのだ。

 どれだけ嘆こうが、後悔しようが、泣き叫ぼうが、悔しがろうが。結果は変わらない。

 

 十分に安全マージンを取らなければならない。

 そのためには、『最低限』ではダメなのだ。できるだけ、理想の状態に近づける。

 

「だから協力があるんじゃないですか。何のために幻獣戦闘グループが組まれてると思ってるんですか?」

「ああ、そうだな。だけどさ、死の危険がある以上、不確定な未来のことは言ってられないんだよ。全ては今だ。自分の力を底上げすることが最善だ」

 

 極論だが、実際そうなのだ。例ならいくらでも、溢れかえる程にある。

 

 幻獣が予想以上に強かった、戦闘環境が悪かった、メンバーに何かしらの不都合があり、戦闘に参加できなかった、

 幻獣が霊力に強くなっていた、自分の技が全て効かない種類の幻獣だった等……挙げればきりがない。

 

 黒幕三人組に至っては、何もわかっていないのだ。

 即死技を持っていてもおかしくはない。なにせ、あれだけ強い幻獣を下につけるのだから。

 

「だからって、そんなに無理してもいけません。体調を崩しては、修行どころじゃ――」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあどうしろって言うんだよ!? あぁ!? さっきも言っただろ、起きた後じゃあ遅いんだよ!」

「ひゃっ……!」

 

 ここから、負の連鎖が加速していくことになる。

 

 俺の突然の怒号に、妖夢の肩が大きく震えた。

 

 俺が今まで、妖夢に怒号なんてあげたことがないし、こんな言葉遣いもしたことがない。

 

「俺のせいで皆の内、死人が出たらどうすんだよ!? 俺が頑張らなかったから、あの時修行しておけば、って後悔する分にはいい! それで死んだ奴が戻ってくるならいくらでもするさ! けどなぁ、死人は生き返らないから死人なんだよ!」

 

 一方的で、理不尽な怒りは。

 

 徐々に徐々に、形になっていく。

 

「で、ですから、それで倒れられるのも心配なんですよ。全部自分のせいにするのが間違いなんです」

 

 妖夢はそれでも、優しく言ってくれる。

 しかし、俺は歯止めがきかない。

 

「自分のせいにせずに死人が出るなら、俺は嫌だ!」

「誰のせいとかじゃないんですよ。……天君が一人で頑張らなくても大丈夫なんです。()()()()()()()()

 

 この言葉は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺にとって、()()()言葉だった。

 

「あぁ……? ……そうか、そうかよ、そうなんだな、わかったよ」

「え、っと……そら、くん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の()()()()()()ってことかよ。俺はいらないってか、ははっ……」

 

 皆がいるから大丈夫。()()()()()()()()

 ずっと信頼を渇望していた俺には、そう聞こえてしまった。

 

 ずっとずっと、そのために頑張ってきた。それこそ、檮杌戦よりも前から。

 渇望でもあり、信念とも呼べるそれが、否定されて崩されていった。

 

 音もたてずに、静かに崩れていった。それも、実にあっけなく。

 

 

 

 そうして俺は、間違ってこう認識してしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――妖夢に、一番大切な人に()()()()()のだと。

 

 再び、最愛の人に捨てられたのだと。

 

 それに、この気持ちは……この恋は、かなうものじゃない。

 

 妖夢の目は限界まで見開かれて、その瞳はしきりに『黒』を映し出す。

 

「ぇ……いや、そうじゃ、そう、じゃ――」

「いいんだよ。もう。……俺はどっか行くからさ。今からでも、外の世界に帰るよ」

 

 そう言って、冥界を……白玉楼を、出ていこうとする。

 

 そうしようとした瞬間。腕を掴まれる。

 

「ぁ……! いか、ないで……!」

 

 妖夢の声が。確かに、そう聞こえた。『行かないで』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ここで戻っておけば、まだよかったものを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は妖夢の手を――()()()()()

 

「……!」

 

 妖夢が鋭く息を吸い、声になっていない悲鳴が。

 けれど、俺にはそれでも。

 

 そのまま空を飛び、冥界を降りていく。

 

 

 

 俺は降りる。どこまでも、いつまでも。

 

 

 

 俺が見た雲の色は、いつの日かの真っ白な雲とは違い、灰色がかっていた。

 

 

 

 

 しばらく飛んで、地上から高度200m程度の地点で。

 

 

 もう、一切がどうでもよくなってきた。

 外の世界に戻っても、またあの生活が始まるだけ。

 

 ……なら、いっそのこと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――死んでしまえば、いいんじゃないか。

 

 

 

 ここからなら、確実に死ねる。

 

 

 

 ふっ、と全身から力を抜き、浮遊しなくなった。

 

 

 

 

 

 たちまち自由落下が始まり、落下速度がどんどんと加速していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 栞が何かを叫んでいる。けれど、それさえも頭に届かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、地面はすぐそこに――――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 あれほど幽々子様に言われたのに。

 自分でもわかってたのに。私はそんなつもりで言ったんじゃないのに。

 

 彼が一人で背負うつもりの重荷を、少しでも軽くしたい。

 一緒に、背負いたい。

 

 そう思って言ったのに。けれど、それは。

 

「俺の代わりがいるってことかよ。俺はいらないってか、ははっ……」

 

 彼は、乾いて、絶望に満ちた笑いと目をしていた。

 以前、私が彼の悲しい顔を見たくない、と言った。

 今まで数回、彼の悲しい顔を見て、胸が苦しくなった。

 

 けれど。今見ている彼の顔は、今まで見てきた中で一番、私の心を締め付けた。

 見ているだけで、涙が出てきそうだ。

 

「ぇ……いや、そうじゃ、そう、じゃ……」

 

 声までも震えている。

 今の私は、どんな顔をしているだろう。

 

「いいんだよ。もう。……俺はどっか行くからさ。今からでも、外の世界に帰るよ」

 

 この言葉を聞いた瞬間、嘘であってほしいと思った。

 

 外の世界に彼が帰ることは、永久の別れを意味する。

 

 彼と永遠に会えない。一年会えなかっただけでも辛かった。

 それがずっと続くなんてこと、考えたくもない。

 

 私に恋を教えてくれた彼。愛しい、かけがえのない彼。

 

「ぁ……! いか、ないで……!」

 

 依然として震えている声で、彼に縋るような思いで、彼の腕を掴み、制止する。

 

 ……けれど、私の思いと同時に、腕が振り払われた。

 

 ショックだった。私に振り向いてくれるどころか、必要ともされていないと思って。

 彼との楽しかった日々は何だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……私が、期待してた、だけ……? 勘違い、してた……?

 

 

 

 

 

 

 彼はすぐに白玉楼から飛び立っていった。後ろさえも振り向いてくれない。

 

 

 

 私は、どうしようもなかった。

 足の力が抜けて、その場に座り込んだ。

 

 視界がかすみ、それが自分の流す涙のせいだとも気付かない。

 

 そしてすぐに、幽々子様がやってきた。

 

「……妖夢、一応聞くわ。どうしたの?」

 

 本当にどうしたのだろうか。私だって聞きたいくらいだ。

 

 今になって、自分の流している涙に気付き、こう言った。

 

「ゆゆ、こ、さま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……天君に、嫌われ、ちゃいましたぁ……!」




ありがとうございました!

二人の勘違いが加速する……!

妖夢ちゃんが可哀想だろ! 何やってんだよ天は! これ書いてんの一体誰だよ!
……あ、私でした。

狼々「妖夢ちゃん、苦しかったね。代わりに僕g(殴

はい。妖夢ちゃんと結婚したい。妖夢ちゃんは可愛い。
異論は認めない。

新しく、オリジナル小説を書き始めました!
よければ見てください! なんという宣伝だろうか。

これからの活動報告は、Twitterで行います。大事な話や特別話は、こちらの活動報告にも書きますが。

ではでは!


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第43話 私が全部、受け止めるから。

どうも、狼々です!

今回で長かった第4章も最後!

ちなみに、今回は、5話以内に出すと言った、あのキャラのヒントが最後に!
もうわかっている方もいるのではないでしょうか?

いつの間にか毎日投稿復活! これからも頑張ってまいります!

それに、お気に入り数が50を超えました! 皆さん、ありがとうございます!
少なくとも、この作品を50人の方々が見てくれていると考えると、緊張しますね。
この緊張があることに、感謝感謝。

では、本編どうぞ!


「天君に、嫌われ、ちゃいましたぁ……!」

 

 聞こえたのは、妖夢の落胆した、湿っている声。

 見えたのは、妖夢の泣きじゃくり、涙が止まらない姿。

 

 迂闊だった。私にだって、何かできたかもしれないのに。

 

 甘く見ていた。天がどれだけ悩んでいるのかを。

 甘く見ていた。妖夢が彼のことをどれだけ大切に思っているのかを。

 

 ……甘く見ていた。この二人の間にできる渓谷の深さを。

 

「……そう。それで、彼は止めたの?」

「止めようと、して、腕を掴みました。けどぉ……振り払われちゃって……!」

 

 声の震えは、次第に大きくなっていく。

 涙の落ちる間隔は、次第に短くなっていく。

 

 私も、そんな妖夢を見て、泣きたくなってきそうになる。

 ……けれど、妖夢の方が悲しいのだ。私は泣くべきではない。

 

 私は、彼の為にも、彼女の為にも、何もしてやれなかった。

 今、自分のするべきことは。

 

「貴女、一度くらいで諦められちゃうの?」

「諦めたくなんてないです! けど、彼はもう、外の世界に帰る、って……」

 

 なるほど。一生会えないのか、帰ったら。

 けれど、それは帰ることができたらの話。

 

「よく考えてみなさいよ。紫が呼び出したのよ? 帰らせるか決めるのは紫よ。天が勝手に帰るのは無理」

 

 境界を操る妖怪の紫でない限り、外の世界と幻想郷の行き来は、自由自在には不可能。

 たまに外来人がこちらに流れ込むだけ。

 

 自分の意識のままにそれができるのは、今のところ紫のみ。

 天が勝手に帰るのは、事実上不可能なのだ。

 

 紫が帰らせることを許可するならば話が別だが、その可能性も極めて低い。

 

 彼女は、結構さっぱりとした性格だ。

 もし今、このタイミングで外の世界に帰らせるくらいなら、とっくに紫の方から幻想郷を追い出していることだろう。

 

 これで外の世界に帰ることについては解決。

 

「でもねぇ……彼、一人だしねぇ……もし、幻獣が来たら……()()()()()()()

 

 あえて『死ぬ』ということを強調する。

 

 瞬間、震えていた妖夢の肩が、ビクンと大きく震える。

 

「死んだら、もう絶対会えないわね。外の世界にだったら戻ってくる可能性は、低いけどある。けど……さすがに死んじゃぁね……」

 

 もう一度、大きく肩を震わせる。

 

 妖夢は気付かない。ここが冥界だということに。

 彼女は、本当にどこか抜けている。彼と同じだ。

 

 

 

「……結局、最後まで一人で死んじゃうことになるのね」

 

 そう言った瞬間、妖夢が見たこともないような速度で飛び始め、冥界を降りた。

 私に「いってきます」も言わずに。

 

 そして、一人呟く。

 

「……バカね。お互い、嫌えるはずなんてないのにね」

 

 彼と彼女が帰ってくることを信じ、玄関へ。

 廊下を歩いて自室に入り、あたかも日常が流れていることを、自分に認知させる。

 

 

 

「はぁ~……お腹空いたわね。早く二人のコックは来ないのかしら」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 幽々子様の言葉を聞いていて、いきなり飛び出してしまった。

 挨拶もしないで、彼のもとに。

 自分も今までにないくらいのスピードを感じて飛んでいることに気が付く。

 

 自分がどれだけ彼を想っているかが、明確な尺度となっている。

 

 どこにいるかはわからない。

 けれど、だからといって探さないのは嫌だ。

 それで、彼が死ぬのは、何よりも嫌だ。

 

 飛んでしばらくして。

 ……いた。間違いない、天君だ。

 かなり遠いけれど、絶対に天君だ。私にはわかる。

 

 のだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――落下し続けている。

 

 あ、あれ、なに、して……

 

 彼が落下する理由は、大きくわけて三つほど考えられる。

 

 一つ。栞ちゃんの含む霊力までもが切れて、飛ぼうにも飛べない。

 一つ。続いた厳しい修行の疲労で、飛んでいる途中で意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……一つ。自ら、死を――

 

「天君!!」

 

 私は、飛び出した。

 色々考えるよりも、彼を助けることが先だ。

 どれにしても、彼が自力で落下を止めることはない。

 

 そして、全力で飛び始めて、気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――あ、まにあわ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いやだ。

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 

 

 

 

 絶対に、間に合わせる!

 

 瞬間。

 

 白玉楼を出たスピードを、さらに凌ぐ程のスピードが。

 

 風を切り裂き、光景のスクロールは早く、目まぐるしく。

 

 けれど、それでも。間に合うかどうかはわからない。

 

 

 

 お願い! 間に合って――!

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 もう地面に半秒程で着き、大きな肉塊と血海をつくろうとしたところで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重力通りに、体が動かなくなった。

 正確には――誰かが俺を空中で受け止めた。目を閉じている俺には、わからない。

 

「はぁっ……はぁっ……間に、合ったよ……神様……!」

 

 この声は。しゃらん、と、鈴が鳴ったように高い、凛とした声は。

 

「妖夢……」

「よかった、ですよ……天君」

 

 目を開けて、彼女の優しげな表情が、俺の心に傷を付ける。

 この笑顔に見惚れ、惚れたのだと思うと。

 この笑顔で、死のうとした俺を、出ていこうとした俺を、助けてくれたと思うと。

 

「何で……助けたんだよ……! 俺はもう、ここでも外の世界でも毛嫌いされるんだよ……! このまま死ねれば、どれだけ楽だったことか……!」

 

 涙が自然に流れ、腕を目の上に乗せ、妖夢に見られないようにする。

 せめて、最後まで弱い所を見せたくない。

 

 妖夢に抱えられたまま、彼女が地面に着地。

 俺も、彼女の腕の中から出て、地面に立つ。

 そしてすぐに、下が地面なのも気にせずに、仰向けになる。

 

 未だに腕を乗せていて、昼の太陽が眩しいかのようになっていた時。

 

「ほら、天君。そんな所に頭をつけては、汚れますよ?」

 

 そう言って、妖夢は俺の頭を上げ、もう一度下げた。

 が、俺の頭がついたのは、硬く、冷たい地面ではなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――柔らかい、少し温かい、妖夢の膝だった。

 

 膝……枕……?

 

「妖夢……なに、して――」

「私を含めて、この幻想郷で貴方と関わった全員は、『()()()()』が好きなんですよ」

 

 そう言って、彼女は俺の頭を撫で始めた。

 優しく、優しく。細く小さい、他人よりも冷たい指と手。

 

 だけれど、俺にとっては、これほど温かい、頼りたいものはなかった。

 それに伴って、俺の流す涙の量も増える。

 

 さらには、妖夢の『好き』。恋愛的な意味ではないけれど。

 だからこそ、俺の心を揺らすのには、十分過ぎた。

 

「天君の力じゃない。他でもない、天君が。私は、天君の全部が好きです。努力を続けるところとか、優しいところとか、笑顔が眩しいところとかも」

 

 俺の涙はさらに増え、頭を撫でてくれる手は、依然として優しいまま。

 ……いや、さらに優しくなっただろうか。

 

 俺は、彼女の手を振り払ってしまったのだ。

 きっと、悲しかっただろうに。人から見捨てられたら、誰だって悲しい。

 俺が一番、知っていることだったのに……!

 

「でも、唯一ですが、嫌いなところもあります。それは、そうやって自分一人で抱えて、自分一人で頑張って、自分一人で泣くところです」

 

 俺の涙と共に、嗚咽が止まらなくなる。

 

 俺は、妖夢になんてことをしてしまったんだ……!

 

「いいじゃないですか、他人に頼っても。それは弱さじゃない。逆に皆が心配します。私が一番心配しているのには、自信がありますよ? ふふっ」

 

 妖夢の優しく笑う声が聴こえる。

 

 俺は、妖夢に、謝らないといけない……。

 

「妖夢……本当に、ごめん……俺は、なんてことをしたんだろうな……!」

「そうやって素直に謝るところも、私の好きな天君のいいところです。えらいえらい、なんて」

 

 妖夢の手が、頬にも移動した。

 頬を擦られた後、俺が流していた涙をすくい上げられた。

 

「泣いてもいいんですよ。少なくとも、私の前では。私も、嬉しいんですよ。私の前で泣いてくれることが。それだけ、私に心を許してくれていることが」

 

 そうして、最後に。

 俺は妖夢に体を起こされて、抱きしめられた。

 

「目一杯泣いてください。力に固執することはないんです。どんな悩みも外に出してください。……私が全部、受け止めるから」

「……妖夢ぅ! ぁぁぁああ!」

 

 震える声で。弱々しい声で。

 俺は声を上げて泣いた。今まで生きてきた中で、他人に見せた泣き顔は、一番ひどいものだったろう。

 他人に見せた泣き声は、一番濡れていただろう。

 

 そして、わかった。やっぱり俺は、どうしても妖夢が諦めきれない。好きなんだ。

 ――いや、()()()なんだ。

 

 

 どんよりと淀んだ灰色の雲は一切なくなり、ただ快晴の蒼い(そら)と、眩しい陽光だけが見えていた。

 その陽光が照らしたものは、決して場所や空間だけにとどまることはなかった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 本当に良かった。

 天君を助けるのも間に合ったし、思い切り泣いてくれるし。

 

 間に合ったことに関しては、想いの強さが成せる技だったかな? とも思っている。

 恥ずかしいけれど、何をどう言おうと、私は彼が大好き。

 

 やっと、本当の意味で信頼してくれたんだ。

 今までも信頼するとは言ってくれた。それも嬉しかった。

 

 けれど、それは所詮口約束だった。でも。

 今はこうやって、泣いてくれている。

 

 私も泣きたい。嬉しさで、思い切り。

 けれど、今泣くのは違うと思うんだ。

 今は、笑顔で天君を受け止めるべきだと、そう思う。

 

 

 ふと、依然に私と彼の胸元にかかっているペアネックレスが。

 

 眩しい陽光を反射させて、精一杯の輝きを見せた。まるで、私達の『嬉しい』の気持ちのように。

 

 無限にも続く蒼い(そら)に、二羽の白い鳥が羽ばたいていくのが見えた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……ありがとう。もう大丈夫だ」

「ええ。それは良かったです。もう、無理しないでくださいね?」

 

 俺は妖夢に気付かされた。気付かせてくれた。

 大切なことを、たくさん。

 

 俺はもう、迷う必要も、一人で背負う必要もないんだ。

 力に執着する必要もない。

 

 ――皆は、()()()を必要としてくれているんだ。

 

 そう思った瞬間。聞き覚えのある声が二人分、頭の中で響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……やっと、気付いたんだね、天)

 

 ――やっと気付いたかよ。遅すぎだ、俺。

 

 

 

 妖夢と一緒に白玉楼へ飛んでいった。

 気がつけば、すぐに着いていた。

 

 向かう途中に聞いたのだが、幽々子もこのことを知っているらしい。

 それどころか、妖夢を俺のところへ行かせるよう、感化したらしい。

 

 

 廊下を歩いて、幽々子の部屋の前。

 この部屋に緊張感を持って入るのは、もう何度目になるかわからない。

 

 深呼吸の後に障子を開け、一人の亡霊の姿。

 そして、その亡霊は、いつもとなんら変わらない笑顔で、こう言ったのだ。

 

 

 

 

「あら、おかえりなさい、二人共。私、お腹空いたわ♪」

「ふふっ……ええ、ただいま作ります」

「ははっ……了解、主様。作ってくるよ」

 

 俺と妖夢は幽々子の部屋を後にして、台所へ向かう。

 

 本当、幽々子のこういうところはありがたい。

 何も気にしないで、あたかも何もなかったかのように接してくれる、寛大さと優しさが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 そこは、ただひたすらに暗かった。

 私の部屋とは真逆。そして、目の前には、見慣れた影のような人物。

 

 

 

 

 

 

    君が私を呼び出すなんて、珍しいこともあるもんだね、ソラ?

 

 ――まぁな。ちょっと世間話っつーか、俺のことでな。

 

    ホント、手のかかる天だよね。あんなのはすぐに気づくべきなんだよ。そもそも間違えるべきじゃない。

 

 ――それには同意だ。全く、俺にはつくづく呆れる。なぁ、栞?

 

    ……ねぇソラ、丸くなった? 暴力的じゃなくなったねぇ。

 

 ――改心でもしたんじゃねぇの? 俺にも言われたよ。変わったな、って。

 

    本当に変わってるのはどっちだ? って返してやれば良かったねぇ。

 

 ――違いない。にしても、栞もオレへの対応が、随分と甘いんじゃね~の?

 

    天があんまし気にしなくなったし、大丈夫だと思ったんだよ。『信頼』してるんだよ? ほれほれ?

 

 ――それは馬鹿な俺にだけで十分だよ。……ただ、俺には信頼をつきこんでやってくれ。頼むぜ?

 

    ……まさか、ソラって――

 

 ――あぁ、そういうのいいよ。別にオレはどうでもいいだろ? ……それに関しては、俺には言うな。意味がなくなる。

 

    ……肯定と捉えるよ。わかった。言わないと約束する。……私は、天とソラ、二人を『信頼』するよ。

 

 

 そう言って、私は『黒』から抜け出して、白の部屋に。

 

 

 戻った後には、『黒』でこんな呟きが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――勝手にしろ。俺を『信頼』するにせよ、――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――オレを『信頼』するにせよ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 

 

 ……どうして?

 

 目の前には、神社が広がっている。見たこともない場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あっれれ~……ここ、どこ?」




ありがとうございました!

ビクンと震える妖夢(意味深)。
な、なんて卑猥なんだ! けしからん!

狼々「僕がもっと妖夢ちゃんをビクンビクンさせてあg(ピチューン

すみません。いや、ほんとに。

てか、膝枕を代わってほしいよ、天君。

最後の口調は、もしや……?

只今、アンケートを取っています! 魂恋録と捻くれの投稿ペースについてです。
お手数ですが、活動報告もしくはツイッターにお願いします。
投票の際は、どちらか片方の投票でお願いします!
両方投票してくださっている方は、報告をお願いします。

これからの投稿に関わるので、
できるだけ参加して頂けると嬉しいなぁ……|д゚)チラッ

ではでは!


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第5章 現実
第44話 邂逅


どうも、狼々です!

今回は、前回の最後で若干ヒントのあった者について、大々的に。
妖夢ちゃんって、超可愛い(唐突)。

では、本編どうぞ!


 幽々子に昼食を作るため、妖夢と一緒に台所へ。そういえば、昼食前だったか。すっかり忘れていた。

 

 二人分の歩行の足音が聞こえる廊下で、栞が俺にも妖夢にも聞こえる声で言う。

 

「妖夢ちゃん、本当にありがとうね。天が迷ってるのを助けてくれて。ほら、天も妖夢ちゃんにしっかり言う!」

「あ、あぁ……妖夢。本当にありがとう。妖夢が来てくれなかったら、今生きることもできなかった」

 

 俺が申し訳なさそうに、頭を下げて言う。

 すると妖夢は、少々戸惑いながらも、この言葉を返してくれる。

 

「あ、えっと……いいんですよ。私達が天君を好きですから。幽々子様や私だけじゃなく、人里の皆も言ってます。あんな二つ名で呼ぶくらいですからね」

 

 あ、そういえば、まだ知らないんだった。や、やばい、今になると相当気になるんだが。

 恥ずかしいやつだったらどうしよう。中二病的な。

 

「な、なぁ妖夢。俺ってどんな二つ名で呼ばれてるんだ?」

「あ、知らないんですか。ふふっ、自分で確かめた方がいいですよ。今日は一緒に買い物に行きましょう?」

 

 言葉を弾ませながら、少し台所へ行くスピードが早くなった。

 ……俺と一緒に、行きたいのだろうか。俺も行きたいのだが。

 

 (ねえねえ。まだ謝る必要のある人がいるんじゃない? ねえn――)

 (ああぁ、そうだったな栞ありがとううん)

 (私の扱いひどいね!? ……戻ったし、気付けたしでよかったよ)

 

 栞の、優しげな柔らかい声が頭に響く。

 ……あ~、こういうの苦手なんだよ! 特に栞には何を言われるか!

 

 (……本当にありがとう。あの時に俺を突き放してくれなかったら、今気付けたかどうかもわからなかった)

 (いいのだよ、そこまで感謝しなくても~。どうしてもというなら貢物をだね~)

 

 やっぱり俺の気がどうにかなっていただけのようだった。

 

 

 

 

 さて、昼食も食べ終わり、修行を少しした後、妖夢と一緒に人里へ。

 少しドキドキする。栞には怒気怒気(ドキドキ)してる。

 何が貢物だよ。神様かっての。神様はいるかどうかもわからないのにな。

 

 ようやく人里に着いた。瞬間。

 人里の皆がわっと声をあげ、騒ぎ始めた。……何事?

 

「皆、天君と会うのを楽しみにしてたんですよ。行ってきてください」

 

 ぽん、と背中を押されて、前に。

 そのすぐ後、沢山の人に囲まれた。

 

「ありがとうございました! 幻獣との戦いでご活躍されたとのことで!」

「かなりのお怪我を負われたらしいですが、大丈夫だったでしょうか!?」

 

 おお、なんというか、くすぐったい気分だ。

 自然と笑みが溢れてしまう。皆に、ありがとう、とか、大丈夫、とか言っていると。

 

 

 

 

 

「皆~! 『()()()()()』がいらっしゃったぞ~!」

 

 一人の青年が、里の皆に声をかける。

 え、何その二つ名、かっこいい。

 てか、英雄って早くない? まだ幻獣来るんだけど。

 それよか、何で努力がバレてるの? ……ただの人間だったか、俺。そういえば。

 

「皆、ありがとう。でも、敬語は要らないんだ。あの時の宴みたいに、気軽にしてくれ!」

 

 皆の笑顔が嬉しい。俺は、この光景を見られてよかった。

 幻獣を倒せてよかった。救われた命と笑顔が、ここにあるから。

 

「で、皆はそんなに騒いでどうしたんだ?」

「天さんのための、宴を人里で開こうとしているんですが、天さんはご参加いただけますか?」

 

 え、いいのかよ?

 俺一人のためってのも、何だかおかしい気がするが。

 

「俺だけじゃなく、皆のための宴なら、参加しようかな?」

「わかりました! ありがとうございます! 夜には、花火もありますよ。日程なのですが、一週間後でもよろしいですか?」

 

 一週間後か……

 いつでも暇な俺には日程など関係ないのだが、修行がある。

 

「ようむ~、一週間後に宴だってさ。日程は――」

「行きましょう! ぜひ! 一週間後なら大丈夫です!」

「うわぉい!」

 

 いきなり大声で迫られて、びっくりした。

 な、何なんだろうか……。

 

「と、取り敢えず大丈夫らしいから、俺も参加させてもらうよ」

 

 そう言って、皆がわっと湧き上がる。

 そんなに喜んでもらえると、こちらとしても、照れる。

 

 そして、一人の人の言葉が、またも俺を驚かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この宴は、()()()()()()()()宴も兼ねているんですよ!」

「なっ……! 外来人!?」

 

 俺と同じ境遇で、紫に呼ばれたか、偶然ここに来たか。

 それはわからないが、そいつには共通意識を持つ。

 

「今、そいつは?」

「えっと……妖怪の山の、守矢神社に預かられてますね」

 

 妖怪の山の、守矢神社。

 妖怪の山は以前聞いたことがある。が、神社には、博麗神社の方しか知らない。

 同じ幻想郷に二つも神社があって大丈夫なのだろうか?

 

 そいつのことを知りたいところだが……

 

「妖夢、今日は守矢神社に行けないか?」

「う~ん……買い物を済ませたら行きましょう。天君も、その人が気になるでしょうし」

 

 おぉ、やっぱり優しい妖夢。

 俺の境遇を考えてくれている。ありがたい。

 

 

 

 

 

 

 

 皆に別れを告げて、買い物を手短に済ませた後、一旦白玉楼に帰って妖怪の山に。

 妖怪の山にあるらしい守矢神社の場所はわからないので、妖夢に先導してもらっている。

 ここまでしてくれるとは、本当に嬉しい。

 

 飛行から、とある山の何かの建物の近くに着地。

 ここが妖怪の山で、守矢神社の近くだろう。というか、幻想郷に山自体も少ないのだが。

 むしろこれしかないレベルまである。

 

 そして、俺達の近くには、箒で境内を掃除する巫女さん。

 

「……巫女さんがいるな」

「えぇ、正確には、風祝(かぜほうり)らしいですが。今呼びましょうか……早苗(さなえ)~」

 

 妖夢が声を少し大きくして呼ぶと、その風祝の少女が掃除を一旦止めて、こちらを振り返る。

 

 特徴的で印象に残るのは、緑のロングヘアーと、頭についている白蛇と蛙のアクセサリー。

 ……白蛇に蛙?

 青の縁取りの白い巫女服に身を包ませ、同じく青いスカート。大きい緑の瞳。

 ……同じような巫女の霊夢よりは、大きいだろうか。何がとは言わない。

 

「こんにちは、どうしましたか?」

「新しく来た外来人に会いたいのです」

「わかりました……あ、貴方が天さんですか。はじめまして。私は、東風谷(こちや) 早苗(さなえ)です」

 

 おぉ、なんと礼儀正しい清楚な感じがする。

 建物を見る限り、霊夢の博麗神社よりも裕福なイメージを受ける。

 し、仕方ないよ。参拝しにくいらしいから……

 

「はじめまして。えっと……早苗は、防衛グループで名前を呼ばれていたよな?」

「ええ。天さんも、幻獣戦闘グループに呼ばれて、大きく活躍したそうで」

「あ~、まぁ大きく活躍したかどうかはわからないが、結構頑張った方かと思うぞ?」

「またまたご謙遜を。……では、その外来人のところに連れていきますので、ついてきて下さい」

 

 そう言って、早苗が神社の中に入っていく。妖夢と俺は彼女についていく。

 ……あれ、ちょっと妖夢がしおれてる。ホントにちょっとだけど。何故かはわかりません。

 しおれてる妖夢も可愛い。可愛すぎる。しゅんとした儚げな感じもまたいい。

 

「つきました。この部屋にいますよ」

 

 早苗がある部屋の前で止まって言う。

 ……誰なんだろうか。同じ外来人である以上、これから関わっていくことになるんだ。

 

 障子を開ける。すると中にいたのは、黒髪の少年。

 彼もこちらを振り返る。

 中性的な顔立ちに黒髪で、輝きを持つ蒼い目。

 

 この、容姿は……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「か、翔!?」

「あ、天だ。やっほー☆ で、ここどこなの? 天もずっといなかったし」

 

 そう、相模(さがみ) 翔。俺の外の世界での唯一の友人。親友と言ってもいいくらいの友人。

 もう会うことはないと思って諦めていた、大切な友人。

 

「「し、知り合いなんですか!?」」

 

 早苗と妖夢が驚きを見せ、二人の声が重なる。

 それはそうだろう。そもそも幻想郷に来ることが珍しいんだ。知り合い二人が幻想入りというのも、確率は低い。

 

「あぁ、俺の外の世界での親友だ!」

「お、嬉しいなぁ。ど〜も、同じく天が親友の相模 翔だよ、よろしゅう♪」

 

 この楽観的な話し方も健在。同じように親友と言ってくれることに、笑顔が隠せない。嬉しい、嬉し過ぎる。

 

「早苗さんとは知り合いなのか?」

「知り合いもなにも、ここに置いてくれてる人。ここの幻想郷についても、色々教わった」

 

 やはり早苗は、面倒見がいいというかなんというか。置いてくれるとは。

 こう言っちゃ悪いが、霊夢に丸投げしてもいいのだし。

 

「で、俺的には、そこの隣でふよふよ浮かせている君に関して知りたいな」

 

 そう言って、翔が妖夢を指差す。

 確かに、半霊は気になるよなぁ。俺も最初は我慢しきれずに聞いた。今ではそんなに気にならなくなったが。

 慣れって怖い。……妖夢がさっきよりしおれてる。

 

 

 

 妖夢が一通りの説明を終えた。ついでなので俺の修行についても話した。幻獣についても。

 

「へぇ、色々驚いた。天が刀を使うことも。でもねぇ、一番驚いたのは……」

 

 そう言って、いつもの笑顔を悪戯に歪めた。もう大体予想がつく。この顔は、どんな時にするか。

 

「……いや、やめとこう。後で直接聞くよ」

 

 ほう、何故かは気になるが、聞かれないに越したことはない。

 あの手の顔の人が、からかわないわけがない。

 楽観的な彼の性格なので、こういった面白いことが、彼は何より好きなのだ。

 

「は~い、皆、こんにちは~」

 

 そうどこからか聞こえ、すぐにスキマができた。あぁ、紫ね。

 

「おぉ、久しぶり。で、どうした?」

「翔君について、幽々子に話してきたわ。白玉楼に住まわせるって。置くにも限界があるし、だって」

 

 ……は?

 翔が、白玉楼に? いや、嬉しいのは嬉しいんだが……

 

「翔……空、飛べるか?」

「飛べたらいいね」

 

 ですよねー。そりゃ飛べないわな。

 じゃ、引き連れていきますかね……。

 

 

 

 

 

 翔を文字通り引き連れて、空を飛んで白玉楼へ。

 もう夕方を通り越して夜になりそうだ。

 途中、冥界や白玉楼、俺や妖夢、幽々子の説明もしながら。

 

「おぉ、大きいね、このお屋敷」

「ああ。じゃ、幽々子の部屋に行くか」

 

 白玉楼について、幽々子の部屋に。

 彼女の部屋の障子を開けて。

 

「どうもこんにちは、相模 翔、天の親友です、よろしく」

「あら、君が翔なのね。今日からここに住んでちょうだいね。よろしく」

「ありがとうございます。本当に俺はここで住んでも問題無いんですか?」

「えぇ、大丈夫よ。むしろ歓迎するわ。なんたって、天の親友だしね。前の世界の彼の恥ずかしいこととか……」

 

 と、トントン拍子で話が進んでいき。

 ……おい幽々子。人の弱みを握ろうとするんじゃない。

 何ごく自然に黒歴史を探ろうとしているんだ。

 

「あ、私もそれ聞きたいな~」

 

 おい栞。ノるんじゃない。

 ちなみに、栞のことについて翔に話した時、犯罪者認定されかけた。

 全く、変な話だ。幼女の魂が俺の中で住んでるだけだろう?

 

 ……ホント、変な話でしたね。俺が犯罪者認定されてもおかしくないレベル。

 いや、俺が悪いのか……? 違うよな?

 

「あ、じゃあ後でいくらでも喋ろっと。天のいいところも含めて」

 

 その顔をやめろ、翔。

 何でその悪戯顔でこっちを見るんだ。

 

「あ、私も聞きたいです!」

 

 妖夢、そんなに目を輝かせないでもいいんだよ?

 世の中には知らなくてもいいことがだね……

 

「はいはい。先に夜ご飯作ってくるから、待っててくれ」

 

 皆の返事を待たずに、台所へ。

 妖夢が追おうとするのを手で制止して。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 天君の親友らしい、相模君が白玉楼にやってきた。

 外来人同士で知り合いとは、少し珍しい。

 

 話を聞く限りでは、天君と同じように、呼び出されたわけではないらしい。

 それにしても、彼の楽観的な性格には、ある意味“すごみ”がある。

 徹底的に飄々とした態度を見せて、崩さない。

 

「で、妖夢ちゃん……だっけ? 単刀直入に聞くよ。君は、天が好き?」

「え……えぇぇええ!?」

 

 天君が台所へ行ったかと思えば、すぐにこれだ。

 それよりも、何でバレたの……?

 

「そのペアネックレスだよ。天はアクセサリー類を付けたことを見たことなかったから、すぐにわかったんだよ」

 

 な、なるほど……

 にしても、天君と同じくらい、観察眼が鋭い。

 天君と会わないでもう一年以上経つのに、そこに気づく相模君。

 こういうことに限るかもしれないけど。

 

「で、どうなの? 天のこと、好き? 嫌い?」

 

 このどこか含みのある笑顔。

 飄々とした態度とセットになる笑顔だ。

 

「……大好き、です……」

「……幽々子さん、妖夢ちゃんって大胆で正直でめっちゃ可愛いですね」

「えぇ、そうよ? あと、幽々子でいいわよ?」

 

 こうやってさらりと恥ずかしいことを言う。

 言われるこっちとしては、信じられないのであまり恥ずかしくはない。

 

 けれど、彼に言われるなら別。誠実さもあるしね。

 

「いや、さん付けがなんかしっくりくるので。にしても、惚れまくってますねぇ」

「そうなのよ。初恋で溺れまくっちゃってね~……」

「ゆ、幽々子様!」

 

 この飄々とした態度は、どこか幽々子様と似ているのかもしれない。




ありがとうございました!

ここでまさかの相模くん。
予想できた人は、どれくらいいたのでしょうか。

まぁ、最後に登場したの、第2話ですから……
40話分空いたわけで。

ではでは!


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第45話 狂気の沙汰

どうも、狼々です!

タイトルが不穏ですが、大丈夫です。
明るい内容ではありますので。

……安定のネーミングセンスのなさには、目を瞑って下さい。

では、本編どうぞ!


「あい、できたぞ~」

 

 そう天から声がかかって、料理が並べられていく中、幽々子さんが目を輝かせる。

 妖夢ちゃんだけじゃなくて、幽々子さんや早苗さんも可愛いんだよね~……

 この幻想郷というところは、美少女の楽園といったところなのか?

 

 

 

 

 それも、幻獣で潰されようとしているみたいだけど。

 

 しかも、それを天が解決の要因になったらしい。親友として鼻が高いというか。

 天がいきなりいなくなったのも、ここに幻獣を倒すために呼ばれたらしい。

 

 ちなみに俺は、ただただ偶然に幻想入り、というやつをしただけらしいが。

 俺は、呼ばれたわけではないのだ。

 そう考えると、天と会えたのはすごい確率だよね。

 

 ……ちょっと天? どんだけ置いてくの? 量が多すぎて絶対余る。絶対。

 

「よし、食べるか」

 

 皆で「いただきます」と手を合わせる。

 天の料理は前に何回か食べたことがあるが、中々美味しい。

 

 ……俺? 少しならできる程度だよ。

 おにぎり作ったり、炒り卵作ったり。

 

 

 いや、ウソウソ。さすがに普通の料理くらいならでき――

 

「……えっ?」

 

 何か、上手く言えないけど、()()()()()()()()。それも、すごい勢いで。

 なにこれすごい。

 

「ほら幽々子、翔が驚いてるぞ? ……幽々子は、かなり食べるんだよ。かなりで済ませられるレベルじゃなく」

 

 え、その細い体のどこに消えてるの?

 亡霊云々の話も聞いたけど、太らなくなるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……やっぱり、胸にいってそうだよね、栄養。あれは大きすぎる。

 

 妖夢ちゃんは小さいが、あれは“さらし”を巻いていると見た。

 脱げば、普通くらいにはあると思う。

 

 ……何考えてんだろ、俺。

 

 

 

 しばらく食べ進めて。

 

「あ、幽々子さん。一ついいですか?」

「ん? ほうひはほ?」

「ちゃんと飲み込め、幽々子」

 

 幽々子さんが食べ物を飲み込むのを待つ。

 

「あのですね……俺も、()()()()()()()なぁ~なんて――」

「なっ……! お、おい、翔――」

「いいわよ~、で、武器は何がいいの? できるだけ用意するわよ?」

「お、おい幽々子も……!」

 

 聞く限り、相当危険らしい。

 だったら尚更、親友を見守るだけ、なんてできない。

 

 天は、結構な修行を積んでいるようだ。それも、この妖夢ちゃんに。

 能力に関しても色々聞いたが、天は天らしい能力だった。

 

 多分、俺には能力はない。皆の方が強いだろう。

 けど、俺は自分の可能性に、見切りをつけたくない。

 天の信じる、皆を信じたい。

 

「え~っと……片手剣、ブロードソードがいい。西洋のヤツ」

「りょ~かい。紫にでも頼んでみるわ。紫~」

「呼ばれて飛び出てぇ」

 

 『紫』の名前を呼んだ瞬間……これがスキマ? ってやつができて出てきた。

 話には聞いていた。いつでもどこでも現れる、天を呼んだ張本人の妖怪。

 

 でもまさか、こんなにタネなし手品みたいに出てくるとは思わなかった。

 しかし、聞くところによると、本当にタネなし手品をするメイドさんがいるらしい。

 もうどれが本当なのかわからなくなる。

 

「片手剣ってある?」

「あるわよ~。ちょっと待っててね~」

 

 そう言って、彼女がスキマに消えて数十秒後、また戻ってきた。

 便利だなぁ~……

 

「よい、しょ……はい、これでいい?」

 

 そうやって俺に見せられたのは、80cm弱くらいの長さの、鞘に入った片手剣。

 俺の身長が170cm程なので、身長の半分くらいだろうか。天が高いだけなのだよ。

 

 にしても、天の持っている刀は、相当に長いらしい。

 妖夢ちゃんの刀も、その身長にしては長い。

 

「ありがとう、紫さん」

「いえ、いいのよ。話は聞いてたから。天の親友君らしいじゃない。結構いい武器よ、それ。抜いてみて」

 

 持ってみるが、意外に重い。一キロくらいはあるだろうか?

 抜刀する。そこには、鏡の様に光を反射する、真っ白な刀身――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ではなく、青い海をそのまま刃にしたような、青い刀身があった。

 

「えっと……紫さん、これは?」

「その剣の名前は、『セルリアン・ムーン』。青の名前っぽいと思わない?」

「へぇ……セルリアン・ムーンね……」

 

 受けた光をそのまま弾くでもなく、自分の中に取り入れて、その光を離していない。

 まるで、青の月のように。

 その光が、剣の中で閉じ込められていて、深みのある青の輝きがある。

 

 その輝きに、自分までもが吸い込まれそうになる。それほど、美しさのある剣。

 剣の持つ深みは、光を受けると同時に、増していく。深海の具現化、というのが一番的確だろうか。

 

「うん……とてもいい。気に入ったよ。ありがと、紫さん」

「ええ。ただ、それを扱えるかどうかもわからないし、すぐに幻獣と戦えるわけじゃない。まずは、空を飛べるようにならないとね」

 

 空を飛ぶ、か……簡単そうに言うなぁ。

 ここ、冥界の白玉楼にいる以上、飛行は必須なのだろうけどね……

 仕方ないね。住まわせてもらえるんだし、空も飛べなかったら幻獣と戦えないかもしれない。

 

「わかった。天と一緒に修行してくよ」

「楽しみにしてるわ。それじゃあね」

 

 おぉ、またスキマに消えていった。

 移動とか便利だよね。『歩くどこでもドア』とか、『歩く四次元ポケット』とか呼ばれそう。

 狸の妖怪ではなさそうだけどね。

 

「じゃあ、食べましょうか」

「そうね……妖夢、おかわり頂戴」

「……はい、どうぞ」

 

 え、うそ、あんなにあった料理がなくなりかけている。

 それに加えて、幽々子さんはおかわりをご所望。

 ……食費は考えない方がいいのだろう。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 昼食を食べ終えて、片付けをした後に外へ。

 今日からは、俺と妖夢と、翔の三人で修行だ。

 

 だけど、西洋の剣については、刀と扱いが違いすぎるらしい。

 なので、教えることもできないのだとか。

 

「ま、適当にやればいいんじゃない?」

 

 この楽観的な性格は、今ばっかりは考え直してほしいものだ。

 命がかかっているのだ。そんな甘い考えはまずいと言ったら、彼からは、

 

「でも、自分の感覚に頼るしかないよ。だったら、いつもの冷静さを欠くのはタブーだよ?」

 

 と返された。彼も彼なりに、考えているようだ。

 

 で、今は妖夢と俺が翔の動きを見ているのだが……

 

「……天君。あれ、感覚だと思いますか?」

「本人は、そう言っていた。少なくとも、俺が外の世界にいた一年前までは、剣の練習はしてないはず」

 

 動き、というか、体の運び方が天才のそれなのだ。

 踏み込み等、まだまだ細かい部分は甘いが、剣を握ったばかりとは到底思えない。

 

 片手剣なので、どこかで練習するという機会自体も少ない。

 一年の間で剣道をやったかもしれないが、片手剣とは動きが違うと思う。

 剣に詳しいわけでもないので、はっきりとは言えないのだが。

 

 剣の振りを止めて、翔がこちらに向いて言う。

 

「ねぇねぇ、妖夢ちゃんってどれくらい強いの?」

「かなり強いぞ。俺一人じゃあ、絶対に勝てない」

 

 俺がそう言うと、興味があるのかないのかわからないような、「へぇ~」という声を翔が出した。

 その後の翔の言葉に、俺は驚くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ~……じゃあさ、俺と天でなら、勝てそうじゃない?」

「バ、バカ、翔! 勝てるわけないだろ!」

 

 俺がそう言葉を飛ばして、妖夢の方を見る。

 え、笑顔が引きつってる……もう、戦う未来しか見えない。

 

「そ、そこまで言うなら、い、いいですよ……? 二人でかかってきてくださいね……?」

 

 ちょ、ちょっと怒ってない?

 さすがに剣持ったばっかの新人がこんなことを言い出したら、そうなるよね……

 

 ……え? 俺もやんの? 巻き添え? おかしくない?

 

 

 

 

 

「覚悟してくださいね……ふふふふ……」

 

 あぁ、もう取り返しのつかない事態になってしまった。

 幽々子もニヤニヤとこっちを見てくるし、主犯の翔も冷静になりすぎだし……

 なんで俺が一番焦ってるんだよ……!

 

(栞、どうしたらいい?)

(諦めよう。どう頑張っても勝てる相手じゃないよ。降参も無理そうだしね)

 

 ですよねー。これで降参ができるなら、今から土下座でもやってのける。

 ……いや、さすがに土下座はないかな?

 

「はいは~い、じゃあいくわよ~。……よ~い、始め!」

 

 幽々子の声がかかった瞬間、妖夢が消えた。

 音を、風を置き去りにする、この短距離を詰める疾走。

 聞いたところによると、短距離に限っては、妖夢が最速だとか。

 

 そうして、妖夢は翔に一直線。あぁ、さよなら、翔。君のことは一生忘れますん。

 

 妖夢が、目では追えないスピードで楼観剣を振り下ろす。

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――翔のセルリアン・ムーンが閃いた。

 ……え?

 

 最短距離を通って、楼観剣の先に。

 当たった瞬間に、甲高い金属音が鳴り響く。

 

 当然、妖夢は驚きを隠せない。俺だって、とても驚いている。

 

「なっ……!」

「ほらほら、妖夢ちゃん。どうしたの?」

 

 あのバカ、また調子に乗って……!

 

「いいですよ……なら!」

 

 今度は連続で、楼観剣が消える。

 消えては金属音、消えては金属音の繰り返し。

 

 ……それが意味することは、翔が妖夢の()()()()()()()()()()()ということ。

 

 妖夢が異変を感じ、一旦距離をとった。

 

「……貴方、どうしてそこまで――」

「あっれれ? 来ない? なら、こっちから行こうかな。……行くよ、天!」

「あ……? お、おう!」

 

 いきなりの出来事についていけず、返事が遅れる。

 翔は普通の速度で、俺は霊力強化で、一気に妖夢との距離を詰める。

 

 神憑を振り下ろす。が、やはりと言うべきか、妖夢は俺を警戒して、俺の攻撃は確実に弾いている。

 追いついた翔も別方向から攻撃しているが、白楼剣の方で防がれる。

 

 俺達も一旦後ろに下がり、距離を置く。

 

「じゃ、天。行ってくるよ」

「あ、ちょっと待て――!」

 

 俺が制止しようとしたが、それを聞かずに飛び込んでいく。

 

 そして、翔が剣を振ろうとして、妖夢がその先に楼観剣を構える。

 剣が振ろうとされた瞬間――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――セルリアン・ムーンが、空に飛ばされた。

 

 翔の手からは、青がなくなっている。

 な、なにやって……

 

「ちょ、ちょっと相模くん、それ――!」

「ほら、よそ見してていいのかい!?」

 

 妖夢がつられて飛ばされた剣を見た、一瞬の隙を突いて。

 翔が素早く妖夢の後ろに回り、左腕と彼の体で挟んで、妖夢の両腕をロックする。

 

 そして、落ちてきた剣を右手でキャッチし、妖夢の首筋に軽く添えるように当てて。

 彼特有の微笑を浮かべたまま、こう言った。

 

「はい、捕まえた。俺と天の勝ちだね」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……紫、どういうこと?」

「何が?」

 

 模擬戦開始と共に、紫が出てきて、一緒に観戦兼審判をしていたのだ。

 翔は体の運び方は天才だった。けれど、剣の扱い自体に慣れているわけではない。

 

 妖夢の一方的な勝ちで試合が終わると――そう、思っていた。確信していた。

 けれど……あの試合は、何?

 

 妖夢の攻撃は全て弾かれて、余裕の笑顔。

 妖夢は簡単に負けるような相手じゃないはず。ましてや、天は殆ど何もしていない。

 極端な話、翔だけでも勝っていたのだ。

 

 もっと驚くべきことは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼が、()()()()()勝っていないこと。

 

 勝負には勝っている。けれど、彼の勝因は、剣技だろうか? いや、違う。

 まともな剣の使い方で勝っていない。意表を突くやり方だ。

 それはそうだろう。武器を勝手に捨てているんだから。

 

 だが、彼は初心者。天に刀を教えていることは知っているはずだ。

 格上の相手と対峙して、武器を捨てるなんて愚行は、まず行動の選択肢にもないだろう。

 それが、彼にはあった。それができるということは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼が、()()()()()()()を持っている、ということ。

 

 何故行動の選択肢にないか。それは、冷静に考えて、武器を捨てることが、負けに直結するから。

 でも、それができる。それはもう、冷静だとか、冷静じゃないだとかの問題じゃない。

 

 ――まさに、狂気。狂気の沙汰(さた)だ。狂気にも等しい冷静さ。

 それは、一般の人間が持つには、到底かなわない。

 

「ねぇ、一つ聞くわ。本当に、一つだけ」

「なぁに? 一つだけなら、何でも答えるわよ?」

 

 言質は取った。

 この少年が、ここにいるのは、どう考えてもおかしい。

 それが何によって、この状況を作り出しているのか。

 

 

 

 

「翔は、本当に偶然に幻想入りしたの? それとも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()の?」

 

 そう私が聞くと、紫は微笑を浮かべて。

 スキマを開いて、中に入って。

 

「いやねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()じゃない?」

 

 そう紫が言った瞬間、彼女はスキマごと消え去った。




ありがとうございました!

翔君、超強い。
絶対に無双にはしませんが。

最初の方に『偶然幻想入り』と書いたのに、呼んだという。
詐欺です。

妖夢ちゃんの可愛さも詐欺級。
後書きが妖夢ちゃんへの愛で埋められつつありますね。

アンケートのご協力ありがとうございました!

結果なのですが、魂恋録優先と交互投稿の票数が同じになりました。
この二択でもう一度アンケートをとっても結果は変わらないと判断し、
誠に勝手ながら、「基本は交互で投稿、時々魂恋録を連続投稿」
ということにしたいと思います。

本当にありがとうございました!

ではでは!


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第46話 第二の呼ばれた者

どうも、狼々です!

前回は、翔のイレギュラーな強さを見せてましたね。
当初は、闇落ちさせて敵につかせようかとも考えていたという裏が。

ちなみに、努力しても天に勝てないから、理想郷を作って天に勝とうとした。
とか考えてました。ボツ案ですが。

では、本編どうぞ!


 い、今、何が、起きて……

 

 私が、負けた? いくら修行中でも、素人には負けないはず……

 

「ごめんね、大丈夫? 怪我、ない?」

「え、えぇ……」

 

 彼の薄い笑顔は、未だに崩れていない。

 何を考えているのかが、全く掴めない、自然におどけるような性格。

 

「じゃ、修行にしますか。天、妖夢ちゃん、やろ?」

「あ、あぁ、そう、だな……」

「そう、ですね……」

 

 私は、負けたことのショックよりも、彼の底知れない実力が気になった。

 あれは、あれを持つのは、普通の人間では届かない領域にある。

 

 ……本当に、ただの人間なのだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「飛べるようにならなきゃねぇ……」

 

 そう呟いたのは、修行後に俺と一緒にいる翔。

 その呟きに、魂がこう応えた。

 

「私が翔の中に入ろうか? 教えるよ」

「お、君が栞ちゃん? 初めまして。いいの?」

「うん、いいよ。じゃあ天、ちょっと行ってくるね?」

 

 俺の返事を待たずに、俺の中から栞が抜け、翔の中へ。

 こんなにも霊力のがなくなって、寂しくような感覚になるとは思いもよらず。

 

「お、おぉお! 天、翔の霊力、最初の天くらいあるよ!?」

 

 えっと……最初の俺ってのは、栞が入ったときだから、霊力を増やした後だな。

 

 ……え? それで、初期量?

 

「お、嬉しいねぇ。じゃあ、よろしくね、栞ちゃん」

「うんうん。誰かさんとは違って、暴漢じゃないし、丁寧だし楽しそうだし、いいね~」

 

 誰が暴漢で無礼な楽しくない人間だよ、誰が。

 俺ほどユーモアに溢れた人間なんていないだろうが。

 

 さって、夕食作りに行くか……

 

 

 

 

 

 

 

 妖夢と一緒に台所で夕食を作りながら、激しい虚無感を覚えていた。

 栞がいないだけで、こんなにもなるのか。

 

 精神的な意味でも、身体的な意味でも、支えられていたことに気が付く。

 まぁ、本当に今更なのだが。

 

「どうしたんですか? ぼーっとして」

「あ、あぁ、悪い。栞が翔の中に行って、な」

 

 そう言うと、妖夢は少し寂しそうな笑顔を見せた。

 そして。

 

「栞ちゃんは、大切ですか?」

「……ああ。俺にとって、かけがえのない程なんだろうな」

「……そう、ですか」

 

 俺がそう返事をしたら、妖夢の顔があからさまに沈んだ。

 ……どうしたんだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 自分が聞いておいてなんだけれど……少し、羨ましいというか、嫉妬してしまう。

 

 相模君と会った時の天君の笑顔は、滅多に見られない笑顔だった。

 本当に、心の底から嬉しそうだった。

 

 栞ちゃんが相模君の中に行ったと聞いた時の天君の顔は、寂しそうだった。

 かけがえのない存在とも言っていた。

 

 ……私は、彼の中でどれほどの存在になれているのだろうか。

 

 会っただけで笑顔を引き出す、そんなことができるだろうか。

 いなくなったら寂しくなる、そんな存在なのだろうか。

 そんなことを考えていると、少し……自信がなくなって、寂しくなって、苦しい。

 

 胸がキュッと締め付けられて、でも、彼のことしか考えられなくて。

 苦しみから逃れようにも、逃れられない。彼が頭に焼き付いているから。

 

 甘い思いと、苦い思い。それらが交錯して、私を放さない。

 結局は、どちらの思いも一緒にいたいという思いからきている。

 

 話せた時には嬉しいし、抱きしめられた日には、全身も思考も(とろ)けてしまう。

 他の女の子と話していたり、笑顔を見せている時には、それが私に向けた笑顔であってほしいと思う。

 私だけを見ていて、そばにいてほしい。私の独占欲の強さには、自分自身でも驚いてしまう。

 

 それでも。そうわかっていても。彼がほしい。

 

 そう考えていると、夕食を食べ進める箸の移動が遅くなる。

 そして、相模君の「へぇ……」という言葉と同時に、意地悪な笑みが浮かんでいた。

 

 

「で、どうして私をここに呼んだんですか?」

「まぁまぁ、いいじゃない。聞きたいことがあるんだよ」

 

 夕食が終わって、相模君の部屋に呼び出されたのだ。

 服等も紫様が、天君同様に用意したらしい。セルリアン・ムーンだってある。

 

「それでさぁ……妖夢ちゃんは、今の関係を壊してでも、天と恋人になりたい。そう思う?」

「あ……」

 

 彼がほしい。それは、恋人の関係を築き上げるということに他ならない。

 それが、恋というもの。恋を叶えたいならば、今の関係が壊れることは、避けられない。

 

 上手くいっても、いかなくても、関係が変わってしまう。

 さらに、天君とは同じ屋根の下で暮らし、修行する以上、気まずくなるのは必然。

 ……いい意味でも、悪い意味でも。

 

「少なくとも、まだ決めなくていいと思うよ。ただ、告白するなら、宴の日だね。花火上がるらしいし」

「な、なるほど……」

 

 告白するかしないかは置いといて、するならば、宴がいい機会になる。

 一緒に、宴を過ごしたい。

 

「お酒の力を借りるのも手かもね。ここでは未成年飲酒もいいらしいから、天も誘える」

「で、でも……やっぱり自分の力で、こ、告白したいです。好き、って……」

 

 彼に直接言っているわけでもないのに、恥ずかしくなってしまう。

 この調子だと、いざ告白となった時には、どうなってしまうのだろうか。

 

「やっぱ可愛いですね、幽々子さん!」

「えぇ、ホントそうよね。純粋というか一途というか……」

 

 ……え? 幽々子様の、声?

 

 幽々子様の声が相模君の部屋に響いた後、障子が開いた。

 やはり、そこには幽々子様。

 私は、多少呆れ気味になりながら言う。

 

「……何で聞いてるんですか……」

「言っとくけど、呼んだわけじゃないよ? ただちょっと目配せして……」

「ねぇ?」

「それを『呼ぶ』って言うんですよ……」

 

 全く……二人は会ったばかりなのに、どうしてこうも仲がいいのだろうか。

 やっぱり、気が合う者同士、考えてることは通じるのかな。

 

 随分と前に、能力が似ている、ということで、天君と私は似た者同士という会話をしたことを思い出す。

 そうなると、私と天君は、考えが通じ合っているんだろうか?

 

 ……そうだと、いいな。

 

「まぁ、私はそのことだけここに来たんじゃないわ。今から天を呼んでくるわ」

 

 そう言うや否や、幽々子様が天君の部屋に向かった。

 な、何だったのだろうか。

 

 天君も連れてくるということは、少なくともふざけた話じゃない。

 全員を、この時間に集めるということには、何か訳があるのだろう。

 

 時期から考えると……

 

「相模君が一番怪しいですね」

「その言い方はダメだ、妖夢ちゃん。犯罪者みたいに聞こえるからね」

 

 そんなくだらない話をしていると、すぐに幽々子様が天君を連れてやってきた。

 神憑を持ってきているあたり、また修行をしていたのだろう。やっぱり、そういうところがかっこいい。

 

 ……後で見に行こう。

 

「で、幽々子。皆揃うってことは、何かそれなりの話なんだろ?」

「ええ。お察しの通りよ。内容は……翔について」

 

 やっぱり、そうだったか。

 昼のあの戦法といい、崩れていない微笑といい、何かあるとは思っていたが。

 

「さっき紫から聞いたわ。それはね――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翔に、()()()()()()()よ」

 

 天君と同様、外来人の能力持ち。

 ……何かあるとは思っていたが、まさか能力まであったとは思わなかった。

 

 そうなると、相模君がこの幻想郷に来たのは――偶然じゃない可能性が高い。

 仮にそうだとしたら、天君と同じように、紫様に呼ばれたのだろう。

 

「まだ起きてるはずだから、今呼ぶわね。……紫~!」

「ハイは~い、翔の能力についてよね。わかってるわよ」

 

 幽々子様の声がかかった瞬間にスキマが出来た。待ってましたと言わんばかりに。

 

「じゃ、まず順を追って説明するわ。まず、能力発現を見つけたのは、天を幻想郷に呼んですぐよ」

 

 天君が幻想入りしてすぐ。なら、何故すぐに幻想入りさせなかったのだろうか。

 戦力が足りない今、少しでも修行の期間を延ばした方がいいのではないか。

 

 そう考え、口を開こうとしたところで、天君が私を向いて話す。

 

「同じ時期に二人も接点ある人物が消えたら、不自然だろ。一人でも十分不自然だが、複数になったらそれが跳ね上がる。どうせ呼ぶなら、ある程度は時期をズラした方がいいってわけだ」

「そ。話が早くて助かるわ」

 

 な、何で考えてることがわかったんだろ……

 あ……考えが通じ合ってるのかな? そうだったら、嬉しい。

 こんな時でも彼を想う私も、相当だと自覚はしている。

 

「で、もう一つは武器の調達。ある程度の武器を揃えるのには、時間がかかるのよ。作ってある武器を保存し続けるのも限界があるしね」

 

 さすがに使わないままずっと放置するわけにもいかない。

 ある程度揃えないといけないので、維持するための整備も大変。

 いざという時に使えない程朽ちていたら、それこそ無意味だ。

 

「呼んだ理由も、最初から幻獣と戦ってもらうため。翔が天の友人だったから、説明を省いていきなりこっちに飛ばしたの。少しでも早く幻想郷に適応してもらうために」

 

 天君に説明を丸投げする程なのか……。

 呼んだ目的も、最初から幻獣との戦闘。これはまぁ、武器の話の流れから予想はつく。

 となると、能力も戦闘に使えるものだろうか。

 

「で、本題の能力よ。翔の能力は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『狂気的な冷静さを持つ程度の能力』よ」

 

 ……ふぅん……え?

 

「え、っと……相模君の前で言うのもなんですが、あんまり強そうじゃないです」

「おい、それは失礼。俺結構能力には期待したんだからね? 弱いとか遠まわしに言わない」

 

 とか言っているが、彼の顔には微笑が健在している。

 それほどショックなわけでもなさそう。

 

「あのね、彼にはこれから先、大きく役立ってもらう予定よ。その能力でも、戦闘センスでも」

 

 わけがわからない、と首をかしげていたら、天君から説明をもらう。

 ……天君、優しい。

 

「冷静さを常に保つなんてことができたら、戦闘ではどれだけ有利になれると思う?」

「え、えっと……攻撃を焦って躱さなくなる……あ!」

 

 今日の昼。微笑を浮かべたまま、私の攻撃をさばいていた。

 冷静さを保つことで、無理な回避をしなくなる。安定した動きで戦闘を運ばせられる。

 

「で、だ。その『冷静』は、狂気的なものだ。戦闘で武器を捨ててかかるってのは、特攻に近い。返り討ちにあったら終わりだ。それができるのは、ホントに狂気の冷静を持つ人だけ。返り討ちを躱せない」

 

 武器を捨てる。それは、わざわざ相手に隙を作る行為だ。

 そんなことをしたら、攻撃される一方だ。

 その攻撃を躱す、またはその前に押さえて無力化するのは、一般人なら不可能。

 

 どんな人でも、戦闘になったら、少しだけでも冷静さを欠く。

 武器を捨てる考えさえも持たないだろうし、捨てた後の対処がままならない。

 

 冷静。とはいえ、ただ冷静なわけじゃなく、『()()()()()()』冷静。

 それを持っているからこそ、相模君はあの戦法ができたんだ。

 

「そうなると、逆も有利だと言える。相手の奇襲に対してだ。反応さえ間に合えば、誰よりも的確な判断ができる。奇襲のメリットを限りなく相殺できるんだ。出現場所・時間が不明な幻獣戦において、かなり大きい」

「そうそう。さすが天ね。私が説明しなくていいのは助かるわ」

 

 紫様は楽したいだけなんじゃ……そ、それは置いといて。

 

 天君の考えを聞く限り、大きく有利になれる気もしてきた。

 ……相模君が若干自慢顔になっている。

 

 なんか、言いにくいけど、奔放な人というか、自由人というか……おちゃめ?

 

「で、それ以外にはなんかあるのか?」

「いえ、もうないわ。これだけ伝えたかったのよ。ありがと。紫も、ありがとね」

「いいのよ。じゃ、おやふみ~……ふぁう~」

 

 欠伸(あくび)をしながら、紫様がスキマに消えていく。

 

「じゃ、俺も行くわ」

「あ、待って。栞ちゃんを戻すよ」

 

 そう言ってしばらくして、栞ちゃんが戻ったのか、天君の顔が少し明るくなった。

 やっぱり、戻ってきたことが嬉しいのかな。

 

 それと同時に、幽々子様も部屋から出ていって、私と相模君だけが残って。

 

「ほら、今から天のとこ、行くんでしょ? 早く行ったほうがいいんじゃない?」

「な……! なんで、わか……!」

 

 そう言うと、相模君はニヤニヤと意地悪そうな笑顔を浮かべる。

 あ、わかった。子供っぽいんだ。

 

「ほらほら、大好きな異性のもとに行ってきな?」

「か、からかわないでください! ……いってきます」

 

 最後の声がとても小さくなって、それに反応した相模君が、また笑みを深める。

 中性的な顔立ちからも、子供っぽい感じが強く感じられる。

 

 その笑みを背に、部屋を出て外へ。

 多分、天君は黙って外で修行しているのだろう。

 

 

 

 外に出て、辺りを見渡して、彼を探してみる。

 

 ……いた。やっぱり。

 

 彼の真剣な横顔は、いつ見てもドキドキしてしまう。

 他の誰にも言わないで、黙って影で努力する、そんな彼が、私は大好きだ。




ありがとうございました!

前回、結構『冷静』を強調してたので、感づいた方もいるとは思います。
そのままの能力ですが。

相変わらず妖夢ちゃんのデレ具合。
翔君にからかわれながらも、しっかり行く妖夢ちゃん。

ではでは!


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第47話 足掻け。そして、絶望しろ。

どうも、狼々です!

タイトルがあれですが、それは最後の方です。
それまでは、日常系です。

あと数話だけ、日常系を出します。
その後すぐに、幻獣戦に入ろうかと思います。

ではでは!


 翔の話が終わって、俺は外に出て、引き続き修行をしていたら。

 

(ねぇ、天。まだ気付かない?)

(あ? 何がだよ?)

 

 栞の声にそう反応すると、彼女の溜め息が聞こえる。

 その後、若干呆れ気味に言われる。

 

(……顔動かさないで。目線だけね。……今の天から三時の方向)

(はいはいっと……え?)

 

 三時の方向とか、どこの軍隊だ、とか思ってその方向に目線だけ動かした。

 

 その視線の先に、妖夢がいた。こっち見てる。

 檮杌戦の前夜、見てるっぽい発言を聞いたが……

 

(妖夢だな。で、俺にどうしろと?)

(ちょっとさ、今日は部屋に帰ってすぐ寝るのやめない? 布団に入ってくるの、気になるでしょ?)

 

 あ~……なるほど。

 今まで何回か入って来たことがあったが、不定期に来てたので、対処のしようがなかった。

 朝起きて、気付いたらいる。そんな感じなのだ。

 

(今日はちょっと早めに、今切り上げようよ)

(ん~……ま、いいけどさぁ)

 

 栞の提案に従って、修行を切り上げる。

 玄関、廊下を通って俺の部屋に向かうが、その間についてきてる気配なし。

 

 俺の部屋に着いて障子を開き、中に入って布団へ。

 目を閉じて狸寝入りをして数分したくらいだろうか。

 

 廊下に足音が響き、障子が開く音がした。

 それも、俺の部屋の。

 

(……来たね)

(マジかよ……妖夢から来てたのはわかってたが……)

 

 なんか、複雑な心境になる。

 むしろ、俺からしてみれば、好きな女の子に夜這いされるのも……と思ってしまうのが怖いところ。

 恋って、怖いよな……。

 

 しばらくして、布団が動かされ、中に妖夢が入ってきた。

 ドキドキが止まらない。

 さらに、妖夢が俺に手を回してきた。心臓が跳ね続けている。

 

「……やっぱり、天君は暖かいなぁ……」

 

 な、何だろう、このくすぐったい感じは。

 恥ずかしい……

 

(栞、俺はどうすれば――)

(抱・け・ば?)

 

 この三文字だけで、栞が調子に乗っていることがわかる。

 一つ一つが強調されているのが、これまた。

 

 さて、栞はああ言っているが。

 

 

 ……欲望には、勝てないよなぁ……

 

 彼女がしたように、俺も腕を回し、さらに自分の方に引き寄せる。

 やっぱり軽い。

 

「……ぇ?」

 

 ま、それは当然気付かれるわけで。

 

「で、何しに来たんだ、妖夢?」

「あ、えっと、その……起きてたんですね?」

 

 目を開けると、妖夢が苦笑いのような表情をしていた。

 笑って誤魔化しているつもりなのだろうか。

 

「あぁ、起きてた。で、何しに来た?」

「いや……ダメ、でしたか?」

 

 俺は、妖夢のするその目に弱い。

 うるうると自信なさげな上目遣い。まるで小動物のような、その眼。

 

「だ、ダメじゃ、ない……」

「妖夢ちゃん気を付けてね~。いきなり抱きしめる発情野郎の天は何するかわからないからね~」

「……おい。栞が抱きしめろって言ったんだろ」

 

 栞はすぐこうだ。何かあったら俺を嵌めようとする。

 抱けば、とか言ったのはどこのどなたでしょうかね?

 

「いやいや、私は抱けば? って言っただけ。判断は天だし、引き寄せる必要もなかったよね? つまり天は妖夢ちゃんを――」

「あー! わかった、わかったから! 俺が悪かった!」

「ほら! 妖夢ちゃん聞いた!? やっぱり天は変態なんだよ!」

 

 どう転んでもダメじゃねぇかよ。

 後で何をしてやろうか。

 

「で、でも……(天君なら、いいというか)……」

「あ? い、今――」

「な、なんでもないです! いいならそのまま寝ますよ! おやすみなさい!」

 

 そう言って、布団にうずくまって俺に表情を隠している。

 いや、いいならそのままって、ここで寝るのかよ。

 俺眠れないんだけど。

 

(……栞、どうすればいいと思う?)

(抱・け・ば?)

(もういい。おやすみ~。明日は覚悟しておくんだな)

(え、ちょ、ま――)

 

 栞との会話を無理矢理に終わらせながら、寝る準備をする。

 妖夢が俺の入る分を残しているあたり、妖夢らしい。

 

 でも、このまま終わるのも、なんかあれな気がしたんだよ。

 特段すごいことをやろうってわけじゃないが……

 

 妖夢のくるまった布団の中に手を入れ、頭を撫でる。

 

「……おやすみ、妖夢」

「……おやすみ、なさい」

 

 妖夢が一層くるまった姿勢になる。可愛い。

 

 彼女の一つ一つの行動や表情に、心を惹かれてしまう。

 満面の笑みなんて見た日には、その場で抱き締めたくもなってくる。

 優しげな笑みを見た日には、ついつい甘えてしまいたくもなってくる。

 恥じらいの表情を見たら、その愛らしさに理性さえも危うくなってくる。

 

 何事にも一生懸命になれる姿を見ると、俺自身も頑張れる。

 袖を引っ張られると、身長の差の上目遣いと合わさって、ドキッとする。

 彼女がこっちに走ってくる、トテトテとした走り方にも、可愛らしさが溢れる。

 

 今日の翔の話でも、首をかしげる動作には心を持ってかれそうになったなぁ……。

 

 案の定眠れない俺は、そんなことをしばらく考えていた。

 隣で静かに寝息が聞こえ、自分の体を起こし、布団をついめくってしまう。

 

 安らぎのある寝顔を今見ているのは、自分だけだと考えると、それだけで満たされる。

 彼女の素顔を見ているようで、新しい一面を知った気分にもなれる。

 

 頬を優しく突くと、甘い声が出て、興奮してしまう時もある。仕方がない。

 

(「ん、んぅ……」)

「あぁ、やっぱ可愛いな……」

(とっても可愛いのはわかるけどさ、犯罪には踏み込まないでね?)

(しねぇよ。……もし、もし俺が危なくなったら、止めてくれ)

(その発言も十分危ない気がするけどね。ま、本気でヤろうとしたら止めるよ)

 

 ヤろうとか言うな。仮にも女の子だぞ、仮にも。

 

 陶器のように白い肌は、柔らかく、艶がある。

 突くのをやめて、頬を撫でる。

 

 すると、妖夢の顔がふんわりと、柔らかい笑顔になった。

 

「ぁ……っ……!」

(ほんっと可愛いよね、妖夢ちゃん。……天? お~い、帰ってこ~い)

(あ、あぁ、ありがとう。あのままだとちょっとヤバかったかもしれない)

 

 あの顔は反則だろ。理性が吹き飛ぶ寸前だった。

 

(妖夢ちゃんに惚れるのも無理ないよ。こんなに可愛らしいんだもん)

(ホントだよ。ちょっとしたことで我慢が効かなくなる)

(え、その発言はちょっと……うわっ)

 

 おい。でも、ちょっと、ちょっとだけ、危なかった。

 強めに抱き締めたくなる気持ちに駆られたけど、妖夢を起こさないようにと耐えた俺の精神を褒めてよ。

 

 ……弱めなら、いいよな?

 

 寝る姿勢に戻り、妖夢を抱き締めて布団を二人で被る。

 満たされた気分が全身に染み渡っていく。この幸福感も、恋の怖いところだ。

 

 満たされたら、もっともっとと欲望が増してくる。

 どれだけ満たされようとも、限界が訪れることがない。どれだけでも欲しがってしまう。

 そう、まるで――

 

(病気だねぇ。恋の病。だって妖夢ちゃん大好きだもんね?)

(否定はしない。けどさぁ、病気じゃない恋ってのも、つまらないと思うんだよ)

 

 この好きな人に溺れていく感覚。それはまるで、病気のよう。

 けれど、それくらい夢中になれないと、つまらないと思う。すぐに冷めてしまうと思う。

 次々に求めあえるからこそ、恋人が続けられる、相手を大好きでい続けられるんじゃないだろうか。

 

(で、そんな病気の天。……いつ、告白するの? そろそろ頃合いだと思うよ?)

(……宴の時にしようと思う。一週間後の。花火も上がるらしいからな)

 

 早く告白しないと、最悪幻獣に殺されて、想いが伝えられないまま死んでいくことになるんだ。

 それだけは避けたい。死ぬとしても想いくらいは、伝えてから死にたい。

 

(ま、いいんじゃない? 一週間でちゃんと心の準備をしとくんだよ? おやすみ)

(おやすみ、栞)

 

 そう言って、妖夢を引き寄せて、目を閉じる。

 妖夢がすぐ近くにいることでドキドキしながらも、安心できた。

 なので、俺の意識が途切れるのも、そう遅くはなかった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ふわぁ~……」

 

 欠伸をして、少し早めに起床。いつもと違う天井を見つめる。

 それが、自分が白玉楼にいることを一層意識させる。

 

 さて、洗面所に行こうとして、部屋の障子を通って廊下に出た時。

 

「あれ……どうやって行くんだっけ?」

 

 昨夜、歯を磨きに皆と一緒に行ったのだが、屋敷が広すぎる。

 昨日の今日で覚えきれない。天は覚えたらしいけど、俺にそんなことはできない。

 

 部屋の近い妖夢ちゃん、天の部屋は覚えているので、道を聞くために二人の部屋に。

 自分の部屋に近いのは妖夢ちゃんの部屋なので、先に彼女の部屋へ。

 寝ていることも考えて、静かに障子を開けて、中の様子を確認する。が……

 

「……いない?」

 

 そう、いなかった。

 料理は天と妖夢ちゃんで作っているらしいので、もう台所に行った可能性もある。

 しかし、台所までの道もわかるはずもない。天がまだ部屋にいることを祈るしかない。

 

 天の部屋に着いて、同様に開けて様子を確認。

 

「……え?」

 

 そこには、事後の天と妖夢ちゃんがいた。

 いや、服も着てるし、どこか乱れたところもない。けれど。

 

「なんで、一緒の布団で寝てるの?」

 

 それも、二人で抱き合ってるという、とんでもない現場。

 二人は付き合ってないんだよね? 告白がどうとかって言ってたからね。

 仮に成功が前提だとしても、まだその段階は踏んでいないはず。

 

「……あっ」

 

 そうやって口からこぼれ落ちた感嘆詞。

 瞬間、自分の口元が意地の悪い笑顔に塗り替わるのが感じられた。自分でもわかる。

 

「……紫さ~ん。いる?」

「はいは~い。いつもは寝てるけど、面白そうだから早起きしちゃった」

 

 小さい声で、紫さんを呼ぶ。二人を起こさないように。

 そして、その声を保ったまま、紫さんに頼む。口元を歪めたまま。

 

「あの……文ちゃんが持ってるような、カメラってわかる? それ、外の世界の俺の机にあるはずだから、取ってきてくれない?」

「あっ……なるほど、貴方も中々侮れないわね。じゃ、行ってくるわ」

 

 紫さんも俺同様口元を歪め、スキマに消えていく。

 文ちゃんとは、幻想郷に来て間もなく取材という名目で会った。

 適当に答えて終わった気もするけれど、まぁ気の所為だろう。

 

 俺が壁に寄りかかって、待つこと数分。

 

「はい、これであってる?」

「お、そうそう。ありがとね、紫さん」

 

 デジタルカメラを無音撮影・フラッシュオフの設定にして、レンズを二人に向ける。

 静寂の中、何枚もの写真がカメラに焼き付いていく。

 記憶じゃないので、忘れることはない。一応、脳内にも焼き付けるが。

 

「こんな感じでどうかな?」

「中々いいと思うわ。二人の笑顔がしっかり写りながら、抱き合って寝てるのがわかるから、ベストだと思うわよ?」

 

 二人の口元は、歪みを戻す気配すらない。むしろ、逆。

 どんどんと口角が釣り上がる。上がるどころじゃなく、()()上がるほどに。

 

「さぁてと……どれだけ遊び倒そうかな?」

 

 なんて下衆な性格なんだろうか。

 でも、それが楽しいよね。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……おい。――と、オーク・餓鬼はいつ解ける?」

「えっとね……――もあと少し。二つに至っては、弱いからもう沢山解けてるよ」

 

 よし、第二波はもうそろそろ……あと一ヶ月もしないくらいだろうか。

 早かったら、一週間強から二週間くらいだろう。

 

「じゃあ、――が解けた時、二つはどのくらい用意できる?」

「アタシでできる分は~っと……ざっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()くらいだと思うよ?」

「……くはっ」

 

 

 自然と、乾いた嗤いが。

 二百。この数は、でかいぞ。数の持つ意味だけじゃなく。

 

「……よし、叢雲。その調子で、丁度――が解けてすぐ、()()()()()()()()ぞ」

「了解。できるだけ数は増やしてみるよ」

「時雨。時雨は瘴気は――の方に重点的にかけてくれ。二つにはそんなにかけなくていいから、その分――に回すんだ」

「オッケ~。ま、二つの方も限界ギリギリまでやってみるけど、意味はなさそうだけどね」

 

 今度は、檮杌のようにはいかないぞ、天。そして、幻想郷の奴らよ。

 今回は、二つの場所を攻める。

 

 もう場所も決まっている。そして、時間もズラすことも。

 俺の勝ちは、約束された勝利なんだ。勝ちが決まったも同然だ。

 

 今は、俺は何もしていない。

 けれど、俺が直接戦ったら、絶対に負けない。負ける要素が何一つないのだ。

 

 だって俺は。俺の能力は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――『()()()()()()()程度の能力』だからなあ?

 

 俺の能力に、勝てる奴なんていないんだよ。

 いざとなれば、俺が出ればいい。ただ、それは本当に最終手段。

 俺は極力干渉しない。闇に潜んで、獲物を狩る機会をうかがう。

 

 

 

 足掻け。そして、絶望しろ。

 

 ――どうやっても、勝てない相手と戦うことに。




ありがとうございました!

不知火の能力が明らかに!
負ける要素がないらしいですが、天達はどう立ち回るのでしょうか。

スクフェスのAC譜面は、親指勢への死ねという通告なんですかね?
人差し指を練習中ですが、全くできません。

ではでは!


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第48話 天を翔

どうも、狼々です!

タイトルが脱字みたいになってますが、これであってます。

具体的には、あと二話~三話日常が続くことに。
その後は、トントンと進ませたいです。

アイデアライズ出現・戦闘も案外早いかもしれません。

では、本編どうぞ!


 いつもより就寝が遅くなり、起きるのが少しばかり辛い。目を開くのさえ辛い。

 しかし、起きないと朝食が作れないので、後ろ髪を引かれる思いで目を開く。

 

「いっ……!」

 

 目の前に、好きな女の子の寝顔。

 不意の一撃。ボクシングなら、それはもう綺麗にKOを取られていただろう。

 一撃も入れられていないのに、それだけの破壊力を持つそれ。

 

「お、起こさないように……」

 

 誘惑のようなものに負けることなく、静かに布団から出る。

 起こすのも悪い気がしたので、妖夢は布団をかけて寝せておく。

 少し冷たい廊下を通って、台所へと歩を進める。

 

 

 

 しばらく朝食を作っていて、妖夢が追いつく。

 まだ寝ぼけてしまっていて、言動や表情がとても可愛らしかった。

 ……ホント、俺は妖夢が好きなんだな。

 

 料理を運んでいる途中、栞にからかわれて、料理をひっくり返しかけたのは秘密。

 妖夢にはギリギリバレていない。

 さて、昨日の分も兼ねて、何をしてやろうか。

 

 

 食事が終わって、修行に行こうとした時。

 

 翔と幽々子が、何やらこそこそとしている。何かはわからない。

 けれど、秘密裏に会話をしている。バレバレだが。

 

「おい、二人共どうしたんだ?」

「あ~……ま、最初は天でいいか」

 

 その瞬間、翔が口元を歪めて笑う。

 あ、これは何か企んでいる顔だな。良いことは起こらないと考えた方がいい。

 

 翔が俺の肩ごと引き寄せて、妖夢から見えない位置に。

 

「ど、どうしたんだよ」

「これ、昨日撮っちゃったんだよね~、幽々子さんにも報告して間近で見てもらったよ~」

 

 そうして見せられたのは……デジタルカメラ?

 外の世界から紫に持ってきてもらっt――

 

「おい! ちょっとそれ貸せ!」

「おっとっと、はい幽々子さん、取られないでね~」

 

 そう言って、翔が幽々子にカメラをパス。

 で、何でこんなにも必死になっているかというと……

 

 妖夢との添い寝の写真がいくつも保存されていたから。

 

 明らかに盗撮だが、ここには法律も何もない。

 となると、この写真をバラ撒かれて困るのは俺と妖夢。

 

「はいは~い。天、乱暴はや~よ?」

「いいか俺は乱暴する気はないんだそれをさっさと無抵抗に明け渡してくれればいいんだ」

「いやね~、そんなことするわけないじゃない? 面白いじゃないの?」

 

 いや、俺にとっては面白いとかの問題じゃない。

 これ、傍から見たら事後に見えなくもないじゃねぇかよ。

 『ゆうべはおたのしみでしたね』とか言われてしまう。

 

「天く~ん。どうしたんですか、そんなに慌てて?」

「妖夢、いいから幽々子を捕まえよう。翔も一緒に捕まえて懺悔(ざんげ)室に送ってやるよ!」

「あれあれ? そんなことしていいの? 俺の脳内にはさっきの写真が色濃く残ってるけど?」

 

 こ、こいつ、うざい!

 人の弱みを握って、そのまま捻り潰しそうな勢い。

 それはもう、紫髪の長身高校バスケプレイヤーと同等。

 

「さっきの写真って何ですか? 見せてください!」

 

 幽々子が翔にカメラを渡した。

 

「おい、世の中には知らない方がいいこともあるんだやめておけ」

 

 俺がそう言うと、翔の顔が一瞬真剣なものに変わった。

 何かを見定めるような眼差しで。

 

 そして。翔の腕が、妖夢に伸びた。

 

「え、相模く――」

「お、おい、なに、して――」

 

 妖夢に届いた腕が、翔の方に引き寄せられた。

 

 

 ――妖夢が、肩を抱かれた。

 

 それを見た瞬間、激しい虚無感と悲愴感、嫉妬心に拒絶。さらには、独占欲。

 一気に俺の中にそれらが流れ込んでくる。

 

 今まで俺は、恋をしたことがなかった。妖夢とが、初恋。

 で、幻想郷には、男性は滅多にいなかった。

 好きな女の子を……妖夢を取られることが、今まで一切なかったのだ。

 

 ……好きな女の子を取られるのが、こんなにも心が苦しくなるとは思わなかった。

 

「あ……あ~……」

 

 翔が溢して、妖夢から腕を放す。

 

 俺は安心した。妖夢が取られないで。

 元々俺のそばに居てくれるとも限らないが、行ってしまうのは、嫌だ。

 

 翔の表情がさっきの悪戯に塗りつぶされたような顔になり、妖夢にカメラを渡さずに見せる。

 妖夢がそれを見るように、覗き込む。

 

 そして、赤面。羞恥で赤に一瞬で染まっていく。

 

「え、えぇぇえええ!? ちょ、ちょっとそれ! 返してください!」

「元々、このカメラは俺のだし、返す必要はないよね?」

 

 妖夢が頑張ってカメラを取ろうとする。

 けれど、翔が腕を上に上げ、妖夢の背では届かない位置にまでカメラを。

 

 妖夢が翔にくっつくような姿勢となり、さっき程ではないが、嫉妬や独占欲が。

 

「紫さ~ん。はい!」

「は~い、出てきましたぁ。外の世界に戻しとくわ~」

 

 翔が適当に放り投げたカメラが、スキマから突然出た紫に回収される。

 ということは、紫も共犯者か。スキマを使われたら、どうしようもない。

 

「あっ! 紫様! ……はぁ~、撒かないでくださいよ……?」

「わかったわかった。じゃ、修行に行こうか。俺は後から向かうよ」

 

 妖夢が外に出ようと廊下に。

 俺も、半秒遅れて妖夢についていく。

 

 妖夢が俺に笑顔を向けてくれる。

 俺は、その笑顔がいつまでも、俺のそばで向けてくれる笑顔であることを心から望んだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 あの時の天……。

 

「幽々子さん、さっきの天の表情、見ました?」

「えぇ。どうやら、のめり込んでるのは、妖夢だけじゃないらしいわね」

 

 あの顔。妖夢が取られた時の、あの顔。

 絶望の淵に立たされたような表情だった。

 驚き、絶望、不安、悲しみ、喪失。それらが入り混じり、苛まれていた表情。

 

 何よりも大切なものを取られた顔。

 もしかしたら。いや、多分――自分よりも大切なもの。

 それを他人に取られる。そんな顔をしても無理はない。

 

「もう早く付き合っちゃえばいいのにね~」

「ホントですよね~。来たばかりの俺もそう思いますよ。妖夢ちゃんは宴に告白するらしいですよ?」

「あらあら。やっと告白なのね。楽しみだわ」

 

 あんなに露骨にアピールしてるのにね。何でだろ?

 私は、もう少しどころじゃなく早く結ばれると思ってたんだけれど。

 

 私としては、妖夢が天と結ばれるのは大いに結構。むしろ嬉しいわ。

 二人のイチャイチャは、目の保養にもなるもの。

 あの純愛で溺愛っぷりは、見ていて恥ずかしいくらい良いものだしね。

 

「隠れて二人の告白見ましょうか!」

「勿論そのつもりよ。カメラも用意してね? 文も呼びましょう?」

「そうですね。ほんっと、楽しみですね~」

 

 私と翔が、同時に愉しそうに笑った。

 やっぱり、私と翔は似ているのかしら?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 修行を始める直前、栞にこう言われた。

 

(ねえねえ、今どんな気持ち? 好きな女の子が目の前で肩を抱かれて、今どんな気持ち?)

(……言い残すことは、それだけかよ?)

(いやほんとにすいませんでした反省してますはい)

 

 栞は俺に、中々の煽りを効かせていた。

 俺だって結構ショックだったんだぞ?

 

(やめてくれ。俺もあんなに悲しくなるとは思わなかったんだよ)

(あ……いや、ホントにごめんね。言い過ぎたよ)

 

 栞はいつもふざけてばかりいる。

 けれど、真面目だったり本気だったら、決してふざけることはない。

 全く、理解がいいのか悪いのかわからない。

 

「お待たせ~。ごめんね?」

 

 翔が戻ってきた。俺と同じように、左肩から右肩にセルリアン・ムーンを引っ提げて。

 意外とその彼の姿は、様になっている感じがする。

 

「皆。私は翔の方に入った方がいいかな?」

「あ~……ま、そうだな。妖夢、今日は霊力刃をやらないか?」

「えぇ、わかりました。いつかは教えないといけないですしね」

 

 俺の中から、栞が抜けて翔の中へ。

 あの時の喪失感が、再び。けれど、もう慣れたような気もする。

 さっき、それよりもひどい喪失感を体験したから。栞には悪いが、やっぱり俺は妖夢が好きなんだよ。

 

 

 

 それから、霊力刃の練習をしていたんだが。

 

「……すごいね~。天より霊力の使い方が上手いよ。ただ……」

「何でできないんでしょうね~」

 

 そう、霊力の扱い方は俺より上手い……らしい。

 けれど、霊力刃が全くもってできる気配がない。

 

 栞の話では、もうすぐ空も飛べそうらしい。

 霊力刃も、もうそろそろコツを掴んでできていても、おかしくはない。

 

「さあ? なくても別の戦い方でやるよ。向いてなかっただけでしょ」

 

 まぁ、人には得意不得意があるからな。

 あれから、俺も球形の弾幕は練習しているのだが、上達しない。

 逆に、針型の弾幕は上手い具合に出せる。

 

 この不得意をどうなくせるかだが……もう考えてある。

 数が多くなくてもいいと考えたのだ。

 

 まぁ、それはどうでもいい。

 にしても、全くできていないのだ。

 

「どう思う、妖夢?」

「いや、私からは何とも……私が聞きたいくらいですね」

「俺は遠回しにディスられてるんだけど、ねぇ。できないものは仕方ないよ、うん」

 

 いや諦めるなよ。武器までもらったんだろ?

 

「ねえ、俺はもう一回妖夢ちゃんと模擬戦がしたいな~。今度は堂々と剣術でさ」

「私はいいですが……」

 

 妖夢がこちらをちらっと見てくる。

 この控えめな感じもたまらない。それは置いといて。

 

「俺はいいぞ。幽々子を呼んでくるよ」

 

 そう言って、一旦幽々子の部屋に。

 

 

 障子を開けてすぐに。

 

「模擬戦でしょ? わかってるわよ。彼にそう言うように、私から言ったもの」

「へぇ、幽々子が。これまたどうして?」

「単純に剣の技術を見たかったのよ。あと、貴方との連携も。紫も呼ぶわ。先に行ってて頂戴」

 

 紫も来るのか。

 まだ俺も翔の剣術スキルは把握していない。

 連携は取れるかもしれないが実力を把握できていない。

 

 これから戦う上で、連携の邪魔になりかねない。

 早めに掴んでおく必要があるか。

 

 ……あ、栞返してもらっとこ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「いくわよ~。……よーい、始め!」

 

 私の合図で模擬戦が始まる。

 紫も、私の横で観戦もとい、実力の把握。

 かくいう私も同じなのだが。合図かけるだけって、何か寂しいじゃない?

 

 合図がかかって動いたのは、前回とは違って翔。

 今回は、妖夢も少し慎重になっている。

 無理もないわ。剣を捨てたんですもの。次は何をしでかすかわからない。

 

 とはいえ、今回はちゃんと剣での勝負という約束なので、単純な実力勝負なのだけれど。

 

「……はぁぁああ!」

「攻撃はまだまだですね、相模君!」

「いやいや、まだ剣持って三日だからね? これは自分でもすごいと思ってる、よ!」

 

 頑張って翔が攻撃を始めているけれど、さすがに全部流される。

 まだ楼観剣しか使っていないので、相当攻撃を増やさないと、当たらないだろう。

 

 と、ここで。

 天が急激な速度で、二人の元へ走り出した。

 

「来ましたね……!」

「おっと、よそ見はダメって言ったよね?」

「え? あっ……!」

 

 天へ一瞬目が行った隙に、翔が攻撃の手を早める。

 そして、天が攻撃しようとした瞬間。

 

 翔が楼観剣を弾いた。攻撃じゃなく、弾くことを目的とした行為。

 後続する、天に攻撃のチャンスを与えるために。

 

「いくよ、天! スイッチ!」

「おう、相手はAIじゃないがな!」

 

 翔が下がり、天が前に。

 正直、完璧な入れ替わり。

 

「おぉ、今のすごい連携になってたわね」

「さすが、外の世界からの親友というだけあるわね。にしても、スイッチって何だろうね?」

 

 外の世界の言葉で、電気の流れをどうこうするやつだったと思うけれど。

 

「あれは、えっと……MMOってヤツの用語の一つらしいわよ。攻撃を前衛と後衛で入れ替わって隙を突くんだって」

 

 なるほど、だから今やったあれはスイッチか。

 

 でも、スイッチをしても妖夢は二刀流のため、もう片方で受け流しができる。

 隙を作るには、もう一本が使えないくらいに、体勢を崩す必要がある。

 

 それができるのは、翔じゃなくて天だ。

 霊力強化が使える天の方が、まだ現実的だろう。

 

 案の定、白楼剣で流されて天との戦闘に。

 と、思いきや。

 

「はい、スイッチ!」

「りょーかい、天!」

 

 すぐさまスイッチをして、またもや入れ替わる。

 私はその光景に驚く。

 

「ちょ、ちょっと、代わるの早くない?」

「二人もわかってるんでしょ。体勢を崩すにはどうすればいいか」

 

 最初に翔が出なければ、とも考えたが、それだとテンポが遅れてしまうことに気付いた。

 一撃目が流されるとわかっている以上、あまり長期戦は好ましくない。

 いずれ負けるのだから。それは二人もわかっているだろう。

 

 だからこそ、最初に翔が攻める必要がある。

 最初に天が攻めてしまうと、翔が追いつくまでの時間が、どうしても長くかかってしまう。

 それに比べて、後から追いつくのを天に決めると、一戦が短くて済み、危険も減る。

 

 だったら、一戦を短くかつ天に弾かせるにはどうすればいいか。

 最初に翔が弾いて、それで前に出た天にまた弾いてもらう。

 二連続で弾かれた妖夢も、不意を突かれているだろうという算段だろうか。

 

「中々良かったですよ、二人共」

「なっ――!」

 

 セルリアン・ムーンが空に飛んだ。

 それは、翔が飛ばしたんじゃなく、妖夢が弾き飛ばしたもの。

 

 すぐさま妖夢が、下がった天との距離を詰める。

 逆に不意を突かれた天は、動けるはずもなく無力化される。

 

 ま、私にも読めるくらいだから、剣専門の妖夢がわからないわけがないわよね~。

 

「私の勝ちです。大丈夫ですか、二人共?」

「あ、あぁ、完璧に負けだな、翔」

「そうだね~。さすがに剣術だけじゃ勝てないね~」

 

 本来は剣術だけで戦うのだが。

 

 ……あ、これは上手いわね。

 

「ねえねえ、紫」

「どうしたの、幽々子?」

 

 少し笑顔になって、三人を見つめて言う。

 

 

 

 

 

 

 

(そら)(かける)ってよく言ったものじゃない? あの二人なら、いいところまで行けそうだわ」

「……全く、ホントによく言ったものね」

 

 二人なら、天を翔けるように。

 あの連携があるなら、可能かもしれない。

 

 皆で幻獣を、黒幕を倒す、大きな要因に。




ありがとうございました!

この天を翔のネタは、一話の当初から考えて名前をつけました。
もうその時点で翔君は、幻想入りが決定してたも同然だったのです。

ここで通知・お知らせ的な何かを。

第49話と第50話は、連続投稿となる予定です。
忘れていなければそうなります。忘れてしまえば、そうじゃないです。
なるべく忘れないようにしなければ。

ではでは!


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第49話 待っていたのは

どうも、狼々です!

告知した通り、これが投稿されるのは18日で、その明日の19日も魂恋録の投稿です。

今回は、完全に下準備回です。
つまらないと思う方も多いとは思いますが、ご了承ください。

ソラの若干の掘り返しがあります。
ホントに若干ですが、今考えているストーリーでは、かなり重要人物です。
どうか忘れないでください。

では、本編どうぞ!


 今日の分の修行が終わり、天と妖夢ちゃんは二人で買い物に出かけてった。

 今俺は、栞ちゃんと幽々子さんと一緒に会話をして楽しんでいるのだが。

 

「ねーねー、栞ちゃん。天って、妖夢ちゃんのことは好きなんでしょ?」

「もうそれはもうドロドロにね。妖夢ちゃんが本当に取られたら、どんな感じになるんだろうね?」

 

 狂ってしまいそうだけどね。

 あぁぁぁああ! って感じで。

 それか、もう精神が壊れちゃって、ただただ泣くだけとか。

 

 いずれにせよ、とても大変なことになるだろう。

 

「ま、取る人なんていないよ。ラブラブだし。取られるとしても、すぐ戻ってくると思う」

「あ、翔もそう思う? 妖夢も中々よ。前に、天を斬ったことがあるの。どうしても必要でね。それで、斬った後の妖夢も、心ここにあらずって感じだったわよ」

 

 ……妖夢ちゃんが、天を?

 必要だった、と言っているが、斬るしかないほどのことなのだろうか?

 

「どうして、天を斬ったんですか?」

「あ、そっか。ソラを知らないのか。私から説明するよ。幽々子よりも詳しいだろうし」

「それについては同意よ。ずっとそばにいる栞の方が、ねぇ~?」

「あ、あんまりからかわないでよ!」

 

 おぉ、栞ちゃんがツンデレみたいだ。

 天は何度もからかわれたらしいけど、やっぱり悪戯っ子なのかな?

 

 

 

 それから、天とは違う、ソラの存在について説明してもらった。

 

 霊力が白と黒で別であり、意識も別。

 信頼を頑なに嫌っていて、攻撃的であること。

 それ故に、単純な戦闘で力が強いのは――ソラの方であること。

 

 まぁ、最近は大人しくなってきたというか、柔らかくなったらしいけど。

 

「で、虚無ノ絶撃をやって……って感じ。取り込まないと、仲間も傷付けるって考えてるんだけど、ソラは柔らかくなったし、曰く、『そんな余裕があればいい』らしいけどね」

「へぇ、意外と壮大だったね。天は外の世界ではすごく辛そうだったというかなんというか……」

「えぇ。痛々しかったわ……私も天も、泣いたのよ?」

 

 幽々子さんが少しはにかみながら言う。

 幽々子さんが泣くところが想像しにくい。

 それに、天が泣くのも見たことがない。それほど思い詰めていたんだろう。

 

「そうそう。私も泣いたな~。天は、何だかんだで優しくて、暖かいんだよね」

 

 優しげで、どこか遠くを見ているような栞ちゃんの声が聞こえる。

 ……驚いた。本当にツンデレなんじゃないかと思い始めている俺がいる。

 どれだけ言おうとも、二人には切っても切れない、絆みたいなものがあるんだろうね。

 

 追い詰められていたのはわかったけど……。

 

「そんなに追い詰められてたの? ちょっとの余裕もないくらいに?」

「うん。そうだよ」

「だって、翔が来る直前とか、自殺しようとしたのよ?」

「は……!?」

 

 じ、自殺……? あの、天が?

 そんなに、苦しかったのか?

 

「妖夢ちゃんがギリギリで助けたんだよ~。私も叫んだんだけど、無視されちゃった」

「……俺は、どう接した方が天にとって楽ですかね?」

 

 俺の想定よりもずっと悩んでいたようだ。

 そんな天には、自分はどういう風に接するのが最適なのか、わからなくなってきた。

 

 俺は天の背負っている重みを知らない。

 だから、軽くものを言うこともできないし、言っていいのかもわからない。

 

「決まってるでしょ。いつも通りがいいに決まってるじゃない」

「そうそう。外の世界とおんなじ感じが一番接しやすいでしょ。わかりきってることだと思うよ?」

「……そう、ですね。ありがと、幽々子さん、栞ちゃん」

 

 二人にお礼を言って、少しばかりの深呼吸。

 自分はいつも通りであるべきだ。いらないことは考えなくてもいい。

 そう思いながらの深呼吸は、いらない思いが胸の中から出ていくような気がした。

 

「ほら、噂をすれば。イチャイチャカップルが帰宅よ」

 

 あぁ、天と妖夢ちゃんね。

 あと少しで宴なのだが……

 

「ねえ栞ちゃん。天はいつ告白するつもりなの?」

「宴の時にするんだってさ。私から言わせてもらえば、遅すぎるね」

 

 えっと、妖夢ちゃんも宴で告白するつもりだったはずだ。

 で、天も宴で告白するらしい。ということは……同時に告白するのか。

 けど……

 

「幽々子さん、栞ちゃん。どっちが先に告白すると思います?」

「ん~……私は天に一票かな。意外に行動力あるし。私が天に先に告白してほしい、ってのもあるかな?」

「私は妖夢に一票ね。あの子、独占欲が強すぎるのよ。あの溺れ方は尋常じゃないわ。一種の病気とか中毒ね」

 

 どっちからでもおかしくないんだよね~。

 天を好きすぎて、いつも一緒にいたがるらしい妖夢ちゃんでも。

 妖夢ちゃんを好きすぎて、気が狂いそうな天でも。

 

 案外、二人同時なんてこともあるかもね。

 ロマンチックでいいんじゃない?

 

 宴では花火が上がるらしいから、十中八九その時が勝負だろうね。

 花火をバックに二人が抱き合う。そしてそれを皆で見る。

 

 さらには写真も撮って、一生の宝物のようにしたり。

 文ちゃんにも来てもらって、新聞掲載用の写真も撮ってもらおう。

 それがいい、うん。

 

「「ただいま~」」

「お帰りなさい、二人共。私、お腹すいたわ~」

「はいはい。今から作るから、もうちょっとだけ待っててくれ」

「じゃあ、作りに行きましょうか」

 

 そう言って、二人揃って笑顔で台所へ向かっていった。

 いやいや、ホント何でまだ付き合ってないの?

 

「……これ、付き合ったらどうなるのかな?」

「もう公共の場でも、構わずイチャつきそうだよね」

「本当、見ているこっちがどうにかなりそうよね」

 

 全くだ。思い詰めているかと心配すれば、すぐこうだ。

 でも、それだけ妖夢ちゃんの存在が大きいんだよな。

 

 ……あいつが、妖夢ちゃんを生かすために自分が犠牲になろうとしないか、心配だ。

 やりかねない。やりそうで怖い。

 

 ないと信じたい。犠牲になろうとすることを。

 

「宴、上手くいくといいですよね~」

「ホントよ。私も見に行くから、成功させてほしいわね」

「いざ告白となると、どっちも勇気がなくてできなかった、とかは絶対させない」

 

 それが一番不安な点でもある。互いに告白しないこと。

 まぁ無いとは思うが、それはやっちゃダメなやつだ。

 

 妖夢ちゃんは、意外に有言実行するから、大丈夫だろうが。

 天はどうだろうか。隠れてヘタレだったりとかじゃない限りは大丈夫なはず。

 親友の告白くらいは、応援して、信じてやりたいものだ。

 

 上手くいくと。幸せになれると。

 

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 数日が、一瞬にして駆けていった。

 宴のことを気にすれば気にするほど、日々は駆け足に、疾走になっていく。

 今日は、もう宴の前日だ。

 

 この前に彼女と一緒に買い物に行った時、本格的に宴の準備が進んでいた。

 着々と、確実に。その日を迎えるために。

 

 一日、また一日と過ぎていくにつれて、俺の彼女への意識は強くなっていった。

 変に意識してしまうのだ。ちらりらと見たりとか。

 初めの頃の彼女みたいな感じになってしまっている。

 

 どうしようもなくそわそわして、胸がざわつく。

 行き場のない緊張が、体中を駆け巡って止まない。

 頭の中がそれだけに支配されて、普段の思考すらままならない。

 

(ねぇ、今日は前日だけどさ、それで大丈夫なの、天?)

(し、栞……めっちゃ緊張する助けて。初めてなんだよ、告白も……恋も)

 

 栞の呆れ半分、心配半分な声がかかる。

 俺だってどうにかしたい。けれど、どうにかしようと頑張ることすらできないんだ。

 失敗したらという不安で押しつぶされて、成功したらという幸福感に満たされて。

 

(緊張するのはわかるけど、不安になっちゃダメだよ? 不安になったら、弱気になるから失敗しやすい)

(わ、わかった。成功することを祈るよ)

 

 すると、またしても栞は呆れた声で言う。

 こっちは真剣に悩んでいるんだが。

 

(違う違う。甘いよ。成功を祈るんじゃなくて、成功を()()()()のさ。自分を好きになってくれることを願うんじゃなくて、自分を好きにさせるの)

(お、おぉぉ……!)

 

 今ほど栞が頼もしいと思ったことはない。

 幻獣戦よりも上なのは思うところがあるが、頼もしい。かっこいい。

 

(……ありがとな。明日、頑張ってみるよ)

(はいはい。頑張りな、少年!)

 

 そして、俺の部屋の障子が開いた。

 

「おはよ~、天」

「翔。どうしたんだよ、急に」

 

 翔が朝、部屋に入るのはあの写真の一件だけだ。

 まだ数日なので、これからはどうかわからないが。

 

「言いたいことがあるんだよ。明日、告白するんでしょ? 妖夢ちゃんに」

「なっ……! 何で、それを……」

「栞ちゃんが快く教えてくれたよ」

 

 おい。おいおいおい。

 せっかくかっこよく見えたのに。

 

「はぁ~……で、何が言いたい。冷やかしか?」

「ひどいね。天は俺のことを悪魔かなんかと思ってない? 純粋に応援に来たんだよ」

 

 応援? 翔が?

 

「その不思議そうな顔をやめい。……明日、頑張ってよ。親友として、応援してる。それじゃね」

 

 それだけ言って、翔が部屋から出ていく。

 な、なんなんだ……。

 

 栞と翔が、俺の背中を押してくれる。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ついに明日は、告白の日。

 今でも気持ちが高ぶって、留まることを知らない。

 好きの気持ちと、その心が爆発してしまいそうだ。

 

 彼の顔を思い浮かべるだけで心臓は早まる。

 声を思い出すだけでも、暖かみを思い出すだけでも。

 私は彼の全てにおいて、完全に惚れてしまっているんだ。

 

 そう思って、つい頬が緩んでしまう。

 

「えへへぇ……」

「どうしたの、妖夢? 何だか好きな人を思い浮かべてるみたいねぇ」

「ひゃぁ! ゆ、幽々子様!?」

 

 そこには、ニヤニヤと笑う幽々子様の姿。

 今は朝食を作っている最中で、まだ早いのに。

 

「とうとう、明日ね。応援してるわよ?」

「は、はい……ですが、ちょっと緊張してしまうのです」

 

 告白前日にこれとは、私もどうなんだろう。

 当日は、どうなってしまうのだろうか。

 

「あら、じゃあ告白やめちゃうの?」

「い、いえ! やめません!」

 

 首を勢い良く横に往復で振って、否定を全面的に。

 

「だったら何を思っても変わらないわ。それとも、それで変わってしまうほど、貴方の彼に対する愛は冷めてるの?」

「ち、違いますよ! ……私は本気です」

 

 彼が来ることを考えて、最後が少し小さくなる。

 

 今日は、ちょっと早めに起きて朝食を作っている。

 それは、隣で彼と一緒に料理をしていると、制御ができなくなってしまいそうになるから。

 心臓が破裂して、頭が支配されて、どうにかなってしまいそうだから。

 

「ならいいわ。不安とかはないようだから、その気持ちを持って告白しなさい。それが、貴女ができる最高の告白よ」

「……はい。ありがとうございます、幽々子様」

 

 お礼を言った後、やはり幽々子様は眠かったようで、、欠伸をしながら部屋に戻っていった。

 そして、入れ替わりに。

 

「おはよ、妖夢ちゃん」

「相模君。どうしましたか、急に」

「わ~お。殆ど同じ。さすが似た者同士だね」

 

 何を言っているかわからないが。

 相模君がこの時間に私と会うのも珍しいのだ。

 

「俺は応援に来たの。明日の告白のね。……頑張ってよ。妖夢ちゃんの好きは、きっと天に届くと信じてるよ」

「あ……ありがとうございます。頑張りますよ」

 

 少し笑いながら、相模君へ言葉を返す。

 そう言って、相模君はすぐに台所を出ていった。

 

 な、なんなんだろう……。

 

 幽々子様と相模君が、私の背中を押してくれる。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 気付いたら、今日も終わりになっていた。

 もう夕食を終えて、あとは寝るだけ。

 記憶も残ってない。何も覚えていない。怖いな……。

 

 今日は、今日くらいは、早めに寝ようか。

 あしたの宴は、夕方に始まって、夜になって花火が上がることになっている。

 花火が上がったあとも宴は続くが、勝負は花火の時だろう。

 告白するなら、そこ。

 

(……おやすみ、栞)

(おやすみ、天。明日は、勇気を出すんだよ)

 

 胸の中で、返事をする。「あぁ、ありがとう」と。

 

 緊張で眠れないかとも思ったが、あまりに精神的に疲れていて、すぐに眠ってしまった。

 

 そして、こう聞こえた気がしたんだ。

 

 ――ま、一応な。応援しといてやるよ。頑張れよ、俺。

 

 

 

 静かな朝を迎えた。

 周りは静かだが、俺の心はざわついてばかり。

 

 胸にざわめきを秘めたまま、用意を済ませて台所へ。

 

「あ、おはようございます、天君」

 

 待っていたのは、いつもと変わらない、彼女の柔和な笑顔だった。




ありがとうございました!

私からは、もう殆ど言うことはありません。
多くは語りません。語るなら、その後。





……次回、期待しててください。


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第50話 告白 あなたのことが――

どうも、狼々です!

お待たせしましたぁぁぁあああ!
この話をこのタイミングで書くためだけに、日常話を多く書いてました。
どうしても記念の第50話で書きたかったんです。

そして、10000UAいきました! ありがとうございます!
とうとう五桁の台に登れました。よかった。
第50話までにはいきたかったので……ギリギリですが。

彼氏彼女になれるかどうか!
まだ告白だけなので、成功かどうかはわからないですからね?

では、本編どうぞ!


 朝食を食べている途中、やはり俺は意識してしまう。

 何もないふりをして、ちらちらと。

 

 そして、目に入る度に嬉しくなってしまうんだ。

 未だに彼女の首にかけられ続けている、ネックレスが。

 つい頬が緩んでしまいそうになる。

 

 かくいう俺も、同じくかけているのだが。

 どうしても。一瞬外すのも少し躊躇ってしまう。

 

「あ、そうそう。三人は修行が終わったら、すぐに宴に行って頂戴。夕食はそっちで取るから大丈夫よ」

「……わかった」

 

 宴と聞いて、さらに実感と緊張感が湧いてくる。

 今日は、告白の日なんだと。人生で初めて、告白する日なんだと。

 

 

 

 

 修行の時間も、気が気じゃなかった。

 少しでも集中力が欠けると、すぐに上手くいかなくなる。

 何度集中が途切れかけたことだろうか。

 

 修行が終わって、すぐさま栞に言われたのだ。

 

(天……ちょっとそれは……)

(いや、あのな? 言いたいことはわかる。けどさぁ……どうにもならないんだよ)

 

 本当にどうにもならないんだ。

 気付いたら、彼女のことばかり気にしている。

 気付いたら、彼女のことだけが頭に浮かんでくる。

 

 ……本当に、どうにもならない。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 修行中は、私のドキドキが止まらなかった。

 

 神憑を持った彼を見ると、どうしても目が離せなくなる。

 目が引きつけられる。その視線の先には、大好きでたまらない彼。

 目を逸らさないといけないのに、できない。

 

 集中なんて、到底できるものじゃなかった。

 少し早めに、修行を切り上げて人里へ。

 

 彼が人里に降りた瞬間、皆が彼の元に集まっていった。

 彼は人望もあって、優しくて、強くて、かっこよくて。

 そんな魅力で溢れる彼が、私に振り向いてくれるのか、不安になる。

 

 でも、上手くいくにもいかないにも、この想いは伝えたい。

 大好きだって、彼に言いたい。

 

 そして、お互いに好きになることを、夢に見て――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 宴は、俺達が来て間もなく始まった。

 今は夕方で少し早いが、俺達への幻獣討伐の労い・お祝いと、翔の幻想入りの歓迎の二つを込める宴なので、

 少し早めに始めて、存分に騒いで楽しもうということらしい。

 

 で、宴が始まる前に一言挨拶を。

 当然、幻獣戦に関わった全員が来ているが、代表で俺が挨拶。

 なんとなく予想はしていたが、まさか本当に挨拶になるとは。

 

「それでは、『努力の英雄』様から挨拶で~す!」

「おい霊夢。それやめい」

 

 司会の霊夢でさえも、俺に皮肉たっぷりで二つ名をわざわざ言う。

 それかっこいいけどさ、少し恥ずかしいんだよね、やっぱり。

 

 前に出て、皆の顔を見る。

 こうしていると、幻想入りした初日を思い出す。

 

「皆、今日はありがとう。そしてお疲れ様。これからも頑張っていこう!」

 

 簡単に挨拶をして、後ろで待機していた翔と代わる。

 緊張など縁がないとでも言うように、いつもの笑顔。

 さすがに『冷静』の能力か。

 

「どうも、相模 翔です。どうぞよろしく~」

 

 さ、さすがだな……この緩さが安定している。

 その後も緩さバツグンの、適当かとも思う挨拶が続いた。

 

 で、俺と翔、同時に乾杯の合図を。

 

「「じゃあ、乾杯!」」

「「「乾杯!!」」」

 

 合図がかかった直後、あの日の騒がしさが再来した。

 この皆で騒ぐ様は、忘れようにも忘れられない。

 

 そして、俺のところに、よく知る吸血鬼とメイドがやってきた。

 

「お疲れ様、努力の英雄さん」

「それはやめてくれ、レミリア……呼ばれる側としては、嬉し恥ずかしなんだよ」

 

 英雄とか、自分にはふさわしいのかどうか、わからなくなってくる。

 それに、こうやって皮肉の様に言っていじる人もいるしね。

 

「あら、じゃあもっと呼んであげようかしら、執事さん?」

「相変わらずだな、咲夜。俺は執事でもいじられキャラでもないからな?」

「案外そうでもないかもしれないわよ? 幻獣を倒し終わったら、執事になってたりしてね」

 

 いや、ないな。

 俺も結構長く紅魔館にはいたけど、もう白玉楼からは出ないんじゃないかな?

 

「で、冗談を言いに来たのか?」

「そう思う? 違うわ。応援よ、応援」

 

 応援とアバウトに言われても、何の応援なんだよ。

 幻獣戦か?

 

「私、今日は貴方が妖夢に告白するの、知ってるわよ? 運命だからね」

「あ~……そうかい。ははっ」

 

 なんかもう、苦笑いしか出ない。

 もう知れ渡ってんじゃね? 皆が黙っておくのが暗黙の了解みたいな。

 

「頑張ってね。あ、ちなみに、バレンタインももらってることも知ってるわ」

 

 監視カメラかよ。

 全部が見透かされている気がしてならない。

 

「私も一応応援したげる。しっかりしなさいよ?」

「あぁ……二人共、ありがとうな」

 

 お礼を言うと、彼女達はすぐにどこかへ行こうとする。

 行こうとして、こう言ったのだ。

 

「上手くいくと……いいわね」

 

 ホント、上手くいけばいいけどね。

 俺が心の中でそう返すと、すぐに去っていった。

 

 二人が去っていった後、俺はすぐさま彼女の元を探しに。

 何よりも大切で、大好きな彼女の元へ――。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 乾杯の挨拶を終えて、皆が騒ぎ始めた。

 すぐに彼の元に行こうとしたけれど、止まれの声がかかった。

 

「妖夢さ~ん」

「あ、文じゃないですか。私に取材ですか?」

 

 鴉天狗が飛んできた。

 普段は会わないので、何かしら用事があって来たのだろう。

 そう考えると、取材の線が一番濃厚だ。

 

「いえいえ。今日は――」

 

 そこまで言って、周りに聞こえないように私の耳元で続ける。

 

「天さんに告白するんでしょう?」

「――え!? 何で知ってるんですか!」

 

 幽々子様と相模君以外は誰も知らないはず。

 ……相模君? もしかして、バラした?

 許せないかもしれない。この刀が閃くかも……

 

「想像ですよ。今夜が一番いい舞台ですからね」

「な、なるほど。それで、どうしました?」

 

 取り敢えず、相模君は生きられるようですね。

 でも、多分彼が止めるから、斬るにも斬れないだろうけど。

 

「上手くいくといいですね。頑張ってくださいよ~」

「あ、ちょっと――」

 

 それだけ言って、すぐに飛び去って行った。

 いつもの文なら、告白の後に取材するだろうに。

 

「……行こ」

 

 一人で、静かに呟いて。

 ざわつく心を胸にしまいこんで。

 多少早歩きになりながら。

 

 彼の元へ。

 何よりも大切で、大好きな彼の元へ――。

 

 彼が私を見つけると、すぐに走ってきてくれる。

 

「よ、妖夢。宴、一緒にいてくれないか?」

「あ……は、はい。喜んで」

 

 私は、すごく嬉しかった。

 彼が走ってきてくれたこと、彼から一緒にいようと言ってくれたこと。

 期待してしまう。私のことを、好きでいてくれるんじゃないかと。

 

 それから、夜になるのは早かった。

 夜に少し近い夕方だったことも、原因の一つだろう。

 

 けれど、私は彼と一緒にいたからだと思う。

 彼ともっと一緒に過ごしたい。一緒にいるだけで楽しいから。

 その楽しさが、時が早く感じさせたんだと、私は思う。

 

 そして、霊夢の一声。

 

「皆~! 今から花火、あげるわよ~!」

「「「おお~!!!」」」

 

 一層の騒がしさを見せた直後、夜空に一筋の光が尾を引いて。

 数秒後、胸の中に破裂音が響いて、大輪の花を咲かせていた。

 

 隣の彼の横顔も、その美しい光に照らされて。

 私が見たら、いつも輝いて見える彼が、より輝いて、かっこよく。

 その姿は、それこそ幻想的だった。

 

 周りには、人はいない静かな場所。ここを選んで連れてきた。

 告白するなら、ここだ。

 

「……綺麗だな」

「……そうですね」

 

 もう、告白しないといけない。

 頭ではそう考えていても、言葉が出ない。

 

 一体、どうなってしまうんだろう……?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ついに、花火があがった。

 胸の中に響く独特の音が、自分の心臓を早めてくる。

 

 言葉を繋がないといけない。

 告白の言葉を切り出さなければならない。

 想いの丈を、伝えなければならない。

 

 早めに踏み切らないと、後悔することになるかもしれない。

 言えないまま、俺が妖夢に忘れられて、消えてしまうかもしれないから。

 そう思って、口を開こうとしたその瞬間。

 

「天君!」

 

 隣にいた彼女が、大きな声を出した。

 そちらの方を向いてみると、妖夢が俺の瞳を真っ直ぐに、真剣に見つめていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「天君!」

 

 私が声をあげたら、彼が私へ体を向けて見てくれる。

 彼と目線がぶつかった瞬間、私の心臓は大きく跳ねた。

 

 トクン、トクンと間隔の狭い鼓動がうるさい。

 耳元でなっているんじゃないかとも錯覚させるほどに。

 私のドキドキは、静まるどころか、どんどん加速して。

 

「あ、あの!」

 

 

 意を、決して。

 

 

 

 自分の気持ちに、正直に。

 

 

 

 

 今の想いの強さを、彼に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ、私! 天君のことが、大好きです! 異性として、大好きなんです!」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ……あ?

 

 いま、ようむが、すきって……おれを?

 

 お、俺は、告白して、え?

 

 い、いやでも、俺も、妖夢のことが――

 

「……はぁ~……」

 

 溜め息をついて、妖夢の体が跳ねた。

 

 なんで、だよ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんで、先に言っちゃうんだよ!」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 彼が大きく声をあげた瞬間。

 

 私の体が彼に引き寄せられ、抱き締められた。

 

 少し苦しいくらいに強い。息もしづらい。

 

 けれど、私は幸せだった。

 

 

 ……答えは、どうなんだろうか。

 

 

「妖夢! ……聞いてくれ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺も、妖夢のことが、大好きだ!」

 

 

 そう、こたえが、かえってきた。

 

 同時に、抱き締められる力が、一層強くなった。

 

「あぁ……あぁぁあっ……!」

 

 幸せで、たまらない。

 全身が喜びの声を上げている。

 

 私も、彼を目一杯抱き締めた。

 自分の想いの丈を、精一杯表現する。

 

 

 そして、彼が腕を離した。少し、寂しくなって、つい声を上げてしまう。

 

「あ――」

 

 

 そして、その声がでる口が。唇が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()

 

 その瞬間、横では花火が大量にあがって、暗闇を照らしていく。

 

 花火でできた私と彼の影が、口元で一つになっている。

 

「んっ……」

 

 そして、私のお腹の奥が。

 切なそうにキュッ、となった。

 

 彼の唇が、離された。

 

「あっ……も、もう一回……んっ……」

 

 今度は自分から求めて。

 彼の後頭部に腕を回して。

 

 彼も、私の後頭部を寄せてくれている。

 それが、私を求めてくれているのだとわかって。

 

 どうしようもなく、心も体も幸福感で満たされる。

 頭の中が真っ白になる。本能で、彼を求める。

 頭だけではなく、体も火照ってくる。

 

 これ以上に幸せなことが、あっただろうか?

 こんなに自分の心が満たされることが、あっただろうか?

 

 一回目は短く、軽く。

 二回目は長く、情熱的にキスをした。

 

 そして、二人で唇を離した。

 

「妖夢。俺は、妖夢のことが大好きだ」

「はい……はい……!」

 

 大好きだ、と言われる度に、お腹の奥がキュッとなる。

 幸せの証、なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と……付き合ってください」

 

「はい……! こちらこそ、喜んで!」

 

 私と彼は、溢れんばかりの幸せに、身を震わせて。

 

 あまりの幸せに涙を流して、再び強く強く抱き締め合った。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「あやややや……これはまた……」

 

 隣の文さんが、少し赤面しながらカメラのシャッターボタンを押す。しかも連写。

 抜かりないね。

 

「幽々子さん、すごく過激ですねぇ、これ」

 

 俺もそう言いつつ、カメラのシャッターを切る。勿論連写で。

 抜かりはない。

 

「えぇ。ただのキスなのに、どこかえっちぃわね」

 

 『えっちぃ』って言い方もまた可愛くてえっちぃ。

 今この場には、幽々子さん、文さんと俺。

 

 そして、前に天がお世話になったらしい、紅魔館というところの、レミリアちゃんと咲夜さん。

 咲夜さんは、例のタネなし手品の人らしい。実際に見せてもらったが、あれはすごかった。

 時間を操るらしいから、何でもできちゃうよね。

 

 レミリアちゃんに、ちゃん付けで呼ばないでって怒られた。

 けど、幼女の見た目で可愛いから、これからもちゃん付けで呼ぼうっと。

 

「じゃあ、撮影も終わったし、見つからないように行こうか」

 

 皆で頷いて、その場所を離れる。ここは草むらなので、慎重に。

 天達は、仲良く腕を組んで花火を見ている。

 まだまだイチャつくみたいですねぇ。

 

 

 

 そして、事件は起こった。

 

 パキパキパキッ。

 

 ……ん?

 

「……あ」

 

 それは、レミリアちゃんが足元の木の枝をいくつも踏んだ音だった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「そぉ~らくぅ~ん」

「……どうした?」

「呼んだだけで~す……えへへっ」

 

 可愛い。

 告白が成功に終わって、俺達は……恋人同士。

 花火を腕を組んで見ているのだが、腕に頬をすりすりしてくるのだ。

 ……可愛い。可愛すぎる。

 

「そぉ~らぁ~」

「どうした?」

「呼んだだけだよ~……えへへぇ~」

 

 さっきからずっとこの調子なのだ。

 頬ずりしながら、ただ俺の名前を呼ぶだけ。

 

 もう耐えられないんだけど。何この可愛らしい小動物。

 もう一回抱きたいな~。

 

 そんな欲望を沸々とさせていると。

 

 パキパキパキッ。

 

 隣の草むらから、あたかも人が踏みましたよ、という音が聞こえた。

 彼女にもしっかりと聞こえていたようで、二人同時に草むらを振り向く。

 

「「……あ」」

 

 つい、声をあげてしまう。

 草むらには、幽々子、翔、咲夜、レミリア。そして、文。

 

 瞬時に頭が回転する。

 この中で一番逃してはいけない人物は誰だ? と。

 

「文、翔! ちょっと待て!」

 

 霊力強化で間合いを詰めるも、時既に遅し。

 幻想郷一のスピードを誇る文には、とっくに逃げられてしまった。

 翔は捕まえた。逃してない。

 

 ただ、気付いたらレミリアと咲夜が見えない。

 咲夜か……時を止められたら、何も出来ない。

 

「さて、どういうことか、きっちり言ってもらおうか?」

 

 残った幽々子と翔に問い詰めよう。

 翔は手にカメラ持ってるし、捕まえたかった。

 一番はやっぱり文だが。

 

「い、いや違うんだよ。見逃せるわけないじゃん。それに、踏んだのはレミリアちゃ――い、いないし……」

「そうよ。あんなこと言われて、覗かないわけにもいかないじゃない。覗けと言っているようなものよ?」

「そうかそうか。覗きを平気でするんだな。へぇ~。……何か、言い残すことは?」

 

 そうやって問うた直後。

 

「「じゃあね!」」

「あ、ちょっと待て――!」

 

 二人がすごい速さで逃げていった。

 反応に遅れた俺は、到底追いつけるはずもなく。

 

 妖夢の場所に戻って、事後報告。

 

「あぁ~……悪い。逃した――妖夢?」

「あ、あわ、わ……抱き、合って、キスも、して……」

 

 顔を今までで一番赤面させて、もはや単語しか並んでいない。

 俺は、ちょっと思ってしまった。

 

 この妖夢の姿が引き換えなら、いいんじゃね? と。

 

「……大丈夫だよ。それとも、俺といるところを広められたくないくらい、俺が嫌い?」

 

 そう言って頭を撫でると、俺の胸にぽすんと顔をうめて、腕が回された。

 表情が見えないように、小さく首を横に振っている。顔をうめたまま。

 

 ……俺、もう耐えらんない。

 彼女と同じように腕を回し、結局は抱き合う形に。

 

 そして、その日で一番大きな花火が、俺達を明るすぎるくらいに照らした。

 

 まるで、俺達を祝福してくれているように。

 

 そして俺達は、同時にこう言ったのだ。

 

 

 

 

「天――」「妖夢――」

 

 

 

 あなたのことが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「――大好き!!」」




ありがとうございました!

今までで一番甘々に書いたつもりです。
妖夢ちゃんは可愛い。異論は認めない。

どれくらいの人が悶てくださったでしょうか?
私は、書いている途中に恥ずかしくなってきました。
……自分の作品なのに。

これからこの作品では、恋人同士の天君と妖夢ちゃんを、よろしくお願いします!

ではでは!


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第51話 咆哮。雄叫び。

どうも、狼々です!

今回からバシバシストーリーを進めていきます!
日常編が恋しくなるくらいに。

では、本編どうぞ!


 花火も終わって、周りが多少静かになって、宴も終わりに近づいていく。

 まだ酒を飲む者、既に酒を飲みすぎて酔いつぶれる者、ただ騒ぐ者。

 多種多様の人々が、各々(おのおの)の楽しみに酔いしれていた。

 

 俺も、妖夢も、その一人なのだが。

 

「楽しかったです、天君。なにより、幸せです」

「俺もだよ、妖夢。こんなに浮かれたのは、いつ以来だったかな」

 

 俺も、妖夢も、浮かれきっている。

 初めての告白の成功、初めてのキス。

 これらが及ぼす影響は、俺達にとっては大きいだろう。

 

 俺も、彼女がいるから頑張れる。

 彼女を守りたいから、幻獣と戦おうとできる。

 彼女のいる幻想郷を、守りたいから。

 

 幸せを守る幸せを、感じた。

 

「そろそろ、帰ろうか」

「そうですね」

 

 短く会話をして、空へ飛び立つ。

 

 ……俺と妖夢の手は、繋がって離れないままだ。

 

 

 

「あら、おかえりなさい。オシドリ夫婦さん?」

「おかえり、オシドリ夫婦さん」

「それやめろ。前に言われたことがあるんだよ」

 

 帰宅したことを報告しに幽々子の部屋に行ったのだが、幽々子と翔の二人が何食わぬ顔で座っていた。

 自分達が何をしていたのか、覚えていないのだろうか。

 

 無理矢理にでも思い出させなければ。罪を悔やませねば。

 そう思ったが、案外忘れている方が都合のいいのかもしれない。

 忘れているなんてことは、高確率でないだろうが。

 

 まぁ、反省しているのなら、公開しないことを前提にして許してあげなくも――

 

「あ、写真、保存して外の世界に送ってもらったから。印刷も済んだよ?」

「おいなに印刷まで進めてんだよ。ほら、返してみろ。破ってやる」

「あるわけないじゃん。外の世界だよ。十枚ちょっとくらいかな?」

 

 ――訂正しよう。絶対許さん。

 後悔しなかったことを後悔させてやろうか。

 

「ど、どうしたのさ天? え、笑顔が引きつってるよ?」

「あっははは、そんなことはないさ……」

「逃げろ!」

 

 叫んで部屋を出ようとする。

 が、しかし。俺はその前に襟首を掴んで、翔の逃走を阻む。

 

「栞、どうしたらいいと思う、こいつ?」

「私は一番近くでイチャイチャを見たから、私はもうお腹いっぱいだよ?」

「よしわかった。二人共許さん」

 

 栞は栞でこんなことを言うのだ。

 でも、改めてすぐ近くで見られていたことを認識すると、少し恥ずかしくなる。

 

「妖夢ちゃ~ん。たしゅけて~」

「はいはい。天君、そのくらいにしましょう?」

「……まぁ、妖夢がそう言うなら。二人共、妖夢に感謝するんだぞ?」

 

 翔を解放する。掴んでいるときでも崩れなかった笑みが、さらに深く刻まれる。

 栞は、「ふっふっふ~」とか言ってる。

 この笑いをする翔と栞には、いいことをされた(ためし)がない。

 

「わぁ~。妖夢ちゃんにデレデレだねぇ。大好きな彼女だもんね~」

「そうそう。彼女さんがいるもんね~。可愛い可愛い彼女さんが」

「妖夢の彼氏さんなんだものね~」

 

 二人に混じって幽々子の声も妖夢に届き、一瞬硬直した。

 ほぼ同時に、顔を真っ赤に紅潮させている。可愛いな~。

 

「はいはい。俺は皆に茶化されようと、妖夢が大好きなことに変わりはないからな」

「そ、天君! ちょっと、恥ずかしいです!」

 

 言われる側としては恥ずかしいのだろうか。

 でも、そんな妖夢もとても可愛らしくていい。

 

「あら、嫌ではないのね、妖夢?」

「あ、その……むしろ嬉しいです。私も、大好きですから……」

 

 あ~……これ言われる側も恥ずかしいな。

 妖夢に言われてわかった。

 

 にしても、このもじもじしている妖夢の可愛らしさはもう。

 我慢できなくなってしまいそうだ。

 

「まずいですよ幽々子さん。恋人になってさらにイチャイチャが加速してます」

「もう手のつけようがないわね~。ほっときましょう」

 

 そう言って、幽々子が布団を敷き始めた。

 幽々子以外が全員苦笑いをしながら、それぞれの部屋に帰っていった。

 

 

「さてと、修行に行こうかな……と思ったけど、今日はいいかな?」

 

 修行に行こうとしたが、今日は気分が乗らなかった。

 決して面倒なわけではないが、なんか動きたくない。

 それを面倒って言うんだろうが。

 

 ということで、布団を敷いてさっさと寝よう。

 そう思った時、俺の部屋の障子が開いた。……ん?

 

「そ、その……天、君……」

 

 そこには、寝巻姿の妖夢がいた。枕を持って。

 寝巻姿でも可愛さがマッハ。それに、枕を前でぎゅっと抱き締めてるのがまたいい。

 

 ……枕?

 

 ……なんとなく、わかった気がする。

 

「……ど、どうした?」

「その、ですね……い、いい、一緒に、寝ましょう……?」

「よしわかった一緒に寝よう」

 

 俺の動きは、迅速かつ効率的になっていた。

 彼女と寝たことは何度かあったが、自分から頼みにくるのは初めて。

 こんなにも愛くるしい姿の彼女は、国宝級だろう。

 

「お、お邪魔します……」

 

 俺の布団の中に入って、枕で顔を隠している。

 でも、耳まで赤くなっている。全く隠せていない。可愛い。

 

 数分後、やっと枕をとったと思ったら、まだまだ顔が真っ赤になっている。

 

「……可愛いよ、妖夢」

 

 そう言葉にしながら、彼女の頭を撫でる。

 さらさらとした髪に触れて、俺の心臓も早く鼓動を刻む。

 

「ぁぅ……ありがとう、ございます」

 

 『ぁぅ』って、可愛すぎる。

 もうダメだ。我慢ができない。

 

 彼女を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめる。

 やっぱり、ハグが一番安心できて、暖かくて、恋人であることが感じられる。

 安心なしだと、一番はやはりキス。

 

「あ、暖かいです、天君」

 

 彼女も俺に腕を回し、抱き締め合うことに。

 それだけでも心拍数は急激に増加している。けれど、安心する。

 自然と頬が緩み、笑顔が溢れてしまう。

 

「あ……そ、その……」

「ん? どうした?」

 

 彼女の顔がまた一層と赤くなった。

 これ以上赤くなるとは思わなかった。それでも可愛い。

 

「お、お腹に、当たって……」

 

 お腹……?

 

 あ、あ~……

 

「あ~……その、ごめんな。……好きな人と一緒にいると、生理現象でこうなっちゃうんだよ。嫌なら――」

「い、いえその、嫌じゃないんです。……私を好きでいてくれてるんだって、嬉しかったんです」

 

 妖夢の抱き締める力が強くなり、より一層密着することに。

 ……本当に、嬉しいのか。

 

「俺も、嬉しい。大好きだよ、妖夢」

「あぁぁ……はい、私も、天君が大好きです」

 

 二人で抱き合いながら。

 最後に短くキスをして、同時に眠りについた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 幸せ。ただこの一言に尽きる。

 彼といることが、こんなにも幸せなんだ。

 

 でも……同時に、怖い。

 幸せ。だけれど、怖い。

 いや、()()()()()、だろうか?

 

 幸せすぎるのだ。幸せすぎて、恐怖を覚えてしまう。

 幸せが、一周回って恐怖に変わってしまう。

 

 見つめられた時、手を繋いだ時、抱き合った時、キスをした時。

 この幸せがずっと続いてほしい。なくならないでほしい。

 心の底から願っている。この幸せは、始まったばかりなのに。それだけ、幸せ。

 

 本当に幸せで満たされていると、口からは嬌声(きょうせい)が漏れ出してしまう。

 蕩けきって、恍惚(こうこつ)とした表情になってしまう。表情を保つことさえままならない。

 だらしないとわかっていても、顔が緩んでしまう。

 

 幸せが一種の快楽と感じ始めると、もう止められない。

 気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい。

 その想いが頭の中をぐるぐると回って、もっと気持ち良くなろうとしてしまう。

 

 体は火照りきって、吐息も熱く、激しくなって、頭がぼーっとして。

 彼だけを求めている。心も、体も、私の全てが、彼だけを。

 

 だから、反則なのだ。あんなの、耐えられるはずがないんだ。

 大好きな彼に抱き締められながら、耳元で『大好きだよ』と囁かれるのは。

 

 その瞬間、体に電流が走ったように、気持ち良さが走っていく。

 また、だらしなく『あぁぁ』、と声が出てしまう。

 わかっている。けれど、どうしても抑えられない。快楽に勝てない。

 

 快楽に溺れきってしまった私を、さらに抱擁が深くに沈めて、キスが沈めて。

 その二つは大きな重りとなって、外れることはない。

 だからこそ、怖いんだ。二重の意味で。

 

 一つは、この幸せが終わってほしくないと思うから。

 一つは、一度快楽に溺れたら、次から次に極上の快楽を求めていくから。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 宴から数日が経った。

 あの天というやつが、あの剣士と恋人なったらしい。

 

 ……これは使える。

 

 そう確信した。

 この関係を利用すれば、無力化が楽になる。

 

 いや、無力化じゃないかな?

 

 

 

 ――完全に、殺す。

 

「で、今日だろ、叢雲?」

「そうだね。今日だ。正確に言うと、あと……三十秒くらいだね」

 

 ……そうか。

 そうかそうかそうかそうか。

 

 もう、三十秒も過ぎる。

 

「今、七月十日 午前十時三十六分をもって、幻想郷侵略を再開する!」

 

 俺の合図と共に、幻獣が放たれた。

 ――を除いて。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ついさっき。俺と妖夢、相模が博麗神社に呼ばれた。

 もう二度目なのでわかるが……幻獣出現。

 

 レミリア曰く、「かなり数が多い」らしい。

 百を優に超える数であるとは考えている。

 

 到着した博麗神社は、この前と全く同じメンバーに、翔が加わっている。

 

「皆! 察するとおり、幻獣よ。それも、数が途轍もなく多い。メンバーは前と同じよ!」

 

 数が多い話を持ち出されても、周りは静かなままだ。

 焦らず、動揺もせず。このメンバーの強さが見て取れる。

 

「ただ、翔。貴方は幻獣戦闘グループと同行して、指揮をとってもらう。いい?」

「了解。俺の能力が適任なんでしょ? 戦闘がまだ未熟な分、そっちで頑張るよ」

 

 相変わらず、飄々とした声色。

 けれど、唯一顔が全く違った。

 

 あの笑いがない。真剣な顔つきと眼差し。

 いつもは見られない顔。だが。

 翔がこの顔つきということは、それほど余裕がないということ。

 

 ……頑張ろう。妖夢のために、幻想郷のために。

 

「……! 来た! 思ったより早い! 場所は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()!? まずい! 幻獣戦闘グループは、すぐに向かって! 防衛グループも、人里の住民の避難を手伝って!」

 

 霊夢がそう叫んですぐ、飛び立った。

 翔を含む、幻獣戦闘グループと防衛グループの数人が人里へ。

 

 

 人里に着いたが、もう、遅かった。

 

 既に被害が出ている。建物のいくつかは壊されている。

 血も流れている。もう、負傷者もいるのだろう。

 もしかしたら、死者も――。

 

 敵は――オークと、餓鬼だろうか?

 ゲームに出てくるようなザコ敵の一種だ。

 

 けれど――規模が違う。

 百を超えるとは思った。それが――これ?

 

 二百はいっている。人里()()()そこで、溢れかえっている。

 

「皆! 今すぐ殲滅に移る! さっき言った通り、幻獣戦闘グループは戦闘、防衛グループは人里の皆の避難を! 負傷者から優先して永遠亭に運んで頂戴! 開始!」

 

 霊夢の合図で、幻獣に飛び込んでいく者、人里に散らばっていく者に分かれた。

 翔には、移動中に幻獣戦闘グループのメンバーの戦闘方法は教えておいた。

 正解だった。まさか、会議中に来るとは思わなかった。

 

 翔の指示が鋭く飛ぶ。

 

「広範囲の弾幕は、建物に当たらないくらいに広く! 接近戦は後ろに気をつけて!」

「「「了解!」」」

 

「あぁぁああ!」

 

 俺もさっきから斬り続けているが、きりがない。

 数が減っている気がしないのだ。

 今でもどこかから新しくオークと餓鬼が足されているんじゃないかとも思うくらい。

 

 斬り倒しても、斬り倒しても、次から次に湧いて出てくるようだ。

 

 心の中でどうしようかと、突破口を見つけようとした時。

 

 

「ワォォォォォオオオオオオン!」

 

咆哮が。雄叫びが。

 それこそ、幻想郷中に響き渡った。

 

 明らかに、幻想郷の住人のものじゃない。

 それが、俺達に絶望を植え付ける。

 

 

「い、今の――! げ、幻獣が、()()()()!?」

 

 霊力とはまた異質の……そう、檮杌と同じような。

 ドロドロとしていて、深い黒。ドス黒さが、鋭い。

 感じるだけでも強いとわかる。それに、この距離。

 

 響いた咆哮は、かなりの距離があるだろう。その気を感じて、これ。

 だったら、近くに行ったら、どうなるのだろうか……。

 

「天、妖夢! 君達は接近戦が得意だから、この場は不利だ! 今の奴に向かってくれ! 時間を稼ぐだけでいい! 後から追いつくから、倒そうとは思うな!」

「わ、わかった!」

「わかりました! 行きますよ、天君」

 

 あの全身が震えるような、恐怖の塊へ。

 場所は――妖怪の山。

 

 

 

 

 二人で飛びながら、黒の霊力に似た何かに近づいている。

 やはり、その力は近づくにつれて、大きく、ドロドロと、ドス黒さを増している。

 

 ――着いた。そして、目を疑う。いや、自分を疑う。

 

 なんで、こんなに『黒』が強いんだ、と。

 

 その幻獣は、荒々しく立っていた。

 牙は太く、鋭く。爪はぎらりと鋭く光っている。

 目も充血しているんじゃないかと思うほど睨みを効かせている。

 

 そして、何よりも特徴的なのは、足と首に付いた輪。

 首には、刺々しい針のようなものがいくつもついた、首輪が。

 四本の足には、腕輪のようなものに鎖がついている。まるで、拘束されていた獣。

 

 逆立つ獣の毛が、また荒々しさを主張している。

 その獣が俺達を視認すると、目が一層光った。

 

「ワォォォォォオオオオオオン!」

 

 またもや、咆哮。

 この、幻獣は――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()!」

 

 北欧神話の、『地を揺らす者』である、狼の怪物が、そこに。




ありがとうございました!

さて、人里にダイレクトアタックです。
ライフポイントが激減。

もう一体の幻獣は、フェンリルでした!

さて、妖夢ちゃんと天君には、あと二、三回くらいは絶望してもらおうかと。
さすがに主人公・ヒロイン交代はないですが。

ではでは!


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第52話 たった一つの活路

どうも、狼々です!

今の状況は、かな~りピンチです。
それはわかるかと思います。

さて、そのピンチの活路は――?

では、本編どうぞ!


 けたたましいフェンリルの咆哮。

 それと同時に――フェンリルが()()()()

 

 俺達はまだ着地していない。高さは地上から20mはあるだろう。

 その間を、フェンリルは一瞬で詰めた。

 

 山の木々を揺らし、弱々しい葉は全て散った。

 地面の砂は刹那にして空へと飛んでいく。

 葉と砂が、上昇気流に乗って、舞う。

 まるで、竜巻が発生したかのように。

 

「危ない、妖夢!」

 

 妖夢を抱きかかえるようにして、フェンリルの攻撃を躱す。

 瞬間、ついさっきまで俺と妖夢がいた場所を、空間を、銀色に光る爪が切り裂いた。

 

 跳躍はそこで終わり、フェンリルが落下していく。

 

「す、すみません。もう大丈夫です」

 

 どう、しようか。

 このまま空で戦ってもいいが、避けられる保証はない。

 それに、フェンリルがここに留まるとも限らない。

 

 仮に空中戦を持ちかけたとしよう。

 フェンリルが人里へ、俺達で追い付けない速さで向かったら、どうなるだろうか。

 引きつけるという目的を果たせず、少しとはいえ、戦力が分断されている状態。

 

 ……気を感じた限り、絶対に勝てない。俺達がいて変わるかと言われれば、わからない。

 取り敢えず確定することは、被害が大きく拡大すること。

 

「……妖夢、危険を承知で降りる。俺に、ついてきてくれるか?」

「貴方の考えなら、どこまでも。行きますよ、天君」

 

 そう言って、妖夢が飛び出す。

 ……即答かよ。

 

「っしゃあ! 行くか!」

 

 俺も、妖夢に続いて飛び出す。フェンリルは、すぐそこに――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 くそっ! 広範囲すぎる弾幕が使えない!

 

「ったく、どうすりゃいいんだぜ……」

 

 自慢のマスタースパークも、建物ギリギリくらいの横幅だ。

 もしかしたら、飲み込んでしまうかもしれない。

 

 数匹のオークが、私に向かってくる。

 空に逃げるが、このままだと埒が明かない。

 

「魔理沙! 敵を引きつけて! 攻撃は他に任せるから!」

 

 今回指揮役の、翔の声が私に届く。

 まぁ、私にできることは、それしかないよな。

 

「ほらほら! 私に攻撃を当ててみろ~!」

 

 箒に乗って、敵を数体蹴散らしながら進んで行く。

 これで、幻獣の攻撃が私に向きやすくなるだろう。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

 

 私の投擲した槍が、敵をいくつも貫いていく。

 狭い範囲で、威力があり、効率的なのは、間違いなくこの技だ。

 

 敵が大量にいる以上、重ならないことは避けられない。

 そこを、一気に串刺しにする。

 

「幻符『殺人ドール』」

 

 咲夜の出したナイフが、敵に向かって突き刺さっていく。

 大量の銀色ナイフが、建物の幅スレスレにまで広く。

 

 多くの幻獣にダメージが与えられたであろう。

 

「さすがね、咲夜」

「恐縮です、お嬢様」

「私も、頑張らなきゃ……ね!」

 

 再び、大きく鋭い、細いものが、敵をいくつも串刺しにする。

 そこに容赦など、全くもってない。

 

 ただひたすら、殺戮(さつりく)を以て殺戮(しんりゃく)を阻止する。

 あいつらの血なんて、吸いたくもない。

 ま、人間以外の血は吸ったことないから、怖くて吸えないわ。病気になったらどうしよ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「レミリアちゃん! できるだけ右側の敵を殺って!」

「妹紅ちゃん! 一旦下がって、体勢を整えて!」

「早苗さん! そこの人を優先して運んで! 結構命に関わるかもだから!」

 

 翔の能力については聞いていたけれど、まさかここまで……

 的確過ぎる指示。十分に安全を確保した作戦。

 さらには、避難に遅れた人々や、負傷した人々の戦線離脱。

 

 あらゆる可能性を視野に入れた指示。

 常に最善の選択とも言える作戦が、皆の余裕を生む。

 

「霊夢! 左の敵、蹴散らして!」

「了解! ……霊符『夢想封印 集』!」

 

 集中した夢想封印が、狭い範囲で放たれる。

 建物に当たらないようになったと同時に、威力も増している。

 

「次! 妹紅ちゃんと咲夜さん交代で!」

 

 これなら、いけるかもしれない……!

 この数を相手に、限りなく少ない被害で、幻獣を倒せるかもれない……!

 

 そうなると、早くこちらの戦闘は終わるだろう。

 ……だから、勝手に死ぬなんて許さないよ、妖夢、天!

 

 私は、二発目の夢想封印を繰り出して――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「リベレーション!」

 

 栞と自分の霊力を表面に纏い、強化。

 さっきからずっと妖夢と俺で攻撃しているが、いまいち手応えがない。

 少し早いが、ここは少しでもダメージを与えておきたい。

 

 

「あぁぁあ! 煉獄業火の閃きぃいいいい!」

 

 

 

 フェンリルの体内に刀が入り、爆発。

 檮杌に大ダメージを与えたこの攻撃だが――

 

 

 

 

 

「ガァァアアアア!」

 

 

 この鳴き声は――悲鳴じゃなく、威嚇。

 

 

 

 

 ……効いて、ない……!?

 

 

 

 

 そのまま、咆哮と共に、神速の爪が。

 

 

 

 

 俺の腹を、横に思い切り切り裂いた。

 

 

「ガ……ハァッ……! ゴフッ!」

「天君!」

「天! 大丈夫かい!?」

 

 

 妖夢の悲鳴。栞の悲鳴。

 

 

 それと同時に、俺の口から吐き出されるのは、大量の血液。

 

 

 

 

 地面が瞬時に赤く染まり、傷口からも大量の血液がこぼれて。

 

 

 

 

 でも、負けるわけには、いかな――

 

 

 

 

 

 ――鎖が、飛んできた。

 

 

 

 

 

 

「なっ――!」

「危ない、天!」

 

 

 

 当たった瞬間、鈍い音と痛み。そして、体ごと吹き飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全身の骨が、折れた。

 

 

 

 そのまま木に衝突し、さらに痛みが増す。

 

 

 

 

「アァァアァァァア!」

「そ、天君!」

 

 

 妖夢が、泣きそうになってこちらに来る。

 

「だめ、だ……今、来たら――」

 

 

 

 フェンリルにやられる。そう言おうとして。

 

 

 

 

 

 

 鎖が、妖夢に飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 俺に向かっている妖夢の、背後から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当然、妖夢は気付かない。

 

 

 

「あ、に、にげ――」

 

 

 

 

 にぶい、おと。

 

 

 みみにのこりつづける、いやなおと。

 

 

 

 

 そして。

 

「あぁぁぁあああっ!」

 

 

 

 ようむの、ひめい。

 

 

 

 

 

「よ、よう、む……」

 

 

 ほねが、おれている。けれど、いかなきゃ。

 

 

 

 

 

 ようむの、ところに。

 

 

「あ……ごめんなさ――ガハッ!」

 

 

 

 

 そして、あかい、ドロドロの液。

 

 

「お、おい、ようむ、どうした……?」

「す、すみませ……少し、待っててください……」

 

 

 

 ヨロヨロと、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺と妖夢、同時に()()()()()()()

 

 

 

 

 また骨が砕けて。

 

 

 

 

 

 さっきから体に防御の霊力強化をしている。けど、効果が薄いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖夢と俺は、同時に木に叩きつけられる。

 

 

「だ、大丈夫か……お、おい、妖夢?」

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 妖夢が、返事をしない。

 

 

 

 指一本すら、動いていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺じゃ、何も守れない。

 

 

「ダメ、天! よそ見しないで!」

 

 

 

 

 

 視界の右から、再び鎖。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺じゃ、守れないなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キィィィィイイイイイン!

 

 

 

 金属音が、この山中に響き渡る。

 神憑と鎖が衝突。片腕一本で、鎖を受け止める。

 

「なっ……! ま、まさか、天……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アッハハハハ! 結局これかよ!? 俺はぁ!?」

 

 

 

 そう、俺じゃなく――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「悪いようにはしないさ! にしても、既にボロボロじゃねえか!」

「そ、そら……くん……?」

 

 

 妖夢が起き上がって、こちらを虚ろな目で見る。

 

 オレは、思い切りフェンリルに威圧的な目を向ける。

 

「おい、お前! よくも俺と()()()()()傷をつけたなぁ? 俺に代わって、オレが叩きのめしてやるよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 今の俺なら、()()が使える。

 

 

 オレが、神憑を納刀した後。

 

 

 

 

 オレの右腕に、黒い霊力が渦を巻いて集まる。

 

 

 

 

 

 

 そして、その霊力は、やがてある()()()()となる。

 

 

 

 

 

 

 

 霊力は実体化できない。だが、それらしい形としての偽物なら、できる。

 

 それが、霊力刃の根幹である。

 

 

 それを、武器の形全体にして、形を保つ。

 

 

 

 

 

 湾曲した鋭利な刃が、内側に向いている。

 

 その刃を支えるように、長い柄がある。

 

 

 そう、それは……死神が持っているような、()()

 

 

 全ての色が黒色で染まっていて、どこか禍々しい。

 

 

 

 この武器の名は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――朧月夜」

 

 

 

 夜空に孤独に佇むその様は、まるで月。それが、刃の形となっている。

 

 

 刃の付け根には、真っ黒なエリカの花。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカの花言葉は――()()()()()

 

 

「ハッハハ! オレそのものみたいだろ? これでお前を切り裂いてやるよ!」

「そ、天、君……わ、私も……」

 

 妖夢が刀を杖にして、立ち上がる。

 

 

 オレはそれを鎌で制止する。

 

 

「いい。オレがやる。……引っ込んでろ」

「あ……なるほど。わかりました。ちょっと休んでおきます。……頑張ってください、()()()

 

 

 

 

 妖夢が、オレに敬語で、君付け。

 

 

 

 

 

 

 ……全く、察するのが早えんだよ。妖夢も、栞も。

 

 

「さあ! やってやるよ!」

 

 

 

 オレは朧月夜を片手に、フェンリルに向かう。

 

 

 

 傷なんて、気にせずに。

 

 

 

 

 フェンリルが、爪を立てて右側から切り裂こうとする。

 

 

「ソラ、右から来るよ!」

「わかってんだよ、栞!」

 

 

 大鎌で受け流し、右前足の付け根に刃を入れる。

 

 

 

 

 

 この大鎌は、霊力の塊だ。幻獣の弱点。

 

 

 

 それは勿論、霊力強化よりも幻獣に効きやすい。

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうやって、簡単に足を()()()()()

 

 

 

 

 

 

「ガァァアアアアアアア!」

 

 今度は、明らかな悲鳴。

 

 

 

 切れた右前足は、残らず黒い(もや)となって消えた。

 

 

 当然、バランスを崩してろくに立てもしないだろう。

 

 

 

 

 ……今が、好機!

 

 

 

 

「はぁぁあぁあああ!」

 

 

 右腕を大きく振り下ろし、巨大な獣の胴を真っ二つにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()

 

 

 

 

 

 オレは気付いていなかった。その異様な光景に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき切断したはずの右前足が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()ことに。

 

 

 

 黒い靄が腕をもう一度形成した。

 

 

 

 

 

 

 再生された右前足で朧月夜を受け止められる。

 

 

 

 

 

 

 甲高い金属音がうるさく響き渡る。

 

 

 

 

 そして、オレの驚愕の声も、響き渡る。

 

 

「な、にっ……!」

 

 

 

 

 その驚愕は、二つの意味でのものだった。

 

 

 

 

 一つは、朧月夜を受け止められたことで。

 

 

 

 

 一つは――もう片方の、左前足でオレの体を切り裂こうとしていることで。

 

 

 

 

 

 オレが回避する手立ては――残念ながら、ない。

 

 

 

 

 

 空間と共に切り裂かれたオレの腹は、二度目の鮮血を、辺りに散らしていた。

 

 

 

 

「ソラ!」

「ソラ君!」

 

 

 

 二人の悲鳴が、また聞こえる。

 

 

 

 

 取り敢えず……距離を取る。

 

「ハァ……ッ!」

 

 

 

 痛みによって、顔がどうしても歪む。

 

 

 

 それでも、立つ。立たないといけない。

 

 

 

 けれど、オレの限界が来る。

 

 

 

 

 

 元々俺の体なので、霊力の消費は普通よりも多くなる。

 

 オレの霊力が俺の体に馴染んでいない分、無駄な霊力消費が増えるのだ。

 

 そう、初めの俺が、飛行している時。あれと同じ原理だ。

 

 

 

 それに、朧月夜の保持にも莫大な霊力を使っている。

 いくらオレの霊力でも、そろそろ底をつく。

 

 どれだけ頑張っても、限界は超えられない。

 

 

 ――おい、俺。後は頼むぞ。右前足は再生されたが、ダメージは大きいはずだ。

 

     わかった。やれるだけやるよ。休んでろ。お疲れ様、オレ。

 

 ――ハハッ……やけに優しいじゃねえか。じゃ、そうさせてもらうよ。

 

 

 

 

 俺の意識が前に出る。

 

 

 刺すような痛みに顔を(しか)めながらも、対抗策を考える。

 

 

 

 妖夢との二人の連携技。ダメだ、どちらもろくに動けないだろう。

 

 スペルカードを使う。 却下だ。避けられた時はどうする。

 

 霊力刃で攻撃する。  一応アリだが、せいぜいできるのは、一瞬ひるませるくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……じゃあ、()()しかない。

 

 

(……栞。俺に霊力を渡したら、すぐに妖夢のところに移動してくれ)

(嫌だ)

 

 

 即答。俺の意志を、汲み取ってほしい。

 

 

(わかってるだろ? 俺の言いたいことが。だったら――)

()()()()()、だよ。約束、したじゃん。一緒だって)

 

 

 

 

 

 ……全く、こういうところがあるから、俺は泣きそうになっちまうんだろうが。

 

 

 

「……妖夢。大技するから、合図をしたら大きくフェンリルから下がってくれ」

「わかりました。気を付けてくださいね」

 

 

 妖夢は、気付いていない。それだけが救いだ。

 

 

 

 

 

 

 フェンリルとの間を、一気に詰める。

 

 

 

 それと同時に、左から爪と鎖。

 

 

 

 

 

 

 

 それらをすんでのところで躱す。逆方向――後ろに下がって。

 

 

 

 

 前に向かっているベクトルが、後ろに向く。

 

 

 

 

 そして、霊力刃を数発飛ばす。

 

 

 

「ァアアアア!」

 

 

 

 少し、怯んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――今だ!

 

 

「妖夢、下がれ! ……氷結符『寒煙迷離の氷国』!」

 

 

 

 

 

 

 

 怯んだ隙に、神憑を地面に突き刺し、辺り一帯を凍らせる。

 

 

 

 

 

 これで、しばらくは動けないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――フェンリルと()()()

 

 

 

 

 

 

 

 氷は地面を走っていき、フェンリルと()()()()()凍らせ、動けないように。

 

「……え? ちょ、ちょっと、天君? どうして――」

「――ごめんな、妖夢。これしか方法がないんだよ」

 

 

 

 

 

 このまま持久戦に持ち込んだら、どちらも大量出血で死ぬ。

 

 

 

 

 だから、皆が追いつく前に、こいつは倒さないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こいつを吹き飛ばすことができるほどの威力のある技。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺だって、怖くて試したことがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――せめて、妖夢だけでも。

 

 

 

 

 

「……じゃあな、妖夢。短かったけど、恋人になれてよかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、最後に。

 

 

 

「……()()()()()()()()()()()()。」

「……! いや、そらく――」

 

 

 

 

 

 妖夢の言葉と、自分の涙を振り切って、フェンリルとの距離を詰める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 右腕に俺の霊力と栞の霊力、()()()()()のせて、フェンリルを殴る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが、たった一つの活路だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プラネット・バーストォォォオオオオオ!」

 

 

 

 

 

 

 

 俺の右腕とその周りが、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()。霊力が弱点な幻獣にとって、諸刃の剣。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直、()()()()()()()()()()()。一番近くで、最大火力の爆発が起きるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど、このままだと二人共死ぬんだ。せめて、妖夢だけでも、生きてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 栞がどうなるかもわからなかったから、妖夢に移れと言ったんだ。

 

 けれど、栞は紅魔館での約束を、守ってくれた。

 

 

 『私も逃げないよ、爆発するとしたら一緒だよ』。この、約束を。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ごめんな、栞、妖夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉は、轟く爆発音で掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 爆発で全身が飛ばされて、すぐに意識がなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イメージが途切れたので、氷もすぐになくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――地面に突き刺されたままの神憑が、寂しく佇んでいた。




ありがとうございました!

絶望一回目です。
捨て身の一撃。これを、妖夢はどう受け止めるのでしょうか。

次の戦いは、案外早く来ると思います。
早かったら、あと2~4話後くらいに。

ではでは!


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第53話 眠り

どうも、狼々です!

前回の戦闘の内容が、檮杌戦に比べて少なかったですね。
すみませんでした。

どうしてもあの状態がつくりたかったのです。

では、本編どうぞ!


 天君を止めようとした。

 けれど、天君は私に背を向けて、行ってしまった。

 私は、見えたんだ。天君の、泣いている顔が。

 

 爆発音。

 すぐに足元の氷がなくなって、爆風に吹き飛ばされる。

 あまりの大きな音に、耳が痛くなる。

 

 10mほど飛ばされて、なんとか体勢を立て直した。

 そして、私の隣りから、ドサッ、と音が聞こえた。

 

 ――まるで、何か重い物が飛んできたような。そんな音が。

 

 その音はどんどんと遠ざかっていく。

 私は、その音を発する正体がわかっていた。

 早く、受け止めないと。

 

 沢山の砂埃が舞っている中、先回りして受け止める。

 

 やがて、砂嵐が晴れて、周りの光景が映る。

 

 ――私の腕の中には、とても痛々しい彼がいた。

 

「あ、あ……」

 

 ろくに声を出すことができない。

 彼の右腕が、原形を留めていない。腕だということが、信じられない。

 血で彼の体のところどころが、赤く血塗られている。

 

 腕からは、大量の血液が、ドクドクと流れ続けている。

 見ているのも、怖くなってくる。

 鼻に、あの独特の鉄の臭いが刺さる。

 

 爆発が起きた場所は、大きなクレーターができていた。

 そこに、かつてのフェンリルの姿は、微塵も残っていない。

 周りの木には赤い点がいくつもついていて、それは恐らく、彼の血が爆発で飛び散ったから。

 

 そして、彼の体の重さに気が付く。

 ――軽すぎる。こんなにも、軽いの……?

 気付いた。それが、出血でなくなった血の分だということに。

 

 泣きたくなった。大声で叫んで、狂ってしまいたい。

 けど、そんなことをしている暇があるなら。

 

 私は軽くなった彼を担いで、全速力で永遠亭に飛び立つ。

 早くしないと、出血で、本当に、彼が――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「そのまま最後まで攻撃して! あと少しで――」

 

 そこまで俺が言って。

 山の方角から、聞いたことも無いような爆発音が聞こえた。

 遠く離れた、ここ人里にも、途轍もない風圧が押し寄せてくる。

 

「な、なに、今の!?」

「集中を切らさないで! あと少しだから、早く殲滅して山に向かうぞ!」

「わ、わかった!」

 

 あと数分で、ここの幻獣は全て倒し終わるだろう。

 今やるべきことは、彼らを心配することじゃない。

 彼らを信じるなら、ここは、人里を守りきることが一番だ。

 

 

 

 

「よし、全滅! 急いで山に向かいましょう!」

 

 霊夢の一声で、メンバー全員が山に向かう。

 心配の念が募るが、それを押し込めて妖怪の山へ。

 

 

 

 ――そして、その心配は、最悪の形で現実になった。

 

「な、なんだ、これ……?」

 

 大きなクレーターができた地面。

 木々に飛び散った血の跡。

 そして、幻獣も、妖夢ちゃんと天の姿がない。

 

「急いで永遠亭に行くわよ!」

 

 またも霊夢が先陣を切って、『永遠亭』というところに飛び立っていく。

 場所がわからないので、想像でしかないが、恐らく病院的な場所がその永遠亭というものだろう。

 

 

 

 最高速で永遠亭に向かって飛行していると、竹林に囲まれた建物が見えた。

 竹林が深すぎて、入ったらもう出られないかもしれない。

 けれど、俺達は飛んでいるので、迷うことなく建物に。

 

 中に入って、霊夢が部屋の扉を手当たり次第に開けていく。

 そして、いくつか扉を開けた時、彼らが見つかった。

 

 ――傷だらけの、彼らが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 扉を勢い良く開けて、叫んだ。

 

「永琳! 天君を……助けて! 天君が!」

「……! わかったわ。もう準備はできているわ。そこのベッドに寝かせて」

 

 運んできた天君を指定されたベッドに横たわらせる。

 出血量は随分少なくなったが、依然として出血は続く一方。

 

「鈴仙、貴女は妖夢の方をお願い。天は私がやるわ」

「わかりました、お師匠様。では、こちらに」

 

 鈴仙の指すベッドに仰向けになって、治療を受ける。

 多分、多箇所に渡って骨折がある。

 全身が悲鳴を上げていて、もうろくに動けない。

 ここまで彼を運べたことが、自分でも信じられない。

 

「えっと……まずは、これを飲んで下さい」

 

 鈴仙から、白い錠剤をもらった。

 それを飲み込んで、気付いた。

 

「い、痛みが、引いて……」

「はい、これで中の傷は大丈夫です。数日もすれば、骨は繋がります」

 

 幸い、自分が受けたのは、全て鎖の攻撃。

 爪で抉られてはいないので、出血で死ぬことはない。

 出血したのは、吐血で吐いた血だけだから。

 

「そ、そら、く……」

「あ、動かないでください! 絶対安静ですから――」

 

 そう鈴仙が言って、扉が弾かれたように、勢い良く開いた。

 そこには、幻獣と戦ったメンバー全員が。

 

「ちょ、ちょっと、二人共、なんで……あの幻獣は?」

 

 霊夢が青ざめた表情で、こちらを見る。

 それもそうだ。時間稼ぎだったのに、傷だらけの仲間。

 さらには、いるはずの幻獣が、クレーターに変わっていないのだから。

 

「あの幻獣は……フェンリルは、天君が倒しました」

「天が……全く、ホントになにして――!」

 

 霊夢の目は見開かれ、口元に手が当てられた。

 霊夢以外の皆も、目を細めたり、逸らしたり、顔を(しか)めたりした。

 ……恐らく、彼の右腕の惨状を見たのだろう。

 

「……え? こ、これ、は……?」

「恐らく……霊力爆発です。自分の右腕を媒体に、爆発させたんでしょう……」

 

 刀は寒煙迷離の氷国で、地面に突き刺したままじゃないといけない。

 だから、何かを介して霊力爆発は、不可能だったのだ。

 

 それに、フェンリルには一度煉獄業火の閃を使って、ほぼ無傷だった。

 ということは、生半可な攻撃じゃあフェンリルに効かない。

 それこそ、全霊力での霊力爆発とかの規模じゃなきゃ。

 ……だから、自分を犠牲にした。

 

 あの別れの言葉は。あの時私を動けないようにしたのは。

 ――私を、助けようとしたから。守ろうとしたから。

 

 私を助けるために、彼が彼自身を犠牲にした。

 私と天君自身を、彼の天秤にかけた時、私の方が傾いた。

 嬉しいけれど、それ以上に、苦しくて、悲しかった。

 

「……はい、終わり。薬も投与したし、包帯も巻いて止血した」

 

 彼は、まだ眠ったままだ。心なしか、顔が白いような気もする。

 右腕とお腹に包帯がぐるぐると巻かれていて、私の中で罪悪感が膨れ上がる。

 私が、彼を間接的にあんな風にさせてしまったんだと。

 

 でも……永琳の様子が少し変だ。

 難しい顔をしたまま、天を見つめている。

 

「鈴仙、妖夢の方は終わった?」

「はい、外傷はないので、骨の方だけ。薬は投与しましたし、数日で治ります」

「……そ。で、栞。なにがあったの? 私にも、皆にも説明して」

 

 永琳はまだ苦虫を噛み潰したような顔でいる。

 何か思うようなところがあるのだろうか?

 

「……うん。まず、フェンリルが異常に強かった。檮杌の二倍はあったと思う」

「に、二倍!? あ、あれの二倍って……」

 

 霊夢が心底驚いた表情を作る。

 それもそうだ。皆が瀕死になって、やっと倒せたのだ。

 

「ねえねえ、その檮杌ってのは、どれくらい強かったの?」

「一瞬で消えたりして、それはもう攻撃も当たらない。天に至ってはお腹に穴が空いてた」

 

 相模君の質問に、魔理沙が応える。

 相模君は笑みが消え、魔理沙は少し落ち込んだ顔をして。

 

「うあ……マジか。で、その強さ二倍のフェンリルを倒したのか?」

「うん。途中で、ソラが出てきた。もう一人の方の、ね」

 

 ソラ君。最初は、悲しみ・憎しみの経験が連なった、ただの悪感情の塊だと思っていた。

 けれど、違ったんだ。

 

 ソラ君は、何よりもソラ君で、天君とは表裏一体じゃなく、二人三脚のような存在だと。

 その存在が、天君の一部であることを、ついさっきの戦いで知れた。

 なんとなく、察したんだ。ソラ君の()()()姿()()

 

「あのソラね。前に、うちの美鈴を襲ったやつね」

 

 レミリアも、目を伏せながらそう言った。

 一年間一緒に暮らしたんだ。悲しいのはそうだろう。

 

「……そ。でも、あれから少し変わったの。フェンリルに必死に戦ってた。それで、朧月夜って大鎌を霊力で作った」

「大鎌、ねぇ。私はソラのことについては知らないけど、頑張ったんだね」

 

 妹紅が、悔しそうな表情をした。

 自分は不死身だから、彼と代わりたいとか、助太刀したいとか思っているのだろうか。

 でも、私が一番助けられたのに、助けられなかった。

 

「……それで、霊力が尽きたソラが天に代わった。で、霊力爆発に至ったの」

「そう。で、栞はそれを止めなかったの?」

 

 咲夜が、少しの不信感と心配の念を持って言う。

 あの咲夜でさえ、天を心配している。

 それが、ことの重大さを私に突きつけるよう。

 

「止めても、無駄だと思ったの。それに、天が覚悟したんだ。妖夢を守るって。このままだと、二人共死ぬって。だから私は、彼の妖夢に移れっていう提案を拒んだの。せめて、死ぬなら一緒にと思ったの」

 

 妖夢を守る。

 この言葉が、私にはすごく嬉しいと同時に、すごく後悔させた。

 涙が、少しずつ出てきた。頬を伝う、一滴の透明な液体。

 

 私だって、彼が死ぬなら、一緒に死ぬ。

 ずっと、彼は一人で背負うから、私と彼の二人で背負って死ぬ。

 それで彼と一緒に死ねるなら、本望だ。

 ……どこかで静かに、彼がいない場所で死ぬより、ずっといい。

 

「え、っと……それで、天君の容態は?」

 

 私がそう聞くと、皆が一斉に永琳の方を向く。

 そして、見えた。彼女の一層深刻になった表情が。

 

 私はベッドから起き上がり、座った状態になる。

 

「皆、特に妖夢……取り敢えず、()()()()()()()()()()()()?」

「「「……!」」」

 

 私を含めて、全員が鋭く息を呑む。

 狂う。それをしないと約束しろ。特に、私が。

 つまりは、それだけのことが、あるということ。

 

 暫くの沈黙の後、永琳が再び口を開く。

 

「……肯定と捉えるわよ。まず、彼のダメージについて」

「えっと、私が見た限りでは、右腕と引っかかれたお腹だろ?」

「ええ。()()()()()()()。」

 

 この場の空気が、どんどんと重くなっていく。

 緊張感が増してきて、悪いことしか想像ができなくなってくる。

 

 彼の受けた傷は、引っかきの他に、鎖の衝突が二回。

 骨が折れて、砕けているだろう。

 

「骨が砕けてるわ。折れた後、また折れて粉々になってる」

 

 やはり、そうか。

 問題は、それが治るかどうかだが……

 

「薬で治るから、そっちは大丈夫よ。()()()()()()()()

 

 皆の顔が、さらに険しくなる。

 まだ傷を負っていることに、不安ばかりが募っていく。

 

「霊力爆発で受けた傷。これは、出血だけじゃない」

「じゃあ、どこにあるの?」

「それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()あるわ」

 

 脳。人体において、最も重要である器官。

 それに、損傷があった。

 皆の顔が、さらに険しくなる。

 

 もう、泣きそうな者もいる。

 私も、そうだ。

 

「正直言って、命に別状はないわ。彼の命は助かってる」

「な、なによ……脅かさないで頂戴」

 

 ……いや、まだ、何かある。

 彼女の変わらない、難しい表情が、それを物語っている。

 

「まだ、何かあるんですね?」

 

 相模君の目が、それを感じ取った。

 

「……えぇ。今、彼は昏睡(コーマ)状態よ。眠り続けているわ」

 

 昏睡状態。痛みや刺激に対して、脊髄反射以外は反応がない状態。

 永琳から説明を受けながら、彼の容態が明らかになっていく。

 

「その昏睡状態の彼。生きていることに変わりはないわ」

 

 どういう状態であれ、生きている。

 けれど、眠り続けている。

 

「ただ……落ち着いて聞いて頂戴。彼は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()わ」

 

 私の意識は、それを聞いた瞬間に途切れた。

 

 ベッドに倒れ込んで、彼と同じく寝る。

 

 ……このまま死ねたら、どれだけ楽だろう。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ね、ねえ不知火……フェ、フェンリルが……殺られた……!」

「はぁっ!?」

 

 あの、フェンリルが!?

 人里にも幻獣を送り、戦力を分散させて、なお!?

 

「あの、天って奴だよ。またアイツが殺った」

 

 またアイツが、天が、殺ったのか。

 

 …………

 

「おい、叢雲。次は()()()()()。正直、これ以上幻獣を送っても意味がない。時間がなくなるだけだ。手早くいくぞ」

「はいはい。アタシもそう思ってたところよ。準備だけして、でき次第行くわ」

「あ、そうそう。フェンリルとの戦いで、天は昏睡状態だってさ! 綿密な準備をしても問題はないよ」

 

 天は昏睡状態なのか。これほど好都合なことはない。

 あの外来人の力は未知数。だが、檮杌、フェンリルを倒す要因となった以上、弱いわけではない。

 それが、いないんだ。その間にあの妖夢を殺せば、無力化できる。

 

「できるだけ、妖夢という銀髪の女剣士が一人になった時を狙え。合図はする」

「了解。あとは、新しい外来人の相模 翔ってやつにも、一応注意はしとくよ」

「あぁ、あの『冷静』の子ね。正直、あんまり戦闘技術面では強くないよ。今回も指揮役だけだったし」

 

 また外来人が増えたか。

 天のように強くはないらしい。警戒は少しで十分だろう。

 

「じゃ、早速準備してくるよ」

 

 叢雲が、部屋から立ち去っていった。

 アイデアライズの侵攻も、そう遠くはなかろう。

 

 そして、理想郷も――

 




ありがとうございました!

一生目覚めないかもしれない天君。
そして、それを聞いて妖夢ちゃんが気絶。

近いうちに、叢雲戦は出します。

ではでは!


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第54話 祈り

どうも、狼々です!

天君が永遠の眠りにつく可能性があると知って、妖夢ちゃんがバタンキュー。
今回は、霊夢視点も出てきます。
戦闘を除けば、久々だったかな?

では、本編どうぞ!


「ん……んぅ……」

 

 消毒液の独特の刺激臭に揺さぶられ、起きた。

 天君が一生起きないかもと聞かされて、気絶してから、起きた。

 外を窓から見るが、真っ暗。夜まで眠っていたようだ。

 

 明るく光っているはずの月が、どこか儚く、悲しそうに佇んでいる。

 黒く見える雲に半分以上も隠れて、寂しそうに。

 

「あ、起きたようですね。心配しましたよ? 三日も眠っていたんですから」

「え!? み、三日も!?」

 

 部屋の扉が開かれて、鈴仙の声が聞こえた。

 どうやら、三日間も眠っていたらしい。皆が心配しているだろう。

 特に幽々子様と相模君は、一緒に住んでいるから、迷惑もかかっているだろう。

 

「そ、そうだ! 天君は目覚めましたか!?」

 

 私がはっとして鈴仙に問う。が、鈴仙は、少し目を伏せて首を横に振った。

 彼はまだ、目覚めていないんだ。

 

「そう、ですか……」

「貴女の傷は、眠っていた間に完治しました。明日になったら、もう退院できますよ。私は、お師匠様を呼んできます」

 

 そう言って、鈴仙は部屋を出ていった。

 

 このまま、彼は一生目覚めないのだろうか?

 もう、あの暖かみに溢れた抱擁はできないのだろうか?

 

 私の心の支えだった、彼が。

 どんどんと遠くに行ってしまうような気がする。

 錆びついて、脆くなってしまいそうな気がする。

 

 支えを失ったものは、当然崩れる。

 私は、もうすぐ崩れてしまうのだろう。

 正直、彼がいなかったら、どうなるか自分でも想像できない。

 

 ただ泣くだけの、心を失った人形の様になってしまうかもしれない。

 別の人格が私の中にできて、彼を必要としなくなるかもしれない。

 もし、彼が起きないまま死んでしまったら、すぐに後を追うのだろう。

 

 ……彼を、失いたくない。

 私はもう既に、彼に依存してしまっているのだろう。

 彼の恋人として、好きな人に依存して。

 

「――で、いつになったら話を聞いてくれる?」

「あ……永琳。すみません、気付きませんでした」

 

 いつの間にか、永琳が部屋の中で、壁に寄りかかって待っていた。

 あまりに考えを巡らせていて、部屋に入ったことにすら気付いていなかった。

 

「完治と退院のことについては、もう聞いてるわよね? 今から天と貴女の話をするから」

 

 天君の名前が出て、心臓と体が跳ねた。

 どんな話が聞かされるのだろうか。

 

 無事に回復の見込みがあること?

 それとも、もうこのまま眠り続けること?

 

「あ、それで、告白して成功したらしいわね。おめでとう」

「あ、ありがとう……ござい、ま……ぅ、ぇぐっ」

 

 永琳の言葉で、天君と恋人になったことを再認識して、泣いてしまった。

 嬉しさと、彼が遠くに行ってしまう悲しさで、泣いてしまった。

 ぽろぽろと、涙や嗚咽(おえつ)は外に出てくるけれど、悲しみだけは、私の胸に残り続けている。

 

「ちょ、ちょっと、なんで泣くのよ。ほら、泣かないの」

「は、はい……わか、りました」

 

 なんとか涙を止めて、永琳を真っ直ぐに見つめる。

 永琳も、ごく真剣な表情で見つめてくる。

 

「聞いての通り、天は昏睡状態。目覚めるか、そうじゃないかもわからないわ」

「……はい」

「正直、私もなんとかしてやりたい。けど、何も出来ないの。彼が起きるのを祈るくらいしか、ね」

 

 自分でも、それは心のどこかでわかっている。

 けれど、認めたくない。自分が何も出来ないで、悔しい。

 

 彼は命を賭して私を守ってくれた。

 なのに、私は彼に何も出来ない。してやれない。

 それが、途轍もなく悔しい。悲しい。

 

「だから、せめて祈りましょう。できることは精一杯やりたいでしょう?」

 

 私は、声を出さずに、静かに首を縦に振る。

 何も出来ない。それが、変わらない現実として私に突きつけられる。

 

「それで、幻獣は天が起きるのを待ってはくれない。だから、天がゆっくり眠れるこの幻想郷を、守らないといけない」

 

 ……そうだ。彼が眠っている今、天君は幻獣と戦えない。

 今までの二戦は、どっちも天君が命の危険になりながら勝ったもの。

 少しは、休ませないといけない。

 

 だから。この幻想郷を守って。

 天君がいつでも起きていい状況を守り通す必要がある。

 

「貴女がそうやって悲しんでいる間にも、幻獣は刻一刻と迫ってくる。だから、残念ながら凹んでる暇はないの」

「……そう、ですね」

 

 こうやって泣いている暇があったら。

 彼を守る準備を進める必要がある。

 

「はい、わかったなら今日のところは寝て、明日から修行を頑張ることね」

 

 そう言って、永琳は部屋から出ていった。

 

「……寝ようか」

 

 一人で呟いて、もう一度ベッドに倒れ込む。

 

 ベッドの中で、頭の中に呟いた。

 

 

 私は、彼に守ってもらってばかりだった。

 だから、今度は私が彼を守る番なんだ。

 

 

 窓から覗く月は、黒く見えた雲も全くかかっていない。

 孤独に見えた月光も、周りの星々と共に、本来の輝きを取り戻していた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「いや~、ホントすみませんね。俺の料理、美味しくないでしょう?」

「いえいえ、そんなことはないわよ?」

 

 二人で夕食を食べて、寂しく会話をしている。

 俺は料理に自信があるわけではないので、美味しくないのは明白だ。

 早く妖夢ちゃんに帰ってきてほしい。料理もそうだが、なにより心配だ。

 

 妖夢ちゃんが天の話を聞いて、すぐに倒れた。

 あまりに大きなショックだったのだろう。

 それもそうだ。最も好きな彼氏が、もう目覚めないかもしれないのだから。

 さらには、それが自分を守るため。気も失いたくなる。

 

「翔も、あんまり無理しなくてもいいのよ?」

「何がですか?」

 

 幽々子さんの問に見当がつかず、もう一度質問で返す。

 すると、幽々子さんが箸を止めて、手放した。

 幽々子さんの目線はひたすらに真っ直ぐで、一瞬で緊迫感を感じる。

 

「天は貴方の親友よ? 悲しいなら、それらしくしてもいいのよ?」

「いえいえ、俺には今あいつの為に何も出来ませんし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られます」

 

 中身のない苦笑いをして、幽々子さんに返す。

 本当のことを言えば、悲しい。

 悲しくないわけがないんだ。

 

 けれど、それが彼にしてほしいことかと考えると、悲しむに悲しめないのだ。

 俺が悲しむことを、天はきっと望んでいないから。

 怒る顔が目の前に浮かんで、少し悲しくも、嬉しくなる。

 

「ふふっ、それもそうよね」

「幽々子さんこそ、あんまり無理せずに泣いていいんですよ?」

 

 俺が来る前から天と一緒に暮らしていた幽々子さんも、悲しいはずなんだ。

 悲しいのは、俺だけじゃないんだ。

 

「いえいえ、私には何も出来ないし、こんなことで悲しんでたら、天に怒られちゃうからね」

 

 幽々子さんが、してやったりと似た感じの笑顔を浮かべる。

 

「全く、そういうところが幽々子さんらしいというか、なんというか……」

「本当は悲しいのに、隠そうと強がるところは似ているわよね、私達」

 

 どれだけなにを言っても、やはり悲しいものは悲しい。

 その事実だけが、俺の心に深く根を張っている。

 それはどうやら、俺だけじゃないらしい。

 

「早く、戻ってきてほしいですね」

「ホント、そうよね」

 

 二人で静かに笑って、空に浮かぶ月を見上げた。

 

 夜空に力強く光り続ける月が、一際明るく輝いた気がした。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

 いつもと変わらない、快晴過ぎる昼下がり。

 夏真っ盛りの今、強い日差しと高い気温は当たり前。

 暑すぎて、ここの畳に熱がこもっている気がする。

 

 昨日、妖夢が目を覚ましたらしい。

 傷も完治していて、今日退院できるとのこと。

 

 熱い畳に寝転がって、空白の時間を過ごしている。

 夏独特の暑さにうんざりしながらも、心はどこか冷たい気がした。

 

「よぉ~霊夢! 遊びに来た――って、まだその調子なのか?」

 

 勝手に上がり込んで来た魔理沙が、呆れ顔で私に言う。

 いいじゃない、別に異変が起きたわけでもないんだから。

 

「……ほっといて頂戴」

「ったく、そうやっていつまでも天のことを引きずっていくつもりか?」

 

 魔理沙のその言葉を聞いて、私の肩が一瞬上がった。

 わかっている。私らしくないことは。

 

「あんたも、そうやっていつも通りを気取って、傷を受けてない様子を演じるのも無理があるわよ」

「…………」

 

 沈黙。外で響く(せみ)の鳴き声が、一層五月蝿(うるさ)く聞こえる。

 その鳴き声を聞くだけで、畳の熱の温度が上がっているんじゃないかと錯覚してしまう。

 しかし、畳の温度は上がろうとも、私の心の温度は一向に上がる気配はなく、冷たいまま。

 

「仕方、ないだろ。私は今回、何もできなかったんだからな。せめて、天の方に行けば、あいつはこうならなかったかもしれないんだ」

「終わったことを嘆いても、それこそ仕方ないわ」

 

 事の顛末(てんまつ)に、終わってから“たられば”を言うのは、無意味だ。

 何が変わるでもなく、自分を内省して楽になろうとする。

 ……そんなことは、ひどく無意味で、情けないことだ。

 

「じゃあ、霊夢は悲しくないのかよ?」

「悲しいとか、悲しくないとかじゃないわよ。そんなものに囚われていたら、この先やってけないわ」

 

 悲しいか悲しくないかで言えば、勿論悲しい。

 だけれど、そんなことを言っても、やはり何もない。

 

 嘆いて天が目覚めるのなら、いくらだって嘆く。

 けれど、そんなことは絶対にないんだ。

 

 畢竟(ひっきょう)、そんなことを思うのも無意味だし、それに意味を見出すことさえも無意味。

 

「……囚われなくとも、この先やってけないだろ」

 

 魔理沙の言葉は、至極正しいのだろう。

 けれど、自分の中で、それを受け止めきれないでいる。

 受け止めてしまったら、何かが変わるような気がして。

 

 さっきまで申し訳程度に合わせていた目線を外して。

 寝転がったまま、魔理沙に背を向ける。

 魔理沙の視線から、言葉から逃げるようにして。

 

「それもそうね。なら、どっちにしろやってけないのかもね」

「……いい加減にしろよ。いつまでそれを続ける気なんだよ」

「…………」

 

 再び、沈黙が流れる。夏の蝉の鳴き声が拡声され、頭に響き渡る。

 どこか鬱陶しいと感じるけれど、それを拭い去ることができなかった。

 

 その沈黙を、再び魔理沙が破る。

 

「……弱さに浸っている博霊って、本当に巫女なのかよ? 怪しいものだな」

「弱さに、浸っている? 私が?」

 

 再び魔理沙の方を向き、体も起こす。

 面倒なことが嫌いとはいえ、私も博麗の巫女だ。

 そうである以上、この言葉は聞き捨てならない。

 

「あぁ、そうだよ。自分の後悔も胸の奥にしまい続けて、振り返ろうともしないのは、弱さに浸っているだろ」

「違うでしょ。現実を見ているのよ。これからも幻獣と黒幕は来るんだから、一々人の一人や二人に構っていられないわ」

「じゃあ、その一人に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは誰だよ」

「……っ!」

 

 ……私は、毎日朝早く、誰もいないような時間に、天の見舞いに行っている。

 今日だって、行ってきた。

 朝早くに行こうとするのは、無意識に他人に見られることを避けていたからなのかもしれない。

 

「あんただって、それを見たってことは、毎日見舞いに行ってるんでしょ?」

「そうだよ。天が心配だし、私ができることを少しでもしたいからな」

 

 即答。私と違って、はっきりと言う魔理沙。

 魔理沙の視線が真っ直ぐで、目を合わせられない。

 つい、目線を彼女から逸らしてしまう。

 

「そこで目が合わせられないってことは、()()()()()()なんじゃないのか?」

「……でも、その場で足踏みをしても、意味がないじゃない」

「違う違う。足踏みじゃなくて、土台補強だ。無為に踏みとどまることとは訳が違う」

 

 心の中で、足跡を残していくだけの後悔なんて、無意味。

 頭ではそう考えていても、それをどこか否定できなかった。

 正直なところ、私だって後悔している。

 

 外来人の天に幻獣を任せっきりで、その度に天の命を危険にして。

 幻想郷に住んでいる私達がやらないといけないことを、大きい割合で引き受けてくれている。

 そんな彼に、何も出来なかった自分が悔しい。

 

 持ち前の勘でもよかったから、この事態を予測できなかったのか。

 少しでも傷を少なくできたじゃないのかと思うと、悔しくてたまらない。

 

「道を逸れることがあっても、それは後から修正すればいい。だから、今は少しでも前進した方がいいんじゃないのか?」

 

 魔理沙の笑顔が、夏の陽光と同じくらい輝かしくて眩しい。

 その前向きさが、私には少し、羨ましく見えた。

 

 またもや静寂が訪れたが、不思議と蝉の鳴き声は遠ざかっていた。

 

「ま、それもそうね。せめて祈っておきましょうか」

「そうだよ。最初から決まってることだろ?」

 

 そう言い合って、私と魔理沙は、二人で静かに笑い合った。

 

 昼下がりの太陽の陽光が、私達を必要以上に照らしていた。

 やはり、暑い。

 

 冷えていた私の心も、あの輝く笑顔と陽光が、暖めてくれた。




ありがとうございました!

あと一話挟んで戦闘に行こうと思います。
次回の戦闘は、VS叢雲ということで。

ではでは!


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第55話 待ち続けて

どうも、狼々です!

今回、いつもと比べてかなり短めです。
すみません。

では、本編どうぞ!


 黒の部屋に、一人の『黒』と一人の『白』が対峙している。

 

 ――全く、いつ俺は起きると思う?

 

    さぁ? 一生起きないかもしれないし、すぐに起きるかもしれない。

 

 ――意外と薄情なのか? オレは栞をそんな風に思っていなかったんだがな?

 

 栞は俺に対しては、結構献身的だったと思う。

 オレに対してはどうか知らねぇけど。

 

    違う違う。起きるに決まってるでしょ。天の()()()()()()、ね。意志だよ、意志。

 

 意志の強さ。戻ってくるという、思いの強さ。

 俺にその思いがあるかどうか。

 

 正直、それがあっても目覚める保証は、全くもってない。

 けれど、それがあるのとないのとでは、決定的な何かが違う。

 そんな気はする。

 

 ――そう言っておきながら、栞は何もしないんだな。

 

    できるならとっくにしてるよ。ソラも私も、天に何も出来ない。何とかできるのは、天自身だけだよ。

 

 その通りだ。オレも何も出来ない。

 何回か呼びかけてはいるものの、意識が一向に覚醒する気配がない。

 これ以上は、覚醒の予兆が無い限りは無駄だろう。

 

 ――それについては賛成だ。何やってんだか。

 

    妖夢ちゃんが大事だったんだよ。それこそ、自分よりも、妖夢ちゃんがね。

 

 ――わからないな。

 

 オレは、俺のことを一番わかっていて、一番わかっていない。理解できない。

 俺にあって、オレにないもの。オレにあって、俺にないものは、一体化しない限りはわからないのだろう。

 

    私から言わせると、どうしてソラが天に本当のことを言わないのか知りたいね。

 

 ――言ったら甘くなるだろ。本当に危険になった時、俺にオレを託すさ。

 

 そう言って、オレは黒の部屋から去る。

 間もなくして、『白』も立ち去る。

 

 空っぽの空間には、『黒の色』だけが薄く張り付いていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「ね、ねぇお姉様、天お兄ちゃんはまだ起きないの?」

「まだ今は、ね。夕食を食べ終わったら、また一緒に見に行きましょうか」

 

 私がフランにそう応えると、フランは満面の笑みを浮かべた。

 天の容態を話した時は、絶望で塗りつぶされた表情をしていた。

 けれど、自分から外にお見舞いに行くと言い出すまでになった。

 

 ……天は、フランを変えた。

 

 

 

 夕食が終わって、日が出ていない時に、咲夜、私、フランの三人でお見舞いに。

 永遠亭に着いたら、フランは走って病室に行って、悲しい顔をする。

 それは多分、目覚めているかも、という淡い期待なのだろう。

 

 けれど、その期待は毎回打ちひしがれる。

 何度病室に来ても、彼の眠っている顔は変わらない。

 フランはすぐにその顔を収めて、彼の手を握りながら、今日の出来事を楽しそうに語りかけるのだ。

 

 美鈴と庭を散歩しただとか、咲夜の作ったおやつが美味しかっただとか。

 パチュリーの難しい本を少しだけ読めたとか、私が優しくしてくれたことだとか。

 下らない話かもしれないけれど、それを本当に楽しそうに話すフランを見ると、そうも思えない。

 

 そして、時々天が笑っているんじゃないかと、錯覚する時もある。

 昏睡状態なので、そんなことはありえないはずなのに。

 けれど、フランだけじゃなく、咲夜と私、皆で一斉に錯角するのだ。

 そうなったら、皆で笑う。

 

 ありえないはずなのだけれど。

 私たちは、それを“本物”だと信じている。信じ続けている。

 信じると、その笑顔が“本物”になる気がするから。

 

「フラン、咲夜。そろそろ戻りましょう……また来るわ」

「はい、お嬢様。……早く起きるのよ。皆心配しているんだから」

「わかった、お姉様。……また明日ね、天お兄ちゃん」

 

 病室から離れるのは、少し躊躇ってしまう。

 寂しい気持ちが、溢れそうになる。

 けれど、天には笑顔で別れると、三人で決めている。

 

 天に笑顔を送って、紅魔館に戻る。

 

 フランの顔つきが、どこか大人びていた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 う〜ん……叢雲の準備はまだ終わってないし……

 妖夢って子をどうやって一人にさせるかが問題だ。

 方法はこれから考えるとして、それなりの理由がないといけないわけだ。

 

 適当な理由だったり、明らかにおかしい理由だと、逆に疑われる。

 かと言って、大き過ぎる理由でも、人を集めるから妖夢一人にできない。

 

 理想は、妖夢が疑わないかつ、騒ぎが小さいもの。

 

 

 

 ――あ、結構いいの思いついた。

 騒ぎは小さく収められて、疑われない。

 さらには、()()()()()()()ことだろう。なんていい案なのだろうか。

 

「叢雲~。準備できたら言ってよ。いい案が思いついたんだ。――――ってしようと思うんだけど、どう?」

「へぇ、中々面白そうじゃない? それでいこうか」

 

 俺と叢雲は、闇の深い笑みを同時に浮かべた。

 底知れない闇の、光が一向に差し込まないような、深い笑みを。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 昨日退院して、今はその翌日の朝。

 どこか心が空っぽになりながらも、台所で朝食を作っていた時。

 

 ――ただいま、妖夢。

 

 私の後ろで、大好きな彼の声が聞こえた。

 

「そ、天君!?」

 

 後ろを振り向くけれど、そこには彼の姿はなかった。

 

「げん、ちょう……?」

 

 とうとう、天君の声が聞こえてくるようになった。

 天君は、まだ病院で眠っている。

 それはわかっているのに、幻聴が聞こえた。

 

 それだけ、自分が彼を欲し、求めているんだとわかった。

 

 幻聴。それは所詮、幻。現実じゃない。

 現実と理想の大きな差異。私が私自身に、幻聴を聞かせるほどに、大きな差異。

 これが現実ではないということに、大きく落胆してしまう。

 これが現実で、目の前に天君がいたら、どれだけ幸せだったことだろうか。

 

 でも、私は決めたんだ。

 今度は私が天君を守る、って。

 こんな些細なことで、気を落とすわけにもいかない。

 

 いつも私は、毎日二回、朝と夕に天君のお見舞いに行っている。

 本当は、二回は行かなくてもいいのかもしれない。

 けれど、そうした方が、天君が早く起きてくれる気がする。

 

 一人分減った朝食を作ることに寂しくなりながらも、できた三人分の料理を運ぶ。

 この朝食を作る時間に、一人分の朝食が早く増えることを願いながら。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 妖夢が退院して、白玉楼に戻ってから二週間とちょっとが経った。

 妖夢は、翔と一緒にいつものように修行はしている。

 ――ただ、たった一つだけを除いて、いつもの修行。

 

 今日は朝食が終わって残るよう、翔に言っておいた。

 今この部屋には、私と翔のみ。

 妖夢が覗いている様子もない。

 

「ねぇ、翔。妖夢がもう危ないのはわかってるわよね?」

「えぇ。もう精神的に大分きてますね」

 

 妖夢の様子が、白玉楼に戻って一週間ほどしてからおかしくなった。

 幻聴だとか、幻視だとか、そういうのが見えたり聞こえたりしている。

 天の声や、姿が見えたと言い始めては、落胆してを繰り返していた。

 

 いつか精神が不安定になるのは、大体予想できていた。

 けれど、こんなにも早い段階で症状が出るとは思わなかった。

 それだけ、ショックだったのだろうか。

 

「妖夢があと何回かその様子を見せたり、症状が悪化したら、すぐに永遠亭に行かせて頂戴」

「なんで俺に言うんです? 妖夢ちゃんに直接言った方がいいですよね?」

 

 確かに、そう。

 けれど、妖夢の性格は、私が一番よく知っている。

 私は、彼女の主人だもの。

 

「きっと妖夢のことだから、無理をして修行をするわ。だから、妖夢の様子を正確に見てほしいの」

「……なるほど。それもそうですね。了解です。じゃ、俺はこれで」

 

 そう言って、翔が立ち上がり、部屋から出ていく。

 正直、妖夢には今すぐにでも、永遠亭に行ってほしい。

 けれど、あまり妖夢の決意を曲げるようなこともしたくないのた。

 

 だけど、これ以上悪化したら、やむを得ないだろう。

 このまま症状が軽くなるとも思えないけれど、できるだけ頑張ってほしい。

 私にできることは、それを見守ること。

 

 そして――彼が起きることを、祈ること。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 修行も夕食も終わって、お見舞いに行く時間になった。

 このお見舞いの時間が、私の唯一の癒やしの時間にも思えた。

 

 

 しばらく飛んで永遠亭に着いて、彼の病室へ。

 扉を開けると、窓から差し込む月光に照らされている、彼の姿。

 今日も安らかな顔をして目を閉じている。

 

「こんばんは、天君。今日はですね――」

 

 その日の出来事を、詳細に語りかける。これが、夜のお見舞いの決め事。

 いつ天君が戻ってきてもいいように、今の状況を教える。

 あくまでも、笑顔で語りかける。

 天君の前では、笑顔でいたいんだ。

 

 頬を撫でたり、頭を撫でたり、手を握ったりすると、彼が笑った気がする。

 ほんの少しで、一瞬だけど、笑っている気がする。

 私には、それがとても嬉しくてたまらなかった。

 

 暫く語りかけて、別れの時間になった。

 虚無感に襲われるけれど、明日も来ることを考えて、振り切る。

 最後に、彼に。

 

「じゃあ、また明日来ますよ、天君」

 

 そう言って、最後に彼の体を抱き締めて、病室を立ち去る。

 途端に、自分の目から涙がでる。いつも、夜のお見舞いが終わると、こうだ。

 彼の前で泣かないと決めているから、彼から見えなくなったらすぐに泣いてしまう。

 こんなことでは、弱いままだということはわかっているのに。

 

 私は半人半霊の、半分生きて、半分死んでいる私は。

 人間にある十欲の内、死にたいという欲と、生きたい欲が欠落してしまっている。

 けれど、こればっかりは、死の欲が出てしまった。

 

 これだ死ねたら、もう悪夢を見ないで済むのだから。

 

 涙を拭って、白玉楼に戻る。

 また、私の心は空っぽに戻っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、お見舞いを何回もした。

 朝と夕、毎日二回、必ず行った。

 相模君や幽々子様と一緒に行った時もあった。

 けれど、夜は私一人で彼のお見舞いに行った。

 

 そして、自分一人で泣いていた。

 けれど、ある時を境に、全く涙が流れなくなった。

 悲しいとは激しく思うものの、涙が全然流れないのだ。

 

 ――私は、理解した。

 ――自分の涙が、枯れてしまったことを。

 

 一生分に流す涙を、もう流しきってしまったことを。

 

 もう、その境は随分と前に訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから……天君が眠ってから、三ヶ月が経ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼はまだ、眠り続けています。




ありがとうございました!

三ヶ月眠った天君。
そして、狂いだした妖夢ちゃん。

次回、叢雲戦の始まりです。

ではでは!


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第56話 ただいま

どうも、狼々です!

今回、叢雲戦スタート!
ただ、ちょっと敵がゲスくなります。

主人公サイドの登場人物を引き立たせるには、これも必要。
落とせるラインまで落とします。最高にゲスく。

と言っても、そこまでではないのですが。

では、本編どうぞ!


 三ヶ月が経っても、彼は目覚めない。

 いつまで経っても、どれだけ待っても、瞼が開くことはない。

 瞼だけでなく、心も閉ざされているような気がして、私の胸は痛むばかり。

 

 けれど、どれだけ悲しくても、涙の一滴すら流せない。

 悲しさを表現する(すべ)を一つ、失ってしまっている。

 感情の欠如が私に(もたら)すものは、どれだけ価値あったものなのだろうか。

 それさえも、わからなくなってしまった。

 

 置いてきた感情とは裏腹に、進み続ける時計の針。

 けれど、私の中の時は、彼が目を閉じたその瞬間から、止まっていた。

 私の中の止まっていた時計が動き出したのは、彼のおかげ。

 しかし、彼が歯車として抜けてしまった今、再び時間が止まる。

 

 遡行するでもなく、進行するでもなく、ただただ立ち止まっている。

 周りの景色がどんどんと色()せて、灰色で塗りつぶされていくのが、手に取るようにわかる。

 どれだけ色を付けようとも、それはまた灰色で重ねられる。

 

 無気力を象徴するかのようなその色は、私の景色も、心も塗りつぶしていく。

 貴重な色が、時間が、景色が、心が。

 次第に遠ざかって、見えなくなる。

 歩むこともできないし、歩んでも手が届かない。届いても、指の間をすり抜ける。

 

 それを、何回、何十回、何百回繰り返したことだろうか。

 頑張って、叶わないで、諦めて、背中を押して、頑張って。

 何回繰り返そうとも、手が届いたことは、この二ヶ月間で一度もなかった。

 

 目の前に彼はいるのに、彼が遠くに感じる。

 いや、それとも、私が後退しているのだろうか。

 後退することを、望んでいるのだろうか。

 そう考えたけれど、後退する術も持っているはずがなかったんだ。

 私が、彼に背を向けるなんてこと、できるはずがなかったんだ。

 

 これが夢であれば、夢であればよかったと、どれだけ思っただろうか。

 本当はまだ私は目覚めていないで、気絶したまま。

 目を覚ますと、彼はもう目を覚ましている。

 

 そんな氷の様に(もろ)く、儚く、冷たい夢を、何回望んだだろうか。

 

 ……いや、これが全部。全部全部全部全部、全部全部、夢なんじゃないだろうか?

 

 幻獣や黒幕は最初から存在せず、天君も、勿論相模君も、幻想郷に現れない。

 白玉楼で幽々子様と一緒に、一人で修行を積む。

 これが現実で、私が生きているこの世界こそが、夢なんじゃないか。

 

 あぁ、なんていい夢なんだろうか。

 彼と出会って、初恋をして、恋が叶って、恋人同士になって、抱き合って、キスをして。

 夢心地が溢れて止まない。そんな、()()()()夢。

 

 わかっている。理想だと、所詮は滲む一方の理想だと。

 けれど、そんな弱い存在にも、縋り付きたい。その一心。

 悪夢のようで、瑞夢(ずいむ)のような、理想の夢に。

 バイノーラル音声が、頭に反響するような、理想の夢に。縋りたかった。

 

 氷には既にヒビが入っていて、もう少しで砕けそうだ。

 私がこのヒビを広げて、砕くに至るまで、どのくらいかかるのだろうか……?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「時雨~。アタシは準備終わったよ~」

「お、ようやくかい。もうあれから三ヶ月経ったよ? 十月だよ?」

「武器の整備に手間取ったりとか、色々あったのよ。じゃ、行こうか」

 

 二人で頷いて、灰色のローブを被り、顔が周りに見えないようにする。

 俺が提案したのは、俺と叢雲の、()()()()()ことになっている。

 俺はその案のためだけに出て、終わったらすぐに戻ってくる。

 

「じゃあ不知火、行ってくるよ」

「アタシも行ってくる。天もいないし、不意打ちすればもう勝てそうだけどね?」

 

 そう、今の状態の妖夢なら、確実に殺れるだろう。

 天が昏睡状態になって三ヶ月余り、まだアイツは起きていない。

 その期間で、妖夢の精神状態が狂った。

 

 そんな妖夢が、不意打ちに対応できるわけがない。

 ――それに、俺の案を使うなら、さらに成功しやすくなる。

 

「あぁ、頼んだ。ただ、油断はするなよ」

「オッケー」

 

 二人で答えて、外に出る――

 

 

 

 

 

 

 ――暫く()()()()()、人里に着いた。

 今は昼少し後。妖夢が一人で買い物に来ている。

 ベストタイミングだろう。

 

「じゃ、叢雲はあっちに急いで向かってくれ」

「了解」

 

 叢雲が妖怪の山にトップスピードで向かったのを確認して、人里に降りる。

 歩いて妖夢に近づき、話しかける。

 

「妖夢さん、貴女に大切なことを伝えに来ました」

「え……? わ、私にですか? そ、それよりも。貴方は――」

 

 疑われる前に、妖夢にさらに近づいて、人里の人々に聞こえないように。

 あくまでも、妖夢一人にのみ聞こえるようにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()。どうしても妖夢さんと会いたいとのことで、密かに伝えに来ました」

「え、え!? い、いやでも、朝は目覚めて――」

「つい先程、目覚められたのです。まだこのことが公に伝わらない内に、妖夢さんと会いたい、と」

「わ、わかりました。ど、どこに……?」

「はい、()()()()()()()()です」

 

 そう言うと、妖夢はかなりのスピードで、妖怪の山へ向かった。

 人里の皆は、そんな妖夢を見ていて驚いている。

 

 

 

 ――それもそのはずだ。ここ最近見せていなかった、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 俺はすぐに人里を発ち、不知火の元に戻る。

 

 

 

 

 

 俺は飛んでいる最中、深い闇の笑みを浮かべていた。

 誰もいなくなった空中で、ついに声に出てしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっははははは! ()()()()()()()()()ねぇ!? あの喜びようと言ったら……あぁ! ダメだ、笑いが止まらない! あははははははぁ!」

 

 叢雲を向かわせた先は――勿論、()()()()()()()()

 妖夢をが完全に油断したところを、叢雲が刺す。

 罠にかかった鳥を撃ち殺すほど、簡単な狩りはない。

 

「あははぁ……妖夢ぅ……お前は、どんな顔で絶望するんだろうなぁ……? ふはっ……!」

 

 最後に思いきり笑い、急いで不知火の元へ。

 早く、早く戻って、最初の希望の顔から絶望に変えられる顔が、みたいがために。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ――やっぱり、まだ俺は目覚めねぇ、か……

 

 三ヶ月経った今でも、起きる気配が全くない。

 正直、少し諦めも入っている。

 

 ――早く目覚めた方が、いいと思うぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 ――そろそろ、起きる時間じゃねぇのか?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 天君が、起きた。

 私の体を突き動かす理由としては、十分過ぎる言葉だった。

 

 急がずにはいられなかった。目を輝かせずにはいられなかった。

 笑顔を抑えずにはいられなかった。期待せずにはいられなかった。

 

 魔法の森について、もう既にかなり奥深くに着いた。

 そこで、灰色のローブを被った人物が、一人立っていた。

 私に気付くと、右手を少し上げてくれた。表情は見えなかったが、笑っているように感じた。

 

「天君!」

 

 全力疾走で走っていく私。

 そして、すぐ近くまで来て、抱きつこうとして気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ローブの人物が、()()()()()()()()()()()ことに。

 

 瞬間、危険を本能で察知した。けれど、そんなものは無駄だった。

 目にも留まらぬ速度で細剣(レイピア)の刀身が見え、太陽の光を反射する。

 

 その光はそのまま私の胴体に向かい、二回、三回と、貫いていく。

 

「ガフッ……!」

 

 血を吐きながら、懸命に距離を取る。不幸中の幸いか、致命傷はない。

 

「あら、外しちゃった、なんてね。もっと苦しんで絶望した顔が見たかっただけよ?」

 

 ローブから聞こえる声は、明らかに女性のものだった。

 

「そ、天君、は……?」

「……はあ~ぁ、まだ信じてるの? ()()()()()()()()()()()!? 面白さが一周回って呆れるわよ、それ」

「……!」

 

 ほんの少し前に、それはわかっていた。武器も声も、全く違った。

 けれど、一度抱いてしまった希望を、本物と呼びたいがために否定したかった。

 その想いも、儚く散って、消えていった。

 

 私の目から、光がなくなっていくのがわかる。

 悲しいけれど、やはり涙は一滴も流れない。

 

「あらら……こりゃまた壊れてるね。いいねぇ、その顔! ゾクゾクするわ~……」

 

 ローブから覗く顔が、恍惚としている。

 邪魔だと言わんばかりにローブが外され、宙に舞った。

 

 セミロングの赤の瞳と、同じく赤の攻撃的な吊り目。

 身長は天君と同じくらいか少し低いほどの、かなり長身。

 笑顔はどこか不気味でいて、冷徹さを醸し出している。

 

「じゃ、じゃあ、貴女は、誰……?」

「アタシ? アタシは叢雲。アイデアライズ――アンタ達の言葉を借りると……黒幕だ」

 

 あの、三人の内の一人。

 あれほどの強さを持つ幻獣を、使役する三人の、一人。

 

「さぁ、もっとその悲しそうなカオ、見せてごらんよ!」

 

 そう言って、足に赤の霊力が集まり、瞬時に空けた間を詰めた。

 私はまず、叢雲が霊力を使いこなしていることに驚いた。

 加速も上手くいっていて、霊力の使用に無駄が一切ない。

 

 はっとなって、楼観剣を抜き、細剣(レイピア)を受け流し続ける。

 しかし、細剣(レイピア)と刀じゃあ、重さが違う。

 連続攻撃に長けた細剣(レイピア)は、私に少しずつ、小さな穴を空け、血液を噴出させる。

 

 防戦一方じゃ、負ける……!

 白楼剣も抜いて、両方で受け流しつつ、隙が出来たら相手を斬りつける。

 が、それさえも避けられ、距離を取られる。

 

「おっとと、危ない危ない。案外侮れないね、アンタ。さっさと終わらせないと人来ちゃうし、しょうがないよね~」

 

 退屈そうに、はたまた残念そうにそう言うと、細剣(レイピア)に霊力が集まった。

 危険を察知して、警戒心を高める。

 

 叢雲が細剣(レイピア)を、空中に刺突し始める。

 赤の弾幕がそこらじゅうに残り、数が十秒ほどで数え切れない数になる。

 細剣(レイピア)の動きが止まり、赤の弾幕が私の上空を含む、周囲全てを包囲する。

 

「棘符『血塗られた剣弁(けんべん)の薔薇』」

 

 叢雲が指を鳴らすと、周りの針型の弾幕が一気に私に向かって飛ぶ。

 

「はあぁっ!……うぐぅ……!」

 

 半分程は両刀で弾いたが、もう半分は思い切り私の体中を貫通した。

 霊力が針型で集中している分、貫通しやすくなっている。

 本当は、今すぐに倒れてしまっていただろう。

 

 けれど、幻想郷と天君を守るという私の強い意志が、私を立たせ続ける。

 

「へぇ~……これを喰らってまだ……いいわね、いいわよ!」

 

 目をぎらりと光らせ、口元を歪ませている。

 その表情には、並々ならぬ恐怖を感じた。

 

 でも、守らないと……!

 

 その想いが私を突き動かした。

 刀を杖のようにして体勢を安定させ、スペルカード。

 

「人鬼『未来永劫斬』!」

 

 瞬時に相手との間合いをゼロにして、斬撃を幾つも叩き込む。

 最初の数回は避けられたものの、残り十回ほどは、かするかまともに斬ったかできた。

 すぐに距離をとって、攻撃を受けないようにする。

 

 もう回避する気力もなく、距離を取った瞬間、膝をついてしまう。

 

「うあぁっ! ……へぇ、そんなに死にたいの? 心配しなくとも、今すぐにでも殺してあげるわ。もう貴女の絶望色の顔は見飽きたしね」

 

 そう言って、叢雲が半秒も経たずに、50mほどの距離を詰め、再び距離はゼロに。

 大きく振りかぶって、突き出される。

 

 その先は――()()()()

 

 閃光が、私の心臓へ、向かって、貫いて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いる()()()()()

 

 

 私の胸の少し前で、細剣(レイピア)が止まり、耳を刺す金属音が響いた。

 私は衝撃に流され、後ろに吹き飛ばされ、やがて止まり、地面に横たわる。

 その最中にみた叢雲の顔は、驚きで満ちていた。

 

「う、あ……」

「なにッ!? あ、アンタ、なにして――」

 

 私も何が起きたかわからず、自分の胸元を見る。

 

 

「あ……あ、あ、あぁっぁぁああっぁ……」

 

 

 

 

 

 私は、胸元にあった()()を握りしめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()。これが、私の命を繋いでくれた。

 

 

 

 

 瞬間。自分の目から。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()。いきて、いきて、かれにあいたい。

 

 

 本来、生の欲と死の欲が欠けている半人半霊にとって、こんなことは思えない。

 けれど、私は確かに、生きたい。

 生きて、彼に会いたい……!

 

「ま、まぁいいよ。次で本当に最後だ。……死ねッ!」

 

 叢雲がそう言いながら、私の目の前に来て、細剣(レイピア)を前に。

 今度は、確実に心臓を貫くだろう。

 

 もう、私は動けない。

 誰も、周りにいない。

 

 私は、どこまでもどこまでも、弱くなってしまう。

 けれど、けれど――! 求めずには、いられなかった。

 

 

 

 

「たす、けて……そら、くん……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()()()。耳をつんざく、高音。

 私は何もしていないし、衝撃も伝わっていない。

 叢雲も周りを見渡すが、依然として驚いたまま。

 

 もしかしたら……()()()()()()()()……?

 

 

 

 そう思った瞬間、上を向いた叢雲が、突然後ろに飛び退いた。

 

 

 

 直後、その場所を刀が断った。

 

 

 

 

 ――刀には、見覚えがあった。

 

 刀の持ち主を見ようと、視線を上に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰色の髪に、少し緑がかった黒のつり目に、高い身長。

 背中には神憑の鞘を背負っている、頼もしい背中。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あぁ、ぁぁあぁあああ……! ()()()()()!」

 

 

 私がそう呼びかけると、彼は振り向いて、優しく笑ってくれた。

 あぁ、この笑顔を見るのを、どれだけ待ちわびただろうか。

 

「お疲れ様。よく頑張ったな、妖夢」

 

 彼の甘い声が、私の思考を埋め尽くす。

 心地いい響きが、私をもう一度泣かせた。

 

 そして、もっと明るく、優しい笑顔で、こう言ってくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()()()。」

 




ありがとうございました!

いかがでしたか? 天君はかっこよかったでしょうか?

妖夢ちゃんのピンチに、天君が目覚めて駆けつけるってやつをやりたかったのです。
そのためだけに、天君を三ヶ月寝かせました。調理ではありません。

……いや、いい味を出すという意味では、あってるのか……?

あ、あと、この話で第5章終了です。

ではでは!


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第6章 理想
第57話 紫電一閃


どうも、狼々です!

前回のラストは、天君の復帰でした。
で、天君サイドの話は書いていませんでした。

なので、今回の初めは、天君が起きてから駆けつけるまでを書いてます。

後書きに書こうと思いましたが、長くなってしまうので、前書きに。
宣伝です。4月1日に、新しいオリジナル作品を投稿しました!
タイトルは、『クーデレの彼女が可愛すぎて辛い』です。
よければ、見てやってください。

では、本編どうぞ!


 この消毒液の鼻を刺激する臭い。

 目覚めてすぐこの臭いがするのは、何度目だろうか。

 既に数回諦めた命なのに、生きていることに喜びを感じてしまう。

 目を開き、起き上がる。

 

 そこで、俺は目を見開くことになった。

 右腕が、元に戻っている……?

 

「天! 起きたんだね! よかった……」

「お、おう栞。おはよう……?」

「いやもう昼なんだけど」

 

 まぁ、でしょうね。この光は昼だな。

 栞の調子も、起きる前と変わらないようで。

 で、俺としては栞がこんなに喜んで安心している理由が聞きたい。

 

「で、俺には何が起きたんだ?」

「天……あのね、落ち着いて聞いてほしい」

「お、おう、了解」

 

 いきなり声のトーンが下がった栞。

 恐らく、この前降りからしていい話ではない。

 前降りなしでも、この状況からいい話が出て来るわけがない。

 

「天は……三ヶ月。三ヶ月間、ずっと眠り続けたんだよ」

「は……!? いや、でも……」

「わかってる。信じられないのはわかってるよ。けど、事実なんだよ」

「…………」

 

 じゃあ、この昼は、三ヶ月後の昼、なのか……?

 でも、こんなに真面目な声をする栞の言葉を、嘘だと感じることができなかった。

 

 そう、なったら。

 

「じゃ、じゃあ妖夢は――」

「そう。三ヶ月毎日二回お見舞に来てた。その日の出来事を楽しそうに話して、泣いてた」

「あ、あぁ……俺は、なんで」

 

 なんで、早くに妖夢を残して逝こうとしていたのだろう。

 正直、あれしか方法がなかったとはいえ、心苦しい。

 

「あと、精神も不安定になってきてた。涙も今は枯れちゃったようだし。早く行った方がいいかもしれないね」

「了解。あとはここを抜け出すだけだな――あ?」

「どうしたの、天?」

 

 何か、胸騒ぎがする。

 悪い虫の知らせの気がする。

 根拠は全く無い。けれど、どうにも気の所為にできな――

 

「――おい、この()()()()()()()()()()、正確に誰だかわかるか?」

「え? あ……妖力なら。霊力はわからない」

 

 俺も、なんとなく検討がついている。

 認めたくないけれど、行かなきゃいけない。

 こうやって迷っている暇があったら、一刻も早く向かわなければならない。

 

「この妖力……()()()()()()()()()()()()()()()

「行くぞ。今すぐに」

 

 神憑を背に、すぐに病室を飛び出す。

 俺の予想だと、最悪の展開が訪れている。

 

 この霊力の感じは、絶対に幻獣ではない。

 そうなると、人が妖夢を圧倒していることになる。

 そうでなければ、弱まる妖力に説明がつかない。

 

 それだけの力を持っていて、妖夢を攻撃する人物。

 

 ――恐らく、()()()()()

 

 ここから出たいが、早めに出ないと見つかる可能性がある。

 こっそりと、悟られずに抜け出す。

 悪い気しかしないが、見られたら絶対に止められるから、仕方がない。

 

 大急ぎで準備をして、妖夢の場所へ――

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……行ったわね」

 

 全く、挨拶の一つくらい、していきなさいよ。

 恩人に向かって、最低限の礼儀は払うべきでしょうに。

 

 ……それでも、行かなければならない状況だろうから、今回に限って見逃してあげよう。

 

 こっそりと、周りを気にしながら出ていったが、バレていないとでも思ったのかしら?

 

「お師匠様~――って、どうしました?」

「……天が行ったわ」

「あ! 目覚めたんですね! じゃあ、私は薬の準備ですかね?」

「えぇ、お願いするわ」

 

 鈴仙が薬を準備しに、部屋を出て行く。

 もう十月になって、夏と比べて大分涼しくなった。

 そうだっていうのに、うちの『英雄』は大変そうね。

 

 それを治療する、こっちの身にもなってほしい。

 

 にしても、嫌な霊力を感じる。

 攻撃的で刺々しく、触れた者全てに痛みを(もたら)すような霊力。

 恐らく、これほどの霊力を持つのは、黒幕くらい。

 

「……気を付けなさいよ」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 敵を見つけて、倒れた妖夢を見つけて。

 今にもとどめを刺されそうになったところを、霊力刃で弾く。

 追撃を入れようとしたが、さすがに当たらない。三ヶ月のブランクがあるしな。

 

「あ、あぁ、ぁぁあぁあああ……! そら、くん!」

 

 横たわっている妖夢から、俺の名前を呼ばれた。

 全身から血液が出て、服に赤い点を残している。

 細さ、小ささ、そしてこの状況からして、あの赤髪の女がやったな。

 

「お疲れ様。よく頑張ったな、妖夢。――ただいま、妖夢」

 

 至極優しく微笑みかけると、妖夢は極上と言わんばかりの笑顔で泣いた。

 この涙は、嬉し涙であると信じたい。

 

 けれど……その前に流した涙は、そうにもいかないだろう。

 

 神憑を納刀し、女を睨みつける。

 

「お前、()()妖夢に何してんだよ」

 

 答えは気にしない、最大限の威圧の意味で言う。

 

「へぇ、アンタが天かい。アタシは――」

口を閉じろ。お前の声は聞きたくもない

 

 俺は――過去最大級に()()()()()

 こいつは、絶対に許すことができない。

 誰が何をしようとも、絶対に()()()()()()()()()()()()

 

「威勢がいいこと……で!」

 

 女が細剣(レイピア)を前に出しながら、視認できない速度で突進してくる。

 俺は――()()()()

 

 俺の腹に深々と細剣(レイピア)が突き刺さり、後ろの妖夢には俺の鮮血が迸っただろう。

 

「そ、天君!」

 

 妖夢の悲鳴にも似た声。

 しかし――この状況は、()()()()()()()

 

 俺は、まだ突き刺さったままの細剣(レイピア)を握る女の、右腕を掴んだ。

 

「これでもう……逃げられないなぁ?」

「――なっ!」

 

 思い切り右腕で神憑を抜刀。そして、斜めに一斬。

 その軌跡を辿るようにして、遅れて女の血液が吹き出し、俺は返り血を真正面から浴びることになる。

 

「がああっ!」

 

 女はすぐに俺の腕を振り払い、俺の腹の細剣(レイピア)を抜いて後退する。

 が、無防備で真正面からの攻撃を受けたんだ。ダメージが少ないわけではないだろう。

 さらに、見たところは妖夢の残したであろう傷も沢山ある。

 

 これなら、――のが楽そうだ。

 絶対に、俺はこの女を――なければならない。

 

 その為なら、多少の致命傷は負っても、どうってことはない。

 さすがに死ぬのはダメだが。妖夢を残して、一人だけ勝手に戦死なんて、許されない。

 

 俺は不敵に……笑う。

 狂気に身を委ね、本能の赴くままに、相手を――。

 

「アンタ……!」

「俺は、お前を許す気はない。生きて返さない。だから、絶対に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺すッ!!

 

 笑みを収めて、殺気を全身に……特に刀に乗せる。

 俺は、妖夢のためなら鬼にでも、悪魔にでも、殺人者にも喜んでなってやろう。

 妖夢を傷付けた奴に、慈悲などは、勿体無いにも程がある。

 妖夢に敵対し、攻撃した時点で、そいつにはそんな資格もない。

 

 殺さなければ、ならないんだ。こいつは、絶対に、俺が。

 

「ちょ、ちょっと天! それ――!」

「あぁぁぁああ!」

 

 限界のスピードで女に近づき、神憑を振る。

 しかし、相手もこれを素早く避ける。さすがに上手くはいかない。

 そうなったら、永遠にこれが続くだけ。

 なら……

 

 俺は一旦距離を取って、()()()()()()()

 

「あらら? もう攻撃終わり? じゃあ……!」

 

 女が攻撃の姿勢になって、飛び込んでくる。

 速すぎて、目で追えないくらいだ。()()()()

 

 俺の心臓の位置に来る棘。どこまでも鋭く、細い剣が襲う。

 だが……その途中、まだ俺の心臓とは20mほどのところで。

 

 ()()()()()()()()()

 

 この神憑の最大の特徴は、その驚異的な長さだ。

 最初の頃は、ろくに抜刀もできなかった。けれど、今はそうじゃない。

 修行を積んで、辛く高い壁を乗り越えて、ここに立っている。

 

 想いによって効果が飛躍的に上がる、『努力』の能力。

 それが織りなす、たった数度の戦闘経験。

 いかにこれをものにするかが、これからの未来を創り、左右する。

 

 俺は自身の限界を、もう一度超える必要がある。

 できないと決めつけていた固定観念を、真っ向から打ち破る必要がある。

 

 ――それが、今だ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――紫電一閃(モーメント・エクレール)!」

 

 栞の雷が、俺の刀に帯びている。

 勿論、これは()()()()()()だ。

 しかし、しかし。

 

 

 

 刀は目にも留まらぬ速度で抜刀される。

 それと同時に、俺も加速して女に向かう。

 雷を帯びたまま抜刀された神憑は、文字通り、刹那の間で閃いた。

 

 神憑の驚異的な長さは、抜刀さえも難がある。

 それを、居合。到底できないことだ。

 ――いや、だった。その限界を、たった今超えた。

 

 抜刀速度が速すぎて、雷の色が紫色にも見える。

 それは正に、『紫電一閃』。

 

 雷が女の右腕を捉えて、切り飛ばす。

 細剣(レイピア)も一緒に握られたまま宙へ飛び、やがて落ちてくる。

 

 最初は何が起きたかわからない様子の女だったが、状況を認知した瞬間。

 

「ぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁ!!」

 

 右腕から容赦なく溢れる鮮血は、独特の粘液質を全く感じさせない。

 部位欠損。その痛みは、計り知れないだろう。

 

「あ、ぁぁ、あ、お、前……!」

「口を開くなと言っただろう。何度言わせればいい」

 

 俺の怒りは、こんなもので収まるものじゃなかった。

 自分よりも大切なものを傷付けられたんだ。

 相応の報いを受ける義務が相手に、与える義務が俺にある。

 

 そもそも、幻想郷侵略はこいつを含む黒幕が行っているんだ。

 妖夢だけじゃない、他の皆の分も俺が裁く。

 

 有罪、死刑。俺の脳内裁判が、すぐに結果を出した。弁護など、介入する余地もない。

 すぐに刑を執り行うとしよう。

 

「ぁ、ぁ、くそ……!」

 

 未だに激流を作る血液を抑えようとしながらも、迫る俺から逃げる。

 一歩ずつ、ゆっくりと迫る。

 こいつは、ただ死刑にするだけでは勿体無い。

 死に対する恐怖を存分に植え付けて、殺すとしよう。それがいい。それだけのことをしているのだから。

 

「待って、天!」

 

 突然、何もない空間から声が響いた。

 予想はついたが、案の定スキマ妖怪。スキマを空間に創り、中から紫が出て来る。

 出てきた先は、俺と女の間。つまり、割って入っている。

 

「あぁ、紫。久し振りだな。今はちょっと後にしてくれ。こいつを殺した後になら、いくらでも――」

「そのことよ! ここでは殺さないで、情報を吐かせるわ。それでもいい?」

 

 ……俺は正直、不服だった。

 けれど、すぐに考えが変わった。

 

 もっと苦しんでもらうには、拷問するのがいいだろう。

 こいつのことだ。こんなことで死に恐怖を抱くわけがない。

 そんなこともさっきまでわからなかった自分に、つい呆れてしまう。

 

「あぁ、すまない。そうしてくれ。あと、できるだけそいつ、俺は見たくないから、早めに片付けてくれ」

「……! わ、わかったわ。先に妖夢を永遠亭に連れて行って頂戴」

 

 そう言って、紫の上半身と赤髪女の体が、スキマの奥に消えていった。

 今の行動優先順位は、妖夢を永遠亭に運ぶこと。

 

「妖夢! 大丈夫か!?」

「あ……は、はい。大丈夫です。私は何とも」

 

 妖夢はそう言って笑っているが、誰が見ても強がっているとしか思えない。

 服には無数の赤い点、少し血色の悪い顔。痛々しい。

 けれど、妖夢から行こうとはしないだろうし……

 

 

 ……やってみるか。

 

「よし、妖夢。そのままじっとしてろよ――よっと」

「は、はい――え!? ちょ、ちょっと天君!?」

 

 俺の右腕は妖夢の肩当たりに回し、左腕は膝裏当たりに回す。

 そのまま上に上げて、持ち上げる。

 

 そう――()()()()()()、というやつだ。

 案外、やってみると恥ずかしい。やられる側も恥ずかしいのかもしれないが。

 できるかどうかが不安だったが、妖夢が軽すぎて杞憂(きゆう)だったようだ。

 

 その状態を維持して、ゆっくりと永遠亭に向かう。

 

「あんまり暴れんなよ、危ないからな。しっかり掴まれ」

「は、はい……」

 

 妖夢の両腕が、俺の首元に回され、抱きつかれる。

 あ、これ恥ずかしいな。俺も、妖夢も。

 現に、二人で一緒に顔を赤くしている。

 

「そ、その、天君……」

「ん? どうした?」

「……おかえりなさい、天君」

 

 彼女の優しい笑顔が、迎えてくれた。

 三ヶ月も帰らない彼氏を、待ち続けてくれた。

 そのことが嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。

 

「あぁ、ただいま、妖夢」

 

 この言葉を返すことができることに、喜びを感じていた。

 

「にしても、すごかったね、天。めちゃくちゃ怒ってたじゃん」

「んあ? あぁ、そりゃあな。妖夢がこうなったんだ。人生で一番怒ってた自信がある」

「自信があるんですか……」

 

 多少妖夢に呆れてしまう。きっと栞も呆れたか、心で笑っているのだろう。

 だが、本当のことなのだ。これ以上にないくらい怒った。

 つい、殺すとか思ってしまったぐらいだ。

 

「で、でも、その……え、っと……」

 

 急に、俺の腕の中で妖夢がもじもじしだした。

 顔も一層紅潮して、目線が俺の目とは明後日の方向に向いている。

 

「さっき……お、『()()妖夢』って言ってたじゃないですか……」

「あ……」

 

 そういえばそうだ。考えが向かなかった。

 無意識に、独占欲が働きかけたのだろうか。

 

 嫌、だったのだろう。

 『俺の』って言ってしまうと、『所有物』のような扱いになってしまうから。

 俺は勿論そんなつもりで言ったわけではないし、そもそも無意識だ。

 でも、彼女が嫌な気分になったのなら、それは俺に非がある。

 

「ご、ごめんな、妖夢。嫌だったろ?」

 

 俺がそう言うと、彼女が少しむっとした後。

 自分が起き上がるようにして、俺に短くキスをした。

 

「……あ、え?」

「そんなこと……嫌なわけ、ない」

 

 そっぽを向きながら、彼女がそう言った。

 表情を悟られないようにだろうが、生憎表情が完璧に見えてしまっている。

 見えていないとしても、頬も耳も真っ赤になっている。

 

 そして俺は、仕返しのように小声を漏らす。

 

「……全く、こういうところが可愛すぎなんだよ」

「な、なっ! か、可愛い……!」

 

 今度は俺に、目線を凄いスピードで合わせる。

 かと思いきや、一層恥ずかしくなったからなのか、俺により密着した。

 具体的には、俺に顔を押し当てている。

 

 そして、その状態の彼女から俺に刺される、トドメの一言。

 

「ほんっとうに、そういうところがズルいんですよ……」

 

 俺としては、妖夢のこの言葉ほどズルいものはないと思うんだよなぁ……




ありがとうございました!

天君が、とうとう殺しの考えを持ってしまいました。

モーメント・エクレール。恥ずかしい。
書いてて痛い人みたいに思われないか、少し心配になりました。

ちょっと叢雲戦が呆気なかった方もいるでしょう。
すみませんでした。

次のアイデアライズ戦……もう本文で書いてるのですが、
次は時雨戦です。不知火が最後って書きましたから。
物語は、その時雨戦からさらに加速させようと思います。

よっしゃぁぁ! 妖夢ちゃんとのイチャイチャが書けるぜ!
デレまくった妖夢ちゃん再来です。

ではでは!


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第58話 目覚めて、救って

どうも、狼々です!

前々回の後書きで、第5章が終わると書いたのにもかかわらず、
第5章のままでした。すみません。
後に、第6章として章を作りました。

そして、重ねてなのですが、今回文字数が少なくなってます。
すみません。私がそうとうきているんです。

では、本編どうぞ!


 永遠亭に戻り、永琳のところに連れて行く。お姫様抱っこのままで。

 扉を開けて、治療室へ。

 ……あ、絶対に何か言われるだろ、俺。

 

「あら、おかえりなさい。治療の用意はできてるわ」

「……え? いや、なんで……」

「抜け出したの、バレてないとでも思った? 怪我は完治してるから、止めなかっただけよ」

 

 永琳さんすごいです。

 こうも見透かされると、不気味な感じもする。

 

 準備はできているとのことなので、ベッドに妖夢を寝かせる。

 

「ぁ……」

 

 そう声を漏らして、こちらに両手を伸ばす彼女。

 物欲しそうな顔をしている。口は半開き、目はトロンとしている。

 可愛すぎて、胸が締め付けられる。

 

 取り敢えず、両手で彼女の手を握る。

 そうしたら、妖夢の顔が緩んだ。心地よさそうだ。

 

「はいは~い、ここは恋の病は治せませんからね~。治療するわよ~」

 

 完全に二人の世界に入っていた俺と彼女は、一気に顔を紅潮させて、一瞬で手を戻す。

 永琳が溜め息を吐きながら、妖夢の治療を始める。

 

 塗り薬やら飲み薬やらを事前に持ち込み、服を脱がしにかかる。

 雪のように白い肌が(あら)わになり、咄嗟に目を背ける。

 

 しかし、思春期男子というものは、欲望に非常に忠実な生き物なのである。

 見ていないふりをしながら、目の端で視界に入れる。

 目の保養にしかならない。

 

 そう思ったが、傷がひどかった。

 沢山の刺し傷が、俺の怒りを再び沸々とさせる。

 あの女は、どうにも許せそうにない。

 

「はい、これでよし。この塗り薬と飲み薬を毎日一回塗って飲んで頂戴」

「わかりました、ありがとうございました」

 

 妖夢の治療が終わり、妖夢が立ち上がる。

 が、ふらふらとした足取りでいる、心配になる。

 

「あっ……!」

 

 俺の心配は現実となり、彼女の足がもつれて崩れる。

 事態の予測がある程度できていた俺は、素早く前に入って受け止める。

 

「あ、ありがとう……」

「あぁ、それはいいんだ。大丈夫か?」

「はいは~い。ここでは恋の病は治せませんからね~。二度目よ~。天、貴方が運びなさい。入院するような容態じゃないから、帰っても大丈夫よ。貴方の傷も一つでしょうし、同じ薬を使えばいいわ」

 

 あれだけ刺突の傷があって、大丈夫だったのかと驚く。

 それだけ永琳の薬が効く、ということなのだろう。

 自分も、思い切り一突きされて大丈夫なことに、今更ながら驚く。

 

 妖夢をもう一度お姫様抱っこしようとした時。

 

「あ、ちょ、ちょっと待って下さい!」

 

 否定されました。拒絶されました。

 少しだけだが、悲しくなってくる。

 

「あ……嫌だったか。悪かったな」

「そうじゃなくて~! その……おんぶがいいです! おんぶしてください!」

 

 彼女がきらきらとした目でこちらを見つめてくる。

 そんな妖夢も可愛い。

 彼女の希望通り、背中に抱える。

 

 そして、おんぶした時、彼女の軽さにまたも驚く。

 背中から、小さく彼女の声が聞こえる。

 

「そ、その……重くないですか?」

「全っ然。軽すぎてびっくりなくらいだ」

「はいは~い。小声でイチャイチャしてても、聞こえてるわよ~」

 

 どうやら、バレていたらしい。永琳、恐るべし。

 しらを切るように、妖夢がわざとらしく別の話をする。

 

「お、おぉ~……高いですね。肩車はもっと高くなるんでしょうかね?」

「ん? やってみようか? 俺はいいぞ」

「はいは~い。怪我人は肩車より、おんぶで運ぶのがいいわよ~。イチャイチャしても傷は治らないからね~」

 

 永琳に、呆れを前面に出した表情で見送られ、白玉楼に戻る。

 

 三ヶ月ぶりの帰還だが、幽々子と翔はどんな顔をするのだろうか……?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 白玉楼に戻っている途中、私は彼の背中に乗って運ばれていた。

 

「ひろ~い。あったか~い。そらくんだいすき~」

「そう言われると照れるだろ。恋人同士なんだから、俺も大好きだよ」

 

 そうやって、不意の告白。こういうところは、やっぱりズルい。

 彼にしかない魅力に惹かれて、本当によかった。

 

「いえいえ、私の天君が大好きな気持ちには負けませんよ。絶対です」

「いやいや、それこそないな。俺が妖夢を想う気持ちは、誰にも負ける気がしない」

 

 彼はそう言っているが、絶対にない。

 何故なら――

 

「天君が眠っている間、私はどうにかなっていましたから。あまりにも辛くて、幻聴や幻視、めまいまでしてましたから」

 

 辛かった。もう少し帰還が遅かったら、私は本当に人形になってしまうかと思った。

 涙も枯れたかと思ったあたりから、少し諦め始めていた。

 けれど、天君が起きてくれた。こうして、私をおぶってくれている。

 

「あ~……ホントにごめんな、妖夢」

 

 彼が悲しそうな顔をする。やっぱり、この悲しい笑顔を見ることが、一番辛いのかもしれない。

 私だけが辛いならいい。けれど、この顔をする天君も同じく悲しいのだ。

 そんな彼の顔は、辛い。

 

「そうじゃ、ないんですよ。それだけ私が、貴方を大好きだってことですよ。……察して下さい」

 

 どうしても、顔が赤くなってしまう。

 おんぶしてもらっている時点で既に赤くなっているのだが、告白はもっと恥ずかしい。

 恥ずかしいのだけれど、甘酸っぱい感覚が、たまらなく好き。

 そうやって、また一層と好きな人に溺れて、酔いしれる。

 

「そうか……俺も大好きだからな、妖夢。本当に、すまなかった」

 

 彼はいつも、悪いと思ったらすぐに謝るし、嘘を吐かない。

 私の大好きな人は、いつも誠実である!

 

「そうやって謝るなら、これからは三ヶ月分、甘えさせてくださいね……?」

「……そうやって耳元で囁かれるの、弱いからやめてくれ。あと、今回と言わず、三ヶ月分と言わず、いつでもどれだけでも甘えてくれ」

 

 私の大好きな人は、いつも誠実で優しくもある!

 その誠実さと優しさに、惹かれてよかった。

 

 ふぅん……耳元、弱いのかぁ……

 自分でもわかる。今の私は、とっても意地悪な笑みを浮かべている。

 今まで眠っていた分のおしおき、ということにしておこう。

 

「へぇ……こういうの、弱いんですねぇ……?」

 

 わざと淫猥な声で、誘うように言う。

 

「ぅ、ぁっ……いや、マジで弱いから止めてくれ……!」

 

 反応が可愛い。いじりがいがある。

 私の笑顔が、また一層と意地悪になるのがわかる。

 

「へぇぇ……かっこいい天君もいいですけど、可愛い天君も最高ですね……」

「や、やめ……今おぶってるんだぞ! こんなとこで理性飛ばそうすんな!」

 

 あ、ちょっと怒った。怒った彼も素敵だ。

 ちょっとだけで、本気で怒っているわけじゃないところが、なんとも彼らしい。

 

「じゃあ、甘える分はいつでもどれだけでもいいって言いましたよね!」

 

 そう言ってすぐに、私は天君に思い切り抱きついた。

 おんぶで既に抱きついているが、もっと力を入れて密着する。

 

「ぎゅ~!」

「え、なにそれ可愛い。俺もそれしたいんだけど」

 

 つまりは、抱き合いたい、と。

 私もそう思っているので、二人の考えは同じ。

 通い合う考えって、なんだか恋人同士の証のようで、嬉しくなってしまう。

 

「帰ってからですね。それまで私が堪能しますよ~……ふへへぇ~……」

 

 つい、笑顔で顔が緩み、だらしない声を漏らしてしまう。

 どうやら、私には彼が必要不可欠の存在みたいだ。前々からわかってはいたのだが。

 天君欠乏症になってしまうし。今思えば、本当にひどかった。

 

 彼の成分が足りないと、幻視・幻聴、めまいの症状が起きてしまう。

 

「俺も妖夢を堪能したいんだが」

「ふぇっ!? た、たた、堪能……?」

 

 ど、どんな意味の堪能なんだろうか……?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 少しからかって言ってみた。そらの からかうこうげき! こうかは ばつぐんだ!

 ただし、妖夢に限る。しかし、こちらも妖夢が弱点。

 なんだ、俺と妖夢はドラゴンタイプだったのか。

 どちらかというと、妖夢はゴーストな気もするな。半霊だし。

 

 そんな下らないことを考えていると、すぐに白玉楼に着いた。

 妖夢をおんぶしたまま、中に入って幽々子と翔に報告に行く。

 幽々子の部屋に行くと、二人が揃ってぼーっとしていた。

 

「よう、二人共。ただいま」

「天! お帰り!」

「本当に、心配したわよ?」

 

 やはり、待ってくれている人・心配してくれる人がいるというのは、嬉しいことだ。

 三ヶ月も待たせて、心配させたことに、大きな罪悪感を感じる。

 

「ごめんな。お待たせ」

「いいのよ、それよりも、私達が聞きたいのは、後ろに背負っている妖夢よ。ねぇ~?」

「ねぇ~?」

 

 こいつらは、いつになっても意気投合しているんだな。

 変わらない様子で安心したよ。

 ……安心したよ。

 

「あぁ、妖夢をお姫様抱っこしたら、二回目を嫌がられて、『おんぶがいいです!』って言ってたからな」

「ちょっと、天君! なんで言うんですか! 幽々子様と相模君も、静かに笑わないでください! お、おろして下さい!」

 

 俺をポカポカと叩いているが、全然痛くない。

 むしろ可愛い。超可愛い。

 三ヶ月眠っていた分、俺は妖夢の成分が足りないんじゃないだろうか?

 今すぐにでも抱き締めたい。

 

 意地悪しておろさない、という手もあったが、素直におろす。

 おろした時に見えた顔が、真っ赤に染まっている。

 妖夢は可愛い。異論は認めない。

 

「あ、それでだが……黒幕の一人と戦って、勝ってきた」

 

 そう俺が告げると、二人の顔が一気に強張り、引き締まる。

 それを聞く準備ができたと解釈し、事の経緯を説明する。

 

「まず、妖夢が一人でそいつと戦っていた。そっちのそれまでの状況は?」

「はい、まずローブを着た人に、魔法の森の奥に呼び出され、そこに行きました。そこには、叢雲という名の女がいて、私を攻撃しま、した……」

「じゃ、じゃあ――!」

「妖夢ちゃんは、既に()()()()()()()()()()()()ってことだね」

 

 そう、そういうことになる。

 自分が気付かぬ内に、黒幕の一人と会話したと考えると、恐ろしい。

 

 呼び出したのは男なので、その叢雲、というあの女とは別人。

 二人目であることは、確定だ。

 

「その叢雲との戦闘中に、俺が目覚めた。すぐにそこに向かって、叢雲に勝ったってわけだ」

「で、その叢雲って女は今どうなったの? 死んだ?」

「いや、今は紫に預かってもらっている。情報を吐かせるって言ってたな」

 

 あの女のことだから、どうせ吐かないだろうが。

 

「ま、それはいいとして。二人は大丈夫なの? 妖夢が一人で戦ったのと、呼び出しを考えると、敵はあの時の妖夢一人なら勝てると踏んだんでしょう?」

「そうですよね。ということは妖夢ちゃんはかなり危なかったんじゃない?」

 

 そう、そこまでは俺も考えが行き着いた。二人も当然気付く。二人は案外、理解が早い。

 

「えぇ、もう少しで死にそうでした。でも……このペンダントと、天君が救ってくれたんです」

 

 そう言うと、妖夢がペンダントを握りしめる。

 目からは涙が流れ、頬を伝っている。

 

「あの剣を止めてくれたのは、このペンダント。もうダメだと諦めて、死ぬ寸前だった時に助けてくれたのは、天君。天君が、二回も私を救ってくれたんです」

 

 そう……だったのか。本当に、あの時ペンダントを買ってよかった。

 俺の気持ちが妖夢を救えたと考えると、俺まで泣きそうになってくる。

 

「本当に、よかったよ、妖夢」

「こちらこそ、貴方が目覚めてくれて、本当によかったです。そして、私を救ってくれて、ありがとうございます!」

 

 彼女の涙を携えた笑顔は、思わず見惚れるくらい、可愛く、綺麗なものだった。




ありがとうございました!

最近、私が肉体的にも精神的にも壊れかけています。
妖夢ちゃん可愛い。妖夢ちゃん甘くておいしい。

ではでは!


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第59話 妖夢のお願い

どうも、狼々です!

投稿が大分遅れてしまいました。すみません。


ちゅーい! ちゅーい!

今回、多少いつもよりも過激な描写が含まれます。
過激というのは、えっちぃやつです。一応警告を。
最後の方だけで、前半はそうじゃありません。

では、本編どうぞ!


「……ねぇ、不知火。叢雲が戻ってこないよ。多分だけど……」

「あぁ、死んでるか、捕縛されたかだな。まぁ、そいつのことは()()()()()()

 

 あ~あ。また始まったよ。不知火のこの性格。

 人の生き死にに、何の感情も持たない、この狂気じみた性格が。

 

 ――()()()もそうだったな~。実験が失敗しても、ケロッとしてるんだもの。

 

 そりゃあ、自分の命じゃないし? どうなってもいいってうのは、まぁわからないでもない。

 けども、不知火の場合は違う。

 

 駒としか思っていない。壁だとしか思っていない。

 使い捨てであることを前提に、物事を進めている。どんな犠牲も悲しまない。

 

「その感覚、もうちょっとどうにもならない? カバーするこっちの身にもなってよね?」

「別にいいだろう。悲しめ、とでも言うのか? 無理な話だな。悲しむなんて、それほど無駄な行為はない」

「それもわからないでもないよ? 次、俺なんでしょ? 勝手にしてもいい?」

「構わん。捕らえようが、殺そうが、生かす以外はどうとでもしてくれ。その方が、俺も楽だ」

 

 まぁ、不知火もこう言っていることだし。

 こっちもこっちで、やらせてもらうとするかな?

 

 俺は部屋を出て、俺の準備を進める。

 

 ――()()()()の準備を。

 

―*―*―*―*―*―*―

 

「で、どうしたの、急に」

 

 座っている私の前で、同じく座っている相模君。

 私は、あることを聞きに、夕食後に相模君の部屋を訪れた。

 

 どうしても、わからないことがあった。

 相模君もわからないかもしれないけれど、わかる可能性はある。

 

「あの……少し、聞きたいことが」

「へぇ、何だい? 答えられることなら、何でも答えるよ」

 

 ん? 今何でもって……聞こえた。

 それなら、相模君の言う通り、思い切って質問してみよう。

 少し恥ずかしいけれども、聞きたいのだ。

 

「あの――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――男の人って、どうやったら欲情するんですか?」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 俺は、唖然としていた。

 無理もない。目の前の女の子に、男を欲情させるには、どうすればいいかを聞かれているのだから。

 

「……は?」

 

 これ以外に声が出なかった。出せるはずもない。

 唐突すぎる。いくら『冷静』の能力でも、考えが元から削ぎ落とされれば、関係ない。

 

 その削ぎ落とされる質問に、どう答えようか迷っていた。

 

「い、一応、理由だけ聞いておこうか。大体見当はつくけど」

「は、はい……天君が、どうしたら欲情するかな、って……」

 

 やはりか。だって、それ以外に答えがないもの。

 感情性の迷宮で、わざわざ迷う必要もない。

 しかし、俺が言いたいのはそうじゃない。そうじゃ、ないんだよ。

 

「どうしてそうなったし」

「その、天君ともっと関わりたい、と言いますか……気を、引きたいのです」

 

 妖夢ちゃんが、もじもじとしながら言う。

 可愛い。非常に可愛いのだが、呆れてしまう。

 

 ……どんだけ好きなんだよ。いくらなんでも好きすぎだろ。

 

「いや、どう考えても必要ないでしょ。天も、それはそれは妖夢ちゃんに夢中だよ?」

「それは、その……わかっている、というのも変ですが、そうでありたいとも言いますか……」

 

 もじもじが一層ひどくなって、目が妖夢ちゃんから見て右下に逸らされる。

 可愛い。非常に可愛い。しかし、何というか……見ているこっちがじれったい。

 

「で、結局のところ、どうしてそう思ったの?」

「……天君が、一歩引いているような感じがするのです。距離を置いている、と言うか……」

 

 距離を置く、ねぇ。

 俺から言わせてみれば、この二人程ゼロ距離なカップルはいない。

 ラブラブを極めた形です、と言わんばかりだ。

 

「あれじゃない? 妖夢ちゃんの勘違い」

「そうだといいんですけど、それはそれで気を引きたいんですよ」

 

 ふむ、中々見かけと性格によらず、恋になったら傲慢なのか。

 強欲で、独占的。貪婪(どんらん)って言うのかな? 天のことを、本当に好きなのだろう。

 

「そう。それで気を引きたいから、手っ取り早い性の方面で攻めようと」

「……お恥ずかしながら」

「う~ん……まだ早いんじゃない? 妖夢ちゃんがもっと仲良くなろうと接すれば、それなりに関係は深まると思うよ? 天も嫌がってるわけないんだしさ」

 

 恋愛相談は初めてだが、これだけは言える……とは思う。

 まだ時期も時期だし、天は妖夢ちゃんを好きなんだし。

 

 ……まぁ、それなりに協力というか、案を提供したい。

 

「ゆ~かりさ~ん。起きてます~?」

「起きてるけれども、そのコアラが食べる植物みたいに呼ばないでね?」

 

 俺が紫さんを呼ぶと、スキマから現れて出た。

 さて、紫さんを呼んだ理由なんだけれども……

 ある物を取ってきて――いや、取り出してもらうため、かな?

 

「すいませんね。白エプロンを、明日の朝までに用意できますか」

「あ、それなら……っと、はい、これでいい?」

 

 紫さんがスキマに一瞬戻り、白エプロンを手にして戻ってきた。

 丈は……おぉ、中々これは、際どいが。

 まぁ、妖夢ちゃんの希望だし、天にならいいでしょ。

 

「ありがとうございます。よし、じゃあ妖夢ちゃん。これをね――」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 夜。周りは殆ど闇に包まれている中、一つのことを考えていた。

 

 ――リベレーション。

 

 それは、自分の体の表面に霊力を纏い、身体能力を上げるというもの。

 霊力限界を高めれば高めるほど、その効果は増幅する。

 

 ……俺は、不審に思っていた。

 

(なぁ、栞)

(ん? どうしたの?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。違うか?)

(…………)

 

 栞は、答えない。

 コレも、単なる予想でしかない。もしかしたら、これからの戦いを考えての、個人的な願望かもしれない。

 けれど、どこかが引っかかるのだ。

 

(……ない、よ)

(そうか。わかった)

 

 やはり、そうも上手くはいかない、か。

 まぁ、これからも努力は欠かすな、っていう神のお告げなのかもな。

 

 ……やはり、あるんだな。

 

 ――リベレーションの、その先が。

 

 声色でわかる。栞が、嘘を言っていることくらい。

 どれだけの間、一緒に生死の狭間を行ったり来たりしたと思っている。

 

 それは恐らく、栞もわかっている。

 ということは――()()()()()()()()()()()()()()()()()、ということだ。

 

 生きていれば、誰しも一つや二つ、隠し事とかあるよな。

 生きて、いれば――

 

(――なぁ、今気になったんだが、栞って生きてるのか? それとも、死んでるのか?)

(私は魂だけど、生きてるね。多分。……体の方も、どこかにあるのかもね)

 

 ふむ、栞の今までの話を聞く限りでは、ここ最近魂になった、というわけではないと思うが。

 さすがにこれ以上詮索すると、嫌になるよな。

 

 それに、少し眠くなってきた。

 

(よし、このへんにしとくか)

(そだね~。にしても、目覚めた初日だってのに、頑張るねぇ)

(まぁな。三ヶ月分を取り返さないといけないから、休むに休めん)

 

 今まで休んだ分のツケがあるからな。溜めたくて溜めたんじゃないんだがな。

 それに、妖夢に迷惑までかけてしまった。それも、かなりの症状が出たとのこと。

 罪悪感でいっぱいになりつつ、俺の部屋に向かう。

 

 

 障子を開くと、布団には彼女が入っていた。

 もうこの光景が久しぶりなはずなのに、見慣れてしまったような感覚だ。

 こうやって、彼女が待ってくれていることに、心から嬉しく感じてしまう。

 

「お疲れ様です。今日起きたばかりなのに、大丈夫なんですか?」

「あぁ。大丈夫、大丈夫じゃないじゃなくて、取り返さないといけないからな」

「……無理、しないでくださいね?」

 

 布団から寂しそうな、思案顔を覗かせる。そして、再び自覚する。

 これ以上、俺は彼女に心配をかけることが、許されるのだろうか。いや、違うと。

 学習せず、人のことを――大好きな恋人のことさえ考えられない奴に、何かを掬う。

 ――そんなこと、できるはずがない。そんな権利もない。

 

「……ごめん」

 

 反省の色を含めた笑顔で、彼女に返す。

 彼女も思案顔を引っ込め、純粋な優しい笑顔を送ってくれる。

 

 ――この笑顔がまた見られて、よかった。

 

 俺は布団に入った瞬間、彼女を抱き締める。

 

「お、おぉ……! 天君からとは、珍しいですね。嬉しいですよ?」

「……ホントに、ごめんな」

「……天君?」

 

 純粋な笑顔を送ってくれる彼女に、俺は何ができただろうか。

 もしも立場が逆で、妖夢が眠っていたとして、俺は何をしてやれただろうか。

 自分を見失い、おかしくなるほど心配できただろうか。

 

「……ごめん。ごめんな、妖夢」

「ちょ、ちょっと、どうしました?」

 

 妖夢に顔を覗かれる。

 今の俺の顔には、罪悪感に塗られているだろう。

 それは、どこまでも醜悪で、みっともないことだろう。

 

「……ごめん」

「天君。一つ、いいですか?」

 

 妖夢の顔は笑顔になっていて、その眩しさに目がくらむ。

 俺にこの笑顔が、勿体無いような気がする。

 

「何度も『ごめん』って言われるより、一言『ありがとう』って言われる方が、彼女としては嬉しいのですよ? 知ってましたか?」

 

 一言、ありがとう、か……

 

「……ありがとう、妖夢」

「いえいえ。わかればいいんですよ。それで、私はご褒美が欲しいのです。加えて、いつどれだけでも甘えてもいいとも言いました」

 

 ふふん、といった顔をしながら、妖夢が珍しく頼み事。

 可愛い。こんな妖夢も、また可愛い。

 

「あぁ、言ったな。で、何をご所望で?」

「えっとですね~……頭を撫でて~、抱き合って~、キスして~、一緒に抱き合ったまま寝てください!」

 

 彼女の満面の笑みが、俺の心をくすぐる。

 理性が少しずつ削られそうになりながらも、実行に移る。

 

 まず、頭を――

 

「ふわあぁぁぁ~……はふぅ〜、きもひいいれふ~……」

 

 何ともふわふわとした声。

 さらに、小動物のような甘い顔。

 猫の顎の下を撫でる、とかいうのでは勝てないような、気持ちよさそうな顔。

 い、いや、ダメだ。我慢我慢……!

 

 次に、抱き合う。

 まず、俺が先に抱き締める。

 

「あわ~……あったか~い……」

 

 ま、まずいぞ。こんなに蕩けたような声は……!

 すんでのところで耐えながら、次に。

 

 彼女の後頭部を持ちつつ、優しく口元に引き寄せる。

 二十秒ほども続いて、ようやく唇を離す。

 

「あ……」

 

 彼女は切なそうな声を上げる。

 目はトロトロとしていて、口は半開き。目も閉じかけている。

 何かを求めるような、そんな顔。

 

 そんな顔をされたら、俺は我慢ができないのですが。

 性欲が爆発しそうなんだけれど。

 

「……あ! そうでした! あともう一ついいですか?」

 

 彼女が正気に戻った顔をして、目をキラキラさせている。

 そんなにもしてほしいことがあるならと、俺は首を縦に振る。

 が、これ以上は俺も限界点かもしれない。

 

 彼女がかけ布団から起き上がって、二人で向かい合って座る形になった。

 

「その……卑猥な意味ではなく、言葉の通りに、()()()()()()()()()()()のです!」

 

 顔を赤くしながら、興味津々といった表情で言う。

 

 あ~、なるほど。はいはい。押し倒すのね。わかるわか――わからねぇよ。

 わかるとでも? これ以上は俺は耐えませんよ? ねえ妖夢さん?

 

「あ~……その、あのな、よう――」

「ダメ……ですか?」

 

 上目遣いで、今度は目をうるうるとさせながら、言われる。

 あ~もうこれはダメですわぁ。

 

「っ! ……どうなっても、知らないからな!」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 小さめに彼が叫んだ瞬間、私の肩が強めに押された。

 不意の出来事に対処できず、そのまま重力に従って倒れていく。

 

 彼に私の腕や足を抑え込まれ、股の間には足を入れられる。

 私の後頭部を、彼の手をクッションとして衝撃が伝わらないようにしてくれる。

 彼も、強めに押したけれど、こういうところに優しさが出ている。それが、少し嬉しい。

 

 顔は目と鼻の先にあって、私は布団に押し倒されていた。

 お互いの荒い吐息がかかり、心拍数を格段に上げる。

 

 動こうとしても、動けない。少しも。

 この拘束感と密着感。支配されている感覚が、新鮮である。

 

 いつも彼は、私を優しく包み込んでくれていた。

 けれど、今は違う。

 飢えた獣のように激しく、私を逃すまいと押さえつけている。

 目はギラギラと光っていて、その目で見られて、過呼吸になってしまうくらいに、呼吸が荒くなる。

 普段との大きなギャップに、私はドキドキが止まらない。

 

 極めつけに、三ヶ月ぶりに味わう、お腹の奥が疼く感覚。

 キュッとしまって、切なそう。

 

 そして、声に漏らしてしまう。

 

「あ……これ、いい……!」

「……っ! んっ……」

 

 その体勢のまま、貪るようなキスをされる。

 拘束感に満ちている今、この行為を無理にされるのは、さらなる拘束感を呼び起こす。

 

 体全体がゾクゾクとして、寒気のようなものが走る。

 電流となったそれが、いつまでも体を駆け巡る。お腹の奥の疼きは、もっと大きくなる。

 

 正直言って――気持ちいい。とても、気持ちいい

 今までに味わったことがないような快感が、頭をトロトロにさせる。 

 視界も揺らめき、意識も朦朧(もうろう)としてくる。

 

 キスが終わると、さっきよりも切なくなる。

 もっとしてほしい、もっと彼がほしい。もっと強引にしてほしい。

 

 ――そして私は、この先の展開を期待している。

 このまま、彼の思うがままにされてみたい。

 『初めて』を、彼にあげたい。

 

 彼は恋愛は初めてらしいので、私も彼の『初めて』をもらうのだろう。

 私の『初めて』をあげて、彼の『初めて』をもらう。

 『初めて』の交換を、したい。

 

 本当のところは怖いけれど、彼なら大丈夫。

 きっと、優しくしてくれるだろう。

 そういう確証があった。

 

「あぁ! 危なかった……!」

 

 彼は突然に拘束をやめ、布団に大の字になって寝転がる。

 

「……ぇ?」

 

 期待してしまった私が、寂しさのあまり、声が出てしまう。

 

 …………

 

 よ、よく考えれば、まだ早いって相模君にも言われたのに!

 私は、やっぱり強欲なんだ。彼のことに関しては、どこまでも我儘(わがまま)になってしまう。

 彼には、迷惑なのかな……?

 

「そ、その……嫌、というか、迷惑、でしたか?」

「あぁ? 嫌っつ~か、迷惑っつ~か……もう少しで狼になるところだったぞ。理性が吹き飛びそうだった。自制できたのが奇跡なくらいだ。それだけ、俺は嫌じゃない。妖夢が大好きなんだよ」

 

 彼の笑顔は、私を何度も魅了する。

 だから私は、彼に依存しきってしまって、彼を求める。

 

 目の前にある幸せに、我慢ができない。

 

「……あぁ、ありがとうございました。もう、寝ましょうか、天君」

「ははっ、そうだな、妖夢」

 

 二人で抱き合って、同じ布団に入って、笑顔で。

 最後にキスをして、二人で「おやすみ」と言って、眠りについた。




ありがとうございました!

投稿が遅れた理由なのですが、体調です。

体調の悪さに異変を感じ、病院に行きました。
診察結果は、過労ぎみとのことでした。
……頑張りすぎたぜ!

大して良い出来の作品書いてないくせに、何言ってんだこいつ。

活動報告に書いた通り、これからの投稿ペースは激落ちくんです。
完結はさせたいと思っていますが、かなり長くなりそうです。

リベレーションには、さらにもう一段階先があるようですね。

ではでは!


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第60話 耳かき

どうも、狼々です!

さて、まず一言目に、謝罪から入らせていただきます。
前回、えっちぃ内容を書きましたね。
それに続いて……前回を遥かに超えるヤツを書いてしまいました。

すみませぇぇぇぇぇええん!

どうしてもぉ! 書きたかったんです!

言い訳をさせていただくと、最初はそんなつもりはなかったのです。ちゃんとストーリーに関わらせつつ、日常編のはずでした。
ですが、前回の白エプロンの回収をしていたら、気付いたらこうなっていました。

反省も後悔もしていません。謝罪しましたが。
あっ! ごめんなさい本当に悪うございました! だからその握りこぶしを(ピチューン

では、本編どうぞ!


 今日も同じように、早朝にお見舞。

 天が目覚めることを望み続けてはや三ヶ月。

 

 毎日病室の扉を開ける度にドキドキする。

 恋愛的な意味じゃなく、起きているのではないか、という淡い期待。

 紅葉も色付いてきた十月の今日。

 

 病室の扉の前で止まり、一旦深呼吸を。

 

「す~……は~……天~。見舞いに来たわよ~……って、あれ?」

 

 いつもの白ベッドの上に乗っている天が、いない。

 窓が開いていて早朝独特の、寒々しい風と青白い陽光が直接入り込んでいる。

 カーテンは風に揺れて、それの音だけが病室に静寂を(もたら)している。

 

「あ、れ……? 天は……?」

「天なら、昨日起きて帰ってったわよ。今までお疲れ様ね」

「……永琳」

 

 あの二色の分かれた奇妙な服が印象的な天才医者(ヤブ医者)が、いつの間にか扉を背に寄りかかっていた。

 ……全く、起きたんなら一言でも言いなさいよね。

 

「私は行くわ。じゃあね」

「あぁ、待って。今から言うこと、天に伝えてちょうだい。――――」

「……! わかったわ。責任を持って伝える」

 

 永琳からの伝言を預かり、永遠亭を旅立つ。

 あいつなら、やりかねないものねぇ……

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 まだ起きる時間じゃない。

 俺はそう思うんだよ。

 確かに、早寝早起き朝ごはんとは言うよ?

 健康が大事なことはわかってるよ?

 

 でもさぁ……

 

「……わざわざ叩き起こす必要はないんじゃない、霊夢?」

「あら? まだ抵抗するのかしらね? 人に心配をかけるだけかけといて、自分が起きたら後は知りませんって?」

 

 

 

 俺が起きる時――

 

「ほら、起きなさい!」

「……んむぅ、あ、あぁ、霊夢。おは――ぐほぁっ!?」

 

 深くもない微睡みから抜け出そうとした瞬間、霊夢の拳が俺の腹にめり込んだ。

 文字通り、めり込んだ。めりっ、と。

 全ての臓器が振動し、明確な吐き気さえも催してしまいそうになる。

 

「うぐぉぉぉおおおお……!」

「あんたねぇ、少しは連絡くらい入れなさいよ、えぇ……!?」

 

 笑っている。確かに笑っているのだが、目が笑っていない。

 布団に横になっている状態から、馬乗りになって胸倉を掴まれている。

 

「ぐ、ぐる゛じい゛、から……!」

「へぇ、この期に及んでまだそんな口が利けるのね? 心配し続けた私は『苦しい』がいくら続いたと思ってるの? ふふふふ……!」

「よ、妖夢……だ、だすげ……」

 

 助けて。そう言おうとして、気付く。

 

「いねぇぇぇええ!」

「あらあら。報告よりも彼女の添い寝が優先なのね? あぁ、わかったわよ。今からもう一回眠るといいわ……!」

 

 首がさらに締められ、就寝とは別の意味で眠りそう。気絶とかで。

 

「いや、それマジで、ヤバイ、か、ら……! かはっ! はぁっ、はぁっ……!」

「……はぁ、冗談よ。どれだけ本気にしているのよ」

「その言葉をそっくりそのまま返してやるよ。もう少しで窒息だったぞ」

 

 首を離され、呼吸ができることに喜びと感謝。生きてるって、素晴らしい。

 いつもの気だるげな霊夢の顔に戻っていて、そこには疲れたとは別の、沈んだ感情が見て取れる。

 

「ホンっと、どれだけ見舞いに行って、心配して帰ってを繰り返したと思ってるの?」

「す、すいません。……ありがとう」

「えぇ、まぁ、いいのよ。今度お賽銭頂戴な」

 

 さり気なくお賽銭の徴収の約束を取り付ける霊夢。

 その表情には、先程の陰りはなかった。

 けれども、またすぐに影が差す。

 

「……永琳からの伝言よ。『霊力爆発、今度やったら()()()()()』、だってさ」

 

 ……まぁ、そうでしょうね。

 今生きていられることが不思議なくらいだ。

 

 俺の体だからわかるが、もう右腕が限界に達してしまっている。

 永琳、幽々子や翔、妖夢にも言っていないが、神経が完全に元通り、というわけにはなっていない。

 多少の後遺症……痺れが、残っている。

 

 指から腕全体に至って、全てに痺れが伴っている。

 今、バレないように必死になっている。箸を持つのさえ、少しバレそうなのだ。

 バレたら、どうなることだか。まぁ、いつか治るだろうしな。

 

 そんな右腕が、もう一度霊力爆発なんてしたら、絶対に形も戻らないだろう。

 ……いざとなれば、左腕を犠牲にすればいいのだが。妖夢が許さないだろうし、なしだな。

 

「了解。使うなってことだな」

「そういうことよ。じゃあ、伝えたからね。私は戻るわ」

 

 障子に手をかけ、今にも出そうという霊夢に。

 

「あ! 待ってくれ。……黒幕の一人、叢雲からの襲撃があった。今は撃破して、紫に預かってもらっている」

「……詳しくお願い」

 

 障子の前から移動し、俺の目の前に正座。

 その表情は真剣そのもので、一片の迷いや弱気はない。

 畳の匂いが一層強くなった気がしつつ、事情の説明をする。

 一から十まで、全て。

 

「――ってわけだ。妖夢も俺も、治療は自宅療養。現在治療の真っ最中だ」

「……あのねぇ、あんた、どんだけ怪我すれば気が済むわけ?」

「はい、返す言葉もありません」

 

 全くもってその通りである。

 自分でも、何でこんなにも怪我をするのか、わからない。俺が聞きたいくらいだ。

 

「じゃ、私は帰るわ。誰かさんが報告をしてなかったり、予想以上に大きな出来事があったから、伝えに行かなきゃ」

「め、面目ない」

 

 溜め息を吐きながら、障子を開けて去っていく。

 ペタペタと遠ざかっていく足音と共に、白の陽光が強く、畳の匂いが弱くなった。

 さて、気付いたらいつも起きる時間。

 朝ごはんを作りに、台所へ。

 

「おはよ~、よう、……む……?」

「ぁ、っ……あ、あんまり、じっと見ないで、ください……恥ずかしい、です……!」

 

 俺が声をかけて、耳まで真っ赤にしながら、彼女自身の全身を隠す。

 

 清潔感溢れる白のエプロンに身を包ませ、か細くも整った体型を強調させている。

 いつもは“さらし”を巻いているのではっきりしていないが、今はさらしを巻いていない。

 本来の大きさの胸は標準かそれより少し小さいが、俺はそんなことはどうでもいい。

 恋人の、裸が、白のエプロン一枚を隔てて、目の前にある。

 

 そのことによる興奮は頭をショートさせる。

 さらに、背面は殆ど隠されておらず、一糸まとわぬ、と言っても過言ではない。

 白い雪のような肌は、形の整ったお尻にさらなる魅力を持たせ、一層妖艶に見せる。

 

「は、裸、エプロン……?」

「ぅうう……はっきり言わないで、ください……!」

 

 はっきり言って、超萌える。

 かなり興奮するのだが……

 

「あ、危ないだろ! 油が跳ねたら……」

「今日の朝食には、油は使ってませんから、大丈夫ですよ。……その、ありがとうございます。そういうところに気が向く天君が、私は大好きです」

 

 恥ずかしがりながら、裸エプロンでその告白は、かなりそそられる。

 自制が難しいにもほどがある。今すぐにでも爆発してしまいそうだ。

 さすがに朝からは……な?

 

「と、取り敢えず、着替えてこい。寒いだろ? 作っとくから、気にすんな」

「す、すみません。ありがとうございます。正直、少し寒かったのですよ……あはは」

 

 はにかみながら、妖夢が自室へ戻っていく。

 可愛げ溢れるその姿に俺もつられて笑顔になりながら、朝食を作る。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 時は飛んで、修行の終わり。

 裸エプロンをしてしまったことに恥ずかしさを覚えながらも、相模君に感謝。

 天君を見る限りは、多分……興奮してくれていた。

 彼女として、恋人として、異性として、嬉しい。

 

 天君が座って、疲れを前面に出している。

 無理もない、三ヶ月全く動かなかったんだから。

 

 その時、私は天君を虐めたい衝動に駆られた。

 確か、耳が弱かったはずだ。あの時の面白さと天君の可愛さを思い出して、一人で悶てしまいそうになる。

 揺れ動く心を押さえつけ、天君に気付かれないよう、後ろから忍び寄る。

 すぐ後ろに来て、そのまま抱きつき、耳元で囁く。

 

「天君……夕食が終わったら、天君の部屋で待っていてください」

「う、あ……わ、わかった。待っていればいいんだな?」

 

 ふふふ……弱いのに、必死で強がってる。

 その姿がとても愛らしくて、可愛い。母性本能をくすぐられてしまう。

 

「ふふっ、ありがとう、ございます……」

「ぁ、ぁ……」

 

 やっぱり、これはいい。

 やっている側として、とても目も耳も保養となる。

 心が癒やされている気がする。くすぐったい。

 

 

 

 夕食が終わって、片付けまで終わってから、彼の部屋に。

 障子を開けると、律儀に待ってくれている。

 

「ありがとうございます。お待たせしました」

「あ、あぁ、それはいいんだが……どうしたんだ?」

 

 天君の問に答えず、既に敷いてある布団の上に正座。

 ()()()()()()()を準備しつつ、膝枕の準備。

 

「さぁ、天君。どうぞ!」

「いや、どうぞって……()()()か?」

 

 そう、耳かき。しかし、ただの耳かきではない。

 耳かきをした後に、存分に虐め倒す。もっと可愛い姿を見せてほしい。

 天君には、虐めたいし……恥ずかしいけれども、虐められたい。

 前回は私が虐められた側なので、今日は思い切り虐め倒す。

 

 静かに頭を預けてくれる天君。

 膝の上にかかる重さに、多大な安心感も感じる。

 

「じゃあ、今から始めますね~?」

「あ、あぁ、頼むよ」

 

 まずは右耳から。カリカリと音を立てて、(さじ)で掬い出していく。

 掬い出したら、紙に集めていく。棒を動かす度に、彼の反応を楽しめる。

 彼に話しかける。勿論、耳元で囁くように。

 

「ふふ……どうです? 気持ちいいですかぁ……?」

「ぁ、それヤバ……あ、あぁ、ありがとう」

 

 匙を動かす度に、天君の顔が恍惚としたものになっている。

 その表情を見ると、私も興奮してしまう。

 

 そして、優しく息を吹きかける。

 

「……ふぅ〜」

「ぁぅ、は、ぁっ……!」

 

 ピクピクと彼の体が跳ねて反応している。

 その愛らしい姿を見ると、何か卑猥なことをしているのではないかと錯覚する。

 自然と私の吐息も荒くなり、つい欲情してしまう。

 

 大体が救い終わり、心地よい時間の終わりを惜しむ。

 

「はい、終わりです。……あと一つで」

「あぁ、わかっ――!」

「……はむっ」

 

 右耳を、甘噛みする。

 予想通りというべきか、彼の反応は最高だ。

 あの弱々しい、抵抗の限りを尽くそうにも、快楽に負けていく姿。

 ……私も彼に限ってはそうなので、あまり言えないのだが。

 

「なに、して……!」

「きもひいいれふよね? いいんれふよ、ひょういきになって? はむ、んむっ」

「いや、正直も何も……ぅぁっ!」

 

 軟骨、耳たぶと一つ一つ甘噛みしていく。

 自分の求愛行動だと思いつつ、必死に彼に求愛する。

 メスからの求愛行動は珍しいけれど、一応そういう鳥がいる……らしい。

 幻想郷にいるのかどうかはわからないけれど。

 

 さて……じゃあ、一番楽しみにしていることにいこうかな?

 

「……れろっ」

「~~~! いや、それは――!」

 

 耳の中を、舌先で丁寧に舐め回す。

 円を描いて、一箇所を重点的に、時々甘噛みも混ぜながら。

 彼の反応を見る限りでは、快感を感じてくれている……と思う。

 私も、ちょっとどころでなくエッチな気分になっている。快感も、攻める側だけど、ある。

 

 ちゅる、れろ、ぴちゃ、とわざと音を立てて、彼の耳に直接送り出す。

 

「それ、エロすぎだろ……! うぁ……あ、ふっ……!」

 

 一旦耳から舌を離し、囁く。

 

「さっきから、全く抵抗してませんね? 本当は……気持ちいいんでしょう?」

「そりゃそうだが……理性が限界なんだよ……!」

「……いいんですよ? 爆発させちゃっても」

 

 それだけ言って、再開。

 彼の、声を我慢しながらもどうしても漏れる、という声が大好きだ。

 あの心をくすぐられていく感覚。ゾクッときてしまう。

 

 右耳を拭き終えて、左耳へ。

 

 最初は耳かきから。終わったら、甘噛みと耳舐めに。

 耳かきが終わって、暗示のように囁く。

 

「今から、始めますね~……?」

 

 その瞬間、彼の体が何もしていないのに、小さくピクッと跳ねた。

 期待してくれているのだろうか……? そうだと、嬉しい。

 

 右耳と同じく、左耳も。

 呻き声にも似た声から、私の大好きな漏れる声まで、様々な声を出してくれる。

 やはり、虐め倒すのもいいなぁ……

 

 左耳が終わると、彼の体はクタッとして、力が抜けた。

 あ……やりすぎた、かな?

 

「……なぁ、妖夢。さっき、爆発させていい、とか言ってたな」

「え? え、えぇ、言いまし――きゃぁっ!」

 

 いきなり彼が飛び起きて、私を押し倒す。 

 昨日と同じ光景にドキドキして、拘束される。

 

 そして、彼も私と同じように耳舐めと甘噛みを始める。

 抵抗しようにも、してもらうことへの期待と拘束によって、できない。

 

「ふぁぁっ……! ぁ、うぁ、ぁっ……!」

「……ほら、どうだよ。さっきまで涼しい顔してやってた行為を、自分がやられるのは……?」

 

 彼のいつもより低い声が、さらに妖美な魅力を帯びて、感度が増してしまう。

 全身が言うことを聞かないで、快楽に身を委ねようと、早くも自分の理性は陥落してしまおうとしている。

 

「ぁっ、あん、ああっ!」

「……結局妖夢も、抵抗してねぇじゃねぇかよ。気持ちいいのか……?」

 

 一瞬覗いた彼の顔が、今までで一番意地悪な笑いを浮かべている。

 嗜虐(しぎゃく)的な笑みは、私の声を漏らすのをさらに促進させる。

 

「あっ……! そ、れ、だめぇ……!」

「だめ、とか言っておいて、身をよがらせて。説得力の欠片もないな?」

 

 彼の舌の動きがさらに激しくなり、頭の中を直接舐め回されている感覚が訪れる。

 その時、悟った。これは、快感に身を任せた方が、幸せだと。

 彼にめちゃくちゃにされた方が、私自身、幸せなのだと。

 

「ぁ、ああ、それ、きもひいい、れふ……!」

「……っ! エロすぎだろっ……!」

 

 そう耐えるように天君が言うと、舌使いがまた一層激しくなる。

 暫くその舌使いに幸福を感じていると、全身から何かが湧き上がってきた。

 それの正体は、寒気のようで、不快感のようで、実際は底知れない快感。

 今までの波で、一番大きい快感がくる。そう、予感した。

 

「んぁっ! もう、らめれしゅ! あ、きて――んあぁぁぁああぁ!」

 

 ビクンッビクンッ!! と、体が勢い良く跳ねた。

 それは一回ではとどまらず、何回も、持続的に。

 大きな快感の波が去っても、小さい波が何度もきて、全身が小さく震えっぱなし。

 

「あ、あぅ、あぁぁ、あっ……」

 

 漏れる声しか出ておらず、きちんと声が出せない。

 そして、はっとなった天君が見えた。

 

「……あ、お、おい! 大丈夫か!?」

 

 そう叫んで、私の腰をとって起こそうとする。

 自分の中で、危険警報が鳴った。そして、さらなる未知の快感の訪れの予感に、恐怖した。

 

「あ! だ、だめです! 今貴方に触れられたら――ふにゃぁぁぁあああ!」

 

 彼に持ち上げられた瞬間、私は猫のような叫び声をあげ、再び大きな快感の波に襲われる。

 大きく体が揺れ、痙攣する。

 快感の高波が、小さく余波を残して震えさせ続ける。

 全身を鋭く貫き、私の脳をダメにする。この快感を覚えたら、もう元には戻れない。

 そう、確信できた。 

 

 でも、今更もう遅い。

 今日のところは、自分の欲望に忠実に、彼に全てを受け止めてもらおう。

 

 彼の腰に自分の足を巻きつけ、彼の足の上に自分が座る。

 腕は彼に回し、思い切り抱きつく。が、力が入らない。

 彼を離したくない、と言わんばかりに密着する。

 

「しょらぁ……だいしゅきぃ……」

「うあっ、それ……! お、おい、妖夢!」

 

 呂律も回らない中で言って、自分の中からふっ、と残り僅かな力が抜けていった。

 崩れ落ちるところを彼が支えてくれる。

 あぁ、やっぱり彼は、優しい。

 

 彼の優しさの温もりに包まれながら、意識が飛んだ。




ありがとうございました!

……自分で書いててなんですが。ヤバイですね、これ。

他の小説投稿サイトのR15作品や、一般的な小説のR15基準、ハーメルンのR15作品等、色々探しました。
探した上で、これはR15の範囲内、大丈夫だろうと判断致しました。
もしかしたら、運営様から怒られてしまうかもしれませんが。
その時は、削除又は問題箇所の編集ということで。

よろしくお願いします。

ではでは!


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第61話 妖夢は甘味―休暇 天、妖夢side

どうも、狼々です!

前回、色々な意味でヤらかしました。色んな意味で。

今回は、エロ要素は、紳士の方々にとっては残念なことに、ありません。
悶える……かどうかはわかりませんが、個人的には甘い話を用意できたと思います。

では、本編どうぞ!


 朝の日差しを眩しく思いつつ、起床する。

 隣には、俺の天使がいる。うん、天使。この優しそうな自然な笑顔とかたまらない。

 俺も微笑みながら、妖夢の頭を撫でる。

 

「ふぁ……」

 

 声を漏らしながら、身を少しだけよじる。可愛い。

 不意に、昨日の夜のことがフラッシュバックした。

 

『んぁっ! もう、らめれしゅ! あ、きて――んあぁぁぁああぁ!』

『しょらぁ……だいしゅきぃ……』

 

 心臓が跳ねる。血液の循環が早まる。

 あの惚けた顔、幸せに満ちた顔、ひどく淫らになっている顔。

 その……あまりいい表現ではないが……雌の顔になっていたと思う。

 

 彼女の表情に、最高の興奮を覚える自分は、異常なのだろうか?

 あの顔をもっと見たいと、そう思う俺は、異常なのだろうか?

 

「ん、ぁ……天君。私は、あぁ、あの後……そっか……」

 

 妖夢が起きて、俺に抱きついて、俺の胸に顔を押し付ける。

 ふんわりと爽やかな匂いが、俺の鼻腔を刺激する。

 それだけでも、若干の興奮が。

 

「……え、っと、その……気持ち良かったですよ」

「そ、そうか。俺も、まぁ、気持ち良かった……」

「そ、その! 誰にしてもらっても気持ち良いというわけではなくてですね……()()()、シてもらえたのが、気持ち良かったのですよ……?」

 

 うぁ……その上目遣いと言葉に、俺の頭がぐちゃぐちゃにされそうになる。

 朝だというのに、盛ってしまいそうになる。

 俺もその、まぁ? 健全な思春期男子の一人だし? ……ん? 今、俺いくつだ?

 

「あ、あぁ、俺もだよ、妖夢。妖夢だからこそ、気持ち良かった」

「その、言いにくいのですが……また今度、お願いできますか……?」

 

 んん? まさか――

 

 

 

 

 ――妖夢って、意外に性欲強いのか?

 

 

 

 

 

 

 朝食を食べている途中、幽々子に、

 

「今日は、修行は休みなさい。二人で人里でゆっくりしてきていいわよ?」

 

 と、すごく優しそうな笑顔で言われた。すごく、優しそうに。

 明らかに何かがある。そもそも、今まで妖夢に休暇はなかったらしいし。大丈夫なのか、心配になる。

 

 で、今はそのことについて問い詰めようとしている真っ最中。

 

「おい、幽々子。これはどういうことだ」

「んえ? いやいや、私からの気遣い、っていうことよ? 翔も了承してくれてるわ。大丈夫、翔と私は将棋して待ってるから」

 

 将棋なのか。翔、かなり強そうだけど。

 あいつの能力で、最善手ばっかり打ってきそうだけどな。

 

 それはどうでもいいとして、気遣いというワードが気になる。

 

「これのどこが気遣いだよ。どう考えても――」

「いやぁ~……だって、ねぇ?」

 

 いや、ねぇ? ってこっちを向かれても。

 反応に困るのだが。

 

 俺がわけが分からないで座っていると、こほん、とわざとらしく咳をして、こう言う。

 それも、声を低くして。まるで――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「……結局妖夢も、抵抗してねぇじゃねぇかよ。気持ちいいのか……?」

 

 瞬間、俺の腕が閃いた。

 

「きゃっ……!」

 

 幽々子を後ろに倒し、妖夢の時と同じように拘束する。

 笑顔が引きつるのを感じながら、言う。

 

「お、おおいい幽々子ぉ~……何を言っているんだよ~」

「へ、へぇ、こうやって押し倒して、何を聞くつもりなのかしらね?」

 

 どうしよう、幽々子のこの微笑が今、途轍もなく腹が立つのだが。

 完全に、おちょくられている。

 

 あの時はあんな状況だったし、障子の奥に隠れた人物に気付かなかった、ということもありえる。

 今の言葉を知っている、ということは……確実に聞いている。

 

「だってあれ、完全にヤっちゃってるじゃない! もっとはっきり言ったら、セッ――」

「違ぁぁぁあう! そこまでやってない! 確かにそんな感じにはなってたけど、断じて違う!」

「完全に喘いでいたじゃないの! 妖夢に至っては、ぜっち――」

「おいぃぃぃい! 自重しろ!」

 

 なんだよ、この歩く十八禁。

 ド変態なのは、まさかの幽々子。今朝を見ると、妖夢も中々だが。

 

 ふと、幽々子の顔が笑顔になった。

 ――ただし、意地悪な方の笑顔に。

 

 幽々子の腕が俺の腕を掴み、お互いに動けない状態になる。

 そして、幽々子がすぅ~……と、息を大きく吸って。

 

「……妖夢~! 天が浮気してるわよ~!

「口を縫い合わせてやろうかぁぁぁぁあ!」

 

 そしてすぐ、ドタドタと廊下を走る音が聞こえる。

 腕は掴まれて動けない、今の状況は幽々子を押し倒している。

 ……あっ。

 

「浮気!? 天君、何、して……」

 

 数秒後、妖夢が部屋の障子を開け放った。タァン! と音を部屋に鳴り響かせて。

 この状況が目に飛び出してきて、目を見開く。

 ですよね~……はぁっ。

 

 妖夢はペタン、とその場に座り込んだ。

 

「ぅぇ、天君が、幽々子様に~……ぇ、ぅ」

「あ~あ。彼女泣かせた~。天君は何して――」

「お前が言うな」

 

 幽々子の手は離されていて、俺は妖夢に近づく。

 妖夢は目元に手をやって、泣いている。

 

「あ、あ~……そのこれには訳が――」

「はい、捕まえました」

 

 そう言って、妖夢は俺の腕を掴んだ。

 ……ゑ?

 

「私がこれくらいで泣くと思いましたか? ふふふふ……じっくりと、言い訳を聞かせてくださいね?」

「いや違うんだよ妖夢。俺達は全てを間違えているんだよ」

 

 そこから小一時間、妖夢にお説教みたいな何かをされたことは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 お説教みたいな何かを終えた後、俺と妖夢は人里に遊びに行った。

 俺が姿を現すと、皆からの心配の声が上がった。

 霊夢が昨日、伝えてくれたのだろう。

 

 今は、妖夢とどこに行こうか決めている最中。

 事前に決めていないのが悔やまれるが、なにせいきなりだったから、決められなかった。

 

「ん~……どうしようか」

「ん~……あ、あそこに行きたいです! えっと、ええと……あまみしょ?」

「あ、あまみしょ?」

 

 なんだろうか。この可愛い感じは。素で言っている表情がたまらない。

 惜しい。惜しいのだが、かすってるのだが。

 いや、もう大半が当たっているのだが。

 

「甘味処か。行くか」

「そうです、多分そこです! ……天君。あれはですね、普段行かないですし、読み方があれなんですよ」

 

 目を逸らしながら、頬を掻く妖夢も可愛い。

 

 暫く甘味処へ歩いていると、彼女から手を繋がれる。

 しっかりと指を絡ませて繋ぎ、彼女の顔を見る。

 彼女は、とても嬉しそうに笑って、俺と彼女の繋がれた手を見つめていた。

 

 ……あのさぁ、甘味処、もうここにあるんじゃねぇかな?

 もう既に甘い味が口の中に広がっているのですが。

 

 

 

 甘味処に入って、若い女性の店員さんが出迎えでくれる。

 

「いらっしゃいませ~……ふふふ、熱々ですね?」

 

 手を思い切り繋いだところを見られ、二人で恥ずかしがる。

 けれど、手は離さない。

 

「あ……す、すみません」

「いえいえ、見ていて目の保養になりますし、むしろもっと見せてほしいですね~。こちらのお席にどうぞ?」

 

 て、店員さん、こういうの好きなのか……

 まぁでも、俺はこういう軽い感じの店員さんの方が、話しやすい。

 接客云々がどうこう、とかは別に。俺はこっちの方がいい。

 

 妖夢を左側、俺が右側に座り、メニューを開く。

 俺は白玉栗あんみつを、妖夢は白玉クリームあんみつを注文する。

 先程の店員さんがメニューを取り、奥へ。

 

 それと同時に、左側から肩に軽い重みが。

 ふとそちらを見ると、彼女が頭を預けて、気持ち良さそうに笑っている。

 

「ごめんなさい。これ、すっごく落ち着くんです。はわぁ~……」

 

 なんだろう、これ。

 俺も落ち着くんだが。やっぱり天使は妖夢だったんだな。

 手を恋人繋ぎで繋いだままなので、さらに密着度が上がる。

 

 あっという間にあんみつが運ばれてくる。

 途中、あの店員さんにニヤニヤされてこっちを見られていた気もするが、気のせいだろう。

 

 小豆にアイスクリーム、白玉に、栗とクリーム。

 スプーンにそれらを掬い、食べる。

 幻想郷にも、スプーンはあるんだな。

 基本和食しか食べないので、あまりわからなかったが。

 

「ん~! おいひいれふ~!」

 

 おぉ、彼女が頬に手を当てて喜んでいる。隣の半霊も嬉々としてふよふよしている。可愛い。

 

「ん、こっちも美味しいぞ。……ほら」

 

 スプーンで掬い、妖夢に差し出す。

 

「あ……こ、これ、間接……はむ」

 

 一瞬彼女が呆けて、スプーンにかぷっと。

 

「んくっ……美味しいですね。……はい、え、と……あ~ん?」

「がはぁっ!」

「そ、天君!?」

 

 俺には、耐えられなかった。愛くるしいにもほどがある。

 なんだ、この可愛すぎる生き物は。あ、俺の彼女じゃん。幸せだな、俺。

 

 この、スプーンを差し出して、疑問形の如く首を傾げるあたり、超かわいい。

 

 瀕死になりながらも、食いつく。

 甘い味が広がっていく。ただ、ひたすらに甘かった。

 妖夢も甘い。うん、甘いな。

 

「……妖夢も食べちゃいたいくらい可愛いな」

「ふぇっ!? え、えっと、食べ、たべ……る……」

 

 顔を紅潮させて、恥ずかしがっている。

 あたふたしていて、小動物をさらに庇護欲を増幅させた生き物みたいになっている。

 

 自分の中で膨れ上がる庇護欲に負けて、妖夢の頭をくしゃっと撫でる。

 

「ふぁ……えへへ……うみゅぅ……」

 

 可愛らしさ溢れる声をあげて、俺の胸に抱きつく。

 こんなに可愛らしい生き物がいたとは。

 

「……天君の匂い、いい匂いです~……はあ~……」

 

 ……うん、もう、何かな。

 耐えられないよね、これ。耐えろって言う方が無理だよ。

 

 姿勢を戻して、再び食べ初めた。

 暫く食べて、妖夢の口元にクリームがついているのが見えた。

 

 ……ふむう。ここは、紙か何かで拭き取るのがいいのだろう。

 が、しかし。ここでカウンターをしないわけにはいかない。何に対してのだよ。

 

「ここ、クリームついてる……んっ、うん、美味しい」

「あ、え、や、それ……!」

 

 クリームを指で拭き取り、クリームを舐める。

 当の彼女は顔を赤くして、口を忙しなく動かしている。

 どうやら、成功のようだ。……けれど、その様子でまた俺がやられる。意味ないな、これ。

 

 

 

 

 

 

 ……ちょっと、妖夢さん?

 自分でわざとクリームつけてませんか?

 

 付け終わったら付け終わったで、こちらをちらちら見ている。

 ……あ~かわいい。

 

 さっきと同じようにして、クリームを味わう。

 妖夢自身がクリームみたいなところもあるな。だったら、半霊は白玉か。頭大丈夫か、俺。

 まぁでも、味は……気になる。

 

「妖夢、その半霊ちょっとこっちに来れない?」

「えぇ、いいですけど……どうするんですか?」

 

 ふわふわと、俺の目の前にやってくる。

 取り敢えず、最初に抱きしめるとしよう。

 

 おぉ、やわらかい。マシュマロみたい。

 

「わぁ~……やっぱり天君は暖かいですね……ふひゅぅ~」

「……へぇ、感覚が繋がっているのか」

「えぇ、そうですよ。ちなみに、半霊から弾幕も出せます」

 

 そりゃすごい。近接攻撃しながら、半霊の遠距離バックアップもできるのか。

 さて、味の方は……舌を出し、ペロリっと。

 

「わひゃあ! い、いきなりどうしたんですか!」

「ん? 味が知りたかった。無味なんだな、これ」

 

 残念。でも、食感は……やめておこう。

 噛んだりしたら、その感覚が妖夢に伝わるわけだしな。

 

 ……店員さんが、血を吐いて倒れてない? あれ大丈夫なの?

 

 

 

「「ご馳走様でした」」

 

 二人で手を合わせて、勘定に。先程の若い女性が受けてくれる。

 

「……はい、こちらがお釣りとなります。いやぁ~、いいものを見せてもらいました、ありがとうございました!」

「い、いいものって……はぁ、それは良かったです……?」

 

 良かった、と言うべきなのか、これは?

 

「優しいんですね、天さんは」

「いや、そんなことはないですよ……」

「いえいえ、それこそ謙遜ですよ。いつも私達を守っていただき、ありがとうございます」

 

 ……そう、か。

 俺は、いつも守られる側の声を聞いていなかったんだな。

 ありがとうございます、か。それを聞いて、自然と笑みが浮かぶ。

 

「ホント、優しいですよね。……私も、惚れてしまいそうになりますね」

「あ、あはは……え? い、いや、惚れそうって――」

「そのままの意味ですよ~。魅力溢れる若人ですからね~」

「……!」

 

 満面の笑顔を浮かべた店員さん。それに対して、戸惑いしか見せられない俺。

 初対面の人から、いきなりこんなことを言われるとは、思わなかった。

 まぁ、この人のふざけた柔らかい笑みのことだから、本気ではないんだろう。

 

 そんなことを思っていると、隣の妖夢に腕を引かれる。

 引かれた俺の腕は、抱き枕のように抱かれる。

 

「……ん!」

 

 頬を膨らませて、真っ直ぐと店員さんを見つめている。

 まるで、自分のものだと言わんばかりに。不機嫌だと言わんばかりに。

 ……可愛すぎる。

 

「あらあら、妖夢ちゃんには勝てないわね~。とったりしないから、大丈夫よ?」

「……ん。んむゅ……」

 

 腕に頬ずりしてきた。なにこの生き物。可愛さ溢れすぎだろ。

 俺の精神がゴリゴリ削られるんだが。

 

「じゃ、じゃあ、ありがとうございました。また来ます」

「えぇ、またのお越しを、お待ちしております」

 

 妖夢と腕を組んだまま、外に出る。

 

「……浮気はダメですよ。今日で二回目ですからね」

「いやあれはノーカウントだろ。あれは幽々子が――」

「じゃあさっきのはカウントなんですね?」

「んなわけないだろ。俺は妖夢一筋だ。妖夢が大好きなんだ」

「え、あ、あぅ……」

 

 ふふふ、俺が妖夢の弱点を知らないわけがないだろう。

 不意の告白。これが弱い。今までの経験だ。

 

 しかし、これは諸刃の剣だ。

 恥ずかしがったり、照れたりする妖夢のカウンターに耐えられるかどうか。

 

「がはぁっ!」

「そ、天君!?」

 

 ……耐えられるわけないじゃないですかやだー!




ありがとうございました!

妖夢ちゃんこそ甘味である。
今回、天・妖夢sideとタイトルにありますが、
次回は幽々子・翔sideプラスαです。

αが何になるかわかりませんが。

ではでは!


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第62話 甘いお茶―休暇 幽々子、翔side

どうも、狼々です!

今回、文字数が少なくなってます。
1000字ほど少なくなり、4000字です。すみません。

さらに、前回の前書き通り、出かけた天君と妖夢ちゃんの間、
幽々子と翔が何をしていたかを書いています。
そこまで具体的ではありませんが。

では、本編どうぞ!


 昨日の夜に、天の部屋の前を通りかかった。

 そうしたら、部屋の中から水音と二人の喘ぎ声が聞こえてくるんだもの!

 いや~、もうこれは、いじるしかないよね?

 

「いや違うんだよ妖夢。俺達は全てを間違えているんだよ」

「へぇぇぇ、へえええ、そうなのですか。参考までに聞かせてもらいましょうか、天君?」

「そうよ! 私と妖夢、どっちを選ぶのかはっきりさせなさいよ!」

「おい幽々子、お前はもう黙ってくれ。話が余計にこじれるだけだ、俺にはわかる」

 

 天に怒られちゃった。これが修羅場、というやつなのだろうか?

 修羅場って、中々面白いものなのね♪

 見ている分に関しては、楽しいことこの上ない。やめられない止まらない、というやつだ。

 

 その後、私、妖夢、天、そして私が翔を呼んで、それぞれで正座。

 私と妖夢が隣同士、天と翔が隣同士で、私達と向かい合って天と翔が。

 こちらの二人は、しっかりと向かいの天ただ一人に視線を合わせる。

 

「……なぁ、なんで翔がいるんだ?」

「ん? 幽々子さんに、ね。天が浮気したって言うから、見逃せないしね」

「見逃していい。むしろ聞くな。世の中、そういうこともあるもんなんだ」

 

 隣で妖夢が、思い切り笑顔を引きつらせている。

 例え私と言えども、浮気は許せないし、悔しいらしい。

 可愛いわね。可愛い上に一途って、罪よね~……。

 

「では、被告人、新藤 天は――有罪、死刑!」

「おい幽々子。だから黙れと言っているんだ! それに何の言い訳もさせてくれないって、それもう刑じゃなくてただの暴力だわ!」

 

 この反応とツッコミ、やっぱり天は面白い。

 毎日の出来事に、一風変わった面白みを持たせてくれる。

 だから、もっと私もボケたくなってしまう。単純に面白いから。

 

「でも……私は、天が私を選んでくれるって、信じてるからね……?」

「その微妙な上目遣いやめい。そんな顔しても選ばんぞ」

「うわあぁぁん! 天が私を捨てたあぁぁぁ! ふぇぇぇぇええん!」

「……嘘泣きもやめろ。そして捨てるどころか最初から持ってない。あと、地味に可愛いからやめてくれ」

 

 可愛い、だなんて。惚れてしまいそうにならないけれど、一応嬉しい。

 そして、天の隣で翔が話についていけてない。

 ぽかーん、としている。あそこだけ平和そうだ。お茶をすすってたら、本当に平和になるだろう。

 

 ……あ、翔がホントにお茶を淹れ始めた。静かに、しれっと。

 後で私にも淹れてもらお~うっと。

 

「そぉ~ら~く~ん~? 浮気はダメって、言ったばかりですよね?」

「だから違うんだって。俺は幽々子に――」

「私は天に押し倒されました! そして天は私の胸を凝視して揉みしだこうと――」

「してないからな!? してないよね!? ちょっと見た気はするけど、揉みしだこうとはしてないからね!?」

 

 えっ、うそ、本当に見てたの? うわっ。

 いやまぁ、男の子だから仕方がない部分も多少はあるけれど……彼女持ちよね、貴方?

 妖夢が嫉妬の塊になるのも、案外近いわよ、このままだと。

 それも、彼女さんの目の前で話し始めるんだもの。

 

 ……あ、始めたのは私か。

 

「……やっぱり、天君は大きい方がいいんですよね。いいんですよ、私は小さいですから……はぁっ」

 

 隣で妖夢が、悲しそうな表情をしながら、自分の胸を撫で下ろしていた。

 そして、私は視線を自分のそれらに向けて、思った。

 えっと、その……なんか、ごめんなさいね?

 

「い、いや、そんなことはないぞ! 俺は妖夢が大好きだし、そもそも昨日見た限りじゃあ、普通くらいだっただろ」

「「……え?」」

 

 私と、蚊帳の外でお茶をすすっていた翔が、素っ頓狂な声をあげて天を見る。

 昨日の夜の水音と喘ぎ。さらには、妖夢の胸を見たってことは、つまり――!

 

「やっぱり妖夢とヤってるんじゃない! 翔! 天は妖夢ちゃんと昨日の夜にセッ――」

「してねぇぇえよぉぉおお! してないから! してないからなあ!?」

 

 さて、妖夢の反応は……あら、恥ずかしすぎて俯いたままになっている。

 正座の状態で、膝の上で握りこぶしを作り、羞恥に耐えている。

 口を一切開かず、羞耻心でいっぱいになっているようだ。

 そのあたり、純粋な妖夢らしい反応ではある。恋愛にどっぷりハマるのも、無理もない。

 

 さらに、天も若干顔を赤らめている気がする。

 この二人は、どこまでも純粋なのか。似た者同士なんだと、私は今更ながら感じる。

 

「じゃ、じゃあ俺は妖夢と一緒にどっかに出かけてくるよ。じゃあな!」

「あら、どこに行くの? 年齢的には行けるけど、もしかしてラブ――」

「歩く十八禁かよ!? どうしてそうエロの方面ばっか持っていきたがるんだよ! 違うに決まってんだろうが!」

 

 妖夢の手を引いて、天は足早に部屋を出て行く。

 さすがに歩く十八禁呼ばわりはひどいと思うが、面白いから聞かずにはいられない。

 くすっと笑いながら、二人を見送る。翔は、依然としてお茶をすすっている。

 それにしても、とても美味しそうに飲むものだ。自分も飲みたくなってくる。……じゅるり。

 

「……さて、私達は将棋しましょうか?」

「はい、わかりました。用意してきますね~っと……」

 

 静かに立ち上がり、湯呑みを卓に置いて、将棋盤と駒の準備を進める。

 駒と将棋盤の当たる木製独特のカタッ、という接触音がやけに心地いい。

 静かな場所で、静かに将棋というのも、また一興だろう。

 

 丁度良い温度の十月、障子を開け放って風の進路を確保する。

 中庭から吹き付ける涼風が、反対側の障子へと吹き抜けていく。

 その感覚に心地よさを感じていると、すぐに将棋の準備をしてくれた。

 

「じゃあ、始めましょうか。先手はどうします?」

「そちらからどうぞ? 先手後手は入れ替えるから、あまり影響はないわ」

 

 そう言い終わって、翔の右手が歩を前に動かし、か細い木音を弾かせる。

 それに呼応するように、私の腕も歩も前に進ませる。

 

 天と何度か将棋をやったが、あの人間は強すぎるにもほどがあるだろう。

 私も結構な自信があったのだけれど、数回勝負を交えて、勝てないとわかった。

 ありとあらゆる手段で陥れ、操り、さらに誘導していることを悟らせない。

 静かに罠を張って、時に安全に辛抱強く待ち、時に身を危険に冒しつつも、相手を確実に操る。

 

 巧みな戦術の前に為す術もなく、戦術が多量なため、対応も難しい。

 二番煎じの技は使わない上、悪知恵が働くというか、頭の回転が恐ろしく速い。

 私が追い詰めようとしても、別の作戦で形勢逆転。追い詰められるのも計算の内かと思ってしまう。

 

 翔と将棋は初めてだが、『冷静』の能力を持っている翔のことだ。

 何か奇妙な策でも講じるつもりなのだろう。あの時の模擬戦のように。

 

 暫く進めていて。

 

「……はいっと」

「あ、それ、二歩(にふ)よ?」

「あ、あ~……すみません、幽々子さん」

「いいのよ。ま、初戦は私の勝ちかしらね?」

 

 二歩(にふ)。それは、将棋において最も起こしやすいと言っても過言ではない、禁じ手の一つ。要は、反則だ。

 同じ筋――縦列のこと――に歩を二枚置くこと。ただし、これに“と金”――成った歩のこと――は含まれない、というもの。

 手練の棋士の間でも、頻繁に起こりうる禁じ手の一つだ。

 

「翔は将棋、初めてなの?」

「あ、わかっちゃいました? そうなんですよね~」

 

 翔はいつものおちゃらけた様子で言う。

 まぁ、少しだけ手を抜いて交えるとしようか。ルールも教えつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それから、数戦後。先手後手入れ替えを、十回以上繰り返したあたりで。

 

「――はい、詰みです。俺の勝ちですね、幽々子さん」

「……っ!」

 

 ……私は翔に一切、勝てなくなった。

 手を抜いているわけじゃない。本気でやっていた。

 なのに、どうしても勝てない。天と負ける感覚と、似ていて非なる感覚。

 

 天が罠師だとしたら、翔は知略家だろうか。最初から勝ち筋が見えているような目をしている。

 目の前にまで来ているのに、どれだけ迎撃しても戦況が一向に逆転する気配がない。

 何をやっても、先を見通したかのように最善手ばかりを打ってくる。

 

「……貴方、本当に初めてなの? どう考えてもそうとは思えないのよね~」

「えぇ、お言葉は嬉しいですが、初めてですよ。あれです、あの……『闇に舞い降りた天才』、ですかね? まぁ、闇でもなければ、麻雀(マージャン)でもないんですがね?」

「……これは貴方にも、勝てそうにないわね」

 

 この二人に勝つなんて、どうやっても想像がつかない。

 勝ち目もないだろう。今度、妖夢と二人を戦わせてみたい。

 どんな反応をするのだろうか。少し気になるところでもある。

 

 爽やかな風が頬を撫でていることに気付いた時には、もう昼。

 もうすぐで、昼食の時間だ。

 

「じゃ、俺は昼食作りますね――っと、その必要もないみたいですね」

「「ただいま~!」」

 

 二人の聞き慣れた男女の帰宅を知らせる声が、玄関側から重なって聞こえる。

 廊下に伝わる二人分の足音が、微弱な涼風と共に運ばれ、段々と大きくなってくる。

 

 姿が見えた時には、腕を組んだ状態でさらに手を繋いでいるという、何ともラブラブなカップルぶりを見せていた。

 二人の笑顔が、さらにそれを加速させている。見ただけで仲睦まじいとわかってしまう。

 ……本当にどこに行っていたのかしら? 本当に行ってない、わよね?

 

「あぁ、もうすぐ昼食か。妖夢、一緒に作るか」

「そ~ですね~。そら~♪」

 

 なんだろう、この甘々な雰囲気は。

 見ているこっちが恥ずかしくなってしまいそうになる。

 砂糖をそのまま噛んでいるような、口の中に妙なザラザラとした感覚が残っている。

 

 こんな笑顔を浮かべる妖夢は、天が来る前は殆ど見なかった。

 そう考えると、天が幻想郷に来てくれたことに、最大級の感謝をすべきなのだろう。

 でも、天のことだから、「俺もここに来られてよかった~」、とか言うんだろうが。

 

 二人が一緒になって台所に行ったのを見送って、将棋中に翔が淹れてくれたお茶をすする。

 翔と隣同士で並んで、座って平和な一時を過ごす。

 

 

 ……普段苦いお茶が、どことなく甘く感じたのは、気のせいではないのだろう。




ありがとうございました!

そろそろ、時雨と接触させたいです。
そうなると、日常話が取り敢えず中断なわけです。

……今回の日常、エロばっかだな。

16日――この話を投稿する前日になりますかね?
その日に、日間ランキングにのりました。10位です。
最初は12位でしたが、その後更新されて10位に。……。(´゚д゚`)
……今まで、オリジナル二作に押し潰されかけてた魂恋録が、生き返りそうです。

ありがとうございます!

ではでは!


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第63話 Be Careful

どうも、狼々です!

大体このタイトルでわかる方がいるでしょうが、日常話は終わりです。
ただ、この後に続かないというわけでもないので、日常話を楽しみにしている方へ。大丈夫です。

では、本編どうぞ!


 夕食を作り終えて、各々が各々、部屋でそれぞれの時間を過ごしていた。

 俺は夜の自主特訓。妖夢がいないことに、若干の寂しさを感じる。

 それがさらに、冷たい夜風によって胸の中で膨張していく。

 

 紅葉も散ってしまい、あたりには閑散とした雰囲気が漂っている。

 十一月に既に入ってしまい、肌寒いと感じるこの季節。

 そんな冷涼を携えた空間で、一人神憑で空気を切り裂いていた。

 手元に持っている神憑が、いつもよりも重く感じる。

 

 重苦しい雰囲気に気圧されているのだろうか。

 今になって、黒幕のプレッシャーに押されているのだろうか。

 恐らく、どちらもだろう。

 

 もう後二人の黒幕。当然、あの叢雲よりも強いだろう。

 俺が叢雲に一瞬で勝てたのは、妖夢の功績によるものが大きい。

 さらには、妖夢が戦って尚、負けかける程の強さ。

 それを凌ぐ敵の力に、見えない圧力に追い込まれているのだろう。

 

 ……いや、どちらでもないか。

 リベレーションのその先。俺は、ずっとそのことが気になっていた。

 無心で神憑を振りながら、頭の中で思考を巡らせていた。

 栞が隠そうとするほど、重要な問題。しかし、逆に言えばそれだけ重要なことを隠さなければならない、ということ。

 

 本当に重要なことなら、真っ先に伝える必要がある。それは栞も理解の上だろう。

 でも、それができない。しようとしない。それなりの理由あってのこと、なのだろう。

 心のなかでそう結論付けても、どうにも腑に落ちない。

 

 これからの戦い、いつリベレーションが通用しなくなるかわからない。

 それこそ、次の戦いでは既に、通用しなくなっているのかもしれない。

 だから――

 

 いつの間にか眠気に襲われていて、部屋に戻る。

 障子を開けるが、そこには妖夢の姿がない。

 妖夢曰く、「これ以上天君といると、心も体もどうにかなってしまいそうだから、今日だけ」とのこと。

 嬉しいのか、悲しいのかわからなくなってくる。

 

 静かに布団を敷いて、栞に挨拶をする。

 

「おやすみ、栞」

「うん。明日も頑張ろうね」

 

 目を閉じると、容赦なく睡魔が襲い掛かってきて、重かった瞼をさらに重くする。

 

 

 消えかける視界の先に映ったのは、妖しく光る月光だった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「あぁ~あ、やっと『一人で』寝たよ。いつもあの銀髪剣士とイチャついて寝るんだもの。機会がなさすぎるって~の」

「そうか。じゃあ……()()()()()()()()()()

「おうとも。勿論さ。……じゃ、天殺し、行ってくるよ!」

 

 そうさ、最初からこうしておけばよかったんだ。

 どうして気付かなかったんだろう。

 

 俺は勢い良く飛び出し、白玉楼へ向かう。

 

 

 暫く飛んで、白玉楼が見えてくる。

 重々しい暗闇と静寂に包まれていて、暗殺(アサシン)には絶好の環境。

 ローブを羽織り、もう俺の顔は一切見えないだろう。

 

 手に俺の武器――槍を持って、白玉楼に忍び込む。

 廊下をほぼ無音で歩きつつ、向かう先は天の寝室。

 

 障子をまたも音無く開け、天に向かって槍を構える。

 振り下ろすと同時に、部屋中に大声が響いた。

 

「危ない! 天! 起きて!」

 

 へぇ、やっぱり栞はいたのか。まぁ、いい。

 今更何をしたって、もう手遅れだ。この攻撃は絶対に通る。

 

 さぁ、今から、天の暗殺が始まるよ――?

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「がはっ……あ……!?」

 

 栞の大声に、腹部に突き刺さる激痛に、俺は目を覚ました。

 腹には大きく槍が刺さっており、布団や服、目の前に立つ者のローブに、血飛沫が。

 自分の置かれている状況が理解できない。

 

 ただわかることは、自分がかなり危険な状態であることのみ。

 

「あ……あぁぁああ――~~~~!」

 

 あまりの突然の激痛に、叫び声を上げようとした。

 けれど、目の前のローブのやつに口を塞がれた。

 

「ほ~らほら。妖夢ちゃん、起きちゃうよ~? だからぁ~静かに、死んでね?」

 

 声と手の感触からして、男だろうか。

 こいつが、妖夢に接触した可能性もある。

 

 そして、それよりも。自分の隣に、死の危険が這い寄っている。

 悍ましい程の震え。(おびただ)しい量の血液。それによる鉄の匂いの充満。

 あらゆる感覚から、自らの死を予感する。そして、直感した。これは、今までで一番死の淵に立たされている、と。

 一歩踏み出したら崩れる崖の上で、自分を押そうと迫ってくる腕。恐怖が、段違いだ。

 

 男が槍を俺の腹部から抜いた瞬間、再び襲われる激痛に顔を(しか)める。

 それと同時に、自分の口から湧き上がる、血の滝。恐怖が、増幅する。

 けれど、痛みにうずくまっているだけでは、殺される一方だ。

 俺の体が自由になった一瞬の隙を見逃さず、抜け出す。

 

 抜け出し、抵抗の声をあげようとする。

 

「リベレーシ――」

「おおっとぉ!」

 

 ローブの男に思い切り蹴られ、壁に叩きつけられる。

 背中に思い切り衝撃が走り、起き上がる気力も削がれていく。

 段々と体の自由がきかなくなり、思うように動けなくなっていく。

 

「がっ、はあ……!」

「全く、抵抗しないでくれよ? 動いたら、殺せないからさぁ?」

 

 フードの向こうで、男の歪な笑いが形になった。

 恐怖が、再び襲い掛かってくる。

 その冷徹な笑いは、狂気の域を超えている。狂っているとは、到底言葉足らずだろう。

 

 檮杌やフェンリルとは違う、恐怖の形。

 

 ――こいつは、俺を殺すのを、楽しんでいる……!

 

「はい、じゃあね?」

 

 そう思った瞬間に、俺に槍が突き刺さろうとして。

 俺は、首にかかったペンダントを手に握り締めた。

 このペンダントだけは、傷を付けたくない。

 

 もうこの攻撃を避けられないことはわかっている。

 死ぬか死なないか。それはもう俺に決められることじゃない。

 なら、悔いのない選択をしたい。それが、ペンダントを握ることだった。

 死ぬにしても、このペンダントを大切にして、死にたい。

 そう、思った。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 朝起きて、私の隣に彼がいないことを寂しく思う。

 布団の中に感じる暖かさが足りないことに恋しくなりつつも、台所へ向かう。

 

 

 朝食を作っていて、天君が起きてこない。

 まぁ、たまには寝坊くらいは誰にでもあるだろう。

 私も時々、天君に朝食を任せてしまうこともある。ハードな修行で疲れたのだろう。

 今日の朝くらいは、休ませてあげようか。

 

 しかし、そう思ったのも少しの間だけだった。

 朝食が作り終わっても、一向に起きてくる気配がない。

 もうすぐ食べる時間なので、起こしに行こう。

 

 そして、廊下を歩いていて気が付いた。

 天君の部屋に行くにつれて、異臭が強くなっていることに。

 どこかドロドロとしていて、鼻を刺す、鉄の匂い。

 

 それは、ある部屋の障子の前で一番強くなった。

 そう――天君の部屋の前で。

 

 障子を開ける前に、ふと考えついた。

 

 この嫌な匂い、錆びついた金属の匂いはまるで――

 

 

 私の視界には、赤一色の血液の色が広がっていた。

 飛沫となって天井、壁、床に。布団に至っては、血を吸っている。

 その異様な光景が目に飛び込んだ瞬間、自分の中から吐き気が。

 そして、気分を悪くしながら、一番大きな血溜まりを見つけた。

 

 壁の隅に寄りかかっていて、お腹には大きな長い槍が突き刺さっている人。

 その人の周りは畳は血を吸いきって、もう池ができてしまっている。

 項垂れているような姿勢で、座っている。

 

 私は、この人が誰か、知っている。

 

 嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 いやだ、いやだ、いやだ、いやだいやだいやだいやだ。

 

 全身から力が抜け、その場にへたり込む。

 嘔吐感は引いたようで、強くなったようで、曖昧だった。そんなことは、もうどうでもよかった。

 ただ、私に見えたのは、さらなる絶望だった。

 

 ――手に大切そうに握られた、鎖。いや、ネックレスのチェーンとなる部分。

 

「あ……あ、あ、あぁぁ――~~~~~!」

 

 叫びたかった。大声で叫びたかった。

 けれど、ここで叫んだら、何もかもが前と変わっていないことになる。

 私は、今までの過ちを、もう一度繰り返すつもりなのだろうか。

 

 私は、無理矢理に口を塞ぎ、叫び声を押しとどめた。

 叫び声と共に、自分の中で暴れ狂う様々な感情も嚥下する。

 

「――幽々子様! 相模君!」

 

 私は二人の元へ飛んでいった。バタバタと大きな音を立てて、廊下を全力疾走。

 二人を起こして、天君の部屋に連れていく。

 

 連れてきた時の二人の顔は、ひどいものだった。

 相模君も、幽々子様も、悲壮の一語で表せるだろう。そんな表情。

 歪められた顔は一瞬で終わり、二人は天君の脈を取り始めた。

 

「……! まだ息はある! 紫さん! 天を運んで!」

 

 相模君の悲鳴にも似た声が響き、紫様のスキマが天君を飲み込んだ。

 私には、もう何もできなかった。

 ただ座り込むだけで、何も。

 

 涙は無意識の内に流れ始めて、視界が霞んだ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……ねぇ、この血文字の『BC』って何?」

 

 幽々子さんが、さっきまで天がもたれかかっていた壁を指差して言う。

 

「BC……?」

 

 そこには、天のものだったであろう血で、アルファベットの「BC」が書かれていた。

 紀元前のことか……? いや、この状況で、血文字で紀元前など書くわけがない。

 いや、しかし、これくらいしか思い浮かばない。

 

 どれだけ考えても……あぁ、まぁ、天ならやりかねないかな?

 どれだけピンチでも、周りを考える天なら。

 

 間違っているかもしれないけれど、まぁ、イメージダウンとかにはならないし。

 それに、そもそも間違っていない気もするし。

 

「これ、英語の略だろうね。……Be Careful――気を付けろ、だと思うよ」

「「…………」」

 

 二人の沈黙が重なった。

 十中八九、これは黒幕の一人からの闇討ちだろう。

 だから、気を付けろ。闇討ちされないように。そんな意味。

 

 自分の生死の狭間で、周りに潜んでいる危険に対する、警告。

 命を燃やした、メッセージ。

 

 自分の命を諦めてでも、警告を優先したのだろう。

 それは恐らく、とても難しいことなのだろう。

 自分の命は、誰だって大切だ。だから、こんなことを考える暇もない。

 

 けれど、天は違った。そこまで考えが回った。

 自分よりも大切だと思う存在に、自分を投げ打って。

 

「……ごめんなさい。私、ちょっと外の風に当たってくるわ」

 

 そう言って、部屋を出て行く幽々子さん。

 俺には、見えた。一瞬だけ。

 

 彼女の頬を伝う、一筋の涙が。




ありがとうございました!

ここ二話で、文字数が減ってきています。
気を付けなければ。

ではでは!


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第64話 ありがとう

どうも、狼々です!

前回、時雨の闇討ち炸裂!
もうそろそろ時雨戦に入ります。

では、本編どうぞ!


 淀んだ黒い靄がかかった冥界で、私は一人泣いていた。

 私はいつも幻獣の戦闘には、参加してこなかった。防衛のグループだから。

 

 でも。でも。どうして? どうしてなの?

 何で、こんなにも彼は傷付かなければならないのだろうか?

 私には、何かできなかったのだろうか?

 

 命を賭けて、最大限の努力もしている。それは紛れもない、私達と私達の幻想郷のため。

 この世界だけじゃない。外の世界の命運もかかっている。

 そんな大きな役目は、彼の重圧となって常に襲い掛かっている。

 

 まだ学生服を着ていた、会ったばかりの時。

 私は彼を見て正直、心のどこかで失望していたのかもしれない。

 こんな未熟な、まだまだ子供に何ができるのか。ひ弱そうな学生に、何ができるのか、と。

 

 けれど、実際は私の予想とは大きく異なっていた。

 様々な障害を跳ね除け、ここまで休まず突っ走ってきた。とても疲れているだろうに。

 ここに来る前から大きく精神的にやられていて、私まで悲しくなってきた。

 不思議と、いつからか失望はなくなっていた。

 

 ただ、それがなくなったのは、彼の行動の結果であることを忘れていた。

 あの小さな背中に、どれだけ重く、大きな重圧(プレッシャー)がのしかかっていることだろうか。

 それでも一生懸命に前に進んで、傷付きながらも前に進んで、時には味方の盾ともなって。

 そんな彼は、どうしてこんなに傷を負わなければならないのだろうか?

 私には、それが不思議でたまらなかった。

 

 もう休んでもいいだろうに、それすら許されないというのか。

 どんなに残酷なんだろうか。厳しいのだろうか。

 幸福のために、守るために、ここまで傷付いて、まだ傷付けと言うのだろうか?

 

 私はそんなことを言う誰かに、全力で異議を唱えたい。

 嫌だ。彼がこれ以上傷付くことが――

 

 

 ――私が、そんな彼に何もできていないことが。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 気温も下がり、もうすぐ――あと一ヶ月程で年を越すだろうという時期。

 炬燵の中でうずくまっていたい気持ちを抑えながらも、薬の開発に勤しむ。

 今は、これからの天に必要かもしれない薬を製作している途中だ。

 しかし、これは量産が難しそうだ。幻想郷では、取りにくいものばかり。今は作れて一個か二個だろう。

 

「はぁぁ~……」

 

 薬の制作材料を全て載せた紙をデスクに放り投げ、頭を抱えて椅子の背もたれに寄りかかる。

 不意に窓を見ると、冷たい風が窓を叩く音のみが聞こえてくる。枯れた葉も縦横無尽に舞っている。

 

「はぁ~……」

 

 もう一度溜め息を吐いた瞬間、隣のベッドのところからスキマが見えた。

 

「紫? どうしたの――えっ?」

 

 スキマが開いたと思ったら、ベッドに血だらけの天が降ってきた。

 降ってきたというか、運ばれてきた。

 

「ええぇぇぇぇえええ……?」

 

 心底嫌な声を出してしまう。絶対に、何かがあった。

 今回は特に騒ぎがない。ということは――闇討ちか。

 今まで来なかったのが、不思議すぎるくらいなのだが。

 

「はぁぁぁぁ~……鈴仙~!」

 

 私は大きな溜め息を吐いた後、同じく大きな声で鈴仙を呼びつつ、手早く手術室に運び入れる。

 運んでいる途中に、簡易的に今の天の容態を確認する。

 

 四肢欠損はなし、体には二つの穴。恐らく刺突武器で貫かれた跡だろう。そうなると……槍だろうか?

 天を抱えた重さや顔色からして、相当な量の出血があったことが予想できる。

 もっと詳しく見ないと他はわからないが、それ以外にわかることが、一つだけある。

 

 ――天が、今にも死んでしまいそうなことだ。

 

 

 

 

 

 

「いや~……これ、大丈夫なのかしらねぇ……?」

「私にも何とも言い難いですが……お師匠様、どんな具合でしたか?」

 

 手術が終わり、天を病室のベッドに横たわらせる。

 全く、この光景を何度見たことやら。――辛くなってくる。

 

 風は依然と窓を叩いていて、寒々しい景色を映し出す。

 勢いは全く弱っておらず、雲は少し灰色がかっている。

 まだ朝だというのに、どうしてこうなるかねえ?

 

「……致命傷寸前なだけで済んでるわ」

「『だけ』じゃなくてそれ、ダメじゃないですか」

 

 そう、ダメだ。まずい。

 これが冗談だと、どれほどいいだろうか。今の状態は、残念ながら事実だ。

 目を細めて、包帯に身を包む天を見続ける私を見て察した鈴仙は、容態についてはそれ以上聞いてこなくなった。

 しかし、話しておかないわけにもいかない。

 

 口を開こうとしたとき、弱々しく病室のドアが開いた。

 二人で一緒にそちらを向くと、そこには妖夢がいた。

 目に光はなく、無表情。悲しい顔よりも、ひどく痛々しく感じられる。

 体は力が入っておらず、ふらふらとこちらに近寄る。

 

「……どう、ですか?」

 

 口からは細々とした声しか出ておらず、今にも掠れて消えてしまいそうだ。

 囁き声のようにも聞こえるだろうか。ここに届くのもやっとだ。

 

「……致命傷寸前。心臓が貫かれてないだけ、まだマシね。あと、このペンダント、はい」

 

 運ばれてきた天が強く握り締めていた、妖夢が首にかけているペンダントと同じもの。

 それを受け取った妖夢は、すぐに天の元へ行き、彼の首に優しくかけた。

 表情は変わらず無表情のまま、頭を撫でて、頬を撫でて。

 撫でて、撫で続けていた。

 

 その状態のまま、妖夢がゆっくりと発言する。

 

「……それで、天君はどうなんですか?」

「え? えぇ、出血が多すぎるわ。輸血をしたから大丈夫なのだけれどね。怪我も三日くらいで治って、同じくらいの時期に目覚めると思うわ」

「……そうですか」

 

 淡々と短い言葉を連ねて、笑いもせずにただ撫で続けているだけの妖夢。

 視線は天一点に集中していて、離そうともしていない。

 

 その瞳に映っているものは、何なのだろうか。

 窓を揺らしていった冬風が、いつの間にか止んでいた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 また、天君が怪我をして永遠亭に来てしまった。

 天君だけが狙われて、天君だけが傷付いて、天君だけが、天君だけが。

 恐らく、闇討ちなのだろう。私達は気付かなかったのだから。

 ――気付けなかったのだから。

 

 私は、何をするのが一番いいのだろうか。

 私は、何をするのが一番の正解なんだろうか。

 どうすることが、彼のためになるのだろうか。

 どれだけ考えても、声にならないし、声になっても答えてくれない。

 

 結局、私は天君を労い、癒やすことしかできない。

 今回は気付かなくても仕方ない。そう思うことが、どうしても許せなかった。

 彼は私がそばにいてくれるだけで嬉しい、そう言ってくれる。

 だから、私にできることはしたい。

 

「うぁ……いっつ……妖夢、おはよ……」

 

 彼の、掠れた声が聞こえた。確かに、聞こえた。

 おはよう、と。

 

「え……天、君……!?」

「う、うそ!? まだ起きないはずよ!」

 

 驚きの声をあげた永琳が、天君のベッドに駆け寄る。遅れて、鈴仙も。

 三人で顔を覗いたら、彼は静かに笑っていた。

 

「あ、あはは……また、世話になったな、永琳、鈴仙。妖夢も、無事でよかったよ……」

「あんまり喋らないで! 本当は起きちゃいけないのよ!」

「そ、そうですよ! また傷口が開きますから!」

 

 永琳と鈴仙の声が鋭く飛ぶ。

 

「ご、ごめん、これだけ……妖夢、ありがとう……」

 

 そう、静かに笑いながら言って、横たわったまま私の頬を撫でてくれる。

 私の頬を撫でてくれる彼の手は、誰の手よりも暖かく感じた。

 私の顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。

 

「いいん、ですよ。私は、天君の恋人なんですから。いつでも側にいますから」

「あ、あぁ……もう少し、側にいてくれ……」

 

 そう言った彼は、私の頭を後頭部から引き寄せ、仰向けの自分の胸に押し付けるように抱いてくれる。

 私も、それに応じて思い切り胸に抱きつく。

 ただ、傷口に響かないくらいに、できるかぎりの愛情を表現して。

 

「あ~これだからこいつらは……鈴仙、行くわよ」

「は~い、お師匠様」

 

 二人が部屋から出ていき、扉の閉まる音がする。

 それと同時に。

 

「妖夢~――って、相変わらずね」

「え? ゆ、幽々子様!?」

「お、おう幽々子。はははっ、おはよ」

「……そっちも相変わらずねぇ」

 

 いきなりスキマが現れて、幽々子様が出てきた。

 だからといって、抱きつくのをやめるわけではないのが私。

 

「あ、そうそう。いくらでもそっちにいてあげていいわよ。こっちはこっちでやってくから。じゃね~」

 

 それだけ言って、幽々子様が再びスキマの奥に消えていく。

 静寂が部屋に訪れた。彼との静寂は、本当に心地良い。

 

「え、っと……じゃあ、朝ご飯――というより、もうお昼ご飯になりますが、何か買ってきますね」

「あ、あぁ……その、恥ずかしいんだが……できるだけ、早く戻ってきてくれ」

 

 本当に恥ずかしそうに、視線を逸らしながら言う。

 私は、その表情に微笑みながら、頷いて人里へご飯を買いに行った。

 

 

 

 昼食を取り終えた。

 いくらでもそっちにいていいとは言われたものの、さすがにいつまでも居座るわけにもいかない。

 永遠亭の方にも迷惑がかかってしまう。

 少し名残惜しいが、今日は帰るとしよう。

 

「……すみません。私はもう帰り――」

「ま、待ってくれ! ……い、一緒にいてくれ。お願いだから……!」

 

 歩き出そうとした時、腕を引かれて止められる。

 振り返ると、そこには寂しそうな顔をした彼がいた。

 

 私は、この調子の彼を一度見たことがある。

 彼の両親と、外の世界の話をしてくれた時。あの時とそっくりそのままだ。

 

 今、私にできることは――

 

「えぇ、いいですよ。すみません。ずっと、一緒にいますからね」

 

 ――彼の側に、いること。

 私は彼の元に戻って、抱擁する。

 ……お互いの体温を分かち合って、気持ちも分かち合っていたい。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 怖かった。ただ、怖かった。

 彼女が離れてしまう、たったそれだけのことが、とても。

 

 あのローブの男に襲われた時、俺は自分の命を諦めた。

 けれど、実際にこうやって生き残ってみると、未練がありまくりだった。

 一度捨てた命に足掻くことは、してはいけない。

 そうわかっているのに。

 

 死ぬのは怖い。誰だってそうだろう。

 俺は死ぬことが怖いというよりも、死んだ先にある未来が怖かった。

 

 俺は何もない、暗闇の世界で一人で暮らし続ける。

 今まで味わい続けていた孤独を、もう一度永遠に味わわなければいけない。

 そんな苦痛に浸される世界の訪れに、恐怖した。

 

 彼女は、俺のいない世界でどうやって暮らすのだろうか。

 彼女のことだろうから、後を追いそうで怖い。

 それで俺は、後を追った彼女の責任を取れるのだろうか。一人の少女を生き死にを、左右していいのだろうか。

 

 俺がいなくなって、彼女もいなくなって。

 俺には何も残らなくなってしまう。

 彼女には、唯一の大切な人がなくなっていく。

 その感覚が、怖い。

 

 あの彼女の抱擁の暖かさ。それが唯一の救いだった。

 彼女の温もりだけが、俺を生かしてくれた気がした。

 その暖かさが離れた時、異様な虚無感に襲われた。

 

 気がついたら俺は彼女の腕を引っぱって、引き止めていた。

 自分の都合を述べて、我儘な自分を見せてしまった。

 

 けれど、彼女はそれを許してくれた。

 あの温もりを、もう一度俺に味わわせてくれた。

 

 彼女の腕の中で、俺は幸せを感じていた。

 生きていることに、彼女が無事であることに。

 

 窓からの陽光は、明るく俺達を照らしてくれる。

 

 ――ありがとう、妖夢。




ありがとうございました!

次回、早かったら時雨戦に入ります。

ではでは!


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第65話 失墜の『英雄』

どうも、狼々です!

退院日からスタートです!
22日の夜中から、久々にTwitterで盛り上がりまして、私はとても楽しかったです。
……もっと私に絡んでくれても、いいのよ?
男なのに気持ち悪っ。

では、本編どうぞ!


「はい、退院おめでと。これで退院が最後になるといいわね」

「本当にごもっともで」

 

 小鳥の囀りが聞こえてきそうな、優雅な朝だ。

 今日は俺の何度目かの退院日。入院して、退院してを繰り返しながらの。

 怪我をしては治り、怪我をしては治り……、

 最初は妖夢に斬られた時、次に檮杌戦後、その次にフェンリル戦後、そのまた次に叢雲戦後。

 で、今回のローブ男で五回目だ。

 

 ……さすがに、ねぇ。多すぎや……しませんかね?

 さぞ永琳も、俺の顔を見慣れたことだろう。

 そろそろしつこいと感じてくるあたりだろうか。

 

 無理もない。会う度に血を流して運ばれてくるんだから。

 仕事を増やす一方の俺をどう思うかは、大体わかる。

 そうとは言っても、それを口に出さずに治療してくれるあたり、優しい。

 ……試薬を使おうとしないところを除いては、だが。

 

 小鳥が囀りそうなこの朝だが、やはり冬なので少し寒い。

 冬にしては暖かい方だが、何を言おうとも冬だ。寒いことには変わりない。

 

「じゃあ、退院者は早く退院しなさい。私はとある薬の開発に忙しいんだからね」

「はいはい」

「あら、命の恩人にそんな口の利き方をするのね。あぁ、私、残念だわ」

「すみませんでしたいつも感謝しています永琳サン」

 

 まくし立てるように言って、ゆっくりと一人で空へ。

 白玉楼に行こうとして、人里の上空をゆらりと通った時。

 

「天さ~ん! 英雄様~! 少々よろしいでしょうか~?」

 

 極めて急ごうとしたわけでもなく、はっきりと下の人里から聞こえた男の声。

 声のした方へ降りていく。用があるわけでもなく、急いでいるわけでもない。

 俺を呼んだということは、何かしら非常事態があった可能性が高い。

 

 ということで、降り立った先の男の人に話を聞く。

 

「どうかしたのか?」

「すみません。今、人里一同で五歳の娘を探しておりまして。昨日の昼に遊びに行ったきり、帰ってこないのです」

「……一人で、遊びに出たのか?」

「いえ、共に遊んでいた子供は全員帰っております。その娘だけが、未だに帰っていないのですよ」

「どこに遊びに出たか、わかりますか?」

「それが……すぐそこなのです。人里の中なので、安全かと思い……」

 

 ひどく困った様子で言う男の人。声も沈み気味に聞こえる。

 今は朝なので、遊びに行ったのがついさっき、ということではないだろう。

 少なくとも、昨日の夜中よりも前に外出していると考えていいので、この話は本当だろう。

 

 嘘を吐いているとは思えないが、以前に妖夢がそれで襲われた。

 闇討ち失敗に気付き、俺を騙すことも考えられた。疑っておいた方が身のためだ。

 しかし、この困りようや話の内容から、本当だと思っていいだろう。

 仮に嘘だと考えて本当だった場合、危ないのは少女だ。

 

 しかし、その娘だけが帰っていない、ということは不可解だ。

 一緒に遊びに行って、その娘が一緒にいないことに気付かないで帰った、なんてことはないだろう。

 そうなると、いつの間にかその娘がいないことに気付き、帰って大人に報告した、ということだ。

 周囲の目を欺きつつ、一人の少女が消える。

 

 可能性は大きくわけて二つだろう。

 一つ、目を欺いたのはたまたまであり、少女がもっと遠くに一人で出かけている。

 一つ、――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかし、後者はあまり現実的ではないだろう。

 周囲の目がある中でそんなことをして、バレないはずはない。

 仮に遠くへ逃げたとして、探索中にいないことはすぐに気付かれる。

 

「探索はある程度終わっていまして、子供の行けそうな場所は全て……」

 

 全て回って、見つからなかった、というのか。

 そうなると、ここの人里の者じゃないことは明確だろう。

 誘拐だとしたら、この人里の者以外。

 

 しかし、それだと移動の方法に難がある。

 車、電車等の高速移動機関がない幻想郷で、見つからずに遠方への移動など、できない。

 逃げるにも向かうにも、現実的ではないのだ。

 

 ――人目につきにくく、かつ高速で移動できる手段を持っているのか。

 

「わかった。俺一人でどうこうするよりも、大勢の方がいい。霊夢や妖夢達を呼んでくる。すぐに戻る!」

 

 早口でそう言ってすぐに、再び飛翔する。

 昼に出かけたのならば、もうすぐで丸一日が経つ。

 もしこれが誘拐の類であれば、時間が経つにつれて危険度も比例して高まる。

 これは、一刻を争う事態だろう。

 

 寒かった風が、飛翔のスピードに合わせて吹きかけられる速度があがっていく。

 それはそうだろう。しかし――さっきよりも風は冷たくなり、寒くなった気がするのは、気のせいなのだろうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 さぁってと、人里は今頃大慌てだろう。

 なんせ、一日経っても一人だけ少女が帰ってこないんだもの。

 あ、おっといけない。これからも帰ってこない、の間違いだったか。

 

 天が死んだと思って、完全に油断していた。不知火にも呆れられるし……。

 きちんと、脈までとっておくべきだったか。焦るなんて、らしくなかったぁ。

 まぁいいや。こうやって、代替策は既にとって、実行までしてある。

 

「ね~? 君は、アイツを呼び出すダシとして、有効に使ってあげるからね~?」

「ん~! ん~! ん~!」

 

 もぞもぞと動き、縛られた口と体で抵抗している。

 目に涙を浮かべるでもなく、まだ敵意を剥き出しにしている。

 気が強いというか、勇気があるというか。

 

 でもさぁ、勇気があっても、何も変わらないときの方が多いんだよね、天?

 

「ふ、ふふふ……あっはははは!」

 

 思わず高々と笑ってしまった。いやぁ、おかしくて、おかしくって……ふふ……。

 あぁ、そうだ種明かし、ネタばらしといこうか。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、っと。あ~ぁ、面白い、面白い!

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 白玉楼で妖夢と翔を呼び、博麗神社で霊夢を呼び、霊夢が各地の探索を呼びかけ。

 昼を回ったあたりで、一つの目撃情報を得た。

 

 ――()()()()()()少女を(さら)っていくのを見かけた、と。

 

「ほ、本当ですか!?」

「え、えぇ。ただ、空を飛んでいて、私にはどうすることも……」

 

 今、この情報を得た俺ら――俺、妖夢、翔。

 その場所は、とある崖の近くにある小屋だろうとのこと。

 周りに他の建物や目立ったものはないので、そこだろう、と。

 

「……おい、翔、妖夢。たぶんそのローブの男は――俺を闇討ちした奴だ」

「ま、そうだろうね。空を飛ぶ奴で誘拐なんて、どっちみちろくな奴じゃないだろうし、十分にありえるよ」

 

 そうなると、少女は、あの危険極まりないローブの男に――。

 

「……どうする、翔」

 

 俺の問う『どうする』は、皆を呼ぶか否かだ。

 一日経った今、少女の命に関わる。

 そんな中で、皆を待っていられる時間はあるのだろうか。

 

「……先に俺達で様子を見る。紫さん」

 

 翔の小さな呼び声に反応して、空間にスキマが。

 

「えぇ、話はわかっているわ。皆を呼んでくるわね」

「お願いします。その間、俺達は様子を見ます。危険だと思ったら、少女を優先して保護します。もし既に危険な状態だったらすぐに呼びますので、そのことだけ準備をお願いします」

「了解よ。できるだけ急ぐわね」

 

 そう言って、スキマは消え去っていった。

 紫の招集にかかる時間で、俺達は様子を見る。

 三人でそう決めて、その場所へ飛ぶ。

 

 崖の近くに着いて、聞いた小屋と同じであろう小屋も一軒。

 恐らく、逃げていなければアイツはここにいる。

 

 細心の注意を払いつつ、地面に降り立つ。

 かなり足場が悪く、そこかしこに危険な崖がある。

 崖の下は植物が生い茂っていて、森のようになっている。

 高い草もあり、魔法の森がそのまま下にあるような感じだ。

 

 そして、一つの崖付近に――いた。

 ローブの男が、槍を背負うようにして、縛った女の子を片手に。

 少女は恐怖に怯えるでもなく、必死に抵抗を続ける様子。

 

「いた! 翔、妖夢! そこだ!」

「俺達も見つけたよ。向こうは――気付いているのか?」

 

 そう翔が呟いた瞬間、ローブの男が。

 

「ねぇ、いるんでしょ? さっきから霊力で周りの雰囲気が大きく変わってるよ? バレバレだっての!」

「……どうやら、気付かれている様子ですね。行きましょう、天君。このままだと、私達をあぶり出すために、無条件に少女が傷付きます」

 

 もっともだろう。ここで出ないと、少女が危ない。

 

 俺達はすぐに、あのローブの男の前に向かう。

 翔の言うところだと、襲いかかっても少女が盾にされるから、攻撃の意志を見せずに行った方がよい。少女がこちらに渡ったら、逃がさないように無理せず戦闘体勢。紫達を待つ、とのことだ。

 

「……あ、やっと来たね。久しぶり……でもないかな?」

「そうだな。少し前、数日ぶりだな」

 

 怒りの気持ちを抑えつつ、会話に応じる。

 ここで暴走しても、少女が危なくなるだけだ。

 俺達の最優先事項は、あの少女の安全の確保だ。

 

「そうだね~。あ、自己紹介しようか。俺の一方的になるけれどもね。俺の名前は時雨。まぁ、よろしくしなくてもいいけど、一応よろしく。君達のことはよく知っているよ」

「……そうですか。それで、どうしてこんなことを? それに貴方、私を一度騙しましたよね? 天君が目覚めた、などと」

「あぁ、そんなこともあったね。反省も後悔もしていないけれども。こっちだって叢雲がやられているんだ。お互い様、痛み分けってことにしない? それと……どうして、なんて野暮だね。わかっているだろうに」

 

 どこまでも、お喋りな奴だ。いらないことばかり口走っていく。

 言葉を返す隣の妖夢の声色も、怒りを孕んでいることは見て、聞いてとれる。

 自分も時雨の言葉に苛つきを覚えながらも、抑制する。

 

 自分達に必要なことは、時間稼ぎだ。

 紫が呼んで、霊夢達が来るまでの時間稼ぎ。できればそれまでに戦闘が勃発するのは避けたいところだ。

 一応いつでも神憑は抜ける心の準備だけしておく。

 翔も、セルリアン・ムーンを構えられる顔つきを見せる。

 

「じゃあ~……この人質、どうしよぉっかな~……?」

「おい、俺達をここにおびき寄せるためだろ。()()()目撃情報与えておいて、それはないだろう」

 

 そう、こいつ――時雨は、わざと目撃情報を与えている可能性が高い。

 人里でわざわざ隠密して誘拐を計画、実行した上で、詰めを甘くして目撃情報を与える?

 そんなことが、果たしてあるのだろうか。

 

 こいつは、妖夢を一旦騙して、おびき寄せる手法をとっている。

 無頓着でもなく、無計画でもない。むしろ策士の方だ。

 相手を手玉に取り、自分の圧倒的優位に立つことのできる状況を創り出す。

 

「そうだけどさ~? この娘を、生かしておくってのもね~……面白くないって言うか、さ? わかる?」

「面白くない……? おい、さすがに許せないぞ。わかりたくもない。命を面白がるなんて真似は――」

「あっ、そうなんだ~! そうしたら天は怒るんだね、へぇ~……ま、いっか。はい」

 

 そう呆気なく言うと、放り投げるようにして、口を解放してこちらに少女を飛ばしてきた。

 俺が受け止めようと、飛ばされた先に回ると。

 

「はい! これもあげるよッ……!」

 

 そう言って――背中の槍を手にかけて、突き出した。

 方向は――少女。少女の背中に。

 

 

 

 

 俺は、見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 ――その槍が、少女の背中を穿つ様子を。

 迸る鮮血が自分にかかり、自分の無力さを思い知る余裕もなかった。

 ただ、目の前で起こる出来事が。映画(スクリーン)の出来事だと思った。

 

「あ、れあ……? わ、たし……」

 

 

 地面に叩きつけられた少女は、泣きわめくこともなく、ただ血液を地面に滴らせていた。

 今、俺はどんな顔をしているのだろうか。

 

 

 

「紫さん!」

 

 

 

 スキマが、少女を運ぶ。飲み込む。

 

 

 

 俺は、助けるためにここに来た。そのはずだ。

 なのに、今、俺は何をした? ――何も、していない。

 目の前で、ただ抵抗できない娘を、自分が守らなければならない人間を。

 それを、ただ見ていただけ。本当に、映画(スクリーン)のように。

 

 

 映画(スクリーン)であれば、どれだけよかっただろうか。

 

 

「アッハハハア! いいね、いいねえその顔ッ! 絶望に浸っている気分はどうだい!? 自分の目の前で守りたいものが崩れる瞬間を見るのはァ!」

 

 しかし、自分に吹き付ける生暖かい風と、頬に飛んだ人肌の温もりを持っている赤々とした粘着液が、それを許さない。

 照りつける寒々しい陽光と、葉が散ってしまった凄惨とした冬の木々が、それを許さない。

 目に焼き付けられた、一度ピクッと動いたきり、動かなくなった少女が、それを許さない。

 

 自分に告示される。何を目を逸らそうとしているんだ、と。

 背を向けるな、現実を見ろ、と。

 根底にある自分の醜いナニカが、そう囁く。

 

 

 

 

 

 

 『――ほら、見ろよ。()()()()()()()()()()()()()()』、と。

 

 

 

 

「――ああぁああぁぁぁああ!!! リベレェェェション!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――俺は、英雄なんかじゃなかった。




ありがとうございました!

次回から、本格的に時雨戦に入っていきます。
時雨、中々ゲスい。ゲスいぞ。

宣伝です。またですよ、ええ。新作。
短編ではありますが、先日、『八月の夢見村』というタイトルで投稿しました。

感動系恋愛……にできるかどうかはわかりません。
特に感動。ですが、何か感じるものは書きたいと思います。
よければ見てやってください。

ではでは!


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第66話 『無限』を決めて

「あぁぁぁぁあ!」

「待って、天!」

「待ってください! 天君!」

 

 俺は時雨に駆け出した。

 自分の右腕で、背中の神憑を掴み、抜刀する。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)ッ!」

「はい、よッと!」

 

 俺の神憑の居合が、槍で弾かれた。

 それはまるで、剣を使うように横薙ぎしていた。

 

 槍の形状は、薙刀のような形をしているので、できなくもない。

 だが、時雨は柄で弾くように受け流した。

 

「煉獄業火の閃ッ!!」

「ほら、ほらほらほらァ! さっきから全部外れているよ!? 少しは当ててみたらどうだい!?」

 

 時雨の奇声に、イライラが募っていく。

 それに比例して、攻撃の質がだんだんと落ちている。自分自身、それに気付かない。

 

「あぁ! ったく……行くよ、天!」

「私も行きます!」

「じゃ、私はサポートかなぁ? 殆ど何もできないだろうけど」

「了解、翔! 妖夢! 栞!」

 

 三人の声に、少し冷静さを取り戻す。

 一旦距離をとり、俺と時雨との間が開いたその瞬間。

 

 翔が練習したのであろう、霊力強化での走行で、俺の真横を通って接近する。

 

「はあぁぁ! 青龍の波紋!」

 

 そう大きく、高らかに叫んだ翔。

 右腕に持ったセルリアン・ムーンは鮮烈に輝き、四方に光を放ち始める。

 刀身の色はどんどんと濃く、青くなっていき、霊力が集まっているのが感じられる。

 

 刀身を左手で軽く摘み、左半身を左に撚る。

 それによって勢いのついた攻撃は、容赦なく時雨に襲いかかる。

 まさに、青龍の神速。通る軌跡には、水面に映る波紋しか残らない。

 

「へぇ、君、面白い……ねぇ!」

「ぐっ……あぁぁ!」

 

 槍を横薙ぎにして翔を向かえうった時雨。

 しかし、その攻撃にも負けることなく、体勢を崩しながらも青龍の波紋は続いている。

 

 青龍の鉤爪が、時雨に襲いかかる。

 が、鉤爪はローブを少し切り裂いたのみで、時雨そのものを引き裂くことはなかった。

 目元のローブが少し切れて、紫色の瞳が明らかになった。

 

 そのまま力のベクトルに流されて、翔は地面に落下する。

 顔を顰め、慌てて体勢を立て直そうとする。

 

 ――しかし。

 

 薙刀の形の刃が、横たわっている翔に突き刺さった。

 

「うあぁぁあ!」

「……な~んだ。つまらない。もっと良い声で哭いてくれないとね~!」

 

 既に突き刺さった槍は、突き刺さったままで左右に、上下に、時には回して。

 傷口を抉っていた。血液はそれだけで吹き出し、顰められた翔の顔は、さらに苦痛に歪む。

 

「あぁぁぁあ! アァあ!」

「あはは~、そうそう。やればできるじゃ~ん」

「相模君に、何をするんですか!」

 

 妖夢が叫び、時雨に向かっていく。

 楼観剣を構え、翔と同じく高らかに叫ぶ。

 

「人鬼 『未来永劫斬』!」

 

 ……素晴らしい、の一言に尽きた。こんな状況なのに。

 その剣技は、美しかった。目に焼き付けられた。

 一瞬で、無駄のない接近の動きは、流星の如く。

 連続して繰り出される斬撃は、全て、一斬残らず目にも留まらない速さだ。

 

 それさえも、時雨は防いでみせる。

 が、さすがに刀と槍では、手数が違う。ましてや、妖夢を相手にしているんだ。

 俺の、師匠である妖夢を。

 

 ローブが多箇所に渡って切れ、その軌跡を辿り、なぞるように時雨の血液が滲む。

 斬撃の度にその赤々とした軌跡は増え続け、なぞられ続ける。

 

 ある程度を捌いた時雨は、妖夢との距離を取る。

 

「そうかいそうかい。じゃあ……はっはァ! 俺の能力、見せてやるよ!」

 

 荒々しい怒号にも似た声で、妖夢に向けて右腕を出す。

 すると、その右腕から()()()が吹き出し、刹那の間で妖夢を取り巻いた。

 狼狽える妖夢は何もできず、そして。

 

「あ、あぁ……れ……?」

 

 音を立てて膝から崩れ落ち、そのまま地面に突っ伏す妖夢。

 動く気配すらなく、現に指先一本すら、ピクリとも動いていない。

 心底驚いた声を出すだけで、起き上がる要因となっていない。

 

 そして……あの黒い靄。幻獣の纏っていたそれと、全く同じものだ。

 このドス黒い気力は、

 

「おい。その靄……!」

「ふふふっ、あぁ、これね。まず、俺の能力は『瘴気を操る程度の能力』。で、今の黒靄が瘴気、ってわけ。今は妖夢の頭の中に瘴気が回って、まともに動けないはずだよ。わかる?」

 

 笑いながらそう言って、煽るように。

 俺の方を向いて、獰猛であり、嗜虐的な、底知れない闇の笑顔を浮かべていた。

 その瞬間、俺の中にある本能が、まずいと警鐘を鳴らし始めた。

 

 直後、それまでほんの僅かも動かなかった妖夢が、体を突然ビクつかせ。

 

「あああぁぁぁぁぁあ! うあぁぁぁあ!」

「妖夢! おい、妖夢!?」

「アッハハハハ! 瘴気っていうのはさぁ、幻獣の通りに気性を荒くさせるんだよね~。暴れる、気が狂う程の瘴気を発狂ギリギリで流し込み続けたら……どうなると思う?」

 

 発狂寸前で、瘴気を流され続ける。それはきっと、拷問に近いだろう。

 幻獣の狂気は、恐ろしいものだ。その原因となる靄は、今現在進行系で妖夢をかきまわしている。

 自分の理性が吹き飛んだら、見境なく暴れまわることになる。

 それをギリギリのところで保たれるということは、終わりがない、ということ。

 

「やめろ! 時雨ぇぇええっ!」

「おっとぉ! それ以上近付こうとすると、妖夢ちゃん、暴れまわっちゃうよ~?」

「そ、天、君……私は、いいですか――あぁぁああ!」

 

 その瞬間、妖夢が反応をなくした。

 大きく痙攣していや体も静まり、動く前の妖夢の状態に戻った。

 

 それをつまらなさそうに見下ろす時雨に、俺は頭にきた。

 本当に、物理的な意味でも、腸が煮えくり返りそうだった。

 

「あ~あ、気絶しちゃった。ほら、起きてよ」

 

 そう言って、無慈悲に振り下ろされる槍。

 刺突武器は、妖夢の足をしっかりと貫き、鮮血を散らせた。

 

「――うあ! あ、あああぁぁ!」

「ほいほい、天~? まだ助けにこないの~? 可哀想にね~、あんな彼氏、捨てちゃったら~?」

「そ、天君、は――お前の思っている程、くすぶった人間じゃない!」

 

 ……俺は、動かなかった。

 こいつをどうしようか。そう考えることで、頭がいっぱいだった。

 妖夢の苦しみを無視しているわけではない。

 

 そうして考えて、一つの考えに行き着いた。

 

 燃え滾る気持ちを、ゆっくりと押さえつける。

 押さえつけ、抑えつけ、やがて一つの固体へと収束していく。

 その固体は禍々しい、等と生温いものではない。自分ですら自覚できるくらいだ。

 

 怒りに燃える感情を押し殺し、逆の感情を表明化させる。

 

「おい、時雨」

「あ、ほらぁ、助けられない名ばかりの英雄様が、口を開いて――」

 

「――死ねよ

 

 冷酷に、残酷に、燦然と、無気力に、そう言い放つ。

 と同時に、俺は全力で駆け出した。

 

 今まで……過去、最高速度。

 音を越えて、地面が割れる音が遅れて聞こえる。

 

「なッ……!」

 

 時雨は慌てて飛び退いた。

 霊力強化で無理矢理に飛び退いたため、音を越えていても間一髪のところで逃げられた。

 ――しかし、これだけだと思うなよ、時雨。

 

 これもまた、音を超越した攻撃。

 斬撃モーションをそのままに、遅れてだが神憑以上の射程を持つ。

 霊力刃。鋭く金属音が鳴りそうなスピードで飛ばされた斬撃は、深く時雨の腹を切り裂いた。

 しかし、まだまだ余裕という目をしながら、感嘆の声をあげる。

 

「わぁお……へえぇ、中々、だね。たださぁ……忘れてない? 俺が天に瘴気を使ったらどうなるか。いいの? それ以上攻撃したり楯突いたら――」

「そうかよ。じゃあさっさとやれよ」

 

 あっさりと、俺は言う。

 俺は。瘴気の能力の突破口を、既に見出した。

 

「降参なら、今の内だよ……?」

「こっちのセリフだ。どうした? やらないのか? ――いや、()()()()のか」

「……!」

 

 初めて。ここで時雨が初めて、焦った目をしている。

 ローブのフードに未だに隠れる表情は、きっと同じく焦っていることだろう。

 俺の口にも、自然と笑みが浮かぶ。

 

「瘴気は、自分の理性とは反対の狂気が自身を蝕むんだろ? だったらさぁ……()()()()()()()()()()()()()()()、だろ?」

「…………」

 

 時雨は、答えない。それは、無言の肯定だった。

 俺の殺意と、守る意志の勝利。それに関しての、肯定。

 一番敵意がむき出しの目をしているのがわかる。それについ、微笑を浮かべてしまった。

 

「ま、それならいいよ。――俺も、この能力の真骨頂を見せるから! あははははは!!」

 

 俺の顔から、一瞬で微笑が消えた。

 時雨が、()()()()()()()()。ぐるぐると渦巻きながら、空にまで瘴気の柱を突き立てた。

 檮杌戦で、俺とオレの霊力の柱が空に届いたように。

 

 しかし、それとは異なり、深い闇の色のみをしていた。

 

「アッッハハハハハハアアァァァ! いいね! いいねェ! この滾る感覚はァッ! 最ッ高だあ! じャあ……死ねェッ!」

 

 紫の瞳が、ギラギラ妖しく、恐ろしげに輝いた瞬間を最後に。

 

 時雨が、消えた。

 

「天! 危ない!」

「ぐはぁ……! あ……?」

 

 俺の腹に、深く深く、時雨の持っていた槍が貫通している。

 それを合図にするように、俺の腹と口から、血の塊が吐き出される。

 栞の警告も、虚しく消えていった、厚い黒雲に覆われた空間に。

 

「あッれれれ~!? こんなに天は弱かッた!? 遅かッた!? やッぱりィ、英雄ッて名ばかりなんだねェえ!」

「そら……大丈夫か……!」

「そら、くん……!」

 

 二人の俺を呼ぶ声が、時雨の佇む笑顔が、霞んで聞こえ、見える。

 意識は朦朧とし始めて、立っているのすらやっとだ。

 

 強引に槍を抜かれて、あの時と同じ――いや、貫かれているので、それ以上の痛みに襲われる。

 膝から崩れ落ちる寸前、神憑を地面に突き刺して、杖として踏みとどまる。

 足元に血溜まりができていくのを見て、さらに血の気が引いていく。

 

「あァァァ、あァァあ! もう終わりかァ! そんなに強くはなかッたなァ!」

 

 ……いや、まだ対抗策は、あるにはある。

 解放(リベレーション)の、先の段階が。

 

 俺には、もうその先へ進むことの条件に気付いていた、

 思えば、最初からおかしかったのだ。

 

 ――霊力を()()ことに。

 

 リベレーションは、体全体に霊力を()()ことでできる身体能力解放だ。

 だが、何故内側に……それこそ文字通り、体全体に()()()()()しない?

 それは、いつしかの栞とのやり取りを思い出して気づいた。

 

 『なぁ、限界ギリギリ以上の霊力使ったらどうなるんだ?』

 『ん~? 多分反動で内臓ぐちゃぐちゃになって生きられないんじゃない? 生きても数分。それにおまけの激痛付きだと思うよ?』

 

 ……恐らく、いや確実に。これはリベレーションの先のことだ。

 体全体に霊力を流し込んで馴染ませたら、内蔵がぐちゃぐちゃになり、命は数分。

 栞は俺にこの危険を、知らせたくなかったのだ。

 俺のことだから、教えたら使うだろう、と。

 

 でも、今の状況は最悪だ。このままでは死あるのみ。

 翔と妖夢は、ご丁寧に逃げられないように足を貫かれている。

 浮遊で逃げるにしても、瘴気が襲いかかる。

 俺だけでなく、ここにいる三人が危ない。

 

 やるしか、ない。それ以外の選択肢が、残されていない。

 

「妖夢には、また怒られるんだろうなぁ……」

「……天? 何しようとしているの!?」

 

 俺の呟きに、栞が反応する。

 俺の掠れるような、諦める声で察したのだろうか。

 

「……ごめんな、栞」

「いや……いや、やめてよ、謝らないでよ天! だめ、だめだから! 使っちゃだめ! 絶対に!」

 

 けれど、これを使わない限り、勝てない。

 

「天~! 来たわよ~!!」

 

 そこで、随分と後ろの空中から、霊夢の声が聞こえた。

 数人分の霊力、魔力が近づいてくる。

 ……でも、今の時雨には到底勝てないだろう。

 

 今の時雨が、強さの限界とは限らない。

 瘴気をもっと溜め込んで、さらに強化されるかもしれない。

 

 ……纏うだけであれだけの強さを誇る、リベレーション。

 それが、体全体に馴染んだら。それはもう、リベレーションの何倍も強くなるのだろう。

 自分の一番近くで、栞の霊力を行使するのだから。

 

 どちらにせよ、俺が先を――限界を、超えるしかない。

 

「来るな! 止まれ、皆!」

「誰か! 天を止めて! 早く!」

 

 俺の制止の声と、栞の仲間の暴走を止めるような声が、同時に響く。

 そのせいで、皆は混乱して動けず、その場で浮遊しているのみ。

 よし、それでいい。ほんの僅かだけ、止まれば。

 

 俺の心は、固まっていた。

 どうしようもなく我儘で、どうしようもなく自分勝手だ。

 けれど、同じくどうしようもなくお節介で、英雄をやりたい。

 

 だから、皆を救いたい。

 

 覚悟を、『無限』を決めて、前へ――!

 

 

 

 

 

 

「やめてぇぇええぇぇえええええええええええ!」

「アンリミテッドォォオオォォオオォオオオオ!」




ありがとうございました! と同時に狼々です!

今回も、前書きはなしです。
さて、リベレーションの先は、アンリミテッドでした。

栞とのやり取りの「臓器ぐちゃぐちゃ」は、第15話と随分前ですが、伏線張ってます。
ちゃんと回収しますぜ? 忘れた頃にやってきますから。

次回で時雨戦終わりだぜぃ!


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第67話 遅い

 霊力が全身に駆け巡り、得も言われぬ充足感を感じる。

 この場の全ての者が、俺に驚愕の視線を集める。

 それは時雨も例に漏れず、自身の紫色をした瞳を瞬かせていた。

 

「……へェ、すごいね。さッさと殺さないと!」

 

 余裕がなくなった様子の時雨が、驚異的なスピードで俺に接近し、槍を突き出す。

 加速による足元の爆破の如き蹴りは、地震かと錯覚するほどで、崖近くが崩れるかと思うほどだった。

 

「……遅い」

 

 そう、遅かった。アンリミテッドで、霊力が頭いっぱいに回った今の俺にとっては。

 時雨のあれだけ速かった走破は、俺には徒歩にも見えた。いや、それよりも遅いだろうか。

 いや、実際は速かった。ただ、俺の思考循環が圧倒的に速い。

 

 状況判断能力は、さすがに翔には負けるだろう。

 が、反応速度なら、大きく差をつけて勝っている。そんな自信があった。

 

「なッ……!? はあぁぁぁ!」

 

 渾身の一撃を軽々と流されたことに驚いた時雨は、今度は連続して突きを放つ。

 人間の成せるスピードではない。到底追いつかない領域だ。

 

 自分の中に瘴気を入れるというのは、それ相応のリスクもある。

 自分自身が瘴気に苛まれる。代わりに、爆発的な身体能力が得られる。

 瘴気を溜める、とはそういうことなのだろう。

 

 が、霊力を溜める、ということも同じだ。

 文字通り全身を巡る霊力は、腕にも例外なく通っている。

 瞬時の判断と、閃光の剣技。それらが織りなす技は、常識を逸したものだと自負できる。

 

 多少気だるげになりながらも、槍の突きを全て弾く。

 

「えっと、確か……こんなに弱かった? 遅かった? だったっけか、時雨?」

 

 流して、弾いての繰り返し。

 

「何で、何でだ! 何でだよぉおお! 天ぁぁぁあ!」

「何で、か……そうだな。お前の唯一の敗因は、俺の仲間に傷を入れたことだ」

「仲間ァ!? そういうの、俺は大ッッッ嫌いなんだよ! 反吐が出る! あぁ、あぁ、吐き気がする!」

 

 そう吐き捨てるように言って、距離をとる時雨。

 退いた先で、槍を構えたまま、両腕を槍ごと引いてタメをつくっている。

 ビリビリと電流を帯びているような、密度の濃い瘴気が槍とそれを握る両腕に集まっている。

 渦巻き、逆巻き、深い闇へと消えていく。

 

 纏っていた分は勿論、新たに生み出された瘴気も集まっている。

 天災の予兆かの如く、暴れ狂う瘴気が溜め込まれる。

 

「……黒龍よ、不滅の牙を突き立てろッ! 穿てェッ! 撃滅槍ォォオッ!」

 

 先程までの瘴気とは比べ物にならないくらいの瘴気が、時雨のエネルギーとなる。

 その爆発的なエネルギーが、彼自身の加速と槍を突き出す馬力を活性化させた。

 足にも瘴気は集められ、加速と共に瘴気どうしがぶつかり合って、瘴気の電流を引き起こす。

 

 時雨が消えて、槍は閃光の軌跡を生み出す。

 しかし、その軌跡は真の意味で閃光ではない。一瞬で払われる、弱々しい闇だ。

 

「……だから、遅いと言っているだろう」

 

 黒々と変色した牙が襲い掛かってくる。

 が、俺にはそれさえも遅かった。やはりと言うべきか、軽々と、受け流す。

 

 異常な程の金属音が響き、周囲は驚きの感情に満ち満ちている。

 心はひどく落ち着いていて、今の状況がとてもピンチだとは思えなかった。

 俺はさっきとは打って変わって、時雨に冷ややかな目線を続けている。

 

「な、に……!?」

 

 時雨が驚いている間に、距離をとる。

 霊力を全身に溜め込んでいる分、スペルカードを出す速度も速くなっているはず。

 

「霧符 『一寸先も見えない濃霧』」

 

 神憑を掲げて、一瞬で濃霧が発生する。

 本来は霊力を霧に変える分、どうしてもディレイが避けられない。

 が、今の俺なら、スペルカードを出す速度だけでなく、水の状態変化の速度も速められる。

 

 深い霧に覆われて、どこが前かさえもはっきりしなくなった。

 が、お互いはお互いの溢れんばかりの瘴気と霊力で、位置はわかっている。

 けれど、それでいい。

 

「……煉獄業火の閃」

 

 静かに、唱える。神憑で俺の怒りを。

 白濁とした靄の中で卓然と燃え盛る炎は、赤かった。

 混濁する暗い靄の中で輝いているのは、それのみ。

 

 霧全てを吹き飛ばす勢いで、地面を蹴った。

 爆発音かとも思える音が低く響き渡り、地面には亀裂が走っている。

 燃え盛る刃を瘴気の方向に向け、切り裂く。と同時に、爆発。

 

「ぐッ……あぁぁあ!」

 

 霊力爆発を人間の体で受けると、かなりの威力が幻獣と比べると小さすぎる体にかかる。

 風圧、音圧等のあらゆる圧力が、その体に。

 

 あまりに大きすぎるそれらは空を、地面を揺らし、霧を払った。

 先程まで陽光を遮っていた霧が払われた今、暗かった空間に光が差し込む。

 

 目に光が入り、飛び込んできた光景は、時雨が吹き飛ばされた場面だった。

 これは映画(スクリーン)ではないと教えたのは、あいつだ。嘘、偽り、フィクション、ハッタリどの全てにも当てはまらない、現実。ノンフィクション。

 

 時雨が吹き飛ばされた先は――()()()()だった。

 

「……ッ!?」

 

 このために、俺は霧を発生させた。足元が見えづらくなるから。

 最初から隠れるために使ったスペルカードじゃなく、相手を陥れるために使った。

 霊力でこちらの位置がバレていて、視界は最悪の中、意識は崖から絶対と言っていい程外れるだろう。

 霊力にばかり意識を向ける。その方向に、俺がいるから。攻撃が来るだろうから。

 

 時雨の予想は当たった。だが、誤算だったのだろう。

 俺が、こんなにも速いことに。

 音を優に超えて、無限の先を見た俺の速度に。

 

 しかし、今は時雨が落下する寸前。このままだと、飛行されて終わりだ。

 ――だが。

 

「――な、何故だッ!? どうして、()()()()!?」

 

 時雨。お前は一つ、勘違いをしている。

 どうして? 自分が一番わかっていることなんじゃないのか? そう問いたくなる。

 

 原因は――瘴気だった。

 

 彼の瘴気が自分自身を蝕み過ぎた。

 それは体だけに留まらず、霊力の流れさえも停滞させた。

 悪魔の齧った後の毒に、侵食されたんだ。

 

 勿論、瘴気で飛ぶことはできない。

 これ以上自分から瘴気を流すと、恐らく飛ぶ前に自分が発狂して終わり。飛ぶことも叶わず、精神崩壊を引き起こす。

 撃滅槍のときに、瘴気を纏いすぎた。それが、時雨の末路だ。

 

「ク……クソオォォオオ! 新藤 天ァ! アアァァァァアァァ――!!!」

 

 深く、深くへと消えていく彼自身と叫び声。

 同じく深すぎる崖とその下の森が、叫び声を山彦として反響させる。

 その叫び声は、虚しくも。自分の耳に残ることはなかった。

 

 俺は、後を追って追撃しようとした。

 落ちた先の崖に向かって飛び降りよう。

 

 ――そう、思った時。

 

「……う、ぐ、がはッ!」

 

 とうとう、限界が、来た。

 内蔵が焼けるように痛く、体の中で激しく暴れまわっている。

 ぐちゃぐちゃと内臓の転がる嫌な音が聞こえ、意識が飛びそうになる。

 

「「「天ぁ!」」」

 

 この場の俺以外の全員が、叫ぶ。

 その叫び声も、俺には届きそうになかった。

 手は神憑を握ることのできないくらい力が抜けて、寂しい金属音を(またた)せた。

 

 細々とした軽い金属音のすぐ後に、俺は地面に突っ伏す。

 砂埃を巻き上げ、立ち上がろうとしても指一本すら動かせない。

 冬の冷たすぎる風が、全身を撫でる。

 

 そして、俺は察した。わかった、何となくだが。

 まだ数分も経っていないはずなのに。

 

 ――あ、これ、死ぬかも。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「…………」

 

 夢かと思った。現実かどうか疑った。

 直接手を下していないとはいえ、あの時雨が能力をフルに使って、勝てない。

 リベレーションを超越するアンリミテッドは、まさに無限だった。

 進化の前のそれとは比べ物にならない。ある意味では、全くの別種なのだろう。

 

 段違いに、強かった。確かに、強かった。あぁ、強かったとも。

 俺は見た。あの戦士の勇姿を。命を賭けて戦う、勇気ある姿を。

 

「ふ、ふふ……ふははははッ!」

 

 楽しい。楽しい。こいつは、絶望に満ちる時、どんな顔をして絶望するんだろうか。

 今までに、天は何度も絶望している。が、俺が言っているのは、さらに先にある絶望だ。

 例えば……そうだな。あれとか。天にとっては、一番の絶望だろう。

 

 その勇気の姿が崩れ落ちる瞬間が、楽しみで仕方がない。

 力なき自分に絶望する顔が、見たくて仕方がない。

 

 まぁ、理想郷を創ればそんなものはいくらでも見られる。

 けれど、本物の顔を一度見てみたい。どのみち、天は相手になるんだ。丁度いいだろう。

 

 そして、あの栞はどんな顔……というより、声をするんだろうか。

 俺は取り敢えず、どんな顔をして対面するのが良いか、考えていた。

 灰色になっていた空が、どんどんと陽の光を浴びて青になっていくのを見守りながら。

 

「そう、だな……じゃあ、()()()()、と言うとするか」




ありがとうございました!

時雨戦、物足りない感があったと思います。
すみません。

日常編を入れたら、ついに不知火戦です。
時雨戦の分、不知火を盛り上げます。

ではでは!


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第68話 希望は

どうも、狼々です!

お待たせしましたぁぁぁああ!
遅くなってしまい、すみませんでした!

他作品の投稿に加え、私も一日休んでしまいました。(´・ω・`)

では、本編どうぞ!


 ――終わった。時雨との戦いは、天の勝利で終わった。

 惨状は収まり、やがて収束する。

 けれど、天には反動があった。

 

 私は、ダメだと言ったのに。

 天は、そういうことをしてしまう人間だと、わかっていたのに。

 ……止められなかった。

 

「誰か、早く天を運んで! そうじゃないと死んじゃう!!」

 

 私は、叫んだ。 

 虚しく消失して、欠片だけを残していく。

 

 そう思われた。私もそう思った。

 一瞬でスキマに攫われた天と一緒に、私もスキマに入り込む。

 大量の目が、天を見る。それが私にも伝わって、私を見ているようだった。

 

 

 スキマにいる時間は本当に一瞬で、すぐに見慣れた永遠亭のベッドの上に光景が変わって。

 先程の大衆の視線が、私を見て、こう言っているようだった。

 

 『何とかできなかったのか』、と。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 冬へと入り、寒波が押し寄せる今日このごろ。

 私は今日も、天のために薬を作成していた。

 

 どうせアイツは、無理をする。

 だったら、その無理をしても大丈夫なようにしてあげよう。

 止めても無駄で、痛いのは天。それを未然に防ぐために、薬の開発。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というのは口実で、ただ私が治療しなくていい分、楽になるから。

 形だけ言っておけば、だいじょう――

 

「……はい?」

 

 大丈夫だと、そう思っていたら、再びスキマから天が降ってきた。

 スキマで運ぶということは、それなりの重症のはずだ。

 ただ、そこまで重症ではない。

 

 いや、怪我は負っていたが、ついこの間のあれよりひどくない。

 極端に言ってしまえば、急ぐ必要のない怪我。誰かが……それこそ、妖夢が運んできてもおかしくない。

 

 と、いうことは……内部の損傷が激しいということだ。

 

「鈴仙! 急いで手術よ!」

 

 天を抱えて、緊急手術。手術室へと向かう。

 内部の傷は、さすがに外の状態を見ただけでは、はっきりと原因はわからない。

 ……なんとなくの予想ならついているのだが。

 

 霜を履みて堅氷至る、という言葉もあるくらいだ。

 それなりの理由があることに、変わりはないのだから。

 もし命に関わる可能性が少しでもあるのなら、それは急ぐ理由になる。

 

 そしてその理由は、紫のスキマ使用で運ばれたという事実で補填される。

 ……急がない理由は、ない。

 

「あぁもう! せっかく貴方のために作った薬、使()()()()こうなってどうするのよ!」

 

 予想する限りでは、今作成している薬で防ぐことのできる類の怪我だ。

 そうでなければ、内部での致命傷なんて起こらない。

 さらに言うならば、この外部の傷を見ると、戦闘で負った傷である可能性がほぼ百パーセント。

 尚更、予想は当たっていることだろう。

 

 手術室に運び入れて、ベッドに天を寝かせる。

 完全に意識は刈り取られていて、ほぼ睡眠状態だ。

 霊力を感知しようにも、あと少しで空になりそうな状態。

 

「栞? 貴方の霊力、天に分けられない?」

「……だめ。私の霊力も、もう底をついてるよ」

 

 ――どうやら、私の予想は的の中心も中心、ダブルブルの場所を綺麗に射抜いていたようだ。

 栞の莫大な霊力も、天の鍛え上げられた霊力も、合わせてすっからかん。

 この状態が示すことは、やはりそうなのだろう。

 

 とはいえ、今から急いで手術をしないと間に合わない。

 ただ……天才外科医は、そこまで先が読めないような存在じゃあない。

 こういう、天が早まったこともあろうかと、ちゃんとそれ用の薬は準備してある。

 けれども、薬一つで上手くいくかどうかは試薬なのでわからない。どちらにせよ、手術は避けられない。

 

 さて……手術を、始めましょうか。

 

 

 

 

「「あぁぁぁぁあ……」」

 

 鈴仙と一緒に、呻き声を出す。疲れた。ただひたすらに疲れただけ。

 集中力は切らせないわ、内部の傷だから慎重に慎重を重ねないといけないわ、休む時間がないわ……

 本当に、休みなし。

 

 手術は一応成功。内蔵ぐちゃぐちゃだったけれども、数日で元に戻るだろう。

 薬も程々に強いもので、副作用とかも出ないギリギリの当たりの効果が限界だ。

 相当に強い薬を使ってしまうと、どういう副作用が出てしまうかわからない。

 

 ……本当に運が悪ければ、最悪死んでしまう。

 せっかく命を繋いだというのに、処方した薬で死に至るなんて、笑い話にもならない。

 

 窓に点々と付いた水滴。外と中の温度の差はそれほど大きくないので、数は少ない。

 数少ない一滴は、板面に垂直方向に軌跡を残しながら、ゆっくりと淵をなぞる。

 その様子がとても穏やかに見えて、一層の溜め息を誘われる。

 

 水滴の残した軌跡の奥で、さらに人影が見えた。

 背中に二人を背負って、何人かがこちらに入ってくる。

 天のことも考えて、戦闘後の搬送なのだろう。誰かまではわからないが。

 

「はあぁぁあぁあ……」

 

 休む暇もないのだろうか。私も、少しばかりの休みがほしい。

 しかし、医者である手前、そんなことは口には出せない。思うのはいいにしろ、口にするのはタブーだ。

 だから、何があっても治療の要望を断ることはできないし、するつもりもない。

 

 霜の降りるこの季節、今日もキリキリと医者の私、永琳は働くのでした。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「二人共、大丈夫!?」

 

 私は空から降りて、翔と妖夢の安否を確認する。

 致命傷ではないが、足をあのローブの奴が持っていた槍に貫かれた後がある。

 未だに起き上がることのできていない二人だ。担いで行くべきだろう。

 

「私は妖夢を担いで行くわ。魔理沙は箒に翔を乗せて、あと何人かこっちに着いてきて。残りは報告に行ってちょうだい」

「「「了解」」」

 

 皆が私の指示通りになって、隊列を組む。

 隊列と言っても、ただ簡単にグループ分けしたようなだけなのだが。

 

 伝えた通り、私は妖夢を担いで空へ飛ぶ。

 灰色がかった厚い雲が太陽の光を完全に遮っていて、辺りは暗黒に包まれていた。

 吹き付ける風も冬特有の寒さを孕んでいて、気分を沈ませる。

 

「あ……すいません、霊夢――」

「いいのよ……あと、天はこの程度じゃ死なないわよ」

「……っ」

 

 図星だった。気にしていないフリをしているけれど、バレバレだ。

 声に色や力などはなく、天がいるときとは正反対だ。ここまで落ち込まれては、否応なしにわかってしまう。

 

「アイツは、今までもこうなって生きてきたじゃない。あと黒幕は三人中一人だけ。このタイミングで、アイツが死ぬとは到底思えないわ」

「……そう、ですよね」

 

 霊力の爆発的な使用が、彼の体を壊したのだろう。さっきの霊力は、リベレーションの何倍も濃かった。

 そんな霊力が体中を循環し続けるなんて、体が保つ方が不思議で仕方がない。

 

 それにしても、あの天は……強かった。強すぎた。

 私でさえ、ローブの端すら視認できなかったのに、それ以上の速さで迫る槍を受け流していた。

 何度も、何度も、的確に攻撃を神憑で逸していた。

 

 一方のローブの奴は焦る中、天は焦りの『あ』の字も見せていなかった。

 むしろ、あの状態になる前の天の方が、よっぽど焦っていたに違いない。

 それほどまでに、自分で強さが実感できるまでに飛躍的なパワーアップは、彼自身を蝕んだ。

 強すぎる力故の、引き換えとなる代償が、そこには存在していた。

 

「そうよ。大体、あんたが生きてるって一番信じなきゃ、生きるものも生きられないわよ」

「……本当に、そうですね。ありがとうございます」

 

 そうやって背中からかかった声は、先程の声よりも彩りが加えられていた。

 空全体を覆い隠していた黒雲も、いつの間にか晴れて完全になくなっていて、陽光が目に飛び込む。

 凄惨だったこの付近も、その希望に照らされる。

 

 

 希望は、前に進む。その希望が途絶えない限り、ずっとずっと、前に。

 そこにある景色は、一体何色に染まっているのかはわからない。

 光り輝く色なのか、漆黒のみを映し出すのか、それは見てみるまではわからない。

 

 けれど、どの結果になろうとも前に進まなければいけない。

 自分の持つ希望を信じて、進まなければ。

 それが、どんなに難しいことだろうか、本当の意味では私達誰ひとりとして知らないのだろう。

 だからこそ、この状況を打開しなければいけない。

 

 頑張る人がいて、傷付く人間がいて、死にかける人がいて。

 彼らに支えられているからこそ、私達の希望が存在するのだから。

 希望も、支えられてから希望として初めて成り立つものだ。

 だから、忘れてはならないのだろう。

 

 ――忘却の彼方へ追いやることは、許されないのだろう。




ありがとうございました!

今回は短いです。あれだけ待たせてしまったのに、申し訳ありません……
次からは、もっと近いうちに……(´;ω;`)

ではでは!


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第69話 守りたい

どうも、狼々です!

今回と次に一話くらいシリアスが入ります。
その後は日常話ということで、甘くなり。

そしてついに、不知火戦、という形にしようかと思います。

では、本編どうぞ!


「……はい、こっちは終わり」

「ありがとうございます、永琳」

 

 妖夢の足を治療し終わって、全員の治療が終わった。

 

「その……あの女の子は、どうなりましたか?」

「あぁ、あの一番最初に運ばれた……」

 

 天の前に、一人の小さな女の子が運ばれてきた。これも同じく、紫のスキマによって。

 

「……わからないわ。このまま目覚めるか、目覚めないまま死ぬか、ね」

「そう、ですか……」

 

 現実問題、彼女の容態は最悪と言ってもよかった。

 あんなに小さな体に槍が刺さったのだろう傷跡は、天や妖夢、翔が刺されたときとは訳が違う。

 槍で貫かれるのは相当なダメージだが、ただでさえ発育途中の少女が同じダメージを負うのだ。

 出る悪影響は、言うまでもないだろう。

 

「出血もひどかったし、本当に生き延びるか死ぬかがわからない。これでも、最善を尽くしたのよ」

 

 とは言うものの、試薬を無闇矢鱈に使うわけにもいかない。

 成長が不自然に止まったり、その逆が起きたりと異常を(きた)す可能性が十分にある。

 場合によっては、それに伴う副作用で死んでしまう、なんてことも可能性としてはある。

 命を繋ぐために薬を使い、その使った薬で命を落としては、元も子もない。

 

 畢竟、取りうる最良の選択は、異常を来さない程度の試薬投与だった。

 若すぎる子供がそんなに大きな傷を負うと予想できたはずもなく。

 こればっかりは、本当にどうしようもないのだ。

 

 私だって医者だ。救える命はできるだけ救う。

 それを心がけて、旗を掲げている。

 その上で、自分がそれ以上何もできないことに、一番悔やんでいるのは自分だ。

 

「……では、天君の方は……?」

「手術は成功。内蔵が色々とまずいことになってたけど、数日には治るはずよ。目を覚ますのは、今日の夜か明日の朝ってところね」

「わかりました。では、今日のところは――」

 

 座っていた妖夢は、

「あ、そうそう。あと――っと」

「……? どうしました?」

 

 自分のデスクの引き出しから天のカルテを取り出す。

 室内とはいえ、寒い季節の今。カルテはすっかり冷たくなっている。

 それが、不思議と重く、元気のない様子だと思えた。カルテに意志なんてありゃしないのに。

 

「……天がプラネット・バーストを使ってから、右手に痺れとか震えが見られなかった?」

「あ~……本人は隠そうとしてましたが、私は何となく……」

「で、その手の震え。大きくなっている可能性があるわ」

 

 元々、神経が上手く通わない天の右腕。無理矢理に繋いだのだから、当たり前だろう。

 そんな中、右腕を含む全身にくまなく霊力を流したら、どうなるか。

 まぁ、大体予想はできている。神経の通いがさらに悪くなるのだろう。

 

 機械にも似た理論だが、人体にも十分に同じことが言える。

 投球で肩を壊した野球選手がさらに投球を続けると、治るどころかひどくなる一方だ。それと同じ。

 上手く動かない右腕を、霊力で無理矢理に動かす。治るどころかひどくなる一方。

 

「もし震えが日常生活に支障をきたすレベルになって、天がそれを隠そうとしたら、この薬を渡してちょうだい」

 

 そう言いながら、透明な袋に入った赤白のカプセル数錠を渡す。

 素直に受け取る妖夢を確認して、説明をする。

 

「その薬を飲ませれば治るわ。ただ……」

「ただ……何ですか?」

()()()()()()()()()()()がないと反応しないのよねぇ……」

「と、言いますと?」

「簡単に言えば、()()()()()()()()()ってことよ」

「なっ……!」

 

 そう、二人分の唾液で反応させることによって、この錠剤は効果がある。

 特殊とも言える条件ではあるが、その分効果は期待していい薬だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というのは全くの大嘘で、本当は飲むだけでいいのよね♪

 これで少しは反省させようか。全く、人前でイチャイチャするのも大概にしなさいよ。

 

「……わ、わかりました!」

「ふぃ~――わ、わわっ、ちょっ、妖夢ちゃん!?」

 

 そう啖呵を切って、翔を無理矢理に引っ張って帰って行った。

 もう既に夕方で、すっかり茜色に染まった空を二人で駆けていく。

 夜に比べたらまだ明るいのにもかかわらず、二つの流星が軌跡を残しながら遠ざかって行った。

 

 ――あっ。

 

「――あれってまさか……本気にしているの?」

 

 仮に本気にしているとして。彼女は何をするだろうか。

 唾液を何かに介して渡す? いや、絶対にしないと言い切れる自信がある。あってしまう。だから困惑している。

 となると、直にするというわけであり……

 

「まさか……ディープ?」

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 何度この臭いで目が覚めたことだろうか。

 全身が激痛に苛まれながらも、思い切ったようで思い切りのない瞼を開く行為を、どれだけ繰り返してきただろう。

 朝の陽光を、昼の天日を、夕の斜陽を、夜の月光を各々の季節で浴びて、まだ繰り返されるこの覚醒は。

 それに、泣きそうになる。

 

「……天? 起きたの……?」

「あぁ……そうだな。起きたよ、栞」

「起きたわね。調子はどう、英雄さん?」

「――最悪だよ」

 

 惨めだった。醜かった。いっその事笑ってほしい。

 何度も朽ちかけて、こうやってしぶとくも生き延びている自分に、嫌気が差す。

 

「そう。で、その理由を一応聞こうじゃない?」

「わかってんだろ。……聞いてくれるな」

 

 あのまま死ねたら――どれほど、よかっただろうか。

 数度この考えを巡らせて、再度この場へと考えが回帰することに、悍ましさを感じるようにもなった。

 修行を重ねたとはいえ、根本は何も変わっていない自分に、呆れる。

 

 あの少女は……俺が、取りこぼしてしまったものだ。

 こぼれ落ちた雫は、もう回収することはできない。勝手に注がれることもない。器に戻ることも、勿論。

 それもまた事実、俺に対する一種の暗示なのだろう。

 

「あの女の子は、まだ眠ってるわ」

「……ッ」

 

 わざわざ、言葉にして発していないにも関わらず、俺の考えを読み取る。

 思慮がそのまま見透かされている気分になり、ひどく吐き気がする。

 他人に思考を当てられる程、軽々しく考えていたのか、という自己評価に塗り固められる。

 

「貴方がどう思っているのかは知らないわ。けどね、最後まで目を逸らすのは――私が許さないわよ」

 

 最後の語調が強くなった永琳の向ける視線の先には、ベッドの上で横たわっているだけの俺。

 それだけなのに、目が合わせられなかった。理由だって、一番自分がわかっているはずなのに、わからない。

 耳を塞いで、わからないフリをしていた。

 

 幻想は、崩れ落ちた。理想は牙を剥き、絶望は地盤を組み替える。

 突然の出来事に、俺には何ができたのだろうか。ただ、一方的に被害を受けただけで終わっていたのだろう。

 雨は降ることはなく、降ったとしても浴びることは許されない。

 そんな乾ききった現実に、一番絶望していた。

 

 ――いや、そんな乾ききった()()()……絶望していたのだろう。

 

「そんな状態で韜晦(とうかい)なんて……それこそ、私だけじゃなくて、妖夢や翔、一番はあの女の子が許さないわよ」

「…………」

 

 白い棘は突き刺さる。心に残るそれは、引き抜くことができない。

 けれど、その痛みすらどうでもいいと感じるようになった。

 

 ただ、罪悪感で埋もれていた。

 

「天……貴方は何のために、それを使ったの?」

「アンリミテッドのこと、だよな」

「えぇ、それよ。それ以外に、何がある?」

 

 ようやく顔を合わせられた時、永琳は笑っていた。

 その微笑が、胸を痛める。こんな笑顔を向けられるはずじゃないのに。

 指の間からすり抜けたものは、取り返しがつかないのに。

 

 賞賛なんて、馬鹿馬鹿しい。

 錦上花を添えるなんてものは、以ての外だ。

 

「……正直、何のために、っていうこと自体がよくわからない」

「天……そのままなんだよ。どうして、こんなになってまでアンリミテッドを使ったのか、どうして、こんなに満身創痍になってまで戦い抜いたのか。その結論は、全て一点に交わるものなんだよ」

 

 勘案は、一本道じゃない。だからこそ、選択肢がある。

 最初から敷かれたレールの上を走ることができるなら、俺はそれの方がいい。

 だって、その方が()()()()()()()()()()

 

 責任は、消えない。いつもソイツの影を踏んで付いていく。

 それなら、いっその事負う前に逃げたかった。

 

 それを、しなかった理由は。

 

「――守りたかったから」

「そう、それでいいんだよ。単純明快だからこそ、走り通せる」

「貴方が望むものは、何になるのかしら?」

 

 このやり取りは、俺を掬い上げてくれた。

 取りこぼした俺を、逆に掬い上げて。

 本来、取りこぼした後は掬い上げなんてことは不可能だ。

 

 事象も、幻覚も、まやかしも。どんなものにも言えることだ。

 俺だって、そう思って信じて今までを過ごしてきた。

 過去は塗り替えられない。だから、失敗はできない。

 

 今……俺は、深層心理にも語りかけるほどのそれが、思いの外複雑だったことに気が付いた。

 感覚記憶は、知識記憶を往々にしてぼやかすものだ。

 無理だ、という固定観念を感覚記憶として取り入れて、知識記憶で否定する。

 

 ――では、感覚記憶がそれを肯定するならば――

 

「皆を……守りたい」

「あら、貴方は『守りたかった』、なんて格好つけた言い方で、過去形にして今を否定したのだけれど。本当はどっちなの? ……いい加減、答えを出したらどうなの?」

 

 全く、こういうところがあるから、永琳には頭が上がらないんだ。

 無愛想で、危険性皆無の命の恩人(ヤブ医者)なくせに、どこまでもお節介で、優しい暖かさを持つヤブ医者(命の恩人)には。

 

「私だって、アンリミテッドは止めたはずだよ。私の意志をはねのけるくらい、何がそこまで天を駆り立てたの?」

 

 本当に、いつもこうだから栞には感謝してもしきれないんだ。

 ふざけてばかりいて、拍子抜けした態度ばかりとるくせに、いざという時に頼りになって、正鵠を射た発言しかしない(あいぼう)には。

 

()()()()……過去形でもなく、暴論でもなく、掛け値なしに。守る意志が、俺を前に進ませてくれる」

「ちゃんとわかっているじゃない。心配かけるだけかけておいて、手間もかけさせるなんてね。とんだ困った患者さんだこと」

「あ~あ、こんなことなら、泣きそうになるんじゃなかったよ。いつもの天だったんじゃ、私はいっつも泣かないといけなくなる」

 

 どうしようもなくいつも通りで、どうしようもなく何気ない割りに、どうしようもなく思いやりに溢れる。

 のべつ幕なしに、俺を励まそうとしている人間は、誰だってそうだ。

 

 一番の親友も、魂の相棒も、白玉楼の主さんも、スキマ妖怪も、赤い巫女も、自称普通の魔法使いも。

 吸血鬼姉妹も、その瀟洒なメイドも、本好きの魔女も、その屋敷の門番も。

 ふざけた新聞記者も、酒豪の鬼二人も。

 老いも死にもしない少女も、緑の風祝も、変な服装の試薬医者も、うさ耳セーラー服の助手も。

 

 ――そして誰よりも、少し抜けている最強の剣士であり、俺の師匠であり……恋人の、彼女も。

 

 皆が皆、俺を応援し、支え、立ち上がらせてくれた。

 だから、俺はあの時にアンリミテッドを使う気になれたんだ。

 時雨に対する殺意よりも……もっと大きく、尊いものに、突き動かされていたんだ。

 

 本当に単純なことに気付いた俺は、永琳から視線を外して窓の外を見た。

 数多の星々が冬の夜空に居座る中、堂々たる佇まいで、大きく満月が浮かんでいる。

 天体観測には、うってつけの夜に違いない。

 妖しく光る月光が、今の俺には本来の月光以上に輝いて見えていた。




ありがとうございました!

次回で第6章は終了になります。
そして次々回からは、最終章へ……

あと、最終話が終わって、番外編を一話出します。
出す予定です。予定です。あくまで予定です。大事なことなので三回言いました。

ではでは!


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第70話 感謝

どうも、狼々です!

おっまたせぇぇええ!
一週間ぶりだね、皆! 本当にすいませんでした(´・ω・`)

今回はシリアス回。おふざけ一切なし。
エロもなし。笑いもなしです。

では、本編どうぞ!


 ベッドに横になったまま数日が経過した。

 長かったようで短かったような、もう慣れてしまった入院生活。

 その平坦極まりない山道は、俺の心を揺らし続けた。

 

 一日二日くらいで歩けるようになり、時雨に攻撃されたあの女の子の様子を見に行った。

 毎日欠かさず、様子を見た。

 規則正しい呼吸音が静かに聞こえるだけで。心音計の嫌な機械音が一定間隔で聞こえるだけで。

 彼女自身の体が起き上がることは、なかった。

 

 苦しい事実に苛まれ、お見舞いに来てくれた皆にさらに心配をかけることにもなった。

 皆に話しても、皆には同じことばかり言われたのだ。

 

 『天が気に病むことじゃない』、とばかり。

 

 たらればの話をしても、無意味であることには変わりない。それは重々承知している。そのつもりだった。

 架空の最善(ストーリー)を思い描き、それに対して悔み、嘆いた。

 

 英雄? 誰が。誰が、英雄なのだろうか。

 ――俺? いや、そうじゃないのだろう。もしその時が英雄でも、今の俺は『英雄』ではない。

 

 目の前の小さな女の子一人すら救えない。犠牲の上で成り立った英雄譚(しょうり)

 そんな浅はかなものを創り出す俺は、そも英雄とはかけ離れるべき存在だったのだろう。

 至極当然のことながら、俺はわかっていなかった。

 

「……はい、これで退院。で、出て行く前にちょっと待っててちょうだい」

 

 今日は俺の数度目の退院日だ。

 残酷な事実を背にしながら迎える退院は、憐憫を受けているようだった。

 

 同じ部屋の薬品棚から、小さな袋にたった一錠の赤青のカプセルを無言で手渡される。

 反射的にそれを受け取って、手元のそれを眺める。

 

「それ、()()()()()()()()()()()使()()()()よ」

「なっ……!?」

 

 現実離れした『無限(アンリミテッド)』は、その強力すぎる力の反動が大きい。

 その反動を、失くすことができるというのだろうか。

 

「量産が難しいから、たった一回。それも保って十分。それ以上の時間が経つと、今回と同じことになるわよ」

「……そうか。ありがとう」

 

 一錠あれば、正直十分だろう。

 この一錠を、もう一人の黒幕相手に使えばいい。

 

「はいはい、お礼を言うくらいだったら、今度こそ入院はやめてちょうだいね」

「……わかった」

「……あと、そうやって罪悪感が消えないのなら、毎日様子を見に来ることね。あの子も寂しくないでしょ?」

 

 軽いウインクを交えながら、微笑を浮かべる永琳。

 そんな永琳を目の当たりにして、心が軽くなった気がした。

 

 蒼昊(そうこう)煌めく昼下り、一人で白玉楼へと飛び立った。

 気鬱とした俺の内心はいざ知らず、こうやって純粋な青を映す空に、嫉妬するようだった。

 自分の心の弱さと醜さを対比されているようで、ひどく腹立たしくもあった。

 

 

 

 

「改めて……おかえりなさい、天君」

「あぁ……ただいま」

 

 今日一日、久々の修行を終えて、妖夢からの労いを受け取った。

 帰還の一言を返して、薄暗い中、白玉楼へと戻る。

 

「あの……これから、あの子のお見舞いに行くんですよね?」

「ッ……あぁ、そうだよ」

 

 俺の拙いながらの意志を吐露するように返事をする。

 妖夢は、いつも俺のことをわかってくれる。独りよがりではなく、過去の経験からそうだと言えるであろう。

 だが、俺も妖夢のことはわかっているつもりだ。

 

「一緒に、行くのか?」

「はい。その通りですよ」

 

 輝く眩しい笑顔に見つめられる俺も、笑顔になってしまう。

 可愛い。そう思いつつも、やはり俺はあの女の子への罪悪感が(まさ)ってしまう。

 俺がプラネット・バーストで昏睡状態だったときも、妖夢はこんな風に思ってくれていたのだろうか。

 

 

 暫く藍色になりかけの空を静かに飛び回る。

 太陽は灰色に隠れ、光の大半は閉ざされている。

 風も冷えて、冬真っ盛りであることがひしひしと感じられる。

 冬独特の冷風は、お見舞いに持ってきた花を静かに揺らし続けている。

 

 竹林の上空で飛行を止めて、永遠亭に。

 玄関を開けると、暖気が開けた玄関から逃げていくのがわかった。

 その流れに逆らって前進し、扉を閉める。空気の通気口はなくなり、冷気は完全に遮断された。

 

 その空気に触れながら、足はただ一つの部屋へと勝手に動いていく。

 

「失礼します」

 

 一言告げて、病室のドアを横に引く。

 純白のベッドに横たわっているのは、紛れもないあの幼女だった。

 

「ほら……天、花を替えよう」

「そうだな、栞」

 

 栞の言葉に従って、花瓶の花を入れ替える。

 水も入れ替えて、元の場所に。

 

 シンクに流れていく水を眺めて、俺は淡白になっていることがわかった。

 どういう『淡白』かは、自分でもわからないが――淡白。この一言に尽きた。

 はぁっ、と弱々しい、溜め息とも言えない溜め息を吐いて、眠った彼女の顔を覗き込む。

 

 一昨日も、昨日も、そして今日も。全く同じ顔をしていた。

 元々色白だったこの子の肌は、一層……それこそ、ベッドと同化してしまうかと思う程に白くなっている。

 重い瞼は開く気配もなく、呼吸音と共に胸が上下し、睫毛が揺らめく。

 この動きを何度も見ている度に、罪悪感から襲いかかられる。

 

「なぁ、妖夢」

「へ? あ……どう、しました?」

 

 こちらをぼうっと見つめていた妖夢は、いきなりの問いかけに詰まりながらも返す。

 

「俺は……守れたのかな?」

「…………」

 

 妖夢と俺の沈黙は重なり、心音計の高温と俺達の呼吸音だけが響く。

 驚くほど静かで、雰囲気に重みを感じる。

 

「少なくとも、この子は守れたとは言い難いでしょうね」

「そう、だな」

 

 自嘲気味に笑いながら、この子の頬を優しく撫でる。

 こうすれば、いつか目覚めてくれるんじゃないかと思ったから。

 

「この子が守ってくれた、って言ってくれるなら別でしょうがね」

「……そう、だな」

 

 妖夢の声はいつになく冷淡で、突き放すようだった。

 しかし、言われたことは正しい。真っ直ぐだ。だから俺は、自嘲気味に笑い続ける。

 窓に吹き付ける風はさらに強まり、窓が音を鳴らして震える。

 しかし、この部屋の温度という温度は一切と変わっていない。

 

 そして、この病室の温度が変わったのは突然のことだった。

 ガラッ、と音が立って、二人分の足音がこの病室に侵入する。

 

「「あ、貴方は……天さん?」」

 

 同時に若い男女の声が響き渡り、ドアの方向を俺達は見る。

 見た目も若く、左手の薬指には同じ指輪を()めている。

 

 この子を撫でるのをやめて、直立して向き直る。

 

「貴方がたは……えっと、この子の?」

「はい。この子の親です」

 

 微笑を浮かべる若夫婦は、この子の両親。

 その事実が頭を駆け巡ると同時に、先程とは比較にならないほどの緊張感と罪悪感がこみ上げてくる。

 

「そ、その……すみません、でした」

「……? どうして、天さんが謝られるのですか?」

 

 女性の方から問われて、頭を下げる。

 

「俺はこの子を、助けられませんでした。それも、目の前でです。本当に……すみません」

「あ、えっと……それに関しては聞きました。……どうか、気に病まないでください」

「で、ですが――」

「いいんです、天さん。これも聞きましたが、この子に傷をつけた奴は倒してくれたらしいじゃないですか。貴方が倒れるまで」

 

 そう言いながら、父の方がこの子に寄る。

 俺がさっきしていたように、優しく頬と頭を撫でる。

 

 自分の子供が助かったかもしれないというのに、俺のせいで今、こうやって眠っている。

 それなのに……どうして。

 

「私も主人と同じです。むしろ、お礼を言うべきなのに……」

「い、いや俺は――」

「貴方がいなかったら、この子はもっとひどい怪我を負っていたのかもしれないのです」

「……すいません。私は、ちょっと席を外しますね」

 

 彼女の父の言葉の後に、静かに病室を出る妖夢。

 開き、また閉じられるドアの音が、異様に大きく感じられた。

 

「ですので……ありがとう、ございました」

 

 ベッドに横になる彼女を、しゃがんで撫でていた彼女の父も、立っていた母も、同時に頭を下げる。

 それは間違いなく、俺に向けられたものだった。

 

 ――心が、痛い。

 

「お、おれ、は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おとう、さん……? おかあ、さん……?」

 

 この静寂を切り裂く、鈴の音色が、響いた。

 声の主は――彼女。()()()()()()()()()()()だった。

 

「「杏!」」

 

 杏。これは、この少女の名なのだろう。

 大きく告げられたその名に連れられて、彼女の両親は飛んで彼女のベッドに寄る。

 俺は呆然と立ち尽くした。何を言われるのだろうか。それだけが……怖かった。

 

「よかった、よかった……杏……!」

「本当よ……よかったわ、杏……!」

 

 涙を流し、落ちた雫はベッドシーツに滲む。

 黒色のそれは次々と数を増やしていく。

 そして、やがて。

 

「ただ、いま……なのかな? ごめんなさい。遊んでたら、連れて行かれたの」

「もっと私が、注意しておけばよかったのよ……本当に、ごめんなさい」

「俺も、一緒に付いていってやれば、よかったのになぁ……!」

 

 感情を吐露させ、大粒の液体は未だに流れ落ちて跡を残す。

 暫くしてついに、彼女の視線がこちらへと向いた。

 

 心臓はそれだけで跳ね上がり、冷や汗を大量かく。

 不安が募る。俺は、何を言って、どんな顔で彼女と対面するべきなのだろうか。

 今までお見舞いをしていて、ずっとそのことを考えて、結局今でもその答えは出なかったのだ。

 

「あ! 天おにいちゃん! あのね、みんなは天おにいちゃんのことで、い~っぱい話してるんだよ! かっこいいとか、いつもやさしいとか!」

「ぇ……?」

 

 満面の笑みを、浮かべられた。

 想像していた展開と大きく異なったこの正解に、俺は辿り着くことはできなかった。

 

「あとあと、妖夢おねえちゃんといつも仲がよさそう、とか!」

 

 加速する笑みの深さに比例して、俺の焦りは最高潮に一直線に向かっている。

 どうして、どうして、どうして。

 

「えっと、それで……あの人、やっつけてくれたのって、天おにいちゃんでしょ? いつもそうだもん!」

「そ、そう、だが……」

「ふふっ、やっぱり! えっとね、私から、言いたいことがあるの! 聞いてくれる?」

「あ、あぁ、聞くよ」

 

 あまりに驚きに包まれていて、肝心の彼女にお礼を言うことを忘れた。

 そのまま、彼女の要望を受け入れる。

 

 彼女から手招きをされて、身を起こしてベッドに座る彼女の目の前に。

 俺がしゃがんで揃う彼女との目線。真っ直ぐな子供の目は、俺に突き刺さる。

 

「あのね――

 

 

 

 

 

 

 

 

――()()()()()()()()()()()()!」

「……え?」

 

 一番強い笑みで、純真無垢な笑みで、そう告げられた。

 元々思案が追いつかなかった頭が、完全に置いていかれた。

 お礼、だなんて……

 

「お、俺は……でも、君を目の前で……」

「ううん、それでも、ありがとう! 天おにいちゃんと、翔おにいちゃんと、妖夢おねえちゃんが助けに来てくれて、あの人をやっつけてくれたから!」

 

 こんなにも眩しい笑みを、向けられる資格なんて無い。

 そう思っていた。けれど、こうやって笑顔になってくれることに、どうしようもなく嬉しかった。

 

「……? おにいちゃん、なんで()()()()の?」

「え……? あ、いやこれは、う、ぁ……!」

 

 気付いたら、俺の頬にも涙が伝っていった。

 声は絶え絶えになって、緊迫から詰まっていた呼吸も、さらに詰まってしまう。

 呼吸さえもままならない状態だ。

 

「えっと……悲しいの? その、泣かないで?」

「おれ、は……ぅ、ぇぐっ……!」

 

 涙を拭っていると、彼女の手は俺の頭へと伸ばされて、撫でられていた。

 小さくも、暖かい手が。

 

 嗚咽を漏らしながら、気分を落ち着ける。

 さすがに、幼子とその両親の前でいつまでも泣き続けるわけにもいかない。

 立ち上がって、三人を視界に収める。

 

「天おにいちゃん、ありがとう!」

「「天さん、ありがとうございました!」」

 

 報われた。ダメだと思っていたのに、捨ててしまったと思っていたのに。

 拾いそこねたと思っていたものは、実は手の中でしっかりと、握り締められていたんだ。




ありがとうございました!

遅くなりましたが、ポケモンを買いました。
さらに別作品の投稿も重なり、学校も忙しくなる、と。
すいません、言い訳ですね。反省してます(´;ω;`)

予定では、今回で第6章終了の予定です。
次回からは、最終章の予定。あと、番外編は制作決定です。

ではでは!


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最終章 希望の道筋
第71話 イチャイチャデー


どうも、狼々です!

タイトルからわかるでしょうが、イチャイチャ回です。
そんなにイチャイチャしてないかもしれませんが。
その分、イチャイチャする話数は二、三話立てる予定です。

では、本編どうぞ!


 冬。雪も降り始め、人里には積もりもしただろうか。

 寒空の下で今日も今日とて修行の一日だった。

 すっかり日も沈んだ今、外の窓から見える満月を眺めて思う。

 

 あの病室で、小さな女の子に泣きじゃくる俺の姿。あぁ、思い出しただけでも恥ずかしさが沸いて出てくる。

 黒歴史かと思えばそうでもなく、純粋に嬉し泣きしたことに誇りを感じたというかなんというか。後悔していないことは確かだ。

 

 暖かい言葉をかけられることが、あそこまで励みになるとは、救われるとは思わなかった。

 純粋な一点の曇りさえもない(まなこ)で言われることに。俺は喜んだ。

 自責の念に駆られた俺にとっては、至高だった。

 

 だからこそ、俺はもっと強くなって皆を守るべきだ。

 前のように強さに固執するのではなく、あくまでも目的は守護を掲げる。

 そう心にもう一度誓った。

 

 のだが……

 

「天君、私達は明日、休暇をもらいました。幽々子様に」

「おう、そうだな」

「……やっぱり、恋人というものは、イチャイチャデーなるものを作る必要があると思うんです」

「お、おう、そうだな……うん、わからんでもない」

 

 いや、実際は何を言いたいのかがわからない。

 風情ある満月を眺めて心を落ち着けていたはずなのに、布団の上に座る寝間着の妖夢が目に入ると、どうしても萌えてしまう。

 仕方がないと思うんです、はい。そこまでは。

 

「明日、イチャイチャデーにしましょう!」

「直球だなおい!」

 

 両手を胸の前で握って、意気込んでいるポーズ。可愛い。

 目の輝き方もGOOD。点数を付けられないほど可愛いが、あえて点数を付けるとするならば、百点満点中の百五十点くらいだな。俺もおかしいなおい。

 

「もっとラブラブしたいです!」

「もっと直球になりましたねぇ!? いつからそんなになったんですかね!?」

「天君大好き~!」

 

 そう言って、こちらに飛び込んでくる妖夢。

 完全に受けてもらう前提の飛びの姿勢。

 手を広げながら、笑顔でこっちに向かってくる。受け止めるけども。

 

 重さが軽い分、俺にかかる衝撃は想像よりもずっと軽いものとなっていた。

 引き寄せると同時に抱きしめ返すと、俺の胸と腹の中間くらいに、顔を埋めていた。

 左右に擦りつけている。全く、可愛いなぁもうあはは。俺もまずいなぁあはは。

 

「ん~! そ~ら~!」

「……妖夢、その……恥ずかしく、ないのか?」

「恥ずかしくないわけではないですよ! でも、こうやって甘えたい時もあるんです~!」

「はいはい。今日は一緒に寝ましょうね~っと」

 

 彼女を片手で抱きながら、もう一方の手で掛け布団を引き寄せる。

 自分の体重を利用して、後ろになるべく優しく倒れ込む。

 腕の中で笑う彼女は、さぞご満悦なようで。

 

 明かりを消した後、二人で一つの布団に入った。

 しきりに俺の胸中で顔を動かしていた彼女も、動きを止めて静かになる。

 が、手はその分しっかりとお互いに回していて、体の殆どが密着してしまっている。

 その感覚が、どうにも心地良い。

 

 そして、彼女の腕は俺の首に回され。

 

「おやすみなさい、天君……んっ」

「んっ……おやすみのキスって、それずるいだろ」

「えへへぇ。どうです? 惚れちゃいました?」

 

 触れるだけの小さく軽いキスの後に、暗がりの中で妖艶に、悪戯に笑う彼女。

 えっ何この可愛い小動物。ぎゅってしたい。もうしてたわ。

 全く、この行為一つ一つに、俺の心はかきまわされ、乱される。

 ドキッとしたことが、今までに何回あったことか。数え始めたらきりがない。

 

「……そっちこそ。こっちはとっくのとうに何回も惚れてるっつーの」

「え、あ、えぅ、ぅ……お、おやすみなさい!」

 

 俺が本心で、包み隠すことなく言った言葉に、彼女は動揺を隠しきれていなかった。

 顔を真紅に染め上げて、掛け布団で自分の赤くなった顔を隠している。

 のだが、少しはみ出た耳が隠しきれておらず、急いで隠した意味もなし。可愛い。

 

(ねぇ、毎晩毎晩これを見せさせられるこっちの気持ち、考えられる、天?)

(いやわからん。ごめんな栞。俺、もう眠いんだ。おやすみ)

(……まぁ、いいけどさぁ。おやすみ)

 

 最後に一言二言だけ会話して、静かに眠りにつく。

 差し込む月光が厳かに俺達を照らしていることを認識して、すぐに眠気に襲われた。

 見ると、どうやら彼女も眠りに落ちる寸前のようだ。

 

「ぁ、ぁぅ、そ、そらぁ~……ふにゅぅ」

「……可愛い。おやすみ」

 

 つい、可愛いと声に出してしまう。たまにはいいだろうか。

 こうやって形にするのも、案外悪くない。

 ふっと微笑んですぐ、暗闇へと俺の意識は溶け込んでいった。

 

 

 青白の光がこの部屋に差し込んで、隅々まで光の領域が広がっていく。

 暗がりだった闇はどんどんと後退して、やがて姿を消した。

 朝が来たことを認識して、俺は隣の彼女を起こさないように布団から体を起こす。

 

 すぐ横には、彼女の定期的に立てられる静かな呼吸音が聞こえ、視界には可愛らしい寝顔が広がる。

 この状況の彼女は、どれだけ見てもドキッとしてしまう。

 儚げな音が刻まれながら、素の顔を見せられているようで。

 

「……もう朝だぞ。ほら、起きろ~」

 

 起こすのが随分と忍ばれるが、仕方があるまい。

 体を揺らして、意識を呼び戻す。

 

「あぅ、あぁ~……そらくんが、食べられるぅ~」

「えっ」

 

 何それ怖い。俺が食べられるって……どんな夢なのさ? 可愛いけども。

 ……もう少し。もう少しだけ、聞いてみようか。

 

「そ、そらくんが、運ばれるぅ~」

「えっえっ」

 

 最早意味不明である。可愛い。

 どこに運ばれて食べられるのだろうか。

 思わずくすっと笑いながらも、これ以上聞くと延々と聞き続けてしまいそうなので、この辺にしておこうか。

 

 妖夢の両肩を掴み、揺する。

 短い白髪がふわりと合わせて揺れていて、ついつい触ってみたいだとか思ってしまう。

 

「ほら、妖夢。起きるんだ」

「ふえ……? ――あ、おあようございまふゅ」

「……可愛い」

「ふぇっ!? ……今の一言で、完全に目が覚めましたよ」

 

 多少呆れられながらも、嬉しそうに笑う彼女は、本当に可愛らしい。

 この笑顔をずっと眺めていたい、そんな思いを沸々と馳せていた。

 

 朝食の用意に行こうと、彼女よりも先に部屋を出ようとして腕を組まれたことには、さすがに死にそうになった。

 それもまた、幸せそうに笑うのだ。幸福すぎて死にそう。

 

 

 

 ……まずい。

 右手の震えが、以前に増してひどくなっている。

 箸の扱いもままならない、というわけではない。ギリギリ隠しきれているくらいだ。

 箸先は定まらずに忙しなく動き、震え続ける。

 それを悟られないように、できるだけ箸を見られないようにするのは大変で、バレた時のことを考えると怖くもあった。

 

 大雑把な、何かを持つとかの動きにはあまり影響はない。

 が、こういった箸運動等の細かな動きには、どうしても震えと拙さが出てしまう。

 結局、食事時間では自分のことに集中しきって、朴訥としたまま終えてしまった。

 

 

 異様に長く感じた朝食も取り終わり、二人で部屋に戻った。

 ……涅槃(ねはん)とは程遠い状況なのだが。

 

「ふぃ~……ここ、私の定位置がいいです」

「お、おう、そうか……」

 

 俺があぐらで、その上に妖夢が座る。

 彼女の座ったときの頭の高さが、ちょうどよく俺の顎と同じ。

 後ろでお腹から彼女を抱き締めながら、顎を置くというかなり居心地のいい状況になっている。

 

「天君。……大きいです」

「おい妖夢どこ振り向いて言ってんだ」

 

 いやもうアレを見ているうん。

 思い切り下の方を振り向いて言っている。それも神妙な顔つきで。

 まあいやもうホントに、仕方があるまい。男の生理反応だもの。

 

 さて、これ以上接触させると妖夢も思うところがあるのだろう。

 腰から少し彼女を離して――

 

「ちょっと待ってください。何で離そうとしてるんですか」

「いや何で離そうとする手を両手で掴んでるんですか」

 

 それはもうがっちりとホールドして、むしろ押し付けちゃってるもん。

 ……はい?

 

「離されるのは……なんか、嫌です」

「……はいはい。定位置だもんな、そうだったな」

「そ、そうです、そうそう! ……はふぅ」

 

 逆にもう一度、俺の方へ引き寄せる。

 安堵したように、力を抜いて顔を緩ませる妖夢。可愛いなぁ。

 

 昼前にも関わらず、冥界はまだ少々薄暗いだろうか。

 部屋の灯りだけが俺達を照らしている。

 

「そ、天君、ちょっと……んっ」

「んっ……全く、昼前にこうやってするのも、早すぎやしないか?」

 

 さっきまで背後から抱き締めていたのだが、彼女が動いた。

 完全にこちら側に向いて対面して、俺の腰に足を絡ませて座っている。

 その体勢のまま、腕を首に回されてキス。熱々すぎて泣けてくる。幸せだわ。

 

「しょ、しょうがない、じゃないですか……こんなに好きにさせたんです。天君も悪くて――」

「――んっ……そうかよ。じゃあ俺をこんなに好きにさせた妖夢も悪いわけだ」

 

 彼女の言葉を遮って、お返しと言わんばかりのキス。

 目を閉じて受け入れてくれる彼女に、俺は嬉しくなった。満たされた。

 まさか、俺が恋するなんて、思いもしなかったんだけどなぁ……

 

 本当に、意外だった。

 ここに来る前なんて、彼女どころじゃなかったし。

 

「……そういう攻め方するの、ちょっとずるいです。……もっと好きになったらどうするんですか」

「っ……そうかい。じゃあもっと好きにさせるかね。んっ……」

 

 危うく暴れかけた衝動を、彼女との長めのキスで蓋をする。

 恋愛感情は、満たされても満たされても欲深く求めてしまう感情だ。

 かくいう俺も、キスだけでは終わらず、必要以上に彼女を抱き寄せてしまっている。

 

 それに応えるように、彼女の腰に絡めた足も深くなった。

 腕も深くして抱きつかれ、お互いがお互いに求めすぎてしまっている。

 

 ……ん? この体勢、まさか……

 

 俺のアレの上に跨る彼女は、足と腕を絡めてしっかりと抱きついている。

 俺も俺で、華奢な彼女が折れてしまうんじゃないかと心配するほど強く抱き締めている。

 

 ……あっ。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 あぁ、あぁ、この感覚、ゾクゾクしてくる、この感覚。

 求め続けても足りない感覚が、私は大好きだ。

 どれだけイチャイチャしようとも、もっと上の欲望に上塗りされる、この感覚。

 

 思わず笑顔が出てしまう。少し前までは、恋は苦しいものだったはずなのに。

 幸せだった。けれども、嫌われると考えると、それはもう心が締め付けられた。

 

 ……まぁ、今でも別の意味で心が締め付けられているのだが。

 

「あ、あ~……その、だな。妖夢、この体勢って――」

「――へっ?」

 

 自分の体勢をすぐさま確認した。

 彼の腰に跨って、後ろまでしっかりと足を巻きつけている。

 腕はしきりに彼を離すまいと抱きついたままで――

 

「――あっ! い、いえいえそそその、えっと、あの……うぅ」

「いや、あれだ、うん。嫌だったらどいていいからな? 俺はいいけども……」

「……嫌じゃない」

 

 結局、こうなってしまう。彼には敵わない。

 どうあれ、彼に甘えてしまうのだ。

 そして、彼の優しさに包まれた時の得も言えぬ快感と安心感は、破格なものがある。

 

 ついつい、甘えたくなる自分に納得するくらいだ。

 ……近い内に、彼には今日の私以上に甘えてもらおうか。ふふっ。

 

 甘えるのも好きだけれど、甘えてもらうのも大好きである。

 つまり、彼大好き。

 

 こんな破廉恥な体勢だけれども、全身で幸せが感じられるこの体勢は……嫌いではない。

 むしろ……好き。恥ずかしいけれども、安心する。

 

 

 

 ……今度彼が寝た時にでも、もう一度だけしてみようか。

 

「そ、そうか。おう……」

「ね、眠くなってきましたね……」

 

 彼の腕の中で抱かれるのは、どうにも眠気に誘われる。

 残念だが、彼の腕の中で迎える微睡みには、耐えられそうにもない。

 

 ……もう少し、イチャイチャしたかったなぁ……

 

「ご、ごめんなさい、寝ちゃいます」

「そうか、じゃあ一緒に寝るか」

「はい、おやしゅみなしゃい……」

「ふふ、あぁ、おやすみ、妖夢」

 

 既に呂律が回らなくなるほど安眠の導きを受けていたため、すぐに眠ってしまった。

 彼にくしゃりと頭を撫でてもらった感覚を最後に、そのままの状態で眠りについた。




ありがとうございました!

一応、この話から最終章ということで。
あんまり長くもならなそうです。

できれば、その後の番外話も見てほしいな~なんて(/ω・\)チラッ

八月の夢見村を、短編から連載に変更しました。
元々短編を予定していただけあり、少し短くなりますが、よろしくお願いします。

ではでは!


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第72話 意地悪な天君

どうも、狼々です!

注意、エロ話です。
めちゃくちゃ入ってます。それはもう。
限りなくR18に近いです。

が、例によって、他サイトやハーメルン等からR15の基準内だと思って書いてます。
恐らく大丈夫だとは思いますが……

では、本編どうぞ!


 今年も終わりに近づいてきた寒冷の候。

 針となって冷たさが突き刺さる風は、ただひたすらに冷たかった。

 

 そしてどうやら、俺の手も限界のようだった。

 いつも通り修行を終えて、夕食の時間。作る分には問題なかった。

 

 ――だが。

 

 カラン、と木製の箸が右手から滑り落ち、軽快な音を立ててちゃぶ台に落ちた。

 

「あら、大丈夫? 箸替える?」

「……あ、あぁ、大丈夫だよ。畳ならまだしも、この上だし――」

 

 カランカラン。

 

 ……絶望に等しかった。

 目を見開いた。震える手と、横になった箸を見た。

 息は気付かないくらいにだが荒く、間隔は短く。

 

「……ねぇ、だいじょぶなの?」

「あぁ、翔、大丈――」

 

「貴方、まだ隠すつもりなの? 何かあるんでしょ?」

 

 ドキッとした。これが恋愛的な意味だったら、どれほどよかっただろうか。

 緊張感は全身に巡り、心臓の鼓動が煩く聞こえてくる。

 幽々子の声を、無意識的に自分の耳から入らないように遮断していた。

 

「……ねぇ、そ――」

「ご馳走様でした。俺は部屋に戻るよ」

 

 逃げたかった。何も話したくない。

 手早く夕食をかけこみ、空になった食器を持ってちゃぶ台から遠ざかる。

 部屋を抜け出して、本当に逃げるように台所へ。

 

 運んでいる間にも、食器を洗っている間にも、俺の精神が一つに留まることはなかった。

 食器に当たる水流の音を聞いても、落ち着かない。

 

(天。もう限界なんじゃない? 早めに言った方がいいと思うよ?)

(……もう少しで、終わるんだ。だから。今心配かけるわけにも、いかないんだよ)

 

 残る黒幕はあと一人。

 ラストを飾るということは、今までで一番強いと考えてもおかしくはない。

 そんな大切な戦いも、いつ訪れるかはわからない。

 

 という状況で、俺がプラネット・バーストの怪我を引きずっている。

 そんなことは……言えるはずがなかった。

 

 

「はぁ~……」

 

 部屋に戻って、先程敷いた布団の上に寝転がって、天井を仰ぐ。

 どう、しようか。どうすれば、いいんだろうか。

 溜め息をゆっくりと重く吐くけれども、体から靄が出た気配は全くしなかった。

 

 正直、バレるのも時間の問題だろう。ならばいっその事、言ってみるか?

 いやでも、やはり余計なことを言う必要はあるまい。

 

「……失礼します、天君」

「……!? あ、あぁ、どうぞ」

 

 心臓が跳ねて、驚きが前面に出た。

 拙い返事をして、閉ざされた障子が開いていくのを見守る。

 白髪の女の子が見えて、障子は彼女の後ろで元の場所へと帰っていく。

 

 完全に空間が廊下と隔絶されて、辺りは静寂に帰した。

 気まずい、というのが一番近しいだろうか。もどかしい。

 

 ふと、布団から起き上がって座った姿勢になって、妖夢の手元を見た。

 右手には湯呑みと……錠剤?

 

「……天君、この薬を飲んでください。その腕の震え、治りますから」

「……ッ」

 

 やはり、敵わない。彼女に嘘は、どうにも吐ききれない。

 吐いたとしても、こうして呆気なくバレてしまう。心理掌握されているみたいだ。

 

 すると、右手に持っていた錠剤を、妖夢が飲んだ。

 次に湯呑みの中の液体を飲んでいる。光の当たりで詳しくはわからないが、恐らく水だろう。

 この幻想郷に、飲薬専用液体は存在しないだろうし。

 

 こちらに来ると、同じく彼女も隣に座った。

 

 ……え? いやまさか――

 

 

 

 ――そのまさかだった。

 

 彼女に顔を動かされ、半ばだが不意にキスをされる。

 甘い匂いがふわりと漂った次の瞬間、自分の口が開けられた。

 彼女の手で顎を少し下に下げられている。

 

 彼女の口の中に含まれていた水と錠剤は、とぽとぽと俺の口へ。

 しっかりと舌まで使って口移しされたそれらは、順調に俺の体内へと。

 

「……ぷはっ」

「……え、え~っと……どしたの?」

「そ、そのですね、どうしてもこれしかなかったんです。永琳が、『唾液が二種類必要だ』って……」

 

 先程の緊張感はすっかり霧散して、冬の気温が感じられ始める。

 そして、永琳の顔が頭をよぎった。さらに、察した。

 

 ――それ、絶対ウソ情報だわ。

 

 何でそんな制約があるのかわからん。

 あったとして、実用性が皆無だろうに。わざとそういう風にしたか、そもそも嘘か。

 真偽の程は不鮮明だが、どちらかであることには違いない。

 

「おい。それ騙されて――」

「そ、その……天君?」

 

 騙されている、と言葉を紡ごうとして、彼女の声によって途切れた。

 見ると、座ったままもじもじとしていて、視線を泳がせまくっている。

 

「え、えっとですね……キス、しませんか?」

「は? いや、今更かしこまってどうしたよ。いいけどさ……んっ」

 

 今度は俺が彼女の顔を動かし、キスをする。

 甘美な匂いに、若干のめまいさえも感じてしまう。

 

 あれだけ悩んでいたのが馬鹿らしくなるくらいだった。

 来て、キスをしてもらえば、俺はどんなことでも悩みから解放されて――

 

「ん? ん、んんッ……!」

 

 と考えがめぐっていたが、すぐに縦断された。

 俺の唇を割って、彼女の舌が俺の口へと入り込み、懸命に動かされている。

 当然俺の舌も彼女の舌に当たり、絡まれる。

 

 くちゅ、ちゅる、と自分の口元で卑猥な水音が鳴っていて、どうしても反応してしまう。抵抗はしないのだが。

 一方の彼女はというと、顔を真っ赤にしながらキスに夢中になっている。

 手は俺の後頭部に、自分側に引き寄せている。

 

 ……可愛い。可愛いのだが……エロすぎやしませんかねぇ?

 俺の彼女が、こうやって舌を使ってキスするのに夢中って……色々と、掻き立てられるよねぇ?

 

 暫く――数分ほどそれが続いて、ようやく口が離される。

 口元にはキラキラと光っている線ができて、俺と彼女の口を橋のように繋いでいた。

 

「……で、どうしたんだ?」

「そ、その、一回やってみたかった、と言いますか……さっき薬を口に入れる時、舌も使ったら、その……」

「え、えと――興奮した、と?」

 

 依然に顔を赤くしたまま、俯いた状態で頷いた。可愛すぎだろおい、萌死してしまう。

 いやいいんだけれども。正直思春期男子なんて、性欲の塊みたいなものだろ。

 全国の思春期男子の皆さんごめんなさい。

 

 俺もそれはないわけではないのだが。いや妖夢に限るけども。

 

「そうか」

 

 短くそう言って、立ち上がって彼女を抱き締める。

 二人共立ち上がると、やはり背丈の差は目立つ。が、この高低差も悪くない。

 

 彼女の顎を上げるようにして、口を開かせる。――()()()()()()()()()()()()

 俺の口で蓋をして、舌を思い切って入れる。

 

 瞬間、彼女の目は見開かれた。すぐにその目は喜びに変わったのだが。

 お互いに求め合い、先よりも大きな水音が響く。静寂の渦中であるため、それが余計に響いて興奮を引き立てる。

 

「――あっ」

 

 口を離して白銀に光る糸ができあがった後、彼女の足が崩れた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 ――キスだけで、気持ちよかった。

 思考と理性は既に吹き飛んでいた。まともな思考など、できるわけもない。

 そのまま本能の赴くままに、彼の舌に自分の舌を絡めた。

 

 そして、離された瞬間。

 

「――あっ」

 

 腰から力が入らなくなり、崩れた。

 気持ちよかった。気持ちよすぎて、腰が抜けてしまった。

 

 重力に従った落下は、彼の腕の中で止まった。

 抱擁。暖かかったが、私の興奮を引き立てることにもなってしまった。

 

「そ、そら、くん……!」

「お、おい、どうした!?」

 

 心配顔で見つめる彼が、愛おしかった。

 

「どう、しよう……気持ちよくて、力が、はいらないよぉ……」

「ッ! ……少し待ってろ」

 

 彼の目がギラリと光ったのを合図に、私は布団に横たえられる。

 彼の温もりが遠ざかったことに寂しくなっていると、照明が落とされた。

 

 夜の光が窓から、障子からは薄く差し込むだけ。

 布団の上に彼も寝転がる。そして、再びの抱擁。ドキドキが加速してしまう。

 

「そ、天君、もう我慢が……触って、ください……!」

 

 私はついに奇行に出た。自分の寝間着のボタンを、外し始めた。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 俺は、見ていることしかできなかった。

 ボタンが外され、ピンク色の突起物が露出していく瞬間を。

 

「お、おい、さらしはどうした?」

「夜は、巻いてないんですよ、お願いですから、触ってくださいぃ……!」

 

 懇願に、俺はすぐさま応じてしまう。

 天使の悪魔のような囁きに惑わされてしまう。

 

 触れると、少し柔らかい感触が手に広がり、指が沈んだ。

 

「あっ……あ、も、もうこれだけでも、すっごく……」

 

 周りから中心に向かって、優しく。

 俺の視線は、もうここから動かなくなってしまっていた。

 釘付けになって、ただ手を動かすだけの機械となったように。

 

 そして、突起物を少しだけの力で、優しく弾いた。

 

「んあぁぁぁぁぁああ!」

 

 大きく嬌声を上げた彼女は、同じく大きく震えた。

 弓なりのように、体は反られている。

 

 今度は、弾くのではなく摘んだ。

 強くも弱くもなく、我ながら絶妙な力加減で。

 

「あぁぁぁあ、それ、や、だめぇ……! 頭、飛んじゃうぅ……!」

 

 俺はもう、我慢が効かなかった。

 理性は吹っ切れて、獣の持つ欲をさらけ出してしまいそうになる。

 

 が、それを我慢して、()()()()()()()()

 彼女の表情は打って変わって、空虚の寂しさを表していた。

 

「え……? なん、でぇ……?」

「あ? いやぁ、だってさ、だめって言ったじゃん。俺も妖夢の嫌がることはしたくないよ」

 

 と言いつつも、俺は心の中で笑っていた。

 とんだS気質なのかもしれないと、自分の人格を振り返っていた。

 でも――こうやって、妖夢を焦らすのは、最っ高に楽しいと思えた。

 

「そ、そうじゃないんです! も、もっと、やって……」

「ん? どうした? はっきり言わないと、わからないぞ?」

「も、もっと、いじって……くだ――ひゃぁぁあああ!」

 

 恥ずかしく回答を渋っていた間に、応え終わる前に両の突起物を摘んだ。

 不意の快感に身が跳ねる彼女を見て、楽しいと感じてしまった。

 心の奥がくすぐられる感覚は、何物にも代え難いものがあった。

 

 と、突然。

 

 

 

 

 

 

 

 ――キィッ、と。

 廊下の方から音がした。まるで()()()()()()()()()()()()()

 

「ほうら、あんまり声出すと、バレて見られるぞ~?」

「そ、天君、だったらやめて――くふうぅぅっ……!」

 

 俺は手を止めることなく、むしろさっきよりも動かして。

 控えめな漏れ出す声がたまらなく好きで、もっと聞きたい。その一心だった。

 明らかに不純な感情だが……うん、男の子だし。便利だなおい。

 

「だ、だったら私も――」

「おっとっと。だめだよ? 俺が一方的にいじりたい」

 

 誠に申し訳ない、我儘で。でもまぁ、先に彼女が誘惑紛いのことをしたのだし。

 妖夢の伸びかけた両腕を片手で掴み、体で押さえ込む。

 俺は両手が空いた状態だが、彼女は両腕を塞がれて抵抗もできない。このシチュエーションだけでも心がくすぐられる。

 

「ひぁん、ふぅっ、ふ、はぁ、ぁぅ、っ」

 

 時には布団を噛んで自分の口を塞いでいた。

 俺はその姿を見ながら手を動かす。本当に、彼女のこととなると意地悪になってしまう。

 口角が釣り上がるのを感じつつ、廊下に耳を澄ませる。

 

 足音はもう、聞こえてこなかった。

 

「……よかったな、もう行ったみたいだぞ?」

「……、ッ……」

 

 妖夢からの返事がなくなった。

 が、全身はまだぷるぷると震えている。意識も飛んでいない。

 

「どうした? ……あぁ、成程。我慢しなくていいんだ、ぞっ!」

 

 スパートをかけるように、今までで一番の力で摘む。

 その瞬間に、彼女の体はもう一度弓なりに反った。

 

「やぁぁぁぁああ! ひゃ、んあぁ、もう、イッ――!」

 

 ビクンッビクンッ!! と比にならないくらいの跳ねが、彼女を襲った。

 手は俺の腕を切なげに掴んでいる。それがまた、俺の気持ちを駆り立てる。

 

 腕を含む全身から力が抜けた彼女は、ぐったりとしていた。

 意識は朦朧としているようで、体には力が入っていないので、ただ横になっているだけ。

 

「……あ、ひあぁ、ぁっ……天君の、きちくぅ……」

「んあ? 誰がそうさせたんだよ。もっと要る?」

「い、いや、もういいです! いいですから!」

 

 両腕を力強く振って、否定する。

 彼女が力の入らない震えた腕で、拙くボタンをかけていく。

 あまりにも遅く、不安定に。

 

「ほら、ちょっと待て。俺が着せてやるよ。じっとしてろ」

「あ……ごめんなさい」

 

 そして、小声で聞こえるのだ。

 

「……そういう急な優しさって、やっぱりずるいです」

 

 俺から言わせてみれば、その言葉の方がよっぽどずるいんですがそれは。

 ――さっきの様子を見る限りではそうだったが、まぁ一応聞こうか。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「どうだ? 気持ちよかったか?」

 

 彼の問い。本当にずるい。

 そんなの、応えは決まっているのに。 

 

「……気持ちよすぎて、おかしくなるところでしたよ」

 

 体中に電流が流れて、意識が飛ぶところだった。

 途中、喘ぎを我慢していた辺りが、見られるかもしれないという羞恥で快感が増していた。

 そう思うと、彼にいじめられるのが本当に好きなんだと、感じてしまう。

 

 何度も思ってきた。

 耳かきのときのように攻めるのも十分にいいけども。

 やっぱり、彼には少し苦しいくらいに抵抗できなくされた方が、気持ちよかった。

 

 ……Mなのかなぁ? 彼に嫌われないか、不安になる。

 

「そ、その……いじめられて気持ちよくなる女の子って、嫌いですか……?」

 

 布団に二人で入って、暖かさを感じたらつい聞いてしまった。

 お互いに抱き合って、さっきのような感情はどこにもなくなっている。

 そこにあるのは、ただ純粋な恋愛感情だけ。

 

 そんな中、彼は不敵というべきか、面白いというべきか、そんな表情で笑っていた。

 

「ふははっ、俺が妖夢を嫌いになるなんてありえない。別にいいよ。むしろ大歓迎だ」

「……変態さんめ」

「あぁ、妖夢に関しては変態だな。でも、いじめられて気持ちよかった、なんていうどこかの誰かさんよりは変態じゃないことは確かだな」

 

 あぁ、言わなければよかったと後悔してしまう。

 その直後に、もっと強く抱き締められた。

 

 手も一ミリも動かないで、拘束されている。

 ……何が起こっても、抵抗できない。

 

「……心臓、ドキドキしてんだろ。変態め」

「……しょうが、ないです。こういうのはともかく、天君が好きなんですから。好きな人に抱かれると、いつもドキドキです」

 

 何かと抱き締められたらドキドキしている。

 彼との密着度が上がったら、基本何でもそうなのだが。

 彼がいないと生きていけないのでは? と最近思い始めた。ま、まずい……。

 

 と、危機感を感じていると、急に耳元で囁かれた。

 低い声で、私の脳内に擦り付けるように。

 

 

「じゃあ、次があったら……『達する』ごとに、一回ずつ数えていこうか」

 

 

 ゾクゾクっとした。背筋にナニカが駆け抜けた。

 あんなにいじめられて、ドキドキして、気持ちよかったのに。

 それを、数えられる? ……あぁ、だめだ。もう心が揺らぎそうになる。

 

 きっと、数が増えるにつれてもっといじめられていくんだ。

 言葉責めされて、羞恥に身を染めることになるんだ。

 そうしたら、もっと『達する』回数は増えて、もっといじめられて――

 

「……変態すぎだっての。おやすみ」

「へ? あ、はい、おやすみなさい……最後に一回、普通のをいいですか?」

 

 何も言っていないのに、彼の方からキスをしてくれる。

 舌は入れず、今まで通りのキスを。

 彼の抱擁は優しく包み込むものとなり、いつもの恋人に戻ったのだと感じた。

 

「んっ……ありがとうございました。おやすみなさい、天君」

「あぁ、おやすみ。可愛いな、ホントに」

「……うぅ」

 

 布団で恥ずかしさと顔を隠して、すぐさま寝ようとする。

 が、如何せんすぐに寝られない。すぐに寝られるはずがないのだ。

 

 ……だって、彼の手が私の頭を優しく撫で続けているんだから。




ありがとうございました!

きちくぅ……と妖夢ちゃんに言われたらいくらでも鬼畜になれそうです。
言われたい(*´ω`*)

今回でエロ話は終わり。
次回からはイチャイチャが二、三回くらい続いて……ようやく、ラスボスです。

ではでは!


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第73話 雪バトル

どうも、狼々です!

今話を投稿するのが、前回の一週間後という。
いやぁ、申し訳ない(´・ω・`)

雪を使うバトルといったら……?

では、本編どうぞ!


 今年も終盤に差し掛かり。

 どこかで氷の妖精が騒いでいそうな、今日このごろ。

 十二月最大のイベントといえば、なんだろうか。

 

 ――そう、クリスマス。

 

 ここに来る前は、そうでもなかった。

 いや、むしろ嫌いだったと言っても過言ではない。

 リア充がそこら中で、『私達幸せですアッピル』をしている厄日としか。

 目に毒だったな、うん。

 

 まぁ、彼女どころか恋愛経験もなかった俺。

 勉強だけをしていた俺は、文房具を買いに行こうと寒々しい風に身を、肌を晒したあの日。

 それはもうイチャコライチャコラと。

 

 一つのマフラーを一緒に巻いて手を繋ぐ。

 ……ちっ。

 

 それでさぁ……今の俺が言える立場でもないのよ。

 

「そっらく~ん!」

「はいはい、クリスマスだね~」

 

 幻想郷にクリスマスの行事が存在しえるかどうかも不明だった。

 この時期、年末年始は紅魔館で過ごしていた。

 なので、クリスマスはあったのだが、それが幻想郷全土に言えるのかどうかは未だに謎だった。

 

 が、どうやらある程度だがあるらしい。

 ただ、ちょっと伝わっていないところも。チキンとか。

 そもそも、どうしてクリスマスにチキンを食べる変な、根拠なしの風習ができたのだろうか。

 

「妖夢、あんまりはしゃいじゃダメよ?」

「はい、幽々子様!」

 

 四人皆で、外に出た今日。

 いつもの人里から、さらに一つ離れた人里。

 たまには、ということで四人で出かけている。

 

「……妖夢ちゃん、今日はすっごくはしゃいでるね」

「あぁ。雪、積もってるし」

 

 翔の楽しそうな囁き声に、俺も笑って返す。

 あの妖夢のはしゃぎようは、やはり見ていて目の保養になる。

 眼福、眼福。やっぱ可愛いな。

 

 皆、防寒具は着けた。

 さすがに手袋は、売っているようで安心。

 

 いつも防寒具はつけないのだけれども。

 今日は、特別なのですよ、へっへっへ。

 

 

「ふ~、着いたな……ほら、皆いるぞ」

「み~んな~!」

 

 妖夢が、小走りで皆の方へ。

 やはりはしゃぐのは、やめられないようで。

 

 さて、ここでスターティングメンバーの発表だ。控えはいないのだが。

 霊夢、魔理沙、咲夜、レミリア、早苗。なんだよ、野球できんじゃねぇかよ。ぴったり九人だわ。

 

 この広い平野。積雪のお陰で、草一本も見えやしないのだが。

 

 ……檮杌との、戦闘場所。

 丁度良い広さだ。まさか、こんな形でこの場所に戻ることになろうとは、思っていなかった。

 

 どうして、この場所にこの九人が集まったのか。

 人数に関しては、この時期に忙しくなる人が多いから。

 神社の方はそうでもなく、忙しくのはこれからだそうだ。

 

 ――霊夢はともかく。

 

「ねぇ、あんた。お賽銭入れるって約束、結構前にしたわよねぇ……?」

「あっ」

 

 あれは確か――そう。

 俺が目覚めて、霊夢達に報告せずに帰って、添い寝するのか、って腹パンされて怒られたやつだ。

 その後に、妖夢が裸エプロンやってたんだよね。カオスだな。

 

 目の前に一瞬で詰め寄られ、胸倉を掴まれる俺。

 可哀想、俺。女の子にこんな暴力団じみたことをされるとも思わなかった。

 さらに、笑顔に深い闇を感じるのが怖いところだ。

 

「い、いつか行く。初詣には……早苗んとこと一緒に行くよ」

「わ~、ありがとうございますね~」

 

 隣に、いつの間にか寄っていた早苗の間の抜けた声。

 あ~、いい声だな~。どこかの男の胸倉掴む暴力巫女とは大違いだ。

 まぁ、博麗神社の場所を考えても、参拝しにくいのはわかる。

 初詣に二箇所の神社を回る、というのもいいのかどうかわからないが、そうしようか。

 

 まだまだ朝の陽光が収まらない今、ようやく太陽の光が全て地に注がれる。

 数センチもの厚さで積もった雪の結晶の大群は、陽光を反射して光り輝いていた。

 ざく、ざくという雪を踏みしめる音が、妙に気持ちがよくなる。

 

「よ~し、じゃあ、そろそろやるか!」

 

 俺の大きな掛け声に、皆が一斉にこちらを向く。

 満面の笑顔を携えながら、大きく返事をするのだ。

 

 

 

「「「お~! 雪合戦だ~!」」」

 

 束となった返事が、青空に響いた。

 まだまだ青白い光の中、皆の吐息が白く染め上げられる。

 

 それも束の間、皆はしゃがんで雪をかき集め始めた。

 辺りの雪を楽しそうに掻き、一つの球形に押し固めていく。

 

 先手を仕掛けるのは――やはりというべきか、霊夢。

 性格が出ているというかなんというか。

 様子を見ることはなく、先手必勝を掲げるようだ。

 

「ほらっ、紅霧異変の分を今返してあげる、わっ!」

「そんなの随分前でしょ!」

 

 と叫び、手に持っていた日傘で飛んできた雪玉をガード。

 やはり吸血鬼だからか、朝とはいえ日光はダメなのだろうか。

 

 すると、何を思いついたのか、光った電球が頭に浮かびそうなにっこりとした表情。

 そして、しゃがんで、地面に置いた日傘で全身を守るようにした。

 四方は傘で守られていて、死角なし。

 

「ふっふっふ! これが最強の構えよ! 絶対に当たらないわ!」

 

 ……なんだろう、微笑ましいね。

 カリスマがないよ、皆無だわ。これじゃあ『かりちゅま』だわ。

 

 ……ん? こっそり音を最小限にして、翔が近寄って――あっ。

 

「ちょっと入れてね~、レミリアちゃん」

「だから『ちゃん』って――ひぁぁあああ!?」

 

 パラボラの傘の中で響いた声を追いかけるように、レミリアが傘から飛び出した。

 しゃがんでいた翔はというと、くすくすと笑っている。

 

「冷たい! 背中冷たいぃぃいぃい!」

 

 小さな背中に、懸命に短い腕を動かしている。届いてないけども。

 ……あぁ、なるほど。翔に雪、入れられたのね。

 そりゃ冷たいわな。それで笑う翔も、中々に良い性格をしているようだ。

 

 小さな争いが面白い結末を迎えた頃、別所ではまた別の対決が。

 

 ほう、早苗と咲夜。見たことがない組み合わせだが。

 

「いきますよ!」

「…………」

 

 無言のまま、早苗の投げた雪玉を見つめ、一弾指。

 ――消えた。綺麗さっぱり。

 

 雲散霧消。消失。虚無。まるで泡沫(うたかた)のように。

 

「……えっ?」

「ここよ、ここ」

「え? ひぁっ、つめたぁっ!」

 

 おぉ、早苗も結構かわいゲフンゲフン。妖夢ちゃんに怒られちまう。

 マイエンジェルの妖夢にね。……うわぁ。マイエンジェル、さすがにねぇな。

 

 何もないところから、タネ無し手品。

 本当にマジックショーのように、虚構から湧いて出た。

 言い方があれだが、本当に湧いて出た。すげぇよ。

 

「勝てないじゃないですか! ずるいですよ、こんなの!」

「霊夢よりマシな巫女かと思ったらそうでも無いのですね」

 

 瀟洒(しょうしゃ)なメイドは、どうやら最強になれそうだ。

 ことスポーツにおいては、特に最強じゃないのか?

 

 さて、そろそろこちらも戦闘が始まりそうだ。

 

 幽々子、俺、妖夢、そして魔理沙。

 一対一ではなく、一対一対一対一になりそうだ。

 バトルロワイヤル、みたいな感じだろう。

 

 お互いがお互いに睨みをきかせ、案外ガチになっている。

 全力で楽しむためにも、全力でやろうか。

 

「――よし、三人で天を狙うわよ!」

「きたねぇ! きたねぇぞ、幽々子ぉぉおお!」

 

 どうしよう、皆こっちに向いているよあはは。

 一対一対一対一とは。一対三だったわ。

 

 ……いや、体や外見は一対三だな。

 しかし、精神的には二対三だ。

 

「し、栞! 俺どうすれば――」

 

「あっ、そうそう! 前に天がねぇ! 妖夢ちゃんの胸を揉んだんだよ~!」

 

 ――凍りついた。

 俺も、周りも、空気全体が。

 揉んだ、ということによって、不慮の事故という線も消していくという。

 取り敢えず、これだけはわかった。

 

 ――まずい。

 

「あ、あんた、変態……?」

「いや違うんだよ霊夢話を落ち着いて聞いてくれ」

「う、うっわぁぁ……」

「そんなに露骨に引かないでくれよ魔理沙」

 

 早苗は顔を赤くしながら、口元を手で隠すかなり可愛らしい行動に。

 残念だが、咲夜に至っては俺にゴミを見る目線を向けている。

 

 何よりも見るのが、怖かった。

 肝心の妖夢を見るのが、恐怖で仕方がなかった。

 

 ガタガタと物理的ではないような寒さで震え上がっていると。

 とすん、と背中に重みがかかった。

 腕は俺に回され、後ろから抱き締められている。

 ……まぁ、身長や腕から、振り向かなくとも誰かわかる。

 

「あ、あぁ~……その、妖夢?」

 

 恥ずかしいのか、声を全く出さない。

 その代わりに、回された腕の強さが一層に強くなった。

 ぎゅっと、顔が見えない状態で抱かれると、やっぱりドキドキして――

 

「みなさ~ん! 今なら天になんだってできますよ~!」

「おいぃぃいい! 妖夢ぅぅうう! ちょっと待て、待つんだ皆! そのサイズの雪玉はまずいって!」

「うるさ~い! 弾幕はパワーなんだぜ!」

「わー! やめろ! やめろおぉぉぉおお!」

 

 各々が雪玉を大きくして、投げつける姿勢に。

 ここで腕を払って避けても、妖夢に当たる。

 ……当たるしか、ないのかなぁ……?

 

 

 

 

 ――ちょっと、咲夜さん? 大きめの石、わざと雪玉に入れてるよね?

 危ないよ、それ。今すぐに取り除きましょうね?

 

「待って本当に危ない――投げんなぁぁぁあああ!」

 

 皆の雪玉が気体の微粒子の如く動き回る。

 が、向いた方向は俺一点のみ。

 

 ……はぁっ。

 仕返しくらいは、してもいいよな?

 

 

 

 

 

 

「あ~、遊んだ遊んだ~!」

「ホントですね~!」

「あ~あ、私もこんなにはしゃいじゃうとはね~……」

 

 巫女も、魔法使いも、風祝(かぜほうり)も、メイドもお嬢様もご満悦の様子。

 地面の白を跳ね除け、そこに手を後ろにして体を支えて座っている。

 クリスマスとはなんだったのかわからないくらい、雪合戦に年甲斐もなくはしゃいだ。

 

 もう見飽きた雪は、今度は小さく結晶となって降ってきた。

 音もなく緩やかに上から下へと、そして積雪と同化する。

 体に篭った熱とは裏腹に、今の季節を体感的に感じた。

 

 交錯する温度は、直下。

 正誤怪しく、定義怪しく直下。

 不安定な正解と定義は、須らく終わってしまう。

 

 ……今、それがこの平穏なのだろう。

 楽しめる瞬間(とき)が今だからこそ、我も時間も状況も忘れて楽しむ。

 

 小さく不幸を積み、紡ぎ、反転させることとは訳が違う。

 だからこそ、こんな時くらいは楽しんでも、いいと思うんだ。

 

「……そんなに、重く考えても変わらないですよ」

「やっぱり、俺の考えることは(わか)るのか?」

「えぇ、判りますよ。(わか)りたいですし」

 

 隣で笑う彼女は、解ってくれている。

 どんな考えも、見通したかのように判ってくれる。

 

「今から気にしていたら、いざという時に本当の力は出せませんよ? 今は、目の前のことでいいんです」

「……そう、だな」

「ですから、今日は……ね?」

 

 静かに白肌の手を、俺の手へ。

 潔白の上に、また潔白が重なった。

 しかし一点、温度の差は如実にあり、暖かみに身を寄せる。

 

 半人半霊は、常人よりも体温が低いのだという。

 が、俺にはどうも 納得が出来なかった。

 

 この温度は、人肌の温もりほど暖かなものはないと、確信したから。

 

 

 

 

 皆と別れてから、買い物、食事。

 ついでに夕食分も買っておいたので、もう一度冥界から降りる必要もなし。

 せっかくのクリスマスとのことなので、修行は全員休み。

 

 四人で居間に集まって、炬燵(こたつ)に入るというなんとも平和チックな光景。

 足元に異様な暖かさを感じたが最後、取り憑かれたように出られなくなるという。

 炬燵とは、どの世界でも人をダメにするようだ。そんなソファーもあったらしいけどね。

 

「……クリスマス、ですね」

「すごく今更だな」

 

 そりゃそうだ。もう昼も回っているんだから。

 もう一週間後には年明けなのだが。

 

 それと幽々子、俺の服に大量の雪を詰めたことは忘れていないからな。

 凍え死ぬかと思ったぞ。冷えすぎて感覚がなくなるとこだったんだぞ。

 

 俺と妖夢、翔と幽々子で、二人一組で向かい合って炬燵に。

 まぁ、うん。大体わかっていたよ、こういうの。

 こうやって暖かくても……炬燵の中で手、繋ぐんだね。嬉しいけどさ。

 

「はいはい、嘘ね。そうやって炬燵の中で手を繋いでクリスマス満喫しているじゃない」

「いや何でわかったんですか」

「っていうか、二人が揃ったら大概イチャイチャしてますし、ねぇ~?」

「ホントよ! ねぇ~?」

 

 そういう貴方達も息ピッタリじゃないですかやだー。

 なんだかんだ言いつつも、こいつらはいつも息が合う。

 特に、俺の妖夢のイチャつきに関しては食いつき方が違う。

 

 粘着物質かと思うほどにね。

 

「いいだろ、別に。いつものことだ」

「そ~です。私と天君、いつものことです」

「もう開き直ったのね」

 

 当たり前だ。そりゃそうだ。

 もう開き直るくらいじゃないと、俺と妖夢はやっていけないと思う。

 イチャつきが足りなくなって。すげぇな。

 

「えぇ、だって私達――」

 

 そこで言葉を途切らせ、こちらを向いた妖夢。

 近くに置いてあった長いマフラーを手に取り、俺にかけた。

 当然長いわけなので、余りがでる。

 その余りを妖夢も首にかけた。

 

 そして。

 

「――恋人、ですから!」

 

 俺の頬にキスをしてから、満面の笑みを浮かべていた。

 

 ……頬のキスも、悪くないものだ。




ありがとうございました!

次回はもう察しがつくでしょう。
えぇ、お正月回です。
それが終わったら……不知火が、すぐ。

不知火戦、少し時が飛ぶかもです。
ご了承を。

ではでは!


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第74話 年末年始、最後の日常

どうも、狼々です!

久しぶりぃ!(*´ω`*)
風邪やらテスト期間やらで忙しかったんです(言い訳)

今日はもうテスト二日目なんですが、投稿しちゃうぜ~!

では、本編どうぞ!


 程よい肌寒さを感じる十二月末。

 寒さに慣れただけかもしれないが、地球温暖化の影は、ここ幻想郷には微塵もない。

 思えば、環境としては優しいわけだ。

 

 心地よさを感じる昼下がり。

 つい笑顔を漏らしてしまう今日、十二月三十一日。

 四人総出で、白玉楼の大掃除。

 

 異様なほどに広い白玉楼。

 朝から掃除を開始しているのだが、丸一日かかりそうだ。

 さすがに応援を呼ぶわけにもいかない。

 

 雑巾を水に浸けて絞る度、寒さが針になって手を刺される。

 顔を顰めながらも、自らを叱咤するように雑巾で廊下を拭き上げる。

 

「こっちは終わりましたよ~!」

「わかった、こっちが終わったら行くよ!」

 

 妖夢の報告に、長い廊下に向かって声を張り上げて、手を動かす。

 気持ち早めに動かして、早々に切り上げ、別場所へ。

 それを幾度も繰り返して、全員で幽々子の部屋で休憩を数度。

 

 あと何回これを繰り返せばいいのか、見当もつかない。

 見当がついたところで、果てしない先を見ることは約束されているのだが。

 

「翔、調子はどうだ?」

「こっちはオッケー、幽々子さんも、中々に頑張ってくれているお陰でね」

「えぇ、途中で作り置きされていたお菓子を、ちょっと食べただけよ? 褒めて褒めて」

 

 いやおかしい。騙されるな。

 食べることはむしろ褒められるものでもない。

 

「天君、騙されてはいけませんよ。お菓子、ちょっとどころじゃなく減ってますから」

「――とのことだが、幽々子。弁解は?」

「え、えぇっと……き、気のせいよ、気のせい」

 

 いや嘘かよ。吐いちゃうのかよ。

 せめて正直に話せばいいものを。嘘の必要性皆無なんだが。

 

 はぁっ、と密かな溜め息は胸中に留める。

 吐き出す息に使う予定だったエネルギーを原動力に、畳から立ち上がる。

 

「さて、もうそろそろ再開するぞ~。このペースじゃ、日と年が変わってしまう」

「えぇ、わかりました。もうひと頑張り、ですね」

「りょーかい。本当に間に合わなくなりそうだから怖い」

「は~い。お菓子お菓子~」

 

 一人だけ休憩モードのままですが。

 ちょっと問題ありませんかねぇ? 本当に終わらんよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「終わったあ~!」」」

 

 随分と時計の針は進み、ようやく終わりは訪れた。

 元々薄暗い白玉楼も、完全に自然光は落ちた。

 俺達を照らすは、灯りのみ。

 

 今日一日で溜まった疲れを全面に出して、四人が四人、円になって畳に仰向けに。

 大の字になって、声を投げかける。

 

「……で、今何時だ?」

「……十一時過ぎ」

 

 あと、一時間もない、かぁ……

 どうやら、休む暇もなさそうだ。

 

 こんなことなら、もう少し前から大掃除は進めておくべきだった。

 

「よっし、年越しそば用意してくる。妖夢は休んでていいから」

「そ、そうさせてもらいますぅ~」

 

 かなりお疲れのご様子の妖夢ちゃんでございます。

 そんなうちの彼女を背に、一人、廊下を通って台所へ向かう。

 

 ……え? まだ早すぎるんじゃないか、だって?

 やだなぁ、うちには胃の中ブラックホールの亡霊お嬢さんがいますやん。

 

 

 

「皆、いるな~?」

「心の準備もいいですよね~?」

 

 俺と妖夢の呼びかけに、皆で笑って返す。

 年越しそばも作り終わって、幽々子の部屋に戻ってきた。

 年が明けるまでも、あと残すところ数分となって――

 

「あ、天、私のそばがないわ~」

「ふざけんな。最初からなかったみたいな言い方すんなよ」

 

 まぁ、こんな予想もついていたので、大鍋ごと持ってきたんだけどね。

 幽々子の丼型の器を手に取り、結構な量を盛って渡す。

 

 ……そんなに笑顔になられると、こっちも嬉しいというかなんというか。

 

「っと、もうカウントダウンも始まりそうだな」

「私のそばのカウントダウンは、もう終わっちゃったわ」

「ふざけんなおい」

 

 えぇ本当に、吸引力が凄いですねぇ。

 どこかの掃除機並に定評がありそうだなぁ。

 

 もう箸をつけないように、と釘を刺しておかわりを渡す。

 どこか不満そうながらも、箸を置いてじっと待つ。その時を。

 

「「「――三、二、一! あけまして、おめでとう~!」」」

「おかわりぃ~!」

「飛ばしすぎだろうが!」

 

 かくして、一風変わった大晦日を迎えた白玉楼。

 

 

 

 

 ――ということで、数時間後。

 四人でやってきました、神社。

 

 まずは博麗神社に来て、お参り。

 時間としても、場所としても、最高の初日の出がバック。

 

「あら、本当に来るとは思わなかったわよ、天」

「心外だぞ、霊夢」

 

 ……少し、多めにお賽銭入れてやるか。

 おみくじも引いて、絵馬も書こう。

 

 

 

 ――そしてまた神社。

 四人でやってきました守矢神社。

 

 同じように、お参り賽銭におみくじ、絵馬。

 

「お、おぉぉ……! 天君、二回大吉ですよ……!」

「えっすげぇ。俺二回とも中吉だわ」

 

 普通にも程があるね。うん。

 あ、翔は中吉・吉。幽々子は、末吉に凶らしいね。

 亡霊の幽々子に関しては、運勢が通じるのかどうかは、定かでないのだが。

 

「そ、天く~ん、私、もうねみゅいですぅ~……」

 

 突然に、ふらふらとしだした彼女。

 いや、さっき大吉二回目ってはしゃいでたじゃん。……嘘か。

 

「はいはい、おんぶね~。……よっと」

「えへへぇ……はふぅ~」

 

 心地よさそうでなによりですはい。

 嘘とはいえども、気持ちがよさそうだ。

 

 朝焼けに微笑みを返して、四人で白玉楼へと帰宅。

 

「……んんぅ」

「あ? あぁ……ホントに、寝ちゃったのね」

 

 背中からは、安らかな寝息。

 か細くも可愛らしいそれは、聞くだけでもかなりの癒やしだ。

 

 さらに深みを増した笑みを携えて、ゆっくりと浮遊。

 遊覧するように、穏やかに。

 

 

 

 

 

 

 

 ――平和。

 

 

 ――自由。

 

 ――希望、未来、尊重、恐怖。

 

 

 ――全てが、塗り替えられた。

 

 

 

 一時(いっとき)の平穏は、奪われる。

 

 目を疑うような、絶望。

 耳を疑うような、破裂音。

 自分の認識さえも、騙されそうになる。

 

 そんな、大変遷(だいへんせん)

 (いかずち)のように駆け、伝播する非日常。

 

 ……それは、四ヶ月後。

 桜舞う季節。丁度、檮杌戦と同じような時期に。

 

 『絶望』は、桜と同じくして、舞い降りる。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

「……そろそろか」

 

 刀を取り、幻想郷へ。

 ――『()()』を、魅せてやるよ。




ありがとうございました!

今回はいつもの半分くらいの長さ。
反省の色が見られない(´・ω・`)

次回から、ついに不知火は動き出します。

それにあたり、一話あたりの文字数が少なくなるかもです。
引きをよくしたいので。かもですが。

ではでは!


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第75話 邪気

どうも、狼々です!

引きをよくするため、短めを幾つも上げます。
もしかしたら、毎日魂恋録が投稿される、かも……?

では、本編どうぞ!


 ――その時は、やってきた。

 

 絶望を纏いし気。

 想像を絶する黒い、黒い邪気が、真昼に。

 感じ取るだけでも、危険信号やら胸騒ぎやらが起きる。

 

「……妖夢、翔。行くぞ」

「えぇ。これで、終わらせますよ」

「了解。勝つよ」

 

 それだけの、短い会話。

 神憑を手に取り、アンリミテッドのための薬も持った。

 水はどうにもならない。我慢するしかないだろう。贅沢は言っていられない。

 

 そも、これは永琳の薬だ。

 飲むときのことを何も考えずに作るなど、正直考えられない。

 戦闘中であることが前提な以上、水を伴っての飲薬ができる方が珍しいというものだ。

 アンリミテッドを使わざるを得ないほど緊迫状況の中、そんな悠長なことはできるはずがない。

 

「皆、気を付けてね。白玉楼は任せなさい」

「わかった。行ってくる」

 

 迅速に準備を済ませ、足早に白玉楼を発って、飛行。

 最早俺達に、長いやり取りは必要なかった。

 短会話だけで、意思疎通が十分に可能だった。

 

 邪気の場所は――檮杌戦の場所。

 広い草原で、桜も舞う、あの場所。

 

 狙ったのか否かはわかりかねる。

 が、そんなことは関係ない。

 

 道は、ただ一つ。

 ――幻想郷の、防衛一つだ。

 

「あら、意外にお早い出勤だこと」

「全く、昼に来られると色々困るのにね、私」

 

 一時期聞き慣れた、瀟洒なメイドと日傘を差した主の吸血鬼の声。

 

「ホント、何で揃っちゃうんだかね」

「タイミングはバラバラのはずなんだがな~」

 

 さらに、赤い巫女と魔法使いの声。

 

「皆の意志が一つに固まっているからじゃない?」

 

 不老不死の少女の声。

 

 ここに、対幻獣メンバーが揃った。

 この八人が、幻想郷という一世界の運命を左右する、と言っても過言ではないだろう。

 

 未来を託された、八人の背中。

 ――やってやろうじゃねぇかよ。

 

 

 

 

 

 

 黒一色のその気配は、悍ましかった。

 そいつのローブ姿が見える。叢雲、時雨と同じローブで身を包んでいる。

 そしてやはり。俺は、こいつの脅威の強さを確信した。

 

 叢雲、時雨はある程度近づいたときにしか俺達の存在に気付かなかった。

 が、こいつはどうだろうか。

 

 ――俺達がこいつを見つけたときには、もう既にこちらを向いていた。

 

 気配の察知能力で、強敵かどうかは大体わかる。

 鋭敏な第六感にも似た何かを持つ者は、等しく強い。

 

 最高レベルの警戒を続けて、皆であいつの近くへ。

 気付かれているのなら、もう隠れる必要も意味も成さない。

 

「……ほう」

 

 静かな感嘆の声。声からして、男。

 背中には、俺と同じく刀を背負っているが、神憑ほど長くはない。

 

 そして、声が聞こえた瞬間に。

 蒼空は厚い黒雲に覆われた。まるで、自然もこいつを怖がるように。

 

 先程まで出ていた真昼の眩しい太陽も、顔を隠した。

 全員が、息を呑むのがわかる。

 

「正直、()()()()だ。束になっても無駄だ。どうだ? ここは一つ、()()()()()()()()()()?」

「「「なっ……!?」」」

 

 ただ、全員で驚くことしかできなかった。

 ここにきて束になっても勝てない? 終戦の提案? ありえない。

 

「お、おい、それはお前としてもどうなんだぜ……?」

「無駄なことはしたくないだけだ。迅速に、この幻想郷を理想郷に創り変えるべきだ」

「理想郷、ねぇ」

 

 俺は声を漏らすのみ。

 理想郷に創り変えるという彼らの目的を知って、俺は薄い反応しかできなかった。

 

 あまりにも、利己的な願い過ぎて。

 

「理想郷で、貴様らも含む()()()()()()()()()()()。勿論、その名の通り理想が現実になる。どうだ?」

「「「…………」」」

 

 一体何が、言いたいというのだろうか。

 前二人とタイプが違いすぎて、話についていけそうにない。

 

 敵対相手に、この提案。

 ありえない、の一言に尽きる。

 

「あぁ、そうだ……いるんだろう、栞? 天の中に。久しぶり、とでも言うべきか?」

「お、お前、何故それを……!」

 

 俺は、またしても驚きを隠せない。

 今まで、そんな情報は敵に漏らしていないはずだ。

 

「簡単なことだ。既に前情報が入っていた上、この霊力。間違いなく栞のものだ」

「な、なんで、私のことを知っている……?」

「もう、()()()というのか? お前にとって、忌まわしき相手のはずだがな? この顔を見ても、まだ言うか?」

 

 そう言いながら、ローブのフードをおろした。

 端麗な色白の顔立ちが露わになる。が、それよりも印象的なものがあった。

 

 一つは、細い、獲物を狙うような紅色の吊り瞳。

 一つは、左目から左頬にかけての、大きな切り傷の跡。

 

「お、お前……! どうして、ここにいる! 不知火ぃぃぃいいいい!」

「……どうした、栞?」

 

 突然の、栞の怒号。

 これほどの怒号は、今までに聞いたことが無かった。

 勿論、俺に聞き覚えのない声は、皆にも覚えがない。

 

 こいつ――不知火、という男を既に知っているのだろうか。

 予想するに、相当に悪い関係にあるのだろう。

 

「こいつ……前に、殺しを平気でする、っていう人ならざる化け物の話、したよね。それが、こいつ」

「全く、口が悪いのは変わらないか。化け物扱いとは」

 

 前……紅魔館のときか。

 レミリアに傷を負わせたときに、殺しを躊躇わない人になるな。

 人の道を外れるな、という会話。

 

 それが、不知火だというのか。

 

「あぁ……そうだ、面白い上に丁度いい機会だ。()()()()を、知っているか?」

「栞の、過去?」

 

 思えば、経歴も能力も諸々が不明な栞。

 当然、彼女の過去を知るはずもない。

 

 どうして魂の状態なのか。

 どうして神の能力が備わっているのか。

 それらについては一切、伝えられていない。

 

「その様子だと、知らないようだな。隠すとは、いけないんじゃないか、栞?」

「や、やめっ……ま、待て! 言うな! 天も、皆も、聞かないで!」

「はっはっは、これは傑作だな。予想以上に面白い反応だ!」

 

 ケタケタと笑う、不知火。

 それに恐怖するような、焦るような、栞の声。

 栞は聞くな、と。そう言った。

 

 俺にはそれができなかった。

 栞の過去を、気にしてしまう自分がいた。




ありがとうございました!

次回、栞の過去について大まかな説明です。

伏線。忘れた頃にやってくる。
ちなみに、紅魔館の化け物の下りは、27話で書いてます。

ではでは!


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第76話 栞の過去

どうも、狼々です!

短くいきます、今回も。
タイトルの通り、栞の過去や謎の大放出。

では、本編どうぞ!


 ――静寂。

 音がない分、緊張感は雰囲気となって押し寄せる。

 

 存在しえるが、目には見えない。

 だが極度の、ありえないほどのそれが、今ここを覆っていた。

 

「さぁて、どこから話そうものか?」

「やめ、てぇ……!」

 

 栞の嗚咽混じりの泣き声。

 聞き苦しいが、どうしても気になることやひっかかるところがある。

 それを、知らなければいけないと。直感的に感じ取った結果だ。

 

「じゃあまず、()()の話からいこうか」

「……実験?」

「そうだ。俺達アイデアライズは、二人の子供に人体実験を施した」

 

 もう、俺には限界が見えそうだった。

 胸の奥ごと直接抉り取られる感覚だ。

 

 耳障りな粘着質の音を立てながら、異常なほどの嫌悪感。

 それらの同時の襲来に、敵いそうにもなかった。

 が、俺はただ、聞かなければという義務感にのみ、突き動かされる。

 

「その一人が栞だ。元々大分寂れた、小さな村の出身でな。焼き払うのも簡単、連れ去るのも容易だったよ」

「「「……っ!」」」

 

 声にならない衝撃が、この場の不知火と栞以外の全員に走った。

 

 故郷を、焼かれた。

 その辛さが、俺にはとても想像がつかなかった。

 

「俺の『理想を創り出す程度の能力』で神の力を()()()()、その二人に埋め込む、って作業だった」

 

 こいつの――不知火の能力は正に、理想を描く(アイデアライズ)、というわけか。

 能力からしても、今までの三人の中で一番強いのだろう。

 

 つまり、栞の能力は神の力の『模倣』、ということだろうか。

 実際に神の力を吸い取ったというのは嘘で、本当は『理想』の能力の造られた、所謂(いわゆる)人工能力だ、と。

 

「結果から言うと、二人共失敗だった。栞は肉体が耐えられずに魂に、もう一人は体に入れることすらできなかった」

「……『器』が足りなかった、と?」

「まぁ、端的に言えばそうなる」

 

 栞があれだけ『器』と言っていたのは、このためか。

 自らが体験したように、能力を持ち続けると魂になる。

 その能力を持った栞自身を持つことは、霊力も含めてさらに所有者に負荷をかける。

 

 そうなると、同じように魂になるならばまだいい。

 が、刀の持ち主が次もそうとは限らない。

 神にも等しい、さらには不安定な人工能力を、荒れ狂って暴発する可能性がある。

 被害を減らすためとはいえ、栞も辛かっただろう。

 

「栞は魂が抜けてその状態でのみ存在。体の方も中身がない今、ある意味では死体。つまりは――」

 

 いや、そんな、ことは……栞自身は、生きている内に入るって言って――

 

「――今の栞は、()()()()()、ということになるな」

「あ……あ、ああぁぁぁ! そ、天、わた、しは……!」

 

 震える声で、控えめな絶叫が聞こえた。

 一人の少女は、実験の被験体とされ、命を奪われた。

 たった数人のエゴのために、将来に希望を溢れるほどもった人生を、狂わせた。

 

 本来在るべきだった運命を捻じ曲げた。

 築いていくはずの人生を打ち壊した。

 前をしっかりと見据えるはずの目を潰した。

 

「……もう一人の、子は?」

「あぁ、別にいらないから捨てたさ。今どうしているのかも知らないし、知る気もない」

 

 俺の薄い望みすら一瞬で砕くように、無感動に告げられる。

 何の躊躇いもなかったと言わんばかりの、無機質な声で。

 

「まぁ、どっちも()()()ってやつだ」

「天……私は、今まで天を、騙して、いや、わたし――」

「いい、喋るな」

 

 俺も、もう限界だった。

 沸々とした怒りは、既に爆発寸前だった。

 表に出さないだけで、かなり怒っている。自分でもわかるくらいだ。

 

「こんなに怒ったのは、叢雲が妖夢を傷付けた時以来だよ」

「ご、ごめん、なさい……!」

「謝るな」

 

 淡々と俺の声から告げられる言葉。

 ほぼ無意識的に発せられるそれは、自分の今の燃える感情をそのままに写した。

 

「許さねぇよ、俺は」

「……! そう、だよね。今までずっと、天を騙してきて――」

 

「許さねぇよ、()()()

 

 俺の怒りは他でもない、不知火に向いていた。

 

「ふざけんなよ。自分の理想のために、よくも二人の人生壊せたなぁ!」

「いいだろう。むしろ、手間だけ取らせて失敗するような『器』を掴まされるこちらの身になってほしい」

「――あぁ、もういいよわかった。お前喋んな。耳障りだ」

 

 聞きたくもなかった。

 悪魔のように薄汚い声を、悪に染まりきった声を。

 人の形をした化け物がいることに、ひどい吐き気を催す。

 

「……天? だって、私は――」

「お前も、何で隠していたんだよ? 正直に話しても、俺はお前を嫌わない。それとも、そんなに信用ならないか?」

「あ、あぁ、天……! そらぁ! ありが、とう! ありがとぉお!」

 

 泣きながら、感謝を表す栞の声。

 それを脳に刷り込みながら、刀に手をかける。

 

「皆、戦闘準備だ」

「こっちはとっくにできてるわ」

「さっさと終わらせないと、何が起きるかわかったものじゃない」

 

 ある者は、日本刀を。

 ある者は、海色の剣を。

 ある者は、数枚の紙を。

 ある者は、八角柱の箱を。

 ある者は、輝くナイフを。

 ある者は、蝙蝠の翼を。

 ある者は、体の一部から炎を。

 

 それぞれが、戦闘態勢に移行した。

 皆を後ろにしながらも、わかる。

 

 皆が皆、怒りを感じている。

 恐怖など微塵もなく、許せないの感情を巻き上げている。

 が、人数のせいか、冷静さは保たれた。

 

 中でも、霊夢と咲夜と翔、特に翔は突出して冷静さを形にしている。

 まぁ何とも、頼りがいのあることだ。

 

 後ろの翔の顔を少しばかり振り向いて見るに、判断は任せてくれるそうだ。

 いつ、どのタイミングで、何人が攻撃をするのか。

 

「……残念だ。せっかく人が提案したものを」

「お前はもう、人を名乗るんじゃねぇよ」

 

 勿論、タイミングも人数も既に決まっている。

 皆も、恐らく口にしないだけで、わかってくれている。

 

「――総員、攻撃開始!」

 

「「「了解!」」」

 

 幻想郷の命運をかけた最終決戦の火蓋は、今この瞬間、切って落とされた。




ありがとうございました!

『器』がどうのこうのは、第14話。
栞の「生きている」って嘘は、第59話に伏線入れてます。

やったね、伏線回収できたね!
さっすが忘れたころにやってくる。

ではでは!


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第77話 不知火と炎帝

「リベレーション!」

 

 いつもの、栞の霊力が体から溢れる感覚。

 オーラのように纏われたそれは、俺の体を薄い白で包んでいる。

 全身から漲ってくるこの力は、きっとリベレーションだけの影響じゃないのだろう。

 

 恐らく一番は、俺のこの感情。

 怒りが一周回って、冷静を貫いた。

 

 この九人の中で、一番瞬間速度が速い者。

 つまりは、妖夢。妖夢が、一番速く不知火の懐へと潜り込んだ。

 

「即刻死ぬといい。人符 『現世斬』」

「……ふむ」

 

 文字通り、目にも留まらぬ一撃。

 刀を振り抜く鋭く、小さい音が遅れるほどの。

 音速をも超えた、俺が見る限りに最高の一撃。

 

 不知火の右腕は、背中の刀に最短距離で向かってゆく。

 そして、刀が少しだけ抜かれた。それは僅か数センチメートルほどだろう。

 

 刹那、甲高すぎる金属音。

 それは――亜音速の刀を、受け止められた音だった。

 

「な、にっ……!?」

「だから言っているだろう。無駄だ、と」

 

 しかも、不知火は()()()()()()()()()()()()()

 たった数センチメートル。その長さだけを鞘から出して、受け止めた。

 音を超える速度で向かってくる刃に、臆することすらなく。

 

 ――刃の迫る先を、正確に予測した、ということ、なのか……!?

 

「あぁ、そうだこうしよう。三十秒だけ目を瞑ろう。勿論避けない。当ててみるがいい」

 

 信じられない、の一言に尽きた。

 この選抜された九人の一斉攻撃を、三十秒とはいえ目を瞑って耐える、と言うのだ。

 

「っ、後悔するがいいわ! 神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

「すぐにその軽口、閉じさせてあげるわよ。幻符『殺人ドール』」

「私の弾幕(パワー)、耐えられるなら耐えてみろ! 恋符『マスタースパーク』!」

「さっさと終わるに越したことはないわね! 霊符『夢想封印・集』!」

「今度こそ……! 天星剣『涅槃(ねはん)寂静(じゃくせい)の如し』」

「化け物の貴方は正直者か、大嘘吐き、どっち? 滅罪『正直者の死』」

 

 俺と翔は元より弾幕を得意としていないため、皆の邪魔にならないよう、通常弾幕。

 

 多くの弾幕が、一瞬の内に不知火を囲うように張られ、向かっていく。

 妖夢も、掲げていた刀を振り下ろし、張った弾幕にスタートの合図。

 槍、ナイフ、威力重視レーザー、御札、さらには細かい弾幕の重なりに一本のレーザー。

 

 それなのに、何故だ。

 ――何故、不知火は()()()()()()()

 

 邪悪に歪んだ、意地の悪い笑み。

 それが垣間見えた後、口が開かれる。

 

「そうだ、二つ言い忘れていたな。一つは、この刀の名は『炎帝』であること。一つは、当ててみるがいい、とは言ったものの――」

 

 そこで言葉を切り、刀を完全に引き抜いた。

 大量の弾幕に構え、目を瞑る。

 

「――当てられるなら、の話だが」

 

 目を瞑っているはずなのに。

 大量の弾幕を今にも浴びようとしているのに。笑みは、消えなかった。

 

 再び、今度は不知火の刀が亜音速で閃く。どこか、炎を纏ったように。

 発動したスペルカードの順番通りに、自分に降りかかる弾幕を正確に弾き、四散させていく。

 一切止まることのない動きは、全ての弾幕を迎え撃っている。

 

 確かに、目を瞑ったままで。

 確かに、一歩も動かないままで。

 

 さすがに誰もが無理だろうと思われた、魔理沙のマスタースパークの無力化。

 それさえも、拮抗する間もなく、半ばから弾いて曲げた。

 あの決して曲がることのないと思われた、直線レーザーを。

 

 不知火に狙いを定めた弾幕も、一つ残らず弾くかそのまま消すかされた。

 弾幕を切る、などという規格外(アブノーマル)を、目の前でやってのけられているのだ。

 驚きが、隠せない。全員に言えることだった。

 

 そして最後の、妹紅のスペルカード。

 正直者か大嘘吐きか。その答えは――大嘘吐きだった。

 

 さらに、意表を突かれる。

 他の弾幕は例外なく無力化しているのにも関わらず、妹紅のレーザーだけを無効化する気配がない。

 

 そしてそのまま、不知火の体をレーザーは貫く――()()()()()

 無論、不知火にレーザーは接触していたのだ。

 が、そこにダメージが存在するかどうかは、全くの別問題だった。

 

 結局、全ての弾幕は霧散した。

 残ったのは、宣言通り一歩も動かなかった不知火だけ。

 

「……やはり、か。『正直者』としてレーザーを避けると、逆に当たるのだろう。だから『正直者の死』、というわけだ。なるほど」

 

 唖然とする以外、何もできそうになかった。

 まだ余裕そうな顔に、唖然とする以外は。

 

「少しだが、危なかったな。やはり用心に越したことはないか」

 

 今ので、少しというのだろうか。

 たった、これだけ、少し、ほんの僅か。そんな言葉で、片付けられてしまうというのだろうか。

 

「俺としては、天の実力を見てみたいところだ。翔の方は、常に能力を注意すれば何ら問題はない」

「へぇ、本当にそう思う?」

「あぁ、思うとも。キャリアがまるで違う。それに、そういう翔も反撃の意志はもう既になくなっているだろう」

「今は、ね。否定はしないよ」

 

 いや、十中八九できないのだろう。

 状況分析に長けた翔が、一瞬さえも好機を逃すとは思えない。

 今はまだ、その時ではないのだ。

 

「俺と、やってみるかよ?」

「期待はしていないがな。期待した分、落胆も大きいだろう」

「言うじゃないか。すぐにその軽口を叩けないようにしてやる……よっ!」

 

 走り出す。

 羽のように軽い自分の体すらも、置き去りにできそうなくらい、速く。

 そのスピードに乗じて、神憑に手をかけた。

 

 雷の能力で、自分の手の平に電流が走る感覚。

 痺れる感覚をも、忘れそうになるほど速く、駆け抜ける。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)!」

「……はぁっ」

 

 そう、溜め息が聞こえた。

 一弾指、炎帝を握っていない左手が、遠方の俺に翳される。

 そして、小さく聞こえたのだ。

 

「……暗躍し、演繹する絶望の夢(ディスペアー・ドロップ)

 

 その直後、俺の視界がありえないほどに歪んだ。

 あるいは、度が強すぎる眼鏡をかけた瞬間の、あのくもりだろうか。

 どのみち、俺の正常な視覚能力は、失くなったのだ。

 

 勢いのまま、走ることもできずに派手に地面を跳ねて転ぶ。

 

「あ、あぁ……?」

 

 訳の分からないまま、俺は意識の遮断を余儀なくされた。

 仲間の叫びに、背を向けて。




ありがとうございました! どうも、狼々です!

当初よりも描写が上手くいったと思います。
意外や意外。自分でもある程度満足(*´ω`*)

ディスペアー・ドロップ……うわあぁあ! 恥ずかしいよぉおお!
何!? 中二病じゃんかよぉぉおお!(´;ω;`)

ネーミングのセンスに関しては本当に申し訳ない(´・ω・`)

ではでは!


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第78話 悲鳴

 ――微睡みの先。

 そこは、辺り一面が、()()そのものと化していた。

 あれだけ舞っていた桜の花びらは跡形もなく消え、そこら中の木々全ては枯れていた。

 地面は乾ききっていて、無数の亀裂が走っている。

 

 はっとなって、倒れた状態から起き上がる。

 そして、気付いた。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『……あ?』

 

 さっぱり、わけがわからない。

 

 いや、だって、さっきまで、いきていて。

 さけびごえだって、あげていた。

 

 じゃあ、これは何なのだろうか。

 低く積み上がった、この死体の山は。

 地面の出血の跡はそこだけに留まらず、そこかしこに散った痕跡がある。

 

 それは、とても仲間のものだとは信じきれなかった。

 流れていく冷や汗が止まらない。

 足にも、立っているのがやっとの力しか入らない。

 手に持った神憑が、音を立てて震えているのが、自分でもわかる。

 

 厚い黒雲に覆われた空が、不穏な空気を差し込ませた。

 

『お、おい、うそ……だろ……?』

 

 手に持った神憑を置いて、山を掻き分ける。

 自分の手が、仲間の血で濡れていくことの恐怖に苛まれつつも。

 そして、気付く。

 

『よ、妖夢と妹紅は、どこだ……?』

 

 赤巫女。魔法使い。メイド。吸血鬼。親友の姿。

 きっちりと『五人分』の死体が転がっていた。

 確実に心臓を貫かれ、丁寧に喉まで切り裂かれた、五人分の死体が。

 

 妖夢と妹紅のそれが、見当たらない。

 

『ね、ねぇ……そ、らぁ……!』

 

 ふと、か細い声が聞こえた。

 が、それはあまり聞き慣れない声。

 

『妹紅! おい、これは一体どういう――』

『聞いて。私はもう、動けないくらいにいたぶられた。申し訳ない、不老不死として情けないんだけどね。あ、はは……』

 

 仰向けの妹紅の乾いた笑いが、俺には凄絶に見えた。

 白のシャツはほぼ赤色に染まっていて、出血の様を如実に表していた。

 

『不知火は、妖夢を連れて人里の方に行った。手遅れになる前に、お願い……!』

『っ、わかった! すぐに戻る! リベレーション……!』

 

 意識と共に切れていたリベレーションを繋ぎ、全速力で人里へ。

 その間の自然も、ほぼ全てが失くなっていた。

 冬のように枯れているのではなく、そのものが最初からなかったように、荒れ果てているのだ。

 

 無事でいてほしい。

 その切実な願いに、影が差した。

 もう既に、手遅れなんじゃないか、と。

 

 ――そしてその影は、現実として俺の足をすくった。

 人里の上空に着いた時の正直な感想は。

 本当に、ここは人里なのだろうか、という思いだった。

 

 家々は薙ぎ倒され、粉々。

 賑わっていた店も一つ残らず惨状の一つとなっている。

 あれだけ騒がしかった人里の皆の声も、一切が聞こえない。

 

『……くそっ!』

 

 急いで降りて、人里を駆け回る。

 しかし、どれだけ探しても、破壊された建物の連続。

 同じような惨状を、繰り返し見ているようだった。

 

 それどころか、惨状は凄絶さを増すばかり。

 辺りに死体が見え始め、多数の血痕も目立つように。

 そんな光景に吐き気を催しながらも、都合が悪いと目を瞑るようにして駆ける。

 

 そして、ようやく光景に変化が訪れた。

 不知火が、一人の少女の髪を引っ張り上げている。

 それは……紛れもない、妖夢の。

 

『おい、不知火ぃぃぃいい!』

『やっとご到着、か。まぁ、ジャストタイミングだ』

 

 俺の咆哮には目もくれない、というように、不敵な笑みを浮かべる不知火。

 そのまま笑顔を保ちながら、妖夢の髪を引っ張り上げたまま、俺に向ける。

 

 ……ひどいものだった。

 全身には切り傷の跡ができていて、顔も服も、薄汚れてしまっている。

 意識はあるようだが、今にも飛びそうに苦の表情を浮かべている。

 

 残念なことに、俺の激昂は、終わることはないらしい。

 だって、不知火がもう片方の腕で炎帝を引き抜き、妖夢の首元に当てているのだから。

 

『あ、あぁ、そら、くん……ごめんなさい』

『あぁぁ! 謝んなよ!』

 

 怒りに身を任せ、突進の構えを取った。

 今すぐに動かないと、妖夢の命が危ない。

 一瞬の判断が、俺の体を突き動かす。

 

 その体制から、地面を蹴ろうとしたその時。

 不知火の炎帝が、ゆっくりと引かれ始めた。

 

 いや、本当はかなり速い速度なのだろう。

 現に、俺の見る風景のスクロールも、遅くなっている。

 絶望を目に焼き付けるように、ゆっくりと語られる恐怖。

 それは、一番大切な人の死、だというのだろうか。

 

 俺はもう、判断を付けてしまった。

 もう、()()()()()()と。

 どう考えても、近づいて炎帝を弾くより、妖夢の首筋を切り裂く方が速い。

 そんな悍ましい、絶望の兆ししか、見えなかった。

 

 妖夢も悟ったのだろうか、力が入らないのだろうか。

 抵抗の気配も見せず、微笑を浮かべている。

 

 彼女の口は、動き出す。

 それは、こういうように。

 

 ありがと――

 

 最後まで、最期まで言う間もなく。

 炎帝は、彼女の喉を深く切り裂いて、信じられないような血液の量を――

 

 

 

 

 

「――天君! 天君!」

「あ、ああ……?」

 

 聞き慣れた妖夢の叫び声が、聞こえた。

 さっきのは、何だったのだろうか。

 不知火に飛び出して、そして、微睡んで。

 そのまま、倒れただけ……?

 

「夢、なのか……?」

 

 ぽつり、と呟いて。

 

「どうだい? 大悪夢からお目覚めの気分は?」

「お前の、仕業なのか」

「それ以外に、逆に何があるというのだ?」

 

 馬鹿馬鹿しい。

 そんな一単語で片付けられるほど、俺はできていなかった。

 俺の激昂は、さらに勢いを増した。

 

「その……大丈夫、ですか?」

 

 妖夢の、心配そうな声。

 俺には、それすらも耳に入っていなかった。

 

 俺の中で渦巻く、このドス黒い感情は。

 不知火に対する――明確な()()だった。

 

「殺す! 殺してやる! 不知火ぃいぃいいいい!」

「ま、待って、そらく――」

 

 妖夢の聞こえない言葉を振り切りながら、加速。

 暴走する怒気に後押しされながら、神憑を振り抜く。

 不知火に当たる、あと数センチメートルのところで。

 

「……現実を、知れ」

 

 その言葉の直後。

 暴風と、耳をつんざく金属音。

 あまりの圧力で、周りの葉は風で激しく揺れた。

 

 そして、手からかなりの重みがなくなった。

 気付く。先の金属音。何かが、おかしかったことに。

 軽かったのだ。もっと、鈍い音が伝わるはず。

 

 戸惑いの後、俺の後ろでガスッ、と地面を『刺す』ような音が聞こえた。

 いや、まさか、そんなはずは。

 この短時間で、何回この言葉を心で言うことになったのだろうか。

 

 重さの軽量化、軽い金属音、地面を刺す音。

 そう、まるで――()()()()()()ような、その証拠だけが次々に溢れる。

 

 確認するように、手元へと目線を向ける。

 輝かしい銀の刀身は根本から強引に折られていて、姿を消していた。

 

「……ぇ?」

 

 反射的に、後ろの音がした辺りを見た。

 そこには、手元に見えるはずの銀の刀身。

 

 では、さっきの軽い金属音はやはり。

 

 ――()()()神憑の、悲鳴だというのだろうか。




ありがとうございました! どうも、狼々です!

神憑ぃぃぃいい!(´;ω;`)
ここでなんと、初期メンバーの死亡。
予想はできなかったかと思われますね(*´ω`*)

さぁ、どんどん盛り上げていきますよぉ!

ではでは!


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第79話 夜桜

「……やはり、か。よもやとは思ったが、正しかったか」

 

 不知火の呆れるような声が、落ち着いた俺の耳に。

 自分の武器が使用不能になって、ようやく気が静まった。

 ここまでにならないと、わからないのだろうか、俺は。

 

「刀を使いすぎたな。その刀の様子だと、豆に整備はしていたんだろう。が、整備は刀の寿命を完全に戻すことではない」

 

 檮杌戦、フェンリル戦、叢雲戦、時雨戦。

 神憑は、強固な特殊金属でできているはずもない。

 たった四戦。そう思えるが、刀にとってはそれは『たった』で済まされない。

 

 昔。刀が使われていた時代に。刀を抜くことは、それなりに危険状況である、ということだ。

 そこで生き残るか、死ぬかが決まる。良くも悪くも、一回で。

 一回で死ぬ可能性も、なきにしもあらず。

 

 そんな状況下を想定して造られた刀。

 命の危機が迫る回数だけ、刀身は鞘から顔を出し、相手に向けられる。

 つまりは、命の危機の回数=戦いの数、ということ。

 

 今俺は四回刀を抜いて、戦闘を経験している。

 しかし、昔の刀は四回もの戦闘を想定しているだろうか。否だ。

 もしその回数だけ死線を越えたとして、刀は交換していたと思われる。あくまで俺の推測でしかないが。

 

 つまるところ、刀にとっての四回の戦闘は、『たった』四回ではない。

 ()()()()()、になる。

 

「天、下がりなさい!」

「ちっ……!」

 

 霊夢の鋭い声が不意に聞こえて、反射的にその場を飛び退いた。

 不知火の舌打ちと共に繰り出されたのは、渾身の蹴りだった。

 

 さすがは博麗の巫女。

 蹴り一発だけを見ても、相当に強いことがわかる。

 巫女だからといって、御札や弾幕、お祓い棒だけが武器ではないようだ。

 

「あぁもう! こんなことなら、ちゃんと修行をしとくんだったわ……ねっ!」

 

 自分自身に悪態をつきながら、繋がれる流麗な格闘術。

 微妙に宙に浮きながら、高速の連打。正に、格闘術の応酬。

 先の言葉から修行はあまりしていないらしいが、かなりの出来の戦闘技術。

 類稀なるセンスに、恵まれたのだろう。

 

 が、不知火もやられる一方ではない。

 確実に拳と蹴り、さらに肘打ちまでも流しつつ、刀の柄や肘を突いている。

 大した攻撃ではないが、機を逃さず、確実に多数のそれらを見舞っていた。

 

「霊夢、後退よ。格闘術なら私もできるわ!」

「……了解、頼むわ咲夜」

 

 渋々ながらも、ダメージが溜まる前に霊夢と咲夜が交代(スイッチ)

 流れを切らせることなく、綺麗な連携だ。

 

「……俺は、どうすれば……」

「天君……」

 

 妖夢に問いかけるが、それ以上の返事は望めない。

 仲間が次々に不知火に向かっていく中、妖夢は攻めずに俺の付近で立ったまま。

 

 どうすれば、どうすれば、どうすれば。

 そんな焦りの言葉だけが、頭の中でぐるぐると回るばかり。

 

 思えば、俺は刀がないと殆ど何もできない。

 体術も、弾幕も、スペルカードだって、刀があること前提のものばかり。

 あるにはあるのだが、周りを巻き込んでしまう。今ここで決定打と成り得る可能性も薄い。

 

 八方塞がりだった。手元の刀身のない神憑が、それを誇示していた。

 お手上げ。しかし、降参するわけにもいかない。

 俺達の負けが、幻想郷の喪失に直結してしまう。

 そんな大きすぎるプレッシャーがありながらも、打つ手がない。

 

 雨でも降りそうな雲。

 光はさらに遮られ、地に届く光量が減ったその時。

 

「はあぁああ……!」

「なっ……! 皆、下がって!」

 

 咲夜の咄嗟の警告。

 追撃に出た皆も、瞬時に飛び退く。

 

 そしてすぐ、一閃。

 視認できる範囲のスピードを軽々と超えた刃が、音も立てずに横薙ぎに。

 

「……時間をかけすぎたか。タイムアップだ。では天。お前から絶望するがいい!」

 

 ――ん? ……あぁ?

 不知火の能力は、『理想を創り出す程度の能力』。

 だったら、どうして――

 

 頭の中で疑問が掠めた瞬間、遠くの不知火が消えた。

 尋常ではない速度で、こちらとの距離を詰める。

 

「……天君、だけでも」

 

 微かな妖夢の呟き。

 はっとなって妖夢を見たが、既に遅かった。

 

 とん、とやや強い衝撃。

 それは、妖夢が俺を突き飛ばした衝撃。

 俺の位置を変えるように強く、しかし優しい突き飛ばしだった。

 

 俺が妖夢の表情を瞳に収める。

 その表情は、微笑だった。

 どこか憂いを帯びた笑顔が、俺の頭で全ての理解が終了する。

 

 ――妖夢が、()()()()()のだと。

 この速度では、どちらにせよ間に合うように避けるのは不可能。

 だったら、と。妖夢は自分の命と俺の命を天秤にかけ、俺の命が重い。そんな結果に傾いたのだ。

 

 俺は、何がしたかったのだろうか。

 何もできず、結局はこうやって仲間の足を引っ張るだけ。

 

 信じるなんて、そんなものは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――情けないじゃないか、俺。

 

 黒。一色の黒。

 空間は突然に飛ばされ、目の前の人物さえもわからない。

 が、俺には察しがついた。

 

 ――ほら、さっさと始めるぞ。

 

     ……いいのか?

 

 ――いいも何も、大切なお仲間どころか自分も危ないからな。仕方ねぇよ

 

     なぁ……まさか、最初から俺にそのつもりで――

 

 ――おっと、そういうのはナシだ。間に合わなくなる。

 

 暗がりの中、俺と目の前の相手は、手を軽く上げて歩き始める。

 やがて、目の前の『彼』と交差する瞬間、その手を大きく振りかぶる。

 そう、ハイタッチ。

 

 勢いのいい破裂音が聞こえた瞬間、辺りの黒は全て白へと変わった。

 反射的に後ろを振り向くが、そこに『彼』の姿はもう既になかった。

 

 

     ……ありがとうな、()()

 

 そして、もう聞こえないはずの声を最後に、現実に引き戻される。

 

 

 

 ――もう、散々苦しんだろ? 苦しまされるのは、やめにしよう。

 

 

 

 

 

 ――()()()()()()が、あるんだろ?

 

 

 

 

 

 

 スローモーション。

 俺の倒れ込みの速さも、不知火が妖夢への攻撃をするその瞬間も。

 

 まだ、取りこぼしていない。

 檮杌戦でも、同じように妖夢に庇われた。

 同じ悲劇を、後悔を、自分への失望を、繰り返すつもりなのだろうか、俺は。

 

 ――まだ、守れる……!

 

 妖夢の突き飛ばすために伸ばした腕を、掴んで引き戻す。

 

「え……?」

 

 小さく聞こえた声を、俺は聞いた。

 不知火の少々の驚きの顔。が、攻撃の軌道修正。

 簡単には、逃がさないらしい。

 

 ……もう一度、限界を。壁を、越える。

 常識を、壊せ。固定観念に、終止符を。

 

 

 

 

 キィン! と勢い良く響く金属音。

 共に、不知火の刀はブレ、攻撃は外れる。

 

 俺の手元には――()()()()()()

 神憑の柄のまま、黒い刀身の上に淡桃の波立った模様の刀身。

 

 ……霊力の、物質化。

 できないと否定されたこの定義。

 それは、霊力が留まらずに霧散するからだ。

 朧月夜のように形を保つにも、時間に限界がある。

 

 では、常人にはできない()()()()()()()使えたら、どうだろうか?

 各々が強く結合するように引き合う『白』と『黒』。

 お互いを噛み合わせ、強固に繋がった二つが、物質を形成させた。

 

 この刀の名。

 入っている模様のままだ。

 暗い、冥い夜の中に、静かに引き立つ桜のように。

 そう、まるで――

 

「――信刀(しんとう) 夜桜」

 

 ――まるで、夜桜のように。




ありがとうございました! どうも、狼々です!

さぁ、今までオレを出さなかった理由。
この時のためなんですねぇ(*´ω`*)
空気になってもらいました。大事な役を担ってもらう、とは書いた覚えがあります。

霊力が霧散して物質化できない、の下りですが、第52話にあります。
伏線回収のオンパレード。

ではでは!


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第80話 『絶望』

「――信刀 夜桜」

 

 ……一陣の、風。

 ささやかだが、確実にそこにある風。

 

 同じく、確かに存在する神憑の刀身。

 神憑――いや、夜桜は。俺の強い信念の具現化、なのだろう。

 霊力が二種類あっただけで作れるとは、到底思えない。

 そう感じていた俺がいた。

 

 消えたオレ、託したオレ。

 託された俺、それを背負う俺。

 本当の意味で一心同体となった、オレと俺。

 

 ……負ける気は、不思議としなかった。

 

「ほう……まだ、立つのか」

「当たり前だろ。お前が倒れるまで、俺は膝をつくわけにはいかない」

 

 仮にも、『英雄』だ。

 自分の力不足、一片の迷い、僅かの恐怖。

 それら全てを跳ね除け、『盾』となる必要がある。

 

 もう、杏のような人間を出したくない。

 目の前で、守れるものを護れないようなことには、なりたくない。

 

 自分の責任から逃げたいだけ、と言ってしまえばそれまでだ。

 が、俺にはここにいる理由がある。

 もう、迷走するわけにもいかないんだ。

 

「さて、どうするよ不知火。ここで退くなら退いておけ。逃がさないがな」

「またご冗談を。俺が、負ける? そんなはずがないだろう」

 

 深い闇を携えた笑みを浮かべながら、遠方のこちらに手をかざす。

 また、あの時のような技がくる。

 しかし、俺はさぁ――

 

絶望の淵へと誘う堕天使の唆し(ルシファーズ・カルネージ)

「……効くと、思ったかよ?」

「……ほう、『殻』を破ったか」

 

 ――もう、突破口を見出した。

 

 深い黒雲に呑まれた蒼天は、顔を出した。

 昼本来の明るさを徐々に取り戻す大地に、光は降り立つ。

 俺には、それがこの戦いの、勝利の兆候にしか思えなかった。

 

「お前……()()()()()()()()()()()

「……参考までに、問おう。何故その結論に至った?」

 

 簡単な話だった。

 思えば、『理想』の能力であると仮定して、不自然なところが多すぎる。

 

「まずそもそも、こうやって二度に渡って幻獣を送り出す意味がない」

 

 問答無用で『理想』の能力で、人々を支配。

 それだけで、ある意味の理想郷は創ることができる。

 それが、人々を操る、という意味でも、自分の思い描く理想が全て現実になる、という意味でも。

 

「もし何らかの障害で直接理想郷が創れないのならば、戦いの中で有利になる『理想』を描けばいい話だ」

 

 まず、『理想』の能力を持ちながら、この状況が存在すること自体ありえない。

 極端に言えば、幻獣を俺達が止められないくらいに暴れさせればいい。

 そうなれば、抵抗する者はいなくなり、一からだが理想郷完成へのビジョンを確立させられる。

 

 では、何故そんなに簡単に望みの結果は出せるのに、そうしないのか?

 考えてみると、可能性は一つしかない。

 

 しないのではなく、()()()()のだと。

 

「さしずめ……そうだな。お前の能力は、『絶望を魅せる程度の能力』ってところか?」

「……ふっははは! そこまで見抜くとはな! いやいや、なかなかどうして笑いが止まらない!」

 

 どうやら、俺の推測は全て正しいらしい。

 それは、半分いいこと、()()()()()()の、ハーフだった。

 

「もっと言えば、少しでも負に向いた感情を、『絶望』の能力で増幅させるのだがな。『殻』を、破ったのだろう?」

「まぁな。お前んのとこの時雨にも、似たようなことを経験させられたからな」

 

 瘴気を押し返す感情で、瘴気を上書き。

 それと若干方向性は違うが、要は負の感情を持たなければ、増幅する源の感情が失くなる。

 絶対に勝つと。守り通すと決めた今、俺にその能力は通じない。

 

「真の意味で過去から学ぶ人間は、滅多に見ないぞ……くくくっ……!」

 

 こいつは、この状況で、戦闘中に笑うだけの強さがある。

 それが、明確化された。

 能力だけの、実力は空っぽな拍子抜けではないということ。

 それは、皆の弾幕を防いだときにわかっていたが、精神としてもかなり強者であることもわかる。

 

 本格的に気の抜けない戦いを目の前に、小さく深呼吸。

 一人で戦うな。自分だけでなく、仲間を信じろ。

 オレが俺に託したものを、消えてまで託した理由を、考えろ。

 

「皆、すまないな。俺はもう大丈夫だ。即興で、いけるか?」

「あんたねぇ……いけるいけない、できるできないじゃなくて、()()のよ」

 

 霊夢は、本当に頼もしい。

 博麗の巫女としての自覚は、類を見ない大きなアドバンテージだ。

 

「そうそう。どのみちやる他ないんだぜ? だったら、全力でやるのみでしょ?」

 

 魔理沙の無鉄砲さは、時に非常にありがたいものだ。

 緊迫した、大きな責任の伴う戦いを有利に動かすきっかけとなりえる。

 

「私は誰でも合わせられるわよ? 貴方とだって、一年暮らしたじゃない」

 

 咲夜の強みは、何も能力だけに留まらない。

 接近戦、ナイフによる中距離戦、弾幕による遠距離戦。

 その全てを網羅する戦闘能力と、その場での適応力は、他の追随を許さない。

 

「……よし、三人と俺を中心に、もう一度攻撃するぞ! 危なくなったら無理をせず下がれ!」

 

 隣の妖夢も、楼観剣・白楼剣を同時に構え、不知火に。

 二刀流を、本気を、もう始める構えだ。

 

 今なら、彼女の隣に立てているのだろうか。

 いつしかの一年の別れの手紙を思い出した。

 

「――戦闘再開! 各員、全力を尽くすぞ!」

「「「当然!」」」

 

 もう、迷いはない。

 断ち切り、そして、紡ぐ。

 この先の、未来を。




ありがとうございました!

いやはや、もう80話なんですねぇ。
早かったようで長かったようで早かった。

小説を書き始めてからというもの、時間が過ぎるのが速く感じます。
次回、本気の不知火とのぶつかり合いです。

ではでは!


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第81話 二つの『無限』

「……リベレーション」

 

 小さく声に出し、意を固める。

 瞬間。

 

 白と黒が螺旋状になって、天高くに柱を作った。

 栞の霊力に加え、オレの霊力もがリベレーションで纏われる。

 

 全開の霊力は溢れる。

 それは、栓を失ったように。

 

「おぉおぉおお!」

 

 全力で、駆ける。

 不知火と俺の間は瞬く間に詰められ、互いの刀はぶつかり合う。

 今度は折れる心配もない。

 霊力でできているのだから、もし折れたとしても修復可能。

 

「少しは、楽しめるようだな。特に、天とは」

「俺だけに期待するのはお門違いってもんだ。仲間あっての俺だからな」

「ふっ、そういうものはあまり好きではなかったのだが、考えを変えようか」

 

 忌避すべきは、仲間の全滅。

 即ち、幻想郷改変。

 

 俺達が、俺達自身で未来を繋ぎ合わせるための戦い。

 

「そう言われても、戦いはやめる気はない。本気で殺しにかかるぞ」

「むしろそちらの方がよい。俺も、この戦闘に全力を尽くすとしよう」

 

 不知火の一旦の退きに合わせ、さらに距離を詰める。

 休む間もなく刀は競合を繰り返し、金属音を響かせていく。

 

 時折に飛んでくるナイフや、御札。

 的確に狙わえたそれらは、足元から不知火そのものまである。

 

 が、当たる気配が全くしない。

 俺の攻撃を合わせてもまだ、足りないというのか。

 

「私のマスタースパークが直接攻撃だけだと思うのかしら! 彗星『ブレイジングスター』!」

 

 箒の乗り上げた魔理沙が、後ろに八角形の箱――ミニ八卦炉というらしい――を構え、マスタースパーク。

 突如として加速を始めるそれは、勢い良く不知火に突っ込んでいく。

 

 その寸前、魔理沙の不敵な笑みと、こちらへのアイコンタクト。

 何を考えているのか、考えるんじゃない。

 感じ取れ、直感で。全てじゃなくてもいい、大まかなことを感じ取れ……!

 

「くっ……」

 

 魔理沙のブレイジングスターを避けるため、不知火は退かざるを得ない。

 苦の表情を僅かに浮かべ、飛び退いた。

 

 そして俺は――()()()()()()()()

 避けられたブレイジングスターは、そのまま不知火の前を、砂埃を巻き上げながら高速で通過。

 すれ違いざまに、空いた左手で箒を、しっかりと。

 

 魔理沙を見るが、より不敵な笑みが浮かんでいる。

 どうやら、正解だったようだ。

 

「な……! 天は、どこにっ……!」

 

 さっき、砂埃と魔理沙、さらに箒で不知火の俺への視線を遮った。

 加え、高速通過だったため、目に留まることもなく俺は上空へ。

 

「ここだ、よっ!」

 

 ある程度の高度へ到達して、箒を手放す。

 押し寄せる重力に逆らわず、自由落下。

 夜桜を両手で握り締め、振りかぶる。

「そこか――なっ、くっ……!」

 

 俺の声に気付き、上空を見上げる不知火。

 しかし、咄嗟に自分の視界を手で塞いだ。何故か。

 

 ()()。真昼の日光が、そのままある意味の俺の後光となって目に入る。

 不知火も、例に漏れず人間だ。

 俺らと同じ人間のそれならば、急な明暗の切り替わりには対応しきれないはずだ。

 

「煉獄業火の、閃……!」

 

 黒刀に纏われるは、煌めく炎。

 自分の中の霊力も上乗せして、瞬間火力を最大に。

 かかった重力すらも夜桜に乗せ、振り抜く。

 

「は……あぁぁあ!」

「く、そっ、ぐっ……!」

 

 胴体を狙って、一閃。

 しかし、光を遮るために掲げられた腕に、受け止められる。

 さらに、不知火の後退も相まって、腕にも少しの傷跡のみ。

 

 さすが、と敵ながらに思ってしまう。

 腕を犠牲にしなければ、そのまま夜桜は止まらず、胴体を捉えていたはずだった。

 ダメージを最小限にするために、自分の他の場所を犠牲にする。

 

 本物の熟練戦闘員のような、その考え。

 死なないためとはいえ、それを咄嗟の事態に実行することは、到底かなわない。

 

「行ったぞ、翔!」

「おーけー、親友! 青龍の波紋!」

 

 俺の煉獄業火の閃とは違い、青く煌めくセルリアン・ムーン。

 翔自身の霊力も上乗せされて、鮮烈な青煌を放っている。

 

「……弱者に振り下ろされる堕天使の鉄槌(ルシファーズ・ストライク)

 

 不知火の炎帝にも、光。

 ただし、先程までとは違い、明細な赤色ではなくなった。

 炎のような色では、なくなった。

 

 血塗られた薔薇のような、赤黒い色。

 或いは、血そのもののような、冥い赤色。

 

「――な~んちゃって! 妖夢ちゃん、ごー!」

「貴方も行くんですよ、相模君!」

「え~? ま、いいけどさぁ、出番ないと思うよ?」

 

 突然に消えたセルリアン・ムーンの淡い青。

 その横から、最高速で踏み切る妖夢。

 

 二本の刀をしっかりと手にとって、構える。

 

「……人鬼『未来永劫斬』」

 

 やはり、その洗練された剣技は、美しかった。

 短距離の幻想郷最速が放つ一閃は、完全に人智を超えていた。

 

 目を奪われるほどの美しさは、最早剣技の域を超えていた。

 一種の芸術が、そこにあったのだ。

 

 動きを、体の運びを、刀の抜き方を、目に焼き付ける。

 いずれは、これと同等にならなければならないのだ。

 そうしなければ、隣に立つなど笑止。

 

「……甘い。何もかも、甘い。それを、貴方に教えてあげますよ!」

 

 そうして、穿たれる刃。

 数々の鮮血の跡を残しながら、まだも斬撃は続く。

 不知火も弾いてはいるが、間に合っていない。

 

 ようやく、一撃。

 確かな一撃が、入った。

 

「ぐ……っと、そろそろ始めないとまずいか」

 

 そう、言って。

 

「おい、特に天。よく見ておけ。俺の()()()実力を」

「……なん、だって?」

 

 まだ、本気ではないと。

 この先の領域があると、そういうのだろうか。

 

「くっくく……お前の絶望に満ちる顔が、本当によく見えるよ……!」

 

 嘲笑うかのように、ケタケタと。

 その笑いには底が見えない余裕があった。

 

「まぁ、栞はいないし、俺の中にある門が解放されるだけなんだがな」

 

 恐怖にも似た何かが走った、その直後。

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()()()

 

 ……信じたくは、なかった。

 

「まだ、まだだ……!」

 

 俺の、いや、本当に、どうして――

 

「――()()()()()()()

「「「なっ……!」」」

 

 俺はもう、声すらも出なかった。

 黒一色の炎のような霊力が、渦巻いている。

 そして、咄嗟に悟った。

 

 これは、早くに決着をつけなければ、負けてしまうと。

 

 その考えに至った瞬間、俺はしまってある『あれ』へと手を伸ばす。

 口に放り込み、水なしでそれを飲み込んで、叫ぶ。

 

「――アンリミテッド!」

 

 今ここに、二つの『無限(アンリミテッド)』が、衝突する。




ありがとうございました!

実のところ、不知火は本来リベレーションとアンリミテッドを使わなかったのです。
その、書いてて、これいいんじゃね? っていう安直な考えが。

こういうことがあるから、後々自分の首を締めるのにねぇ(´・ω・`)
しかし、盛り上げていきたいね!(*´ω`*)

ではでは!


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第82話 対抗

 俺は、飛び出す他なかった。

 そうでなければ、仲間がやられる。

 確信が、あった。嫌な確信が。

 

 この闇の深い霊力量。

 底なしの深淵を覗くような、そんな霊力。

 

「この感覚、いつ以来だろうなぁ……久しぶり故、手加減できない。気をつけろよ?」

 

 それだけ言って。

 ――不知火は、消えた。

 

 いや、一瞬だけ、目に映った。

 消えてからすぐ、一秒……いや、半秒も経っていないだろうか。

 不知火の炎帝が、俺の顔へと突き刺そうとする瞬間に。

 

「あっぶ……!」

 

 無理矢理に夜桜で軌道を変える。

 顔の近くで気味の悪い金属音の後、すぐに頬を掠める炎帝。

 

 あの軌道だと……恐らく、右目を直通だった。

 想像するだけで、ゾッとする。

 コンマ一秒でも遅ければ、そうなっていたのだと考えると。

 

「……さすがに驚いた。まさか、あれを避けるとはな」

「こっちも、同じアンリミテッド使ってるからな!」

 

 とはいうものの、かなり危なかった。

 アンリミテッドで感覚と反射神経が研ぎ澄まされていないと、確実にだめだった。

 先程に薬を飲んだのは、正解だったか。

 

 しかし、状況は最悪だと言える。

 アンリミテッドの反射速度と運動能力で、ギリギリ。

 あれほど遅く見えた時雨の動きが、嘘のように。

 

 俺は、少しの間を詰める。

 一刻も早くに攻めないと、逆に攻められる。

 不意打ちだったこともあるかもしれないが、あの調子だと本気でやられる。

 

 青空が、再び影を宿す。

 雲に隠れるというよりは、徐々に暗さそのものを孕んでいくような。

 

 あまりの気味の悪さに悍ましく思う。

 顔にそれを遠慮なしに表しながら、ひたすらに刀を振るう。

 

「ほらほら、そんな調子だと、当たらないぞ?」

「天! 一旦退くんだ!」

 

 栞の激しい忠告が耳に入って、直ぐ様反射的に飛び退く。

 さらに直後、自分の腹があった場所を抉るように、炎帝の横薙ぎ。

 刀を流すと同時に、そのまま攻撃態勢に移行されていたらしい。

 

 警告がないと、今頃は麻酔なし手術。

 笑えない冗談とも言えない別未来に、またしてもゾッとした。

 

「……天。正直、二人のスピードに本当についていけるのは、二人だけだよ」

「い、いやでも栞、妖夢は――」

「確かに妖夢ちゃんも速い。けどね、二人や三人分の霊力を持つ二人の方が、僅かに速いんだよ」

 

 短距離での幻想郷最速。

 とはいえ、やはり多人数分の霊力でブーストをかける俺と不知火の方が速い、と。

 

 僅か。その言葉に安心し、反論の意を述べようと思ったが、すぐに気付いた。

 この戦いはもう既に、その『僅か』の遅れさえ命取りだということに。

 さっきの俺が、それを静かに物語っていた。

 

「……どうした方が、いいと思う?」

「うん。一瞬でもいい。隙を作るんだ。妖夢ちゃんと……翔の連携ができれば、あるいは」

 

 不知火に、一瞬の隙を作る。

 簡単なようで、恐ろしいほどに不可能に近い可能だった。

 が、不思議とできない、とは言う気すらなかった。

 

「できる? 私の天なら、できるんだけどなぁ~?」

「よく言うな、相棒。……できるじゃなく、やるんだろ?」

 

 ついさっき、皆に言われたばかりじゃないか。

 可能か不可能かではない。確立の話じゃない。もしもの枠組みでもない。

 明確な目標を持って、達成させるのだと。達成するでは足りない、達成()()()の力。

 

 今、何がある?

 この場所、この人数とメンバー、物。

 あらゆる『できそう』の集合体から、『できる』にするためには、何が必要だ?

 

 考えろ。全てを模索し、検証しているような時間は到底ない。

 知識を、勘を、相手の立場を、できるだけ多くの要素を入れた方法を。

 

「……どうやら、できそうなようだね」

「あぁ。ただ……全員に、等しく死ぬ可能性がある」

 

 考えも最後まで纏まっていない。

 さらには、安全など欠片もない考え方だ。

 いつ、誰が死んでもおかしくないだろう。

 それは当然、俺も例に漏れることはない。

 

「貴方、その顔、遠慮してるでしょ」

「レミリア? ……くっ!」

 

 さっと駆け寄ってきたレミリア。

 だがそこまで余裕があるわけでもなく、攻撃を許してしまう。

 防戦一方。一度ハマった波から、抜け出すのは困難だ。

 

「だから、一人で防ぐからいけないんで……しょ!」

 

 レミリアの小さな大量の弾幕が、不知火に襲いかかる。

 手数が多い不知火の攻撃だが、さすがに全て防ぐのは間に合わない量。

 

「まぁ、仕方ない、か」

 

 呟いて、俺との間を空ける不知火。

 先程までの怒涛の猛攻が、嘘のように消え去った。

 

「ふざけるのも大概にしなさい、天。ここに来て立っている以上、命の危機はわかりきっているわ」

 

 皆が、笑ってこちらを一斉に見る。

 こんなにも危機的状況なのにも関わらず、笑顔。

 俺にとって、この笑顔は何よりも心の支えとなる。

 

「今更皆の心配したって、正直邪魔よ。この中で一番アイツと戦えるのは貴方なんだから、貴方の戦法に文句は言わないわよ」

「……ありがとう」

「それはまだ言うべきではないわ。さぁ、貴方の希望、見せて頂戴?」

 

 希望、だなんて大袈裟な。

 心の中で、肩を竦めた。

 

 けれども、不思議と違和感らしい違和感は感じなかった。

 今と未来を作るのは、俺達の戦績にかかっている。

 そう考えると、希望と言っても差し支えないのでは?

 自分で言うのもなんだが、本当にそんな気がした。

 

「……了解。一秒でいい。アイツの相手をしてやってくれ。合図をしたらすぐに下がってくれ」

「むしろ楽勝よ。私、一応吸血鬼よ? ……行ってくるわ」

 

 レミリアが、日光が少なくなった灰色の空に、日傘を投げ捨てる。

 と同時に、不知火へ飛び出した。

 

 それを、見届けてから。

 レミリアの稼いでくれる一秒を信じて、夜桜を地面に突き刺す。

 神憑でできた技だが、元々はスペルカード。

 武器が変わっても、できるだろう。

 

 ある一点の場所を覚えて、呟く。

 

「……霧符『一寸先も見えない濃霧』」

 

 一瞬で視界を暗くする、濃霧。

 俺を中心にして、かなり速い速度で周りへと広がっていく。

 

「いいぞ、レミリア!」

「わかったわ!」

 

 不知火の連続攻撃をグングニルで流し、戦線離脱。

 多数の蝙蝠の姿となったのを最後に、一帯を霧が埋め尽くす。

 

「あんなのもできたのかよ……!」

 

 レミリアの回避術に驚きながら、覚えた場所へと走り出す。

 溢れる霊力で移動はバレバレだが、行動さえ見えなければそれでいい。

 

 アンリミテッドをの副作用を抑えられる薬。

 体の状態からして、もうさほど余裕もないだろう。

 保って……一、二分といったところだろうか。

 

 さぁ……時間は残り少ないが、反撃開始だ。




ありがとうございました!

次回から、天君達の反撃開始!
今まで天君一人で倒しがちだったので、全員でいこう!(*´ω`*)

ではでは!


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第83話 仲間

 煙が完全に飛んでしまう前に、目的を達成させた。

 後は、この後の運び方とタイミングが勝負。

 

 恐らく……いや、()()()二度目はないだろう。

 不知火に二度目が通じるとは思えない。

 意表を突くことを前提としたこの作戦、さらに相手が相手だ。

 たった一度の失敗すら、許されない。

 その緊張感は俺にのしかかっているはずなのに、殆ど感じなかった。

 

 一歩でも間違えば、俺達は敗残者と成り下がる。

 日常を繰り返すことさえ許されない、賊軍に。

 

 でも、やはり不思議と重圧(プレッシャー)は感じない。

 皆と、一緒だからなのだろうか。

 

「咲夜、霊夢、牽制を数発!」

「牽制どころか、当てちゃうわよ」

「博麗の巫女として、外すわけにもいかないわ!」

 

 咲夜がナイフを、霊夢が御札を投擲。

 常人には到底到達できえることのない速さで、不知火に向かっていく。

 

覇者の炎舞(エクスト)

 

 炎帝の刀身が赤く燃え上がり、陽炎にも似たものが揺らめく。

 銀色のそれが真っ赤に染まった瞬間、ナイフと御札が到達。

 そして、一閃。

 

 揺らめいた陽炎が収束し、消える。

 いや、消えたように薙がれた。同時に、濃霧は一瞬にして晴れる。

 赤い軌跡を空中に残しながら、ナイフと御札を飲み込んだ。

 

 熱々の鉄板に物を乗せたような音。

 焦げのような匂いが一瞬したと思うと、既にそこからナイフや御札は消えていた。

 理解する。ナイフと御札は、溶けて、燃えたのだと。

 

 金属さえも溶かすそれの温度は、一体どれほどなんだろう。

 それを考えることもなく、次の段階(フェイズ)へ移行する。

 

「魔理沙、そのままマスタースパーク!」

「了解! 恋符『マスタースパーク』!」

 

 ミニ八卦炉を手に取って、レーザーを。

 特別に力が入っているようで、気のせいか迫力と大きさがいつもより増している。

 

「妹紅! 合わせて一緒に飛び出して、妹紅一番の不意打ち!」

「わかった!」

 

 低空飛行で、マスタースパークと並列して不知火へ。

 轟音を放つそれに、低空飛行の風を切る鋭い音が吸収されながら、前へ。

 

弱者による呻き声(ソウル・ハウンド)

 

 今度は赤色は引き下がり、闇の深い黒へ。

 全てを飲み込んでしまいそうな色を持つそれ。

 刀というよりも、巨大な棍棒を振った音に近い、大きな低音。

 

 マスタースパークは悠々に弾かれ、そのまま一緒に妹紅も斬られる。

 一瞬で、致死量の血液が流れたとわかってしまった。

 

 仲間の鮮血に罪悪感を感じながらも、次の作戦を準備(リロード)

 妹紅が、不意打ちを決めてくれると信じて。

 

「……リザレクション」

 

 老いることも死ぬこともない程度の能力。

 それは、(まご)うことなき、不老不死の象徴。

 致死量の鮮血が飛んだにも関わらず、相変わらずの笑顔を携える妹紅。

 

「なにっ……!」

 

 妹紅の蹴りが、不知火の右手に。

 即ち、炎帝を持つ手に。

 

 勢い良く弾かれた手は、構えを大きく崩す。

 手から炎帝がこぼれ落ちることはなかったが、十分だ。

 

「今だ、翔!」

「はいは~い、わかってるわかってる。そら、よっと!」

 

 足音を消しながら回り込んだ翔が、セルリアン・ムーンで同じ右手の炎帝を弾く。

 抜刀と同時に勢いのついた一斬は、空高くに炎帝を導いた。

 

「妖夢、合図したら行くぞ!」

 

 そして、俺の番だ。

 手に持っている物を、投げる。

 

 ――()()()()()()()()

 霧が晴れない内に、覚えておき、向かった場所。

 それは、神憑の刀身が刺さっていた場所だった。

 

 それを回収して、不知火へ投擲。

 武器を弾かれ、ただでさえ対抗手段が奪われたばかりなのだ。

 当然、避けるしか手段は残されていない。すると、どうなるか。

 

「くっ……!」

 

 体重は偏り、直立は不可能。

 炎帝は手元になく、完全に体勢を崩した状態。

 先にも後にも、最大のチャンス。

 失敗が許されない最後の壁を、越えるときが、今。

 

「妖夢!」

「わかりました!」

 

 俺と妖夢が、駆け出す。

 一瞬で数十メートルを、二人で横並びで詰める。

 同時に刀を抜き、残り数メートル地点で左右に分かれ、挟み撃ち。

 鋭い切り返しで、俺と妖夢がお互いに向かって走り、間に不知火の形に。

 

紫電一閃(モーメント・エクレール)

「人鬼『未来永劫斬』」

 

 俺の雷が、一陣。

 妖夢の閃は、連続して。

 

 雷が不知火を貫いた後、別の技に移行。

 

「煉獄業火の閃」

 

 連続で、爆発はさせずに斬りつける。

 妖夢の場所、斬るタイミングが、手に取るようにわかる。

 正直、見なくても連携は変わらないほど上手くいくだろう。

 

 まるで、お互いがお互いの体を使っているように。

 思考が本当に共有されているように。

 

 斬りつけた回数だけ、赤い軌跡は彩りを失っていく。

 ローブも血を吸ってしまい、半分以上が赤色に染まってしまった。

 

「これで……終わりだぁぁあああっ!」

 

 赤々と滾る夜桜で、霊力爆破。

 声も一切発することのできないまま、大爆発。

 

 不知火が大きく吹き飛び、砂埃や霊力爆発による黒煙から飛ばされる。

 地面を跳ねながら、遠くへ、遠くへ。

 やがて跳ねも終わり、数ミリも動かなくなった。

 

 それを見届けてすぐ。

 自分の視界が、曲がる。

 耐えられずに、思わず膝をついた。

 

「が、あ……?」 

「お疲れ様、天。私も、もう霊力は殆どないよ。後は、妖夢ちゃんにお願いしよ?」

「……いや、まだわからない。生きていたとしたら……」

 

 足を引きずるように、一種の酔いの状態になって、不知火へ。

 ……まだ、生きている。

 

「……俺の敗因は、何だ」

「あ、ぁ? 決まってるだろ。第一に、俺らを怒らせたこと」

 

 栞の過去の引き金。

 そいつを目の当たりにして、本気になった。

 

「第二に……俺だけでなく、俺の仲間を警戒しなかったこと。以上だ」

 

 不知火は、いつも俺への注意は向けられていた。

 口を開けば、俺がどうだの、俺の話だけをしていた。

 

 仲間の可能性。

 自分だけでは覗くことのできない高みを、考慮していなかったこと。

 

「ふ、はは……殺すがいい。負けが確定して尚、足掻くような出来損ないでも往生際が悪いわけでもない」

「…………」

 

 正直、自分の手でとどめを刺すつもりだった。

 が、どうにもできそうにない。

 自分自身がもう限界だった。アンリミテッドの使用限界ギリギリだったのだろう。

 しかし、それ以上に。

 

「紫」

「……お疲れ様。運ぶわね」

「あぁ、ちょっと待ってくれ」

 

 紫を呼び出して、空間に亀裂。

 大量の目が垣間見える中、俺は再び不知火へと目を向けた。

 

「俺がお前を殺したら、お前と一緒ってことになる。だから、俺はお前を殺さない」

「……好きにしろ」

 

 思えば、俺はまだ人殺しはしていない。

 叢雲も、時雨も、手は直接下していなかった。

 今、殺傷をしてしまえば、自分の怒りの対象である不知火と、同類になってしまう。

 それだけは、嫌だった。

 

「……紫、後は頼んだ。俺はもう、立っているのがやっとだ」

「目立った傷はないけれど、大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だ」

 

 不知火を音もなく、静かに飲み込んだスキマと、紫は消えた。

 殺し合いの跡形もなくなったこの平野に、一枚。

 

 桜の花びらが、舞い落ちた。

 空には青空が広がって、雲は一片さえもなくなっている。

 

「終わった、か……」

 

 それを最後に、意識がふっ、と途切れる。

 蒼昊を、地面に仰向けになって見る。

 いつの日かに見た白い鳥が、群れとなって飛んでいた。

 

 視界が閉ざされかけて、よくわからない。確信はないのだが。

 ……それは、丁度八羽だっただろうか。

 

 いや、その八羽が先導して、数え切れないほどの沢山の鳥が、雄大に天を駆けていた。




ありがとうございました!

不知火戦、終了ぅぅううあああああ!
まだあと一、二話くらい続きますぜ!(`・ω・´)ゞ

エピローグの他に、番外編もありますので。
そちらの方も見ていただけると幸いです。

残りの話数、文字数は5000になるか2500になるかは不明。

ではでは!


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エピローグ
第84話 複雑な気持ち


どうも、狼々です!

この挨拶が結構久しかったり。

今回は、皆の天君に対しての感情みたいなのの振り返りです。
特に話に進展はないことを、先にご了承ください。

では、本編どうぞ!


 ……静寂。

 ついに、戦いは終わった。

 

 血に塗れた闘争の日々に、終止符を打たれた時。

 大空に、白色の鳥が、音を立てて羽ばたくのが見える。

 広大な雲一つない青の中、唯一の白が、九つ。

 

 雄大に、自由に、共鳴し合う鳴き声。

 それは、九つのそれらだけではなかった。

 

 後ろに、数え切れないほどの白。

 引き連れて蒼壁を仰ぐ鳥は、一瞬で空を覆い尽くす。

 音も格段に煩くなったが、すぐに止む。

 横行は、終わった。

 

 再び訪れる静寂に、半酩酊。

 強く揺らぐ視界を頼りに、天君のもとへと駆け寄る。

 足がふらふらで、何度ももつれそうになりながらも、何とか向かう。

 

「妖夢ちゃん、お疲れ様。天は霊力の殆どが空っぽになってるだけ。運ぶのは、もう少し後でも大丈夫だよ」

「そう、でしたか」

 

 彼と同じように、隣の小さな芝生に寝転がる。

 草の感触が、妙にくすぐったい。

 隣で聞こえる彼の静かな吐息も、耳がくすぐったい。

 

 未来を大きく左右する分岐点は、過ぎ去った。

 けれども、私の中で大きな分岐点は、むしろこれから訪れることとなる。

 

「……天君は、もう外の世界に帰っちゃうんでしょうか」

 

 相模君にも、言える話だ。

 元々、彼らがここにいる理由は、幻想郷を守るため。

 それが今、消失した。とても……複雑な気分だ。

 

 彼ら……特に天君とは、もっと一緒にいたい。

 その願いは、幻想郷の危機がさらに続くことに直結する。

 自分の願いと、現状と、理由の不一致。

 絶対に、最善策など見出せないとわかっている分、(たち)が悪い。

 

「さぁ、ね? 私も、寂しいよ。帰っちゃうってなったらさ」

「やっぱり、皆さんもそうなんでしょうか」

「当たり前でしょ?」

 

 空を気鬱気味に眺めていると、霊夢の声が聞こえた。

 それにつられて、皆がこちらによって、同じように寝転がり始める。

 輪になって、一緒に空を仰いで。何だか、気持ちがいい。

 

「……ほんっと、無茶ばっかりしてたわね。私が箒で叩きたかったかも」

 

 そればかりは、魔理沙に同意せざるをえない。

 いつも倒れて、私が運んだ思い出がちらほらと浮かび上がる。

 

 フェンリル戦のとき、時雨戦のときばかりは、もうダメかとも思った。

 彼の血を見る度に、自分への罪悪感との戦いでもあったのだ。

 

「入院して、毎回見舞に行くこっちの身にもなってほしいものよ」

 

 咲夜の、呆れ気味の声が空虚に飛んだ。

 二ヶ月眠り続けたときは、心が壊れてしまいそうだった。

 というよりも、既に壊れてしまっていた部分もあるのかもしてない。

 

 涙も流せなくなって、食事の味も薄く感じた。

 ベッドに横たわった天君に、無理に笑う自分が、今の自分でも痛ましいと思うほどだ。

 正直言って、生きている心地がしなかった。

 

「でも、あの子の努力は、見ていて嫌いになれなかったわね」

 

 レミリアも、一年間天君を見ている。

 修行をサボる天君など信じられない私には、紅魔館で毎日修行する彼の姿が、容易に想像できた。

 私の、一番惚れてしまった姿なのだから。

 

「私も、あんまり話せていなかったけど、優しい感じがしたよ」

 

 妹紅にも、そう感じるらしい。

 優しさに溢れた人間は、そうそういないと思っていた。

 ……ここにいる人間が、特殊なだけなのかもしれないのだが。

 

 彼の優しさは、本当に柔らかい上に、暖かい。

 いつまでも、その優しさに甘えて、包まれていたいと、つい感じてしまう。

 

 だからこそ、彼の消失は私の心にまで影響を与えたのだろうが。

 

「アイツはいつも、手を抜いたりしないんだよ。他人にも、自分にも」

 

 相模君の言葉は、しっかりと響く。

 今まで私達の知らない天君を見てきた相模の言葉は、相応にのしかかる。

 

 塞ぎ込んでいた彼のことも、相模君は知っているはずだ。

 親友と言い合えるような、美しい関係ならば。

 やはり相模君の幻想入りは、天君に大きな支えとなったことは確かなようだ。

 

「……やっぱり、天君と相模君が行っちゃうのは、嫌ですね」

「「「…………」」」

 

 皆も、思いは一つのようだ。

 元の日常へと回帰する、といえば簡単な話で片付けられる。

 けれども、もう日常は変わってしまった。

 

「まっ、俺も少しは寂しいけどね。期間は天に比べて短いし、彼女さんとかいないからね~?」

「ちょ、ちょっと相模君、からかわないでください!」

 

 皆の疲れきった、けども楽しそうな笑い声が聞こえる。

 この日常が、暫く経つとなくなってしまう。

 その現実が、今の私には到底受け入れ難いものだった。

 

「……さぁ、もう天を運びましょ。いつまでもこうやっているわけには――」

「み~なさ~ん!」

 

 突然の呼び声が、この一帯に広がる。

 直後、音を切り裂くほどの超スピードで、空から降ってくる。

 その正体は――鴉天狗。

 

「あややや~、皆さんお疲れ様でした。天さんも皆さんも、今本当にお疲れのようなので、後で取材に来ますね! ……一応、結果を聞いても?」

「えぇ。きちんと倒したわ。ちゃんと全員でね。人里の方にも伝えておいて」

「了解です。じゃあ、私はこれで。もう勝利の号外は印刷済みなのでね!」

 

 文の爽やかな笑顔が見えたと思うと、音を置き去りにした飛行。

 すぐに背中は小さくなり、やがて完全に見えなくなってしまった。

 彼女も、しっかり仕事は果たすようだ。

 

「気を取り直して、行きましょう。日が暮れちゃうわ」

 

 天君を抱えて、ゆっくりと地から足を離す。

 できるだけ起こさないように、ゆっくり、ゆっくりと。

 

 子供のような安らかな顔を見て、つい微笑んでしまう。

 両腕が塞がっていて、頬を突いたり、頭を撫でたりできないのが残念なのだが。

 

 今の内に天君を少しでも感じていようと小さく決心しながら、空を渡る。

 やはり、空は青いものだ。

 この空が、いつまでも青くあり続けますように。

 

 ……大好きな彼が遠くに行ってしまっても、忘れませんように。




ありがとうございました!

今回から、エピローグ開始です。
最終章も終わり、長くともあと三話ほどで最終回でしょう。

ではでは!


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第85話 最初で最後

どうも、狼々です!

エピローグが、プロローグよりも長くなりそうです。
予定では、同じく二話で終わらせるはずだったんだけども。

では、本編どうぞ!


 意識が、覚醒する。

 浅い眠りから覚めるように、夢も見なかった。

 混濁することのない意識。

 しかし、体は思うように動かせない。

 

「……あら、起きたわね。残念だわ」

「い、いやいや残念って。俺、頑張ったんだぞ、永琳?」

 

 こんなに特徴的な服を着る医者は、見間違えることもない。

 相変わらずの消毒液の匂いのなか、ベッドの上で横たわったまま答えた。

 

 窓から打ち出される光は、まだまだ明るく、オレンジがかってもいない。

 さほど長くは眠っていなかったようだ。

 

「天君」 「「「天」」」

 

 皆の俺の名前を呼ぶ声。

 笑顔を向けて、静けさと共に感じたものは、至上の安心感だった。

 

 互いに笑顔を向け、戦いの終わりに息を吐く。

 それが、俺には心地が良すぎた。

 

「さぁて、妹紅も実質傷はなし。皆も負傷なし。強いて言えば……天。貴方に一つクイズよ」

 

 安らかな笑顔が、向けられる。

 一見優しそうな笑顔に見えたが、俺には背後に『何か』があると察知した。

 思わず、苦笑いを浮かべる他ない。

 

「……約十秒。これが、何を意味するかわかる?」

「はぁ? 十秒、ねぇ……いや全然全く一ミリたりとも」

 

 正直に答えた瞬間、胸倉を掴まれて引き起こされる。

 強い衝撃は一瞬で、無理矢理に起こされた体。

 目の前にまで、永琳の……闇の深い笑みが浮かんでいた。

 

「貴方がアンリミテッドを使えた残りの猶予時間のことよ? あと十秒してたら死んでたわよ? ねぇ?」

「あ、あ~、それはその、そこまでとは思っていなかったと言いますか……よかったな?」

「張り倒すわよ!? どれだけ施しを受ければいいのよ!」

 

 今回は、本当にガチギレみたいだ。

 あと、十秒。その十秒が、俺の命を左右したと考えると、まぁ怖いわな。

 

「そんなに実感湧かないけどな」

「あ~もういいわ。十秒と経たずに運命辿らせてやるわよ。言っとくけど、私かな~り強い方よ?」

「はいはい、永琳も程々にするのよ?」

「いやもっとちゃんと止めろよ霊夢。俺死んじゃうぞ」

 

 『程々に』というのは、逆説的には程々であればやってもいいみたいな意味が。

 霊力を感じる限り、強いことは何となく想像はできたし、それも容易だった。

 

 こうやって乾き気味な笑いを浮かべているのはいいものの、思うように体が動かない。

 手を動かすぐらいはできるのだが、自力で起き上がることは不可能だろう。

 感覚としては、筋肉痛の上位互換のようなものだ。

 

 そういうと聞こえはいいが、かなりの激痛が伴うのは確かだ。

 今回は程度が低いので、激痛というほどでもないのだが、やはり痛いものは痛いのだ。

 今日くらいは、ゆっくりとしていたい。

 

 修行も、今日くらいは――

 

「あ……もう、俺は修行する意味、ないんだな」

「「「…………」」」

 

 皆の笑顔が、消える。

 寂しそうな顔をして、俯く者も。

 永琳も凛としたいつもと変わらなそうな表情だが、落ち着かない様子を見せている。

 

「お、おい、どうしたんだよ皆。そんなに暗くなんなって、な?」

「でも、天君は帰るんですよね? 元の世界に」

 

 俺は、その答えに渋る。

 完璧な否定ができない。口にすることができない。

 口に出すと、それだけで見えない、背後に隠れた何かが瓦解してしまいそうな気がして。

 

 そんなものは妄想だ。まやかしだ。疲れているんだ。

 片付けられる言葉……いや、()()の言葉は幾らでも用意ができそうだ。

 けれども、揺曳(ようえい)を続ける『それ』だけは、確かに存在していた。

 

 蠕動(ぜんどう)する機微を、否定できることはない。

 どれだけそれが正当であろうとも、口に出した瞬間に裂帛(れっぱく)

 入った裂け目を継ぎ接ぎすることはできない。

 仮にできたとしても、大きな跡を残していくのは明白だった。

 

「は~い。重い雰囲気のところ悪いのだけれど、紫さんよ~?」

 

 再びスキマから出て、陽気に微笑む紫。

 ある意味、今のタイミングでのこの振る舞いには助けられた。

 少しだがほぐれつつあるこの空間に、安堵の息を漏らす。

 

「天、貴方は退院にいつまでかかりそう?」

「ん~……今日はまず無理だとして、明日も無理かも――」

「私が明日になったら出させるわ。いけるわよね?」

「えっ」

 

 ひどい! 永琳さんひどい!

 仮にも『英雄』として命を賭したんですが。この仕打ちや如何に。

 さて、抗議の声を上げる時だ。

 

「いや俺は――」

「……いけるわよね?」

「はい」

 

 なぁにこれ。威圧がすごいね。笑顔のままなのがまた。

 俺にここにいられるが、そんなに嫌なのだろうか。

 凹むぞおい。いや凹まないけど。

 

「じゃあ次。貴方、元の世界に帰ろうとしているの?」

 

 結局、質問はゼロへと、イチへと回帰する。

 白紙に戻りかけた疑問点が、再び墨入れされた。

 周囲は白く、その黒点は嫌に悪目立ちしてしまうことも知らないで。

 

 答えは、いつかは出さなければいけない。

 俺は、どうするのがいいのか。

 どうしたいのか。

 

「……戻るよ。元の、世界に」

「「「……!」」」

 

 やはり、こうなってしまう。

 俺は、あの世界に置いてきたものが多すぎたのだ。

 

 ここに住み続けると、本当にここに馴染んでしまう。

 それが嬉しくもあり、最大の問題点でもあった。

 俺は本来、ここにいるべき人間ではないのだから。

 

「勿論、幻想郷については他言しない」

「えぇ、わかってるわ。聞かなかったら、今頃貴方の記憶の境界を弄って、ここの記憶を消して外の世界に放り出すところだったわ」

 

 ここの記憶を消す。

 現在の俺が消えることと同義のそれに、震えを感じずにはいられなかった。

 それ以上に、皆との交流がなかったことになることが、恐怖の塊だった。

 

「じゃあまた次。いつ辺りに戻るかの目処は?」

 

 いつまででもいい。そう言いたかった。

 でも、言えない。言えない。

 言ってしまえば、先延ばしがいくらでも効くのだから。

 

 結局、何も変わらない。

 戻ることの意味を、何もかもが。

 いつかは戻る。では、それはいつになるというのだろうか?

 

 この環境に、甘えてはいけない。

 もう十分に助けられた。

 俺が本来生きるべき世界は、外の世界だ。

 逃げてばかりでは、いけない。

 

 今までに比べれば、むしろ外の世界の仕打ちなど、ぬるいほどだろう。

 在るべき姿は、俺が幻想郷からいなくなり、外の世界で生きる姿だ。

 

「……退院して、準備が終わった翌日()()()頼む。準備と言っても、三十分もかからないだろうから、二日後になるか?」

「……貴方は、それでいいの?」

「いい、んだよ。それで」

 

 俺の返事に、紫は不満げだ。

 煮え切らない返事に、呆れてしまったのだろうか。

 

「あ~、私は丁度二日間、冬眠しま~す。だから、明後日じゃなくて、明々後日にしてくださいね~」

 

 一方的にそう告げて、ウインクを残してスキマの奥へと消えていった。

 ……春なのに、冬眠なのか。

 

 幽々子から以前、本当に冬眠することは聞かされていた。

 けども、すっかり春景色の広がる今、それがちょっとした気遣いなのだと、気付いた。

 

「……ありがとう」

 

 無意識に、言葉が溢れた。

 俺が幻想郷を旅立つまで、あと二日。いや三日。

 その内一日は、今日の入院で過ごされる。

 実質、俺に残された猶予はあと二日。

 

 あと二日をどう過ごそうかと考えていると、皆の様子の変化に気が付いた。

 妖夢以外の皆で話し合いをしているようで、ぼそぼそと小さな声が漏れ出している。

 やがて会議は終わったのか、こちらを笑顔で向く妖夢以外の皆。

 

「よし、あんたは二日、妖夢と過ごしなさい。私達は今日目一杯天で遊ぶから」

「え……で、でも皆さんが――」

「いいのよ。だから目一杯、今日遊ぶのよ」

「そ~そ~。俺に関しては、また外の世界で会うことになるだろうし?」

 

 そういう、ことか。

 俺と妖夢のために、時間を作ってくれるというのか。

 正直、ありがたかった。

 

 自分の彼女とは、もうすぐ別れることになるのだから。

 俺は恐らく、これを除いて恋愛などできないだろう。 

 例え誰かから告白されたとしても、妖夢のことを思い出してしまう。

 そうして、俺には妖夢しかいないのだと、再認識してしまう。

 

 結局のところ、俺にとって、これが最初で最後の恋愛なんだ。 

 いい意味でも、悪い意味でも。

 

「さぁて、皆……天に何してやろうかね?」

「えっ」

「ここはさ、結構大きいのした方がいいんじゃない? 動けないんだし」

「えっえっ……びょ、病人ということを忘れないでね……?」

 

 そんな言葉が聞かれるはずもなく、俺はいいように遊ばれましたとさ。

 ……まぁ、悪くはない、か。




ありがとうございました!

あと少し、ほんの少しの日常をお許しください。
そんなにいつも通りの日常、というわけではないのですが。

話は変わりますが、とうとう感想が100件を到達しました。
いつか来るのかも、とは思いましたが、まさか本当に来るとは。
始めたばかりのときからは、想像もつきませんでした。

皆さん、ありがとうございます!(*´ω`*)
非ログインの方でも感想は書ける設定にしてありますのでね。

いただいた感想は、全て返信しますのでね。
狼々に返事もらいたい! って方は気軽にどうぞ(´∀`*)ウフフ
そんな人はいないでしょうが(´・ω・`)

ではでは!


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第86話 別の愛

どうも、狼々です!

妖夢ちゃんだけだと、あんまりワンパターンでいかんかと。
最後あたりですし、栞ちゃんのターン!

では、本編どうぞ!


「……おい栞。俺、病人だよな?」

「そ、そのはずなんだけどなぁ……」

「どうして、こんなに疲れてるんだ? 自分でもわからん」

 

 あの後、ひどい目に遭った。

 くすぐられ、動けないことをいいことにアレやコレや……。

 とにかく、動いていないのに筋肉痛がひどくなった。

 

 哀愁が込もったような表情で、窓の外を見る。

 もう既に夜を迎える幻想郷は、その自然の寵愛を完成形としている。

 自然あっての幻想郷。端的に言えば、そうだった。

 

 外の世界に比べ、比べ物にならないくらいに多い幻想郷の自然。

 空気は澄み、空は延々と清らかで、流動する雲も淀みなく漂っている。

 

 夜になると、その明るさは身を潜める代わりに、妖艶な美しさを孕む。今のように。

 鈴虫の規則的な音は、類を見ない安らぎの供給源となる。

 相対的ではあるのだが、魅力は衰えることを知らないようだ。

 

「……なぁ、栞」

「ん? どしたのさ、天?」

「好きだよ」

「そういうことは、彼女持ちから言われることはないと思っていたんだけどねぇ?」

 

 勿論、恋愛的な意味ではない。

 栞も、それをわかっていてのこの半分おちゃらけたような声色だ。

 

「例え栞が死んでいようと生きていようと関係ない。栞が好きなんだよ」

「おっ、そう言ってくれると私も嬉しいねぇ……じゃあさ、少しだけ我儘、聞いてくれない?」

 

 肯定の返事をしようとする間もなく、俺は意識を手放す。

 

 

 やはり、いつ来ても慣れないものだ。

 一面が白に囲まれた中、水色のワンピースが映える幼き女の子。

 あまり彼女を『見た』ことはないが、彼女の笑顔は中々に好きだ。

 本当に、心の底から笑えているような気がして。

 

「よぉし! 天、ここに座って?」

 

 栞の隣を指さされ、何も言わずに座り込む。

 それが終わると、飛び込むようにして俺の上にさらに座り込む栞。

 大体、こうなるであろうことも予想ができた。

 不思議なものだ。いつも一緒だと、大まかな思考までなら読み取れる。

 

「はいはい。よしよ~し、いい子だね~」

「お、お~……! 中々癖になりそうだね。妖夢ちゃんがハマるのも納得というか……」

 

 頭を、ゆっくりと撫でる。

 彼女へ、妖夢とは別の愛を向けるように。

 

 もし、この姿が実験の時から変わっていないのだとしたら。

 親の愛を少ししか受けず、ここまでを過ごしてきたことになる。

 なら。なら、俺が少しでも代わりになれれば。そう、思った。

 

「やっぱり、天は優しいんだね」

「今更か? 俺ほどこの世で一番聖人に近い人間はだな――」

「はいはい、そうですね~」

 

 こんなにくだらないやり取りでさえ、栞となら楽しみを憶える。

 心安らぐ時間が。手から砂が、こぼれ落ちる。

 

「……ありがとうね、天」

「おう。きちんとありがとう・ごめんなさいは言えるようになるんだぞ?」

「ねぇ、一応天よりもずっと長生きしているんだけど」

 

 そうだった。

 こんなにも幼女体型だと、それさえも忘れてしまえる。

 あ、あれ? それって合法ロr――

 

「今、失礼なこと考えてるでしょ」

「い、いやそんなことは――」

「言っとくけど、この状態でも思考は筒抜けだからね?」

「いやホント合法ロリとか思っちゃってすいませんでしたぁぁぁ!」

「えっ、そんなこと思ってたの? 栞ちゃん可哀想! ぐすん」

 

 図りやがったよ、このロリ。

 嘘泣きまでしているのだが。今回ばかりは、それも可愛いものだ。

 

「……天。こんな私を、今までありがとうね」

「ホント今更だな。礼を言われることじゃないさ」

 

 優しく、きゅっと抱き締める。

 全身を包み込むように、抱擁する。

 撫でていた手も、向こう側へ回して、引き寄せる。

 

 微弱な温度が、そこにはあった。

 死んでいるのかもしれない。けれども、完全に否定できそうにはない。

 こうやって、体温も存在しているのだから。

 

「私も、天が好きだよ。だから正直、天が帰るのは寂しい」

「そうだなぁ。俺も、栞や妖夢達と別れるとなると、寂しいよ」

 

 片手で抱き寄せながら、片手で頭を撫でる。

 居心地がよさそうにこちらに体を預ける栞。

 だが、その声には少しばかり憂いが込もっていることに変わりはなかった。

 

「今日だけでいいから、さ? このまま、一緒に寝よう?」

「ん、了解。思えば、栞と一緒に寝るのは初めてだな」

「そ~だね。もしかして、妖夢ちゃんがいなくて寂しいの?」

「いや、栞がいるから大丈夫だ」

「ぁっ……」

 

 もう一度、抱き寄せる。

 両腕で包み込んで、優しく。

 目の前の少女は長生きしているとはいえ、少女だ。

 心の隙間を、埋めたい。

 

「……私って、幸せ者だったんだね。……おやすみ、天」

「あぁ。おやすみ、栞」

 

 言われた通りそのままの状態で、目を閉じる。

 今日の戦いの様子がフラッシュバックする中、すぐに安らかな寝息が聞こえてくる。

 それもそうだ。リベレーションとアンリミテッドで栞も霊力をほぼ使って、疲れているのだから。

 

 実際の肉体がこの体勢ではないので、変に体が痛くなることもない。

 この状態を半ば楽しみながら、半ば安心させられる側にもなった。

 安心感の訪れは、やがて睡眠欲の手招きへと変わっていった。

 

 

 

 

 気持ちのいい陽光が差し込む朝、目が覚めると天井があった。

 眠って起きたときには、こうして魂は戻されるのだろうか。

 栞が戻してくれたのかどうかは、わかりかねる。

 

 けれども、俺は昨夜の暖かみを、確かに覚えていた。

 

「あ、起きましたか、天君。おはようございます」

「ん、妖夢か……おはよ」

 

 くあっ、と二人で欠伸が重なる。

 それはもう、始まりのタイミングも、終わりのタイミングも。

 思わず笑ってしまう。

 

「あはは、俺達って、やっぱり似た者同士なのかもな」

「ふふ、そうですね。私は、天君とならどこまでも、似た者同士でいたいものです」

 

 彼女の笑顔には、敵いそうにもない。

 いつも、何かと彼女の笑顔が見られればそれでいい、なんて思ってしまう。

 どんな悪いことでも、勿論、嬉しいことでも。

 

「えっと、それで、なんですがね? これから二日の過ごし方なんですが……」

 

 この笑顔も、あと二日限り。

 もう見られることはなくなり、思い出すことしかできない。

 せめて、目に焼き付けるべきだろうか。

 

「今日、私が天君と行きたい場所や、したいことをさせてください。明日は、天君が私と行きたい場所や、したいことをしませんか?」

「喜んで。俺は妖夢といれば正直どこだっていいから、実質二日とも俺の欲望で埋まるがな!」

「ふっふっふ、私もなんですよ! ……奇遇、ですね」

「奇遇じゃないといいんだがな?」

「もう……わかってるでしょうに、天君はそういうところが――」

 

 ……俺は、楽しむべきだろう。

 今まで頑張ってきたんだ。

 今日と明日の二日間くらい、楽しんでもいいだろう。




ありがとうございました!

次話から、妖夢ちゃんのターンに戻ります。

意外に私は、栞ちゃんみたいなキャラ、好きだったりします。
お調子者というか、ちょっとふざけたノリのいい感じの。

前回、感想100いったって話してたじゃないですか。
あの話を投稿して、五・六件感想を頂けまして。
いやぁ、嬉しいのう、嬉しい限りですのう(*´ω`*)
ありがとうございます。

ではでは!


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第87話 青

どうも、狼々です!

今回が、最終話一話前になるかもしれません。
上手くいけば、ですが。

では、本編どうぞ!


 幸せとは、一概にこうだと決めきれない。

 各々の幸せの定義の広さは千差万別であり、程度によっても差はあるものだ。

 だからこそ、幸せだと言えるときは美しいのだろう。

 

「よっし、今日明日はとことん遊ぶか! 行くぞ妖夢!」

「わっかりました~!」

「ん~、いってらっしゃ~い。ご飯はこっちで作るから任せといて~」

 

 翔と幽々子に白玉楼を任せ、冥界を飛び立つ。

 地平線を境界に青空と無限にも思える自然が分かたれるその風景に、一種の感動も憶える。

 もう、何度も、何日も見たはずなのに。

 

「さ、妖夢はどこに行きたい?」

「そう、ですね……甘味処、行きませんか?」

「あれ? 『あまみしょ』じゃなかったか?」

「……恥ずかしいです。掘り返さないで」

 

 照れた妖夢は中々に美味だ。

 俺の心がくすぐったいのう。はっはっは。

 

 

 

 と、いうことでやってきましたあまみしょ。

 晴天の下、立体型の雲が映える空の下。

 噴煙の如く、固まった姿を持つそれは、一層際立って見える。

 

 淡色の表情を携えるそれが、どうしようもなく綺麗だった。

 ただなんでもない景色が、俺にとっては最高の一言に尽きる一枚だった。

 

 たかが一枚。たかが風景。

 寂寥のようで、底知れない魅力に惹かれる俺には、そうは思えなかった。

 自由に泳ぎ回る雲に、澄み切った青が重なったこれには、相応の価値がありそうだ。

 

 刹那の感情を後ろ髪を引かれる思いで振り切り、中へ。

 見慣れたとはいかないが、とんでもない既視感に駆られてしまう。

 

「いらっしゃ~い。また来てくれて、お姉さん嬉しいわよ~?」

 

 それも恐らくのこと、この人の印象が強すぎるせいだろう。

 乾いた苦笑いを浮かべながら、俺と妖夢は繰り返す。

 あの時頼んだあんみつの名前を、そのまま。

 

 それを聞いた店員さんは、同じく笑って繰り返す。

 注文された、二つ目の休日を。

 

 届いたあんみつを、木製スプーンで口に運び入れる。

 今手にある日常を、嚥下する。

 口内に拡散する甘味を、しっかりと。

 

 一口ひとくちを、噛みしめるように。

 今日という時間を、遡行してしまいそうになるほど。

 俺の心が、走り出すくらいに。

 

 

 

 食べ終わっても、味覚の鋭さは消える気配がない。

 店員さんも、何かを察したような笑みを浮かべていた。

 もう、噂は立っているというのだろうか。

 

「さ、次はどこに行く? まだ昼だぞ?」 

「そう、ですね~……人里を、歩き回りませんか?」

「それで、いいのか?」

「えぇ。そもそも、天君と一緒ならどこでも幸せですから」

 

 そうやって柔らかな笑みを浮かべる妖夢。

 綻んでいる彼女の顔が、可愛くて仕方がない。

 昼の太陽、妖夢の笑顔。どちらが輝いているのかわからない。

 

 無意識に呼応するように、自然と俺も笑みが溢れる。

 互いに手を繋ぎ合い、歩き始める。

 風景を楽しみながら、寄り添う。

 

 確かにある、温もりを感じながら。

 

「あっ、そうですね……ついてきてください、天君」

「ん、どこに行くんだ?」

「えへへ~、秘密です! 着いてからのお楽しみですよ~?」

 

 悪戯に笑い、唇に人差し指を当てる妖夢。

 小悪魔めいた行動も、彼氏が言うのもなんだが、魅力的だ。

 

 遠くへ、遠くへと滑って、妖夢の示す目的地へと。

 滑り、滑りって空を縫っていく。

 やがて、一点の座標へと到着した時、それは終わりを告げる。

 

 妖夢がある方向だけを、優しげに見つめている。

 反射的にそちらを見た。

 

 ――絶景が、広がっていた。

 幻想郷を一望できる、特別な場所。

 煌めく太陽を、無限の空を、妖怪の山を、博麗神社を、沢山の人里を、魔法の森を。

 

 空高くに舞い上がれば、幻想郷はどこでだって一望できる。

 いつだって、目下の景色に心を、身を震わせるだろう。

 

 が、こことは訳が違った。

 魔性めいた『ナニカ』を持っているんじゃないかと、疑う。

 そして、自分の目を瞬かせる。

 

 孤独の地平線は、どこまでも続く。

 箱庭は、無限の可能性を秘めていた。

 

「どうですか? ここ、結構見晴らしがいいでしょう?」

 

 妖夢のこの言葉。

 優しげに、誇らしげでもあるように、彼女は言う。

 

 雲は緩やかに歩行を続ける。

 風は木の繁栄した小都市を、揺らし、互いを擦る。

 直接耳に潜り込むそれは、高音の笛と酷似しているようだ。

 

 未来永劫、変わることはないのかもしれない。

 それが、多少なりとも支えられたのだろうか、俺は。

 

 流される「時」は、輝く。

 尊さと美しさ、それに悲しみさえも含んで、確実に、ゆっくりと。

 輝きは、必ずしも希望に向かうものではない。

 

 わかっているはずだ。俺も、妖夢も。

 だからこそ、俺と妖夢の間で極小の会話のみが繰り返されているのだろう。

 実際、互いにわかっているはずだ。

 そんな『飾り』は、この時、この場において不必要な、無用の産物であることに。

 

 俺は、こう思った。

 

「なぁ、この景色……妖夢には、何色に見える?」

「天君は、何色に見えますか?」

 

 広大な緑、悠々とした蒼、卓然の白。

 様々な色は入り乱れ、各々の主張に飲み込まれる。

 僅かながらに生きた、それの持つ色は。

 

「俺は……白に見える」

 

 なにものにも成れる、白。

 すぐに消えてしまう、塗りつぶされてしまう弱い色だ。

 情が全くない、軽薄すぎる、糸のような存在だ。

 

 だからこそ、俺には貴く見えた。

 

「で、妖夢はどうなんだ?」

「二つ、見えました。一つは、天君と同じ白。もう一つは――()()に、見えました」

 

 妖夢の目は、他でもない憂い、悲しみを憶える。

 

 ……俺は、正解を選んでいるのか、不正解を取り間違えたのか、わからなくなる。

 でも、もう答えは出した。悔いが残ることのないように、それにひた走るだけだ。

 

 ――もうすぐ、昼が、終わる。

 

「……さぁ、もう帰りましょうか。ご飯も作らないといけません。後は、白玉楼でゆっくりしていましょう?」

「あぁ。そう……だな」

 

 俺は、妖夢の背中を少し送り、先の景色を見る。

 

 ……少しだけ。青が、広がっていた。




ありがとうございました!

結構独自解釈されそうな文を入れてみたり。
こういう文は、私の特徴だった気がする。
曖昧な文で誤魔化してるって言えば、それまでなんだけどね(´・ω・`)

ではでは!


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最終話 魂からの恋

どうも、狼々です!

最終話。最後くらいは、予想が当てられたよ。
上手くいったので、前回の前書き通り、今回が最終話です。

始まる前ですし、多くは、言わない方がいいのでしょう。

では、本編どうぞ!


 夜の静けさは、影を落とす。

 月に眩く照らされるわけでもない、宵闇の今日。

 俺と妖夢は、形がうっすらとだけわかる月を、縁側で眺めていた。

 

 不規則に揺れながら、落ちる大量の桜の花びら。

 風が殆ど吹かない今、無抵抗にただ、下に落下する。

 音もなく、柔らかく、上に上に鎮座する。

 静かに、見守る。

 

「今日は、早めに寝ましょうか」

「そうだな。明日も、俺と付き合ってもらうからな?」

「えぇ、勿論。約束ですから」

 

 僅かな微笑みを闇へと溶かし、寝室へ。

 二人で布団の中へ入り、抱き合う。

 互いの温もりが、何よりも尊い。

 

 この温もりは、ほんの少しの間の安らぎであること。

 近い内に、失くなってしまうものであること。

 夢の跡となる、儚い、まるで幻想のようなものであること。

 

 それは、重い事実として俺にのしかかる。

 妖夢も、恐らく同じだろう。

 

 透明な硝子のように、あけすけだ。

 互いの想いも、同じくだろう。

 

「……おやすみなさい、天君」

「おやすみ、妖夢。明日は、なんというか、その……よろしく」

「わかりました。ですが、今度は貴方が私を振り回す番なんですよ?」

 

 振り回す、ねぇ……。

 取り敢えず、したいことや行きたい場所は決まっている。

 

 返事をしようとして、僅かな微睡みが肥大化する。

 勝ち難い睡眠欲に抗うことなく、落ちる。

 

 

 

「――らくん、天君、朝ですよ」

「ん……そう、か」

 

 目覚めは、呆気なかった。

 淡白な自意識は、それほどな起伏もない。

 

 今日が最終日、明日が帰る日だというのに。

 一周回って、閑静としていた。

 

 影を映すこともなく、ただ白い。

 嘆くことも、残念に思うことも、煌めくことも。

 何もかもが、淡白だった。

 

 楽しみ、というよりも、他に。

 ()()()()()()()、という自分に向けての義務感と。

 ()()()()()()()()、という妖夢に向けての義務感。

 その二つに渦巻かれる。

 

「よし、外に行こう。早く行こうぜ?」

「……あの、今日は……楽しく、しましょうね?」

「あぁ、勿論」

 

 それも、この笑顔の前では、どうにもそれも失せる。

 妖夢となら何でも楽しめるという安心感。

 妖夢なら楽しんでくれるだろうという安心感。

 

「じゃ、最初は……博麗神社、行こうか」

 

 二人で白玉楼を飛び出し、博麗神社へ。

 

 

 

 

「……あら、お賽銭? それともイチャイチャの見せつけ?」

「いいや? 残念ながら、どっちでも。……ただ、ここに来て、挨拶したかったんだよ」

 

 ただ、ここに。

 何も知らないあのとき、スキマの向こう側を初めて覗いた先。

 全く同じ場所に立って、博麗神社を眺める。

 少しばかりのお賽銭を入れて、言う。

 

「すまないな、妖夢。次、行こう」

「えぇ」

「あ、えっと……ちょっと待ちなさい」

 

 霊夢に呼び止められ、途中で飛行を止めて浮遊する。

 どこか不満げな、バツの悪いような顔をした霊夢。

 

 

「……今まで、ありがとう」

「あ、あぁ、こちらこそ。それにしても、霊夢がそんなことを言うとはな」

「う、うっさいわね! あ~もう、言うんじゃなかったわ……!」

 

 俺が面白そうに笑うのに対し、霊夢は本当に後悔している様子。

 ほんの少しばかり珍しい表情が最後に見られてよかった。

 

 そう思いながら、背を向ける。

 

 ――ひとつ。

 

 

 

「さて、今日執事になるのはどうかと思うわよ? それともチェス?」

「まずお茶の入れ方から学ぶことね。私が教えてもいいのよ?」

「残念だが、どっちでもない。挨拶さ」

 

 紅魔館へと上がり込み、レミリアと咲夜に挨拶。

 隅から隅まで回り、パチュリーや美鈴、フランちゃんにも挨拶をする。

 ……図書館へと、盗みもとい永遠に本を借りに来た魔理沙とも、慌ただしい挨拶。

 

 特に、フランちゃんには強く拒まれた。

 泣きそうになりながら袖を引かれ、強く。

 

 納得してもらうのに、時間も妖夢も必要だった。

 ……心が痛みながらも、紅魔館を出る。

 

 ――ふたつ。

 

 

 

 人里に、着いた。

 満開の桜に挟まれた道を、手を引いて通る。

 夕陽の光に当てられて、輝く桜の花びらは美しかった。

 きっと、外の世界でこれほどに綺麗な桜は、もう見られないのだと思いつつ。

 

 人里から少し離れた場所に着いて、止まる。

 後ろには茂みがあり、夕陽がよく見える。

 外れたこの場所は、人の気配すらしなかった。

 

 今になって、夕方であることに気付く。

 移動にも長い時間をかけたので、当然といえば当然だった。

 

「こ、ここは……」

「うん。宴で花火を見たところだよ」

 

 思い出の場所を、最後に巡ることを選んだ。

 俺と妖夢の最大の思い出といえば、ここしか思い浮かばなかった。

 

 互いに引かれ合い、抱き締める。

 花火はなく、夜でも、後ろに密かな観衆もない。

 が、それらを除いて、あの時を再現する。

 

 強く抱きしめ、後頭部を寄せ、キスをする。

 

 口裏を合わせているわけではないのに。

 察して、言う。

 

「妖夢。俺は、妖夢のことが大好きだ」

「はい……はい……」

「俺と……付き合ってください」

「はい……こちらこそ、よろこ、ん……ぅ、え、ぐっ……!」

 

 突然に、泣き出す妖夢。

 慌てることもなく、俺はただ抱き締める。

 

 きっと、この涙はあのときとは違うものなのだろう。

 恐らく、あれは感動・感激。今回は悲壮・喪失。

 

 慌てず、というのはきっと建前上なのだろう。

 慌てられない。慌てることができない。

 本音の部分は、もっと利己的で、保守的なものだった。

 

「ご、ごめんなさい! 貴方の前では、泣かないと決めたのに……!」

「……いいんだ。俺も、こんなことしかできない」

 

 涙を拭う妖夢を、こうやって抱き締めるしか。

 そんなことしかできない自分に、失望していた。

 種となるものは、他でもない自分が蒔いて、育てたというのに。

 

「……いえ、ありがとうございます。お陰で落ち着きました」

「あぁ。……よければ、最後くらいは敬語を取ってもらえると、嬉しい」

「……うん。わかった、天」

 

 キスをしては、抱き締めて、手を繋いで。

 それを、何度繰り返しただろう。

 確かめるように、何度も何度も、数え切れないくらいに。

 

 すっかり暗くなって、はっとなる。

 夢中になり続け、時間を忘れていた。

 

 急いで白玉楼へと戻ったが、料理は翔が作ってくれていた。

 

「ん、おかえり。恋人お二人さん」

 

 という言葉が、優しくて、嬉しかった。

 つくづく、この親友をもってよかったと思う。

 

 食事が終わっても、昨日と同じように縁側で月を見上げる。

 三日月が、密かに佇んでいた。

 

 お互いに無言で、手を繋いだままだ。

 もうすぐ、この温もりは感じられなくなるというのに。

 実感が、湧かない。

 湧いているが無意識に意識から追い出しているだけか、本当に湧いていないのか。

 それは、自分でもわからなかった。

 

「……寝ようか」

「……そうだね」

 

 ゆっくりと立ち上がり、廊下を静かに通る。

 部屋に着くとすぐに布団へ入り、昨日と同じように抱き合う。

 

「これで、最後……なんだね」

「なぁ。気になってたんだが……どうして、止めようとしなかったんだ?」

 

 涙を流すほどに、俺との別れを悲しんでくれていた。

 そこまでして、別れを拒まないとは、不自然に思えた。

 

「だって、天が決めたことだから。悲しんでも、それを曲げては彼女として失格です。最後まで、貴方の彼女としていさせてください」

 

 妖夢は、従順で、純粋で、愛情に満ちていた。

 

「私は、もうこれ以上の恋はできそうにないよ。でも君は、違う人と恋すると思う。私はそれでもいい。でも、せめて……記憶の片隅にでも置いてもらえれば、それで――」

「できるわけ、ないだろ……!」

 

 俺は、初恋を経験した。

 これ以上にないくらいに、甘く、幸せな初恋を。

 

「忘れられるわけないだろ! もう、別の恋愛なんて、できねぇよ!」

「……そう言ってくれると、私は、嬉しい、なぁ……!」

 

 静かに涙を流しながら、抱き締める。

 ようやく、終わりの実感が湧き始める。

 

 俺も、妖夢も、涙を流して。

 

「天が静かに泣いてるところ、久しいですね」

「あっ……その、みっともないよな」

「そんなこと、ないですよ。誰だって泣きます。それを見せてくれることが、嬉しいんですよ」

 

 ……泣いた。泣きながら、抱きしめた。

 抱きしめて、キスをした。

 

 妖夢からは、頭を撫でられる。

 いつも撫でる側だが、受け身になると、異常な安心感を憶えた。

 ただ、幸せだった。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 私は、苦しかった。

 ずっと過去に経験した苦しさが、再来したのだ。

 

 でも、暖かかった。

 天に抱かれて、安らぎを得た。

 悲しくもあったが、一番幸せだった。

 

 頭を撫でると、可愛らしい表情をする天。

 もう愛らしくて、愛らしくて、つい抱きしめてしまう。

 私達のやり取りを見ていた月も、呆れていることだろう。

 それくらいが、私達にはちょうどよかった。

 

「もう、寝ようか、妖夢」

「そうだね。……おやすみ、天」

「あぁ、おやすみ」

 

 天の腕の中で暖かみを感じながら、ゆっくりと瞼を閉じる。

 先にも後にも、最愛の彼氏の腕の中で。

 

 ―*―*―*―*―*―*―

 

 朝は、一瞬にしてきた。

 目が覚めて、朝食を作る間は、無心だった。

 元の世界に戻るとどうなるか、幻想郷はどうなるか、そんなことは考えられなかった。

 

 朝食を食べたら、もう帰らなければならない。

 その事実を、着替えた学生服が寡黙に示していた。

 

「……なぁ翔。この制服、サイズ合ってるんだけど」

「成長してないんでしょ? 認めな。もうそんだけ身長あるんだから、要らないでしょ」

 

 見事にピッタリだった。

 幻想郷に来る前と、全く同じ感覚だ。

 

 夜桜は、ここに置いていく。

 外の世界で使うことはまずないので、他の誰かに使ってもらった方がいいだろう。

 それと同じく、栞も妖夢の中に移動してある。

 御蔭で、俺の感覚はどこか物足りないものとなっていた。

 

 時計を見ると、午前九時少し前。

 もう、時間だ。

 

 庭に出ると、紫に幽々子、妖夢が待っていた。

 

「今まで、本当にお疲れ様、二人共。心の底から感謝しているわ」

「あぁ。紫もお疲れさん。怪我したときは、特に世話になったな」

「色々と悪戯もできて、楽しかったよ~?」

「じゃあ、始める――前に」

 

 紫の爽やかな笑顔と共に、指が鳴らされる。

 複数のスキマが開き、そこから何人もが出てきた。

 

 ……紛れもない、仲間達。

 対幻獣メンバーの九人は勿論、防衛グループの皆に人里の皆。

 沢山の人が、妖怪が、俺と翔を送ってくれる、というのか。

 

「……ごめん天。ちょっと向こう向くね」

「馬鹿。皆の方向いて泣け。俺も、泣く時はその予定だ」

「はいはい。長く保たないかもしんないけど」

 

 賑わい、笑顔の皆。

 悲しみの表情は一切なく、送られるこっちも清々しい。

 

「さぁ、『英雄』さん。代表で挨拶、どうぞ?」

 

 翔からの、冷やかし気味な促し。

 それに応え、一歩前に出る。

 皆の声は一瞬で収まり、宴会のときの挨拶を思い出す。

 

 一拍だけ深呼吸を置いて、話す。

 

「皆。今日は俺達のために集まってくれて、ありがとう」

 

 心底楽しそうな笑顔の皆を見ていると、こっちも笑顔が溢れる。

 緊張も、最早灰となった。

 

「今まで楽しかったよ。皆の御蔭で、敵も倒せた。……改めて、ありがとう」

 

 わぁっ、と大きな歓声。指笛も混ざって聞こえ、はしゃぎ具合が伺える。

 やはり、俺はここに来てよかった。

 ここに来て、幻想郷を守れて、よかった。

 

 ……努力が実りをもたらす程度の能力。

 それは、今この瞬間が、『実り』なのかもしれない。

 そう思った。

 

「じゃ、もう送るわ。最後に、天へ妖夢が用があるらしいから」

 

 皆と紫は、一歩退く。

 その間を縫うように、歩いた妖夢は、俺の前に立った。

 

「私からは、二つだけです。一つは、ペンダントを、できれば失くさないでほしいということ。もう一つは――いつまでも、貴方のことが、大好きです!」

 

 また、先程よりも大きな歓声が響き渡る。

 皆の中からは、笑顔のまま呆れた者もいた。

 

 じゃあ、俺も相応の答えを返そうか。

 俺の口が開くと、やはり嘘のように静けさは回帰する。

 

「じゃあ、俺からも二つだ。一つは、ペンダント、失くすわけねぇよ。ずっと付けているからな。もう一つは――妖夢」

 

 さて、ここは皆の前だ。

 観衆目線が、一点に集まる中心だ。

 今なら皆は静まり返っているので、囁き声でも十分に聞こえる。

 だからこそ、やってやろう。

 

 妖夢を抱き寄せ、耳元で囁く。

 

「――いつまでも、()()()()()ぞ」

 

 言い終わって、直ぐ様キスをする。

 驚きが隠せない妖夢の表情に、一筋。

 目から、涙が。

 

「ど、どうした? 大丈夫か!?」

「あ、そう、じゃなくて……嬉しくて、つい、泣いちゃって……!」

 

 次から次へと、それは溢れ出た。

 俺は笑って、抱き締める。優しく、抱き締める。

 

 わぁっ、と今日一番の歓声。

 冷やかしなのか、それとも本心からの祝福なのか。

 どちらにせよ、俺には嬉しかった。

 

 最後に頭を撫で、キス。

 それを、本当の最後にする。

 

「……紫、頼む」

「えぇ。私も、楽しかったわ」

 

 スキマが、開く。

 紫のスキマの中を見て通るのは、幻想入り以来だろうか。

 いつも意識がない状態で運ばれていた。

 やはりというべきか、この感覚に慣れることはなかったらしい。

 

「……じゃあな、皆!」

「「「ありがとう~!」」」

 

 皆の声を振り切り、スキマに飛び込んだ。

 妖夢の笑顔を、目に、胸に、頭に灼きつけて。

 

 

 

 ――見慣れた、見慣れない光景。

 そこに遅れて、箪笥も運ばれてくる。

 紛れもなく、自分の部屋。

 数年前を最後に、不意の別れとなった、自分の部屋。

 

「……はぁっ」

 

 溜め息。だが、俺には笑顔が浮かんでいた。

 皆の顔が、鮮明に浮かんでくる。

 決して、涙する別れ方ではなかったはずだ。

 

 窓を開け放ち、風を呼び込む。

 昼の柔風と暖かな陽光が、俺を包み込む。

 

 広い、広い青空を見上げ、大切なペンダントを強く握り締めた。

 

「……ありがとう」

 

 ――俺は、魂から恋をした。

 あの少女に、そもそも、あの幻想郷にも恋のようなものを、できたのかもしれない。

 幻想郷が、妖夢が、大好きだった。

 妖夢を、言葉通りに愛していた。

 

 俺は、変わった。

 自分でも、実感できるほどに。

 外の世界の皆も、きっとそう言うだろう。

 

 だから、俺は――

 

「――ありがとう」

 

 ――胸から溢れる、最大の感謝を、呟いた。




……本当に、ありがとうございました。

今回をもちまして、『東方魂恋録』は最終話となります。
この話を迎えることができたのは、他でもない皆様の御蔭です。

一番に、東方Projectの原作者様であるZUN氏に、尽きぬ感謝を。
今までこの作品を読んでいただけた皆様に、最大限の感謝を。

このエンディングが、納得いかない方もいます。
天が幻想郷に残る終わり方でないと納得できない方も、少なからずいることでしょう。
が、私はこの『東方魂恋録』は、この終わり方が相応しいと判断致しました。

さて、予告していました番外話ですが、ちゃんと投稿します。近いうちに。
ですが、この話で最終話ですので、作品の表示上は、既に完結とさせています。
この完結の表示変更ができたのも、感想や評価を送っていただき、支えてくださった御蔭です。

これを投稿する前日。書いている七月五日現在の段階ではありますが、
感想は111件、評価は19人と、沢山の感想と評価に恵まれました。
正直、涙が出ました。ありがたいです。

最初の話を見直すと、自分でも目を覆いたくなるような文書で……
ですが、その跡を残すという自分の勝手な考えにより、誤字以外の修正は全く加えておりません。
そんな話が最初でも、ここまで読んでいただけたことに、本当に涙が出ました。

あまりこういったものに慣れておらず、拙い文章に不快感を抱く方もいらっしゃることでしょう。
その点に関しましては、申し訳ありません。

長くなりましたが、やはりこの言葉に尽きます。

……本当に、ありがとうございました。


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番外話 愛しています

どうも、狼々です!

いやぁ、最終話、いかがでしたでしょうか。
性懲りもなく、こうやって番外話を続けているわけなんですけども。

今回で、正真正銘終わりということで。

一瞬だと思いますが、魂恋録が空きなし赤バーの評価になりました。
この作品でそれを迎えられたことを、本当に嬉しく思います。

では、番外話どうぞ!


 ……彼らがいなくなって、もう二年ほど経ちました。

 今でも、この春の季節に桜の花びらを見ると、貴方を思い出します。

 優しく笑って、抱きしめて、『愛している』と言ってくれた、貴方を。

 

 届いているかどうかは、わからない。

 天君へ、心のメッセージを向けた。

 

 そして、手元にあるあの時の新聞を手に取る。

 

 

 

 『英雄』、帰還の時

 

 かの外来人、『英雄』と称えられている新藤 天が、知っての通り、本日外の世界へと帰還した。

 数年にも渡った幻獣との戦いにおいて、大きな功績を残した彼。

 その功績も去ることながら、人望もかなりのもので、今日の彼の見送りでは、それが大きくはっきりと示されたことだろう。

 

 幻想郷で得たものは、彼にとって大きいものとなったようだ。

 彼の初恋の相手でよく知られた、魂魄 妖夢に直接、話を伺った。

 

 どうやら、彼の性格は幻想入り当初と比べ、相当に変わったようだった。

 幻獣・アイデアライズとの戦いは苦しいものであった。

 が、いい意味での影響も与えたようだ。

 

 今後、彼の英雄譚は長く語り継がれることだろう。

 我々も、その伝説を絶やさぬよう、語り継ぐ必要が、義務があるだろう。

 

 

 

 何度、この新聞を読んだだろうか。

 この項目だけでなく、別の項目でも天君のことで持ちきり。

 まぁ、彼との別れなのだから、当然か。

 

 その中に、私と天君が最後に抱き合った光景の写真が載せられていた。

 勿論、無許可ではない。

 天君からはもう許可は取れないので、私にそれは一任された。

 結果、私は了承。何かしら、形として残したかった。

 

「……もう、二年ね」

「そう、ですね」

「悲しくないの?」

「えぇ。今になって悲しんだら、天君に怒られてしまいますから」

 

 隣の幽々子様に、笑って返す。

 天君に、立場がない、とか言われるんだろうか。

 

 最初は、泣きたくなった。

 が、もしこの場に天君がいたら、彼は私を見てどう言うのだろうか。

 そう考えると、どうしても泣くに泣けなかったのだ。

 

 そんなとき、いつも私は決まってペンダントを見る。

 首にかけられた、大切な大切なペンダントを。

 

「それもそうね。それはそれとして、お腹空いたわ」

「あ……もう昼ですね。では、作ってきます」

 

 縁側を立って、台所へ。

 その途中、もう一度、ペンダントを見た。

 

 丸い円の形をした、金属の輪。

 それが、()()()()のように、見えた。

 

 もう、何を言っても遅い。

 何が変わるわけでもなく、現実は変わらない。

 自分の自己満足に浸るほかない。

 

 彼に届くはずもない。

 仮に届いたとして、どんな顔をされるかわからない。

 優しい彼のことだろうから、笑って許してくれるのだろうが。

 

 ……言わずにはいられなかった。

 

「――()()()()()()、天君」

 

 彼に言えなかった、正真正銘の愛の告白を。

 今まで、最後まで、好き、大好き、としか言えなかった私。

 できることなら、貴方に直接言いたかった。

 

 ……私を、許してください。

 

「……本当に、愛しています」




ありがとうございましたっぁああああ!

最終話を投稿してから、感想が十件くらいもきまして。
いやぁ、嬉しい嬉しい(*´ω`*)

あっけない番外話だったでしょう。
が、私はこの番外話に、大きく意味があるものとして書いたつもりです。
勿論、前話で本編は完結なのですが。

さて、活動報告を見ていただけるとわかります通り、次回作です。
予定を早めて、文ちゃんのヒロイン作品を次回作にしようと思います。

と言っても、まだ一話も書いていないのですが。
書き溜め、作りたいね(*´ω`*)

ともかく、今まで今作『東方魂恋録』をありがとうございました!
これからも、よければよろしくお願いします!

追記 10月21日

とは言ったものの、魂恋録の二期を書くことになりそうです(´・ω・`)
投稿時期、未定ッ……!


追記の追記 1月20日

二日前、18日ですね。ついに二期始動!
タイトルは、「東方魂恋録 Second Existed」!
もう二話ほど投稿していますので、よければそちらもどうぞ!(*´ω`*)


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