ZERO-OUT (Yーミタカ)
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第一話 自由

「ハァ・・・どこまでも石と砂ばっかり・・・街・・・せめてお水・・・」

まだ日も昇らぬ時間、一つしかない月の明かりだけを頼りに、ボロボロのブラウスにスカート、破れて腰までしか丈がないマントを羽織った少女が荒野を歩いている。

彼女の自慢だった、母、次姉譲りのウェーブがかかった長いピンクブロンドの髪は砂ぼこりにまみれ、長姉そっくりの、気の強そうなつり目に幼いながらも端正な顔立ちは三日二夜、夜を日についだ放浪で見る影もない。

『ギチ・・・ギチギチ・・・』

近くに転がっていた白骨死体から、もはや聞き慣れてしまった害虫の足音とも鳴き声ともつかない音が聞こえてくる。

「またね・・・アンタくらい、もう怖くないわよ・・・『ファイア・ボール』!!」

少女は腰に差していた短い棒を手に持ち、白骨死体に向けると白骨死体が突然爆発した。そして、その下にいた人の頭ほどの大きさをした『ゴキブリ』が四分五裂し、吹き飛んでいく。

「し、失敗魔法でもアンタ達を退治するくらいできるのよ!!」

ゴキブリの死体に彼女はそう吐き捨てると足早にその場を去っていく。

そうしなければ、今の爆音を聞いた他の『怪物』や、それよりもっと恐ろしい『人間』が集まってくるからだ。

 

 彼女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは今、17年弱の人生において最大の危機を迎えていた。

事の発端は三日前、彼女がいた『世界』、ハルケギニアで彼女が在学している『トリステイン魔法学院』において行われる春の行事、二年進級の際に行われる『使い魔召喚の儀式』でのことだ。

ハルケギニアでは、貴族はいわゆる『魔法』が使える者達ばかりであり、トリステイン魔法学院ではその魔法を教えている。

ルイズはその中で座学こそ首席であったが、実技は全ての魔法が『爆発』する失敗魔法しか使えない両極端な劣等生で、ファイア・ボールを唱えれば、火球があらぬ場所へ飛んでいくかわりにあらぬ場所で爆発が起こり、石を金属に『錬金』しようとすれば石が爆発するという、あらゆる魔法が使えないことを揶揄され、『ゼロのルイズ』と呼ばれていた。

そんな『ゼロ』の汚名を返上しようと臨んだ『使い魔召喚の儀式』。

いつもルイズとケンカばかりしている女生徒がサラマンダーを召喚し、その女生徒と仲がよい小柄な女生徒がドラゴンを召喚する中、ルイズの番になった。

周囲が『どうせ失敗する』と野次を飛ばすのを聞き流し、ルイズは高々と杖を掲げ、

「この広い世界のどこかにいる我がしもべよ、聡明で美しき我がしもべよ、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの導きに応え、我が元に馳せ参じたまえ!!」

と、アレンジ呪文を唱えた結果、大方の予想通り大爆発が起こった。

 

 しかし、ただ失敗しただけではなかった。

ルイズは爆発のショックで気絶し、目が覚めるとあたりはトリステイン魔法学院とは似ても似つかない岩石と砂ばかりの荒野だったのである。

彼女は最初、失敗パターンが増えてハルケギニア一の危険地帯、ハルケギニア人不倶戴天の敵であるエルフが住む東の砂漠に転移してしまったと考え、身を隠しながらまずは太陽を頼りにトリステインがある西へ向かった。

徒歩では到底たどり着ける距離ではないが、とどまっていてもエルフに捕まるだけだと考え、歩き続けた。

 

 しばらく歩いていると、奇妙な一団に出くわした。

ルイズは最初、エルフだと考えて身を隠していたが、服装が知識の中にあるエルフの物とまったく違い、よく見るとエルフの特徴である横に長い耳が無い。

人間の隊商だと考えたルイズは人間ならばと身を隠すのをやめ、彼らの前に仁王立ちした。

「あん?なンだ、テメェは?」

「トリステイン王国ヴァリエール家三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ!あなた達平民にこのわたくしをトリステイン王国まで送り届けるという名誉を授けてあげるわ!」

隊商は男4女2の六人組で、それぞれがハルケギニアでは見られない銃や棍棒で武装し、同じくハルケギニアでは見られない鎧を身につけている。

隊商は全員で相談し始め、ルイズはイライラし始める。

ルイズの家門、ヴァリエール家はトリステイン王家の傍流で、父はトリステイン王位継承権三位、ハルケギニアでヴァリエール家を知らぬ者などいない。

ルイズとしては、彼女の『提案』など平民からすれば二つ返事で承諾して当然のはずなのである。

「なぁ、なンだこのガキ?」

「ジェットでラリってんだろ?今さら『オヒメサマ』なんかいるわけネェじゃねぇか。」

「そういう『設定』の売女じゃねぇのか?なかなかタイプだぜ!」

「こんなイイ女二人前にしてあんなガキに欲情してんじゃねぇっての!」

「やめとけ、コイツ、マニアなんだからよ。」

「ま、ヤりたきゃヤっとけ、ヤッたあとはわかってンな?」

この相談はルイズには聞こえていないし、聞こえていたとしても育ちのいいルイズにはほとんど理解できなかったであろう。

そして、聞いたとして理解できたであろうことは、『この集団は関わってはいけない人種であること』だけだ。

「おぅおぅ『オヒメサマ』、そのトリステインとやらに送り届けたとして、オレらは何がもらえンだ?」

男が一人歩み寄ってきて、下卑た笑いをしながらそう尋ねる。

「と、当然、お父さまから、あなた達平民が一生食べるのに困らないくらいの謝礼が・・・」

「ちげぇなぁ、オレは今、オヒメサマから貰いてぇンだよ!」

そう言って男はルイズを力任せに押し倒した。

髪をつかんでルイズの顔をマジマジと嘗めるように見て値踏みする。

「ヒャッハー!!コイツぁいい!上玉だぜぇ!!」

この時になってルイズは初めて、この隊商・・・いや、盗賊団には自分の家の威光など通じないことに気づいた。

しかしルイズはそれ以外の交渉材料を考えつかない。

「わ、わたしにへ、ヘンなことしたら、ア、アンタ達なんかし、死体すら残らないわよ!!」

「だ・か・ら!トリステインってぇドコっすかぁ?ヴァリエール家ってなんっすかぁ?」

ルイズにまたがった男はおどけた調子でそう言いながら、ルイズのブラウスを開くように破った。

ルイズは歳のわりに幼い体つきをしており、押し倒されている体勢ではほぼ平坦になった胸があらわになる。

「い、いやあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

学院の寮で隣の部屋に住んでいる、ケンカばかりしている女生徒は毎夜のように男子生徒を招き入れ、多いときは一晩に五人ハシゴしたりしているが、ルイズにそういった経験は皆無である。

当然、異性に胸をさらしたことなどない彼女にとってこのようなことをされるのはショックなどというものではない。

先ほどまでの強気、貴族の矜恃はどこへやら、年相応の少女のように犯される恐怖、そして殺されるであろう恐怖に悲鳴をあげて泣き叫ぶ。

「ヒッハー!ここまで演技してくれちゃあ、オレもヤりがいがあるってもんだぜぇ!!」

「やめてぇ・・・お願いします・・・助けて・・・」

男は、そして盗賊達はルイズを『お姫さまという設定の娼婦』だと思っているのだから当然、助けもやめもしない。

そもそも、事が終われば殺して身ぐるみを剥いで残った体は野生動物のエサにするつもりなのだ。

そんな状況のせいか、ルイズの脳裏に走馬灯が走る。

『安心なさいな可愛いルイズ。少しずつでいいの、できることを積み重ねていけば、きっと魔法が使えるようになるわ。』

いつも優しく慰めてくれた次姉、カトレアの女神のような微笑み、病弱で何年生きられるかわからないというのに、それでも自分より周りのことを気にかけ、ルイズがこうなりたいと思った女性像である。

『あのね、コツがつかめてないから失敗するのよ!』

『爆発なんて失敗、聞いたこと無いわ。よっぽど不器用なのね、おちびは。』

いつもルイズを叱る母カリンと長姉エレオノール。

しかしそれはルイズを想う気持ちあってのものだと、今のルイズは理解できる。

『まぁ、魔法が使えなくとも嫁には行ける。そうだ、私の友人の息子に出来の良い青年がいたな。歳は離れているが、きっとルイズも気に入るだろう。』

たとえ魔法が使えなかったとしても、困らないように取り計らってくれた父ヴァリエール公。

「(このまま・・・会えないなんて・・・イヤ!!)」

ルイズが覚悟を決め男をにらみつけるが、男はそれすらも演技と思っており、ルイズのスカートを破り取ろうと腰を浮かした瞬間、ルイズは男を足蹴にした。

「やめなさいって・・・言ってるでしょうが!!『ファイア・ボール』!!」

杖を振り、失敗魔法になるのはわかった上でファイア・ボールを唱えた。

無論、追い詰められたからといって成功するはずもなく、ルイズの魔法は男の背後、上空で大爆発を起こした。

ルイズとしてはこれが狙いであった。

爆発で盗賊達を脅かし、そのすきに逃げようと考えたのである。

盗賊達は確かに驚いた。しかし、ルイズの考えとは違う形で。

「グレネードだ!!」

「どこだ!?」

「隠れてないで出てこい、腰抜けが!!」

盗賊達は敵襲と勘違いして驚き、四方八方に銃を乱射し始めた。

これに今度はルイズが驚く。

ハルケギニアの銃は火打ち石銃、いわゆる先込め式マスケット銃が最新型で、一発撃てば銃身内を掃除して火薬と弾丸を込めなおさなければならない。

フルオート射撃など夢のまた夢だ。

「(いつまでも驚いてらんないわ、とにかく、チャンスよ!)」

ルイズは地面を這って盗賊達から距離を取る。

フルオート射撃で乱射している流れ弾に当たってはたまったものではないため、不恰好でもそうせざるをえないのだ。

「!!あのアマ、逃げたぞ!!」

「きっとグレネードもヤツだ!!殺れ!!」

「(見つかった!?)ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!」

逃げるのを気取られたルイズはファイア・ボールを連続して唱え、その度に失敗して盗賊達の頭上で大爆発が起こる。

「ッ!?なンなんだよコレは!?」

「要はグレネードだろ!?ちっこいグレネードをタイミングよく投げてるだけだ!!」

「(ヘンね・・・わたしの失敗魔法に驚いてるっていうより、魔法そのものを見たことないような・・・)」

盗賊達は魔法すら見たことがないようで、ルイズの失敗魔法をトリックだと思っている。

そのせいで逃げ出さないのだからルイズとしては分が悪い。

失敗魔法とはいえいつまでも使い続けられるわけではない。

いつかは精神力が尽きて打ち止めになる。

そこでルイズは一つの賭けに出た。

「アンタ達、吹き飛ばされたくなかったらとっとと逃げなさい!!さもないと人の原型すらなくなるわよ!!」

ルイズが言っているのはハッタリだ。

仮に本当に当てようと思えば『錬金』の失敗魔法でなければならないが、それを使うには2メートルまで近づかなければならない。

そんな距離では銃どころかナイフでも充分だ。

それに、もしその問題が解決してもルイズにはできない。

「・・・そぉかよ、なら・・・やってみろや!!」

盗賊達の一人・・・先ほどルイズを襲おうとしていた男が、あえて影から姿を現した。

ルイズは賭けに負けたのである。

先の、仮に射程の問題が解決してもルイズにはできない理由だが、ルイズは人を殺めたことなどない。

近づいてくる男に、自分を害そうとする相手にすら杖を向けるのをためらってしまっている。

当然といえば当然だ。

ルイズはつい先ほどまで命のバーゲンセールとは無縁の生活をしていた。

『安全』が水や空気のように当たり前に存在していた。

それがなくなるなど考えたこともなかったのである。

「(やらなきゃ・・・やらなきゃ!!)・・・ッ!?」

ルイズは声すら出ない。

男はどんどん距離を詰めてきて、とうとうルイズが隠れている岩の10メートル手前まで近づいてきた。

しかし男はそれ以上近づいてくることはなかった。

男の後ろで仲間の盗賊の一人が腹から血を吹きながら宙を舞い、それに気を取られたからである。

「デ・・・デ、デ、デスクロー!!!」

「く、来るな、来るなぁ!!」

盗賊達は半狂乱になって怒声、悲鳴をあげ、襲ってきた『何か』に向かって銃を乱射し始めた。

ルイズが岩の影から様子を窺うと、盗賊達を黒いドラゴンが襲っていたのだ。

『ドラゴン』とは言っても、ルイズが知るハルケギニアのドラゴンとは似ても似つかない。

まず、ハルケギニアのドラゴンは赤い『火龍』か青い『風龍』のどちらかで、『黒いドラゴン』など存在しない。

そして黒いドラゴンはハルケギニアのドラゴンに必ず存在する翼を持っていないが、単なる力比べならこの黒いドラゴンに軍配が上がるだろうとルイズにも容易に想像がつくほど、黒いドラゴンはハルケギニアのドラゴンよりはるかに体が大きいのである。

黒いドラゴンはフルオート射撃をものともせずに盗賊達に襲いかかり、ある者は爪で胴体を泣き別れさせ、ある者は頭を食いちぎられ、ある者は力ずくで地面に叩きつけられ絶命する。ルイズは最初二人が殺された時点で一目散に逃げ出していたが、それが正解である。

この黒いドラゴン、『デスクロー』は極めてどう猛で、たとえ獲物を捕食していても近くに別の獲物がいればそれに襲いかかるのだ。

ルイズは盗賊達が襲われている間に逃げたため、盗賊の死体が全て食べ尽くされ、またデスクローの腹が減るまでの時間を稼ぐことが出来たのである。

 

 ルイズは走り続けた。

途中で気持ち悪いほど大きな虫を踏み殺し、頭が二つある鹿や牛とすれ違い、息が切れて走れなくなるまで走り続け、地面に倒れて動けなくなった。

「う・・・オェ・・・」

ルイズは泣きながら胃の内容物をその場にぶちまけた。

普段では考えられないほど走ったのもさることながら、黒いドラゴン、デスクローと、それに惨殺された盗賊達、そしてその場から為すすべもなく逃げ出した自分を思い出したためだ。

「貴族は・・・敵に背を見せない者・・・なのに・・・ウエェ・・・」

魔法が使えない彼女は、貴族としての矜恃だけを支えにこれまでの人生を歩んできたが、さっきそれすら捨ててしまった。

武装していたとはいえたかだか平民を前に少女のように悲鳴をあげたことさえ、少女以前に貴族であると自負するルイズには耐えがたいことであったのに、平民に命乞いをし、戦うも敗れ、たとえ盗賊であっても怪物に襲われる平民を助けもせずに背を向けて逃げ出した。

彼女は自分を構成する最後の柱すら失ったのである。

「もうイヤ・・・生きたくない・・・」

ルイズがそう呟くと、それに答えるように近くに転がっている白骨死体や岩の影から、

『ギチ・・・ギチギチ・・・』

と、奇妙な音が聞こえてきた。

ルイズが音のした方を見ると、人の頭ほどあろうかというゴキブリが這い出て来たのだ。

白骨死体はよく見ると骨が何かにかじられたようになくなっている箇所が多々ある。

死体は何らかの事情で死んだあと、このゴキブリに食われたのだ。

人間の死体を食べた生物というのは、生きている人間にも襲いかかる。

このゴキブリ達はルイズが吐いた物の臭いに寄ってきたのだが、ルイズ自体も狙っているのだ。

「(・・・これで終わるのね・・・もういいわ・・・何もかも、どうでも・・・)」

ルイズは捨て鉢になってゴキブリをボーッと見ながら、ゴキブリが自分を食い殺すのを想像した。

足からかじり、抵抗しないのをいいことに少しずついろんな場所を食べ始め、ゴキブリが持っている病気か失血、あるいは致命的な箇所を食われて息絶えた自分の死体を、少しずつ食べて最後は骨すら残さず喰らい尽くされる。

「・・・そんなのゼッタイイヤ!!『錬金』、『錬金』、『錬金』、『ファイア・ボール』!!!」

魔法は全て失敗の爆発を起こし、爆死したゴキブリの死骸が山のように作られると、ゴキブリ達はそれを恐れて逃げ出した。

「ハァ・・・ハァ・・・やんなっちゃうわ・・・死に方すら選んじゃうなんて・・・」

ルイズは誰にでなくそう呟いたのだが、それに答える声が聞こえる。

『何言ってんのよ、腰抜けが。』

「ッ!?誰!?」

『ここよ、ここ!』

周囲は真っ昼間だというのに闇夜のように暗くなり、暗闇の中でルイズが声の主を探すと、それは自分の真後ろにいた。

ピンクブロンドのウェーブがかったロングヘアに、気の強そうな、幼いながらも整った顔立ち、歳のわりに小柄で起伏の少ない体を包むトリステイン魔法学院の制服とメイジの証たるマントを羽織り杖を持った少女・・・毎日のように鏡で見ている自分自身であったのだ。

唯一の違いは目だ。

ルイズのきれいな鳶色の瞳に対して、もう一人のルイズはドブ川のようににごり、生気を感じさせない、気持ち悪いほどどす黒いのだ。

「な、何よ・・・誰よ、アンタ!?」

『ツレナイわねぇ、忘れちゃったの?アタシはアンタ自身よ。』

「わ、わたしはわたしだけよ!!」

『ふ~ん・・・で、アンタって何?』

「・・・ッ!?」

ルイズは言葉に詰まる。

「わ、わたしは・・・ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール・・・」

絞り出すように自分の名前を呟くと、もう一人のルイズは腹を抱えて笑いだした。

『アッハッハッハッハ!!ケッサクね!!貴族の証たる魔法もロクに使えないアンタが、伝統あるトリステイン王国の由緒正しきヴァリエール家の三女ですって!?こんなコメディ、ドコの劇場行っても見らんないわよ!!』

「な、何が言いたいのよ・・・」

『だ・か・ら!アンタ、ホントにヴァリエール家の娘なのかしらねぇ?』

もう一人のルイズはそう言って、ルイズの周りをおどけて踊るように回り始める。

『もしかしたら、カリンがどっかの平民と作った子どもかも?エレオノールとカトレアとアンタって姉妹のワリに似てないしぃ、ぜ~んぶベツの男の子どもじゃないの~?ヴァリエール公は不能ってもっぱらのウワサだし~?』

「だ、黙りなさい!!わたしを侮辱するならまだしも、父さまや母さま、姉さま達を侮辱するのは許さないわよ!!」

ルイズは杖をもう一人の自分に向けるが、もう一人のルイズは恐れることなく続ける。

『じゃ、アンタだけ拾われ子なんじゃないのかしら?それならアンタだけ魔法が使えないのも説明つくし~?』

「う、うるさい、うるさい、うるさい!!!」

『だいたい、アンタってホントに貴族なの?『魔法が使える者が貴族なんじゃない、敵に背を向けぬ者が貴族』!アンタの座右の銘だっけ~?』

「そ、そうよ!だからわた・・・しは・・・」

ルイズはハッとして口を押さえた。

『さっき、思いっきり逃げたわよねぇ?『敵に背を向けぬ者が貴族』なら、もうアンタなんか貴族でも何でもないわ!』

「だ、大体、あんなバケモノ相手にどうしろって言うのよ!?」

『じゃ、何だったら逃げないの?エルフ?ハルケギニアのドラゴン?そういえば最近トリステインを騒がせてる盗賊、土くれのフーケってのもいたわね?どれだったらいけるかしら?』

この荒野に来る前のルイズならば『どれだって相手してあげるわ!!』と言ったことだろう。

しかし、一度逃げてしまった以上、何の説得力もない。

「うるさい、うるさい、うるさぁい!!」

ルイズがもう一人の自分に逆上してそう叫ぶと、彼女は真っ暗な空間から元の荒野に戻っていた。

『ま~た逃げるのね?でも、忘れないでね。黒いドラゴンや盗賊、お化けゴキブリからは逃げられるかもしんないけど、アタシからは逃げらんないわよ。』

どこからとなく響く自分そっくりな声から逃げるようにルイズは走り出した。

 

 しばらく走り続けて夜になり、ルイズは驚愕の事実を知ることとなる。

「月が・・・小さい・・・色も違う・・・それに一つ!?」

ルイズがいたハルケギニアでは赤と青の二つの月が空に浮かぶ。

しかし今、空に見える月はハルケギニアのものより小さく、色も黄色っぽい白、何より一つしかないのだ。

ハルケギニアは天動説、そして大地は平坦であると考えているため、色や大きさならば違っても彼女の中では『そう見える場所』として説明がつく。

しかし、一つしかないのは説明がつかない。

一つだけ、『スヴォルの月夜』という二つの月が重なる日があるが、それならば金環食のように赤い月が輪のように見えるし、何よりその日はもっと先だ。

ルイズは実を言うと、薄々おかしいと思い始めていた。

どう考えても魔法、それどころかトリステイン、ヴァリエール家を知らない盗賊、黒いドラゴンに巨大ゴキブリ、双頭の牛や鹿のような見たこともない動物、幸か『不幸』かエルフの勢力下の砂漠で一人も見ないエルフ。

これら断片的な事柄から頭をよぎっていた『非現実的な』事態を、確定させたのだ。

「ここってもしかして・・・ハルケギニアですらないの?」

ルイズは今、ここに一人でいるのを恨めしく思った。

もし今、たとえば隣室の『彼女』でもいれば、

『何バカなこと言ってんのよ~!そんなことあるわけないでしょ~!ゼロのルイズは魔法と胸だけじゃなくて頭までゼロになっちゃったの~?』

などと言ってからかってきて、ある意味で安心できただろう。

「・・・ツェルプストーならきっとこう言うでしょうね・・・って、あ~!!もう!!なんでこんなときにあんなヤツのことを思い出すのよ!!」

ルイズも隣室の彼女がどう言うか想像し、そんなことを考えた自分に憤慨した。

 

 それからルイズはずっと夜も昼も関係なく歩き続けた。

この世界にトリステインが無い以上、西へ歩いても仕方がないのだが、立ち止まっていては黒いドラゴンが襲って来るのではないかと不安になるのだ。

しかしただやみくもに歩き続けているわけではない。

舗装された道を見つけたのだ。舗装と言っても長く放置されているのか荒れて所々に雑草が生えている。

彼女の見立てでは、泥を固めて『錬金』の魔法で石にしたような道なのだが、それを見てルイズは異世界に来てしまったことを痛感した。

ハルケギニアの街道は土を突き固めただけの舗装がなされている。

城や貴族の邸宅、教会などで石畳が施されていることもあるが、それは装飾としての意味合いが強い。

なぜなら、ハルケギニアでは主な輸送手段が馬、またはロバで、こういった動物は硬い地面を走らせると足を痛めるため、あえて土を固めただけの舗装にしているのだ。

さておき、舗装道路は言うまでもなく人の住まないところに敷設したりしない。

ならば、道をたどっていけばいつかは人里に出られるはずなのだ。

ルイズは道を見つけてずっと歩き続けた。

途中、疲れて座り込んだりするが、眠ることはなかった。

眠ってしまったら二度と目を覚まさないのではないかとの強迫観念にさらされ、起きていたのだ。

 

 そんな放浪も三日目となり、冒頭につながる。

いまだに人里は見えず、途中にあったのは放浪二日目に見つけた朽ちた木造家屋と『泥を固めて錬金の魔法をかけた石』のようなもので造られた、木造家屋に比べてまだ原型が残っている建物ばかりの廃墟群ぐらいなものであった。

そこにいたのはこれまた巨大なゴキブリにハエや蚊、腐って溶けたような皮膚をした野犬の群れなどで、人の気配は一切なく、ルイズは追ってくるそれらを失敗魔法で爆殺し、威嚇しながら逃げ去った。

 

 そして三日目の日も暮れようとしている時間にルイズの耳に小さな音が聞こえてくる。

ザアアッと水が流れる音で、ルイズは花の香りに引き寄せられる蝶のように音がする方へ引き寄せられた。

音の正体は河であった。

流れはルイズの知る河より早いが小さな河で、歩いて渡ろうと思えば渡れそうな河である。

ルイズはその河の岸に降り座り込んだ。

普段は何とも思わないであろう流れる河の水が、三日二夜飲まず食わずで放浪していた今の彼女には黄金の河にすら見える。

「み、水・・・水よ!!」

たまらず手ですくい、口に運ぼうとしたがそれが彼女の口に入ることはなかった。

河の水を飲もうとした彼女の後ろ襟が何者かに捕まれ、引き起こされたのだ。

「何やってんだオメェは!?こんな水飲んじゃいけねぇなんて常識だろぉが!!」

後ろ襟をつかんだ者がそう怒鳴ると、ルイズは彼を見上げる。

丸太のように太い屈強な腕、その辺のゴロツキ、チンピラをひとにらみで追払い、狡猾な奸吏の謀事を挫く、いにしえの英雄のように精悍な顔立ち、そして上半身は一糸も纏わぬにもかかわらず鎧を着込んでいるかのような巨躯の青年であった。

「な、何よ、ここアンタの領地だから・・・飲むなって・・・」

すでに限界を超えて放浪を続けていたルイズは意識が遠くなり、とうとう手放してしまった。

 

 かくして、ルイズの異世界一人サバイバルは三日目にしてその幕を降ろしたのであった。




閲覧いただきありがとうございます。
後書きでは補足説明をいれていこうかと思います。


ゴキブリ(RADローチ)
Falloutシリーズ恒例、最初の敵ユニットです。
こいつが出てくることで、世界観が一発でプレイヤーに認識されます。
放射能による突然変異で巨大化したゴキブリで、人間にも襲いかかってきます。
倒すと肉が手に入り、調理すると手軽な回復アイテムに・・・食べたくないですが、あの世界で贅沢は言えません。

盗賊(レイダー)
こいつらがいないと世紀末ストーリーは始まらない、愛すべきヒャッハー達。
Falloutシリーズではレイダーという名前で出てくるザコ敵です。
武装は廃材から作った服に鎧、棍棒の類、そして廃材から作った銃『パイプガン』シリーズです。
ワオ!まさに世紀末!!

デスクロー
Falloutシリーズではシステムのせいで強さがやたら変動するものの、設定上作中最強の生物です。
放射能による突然変異ではなく、最初から生物兵器として作られたというのがミソ、通り名はデスクロー先生。
かつては平原で群とか勘弁してというのもあったらしいですが(作者は未プレイ)、4では連邦の地形とゲームシステムのせいで『デスクロー(笑)』なのがかわいそう。
当SSではちゃんと野生動物最強にするからこっちこないで~!


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第二話 捕食者

ここでクイズです。
ルイズが飛ばされたのはどこでしょう?
正解は三話の後書きで。


 薄暗い明かりの中、一人横たわる少女の長いピンクブロンドの髪をカンテラの明かりが艶かしく照らす。

「ん・・・うん?」

少女・・・ルイズは目を覚まし、起き上がろうとするが身体に力が入らない。

目だけで周囲を見回すと、少なくとも魔法学院の医務室や、寮の自分の部屋ではない。

「(ここ、テントの中?背中痛い・・・やっぱり夢じゃなかったのね。)」

ルイズはこの三日間の放浪が、自分の失敗魔法で気絶している間に見た夢じゃないかとどこかで期待していたが、そんなはずもなく現実に戻ってきた。

「(わたし、どうしたんだっけ?たしか河を見つけて、お水を飲もうとして・・・)ハッ!?」

男に捕まったのを思い出し、ボヤッとかすみがかかったような意識が一気に覚醒したルイズは、指を動かすのも億劫な手を無理やり動かして胸元に置いた。

身体には自分が羽織っていたマントがかけられていて、それをどけて服の乱れを調べる。

彼女の服は盗賊に襲われた時に破られ、ボタンが全て使い物にならなくなったため前の合わせを結んでいたのだが、それをほどいた様子はなく、腰に手を動かして下着も調べるが、下着を脱がされた形跡もない。

「(ヘンなことされたりしてないわね・・・まさか、助けてくれたの?)」

ルイズが状況を飲み込めないでいると、テントの出入り口が開き、先の上半身裸の青年が入ってきた。

それに身構えるようにルイズも体を起こして青年をにらもうとしたがすぐに目をそらす。

「あ?起きたか?」

「起きたかってアンタ・・・」

「飲むか?」

青年はルイズと反対側の角に座ると、ルイズにぶっきらぼうに白い金属の筒を投げ渡し、ルイズは弱った手でわたわたしながらそれをつかむ。

「・・・何よ、コレ?」

「水だよ、水。河の水なんか飲もうとするほど喉乾いてたんだろ?少しずつ飲めよ、がぶ飲みすると胃がひっくり返るからな。それと、ありあわせのモンで粥作ったから、こっちもゆっくり食えよ。」

青年はそう言いながら木の椀に野菜と肉、そして麦に似た穀物を煮込んだシチューのようなものを入れてルイズに出した。

ルイズは白い筒を振ると、中から

『チャプ、チャプ・・・』

と、液体が入っているような音がする。

ルイズとしては青年が何者かなど関係なく中身を飲み干したかったが、飲み方がわからない。

その白い筒は軟らかい金属でできており、どこを見ても完全に塞がれている。

ハルケギニアにはこのように奇妙な入れ物は存在しない。

「・・・どうやって飲むの?」

「あぁ、わりぃ、力、入らねぇのか。貸せ。」

青年はルイズから白い筒を引ったくると、筒の上側にだけついている、輪のような部品を引っ張って、筒の一部を破ってルイズに渡した。

「ありがと・・・」

そう言って口をつけようとして思いとどまるルイズ。

「ねえ、コレ、いくら?」

「は?」

「飲んだ後で言われても困るから、先に言って。」

それを聞いて青年はクスクスと笑い始めた。

「な、何よ!?」

「いや、わりぃ、しかしオマエ、出すモンねぇだろ?やるよ、遠慮すんな。」

「し、失礼ね!たしかに、こっちのお金は持ってないけど・・・」

「は?金?今どきケツ拭く紙にもなりゃしねぇぜ?」

「ケ、ケツって・・・」

「ドコの集落にいたか知んねぇけどよ、『州』で通用すんのは、一番は水、二番が食い物、三番目に種だ。その次が『カラダで払う』だが、コイツを頼るのはウマかねぇな。」

青年がそう言ったのを聞いてルイズは疑問に思う。

「ねえ、あんなにたくさん流れてる水が何で一番なの?」

「オマエ、どっかの箱入りだったのか?そこいらの河の水なんざ、放射能汚染されてるに決まってんだろ?オレが言ってんのは飲める水のこった。」

またルイズの知らない単語が出てくる。

「ホウシャノウ?」

「そっからか・・・オレも詳しくねぇけど、飲んだら長い時間かけて体をボロボロにしていく『毒』っつったらわかるか?」

「それなら・・・じゃあアンタ、わたしを助けてくれたの?」

「オイオイ、ヘタに人を信用すんなよ?さっきみてぇに『いくら』とか聞くくれぇじゃねぇと骨の髄までしゃぶられるぜ?」

青年は小バカにしたように笑いながらルイズから顔を背けると、ルイズは赤面し、

「じゃあやっぱり、わたしにヘンなことしようってんじゃ・・・」

「ヘンなことってオマエ、そういう『商売』の女だろ?何を今さら言ってんだ?それにオレだって選ぶぞ?何が悲しくてオマエみてぇなガキ抱かなきゃなんねぇんだよ?」

この言葉がいくつかルイズの怒りのツボに触れた。

「い・い・か・し・ら、ミスタ?まず勘違いしてるみたいだけど・・・わたし今年で17よ?」

「あ?背伸びしても買わねぇのは一緒だぜ?」

「ホントよ!!それとわたしは、しょ、しょしょ・・・娼婦じゃないわよ!!」

言葉を選ぼうとしたルイズであったが、ストレートに言わないと通じないと思い、そう言った。

「は?イヤ、そんなカッコしてて違うっつっても説得力ねぇぞ?」

青年がそう言うとルイズはさらに顔を赤くした。

彼女は先述のとおり、破られたブラウスの合わせを結んでおり、その下に着ていた下着、スリップはその用をなさなくなるほど破られて、捨ててしまったたため素肌の上にブラウスを着ている。

小さな胸の頂が少し透けて見え、ヘソを出してくびれたウェストを強調するような装いで、スカートも裾からショーツが見えるまで破かれ、年頃の少女らしい細くて健康的な右太ももをさらしてしまっている。

「これは!!これは・・・」

理由を話そうとして、ルイズは肩を震わした。

乱暴されそうになったのもさることながら、そのような狼藉を働いた連中がもうこの世にいないということ、デスクローに惨殺されたところを思い出したのだ。

そんなルイズの様子から青年は大体の事情を察し、今までの自分の誤解を恥じた。

「あぁ、そのな、悪かったな・・・」

「え、何が?」

「いや、ンな目に遭やぁ、カンケーなくてもヤローってだけで怖ぇだろうに、無神経なこと言っちまったな・・・」

「ま、待った、多分半分くらい勘違いしてるわ!話すから!!」

ルイズはそう言ってこれまでのことを断片的に話した。

「・・・父さまについて旅してたんだけど、盗賊に襲われてね。不意だったせいで父さまは殺されて、アイツら、わたしにあの汚い手で触ってきて・・・カッとなってエイヤァってやっつけてきたのよ。」

「カッとなってエイヤァはウソだろ、いくらなんでも!」

「ホントよ!そうね・・・よいしょっと。」

少し休めたおかげで多少体力が戻ったルイズは水を一口飲んでテントの入り口まではって行き、テントから頭を出して周りを見る。

テントの外はすでに日が落ちているため薄暗く、すぐ近くに先ほどの河が流れている。

上を見上げると橋が渡されており、テントの近くは星や月の明かりすらないため一段と暗い。

そんな中からルイズは、河に浮かぶ島のような岩に狙いをつけた。

岩にしては丸っこく、目立つためそれを目標にしたのである。

「どうしたんだ?」

青年がルイズの上から頭を出す。

「あの河の中の岩を見てて。」

「河の中の岩?あったか、そんなの?」

「ホラ、アレよ!あの丸いの!」

ルイズが杖でその岩を指すと、青年は顔を青くした。

「オイ、何するつもりか知らねぇけど・・・」

「『ファイア・ボール』!!」

「やめろ!!」

青年の静止は間に合わず、ルイズは岩に『失敗魔法』を放った。

すると岩から

『ピギャ!?』

と、奇妙な鳴き声がして宙を舞う。

「クソッ!!」

青年は銃を持ってテントを飛び出した。

周囲を警戒しながら『岩だったもの』ににじりよっていく。

そして青年は銃の先でツンツンと岩をつつくと、安堵の息をついた。

「ねぇ、急に飛び出してどうしたのよ!?」

ルイズもおぼつかない足取りながらも青年を追いかけていき、河に入ると青年の近くで河の流れに足をとられて倒れそうになり、青年に抱き止められる。

「無茶すんなよ、本調子じゃねえんだろ?」

「ありがと・・・それより、何なの、その岩?」

ルイズは青年につかまったままそう尋ねると、青年は銃の先端でその『岩』をひっくり返した。

すると、岩の下から醜い顔をした胴体が出てきたのだ。

カニの顔を人間のものと同じ大きさにしたようなその顔を見てルイズは小さく悲鳴をあげた。

ルイズが吹き飛ばしたのは、岩に擬態した巨大なカニだったのだ。

「な、何よコレ!?い、岩じゃなかったの!?」

「マイアラーク・・・群れで水辺の集落全滅させたりするトンでもねぇヤツだ。普通はこんな流れの速ぇ河にはいねぇから、『はぐれ』だろうな。」

青年はそう言ってルイズの手を引きながらマイアラークの死体を岸に引き上げ、太ももに帯びていた短剣を抜いて、マイアラークの岩のような殻と胴体の間に差し込んで殻を剥がした。

「な、何やってんのよ!?」

「オマエのおかげで夕飯が一品増えたからな。」

そう言って慣れた手つきでマイアラークを解体していき、肉と足を取ると、殻の中にマイアラークの頭部を入れ、荷物から花を取って添えると、手を合わせて河に流した。

「今のは?」

「親から習わなかったか?こうやって『御返し』しろって。」

青年が言っているのはいわゆる『精霊信仰』における、『あらゆるものに精霊が宿っているから、礼をつくしなさい、さもなければ手痛いしっぺ返しを受ける』という考え方だ。

「わたしがいたところにはなかったわ。」

「オマエ、まさかとは思うが州の外から来たのか?」

「・・・ええ、まあ、そんなところよ。」

ルイズがそう答えると青年は怪訝な顔をしてマイアラークの肉の下ごしらえを始めようとしたとき、ルイズはずっと言おうとしていたことを言うことにした。

「それとアンタね・・・レディの前なんだから上くらい着なさいよ!!」

 

 ルイズに言われてシャツを着た青年が作ったのはマイアラークの肉を混ぜたピラフであった。

最初はルイズにもと考えてスープのようにしようとしていたが、ルイズが『丁重に』断ったため、青年の分だけ作ったのだ。

二人は食事をしながらお互いのことを話す。

「その・・・さ、ずっと『アンタ』『オマエ』じゃ何だから、名前くらい教えてよ。」

ルイズが青年にそう尋ねると、青年は少し思案して答えた。

「才人だ。平賀 才人。『火の国』で『ミブロウ団』って言う、まあ自警団みてぇなことしてんだ。」

青年、才人がそう言うと、ルイズも答えるように名を名乗った。

「わたしはルイズ。ちょっとトラブルがあって、住んでたところを離れて行商をやってたんだけど・・・盗賊にね・・・」

あとは先に話したとおりというように話を切る。

無論、半分以上ウソだが、真実を話したとしても才人は信じないと思ったから、それらしい当たり障りのない話をしたのだ。

「まあ、あんなことできるなら追っ払ったってのもホントだろうけどよ、ルイズが住んでたトコじゃ、みんなできるのか?」

「みんなじゃないわ。父さまはできなかったしね。」

ルイズとしては、単に自分の行動を見かねたからだとしても、助けてくれた才人にウソを並べるのは大変心苦しく、自分の話からはなるべく早く離れてほしかったから、食べ物に話題を変えた。

「そういえばさ、サイトが食べてるその串焼き、何なの?」

「あ?コレならゴキブリだけど、まだやめといた方がいいぞ?胃が弱ってんだからよ。」

「ブッ!?ゲホッゲホッ・・・それ、まさかこっちのシチューにも入ってないわよね?」

「そっちのは鹿肉だ。ゴキブリは虫肉だから煮たら溶けちまうんだよ。」

ルイズは食べ物の話題に変えたのを後悔した。

鹿と言われて思い当たるのは、この世界に来た初日に見た双頭の鹿である。

「(ゼッタイ、アレよね。)」

すでに半分以上胃の中に入ってしまったのを思うと何を今さらと考えてしまう自分にルイズは自嘲した。

「(イヤね、だいぶこっちに染まってきてるわ。)」

一瞬、食べることに忌避をおぼえたがすぐに気にならなくなり、残すことなくルイズはシチュー、もとい粥を完食した。

そして才人は使った食器を洗い、荷物の中にしまうと、ルイズに毛布に似た袋を渡した。

「・・・これ、何?」

「何って寝袋だよ。中にファスナーがあるだろ、コレを引き上げるんだ。」

そう言って才人は外の金具を引き上げると、金属でできた合わせが閉じていき、ルイズは袋の中に入るような形になった。

中は外気をいれないため、地面が固くて寝苦しいことを除けばルイズの自室のベッドのように暖かい。

「アンタのは?」

「一人旅だったからな、一つしかねぇんだよ。遠慮すんな、オマエが使え。」

才人は先ほどルイズが使っていた毛布にくるまると、銃をすぐ近くに置いてカンテラの火を消した。

「消していいの?あの怪物たち、火がついてたら怖がって寄ってこないんじゃないの?」

「そりゃ迷信だ。山火事みてぇな火ならまだしも、こんなちっこい火なんざ、怖がるどころか呼び寄せちまう。」

才人はルイズにそう言うと、座って銃を支柱にして眠りについた。

「(不幸中の幸いってヤツね。この世界の人間ってみんな盗賊みたいな人ばっかりかと思ってたけど、こんな人もいるんだ。)」

歴戦の戦士がするような眠り方の才人をじっと見たあと、ルイズもまぶたを閉じ、眠りの世界へと旅立った。

 

『へぇ~、あの男に寄生することにしたんだ?』

眠ったルイズの夢に、またもう一人のルイズが現れた。

「何よ、またアンタ?それより寄生ってどういうことよ!?」

『そのまんまの意味よ。アイツと一緒にいれば、何にもしなくても食べ物と水がもらえるもんね~、『物乞いのルイズ』なんちって~』

もう一人のルイズは一瞬だけボロボロの服になってルイズをからかうと、すぐに元の魔法学院の制服姿に戻る。

「こ、これは、アイツがくれるって言うからもらってやっただけよ!恵んでくれなんて一言も言ってないわ!!」

『へぇ~、彼が助けてくれなかったら毒の水飲んで死んじゃってたのはだ・れ・か・し・ら~?』

痛いところを突かれルイズは反論する言葉を失う。

『その上、食べ物まで恵んでもらってさ~、何とも思わないの~?』

ルイズは以前のように逆上しそうになるのをおさえて、

「・・・どうしたら満足なの?」

と、静かに尋ねると、もう一人のルイズはやはりからかうような調子を崩さず、

『アンタ、物を買ったらどうする?』

と、質問で返してきた。ルイズのことを『たった一人のおともだち』と言ってくれる王女様ならば、『どうするの?』と、さらに質問で返しそうではあるが、ルイズはそこまで浮世離れしていない。

「・・・代金を払うわ。」

『どうやって?エキュー金貨もここじゃ多分、石ころよ?アイツが言ってたでしょ~?一番は水、次が食べ物、三番目が種。じゃなかったら?』

もう一人のルイズがそう言うと、ルイズは夢の中だというのに顔や体が熱くなってくるのを感じた。

「で、で、で、できるわけないでしょ!?そ、そ、そ、そんなふしだらなこと!!」

『あらあら~、それじゃあやっぱり物乞いのルイズじゃない?』

「あぁもう!!とっとと消えなさい!!」

ルイズがそう怒鳴ると、もう一人のルイズは消え、彼女は暗闇の中に放り出された。

目が慣れてくると、テントの中だと理解したルイズは口をおさえる。

「(今の、寝言で言ってないわよね?)」

チラッと才人の方を見ると、ルイズが眠った時と変わらず、座ったまま眠っている。

そんな彼をじっと見ていると、ルイズの心臓がドキドキと、音が聞こえそうなほど強く脈打つ。

誘われるように寝袋から出ると、足音を殺して才人の近くに忍び寄る。

近づいたことで才人の顔が薄暗くても見えるようになると、ひときわ大きく心臓が跳ねた。

「(どうしちゃったのかしら、わたし・・・こんなにドキドキして・・・)」

似たような感情を彼女が抱いたのはもう10年前。

いわゆる『初恋』の時だ。

ルイズはそんな考えを頭を振って振り払う。

「(そ、そんなわけないじゃない!・・・でも・・・あぁ、もう!ツェルプストーじゃあるまいし!!)」

実を言うとルイズは、かつてあまりにも隣室がうるさかったため苦情を言いに行こうとし、ふと何をしているのか気になり、鍵穴から隣室の女生徒、ツェルプストーの部屋を覗いたことがあった。

その時、ツェルプストーは1ダースはいる彼女のボーイフレンドの一人を部屋に呼び込み、情事に耽っていたのだ。

ルイズは最初、『不潔!!』と思っていたが、最近では時おり覗きに行ってしまうくらいには興味を持ってしまっている。

「(きっと今のわたしは普通じゃないのよ、だから彼とツェルプストーみたいなことしたいとか、考えちゃうのよ!!)」

ルイズは自分の中でそう結論付け、才人にさらに近づく。

「(ツェルプストーにできたことがわたしにできないわけないわ、まずは手と口で・・・そのあとお乳ではさ・・・めないわね、わたしのじゃ、じゃあ・・・)ヒッ!?」

ルイズの妄想は才人によって中断された。

彼のズボンに手を伸ばした瞬間、眉間に銃を突きつけられたのだ。

長い銃は相変わらず支柱にしており、ルイズに向けたのは懐に隠し持っていた短い銃である。

これもまたハルケギニアには無い銃だ。

彼女に才人が使う銃に関する知識は皆無だが、その銃もハルケギニアのものよりはるかに高性能であることは容易に想像がついた。

「な、何すんのよ!?ビックリしたじゃない!?」

「そりゃこっちのセリフだ、用があんなら呼べよ。」

才人の方に分があるが、だからと言って銃を向けるのはやりすぎだろう。

「で、何か用か?」

「その・・・さ、さっきのお水と食べ物のお礼・・・」

「いらねぇっつったろ?まだ言ってんのか?」

才人は銃を持った手を振ってルイズに寝袋へ戻るよう促すが、ルイズは引き下がらない。

「恵んでもらったなんて、父さまに叱られるわ!・・・だから、何でもするから・・・」

顔を真っ赤にして声を絞り出すルイズに、才人は首を横に振った。

「じゃあ、すぐに寝袋に戻って寝ろ。明日、フラフラされてちゃ困る。」

「な、何よ!?わたしみたいなの、女だって思えないっていいたいの!?」

「あぁ、ンなちんちくりんじゃ、ヤるより仕事頼んだ方がマシだかんな。」

「ち、ちんちくりんって何よ!?」

夜中だというのに二人がそんな言い合いをしていると、ドォンドォンドォンと、ルイズの失敗魔法を大きくしたような音にまざって、ガランガランガランッと、壊れた鐘が鳴るような音が響く。

ルイズはとっさに才人にしがみつくように抱きつき、才人はそんなルイズの肩を抱いてテントを出た。

短い銃は右脇の小さな鞄のようなものにしまい、片手で長い銃を持っていつでも撃てるようにして、慎重に音がした方をうかがう。

「ッ!?」

「キャッモガッ・ ・ムウゥムウゥッ!!」

月明かりが浮かび上がらせたシルエットを見て、才人は目を見開き、悲鳴をあげそうになったルイズの口をおさえた。

「静かにしろ、気付かれるぞ。」

才人がルイズに耳打ちすると、ルイズは首を縦に振って答え、才人は手を離した。

「ぷはっ、な、何なのよ、アイツ?」

「デスクローだ。・・・もしかして何かあったのか?」

才人はルイズの異様に怯えた様子から、直感的にルイズがこのデスクローと何か因縁があると考えた。

しかしルイズは首を横に振るだけで何も言わない。

「なぁ、頼むよ、ホントのこと言ってくれ。そうじゃねぇとアイツをどうすりゃいいのか決めらんねぇからよ。」

「・・・あのね、盗賊を追い払ったっての、見栄はったの。ホントは、あのドラゴン・・・デスクローっていうの?アイツが盗賊を襲ってる間に逃げてきたのよ。三日は前だから、おんなじのかわかんないけど・・・」

「道なりに三日歩いたぐれぇならまず間違いなく同じヤツだ。ヤツらはな、テメェの縄張りで見つけた獲物は縄張りを出るまではゼッテェ逃がさねぇんだ。大方、いつでも狩れると思って道すがら、他の獲物を喰いながら追っかけてきたんだろ。」

ルイズにそう言った才人は立ち上がり、長い銃の持ち手を左手で銃床の方にスライドさせた。

「イ、イヤ・・・見捨てないでよ・・・」

ルイズは才人が自分の話を聞いて、自分を囮にして逃げると思って才人の足にしがみついた。

そんなルイズの頭を才人は優しく撫で、

「心配すんな、明日のメシ狩ってくるだけだからよ。こっちが風下だから、オメェは隠れて静かにしてな。」

と言って、ルイズの手を振りほどいてデスクローの背後に回り込むように忍び足で歩いていく。

残されたルイズはガタガタと震えていた。

デスクローに喰い殺されるということではなく、才人がデスクローに殺されるのではないかと怯え、震えているのだ。

才人に言われたとおりすぐテントに隠れ、寝袋を頭からかぶり、息を殺して気配を消すルイズの脳裏に、幾度となく直接見た、デスクローに殺された盗賊の姿に才人がかぶる。

「(イヤよ、そんなのイヤ!)」

イメージを振り払おうと耳をふさぐが、まったく意味をなさない。

『ねぇねぇ、そんなに逃げたければ逃げちゃえば~?』

ルイズの耳にまた自分の声・・・否、もう一人のルイズの声が聞こえる。

その声でまたルイズはもう一人のルイズとの空間だと気づく。

「な、何なのよ、今はアンタなんか相手してらんないのよ!」

『プププッ、ホントはいつまでもアタシと話していたいクセに。』

「こっちにはアンタと話すことなんかないのよ、とっとと消えなさい!!」

『へぇ~、いいの、そんなこと言って?元の世界に戻ったら・・・』

もう一人のルイズが背を向けるとルイズはテントの中に戻される。

「(今回はヤケに素直ね・・・)」

『グオオオォォォ!!!』

「キャアアアァァァ!!!」

テントを力任せに剥いだデスクローが、右手に持った才人の亡骸を目の前でバリバリと丸かじりし、次とばかりにルイズにそのカギ爪を突き立てた。

「イタイ・・・イタイよぉ・・・?」

生きたまま踊り食いにされるかとルイズが思った瞬間、全てが消えて暗闇の中に戻された。

また、もう一人のルイズがケラケラと笑いながら出てくる。

『って、こんな風になっちゃうかも?ルイズの踊り食い、ウェ、マズそ!』

「あ、悪趣味ね!こんなときに!」

『じゃ、逃げちゃう?また逃げちゃうの?』

またもやもう一人のルイズは消え、テントの中に戻されるルイズ。

冷静に考えればまたもやもう一人のルイズが見せる幻覚で間違いないのだが、ルイズは恐怖にかられ、テントから飛び出した。

外では才人を踏み殺したデスクローが、ルイズの足音を聞いて彼女の方を向く。

そんなデスクローに背を向けて一目散に逃げるルイズだが、逃げ切れるわけもなく背中からカギ爪を突き刺され、地面に縫い付けられたところでまたもやもう一人のルイズの空間に戻された。

『今度はルイズの標本!銅貨一枚(1ドニエ)!!うわ、これは高い!!金貨百枚貰っ(マイナス100エキュー)てもいらないわ!』

もう一人のルイズはまたケラケラと笑う。

そんなもう一人のルイズに、破れたスカートに挟んでいた杖を抜いてルイズは魔法を唱えた。

「いい加減、うるさいのよ!!ファイア・ボール!!」

もう一人のルイズに炎の球が襲いかかる。ルイズにとって初めての成功だ。

『あ、危ないじゃないの!!』

「ふんだ!もう声だけなんだからとっとと消えなさい!!」

初めての成功で気が大きくなったルイズがそう言うと、今度こそ本当にテントの中に戻ってきた。

「(ファイア・ボール、これならあのドラゴンも怖くないわ!大魔法使いルイズ様の伝説はここから始まるのよ!そうね、自伝の一番最初は、『私の初めての魔法は異世界のドラゴンとの戦いの中であった。その世界では『デスクロー』と呼ばれているドラゴンを、私はファイア・ボールのただ一発で焼き尽くした!!』これで決まりね!!)」

先ほどまでの弱気はどこへやら、そしてたかだか火の魔法で最も簡単な『ファイア・ボール』に成功したくらいでこの喜びようもどうかと思うが、ルイズは勇んでテントから飛び出した。

 

 ルイズがテントから飛び出す少し前、才人はデスクローの背後、すなわち風上に回り込み、わざと姿をさらそうとしていた。

「(ったく、らしくねぇな。デスクローにこんな貧弱な装備で挑むなんてよぉ。それも不意討ちじゃねぇ、真っ向勝負を。)」

才人は心の中でそう自嘲する。

デスクロー相手に戦うならば、今の彼の装備では自殺志願もいいところである。

だが、そんな装備でも、『奇襲』ならば勝機があったが、『真っ向勝負』ならもはや博打である。

なぜ奇襲をしないかというと、ルイズのためである。

もし奇襲で殺しきれなければ、デスクローはルイズを捕食するために襲ってそのまま逃げる可能性がある。

しかし、才人自身をマークさせればデスクローは才人を先に捕食し、そのすきにルイズが逃げれば、運が良ければデスクローの縄張りから出ることができるかもしれない。

彼はルイズを見た時から自分が普段、取らないような行動ばかり取っていることに戸惑いを覚えていた。

まず、普段の彼ならば汚染された水を飲もうとする人間を止めたりしない。

そして、行きずりの人間に水や食料を分けたりしないし、寝床を提供したりもしない。

何らかの見返りが期待できるならばその限りではないが、ルイズはほぼ間違いなくスカンピン。

女としても、才人の好みは、『胸はスイカのように大きく、背は自分より少し低いくらい、腰はギュッとくびれ、尻は安産型、大人びた顔立ちに浅黒い肌の、蒸せ返るような色気を醸し出す女。明るい赤毛のストレートヘアなら最高。』といったもので、ルイズのように『10歳の子供と間違えるような幼児体型、頭二つも低い身長、生っ白い肌に幼顔』な女は完全に射程外である。

余談だが、才人の好みどおりの女となると、才人はまったく面識がないがツェルプストーだ。

そして労働力としても、ルイズの細い腕や足では大したことができるはずもない。

さらに言えば、不審な行動を取っていた相手に銃を向けて、引き金を引くのをためらうこともないし、デスクローに追われている相手を危険をおかしてまで助けたりしない。

「(どうかしてるぜェ、まったくよぉ。)オラ、トカゲ野郎!こっちだ!!」

才人は短い方の銃、44口径マグナムを空に向かって三発撃った。

この銃はかつて、州の外にあったと言われている『米の国』で狩猟に使われていた銃を州でコピー生産したものである。

狩猟用であるこの銃だが、所詮はピストルであるため、全高10メートルを越えるデスクローには力不足だ。

「グオオオォォォ!!!」

「オメェも殺る気だな、行くぜ・・・」

才人はマグナムを右脇の鞄・・・ホルスタにしまい、長い銃に持ち変えた。

こちらの銃はショットガンだ。

こちらも『米の国』で使われていたもののコピー品であるのだが、これは特別だ。

『米の国』の軍隊が使っていたもので、使いこなせればドラム型弾倉に込められた散弾100発が尽きるまでフルオートで散弾をばらまき続けるという凶悪な銃である。

才人はこのショットガンをもって、デスクローに股抜きするように滑り込み、片足に散弾の嵐を浴びせかけて吹き飛ばそうと考えたのだ。

デスクローの武器は相対するとカギ爪や牙と考えがちであるが、一番の武器は、かつて地上を支配したという、太古の大型ハチュウ類のように二本の足で縦横無尽に飛び回る機動力である。

これを破るには、どちらか片方でも足を潰せばよい。

もっとも、『できれば』の話であるが。

才人はそんな危険な博打に打って出るため、体を前傾させ、デスクローに飛び込むタイミングをうかがっていると、沈黙を切り裂くように甲高い声が響いた。

「ファイア・ボール!!」

ルイズだ。

初めての魔法の成功に自信をつけて、デスクローにファイア・ボールを放ったのだが、いつものように失敗魔法の爆発がデスクローの上で起こっただけであった。

「ど、どうして・・・さっきは・・・」

「グルルルルル・・・」

唸りながらデスクローがルイズの方に振り向く。

「ルイズ、逃げろ!!」

才人はショットガンをデスクローの背後から撃つが、デスクローの背中のうろこは非常に硬く、遠距離から散弾を撃っても効果がない。

「ファイア・ボール、ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!!」

ルイズはファイア・ボールを何度も唱えるが、全て失敗し、デスクローの頭上で爆発が起こるだけである。

しかし、それを見た才人はあることに気付き、ルイズに新たな指示を出した。

「ルイズ、そのまま続けてくれ!!」

「え?ええ!!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!!」

デスクローはルイズの失敗魔法を嫌うようにフラフラと千鳥足で避けようとする。

そんなデスクローの後ろから才人は股の間に滑り込み、滑り抜けながらデスクローの腹に、弾倉に残っていた散弾を全て叩き込んだ。

「グギャアアアァァァ!!!」

断末魔の叫びをあげたデスクローは、ズシンと、力なく地面に倒れる。

才人は万一のため、マグナムを出してデスクローの頭に狙いを定めながら、確実に死んでいるかを確認する。

そんな才人にルイズは恐る恐る近づいた。

「ね、ねえ、それ、大丈夫なの?」

「あぁ、間違いねぇ、死んでるぜ。」

才人がそう言うと、ルイズはヘナヘナと、才人に抱きつくようにしなだれかかった。

「よかった・・・よかったぁ・・・」

緊張の糸が切れたルイズは何度も繰り返す。

「おぉ、よしよし、怖かったな。」

「・・・こどもあつかいしないでよ・・・」

才人が慰めると、ルイズは鼻声でそう返した。

「それにしても、すごいわね。こんな怪物、一人で退治しちゃうなんて・・・」

ルイズは落ち着きを取り戻すと、才人にそう言って称えた。

しかし才人は首を横に振る。

「何言ってんだ、一人じゃなかったろ?」

そう言った才人はルイズを指差す。

「え?でも・・・」

ルイズは自分の失敗魔法などまったくデスクローにダメージを与えていないと答えようとしたが、それをさえぎるように才人は続ける。

「オマエの爆発させるヤツ、たしかに当たっちゃいなかったけどよ、衝撃で脳を揺すったんだよ。爆音は耳を潰したみてぇだし、爆煙を吸い込んで鼻もきかなくなってたろうよ。とどめに、コイツは目があんまりよくねぇらしいんだが、それも爆炎で見えなくなってたと思うぜ。コイツは俺が腹をぶち抜くまで、揺れる白いモヤの中だったわけだ。」

才人はルイズの失敗魔法がデスクローに与えた見えないダメージを説明し、

「オマエがこうしなけりゃ、俺は命張った大博打しなけらゃならなかったんだから、感謝してるぜ。ありがとよ。」

と、つけ加えた。それを聞いたルイズは大きな目に大粒の涙を浮かべ、才人の胸に抱きついてワンワンと泣き始めた。

「ど、どうした?」

ルイズが泣き始めた理由がわからず才人がそう聞くと、ルイズは涙ながらに答える。

「グスッ・・・ホントはね、あの爆発してるの、ただの失敗なのよ・・・わたしがいたトコじゃ、いっつも成功率がゼロだから『ゼロのルイズ』ってバカにされて・・・でも、こんなわたしでも役に立てて・・・サイトを助けられて・・・」

才人はそんなルイズの頭を優しく撫で続けた。

 

デスクローの襲撃から一夜が明け、朝陽が山から顔を出すと、ルイズは目を覚ました。

彼女には寝袋に入った記憶がない。

しかし、自分の体は寝袋にくるまれ、しっかりファスナーも閉められている。

「~~~!!!」

最後の記憶を思い出したルイズは顔を真っ赤にする。

才人の胸に抱きついて、最後は泣き疲れてそのまま眠ってしまったのである。

寝袋の中でバタバタと暴れるルイズに、テントの外から声がかけられる。

「起きたか?早くしねぇと朝飯、冷えちまうぞ?」

そう言われてルイズは、才人の顔を見たくない一心で寝袋の中に籠城を決め込もうとするが、肉を焼く匂いと、嗅いだこともないスープの香りに負け、渋々寝袋を出て、テントから顔を出した。

才人の顔を見ると、カアッとルイズの頬が紅潮する。

しかし才人は何食わぬ顔で、ルイズに昨日の粥に入っていた、『麦に似た穀物』を炊いたものと、肉と野菜が浮かんだ茶色いスープ、そして串焼きの肉と野菜を出した。

ルイズが才人とたき火を囲んで彼の真似をして座ろうとしたが、あぐらをかくような形になり、恥ずかしがってももを寄せて座る。

そして、朝食を食べようとして、問題が起こった。

才人がルイズに用意した食器は昨日のスプーンのようなものでなく、二本の棒であったのだ。

見たところ急作りらしく、削ったあとが新しい。

「どうした?もしかしてハシ、使えねぇのか?」

「え、ええ、わたしのいたところにはなかったから・・・」

「仕方ねぇな、昨日のレンゲ、洗っちゃいるから使うか?」

才人はそう言って、乾かしていた食器から、昨日のスプーンを取った。

「ま、こっちで生活するなら、ヘタでも少しずつ覚えた方がいいぜ?」

スプーン・・・レンゲを渡しながら才人がそう言うと、ルイズは恥ずかしそうにうなずいた。

「(多分、トリステインとマナーが全然違うのね・・・見ながら覚えないと・・・)」

そう考えてルイズは才人のしぐさを見ながら食事をする。

そうすると、いろいろと違いがあるのに気づかされる。

たとえば、トリステインでは皿、器を手に持ったりしないが、州では持って、こぼさないようにする。

これは、椅子に座る習慣がないか、座る時と座らない時があるからだろうとルイズは推察した。

何より驚いたのは、スープを飲むのに、器に口を付けて直接飲むことだ。

「(これなんか、トリステインでやったら怒られるなんてものじゃないわよ。)」

そんなことを考えながらルイズは真似をしてスープを飲む。

「ん?どーした?」

ルイズがジッと才人を見ているのに気付き、才人がそう尋ねると、ルイズはあたふたして理由を考える。

「その・・・そうよ、アレ!あの干してるの、何かしら?」

ルイズは、天日干しにされている生肉を指してそう言った。

彼女にもそれが干し肉であることはわかったが、何の肉かはわからない。

才人もそう考え、肉の種類を答える。

「あぁ、昨日のデスクローだよ。多かったから干し肉にしてんだ。」

「・・・アレって食べられるの?」

「現に食ってんじゃねぇか、今。」

「コレ!?」

才人は、ルイズが手に持っているスープの椀を指す。

中に浮いている肉は、デスクローの肉であったのだ。

ちなみに、串焼きの肉もデスクローの肉だ。

「オメェのおかげで狩れたデスクローだ。どんどん食え。ただでさえガキみてぇな身体してんだからよ。」

ルイズは今まで食べていたのが『人を喰った猛獣』であると考えて、間接的に人を食べているような気がして食が止まる。

「・・・人を喰った猛獣を食うってのはな、喰われた連中を弔う意味もあるんだ。イヤかもしんねぇけどしっかり食え。」

「・・・わかったわよ。」

ルイズはそう言ってスープを一気飲みし、串焼きもガツガツと食べ始める。

「その調子だ、たくさん食わねぇとオマエ、

ガキのままババァになっちまうかもしんねぇから・・・」

才人がそう言った瞬間、ルイズは才人の分も引ったくって串焼きを食べ始める。

「ハグハグハグハグ!!!!」

「コラ、テメ!俺のだぞ、それ!!!」

「ムシャムシャ、ゴックン!!うっさいわねぇ、アンタそんなにおっきいんだから、それ以上大きくなる必要ないでしょ!?だったらわたしによこしなさいよ、こんなにいたいけなわたしがこのままじゃ、かわいそうでしょ?」

「自分で言うな、自分で!!」

ここから、才人とルイズは争うように串焼きを取り合いながら食べ、それが終わると二人で食器を洗って片付け、キャンプを守る罠を修理し、もう一夜過ごして完成した干し肉を回収してキャンプを片付けた。

「なぁ、ルイズ。もう体は平気だと思うけど、行くあてはあんのか?」

テントも全て片付け終わると、才人はルイズにそう尋ねる。

「ここまで歩いて来たみたいに、道沿いに歩いて町を探すつもりよ。」

つまり、行くあてはないと言っているのと同じだ。

「・・・そっか、ならよ、一緒に来ねぇか?」

「え?でも、いいの?」

「ああ、俺の町に行くからよ、あてもなく歩きまわるよりはずっといいと思うぜ。」

ルイズは少し考え、首を縦に振った。

「そうか、なら、来いよ。」

この時ルイズは、この世界に来て初めて笑顔を見せたのであった。




はい、才人が出てきた時点でもう答え出たようなものですが、正解は次回。

平賀 才人(17)
ゼロの使い魔の主人公ですが、原作のように貧相な坊や(世紀末視点)ではありません。
身長190㎝、体重100㎏、バスト130㎝、ウエスト90㎝、ヒップ105㎝、首回り45㎝の立派な世紀末人です。
彼の『ミブロウ団』がミニッツメンみたいな扱いになります。
主な武器
フルオートショットガン、44マグナム。



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第三話 人間

 前回の時点でルイズが飛ばされた先、バレてて涙目なミタカです。

そして、先に謝ります、才人ファンの人ごめんなさい、今回かなりキツい話になってますが彼に対して一切悪意はありません。


 

 ルイズが才人との同行を決めると、才人は旅装束も兼ねている戦闘服を着て、ルイズには防寒用に持っているコートを着せる。

才人の戦闘服はいわゆる防弾素材と厚い綿を詰めたカーキ色のもので、荒野ではある程度の迷彩効果を期待できる。

ルイズに渡したコートはヤオ・グアイと呼ばれる放射能によって突然変異した熊の毛皮をなめして作られており、こちらも高い防弾性を持っている。

しかしこれらはあくまで気休めだ。

至近距離ならば貫通することはあるし、直撃すれば当たった衝撃で骨が折れることもある。

 

 着替えを終えた二人は河岸のキャンプをたたむと、荷物はテントなどをまとめた大きなバッグと、『鉄の馬』のようなものだけになった。

馬と言っても馬の形をしているわけではない。

見た目は鞍とあぶみのようなものがついているため、乗り物だというのはルイズにもわかる。

乗り物だとしたらまたがるようにして乗るような形状であるのだが、どうやって動かすのかまったくわからないのだ。

まず、この馬のようなものは縦長で、縦並びの車輪が二つしかついていない。

またがって、『つっかい棒』のようなものを外せば倒れてしまうだろう。

「(何なのよ、コレ?)」

ルイズが『鉄の馬』を眺めている間に、才人はバッグを担ぎ、ルイズの隣に立った。

「運転、頼めるか?」

「うんてん?」

「何だ?バイク、乗ったことねぇのか?」

才人は、鉄の馬の前で戸惑うルイズにそう尋ねる。

「そ、そうなのよ、わたしがいたところは、馬を使ってたから、ばいくに乗る人は少なかったの!」

「馬ってオマエ、よくあんな大食いの猛獣を・・・」

才人がそう言うと、二人は顔を見合わせた。

ルイズからすれば、デスクローを狩るような才人が馬を『猛獣』という理由がわからないのだ。

たしかに馬は足の力が強く、蹴られるなどすれば死ぬか大ケガをするし、足を踏まれれば複雑骨折は免れないが、それらに気をつければおとなしい家畜である。

これに対し才人は、ルイズがデスクローより一回り小さいくらいの大きな馬に、籠を背負わせて乗っているのを連想したのだ。

州の馬はゾウほどの大きさで、気性も荒く、希にではあるが襲ってきたデスクローを蹴り殺してしまうこともある。

家畜化も難しく、騎乗するのは大変危険で、使役するとすれば荷運びか、荒くれ者の頭領が己の力を誇示するために乗るくらいである。

「まぁ、乗れねぇならこっち頼めるか?」

ズシッと、かついでいたバッグを降ろす才人。

ルイズは才人がしていたようにバッグの紐に腕を通し、担ぎ上げようとするが、びくともしない。

「グギギギギ・・・ぷはぁ、ムリよ、コレわたしの倍ぐらいあるわよ!?」

「オマエ、100キロもあんのか?」

「な!?そんなに重いわけないでしょ!!だいたい、そんなに重かったらわたしの5倍近いじゃない!?持てるわけないわよ!!」

「ジョークだ、80キロってとこだよ。ま、ダメ元だったし仕方ねぇか。」

才人はあらためて自分が荷物を背負うとルイズを自分の前に乗せ、後ろから抱きつくような形で馬なら手綱にあたるであろう部分を握る。

「おっといけねぇ。コレ、かぶれ。それとこれも巻いとけ。」

才人はずっと手に持っていたメガネのついた兜をルイズにかぶせ、盗賊が顔を隠すように布を巻かせ、自分も兜についているようなメガネをかけて口もとに布を巻く。

「何よコレ?息苦しいわね。」

「贅沢いうなよ、他にねぇんだからよ。」

才人はそう言うと、手綱のような部分をひねり、バイクはブォン、ブオンと猛獣のような雄叫びをあげた。

「しっかりつかまっとけよ。」

「こう?」

ルイズは才人の言うとおり、バイクの鞍をももでしっかりはさみ、手でつかむ。

「よし・・・いくぜえええぇぇぇ!!!」

ブオオオォォン!!と、バイクが爆音をあげると馬など比ではない速度でバイクが走り始めた。

「イヤアアアァァァ!!!」

「やっぱタンデムだと動かしにきぃな。」

「な、何なのよ、コレ!?速すぎるわよ!?」

「馬だって速いやつならこのくれぇ出るだろ?」

才人の言う馬は先述のとおり象ほどもある馬だが、その中には競走馬並の動きができるまま大型化したような個体もおり、そういった馬ならばバイクと並走も可能であるが、ハルケギニアでそのような速度を出せるのはドラゴンくらいのものである。

ルイズは今まで体験したこともない速度で走っているのだ。

「ちょっと、もうちょっとゆっくり走ってええぇぇ!!」

「そうもいかねぇんだ、このあたりはキャンプ張るのも危ねぇんだよ。」

ルイズは今になって、メガネのようなものがついた丸い兜をかぶせられた理由がわかった。

風を切って走るバイクに、いろいろなものが飛んでくる・・・というよりは、風で舞っているものにぶつかっていっているのだ。

同じ理由で口元にも盗賊のように布を巻いているのである。

「ヒャッハアアアァァァ!!!」

運転に慣れてきた才人はスピードを上げながら雄叫びをあげる。

「お、お願いだから、もっとゆっくり・・・」

叫ぶ気力もなくしたルイズが、蚊(州のではない)の鳴くような声で抗議するが才人には聞こえていなかった。

 

「えぐっ・・・グスッ・・・」

「悪かったよ、バイク乗るとテンション上がっちまってな。」

日が傾き、一泊するのにちょうどいい廃屋を見つけた才人が少し離れた場所にバイクを止めると、すでにルイズは泣きだしてしまっていた。

「二度とのりたくない・・・」

「なら、明日は歩くか?」

才人がそう言うと、ルイズは目を見開く。

「や、ヤダ、置いてかないでよ!!」

「違う、違う!町まであと少しだから、歩きでも大丈夫ってこったよ。」

勘違いしたルイズが抱きつきながら懇願するのをなだめた才人は、ルイズに小さな銃を渡す。

「こいつはこの引鉄引きゃあ撃てるようにしてある。万一の時は使え。」

そう言って才人は廃墟をじっとにらむ。

「どうしたの?」

「中をクリアリングしてくる。」

「くりありんぐ?」

「危険がねぇか確認してくるってこった。ここで少し待ってろ。」

才人はそう言ってあらためて廃墟に向かおうとして立ち止まり、振り返る。

「・・・ルイズ、念のためだけどよ、あの廃墟に入って、ゆっくり1000数えてもオレが戻らなかったらその銃だけ持ってこの道をまっすぐ走れ。うまくいきゃ、俺の町につく。」

「な、何をバカなこと言ってんのよ!?」

「念のためだよ。それと、もしそれを撃たなきゃならねぇなら躊躇なく撃て。相手が泣いて命乞いしようと容赦すんな。この二つだけは守ってくれよ。」

才人が言い残した言葉の意味がルイズにはわからなかった。

仮に廃墟の中に猛獣がいたとしても才人ならばどうにでもできそうであるし、猛獣が泣いて命乞いなどするはずがない。

しかしルイズは深く考えずにうなずき、才人は周囲を警戒しながら廃墟に入っていく。

「い~ち、に~い、さ~ん・・・」

才人を見送ったルイズは、彼の指示通り、時間を数え始めた。

 

「・・・よんひゃくきゅうじゅうは~ち、よんひゃくきゅうじゅうきゅ~、ごひゃ~く・・・」

半分を数え終わり、ルイズの心に不安の影がさしはじめる。

廃墟からは特に音がしたりはしない。

才人はショットガンと荷物を置いていったため、彼が持っている武器はマグナムとナタだけである。

「(まさか・・・何かあったんじゃ!?)」

ルイズは廃墟に駆け込もうとして思いとどまる。

もし何かあったとして、ルイズが行ってどうにかなるものではない。

仕方なくルイズは数を数えるのに集中する。

 

 ルイズが『600』を数えたとき、奇妙な集団が近づいてきた。

男女混ざった10人ほどの集団で、『馬も繋げずに走る大きな馬車』に乗った彼らは、才人が入っていった廃墟の前に馬車を止めると、入り口の前で何やら相談し始め、それが終わると二手に別れる。

大部分は武器を構えて廃墟の中に入ったが、四人ほどルイズの方に向かってきている。

動物の革で作られた戦闘服の上に、いつぞやの盗賊のような鎧をまとって銃を持った女ばかりの集団だ。

ルイズは彼女たちを見て体が震える。

生きてきた世界が違うというのが、比喩も実際のところも含めて正しい表現だ。

顔にはいくつもの傷、体格もルイズよりはるかに大きく、体つきは隣室のツェルプストーのような男を誘うものとは無縁、かといってルイズのような幼児体型というわけでもない、暴力のために練り上げられた凶悪さを服や鎧の上からでも感じさせるのだ。

「かくれんぼは終わりだ、出てきな!」

威圧するような声が響き、次にパラパラパラと、ルイズが隠れている岩影や、他にも隠れられそうな場所の近くに銃弾が飛んでくる。

「ま、待って、撃たないで!」

ルイズがそう言うと、女達はルイズの隠れている岩以外の、朽木や岩などの影を確認しながらルイズのいる岩影にたどりつく。

「・・・なんだ、売女か。」

「ち、違うわ、行商よ。」

「スゲェかっこした行商だねぇ、何を売ってるんだぃ?」

ルイズはコートを着ているが、大きすぎて前がきちんとあわされておらず、下に着ている破られた、見ようによっては扇情的な服が見えている。

女達はルイズに尋ねながらも突きつけた銃を外さない。

「(逃げなきゃ・・・でも、どこへ?どうやって?)」

銃を持った四人に囲まれたルイズはあることを再び認識したのであった。

才人に会って麻痺していたが、この『州』でもっとも恐ろしい生物は人間である。

才人はこの時のことを言っていたのだ。

「み、水を売ってるのよ。」

「そぉかい?なら、アタイらにも売ってくんないかい?お代はアンタの命だよ!!」

この言葉でルイズは、彼女たちを含む先の馬車に乗った集団が盗賊だと理解した。

どうすればいいかは才人に教わっている。

「(撃たなきゃ・・・殺される!!)」

ルイズは横に置いていたショットガンを見て、手に持っている銃を強く握る。

しかし、それを撃つことができない。

撃とうとした瞬間殺されるのでないかということより、ルイズは銃を撃った結果起こることを恐れたのである。

「(こんなの人に撃ったら死んじゃうわよ!!)」

この世界に来たときと同じだ。

人を殺すことを、たとえそれが自分に危害を加えようとしているとしても、命を奪うのをためらってしまっているのだ。

「・・・にしても、えらくゴツいイチモツもってんな、そいつが客がこねぇ時の相手ってかい?」

盗賊の一人が下品な笑いと共にショットガンをみやる。

「こ、これは連れのよ!」

「連れねぇ、そいつならとっくにくたばってることだろうよ!」

ルイズはそれを聞き、途中で数を数えるのを忘れていたのを思い出した。

ちなみに、何事もなく数えていたとすれば、今は『750』である。

「(そんなはずないわ!あのサイトが殺されるなんてありえないわよ!!)」

ルイズは盗賊にそう言って反論しようとしたが、それより早く四発の轟音が響いた。

四人の盗賊は頭から赤い花を咲かせると地面に倒れ、大地を汚していく。

ルイズが銃声のした方に振り向くと、そこには才人が立っていた。

体は血にまみれ、マグナムに弾を込め直して脇のカバンにそれをしまった才人はルイズを平手打ちした。

「・・・な、何すんのよ!?」

「こっちのセリフだ、それは!!何してんだ!?言ったろ!?撃たなきゃならねぇならためらわずに撃てってよ!それが何、ペチャクチャくっちゃべってんだよ!?」

「盗賊だってわかってたら構わず撃てたわよ!」

「賊かどうかなんざカンケーねぇ!撃たれる前に撃て!銃向けられる前に撃て!銃構えてりゃ撃て!銃持ってりゃ撃て!どうせこんなトコうろついてる連中なんざロクデナシ共だ、ぶっ殺して構わねぇ!!ただそんだけだ!何がムズカシーんだ!?」

一気にまくし立てる才人に、ルイズは言葉を失った。

彼女は才人に一つ、大きな誤解をしていたのだ。

このような荒廃した世界で、どこの誰かもわからない、なんの力も持たない者を助ける高潔な人間だと思っていた。

しかし、才人も盗賊達と同じ穴のムジナだったのである。

なぜルイズによくするのかは彼女にはわからないが、彼女を何かしらひいきしているだけなのだ。

「・・・ったく、念のため残しといてよかったな。来いよ、あの中は掃除しておいた。」

ルイズは才人にも大きな不信感を持ってしまったが、ここで『ハイ、サヨナラ!』してしまえば、才人の町にもおそらく入れない。

そのまま野垂れ死ぬのがオチである。

そもそものところ、もしそうしたとすれば才人は迷わず彼女を後ろから撃ち殺すだろうともルイズは考える。

才人についていく以外、生き残る方法がないのだ。

ルイズはバイクを手で押して歩く才人に続いて廃墟に入り、すぐさま踵を返して外で嘔吐した。

中は血と元は人間であった肉塊の海だったのだ。

全て肉厚の刃物で惨殺され、人の原型をとどめている者がほとんどいない。

頭をかち割られていたり、腕を失って首の動脈を切られていたり、首を切り落とされていたり、足を切り落とされていたりと、スプラッタな部屋を見てルイズは耐えられなくなったのである。

「心配ねぇよ、上の、親分格連中の部屋はキレイなモンだからよ。」

「そ、そういう問題じゃないわよ!アンタは平気なの!?こんな死体の山上で寝るなんて!!」

これに才人は首をかしげる。

「何言ってんだ?今さら、死体の山とか?」

「・・・どういうことよ?」

また、ルイズがこの世界について知らないことがからんでいるのだ。

「常識だろ?200年くれぇ前か、世界中を巻き込んだ戦争があったんだぜ?どこもここも死体の山の上じゃねぇか。」

「世界中?」

ルイズの頭の中では、ハルケギニアで行われるような、魔法を使えぬ平民の傭兵が隊伍を組んで剣戟を交え、火打石銃の銃火が飛び交い、メイジの貴族が幻獣にまたがり貴族同士の一騎討ちをする戦争が、ハルケギニア中、それもエルフまでまざって戦っている光景が流れた。

「あの放射能をばらまく爆弾を何万発も撃ち合って、昔の世界はたった一日で焼け野原になったってよ。ここ、『アーソー台地』だって、戦争前はデケェ山だったらしいけど、一発で山が消しとんでこんなになったらしいぜ?」

「一発!?山が!?」

ルイズの知る爆弾というと黒色火薬を使った爆弾で、鉱山などの発破採掘、古い建物の破壊、あまり一般的ではないが、魚を衝撃で殺して捕る『発破漁』に使われる。

そして戦争で使うとなるとただの手投げ爆弾で、馬や幻獣を驚かすくらいにしか使えない。

そんな爆弾がたった一発で山を吹き飛ばしたなど、想像もつかないのである。

その上、猛毒をばらまき、200年も水を汚しているなど、彼女の常識では考えられないのだ。

「まさか、知らねぇなんてことねぇよな?」

才人がルイズにそう尋ねるが、ルイズは何も答えない。

彼女の頭の中で戦争をしていたハルケギニアは、才人の話ででてきた、『一発で大きな山を吹き飛ばし、200年も猛毒を残す爆弾』で死の荒野に変わってしまったのだ。

そして考えたことが口をついて出る。

「ねえ、その戦争ってどこが勝ったの?」

「さぁ?オレも詳しくねぇけど、そのころあった国はぜ~んぶ滅んじまったっていうから、勝ったヤツなんざいねぇんじゃねぇか?ま、そんなことより、いいモンがあるんだよ。」

そう言って才人はルイズについて来るよう促し、死体だらけの廃墟に入ると『金属の棺を縦にしたような箱』の前で立ち止まった。

「いいモンってまさか、ミイラとかじゃないわよね?」

「でぇじょーぶだって、まだ生きてるぜ。」

そう言って才人が『棺』を開けると、中には子どもが座っていた。

金属の手枷で『棺』の中を通る棒に戒められている、年のころは10にも満たないであろう、小汚ない少年だ。

ルイズは棺の中を見てそれが金属製のクローゼットのようなものだと理解するが、それ以外は何なのかわからないルイズは目線を合わせて話そうと、彼の前にしゃがみこんだ。

「えっと・・・ボク?こわい人はみ~んなこっちのお兄ちゃんがやっつけて・・・」

「・・・ペッ!!」

ビチャッと、子どもの吐いたツバがルイズの顔にかかった。

「な、何すんのよ!?」

「バ~カ、オレがそんなメンドクセーことするかよ?」

才人は笑いながら続ける。

「コイツはな、連中のガキなんだよ。」

「そういうことは先に言いなさいよ!」

ルイズの抗議を才人は受け流しただひと言、ルイズに命じた。

「始末しろ。」

ルイズは才人の言った言葉の意味が理解できなかった。

いや、彼女も理解はできるのだ、この言葉がハルケギニアと州で違うはずはない。

ただ、頭が理解するのを拒否しているのだ。

「そのハンドガンは引鉄引きゃあ撃てる。外しても問題ねぇ、弾倉一杯、チャンバー合わせて27発、全部外す方が難しいぜ。」

才人はルイズに、この少年を処刑するように言っているのだ。

ルイズだってわかっている、そしてこれが、ハルケギニアでも、戦争で捕虜の処刑というのは新兵がやらされる仕事の一つだというのも知識として知っている。

そして肉食動物が子どもに狩りを教えるために、わざと生きたまま弱らせた獲物を与えて練習させるという話も聞いたことがある。

才人はルイズに、生き残るための『人の殺し方』を教えようとしているのだ。

ルイズは才人の言葉に思考停止して少年の目を見る。

その目は怯えなどない、親を殺した才人『達』に対する復讐心に燃えている。

もし彼を解き放てば、間違いなくルイズ、そして才人を殺そうとするであろう。

ドクン、ドクンと、ルイズの心臓が彼女の耳に鼓動を伝える。

才人に『お礼』をしようとした時とはまったく違う。

彼女は少年に怯えているのだ。

手枷で金属製のクローゼットにつながれ、身動きも取れない少年が、ルイズにはデスクローよりも恐ろしく見えている。

そんな彼女の耳元で彼女の声そっくりの悪魔がささやく。

『どうしたのよ?ちゃっちゃと殺っちゃいなさいよ?』

一瞬で真っ暗な空間に放り出されたルイズは、振り向いて声の主に銃を向けようとしたが叶わない。

なぜなら、銃はすでに『悪魔』にかすめ取られてしまっていたからだ。

『こんなのでアタシが殺せるとか思ってるワケ?アッハハ~!チャンチャラおっかしいわね~!!魔法でも死ななかったアタシに、こんなの通じるとでも?』

「ふ、ふんだ!死に損ないにトドメ刺すには十分よ!!」

『そ~なの?』

そう言って『悪魔』・・・もう一人のルイズは、ルイズに銃を向ける。

「ヒッ!?」

ルイズが目を閉じ、頭を腕でかばいながら顔を背けると、

『ぱぁん!』

と、もう一人のルイズが口で音を真似し、バカにされたと気づいたルイズが怒鳴り付けようともう一人のルイズをにらむと、彼女は自分のこめかみに銃口を当てていた。

『パァンッ!!』

今度は引鉄が引かれ、もう一人のルイズの頭から黒い血しぶきが吹き出る。

「キャアアアァァァ!!!」

目の前で自分の顔そっくりの『悪魔』の自殺に、ルイズは悲鳴をあげる。

しかしもう一人のルイズは頭から黒い血を流しながらも涼しい顔で、ニヤニヤしながらルイズに歩み寄ってくる。

『ね?効かないでしょ?』

「この・・・!!」

『でもでも、人間殺すには十分なのよ、コレ!』

クルクルと、銃を指で回転させながらもう一人のルイズはそう言った。

「あ、当たり前よ、それで撃たれたら人間なんて簡単に死んじゃうわよ!」

『じゃ、あんな子供一人殺すのなんて簡単よね?』

もう一人のルイズは銃口を自分側に向けて、ルイズの手にグリップを持たせる。

その瞬間、ドクン!!と、ルイズの心臓が強く脈打つ。

『ねぇ、アンタさ、今まで何回お肉を食べた?』

ルイズの迷いを見透したかのようにもう一人のルイズが尋ねると、ルイズは首をかしげる。

「そんなの、いちいち数えてるわけないじゃない。」

『じゃあさ、どうしてお肉を食べるの?』

「そんなの生きるために決まってるじゃないの。食べないと死んじゃうんだから。」

要領を得ないもう一人のルイズの質問に、ルイズは苛立ちを覚え始めた。

しかし、もう一人のルイズはいつもどおりどこ吹く風でケタケタと笑い始める。

『それとおんなじよ!あの子供を殺さないと遅かれ早かれアンタは死んじゃうんだから!!』

「な!?どこが一緒なのよ!?」

『まずさ、あんな抵抗もできない子供すら殺せなかったらサイトは間違いなく愛想尽かしてアンタなんか捨てていくわよね?そうなったらアンタ、野垂れ死にかくて~!!そして、あの子供、アンタも復讐のターゲットにしてるわよ?アタシだったら強そうなサイトより、弱そうなアンタを先に狙うわ、ハイ、死亡かくて~!!』

ルイズは言い返そうとするが、言い返す言葉を思いつかない。

実際、もう一人のルイズが言う通りになるのは明白である。

『それがイヤなら、ちゃっちゃとあんな子供殺して、ケダモノになることね!』

もう一人のルイズは言うだけ言うと姿を消し、いつものように刹那の間しか過ぎてない現実の世界に戻る。

子供はいまだにルイズを強くにらみ、才人が後ろで殺す瞬間を見守っている。

「・・・!!」

ルイズは引鉄に指をかけ、少年の眉間に銃口を向ける。

何も難しいことはない、引鉄を引けば少年は死ぬ。

この場になってルイズは才人の言っていた意味がわかった。

殺されたくなければ殺すしかない、そうやって言うなれば人ならざる者が決める死の采配が自分に降りかからぬようにするのだ。

しかし、銃口が震え、ルイズの目に映る少年の姿がぼやける。

ポトッポトッと、彼女の足元に水滴が落ちる。

ルイズは泣いているのだ。

当然だ、何の抵抗もできない子供に限らず人を殺すなど、ある程度の文明社会で生きている者にできるわけがないのだ。

そしてそれこそが、本来ならば人として当然のことなのである。

「・・・たない・・・」

「・・・ンだよ、殺ンなら殺れよ!コラァ!!」

「わたしは撃たない!!」

ルイズがそう叫ぶと同時に、

『パァン!!』

と、乾いた音が響き、

『カァン!!』

と、金属が割れる音が続く。

銃弾は少年の手枷を撃ち抜き、彼を戒めから解放したのだ。

誰がどう見ても、わざとルイズが少年の手枷を壊したのは明白である。

才人はすばやくマグナムを抜くが、ルイズは少年の盾になり、撃つのをためらう才人に、

「撃たないで!」

と、制止する。

そして彼女は少年に自分が持つ銃を渡した。

「道に沿って歩けば、運が良ければどこかの町に着くわ。そして、生きなさい、生き延びなさい。この銃は貸してあげる。いつか返しに来ればいいから。」

「待て、それ、オレの銃・・・」

才人が小声で抗議するが、ルイズは

「アンタ三挺も持ってるんだから一挺くらいいいでしょ!!」

と一蹴し、銃を少年に渡した。

少年は銃を奪い取ると、まずルイズに向ける。

「オイ、ガキ、わかってると思うけどよ、お前がその銃をこの女やオレに撃ったら、容赦しねぇぜ?」

少年もわかっている、今この場では才人はおろか、ルイズを相撃ちに取ることすら不可能であることは。

少年はズボンの後ろにピストルを挟むと立ち上がる。

「テメェら、後悔させてやるからな!ゼッテェ後悔させてやるからな!!!」

「ったく、早く行け!」

才人は少年を追い払うと、ルイズを壁に追いつめるように立ち、このようなことをした理由を問いただそうとした。

「なぁ、何考えてンだ?オレ、始末しろって言ったよな?」

「わかってるわよ。でもね・・・」

ルイズは自分の考えをまとめて、才人に話す。

「わたしは、人でいたいの。」

ルイズが言ったことの意味がわからない才人に構わずルイズは続ける。

「人は自分で考えて決めるから人だって思うの。もし、あの子を撃ったらわたし、こっちでする事は全部あなたのせいにしちゃうと思う。そうなったらもう、わたしは人じゃない。だから・・・」

「代わりに死んでも構わないってか?」

才人は腰を折るように、ルイズの考えを聞いた感想を話す。

ルイズにもわかっている、彼女は才人が助けなければ今日だけで二回、この世界に来てから『運良く助かった』ことも含めればすでに五回以上死んでいる。

それを踏まえた上でルイズは答える。

「死ぬのはイヤよ。でも、誰かに『生かされる』のはもっとイヤ。自分で決めて生きたい。それなら死んじゃっても、誰のせいにもしないでいいから、後悔しないわ。」

ルイズの答えは力強く、才人は目をそらすとルイズに背を向ける。

「なら、好きにしろよ。」

ぶっきらぼうな答えを聞いたルイズは覚悟を決める。

才人にここまで言った以上、一緒に行くのは許されないだろうと。

ルイズは才人に頭を下げると、彼に背を向け、廃墟を出ようとする。

「どこ行くんだ?もう日が暮れちまうぜ?」

廃墟を出ようとしたルイズは急に才人に呼び止められ、驚いて振り向く。

「え・・・だって、好きにしろって・・・」

「オレと同じ空気吸うのもイヤだっつーんなら止めねぇけどよ、このあたりで夜中に出歩くのは自殺行為だぞ?」

才人は廃虚の外、今は出ていった少年も見えなくなり、夕焼けの赤が夜闇の黒に塗り替えられていくのを指す。

「あら?何?あの光・・・」

人型の光が、フラフラと同じような歩き方をする光らない人型を連れて歩いている。才人はルイズに二つ繋がりになった望遠鏡を渡す。

「変な望遠鏡ねぇ、えっと、こう?・・・っ!?ゾ、ゾンビ!?な、何であんなにたくさん!?」

ルイズは光とそれに付き従う者達を見て小さく悲鳴をあげた。

それらは、腐って乾ききった歩く死体だったのである。

そのリーダーのようなものだけは体が光っているのだ。

ハルケギニアでは、うち捨てられ、埋葬されず、偶然にも他の動物に食べられたりしなかった死体が動き始めることがままある。

ルイズ達ハルケギニア人はそれを『悪魔に魂を盗まれた者』と考え、その総称が『ゾンビ』なのだ。

「お前のいたとこじゃゾンビって呼んでたのか?俺達は『グール』って呼ぶけど、それはいいんだどっちでも。200年前の戦争で放射能浴びて死に損なったヤツの成れの果てって話だ。脳ミソだけくたばって、体は食いモン探して動き続けるっつうキメェ奴らだよ。」

才人はそう言って扉を完全に閉めると、閂をかけた。

「まぁ、五感は限りなく弱ぇから爆音立てたり、目の前に出たりしなけりゃ問題ねぇし、昼間はどっか暗ぇとこに引きこもってるみてぇだからやり合うこたぁ少ねぇけどよ、やるとなったら灰になるまで燃やすか、粉々にするつもりでバラさねぇとビビりもしねぇでアタマ数に任せて向かってくる厄介なヤツだ。ヤツらとやり合うってんなら止めねぇぜ?」

「・・・遠慮するわ。」

ルイズもさすがにそのような怪物達と夜通し戦うなど考えたくもなかった。

そして一人で放浪している最中に遭遇しなかったのを、この世界へ飛ばされてから八割型失った信仰心でハルケギニアの神というべき存在、ブリミルに感謝する

「賢明だ。それに、町に連れていくって約束したろ?それくらいは守らせてくれよ。」

才人がそう言ったのに、ルイズはうなずく。

「・・・ってサイト!血、血!!」

ルイズは今さらながらに才人が血まみれなのを思い出す。

「あ、これか?心配すんな、返り血だよ。まぁ、盗賊のアジトなら水の蓄えもあるだろ。こいつらにはもう必要ねぇんだしな。」

そう言いながら才人はルイズの目の前で戦闘服を脱ぎ始める。

「だから少しはデリカシーを・・・」

ルイズはそう言いながら才人に背を向ける。

「これは一人言だけどな・・・正直、お前みたいな考え方ができるのってうらやましいぜ。」

「え!?ひゃん!」

つい振り返ってしまったルイズはパンツ一丁の才人の後ろ姿を見てすぐ背を向ける。

「お、あった。正直、オレだって昔は殺すの嫌だったんだよな。」

ジャバジャバと、才人が頭から水をかぶる音がルイズに聞こえる。

「けど、殺らなきゃ殺られる。いつの間にか考えるのもやめちまってたよ。」

水を浴びる間も才人はルイズに聞こえるように一人言を続ける。

「考えてねぇから決めてもねぇ。そんなのはもう人間じゃねぇ・・・もし、州が一人残らずお前みたいなヤツばっかりになったら・・・」

才人の一人言を聞くルイズは耳まで真っ赤になっている。

「わたしもお水!!」

「てオイ!?」

ルイズは話の腰を折りながら、才人が浴びていた水にコートを脱ぎ捨てて割り込んだ。

太陽熱で蒸留された水を貯めている貯水槽につけられたコックはルイズの頭くらいの高さにあり、潜り込んだだけでルイズは頭から水をかぶることができる。

すでに5日も風呂どころか水もかぶっていないルイズにとってそれは心も洗われるような気分であった。

しかしすぐ、後悔することとなる。

「透けてるぜ。」

「~~~~~!!!!!」

悲鳴をかみ殺したルイズは、主に濡れたブラウスが身体にはりついて透けており、乾くまでの間、つまり一晩中、裸に才人のコート一枚を着るハメになったのであった。

 




では、前回のクイズの答えを。

州は、日本の九州です。
ここを選んだ理由は、首都圏や中枢部から離れているから、戦争直前の情報がほとんどなくても不自然じゃないからです。
それと、九州ならば行ったことのある場所が多いからイメージしやすいというのも。

設定の捕捉

火の国
州の中心であり、もっとも人口が多い国です。
名前は熊本の旧国名をそのまま使っています。
城郭街という、最終戦争よりはるか昔に建てられた城とその周囲がダイヤモンドシティのようになっていて、街の警察機構『バット隊』が警備しており、物流も盛んでここに住むことが州の人間の憧れです。

アーソー台地
火の国の東にある広大な台地。
猛獣とレイダーの巣とも言われ、隊商が通るのは『どうぞ襲ってください』といっているようなものです。
ですがアーソー台地の反対側は州で唯一、農作物の種を生産することができる『湯の国』があり、才人は危険を犯してここを往復している途中でルイズと出会いました。


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第四話 三菊の町

 廃墟で一夜を明かした才人とルイズは町を目指してひび割れ草むすアスファルトの上を行く。

「ねえ、あとどれくらいでつくの?」

ルイズは朝から歩き続けて三時間ほどして才人にそう尋ねた。

彼女も体力に自信はあったが、所詮はハルケギニアのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの中での話だ。

毎日がサバイバルな州の人間と比較する方がかわいそうだろう。

「もう見える頃だ・・・ッ!?」

才人は立ち止まり、ルイズの背をつかんでしゃがみこむ。

「な、ムグッ!?」

「静かに、硝煙の臭いがする。」

才人はそう言って荷物から双眼鏡を出し、小高い丘の上まで這っていく。

「硝煙の臭いって、何もしないけど?」

ルイズも後に続いて這っていくと、丘の向こうに町が見えた。

丘はすり鉢状のくぼ地になっており、川が流れ込んで大きな湖を作っている。

その中に浮かぶ小島のような水上都市があり、周囲は壁で囲われているのだが、その壁にマイアラークが群がっていたのだ。

「あれ、あの時のオバケ蟹!?」

驚くルイズの隣で才人はショットガンのスライドを引きながら笑みを浮かべる。

「帰って早々幸先がいいなぁ、今日はマイアラークパーティーだ!!」

走り出そうとした才人を、ルイズは彼の腕に抱きつくようにして止める。

「ちょっと、あの数よ!?考えなしに突っ込むなんて自殺行為よ!!」

才人は確かに笑っていた。

しかしその笑顔は怒りでひきつっていたのである。

マイアラークの武器は堅牢な甲羅もさることながら最も恐ろしいのは数の暴力だ。

いくら才人といえど、マイアラークの群れに、それも敵のホームグラウンドたる水辺で正面切って戦うのは無謀以外の何物でもない。

才人は深呼吸して気を落ち着ける。

「悪かった、少し頭に血が上ってた。」

「もう!」

頬を膨らませるルイズに、才人は水の缶を差し出す。

「一杯やろうぜ。そうすりゃオレも頭が冷えるからよ。」

ルイズはそれを受け取ると、以前才人がやったようにプルタブを使って缶を開け、才人が差し出した缶に自分の缶を軽く当てる。

グイッと二人で水を飲み干し、才人は荷物から鏡と小さな黒い箱を取り出して、まず鏡で光を反射して町の方に信号を送る。

『コチラ才人。今、帰ッタ。回線「ハ」ニ合セヨ』

光でそう合図した才人は黒い箱・・・通信機を『ハ』を意味する周波数に合わせる。

『才人!!今の今までどこをほっつき歩いとったと!?』

無線から女の叫び声が聞こえ、才人は無線機から耳を離してやり過ごしてから返答する。

「仕方ねぇだろ?アーソー台地越えてたんだからよ。」

『まぁええわ、西ゲートのマイアラークが手薄やけん、そっち回って!』

「りょーかい。」

才人は無線をつけたまま首から吊るし、荷物を下ろして銃といくつかの弾薬、そしてルイズが胸に抱けるくらいの大きさの袋を取ると、ルイズに着いてくるよう促し湖の岸まで降りる。

「どうするの?船なんて漕いでたら囲まれるわよ?」

「手漕ぎ船なんて使わねぇよ、ホラ。」

才人の指す先には、船の上がバイクになったようなものが岸に乗り上げられていた。

「バイク?」

「ああ、水上バイクだ。それとこれ、持ってろ。」

才人はルイズに先の袋を渡した。

袋は口を締めるヒモがそのまま肩ヒモになる、いわゆるナップサックで、中身はルイズの読めない文字が書かれた袋で小分けされている。

そしてその袋はルイズが思っていた以上に重かった。

「ク・・・持ってろって、何が入ってんのよ?」

「種だ。落としたりしてみろ、全裸、素潜りで取りに行かせるからな。」

「そんなぁ!?」

「ま、冗談だけど落とすなよ。そしてしっかりつかまってな。」

才人は水上バイクに乗るとナップサックを担いだルイズがその後ろに乗り、エンジンをかけ、マイアラークが群がる町へ突き進んでいく。

「どけえええぇぇぇ!!!」

才人は片手でショットガンを振り回し、進路を塞ぐマイアラークの足を撃つ。

マイアラークは甲羅こそ頑丈であるが、足などの末端部や甲羅の陰になる顔は比較的脆いため、狙いやすい足を撃って怯ませるか、狙えるなら頭を撃ってマイアラークの群を切り抜けているのだ。

「ピギイイイィィィ!!!」

「ヒッ!?『錬金』!!」

ルイズの真後ろに水の中を潜ってきたマイアラークが迫り、ルイズはとっさに『錬金』を唱えてマイアラークを吹き飛ばした。

「しっかしお前の『失敗』だっけか?スゲェ威力だな。」

「そうなの?このオバケ蟹、大したことないでしょ?」

「甲羅の上からとなりゃ話が別だ。お前はカンケーなしに殺っちまってるだろ?」

才人が足や狙えるときだけ頭を撃っているのに対し、ルイズの失敗魔法はマイアラークの甲羅ごと破壊している。

そもそも錬金の失敗魔法でなければひどい命中率なのだから狙撃する必要がないのは幸運だ。

「そう・・・あんまり失敗とか悲観しなくていいのね!じゃあ飛ばしていくわよ!!ファイア・ボール!ファイア・ボール!!ファイア・ボール!!!」

調子に乗ったルイズは失敗魔法を連発するが、ファイア・ボールの失敗魔法ではまさに『下手な鉄砲数撃てば当たる』状態で、三発に一発が至近弾、直撃はその三分の二である。

しかし威力だけはあり、至近弾でも十分行動不能にしている。

『なぁ、才人?後ろの子?なんかよぉわからんこと叫んどるん?』

無線から先の女の声が聞こえてくる間もルイズは魔法を切らさず、才人は爆音で無線の音が聞こえないため大声で答える。

「ああ!ちょっといろいろあって連れてきたんだよ!」

『色々はあとで聞くわ、開けるけん、突っ込んで!』

無線がそう言うと西ゲートが開き、才人がその中に滑り込むと同時にゲートが閉じはじめる。

「こいつのナップサックに種が入ってる、オレはすぐ出るから頼んでいいか?」

ゲートの中は船着き場になっており、槍のように長大な銃を持った民兵がルイズを桟橋に抱えあげると才人はすぐさま反転し、閉じる寸前のゲートから外に飛び出した。

ルイズを下ろして身軽になり、町の援護も受けられるとなれば才人にとってマイアラークの群は御馳走の集団に成り下がる。

「あ、待ちなさい!!行っちゃった・・・」

「嬢ちゃん、局長なら大丈夫だから心配しなさんな。とにかく種を姐さんに届けねえと。」

そう言って民兵はルイズからナップサックを受け取り、ルイズを連れて『姐さん』の元を目指す。

壁の上に登って指揮所を目指す民兵とルイズは走りながら話す。

「ハア、ハア・・・姐さんっていうの、さっきサイトと話してた人?」

「多分そうだが、何分その話を聞いてねえもんでね。」

ルイズはすでに息があがっており、とうとう走れなくなって座り込んだ。

「おい、何してる!?」

「ゲホッゲホッ!ご、ごめんなさい・・・先、行って・・・」

「いや、ここは危ねぇから、歩いてでも・・・うわ!?」

ルイズに手を貸そうとした民兵にマイアラークが飛びかかってきた。

「な!?どうして!?」

間一髪でルイズを突き飛ばし、自分もマイアラークの攻撃を避けた民兵が壁の外を見ると、数匹のマイアラークが折り重なり、軍隊アリのように階段を作っていたのだ。

「ゴホッ!れ、れ、錬金!!」

同じく外を見たルイズは咳き込みながらもマイアラークの階段を失敗魔法で吹き飛ばし、後続のマイアラークを上がってこれないようにする。

「でかした!あとはコイツだけ・・・」

民兵は銃の手前にあるハンドルを引き、マイアラークに向けて銃弾を放った。

彼が持っていたのは50口径ライフル、人に当たれば原型をとどめないほどの威力を誇る、いわゆる対物ライフルだ。

しかし民兵は焦って引鉄を引いたため、マイアラークの甲羅にかするような形で当ててしまい、マイアラークはほぼ無傷、むしろマイアラークは怒りに任せて民兵に襲いかかってきた。

「しまった、うわぁ!?」

「ピギイイイィィィ!!!」

民兵は銃を盾にしてマイアラークの爪を防ぐが、マイアラークを人間の力で止め続けるのは不可能だ。

「クソ、嬢ちゃん、その種を持ってこの先にいる姐さんのトコへ行ってくれ!」

「ゴホゴホ・・・無理よ、見捨てていくなんて・・・」

「このままじゃ嬢ちゃんまで・・・グ!!」

マイアラークの爪が民兵の肩に刺さり、ルイズはとっさに杖をマイアラークに向け、錬金の失敗魔法を使おうとして思い止まる。

「(ダメ!この人を巻き込む!!)」

ルイズは先ほど自分の失敗魔法に自信を持ったが今、弱点を知った。

威力が強すぎるのだ。

「この・・・離れな・・・さいよ!!!」

ルイズは近くに転がっていた木の棒切れでマイアラークをガンガンと叩くが、ルイズの力ではマイアラークに傷ひとつつけることもできない。

「もう・・・いい、十分だ・・・」

「諦めちゃ、ダメ!!」

「そこのピンク!!」

むなしく棒切れで、マイアラークの回りを回りながら叩くルイズの背後から彼女に呼びかける声が響いた。

退()きいいいぃぃぃ!!!」

ルイズがとっさに横へ跳ぶと、マイアラークにトゲ棍棒がめり込み、壁の外へ吹き飛ばした。

トゲ棍棒でマイアラークを殴り飛ばしたのは黒いワンピースに白いエプロンの、いわゆるメイド服を着た少女であった。

棍棒を持つ左腕と足元にヒビを入れている右足は無骨な義肢、へたりこむルイズを見下ろす目は鋭いが顔のつくりはどこか柔らかい、そばかすがチャーミングな黒いショートボブの彼女は静かにルイズへ尋ねる。

「キャンユースピークジャパニーズ?」

「え?なに、なに?あなた、何て?」

「なんよ、言葉、わかるやん!」

メイド服の少女はあきれたようにため息をついてルイズに右手を差し出す。

「ここで話しとるヒマはないけん、そっちの銃持ってついてきてくれんと?」

ルイズは少女の手を取り立ち上がると、言われたとおり民兵が持っていた銃を取り、少女は民兵に肩を貸して立たせた。

 

 指揮所に駆け込み民兵を衛生兵に引き渡すと少女は無線機を取り、才人と話す。

「こちら指揮所、才人、今どうしちゅうと!?」

寧夢(ねむ)か?オレなら外で遊撃してるけどよ、ルイズはどうした?』

「まっピンクの髪の子よね?ここにおるけん心配せんでええよ。それより、大丈夫なん?」

『ちょっとマズいな、予想より多い。クイーンがいるかもしれねぇ。』

無線機で才人と少女・・・寧夢が話すのを聞いていたルイズは、『クイーン』という言葉に不吉なものを感じて寧夢の無線機に横から叫ぶ。

「サイト、何かあるなら逃げて!」

『オ、オイ、誰だ今の!?ってか、何て言ったんだ!?』

「才人こそ何言うとると!?ルイズやん!!危ないと思ったんなら帰って来てって。」

『ッ!!やっぱりいた!!マイアラーク・クイーンだ!!』

才人の叫び声を聞いた寧夢は指揮所の天井に登りルイズもそれに続いて、寧夢は双眼鏡で、ルイズは肉眼で町の周囲を見渡す。

するとちょうど、くぼ地に流れ込む川が作った切り通しを突き崩して巨大なマイアラークが現れたのであった。

「な、な、なによ!あのふざけた大きさのオバケ蟹!!」

「あれがクイーンや!クイーン言うだけあって、純粋な生物兵器のデスクローと互角以上言われとる!!」

マイアラーク・クイーンの背丈はデスクローより大きく、本当に互角なのかと思わせるほど遠目でも恐ろしい。

その近くでアリのような影が走り回っている。

「あ、あそこにいるのサイトじゃない!?何してんのよ!?」

「・・・一人で戦う気や。」

寧夢がそう呟くとルイズは杖を抜いて力一杯声を張り上げて呪文を唱える。

「ファイア・ボール!!!」

しかし、何度唱えてもせいぜい五分の一くらいの距離までしか届かない。

「ファイア・ボール・・・ハアッハアッ・・・」

とうとう爆発も起こらないようになってしまい、ルイズが膝をつくと、となりに寧夢が座り込む。

「さっきから起こっとった爆発、アンタのやったん?」

「・・・ええ、でも・・・何よ!この役立たず!!」

ルイズはかんしゃくを起こし、杖を投げ捨ててしまった。

寧夢はルイズの投げた杖を拾って、

「そんなこと言うたらいけん、自分のお陰でウチらは助かったんやから。ただ、今に合うてない言うだけの話なんや。やけんね、今できること、さがそ?」

と、元気付ける。

「・・・そうよね。そうだ!」

ルイズは何かを思い出したように指揮所に飛び降り、あるものを引きずって屋根に戻ってきた。

 

 話を少し戻し、マイアラーク・クイーンが出たとき、才人はすでに兵隊のマイアラークを全て片付けてしまっていた。

クイーンはその仇を取ろうとしているかのように丘の一部を突き崩しながら現れ、才人に向けて酸を吐いてくると、才人はそれを水上バイクでジグザグに滑りながら避けていたがとうとう、水上バイクに酸が当たってしまい、腐食する水上バイクから飛び降りて地上戦に移った。

「(荷物、置いてきたのがこんなとこで仇になるたぁツイてねぇ・・・)」

才人はマイアラーク・クイーンまで相手にするのは想定していなかったため弾薬をあまりたくさん持ってきていない。

そして兵隊のマイアラークもやけに数が多かったせいで、ショットガンの弾丸はあとわずかしかない。

その少ない弾丸をクイーンはすり減らせるような武器を大量に有しているのだ。

「ゴバァッ!!」

「こんな時にガキ吐きやがって!!」

クイーンは兵隊に卵を遠くへ運んでもらうのとは別に、懐に幼生を住まわせて獲物にけしかけ、肉の味を覚えさせる。

その幼生を才人にけしかけてきたのだ。

一匹一匹は甲羅もない、大きなナメクジのような幼生マイアラークはショットガンの散弾一粒でも受ければ死ぬほど脆弱だが、これも数に任せて襲いかかってくるため、ものすごい勢いで弾丸を消耗してしまうのだ。

「クソッ!弾丸切れ!!」

才人はショットガンを捨ててマグナムを取り出し、丘の上を目指して走る。

こうなってしまっては一つしか方法がない、マグナムの弾丸が無くなるまで顔に連射し続けてクイーンが死ぬのに賭けるしかない。

「雑炊の具にしてやるから大人しくクタバレ!!!」

才人の放った六発の44マグナム弾がマイアラークの顔面に吸い込まれていく。

 

 一方、才人のショットガンの弾丸が尽きた頃、ルイズが指揮所の屋根に先の民兵が持っていた銃を転がした。

「これなら届くかしら!?」

「たしかに届くわぁ、けどね、こんなの当たらんよ!」

50口径ライフルは対人なら2㎞先でも殺傷力を保持していると言われている。

これがマイアラーク・クイーン相手ならば1㎞くらい、甲羅を避ければ頭部を撃ち抜くことも可能だ。

しかし、そんな距離で当てられるスナイパーなどそういるものではない。

「やってみないとわかんないわよ!!」

ルイズは手足をプルプルと震わせながら銃を持ち上げ、先の民兵の見よう見まねで弾丸を装填し、引鉄を引いた。

「うにゃあ!?」

『ズドオオオォォォン!!!』と、大砲のような銃声と共に弾丸が発射されるとルイズは反動で後ろにすっ転び、弾丸はマイアラーク・クイーンの頭の甲羅を掠める。

「イタタ・・・エアハンマーみたい・・・」

ルイズが50口径ライフルの感想を呟くと、弾道を双眼鏡で見ていた寧夢が興奮ぎみに詰め寄る。

「ねぇ、ウチが押さえとくけん、もっかい撃って!」

「え!?でも・・・」

「説明しとるヒマ無い!!はよせんと才人、喰われてまう!!」

と、ルイズを急かせ、ルイズが伏せて銃を構えた上に寧夢がまたがり、銃とルイズの体が跳ね上がらないように押さえるという体勢にした。

「反動はウチが押さえ込むけん、アンタは狙うのに集中し!!」

ルイズは寧夢の言うとおり、遠くに見えるマイアラーク・クイーンの頭を狙って集中する。

すると全てがスローモーションになり、マイアラーク・クイーンの頭部が拡大され、その横に87%と書かれているのが見える。

「(何かしら、これ?)」

迷うヒマはなかった。

視界の端で、才人がマグナムで必死の抵抗を続けているのも見えるからだ。

「(当たって!!!)」

ルイズは無心で引鉄を引き、素早く装填して撃ち、さらに装填して撃つ。

この三連射は上で銃とルイズを押さえる寧夢には目にも止まらぬ早さで、放たれた銃弾はマイアラーク・クイーンの頭部、それも寸分たがわぬ場所に当たり、貫通した。

そして才人のマグナム早撃ちもルイズの狙撃と同時にクイーンの頭部にヒットし、巨体がズシンッ!と大きな音を立てて地に伏す。

「今の、V.A.T.S!?そんなはず・・・」

寧夢が驚きながら立ち上がり、ルイズはその下で伸びている。

クイーンが倒れたことで緊張の糸が切れたのだ。

『こちら才人、クイーン沈黙!被害報告!!』

無線機から才人が問いかける声が聞こえると、寧夢が町全体から被害報告を聞き取り、才人に伝える。

「こちら指揮所、負傷者多数なれど死者は無し。」

『わかった、それとクイーン撃ったの誰だ?』

「才人の連れてきたチビちゃんよ。どしたん、この子?すご腕のスナイパーやんか!!」

ルイズの放った弾丸は全て正確にマイアラーク・クイーンの頭部を捉えていた。

反動の問題さえなければ、最初の一発も当たっていたことであろう。

『マジかよ!?とにかく戻る・・・って、水上バイクやられてたな。迎えをよこしてくれ。荷物もあるからよ。それとちょっといいか?』

才人が寧夢に頼み事をして無線を切ると、寧夢は才人の迎えを手配してルイズを起こす。

「平気?立てると?」

「ええ・・・それと、才人もそうだったけど、わたし、チビちゃんとか言われる歳じゃないわよ?」

「え?10歳くらいと違うん?」

「これでも今年で17よ!」

「ウソ!?やったら歳上やんか!」

そう言われたルイズはあらためて寧夢をまじまじと見る。

先ほどは鋭かった目線も戦いが終わって本来の柔和なものに戻り、チャーミングなそばかすと幼顔はたしかに年下と言われても頷けるものがある。

しかしルイズは二つの部分で彼女を年下とは思えなかった。

まず一つはツェルプストーとそう変わらないであろう身長、そしてもう一つは同じくさほどの差が無いと見える胸の膨らみである。

「じゃったらウチから自己紹介するのが礼っちゅうもんやね。ウチは寧夢(ねむ)。佐々木寧夢よ。このミギクの町で技師長をやっとる。」

技師長というのをルイズは職人ギルドの長といったものにあたると考える。

かつてのルイズであれば、

『所詮平民なんだから大したことないわ!』

と、考えたことであろうが、州の技術の片鱗・・・ハルケギニアの冶金術、錬金の魔法では到底再現できそうにない銃器、地上をドラゴンに並びそうなほどのスピードで走る鉄の馬『バイク』に、ハルケギニアではとても再現できない水上都市と、州は魔法がない代わりに平民の技術が桁違いなのである。

そしてルイズも意図的に身の上を隠して自己紹介する。

「わたしはルイズ。デスクローに追い回されてたところをサイトに助けてもらってね。行き場もないわたしをここまで連れてきてくれたのよ。」

「そうなん?やったら姉さん、しばらくここにおったらええわ。この町のモットーは『働く者は大歓迎、盗賊は永久出禁』やからね。」

「・・・そうね、しばらく世話になるわ。」

ルイズがそう答えると、寧夢はルイズを自分の部屋に連れていき、体を湯で拭いてやって自分の私服を貸した。

水色に花柄のワンピースで、ルイズには少し大きい。

「さっぱりしたわ、ありがとう。でも、どうしてここまでしてくれるの?」

「今日の主賓があんなボロじゃカッコがつかんとね。」

「主賓?そういえば最後にサイトと何か話してたわね?」

「まだ内緒ね!」

ワンピースを着たルイズは寧夢に連れられて町に出る。

 

 湖上の町ミギクは湖に人工島を作り、埋め立てて大きくしたその上に町を作っており、ルイズはその島の技術にあらためて驚いた。

ハルケギニアで同じことをしようと思えば、人工島を作るところでつまずく。

仮にミギクと同じ土台を作ってもその上に町を作れば地面がその重さで沈み、数年の内に町は水びたしになり、最後には湖に沈んでしまう。

そんなミギクの町の広場で才人は町の住人を集めてマイアラークパーティーを開いていた。

マイアラークケーキにマイアラークステーキ、マイアラークの卵のオムレツ、ボイルドマイアラーク、マイアラーク雑炊等々、数えているときりがない。

「遅かったじゃねぇか!主賓がいねぇと始められねぇだろ!?」

「主賓って何よ?」

「とにかく来い。」

才人は荒っぽいエスコートでルイズを広場の中央にある檀へ連れていき、檀上ですでにジェットでラリッて髪を振り乱して叫ぶように歌っていたジャンキーを蹴り落とし、マグナムを上空に向けて撃った。

「オイ、ヤロウ共!今日のMVP、エリートスナイパーのルーキー、ルイズだ!ルイズ!!ヤロウ共に一発、ぶちこんでやれ!」

「え?ぶちこ?え?え?」

「(なんでもいいから、あいさつしてやれってこったよ。)」

才人が小声でルイズに何をするかを伝えると、ルイズは寧夢に借りたワンピースのすそをチョコンとつまんでお辞儀をする。

「お初にお目にかかります、ご紹介にあずかりました、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。以後、お見知りおきを。今日はこのように町をあげて歓迎いただき、感悦至極の限りです。明日からは町のため、微力を尽くして参りたい所存にございますわ。」

ルイズの格式張った挨拶に参加者は、そもそも聞いていないジャンキーを除いて呆気に取られるが、すぐに大声で返事を返す。

「ヒャッハアアアァァァ!!!」

ルイズはこれに、何か粗相をしたかと戸惑い才人を見ると、彼はクスクスと笑っている。

「安心しな、みんな何でもいいから理由つけて騒ぎてぇだけなんだよ。オラァ!ヤロウ共!!サイコーにクールなロケンロールでニューガールをヒィヒィイわせてやんな!!」

才人が叫ぶと寧夢が町の壁に仕込んでいた花火を上げ、それに続くように広場の内外を問わず、至るところから銃声が鳴り響く。

ルイズが驚いて才人に抱きつくと、才人は種明かしする。

「安心しな、空砲だから音だけだ。さぁ、行こうぜ!!」

空砲と共に町を満たす爆音のような音楽が一際大きくなり、才人はルイズを抱えて躍り狂う集団の中に飛び込んだ。

「ねぇ、こういうダンス、したことないんだけどどうしたらいいの?」

「あ?やり方なんざねぇよ、好きに騒げばそれでいいさ。」

これを聞き、回りを見ると、このパーティーに参加している者には今日の負傷者とおぼしき者たちもまざっている。

いつ死ぬかわからぬ彼らはその日その日を最大限に楽しんで生きているのである。

そんな彼らを見ているとルイズは難しいことを考えるのが馬鹿らしくなった。

「ヒャッハアアアァァァ!!!」

「ひ、ひゃっはー!」

この時のルイズは翌日、町がゲロと二日酔いの亡者で阿鼻叫喚の地獄絵図と化すことなど知るよしもなかったのであった。




ルイズにまさかの狙撃の才・・・これで失敗魔法だけに頼ることもなくなります。

佐々木 寧夢(16)
ミギクの町を興した一族の末裔で、町は彼女とその弟子達によって管理保全されています。
メイドを誤解しており、メイド服を戦闘服兼作業服と勘違いしているため普段からメイド服を着用している彼女ですが、技師としての腕前は確かです。
左腕と右足は義肢で、腕はハンマー、ハサミ、レンチその他何にでもなるマルチツールとなっております。
身長170㎝、体重60㎏、
バスト88㎝、ウエスト60㎝、ヒップ90㎝と、世紀末ではやや小柄。

マイアラーク
クイーンを頂点とする、アリやハチのような社会構造を持つヤドカリとカニを足したような生物。
堅牢な甲羅はまず破壊不能で、群で襲いかかってくるのに苦しめられた将軍も多いことでしょう。
ただ、ゲームでは軍隊アリのように階段を作ることはないので、高所から攻撃するのが有効です。


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第五話 ロードファイト

 マイアラークを撃退した翌日、ルイズは同じ部屋で眠っていた寧夢に起こされた。

「・・・ん、何よ、まだ暗いじゃない?」

「もう5時よ、起きな間に合わんよ。」

半分眠っているルイズを連れて寧夢は洗面所に行くと、顔を洗わせようとする。

「・・・洗ってよ。」

「はぁ?何言うとるん?寝ボケとらんと、シャキッとしよ!」

ペチ、ペチと、頬を叩かれてルイズは、自分がハルケギニアでなく州にいるのを思い出した。

寧夢がどことなく魔法学院にいたある使用人と似ているせいで、彼女を侍女と勘違いしたのだ。

「あれ?ネム?」

「顔、洗うたら目も覚めるやろ、やること多いんやから、早うしてね?」

ルイズと寧夢は並んで顔を洗うと髪をとかして身だしなみを整え、寧夢はルイズを連れて詰所の外にある洗い場に出た。

そこにあったのは、中に網が入った大きな箱・・・廃材から作られた寧夢謹製の洗濯機である。

洗濯機どころか手洗い洗濯すらしたことがないルイズは寧夢に聞きながらこなしていく。

量は三人分と少ないため簡単に終わり、片付けると同時にルイズは疑問に思う。

ルイズ、寧夢、そして才人が寝起きするのに使っているのはミブロウ団の詰所なのだが、三人、ルイズが来る前は二人きりだったはずなのに広すぎるのである。

「ねえネム、この『詰所』って二人で住んでたの?サイトって『ミブロウ団』とかいう自警団の・・・局長って呼ばれてるけどそれって団長よね?まさか二人だけってことないでしょ?」

「・・・昔はもっとたくさんおったんよ。」

寧夢は自分が知っている限りのミブロウ団についての話をする。

 

 ミブロウ団はかつて、一隊十人で、先代局長直下の精鋭一番隊、古参の二番隊、若手の三番隊、見習い上がりの五番隊に、装備の整備や無線連絡、詰所の管理等をこなす詰所組を合わせて100人ほどが所属しており、才人は見習い上がりの五番隊の隊長であった。

彼らの主な仕事は民兵の訓練と、町や集落から離れた場所で襲撃しようとする危険生物や盗賊を狩ることである。

そんな彼らが一年ほど前、隊総出の任務で一番隊から五番隊まで全てが出ていき、壊滅したのだ。

生き残ったのは才人一人、その才人も要領を得ないことしか言わず、不信感を持った詰所組も離散し、本来隊士ではない幼なじみの寧夢が詰所の管理をするようになったのだ。

 

「・・・全滅って何があったの?」

「ウチは隊士やなかったけん、詳しい話はちょっと。ただ、この話、才人ん前じゃ禁句よ?才人、この件の犯人やないかってメチャクチャに疑われたけん。」

ルイズはその時の才人の気持ちに思いを馳せる。

仲間が全て目の前で殺されればショックで記憶も曖昧になっていたことだろう。

たしかに一人だけ生き残るというのは不審かもしれないが、奇跡だってあるだろうし、生き残ったからといって疑われてはたまったものではない。

「疑うワケじゃないから気を悪くしないで。サイトがさ、やろうと思ってできたことなの?その、ミブロウ団の人たち全滅させるとか?」

「ムリよ、だって一番隊とかなったら隊士一人が才人十人分くらいやったとよ?」

寧夢はそう言いながらルイズの採寸をしている。

寧夢とルイズは身長も体格もまったく違うため、いつまでも寧夢の服を着るわけにもいかないからと、寧夢がルイズの服を作ることにしたのだ。

「布はウチの工房に在庫あるけん、明日には洗い替え合わせて三着、下着も三組作っとくけんね。」

「ありがと、ネム。」

「さ、今日は才人が料理当番なんやけど、朝から串焼きとかやらんやろうね?」

「来る途中でそんなことあったわね。」

二人はメイド服に着替えると、才人が何を作っているかのぞくことにした。

 

「野菜スープにマイアラーク卵のオムレツ、温野菜サラダ・・・大丈夫そうやね。」

「昨日のマイアラーク、まだあったんだ。」

厨房をのぞいた二人がそう言うと、何者かが後ろから声をかける。

『ご主人さま、道を開けていただけるとありがたいんですけどぉ?』

「あら、早苗?ごめんねぇ、すぐどくけん。」

早苗と呼ばれた物は、ダークグレーに白い星型の染め抜きをした、鈍い光沢を放つ三本足のタコのような形をしたゴーレムであった。

大きな目のような物が三つあり、その一つがルイズをのぞきこむように伸ばされる。

『あなたがルイズさまですねぇ?わたくしぃ、この詰所でお世話になっております、早苗ともうしますぅ。』

ルイズは早苗と名乗った話すゴーレム・・・自我があるところからよくできたガーゴイルといった方が近いであろうそれの後ろに、紫色のピチピチタンクトップにブーメランパンツの、才人ほどではないが筋骨たくましい男が口紅をさして、いわゆる『オネェ言葉』で話している幻影を見て青ざめる。

ちなみにその幻影が、寧夢の遠縁の親戚そっくりであることなどルイズには知るよしもない。

なぜルイズがそんな連想をしたかというと、この早苗はかつての戦争で兵器として使われていた『Mr.ガッツィー』を寧夢が修理したのだが、修理不可、部品不足の部分を民生仕様の『Mr.ハンディー』の物で代用し、寧夢の趣味でAIを女性型の『Miss.ナニー』に交換している、言ってしまえば機械のニューハーフなのである。

「よ、よろしくね、早苗。」

引きつった笑顔で答えたルイズに、早苗は少し時間をおいて言い直す。

『‐音声システム変更、ラテン語‐

 ルイズさまはラテン語をお使いなのですね。あらためて、はじめまして。わたくしぃ、この詰所でお世話になっております、早苗ともうしますぅ。』

ルイズにはハルケギニア公用語で話されたようにしか聞こえないが、隣で聞いていた寧夢にはラテン語で聞こえている。

「そっか、ラテン語!たしかにあれはラテン語やったわ!」

「何よそれ?そもそもみんな、同じ言葉話してるじゃないの?」

二人がそんな話をしていると厨房から才人が早苗を呼ぶ。

「早苗、まだかぁ?」

『あ、ごめんなさ~い、才人さま、すぐに参りますぅ!』

早苗がそう言うと寧夢とルイズは道を開け、早苗を通したあと、

「続きは朝ごはんの時にしよ?」

「そうね、サイトも一緒にいた方がよさそうだしね。」

と、話して配膳を手伝い、朝食にすることとなった。

 

「・・・で、ルイズが話してるのがラテン語だとして、何でオレ達に通じるんだ?」

「才人、ルイズはんが話すトコ、よぉ見て。」

朝食を食べながら寧夢は才人、そしてルイズに、機械を通したルイズの声について話した。

彼女の声はマイアラーク襲撃の時、無線を通した場合だけまったく違う言葉に変わっていた。

その言葉が、早苗の言語機能によるとラテン語であり、寧夢もそうとわかった上で聞けばラテン語であった。

しかし、直にルイズの声を聞くと州の言葉、州がかつて九州と呼ばれていたころ属していた国、日本の言葉になるのである。

「え?何でもいいの?え~と、ごきげんよう、今日も良い天気ですね。」

「!?声と口が一致してない!?」

才人も、寧夢が気付いたルイズの声と口の動きの不一致に気付いた。

「え!?どういうこと!?」

「ルイズ、い、い、か?お、ま、え、も、よ、く、み、て、み、ろ。」

ルイズも才人の口の動きと、繋げると『いいか?オマエもよく見てみろ。』と言っているのを聞いて、才人と寧夢が言っている意味がわかった。

「ホントね・・・でも、どうしてこんなことが?」

「・・・なぁ、ルイズはん、いい加減、腹割って話さへん?才人はどうも強う聞ききらんみたいやけんさ。」

ルイズは、そう言った寧夢の雰囲気が変わったのに悪寒を感じる。

「まずさ、ルイズはん、ホンマはどっから来たん?」

「だから、州の外から・・・」

「何でそないバレバレなウソつくん?」

ルイズはウソを言ってはいないが、核心に当たる部分を隠している。

ルイズが才人に助けを求めるように視線を送ると、才人も出会った時から疑問に思っていることを口にする。

「あのな、この州ってのは出入りできねぇんだよ。」

「出入りできない?どういうことよ?」

才人に代わって寧夢が、今まで州から出ようとした無謀な冒険者達の末路を語った。

 

 州の周りは放射能を含む霧が立ち込め、機械を狂わせる電磁波嵐が吹き荒れており、かつて大量の放射能除去剤を持って船でその霧を越えようとしたものが除去剤を一つ使っただけの状態で死体となって打ち上げられていた。

飛行機で飛び越えようとした者が、霧に近づいて計器が異常を起こし、命からがら逃げ帰ってきた。

その後も幾人もの冒険者達が、あるものは防護服を着て、またある者はかつての戦争で使われていた放射能すら防ぐ鎧を着て、ある者は計器を全て取り外し、昔ながらのガソリンエンジンをつけたグライダーで霧を越えようと挑戦したが、よくて逃げ帰る、悪ければ死体となって州に流れ着いた。

そんな中で、生還できた者が少しだけ見えた霧の向こうについて語った言葉が、無謀な挑戦者達を思い止まらせたのだ。

『200年前の海図通りならば他の島があるはずの場所に無い。』

これが広まると命を州の外に投げ捨てようとする者はいなくなり、州では『州の外に行くことはできないし、もし外に人が住んでいたとしてもこちらに来ることもできない』というのが常識になったのだ。

 

「・・・と、いうわけなんよ。自分、ホンマはどっから来たと?」

「・・・言っても信じないわ。」

「聞かなわからん。」

寧夢の気迫に負けたルイズは、信じてもらえないとは思いながらも自分が違う世界から来たことを話し始めた。

「それなら話すけど・・・わたし、州どころかこの世界の人間じゃないの。」

そう言ったルイズに、寧夢は怪訝な顔をしながらも、

「続けて。」

と、短く答える。

「わたしがいたのは『ハルケギニア』っていう世界なんだけど、何て言ったらいいかな・・・魔法って州には無いのよね?」

ルイズがそう言うと、才人は呆れはてる。

「あのな、外から来ただけならまだしも、んな与太話・・・」

「才人、ちっと黙っちょって!」

寧夢の気迫に才人どころかルイズまでたじろぎながら続きを話す。

「その・・・ね、サモン・サーヴァントっていう、使い魔を召喚する魔法を使おうとして・・・ホントは呼ぶはずだったのに、わたしがこっちに飛ばされちゃったのよ。」

肩を落とすルイズを見ながら寧夢はボソボソと呟くようにして、記憶を手繰り寄せる。

「召喚・・・ワープゲートとかやないかな?仮に呼び出したんがデスクローとかやとして、手なずけるんはアニマルフレンド、ウェイストランドウィスパラーとすれば筋は通る。ハルケギニア・・・ハック・ジーニア?ねえルイズはん、そっちの魔法っての、作った人の名前とか知らん?」

急に話を振られたルイズは驚きながらも答えた。

「伝説・・・というか、おとぎ話みたいなのだけど、『始祖ブリミル』よ。」

「B-rim-L・・・なるほど・・・ねぇ才人、ルイズはん、借りてええね?」

「借りるって、どうすんだよ?」

「ちっとジョーイはんトコ、行ってくるわ。」

ジョーイという、ルイズの知らない人物の名前が出て、ルイズはその人物のことを二人に尋ねる。

「ジョーイって誰?」

「西の方にある城郭街ってトコに住んでる医者だよ。戦前の資料やらため込んでて、寧夢みてぇな技術屋には宝の山らしいぜ。オレは読めねぇからゴミ屋敷にしか見えねぇけど。」

「んなこと言うのが多いけん、ジョーイはんも見せたがらんのやんか!とにかくよ、ルイズはんと一緒に城郭街まで行ってくるけんさ、こっちは頼むよ?タレットとかの修理は弟子らに任せとるけん、護衛、お願いね。」

「あぁ、構わねぇよ。どうも城郭街は苦手なんだよ。」

才人はそう言って、行ってこいとばかりに手を振る。

『あのぉ、わたくしはぁ、どちらにお供すればよろしいでしょうかぁ?』

三人の会話を聞いていた早苗が、話がまとまったのを見てそう尋ねる。

「そやねぇ、早苗はウチらと来てくれる?何かあったとき、ルイズはんについててもらいたいけん。」

『かっしこまりましたぁ!早苗、喜んでお供させていただきますぅ!』

「て、危な!?サナエ、手のハサミみたいなの、振り回さないでよ!」

『あ、ごめんなさい、ルイズさまぁ・・・』

こうして今日の予定がまとまると、三人は朝食を食べ終え、それぞれ詰所を出た。

 

 ルイズと寧夢、そして早苗はミギクの町から四人ないし五人乗りの『馬のない馬車』を乗せた、『黒いゴムの筒で鉄板を囲んだようなイカダ』の渡し船に乗り込む。

ルイズは最初、水上バイクが渡し船だと思っていたが、どうやって作られているかわからなかったとはいえ、実際に動いているのを見た水上バイクはともかく、この渡し船は沈むのではないかと不安になる。

「これ、浮くの?」

「ん?まぁホバークラフトとか州でも珍しいけど、大丈夫よ。何たってウチが手塩にかけて作った子やけん。な?」

寧夢はそう言って愛しそうにホバークラフトを撫でるが、ルイズの不安は拭えない。

ホバークラフトには寧夢の馬なし馬車と共に、先日の盗賊が使っていたような馬なしの大きな荷馬車と、建材、作業員がギリギリまで詰め込まれている。

ハルケギニアの木造船や空を飛ぶ船では間違いなく船底が抜ける、それにゴムはまだしも鉄板は水に浮かないというのがルイズ、ひいてはハルケギニアの常識である。

『船出すぞぉ!』

操舵室らしき場所から大きな声がすると、ホバークラフトは『ブオオオオ!』と猛獣の雄叫びのような音を出し、ゴムの筒が風を受けた帆のように膨らむと少しだけ地面から浮いた。

「これ、もしかして飛ぶの!?」

ルイズの頭の中でハルケギニアの空を飛ぶ船が連想される。

もっとも、これだけのものを乗せた船が飛ぶ、いや、今のように浮くだけでも、ハルケギニアのエネルギー源の一つ『風石』を湯水のように消費するのはルイズにもわかる。

我々のイメージで言えば、『ハイオクガソリンを撒き散らしているに等しい』状態なのだ。

「飛びはせんよ、このまま水面を滑っていくんよ。」

これにまたルイズは驚く。

低空飛行すれば当然、風石の消費は大きくなり、そのようなことをハルケギニアでするのは我々のイメージにすれば『ハイオクガソリンの入ったドラム缶を投げ捨てている』状態である。

水面を滑るように走るホバークラフトは、ハルケギニアのどのような船よりも早く、瞬きする間に町を囲むすり鉢状の丘側の岸にたどり着いた。

到着するとゴムの筒はしぼんでいき、まずは作業員が建材を下ろし、次に『馬なしの荷馬車』、最後にルイズ達が乗る『馬なし馬車』が降りる。

才人は他の作業員や護衛の民兵と共に『荷馬車』の方に乗っており、荷台からルイズ達に手を振っている。

昨日のマイアラークの襲撃で崩された土手、防衛設備の修理、そして拡充作業をするのだが、その最中の護衛を才人と民兵達が務めるのだ。

本来必要な作業員の半分ほどしかいないが、昨日の大宴会でダウンしている者が多いため仕方ない。

作業に向かう者達と別れて走るのは寧夢の運転する『馬なし馬車』ことSUVロードファイター。

装甲化されたボディは大砲でもなければ貫通することはできず、オフロードタイヤに窓ガラスも当然防弾仕様、屋根には助手席から遠隔操作できる重機関銃が設置され、核動力リアクター装備で最高速度はこれだけの重装備にも関わらず時速200㎞、エネルギー源はフュージョン・コア一つで半年もの間交換無しで走り続けることができるモンスターマシンだ。

二人と一体を乗せたロードファイターはひび割れたアスファルトの道路を走っていく。

「ねえ、この馬車?どうやって走ってるの?」

「馬車ってルイズはん、これが馬車に見えるん?ウチの作ったロードファイターや。核リアクター積んだ、よぉできた子やで、なぁ?」

寧夢がそう言いながら手綱にあたるであろう輪を撫でると、早苗が後ろから割って入る。

『ルイズさま、ご主人さまにとって、手がけたマシンは全てご自分のお子さまのようなものなのですよ。』

「コラ、早苗!」

二人のやり取りを聞いていたルイズはクスクスと笑っている。

「ネムってばけっこう可愛いトコあるのね?」

「うっさい!もう、はよ行くよ!」

と、寧夢が照れ隠しでアクセルを踏み込もうとしたとき、爆音をあげる鉄の馬、バイクに乗った男達がロードファイターを取り囲んだ。

バイクは全て、刺々しい装飾に無骨な大砲のようなものや楕円形のノコギリ等を装備している。

「なぁなぁ、姉ちゃん達よぉ、オレ達とドライブしねぇ?」

「ヒャッハアアァァ!!」

ルイズはこれを見ておどおどしながら寧夢に尋ねる。

「ね、ねえ、何なの、この人達?」

「チッ・・・バイカーや。面倒な奴らやね。」

舌打ちしてそう言った寧夢は、一番近くにいるバイカーをにらんだ。

『ルイズさま、舌を噛まないように気を付けてくださいね?』

早苗がそう言うと、寧夢は小さく窓を開けてバイカーに吐き捨てるように挑発の言葉を投げかける。

「かまへんよ、ウチに追いつけたらね!!」

言い終わるが早いか、寧夢は窓を閉めてアクセルをベタ踏みした。

しかしバイカー達も負けていない、アクセルを吹かして追いかけてくる。

単純な速度ならば装甲が無い分、バイカー達の方が早い。

彼らはその機動力をもって狼のような狩りを得意とする。

対する寧夢のロードファイターは例えるならクマやトラ、力でねじ伏せるのを得意としている。

「回り込め、横と後ろから仕掛けるぞ!!」

「いいケツしてんな、姉ちゃんよぉ!!」

バイカーは全部で五人、右に二人、後ろに二人、左に一人で、まずは右のうち一人が手に横並びの銃身が二つになった短銃身ショットガンを持って寄せて来て、ロードファイターの右前輪に狙いを定めながら、もう一人、そして他の者達も大砲をロードファイターに向けている。

「射ぇ!!」

「甘いんや!!」

大砲からは一斉に鎖のついた銛が放たれ、ショットガンが轟音を上げた瞬間、寧夢はロードファイターの車輪をわざと空転させてショットガンの散弾をかわしながら車体をスピンさせてショットガンのバイカーを車体後部ではね飛ばし、全ての銛を車体の表面で受け流してUターン、というよりはIターンして後ろにいた二人にまっすぐ向かっていく。

二人は突然のことに目を見開き、ロードファイターを避けながら転倒した。

「ルイズはん、撃って!!」

「え、ええ!?」

『ルイズさま、撃ち方は・・・』

早苗に教わりながらルイズは、機関銃で転倒した二人が乗っていたバイクを破壊する。

「・・・ホントやったんね、人はゼッタイ撃たんっちゅうの。」

「ゴメン、これだけは許して。」

「ま、ええわ、どうにでもできるけん!」

寧夢は再び反転させたロードファイターで倒れたバイカーの間を抜けて残る二人に向かっていき、バイカーは二台のバイクの間に鎖を渡し、その間に爆弾をつけている。

ロードファイターが爆弾をまたいだ瞬間に爆発させるつもりなのだ。

「ルイズはん、鎖のまん中、爆弾を撃って!!」

「ええ!そういうことなら!!」

ルイズは機関銃でロードファイターの近くから鎖に近づけていくようにして撃ち、鎖を銃弾の『線』で切断するように撃ち、見事爆弾を誘爆させることに成功してバイカーが一人転倒した。

「ヤロウ!!」

最後の一人が銛をロードファイター向けて放ち、それが偶然にも装甲の隙間に潜り込んで刺さってしまう。

「チイッ!ドア剥がれたら面倒やな!!」

寧夢はとっさにバイカーを追うようにロードファイターを向け、ルイズにタイミングを伝える。

「ルイズはん、ええか?ウチがハンドル切るのにあわせて鎖を撃って!」

「ハンドル切るって?」

「もう、じゃあ口で言うけん!3、2、1、今!!!」

寧夢がハンドルを一気に回すと、ロードファイターは急反転し、鎖が一瞬だけピンと張り、それをルイズは機関銃で撃ち抜いた。

バイカーは急に引っ張られたかと思うと即座に鎖を切られた反動でバイクが宙を舞い、地面に打ち付けられて転がっていく。

「うわぁ・・・みんなひどい転び方してたけど、大丈夫かしら?」

「ヘーキよ、こんくらいでくたばるヤツはそもそもバイカーなんかやっちょられんて。」

寧夢はロードファイターを止めて、その間にルイズは機関銃のモニターでバイカー達を見ると、皆、ヨロヨロとだが立ちあがり、まだ戦うつもりなのか武器を取り出している。

「さ、トドメに轢いていくんやけど・・・」

「できればやめてあげて?」

「言うと思ったわ。ま、血ぃ洗い流すんも手間やし、今回は見逃しちゃろっかね。」

寧夢はルイズにそう答えると、見えも聞こえもしないだろうがバイカー達に中指を突き立てて、

「アンタら、こん子に感謝しぃ!命だけは助けちゃるけんなぁ!!」

と、捨て台詞を残してロードファイターを城郭街に向けて走らせた。

 

 その後は盗賊の襲撃もなく、城郭街にたどり着く。

城郭街と呼ばれる街は、かつての建造物らしい塔のような建物の間に壁を作って城塞都市のようにしており、塔自体もハルケギニアのものより高いものばかりである。

寧夢は門の隣にある塔・・・ビルの前にロードファイターを止めると、降りて四角い小さな機械に話しかけた。

「ミギクの技士、佐々木 寧夢や。この街一の名医、徐 一命に会いに来た。」

『マイスター・佐々木ですか?市長がお会いしたいとのことです、すぐに開けさせます。』

後ろで見ていたルイズは、呼鈴だと思っていたが機械から声が返ってくるのを見て、無線機のようなものだと理解する。

廃材で作ったであろう門が、ギギギッと軋むような音を出しながら開くと、寧夢はロードファイターを白色の線が一台分ずつ地面に書かれた広場に止める。

「市長さんから呼ばれちゅうけど、ルイズはんも来る?」

「そうね・・・一緒にいて大丈夫なら行くわ。」

「わかった、早苗も来る?」

『お供しますぅ!』

寧夢はルイズと早苗がロードファイターから降りると、ロードファイターに鍵をかけて離れた。

このようなことを城郭街やミギクの町のようなキチンとした場所以外でやった日には、

『部品全て100%off、ご自由にお取りください』

と書いているに等しいが、城郭街は警察機構にあたる『バット隊』によって警備されており、窃盗などしようものならば殴り殺されるか切り殺されるか撃ち殺されるかのどれかである。

当然、その三つの中ですら選択する権利は存在しない。

何度かすれ違う、黒い制服を着て、腰に剣のようなものを帯びた『バット隊』の隊員がルイズをやたらとにらみつけ、その度ルイズは寧夢の後ろに隠れてしまう。

「堂々としちょき、よけいヘンに思われるけん。」

「でも、あの人達、みんなにらんできてて・・・」

『ルイズさま、大丈夫ですよ、あの人達は『バット隊』っていって、早い話がおまわりさんですよ。』

「おまわりさん?衛兵ってこと?」

『ええ、名前の由来は400年ほど前、州が所属していた国の内戦で活躍した警察の『抜刀隊』なのです。』

早苗がそう言うと、ルイズはトリスタニアの衛兵隊のことを考える。

ハルケギニアでも、トリスタニアのような街には衛兵が巡回しており、彼らもいわゆるよそ者には強い警戒心をあらわにする。

自分が初めてこの街に来る以上、当たり前だと考えたルイズは、寧夢の後ろに隠れるのをやめる。

もっとも、にらまれる度にビクッと震えるのはやめられなかったが。

 

 城郭街の庁舎は中央に位置する城が使われている。

この城はかつて『熊本城』と呼ばれており、800年もの長き間、幾多の戦乱、天災を乗り越え、人々の手で補修が繰り返され、とうとう最終戦争ですら耐え抜いたことから、『折れぬ心』の象徴として人々が集まり、州一番の大都市、城郭街を形成するに至ったのだ。

そのような歴史ある建物の最上部に位置する市長室で、寧夢とルイズ、そして早苗は市長と面会していた。

「久しぶりだね、マイスター佐々木。おや?そちらのお嬢さんは見ない顔だが?」

「島原市長、こちらは先日、ミギクの町に加わりましたルイズと申します。ルイズはん、挨拶。」

島原市長は赤ら顔の、ルイズの父母より10歳ほど年下と思われる、気の良さそうな中年の男であった。

そんな彼にルイズは、いつものように、ただし騒ぎになるのを嫌って名前だけで挨拶することにした。

メイド服のスカートのすそをチョコンとつまみ上げ、頭を下げる。

「お初にお目にかかります、先日よりミギクの町でお世話になっております、ルイズと申します。以後、お見知りおきを。」

これに市長は笑顔で、

「これはまたよくできたお嬢さんだね、ウチの愚息の嫁に欲しいほどだな。」

と、冗談めかして言うと、ルイズは口許を隠しながら上品に笑って答える。

「あら、市長さまもご冗談がお上手なことで。」

寧夢はルイズと市長がそんな話をしているのに割り込むように本題を切り出す。

「市長、こちらへお呼び立てなさったんは、世間話のためではなかとですよね?」

「・・・ああ、そうだったね。元はキミが徐先生に会いたがってるというのを聞いたからなんだが・・・実は今、徐先生はこの街にいないのだよ。」

 




 キリがいいので今回はここまでです。
カーファイト、難しかったですが、いつも銃撃戦ばかりというのも作者が飽きますので(コラ)、変わり種と思って生暖かい目で見守ってください。
なお、フォールアウトシリーズでは今のところカーファイトみたいなのは出てきていませんのであしからず。

バイカー(オリジナル)
名前通り、バイクに乗ったレイダーです。
戦い方は北斗の拳のモヒカンと、Mad Maxの暴走族を意識してます。

早苗(Mr.ガッツィー)
かつての戦争で兵器として戦い、破壊されて打ち捨てられていたのを寧夢が修理しました。
ですが部品が無かったり寧夢が修理できなかった部品を民生品のMr.ハンディーから流用し、AIをMissナニーの物にかえたため、魔改造状態になっています。

バット隊
城郭街の安全を守る警察兼軍隊です。
黒い警察の制服を着て、腰に差しているのは、一般隊員は刀型の鉄棒、分隊長以上は日本刀が支給されています。

SUVロードファイター
寧夢謹製のスーパーヴィークル。
部品を交換すれば装甲車以外にもスポーツカー、作業車輌にもなります。
これまたゲーム版マッドマックスがイメージ元です。


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第六話 1+0=?

投稿、遅くなりましてすみませんでした!

ちょっと書いてて大丈夫かと思うシーンがありまして。

では、どうぞ。


「徐センセがおらんて、どちらに?」

 城郭街の市庁舎である熊本城天守で寧夢とルイズは市長からジョーイの不在を聞かされ、ルイズは『往診か何かで外出中』と考えたが、寧夢は市長に不在の理由を強く尋ねる。

そもそも、往診や用事で外出しているのならばこの市長は『どこどこに出ている』と、行き先を言うのだ。

そしてそのような言い方をするときは彼女の経験上、良くないことが起こっているのである。

「今、彼女は『緑の園』にいる。」

「緑の園?」

「ミギクに比べたら小まい集落よ。やけど今日は徐センセの往診当番週やないとですよね?」

寧夢はルイズが初めて聞く地名を簡単に説明して、あらためて市長に尋ねる。

「ミギクにはまだ話が行っていないが・・・先週のことだ、緑の園がスーパーミュータントの集団に襲われたのだ。」

ルイズは市長の言う『スーパーミュータント』というのが、話の流れから怪物の一種と考え、寧夢の顔が青くなっていることから危険な怪物だと理解する。

才人に比べれば寧夢の感覚はルイズに比較的近く、寧夢が危険と考えるならばルイズにとっても間違いなく危険なものなのだ。

「けんど、どうしてセンセが生きちゅうと?」

「偵察隊が確認したのだよ。軟禁されて何か薬物を作らされているのをな。」

「FEVっちゅうとこかね?センセやったらわざと失敗して時間稼ぐくらいはするやろうけど、もう限界かもしれん。わかった、やったら行ってくるわ!」

安請合いともとれる寧夢の言葉を聞き、ルイズは寧夢の服の袖をつかんで顔を近づかせる。

「(ちょっと!?そのすぱみゅ何とかって強いんでしょ!?サイト、呼んできた方が・・・)」

「(ダメよ、一刻を争うし、今の町は才人がおらんかったら危ないけん。聞いとくけど、人やなかったら撃てるんよね?)」

「(それは・・・大丈夫だと思うけど・・・)」

ルイズは自信無さそうに答える。

「そないな言い方しかでけんのやったらここで待っちょって、ウチ一人で行くけん。」

「え!?でも・・・」

「でもやない。そんなハンパな気持ちで来られてん足手まといや。」

寧夢はルイズを突き放すように言って市長室を後にした。

残されたのは市長とルイズ、そして早苗である。

『ルイズさま、早苗はご主人さまにルイズさまのご命令をうかがうよう、言いつけられました。』

早苗はルイズの回りをクルクルと飛び回りながらそう言った。

面倒事を避けるために、早苗はルイズにも日本語で話すよう言いつけられている。

「あぁ、ルイズくん?あまり気を落としてはいかんよ。マイスターはキミに危ない目にあってほしくなかったからきつく言ったのだろうしな。」

市長のフォローもルイズは半分聞いていない。

「市長さん・・・その、緑の園っていうところ、取り戻さないのですか?」

「当然、そのつもりさ。しかし、あの緑の悪食鬼共はすでに緑の園を要塞化しているからな、周到に準備して総攻撃をかけねばならない。しかしそうなると、徐先生の身に危険が及ぶ。攻め込むにしても先生の救助が先決だ。」

「じゃあ、どうしてネムを行かせたんですか!?彼女はこの街の衛兵とかじゃないんでしょ!?」

「わかっている。だが、私はできない人間にできもしないことを依頼するような真似はしない。」

市長の言葉は力があり、たじろぐルイズの視界が暗転する。

 

「このパターンは・・・」

『やっほー!』

真っ暗な空間でルイズの後ろから彼女とまったく同じ声が話しかけてくる。

「アンタってホント、人が忙しい時に限って出てくるわね、わざと?」

『あら?前も言ったと思うけど、アンタが話したがってるから出てきてあげてるんだけど?』

ルイズとしては正直なところ、このもう一人のルイズとはなるべく話をしたくない。

なぜなら、出てくるたび必ず痛いところを的確に突いてくるからだ。

「とにかくよ!ネムを止めなきゃいけないんだから、アンタなんか相手してるヒマないの!」

『ホントにそう思ってる?』

「当然じゃない!ネムは友達なんだから!」

『止めるってことはさ、ジョーイとかいう人を見殺しにするってことになるわよ?サイトとネムの話だとハルケギニアへ帰る手がかり持ってるかもしれないんでしょ?いいの?』

ルイズの思ったとおり、もう一人のルイズはジョーイのことを持ち出してきた。

「し、仕方ないじゃない!そうしないとネムが・・・」

『だからさ、何でネムにそこまでこだわるの?友達とか何とか言ってるけど、アンタさ、あの子をどのくらい知ってんの?』

「それは・・・」

ルイズは寧夢に関することを思い浮かべる。

名前、年下らしいこと、容姿、なぜかメイド服を着用していることなどが浮かぶ。

『そんなのほとんど見たらわかるんだから知ってることなんて名前くらいでしょ?名前知ってるくらいじゃ友達とは言えないわね~?』

友達、友情などという言葉ほど濫用されるものはない。

定義も曖昧で、『友達契約書』を作ってリスト化しているわけでもないため都合よく出したり引っ込めたりできる便利な言葉として使われることがままある。

自分に都合のよい味方や労働力が欲しいとき、適当な大義名分が欲しいとき、言葉または自分に酔いたいときなど、使途は多岐にわたる。

『ま、アンタ向こうでも友達なんて一人もいなかったし、仕方ないわね。』

「し、失礼ね!いるわよ!!友達くらい!!」

『え、誰々?あぁ、あの王女のこと?あのさぁ、アレがアンタに何してくれた?』

もう一人のルイズにそう言われるとルイズは王女との思い出を反芻する。

やたらとルイズの物を欲しがり、取り上げられてはすぐ飽きるということは数えきれない。

『他にもさぁ、どっかの皇子とパコパコパコパコヤるためにアンタをヌイグルミか人形がわりにベッドの中へ押し込んで行ったりしたわね。アレ、バレたら真っ先に怒られんのアンタよ?当人は怒りが峠を越えた頃に朝帰りっと。』

もう一人のルイズは王女に似たヌイグルミの腰に、自分も相手の皇子に扮して自分の腰を打ち付ける仕草をしながらそう言って王女のヌイグルミを投げ捨てた。

『結局のトコアンタの片想いじゃないの?アレはアンタのことなんていいとこお人形さんくらいにしか思ってないわよ、きっと。』

ルイズはまたもや反論できない。

彼女に言われると、自分が目を背けていたことを直視せざるを得なくなるのだ。

『ま、今回はホントにアンタのために助言しに来たのよ。今さ、ネムがスパなんとかっていうバケモノのトコに乗り込んでるのよね?』

「・・・そうよ。で?」

『カンタンなことじゃな~い!ハナから、何もしなければいいのよ。ネムだって何の考えも無しに動いたりしないでしょ?なら、何もしなくてもジョーイとかいう人を連れ戻してきて、あとはハルケギニアに帰る手がかりもらってあわよくばそのままバイバ~イかもしれないじゃない!』

「・・・まあ、一理あるわね。」

否、一理どころか真理なのだ。

実際、ルイズが行ったところで何かが変わるでなし、待っていても寧夢が全て片付けることだろう。

『ま、とにかく他人の命より自分の命の方が大事なんだから、捨てに行っちゃダメよ。』

そう言ってもう一人のルイズが姿を消すと、いつもの暗やみから元の場所、市長室に戻されると、早苗のカメラがルイズを覗き込んでいた。

『ルイズさま、どうかなさったのですか?』

「サナエ?今、わたしどのくらいボーッとしてた?」

『わたくしのカメラに焦点が合うまでの時間でよろしいのでしたら、約0.47秒でしたけど?』

間違いなく一瞬であったことに安堵してルイズは市長に向き直る。

「市長さん、わたしもネムについていきます。」

「・・・私としては徐先生を連れ戻してくれる分にはありがたいが、何分私はキミのことを知らない。連れていくかはマイスターが決めることだ。」

市長は消極的にだがルイズを止める。

しかしそのような静止で考えを変えるルイズではない。

ルイズは市庁舎を飛び出し、寧夢が車を停めた街の入り口を目指す。

 

 先にロードファイターについたルイズだが、寧夢の姿はそこになく、無人のロードファイターがあるだけであった。

「あら?もしかしてネム、歩いて行ったのかしら?」

ルイズが早苗にそう尋ねると、早苗は足の部分を左右に半回転させて否定の意思を伝える。

『それはないかと思います~、歩いていたら日が変わってしまいますから~。』

早苗もルイズと並び、三つのカメラで車内を覗き込む。

そんな彼女たちの背後に忍び寄る影が一つ。

背中に大きな荷物を背負い、影がルイズ達に見えたり、窓に自分の姿が映ったりしないように

注意しながら足音を殺して近づくと大きく息を吸う。

「コラ!ドロボー!!」

ルイズは背後からそう叫ばれ、驚いて転げ回り、早苗もそれにならうかのように飛び退いた。

「ち、ちがいます!コレ、友達のではぐれちゃったから戻ったんですけどいなくて・・・」

「ププッ、なんしちゅうと、ルイズはん?」

『あら?ご主人さまじゃないですか~!』

「もう、ネムだったの!?おどかさないでよ!」

声の主は寧夢であった。

背中に背負った大荷物を降ろし、しりもちをついたルイズに手を貸して立たせる。

「市長はんトコで待っちょってって言うたんに、なしてこっちおると?」

「・・・たしかにさ、ネムに任せておけば全部うまくいくと思うわ。けど、わたしが納得できないの。危ないことを人任せにして、いいとこだけもらうなんてイヤなのよ!」

そう言ったルイズに寧夢は少し驚きながら先にした質問を投げかける。

「そやったらルイズはん、スーパーミュータントを撃ち殺せると?」

「・・・それはわからないわ。だってわたし、そのスーパーなんとかっていうのが何か知らないから。」

「そんならおってもおらんでん変わらんやんか。」

そう言われるとルイズは首を横に振る。

「サイトやネムからすればわたしなんてゼロに近いのかもしれない。でも、1+0だったとしても1より小さいなんてことはないわ!だから・・・」

ゼロというのはルイズにとって認めがたいものであった。

ハルケギニアで嘲られ、虚勢を張って否定し続けた『ゼロ』の蔑称。

しかし、ここ、州ではそれを認めなければいつ死んでもおかしくない。

『もう一人のルイズ』が言うとおり、彼女は無力だ。

しかしルイズはそれを踏まえた上で、少しでも寧夢の力になりたいと願ったのである。

そんなルイズに、寧夢は笑みを浮かべて答える。

「ホンマ、ヘンな娘やねえ。わかったわ、コーサン!ウチの負けや。」

そう言うと寧夢は担いできた荷物から二つの鞄をルイズに渡した。

どちらも蝶番で閉じられた樹脂製のハードケースで、それを開けるように促されたルイズが中身を見ると、そこにはそれぞれ分解された銃が入っていた。

「組むけん、ちっと見ちょって。」

寧夢は二挺の銃を易々と組み上げ、二種類の銃が出来上がる。

一つはルイズがマイアラーククイーンを撃った対物ライフルを小さくしたような銃で、もう一つは以前才人に渡され、今は盗賊の少年に貸している銃を一回り大きくしたようなものだ。

「組み方は今度教えちゃんけん、どういう銃かだけ覚えちょって。まず、こっちがスナイパーライフル。撃ち方は昨日の対物ライフルと同じやけど、アレに比べて軽いし反動も弱いけん、ルイズはんでも簡単に使えると思うわ。けど、アレみたいな威力は無いけんね。」

寧夢はまず、対物ライフルを小さくしたような銃をルイズに渡してそう説明した。

ルイズが渡された銃をしげしげと眺めてうなずくと、寧夢はもう一つの銃の説明に入る。

「そしてこっちはオートピストル。ピストルをフルオート射撃できるようにしたヤツや。火力は弱いけど近くで撃ち合いになったらコッチがええよ。」

そう言われてルイズはスナイパーライフルを背中に担いでオートピストルを持つ。

以前持った拳銃より少し重いが、片手でも充分取り回せる重さである。

「これ、わたしに?」

「そうよ。いざっちゅうときにあの爆発させるのだけじゃ不便やろ?まぁ、ついてくるんやったら用意しちょって正解やったわ。」

「あれ?でもネムのは?」

「ああ、それは大丈夫。ウチはコレあるし・・・」

寧夢は義手を見せてグー、パーと動かし、少し恥じらいながら続ける。

「それ、ウチが撃ってん当たらんけん、それはあげるわ。」

実は寧夢、射撃が苦手なのである。

彼女が使える銃器は普通のピストルと義手に仕込んだ射程3メートルほどの単発レーザー銃くらいのもので、フルオート銃は50発マガジンを空にしても1発当たるかどうか、狙撃など夢のまた夢だ。

二挺の銃はルイズのために用意したのだ。

「そんな、悪いわ!」

「遠慮せんでええわ、だって・・・」

寧夢は続きをルイズに耳打ちする。

「市長はんにツケといたから。」

それを聞いたルイズは、寧夢の大荷物をあらためて見る。

端々からよくわからないガラクタがのぞくそれに、ルイズは苦笑いする。

「もしかしてそれも?」

「しゃあないわよ、だって市長はんがジョーイはんを助けてくれ言うんやから、必要なものは・・・ねぇ?」

いたずらっぽく笑う寧夢に、ルイズは

-あ、絶対関係ないものも混ぜてるわね-

と、直感した。

『ご主人さま~、ルイズさま~!とにかく、積み込みますよ~!』

早苗は寧夢が運んできたガラクタをロードファイターに押し込み、自らもガラクタの隣に降りる。

それを見て寧夢はルイズに、生身の右腕を差し出す。

「じゃあ、お願いするわ、バディ!」

少し曲げた右腕の、手は強く握られている。

「バディ?」

「相棒っちゅうこと!」

そう言われたルイズは笑顔で寧夢の真似をして寧夢の腕に自分の腕を絡ませた。

 

 すぐに車を出した二人と一体はまっすぐ緑の園をめざし、さしたトラブルもなく目的地に到着すると、寧夢はガラクタから何かを作り始めた。

「早苗、銅線と基盤!」

『ハイ、ご主人さま!』

寧夢はいくつもそれを組み上げては部品にばらしを繰返し、すでに六個分の部品が積まれている。

その間、ルイズは緑の園をスナイパーライフルで見張っている。

ルイズは最初、『緑の園』と聞いて緑地公園のようなものを思い浮かべていたが、実際の緑の園は大きな壁に囲まれた砦のような場所であった。

壁の上からは曲がりくねった鉄棒のようなものでできたオブジェが見えるその場所にどうして『緑の園』などという名前がついたかルイズにはわからなかった。

「ルイズはん、終わったよ。見張り、ご苦労様。」

寧夢にそう言われてルイズはスナイパーライフルのスコープから目を離す。

「ねえネム、あの緑の園っていうの、どうしてそう呼ばれてるのかしら?見た感じ、そうは見えないんだけど?」

「そうやねぇ・・・早苗、お願い。」

『は~い、ただいま!』

寧夢が促すと早苗はカメラから立体映像を投影し、緑の園のかつての写真を出した。

ルイズは最初、突然現れた『光でできた模型』に驚くが、同時に『そういうものなのだ』と考え、自分なりにどういったものか整理する。

その結果彼女はそれを、学院の秘宝『遠見の鏡』のように遠くの映像を映すものに、過去の記録を映せるようにしたものと考えることにした。

『あそこはかつて、そういう名前の遊園地だったのです。』

「遊園地?」

ルイズの考える遊園地のイメージは、我々で言えば保養地とアスレチック公園を足して2で割ったくらいのものである。

そんな遊園地と緑の園は大きくかけ離れていた。

『ゴールデ(ザザザ)クは家族で(ザザザザ)ついグ(ザザザザザ)ランドへ(ザザザ)』

早苗がかつての緑の園についての資料を映すが、データが劣化しているようで断片的にしか映らない。

しかしありし日の緑の園の映像はやはりルイズにとって驚くに足るものであった。

今となっては崩れ残るだけの、二本の鉄棒でできたオブジェの上を滑るように走る乗り物、ロマリアの大聖堂より高いであろう丸形の展望台、たくさんの怪物を閉じ込めた屋敷、人も住めぬ極寒の地を再現したという建物に寧夢のロードファイターを小さくして屋根を取り外したような乗り物を操る子供などが映されている。

「昔はこんな風に遊んでいられたんよね。今じゃ考えられんわぁ。」

寧夢はそれらを見ながら感傷にひたる。

彼女はこれら戦前に関する資料をいくつも見たことがあるのだが、何度見ても感慨深くなるのだ。

「考えられないって、ネムが小さい頃はどうだったの?」

「ウチ?物心ついたころには手ぇも足も悪ぅてね、そんでも父ちゃんも母ちゃんも、『自分らの子どもや』ってこの手ぇと足、作ってくれたんや。コレで母ちゃんと色んな物作るのが楽しみやったわ。」

義手をいとおしそうに撫でる寧夢の話を聞いてルイズは『しまった』とばかりに口を押さえた。

寧夢の口ぶりから間違いなく、彼女の両親は他界している。

体のことにしても触れられて愉快な話ではないだろう。

「その、ゴメンね、無神経なこと聞いて。」

ルイズに代わって緑の園を望遠鏡で見る寧夢にルイズがそう言うと、寧夢は微笑んで答える。

「あ、勘違いせんといて、えぇ思い出の話なんやから。二人とも、州に還っていったけど、ウチに色んなモン残していってくれたけん。」

「州に・・・還る?」

「ウチらは人が死ぬんを『還る』っち言うんよ。州の土に還ってウチら生きとる人に宿ってまた生まれるってね。」

「(あ、土葬のことを言ってるのね。)」

ルイズがそう納得すると、寧夢は目当てのものを確認して望遠鏡から目を離す。

「よし、ヤツら、メシ時になったみたいや。見張りが出てきたわ。」

「見張り?」

「スーパーミュータントは根っからの戦闘狂やけん、メシ時以外は全員武器持っちょって臨戦態勢なんや。やけどメシ時やったら監視何匹かだけ残して引っ込んでまう。その監視も、見やすい場所におるけんえぇ的や。」

ルイズは寧夢の話を聞いて壁や門の上の、特に高い場所を注視する。

「・・・緑色のオーク鬼?」

ルイズはスーパーミュータントとおぼしき緑色の巨漢を見てそうつぶやいた。

オーク鬼とはハルケギニアに生息する猛獣で、直立歩行し、こん棒などを武器とするイノシシのような生物だ。

彼らがもっとも美味とする餌は『人間』で、群れをなして集落を襲うことが多々ある。

そんなオーク鬼に対して武装した平民の戦士が正面から戦おうと思えば一匹に対して五人で刺し違えられれば健闘した方という怪物である。

それが見える限りでも五匹、これらは見張りらしいから実数はもっと多いのは間違いない。

メイジであってもオーク鬼の群れとなれば最低でもトライアングルメイジが複数人必要になる。

「緑の見えたん?それがスーパーミュータント。昔の戦争は知っとるんよね?そん頃に作られたクスリ、『FEV』でバケモノになった人間がヤツらや。」

「・・・それって元は人間なんでしょ?なら、人間じゃないの?」

ルイズは、出発前に寧夢が言った『人間じゃないなら撃てるか』という問いを思い出して尋ねた。

どうもスーパーミュータントはオーク鬼とは似て非なる生物のようなのである。

「そやねぇ・・・ま、大丈夫やろ。ついてきて。」

寧夢はルイズを近くの建物に導き、三階建ての四角い塔の屋上から『緑の園』の壁の中を望遠鏡で覗き見て、広場にジョーイがいないことを確認するとスーパーミュータント達が食事をしている場面を見せる。

見張りに発見される危険もあるが、それよりも寧夢はルイズに『スーパーミュータントは明確な人類種の敵』であることを教える方が重要と考えたのだ。

「あれ、煙が上がっちゅう広場、見てん。」

ルイズは寧夢が示す煙をスナイパーライフルのスコープで覗き見て、ガクガクと震えたかと思うとその場で嘔吐した。

「州にもいろんな人間おるけど、少なくとも『人間を好き好んで食べる人間』はおらんわ。おったとしたらそいつはもう、人間やめた異常者(バケモノ)やろうね。」

人は人を食べたりしない。

極限状態ならばその限りでないかもしれないが人間に限らず生物というのは本能的にいわゆる『共食い』を嫌悪する。

ルイズが見たのは、笑いながら人間の服を剥ぎ、食料が入っているかもしれないバッグ等を遠くに投げ捨て、苦しみあえぐ人間を生きたまま解体し、串焼き、スープその他にして食べる緑色の『オーク鬼』であったのだ。

ハルケギニアのオーク鬼にはそのような『料理をする』習性は無い、あったとしてもルイズのような一般的なハルケギニア人は知らない。

ある程度、正確には人間並みの知性を持つからこそ調理をする。

スーパーミュータントにはそれだけの知性があり、知性を持った上で人間を好き好んで食べているならばもはや人間ではないと、ルイズは結論付けた。

「ありがと、ネム。よくわかったわ、スパミュ何とかっての、人間じゃない、オーク鬼の類いよ!」

「わかったわ、じゃあ、頼むよ。」

寧夢はルイズにこれから行う作戦を説明する。

まずは寧夢が先ほど組み立てては部品にばらしていた『たれっと』を攻撃が届く限界の位置に仕掛け、時限式で起動するようにしたあと、起動する瞬間にルイズが見張りを全て狙撃、『たれっと』の攻撃を大規模な襲撃に見せかけて、混乱している間にジョーイが囚われている独房に近い北ゲートから潜入する算段なのだ。

「待って、『たれっと』を仕掛けるのに近づかないといけないんでしょ?見つかっちゃうわ!」

「それは大丈夫、コレ使うから。」

寧夢はそう言って小さな箱に赤と青のランプ、ギザギザの黒いネジ、そして肩にかけるためのヒモがついたものを取り出した。

「ステルスボーイ、少しの間自分の姿を消す道具や。それじゃタイミングやけど、コレが鳴ったらお願いね。」

寧夢はルイズに、ルイズが見たことの無い数字が書かれた板を渡す。

『20:00』と書かれた板は『19:59、19:58、19:57』と、勝手に字が書き変わっていく。

ルイズがそれを受け取ると寧夢はステルスボーイを操作し、一瞬光ったかと思うとこつぜんとその場から消滅した。

早苗は寧夢の作戦において車の運転を任されており、塔を出たためルイズは一人、塔に残る。

今いる塔からならば全てのスーパーミュータントを狙撃できると見たため、動かなかったのだ。

ルイズは渡された板の数字を、寧夢の口ぶりから『減っているもの』とあたりをつけて、その変化から州の数字の規則性を覚えていく。

「(数字の種類は十個、『9』から一つ増えると左側に一つ加える。『60』で真ん中の『:』の左側が一つ増える。)」

ハルケギニアとは数字こそ違うが10進法であることは同じと理解するが、『:』を挟む『60進法』はハルケギニアと時間の数え方が違うため理解できなかった。

「(これは終わってから聞くことにして、あと『767』ね。)」

『12分47秒』をルイズは便宜的にそう考え、スナイパーライフルで緑の園をうかがう。

 

 その頃寧夢は、緑の園の正門の前を、ステルスボーイを使って走り回っていた。

タレット、すなわち自動砲台は全部で12個、ヘビーレーザー、ヘビーマシンガン、ミサイルが四個ずつで、それらを素早く組み立てては見えにくいように隠し、影でステルスボーイをつけ直して次のタレットを組み立てる。

「(っしゃ!コレでラスト!!あと二分、急がな!!)」

寧夢は最後のタレットを組み終えると全力で早苗の待つロードファイター目指して走る。

早苗と合流してルイズを拾い、すぐに北ゲートへ向かうのだから時間としてはカツカツである。

 

「(あと10!ネム、大丈夫かしら・・・信じるしかないわ!)」

寧夢が全力疾走しているころ、ルイズは狙撃の準備にかかる。

頭の中で秒読みしながらスナイパーライフルを握り、五匹のスーパーミュータントをスコープ越しににらむ。

「(・・・あと3・・・来たわ!)」

ルイズの視界に、マイアラーク・クイーンを狙撃した時のような表示がなされる。

「(手前から頭に『99%』『99%』『95%』『91%』『83%』やっぱり時間と進法が違う。多分、数字の大きい方が当たりやすいんでしょうね。とにかく全部・・・え!?)」

ルイズは全てに狙いをつけようとしたが、三匹までしか狙えないことに気づく。

「(もしかしてコレ、三発までしか使えないの!?)」

ルイズは今、初めて『V.A.T.S.』が三発までしか使えないことに気づく。

使用者によっては多くもなるのだが、今のルイズでは三発が限界なのだ。

驚いてタイマーを見ると、ルイズの体感ではすでに時間になっているはずであったが、タイマーは『2』を指している。

「(こうなったら残りはコレに頼らないで当てるしかないわ!!)」

タイマーが残り1秒を示し、ルイズは大きく息を吸って止める。

「すうううぅぅぅっ、ん!!」

『ピピピピッ!ピピピピッ!ピピピピッ!』

息を止めた瞬間、タイマーが鳴り、ルイズはまずV.A.T.Sの三斉射を放ち、続いて素早く残りの二匹を狙撃した。

三斉射はスーパーミュータントの頭に吸い込まれるように命中し、遅れて残る二発が遠くにいたスーパーミュータントに命中する。

自力で撃った弾丸の一発はスーパーミュータントの頭蓋骨を砕くが、残る一発は直撃とはいかなかった。

「しまった!!」

残る一匹の両目を切り裂くように当たり、スーパーミュータントは目を押さえながら緑の園の中に落ちていった。

ルイズはそれを伝えるため塔からかけ降りると、ちょうど早苗が運転するロードファイターが寧夢を乗せてルイズを迎えに来た。

「ごめんなさい、一発外した!」

「え!?ウチには当たったように見えたけど!?」

「一匹だけ、両目をこう、こするみたいに当たって・・・」

ルイズは自分の目の前で指を動かして当たり方を伝える。

「上々よ!はよ乗って!それと早苗、ウチが運転するわ!!」

寧夢が指示を飛ばし、ルイズはロードファイターに転がり込み、早苗も助手席に移ると、寧夢はロードファイターのハンドルを握り、急発進させた。

すると爆弾が雨のようにルイズがいた塔の周囲に降り注ぐ。

生き残ったスーパーミュータントの言葉を頼りに大体の狙撃ポイントめがけて大砲を撃ってきているのだ。

同時に緑の園から飛び出してきたスーパーミュータントはタレットと交戦を始める。

「ひきょうものドモメ、やつらハすてるすぼーいヲつかッテヤガルゾ!」

「ばけつガイタラモギトッテヤル!!」

片言のような話し方で飛び出してきたスーパーミュータントは、仲間が蜂の巣にされても構わずタレットの方へ向かっていく。

それを大きく迂回して進むロードファイターの中でルイズは寧夢に一発外したことを謝罪する。

「ごめんなさい・・・外して・・・」

「ええんよ、そもそも全部当てろなんてのが土台ムリな話なんやから。」

「けど、オバケ蟹の時の、三発しか使えなくて・・・」

謝罪を続けるルイズに、寧夢は呆れながら答える。

「あんねぇ、ちょっとくらいやったらウチがフォローできるけんええって言いよんのよ?それともなに?ウチがルイズはんにゼッタイでけんことをやらせたっち言いよんの?」

ブンブンと首を横に振るルイズに、寧夢は続ける。

「バディやったらね、相手をフォローするんは当たり前なんや。そもそも、ウチ一人やったら狙撃もでけんのやから、ルイズはんは十分、やってくれたんよ。

 それにルイズはんやろ?『1+0かて1より細ぁない』っち言うたの。はっきり言うわ、ルイズはんは0なんかやなかった。」

寧夢はそう言ってルイズに感謝を伝え、ルイズは爆発で揺れる車内で寧夢の方へ身を乗り出す。

「ホント!?」

「ま、言うても0.1くらいやけど。」

ゴツンと、シートに鼻からぶつかるルイズ。

「もう、イジワル!!」

「ふふっ、冗談よ、それとウチこそゴメンね、市長はんトコでキツイこと言うて。」

「それはもういいわよ、気にしてないから。」

そうやって話している二人に、早苗が割って入る。

『よかったですねぇ、ご主人さま。初めて『ご友人』にカテゴライズされる方ができて。』

ピシッと、空気が凍るような雰囲気がして、寧夢は前を見たまま静かに告げる。

「さ・な・え~?一言多いんよ、自分は!!」

寧夢の義手の指一本一本が+ドライバー、-ドライバー、ペンチ、スパナ、レーザーカッターになる。

「あんまいらんこと言うと解体するよ!?」

『ひいっ!?それだけはご勘弁を~!!』

「クスッ・・・ネム、やめてあげて、わたしも似たようなものだから。」

ルイズがそう言って仲裁すると、寧夢は手を元に戻し、早苗は口があれば安堵の息をつくような声を出した。

 

 寧夢はロードファイターを北ゲート付近の陰に止めて、早苗を残して降りる。

「それで、どうするの?いくら正門側?に集まってるっていっても、いくらなんでも空っぽじゃないでしょ?」

「大丈夫よ、ウチの手ぇ握って。」

「え?ええ。」

ルイズが寧夢と手を繋ぐと、寧夢はステルスボーイを起動した。

すると先のよう二人の身体が光り、透明になる。

ルイズは驚いて自分の身体を空いている手でペタペタとさわる。

「ピストル持って。すぐ撃てるようにしちょき。」

左手でつかんでいることと、音からして義手を武器に変えたらしいことしかわからない寧夢からそう言われ、ルイズもオートピストルを取って、片手でスライドを引いて安全装置を外す。

二人は互いに利き手、あるいは武器である義手を自由になるように手を繋いでいる。

「コレ、どうなってるの?」

「今、忙しいけん簡単に言うけど、蜃気楼みたいなんを体の回りに作っちょんのよ。」

ルイズは蜃気楼と言われて風の魔法に似たようなものがあるのを思い出す。

ステルスボーイとはかつての戦争で『中原の国』と呼ばれた国が使っていたとされるもので、使用すると接触しているものの表面に光を曲げる層を作り出し、使用者の背後にある景色を見せる、言ってしまえば使用者を透明人間にしてしまうのだ。

そしてこのステルスボーイは寧夢の改造によって、手をつなぐなどして接触していれば二人まで、一切の装備を持たず、極端な話全裸ならば三人まで効果範囲を広げることができる。

全裸で三人同時使用というのがどんな状況なのかは考えてはいけない。

 

 寧夢はルイズの手を引いて、足音をたてないように北ゲートへ近付く。

北ゲートはただ閉じられているだけで見張りがいるような様子もない。

「(妙やな・・・ここ、アスファルト剥がしとるな。それに最近耕したみたいな?)」

「そ、そ、そ、そこ、だかいるのか!?」

「!?」

寧夢とルイズが周囲を見回すと北ゲートの陰から少し小柄なスーパーミュータントが二人のいる場所をにらんでいた。

小柄とは言っても才人よりは大きく、あくまでスーパーミュータントとしてである。

「ふ、ふ、ふ、ふむな!!そこは・・・」

「チイッ!!ルイズはん、こっち!!」

寧夢はルイズを岩陰に引っ張りこんでステルスボーイを停止させた。

「ど、どうして!?」

「ウチにもわからん。ステルスボーイは間違いのう動いちょった。」

二人は小声でそう話し、ルイズは自分たちがいた場所を見て得心する。

「あそこ、舗装が剥がされてるわ。もしかして足跡が見えたんじゃないかしら?」

「ウソやろ!?いくらなんでも・・・」

寧夢は自分のミスに頭を抱える。

スーパーミュータントでそこまでの洞察力を持つ者は珍しいため、気が回っていなかったのだ。

「もしかしてジョイねえちゃんのなかまか?」

スーパーミュータントはそう言いながら北ゲートを開けて出てくる。

「ルイズはん、チャンスや、大マヌケに出てきたわ。仕留めたって!」

寧夢が小声でそう言うとルイズはスナイパーライフルを持つ。

スナイパーライフルのV.A.T.S.ならば間違いなく一撃で仕留めることができる。

しかし同時に違和感をおぼえた。

「ねぇ、何でアイツ、ジョーイさんの名前を知ってるのかしら?」

「んなのウチらみたいに助けに来たのをハメるためやろ!?」

「!?やっぱりおかしいわ!あいつらは根っからの戦闘狂って言ってたわよね?」

「それが?」

「それなら騙すとか、そんな回りくどいことしないでしょ?それにアイツを見て。」

寧夢はルイズにそう言われ、義手を鏡にしてスーパーミュータントを見た。

ルイズも確認のためにその鏡を見て確信する。

「武器を持っていない?」

「でしょ?」

そう、スーパーミュータントは手ぶらだったのだ。

当然、スーパーミュータントの怪力ならばルイズ程度であれば素手で引きちぎることもできるだろうが、武器を持たない理由にはならない。

「や、わからんわ!隠し持っちょんのかもしれん!」

「それこそやらなそうなことでしょ?いいから、わたしに任せて。」

そう言ってルイズはスナイパーライフルをおろし、オートピストルも置いて、両手をスーパーミュータントから見えるように挙げて岩陰から出た。

念のために杖だけはスカートにはさんでいるが、スーパーミュータントから見れば丸腰にしか見えない。

「あんた、ジョーイさんのことをどうして知ってるの?」

ルイズはゆっくりスーパーミュータントに歩み寄っている。

「ま、まて、それいじょうこっちにくるな!」

「!?どうして?」

驚きながらもルイズは怯んだ様子を見せない。

かつて、男装の騎士をしていた母から、ドラゴンやグリフォン、マンティコアに乗る時、向こうを恐れた様子を見せてはいけないと聞いたことがあるのだ。

ハルケギニア、トリステインの近衛隊で使われる幻獣は例に漏れず猛獣で、それらは自分を恐れる人間を軽く見る。

軽く見られている間はどうやっても乗ることはできないと教わった。

それをスーパーミュータント相手にも使っているのだ。

「そこ、オラのはたけ。まだなにもうえてないけど、ふまれたくない。」

「あら、それは謝るわ、ごめんなさい。ところで、何を植えるつもりだったの?」

ルイズはスーパーミュータントから目を離さずに謝罪し、さらに重要ではない話をして親近感を与える。

もっとも、彼女はそのような計算はしておらず、思いつくままに説き伏せようとしたら偶然そうなっているのだ。

「わからない、なんのたねかわからないから。」

ルイズは畑という話を信じていない。

そもそも北ゲート付近はどこも日当たりが悪く、作物などろくに育たないであろう。

しかし『畑じゃなければ何か』というのまでは思い付かない。

「どうしてこんな暗いところに畑を作ったの?ここじゃ育たないでしょ?」

「なかは『くまぞう』がつくらせてくれない。はなばっかりそだてて、にんげんをたベないよわむしにはつかわせないって。」

「人間を食べない?ホントに?」

ルイズはそう聞きながら畑を迂回してスーパーミュータントに近づこうとして、頭の中に『ピッピッピッピッ』と、妙な音がして驚いて立ち止まると、スーパーミュータントが急にルイズを抱き上げた。

途端にスーパーミュータントの足元が爆発し、ルイズを抱えたままスーパーミュータントは転倒する。

これにすかさず寧夢は岩陰から飛び出した。

「とうとう本性出したなぁ、アンタ!!」

遠目で見ていた寧夢には、スーパーミュータントがルイズを地雷の方に誘導しようとして、感付かれたから引き込もうとして結果自爆したように見えたのだ。

寧夢は自分の腕では当たらないのはわかった上で、ルイズの置いていったスナイパーライフルを向けてスーパーミュータントを牽制する。

「ルイズはん、そいつから離れて!」

「やめて、ネム!この子、今、わたしを庇ったのよ!!」

「くるな!ま、まだあるかもしれない!!」

足を押さえながらスーパーミュータントがそう言ったのを聞き、寧夢も自分がこのスーパーミュータントを誤解しているのではと思い、踏みとどまる。

「・・・V.A.T.S.起動。」

寧夢はそう呟いて集中する。

彼女の義手には戦闘、作業を補助する機能『V.A.T.S.』をはじめとする諸機能を備えた携帯用端末『Pip-Boy』が組み込まれている。

義手に組み込むために荷物のリスト化、モバイルライト機能といった一部の機能を省略し、さらにV.A.T.S.も作業用であるためスローモーション機能や命中率補正機能などがない戦闘面に関してはただの索敵用になっているが、地雷探しならば十分だ。

「(畑?の中に二つ。うわ、危なかった、すぐ前にも一個あるやん!)」

寧夢は爆破解体しようとしてスナイパーライフルを使おうとする。

『4%』『7%』『29%』

と、地雷に表示され寧夢は自嘲気味に笑いながらスナイパーライフルを担いで義手を構えた。

「(イヤんなるわぁ、ウチのクソエイム・・・)」

至近距離にスナイパーライフルですら三割に満たないのが彼女の射撃の腕前である。

なお、才人であればこれらは全て、『ルーキーですらピストルで百発百中、できないなら銃がおかしい。』というのは間違いない。

銃がおかしいというのはあり得ないのだから、寧夢の射撃の腕が酷すぎるだけなのだ。

「セイ、セイ、セイ!!」

寧夢は三つの地雷全てを掘り起こし、遠くへ投げた。

地雷ははるか彼方で爆発し、寧夢は念のため周囲の地雷を探索するが、今の三つで最後であった。

「・・・もう大丈夫や。自分、名前は?」

寧夢はしゃがんでスーパーミュータントに名前を尋ねる。

「オラ、『こたろう』。」

「小太郎ね?ウチは寧夢、そっちの子はルイズ。ごめんね、小太郎。疑って。」

寧夢はそう言ってスカートの中から注射器を取り出した。

スティムパックといい、鎮痛、止血のための薬品だ。

その効果を見たルイズは、スティムパックが水の秘薬を使っての治癒の魔法以上であることに驚きを隠せなかった。

「いい、しかたなかった。それより、ジョイねえちゃん、たすけにきたんなら、オラ、しってる。」

小太郎は寧夢に副木をしてもらうと、立ち上がって足を引きずりながら二人を導く。

その方角は寧夢が聞いた、ジョーイが囚われている、『怪物を閉じ込めた屋敷』であった。

「ジョイねえちゃん、ねえちゃんをむかえにきたってひとたち、つれてきた。」

「小太郎?ちょっと待って・・・いいわよ。」

若い女の声がそう返答すると、小太郎は閂を外して中に入り、それに続いて寧夢とルイズも中に入る。

「あ?案外元気そうやん、ジョーイはん。」

「あら、寧夢ちゃんだったの?やってくれたわね、あのタヌキ。」

寧夢がジョーイと呼んだ女は、寧夢より少し背が高く、ウェーブがかった栗色の髪をポニーテールのようにして、ルイズの長姉や母を思い起こさせる切れ長の目に長いまつ毛、左目の下には泣きボクロがある美女であった。

長く着のみ着のままだったであろう赤いシャツと白衣は汚れが目立ち、タイトスカートから覗くガーターとソックスは少し破れている。

「あら?そっちの子は?見ない顔だけど。」

「こん子?ルイズっちいうて・・・詳しくは帰ってから話すけど、こん子のことで調べたいことがあったんよ。」

「そう・・・なるほどね、よろしく、ルイズちゃん。私は(ジョ) 一命(イーミン)。みんなはジョーイって呼ぶわ。」

ジョーイはそう言ってルイズに右手を差し出した。

目の前に立つジョーイは視線をルイズに合わせるために少ししゃがんでおり、ルイズは握手を返しながらジョーイの顔と、そしてその下で視線を往復させる。

「(よく見たら顔、傷跡があるわね・・・そんなことより、ネムよりおっきい!ちい姉さまくらいあるわよこの人!!ホント、何食べたらこんなになるのよ、こっちの女の人って!!)」

引きつった笑顔を浮かべるルイズであった。




ルイズがゲロイン化していく・・・
いや、ゲロインはギャグで吐く場合だから違うのかな?

大丈夫かと思ったのがゲロイン化と、『人は人を食べたりしない』のくだりでした。
前、どこかで『あの手の話』は創作では気をつけた方がいいと聞いたことがありまして。

さて、人物&用語紹介を。

徐 一命(公称27歳)
城郭街で医院を営む女医。
戦前の資料を多数所持しており、仮に書籍化すれば図書館が二つか三つ必要なほどです。
年齢は彼女自身詳しく知らず、夫と同い年、結婚した日を誕生日としています(法的なものはないので本人達の意志次第)。
身長178㎝、体重75㎏、バスト95㎝、ウェスト63㎝、ヒップ92㎝と、軽々キュルケ越えのスタイルです。
ルイズよ、食べものはゲテモノばかりに決まってるぞ。

小太郎(??)
自称人間を食べないスーパーミュータントです。
スーパーミュータントに年齢はあってないのでしょうけど、どこか幼さを感じさせるところがあります。
彼は敵か、味方か!?(要らん煽り)
身長202㎝、体重147㎏、バスト178㎝、ウェスト106㎝、ヒップ111㎝と、『スーパーミュータントにしては』小柄です。
拳○様とあんまりかわらんとか言わないように。

Pip-Boy
フォールアウトシリーズのVault-tech社製携帯端末で、装着者の装備、健康状態、S.P.E.C.I.A.L.(能力値)やPerk(スキル)の状況、所持品リスト、ラジオ受信、モバイルライト、テープ再生、V.A.T.S.等様々な機能が備わっています。

V.A.T.S.
以前からルイズが無意識に使っているものですが、本来は『Pip-Boy』がなければ使えません。
使用すると時間の流れが遅くなり、いわゆる『脅威対象』を探索し、攻撃命中率を補正し、さらにどれくらいの確率で攻撃が命中するかを教えてくれます。
なお、寧夢のものは作業用なのでスローモーション機能や命中率補正機能がありません。

FEV
200年前の戦争で、アメリカが抗ウィルス剤として作りましたが、投与すると怪物化するという副作用が発覚し、その副作用を狙った軍事目的の研究にシフトしました。
それにしても、どれだけこのFEV、地球上に広がってるのやら・・・

スーパーミュータント
かつての戦争の際、FEVによって怪物化した元人間。
力任せの戦い方が大好きな戦闘狂で、作者はスーサイダーがトラウマです。
コイツらにはある程度強力な武器が無いと厳しいものがあります。


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第七話 勇気

長らく投稿をお休みして申し訳ありませんでした。

では、お願いします。


 無事にジョーイを見つけ、ルイズは寧夢に脱出する方法を尋ねる。

「入る時はたれっとを囮にしてたけど、出る時も同じようにするの?」

「ダメよ、外のは壊されちゅうやろうし、さすがに中じゃ作れへんしね。」

寧夢がそう言うのを聞き、ルイズの脳裏に嫌な予感がよぎる。

「まさか、無理やり出るつもり?」

「才人やったらやるやろうけど、ウチはもっとスマートに行くわ。ま、少し待っちょこ。手はずやと、少ししたらバット隊が攻めて来ることになっちゅうから。」

それを聞いたルイズは盛大なため息をつきそうになる。

寧夢の言うとおりとすれば、彼女はバット隊の攻撃に乗じて脱出するか、またはバット隊が勝利するまでジョーイを連れて逃げ回るつもりなのだ。

順当に考えれば前者なのだが、危険極まりないのに変わりはない。

ルイズが落胆している中、ジョーイは寧夢に尋ねる。

「それ、約束したの市長?」

「うん?ちゃうよ、ここの攻撃命令された隊長はん。」

これにジョーイはルイズと同じくらい落胆する。

「ん?どないしたん?」

「何でもないわ・・・」

寧夢はジョーイのため息の理由がわからないまま、攻撃開始を待ち続ける。

 

30分後。

「どうして始めんとよ!?」

「ちょっとネム?そもそもムチャな話だったけど、何も起こらないじゃないの!?」

「ふたりとも、しーっ!」

騒ぐルイズと寧夢を、スーパーミュータントの小太郎が止めるという状況に、ジョーイが呆れながら仲裁に入る。

なお、この30分の間に二回、見回りのスーパーミュータントが来て、小太郎がごまかしているのである。

「あのねぇ、寧夢ちゃん?市長だったら曲がりなりにも約束は守ると思うわ、けど下っ端の隊長に言っても、市長が圧力かけて自分の好きなように筋書きを書き変えるに決まってるでしょ?」

「う・・・見誤ったわ、どないする?」

寧夢はジョーイにそう尋ねる。

「多分ね、私が考えつくならもうここにいないわよ。」

「う~ん・・・やったら、小太郎は?」

「オラのうしろにかくれていくのは?」

「横や後ろから見られたらアウトやろ?」

ジョーイ、小太郎の順で今後の方針を尋ね、ルイズに番が回ってくる。

「ルイズはん、何か考えつかん?」

「わたしに聞かれても・・・そういえば、さっき使った蜃気楼起こす道具は?」

「ステルスボーイ?いや、これ裸になっても三人が限界やからね・・・それよ!」

寧夢は手を打ち、メイド服を脱ぎ、下着姿になると義手も外してしまった。

健康的な肉体が惜しげもなくさらされ、ルイズは目をそらしながら抗議する。

「ちょ、ちょっとコタローもいるんだし、そんなカッコ・・・」

当の小太郎は寧夢に背を向け、見ないようにしている。

「さ、ジョーイはんとルイズはんも脱いで。ウチのステルスボーイ、裸やったら三人までいけるけん!」

「待ちなさい、仮にそうしてもステルスボーイはずっと起動できるわけじゃないわ。寧夢ちゃんも義手外してギリギリなんでしょ?万一の時、どうするの?」

ジョーイがそう尋ねると寧夢はルイズの背中を軽く叩いて答える。

「そこはルイズはんの出番や!」

「え?わたし?」

「義手外した分と、ルイズはんが小まいからピストル一丁と下着くらいん余裕あるわ。ルイズはんやったらピストルでも、スーパーミュータントにヘッドショットかますくらいわけあらへんやろ?いざっちゅう時は頼むわ。」

「いや、でもコタローは?」

「スーパーミュータントやけん、動き回っても怪しまれんやろ?」

寧夢がそう言うとジョーイも首肯し服を脱ぐ。

「ッ!?」

ルイズはジョーイの身体を見て絶句した。

大きな胸にくびれたウエスト、安産型のヒップに見惚れたわけではない、服で隠れている部分に残る生々しい傷跡を見たからだ。

寧夢にもあることにはあるが、ジョーイの銃痕、丸型の火傷痕、刃傷痕に比べれば大したことはない。

「ん?あ、ゴメンね?ちょっと見苦しい身体してて。」

「え、いや、そんなことは・・・」

「目立たないようには治してもらったけど、酷すぎたのはこんな風になっちゃってね。」

「治してもらったって?」

「ダンナよ。」

これにルイズは思考停止する。

「ジョーイさんって結婚なさってたんですか!?」

「ええ、10年くらい前に、技術も知識もなかった私を州で二番目の名医にしてくれた人よ。」

そう言ったジョーイは懐かしむような顔をする。

余談だが、彼女の言う一番は当然夫のことだ。

「ウチに義肢をつけるための手術してくれたんもそん人よ。そういえば最初に手術受けた時はジョーイはん、まだおらんかったよね?」

「寧夢ちゃんの歳からしたら、最初の手術の時はまだ立ち会わせてもらえないような見習いだったわよ。それより、ルイズちゃんも早く脱いで。」

割り込んできた寧夢と話すジョーイがルイズに促すが、ルイズは脱ごうとしない。

「その・・・わたし、胸の・・・」

「そやった、ルイズはん、ノーブラやったわ。ちょっち待ってん。」

寧夢は一度外した義手をつけ直し、ジョーイが囚われている独房のベッドにかけられたボロボロの布を取ってきて、適当な長さ、広さに切る。

「はい、脱いで。」

「え、ええ。」

ルイズが恥ずかしがりながらメイド服を脱ぐと、寧夢は切った布をルイズの胸にきつめに巻いた。

結果、ルイズは胸にサラシを巻いたようになる。

「動くの考えたらウチらもこうした方がええかんしれんね。ジョーイはんのから作るけん、ブラ外して待っちょって。」

寧夢はそう言うと、ルイズに巻いた布より大きくもう一枚作り、ジョーイの胸にも巻いていく。

そして最後に自分の分を作ると、それをジョーイに巻いてもらう。

「・・・クッ。」

ジョーイ、寧夢、自分の順で胸を見たルイズが悔しそうに声をもらす。

ルイズはもともと小さかった胸が少年のように平らになってしまっているのに、寧夢は押さえても裸ならば隆起がわかるくらいに主張しており、ジョーイに至っては押さえつけているにも関わらず女らしさを主張しているのだ。

「もういいか?」

「うん、終わったわ。」

寧夢が小太郎にそう言うと、小太郎は振り向くがやはり目をそらす。

「しっかし、ホンマに変なミュータントやね。女の裸なんか普通のやったらキョーミあらへんやろ?」

「あ、そうそう、この子ね、どうもこの辺りのスーパーミュータントじゃないみたいなのよ。」

「ん?どゆこと?」

寧夢がジョーイにそう尋ねると、ジョーイは簡単に説明する。

「どうも戦争のころに作られたFEVを接種したみたいでね、どっかのバカが作った粗悪品でスーパーミュータントになったのと違って人の感情が強いみたいなのよ。それも多分、元は10歳くらいの子供。まあ女の子に興味持つころよ。」

「あら、じゃあ少し刺激が強いなぁ。まあ、オネーさん達の見る分にはタダやけん、堪能しちょき。」

「ルイズ、ねむがいじめる!」

「メソメソしないの!それよりわたしはどうして大丈夫なのよ!?」

「ルイズ、オラくらいだろ?」

「もう怒るのも面倒だから怒らないでおいてあげるけど、寧夢より歳上だからね、わたし!」

州に来て貧乳ネタを幾度となく取り上げられるルイズは、いい加減怒るのも馬鹿らしくなりはじめているのである。

「いつまでもふざけてないで、脱出の手はずを決めるんでしょ?」

ジョーイがそう言って三人の注目を集める。

「そやった、まずさっき小太郎に見てきてもろたけど、北門は地雷処理の爆音で寄ってきたみたいで外はとても通られへん。西門は遠すぎるし隠れる場所がない。東門は北門に近すぎるけん・・・」

寧夢は古ぼけた子供の落書きのような地図を指して説明する。

この地図は『緑の園』が戦前、開園していた頃のパンフレットである。

「南門を抜けようと思うわ。」

「ちょっとネム?南門って正門でしょ?一番守りが堅いんじゃないの?」

「そこがミソや、たしかに南門は堅牢やし、スーパーミュータントも多い。けんど門が壊されたら連中はローチの巣つついたみたいになるやろ。そのスキにドロンっちゅうわけよ。」

それを聞いたルイズは内心、

『結局ムチャやるのね。』

と落胆し、ジョーイは寧夢に疑問となる部分を尋ねる。

「門壊すって爆薬か何かにあてはあるの?門開閉機の燃料タンクを壊すにしても、ピストルじゃ無理よ?」

「そこはルイズはんに任せといて。アレは見た方が早いけん。」

言うまでもなく寧夢はルイズの失敗魔法の威力に頼ろうとしている。

ルイズは『門を壊す』と聞いたあたりで想像はしていたので軽く首肯して了解した。

 作戦の要項としては、まず小太郎はルイズ達の荷物を持って脱出、あらかじめ早苗に通信で合流するよう伝え、ルイズ達三人は南門から脱出して早苗と小太郎に合流するのである。

「じゃあでる。またあとでな、ねえちゃんたち。」

「ええ。それじゃね、コタロー。」

独房を出た四人はすぐ別れ、小太郎は頭上を通るトロッコに沿って歩いていき、ルイズ達は小太郎から教わった、普段は彼が見張っている扉を目指す。

「さ、行くで。ジョーイはんはウチと腕組んで、反対の手でルイズはんと手ぇつないで。」

寧夢の言うとおりにジョーイが寧夢と腕を組み、反対の手でルイズと手をつないで、ルイズは開いた手に銃を持って杖はショーツに挟む。

それを寧夢が確認すると彼女はステルスボーイを起動した。

一般的なステルスボーイは使い捨てだが、このステルスボーイは冷却、充電によって複数回使用することができる。

休憩をはさみながらであれば十分、外に出ることができる。

 

 そして二回目の休憩で、入口に青い鳥の像が立つ建物にルイズ達は飛び込んだ。

長い年月風雨にさらされ色落ち、風化している青い像は、コミカルな顔をしているが青い鳥のモデルである『ペンギン』を知らないルイズには『デスクローの類』の像が門番のように立っているように見えていた。

「・・・って、寒!?」

建物の中に入ってステルスボーイが解除されルイズが最初に発した言葉はそれであった。

無理もない、この建物の中は業務用冷凍庫よりも低温に設定されているのだから。

「ね、寧夢ちゃん、どうしてここ、中継地にしたのかしら?」

「ウ、ウチもまさか動いとると思わんかったんや・・・」

ガタガタと足踏みしながらジョーイの問いに寧夢が答える。

緑の園がまだ人間の居住地だったころ、この建物は食料保管庫として使われていたため、現在でも設備が生きているのである。

人が住んでいた頃の食糧など食いつくしているだろうと寧夢は考えていたが、いまだに起動していたのだ。

下着姿の三人にとってこの建物の冷気は『冷たい、寒い』などというものは通り越して『痛い』と感じるほどである。

だがそんな状況でもルイズは、そういった感覚より好奇心の方が勝っていた。

この『極地を再現した建物』は自然氷穴をイメージしているため、機械を隠すために氷に似せた目隠しを置き、壁やそれらに霜がついては凍りを繰り返したため、本物の氷穴のように見えるのだ。

ハルケギニアでも水のメイジが氷の彫刻を魔法で作ることはある。

しかし、そういった人工物ではなく、自然にできたものに近いこの建物の中はルイズにとって新鮮だったのだ。

「(母さまみたいに風の魔法が使えたらなぁ・・・)」

風のメイジであればこのような寒い場所でも体の周りに空気の層を作り、冷気を遮断することができるのである。

ルイズが思い描く自分のメイジの姿は二つある。

一つは母のような騎士姫、名を聞いただけで敵が退くとまで言われる英雄たる風のメイジ。

もう一つは医者である水のメイジ。

あらゆる病を治す水のメイジになり、トリステイン中のメイジが匙を投げるほどの難病である次姉、カトレアの病を治すことである。

「(そういえばジョーイさんもお医者さんなのよね?心構えとか教わりたいわ。何にしても、まずはハルケギニアに帰らないといけないんだけど・・・)」

考え事をしながら歩いていたルイズは寧夢達から離れてしまい、あるものを発見してしまう。

「(あら?何かしら、あの赤いの?)」

ルイズは赤くて丸い『何か』に歩み寄り、それを見たことを全力で後悔した。

「~~~ッッッ!!!ッッッ!!!!!」

悲鳴をあげないようには口を押さえ、寧夢達がいる、来た方へと逃げ帰ると、ルイズを探しに来た寧夢達に鉢合わせた。

「ルイズはん、勝手に離れたらいけんよ?」

「し、した、したした、した!!したい!!」

取り乱すルイズがやっとの思いで『死体』と言ったのを聞いて寧夢はこの建物が動いていた理由に思い至る。

「なるほどな、ヤツらもここ、冷凍庫にしちょったわけやね。ルイズはん、どこにあったん?」

ルイズは寧夢に、死体を見つけた方を指差し、三人でその方へ歩いていく。

「・・・やってくれたものね、あいつら。」

ドスのきいたジョーイの声にルイズは戦慄をおぼえる。

その声は先ほどの『優しい女医さん』とは正反対の、『修羅、悪鬼羅刹』と形容すべきものであった。

「あの、ジョーイさん?」

「今は弔えないけど、許してね?」

ルイズがジョーイの顔を覗き込むと、とても『修羅、悪鬼羅刹』の類いとは思えない、優しい顔立ちをして死体に手を合わせており、ルイズもそれにならう。

「さ、そろそろ出られるけん、入口に行くよ。」

二人のように手を合わせていた寧夢がそう言うと、死体に背を向け入口に向かう。

 

 極寒の建物を後にしたルイズたちは南門付近の建物の陰に隠れる。

南門付近はやたら殺気だったスーパーミュータント達が闊歩し、木製の大きなこん棒を素振りしたり、銃を手入れしたりしている。

完全に臨戦態勢だ。

「ルイズはん、あの門の上、赤いタンク、わかる?」

寧夢が指す赤くて丸い、金属製と思われる『樽』をルイズも見る。

樽から管が門の端の機械に繋がっており、樽から機械までルイズの失敗魔法の射程内に入っている。

「タンクから開閉機までのどこかを吹き飛ばして。そしたら全部まとめて爆発するけん。」

「わかった・・・『フレイムボール』!」

ルイズはいつもより長く詠唱し、ファイアボールの上位魔法、フレイムボールを唱えるがいつものように、正確にはいつもより大きな爆発が管を吹き飛ばし、一拍遅れて樽、機械が爆発し、門が崩落する。

「(近くで見るとすごい威力やな・・・マイアラークを一撃で殺す威力といい間違いないわ、ルイズはんのコレ、対消滅や!)」

寧夢がルイズの失敗魔法に一つの仮説をつけていると、予想どおりスーパーミュータント達は騒ぎ始めた。

外からの攻撃と考えて彼らが飛び出そうとした瞬間、一発の銃声と野太い声が響く。

「ギャアギャアわめくんじゃねぇ、カスどもが!!」

銃声にスーパーミュータント、そしてルイズ達も遠巻きながら注目する。

声の主はひときわ目立つスーパーミュータントであった。

顔には血管を思わせる赤い入墨をして、人間の頭蓋骨で作られた首飾りをつけ、腰に巻いた毛革にも、おそらく食った人間から奪った装飾品を結びつけているその個体は、一目でリーダーだとわかる。

「クマゾウのアニぃ、ドういうコってすか?」

「外からはタンクをうてねぇ、門をこわしたってのに何もしてこねぇし、さっきもタレットばかりだったろ?まちがいねぇ、ネズミが入りこんでやがる!」

「ネズミ?モールラット!?あいツはちんみわらばぁ!?」

クマゾウの言う言葉を勘違いしたスーパーミュータントが殴り飛ばされる。

「バカやろう、ニンゲンに決まってんだろ?スパイがまぎれこんでやがるんだ!」

「っしゃあ!!ナんびキいるンだ!?」

「オれはウデもらウぜ!!」

スーパーミュータント達は嬉々として緑の園の内側に散開し、ルイズ達を探し始めた。

 

「ウソやろ、あのリーダーも、もしかして・・・」

「小太郎と同じ・・・頭が回るトコからして、元は小太郎より歳上ね。」

寧夢とジョーイがそうやってリーダー、クマゾウの行動の理由に当たりをつけていると、ルイズが横から尋ねる。

「ちょ、ちょっと、じゃあアイツは人間の考え方のまま、あんなヒドイことしてるっての?」

「ま、そうなるわね。動機はわからないわ、無理やりスーパーミュータントにされて、ヤケ起こしたのか、もともとそういう性質なのか。でも、それは大した問題じゃないわ。」

ジョーイの言うとおり、今、問題なのはどうやってスーパーミュータントの捜索をかいくぐって外に出るかである。

彼女達の武器は今、ルイズのピストル一丁と失敗魔法だけ、正面突破は無謀である。

「とにかく、ここまでと同じように限界までステルスボーイで行こ?効果が切れたら一気に走る。」

了解(ラジャー)。」

「ら、らじゃ?」

寧夢の言うとおりにする以外に方法がない三人はここまでと同じようにステルスボーイで姿を隠し、練り歩くスーパーミュータントの合間を縫うように歩く。

寧夢の義手が本来ある場所をスーパーミュータントの持つこん棒がすり抜ける。

ジョーイの髪に銃剣の先が引っかかり、少しだけ髪が切り落とされて地面に散らばるがスーパーミュータントは気づかない。

ルイズの尻とスーパーミュータントの膝が触れ、ルイズが小さく『ヒャン!?』と悲鳴をあげるとスーパーミュータントも『どコだ!?』と周囲を見回すが他のスーパーミュータント以外見えないため、『キのセいか。』と捜索に戻る。

瓦礫に足をかけ、寧夢、ジョーイ、ルイズの順で登っていく。

寧夢、ジョーイはなれたものだが、ルイズはそうはいかない。

もともと裸足で歩くことが無かったため、ただでさえ足場の悪い瓦礫の上でもたついてしまっている。

姿が見えていないにもかかわらずジョーイが、ルイズの動きに合わせて引き上げてくれるためルイズもどうにか登れているが、やはりなれない彼女にはつらいものがあった。

「あ!?」

ガラッと音がして、ルイズが足を踏み外す。

ジョーイはとっさにルイズの腕を強くつかみ、落下を防ぎ、結果として寧夢がジョーイに引っ張られる。

寧夢はとっさに義手で瓦礫からのびている鉄骨をつかもうとしたが空を切る、当然だ、今、彼女は義手を外しているのだから。

「チィッ!」

寧夢は一段瓦礫を降りることでバランスを取り、一安心かと思いきや、ステルスボーイのベルトが瓦礫に引っかかって切れてしまったのだ。

無情にもステルスボーイは瓦礫の山のふもとまで転がっていってしまい、三人はスーパーミュータント達に半裸を惜しげもなくさらしてしまった。

「走りやあぁぁぁ!!!」

「ルイズちゃん、ちょっとゴメン!!」

ルイズはジョーイに担ぎ上げられ、寧夢が先導して瓦礫の山を越え、それにルイズを担いだジョーイが続く。

「ごめんなさい、わたしのせいで!!」

「や、ルイズはんは悪ないけん、そんなことより後ろ!狙わんでええけん撃って!!ヤツらん足、止めたって!!!」

ルイズは寧夢の言うとおり、瓦礫を越えてくるスーパーミュータント達に向かってマシンピストルを撃って牽制する。

スーパーミュータント達は撃たれることで多少足を止めるが、ピストルは彼らの強靭な肉体には効果が薄く、構わず突撃しながらマシンガン、ライフルを撃ち返してくるのである。

「どうなってんのよ、アイツら!全然効いてないみたいじゃない!?」

「少しでも足が止まれば儲けもんや!続けたって!!」

「そうは言っても弾丸が・・・」

ルイズは残弾が少なくなって冷や汗を流し始める。

弾丸がなくなればスーパーミュータント達は距離を詰めてきて、彼女達を捕まえるだろう。

その後は生きたまま引き裂かれるか、丸焼きにされて喰われるかのどちらかだ。

「早苗、言うちょったスーパーミュータントと合流できた!?」

『それが、それらしいスーパーミュータントは見ておりません、時間になりましたのでご主人さまたちとの合流地点に向かっておりますが・・・』

「何をしとっとね、小太郎は!?」

「寧夢ちゃんの車も機関砲ついてるんでしょ?とにかく、車まで向かいましょ!」

「ええ、こっち!!」

寧夢は狭い路地に飛び込み、ルイズを担いだジョーイもその後に続く。

路地は一本道で、建物に窓はなく、タイミング的に回り込むことは不可能であるため後ろだけ警戒すればいいのである。

「ハアッハアッ・・・あと少し?」

ジョーイは息が上がり始めており、それは先導する寧夢も同じであった。

「そや、あと少しやけん、がんば・・・ヒャアアアァァァ!!!」

一瞬の気の緩みが命取りとなる場合は多々ある。

寧夢は足元の注意を怠り、スーパーミュータントの狩猟用罠を踏んでしまったのだ。

足にロープをかけ、逆さ吊りにするその罠で、寧夢はよりによって生身の左足を吊り上げられてしまったのだ。

義足ならば最悪切り離すという手段も取れたが、生身の足はそういうわけにはいかない。

「ネム!!」

ルイズはジョーイの上で体を起こして、寧夢の足を縛る縄を狙い撃ち、寧夢は背中から地面に叩きつけられた。

「とんだタイムロスや、ゴメンね。」

「いいわ、ミスなんて誰でもあるしね。それよりネム、走れる?」

「走らな死ぬんや、当然やろ!!」

寧夢は足を引きずりながら歩く。

「ダメじゃない!ジョーイさん、わたしは大丈夫だから、ネムを!」

「ダメや!ウチのことはええ!!一人でもどげでんなるけん!!」

寧夢はそう言っているが、無策なのは誰が見ても明らかだ。

「バカなこと言わないの!ホラ!!」

ジョーイは寧夢も担ぎ上げて走るが、女の力で二人も担ぐのは厳しく、スーパーミュータント達が追いすがってくる。

三人が『ここまでか』と思ったその時、スーパーミュータント達の前に大岩が落ちてきて彼らの進路をふさいだ。

路地にピッタリとはまった大岩を壊そうとスーパーミュータント達が攻撃を始める。

「まにあった・・・」

建物の上からの声を聞き、ルイズ達が上を見上げると、小太郎が建物の横についた管をつたって降りてきた。

「コタロー?どうしてここに?」

「さなえとかいうロボット、いってたとこにいなかったからこっちにきた。」

「遅れたのね?」

「ごめん・・・」

「寧夢ちゃん、結果オーライでしょ?連中は足止めできたし、寧夢ちゃんの義手もルイズちゃんのライフルも返ってきたんだから。」

「ウ・・・ワナにかかってもうた手前、言い返されへんな・・・」

話しながら寧夢が義手を着けなおし、ルイズがスナイパーライフルを組み立てると、岩が割れ、スーパーミュータントのリーダー、クマゾウが顔を出した。

「コタロウ、テメェ何しやがんだ、コラ!!」

「ヒッ・・・くまぞう・・・」

小太郎はルイズ達三人の後ろに隠れてしまう。

「ちょうどいい、そのメス、三びきともそこでころせ、そしたらなかまだってみとめてやるよ!」

「・・・だ。」

小太郎はクマゾウの脅迫に小さく答える。

「あ゛?聞こえねぇぞ?」

「いやだ、そんなことしたくない!!」

小太郎の答えに、クマゾウは持っていた大斧を岩に叩きつける。

「じょうとうじゃねぇか!コタロウ、テメェのきもちはよぉくわかった!!ぶっころしてローチのエサにしてやっからそこうごくんじゃねえぞ!!」

クマゾウはさらに激しく岩を殴り、小太郎はルイズ達の後ろで縮こまってしまう。

しかしそれにルイズは微笑みを浮かべ、小太郎を撫でた。

「よく言ったわ、コタロー。ただ、あの群れを出ると決めたなら、自分の決めたことは最後まで通すのよ。」

ルイズは先日、才人に子供を殺すように命じられ、それを突っぱねた自分を小太郎と重ねたのだ。

否、小太郎はいつも自分を害してきたボスに反抗したのだ、自分によくしてくれていた才人の命令を突っぱねたルイズよりさらに勇気がいったことであろう。

そしてもう一つ、小太郎が考えたであろうことを、ルイズは汲んでやることにしたのである。

「すうううぅぅぅ・・・ん!!」

大きく息を吸ったルイズは呼吸を止めると共にスナイパーライフルを撃った。

V.A.T.S.は使わず放った銃弾は、吸い込まれるようにクマゾウへ飛来し、顎に当たるとクマゾウは岩に突っ伏すように倒れ、さらにもう一発、上空へ向けて放つと今度は建物の屋上にあった瓦礫を壊し、道をさらにふさいだ。

「!?ころしたのか?」

「いいえ、脳を揺らして気絶させただけよ。さ、急ぐわよ。迂回されても面倒だしね。ジョーイさん、ネムをお願いします。」

ルイズはそう言って先導に回り、小太郎は聞こえないほど小さな声でルイズの背に呟いた。

「・・・ありがと、ルイズねぇ。」

一歩下がってジョーイは寧夢をいわゆるお姫さま抱っこで抱えてついていく。

「確かに、ルイズはんの撃ち方やと気絶させただけで間違いないやろうけど、どうしてなんやろ?小太郎かてあのボスにいじめられとったらしいやんか。」

寧夢はジョーイにそう尋ねる。

「小太郎だって、何だかんだ言っても仲間が死ぬのは見たくないだろうから、あえてあのボスを生かしたんでしょ。どちらにしてもあの市長のことだから今ごろ、総攻撃を始めてるでしょうし、ヤツらは皆殺しにされるでしょうけど。」

ジョーイの言うとおりであった。

ルイズは小太郎が岩を投げ込んだ時、ボスに直接ぶつけなかったことから、『人間だけでなく同族も傷つけることを避けている』と考えたのだ。

その気持ちを汲んで、せめて自分の手では殺さないことにしたのである。

もっとも、人間にとって害悪であるスーパーミュータントの群れを城郭街が野放しにしておくわけがないこと、結果として連中が駆逐されることもわかっていたが、それでも小太郎の目の前で、自分の手で殺すよりはいいと考えたのだ。

 

「とにかく、依頼は達成や、帰って市長に報告せんとな。」

早苗と合流して、ルイズ達は服を着ると寧夢は運転席に乗り込み、ルイズは助手席に、ジョーイ、早苗、そして小太郎は寧夢が急ごしらえした荷台に乗り込んだ。

廃材から作った荷台を強引にロードファイターに繋げたものだが、作り自体はしっかりしており、城郭街までなら問題ないというのが寧夢の言である。

荒野を行くロードファイターに乗る者達は各々、これからのことについて考えた。

ルイズは当然、ジョーイが持つ資料にハルケギニアに帰る手がかりがあるかどうか、ジョーイは小太郎をどうやって街に置けるよう取り計らうか、寧夢はルイズについての仮説を整理し、小太郎はジョーイの街についたら、どんなものを育てようかと。

 




ルイズ、どんだけ狙撃上手いんや。
暴れるスーパーミュータントのアゴにかすらせて脳震盪起こさせるとか、そのうち『ルイズ13』になるんじゃ・・・

用語解説?

極寒の建物
結局、このロケーションで使えたのってジョーイが囚われていた『怪物を閉じ込めた屋敷』と冷凍庫になってたこれだけでした、すみません。
やっぱり印象が強かったのがこれなんですよね。
あの中はホントに『寒いより痛い』でした。

ここ、Falloutと、必要ならばゼロ魔の解説なのにこれでいいのかな?


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第八話 B-rim-L

やっと街に戻って来ましたルイズ達。
早く才人と合流させたいけどなぁ・・・


 城郭街に戻ったルイズ達は、バット隊によって熱烈な歓迎を受けることとなった。

バット隊ご自慢の鉄棒を抜く者、ピストルを抜く者、ショットガン、ライフルを構える者、固定銃座につく者等々。

「ちょっと、何よこの扱いは!?」

「ルイズはん、おさえておさえて。そりゃスーパーミュータント連れ帰ったらこうなるんも当たり前や。」

『そうですよぉ、早苗もお話をうかがったときは何事かと思ったんですから~』

ルイズ達がそんな話をしている中、ジョーイは一人、バット隊の前に出る。

「いいかしら?この子は私の研究資料。FEV、そして変異した生物についての重要なサンプルですから私が責任持って管理します。」

「徐先生?ご自分のおっしゃっていることがわかりますか?あなたは人喰いのバケモノを飼うと言っているんですよ?」

「あら?私の記憶に間違いなかったら、デスクローを飼ってた人がいたかと思いますが?」

「いや、あのデスクローは家畜化されていたわけで・・・」

ジョーイはバット隊でこの場にいる最高位の者を言いくるめていく。

「もう、あなたじゃ話にならないわ、市長呼んで!」

言を左右にし始めた隊長にジョーイがそう一喝すると、隊長は無線機で市庁舎に連絡を取る。

「市長はただいま外出しておりまして、事の次第を報告しましたら、担当の者を来させるとのことです。」

隊長がそう言ったため、しばらくは銃を向けられたまま待つことになる。

「みんな、ごめんな、おらのせいで・・・」

「コタローは悪くないわよ。それよりジョーイさん、コタローのことだけど・・・」

「方便よ、方便。真正面から『この子は人を食べません、人間と同じです』なんて言って信じるわけないでしょ?」

紆余曲折あったもののルイズは自分の意志で小太郎を信じたのに対し、最後まで疑ってかかっていた寧夢はばつが悪く、目をそらす。

「ま、まぁ、信じられへんのがフツーやけん、しゃあないわな。」

「ネムってば、自分が最後まで疑ってたからって・・・」

「言わんといてな!あ、それより来たよ、アレは、ああ生物・機械課の課長やな。」

「せいぶつ、きかい課?」

「早い話、猟犬飼うたり、早苗みたいな手伝いロボットを使う許可出すとこや。

 猟犬かて人噛むかんしれんし、ロボットも暴走するかんしれん。そん時に誰んかわかるようにするんが主だった仕事やね。」

寧夢の説明を聞いたルイズは肩を落とす。

城郭街はあくまで小太郎をジョーイの『ペットか実験動物』扱いするつもりなのだから。

「徐先生、たしかにかつて、デスクローを飼っていた住民がいました、ですがあの時はアニマルフレンドを使用し、ベータ波発生装置を併用しておりました。スーパーミュータントとなりますとウェイストランドウィスパラーが必要になりますが、先生はお持ちで?」

「当然。そうじゃないとここまで連れて帰って来ることはできないでしょう?」

ジョーイがそう答えると、課長は先ほどまで応対していた隊長を呼び寄せ、ジョーイが腕に巻いている『小さな懐中時計をつけたブレスレット』と武骨な手甲を近づけ、手甲を見た隊長と共に首を縦に振る。

「失礼、確認いたしました。必要書類をご自宅にお届けしますので、後日、記入並びに提出をお願いします。」

課長がそう言うとバット隊は武器を収めてルイズ達に道を開ける。

「ねえ、ウェイストランドウィスパラーとか、アニマルフレンドって何?」

駐車場にロードファイターを停め、皆が降りると、ルイズは寧夢にそう尋ねる。

「そやねぇ、ルイズはんとこで言う『コントラクト・サーバント』みたいなモンよ。そこらの動物とかを手なずけるね。で、スーパーミュータントやと『ウェイストランドウィスパラー』になるわ。まぁ、あんま使うこともないけん、持っちゅう人でウチが知っとるんはジョーイはんくらいやわ。」

寧夢の説明に付け足すようにジョーイは、

「ほら、私ね、人以外にも動物とかも診る時あるから、いざ手術って時に言うこと聞いてもらえるように使うのよ。」

と話す。

「え?じゃあジョーイさんってメイジ?」

そう言ったルイズに、ジョーイ、そして難しい話についていけなかった小太郎が頭上に疑問符を浮かべる。

「ま、その話は誰かに聞かれるんもよぉないけん、ジョーイはん家に行ってからにしよな?」

寧夢がこの場での話を中断させ、一同はジョーイ宅に歩を進める。

 

 ジョーイの家は戦前から建っている建物を改修した、診療所と住居を兼ねた三階建ての角塔のような建物であった。

一階は診療所、二階は手術室と入院病棟、三階が居住スペースである。

「案外小さいのね。」

ハルケギニアで医者となるとまずメイジで、貴族である彼らはその中でもトップクラスの豪邸に住んでいるため、それに比べれば質素なジョーイ宅を見たルイズが率直な感想を述べると寧夢は驚く。

「何言うとるんよ、街の入口あたりにあった共同住宅覚えとる?あの中、四畳半で四軒も住んどるんよ。」

街の入口あたりにあった共同住宅というのをルイズは思い出す。

敷地面積はジョーイ宅の半分以下、横長の平家建てで、ルイズは牛舎か何かと思っていたものだ。

なお、ルイズは中を見ていないため知らないが、中は大きな部屋をカーテンで仕切っているだけで、水回りは共用という粗末さなのだ。

戦前でいえばいわゆる『四畳半部屋』いや、それよりはるか昔の『長屋』より壁がカーテンである分なおひどい。

「あんなのに人間が住めるの?」

「寝て起きるだけやけんね、まあ。それに比べたらジョーイはん家は豪邸よ、豪邸。」

なお、城郭街における住居は4ランクに分けられており、それが実質的な身分差にもなっている。

一番低いものが寧夢の話していた共同住宅で、街の居住権を認められたばかりの者はまず、この共同住宅の使用権を与えられ、俗に『三等市民』と呼ばれる。

二番目が更地とテントを支給され、そこに自分で建てるというものだ。

居住権を得てしばらくするといくらかの『資産』を持つ者も出るため、防犯の意味合いもあってこちらに移る者が多く、この者達は『二等市民』と呼ばれる。

上から二番目が戦前の建物を改修したものの使用権か、街が特別に作った建物が与えられるというもので、これはジョーイや寧夢のような何らかの技術を持つ者に多く、『一等市民』と呼ばれている。

そして最高位が公舎で、これに住む者は最高位『公民』と呼ばれている。

バット隊や公職に就く者の住居で、個室が与えられ、最低限の食事であれば無償提供される。

広さは末端職員でも1DK、最上級となれば4LDK。

このくらいになってやっと、最終戦争よりはるか昔、まだ豊かだったころの一般家庭ほどの住居になる。

もっとも、その頃は不味くとも最低限の食事の支給などなかったことを考えれば、少しだけ良い生活をしているかもしれないが。

 

 一週間ぶりに帰宅したジョーイは、一階で二足歩行のロボットに挨拶される。

『オかえリナサイマセ、せんせい。』

「ただいま、メイメイ。この一週間、お客さんは?」

『根津さまガイツモノオくすりヲオもとメデシタノデ、ぷろぐらむどおリニいたシマシタ。

 三城さまガきんきゅうはんそうサレテこラレマシタガ、メイメイのしすてむデハたいしょふかのうデシタノデ、児玉せんせいニれんらく、3かまえ、ぶじたいいんナサッタト、児玉せんせいヨリゴほうこくヲいただキマシタ。』

ルイズには早苗よりもハルケギニアのガーゴイルに近く感じられるこのロボット、メイメイはジョーイに留守中の報告をする。

メイメイは早苗に比べて人間に近い形で、白を基調とした体に、腹に赤い十字が書かれ、顔に当たる部分は透明な板の奥に、眼鏡をかけ、赤、緑、黄色、青の髪とも髭とも見えるものがたくさんからまった頭がある。

『お久しぶりです~、メイメイ!』

『早苗ねえさま、オひさシブリデス。』

早苗とメイメイの話す様子を見て、ルイズは寧夢に尋ねる。

「このメイメイって子もネムが作ったの?」

「そうよ、救急プロテクトロンのメイメイ。名前はジョーイはんがつけたんやけどね。」

「サナエとずいぶん違うように見えるけど?」

「早苗はMr.ガッツィーやけど、メイメイはプロテクトロンっていう、作りの簡単な子なんよ。素人でも整備できるくらいね。そんかわり、情緒とかはメカっぽいのが難やけど、これもまたカワエエんよなぁ!」

そう言ってメイメイに抱きつく寧夢を見ながらルイズはクスクスと笑う。

ルイズにはこのようにロボットを愛でる寧夢が可愛らしいのである。

『オかあさま、オしごとニさシつかエマスノデ、コノクライニ。』

『ご主人さま、早苗の方がかわいいでしょう!?』

「う~ん、7:3でメイメイ!」

『ガ~ン!!ルイズさま~、棄てられちゃったので早苗のご主人さまになっていただけませんか~?』

「あ~、よしよし、棄てられてないから、大丈夫だからね?」

すり寄ってくる早苗の頭を撫でるルイズと、義手で軽く叩く寧夢。

その一方、ジョーイは小太郎と共に、メイメイが留守番していた一週間の収支をまとめていた。

「―――が残り少ないわ、材料は・・・」

「わかった、それとこれ―――」

小太郎はジョーイの傍らでメモを取り、作る薬品の材料、薬代として受け取った物の個数に過不足がないことを記録し、さらにジョーイが見落としていた事をメモから見つけて伝える、経理事務のようなことをしている。

早苗を撫でながら遠巻きにそれを見たルイズは、二人を母子のように感じ、さらにじゃれ合っているように見える早苗とメイメイ、そして寧夢を姉妹のように見て、ハルケギニアの自分の家族に想いを馳せて郷愁の念を強くするのであった。

 

 ジョーイが事務処理を終えると、彼女は診療所の応対をメイメイ、そして妹分の手伝いを買って出た早苗に任せ、ルイズ、寧夢、小太郎を三階の住家に招く。

「少し待っててくれるかしら?旦那に挨拶してくるから。」

ジョーイは居間に三人を待たせて奥の、寝室とおぼしき部屋に入る。

居間はコーヒーテーブルのような低いテーブルに、ルイズが寝転がると少し大きいくらいの広さがある干し草の床が八枚敷かれており、寧夢が座るのに使っているクッションが人数分置かれている。

なお、そのクッションは小太郎には小さすぎるため彼だけ四枚並べて座っている。

「ねえ、そういえばジョーイさんの旦那さんってどんな人なの?お医者さんってことしか知らないんだけど。」

ルイズの質問に、寧夢は表情を暗くし、小太郎も目をそらす。

その空気と、寧夢がルイズをこの街に連れてきた時に話していた、『街一番の名医、徐 一命』という言葉とジョーイの言う『自分は州二番目』という言葉が繋がった。

ジョーイは街一番で、州では二番目・・・そして旦那に挨拶するという話から別れたというわけではない。

「もしかしてジョーイさんの旦那さんって・・・亡くなってるの?」

「そぉなんよ・・・小太郎は知っちゅうみたいやったけど?」

「おら、あのまちでジョイねえちゃんにきいた。」

小太郎の言う『町』とは当然、緑の園のことである。

「悪いこと聞いたわね、あっちで。」

「知らんかったんやけんしゃあないわ。」

緑の園でジョーイに旦那のことを尋ねたのを悔やむルイズに、気に病まないよう寧夢が励ましていると、ジョーイが戻ってきた。

「お待たせ、すぐお茶出すから待っててね。」

「ウチも手伝うわ。」

「寧夢ちゃんもお客さんでしょ。」

寧夢が手伝いを申し出るがジョーイは断り、しばらくして四人分の茶を淹れて彼女は戻って来た。

遠目でも一人分だけ異常なものが小太郎に出される。

小太郎のだけはエールという酒用のジョッキに淹れられた茶褐色のもの、水滴がついて、氷が浮いていることから冷たいのだろうことがわかる。

そしてルイズに出されたのはまさにルイズの考える『茶』、紅茶である。

カップこそ粗末なものだが、香りはルイズもよく知るものとそっくりで、横にはハチミツとミルクが並べられている。

最後に、ジョーイと寧夢の分は緑色で黒褐色の粉が浮いている。

「それ、お茶?」

「全部そうよ、もしかして緑茶か烏龍茶の方がよかったかしら?」

ルイズの質問にジョーイが答える。

ハルケギニアではお茶というと、エルフの棲む砂漠よりはるか東方、ロバ・アル・カリイエからの輸入品で、輸送している間に発酵してしまうため紅茶しかないのだ。

「その、もしかしてわたしだけ、特別にいいの、出されてるのかなって・・・」

「気にしなくていいわよ、お茶の木を屋上で育ててるから。寧夢ちゃんからもらった発酵機があれば手間もあんまり変わらないしね。」

当然だがルイズは茶の木そのものを見たことがないし、普段飲む茶がどのようにしてできるかなど普通、気にかけたりはしない。

「そうね、いっそ見てみる?屋上菜園。」

「え?いいんですか?」

「減るものじゃないしね、それにそろそろ、寧夢ちゃんに定期検査してもらいたかったし。」

「あ、もうそんな時期なん?じゃあついでやけんちょっち見るわね。」

「さいえん・・・はたけ!?おらもみせて!」

と、ジョーイが屋上菜園の話をすると、満場一致で見に行くことになった。

しかし、立ち上がるときになってルイズが待ったをかける。

「ちょ、ちょっと待って・・・足、立てない・・・」

ルイズは正座する寧夢を見て、同じようにしていたのだが、足がしびれて立てなくなっていたのであった。

「ルイズはん、無理せんで崩しとってもよかったんよ?」

「だってぇ・・・」

 

 屋上には三種類の作物が植えられていた。

一つは白い花をつけた木、一つは青紫色の果物をつけた木、そして赤いベリーのような実をつけた木だ。

屋上の昇り口近くにはタンクのついた機械があり、そこから金属の管が木の上に延びている。

「じゃ、すぐチェックするけん、いっぺん通水して。」

「わかったわ。」

寧夢は木の根本にある管の一つにコップを出し、ジョーイが機械を操作すると管から水が出てくる。

「どうなってるの、これ?」

ルイズは寧夢の横に並んで腰を降ろして尋ねる。

「スプリンクラーよ。ジョーイはんが今、動かしたポンプから肥料の混ざった水がこっちに送られてくるんや。あ~、こらタンクが汚れとるみたいやな、ジョーイはん、すぐやってまうわ。」

寧夢は水を見ながらそう言うと、ジョーイの動かした機械を止め、水が入ったタンクを外して中を洗浄する。

ルイズは寧夢の置いていったコップを見るが、汚れているようには見えない。

しかし水には小さな水垢が浮いており、それを見て水タンクが汚れていると考えたのだ。

彼女はタンクを洗浄し、念のためポンプ本体も点検するが、本体には異常はないためすぐに組み直す。

その間に、小太郎はルイズと並んで植えられている木を見て回る。

「コタロー、お茶の木ってどれかしら?」

「このしろいはながさいてるやつ。」

「このベリーの木は?」

「コーヒーのき。このベリーみたいなのをこなにして、おゆでおちゃみたいにだしてのむんだ。」

ルイズは小太郎が、存外博識なのに驚く。

ジョーイの話だと小太郎は10歳の子供と同じくらいとの話だったが、そのくらいの子供が木の種類を知っているとは普通、考えられない。

「コタローって物知りね?」

「まえ、すんでたところにいっぱいあったほんでべんきょうしてたから。」

小太郎は少し照れたようにして答えた。

「ルイズちゃん、この子が10歳くらいっていうの、話したでしょ?その頃って一番、頭が柔らかいからこの子、見た物、読んだ物をほとんど全部覚えられるみたいなのよ。さっきも薬のリストと帳簿、全部覚えたし。」

「え?ウソ!?あんなのムリでしょ!?」

ルイズも遠目にジョーイと小太郎が整理していた棚を見たが、あまりにも薬瓶の数が多すぎて、一週間あってもルイズには覚えきる自信がないし、その材料、対価等もセットとなればメモを見ながらでなければ不可能だ。

スーパーミュータントといえど、侮れない。

「あ、そういえばこれは?」

ルイズは最後に青紫色の果物をつけた木を指し、ジョーイと小太郎は首をかしげる。

「何言ってるの?それマットフルーツよ?知らないわけないでしょ?」

「ルイズねえ、さすがにそれは・・・」

ルイズは二人の口ぶりからその果物がハルケギニアの桃りんごくらいありふれたもので、知らないというのがおかしいと悟る。

「え、その・・・」

「みんな、終わったけんさぁ、そのあたりん話もしようと思うけんね、ジョーイはんの資料室に行こ?」

寧夢がルイズに助け船を出し、ホッと一息ついたルイズと、それまで持っていたルイズに対する『当たり』が外れている気配を感じ始めたジョーイ、ややこしい話になるとやはり理解が追いつかない小太郎は寧夢の言うとおりに、ジョーイの資料室へ向かう。

 

 地下にあるジョーイの資料室には三階の住家部分から直通のエレベーターがつながっており、四人だと定員オーバーになるため、まずジョーイが寧夢、ルイズを先に降ろし、戻って小太郎を降ろす。

資料室は地下に作られた書庫で、ルイズは降りてすぐにエレベーターの回りを見る。

「どったん?」

「引き上げてる子がいるんじゃないかなって・・・」

「クスッ、おるわけないやん!」

エレベーターに似たものはハルケギニアにもある。

それは箱が巻上げ機で上下するものではなく、板が水系統のマジックアイテムで上下する仕組みになっているか、そうでなければ奴隷が上げ下げしているかなのだ。

州ならばロボットがやっているかもと思ったルイズであったが、それらしい者はいない。

「こんな簡単な仕事、ロボットにさせることないわ。ほら、朝の洗濯機みたいなもんよ。」

「ああ、あれもそうだったわね。」

そう言われてルイズが納得すると、ジョーイが小太郎を連れて降りてくる。

「さ、ついたわ。」

「おぉ、まえいたとこくらいたくさんほんがある!」

小太郎はエレベーターから降りるやいなや、さっそく資料をあさり始める。

「本?これが?」

ルイズは小太郎が本と呼んでいる小さな四角い箱を取る。

彼女が知る本は羊皮紙に文字や絵が書かれているが、四角い箱はそもそも開くことそのものが、少なくとも手ではできそうにない。

「ホロテープっち言うて、再生できる機械に入れると中の物を見れるんよ、ちっと見ちょって。」

寧夢はルイズの持つ、『マスク・ド・メイドマン』と書かれたホロテープを義手のPip-Boyに入れて再生する。

すると、寧夢の義手から立体映像が映し出され、筋骨隆々とした大男がメイド服を着て、マスケット銃を10本ほど束ねたような大砲を振り回して暴れまわったかと思えば大ポカをやらかすコメディの、声付きで動く絵本が再生された。

「メイドに関する戦前の資料やね。」

そう言った寧夢に、ルイズは笑いをこらえながら反論する。

「ちがう・・・ププッ、これ、メイドじゃない・・・」

「いや、他にもあるんよ?こっちとか。」

寧夢は別のホロテープに差し替える。

そちらには『レッドアイズ・サムライガール・シャナ』と書かれており、そちらには包帯のような布をヘビやムチのように操り、主である赤毛で刀を持った、どことなく声がルイズに似ている水平服の少女の手助けをしているメイドが描かれている。

「他にはね、あまりの早さに周りからは時間を止めてるって思われるくらいのスピードでナイフ投げるメイドさんとか・・・」

「いえ、いいわよ、全部違うから、ホントに。」

笑いをこらえながらルイズが寧夢の話をさえぎり、寧夢は少し不満そうにする中、ジョーイが本題に入るよううながす。

「とにかく、ルイズちゃんって私は古代人だと思ってたけど、違うみたいね。」

「古代人?」

ルイズの知らない言葉を、いつものように寧夢が説明する。

「昔の戦争の時に、シェルター・・・そやね、ずっと深い穴の中にものすごく頑丈なお城を作って生き延びた人達がおったんや。その人達の子孫を『古代人』っち言うんよ。中には州の外から来たらしい人もおってね、ジョーイはんなんかがそうや。」

かつて、Vault‐tec社という会社が州の外、『米の国』でたくさんの『穴の中の城』こと、核シェルターを作っていたが、その中で純粋に核戦争から生き延びるために作られたものは両手で数えられるほどしかなく、それ以外は全て人体実験施設だったのだ。

州が属していた『太陽の国』をはじめとした米の国と緊密な関係にあった国にも作られていたが、それらは全て実験用のものばかりであった。

だが、実験そのものが頓挫したり、その実験を担当していた者が良心の呵責に(さいな)まれて実験を中断したり、はたまた偶然にも無害な実験になったため、表向きの用途であった核シェルターとして使用され続けて現在に至った物もあり、そこに住む人達は州では『古代人』と呼ばれ、城郭街も物資や人材のやり取りをしている。

その古代人には、ジョーイのように『中原の国』の血が濃い者や、『米の国』に住んでいたといわれる『白い人』の血が濃い者もいる。

ルイズは肌の色や、州の人間にはありえない髪色で、ジョーイ、そして小太郎は古代人の『白い人』と考えていたのだ。

「そんでさ、前、どうやってん読まれんかったホロテープ、あったやろ?それを借りたいんよ。」

「ああ、あれね。あの後、街一番のハッカーに頼んだけどダメだったわよ?そういえばどこやったかしらね?」

ジョーイは寧夢と一緒に問題のホロテープを探し始めるがルイズはそれを見ていることしかできない。

なぜなら彼女には先ほど再生したホロテープの横に書かれたラベル、いや先の二本に限らず全てのラベルが読めないのだ。

「ジョイねえちゃん、これ、へんだ、こわれてるみたいでつかない。」

先ほどから戦前の動植物に関する資料を見ていた小太郎が一本のホロテープをジョーイに差し出した。

「あ、コレよコレ!混ざってたのね、小太郎、ありがと。」

「よかった、さがしてたの、みつかって。」

小太郎は何なのかわからずジョーイにホロテープを渡した。

「で、これがどうしたの?」

ジョーイが寧夢にホロテープを渡すと、寧夢はルイズにそれを渡す。

「ルイズはん、これの中身を見ようって強く考えて。」

「え?え?」

ルイズはわけのわからないまま、ホロテープを見つめる。

すると彼女の前にたくさんの文字の羅列が現れたのだ。

「キャ!?何、何!?」

「わ、わ!!ルイズはん、投げたらあかん!!壊れるけん!!」

ルイズは驚いてホロテープを放り投げ、寧夢がおっかなびっくりキャッチする。

「だって、目の前にヘンな字がいっぱい出てきて・・・」

それを聞いてジョーイは驚き目を見開いた。

「それ、網膜投影よ!でも、どうして!?ホロテープにそんな機能なんか無いわよ!?」

「ウチの考えた仮説、また証拠が揃ってもうたわ。あのね、ルイズはんの体の中に、ナノマシン型かチップ型のPip-Boyが組み込まれとる。」

これに今度はルイズが驚く。

「え!?な、何よそれ!?」

「まあ、早い話ウチの義手についとるOS・・・ウチの思うたとおりに義手を動かすのと同じのがあるっちゅうこと。ルイズはんさ、銃撃つときに時間が遅なったりしたとか覚えない?」

寧夢の質問にルイズは狙撃の時のことを話した。

「遅くなるどころかほとんど止まるわよ?」

「ビンゴ、それV.A.T.Sっちゅうんやけど、そんなのできるとしたら、Pip-Boy以外にありえへん。確証欲しいな・・・早苗、悪いけど資料室まで来てくれへん?」

『は~い!すぐに参りま~す!!』

寧夢が義手で早苗を呼び出すと、早苗はエレベーターを器用に使って資料室まで降りてきた。

「早苗、ルイズはんをよぉ見ちょって。そんでルイズはん、当たってもうたらごめん!!」

寧夢は早苗にルイズの観測を命じると、生身の右手でルイズに殴りかかった。

驚いたルイズはとっさに身を守ろうとしてV.A.T.Sが発動し、寧夢の胸元に『100%』と表示されているのを見て、寧夢を両手で突き飛ばした。

寧夢はジョーイにぶつかり、抱き止められるとジョーイのゲンコツをもらう。

「無茶なことしないの!!ルイズちゃん、大丈夫?」

「え、ええ・・・」

「ジョーイはん、ウチの心配!コブできたやんか!」

「自業自得よ、ツバでもつけてなさい!」

『あの~、ルイズさまの観測結果なのですが・・・』

早苗が、ルイズが寧夢を突き飛ばす直前のコマ撮り撮影を並べて立体映像にする。

すると、V.A.T.Sを発動した瞬間の映像に、ルイズの血管を投影して白い光で塗ったようなものが映り込んでいるものがあった。

「このしろいの、なに?」

小太郎の質問に寧夢が答えながら早苗に問いかける。

「これ、短波通信やね。早苗、何かしら読み取れんかった?」

『それが、盗聴できるほどの出力がありませんでした。』

この早苗の答えと写真で寧夢は確信した。

「生体型ナノマシンのPip-Boy・・・間違いない、ルイズはん、自分はB-rim-L(ブリムル)や。」

 




城郭街の生活についてサラッと書いたのが今回ですね。
人が定住すれば格差はできて、実質の身分になるのは作者としては仕方ないかと。
現代人ならば鼻白むことですが、ルイズは身分社会にいましたから、そこまで気にはしないと思います。
さすがに最下層が牛舎みたいなところに住んでるのには引いてましたが。

解説
ジョーイの『小さな懐中時計のついたブレスレット』
はい、来ました寧夢謹製の魔改造Pip-Boy、女物腕時計型!
ライト、時計、SPECIAL・Perk管理機能しかない代わりに女物の腕時計くらいの大きさまで小型化に成功!
寧夢の魔改造って逆方向ですが鉛筆とくず鉄から小屋作る錬金術師な111パパといい勝負しそうです。

茶の木、コーヒーの木、マットフルーツの木
火の国の農業は樹木性作物がメインです。
木ならば一度収穫できるようになると枯れない限り収穫できるので。
ちなみにジョーイが茶やコーヒーを育てているのは薬の材料としての側面もあります。

ハチミツ
火の国では一年草による農業は非効率なため砂糖が貴重で、甘味料はハチミツです。
当然、蜂はRadビー(アボミネーション)。
食性は虫肉食、スズメバチとミツバチを足して2で割って巨大化させたようなお化けハチ。
女王蜂さえ従わせておけば残りの蜂は言うことを聞きます。


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第九話 生物兵器

ホント長らく放置して申し訳ないです。
その上、一話にまとめようとしましたがまとめきれず三話に渡る始末で。
連続投稿になりますが、あらためてお願いします。


『間違いない、ルイズはん、自分はB-rim-Lなんや。』

寧夢の語った言葉がルイズの頭の中でグルグルと迷走する。

6000年前、ハルケギニアのメイジに魔法を授けた、神と同一視される偉人、最初のメイジ、王家の始祖にして、彼女から見ても先祖に当たる人物、始祖ブリミル。

「え?ブリミルって・・・わたしが始祖ブリミルってこと!?そんなわけないわよ!!」

「ブリミルやない、『B-rim-L』よ。」

寧夢は訂正するが、音で言えば一文字、それも母音しか違わない。

「『B-rim-L』って、たしか戦前の生物兵器よね?でも、あれってウワサでしょ?それも戦争の時に失われたって話じゃなかった?」

ジョーイが寧夢の言う『B-rim-L』についてそう尋ねる。

「ねえ、その『ぶりむる』って何なの?生物兵器って何?」

ルイズは『B-rim-L』というものに不吉な予感を感じたが、聞かなければハルケギニアに帰れないと思い、そう尋ねる。

「ルイズはん、落ち着いてな、一つずついこ?

 まず、生物兵器ってとこからね。デスクローは知っちゅうよね?」

デスクロー、ルイズが州に来て最初に見た怪物だ。

「ええ。アレがその『生物兵器』って?」

「見たんやったらわかるよね?一応言うとくけど、あんなん簡単に狩り殺すミブロウ団におった才人がおかしいんやけんね?デスクロー、昔の戦争ん時は歩兵一個中隊全滅させたり、戦車小隊潰したりしよったんやけん。」

ルイズの頭の中で、寧夢の言ったデスクローの強さが想像される。

ハルケギニアでもかつて使われていた戦車・・・タンクでなくチャリオットの方はいまいちピンと来ないが、歩兵一個中隊というと戦慄を覚える。

ハルケギニアにおける歩兵一個中隊は地球における一個中隊と違い、すし詰め状態の隊列を組むため構成する兵の数は最終戦争の頃の歩兵中隊に比べて二倍ないし三倍の300人ほどだ。

この中隊と戦うとなればメイジであってもトライアングル以上が必要となる。

そして忘れてはならないのが軍隊の規模、かつて州が属していた『太陽の国』の軍隊は全てが歩兵というわけではないが総勢20万、対してハルケギニアのトリステインにおいて、たとえばルイズの実家、ヴァリエール公爵領が常備している兵力は1000名になり、うち300となると約三分の一にあたるのだ。

余談だが、トリステイン王国の常備軍でも兵力は2000、諸侯に呼び掛けて限界まで軍をかき集めても兵力は1万ないし2万が関の山である。

そして城郭街に帰ってきた時にジョーイが話していたことから、あのデスクローを操る術があるのは明白だ。

最終戦争の前は、あの怪物を猟犬のように意のままに操っていたのである。

寧夢はルイズの顔色の変化から、デスクローがどれだけ恐ろしいか理解したことを察して続きを話す。

「他にも小太郎みたいなスーパーミュータント・・・こっちは偶然やったみたいやけどね、いろんな動物作り出して戦争しようとしちょったんよ、その一つが『B-rim-L』。

 まぁ、ウチが知る限りじゃ、B-rim-Lが実戦投入されたことはなかったみたいやけどね。」

ルイズは寧夢の話から生物兵器というのを、大きくはドラゴンやグリフォン、小さくは馬のような動物の品種改良に近いものと考える。

ただ、その品種改良の方向性がおかしいというだけで。

「何となくだけど、生物兵器ってのが戦争に使うための生き物っていうのはわかったわ。

 それでそのぶりむるってのは何なの?」

ルイズは核心を寧夢に尋ねる。

直感的に彼女はB-rim-Lが始祖ブリミルを指すか、または関係する言葉で、自分の魔法が何もかも爆発する原因であり、そして召喚魔法の失敗で州に来てしまった原因、すなわち帰還する方法に関わる重大なものだと感じていた。

「B-rim-Lっちゅうのは、いわゆる超能力者を人の手で作ろうとした研究の、唯一の成功体のことや。」

寧夢はそう言って説明を始める。

 

 最終戦争前、州ではいわゆる『超能力』が研究されていた。

研究者に偶然、本物の超能力者が混ざっていたことから始まったのだろうというのが寧夢の推測だ。

その研究によって、手を触れずに物を動かしたり、人の考え、正確には微弱な電子信号を読み取ったり、逆に自分の脳内の電子信号を対象の脳内にコピーしたり、小さなワープゲートを開いたりといった超能力は、『RIM粒子』という反物質の素のような物を『ジーニア特異点』というところから引き出して行使しているということがわかった。

このRIM粒子を制御する方法を模索しているうちに、禁忌とされた技術、『クローニング』、『デザイナーベイビー』に手を出したのだ。

クローン技術を応用して超能力者がRIM粒子の制御に使っているとされる『RIM器官』を持ち、同時にそのRIM粒子を観測し制御の補助をする『ナノマシン型Pip-Boy生成器』を造血細胞に組み込んだデザイナーベイビーを作ることに成功したのだ。

そのデザイナーベイビーが『RIM器官B実験被検体L番』を意味する『B-rim-L』と名付けられたのだ。

 

「『はんぶっしつ』って何?」

「これは説明が難しいねんけど・・・そうや、さっき飲んだお茶、あのカップ一杯に反物質が入ってたとして、それが爆発したら・・・」

寧夢は説明の途中で計算を始め、義手でそのシミュレーション映像を映す。

城郭街で爆発したものとした映像には州の半分弱が更地になるとシミュレーションされていた。

それを見ながらルイズは体感でミギクの町、緑の園、アーソー台地の距離を考え、地図の縮尺が正確なものとしてトリステインに直す。

「こんな風になるよ。」

「これ、わたしのいた国だったら四分の一くらい消し飛ぶわよ・・・これ、昔の戦争で使われたの?」

「いんや、戦争で使われたのは核爆弾やけん、これよりはずっと弱いよ。

 そんかわり、放射能ギョーサンぶち撒けてくれたんやけどね。」

と、寧夢が言うのを聞いてルイズの頭の中で、

黒色火薬(火の秘薬)<核爆弾<反物質』

という不等式ができあがった。

「じゃあクローンとかデザイナーベイビーっていうのは?」

「そやねぇ・・・双子を機械で作るっち言うたらわかる?」

「双子を・・・機械で?」

ハルケギニアでもかつて、『ホムンクルス』と呼ばれる人造人間を作る魔法の研究がなされたことがあったが、倫理的問題で時の王達はどの国も研究を勅命で禁じ、研究そのものがなかったことにされたという経緯がある。

ルイズの長姉、エレオノールならばトリステイン王立アカデミーの主任研究員であるため、禁忌に触れる者が現れないようかつての研究を『調べるだけ』ならば可能だが、もし研究を再開などすれば変死体となってラグドリアン湖あたりに浮かべられることになる。

このような研究のことを一学生に過ぎないルイズが知る由もないが、もし知っていればこのホムンクルスに似たものと考えただろう。

「これでわからんとなると・・・ジョーイはん、パス!!」

寧夢は生物工学にはあまり通じていない、というより専門外なのだ。

そこで医者であるジョーイに話を振ったのである。

「え、私!?う~ん、ルイズちゃん、双子の中で、見間違えるくらいそっくりな子と、そうでもない子がいるのは知ってる?」

ジョーイにそう聞かれたルイズは、ある一件以来、やたら自分にくっついてくる青髪の女生徒と、ツェルプストーと仲の良い女生徒が双子で、二つの点を除けば見間違えるほどそっくりなのを連想する。

「そういえばジョゼットとシャル・・・知り合いにそっくりの双子がいるわ。」

「ルイズはん、それ向こうん友達?」

「違うわ、ただの腐れ縁よ。」

ルイズは照れたように頬を赤くし、顔を背けながらそう言う。

ちなみに二人の見分け方だが、シャルことシャルロットはメガネをかけていること、そしてジョゼットの方が胸が大きいことである。

ツェルプストー・プロデュースの体型が出る服を着ていれば一目瞭然で、ルイズはよく嫉妬し、最初ジョゼットにその服を着せた時はシャルロットもツェルプストーにチョークスリーパーをかけていた。

「とにかく、知り合いにいるならわかるわね?

 そんなそっくりになるのは、元々一人で生まれるはずだった赤ちゃんが、お母さんのお腹の中で二人に分かれちゃったからなの。

 それを人の手で産み出す・・・そぉねえ、ルイズちゃん、もしもよ?

 大きなコップの中で、自分そっくりな赤ちゃんを、何日かで自分と同い年まで育てて、コップの中から出てくるとしたらどう思う?

 それも、全部自分が理想的に成長したそっくりさんが出てきたら?」

そう言われたルイズはまず、クッションとしてシャルロットとジョゼットの関係を思い浮かべる。

 

 二人は仲が良いのは確かだが、ケンカもよくする。

快活なシャルロットと気弱なジョゼットが衝突するというのは、ルイズには驚きと同時にそれだけ互いが心を許している証に映っている。

ケンカになるのは、当然だが二人がどちらも完璧でないからだ。

仮にシャルロットが完全無欠の姉で、ジョゼットがどうしようもない、言い方が悪いがいわゆる『出来損ない』だったとすればケンカにもならないだろう。

それを自分に置き換える。

顔は自分で、身長と頭脳は長姉エレオノール、体型と性格は次姉カトレア、魔法は母カリン級の妹が目の前に現れると考え、それもそんなもう一人の自分がゴーレムかガーゴイルのように作られるということに、ルイズは鳥肌が立つ。

「何て言うか・・・ものすごく気持ち悪いわ。」

彼女にとっては想像した『完全無欠なもう一人の自分』が、自分が苦しい時に現れる『性格が悪いもう一人の自分』よりも気持ち悪い。

「そうでしょ?そういうことを昔の人も考えたんでしょうね。それでクローニングもデザイナーベイビーも禁忌になっちゃったのよ。

 で、あのB-rim-Lっての、戦争の時に核攻撃に巻き込まれたんでしょ?」

ジョーイが寧夢にそう尋ねると、寧夢は首を横に振った。

「ところがどっこい、そうやなかった。

 まあ、こっからは推測に過ぎんのやけどね。」

 

 寧夢の考えによるとB-rim-Lは核戦争の時に、とっさにワープゲートを開いたのではないかということだ。

本来ならば手を通すのがやっとのワープゲートが、近くで爆発する核爆弾の影響で力場が狂い、人が通れるほど大きな物になってそれを通りぬけた結果、ルイズのいたハルケギニアについたのではといったものだ。

ブリミルとB-rim-L、ハルケギニアとジーニア(ギニア)特異点といった、明らかに違う言語の中で酷似した言葉があること、そして何よりルイズの中にあるナノマシン型Pip-BoyにB-rim-Lの能力そのものと見て間違いない『魔法』さらに誰も閲覧できなかったB- rim-L絡みのホロテープを閲覧できたことと、ルイズとB-rim-Lを関連づける要素が多すぎるのである。

 

「ちょっといい?いい加減教えてほしいんだけど、ルイズちゃんってホントに何者なの?ハルケギニアとか、『B-rim-L』そのものみたいに言ってるけど?それにさっきのシミュレーションの時の話からしてルイズちゃんがいたトコって州の倍はあるわよ!?」

ジョーイが寧夢、そしてルイズに尋ねる。

するとルイズは寧夢に目配せして話して良いか問うと、寧夢は首を横に振り、自分が説明すると手振りで伝える。

「ルイズはんね、ジーニア特異点の向こう側から来たんよ、そこが『ハルケギニア』。んで、どうも『B-rim-L』の子孫で、あっち側じゃ反物質技術を『魔法』っち言いよんみたいなんよ。」

「そんなムチャな話・・・」

「せやけど、説明はつくやろ?ジョーイはんも見た、あの『爆発』。」

ジョーイはそう言われると反論できない。

少なくとも先ほど緑の園でルイズが門を爆破したのは、トリックではどうにもならないことはジョーイにもわかっている。

「百歩譲ってそうだとして、ルイズちゃんがこっちに来たのはどうして?」

「どうも事故やったみたい。

 『サモン・サーヴァント』・・・聞いた感じやとワープゲート開いて動物を捕まえて、それをアニマルフレンド使うて手懐けるっちゅうのをやらなあかんかったみたいなんやけど、ルイズはん、間違うてワープゲートに落ちてもうたみたいなんや。

 B-rim-Lが地球からジーニア特異点の向こう、ハルケギニアに逃げた時みたいにね。

 まぁ、ワープゲートがどうして、少なくとも人が通れるくらいのんを作れるんかはわからんけど。」

寧夢がそう言った時、ルイズはあることに気付いた。

「で、でも、始祖ブリミルって6000年も前の人よ?こっちの戦争って終わってから200年くらいしか経ってないんでしょ?時間が合わないわ!」

「それやけどねぇ、正直、証明のしようはないんやけど・・・いわゆる特異点っちゅうのは何もかもが『ゼロ』になる点なんや。

 点と点の長さも、場所の広さや物の大きさも、時間もね。」

寧夢が語る『時間をゼロにする』という言葉がルイズの頭に引っかかる。

「時間をゼロって?」

「通った先は過去も未来もなくなる、言い方変えたらタイムトラベル・・・いや、到着先の時間が指定でけんのやからタイムスリップしてまうんやな。」

ルイズは寧夢の言葉を自分でわかるように咀嚼する。

彼女が考えたのは空を飛ぶ船が、完全に制御を失って漂流しているというものであった。

どこに落ちるか、いつまで飛び続けるのかもわからない漂流を続け、いざ地上に不時着したら6000年前だった、はたまた州に着いていたといったものだ。

その漂流する船が、ルイズの魔法に直せば失敗したサモン・サーヴァント、彼女がB-RIM-Lと同じものだとして、その理屈に従えばハルケギニアに帰る簡単な手段は再びサモン・サーヴァントを唱えることだ。

だがルイズも、寧夢がすぐにその話をしない理由、『そのような簡単な話ではない』ことに察しがついてしまった。

「サモン・サーヴァントがその『わぁぷげぇと』を開いたとして、ハルケギニアに繋がっても向こう側はわたしのいた時代かどうかはわからない・・・6000年前に繋がるかもしれないし、200年前に繋がっちゃうかもってこと?」

「逆に一万年後とかに行ってまうかもしれんっちゅうのもね。」

寧夢はルイズの考えに補足して答える。

ルイズにしてみれば、『貴女は神に等しい存在だ』と持ち上げられた後に、『実はその神様、自分達が作ったガーゴイルでキミはその子孫だよ』と落とされ、さらに『帰れないことはないけど、帰ったとしてそこが元いた場所とは限らないよ』と打ちのめされたようなものだ。

もしかすると帰らない方がマシかもしれないとさえ考えてしまう。

「なあ、ルイズねぇ?」

さっきから話を聞くだけとなっていた小太郎が声をかけると、

「何よ?」

と、ルイズは八つ当り気味に返事をする。

「よくわかんなかったけど、ルイズねぇ、ガリバーみたいだなって。」

「がりばー?」

「大昔の小説の主人公やね。漂流して小人の国に行ったり、巨人の国に行ったりして、みんな良くしてくれるんやけど結局は故郷にムリしてでも帰っていくっちゅう話や。」

「それが何なのよ?」

ルイズの八つ当りはまだ続いているが、寧夢は首を横に振って優しく答える。

「ルイズはんさ、『こっちにおった方がマシかしれん』とか考えよったやろ?」

寧夢に図星を突かれ、狼狽するルイズに寧夢は話を続ける。

「ガリバーはええ思いしても帰りたがったんや、ルイズはんかて帰りたいのは当たり前やろ?

 小太郎はそう言いたかったんやろうね?」

寧夢の言ったことに小太郎は首肯する。

「でも、帰れないじゃない!」

「それは今のままやとっちゅう話、もしよ、B-rim-Lに関する資料がたくさんあったら、ルイズはんがこっち来た時か、その近くを指定してワープゲートを開けるかんしれんてこと。」

寧夢が話したことに、ルイズはやっと冷静さを取り戻した。

「どういうこと?」

「ウチが知る限りやけど、B-rim-Lの実験ではワープゲートを開いたことまでは証明しとるんや。

 それは、向こう側をある程度指定しとるっちゅうこと、そうやないと開いとるかわからんけんね。

 その指定の仕方がわかれば帰れるし、何やったら行き来もできるっちゅうわけよ。

 こっちには来れたんやし、理屈の上じゃあ戻れるはずなんやから。」

寧夢がそう言うとルイズは思案する。

「でも、わたし、寧夢みたいなことできないし・・・」

「研究くらい手ぇ貸すし、仮にウチがお手上げでもわかるヤツくらい探しちゃるよ。」

「どうしてそこまで・・・」

驚きながら尋ねたルイズに、寧夢はイタズラっぽく、そして少しはにかみながら答える。

「友達やから!・・・って言えたらカッコえぇんやけどね、州の未来のためや。」

「州の未来?」

「そ。州は狭いけん、物資もいつかは底をついて立ち枯れするみたいに死んでまう。

 そうなる前に州の外に出られるようにならなあかんのよ。

 それがルイズはんのおったハルケギニアでも、とにかく交流できるようになるんやったら、いくらでも協力するっちゅうわけよ。」

「ネム・・・」

ルイズは寧夢の語る志に胸を打たれたが、ジョーイが話の腰を折る。

「で、本音は?」

「ゴメン、九分九厘好奇心。」

「ちょっと!今、グッと来てたのよ!?この気持ち、どこに持っていけばいいのよ!?」

「そんなん言われても知らん!」

 

 ルイズ達はその後、しばらくジョーイの資料室でB-rim-Lに関係しそうなホロテープを探したが、結局ルイズでなければ開けなかったもの一つだけしか見つからず、それをもらってジョーイ宅を後にした。

「結局ムダ骨やったねぇ・・・」

「そうでもないでしょ?これ一つあるのと無いのとじゃ大違いじゃない?」

「そうやね、まぁ、まずはこれ分析して、どげんこと書いちゅうのか調べるとこから始めなね。

 今日はこっち泊まるかねぇ?」

寧夢がそう言うと、ルイズはミギクの町にいる才人に連絡しなければと考える。

「伝書フクロウ貸してくれるところ、あるの?」

「伝書フクロウ?普通ハトやないん?って、ちゃう、ウチの別邸があるんよ、こん街に。電話もあるけん、それ使うんよ。」

「別邸って、ネムもここに住んでたの?」

「いんや、市長らから誘われたんやけど、断ってね。

 でも、こっち泊まらなあかん時とか、こっちやないとでけんことする時便利やけん、建てたんよ。」

ルイズはあらためて寧夢が自分よりしっかりしていると驚くが、同時に周囲の建物、いわゆるバラック、掘っ建て小屋を見て肩を落とす。

寧夢の『別邸』にある程度の当たりがついたからだ。

それらは木片、木板や波打った金属板、布などを適当に張り合わせて作ったような建物で、近くであれば中が見えるものや中の音が聞こえるなど当たり前といったものばかりなのだ。

それらがいわゆる『二等市民』の一般的な住居である。

いくら資産があると言っても素人建築しかできないのでは致し方ないのだ。

 

 そういった建物の中で寧夢の別邸はルイズの予想に比べればまだマシであったが、それでもルイズはかつての彼女ならば『こんなあばら屋で寝起きなんてできないわ!』と言ってしまいそうな建物であった。

寧夢の別邸は『木と紙で作ったような建物』で、一部は申し訳程度に干しレンガのような壁が使われている。

バラックに比べればすきま風の心配は少なそうであるが、焼きレンガ造り石造りが普通であるハルケギニア出身のルイズにしてみれば粗末に見えるのだ。

「寧夢やで、開けてな。」

寧夢が別邸の扉横についている、城郭街入口で見たような呼び鈴に似た機械に声をかけると、ガチャッと解錠音がして扉が開く。

と、同時にこちらで一泊することに決めてから別れた早苗がロードファイターを運転してきた。

街の中であるため本来の性能など一切感じさせないレベルの安全運転である。

『ご主人さま~、車庫を開けてくださ~い!』

「はいはい、車庫のシャッターも上げたって。」

再び呼び鈴にそう声をかけると、今度はハルケギニアであれば城壁の門扉のような鎧戸がタペストリーのように巻き上げられ、車二台分ほどのスペースに早苗はロードファイターを入庫させる。

「(あれ、厩舎なの?小さいけどむしろ家より豪華じゃない?)」

ルイズは率直な感想を抱く。

この『厩舎』は頑丈そうな鎧戸に土を固めて錬金の魔法で石にしたような作りである。

ルイズはその『石』を『コンクリート』、舗装に使われているものは『アスファルト』と寧夢に教わった。

ハルケギニアであれば魔法まで使われた建物と木と紙の建物、どちらが豪華かなど明白だ。

その割に、声に反応するマジックアイテムのような鍵と、ルイズには寧夢の別邸からちぐはぐなイメージを受ける。

そして寧夢に招かれてルイズが家の中に入ると、寧夢は玄関で靴を脱いでサンダルのような上履きに履き替えた。

ジョーイ宅でも靴を脱いでいたためルイズも靴を脱ぎ、寧夢からそのサンダルを一つ借りる。

寧夢の家は敷地面積で見ればジョーイ宅より人家部分だけなら半分より少し広いくらい、厩舎を足して一回り狭いくらいの平家建、ジョーイ宅は地上三階地下一階建だったのと比べるとかなり小さい。

もともと寧夢は客を招くことは考えていないのだろう、リビング兼用のダイニングキッチンに、ジョーイ宅で通されたような草の床を張った部屋と板張りの部屋が一つずつと、最低限としか思えない間取りである。

「さて、電話電話っと!」

寧夢は壁にかけられた、ミギクの町でマイアラークと戦っていた時に才人が持っていた無線機に似た機械を手に持ってしばらく待つ。

『はい、こちら城郭街電話交換所です。』

「あ、すんませんけど、ミギクの町にお願いします。」

『ミギクの町ですね、しばらくお待ちください。』

そのやり取りを見ていたルイズは、寧夢にその機械のことを尋ねる。

「似たようなのサイトも使ってたけど、どうなってるの?」

「あ~、ルイズはん、才人が使っちょったんは無線機、早い話が『見えるけんど声が届かん』くらいの相手と話せるんやけど、この『電話』やったら、交換所を通して極端な話、台地の向こうの湯の国とも話ができるんや。

 まあ、あっちとは繋がっとらんけん、火の国内のそこそこ大きい居留地と、北にある鉱山街『泊の国』の境くらいまでや。」

そんな話をしながら寧夢はミギクの町の交換所と話してミブロウ団詰所に繋いでもらう。

『はい、こちらミブロウ団です。』

「才人、ウチよ!」

『オウ、寧夢か?えらく遅かったな。』

ルイズは寧夢の隣で電話の声を聞きながら、間違いなく才人が応答していることに驚く。

「ちっと市長はんに厄介事頼まれてね。」

『そういやさっきラジオでやってたけどよ、緑の園奪還が噛んでんのか?』

「うわ、あのタヌキ手ぇが早いわぁ、どげな内容やったと?」

『ざっくり言えば、市長が陣頭指揮執って緑の園のスーパーミュータント殲滅して、生存者を助け出したんだとさ。どうせ市長は置物だったんだろ?』

「置物やったかはわからんけど、生存者、まぁジョーイはんやったんやけど、助けたんはルイズはんとウチ、それと小太郎っちゅうジョーイはんに懐いたスーパーミュータントよ。」

寧夢は緑の園での顛末をかいつまんで才人に話す。

才人は小太郎に多少の疑いを持ったが緑の園におけるスーパーミュータント達からの離反行為から問題無さそうだと納得する。

「ねえ、ネム?わたしも話していいかしら?」

「ん?ええけど・・・あ!?」

何かを言いかけた寧夢からルイズは電話を引ったくるようにして取り、電話の向こうの才人に話しかける。

「ねえ、サイト!聞こえる!?」

『ん?ん!?ルイズだよな?ワリィけど、何言ってんのかわかんねぇ。』

「ルイズはん、忘れちょるみたいやけど、自分の声、機械通したら別の言葉になってまうんよ?そやねぇ・・・あ、そうよ!早苗~!!」

寧夢は家の掃除をしていた早苗を呼びつけると、同時通訳を命じた。

「サイト、これならどう?」

と、ルイズの声を早苗は翻訳して電話に話す。

【才人さん、私の言葉、わかりますか?】

『あ、早苗通したワケか!これならいけるな!』

【早苗の通訳ですね!これなら話せます!】

早苗は才人の言葉もハルケギニア公用語、正確にはラテン語に通訳してルイズに話す。

ルイズは聞く分には問題ないため、早苗の翻訳ではニュアンスが変わってしまうことに気付く。

「機械翻訳やけん、ちっとの差は目ぇつむったってな?」

寧夢はルイズが感じたであろうことを察してそう言うと、ルイズは手で(マル)を作り理解したことを示し、才人と早苗を通した会話を続ける。

その間、寧夢は今まで感じていた違和感が一つ、形になった。

 

 電話で才人に城郭街で一泊する旨を伝え、寧夢はあらためてミギクの町の技師に連絡を取り、事務連絡を済ませると、彼女はルイズに一つの疑問をぶつけた。

「ルイズはん、つかぬこと聞くけど、コレ、どういう意味かな?」

寧夢は手の平を上に向け、親指と人差し指で○を作る。

「何ってお金でしょ?」

「じゃ、これは?」

今度は手を握り込み、小指だけを立てる。

「約束、恋人、奥さん?」

「そんじゃこれは?」

次は握った手から親指を立てる。

「誉める、賛同、ご主人?って、さっきから何なの?」

「いやね、ルイズはんトコと州って、こういうサインが似通っちゅうなってね。」

「え?それがどうって・・・あ!」

ルイズは、エルフ達の聖地よりはるか彼方東方のロバ・アル・カリイエでは、今の手のサインが違う意味を持つとジョゼットから聞いたことがあったのだ。

たとえば『親指を立てる』が『性交渉の誘い』だったり、『小指を立てる』が『決闘の申込み』だったり、『お金』を意味する形が『借金の督促』とこれは似ているが、サインの意味が違うのだ。

同時にそれは州のある地球側でも同じである。

戦前の地球はハルケギニアより交通の利便性が圧倒的に良かったため、サインの差は少なかったがそれでも多かれ少なかれは存在した。

にもかかわらず、州とハルケギニアのトリステイン等主要国でサインが同じなどあり得ないのだ。

寧夢はこれまで何の気なしにそれらサインを使ってルイズと意志疎通をしていたが、ルイズの出自からするとおかしいことに気付いたのである。

「これは案外、B-rim-Lだけの繋がりやないかもしれんよ?」

「こっちと向こうは往来があったかもってこと?」

「そうよ、もしかするとハルケギニアはウチが思うとるよりずっと近いんかもしれん。」

寧夢はそう言うと件のホロテープを取る。

「まずはこれからやね!」

ルイズは無邪気にそう言った寧夢に少しの不安と、それ以上の希望を胸にするのであった。

 




ここでいったん切ります。
途中、タバサがシャルロットと名乗っていること、そしてトリステイン魔法学院にジョゼットがいることについてですが、ガリア、タバサパパが王様になってます。
ジョゼフがどうなったのかはまだ秘密です。
では、次話へ。


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第十話 虚無と魔法

連続投稿二話目、虚無と系統魔法の関係ですが、以前友人と話してて出た設定を使いました。
わかりやすくていいかと思ったんですがその設定自体、アニメ2期、原作七巻だったかまでの情報で作ってますので矛盾あるかもです。


 城郭街、寧夢の別邸にてルイズは寧夢と共に地下室に降りた。

寧夢宅の地下室はジョーイ宅のように分かりやすい直通エレベーターなどでなく、草の床・・・畳の下に隠された、これまた寧夢の声で開く蓋のような扉の下に梯子で降りるようになっている。

「今さらだけどさ、何でどこもここも地下室あるの?」

「昔の戦争ん時の防空壕よ。多少なら核攻撃にも耐えらるんね。」

ルイズの疑問に寧夢はそう答える。

寧夢が多少ならと言ったのは、最終戦争のような全面核戦争となるとさすがに耐えきれず、崩落したり亀裂が入って放射能が流れ込んだり、外に出られるようになるまで耐えられるほどの備蓄が出来ない仕様だったりしたからで、寧夢の地下室は崩落していたものを修復したものだ。

その際出てきた人骨は当然、『丁重に』葬っている。

余談であるが、ジョーイ宅のものは最初から問題なかった、つまり戦争中逃げ込んだ者は奇跡的に生き延びることができた、いわゆる『当たり』の建物だ。

ここに降りた理由は二つある。

一つはジョーイからもらったホロテープ解析のため、もう一つは・・・

「早苗、こっち出る前に市長はんから『貰った』布、あったやろ?あれでルイズはんに服と下着、作ったろ。」

『は~い、了解しました~!

 では、ルイズさま、お召し物を失礼しますね~』

「え?ネム?いいわよ、帰ってからで、それにサナエ?何かそのハサミとか手?とかやらしいんだけど!?」

早苗は物を掴む用のハサミとマジックハンドを開閉し、その様が指をワキワキと動かしているようにも見える。

「約束しちょったやろ、今日明日で作るっちさ。

 それにホロテープから書き出すにも時間かかるけんその間に作ってまうわ。

 じゃ、そんなワケで・・・観念しぃ~!」

「いやぁ!!」

寧夢もふざけながら早苗と共にルイズの服を脱がせ、早苗はショーツ一枚になったルイズの身体をテキパキと採寸していく。

 

「うぅ・・・汚された・・・」

脱がされたメイド服を着ながらルイズは誤解を生みかねないことを口にする。

「念のためやけどウチ、そっちの気は無いけんね?」

「知ってるわよ、だってサイトと・・・」

ルイズは言いかけて口ごもる。

「ん?才人がどないしたん?」

「・・・何でもない。」

と、ごまかしたルイズの元に、早苗が布を持った来た。

そして寧夢は早苗が投影したルイズの立体モデルに、三種類の服を着せていく。

一つはルイズが着ていた魔法学院の制服を元にサバイバル仕様にしたものだ。

太ももを露出するような短いミニスカートなど州で身に付けるのは『そういった仕事』に従事する女か、一部ジョーイのように事務仕事、接客を業とする者くらいなもので、荒野を行く者や農工業に従事する女は長ズボンか、足を保護するスパッツを履く。

寧夢の場合はメイド服の下にスパッツだ。

制服を元にしたものはそのあたりを考慮し、スカートはスパッツの飾りにし、防弾繊維のマントには小振りなアサルトライフル『カービン銃』や、サブマシンガン一挺くらいならば分解して、拳銃ならば二挺を目立たずに隠し持てるよう細工が施されている。

飾りスカートの中には長さ5メートル、耐荷重10トンの特殊ワイヤーが仕込まれ、ベルトのバックルにはナイフとフックになるガジェットが隠され、それらを扱うためのハーフフィンガーグローブを身に付ける。

ブラウスは一見変化が無いが、防刃、防炎仕様になっている。

二つ目は黒光りする全身タイツのような物で、ルイズは少し笑いそうになる。

「あ、ルイズはん笑いよんけど、これ、すごいんよ?」

寧夢はその全身タイツのような服のスペックを説明する。

全身タイツ・・・キャットスーツはステルスボーイを応用した光学迷彩服で、光学迷彩連続使用時間は驚異の一時間、徹底的に静音を意識した加工を施した表面は防弾、裏地は防刃繊維となっている。

しかし顔など露出した部分は熱源探知に反応してしまうこと、持続時間が長くなった代わりに適用範囲が狭くなり、拳銃すら持てないため武器は袖に仕込まれた小さな矢を放つ単発式ダーツガン、注射器を打ち出すシリンジャーガン、生物であれば切断可能な『見えざる刃』とでも言うべきワイヤーブレード、ナイフ、ルイズの場合は杖くらいに武装が制限されてしまう。

そして三枚目は、ある意味でルイズにとってもっとも使い慣れた武器とも言えるものである。

「これドレスよね?」

「そうや、ウチもフォーマルスーツ一着持っちゅうんやけど、偉いさん相手には一番の武器やね。

 スーツがええかなって思ったちゃけど、ルイズはんやったらドレス映えするやろなってね。」

「これ、素敵よ!

 でも、スカートは前をもう少し短めにして、その方がバランスよくなるわ。

 それと布は・・・これ、この薄桃色のヤツがいい!」

「おっけ!それじゃ早苗、生地をお願いね、下着は任せるわ。」

『了解で~す!』

早苗は布を手早くカットしていき、まずは服に使う布を寧夢に渡した。

「ほんじゃ、書き出しかかろうかね。」

「書き出しって、さっき目に映ったのを全部書き写すの?」

「まさか!とりあえずさっきのホロテープ、握ってて。

 そのままコレのここんとこ、手ぇ近付けてな。」

寧夢の指示に従い、ルイズはたくさんのボタンがついた、黒い大きな『窓』の下にあるネジのような部分に手をかざす。

同時に寧夢はボタンの一つを押し、黒い窓が淡い光を放ち、三頭身くらいの小太りな男が窓に映って親指を立て、最後に窓には下に小さな文字が書かれた四角い絵が無数に並ぶ。

「不明なデバイス許可、ホロテープ書き出し、保管場所は・・・『戦前資料』フォルダに『ブリムルデータ』フォルダ新規作成でええかね。」

寧夢は義手をルイズが手をかざしているネジとは別のネジにコードでつなぎ、ルイズには先住魔法の詠唱にしか聞こえない言葉を呟きながらボタン、そして義手に触ると窓が目まぐるしく映像を変え、最後には横向きの試験管のような絵に、左から水が満たされるような絵になった。

「このバーが消えるまでそんままにしちょってね。」

と言うと寧夢は義手をネジから外して、先ほど早苗から渡された布、そして糸と針を両手に一つずつ持つ。

ふとルイズは早苗を見ると、早苗は三本の腕を器用に使って、鉄床ないしまな板のような台の上に布を滑らせ、大きな取手のようなものの下を通している。

よく見ると、取手からものすごいスピードで針が出し入れされ、布を縫っているのである。

「ねえ、ネム?サナエが使ってるのを使った方が早くない?」

ルイズはふと思った疑問を寧夢に尋ねると寧夢は二本の針を使った手縫いを止めずに答える。

「早いっちゃ早いよ。けんどね、丈夫に縫おう思たらやっぱこっちがええんよ。」

そう言った寧夢の縫い方は二本の針で糸を絡めるようにしながら縫うもので、やっていることは早苗が使っている業務用ミシンと大差ない。

しかしミシンは糸を絡めているだけなので、二本の糸のうちどちらかが切れたりするともう一本も外れてしまう。

これに対して寧夢の縫い方は絡めると同時に二本の糸が独立して布を縫っているので、片方切れても、もう一本は残るのである。

複雑な縫い方であるが、寧夢の手つきはルイズの実家、ヴァリエール家付きの仕立て屋、針子の誰よりも丁寧で早い。

それも寧夢は片腕が義手だ、工具にはなっても細かい作業に不便であるのは間違いない。

縫っていたものが早苗の方が小さいというのもあって、さすがに早苗のミシンには負けたが、複雑な縫い方で三枚の服を、寧夢が言った窓の中の『バーが消える』前に完成させてしまった。

バーが消え、寧夢から手を離してもいいと言われて完成品を受け取ったルイズは、その出来映えにも驚く。

まず普段使いの制服を元にした服は早苗が縫ったミシンによるものと遜色無いほど綺麗に揃えられた、機械のような規則正しい縫い目、そしてルイズにも見覚えのある縫い方であった。

「(この縫い方・・・馬の鞍とか手綱の縫い方じゃない?)」

寧夢の縫い方は馬具の縫い方と同じなのだ。

寧夢はかつて、皮革材料として戦前の鞄を解体しようとしたことがあったのだが、縫い糸を取ろうとした時、この縫い方をしているのに気付いたのだ。

普通なら片方の糸を抜いてしまえば外れるというのに、その一本さえ抜けず、無理に抜けば皮革そのものを傷付けてしまうほどしっかりと縫い付けられているのを見て、その縫い方を研究したのである。

そして2枚目のキャットスーツは、縫い糸が見当たらない。

境目はあるのだが、そこに縫い糸が無いのだ。

そこでルイズは裏地を見てみると、そちらに縫い糸があったのだ。

全て服の内側に縫い代を隠して表面積を少なくしているのである。

ここにもまた寧夢の技術が光っている。

服の構造を完全に把握して縫っているため、縫い代が体に触れているのを感じさせないほどのフィット感を与えるのだ。

極めつけは3枚目のドレス、驚いたことにこちらは完全に縫い目が無いのだ。

実は縫い目そのものは見えている、しかし縫い目として見えることはない。

この手品のタネは気付いてしまえば簡単なことである。

「ネム、このドレスさ、もしかして縫い糸を刺繍に組み込んでるの?」

「お、それ気付いてくれたん!?そうよ、この桜ん花と枝に隠してしもうたんや!」

刺繍と必要な縫い目を計算して縫い、縫い糸を消す。

簡単なようだが洗練されたデザインセンスと同時に神業とも言うべき裁縫技術がなければならない。

ルイズは今まで、『寧夢が作ったもの』にしか驚いていなかった。

あくまで彼女が作る『見たこともない物』に驚いただけで、ハルケギニアにも存在する物、この場合は服でもこれほどの神業を見せつけられてはぐうの音も出ない。

「(もしハルケギニアと行来できるようになったらウチに来てくれないかしら?)」

ルイズがそんなことを考えながら寧夢を見ると、寧夢は早苗が作った下着の出来をチェックしている。

「よし、大丈夫やね。ありがと、早苗。ルイズはん、これ、付け方教えるけん服脱いで。」

ルイズは言われたとおり服を脱ぎ、上半身裸になると寧夢はルイズが初めて着ける下着を胸に巻くように着せる。

「慣れるまではこのホック、体の前で架けて回しぃ、ほんで肩ヒモかけて、周りの肉集めて・・・よし!」

ルイズは初めてのブラジャーを着け、鏡を見て自分の胸に見惚れる。

ハルケギニアにはブラジャーは無いため、今までルイズは自分の胸の谷間など見たことがなかった。

さすがにツェルプストー、寧夢、次姉のカトレアには胸の総量の問題で敵わないが、ジョゼットならば僅差に迫り、シャルロットとは大きく差をつけている。

「生まれて初めて谷間見たわ・・・ハァ・・・」

喜んだかと思ったらルイズはため息をつく。

先ほどから感情のアップダウンが大きいことに寧夢は心配して尋ねる。

「どないしたんと、ルイズはん?さっきも才人の話出して落ち込んどったし。」

「いや、ほら、こっちでわたしが知ってる男の人ってサイトくらいしかいないのよね。」

「まぁ、市長はんとか親父さんくらいやろうし、他はよく知らんっちゅうとこ?」

寧夢がそう言うとルイズは首肯する。

「あのね、先に言っておくけど、横取りしようとかそういう訳じゃないからね?

 ネム、サイトと付き合ってるんでしょ?」

 

 昨晩のことだ、宴会が終わり、寧夢の部屋で寝ていたルイズは夜中に目が覚め、隣で寝ていた寧夢がいなくなっているのに気付いた。

気になって探しに出ると、少し扉が開いていた才人の部屋から明りと寧夢の艶っぽい声がもれてきたのだ。

ルイズが気取られないように中を覗くと、一糸まとわぬ寧夢が才人の腕を枕にして話していた。

事後、いわゆるピロートークの最中であったのだ。

「今日はえらく積極的だったな?」

「だってウチ、アノ日前やし・・・それに才人、いつ帰ってけぇへんなるかわからんっちゃね、今日かてクィーンと・・・」

「無事だったからいいだろ?心配すんなよ。女は今日より明日かもしれねぇけど、俺は知れねぇ明日より今日ってな!つーわけで・・・」

「ヤン!」

二回戦に入りそうになったあたりでルイズは部屋に逃げ帰るように戻ったのであった。

 

「それはさ、一緒に住んでるんだし何もないってわけじゃないと思ってたけど・・・」

「ん?あぁ、昨日の見ちょったん?やったら混ざったらよかったんに。」

「ま、混ざ!?」

寧夢の爆弾発言にルイズはすっとんきょうな声を上げる。

「せ、正妻のヨユーとかそういうの?」

「ちゃうわ、才人とウチ、そういう戦前の夫婦?みたいなのやないし、多分才人も出先で他の女抱きよんやろうしさ。」

さらなる爆弾発言にルイズはまたもやショックを受ける。

「もしかしてネムも男の人たくさん・・・」

「ウチは才人だけ、まぁ英雄好色ってのはしゃあないと思うし、ウチが望んどるんはいつも才人が無事に戻ってくることやけんね。」

寧夢の口ぶりからルイズは、寧夢の気持ちを察した。

彼女は口ではこう言っているが、才人を愛しているのだと。

そして今、寧夢が言ったとおりだとするとルイズは望み薄だとも考える。

「(わたし、一緒にいても何も無かったのよね・・・)」

才人と出会ってまだ数日だが、口説かれたこともなければ最低限以上の接触もない。

「(って、違うわよ、他に男の人がいないからで、そもそもわたしはヴァリエール家の三女よ!結婚相手は・・・)」

『決まっている』と強く考えようとした時、ふと思い出す。

 

 親が決めた婚約者・・・10歳ほど歳上の青年と会うより前に出会った少年。

ルイズが一人で魔法の練習をしている時に出会った小汚ない革の服を着た少年で、聞いてみるとルイズと同い年であった。

ただ一日、共に遊んだ相手であるが、今でも思い出す初恋の相手である。

身分の差など考えない礼儀知らずな彼との、湖で奇妙な『オモチャ』を使って鳥を狩り、魚を素潜りで捕って二人で食べるという、今となっては考えられない初デート。

ルイズは当時、彼女が知っていた同年代の少年には無い、野生的な魅力を彼から感じたのだ。

何よりも彼は、魔法が使えず、『当主の子ではない』だの『拾われ子』などと影口を叩かれていたルイズを何の色眼鏡も無しに受け止めてくれたのだ。

 

「お~い、ルイズは~ん?」

「え!?あ、ゴメンね、ネム!少し昔のこと思い出して・・・」

「昔の?あ、まさかコレ?ちょっと話してな!」

親指を立ててまくし立てる寧夢に、ルイズはあとずさる。

「た、大した話じゃないわよ、子供のころの話だし・・・」

「やったらえぇやん、ウチかて恥ずかしいトコ見られたんやし!」

「ま、混ざれとか言った人が恥ずかしがってるわけないでしょ!?」

その後、ルイズは結局押しきられ、初恋の少年の話をすることになった。

甘ったるい空気になるかと思ったルイズであったが、寧夢は予想に反して難しい顔をする。

「なしてその子のこと、思い出したん?」

「え?州に来てからはよく・・・あれ?そういえばどうして?」

「『こっちのニオイ』みたいなのがそん子からしたんちゃう?それとさ、そのオモチャってどげん形しちょった?」

ルイズはそう聞かれてオモチャの形を思い出す。

「・・・バリスタってわかるかしら?大きな槍とか石を撃ち出すのに使うヤツ。

 あれを小さくしたみたいな?」

「わかるよ、ウチも作ることあるけんね、『パチンコ砲』って言うてね、早苗、お願い。」

寧夢は早苗にパチンコ砲の映像を写させる。

パチンコ砲は金属の廃材等で作られている、弓の部分が下向きという違いこそあるが、おおよその形はバリスタそっくりである。

「似てるわ、むしろこっちの方があの子のオモチャに近いわね。」

「そう・・・それってこげなん?」

寧夢は、今度は自分の義手でそれらしい『オモチャ』を見せる。

Y字型の木にゴムを結びつけた、子供のオモチャとしての『パチンコ』だ。

「似てるけど、あの子のはもっとゴツゴツしてたし、木じゃなかったわ。」

「やっぱりね、コレで鳥を撃ち落とすのはムリやもん。

 コッチやないかな?」

寧夢はあえて違うと思いながらもオモチャの方を出したのだ。

そして本命として出したものを見て、ルイズは手を打つ。

「これ、これよ!でもどうして?」

「これな、オモチャやないよ。

 スリングショット、それもガチのヤツ・・・当たり所悪かったら人死ぬで。」

そう、少年が持っていたのは軍用ないし狩猟用の強力なスリングショットだったのだ。

少なくともハルケギニアでは材料となる特殊なゴムを作ることができないし、州ならまだしもハルケギニアではいくらなんでも子供がそのような武器を持ち歩くとは考えられない。

「そもそも、どないして会うたん?」

「それがね、よく思い出せないのよ。

 あの子がどこから来て、どこへ行ったのか・・・そうよ、あそこウチの敷地よ、考えてみたらただの平民の男の子が出入りできるわけないわ!」

少しずつ思い出してきたルイズは、自分の記憶にある二つの矛盾に気付く。

寧夢に言われてその少年がハルケギニアにいるはずのない州の人間であった可能性が高いこと、そしてヴァリエール邸の敷地内であったことから、誰にも気づかれず出入りするのは、かの怪盗土くれのフーケにも不可能であろうことだ。

「考えられないことが起こった時に疑うべきことは二つよ、一つは観測結果の誤認、今の話やったらルイズはんの記憶違いとか・・・」

「それは無いわ、記憶はあいまいだけど、あの日のあの気持ちだけは間違いないし、そもそもあの頃のわたしは州のことを知らなかったのよ。」

「やったら二つ目、どっか見落としとる。

 新発見やったり、今まで起こったこと、やったことを見落としたりね。

 とりあえずその子は、ここ200年以内からそっちに行った子やろうね。

 ほんでルイズはんはそっちで言うところの魔法の練習をしよった。

 そこで考えられることやけど、一つは『サモン・サーヴァント』を成功させた。」

ルイズは少し考えて首を横に振る。

「それは無いと思うわ、人間呼ぶなんて聞いたことないし、百歩譲ってあの子を召喚したのなら、わたしはずっと彼と一緒にいたはずよ。」

「そやったらもう一つ、何らかの方法・・・まあ、考えられるのは今のところB-rim-L絡みやけど、その子は偶然ハルケギニアに行く方法を使い、さらに帰ってきた。」

これにルイズは思案する。

「そうだったとしても、それが何なの?」

「闇雲に探すのと、ある程度当たりがついてるのとじゃ、大違いよ。

 仮にジョーイはんから貰たホロテープに手がかりが無いなら、早々に打ち切れるしね。」

「それはそれでイヤね・・・」

「んなことないわ、ムダなことしなければその分早く、核心に辿り着けるんやからね。

 ただ、行来する方法があったんやとしても、少なくともウチはまったくもって聞いたことないんよね。

 それがなんちゅうか、不穏やわ。」

そう言って寧夢はあらためて大きな窓を見ながらその下のボタンを生身である右手の指を使ってものすごい早さで叩いていく。

左手の義手は先ほどのようにネジと繋いでいる。

ルイズが見るに、ボタンは窓の中の字を、義手は矢印を操作しているようである。

「むぅ・・・ワープゲート実験、触りはあるけど、細こうは書いとらんね。」

寧夢がそう言うとルイズは肩を落とす。

「物事はそう上手くはいかないのね。」

「いや、言い方悪かったわ、実験施設のことが書かれとるんよ。

 場所は・・・うわ、アーソー台地やな。

 そこにね、初期のワープゲート作るんに使われよった補助装置があるんやて。

 そっちにまとめて専門的な資料を置いとるんやろね。

 それより、こん中はB-rim-Lの概論やね。

 さっき言うた仮説・・・ルイズはんとこの魔法とB-rim-L、関係がわかるかんしれんわ。」

「そうね、それも大事よ。

 違ったならその方がいいしね。」

ルイズは寧夢の仮説が正しいことを半分期待し、そして間違っていることを半分希望した。

間違っていれば帰る手段は遠のくが、自分がデスクローの類の子孫でないことがわかるのだから。

 

「・・・なぁルイズはん、そっちの魔法のこと、簡単でええけん、教えてくれん?」

「え?どうして?」

「正直、読み方がわからん言葉が多いけん、分かりやすい言葉を当てた方が良さそうなんよ。」

寧夢の頼みにルイズは頷き、これまで学んだ魔法についての知識を寧夢に教える。

火、水、土、風、四つの系統魔法、それを編み出した始祖ブリミル、魔法は重ねることで強さを増し、重ねがけの数に応じてドット、ライン、トライアングル、スクウェアとメイジのランクが上がる、よほど息があってなければならないが複数人による重ねがけというものもあり、例えばトライアングル二人によるヘキサゴンスペル があるという話など。

ルイズは座学首席だったということもあり、学んだ内容なら全て覚えている。

「ありがとな、とりあえずホロテープに入っちょったことに当てられる『系統』はわかったわ。

 ほんでさ、B-rim-L・・・とと、ブリミルはどの系統を使いよったん?」

「始祖ブリミルは四系統のどれでもない、『虚無』っていう系統を使ってたそうよ。

 その虚無は今となっては誰も使えない、幻の系統と言われてるわ。」

ルイズがそう言うと、寧夢は首をかしげる。

「ルイズはんがおるやん?」

「ぶりむるが始祖ブリミルで、わたしが同じことをしてるってのは寧夢の仮説でしょ?そもそも、虚無ってどんな魔法かわからないのよね。」

「そこなんよ、どんな魔法かわからんのやったら、むしろルイズはんの『失敗魔法』を『虚無』っち考える人が出らんかったんかね?」

「実は・・・一人だけ知ってるわ。」

ルイズはそう言っておずおずと手を上げる。

「ね?その人はどない言いよったって・・・もしかしてルイズはん?」

ルイズは首肯して答える。

 

 ルイズがまだ幼かったころの話だ、爆発する『失敗魔法』を『火の魔法の類』と考えていた彼女は、本で見てもそれらしい魔法が火系統どころかどこにも無いことに気付き、

『もしかして伝説と言われている虚無なんじゃ?』

と考えた。

 

「何となく予想がつくんやけど、どうなったん?」

「エレオノール姉さま・・・一番上の姉さまに言ったらビンタされたわ。

 もともと怒りっぽい人だったけど、後にも先にもあんなに怒った姉さま、見たことないわね。

 その後、母さまに聞いて何でかわかったわ、もし、『虚無』を僭称したらよくてわたしだけ吊るし首、悪ければ家族全員火炙りかもしれないって。」

ルイズはあえて話さなかったが、次姉カトレアに話したとき、彼女は優しく微笑んで頭を撫でてくれた。

いわゆる『ノーコメント』であり、今となってはルイズにとって、エレオノールのビンタよりもその優しさの方が痛いのだ。

ルイズの昔話を聞いた寧夢は自分のこめかみを指で突きながらあきれ返る。

「そん調子やと、ルイズはんみたいな人、何人か・・・いや、何人『も』おるやろなぁ。」

「似たようなのなら、さっき話したジョゼットもそうよ。

 ただ、わたしみたいなのじゃなくて、ホントに『ポンッ』くらいだけどね。」

ジョゼットもルイズと同じく魔法が使えず、ルイズほどの大爆発ではないがどんな魔法を唱えても爆発する。

「そう、おるんやね・・・やったら、だいぶルイズはんとこの魔法、虚無が何なのか絞れてきたわ。

 まず、ルイズはんがもう虚無を使いよるって前提で話すけん、おかしいトコがあったら言うてな?」

と言って、寧夢はルイズに今、ホロテープから読み取った内容とハルケギニアの魔法を読み合わせていく。

「まずね、メイジ一人やったら四つまで魔法を重ねられる言うてたけど、それはさ、『火、水、土、風』ってバラバラに、同じ力で組み合わせることはできるん?」

この話はルイズも昔、気になって長姉エレオノールに尋ねたことがあった。

彼女はその時、すでにトリステイン王立アカデミーに在籍しており、同じような研究がなされたことを知っていた。

特に守秘されていることではなく、多かれ少なかれ専門的な書物には書かれていたことであったため教えてもらえたのである。

「やろうと思って出来なくはないらしいけど、現実的には不可能って教わったわ。

 メイジは四系統のどれかが『主系統』になってて、残りはその補助にしかならないの。

 その『補助』を鍛えて主系統と同じくらいにしようとしたら全部終わるまでに1000年はかかるんですって、寿命がなくなるわ。」

「ほぅなん?やったらさ、ヘキサゴンスペルみたいに何人かで四系統全部合わせるのは?」

これはかつて、トリステインどころかハルケギニア中で同様の実験が行われ、全てが同じ結果になったため、トリステイン魔法学院でも遊びでやらないように『禁止事項』として教わる。

「それをやると大爆発するらしいわ。

 危ないから学院でもやっちゃいけないって教わるのよ。」

ルイズがそう答えた時、寧夢は獲物をもてあそぶ猫のように笑った。

虚無と系統魔法の関係、その核心に至ったのだ。

「何か思い当たらん?」

「え・・・いえ、おかしいわよ!そうだとするとわたし一人で四系統重ねてることになるじゃない!?」

ルイズも寧夢が言わんとすることに気付いた。

寧夢はルイズが使う魔法、『虚無の魔法』は四系統全てを等しく使っていると考えたのだ。

正確には寧夢は、『虚無を分けて使っているのが系統魔法』と考えているのだが、それはB-rim-L、虚無を基点にしているか、系統魔法を基点にしているかの違いだけなので大差ない。

「それができてまうのが『虚無』やないんかな?

 虚無っちゅうのは先天的に四系統全てが主系統で、生まれつきのスクウェアメイジなんやないやろうか?

 あとはこれが正しいか実証すればええ、ルイズはんの魔法が『四系統全てを使う』やとすれば、意図的に一つの系統を使えば普通の魔法も使えるはずやけんね。

 それを観測して、このホロテープん中にあったことが観測できれば、B-rim-Lがそっちの始祖ブリミルやって関連付けられる。」

これにルイズは難しい顔をして答える。

「同じなら帰る手段に近づける、違ったらあの子のことを追うのに専念できる・・・なら、やってみましょう。」

「決まりやな、じゃあ、すぐ準備するわ!」

寧夢は子供のように無邪気に、実験の準備を始めた。




虚無=火、水、土、風の四系統を等しく使える生来のスクウェア・メイジっていうのが友人と話してた設定です。
そうでもないと、虚無のメイジたるブリミルが系統魔法使えないのでは?と言う疑問から生まれたものです。
そしてルイズ、やっとメイド服からいつもの服(改造あり)になりました。
+2着はオリジナルですが、おまけということで。
では、次が連続投稿の最後一話です。


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第十一話 魔法実験

これで連続投稿は最後です。
ここまで書いて、よくもまあこれだけの字数を一話にまとめようなんて無謀なこと考えたものだと自分に少し呆れてます。


「さて、今からルイズはんの魔法を見せてもらうわけやけど・・・」

寧夢はルイズの前に金属でできたボール・・・よくよく見ると早苗の頭部から『目』を外したようなものと、分厚い楯を用意した。

「えっと、ネム?これ、何?」

「万一の時の保険よ。

 とりあえず見てわかるヤツで、魔法やないとでけんもの、かつ結果が残るものがええけん・・・原子変換、『錬金』お願い。」

ルイズは寧夢が注文した魔法の種類を聞いて首をかしげる。

「錬金?魔法じゃないとできないって、こっちのアスファルトとかコンクリート?それに鉄だって錬金よりすごいでしょ?」

ルイズはこれまで、ハルケギニアでは絶対に存在しないものを何度も見ている。

それらと比べて錬金が、『魔法でないとできない』とは思えないのだ。

「考え方の問題よ、ルイズはんが言うた土の魔法『錬金』、ホロテープに書いちょったのやと『原子変換』っちゅうのは、普通は絶対でけんのよ。

 ルイズはんが言いよんもんは、材料と道具があって、作り方がわかればルイズはんトコでもできるんや。

 けど、石コロをたとえば鉄にするっちゅうのはコッチじゃムリ。

 何を混ぜても石は石やし鉄は鉄、石が鉄になりはせんし、鉄が他の金属、たとえば金になったりせん。」

原子論、物質を構成する最小単位たる原子は、他の原子になったり、二つ以上に分裂したり増殖したり、突如現れたり消滅したりしない。

質量保存則、どのように物質が変化しても質量が変化することはないという物理法則。

両者とも例外として核反応等があるが、そうでもなければ覆すことのできない原則である。

錬金の魔法はこれを覆してしまうのだ。

「じゃあ、いいけど・・・わたし、一番簡単な青銅の錬金も爆発させるのよ?」

「それはこっちでどうにかするけん大丈夫。」

寧夢はルイズのこめかみ、服を少しめくって胸、最後に手首へ紐のついた白い布を貼り付けながらそう言った。

紐は一つの機械につながり、その機械を寧夢は自分の義手と繋げる。

「どうにかするってどうやって?」

「ルイズはんが失敗で爆発させる原因・・・一つの系統使おうとしてもでけんのっち力の入れすぎで余った分が他の系統に流れよんのやと思うんよ。

 それこそ枝毛切るんにポン刀使いよんようなモンやないんかな?」

「ポントウ?」

「ゴメン、両手持ちの剣って言うたほうがええかね?

 とにかく、力をセーブするために脳波、心拍、脈拍、それと体の中んPip-Boyの反応を見ながら調節するんよ。

 それでん爆発した時は、あのMr.ガッツィーん頭、チタン合金やけぇまず割れはせんし、すぐ早苗が蓋する、それでんダメやったらこん楯の陰に隠れる。

 最悪、この地下室が崩落せんけりゃ中のモンは壊れても直せばええんやから、気楽にやってな?」

寧夢は楯を床に置き、すぐ持てるようにすると早苗にMr.ガッツィーの頭部を持たせた。

「それとね、作る金属やけど・・・いっちゃん難しい『金』にしてみ?」

寧夢はルイズから魔法の説明を受けた時に、スクウェアメイジでなければ金を錬金することはできないと聞き、力が強すぎるのならば一番多く必要なものにすれば爆発のリスクを下げられると考えたのだ。

「え!?ムリムリムリムリ!!青銅でも失敗するのよ!!」

一方ルイズにしてみれば、歩くこともできない赤子がドラゴンを乗りこなせと言われたようなものだ。

「やってみらんとわからんけぇ、これはウチを信じてな?」

中には拳二つ分くらいの石が置かれ、ルイズは寧夢の合図で錬金のルーンを唱え始める。

金の錬成となると、トリステインでもできるメイジは両手で数えられるほどしかいない。

それをやれと言われたルイズは、寧夢の言ったことも忘れて力んでしまう。

「・・・ルイズはん、もうちっと弱めて、全部振り切っとるよ。」

寧夢が背中を撫でる感触に言われたことを思い出し、深呼吸する。

「すうぅ・・・『錬金』。」

ルイズの目に映る全てがスローモーションに見える。

V.A.T.Sを使っているわけではないが、そのように感じてしまうのだ。

Mr.ガッツィーの頭部の中に杖を向ける、杖の先から何かが出たように見えるほど時間がゆっくり流れ、それが石に当たり、石が光ったように見えた。

「早苗、今!」

寧夢の合図で早苗は蓋を閉め、寧夢も楯を持ち上げ、ルイズをしゃがませて二人一緒に隠れると同時にMr.ガッツィーの中で小さな爆発が起こる。

いつものような大爆発ではない、ジョゼットの失敗魔法と同じくらいか、もう少し弱い。

「ゴメン、ネム・・・ここまでしてもらったけどダメだったみたい。」

ルイズは肩を落とす、手応えがあったように感じたが結局は爆発させてしまったのだから。

「いんや、まだよ。

 早苗、さっそく中を調べてな!」

『りょ~かいしました~!

 え~っと・・・分析開始――内部調査――』

寧夢はルイズに貼り付けた白い布・・・電極をはがしながら早苗に命じる。

すると早苗は目の一つを仲間の部品に突っ込み、たまに光りながら中を見回す。

『完了しました、こちらになります。』

早苗が出した分析結果、そして中の映像を見た寧夢は目を見開き、脳波測定器、心電図を義手から急いで外し、早苗からMr.ガッツィーの頭部を取り上げる。

「ウソやろ!?いくらなんでもそげなモンまで!?早苗、布!何でんいいから布広げて!!」

『は~い、えっと、こちらで?』

早苗は先ほどルイズの普段使いの服を作るのに使った布の余りを広げ、寧夢はそこに中身を慎重に出す。

「銀、銅に白金、金は・・・あ!融けてこびりついちょる!ウランまでひっつけてこの・・・取れた!」

中に残っていた物を義手で剥がして取り出すと、ルイズが錬金した残骸が布の上に全て出された。

砕けてしまっているが、黄金色に輝く石、白銀に輝く石、赤く輝く石、黒ずんだ鉱石等。

全て石ではない、元の石に比べて体積は幾分減っているが、全て金属、そして鉱石だ。

金、銀、白金、銅、そして最後の黒い鉱石だけはルイズには見覚えがない。

黒い鉱石は地下室が少し暗いのもあってか、薄緑色の光を発しているのが見える。

「キレイ・・・」

ルイズは無意識にその光る黒い鉱石を素手で取ろうとして寧夢に止められる。

「ルイズはん、念のためコレ使いよ?」

寧夢はルイズに手袋を渡し、ルイズは手袋越しに鉱石を手に取る。

「ネム、この光る石・・・もしかして宝石?」

「そんな話、どっかで聞いたことあるけどコレをアクセサリにするんはやめちょき、この光りよんの、放射能やけんさ。」

寧夢から教えられた衝撃の事実にルイズはその鉱石を思わず放り投げ、寧夢と早苗があたふたしながら鉱石をキャッチする。

「もぅお願いやけん、投げるんやめてな!」

「ゴメン、でもソレ、ものすごい毒なんでしょ?」

「それ、才人から聞いた?間違っちゃおらんけど、こんぐらいのやったら飲んだり割れて粉になったん吸うたり、今言うたみたいに、アクセサリにして肌身離さず持ち歩いたりせんけりゃ大丈夫やけん・・・そやね、ルイズはんも持っちょくとええわ、確かまだ予備が・・・あった!」

寧夢は先ほど操作していた大きな窓の横にあるテーブルの引き出しをガサゴソと探して、ブレスレットを出す。

ジョーイが使っていた懐中時計の着いたブレスレットに似ているそれは、時計の文字盤のすき間に小さな羅針盤らしきものと灰色の窓が着いている。

寧夢がその懐中時計ブレスレットを先の鉱石に近づけると、『カチカチカチ』と、時計の針がすごい早さで動いているような音がするが、時計は何事もないかのように時を刻んでいる。

音を出しているのは灰色の窓のようで、数字が小さくだが変わっている。

「よし、大丈夫やね。

 これ、ガイガーカウンター、方位磁石付の腕時計なんやけど、これがピーピー言うた時はそこから離れるようにしよ。」

「鉱山の小鳥みたいね。」

ルイズは鉱山で使われるガス探知法の小鳥を思い浮かべる。

ハルケギニアだけでなく最終戦争よりはるか昔の州でも使われていた方法で、鉱山の採掘中に小鳥を入れた鳥かごを置いておくことで、ガス漏れで苦しんだり崩落の予兆を察して激しく鳴き始めることをセンサーとしたのである。

「また原始的な方法やね、まぁ、それのもっと正確なヤツやと思って。

 それと時計、戻ってくる間に教えたとおりやけん、あと、遅れ始めたり止まった時は直しちゃるけん言うてね。

 最後に磁石、この字、『N』が北で・・・」

ルイズは城郭街に戻るまでの間に、寧夢とジョーイに時計の読み方を教わり、同時に帰ってから他のものの読み方を教えてもらう約束をした。

そのため、寧夢はルイズが磁石の読み方を知らないことをわかっていたのである。

「ありがと、それよりさっきの、錬金したヤツ、どうなの?」

「あ、そやった、忘れちょった。

 まずさ、聞くけど錬金っちこんなバラバラの金属ができるん?」

「いえ、ならないわ。わたしは言われたとおり『金』の錬金しかしてないもの。それこそ爆発で中身がはがれたんじゃないの?」

ルイズはあくまで先の錬金は失敗したと考えているが、寧夢はそう思っていない。

「たしかに、一部配線に金銀銅白金も使われちゅうけど、何があってんあんな塊ができるわけないわ。

 それに何より、加工前のウラン鉱石があるなんてありえんもん。」

「うらん鉱石?」

「さっきの光る石んこと。早苗とかん動力源ん材料やけど、さっきのガッツィーは完全に動力源抜いちょったし、そやなくても材料そのまま入れちょくなんてポカ、ウチはやらんから、ルイズはんの錬金以外に考えられへん。」

寧夢はそう言いながら布の上に広げた金属、鉱石を種類ごとにわけてまとめる。

総量は拳一つ分、約半分ほどに目減りしており、最も多いのが金で四割ほど、次が銀と銅で二割ずつ、最も少ないのが白金とウラン鉱石で一割ずつだ。

「ねえ、そもそもだけどこっちのホントに白金?銀じゃないの?」

「間違いないよ、ウチの義手と早苗で二重チェックしちょるしね。

 何かヘンなことがあるん?」

「だって白金なんて錬金できるメイジ、いないわよ?

 隣の国、ゲルマニアのシュペー卿ができるとか聞いたけど、あそこの連中見栄っ張りだからホントかどうか。」

ルイズは知らないが話に出たシュペー卿、幾度か不良品を卸して返金騒ぎを起こしている。

「それに『うらん鉱石』?そんな聞いたこともないものを錬金なんて、できないわよ。」

「ハルケギニアには無いんかね?まぁ、見つかっちょらんだけかんしれんけど、そん口ぶりやと『知らんもんは錬金できない』っちゅうこと?」

寧夢の質問にルイズは首肯して答える。

「『知る』っちゅうのはどっから?」

「どこからって?」

「名前を知っちょったらええん?それとも見たことないとあかん?または手に取ったことないとあかんと?」

ルイズは思案し、さらに今まで得た知識から答えを探すが、思い当たらない。

実は今、寧夢が言ったことはハルケギニアのどこのアカデミーでも実験したことすらなく、一般論として『知らないものは錬金できない』とされているだけなのだ。

ルイズは半信半疑だが今、狙ってでないにしても知らない物を錬金した。

そもそもメイジとて人間だ、知らない物質など探せば何かしら出てくるのに、誰も『知らない物質の錬金』ということを考えたことすらなかったのだ。

「そういえばどこからかって聞いたことないわね。」

「それどこか、知らんもんは作れんっちゅうの、通説やない?」

ルイズも特に言及していなかったことを寧夢は言い当て、ルイズは驚きながら首肯した。

「何でわかったの?」

「よくあることなんよ、誰も調べとらんのに『そうに違いない』っちゅうのが当たり前になって、間違いがそのままになるっちゃね。

 とにかく、その辺りも含めて今、取ったデータ調べるわ。」

寧夢はそう言ってルイズから取った心拍、脳波、Pip-Boyのデータ等を精査し始めた。

 

「うん、出力は高いけんど波長、周波数はホロテープにあった『原子変換』と酷似。

 ルイズはんの『錬金』は同一と見てええわ。」

精査を終えた寧夢はそう結論付ける。

「でも、どうして金以外が錬金されてたの?量も減ってたし。」

「多分、金の錬金に必要な力をオーバーした余剰分の逃げ場になったんやろうと思う。

 銀や銅、白金にウラン、それでもカバーでけんかったやつが残り半分を爆発させたんやろうね。」

この実験によってルイズは魔法を初めて使うことができ、『B-rim-Lの研究を追うこと』と『かつて会った少年がハルケギニアに来た方法を調べる』という今後の方向性も決まったが、あまり嬉しくは思えなかった。

「結局のとこ、始祖ブリミルが生物兵器『B-rim-L』で間違いないのよね?」

「まあ、そうやけど、どしたん?」

「それってさ、わたしもデスクローの類いってことでしょ?

 ハルケギニアではさ、メイジ・・・魔法が使えるってのはブリミルの祝福って言われてたのに、実際はあんなバケモノの同類って思うとね・・・」

「そりゃ違うわ。」

寧夢はルイズの言うことをバッサリと否定した。

「ルイズはん、人間にできてデスクローやらマイアラークにでけんこと、何やかわかる?」

ルイズは首を横に振る。

「我慢することや。ルイズはんの『魔法』、自分はそれ使うて、たとえば今、ウチや早苗をどうこうして、この家のモン盗んで行こうとか考える?」

そう尋ねられたルイズは首を大きく横に振って答える。

「とんでもないわ、そんなこと!」

「どうして?」

「だってネムもサナエもいい子だし、酷いことなんてできないわよ。」

「やったらさ、ウチやなくて、とんでもないレイダー・・・盗賊やったら?

 それも悪いことやったら全部やってるような、百辺くらい生きたまま三枚おろしにしたってもまだ釣りが来るような大悪党やったらどう?」

そのように質問を変えられるとルイズは少し考えたがやはり首を横に振る。

「やり返されるのが怖いけん?」

「違うわ、いくら悪人だとしても、何をしてもいい理由にはならないもの。」

ルイズの答えに寧夢は微笑んで話す。

「そこまで言えるんやったらルイズはんはデスクローなんぞとは違う、ただ、他の人にでけんことができる、普通の人や。」

人が二人以上集まると、多かれ少なかれ軋轢は生まれる。

それを我慢し、ちょうどいいところで手打ちすることによって人間は家族、村、町、国、社会といった集団を作ることができるのだ。

「解りやすいトコやと、水や食料、『殺してでもブン捕る、誰が分けてやるか』言うのを我慢して分け合う、他の物と交換する、ダメなら自分で狩って来るなり浄水器作る。これも我慢や。」

狩猟採集農耕牧畜で得た資源の分配、交換。

古代から存在する商売、経済活動、これこそ先述した我慢、手打ちだ。

これをせずに誰かが一人占めしたり、分配に度を越えた不平不満ばかりを募らせたり、交換という手続きを拒否し、奪い取ることばかりにあけくれていれば、人類という種は早々に地球から退場となったであろう。

この我慢は時代が変わり、社会が複雑化しても形を変えて続いてきた。

 

「自分がいらない物を欲しがってる人に渡して、代わりに欲しい物と交換してもらうってのも我慢なの?」

原始時代の物々交換から州においては最終戦争直前の通貨による商取引まで、あらゆる経済の基礎が『交換』であることはルイズも知識として知っている。

「そりゃね、人間一番望むんは『欲しいモンがタダで手に入る』ことやけん。

 当然、そんなワガママ許されへんけど、下手に力があるヤツっちゅうのはまず、ルイズはんみたいに高潔な考え方せぇへん。

 そげなヤツらから命守るんは、最低限自分で、それでどうにもならんのやったらバット隊やミブロウ団に頼る。

 バット隊もミブロウ団も維持の経費がいるけぇ、ミブロウ団は謝礼貰って、バット隊っちゅうか城郭街は物の出入り、中での交換に手数料取って維持に当てちょる。

 商売しよんとどげんしてもレイダー共に目ぇつけられてまうけん、身を守るんにもその手数料や謝礼っちゅう我慢が必要や。」

城郭街の手数料は、ハルケギニアや最終戦争以前は『関税、消費税、売上税』と言われた税である。

そのため、城郭街での交換は相場が他地域に比べて割高だ。

寧夢は言及していないが、人が多くなればそれだけ大きな経済活動が必要となり、それを専門職とする『商人』が現れ、そういった者達の往来が多くなれば流通網、すなわち交通インフラや電話のような通信インフラの整備も必要になる。

インフラ整備となると日曜大工でどうにかなるものではない、専門の大工、作業員が必要だ。

さらにそのような大きな経済活動をしていれば無法者達からすれば鴨が葱背負って歩いているに等しい。

無法者達から良民の資源を守るにはやはり専門職、警察や軍隊が必要となる。

このような専門職を使用するとなると、租税を徴収して国家のように運営する以外にない。

我慢我慢ばかりでがんじがらめにされているようだがそうではない。

たとえ話だが一人でできる我慢によって生まれる余力が1として100人でできる我慢から生まれる余力が100とする。

1の力でできることなど知れているが、100の力で100人が使うものを作れば得られるものは計り知れない。

「そんな我慢をせんなった結果が200年前の戦争や。

 エライさんはゼイタク三昧、しわ寄せ食ろうたパンピーは『これ以上は死ぬ』思うて、み~んな我慢はイヤや言い出して、奪り合い殺し合いの行き着いた先は核戦争、ご先祖さま方が積み上げた我慢の結晶ひっくり返して望み通りの世界が出来上がり。」

我慢とは不自由不平等の耐忍であり、それをやめ無制限の自由と平等を求めた結果を、寧夢は皮肉を込めてそう言った。

先のたとえ話に則れば最終戦争というのは『1人が1万の余力のために、99人に我慢を見返りも無しに強いた結果、99人は限界を迎え解放を望み、1人も他の集団にいる1人からさらに奪おうとした』結果起こったものだ。

1人は自分の自由と99人が平等に奴隷になることを望み、99人は文字通り自らの解放、すなわち自由と平等を求めた結果、最も自由で最も平等な世界となった。

ある意味では無法の荒野こそが最も自由で最も平等な世界だ。

弱肉強食、適者生存という生物として最も自由で平等な世界、しかし実際にそうなると人間は不自由不平等を求め始める。

『力こそ正義、弱者は生きることそのものが罪科』などという考え方では人間は集団を作ることができないからだ。

仮にデスクローを素手で殴り殺す人間でも体が一つしかない以上、生きるのに必要な資源を一人で集めることは不可能であり、無防備になる休息中の安全を確保することも難しい、子孫を残すことも不可能だ。

「まぁ、何が言いたいかっちゅうと、ルイズはんは我慢ができるんやから、デスクローやらとはちゃう。むしろウチら州の連中や、戦争んころの人間よりよっぽど人間として出来とるかもしれんってことよ。」

寧夢にそう言われたルイズは気持ちが楽になると同時に考える。

今、寧夢が話した『戦争の頃の人間』とハルケギニアの人間にどれほどの差があるのだろうかと。

ルイズはかつて州で起こった戦争を、異世界で起こったハルケギニアとは関係ない、そして起こり得ないこととしか考えていなかったが、寧夢が話したことなど、ハルケギニアでも十分に起こりうることなのだ。

むしろ、今現在進行形で起こっているかもしれない。

そうだとしてもかつてのルイズであれば『平民はメイジには敵わない』と考えたことであろうが、州がある世界を焼き尽くして200年も残る猛毒をばらまいたのはメイジがいない以上、平民だ。

そして始祖ブリミルすら尻尾を巻いて逃げるしかできなかったのである。

先ほど寧夢は州でやっていることは、条件が揃えばハルケギニアでもできると言っていた、言い方を変えればハルケギニアの平民にも同じことができるのだ。

これまで6000年続いたハルケギニアのメイジによる支配体制だが、6000年続いたからと言ってもう6000年続く保証などどこにもない。




今回ルイズに使ってもらったのはゼロ魔二次創作では人気の魔法『錬金』です。
やっぱり結果が残る方が観測するとなるとやりやすいかと思いまして。
しかしルイズ、寧夢からいろいろもらいすぎじゃないかとは思います。
服3着に下着、スナイパーライフルにマシンピストル、そして多機能時計。
『ご主人さまも初めてのご友人に舞い上がっているのです』
(早苗談)


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第十二話 麺処 火国

今回、あまり話進まないです、申し訳ありません。
そして途中のキュルケご先祖様の逸話は完全に捏造なのであしからず。


 すでに日も落ちたというのに昼のように明るい城郭街の大通りで、ルイズは寧夢がメイメイに似たロボットを整備しているのを、屋台の長椅子に座って待っていた。

「まだかかりそう?」

「いんや、あと一本、配線直したら終わり!」

ルイズには読めないが、屋台には『麺処 火国』と書かれた、炎を模したような看板がかけられている。

 

 二人がなぜこのようなところに来ているかというと、実験を終え、片付けをした後、寧夢が提案したからだ。

「そうや、ちっと外、食べ行かん?ルイズはんのオゴリで。」

「いや、わたし先立つ物ないし。」

ルイズは寧夢が冗談を言っていると思ってそう答えたが、寧夢は首を横に振る。

「そやったらなおさらや。それに先立つモンやったらあるやん?」

寧夢はルイズが錬金した金を持ってそう言った。

「え?そんなのこっちじゃ石コロって・・・」

「才人、やっぱちゃんと教えとらんねぇ?ルイズはんはさ、この金とかってどんな使い道が思い浮かぶ?」

ルイズは寧夢にそう尋ねられると、

「ネックレスとか指輪とか・・・」

と、自信無く答える。州でそれに類する物を身に付けていたのは、人骨で作った物といった例外を除外するとジョーイくらいで、それもルイズから見れば『安物』の一言に尽きるほど簡素であったため、装飾品自体が一般的に利用されないと考えたためだ。

「装飾品やね、要は。ウチやったら電子部品の材料っち考えるわ。使う人も多いけん部品のがオススメよ。装飾品は欲しがる人がハイソやけぇ、上手くやれば高く交換できるけど、そんな人とコネつなぐ手間と、気に入ってもらえるセンス考えたらコスパ悪いわね。」

寧夢がそう言うとルイズは彼女の言わんとしていることがわかったので手を打つ。

「どんな物でも必要な人がいるってこと?」

「そぉ、商売のキホンやね。どげんガラクタに見えても、欲しがる人はおるっちゃけん。」

物々交換とは、交易、商売において最も原始的なもので、その発祥は人間が石槍で巨象やシカを追い回していた頃まで遡るとさえ言われている。州が属していた『太陽の国』でも1000年ほど前、藁しべ一本から物々交換で億万長者になった者もいたというし、ハルケギニアにもこの藁しべから億万長者になった者と似たような話がある。

 炭焼職人が使い手の無い木の棒一本を、松明に使う木の棒を欲しがっていた狩人相手に鹿の干し肉と交換し、食料をミスで腐らせてしまい、空腹に苦しむ行商人と、その干し肉と布生地一巻を交換し、納期に間に合わせる布が無くて困っていた町の仕立て屋に持っていくとロバ・アル・カリイエ産の絹布だとわかり1000エキューで売ることができた。このお金を元手に商いを続けたこの男は一代で財を為し、貴族の位を買って『ツェルプストー』の家名を名乗ることとなった。言うまでもないが、ルイズと犬猿の仲である女生徒の先祖だ。

 これを知った時のルイズは痛快であった、仇敵の弱みを知ったのだから。しかしある時の口喧嘩で『炭焼の子』と言った瞬間ツェルプストーはルイズにグーで殴りかかり、ルイズも殴り返した結果、殴り合いとなってシャルとジョゼットに止められるという事があった。素人の女子が殴りあっただけなのだから大した怪我をしたでないのに泣いていたツェルプストーを見てルイズは、さすがに言ってはいけないことを言ったと反省し、後に謝罪した。彼女も使用人や政敵となる家柄の者に『母の不倫で出来た子』だの『拾われ子』だのと陰で言われることがあったがツェルプストーは一度もそれを言ったことはなかった。

 そんな話を思い出した彼女は、『貴族の位を買う』ということに、『自分の価値を金に換えて国に売り込む』と考えた。ツェルプストーの先祖であれば自分の商才を国に売り込んだと考えられるし、他の者も何らかの才を売り込んでいる、これも先の寧夢が言っていた『作った装飾品を気に入ってもらえるセンス』と同じで商売の一つなのだ。

 

「とりあえず練習しよか?まずはさっきのをウチに渡して、加工する。加工費はホンマやったら即払いやけど、今回はツケにしとくけんね。」

「ツケってそこはしっかり取るのね?」

「当たり前!取引の練習なんやけんね。まあ、ご飯一回オゴリでええけど。」

寧夢がそう言うとルイズは胸を撫で下ろす。事実上、今回は無料でやってくれるというわけだ。寧夢はルイズが錬金した貴金属とウランを旋盤で加工し、樹脂の板に金銀銅白金で幾何学模様を描いたり、糸にしたり、ウランを丸い穴無し壺のようにしていく。

「さて、電子部品にフュージョンセル、これだけあれば上々やね。」

「こんなの、どうするの?」

「まず知り合いに交換してもらうけぇ、ついて来て。」

そう言って寧夢はルイズを伴い、早苗を留守番に残して家を出る。

 

寧夢はルイズを、寧夢が使っていたような工具を模した看板がかけられた店に連れて来た。

「ルイズはん、何か聞かれたらメンドーやけぇ、ウチの弟子っちゅうことにしといて。」

店に入る前に寧夢はルイズにそう言うと、ルイズは首を縦に振る。

店の中は雑然としており、ルイズは魔法学院の恩師、コルベール先生の研究小屋を連想した。

店の中には恰幅のいい、白髭にコルベール先生のような頭髪の無い頭の、初老の男が寧夢の家にもあった機械を組み立てていた。この店の店主だ。

「今日はもう店じまいだぞ、ん?おぉ、マイスターじゃねぇか!こんな時間にどぉした?」

「オヤッサン、ちっと取引したいもんがあるんや。」

寧夢はルイズに目配せし、持たせていた袋から電子部品、フュージョンセルをカウンターに出させる。

「おや、嬢ちゃん、見かけねぇ顔だな?マイスター所の新入りか?」

「はい、ミス・ササキにはお世話になっております。」

「みす、佐々木?」

ルイズは寧夢を先生ということにした話し方をしたのだが、店主には聞き慣れない言葉であり、怪訝な顔をした。

「あぁ、そん子な、古代人なんよ。どうも米の国ん人の流れ汲んじょるみたいで、ちっと話し方おかしいけど気にせんといて。ほんでさ、これを水と換えてほしいんやけど、どやろか?」

「少し待ってろ。こいつは・・・や?マイスターのか?ハハァ、嬢ちゃん、まだ見習いだな、てっきり嬢ちゃんの初仕事かと思ってな。」

「そうよ、まだこん子、入門したばっかやけぇ、売り物は作らせられんわ。」

寧夢はルイズが下手なことを言わないようにフォローするため、ルイズは身振りだけで寧夢の言ったことを肯定するだけである。

「じゃあ、いつもどおりのでいいな?」

そう言って店主は寧夢に数枚の板を渡し、寧夢はその板を見てルイズに渡す。

ルイズが受け取った板には、先の尖った兜を被った男の肖像と数字が書かれており、数字の横には水の容れ物が描かれている。

 

「ネム、これ何?水って言ってたのに・・・」

「ああ、それも話さんとな。この城郭街だけの通貨、『水券』よ。これを市庁舎か街の入口に持っていくと、水に換えてくれるんよ。」

「あ、じゃあこの数字は換えてもらえる数ってこと?」

「そうそう、考えてみてん?こんな大量の水、引っ提げて歩くとかやってられんやろ?」

水券に書かれていた水の量は、どうにか数字を理解できるルイズも簡単に想像できた。少なくとも彼女が手に持って歩ける量ではない。

「それとこの街での取引んコツやけど、最後はなるべく水以外のモンで終えて街を出るんよ、そやないと交換率の関係で不利やけんね。」

寧夢は簡単に喩え話で取引の流れを説明し、水10本を持ち込んで水券に替え、すぐに水に戻すと手数料引きで8本になってしまうことを教える。

「何て言ったらいいのかな?騙されてるみたいな・・・」

「ま、その通りっちゃその通りやな。この手数料、要は『安全料』なわけやけど、100%安全な場所なんて無いんやから。

 あ、見えてきたわ、アソコよ。」

寧夢は大通りの屋台を指差す。その看板には『麺処 火国』と書かれ、白い布を頭に巻いたプロテクトロンが屋台の店番をしていた。

『ヘイラッシャイ!』

「立花、久しぶり、元気しちょった?」

『ヘイラッシャイ!』

プロテクトロンが同じ言葉を話しながら頭を下げる。

「ネム、『ヘイラッシャイ』って何か意味があるの?」

ルイズは自分がわからないだけで『ヘイラッシャイ』に特別な意味があると思ってそう尋ねるが、寧夢は首を横に振る。

「こん子ね、故障しちょって『ヘイラッシャイ』しか言えんのよ。やけどさ、何となく何を言いよんのかわかるけぇどうにかなっちゅうんや。」

『ヘイラッシャイ!』

立花は寧夢の紹介に答えるように頭を下げる。

「じゃ、立花、黒ラーメン二人前お願いね。ルイズはん、水券。」

寧夢がそう言ってルイズから水券を受け取り、それを立花に渡すと立花は差分の水券を返し、同時に電子部品、機械部品、弾薬を差し出す。

『ヘイラッシャイ!』

「ん?ああ、整備やね?やったら今日はこれより、餃子二人分つけてくれん?そっちがええわ。」

『ヘイラッシャイ!』

立花は出した部品等を片付け、背中を向ける。承知したという意味である。

「ルイズはん、ちっと待っちょって、こん子の整備、ちゃちゃっと終わらせてまうけん。」

そう言って寧夢は整備を始め、冒頭に戻るのだ。

 

 寧夢が整備を終えると立花は屋台で調理を始める。野菜を切り、麺を茹で、ハムのようなものを炙り焼き、腸詰のようなものを焼いている間に大きなスープボウルというよりはフィンガーボウルのような器にスープ、麺、野菜、炙り焼きしたハムを入れる。スープは黒い油のようなものが浮かんでおり、ルイズは寧夢の顔を見る。

「ネム、これ・・・」

「黒ラーメンよ、やっぱ城郭街来たんやったらこれ食べなね!いただきます!」

寧夢はルイズが戸惑っているうちに食べ始め、ルイズも気後れしながら、慣れない箸を使ってまずは麺をすする。

「あら・・・見た目と違ってあっさりしてる。」

「やろ?このクセの無いとこがええんや!」

寧夢はそう言いながらルイズが、箸を上手く使えないのを察する。

「立花、フォーク一本・・・」

「あ、大丈夫よ、ネム。練習しないといけないから。」

ルイズは寧夢の申し出を断り、慣れない箸を使い続ける。

「ルイズはん、持ち方やけど・・・」

それを見かねた寧夢は、ルイズに箸の持ち方を教え、ルイズもスムーズに食べ始める。

 

「そういえばさ、この子、タチバナだっけ?『ヘイラッシャイ』しか言えないのって故障なのよね?治してあげないの?」

『ヘイラッシャイ!』

ルイズが話していると立花が、先の腸詰めを焼いたような物、餃子を二人に出した。

「ありがと、立花。いやね、治せるんやったら治したいんやけど、ウチにはでけんのよ。」

寧夢はそう話しながら餃子を頬張る。

「できないって、ネムでも?」

「・・・うん、立花の故障、中枢部にあるんよ、そげんとこウチがいじってもうたらまず壊してまうわ。」

ルイズはスープをレンゲで飲みながら寧夢にあらためて尋ねる。

「ネムにも出来ないことってあるんだ?」

「そげなこと当たり前よ。治せるとしたら一人、ウチなんか比にならん『キリン児』っちゅうのがね。」

「その人は・・・?」

ルイズは寧夢がその『キリン児』の話をして目に涙を浮かべたのに気づく。

「いろいろあってん、今はどこおるんかわからん。」

「その・・・ごめん。話したくないことなら・・・」

「ええよ、ルイズはんにも聞いてもらいたいけんさ。立花、ビール一本!ビンで!」

『ヘイラッシャイ!』

立花がビンを一本とグラスを二つ出すと、寧夢は水券を渡そうとした。しかし立花はその水券を突き返す。ルイズにはその姿が、

『御足はいらねぇぜ、嬢ちゃん。そいつは俺のオゴリさ。』

と、妙にかっこよく言っているように見えた。

「ありがとな、立花。ルイズはん、立花のオゴリやけぇ飲も!」

「あ、大体あってたのね、今の。」

寧夢が『ビール』と言っていたビンを開け、ルイズ、そして寧夢のグラスにそれをつぐと、シュワシュワと白い泡が麦色の酒から立ち上る。ハルケギニアではエールと呼ばれる酒に似ているそれを口に含むと、普段飲んでいるワインとは全く異なる苦みとコク、そして炭酸の刺激が口に広がった。

「・・・不思議な味ねぇ、あら?ネム?」

一方の寧夢は一杯飲み干したのと同時にテーブルに突っ伏していた。

「・・・めんなぁ・・・」

寧夢がそう呟くと、ルイズは寧夢に近づき、耳をすませる。

「ごめんなぁ、たっくん!ホンマ言いすぎたわぁ!!」

寧夢はそう叫びながらルイズに抱きつく。彼女はとある遠縁の親戚と違い、泣き上戸なのだ。

「ネ、ネム!?落ち着いて、どうどう・・・」

ルイズは助けを求めるように立花を見るが、立花は両手の平を上に向けるような仕草をして、

『ヘイラッシャイ!(諦めな、いつものこった。)』

と、答えるだけであった。

 

 しばらく泣いた寧夢は少し落ち着き、自分の座っていた方に戻る。

「さ、グラス乾いてるわよ。」

ルイズはそう言って寧夢にビールをつぐ。この具合がなかなか難しく、ルイズがついだビールはグラスの半分ほどが泡になってしまう。

「ありがとな・・・ルイズはんも。」

寧夢は慣れたもので、ビールを少しずつついでルイズのグラスはほとんどビールだけになっている。

「その、たっくんってのが『キリン・・・?」

「キリン児、神童、天才っちゅうヤツやね。卓也言うてね、いっつもウチを超える技師になるんやっち息巻いとったんよ。」

「え?その言い方だと、そのタクヤよりネムの方が腕が良かったんじゃないの?」

ルイズの問いに、寧夢は首を横に振る。

「ウチが出来ることっちゅうのは時間さえかければ誰かて同じこと出来るんよ、やけどあん子はウチどこか、多分州を探してん二人とおらんことが出来たんや。」

寧夢は一度、ビールを一気飲みして、ルイズは先の寧夢を真似してビールをつぎ、今度は泡を四分の一ほどにとどめる。

「戦前の物を理解できたんよ。」

「戦前のって、ネムだってサナエとかメイメイ、それにロードファイターだって・・・」

「それは残っていた戦前の物を『組み合わせた』だけ、知識と根気と時間があれば大なり小なり誰でん出来ることよ。やけどあん子やったら、設備さえあれば『ゼロから』早苗どこか、『リバティ・プライム』っちゅう、戦前最強っちウワサのロボットかて作りきったやろうな。」

熱く語る寧夢の様子に、ルイズは『卓也』が寧夢にとってどのような人物か、ある程度察しがついてきた。

「ただ、あん子はそんな才能を使いこなせんかったんよ。どんだけのもん作ってん組み立てをしきらんで・・・」

「ネム・・・そのタクヤってもしかしてネムの弟?」

ルイズが寧夢の話に割り込むようにそう尋ねると、寧夢はうなずく。

「そうよ。ほんでさ、あん子とんでもないもん持ってきたんや。」

「とんでもないもの?」

「それの設計図見て、あんまりにも驚いて・・・ほんで・・・」

全てを話す前に寧夢は屋台に突っ伏して寝息を立て始め、ルイズはごまかすように立花を見ると、立花は困っているとでもアピールするかのように頭に手を当てていたが、それはそのように見えるだけであった。

『ヘイラッシャイ!』

急に虚空へそう言ったのを見てルイズは立花が本格的に故障したのかと勘違いしたが、立花が周囲に聞こえるようにして通信していたため、どこと話しているかがわかったのだ。

【あらぁ?立花さんですかぁ?お久しぶりですぅ!】

早苗を通信で呼び出していたのだ。早苗はなぜか立花の話が細かくわかるようで、しっかり会話をキャッチボールしている。

『ヘイラッシャイ!』

【まあ、ご主人さまったらまたお酒を!?ごめんなさいねぇ、立花さん。お代は?】

『ヘイラッシャイ!』

【それはよかったですぅ!すぐにお迎えに参りますから・・・そういえばルイズさま、お連れのかわいらしい女性は?】

『ヘイラッシャイ!』

【あ、ご一緒ですね、申し訳ありませんってお伝えいただけますか?】

『ヘイラッシャイ!』

【本当に何から何まで・・・では。】

プツッと小さい音がして、立花はルイズの方を見る。

『ヘイラッシャイ!』

「あ、サナエの伝言ね、きっと。大丈夫よ、聞こえてたから。それよりありがとうね、サナエ呼んでくれて。それにお酒はタチバナのオゴリってのも、黙っててくれたんでしょ?」

『ヘイラッシャイ!』

立花は『ヘイラッシャイ!』としか話せないが、『ヘイラッシャイ!』には意味がある、それを汲み取れる者にとって立花は心暖まる相手なのであると、ルイズは寧夢が彼女をここに誘った理由を感じ取ったのであった。

 

 しばらくして早苗が来て、ルイズは寧夢を背負う早苗と共に帰路につく。

『あの立花さんのお店、ご主人さまのお父さまがご贔屓になさってたお店なんです。わたくしはその頃は存じませんが、叔母さんからお話しはうかがいました。』

「サナエの叔母さん?」

『ご主人さまのお母さまがお作りになったMs.ナニーです。三年前、亡くなりましたが。』

早苗の言う『亡くなった』とは当然だが『AI基部が修理不能なレベルで破損した』という意味である。

『何でも、戦前にラーメン屋を兼業なさってた探偵という方の知識、記憶を持つ人造人間だったそうです。』

早苗はそう言って叔母から受け継いだ写真を、眼から光の像を出して見せた。屈強な男と、その隣に立つ表皮が剥がれた人間・・・に見えたがよくよく見ると人間を模したガーゴイルかゴーレムの表皮が経年劣化でボロボロになったような男と、先の立花、幼い寧夢、寧夢の母とおぼしきたくましい女、そして屈強な男が抱きかかえる、まだ赤子か、いいところ幼児といった少年を写し出した。

「この女の子、ネム?」

『はい、そうですよぉ!今とは似ても似つかないほどかわいらしいでしょう?』

「黙っててあげるけど、知れたら解体されるわよ?」

『ヒイッ!そ、そんなことより、こちらがお父さまとお母さまで、この坊やが弟さまの卓也さま、こちらが立花さんで、この方が麺処火国の店長、人造人間の左京さま。』

早苗は誤魔化すように映像に写る者達を紹介していく。

「人造人間って?」

『左京さまは実験の途中で破棄されたので違うそうですが、何でも州の人間と成り代わる者達だそうですよ。』

「成り代わるって、何でそんなことを?」

ルイズは単純に動機がわからずそう尋ねるが、それは早苗も知らないことで、

『残念ながら動機までは・・・』

と、答えた。

「じゃあさ、そのサキョーさんって人はどうしたの?」

『これも詳しくは存じ上げないのですが、副業に探偵をなさっていたそうで、そのお仕事の最中に行方不明になったとか・・・でも、立花さんは左京さまがいつかお戻りになる日まで、あのお店を守るおつもりのようですよ。』

「・・・そうなんだ、偉いわね、あの子。」

ルイズはそう言って早苗への質問をしなくなり、不思議に思った早苗が尋ねる。

『ルイズさま、ご主人さまのこととか、質問なさらないのですか?』

「ネムのこと?それじゃあさ、そのお乳をどうやって作ったか・・・」

『いえ、そういうお話しでなくて、お父さまやお母さま、弟さまのこと、お気にならないのですか?』

早苗の問いかけにルイズは、ハルケギニアでは考えられない、町の明かりが星々をかき消してしまった黒い空を見上げて答えた。

「それはもちろん、気になるわ。けどね、わたしは人のことを根掘り葉掘り調べるような悪趣味は持ってないの。だからさ、そのうちネムから話してもらう。それまでサナエも教えてくれなくていいわよ。」

早苗はルイズの答えに、驚くように眼の虹彩のような部分を大きくしたり小さくしたりした。

『・・・ご主人さまは良いご友人をお持ちになられました、ルイズさま、ご主人さまのこと、末長くよろしくお願いします。』

「大げさねえ、それにサイトがいるでしょ?」

『才人さまは・・・まあ、申し分ないお方だとは思いますが、ご主人さまのお父さま基準ですと、『娘はやれんな!』とおっしゃいそうですよ。』

「あらら、二人の間には大きな壁が立ち塞がるのね。」

と、軽口を並べながら二人と一体は夜道を歩いて・・・一体は正確には飛行していった。

 

 翌日、日が昇ると寧夢は頭を押さえて唸っていた。

「い、痛いわぁ・・・」

「二日酔いね。サナエ、お水ある?」

『こんなこともあろうかと、お預かりしてました水券、交換して来ました。ルイズさまもどうぞ。』

早苗は二人に水の缶を出し、二人で飲み干すが寧夢の二日酔いはまだ醒めない。

「ジョーイはん呼んでくれん?」

「ダメよ、こんなことで呼び出しちゃ。肩貸したげるから、一緒に行きましょ?」

二人はジョーイ宅に赴き、酔い醒ましを交換してもらった。その時のジョーイのあきれ返った顔を、ルイズは忘れることはないだろう。




いや、やっぱりタカハシがダイヤモンド・シティの癒しだったのでこちらでもタカハシポジションとして立花を、そして行方不明になってますが人造人間で探偵のニックポジションも。
ぶっちゃけニックみたいな頭脳キャラって書きにくいので、あまり書きたくないミタカです。
では、解説

左京(行方不明)
人造人間プロトタイプの彼、ラーメン屋を切り盛りしながら探偵業を営んでいました。名前の元ネタは某警部。やっぱり人造人間の存在感はニックが一番インパクトありましたね、ミタカ的には。

立花(プロテクトラン)
ダイヤモンドシティの癒し、タカハシポジションの立花。故障で同じ言葉しか話せないですが、立花はロボットとだけは話せます。(タカハシも話せている描写あったかな?)
ラーメンのイメージのために熊本ラーメンの店に何度も食べに行き、酒飲めないくせにビール飲んでたおバカは自分です。店長さん、ご迷惑をおかけしました。
余談ですが、早苗、実は人間には『さま』で、ロボットには『さん』付けにしてます。なので早苗は人造人間を『人間』と捉えています。


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第十三話 使い魔召喚の儀式~その時ハルケギニアでは~ 前編

 初めてのハルケギニア側の話です。そして先に謝っておきます、シエスタファンの人、ホント申し訳ございません。扱いひどいですが、愛ゆえですので。


 ルイズが州に放り出されるより半年ほど前、ハルケギニア、ルイズが籍を置くトリステイン魔法学院があるトリステイン、その首都トリスタニアのとある酒場にて、老人が眼鏡をかけた若い女に酌をさせていた。老人は長い白髪に白髭、黒いローブをまとい、横に身の丈ほどありそうな長い杖を置くメイジ、彼こそトリステイン魔法学院学院長オールド=オスマンその人である。しかし今の彼を見て教職に身を置く者だなどと誰も考えはしないだろう。

「なあ、ミス・ロングビル?これだけ高いボトルを入れて、毎日のように通っとるんじゃから、たまにはアフターというのも、な?」

と、誰が見ても助平爺にしか見えぬ誘いをするオスマン。これにロングビルは上品な笑顔で、

「いやですわ、ミスタ!わたくしはそういったサービスは承っておりませんの、オホホ!」

と、答える。しかし本当に迷惑していれば店員に合図され、『怖いお兄さん』から叩き出されて出禁となるが、そうならないことから満更でない、または金額交渉をしようとしていると考えられる。

「フォッフォッフォッ、なかなかツレないねぇ。しかし本当にどうかね、ミス・フーケ?」

オスマンの語った名前にロングビルの笑顔が引きつる。

「な、何をおっしゃっていますの、ミスタ?」

「おぉ、すまんのぉ、歳を取るとどうもなぁ、ミス・サウスゴータ?いや、マチルダだったかのぉ?」

これを聞いたロングビルの笑顔はすでに凍りついてしまっている。

「わたくしはロ・ン・グ・ビ・ルですわ。そうですわね、ミスタ、アフターお受けいたしますので、外でしばらくお待ちくださいな。」

 

 店を出てしばらく歩くと宿につく。貴族御用達の高級宿などではない、宿帳もなく、鍵がフロントに無いなら『使用中』ということになる、かつての地球で言うところのモーテルの類いに近い。この宿は先の酒場と同じ経営であり、通りも酒場や宿に勤める者の下宿等で、女が飛んだり、客が無体を働いた場合はすぐに動けるようになっている。そんな宿に老人と若い婦人が入るのは誰が見ても『年甲斐もなく元気な爺と商売女』である。宿のフロントでは50を過ぎたくらいの女が受付をしていた。彼女は20年と少し前、先の酒場でナンバー1だった女であり、老いたといえど、どこか美しさを秘めている。

「お客さん、何号室?」

「一番良い部屋を頼む。」

オスマンはそう言いつつエキュー金貨を三枚出した。この宿は安い部屋、高い部屋、一番高い部屋の三種類あり、一番高い部屋は一部屋しかない。

「おや、そいつはありがとね、三階の一番奥だよ。新顔さん、頑張んなさいよ。」

と言いつつ受付の女は三階奥の部屋の鍵を渡し、二人は連れ立って三階に上がり奥の部屋に入る。

 三階奥の部屋は綺麗に掃除されており、調度品も高級品が使われ、部屋割りは広い寝室とリビングが一つになったような客室、奥には広いバスルームと、貴族御用達の高級宿に負けぬ内装となっている。なお、中級部屋とでもいうべき『高い部屋』は寝室に小さな洗い場のついた一般的な宿くらい、安い部屋は宿泊を前提としていない、洗い場と寝室が直結し、申し訳程度の仕切りがついただけの部屋である。ロングビルは部屋に入るとまずベッドを一瞥し、オスマンを導くように部屋に入る。

「少しばかり、先ほどのお話をうかがいたいのですが?」

「はて?何の話じゃったかのぉ?」

オスマンはわざとらしくとぼけ、ロングビルはこめかみに血管を浮き上がらせそうな形相で詰め寄る。

「わ・た・く・し・が、あの土くれのフーケだとかおっしゃった件ですわ!」

「ほぅ?なぜそこまで気にしておるのじゃ?」

「とんでもない勘違いですもの、かの怪盗が場末の酒場で働く女だなんて。」

「フォッフォッフォッ、まぁ結論を急くでない、順を追って話すとしよう。」

そう言ってオスマンがソファーに座り、ウェルカムドリンクであるワインを開けると、ロングビルはベッドに腰かける。

「こちらでよかろう?」

「いえ、最後はこのベッドを使いますわ、お構いなく。」

ロングビルの行動は不自然かつ礼を失するものだが、オスマンは咎めず話し始める。

 土くれのフーケ、ここ二年ほどハルケギニア中を騒がせている盗賊で、スクウェアに近い土のトライアングル・メイジである。ある時は巨大なゴーレムを錬成して建物を破壊し宝物を強奪、またある時は壁を錬金の魔法で泥にして侵入し盗み出すなど手口は様々、大胆、狡猾にして誰も傷付けず、姿も遠目で『ローブを羽織った正体不明のメイジ』としか知られていない。それだけならば異名がつくことはないだろうが、このフーケ、盗むものが決まって『正体不明のマジックアイテムらしきもの』なのだ。

「・・・といったことは存じておるな?」

「ええ、そのような者がどうしてこのような賎しい女だと?」

ロングビルはわざとらしく己を蔑むように言うと、オスマンは首を横に振る。

「お嬢さん、自分をそう卑下するものではない。

 まず、かのフーケは確かに証拠を残しておらぬが、犯人像を推察することはできる。プロファイリングという手法じゃ。」

「ぷろ・・・ふぁいりんぐ?」

トリステインには存在しないはずの言葉にロングビルは首をかしげる。

「まぁ、簡単に言えば犯罪者がどういった人物か割り出す手法じゃ。実際にフーケで導いてみようではないか。まずフーケがなぜ盗みを働いておるかじゃ。」

「犯罪に理由などありますの?」

ロングビルが一般論で答えると、オスマンはロングビルの予想に反し首肯した。

「それも一つの答えじゃ。まれにおるじゃろ?『それを盗んでどうしたかったのじゃ』と聞きたくなるような盗みを働く者がの。」

ロングビルはそれを聞いて、手グセの悪い先輩を思い浮かべた。その女はいつも店で働く者や客から盗みを働いているのだが、まれに金や財布を盗むことこそあるものの大抵はガラクタ、または買おうと思えば給金で買えるような安価なものばかり盗んでは怒られているのである。

「そういった者は『盗むこと』が目的の、一種の病じゃ。」

「なるほど、ではフーケもそうだと?」

ロングビルの問いにオスマンは首を横に振って否定する。

「いや、フーケは間違いなく一定の人間、そして物品を狙っておる、そこからして『窃盗病』ではない。」

フーケが盗んでいる『正体不明のマジックアイテムらしきもの』はいわゆる好事家でなければ収集しないものであるが、同時にそれらの物は一定しており、なおかつ貴族でなければ狙わない。金持ち商人が持っていても平民であれば狙わないのだ。

「まず、狙う人物は貴族ばかりというところから考えてみよう。なぜ、貴族ばかり狙うのじゃろうかね?」

「それは、平民を狙っても儲けが少ないからでは?」

「ならばどうして金を持つ平民を狙わない?貴族よりははるかに簡単であろうに。そして盗まれている物も問題じゃ。盗まれた品物は全て『由来のわからぬマジックアイテムらしきもの』で、好事家でもなければ見向きもしない物ばかりじゃ。そのように処分の難しい物ばかり盗んでおるのは『金目当て』ではない証左じゃろうな。」

少しずつオスマンはフーケがまとう『謎』というローブをはがしていく。

「フーケの目的の一つは窃盗によって被害者を辱しめるという『復讐』、貴族や王家に不当な扱いを受けた人物なのじゃろう。そして手口、誰も傷付けず目的の物だけ盗んでいくという手法じゃが、これは逆に考えてはどうじゃろう、『しない』のではなく、『できない』とな。」

「『しない』でなく『できない』?」

「いくら復讐とはいえ、他者を傷付けるのを嫌悪しておると考えれば説明がつく、おそらく若い女子じゃな。ここまでのプロファイリングをまとめると、フーケは不当に取り潰された貴族で、他者を傷付けることに対する禁忌の強さから元はかなり高い身分にいた、若い女と考えられる。この条件に当てはまる者は、実は一人しかおらぬ。」

この時、ロングビルの顔からは作り笑いすら消えていた。

「もう三年か四年になるかのぉ、アルビオンで起こった『王弟モード大公による弑逆未遂事件』。この事件の後、連座で取り潰されたサウスゴータ伯家、モード大公は家人に至るまでことごとく処刑され、サウスゴータ伯家も一人を残して処刑された。この時、行方をくらましたサウスゴータ令嬢、名をマチルダと言ったな、彼女こそ、フーケの正体だ。」

オスマンがそう言い切ると、ロングビルはベッドから立ちあがり、

「じゃあ何だい、百歩譲ってジイサンの言うとおりフーケがそのサウスゴータとやらの生き残りの姫様だったとして、何でアタイがその姫様やフーケってことになるんだよ!?」

と、激昂した。その様は名家の娘だなどとは到底思えない。

「フォッフォッ、マチルダ君、君の話し方にはアルビオン特有の訛りがある。」

「そりゃそうさ、アタイは生まれも育ちもアルビオンだからねぇ、サウスゴータの姫様やフーケ以外にそんなヤツ何人いるやら?」

「それで誤魔化したつもりかね?ワシにはわかる、普段から何人も貴族の子女を見ておるからの、どのような生まれ、育ちか見抜くなど造作もない。」

「そ、そんなこと言っても、け、結局のトコ、アンタの妄想じゃないかい!?証拠なんざどこにもないね!!」

「なら、君の人相書を手配してみようかの?おそらく今までの事件があった近くで何度も目撃され、はたまた家に入り込んでいたり、もしくは事件後行方をくらました、それもロングビルという名以外をいくつも名乗っていた・・・どう思われるかのぉ?」

この瞬間、ロングビルはスカートの後ろ腰にはさんで隠していた杖を抜こうとしたが、それは叶わなかった。

「(ッ!?無い!!!)」

「お探しの物はこれかね?」

オスマンは袖口からロングビルが抜こうとした杖を取り出した。部屋に入った時、彼女からスッていたのだ。その腕前は『Pickpocket.Rank4』といったところだろう。

「グッ!!」

ロングビルはすかさずベッドにダイブし、ベッド裏にある警報器を作動させようとした。この警報器は簡単に使用できるマジックアイテムで、客が無体を働こうとした時に気づかれぬよう作動させて『怖いお兄さん』を召喚するものだ。しかしこれまた機能せず、オスマンは好々爺といった風に笑う。

「いかんよ?切り札をあんなマジマジと見ていては。」

ロングビルが部屋に入ったとき、ベッドを一瞥していたのをオスマンは目ざとく見て、警報器に感づき、自らの使い魔であるネズミのモートソグニルにそれを破壊させたのだ。

「こ、このぉ!!」

まだ諦めないロングビルは扉を開けて飛び出そうとしたが、部屋の扉は固く閉ざされ開かない。入る時に掛けた鍵を外しても扉そのものが開かないのだ。コモン・マジックのロック、扉を閉ざす魔法であり、開くにはそれを解錠するコモン・マジック『アンロック』を使わねばならないがロングビルの杖はオスマンが持っている。

「どうした?もう終わりかね?」

ここは三階、杖がなく魔法を使えないロングビルが窓を破って外に出ようものならば複雑骨折は免れないし、窓にしてもすでに『固定化』の魔法をかけられて破ることもできないだろう。

「案ずるでないミス・マチルダ、別に君を衛兵に突き出そうとかそういうつもりはない。何、少し頼み事をな。」

オスマンがそう言うとロングビルは顔を真っ赤にする。何度も酒場に来ては指名され、正体まで見抜かれたのに衛兵に突き出すつもりはない、ならば脅迫するつもりなのだと考えたのだ。ロングビルの脳裏に様々なことがよぎる。これまで彼女は潜伏しながら新たな獲物を探すためどのような場所で働いていても体は許さなかった、かつて貴族であったプライドが許さなかったのである。しかし今、そのプライドを捨てねば彼女の目的を達することなく、本当にトリステインの衛兵に突き出されて最後は縛り首だ。

「グッ・・・うううぅぅぅっ・・・」

ロングビルは服を脱ぎ捨て、涙を流しながら下着姿になりオスマンの目の前に座り込むと彼に吐き捨てるように言う。

「煮るなり焼くなり好きにしなよ!!」

彼女も女だ、まだサウスゴータと名乗っていた頃も、名を失い、『義妹』と森に隠棲することになった頃も、ある一件からマチルダの名すら隠し『フーケ』となってからも、いくら可能性が0に近くても想うことはあった。いつか義妹を受け入れる者が現れ、彼女が自分の手を離れて幸せになったあとだとしても互いに愛し合い、過去と決別して幸せにしてくれる相手に出会うことを。それだというのに処断された両親よりも歳上の老人に愛人として飼われることになる。そうであっても今はオスマンの言うとおりにするしかない、たとえトラウマになるようなことを強要され、最悪子を産めない体にされたとしても、目的を達するためには仕方がないのだ。

 だが、そんな覚悟をしたロングビルを、オスマンは鼻の下を伸ばすでなく、むしろ呆れ顔で見下ろしていた。

「何を勘違いしておるのじゃ?」

そう言ってオスマンは自分が来ていたローブをロングビルに頭から被せた。

「え?」

混乱するロングビルにオスマンは続ける。

「愛人になれとでも言うと思うたか?馬鹿なことを、歳を考えよ。勃たんなって何年になったと思うとるんじゃ?」

あまりに予想外のことばかり起こるためロングビルは混乱しながらローブで身体を隠して服を着なおしたのであった。

 

 あらためてロングビルことマチルダは椅子に、オスマンはソファに座り、向かい合って話し合う。

「単刀直入に頼む、ミス・マチルダ、君のメイジとしての腕を借りたい。」

「聞いてもいいかい?何でアタイなんだ?アンタはあの魔法学院の学院長だろ、そんならいくらでも、それこそアタイなんかよりよっぽど腕の立つメイジなんかいくらでも知ってんだろうに?そもそも、何をさせようってんだい?」

マチルダは次々に質問する。

「まあ落ち着きたまえ、順を追って話すとしよう。まず頼みたい仕事なのじゃが、当学院では二年に進級する生徒が使い魔を召喚する儀式を執り行う慣わしがあり、それを半年後に控えておる。君にはその場に立ち会ってもらいたい。」

使い魔召喚の話を聞いたマチルダはピクッと眉を動かして身を乗り出した。

「その生徒の中に、奇妙な魔法を使う生徒はいないかい?エルフの先住魔法とも、系統魔法ともつかない・・・こう、記憶を消しちまう魔法みたいなのをさ。」

「そういったものもあるのか?まあそれはいい、似たようなところじゃがその子達はどんな魔法を唱えても爆発させてしまうのじゃ。火、水、土、風の複合魔法を使った時のようにな。」

「達ってことは二人以上かい?」

「ああ、二人じゃ。君もある程度は知っておるようじゃし、少し昔の話をしよう。わしがまだトリステイン魔法学院の教師になったばかりのころじゃった。」

オスマンはそう言って昔話を始めた。

 

 時を遡ること60年ほど前、オスマンが受け持っていた学年にルイズやジョゼットと同じような生徒がいた。どんな魔法を唱えてもジョゼットのような小さい爆発を起こすだけの男子生徒で、家柄も低く、自らの実力以外に頼るもののなかった彼は、ルイズとは違う方向であるが努力を惜しまず、座学のみは首席という生徒であった。彼は『いつか魔法が使えるようになったらトリステインの役に立ちたい』と、オスマンにいつも話していた。どれだけ蔑まれてもたゆまぬ努力を続けていた彼を待ち受けていたのは、使い魔召喚の儀式で起こった悪夢であった。幾度もサモン・サーヴァントを爆発させては笑い者になっていた彼がひときわ大きな爆発を起こした時、彼がいた場所には恐ろしい生物が座り込んでいた。

 ハルケギニアに存在する生物の中ではドラゴンに近かったが、その身体は火龍山脈のヌシと言っても差し支えないほどの巨躯、ウロコはハルケギニアでは作り出せないような高温の炎をくぐり抜けて来たかのような黒褐色、鋭い牙と爪、何よりも恐ろしいのは血に餓えたとしか形容のしようがない双眸であった。召喚主であったはずの生徒の姿はなく、束縛する者のいない黒いドラゴンに、先に召喚されていた者達の使い魔は皆、威嚇の鳴き声もあげられずに身体を縮こまらせ、尾を巻き怯えることしかできないでいた。

「う、うわあああぁぁぁ!!バ、バ、バケモノオオオォォォ!!!」

生徒の一人が悲鳴をあげ、恐怖が伝染していき、広場は恐慌状態に陥った。その時、召喚された使い魔には、火龍山脈に棲息する火龍や、風龍渓谷に棲息する風龍の成体もおり、火龍を召喚した生徒は果敢にも怯える火龍を叱咤し跨がると黒いドラゴンに向かっていった。

「この、この、このおおおぉぉぉ!!!」

彼は火のトライアングルメイジであり、彼が持ちうる最大火力に火龍のブレスも上乗せして黒いドラゴンに叩きつけたが黒いドラゴンはそれを尾の一凪ぎでかき消し、魔法学院を囲む城壁を蹴って高くジャンプすると生徒ごと火龍に噛みつこうとした。その瞬間、火龍は生徒を振り落とし生徒は間一髪牙を逃れたが哀れな火龍は黒いドラゴンの餌食となってしまった。

「ひ、ひいいぃぃぃ!!!」

風龍を召喚した生徒は風龍に乗ると一目散に逃げ出したのだが、それが黒いドラゴンの現れた瞬間であれば正解であった。しかし間を置いてしまってからでは、正解となる選択肢そのものがなくなってしまっていたのである。

『グオオオオォォォ!!!』

雄叫びと共に黒いドラゴンは捕食していた火龍を風龍に向かって投げ、速度の出る前であった風龍に直撃し、生徒は投げ出されたもののフライの魔法で受け身を取れたが風龍は墜落し首の骨を折って絶命した。これらは生徒達の恐慌状態にさらなる拍車をかけ、彼らは貴族の子女たる誇りすらかなぐり捨て、我先にと逃げ出してしまい、恐怖からフライの魔法すら使えず、ただ広場からの出入り口へ殺到してはそれを詰まらせてしまった。逃げ出さなかったのは新人たれど教師であったオスマン、正確には逃げ出せなかったのだが、行方不明となった生徒の友人であり、放心状態となった後の魔法学院教師ギトー、負傷して動けなかった先の火龍、風龍を召喚した二人だ。どちらにしてもオスマンは生徒達のため逃げるつもりなどなく、仮に自分の命と引き換えとなっても生徒達を守ろうと黒いドラゴンに立ち向かったのであった。

 

「当時、すでにわしは水のスクウェアじゃった。にも関わらず、あの黒いドラゴンはわしのあらゆる魔法をものともせんでの、わしそっくりに作った氷像を囮にして学院から追い払うのが関の山じゃった。見たまえ、ヤツにやられた傷痕じゃ。」

オスマンは自分の右肩をマチルダに見せる。そこにあった傷痕はドラゴンの爪痕に似ているが、明らかに大きい。オスマンが水のスクウェア・メイジで、すぐに自分の治療ができたという好条件がなければまず、致命傷になっていたであろうものだ。

「にわかには信じらんないけど、その黒いドラゴンってのがまた出るかもしんないからアタイにどうにかするの、手伝ってくれってこと?」

「それが一つ、もう一つは召喚した生徒がゲートに引き込まれぬよう止めてほしいというものだ。」

「ゲートに?引き込まれた!?」

これにマチルダは驚き身を乗り出す。

「・・・やはり、心当たりがあるんじゃな?」

オスマンがマチルダにこの依頼を持ってきた理由の一つは、マチルダは60年前の召喚事故に似たような事例を知っている可能性が高いというものである。それは盗んだ『マジックアイテムらしきもの』が全て、巷で『場違いの工芸品』と呼ばれる、どうやって作ったか、物によってはハルケギニアの魔法ですら作ることができない、それだけならばまだしも使い方もわからない物ばかりだからだ。たとえば火打石銃に似ているが、銃口が大きすぎる、または小さすぎて鉛玉を入れられない、無理に火薬と一緒に押し込んだとしても火打石の着火機構がない物、はたまた三本足のタコのような金属ゴーレムらしき物などエトセトラ。これらは一説によると『異世界からの漂着物では?』と噂されている。少なくともオスマンが60年前に遭遇した黒いドラゴンはハルケギニアに生息するものではない、マチルダも同じものを見たのだとすれば『場違いの工芸品』に手がかりを求めても不思議ではない。そしてこの推測は的中していたのだ。

「ああ、実はさ、アタイの妹がさっき話した『記憶を消す』魔法を使ってたんだ、いろいろ魔法を試させてもそれしかできなくてね、最後に使わせたのが、『サモン・サーヴァント』。結果はアンタの教え子と同じ、消えちまった。

 その代わりいたのが・・・まぁ、その黒いドラゴンじゃなくてよかったよ、肌が焼けただれたネズミみたいので、アタイに襲いかかってきたから咄嗟に殺っちまったんだ。」

「焼けただれたネズミか・・・このようなのか?」

オスマンは水魔法で氷の板を作るとその表面を刻み、ハルケギニアにいるはずのない生物、モールラットを描いた。

「ウソ・・・どうして!?」

「他にも、黒いドラゴン、デスクローと呼ばれておるそうじゃ、マイアラーク、蜂に似た習性を持つ化け蟹、スーパーミュータント、高い知能を持つオーク鬼・・・」

オスマンは氷板にデスクロー、マイアラーク、スーパーミュータントを描く。

「な、何なんだい、ジイさん!?アンタ、何を知ってるってんだ!?」

「それを包み隠さず話すということと、フーケの存在を忘れることが報酬じゃ。」

「クソッ、あと少しだってのに・・・じゃあ、何でアタイなんだい?」

マチルダはオスマンが自分に頼る理由を尋ねた。些細なことに思えるが重要である。必要もないのに頼むというのはとんでもない下心を隠し持っている可能性があるからだ。

「それはの、君が信仰を捨てておるからじゃ。」

「・・・何もかもお見通しってわけかい?」

「ああ、君の『義妹』、モード大公の落胤じゃろ?そしてその娘はエルフとのハーフ。ああ、安心したまえ、わしも60年前のあの日、信仰なぞ犬にエサとしてくれてやったからの。」

オスマンはマチルダに目をつけた際、モード大公の反乱に遡って調べていた。アルビオン王弟モード大公は特に野心家というわけではなく、アルビオン王に特筆するような政治的失点もなければ『殺らねば殺られる』というほど兄弟関係が悪化していたわけでもない。そして連座された、つまり反乱に協力しようとしたのが腹臣とはいえサウスゴータ伯家だけというのもおかしな話だ、計画があまりに杜撰すぎる。そこで『とある筋』に依頼して調査したところ、城に出入りしていたエルフの女の姿が浮上したのだ。これをもってオスマンは事件の真相に辿り着いたのである。

『大公は不倶戴天の敵であるエルフを愛妾としていた。露見すればアルビオンそのものが異端として糾弾されてしまうのを恐れ、モード大公にありもしない弑逆、反乱の罪を着せて処断した。サウスゴータはその母子を匿ったため連座された。』

というものだ。ブリミルを信仰する者達からすれば当然だろうが、愛した女を堂々と妻にすることができなかったモード大公やその母子を匿ったというだけで一族郎党皆殺しに遭ったマチルダからすればたまったものではない、信仰を捨てて当たり前だ。

「確証には至っておらぬが、わしが此度やろうとしておることは神の腹を裂く行為に等しいじゃろう。信仰を持つ者には頼めぬのじゃ。」

「なあ、報酬に関わらないなら教えてくれないかい?テファ・・・いや、あの娘やアンタの教え子達は何だってんだい?」

マチルダがそう尋ねるとオスマンは重々しく答えた。

「君の義妹、そしてわしの生徒達は・・・かのブリミルが使っておったという系統、虚無の使い手じゃ。」

万一、これを教会やロマリアの者に聞かれていればオスマンは間違いなく火炙りになることを口にした。そんな彼を見ていたマチルダはむしろ面白そうに笑ったのであった。

「フフッ、これはとんだ皮肉だねぇ、仮にも不倶戴天の敵だったはずのエルフの血を引いてるテファが虚無だなんて!」

「そうは言うがな、これまでも表沙汰になっておらぬだけで幾度も虚無は生まれておるようじゃぞ?」

「あぁ、わかるよ。ブリミルだって人間さ、同じ虚無が生まれても不思議はないって。

 よし、ジイさん、乗ったよその話!終わったら全部、話してもらうよ?」

「ああ、この命に代えてもな。」

「何言ってんだよ?話すだけで命がけか?」

「フォッフォッ、まぁ・・・の。」

マチルダはこの言葉の意味を半年後、召喚の儀式前の準備の時に知ることとなった。

 

 半年後、トリステイン魔法学院宝物庫前に一人の老人と二人の若い女が立っていた。老人はオスマン、女のうち一人はマチルダである。彼女はあの後、オスマンに身受けされる形で酒場を辞め、今は魔法学院の臨時講師兼学院長秘書として働く身だ。貴族子弟の多い魔法学院で素性がバレてはいけないので名は『ロングビル』と名乗り続けている。

「・・・『開門』。」

鍵を開け、小さな声でオスマンが魔法を唱えると、何重にも固定化をかけられた宝物庫の扉が開き、中に陳列された物が開門と共に自動で点灯するマジックアイテムのランプに照らされると、マチルダはそれを見て驚く。

「・・・すごい、どうしてこんなにたくさんの『場違いな工芸品』が?」

「いつ、あのデスクローが現れても大丈夫なように集めておったのじゃ。シエスタ君、これだけあれば大丈夫かね?」

シエスタと呼ばれたのはもう一人の方の若い女であった。年の頃は魔法学院生徒と同年代である彼女はエプロンドレスを着た、学院で働くメイドの一人である。

「・・・学院長、ハッパ、よろしいでしょうか?」

「ハッパ?」

マチルダは聞き慣れぬ言葉にシエスタを怪訝な目で見る。

「おぉ、そうじゃったの、シエスタ君はアレが無いといかんかったな、構わぬよ。」

オスマンがそう言って許可を出すとシエスタは嬉しそうにポケットからタバコを吸うパイプのマウスピースを取り出した。

「ちょっとこんな狭いところで・・・」

マチルダは副流煙を吸うのを嫌い、シエスタから離れるとシエスタはマウスピースをくわえてその先に白い紙の筒を取り付けた。ハルケギニアの貴族では一般的でない、いわゆる『紙巻きタバコ』で、これはシエスタの故郷であるタルブ自治領で作られた品だ。貴族が吸うタバコは、オスマンが愛用する水タバコ、パイプを使うタバコ、そして葉巻が一般的で、それらは平民が簡単に手を出せる代物ではないが、タルブの紙巻きタバコは安価で、火をつけるためのマッチ、ライターという道具も同時に売っており、平民はこぞってこれを買いたがるのだ。シエスタは四角い金属のライター、いわゆる『ジッポ』で火をつけようとするが、オイル切れなのか火がつかない。このライターも最初の頃は『平民が火の魔法を使った』と驚かれていたもので、オスマンは若い頃実際にそう言ってしまったことがある。

「ああ、これを使いたまえ。」

オスマンはシエスタにコモンマジックで起こした小さな火を貸し、シエスタは

「お心遣い、痛み入ります。」

と感謝しその火を借りてタバコに火をつけた。

「すううぅぅ・・・ぷはー。」

タバコを吸ったシエスタは少しすると端から見ているマチルダにもわかるほど雰囲気が変化していく。

「カアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!ハッパはいいねぇ、ハイんなるわあああぁぁぁ!!!」

この変化を見たマチルダはオスマンにそれとなく寄り添い、シエスタの豹変について尋ねる。

「学院長、彼女が吸っていたの、まさか・・・」

「その『まさか』で間違いはない。」

先ほどの瀟洒な様子など州まで吹き飛んでしまったようなシエスタはオスマンを火のついたタバコで指す。

「なぁ、ジジィよぉ、こんなカビくせぇとこでウチらとファ○クしようってわけじゃねぇよな?」

「フォッフォッ、そんなことしたらわしはまだしも、学院の大事な秘書が変な病気もらって鼻モゲになってしまうじゃろ?」

「ケッ、言いやがるぜ、このクソジジィ!」

手慣れた様子で言い返すオスマンにマチルダは呆れながら尋ねる。

「どうしてこんなヤク中雇ったんですか?」

「好きで置いとるわけではなくての。」

このシエスタはマチルダがオスマンに連れられて学院に来た頃にはすでに一年以上働いていた。ルイズやジョゼットの入学前から働いているのだから召喚の儀式対策で連れてきたわけではない。

「おっとジジィ、命は惜しいだろ?その話するのはナシだぜ?」

「残念ながら、惜しくはないのぉ。」

思考が追い付かないマチルダに関わることなく言い合う二人であったが、オスマンの一言にシエスタはオスマンの胸ぐらをつかんで睨み付ける。

「どういうこった、コラ?」

「召喚の儀式、もし上手くいけばわしは彼女に『タルブの秘密』に関わる話をしようと思っておる。」

「ほぉ、死にてぇって聞こえたけど気のせいだよな?」

「ちょっと、アンタやめなよ?相手はジイさんでしょうが!?」

不穏な空気にマチルダが仲裁に入るがオスマンは言葉を止めない。

「殺してくれても一向に構わん、その代わり秘密の守り手を彼女にしたい。彼女はその一部に感付いておっての、老い先短いジジィより彼女を守り手にするのがよかろう?」

と、好々爺然として言ったオスマンに、シエスタは失笑する。

「プッ、ジジィのそーいうマッドなとこ、本当に好きだわ!わかった、ちっとナシつけてみるわ。・・・あぁ、もしもし?ウチ、シエスタだけど・・・」

シエスタは左腕に着けた腕輪のような物に話しかけ、それを怪訝な目で見るマチルダにオスマンが簡単に説明する。

「伝書フクロウのようなものじゃよ、届けるのは互いの声というな。」

 

『・・・話はわかった、タルブにとっても重要になるやもしれん、ただし全てを明かすには一度その守り手候補を連れて来て秘密を守れる人間かテストしてからだ。オスマン氏の処遇はその後、決定する。』

「あんがと、サキョー。ウチもこのジジィ気に入ってっからさ、処分するのは気が引けるんだよ。」

話がついたシエスタは腕輪・・・Pip-Boyの通信を切り、オスマンとマチルダに向き合う。

「話は保留だってよ、まぁテストなんざ簡単なもんさ、ネーチャン。」

「あぁ、シエスタだっけな?ずいぶん雰囲気が変わるもんだね?」

マチルダは少々気後れしながらシエスタと話す。

「普段のアレ、肩がこってワリィわ!ネーチャンもどうだい?イッちまったみてぇにトべるタルブ産のハッパ、そこのジジィの夜の相手も大変だろ?」

「遠慮するよ、それにアタイは別に学院長の愛人なんかじゃないからね。」

「ほぉ、こんな美人に手ぇ出さねぇとか、インポってウワサはホントみてぇだな?」

マチルダも泥棒稼業の副業で働いていた店でいろんな女を見たが、ここまで下品な者には会ったことがない。

「・・・ハハァ、ネーチャン、その歳で男、知らねぇってか?」

マチルダを覗きこむシエスタがそう言うとマチルダは顔を真っ赤にしてシエスタを突き放す。

「ちょっといい加減にしなよ!」

「カワイイねぇ、今晩、ウチとどうだい?」

マチルダのあごを捕まえ、唇を奪う真似をするシエスタに辟易したマチルダは涙声でオスマンに助けを求めた。

「が、学院長!!」

「シエスタ君、その辺にしたまえ。宝物庫の『場違いの工芸品』、使えるものはどれだけある?」

オスマンは『ハッパ』で本能むき出しのシエスタに呆れながら仕事を促す。

「ホイホイ、本業は忘れちゃいませんぜ。ほぉ、コイツはいい!ミニガンにショットガン、おぉ!ヌカランチャー!!30年前にサキョーが使ったのってコレか!?弾は・・・」

「シエスタ君、その『ぬからんちゃー』とやらはやめてくれんかの?学院がどうなるかわかったものでないし、何より未来ある若者がここにはたくさんおる、何かあっては取り返しがつかん。」

「・・・チッ、わぁったよ、久しぶりに撃ってみたかったのに・・・」

シエスタは不満をこぼしながらヌカランチャーを元あった場所に戻した。

「学院長、場違いの工芸品ってやっぱり武器だったのかい?」

「予想はしておったかの、大部分はそのとおりじゃ。しかしこれらを使えるのはタルブの者だけじゃ。」

「ジジィ、聞こえてるからな、その辺にしとけよ。」

シエスタは場違いの工芸品を調べながらもオスマンとマチルダの話に聞き耳を立てていた。

「わかっておるわ、そちらも約を忘れるでないぞ!」

 

 そんな準備を終えて一週間、召喚の儀式の日を迎えた。マチルダは学年主任のコルベール先生補佐という名目で儀式に立ち会い、オスマンとシエスタはいつでも出られるよう、広場のすぐ外で待機する。

「あぁ、ベルダンディ、なんと可愛らしいのやら!」

巨大なモグラ、ジャイアントモールを召喚した男子生徒が中々下がらず、コルベール先生に引きずられるようにして下がらせられる。コルベール先生は細い身体、本人が言うには剃髪しているという髪の無い頭といった見た目とは裏腹に中々力持ちで、合計すれば100キロにはなろう男子生徒とジャイアントモールを一人で担ぎ上げて下がらせた。

「せんせ~、残りはゼロのルイズと能無しジョゼットでしょ~?」

「もう終わりじゃないですか~?」

小太りの男子生徒とかつてジョゼットの姉シャルロットといざこざを起こした男子生徒がからかいの声をあげると、コルベール先生は普段と違う雰囲気で二人を睨む。

「あと二人、まだ終わっておりません、静かに待ちなさい。」

そんなコルベール先生にしり込みした男子生徒は、いつの間にか背後に立っていた二人の女子生徒に気付かずぶつかる。

「ヴァリエールはまだしも、可愛いジョゼットが何ですって?」

「ひっ!?」

一人はツェルプストー、火のトライアングル・メイジにして、二つ名は『微熱』されどその高温は何であろうと焼き尽くすと言われる、ルイズとは犬猿の仲である女子だ。しかし本当にどうでもいいのであればいちいち名前を出しはしないだろう。好きの反対は嫌いではなく無関心と言うが、彼女は何かとルイズを気にかけている。

「妹達に言いたいことがあるなら聞くよ?」

もう一人はジョゼットの姉にして北方の雄、魔法工学の先進国たるガリア王国王女シャルロット。『雪風』の二つ名を持つ彼女はツェルプストーと対等にして対極の魔法を操る。本来ならば仲がよくなるはずもない二人だが、何があったのかは別の機会に話すこととしよう。

「いや、別に何でも、ハハハ・・・」

乾いた笑いを残して男子生徒二人は逃げていく。

「キュルケ・・・ルイズ、大丈夫かな?」

シャルロットが少し不安そうにツェルプストー・・・キュルケのマントの裾を引っ張り尋ねる。

「大丈夫よ!あれだけやってるヴァリエールが召喚出来ずに留年とかなったらロマリアだろうと殴り込み行くわよ。」

冗談めかして答えるキュルケの顔には不安の欠片も無い。ルイズとジョゼットが必ず成功すると確信しているのだ。

「ミス・ヴァリエール!」

「ハイ!」

ルイズが広場の中央に立ち、アレンジが加わった呪文を唱えると大爆発が起こる。しかしその爆発の瞬間、前知識のあるマチルダは爆風に逆らいルイズの手をつかんだ。

「悪いけど、行かせないよ!これが何なのかわかれば、テファを迎えに行けるかもしれないんだからね!!」

ルイズの手をつかんだマチルダはルイズが作り出した巨大な召喚ゲートに驚くと共に、ルイズがゲートに自然落下しそうになっているのではなく、ゲートに強い力で引き寄せられていると理解する。

「こちとら・・・負け、らんないんだよ!!」

コルベール先生は爆風にはね飛ばされていたため助力は期待できず、マチルダ一人の力でルイズをつかまえていた。

「(ッ!?なっ!?)」

しかし力比べはある物に気を取られたことでマチルダの敗北に終わった。召喚ゲートから黒い大きなドラゴンが出てきて、それに気取られたことでマチルダはルイズと共に召喚ゲートに引き込まれてしまったのだ。

「うわあああぁぁぁ・・・!!!」

マチルダの悲鳴が少しずつ小さくなりゲートが閉じたことでハルケギニアでは聞こえなくなった。

「シエスタ君、どうだ!?」

広場を覗いていたオスマンは奇妙な眼鏡を着けたシエスタにそう尋ねる。彼女は例のタバコを吸うと本能が抑えられないため、召喚が終わるまでは吸わないようにしていたのだ。

「・・・残念ながら、ミス・マチルダごと引き込まれた模様です。」

「ダメか・・・して、召喚されたのは?」

「V.A.T.S起動・・・そんな、こんなことって・・・」

シエスタはV.A.T.Sによる索敵を行い、召喚したものが何かを知ると手に持っていたライターと口にくわえていた『ハッパ』を驚きのあまり取り落としながら、眼鏡・・・サーモグラフィを外した。

 

 一方、広場には嘲笑が溢れコルベール先生は服に着いた土ぼこりを払い落としながら立ち上がると姿の見えないルイズとマチルダに呼び掛ける。

「ミス・ヴァリエール、ミス・ロングビル!ご無事ですか!?」

返事はなく、土煙の向こうに黒い大きな影がコルベール先生の目に映る。

 それとは別に、嘲笑の中で怒りを燃やすキュルケは自分が召喚したサラマンダーの様子がおかしいのに気付く。

「こいつらは・・・あら?どうしたのかしら?」

『キュル・・・キュルキュル・・・』

尾を丸め、不安そうに鳴くサラマンダー、そして隣にいたシャルロットはいつの間にかいなくなっており、周囲を見回すとジョゼットの手を引いて戻ってきていた。

「乗って、キュルケ、サラマンダー(その子)も一緒に!!」

血相を変えるとはまさに今のシャルロットのことだ。彼女は説明もせず、自分の召喚した風龍の仔の背中に乗るよう促す。双子の『勘』からかジョゼットはシャルロットの言うとおり彼女の背中に抱きつくように乗り、キュルケも戸惑いながらサラマンダーを風龍の背に乗せ、それを確認するとシャルロットは風龍を空に飛び立たせた。

「ねえ、説明くらいしてよ!」

キュルケがそう叫ぶが、シャルロットはそのような余裕もなく、ひたすら高く風龍を飛ばす。

「・・・ね、ねえ、お姉ちゃん、キュルケちゃん、何、あれ?」

恐る恐るといった風に、ジョゼットは召喚の儀式を執り行っていた広場を指差す。それをキュルケも目で追い、ジョゼットが何を差しているか、そしてサラマンダーがなぜ怯えていたのか理解した。シャルロットも風龍の様子でルイズが召喚したであろう『バケモノ』に気がつき、キュルケとジョゼットを連れて逃げたのだ。

 

 土煙が風で飛ばされ、ルイズがいた場所にたたずむ『バケモノ』が衆目にさらされる。『メイジを見るにはまず使い魔を見よ』という格言があるが、それに従うならばルイズがその場にいたならば将来の大魔法使いと呼ばれたかもしれない。しかしその場にいないのであれば、猛獣を首輪も着けずに放したに等しい。

 

「う、うわあああぁぁぁ!!!???な、何だあのドラゴン!!!???」

「ルイズのヤツどこだ!?」

「ミス・ロングビルもいないぞ!?」

広場が恐慌状態に陥るも、『バケモノ』は60年前のデスクローと違い、悠然とその様を見下ろしていた。自らに自信を持つ『彼』は、獲物がどれだけ恐れ、逃げ惑おうと動揺したりしないのである。

 

 ルイズと入れ替わりにハルケギニアに解き放たれたのは『サヴェージ・デスクロー』。かの悪名高きデスクローの上位種であったのだ。

 

 




シエスタがまさかのヤク中、原作での酒癖悪さをポストアポカリプス風味にしたらこんなカオスなことに・・・そしてオールド=オスマン、あんた何者だよ?

さて、ここで用語解説というより原作との変更点ですね。

オールド=オスマン(80代)
トリステイン魔法学院の学院長、原作ではただのセクハラジジイでしたが、本作では新任教師だったころ、行方不明になった生徒のことがきっかけで虚無を追う男になっております。その結果、『誰だお前!?』状態です。一応、年齢は20代の頃召喚事故に遭遇、それから60年経過で80代としております。正直どれだけ調べても系統そのものがわからなかったので、話の都合も込みで水のスクウェア・メイジとしました。

タルブ自治領
シエスタの故郷。原作ではただの農村でしたが本作ではメイジによる貴族統治世界において平民による自治がなされております。表向きはタバコや酒などの農業加工品を主要生産物としている地方ですが、きな臭い話が絶えない場所でもあります。


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第十四話 使い魔召喚の儀式~その時ハルケギニアでは~ 中編

ハルケギニア編、もう少し続きます。そしてデスクローについては大部分想像が入っておりますのでご注意を。


 州の荒野を我が物顔で練り歩く彼は、いつもの縄張りの見回り中に奇妙な物を発見した。光る大きな球体、彼は警戒しながらそれに近づき吠えかけるが彼の遠吠えが台地にこだまするだけで球体に変化はない。

『小さい二本足がまた玩具でも作ったか?』

彼はそう呟くかのように首をかしげ、破壊しようと体当たりしたが、手応えなく光の中に放り出され、それを抜けると嗅いだことのない臭いに戸惑った。そして土煙が晴れると周囲に彼が見たことのない光景が広がっているのである。足元に広がる緑の絨毯、四角く切り出した石を積み上げた壁で囲まれ、たくさんの『小さい二本足』が自分を見上げている。しかしその『小さい二本足』は彼が見たことのない姿をしていた。彼が見る『小さい二本足』は動物の革や金属の鎧をまとい、火を吹く筒やこん棒を持っているが、足元のは布で体を包み、大小の差があるが少なくともこん棒でない木の棒を持ち、心なしか普段見る者達より小さい。

「う、うわあああぁぁぁ!!!???な、何だあのドラゴン!!!???」

小さい二本足の一匹が吠える。その声は彼が聞きなれた自分を怖れる鳴き声そっくりだ。彼は『サヴェージ・デスクロー』と呼ばれる、州の食物連鎖の頂点に君臨するデスクローの中でも力の強い種類である。人間も彼とであれば戦うことを避けるため、州でも彼の向かうところに敵は無かった。彼が唯一戦いを避けるのは水辺に群れる『甲羅背負い共』くらいなものだ。

 広場の出入口の影に隠れていたシエスタが口にした『サヴェージ』という意味をオスマン学院長は尋ねる。

「サヴェージ?なんじゃそれは?」

「デスクローの上位種です。あんなの相手するなんて想定しておりませんよ!!仕方ありません、少し時間稼ぎをお願いできますか?」

「時間稼ぎ?あ、待ちたまえ!!」

シエスタが走り出すのとデスクローをオスマン学院長は交互に見ると、覚悟を決め魔法を唱え始めた。

 

「え、エア・ハンマー!」

「ファイア・ボール!!」

一部の生徒達が恐慌状態でもデスクローに魔法を放つ。しかしデスクローはエア・ハンマーを風が吹いた程度にしか感じておらず、ファイア・ボールもせいぜい野火くらいにしか感じていない。攻撃とすら受け取られていないのだ。

「皆さん!刺激しないように!!目を合わせたままゆっくりと下がってください!!」

コルベール先生が生徒達に指示し、生徒達は指示どおりにする。ゆっくり、じわじわと下がる生徒達の中、長い金髪を立派な巻き毛にした女生徒がつまずいて転ぶ。

「あ!!」

「モ、モンモランシー!」

モンモランシーと呼ばれた女生徒をデスクローは視界に捉えた。この『奇妙な世界』で初めての彼の食事だ。彼が小さな二本足の群れを襲う時はまず一匹を血祭りに上げ、恐慌状態に拍車をかけ、団結しての抵抗力を削ぐ。そのいけにえがモンモランシーだ。しかし彼は知らない、人間とは力無き者でも捨て身となった時は本来以上の力を発揮する時があることを。

『グオオオオォォォォ!!!!オォ?』

モンモランシーに飛びかかろうとしたデスクローの足が『地面に』つかまれる。アースハンド、ドットスペルだが足止めにはもってこいである。

「モ、モンモランシー、に、逃げるんだ!!」

プルプルと足を震わせながらモンモランシーとデスクローの間に立つ少年。先ほど大きなモグラを召喚した生徒だ。

「ギーシュ、あんた・・・」

「頼むよ、早く・・・『ワルキューレ!!』」

ギーシュは彼が最も得意とする魔法、『ゴーレム錬成』で青銅の戦女神像、『ワルキューレ』を彼の限界一杯である7体錬成した。各々が剣、槍、クロスボウ、戦斧等々で武装している。彼の力ではデスクローどころかハルケギニアの仔龍と戦うのすら無謀だ。しかし幼馴染で家同士の交流もある、そして淡い恋慕も抱いている彼女を守るため、彼は気付くとデスクローの前に立ちふさがっていた。しかしギーシュの渾身の抵抗もデスクローの好奇心を刺激する程度にしかなっていない。人間に直して考えれば、デスクローにとってギーシュの魔法など繋がれたチワワがキャンキャン吠えている程度にしか考えられないのである。デスクローは土の手を軽々と引きちぎり、ワルキューレを物珍しそうに眺める。これに気を取られている間にギーシュはワルキューレを囮にしてモンモランシーを連れ逃げるべきであった。しかしここでギーシュはミスを犯した、ワルキューレをデスクローにけしかけたのだ。

「行け!ワルキューレ!!」

一斉に襲いかかる7体のワルキューレにデスクローは一瞬驚いてのけぞったがそれだけだ。デスクローにしてみればワルキューレごとき、ただの動く青銅の塊だ。彼は『全身鎧の小さな二本足』と戦い、食い殺したこともある。その全身鎧はハルケギニアでは製造できない金属、樹脂で作られた物で、それに比べればワルキューレなど紙細工同然である。軽々と全てのワルキューレを引き裂き、叩き潰し、食いちぎり、一体を噛み砕いて咀嚼した。デスクローはイタチザメのように口に入るものは全て食べる習性がある。『州一番のスカベンジャー』の通り名は伊達ではない。それを見てかつてモンモランシーと出かけたラグドリアン湖よりも青くなっているギーシュ、そしてその後ろにいるモンモランシーを視界に捉えるデスクロー。他の生徒達はすでに広場から逃げ出しており、残ったのはギーシュ、モンモランシー、コルベール先生だけだ。

「いかん、二人とも逃げるんだ!!」

コルベール先生がデスクローの足止めのために手数を確保できるドットスペル、ラインスペルの火の魔法をデスクローにぶつけ、興味を自分の方へ向かせるが、モンモランシーは放心しており、ギーシュは彼女を抱き上げて逃げようとするが、細身の彼ではそれも難しい。そんな中、トライアングルスペルの火の魔法がデスクローを襲った。これはコルベール先生のものではない。

「キュルケ!?」

炸裂した魔法で我に帰ったモンモランシーが、魔法を放った者の名を叫ぶ。

「二人とも、とっとと行きなさい!」

キュルケに言われてモンモランシー、ギーシュは走り出した。デスクローはすでにキュルケ、そしてコルベール先生を標的にしており、二人には目もくれない。

「アンタ、ルイズの使い魔でいいのよねぇ?こんな不細工ドラゴン召喚しちゃうなんてさすがゼロのルイズだわ。」

ルイズとは喧嘩ばかりしている彼女だが、それはルイズを認めている部分が多々あるからだ。だからこそ、彼女の心に灯る炎は燃え上がる。

「ねえ、ルイズをどこやったのよ?まさかアンタが食べたなんて言わないわよねぇ?」

当然だがデスクローが答えるはずがない、しかしコルベール先生の手数を重視した魔法よりもキュルケのトライアングルスペルをデスクローは攻撃とみなし、キュルケを優先すべき敵と判断した。もっとも、『多少鱗が焦げた』程度であったが。

「ルイズを・・・返しなさいよおおおぉぉぉ!!!」

彼女の二つ名は『微熱』、されどその激情は大火のごとしが彼女の座右之銘だ。普段は恋の炎だが、今の彼女が燃やすのは怒りだ。召喚された使い魔が召喚主を食べたなど、ルイズであること以前にハルケギニアのメイジにとって許されることではない。対するデスクローは小さな二本足が仲間を食われると怒りに任せて向かってくる個体がいることを理解できない。今回はまだ一匹も食っていないため完全に言いがかりだが、さておきデスクローにとって弱肉強食が掟、食われた者より自分の命を優先するのが当たり前、仲間が食われているうちに逃げる双頭の跳ね回る六本足の方が自然なのだ。

「この、この、このおおおぉぉぉ!!!」

キュルケの魔法はたしかにデスクローにダメージを与えているが、そんなものデスクローにとっては蚊に刺された程度。いつも州で戦う獲物達に比べれば攻撃というのもおこがましいが、鬱陶しいのに変わりはない。デスクローは最初の獲物をキュルケに定めたのだ。キュルケは最初、ルイズの仇を討とうと勇んでデスクローに立ち向かったが、自分の魔法が通用していないことに焦り、次の獲物が自分になったと感じた時、恐怖で足が折れそうになった。彼女の太股を水が伝うのも彼女は感じていない。心も身体も折れそうになっているのを支えているのは怒りだ。そんな彼女にデスクローが飛びかかった瞬間、彼女を青い影がさらっていく。風龍にまたがったシャルロットがキュルケを間一髪で救ったのだ。

「シャル!?離してよ!!あのドラゴンがルイズを・・・」

バシャッとキュルケは頭から水をかけられる。シャルロットの水魔法だ。

「少し頭冷やして!キュルケまで食べられちゃったらどうするのよ!?」

「うぅ・・・シャル、ありがと。おかげでちょっとは頭冷えたわ。」

「それはよかった。漏らしたのは黙っとくから。」

「&<¥@!?う!!シャル、避けて!!」

キュルケが声にならない声を上げ、そしてシャルロットに金切り声で指示する。

「え?キャアッ!?」

『キュイイイイィィィ!?』

デスクローが地面を蹴って土玉を飛ばし、シャルロットが召喚した風龍の子供を撃ち落としたのだ。デスクローはこのように道具を使う知性を有している、これもまた恐ろしいところだ。風龍は広場に不時着して気を失う。このまま逃げれば風龍はデスクローに食べられてしまうだろう。

「キュルケ、逃げて!」

「ダメよ、この子が食べられちゃうでしょう!?」

シャルロットはキュルケだけでも逃がそうとするが、キュルケは助けてくれたシャルロットのために残るつもりなのだ。

「アイシクルウインド!!」

「フレイムボール!!」

シャルロットとキュルケ、二人がかりのトライアングルスペルでやっと向かってくるデスクローがたたらを踏む。しかしそれが精一杯、ジリ貧なのは二人がよくわかっていた。フレイムボールですら鱗が焦げるだけ、アイシクルウインドの氷の矢も刺さりこそするが効いている気配がない。そんな二人を助けようとするかのように、デスクローの後頭部で小さな爆発が起こった。

「キュ、キュルケちゃんとお姉ちゃんに手を出さないで!!」

城壁の上からジョゼットが失敗魔法を放ったのだ。一見ろくなダメージも無さそうであったが、至近距離で爆発が起こったのだ、デスクローに最も不快感を与えたのはジョゼットの魔法であったのだ。

『グオオオオォォォォ!!!!』

デスクローがジョゼットに向かって吠えると、ジョゼットは壁の影に隠れる。その瞬間、デスクローの両足、そして尾が凍りつき、彼は完全にその場へ固定されてしまう。

「キミ達、ケガはないかね!?」

そう言ってキュルケとシャルロットに駆け寄って来たのはオスマン学院長であった。普段の好々爺のようななりは無く、彼の双眸はデスクローを睨み付けている。オスマン学院長はシエスタが逃げ出したため、自分の魔法、そしてコルベール先生の魔法でデスクローを殺処分しようとその場で画策したのだ。まず、自分の水魔法はまったく効果がなかった、ならばそれは足止めに使おうと、自分の持てる魔法全てを使いデスクローの足を凍りつかせてその場に釘付けにした。そしてコルベール先生の魔法がデスクローを襲う。

「『炎蛇』の名、今一度戻りましょう!!」

コルベール先生が放った炎がデスクローの顔の回りに蛇のように絡みつく。彼は炎のスクウェア、それだけの火力であれば大抵の生物は骨も残さず焼き尽くしてしまうが、それをもってしてもやはりデスクローの鱗を焦がすことしかできない。しかしキュルケの魔法と違い、デスクローはそれを嫌がっている。コルベール先生が焼いているのはデスクローでなく、デスクローの周囲の空気なのだ。どんな生物であっても、息ができなければ死ぬ、焼けた空気を無理に吸えば気管が焼けただれて死ぬ。コルベール先生はデスクローを窒息ないし気管を焼いて殺そうと考えたのである。

「ミス・ツェルプストー、ミス・オルレアン、ご無事ですか?」

これまでルイズの仇を討つことしか考えていなかった二人は、今になって死の恐怖が甦り、コルベール先生に泣きながら抱きついた。

「ミスタ!!怖かったですぅ!!」

「ミスタ・コルベール!!ありがとう、ありがとうございます!!」

「あぁ、よしよし、二人とも、頑張ったね?」

困り顔でコルベール先生はオスマン学院長を見やると、オスマン学院長はシャルロットの風龍を水魔法で気付けしていた。

「やれやれ、主役は取られたのぉ、ミスタ・コルベール。今日、皆を守ったのはキミじゃよ。」

と、コルベール先生をねぎらっていると、風龍が目を覚ます。

『!?きゅい、きゅいきゅい!!』

風龍が鳴く声が何を指しているか、皆、気付かない。

『後ろ!!後ろね!!』

風龍が人の言葉を叫んだ。風龍はすでに絶滅したとされていた『風韻龍』という、高い知性を持ち、人の言葉を話し、エルフのように先住魔法を使うこともできる種類だったのである。しかしそれに驚くより、皆は風韻龍が指した方を見た。

『グオオオオォォォォ!!!!』

デスクローは生きていたのだ。炎が絶え、すでに絶命したとばかりに思っていたのに。これはハルケギニアに棲息する生物の関係もある。ドラゴンをはじめ、いわゆる『ハチュウ類』に属する生物は、ハルケギニアでは水に潜ることができる種類が確認されていない。しかし州が存在する、『地球』と呼ばれた場所には絶滅したりFEVや放射能で変異してしまったりしたが『ワニ』、『ウミイグアナ』といった、『水に潜ることができる』種類がいたのだ。これらは『息を止める』ことができ、デスクローにもその遺伝子が組み込まれていた。特にワニは鼻を塞ぐこともできる、そのため、デスクローは炎が絶えるまで息を止めることができたのだ。デスクローは下半身を束縛していた氷を砕き、コルベール先生、オスマン学院長、キュルケ、シャルロット、一番食いでのありそうな風韻龍を獲物として見下ろしている。まるで、

『ゲームオーバーだ、二本足共と青トカゲ。』

とでも言おうとしているかのように。そんなデスクローに無数の弾丸が襲いかかった。再度言うが、ハルケギニアにおいては火打石銃が最新型である。そしてこれだけの弾数を一度に放つにはハルケギニア中の銃士隊を連れてきても足りないだろう。それを放っているのは全身鎧を着た、一人の平民である。それも、背中から火を吹いて空を飛んでいる。

「ヒャッハァアアァァァ!!!来いやぁ、このトカゲ野郎!!」

全身鎧の平民はウェイストランドの合言葉を叫びながらデスクローに体当たりして吹き飛ばし、さらに銃弾の雨を浴びせる。全身鎧から聞こえてきたのはシエスタの声であった。彼女は逃げたのではない、タルブと通信し、この全身鎧、そして二つの『武器』を届けるよう頼みに行ったのだ。

「あれは・・・『龍殺しの鎧』!?」

コルベール先生の手がガタガタと震えている。彼は龍殺しの鎧を知っているのだ。かつて『炎蛇』と名乗っていた彼が一線を退くきっかけを作ったのが、平民の着るこの鎧だったのである。なお、『龍殺しの鎧』と呼ばれた理由は60年前、メイジですら敵わなかった黒いドラゴンを殺した平民の傭兵が使っていたという裏社会のウワサが元だ。

「い、今の声、まさかシエスタ!?」

「けど、雰囲気が・・・」

キュルケとシャルロットは、同年代で身分差こそあれど仲の良いシエスタのあまりの豹変ぶりに驚いている。

「み、みんなぁ!ケホッケホッ、大丈夫!?」

遅れながらジョゼットが広場に走ってきた。

「ジョゼット!?どうして来たのよぉ!?」

「だって・・・キュルケちゃんにお姉ちゃん、ルイズちゃんのドラゴンと戦ってたから・・・」

そう話していた三人の女生徒にコルベール先生は、

「三人とも、すぐこの広場から出なさい、後のことは先生達に任せて、ね?」

キュルケとシャルロットは納得していなかったが、ジョゼットが首肯し、二人を説得する。

「二人でもどうにもならなかったんだよ?できることなんてないよ!」

「・・・わかったわ、シャル、レビテーションを。」

「うん!」

『イルククゥは平気ね!』

キュルケはシャルロットと共に風韻龍を運ぼうと、レビテーションの魔法を使おうとしたが、風韻龍は首を横に振る。

『・・・【人化】!』

そう言ってイルククゥは長い青髪に、キュルケと遜色ないプロポーションの女の姿に化けた。一糸まとわずに。

「ちょっと!裸じゃないの!!」

「赤毛のチビちゃん、ドラゴンが服なんか着るわけないじゃん?」

「人間は違うのよ!」

キュルケはそう言いながら自分のマントをイルククゥに着せ、シャルロットと共にイルククゥへ肩を貸す。これならばレビテーションでドラゴンを運びながらフライで逃げるよりよっぽど早い。そして二人と一匹の避難誘導するジョゼット。

 三人と一匹が逃げる一方、シエスタはデスクロー相手に『龍殺しの鎧』ことパワーアーマー『T-45』に身を包み、両手で銃身をいくつも束ねた大砲のような『ミニガン』を構えている。これが放つのはドングリ形の5㎜弾で、その材質は劣化ウランという鋼鉄よりはるかに硬い弾丸だ。それは火のスクウェアスペルですら焦がすのがやっとであったデスクローの鱗を易々と貫いていく。

「チッ、弾丸切れ!ジジイ!デスクローの足を凍らせろ!!」

シエスタはそう言うと同時に、燃料がなくなったジェットパックをパージする。

「お、おぅ、わかった。」

オスマン学院長は言われたとおり、片足を氷漬けにすると、シエスタは次の命令を下す。

「よし、ハゲ!凍らせた足を焼け!!」

「ハ、ハゲって私ですか?」

「テメェ以外に誰がいるんだ!?」

コルベール先生は不承不承ながらデスクローの足にファイアボールを放つ。すると急激な温度変化に耐えられなかった氷が爆発し、これを受けたデスクローは片膝をついた。

「効いてんなぁ、それ、冷却手榴弾、おかわりさ、とっとけ!!」

シエスタは冷却手榴弾を投げつけデスクローの左肩が凍ると、今度はミニガンを捨て火炎放射機に持ち変える。

「汚物は消毒だあああぁぁぁ!!!」

と、最終戦争よりはるか以前に描かれた作品で、戦後に『未来予知作品』と言われたものの一つで書かれたセリフを叫ぶ。これを受けたデスクローの左腕が急冷からの急加熱に耐えられず肩から吹き飛んだ。

「っしゃあ、ヌカランチャ」

「それは使うなと言うたじゃろうが!!」

オスマン学院長が氷弾をシエスタに投げつけ、龍殺しの鎧と一緒に送ってもらったヌカランチャーを弾き飛ばす。

「チッ、覚えてろよジジイ。しゃあねぇ、コレだ!」

シエスタはヌカランチャーの代わりに、同じくタルブから送ってもらった、トゲがはえた金棒を持つ。

「サイコバフ投与!・・・ヒャッハアアアァァァ!!!!!ぶっ殺おおおおぉぉぉぉす!!!!」

サイコバフとは州でも出回っている薬品で、かつて『米の国』の軍人が戦う際に使っていた薬物、『サイコ』と、アスリートが使用していたドーピング剤『バファウト』を調合し、相乗効果でバラバラに使用するよりはるかに効果の高くなった薬物だ。これをパワーアーマーは液化して静脈注射するためさらに高い効果を発揮する。

「V.A.T.S・・・」

シエスタがそう呟くと周囲の時間がゆっくりと流れていく。『Big Leagues』『Blitz』を使った、もはやワープとしか言い様のない高速移動から繰り出される一撃、州では『ベースボール』と呼ばれた決闘法で、『タルブの核弾頭』を自称するシエスタが最も得意とするのは、実は接近戦である。

「スワッタアアアァァァ!!!」

シエスタは片足立ちから勢いをつけてデスクローをフルスイングで殴り飛ばす。いわゆる『一本足打法』だ。シエスタの気合いと共に繰り出された一撃はデスクローを城壁にめり込むほど吹き飛ばし、地面に倒れたデスクローにシエスタは追撃を仕掛ける。

「スワッタスワッタスワッタスワッタスワッタアアアァァァ!!!」

何度も何度もシエスタはトゲバットでデスクローが動かなくなるまで打ちすえた。そこへオスマン学院長、そしてコルベール先生が駆け寄って来る。

「たしかシエスタくんと言ったかな?どこからこの鎧を・・・」

「このトカゲ野郎が出たのを見てな、前に宝物庫の掃除した時にコイツがあったのを思い出してね。おあつらえ向きに鍵が開いてたから持ってきたんだよ。」

「いえ、こんなものありましたっけ・・・まあいいでしょう。それよりこのドラゴン、聞いたことはありましたが、60年ほど前の行方不明事件で現れたという・・・」

コルベール先生がデスクローを一瞥すると、キュルケ、シャルロット、ジョゼットが戻ってきた。イルククゥはモンモランシーが治療する中、ギーシュが韻龍と知った上で声をかけ、モンモランシーがギーシュを制裁するのを見てケタケタと笑っており、存外打ち解けていたため置いてきた。

「先生方、大丈夫ですか!?」

「お、あぁ、ミス。大丈夫ですよ。」

コルベール先生が教え子達に答えている間にシエスタはパワーアーマーを脱ぎ、ポケットからマウスピース、そして紙タバコを取り出すとライターを探すが見当たらない、戦っている時かパワーアーマーを受け取りに行った時に落としたのだ。

「おい姉ちゃん、火。」

「え?あたし?」

「他にいんのか?」

「は、ハイ・・・」

シエスタはキュルケにタバコの火をつけるように言う。本来なら仲がいいとか身分差等関係なく無礼な行為だが、先からの雰囲気、そして最後の方しか見ていないがデスクローを殴り殺したシエスタへの恐怖からキュルケは言うとおりにしてしまった。

「・・・ぷはぁ。一仕事終えてのペーは格別ですわ。失礼しました、ミス・ツェルプストー。わたくし、ハッパを吸っているとあのようになってしまいますの。」

「よ、よかった、いつものシエスタね?むしろシエスタなのよね?」

「ええ、わたくしはわたくしですわ。お詫びに皆さんも一本、いかがです?ペーもいいですが、わたくしはやはりハッパがお勧めですわ。少しチクッとしますがポンもございますよ?」

「え、遠慮しとくわ。」

シエスタが勧めるタバコ、そして注射器に、ルイズの『くされ縁』三人は顔を青くする。

「これ、穢れない若者を悪の道へ引き込むな!」

「えぇ、別に禁止されていないから構いませんでしょう?」

「そういう問題ではない!」

この時、デスクローは絶命したものと皆、油断していた。事実、呼吸も無く、心臓も停止していたはずであった。しかし絶命したとばかりに思っていたデスクローは息を吹き返し、シエスタへと残っていた右腕の爪を突き立てたのだ。

「あ、危ない!!」

ジョゼットがとっさにシエスタの手を引いたため直撃は避けられたがメイド服、そして背中が大きく切り裂かれた。

「う、あああぁぁぁ!!!」

激痛にのたうち回り、年相応な恐怖をたたえた目でデスクローを見上げるシエスタ。

「そ、そんな・・・まだ生きて・・・」

ハッパ無しのシエスタでは普通の少女と大差ない。デスクローはせめてシエスタを道連れにしようと襲いかかってくる。

【この野郎ぉぉぉ!!!】

シエスタに追い討ちをかけようとしていたデスクローの首に何者かが取りついた。ハルケギニアでは見られない鎧を身に付けた青年、身長は2メートル近く、皮革で作られた服を着た体格のいい彼は、デスクローを暴れ馬のように誘導してシエスタや学院の生徒、先生から引き離す。

『グオオオオォォォォ!!!!』

デスクローはやっとの思いで青年を放り出すと青年は受け身を取ってデスクローに向き直り、先ほどシエスタが放り出したヌカランチャーを足で踏んで浮かせて手にする。

「い、いかん!キミ、それはいかんぞ!!」

オスマン学院長が叫ぶが、青年はデスクローを睨み続け、ヌカランチャーを手放さない。

【ん?テメェ『サヴェージ』か?ま、いい、来いよ!】

青年が挑発するとデスクローは雄叫びを上げ、青年に襲いかかる。それを青年はすれ違い様にヌカランチャーから弾を外して、時限起爆するようにしてデスクローの口の中に放り込んだ。

【お前は、もう死んでいる。】

青年がそう言うとデスクローの体内でヌカランチャーの弾、小型の核弾頭が爆発し、デスクローは口と肛門から内容物を噴き出しながら絶命した。デスクローの『口に入ったものは何でも食べる』習性を利用した狩り方だ。しかし青年もデスクローが爆死すると同時に倒れる。

「ミス・オルレアン。シエスタくんを頼む。ミスタ・コルベール、手を貸してくれたまえ。」

「ええ。シエスタ、診せて。」

「わかりました、学院長。」

オスマン学院長はコルベール先生を伴い、青年に駆け寄る。

「キミ、傷を診せてくれないかね?」

【?この言葉・・・】

青年は言葉が通じておらず、コルベール先生が何を言っているかわからない。無論、それはコルベール先生も同じだ。

【アナタ、ダイジョブ?ナマエ、オシエテ】

しかしオスマン学院長は片言ながら彼と同じ言葉で話した。

【ん?老体、言葉がわかるのか?】

【スコシダケ、ニポンゴ、ワカル。ナマエ、ナニ?】

【勇治だ。ゆうじ。】

【ゆうじ、サン?ワタシ、おすまん。ヨロシク、ヨロシク。ケガ、テアテ、スル。ワタシ、アナタ、キキタイ、ハナシ。】

【ありがたいが・・・少し、休ませて・・・くれないか?】

青年、勇治はそう言うと目を閉じた。デスクローと戦う以前に彼はボロボロだったのだ。

「学院長、どうして彼の言葉が?」

「そんなことは今はよかろう、男手と医務室の準備を頼む!」

オスマン学院長はコルベール先生に指示しながらも水魔法による治療を勇治に施した。コルベール先生はキュルケ達に続いて戻ってきた生徒の一人に指示を出す。

 一方、背中を切り裂かれたシエスタを治療するシャルロットはシエスタの背、左肩甲骨のあたりに描かれた刺青を見つけた。桃色で五枚の花弁を持つ花の上に、斜めの『D』という形の記号が描かれ、その周囲を白い狼が走って囲むように描かれている。

「シエスタ、このタトゥーは?」

「・・・できれば見ないでいただけますか?」

左肩甲骨など、余程器用な人間でなければ自分で刺青を彫ることなどできないだろう。これは他人に描かれたもので間違いない。そして女の背に彫る刺青の意味は、ハルケギニアでは『コイツは俺の【モノ】だから手を出したヤツは殺す』という意味だ。妾、奴隷、可能性はいくつかあるが、彼女が触れられて愉快なものでないと考えたシャルロット、キュルケ、ジョゼットはそれ以上触れないようにした。

 一方、オスマン学院長が応急処置をする青年は、処置の過程で彼がしていた手袋を外し、青年の左手に刺青があるのを確認した。片刃の刀剣をくわえた白い狼を蹄鉄のように囲む桃色の花弁、蹄鉄形の空いている部分に左からI、II、III、D、Vと五つの記号がある。意匠が少し違うが、シエスタの背に彫られていた刺青とパーツが似ている。

「う・・・これは、ミブロの・・・いや、少し違う?」

オスマン学院長の応急処置を手伝うコルベール先生はその刺青を見て青ざめた。

「コルベールくん?・・・そうか、そういえばキミはかつて・・・」

オスマン学院長がまるでコルベール先生の過去を知っているような物言いをしたため、彼は驚いてオスマン学院長の顔を見る。

「・・・ご存知なのですか?」

「ああ、アカデミー実験小隊。20年前、異端者狩りにてある村を襲うが、その村を守っていた、たった一人の平民に敗れ解散となった名無しの部隊。唯一の生き残りにして隊長であったのがキミ、コルベールくん。間違いはないかの?」

オスマン学院長が語ったことはコルベール先生の過去で間違いなかった。彼は今でも覚えている、トリステインのアカデミーにて作られた仮説を戦闘にて実験するための小隊、通称『アカデミー実験小隊』。しかし行われるのは汚れ仕事ばかりの、事実上の『破壊工作員』。コルベール先生はそれでも自分が必要悪として職務を続けていた。しかしそんな彼が一線を退いたのは、たった一人の平民相手に実験小隊が全滅したことであった。スクウェアメイジとトライアングルメイジばかりで構成されていたというのに、龍殺しの鎧をまとった平民一人に鎧袖一触とばかりに全滅させられたのである。あらゆる魔法で傷一つつかないその鎧をまとった平民はあらゆる魔法の障壁を貫通する、鋼よりも硬い弾丸を時雨のように叩きつけ、ゴーレムどころか人を泥のように融かす光の矢を撃ったかと思えば一瞬で人間を氷像にしてしまう冷気を放ち、何よりトラウマとなっているのはその平民が夜を昼にしてしまうような、『人工の太陽』を撃ったことである。その太陽を放った砲は、先ほどシエスタが持っていた『ぬからんちゃー』に酷似したものであった。人工の太陽にさらされた隊員は見るも無惨に焼け死に、コルベール先生が生き残ったのは偶然廃屋の影に隠れ、廃屋ごと吹き飛ばされた結果、奇跡的にである。一通りの『仕事』を片付けた平民が龍殺しの鎧を脱ぎ、コルベール先生が知らない言語で独り言を話していたことと、紫色のタンクトップから覗いていた刺青、平民が所属すると思われる『ミブロ』という組織名がコルベール先生の頭の中に残ったのだ。この時コルベール先生はその平民を恐れたのも去ることながら、自分が今までやってきたことに戦慄したのだ。かの平民と同じように人を殺めてきたのを、トリステイン王国のため、否トリステイン王国のせいにしていたのだと。部隊を失ったことと、自分がやってきた人殺しの罪の意識に苛まれ退役したことによってアカデミー実験小隊は解散、存在そのものが闇に葬られた。

「ええ、しかしどうして・・・」

「これは、キミには話さねばならんかのぉ。」

脅威が去り、恐怖より野次馬根性の方が勝った生徒達、騒ぎを聞き付けた使用人、教師達が集まってきた広場を見ながらオスマン学院長は呟くのであった。

 




まさかのシエスタ無双、そしてフォールアウト世界での野球も外せません。
さて、解説入ります。

サヴェージ・デスクロー
デスクローの上位種で、見た目はあまり変わりませんが強くなってます。普通のデスクローだと思ってたらコイツで、ビビったのは作者だけではないはず。

ヌカランチャー
言わずと知れたデイビークロケットもどき、個人携行型核ランチャー。撃つ時は『後方の安全確認』より、『前方の安全確認』したほうがいいシロモノです。室内で自爆したことある将軍並びにコンパニオンや味方モブ巻き込んだことある将軍、怒らないから手ぇ挙げて。
ハァイ(作者)

ハッパ、ペー、ポン、サイコバフ等
ハッパ、ペー、ポンは有名な隠語ですね、それぞれ大麻、阿片、覚せい剤。サイコバフ、サイコ、バファウトはフォールアウト内の薬物です。自分は薬物使う暇があれば攻撃タイプの将軍でしたが。
詳しい説明よりこの一言が大事ですね。
『クスリ、ダメ、ゼッタイ!!』


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第十五話 使い魔召喚の儀式~その時ハルケギニアでは~ 後編

長らく放置、申し訳ございません。
ハルケギニア編はとりあえずこれが最後です。


 ハルケギニア、トリステインにおいては60年ぶりに公に認知された召喚事故は一日を置いても騒動の終息を見せずにいた。かつての事故は召喚事故に巻き込まれた生徒が行方不明になったことで親族もいなかった彼の家は取り潰しになり、その時接収された財にて負傷した生徒、殺された使い魔の補償を行い、当時の学院長と王室間で何らかの取引が行われた結果、事故そのものが闇に葬られ、今となっては覚えている者もほとんどいないが今回はそうもいかない。

「オスマン殿、当家三女のルイズが行方不明とのこと、詳しくお話しいただきたいのですが?」

学院長室にてオスマン学院長をバリトンのきいた声で問い詰めるのはヴァリエール公、トリステイン王家傍流のヴァリエール公爵家現当主にして三位の王位継承権を持つ、ルイズの父である。その下座に座るオスマン学院長はまるで不正を追究される役人のように言を左右にし、のらりくらりと追究をかわしている。

「申し訳ありませんが公爵閣下、くだんの事故は専門の者達が調査中でしてな。」

「その件ですが、何故わたくしを調査に加えていただけないのでしょうか、学院長?」

公爵の隣ではルイズの長姉、エレオノールが眼鏡を光らせながら父と共に追究する。二人はルイズの召喚事故、行方不明の報を聞き、日も上らぬ時間に飛んできたのだ。龍籠に乗ってきたエレオノールはまだしも、ヴァリエール公はドラゴンに鞍も付けぬ裸馬ならぬ裸ドラゴンで学院に乗り付けてきたのである。余談であるがその時、ヴァリエール公が乗っていたのは風龍だったのだが、デスクローの死臭に驚いた風龍が着陸を拒むのをヴァリエール公は脅しつけてほぼ墜落に近い着陸をさせるという荒業をやってのけた。

 さておき、今回の件と60年前の件にはいくつもの大きな違いがある。まず一つ目、行方不明になったのが60年前は断絶寸前の家の者であったが、ルイズはトリステイン王家の傍流にあたるヴァリエール家の三女、もみ消すことはまず不可能である。もっともオスマン学院長はかつての上司と違いもみ消しも交渉もするつもりは無い。

「姉君殿、こうやっていると思い出すのぉ、きみがまだここに籍を置いておった頃を・・・」

「学院長こそ相も変わらず、はぐらかすのがお得意なようで!らちがあきませんわ、お父様、わたくしはルイズの使い魔の調査をアカデミー研究員の権限で行います!」

と言うが早いかエレオノールは放たれた矢のように学院長室を飛び出した。彼女はトリステイン王立アカデミーの研究員であり、研究欲がかきたてられたというのもあるが、何よりルイズがどうなったのか確かめずにはいられないのだ。ここで二つ目の違い、今回のデスクローは学院の中で殺されたことである。

「エレン、待ちなさい!」

ヴァリエール公の制止も間に合わず、オスマン学院長は感心半分、呆れ半分といった風に『ヤレヤレ』といったしぐさをして、黒い箱に話しかける。

「サキョー君、すまないが調査に一人、加えてやってはくれぬか?」

すると黒い箱から声が返ってくる。

『オスマン氏、わかっていると思うがここらの汚染は尋常じゃないんだ。』

「わかっておる。実はの、その者はエレオノールくん、行方不明になったルイズくんのお姉様だ。彼女はかのヴァリエール家の長姉ゆえ、丁重にの?」

と、オスマン学院長が答えると黒い箱は少し間を置いて答える。

『まったく、あんたはオレを過労死させる気か?レディ用のドレスを一着、用意しろってんだろ?』

「ああ、それに彼女は良い眼を持っておる。きっと調査の役に立とう。」

『あいわかった。あ、君かね?エレオノール女史と・・・』

と、途中で黒い箱からの声は途切れ、それを見ていたヴァリエール公は声を落として問いただす。

「それはもしや、『場違いの工芸品』か?」

「およ?さすが公爵閣下、お目が高い。いかにも、これは・・・」

「ごたくは不要だ、オスマン殿、どうしてそれを使うことができる?」

オスマン学院長もとっさであったためヴァリエール公に悟られぬよう黒い箱こと無線機を使うのを失念していた。普段からこれを使っていたこともあって、自然なことだと誤認していたことも失敗の原因である。60年前との違い、三つ目は、ルイズは彼女が思っていた以上に周囲に愛され、彼女のためならば命を投げ出すことも辞さない者が何人もいることだ。これは別に60年前の生徒が嫌われていたということではない、『他者のために命を捨てて構わない』と思わせることができるルイズが特別なのだ。

 一方、学院長室を飛び出したエレオノールは、広場の入り口で奇妙な男に制止された。

「あ、君かね?エレオノール女史というのは?」

「何よあなたは!わたくしは王立アカデミー研究員よ!権限をもって調査させてもらうわ!」

「いや、だから待ちなさい!」

エレオノールは奇妙な男を押し退けて広場に入った。エレオノールも研究員だけあって、未知の生物を調べる時のことは心得ている。まずは風の魔法で自分の周囲に空気の壁を作り、未知の生物が発しているかもしれない『毒』を吸わないようにすること、二つ目はそれでも万一吸ってしまわないようにマスクで口と鼻をふさぎ、三つ目は直接触れないように手袋をすること。しかしそれは『ハルケギニアの生物』の話である。デスクローは州すなわち地球の生物、かの地球は核の炎に焼かれた大地で、そこに棲むものはあらゆる場所からとある『毒』を吸収しており、それはエレオノール程度の防護では足りない。

「ひどいわね・・・ウ!?ゲホッゲホッ!?」

エレオノールは咳と共に吐血する。そんな彼女を、奇妙な男に指示され、全身を覆う服を着た身長からして女生徒とおぼしき者が手を引いて広場を出る。広場の出入り口でエレオノール、そして全身服は水のようなものをかけられ、濡れたまま布の上にエレオノールが横たえられる。周囲には薬品が入った棚が並んでおり、簡単な医務室であることがうかがえる。そこで先の奇妙な男は全身服に指示する。

「ジョゼットくん、Rad-アウェイと注射器を。」

「は、はい!えっとあーる、えー、でーの・・・」

「違う、これは『Rad-X』!もっと長いヤツ!」

「す、すみません!!こ、こっち?」

「ああ、これだ。お嬢さん、少し失礼するよ?」

奇妙な男はエレオノールの胸元をはだけさせ、アルコールで消毒すると胸に注射針を刺してRad-アウェイを注入した。それから術後処置をしてしばらくするとエレオノールは意識を取り戻し、はだけた胸元を隠しながら起き上がり、奇妙な男をにらみつける。

「お嬢さん、調査に加わるならば私の言うことを聞いてくれなければ困るよ?」

「な、どうしてわたくしがガーゴイルの言うことなど・・・」

「え、えっと・・・ルイズちゃんのお姉さん?」

全身服を着た少女が頭を覆うガラス窓のようなものが顔の部分についた兜を脱ぎ、おずおずと尋ねる。全身服の中身はルイズのくされ縁の一人、ジョゼットであった。

「ん?もしかしてあなた・・・双子ちゃんのジョゼットの方?」

シャルロットとジョゼットはいわゆる一卵性双生児であるため、事細かに特徴を覚えていなければ初見の者が見分けるのは難しい。それをエレオノールがやってのけたのは、ルイズが家に送った手紙を子細まで読んで覚えていたからである。

「は、はい!ル、ルイズちゃんにはいつも良くしていただいてましゅ!!」

「あなたとお姉さんのことはうちの妹から聞いてるわ。はじめまして、ルイズの姉、エレオノールよ。」

ジョゼットはルイズからエレオノールのことを『おっかない姉様』と聞いていたので、印象の違いに戸惑う。

「あら?わたしのこと、『オーク鬼みたいにおっかない姉様』とか聞いてた?」

「え!いえ、そこまでは・・・」

ジョゼットはとっさにごまかしたが、ごまかし方がまずかった。この言い方では、『おっかない姉様』の部分を肯定したに等しい。

「おチビ、帰ってきたらお仕置きね。」

「え、えっと、ルイズちゃんのこと、あんまりいじめないで・・・」

「あぁ、いいかな?」

先ほど、エレオノールからガーゴイルと呼ばれた奇妙な男が二人に声をかける。彼がガーゴイルと呼ばれたのはその見た目からだ。一見普通の男のように見えるが、表皮はボロボロになって一部剥げており、そのすき間から中身、人形の部品ともとれる物が見えている。彼を見て『人間』と言いきることができる者は少なくともハルケギニアの一般人の中には存在しないだろう。

「で、何なのこのガーゴイル?」

「お、お姉さん、し、失礼ですよぉ・・・」

「構わないさ、慣れているからね。私はタルブ自治領警務隊『ミブロ』五番隊組長の左京という。」

左京と名乗ったガーゴイルは、頭に被った帽子の縁をピンと弾く。

 警務隊ミブロとは、初代自治領主タケオ=ササキによって軍事、警察、災害救助を行うため組織された準軍事組織である。これらを一手に担うためハルケギニアでは高い組織力を保有しており、五番隊は警察業務を担当している。警察だけでは畑違いに感じられるが指揮を執っているのが彼、そして五番隊であるというだけで、救助隊である六番隊、技術部の八番隊、化学部の九番隊からも必要な人材を連れてきている。なお、話に挙がっていない一、二、三番隊は軍隊、四は慣例にて『欠番』、七番隊は新兵を訓練する教導隊だ。

「タルブ自治領?ああ、あの『平民の自治領』?ずいぶんへんぴな場所から来たのね。」

「フッフッ、元気なお嬢さんだ。しかし妹君の行方を調べたいのだろう?ならば命を粗末にするものじゃない。」

飄々とした物言いの左京は、そう言いながらもここまでの調査報告書をエレオノールに見せた。それはハルケギニア公用語で書かれており、ハルケギニアには無い言葉には注釈が付されているためエレオノールにも読めるものであった。

『デスクロー(黒竜)召喚事故

 現在行方不明のルイズ女史によりハルケギニアへ召喚されたデスクローは×××(黒塗伏字)、ミスタ・オスマン、ミスタ・コルベールによって殺処分された。かのデスクローは処分後、ミブロ到着前にミスタ・ギトーにより開腹され、体内からは放射能汚染物(猛毒、防護服無しでの接近厳禁)が多数摘出されるが、人骨や人肉片といった数時間以内に人間を捕食した形跡無し。』

これを読んだエレオノールは防護服をジョゼットの補助を受けながら着用し、デスクローの死骸の元へ向かう。デスクローの死骸、検体は死骸と内容物に分けられており、胃の内容物であった部分は不自然に黒焦げとなっているが、確かに人間の痕跡、服であるとか人骨であるとかが一切見当たらない。デスクローも生物だ、食べたものを消化するには時間がかかる。仮に死ぬ数分前、召喚主であるルイズを食べたのならば死体の痕跡くらいあってもおかしくはない。

「死因は・・・誰よ、こんなことしたバカは!体内でカク爆発って!?」

エレオノールは調査報告書に書かれているデスクローの死因を見て憤慨する。『カク(核)』の注釈は可能な限りハルケギニアでも分かりやすく書かれているが、要約すると『城一つを吹き飛ばすほどの威力を持ち、放射能汚染物を拡散させる大爆発』としか取れないのだ。これでは、実際にはいなかったがルイズがもしデスクローの体内で生きていた時、一緒に殺してしまったであろう。

「それは許してやってくれまいかね?やった者はその辺りの事情を一切知らなかったようだし、見ての通り妹君は体内にはいなかったのだから。」

「それは・・・そうでしょうけどね。」

エレオノールを追ってきた左京にそう答えるエレオノールは少し釈然としない様子である。なお、ミスタ・ギトーがすぐさまデスクローを開腹したのはデスクロー出現の報を聞き、かつての学友のことを思い出して『すぐに腹を裂けば生きているのではないか?』と考えたからだ。オスマン学院長が制止するのも聞かずに腹を裂き、体内から吹き出した放射能汚染物をその身に浴びたミスタ・ギトーは現在、医務室で加療中である。なお、救命処置を引き継いだミブロ六番隊・救助隊の所見は、『即死しなかったのが奇跡』というほどであった。

「お姉さん、その、あたし、何がなんなのかわからなくて・・・ルイズちゃん、このドラゴンに食べられちゃったんですか?」

ジョゼットは調査報告書が理解できなかったため、エレオノールにそう尋ねる。

「・・・いいえ、このドラゴンは間違いなく、最近は人間を食べてないわね。ジョゼット、広場はくまなく探した?」

「は、はい!広場をお掃除するのに土も掘り返してましたから・・・」

「そう、ありがと。本当におチビは・・・やらかした後始末する人間のことも考えなさいよ。」

エレオノールは冗談混じりにそう言うが、それは心配と同時に確実に生きていると信じているからこそ出てくるのだ。

「うわ、これは甲殻類の殻・・・器官から水棲種、大きいわね・・・」

エレオノールは胃の内容物から緑色の甲羅の破片を見つける。その丸みと分厚さからエレオノールは食べられる前の甲殻類の大きさを簡単に想像してしまう。少なくとも、人間より大きいのだ。彼女は頭の中にある全ての知識を総合し、重ね合わせ、黒いドラゴンがどこから召喚されたかを推測していき、その結果、あり得ない結論にたどり着いた。

「該当無し・・・エルフの棲地は砂漠だからこんな水棲甲殻類がいるとは思えないし、ロバ・アル・カリイエのドラゴンとは形態が全く一致しない。60年前のも合わせて新種?いえ、あるいは・・・」

エレオノールがそうやってデスクローに当たりを付けているのを、左京は生徒を見守る教師のように優しく見守っている。

「サキョー、こっちのは何かしら?」

「それか?腸の中身さ。」

それをエレオノールの横で聞いたジョゼットは顔を青くしてあとずさる。腸の中身・・・つまるところ大便である。しかしエレオノールは身じろぎもせずにそれに手を突っ込んだ。エレオノールもアカデミー研究員でなければ読めない記録で、オスマン学院長が追っている召喚事故による行方不明のことは知っている。そしてその時、奇妙な生物が入れ替わりに現れるということも。ここで読んだ調査報告書、そしてルイズが広場からこつぜんと姿を消したという二点から、エレオノールは最も馬鹿げた、初めて記録を読んだ時に彼女自身も『馬鹿馬鹿しい』と切って捨てた仮説を、信じるというよりはそれにすがっているのだ。その仮説とは、デスクローをはじめとする奇妙な生物はハルケギニアとは異なる世界から来て、事故を起こした者は逆に異世界へ飛ばされてしまうというものだ。デスクローのような大物は二例しかないが、大物であればそれがどこから来たかの痕跡も残りやすい。デスクローの正体を暴くこと、それがルイズの行方を追うことになると信じているのである。

「・・・何かしらこの金属片?」

エレオノールはデスクローの大便の中から緑色の板を見つける。それには白い線が描かれており、他にも青と白の物も混ざっている。一見、別のものだがエレオノールは『白い線』に着目した。白い線の形が合うように、青と緑の板をパズルのように合わせていくと白い線は元の形、二つの複雑な記号のようになったが、エレオノールにはそれが何なのかわからない。当然だがジョゼットにも。しかし左京はそれを見て、左腕の大きな腕輪を向け、それに話し始める。

「私だ、左京だ!ついにやったぞ!!ああ、そうだ、件のデスクロー、州から来たんだ!!あ?いや、もう隠すこと無いだろう?それに近くにいるのは事故の関係者だけだ!」

その言葉はエレオノール、ジョゼットにはわからないが、エレオノールが組み立てたパズルの意味を理解して興奮しているのは彼女たちにもわかった。そのパズルは元が複数の板を合わせているせいでいびつだが『阿蘇』と書かれていたのだ。

 調査を終えた左京、エレオノール、ジョゼットは学院長室に戻り、オスマンは左京の報告を聞くと今回の事故関係者を全員連れて医務室に場所を移した。医務室には意識こそあるが怪我で身動きの取れないシエスタ、救命処置の末、目を覚ましたギトー先生、いまだ意識が戻らない、『ユウジ』と名乗った青年がベッドにおり、ぞろぞろと入って来た見舞い客はオスマン学院長を先頭にコルベール先生、ヴァリエール公、エレオノール、キュルケ、シャルロット、ジョゼット、そして左京。エレオノールとキュルケは最初に顔を合わせた時はシャルロットとジョゼットが冷や汗を流すほど険悪な空気を流していたが、ここまでの間で、主にルイズ可愛い談義に花を咲かせ、打ち解けてしまっている。

「さて、どこから話したものだろうかね?」

オスマン学院長は髭を撫でながらそう言うと、まずヴァリエール公が尋ねる。

「ならば、率直に聞きたい、ウチの娘はどうなったのだ?」

「ふむ、やはりそこですかな。サキョー君、頼もう。」

オスマン学院長に促され、左京は先のエレオノールの発見によって加筆した報告書を取り出す。

「了解した、オスマン氏。あらためて、はじめまして。私はタルブ自治領警務隊ミブロ五番隊組長の左京と言う。今回の事故調査ならびに今後の協力のため、領主より派遣されました。」

そう言って大きく礼をする左京。それをヴァリエール公をはじめ、ルイズの行方を知りたがっている者達は結論を急かそうとするのを我慢して彼の言葉を待つ。

「結論から申し上げますと、ルイズくんは我々タルブの者達の故郷、『州』へ飛ばされた可能性が極めて高いと考えられます。」

「『シュウ』?」

ハルケギニアならば『⚪︎×地方』くらいの意味になる言葉だが、左京はあえて州の言葉で話したためそれが何かわからぬ者たちから聞き返される。

「その『シュウ』とやらはどこにある?今すぐにでも迎えに行こうと思うのだが。」

「・・・閣下、それが難しいのですよ。我々も帰還の方法を探しておりまして私は30年、長い者は60年となりますな。」

「いや、来たのならば戻ることも・・・まさか!?」

ヴァリエール公の言葉で全員が同じことを考えた。似たような魔法があるのだ。『サモン・サーヴァント』、呼び寄せることはできても送り返すことはできない。一般的にはハルケギニアの生物が召喚されるためあまり考えられたことがなかったのだが、もしルイズが今回召喚したような手に負えない生物を召喚してしまった場合、送り返す方法はない。事実、召喚であまりにも気に食わないものを召喚した場合、魔法学院のような周知される場所でなければ送り返すのでなく殺処分して召喚し直すということもあり、『サモン・サーヴァントは呼び寄せることはできても送り返すことはできない』というのは公然の事実となっているのである。しかし気に入った使い魔が出るまで殺処分を繰り返してはキリがないため、学院などといった公の場所では『使い魔召喚は神聖な儀式であるためやり直しは認められない。』とされているのだ。

「お察しのとおり、州とこちらを繋ぐのはサモン・サーヴァントのみ。この60年タルブもこの件を追っておりましてな。その関係で学院長殿と協力することとなったのですよ。」

30年前、オスマン学院長はかつて自分が遭遇した事件とその際に出現したデスクロー、彼が遭遇した以外の事件とその時現れたデスクロー以外の化物、さらに場違いの工芸品と60年前の事件後しばらくして成立した不可解な自治領タルブの存在に関連があるのではと疑い、教職の傍ら調査をしていた。その時、野生のワイバーンに襲われ、あわやというところで偶然出くわした左京が、ヌカランチャーでワイバーンを木っ端微塵に吹き飛ばしたのである。左京はタルブを調べ回していた学院長をタルブへ連行し、当時の自治領主とその閣僚達の合議の結果、オスマン学院長は知り得た情報の厳守を条件にタルブとの情報共有をはじめとした協力関係を構築したのだ。

「一つよろしいでしょうか?」

コルベール先生が挙手し、タルブと学院長の協力関係を話していた左京に質問する。

「どうぞ。」

「どうして学院長個人と協力関係を?そしてこの度、急に協力するようになったのは?」

「我々もこちらの『魔法』の研究をメイジの協力抜きで行うことは不可能でした。しかし接触をあまり大きくすると諍いの種を作ってしまいます。・・・覚えがあるのでは?」

左京にそう言われ、コルベール先生はおし黙る。20年前のアカデミー実験部隊壊滅、かの事件はタルブと衝突することを前提とされていたのだ。表向きは疫病拡大を防ぐための滅菌作戦だと聞かされていたが、不自然に準備されて出向いていた。そしてタルブと衝突し、部隊は壊滅したのである。この時の本当の目的はタルブが集めていた『要人』の抹殺であり、タルブとの衝突はほぼ間違いなかったのだ。コルベール先生の頭は毛髪がほとんど無いが、剃髪しているわけではない、20年前の事件の後、急に髪が抜け始めたのだ。彼自身は『ショックからそうなった』と思っているが、本当はヌカランチャーの至近弾を受け、被曝したことが原因である。

「しかし、この度のことで我々としましてもあまりに関わりを断つのは間違いだと悟りましてね、もしこの決定がもう少し早ければこのようなことは起こらなかったことでしょう。これにつきましては申し訳なく存じます。」

「それは今はよかろう、不作為を問えるほど主らに責任があるわけでない。それにここまで話したのだ、行く方法に目処が立ったのであろう?」

「ええ、オスマン氏と共有していた情報・・・これまでの召喚事故、現れた生物、特に大金星であったのはエレオノール女史の発見です。州とハルケギニアがサモン・サーヴァントにて繋がる条件がわかりました。」

左京は一度区切り、ジョゼットを見る。これによりジョゼットに視線が集中し彼女はあわあわと全員の視線から逃れようと目をそらす。

「『失敗魔法』と呼ばれる魔法を使うメイジのサモン・サーヴァントが州とハルケギニアをつなぐカギです。」

「え?え!わ、わたし!?じゃ、じゃあさっそく唱えて・・・」

「ストップストップ!ジョゼットくん、話は最後まで聞いてくれまいか?」

左京は杖を取り出そうとしたジョゼットを止める。

「このまま召喚しようとしてもジョゼットが州に行ってまた州の生物がこちらに来るだけ・・・でしょう?」

エレオノールが左京が言わんとしていることを代弁する。

「それもだが、何より問題なのは彼さ。」

左京はデスクローを殺して自らも倒れ、いまだに意識を回復しない青年、勇治を見やる。

「実は私は彼を知っていましてね。州、火の国ミギクを本拠地とする自警団組織、我々、タルブのミブロがその名を拝借した『ミブロウ団』五番隊組長、遠山勇治。」

彼の名を知っているのは今のところ彼から名前を聞いたオスマン学院長とコルベール先生だけであり、左京が名を知るはずがない。

「ただ、私が知る彼はもっと若かったし、手の刺青からして『局長』となっています。」

「こちらにいた30年の間に出世したとかでは?」

「キュルケ、この人が50歳とかに見える?」

キュルケが左京に尋ねると、左京が返そうとした答えを先にシャルロットが言ってしまう。

「その通り、もし私がこちらにいた時間と同じだけ経過していれば彼はもっと歳のはず。付け加えて言えば、私がこちらで初代自治領主と再会した時も同じようなことを思いましたね。」

初代自治領主こと、60年前の魔法学院から野に放たれたデスクローを殺処分した男、佐々木武雄は左京が州で開いていたラーメン屋、そして探偵業の常連であった。その時の武雄は30前で、幼い子供二人と愛する女と、州において今となっては少数派の、戦前の家族のような暮らしをしていた。しかし左京がハルケギニアで再会した時には、すでに60歳ほど、それも武雄は左京が州から消えた後でハルケギニアに来たと言ったのだ。

「つまり、こちらと向こうの時間は一定でない、仮にジョゼットがサモン・サーヴァントを唱えてもルイズのいる時間に繋がるかわからない。」

シャルロットが左京の言わんとしていたことを口にする。

「その通り。時間を指定する方法がなければ。」

「ならば一刻も早く見つけねばなるまい、あの子は件の怪物が跳梁跋扈するようなところにおるのだろう!?」

「あ、それにつきましてはご安心を。」

焦燥感から苛立つヴァリエール公を左京はなだめる。

「つまるところ、時間が指定できるようになれば、ルイズくんが向こうに到着した直後を指定すればいいのです。」

「言っていることがよくわからないのだが?」

「まあ、これは仮にですよ?こちらで時間を指定する方法を見つけるのに10年かかったとします。ですが、向こうの時間をルイズくんが向こうに出た直後にして彼女を回収します。次は州の安全な場所からルイズくんを召喚の儀式直後に送り返します。今くらいがちょうどいいでしょう。するとルイズくんが向こうで過ごした時間が無かったことになるのです。」

やり口はの○太君無人島10年生活の逆パターンだ。あちらは無人島サバイバー歴10年のの○太君が10歳となって戻ってきたが、このやり方ならばルイズ自身が完全に元の形で戻って来ることとなる。明言していないがロングビルも同じようにすることは可能だ。

いずれにしても現状でできることは少ない。まず勇治の意識を回復させること、もう一つはサモン・サーヴァントの制御方法を探すことである。話がまとまり、一旦解散しようかという時に、ヴァリエール公はオスマン学院長を呼び止め、全員がそれに注目する。

「オスマン殿、最後に聞いておきたいことがある。」

「およ?何か?」

「主、まさかとは思うが、こうなることをわかっていて娘を実験台にした・・・などということはあるまいな?」

ヴァリエール公の静かな問いに場が凍り付く。冷たい怒りを向けられるオスマン学院長は神妙に、これからの事に覚悟するかのように答える。

「ええ、そうなりますな。」

何かしら言い逃れをするものと思っていたヴァリエール公は簡単に答えられたことであっけに取られたが、今度は怒りに火がついてしまった。

「なぜだ!?なぜこのようなことを!!」

「か、閣下、ルイズは魔法が使えなくても、誰よりも頑張ってました、それは私達三人が存じております、学院長もそんなルイズを無碍にできなかったんでしょう?」

「そ、それに学院長はすぐ近くにいて私達を守ってくれたんです!そんな人が意味も無く酷いことするわけありませんよ!」

「そ、その、あたし、ルイズちゃんと同じで魔法が使えないけど、で、でも、一緒に儀式受けさせてくれて・・・」

キュルケ、シャルロット、ジョゼットの三人がヴァリエール公が早まったことをしないように説得する。

「君達、考えてもみよ、この男は妙だ、タルブの者達とのつながりといい、まだ何か隠しておってもおかしくない!」

ヴァリエール公の一喝に三人はオスマン学院長に尋ねるような視線を向ける。

『後ろ暗いことなんてありませんよね?』

と、問いかけるように。これにオスマン学院長は静かに答えた。

「一つだけ、わたくしが話していないのはこれで最後です。閣下は60年前の『事故』をご存知で?」

「もしや召喚の儀式でのことか?父がその場にいたと聞いておるがまさか・・・」

「その時、立ち会っておったのが他でもない、わたくしでございます。」

60年前の事故を知らぬ者も多く、

「事故?」

と、尋ねたキュルケ達三人、コルベール先生等にオスマン学院長は説明する。なお、件の事故を知っていたのはアカデミーで召喚事故の研究を読んだことのあるエレオノール、現場にいたギトー先生、父から聞いたヴァリエール公、タルブ出身者のシエスタと左京の五名である。

「学院長、そんな昔の生徒のことを今でも・・・」

キュルケは胸を打たれ、

「えぐ、ぐすっ・・・」

ジョゼットは感極まって泣いている。シャルロットはオスマン学院長が間違いなく本心を語っていると確信しながらもヴァリエール公の動向を見る。もっとも、今の話の側面に気付いていたシャルロットからすればヴァリエール公の反応はある程度予測できていたが。

「つまりだ、主は新任の頃の生徒への贖罪のため、ウチの娘を生贄にした、というわけか?」

当然だが、ルイズもヴァリエール公もオスマン学院長の昔の教え子のことなど知らないし知ったことではない。ヴァリエール公からすればオスマン学院長がやったことは到底許せることではない。この側面にシャルロットは気付いていたのである。彼女は学院長の過去には同情している。しかしそれで結果としてルイズを、場合によっては妹ジョゼットを巻き込んだ、巻き込んだかもしれないことは許せることではない。

「そう取られても致し方ありますまい。」

オスマン学院長もかつての生徒のことで今回のことを正当化するつもりもなく、たとえこの場で殺されたとしても因果応報と考えていた。しかし、オスマン学院長を襲ったのは鋭い平手打ち、放ったのはエレオノールであった。

「今はこれでよろしいでしょう?そもそも学院長、ご自分のお仕事を投げ出されては困りますわ。」

エレオノールが学院長を平手打ちしたことでヴァリエール公は杖を抜くタイミングを逸してしまった。エレオノールは全て計算ずくであったのだ。キュルケ達、ルイズの友人三人も最後は内心、オスマン学院長を非難していたのが見て取れたし、父ヴァリエール公に至ってはすでに杖に手を伸ばしていた。だがエレオノールはオスマン学院長がやるべき事はこの場で命をもって償うことでなく、ルイズを、そして彼女は面識がないが巻き込まれたロングビルことマチルダを、ついでに60年前の生徒を連れ戻すことだと考えたのだ。

「厳しいのぉ、エレオノール君は。しかし、もっともじゃ。わかった、この老体にできることならば、仮に命を対価としても構わぬ。」

「当然ですわ、父上の力で遠回しな自殺をしようとしたんですもの。」

と、エレオノールがその場を締めた時、左京が割って入る。

「まとまりそうなところ失礼しますが・・・あちらを。」

左京が指す先を全員が注目する。なんと勇治が横になったまま天井めがけて手を伸ばしていたのだ。彼が目を覚ましたのだ。駆け寄る者達を割って、オスマン学院長が彼に片言の日本語で声をかける。

【ユージさん、お目、覚めましたか?】

まだ意識がはっきりしていないのか、彼はうわごとのように呟く。

「マチ・・・ルダ・・・」

この名を聞いたオスマン学院長は日本語を使うことも忘れ、勇治に食ってかかる。

「ユージ君、どうしてその名を!?」

【いた、イタタタタ!?ちょ、頼む、そこは!!】

生きているのが不思議なほどの大怪我をしていた彼は、突然のことに目が覚めたが、同時に身体に激痛が走り、オスマン学院長を遠ざける。そして勇治は一息ついて自分を囲む者達を見回す。

【白い人?どっかのシェルター?】

「すまんかった、ユージ君。しかしどうしてマチルダ君のことを?」

【マチルダの言葉?たしかラテン語とかいったな・・・】

勇治はそう呟き、咳払いする。

「ここ、どこ?ジ・さん、知ってる?マチルダ。」

「言葉、話せたのか?」

勇治が話しているのは片言だがハルケギニア公用語。

「話せない、あまり。・・・左京!?【お前、生きてたのかよ!?】」

勇治は自分を囲む者達の中にいる左京を見て日本語で叫ぶ。

【ずいぶんな挨拶だな、クソガキ。】

【お前なぁ、立花に10年も店押し付けやがって!俺がクソガキならお前はクソオヤジだ!!】

日本語は当然だがこの場にいるほとんどの者にはわからない。雰囲気から再会して軽口を言い合っているというのがわかるだけだ。そしてここまで砕けた会話ではオスマン学院長もほとんど聞き取れない。

【10年・・・か。事情はわかった、あとで説明するから、今はラテン語で頼む。その『マチルダ』とのことを話してくれるか?】

こうして、ハルケギニアでも州との道をつなぐ方法の模索が始まったのであった。




久しぶりに後書き書きます。
そして原作と違うキャラ、忘れてたので今更ながら。

シエスタ(16)
原作では日本との関係をつなぐキーパーソンの彼女、クロスオーバーではクロス先の世界観を持つキャラなのが半分くらい当たり前な彼女は、当然ヒャッハー人です。もう書いちゃいましたので、シエスタの異母姉が寧夢になります。
戦闘能力は前回のとおり、あれでミブロウ団なら五番隊のキリ側です。

キュルケ&シャルロット&ジョゼット
以前の後書きに少し書きましたが、ガリアはオルレアン公が王位についておりますのでタバサは何の問題もなくトリステインに留学、ジョゼットは修道院に出されていたものの両親が手を回して姉と一緒に生活できるようにしてくれて、キュルケは原作通り半家出中。ルイズは『腐れ縁』と言ってますが、ご覧の通り、ルイズが勝手に壁作ってるだけで外から見れば仲良し四人組にしか見えません。



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第十六話 人造人間

本作における人造人間はインスティチュートとは無関係で、作っている間に似たものができたという体でお願いします。
そしてStrengthですが原作と少し計算方式を変えてください。
S.1=自分の体重と同じ重さのものを持ち上げられる。以降、S.1ごとに10ポンドずつ重量加算です。そうしないと1の時点で女の子の力じゃないので。
原作においてS.1で80㎏強を持ち運べるVaultパパは元軍人ですからいいですが、ルイズがそんなの持てたら怪力ゴリラ女ですし。


 時と場所を移し、州はミギクの町近くの廃墟、ルイズは近くに落ちていたゴザをかぶって寧夢からもらったスナイパーライフルの銃口だけを出し、息を殺して潜んでいる。狙うは300m先の民兵、彼は銃撃している相手しか見えておらず、まさか別方向から必中の射程に入れられているなど夢にも思っていない。

「すうううぅぅぅ、ンッ!」

大きく息を吸って止め、ルイズは引鉄を引いた。パシュンッと小さな音を立て民兵に飛来する銃弾は彼の身体に当たり、桃色の飛沫をあげる。もし実弾であれば心臓を撃ち抜かれていたことだろう。

『源一、ダウン!』

ルイズは続けざまに今撃った者と撃ち合っていたもう一人の頭を撃つ。銃弾は吸い込まれるようにもう一人の頭に当たり、桃色の飛沫をあげた。

『宇太郎、ダウン!』

先ほどから廃墟に流れているのは早苗のアナウンス。これを聞いてルイズはゴザを捨てて移動を開始する。使っているのがペイント弾であることからわかると思うがこれは模擬戦なのだ。模擬戦とはいえルイズは必死だ。この結果如何で一枠しかない台地への調査隊参加が決まるのだから。

 ルイズがミギクの町で生活するようになって2週間、ハルケギニアから州へ来た原因の調査は寧夢のロボットによってアーソー台地を中心に行われている。これにはルイズだけでなく、ミギクの町や城郭街にも必要なことであった。まず、ルイズがミギクの町に来た当日に町を襲っていたマイアラークの群れ、彼らは台地から降りてきたのだ。ルイズが才人と会った日に見たマイアラークはその時の大移動からはぐれたものであった。そして今は城郭街のジョーイ宅に居候しているスーパーミュータントの小太郎、彼も元は台地で生活していたところ、マイアラークの群れに棲地を襲撃され、熊蔵以前のリーダーであった穏健派スーパーミュータント達が死に、あのように暴れるようになったとのことであった。一見バラバラの事象に見えるが、スーパーミュータントの大移動、その原因になったマイアラークの大移動、ルイズの証言からルイズが州に来た日がほぼ一致し、これらが一連の事象となったのである。このまま何もしなければマイアラークやスーパーミュータントの大移動のような事件が起こるかもしれないとして、城郭街からミブロウ団へ、市長としては主にその後ろにいる寧夢へ調査を依頼したのだ。最初はロボットで偵察、先行調査を行い、次に人を送る。もっとも、台地に行ける人間は才人以外には今のところ寧夢しかいない。二人では心もとないとして追加の人員をミギクの町で募集することとなった。ルイズは自分のことでもあるため当然志願したが、ルイズは一次選考で落選となってしまう。原因は彼女の『S.P.E.C.I.A.L』である。『S.P.E.C.I.A.L』とは戦前、Vault-Tec社が制定し、米の国にて使われていた能力適性指標であり、Strength(筋力)、Perception(知覚力)、Endurance(持久力)、Charisma(人望)、Intelligence(知力)、Agility(敏捷性)、Luck(運)の七つの頭文字を取ったものだ。州でもこれが使用されており、ルイズも測定したのだが結果が

 

S.1▽、P.4、E.1、C.8、I.5、A.3、L.7

 

といったものであった。なお、1▽は『低すぎて測定不可で便宜的に1とする』である。この結果を見た才人が言うには『Luck一本で台地を生き残ったのは奇跡としか言い様がない。』であった。さらに字の読み書きもできず、無線を通せば言葉が通じない。これでは連れて行くことができないというのが才人の判断で、ルイズは当然食い下がったが、その時点で選考は覆らず、選考は続けられた。しかし募集に志願した他の者も似たり寄ったり、二次で落ちた者がいたところだ。そこで、偵察が終わるまでの猶予期間の間にもう一度選考することになり、ルイズはその間、ずっと自らを鍛え続けていた。彼女はStrengthの値が低すぎることで一次選考を落ちており、Enduranceも低い。この底上げのため、寧夢からトレーニングメニューを組んでもらい、二週間の間、みっちり鍛え続けたのであった。寧夢と共に過ごしているため調査の進捗はある程度知ることが出来たが、いつ終わるかはわからない。もしかすると明日には完了するかもと考えるとルイズは全力でトレーニングに励み続けたのであった。日中はトレーニング、平行して夜は体内のPip-Boyの調査をしながら寧夢から日本語と英語を教わる。後になってわかったがルイズはPip-Boyの翻訳機能のおかげで相対している相手の言葉を理解できる。しかし無線など機械を通した時は機能せず、何より字が読めない。そのため、Pip-Boyの翻訳システムをOFFにして言葉を覚えることにしたのだ。マイアラーク襲撃の時のようにONでも別の言葉を聞かせることはできなくないが、あの時は寧夢が意思の伝達より言葉の伝達をしようとしたせいで英語のまま聞こえていたのである。勉強中にそのような使い分けをするのは難しく、寧夢とルイズで聞こえる音を共有できない以上、OFFにするしかないのだ。この言語の勉強で意外にも早苗が役に立った。ルイズの使う『ラテン語』は、音が同じでも字が違い、そのため早苗はルイズが書いた字を見てそれを元にラテン語とハルケギニア公用語の辞典を作成し、ルイズにはハルケギニア公用語、ラテン語を通して英語、日本語の辞典ができることとなったのだ。

 そして冒頭につながる。ルイズのStrengthは1にも満たなかったものが現在2、Enduranceも3まで底上げされ、日本語、英語も簡単な会話ならできるようになった。もっとも、日本語は少々寧夢のような訛りが混ざる時があるが。さておき、二次選考はバトルロイヤル形式の模擬戦で、ここで前回は全員脱落したとのことである。ルイズは現在、ルイズ以外の参加者6名中5名を脱落させている。内3名はヘッドショット、2名はハートショットで、実弾であれば全員即死である。

「(あと一人・・・どこ?)」

ルイズは潜伏場所を変えるとすぐに最後の一人を索敵する。この模擬戦の参加者は7名だが、ルイズ、そして他の参加者も内訳は知らない。この廃墟にいるのは模擬戦の参加者だけなので、あと一人を見つけたらそれが最後の一人である。

「(見つからない・・・どこにいるの?)」

気ばかり急いて移動しようとして、ルイズは頭の中で地図を思い浮かべる。この廃墟群は遮蔽物が多く狙撃銃を主武器とするルイズには不利だ。そもそも模擬戦用のペイント弾は弾速が遅く、無調整時におけるゼロイン(銃弾が照準の位置に当たる)の距離も危険域(銃弾が人の頭より低い位置を飛ぶ区間)も短い。だからといって高い建物から撃ちおろすというのは悪手である。なぜなら狙撃において重力というのは重要なファクターで、高いところから低いところへ撃つ時は重力の影響が大きくなりすぎるのだ。そのためルイズは約300〜400メートルほどの中距離狙撃に適した地点をいくつか選定し、それを移動しながら横槍で他参加者を脱落させ続けていたのだが、最後の一人には当然、横槍は使えない。

「(どの死角にいるのかしら?・・・もし、よ。わたしが狙撃しようとする限り必ず死角に入ることが出来る場所にいたら?)」

ルイズは自分が選んだ狙撃ポイントは仮に射程外でも戦場を完全に掌握していると自負していた。模擬戦場を外周部から内側を狙うように何カ所か設定し、万一気付かれても中央の遮蔽物が少ない広場へ追い込むようにしているのだから死角はないはずである。しかしその前提が崩壊していたとしたら?ポイント間の移動中は完全に見張ることはできない、スナイパーに気づき、今のルイズが考える『死角』に入っていたとしたら?もう一つ踏み込み、スナイパーの存在を最初から想定し、『死角』に潜んでいたとしたら?

「ッ!?」

ぞわっとルイズの首筋に冷たい感覚がする。何かが触れたのではない、殺気のようなものを感じたのだ。この時、ルイズは確信した。中央に向かって狙い続ける彼女の死角、戦場の外縁部、ルイズの背後に最後の一人はいると。

「そこぉ!!」

ルイズはライフルを自身の背後上方へ向けつつ発砲した。しかし背後にいた最後の一人はそれを避けながら銃口より手前に踏み込み、ルイズのライフルを外側へ反らしながらマウントポジションを取ってナタのような短剣を突き立てようとしてくる。短剣と言っても訓練用のゴム製、もしそれがルイズに突き立てられた場合、彼女と襲撃者を映すため、二人それぞれに光学迷彩で姿を隠してついているドローンのカメラが早苗にルイズの脱落を知らせることになる。ルイズは必死に抵抗した。襲撃者の腕をつかみ、押し返そうとする。しかし自分より何回りも大きく力も強い相手をS.2程度の腕力で押し返すことはかなわず、とうとうルイズの首に短剣が当てられた。もし真剣であればルイズは頸動脈を切られて絶命していたことであろう。

『はわぁ!?ルイズさま〜!!』

「早苗、試験官は公平に!!」

襲撃者は見えていないカメラの方向にアタリをつけて叫ぶ。

『才人さま、失礼いたしました〜!ルイズ、ダウン!』

脱落のアナウンスが流れてルイズは襲撃者、才人の腕を離し、大の字で寝転がった体勢のまま彼に苦言を呈する。

「サイト、試験官が混ざるなんて反則じゃないの!?」

「仕方ねぇだろ?ここが一番見やすいんだからよ。」

才人は模擬戦が始まってずっと模擬戦に参加して全員の戦いを見ていたのだ。隙があれば今、ルイズにやったように訓練用ナイフで脱落させるというのが彼の役目である。

「わたしだけじゃなくて、他の人だってサイトに勝てるわけないじゃないのよ!?」

「お前、それは通らねぇぜ?実戦じゃ敵を選べねぇんだからな。」

ルイズはこれに反論できず口ごもる。すると才人は、本来ならば後で言うべきことをここで言ってしまう。

「二次選考、合格だぜ。」

「え?どうして?わたし、サイトに負けたのに・・・」

「お前が答え言ったじゃねぇか?俺に勝てるわけねぇって。」

二次選考の基準は最後まで勝ち抜くことではなかったのだ。そもそも模擬戦に参加した者達では才人に勝てないのは当たり前であり、最後まで勝ち抜くことでは誰も合格できるはずがないのだ。

「俺が見てたのは戦ってる最中でも自分を含めて全体を俯瞰できるかどうかだったんだよ。」

たしかにルイズは常に全体を把握し、適した時に適した相手を狙撃してきた。これをルイズは知識として知っていたわけではない、全て直感でやってのけたのだ。

「ま、一次選考抜けられたら最後はお前が残るとは思ってたけどよ、想像以上だったぜ。」

「想像以上って何が?」

ルイズに尋ねられ、才人は恥ずかしそうに答える。

「最後な、実はお前が気付く前にナイフを当てるつもりだったんだけど見つかったろ?」

「え!?じゃあアレ、わたしの勝ち・・・イタッ!?」

コツンとルイズは訓練ナイフの柄で小突かれる。

「調子乗んな!死亡判定食らったのはお前だろ?」

才人は口ではこう言うが、もしルイズにもう少し経験があれば負けていたのは自分だと自覚している。

「あぁいうときは素直にサイドアームに切り替えろ。至近距離じゃライフルってのは取り回しにきぃからよ。」

あの時、ルイズがサイドアームのマシンピストルをバックショット、すなわち後方の敵を目視せずに撃つことができたら、できなくてもマシンピストルに持ち替えて撃っていたとしたら、死亡判定を出されたのは才人であったろうと彼は考えているのだ。狙撃の才能、何でも爆発させる能力、そしてまだ鈍いが後ろに目があるかのような洞察力。才人はルイズに対して空恐ろしいものを感じたのであった。

 模擬戦の翌々日、ルイズは才人、寧夢に連れられ、台地目指して旅立った。ロボットが怪しい反応を探知すると同時に通信が途絶えた場所があり、そこはなんと、件のB-rim-Lの研究関連施設付近だったのである。町の防衛設備等は今となっては完全に復旧し、とりあえずは問題ない。最悪、城郭街へ緊急連絡すれば応援も来てくれる手はずである。ルイズは寧夢のロードファイターの助手席に座り、いつでも機銃を使えるように気を張っている。後ろの席には早苗が待機モードで乗せられている。

「そんな肩ひじ張っちゅうともたんよ?」

「だ、だってこの前のばいかー?みたいなの来たら・・・」

「大丈夫よ、才人もおるし、こげんトコおるとしたら足の遅い盗賊やけん、振り切れるわ。」

と、寧夢は妙に慣れた口調で言った。

「ネムはさ、この辺通ることあるの?」

「うん。まぁ、才人とは違う道やけど。ウチね、たまに湯の国に帰ることあるんよ。アッチでもウデ、認めてもらっちゅうし。」

「帰る?ネムの話し方って訛りがあるらしいけど、もしかして『ユの国』から来たってこと?」

ルイズが尋ねると寧夢は年相応の笑顔で答える。

「半分正解、ウチの父ちゃんが湯の国の出でね、便利えぇんと母ちゃんと一緒になったけぇ、ミギクの町に移って来たんよ。」

寧夢の父は元々、湯の国で技師をやっていた。しかし湯の国でできる技師としての修行には限界があり、州の中心である火の国に技術習得のため来たのだ。ここでミギクの町を興した一族の末えいである彼女の母と出会い、二人の子を成し、台地を越えた交流の基礎を作ったのである。

「それまでは台地越えたとしてん、商売してもらえんかったんよ。やけど父ちゃんが来たけん、顔が繋がって直接やりとりできるようになったんや。」

これはハルケギニアでも同じだが、交易するには信用が必要だ。仮にどれだけ優れた物を持っていったとしてもどこの誰かもわからない人間とは交流のしようがない。寧夢は父親と母親の出会いが結果として生んだことを嬉々としてルイズに話す。

 湯の国は戦争以前から交通の便が悪く、排他的なところがあった。そこで台地北側にあり、戦前の州における中心で、そのため核攻撃を受け現在では州で最も汚染が酷く、かつての都市を鉱山として生計を立てる『白の国』を通して交流していた。しかし白の国がいわゆる中継交易をする以上、手数料を取られる。それは白の国も商売だから仕方がない。ここに台地を越える新たなルートができたのだ。最初は白の国も不満を持った。仕事を奪われる以上、これも当然である。しかし台地越えはどれだけ準備をしても危険地帯を越えることに変わりはなく、道も険しいため大規模輸送ができなかったのだ。白の国でも小規模輸送は請け負っていたが、それは大規模輸送に付随するサービスに近く利ざやはそれほど大きくなかった。バイク便で良いところを大型トラックを使っていたと考えればわかりやすい。結果として白の国は利ざやの少ない小規模輸送を失うかわりに大規模輸送を効率化して増やすことができ、火の国城郭街をはじめとする大規模輸送を白の国に頼んでいた所は使用できる大規模輸送が増え、生産、供給する者達は増産できるようになり、在庫を預かるいわゆる倉庫業者のような者達は空いている倉庫というものがなくなった。需要供給をつなぐ流通が太くなった結果はWIN-WINどころでなくWIN-WIN-WIN-WINといった状態であったのだ。念のため補足するが、寧夢の父母の出会いはきっかけの一つであり、これらの発展は州に住む人々皆の功績で、寧夢は多かれ少なかれ両親のことを誇張している。両親のことであるから多少は大目に見てやってほしい。

「じゅよー、きょーきゅー、りゅーつー?」

ルイズは、ハルケギニアではまだ経済学として確立していない言葉を尋ねる。

「ほら、ルイズはん練習したやん?取引の。何かを欲しがっちゅう人んところにそれを持っていく。代わりにこっちが欲しい物か他の人が欲しがりそうな物もらう。欲しがるんが需要、持っていくんが供給。ウチらは歩いて運んだけどそれが流通。それがたとえばよ、部品をぎょーさん作って、街中の店にトラック何台も使うてぎょーさん卸したらどげなるやろ?」

この説明を聞いてルイズはピンと頭に浮かんだ答えを口にする。

「ラーメンがいっぱい食べられる!」

ガクッと寧夢はハンドルに鼻をぶつけてしまう。

「あら?わたし、ヘンなこと言った?」

早苗から、『クスクス』といった風な電子音声が流れている。

「いやね、間違っちょらんよ、その通りなんよ、けど何でラーメン?」

「それは、ほら、おいしかったから。」

「せやね、帰ったらまた行こね。」

寧夢は笑いながらも運転はしっかりしていく。

 途中、肌が焼けたような熊や大きなハエといったものを見たが、向こうも追いつけないとわかっているからか追ってこない。デスクローはルイズが州に来た頃、才人とルイズで狩ったからか縄張りの空白地帯となっているらしく見ることはなかった。そして目的の場所、ロボットの偵察で不審なエネルギー反応を探知した地点付近。才人は突然バイクを止めてしまう。

「才人、どしたん?」

寧夢もロードファイターを止め、窓を開けて才人に尋ねる。

「なぁ、俺、外で見張りしてていいか?」

ルイズは寧夢の後ろから才人の顔を見て尋常でないと悟る。彼の顔は蒼白、冷や汗を流し、小刻みに震えている。

「らしゅうないねぇ・・・そやった、ここらやったね?」

寧夢は原因に勘付き、目を閉じる。

「わかったわ、待っちょってええよ。」

そう言って寧夢は窓を閉めるとエンジンを止め、降りると来る途中にスリープモードになっていた早苗を小突いて起こし、ルイズも降りてライフルの準備をする。

「ルイズはん、建物の中は狭いけん、マシンピストルがええよ。」

「ええ。」

ルイズはスナイパーライフルを背中に担ぎ、マシンピストルを手にして準備を終え、目的であろう建物を見る。それは小さい倉庫のような建物で、魔法学院であれば厩舎よりも小さい、物置といったくらいの大きさだ。しかしルイズは寧夢の別宅やジョーイの診療所を見ているため、同じように地下室への入り口だと考えた。

「早苗は先鋒でクリアリングして。次にウチ、呼んだらルイズはんもついてきて。」

寧夢はルイズと早苗にそう指示し、才人を心配そうに見た後『物置』をにらむ。早苗がまず物置に入り、しばらくして早苗が続き、呼ばれてルイズも中に入る。直前、ルイズも心配になり才人を見るが、彼は右手をこめかみに当ててルイズに『大丈夫だ』とアピールするように敬礼し、ルイズはそれに答えるように中に入る。中は長い階段で、かなり深いところまで続いている。最初に出た部屋には大きなゴキブリの死骸が転がっていた。あるものを両断され、あるものは焼け焦げ絶命しており、ルイズはそれを嫌そうな目で見る。

「ネム、何してんの?」

「や、ホラこれも貴重な食べ物やし、才人にお土産でもって。」

ルイズが見た時、寧夢はゴキブリを解体し、肉を回収していたのだ。ルイズもこの二週間のうちに、今までは使用人の仕事であった動物の下処理を覚えていたが、できるからといって虫を食べる気だけは起きなかった。

『ご主人さま、あんまり欲張ると後できつくなりますよ?』

「ほい、早苗。持ってな?」

『はうぅ、結局私に持たせるんですね〜』

文句を言いつつも収納庫にローチの肉をしまう早苗もやはりロボット、三原則には逆らえないのかもしれない。

 建物に入ってからは早苗が先鋒なのは変わらないが、移動中はルイズが真ん中、最後尾が寧夢という並びになった。扉を開けて中に入る時は建物に入った時と同じくルイズが最後である。これは早苗はロボットであるためAI基盤が破損しない限りは問題ないため攻撃を受ける可能性が高い先鋒、安全確保のため二番目に寧夢、確保されてからルイズが入るという順番と、移動中は前からの敵と、万一見落としたりして後ろに回られた時に対応するため寧夢が最後尾となっているのである。しばらく進んで寧夢は休憩を提案した。ルイズの顔に疲労の色が見えたため、出来るうちにと思ってのことであった。最初、ルイズは向かい合って座ろうとするが寧夢に止められ、背中合わせに座り、休憩の必要が無いのと、来る間寝ていたことに対する罰で早苗を周囲警戒させる。これは万一、奇襲された際にすぐ動けるようにするための休憩方法だ。ここまでのことをルイズは寧夢から教わり、自分がまだまだ知らなければならないことが多いと痛感する。

「ずっと気をつかってくれてたのね。ゴメンね、ネム。」

「お礼言わないけんのはウチよ。ルイズはんが来てくれんやったらここ、下手するとウチと早苗だけで入ることになったかもしれんけん。」

「それなんだけど、サイト、どうしたの?てっきりわたし、早苗が見張りになって三人で来ると思ってたのに。」

「ホラ、話したやん。ミブロウ団のこと。ここら辺やったんや。この中かはわからへんけど。」

二人は背中合わせのまま話している。互いの表情は見えないがルイズには寧夢が顔をゆがめているのが声から感じ取れた。ミブロウ団の壊滅、生存者は才人一人。40人、それも大部分は才人以上の猛者達が壊滅したという。

「変なこと聞くかもしれないけど、死体とかどうしたの?こんなところ、取りに来れないでしょ?」

「それなぁ、死体がなかったんよ。見たトコ、この中にもないしね。まぁ、レーザーとかプラズマで跡形もなく消し飛んだとか、動物に食われたとかも考えられるけんど、それにしては綺麗すぎてん。で、才人はボロボロで帰ってきて、何も覚えちょらんやったし。」

「本当に、何があったのかしらね?案外・・・」

ルイズは何かを口にしようとして言うのをやめる。

「どしたん?」

「いえ、バカバカしいこと考えただけよ。いくらなんでもそんな都合良くないわ。」

ルイズは『実はみんなハルケギニアに行ってたりして』と、考えた。しかしそんな都合のいい話があるわけないと考え、言うのをやめたのだ。

 ルイズ達が休憩していたのは施設のラウンジのような部屋だ。ここまで進んできた寧夢の見立てでは、何らかの研究所で間違いないが、これといって特殊な施設には思えないというのが寧夢の談だ。

「地熱利用、カルデラ地層研究・・・関係ない書類ばっかり。変やとすれば、一貫性がないんよね。」

「ネム、ちょっといいかしら?」

ルイズが寧夢と共に調べていた書類を並べて見ながら尋ねる。

「わたしさ、難しいのは読めないけど気になったことがあってね。これってさ、同じ人が書いたのかしら?」

「どゆこと?」

「こう、字の形が違うっていうか・・・」

ルイズの見立ては素人目であったが、同時に寧夢が見落としていた部分を見つけていたのだ。

「ホンマや、これ、フォントがちゃう!それに続きの書類で変わっちゅうのはおかしいわ!」

普通、字のフォントは素人が適当に打った文章でもないかぎりコロコロと字体、フォントを変えたりしない。同じ書類ならばなおさらだ。つまりここにある書類はどこかからバラバラに持ってきただけの擬装用なのだ。

「早苗、壁と床を調べて!多分、隠し通路があるはずや!」

『は〜い、りょ〜かいで〜す!』

早苗と寧夢は壁と床をコンコンと叩いて調べていく。ルイズはそれがどのようになってるかわからず、手伝うこともできずに壁にもたれかかって眺めていた。と、その時、ルイズが触れた壁が『カチッ』と音がして掌ほどの広さ分だけ壁に沈み込む。すると、ガラガラガラと音を立てて壁がルイズが背を預けている箇所を軸に回転した。

「え?ちょ!?ネム、サナエ!?」

「ルイズはん!?どんだけよ、自分のLuck!?」

この世界かどうかはわからないが、州で米の国と呼ばれる海の向こうで将軍と呼ばれた男はとある秘密結社を偶然見つけてしまったというのと同クラスの強運である。Luck.7は伊達ではない。

 隠し扉の向こうは洞窟、壁はむき出しの岩肌に最低限の光源があるだけだ。どんどん下へ降りていき、広い部屋にぶつかると早苗と寧夢はルイズが先に行かないよう制止した。

「どうし・・・むぐ?」

「静かに。」

寧夢がそう言いながらルイズの口を手で押さえる。部屋の中には白い骨人間のようなものが歩いていたのだ。骨人間は金属のような光沢を放っている。

「どうして人造人間が・・・」

「人造人間って州の人と成り代わるっていう?」

「ん?言うたことあったっけ?」

「前、サナエからね。」

寧夢は早苗を一瞥する。『いらんこと言っちょらんよね?』といった視線だ。

『い、いえ、その以前左京さまのお話をした時に・・・』

「そうよ、それだけ。それよりどうする?」

ルイズに尋ねられ、寧夢は人造人間の数を確認する。

「・・・2体、いけるね。ルイズはん、左の遠くのヤツを。」

「え?ええと・・・」

「安心しぃ、あのタイプは左京と違うてメイメイや立花ほどのAIも積んじょらん、人造人間言うても人間やない、ロボットとも言えん人形やけん。」

ルイズが逡巡しているのを悟った寧夢が、ルイズが撃てないであろう疑念に答える。するとルイズも落ち着き、すっと深く息をする。落ち着くとたしかに人造人間には生気といったものがない。ルイズにスイッチが入ったのを見た寧夢は近くにいる『右側』に忍び寄り、後頭部を義手で掴み、高圧電流を流した。バチンと音がして人造人間はダラッと腕を降ろして動かなくなり、もう一体はルイズが頭に三発、寸分違わず同じ場所に銃弾を撃ち込み破壊する。二体の人造人間が倒れると寧夢は早苗と共に部屋を調べる。部屋の中は機械、ホロテープ、書類が散乱し、どうも人造人間達はこれらを処分しようとしていたようである。寧夢は早苗と残された書類、資料を片端から回収し始める。ルイズはあらかじめ資料は持ち帰って調べると言われていたので、部屋の奥を確認しに行く。奥には別の部屋があり、中には壊されて原型をとどめておらず、大部分が持ち去られた機械の残骸が転がっていた。こちらには何も無さそうだとルイズが判断し、元の部屋に戻ろうとした時、

「ウソや、ウソやウソやウソやあああぁぁぁ!!!」

と突然、寧夢の叫び声が聞こえ、ルイズは飛ぶように戻った。

 

『ご主人さま、お気をたしかに!!』

早苗は寧夢の隣で彼女を落ち着かせようとしているが、寧夢は叫び続ける。

「ネム、どうしたのよ!?」

ルイズは寧夢を早苗と挟むように寄り添い、話を聞こうとして寧夢が直前まで見ていたものを見た。

「・・・何、これ?」

ルイズもそれを見て思考停止してしまう。同時に、『カツン、カツン』と上から足音が聞こえてくる。

 時間を少し遡る。外で見張りをしていた才人の元に男が一人、近づいてきた。才人はここまでこの男の気配にまったく気づかなかったが、驚くより先に才人は男に銃を向けた。

「止まれ!」

これまた才人らしくない、彼ならば台地で見知らぬ者が近づいてくれば問答無用で発砲する。にもかかわらず、指が引鉄を引けないのだ。

「禁則事項No.11さ、撃てるはずがない。」

「な、何だよ、それ?」

近づいてきた男はとうとう自分に向けられていたショットガンの銃口を横に払い、才人の額に人差し指で触れる。男は寧夢ほどの身長しかなく、才人目線では手足もヒョロヒョロ、身体はガリガリ、なのに才人は男に抵抗らしい抵抗ができない。そして男の服装も目を引いた。我々の世界においても地域ごとで服飾というのは変わる。東アジアという狭い地域で見てもかつてはまったく違ったし、洋の東西となればさらに大きい。才人から見た男の服装は別世界のものとしか思えなかった。近いとすればルイズの服装に近い。

「rim-s-m-3No.117、コードstyeygxi5371。」

男がそう唱えると才人の全身に電流のようなものが走った。そして自分の意思と関係なく男に向かって直立不動の姿勢をして銃を立て、男に敬礼のような動きをする。

「117、地下に侵入者あり、速やかに排除せよ。」

「グ・・・この・・・」

「以前と違って頑張るじゃないか。しかし、いつまでもつやら?」

才人は壊れたからくり人形のようにゆっくりとルイズ達がいる研究所に入っていった。

 寧夢とルイズが見つけたデータは削除される途中であったものを寧夢が復元したのだ。その中の一つは人造人間名簿、そこにrim-s-m-3No.117という文字列と才人の顔写真が載っていたのである。カツン、カツンと足音がしてルイズは寧夢を安心させようとして考えついたことを口にする。

「きっと手の込んだイタズラよ、サイトが人造人間ですって?バカも休み休み言ってほしいわよね?」

「ええよ、気安めなんか言わんで。これをウチらが見るとか、予測でけんやろ?」

寧夢がそう言った時、足音がとうとう部屋に入ってきた。

「ほら、本人に聞くのが一番よ、ねえ、サイト・・・」

ドンッとショットガンの発砲で才人は答えた。

「・・・コロセ・・・」

抑揚のない才人の声、ハラッと地面に落ちる桃色の髪。才人の撃った散弾の一つがルイズの髪にかすり、二、三本ほど髪が切れたのだ。

「ルイズはん、こっち!!それはもう才人やない!!」

寧夢はルイズが先ほど入っていったガラクタだらけの部屋の方で手招きしているがルイズはあまりのことに放心して動けずにいた。

「あぁもう!早苗!!」

『はい、ご主人さま!!』

早苗はルイズの元に全力で飛んでいき、ルイズを抱えて戻ってくる。

「しっかりしぃ!!」

「ふぇ!?ネム!?さ、サイトが、サイトが!!」

「あれを才人なんて呼ばんで!とにかく、下!!」

幸いにも才人の動きは壊れかけのガーゴイルのように鈍重で、ルイズ達は難なくガラクタ部屋に入ることができたのであった。

 ガラクタ部屋の入口は広く、ドアなどない。岩盤がむき出しの洞窟のようになっており、寧夢はタレットをクラフトして入口に備え付け、早苗と共にガラクタの一部を解体して簡単な防壁を作ってルイズ、早苗、寧夢は身を隠す。

「なんで、どうして!?サイトが、わたしを・・・」

「せやから、アレは才人やない、才人の皮被った人造人間なんやって!!」

寧夢はルイズの肩をつかんでまくし立てる。彼女の目には涙、ルイズは泣いている寧夢の手に自分の手を重ねた。彼女からすれば、愛した男はとっくの昔に殺され、別人に成り代わっていたということだ、平静であれというのが無理な話である。

「ゴメンな、ルイズはん、取り乱して・・・ねぇ、お願いがあるんやけど・・・」

寧夢はルイズが握るマシンピストルをルイズの手の上から握って静かに言う。

「あの、才人のフリした人造人間を・・・壊して。」




まさかの才人が人造人間!
さて、ルイズは成り代わることのできる人造人間であった才人を何と考えるか!?


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第十七話 別離

本当はここまでで十話を想定してましたが、気付くと十七話。


『あの、才人のフリした人造人間を・・・壊して。』

寧夢の言葉をルイズは理解できなかった。いや、理解するのを頭が拒否している、いつぞや盗賊の少年を殺せと言われた時と同じ、いやあの時より強く拒否しており、『言い訳』すら思いつかない状態だ。カツン、カツンと足音は近づいてきて、ダダダダダッと寧夢が設置した即席タレットが発砲を開始する。途切れない発砲音はドンドォンと爆発音がして沈黙する。タレットはあくまで固定砲台であり、射角にどうやっても穴ができる。その穴から撃たれ、破壊されたのだ。少しずつ才人だったものが近づいてくる足音を聞いていたルイズは視界の暗転でいつぞやの『アイツ』の気配を察知し身構えた。

 

『久しぶりに呼んでくれたわね?』

暗闇に響くルイズ自身の声、生活が安定していたためか姿を潜めていたもう一人のルイズだ。

「呼んでるつもりもなければ呼びたいとも思ってないんだけどね。」

『またまた〜、前にも言ったじゃない?』

「わたしが呼びたいから出てきてる、でしょ?」

ルイズはもう一人の自分の言おうとしたことを先取りして言ってしまう。

『あら?案外素直ね?』

「・・・まあ、ね。」

『それはいいのよ!アンタさ、迷ってるんでしょ?どうしたら良いかって?』

もう一人のルイズがそう尋ねると、やはりルイズは間髪入れずに答える。

「サイトを殺すかどうか?」

『話が早くて助かるわ!当然・・・』

「サイトを殺すべき。『魔法』なら痛みを感じる暇もなく殺せる。そしてこれからはネムを頼ればいい。」

ルイズはまたもやもう一人の自分の言おうとしたことを先取りしてしまう。

『やっとわかってきたわね。そうしないと死んじゃうのはアンタなんだから。』

「・・・ヤよ。」

ルイズはもう一人の自分に呟く。

『え?何?』

「イヤだって言ったのよ!」

ルイズは力一杯、もう一人の自分に反発した。

「サイトは人造人間かもしれない、本物のサイトを殺して入れ替わったのかもしれない、けどね、飲まず食わずでさまよってたわたしを助けてくれたのはこのサイトなの!わたしの考えを『うらやましい』って言ってくれたのも!そんなサイトを殺せるはずがないでしょ!!」

『ちょ、ちょっと、さっきから【殺す】って何!?【壊す】でしょ!?』

もう一人のルイズは、ルイズが知るかぎり初めてうろたえた。

「あんたはサイトをガーゴイルか何かと思ってるみたいだけど、サイトは人間よ!会ってそれほど時間は経ってないけど、自分で考えて生きる人間!その証拠に、わたしが盗賊の男の子を逃がした時、わたしに理由を聞いたわ!聞いて考えて、その答えが『うらやましい』だったのよ!」

ここぞとばかりにルイズはたたみかける。

『けど、殺さな・・・壊さないならどうするの!?ここ、逃げ場無いのよ!?』

「正直なところ、ロクな考えなんて無いわ。けど、行き当たりばったりでも何とかするだけよ!」

勢いで押し切ったルイズに、もう一人の彼女はとうとう絶句する。

『ここまでバカだとは思わなかったわ。』

「そうね。バカもバカ、大バカよ。あんたの正体に勘付くのにこんなに時間かかっちゃったし。」

ルイズの言ったことに、もう一人のルイズはおどけ始める。

『ついに気づかれちゃったわ、そう、あたしは悪魔、宿敵エルフを守護する・・・』

「そういうの、いらないから。そもそも、最初に言ってたしね。」

ルイズはもう一人の自分の前に堂々と立つ。

「あんたは・・・わたし。」

ルイズがもう一人の自分を見据える目には迷いも怯えもない。

『そ、そんなこと言ったかしら?』

「言ったわよ、最初に出てきた時にね。」

むしろもう一人のルイズの方がうろたえているという状態だ。

「大方、わたしの中にあるナノマシン型Pip-BoyとやらがV.A.T.Sでも使って見せてるんでしょ?そうすればこの長い問答をサナエが一瞬って計算したのも説明がつくしね。さ、もうわかったでしょ?あんたはわたしに必要ない。」

ルイズがそう言っている間にもう一人のルイズは光の粒のようになっていく。

『イヤ、消えるの!?そんな・・・』

「安心なさいな、元に戻る、それだけよ。」

ルイズがそう言ってもう一人の自分を抱きしめるようにすると、もう一人の彼女は完全に消滅し、ルイズの中に入っていった。

-不要なアプリケーション、自己保存アドバイザーをデリートしました-

ルイズの耳にどこからとなくそう聞こえると、元の場所に戻る。そして彼女は、もう一人の自分が現れることはないと確信し、立ち上がった。

 

「ルイズはん、やってくれるん?けど、危ないけん迂回して・・・」

「その必要はないわ。」

ルイズは寧夢が作ったバリケードを飛び越え、ちょうど部屋に入ってきた才人の目を見る。

「ルイズはん、たしかにその服は防弾繊維やけど、ショットガンの直撃なんてもろたら・・・」

「骨が砕けて内蔵がグチャグチャになって死ぬ。けど、大丈夫、絶対に当たらないから。」

そうは言っているがルイズの顔は青い。彼女にとっては確信だが、それに命を賭けるとなると手が縮むのは当然である。

「サナエ、ネムをその壁の後ろに隠れさせてて。流れ弾がいくかもしれないから。」

『で、ですがルイズさま、ルイズさまは!?』

「大丈夫よ、わたしには当たらない。」

そう言うとルイズはライフル、ピストルを地面に置き、両手を拡げて才人に歩み寄って行く。

「クル・・・ナ!!」

才人が撃った弾はルイズの右足元に当たり、岩片がルイズの足に小さな切り傷をつける。しかしルイズは止まらない。才人はルイズの近くに何発も撃つが、足元に当たるだけでルイズには散弾の一つも当たらない。彼女はガラス片のシャワーを浴びても傷一つ付かない強運の持ち主なのか?いや、違う。たしかにLuckの値は7だが運に頼っているわけではない。ルイズが先ほど才人を見た時、目がハルケギニアにおける魔法の『ギアス』をかけられているかのようであったのだ。これをかけられた者は術者の言うとおりに動いてしまうのだが、これに才人は抵抗しているのではないかと考えたのである。もし、完全に支配されているのであれば先のように『ころせ』だとか、『くるな』とすら言わず、ルイズの頭を問答無用で撃ち抜いているはずなのだ。

「(正直、怖いわ。けど、もしサイトに呼びかけられたら・・・)」

ルイズは抵抗を続ける才人の心に呼びかけ、『ギアス』のようなものを解除させようと考えたのである。しかし、難しいことにかわりはない。少しでも無用な刺激を与えれば途端にギアスに飲み込まれてしまうやもしれない。そのため、歩いて近づくしかできないのである。

「(あと5歩・・・)」

「ヤメ・・・ロ」

ドンッとショットガンが火を噴く。今度はルイズにダメージを与えた。

「・・・耳元は勘弁してよね。」

銃口は発砲直前にルイズの横にそらされ、彼女の耳がキーンと鳴る。しかしこれでルイズは才人に触れられる距離まで近づけた。

「サイト、お願い、目を覚まして!」

「ン・・・ア・・・グ・・・ア・・・」

才人はショットガンを足元に落とし、ナタを抜く。彼の頭の中で何度も命令が下され、それを全て拒否しているのだ。

『目の前の敵の頭にナタを叩き込めー断る!ー再度命令、目の前の敵の頭にナタを叩き込めーうるせえ!!ー再度・・・』

「黙れ!!!」

パチンッと、才人は自分の頭の中で音がしたように感じると、目の前に見知った少女が心配そうに自分を見上げていると認識した。これまでは黒い影のようなものだったのに、クリアになっている。スルッと手からナタが滑り落ち、地面に落ちると彼の全身から力が抜け、ルイズに覆い被さるように崩れ落ち、ルイズはとっさに才人の身体を支えた。当然、ルイズでは完全に抱きとめることはできず、才人が自分でバランスを取るまで巻き込まれる。

「ルイズはん!早苗!!」

『いえ、ご主人さま、よくご覧に!!』

寧夢は早苗にルイズを助けさせようと指示を出すが早苗はルイズがこちらに手を出し、制止しているのを指摘する。

「ったく、無茶すんなよ、言ったろ?殺せって。」

「できるわけないでしょ、そんなこと。」

ルイズの賭けは成功した。才人のギアスは解け、正気を取り戻したのである。

「ネム、サナエ!もう大丈夫よ!!」

ルイズがそう言って寧夢達に手を振ると、寧夢はバリケードに背を預けて、手だけを出して答える。

「ゴメンな、ルイズはん。腰抜けてもうて。先にそれと上、戻っちょって。」

「え?ええ。」

ルイズは寧夢の言葉に違和感を感じながら自分のライフル、ピストル、才人のショットガン、ナタを拾い、才人に肩を貸し、上へ戻る。

『ご主人さま?』

早苗も、寧夢の様子がおかしいことに気づいて、カメラで彼女の顔を覗き込む。

「ハハ・・・アハハ・・・」

乾いた笑い声を出しているが、寧夢の目は笑っていない。

「早苗、たしかピストル、拾っちょったよね?」

『は、はぁ、ございますが?』

「それ、出してな?」

寧夢は早苗から10mmピストルを受け取り、弾丸が入っていることを確認すると、立ち上がった。

 先に外に出ていたルイズと才人は、才人が楽なようにと考え、バイクに腰を預けさせて何があったのか話している。

「変な野郎が来たんだ。気配も無ぇし、何でか知らねぇが撃てなかったんだよ。」

ギアスの影響か、才人の記憶はあやふやであり、やはり要領を得ない。

「その人、顔は見た?」

「見た。や、見たんだ、けど、顔だけモヤみてぇのがかかったみたいに思い出せねぇ。・・・そぉいや、服がお前そっくりだったな。まさかと思うけど、同郷かもしれねぇぜ?」

「同郷ってハルケギニアから来た人ってこと?まぁ、わたしがいる以上いなくはないと思うけど、服が似てるだけじゃちょっとねぇ・・・」

と、二人が話していると、寧夢が研究所から出てきた。生身の右手にピストルを持ち、幽霊のようにユラッと歩いてくる。

「あ、ネム!よかった、ちょっとネムの意見も・・・じょ、冗談はやめてよ、ね?」

ルイズは寧夢が自分たちにピストルを向けたのを見て、ふざけて人造人間の真似をしていると考えたが、寧夢は発砲でそれに答えた。おそらく才人を狙っていたであろう弾丸は見事に外れ、バイクに命中したのである。

「ルイズはん、ウチの銃の腕やと流れ弾に当たるけん、どいてな?」

「ちょっと、ウソでしょ?やめてよ!」

「ウソなんはそれや!!」

寧夢は才人を銃口で指して叫ぶ。

「きっとミブロウ団が壊滅した時や!才人を殺して、それが入れ替わったんや!!どげやって壊滅させたかはわからんけど、それが才人と入れ替わったんが証拠や!!」

「ま、待てよ、寧夢。何の話・・・」

「黙りぃ!!才人の真似せんで!才人の声で話さんで!!」

ルイズは寧夢の目を見て、本気で銃を向けていると理解し、説得しようとする。

「ネム、落ち着いて!仮にサイトが人造人間だったとしても、サイトが悪いわけじゃないでしょ!?悪いヤツにギアスみたいなのをかけられて洗脳されてたんだから!!」

「それを才人っち呼ばんで!!それは、才人のフリして・・・何辺もウチの身体をオモチャにしたんや!!」

これを聞いてルイズは頭に血が上った寧夢を説得するのは現状不可能だと考える。この恨みは筋が通っているのだ。寧夢からしてみればここにいる才人は、好きな男を殺して顔と身体をそっくりに作り替え、何度も才人のふりをして寧夢を抱いたと言われたら反論できないのだ。しかし、だからと言ってルイズは才人を殺させる気にはならない。

「・・・先に謝っとくわ、ゴメンね、ネム!!」

ルイズはマシンピストルで寧夢が持つ銃、義手、義足、ロードファイターのタイヤを二つ早撃ちで撃ち抜き、才人をバイクに乗せて走り出した。動かし方は初めて才人と会った時の見よう見まねで、一気に加速させてその場を離脱した。一方、寧夢は義手と義足を壊され、銃も手の届かない所へ飛ばされてしまい遠く離れていくルイズ達に何もすることができず、先に指示した仕事を終えて、後から追ってきた早苗は惨状を見て寧夢に近づいて尋ねる。

『ご主人さま、これは何事ですか!?』

「早苗、今はそれどこやないけん、とりあえず義肢の予備部品、お願い。ルイズはん、えげつないことするわぁ・・・」

寧夢の義肢は幸いにも、いやルイズがあえてそうなるように狙ったおかげで基幹部に破損はなく、寧夢にも修理できる範囲であった。ルイズも寧夢の弟の思い出の品を破壊するなどというのはためらわれたのである。

「う、ウウ・・・グスッ・・・」

寧夢はまず義手を修理しながら、今まで我慢していた涙を流した。全壊でないとしても弟の思い出の品を壊されたこと、才人に化けた人造人間に何度も身体を許していたこと、初めてできた同性の友人との関係が壊れてしまったこと、何が最も悲しいのか彼女にもわからないまま泣き続けたのであった。

 一方、バイクで逃亡したルイズと才人であったがしばらくしてバイクから煙が出始め、後輪がはじけた。二人はとっさにバイクから飛び降り、制御を失ったバイクはあさっての方向に滑っていって爆発炎上する。才人は出発前、しっかりとバイクを整備していたのだけら整備不良はありえず、考えられる原因は寧夢の撃った銃弾が偶然にもバイクに致命的なダメージを与えていた以外に存在しない。

「ネムってばこんな時だけどうして上手くなるのよ・・・」

寧夢の銃の腕はひどいもので、一緒に射撃訓練をした時、人の上半身をかたどった的に、ピストルで一発かすらせることしかできず、ルイズと寧夢の二人で笑い話にしたほどだ。もっとも、寧夢はバイクを狙ったのでなく才人の眉間を狙っていたのだから大ハズレも大ハズレであるが。ともあれ、二人に怪我はなく、ルイズは才人に話しかける。

「ここ、どこかわかる?」

これに才人は何も答えない。ずっと座ったまま、炎上したバイクをながめている。

「ねえ、聞いてる?」

ルイズは業を煮やし、才人の肩をつかんで振り向かそうとして、才人の異変に気づいた。目の焦点が定まっておらず、生気が感じられない。まさか座ったまま死んでいるのではと思い、口に手を当て、そして胸に耳を当て心音を聞く。息もしているし呼吸もしている。

「(と言っても人造人間らしいし・・・)」

ルイズは人造人間というのが何なのかよくわかっていない。せいぜい、州の人間と成り代わるらしいこと、先ほど壊した骨だけ、成り代わったりせずに暮らせていたらしい左京、そして才人のように人間そっくりで成り代わった者の三種類はいること、成り代わった者は見ただけでは判別不可能なこと、そしておそらく、生理現象も人間と同じであることくらいだ。生理現象については、たとえば食事をしない、寝ないとなれば簡単にバレると考えたルイズの推測であるが、的中している。そこから、人造人間が人間そっくりのガーゴイルとして予想したのが、いくつかの機能がバイクから飛び降りた時に故障したとしても、呼吸や心音を偽装しているかもしれないということだ。

「・・・ねえ、お腹すいたわ、何か無い?」

ルイズは試しに質問してみる。が、反応はない。

「食べものとかあるかしら?」

今度は炎上したバイクを指差す才人。これはメイメイや立花のAIよりひどい。メイメイ達、プロテクトロンはいわゆる『曖昧な質問』にもある程度の文脈から回答できるが、それができないのは骨だけ人造人間と変わらないということになる。

「じゃあ、お水は?」

再度バイクを指差す才人。才人の状態も問題であるがもう一つ問題が浮上した。食べ物も飲み物もほとんど無いのだ。ルイズは荷物のほとんどを寧夢の車に置いてきてしまっていた。背負っていたバッグ、バックパックというのに入れているのは、かさばらないと考えて入れていたキャットスーツとドレス、下着といった着替え、ライフル弾が50発、マシンピストルのロングマガジン三つ、水が二本。これでは三日で干からびてしまう。

「サイト、あなたのバッグを下ろして。」

現状、才人は簡単な質問や指示に行動で答えるしかできず、言われたとおりバッグを下ろし、ルイズはその中を見た。野外調理セット、大量のショットガンシェル、マグナム弾、手榴弾三つ。今回は野宿するつもりがなかったのもあってか、このような荷物であった。

「(水二本、二人だと今日の分しかないわね。)」

ルイズは考える。どうやったら二人で生き延びられるか。まず、火の国へ戻ることは不可能だ。寧夢が才人を人造人間だと通達している可能性が高い。ルイズ一人ならまだしも、才人が助からないだろうし、ルイズにしても仕方なかったとはいえ銃を向けた寧夢に今は顔を合わせたくないというのもある。逆に湯の国へ抜けるという方法は、まずルイズは道を知らないし、顔も知られておらず、排他的という話だから近づいただけで撃ち殺されるかもしれない。才人なら顔を知られているが、今の彼ではどうにもならないであろう。どうするにしても、まずは食料、そして水源を見つけなければならない。水源さえ見つかれば、調理セットで水を浄化することもできる。

「サイト、ここで待ってて。」

ルイズは近くの廃屋に才人の手を引いて連れて行きそう言うと、才人はコクッとうなずき、ルイズは探索に出る。

「(とりあえず、腹ごしらえと水ね。)」

このあたりの生存術をルイズは才人から教わっていた。野宿する場合まず寝床、これは先の廃屋でどうにかなる。二つ目は水。今のところ500mlの缶が二本しかなく、二人であれば人間が一日に必要とする量の四分の一しかない。今日はよくても明日からは水源が必須で、見つかるならば今日のうちに見つけておきたい。前者二つに比べて優先度合いは低いが食料、いつどこで襲われるかわからない状態で、空腹による集中力低下等は避けたいものである。

「(参ったわ、水源どころか動物も見ないなんて・・・まさか運を使い果たした?)」

運でなく偶然であろうが、ルイズの探索は空を切り、何も得られず才人の元へ戻ることになった。

「戻ったわよ、ごめんなさい、何も見つけられなかっ・・・ウ!?」

ルイズは才人を待たせていた廃屋に戻り、彼の周囲に散乱する、考えようによっては『食料』を見て胃から酸っぱいものがこみ上げてきた。本当に嘔吐することは我慢した分、彼女も成長している。才人の周囲に散乱していたのは人間の頭ほどの大きさのゴキブリであったのだ。おそらく、才人に襲いかかり、ナタで全て返り討ちにされたのであろう。

「・・・これ、しかないわね・・・」

ルイズはため息をついてゴキブリを捌き、調理セットでラッドローチのグリルを三つ作り、ゴキブリだとしても近くに生えていた奇妙な形の花を添えて埋葬するという、すでに習慣となった弔いを済ませる。

「サイトの獲ったゴキブリ、グリルにしたんだけど・・・これしかないから、ガマンして?」

才人にグリルしたゴキブリの一つを持たせ、自分も食べようとする。初めて会った時、才人はこれと同じものを食べていたから、どちらかと言うと彼女は自分に言い聞かせているのだ。彼女の調理方法では、大きな白身魚を網焼きしたような見た目となっており、仮にハルケギニアでそれと言われず同じものが出されれば食べてしまいそうである。

「(これはお魚、これはお魚、これはお魚・・・)」

じっとにらんで自分に暗示をかけ、呼吸を止めて口を開き、目を閉じてかぶりつく。

「〜〜〜ーーーッッッ!!!???」

またもやルイズの食道から酸っぱいものがこみ上げてきて、彼女の中で理性は吐き出せと命令し、本能は飲み込めと命令する。もしかすると理性が飲み込めと命令して、本能が吐き出せと命令しているのかもしれない。二律背反する命令に対し、ルイズは自らの意志に従うことにした。

「(吐いちゃダメ!こんなトコじゃ次、いつ食べられるかわかったもんじゃないのよ!!)ッ、ハアッハァッ・・・」

口を押さえ、無理やり飲み込むと酸素を補給するため大きく息をする。顔はたった一口のために鼻水と涙でグチャグチャになったのを手で拭い、残りをむさぼるように食べる。

「(意外と美味しいわね。)」

喉を通ってしまうと不思議なもので、嫌悪感がなくなって白身魚のようにしか感じなくなってしまったルイズ。

「サイト、虫料理は初めてだったけど、上手にできたわ。ねえ・・・」

才人はやはり反応がない。ルイズには才人がこのまま死んでしまうんじゃないかとさえ思えてしまっていた。

「ねえ、食べて?朝から何も食べてないでしょ?」

もう日が沈もうかという時間だ。腹が減っているのは間違いない。なのに才人はローチのグリルを手に持ったまま微動だにしない。

「・・・仕方ないわね、今日だけ特別よ。」

ルイズは才人の持つローチのグリルを取り、口に含んで噛む。そしてそのまま才人と唇を重ねた。口移しでグリルを食べさせる。才人も口の中の物を咀嚼しなければ窒息すると判断したのかしっかりと飲み込み、ルイズは顔を真っ赤にしながらその作業を続け、最後に水を同じように飲ませた。その間、何度も『初恋の少年』の陰がちらつく。そのせいでルイズは、才人の左手の甲が光っていることに気づかなかった。

 一段落してルイズも水を飲み、自分がやったことを今さらながら後悔する。羞恥心もさることながら、寧夢への罪悪感が大きい。たしかに寧夢は才人に銃を向けた、しかし冷静になれば復縁するかもしれない、それなのにこのようなことをしては、友人の恋人を寝取ろうとしていたようにも感じられたのだ。

「(仕方なかった、仕方なかった、仕方なかったのよ!寧夢、ゴメンなさい!!そんなつもりじゃないから!!)」

いろいろなものがオーバーフローしているルイズの気持ちを察しているのかいないのか、才人は虚空を見つめたまま、マグナムを抜いた。一見、何もない場所に狙いを定め、撃鉄を起こしているのにルイズも気づき、才人の側に寄る。すると、ガサガサと音がして金髪の少女が物陰から現れたのだ。日は沈み、月明かりだけが光源であるが、月光に照らされた長い金髪は陽光のように美しく、湖のように青い瞳にルイズと張り合えそうなほどの白い肌、水色の幌のような布地のズボンに白い半袖のシャツを着て、帽子のような鉄兜、革製の州の鎧をまとった彼女は、遠目には戦前からシェルターで生き残った人間、いわゆる古代人の白い人に見えなくもない。しかしルイズには少女がハルケギニアから来たと確信できる特徴を見つけていた。

「・・・エルフ?どうして?」

鉄兜の下から横に長く伸びた耳はエルフのものであったのだ。




さて、ここでルイズは火の国を出てます。最後に会ったエルフ、どうして州に?
いや、隠せてないとは思いますよ、ええ。


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