神を破壊する大王(男) (ノラミミ)
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涙の星

ふと思いついたネタ。
細かいことは気にしないことをおすすめします。


 荒れ果てた廃墟、抉りとられた大地、しかし、空はいつも通りに青く澄んでいて綺麗なままだ。

 

 地上にどのような災厄が巻き起ころうとも、空にはあまり関係がないのだろう。

 

 例えば、そう。

 

 アラガミなんていう異形の獣が、人間よりも気ままに地上を闊歩していようと空には関係がないのだ。

 

「ああ、この夢は……いつ覚めるのか」

 

 空を見上げて呟いた言葉は、誰に聞こえるでもなくその青さに吸い込まれていった。

 

 

 

 ――いや、訂正しよう。

 

 

 

 アラガミには聞こえていたようだ。ゴツい猿のようなアラガミ、コンゴウ。聴覚が発達しているアラガミなのだが……。

 

 ……あれ、この子ってこんな呟きが遠くから聞こえるほど耳は良くなかったよね?

 

 そんな疑問が頭をよぎったが、コンゴウには関係のないこと。咆哮をあげると同時に襲いかかってきた。

 

 振るわれる豪腕は、人の大きさなど凌駕しており、その威力も人間ではひとたまりもないものだ。それは放たれるブレス攻撃にしても同じこと。

 

 しかし、である。

 

「当たらなければどうということはない」

 

 俺はそれらの当たれば大ダメージを免れないであろう攻撃の数々を、軽やかな身のこなしで躱し、捌いていく。

 

 そう、食らうと危ないのなら当たらなければいいじゃない? ダメージなし、アラガミ破壊できる。良いこと尽くしだ。

 

 そんな脳筋思考で今日も俺は戦う。

 

 白い髪を靡かせて、赤い瞳は敵を捉える。そして振るうは軍神の剣。全てを破壊するマルスの剣である。

 

 アラガミだろうと例外ではない。

 

 飛び退りブレスを放つコンゴウに向けて走り出し、跳躍によってそれを躱すと同時に、空中で体勢を整えてコンゴウへと突きを放った。

 

 空中で更に重力によって加速を付けた一撃は、アラガミの要であるコアを完全に破壊する。

 

「ゴアアァァァァァァァッッ!!」

 

 コンゴウは絶叫をあげると地に伏した。そしてその絶叫につられてまた新たなアラガミが現れた。

 

 ――なんて迷惑な……。

 

 死に際に絶叫とか本当にやめてほしい。ただでさえ、ここら辺はアラガミが多いというのに。連戦が基本みたいな状態は全く嬉しくない。

 

 愚痴っても現実は変わりなく、仕方がないので俺はいつものようにアラガミへと駆け出した。

 

「――破壊する!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 転生だの転移だのとは、よく聞いたことがある。そういったことはあくまで物語だからいいのであって、実際に身の上になるのは御免被りたいものだ。

 

 まあ、そんな感じのことが自分に起きたからこんな話をしているんだが。

 

 何が起きたかって?

 

 ふと気がついたらアルテラ(男)になって、GOD EATERの世界にいた。一言で表すならこれだけだ。

 

 意味が分からない?それは俺のセリフだ。開口一番で何でだ!?と絶叫をあげたほどだ。そして声につられて現れたアラガミに殺されかけたほどだ。

 

 本当、何でだ……。

 

 自分に運などないことは自覚していたが、まさかそれがマイナス方向に天元突破してるだなんて誰が思うだろうか。

 

 確かにGOD EATERは好きだが、それはゲームとしてという前提に基づいたものであって、まかり間違ってもアラガミと実際に戦いたいだなんて思わない。

 

 そしてなぜアルテラ(男)になっている――!!

 

 世界線が違う!それにアルテラは女の子だ!

 

 そんな突っ込みをついつい入れてしまい、結局アラガミを呼び込んでしまった。

 

 学習しろ俺ェ……。てかアラガミいすぎィ!

 

 そんなわけでアルテラ(男)として日夜、アラガミ絶対ぶっ壊すマンとして戦っているわけなのだが……。

 

 声を大にして言いたい。

 

 

 

 ――休みをください。

 

 

 

 もう本当に休みたいでござる。

 

 毎日毎日アラガミアラガミアラガミアラガミ。

 

 やってられるかあぁぁぁぁぁぁ!!

 

 信じられるか?日没で数えるともう一週間たってるんだぜ?戦闘もサバイバルもしたことのない一般人の俺には、少々ハードなんではありませんこと?

 

 ならなんで戦えているのかって?

 

 それはほら、アルテラだから。

 

 男だし偽者だけどアルテラだからね、仕方ないね。いやふざけてないです本当です。戦闘になるとどう動けばいいのかが分かるというかなんというか。

 

 肉体の記憶、みたいなものだろうか。いやアルテラ女性だけど。まあ理由はどうあれ戦えるのだから、細かいことは気にしない。てかどうでもいい。重要なのはアラガミと戦って、かつ生き残れるということなのだから。

 

 それよりもサバイバルの方が問題なのだ。

 

 こんな終末世界では生き物が人間とアラガミぐらいしかいない。つまり――食糧がない。水は割りとどうにかなるのだが、食べ物がないのだ。

 

 取り敢えずはその辺の草とか木の実とかで飢えをしのいではいるのだが、これがとにかく美味しくない。不味い。でも食べないと生きていけないという負のジレンマ。

 

 そして美味しいものが食べたくて、段々とアラガミが美味しそうに見えてくる不思議。これが禁断症状というやつなのか……。

 

 とにかく最優先としては、泣く泣く不味くても我慢して食べている現状をどうにかしたい。美味しいものが食べたい。

 

 そして気が休まることのない日々を抜け出したい。

 

 そういうわけで、ゴッドイーターの皆さんを探しているのだが……。

 

 見つかるのはアラガミばかり。ここが極東のどこかなのは分かっているのだが、肝心の極東支部がどこにあるのかさっぱり分からない。

 

 どうして極東のどこかだと分かったのかは、最初にいた場所が愚者の空母だったからだ。エイジスが見えてましたしね、はい。

 

 それよりもゴッドイーターだ。もうずっと探してるのに全く見つからない。ここでも俺の運がマイナス方向に働いているというのか……。

 

 ……いや。そもそも探すのが間違いだったのだ。

 

 入れ違いになる可能性だってあるし、場所が分からないのに無闇に動いたら見つかるものも見つからない。どうやら自分でも気づかないうちに、冷静ではなくなっていたようだ。

 

 そうと決まれば愚者の空母でゴッドイーターが来るのを待とうか。ゲームの中のキャラクターに会えるのかもしれないと思うと、少しわくわくしてきた。

 

 

 

「グルアァァァァァァァァァ!!」

 

 うん……。戻ってきたら愚者の空母がヴァジュラファミリーに占領されていたでござる。そこにはヴァジュラ、プリティヴィ・マータ、ディアウス・ピターの核家族が我が物顔でのさばっていた。

 

 ――よし、消し飛ばす。

 

 俺の決意を早速邪魔してくれやがったアラガミなんぞ破壊では生ぬるい。八つ当たりだが塵も残らず消し飛ばしてくれる。

 

 軍神の剣を逆手に構えて空へと掲げる。果たしてこの荒廃した世界でこれが出来るのか。そう考えて今までは一度も使わなかったが、不思議と今は出来るという確信があった。

 

 宝具の真名解放。

 

 軍神の剣の、その真の力を今ここに。

 

火神現象(フレアエフェクト)。マルスとの接続開始。発射まで、二秒。軍神よ我を呪え。宙穿つは涙の星」

 

 空中に巨大な魔方陣が展開され、それに気付いたヴァジュラ達が各々反応を示す。が、もう遅い。

 

「消えろ。『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』!」

 

 神の怒りが極光として、地上の神を呑み込む。光の柱が晴れた時、そこには何物も存在していなかった。

 

 恐ろしい程の威力だが、これは結構疲れるな……。体への負荷も消耗も激しい。そう何度も連発出来るような代物ではないことを実感した。

 

 それより、一つ思ったのだが。

 

 最初からこれ使ってれば、極東支部が何かしら観測してここにゴッドイーター派遣してくれてたんじゃなかろうか。

 

 ……ははっ、まさかねぇ。

 

 笑えねえ……。もしそうなら俺のここ一週間のサバイバル生活はなんだったんだ……。

 

「この夢は……いつ覚めるのか」

 

 取り敢えず空を見上げて現実逃避した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 観測班からフェンリル極東支部へ。

 

 本日正午、愚者の空母にて正体不明の極大の光の柱を確認。現場へ急行したところ、光の柱が観測されたと思われる周辺一帯が削り取られたように消失していた。

 

 また、現場にて白い人影を見たという報告もあげられている。原因究明のため、ゴッドイーターの派遣による詳しい調査が望まれる。

 

 

 



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邂逅

 フェンリル極東支部、通称「アナグラ」。

 

 対アラガミ戦線の最前線とされるこの地では、日夜ゴッドイーター達によるアラガミとの戦いが繰り広げられている。

 

 しかし現在、アナグラは喧騒に包まれていた。

 

 いや、喧騒に包まれていたというのは少し語弊があった。騒いでいる、というより落ち着かない様子でいるのは、あの白いアラガミの少女、シオを知っている面々だけなのだから。

 

 かくいう私もその一人。

 

 というのも、昨夜に観測班の人達からあがった報告内容が原因だった。

 

 謎の光の柱、周辺一帯の消失、そして――白い人影。

 

 その人影と光の柱との関連性は分からないが、何の関係もないという可能性は低いだろうと思う。それよりも白い人影、ということが問題だった。

 

 だってそれは、どうしても月へと行ってしまったシオのことを思い起こさせてしまうから。

 

 シオではないことは理解している。彼女は私たちを守るために終末補食を連れて月へと旅だったのだから。けれど、やはり彼女と同じく白いシルエットの何者かの正体が気になるのは仕方のないことだった。

 

「やっぱさ、気になるよね……」

 

 声をあげたのは、私と同時期にゴッドイーターになったコウタだった。いつにもまして珍しく深刻そうな表情をしている。

 

「ええ、白い人影、だなんて……」

 

 続いたのは同部隊のアリサ。非常に露出の激しい格好をしているため、友達としてしっかり指摘した方がいいんじゃないかと最近すごく悩んでいる。恥ずかしくないんだろうか。

 

「…………」

 

 そして最後の一人のソーマは腕を組んで沈黙したままだ。けど少しそわそわしているように感じる。やっぱり彼も気になっているようだ。

 

 以上の三人が、私が隊長を務める第一部隊のメンバーだ。本当はあと二人、リンドウさんとサクヤさんが居るのだが、二人とも今ごろはよろしくやってる頃だからここには居ない。

 

 エイジス島での前支部長の野望を潰して、アラガミ化したリンドウさんを救出して、そして今度は謎の白い人影。

 

 相変わらず、ここはトラブルが絶えないなあとか思ってしまった。

 

「まあ、今はサカキ博士の指示を待とうよ。博士も絶対気になってるだろうし」

 

 取り敢えずそう声をかけた。我ながら正確な指摘したなと思う。あの人ならまず間違いなく気になっているだろうし、私たちを作戦に当たらせてくれるだろう。

 

「だよねー。絶対『実に興味深い』とか言ってるよ」

 

「確かに、言ってそうですね……」

 

「噂をすれば、だな」

 

 ソーマの言葉に視線を向けると、エレベーターから丁度博士が降りてきたところだった。

 

「やあ君たち、集まっているね」

 

「あ、博士。作戦決まったんですか?」

 

 率先してコウタが聞くと、博士は口許を緩める。心なしか、眼鏡がキラリと輝いた気がした。

 

「正にコウタ君の言う通り。光の柱、白い人影。この二つに関連性があるのかどうかは不明だが、ないとも言い切れない。それに白い人影だなんて、気になってしまうじゃないか。新種のアラガミなのか、それともまた別の何かか、はたまたただの一般人か。まあアラガミが闊歩する場所を普通に歩ける人を一般人と呼ぶかどうかは別としても、ふふ、実に興味深いね」

 

「うわ、言ったよ!」

 

「こら、コウタ! 本人の前ですよ!」

 

 コウタとアリサが小声で話しているようだけど、普通に聞こえてるからね二人とも? まあ博士は気にしない人だからいいけど。

 

「とまあ、前置きはこのぐらいにして本題に入ろうか。君たちにやってもらいたいのは愚者の空母、並びにその近辺の調査だ。正直、何が起こるか分からない。くれぐれも気をつけて行ってきてくれ」

 

「分っかりました!」

 

「了解しました」

 

「ああ」

 

「了解です」

 

 いよいよ、調査が始まる。とにかく、準備は怠らないようにしなくちゃ。博士の言う通り、何が起こるのか分からないし。

 

 そう言えば、この話ってエントランスでして良かったのかな?

 

 ……まあいっか。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ここに来てから8日目になった。今日も相変わらず飯が不味い。早く来てくれゴッドイーター。

 

 そして俺に、ムツミちゃんのご飯を食べさせてくれ――!!

 

 なんて叫んでみてもアラガミが来るだけなので、心の中に留めておく。学習したね、俺。

 

 本日も晴天なり。したがって、今いる高台からは周りの景色がよく見える。どこを見ても廃墟ばかりだが、これはこれで風情があっていいのではないだろうか。風も気持ちの良いことだし、昼寝でもしたいくらいだ。

 

 これでアラガミが居なければなあ……。

 

 大抵見える範囲に居るのは、中型種ばかりだが、いかんせん数が多い。要するに面倒くさい。こんなにいい天気なのに戦いですか?

 

 まあ、やるしかないんですけどね。

 

 昨日、宝具を使ってしばらくしてから人が近付いてきていたので、若干姿が見えるか見えないかぐらいで現れてあげた。結局見えてるんじゃねえか。

 

 とにかく、あの人たちが極東支部の人たちだとするなら、近いうちに偵察班か第一部隊あたりが出張ってくるだろう。

 

 エイジスが崩壊してるところから見るに、もうシオのことは知っているはず。つまり基本的に白い感じの俺を調査しにくるのは、第一部隊の可能性が高い。それも近日中に。

 

 ならば、少しでも仕事を楽にしてあげるため、近辺のアラガミを駆除するのが最も早く俺が美味しいご飯にありつく道ではなかろうか。

 

 ……なんか目的が飯ばかりになっている気がする。

 

 間違いではないか。気を取り直して、中型種の群れへと突貫を敢行。面倒とは言ったが、一網打尽にする方法がないわけではないのだ。

 

 そうだ、宝具を使おう。

 

 とは言え、流石に涙の星(ティアードロップ)の方を使うつもりはない。そもそもあれは過剰防衛の域すら超えた一撃だ。それに疲れる。そして疲れる。

 

 というわけで使用するのはFGO版の方。前方へと突き出した軍神の剣を起点として、エネルギーの奔流が螺旋状に集う。

 

 本家では命は壊さないと言っていたが、ここに壊す文明など無いに等しいので、申し訳ないが命を粉砕する。ただしアラガミ限定。

 

「その命を粉砕する。『軍神の剣(フォトン・レイ)』!」

 

 これが本当の突貫だ――――!!

 

 駆け抜けて、振り返る。生体反応なし。アラガミの殲滅を完了。周囲への被害甚大。

 

 ……仕方ないね、うん。

 

 まあ廃墟だからいくら壊しても誰も文句なんて言わないさ。大丈夫大丈夫。気にしない気にしない。

 

 ふと、遠くから何か音が聞こえた気がした。

 

 もしやゴッドイーターが来たんだろうか。期待に胸を膨らませて、俺は高台へと跳躍して登る。周りを見渡してみて、そして――見つけた。

 

 大分遠くの位置に人っぽい何かが居る。

 

 あるえ? あんな遠くの音なんて聞こえるわけなくない?

 

 疑問のままにもう一度周りを見渡すと、見つけてしまった。新たなアラガミ、ヴァジュラ君を。さっきの音はこいつのものだったのだろう。割りと近いところに来てたし。

 

 というかまたかお前。ここ好きだね。帰れ。

 

 心の中で言ってみる。当然反応してくれない。だがまあいいさ。丁度いい当て馬だ。あ、間違えた。丁度いい当てヴァジュラだ。

 

 ……なんて語呂が悪いんだ。二度と使わない。

 

 とにかくゴッドイーターの戦いを見るのには、いい感じの相手だ。精々気張ってやられてくれ。俺はここで隠れて見てるから。

 

 そのゴッドイーターの方を見てみると、急いで此方へと向かっているようだった。大方、さっき俺が使用した宝具の反応でも感じたんだろう。

 

 近づいてくるに連れて、ゴッドイーターの人相が見えてくる。コウタにアリサにソーマ。おお、お馴染みの第一部隊の面々だ。リンドウさんとサクヤさんが居ないのは……。新婚旅行……? まあいいや。

 

 それより、あのポニーテールの女の子はどなた……?

 

 え、まさかあれが神薙ユウ!? 男じゃなかったの!?

 

 衝撃の事実。神薙ユウ君じゃなくて神薙ユウちゃんだったなんて……!!

 

 色々と混乱してるが、取り敢えずは……。

 

 ポニーテール、イイね!

 

「えっ、ヴァジュラ……?」

 

「ど、どうなってるんですか?」

 

「ヒバリさん、さっきの反応は?」

 

『すみません、反応ロストしました。そこにいるのは普通種のヴァジュラだけです』

 

「とにかく、こいつを片付けるぞ!」

 

 各々が戸惑ったように声をあげるが、ソーマの一喝でヴァジュラとの交戦を開始した。

 

 というか、反応ロスト? 俺はいつの間に隠密スキルを手に入れていたんだ……! 凄いやサバイバル。伊達に息を潜めてアラガミ襲ってないね。

 

 ……いやマジでどうなってるのん? アルテラに隠密のスキルなんてない筈なんだが。反応が小さくて見失ったのかな?

 

 ――――ま、いっか。別に困らないし。

 

 それよりも戦いだ。基本的にはコウタとアリサがバレットを撃ち込んでダメージと同時に狙いを撹乱して、ユウちゃんとソーマとで近接戦闘。隙あらば捕食して神機連結解放、危なくなれば互いに名前を呼ぶだけで指示を察してサポート。

 

 なんというか、物凄く完成されている。流石は最前線の第一部隊。実力だけじゃなく、連携も凄い。

 

 そして隊長の神薙ユウちゃん。……そう言えば名前合ってるか分からないな。まあ暫定神薙ユウちゃんとするが、あの子の三次元機動は最早人間やめてるレベル。アラガミの攻撃が掠りもしない。

 

 そうして危なげなく、至って普通にヴァジュラは倒された。そういえば極東支部ってヴァジュラ一人で倒せたら一人前なんだっけ。何てこったい、当てヴァジュラにもならなかったぜ。

 

 ……しまった! 二度と使わないと決めたのに!

 

 それはともかく、これで舞台は整った。彼女らに見える位置に移動する、と、ソーマがいち早く気づいて反応した。

 

「誰だ!」

 

 流石ソーマ君信じてた。声につられるようにユウちゃん、コウタ、アリサも顔をあげる。

 

「人……?」

 

 誰からか、そんな呟きが聞こえた。

 

 ――ヤバい、ニヤけそうだ。

 

 なんかこれ凄い楽しいぞ。いやいや落ち着け。そーびーくーる。真面目にいこう、うん。

 

 けど――ちょっとくらいからかってもいいよね?

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 作戦を受けて出発してから暫く。私たちは愚者の空母が遠くに見える位置に到着していた。

 

「なんかさー、いつもよりアラガミが少ないような気がしない? てか全然居ないよね?」

 

 コウタの言う通り、いつもなら交戦はしないまでも、アラガミの1体や2体は見かけることが常だ。それがどういうわけか、今日に関しては全然見当たらない。

 

「コウタの言う通りですね。何だか、とても静かです」

 

「ああ、妙な感じがしやがるな」

 

 アリサとソーマも同意見みたいだ。皆が皆、この静けさに違和感を感じていた。目的地はもう少し。何かがあるんだろうか。

 

 その時だった。

 

 急に空気がぴりつきはじめ、空間が震えているかのような錯覚を覚えた。と同時にオペレーターのヒバリさんから通信が入る。

 

『皆さん、気を付けてください! 愚者の空母地点で大規模なエネルギー反応が発生しています!』

 

 まだ距離はある。だが、何かを感じていたのか、皆同様に臨戦態勢を取った。

 

「何かビリビリするんだけど……?」

 

「これ、不味くないですか?」

 

「…………」

 

「皆、警戒を怠らないで」

 

 声を掛け合った次の瞬間。

 

 ――ドゴオオォォォォン!!

 

 大きな爆発音のようなものが響いた。

 

「うおわっ!? 何、何の音!?」

 

「分かりませんが、落ち着いてください! こちらに被害はきていません!」

 

 アリサの言う通り、爆発音が聞こえただけでこちらにはこれといった被害はない。音が止んだ後では空気の震えも収まっていた。

 

 けど、これは……。

 

「……どうやら、本当に何かあるみてえだな」

 

「うん、皆急ごう。今なら音の原因が見つかるかもしれない」

 

 号令をかけて、駆け出す。胸中には得体の知れない不安のようなものが渦巻いていた。

 

 

 

 目的地にたどり着いた時、そこに居たのはどう見ても普通のヴァジュラ1体。辺りは色々なものが破壊されたような様子だった。

 

 けど、これをこのヴァジュラが……?

 

 ――ないない、絶対ない。

 

 そもそもアラガミなら、捕食するにしても壊す意味は特にないはずだし、やっぱり人為的に壊された跡になるのかな。

 

「えっ、ヴァジュラ……?」

 

 うん、私も思った。だって絶対違うし。

 

「ど、どうなってるんですか?」

 

 同じくアリサも戸惑った様子だ。けどこのヴァジュラ以外には特に何も見当たらないし、ヒバリさんに聞いてみようか。

 

「ヒバリさん、さっきの反応は?」

 

『すみません、反応ロストしました。そこにいるのは普通種のヴァジュラだけです』

 

 もう何処かへ行ってしまったんだろうか……? 疑問は尽きないが、ソーマの言葉で我に帰る。

 

「とにかく、こいつを片付けるぞ!」

 

 そうだった、調査するにしてもこいつは邪魔者なんだ。とにかく倒してから考えよう。

 

「皆、行くよ!」

 

「オッケー!」

 

「はい!」

 

「ああ!」

 

 私の号令を合図に、一斉にヴァジュラとの交戦を開始した。もうこの程度の相手、それも1体だけの相手なら慣れたもので、特に危なげなく討伐することができた。

 

 そうしてコアを回収して落ち着いた辺りで、ソーマが何かに反応したように顔を高台へと向ける。遅れて私も気付いた。

 

 あそこに何か居る――!!

 

「誰だ!」

 

 コウタとアリサもつられて其処に視線を向ける。逆光でよく分からないが、それはなんだか人のように見えた。

 

「人……?」

 

 思わず口から言葉がこぼれる。まさか本当に、こんな場所に人が? 人型と、しばし見つめ合う形になる。皆も警戒は解かない。

 

 すると、急に人型は高台から此方へ向けて飛び降りてきた。あの高さから落ちたら不味い! そうは思ったが、本当に人なのか判断できずに動くことはできない。そしてその心配も不要だった。

 

 その人型は、まるで重力を感じさせないかのように空中で一回転すると、軽やかに着地した。

 

 こうして同じ視点で見て、その姿がようやく分かった。

 

 それは、白髪に赤い瞳の褐色の男性だった。上半身に衣服を身に付けておらず、その肉体には白い線で不思議な紋様が描かれていた。白い七分丈のズボンの様なものを履いており、靴も白い。

 

 なるほど、確かに褐色ではあるが、白い人影と言うのもわかる。そして、右手に持つ三条の色彩の剣のようなもの。どことなく未来的な意匠を感じさせる。

 

 誰も、言葉を発することができなかった。

 

 ――その男性の存在感に圧倒されて。

 

 誰も、その男性から目を離すことができなかった。

 

 ――その男性の姿に魅せられて。

 

 どれくらい、そうしていたのだろう。時間感覚が麻痺した中、男性がおもむろにその剣の様なものを地面に突き刺したことで、皆がハッと我に帰った。

 

 それでも言葉を失った状態の中、男性が語り始めた。

 

「私は――」

 

「!」

 

 喋った! ハッキリと! シオの様に幼い子供のような感じではなく、しっかりとした理性を感じられる言葉を! 男性の言葉は続く。

 

「私は、大王である」

 

 何を言っているんだ、と一笑に伏すことができない迫力が、そこにはあった。あまりにも真に迫るその口調に、知らず惹き込まれていた。

 

「私は、破壊である。星より降りて、蹂躙を果たさんとする者である」

 

 無機質な赤い瞳が私たちを捉えて離さない。男性の言葉の意味はよく分からなかったが、蹂躙を果たさんとする者ということは、私たちの敵、ということなのだろうか。

 

 すると、男性は地面から剣を引き抜いて眉をしかめる。私たちが反射的に神機を構えたのを気にもとめず、その剣を此方へと突き付ける。

 

 と同時に、その剣から三条の光が走り、私たちの間をすり抜けていく。

 

 ――反応できなかった!!

 

 もし今の攻撃が私たちを狙ったものだったら、やられていた。攻撃されたのだと判断して男性を見ると、もう剣を構えておらず、代わりに私たちの後方を指差していた。

 

 警戒をしながら後ろを振り向くと、オウガテイルが1体倒れていた。そこでようやく気づく。先程の一撃は、反応が鈍って気づけなかった私たちを助けてくれたのだと。

 

 でも、神機でもないのにどうやって――?

 

 疑問が頭をよぎる。男性は大きくため息をつくと、困ったような顔をして笑った。

 

「すみません、冗談です」

 

「はい……?」

 

 冗談って、何が……? さっきの言葉が……?

 

 疑問ばかりで頭がプチパニック状態の中、褐色の男性は笑う。それは困ったような笑みではなく、悪戯が成功した子供のような笑顔だった。

 

「初めまして。貴方達は、人間ですか?」

 

 それが、この不思議な雰囲気の男性との初めての会話。もう正直混乱しすぎて、どんな反応をしたのか覚えていないけれど、一つだけ。

 

 彼の笑顔は、とても綺麗だった。

 

 

 

 



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人間的


 アルテラに関してはちょいちょい設定を捏造しています。




 

 フェンリル極東支部、通称「アナグラ」。

 

 対アラガミ戦線の最前線とされるこの地では、日夜ゴッドイーター達によるアラガミとの戦いが繰り広げられている。

 

 しかし現在。アナグラは喧騒に包まれていた。

 

 

 ……え? 既視感凄い? 錯覚だ。

 

 

 取り敢えず、あれからのことを話そう。

 

 あのゴッドイーター達との邂逅から。俺たちは互いに自己紹介を済ませると――ポニーテールの女の子はやはり神薙ユウだった――当然のごとく疑いの目を向けられ、質問攻めにあった。

 

 それをこの場で話すようなことではないと先送りにして、まあ事実でもあるのでそれに第一部隊の面々もしたがってくれて、全員でアナグラへと帰投していた。

 

 道中、俺の駆除行動が功を奏したのか、特にアラガミと遭遇することもなく、平和的にたどり着くことができたのは幸いと言えるだろう。

 

 まあ針のむしろ状態だったのは仕方ないが。コウタとユウちゃんがそれとなく振ってくれる話題に無難な返答を返し、アリサとソーマからの疑いの視線をスルーし。なんか疲れた。

 

 墓穴を掘ることはしなかったけども。よく他の、原作知ってるやつがテンションあがって簡単に墓穴を掘るみたいな展開を見るが、もうバカなんじゃないだろうか。

 

 気分が高揚するのは分かる。事実俺も、内心結構興奮していた。今もしてるけど。でも墓穴掘った挙げ句に「実は……」みたいな流れで、自身の境遇を話し、それがいとも簡単に受け入れられる……。

 

 

 ハッキリと言おう。

 

 

 ――んな訳あるかああぁぁぁぁっっ!!

 

 

 ねえよ!! 仮に実は僕転生者なんですう、なんて言ってみろ。怪しい奴が胡散臭い奴にグレードアップした挙げ句に、最後は信用できない奴にジョブチェンジするのは火を見るよりも確定的に明らか!!

 

 少なくとも会って間もない奴に言うことではない。その場のノリに身を任せて身を滅ぼす奴の典型的な例だな。現実舐めすぎだ。

 

 いや別に俺は転生者じゃないけど。男版アルテラとかいうよく分からないポジションだけど。厨二風に言うなら、よく理解(わか)らないポジションだけど。

 

 

 

 どうでもいい話はさておき、つまりは俺は自分の身の上話をするつもりなど更々ないということだ。実際よく分からないし、メリットも特にない。

 

 仮に話すとなれば、夢がどうとか適当なことでぼかして話すことになるだろう。

 

 少なくとも今の俺はアルテラだ。この世界を生きる素性不明、正体未明の人間かどうかも怪しい存在。それでいい。

 

 これが泡沫の夢というのであれば、夢が覚めるまで生きよう。現実というのであれば、死を迎えるまで進もう。

 

 人生は短く、一期一会だ。

 

 となれば、このよく分からないがわくわくする現状。何がどうなるのか大筋分かっていて、どうするかは自分次第。

 

 

 ――なら、甘い誘いにも乗りましょう!

 

 

 自分の心のままに、アルテラ的に言うならば、決められた物語を破壊しようか。

 

 

 まずは――

 

 ――説明、誰か変わってくれません……?

 

 

 好機の視線に晒されて、たどり着いたは支部長室。糸目の博士のその眼前。

 

 嗚呼、説明するの面倒くさい……。

 

 まあいいさ。何故なら俺は真顔で嘘がつける男。騙し騙されて魅せましょう。

 

 ……凄い詐欺師っぽい謳い文句だな。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ――アルテラ。

 

 それが、彼の名前らしい。こうしてアナグラへの道を私たちが先導して帰投するなか、それとなく彼のことを観察する。コウタが持ち前の明るさで会話してくれるお蔭で、それも容易に行えた。

 

 この短い時間での彼に対する印象は、正直よく分からないとしか言いようがない。時間が短いのは勿論だが、なんというかチグハグな感じがするのだ。

 

 敬語で話しているから育ちがしっかりしているのかとは思うが、その割りには半裸だし。色々と知らないことがあるようなのだが、その割りには教えても特に驚いた様子はないし。いや、ただ反応が薄いだけなのかもしれないけど。

 

 とにかくよく分からない。

 

 初めての時の言葉もよく分からなかった。あの時、彼の目は酷く冷めきっていたように思う。機械的な、そこに意思が介在していないような、そんな目。かと思えば、とても穏やかな笑顔を浮かべたり。

 

 ただ、悪い人ではないんだろう、というのが私の感じたアルテラという青年だった。

 

 コウタの、正直私にはあまり理解できなかったバガラリー談を熱心に聞いているし。というかコウタ、ちゃっかりバガラリー布教してるよねあれ。そんなに話したかったのか。

 

 私が話題を振れば、それもきちんと聞いて言葉を返してくれる。なんだろう、年はそう変わらなさそうなのに、雰囲気が大人だ。

 

 性格は温厚で理性的。そんなところだろうか。

 

 だから私は彼をあまり警戒しなかった。謎だらけではあっても、実際、私たちのことを助けてくれたから。

 

 ソーマは疑惑の眼差しを向けてるけど。まあ、ソーマの心配も分かる。彼が持ってる不思議な剣を警戒しているんだろう。神機でもないのにアラガミを仕留めたあの武器。確かに私も気になっている。

 

 後で話してくれるらしいけど、あれは本当に何なのだろう。分かるのは、刀身に触れたら不味い、というのが本能的に理解できることだった。

 

 アリサもソーマと同じく、彼に疑惑の視線を――?

 

 あれ? 何か少し違うような……。

 

 アリサはチラチラと、しきりにアルテラの体に視線を向けている。心なしか顔が若干赤い。――なるほど。

 

 気持ちは分かるよ、アリサ。

 

 だって凄いもんね、彼の体。無駄のない筋肉、それでいて整っていて、まさに完璧な体という言葉がピタリと当てはまる。そして、あの白い不思議な紋様が妖しさと色気とを醸し出す。

 

 

 ――端的に言って、エロい。

 

 

 そう、エロいのだ。これがマッチョだったらゴツいとなるが、アルテラはそれに当てはまらない。別に肉体美を誇るわけでもなく、ただひたすらに自然体。それがアルテラの雰囲気と相まって、色気を助長させる。

 

 プラスして時々浮かべる綺麗な笑顔。不覚にもドキリとしてしまう。だからアリサが彼の体をチラチラ見て顔を赤くする気持ちも分かる。

 

 だけどねアリサ。貴女も大概エロい格好してるからね?自覚してないんだろうか……。やっぱりちゃんと言ってあげた方がいいのかな……?

 

 そんなこんなでアナグラにたどり着く。エントランスでは、いつものようにオペレーターのヒバリさんが出迎えてくれた。実際にアルテラを見て驚いた様子だったが、そこはプロ。すぐに支部長がお待ちですと伝えると業務を再開した。

 

 だけど私は、ヒバリさんがアルテラの体をチラリと盗み見ていたところを見逃さなかった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 現在。支部長室は、重厚な空気に包まれていた。多くの疑問、多くの謎。それがアルテラから語られるのだ。すぐにでも急かして聞いてみたい衝動をグッとこらえ、流れはサカキ博士に一任することにした。

 

 一体、彼は何者なのか――?

 

「まずは挨拶からさせてもらおうか。初めまして、私はこのフェンリル極東支部の支部長を務めているペイラー・サカキだ。気軽に博士とでも呼んでくれ」

 

「それでは、サカキ博士とお呼びさせていただきます。初めまして、アルテラです。色々と聞きたいことがあるかとは思いますが、その前に一つよろしいですか?」

 

「うん、何かな?」

 

「前提として、私が話せることはそう多くはありません。これは話したくない、ということではなく、私自身も分からないことが多いからです」

 

「……それはつまり、君はどうして自分があの場所にいたのか分からない、そういうことかな」

 

「端的に言えば。付け加えるならば、自分がどういった存在で、どこで生まれて生きてきたのか、そういった自分に関するパーソナルデータが、アルテラという名前以外分かりません」

 

 それってつまり、記憶喪失というやつなのでは――?

 

 私だけじゃなく、この場にいるコウタ、アリサ、ソーマからも驚愕の気配が伝わってくる。嘘を言っているとも思えないし、サカキ博士もそう判断したみたいだ。

 

「そう、なのかい。参ったね、中々厄介な状況みたいだ。記憶喪失のようなものなのかな」

 

「記憶喪失、かどうかは分かりません。元から記憶が存在していないという可能性もありますし」

 

「……それはつまり」

 

「察しの通り、人工的に作られた(・・・・・)人間のようなものである可能性もあるということです」

 

「「「「なっ……!?」」」」

 

 声が重なった。それもそうだろう、彼の口から語られた言葉は、衝撃的に過ぎた。自分が人間じゃない可能性があるだなんて。

 

 それを彼は淡々と話す。まるで感情を感じさせないその語り口は、驚きを通り越して恐怖を覚えるものだった。

 

 サカキ博士はそれを聞いて瞑目する。博士も同じく驚いたようだ。だが、私たちとの違いは、それでも博士は冷静であったということだ。

 

「アルテラ君。君と第一部隊との会話はモニターをしていたから聞いている。そして今、こうして君と言葉を交わして、私は君が理性的な人間であると感じた。だからこそ聞くが、君が自分をそう判断する根拠は一体何かな?」

 

 確かに、博士の言う通りだ。彼が何の根拠もなければ意味もないようなことをこの場面で話すとは、どうしても考えられない。

 

「根拠はこれです」

 

 アルテラが提示した根拠、それはあの不思議な剣だった。三条の色彩を放つどこか未来的な意匠の剣。不思議なものではあるが、それがなぜ根拠になるのだろう。

 

「すみません、何か細長い棒のようなものを貸していただけませんか?」

 

 細長い棒のようなもの? 疑問に感じながらも、博士がデスクにあったペンをアルテラに渡す。けど、それでどうするというのか。

 

「この剣は、元々その辺に落ちていた木の棒でした。ですが、私がそれを武器とすると認識して持つと、例えなんであれ、この軍神の剣に変化します。見ていてください」

 

 そう言ってアルテラがペンに対して意識を集中させる。すると、ペンは三条の色彩の、あの不思議な剣に変容し、その代わりに先程まで剣だったものは、ただの木の棒になっていた。

 

 ……もう驚きすぎて声もでない。理屈も理論も全く見当もつかない。手品かなにかだと言われた方が、よっぽど納得のいく光景だった。

 

 全員が見たのを確認すると、アルテラは再び剣をペンに、木の棒を剣に変化させた。見るに、あの剣が同時に二つ在ることは出来ないみたいだ。

 

「見ての通りです。触れたものが剣に変わるだなんて、明らかにおかしい。だから人間でない可能性を示しました」

 

 また、淡々とした口調。だけどそれを話している時のアルテラは、どこか悲しそうだったように感じた。

 

 

 

「君の言い分は理解したよ、アルテラ君。確かに、こんな現象、そのメカニズムは正直見当もつかない」

 

 沈黙の中、切り出したのはやはりサカキ博士だった。そのいつも通りの表情から、感情を伺い知ることはできない。

 

「君が果たして人間か、そうでないのか。現状、それを確信づけることはできない。だから、その事は取り敢えずは置いて、君の話を聞かせてほしい」

 

「私の話、ですか……?」

 

「そうだ。君がいつからあの場所にいて、どのように今まで過ごしたのか。それなら話すことはできるだろう?」

 

「……そうですね。それであれば、そう長くもなりませんし、話すこともできます。では、面白い話ではありませんが、語らせていただきます」

 

 そうして彼は語り出す。

 

 日没の数で数えて丁度1週間前にあの場所、愚者の空母の高台にいたこと。

 

 困惑していたところをアラガミに襲われたこと。そしてそれを、手に取った木の棒を変化させた剣で討伐したこと。

 

 人を探して、あちこちを探索したこと。結局見つからずに、元の場所に戻ってきたこと。

 

 そうして、私たちに出会ったこと。

 

 それは、たった1週間の出来事というには中身の濃い内容の話だった。相変わらずの淡々とした語り口ではあったが、食事の話と朝から晩までアラガミと戦っていた話に関しては、何かやたらと力が籠っていた気がした。

 

「――私については、大方こんなところです。何か質問があればお答えしますが」

 

「アラガミを倒した、と言ったね。その剣で。だが、それはおかしいんだ。アラガミを構成するオラクル細胞は、同じオラクル細胞を用いた神機を使わなければ致命傷を与えることはできない。それが常識として通っている。普通の兵器ではアラガミは倒せない。つまり、その剣は神機か、それに相当する何かということになる。君はその剣が何かを知っているのかい?」

 

「……知っています。信じるか信じないかをお任せするような話ですが、お聞きになられますか?」

 

 何やらまた、信じられないような話をするらしい。けどこんな聞き方をされて、聞かない選択肢なんてない。全員の肯定の意思を感じたのか、アルテラは再び口を開いた。

 

「これは、軍神の剣。軍神マルスの剣です。この剣の刀身は、『あらゆる存在』を破壊し得る、らしいです」

 

「らしい?」

 

 はっ!? 思わず口を挟んでしまった!

 

 いやだって想像を遥かに超えたスケールの話だったから……。けど、話が本当なら刀身が危ないという直感は間違いじゃなかったことになる。

 

「まあ、実感としてあるわけではなくて、自分の中にある情報を話している感じですから、どうしても伝聞調になってしまうのは許してください。ですが、これは神造兵器。アラガミなどという名前だけの存在とは違って、本物の神様の剣みたいです」

 

 

 ……いや。いやいやいや。

 

 神様ノ剣ッテナニ――!?

 

 本物ノ神様ッテナニ――!?

 

 ソレヲ持ッテルアルテラッテナニモノ――!?

 

 

 思わず取り乱してしまったけど、これはもう仕方ないことだよ! というか何で当の本人は、さも自分関係ありませんみたいに苦笑してやがるの!?

 

 コウタなんてもう途中から話についていけなくなっちゃってるんだよ!? ブッ飛びすぎてて私もついていけないけど!

 

 周りを見渡してみれば、皆が皆ポカンとしていた。ソーマのそんな顔は珍しいよ。サカキ博士でさえ普段の糸目を見開いているし。

 

「ね、信じるか信じないかをお任せするような話だったでしょう?」

 

 そうだったけどさあ……。

 

 

 ……そう言えば、何か忘れているような気がするんだけど、何だろう? 報告で何かあったような……?

 

「あのー、正直、ちょっと信じられないような話ばっかりで混乱してるんだけどさ。結局、光の柱ってアルテラと何か関係あるの?」

 

 おおっ! それだよコウタ、ナイスアシスト! 光の柱の問題が全く解決されてなかったんだよ。

 

 光の柱、という単語を出した時、アルテラの肩がビクリと跳ねていた。……絶対何か知ってる。

 

というより――

 

「アルテラが原因なんじゃないの?」

 

 全員の視線がアルテラへと向けられる。フイッとあからさまに視線が逸らされた。

 

「えーっと……」

 

「サカキ博士、絶対アルテラが原因です」

 

「みたいだねえ。どうなのかなアルテラ君」

 

 視線に堪えきれなくなったのか、がっくりと肩を落とすと、自分がやったことだと白状した。証拠が見たいのなら見せることもできる、とも。

 

 

 

 それは一先ず後日となり、話題はこれからのことへと変わる。アルテラはこれからどうするのか、どのように扱われるのか。

 

「さて、それでは今後の話をしようか。まず確認しておくが、ゴッドイーターでもなく、神機を持っている訳でもない君がアラガミを討伐できるというのは、極めて特異な例だ。前例がない、と言ってもいい」

 

「ええ、そうみたいですね」

 

「だから正直、こちらとしても君の扱いには困っていてね。取り敢えずは、君の意見を聞かせてもらいたい」

 

 何もそんなハッキリ扱いに困っているなんて言わなくても、とは思ったが、サカキ博士は意味なくそうはしない。だからきっと、ある程度の信用がおけると判断したからそう言ったのだろう。それがアルテラにも伝わるとも。

 

「そうですね……。仮に他のゴッドイーターと同じように扱うとするなら、私の場合は必ず同行者が必要になります。というのも、ゴッドイーターはアラガミを討伐してそのコアを回収するようですが、私にコアの回収はできません。できるのは、ただ壊すことまでです」

 

「成る程、確かにそうだね。まあ元々、一人で作戦に向かわせるようなことはあまりないからその辺りは問題ないだろう」

 

「それ以外の場合だと、正直力にはなりません。ただ怪しい市民が一人増える結果になるだけだと思います」

 

 いや、怪しい市民ってレベルじゃないと思うけど。喉元まででかかった言葉を飲み込んだ。危ない、余計な口出しをするところだった。

 

 でも、今アルテラが言ったことって――

 

「ふむ……。ではアルテラ君、君はどうしたい(・・・・・)?」

 

「どうしたい、ですか?」

 

「そうだ。今君が言ってくれたのは、君がどうしたいかではなく、君がどうなるかだ。私は、君がどうしたいのかを聞きたい」

 

 そうだ。彼が語ったのは、こうしたらこうなるという客観的な事実だけだ。そこに彼の意思は介在していない。彼自身がどうしたいのか。私もそれを聞きたい。

 

「私がどうしたいか……。私は――」

 

 少し悩んでいるかのように瞑目するアルテラ。誰もそれを急かすことなく、沈黙が場を支配する。

 

 そしてその目を開いた時、その瞳には強い意思の光が宿っていたように感じた。

 

「……このアナグラまでの道の途中、防壁の中で生きる人々を見ました。アラガミが地上の大部分を支配しているような、そんな時代でも、それでも、彼等は生きていたんです」

 

 それは、もう先程までの淡々とした、感情を押し殺したような口調ではなかった。およそ初めて聞くその熱を帯びた言葉に、自然と惹き込まれる。

 

「私は、私に出来ることは、破壊することだけです。この体も、この剣も、その為だけの機能を有しています」

 

 なぜだろう。

 そう親しい訳でもないというのに、今の言葉はどうしても否定してあげたかった。

 

 それは違うと。それだけなんかじゃないと。

 

 だけどきっと、それは今じゃない。今私がそれを言っても、彼には届かないんだろうと、そう感じた。

 

 だから今は彼の言葉を。彼の意思を。

 

「私は、どう取り繕ったとしても戦う者です。戦うことに、破壊することに意義を、意味を見出だす、そんな存在。その行動の全ては、自分の為のものです」

 

 疑問に思っていた。彼の過ごした1週間。そこで彼は朝から晩までアラガミを見つけては討伐していたと言った。だが、それをわざわざする意味が分からなかった。

 

 だけどそれは、そういうことだったのだ。戦うことで彼は、生を実感していたのだ。

 

「ですが、あの生きる人々を見て私は、誰かの為に戦いたいと思いました。決して自由でも平等でもなく、それでも今を生きる人の為に、その為に、私は戦いたい!」

 

 その言葉が嘘だなんて、誰が思うだろう。

 

 言葉に込められた熱が、強い意思が。その純粋な願いが偽物だなんて、誰が思うだろうか。

 

 だってそれは、この部屋にいる皆の心にしっかりと響いていた。熱い実感となって胸へと届いてきたのだから。

 

「……追い出すというのなら、それも仕方のないことでしょう。自分で言うのもなんですが、私は怪しいところが多すぎる。ですが、誰かの為に戦うことは、どうか許してほしい。それが、それだけが私の望むことです」

 

 そう彼は締めくくった。

 

 部屋には、不思議な静寂がおりていた。それは決して居心地が悪いようなものではなく、むしろ逆。

 

 静かに佇む彼の意思は、確かに受け取った。後は私たちがそれに応えるだけ。

 

 もう、答えは出ていた。

 

「サカキ博士」

 

「ああ、分かっているとも」

 

 コウタ、アリサ、ソーマと顔を見合わせて、博士に声をかける。それだけで、言わんとしているその全てが伝わっていた。

 

「アルテラ君、君は自分が人間ではない可能性を言ったね。だけどね、今君はこうして私たちと言葉を交わし、心を交わした。それはつまり、分かりあうことができるということだ。君が仮に人間でないとしても、私は、私たちは、君をこのアナグラに歓迎しよう。そして一つ言っておこう。今自分の意思を伝えようと悩み、苦悩した君は、誰よりも人間らしかったと」

 

 人間かそうじゃないか、本当のところがどうなのかなんて分からないけど、それはきっと些細な問題だ。

 

 だって彼とは分かりあえる。

 そんな確信があるから。

 

 それに――

 

「ありがとう、ございます……」

 

 今こうして、顔を俯かせて声を震わせる彼が人間でないだなんて、誰が信じるのだろう。

 

 こうして、ゴッドイーターとしてではなく、協力者として、このアナグラに新たな仲間が加わった。

 

 

 

「今日から君も我々の仲間だ。だからそんなに堅苦しい言葉遣いをしなくてもいいよ、アルテラ君」

 

「それは……」

 

 一段落したとき、サカキ博士が軽い感じでアルテラに声をかけた。確かに、いつまでも敬語でその上敬称までつけられたら、ちょっとむず痒いものがある。

 

 いいの? と言わんばかりに私たちを伺うアルテラに頷きを返す。

 

「それじゃあ、少し砕けさせてもらう。あ、ですがサカキ博士に対してはきちんと敬語で話させていただきます」

 

「そうかい? ソーマ君みたいに砕けてもらっても構わないんだよ?」

 

「いえ、目上の方ですし、流石にそれは」

 

「おい、その言い方だと俺が失礼みたいだろうが」

 

 途端に談笑が始まり、穏やかな空気が流れる。ソーマも、警戒は解いてくれたみたいで安心した。

 

「そうだ。ユウ、コウタ、アリサ、ソーマ」

 

 話を切り上げてアルテラが私たちの名を呼ぶ。

 

 何だろうか急に。

 

「正式にここの一員になったから、改めて自己紹介を。俺はアルテラ。この軍神の剣にかけて、お前たちの力になることを約束する。これから、よろしく頼む」

 

 そう言って笑う彼の笑顔は、やはり見惚れてしまうほど綺麗な笑顔だった。

 

 

「ああそうだ、アルテラ君。一つ君に謝っておかなくてはならないことがあった」

 

「えっと、何でしょうか……?」

 

 解散してご飯を食べに行こう、という流れになり支部長室を出ようとしたところ、サカキ博士からそんな事を言われた。

 

 私たち、何かしてたっけ?

 

「実はここでの会話なんだが、君の扱いの辺りの下りを、放送で流していてね」

 

「え゛」

 

 そんなことしてたの!?

 

 アルテラがお前たちもグルかと言わんばかりの視線を向けてくるのに対し、それを首をブンブンと横に振ることで全力否定。

 

 流石にそれは知らなかったから!

 

「君をここに受け入れることに反対する人を押さえるためには、君の言葉を聞かせるのが一番と判断してそうしたんだが、すまなかったね」

 

「……いえ、そういう理由でしたら、構いません」

 

 理由があることに納得はしたのか、一応謝罪は受け入れていたけど……。顔がすごく苦みばしってるよアルテラ。

 

「ああ、この夢は……いつ覚めるのか」

 

 その所為か、物凄く現実逃避っぽいことを呟いていた。

 



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大切

 
 誤字報告、感想ありがとうございます。返信はしてませんがちゃんと見させていただいています。




 

 ――自分は一体何者か。

 

 それは、転移・転生等の、今の自分とは異なった状況に陥った主人公が、よく自分に対して問いかけるものとして俺の中では認識されている。

 

 以前はそんなことを欠片も考えてなどいなかっただろうにも関わらず、だ。

 

 偏見だろうって?

 

 だが現代社会に於いて、「一体自分は何者なのだ?」などと本気で考えているやつなど、重度の厨二病患者か哲学者、あるいは自覚なしという質の悪い厨二病患者くらいだろう。

 

 ……厨二病患者が2つあった気がするが、とにかくこの程度に絞れるくらいには存在しない。

 

 そしてそれは同時に、自分が何者なのかを知っている者も居ないことを示す。

 

 完全な偏見による私見だが、自分が何者かなど知っているやつは世の中に存在しない。居るとしたらそれは、人間ではないか、あるいは悟りを開いて欲望から解き放たれた覚者くらいのものだろう。

 

 

 話を戻すが、つまりは自分が何者かなどという問いには、大して意味などないということだ。

 

 勿論、そういった主人公達の問いには、現状を確認するという意味はあるだろう。また、その問いが自らの能力に関係しているというのなら、それを否定はしない。むしろ推奨する。

 

 しかし、である。

 

 それ以上を求めた場合、そこで得られるのは満たされた知識欲だけだ。

 

 例えば、転生した人が居たとする。

 

 その人が、自分が何処の誰なのかを知ろうとするのは当然のことであり、あって然るべき衝動だ。

 

 だがここで、「ではなぜ自分は転生したのか?」と考えた場合、途端に時間の無駄となる。

 

 なぜなら、それを知ったところで生きやすくなるなどのメリットがある可能性など無いに等しい。

 

 そういった問いは、自分の感情を優先したものであり、合理的に考えた場合は考えるだけ時間の無駄という結論に達する。

 

 考えてすぐに分かるのならまだしも、そうでないならば、考える時間と、それに対する報酬が釣り合わない。

 

 

 少なくとも、俺はそう考える。

 

 だからこそ自分がアルテラ(男)となり、GOD EATERの世界線にいるという、「訳がわからないよ……」な状態だとしても、何故こうなって自分は本当は何者なのかなど考えない。

 

 それを俺は時間の無駄と切って捨てる。

 

 不毛だと断じる。

 

 ――そんな事よりも遥かに大事なことがある。

 

 

 

「美味しい……君が女神様だったのか……!!」

 

 そう、美味しいご飯の方がその何万、いや何億倍も大切な事なのだ――――!!

 

 それに比べたら自分の正体など、ゴミ以下の価値もない。鼻で笑ってダストシュートしてやろう。

 

 何が自分とは、だ。ハッ、馬鹿め。

 

 そんな下らない事を考えている暇があるなら、俺は美味しいご飯を求めるね。

 

 知ってるかい?ご飯って食べなきゃ死ぬんだぜ?

 

 自分の事なんざ知らなくても死なない。死に繋がらない=優先順位は下。つまりはそういうことだ。

 

 某魔術師の女の子も言っていたが、そういう悩みは心が贅沢だからできるんだ。

 

 俺はこの美味しいご飯が食べられるなら、それ以外どうでもいいと言ってしまえるほどの単純思考だから気にしないし、気にならない。

 

 ええ、貧相な心ですが何か?

 

 1週間だけとはいえ、それこそ死に物狂いで食糧を求めた俺には分かる。美味しいは尊い、と。

 

 きっとある程度の期間、飯まずを経験したことのある猛者なら分かるはずだ。美味しいご飯のなんと尊いことか。

 

 これを知ってしまったら、もうあの頃には戻れない。戻るわけには……いかないんだっっ!!

 

 なんならずっとこのラウンジに入り浸って、ご飯を作ってくれるロリっ娘のムツミちゃんに感謝を捧げながらご飯を食べたいまである。

 

 ……食べてばっかだな。

 

 

 それはともかく現状を確認しよう。

 

 あの支部長室での一件から後、アナグラの案内をそれとなく後に回し、何はともあれ飯だ!となってラウンジに到着した。

 

 正直、クレイドルが成立していない時間軸で果たしてラウンジは、そしてムツミちゃんがいるのかは大きな不安要素だったが、支部長室に向かう前にラウンジへの扉があることは確認済み、内心大歓喜していた。

 

 だが支部長室での会話を垂れ流しにしやがったことは許していない。おのれ糸目許すまじ。勢いでなんか言っちゃったことが拡散したじゃねえか。

 

 お蔭でラウンジに来たらムツミちゃんに、格好よかったとか言われてちょっと嬉しかっ(ry じゃなくて恥ずかしかっただろうが。

 

 ……まあ、何はともあれ。

 

 ――――今日は死ぬほど飯が旨い!!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 支部長室で爆弾を落とされてから、どこかダウナーな雰囲気を纏わせていたアルテラだったが、それはラウンジに着いた途端に霧散した。

 

 最近になってできたこの部屋は、アナグラ職員達の憩いの場であると同時に、まだ幼いながらも美味しい料理を提供してくれる千倉ムツミちゃんの職場でもある。

 

「歓迎会って訳じゃないけど、飯にしようぜ」

 

 コウタのその言葉が切っ掛けだったか、彼は誰よりも早くムツミちゃんの正面の席を陣取ると、一言、静かに呟いた。

 

「ご飯を、作ってもらえないか……?」

 

 暫し呆気に取られたムツミちゃんだったが、それを笑顔に変えると、大きく頷いた。

 

「はい!腕によりをかけて作っちゃいますね!」

 

 ここで私たちも再起動を果たし、それぞれ席に座っていった。私たちとアルテラ、ムツミちゃんを加えた6人で和やかなムードでの談笑となっていたのだが、気の所為だろうか。

 

 穏やかに微笑みながら会話をするアルテラの瞳が、爛々と輝いていたように思えたのは。その瞳が「早く、早く飯をっっ!!」そう訴えていたように思えたのは。

 

 果たして、ムツミちゃんが最初に出したのはオムライスだった。その上にはケチャップで器用に「ようこそアナグラへ」と文字が描かれており、それを見たアルテラも嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 そこからは、最早彼の独壇場だった。

 

「いただきます」

 

 そう言って瞑目して手を合わせるアルテラ。そのまま停止したかのように10秒、20秒。

 

「あ、あの……?」

 

 戸惑ったように声をかけるムツミちゃん。こちらに視線を向けるが、私たちも分からない。いや本当に。何してるのアルテラ?

 

 そうして30秒経とうかという頃に彼はカッ!と目を見開くと、恐る恐るといった様子で一口目を口にした。ゆっくりと、味わうように咀嚼して、飲み込む。

 

 そして放った第一声が――

 

「美味しい……君が女神様だったのか……!!」

 

 これである。

 

「へあっ!?め、女神様?」

 

 すっとんきょうな悲鳴をあげるムツミちゃん。私たちとしても何言ってるんだコイツ……。と言いたいところだったが、そこで彼が語った1週間のことを思い出す。

 

 曰く、食べるものがなかった。

 曰く、仕方ないから草を食べた。

 曰く、木に生っているから木の実として怪しい物体を食べた。

 

 そして曰く、恐ろしく不味かった。

 

 生きるためだと自分に言い訳をして、噎せ返るような不味さも、不快な舌触りも、全て心を殺して許容した。例え謎の湿疹が出ようとも目眩が凄くて足元が覚束なくなろうとも、食べ続けた。

 

 ――だって食べなきゃ死んじゃうもの。

 

 その様なことをどこか力の籠った様子で語っていた。

 

 

 私たちの心は1つになっていたと断言できる。

 

 ――それ、毒じゃね?

 

 ――むしろ自分から死期早めてね?

 

 怖くて言えなかったけれど。

 

 ともかくそう考えれば、この過剰とも思えるほどの彼の感動のしようも、ある程度は理解できるように思える。

 

 だけどそんなに女の子を凝視してはいけません。

 失礼ですよアルテラ君。

 

 アルテラは一口目からこれであるため、作った方のムツミちゃんとしてはとても嬉しかったようで、凝視されて戸惑いながらも満面の笑顔を浮かべていた。

 

 当の本人はといえば、周りの会話も耳に入っていないのか、目尻に涙すら浮かべながら美味しい美味しいと呟きつつも凄い勢いで完食。

 

 気をよくしたムツミちゃんが更に料理を作れば、それも再び美味しいとこれまた凄い勢いで完食。

 

 この遣り取りが数度繰り返された。

 

 見ている私たちはそれを微笑ましく思いつつも、なんだか見ているだけでお腹が一杯になってしまい、あまり箸が進まなかった。

 

 それをアルテラに分けてあげたら、こちらが恐縮してしまうぐらい感謝して食べていたけれど。

 

「ご馳走さまでした」

 

 再びの瞑目と柏手。そしてそこからの10数秒に渡る沈黙。短くなったのは長くやると迷惑になると自重したからだろう。いや、それにしたって長いけど。

 

 それを終えると唐突に立ち上がり、右手を胸に添えて綺麗な所作でお辞儀をしてから、こう言ってのけた。

 

「とても美味しい料理をありがとうございます、ムツミ様」

 

 ――ムツミ様!?

 

 どう考えてもサカキ博士より扱いが上だった。

 

「ええっ!?あの、ムツミ様だなんてやめてください!普通に呼んでくださって結構ですから!」

 

「そう、ですか? ……了解した。それではムツミ。料理、美味しかった」

 

「はい!お粗末様でした!凄く美味しそうに食べてくださって、私も嬉しかったです」

 

 うん、本当に美味しそうに食べてたよ。少なくともこっちのお腹が一杯になるくらいには。

 

 

 和やかな空気。

 私たちは確かにそれを感じていた。

 

 そう、この瞬間までは。

 

 アルテラが爆弾発言をするまでは。

 

 

「そうか……。ムツミさえ良ければ、これから毎日君の作る料理が食べたい。いいだろうか?」

 

「はい!勿論でs って、え……?」

 

 

 ピシリ、と。

 

 時が、止まった。そんな音がした気がした。

 

 ――カランカラン。

 

 誰かが食器を落としたような音がした。思わず周りを見渡す。誰もが唖然とした顔でアルテラを凝視していた。

 

 当の本人は分かっていないのか、首を傾げている。

 

 そして遂に――

 

「「「えっ、ええぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」」」

 

「「何いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!?」」

 

 5人分の絶叫が、アナグラに響き渡った。

 

 

 

「ちょ、おま、おおおおまー!?」

 

「おおお落ち着いて下さい!まだ慌てるような時間じゃありません!」

 

「お前が落ち着けアリサ!フォークを振り回すんじゃねえ!」

 

「それってけ、けけけけっこ―――!?」

 

「あわわわわわわ」

 

 ラウンジは混沌とした様相を呈していた。

 

 コウタはアルテラに震える指を突き付け、アリサは焦りのあまり手に持っていたフォークを振り回し、その被害をソーマが受ける。

 

 ムツミちゃんは顔を真っ赤にして、その目はぐるぐると回る混乱の極みにあった。

 

 かくいう私も、上手く言葉が出てこないくらいに取り乱していた。

 

 だって「毎日君の作る料理が食べたい」って、それはつまり「毎朝味噌汁を作ってくれ」的なあのあれなあれってことでしょ!?

 

 こんないきなりプロポーズなの!?

 

 そういうのはもっと色々と段階を踏んで、ってそうじゃない!ムツミちゃんはまだ10歳にすらなってないんだよ!?

 

 アルテラってロリコンだったの――!?

 

 

 そんな私たちの動揺をよそに、アルテラは怪訝な目でこちらを見遣っていた。

 

 いやこれ貴方の所為だから――!!

 

 私の心の叫びを理解したのかしていないのか、怪訝な目を変えることなく、一人冷静に聞いてきた。

 

「何をそんなに騒いでいるんだお前達は」

 

 あ、これ理解してないやつだ。

 

「いやお前の所為だから!!」

 

 尤もなツッコミご苦労様ですコウタさん。

 

「だって、その、アルテラが言ったのはつまり、ムツミちゃんにプ、プ、プロ、プロポー、ってことじゃないですか!」

 

 アリサは動揺し過ぎ!プロポーズって言いたいんだろうけどプロポー、までしか言えてないから!

 

「プロポー? ……ああ、そういうことか。誤解しているようだが、そういう意味で言ったのではない。ラウンジ(ここ)に毎日料理を食べに来てもいいのかと聞いたんだ。……もしかして、ラウンジで毎日ご飯を食べると何かまずいことでもあるのか?」

 

「えあっ!?い、いやいやいや!無いです!いつでも食べに来てください!」

 

 いまだに顔の熱が引いていないムツミちゃんが、妙な反応をしながらもなんとか返した。

 

 けど、なんだそういう意味か……。

 

 紛らわしい言い方をするから勘違いしたじゃないか全く。私はしてないけど!

 

 ……ごめんなさい嘘です思いっきり誤解してました。ロリコンかと思いました。

 

 全員がホッとしたような残念なような、なんともいえない感慨を抱いた。そんな中、アルテラがじとっ、とした視線を向けてくる。

 

「な、何かな?アルテラさん?」

 

「いや……。まさか自分が、会ったばかりの女の子にプロポーズするような奴だと思われていたとはな、と思っただけだ。他意はない」

 

 他意はないならその視線やめて!?

 

 ……だが、ここで謝ってしまったら駄目だ。

 

 謝るという行為は、自分から罪を認めた事になる。だから私は謝らない!なんとしても!

 

 

 …………………………。

 

 

「ごめんなさい」

 

 うん、無理。

 

 だってアルテラの目から段々感情が消えていくのが分かっちゃうもん。普通に怖い。

 

 というかなんで私だけ……?隊長だからですかそうですか。ちくせう……。

 

「全く……。ムツミ、誤解させて済まなかった。だが、ムツミまでそういうことを知っていたとは……。おませさん、というやつだな」

 

「はひぃ!?ごめんなさい!」

 

「いや、怒っているわけじゃないんだが」

 

 顔の熱も引かず、混乱からも回復せず、おかんと比喩されたムツミちゃんが変な声をあげる子みたいになってしまっている。

 

 ちょっと可哀想だけど――可愛い。

 

 普段はおかんでも、やっぱりまだ幼い女の子なんだということを、こうして見ていると実感する。

 

 年上の半裸の青年にからかわれる幼女。

 

 あれ、こういう表現をすると物凄く危ない絵面に見えてきた。……とにかく、微笑ましく、そして珍しい場面だった。

 

「まあ、でも――」

 

 ムツミちゃんの反応を見ながら、アルテラが悪戯っぽく目を細める。展開を察した私は、テーブルの下でそっと手を合わせた。南無三。

 

「ムツミのような料理の上手な女性なら、そうなるのも吝かではないな」

 

「…………へあっ!?」

 

 どうやらまだまだムツミちゃんの顔の熱が引くことはないらしい。

 

 いっそ憎らしいほどの綺麗な笑みを浮かべるアルテラと、茹で蛸のように顔を真っ赤にするムツミちゃんとを見て、私たちは顔を見合わせる。

 

 視線を戻した時、その口許からは思わず笑いがこぼれていた。

 




 
 ムツミちゃんの口調ってこれで良かったっけ……?

 記憶が薄れているので違和感等感じるかもしれませんがお気になさらず。

 ですが「どうしても気になる」「気になってしょうがない」という方は、最終手段の魔法の呪文を唱えてください。

 即ち「これはそういう世界線」を。

 筆者のなけなしの努力のようなものを灰塵に帰する必殺の呪文です。


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未明

 

「お、来たね。初めまして、私、楠リッカ。神機の整備してるんだ。君はあんまりお世話になることはないかもだけど、とにかくよろしくね。あ、敬語とかはいいから気軽に接してくれると嬉しいな」

 

「了解した。アルテラだ、よろしく頼む。サカキ博士に言われて来たのだが、この剣を調べる、でよかったか?」

 

「うん。と言っても、その剣を貸してくれれば後はこっちで勝手に調べるから、君は休んでくれて大丈夫だよ。明日には返せると思うから」

 

「分かった。刀身には触れないよう、くれぐれも気を付けてくれ」

 

 様々な機器が並ぶ実験室のような場所。そこでは二人の人物による会話が行われていた。

 

 ……まあ、俺とリッカなんだが。

 

 ラウンジでの騒動の後、改めてアナグラを案内してもらい、それが終わるのを見計らったようなタイミングでサカキ博士からの呼び出しを受けた。

 

 第一部隊の面々は任務があるとのことで、その場でお礼を言って分かれた。 

 

 ……しかし一日に二度も任務があるとは、少しハード過ぎないか? 愚者の空母の調査の任務が早く終わったからかもしれないけど。

 

 ともあれ、第一部隊と分かれた俺は再び支部長室へ。そこで軍神の剣を調べたいから貸してくれないかという打診を受けた。確かに、神機に適合する必要なくアラガミを討伐できる剣を解析できたならば、今後に大きく貢献するだろう。そう考えて――半ば無理だろうと確信しつつも――特に問題はないと判断したため、要請を快諾した。

 

 するとリッカに話は通してあるから、今から向かってくれという、明らかにこちらが快諾するのを見越していたであろう展開の早さで現在となる。

 

 糸目ェ……。断っても絶対あの手この手で調べようとしただろあの人。

 

 そして今更ながら思うが、これで軍神の剣の解析ができてしまい、量産でもされようものなら、冗談抜きで世界が終わる。

 

 なんと、世界を終わらせるのは人類だったのか。

 

 まあ、無理だろうけど。……無理だよね? 解析とか不可能だよね? ……ヤバい、ちょっと不安になってきた。

 

「オッケー。それじゃあ、貸してもらうね」

 

「ああ、それでは俺は失礼する」

 

 だがここで空気を読まずに「やっぱ無理」とは言えずに、結局渡してしまう俺の意思の弱さよ。仕方ないね、空気は大事だからね。なにせ空気を嫁と言う人が居るくらいだからね。

 

 もしもの場合は解析データを秘密裏に破壊しよう。うん、それがいい。……この物騒な考えができるならなぜNOと言えな(ry 。

 

 その後は特に何があるわけでもなく、一通りアナグラの職員に挨拶をしてから、新人区画に割り当てられた自分の部屋へと戻った。

 

 体に疲れを感じていたわけではないが、精神的には疲労していたのか、ベッドに横になると自然と眠気が襲ってきた。

 

 素晴らしい。ベッドとはこんなに気持ちのいい物だったのか……。開発した人を表彰すべきだ。国民栄誉的なあれで。

 

 そんな思考はさておき、外ではまともに横になって寝ることもなかったので、久々の気持ちのいい感覚に身を任せ、俺のアナグラ初日は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 頬を撫でるような感覚。これは――風だろうか。部屋の中に居る筈の自分が風を感じるという違和感に目を開く。

 

 暗い。真っ暗というわけではなく、先を見通すことのできる程度の暗がり。

 

 時折、風が吹き荒び、髪を靡かせる。

 

「ここは……」

 

 知っている。この景色を、この場所を。

 

 未明の荒野。どこまで見通しても、あるのはそれだけ。とても静かで、そして――とても寂しい場所。

 

「――待っていた」

 

 声に振り向く。俺と同じく、白い髪、褐色の肌。それと――宝石のような紅い瞳。

 

アルテラ()であってアルテラ()でないアルテラ(お前)を、待っていたぞ」

 

 ――ああ、そうだ。

 

 この景色は、彼女の心象風景。あるいは精神世界。そして俺の目の前にいる彼女こそ、俺のよく知るアルテラその人なのだ。

 

「アルテラ……」

 

 なぜここに? 何の用件で? どうやって?

 

 疑問は沸々と沸いては消えていくが、それを尋ねるよりも早く彼女は言葉を続けていく。

 

「お前も、アルテラ(そう)だ。 ……理解しているな? ここが何処なのか」

 

 理解している。ここはアルテラの精神世界。そして同時に――俺の心象風景でもある。

 

「そうだ。中身が違うというのに、ここは同じだな。何もない。どこまで行ったとしても、何もありはしない。夜が明けることもない。空っぽだ」

 

 視線を明後日の方向へと向けて彼女は語る。その視線を辿っても、どこまでも続く荒野があるだけだ。誰も居なければ、何があるわけでもない。

 

 ああ、全く――。

 

 ――彼女の言う通りだ。どれだけ戦おうとも、アナグラに迎え入れられようとも、俺にはまだ、何もない。それを何よりも、この景色が証明している。

 

「だというのに、お前はなぜ戦おうとする。私のように選ぶ自由が少ないわけでもないというのに、なぜ進んで破壊を求める」

 

 ……簡単なことだ。それは、わざわざ口にだすほどのことでもないくらいに、簡単なことなんだ。それを敢えて言葉にするのなら、そう。

 

「守るためだ」

 

「守る? アルテラであるお前がか? ……お前も自分で言ったはずだ。その体は、破壊する為だけの機能を有していると。お前がアルテラである限り、望むと望まざるとに関わらず、周囲に破壊をもたらす。そしてそれは、お前の言う守るものすら巻き込むだろう。それで何を守ると言うんだ?」

 

 違う。確かに、力を振るったならば何もかもを破壊してしまえるだろう。それだけの力が、アルテラにはある。

 

 だが、何を破壊するのか。それを選ぶのは、自分だ。力の矛先をどこに向けるのかは自分次第。だからこそ、守ることができる。

 

 ――破壊することで守れるものはある。

 

 破壊は手段であって、目的ではないのだから。

 

「そのことを、お前は知っている筈だ」

 

「……矛盾しているな、どうしようもなく。破壊して守るなどと。だが……うん。そうだな。――悪くない答えだ」

 

 そこで初めて、彼女は笑った。

 

 ――ああ、やっぱり。

 

 言葉にするのも馬鹿らしいほど、彼女の笑顔は美しい。ただ、そう思った。

 

 

 

 これが、ただの俺の妄想を限りなくリアルに近づけた夢なのか、それとも夢の中の現実なのかは分からない。

 

 どちらにせよ、この夢が覚める前に彼女に言っておきたいことがある。自分の意思を固める意味でも、先程の彼女の言葉を否定する意味でも。

 

「アルテラ。お前はさっき、ここは夜が明けることはないと言ったな」

 

「ああ、そうだな」

 

「だが俺は、どれだけの時間がかかったとしても夜は明けると思う。いつか、この未明の荒野にも光が溢れるだろうと、そう思うんだ」

 

「……分かっているのか? 夜が明けるということは――」

 

「――分かっている。だけど、それでもこの何もない場所に光が射したなら、それはきっと、とても美しいものになる。……お前はもう、光を見ただろう? あの遥か遠く、そしてとても近い月の中で」

 

「……そうか。……そうだったな。お前は、全て知っているのだったな。お前の言う通り、私は知っている。あの温かくて、そして――とても輝かしいものを」

 

 月での戦い。アルテラは遊星の尖兵として戦い、その結末としての消滅を向かえる筈だった。

 

 どの過程を辿ったとしても消滅する、まさに運命と言うべき結末は、しかし一人のマスターによって覆された。

 

 マスターとしては二流、三流。存在としては半分以下の、記憶すら残っていなかった者が、彼女を救ったのだ。

 

 自分の未来を、存在を失ってしまうことを分かっていながら、それでもアルテラを想うささやかな願いのために、その全てを懸けた一人のマスター。

 

 それはなんて――なんて、尊いのだろう。

 

 分からないことばかりの中で、自分の信じたものの為に行動する。言葉にするのは簡単なことなのに、一体どれだけの人間がそれをできるだろう。

 

 結果として、そのマスターはそれを成し遂げ、薔薇の皇帝によってアルテラの消滅は回避された。

 

 

 今、目の前に居る彼女にあるのは、どの記憶なのだろうか。己のマスターと共に戦い抜いたものなのか、薔薇の皇帝の活躍によって消滅を逃れた時のものなのか、あるいはその全てなのか。

 

 何れにせよ、彼女はもう、暗い夜を待ち続けてはいないだろう。

 

 だからこそ言える。ここは、この場所は。

 

 ――俺だけのものだ。

 

 光を知らず、未だ何も己の内に残っていない、残せていない空っぽの俺だけのもの。

 

「だから、お前は戻れ。自分の信じる者達の所へ。もう、ここはお前の居るべき場所ではないのだから」

 

「……そうだな。既に目的は達した。私は戻るとしよう」

 

 背を向けて歩き去っていく彼女(アルテラ)。距離が開く毎に存在が薄れていく彼女は、その途中一度だけこちらに振り返った。

 

「お前は確かにアルテラ()と同じだが、お前はお前だ。だから――好きにするといい」

 

「――ああ」

 

 そう言って薄く微笑んだ彼女は、二度振り返ることはせず、そのまま消えていった。

 

 

 一人、荒野に残された俺は、星の明かりも見えない空を見上げる。風の音以外には何も聞こえない。

 

「本当に、何もないな」

 

 呟いて、現状に思いを馳せる。

 

 思えば、訳の分からないことばかりだ。これまで自分が居たであろう世界から、いきなりこんな終末世界に居たかと思えば、姿形も変わっている。

 

 理由は不明。確認する為の情報もなし。つまり、考えるだけ時間の無駄。そんな割りきった思考で過ごしてきた。

 

 実際、分かっていることなど、ここがどうやらGOD EATERの世界線っぽいということと、自分に戦いを行える力と思考が有るらしいことだけだ。

 

 自分の事についてはともかく、ここがまんまGOD EATERの世界だと盲信するほど俺はボケてはいない。どこかで決定的にかけ離れている可能性はある。

 

 とは言え、現状できることなどたかが知れている。直近の目標としては、信頼関係の構築と情報の収集といったところだろう。

 

 結論。

 

 ――とにかくアラガミぶっ壊す。

 

 俺のすることを一言でまとめるとこうなる。

 

 そもそも、GOD EATERにおいてプレイヤーがすることなどアラガミをぶっ飛ばす以外に無いと言っても過言ではない。

 

 戦備拡張? バレット? オマケだ。

 

 ゴチャゴチャ言ってる暇があったらアラガミ狩ってこいゴミ虫どもが。そして人類に貢献しろ。

 

 そんな感じの命令(オーダー)をこなして戦うのがゴッドイーターなのだ。やだ、凄いブラック。

 

 ……現状確認の筈が思考が逸れた。

 

 とにかく、俺はただ戦えばいいだけだ。敵のことごとくを破壊し尽くして、自分の望む結末を引き寄せる。

 

 そうすればきっと――。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ん……?」

 

 眠りから覚める。何かの思考の途中だった筈なのだが、何だっただろうか。判然としないが、心は不思議とスッキリとしていた。

 

 そう言えば、結局のところ、アルテラの言う目的とは何だったのか。その為に姿を現していたようだったが、聞きそびれてしまった。

 

 推測なら幾らかはできるが、断言はできない。

 

 だからここは、自分の都合のいいように解釈しておこう。そう、例えば――心配して様子を見に来てくれた、とか。

 

 何だかんだでアルテラは優しいので、無くはない可能性だろう。それにそう考えておけば、俺の気分が良い。わざわざ自分からモチベーションを下げるような推測はしない。

 

 それとどうして此方に干渉してこられたのかだが、これに関してはさっぱりだ。だがまあ、特別気にする必要のないことだろう。

 

 なにせ――結局は夢なのだから。

 

 身仕度を済ませると、軍神の剣の回収の為にリッカの元へと向かうことにした。正直、別に出向かずとも、その辺のものを軍神の剣にしてしまってもいいのだが、勝手にそれをするのもどうかと思うし、結果も気になるので出向くことにした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「さっぱり分からない」

 

 別に、某教授の台詞を引用したわけではない。リッカの伝えてきた解析結果を一言にまとめるとこうなるだけだ。

 

 要は、俺の不安など必要なかったというだけの話。当然と言えば当然だ。魔術のまの字もないようなこの世界で、神秘の塊を解析できるわけがない。

 

 話によると、軍神の剣が在るという事象は観測できたものの、肝心のそれ以外の部分、構造、機能、素材などは全くの不明。正しく未知の塊らしい。

 

 「お手上げだよ」と肩を竦めて軍神の剣を返してくれたリッカだが、技術者として何か刺激されたのか、どこか楽しそうな様子だった。

 

 まあ彼女の心の内など俺の預かり知らぬところなので、勝手な憶測に過ぎないのだが。

 

 

 何はともあれ、軍神の剣は返ってきたことだし、今日から改めてアラガミと戦う日々となるだろう。だがその前に。

 

「あ、お早うございますアルテラさん。今朝はどうしますか?」

 

 ――ムツミちゃんのご飯を食べなきゃ始まらないだろう?

 





 夢に整合性を求めてはいけない。だって夢だから。


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神の鞭

 

 ――鎮魂の廃寺。

 

 そこは、かつて神仏にすがる人々がひっそりと暮らしていた隠れ里。鈍い月明かりが夜を照らし、降り積もった雪が白く光を反射する。

 

 最奥に鎮座する御堂はアラガミによって喰い散らかされており、かつての面影を残すものはもうほとんど存在しない。

 

 ヒバリさんから任務を受注した俺は現在、同行者として第一部隊隊長であり、最強のゴッドイーターの呼び声高いユウちゃんと共にその場所へと赴いていた。

 

 俺の実力を把握していない中での同行者としては、最適の人材だろう。実力があり、不測の事態にも対処できる。討伐班隊長の肩書きは伊達ではないのだ。

 

 任務の目的は鎮魂の廃寺に巣食うアラガミ、極地適応型グボロ・グボロ堕天種の討伐。雪の降るこの地には、ある意味で相応しいアラガミと言える。

 

 ……まあ、それはいいんだ。

 

 敵が何であれ、俺のやるべきことは変わらないのだから。別に慢心しているわけではないし、確固たる事実として負けることはないだろう。

 

 ただ、問題が一つ。

 

 

 ――寒い。

 

 

 半裸なんだから当たり前だろうって? 全くその通りです。意地張って服を着ないで来た俺が馬鹿でした。ポーカーフェイスで誤魔化しているが、肌に突き刺さるような寒さが辛い。

 

 そもそも、俺が半裸なのを分かっていてこの場所の任務を処理させようとするのはどうなのさ? 

 

 はっ!? まさかこれが新人イビり!?

 

 ……違いますね。俺がアホなだけですね。今後は気を付けよう。もう仕方ないから、今日は体を暖める意味でも張り切って働かなくては。

 

 軍神の剣の感触を確かめながら一人、そんなことを考えていた。

 

 ……緊張感ねえな。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 初めてのアルテラとの任務。彼の話から、その実力の程は伺えてはいたが、実際のところどうなのかが分かっていないため、私が同行してその見極めをすることとなった。

 

 敵は極地適応型のグボロ・グボロ堕天種。それと同じく極地適応型のザイゴート堕天種の群れの姿も確認されているらしい。

 

 一応、大型はグボロ・グボロ堕天種の一体だけだし、難易度としてはそう高くない。私的には。もしアルテラが危なくなったとしても、フォローすれば大丈夫だろう。

 

 それより、アルテラは相変わらずの上半身裸なのだが、寒くないのだろうか。むしろ見てるこっちが寒くなる。

 

 ……もしかして着る服を持ってなかったのだろうか。十分有り得る。アナグラに来たばかりだし。そこまで気を回してあげられなかったことに、ちょっと罪悪感を感じた。

 

 一応、確認として寒くないのか聞いてみたが、「大丈夫だ、問題ない」と返された。これ明らかに大丈夫じゃない時の答えだよね。

 

 かといって、私の着てるフェンリルの制服は体格が違うから貸してあげられない。と言うより、ここで制服を脱ぎ出したら私が変態みたいだ。

 

 心の中でごめんねと謝っていると、唐突にアルテラが腕を伸ばして進行を妨げた。どうしたんだろう?

 

「アルテラ?」

 

「静かに。この先に何か、小型の群れが居る。恐らくザイゴートの堕天種だろう」

 

 真剣な声で注意を促し、目線を階段の上へと固定する彼を見て、私も気配を探る。目視できる場所に居ないことから、階段を登った曲がり角の向こうに居るのだろう。

 

 集中してみて、微かに何かの気配を感じはしたが、それが小型のアラガミであり、しかも群れを成しているなどとはこの距離からでは分からない。

 

 純粋にその技量に驚いた。気配の察知において、彼は私を上回っているのだ。伊達にアラガミと朝から晩まで戦い通してはいないということか。

 

 それに、これは戦いにおいて大きなアドバンテージになる。敵に察知されるよりも早く敵の正体と位置が分かれば、様々な対応策をとることができる。

 

 階段から目線を外して私を見るアルテラ。その瞳は、どう対応するかの判断を此方に任せていることを示していた。

 

「グボロ・グボロの気配は分かる?」

 

「……少なくとも大型の気配は感じない。小型の数は四体ほどだな」

 

 数まで分かるのか! それにグボロ・グボロが近くに居ないというのなら好都合だ。ザイゴートが呼び寄せるよりも早く仕留めればいい。できるだけ乱戦は避けたいからね。

 

 足音を殺して階段を登り、物陰からアルテラが示す方向を伺う。――居た。確かに四体、ザイゴート堕天種だ。地面に降りて捕食をしている。

 

「アルテラ、先行して欲しいんだけど……行ける?」

 

「分かった」

 

「よし、なら援護するから、合図を出したらお願い」

 

 神機を銃形態へと変化させ、タイミングを計る。

 

「――行って!」

 

 合図と同時に物陰から飛び出したアルテラが駆けていく。私もアルテラが飛び出した直後のタイミングで物陰から出て、照準を合わせる。

 

 って速っ!?

 

 私の予想していたよりも遥かに早く、まさに一呼吸の内に彼我の距離を詰めたアルテラは、そのまま油断しきっていたザイゴートを強襲し、一閃のうちに二体を沈めた。

 

 そのまま流れるように残りの二体へと攻撃を加えようとするも、仲間の断末魔で敵を察知したザイゴートはそれよりも早く空へと逃れる。驚きで少しばかり呆けてしまっていた私はそこで我に帰り、空中のザイゴートを撃ち落とそうと再び照準を合わせた。

 

「逃がさんっ!」

 

 のだが、宙に向けて振るったアルテラの剣が、あろうことか伸長して鞭のようにしなり、空中にいた二体をまとめて斬り落とした。そのまま地面へと落ちたザイゴートへ止めの一閃。

 

 瞬く間にザイゴート堕天種の群れは討伐されたのである。

 

 

 ――いやちょっと待て。

 

 

 アィェェェ!? 剣! 剣伸びたぁっ!?

 

「終わったな。ユウ、コアの回収を頼む」

 

「あ、うん」

 

 ……って違う!! 余りに自然すぎて流されてしまったじゃないか!!

 

 え、私がおかしいの? 違うよね? もしかして私の知らない間に剣が伸びるのは普通のことになってたの?

 

「あの、アルテラ?」

 

「どうした?」

 

「その、さっきその剣、伸びてたよね?」

 

「ああ、言っていなかったな。伸びるんだ」

 

 「伸びるんだ」じゃねえよ。何そのまるで納得のいかない雑な説明。いやそもそも説明にすらなってない。それただの事後報告だよ。

 

 剣が伸びたのもそうだけど、ザイゴート堕天種を一撃で仕留めた威力にも驚いた。勿論、それを扱うアルテラの技量にも。

 

 パワー、スピード、テクニック。どれをとっても普通の人間の域を越えている。それどころか、ゴッドイーターでさえ凌駕しているのではないだろうか。

 

 ――本当に、謎の多い青年だ。

 

 この分だと、剣が伸びる以外にもまだ何か私たちに言っていないことがあるような気がする。光の柱のこととか。

 

 捕食してコアを回収する傍ら、そんなことを考えていた。

 

 ふと、アルテラがすぐ近くで、というか隣で、私の神機が捕食する光景を物珍しそうに眺めていることに気付いた。そういえば、これを実際に見るのは初めてだったっけ。心なしか、目が輝いているように見える。ちょっと可愛い。

 

「これが珍しい?」

 

「ん、ああ。話に聞いてはいたが、実際に見るのは初めてだからな。今の形態が捕食形態というやつなんだろう?」

 

「そうだよ。こんな感じ」

 

 実際に捕食形態へと変化させて見せてあげる。「なるほど」と控えめなコメントをしながらも、その控えめさに反するように体をあちこちに移動させながら色々な角度で神機を観察するアルテラ。

 

 敵陣のど真ん中で何をしているんだろうと心の片隅でツッコミをいれつつ、興味津々を体で表すその姿に笑みがこぼれた。

 

「――?」

 

 暫しの間それに付き合っていると、何かに気が付いたようにアルテラが空を見上げた。グボロ・グボロの気配を感じた、というわけではないだろう。それなら空を見上げる理由にならない。

 

 だとすれば――

 

「何か……落ちてくる……!」

 

「――っ!離れて!」

 

 弾かれたように互いに逆方向に離れる。と同時に先程まで立っていた場所に氷弾が落ちてきて弾けた。

 

 やっぱりグボロ・グボロの遠隔砲撃――!!

 

 どのタイミングで気付かれた? ザイゴートは早急に片付けたから、増援を呼ぶ暇なんてなかったはず……。いや、まさか。

 

 最初に仕留めた二体は断末魔をあげたんじゃなくて、応援を呼んでいたのか――!

 

 連続で氷弾が降り注ぐ中で思考を巡らせる。初めの一発以降、アルテラに氷弾が集中していることから狙いは明らか。危なげなく回避しているので大丈夫だとは思うのだが、落ちてくる頻度が一体にしては多すぎる。

 

 その時、氷弾を回避していたアルテラの背が壁に触れて、動きが止まった。その隙を逃さないかのように空から二発の氷弾が落ちる。

 

「アルテラ!」

 

 即座にバレットを発射し、片方を撃ち落とすことに成功する。

 

 だけど、もう片方は――!?

 

「炎の(わだち)よ!」

 

 前方に回転しながら振られた剣から炎が発生し、アルテラに着弾せんとしていた氷弾を四散させる。振るった剣の軌跡が、赤く煌めいた。

 

 ……ツッコまないよ、うん。

 

 炎くらいでるよね。私も炎だせるし。バレットで。

 

「ユウ、北だ!」

 

「――! アルテラはそっちの階段を登って! 御堂で合流しよう!」

 

「了解した!」

 

 一瞬「何が?」と思ってしまったが、この流れだと敵の位置以外に有り得ないだろう。どうやら撃ち込まれながらも敵の方向を見切っていたらしい。

 

 こっちは君の滅茶苦茶っぷりに驚いてばかりだっていうのに余裕あるなこのヤロ――!!

 

 若干の八つ当たりをしながら、アルテラに遅れないように全速力で御堂へと駆ける。断続的に地鳴りのような音が響いてくることから、あっちは狙われ続けているらしい。あのスピードなら大丈夫だろうけど。

 

 階段を駆け上がり、御堂までの道を踏破する。御堂へと至る階段の前で丁度反対から来たアルテラと合流し、視線を交わして御堂まで並んで進む。

 

 果たして、私の疑問を解消するように、御堂に居たのは二体のグボロ・グボロ堕天種。道理で落ちてくる氷弾がやたら多いと思った。

 

 咆哮をあげる二体を前に、神機を構える。しかし、私が駆けようとするのを遮るようにアルテラが前に出た。

 

「アルテラ? 何を――」

 

「元々、この任務は俺の実力を計るのが目的だろう。だからお前は下がっていろ」

 

「え、けど……」

 

「それに――」

 

 飛び掛かってこようとするグボロ・グボロ達を、鞭のように伸ばして振るった一閃で牽制する。二体を見据えるその瞳は、アナグラという日常の中では見せることのなかった、鋭く、威圧感を伴ったもの。

 

 戦士、という言葉が頭に浮かんだ。

 

 彼が以前言っていた。自分は戦う者だ、と。だからそんな言葉が浮かんだのかもしれない。

 

 敵と戦い、そして勝利する者。

 

 剣を構えるアルテラの姿からはそれを感じた。 ……不安はある。それは彼を信じていないということではなく、戦いでは些細な切っ掛けで命を落とすことを知っているから。

 

 だけど私は、任せることにした。

 

「対軍戦は得意分野だ」

 

 そう言って不敵に笑う彼の横顔が、どうしたって頼りになると感じてしまったから。

 

 ……軍って何というツッコミはおいといて。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 カチリ、と自分の中でスイッチが切り替わる。

 

 必要とするのは、ただ眼前の敵を討ち滅ぼす為だけの情報。

 

 感情を殺せ。機械のように正確に、一縷の誤りもなく身体を稼働させろ。

 

 

 意識の全ては――破壊の為に。

 

 

「グアァァァァァァァ!!」

 

 堪えきれなくなった右方の一体が、その巨体を浮かせて飛び掛かってくる。

 

 それに向けて駆け出し、自分に当たる寸前に地面との間に身体を滑り込ませるのと同時に軍神の剣を突き立て、すれ違う勢いのままにグボロ・グボロの細胞を切り裂いていく。

 

「ガアァァァアアア!?」

 

 咆哮とは別種の絶叫をあげるのを背後で聞きながら、もう一体の個体へと駆ける。

 

 溜めの動作――ブレスか。

 

 躱しても問題はないが、流れ弾がユウの方向に行ってしまうのは避けたい。

 

 ならば――!

 

 走りながら、軍神の剣を前方に突き出す。刀身が発光し、回転を始める。そして、小規模ながら刀身を起点に、螺旋状に魔力の奔流が集う。

 

「『軍神の剣(フォトン・レイ)』」

 

 真名を解放し、出力を押さえた『軍神の剣(フォトン・レイ)』を発動。グボロ・グボロの口内から発射された氷弾の三連射を全て砕け散らせ、それでもなお勢いを殺されていない宝具の一撃を以てグボロ・グボロの肉体を構成するオラクル細胞を蹂躙し尽くす。

 

「――――!?」

 

 背後から響く形容し難い悲鳴と、倒れ伏す音。

 

 ――先ずは一体。

 

 落ち着き払った思考で事務的にその事実を処理する。

 

 安堵することもなく残りの一体に意識を向ければ、傷つけられたことに怒りを感じたのか、口から白い息を吐き出していた。

 

 オラクル細胞の活性化。

 

 だが、それが何だというのか。

 

 

 力が上昇する。速さが増す。それだけだ。

 

 所詮は獣の悪足掻きのようなもの。気に留める必要性すら感じない。

 

 どれだけの強力な一撃だろうと、当たらなければ意味はない。そして、少なくともこのアラガミには、そのための能力が決定的に欠落している。

 

 攻撃は単調かつ力任せ。速度があるわけでもなければ、それを補うための知能もない。加えて致命的な大きな隙がある。

 

 グボロ・グボロというアラガミは、余りに脆い。

 

 

 此方の攻撃後の隙を狙ったかのような氷弾を、倒れ伏したグボロ・グボロを盾にすることで防ぐ。

 

 砲撃が止んだタイミングでその陰から飛び出し、最短の直線距離を全速力で潰す。

 

 小細工など不要。

 

 最速かつ最適な一撃を叩き込む――!!

 

 見据えた敵の瞳に、恐れが浮かんだ。

 

 ……ああ、もう勝負は決した。獣が恐れを抱いてしまったなら、あるのは死だけだ。

 

 軍神の剣を振るう。グボロ・グボロも、その生存本能故か、恐れを押さえ込んで大顎を開いて噛みつかんと突っ込んでくる。

 

 交錯は一瞬。

 

 三条の光が閃き、蒼と交差する。

 

 互いの距離が開いた時、沈んだのはグボロ・グボロだった。

 

 残心を終えて、構えを解く。

 

「――! アルテラ!」

 

 その時、ユウの焦ったような声が届いた。

 

 否、実際、焦っているのだろう。倒したと思ったアラガミが、再び此方を狙って動いたのだから。

 

 声より先に気付いていた為、自分に焦りはない。ただ、呆れた溜め息が溢れてしまったのは仕方がないだろう。

 

 仕留めきれなかったのは、こちらの技量不足だっただけの話だ。それはいい。

 

 だが、ここで立ち上がることは、違う。

 

 死に際まで立ち向かう。そう言えば聞こえはいいが、少なくとも今この場面において、それは全くの無駄だ。

 

 その行為に、感嘆も称賛も感じない。

 

 死に瀕して恐れを克服するくらいなら、初めから恐怖など感じるべきではなかった。それならば、勇敢という言葉で済ませられた。

 

 だが、これは違う。言うなれば、そう。

 

 只々(ただただ)――

 

「見苦しい!」

 

 振り返り様に神の鞭として振るった一閃が、最期の攻撃を許すことなくその命を散らせる。断末魔もあがらない、静かな終わり。

 

「対象の破壊を完了。任務の達成を確認」

 

 深々とした御堂の静けさの中に、感情の籠っていない自分の声だけが響いた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 圧倒的。その言葉が相応しい戦いだった。

 

 否、あれは戦いというよりも、蹂躙。アルテラとグボロ・グボロとの間には隔絶された力の差を感じた。

 

 動きは軽やかに、振るう一撃は力強く。

 

 無駄のない正確な動作で攻撃を掻い潜り、剣を振るえば確実に敵の命を削る。

 

 その度に躍動する肉体が、閃いて軌跡を描く流星のような三条の光が、私の目を惹き付けて離さなかった。

 

 ああ、正直に言おう。

 

 私は、完全無欠にアルテラに魅せられて、見惚れていたのだと。

 

 その戦う様が、美しいと感じたと。

 

「そちらに被害はないか、ユウ?」

 

 戦闘中の冷たい気配はすっかり霧散し、温かな心地を感じさせる声でアルテラが歩み寄る。

 

 その言葉で気付いた。彼はどうやら、私に攻撃が届かないよう気遣いながら戦っていたらしい。その余裕が憎たらしく、同時に頼もしく感じる。

 

「う、うん。大丈夫だよ」

 

 ――? 何故か言葉に詰まってしまう自分に疑問を抱く。何だろう、何か、変だ。

 

「そうか……。なら良かった」

 

「――――」

 

 安堵したように小さく微笑むアルテラ。その笑顔が、私の変調を加速させる。

 

 ――ああ、まずい。

 

 何がどうまずいのかはよく分からないけれど、とにかく何かまずいような気がする。咄嗟に顔から視線を逸らす。

 

「か、帰ろう! うん、それがいい!」

 

「――? まあ、そうだな」

 

 訝しむような気配を後ろから感じながら、気持ち足早に帰路につく。アルテラに関して、今日だけでツッコみたいことは多々できたが、今はいいと思えた。

 

 だって、それよりもこの、いつもよりも速く聞こえてくる鼓動の音をどうにかしたかったから。

 

 ――明日からは訓練もっと頑張ろう。

 

 そんな風に心音のことから思考を逸らしながら、アナグラまで一緒に帰っていった。

 

 

 その後、コアの回収を忘れて怒られた。おのれアルテラ……。

 

 ……完全に八つ当たりですね、分かります。

 

 

 



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アーカイブ

 ※これは話の進まない、ただの悪ふざけ話です。


 

 ――アルテラ。

 

 先日フラりと現れた褐色の青年。年齢不詳、詳しい素性も不明。

 

 何故だか上半身に服を身に纏っていない半裸スタイル。その上半身には謎の紋様の白い線が奔っている。

 

 ゴッドイーターではないというのに、不思議な三条の光彩を放つ「軍神の剣」とやらでアラガミを討伐できる異例中の異例。

 

 世界の常識に正面から喧嘩を売っているような存在だが、それも思わず納得できてしまうほどに彼の戦闘能力は逸脱している。それこそ、熟練のゴッドイーター達を凌ぐほどに。

 

 それが証明されたのは、討伐班と称される第一部隊隊長、神薙ユウと共に当たった任務でのこと。

 

 討伐対象のグボロ・グボロ堕天種が2体居るというイレギュラーな事態の中、確認されていたザイゴート堕天種の群れも含めて、その全てを一人で討伐。

 

 それを報告したのが神薙ユウということも相まって、彼を疑っていた者も、その疑惑が彼に対する興味へと移り変わりつつある。

 

 特に、彼と共に任務を行った者達の間では、彼に対する信頼は高い。冷静な思考と的確な状況判断。加えて彼自身の卓越した戦闘能力。絶対数が少ないこともあるが、彼と共に出撃したゴッドイーターの生還率は10割。それも怪我ひとつなく、だ。

 

 そう遠くない内に、彼の信用は不動のものとなるのではないだろうか。

 

 普段ではラウンジに入り浸り、千倉ムツミと談笑する姿が見受けられている。また、度々外部居住区へと向かっては、そこに暮らす人々との交流を行っているようだ。

 

 任務で得た報奨金の半分以上を孤児院等への寄付に当てていることから、彼の人格者としての面も伺える。

 

 以上より、今後の活躍が期待される。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「何だ……これは……?」

 

 ある日のこと。今日も任務を受けようとヒバリさんの元へと向かった。結果、上記のような内容が書かれた付箋を貼り付けた紙を渡された。

 

 ……説明プリーズ。

 

 視線でヒバリさんに疑問の意思を訴える。真の英雄は目で殺す――!! ではなく目で伝える。

 正確に意図が伝わったようで、ヒバリさんの説明がなされた。以心伝心だよ、やったね。

 

「実は、ターミナルのアーカイブにアルテラさんの情報を載せることに決まったので、その為の情報を持ち寄って戴いたんです」

 

「それで、これは……?」

 

「載せるにあたって、本人に確認をしていただきたいんです。何か問題があるようでしたら、ご指摘ください」

 

「なるほど……」

 

 つまり誰かが情報を売った、と。

 

 何てことだ。個人情報駄々漏れじゃないか。一部の人達がざわついてしまう。今にもプライバシーの侵害だ! と叫ぶヒステリックボイスが聞こえてきそうだ。

 

 この場合、犯人を吊し上げて人生没落コースに追い込まなくては筋違いの怒りの炎は収まらないのだ。人間って怖い。

 

 それはさておき、犯人はお仕置きだな。

 

 誰だ一体。

 

「これは、誰が持ってきたんだ?」

 

「ユウさんですけれど、それがどうかしましたか?」

 

「いや……」

 

 ギルティ。見つけ次第お仕置きだ。

 

 相手がユウちゃんであるなら遠慮はしない。初めての任務以降、結構仲良くなってるからな。多分。

 

 

 さて、問題があるか、だったか。

 

 

 ――大有りだ。

 

 

 何だこの異常に美化した評価は。どこのスーパーマンの話なの? 俺? 違います。別人です。

 

 まあ、信用がどうたらの下りまでは、俺の主観は関係ないだろうから許容する。ラウンジに入り浸っているのも事実だ。アーカイブに載せるのはどうかとは思うが、別にいいだろう。

 

 だが外部居住区、テメーは駄目だ。

 

 それと寄付、テメーも駄目だ。

 

 事実と違う。断じて違う。何、他人から見るとそう見えるの? 美化フィルターどうなってるんだ。即刻修理しろ。

 

 

 まず外部居住区の人々と交流してる、だったか。全く違うとまでは言わないが、別に俺が進んで交流しに行っているわけではない。

 

 そう、あれは任務の為に防壁の外へ出ようとした時のことだ。やたらとガタイのいい大工のようなおっさんにいきなり腕を掴まれ、戸惑う俺におっさんが言ったのだ。

 

「バカ野郎! 命は大事にしやがれ!」

 

 どうやら、ゴッドイーターの腕輪を着けていない俺を、自殺するために外に出ていこうとする奴だと勘違いしたらしい。

 

 ――良かった、良い男とか言われなくて。

 

 おっさんには悪いが、真っ先にその感想が浮かんだ。その後、弁解する言葉を適当に聞き流したおっさんに連れ回され、何故か仕事を手伝わされた。

 

 何でも、考える暇もないくらい忙しければ、そんなことする気も起きないだろうとのこと。

 

 いや、元々自殺する気ないんだが。

 

 しかし、おっさんには通用しない!

 

 そんなこんなで、おっさんの部下達と物資を運搬したり、防壁の補強をしたりで日が暮れてしまい、結局任務には行けなかった。

 どうやらおっさんはおっさんでも、おっさんカーストの上位に位置する親方という名の称号を手にしたおっさんだったらしい。

 

 ……何だおっさんカーストって。

 

 ともかく、それ以降、おっさん含めた部下の野郎共に見つかる度に絡まれて、仕事を手伝わされる羽目になっている。

 

 無視すればいいって思うだろう?

 

 だがしかし、おっさんに死角はなかった。1週間経っても見かけなければ、即座に防壁の外まで探しに行ってやらあ! という有難い脅し文句を言われてしまったのである。

 

 会ったばっかの半裸の男に命懸けんなよとは思ったが、気遣いはありがたいと感じたし、流石にそんな自殺行為をされるのをみすみす放っておけるほど腐っていない。

 

 結果、週一のバイト戦士の枠に収まった。

 

 いや、うん。何でこうなった……。

 

 つまり交流しているのではなく、おっさん共に絡まれてバイトさせられているというのが正しい。

 

 だがまあ、バイトの後にはタダ飯にありつけるので別段文句はない。男ばかりでむさ苦しいくらいのものだ。さすが俺、安上がりな男だぜ。

 

 とは言うものの、この間違いを指摘するのか? おっさんに絡まれているんだって?

 

 いやなんかヤダ。こう、尊厳的なものが損なわれるような気がする。誰が進んでおっさんに絡まれてるだなんてカミングアウトしたがると言うんだ。

 

 よし、スルーだ。知らなくていいことって世の中沢山あるからね。是非もないネ!

 

 

 さて、孤児院等への寄付の件だが……。

 

 これは完全に原因はヒバリさんだ。チラリと様子を伺うと、首を傾げて、何ですか? と言わんばかりの態度を示す。変わらぬ営業スマイルときょとんとした顔は可愛いが、俺は騙されないぞ。

 

 寄付金を援助することになった切っ掛けは、ヒバリさんの「実は……」から始まる子供達の現状のトーク。そして此方への流し目。

 

 ここまで話したんだから当然報奨金の寄付するんだよな? あ? と語っているように俺には感じられた。何か、プレッシャーを感じたのだ。

 

 情報収集のために質問していたことが裏目に出てしまったことを後悔しつつ、ここでこの話を切り上げて何事もなかった風に出来るほどの鋼のメンタルを持ち合わせていない俺は、「なら任務の報奨金から寄付をさせてもらえないか?」と聞いた。聞いて、しまった。

 

 ヒバリさんは驚いた様子で、念を押すように本当によろしいんですか、と再度聞き直してきたのだが、その時は妙な義憤に駆られていたせいか、それを肯定。

 

 では任務の報奨金の内、どれくらいの金額を寄付するのかという話になったのだが、正直、普通はどれくらい寄付するものなのか知らない。

 

 2割3割くらいだろうかと考えてヒバリさんに伝えたのだが、伝え方が問題だった。

 

「なら8割くらい(残す感じ)で頼む」

 

「は、8割ですか!?」

 

「すまない、少なかっただろうか」

 

「そんな、多すぎるくらいです! でも、本当によろしいんですか?」

 

「構わない」

 

 お分かりだろうか。問題に気が付いたのは、次の任務を終えて報奨金を確認した時のことだった。寄付の分を引いているのだから、提示額より少ないのは当然だが、少なすぎた。

 

 なにせ――8割減っている。

 

 つまり、ヒバリさん視点から見れば、俺の言葉はこうなっていたということだ。

 

「なら8割くらい(寄付する感じで)頼む」

 

 分かる分かるスッゴい分かる。俺の言い方が問題だったって、はい。

 

 敢えて言わせてもらうのならば、「俺は悪くねえっ!」だろうか。それとも『僕は悪くない』だろうか。

 

 何にせよ、結局のところ、別に報奨金が少なかろうが俺としては不便を感じたことはない。つまり、大丈夫だ問題ない、ということだ。

 

 足りないのなら任務を数こなせばいいだけの話。そもそも初めは金など無価値の状態からのスタートだったのだ。2割でも多いくらいと言える。

 

 まあ、金の使い道なんて、飯にありつく以外ほぼほぼありはしないのだから、当然と言えば当然と言える。神機に使う分の金がかからないのだ。軍神の剣様様である。

 

 

 ……こうして考えてみると、別に指摘すること無いな。過度な期待をかけられるのは願い下げだが、客観的な事実としては間違いではないし。少々美化し過ぎだとは思うが。

 

 つまりは、あれだ。

 

 俺が言うべき言葉は――これしかない。

 

 

「大丈夫だ、問題ない」

 

「分かりました。では正式な文章に変換してからアーカイブに追加させていただきますね」

 

 

 ……くたばれ神様。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 神はいない。

 

 正確に言うのならば、人間に都合の良い神様なんていない。

 

 とある破戒僧も言っていた。神は人のことなど見てはいないと。

 

 この理論でいくと、神様のミスで死んだ人が転生するというよくあるパターンが全て否定されることになる。なぜなら、神にとって人間など居ても居なくてもどっちでも変わらない、その程度の存在なのだから。

 

 仮に神のミスか何かしらで人が死のうと、まあいっか、で済むだろう。いや、気にも留めはしないだろう。

 

 人間なんていくら滅ぼしても、勝手にぽこぽこその辺から生えてくる、もぐら叩きのもぐら、路傍の石ころ、その辺りの認識ではないだろうか。

 

 まあ仮にこの理論でいくとしても、神のミスで死んだ人が転生するというよくあるパターンを、良い感じに納得させる答えはある。

 

 

 簡単だ。

 

 つまりそいつらは全て――自称神だ。

 

 

 ……何てことだろうか。あの、ライトな小説ではよくあるパターンに登場する神の、その全てが、自称神だなんて。

 

 自称ほど世の中で信用ならない言葉があるだろうか。

 

 自称メディアクリエイター、自称イラストレーター、自称ゴッドイーター。

 

 自称と付けるだけで、全てが嘘臭く思える。しかも自称の後が片仮名だと、なお嘘臭さが増大する。

 

 

 ――衝撃、衝撃である。

 

 

 ライトなノベルのテンプレートの神の前提を全て覆す、圧倒的衝撃――!!

 

 もうこれは人間が生まれながらにしてニートというのと同じくらいの衝撃と言っても過言ではない――!!

 

 

 ……いや、やっぱニートの方が衝撃だわ。

 

 

 とにかく、神はいないのだ。

 

 いるのだとしたら、この胸に燻る様々な不平不満をぶちまけて、ついでに『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』をぶちかましたいところではあるが、いないものには意味がない。

 

 つまり、である。

 

 やたら美化された人物像をアーカイブに掲載されたことに対する、妙な気恥ずかしさやら何やらをぶつけるのは(八つ当たりとも言う)、人しかいない。

 

 それも、情報を流した人。

 

「ユウ」

 

「ん? アルテラ? どうしたの?」

 

「お前を探していたんだ。お前と、少しO・HA・NA・SIがしたくてな」

 

「え、わ、私と? いいけど、急にどうしたの?」

 

 特徴的な黒いポニーテールを揺らし、どこか照れたかのようにはにかみながら対応する、その様を見て。俺は、バレないように口角をつりあげた。

 

 ――お仕置きだ。馬の尻尾娘。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 「少し待っていてくれ」と言い残し、何処かへと消えたアルテラを、椅子に座って待つこと数分。戻ってきたアルテラは、何故かロープを肩にかけていた。

 

「あの、それ、何……?」

 

 何か嫌な予感を感じた私は、椅子から立ち上がり、アルテラから距離をとる。それを逃さぬとばかりに無言のまま、薄っすらと笑みを浮かべながら追い詰めてくるアルテラ。

 

 ――な、なんか怖い!!

 

 じりじりと後退しながら、逃げる隙を伺う。状況は絶望的だ。なにせ、私が下がった先は、廊下の行き止まり。壁しかない。どうにかアルテラを抜けて脱出するしか道はない。

 

 だが、抜けられるのか? アルテラを?

 

 ネガティブな考えが浮かび、それを必死に否定しながら隙を伺うことをやめない。まだ、諦めるには早いはずだ。なんとか、なんとか手立てを――!

 

 しかし、現実は無情だ。思考に気をとられ、壁との残り距離を測り損ねた私に、勝機はなかった。

 

「――あ」

 

 背が壁に触れる。その瞬間、一気に距離を詰めたアルテラが両手を伸ばし、私を逃さないようにと左肘と右手で逃げ道を塞ぐ。

 

 ってこれ壁ドンだ――!?

 

 近い近い近い!? 顔とか体とか近いから!?

 

 なんか吐息が耳にかかってくすぐったいし、アルテラの体エロいし!

 

 恥ずかしさで顔に熱が集まる中、アルテラは私の耳元に顔を寄せると、一言、呟いた。

 

「ユウ……」

 

「――!?」

 

 ぞっとするほどの色っぽい声に、体が痺れてしまったかのような感覚に襲われる。心臓が激しく脈を打ち、吐息が荒くなることを自覚する。

 

 こんな、こんないきなりなの……? 私、そういうのはまだ心の準備が――! ああ、でもそんな嫌じゃないとか思っちゃってる私――!

 

 変な気分になり、思考が飛躍する。

 

 それを、アルテラはぶった切った。なんの遠慮もなく、なんの配慮もなく。

 

「お仕置きだ」

 

「――へ?」

 

 急速に冷えていく頭。今の言葉の意味するところを私が解するよりも前に、アルテラは行動を起こす。

 

 それは、まさに迅速。目にも止まらぬ神業。

 

 あっと言う暇もなく、私は両手両足をロープで縛られ、正座の姿勢で固定するように身体中もロープで縛られた。

 

 とどめに、頭から、何かプラカードのようなものをかけられる。首を伸ばして見てみると、そこには「私は縛られて興奮するド変態です。邪魔しないでください」との文字が。

 

「な、何これえええええ!?」

 

「言っただろう。お仕置きだ」

 

「何!? 何の!? 私、何かした!?」

 

「自分の胸に聞くんだな、ド変態」

 

「違うよ!?」

 

 私の叫びも空しく、アルテラには届かない。一体私が何をしたと!? 全く心当たりがないのに! 

 

「まあ、うん……。誰かが気付いて助けてくれる、と、いいな……」

 

「今助けて!? 自信無さそうに言われると不安になるから!!」

 

「よしよし」

 

「――あ、う、うぇへへ」

 

 私の叫びを無視して、あやすように頭を撫でてくるアルテラ。あ、なんか気持ちいい。手つきが優しくて――って違うだろ私ぃ!!

 

 何ちょっと喜んでんだ!! 

 

 これじゃ縛られて頭撫でられて喜んでる本当の変態みたいじゃないか!!

 

 私は変態じゃない!!

 

 

 結局、一頻り私の頭を撫でた後、アルテラは私を助けることなく置き去りにして去っていった。

 

 ……酷すぎる。なんて理不尽だ。

 

 アリサが気付いて助けてくれるまで、暫くそのままだったことは言うまでもない。凄い引き気味だったけど。

 

 



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服飾装甲・上

 

 衣服とは、一体何のために身に着けるものなのだろうか。

 

 素肌を隠すためだろうか、あるいは皮膚を防御するためだろうか。

 

 誤解のないよう言っておくが、別に俺が裸族万歳主義者なわけでは断じてない。仮に他の人が来ないことが確約された部屋に居るとしても、裸になるような趣向は持ち合わせていない。

 

 そもそも、夏場はまだしも、それ以外の時節において裸というのは、普通に寒くないだろうか。あれか、その趣向を貫くために、文明の利器を惜し気もなく使用すればいいという考えだろうか。

 

 全くこれだからブルジョア共は。冬場だろうと電気代の節約のために、衣服を着込んで毛布を被るだけで寒さをしのぐ者の気持ちになるべきだ。破産してホームレスになればいい。滅べブルジョアジー。

 

 ……話が逸れた。

 

 何故衣服を着るのか。極論で言えば、そういう時代だからだ。全裸で闊歩する人間は変態かつ犯罪者。その認識で通っているし、実際捕まる。

 

 服を着るという文化が生み出され、それが当然となり、裸が恥ずかしいという認知が浸透する。そういった過去からの積み重ねが、今の服を着る文明と結び付いているのだと言える。

 

 どうしても全裸で暮らしたいのなら、紀元前あたりにタイムスリップする装置でも開発するがいい。跳べ、裸族!

 

 とは言え、捕まるから仕方なく服を着ている、などと考えている者は少数派だろう。今となってはお洒落、いわゆる娯楽としての意味合いが強い。

 

 では、お洒落とは何ぞ? 

 

 その問いには全身全霊、自信を持って御答えしよう。

 

 

 ――知るか、ヴォケ。

 

 

 そんなものは人それぞれだ。人の好みは千差万別と言う。例え他の誰が見たとしても、ゴミをモチーフとした前衛的なファッションに見える服装だとしても、本人がお洒落な格好だと認識する限りにおいて、それはお洒落となるのである。

 

 ……だが、何事にも限度というものはある。

 

 例えば。そう、例えば。あくまで仮の話ではあるのだが、やたらと露出の激しい格好の女性が居たとしたら、その人には露出癖があるのだと思われたとしても、仕方のないことではないだろうか。

 

 いや、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。あくまで仮の話だ。

 

 ここで問題なのは、そんな露出の激しい格好の女性が知り合い、尚且つ、その人自身はどう考えても露出癖のあるような人物ではないと思われる場合だ。

 

 この条件の場合、やはり誰かが指摘するべきなのだろうか。それとも、眼福だぜ! と敢えて指摘することなく、男としての欲望に従うべきだろうか。

 

 

 この難題を前にして、俺は悩んだ。

 

 それはもう、某女性の隊長に相談してしまうくらいには悩んだ。

 

 その時、その隊長も同じことを考えていることを知り、様々な協議を重ねた。

 

 ――結果、指摘することに決まった。

 

 当然の流れと言えば、当然の流れと言える。

 

 女性の隊長を前にして、チラ見できる下乳と短いスカートを無くす可能性があるのは惜しいなどとは、口が裂けても言えない。

 

 そんなことをすれば、間違いなく女性の大半を敵に回すはめになる。軽蔑されることは確実だろう。

 

 俺に冷たい視線を向けられて興奮するような性癖がない以上、それを口にする勇気もないのだ。

 

 ……何度も言うようだが、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。

 

 そういうわけで、二人の協議の末に余計なお世話であろうことは重々承知しつつも、一応指摘してあげようと話が纏まったわけだが、どちらが指摘するのかでまた話し合いが行われた。

 

 男性からは言い辛いのでは? とは隊長の談。

 

 いやいや、男性からだからこそ、露出が激しいという言葉に説得力が生まれるのでは? とは俺の談。

 

 なんだかんだの話し合いの末、指摘は俺がすることに決定した。決め手は説得力。 ……何かの標語ではない。

 

 

 方法は既に考えてある。

 

 至極単純、二人で任務へ行き、そこで伝える。単純明快、シンプルイズベスト! 文句は受け付けないのだ。

 

 やると決めた以上、俺は必ずこの任務をやり遂げてみせる。今まで誰も触れてこなかったあの秘境に、踏み込んでみせる!

 

 ……しつこいようだが、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。

 

 つもりはないが、敢えて身近な人物を例に挙げるとするのなら、それは――。

 

 ――名前がアから始まる、ロシア人の女の子かもしれない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 朝。

 

 それは、生きている者全てに等しく訪れる1日の始まり。その日も、いつもと代わり映えのしない朝だった。

 

 ただ1つ、いつもとの違いを挙げるとするのならば、俺の瞳に宿る確固とした意思の炎が、燃え盛っていたことだろうか。

 

 今日、俺はかねてよりの作戦を決行する。

 

 ――オペレーション『ブレイク』。

 

 果たして破壊されるのは、男たちの欲望か、はたまた俺の社会的尊厳か。あるいは、ターゲットの認識か。

 

 何れにせよ、この作戦を決行すれば、何かが破壊されるのは免れない、はず。

 

 しかし、退くという選択肢は有り得ない。ここで踏み出すことを恐れて立ち止まってしまえば、俺はきっと、もう2度と踏み込むことは叶わないだろう。世界の意思的な何かに邪魔されて。

 

 ラウンジでムツミちゃんと談笑をして朝食を摂りながら、協力者が誘導する手筈となっているターゲットの到着を待つ。

 

 ターゲット、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。

 

 実際目にして実感したことだが、あのあざとさMaxの下乳は目のやり場に困る。ついでに極端に短いスカートは、任務中の動き次第で容易に下着が見えてしまう。

 

 見せパン? 見せパンなの?

 

 そんな格好でいるにも関わらず、彼女には特に恥ずかしがっているような様子は見受けられない。思わず痴女なんじゃないのかと疑ってしまった俺は悪くないと思う。

 

 周りの人間も、アリサがそんな格好でいることに違和感を感じていないのか、スルーしているのかは不明だが、何か言うわけでもない。

 

 ――いや、おかしいだろ。

 

 確かにさも当然の如くあの格好をしているアリサもどうかとは思うが、誰か一人くらい指摘してあげろよ。

 

 談笑する傍らでつらつらと思考を重ねていると、ラウンジの扉が開く。

 

 ――来たか。

 

 協力者であるユウちゃんがターゲットを連れてくる。朝食を一緒に食べるなどという自然な建前の下、その実は任務への同行を取り付けるための誘導。

 

 入ってきたユウちゃんと一瞬の視線の交錯。

 

 ――後は任せた。

 

 ――任せておけ。

 

 そんな意思の疎通がなされ、ユウちゃんとアリサが席へと座る。さも今気がついたかのように挨拶を交わし、二人が朝食のオーダーを頼んだタイミングで俺は立ち上がった。

 

 再びのユウちゃんとの視線の交錯。

 

 ――仕掛ける。

 

 ――了解。

 

 オペレーション『ブレイク』を、ここに発動させる――!

 

「アリサ、少しいいか?」

 

「アルテラ? いいですけど、どうかしましたか?」

 

「ああ、今日の任務に同行を頼みたいんだが、頼めるか?」

 

 などと聞いてはいるが、アリサに任務の予定がないことは、ユウちゃんからの情報で把握済み! 死角はない!

 

「ええ、いいですよ。他には誰を連れていくんですか?」

 

 

 ――何?

 

 くっ、しまった……!! 俺としたことが、目先の目的に集中するあまり、この手の返答は予想していなかった――!!

 

 しかし、既に退路はない。

 

 ならばここは――押しきる!!

 

「いや、二人でだ」

 

「二人で、ですか? アルテラの実力は知っていますが、確実を期すためには他にも誰かを連れていった方が――」

 

「いいや! ……アリサと二人でなくては、意味がないんだ。俺は、アリサと二人で行きたいんだ。 ――駄目か?」

 

「あ、え、ええっ!?」

 

 肩をがっしりと掴み詰め寄る。この際、多少の羞恥心やら何やらなど全て度外視だ。重要なのは、二人で行くという言質をとること。

 

 アリサが顔をほんのり朱に染めておろおろしていることなど、些細なことだ。ユウちゃんがじとっとした視線を向けてくることも、些細なことだ。

 

 さあ、言質を寄越せアリサ!

 

 視線をアリサの目から外すことなく、真面目くさった表情を崩さない。頭の中では、どう言いくるめるかを検証していた。

 

「えっと、その……」

 

 どう出る……? 出方次第では、ユウちゃんを巻き込むことを視野に入れるべきだろうか。

 

 果たして、その考えは良い意味で裏切られる。

 

「駄目じゃ……ない、です……」

 

 赤くなった顔を逸らし、ぽしょぽしょとそう答えたアリサの姿が可愛かったせいか、不覚にもときめいてしまったが、それよりも言質をとった達成感が勝った。

 

 その達成感に酔いしれて、にやけてしまいそうになる口許を無理矢理微笑みのレベルで押さえつける。

 

「そうか、良かった。ありがとう」

 

「――っ、いえ……」

 

 よし、これで傍目から見れば、快い返事を貰えて安堵した笑みが溢れた、かのように見えるはず。

 

 アリサに見えないようにユウちゃんに向けてサムズアップをすると、呆れたような溜め息を吐かれた。

 

 ……分かってる。分かってるから溜め息はやめて。

 

 どう見ても、任務という名の色気のないデートに誘ってるようにしか見えなかったって言いたいんだろう?

 

 いや、うん……。

 

 ――選択肢間違えた。

 

 誰だ、人生ノリと勢いとかほざいた奴は。

 

 若干の後悔をしつつ、ラウンジを後にしてヒバリさんの元へと逃げた。

 

 フォローは任せた、ユウちゃん!!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 つい先日のことだ。

 

 アルテラが真剣な表情で私の部屋を訪ねてきたのは。何やら相談事があるらしい、とのことだったので部屋にあげることにした。

 

 そして部屋に招いた後で後悔した。思い返してみれば、部屋に男性を入れたことなど1度もない。つまり、なんというか、落ち着かない。

 

 自分の部屋に居るというのに、むしろ緊張する。

 

 何か変なものとか置いてなかったかな……? 片付けとかちゃんとしておいたよね……?

 

 それとなく部屋を見渡し、憂いを取り除いていく。一通り確認したところで、ふと気付く。

 

 ――あれ、これアルテラと二人っきりだ。

 

 途端に恥ずかしさが込み上げてきて、顔に熱が集まる。

 

 ヤバいヤバいヤバい!? 何で考えなしに部屋にあげちゃったんだ私!?

 

 そんな焦る内心を誤魔化すために、用件をさっさと聞くことにした。

 

「それで、相談って?」

 

「ああ、その……」

 

「――?」

 

 アルテラにしては珍しく、歯切れが悪い。その事から、言い辛いような相談なんだと察すると、動揺が収まってきた。取り乱している場合じゃないよね、うん。

 

「アリサのことなんだが……」

 

「……アリサ?」

 

 ……何だろう。別に、何か期待していたわけではないのだけれど、何かちょっと面白くない。そのせいか、返答がそっけない感じになってしまった。

 

「それで? アリサがどうしたの?」

 

「……その、ユウはおかしいと感じなかったのか?」

 

「……? おかしいって、何が?」

 

 あれ、何か思ってたのと違う系統の相談っぽい……? てっきり、恋愛(そっち)方面の相談なんじゃないかな、とか頭の片隅で考えてたから、拍子抜けというか気が抜けたというか。とにかく、ホッとした。

 

 ……何にホッとしてるんだろう、私。

 

「アリサの服装、というか格好というかだな……。ああ、いや、ハッキリ言うと、露出が激しすぎないか? アリサのあの格好は」

 

「――! やっぱり、アルテラもそう思った? 誰も触れないから私がおかしいのかと思っちゃうところだったよ」

 

 思考の渦に呑まれる前に、アルテラの声で引き戻される。今は思考よりも相談の方を優先することにした。

 

 それで何かと聞いてみれば、アルテラも私と同じく、アリサが露出しすぎだと考えてる派の人間だったようだ。それを指摘するべきか迷ったから、同部隊の隊長である私に相談したと。

 

 ……真っ先に私の所に来たってことは、それなりに信じてくれてるってことだよね。そう考えると、胸の辺りが温かくなったように感じる。

 

 ――ってそれよりアリサだ。

 

 確かにあの格好はいただけない。惜しげもなく胸を晒すなんて、全くあの子は何を考えているのやら。同性の強みを生かして、あの服と胸との隙間に手を突っ込んでやろうかと考えたのも1度や2度ではない。

 

 あれ絶対下着つけてないよね。いや、下着つけてたらそれが丸見えになるか。そもそも、下着が見えるような格好をしなければいい話なんだけど。

 

 とにかく、アルテラという同志が見つかった以上、もうこれは、いよいよあの服装に触れるべき時が来たということではないだろうか。

 

 それから議論を交わし、アリサに対してどう言葉を伝えるべきか、何時それを伝えるか等々の事項を決定させ、議論は終了。アルテラは自分の部屋へと帰っていった。

 

 ……お茶の一杯くらい出せば良かったな。

 

 アリサの話で気を紛らわせることが出来ていたけれど、緊張があったせいで気が利かなかったことを反省してその日は眠った。

 

 

 そして時は現在へと戻る。

 

「ほえー。だ、大胆ですね、アルテラさんって」

 

 一通りの遣り取りを見ていたムツミちゃんが感想を溢す。それを聞いたアリサは「あれってやっぱりそういう……?」等とぶつぶつと呟くと同時に、ますます顔を赤くする。

 

 ……どうするのこの状況?

 

 完全に丸投げされた現状に、頭を抱えたくなる。 ……後でアルテラにはお詫びをしてもらおう。

 

 アルテラの目的を知っている私としては、そういう意味じゃないよ、と言ってしまおうか悩む。でもそれで何か不確定要素を増やすのは本意ではないし。

 

 それに……。

 

 

 ――何か、面白くない。

 

 

 別にアルテラにそういう意図がないことは分かっているけれど、それでも何か面白くない。だから、うん。

 

 自分で何とかしてください、アルテラ。

 

 私は知らない。何も見てないし何も聞いてない。アルテラの目的なんて知らないから、フォローとか出来ない。仕方ないね、うん。

 

 

 ……あ、でも、アルテラがアリサに服の事を伝えることが決まった時から、心配に思ってることが1つだけあったんだった。

 

 ――アルテラって半裸だから、若干説得力に欠けてないかな。お前が言うな、的な。

 

 うん、まあ……頑張って、アルテラ。

 

 私は知らないけど!

 



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服飾装甲・下

 

 ――鉄塔の森。

 

 かつての発電施設跡であり、今となっては乱立する稼働していない鉄塔の数々が、まるで鬱蒼とした森林のような様相を呈している。

 

 また、アラガミの侵喰(しんしょく)の影響を強く受けており、その大部分が水の下へと沈んでいる。アラガミが訪れるでもなければ、ここは、水の流れる音だけが聞こえてくる酷く静かな場所と言えるかもしれない。

 

 ……こうして任務とはいえ、色々な土地を訪れてみて、改めて実感することがある。

 

 

 ――ああ、終末(しゅうまつ)ってるな、と。

 

 

 疑うことなかれ、誤字に非ず。『終末る』などという動詞は存在していないが、要はそういったニュアンスを伝えたいということだ。

 

 だってそうだろう?

 

 ある土地では、いつまで経っても夜が明けず、鈍い月明かりと降り積もる雪が静けさを助長する廃村があり、またある土地では、竜巻と雷が渦巻いている薄暗い平原がある。

 

 天候が変動せずに、同じ状態をいつまでも保ち続けることなど、気候のシステムからして有り得べからざる事象だ。

 

 それが現実に起きている。それは即ち、世界の機構そのものが狂っていると言っても過言ではない。

 

 現に、今いる『鉄塔の森』の空を見上げてみれば、晴天とは程遠い、分厚い雲が空を覆い尽くす曇天。心なしか、気持ちもどこか沈んでしまうかのような錯覚を覚える。

 

 まさしく終末世界。人の生存圏など、ごく限られた地域にしか存在せず、人ならざる神の称号を持つ獣が跳梁跋扈しているのだから。これを終末ってると言わず何と言う。

 

 ――それはさておき。

 

 正直な所を語るのならば、現状においてこの場所での任務は余りやりたくなかった。ただでさえアラガミの討伐以外に、成し遂げるべきミッションがあるというのに、何が悲しくて薄暗くて気分が盛り下がるような曇天の地域で任務を行わなくてはならないのか。

 

 まあ、所詮下っ端の俺には、ヒバリさんが急ぎでこなして欲しいと斡旋してきた任務に文句を言えず、働く以外の選択肢など存在しないわけだが。げに悲しきは社畜根性かな。

 

 今回の任務の目的はサリエルの討伐、もとい駆逐。そう難易度は高くない。などと考えている俺は、良くも悪くも極東に染まっているのだと言える。なにせ他の支部では、コンゴウが出ただけで一大事みたいなところもあるらしいのだから。

 

 極東のゴッドイーター達は、中型、大型、それらの群れなど当然の環境で戦っているせいで感覚が麻痺しているのだろう。 ……人の事は言えないが。

 

 そういった理由から、『アラガミ1体? 何それカモじゃん! よし、ぶち殺せぇ!!』が極東の常であり、弱肉強食の自然の摂理でもあるのだから、サリエル1体の討伐の難易度がそう高くないと考えるのは間違っていない。

 

 これは油断や慢心、傲りからの結論ではなく、ただのそうだという事実。事実であるが故に、そこに気負いはなく、さりとて油断もなく。いたって普通にサリエルと戦い、いたって普通にサリエルは討伐されるだろう。

 

 だが、これは別にサリエルが弱いわけではない。むしろサリエルというアラガミは厄介な部類に入る。その最たる理由が、浮遊していること。

 

 何故に羽ばたいてもいないくせに飛んでやがるんだ、という疑問は置いといて、制空権をほぼ無条件に取られることになるのはズルいとしか言いようがない。

 

 そしてその強みを活かすような攻撃の数々。遠距離攻撃のビーム、近付けさせないためのATフィールド、更に毒の鱗粉、そして滑空。中々に厄介なアラガミである。

 

 だが、俺がサリエルの攻撃において何より許せなく、そして憧れているあの攻撃の前では、それらは全て些事と片付けてしまえる。

 

 何って、あの野郎、いやあの女形? どちらでも構わないが、サリエル、あいつは――!!

 

 

 ――目からビームを放ちやがる!!

 

 

 浪漫砲をあいつは、平然と! 惜し気もなく! さも当然かのようにばかすか発射しやがる! 

 

 全くもってふざけたアラガミだ。絶対に許すわけにはいかない。どんな手段を使ってでも駆逐してやる――!!

 

 目からビームとか……。目からビームとか……!!

 

 俺だって『目からビィィィィィム!!』とかやってみたい! 『真の英雄は目で殺す!』とか言って地を覆ってみたりしたい!

 

 だが、それを行うことは出来ない。確かにビームを放つことは出来る。出来るが、それは決して目からビームな代物ではない。

 

 それっぽく放つことは出来たとしても、所詮は紛い物の贋作。本当の目からビームには絶対になり得ることはないのだ。

 

 ならば、せめてそれを行うことの出来る存在に八つ当たりするくらいは許されるべきだ。例えそれが個人的欲望に基づく、馬鹿みたいにくだらない理由からくる負の感情的なものだとしても!!

 

 

「アルテラ? ……その、聞きたいことがあるんですけれど、いいですか……?」

 

 

 ――現実逃避終了のお知らせ。

 

 アリサの声で、意識が逃避先の虚構から引き戻される。ええ、そうですとも。ぐだぐだと語ったことなど、全ては現状からの逃げの一手。別に目からビームにそこまでの執着など持っていない。

 

 しかし、逃げざるを得なかった。

 

 原因は、やはりラウンジでのあれだろう。計画性皆無のノリと勢いでの誘いは問題だらけだったのだと確信を持って言える。なにせ有らぬ誤解を引き寄せ、二人になってからというもの、アリサが挙動不審に成り果ててしまったのだから。

 

 その結果、形成されたのが、このアリサと俺との間に広がる妙な空気感。アオハル空間(フィールド)とでも命名しておこうか。まあ、正確に現状を述べるのならば、妙な空気を漂わせているのはアリサだけであって、俺はただ遠い目をしている状態である。

 

 自らの行動のツケは、遅かれ早かれ必ず自らに払わされることになるという実例だな、勉強になった。 ……ジーザス!!

 

「なんだ?」

 

 遠い目のままに問い掛ける。自分で言うのもなんだが、デフォルトで遠い目をしているような感じなので、アリサが違和感を感じることはないだろう。

 

「えっと、その……ですね。アルテラは、その、どうして私と任務に……?」

 

 右手で帽子を、左手で神機を持ちながら器用にスカートの裾を押さえてチラチラと此方を伺うアリサ。顔が赤いように見えるのは、気のせいではないだろう。

 

 なるほど、これが所謂『何だこの可愛い生き物』というやつなのか。だが右手が押さえるべきは、帽子ではなく胸部の方じゃないのか、と考えてしまう俺の思考の空気の読めなさよ。言葉にしたらセクハラなので言わないが。

 

 しかしこれ、返答はどうするのが正解なのだろうか。脳内選択肢を表示して欲しい。 ……いや、他力本願は駄目だな。女性に対しては紳士的かつ誠実に向き合うべきだと俺の直感が告げている。直感スキルはないけど。

 

 だから正直に言おう、うん。

 

「……アリサに、どうしても伝えておきたいことがあったんだ。余り他の者に聞かれたくはないことだったので、こういう手段を取らせて貰った。気を悪くしたのならすまない」

 

「い、いえ! 気を悪くなんてしてません! ただ、急だったのでちょっと驚いたというか、心の準備がですね!?」

 

 わちゃわちゃと手を振り首を振り。それに伴いガシャガシャと神機が揺れ動く。普通に危ないので止めてください。

 

 かと思えば、顔を俯かせてぶつぶつと何事か呟く。

 

「……どうしても伝えたいこと……他の人には聞かれたくない……そんな、急に言われても……」

 

 どこぞの難聴鈍感系主人公ではないので、むしろ常人より五感は優れているので普通に聞こえる。 ……例えに出しておいて何だが、難聴鈍感系って最早救いようがないな。人の心が分からないのではないだろうかそいつ。

 

 ――じゃなくて。

 

 ……バカな。誠実な対応を心掛けた返答にも関わらず、余計に拗れた、だと……!?

 

 あ、ありのまま(以下略)、などと言ってしまいたくなるのも仕方ないことではないだろうか。言葉足らずにはなっていなかった筈だが。

 

 それとも、まさか。

 

 まさかとは思うのだが、此奴、恋愛脳(スイーツ)ではあるまいな――!?

 

 あらゆる物事、言動が全て恋愛(そっち)方面の思考回路へと歪曲されてしまうという、夢見がちな奴によくある恐ろしい病のあれなのか――!?

 

 

 

 ……などと少しでも考えてしまう俺の心は枯れているのだろうか。アリサの青春オーラが眩しくて直視できない。罪悪感で。

 

 事ここに至っては、最早何も言うまい。早急にサリエルを撃墜した後、情け容赦なくアリサの抱くその幻想をぶち壊す!

 

 ことができたらいいな、うん……。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「目標の沈黙を確認。任務完了」

 

「ふぅ……。お疲れ様でした、アルテラ」

 

「……ああ。怪我はないか?」

 

「え、ええ、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

 

 時は過ぎ、任務の目標であるサリエルを無事に討伐することが完了していた。

 

 ……え? 戦闘はどうって?

 

 ただアリサのバレットと軍神の剣のレーザービームでサリエルを撃ち落として、落下してきたところを唐竹割りで終了だ。5分もかからなかった。

 

 ゲームにおいては神機で何度も何度も攻撃を加えたりなんなりをしなければ討伐できないが、実際は違う。攻撃を加えればその分、アラガミのオラクル細胞は目に見えて解離を始めるし、それこそ深い一撃を与えることができたのならば、その一撃で倒すことも可能だ。

 

 あるいはコアを破壊することでも一撃で仕留めることはできる。まあコアの状態はズタズタになってはしまうが。

 

 とは言え、これは逆もまた然り。サリエルのビームをまともに受けたのならば、まず間違いなく体に風穴が空くことだろう。ヴァジュラの噛みつきをまともに受けた場合は、上半身と下半身が互いに別れを告げることになるだろう。

 

 文字通り、命を懸けて戦っているわけだ。

 

 まあ、ゴッドイーターは普通の人よりも遥かに頑丈なので、そう簡単に致命傷にはならないのだが。

 

 戦闘中での特筆すべき事と言えば、アリサの服装程度の事しかない。アリサが飛び上がった際、胸と服との間が落下の風でバサバサとはためいていた時など正直気が気ではなかった。

 

 結局、黒い影になって何も見えはしなかったのだが。すわ、認識阻害の魔術でも行使しているのか!? などと馬鹿な思考が頭を(よぎ)ったことはおいておく。

 

 それに――ここからが本番だ。

 

「それで、アルテラ。その……私に伝えたいこと、というのは、何でしょうか?」

 

 そわそわと落ち着かない様子でアリサが此方に視線を投げ掛ける。どうやら、時が来てしまったらしい。

 

 計画とは大幅にズレが生じているが気にすまい。大事なところさえ間違えなければそれでいい。

 

 何を伝えるのか、どう伝えるのか。結局直前まで悩むこととなったが、既に答えはでた。迂遠な言い回しで妙な誤解をされるのは避けたい。ならばどうするのか。簡単な話だろう。

 

 ストレートに伝えればいいだけの話だ。そもそも遠回しな言い方は好みではない。

 

 伝えたい事、伝えるべき事をいちいち回りくどく伝えるのはただのアホだ。間違いであれば取り返すこともできるが、機会は取り返せない。2度と巡ってこないかもしれない機会を無駄にするのはアホとしか言いようがないだろう。

 

 特にこんな世界では尚更だ。

 

 

 

 ……などと唐突なシリアス調で誤魔化してはみたが、物凄く緊張している。もう無かったことにして帰りたいレベル。しかし帰っても事情を知るユウちゃんが居る。

 

 逃げ道ないじゃないですか、やだー。

 

 ――いいだろう。

 

 殺ってやる……!! 殺ってやるともさ!!

 

「アリサ」

 

「は、はい!」

 

「一目見た時から、ずっとお前に言いたかったんだ。アリサ、お前――」

 

「わ、私が……?」

 

 自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。これは、謂わば告白だ。愛を語るだけが告白の定義するところでない以上、なるほど、これは告白と言っても差し支えないだろう。

 

 まあ色気の欠片もないのだが。

 

 何かに期待しているかのような、それでいて不安に揺れるアリサの瞳から目を逸らすことなく、俺は口撃を放つ。

 

 幻想を打ち砕く現実という名の口撃を!

 

「その格好は露出が激しすぎると思うぞ」

 

「――はい?」

 

「正直、目のやり場に困る」

 

「――え?」

 

「……自覚していなかったのか?」

 

「――はえ?」

 

 ……会話になってないのだが。

 

 壊れた機械と話をするのはこんな感じなんだろうか。妙な場面で初体験をしてしまった。

 

 うん、まあ可愛いからよし!

 

 可愛いは正義、至言だな。

 

 一人、内心で軽口をたたいていると、ようやく再起動した人型ゴッドイーターアリサが、事態に追い付いて絶叫をあげた。

 

「な、な、な、なあぁぁぁあああ!? 変態です破廉恥です最低ですドン引きですっ!!」

 

 胸部とスカートを押さえ、顔を真っ赤に染めながら早口で捲し立てる。アリサよ、ブーメランって言葉、知っているかな?

 

「それにそんな事、上半身裸のアルテラには言われたくありません!! 全然説得力ありませんから!!」

 

「なん……だと……!?」

 

 馬鹿な……!? 説得力がないだなんてそんなまさか!? 

 

 己の身を省みてみる。

 

 ――説得力皆無です本当にありがとうございました。

 

 まさかリアルお前が言うなを聞く羽目になるとは思いもよらなかった。なぜ教えてくれなかったユウちゃん!!

 

 ……自分で気付くだろってことですね、分かります。視野狭窄って恐い。

 

 若干思考が現実逃避気味に陥っている間に、アリサの早口の罵倒のようなものが終わる。急に静かになったことに違和感を覚えてアリサに視線を移せば、明らかにシュンとした様子で此方を見ていた。

 

 ……え? 俺のせい? 落ち込む要素あった?

 

 怒りを向けられる理由しか思いつかないために完全に困ってしまう。胸が痛いです。罪悪感で。

 

 またもや現実逃避しそうになりかけた思考を、アリサのぽそぽそとした小さな声が引き留めた。

 

「変、なんですか……?」

 

「……何?」

 

「私がこういう格好をするのは、似合ってないですか……? 変ですか……?」

 

 小さな声。ともすれば、この静かな鉄塔の森でさえ聞き逃してしまいそうなほどに。声音はとても不安そうで、或いは泣いてしまいそうな色合いで。

 

 理由は分からないが、落ち込んでしまったという事実は認識した。間違いなく俺の言葉のせいなのだろう。であるならば、どうにかするのも俺の役目、責任というものだ。

 

 ふっ、と一陣の風でアリサの帽子が飛ばされて、隠れていた綺麗な銀髪が靡く。アリサは俯いたままで、帽子を取ろうともしない。

 

 帽子を取ろうと動いた際、アリサの体がビクリと震えたのを気付きながらも、無視して歩を進める。拾い上げた帽子の埃を払い、そこでようやく俺はアリサに向き直った。

 

「すまなかった、アリサ。俺はどうやら、余計な事を言ってしまったらしい」

 

「…………」

 

「だが、いや、だからこそ言わせてもらいたい。 ――変なんかじゃない」

 

「……え?」

 

「その格好は、変なんかじゃない。とても似合っている。だから、落ち込む必要はない」

 

 言葉に反応して顔を上げたアリサに近付き、頭に帽子を被せる。今の表情を見る限り、多少なりとも持ち直してくれたようだ。

 

 良かった。いやほんと。

 

 後は時間に任せるとして、やることは1つだ。

 

「ほら――帰ろう、アリサ」

 

 少し歩いて振り返る。アリサは、まだ何処か戸惑った様子が残ってはいたが、1つ息を吐くと、帽子の感触を確かめるように頭に手を乗せて、それから微笑んだ。

 

「――はい。今、行きます」

 

 大分強引ながら、事態をうやむやにすることに成功した。結局何しに来たんだろう、と思いはしたが、横に並ぶアリサを見たらどうでもいいかと思えた。

 

 オペレーション『ブレイク』は失敗。だが、これで良かったのだろう。アリサはこの格好だからこそアリサだと言えるのだから。

 

 そう、これが世界の選択だ(中二感)。

 

 

 

 ――その後。

 

 結局アリサは服装を変えることはなく、今まで通りで過ごしている。相変わらずのあざとい下乳ありがとうございます。

 

 俺はと言えば、落ち込ませてしまったお詫びに新しい帽子を買って送ったのだが、いまだに被っているところを見たことがない。 ……泣けてきた。

 

 そんな感じで特に変化もなく今まで通りである。

 

 ただ……1つだけ。

 

 俺を見る度に、どこか恥ずかしそうに目を伏せて此方を見てくるのはやめてくださいアリサさん。

 

 可愛いのは大変結構なのですが、明らかに何かあったみたいで周りがざわつくから! 何か事に及んだみたいな目で見られてるから! 俺が!

 





 もう一度明記しておきますが、感想は拝見させていただいていますが返信はしていませんのでご了承ください。


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帰還

 

「リンドウ君が帰ってきたんだ」

 

「はあ。リンドウクンさん、ですか? 変わった名前ですね」

 

 極東支部に来てからはや数週間余りのこと。もうすっかりここでの生活にも慣れ、極東支部のスタッフとも顔馴染みになりつつあるそんな頃、唐突にサカキ博士に呼び出しを受けた。

 

 これまでも何度か呼び出しを受けたことはあったが、正直、呼び出される度に何かと注文を付けられるので、また面倒事かとうんざりしたような気持ちで向かっていた。

 

 自分で言うのもなんだが、そもそもこんな怪しい男と二人きりで会うなどと、支部長としての危機管理がなってないんじゃなかろうか。俺が支部長暗殺を目論んでいたらどうするんだ。そんな事しないけど。 ……そう言えばあの人博士としての側面の方が強かったか。

 

 いやそんな事より、なぜあの人はこう毎回毎回来たばかりの余所者に無理難題を押し付けるのだろうか。そういうのは、古株のユウちゃん辺りに任せるべきではないのか。

 

 どうもあの支部長は、俺を便利屋か何かと勘違いしている節がある気がしてならない。毎度注文を受け付けてこなしてくる俺も俺なのだが、それにしたって限度というものがあると思うのだ。

 

 つい先日など『研究用のアラガミの素材が足りなくなってきたから調達してきてくれたまえ』などと(のたま)った挙げ句、素材回収の為に暇をしていたゴッドイーターを連れて第二種接触禁忌種のテスカトリポカ数体を相手取る羽目になった。

 

 もうあらゆる方向からミサイル飛んでくるわ、暇人君は見つからない遠くの場所から眺めてるだけだわで酷い任務だった。いや任務じゃないや、サカキ博士の個人的な頼みだったわ。

 

 そも、研究用の素材って何だ。あんた支部長だろうが、仕事しろ。書類溜まってたぞ。

 

 そんな内心の荒れ具合に伴い、サカキ博士に対する敬語も段々と雑になってきたのはもう仕方無いと思う。本人に原因がある。

 

 支部長室へと着くと、サカキ博士は相変わらずの糸目で、これまた相変わらずのゲンドウポーズ。その状態で「来たね……」などと心なしか低めの声音で言うものだから、ついイラッときてしまった。

 

 話を戻すが、どうやら今日は面倒事ではなかったようで取り敢えず一安心。リンドウさんが新婚旅行から帰ってきて職場復帰するらしい。

 

 要は新入りの俺との顔合わせの為に今日は呼び出された、ということなのだろう。どうせなら帰ってきたリンドウさんが、サカキ博士の理不尽な注文を引き継いでくれたりしないだろうか。

 

 別に金に執着しているわけではないのだが、やたら疲れる個人的な頼みの報酬が、胡散臭いおっさんの礼の言葉1つというのは割りに合わない。というか嬉しくない。なんてブラックな仕事だ。

 

 その時、支部長室のドアが開き「うーすっ」と、どこか軽い調子の声が響く。振り返れば片目を前髪で隠した我等が隊長リンドウさんが。間違えた、元隊長だ。

 

「ん? っと、新人か?」

 

「紹介するよリンドウ君。彼はアルテラ君だ。ゴッドイーター、ではないのだけれど、まあ協力者というのが適切かな」

 

「アルテラ……ってああ! あの噂になってた奴か!」

 

 ちょっと待て。なんだ噂って。そんなの俺は知らないぞ。後でコウタにでも教えてもらおう。

 

「初めまして、リンドウクンさん。アルテラです。よろしくお願いします」

 

「おう、よろしくさん。 ……って、ん? リンドウクンさん?」

 

 どうでもいい話だが、リンドウクンって中国辺りに居そうな名前だな。琳道勲。居そう。

 

 リンドウさんの名前に関する下らないやり取りをして、その責任の所在をサカキ博士に押し付けたところ「最近、僕に対する当たりがキツくないかい?」との有難いお言葉を頂いた。

 

 日頃の行いです。自重してください。

 

 顔合わせと挨拶も終わったので、面倒事を押し付けられる前にそそくさと支部長室を後にする。

 

「まあ待ちたまえよアルテラ君」

 

 訂正、失敗した。

 

「……何ですか?」

 

 もう表情にありありと『うんざりです』という意思が表れ、声音も低くなる。またぞろ面倒事かと身構えてしまう。それに気付いていないのか、わざとか――恐らく後者だろうが――いつもの調子でサカキ博士は言葉を続ける。

 

「リンドウ君も帰ってきたことだ。そろそろ、光の柱の問題を解消しようじゃないか」

 

「――成る程」

 

「光の柱? 何だそれ?」

 

「おっと、リンドウ君は戻ってきたばかりで知らないんだったね。実は――」

 

 サカキ博士の説明をBGMにしながら思索に耽る。そう言えばいつまで経っても提案されなかったから、すっかり忘れていた。初日に見せるとか言ってたんだった。

 

 ……しかし、大丈夫だろうか。

 

 自分の言葉を違えるつもりはないのだが、宝具の真名解放を目の当たりにしたその時、彼等、彼女等は――。

 

 ――詮無き事か。

 

 どうなるのかなど推測でしかないし、仮にどうなろうとも俺のやる事が変わるわけでもない。

 

 ――自分の言葉は裏切らない。

 

 この世界に足を着けた時に決めたことだ。例え他人の言葉を裏切ったとしても、自分の言葉だけは裏切らないようにしようと。

 

 そうでもしなければ、ぬるま湯に浸ってきた脆弱な精神は、容易く『逃げ』を考えてしまうだろうから。

 

 戦うと決めた。戦うと言葉にした。

 

 ならば、疎まれる結果になろうとも戦うことは止めない。そうなったならなったで、是非も無き事と受け入れよう。幸い、唐突な状況を受け止めることは初めてではないのだ。

 

「サカキ博士」

 

「ん? どうしたんだい?」

 

 説明の途切れたタイミングで声をかける。受け止める覚悟は出来ている、が、保険はかけておこう。

 

「光の柱に関して、幾つか条件を出したいのですが――」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「光の柱を見に行くよ」

 

 まるでピクニックか何かに行くかのようにさらっと口に出されたサカキ博士の言葉は、すんなりと頭に入ってきた。

 

 ――そういえば。

 

 そんな気持ちが強かったのは言うまでもない。日常に追われていく内に、初めにアルテラが語っていた言葉の記憶は薄れていったため、すっかり忘れていたようだ。

 

 とにかく、リンドウさんが戻ってきたことを契機にそれを確認しに行く、というのが本日の任務らしい。

 

 サクヤさんは妊娠のため、また暫くは、いや、もうこの先ゴッドイーターとして復帰することはないのかもしれない。それでも、妊娠というのは嬉しいニュースには違いない。今度お祝いに行かなくちゃ。

 

 それを聞いた時など、コウタがリンドウさんに向けて「やることやってたんすか!?」などと興奮気味に食い付いて叩かれていた。自業自得だ。私もついでに叩いておいた。

 

 それにしても、妊娠。妊娠かあ……。

 

 とても幸せそうにしていたサクヤさんの顔が思い起こされる。私もいつかあんな風になるんだろうか。誰かを好きになって、付き合ったりなんてして、そして結婚して。それで子供が……。子供が……。

 

 子供の前に子作りが――。

 

 ぬああぁぁぁぁぁ!? 無理ぃ!! 

 

 想像しただけで顔が熱くなり、思考をストップさせる。恥ずかしすぎる。絶賛任務中、もとい移動中なのに何を考えてるんだ私は!?

 

 大体、私にはまだ好きな人とかいないし!? そういうのはまだ先というか、もっと大人になってからというか、そんな感じなんじゃないのかな、うん!?

 

 ふと視線を上げると、アルテラと目が合った。

 

「何をしてるんだ、お前は……」

 

 呆れた様子で一人百面相をしていたことを告げられる。普通に恥ずかしくて顔が熱くなった。本当に何をしてるんだ私は……。

 

「うーしっ、到着っと」

 

 リンドウさんの声で意識を戻す。どうやら余計な事を考えているうちに、目的地に到着したらしい。

 

 光の柱の確認という任務にあたって、アルテラから2つの条件が提示されていた。

 

 1つは、信頼できる極少数の者にのみ同行を許すこと。そしてもう1つは、これを記録として残さないこと。

 

 これをサカキ博士は快諾。その結果、同行しているのはリンドウさんを加えた私たち第1部隊とアルテラ。そして――。

 

「いやー、やはり支部長室に籠りっきりっていうのはいけないね。たまにはこうして外に出て気分を切り替えることも重要なことだと思うよ、うん。つまり僕の判断は間違っていなかったわけだ」

 

 サカキ博士である。正直、着いてくると言い出した時は正気を疑ったが、頑として譲らなかった挙げ句に支部長命令などと言うものだから、仕方無く此方が折れるしかなくなった。

 

 別に護衛の任務もそう珍しい訳ではないのだが、この人の場合どう考えても、公的に仕事をサボるための言い訳をしているようにしか聞こえないのは私だけだろうか。仕事してください。

 

 目的地として指定されたのは、嘆きの平原。かつては建ち並ぶ都市の一部だったらしいが、今となっては見る陰もない。常に分厚い雲が空を覆い、竜巻が渦巻き続けており、吹き荒れる風の音がまるでかつての繁栄が滅びたことを嘆いているかのように聞こえてくることから、嘆きの平原と命名されている。

 

 などと、前にコウタが適当な設定を嘯いていたことを思い出した。コウタの作り話ではあるが、あながち間違っているわけではなさそうだとは思う。

 

 そんな嘆きの平原に辿り着いた訳なのだが、高台からはボルグ・カムランの闊歩する姿が視認できている。あれの相手をしなくてはならないのだろうか。ボルグ・カムランを相手取るのは少々手間がかかるので、出来ることならスルーしたい。

 

「丁度いい」

 

 気付いたアルテラが呟く。やっぱり戦うの? と思いきやアルテラは高台から降りることなく、端の方へと進むと振り返る。

 

「サカキ博士、始めても?」

 

「うん? 此処でいいのかい?」

 

「ええ。都合よくアラガミが居ますので、より分かりやすく伝わると思います。それに――」

 

 ――一瞬で終わりますから。

 

 全員を見渡すと、視線を切って背を向ける。何だか、アルテラの様子がいつもと少し違うような気がしたが、真剣な雰囲気にそれを指摘することは躊躇われた。

 

 一つ息を吐いたアルテラは、いつも振るっている軍神の剣を逆手にすると、そのまま柄を空へと掲げる。一体何を? そんな疑問は、突如としてアルテラの体から発せられた威圧感に封殺される。

 

 物理的な圧力を伴っているかのように体を重くさせ、押さえつけられているかのような圧迫感は、徐々にその重みを増していく。唐突な状況に対する、アルテラを除く全員の驚愕の気配。それをまるで気にも留めない様子で、彼は言葉を紡ぐ。

 

軍神(マルス)との接続開始。発射まで、二秒。軍神よ、我を呪え。宙穿つは涙の星」

 

 風が吹き荒れ、その白い髪が靡く。それは、この場所に元々吹いている竜巻によるものではなく、アルテラを取り巻く謎の力によるものなのだと、何故だかそう思わせた。

 

 言葉が紡がれていくにつれて、嘆きの平原の上空に巨大な模様が現れた。お伽噺の中でしか知らないそれは、魔方陣と呼ぶのがしっくりくる。再びの驚愕、瞠目。

 

 こんなものを、私は知らない。星の観測者(スターゲイザー)と称されるサカキ博士だって、知ってはいないだろう。

 

 なら、それを引き起こす彼は。こんな現象を引き起こす彼は、何なんだ(・・・・)

 

 いつもラウンジに居て、穏やかな笑みを浮かべてムツミちゃんと話をしているアルテラ。戦場において、冷静に、時に大胆にアラガミと戦うアルテラ。今目の前に居るアルテラは、そのどちらでもない。

 

 戦場において、平時よりも冷たい印象の彼ではあるが、それでもアルテラには人間的な温かさを感じていた。

 

 今、私はそれを感じていない。

 

 暴力的なまでの力の渦の中で静かに佇む彼からは、人間味というものを僅かでさえ感じることが出来ない。私の知らないアルテラ()。それを知ることが出来るのは、普通であれば嬉しいことである筈なのに。それなのに、私は彼を――恐いと感じた。

 

 貴方は、本当にアルテラなの?  いつも見ていた貴方は、誰だったの? 

 

「『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』!」

 

 最後に力強く放たれた言葉。同時に、厚い雲を突き破り、遥か宙から全てを呑み込む光の柱が突き立てられた。

 

 その眩しさに目を覆う直前に見たアルテラの背中が、今にも消えてしまいそうに感じて。もしかして、光が晴れたら彼は居なくなっているんじゃないかと考えて。その事が、酷く私の胸を締め付けた。

 

 迫られるような焦燥感を感じたまま、光が晴れるのを待つ。暫しの静寂の後、真っ先に彼の背中が変わらずにそこに在ることに安堵した。そして、光の柱が突き立てられた場所を見て、再三の驚愕が、今度こそ声とともに吐き出された。

 

「何……これ……!?」

 

 そこには、何もなかった(・・・・・)。平原を闊歩していたボルグ・カムランの姿も、空を覆っていた分厚い雲も、かつての名残であった建造物の瓦礫も、文字通り、何もなかったのだ。

 

 まるで始めから何もなかったかのように。

 

 思い至ると、背筋が凍った。これが、アルテラの力。ずっと見せることの無かった、彼の本当の力。

 

「……いいかい、君達。ここで見たことは、一切口外することを禁止する。例え誰であっても話すことは許さない」

 

 呆然としたままの私達に言い聞かせるように、サカキ博士が真っ先に釘を刺す。理由を言われずとも、箝口令が敷かれるのも納得出来てしまう。それだけの事態だった。

 

「そしてアルテラ君。これは、今後極力使うことのないようにお願いするよ。だって――」

 

 そこで口ごもるかのように俯いたサカキ博士だったが、しかし次の瞬間にはバッ! と顔を上げると静寂を破るように叫んだ。

 

 

「――研究用の素材の回収が出来ないじゃないかっ!!」

 

「「「………………」」」

 

 

 ……おい。

 

 糸目お前この野郎。

 

 

 サカキ博士の発言で、緊迫していた空気は一気に弛緩していく。さっきまでのは真剣さは一体何だったのか。

 

「貴方は仕事をしてください」

 

 振り返ったアルテラが、呆れ顔で突っ込みを入れる。それを皮切りに、いつものような和やかな空気が流れた。

 

「さて、それじゃあ帰ろうか。いやー、いいリフレッシュになったよ」

 

 明るく告げたサカキ博士に続いて、一人、また一人と帰路に着く。きっとアルテラに気を遣って、わざとあんなことを言ったのだろう、と漠然と思った。それでも、本音が半分以上ありそうな感じだったけれど。

 

 皆が帰っていくなか、未だに動き出さないアルテラの様子を伺う。アルテラは歩いていく皆の背中を、眩しそうに、それでいて愛おしそうに目を細めて眺めていた。

 

 何故だろう。その姿に不安を覚えたのは。

 

 同じようにその様子に気付いたアリサが、後を追うように歩きだしたアルテラの手を取って引き留めた。

 

「……どうした?」

 

「アルテラ、その……居なくなったり、しませんよね?」

 

 不安そうに瞳を揺らすアリサの質問に、何を言っているんだと曖昧に笑って答えるアルテラ。アリサがそれ以上何かを聞くことはなく、その代わりにか、アルテラの腰の飾り布を道中ずっと握ったままだった。

 

 

 雰囲気はいつも通りで、受け答えも不自然なところはない。だけど、ねえ、アルテラ。気付いてる?

 

 アリサに質問された時の貴方は――。

 

 

 ――酷く悲しそうな顔をしてたんだよ。

 

 





 誤字報告、感想、評価いただきましてありがとうございます。


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生贄・昼

 完結までにお気に入り件数が100くらいいけばいいかな(適当)という意識の低さから始まったこの小説が、気付けば2000を越えていました。

 こんな世界間違ってる(錯乱)。

 ……いや本当ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします。

 ※設定捏造多数あり


 

 振り返って考えてみれば月日が経つのは早いもので、とうとうユウちゃんの発案、それからのサカキ博士を巻き込んだ騒動の末に、独立支援部隊クレイドルが発足した。

 

 他人事のように述べてはいるが、クレイドルの隊員として俺も誘われた。それ自体は有難い申し出ではあったのだが、生憎と極東支部に居たい理由があるために、臨時の隊員として参加するに留まった。要はコウタと同じような感じである。

 

 臨時ではあってもクレイドル。そういう訳から、俺にも他の隊員と同じく、白地にフェンリル紋章を改造した金エンブレムを施した制服が支給された。これにより、俺の半裸生活は終わりを告げることになった。

 

 制服に関して、お披露目の際にアリサが相変わらずの露出スタイルだった。

 

「アリサ……」

 

「ち、違うんですよ!? これは、その、チャックが閉まらなかったんです!!」

 

 その為、上のような遣り取りが起こったことは仕方ないと思う。ただ、以前にお詫びとして贈っていた帽子を被ってくれたことは嬉しかった。

 

「その帽子は……」

 

「あ、はい。制服も新しくなりましたし、せっかくなので。その……どうですか?」

 

「贈った俺が言うのもなんだが、似合っている」

 

「――ふふっ、ありがとうございます」

 

 はにかんで微笑むアリサの顔が、とても印象に残っている。何だかアリサの話ばかりしているが、他の面子にも思うところはあった。ソーマはフード姿を見慣れていたのでフードを取った格好は新鮮に感じたし、コウタのバンダナスタイルはイケメン度合いが上がっていた。

 

 ユウちゃんとリンドウさんは……。何だろう、元々制服そのまんまのような格好をしていたことがあってか、色違いになっただけにしか思えなかった。本人には言わないけれど。

 

「生きることから、逃げるな」

 

 しかしながら、発足にあたってクレイドル隊員が守るべき最大にして最重要の命令としてユウちゃんの口から語られた、あの名台詞を生で聞いた瞬間には思わず鳥肌が立ったものだ。

 

 此方としては場違いな感じがして、少々居心地の悪さを感じてしまう羽目になったのだが。

 

 何はともあれ、クレイドルが発足されたことによって第1部隊はコウタを隊長に据え置いて今のところ一人だけになってしまい、新しい人員が加わるまでの暫定として、他部隊のゴッドイーター達や俺が借り出されている。

 

 元第1部隊の面々は、各々が自分のしたいこと、するべきことを見据えて各方面へと動き出していき、アナグラに居ることが少なくなっている。

 

 そんな中、2の作中において1度たりとも帰ってくることのなかったユウちゃんはというと、他の面子よりもよくアナグラに居たりする。まあ人員の補充が出来ていない内に、いきなり極東支部の最高戦力に居なくなられても困るのだが。

 

 とは言え、戦力は確かに減っており、そんな時でもアラガミの襲撃は止むことはなく、減っていた戦力でもアラガミと渡り合っていた。

 

 ただ、外を警戒していたことで、中の警戒が多少とはいえど薄れてしまっていたことは、仕方のないことだろう。人は万能ではない。

 

 だからきっと、それ(・・・)が起きてしまったのは誰かが悪かったわけではないのだ。

 

 間が悪かった、とは言い得て妙だと思う。

 

 しかしそれは、起きた出来事を軽んじていい理由にならなければ、忘れてしまっていいものでもないだろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 竹田ヒバリにとって、オペレーターの仕事は誇るべきものとなっている。

 

 アラガミの脅威に対して、何もせずにただ座して待つだけでは居られなかったことが切っ掛けでオペレーターに就いたわけではあるが、当初は少しばかり不満を感じていた。

 

 自分は神機候補者ではあっても、適正神機がない。だが何処かで役に立ちたかったから始めてはみたものの、これは必要なのだろうかと。若さ故の浅慮か、オペレーターの重要性を今一実感しきれていなかったのだ。

 

 しかし、続けていくうちにその考えは変わっていった。自分が彼等の生死を握っているなどと傲慢な考えをするわけではないが、確かに自分も役に立っていると。

 

 アラガミと命をかけて戦うゴッドイーター達がいて、そんな彼等、彼女等を支える多くの役割を担う自分達のような者達がいる。それは何処かが欠けていいものではなく、互いに支え合っているのだと。

 

 だからこそ、ヒバリは自分の職務に誇りを持っている。

 

 ゴッドイーターを送り出し、そんな彼等が無事に帰ってきた時に「おかえりなさい」と迎えることが出来ることは、彼女にとって何ものにも代え難い嬉しい瞬間なのだ。

 

 

 

 そんな中、突然現れたアルテラという青年は、ヒバリにとって目下心配の種となっていた。

 

 彼が戦えることは勿論分かっている。今まで、彼が傷一つでもつけて帰って来たことなど1度もない。そして、共に任務を行ったゴッドイーター達の評判もいいことから、その実力の高さも伺えている。オペレーターを担当していると時々ヒヤッとする場面はあっても、概ねは安心できる内容だった。

 

 しかし、とヒバリは考える。

 

 アルテラは、あの褐色の青年は、ゴッドイーターではないのだ。偏食因子を宿している訳でもなければ、特別身体が頑丈そうという訳でもない。生身の人間なのだ。

 

 だからだろうか。戦ってくれている彼に対して、その覚悟に失礼だと知りながらも「怖くないんですか」と聞いてしまったのは。

 

 聞いた直後に失言だったと慌てることになってしまったが、今さら聞かなかったことにしてくださいなどと恥の上塗りのようなことをどの口で言えようか。結局ヒバリは好奇心も相まって、アルテラの答えを待つことにした。

 

 ヒバリの疑問に対してアルテラが、困ったように笑っていたことが今なお彼女の頭から離れない。

 

「恐怖はある。だが……俺には破壊(これ)しか出来ない。自分に出来ることをしているだけだ。お前が気にすることではない」

 

 宝石のような赤い瞳で優しげに見据えられたヒバリは、情けないやら恥ずかしいやら申し訳ないやらで目を合わせることが出来なかった。失言を謝罪すれば「気にするな。俺も気にしない」と逆に慰められる始末。

 

 その上「休憩の時にでも食べるといい。疲れている時には甘いものらしいからな」とクッキーまで渡されてしまっては、もう何も言えなかった。タツミが何やら喚いていたのは聞こえなかったことにした。

 

 それからアルテラと話す機会が増えたヒバリは、彼の人柄を知るにつれて、心配の度合いも増していくこととなった。

 

 ヒバリから見たアルテラという青年は、温厚で理性的かつ包容力のある人間。ただ――どこか一歩引いたところがある、という印象だ。積極的に会話に加わるよりも、その会話を優しそうに眺めている方が多いような感じを受けていた。

 

 それは心配するような要素とはならないのだが、そんな穏やかな一面と反するように、彼の行動は生き急いでいるかのようだった。毎日任務へと出掛けるのは当たり前。日によっては幾つも任務を受けることもあり、事情が有るでもなければ人の頼みも基本的に聞き入れる。

 

 アルテラ自身は苦にしてはいなさそうだったが、ヒバリはいつか倒れるのではないかと心配だった。孤児院への寄付の件も、それとなく考え直すよう勧めてはみたが、結果はなしのつぶて。

 

 何より、ヒバリが心配する素振りを見せた時にアルテラが見せる、困ったような笑顔が彼女は苦手だった。それを見せられると何も言えなくなってしまうし、その笑顔が一番の心配の要因だったのだ。

 

 だってそれはまるで――心配されると困ることがあるかのように思えてならないから。

 

 最前線でアラガミと戦っている人間が、心配されると困ること。ヒバリには、1つしか思い当たることがない。

 

 もしかして彼は――。

 

 ふと、そこまで考えて思考を止める。そんな筈はない。彼は此処での生活を心の底から楽しんでいる様だったのだ。自分の考えすぎだろう、と。

 

「はぁ……」

 

 溜め息を吐いて切り替える。どうにも自分はあの青年に入れ込んでいるところがあるようだ。これではいけない。オペレーターとして、必要以上に誰かに入れ込んでしまっては、他の皆に申し訳がたたない。それに、アラガミと戦っている、ということはいつ死んでもおかしくないのだ。

 

 もしその時が来てしまった時、狼狽えることなく業務を変わらずに続けられる自信が、ヒバリには無かった。

 

 業務の傍らでそんなことを考えていると、民間からのコールが入っていることに気付く。相手を確認すると、外部居住区の孤児院からだった。まさかアラガミの侵入を許してしまったのか。

 

 頭を完全に切り替え、コールに応答する。

 

「此方――」

 

「こ、子供達が!! 妙な男達に連れていかれたんです!! 早く、早く子供達を!!」

 

 此方の応答を聞くこともなく、焦った様子の女性の声が響く。事態が逼迫していることを察したヒバリは、何とか落ち着かせてから情報を集める。

 

 そこから判明したことは、アラガミを信奉する教団の人間によって、孤児院の子供達6名が生贄として連れ去られたという最悪の事態だった。

 

 直ぐ様、女性の情報をもとに教団の人間が向かった場所を特定する。方角からいって、恐らくは贖罪の街。教団を名乗ることから見て、教会に向かった可能性が高いだろう。

 

 後は今すぐに派遣できるゴッドイーターを、それも子供達の護衛等を考えると、実力の高い人を送るだけなのだが――。

 

「いない……!?」

 

 探しても、誰もが何かしらの任務に赴いている。こういった場合に頼りになる第1部隊は、先日にクレイドルが発足したことで散っており、今は戻ってきていない。

 

 何てことかと舌打ちしたくなる気持ちを抑える。こうしている間にも事態の深刻さが増すばかり。こうなれば、不安があっても今動かせる者達に頼むしかないか――?

 

「何があった!?」

 

 そこに差し込む一筋の光明。そうだ、彼がいた。何処かから戻ってきたのか、焦るヒバリの様子に気付いたアルテラがゲートから小走りに近付く。ヒバリは即座に判断を下すと、簡潔に事情を説明した。

 

「アラガミを信奉する教団を名乗る人間数名に孤児院の子供達6名が連れ去られました。向かった場所は――」

 

 言いかけて、言葉が止まる。先程、アルテラの事を考えていたせいか、帰ってこないイメージを幻視してしまった。

 

「ヒバリ?」

 

「――! 場所は贖罪の街、恐らくは教会に向かったものと思われます!」

 

「すぐに向かう!」

 

 気遣うような声音に我に返り情報を伝えると、一言残して駆け出していく。その後ろ姿を暫し見送ると、ヒバリは再び溜め息を吐いた。

 

 一体自分は何をやっているのか。私情で彼を向かわせることを躊躇ってしまうなど、あるまじき失態だ。

 

 ……取り敢えず反省は後にして、今はとにかくオペレーションに集中しようとヒバリはモニターを始めるために画面の雑多な情報群へと目を向けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ――走る、奔る、(はし)る。

 

 神秘の秘匿など欠片ほども考慮することなく、惜し気もなく身の内に宿る魔力を使用。身体強化をすると同時に、瞬間的に魔力を放出して速度を更に上昇させる。

 

 その様は『駆けていく』のではなく、まさしく『飛んでいく』と言うのが正しい。まるでかの騎士王さながらに魔力でかっ飛んでいくアルテラが考えるのは、一刻も早く子供達の居るであろう場所へと辿り着くこと、それのみである。

 

 その為、このままでは魔力の残量が少ないだとか、そこからアラガミと戦うことになることへの配慮だとか、そういったことは全て度外視されている。

 

 アラガミと戦う以上、命が危機に曝されることなど、そう珍しい話ではない。言うなれば、常に命の危機には曝されているのだ。しかし、それはあくまでもアラガミと戦う意思と覚悟を持った者達の命が危機に曝される、という話だ。

 

 世界がこんな状態な以上は、例え誰であっても命の危機とは無縁とは言わないが、少なくとも拐われた子供達はそんな意思も覚悟も未だ持ち合わせてはいないだろう。仮にそれがあったとしても、その力が子供達には無い。

 

 己は万能の神ではないが、子供達に対するアラガミの脅威を退けるだけの力はある。だが、間に合わなければ力があっても意味はない。

 

 だから――速く、もっと速く!!

 

 瞬く間に移り変わり続ける景色を瞳に映しながら、アルテラは飛んでいく。音すら遅いとばかりに置き去りにして、ただ願うは子供達の無事。

 

 子供は、未来の可能性だ。それこそ、将来性という点に於いては大人などよりもずっと価値がある。しかし、可能性を示すには未だ彼等は幼い。

 

 だからこそ、此処で死なせるわけにはいかない。希望の芽を、此処で潰えさせるわけにはいかない。

 

 大人であろうと子供であろうと、彼等も『今を生きる人々』には違いないのだ。助ける理由など、それ一つで十二分に過ぎる。

 

「――――!!」

 

 視界の先に贖罪の街を捉えると、声もあげずに速度を更に上げるのだった。

 





 魔力放出:当然、アルテラに魔力放出のスキルはありません。ですが、これって要は魔力を纏わせてから瞬間的に放出することなので、魔力量を度外視すれば誰でも使えるのではないか、という考えのもとで使っています。設定遵守?大丈夫、設定捏造のタグが(ry。


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生贄・夜


 ※設定捏造多数



 

 真っ先に感じたのは、纏わりつくような不快感。それから噎せかえるほどの濃厚な血の匂い。謂わば死臭、それそのものが贖罪の街には漂っていた。

 

 アルテラは、無意識的に止めてしまいそうになる足を、それを許容する心を制して街の中心部の教会へと向かう。不気味なほどに静まり返る街の雰囲気に、多少なりとも気圧されながら進んでいくと、ピチャピチャとまるで水溜まりを歩くような音が聞こえてくる。

 

『アルテラさん、聞こえていますか? 教会付近にアラガミの反応、恐らくはディアウス・ピターだと思われます! 急いでください!』

 

 通信機の向こうから焦燥を孕んだヒバリの声が響く。それをどこか他人事のように感じながら、目の前の現実へと思考を移す。

 

 拒絶したい。認めたくない。見たくない。

 

 どれだけ否定しようとしても、視覚情報は変わらない現実を突きつける。未だ教会内部へは足を踏み入れておらず、その入り口に呆然と立ち竦むアルテラ。

 

 足下に広がる夥しいほどの血の量。教会の床を真っ赤に染め上げる『それ』を辿ると、赤い地面の上に幾つも転がる『何か』が目に入る。

 

 アルテラは気付いた。否、気付いてしまった。

 

 恐らくは人であった『何か』。床を染める赤。ああ――自分はどうしようもないほどに手遅れだった。

 

「ハァッ……ハァッ……!」

 

 荒くなる呼吸を、胸を押さえて落ち着かせようとしながら、血溜まりの中を進む。一歩足を進める度に、ヒタリ、ヒタリと音が鳴り、足下を生暖かい感触が包む。

 

 それでも歩みを止めることなく、ゆっくりとではあるが、確実に教会の内部へと進んでいく。転がる『何か』を避けながら、ふらふらと覚束ない足取りのその様は、幽鬼を連想させる。

 

 崩れ落ちた壁からは日の光が射し込み、教会の惨状を照らす。内部まで足を進め、ピチャピチャと不快な音を立てる元凶を見つけたアルテラを、激情が支配した。

 

 元凶たるディアウス・ピターはその口許を血の赤に汚し、屍肉を貪る悦に浸る。そして新たに現れた餌を前に、醜悪な顔を歪ませる。浮かべるのは嘲笑。新鮮な餌が自らやって来たと、今まで喰らっていた屍肉を横へと投げ棄てた。

 

 ビチャリ。血溜まりに落下した音。それをトリガーに、アルテラは激情の赴くままにディアウス・ピターへと駆け出した。

 

「貴様ァッ!!」

 

 子供達を拐った教団の連中も、それを殺して喰らったアラガミも、間に合わなかった自分も、その全てが気に入らない。

 

 そんな行き場のない苛立ちが、ディアウス・ピターの死人に鞭打つ行動によって限界を超えた。普段は決して荒らげることのない声を荒らげ、無策とも取れるような突貫を敢行する。通信機の向こうから、静止を促すヒバリの悲鳴のごとき音声が届いていたような気がした。

 

 迎え撃つディアウス・ピターの紫電のブレス。避ける素振りすら見せずに突っ込んでいったアルテラはブレスの直撃を受け、その紫電の輝きに飲み込まれる。

 その光景に口許を歪ませるディアウス・ピターはしかし、目立った傷もなしに速度を緩めることなく距離を詰めるアルテラに、思わずその動きを止める。

 

 対魔力B。魔術の存在しないであろうこの世界に於いては役に立たないかと当初は思われていたが、それはブレス攻撃の威力の軽減に作用した。とは言え、ディアウス・ピターほどのアラガミのブレスともなればその威力も相当なもの。

 軽減されているとはいえ、全身を刺すような痛みが襲い、それに伴って身体の痺れを感じていた。それでもアルテラは動きを止めない。ディアウス・ピターが見せた隙を逃すことなく、勢いそのままに軍神の剣をその顔に突き立てた。

 

「Goaaaaaaaaaaa!?」

 

 絶叫をあげてのたうち回るディアウス・ピターに振り回されて、軍神の剣を掴んだままのアルテラは全身を強かに打ち据えられる。それでも尚、軍神の剣を離さないアルテラ。

 白かったクレイドルの制服は朱に染まり、身体から髪に至るまでを血で汚しながら剣を手離さないその瞳には、仄暗い光が宿っていた。

 

 ディアウス・ピターは暴れ続け、それに疲れたのか体勢を崩す。その瞬間、赤い瞳がカッと見開かれた。

 

「『軍神の剣(フォトン・レイ)』!!」

 

 突き立てられたままに軍神の剣の刀身が回転を始め、回転を邪魔するディアウス・ピターの体組織を抉り砕く。悲鳴すらあがらず、最早その顔は原形を留めてはいなかったが、アルテラは残りの魔力を全て注がんとばかりに過剰な破壊を行う。

 

 そこに込められているのは怒りか、悲しみか、また別の何かなのか。八つ当たりであることは自覚しながらも、その行いは魔力が尽きる寸前まで止むことはなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『アルテラさん! アルテラさん!!』

 

 ヒバリの悲痛な叫びにふと我に返る。一体どれだけこうしていたのか。未だいつも通りには働いてくれない頭をノロノロと回転させ、とにかく誰か生存者はいないかと血溜まりを探す。

 

「誰か、誰か生きている者は……!?」

 

 その身が汚れることなど厭わずに転がる『何か』を手当たり次第に確認し、反響して通る声で呼び掛ける。応える者は――いない。全滅なのかと顔を上げた時、崩れて光が射し込む壁の付近で何かが動いたことを察知した。

 

 急いで駆け付けると、そこに居たのはまだ5、6歳程度の男の子。この中では、一番まともな状態ではあった。ヒュー、ヒューと弱々しくも呼吸をしていることから、まだ生きていることが分かる。だが、一目見て理解できてしまう。

 

 ――この子はもう助からない。

 

 身体には深く、恐らくは爪で抉られたのであろう傷が刻まれ、四肢を片方づつ欠損している。顔色も悪いことから、血を流しすぎているのだろう。

 

「…み、んな……皆、は……?」

 

 アルテラが側に来たことに気付いたのだろう。か細く、注意しなければ聞き逃してしまいそうな小さな声で、すがるような声音で男の子は問う。

 

 きっと、目も霞んでいることだろう。意識も途切れ途切れなのだろう。それでも他の子の安否を気にして意識を保つ少年を、アルテラは優しく抱きしめる。壊してしまわないように、優しく。

 

「皆は、無事だ。……よく頑張ったな。疲れただろう? 少し休むといい。大丈夫、俺が側にいる。目が覚めたなら――また皆と会えるから」

 

 少年からすれば、声の正体など分からない。声質から男性であることには気付けても、その言葉が本当なのか、信じていいのかも分からない。ただ、身体を包む暖かな温もりだけは確かなことだった。

 

「そっか……良かっ、た……」

 

 安堵したように目を閉じる少年は、意識が途切れる寸前、もう一度だけ口を開く。

 

「……ありがとね……お兄さん」

 

 その言葉を最後に、少年はその身を包む温もりに身を任せて、意識を落としていく。眠りに落ちる最後の最期まで、彼は優しい温もりを感じ続けていた。

 

「――――」

 

 脱力した体を抱き締めたまま、アルテラは涙を溢す。今、眠りに落ちたこの少年は果たして、安心して逝くことができたのだろうか。最期の言葉は、その疑問を氷解させてくれていた。

 

 救われたのは――どっちだ。

 

 手を伸ばすことすら出来ず、間に合わなかったアルテラは確かに、少年の言葉で救われていたのだ。行き場のない遣る瀬のない想いは、涙と共に流れ出していた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 気付いていた。

 

 通信機の向こう側から伝わるアルテラの様子がおかしいことから、きっとそういうこと(・・・・・・・)なのだろうと。

 

 今まで聞いたこともないほどに声を荒らげ、感情的に戦っていたところで、半ば確信となった。

 

『皆は、無事だ。……よく頑張ったな。疲れただろう? 少し休むといい。大丈夫、俺が側にいる。目が覚めたなら――また皆と会えるから』

 

 聞こえてくる遣り取りで、これが現実なのだと認識した。押し殺したような嗚咽が響き、ヒバリは自分の感情が溢れてくるのを抑えきれなくなってしまった。

 

 これ程までに、悔しさを感じたことがあっただろうか。これ程までに、遣る瀬のない悲しみを感じたことがあっただろうか。

 

 直接現場に居合わせた彼は、こんなものでは済まなかっただろうことは容易に想像できた。自分の感じたものよりもずっと強烈に、痛烈に感じているであろう青年を想い、ヒバリは目を伏せる。

 

 書類を濡らす雫は、暫く止むことはなかった。

 

 

 

『ヒバリ』

 

 響く声に意識を戻す。ヒバリは潤んだ瞳を拭いながら、出来るだけ不自然にならないように「はい」と短く応答をした。

 

『悪いが、アナグラに帰るのは遅くなる。孤児院への説明は此方でしておくから、その点は気にしなくていい。業務時間内に戻ってこなくても、俺のことは気にせずお前はそのまま休め』

 

 『それではな』と言うだけ言って通信を切ってしまうアルテラ。色々と言いたいことはあったのだが、それらは全て彼の気持ちを汲んで胸の内に仕舞うことにした。

 

 一つ大きく深呼吸をする。完全に、とまではいかないが、取り敢えずは業務に支障をきたさないくらいにまで気持ちを落ち着けると、再び業務へと取り掛かる。

 

 『待たなくていい』とは言われたが、ヒバリはその言葉を守るつもりは更々なかった。ただでさえ心配していた青年のことだ。それに、やはり「おかえりなさい」と迎えるまでが自分の仕事であるはずだ。そうに違いない。

 

 若干の言い訳じみた考えのもと、業務をこなしたり、休憩をとったり、帰ってくるゴッドイーター達を迎えたりとしている内に時間は過ぎていく。

 

 沈む太陽が空を黄昏に染め上げる。

 

 ――まだ、彼は帰ってこない。

 

 日が沈み、夜の帳が下りる。

 

 ――まだ、彼は帰ってこない。

 

 既に業務時間は超えており、アナグラは昼とは違った静けさに満ちている。未だ帰ってこないアルテラを、ヒバリはそわそわと落ち着かない様子で待ち続けていた。

 

 そうして日が変わろうかという時間になった時、ゲートが開く機構的な音が静寂を破る。それに反応して勢いよく顔を上げるヒバリ。

 

「……ヒバリ?」

 

 現れたのは待ち望んだ青年。全身を赤黒く汚し、クレイドルの制服は所々がぼろぼろになっており、顔には多少の疲れが見えるが、それでも無事に帰ってきてくれたことに安堵した。

 

 驚いたように名前を呼ぶアルテラに対して気にすることはない意を首を振って示すと、ヒバリは心からの笑みを溢した。

 

「――おかえりなさい、アルテラさん」

 

 数瞬、面食らったかのように呆けていたアルテラだったが、ヒバリの意を察するとふっ、と脱力。それから同じように笑みを見せた。

 

「――ああ、ただいま、ヒバリ。待たせてしまって、ああいや、違うな――待っていてくれて、ありがとう」

 

 汚れていてなお、それどころか汚れているからこそより輝いて見える宝石のような赤い瞳。そして綺麗な笑顔。それが今、自分だけに向けられている。その事がどうしようもなくヒバリの心をくすぐる。

 

 暫しアルテラの笑顔に見惚れた後に、そんなことを感じてしまう自分の胸の内に気付いてハッとする。その動揺を隠すように立ち上がり、話題を変えることにした。

 

「あえっと、その、こ、コーヒーでも飲みますか?」

 

 訂正、あまり隠せていなかった。

 

 アルテラに少し訝しんだような表情をされはしたが、結果的には了承の返事を貰うことに成功。「汚れを落としてくる」と体を洗いに行ったアルテラより一足先にラウンジでコーヒーを淹れることにした。

 

「…………」

 

 無言でコーヒーを淹れながらアルテラを待つ。ラウンジには人がおらず、コーヒーの匂いがその空気を徐々に浸食していく。その香りを心地よく感じながら、思い出すのは先程のアルテラの顔。綺麗な笑顔に影を落とす涙の跡だった。

 

 そうこうしているうちにアルテラがラウンジへと入って来る。コーヒーを淹れたカップを渡し、礼の言葉を聞きながらアルテラの隣の席へと腰を掛ける。その際にチラリと顔を伺うと、洗い流されたのか、既に涙の跡は残ってはいなかった。

 

「……美味しいな」

 

「ふふっ、ありがとうございます。お代わりもありますよ?」

 

 ポツポツと、途切れ途切れに会話が続いていく。しかし、沈黙は決して気不味く感じることはなく、穏やかで心地のいい空間がそこにはあった。

 

 ヒバリはこの時間を心地よく感じながらも、先程見た涙の跡が引っ掛かってしまっていた。何があったのかを聞きたい浅はかな好奇心と、アルテラを心配する紛れもない本心とが入り交じる複雑な心境。それが自己嫌悪へと繋がる。

 

「何か聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

「――え?」

 

 心臓を掴まれたかのような驚き。自分は今、間抜けな顔を晒しているだろうな、と他人事のように感じた。アルテラはただ、ヒバリを真っ直ぐに見据える。

 赤い瞳が自分の全てを見透かしているように錯覚して、そして気を遣うつもりが逆に気を遣われることになって、居心地の悪さを感じたヒバリは視線を逸らす。

 

 本当に触れてしまっていいのか。聞きやすくしてもらったにも関わらず、踏み込む勇気を出せずにいたヒバリの背を、アルテラはそっと押した。

 

「ヒバリ、気にするな。待っていてくれたんだ。お前が望むなら、話すことに躊躇いはない」

 

 優しい眼差しで、優しい声音で、どこまでも此方を気遣ってきて。

 

 ああ、本当に――本当にこの人は。

 

 その優しさに、どこまでも甘えてしまいたくなってしまう。そんな内心をそっと押し留める。支える側の私がそれではいけないと。

 

 しかし、ここまで言わせてしまっては仕方ないだろう。またも自分の中で言い訳じみたことを考えて苦笑する。

 

 結局、ヒバリは言葉に甘えてアルテラから一部始終を聞くに至った。通信機から伝わっていたまでのこと。そしてその後のこと。

 

 アルテラは亡くなった子供達を全員弔ってきていた。教団の人間については、明らかに子供用ではないローブのようなものが残っていただけで、恐らくは捕食されたものと思われた。

 弔いを終えた後、見つけていた子供達の遺品を持って孤児院へと向かい、事情の説明と遺品の返還を行った。その際に院長の女性にお礼を言われたことを、悲しそうに語った。

 

 全てを聞き終えたヒバリは「そうですか」としか言うことが出来なかった。下手な慰めなど、なんの価値も持たない。また、分かったようなことなど言おうものなら、それこそアルテラの想いを侮辱することになる。

 だからと言って、何も言わないことが最善だとも思えない。しかし掛ける言葉が見つからない。そんなジレンマに気付いてか気付かずか、アルテラはポツポツとまた話始めた。

 

「助けられなかった……などと言うのは傲慢だな」

 

「傲慢、ですか?」

 

「ああ。間に合わなかった者に、そんな事を言う資格はないだろう」

 

「アルテラさん……」

 

「……何と言えばいいのだろうな。悲しい、悔しい、苦しい。何より、そう、遣る瀬ない、というのが一番強いな。感情を向けるべき相手ももう居ない。只々、遣る瀬ない。……こればかりは、時間が解決してくれることを待つしかないな」

 

 言外に「だからお前は気にするな」というニュアンスを含めてアルテラはヒバリに視線を向ける。またも気を遣わせてしまったことに気付き、ヒバリは自身を恥じた。

 

 どうしてこう上手く出来ないのかと自己嫌悪に陥りそうになり、これでは堂々巡りだと空気を切り替えるために自分のコーヒーのお代わりを淹れるために立ち上がる。アルテラに尋ねるも、もう十分だとカップを洗おうとしたので、流石にこれは私がやらなくてはと使命感に駆られ、やや強引ながらも引き渡してもらった。

 

「…………」

 

 コーヒーを手に戻ると、アルテラがテーブルに突っ伏して眠っていることに気付く。こんな短時間で眠ることから、どうやら相当に疲れていたらしい。 ……コーヒーを飲むと眠れなくなるというのは嘘だったのかもしれない。

 

 こんなところで眠っていたら風邪を引くかもしれない。

 

 そう思いはしたが、わざわざ起こして眠りを妨げるのも気が引けた。ヒバリは暫くアルテラの寝顔を眺めながらコーヒーを飲み、それが無くなると毛布を取りにラウンジを後にする。

 

 再び戻って来るとアルテラに毛布を掛け、自分は隣の席へと座る。そして座ってからふと思う。

 

 ――どうしてまた座っているんだろう。

 

 もう自分が残っている必要はないだろう。アルテラは眠り、これ以上ここに居たとしても特に何があるわけでもない。ただ、何だか自然と此処に座ってしまっていた。

 

「――――ん」

 

 眠っているアルテラが身動ぎをする。何とはなしに、自然と反応してヒバリは顔を向けた。

 

「あ……」

 

 閉じられた瞳からは、一筋の涙が零れ落ちていた。不謹慎だとは自覚しながらも、ヒバリにはそれがとても美しく思えた。

 

 手を伸ばし、指先で雫を掬う。

 

「時間に任せるだなんて、嘘ばっかり。辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと言えばいいんです。 ……だけどきっと、貴方は言わないのでしょうね」

 

 自然と頬が緩む。

 

 これは、模範的なオペレーターとしては正しくはないのかもしれない。理性的な部分が行動を否定する。

 

(でも、今は業務時間外ですし。今の私はオペレーターではなく、ただの竹田ヒバリですから。だから――)

 

 だから、今だけは――。

 

 両手を、眠るアルテラの右手へと重ねる。右手からアルテラの温もりが伝わってくる。此方の温もりも、アルテラへと伝わっているだろう。

 

「大丈夫です、アルテラさん。貴方は独りにはなりませんから、きっと乗り越えられます。だから、今は休んでいいんです」

 

 どうか、穏やかな夢を見られますように。

 

 温もりに乗せた想いは、果たして――。

 

 

 

 暫くの時が経ち、灯りが点いたラウンジには二つの影が在った。

 

 手を重ね合ったままに眠る二人は、どちらも穏やかな顔をしており、心なしか微笑んでいるかのようだった。

 

 

 

 

 

 翌朝、それを見つけたムツミによって一騒動が起こったことは余談である。

 





 対魔力B:当然、GOD EATER世界線に魔術なんぞありゃしません。でもアラガミって神秘っちゃ神秘だし、そこから吐き出されるブレスなんて神秘の塊じゃないか(錯乱)! というかこれだけ使い道がなかったので、こういう風にするでもなければいらない子になってしまうので登場。設定遵守?大丈夫、設定n(ry。


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華麗なる新人達(一人目)


 長くなりましたので分割して2話同時投稿ですので悪しからず。
 中途半端に途切れているのはそういうことです。



 第1部隊、通称討伐班。

 

 暫定的にコウタ一人となってしまっていた第1部隊だが、遂に人員が補充されることが正式に決定した。

 

 配属されるのは誰であろう華麗なるゴッドイーター、の血を引くエリナ・デア=フォーゲルヴァイデとその自称ライバルであるエミール・フォン=シュトラスブルクの2名である。

 

 コウタの初となる部下としては少々アクが強い気がしないでもないが――特にエミール――隊長として、そしてゴッドイーターの先輩として、是非とも後進の育成に努めてほしいと激励しておいた。

 

 正史通りであるなら諸々の問題点はいずれ、ブラッドの隊長が来てから何とかしてくれるだろうから丸投げでいいだろう。

 

 

 

「おーい、アルテラ! 待ってたぜ!」

 

 ――と思っていたのだが。

 

「……一応聞いておくが、俺を呼んだ理由は?」

 

「いやー、俺一人だけじゃ色々と見きれないところがあるからさ。アルテラにも手伝ってもらいたいんだよ」

 

 言いつつ手で示されたのは、二人のゴッドイーター。言うまでもなくエリナとエミールである。二人とも現れた知らない人間に対して訝しげな顔を――いや、エミールは何か興奮してるわ。

 

 コウタに呼ばれて来てみれば、示されたのは新人二人。後は分かるね? ……分かりたくないです。

 

「俺は神機の扱いは知らない。そういったことはユウかアリサあたりが適任だと思うのだが……」

 

「神機についてとかは俺が教えるからさ、アルテラには戦い方を教えてほしいんだ。俺が遠距離でアルテラが近距離。役割としてはぴったりだろ? ユウとかアリサとかはあんまり帰ってこないし、アルテラは強いから適任だと思うんだよ」

 

 俺のささやかな抵抗の意思は、笑顔のコウタによる正論でもって砕かれた。くそぅ、この爽やかイケメンめ。いつからそんなに大人っぽくなったんだ。服装か、服装変えた時からか。

 

 しかし、実際問題ゴッドイーターではない俺が教えることなど余り無いような気がするのだが。得物も違うし。コウタは一体俺に何を期待しているのやら。

 

 思いつく可能性としては、純粋に戦闘技術を参考にさせようとしている。もしくは新人二人連れての任務で不慮の事態が起こった場合のカバー要員。大穴、特に何も考えてない。……いや、流石にそれはないか。……ないよね?

 

 とは言え、特に断る明確な理由が有るわけでもない。敢えて言うのなら、新人の将来に対する責任の一端を負いたくないという程度の薄っぺらい理由ならあったりする。まあこんなものは、コウタの頼みを断る要素とはなり得ないわけで。

 加えて言うのであれば、今までに一緒に任務に行ったことのあるゴッドイーター達にも指導、ではないのだが、思ったことがあればその都度伝えたりもしているので今更な話である。

 

 コウタは座学はあれだが、どうしようもないほど頭が悪いわけではない。俺に対して何かしらの期待を感じているのなら、その期待に応えることにしよう。

 

「……分かった。お前が何を期待しているのかは知らないが、出来る限りの協力はする。いつも通りに思ったことを言っていけばいいか?」

 

「おう、それで頼むよ! ……と言うわけで、しばらく一緒に任務に同行してもらうことになったから。ほら、挨拶挨拶」

 

「フッ……僕はエミール。栄えある第1部隊所属の騎士、エミール・フォン=シュトラスブルクだッ!」

 

 髪をかきあげ、役者張りの大袈裟な身ぶり手振り。それから目を大きく見開かせ、彼は名乗りを上げた。うん、取り敢えず声が大きい。それと第1部隊所属なのはわざわざ言わなくても分かっている。

 

 そして近い。こう、対面して伝わる圧が凄いのだ。名乗りながらズイズイ寄ってくるんじゃない。何を興奮してるのか知らないが俺にそっちの気はありません。引き気味に「あ、ああ……」と返すのが精一杯だった。

 

「……エリナ・デア=フォーゲルヴァイデです。よろしくお願いします」

 

 そんな遣り取りを素知らぬ顔で自己紹介するエリナ。こっちは逆に距離感が凄い。全身から素っ気ないオーラが漂っている。

 

 対称的な二人だな、とぼんやりと思いながら自分も自己紹介をしようとしてはたと気付く。エミールはまだしもこの状態のエリナにゴッドイーターではないなどと自己紹介をすれば、面倒な説明が必要になる。まあ腕輪を着けてない時点でバレバレなのだが、無駄に警戒心を高めさせる必要もないだろう。

 

 ではなんとするか。

 

 視線を下げてみると視界に入る白い制服を見て、そういえばこれがあったと内心苦笑しながら自分も挨拶をした。

 

「独立支援部隊クレイドル所属、アルテラだ。しばらくの間、よろしく頼む」

 

 「クレイドルと言っても、臨時の隊員だがな」と付け足しておくのを忘れない。その際にコウタと目が合って、互いに苦笑を溢した。

 

「挨拶も済んだことだし、そろそろ行こうか。諸々のことは移動中に話し合うってことで」

 

 コウタのその言を音頭に、俺たち四人(第1部隊プラスα)は任務へと出立していった。

 

 

 

「アルテラさん、お気を付けて」

 

「お前やっぱりヒバリさんと!?」

 

「だから誤解だと」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 道中、戦術面や任務内容等について話し合いながら目的地へと進んでいく。どうやら新人二人は通過儀礼のようなものとなっている小型アラガミの群れの討伐は既に終えているらしく、丁度今日から難易度を上げて中型の討伐へとステップアップするらしい。まあコウタはそれを見越して俺に協力を要請したんだろうけど。

 

 そんなわけで、栄えある新人の踏み台となる中型アラガミ第1号は、極東においては最早カモ以外の何者でもない! とユウちゃんが豪語するコンゴウ君である。特筆するべきことが耳がいいくらいしかなく、踏み台として討伐されるという悲しき運命を持つアラガミだ。

 

 聴覚の発達ゆえに戦闘音を聞きつけて乱入してくる点は少々鬱陶しいが、某雪猿のごとくバックステップと同時に蹴りを加えてくるようなアクロバットな動きをするわけでもなければ、尻尾を振り回して薙ぎ払うような攻撃をするわけでもない。

 要は常に背後を取るように立ち回っておけば、大体なんとかなる。時々の体の振り回しとブレスにさえ気を付けておけば、新人とは言え遅れをとるようなことはないだろう。

 

 そんな極東に染まりきった脳筋思考を有する俺とコウタを主導とした作戦会議は、新人二人が主体的に戦って俺たちはそのサポートという結論に落ち着いた。まあコンゴウ程度のアラガミに全力で軍神の剣を振るった場合、下手すれば一撃で倒してしまいかねないからね、仕方ないね。

 

 新人二人はほぼ安全に経験を積めて、俺たちはその動きをよく見ることができる。単純ながらメリットの大きい作戦だろう。

 

 任務内容はコンゴウ基本種1体、お伴の小型アラガミ少々を添えて。俺たちの役割としては、小型の乱入を防ぎながらエリナとエミールの戦闘の補助ということになる。実に楽なお仕事である。最近はサカキ博士の無茶振りを聞いていたせいか、余計にそう感じる。 ……あれおかしいな、目から汗が。こんなブラックに誰がした。

 

「覚悟するがいい、闇の眷属よ! 僕と、このポラーシュターンの輝きを――」

 

「いいから戦いなさいよ!?」

 

 二人の戦闘を見つつ、小型を殲滅しながらこんなことを考えていられるくらい楽なお仕事だ。嗚呼、素晴らしきかな通常任務。初めは少し面倒な気がしていたけど、こんなに楽ならもうずっとこのままでいいと思えてきてしまう。

 

 コクーンメイデンは案山子だし、オウガテイルは脆いし。何より戦うのが一人じゃないということが良い。負担が減って万々歳だ。今度サカキ博士の無茶振りがきたら、この手伝いを理由に断ろう。むしろ全部断ろう。

 

 ……ああ、でも時たま真面目なやつとかもあるからそれは引き受けなくては。それ以外はスルーでいいだろう。しつこいようであれば、書類の山を崩壊させることも辞さない。「書類を抱いて溺死しろ」くらいは言ってやる。

 

「エミール、そっち行ったわよ!」

 

「いいだろう、掛かってくるがいい! この僕がいる限り、君達の好きにはさせない! 僕の、騎士の誇りにか――ぅぶほぁ!?」

 

「エミィィィィィィィィル!?」

 

「……元気だな」

 

 ブレスに巻き上げられて空を飛んでいくエミールを見ながら思う。今日は平和だな、と。

 

 

 

 

 何度か危ない場面や、エミールが fly away することはあったものの、誰一人欠けることなく無事に任務は達成された。とは言え課題は山積み、というより初めから分かっていた、というか。

 

「まずエミール」

 

「皆まで言わなくても分かっているさ。僕の華麗な勇姿に目をうば――」

 

「お前には『前口上はいらない』とか『さっさと攻撃しろ』とか色々と言いたいことはあるが……」

 

「全部言ってますけど……」

 

 シャラップ、エリナ。エミールの戯れ言とエリナのツッコミはおいといて、だ。やはりと言うか何と言うか。ブーストハンマーを活用する上でエミールには重大な欠陥があるのだ。

 

 予想はしていたことだが、実際目の当たりにすると勿体無いとしか言いようがない。任務達成率向上のためにも、円滑な任務達成のためにも、やはりいち早くの自覚・強制が必要だ。

 

 え? ブラッドの隊長に任せるのはどうしたって?

 

 知るかそんなこと。手伝いを決めた以上、半端な仕事をするつもりはない。そもそもブラッドが生まれない可能性もあるわけで。早めに強くなるに越したことはないだろう。だって極東はブラックだからネ!

 

「エミール、何故『罠』や『スタングレネード』を活用しない? お前の神機を活かすには、敵の足を止めるのが最も手早い道だろう」

 

「それは……。 ……ふっ、見抜かれてしまったのなら仕方ない。君の慧眼を評して白状しよう。 ……考えてしまうんだ。いくら敵は悪逆非道なアラガミとは言え、そんな卑劣な手段を講じていいのか? 騎士ならば、もっと正々堂々と己の腕のみで戦うべきではないのか?!」

 

「……いいかエミール。誇り、矜持、信念。これらを持つことは大事なことだ、否定しない。それは良いだろう。だが――お前は何だ、エミール」

 

「僕が、何か……?」

 

「お前は、騎士ではないのか? 自身を騎士と称して戦うのであれば、騎士足らんとするのであれば、誇りより矜持より信念より先ず何よりも――騎士であるならば人を守れ、エミール・フォン=シュトラスブルク」

 

「――――!!」

 

「アラガミの脅威から人を守るために『罠』や『スタングレネード』を使うことは恥ではない。倒せるはずが倒しきれずに逃してしまい、誰かが犠牲となってしまうことこそ恥じるべきことだ。人を守るよりも大事な決意など捨ててしまえ。そもそも、正々堂々戦うにはお前はまだ未熟だ。そういうことは強くなってから言え」

 

「……なんて……ことだ……ッ!!」

 

 握り締めた拳を震わせて顔を俯かせるエミール。その表情を伺い知ることはできないが、反応から見てそれなりの効果は期待できるだろう。流石に一度言った程度で改善すると思うほど楽観視はしていないが。

 

 だが改善は必須だ。ブーストハンマーの威力を活かすには、やはり動きを封じてタコ殴りが一番いい。そのための第一歩がこれだ。これが改善次第、スタンさせる段階に移るつもりだ。

 

 しかして、予想は裏切られる。顔を上げたエミールは、真剣な面持ちで叫んだ。

 

「僕を殴ってくれ!!」

 

「任せろ」

 

「ごふぅっ!?」

 

「ちょぉぉぃ!? 何やってんのアルテラ!?」

 

 言われた通りにエミールを間髪いれずに殴ったのだが、コウタにツッコまれた件。違うんです、反射的に手が出てしまっただけなんです。だからそんなドン引かないでエリナ。

 

 いやまさか此処で「殴ってくれ」を言われるとは思わなかったから、テンパった結果即断即決で殴っただけなんだ。 ……即断即決で殴るとかヤバイな俺。休みを貰わなくては。癒しが足りないんだきっと。

 

「ま、待ってくれ。決断が早いのは素晴らしいが、話は最後まで聞いてくれ。 ……君に言われて気付いたんだ。僕の人々を守るという覚悟が足りなかったことを。人々を守ることより、己のプライドを守ることを優先してしまっていただなんて……ッ!! 今すぐに改めようとは思うが、それだけでは僕は自分を許せない。だから、これはけじめなんだ。今までの情けない僕から変わるために、そのために、僕を殴ってくれ!! 遠慮は要らない!! さぁ!! 殴ってくれ!!」

 

「……いいだろう」

 

「いつでも来い!!」

 

 目を閉じて歯を食いしばるエミールから俺は一歩、二歩と距離を取っていく。ああ全く、素晴らしい覚悟だエミール。だから此方も全力を以てそれに応えよう。

 

 魔術回路を起動、魔力を全身に行き渡らせて身体強化をしながら、体を深く沈める。一つ大きく息を吐き、視線の先にエミールを捉える。瞬間、魔力放出でその場から消えたかと見紛う速度で接近しながら右手を大きく振りかぶる! 

 

「はあっ!!」

 

「ごはぁぁぁぁああ!?」

 

 ――完璧だ。

 

 全てのエネルギーを右手に一極集中させて放った理想の一撃。まさしく完璧な――アッパーだった。

 

 ドシャッ! とエミールの落下音を聞き終えてから、振りきって残心していた右手を戻す。これでエミールの頭もスッキリしただろう。

 

「エ、エミィィィィル!?」

 

「……す、素晴らしい……一撃だっ……た……ぐふっ……」

 

「エミールが死んだ!」

 

「この人でなし!」

 

 何故それを知っている。

 



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華麗なる新人達(二人目)

 

 沈んだエミールはコウタに任せて、俺はもう一人の方へと向き直った。

 

「次、エリナ」

 

「ひぃっ!?」

 

 悲鳴をあげられた。泣きそう。普通に傷ついたよこれは。後ろでコウタが「エミールは!? エミールは無視なのか!?」なんて言っていることなど気にしていられないレベル。

 しかし、問題としては此方の方が危うい。自分の精神状態など気にしている場合ではない。少しばかり弱った心を奮い立たせて、体ごとエリナへと向き合った。

 

「エリナは……何と言うべきか……。 ……うん、率直に言うが――お前は一体何を焦っている?」

 

「…………」

 

 返ってきたのは沈黙。とは言え、視線をさ迷わせていることから、肯定していることが丸分かりだ。沈黙は是なり。最も、新人が焦りそうなことなどおおよそ検討はつく。

 

 早く強くなりたい。

 

 早く一人前だと認められたい。

 

 目指すべき場所までは知りようもないが、焦る要因としてはこの辺りだろう。特に、彼女がエリナ・デア=フォーゲルヴァイデであるならば尚更。

 

「――弱い自分が嫌か?」

 

「…………!」

 

「守られるばかりは耐えられないか? 自分も皆と肩を並べて戦いたいか? ――だが、その焦燥は全くの無意味だ」

 

「な、そんなことっ!」

 

「いいや、無意味だ。お前に足りないのは経験と心の余裕。だが、その二つともに焦って解決するものではない。力が足りないのは、新人である以上は仕方のないこと、そうじゃないか?」

 

「……確かに、そうかもしれません、けど……それじゃあ駄目なんです! 仕方ないなんて言葉で済ませたくない! 私も、私だって、華麗に戦えます!!」

 

 今日の任務中にあった幾つかの危うい場面。それらは全て、エリナの無理な攻撃が原因となっていた(ただしエミールが飛んだことは除く)。その都度、コウタのフォローが入って事なきを得ていたが、それが無ければ負傷は免れなかっただろう。

 

 仲間のフォローを計算に入れての行動だったならまだしも、あれはどう見てもそうではなかった。今日の任務はエリナとエミール二人が主体となって戦うと決定されていた以上、無理な突貫は褒められたことじゃない。

 

 一人欠けただけでも、戦闘の難易度はぐっと上がる。何より、動揺は避けられないだろう。であれば、無理無茶無謀は必要ではないのだ。

 

 

 ――エリナの戦い方は危うい。

 

 それが、戦闘を見ての素直な感想だった。

 

 

 だがそれでも――。

 

 意地の悪い言い方をしてしまったが、それでも彼女は意思を曲げることはしなかった。思わず笑みが溢れてしまう。

 

 此方の心配は余計なお世話だったのかもしれない。色々と足りないところはあるが、彼女の覚悟は紛れもなく本物だった。頑固とも言えるけれど、貫き通そうとする姿勢は好ましく思う。

 

 なら俺は、それに応えるだけだ。

 

「……分かった。ならエリナ、お前にその気があるのなら――」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 任務から帰投し、ところ変わって訓練室。申請を済ませて一人そこへと向かう。手には軍神の剣、ではなく三条の色彩を放つハリセン。

 

 何を隠そうこのハリセン、サカキ博士の悪ふざけによって作られた、無駄に技術の粋を詰め込んだハリセンである。と言っても別にレーザーが放てるとかそういった機能は付いていない。殺傷力は zero だ。

 

 何が凄いのかと言えば紙のような軽さにも関わらず、叩かれると尋常じゃなく痛い。それはもう涙目になるくらいには痛い。ただひたすらに痛い。なのに跡は残らない。それだけである。

 

 実に下らないハリセンなのだが、今回はこれが役に立つ。どうせ廃棄予定のゴミのようなものだったのだ。有効活用するのだから文句はないだろう。

 

 訓練室へと辿り着くと、そのまま何をするでもなく待つ。そうして何分か経ったかという頃、扉が開かれた。

 

「――来たか」

 

「はい……って、え、ハリセン?」

 

 入ってきたのは神機を携えたエリナ。強くなりたいのならと、訓練を提案したところ彼女がそれを了承。任務後の小休止を挟んで現在となる。

 

 当然、ただ普通に訓練をするつもりなど毛頭ない。此より先は地獄。痛みを堪え、萎れる心を克己させ、そして成長しなければならない。要は――荒療治である。

 

 手早く強くなりたいというのならば、それ相応の方法が不可欠。等価交換の法則は絶対なのだ。

 

 簡潔に方法をエリナへと説明する。俺がハリセンで攻撃するから、エリナはそれを回避して反撃する。というのが最終目標であり、取り敢えずは防御できれば及第点となる。

 実に脳筋なやり方だが、戦いにおいて一々考えながら行動する暇などそうない。その為、考えるより先に体が勝手に反応するくらいがいい。そしてそれを体に覚え込ませるには、痛みが一番時間がかからないだろう。誰だって痛いのは嫌だろうし(マゾは除く)。

 

「でも、神機が当たっちゃったら危ないですよ?」

 

 心配げにエリナは尋ねる。優しさは有り難く受け取りつつも「心配はいらない。当たらないからな」と鼻で笑って煽っておく。やだ、最低。煽りを受けたエリナは、頬をピクピクと引き攣らせながら神機を構えた。迷いは消えたらしい。

 

「……絶対ぶち当てますっ!!」

 

「全力で来い。だが、最初に言っておく。このハリセン――死ぬほど痛いぞ?」

 

 言うが早いか、エリナが動作へと移る一瞬の虚を突いて魔力放出で眼前へと移動。目を見開き固まるその頭部へとハリセンを振り下ろした。

 

 パァンッ!! と胸がすくような心地の良い音が響き渡る。その一瞬の後――。

 

「い゛っだあぁぁぁぁぁあああ!?」

 

 頭を抱えたエリナの絶叫が訓練室に木霊した。女の子があげてはいけない声をあげたことは聞かなかったことにする。

 痛みから立ち直った後に抗議を受けたが、口八丁でさらりと躱す。辛いなら止めるかと聞くが、そこはプライドが許さないのだろう。絶対に一撃を入れてやると瞳を燃やして意思を固めた。ならばと訓練続行。

 

 そうしてどれだけ時間が経ったのだろうか。

 

 もうエリナの絶叫も聞きすぎて麻痺してきた。初めは此方の速度に全く反応すら出来ていなかったエリナだが、恐ろしいくらいの成長速度で段々と捉えられるようになり、取り敢えずの目標の防御は既に出来るようになっていた。

 

 俺としてはこの先はまた今度としたかったのだが、今の感覚を忘れたくないとの言葉で続けざるを得なくなってしまい、止めるに止められない。一撃を入れたいというエリナの意思が固すぎて辛い。

 

 ふと、今の状況を鑑みる。

 

 ハリセンの痛みから涙目になり、頬を上気させている若干14歳の美のつく少女を前に、謎の三色ハリセンを持つ白い印象の男。

 

 アカン、どう見ても犯罪や(白目)。

 

 百人中百人が俺をギルティと判決する状況を自覚し、顔には出さないまでも内心で焦りまくる。これはいかんと、やんわりと訓練止めようの意思を訴えてみた。

 

「まだ、続けるのか……?」

 

 もう止めません? 主に俺の精神的安寧の為に。一日で全部やることはないと思うんだ、うん。

 

「……やり、ます。やらせてください! もう少しで、出来そうなんです……!」

 

 絶叫のし過ぎで枯れ気味な声を張り上げてエリナは再び神機を構えた。こう言われてしまっては、俺が止めるわけにはいかない。エリナの姿勢に呼応するように、俺もハリセンを構えた。

 

「なら、行くぞ――覚悟の程は十分か?」

 

「いつでも!」

 

 魔力放出からの接近。もう何度も繰り返したパターンであるだけに、エリナも反応して近付かせまいと牽制に神機を振るう。それを逆方向に魔力放出をして勢いを殺すことで躱すと、振るった直後の一瞬の硬直を狙って踏み込んでハリセンを横に一閃。

 

 ――当たる。

 

 直感的にそれを察した。ハリセンが体へと当たるまでの引き伸ばされた時間の中で見たエリナはしかし、それでも諦めてはいなかった。

 

 エリナは迫る一閃から逃れるようにその体を後ろへと引く、否、引くのではなく後ろへと倒れ込むことでその一撃を回避した。

 

「やあぁぁぁ!!」

 

 倒れ込みながら振るった神機。咄嗟に腕を戻そうとするも一歩間に合わず、エリナの一刺が三色のハリセンを貫いた。

 

 地面へと倒れて短く唸るエリナの荒い息遣いが、やけに室内に響いたような気がした。

 

 神機の一撃で使い物にならなくなったハリセンを見て苦笑を一つ。まさか一日でここまで出来るようになるとは思いもよらなかった。いつからエリナは成長チートな娘になったのだろうか。

 

 何はともあれ、此方のふざけた速度に付いてきて、あまつさえ反撃までしたのだ。これで早々アラガミに遅れをとるような事態にはならないだろう。

 

 倒れたまま胸を上下させて息を整えているエリナへと手を差し出す。きっと今自分は頬が緩んでいることだろう。

 

「良くやった、エリナ。正直、ここまで出来るようになるとは思わなかった。立てるか?」

 

「っ、はいッ! ありがとうござい――わっ!?」

 

 引き上げて立ち上がらせるも、言葉の途中で膝が折れて倒れ込んで来るエリナを支え、様子を見てみる。どう見ても満身創痍。歩くのは厳しそうだ。

 

「す、すみません。ちょっと休んでから戻りますから、貴方は先に――あの、ちょっ、何を!?」

 

 返答を無視して横抱き、つまりお姫様だっこして持ち上げる。「は、恥ずかしいんですけど!?」との御言葉をいただいたが無視。いやだって考えた結果これがベストな気がしたし。

 

 肩に担ぐのはこう、絵面的にどうかと思う。物運んでるんじゃないんだから。ならおんぶはというと、色々とまずい。接地面積が大きい。まずい。静まれ浅ましい煩悩め。

 

 ほら、接地面積的な意味でも絵面的な意味でも、横抱きがベストじゃないか(確信)。

 

 終始羞恥心に苛まれ続けたエリナを部屋へと運び、長いように感じた一日は幕を下ろした。

 

 ハリセン? いいやつだったよ。きっと焼却されて灰色の塵に生まれ変わるだろうさ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 明けて翌日。

 

 特に昨日の疲れなど残っているように感じない自分の体に戦慄しつつ、ラウンジへと向かう。すると、丁度入れ違いに出てきたエリナと遭遇した。

 

「あ、おはようございます先輩」

 

「ああ、おはよう。 ……うん? 先輩?」

 

「はい、先輩です! 昨日はありがとうございました。おかげで、なんだか自信がついたような気がします。えと、その、これからもよろしくお願いします!」

 

 あんな鬼畜訓練をしておいて、何故こんなに感謝されるのかはよく分からないが、彼女がいいのならそれでいいのだろう。というわけで、細かいことは気にせずにこちらこそ、と返す。

 

 先輩呼びは、何だかくすぐったい心地だったが、悪い気はしなかった。それに、後輩女子に憧れがあったんだよね。

 

 若干の悦に浸っていると、エリナが何か言いにくいのか、口をもごもごとさせる。それはいいのだけれど、何故に顔を紅潮させるのだろうか。

 

 考えても仕方ないので、エリナの言葉を待つ。暫く懊悩していたが、意を決したのか両手を握り締めると、視線を合わせた。

 

「あの! もしよければ、なんですけど……これからも、訓練をつけてもらえませんか!?」

 

「……え゛」

 

 え、嘘だよね? 確かにまだ幾つかストックはあるけど、この子あのハリセンの恐ろしさを忘れてしまったのん? それともまさか。まさかだとは思うのだが、そっちの快楽に目覚めてしまったのか……!?

 

 そんな俺の内心を悟ったのか、エリナは焦った様子で訂正を入れた。

 

「ち、違いますよ!? ハリセンはもう御免です! 普通の戦闘訓練ですからね!」

 

 で、ですよねー。良かった。そんなことになってしまったら、もう償いようもなかったわ。勿論、訓練については用事がないときでならばと快諾。返答に嬉しそうに頷きながらエリナは去っていった。

 

 その後ろ姿をぼけっとしながら見送る。まあ今後も手伝いは続くので、すぐに顔を合わせることになるだろう。取り敢えずの問題はなんやかんやで解決したことだし、旨い飯が食べられそうで何よりである。便利だよね、なんやかんや。

 

「アルテラ」

 

 名前を呼ばれると共に肩にかかる衝撃に振り返ると、コウタが立っていた。どうやらたまたま今の話を聞いていたらしい。盗み聞き、よくない。注意すると普通に謝られたので飯を奢ることで許すとした。

 

 ただ飯に意気込んでラウンジへ行こうとすると、エリナが去っていった方向を見ながらコウタが笑う。「予想通りになったな」と。

 

「どういう意味だ?」

 

 思わず足を止めて意図を問う。もしやその予想とやらが、俺を手伝わせた理由かと。

 

「アルテラは知らないかもしれないけど、一緒に任務に行ったことのある奴等はアルテラに感謝してるんだよ」

 

「……? 感謝されるようなことをした覚えはないが」

 

「いやいや、目についたところはズバッと言ってくれるし、それだけじゃなくて解決まで導いてくれるってのがもっぱらの評判だぜ? 人に慕われる、というよりかは何か惹き付けるものがあるんだよアルテラは」

 

 指摘も方法の示唆も、全てはせっかく知り合った人に死んでほしくないという個人的なエゴからのものであるので、感謝されても正直なところ素直には喜べないところである。だがまあ、本人たちが感謝しているというのであれば、別にそれでいいだろう。わざわざ水をさすこともない。

 

 というか人を惹き付けるものがあるのなら、どうして誰もサカキ博士の無茶ぶりは手伝ってくれないんですか? いじめ? 最近では基本一人で資源回収とアラガミの間引きしてるんですけど。

 

「まあそんなわけで、あの二人のこともアルテラがいれば上手い具合にいくかなと」

 

 それって丸投げってことでは……。

 

 ジト目でコウタを睨んでおく。それを受けて両手をあげて苦笑すると、飯奢るからさ、と先にラウンジへと入っていった。

 

 見送って溜め息を一つ。自分もラウンジへと入っていく。飯を奢るという一言で少し気分が高揚してしまう俺は、安い男なのかもしれない。

 

 自分で自分に呆れながら、コウタの懐を寒くしてやろうと、ムツミちゃんにご飯をオーダーするのだった。

 





 感想にて女性のデフォルト名は霊代アキじゃないのかというご指摘がありました。全くその通りなのですが、引き継ぎをしなかった場合2のアーカイブに載る名前が神薙ユウであること、そしてユウという名前は男でも女でもどっちでもいけるということで此方を採用しています。


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神速・初

 

 夢を見た。

 

 光の道を歩く夢。

 

 どこまでも先へと続いていくその道は、果てが見えなく、しかしそれを歩くことに不安はなかった。

 

 果てが見えない。

 

 それは――とても素晴らしいことだ。

 

 道が途中で終わってしまうことがないのであれば、歩き続けることが出来る。迷って、立ち止まって、時には逆走することがあっても、先へと進むことが出来る。

 

 それは未来だ。それは希望だ。

 

 故に不安はなく、道を歩み続ける。

 

 道の途中、ふと肩をトントンと叩かれて振り返る。

 

『アルテラ』

 

 名前を呼んだのは、ユウちゃんだった。いつも通りの柔らかな微笑を湛えて一歩、自分より先へと踏み出して此方を振り返る。

 それに続くように続々と、関わってきた人達が肩を叩き、背を叩き、後方から前へと歩いてきて振り返る。

 

『ほら、行こう?』

 

 皆が自分を見るその瞳は優しげで、そして、お前も行くんだろう? と語りかけているように感じられた。

 

 ああ、と短く返答をして一歩踏み出す。それを確認した皆は嬉しそうに笑うと、視線を道の先へと向けて再び歩き出した。

 

 ああ――。

 

 その後ろ姿が――とても眩しい。

 

 その後ろ姿が――とても愛おしい。

 

 

 だから祈ったのだ。

 

 ――どうか、彼等の行く道がどこまでも続いていきますように、と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 眠りから覚める。

 

 何故だか、酷く寝覚めが悪い。思い当たることは夢の中であの荒野へと辿り着いたことくらいだが、別に今回が初めてというわけではなく今までにも数度、特に予兆もなく行き着いたことはあるので、きっと関係ないだろう。

 

 頭を振って気持ちを切り替えると、もはや習慣と化した行動をなぞり、ラウンジへと赴いて朝食を摂る。

 

 いつも通りのルーチンワーク。

 

 それは間違いない筈なのだが、寝覚めが悪かったからだろうか。胸の辺りをずっと不鮮明な違和感が襲っていた。そのせいか、ムツミちゃんの作ってくれた朝食をじっくり味わうことが出来なかったことは、素直に申し訳ないと思う。

 

 鬱屈とした内心が顔に出ていたのか、ムツミちゃんに心配されてしまった。ポーカーフェイスには自信があったのだが、ムツミちゃん曰く「いつも見てますからそれくらい分かります」とのこと。

 しかし、心配はありがたいのだが生憎と自分にも原因はよく分かっていない。その為、曖昧に誤魔化すに留まった。

 

 ラウンジを後にして任務でも受けようかとヒバリさんの下へと向かい、今ある分のリストを表示してもらう。だが、どうにも気が乗らない。別に気が乗らないから仕事しないなんて子供染みた台詞を吐くつもりはないのだが、この違和感はどうにもそういうことではないらしい。

 

 まるで汚泥のように気持ち悪く纏わりついて離れない。平静の心に影を落とすこの感じは、そう。何か言葉を当てはめるのだとすれば――嫌な予感がする、というやつなのかもしれない。

 

 なるほど、そう考えてみるとそうとしか思えなくなってきた。いわゆる、虫の知らせというものだろうか。しかし、所詮は予感。あまりまともに気にかけておく必要もないだろう。

 

 ――などとは到底思えない。

 

 所詮は予感。されど予感。第六感などという曖昧で不確かなものではあるのだが、こと負の方面に関しての予感は外れた試しがない。なんとも喜べない経験則である。

 

 とにかく、予感の正体が分からないままに任務へ行くのは止めた方がいいだろう。

 

「アルテラさん? あの、どうかされましたか?」

 

 思考の渦に呑まれていたことを見咎めたヒバリさんの一声で意識を戻す。いつもはパッと決めて任務に向かう人が、今日に限って考え込んでいれば誰だって不思議に思うだろう。

 

「いや……今日は待機しておくことにする」

 

 嫌な感覚は消えていない。本当に何かが起きるのか、それはいつ起きるのか、具体的なところは全く分からないが、せめて様子見をする時間くらいは多少必要だろう。待機しておけば、情報が入りやすいことだし。

 

 内心を知らないヒバリさんは、告げた言葉に目を丸くする。俺が任務を受けないことがそんなに珍しいですか。俺だって休みくらい、と思い返してみるも、あまり休んだ記憶がない。馬鹿な、知らぬ間に社畜に身を(やつ)していたとは……!

 

 これが極東、これがブラック……!!

 

 本人に悟らせることなく無理難題を吹っ掛け、長時間労働を強いて、低賃金で報いる。それを日常的に行わせることで常識の(たが)を見失わせ、あたかも当たり前のことのように洗脳する。なんて恐ろしい。

 

 言い掛かりも甚だしい思考をよそに、ヒバリさんは真剣な表情で俺の顔を少しの間覗きこみ、しかし特に何かを言うことはせずにふっ、と頬を緩めて微笑んだ。

 

「……そうですか。では、少しでも長く(・・・・・・)休んでくださいね。ただでさえ、アルテラさんはたくさん働いていますから」

 

 ああ、と。彼女は察しているのだなと気付く。でなければ、「少しでも長く」なんて言い回しは使わないだろう。

 それはつまり、察していて追及してこないということ。その気遣いが有り難く、同時に感動を覚えた。

 

 言い辛いことを読み取って、その上で此方を案じてくれるとはなんて良い女性(ひと)なのか。ヒバリさんマジ女神(ゴッデス)

 

 礼を言ってその場を離れると、エレベーターへと乗り込む。向かう先は支部長室。あれで色々と見ている人だ。何か不審な点に気がついているかもしれない。

 

「――ふむ。悪いが特に目についたことはないね。一応、こちらでも気にかけておくよ」

 

 しかし、こちらも空振り。嫌な予感などという不確かな話だ。気にかけておくという言質を貰えただけでも良しとしよう。

 

 そのまま、特に何が起こるわけでもなくただ純粋に休むだけで時間は過ぎていった。

 

 これは本当に何も起こらないで終わるかもしれない。嫌な予感など外れるに越したことはないので、それならそれでいいのだが。

 しかしその場合だと、久々の休みにも関わらず一日中妙な違和感に襲われ続けるというなんとも嫌な一日になってしまうという問題がある。別にいいんだけど。

 

 時刻は昼下がり。一応、もう一度ヒバリさんとサカキ博士に何かないかを確認しておくとしよう。

 

 近場のエントランスへと向かう道中、ふと今日は第1部隊の面々と顔を合わせていないことに思い至る。別段、毎日一緒に行動しているわけでもないのだが、少し気になった。ついでだ、ヒバリさんに聞いてみよう。

 

 結果、コウタは偵察任務に。エリナとエミールは二人で討伐任務に向かったらしい。任務内容から見ても、特に心配は要らなそうだ。あの二人も、そろそろ新人とは呼べなくなってきているし、実力も向上しているのだ。

 

 「そろそろ帰ってくると思いますよ」との女神の啓示をいただいたので、サカキ博士のもとへ行くのは後回しにして、どうせ暇だからとヒバリさんの業務を邪魔しない程度に談笑して待つことにした。

 

 タツミ? 知らない子ですね。

 

 それはともかく、久々の穏やかな昼下がりだ。平和、平穏、平凡。言葉にすることはとても簡単で、当たり前だとすぐに勘違いしてしまう。それ故にその大切さに気付くことの出来ない時間。

 

 この世界に来てから気付けたというのは皮肉な話だが、気付かずに人生終了するよりはましだろうとポジティブに捉えている。

 

 命を懸けてアラガミと戦い、その後の穏やかな時間を享受する。平穏とは程遠い非日常だが、その非日常があるからこそ、掛け替えのない時の価値というものが感じられるのかもしれない。なるほど、だからこそ俺は生きていることを実感出来ているのだろう。

 

 だからこそ俺は――この日常を大切にしたいと、守りたいと思えているのだろう。

 

「こちらコウタ、ちょっとまずいことになった」

 

 唐突に入る通信、どこか焦っているように感じられるコウタの声。即座に察して簡潔に装備を確認する。

 

 ――ここに日常は破られた。

 

 儚いものだなと、ある意味で感心しながらコウタの報告を聞き終えると、躊躇うことなくゲートから外へと飛び出していった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ハンニバルと命名されたアラガミが現れ始めたのは、そう昔のことではない。むしろつい最近になって確認されたアラガミである。

 

 竜のような体躯と籠手を着けた左腕を持ち、しなやかな体術、自身の炎を剣状へと変形させるなど、どこか人間を思わせる動きが特徴的なアラガミだ。

 その特徴通り、ハンニバルは強力なアラガミだと極東支部において認識されている。

 

 そんなただでさえ強力なハンニバルだが、そのなかでも何の突然変異なのか、その素早さを倍以上に進化させたハンニバル神速種と呼称される種類がいる。

 

 滅多に、どころかこれまでに数体ほどしか確認されていないことが救いだが、この神速種のハンニバルの強さは普通種、侵食種と比べても格が違うと言わざるを得ない。

 

 ただ速いだけ。

 

 なるほど、言葉にすればそれほどでもないように感じるが、その速さがどれ程の脅威となることか。

 

 普通種のハンニバルの攻撃の威力は相当なものだ。そこに速さがプラスされれば、それだけでその威力も当然のごとく増していく。更に、回避行動等においても異常な速力を誇るのだ。捉えるだけでも一苦労だろう。

 

 さて、どうして急に神速種の話などしているのかと言えば、コウタからもたらされた報告に依るものである。コウタからの情報はこうだった。

 

「ハンニバル、それも神速種だと思われる個体が、アナグラに向かって進行している」

 

 サカキ博士もその反応を確認しており、情報を裏付ける結果となった。向かって来ているというのであれば迎え撃つだけの話だが、その進行予測ルートにエリナとエミールが居るという問題があった。

 

 ハンニバルの速度から推測しても、二人が帰投する前に接敵することは免れない。二人が神速種を撃破、あるいは撃退する可能性が無いとは言わないが、限りなく低い。何せ、あの人間を辞めている立体機動を平然と行う神薙ユウをもってしても、厳しい戦いだったと言わしめるほどだ。

 

 その為、増援は必須。それも実力があり、二人と連携をとれる人員が望ましい。コウタを除けば、残るは一人しかいない。

 

 町並みを過ぎ、防壁を越えて、目指すは少し離れた場所にある放棄された建築物の付近。

 

 一人、駆け抜けながら戦う決意を固めるアルテラの脳裏に過るのは、血溜まりに沈む子供達の姿。その情景を振り払うことなく心に深く刻みこむ。

 

 ――忘れるな。

 

 あの痛みを、あの苦しみを。否定することだけはしてはならない。全てを己の糧に変えて前へと進め。

 

 覚悟を確認するように、軍神の剣を強く握る。ふっと息を吐いた後には、その瞳からは既に迷いの種火は消えてなくなっていた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ――急速だった。

 

 情報を受けてからは、当然ながら警戒を緩めることなく帰途を辿っていた。そこに油断があったかと問われれば、自信を持って無かったと言える程には。

 エリナとエミール、双方ともに大型アラガミとの交戦経験は未だ少なく、更にハンニバルの上位種ともなればその脅威度は未知数だ。油断など出来よう筈もない。

 

 交戦予測ポイントが近付くにつれて警戒、および緊張の度合いは徐々に増していき、二人の間には妙な静けさが漂っていた。

 

 響いてきたのは地鳴りのような音だった。

 音源が遥か遠くなのであろうことが理解できる程度に小さな音。

 

 しかしそれは倍々に大きさを増していき、間もなくして二人の後方、目視できる位置に音源の正体が姿を現すこととなる。

 

 実際に目にした経験はなくとも、瞬時に悟る。

 

 ハンニバル神速種。

 

 前傾姿勢で真っ直ぐに此方へと向かって来ている。遠からず激突することになることは逃れられないだろう。

 

 互いに視線を交わすと神機を構えて備える。油断はなく、意気軒昂。多少気圧されていたことは否めないが、士気は低くはない。

 

 されど、事態は一変した。

 

 

 ――神速だった。

 

 一瞬。どんどんと此方へと近付いてくるハンニバルは、その視界に二人の人間を映し――加速した。

 

 まだ距離があるとはいえ、二人に気の緩みはなく。しかし、その警戒さえハンニバルには関係のないことだった。

 

 予想を裏切り、予測を踏み越えて。

 

 彼我の距離を瞬きのうちに潰したハンニバルは、勢いをそのままに左腕を振るった。

 

「え――?」

 

 反応間に合わず、左腕の圏内にいたエミールは、轟音を上げながら廃墟の中へと消えていく。それを見送り、呆けたように声を洩らしたエリナへと、竜の双眸が向けられた。

 

 エリナが幸運だったのは、彼女が立っていた場所が右腕の位置だったこと。味方がやられたことに対して怯えるのではなく、それが戦う意思へと変換される性質だったこと。そしてもう1つ。

 

 アルテラの訓練を受けていたことだ。

 

 流れるように体を捻って振るわれる右腕に、彼女は遅れ気味ながらも反応してみせた。神機を盾にして威力を軽減。しかし、衝撃までは殺すことができずに、エミール同様その場から吹き飛ばされる。

 

 空中で体勢を立て直しながらエミールの飛ばされた方向をチラリと確認するも、未だ粉塵は晴れず、状態は不明。だが死んではいないだろうな、との特に根拠はない信頼があった。だってエミールだし、とひとりごちながら視線を戻す。

 

 飛ばされるエリナを確認しながらも、ハンニバルは攻撃の手を緩めず、空中のエリナへとブレスを放つ。浮いた状態では回避行動は不可。

 着弾するかと思われた炎弾はしかし、空中でチャージグライドを発動することによる無理矢理な方向転換によって回避された。

 

 ほっと安堵するのも束の間、エリナが回避したことを見てとったハンニバルは炎剣を形成するとその場から跳躍。未だ着地出来ていないエリナへ止めを刺さんと飛び掛かった。

 

(躱せない――!!)

 

 連続でのチャージグライドは発動できない。回避を諦めたエリナは反撃に移れない歯痒さを押し殺し、せめてダメージを軽減しようと神機を再び盾に。

 シールドへ変形させる時間はなく、チャージスピアの形態のまま防がなくてはならない。アルテラの速度を見ていたお陰か、動きはなんとか捉えられている。ならば――。

 

 動きを見切り、攻撃をいなす――!!

 

 迫る炎剣に対応させて神機を振るい迎撃。ギャリギャリと拮抗する甲高い音が響きわたる。押し負ける結果ではあったが、攻撃を遣り過ごすことには成功し、更に反動を利用してなんとか着地まで出来た。

 

 勢いを殺すように足を踏ん張って地面を滑りつつ、今度こそとハンニバルに視線を戻す。

 

「あ――」

 

 目の前。腕を振り上げた状態のハンニバルがいた。

 

 回避――間に合わない。

 

 防御――これもまた間に合わない。

 

 引き伸ばされた時間の中で、エリナは迫る豪腕をぼうと見遣る。当たったら痛いんだろうな、などと少し場違いな感慨を抱きながら、(きた)るであろう衝撃を待った。

 

「Guaa!?」

 

 しかし寸前。三条の流星がハンニバルを弾き飛ばす。よく持ちこたえたな、と落ち着きのある声が耳朶を打つ。それと共に帽子の上から暖かな重みが感じられた。

 

 安心から、否応にも緊張が緩む。

 

 それは、よく見知った青年だった。同時に、とても頼りになる心強い増援だった。

 

「――先輩!」

 

 エリナを守るようにその眼前に身を晒したアルテラは、感触を確かめるように軍神の剣を1度横へと振るう。

 数瞬の後、復帰して此方を睨み付けるハンニバルから視線を逸らすことなく、その剣を突きつけた。

 

「――繁栄はそこまでだ」

 





 ハンニバル君は強化していますので、攻撃が苛烈仕様です。

 エミール? 気絶してます。


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神速・最


 今こそ我々は思い出すべきなのだ。第1話の前文に、一体なんと書かれていたのかを。そこにはこうあった。
 ふと思いついたネタ。
 あまり深く考えないこと推奨、と。
 少し違うなどというツッコミはいらない。何が言いたいって? つまりはそういうことだ!

 と存分に保険をかけたところで本文へどうぞ。



 

 瞬間的な加速と一瞬の交錯。

 

 その度に衝撃に耐えきれない大地は抉れ、甲高い剣戟の音が空気を震わせる。

 

「ハアッ!」

 

「Gaaa!」

 

 何度も繰り返されている交錯、その始まりは同時だった。アルテラが到着してから、互いの力を計るかのように暫しの睨み合いが続いていたのだが、エリナがその場から退いたことを合図に戦闘が開始された。

 エリナからは当然反発があったが、エミールをそのままにしておけないことを挙げて無理矢理納得させていた。あまり余裕が無かったために、強い口調になっていたこともエリナが退いた要因かもしれないが。

 

 知識としては知っていた。ハンニバル神速種。その名に違わぬ素早さで苦しめられたこともある。

 

 だが、と考える。

 

 画面越しのそれと、今相対しているものとは別の存在だ。知っていることは理解していることにはならない。

 全身に感じるプレッシャーが、チリチリと警戒を促す直感が、生を渇望する本能が。その全てが告げる。

 

 ――気を抜けば消えるのは自分の命(こちら)だと。

 

 そこまで至ると、アルテラはふっと口許を緩める。油断をしたわけではない。警戒を緩めたわけではない。ただ、思ったのだ。

 

 ――ああなんだ、いつものことだな、と。

 

 死の危険? 今更だ。

 

 元々、自分に力などない。全ては偽物であり借り物であり紛い物だ。ただ、状況を受け入れることだけが取り柄の凡人。 だからこそ、力があれど心の何処かにはいつも怯えがあった。なぜ、どうして? と燻る弱さが消えていなかった。

 

 とは言え、現状に至る経緯も理由も、考えれば考えるほどキリがなく、不確かで曖昧。記憶は正確か? 現実は確実か? 問いに対する解など持ち合わせていない。答えられるだけの根拠もない。

 

 であれば。

 

 全てが曖昧で不確かであるというのなら――

 

 

 夢の残滓が頭を過る。

 

 果てなき道。その道を歩む彼等彼女等。

 

 ――ああ、これなのだ。

 

 自分が戦う意味を、価値を、そこに見出だしたことを再認する。曖昧でも、不確かでも、信じられるものがあることを承認する。

 

 恐怖を忘れなくていい。疑問を消さなくていい。全てを呑み込んで戦場に立つ。それに値するものがあると知っている。

 

 だから――アルテラ()は、彼等彼女等のために、行く先の道のために戦え。

 

 ――うん、その為なら戦えるだろう?

 

 

 軍神の剣とハンニバルの炎剣とがぶつかり合って火花を散らす。一瞬の均衡の後、互いに弾かれ合って離れ、再び激突する。引力と斥力とが交互に発生しているかのような攻防が何度も繰り返された。

 

 攻防は視認速度を超越し、一人と一体の戦闘の激しさを、赤と三条の光の残像の軌跡が物語る。気絶したエミールの側から戦闘を見守るエリナは、その戦いを一瞬たりとも見逃すまいと(まばた)きも忘れて見入っていた。

 

 なんとか目で追えてはいるものの、詳細までは視認できない。訓練の時の速さですら全力ではなかったのかと、少々愕然とするものの、滅多に見れないレベルの戦いの前では些事だとすぐに切り替えた。

 

「先輩……」

 

 ふと口から洩れた言葉に、初めてアルテラと顔を合わせた時のことを思い出す。

 

 正直なところ、コウタがアルテラを任務に同行させると言ったときには余計なことをと思っていた。

 

 兄の影を追いかけて、その影に追い付きたくて。第1部隊に配属されることが決まったときには、これで少しでも近付くことができたと喜んだものだ。

 しかし、隊長はいいとしても同部隊の隊員はやたらと構ってくる自称兄のライバル。そこはなんとか許容して任務をこなしていったが、エリナは成長しているという実感を得ることが出来なかった。

 

 少しでも力をつけようと訓練に励み、時には時間の空いていたゴッドイーターに指導してもらったこともあった。だが、エリナがストイックに訓練を積んでいると決まって言われる言葉があった。

 

『まだ新人なんだから、焦ることはない』

 

 ああ、確かにその通りなのだろうと自身でも自覚していた。まだ配属されてから日が浅い自分は、新人の枠からは抜け出せないのだと。

 

 だが、それを言い訳に立ち止まることをエリナは許さなかった。

 

 新人だから? 日が浅いから?

 

 ――そんなことは関係ない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 まだ自分は追い付けていない。追い越していない。なら、言い訳を考える間に少しでも強く。

 

 あの少しキザったらしくて、けれど優しさに溢れた兄の見ていた、感じていた景色を、『自分も』と願ったのなら。

 

 だからこそ、何故わざわざコウタがアルテラに助力を求めたのかが分からなかった。今でも十分に戦える。それに人数が少ない方が経験は積める。

 

 何より――どうせこの人も否定するのだろうと。

 

 その予想は的中し、任務終わりにエミールが沈む一騒動の後に同様のことを言われた。だが、エリナは否定された苛立ちよりも疑問が先行していた。

 

 アルテラの言葉は嗜めるような感じではなく、どこか挑発的な物言いだったからだ。

 表情は真剣そのもの。されど、自分を射貫く赤い瞳は何かを期待している。

 

 結局は感情に任せて反論をしてしまったわけだが、これまでの人達とは違い、彼は困ったような顔をせず、それどころか笑ったのだ。

 

 「そうか」と素っ気ない返答だが、その一言に込められた肯定の意思をエリナは感じ取っていた。

 

 それを確信させるように訓練の提案。内容は正直思い出したくもない。三色……ハリセン……ウッ、頭が……! となること請け合いの訓練であり、二度とやりたくもないわけだが、アルテラという人物を信じるきっかけとなった。

 

 肯定してくれた。

 

 手助けをしてくれた。

 

 一人で突っ走るのは危ないと寄り添ってくれた。

 

 したいようにしていいと背中を押し、でも心配だからと共に寄り添う。それはなんだか――兄のようだとエリナは思った。

 

 だがアルテラは兄ではなく、自分にとっての兄は一人だけ。であればと先輩呼びに落ち着いて――。

 

 

 ハッと思考を目の前の戦闘に戻す。少し思考が逸れていた間にも戦いの趨勢は変わりなく、今なお互角の様相を呈していた。

 

 アルテラが踏み込めば同時にハンニバルも踏み込み、剣を振るえば応じて炎剣を振るう。絶えず手を変え品を変えてはいたが、それでもハンニバルは喰らいつき戦況は動かない。これでは千日手になるのではとエリナが唾を飲み込む。その時――

 

「――え?」

 

 ハンニバルが、此方を向いた。

 

「まさか――」

 

 アルテラが焦ったような声をこぼす。

 

 エリナはターゲットを変えたのだと察した。だが、エミールを置いて離れることは出来ない。自然、残された選択肢はここで迎撃すること。

 

 行動を止めるべくアルテラがハンニバルへと攻撃を加えるも、ダメージを負うことことは承知だったのか、怯むことなくエリナとエミールへと炎弾を放った。

 

 エミールを庇い炎弾の前へと身をさらして神機を構える。防ぎきれるかは不安なところだったが、躊躇うことなくシールドを展開、そのまま衝撃に備える。

 

 しかし、着弾よりも早くアルテラが炎弾とエリナとの間に割り込んでいた。

 

「氷の波濤よ!」

 

 軍神の剣から発射された青い光線が炎弾とぶつかり、蒸気をあげながら相殺していく。その最中、エリナは気付く。

 

 ――ハンニバルが居ない。

 

 視線を巡らせ、そして炎弾が消えたところで見つけた。アルテラのすぐ横に現れ、籠手の付いた左腕を振りかぶるそいつを。

 

「先輩、左!!」

 

「くっ……があっ……!!」

 

 声をかけるも1拍間に合わず、アルテラはもろに拳のダメージを受けて別の廃墟の中へと消えていく。反射的に神機を構えるエリナに対して、しかしハンニバルは気にも留めずにアルテラを追っていった。

 

 ――囮に使われた……!!

 

 元々、此方がどうかなど、あのハンニバルにはどうでもよかったのだ。アルテラの注意を己から逸らすことさえ出来れば。その為に、自分達にブレスを放った。

 

 図らずもアルテラの足を引っ張ってしまった自分に怒りを覚える。反省もある。後悔もある。だが、今はとにかく先輩を助けなければと意識を切り替えて動き出そうとした。

 

「Gaaaaa!?」

 

 轟音に思わず足を止める。音に視線を向ければ、アルテラを追撃せんとしていたハンニバルが、どういうわけか逆方向へと吹き飛ばされていた。

 

 そのことからアルテラは無事なようだと安堵する。エリナは手助けに踏み出そうとしていた踵を返し、二度と足を引っ張ることにはなるまいとエミールを引き摺ってその場を離れた。

 

 

「ごふっ……」

 

 時は少し戻り、吹き飛ばされた廃墟の瓦礫の中でアルテラは吐血しながら思考を巡らせる。

 

 こうもまともなダメージを受けることになったことは、いつ以来だっただろうか。

 

 全身が発熱しているかの如く熱を帯び、頭が熱のせいかぼうっとする。身体を動かそうとすると鋭い痛みが襲い、軋みをあげる。

 

 その全てを無視して、立ち上がる。

 

 瓦礫で切れたのか、クレイドルの制服は襤褸布のように破れ、その隙間から覗く皮膚からは所々に血が滲む。

 

 身体中が痛い、動きが鈍い、腕が重い。

 

 ネガティブな感情が駆け巡り、そして問う。

 

 ――なんで頑張ってるの?

 

 別にこのまま寝てればいいじゃないか。自分がどうにかせずとも、誰かが何とかしてくれる。痛みを堪えて戦う必要なんてないじゃないか。死んだら元に戻るのかもしれないし。

 

 否定、否定、否定。

 

 全ては無意味、無価値。論理的じゃない、合理的じゃない。投げ出すべきだ、捨て去るべきだ。

 

 

 ――ああ、五月蝿いな。

 

 そんな否定をこそ、アルテラは否定する。

 

 ごちゃごちゃと五月蝿い。初めから自分はそこまで深くなど考えていない。弱気を叩き潰して剣を握る。

 

 論理だの合理だのとどうでもいい。ただ、自分の言葉を、決意を、この程度で投げ出すような情けない男に成り下がることは嫌だ。理由なんてそれで十分。弱音を踏みにじり顔をあげる。

 

 粉塵で視界は悪く、コンディションも低迷。されど、不思議と負ける気はしない。襤褸切れとなった衣服を引きちぎり、口許を雑に拭うと、吐き捨てるように不敵に笑った。

 

「軍神の力、我が手にあり」

 

 体に刻まれた星の紋章が仄かに発光し、身体情報が更新されていくような感覚に身を委ねる。ダメージで鈍った体に活力が戻ることを実感すると、大きく息を吐き、目の前の粉塵を捉えた。

 

 ハンニバルの姿は見えていない。故にアルテラは、視界情報に頼ることなく、動作の全てを直感に任せる。

 

 風を切る音、喉の奥で唸るような声。そこで直感が告げる。

 

 ――踏み出せ。

 

 考えるよりも早く一歩踏み出す、直後に元いた場所に拳が振り落とされる。背後の衝撃を気にすることなく更にもう一歩、ハンニバルの懐へと踏み込み、打ち上げるように斬撃を叩き込んだ。

 

「Gaaaaa!?」

 

 斬り上げられて離れていくハンニバルを追って、廃墟を抜ける。視界が確保できたところで、チラリとエリナ達を確認すると、戦闘域を離脱しているようだったので、すぐに意識を戻す。

 

 足止めの為に一撃、今の攻防で更に一撃。計二撃分の深手を負ったせいか、ハンニバルの挙動、その神速には翳りが見えた。

 どこか鈍い動きで体勢を整えたハンニバルは、オラクル細胞の活性化の影響により、黒く染まった息を吐き出してアルテラを睨み付ける。そして迫るアルテラに対して、右手の爪を自らの背中に突き立てた。

 

「――? 何を――?」

 

 訝しむアルテラは、次の瞬間に大きく目を見開くこととなる。

 

「っ! こいつ、自分で!?」

 

 考えられない行動。ハンニバルは、自分で自分の逆鱗を破壊してみせたのだ。まさかアラガミが自傷行為をするとは思わなかったと驚くも、アルテラはその速度を緩めない。

 背中から焔の天輪を出現させたハンニバルは、迎え撃つように浮かび上がり、炎柱を連続して放つ。しかしそれも障害とはならず、まるで炎柱が通る道が見えているかのように不規則な挙動で避けて進む。

 

 とうとう辿り着いたハンニバルの眼下、そこで再びアルテラの予想外の行動が起こされた。ハンニバルは自身の天輪から放出される炎をブースターとして、空中から炎を身に纏ったままに突進を繰り出した。

 

 咄嗟に軍神の剣を突き出してハンニバルの身体へと突き立てると、刺さった軍神の剣を足場として攻撃圏から離脱。しかし、その一撃ではハンニバルを仕留めきるまでには至らなかった。

 

 武器を失い、誤魔化してはいるものの体はボロボロ。打つ手が無いように思われる状況下で、アルテラは笑ってみせた。

 

 これでいい、いや、これがいいのだ(・・・・・・・・・・・)と。

 

 同じくハンニバルも嘲笑(わら)う。敵は得物を失い、勝利は目前。そこに疑いはなく、故に致命的なまでに隙を晒した。

 嬲るようにゆっくりとアルテラへと振り返り――それが最期となった。

 

 軍神の剣は、謂わばマーカーだ。制御を行わなければ、当然それに向けて神の怒りが降り注ぐ。つまり――自分が持ってさえいないのならば、制御を行う必要はないのだ。

 

「カウントは無しだ。神の怒り、存分に喰らって逝け――『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』」

 

 宙からの極光が、狙い違わず軍神の剣、それが突き立つハンニバルへと降り注ぐ。断末魔はなく、激闘の終わりは静かなものだった。

 

 光の柱が収束し、立ち消えたその場には既にハンニバルの姿はなく、存在していたことを証明するように軍神の剣が地面に突き立っていた。

 その場まで歩いていき、軍神の剣を引き抜くと、アルテラはそのまま地面へと倒れ込んで大きく息を吐いた。

 

「はぁ……。この夢は、いつ覚めるのか……」

 

 疲れを吐き出すように呟く。

 

 内心では、もうマジ疲れた。全身痛いしもう動きたくない。ホント無理。ヘルプ。てか神速種とか頭おかしいわ。等々愚痴のオンパレードだったが、それを口に出すことはなく、戦いの余韻を確かめるようにぼうっと空を眺めていた。

 

「先輩、大丈夫!?」

 

 声のした方向に視線だけを向けると、退避していたエリナが駆け寄って来るところだった。

 

「ってわあっ!? 何で裸!?」

 

「……破けたんだ。エミールは?」

 

「そ、そうなんだ……。エミールは隊長が回収したから大丈夫。それより先輩、動ける?」

 

 頬を薄っすらと朱に染めて顔を背けながら話すエリナは、混乱のせいか敬語が崩れていたが、アルテラとしては此方の方が自然な印象を受けたので特に気にしない。

 そもそも、自分が敬意を払われるような人間だなどとは思ってもいないのだから当然ではある。

 

 痛みを堪えて何とか体を起こし、立ち上がってみるも、疲労と魔力不足とでふらつく。軍神の剣を杖がわりにすることで、不格好ながら何とか歩けそうだと判断したところで、エリナに肩を支えられた。

 

「ふらふらなのに無理しないで!」

 

 若干の怒りを滲ませた声音で詰められ、ばつが悪そうに顔を逸らしたアルテラは、それでもなお「血で服が汚れるからいい」などと食い下がる。

 しかし、そんなことは気にしないと腕を回して肩を貸すエリナ。アルテラが裸であるため、気恥ずかしさで目が泳ぎながらも、支える力はしっかりとしたものだった。

 

 遠慮するようなアルテラの物言いは、「いいから頼って下さい!」とのエリナの少し悲しげな訴えによって封殺され、大人しく肩を貸してもらった状態で帰路を行く。

 特に会話のないまま、とは言えエリナが時折何かを言おうとしては口を(つぐ)む、を繰り返していた為にアルテラがそれを静観していたせいだが、静かな道行きが続いた。

 

 防壁が見えてきても、なお切り出さないエリナに、見かねたアルテラは助け舟を出すことにした。

 

「何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

「う……分かります?」

 

「隣で挙動不審にされていれば嫌でも気付く」

 

「え、そんなにですか?」

 

「そんなにだ」

 

 自分では気付いていなかった不審な挙動を指摘されて、「ええ……嘘……」と落ち込んだ様子を見せると、ハッとして仕切り直すように咳払いを加える。

 

 結局何なんだと催促されたエリナは数瞬、懊悩するも、意を決したように頷き、身長差で自然と上目遣いになりながらアルテラの瞳を覗き込んだ。

 

「先輩……今日は、すみませんでした」

 

「……何がだ?」

 

「助けに来てくれた先輩の足を引っ張ってしまって、その上、こんな怪我まで負わせてしまって……。私、なんて謝ればいいか……」

 

 話しているうちに感情が昂ったのか、途中から涙混じりになるエリナの言葉を、アルテラは首を振ることで否定する。

 

 そうじゃない。

 今聞きたい言葉はそれじゃない、と。

 

「なあ、エリナ。そういえばお前は怪我はないか?」

 

「え? はい。擦り傷ぐらいですけど……」

 

「そうか、なら良かった。エミールは間に合わなかったが、お前だけでもちゃんと守れていたというのなら、俺はそれでいい。文句も不満もない。――エリナ、本当に無事で良かったよ」

 

「っ! 先輩、私は――!」

 

 心底安心したように微笑むアルテラは、エリナが二の句を告げることを遮るように「だからな――」と続ける。

 

「――だから、どうせ聞くのなら礼の言葉が良い。折角体を張って助けたのに、そんな悲しい顔をされると困ってしまう。それでは助けた甲斐がないだろう?」

 

 おどけた口調で問われてはエリナもそれ以上深刻になることはできず、色々と複雑な感情を抑えて笑みを作った。

 感謝、後悔、安堵、悲嘆、羨望、怒り。様々な感情がない交ぜになった笑顔は不格好で、とてもではないが自然とは言い難いものだったが、それでいいとアルテラは口許を緩めた。

 

「先輩、ありがとうございました。本当のことを言うと、先輩が助けに来てくれて、その……う、嬉しかったです!」

 

「――ふふっ、そうか」

 

 エリナの言葉に、意表を突かれたように目を見開いた後、綻んだ笑みを浮かべて嬉しそうに頷く。そこにあるのは、達観した大人びた雰囲気ではなく、初めてのことに喜ぶ子供のような柔らかな顔だった。

 

 自分で言っておいて、恥ずかしげに顔を背けるエリナの横顔を眺めてアナグラへと帰投する中、アルテラはふと黄昏に染まる空を見上げて目を細める。

 

 そして声に出さずに口の中で呟くのだ。

 

 全身は痛いし、服も駄目になったけれど。ああ、何だかこういうのも、うん――。

 

 ――悪くない。





《『涙の星、軍神の剣』発動中のコウタ》

(エリナがいるのに何発動してるんだアルテラァァァアアアア!?)

「隊長、エミールお願いします。私は先輩のぅぃっ!? ちょっ、痛い痛い何で無理矢理頭掴むんですか!? 振り向けない!!」

『涙の星、軍神の剣』終了

「よし行けエリナ!!」

「隊長が頭掴んでたんじゃないですか!?」
 

 閑話を挟んだら2の方へと進展していきます。


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閑話:誤射姫の午後


 書いて消しての繰り返しの結果、遅れた挙げ句に当初のものとはかけ離れた話になりましたが、後悔はない!


 

 極東支部に所属するゴッドイーター達は、皆それぞれが他の支部とは一線を画した戦闘能力を誇る。それは偏に、極東が対アラガミ戦線の最前線だということに起因する。

 

 弱くては生き残れない。勝たなくては明日は来ない。

 

 ある意味では究極に切羽詰まった状態が常の場所である。そこでゴッドイーターを続けて生きていることが出来たのならば、嫌でも強くなる。

 そして大抵、生き残って今なお戦い続けるゴッドイーター達は、それぞれが個性的な面々である。

 

 後輩に書類仕事を押し付けて酒を呷る者、片付けが出来ない者、仕事そっちのけで研究に明け暮れる支部長。 ……一人、別枠が混じっていたが、とにかく個性的な面子には違いない。

 

 そんな中、ある一人の女性ゴッドイーターは、仲間内からですら恐れられる特徴を有していた。

 

 性格が破綻しているのか? 否だ。

 

 彼女はどちらかと言えば、確実に温厚な部類に入る性格をしている。多少頑固なところはあるが、誰だって拘るものはあるだろうから、問題とするようなことでもないだろう。

 

 常識が欠如しているのか? これもまた否だ。

 

 少々天然が入っていることは否めないが、彼女はいたって常識的な女性である。ある一点においては常識が欠如しているが、それに目を瞑れば、俗にいう女の子らしい女の子と言える。

 

 では仲間内ですら恐れられる特徴とは?

 

 それは全て、彼女の通り名に集約されている。

 

 ――『誤射姫』。

 

 それが彼女――台場カノンの、最大にして最凶、最高にして最悪の特徴だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ハンニバル神速種との邂逅からしばらく。漸く怪我も治り、身体の調子も戻っていたアルテラは現在、ラウンジの一角で冷や汗を流していた。

 

 表情は達観を通り越して諦観に至り、赤い瞳は光を失ってここではないどこかを映す。要は――現実逃避をしていた。

 

 アルテラが座るのは、いつものカウンター席ではなくテーブル席。その向かい側に、現実逃避をする元凶となった一人のゴッドイーターが、身を乗り出す形で座っていた。

 

 桃色の髪をポニーテールにまとめたその女性ゴッドイーター。名を台場カノンという。『誤射姫』という不名誉かつ物騒な異名を持つ彼女は、仲間内では「背中を見せれば射たれる」とすら言わしめるほどの誤射率を誇っていた。全く誇れることではないが。

 

 そんな彼女は現在、興奮していた。

 

 全てはカノンの上司となった真壁ハルオミ――通称ハルさんが誤射に悩まされた結果、カノンのお守りならぬ任務への同行をアルテラにぶん投げた事から始まった。

 

 カノンの恐ろしいまでの誤射率と、任務中の性格の豹変を知っていたアルテラは、当然ながら全力で拒否した。しかし、反論を許す間もなく「そんじゃ任せた。大丈夫だ、お前さんならできる」との根拠のない台詞を吐いて、ハルさんは残像すら見えそうな速度でカノンを残して逃げ出した。

 

 呆気に取られたものの、とにかく断ってやるという鉄の意思でカノンと向き合うアルテラ。しかしそれも、カノンの見て分かる程の落ち込みようと「ご迷惑でしたよね、すみません」という一言で崩れ去った。

 

 罪悪感には弱い男である。

 

 そんな流れでカノンの任務に同行することとなったアルテラだが、彼には一つ憂慮していることがあった。言うまでもなく誤射のことだ。

 

 バレットには識別効果というものがある。これはバレットが自動的に仲間と敵とを識別して、敵にのみダメージを与えるというもので、仮に誤射が起こったとしても「痛い!」で済む。そもそも誤射をするなという話だが、それは置いておく。

 だがここで考えてみてほしい。バレットは、一体何をもって(・・・・・・・・・)仲間と敵とを判断しているのか? アルテラの推測ではこうだ。

 

 体内の偏食因子で識別しているのではないか。

 

 マズイ、とそこまで考えが至ったアルテラは冷や汗が止まらなくなる。自分には偏食因子などない。つまり――誤射が当たればリアルに背中から射たれて果てるハメになる。

 

 だがここで、カノンに「やっぱ無理、テヘペロ☆」などとアルテラは言えない。

 

 己の命より、張り切って自分の前を歩くカノンの顔を曇らせることを嫌った彼の姿勢を、男の鑑と取るかアホと取るかは人それぞれだが、アルテラは既に覚悟を決めていた。さながら、死地に赴く兵士ばりに。

 

 覇気すら放ちながら歩くアルテラの姿にすれ違う人々は驚いて振り返り、そして前方を歩くカノンの姿を見つけると、そっと視線を逸らして心の中で黙祷を捧げた。

 

 任務内容は贖罪の街に巣食うシユウ二体の排除。二体とは言え、中型種のシユウであればそこまで難易度が高いわけではない。……普通であれば。

 

「だあぁぁぁぁ!?」

 

「アハハハハハハ!!」

 

「うあぁぁぁぁ!?」

 

 最早狙っているのではないのかと疑ってしまうほどにアルテラへと目掛けて吸い込まれていくバレットを、文字通り死に物狂いで避けながら軍神の剣を振るう。きちんとシユウにもバレットが当たっているのがせめてもの救いか。

 

 豹変しているカノンに言葉は通じず、アラガミの攻撃よりもカノンの射撃に直感が警鐘を鳴らす中で、アルテラは自分でも驚くほどにアクロバットな動きを繰り返していた。

 

 視界にカノンが映らなければ即座にその場を飛び退く。すると、さっきまでアルテラが居た場所を放射状のバレットが奔り抜ける。

 対角線上にカノンが居れば、上空へと飛び上がる。そのまま軍神の剣でダメージを与えつつ、シユウの体を足場にして離脱。すると、巻き添え上等の徹甲弾がシユウに着弾して爆発。

 空中のアルテラへ向けてバレットが飛んでくれば、独楽のように回転して自分に当たるバレットを弾き、同時に伸長させた軍神の剣でシユウに攻撃。

 

 一見すれば息ピッタリに連携がとれているように見えなくもないが、アルテラ本人からすれば必死の一言に尽きる。「もう絶対俺のこと狙ってるよねえ!?」と内心で叫びながら、シユウとカノンとの波状攻撃を避けて着実にダメージを積み重ねていった。

 

 漸くシユウ二体を倒し終えた頃には、アルテラは精神的疲労から渇いた笑みを浮かべ、「味方って何だっけ……?」と遠い目で空を見上げていた。

 

 対照的にカノンは喜びに満ち溢れ、まさに喜色満面の笑顔を浮かべていた。

 

「凄い……凄いですよアルテラさん!! 私、今日は初めて誤射が一度も無かったんです!!」

 

「……良かったな……」

 

「はい! もしかしたら、知らない間に射撃の腕が上がっていたのかもしれません!」

 

「……良かったな……」

 

「今日はお付き合い下さってありがとうございました。何だかこれから良いことが起こりそうな気がします♪」

 

「……良かったな……」

 

 微妙に噛み合っていない会話をしながら、カノンとの初の共同任務は終了した。

 

 帰投後、誤射が無かったと嬉しそうに会う人会う人に語り聞かせるカノンを、皆は信じられないようなものを見る目で見た。そして本当なのかとアルテラに問えば、死んだ目で「当たりはしなかったな……」と疲れたように語るアルテラを見て、察した。

 

 『あっ、きっと全部避けたんだな』と。

 

 それからも数度、アルテラとカノンの二人で任務を行う機会があった。他のゴッドイーターを誘うも、巻き添えは御免だと断られる始末なので、結果として二人になっただけであって、狙って二人で任務を受けたわけではないことは明示しておく。

 

 共に任務をこなすにつれて、アルテラが危惧していたことにカノンは気付く。

 

「私、アルテラさんと一緒だと誤射がないみたいなんです」

 

 うん、だって俺が全部処理してるからネ! という本音を隠して「そ、そうなのか……」と返すと、アルテラは適当な理由をつけてその場を逃げ出した。

 

 この流れはマズイのだ。

 

 このまま進むと、確実にカノンと任務に行く回数が増えることになるのは目に見えている。「もしよければ、今後も私と一緒に任務に行ってもらえませんか?」などと言われてしまえば、アルテラは断れない。

 罪悪感もそうだが、女性の頼みを断ることに抵抗があるのだ。ただでさえ、任務を除けばカノンは天然が入っただけの可愛い女の子であることもそれに拍車をかけた。

 

 この出来事から数日後にハンニバル神速種との邂逅があり、怪我で療養していたために、アルテラはカノンとの遣り取りを失念していた。

 

 それが今現在の状況へと繋がる。

 

 アルテラが回復したらしいという話を聞いたカノンが、ラウンジに居たアルテラへと突撃。「お話があります!」と凄い勢いで圧されてテーブル席へと移動してから話が切り出された。

 

 曰く、アルテラさんと一緒だと誤射がありません。

 曰く、他の人とだと変わらず誤射をしてしまいます。

 そして曰く、一緒に任務に行きましょう。

 

 アルテラは声にならない悲鳴をあげて、一瞬で現実逃避。興奮気味に此方に身を乗り出してキラキラとした視線を向けてくるカノンから視線を逸らした。

 

 断りたい。しかし、断れば確実にカノンは落ち込む。それとなく周りを見渡すと、目が合った傍から全員が視線を逸らした。薄情者達め、と心で泣きながら視線を戻す。カノンは尚も興奮冷めやらぬ様子で言葉を続ける。

 

「アルテラさんと一緒だと、自分でも不思議なくらい調子がいい気がするんです!」

 

(気のせいだと思います。いつも通りに巻き添え上等の誤射姫です)

 

「誤射が全くありませんし、もしかしたら、アルテラさんと私は相性がいいのかもしれません!」

 

(ある意味で相性はいいと思うよ。誤射がないのは俺が処理してるからだけどネ!!)

 

「あ、あの、変な意味じゃありませんよ? その、パートナーとしての相性がという話でして、あ、パートナーって男女のパートナーという意味ではなくて、いや、男女のパートナーには違いないんですけど……。その、ですね……うぅ……」

 

(くそぅっ!! 可愛い!!)

 

 カノンの言葉に内心だけで返答を繰り返し、最終的に自爆して顔を赤くしたカノンに負けたアルテラは、任務への同行を了承した。

 

 その様子を見ていた周囲の者達は、アルテラの評価を上方修正すると同時に、今度からはもっと労って接してあげようと心に決めたらしい。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 カノンがスキップをしながらラウンジから出ていったのを確認したアルテラは、大きく溜め息を吐いてテーブルに突っ伏した。

 早まったかもしれん、と若干後悔していると、見計らったようなタイミングでハルさんが声をかけてきた。

 

「ふっ、お前さんならやってくれると信じていたぜ、アルテラ。流石は俺の見込んだ男だな!」

 

 バシバシと背中を叩くハルさんに、「生け贄に見込んだんだろ」と内心恨みがましく突っ込みをいれてから顔を上げる。

 

「――ふっ」

 

 そして勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべた。

 

「……お、おい? なんだぁ? その笑いは……?」

 

「いえ。ただ、アドバイスを一つ。――背中には気を付けてください、ハルさん」

 

 不気味な台詞を話すアルテラに、ひくっと顔を引き攣らせたハルさんは、どういう意味なのかと問い詰めようとした。

 しかし、そのタイミングを潰すように立ち上がったアルテラは、「月夜だけだと思うなよ」と不穏な言葉を去り際に呟いて颯爽と立ち去っていった。

 

 この男、カノンを押しつけられたことの恨みを忘れていない。

 

 

 それから数日、特に何事もなく時間は過ぎ、ただの脅しだったのかと安堵していたハルさん。

 

 いや、何事もなくというには語弊があった。『誤射姫』の名をほしいままにしていたカノンが、その評価を上げていたのだ。

 と言うのも、誤射を逆手に取り、回復弾を射つといいとのアルテラのアドバイスによるものである。これにより、優秀な衛生兵の立場を確立していた。

 

 故に、ハルさんは安心してカノンとの任務に赴いていた。……それこそがアルテラの狙い通りであることに気付かずに。

 

「あぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

「射線上に立つなって、私言わなかったっけ?」

 

「ば、バカな……!? 何故誤射を……!? いや、それよりもどうして禁止した筈のオラクルリザーブを使っているっ!?」

 

 背後から射たれて痛みにのたうち回るハルさんは、そこで思い出した。

 

 「背中には気を付けてください」

 「月夜だけだと思うなよ」

 

 アルテラの不穏な言葉が繋がる。

 

 まさか、あの男はこの為に……!? 

 

 回復弾で評価を上げさせたのは、油断を誘うためのブラフ! 全てはハルさんにオラクルリザーブからの凶悪な威力のバレットを叩き込まんがための策略だったのだ!

 

 それその通り、全てはアルテラの狙い通りである。回復弾での貢献でカノンは評価を上げるだろうことも。それでハルさんが油断するだろうことも。

 

 そして――カノンが回復での貢献ではなく、射撃手として貢献したくなるだろうことも。

 

 故に、アルテラはガス抜きの対象を勝手に指定した。それこそがハルさん。オラクルリザーブも、適当な理由を述べて解禁させた。

 

「ア、アルテラァァァァ!!」

 

「邪魔っ!!」

 

 真壁ハルオミは理解する。

 

 マジヤバイ、と。

 

 取り敢えず今を生き延びるために、ハルさんは逃げ出したい現実に否応なく向き合わざるを得ないのだった。

 



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閑話:一夫多妻去勢拳

 

「対人戦を教えてほしい?」

 

 とある日のこと。

 

 いつものごとくラウンジに入り浸っていたアルテラは、後から入室してきたエリナとアリサに詰められていた。何でも、人を相手取った場合に制圧できるように対人戦を教えてもらいたいと言う。しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。

 

 ゴッドイーターが人と格闘はしないだろ、と。

 

 そもそもゴッドイーターは、常人よりも身体能力は遥かに高水準だ。わざわざ教えられなくとも、普通の人が相手なら力押しで何とかなるだろう。

 

 まず前提として、何故それを自分に聞くのか。

 

 とは言え、取り敢えず話だけは聞いてみようと理由を聞いてみるも、「女の子は色々と大変なんです……」といまいち要領を得ない回答をされる。

 

 どうしようかと決めあぐねていると、思わぬところから援軍が加わった。

 

「もうっ、アルテラさん! エリナさんもアリサさんも、可愛いから男の人に言い寄られることも多いんです! 中には強引に迫ってくる人もいるから、身を守るための手段が欲しいんですよ!」

 

「……そうなのか?」

 

 確認してみると、視線を逸らして曖昧に頷く二人。そういうことなら理由を誤魔化したのも納得がいく。自分から「可愛くて言い寄られるから自衛手段が欲しい」など言えるやつはそういないだろう。

 

 まあ確かに、エリナもアリサも容姿が優れているからそういったことがあっても不思議ではない。だが彼女たちはゴッドイーターである。手なり足なりを適当にぶちこめば、大抵の人なら何とかなるのではないだろうか。

 

 しかし、そういった場面になると怯えてしまうことがあるのも事実。それに、相手が同じゴッドイーターであったなら、アドバンテージは無いに等しい。

 

 ここでもう一度疑問が浮かぶ。

 

 何故にそれを自分に聞くのかと。

 

 どう考えてもツバキ教官案件な気がする。あの人ならば、鬼のように厳しい教導の対価として相応の益が得られること間違いなしである。鬼のように厳しいけれど。

 

 幸か不幸か、アルテラはツバキ教官に何か指導を受けたわけでもなければ、特別何かを言われたわけでもない。ときたまに挨拶や雑談を交わす間柄である。その為、ツバキ教官の指導を受ける辛さは他人事のように感じている。

 

 ともあれ、餅は餅屋と言う。適任がいるのならば、そちらに任せるのが適切だろう。

 

「ツバキ教官が適任だと思うが」

 

「そのツバキ教官に言われたんですよ先輩。『アルテラに聞いてみろ』って」

 

「凄いですねアルテラ。あのツバキ教官から名指しで指名されるなんて」

 

 ――何ですと?

 

 思わぬ返答に、アルテラは高速で思考を回転させる。が、どれだけ思い返してみてもツバキ教官に気に入られるようなことをした覚えがまるでない。

 

 すわ、新手の嫌がらせか!? とまで考えるも、ツバキ教官ならばこんな回りくどい真似をしないだろう。物理的指導に訴えてくる可能性の方が高い。

 

 考えた挙げ句、アルテラはふと一つの名案を思いつく。

 

 二人の話通りなら、相手取るのは野郎で間違いない。対人戦などと言ってはいたが、要するに男を殺傷することなく、尚且つ二度と言い寄ってくることもないように撃退したいということだろう。であるならば、自分でも教えられることが一つだけあったな、と。

 

「相手は男、ということで間違いないか?」

 

「……まあ、そうですね」

 

「……受けてくれるんですか? 頼んでいる此方が言うのもなんですけれど、アルテラが忙しいと言うのなら無理はしないで下さいね」

 

「いや、大丈夫だ。今日は特に任務は受けていないしな。それに――うん。二人の助けになることなら、そちらの方が大事に決まっている」

 

「「「…………」」」

 

 笑みを浮かべながら頷くアルテラ。対して二人は、否、ムツミも含めて三人は、どこか落ち着かない様子で視線を漂わせて帽子なり髪なりを弄っていた。

 

 その場を見ていた一人のアナグラ職員は語る。

 

 「なんという恐ろしき天然業。私でなければ見ていられなかった」と。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ところ変わってトレーニングルーム。

 

 そこには、どこから聞きつけたのか、エリナとアリサだけでなく、ユウやカノン、ヒバリ、更にはムツミやツバキ教官含むアナグラの女性陣が集まっていた。

 

(なあにこれぇ……)

 

 表情を引き攣らせるアルテラ。女性に囲まれて嬉しい等という気持ちは湧いてこない。ここまで大勢に囲まれると、そこにあるのは圧倒的なまでのプレッシャー。ただひたすらに居心地が悪いだけだった。

 

 一応、ちらほらと面白がって見に来た男性の姿もあるにはあるが、それすら霞んで見えるほど胃が痛い。

 

 おかしい。ただエリナとアリサに少しばかり指導しようと思っていただけなのに、どうしてこうなった。

 

 少数の男性の顔触れの中にコウタが居ることに気が付いたアルテラは、必死なまでの視線で助けを求める。しかし、何を勘違いしたのか、コウタは真剣な表情でこくりと頷いた。

 

 ――違う、そうじゃない。

 

 そんな、骨は拾ってやるみたいな頷きを求めていたわけじゃない。ヘルプを、ヘルプをくれ! もう一度視線で訴えてみるも、既にコウタは隣の男性と話し込んで此方を見ていない。

 

 裏切り者! との筋違いな声なき罵声をぶつけると、現実へと目を向けた。溜め息と共に心労を吐き出す。

 

 どうして見世物のようになっているのかは知らないが、やると言った以上はやるだけだ。諦めよう。

 

「ではサカキ博士、お願いします」

 

「うん、任せてくれたまえ」

 

 モニターしているサカキ博士にアルテラが声をかけると、黒くモザイクがかかったような人型の物体が現れた。エリナとコウタはなぜだか既視感を感じた。

 

「ふっ、我ながら完璧な再現だと自負しているよ。 ――これこそがアラガミのダミー技術を流用して創り上げた一分の一スケールのエミール・ダミー君だ! 大体ゴッドイーターと同じ耐久度を誇り、人と同じ急所を有するという自信作さ!」

 

「エミールェ……」

 

 その場にいる人間の呆れとも感心ともつかぬため息の中、コウタの憐憫の眼差しが向けられた。

 

 このエミール・ダミーは、ゴッドイーターになった際の始めの訓練に使用されるアラガミのダミーの技術を言葉の通り流用し、モデルをエミールとして創られた、言うなればヒューマンダミーだ。

 

 サカキ博士が仕事そっちのけのお遊びで創ったこのダミーは、使い道がないということで封印されていたのだが、この度、めでたく使われることになった。サカキ博士がはしゃいでいるのはその為である。

 

 ちなみにモデルがエミールの理由は、「彼には殴られる役が似合う」という、サカキ博士のどうしようもないほど個人的な考えによるものである。

 

 アルテラは部屋の外やら中やらで見学している暇人共を見渡し、次いでエリナとアリサへと視線を移す。

 

「では始める」

 

 プレッシャーから目を背けるように意識を真面目モードへと切り替える。静かなる沈黙の中、アルテラの「まず――」という言葉から疑似訓練のようなものは開始された。

 

「もう一度確認しておくが、ターゲットは男性。これに間違いはないな?」

 

「はい」

 

「ええ」

 

 二人が頷いて肯定する。これにより、見学をしに来た暇人達との意識の共有がなされた。

 

「よし。今から教える対処法は、特別な技術は必要ない。上手くいったなら、それほど力も必要としないだろう。とても簡単な3ステップ、あるいは2ステップだけで十二分の効果が見込める」

 

 どこか胡散臭げなセミナーのような言葉を並び立てるアルテラ。しかし、やたらと真剣な雰囲気がその胡散臭さを打ち消して観衆を引き込んでいた。

 

「言葉で説明するよりも、実演して見せた方が分かりやすく伝わるだろう。というわけで、このエミール・ダミーを対象に見立てて実演を行う。よく見ておけ」

 

 言うが早いか、エミール・ダミーとの距離を詰めて手が届きそうな距離まで近付いく。そこでエリナとアリサへと振り返り、準備はいいかと問い掛けた。

 

 二人が無言で頷くのを見て取ると、「始める」とのみ端的に開始の合図を告げた。

 

 アルテラは特に構えてはいなく、ただ自然体で立っているだけである。ここから一体どんな行動を起こすのかと全員が注視する。そして――。

 

「まずは金的!!」

 

「うぼぁぁあああ!?」

 

 唐突に振り上げた右足がエミール・ダミーの局部へと襲い掛かり、絶大なるダメージを叩き出す! それを示すようにエミール・ダミーは叫び声をあげた。

 

「ちなみにこの声はキチンと本物のエミール君の声を録音して使用しているよ!」

 

 サカキ博士がいらん情報を付け加えて話す。アルテラはそれを完全に無視して、流れるように左足の回し蹴りをエミール・ダミーの局部へと叩き込んだ。

 

「次も金的!!」

 

「がぁぁあああああ!?」

 

 鈍い音の後に絶叫。見ていた女性陣は息を呑み、好奇心で来ていた男性陣は「ひゅ……」と喉の奥から嗄れた音を発して震えあがった。

 

 二撃目を加えたアルテラは、バク転をして距離を取ると、助走をつけて跳躍。全ての運動エネルギーを右足へと一極集中させて、狙うは当然エミール・ダミーの局部である。

 

「喰らいやがれ……! これがとどめの金的だぁぁああああ!!」

 

「……あ……が……ぁ……」

 

 最早まともな声すら発することができず、エミール・ダミーは全身を痙攣させて仰向けに倒れる。圧倒的な沈黙が場を支配するなか、エミール・ダミーの震え声が響いた。

 

「……ほ、誇りは……君に、騎士の誇りは……ないのか……?」

 

 ガタガタと全身を痙攣させて話すエミール・ダミー。ダミーの癖にエミールっぽい、との感想を抱いたアルテラは、倒れ伏すエミール・ダミーへと歩み寄り――。

 

「……お、おお……分かってくれた――かぁっ!?」

 

「うるさいダミーだな」

 

 まるでゴミでも見るかのような冷えきった眼差しを向けると、がっ、と躊躇うことなく局部へと一撃を加えた。「ひぇっ……」と男性の掠れ声がこぼれる。エミール・ダミーはそのまま、形を失って消えていった。

 

「……以上が、二度とその気を起こさせなくする、男への対処法。その名も『呪相・玉天崩』、別名……は知る必要はないか。正直、一撃目だけでも十分な効果は見込めるが、念のため二撃目までは加えておくことをお勧めする。最後の一撃は相手が死にかねないので止めておけ」

 

『…………』

 

 誰もが変わらず沈黙を保つなか、アルテラは淡々と説明を続ける。

 

「特別な技術は要らない。ただ正々堂々と不意を打って攻撃しろ。一撃目さえ入れば二撃目は簡単だ。後はそうだな……。 うん。最後になるが……情けをかけるな。慈悲も容赦も必要ない。ただ有らん限りの力と憎しみを込めて――」

 

 びっ、と親指を下に向けると酷薄な笑みを浮かべて告げた。

 

 ――潰せ。

 

『ワァァアアアアア!!』

 

 女性陣から、はちきれんばかりの歓声が上がる。男性陣は顔を青くして、脱兎のごとくその場を逃げ出していった。

 

(……やっべ……)

 

 途中からスイッチが入ってノリノリになっていたアルテラは、事ここに至り、取り返しのつかないことをしたのでは、と後悔の念を抱いて冷や汗を流した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「待て、アルテラ」

 

「……ツバキ教官?」

 

 騒動後、廊下を歩くアルテラを呼び止める声があった。リンドウの姉であり、鬼教官の呼び声高いツバキである。そのツバキは、どこか面白そうな顔でアルテラへと歩み寄っていた。

 

「先程のは中々面白い試みだったな?」

 

「からかわないで下さいよ、教官」

 

「からかってなどいないさ。見に来ていた暇人共がお前の話に引き込まれていた。煽動の才能があるんじゃないのか?」

 

「そこは人を率いる才能と言うところではないんですか……」

 

「ハハハ、似たようなものだ」

 

 ツバキを知る人が――特にリンドウ――が見れば、目を疑うような気安いやり取りが為される。アルテラ自身は割りと普通だと思っているこの関係性は、実のところとても珍しい。

 

 というのも、雨宮ツバキという女性は公私混同を良しとしないからである。今は空き時間なのか、『私』が全面に出ているが、それでもここまで気安く話せる人間など、それこそ家族であるリンドウ位のものである。

 

 アルテラが普通に話せている要因は、偏にツバキの指導を受けていないので、その怖さが他人事と感じていることにある。まあ、受けたところであまり変わらないかもしれないが。

 

 何せこの男からのツバキは、頼りになる歳上の女性という認識である。そしてそれは間違っていない。もしかしたらツバキも、気安く接してくるアルテラに親近感を覚えているのかもしれない。

 

 そのまま廊下で話し込んで少し。そろそろ時間だな、とツバキは時間を確認して呟く。短く別れの挨拶を交わしたツバキは、その去り際に振り返った。

 

「そうだ。今度は酒でも酌み交わしながら話でもどうだ?」

 

「構いませんよ」

 

「なら楽しみにしておこう。それまで精々死ぬなよ、アルテラ」

 

「ええ、ツバキ教官を悲しませるような真似はしません」

 

「フッ、寝言は寝て言え。ではな」

 

「はい、また」

 

 アルテラの胸元に拳を当てると、今度こそツバキを歩き去っていった。残されたアルテラは、拳を当てられた場所が暖かくなったような感覚に笑みをこぼす。

 

『ごおぁぁぁあ!?』

 

 その余韻をぶち壊すようにどこからか、心なしかハルさんっぽい絶叫がアナグラに響き渡った。

 

 一瞬で笑みが渇いたものへと切り替わる。そんな絶叫を気のせいだと言い聞かせたアルテラは、今日はもう大人しくしていようと自室へと戻っていった。

 



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閑話:如何にして彼は暴走するに至ったか

 

 異変が始まっていたことに気が付いた切っ掛けは何だったのだろうかと、神薙ユウは思考を巡らせる。

 

 フェンリル極東支部――通称『アナグラ』にやって来た褐色の青年アルテラ。今では極東支部においては知らない者はいないほどに有名になった彼だが、彼が普段何処で何をしているのかを知っている者は少ない。

 

 少ないとは言え、大抵はラウンジに入り浸ってムツミちゃんと談笑している事などは専らの者は知っている。そのせいで、一時期「奴にはロリコンの気があるんじゃ……」等という憶測が飛び交ったこともあるくらいだ。

 

 尚、憶測を飛び交わせた元となった発言をした男は、後日その場に一緒にいた某第1部隊隊長に情報を売られて、アルテラから私刑『誤射姫と行く! 24時間弾丸ツアー! ~(背後から)ズドンもあるよ~』を喰らっている。

 

 それはさておき、ここで問題となっているのはラウンジに居るとき以外のアルテラの動向である。これもまた、任務をこなしているという解答がすぐさま挙げられるのだが、時折、任務を受けているわけではないのにフラりと何処かへ消えていく事があるのだ。

 

 サカキ博士の無茶振りという名の依頼(オーダー)をこなしているのか?

 

 ユウが確認したところ――

 

「確かに依頼はこなしてもらっているけど、そういう時はヒバリ君に連絡しているさ。つまり、ヒバリ君が知らないというのであれば、僕にも分からないね。 ……そもそもだけど、彼はきっちり依頼をこなしているのだから別に無茶振りというわけでは――」

 

 つまるところ、知らないということだった。末尾の見苦しい言い訳は当然無視した。

 

 では、とヒバリに確認をとってみるも、こちらも空振り。他のオペレーターも同じく。少ないのではなく、誰も行き先を知っている者はいなかった。

 

 暇から生まれたちょっとした興味程度だったものが、わざわざ聞いて回っても成果が得られなかったという結果により、ユウは、もうここまで来たら意地でも突き止めてやると決意を新たにした。

 

 しかし、誰も知らないとなると、取れる手段は必然限られてくる。いっそ本人に聞いてみようかとも思ったが、警戒されてしまっては元も子もない。

 

 

 結果、ユウはアルテラを尾行することにした。

 

 

 ……尾行などと格好よさげな言葉を使っているが、そこに別段正当な理由がない以上、端的に言ってしまえばユウは――ただのストーカーだった。

 

 暇があれば常にアルテラをこそこそと追い回し、アルテラがその日関わった人物に片っ端から情報を聞いて回る。文にするとその深刻さがよく分かる。

 

 ――此奴、アルテラの事を好いておるのか?

 

 最早ヤンデレに片足を突っ込んでいると言っても過言ではない行動をとるユウに対して、そんな邪推をする輩がいたが、ユウの様子を見ると即座に考えを翻した。

 

 彼女はまるで獲物でも前にしているかのようにギラついた目をアルテラに向けていたのである。目が血走っていたことも原因だっただろう。

 

 1日や2日程度でこうなってしまった訳ではない。ユウは、任務を受けずに居住区の方へと出掛けたアルテラを何度も尾行した。

 

 しかし、アルテラを尾行しているときに限って、毎回のごとく居住区の人間に捕まって話をするはめになったり、子供達と遊ぶことになったりとで、結局アルテラを見失ってしまっていたのだ。

 

 一度や二度ならば偶然で済ませていただろうが、三度、四度、五度と同じパターンが繰り返され、そこに至って初めてユウは気が付いた。

 

 ――コイツら、アルテラの回し者か――ッ!?

 

 偶然も続けば、それは得てして理由を持った必然となる。ユウは戦慄した。いつの間にか、アルテラは居住区の人間を支配下に収め、尾行を撒くためだけに顎で住人を使える権力を手に入れていたのだ――!!

 

 アルテラを追い回すことに執心していた結果、ユウの知能指数は大幅に下がり、ブッ飛んだ妄想を真実だと思い込んでいた。アルテラにそんな権力などない。食料とお菓子で買収しただけである。

 

 とうの昔にユウの尾行に気がついていたアルテラは、ユウを全力でからかうために無駄に力を入れて居住区の人間に根回しをしていたのだ。

 

 そんなことは露知らず、アルテラをストーカーしていたユウは、一向に成果の上がらない自らの行動を省みることなく、それどころか余計に意地になって。しかし、結局何も分からないという負のループに段々と荒んで目が血走るという結果に至った。

 

 極東支部の最高戦力の、周りからしたら意味不明な暴走。この騒動は、ツバキ教官の一喝で即座に決着がついた。怒られたのはユウ一人という、本人からすれば途轍もなく不本意な顛末である。

 

 ――くそぉ、アルテラめぇ、くそぉっ!!

 

 説教中に恨み辛みを内心で吐き出していると、ツバキ教官は何かを察したのか、説教が激しさを増した。ユウの恨み節も加速した。

 

 

「――違う違う、これはただの私の黒歴史だ。うっ、思い出したせいで精神が削られた気がする……」

 

 自業自得な記憶を思い起こして顔を顰めた後、頭を振って思考を再開させる。

 

 ――そう、アルテラの異変についてだ。

 

 自分の暴走を思い出してどうすると、努めて記憶を頭の隅に追いやる。最近のアルテラの様子がおかしい、ということの切っ掛けを思い出そうとしていたのだ。

 

 最近のアルテラは、コアの回収をまるで度外視しているかのように一人で複数の任務を受けると、任務外のアラガミに及ぶまで、尋常ではない数のアラガミを狩ってくるのである。

 

 それは、ここってこんなにアラガミいたの!? と思わず声をあげてしまうほどだ。

 

 サカキ博士がまたぞろ無茶振りでもしたのかと思いきや、本人も心当たりがないと不思議な顔をしていた。その後すぐに「研究素材が有り余って困ってしまうね」と喜色満面の笑みを浮かべていたが。

 

 考える。いつから異変は始まっていたのか。心当たりは――1つしかなかった。

 

「うーん……。やっぱりこれ以外には考えられないな」

 

 うんうんと一人頷いて回想する。

 

 それはつい先日の事、アルテラが唐突にユウの部屋を訪ねてきた。彼は――これまた唐突に――土下座をしたのである。

 

 曰く、前にロープでユウを縛って放置した際、どさくさに紛れて頭を撫でてすみませんでした、と。

 

 返す言葉なぞ1つである。

 

 ――そっちなの!?

 

 どう考えても人のことをロープで縛って放置したことの方が罪が重い。アルテラは常識人を謳っておきながら、どこかずれた男だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 唐突ながら、過去を振り返ってみたことはあるだろうか。記憶喪失でもない限り、まず間違いなく大抵の人はあるだろうと思う。

 

 俺、過去は振り返らない主義なんだ……などとニヒルな笑みを浮かべるボーイも、今が楽しけりゃいいっしょ! とはっちゃける刹那主義的ガールも、一度たりとも過去を振り返らないなどということはないはずだ。

 

 それはさておき、かく言う俺自身も過去を振り返ることぐらいはする。細かいことを気にしないのと、これまでを一切省みないのとは別の話である。

 

 そんな経緯で――経緯もなにもないのだが――ふと、与えられた自室でこれまでのことを振り返った俺は、何かが足りないという感覚に陥った。

 

 何が足りないのか? 更に思考を深めていく。

 

 終末世界inサバイバル、宝具ぶっぱ、発見からの連行、事情聴取、ムツミちゃん、アナグラ生活、宝具ぶっぱ、ムツミちゃん、宝具ぶっぱ、ムツミちゃん、誤射姫、ムツミちゃん、似非拳法、ムツミちゃん、ムツミちゃん、ムツミちゃん……etc.

 

 ……なんか宝具ぶっぱしすぎな気がするな。今後は使用を控えよう。ここぞの場面に使ってこそだよね、やっぱり。

 

 違う? ムツミちゃん多すぎ?

 

 ムツミちゃんはアナグラの生命線だぞ! 毎日ムツミちゃんの料理を食べてるんだから多くなるに決まってるだろ! いい加減にしろ! むしろ思い出全部ムツミちゃんに塗りつぶされるまであるね。 ……あれ? 俺の中でのムツミちゃんの存在感強すぎ?

 

 

 ――思考が逸れた。足りないものの話だ。

 

 これまでのアナグラ生活、そこでの人との関わり。様々な人と出逢い、命懸けの、しかし充実した日々を送ってきたわけだが……。

 

 ――足りない。

 

 俺の心が満足していない。足りないのだと叫んでいる。現状に不満などない。しかし、そうではないのだ。不満でなくとも不足している。そんな矛盾が心の内に生じている。それを誰に求める訳にもいかず、故に心が欲している。叫んでいる。

 

 ――I need more heal(もっと癒しを) とっ!!

 

 そう、癒しだ。癒しが足りないのだ。圧倒的に不足していると言ってもいい。

 

 アラガミとの戦いは文字通りの命懸けだ。喰うか喰われるか。破壊するか破壊されるか。故に。故に、である。

 

 日常に癒しを求めて何が悪いか――!!

 

 モチベーションの維持は重要事項だ。俺の場合、それが癒しだったというだけの話。癒しが全くないわけではない。アナグラの女性陣は美人であるし、俺も男であるからしてそこに喜びもあろう。だが違う。俺が求めているものとはベクトルが違う。

 

 俺が求めているのは、アニマルセラピー的な、犬やら猫やらを撫でくり回すようなそんな癒しなのだ。後にカルビと命名されるカピバラが未だ捕獲……ではなく保護されていないことが悔やまれる。

 

 アナグラの女性陣を撫でくり回すなど論外であるし――そもそもただのセクハラだ――、どこぞの見飽きたテンプレ主人公よろしく頭を撫でるなどはもっての他だ。まあ、ムツミちゃんぐらいの子供なら別にいいのではと思うが。

 

 ユウちゃん、アリサ、エリナ、カノン、ヒバリさん、ムツミちゃん、ツバキの姉御。パッと思い付くのはこの辺りだが……。

 

 少し考えてみよう。

 

 ユウちゃん、アリサ、エリナ、カノン、ムツミちゃん辺りの人物なら、頼めば頭を撫でさせてくれそうである。戸惑いはするが、明確な拒絶まではないだろうと思う。思いたい。 ……そうならいいなぁ。

 

 ヒバリさんもまあ拒絶はしないと思う……が、なんだかとても畏れ多い気分になるのはなぜだろうか。こう、自分が触れて汚してはいけないような気になる。 ……うん、まあ、ヒバリさんは女神だもんね(思考放棄)!

 

 ツバキの姉御は駄目だ。論ずるまでもない。そもそものタイプが違う。というか俺にそんな度胸はない。いや、良い人だけどね? 頭に手を伸ばしたら流れるように背負い投げされそうだ。

 

 ……うん。ちょっと思い出してしまったが、以前にユウちゃんを縄で縛って放置するという鬼畜の所業を敢行した際に頭を撫でてしまっている。

 何をやっているんだ俺は――ッ!? ……今からでも遅くはないはずだ。誠意をもって謝罪しよう。土下寝を披露することも吝かではない!

 

 

 閑話休題。

 

 

 要するに、俺はアニマルなセラピーをレシーブしたいのだ。 ……ろくろを回すと途端にアホっぽく聞こえてくるな。中途半端にかぶれてる感がすごい。

 

 それはさておき。問題は、俺が求める癒しを実現するためには必要不可欠な存在が、こんな終末世界では見つかりそうにないということだ。

 

 時期が来れば恐らくはカルビが確保されてくるだろうとは思うが、それがいつになるかは不明だ。つまりは――待てない。

 

 

 故に考える。

 

 ――動物を見つけられる可能性は?

 

 ――見つかるまでに必要な時間は?

 

 ――そもそも本当に動物は生存しているか?

 

 

 記憶を巡り、思考を廻し、そして至る。

 

 ――あぁ、なんだ。

 

 考えるまでもなく、答えは簡単なことだった。動物というのならば、いくらでもいるではないか。

 

 ――アラガミは動物じゃないか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 じゃじゃ馬などというレベルではなく、むしろ此方を殺しにかかってくるような奴等ではあるが、しかし動物である。誰が何と言おうと動物である。

 

 アラガミをテイムすることができたならば、俺が密かに企んでいた「アラガミに乗ってアラガミを狩る」という計画が実現できるかもしれない。

 

 やったね騎乗スキル! 出番がくるよ!

 

 そうと決まれば話は早い。早速ヒバリさんから任務を受けまくらなくては――!

 

 テイムするにあたって、アラガミに言葉はまず通じない。奴等は本能に従って動く獣。であれば、方法は一つ。

 

 ――本能に恐怖を叩き込み、屈服させるまで!

 

 我ながらなんという脳筋っぷりだろうか。確実に極東に毒されている。まあ何はともあれ、待っているがいい獣共、と意気揚々と自室を後にした俺の口は、恐らく悪役風に歪んでいたことだろう。

 

 取り敢えず、意気込みを一つ。

 

 ――さあ、皆でアラガミ、ゲットだぜ!!

 

 なお、命の保証はない模様。

 





 前話での感想で、決めポーズに関してありましたが、一応考えていただけで文にはしなかったものがありまして。

 最後のライダーキック→決めポーズで軍神の剣を片手で地面に突き立てる→背後で死体蹴りの如く『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』が落ちてくる→風圧で服バサバサ

 ええ、明らかにやりすぎなので自重しました。というかこんなことをしたら極東支部に風穴が空きます。また、オリジナルそのまんまなのも恐れ多いので、動きと台詞に関して微妙な変更点があります。

 バク転→元は確かバク宙のはず
 喰らいやがれ→元は懺悔しやがれ

 何はともあれ、キャス狐が愛されているようで何よりです。もちろん私も好きですが。


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閑話:如何にして彼は悪い文明に至ったか


 遅れた(白目)。



 

 ――雄叫びが上がる。

 

 敵を殺せと、障害を喰らい潰せと、獣の本能が喉を震わせ、響くその音が闘争の意志を何よりも雄弁に語る。

 

 獣――アラガミと称されるそれが相対するは、三色の光彩を放つ未来的な意匠の剣を携えた褐色の男。男の白髪は、数多のアラガミを討ち滅ぼして尚その色に翳りを見せることはなく、強い意志を湛えた瞳は、傷一つないという状況においても油断なく敵の姿を捉え続ける。

 

 獣と人との一瞬の視線の交錯。

 

 互いの殺意が混じりあい、濃密な死の匂いが戦場を充たす。数瞬の後、高まった緊張が弾けた。

 

 前方斜め上方へと跳躍した獣が高さのアドバンテージを奪い、重力を伴った爪牙が人の身を蹂躙せんと振り下ろされる。

 

 迎え討つ構えを見せた人は、焦ることなく迫る攻撃の軌道を見切り、回避と同時に跳躍。地面へと降り立った獣から高さのアドバンテージを奪い返すと、頭部へと向けて伸長させた剣を振り下ろした。

 

「伏せぇっっっ!!」

 

 咆哮一閃。

 

 狙い違わずアラガミ――ヴァジュラの頭部へと振り下ろされた剣は、軽々と頭部を斬り裂き地面を陥没させた。

 

「あっ」

 

 攻撃を加えた当の本人――アルテラは、まるでやってしまったと言いたげな間の抜けた声を洩らした。

 

 着地後、一応の警戒をしながら動かなくなったヴァジュラを軍神の剣で突っつく。突っつく。突っつく。突き刺す。反応なし。

 

 誰の目に見ても息絶えていることは明らかであったが、この男、往生際が悪かった。

 

 ――いやいやいや、これはあれだ。ちょっと衝撃が強くて一瞬なんか気絶したとかそんな感じのあれだよ。断じて死んでない。意識がどっか行ってるだけだ。

 

 具体性の欠片もない言い訳を自分にして気を持ち直すと、空いている左手を差し伸べた。

 

「お手」

 

「…………」

 

 反応がない。ただの屍のようだ。

 

 ここまでして漸く諦めたのか、「し、死んでる……」と、自分でやっておいて他人事のようなことを(のたま)ったアルテラは、深々と溜め息を吐いた。

 

「しまったな……。 余りにも上手くいかないせいで苛ついて、つい力加減を間違えてしまった……」

 

 チラリと辺りを一瞥する。今図らずも仕留めてしまったヴァジュラを筆頭に、夥しい数のアラガミの死体がそこかしこに転がっている。どう考えても“つい”で済ませていい割合を超えていた。

 

 まさしく死屍累々。

 

 屍山血河の戦場に一人佇むアルテラの存在は、傍から見ればどこの修羅の国の人間ですかとつっこみたくなるものだった。

 

 自らが引き起こした所業から目を背けるように、憎たらしいほどに広がる蒼穹へと視線を移す。

 

 そのまま暫く。

 

「――よし。まだ検証していないアラガミは残っている。諦めるには早すぎるな」

 

 気持ちを切り替える、という名目の現実逃避を行うと、辺りに広がるアラガミの死体から努めて目を逸らしながら、それでいて足蹴にしながら、新たなアラガミを求めてその場を離れていった。

 

 

 

 ――それから数刻後。

 

 再びアラガミの死体の山を築き上げたアルテラは、疲弊した様子も見せず、軍神の剣を足元の骸へと突き立てる。

 

 辺りを睥睨して腕を組み、全てを見下すかのようにフン、と鼻を鳴らすと、足元の骸を片足で踏みつけた。死体蹴りも甚だしい。

 

 それから彼は、それはそれは偉そうに、まるで我が声を聴けることに跪いて感謝しろと言わんばかりの尊大さをもって、何もいない空間で一人呟いた。

 

「――迷った」

 

 無駄に時間をかけて無駄に見栄を切って無駄に格好つける。現実逃避ここに極まれり。一周回って逆に妙な落ち着きを得たアルテラは、取り敢えず偉そうにしてみた。

 

 当然ながら何も起こらなかった。

 

 フッ、とこれまた無駄に格好をつけてニヒルに笑ってみせたアルテラは、アナグラへの帰投を目指し、既に傾き始めた陽に向かって駆け出していった。

 

 落ち着いてはいても冷静ではなかった。

 

 アルテラが駆けていった方向はアナグラとは逆方向である。戦闘中に通信機を紛失していた彼は、そのことにまだ気付かない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 同日深夜。

 

 未だ帰ってこないアルテラを、しかし極東支部では心配している余裕がなかった。

 

「あーもー!! 眠い! 暗い! 多い!」

 

「口動かしてる暇があるなら手ぇ動かせ!!」

 

「うへー、誤射りそうで恐いなこれ」

 

「ちょっと、この状況で止めてくださいよ!?」

 

「あーくそっ、頭痛え……飲み過ぎたか」

 

「あれ、エミール? どこ行ったあいつ……? ……はぐれたぁっ!?」

 

 わーぎゃーと騒ぎながら、されど淀みなく手にした神機でアラガミを討伐していく新旧第一班のメンバー(ただしエミール除く)。

 

 深夜のアラガミの大規模侵攻。観測が遅れ、ほぼ唐突に始まったそれに対しての準備の時間はなかった。そのため、急遽眠りの中にいた戦えるゴッドイーター達を全員叩き起こし、各所に配置して迎え撃つ指示がなされた。

 

 せっかく気持ちよく寝ていたというのに――! 

 

 全ゴッドイーターの気持ちは統一され、鬱憤を晴らすかのごとく各所では獅子奮迅の活躍が繰り広げられていた。

 

 ここにおいてもそれは同様、いやそれ以上である。討伐班とも呼称される第一班の面子の前に、敵はいなかった。侵攻してきたアラガミのことごとくが屍へと身を変じ、時間が経てば経つほどそれが積み重なっていく。

 

 問題なく快勝していたのだが、いかんせん侵攻してきているアラガミの数が多い。倒しても倒しても続々と懲りずに攻めてくるのでは、愚痴の一つもでようというものだった。

 

「眠いし見えずらいしアラガミは減ってる気がしないし……。てゆーかこんな時にアルテラは一体どこで何してるのさ、もー!!」

 

 ユウがここにいない、最近挙動のおかしかった男への不平不満をぶちまけた時だった。アラガミが侵攻してきている方角から、断続的に何かが爆発したような音と地鳴りが響いてきた。

 

 それは段々と近づいてきて、遂にはユウ達が戦っている目の前のアラガミ達を吹き飛ばして土煙を巻き上げた。

 

 新たな脅威にアラガミの侵攻が一時的に止まり、ユウ達もその正体を知ろうと目を凝らす。

 

 視界が晴れる。

 

 黒い獅子のようなアラガミ――ディアウス・ピターが伏せるように身体を沈めているその背に、人が乗っていた。

 

 絹糸のような髪をかきあげ、白い歯を見せて輝くような笑みを浮かべたその男は。その男の名は――。

 

「待たせたな!」

 

「はぐれたと思ったら何しとるかぁぁあああ!!」

 

「へぶっ!?」

 

 鋭いエリナの飛び膝蹴りが炸裂、エミールは倒れた。その後、エミールの姿を見た者はいなかった……。

 

「って何変なモノローグいれてるのアルテラ」

 

 蹴り飛ばされたエミールの背後にいたアルテラは、ディアウス・ピターに突き立てていた軍神の剣を抜いてユウ達の元へと歩み寄った。

 

 エリナに襟首を掴まれながら説教されているエミールから目をそらし、様子を伺って一時的に侵攻を停止したアラガミの群れから目を離すことなく言葉を返す。

 

「気にしなくていい。それより、遅れてすまなかった。詫びと言ってはなんだが、はぐれて孤軍奮闘しているように見えたエミールを回収してきた」

 

「それは有り難いんだけど……。 ねぇ、見間違いじゃなければ今そのディアウス・ピターに乗って来なかった?」

 

 スッ、とアルテラの視線が虚空へと向けられた。微妙な顔で曖昧に笑うアルテラは、くたびれているように見えた。

 

 え、何その顔? と首を傾げるユウの疑問に答えることはせずに、誤魔化すようにアルテラは軍神の剣を構えた。

 

「その話は後でする。今は、アラガミの排除を優先しないか?」

 

「……ん、まぁ、そうだね。よし皆、もうひと踏ん張りだよ! エリナとエミールもじゃれるのは後にして!」

 

「うぇっ!? じゃれてるんじゃありませんよこれは!?」

 

「ぐ……苦じ……首が……!」

 

「――先行する!」

 

 顔を青くしながらエリナの手を激しくタップしているエミールに黙祷を捧げ、先陣をきったアルテラは、ディアウス・ピターの死骸を足場に高く跳躍すると上空から『軍神の剣(フォトン・レイ)』で強襲をかけた。

 

 勢いそのままにアラガミの群れを蹴散らしていくアルテラに負けじと、新旧第一班メンバー(エミール含む)が、アルテラの開いた道を更に押し広げながらアラガミを駆逐していく。

 

 それから程なくして、侵攻してきたアラガミの掃討は無事に完了した。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 討伐したアラガミの処理や報告書の作成に追われ、結局一段落がつく頃には夜が明けていた。

 

 アルテラ含む新旧第一班のメンバーは、貸し切り状態のラウンジにてぐでー、とだれていた。疲れた、眠い、など語らずとも発せられる空気で察することのできる状態の場へ、隈を浮かべたサカキ博士が現れた。

 

 隈を浮かべた様子から、支部長も大変だったのかと皆が納得しかけ――

 

「いやー、つい研究に夢中になって徹夜してしまったよ。参ったぅわぁっ!?」

 

 ――ソーマの無言のフォーク投擲が、サカキ博士の髪を数本散らした。

 

 冷や汗をかきながら、じょ、冗談だよ? とひきつった笑みで誤魔化すサカキ博士の目が泳いでいたのは、気のせいではない。

 

「支部長なんすから、頑張った俺たちを(ねぎら)ってくださいよー」

 

「おっと、僕としたことが忘れるところだったよ」

 

 空気を変えるコウタのアシストにこれ幸いと乗っかったサカキ博士は、パチパチパチと拍手をすると、ニンマリとした笑みを浮かべた。

 

「ご苦労だったね、皆。君達の役目は終わりだ。ゆっくり眠るといい」

 

「何すかそのお前は用済みだ的な悪役の台詞!?」

 

「永遠にね、と続きそうだな」

 

「労う気ねえだろこいつ」

 

 ツッコむコウタに頷くアルテラ。白けた目を向けながら呟かれたソーマの言葉に、全員が同意した。

 

 

 場をとりなすように一つ咳払いをしたサカキ博士は、さて、とアルテラへと視線を向ける。視線を追ったサカキ博士以外の面々も、同じようにアルテラに注目したのを見計らい、続けた。

 

「どうだったのかな、アルテラ君?」

 

「……中途半端、としか」

 

 一体全体何の話をしているのか、代表してユウが聞いたところによると、最近のアルテラの奇行とも呼べるアラガミ狩りには明確な目的があり、それをサカキ博士も認めていたという。

 

 そこで、はて、とユウは思い返す。以前にアルテラの奇行について聞いたときには、サカキ博士は心当たりがないと言っていた筈である。

 

 騙しやがったなこの糸目ェ……!! 問い詰めると、サカキ博士はいつものようにしれっとした笑顔で答えを返した。

 

「あの時ユウ君は『アルテラにまた無茶振りしてないですか?』と聞いてきたんだ。僕は無茶振りなんてした覚えはないから『心当たりがないね』と答えた。嘘はついていないよ?」

 

「……これが……殺意……ッ!!」

 

「ちょっ、落ち着いてください!? フォークは人を刺すものじゃありません!!」

 

 アリサがフォークを握り締めたユウを羽交い締めにしているのを尻目に、リンドウが結局のところの目的は何かを質問する。

 

 サカキ博士はクイッと眼鏡を中指の腹で押し上げると、ニヤリと口を歪めた。

 

「一言で言うなら――アラガミの服従だね」

 

「服従?」

 

「そう。ユウ君やアルテラ君のように、アラガミを圧倒できるくらいの実力差があれば、アラガミが人に服従、ないしは少しでも言うことを聞くようになったりはしないのか、ということを検証していたんだ。物理的に」

 

「それで、とりあえずアラガミを叩き伏せたり斬り伏せたりとしていた結果として、最近のアラガミ大量討伐になったというわけだ」

 

 溜め息を吐き出すように締め括ったアルテラの話で、ようやく最近の奇行に納得がいった様子となった。

 

 エリナとエミールは未だ預かり知らぬところだが、サカキ博士がアラガミとの共存ないしは共生を考えていることを知る者達は、少し考えさせられたようだった。

 

「……ん? 中途半端って言ったけど、昨日、というかもう今日かな? アラガミと戦ってるとき、アルテラとエミール、ディアウス・ピターに乗ってきたよね?」

 

「それは本当かい!?」

 

「フッ、急だったものでよく覚えていない!」

 

「自信満々に言うことじゃないでしょうが」

 

「……いや……うん……」

 

 ユウの指摘でサカキ博士は目を輝かせるが、やはりアルテラは煮え切らないような微妙な顔をしていた。エミールがよく覚えていないのは、着地直後エリナに飛び膝蹴りをされたからかもしれない。

 

「……何でそんな微妙な顔なの?」

 

「……そうだな、順番に話していくか。まず結果として、アラガミに一時的に言うことを聞かせることはできた。その為に必要なのが、まず圧倒できるくらいの力量。そして仕留めてしまわないラインの力加減。最後に、脅しだ」

 

「……んー、つまり、どういうこと?」

 

「もっと分かりやすく説明する」

 

 困惑気味なのを察したアルテラは、ラウンジの端に何故か置いてあったホワイトボードを持ってくると、まず『アラガミ服従への3ステップ』とタイトルをつけた。

 

 また3ステップか、と以前の去勢拳講習を受けていた者が思うなか、アルテラは淀みなくペンを走らせる。

 

 

 1、まず強くなろう

 アラガミを圧倒出来るくらいの実力は必要不可欠。それができないならまずは強くなりましょう。

 

 2、アラガミをボコろう

 力があるなら大丈夫。安心して服従させたいアラガミをボコボコにしましょう。慈悲などいりません。ただし、やり過ぎると死んでしまうのでその点には注意。

 

 3、アラガミを動かそう

 ボコったら最後のステップ、アラガミに武器を突き刺します。この際、コアを傷つけるギリギリを刺しましょう。検証の結果、アラガミは単純な指示語なら理解する程度の知性があるらしいので、乗ったら指示を出してみましょう。抵抗されるだろうって? 大丈夫です、ここまで上手くいっているのなら、十中八九アラガミは恐怖に震えています。喜んで言うことを聞いてくれますよ(ニッコリ)。

 

 ※検証の結果、暫くするとアラガミは生存欲より食欲が優先され、再び襲ってくることが分かっています。抵抗を見せたら即座に突き刺した武器でコアを破壊、もしくは捕食しましょう。

 

 

「つまり、こういうことだ」

 

 ペンを置き、指でコツコツとホワイトボードを叩く。確かに、分かりやすい。分かりやすいのだが、なぜ何かの教本風なのだろうか。

 

 一通り読み終え、場に沈黙が下りた。

 

「なあ、これって……」

 

 言いづらそうに、戸惑ったようにリンドウが視線を彷徨わせる。誰もが視線をそらす。

 

「悪魔かお前は」

 

 ソーマが、言わんとしていたことを代弁した。なるほど、アルテラが微妙な表情をしていたのも理解できるというものだった。

 

 アルテラのやっていたことを身近なところで人に当てはめてみると、筋骨隆々な大人が子供を殺さないようにリンチした挙げ句に、急所を外してナイフを突き刺し、「言うことを聞け、でなければ殺す」と言うようなものである。なお、言うことを聞いた後には、「ご苦労、では死ね」のオチが待っている。容赦がないなんてレベルじゃない。

 

 これを嬉々として語っていたら、間違いなくサイコパス認定待ったなしである。

 

「とりあえず正否は置いておくとして、これだけやっても一時的に従えられるまでにしか至らなかった。アラガミを服従させるというのは、今のところ現実的でないな」

 

「ふむ、今のところは、ということは将来的には可能性があるのかな? 実際にやってみた君の印象でいいから聞かせてほしい」

 

「……そうですね。一応データベースに載っているアラガミは全て試したのですが、どのアラガミも、理性、というより理性に至るための知性が足りてない印象でした。それがあれば、目の前の生存より食欲を優先はしないと思います。つまり、将来的にもっと知性の高いアラガミが生まれれば、服従させることも可能ではないかと」

 

「成る程……」

 

 

「いや、真面目な空気だしても駄目だよ? 何ド畜生みたいなことしてるのアルテラ。おい、こっち見ろこら」

 

 

 全力で自らの所業を正当化させて誤魔化そうとしたアルテラの目論みは早々に頓挫し、ユウの剣呑な視線が向けられた。

 

 「はい解散解散! 皆お疲れ!」いち早く展開を察したコウタの一声で、ぞろぞろとラウンジから出ていく新旧第一班。

 

「待て! 騎士として言わなくてはならないことが!」

 

「いいからあんたも来なさい!」

 

 すっかり保護者のような立ち位置が定着したエリナがエミールを引き摺っていき、いつの間にかサカキ博士も消えていた。

 

 ラウンジに残るのはユウとアルテラの二人。

 

「一応聞くけど、何か弁明はある?」

 

「……説教は、悪い文明……」

 

「変わった遺言だね?」

 

「えっ」

 

 ムツミが来るまでの数十分。アルテラの苦難の時間の幕が上がった。

 





 食欲どうこうは完全に捏造。だって設定捏造のタグが(ry
 次話からは2となります。尚、不定期更新。


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異動

これまでのあらすじ
「アラガミくたばれッ! ムツミのご飯美味しいッ! 以上ッ!!」



 

「――時間だ」

 

 閉じていた瞳を開く。

 

 立ち上がると、高所故にか、心地のよい風が身体を撫でていった。日の光が、見下ろす景色に蠢く異形の獣達の全容を照らし出している。

 

 突き立てていた不可思議な光彩を放つ剣を手に取り、感覚を確かめるように頭上で横に一閃。不意打ちを仕掛けてきた異形の獣(アラガミ)――オウガテイルが、斬り飛ばされて落下していく。

 

 少しの振動を響かせて落下したオウガテイルの死体に、何匹ものアラガミが反応して頭上を見上げる。逆光に照らされた人型へと、獣達は本能的に咆哮した。

 

『ターゲットは中型が4、大型が2。情報通りですね。 ………あの、本当にお一人で対処されるのですか? 人材不足とは言え、この数は余りにも――』

 

「――いや、問題ない」

 

 人型――アルテラは、オペレーターの心配に否定を返した。アラガミを見据える赤い瞳は、どこか穏やかだ。心なしか、口元も綻んでいる。

 

(たった6体(・・・・・・・・・)で済むとか最高かよ。極東はブラック、はっきり分かんだね)

 

 大型含む6体のアラガミを目前にして、内心で軽口を叩ける程度にはアルテラに緊迫感はなかった。

 

 6体を『たった6体』などと考えてしまうあたり、アルテラは自身の価値判断基準がイカれていることを自覚し、一人遠い目をした。

 

 思い返すのはサバイバルをしていた時期。

 

 あの頃は――と思い返してみたものの、既にその頃からアラガミ複数体を相手取ることは、別に珍しくもなんともなかった。

 

 初っ端から救いなどなかった。

 神はいない。死んだ。むしろ殺す。

 

 意気込みという名の殺意を新たにしたアルテラは、眼下で吼えたてる神を称する獣達へと、八つ当たり気味に躍りかかった。

 

「――破壊するッ!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 遡ること約1ヶ月前。

 

 アルテラと神薙ユウは、支部長であるペイラー・榊に呼び出されて支部長室に来ていた。

 

「――要するに、異動、ですか」

 

「ああ、フェンリル極致化技術開発局――フライアで新しく運用される部隊の人員として、どうやらユウ君は適性があったようでね。是非にと要請が来てるんだ」

 

 フライア、部隊とくれば恐らくブラッドのことを言っているのだろう、とアルテラは予想するとともに、驚きと納得を覚えた。

 

 勧誘を受けたということは、ユウに血の力の適性があるということである。

 

 つまり――2でも主人公は依然ッ! 神薙ユウに変わりなくッ!! そういうことだろうか、という驚きと、馬鹿みたいに共鳴現象引き起こしまくったユウに血の力があっても別に不思議じゃないな、という納得である。

 

 まあ、そもそもブラッドが本当に設立されているのか否かが疑問なところだが、気にするだけ不毛なため意図的に意識から除外した。

 

 だがそれはそれとして――何故自分はここに呼ばれたのか?

 

 榊博士とユウの会話を聞きつつ、どうにも嫌な予感がしてきたアルテラ。予感というよりもはや確信である。直感に頼らずとも経験則で分かる。

 

 こういう時は大体、お前も一緒に行けとか言われると相場が決まっている。相場は大事、よろず屋の胡散臭いおっさんも言ってた。

 

 だがそれに甘んじていいのか? 仮にもアルテラである自分が? ――いいや、いいわけがない。むしろそんなものは、積極的に破壊する姿勢を見せて然るべきではないだろうか。

 

 単なる思いつきの適当極まる言い訳を完了させたアルテラは、真面目な顔で話を聞き流しつつ、音もたてずに後退。後ろ手でドアを開くと、全精力を傾けて支部長室を離脱した。

 

「……ッ!? ユウ……ッ!! 貴様ッ、裏切ったか!!」

 

 ――訂正、失敗した。

 

 以前同様、アルテラは支部長室からは逃げられない。今度は、ユウの手によって物理的に阻止されていた。

 

「死なば諸共だよ……ッ! 地獄の底まで引きずり込んでやる……ッ!!」

 

 ヒロイン失格どころか、むしろこいつが敵では? とすら思われる台詞を吐く人類最強。

 人類の未来は(くら)いのではなかろうか。アルテラは一抹の不安を覚えた。

 

「そういうわけで、ユウ君と一緒にアルテラ君もフライアへ行ってくれたまえ。ほら、ユウ君一人だと心細いだろうしね」

 

 どういうわけだかさっぱり分からない。

 

 今説明する気がないことだけはよく理解したアルテラは、胡乱な視線をユウに向けた。「嘘つけお前」という語らずの意思がそこにはあった。

 

「一人だと寂しいなー。アルテラが一緒だと心強いなー。一緒に行きたいなー」

 

 驚くほどの棒読みだった。大根演技にも程がある。最早隠す気が微塵もない適当な言い分だった。

 

 アルテラの腕を掴む力は弱まるどころか増している。絶対に逃がしてなるものかという確固たる意思が感じられた。何よりも、目が笑っていない。

 

 そんなに行きたくないのか。それとも、榊博士の言に言い知れぬ不安でも感じているのか。

 

 何れにせよ逃げられないことを悟ったアルテラは、榊博士を一瞥すると、深々と溜め息を吐いて了承した。その際、ユウが「道連れゲット」と呟いて歪んだ笑みを浮かべたのを見なかったことにしたのは、彼なりの優しさである。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「――それで、俺を捩じ込ませた理由は何ですか?」

 

 アルテラの了承を得た後、ユウだけを下がらせた榊博士。残ったのは、先程とは打って変わって顔を引き締めた二人だった。

 

「『赤い雨』の話は聞いているね?」

 

「ええ」

 

 正確な時期は不明だが、いつの頃からか赤い雲が広がった下に赤色の雨が降りだした。更に、その雨を浴びた者には、『黒蛛病』と命名された病が発症し始め、現段階においては、致死率100%である。

 

 アルテラがそれとなく助言をしたことで、黒蛛病患者から偏食因子が発見されはしたものの、未だ根治には至っていない。

 

「黒蛛病は勿論だが、赤い雨を浴びたアラガミが強化されているという報告が上がっている。特に厄介なのが、アラガミを前にして神機が動かなくなったというものだ。そのアラガミが原因なのかは確証がないが、そうだとすれば、これは致命的だ」

 

「成る程、だから――」

 

「――そう、アルテラ君の武器なら問題ない。何せアラガミと関係している偏食因子とは無関係の代物だからね」

 

 アルテラの武器は神機ではなく、『軍神の剣』。生憎と捕食して素材を確保することなどできないが、ことアラガミの撃破にかけては神機に勝るものであるとアルテラ自身、自負している。

 

「それで、ユウ君をフライアに送る理由だけど、これを見てくれ」

 

 渡されたのは、フライアで運用している部隊『ブラッド』の概要が記された書類だった。考えていた通りにブラッドであったことを確認すると、人員へと目を移す。

 

 ジュリウス・ヴィスコンティ、ロミオ・レオーニ、香月ナナ。全3名であり、見覚えのない名前すらない。

 

 やはりユウはトラブルに愛されてるに違いない。ユウが迎えることになるかもしれない受難を思い、優しくしてあげようか――と一瞬考えたものの、即座に破棄した。

 

 アナグラに来てから何かと関わってきた神薙ユウという女性を思い返してみたところ、多少のトラブル程度は――多少でなかろうとも――平然と喰い破っていきそうな感じがしたためである。

 

 ツバキ教官とは別の方向性の女傑と言える。

 

「『血の力』、実に興味深いね。極東からユウ君が離れてしまうのは少々痛くはあるが、それ以上に得られるものがあるに違いない。できればそれが、神機の停止現象を打ち破ってくれるものであることを期待したいところだね」

 

「つまり、自分はその神機の停止を起こすアラガミへの対処と、それに伴ったユウの護衛、といったところですか」

 

「うん。万が一にもユウ君がやられてしまうような事態は避けたい。先方に話は通してあるから問題はない筈だ。それに……」

 

「……何か、気になることでも?」

 

 不意に言葉を濁す榊博士に、自然と視線が向けられた。眼鏡を指の腹で押し上げ、眉をしかめる様子は、まるで何か葛藤しているようだった。

 

 暫し言葉に迷ったように沈黙した榊博士は、「科学者としてはこんなことを言うのは好ましくないのだろうけど――」と続けた。

 

「――どうにも、嫌な予感がしてね。それにほら、ユウ君って大体トラブルに巻き込まれるからね」

 

「……まあ、はい」

 

 否定できなかった。

 

 それどころか、つい先程に同じようなことを考えていたばかりである。

 

 しかし――

 

「それ言うために、結構ロマン好きな人が科学者どうこうとか要らん前振りしないでくださいよ。何だったんですかさっきの沈黙は」

 

「僕は常日頃から雰囲気を大事にしているつもりさ」

 

「その妙な自尊心へし折りたい」

 

 心なしか「言ってやった」みたいな顔をした榊博士を、アルテラは微笑んで切り捨てた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 支部長室を後にしたアルテラは、廊下の壁に寄りかかっているユウがいることに気がついた。アルテラに気づくと同時に壁から背を離したことから、どうやら自分を待っていたらしいことを察する。

 

「終わった?」

 

「ああ。 ……わざわざ待っていたのか?」

 

「私もちゃんとした理由聞かせてもらおうと思って」

 

「何だ、気づいてたのか」

 

 呆れたように苦笑いをするユウ。よく考えずとも、仮にも極東の最高戦力とそれに勝るとも劣らない人員を同時に他の地域に送ることがおかしいことなどすぐに分かる。

 

「いやそりゃ気づくよ。ラブコメじゃあるまいし、あんな雑な理由で異動とかないでしょ――って何その顔。もしや私のこと馬鹿だと思ってる?」

 

「いやそうじゃないが――」

 

 第1部隊の隊長や、クレイドルのまとめ役のようなことが頭空っぽの馬鹿に勤まるはずもない。アルテラが気にしたのはそこではなかった。

 

「ユウ、お前――ラブコメとか(そういうの)見るんだな。アーカイブでも漁ったのか?」

 

「ええ、そこ気にしちゃうか……私だって女の子だよ? アルテラ私のこと何だと思ってるの?」

 

 指摘されたことが恥ずかしかったのか、若干頬を赤くしながら不貞腐れたようにアルテラを睨んだユウ。対するアルテラは、暫し視線を宙に彷徨わせてから微笑んだ。

 

「アラガミの血肉を浴びて叫声をあげるゴッドイーターの鑑だろう?」

 

「私の評価そんなもん!?」

 

 冗談だ、と返すも文句を続けるユウを伴いながらエレベーターへと乗り込む。

 

 ユウの言葉をBGMとして聞き流しながら、アルテラはこれから先のことを考えて見えない空を見上げた。

 



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