ラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件 (クロム・ウェルハーツ)
しおりを挟む

0.プロローグ……いや、本編始めようよ、今すぐに!

 深夜、小腹が減ったからコンビニへと向かう。やはり、24時間営業は便利だ。時計の針が頂点を回る時間にも関わらず食べ物を買うことができるのはいい文明。

 目に入ったおにぎりとカップラーメン、そして、リンゴのカード──もちろん、最大額だ──をレジに持っていく。

 

 スマホが鳴った。APが全回復する5分前にセットしたアラームの音だ。そこまでするか普通……って言いやがった友達は沼に引き摺り込んだ。今では、友達も立派な廃課金兵ですwww

 

 コンビニの店員の『毎度ざぁーっす』という声を後ろに、スマホを取り出してセイバーの顔が描かれたアプリを立ち上げる。

 

 そろそろ、ガーチャーのクラスで自分もカルデアに召喚されてもいい頃だと思う。毎月、食費を削って課金しているのだから。

 そう言えば、課金は家賃までと決めていたハズなのに、いつの間にか家賃を超えていたことがあった。ジャンヌオルタのピックアップの時だ。ピックアップすり抜けで青セイバーが来るのは悪い文明。

 

 しかし、アプリが中々立ち上がらない。

 だけど、こう考える方が建設的だ。アプリの立ち上げが遅いが、そのお陰で立ち上がるまでのワクワク感が毎回得られるのだから、良しとしよう。

 嘘。運営、修正はよ。

 

 と、FGOが立ち上がった。本当にフォウくんには頭が下がる想いだ。ランナーとして実装して欲しいぐらいに。

 画面が変わる。タイトル画面をタップするとお知らせ画面に変わった。お知らせ画面を閉じるために右上の×印に軽く触れ、続いて、フレポ情報を読むことなく左端の閉じるという所をタップする。もはや、アンリマユは宝具5となっているからフレポなど必要ない。フレポガチャが回せないなら、課金すればいいじゃない。

 

 やることはいつもと変わらない。

 カルデアゲートから曜日クエスト、一番スタミナを消費するクエストを選んで、と。

 

「FGOは本当におもしろいなぁ……」

 

 だが、それがいけなかったらしい。

 プップーという音に嫌な予感がして振り返ると、ヘッドライトの眩しさを感じた。次いで、自分の体に奔る重い衝撃。

 

 トラックにはねられた。

 地面を転がりながらも手の中のスマホは離さない。

 

「引き継ぎ設定をしているから……大丈夫ッ!」

 

 引き継ぎ設定をしていれば、大丈夫。大丈夫なんだから。

 

『歩きスマホは事故の元よ。キリエライト、あなたも気をつけなさい』という所長の声が耳元でしたような気がした。

 そんなことより所長、タイツください。

 

 多分、この時は混乱していたのだろうと思う。普段ならこんなことは言わない。段々、薄れていく意識の中、スマホの画面が青くなっていたことに気が付いた。きっと、誤作動を起こしているのだろう。第一部を全クリしたから、今見ているようなレイシフトをするムービーは流れない。ムービーを流すためには、メニューからマイルームに飛び、マテリアルの特異点での記録、プロローグを最後まで見ないと見れないのに。

 

 けど……眠い。とても眠い。こんなに眠いのは最終章の柱折りで3日ほど徹夜した時以来だ。とてもじゃないけど、眠気に逆らうことなんてで……きな……い。

 

 レイシフトする画面を見ながら、意識が遠ざかっていくのを感じていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1.おいでませ、カルデア……ってバッビローン!

 目が覚めたらラフムでした。ええー? ほんとにござるかぁ?

 

 ほ ん と で す !

 

 腕を見る。なすび色の鋭く尖った4本の腕。細いけど、力は強い2本の足。口は人とは違って縦についている。その口の先から天に向かってぴょこんと揺れている頭の部分がチャームポイントだね。ちくしょう……。

 

 しかも、今いる所は密林。誰もいないし、薄暗いし、なんか獣の泣き声がするし。うわーん、マタハリママ助けて! ついでにおっぱい揉ませて!

 

 泣きたくなってくる。ラフム、泣きたい。いや、本当に。

 え? え? どういうこと? トラックに轢かれたと思ったら密林にいて、葉っぱについた水滴に映った姿を確認したらラフムってどういうこと? 

『楽しい楽しい、ギャハハハハ!』って言えばいい訳? いや、楽しくないよ。こんな状況のラフムを見て愉しめるのは愉悦部員だけだよ!

 

 ガサリと音がした。

 ビクリと体を震わせる。いや、密林、ちょー怖い。ガサリガサリと茂みが揺れるのを見る。自分がこれまでの人生で経験したことがないほどに緊張しているのが分かった。

 思わず、喉を鳴らす。いや、ラフムにも喉あるからね。人とはちょっと違う形だけど、人をベースにしているからね。少し違うからって差別は悪い文明。抵抗しないラフム相手に宝具をぶっ放すのはもっと悪い文明。

 

 と、茂みから人が出てきた。やばい、ぶっ殺される。少なくとも、密林の中でバケモノに出会ったらぶっ殺す。ラフムならそうする。

 けど、転がるようにしてラフムの前に姿を現したのは緑色の長い髪だった。次いでにいうと血塗れだ。うん、ラフム知ってる。キングゥだね、わかるとも!

 ラフムの前に出てきたのは、FGO第一部の第七章のキーパーソン、キングゥだった。

 

「見ィ……ツケタ」

 

 と、キングゥの後ろからラフムと同じ形をしたバケモノが現れた。うっわ、気持ち悪い。人のこと言えないけど気持ち悪い。

 絶望の表情を浮かべるキングゥに群がるラフムたち。ボケっと突っ立てることしかラフムはできない。ご同輩たち、マジ怖。だけど、震えているラフムとは裏腹に、キングゥを取り囲むラフムの内の一体が他のラフムを襲い始めた。

 自身の体に反撃による傷を受けながらも、この場のラフムを全て殲滅したラフムはキングゥに体を向ける。

 

「え? お、まえ……助けて、くれたのか?」

「──逃ゲ、ナ、サイ、エルキ、ドゥ。アナタ、モ、長クハ、ナイデショ、ウ、ケド」

 

 アカン、これ泣いてまうパターンや。

 ラフム泣いちゃう。

 上を見上げて涙を堪えて、ついでに気配も消す。名場面は立ち入っちゃいけないよね、やっぱり。

 

「……おまえは、なぜ動かない? ボクを殺しにきたんじゃないのか?」

 

 空を見上げていると、後ろから声を掛けられた。キングゥだ。

 

「gyh@44444!」

 

 ハッ……いかんいかん。余りにも感情が昂ってしまって、つい叫んでしまった。今の状況とキングゥをこの目で見れたこと、その両方によって如何ともし難い劣情を催しましてね。つまり、キングゥをペロペロしたいお。いや、待てよ。ラフムの口は人間よりも大きい。つまり、ペロペロできる面積が広がる訳で、それはそれでお得なのではないだろうか? 人の姿じゃないとしても舌の面積が広がることは素晴らしいことじゃないだろうか?

 

 ……試してみるしかない。

 

 取り敢えず、キングゥに近づこうと顔を向けた時、地面に土塊が転がっているのが目に入った。

 

「ds@lxyyyyy!」

 

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!

 ラフムがまだ人間でカルデアのマスターで廃人だった時、沖田さんでクイックチェインからのクリティカル連発しまくってしまってごめんなさい。菌糸類、マジ愉悦部。号泣したわ。

 

「ボクを攻撃する気はない、か。……くっ!」

 

 と、叫んでいる内にキングゥの体調が悪くなったみたいで、キングゥは地面に跪いた。それもそうだ。神に造られた体と言っても無理がある。心臓である聖杯を取るために胸を抉られて無事なハズがない。

 

 キングゥに背中を向ける。

 

「kzw」

 

 キングゥは不思議そうな顔をしている。ここにいれば、いつ追手のラフムが来るか分からない。だから、ここから離れようとキングゥを背中に乗せて行こうと背中を向けたのに、キングゥはポカンとした表情でラフムを見つめるだけだった。

 仕方ない。ラフムには知性がある。転生して言葉を奪われたぐらいでラフムの頭の冴えは奪えない。

 

 キングゥの前に右腕──正確に言えば、右の前の腕──を出す。少しビクッとしたキングゥだったけど、ラフムの次の行動でラフムが何をしようとしているのか分かるだろう。

 

 ラフムは腕で地面に絵を描く。これでも、神絵師を目指していたこともある。ツイッターでファボ3つも貰ったこともある。ちなみに、フォロワーは3名、全て自分の複アカだったけどな!

 まったく、世の中ときたらラフムの芸術性についていけない奴ばかりだ。

 

「オマエに乗れ……ということか」

 

 ラフムの芸術的な絵を理解できるとは、流石、キングゥ。何回も首を縦に振る。

 前世の親でさえもラフムの芸術を理解できなかったのに、こんな人理の果てで理解者に出会えるとは。

 

 内心、凄い喜んでるけど、それが表に出せないラフムの体は不便だ。しかし、便利なこともある。ボロボロのキングゥを背中に乗せて、歩くことができる。しかも、素早く……ほんと、速いな、ラフムの体。自動車ぐらいのスピードは出てるんじゃないだろうか。

 恐ろしい性能に慄きつつ、ラフムとキングゥは目的地へと向かうのだった。

 

 +++

 

「どこに向かっている?」

「0tyue」

「聞くだけ無駄か。どうせ、もう何もかも終わる」

 

 うん、取り敢えず森の中から出ようと走り出したのが間違いだった。本当に無駄に時間を使ってしまった。ここはどこ?

 他の危ないラフムは完全に撒けたみたいだけど、地理が全く分からない場所で走り回るんじゃなかった。そもそも、現代の日本に住んでる人でイラクの地理が分かる人なんてどの程度いるんだろうか? 少なくとも、ラフムは分かんなぁい。

 

 そんなこんなでキングゥを背中に乗せたままバビロニアを歩く。いい加減、何か建物が見えてこないかな。

 

「あっちだ。あっちに行ってくれ」

 

 背中のキングゥが唐突に声を発した。身を乗り出すようにして指を右斜めの方向へと翳している。他に行く当てもないし、キングゥの指示に従って歩いていくと上り坂になった。

 背中にいる無言のキングゥと共に登っていくと、日が落ちたらしく暗くなってくる。ハハァ、なるほど。分かったぞ。これはあれだ、いい場面に違いない。ムッツリスケベが考えそうなリヨ鯖に撮影を頼みたい所だ。思い出はもちろん、主人公補正も掛かるしいいこと尽くめ。

 

 そう考えながら歩くと、丘の天辺についた。

 上を見上げる。星が綺麗だった。

 

「ここが……天の丘……馬鹿みたいだ。最期になんで……こんな場所に、来たんだろう。この体が、鮮明に記憶していた場所。……はじめての友人を得た、誓いの丘……無意味だ。こんなところも、ボク自身も。……何もかもを失った。もう機能を止めてしまえばいい。創造主に見捨てられ、始めから、帰る場所なんて、どこにもなかった、ただの偽物、なんだから」

 

 綺麗な星空には似合わないキングゥの独白。

 ラフムは何も言えなかった。生き方がラフムとは全く違う。誰かの偽物だと自分を定義する人間は余りいない。ラフムは前世でそんな人間とは会った事はなかった。だから、ラフムはキングゥに何も言えずに、ただ夜の空を見上げる。

 キングゥに声を掛けるべきなのは、ラフムじゃない。

 

「何をしている。立ち上がらぬか、腑抜け」

「……!」

「まったく。今宵は忙しいにも程がある。ようやく人心地つこうかと思えば、この始末。無様に血を撒き散らし、膝を屈したまでは見逃そう。だが、ここで屍を晒すことは許さぬ」

 

 今のキングゥに声を掛けることができるのは、賢王ギルガメッシュただ一人。

 

「疾く立ち上がり失せるがいい。そうであれば罪は問わぬ」

「ぁ……あ……」

「どうした。立てぬのか? それでも神々の最高傑作と言われた者か? 何があったかは知らぬが、胸に大穴なんぞ開けおって。油断にも程があろう」

「な、にを、偉そうに……オマエに、見下される、ボクなもの、か……!」

 

 キングゥが立った! キングゥが立った!

 

「く、そ……! こんな……こんな、ところ、を。オマエに、オマエなんかに、見られる、なんて……!」

「…………ふん。そう言えば、こんなものが余っていたな。使う機会を逸してしまった。棄てるのもなんだ。貴様にくれてやろう」

「な……え、えぇ!?」

 

 惜しげもなくウルクの大杯をキングゥに与えるギルガメッシュ。中々、聖杯をくれない魔術王も少しは見習って欲しい。じゃんじゃん特異点作ってくれた方が聖杯をバンバン使えるのに。勿体なくてジャンヌオルタとライコーママにしか使ってない。ステイナイト組全員に聖杯を使うことができるぐらい聖杯が欲しい。

 

「ほう。聖杯を心臓にしていただけはある。ウルクの大杯、それなりに使えるではないか」

「ど、うして……? なぜ、なんでこんなマネを!? ボクはオマエの敵だ! ティアマトに作られたものだ! オマエのエルキドゥじゃない! ただ、ただ違う心を入れられた、人形なのに!」

「そうだ。貴様はエルキドゥとは違う者だ。ヤツの体を使っている別人であろう。だが、そうであっても、貴様は我が庇護の……いや、友愛の対象だ」

「……」

「言わねば、分からぬか! この大馬鹿ものが! そこのラフム風情でも分かっていることだ!」

 

 うんうん……うん?

 

「ラフムよ! この大馬鹿者に説明してやれ!」

「g@.f,」

「人の言葉を話せぬのならば、そう言え! たわけ!」

 

 酷ッ(´・ω・`)

 ラフムに関心をなくしたギルガメッシュは再びキングゥへと向き直る。

 

「たとえ、違う心、異なる魂があろうと! 貴様の(それ)は、この地上でただ一つの天の鎖! ……フン。奴は己を兵器だと主張して譲らなかったがな」

 

 ギルガメッシュは気持ち優し気な目付きでキングゥを見る。

 

「その言葉に倣うのなら、我が貴様を気に掛けるのも当然至極。なにしろ、もっとも信頼した兵器の後継機のようなもの! 贔屓にして何が悪い!」

 

 最後に背を向けながらギルガメッシュは言葉を残す。

 

「ではな、キングゥ。世界の終わりだ。自らの思うままにするがいい」

「待って……分からない。それは、どういう……」

「母親も生まれも関係なく、本当に、やりたいと思った事だけをやってよい、と言ったのだ。かつての我や、ヤツのようにな。すべてを失ったと言っていたが、笑わせるな。貴様にはまだその自由が残っている。心臓を止めるのは、その後にするがいい」

 

 その言葉を最後に、ギルガメッシュは姿を消した。

 

「何を……今さら。ボクには、成し遂げるべき目的なんて、なかった。オマエもそうだろう?」

 

 ラフムは首を振る。

 

「7lqebs7;f@ee」

「なんだって?」

 

 伝わらなかったので、ラフムはファイティングポーズを取る。その後にしたシャドーボクシングっぽい動きでキングゥは理解したらしい。

 

「ボクに……戦えというのか? ティアマト神と戦えと?」

 

 紫の目でキングゥはジッとラフムを見つめる。照れるぜ。

 

「オマエも母さんから切り離されたのか。だからこそ、ティアマト神と戦う意志を見せることができるのだろう」

 

 しばらく、キングゥは考えた後、ギルガメッシュと同様に丘を降りていく。キングゥについて行こうとした足を踏み出したけど、キングゥに止められた。

 

「一人で考えたい。これから、ボクはどうしたいのかということを」

 

 フッ……伝わったようだな。

 ギルガメッシュに止められなかったら、ラフムも同じことを言っていた。だから、ラフムはキングゥに頷く。

 

「ありがとう」

 

 最後にそう言い残して、キングゥは飛び去った。空飛べるのってやっぱり便利だな。

 

 キングゥを見送りながら、ラフムは満天の星空を見つめる。

 あ、道が分かんない。

 

 どうしようかとうんうんと長い時間悩んでいると、後ろからガチャガチャという奇妙な音がした。

 

「見ツケタ見ツケタ見ツケタ」

「殺ソウ殺ソウ殺ソウ。バラバラ、ニ、シヨウ」

 

 ラフムが振り返ると、10体近くのラフムが、そこにはいた。キングゥが飛んだのを見て、ラフムがやってきたのだろう。

 まあ、あれだ。

 ……別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?

 

 時間を稼ぐ必要はないけどネ!

 

 となれば、先手必勝! 一番前にいたラフムを爪で突き刺す。けど、ラフムが優位に立てたのは一瞬だけだった。

 抉り貫き、抉り貫かれ、体がバラバラになっていく。ラフムに転生してからまだ、24時間も経ってないのに、死ぬって早すぎ。地面に落ちたラフムの首をめがけて敵のラフムが大きく爪を振りかぶる。

 

 ここまで、か。

 

 もう少し楽しみたかったと思いながら、ラフムの意識は消え去った。

 

 +++

 

「これが……オレの……サーヴァント?」

「ええ。多分、先輩のサーヴァントだと思われます」

 

 死んだと思ったら、目の前には二人の人間。白い服を着た少年と盾を持った少女だ。となれば、問わねばなるまい。

 

「s64、3uqt@0qdkjrq\t?」

「マシュ、この人? がなんて言ってるか分かる?」

「全く分かりません」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.今度こそカルデアへ……炎上汚染都市に呼ぶのは勘弁して!

 FGO廃人だった元人間は歩きスマホでトラックにはねられた!

 気がつくと、FGO廃人はFGO第七章に出てくるティアマト神の仔、ラフムになっていた! そう、ラフムは悠●碧の子ども。やべェ、めちゃんこ興奮する。

 

 と、話は逸れてしまったけど、転生したら醜悪な怪物ラフムで、裏切り者として他のラフムに殺されたと思ったら、目の前にはFGOの主人公であるぐだ男とマシュマロサーヴァントのマシュ・キリエライトがいた。

 サーヴァントとして召喚されたんだね、わかるとも!

 

 以上が前回までのラフムに転生したと思ったら、いつの間にかカルデアのサーヴァントとして人理定礎を復元することになった件……いや、タイトル長すぎ。とまあ、そんな感じでお送りしたあらすじ。

 

 一言で言えば、サーヴァント・ラフムに転生した。

 

 ラフムはゆっくりと首を回す。

 ほうほう。燃える街、それも、現代の建築様式だ。ガラスが沢山使われていたであろう高層ビルに、鉄骨が中から出ている鉄筋コンクリート。根元から折れている高層ビルが燃えている様子を見て、ラフムは理解した。ついでに言うと、ラフムに対してリアクションを起こさなかったぐだ男とマシュを見てラフムは理解した。

 

 ここ、ファスト風土化した冬木じゃね? 特異点Fじゃね?

 

 更に言うと、お腹が見えるエロ鎧を付けているマシュの様子からFGOの物語が始まって間もないことも予測される。マシュは霊基再臨をするごとに鎧がグレードアップしていって、露出が減る、減ってしまう。だが、概念礼装で脱いでくれるから大好き。けど、我が王はマシュと同じように霊基再臨をするごとに着込むくせに、概念礼装で脱いでくれない。カワイイ系統の概念礼装ばかりだ。やはり、王は人の心が分からない。

 

 深い考えから浮上したラフムがぐるりと首を回して、ぐだ男とマシュを見つめると、後ろの方から『ヒッ!』という可愛らしい声が聞こえた。声を上げた人物をジッと見つめる。

 

「所長。このサーヴァント、所長の方を見つめていますよ」

 

 ぐだ男が話しかけるのは、ぐだ男とマシュの後ろに回り込んでいた白髪の女性。聖晶石召喚をガンガン回せる高貴な家の子であるオルガ……オルゴンエネルギー所長だ。同時にラフムは先ほどの予想が当たっていたと確信した。オルガマリーは炎上汚染都市で別れた人物だし。

 それにしても、壮絶な最期を遂げた所長に会えるとは思ってもみなかった。これは形見としてタイツを頂くしかない。

 ラフムは一瞬で足を何度も動かして彼女の後ろに回り込む。

 

「1:@」

「え?」

 

 はやく脱いでください。まずはタイツから焦らすように。

 そういう意志を籠めて、オルガマリーに鋭く尖った爪を突き付ける。

 

「待ってくれ!」

 

 ラフムを止める声が聞こえた。冠位持ち(グランド)ガーチャーの声で待てと言われたら待つしかない。

 

「その人は仲間だ」

 

 ぐだ男はじっとラフムを見つめてくる。

 そうか、君も所長のタイツが欲しかったのか。そうと気づけば、ラフムは譲るしかない。だって、そうだろう? 未来ある若者にタイツを譲るのは世の習い。

 ラフムが腕を下すと、ぐだ男はほっと息を吐いた。

 

「所長、大丈夫ですか?」

「な、なな……」

 

 オルガマリーが狼狽するのも分かる。見知らぬ人間、もとい、見知らぬラフムから、いきなりタイツを要求されたら、そうなるだろう。

 

「しかし、なぜ、この方は所長に爪を突き付けたのでしょうか?」

「敵だと思ったんじゃないかな」

「つまり、マスターを守るため所長を排除しようとしたのだということでしょうか?」

「ああ。オレはそう思うよ」

 

 なにやら、ラフムの行動は好意的に捉えられているみたいだ。しかし、困ったな。否定しようにも言葉を話すことができない。ラフムの口は人間とは違って縦についている。ついでに言えば、舌は人間と同じ方向、つまり、地面と水平についている。前世の感覚を覚えているラフムは、他のラフムと違って上手く動かせないのは困った所だ。

 

「シーキュー、シーキュー。もしもーし! よし、通信が戻ったぞ!」

 

 と、突然、ぐだ男が手首に着けているウェアラブル端末から音がなった。同時に空中に展開される通信画面。セイバー・ウォーズの元ネタみたいだ。そこに映っていたのは、ラフムが心の底から会いたいと思っている人物、ロマニ・アーキマンだった。運営、実装はよ。貯金を溶かす覚悟はいいか? オレはできてる。

 こっそりジョジョ立ちを決めていると、通信画面の先のロマニの口が動いた。

 

「ふたりともご苦労さま、空間固定に成功した。これで通信もできるようになったし、補給物資だって……」

「はあ!? なんで貴方が仕切っているのロマニ!? レフは? レフはどこ? レフを出しなさい!」

「うひゃあぁあ!?」

 

 ずずいと進み出るオルガマリー。ラフムを見て、ぐだ男とマシュの後ろに隠れた人物と同一人物とは思えない。

 

「しょ、所長、生きていらしていたんですか!? あの爆発の中で!? しかも無傷!?どんだけ!?」

「どういう意味ですかっ! いいからレフはどこ!? 医療セクションのトップがなぜその席にいるの!?」

「……なぜ、と言われるとボクも困る。自分でもこんな役目は向いていないと自覚してるし。でも他に人材がいないんですよ、オルガマリー。現在、生き残ったカルデアの正規スタッフはボクを入れて二十人に満たない」

 

 オルガマリーの目が大きく見開かれる。

 うん? なんでオルガマリーの後ろにいたラフムがオルガマリーの表情を分かるかって? 決まっているでしょ。横からそーっとオルガマリーの左側に腰を曲げた状態で身を乗り出しているからだ。

 そんなラフムに気付くことなく、オルガマリーは通信先の人物と話を続ける。

 

「ボクが作戦指揮を任されているのは、ボクより上の階級の生存者がいないためです。レフ教授は管制室でレイシフトの指揮をとっていた。あの爆発の中心にいた以上、生存は絶望的だ」

「そんな―――レフ、が……?」

 

 一瞬、呆けたオルガマリーだったが、悲しみを抑えて、疑問を口にする。

 

「いえ、それより待って、待ちなさい。生き残ったのが20人に満たない? じゃあマスター適性者は? コフィンはどうなったの!?」

「……47人、全員が危篤状態です。医療器具も足りません。何名かは助ける事ができても、全員は―――」

「ふざけないで、すぐに凍結保存に移行しなさい! 蘇生方法は後回し、死なせないのが最優先よ!」

「ああ! そうか、コフィンにはその機能がありました! 至急手配します!」

 

 ドタバタとする通信先を見ながら、マシュが呟く。

 

「……驚きました。凍結保存を本人の許諾なく行う事は犯罪行為です。なのに即座に英断するとは。所長として責任を負う事より、人命を優先したのですね」

「バカ言わないで! 死んでさえいなければ後でいくらでも弁明できるからに決まってるでしょう!? だいたい47人分の命なんて、わたしに背負えるハズがないじゃない……! 死なないでよ、たのむから……! ……ああもう、こんな時レフがいてくれたら……!」

 

 自分の腕で自分を抱き締めるオルガマリー。ラフムがこの逞しい4本の腕で抱き締めようと考えたけど、それじゃあ、話が進まなくなること請け合いなので、動かず黙って通信先の話を聞く。

 

「……報告は以上です。現在、カルデアはその機能の八割を失っています。残されたスタッフではできる事にかぎりがあります。なので、こちらの判断で人材はレイシフトの修理、カルデアス、シバの現状維持に割いています。外部との通信が回復次第、補給を要請してカルデア全体の立て直し……というところですね」

「結構よ。わたしがそちらにいても同じ方針をとったでしょう。……はあ。ロマニ・アーキマン。納得はいかないけど、わたしが戻るまでカルデアを任せます。レイシフトの修理を最優先で行いなさい。わたしたちはこちらでこの街……特異点Fの調査を続けます」

「うぇ!? 所長、そんな爆心地みたいな現場、怖くないんですか!? チキンのクセに!?」

「……ほんっとう、一言多いわね貴方は」

 

 ラフムに怯えて部下の後ろに隠れるほどのオルガマリーだ。この炎上都市で行動するということはどれだけの恐怖を彼女に与えるのだろうか。愉悦部員ならば、きっと片手にワインを用意するに違いない状況だ。

 

「今すぐ戻りたいのは山々だけど、レイシフトの修理が終わるまでは時間がかかるんでしょ? この街にいるのは低級な怪物だけだと分かったし、デミ・サーヴァント化したマシュがいれば安全よ。事故というトラブルはどうあれ、与えられた状況で最善を尽くすのがアニムスフィアの誇りです。これより藤丸立香、マシュ・キリエライト両名を探索員として特異点Fの調査を開始します」

「LAHMU、f?」

「ひひゃあ!」

 

 存在を無視されたので、オルガマリーの耳元で『ラフム、は?』と囁くと、とても可愛らしい声を上げてオルガマリーはぐだ男とマシュに抱き着いた。

 

「な、なな……」

「所長、こいつのことを忘れちゃダメですよ。オレとマシュと、それから、こいつで所長を守ります」

 

 ぐだ男はそう言いながら、足がガクガクしているオルガマリーを支える。

 

「ちょっと待って! なんだい、そいつは? さっきから所長の横にチラチラ映っていたけど、変な形のオブジェじゃなかったのかい?」

「えっと、オレのサーヴァントらしいです」

「サーヴァント!? サーヴァントだって!? ……ホントだ。サーヴァント反応があった」

「……モニターを見ていなかったんですね、Dr.」

 

 肩を落としたマシュだったが、すぐに真剣な顔になって通信画面の向こうにいるロマニに向かって話を始める。

 

「この方はマスターが召喚したサーヴァントです」

「いやいやいや、そんなバケモノが……いや、待てよ。もしかしたら、スキル“無辜の怪物”で姿を──」

「召喚した時に一緒に端末に登録されたマテリアルには、そんなスキルは書いてないですね」

「じゃあ、何なんだ! バケモノだとでもいうのかい!? というか真名は?」

「あー。そう言えば、聞いてなかった。えっと、ごめんね」

 

 ラフムは気にするなというように肩を竦める。

『マテリアルを読み上げれば早いんじゃないかな?』とか言っている礼儀知らずのロマニは後で覚えていやがれ。貴様が隠しているお菓子を勝手に食ってやるからな。

 

「オレの名前は藤丸立香。君の名前を教えてくれ」

「ラァ……」

「ラァ?」

「フゥ……」

「フゥ?」

「ムゥウウウウ!」

「ラフム! あなた、ラフムっていうのね!」

「g@fffff!」

 

 ぐだ男と手を取り合って回ってみる。こやつ、思ったよりもノリがいい……いや、思った通りか。『ネロ、いいよね』って叔父上に言えるほどだもんな。

 

「ラフムというそうです!」

「凄いな、君は!」

 

 と、ロマニの言葉を遮り、オルガマリーが疑問を口にする。

 

「待ちなさい。こいつ、危険じゃないの?」

「あー、多分、大丈夫です」

「でも、わたしに爪を向けたのよ!」

「マスターである藤丸くんのことを認識して、その繋がりから同じマスターを持っているマシュも仲間だとラフムは判断したのでしょう。ですが、所長には藤丸くんとの直接的な繋がりがなかった。だから、敵だと判断したんでしょうね」

「それなら、わたしに攻撃してくるかもしれないってこと?」

「マスターの指示には従ってくれると思います。なにせ、カルデアの召喚システムは人理を救うことに賛同している英霊でないと呼べないようになっていますから。ですので、サーヴァントの責任者であるマスター、つまり、藤丸くんが所長に攻撃しないように言えば、聞いてくれるんじゃないかと」

「わかりました。ラフム、この人は味方だから攻撃しないように」

「qez……」

「分かってくれたみたいです」

「ちょっと待ちなさい! そいつ、今、『分かった』という意味の言葉を発していないに違いありません! そうでしょ、マシュ!」

「ラフムさんの言葉は分かりません」

「そうですけど! でも、女性なら分かるでしょう! こいつ、絶対に『タイツ……』って言っていたに違いありません、間違いなく!」

「そんなバカな……英霊が所長のタイツを狙ったっていうんですか?」

「だって……だって! そんな感じがしました!」

 

 どうやら、オルガマリーは混乱の極みにいるらしい。この世界が存亡の危機にあるのに、そんな欲望を前面に押し出した言葉を発するような人間がいる訳ないでしょう。まあ、ラフムは人間じゃないんですけどねwww

 それにしても、ラフムの言葉を理解できていないのに、気が付くとは流石はカルデアの所長。肩書は伊達じゃない。

 

「そんなことよりも、これからの方針について話しましょう」

「そんなことッ!?」

 

 ロマニの言葉に『やっぱり、わたしの味方はレフだけ……』と呟くオルガマリーだったが、気を取り直してロマニに指示を下す。

 

「現場のスタッフが未熟なのでミッションは、この異常事態の原因、その発見にとどめます。解析・排除はカルデア復興後、第二陣を送りこんでからの話になります。キミもそれでいいわね?」

「発見だけでいいんですか?」

「ええ。それ以上はあまりにも危険です」

 

 チラとオルガマリーはロマニへと目を向ける。オルガマリーを見つめたロマニは一つ頷いた。

 

「了解です。健闘を祈ります、所長。これからは短時間ですが通信も可能ですよ。緊急事態になったら遠慮なく連絡を」

「……ふん。SOSを送ったところで、誰も助けてくれないクセ……顔を近づけるのは止めなさい! あなたが守ってくれるの? そう、なら、まずは、わたしから離れなさい!」

 

 拒絶は寂しい。寂しいとラフム死んじゃうの(´・ω・`)

 

「所長?」

「なんでもありません通信を切ります。そちらはそちらの仕事をこなしなさい」

「……所長、よろしいのですか? ここで救助を待つ、という案もありますが」

「そういう訳にはいかないのよ。……カルデアに戻った後、次のチーム選抜にどれほどの時間がかかるか。人材集めも資金繰りも一ヶ月じゃきかないわ。その間、協会からどれほど抗議があると思っているの?」

 

 オルガマリーは億劫そうに長い髪をかき上げる。

 

「最悪、今回の不始末の責任としてカルデアは連中に取り上げられるでしょう。そんな事になったら破滅よ。手ぶらでは帰れない。わたしには連中を黙らせる成果がどうしても必要なの」

 

 オルガマリーはラフムたち三人を見つめる。

 

「……悪いけど付き合ってもらうわよ、マシュ、藤丸。そうね、あなたにも働いてもらいます、ラフム。とにかくこの街を探索しましょう。この狂った歴史の原因がどこかにあるはずなんだから」

 

『さっさと貯金全部パーッと使い切った方がいいですよ。このステージが終わる前に』と言いたいラフムだったが、残念ながら言葉は話せなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.冬木であう人……出会い頭に攻撃してくるのは止めて頂きたい!

「3.b―4、3.b―4、0qdf:@yg―♪」

「黙りなさい!」

 

 歌を歌うラフムとそのマスター御一行は荒廃した冬木の街を歩き続ける。クールな顔で交配(漢字違い)とかいいですよね?

 師匠の水着、剥ぎ取りたいし、ラフムに『黙りなさい』と怒った所長のタイツも剥ぎ取りたいなあと考えながら冬木の街を歩く。

 

 今はクレーター、元は遠坂邸から一路、冬木大橋へと向かう。大橋を調べて、何かしらの手掛かりがないか調べるためだ。ラフムはどこに聖杯があるのか知ってるけど、言わない。

 ラフムがオルガマリーの困り顔を見たいとかじゃなくて、実はしっかりとした理由がある。

 マシュの宝具のためだ。

 このまま、聖杯を回収しにオルタちゃんの所に行ったら、『いきなり聖杯を譲れとは何事だカリバァァァアアアー!』とか聖剣をブッパされて防げないということにもなりそう。サ●ー先生のイラストのような形相のオルタちゃんには勝てる気がしない。

 だから、マシュの宝具で防ぐ。そして、カリバーを防ぐマシュの後ろ姿、特にマシュのピーチマシュマロをマスターとじっくり鑑賞するためには冬木を回って、ある人物を探さないといけない。

 

 マスターを叱るオルガマリーを横目にラフムは炎上している橋の向こう側を見る。たくさんの人が生活していた冬木。その中でも高層ビルが立ち並ぶ新都は余りにも悲しい。それは終焉の始まりっぽい光景だった。

 

「67?」

 

 まだ形が残っているビルの屋上で赤い光がピカッとした。ヤバイ、あれはヤバイ。

 腕を伸ばして、マスターとマシュ、そして、オルガマリーを抱き留める。

 

「ラフ……ムッ!?」

 

 説明する時間もない。

 三人を抱えたラフムは前に向かって全速力で掛ける。と、それまで居た場所が爆発した。

 新都のビルから放たれた矢が地面に突き刺さって爆発したためだ。ざっと、目測で500m。

 空いている一本の腕で向かって来る矢を全部弾くのは無理だ。腕を自由にしなくちゃいけない。

 

「MATTHEW、tj5w」

 

 ラフムは余っている腕でマシュの盾を数回叩く。

 

「ラフムさん……わかりました」

 

 マシュはラフムの言いたいことが分かったのだろう。高速で移動する中、マシュは盾を前に構えて、マスターとオルガマリーを守る体勢を取る。

 

 残り200m。相手もなりふり構わずに攻撃してきた。進行方向の道路、そして、今来た道路全てを覆う軌道で矢が何本も放たれていた。先に進んでも、後ろに戻ってもダメだ。

 

 ラフムは地面に腕を突き刺す。ラフムの体が浮き上がり、回転を始める。ぐるりと回る視界の中、ラフムは地面から腕を引っこ抜いた。勢いそのままに横の方向へと飛ぶラフムたちを待っていたのはビルとビルとの間の狭い隙間だ。ギリギリの隙間に体が入った後、前方、つまり、狙撃手がいる方向にあるビルの壁に爪を突き立てる。

 ガクンと落ちたスピード。壁に深く突き立てたせいで、肩が痛い。いや、右の側腕だから肩と言えるかどうかは少し怪しいものだけど。壁を大きく削りながら、ラフムたちの動きは止まった。だけど、このままじゃマズイ。

 

 腰を捻り、前の壁に爪を突き立てる。ちなみに、ラフムの筋力は結構あると思う。筋力Dではないハズだ。ビルの壁に罅を入れた後はマシュの出番。つまり、文字通りマシュを盾にして、罅が入ったビルの壁をタックルで壊そうという訳だ。

 

「くっ!」

「t@yf@zw!」

「はい!」

 

 ラフムの『頑張って』という掛け声にマシュはいい返事を返してくれた。

 サーヴァントであるラフム、そして、デミサーヴァントであるマシュは別として、マシュが頑張ってくれなきゃマスターとオルガマリーが怪我をする。そして、ここでグズグズしていたら、ビルの崩壊に巻き込まれて死ぬ。いや、矢を爆発させるのはホント卑怯。ビルを爆破で壊すのは外道(ケリィ)だけで十分だというのに。

 血は裏切れないということか。血は繋がってないけども。

 

 狙撃手へと思いを馳せながらラフムとマシュはビルの壁を二枚、三枚とぶち抜いていく。後ろからは爆発音と建物が壊れる音。無茶苦茶、怖い。ついでに言うと、後ろから粉塵まで迫ってくる。

 もう無理だろう。壁をもう一枚、穿ち破ってビルの一室に入った所で、すぐに横に飛び退く。それと同時に後ろから迫っていた粉塵がビルの中に一斉に流れ込む。とはいえ、すぐに横に飛び退いたから大きな破片などには当たらずに済んだ。

 

 けど、埃でビルの中は酷い様子だ。

 

「es@4d94」

「わかりました」

 

 ラフムはマシュを腕から降ろし、ドアを示す。部屋を移動するためにはドアノブを開かなくちゃならないけど、ラフムには指がない。馬上槍みたいな感じの手だ。

 

 ドアを開けたマシュに続いて、ラフムもドアを潜り抜ける。ラフムの急制動でブラックアウトしたらしいマスターとオルガマリーを休ませるためにソファに寝かして、近くにあった自動販売機に両側から爪を立てる。バキッという音を立てて前面を取り外したラフムはマシュを呼んで、飲み物を取らせる。ちなみに、ラフムとマシュとの意思疎通はほぼアイコンタクトだけ。残念だったな、マスター。将来的には、アイコンタクトだけで戦闘、炊飯、掃除、談話ができる…… そんな関係を一早く構築したのは、このラフムだァ!

 

「ラフムさん」

「?」

 

 マシュの呼ぶ声に首を傾げる。

 

「マスターと所長は大丈夫なのでしょうか?」

 

『大丈夫』というようにラフムはマシュに力強く頷く。

 彼らの意識が飛んでいるのは、安全が保証されていないジェットコースターに乗って気絶したのと同じ感じだから。見た所、怪我をしている様子もないしね。

 自販機から取り出したつめた~い缶をラフムは器用に両手で摘まみ上げる。気分はクレーンゲーム。クレーンゲームのクレーンのように筋力E-などではないから、350ml缶もしっかりと持つことができる。

 そして、持ち上げた缶をそっとオルガマリーの頬に当ててみる。

 

「ひゃっ! ……キャーッ、痛い!」

「所長、お静かに! いつ、敵が来るか分かりません!」

 

 缶を頬に当てられた後、ぼんやりと周りを見るオルガマリー。

 ラフムと目が合った後、目を大きく見開くオルガマリー。

 ラフムを確認した後、叫んでソファから転がり落ちたオルガマリー。

 ソファから落ちた後、マシュに怒られて少し項垂れたオルガマリー。

 すっごいカワイイ。

 

 と、オルガマリーは涙目でラフムを睨みつけた。

 

「な、なんなのよ! 何でいきなり走り出したの!? 答えなさい!」

「c;f」

「ああ、結構です。あなたの言葉は分かりません」

 

(´・ω・`)

 

「マシュ、何が起こったか説明して頂戴」

「はい。私たちを狙った狙撃がありました」

「狙撃?」

「ええ。狙撃から身を隠すためにラフムさんは私たちを抱えて走り出し、ビルの隙間に逃げ込みました。それだけでは不十分だと思ったのでしょう。壁を壊して、ビルを通り抜けて6つ目のビルの内部に逃げ込みました」

「それが今居る場所ということね。それにしても、狙撃されたということは……敵はアーチャー?」

「アーチャー。つまり、私と同じようなサーヴァントということですか? しかし、サーヴァントはカルデアのシステムを使わずに存在できるものなのでしょうか?」

「ええ、可能よ。ここは特異点F、A.D.2004年の冬木。ラプラスによる観測で、私たちがいる同じ場所で、同じ時期で聖杯戦争という儀式が行われていたのよ。この儀式は七騎のサーヴァントを召喚し、競い合い、その勝者は万能の窯である聖杯を獲得できる」

 

『ともかく』とオルガマリーは肩を竦める。

 

「この冬木で行われた聖杯戦争のデータを基にお父さ……前所長は召喚式を作り上げたの。それがカルデアの英霊召喚システム・フェイト。こいつを召喚したシステムよ」

 

 オルガマリーがラフムに指を向けた。途中からややこしくて話を聞いてなかったけど、『ごちゃごちゃややこしい。ポチポチするだけで先に進むようにしてください』と心優しいラフムは言わずに取り敢えず頷く。

 

 ラフムから目を離したオルガマリーは爪を噛む。

 

「街は破壊される事なく、サーヴァントの活動は人々に知られる事なく終わったはずなの。……なのに、今はこんな事になっている。特異点が生じた事で結果が変わったと考えるべきね。2004年のこの異変が人類史に影響を及ぼして、その結果として百年先の未来が見えなくなった。だから、わたしたちの使命はこの異変の修復よ。この領域のどこかに歴史を狂わせた原因がある。それを解析、ないし排除すればミッション終了。わたしもアナタたちも現代に戻れるわ」

「なら、早く先に進まないといけませんね。すみません、所長。オレはもう大丈夫です」

 

 ソファから身を起こしながら、そう力強く言うのはラフムのマスターだ。

 

「当然。さっさと行くわよ」

「はい」

「了解しました」

 

 だけど、それは認められない。

 ラフムは腕でバツ印を作りながら首を横に振る。

 

「何? どういうこと?」

「jzww」

「どうやら、ラフムさんは『待っていて欲しい』と言っているみたいです」

 

 おお、マシュ凄い。ラフムの言いたいことが分かるなんて。そして、そう思ったのはラフムだけじゃなくてマスターもみたいだ。

 

「マシュ、ラフムの言っていることが分かるの?」

「ええ、なんとなく……ですが」

 

 取り敢えず、気持ちは伝わったので来た道を戻ろうとする。だけど、ラフムをマスターが呼び止めた。

 

「ラフム……大丈夫なんだよな」

「ma」

 

 力強く頷いて、ラフムは……ごめん、マシュ、ドア開けて。何とも締まらないラフムだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.ビルから叫ぶ……ラフム、お家帰る!

 マシュたちと別れたラフムは今来た道を一人で戻る。ラフムが先ほど開けた穴から外に出ると、外はボロボロだった。

 世紀末みたいな光景。

 21世紀が始まって4年目の冬木だけど、世紀末みたいな光景だ。2004年の冬木の綺麗な街並みをこんなにした原因の一つであるアーチャーの姿を思い浮かべる。白髪に褐色の肌。人気投票常に上位の彼の姿を。

 アニメではクラスがランサーのライダーさんが出てきたりしたけど、アーチャーは変更されていなかった。弁慶(偽)は七章で出番があったから、リストラをされたのかもしれない。で、アニメのライダーは誰なの、あれ。ダレイオス君っぽかったけど、細部は違ったし謎だ。

 

 おっと、閑話休題。閑! 話! 休! 題!

 一度使ってみたかった言葉だ、閑話休題。だってさ、使わないじゃん、閑話休題なんて。憧れを回収してラフムはそっと壁に爪を突き立てる。ビルの壁をまるで蜘蛛男のように登っていきながら敵について考えを巡らせる。

 

 アーチャーがアニメFirst Orderでも続投して出てきたということは、どのような世界線でも変えられることのない確定事項であると考えられる。例えると、Fate/stay nightのどのルートを選んだとしても言峰は死ぬというようなものと同じようなものだろう。そこ、言峰は第四次終了時点で死んでるってツッコミはいらないよ。もし、そんなツッコミされたら、ラフム泣いちゃうぞ。

 

 まあ、そんな訳で目下、敵だとされるのがアーチャー:エミヤだ。チュートリアルのリニューアル後、初回十連でエミヤを引いた古参の方は驚いたに違いない。『なんで真名を出してるんだよ』と。

 もはや、『君たちの知っている聖杯戦争ではないのだよ』と言わんばかりのやり方。どちらかと言えば、真名よりもクラスの方を隠す方が有効なFGOだ。FGOからstay nightに入った方は逆に序盤でランサーと互角に戦うことができるアーチャーTUEEEEEとなるだろう。

 それほどまでに、FGOのクラス相性の差は大きい。だからこそ、FGO配信直後は猛威を振るった。何せ、出発前の確認画面で敵の相性が見えない時期があったのだから。

 弱点属性のエースがあっさり落とされてポカンとしたプレイヤーも多いと思う。リセマラを100回ほどして手に入れた青王が消えていく光景を見て、『最優のサーヴァントじゃなかったんですか!?』と叫んだこともあった。

 そんな初期のFGO。

 そこで取られた手段は、全クラスに攻撃が有利相性である攻撃役のバーサーカーに加えて、ほとんどのクラスに防御が有利相性で回復もできるお守り役のジャンヌ(ルーラー)を連れて行くというもの。ラフムもよく『オレのバーサーカーは最強なんだ!』とか『やっちゃえ、バーサーカー!』とか言ってスマホをポチポチしてた。

 

 ここまで言えば、勘付いた人もいるかもしれない。

 そう、ラフムのクラスは“ランサー”である。ランサーのクラスはセイバークラスに弱く、そして、アーチャークラスに強い。もう一度、言おう。

 

 ラ ン サ ー は ア ー チ ャ ー に 強 い !

 

 敢えて言おう。アーチャークラスはカスであると。

 

 今のラフムはランサー。アーチャー相手には攻撃が増加し、相手からの攻撃は減少するクラスだ。つまり、負ける要素はない。命令とあらば、あのギルガメッシュにも勝ってみせよう。あ、賢王様(キャスター)は座っていてください。

 ラフムの基本方針は“俺より弱い奴に会いに行く”というもの。態々、弱点クラスで向かうような蛮勇はラフムにはいらないのだ。

 

 カチリと音を立てて、爪をビルの端に引っかける。今、ラフムがいるのは狙撃によって中ほどから上が完全に吹き飛んだビルの上の階。天井から上が吹き飛んでいて、屋上テラスみたいな気分が味わえる。ちなみに、寛ぐと別のビルの屋上から矢が飛んでくる仕様です。

 

 ぶらりとぶら下がっていても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 引っ掛けた爪を支点にグイッと体を持ち上げて、死角となる壁へと素早く身を寄せる。気分はスネーク。段ボールはないけど。そっと、壁から顔を出してアーチャーがいるビルを見つめる。

 

 まだ、気づかれていないようだ。

 少し整理してから行動を始めよう。

 

 |―|←アーチャー

 | |

 |ビ|    |\ ←ラフム

 |ル|    |ビ|

 | |    |ル|

 

 今のラフムとアーチャーの位置関係はこんな感じだ。

 省略したけど、もちろんアーチャーがいるビルとラフムがいるビルの間にはいくつかビルがある。これからの目標は、ビルの上を飛び移ってアーチャーとの接近戦に持ち込む。その後、アーチャーの腹に爪を突き刺して『お前が墜ちろ』と言わなくちゃいけない。

 けど、それを実行するためには、なるべくアーチャーに気付かれることなく接近しなくちゃ撃ち落とされる。

 だが、問題はアーチャーが持つスキル:千里眼Cだ。

 簡単に言えば、むっちゃ目が良い。今まではアーチャーの視界に入っていないから事なきを得ているけれども、一度でも視られたら即、矢を放たれるだろう。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 なんでラフムが人間離れした動きを簡単に出来ているのか考えを整理することも大切だ。

 実はラフム、ネットにアップしてるメアリースーな二次オリ小説がある。それでの妄想力が力の源だと思われる。二次オリ小説の中ではラフムはやるよ、かなりやる。むっちゃ強い敵の前で、両手に剣を持ってかっこいいポーズを取ったりすることもできるぐらいに妄想の中ではラフムは強い。

 

 つまり、妄想でのイメージに体が完全について行っているラフムに敵はない!

 

 ごめん、嘘。バビロニアで走り回った時に色々な動きを試していただけの話。一日にも満たない時間だったけど、運動量は半端なかったから大抵の動きには対応できる。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 なんでラフムが人間の言葉を話せないのか考えを整理することも大切だ。

 ラフムという種族は見た目から分かるように身体能力は高く、見た目から分からないように学習能力が半端ない。こんな悪の組織の下っ端怪人みたいなフォルムのラフムだけど、頭はすっごい良い。バビロニアで活動しているラフムたちは一日ほどで人の言葉を話せるようになっていた。

 けど、ラフムは人の言葉が話せない。多分、人の言葉を覚える機会がなかったからという可能性がある。実際、ラフムが出会った人間の言葉を話すのはキングゥぐらいのもの。さらに、キングゥはその時は胸に穴が開いていて満足に話すこともできない状態だった。こんなに少ない機会じゃあ、人の言葉を覚えられない。そして、今のラフムはサーヴァントだ。霊は成長できない。マスター適正などの外的要因でステータスは変動するものの、それは“座”に登録された状態に近づくだけの話。どれだけ時間をかけても、死んだ時以上の能力に成長することなんてできない。

 更に言うと、トラックにはねられた時、ラフムは人間だった。その時の記憶から言葉を理解できるものの、その時に慣れていた人の体での言葉の理解の仕方だ。人とは全く違うラフムの体で言葉を話すことは非常に難しい。だから、言葉を理解できても使いこなせないというのが今の状況だ。

 

 ここに居ても、話が進まない。息を大きく吐き出して、決意を固める。

 いや、もう少し様子を見よう。

 

 ……ちくしょう。話題が出てこない。もう引き伸ばせないじゃないか!

 ああ、行きたくないなァ……。

 

 けど、ここでアーチャーを仕留めて置くのが安全だ。大ボスであるオルタちゃんとアーチャー二人を同時に相手取りたくない。強力なサーヴァントに技巧派なサーヴァントを同時に戦うなんて勝ち目がない。

 

「ehc@……」

 

 ……贋作者、武器の貯蔵は充分か?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.所詮、人間の敵は人間だよ……ラフムの敵はサーヴァントじゃん!

 +SIDE:アーチャー+

 

 冬木の新都。その中でも最も高い建物の屋上に一人の男が佇んでいた。黒い服を着た褐色肌の男だ。白髪をビル風に揺らしながら、彼は今し方、自分が破壊した跡を何の感慨もなく見つめている。

 彼の醸す雰囲気は常人のものではない。それもそのはず。彼はサーヴァントと呼ばれる存在だ。人と変わらない姿だというのにも関わらず、その戦闘力は戦闘機一機分とも言われる。事実、彼が破壊したのは高層ビル数棟にその周辺にあった中、小規模の建物。矮小なる人の姿でありながら、彼は瞬きの間に大規模破壊行為をしてみせた。

 

 彼は弓に矢を番える。

 “弓”そして“サーヴァント”という彼を()()()二つの要素。

 サーヴァント・アーチャー。それが彼の正体だ。

 

 物陰に隠れる獲物が間抜けにも姿を現すのを待つ彼だ。

 アーチャーは目を細める。彼の目に映るのは赤と黒。目の前の赤い火と黒い闇に覆われた冬木の街は彼に己が主人のことを想起させた。

 

 ///

 

 アーチャーはある人物に呼び出された。アーチャーが呼び出された先には黒い影が一人、佇んでいた。

 洞窟の中、膨大な魔力が立ち昇る孔を見つめるアーチャーの主人は黒い甲冑を身に着けた人物だ。黒い甲冑の人物は冷徹な声で彼を叱咤する。

 

「遅いぞ、アーチャー」

「それは済まない。私にも色々と仕事があってね」

「キャスターは放っておけ」

「しかし……?」

 

 彼らにとって、唯一の敵であるサーヴァントのキャスター。それを放っておくように言った主人の言にアーチャーは当惑する。アーチャーのその様子を感じ取ったのだろうか。黒い甲冑の人物は振り返る。

 細い金の髪と獣性を感じさせる黄金の瞳。だが、その貌はまだ年端もいかない少女だ。一種、蠱惑的且つ暴力的なカリスマ性──尤もカリスマ性は彼女と方向性を同じくしている者にしか作用することもなさそうではあるが──を感じさせる少女は目を細め、アーチャーへと宣言した。

 

「キャスターよりも先に仕留めなくてはならない奴が現れた」

「先に仕留めなくてはならない? カルデアのマスターのことか?」

「いや、カルデアのマスターについては後回しでいい。それこそ、キャスターよりも、な。だが、一人……いや、一体だけ潰さなくてはならない」

「一体だけ?」

「見たら解る。行け」

「随分と辛辣な扱いだな。しかし、君がそう言うならば私は従うしかない。私は君の従者でしかないからな」

 

 皮肉を口にしたアーチャーは肩を竦め、踵を返した。

 

「アーチャー」

「どうかしたか?」

 

 去りゆくアーチャーへと声を掛けた黒い甲冑の少女は無表情ながらも、少しの迷いを見せていた。が、一度、口を閉じた彼女は常の様に力強く言葉を紡ぐ。

 

「武運を」

「君もな、セイバー」

 

 主人の言を受けたアーチャーは颯爽と戦場へと繰り出すのであった。

 

 ///

 

 アーチャーの唇が歪む。

 通常の霊基状態の彼ならば、感情を表すことはない。特に、弓を番えている時、彼は自己を自分で喪失させ虚無に近づくことで矢の命中率を引き上げる。

 だが、今の彼は通常の彼ではない。泥に塗れ反転したアーチャーは愉しみを見つけた。

 アーチャーの鷹の瞳が影を捉える。と、間髪入れずに矢を放った。

 

 バケモノに対し、慈悲を与えるような感情をひっくり返されたかのように、今の彼には見当たらない。

 アーチャーは凄惨に嗤うのだった。

 

 

 

 +SIDE:ラフム+

 

 壊れた壁から『トウッ』と出て走り出す。全速力で走れば、10秒も掛からずにアーチャーの所まで行けるだろう。今は小指の先よりも小さな黒い影、遠くに見えるアーチャーだ。まあ、ラフムには小指とかないんですけどね。

 

 ラフムがトップスピードに乗るために姿勢を低くした瞬間、ビルから赤い光が瞬いた。爪を顔の辺りに掲げると、重い衝撃を感じる。けど、構う暇はない。

 爪で弾き飛ばした矢に注意を向けることなく、ラフムは足を止めずにビルの端から飛び降りる。

 空中に跳び出したラフムを逃すような甘い相手じゃない。続け様に矢が何射も放たれるが、爪をしっちゃかめっちゃか振り回すことで弾き飛ばす。

 ん? 矢の雨が止んだ。ラフムには矢など無駄だと思ったのだろうか? いや、アーチャーのことだ。干将・莫耶でラフムを仕留めようという魂胆だろう。

 

 まあ、いい。どちらにしろ、近づき易くなった。あとは、どこかから黄色い雨合羽を拾ってからエレベーターに乗って屋上まで行こう。着物も赤いジャケットもラフムの体には入らないし、それは仕方ない。諦めよう。

 そんな訳で、全力で足を動かしてビルからビルへと近づいていく。大体、走り始めた場所からアーチャーの所まで半分の所まで来た。ビルの屋上を見上げる。赤い光が大きく輝いていた。

 

 あかん。あれはあかん。

 直感でしかないが、無防備に喰らったら死ぬ。ランサークラスでも死ぬ時は死ぬ。

 

 ラフムは足を止めて、両腕と両側腕を前に構える。腰を落として衝撃に備える準備を整えた瞬間、見つめる屋上の光が射出された。ミシリという腕。痛みに耐えながら腕を無理矢理開いて放たれた矢を弾き飛ばす。矢を弾き、再び走り出したラフムの耳に聞こえるのは空気が震えた音。どうやら、アーチャーが全力で放った矢は音速を超えていたらしい。怖い。

 けど、あれだけのチャージ時間だ。もう一発、同じようなものを放つには、それ相応のチャージ時間が必要。その前に、ラフムの足ならアーチャーへと辿り着ける。

 

 ビルの端から別のビルへと飛び移るべく、ラフムは足を曲げる。

 

「eqe!」

 

 体がぐらついた。原因は背中への衝撃。

 空に投げ出されながら、首を後ろに回すと先ほど弾き飛ばしたハズの矢がラフムの背中に刺さっていた。浅くではあるものの、尖ったものが体に刺さっているという事実は精神衛生上よくない。側腕を動かして矢を取り外そうとした瞬間、矢が一際赤く輝きだす。

 

「3、7f@e……」

 

 ラフムの呟きは爆発音に掻き消された。背中の矢が爆発したからだ。オデノカラダハボドボドダァ! というか、クラス相性は? ないの? すっごく痛いよ、これ! こんなんなら、一人で来るんじゃなかった!

 

 ぶっ飛びそうな意識をなんとか繋ぎ止めながら、上方向へとぶっ飛んでいく。壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)と呼ばれる技だ。宝具を爆弾として使うことができる技のようなもの。後ろからラフムを襲ったのは魔術で作った宝具、赤原猟犬(フルンディング)だろう。一度、放てば例え弾かれても何度でも敵を襲い続ける厄介な武器。

 

 ラフムは意識を切り替える。

 敵は強い。なら、全力で叩き潰す。

 

 吹き飛ぶ体を素早く回転させて、ラフムは吹き飛んだ方向にあるビルの壁へと爪を突き刺して方向転換する。向かう先は上。壊れた幻想で後ろから前、つまり、アーチャーがいるビルの方向へと吹き飛ばしたのはアーチャーの慢心だ。

 

 スピードが落ちてきた。

 更に一回、二回と爪をビルに突き立てて、腕力で体を上へと弾き飛ばす。屋上が見えてきた。そして、驚愕に染まるアーチャーの顔も。

 

 ガチリとビルの出っ張りに爪を引っかけて体を半回転させながらアーチャーの顔目がけて爪を繰り出す。しかし、それはアーチャーも予測していたのだろう。ギリギリで躱したアーチャーは魔術で創り出した手の弓を消して、新たに何かを創ろうと魔力で骨子を設定する。カウンターをしようという算段だろう。

 

 けど、それは許さない。

 ラフムの側腕が唸った。しかし、航空障害灯の光でアーチャーの顔に影が差したことで気づかれた。一瞬で身を翻してラフムの爪を避けるアーチャーを苦々しく思いながら、ラフムはアーチャーと同じビルの屋上へと降り立つ。

 

「貴様……」

 

 アーチャーも苦々しくラフムを睨んでいた。その頬にはラフムの引っ搔いた傷による赤い線が一本、引かれていた。やはりと言うべきか、予想通りラフムの前に立つ男はアーチャー:エミヤだった。

 

「ck:Zb4uzot@j5w@、9m70qdk:yt@i2@.mksgqedwfe.jeu?」

 

 相手は緑川光ボイスでもなくランサーでもないけど結構な面構えな所は同じ。二槍流と二刀流な所も似てるしネ! けど、ラフムは……悪いが四刀。

 

 両手と両側腕を掲げて見せる。女難の相持ちめ。14送りにしてやる!

 

「何を言っているか分からんが……私と戦おうという気概は認めよう」

 

 アーチャーの魔力が高まる。

 

「I am……うぉッ!?」

 

 あっぶねェ! こいつ、いきなり宝具を使おうとしてきやがった。慌てて爪をアーチャーへと向けるが紙一重で避けられた。無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)を使わせて、LAST STARDUSTがBGMで流れた後に『じゃない』とか言いながら戦ってもラフムの体は剣で出来ちゃいないから処刑用BGM(エミヤ)は流れないと思う。

 

 だから、使わせない。魔術に集中する時間も与えない。けど、相手は英霊。自分の力を高め続けた英雄の現身だ。慌てたのはラフムの一撃目のみ。しかも、その一撃目も躱された。

 

投影、開始(トレース オン)

「!?」

 

 余裕を取り戻したアーチャーは呟きながら魔術を発動させていく。

 

工程完了(ロールアウト)

 

 させないように何度も爪を振るう。けど、避けられる。

 

全投影、待機(バレット クリア)

 

 止まらない。アーチャーの後ろに次々と剣が現れていく。

 

停止解凍(フリーズアウト)

 

 四本全ての腕を使うが軽々とアーチャーは避けていく。

 

全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)……ッ!?」

 

 蹴りを繰り出したが、咄嗟に後ろへと飛んだアーチャーは上手く衝撃を逃がしたようだ。大したダメージは与えられていない。アーチャーが勝利を確信したように笑みを浮かべる。

 それもそうだろう。あの量の宝具の直撃を受けて耐えられるサーヴァントなんてスパルタクスぐらいだろう。

 

 ここまでか。

 バビロニアでも同じことを思ったなと考えながらラフムは腕を下す。

 

「ラフム!」

「jrq\!?」

 

 諦めかけた時、マスターの声がラフムの耳に届いた。顔を左へと向けると、そこにはマスターとマシュの姿。

 アーチャーもマスターの姿に気が付いたようだ。しかし、まずはラフムを殺すつもりなのか投影した宝具の照準はラフムに向いたまま。

 

「遅い……!」

「マシュ! 第一スキル使用!」

「了解しました、マイマスター。今は脆き雪花の壁!」

 

 飛んでくる武器に向かって爪で迎撃する。が、それは爆発した。籠める魔力が少なかったのか屋上が下に抜けるほどの爆発ではないものの、それは確実にラフムへとダメージを与えるものだった。

 

 体に奔る衝撃。

 洗濯機の中に入れられたようなそんな感覚だ。ラフムの周りで宝具が爆発している。だが、そんな絶体絶命の状況でもマスターはラフムを信じてくれていた。

 

「ラフム! 第一スキル使用! けたけた笑い!」

「:q:q:q!」

 

 ラフムは爆発で起きた煙の中から高らかに笑う。

 FGOの中では、敵単体の強化状態を解除&防御力をダウン(3ターン)&無敵貫通状態を自身に付与(3ターン)という効果でとても厭らしいと思ったラフムのスキルだったが、今、自分が使うとなると、とても素晴らしいものに思える。

 

「魔術礼装 カルデア第一スキル使用! 瞬間強化!」

 

 敵へのデバフの次は自分へのバフ。それは鉄則だ。

 マスターの魔術礼装によって、攻撃力が上がったラフムは一度、マスターと目を合わせる。

 

「ラフム、頼んだ」

「l)4te、MY MASTER」

 

 ラフムは右の爪を掲げてアーチャーへと迫る。アーチャーは避けるつもりはないのだろう。控えているサーヴァント・シールダーがいるため、短い時間でラフムを倒して次に備えなくちゃならないアーチャーは、ラフムの攻撃を防いだ後、ラフムを一刀の元に葬り去るという腹積もりだろう。投影した干将・莫耶がオーバーエッジ状態──刀身が伸びて鳥の羽のような細工が施される状態──になっていることからも確定的に明らか。

 

 つまり、正面からのぶつかり合いだ。

 

 腰を捻り、爪をアーチャーへと突き出す。それをアーチャーは双剣を交差させて防ごうとした。だが、今のラフムは身体能力がマスターにより強化されている状態。そして、今のアーチャーはラフムのスキルによって防御力という概念が弱体化されている状態だ。

 

 ガラスが割れるような音が響き、ラフムの爪は双剣を叩き折った。そのまま、勢いを止めることなく、ラフムの爪はアーチャーの腹へと突き刺さる。

 

「カハッ……」

 

 信じられないという目付きをして、ラフムを見つめるアーチャーだったが、視線を右に移して合点がいったように目を細めた。

 

「そうか、マスターか」

 

 光の粒子へと変わっていくアーチャーは優しい目でマスターを見つめた。

 

「私は“護りたい”という意志がいつの間にか欠けていたようだ。皮肉なものだな。力を手に入れた故に意志を見失うとは。……ラフムとか言ったか?」

「c4、LAHMU」

「いいマスターを持ったな」

 

 その言葉を最後にアーチャーの姿は消えた。

 

「敵性サーヴァントの消滅を確認。先輩、次はどうしますか?」

「まずは、ラフムに紹介しないと」

「そうでしたね。ラフムさん、こちらへ」

 

 マシュが手招きをする。誰か紹介する人がいるようだ。

 マスターとマシュの元に歩くと、ぐにゃりと空間がねじ曲がった。隠蔽の魔術だ。そこから出てきたのは、オルガマリーだ。魔術を使って姿を隠すことができるとは流石、所長だ。

 そして、もう一人。青い服を着た男がいた。

 

「アイツを倒すなんて、やるじゃねェか。見た目じゃ分からねェもんだな」

「h\a’y!」

「今、なんつった? 焼くぞ」

 

 怖ッわ……。

 クーちゃん怖い。

 

 ラフムを睨みつけるのはサーヴァント・キャスター。光の御子クー・フーリン、その人だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.再臨で服を着る……だから、アニメでは脱いだのか!

 ギロリとラフムを睨むクーちゃんことクー・フーリン。むっちゃ怖い。

 

「あの……Mr.キャスター?」

「ああ、悪ィ……。コイツの鳴き声で、ちっとばかし苦手な奴のことを思い出しちまってな」

 

 マシュの声でクー・フーリン──今はキャスターのサーヴァントだ──は怒りを収めた。険しい顔を一転させたキャスターは笑みを浮かべる。

 

「オレはキャスターのサーヴァント。この冬木の聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントだ」

 

 名乗られたならば、返さなくてはならない。ラフムが話すことのできる数少ない単語を口にする。

 

「LAHMU……」

「ラフム? あり得ないだろ、それ」

 

 ラフムの名を聞いたキャスターの顔がまた険しくなった。今度は嘘を吐いているんじゃないかとラフムを疑う顔だ。

 じっとラフムを見つめるキャスターにマスターが尋ねる。

 

「あり得ないって、どういうことですか?」

「あ? 坊主、自分のサーヴァントについても知らねえのかよ」

「先輩はカルデアに来て、すぐに冬木にレイシフトしています。ですので、世界各地、古今東西の英雄についての知識は学ぶ時間もありませんでした」

「ま、そうなら仕方ねえか」

 

 ラフムからマスターへと目線を移したキャスターはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「ラフムっていやあ、バビロニア神話に出てくるモンだ」

「Mr.キャスターの言う通り、ラフムという存在はバビロニア神話の冒頭、父神アプスーと母神ティアマトから初めに産まれた神だと伝わっています」

「それが……どうしたの?」

 

 マスターが首を傾げる。

 

「あり得ないことなんだよ。事実が伝承と違っていたとしてもだ。そこんとこはオレよりもアンタの方が詳しいだろ?」

 

 キャスターがオルガマリーへと目を向ける。オルガマリーがキャスターの言葉を引き取るように口を開いた。

 

「神話で伝わっているラフムはこんな形じゃない。いえ、キャスターの言うように事実を伝承という形で曲げていたとしても神は召喚できない。それはカルデアの召喚システムでも、冬木のサーヴァント召喚でも共通することよ。まあ、例外はあるけど」

「例外?」

「神をダウンスケールさせて、サーヴァントとしての運用すること」

「ハッ……神がそんなことを受け入れる輩とは思えねえけどな」

「でも、そうとしか考えられません。ラフムが人語を扱えないことも、そのことが原因だと推測できますし」

 

 そもそも、神というのは気まぐれで自分の力に絶対の自信を持つ存在だ。上下姉様のように始めから力を持っていないというのならともかく、ラフムの名前が来ているバビロニア神話の“ラフム”は原初の神の一柱。神を産み出すこともできる神だ。相当、位が高い神が“ラフム”だ。そんな神が自分の力を削って人間に使役されるなんてことは、まずあり得ないこと。

 まあ、ラフムの場合はバビロニア神話の“ラフム”とは違う存在なんですけどね。どちらかと言えば、エルキドゥに近い存在だ。エルキドゥがガンダムだとするとラフムはザク……いや、なんか違うけど大体のニュアンスで言えば、そんな感じ。

 

『とにかく』と頭を振ったオルガマリーは厳しい顔付きで今後の方針を固める。

 

「今すべきことはラフムの正体よりも、大聖杯を手に入れること。バーサーカーは近寄らなければ大丈夫なのよね?」

「ああ。奴の通り道に出ない限りは大丈夫だ」

「なら、急ぎましょう。時間を掛ければ掛けるほど、こちらの体力は削られていく状況。この子もきつそうですし」

「フォーウ……」

 

 お、どこに居たのやら、フォウくんがオルガマリーに抱えあげられていた。ぐでんとしたフォウくんは力なく鳴く。燃えている都市はふわもこの体は辛いのだろう。そんなフォウくん、そうオルガマリーに抱えあげられたフォウくんを見つめながらラフムは思う。

 ……どうせなら、ラフムよりもフォウくんに転生してマシュやぐだ子の胸元に潜り込みたかった。現実は隣にぐだ男しかいないけど。現実です……! これが現実……!」

 畜生が、喰うぞ。HPとATKの底上げをしちゃうぞ。

 

 気持ちを切り替えて、息を大きく吐く。

 

 気を取り直して情報を整理するとしよう。

 この話の進みよう。ラフムがアーチャーと戦っている内に、キャスターが冬木の聖杯戦争について説明していたんだろう。大聖杯やバーサーカーについてまで話が進んでいる。ちなみに、0章クリア後、すぐにバーサーカーに凸って返り討ちにされたのは、この私ですwww

 復刻ネロ祭のバーサーカー以上の絶望を感じたね、あれは。あの時は邪ンヌもいなかったし。

 

 バーサーカーについての説明、そして、大聖杯についての説明があった。

 ということは既にマシュはクー・フーリンにセクハラされ済みか。

 しまった。会った瞬間、マシュにセクハラをしておけばよかった。一番始めにマシュをマシュマシュしたかった。けど、ラフムには所長がいる。所長は冬木でお別れだし、ここでしかセクハラができない。つまり、所長の優先度が高い。一番槍は後輩(ディルムッド)の仕事でしょう? ディルムッドなら土下座したら快く一番始めにマシュをマシュマシュすることを許してくれそうなのに。

 光の御子め、令呪を以って命じる自害せよ。令呪ないけど。

 

 がっくりと肩を落としたその時、ラフムの頭に天啓が舞い降りた。

 逆だ、逆に考えよう。

 

 クー・フーリンにセクハラをすればいいのではないか?

 

 突如、舞い降りた名案。そうと決まれば、即、実行だ。アニメで上を脱いでくれたから、取り敢えず、下を脱がしてクーちゃんのクーちゃんをボロンさせよう。

 そう思って、キャスターの後ろに立つ。と、肩口からこちらを睨みつけるようにキャスターの赤い目が輝いた。

 

「ほお……オレを試したいってことか?」

 

 犬歯を剥き出して笑うキャスター。

 

「乗ってやるよ。ただし、後悔すんなよ!」

 

 狂犬じゃん。怖い。

 何か話が食い違っている……というか、完全に勘違いされているけど、弁解のための言葉はラフムは話せない訳で。

 

「ちょっと待った! 仲間同士で争うのはダメだ!」

「先輩の言う通りです。今は……」

「うるせえ!」

 

 マスターかマシュに助けを求める前にマスターが助け舟を出してくれた。けど、キャスターの言葉の一撃であっという間に助け船が沈む。ラフムの体みたいに泥で出来た船だったのかもしれない。

 

「コイツの気持ちが分からねえなら、黙っとけ」

 

 ラフムの気持ちは二人と一緒なのに。戦いはダメ。痛いのは嫌い。

 

「それに、気づいているか? コイツがオレと戦おうとしたのも、坊主。お前さんのためだ」

「オレ……の?」

「ああ。お前さんを護るに足る実力がオレにあるかどうかテストしたいんだろうさ。全く……見た目とは違って、いい奴じゃねえか」

 

 すみません。

 実はパンツ降ろそうとしていただけで、本当にすみません。

 

 むっちゃ褒められて居心地が悪い中、キャスターが杖を構える。槍の構えっぽいけど、ラフムは優しいから特に何も言わないでおく。流石はケルト式。

 

「坊主に嬢ちゃん。そこに突っ立ったままでいいのか?」

「え?」

「オレは全力でコイツを殺すぞ」

「!?」

「失いたくねえなら、しっかり守ってやんな」

「ッ! マシュ! 頼む!」

「了解しました!」

 

 マシュがラフムの前に出た瞬間、キャスターの声が響いた。

 

「アンサズ!」

 

 マシュの盾に何度も火の玉が当たる。が、マシュの盾はそれを通さない。

 タイミングを計って、ラフムはマシュの盾の後ろから走り出す。狙いはキャスター。取り敢えず、ラリアットをして意識を奪おうとジグザグに走り出す。

 大きく左右に走って魔術による攻撃を避けたからか、キャスターは攻撃を一旦、止めて杖を持つ手に力を入れているのが見えた。真っ向勝負をしようという腹積もりだろう。

 

「ラフム! 止まれ!」

 

 全ての腕を地面に刺して体を無理矢理止める。マスターの指示には従うのがサーヴァントだ。令呪を使ってないから強制力はないから自分で自分を止めるしかない。

 しかし、なぜ、マスターはラフムを止めたのだろう。

 と、地面が薄く光っているのに気が付いた。なるほどね、地面にルーンを刻んで地雷のようにした訳か。マシュが火の魔術(アンサズ)を防いだ一瞬の隙で、更に魔術を仕込むなんて流石はクー・フーリン。

 

「ラフム! 上から攻めろ!」

 

 マスターの言う通り、跳び上がってキャスターへと迫る。

 Accel Zero OrderのCMで出てきた切嗣のようにキャスターへと上から襲い掛かるが、キャスターの杖でラフムの四本の腕による渾身の一撃は軽く受け止められた。

 蟹ばさみにしとけば良かった。三條な●み監督の絵コンテならば、間違いなく蟹ばさみをしただろう。アライグマくん的に。

 

「アーチャーとの戦いがなけりゃ、もちっといい勝負ができたかもな」

 

 キャスターの冷たい顔とは裏腹に杖が熱を持ち始める。

 

「これで倒れて!」

 

 ナイス、マシュ!

 マシュがキャスターの隙をついて、盾を振るう。キャスターはそれを軽々躱すが、同時にラフムからも距離を置いた。

 地面に降りたラフムは、すかさず、マシュの腰に腕を回して全速力でその場から離れる。と、大きな火柱が背後から上がった。キャスターが仕込んでいたルーンから火が上がったのだろう。

 

 アスファルト(アストルフォではない)を削りながら、戦闘が始まった時と同じ場所に戻る。けど、それはダメな選択だった。

 

「我が魔術は炎の檻、茨の如き緑の巨人。因果応報、人事の厄を清める社──倒壊するはウィッカーマン! オラ、善悪問わず土に還りな!」

「あ……」

 

 マシュが呆然と呟く。

 先程のラフムにとって全力の攻防はキャスターにとって、ただの時間稼ぎ(NP溜め)だったのだろう。

 目の前に顕現したのは木の枠組みで作られた巨大な人型。ちなみに、この人型をウィッカーマンと呼び、それはケルトのドルイド──大雑把にいうと魔術師──が行う儀式に使われる。このウィッカーマンの中に人間を閉じ込めて火を点けるという儀式だ。ジャンヌも真っ青な儀式をやるとは、流石はケルト。スーパービッチ(メイヴ)を産み出した民族は一味も二味も違う。

 

 ちなみに、この灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)という宝具の種別は対軍宝具。ちょっと避けられない。

 

「MATTHEW……6,t@e」

「ラフムさん……了解しました!」

 

 こんな時は、私のかわいいナスビちゃんに頼るに限る。

 

「あああああ!」

 

 マシュが叫びながら盾を地面に打ち付けた瞬間、盾の前に巨大な魔法陣が浮き上がった。

 

 仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)

 

 絶対的な防御を誇るマシュの宝具だ。そうは言っても、FGO内では無敵や回避を味方全員に与えはしない。味方全体の防御力を3ターン上昇&ダメージカット状態を3ターン付与という今一パッとしない性能。進化しても自身以外の味方の攻撃力を上昇が追加されるぐらいなもの。

 まあ、獅子王の無敵貫通相手にはマシュの宝具が他の防御系スキルに比べれば使えるものの、ラフムは高貴な家だったので、バーサーカー+石コンテでぶっ飛ばすことができた。『バーサーカーは最強なんだから』が金平糖を齧ればできるし、ロ……FGOは最高だぜ。

 

「あああああ!」

 

 マシュが叫びながら灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)を防ぐ様子を横目に、ラフムは考える。

 それにしても、スキップされないな。256回ぐらいタッチしたらスキップされるかもしれないと思いついてマシュの頭を撫でる。

 

「ラフムさん……」

 

 安心したような顔をするマシュ。無垢な瞳だ。

 これからタッチされる場所が変えられるということを想像もしていないマシュに世間の厳しさを教えてあげようとした瞬間、目の前の炎が掻き消えた。

 

「宝具が使えねえって言ってた割には、やれば出来るじゃねえか、嬢ちゃん。それに、坊主もオレの魔術をよく見抜いた。……で、どうよ? オレの力は?」

 

 自信有り気にラフムを見るキャスターだ。

 FGOをしていた時からキャスターの力は十二分に知っている。言うことがないほどに強いレアリティ詐欺だということを知っている。強いて言えば、ストーリー召喚からしか排出されないのを直してくれたら最高。

 

 そんな意思を籠めてニッコリと笑いかける。

 

「お、おう……。なあ、坊主?」

 

 が、キャスターは引き攣った顔でマスターを呼んだ。

 

「はい」

「コイツの今の表情って笑顔でいいんだよな」

「当たり前じゃないですか」

「コイツの表情を読み取れるのは当たり前じゃねえよ!」

 

 ラフムの表情は醜い(誤字)ことを思い知らされた夏の冬木でした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7.聖杯戦争を続けよう……終わらぬ連鎖を終わらせる!

 マシュが宝具を使えるようになったよ、やったね!

 本来ならお祝いするべきなんだろうけど、生憎、炎上しまくっている(比喩じゃない)冬木じゃケーキを売っている店なんてものはない。そんな冬木で出来るようなことと言えば、骨集めとダイエットのためのマラソンぐらいなもの。

 

 つまり、冬木から一刻も早くカルデアに戻らないといけない。でも、その前に立ち塞がるのは、あのアーサー王。今でこそアーサー王と言えばセイバーが出てくるようになったけど、昔はアーサー王と言えば男が出てくるものだったのじゃ。え? 知ってる?

 

 まあ、ともかく、冬木最大の脅威のアーサー王に立ち向かって勝って冬木の大聖杯を手に入れなくちゃいけない訳で……。

 アーサー王に勝つためには体調をしっかり整えなくてはいけない。

 そのための小休止をとる。マシュが用意した蜂蜜のたっぷり入ったお茶(意味深ではない)と所長のドライフルーツ(意味深ではない)を食べて準備は万全。

 これは余談だけど、休憩途中で出会った黒っぽくて怪物っぽいのとは気が会いそうだったのに、所長の命令で撃破させられてしまった。ラフムは悲しい(ポロロン)

 

 怪物っぽいのを撃破したラフムたちは洞窟の中を進む。変動座標点0号とカルデアでは定義されていた場所だ。洞窟の中を進んでいくと、とても開けた場所に出た。体育館ほどの広さだ。いや、本当に大きい。

 そして、その中心には上へと魔力っぽいのが立ち上がっている大きな穴。ラフムは魔術師でも何でもないし、魔術の素養もなかったから魔力かどうかは分からない。けど、なんとなくヤバみを感じる。直感スキルとかないけど、ラフムの勘は型月限定でよく当たる。例えば、オルガマリーにビンビンに死亡フラグが立っていることを彼女のデータが出た直後に見抜いたりしたし。

 

 と、隣にいる所長の喉がゴクリと鳴った音がラフムの耳に聞こえた。それにしても、耳は見当たらないのに、なぜ、聴覚があるのだろうか? 教えて、ティアマトママ!

 

 ラフムがバブみを感じているのは置いといて、なぜ、所長が喉を鳴らしたのか。原因は目の前に見える大聖杯だ。

 

「これが大聖杯……超抜級の魔術炉心じゃない……なんで極東の島国にこんなものがあるのよ……」

 

 呆然と呟く所長に答えるようにマスターのウェアラブル端末から音がした。Dr.ロマンだ。

 

「資料によると、制作はアインツベルンという錬金術の大家だそうです。魔術協会に属さない人造人間(ホムンクルス)だけで構成された一族のようですが」

「悪いな、お喋りはそこまでだ。奴さんに気付かれたぜ」

 

 チャチャッチャ、チャッチャン!

 セイバーが現れた!

 

 RPGっぽく頭の中でBGMを鳴らす。

 皆! サントラは予約したかい? ラフムは勿論した。けど、サントラが発売される前にトラックに轢かれた。歩きスマホはダメ、絶対!

 

 そんな思考を全く表に出すことなく、ラフムは洞窟の広間の中、ちょっとした丘のようになっている場所に立つアーサー王(オルタちゃん)を見上げる。第三再臨後の姿ならば、下から覗けばドレス中まで見れたかもしれないというのに、今のオルタちゃんは第二再臨後の姿。やはり、王は人の心が分からない。

『セイバー。何も訊かずに鎧を脱げ』と宣いたい。

 

「なんて魔力放出。あれが、本当にあのアーサー王なのですか?」

「間違いない。何か変質しているようだけど、彼女はブリテンの王、聖剣の担い手アーサーだ。伝説とは性別が違うけど、何か事情があってキャメロットでは男装をしていたんだろう。ほら、男子じゃないと王座にはつけないだろ? お家事情で男のフリをさせられてたんだよ、きっと。宮廷魔術師の悪知恵だろうね。伝承にもあるけど、マーリンはほんと趣味が悪い」

「え……?」

 

 ラフムとキャスニキを前にして、マシュとロマンが話している。『マーリンはほんと趣味が悪い』……よく分かる。一体、マーリンにどれだけの諭吉が理想郷に永久に閉ざされたというのか。思い出したくもない。

 ロマンの言葉に何度も頷きそうになった自分を止めて、オルタちゃんから目を離さないようにする。あわよくば、鎧の隙間からという感じの目線をやるが、流石はアーサー王。アヴァロンを持ってきてないのにも関わらず鉄壁だ。おい、誰だ? 絶壁って言ったのは。カリバーすっぞ。

 

 隣でカチャリと軽く鎧が触れ合うような音がした。マシュだ。

 ラフムの隣に並んだマシュも気を取り直したようにオルタちゃんを見つめる。

 

「あ、ホントです。女性なんですね、あの方。男性かと思いました」

 

『ええー? ほんとにござるかぁ?』とマシュに言おうとしたけど、生憎、ラフムの口からは人語は出てこない。ミニクーちゃんみたいに可愛くデザインして欲しかったなとティアマトを恨むけど、あとの祭り。

 仕方ないから隣のクーちゃんが話すのを聞く。

 

「見た目は華奢だが甘く見るなよ。アレは筋肉じゃなく魔力放出でカッ飛ぶ化け物だからな。一撃一撃がバカみてぇに重い。気を抜くと上半身ごとぶっ飛ばされるぞ」

「ロケットの擬人化のようなものですね。……理解しました。全力で応戦します」

「おう。奴を倒せば、この街の異変は消える。いいか、それはオレも奴も例外じゃない。その後はお前さんたちの仕事だ。何が起こるかわからんが、できる範囲でしっかりやんな」

 

 と、こちらを見つめたまま動かなかったオルタちゃんの口が動いた。

 

「ほう……面白いサーヴァントがいるな」

「なぬ!? テメェ、喋れたのか!? 今までだんまり決め込んでやがったのか!?」

「ああ、何を語っても見られている。故に案山子に徹していた。だが……面白い。その宝具は面白い」

 

 ゆっくりと、ラフムたちを威圧するようにオルタちゃんが剣を構えた。慌ててマシュが盾を構え直す。

 

「構えるがいい、名も知れぬ娘。まずはお前からだ。その守りが真実かどうか、この剣で確かめてやろう! そして、その後は……貴様だ、化物。」

 

 オルタちゃんと目があった。ライオンを思わせるような目だ。隣のクー・フーリンがランサーなら、『この人でなし』と言われようが彼を餌として彼女の前に投げ込むことをラフムは辞さない。それほどに怖い。

 

「化物。貴様は……貴様だけは生きては返さん」

「ラフムが何をしたって言うんだ!」

「ソレは廃さなくてはならないものだ」

「え?」

「カルデアのマスターよ。貴様の隣のソレは人類と共にはあってはならないものだ。いや、この世にあってはならないものだ」

「でも……ラフムはいい奴だ! こんな見た目だけど、オレたちを守ってくれた。今もこうやって──」

「それが何の保証になる? 断言しよう。ソレはピクト人と同様に排除しなければならない……“敵”だ」

 

 マスターは唇を噛み締める。反論の材料を探しているのだろう。

 出会って数時間しか経っていないラフムに対して凄い信頼を覚えているマスターに首を横に振って見せる。信頼していた弟子にアゾられるいい人(うっかりさん)もいることだし……アレは信頼とか関係なくて愉悦部の部長が仕向けたようなものだとも言えそうだけれども。

 まあ、ラフムがマスターに向けた首振りの意味は『人を簡単に信用したら痛い目を見るよ』という親心のようなものだ。

 

「ラフム……そうだよな」

「^?」

「セイバー、オレはラフムを信じる! ラフムは『自分は人類の敵じゃない』って首を振ってくれた。お前の言うことは間違っている!」

「マスターの言う通りです。見た目で判断するような方にはラフムさんのことは何一つ分かりません!」

「……まあ、なんだ。一応、オレは坊主のサーヴァントとしてやってるから、坊主の方針には従う」

 

 皆……ラフム、嬉しい( *´艸`)

 あと、キャスニキ(YARIOじゃない奴)は黙っとれ──。

 

「所長! 所長も言ってやってください!」

「へ? え? 私?」

「はい! 所長です!」

 

 マスターとマシュの言葉で退けなくなったのだろう。心底、嫌そうな顔をしながら、所長も言葉を口にした。

 

「えっと……その……えーっと……そう! 人理を守る意志がサーヴァントにないと召喚されないからコイツは大丈夫! ……だと思う」

 

 全く信用されていない。ラフムは悲しい(ポロロン)

 

「話は平行線を辿る、か。なら、問答は終わりだ」

 

 剣を腰に構え直したオルタちゃんの体から黒い魔力が放出された。

 オルタちゃんの魔力が気が高まるぅ……溢れるぅ……。

 カリバーだね、わかるとも!

 

「来ます……マスター!」

「ああ、一緒に戦おう!」

「はい! マシュ・キリエライト、出撃します!」

 

 マシュが一歩前に出て盾を構える。それとオルタちゃんが剣を振るのは同時だった。

 

「エクスカリバー・モルガァアアアン!」

「マシュ! 宝具を!」

「了解しました! 宝具展開します!」

 

 マシュの前に巨大な魔法陣が描かれる。

 

「あぁああああ!」

 

 洞窟の中にマシュの声が響く。いやはや、こうやって聞くと女の子の悲鳴っていいものだね。青髭の旦那や龍ちゃんの気持ちが分からないでもない。漫画版にはトラウマを植え付けられたけど。あれはR18Gじゃない?

 

「耐えた……か」

 

 少しブルーになっていると、極光が止まった。マシュが耐え切ったようだ。

 マシュの頭を撫でてあげるべきか、それとも、オルタちゃんへの攻撃を優先させるべきか悩んでいると後ろから指示が聞こえた。マスターだ。

 

「ラフム! ケタケタ笑い!」

「:q:q:q!」

「キャスター! 宝具使用!」

「応ッ! 灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)!」

「くっ……」

 

 セイバーが纏う魔力が消え、それを狙ったようにキャスニキの灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)が襲い掛かった。けど、流石は最優のセイバー。炎の巨人の攻撃をも耐え切ったが、それを予期していたかの如くマスターの指示は続いていた。

 

「ラフム! 即撃(Quick)!」

 

(」・ω・)」うー!(/・ω・)/にゃー!

 という感じでラフムはオルタちゃんへと爪を振り下ろす。

 

「キャスター! 技撃(Arts)

 

 キャスニキが魔力の弾を打ち出す。

 

「マシュ! 強撃(Buster)!」

「了解しました、マイマスター」

 

『これで倒れて!』という掛け声と共にマシュが盾でオルタちゃんへとタックルする。

 マシュの攻撃で地面に転がされたオルタちゃんだったが、何ともないように立ち上がる。けど、その体は黄金色の粒子へと変わっていっていた。なんて我慢強い方だ。

 

「フ……知らず、私も力が緩んでいたらしい。最後の最後で手を止めるとはな。聖杯を守り通す気でいたが、己が執着に(かぶ)いたあげく敗北してしまった。結局、どう運命が変わろうと、私一人では同じ末路を迎えるという事か」

「あ? どういう意味だそりゃあ。テメェ、何を知っていやがる!」

「いずれ貴方も知る、アイルランドの光の御子よ。グランドオーダー。聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」

 

 そう言い残してオルタちゃんの体は光の粒子となって消えた。

 

「オイ待て、それはどういう……おぉお!?」

 

 そして、それはキャスターも同じ。

 

「やべえ、ここで強制帰還かよ!?」

 

 彼の体も金色に光り消えていく。

 

「チッ、納得いかねえがしょうがねえ! 坊主、あとは任せたぜ! 次があるんなら、そん時はランサーとして喚んでくれ!」

 

 いい笑顔を最後に浮かべてキャスターも消えた。

 

「セイバー、キャスター、共に消滅を確認しました。……わたしたちの勝利、なのでしょうか?」

「ああ、よくやってくれたマシュ、藤丸くん! 所長もさぞ喜んでくれて……あれ、所長は?」

 

 後ろでブツブツ呟いていた所長にマスターが声を掛ける。

 

「所長?」

「え? そ、そうね。よくやったわ、藤丸、マシュ。不明な点は多いですが、ここでミッションは終了とします。まず、あの水晶体を回収しましょう。セイバーが異常をきたしていた理由……冬木の街が特異点になっていた原因は、どう見てもアレのようだし」

「はい、至急回収……な!?」

 

 水晶体を回収しようと足を踏み出したマシュだったが、突然、足を止めて上を見上げる。それは、オルタちゃんが始めに立っていた場所と同じ場所。

 

「いや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者。まったく見込みのない子どもだからと、善意で見逃してあげた私の失態だよ」

 

 緑色の服に身を包み、柔和な微笑みを浮かべた男がそこに立っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.行くのは待って欲しい……タイツ頂戴!

 いつの間に現れたのだろうか? 立ち上がる魔力の前に居た緑色の服を着込んだ男が冷たい目付きでラフムたちを見下ろす。しかし、目付きとは裏腹に、その顔は笑顔のままだ。

 彼に見覚えのあったマシュが声を上げる。

 

「レフ教授!?」

「レフ!? レフ教授だって!? 彼がそこにいるのか!?」

「うん? その声はロマニ君かな? 君も生き残ってしまったのか。すぐに管制室に来て欲しいと言ったのに、私の指示を聞かなかったんだね。まったく……」

 

 柔和な笑みが醜悪な笑みに変わった。

 

「……どいつもこいつも統率のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないな。人間というものはどうしてこう、定められた運命からズレたがるんだい?」

 

 危険を感じる声。『そうだろう?』と言うようにマスターを見下す彼の視線。ついでに言うと、マスターの近くに戻っていたラフムを蟲でも見るかのような目付きを一瞬だけ向けてきた。外見だけで判断しやがって……。死んだ魚のような目だったら許せたというのに。

 

 素早くマシュが前に出て盾を構える。

 

「──! マスター、下がって……下がってください! あの人は危険です……あれは、わたしたちの知っているレフ教授ではありません!」

 

 が、状況判断ができない者が一人いた。

 マシュの注意も聞かず飛び出す影。オルガマリーだ。

 

「レフ……ああ、レフ、レフ、生きていたのねレフ! 良かった、あなたがいなくなったらわたし、この先どうやってカルデアを守ればいいか分からなかった!」

「所長! いけません、その男は……!」

 

 マシュの制止も耳に入れずにオルガマリーは緑色の服の男、レフ・ライノールへと駆け寄って行く。

 

「やあ、オルガ。元気そうでなによりだ。君もたいへんだったようだね」

「ええ、ええ、そうなのレフ! 管制室は爆発するし、この街は廃墟そのものだし、カルデアには帰れないし! 予想外の事ばかりで頭がどうにかなりそうだった! でもいいの、あなたがいれば何とかなるわよね? だって、今までそうだったもの。今回だってわたしを助けてくれるんでしょう?」

「ああ。もちろんだとも。本当に予想外のことばかりで頭にくる。その中でもっとも予想外なのが君だよ、オルガ。爆弾は君の足元に設置したのに、まさか生きているなんて」

「──、え? ……レ、レフ? あの、それ、どういう、意味?」

「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる。肉体はとっくにね。トリストメギスはご丁寧にも、残留思念になった君をこの土地に転移させてしまったんだ。ほら、君は生前、レイシフトの適性がなかっただろう? 肉体があったままでは転移できない。わかるかな。君は死んだ事ではじめて、あれほど切望した適性を手に入れたんだ。だから、カルデアにも戻れない。だって、カルデアに戻った時点で、君のその意識は消滅するんだから」

「え……え? 消滅って、私が……? ちょっと待ってよ……カルデアに、戻れない?」

「そうだとも。だがそれではあまりにも哀れだ」

 

 ニッコリとオルガマリーだけを見つめて親愛を表すように笑うレフ。改めて言うけど、表情とは裏腹に彼の目付きは冷たい。

 

「生涯をカルデアに捧げた君のために、せめて今のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」

 

 手に聖杯を引き寄せたレフの背後の空間が歪んだ。そこには真っ赤な巨大地球儀、カルデアスの姿。

 

「な……なによあれ。カルデアスが真っ赤になってる……? 嘘、よね? あれ、ただの虚像でしょう、レフ?」

「本物だよ。君のために時空を繋げてあげたんだ。聖杯があればこんな事もできるからね。さあ、よく見たまえアニムスフィアの末裔。あれがおまえたちの愚行の末路だ。人類の生存を示す青色は一片もない。あるのは燃え盛る赤色だけ。あれが今回のミッションが引き起こした結果だよ。良かったねぇマリー? 今回もまた、君のいたらなさが悲劇を呼び起こしたワケだ!」

「ふざ──ふざけないで! わたしの責任じゃない、わたしは失敗していない、わたしは死んでなんかいない……! アンタ、どこの誰なのよ!? わたしのカルデアスに何をしたっていうのよぉ……!」

「アレは君の、ではない。まったく──最期まで耳障りな小娘だったなぁ、君は」

 

 と、オルガマリーの体がレフの腕の動きと共に空中に浮いた。

 

「なっ……体が、宙に──何かに引っ張られて──」

「言っただろう、そこはいまカルデアに繋がっていると。このまま殺すのは簡単だが、それでは芸がない。最後に君の望みを叶えてあげよう」

 

 弱者を虐げる愉悦を感じさせる笑みでレフは宣言する。

 

「君の宝物とやらに触れるといい。なに、私から慈悲だと思ってくれたまえ」

「ちょっ──なに言ってるの、レフ? わたしの宝物って……カルデアスの、こと? や、止めて。お願い。だってカルデアスよ? 高密度の情報体よ? 次元が異なる領域、なのよ?」

「ああ。ブラックホールと何も変わらない。それとも太陽かな。まあ、どちらにせよ。人間が触れれば分子レベルで分解される地獄の具現だ。遠慮なく、生きたまま無限の死を味わいたまえ」

「いや──いや、いや、助けて、誰か助けて! わた、わたし、こんなところで死にたくない! だってまだ褒められてない……! 誰も、私を認めてくれていないじゃない……! どうして!? どうしてこんなコトばっかりなの!? 誰もわたしを評価してくれなかった! みんなわたしを嫌っていた! やだ、やめて、いやいやいやいやいやいやいや……! だってまだ何もしていない! 生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのに──!」

 

 ──トウッ!

 

 ブシュッと水風船を針で突っついた時のような音がする。それはラフムの手元からの音だ。更にいうと、目の前の男の体がビクンビクンとしている。気配遮断スキルなんてものは持っていないけど、オルガマリー(デコイ)に注目していたレフの後ろに回り込むなんてのは簡単だった。洞窟の薄暗さとラフムの体の色が合っていたことも幸いしたしネ。

 

「カッ……ああ……クカッ……」

 

 右前腕で聖杯(水晶体)を取りながらラフムは口を開く。

 

「9:eu6p0w@r」

 

 我が師よ(師じゃないけど)。もとより石以外の配布に期待などしておりませんので。

 

 アゾット剣じゃなく、ラフムの腕がレフの胸を貫いていた。そもそも、オルガマリーに視線を向けていたレフだ。ラフムの姿なんて文字通り目に入らなかった。多分、レフはオルガマリーを殺す時に狂気を見せることでラフムたちが動けなくなると考えたのだろうけど、考えが甘い。チョコラテぐらい甘い。

 

 お約束? 知らんなァ!

 そんな感じで、上に浮かぶオルガマリーに気を取られているレフにそっと近づき、後ろから左前腕の爪をレフの背中に突き刺した訳だ。敵の前で慢心するとは……。

 

「q0:」

「貴ッ様……」

「!?」

 

 怖ッ!

 

 胸を爪で貫いているのに、言葉を発したレフは怖かった。

 うおおおお、幽霊こわい──! こわい──! こわい──!

 多分、理系で更に顔芸までしてくるレフが怖い。裸で豹と戦えるラフムでも、胸を貫かれて口から血を流して振り返るレフは怖かった。

 

 感情のままに腕を振り切る。

 ぐしゃりと嫌な音がしたと同時に赤い染みが洞窟の中に広がった。ラフムが腕を振ってレフの体が吹き飛ばされた後に壁にぶつかったんだね、わかるとも!

 

 罪悪感を覚えるものの、上から絹を裂くような音で意識を切り替える。レフの魔術で浮き上がった所長だ。レフの魔術が止まれば落ちるのは当然だろう。事実、繋がった空間の縁は縮んでいるし、その向こうには所長が落ちている姿が目に映った。

 

「ラフム! 所長を!」

 

 一瞬の迷い。マスターとマシュを特異点に残して置くことと、所長を怪我なく受け止めることを天秤に掛けた瞬間、マスターの声がラフムの耳に届いた。

 

「3e-@66666!」

 

『なあ、優勝したら一緒に暮らさないか』とオルガマリーに言った覚えはないしデコトラに乗ってもいないけど、どこまでも落ちていくオルガマリーになんとなく既視感を覚える。

 

 既視感を振り切り、地面を蹴った。マスターの指示に従い、閉じていく時空の孔に飛び込み落ち行くオルガマリーの体を優しく受け止める。ザビ子を受け止めた無銘みたいに『すまない、救出が遅くなった。これに懲りたら単独行動は控えたまえ』と言って……ダメだ、結局、殴られる。悲しいです……なんでみんな幸せになれないんでしょうね……。

 何のことか分からない人は、そのまま聞き飛ばしてくださぁーい(ロリブルマ並感)

 

 オルガマリーの体を抱えてシュタッと地面に降り立った。

 腕の中のオルガマリーも無事だ。ショックを受けた顔をしているものの、サルベージをしなくても救えたので、よしとしてくれることだろう。

 

 ラフムが降りた先はカルデアだ。カルデアスがあるレイシフトするための部屋。地面は罅割れそこかしこにある陥没には水が溜まっている。ぶっちゃけ、酷い状況。

 だけど、レフのテロによる火事は収められたのか火は消えていて安全そうだ。

 

「所長!」

 

 腕からオルガマリーを下すと同時にカルデアのスタッフが駆け寄ってきた。Dr.ロマンでもダ・ヴィンチちゃんでもない。レフの攻撃から生き残った20余名の内のFGOでは名も語られることもなかった一人だろう。

 

 駆け寄ってきたスタッフに何も言葉を返さずにオルガマリーはガタガタと震えている。それも仕方のないことだろう。信じていた人に裏切られて、更に残酷な殺され方をされそうになったのだ(彼女はもう死んでいる)

 スタッフへ返事もできないのも妥当であることだろう。

 

 けど、逆に考えるとこれはチャンスだ。

 

 傷心のオルガマリーを慰める→撫でる→ステキ! 抱いて!→ラフムさん、大勝利

 

 そんな計算式を頭の中で組み上げたラフムはオルガマリーに向かって右前腕を伸ばす。歯を鳴らしてカルデアのスタッフの注目を集めようとしたけど、逆に一歩後ろに退かれた。私は悲しい(ポロロン)

 しかし、光の粒子になっていくオルガマリーを救うためには、スタッフさんに頑張って貰わなくちゃ困る。

 

 そんな訳で、右前腕に引っ掛けている黄金色の水晶体、聖杯をスタッフに見せてオルガマリーに視線を向けた後、歯をカタカタ鳴らす。

 聖杯を使ってオルガマリーを救って欲しいという意志表示だ。

 しかしながら、スタッフはとても悲しそうな顔を浮かべてオルガマリーの前に跪く。

 

「所長。申し訳ございません」

「……」

「我々には所長を救う手立てがありません」

 

 ……え? 嘘だ。だって、聖杯があるし。

 

 歯をカタカタ鳴らした後、首を横に振る。しかし、スタッフの答えは首を横に振り返すというものだった。

 

「この聖杯は魔力リソースでしかない物体です。伝説で語られるように万能の力を持つようなものではありません。そして、今の所長の状態は残留思念というべきもの。死亡している状態です。所長を助けるには、生き返らせるという奇跡が必要になりますが、その奇跡を実現させるためには魔法であっても、できないことです」

「264……」

 

 思わず、フォウくんみたいな鳴き声が口から出てしまってスタッフの意見を否定したラフムとは裏腹に、所長は唇を噛み締めながらもスタッフの意見に頷いた。

 

「ええ、分かっています。分かっているのよ。けど、けど! なんで私が! なんで! なんでレフが! なんで私がレフに殺されなくちゃならないのよ! 信じてたのに! 信じてたのに! ……信じてたのに!」

 

 嗚咽混じりに言葉を繋げるオルガマリーに何も言えなかった。正直、彼女の命を聖杯で簡単に救えると思っていた。現実は非情である。

 薄くなっていくオルガマリーの体。せめて、彼女の精神だけは安らかになるようにと彼女の肩を軽く叩く。

 

「何よ?」

 

 すすり泣きながら振り返るオルガマリーへとラフムは上を指し示す。ラフムの腕が指すのは真っ赤に染まった巨大地球儀、カルデアスだ。

 アニメ版では思わず愉悦を感じれなくなるぐらいドン引きな凄い悲鳴を上げていたほどに痛そうなカルデアスタッチを決めなくて、まだ幸運だったとオルガマリーに示した。

 

 と、オルガマリーの顔が変わる。これまでの泣き顔から一転して戦う人の表情だ。

 

「通信を開きなさい」

「え?」

「早くしなさい! 私には時間がないの!」

「は、はい!」

 

 スタッフは手に付けたウェアラブル端末を操作して、通信画面を開く。空中に浮かび上がるのは色々な作業をしているカルデアのスタッフたちの映像だ。

 

「全スタッフに通達! これから、私はカルデアからいなくなります! ええ、分かっているでしょう? 私は死んでいるのですから! だから、これは所長としての最後の命令(ラスト・オーダー)! 我々の最後の希望、藤丸立香を全力で……全力以上でサポートしなさい!」

 

 オルガマリーは右腕を大きく振って見せる。

 

「逃げることは許しません。負けることは許しません。世界の命運は貴方たち一人一人の肩に掛かっているのですから。一人として欠けることなく世界を救いなさい!」

 

 次いで、オルガマリーは一つの映像の画面に着目した。

 

「ロマニ・アーキマン! 貴方にカルデアの全権を任せます。私の後任として役目を果たしなさい! 以上です!」

 

 空中の映像の一つ、Dr.ロマンが映る映像。ゆるふわ系三十路男子のロマニが真剣な表情でオルガマリーを見つめ返す。

 

「人理継続機関フィニス・カルデア“所長”、オルガマリー・アニムスフィア。貴女の命令(オーダー)は必ず果たしてみせます」

 

 空中に浮かんだ数々の映像。ロマニの声に頷いた通信先のたくさんのカルデアのスタッフたち──幾名かはオルガマリーの命令を守って作業をしっかりと続けている者もいる──が敬礼をしていた。

 それは、オルガマリーを認めたという所作だ。

 

 そのことに気が付いたのだろう。

 呆けたように一瞬、目を大きく開けた後、オルガマリーは何度も頷き、そして、嬉しそうに涙を流している。

 

 と、袖で涙を拭ったオルガマリーはラフムに振り返った。

 

「ラフム。アナタがカルデアスを示すことがなければ、“所長”として命を下すことがなかった。それに、私が認められることもなかった。……ありがとう」

 

 その言葉を最後に、オルガマリーの体は金色の粒子になって消えてしまった。

 遺されたのは彼女に使うことのできなかった聖杯という名のレベル上限の限界突破アイテムのみ。なんともやるせない心持ちだ。

 

「ラフム、ありがとう」

 

 項垂れていると目の前のスタッフの端末から空中に描かれた映像にいるロマンに声を掛けられた。ロマンに顔を向けて首を傾げる。何か礼を言われることをした覚えはない。オルガマリーを救えなかったし。

 

「君のお陰で冬木の特異点は修復された。君があのアーチャーを倒してなかったらと考えると、藤丸くんたちにより大きな危険が襲っていたかもしれない。君の行動が彼らを救った」

「MASTER……MATTHEW……」

「ああ、心配しなくても大丈夫。藤丸くんとマシュはレイシフトから無事帰還した。今はバイタルチェックをしている最中だけど、パッと見た所、特に問題はなさそうだしね」

「9tzq」

「うん、君の言葉は分からないけど気持ちは解った。二人とも無事で本当に良かった。それに、“所長”も君に救われた」

 

 再度、ロマンに首を傾げる。

 

「“オルガマリー”の独白を聞いていて思ったよ。思い知らされたという方が正しいかな? カルデアスタッフは誰一人として彼女を理解しようともしていなかった。カルデアの所長という立場から皆、彼女のことを所長としてあるべきだと考えていたんだろうね。そして、そのことはオルガマリー・アニムスフィアという女性も同じ考えだった。カルデアの所長として相応しい人物でなければならないと行動していた。彼女も彼女のことを認めてあげることが出来なかったんだと思う」

 

『けど』とロマンは続ける。

 

「君は違った。君だけはオルガマリーという人物を見ていた。所長という肩書もアニムスフィア家という家名も関係なく、オルガマリーを見ようとしていた。そして、彼女にカルデアスを示すことで、彼女が心の底から何をしたかったのか思い起こさせた。それが、マリーのじゃなくてカルデアの所長としての行為だというのは皮肉なものだけど」

 

 少し寂しそうに笑ったロマン。

 

「“オルガマリー”が最後に選択したのは自分の遺し方。彼女は“所長”としての最後を遺した。彼女の遺志を継ぐ覚悟を、彼女を認めたボクたちカルデアの全スタッフにさせてね。だから、全スタッフを代表して、改めて君に言おう」

 

 椅子から立ち上がったロマンは深々と頭を下げる。

 

「ラフム、ありがとう」

 

 その言葉はまだ早い。

 聖杯を掲げ、赤く染まったカルデアスへと顔を向ける。

 

「そうだね。これから、何度も君には戦って貰わなくちゃならない。ありがとうというのは早かったかな。じゃあ、こう言わせて貰うよ。ラフム、これからもよろしく」

 

『前に進むのをやめたらそこで終わりですもの』

 

 オルガマリーの声がしたような気がした。

 これから先、辛く怖い戦いの日々に巻き込まれていくのだろう。けど、立ち止まらない。その勇気。それが、オルガマリーからラフムに遺されたものだと思うから。

 

 力強くロマンに頷いた.

 

 




行っくぞー! マジックサーキットフルカウント! マーブルファンタズム!
ラフムーンの前に新たな敵が現れたの! その名は妖怪、竜の魔女!
怖い、私負けそう。月よ、もう一度愛を信じさせて。
そこに現れた助っ人!
え? マシュ! その竹輪どうするの?
次回、黒き泥人形ラフムーン!
──ドラゴンスレイヤー大会──
次回もあなたの心にマーブルゥ……ファンタズム!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0から1のインタールード その①

 さて、と。

 

 ……ここはどこ?

 

 右。大きな窓の向こうには雪がじゃんじゃか降っている白銀の世界。

 左。壁。以上。

 

 首をあちこちに動かすが、『金のなる木』と名付けられそうな観葉植物しか見当たらない。無機質な廊下だけだ。

 

 きっと、キングゥがここにいたら、こう言うと思う。

 

『迷子だね、わかるとも!』

 

 うるせぇ! ライオンの着ぐるみを着たラフムの前に放り投げて『ランサーが死んだ。この人でなし!』ってするぞ!

 

 キングゥにラフムが噛みついた光景──人、それを妄想と呼ぶ──を振り払って、涙目で辺りを見渡す。

 

 ブーディカママ、助けて!

 

 心の中で助けを呼ぶものの、誰も来ない。まあ、当たり前だと言えば当たり前だ。例え、ラフムの呼び声が聞こえた所で、復旧作業に忙しいカルデアのスタッフが来てくれるとは考えにくい。そもそも、『英霊が迷子って。プッ』とか言われたら……ええい泣くぞ? ラフムは、本気で泣くからなっ!

 スタッフにラフムが噛みついた光景──人、それを妄想と呼ぶ──を振り払って、涙目で辺りを見渡す。残念なことに周りの景色は変わっていなかった。いや、変わる訳がないんですけど。

 

 そもそも、ラフムが今、ここにいる訳。それは数時間前に遡る。

 人理継続機関フィニス・カルデアの所長、オルガマリー・アニムスフィアが殉職し、その体が光の粒子になって消えるのを見送った後、すぐのことだった。ラフムのマスター、藤丸立香とそのサーヴァント、シールダー:マシュ・キリエライトの二人は特異点Fへのレイシフトからカルデアへと帰還した。

 

 だけど、一つ大きな問題があった。

 マスターの意識が戻らなかったんだ。彼のバイタルはほぼ正常であることから単なる疲れで眠っているだけとDr.ロマンに聞いてマシュと共に胸を撫で下ろした後(もちろん、比喩的な表現だ。マシュのマシュマロには触っていません……触っていません)、手が空いたラフムはふと思い付いたんだ。

 

『カルデアの中を探検しよう』って……。

 

 数時間前のラフムを心の底から恨んで爆死しやがれと願いながら、ガックリと肩を落としてトボトボと歩く。

 しかし、寂しい。こういう時は歌でも歌おう。

 

「3.b―4、3.b―4、0qdf:@yg―♪」

 

 赤王とエリちゃんとセッションしたい。一応、言っておくと“セッション”という言葉に意味深な要素は入っていないのであしからず。

 しかし、歌を歌っても元気になれない。病院を思わせるような無機質な廊下。そして、高い山の中にあるカルデアの建物。ゲームのジャンルが違ったらゾンビが出てきそうな光景。チビノブとか現れたし、ゾンビが来ても余り驚きはないような気がするけど、それは放っておく。VR以上に怖いに違いないし、そもそも、怖がりのラフムはそんな想像をしてしまったら、目を開けてシャワーを浴びなければならない。

 

 ……思考を切り替えよう。

 

 VRでマシュのピーチマシュマロを生前に見たかったと思いながら足を動かしていくと、少し開いた扉を見つけた。

 ふむ、ホラーゲームや脱出ゲームを数限りなくしてきたラフムには分かる。このドアの先にはまず間違いなくお宝があるであろうことを。そして、何かしらの面倒も同時に発生するということを。TVの前で座ってすることができるホラーゲームならば、抱き枕(キャラはブラヴァツキーちゃんで、白いシーツの上に半脱ぎで横たわってる上正面からの全身絵で両手は頭の上で縛られて脇を強調して表情は『くっくやしい』と言いつつ発情している感じのカバーが掛けられている)を腕に抱きかかえて、フォウくんなりきりフードブランケットを被ると言った装備が必要だけれども、今のラフムは産まれたままの姿。一糸纏わぬ姿だ。露出狂だね、わかるとも!

 誰が露出狂だ! カルデアのスタッフから服を支給されなかっただけですぅー。というより、服の必要性もないと判断されたみたいで、ラフムは悲しい(ポロロン)

 

 ここで、燻っていても仕方ない。抱き枕(キャラはブラヴァツキーちゃんで、白いシーツの上に半脱ぎで横たわってる上正面からの全身絵で両手は頭の上で縛られて脇を強調して表情は『くっくやしい』と言いつつ発情している感じのカバーが掛けられている)を抱きかかえることができないのが非常に不安だが、行くしかないと、スライド式のドアをそっと横に開ける。

 すばやく体を滑り込ませて、ついでに一回転して部屋の中に転がり込んだ後に辺りを見渡す。ラフムはガールなんて歳じゃないけど、ニコ動では『もう一回』っていう歌声をBGMに雁夜おじさんが坂を転がり落ちていたし、ラフムが一回転しながら部屋に転がり込んできても是非もないよネ!

 

 転がりながら部屋に入った後、すばやく立ち上がる。その部屋は宇宙空間みたいだった。

 

『なんだって?』と尋ねるのはやめてくれ、ラフムにも何が何だか分からないんだから。

 部屋の壁には宇宙のような風景をした壁紙。しかも、宇宙を再現した壁紙は一秒毎に動いているし、とても綺麗だ。(ズヴェズダ)が好きなアイドルを連れてきたいものだ。……リヨぐだ子みたいにラフムもシャンシャンしてフルコンボ決めたい。それに出来たら、マイルームであーにゃんをアロマディフューザーで囲みたい。たぶん、みくにゃんとのあにゃんのSSRが出やすくなると思う。

 

 のあにゃんのSSR実装はよ

(∩`・ω・)

/ ミつ/ ̄ ̄/ バンバン

 ̄\/__/

 

 それにしても、FGOもマイルームに模様替え機能があれば、蒸しマシュマロをするのに。マシュ蒸しなら、きっと、☆5鯖をじゃんじゃん出してくれるに違いない。

 もし、アロマディフューザーでマシュを囲んで☆5鯖が出たなら『天使! 女神! マシュ!』と新宿のド真ん中で叫んでも構わない。

 

 そんな綺麗な部屋の中、ちょうど中央辺りにある魔法陣を見つけた。型月的には魔“法”陣じゃなくて魔術式が正しい言い方かもしれないけど、分かりやすく一般的に言われる魔法陣と言おう。

 その魔法陣の形はどことなくマシュの盾に似ていた。

 

 ははぁ……つまり、ここはアレだ。FGOの中で最も愉悦を感じられる罪深い烙印の象徴。そう、召喚システム・フェイトだ! ありていに言っちゃうとガチャね。

 

「t@a7!」

 

 気分は『ジャンヌ!』と叫ぶ旦那と同じ感じ。恋い焦がれた存在がそこにはあった。

 

 うん。初めに言っておくとね、僕は廃課金勢なんだ。

 

 あ、ダメだ。これ以上ガチャ(爆死)のこと思い出したらお腹が痛くなる。このストレスからの解放、カタルシスを得るためにはガチャを引くしかない。財布を取り出そ……う……。

 

 ──所持金/zero──

 

 ……それどころか、服すらも着ていない\(^o^)/オワタ

 

「t@a73333333!!! t@a73333333!!! t@a73333333!!!」

 

 とりあえず、声の限りに叫ぶ。凄く疲れただけで、ガチャが勝手に回り始めるとかはなかった。パチンコなら隣のイケオジが凄い可哀そうな目付きで千円恵んでくれたこともあったというのに。イケオジがいなくても、聖杯があれば巨万の富を願っただけで出してくれてガチャを回せるというのに。この際、汚染された聖杯でもいい。え? 聖杯くん! その出刃包丁どうするの?

 

 そう、ラフム以外の奴らが☆5サーヴァントを引けなくたっていいんだ。

 

 そうだ、ツイッターのフォロワーさんが貼る大勝利スクショが美しいから憧れた! 故に、自身から零れ落ちた☆5鯖ばかりだ。これを爆死と言わずなんと言う! この身は大勝利しなければならないと、強迫観念に突き動かされてきた。それが苦痛だと思うことも、破綻していると気づく間もなく、ただ回し続けた! だが、所詮は偽物だ。そんな端た金では誰も救えない。否、元より、ガチャを回すことすら出来はしない!

 

 しかし、何事にも例外はある。万能の願望機、聖杯があれば、不可能は可能になる。禁断の果実のカードがなくてもガチャを回せるのだ。それ、なんてブラックカード?

 

 だがしかし!

 ……渡してしまった。なんてことだ、ちくしょう! オルガマリーと帰還した後、カルデアのスタッフに聖杯を渡してしまっているじゃないか!

 

 自分の浅はかさにガックリと項垂れる。深くて怖くて魅力的なブラックホール(ガチャ)を前にして単発すら出来ないなんて辛すぎる。

 

 ラフムはどうしようもなく膝を着いて項垂れる。諭吉よ……首を出せぃ!

 

 絶望に打ちひしがれていると、ウィンという音がしてドアが開いた。自動ドアめ、ラフムにもしっかり反応しろよ。ラフムを人間扱いしないのは悪い文明。

 

 ラフムが振り返ると、そこには目を覚ましたマスターが立っていた。

 




突然ですが、ラフム転生をリメイクして新規投稿したいと考えています。

自分の想定以上にお気に入り数と評価を頂けたので、このまま好き勝手にやり過ぎるのはどうかと考えました。自分にだけ分かるようなストーリーラインでついて来れる奴だけついて来いという感じでやって来ておりましたので、リメイク版では周りについての描写を入れて、より分かり易くしていきたいと思っております。

リメイク版への移行は第0章が終わり次第アップしていきます。次の更新でリメイク版のURLなどを出して、第1章に入ったタイミングでこちらのラフム視点のみで進めているものを削除する予定です。

リメイクに際して、読者の方々に手間を掛けさせてしまい申し訳ございません。
手間を掛けて頂いた分のお返しはリメイク版の大幅な加筆で答えて行きたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

0から1のインタールード その②

リメイク版https://novel.syosetu.org/115936/一話を投稿しています。
リメイク版へ全て行き次第、申し訳ございませんが、こちらの方は削除させて頂きます。


 -ON-

 

「う……ん……」

 

 ──許さん! 奴は、奴は私がこの手で……殺す!

 

「ラ……」

 

 ──いや、それは“不可能”……か。未来は既に焼却された。

 

「フ……」

 

 ──改めて自己紹介をしようか。私はレフ・ライノール・“フラウロス”。貴様たち人類を処理するために遣わされた、2015年担当者だ。

 

「ム……」

 

 ──自らの無意味さに! 自らの無能さ故に! 我らが“王”の寵愛を失ったが故に! 何の価値もない紙クズのように、跡形もなく燃え尽きるのさ!

 

「ラフムッ! ……ハァッ! ハッ、ハッ」

 

 悪夢から飛び起きるように少年はベッドの上から体を起こした。悪夢の影響からか、彼の呼吸は荒く、そして、酷く不規則だ。

 

「随分、魘されていたね。変な夢でも見たかい? 例えば……空を飛ぶ夢とか」

「フォウ! フォフォウ!」

 

 顔を顰めて頭を押さえる少年、藤丸立香の耳に二つの声が届いた。一つは知らない女性の声。そして、もう一つの声は藤丸がよく知る小動物、フォウの鳴き声だ。フォウの声から自分の傍にいる女性は敵ではないと判断した藤丸はゆっくりと顔を女性の方へと向ける。

 亜麻色の長く緩く巻いた髪に、華美でありながらもどことなく気品を感じられる服を身に着けた美女が彼のベッドの傍に立っていた。

 

「えっと……貴女は?」

 

 ──綺麗だ。

 

 これまでの人生で見た事がないほどに美しい人だと藤丸は常よりも鈍い頭で考えを纏める。が、前の美女に気を取られている時間はないと藤丸は無意識に考えていた。

 何か、何か大切なことが自分にはあったハズだ。だというのに、自分の思考が緩慢であることに藤丸は歯嚙みする。

 寝ぼけ眼を擦りながら、大切なことを思い出そうとする藤丸へとベッドの隣に立つ女性は話しかけた。

 

「んー、まだ思考能力が戻ってないのか。こうして直接、話をするのは初めてだね。なに? 目を覚ましたら絶世の美女がいて驚いた? わかるわかる。でも慣れて」

 

 二コリと軽く微笑んだ美女は自信に溢れた声で自己紹介を始める。

 

「私はダ・ヴィンチちゃん。カルデアの協力者だ。というか召喚英霊第三号、みたいな?」

 

 “英霊“

 そのワードにピンと来た藤丸は素早く顔を上げる。しかし、ダ・ヴィンチと名乗った英霊、つまり、サーヴァントは藤丸を止めた。

 

「とにかく話は後。キミを待っている人がいるんだから、管制室に行きなさい」

「……ラフム。そう言えば、ラフムはどこですか? それに、マシュも。オレ……マシュの手を握っていたのに。それに、ドクターもいない」

「詳しい話は後、後。ほら、立った立った」

「え? わっ!」

 

 藤丸の手を引っ張ってベッドから彼を放り出したダ・ヴィンチは藤丸の足に靴を引っ掛けさせて、彼の背をドンと押す。軽い空気音と共に開いたドアの先へと藤丸は進ませられた。振り返ると、ダ・ヴィンチはとてもいい笑顔で藤丸を見つめ、右腕をそっと上げる。

 

「さあ、行きたまえ! 若人よ!」

「行くって……どこにですか?」

「まだまだ主人公勘ってヤツがなってないなあ」

「フォウ、フォウ!」

「ほら、この子だってそう言ってる。ここからはキミが中心になる物語だ。キミの判断が我々を救うだろう。人類を救いながら歴史に残らなかった数多無数の勇者たちと同じように。英雄ではなく、ただの人間として星の行く末を定める戦いが、キミに与えられた役割だ」

 

 ダ・ヴィンチがそこまで言った瞬間、またもや軽い音がしてドアが閉まった。自動ドアに阻まれた藤丸は部屋のドアを一瞥した後、踵を返す。何はともあれ、探さなくてはいけない。自分のサーヴァントであるラフム、そして、意識を失う寸前まで手を握ったことを記憶している自分のサーヴァントを。

 

 +++

 

 藤丸が辿り着いたのは、先日、自分が向かった場所。巨大地球儀、カルデアスがある部屋だ。青いホールの中心に探し人がいた。その菫色へと駆け寄る藤丸の足音を聞き留めたのだろう。彼女は振り返った。藤丸の姿を確認した彼女は口元を綻ばせる。

 

「おはようございます、先輩。無事で何よりです」

「マシュ!」

 

 マシュがそこにはいた。レイシフトで特異点F冬木からカルデアへと戻る瞬間まで手を握っていた少女がそこにはいた。そして、マシュの様子を見るに、大きな傷もなく状態は良好そうだ。

 

「先輩、ありがとうございます。先輩がいてくれたので意識を保っていられました」

「いや、お礼を言うのはオレの方だ。マシュ、ありがとう」

 

 無事を確かめ合い、笑顔を浮かべる二人。その二人の耳に咳払いが届いた。

 

「再会を喜ぶのは結構だけど、今はこっちにも注目してくれないかな」

「ドクター!」

 

 彼らの後ろに立っていたのは、特異点Fで映像の向こうから指示を出していたロマニ・アーキマンだ。

 

「うん、まずは生還おめでとうと言わせてもらうよ、藤丸くん。そして、ミッション達成、お疲れ様。なし崩し的に全てを押し付けてしまったけど、君は勇敢にも事態に挑み、乗り越えてくれた。その事に心からの尊敬と感謝を送るよ。君のお陰でマシュとカルデアは救われた」

「オレじゃなくて、頑張ってくれたのはマシュとラフムと所長です」

「……そうだね。まずはそこからか。いいかい、落ち着いて聞いてくれ。……所長は殉職された」

「え? で、でも……」

「これは事実だ。ボクらにはどうすることもできなかった」

「そんな……」

「所長は残念だったけど……今は弔うだけの余裕がない。悼むことぐらいしかできない。人類を守ることをボクらは所長から託された」

「そう……ですか」

 

 と、藤丸はあることに気付く。マシュはいた。しかし、その横にはもう一体の自分のサーヴァントの姿はない。

 

「ラフムは?」

「え? さっきまで、そこに居たのに……。誰か! ラフムの行先を知らないか?」

 

 ロマニに尋ねると、ラフムはどうやら無事らしい。それを聞いて藤丸はほっと息を吐いた。ロマニの指示でスタッフが慌ただしく監視カメラを確認していく。

 

「見つけました、守護英霊召喚システム(フェイト)の前で跪いています。まるで、祈るように」

 

 ラフムのいる詳しい場所を聞こうとスタッフへと口を開こうとした藤丸だったが、ロマニに止められた。

 

「待つんだ、藤丸くん。ラフムの所に行く前に君に説明しておかなくちゃならないことと、君に聞きたいことがある」

「なんですか?」

「まずは、レフのこと。状況から鑑みるに、彼の言葉は真実だ。人類は滅びている。このカルデアだけが通常の時間軸に無い状態だ。崩壊直前の歴史に踏み止まっている……というのかな。宇宙空間に浮かんだコロニーと思えばいい。外の世界は死の世界だ。この状況を打破するまではね」

「……解決策があるんですね?」

「もちろん。まずはこれを見て欲しい。復興させたシバで地球の状態をスキャンしてみた。未来じゃなくて過去の地球のね。冬木の特異点は君たちのおかげで消滅した。なのに、未来が変わらないということは、他にも原因があるとボクらは仮定したんだ。その結果が──この狂った世界地図」

 

 カルデアスが不明瞭な世界を映す。

 

「新たに発見された、冬木とは比べ物にならない時空の乱れだ。よく過去を変えれば未来が変わる、というけど、ちょっとやそっとの過去改竄じゃ未来は変革できない。歴史には修復力というものがあってね。確かに人間の一人や二人を救うことが出来ても、その時代が迎える結末──決定的な結果だけは変わらないようになっている。でも、これらの特異点は違う。これは人類のターニングポイント」

 

 ロマニはカルデアスを見上げながら説明を続ける。

 

「“この戦争が終わらなかったら”“この航海が成功しなかったら”“この発明が間違っていたら”“この国が独立できなかったら”……そういった、現在の人類を決定づけた究極の選択点だ。それが崩されるということは、人類史の土台が崩れる事に等しい。この七つの特異点はまさにそれだ。この特異点が出来た時点で未来は決定してしまった。レフの言う通り、人類に2017年はやってこない」

 

 カルデアスから藤丸へとロマニは目線を映す。

 

「けど、ボクらだけは違う。カルデアはまだその未来に到達していないからね。分かるかい? ボクらだけがこの間違いを修復できる。今、こうして崩れている特異点を元に戻す機会(チャンス)がある」

「つまり……」

「結論を言おう。この七つの特異点にレイシフトし、歴史を正しいカタチに戻す。それが人類を救う唯一の手段だ。けれど、ボクらにはあまりにも力がない。マスター適性者は君を除いて凍結。所持するサーヴァントはマシュだけだ。この状況で君に話すのは強制に近いと理解している。それでも、ボクはこう言うしかない。マスター適性者48番、藤丸。君が……」

「オレにやらせてください」

「……いいのかい? たった一人で、この七つの人類史と戦わなくてはいけない。そのことを理解しているのか?」

「覚悟しています」

「逃げ出しても誰も君を責める者はいない。それでもかい?」

「逃げたら守れない。そうでしょう?」

 

 少し考え、ロマニは笑う。

 

「ああ、君の言う通りだ。では、これより、カルデアは前所長オルガマリー・アニムスフィアが予定した通り、人理継続の尊命を全うする。目的は人類史の保護、及び、奪還。探索対象は各年代と、原因と思われる聖遺物・聖杯。我々が戦うべき相手は歴史そのものだ。君の前に立ちはだかるのは多くの英霊、伝説になる。それは挑戦であると同時に、過去に弓を引く冒涜だ。我々は人類を守るために人類史に立ち向かうのだから。けれど、生き残るにはそれしかない。いや、未来を取り戻すにはこれしかない。……例え、どのような結末が待っていようとも、だ。以上の決意を以って、作戦名はファーストオーダーから改める。これはカルデア最後にして原初の使命」

 

 一息ついて、ロマニは宣言した。

 

「人理守護指定・G(グランド).O(オーダー)。魔術世界における最高位の使命を以って、我々は未来を取り戻す!」

 

 

 

 -OFF-

 

「t@a'!! t@a'!! jqt@a't@t@t@j0p.$4!! 7Z2$$$44443!! t@a'#33!! 10;yt@a'3!! eZf[eeZf[ej0rk&&!! s:.$4!! s:a'44!!」

「マシュ、ラフムは何て言ってるの?」

「わかりません」

 

『魔力が最も高まる時間帯にガチャを回そう』とラフムは習った。『君は午前2時教のフレンズなんだね、分かるとも!』と叫んで、緑色のアサシンに飛び掛かりたいものだ。午前2時に回した結果、予定調和の如く……高レアサーヴァントは当たらなかった。☆4枠の綺礼は悪い文明。失望しました。午前2時教を辞めてマフィア梶田教になります。

 

 と、ラフムは気づいた。このまま地面に寝転がりながら『溶けるぅ!! 溶けちゃうぅうう!!』とか叫んでいても仕方ないことに。とりあえず、状況を整理してみよう。

 

 ラフム、ガチャを見つける→ラフム、マスター&マシュとロマンに見つかる→彼らはラフムのパトロン(絶好のカモ)である→ラフムにガチャを引かせてくれるようお願いしている→しかし、ラフムの言葉は通じなかった!

 そんな感じだ。しかし、ラフムは諦めない。ガチャ宗教になんか負けない!

 

「q@epeb4g)4、g)hq@epeb4g)4、dy72d@g)4。r^@wk6t.sk4nk67。xyd'eEEy! o“-@2Z”]……YEAAAAH!」

「マシュ、ラフムは何て言ってるの?」

「わかりません」

 

 絶対に笑ってはいけないカルデア査察官になったような気分。セクシーはサンシャインな斎藤さん、キュートはサンシャインなラフムであることは確定的に明らか。

 ちなみに、ラフムが査察官になったのなら、倉庫街の倉庫の上に立ちながら魔術で姿を隠蔽しつつ、えっちなCGの開帳を許すのに。知恵の実(アップル)の手先どもめ、人造人間(アンドロイド)たちに比べてリリースを遅れさせたばかりか、CGすらも許さぬとは何たる非道、何たる外道……。

 

 午前二時召喚とか触媒用意するとか迷信信じて向かうはイフ城、我が征くは爆乳の彼方。穢れ切った輝石(え? 今は石4個なの?)を守護英霊召喚システム・フェイト(ガチャ)へと捧げる。イメージするのは高レアサーヴァントを引く自分だ。

 

 ガチャが光り輝く。12の光の玉が円状に並び、そして、1つの光の玉がその12の光の玉の上で輝く。時計回りに回り出した12の玉。その光の玉は一本の線となり、円を描……あ、あかんわ、これ。ラフムは虹演出以外を信じることができない。

 

 予想通りというか、光が収まった後、そこにあったのはとてもよく見知った概念礼装、“偽臣の書”だった。

 

 ワ カ メ は い ら な い !

 

 ちくしょう! 台無しにしやがった。お前はいつもそうだ。このガチャはまるでお前の人生そのものだ。お前はいつも爆死ばかりだ。お前は色んな☆5サーヴァントを欲しがるが、一つだって手に入れられない。誰もお前を愛さない。

 

 誰かラフムに偽臣の書という概念礼装の使い方を教えて。弱体耐性20%アップ(前提条件として凸済みとする)するなら、素直にNPチャージ50%の龍脈(前提条件として凸済みとする)を着ける。

 どうせ同じワカメなら、優秀な方(レコードホルダー)が良かった。それなら、ケタケタ笑いでデバフを与えることができるラフムに合う礼装だったのに。

 

 けど、一応は☆3の概念礼装。ずずいとショップに行ってダ・ヴィンチちゃんに売り払えば、500QPとマナプリズム1個と交換できる。その後、20マナプリズムで呼符を交換すればいい。穢れ切った呼符を手に召喚すればいいだけの話だ。

 

 さて、そうと決まれば召喚を……。マナプリがない。イベントがない状態でマナプリを集めるのは効率が悪い、というより絶望的だ。種火を集めて銀種火をマナプリに変えればいい話ではあるが、それよりも前にラフムのレベルを上げて欲しい気持ちもある。

 これはマズイ。ガチャができない。いや、待てよ。ガチャをしていらない礼装やサーヴァントをマナプリに変えたらガチャができるじゃないか!(錯乱)

 

 と、そこでラフムは気が付いた。

 ちょっと待って。

 ラフムは何か大事なことを忘れている気がする。

 

 ///

 

 が、マスターの意識は戻らなかった。彼のバイタルはほぼ正常であることから単なる疲れで眠っているだけとDr.ロマンに聞いてマシュと共に胸を撫で下ろした後(もちろん、比喩的な表現だ。マシュのマシュマロには触っていません……触っていません)、手が空いたラフムはふと思い付いたんだ。

 

『カルデアの中を探検しよう』って……。

 

 数時間前のラフムを心の底から恨み、爆死しやがれと願いながら、ガックリと肩を落としてトボトボと歩く。

 

 ///

 

 お気づきだろうか?

 

 ///

 

 が、マスターの意識は戻らなかった。彼のバイタルはほぼ正常であることから単なる疲れで眠っているだけとDr.ロマンに聞いてマシュと共に胸を撫で下ろした後(もちろん、比喩的な表現だ。マシュのマシュマロには触っていません……触っていません)、手が空いたラフムはふと思い付いたんだ。

 

『カルデアの中を探検しよう』って……。

 

 数時間前のラフムを心の底から恨み、爆死しやがれと願いながら、ガックリと肩を落としてトボトボと歩く。

 

 ///

 

 おわかりいただけただろうか?

 

 ///

 

 が、マスターの意識は戻らなかった。彼のバイタルはほぼ正常であることから単なる疲れで眠っているだけとDr.ロマンに聞いてマシュと共に胸を撫で下ろした後(もちろん、比喩的な表現だ。マシュのマシュマロには触っていません……触っていません)、手が空いたラフムはふと思い付いたんだ。

 

『カルデアの中を探検しよう』って……。

 

 数時間前のラフムを心の底から恨み、

 _人人人人人人人人人人人人_

 >爆死しやがれと願いながら<

  ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄

 ガックリと肩を落としてトボトボと歩く。

 

 ///

 

 おかわりいただけるだろうか?

 自分で自分に呪いをかけて、それが炸裂している。ラフムは呪いなんて使えなかったハズだけど、多分、過去のラフムのせいだ。かくなる上はレイシフトをして過去のラフムに爆死するからガチャを回すのは止めておけというべきか。

 

 そこで、ラフムは自分の背中に注がれている視線に気が付いた。振り向くと、そこにはマスターが何とも微妙な顔でラフムを見ていた。

 

 もう一回、回させて。ほら、次、来る気がビンビンにしているから、さ。次は☆5サーヴァントを当てる、必ず当てるから。いや、ホント、マジで。ラフムはやるよ、かなりやる。

 

 10連は終わらぬ──我らが胸に彼方への野心ある限り! これぞ大軍師の究極陣地! 勝鬨を上げよ! 石課金陣(はずれずのじん)! 課金王の軍勢(アタルマ・デ・ヤメンゾイ)! AAAALaLaLaLaLaie!!

 

 そんな気持ちを表情にする。具体的に言うと、口からよだれを垂れ流している状態だ。

 ラフムをじっと見つめているマスターは少し泣きそうだ。まあ、気持ちは分からなくもない。勝手にガチャを回されて、その結果がワカメなら大抵の人間は今のマスターと同じような表情をすること請け合いだ。しかし、その程度はとうの昔に通り過ぎた道。単発で当たらなければ、10連ガチャをすればいいじゃない。単発でPUキャラが出たとかいう人は、もしかして可愛いから運営に見逃されていただけではないかしら?

 

 ラフムは生前から運営とは本気のプロレス(ガチャ)をしていたから、高レア鯖を当てる最高に頭のいい方法を知っている。

 

 そう……出るまで当たる教だ。回せ、回転数が全てだ。

 

 固有時制御・三十連召喚(タイムアルター・30連ガチャする)! 固有時制御・百連召喚(タイムアルター・100連ガチャする)

 

 ガチャを回させてとマスターを見つめるが、次にマスターが取ったのは驚きの行動だった。なんと、マスターはラフムの首に腕を回して抱きしめたのだ。

 

「ラフム」

 

 耳のすぐ傍でマスターの甘い声がする。

 オウフwwwいわゆるストレートな展開キタコレですねwww

 おっとっとwww拙者『キタコレ』などとついネット用語がwww

 まあ拙者の場合、ノッブ好きとは言っても、いわゆる声優としてのノッブでなく、ガーチャーとして見ているちょっと変わり者ですのでwwwゆうきゃんの影響がですねwww

 ドプフォwwwついマニアックな知識が出てしまいましたwwwいや失敬失敬www

 まあ彼氏面のメタファーとしての巌窟王は純粋によく演じてるなと賞賛できますがクハハ

 私みたいに一歩引いた見方をするとですねwwwポストジョージのメタファーと型月主義のキッチュさを引き継いだアクターとしてのですねwww

 りえりーのショタ性癖はですねwww

 フォカヌポウwww拙者これではまるでオタクみたいwww

 拙者はオタクではござらんのでwwwコポォ

 

 思わずキャラが崩れてしまう。それほどに回す方のノッブの声は甘かった。

 

「f00……」

「一人で背負うな。オレは……マスターだろ?」

 

『まだまだ頼りないと思うだろうけど、さ』と言いながらラフムから体を離したマスター。何が起こったのかさっぱりだけど、取り合えず頷いておいた。

 

 

 

 -ON-

 

 守護英霊召喚システム・フェイトを稼働させ、概念礼装が排出された途端に、ラフムは今まで見せたことのない表情を浮かべた。茫然自失というように口から涎を垂らしているラフムを見た瞬間、藤丸は大きく目を見開いた。そして、彼はラフムの気持ちに気づく。

 

 ラフムは召喚の責任を感じているのだと。

 

 思えば、出会った時からそうだった。

 マスターである自分を常に優先していた。オルガマリーに爪を向けたのも自分のため。普通なら、素人感丸出しの自分の指示ではなく、身なりが整い魔術師然としたオルガマリーをマスターよりも上と認め、オルガマリーの指示に従うだろう。

 一般人でしかない自分とカルデアの所長であるオルガマリーを天秤にかけたのも自分のため。普通なら、自分よりも上の立場であるオルガマリーを優先させるのは自明の理。

 

 ラフムの全ての行動は自分、つまり、思いがけずラフムのマスターとなってしまった自分を尊重する行為に他ならなかったのだと藤丸は思い至った。

 

 そして、今回、運という不確定極まりないものに大きく左右される召喚にラフムが率先して挑んだのは、何の役にも立ちそうにもない礼装をマスターが引いてしまい、気落ちするのを避けるためではないか? いや、きっと……必ずそうに違いない。

 なぜなら、ラフムは常にマスターである自分を第一に行動してきた。特異点Fで単身、アーチャーとの戦闘を行ったのも自分を危険に巻き込まないためだと考えられる。

 あの時は自分の体、そして、今回は自分の心をラフムは守るよう行動したのだろう。ハズレと断じることができる礼装を引いてしまい自身が(なじ)られることすらも承知の上で。

 

 ──ああ……かっこいい。

 

 しかし。

 

 ──堪らなく……辛い。

 

 その生き方が、自分を危険に晒しても前に立ち続けるラフムの姿が藤丸には痛々しく思えたのだ。サーヴァントは道具や武器として扱われるもの。それが魔術師の常識だ。サーヴァントと縁を育むなど愚の骨頂だと魔術師然とした魔術師は嘲笑うだろう。

 

 だが、藤丸という人間は魔術の素養があるというだけの一般人。彼はサーヴァントが道具として自らを律する様子を見る事は耐えられなかった。

 だからこそ、彼はラフムを抱きしめたのだ。自分の盾となり、剣となり、時には軍師となる存在を。まるで、父や兄、母や姉、教師や上司、いや、それ以上に自分を慈しみ守る存在を。

 

「ラフム」

「f00……」

 

 震えるラフムの声。それを耳にした藤丸は更にきつくラフムを抱きしめる。

 

「一人で背負うな。オレは……マスターだろ?」

 

 藤丸はラフムから体を離してじっと見つめる。ややあって、ラフムは頷いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。