陽乃さんと美容師の彼 (メイ(^ ^))
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本編
陽だまりの美容室


 

 

 

 

 

季節は冬。

しんしんと降り積もる雪の中を一人の女性が傘も差さずに歩いている。寒さからなのか、彼女の頬は真っ赤に染まり、どこかリンゴを連想させる。その赤い頬とは反対に彼女の表情は、悲しげに、悔しげに俯いている。

 

周りもそれを察してか、彼女を見ないように、見てはいけないかのように目を背ける。

 

 

「…………」

 

 

何も考えず歩いてきたせいか、どこかもわからない路地に入った。そこは人の出入りが少ないのか、雪が形作る足跡もまばら。少し積もった雪の上をザクザクと行く宛もなく進む。

 

こんな姿を誰にも見られたくない。

 

今まで完璧を演じてきたなのに。

 

あぁ。なんでこんなことになったのだろう。親とぶつかり、決別し、自分ひとりで何もかもやっていけると思っていたのに。

 

でもこれが、自分で選んだ道だから……後戻りなんてできない。

 

できやしない。

 

………。

 

上には上がいる。

 

この言葉が頭の中から離れない。

 

彼にだけしか見破れないと思っていたのに。

 

最初は私が騙して利用している。

 

そう思ってた。

 

だけど、それは違くて、騙されるふりをして私のことを利用していたんだ。

 

負けることが、手のひらで踊らされるのがこんなに悔しくて辛いのなんて知らなかった。

 

何もかも上手くいってたのは、親と決別する前だけ。

 

無心で足を動かしていると、オレンジ色の光を放つ小さな美容室が目に止まる。

 

何故かその美容室に惹かれ、目が離せない。

 

そういえば髪伸びっぱなしだったな…。

 

理由なんて、なんでもよかった。

 

導かれるようにお店に脚を向かい、頭や肩に少し積もった雪を払いながらドアに手を掛ける。

 

カランと小気味いい音をたてお店のドアを開ける。

 

中はアンティークな家具や可愛いらしいインテリアに彩られ、落ち着いたクラッシックメロディーが流れている。

 

一人でやっているのか美容椅子はふたつ。

 

入った瞬間に居心地が良いと思わせる空間。

 

そして、カウンター席に腰掛けているひとりの男性。

 

ふわりと、

 

どこか懐かしい匂いがする。

 

どこかで……。

 

男性店員がゆっくりと振り向く。

 

 

「ん、いらっしゃい……、おまえは………」

 

「あ、すみません。予約とか何もしてないんですけど………あ、れ?」

 

 

店員から目が離せない。

 

だって、もう、彼とは会えないと、会うことが出来ないと思っていたから。

 

妹の応援をする傍ら、彼が私に少しでも振り向いてくれないかなと思ったりしていた、あのころ。

 

彼なら本当の私を受け入れてくれるんじゃないかと思っていた。

 

でも、妹の気持ちを知っていたから。

 

心にフタをして、また仮面を被り、可愛い妹の応援をする姉を演じていた。

 

本当は妹が羨ましかった。

 

本気で恋をすることが出来た妹を。

 

いつかわたしも……なんて。

 

でも、できなかった。

 

自分の気持ちをさらけだすのが怖い。強化外骨格の……もう一人の私が邪魔をする。

 

 

「……っ」

 

言葉が出てこない。私はもう君の知っている私じゃないから。

 

失望させてしまう。

 

そんな私の心境とは別に、彼は優しく語りかける。

 

 

「陽乃さん、ですよね。久しぶりです。……すこし、変わりましたか?」

 

そう、私は変わったのだ。

 

でもそれは、仕方がないというか、いつまでも同じままではいらない。

 

少し大人びた顔つき。背も少し高くなったんだな。

 

て、記憶の中の君と照らし合わせる。

 

彼が学生の頃の時、私はなんて話しかけてたのか思い出せない。

 

無意識に、無遠慮に、もうひとりの私が顔を出す。

 

 

……あぁ、出てこないで…。

 

 

「……。ひゃっはろー、比企谷君。久しぶりだね」

 

こんな自分が嫌になる。

 

 

誰にも頼れない。

 

頼れないのは今までの代償。自分のプライドが、自尊心が邪魔をする。

 

何もかもぶちまけて楽になりたい。

 

助けて。その言葉が言えない。言える人がいない…。

 

 

「……」

 

何も言わず彼がわたしのもとに歩み寄る。そして、頭に手をぽんとのせ、赤子の頭を撫でるように柔らかく撫でてくれる。

 

触られた手が暖かくて、とても気持ちいい。

 

撫でられるなんていつぶりだろう……。

 

あぁ、泣いちゃいそう…。

 

 

「っ………」

 

「……。陽乃さん、何かあったのか知りませんが、その……頑張りましたね」

 

 

とくん、と。その言葉が胸を打つ。

 

目頭が熱い。

 

涙がぽろりぽろりと、溢れてくる。

 

こんなに耐えられないことがあっただろうか。

 

撫でられた手から伝わる彼の温もりが心地いい。

 

身を委ねたくなっちゃう。

 

 

「うぅ、ひ、ひきがや、くん」

 

「よしよし」

 

 

もうひとりはやだ。

 

 

「比企谷くん…」

 

「なんですか」

 

もう少し一緒にいたい。心の傷が癒えるまででもいいから……。

 

「ここに居候させて」

 

「……。まじで?」

 

「まじ」

 

 

 

 






物語を見守ってくれたら嬉しいです。


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アンティークの中の彼

 

 

 

 

 

『陽乃、貴方は雪ノ下家の長女なのよ。私の言うことだけを聞きなさい』

 

 

雪ノ下家の長女。

 

母が私に呪文のように言いつける。

 

その言葉がいつも私を縛り付け、心が黒く染まるのを感じる。

 

嫌だった。

 

自由になりたかった。

 

でも、逃げることは出来ない。私が逃げたら雪乃ちゃんに標的が向いてしまう。

 

仮面を被れば被るほど、親や周囲の期待が大きくなる。

 

全てを完璧にこなせる自分が恨めしい。

 

誰か…本当の私を見てよ……。

 

……。比企谷くん…。

 

 

 

………

·

 

 

 

「……………。うにゅ?」

 

 

目が覚めた。

 

見覚えのない天井。

 

少しだる重い体をむくりと上半身だけ起こし、ぐるりと部屋を見渡す。

 

ここは……。

 

少しづつ、少しづつ、

 

昨日の記憶がフラッシュバックする。

 

 

「………っ」

 

あぁ、そうだった。

 

たしか…私は昨日比企谷くんに……。

 

と、考えを巡らせたその時、

 

コンコン、とドアをノックする音が耳に届く。

 

 

「っ。………ど、どうぞ」

 

ガチャ、とドアが開かれ少しだけ緊張が走る。

 

もしかしたら……、昨日の出来事は私の夢だったんじゃないかと……。

 

 

「おはようございます。……熱は下がったみたいですね」

 

そこには……ゆるゆると微笑む君がいる。

 

比企谷くんだ……。

 

よかった。

 

どうやら熱をだしていたらしく、倒れてしまったらしい。

 

彼はのそりと動き、ベッドの近くにある椅子に腰掛け、ピタッとおでこに比企谷くんの手が当てられる。

 

彼の手はつめたくて気持ちいい……。

 

うぅ、余計に上がっちゃうよ…。

 

なんか……、彼じゃないみたい…。

 

私は、無意識に比企谷くんの手を取り、手をにぎにぎしてしまう。

 

まるで、存在を確かめるように……。

 

 

「……」

 

 

にぎにぎ。

 

 

「……。惚れちゃうんでやめてください」

 

 

……。にぎにぎ、にぎにぎ。

 

 

「あの、話聞いてます?」

 

「…うん。比企谷くん、おはよ」

 

「ん。…ご飯出来てますけど、食べます?」

 

「……。たべりゅ」

 

 

あ、噛んじゃった……。

 

 

「瑞鳳ちゃん……」

 

 

だれよ、そいつ……。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

時刻は8時半。

四角いテーブルの前には比企谷くん。

 

不思議な感覚…。

 

出された朝食は、こんがりと焼かれたトーストにサラダ、ミルク。

 

シンプルな朝食がとても美味しそう。

 

 

「ジャムは好きなのとってくださいね」

 

「ありがと。……いただきます」

 

「ん、いただきます」

 

 

時間の流れが緩やかに感じる。

 

誰かと食べるご飯ってこんなに美味しいものなんだな。親と食べる時は、どこか息苦しくて、一人で食べるご飯は寂しかった。

 

美味しく感じれるのは、比企谷くん、だからかな。

 

彼はミルクではなくコーヒーらしい。

 

コーヒーを啜る彼の顔が、大人びていて、顔が少し熱くなるのを感じる。

 

私もコーヒーがよかったな。

 

 

「朝から、マッ缶。最高ですね」

 

「それはいらない」

 

「え!?」

 

 

口に出ていたらしい。好物を否定されたのが悔しいのか、少しムスッとする。

そのコーヒーは乙女の天敵なんだから。

 

聞きたいことがたくさんある。

 

 

なんで美容師してるの。

 

雪乃ちゃんとが浜ちゃんとはどうしてるの。

 

なんで、助けてくれるの。

 

 

なんて……。

聞くことが出来ない。

 

一方的に彼のことを知りたいなんて、ずるいにもほどかある。

 

言ってしえば、気づかれてしまうかもしれない。

 

私が弱くなったこと。

 

いつまでも甘えてはいけない。

 

彼には、すでに居場所があるから。私が入り込める余地なんてないのだから…。

 

コーヒーカップを机に置き、彼が静かに問いかける。

 

 

「……。居候するってほんとですか?」

 

「…。なにいってるの?」

 

「あ、あれ?」

 

「え?…え?」

 

 

そんなこと言ったかな……。

 

……。

 

…あ、言ってたかな。

 

 

「……。住んであげる」

 

「帰れ」

 

「やだ」

 

「ちっ、電話電話」

 

「ま、まって!……も、もう!か、体で払えとかいうの!?」

 

「うるせえよ!」

 

 

少し顔を赤くした比企谷くんが声を荒らげる。

 

私が私じゃないみたい。

 

 

頭ではわかっていても、彼の隣にいたい。

 

もう少しこの温もりを感じていたい。

 

まだ心が温もりや優しさを求めてるから。

 

 

美容師してるんだよね…。

 

よ、よし…。

 

 

「私も美容師してあげる」

 

「美容師なめてんの……」

 

 

 

 

 

 




ちょくちょく投稿していきます。




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眩しさに目をそらして

 

 

 

 

 

温かい朝食を終え、比企谷くんと談笑をする。

 

窓の外はいまだしんしんと雪が降りつづけ、どこか違う世界に迷い込んだんではないかと錯覚してしまう。

 

部屋の中はストーブが置かれているため、とても暖かい。

 

体も心も。

 

比企谷くんと交わすどこかじゃれ合うような会話。

 

私にはそれがとても眩しく映る。

 

男の人との会話なんて慣れているはずなのに。

 

彼の前では私が私じゃないみたい。

 

マッ缶について熱く語っていた彼が、思い出したようにきいてくる。

 

 

「あ、陽乃さん。お風呂……入りますか?」

 

 

その言葉に少し顔が熱くなる。

 

 

「あ、えっと……、匂うかな?」

 

「ラスボス臭ならしますけどね」

 

「はったおすよ」

 

「あらら」

 

 

時々交える冗談が心を軽くする。彼の言葉には魔法がかかっているみたい。

 

 

お風呂…………。入りたいな。

 

でも、着替えが…。

 

……。貸してもらうかな。

 

 

「比企谷くん。着替えないから貸してもらえる?」

 

 

冷静に言ったつもりだけど、顔から火が出そう……。

 

私らしくないな…。

 

そんなうぶな反応の私とは裏腹に彼は至って普通。

 

む、なんか、くやしい。

 

 

 

「いいですよ。新しいスウェットがあったはずですし」

 

「んーん、比企谷くんのでいいよ」

 

「え、でも、それは……」

 

「比企谷くんのがいいの!」

 

「な、なに、どしたの……」

 

 

出会って初めて狼狽する比企谷くんが少し可愛らしい。

 

顔が熱いのは変わらず、私は比企谷君くんに背を向けてしまう。

 

今見てるのは夢なんじゃないかと思うくらい、心が安らぐ。

 

このまま、ずっと続けばいいな、なんて思えてしまう。

 

彼は不思議な魔法使い。

 

 

「比企谷くん、ハリーポッターみたい」

 

「……。エクスペクトパトローナム」

 

「きません」

 

 

 

 

 

 

…………

……

·

 

 

 

 

 

浴場につき、今まで着てた服を脱ぎ、洗濯カゴの中に放り込む。

 

脱衣所の壁には、誰かもわからない人の写真が貼ってある。

 

いまだ、彼のことは知らないことばかり。

 

 

お風呂の扉をゆっくり開けると浴槽にはすでにお湯が張ってある。

 

比企谷くんが用意してくれたんだよね。

 

何もかもお見通しなのか、”なんでもわかっちゃうんだね”っていつか言ったセリフを思い出しつつお湯に浸かる。

 

ゆっくり、ゆっくりと身体がほぐれていく。

 

あぁ、気持ちいい……。

 

お湯に浸かっていると様々な考えが頭をよぎる。

 

 

これからのこと。

 

会社のこと。

 

いずれまたぶつかる親とのこと。

 

 

決別したとは言っても、ほとんど家出も同然。

 

いつまでも比企谷君くんに甘えてはいけない。

 

彼は優しいから、私が助けを求めたらきっと、どうにかしようと行動するのだろう。

 

それは彼にとって足枷と何ら変わらない。

 

でも、ひとりじゃどうにもならない。

 

彼に頼りたい、甘えたい。でも、理性が……もうひとりの自分が、それを押し止める。

 

相反する気持ちに制御ができず、思考の渦に飲まれてしまう。

 

 

「陽乃さん、着替えここに置いときますね」

 

「んー、ありがとー」

 

 

扉越しに彼が声をかけてくれる。

 

………。うん。

 

今は考えるのをやめよう。たまには、何も考えずに行動したい。

 

見覚えのないシャンプーやボディソープで頭や体を洗い、しばらくボーッとお湯に浸る。

 

お風呂から上がり、ふわふわのタオルで体に滴る水滴を拭き取る。

 

スウェットに着替えると、ほのかに香る比企谷くんの匂い……。

 

 

……。

 

くんくん。

 

うん、いい匂い。

 

 

リビングに戻ると、比企谷くんはコーヒー片手にテレビを見てる。

 

こちらに気づいたのか、少し呆れたように言葉を放つ。

 

 

「髪くらい乾かしなさい」

 

「ドライヤーがどこにあるかわからないので、美容師くん、乾かしてください」

 

「小町特権だからむりだ」

 

「それは、美容師としてどうなの……」

 

 

そういう癖に「やれやれ、仕方ないですね」と言いながらドライヤーをとってくる比企谷くん。

 

まったく………言動が一致してないんだから。

 

 

「ん、座ってください」

 

「ほいほい」

 

 

フオーっと、優しく温かい風が髪を撫でる。彼は慣れた手つきで、髪の毛を乾かしてくれる。

 

彼の手は少し大きくて、男の人なんだなって実感してしまう。

 

髪をさわる手は優しくて安心感が心と身体を包む。だからなのか、つい言葉がもれてしまう。

 

 

「……、比企谷くん。私、どうすればいいかな」

 

 

こんなことを言っても、彼は何のことだかわからないはずなのに、真摯に向き合ってくれる。

 

それが彼の優しさ。変なとこで真面目なんだから。

 

 

「……。しばらく羽を伸ばしてみればいいんじゃないですかね?」

 

「……そっか、うん。……ありがと」

 

 

彼の優しさは眩しい。

 

私はつい目をそらしてしまいそうなる。

 

外は朝と変わらず雪が降り積もってる。

 

彼は不思議な魔法使い。

 

言葉一つ一つに魔法が込められてるみたいに、私の心に溶け込んでいく。

 

 

「比企谷くんは魔法使い」

 

「……。ソロモンの知恵!」

 

「うるさい」

 

「えぇー……」

 

 

 

 

 




感想、評価くれた方ありがとうございます。

この物語はまだ続きそうです。

はるのん、かわいい。



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君の温もり

 

 

 

 

 

このベットで目覚める二日目の朝。

 

外は昨日の雪がまだ積もり、窓には朝露が滴り、外の世界は銀世界のよう。

 

布団が恋しい季節。

 

手元には彼と再開した日から一度も開いていないスマホがある。私はこのスマホを開く勇気がわかない。きっと、多くのライン通知やメールが私の心を縛り付けるのだろう。

 

送られたメールは、今の私宛ではない。

 

仮面を被った、強化外骨格の私に対してのメールだ。

 

私はスマホをクッションのある方に投げ飛ばし、嫌な思いを忘れるように枕に顔をうずめる。

 

枕から香るのは、私の匂いと、どこか懐かしい匂い。

 

……。ここの部屋って誰の部屋なんだろ。

 

比企谷くんはどこで寝てるのかな。

 

ほんの数日一緒の家に住んでるけど、知らないことばかり。

 

 

「羽を伸ばす、か……」

 

 

昨日比企谷くんが教えてくれたこと。

 

今まで完璧を演じよう演じようとしていたから、羽を伸ばすというのはいまいちイメージが湧かない。

 

 

……考えてみる。

 

……。

 

 

比企谷くんと遊ぶ。

 

比企谷くんに髪を切ってもらう。

 

比企谷くんとご飯を食べる………、

 

 

って比企谷くんとのことばかりじゃない……。

 

こんなの私らしくない。私の方がお姉さんなのに。

 

 

「んーーーー!」

 

 

私は雑念を払うように枕に顔を埋めて、足をパタパタする。少し妄想に悶えていると、扉越しに比企谷くんの声が耳に届く。

 

 

「陽乃さん、起きてます?朝ごはんできたんですけど…」

 

「んー起きてるよー、今から行くね」

 

「その前に顔洗ってから来てくださいね」

 

「わかってるよ、もう……」

 

 

こどもじゃないんだから……。

 

 

比企谷くんの声は穏やかで、とても安心する。学生の頃はもっとツンツンしてて、どこか危なっかしいイメージがあった。でも、今の彼は、柔らかくなったというか大人になったという感じ。

 

彼は変わったのだ、いい方向に。

 

彼を変えたのはあの二人なんだなって少し羨ましくもある。

 

 

それに比べて私は………。

 

 

……。

 

 

……はぁ、何考えてるんだろ。羽を伸ばすと決めたばかりじゃない……。

 

 

 

しばらく彼に寄り添ってみよう。彼なら何か教えてくれるような気がする。

 

 

それが何かはわからないけど、何を知りたいのかも言葉にできないけど。

 

 

彼が欲した"本物”。

 

 

それが何かはわからない。きっとあの二人なら知っているんだと思う。

 

 

だから、私も知りたい。

 

 

本物のことも、彼のことも。

 

 

少しづつでいいから。

 

 

私のことも知ってもらいたい。

 

 

 

 

 

·

……

………

 

 

 

 

洗面台で顔を洗い、リビングに向かう。比企谷くんはすでに椅子に座っており、新聞紙を片手にコーヒーを啜ってる。机には、きつね色に焼かれたトーストにベーコンエッグ、そしておそらくあの甘いコーヒー。食卓を彩る色とりどりのジャム。

 

ありきたりな朝食なのにとても美味しそう。

 

 

「ん、おはようございます」

 

「おはよ、んーー、今日はいちごかな」

 

「いちごジャムですね、はいはいっと」

 

「ありがと、……いただきます」

 

「いただきます」

 

 

椅子に座り、二人仲良く合掌をして食事に取り掛かる。

 

比企谷くんはブルーベリー派なのか、ブルーベリーを意気揚々と塗りたくってる。納得するまで塗り、パクッと一口食べてもぐもぐしてる。どこか嬉しそうに、楽しそうに食べる姿が可愛らしい。

 

 

……うん、可愛い。

 

 

食事に手をつけず比企谷くんの方を見てて不思議に思ったのか、怪訝な表情を向けてくる。

 

 

「………?食べないんですか?」

 

「あ、食べるよ!たべる!」

 

「ん、冷める前に食べてくださいね」

 

「はーい」

 

 

なんかオカン属性ついてない…?

 

少しオカンな比企谷くんを盗み見つつ、私もパンにジャムを塗り、彼がよく飲んでる甘そうなコーヒーをひとくちすする。

 

 

………うぇ、あっま。あますぎるよ、これ。

 

 

比企谷くんはニマニマしながら飲んでるし、虫歯なっちゃうよ?

 

 

あ、そうだった。

 

 

「比企谷くん、後で電話、貸してもらえる?」

 

「…別にいいですけど、会社ですか?」

 

「……。…うん、しばらく休みますって」

 

「……クビなっちゃいますよ」

 

「その時は比企谷くんに養ってもらおうかな」

 

「そん時は追い出します」

 

「警察に連絡します」

 

「怖っ。………あ、それと一旦家に帰ってください」

 

「……。えっ……」

 

 

う、うそ……。

 

 

「ひ、比企谷くん?ほ、本気で追い出すの?」

 

「……違います。いつまで俺の服着る気ですか」

 

「あ、そっちね……で、でも、いい匂いだし……」

 

「ダメです」

 

「どうしても?」

 

「どうしても」

 

「……。はぁ………じゃあ比企谷くんも一緒に帰る」

 

「無理です。仕事があるんで」

 

「学生の頃の君に聞かせたい言葉だね……。何時までよ……」

 

「……はぁ、4時まで予約で埋まってるんでそれからにしてください」

 

「……うん、きびきび働きなさい」

 

「……」

 

「働かざる者食うべからず、だね。うん、いい言葉……」

 

「……」

 

「ほら!冷める前に食べるよ!!」

 

 

 

 

 

 

·

……

………

……………

 

 

 

 

 

 

 

時刻は4時半。

 

外はまた雪が降り始め、寒さに一層拍車をかける。隣を歩く比企谷くんは、少し不服そうにマフラーに顔をうずめてる。彼の格好は落ち着いた大人の男性という感じ。

 

寒さに震えながらぴょこぴょこと揺れるアホ毛が可愛らしい。

 

そんな比企谷くんがどくづく。

 

 

「うぅ、さっむ、もう帰りたい……」

 

「そだね、……雪合戦でもする?」

 

「しません」

 

 

手探りに道を進む。

 

つい先日前にこの道を歩いてたと思うととても不思議な感覚。

 

あの時の気持ちはとても沈んでいて、今とは真反対。

 

人生何があるかわかんないもんだね。

 

彼に巡り合わせてくれた神様に感謝しなくちゃ。

 

 

隣の比企谷くんにチラリと目を向けると、相変わらずポケットに手を突っ込み「さむ、さむ」とつぶやいてる。言葉に呼応するように揺れるアホ毛。

 

 

私は比企谷くんの手をポケットから抜き取り、手をギュッと繋いでしまう。

 

 

今は比企谷くんのぬくもりが恋しい。

 

 

いきなりの事にびっくりしたのかそっぽを向く比企谷くん。

 

 

少し顔が赤いのは気のせいかな。

 

 

気のせいじゃないといいな。

 

 

でも、そっぽを向いてくれるのはありがたい。

 

 

だって、

 

 

私も見られてはいけない顔をしてると思うから。

 

 

 

「……比企谷くんの手、あったかいね」

 

「……手汗とかいったら怒りますからね」

 

「ふふ、ぬめぬめしてきた」

 

「や、そこまでひどくねえよ……」

 

 

 

 

 




原作とかアニメしか見てない時に、八陽のイチャコラss初めて見た時は衝撃的でした笑。

はるのん、ぴゅあのん、可愛い。

予想以上に反響良くてびっくりしてます。

感想くれたら嬉しいです。


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喫茶店での騒動

 

 

 

 

 

カタカタカタと、キーボードを叩く無機質な音が部屋に響いている。

 

 

部屋には私ひとり。

 

 

この前家から持ち帰ったノートパソコンを片手に、私は今日記を書いてる。

 

 

書いている内容は、主に比企谷くんとの思い出。

 

 

今まで日記なんてほとんど書いてこなかったのに、何故か彼との思い出は文字に綴り、残したくなってしまう。

 

 

忘れたくないように。

 

 

 

『今日は比企谷くんと一緒に料理をして楽しかった』

 

『比企谷くんと手を繋いで恥ずかしかった』

 

 

 

とか、小学生が書くような日記。

 

 

我ながら少し呆れもするけど、この時間も一日の楽しみになっている。

 

 

自分が満足するまで文字を打ち、区切りがいいところで手を休め、パソコンを閉じる。

 

 

時計は既に夜の12時をすぎており、窓から見える星はキラキラと輝いている。

 

 

お月様は半月で、満月にならないのは恥ずかしがり屋さんなのかな、なんて、突拍子もないことを思ったりしてる。

 

 

ひとりで星を見るのは少し怖い。夜空の暗い闇に引き込まれそうに思ってしまうから。

 

 

少し前まではひとりなんて当たり前だったのに。

 

 

私の中で彼の存在がどんどん大きくなってる。

 

 

彼と見る星はどういうふうに見えるのかな。

 

 

彼と見る月はまんまるかな。

 

 

そんなことを考えながら、布団にもぐって目をつぶり、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「働いてください」

 

「…………え?」

 

 

比企谷くんの作った美味しいシチューに舌つづみをうっている夕食時のこと。突然投げかけられた言葉。

 

彼の表情はいつもの柔らかい表情とは違い、少し真剣味が伺える。

 

 

働けって言われても……。

 

 

「………。髪切っていいの?」

「違います……そもそも免許持ってないでしょ。……それより、陽乃さんこの頃だらけすぎです」

 

「そ、そうかなぁ……」

 

 

と言われ、スプーンでシチューを混ぜつつ、昨日の出来事を振り返ってみる。

 

 

……。

 

確か、昨日は朝起きて、ご飯食べて、比企谷くんの部屋にある漫画読んで、髪切ってもらって、お昼ご飯食べて、構ってもらって、眠くなったら寝てーーーーー、食っちゃあ寝るって生活だったかな……。

 

 

「………」

 

「ん。ほら、だらけすぎです」

 

「で、でも、羽を伸ばせって言ったじゃん!」

 

「限度ってものがあるでしょ。それと俺の部屋荒らしすぎです」

 

「へ、部屋はその……」

 

 

比企谷くんのベッドであれこれしてたなんて言えない……。

 

 

「とりあえず、知り合いの店にアルバイトとってくれるようになったんで、明日挨拶に行きますよ」

 

「え?そ、そんな勝手に……」

 

「ダメです。拒否権はありません」

 

「お、怒らないでよ」

 

「怒ってませんけど」

 

「顔!顔!!」

 

「ひどくない?」

 

 

 

·

……

…………

 

 

 

そんなこんなで翌日。

 

今日は美容室の定休日。どうやら、毎週水曜日が美容室の休みらしい。

比企谷くんに連れてこられたのは、美容室から5分ちょいのところにある喫茶店。

 

 

喫茶店の名前は『color』

 

 

比企谷くんは迷わず喫茶店のドアを開け、カランという音が私たちの入店を知らせる。

私も中に入ると、カウンター席だけ設けられた店内はモダンな家具で彩られ、ペンダントライトの光が店内を暖かく照らしている。

耳心地よく流れるクラシックメロディーが店の雰囲気によくあっており、居心地がいいと、すぐ思わせるような空間。

 

 

カウンターの奥にいるのは一人の女性。

 

 

彼女は彼を見るなり、パァっと目を輝かせ、亜麻色の髪をふわりと揺らしながら彼を出迎える。

 

 

……。

 

 

あれ………、どこかで……。

 

 

そんな彼女が元気に彼に話しかける。

 

 

「せんぱい!いらっしゃいませ!」

 

「うん、久しぶりだな」

 

「えへへ、寂しかったでしょ」

 

「いや、全然まったく」

 

「ツンデレですね、わかります」

 

「捉え方おかしいでしょ……」

 

 

終始笑顔な彼女とは反対に少しげんなりとした彼との流れるような会話。

 

 

確か……、一色ちゃんだったっけ。

 

 

なんて声をかけようか迷っている時に、一色ちゃんが私に気づき、目をまん丸にする。

 

ぱぱ!っと比企谷くんと私を交互に見て、オロオロしだす。

 

そんな一色ちゃんをよそに彼は普通に語り出す。

 

 

「昨日電話で話したろ、ほら、アルバイトとってってやつ」

 

「た、確かに聞きましたけど!で、でも!は、陽乃さんとは聞いてませんけど!?どういうことですか!」

 

「うん、落ち着け」

 

 

混乱した一色ちゃんが恨めしそうに私を睨む。

 

「どういうことですか、説明してください」と目が語ってる。

 

ど、どうしよ……。

 

対応に困り、ちらりと比企谷くんに視線を向け、助けを求める。

 

 

「……ほら、陽乃さん。ここで働かせてください!って言うんですよ」

 

「千尋ちゃんじゃないんだから……」

 

「だ、だから、どういう関係なんですか……」

 

「うちに住み着いた」

 

「住んじゃった」

 

「!?」

 

 

 

 

………

……

·

 

 

 

「………まあ、だいたいの事情はわかりましたけど」

 

 

大体の事情を説明し、なんとか把握した一色ちゃん。それでもどこか納得してないのか、表情が浮かず、怪訝な視線を向けてくる。

 

説得に成功して役目を終えたのか、比企谷くんが帰ると言い出す。

 

 

「ん、俺はこのあと用事あるから」

 

「え、もう帰るんですか?コーヒー1杯だけでも……」

 

「また来るからそん時頼む。……マッ缶な」

 

「そんなのありません」

 

「あらら」

 

 

彼はそう言うとカランとドアを開け、帰ってしまった。

 

ぽつんと喫茶店には一色ちゃんと二人ぼっち。

 

何を話せばいいのかわからず、沈黙が生まれてしまう。

 

黙っていると一色ちゃんが沈黙を破り、静かに語りかける。

 

 

「…とりあえず、話、しましょうか」

 

「…そだね」

 

 

一色ちゃんが店の奥の方に歩いていく。

 

 

喫茶店の窓から外を見やると、ふわふわの雪が降り始めてる。

 

 

寒そうな外とは反対に喫茶店の中はぽかぽかと暖かい。

 

 

帰る頃にはまた一段と積もってそうだな。

 

 

そんなことを頭の隅で考えつつ、彼女のあとを追った。

 

 

 

 

 




ダクソ3楽しい笑。

PS4の面白いカセット何かあるかな。



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自覚した恋心

 

 

 

 

土曜日の昼下がり。

 

 

「陽乃さん、ミックスサンド一つ願いしまーす」

 

「はーい」

 

 

一色ちゃんから頼まれたミックスサンドをサクサクと手順よく作っていく。

ここで働き始めて三日目を迎えた。

元からの素質があったせいか、喫茶店の仕事もすぐに慣れ、今は何故かキッチンを任せられてる。

 

キッチンといっても簡易的なもので、カウンター席から料理が見えるような構図だ。

 

ここのお店は一色ちゃんの叔母のお店らしい。そのせいか来る客層も女性客が多く、居心地は悪くない。

 

聞けばいつか自分のお店を開きたいらしく、修行中だとか。

 

お昼のピークを過ぎたせいか、お客さんは一人だけで店内は少し閑散としてる。

 

 

一色ちゃんと久しぶりに再会した日。

 

 

色々と根掘り葉掘り聞かれると思っていたけれど、交わした言葉は少なく、むしろ宣戦布告をされてしまった。

 

 

『陽乃さん、先輩は渡しません』

 

 

意志のこもった瞳で、真っ直ぐな気持ちをぶつけらた。

 

私はなんて言い返したのだろう。

あの時の記憶は靄がかかったみたいに思い出せない。

 

 

記憶に意識を巡らせたその時、カランと呼び鈴がお客様の来店を知らせる。

 

相変わらずの腐った瞳にヒラヒラと揺れるアホ毛。

 

比企谷くんだ。

 

 

「いらっしゃいませ!……って先輩!」

 

「よう、飯食いに来た」

 

「ふふ、私に会いに来たんですね」

 

「さて、めしめし」

 

「無視しないでくださいよ!」

 

「陽乃さん、ミラノサンド食べたい」

 

「ん、ちょっと待っててね」

 

「ん。あ、一色コーヒーはよ、マッ缶」

 

「……ふん、お冷で充分です」

 

「髪切ってやらんぞ」

 

「……かしこまりました。ブラックコーヒーですね?」

 

「……マックスコーヒーをひとつ」

 

「だからないですって」

 

「……じゃあミルクティーで」

 

「……わかりました」

 

 

不満そうにほっぺたを膨らませつつも、黙ってミルクティーを作る一色ちゃん。

彼は時々ここに食べにくるらしい。

 

私が知る中では毎日食べに来てくれてると思うんだけどね。

 

 

もしかしたら、私に会いに来てくれてるのかな。

 

 

……。

 

 

な、なんてね!!

 

 

さて、ミラノミラノ。

雑念を払うようにブンブンと頭を振り、料理に集中した。

作業してる私をよそに彼はカウンター席に座りながら私に話しかける。

 

 

「陽乃さん、だいぶ慣れましたか?」

 

「まあ、私だからね。こんなの御茶の子さいさいなんだから」

 

「陽乃さんですもんね、納得です」

 

「なんか言い方に悪意があるんだけど、自意識くん?」

 

「そっちの方がありますけどね……」

 

 

彼と交わすじゃれ合うような会話。

その会話を聞いてどう思ったのか知らないが、一色ちゃんが割り込んでくる。

 

 

「はいどーん!ミルクティー出来ましたよ!」

 

「ぬ、慌ただしいやつだな」

 

「ささっ、飲んで飲んで」

 

「ここ喫茶店だよね?………ん、まあ、美味しいけど」

 

「……っは!?い、今のは毎朝私にミルクティーいれてってことですか!?ごめんなさい、ミルクティーよりも味噌汁にしてください、お願いします」

 

「やっぱりマッ缶が最強だな」

 

「また無視!?」

 

 

ショボンと肩を落とす一色ちゃん。

それでも笑顔は忘れておらず、女性の私から見ても輝いて見えてしまう。

好きなんだろうな。

漠然とそう思う。きっと彼女は普通に彼と出会って、普通に恋に落ちて、高鳴る気持ちを胸に彼を追いかけているのだろう。

 

それが少し羨ましい。

 

誰も彼もが私のことを羨ましがる。

完璧超人、才色兼備、眉目秀麗。

それは私ではないのに。本当の私は全然完璧じゃなくて、みんなが思ってるような人間じゃない。

 

 

手元にはたった今出来上がったミラノサンド。

無意識のうちに視線は下にさがり、俯いてしまう。

 

 

「………」

 

 

自分はこんなにも弱い。

 

 

「陽乃さん」

 

 

思考がネガティブに染まり始めたその時。

 

私の心をそっと包みこむように。

 

ふわりと、優しい声。

 

私の好きな声が鼓膜を心地よく刺激する。

 

不思議。

 

どんなに嫌なことがあっても、辛いことがあっても、彼のことを考えると不思議とシャボン玉のようにいずれ消えてくれる。

 

 

ねぇ、なんでそんなに君の言葉や心は温かいの?

 

 

「ミラノサンド食べたいです」

 

「うん……、はい!おいしいよ!」

 

 

この気持ちをなんて言うのかな。

彼のことを考えるたびに、胸が高鳴り、悩みが吹っ飛び、また新しい悩みが出てくる。

 

その悩みは全然嫌じゃなくて、とてももどかしくてこそばゆい。そして心が温まる。

 

いい大人なのに10代の恋心を抱いてるかのよう。私の知らない私がいっぱい。

 

こんな気持ちは初めてだな。

 

 

あぁ、

 

 

きっと、

 

 

きっとこの気持ちは、恋っていうんだな。

 

 

私の恋は遅咲きの恋。

 

 

すでに彼の隣は誰かで埋まってるのかもしれない。

 

 

もしそうなら、私もそこに入り込んでやる。遅すぎるかもしれないけど諦めたくない。

受け身になってやるもんか、欲しいものは手に入れる。

その方が私らしい。

 

 

私は一色ちゃんの方に体を向け、真っ直ぐに見つめこう告げる。

 

 

「一色ちゃん………、んーん、いろはちゃん。……私も負けないから」

 

「……、そう来なくっちゃ面白くないです」

 

 

そう言うと私と彼女は不敵に笑った。

 

 

 

「やだなー、怖いなー」

 

 

 

比企谷くん、うるさい……。

 

 

 

 




12巻今年度中に発売されそうですね。
自分的にはもう少し続いてほしいんですけど、奉仕部がどういう結果を出すか楽しみです。

最後は映画化されないかな!


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冬の空の下で君と

 

 

 

 

喫茶店での仕事を終え、お風呂で疲れを癒し、いつものように部屋でパソコン片手に日記を綴る。

 

日に日に書く内容が増えていく。

 

パソコンのすぐ横にあるのは一冊の本。

先ほど比企谷君の部屋から取ってきたものだ。机の上にぽつんと一冊だけあるのが気にかかり、持ってきてしまった。栞は終盤に差し掛かるところに指してあり、裏面のあらすじを見る限り恋愛小説らしい。

 

 

比企谷君が恋愛小説を読むのは意外だなと思いつつ、パソコンの手を休め、小説を手に取る。

 

 

特に何も考えずに開いたページの一文。

 

 

『君はどうして私に優しくするの?言いたくはないけれど、君は大切な人がいるじゃない。……哀れみや同情で一緒にいてくれるの?もしそうじゃないなら、明日デートをしましょう。君の本当の気持ちを教えて』

 

『僕の気持ちなんてそんなの決まってる。君が大切だから優しくするんだ。哀れみや同情だけで一緒にいるほど、僕はできた人間じゃない。……いいよ、明日僕の気持ちを君に伝える』

 

 

 

………。

 

 

ペラペラとページを捲る音だけが部屋に鳴り響く。

たった一文でこの本に興味を持ってしまうのは、主人公の彼女の言動や心情がが私と似ているからなのか。

 

数ページ先まで読み、パタンと本を閉じる。

 

 

………よし。

 

 

私は部屋を出て、比企谷君の部屋に向かう。今ならゲームか小説を読んでる頃だろう。

 

ガチャとドアを開けると、不思議そうに私を見つめる彼。

 

 

「比企谷君」

 

「なんです?それより、机の上にあった本知りません?」

 

「君はどうして私と一緒にいてくれるの?」

 

「………あれ?住み着いたのそっちなんですけど……」

 

「………。明日デートをしましょう。君の本当の気持ちを教えて」

 

「……」

 

「明日は水曜日だよ!美容室も休みだし!バイトもないし!暇でしょ!」

 

「小説に感化されちゃったのかなぁ……」

 

 

 

 

………

……

·

 

 

 

「ほらほら比企谷君、行くよー」

 

「休みの日なのに……」

 

「きびきび動く!たまには外の空気吸わないと腐っちゃうよ?」

 

「目は既に腐ってますけどね」

 

 

冬のやわらかな日差しが照りつける午後。空気はシンと乾燥しており、いつもどんよりと曇っている空ではなく、珍しく快晴だ。絶好のデート日より、空も見方してくれてる。

未だ冬真っ盛りなため、晴れていても気温は低く、寒風が吹くたびに身震いしてしまう。

私は寒さを紛らわすようにマフラーに顔をうずめ、彼と無駄話に興じる。

 

 

「うん、マフラー暖かいね」

 

「……それ俺のなんですけどね、返してくださいよ」

 

「落ちてたから」

 

「なんでしれっと嘘つくのこの子は……」

 

 

目的地まで浅く積もった雪の上をザクザクと歩く。美容室から出たすぐの道のりは人通りが少ないせいか、国道のように地面が凍っておらず人の足跡もまばらだ。

 

数十分ほど歩き駅につく。そこから電車に乗り、二駅ほどのとこで降車した。

 

行先はアイススケート。

 

ここを選んだのは特に理由などない。

ただ、なんとなく彼と来たかっただけだ。

 

 

「す、スケートって俺やったことないんですけど…」

 

「ふふ、なら私の出番だね。雪ノ下陽乃にドンと任せなさい」

 

「おんぶしてもらいます」

 

「振り落とす」

 

「ひどい……」

 

 

スケートでおんぶしてもらう人ほうが恥ずかしいと思うんだけど。でも、ちょっと意外だ。彼の事だから、大抵の事は卒なくこなすと思っていたんだけど、苦手なこともあるんだね。

 

 

……。よし。

 

 

ここで、お姉さんアピールだね。

 

 

いつもはダメなところ見せてるけどここで良いところを見せなくちゃ。

 

 

『陽乃さん、素敵ですね。スケート選手にも引けをとりませんよ』

 

『ふふ、手を取って。君と一緒に滑りたい』

 

『はい……、行きましょう』

 

 

………。

 

 

な、なんてね!!

 

 

よし、イメージは完璧だ。あとは実行に移すだけだね。スケートリンクを滑走する私に彼はメロメロになるはず。

 

 

慣れた動作で先に履き替えた私は、ブレードをカツカツと鳴らしながらスケートリンクに足を踏み入れる。

 

 

久しぶりのスケートだけど、すぐにカンを取り戻せそう。

 

 

少し滑った後にチラッと彼の方を見る。初めてのことだから、きっとあたふたしてるに違いない。

 

 

しかし、想像とは違い悠々とリンクに立ちスィーと滑る彼の姿が目に映る。

 

 

その光景に思わず絶句してしまった。

 

 

私に気づいた彼は、ポケットに手を突っ込みながらこちらにやってくる。

 

 

「意外と出来るもんですね、楽しいです」

 

「……。なんでよ!こけてよ!尻餅ついてよ!想像と違うよ!!」

 

「!?」

 

 

結局想像通りにはならなかったけど、駄々をこねた結果、手を繋いで滑ることができたから満足だ。

昔練習したダブルアクセルを見せると、素直に褒めてくれたのが少し恥ずかしく、すごく嬉しかった。

 

 

それからは二人で悠々自適に滑り、時間はあっという間に過ぎていった。

 

 

スケート場から出たら、空は既に茜色に染まっており太陽は柿色に変化していた。

 

 

ひたすら滑っていたため、足は重く疲労感が伺える。

 

 

足を休ませるために近くの喫茶店に入った。中は私が働いてる喫茶店とは違い、どこか騒がしげな印象を受ける。

彼に促され席に座ると、コーヒーを二つ持ってきてくれた。彼の手元には大量の砂糖。

 

 

「ん、ありがと。いくらだった?」

 

「いいですよ。今日のスケートのおごりです」

 

「そう、なら奢られよっかな。それと砂糖は1つだけね」

 

 

彼が持ってきた砂糖を1つ残して奪い取る。

 

「死ねと申すのか……」

 

「そんなに!?」

 

「ほら、砂糖くれ」

 

「虫歯なっても知らないからね」

 

「クリアクリーン♪」

 

「……」

 

 

まったく……。

いつもは落ち着いていて、いかにも大人!って感じなのに、こういう時は子どもっぽい。未だ甘いものが好きな彼を見てると、無意識に口元に笑みが生まれてしまう。

 

 

「何ニヤニヤしてんすか」

 

「し、してない!」

 

 

恥ずかしくなり、マフラーに顔を埋めてしまう。マフラーから香るのはいつもの彼の匂い。知らずのうちに嗅いでしまう。

 

 

「……。私比企谷君の匂い好きだな」

 

「……」

 

「……あ//」

 

 

私何言ってんだろ……。うぅ、恥ずかしい。

無意識のうちに声に出していたらしい。

 

 

「そ、そろそろ行こっか」

 

「そ、そうですね。行きましょう」

 

 

少し顔が赤い比企谷君と喫茶店を出る。

冬特有の冷たい風が吹いても、私の顔が熱いのは変わらずまたマフラーで顔を隠してしまう。

 

 

空はだいぶ暗くなり、お日様で出てる時間もかなり短くなり気温も太陽が隠れるのに比例して寒くなっているように感じる。

 

 

彼と私との距離は少しだけあいており、その距離が私と彼との隔たりを表してかのように小さな不安が生まれてしまう。

 

 

その不安を塗りつぶすかのように、私は彼の腕に抱きついた。

 

 

「っ……。なんです?」

 

「……、ほら、寒いから」

 

「なら、仕方ないですね」

 

「うん、仕方ないね」

 

 

二人で寄り添いながら帰路につく。

本当は聞きたいことがあったけど、彼の温もりを感じるとその疑問は頭の中から自然に消えていた。

 

 

気づけばちらほらと雪が舞っている。足にはスケートの疲れがじわりと残っており、今はその疲労感さえも彼の隣だと心地いいと感じてしまう。

 

 

雪が降る中、君とふたりぼっち。

 

 

ずっとこの時が続けばいいな。

 

 

そのことを切に思いながら私達の家までの道を歩いた。

 

 

 

 

 




SAOやノゲノラとかの映画楽しみ。

特に楽しみなのはfateかな、一章いつあるんやろ。

それと、ゲーガイルもしたい!!


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着信音は突然に

 

 

 

 

チョキチョキと、髪の毛を切る軽快な音が美容室に音を立てる。

今日は日が出ているせいか、外に積もった雪は解け始めており、雪解け水が太陽の光に反射し、キラキラと輝いてとても綺麗に見える。

 

 

とある女性の髪をカットする比企谷君の表情は営業スマイルなのか、いつもより柔らかいような印象を受ける。

女性客も気分がいいのか鼻歌を口ずさみ、手元にある雑誌をペラペラと捲っている。

 

 

その女性の浮いた表情とは反対に、私は胸のあたりにモヤモヤと不快感を抱く。

 

 

美容師が彼の仕事なのだし、普段ならなんとも思わないのだけれど、このお客さんはどうもおかしい。

 

 

……。

 

 

仲が良すぎる……。しかも、女子高生らしき女の子……。

 

 

「……八幡、この雑誌の人の髪型がいい」

 

「るみるみ、さっきは前のページの人って言わなかったか?」

 

「るみるみじゃない、留美」

 

 

さらにファーストネーム……。

 

 

なんで比企谷君がJKと仲良くしてるのよ。

るみるみと呼ばれる女の子は、落ち着いた雰囲気といい、艶のある黒髪といい、どこか雪乃ちゃんに似ている。

 

 

私のモヤモヤとした気持ちをよそに会話は続き、留美という子が思い出したように口を開く。

 

 

「八幡、私ずっと彼氏いないから」

 

「しらん」

 

「八幡は……、もしかして…いるの?」

 

「……いねえよ」

 

 

……。な、なんなのよこの子…。

ビビッと脳内センサーがけたたましく音を立てる。この子は比企谷君に気があると女のカンが囁く。

 

 

むぐぐ。

 

 

むぅ、ここは我慢だね。

よくよく考えてみれば比企谷君はお仕事モードなのだし、嫉妬心を抱くのは杞憂だろう。

美容室の窓から外を見るとぽかぽかと暖かそう。いろはちゃんの喫茶店でも行こうかなと思い、彼に話しかける。

 

 

「比企谷君、喫茶店行ってくるね」

 

「今日バイトの日でしたっけ?」

 

「ちょっとお茶しに」

 

「ん、遅くならないようにしてくださいね」

 

「はーい」

 

 

部屋にかけてあるコートを羽織り、美容室を出る。暖かいと思っていた外は、思いのほか肌寒い。時折吹く寒風が冬の継続を知らせる。

 

 

解け始めている雪の上を少し歩き、喫茶店のドアを開ける。

そこにはいつも通りに仕事に励むいろはちゃんが出迎えてくれる。

 

 

「いらっしゃいませ!……って陽乃さんじゃないですか。……先輩は?」

 

「お客様は神様なんだけど」

 

「ふん、そんなお客様はお断りです。それより先輩は?」

 

「いい度胸じゃない……。比企谷君はお仕事でJKと仲良くしてますけど」

 

「な!?………。まぁ、どうせ留美ちゃんでしょ」

 

「……。あれ、知ってるの?」

 

「学生の頃少しだけ交流があっただけです」

 

「そう……。コーヒーお願い」

 

「……」

 

 

学生の頃の比企谷君……か。

当たり前のことだけど、学生の頃の比企谷君のことはあまり知らない。せいぜいちょっかいをかけてたぐらだし、彼と一緒の高校時代を過ごした彼女達が今更ながら羨ましくなる。

 

 

比企谷君と同級生かぁ。

いろはちゃんに出されたコーヒーをちびちび飲みつつ、目を瞑り少し想像してみる。

 

 

『比企谷君!部活行くよ!』

 

『帰ってアニメ見たいんですけど』

 

『ほらほら、依頼もあるんだから役に立ちなさい』

 

『話聞けよ』

 

『えへへ、ほら、レッツラゴー♪』

 

『………』

 

 

……。

 

うん、悪くないね。ちなみに奉仕部の妄想。

気分が多少高揚し、目をゆっくりと開けると、目の前のカウンターには引き気味のいろはちゃん。

 

なによ。

 

 

「陽乃さん、何ニヤニヤしてるんですか……」

 

「………」

 

 

ど、どうやら顔に出ていたらしい。こ、これは私は悪くない、彼が悪い、そ、そうに決まってる!

誤魔化すために軽く咳払いをして彼女に向き合う。

 

 

「…。高校の頃の比企谷君はどんな感じだった?」

 

「なんですか急に…。んーー、そうですねぇ。色々!ありましたけど、出会ったのは生徒会選挙の時でしたし、先輩は奔走してた感じですね」

 

「そう……」

 

 

奔走……。きっとあの二人のことだろう。

彼の部屋に立て掛けてある一枚の写真。その写真は奉仕部の写真であり、椅子に比企谷君が座り、その両側に彼女達が立っている写真だ。比企谷君は少し困ったように、ガバマちゃんは嬉しそうに、雪乃ちゃんは、静かに微笑む写真。パッと見七五三みたいな構図だけど、とても暖かい写真。

 

 

陽だまりのような写真だ。

 

 

……。

 

 

「陽乃さん?」

 

「……あ、なんでもないよ。ん、コーヒーありがとね、またバイトで」

 

「あ、はい。また今度」

 

 

コーヒー代を支払い、喫茶店を出る。入店してた時間は数十分といったところだろう。本当はもっと話をしようと思っていたけど、どうも気が進まない。

さっきまでは晴れていた空も雲の割合が多くなったような気がする。中途半端に溶けた雪が凍り、足元が少し不安になる。

ポケットに手を突っ込み、浅く息を吐くと、吐き出された息は水蒸気に変わり、白く染まる。まだ、冬は続いてる。

 

 

美容室に着くと、比企谷君に挨拶をして部屋にこもった。

布団の中にもぐっても気分は晴れない。特にすることもなく、棚に置いてある本を手に取る。

 

 

題名は『君の隣』という本。

最初のページから読み進める。主人公は一人の女性。ある人のことが好きだけど、その人にはすでに大切な人がいる。その大切な人は主人公とも関わりがあり、三角関係のもつれを描いてるようだ。

 

 

どれだけ読み進めたのだろう。

3分の1程度まで読み、栞を挟みパタンと本を閉じる。今、彼の隣には誰がいるのだろう。雪乃ちゃんなのか、ガバマちゃんなのか、それとも二人共なのか。

 

 

思索に耽っても、答えなんか出ない。

窓から見える空は遠くの方から紅色に染まり、雲もオレンジ色に染まっている。

 

 

外を見続けていると、コンコンとドアをノックする音が耳に届く。

 

 

「陽乃さん、ご飯にしましょう」

 

「うん、今行く」

 

 

リビングに行くと、いつものように美味しそうなご飯が並べられてる。普段なら何気ない会話に花を咲かせるのだが、今日はいつもの調子が出ない。

彼は元々お喋りではないから、しずかな夕食が続く。

 

 

その時、机の上にある彼の携帯が着信音を奏でる。

 

 

誰からだろう。仕事なら固定電話だろうし、いろはちゃんかな。

 

 

彼が席を立ち、リビングから出ていく。私は気になり、リビングのドアの近くから聞き耳を立てる。

 

 

「……。予約は固定電話つったろ。……。うん、わかった。……。じゃあな雪ノ下」

 

 

彼がリビングに戻る前に椅子に座り、夕食を再開する。

ドクンと心臓が音を立ててる。

 

 

……雪乃ちゃん?

 

 

この美容院に来るのだろうか。その時は私はなんて話せばいいのか、突然のことに思考が追いつかない。

 

 

どうすればいいのか分からず、私は天井を見上げた。

 

 

 

 






もう少しお付き合いお願いします。


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蟠りはチェーンとともに



まぁ、あれです。
投稿サボってごめんなさい。
ダクソのDLCがね、あとパリィマンだし。

それではどぞ。



 

 

 

 

 

 

 

午後になるとまた雪が降ってきた。

窓から見える空はどんよりと曇っており、お日様も分厚い雲に覆われている。雪はふわふわと風に吹かれながら、綺麗に舞い、風が休むことなく吹き抜けている。

 

雪乃ちゃんからの電話が来てから一週間が経過した。

 

ヒラヒラと舞い散る雪を見ていると、思い出すのは過去の記憶。

 

雪乃ちゃんが生まれた日の記憶だ。

 

おぼろげではあるが、確か、あの日も雪が綺麗に舞っている夜だった。初めて出来る妹に心がすごく踊っていたのを覚えている。

 

 

カタカタと微かに揺れる窓。

 

ちらほらと舞う雪。

 

風は止まない。

 

 

今見ている風景は、

 

 

 

まるで、これから来る彼女を歓迎しているかのようだ。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

午後3時過ぎ。

 

その扉はいつものようにカランと小気味いい音を立てて開かれた。

数年ぶりに会う妹はいつものように………、少し昔とは違う柔らかな微笑みを持ち、肩に少し積もった雪を払いながらお店に来店した。

 

雪乃ちゃんの顔を見るやいなや、心臓がドクンと音を立てる。

わかっていたとはいえ、胸の内にわだかまる気持ちは消えてくれない。後ろめたさなのか、後悔なのか、言いきれない気持ちに体が強ばる。そんな私をよそに2人は慣れているように挨拶を交わす。

 

 

「いらっしゃい、相変わらず時間ぴったりなのな」

 

「時間厳守は社会人の常識よ、比企谷君。……あら、先客が居るのね」

 

 

……。

 

 

「予約したのだけれど、……まあ、いいわ」

 

 

……ん?

 

 

「しばらくらソファーで待たせてもらうわね」

 

 

……ちょっと?

 

 

「比企谷君、紅茶を出しなさい」

 

「……ちょいとお待ちを」

 

 

……あ、あれ?

 

 

「フランス製ののマリアージュフレールね」

 

「そんなもんねえよ……」

 

 

……いら。

 

 

「雪乃ちゃん!私だよ!お姉ちゃんですよー!」

 

「わかってるわよ、うるさいわね」

 

 

……。こ、この妹…。

 

 

 

 

 

 

……………

………

……

·

 

 

 

 

 

 

「……で、なんでここに姉さんがいるのかしら。比企谷君、もしかして誘拐?」

 

「んなわけねえだろ。住み着いたんだよ、引き取ってくれ」

 

「嫌よ、居候は比企谷君がお得意様だから」

 

「なに?似たもの同士って言いたいの?俺、一応働いてるんだけど」

 

「顔がニートなのよ。髪型もう少し何とかしなさい、本職なんだから」

 

「顔は俺の両親に謝れ、髪型はそのうちな」

 

 

比企谷君に髪をカットしてもらう雪乃ちゃんが、雑誌をパラパラと捲りながら彼との会話に興じる。

所々に出てくる自分の名前に少しばかり居た堪れない気持ちになりながら、ソファーに腰を掛けている。

 

 

この美容室には雪乃ちゃん以外にも、ガハマちゃんなどがよくここに髪を切りに来るらしい。

 

 

きっと、まだ彼のことが好きなのだろう。

優しくて、暖かくて、陽だまりのような彼だから。

その隣に居たい、共に歩きたい、そう思うのだろう。

 

 

かくいう私もその一人。

 

 

みんなからしたらぽっと出の私は邪魔者なのだろう。

 

 

思考の渦に飲まれていると、雪乃ちゃんがハッキリとした声音で私に告げる。

 

 

 

「姉さん、後で話があるわ」

 

「っ……、うん、わかった」

 

「……喧嘩は二階でしろよ」

 

 

 

何を話すのか、そんなのは知っている。

 

問いただされることも分かっている。

 

今まで目を逸らして逃げてきたことだ。

 

 

逃げ出しそうになる気持ちを無理やり納得させ、静かに階段を上った。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

時刻は午後5時過ぎ。

数時間前まで降っていた雪は身を潜め、どんよりとした雲だけが空を覆い尽くしている。

 

 

二階のリビングで雪乃ちゃんと向き合うように座っている私は、間抜けにも素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 

 

「だから、気にしなくていいって言ってるのよ」

 

「で、でも!………怒ってないの?雪乃ちゃん、私は……」

 

「何もかも放り投げて逃げた、とでも言うの?」

 

「っ……」

 

「姉さんが考えてるほど、私はヤワじゃないのよ。……父の会社の事も、母さんのことも、気にすることないわ」

 

「……本当に、雪乃ちゃんはそれでいいの?」

 

「ええ、今まで全部姉さんに任せてきたのだから、きっと私の番だと思うの。………だから、私に任せなさい。知らないかもしれないけれど、あなたの妹はかなり優秀なのよ」

 

 

ニコッと笑いウインクする妹に少しばかり驚きながらも、いつの間にか私は涙を流していた。

あふれ出る涙はとまらず、恥ずかしさのあまり顔を手で覆ってしまう。

 

 

やはり雪乃ちゃんは変わった。

心に縛りついていたチェーンは優しく音を立て崩れ、それに伴い暖かな気持ちが胸いっぱいに広がる。

 

 

雪乃ちゃんは立ち上がると、そっと私を抱きしめ涙を拭き取ってくれた。

 

 

後ろめたさと嬉しさが交じりあい、きっとブサイクな笑顔になっていると思うけど、私もそっと雪乃ちゃんに抱擁を返す。

 

 

「雪乃ちゃん、ありがとね。……これじゃあ、お姉ちゃん失格だね」

 

「気にすることないわ。……姉さんは、今も昔も変わらず私の姉さんなんだからどっしりと構えてちょうだい」

 

「うん……」

 

 

 

 

 

 

……

.

 

 

 

 

 

 

ひとしきり抱擁を終え、私と雪乃ちゃんは椅子に座り、今までのことを話し合った。

雪乃ちゃんの大学生活の事、お父さんの会社でのこと、比企谷君とガハマちゃんとのこと。

 

 

久しぶりの姉妹の話はネタが尽きることがなく、時には恥ずかしがり、呆れ、それでも笑顔が消えることはなかった。

 

 

ひと段落会話を終えた後、雪乃ちゃんが少し頬を染め、それでも真剣な表情を作り、私に尋ねる。

 

 

「姉さん、その……お願いがあるのだけれど」

 

「うん、いいよ。何でも聞くよ」

 

 

今まで、迷惑をかけてきたんだから少しでも恩返しがしたい。雪乃ちゃんは真っ先に否定するだろうけど、これは私なりのけじめだ。

 

雪乃ちゃんの瞳をしっかりと見つめながら、その先を待つ。

 

 

お姉ちゃん、何でも聞いちゃうよー!!

 

 

 

「比企谷君を私にちょう「だめ」」

 

「……。姉さん、最後まで言ってないのだけれど」

 

「それはだめ」

 

「……さっき、何でも聞くって言ったはずだけれど」

 

「空耳よ」

 

「……いい度胸ね。ならば、戦いましょう」

 

「……いいよ、久しぶりに本気を出してあげる」

 

「…ふん、さっきまでピーピー泣いていたくせに」

 

「今度は雪乃ちゃんを泣かしてあげる」

 

「……」

 

「……」

 

 

 

 

「やめて!仲良くして!」

 

 

 

 

 





次で最後かな。

出来るだけ早く出すように善処します。(たぶん)


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やがて春がくる

 

 

 

 

 

 

ーーー♪

 

 

枕元に置いてあるアイフォンからアラーム音が鳴り、眠りに落ちている私の耳朶に触れる。

 

 

ゆっくりと目を開けると、いつもと変わらない私の部屋の天井。しばらくこの部屋で生活していたから、すっかり自分の部屋に様変わりしている。

 

 

寝惚け眼の状態でアイフォンを開くとそこには6時30分とデジタルな時刻が表示される。

 

 

まだ、比企谷君は起きていないだろう。

 

 

ベットから起き上がり、窓を開けると朝の和やかな陽射しが心地よく照りつけられ目を細める。

空は青く澄み渡っており、遠くの空には鳥が飛んでおり耳を澄ませばさえずりが聴こえてくる。

 

 

その光景に少し顔を綻ばせ、窓を閉める。

あらかじめ用意していた服に着替え、部屋を後にする。

 

 

だいぶ春に近づいているとはいえ、朝の廊下は肌寒い。

 

 

洗面台に着き、パシャパシャと顔を洗うと水は冷たく、寝起きの状態からじんわりと覚醒していく。

 

 

タオルで水滴を拭き取り、リビングに向かう。

 

 

用意したのは一枚の紙とボールペン。

 

 

私は少し迷って文字を綴った。

 

 

きっと勝手に出ていく私を比企谷君はどう思うのだろう。

怒るのかな、呆れるのかな、それとも心配してくれるのかな。

 

 

だけど、私にはけじめを付けなきゃいけない人がいる。

 

 

比企谷君に面と向かって好きと言うために。

 

 

だから、

 

 

「比企谷君、いってきます」

 

 

春が近づく早朝。

私は最低限の荷物を持ち、カランといつもの音を立て美容室をあとにする。

 

 

一枚の置き手紙を残して。

 

 

 

ーーー比企谷君へ。

 

 

大魔王を倒しに行ってきます。

待っていてください。

 

 

陽乃よりーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

学生の頃とは違い、規則正しい生活を送ってきたせいか朝起きるのも決まった時間に起きるのが多くなった。

 

 

ベットからのそりと起き上がり、背伸びをする。

 

 

固まった関節がパキパキと音を立て、眠気が少しづつ消えていく。

 

 

朝ごはんの準備をしようと思い、リビングに向かうと机の上には一枚の手紙。

 

少し驚き文字に目を移すとそこには陽乃さんからのメッセージ。

 

 

はぁ……あまり心配をかけないでくださいよ。

 

 

「……行ってらっしゃい」

 

 

その言葉は誰に聞こえるまでもなく空気の中に消えていく。

 

 

責任感が強いあの人のことだから、きっとこの時が来るだろうとはおもっていた。

 

 

だから、

 

 

陽乃さんが帰ってきたら、そのときは甘やかしてあげよう。

 

 

怒りはするけど…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………

……

.

 

 

 

 

 

 

 

伝えるべきことを伝えた。

 

 

今までの事、逃げたこと、そしてこれからどうしたいかということ。

 

 

空気がピリピリと張り詰めていると思うのは私だけだろうか。

数年ぶりに会う母親は50代を過ぎたにも関わらず、私を射抜く眼光は鋭い。

 

 

着物を着ている母はあの頃と何も変わらず、一つ一つの所作に気品が表れている。

 

 

私の言うことを黙って聴いていた母が口を開く。

 

 

 

「まず陽乃」

 

「っ、は、はい」

 

「……帰ってきたらまずはただいまでしょう?」

 

「へ、あ、ただいま!」

 

「ん、お帰りなさい。紅茶を準備するわね」

 

 

そう言うと立ち上がり、キッチンの方へ向かっていった。

 

 

………。

 

お、おかしい。

 

私の予想では母さんはカンカンに怒っていると思っていたのに。

予想とは裏腹に私を歓迎しているように思える。

 

 

げ、解せぬ。

 

 

一体何が……。

 

 

「はい、マリアージュフレールよ。雪乃が好きだから、あなたも好きでしょ?」

 

「うん、ありがと」

 

 

 

紅茶に口を付ける。

 

あ、……おいし。

 

母はティーカップを置くと、少し厳しめの口調で語りかけた。

 

 

 

「陽乃……聞いているとは思うけど、今は雪乃が頑張っているのよ」

 

「……うん、知ってる」

 

「……本当のことを言うとね、貴方にはガッカリしたわ」

 

「っ!?」

 

「だけど……、それは私が悪いのよね」

 

「そ、そんなことは……」

 

「いいえ。私は貴方に期待して、願望を押し付けて、それが正しいと思い込んでしまったの。……娘の気持ちも考えずに、ごめんなさいね」

 

「……」

 

「陽乃、勝手を承知で頼みたいことがあるの」

 

「うん…」

 

「雪乃を手伝ってあげて。……確かに雪乃は目を見張るほど優秀だけど……少し危なっかしい。だから、貴方が姉として……一人の家族として面倒を見てくれないかしら」

 

「……うん、大丈夫だよ。お姉ちゃんに任せなさい」

 

「そう、なら安心ね」

 

 

 

そう言うと母は屈託なく笑う。

 

久々に見る母の笑顔に私も自然も顔を綻ばせる。

 

そこからは親や子水入らずの会話を楽しんだ。

母さんとの間にあった壁は綺麗に取り払われ、笑顔が絶えることはなく、話は次第に私の幼少の頃の思い出を語り始めた。

 

 

 

私の気持ちは晴れやかで、これでやっと比企谷君に正面から好意を伝えることが出来る。

 

 

だから、私は思い切って伝える事にした。

 

 

 

「あのね、お母さん」

 

「どうしたの?」

 

「そのね、私、すきな人がいるんだけど……」

 

「ふふ、いいのよ。自由にしなさい。……あ、そういえば雪乃も何か言ってたわよ」

 

「ん?」

 

「確か、比企谷さんという方と結婚したいとか」

 

「……私の」

 

「え?」

 

「それは私の!!」

 

「!?………な!?……そ、その比企谷さんという人を連れてきなさい!わ、私の娘を誑かして!」

 

「………」

 

 

あ、やばいかも……。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

ーーー

ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「て、言うことがあったんだけど」

 

「……」

 

「ちょ!どこに行くのよ!」

 

「ふ、ふざけんな!いきなりママのんなんかと会えるか!」

 

「なんかとは何よ!私のお母さんよ!」

 

「完全にとばっちりじゃねえか!」

 

「……私のこと嫌いなの?」

 

「……嫌いじゃないけど…」

 

 

頬をかきながらそっぽを向く比企谷君に自然とほほが緩む。

比企谷君の手を取り、上目遣いで言葉を紡ぐ。

 

 

「私は比企谷君のこと好きだよ」

 

「……あざとい」

 

「……」

 

「痛い痛い!抓るな!……はぁ、わかりましたよ。俺も覚悟を決めましょう」

 

「うん……」

 

 

 

「まあ、あれです。……最初の頃は居候で迷惑なだけだったんですけど、今じゃ居てもらわないと困るというか、落ち着かないんで、その……傍に居てもらえますか?」

 

 

 

「……うん、ずっとそばに居るよ!比企谷君大好き!!」

 

 

 

 

開いてる窓から優しい風が頬を撫でる。

 

 

 

春はもうすぐそこに。

 

 

 

今もこれからも、この陽だまりの場所は変わらない。

 

 

 

嬉しさのあまり比企谷君に抱きつくと、私の大好きな香りが胸いっぱいに広がる。

 

 

 

きっとこれからも、たくさんの事が起こるだろう。

 

 

 

辛いことや悲しいことも、でも彼となら乗り越えられる。

 

 

 

そして、その何倍もの幸福が待っている。

 

 

 

「浮気したら殺すからね!」

 

 

「怖い!」

 

 

 

 

 

ーーーfin。

 

 




これで本編は終わりです。

今まで見てくれた方、感想くれた方ありがとうございます!!

途中疾走したみたいな感じになったけど、皆さんのおかげで頑張れました。

要望あればafterとか書くかも。

ちなみにサキサキの方もよろしくです。

次書くなら、雪のんか、いろはすかきたいかな。

それではまた。


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Four seasons
after ① spring day



俺ガイルの新刊、延期って知らないで本屋さんを探し回ったのは俺だけでしょうか?


それではどぞ、基本的には甘々です。




 

 

 

 

 

 

 

 

『……陽乃さん、陽乃さん』

 

 

 

遠くから私を呼ぶ声がする。

 

 

 

その声は暖かさを持っていて心地よく、夢見がいい私にとっては逆に安心して深い眠りに落ちてしまう……そんな声。

 

 

声は次第に大きくなり、今度は優しく肩を揺すられる。

 

 

ゆっくりとまぶたを開けると、そこには大好きな人の姿が目に映る。すると、じんわりと幸せな気持ちが胸いっぱいに広がる。

 

 

 

ゆっくり起き上がり、比企谷君の顔を見ると自然とほほが緩み、比企谷君のお腹に抱きついてしまう。

 

 

 

 

「比企谷君、おはよ」

 

「ん、おはようございます。もう9時ですよ」

 

「休みの日くらいいいじゃん」

 

「だらしないのはダメですよ。……それとお腹でぐりぐりしないでください」

 

「えへへ、いい匂い。……私の大好きな匂いだ」

 

「……」

 

 

 

少しため息をついた比企谷君は、ゆっくりと優しく私の頭を撫でる。

その事が嬉しくて、私は更に抱きつく力を強めた。

 

 

 

「陽乃さん、苦しいですよ」

 

「もっと撫でなさい」

 

「はいはい……」

 

「ふぁぁ……」

 

「はは、変な声出てますよ。……ご飯できてるんで食べましょう」

 

「ん……」

 

 

 

このまま彼と二度寝を決め込みたい気持ちをぐっと堪え、お腹に回した手を離す。

名残惜しい気持ちになり、少しばかりの寂しさを覚える。

 

 

私はベットから立ち上がり、そっと手を差し出す。

 

 

 

 

「……何してるの?」

 

「繋いで」

 

「飯冷めるんで早く行きますよー」

 

「もーー!」

 

 

 

春の麗らかな日差しが部屋を照らす。

 

何気ない朝の一幕。

 

こんな日常がどうしようもなく愛おしい。

 

彼との距離はもっと近くなり、一緒にいればいるほど好きという気持ちが溢れ出す。

 

 

今日は一日何をしようか考えつつ、比企谷君と一緒に美味しい朝食があるリビングに向かった。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 

「比企谷君って朝はパン派だよね」

 

 

 

トーストにサラダにスクランブルエッグが並ぶ今日の朝食。

こんがりときつね色に焼かれたトーストにハチミツを塗りながら彼に話しかけると、少し考える素振りをして答える。

 

 

 

「ご飯がいいですか?」

 

「……比企谷君がいいかな?」

 

「……」

 

「無視しないでよ!恥ずかしい!!」

 

「……朝から何言ってるんですか」

 

「……赤いよ?」

 

「イチゴジャム塗ったからな」

 

「ふふ、そーなんだ」

 

 

そっぽを向きながら頬を掻く比企谷君にニヤニヤと視線を送る。

すましてるように見せて意外と照れ屋な彼。

付き合ってから彼の新しい一面がどんどん見つかる。

 

 

まだまだ知らないことが多いけど、もっともっと彼のことが知りたい。

 

 

私は立ち上がり、窓を開けると、四月のポカポカした陽気が感じられる。

 

どこからともなく春の息吹が漂い、花の匂いがする。

 

 

「比企谷君……、お花見行こっか」

 

「……遠慮します」

 

「行くよ!」

 

 

 

 

………………

 

………

 

……

 

 

·

 

 

 

 

「…………」

 

 

午後1時過ぎ。

 

 

お弁当やお菓子、お花見で楽しめるものを用意して、桜が綺麗に咲いてるスポットへと向かう。

 

隣に歩いてるのは比企谷君。

 

吹いてくる風は心地よく、生暖かい日差しが私たちを優しく包み込む。

 

だけど、私の心の中は落ち着かない。

 

その理由は。

 

 

「比企谷君。女性に荷物を持たせて恥ずかしいとは思わないの?」

 

「……それお前の荷物だからな?」

 

「先輩、荷物ちょーおもいですー」

 

「ヒッキー重い」

 

「ナチュラルに俺に荷物を預けるな、捨てるぞ」

 

 

………。なんでみんないるのよ!

 

 

「………比企谷君が呼んだの?」

 

「違いますけど……」

 

「乙女の勘ってやつですよ!」

 

 

無い胸を張ってフフンと言い張るいろはちゃんにじろりと視線を送るとビクリと震えて、比企谷君の背中に隠れる。

しかも「怖いですよー、せんぱーい」なんて言ってるし。

 

……あざとい小悪魔め。

 

 

「いろはちゃん、比企谷君の背中から離れなさい」

 

「くっついちゃいました」

 

「あ、あたしもくっついちゃった」

 

 

いろはちゃんに続きガハマちゃんまで彼の背中にくっつく。

 

 

「お前ら暑いんだけど」

 

「えへへ、ゆきのんもどう?」

 

「ふふ、結構よ。……これが正妻の余裕って奴ね」

 

「離れなさい」

 

「やです」

 

「そこは私の場所よ!離れなさーーーい!!」

 

 

ギャーギャーと喚きながら目的地まで歩く。

こんな騒がしいのも久しぶりだ。

相変わらず胸の中はモヤモヤで不快感が募るけど、こんな賑やかなのも悪くない。

 

少し顔を緩ませる比企谷君が気に食わないけど。

 

 

 

 

***

 

 

 

ふわりと、柔らかい春の風が足元を通り過ぎる。

 

視線を上に向けると満開な桜が風に揺られ、ひらりひらりと小学生の遊戯のように踊る。

 

いつか読んだ小説で、桜の落ちる速度は秒速五センチメートルということが思い出される。

 

みんなに目を向けると、私と同じように桜に魅入ってる。

 

それほどの桜景色。

 

 

「綺麗だね………知ってる?桜の落ちるスピードは秒速五センチメートルなんだって」

 

「あれはいいお話でしたね。……確かに綺麗ですね、来てよかったです」

 

「うん……」

 

 

 

落ちる桜を追いかけながらはしゃぐガハマちゃんといろはちゃんを、穏やかな目で見守る比企谷君と会話をしつつ桜の樹の下に大きめのシーツを敷く。

 

雪乃ちゃんは桜の木に手を添えて顔を綻ばせてるし、みんなで来て良かったかな。

 

 

 

「ほら、遅めだけどお昼ご飯食べよっか。……美味しいご飯作ってきたから」

 

「……俺が作ったんですけどね」

 

「ヒッキー何気に料理得意だからね」

 

「喫茶店員の私が審査してあげますよ」

 

「ふふん、私には敵わないでしょうけど食べてあげるわ」

 

「なんでそんなに偉そうなの?」

 

 

 

比企谷君が作ったお弁当にはハンバーグや唐揚げ、卵焼きなど美味しそうなおかずが彩りおにぎりがもっともっと美味しくなる。

 

時間がゆるりと穏やかに進む。

 

 

目を瞑ると気持ちのいい風がさらに感じられる。

 

桜の匂いが鼻をつき、穏やかな気持ちになる。

 

少し目を瞑っていると、ぽすっと頭に誰かの手がのっけられる。目を開けると比企谷君の姿が目に入り、びっくりして頬を染めてしまう。

 

 

 

「どうしたの?」

 

「……いや、頭に花びらが乗っていたんで」

 

 

 

そう呟く比企谷君の顔も心なしか赤い。

 

気づけば顔の距離がだいぶ近くにあるように感じられる。

 

いつも腐ってる目ではなく、透き通った比企谷君の瞳に吸い込まれそうになる。

 

だんだんと近づく距離。

 

2人だけの世界に入り込んだような感覚になった、その時。

 

 

「な、な、何してるんですかー!!」

 

 

いろはちゃんが怒涛の勢いで割り込んできた。

 

 

その切羽詰まったような表情が面白くて、比企谷君と顔を合わせて吹き出してしまう。

 

 

2人して笑っているといろはちゃんがむくれ、その一部始終を見ていたガハマちゃんは顔を染め、雪乃ちゃんは不機嫌な表情で冷たい視線を向けてくる。

 

 

少し桃色な雰囲気を取り除くために、それからは鬼ごっこやガハマちゃんが持ってきたトランプをしたりした。

 

 

大富豪では比企谷君が何故か強くて、雪乃ちゃんが悔しげにしていたり。

 

 

途中でいろはちゃんが王様ゲームをしようと言い出して、とんでもない命令を出したりしたけど、とても楽しい時間が過ぎていった。

 

 

気づけば空は茜色に染まり始め、お開きの時間がやってくる。

 

 

ゆるりと過ぎていくと思えば、あっという間に時は過ぎる。

 

 

気を利かせてかどうかなのか、私と比企谷君以外はこれから用事があるとか。いろはちゃんは文句たらたらだったけど。

 

 

いまは彼と2人だけで帰り道を歩く。

 

 

霞にいきれるような春の暮れ。

 

 

春の残暑が私たちを照らす。

 

 

散々遊んだせいか私の口数も少ない。

 

 

だけど彼の手から伝わってくる温もりは安心して、自然とほほが緩む。

 

 

みんなとのお花見も楽しかったけど本当は比企谷君と二人っきりで来たかったな。

 

 

なんて、心の中でひとりごちる。そんな気持ちを察してか、彼が握る力が少し強まる。

 

 

彼の方を振り向くと少し照れたような表情。

 

 

 

「陽乃さん、来年は……毎年、お花見行きましょう」

 

 

「……うん、ずーっと一緒だよ?」

 

 

 

 

 

 





春、夏、秋、冬って書こうかな。

何か書いて欲しいシチュあったら言ってね。


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after ② rainy season


短編集みたいになった。

ほのぼの回。


 

 

 

 

 

 

ポツポツと地面を打つ雨音が窓越しに耳に届く。

 

 

カラリと窓を開けると、空は灰色の分厚い雲に覆われ、パラパラと終わりがないように雨が降り続ける。

 

 

時刻はお昼の3時過ぎ。

 

 

季節は梅雨を迎え、来る日も来る日も雨が降り続ける。

 

 

毎年の事とはいえ、こうも降られると外に遊びにも行けないし、洗濯物も部屋干しとなってしまう。

 

 

雨はそこまで好きではない。

 

 

ため息を漏らし窓を閉めて、しばらくぼーっとしてると、だんだんと窓が結露しくもり始める。

 

 

「………」

 

 

少し考えた私は、すっとくもった窓に指を走らせる。

 

ハートを書いて、その下に傘を書く。

 

えっと、陽乃っと………。

 

 

「陽乃さん、なにしてるんですか?」

 

「ふぅわ!?………え、えっと、ほ、ほら……、陽乃って書いたよ!」

 

「うん、そうですね」

 

「……んん、次は君の番だよ」

 

「……はぁ、仕方ないですね」

 

「えへへ。……どれどれ、……って小町って書いてあるんだけど!」

 

「ははは、シスコンは加速する」

 

「いや、シスコンはガチで引くんだけど」

 

「お前に言われたくねえよ!」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

【ゲーム】

 

 

 

 

「ふふ、比企谷君はワルイージなのね。……似てる」

 

「……似てないからね?そういう陽乃さんはデイジーなんですね、陽気なイメージがあります」

 

「そうかな。………あ、さあ!始まるよ!……マリカーなんて久しぶりだね」

 

「外は雨ですからね、暇つぶしです」

 

「ふふん、比企谷君はドッスンに潰されてなさい」

 

「そんな安易な手に引っかかってたまる……·ってどっちゃん!どしおくん!」

 

「どしおくんって何なのよ……」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

【お買い物】

 

 

 

ざわざわと人々の喧騒に飲まれながら大型モールの中を手を引かれながら歩く。

外は雨が降っており、濡れている傘を所持している人が多いせいか、湿気が高く髪の毛がはねている人がちらほらと見受けられる。

 

 

それは彼も同じようで、彼のアホ毛があっちへヒラヒラこっちへヒラヒラと動き回る。

見ていて楽しい。

 

 

私の手を引き、先導してくれる彼の手から伝わる体温が心地よく、いつもより頼もしく感じる。

 

 

「比企谷君から手を繋いでくれるって珍しいね」

 

「……ほっといたらはぐれそうですからね」

 

 

前を向いているため表情は分からないけど、いつもの照れ隠しに表情が緩む。

 

彼の照れ隠しはわかりやすい。

 

 

「今日の夕食はパスタがいいかな」

 

「食べに行きます?」

 

「今日は私が作るよ」

 

「珍しい。ならカルボナーラお願いします」

 

「あとでスーパーよろっか」

 

「そうですね」

 

 

他愛もない話をしつつ目的の店まで歩く。

 

今日は彼の買い物の付き添い。美容道具を買いに来たらしい。

 

しばらく歩くとお店が見えてきた。

 

 

「ここ?」

 

「ん、ほとんどここで揃えてます」

 

 

そう答えると彼は私の手を離し、中をゆっくりと歩きながら物色し始める。

 

「……」

 

感じていた体温が離れ少し寂しい。

 

私も彼のあとを追いながら店内の美容道具を見て回る。様々な種類の散髪ハサミに櫛、そして可愛らしいヘアコーム。

 

美容道具はよく分からないけど、色々なシャンプーや髪留めがあるから私も見ていて楽しい。

 

少し見て回っていると一人の女性店員がニコニコしながら彼に話しかける。

 

 

「比企谷さん、こんにちは。今日は何をお探しですか?」

 

「……ちょっとハサミを買い替えにな」

 

「ふふ、彼女さんも一緒なんですね。ごゆっくり」

 

「……」

 

「……あの女誰よ」

 

「まてまて、店員さんな。声のトーン低いから」

 

「親しげに見えたけど」

 

「前に道具についてお世話になっただけだ」

 

「それだけならいーけど」

 

 

プイっとそっぽを向いてしまう。

ささいな事で嫉妬してるしてしまう自分が情けない。こんなに嫉妬深いなんて私自身も知らなかった。

 

 

しょぼくれていると、むぎゅっと頬を抓られる。

彼らしくない行動に少し驚いていると、いつもより柔らかい表情で優しく語りかける。

 

 

これも彼らしくない言葉。

 

 

「俺には陽乃さんだけですよ」

 

 

だけど私はその言葉を信じる。

 

緩む表情は止められない。時々見せる彼の大胆な言動は私を困らせる。

ひねくれていない彼の言葉は破壊力がすごすぎる。

 

頬をつねる手を取り、笑顔で私も彼に言葉を返す。

 

 

「私も比企谷君、だけだよ」

 

 

 

 

 

 

………

 

……

 

 

.

 

 

 

 

 

 

比企谷君のお買い物を終え、スーパーで買い物を行う。

後ろからカートを引くのは比企谷君。周りから見たら夫婦に見えるのかな、なんて思いながら食品を探す。

 

 

「えっと、カルボナーラの材料ってなんだっけ」

 

「卵やパスタ麺はうちにありますし、生クリーム、ベーコン、チーズとかじゃないですかね」

 

「おっけー。……付け合せにトマトのサラダしよっか」

 

「うん、食べないからね」

 

「好き嫌いしちゃだめだよ」

 

「あれは元々観賞用の物だったんですよ、改良するなんて悪魔の所業だわ」

 

「美味しいと思うんだけどなぁ」

 

 

カルボナーラで扱う材料に、お菓子や酒類を選び、レジに並ぶ。順番が来ると、さり気なく会計を済ませてくれる比企谷君にお礼を言いつつ買ったものをレジ袋に詰めスーパーを出る。

 

時刻は既に夕方の時間なのだが、雨が未だに降り続けている。私と彼の手元にはそれぞれの傘が一本づつある。

 

だけど比企谷君の両手は荷物で空いていない。

 

……。これはチャンス。

 

 

「ほら、比企谷君。……傘に入って」

 

「自分のありますよ」

 

「両手空いてないでしょ」

 

「……」

 

 

渋々納得した比企谷君と相合傘をしながら帰路につく。

 

聞こえるのはポツポツと傘を打つ雨の音。時折彼の肩が当たる度に胸が高鳴る。

周りの喧騒は何処へやら。

 

たまに当たるくらいならと、大胆に彼にくっつく。

横顔をちらりと見たら頬が少し赤い。それはお互い様なのだろうけど。

 

 

雨はそこまで好きでは無いけど、雨の中を彼と歩くのは結構好き。

 

 

「帰ったら一緒に料理しようね」

 

「トマトはだめだからね?」

 

 

 






リクエストあったのはそのうち書きます。




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after ③ summer vacation


『同居人はひざ、時々、頭の上』を読みました。

ハル編でいっつも泣きそうになるのは自分だけかな?



 

 

 

 

 

 

ミーンミーンと蝉の鳴き声が耳障りなくらいに鳴り響く。

外はジリジリと太陽の熱が降り注ぎ、コンクリートがゆらりゆらりと陽炎を生み出し、その先の景色が揺らいで見える。

 

テレビのニュースキャスターは猛暑日が続くとかほざいていたし、日射病や熱射病がかかる人が例年より多いらしい。

 

日傘をさしているとはいえ、暑いものは暑いのだ。

 

 

「はぁ、暑い……。日焼け止め入念に塗っていてよかったかな」

 

 

仕事をお昼で終わらせて、家までの道のりを歩く。

道行く人は、こうも暑いのにそれに負けないくらいイチャつくカップルに自転車を走らせてサイクリングする学生達。

 

学生たちにとっては夏休みという期間なのだ。

 

 

「うぅ、夏休みなんてずるい。……学生の頃に戻りたい」

 

 

雪乃ちゃんの会社で副社長を任せられてるけど………人使いが荒いのだ。

私に対する態度は個人的なものを感じるわね。

 

………もう少し姉を労るとかしてほしい。

 

道脇に設置されている自動販売機の前で足を止め、飲み物を購入する。

 

 

「……炭酸飲もうかな。コーラコーラっと……比企谷君にはマッ缶でいいよね」

 

 

コイン投入口に五百円玉を投下し、ピッとお目当てのボタンを押すとガコンガコンとコーラとマッ缶が落ちてくる。

 

それらを取り出し、コーラのキャップを開けるとプシュッと音を立て、炭酸を飛ばしている。

 

一息に飲むと、口の中で冷たい玉が弾けるような感覚がやってきて、喉にパチパチとした物が突き抜ける。

 

 

「くうぅぅ……喉にきつい。でもおいしい……さて、帰るかな、お土産のマッ缶も買ったし」

 

 

コーラで喉を潤し、美容室までの道のりを歩く。

 

5分程度歩き、美容室に着くとそこにはcloseの文字が掲げられている。

今日は定休日だったね。

 

カランとドアを開けて「ただいまー」と声をかけると少し遅れて「おかえりー」と返事が返ってくる。

 

そのまま比企谷君の部屋に向かう。

 

ガチャっとドアを開けると、ひんやりとした冷気が体にまとわりつく。まるで外とこの部屋は別次元の世界かのように。

 

 

「さむっ!比企谷君、冷房効き過ぎなんだけど」

 

「男は黙って18度だ」

 

「………」

 

「やめて!窓を開けないで!冷気が逃げる!冷気ぃ!」

 

「夏だからってだらけすぎだよ。……ほら君の好きなマックスコーヒー」

 

「……うむ、いい貢物だな」

 

「あげない」

 

「ごめんなさい」

 

 

ベットの近くにある椅子に腰をかけて、しょぼくれる比企谷君にマックスコーヒーを渡すと、顔をキラキラと輝かせる。

そんな子どもっぽい仕草に顔が緩むのを我慢しつつ、小言を飛ばす。

 

 

「クーラーの温度は26℃ね」

 

「低くない?」

 

「28℃がいいの?」

 

「……マッ缶に免じてそれで構わん」

 

「なんで上からなのよ……。さて、今日は何する?」

 

「寝る」

 

「一緒に?」

 

「アホか」

 

「アホとは何よー!」

 

 

椅子から勢いよく立ち上がり、うがーと不満をぶつける。ぶつけられた本人は我関せずなのか、タオルケットの中にのそのそと潜り込んで睡眠に走ろうとする。

 

 

「………かっちーん」

 

いい度胸ね、雪ノ下陽乃をなめないでよ。

 

「そいっ!」

 

私はその場でベッドのほうに飛び、ぴょーんと盛り上がっているタオルケットにダイブする。

 

「ぐえっ!……お、重い」

 

「あーー!今重いって言った!重いって!こ、この!この!!」

 

「やめて、痛い、馬乗りでぽかぽかするな」

 

「女性は羽のように軽いんだよ」

 

「……かっるーい」

 

「ふん!」

 

「い、痛い!き、君どんだけ殴れば気が済むの?」

 

「あっつーい」

 

「お前が窓開けたせいだからね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

 

【夏祭り】

 

 

 

「次は焼きそばね!その次はたこ焼きー!」

 

「お金出すの俺なんですけどね」

 

 

人の波がどんどん増え続ける中、私は八幡の手をひっぱりながら屋台を食べ歩く。

私も彼も格好は浴衣と甚平で、祭りの中に溶け込んでいる。

 

 

時刻は既に夕暮れで、茜色の空が私達を照らしている。

 

 

祭りに来た目的は夜空に咲く花火を見るため。

 

 

今はそれまでの時間つぶし。

 

 

焼きそばの屋台に着くとそこは人でゴッタ返していた。その最後尾に付くと彼は疲れたように息を吐く。

 

 

「だらしないなー、本番はこれからだよ?」

 

「引きこもりには辛いです」

 

「たまには運動しなよ。それより花火なんて久しぶりだね」

 

「そですね。……最後に見たのは学生の頃以来かな」

 

「あぁ……、あの時ね」

 

「はは、陽乃さんも随分変わりましたね」

 

「変わらない人はいないよ。私は君と関わって変わったんだから、責任取ってよ」

 

「まぁ、とりますけど…」

 

「なら、よろしい」

 

 

焼きそばを買い、その後にたこ焼きを買うと近くにあるベンチに腰掛けた。

花火が打ち上がるまでもう少し。

周りの人々も花火を見るために良い場所を探してか、ウロチョロしているように見える。

 

 

たこ焼きを摘みながら空を見つめる。

 

 

空は段々と薄暗くなり、気温も下がってきているように感じる。

 

 

「さて、行こうか」

 

「ここで見てもいいと思いますけど」

 

「ここはお姉さんに任せなさい」

 

 

訝しげな表情を作る彼の手を取り、スタッフ達が規制している場所まで歩く。

行き先は来賓閲覧席。

ここまで来れば彼も理解したのか納得の表情作る。

 

 

「さて、もうすぐだね。緊張してきたかも」

 

「マッ缶の形の花火が打ち上がるのを期待してます」

 

「そんなのないから……」

 

「千葉なのに?」

 

「千葉関係ないでしょ」

 

 

あたりはもう既に暗くなっている。

花火が上がるのもあと数分後だろう。私は久しぶりの花火で少しそわそわしているのに彼はいつも通りに落ち着いるように見える。

 

 

彼が少し前に私は"変わった”と言ったけど、それは本当なのかな。

 

 

昔の私と今の私。

 

 

差異はあるけど本質は同じなのかもしれない、だから私は昔の私を否定しない。

 

 

昔の私があったから彼に出逢えたのだから。

 

 

「ここで八幡と花火を見るのは二回目なんだね」

 

「あの時とは状況が違いますけどね」

 

「それでも君とは二回目。……前とは違う形でまた花火を見るなんて昔の私は想像してないだろうなぁ」

 

「不満ですか?」

 

「全然」

 

「ならいいですけど。………あ、そろそろ上がりますね」

 

 

ヒューーー、ドーーーン

 

 

真っ黒な夜空に、明るい大きな花が咲く。

それは一発で終わるわけがなく、次から次へと打ち上げられ、色を変え形を変えて夜の空を彩る。

 

パチパチとなる拍手や、感嘆の声が花火の良さをさらに広げる。

 

 

彼の横顔をちらっと見ると、目は澄んでいてその瞳には花火が映っている。

 

 

不覚にもその綺麗な横顔に見蕩れてしまう。

 

 

見ていると彼も気づいたのか私の方を振り向く。

 

 

「花火、綺麗だね」

 

「ですね、偶には花火もいいもんです」

 

「また一つ思い出が出来たね」

 

「……もう一つ作りませんか?」

 

「え?」

 

 

チュッ。

 

 

それは触れ合うだけの優しいキス。

 

 

突然のことに驚いて彼の顔を見ると恥ずかしそうに顔を背けている。

 

 

触れた箇所に手を添えると、彼の唇の感覚が微かに残っている。

 

 

彼との初めてのキス。

 

 

あまりにも突然で、彼らしくない行動。

 

 

でも、とてつもなく嬉しい。

 

 

頬は徐々に熱を帯びてきて、花火の音はどこか遠くにいってしまっているような感覚に陥る。

 

 

 

「っ………、比企谷君、もう一度」

 

 

 

そして、今度は私からーー。

 

 

背景を花火が彩る思い出。

 

 

忘れられない思い出がもう一つ出来た。

 

 

 

 

 





恋人同士ならキスするかなって思って書いてみました。


誰か、八雪のssで、雪乃が病気にかかって徐々に記憶が失われていくss知りませんか?

教えてくれたら助かります。

pixivにあったと思うんですが…。


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