逆行者たちの世界 (佐倉ひかり)
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世界の終局

すべてはこれから始まった
(今回は旧劇場版を知っている人は、見なくてもいいかもです。)


むせかえるような夏の暑さ。蝉の鳴き声で満たされた青空。羽の生えた巨人の眠る湖は、透き通るような青をそのまま映す鏡になっていた。そこに、一人の少年が汗を流して佇んでいた。

 第一脳神経外科

『避難塔の第二、第三区画は本日18時より閉鎖されます。引継ぎ作業は全て本日16時30分までに終了してください』

 惣流・アスカ・ラングレーの病室。心電図は一定のリズムで電子音を刻む。病室のベッドの上で横になっているアスカの身体は、呼吸に合わせて静かに肩を動かすだけだった。

「ミサトさんも、綾波も怖いんだ。助けて……助けてよアスカ」

 病室を訪れたシンジは、ベッドの傍らに立って目を覚まそうとしないアスカをじっと見ていた。

「ねえ……起きてよ。ねえ……目を覚ましてよ」

 いつまでも返事をしないアスカの肩を揺さぶって起こそうとするシンジ。

「ねえ、ねえ……アスカ……アスカ、アスカ!」

 ベッドが動くほど強く揺すっても起きないアスカに、シンジは泣き付く。

「助けて……助けてよ……助けてよ…………助けてよ……助けてよ」

 シンジはアスカの肩にすがるようにして泣き続ける。

「またいつものように、僕をバカにしてよ。……ねえ!!」

 勢い良く肩を引き寄せた反動で、横を向いていたアスカの体が仰向けになる。体に貼られたセンサーの一部が剥がれ落ち、服がはだけてアスカの胸があらわになった。シンジは、自分がやってしまったことに気づいて言葉を失う。心電図は一定のリズムで電子音を刻み続けていた。アスカの姿に興奮するシンジの声が病室に響く。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ…………うっ」

 シンジは自分の手に付いた自分の体液を見て、衝動的な行為を後悔する。

「最低だ……俺って」

 灯りを落とした薄暗い第2発令所の中でオペレーターのマヤ、マコト、シゲルの三人は、今後のNERVについて思案していた。

「本部施設の出入りは、全面禁止?」

 マヤは二人に向かい合う形で椅子に座り、ビスケットをつまみながら声を上げる。

「第一種警戒体制のままか」

 マコトは前かがみになってコーヒーを両手で持ちながら緊張の面持ちを見せる。

「なぜ……最期の使徒だったんでしょ。あの少年が」とマヤが言った。

「ああ。全ての使徒は、消えたはずだ」

 シゲルは椅子に座る二人の前に立ってコーヒーを飲んでいる。

「今や平和になったってことじゃないのか」とマコトが言った。

 マヤは心配そうな顔で二人に聞く。

「じゃあここは?エヴァはどうなるの?先輩も今いないのに」

「NERVは、組織解体されると思う。俺たちがどうなるかは、検討もつかないな」

 そう言って、シゲルはカウントダウンを進めるモニターの方に目を向ける。

 マコトはそれを見て「補完計画の発動まで、自分たちで粘るしかないか」と言った。

 エヴァと使徒の戦いによって作られた真新しい湖が見える丘の上。日が暮れて街灯が光を灯し始める時間。ミサトは空き地に車を止め、今後の成り行きについて考えていた。

「出来損ないの群体として既に行き詰った人類を、完全な単体としての生物へと人口進化させる補完計画……正に理想の世界ね。そのために、まだ委員会は使うつもりなんだわ。アダムやNERVではなく、あのエヴァを」

 ミサトは姿勢を起こすと窓の外に目を向ける。

「加持君の予想通りにね」

 ゼーレの会合にて、キールが第一声を発する。

「約束の時がきた。ロンギヌスの槍を失った今、リリスによる補完はできん。唯一、リリスの分身たるエヴァ初号機による遂行を願うぞ」

 ゲンドウはいつものように机の前で手を組みながらモノリスを見据えている。モノリスたちは、後ろ手を組んでゲンドウの横に立っている冬月とゲンドウを見下ろすようにして、暗闇に浮かび上がっている。

「ゼーレのシナリオとは違いますよ」

 キールの要望にまずゲンドウが答えた。

「人は、エヴァを生み出すためにその存在があったのです」と冬月は言った。

「人は新たな世界へと進むべきなのです。そのためのエヴァシリーズです」とゲンドウが続ける。

 その言葉を受けてモノリスNo.09が発言する。

「我らは人の形を捨ててまで、エヴァという名の箱舟に乗ることはない」

 モノリスNo.12が続けて発言する。

「これは通過儀式なのだ。閉塞した人類が再生するための」

 他のモノリスからも意見が上がる。

「滅びの宿命は新生の喜びでもある」

「神も人も、全ての生命が死を以って、やがて一つになるために」

 顔の前でじっと手を組んでそれを聞いていたゲンドウが否定する。

「死は何も生みませんよ」

 それを受けてキールがゲンドウに宣告する。

「死は、君たちに与えよう」

 そう伝えると、ゼーレのモノリスは姿を消した。暗闇に戻った空間に向かって冬月が言う。

「人は、生きて行こうとするところにその存在がある。それが、自らエヴァに残った彼女の願いだからな」

 ベッドの上で目を覚ますレイ。体を起こすと、そこは自分のマンションの部屋だった。涼しげに鳴く虫の歌声が聞こえる。窓から差し込む青白い月明かり。それをゆっくりと雲が覆い隠してゆく。レイは玄関の扉を開けて出て行く。部屋の床には、大切にしていたはずの眼鏡が、粉々に割れて落ちていた。

 シンジはイヤホンで耳を塞ぎながら、いつものようにベッドで横になっていた。しかし、プレイヤーの数値はゼロのまま、音は流れていない。外から救急車のサイレンの音が聞こえる。とても静かな夜。

 ミサトは、NERVのコンピューターに侵入し、今まで知りえなかった情報を盗み出そうとしていた。すると、ある情報へのアクセスに成功し、ノートパソコンのキーを叩く手を止める。

「そう……これがセカンドインパクトの真意だったのね」

 そう言った瞬間、モニターに映し出された文字が、瞬時に「DELETED」で上書きされていく。

「気付かれた!?」

 ミサトは急いで銃を構えて立ち上がる。その時、コーヒーの空き缶に手がぶつかり、音を立てて転がる。

「いえ、違うか。始まるわね」

 ミサトが気付くと同時に、静けさを取り戻したかに見えたコンピュータールームの電源が落ちる。

『第六ネット音信不通』

 第2発令所は、けたたましい警告音に包まれていた。

「左は青の非常通信に切り替えろ。衛星を開いても構わん。そうだ、敵の状況は?」

 内線で指揮を執る冬月。

「外部との全ネット、情報回線が一方的に遮断されています」

 モニターの状況を説明するオペレーターの声。

「目的はMAGIか」

 受話器を置いて冬月がつぶやく。

「全ての外部端末からデータ進入、MAGIへのハッキングを目指しています」

 シゲルが冬月へ現状を通達する。

「やはりな。侵入者は松代のMAGI二号か?」

 冬月がシゲルに確認を取る。

「いえ、少なくともMAGIタイプ5、ドイツと中国、アメリカからの進入が確認できます」

 シゲルは、モニターに向き直して情報を伝える。

「ゼーレは総力をあげているな。兵力差は1:5……分が悪いぞ」

 冬月は敵の思惑を推測し、眉をひそめる。

『第四防壁、突破されました』

「主データベース閉鎖、駄目です!進行をカットできません!」

 対応を試みるマコトは相手の速さに断念してキーを打つ手を止める。

「更に外殻部侵入!予備回路も阻止不能です」

 モニターに映る状況と格闘しながらマヤが報告する。

「まずいな、MAGIの占拠は本部のそれと同義だからな」

 そう思いながら、次の一手をどう打つのか、ゲンドウの方に目を向ける冬月。

 リツコは、暗い隔離室のベッドに腰を下ろしてうなだれていた。そこに訪問者が現れ、自動ドアが開く。

「分かってる。MAGIの自律防御でしょ」

「はい。詳しくは第2発令所の伊吹二尉からどうぞ」

 用件を受けたスタッフは姿勢を正してリツコに伝える。

「必要となったら捨てた女でも利用する。エゴイストな人ね」

 そう言ってリツコは気だるそうに立ち上がる。

「状況は?」

 NERVの廊下を歩きながら髪留めをほどいたミサトは、携帯電話を手にしてマコトと連絡を取り合う。

「おはようございます。先ほど、第2東京からA-801が出ました」

「801?」

 怪訝な表情の声を上げたミサトにマコトが説明する。

「特務機関NERVの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲」

「最後通告ですよ。ええそうです。現在MAGIがハッキングを受けています。かなり押されています」

 そう言い終わると、マコトは自分の持っていた受話器をマヤの方へ向ける。

「伊吹です。今、赤木博士がプロテクトの作業に入りました」

 マコトの受話器に向かって顔を近づけて話すマヤ。その背後からリフトエレベーターが到着する音が聞こえて、マヤとマコトが振り返る。すると、そこには携帯電話を耳に当てたまま、驚きの顔をしたミサトが立っていた。

「リツコが?」

 リツコは、スーパーコンピューターMAGIの本体内部に入り込んで作業をしていた。

「私、馬鹿なことしてる?ロジックじゃないものね、男と女は」

 ノートパソコンのキーを叩く手を止めると、眼鏡を上げて「CASPER」と書かれたMAGIのコアを手で撫でる。

「そうでしょ。母さん……」

『強羅地上回線、復旧率0.2%に上昇』

『第3ケーブル、箱根の予備回線依然不通』

 第2発令所に届くオペレーターのアナウンス。

「あと、どれくらい?」

 マコトの操るコンソールの端に腰を下ろして状況を眺めていたミサトは、コーヒーを飲みながらマコトの方を向く。

「間に合いそうです。さすが赤木博士です。120ページまであと一分、一次防壁展開まで2分半程で終了しそうです」

「MAGIへの侵入だけ?そんな生易しい連中じゃないわ。多分ね……」

 マコトの説明を上の空に聞いて、自分の思考を巡らせるミサト。

「MAGIは前哨戦に過ぎん。奴らの目的は本部施設および残るエヴァ2体の直接占拠だな」

 冬月はゲンドウに敵の本当の狙いを耳打ちする。

「ああ。リリス、そしてアダムさえ我らにある」

 ゲンドウは落ち着いて事の成り行きを見守る。

「老人たちが焦るわけだ」

 冬月は姿勢を戻し主モニターに目を向ける。

「CASPER」まで進行していたMAGIへの侵入が改善され、復旧の兆しがモニターに映し出される。

「MAGIへのハッキングが停止しました。Bダナン型防壁を展開。以後、62時間は外部侵攻不能です」

 マヤは現状を報告する。

 その頃、作業を終えたリツコは、人一人がやっと通れるほどの隙間を這って、MAGI本体の中から出てくる。リツコは愛おしそうな目でMAGI内部を見つめて「母さん、また後でね」とつぶやく。

 NERVの防衛を確認したゼーレは次の策に出る。

「碇はMAGIに対し、第666プロテクトをかけた。この突破は容易ではない」

「MAGIの接収は中止せざるを得ないな」

 その声に対し、キールが次の計画を宣言する。

「出来得るだけ穏便に進めたかったのだが、いたしかたあるまい。本部施設の直接占拠を行う」

 箱根の山道。蝉の鳴き声が響く茂みの中にうごめく人影。

「始めよう。予定通りだ」

 茂みの中に潜んでいた人影が次々と立ち上がる。空には戦闘機、陸路からは戦車。瞬時にNERV本部を包囲する戦略自衛隊。各機体が戦闘配置に付くと、直ぐに攻撃を開始する。次々と被弾するNERV本部。

『第8から第17までのレーザーサイト沈黙』

「特火大隊、強羅防衛線より侵攻してきます」

「御殿場方面からも二個大隊が接近中」

 次々に映像が途絶えるモニターを見てオペレーターが状況を報告する。

「やはり最後の敵は同じ人間だったな」

 冬月がモニターを見つめながら、司令席に座るゲンドウの肩越しに言う。

「総員、第一種戦闘配置」

 ゲンドウがオペレーターに指示を出す。

「戦闘配置?相手は使徒じゃないのに。同じ人間なのに」

 マヤがゲンドウの指示を聞いてわだかまりを覚える。

 マコトは、そんなマヤを見てなだめようとする。

「向こうはそう思っちゃくれないさ」

 兵装ビルが大量のミサイルを発射する。NERV周辺は瞬く間に戦場と化し、戦略自衛隊の攻撃によって爆発が多発する。

 NERV本部への出入り口ゲート前では、見張りの戦闘員が不安な面持ちで銃を構える。すると、忍び込んだ戦略自衛隊によって背後からナイフで奇襲され、血を流して動かなくなる。そして、ゲートのシャッターが開くと大量の戦自隊隊員が侵入を待ち構えていた。

「おい、どうした!おい!」

 異常を知らせるブザーが鳴り響き、ゲート前にいた戦闘員に確認を取ろうとするが、連絡が取れずに慌てる他のNERV戦闘員。

「なんだ?」

 それを見て集まってくる戦闘員たち。

「南のハブ・ステーションです!」

 すると、近くに駐車してあった装甲車が突然爆発を起こし、辺り一面を炎で埋め尽くす。

 NERV本部内で次々と血が流される。第2発令所の空気が張り詰めてゆく。

『台ヶ丘トンネル使用不能』

『西5番搬入路にて火災発生』

『侵入部隊は第一層に突入しました』

『南ハブステーションは閉鎖』

「西館の部隊は陽動よ!本命がエヴァの占拠ならパイロットを狙うわ!至急シンジ君を初号機に待避させて!」

 ミサトは敵の目的を予測してマコトに指示を出す。

「はい!」

「アスカは?」

 続いて、ミサトはアスカの所在を確認する。

「303号病室です」とシゲルが答える。

「構わないから弐号機に乗せて!」

 ミサトは迷わず指示を続ける。

「しかし、未だエヴァとのシンクロは回復していませんが」

 それを聞いてマヤが意見する。

「そこだと確実に消されるわ。かくまうにはエヴァの中が最適なのよ」

 人命を最優先させようとするミサトは口調を強める。

「了解!パイロットの投薬を中断。発進準備」

 マヤはそれに従い指示を回す。

「アスカ収容後、エヴァ弐号機は地底湖に隠して。すぐに見つかるけどケイジよりましだわ。レイは?」

 すぐさまマコトに指示を出したミサトは、シゲルに向かってレイの所在を確認する。

「所在不明です。位置を確認できません」

「殺されるわよ。捕捉急いで!」

 もはや時間の猶予がない状況に、ミサトは危機感を募らせる。

 その時、所在不明のレイは地下施設にあるL.C.L.の水槽に浮かんでいた。裸のまま目をつむって、何かを吸収するように全身を解放していた。

 発射の準備が整った弐号機はすぐさま射出される。

「弐号機射出。8番ルートから推進70に固定されます」とマコトが報告する。

「続いて初号機発進!ジオフロント内に配置して」

 マコトの後ろから身を乗り出してミサトが指示を続ける。

「だめです!パイロットがまだ!」とシゲルが報告する。

「え?」

 その報告を受けてミサトがモニターを確認すると、そこには階段の下で膝を抱えてしゃがみ込んでいるシンジの映像が映し出されていた。

「なんて事!」

『セントラルドグマ第二層までの全隔壁を閉鎖します。非戦闘員は第87経路にて待避してください』

 その間に、次々と通路やパイプラインのシャッターが閉まっていく。その途中で爆発が起こる。

「地下、第3隔壁破壊。第二層に侵入されました」

 シゲルの報告を聞いて冬月が事態を危惧する。

「戦自、約一個師団の投入か。占拠は時間の問題だな」

 それを聞くと、静観を保っていたゲンドウが立ち上がる。

「冬月先生、後を頼みます」

「分かっている、ユイ君によろしくな」

 冬月は落ち着いた様子でゲンドウを見送る。

 物量と火力でNERV戦闘員を圧倒していく戦略自衛隊。炎に包まれていくNERV本部。

『第2グループ応答なし』

『72番電算室連絡不能』

「52番のリニアレール、爆破されました」

 次々に起こる障害に、何とか追いつこうとするシゲル。

「タチ悪いなぁ、使徒のがよっぽどいいよ」

 マコトはモニターを見ながら苛立ちを隠せない。

「無理もないわ、みんな人を殺すことに慣れていないものね」

 拡大し続ける被害状況を見ながら、ミサトは腕を組んで考える。

 同僚の遺体を泣きながら引きずる女性職員。そこに戦自隊員が現れ、無防備な非戦闘員に容赦なく銃弾を浴びせる。通路には無数のNERV職員の遺体が転がる。戦自隊員は通路にある配電版を開け、銃で破壊していく。悲鳴が上がる部屋へ火炎放射を実行する戦自隊員。NERV本部内は修羅場と化し、戦自隊員は破壊行為を続けながら内部へと侵攻して行く。

「第3層Bブロックに侵入者!防御できません!」

 オペレーターからの報告が飛び交う。

「Fブロック側です。メインバイパスを挟撃されました!」

 シゲルがミサトに状況を報告する。

「第3層まで破棄します。戦闘員は下がって。803区間までの全通路とパイプにベークライトを注入!」

 拳を握り締めたミサトは、最期まで諦めずに抵抗を試みる。

「はい!」

 シゲルがミサトの指示を迅速に捌いていく。

 ベークライトがその赤い液体で空間を塞いでいく。階段に横たわった血まみれのNERV職員の遺体を飲み込む。

『第703管区、ベークライト注入を開始。完了まで後30。第730管区、ベークライト注入を開始。完了まで後20』

「これで少しは持つでしょう」

 一旦仕切り直しを図りたいミサトだったが、マコトの報告がそれをさせない。

「葛城三佐!ルート47が寸断されグループ3が足止めを食ってます。このままではシンジ君が!」

 シンジは、階段の下で一人膝を抱えて座っていた。

「非戦闘スタッフの白兵戦闘は極力避けて」

 ミサトは銃を手にしてマガジンの残弾を確認すると、次の行動に備える。

「向こうはプロよ。ドグマまで後退不可能なら投降した方がいいわ」

 そう言ってミサトはマコトの耳元に近づく。

「ごめん、後よろしく」

「はい!」

 外部からの攻撃の手も緩めようとしない戦略自衛隊。戦自隊の司令官は、第3新東京市を見下ろす山から望遠鏡で戦況を確認する。

「意外と手間取るな」

「我々に楽な仕事はありませんよ」

 マコトは引き出しを開けて拳銃を取り出すと、これから始まる戦いに備える。

「分が悪いよ。本格的な対人要撃システムは用意されてないからな。ここ」

「ま、せいぜいテロ止まりだ」

 そう言って、シゲルはサブマシンガンを取り出す。

「戦自が本気を出したらここの施設なんてひとたまりもないさ」

 銃を構えながらマコトが言う。

「今考えれば、侵入者要撃の予算縮小って、これを見越してのことだったのかな」

 シゲルは隠してある武器を探りながら、思い出したように言う。

「あり得る話だ……」

 マコトがそう答えた瞬間、第2発令所内で大きな爆発が起こる。

「うわっ」

 マコトがおもわず声を上げる。

 爆弾で開けた壁の穴から、盾を持った戦自隊がマシンガンを乱射して突入する。マコトのところにもすぐさま銃弾が飛び込んでくる。恐怖でコンソールの下に隠れるマヤに、シゲルが近づいて拳銃を渡す。

「ロック外して」

「私……私鉄砲なんて撃てません」

 マヤは渡された銃を見つめて怖気づく。

「訓練で、何度もやってるだろ!」

 シゲルは戦おうとしないマヤを説得しようとする。

「でもその時は人なんていなかったんですよ!」

 必死に抵抗するマヤの頭の近くを銃弾が掠める。

「バカ!!撃たなきゃ死ぬぞ!」

 シゲルは真剣な目でマヤに檄を飛ばす。

L.C.L.の水槽の中に浮かぶ無数の“入れ物”の残骸。レイは、裸ののままその光景を無言で見つめていた。

「レイ」

 虚ろな目をしたレイは、背後から聞こえたゲンドウの声を聞いて、ゆっくりと後ろを振り向く。

「やはりここにいたか」

 足音を立ててレイに近づいたゲンドウは、レイの正面に立って言葉を掛ける。

「約束の時だ。さあ、行こう」

 

「第2層は完全に制圧。送れ」

 NERV職員の遺体が散乱する施設廊下で交信する戦自隊員。

『第2発令所とMAGIオリジナルは未だ確保できず。西部下層フロアにて交戦中』

『5thマルボルジェは直ちに熱冷却措置に入れ』

 両手を挙げて降伏する非戦闘員をためらいもなく射殺し、確実に息の根を止めに掛かる戦自隊員。

『エヴァパイロットは発見次第射殺。非戦闘員への無条件発砲も許可する』

『ヤナギハラ隊、B小隊、速やかに下層へ突入』

 ついに、階段の下で座り込んでいたシンジの所にも銃声が響く。

「サード発見、これより排除する」

 シンジは無抵抗のまま三人の戦自隊員に取り囲まれてしまう。

「悪く思うな、坊主」

 そのうちの一人が拳銃をシンジの頭に突きつけて引き金を引こうとした瞬間――

「うぉっ!」

 突然吹き飛ばされる戦自隊員。その直後、ミサトが銃を乱射しながら特攻を掛ける。マシンガンで応戦しようとする隊員を蹴り飛ばすと、壁に追い詰め喉元に銃口を突きつける。

「悪く思わないでね」

 ミサトの放った銃声を耳にして、シンジは頭を抱えて怯える。血だらけになった戦自隊員は壁に張り付いたまま崩れ落ちる。

「さあ、行くわよ初号機へ」

 駐車場に止めた車の陰で、ミサトは戦自隊員から奪った無線機をチューニングする。

『紫の方は確保しました。ベークライトの注入も問題有りません』

『赤い奴は既に射出された模様。目下移送ルートを調査中』

 ミサトは無線から流れてくる音声に耳を澄ませる。

「まずいわね。奴ら初号機とシンジ君の物理的な接触を断とうとしているわ」

『ファーストは未だ発見できず』

「こいつはうかうか出来ないわね。急ぐわよ、シンジ君」

 ミサトがシンジの方に振り向くと、シンジは背中を向けてうずくまっていた。

「ここから逃げるのか、エヴァの所に行くのかどっちかにしなさい。このままだと何もせずただ死ぬだけよ!」

 ミサトは遠くで小さくなっているシンジに声を上げる。

「助けてアスカ、助けてよ」

 シンジはミサトの声に耳を貸そうとしない。

「こんな時だけ女の子にすがって、逃げて、ごまかして、中途半端が一番悪いわよ!」

 ミサトは立ち上がって、何とかシンジを動かそうとする。

「さあ!立って!立ちなさいっ!!」

 シンジの手を引っ張り無理やり立たせようとするミサト。しかし、シンジは力無くうなだれるだけだった。

「もうやだ、死にたい、何もしたくない」

 シンジは完全に現実逃避し、下を向いたまま動こうとしない。

「何甘ったれたこと言ってんのよ!アンタまだ生きてるんでしょ!だったらしっかり生きて、それから死になさい!」

 ミサトはシンジの耳元に言葉を掛け続ける。

 

 第2発令所では、未だ銃撃戦が繰り広げられていた。生き残ったNERV職員が物陰に隠れてなんとか応戦している。

「構わん、ここよりもターミナルドグマの分断を優先させろ!」

 冬月が緊急用の電話で指示を出す。

「あちこち爆破されているのに、やっぱりここには手を出さないか」

 マコトはコンソールに身を隠しながら、果敢に戦っていた。

「一気に片をつけたいところだろうが、下にはMAGIのオリジナルがあるからな」

 シゲルはサブマシンガンに新しいマガジンを充填して身構える。

「出来るだけ無傷で手に入れておきたいんだろ」

 反撃の隙を狙いながらマコトが言う。

「ただ、対BC兵器装備は少ない。使用されたらやばいよ」

 シゲルが肩をすくめる。

「N2兵器もな」

 会話をする二人の影で、ただ身を縮めることしかできないマヤ。

 

 その時、第3新東京市の上空に光の玉が放たれる。物凄い速度で落下したそれは、地上に着弾すると凄まじい威力の爆発を起こす。敵はマコトが懸念していた通りN2兵器を使用した。その爆発は、特殊装甲板を溶かすと、ジオフロントの天井を崩壊させるまでに至る。

「ちっ、言わんこっちゃない」

 シゲルは激しい揺れに耐えて頭を抱えながら身を守ろうとする。

「奴ら加減ってものを知らないのか!」とマコトが叫ぶ。

「ふっ、無茶をしおる」

 冬月は受話器を耳から離して吐き捨てるように言う。

 更に追い討ちを掛けるように、ぽっかりと穴の開いたジオフロントに弾道弾の雨が降り注ぐ。

「ねぇ!どうしてそんなにエヴァが欲しいの?」

 マヤは絶叫しながら、コンソールの下で激しい揺れに怯える。

 

 ミサトは、シンジを乗せて車で目的地へと向かっていた。

「サードインパクトを起こすつもりなのよ。使徒ではなくエヴァシリーズを使ってね」

「15年前のセカンドインパクトは人間に仕組まれたものだったわ。けどそれは、他の使徒が覚醒する前にアダムを卵にまで還元することによって、被害を最小限に食い止めるためだったの」

 ミサトの車は、無数の零号機の残骸の見える通路を突き進んで行く。

「シンジ君……私たち人間はね、アダムと同じ、リリスと呼ばれる生命体の源から生まれた、18番目の使徒なのよ。他の使徒たちは別の可能性だったの。人の形を捨てた人類の…ただ、お互いを拒絶するしかなかった悲しい存在だったけどね。同じ人間同士も」

 助手席でうなだれるシンジに、ミサトは声を強めて目的を伝える。

「いい?シンジ君。エヴァシリーズを全て消滅させるのよ。生き残る手段はそれしかないわ」

 

「電話が通じなくなったな」

 長野県 第2新東京市

 首相官邸 第3執務室

「はい。3分前に弾道弾の爆発を確認しております」と女性秘書が告げる。

「MERVが裏で進行させていた人類補完計画。人間すべてを消し去るサードインパクトの誘発が目的だったとは。とんでもない話だ」と首相が言う。

「自らを憎むことの出来る生物は、人間ぐらいのものでしょう」と女性秘書は言う。

「さて、残りはNERV本部施設の後始末か」と首相が言う。

「ドイツか中国に再開発を委託されますか?」と女性秘書が聞く。

「買いたたかれるのがオチだ。20年は封地だな。旧東京と同じくね」と首相が言う。

 

 完全に天井を失ったジオフロントは、激しい爆撃によって沈黙していた。そこに戦自隊員の無線が行き交う。

『表層部の熱は退きました。高圧蒸気も問題ありません』

『全部隊の初期配置完了』

 山腹から望遠鏡で戦況を確認する戦自隊司令官に現状の報告が入る。

「現在、ドグマ第3層と紫の奴は制圧下にあります」

「赤い奴は?」

「地底湖の水深70にて発見、専属パイロットの生死は、不明です」

 

 地底湖の湖底に沈んだ弐号機。その中で膝を抱えて眠っていたアスカが目を覚ます。

「生きてる……」

 戦自隊は、弐号機の沈む湖に向かって爆雷の投下を開始する。次々と投下される爆雷は水中に沈み、弐号機周辺で爆発する。激しく揺れる機体の中で苦しむアスカ。弐号機の機体に接触し、至近距離で爆発する爆雷。

「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」

 アスカは頭を抱えて怯える。

『まだ、生きていなさい』

 どこからともなく声が聞こえてくる。

「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」

『まだ、死んではだめよ』

「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」

『まだ、死なせないわ』

「死ぬのはイヤ……死ぬのはイヤ……」

『殺さないわ』

「死ぬのはイヤ……」

『生きていなさい』

 

「死ぬのは、イヤァァァーーー!!」

 

 フラッシュバックする記憶の中で、アスカは母の温もりを探し当てることができた。

「ママ……ここに居たのね」

 眩い光に包まれた母の記憶。幼いアスカは光の方へ手を差し伸べる。

「ママ!」

 

 現実のアスカが歓喜の声を上げた瞬間、弐号機が四つの眼を光らせて起動する。十字架状の爆発が地底湖に浮かぶ護衛艦を貫く。

「こっ、これは?」

 その光景を見た戦自隊員が驚く。

「やったか?」

 湖面から姿を現した弐号機は、うめき声を上げて護衛艦を持ち上げる。すぐさま弐号機に向かって湖岸からミサイルが放たれる。しかし、護衛艦を盾にして攻撃を防ぐ弐号機。

「どぉりゃぁぁぁ!!」

 アスカが力一杯奏縦貫を操ると、弐号機は護衛艦の巨体を戦自隊の地上部隊に向かって放り投げる。道路ごと押しつぶした護衛艦は、自らの重さに耐えかねて崩れそうになると、そのまま大爆発を起こして地上部隊を壊滅させる。

「ママ……ママ…………解ったわ!」

 アスカは晴れやかな表情を見せると、弐号機の機体を空高く舞い上がらせる。

「A.T.フィールドの意味!」

 かつての素早い動きを取り戻して、次々と攻撃をかわしていく弐号機。

「私を守ってくれてる!私を見てくれてる!」

 戦自隊の施設を踏み潰し破壊した弐号機は、巨大なミサイルを直撃でくらうが、無傷で立ち上がる。

「ずっと、ずっと、一緒だったのね!ママ!!」

 

 ミサトは戦場の跡を踏み越えて車を走らせる。

『エヴァ弐号機起動。アスカは無事です!生きてます!』

 マヤがミサトに連絡を入れる。

「アスカが!」

 助手席で膝を抱えてうずくまっていたシンジは、アスカという言葉を耳にして体をぴくりと反応させる。

 

 戦自隊の激しい攻撃を一切受け付けない弐号機に脅威を覚える戦自隊司令員。

「ケーブルだ!奴の電源ケーブル、そこに集中すればいい!」

 銃撃によりアンビリカルケーブルが切断され、活動限界のカウントダウンが始まる。

「ちっ!アンビリカルケーブルが無くったって!こちとらには1万2千枚の特殊装甲と!」

 銃弾を正面から受けても歩き続ける弐号機。

「A.T.フィールドがあるんだからぁっ!!」

 そう言って腕を大きく振るった弐号機の前にA.T.フィールドが展開されると、視界にあった戦自隊の攻撃機が一瞬で消滅する。

「負けてらんないのよ!あんた達にぃ!!」

 アスカは、戦自隊の攻撃機を鷲掴みにすると、それを振り回して次々と敵機を破壊していく。抵抗を続ける攻撃機を蹴り飛ばし一体残らず破壊する弐号機。

 

 ゼーレのモノリスの面前で、キールは次の手段を行使することを宣言する。

「忌むべき存在のエヴァ、またも我らの妨げとなるか……やはり毒は、同じ毒を以て征すべきだな」

 

 上空に現れた巨大な輸送機の編隊。機体に固定された白いボディーのエヴァ量産機が頭部を固定位置から引き抜くと、「KAWORU」と刻印された赤いダミープラグが挿入される。量産機は、プラグの装填が完了すると輸送機から切り離され、武器を手にしながらゆっくりと落下を開始してゆく。その数9体。量産機は、ジオフロント上空で大きな羽を広げると、鶴のような形態になり旋回して地上に近づいて行く。

 

「エヴァシリーズ……完成していたの?」

 アスカは空を見上げて、弐号機の頭上に弧を描くように飛行するエヴァ量産機を目撃する。

 冬月が第2発令所で主モニターを食い入るように見る。

「S2機関搭載型を、9体全機投入とは。大げさすぎるな。まさか、ここで起こすつもりか?」

 量産機が次々とジオフロント内に着陸する。量産機は、地上に降り立つと鳥のような羽をはばたかせて背中にしまい込む。

 

 目的の場所に辿りついたミサトは、携帯電話越しにアスカへメッセージを送る。

「いい?アスカ。エヴァシリーズは、必ず殲滅するのよ。シンジ君もすぐに上げるわ。頑張って」

 その事を伝えると、ミサトは携帯電話を掛けなおしてマコトにつなぐ。

「で、初号機へは非常用のルート20で行けるのね?」

「はい。電源は3重に確保してあります。3分以内に乗り込めば、第7ケージへ直行できます」

 電話を切ったミサトは、シンジに歩み寄り、座り込んで動こうとしないシンジの腕を取って力ずくで引きずって行く。

 

 NERV本部の建物を背にして、量産機に囲まれる弐号機。

「必ず殲滅……ね。ミサトも病み上がりに軽く言ってくれちゃって」

 アスカは相手との間合いを伺って、攻撃のタイミングを図る。

「残り3分半で9つ。一匹に付き20秒しか無いじゃない」

 そう言って姿勢を低くすると、アスカは一気に間合いを詰める。

「うぉぉーりゃぁぁーっ!!」

 弐号機は、正面に立っていた量産機の顔に飛びつくと、そのまま顔面を破壊して飛び越える。更に、顔から鮮血を噴出して倒れこんだ量産機を、肩で担ぎ上げると、両腕で持ち上げて真っ二つにへし折ってしまう。真っ赤な液体を全身に浴びた弐号機。アスカは、その中で余裕の笑みを浮かべる。

「エーステ!」

 

 ミサトは、うなだれたままのシンジの手を取って通路を歩いていく。そして、R-10-20と書かれたゲートの入り口に立って「ここね」と言う。

 そこに銃声が鳴り響き、銃弾が至近距離を掠める。ミサトは、シンジを庇いながら急いでゲートに駆け込むが、逃げる途中で脇腹を撃たれてしまう。ゲートの扉が閉まった直後にバズーカー砲が着弾。辺りは爆煙に包まれる。

「逃がしたか」

 戦自隊員が煙の晴れたゲートを見る。現場にいた三人の戦自隊員は、無線で指示を仰ぐ。

「目標は射殺できず。追跡の是非を問う」

『追跡不要。そこは爆破予定である。至急戻れ』

 戦自隊員たちは、「了解」と言って無線の指示に従う。

 

 ミサトは、銃弾を浴びた脇腹を押さえながら柱にもたれかかる。

「これで……時間、稼げるわね」

 ミサトは苦しそうに肩で息をする。

「大丈夫。大したこと……ないわ」

 壁を使ってなんとか立ち上がったミサトは、倒れそうになりながらエレベーターのスイッチを押す。

「電源は生きてる。行けるわね」

 ミサトは、エレベーターの入り口に掛かったフェンスに手を付いて、自分の両腕の間に立ったシンジの目を見つめる。

「いい?シンジ君。ここから先はもうあなた一人よ。すべて一人で決めなさい。誰の助けもなく」

 フェンスとミサトに挟まれるようにして逃げ場を失ったシンジは、ミサトの目を見れずに顔を下に向ける。

「僕は……だめだ。だめなんですよ。人を傷つけてまで、殺してまでエヴァに乗るなんて、そんな資格ないんだ。僕は、エヴァに乗るしかないと思ってた。でもそんなのごまかしだ。なにも分かってない僕には、エヴァに乗る価値もない。僕には人の為に出来ることなんてなにもないんだ!」

 シンジは、今までの出来事を思い出して呼吸を荒くする。

「アスカに酷いことしたんだ。カヲル君も殺してしまったんだ。優しさなんかかけらもない、ずるくて臆病なだけだ。僕には人を傷つけることしかできないんだ。だったらなにもしない方がいい!!」

 シンジは、力なく下ろした手でフェンスをぎゅっと握る。

「同情なんかしないわよ。自分が傷つくのがいやだったら何もせずに死になさい」

 ミサトは、肩を震わせるシンジに向かって言葉を強くする。

「今泣いたってどうにもならないわ!」

 シンジは何も言わずに下を向く。

「自分が嫌いなのね。だから人も傷つける。自分が傷つくより人を傷つけた方が心が痛いことを知ってるから……でも、どんな思いが待っていてもそれはあなたが自分一人で決めたことだわ。価値のあることなのよシンジ君。あなた自身のことなのよ。ごまかさずに、自分の出来ることを考え、償いは自分でやりなさい」

「ミサトさんだって……他人のくせに!何も分かってないくせに!!」

 涙を流して叫ぶシンジの言葉を聞いて、ミサトはシンジの胸ぐらに掴みかかる。

「他人だからどうだってのよ!あんたこのまま辞めるつもり!?今、ここで何もしなかったら、あたし許さないからね!一生あんたを許さないからね!」

 ミサトは、血で染まった手でシンジの顔を掴む。両手でシンジの頬を挟み、自分に目を向けさせる。

「今の自分が絶対じゃないわ。後で間違いに気づき、後悔する。あたしはその繰り返しだった。ぬか喜びと、自己嫌悪を重ねるだけ。でも、その度に前に進めた気がする」

 ミサトが泣きながらシンジの目を見つめる。

「いい、シンジ君。もう一度エヴァに乗ってケリを付けなさい。エヴァに乗っていた自分に、何のためにここにきたのか、何のためにここにいるのか、今の自分の答えを見つけなさい」

 ミサトはシンジの顔から手を離して、声を落とす。

「そして……ケリを付けたら、必ず戻ってくるのよ」

 そう言って、ミサトは首から下げたペンダントをはずし、シンジに手渡す。

「約束よ……」

 シンジは無言で唾を飲み込む。

「行ってらっしゃい」

 ミサトはゆっくりとシンジに近づくと、長いキスをする。

「大人のキスよ。帰ってきたら続きをしましょう」

 その時、エレベーターのシャッターが開き、シンジは寄りかかっていた体重に足を取られて倒れ込むように中へ入っていく。シンジが何も言うことができないまま、エレベーターのドアは閉まり、そのまま階を進めて行く。

 シンジを送り出したミサトは、力尽き床へと倒れこむ。

「はぁ……こんなことなら、アスカの言うとおり……カーペット、換えときゃよかった。ねぇ……ペンペン」

 ミサトの血が、みるみるうちに床に広がってゆく。

「加持くん……。あたし、これで良かったわよね」

 ミサトの倒れている傍らにレイが立っている。次の瞬間、爆発が起こり、その場は炎に包まれてしまう。

 

 シンジは、エレベーターの中で泣きながら顔を拭う。口元を拭ったときに付いたミサトの血を見て涙を流す。シンジは、まるで苦痛に耐えるような泣き声を上げて身を縮める。

 

 

その頃、まだ何も知らないアスカは、果敢に量産機と戦い続けていた。

「うわぁぁぁーーーっ!」

 弐号機は、量産機に飛び掛かると、そのまま押し倒して地底湖に押しつける。

「うわぁーーー!」

 水中に沈められた量産機が顔を上げる。プログ・ナイフを手に取った弐号機がそれを力いっぱい突き刺す。量産機の顔に刺さったプログ・ナイフの刃が真っ二つに折れる。苦しみ悶えて活動を停止させる量産機。

 アスカは、次の目標に向かって地底湖の中を駆け出すと、陸地へと上がって行く。そして、カッターの刃を出すように、折れたプログ・ナイフの刃を伸ばすと、一気に量産機へ切りかかって行く。弐号機は、踏み込むと同時にプログ・ナイフで量産機の右腕を切り落とす。量産機の持っていた武器が宙を舞う。林の木をなぎ倒して量産機の腕が転がる。量産機にプログ・ナイフを突き立てて押し倒した弐号機は、ナイフを引き抜いて追い討ちを掛けようとするも、刃が折れて粉々に砕けてしまう。

「ちっ!」

 量産機は、スキを見せた弐号機の頭に掴み掛かり反撃に出る。アスカはその衝撃に悲鳴を上げる。しかし、その場に押し留まると、前に押し返して量産機の背後へ回る。量産機の首に腕を回した弐号機は、そのまま首をへし折ってしまう。すると、上空から次なる量産機が、前後両方に刃の付いた巨大な武器を振りかざして飛び込んでくる。機体の背中から地面に転がってそれを避ける弐号機。先に倒した量産機の落とした武器が地面に刺さる場所まで後退した弐号機は、それを引き抜いて攻撃を弾き返す。巨大な刃と刃がぶつかり合い、お互いに弾き飛ばされる弐号機と量産機。何とか踏みとどまって体制を整えたアスカは、その武器を横になぎ払うようにして攻撃に転ずる。

 

 大量のベークライトで埋め立てられた施設内の足場。シンジは、その空間に響くアスカの無線音声を耳にして立ち尽くす。

「もう!しつこいわねぇっ。バカシンジなんてあてにできないのにぃーっ!」

 アスカが巨大な武器を振り回しながら叫ぶ。

「ふぅっ!はぁぁぁーっ!」

 振りかざした刃が合撃ち合いになり、その反動でバランスを崩す機体。弐号機は体制を立て直すと、武器を量産機に振り下ろす。首の後ろを大きく切りつけられた量産機は、血を吹き出しながら倒れ込んで行く。

 

 その頃、ゲンドウはレイを連れてターミナルドグマのリリスの前に立っていた。ロンギヌスの槍を抜かれ、両足が生えた状態で貼り付けになっているリリス。ゲンドウとレイがリリスを見上げる。その傍ら、L.C.L.の海の前でリツコが座っていた。

「お待ちしておりました」

 そう言ってリツコはゲンドウたちに向けて静かに銃を構えた。

 

 外では、弐号機が次なる目標の胴体を真っ二つに切り裂いていた。量産機の胴体が宙を舞う。地上に残された下半身から、血液がほとばしる。アスカは叫びながら振り返る。その勢いで、足元の木を刈り取るようにして武器を振り上げると、後ろに立っていた量産機の左足を切断する。武器を振りかぶってスキができた弐号機に、もう一体の量産機がすかさず飛び掛かる。相手の重みでバランスを崩す弐号機。アスカは衝撃を受けてうめき声を上げる。しかし直ぐに顔を上げると、機体にのしかかって来る量産機の腹を抱えるようにして持ち上げる。そして、エヴァの肩に装備されたラックを量産機の顎に当て、一気にニードルガンを発射させる。何本もの鉄の針で顔を串刺しにされた量産機が後ろにのけぞる。アスカは更に追い討ちを掛けて量産機の顔に刺さった針を倍増させる。

 

 ターミナルドグマでゲンドウに銃を向けるリツコは穏やかな表情で語り始める。

「ごめんなさい。あなたに代わり、先ほどMAGIのプログラムを変えさせてもらいました」

 ゲンドウは無言のまま立っている。その後ろに裸のレイが静かに立っている。

「娘からの最後の頼み。母さん、一緒に死んでちょうだい」

 リツコは覚悟を決めて天を仰ぐと、ポケットの中に入れた手でスイッチを押す。電子音が鳴った後に沈黙が続く。

「作動しない!?なぜ?」

 リツコはポケットからリモコンを取り出してモニターを確かめる。すると、リモコンの画面には『否定』の文字が表示されていた。

「はっ。CASPERが裏切った!?母さん……娘より自分の男を選ぶのね」

 唖然とするリツコに向かって、今度はゲンドウが銃を構える。

「赤城リツコ君。本当に…………」

 ゲンドウの唇の動きを見て、リツコは笑うような表情をして涙を流す。

「嘘つき……」

 鳴り響く銃声。撃たれたリツコの体が吹き飛ぶ。L.C.L.の海へ飛び込む直前に、リツコは空中に浮かんで自分を見つめるレイの姿を目撃する。

 

 未だ銃撃戦が繰り広げられている第2発令所。コンソールの下には割れたマグカップが転がっている。

「外はどうなってる?」

 マコトは、戦自隊の銃撃に応戦しながらマヤに確認する。

「活動限界まで一分を切ってます。このままじゃアスカは……」とマヤが答える。

 

 カウントを刻み続ける弐号機のデジタルは、残り0:46:56を示していた。

「うぉーーーっ!」

 量産機の頭を掴んで建物の壁に叩き込む弐号機。弐号機は、瓦礫に埋もれた量産機の頭をそのまま握りつぶす。壁の奥から血しぶきが上がる。

「負けてらんないのよっ!ママが見てるのに!」

 第7ケージ内で膝を抱えて戦おうとしないシンジがアスカの言葉に反応する。

「ママ?……母さん」

 アスカは、首を握りつぶした量産機を後ろから迫っていた最後の一体に投げつけて叫ぶ。

「これでラストォーーーっ!!」

 投げつけられた量産機の胴体に殴りかかる弐号機。めり込んだ腕は、一体の腹を貫通し、その後ろの量産機のコアまで届いていた。

「うぅぅぅーーー」

 アスカは歯を食いしばって力を込める。量産機のコアから血しぶきが噴出す。残り時間はあと15秒を切る。

「うぉぉぉぉーーーっ!」

 弐号機の活動限界が残り10秒を切る。アスカは最後の力を振り絞る。その時、弐号機の背後からとてつもない勢いで量産機の武器が飛来する。アスカはそれに気づいて振り返ると、引き抜いた右腕でA.T.フィールドを展開して直撃を防ぐ。しかし、A.T.フィールドによって止められた刀状の武器は、形を変形させてロンギヌスの槍になる。

「ロンギヌスの槍!?」

 ロンギヌスの槍は、弐号機のA.T.フィールドに少しずつ食い込むと、再度勢いを増して突き破ってしまう。そして、槍は弐号機の頭部へ真っ直ぐ突き刺さる。

「きゃぁぁぁーーー」

 アスカは顔面に激痛を受けて絶叫する。活動限界の残り時間が0:00:00になる。弐号機が後ろに倒れ込む。弐号機の頭部に刺さった槍が地面に突き刺さる。弐号機は腕を垂らしてそのまま動かなくなってしまう。

「あぁぁぁーーー!」

 アスカはパニックに陥り、操縦桿を滅茶苦茶に操作する。

 

「内蔵電源……終了。活動限界です。エヴァ弐号機……沈黙」

 モニターに映し出された数字を見てマヤが悔しい顔をする。

「何これ?倒したはずのエヴァシリーズが……」

 弐号機が殲滅したはずの量産機が、奇妙なうなり声を上げて次々と蘇る。

「エヴァシリーズ……活動を再開」

 量産機は羽を広げると、9体全機が揃い不適な笑みを浮かべる。

「とどめを刺すつもりか」

 量産機は羽を使って空中に舞い上がると、一斉に弐号機に飛び掛かっていく。そして、動物を喰らうハゲタカのようにエヴァの体を貪っていく。量産機は、弐号機の拘束具を破壊し、エヴァの内臓を食い破っていく。

「う……うぅぅっ」

 マヤはその状況に耐え切れなくなって、モニターから目を逸らす。

 マコトがそれを見て「どうした!」と言う。

「もう見れません!……見たくありません!」

 マヤは、苦しそうな表情でモニターから目を背ける。

「こ、これが……弐号機?」

 ノートパソコンのモニターに映し出された弐号機のステータス画面が次々と破壊されていく様を捕らえる。量産機に食い潰され、原型を失っていく弐号機。量産機は弐号機の臓器を咥えたまま空に飛び立ち、それを引きちぎる。

「うぅぅ……はぁぁ…………してやる……殺してやる…………殺してやる!」

 苦しみ悶えるアスカは、腹部と左目を抑えながら復讐の念を燃やす。ロンギヌスの槍が突き刺さったままの弐号機の顔は、頭部の拘束具が外れてむき出しになっていた。半分肉がえぐれてゾンビのような状態の弐号機。アスカの念に共鳴して目に光が宿る。そして、エントリープラグ内のモニターが復活する。

「殺してやる……殺してやる……殺してやる」

 アスカは左目を押さえながら右手を上げる。

「殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる」

 弐号機がアスカに連動して、天空を旋回する量産機の群れの方へ手を掲げる。

「暴走か!」

 マコトが警報が鳴り響くモニターに食い入る。

「アスカ……もうやめて!」

 マヤは観測を放棄し、コンソールの下で膝を抱えながら震える。

「殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる」

 その時、最後の執念で掲げたアスカの右手が突然左右に引き裂かれる。そして、空中から無数の槍が弐号機に突き刺さる。

 

「シンジ君っ!弐号機が!!アスカがぁ!!アスカがぁぁぁ!!!」

 マヤの叫び声が、初号機のケージ内に響きわたる。シンジは膝を抱えたまま必死で体の震えを抑えようとする。

「だってエヴァにのれないんだ……どうしようもないんだ」

 すると、硬化ベークライトに固められた初号機の腕が動き出し、シンジの座っていた足場を破壊する。まるで「乗れ」と言っているかのように、初号機は自分の腕でシンジの足場に橋を掛ける。

「母さん……」

 

 その時、ターミナルドグマでリリスを見上げていたゲンドウがつぶやく。

「初号機が動き出したか」

 

 目を光らせて起動したエヴァ初号機。NERV本部の建物を破壊し、十字の光が天を貫く。その光は、左右に分かれて光の羽へと変化する。

「エヴァンゲリオン初号機」

「まさに悪魔か!」

 その光景を見て、陸地で待機していた戦自隊が驚く。

 

 暗い荒野と化したジオフロントに突風が吹き荒れる。その中心に、光の羽を宿した初号機が佇む。シンジは初号機のエントリープラグの中に座っている。そして、覚悟を決めて顔を上げる。

「アスカ!」

 しかし、シンジの目に飛び込んできたのは、量産機に食いちぎられて無残な肉塊に成り果てた弐号機の姿だった。むき出しになった脊髄、飛び出した眼球、はみ出した内臓、頭部からグロテスクな色の泡を吹き出した弐号機は、量産機に運ばれて空中を彷徨う。その壮絶な光景を目の当たりにしたシンジは発狂する。

「うわぁぁぁーーーっ!あぁぁぁーっ!うわぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

――つづく――

 

ターミナルドグマで、ゲンドウはリリスを背にして無言で立っているレイに語りかける。

「アダムは、すでに私とともにある。ユイと再び遭うには、これしかない。アダムとリリスの、禁じられた融合だけだ」

 レイの左腕がもげ落ちて地面に転がる。

「時間がない。A.T.フィールドがおまえの形を保てなくなる。始めるぞ……レイ」

 ゲンドウは手袋を外して握り締めている。

「A.T.フィールドを、心の壁を解き放て。欠けた心の補完。不要な身体を捨て、全ての魂を今一つに。そして、ユイの元へ行こう」

 レイがゆっくりと目を閉じる。ゲンドウが右手をレイの胸へと運ぶ。レイの白い乳房にゲンドウの手が触れる。レイは一瞬苦しそうに声を出す。ゲンドウは、そのまま手をレイの中に押し込んで行く。すると、ゲンドウの手は、レイの胸にめり込むようにして入っていく。ゲンドウは、レイの胸に手首まで埋まった自分の手を、ゆっくりと下腹部の方へ下ろして行く。

「うっ」

 レイは苦しそうな表情でうめき声を上げる。

 

暗い荒野と化したジオフロントに突風が吹き荒れる。その中心に、光の羽を宿した初号機が佇む。シンジは初号機のエントリープラグの中に座っている。そして、覚悟を決めて顔を上げる。

「アスカ!」

 しかし、シンジの目に飛び込んできたのは、量産機に食いちぎられて無残な肉塊に成り果てた弐号機の姿だった。むき出しになった脊髄、飛び出した眼球、はみ出した内臓、頭部からグロテスクな色の泡を吹き出した弐号機は、量産機に運ばれて空中を彷徨う。その壮絶な光景を目の当たりにしたシンジは発狂する。

「うわぁぁぁーーーっ!あぁぁぁーっ!うわぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!」

 

「碇くん!」

 レイが目を見開く。

 

「うわぁぁぁーーー!」

 絶叫するシンジに共鳴するように、初号機は背中の装甲を自力で破壊していく。空中に浮かび上がる初号機。そして、初号機を中心にして光の十字架が発生する。

 

 宇宙空間――

 月に刺さっていたロンギヌスの槍が、自然に月の大地から抜け、急加速して飛び出して行く。

 

「大気圏外より、高速接近中の物体あり」

 異常を察知する戦自隊員。

「何だとぉ?」

 隊員が目を向けた先に、光を放って飛来する物体を発見する。

 

「いかん!ロンギヌスの槍か?」

 第2発令所で観測を続けていた冬月も事態を察知する。

 

 とてつもないスピードで月から飛来してきたロンギヌスの槍が、初号機の喉元寸前で停止する。空中に浮かんだ初号機は、上げた顎にロンギヌスの槍の柄の先端を突き立てられた状態で静止している。コックピットのシンジは、下を向いたまま動かない。

 

 ゼーレの部屋。暗闇に浮かび上がるモノリスがシナリオの糸を引いていた。

「遂に我等の願いが始まる」

 キールは、そこに集まった面々に対して告げる。

「ロンギヌスの槍もオリジナルがその手に返った」

 No.04が発言する。

「いささか数が足りぬが、やむを得まい」

 No.09が後に続く。すると、弧を描くように並んだモノリスは、全員で合唱を始める。

「エヴァシリーズを本来の姿に。我等人類に福音をもたらす真の姿に。等しき死と祈りをもって、人々を真の姿に」

「それは魂の安らぎでもある。では儀式を始めよう」

 合唱が終わるとキールがシナリオの締めに入ることを宣言する。

 

 飛行中の量産機のうちの一体が、抱えていた弐号機の残骸を放り投げて地面に捨てる。そして、手に持っていた槍状の武器を長く変化させると、先端を初号機の手に突き刺さした。もう一体が槍を長く伸ばして初号機の両手を塞ぐと、残りの七対は、初号機の光の羽に次々と食いついていく。十字架に貼り付けになった状態で固定された初号機は、そのまま空高くへと運ばれていく。

 

 銃撃戦を乗り越えた第2発令所では、マコトとシゲルがコンソールに戻っていた。

「エヴァ初号機、拘引されていきます」

「高度12000!さらに上昇中!」

「ゼーレめ。初号機を依代とするつもりか?」

 後ろから歩み寄った冬月がゼーレのシナリオを推測する。

 

 空高く雲の上まで運ばれた初号機。すると、初号機に群がっていた量産機が一斉に離れて行く。初号機は両目の光を消灯させる。

「はぁ……はぁ……はぁ」

 シンジは、両手の平の上に現れた聖痕を見つめて息を乱していた。

 

 ゼーレの部屋。

「エヴァ初号機に聖痕が刻まれた」

 キールがシナリオの進行を告げる。

「今こそ衷心の木の復活を」

 ゼーレが一同に声を揃える。

「我等が下僕エヴァシリーズは、皆、この時のために」

 生身の姿を現したキールが宣言する。

 

 光を宿して虹色の円を作り出す量産機。初号機を中心にして、量産機の9体は空中で何かの図形のような編隊を組む。

 

「エヴァシリーズ、S2機関を解放」

 シゲルは何とか敵の情報を集めようとする。

「次元測定値が反転。マイナスを示しています。観測不能!数値化できません」

 マコトはモニターに映し出される英数字の羅列に翻弄される。

「アンチA.T.フィールドか」

 冬月はゼーレがこれから何をやろうとしているのか察知し、表情を曇らせる。

 

 空中に貼り付けにされた初号機、光の十字架、編隊を組んだ量産機がまとう光の円。それらが組み合わさり、上空にセフィロトの樹が描かれて行く。

 

「全ての現象が15年前と酷似してる。じゃあ、これってやっぱり……サードインパクトの前兆なの?」

 コンソールの下に潜ったままのマヤは、ノートパソコンで二つのデータを比較していた。

 

「S2機関限界」

「これ以上はもう通常の引力では救出なりません」

 上空の光を見て慌しさを増す戦自隊員たち。

「作戦は、失敗だったな」

 戦自隊の司令官が空を見つめながら諦めたような表情をする。辺りは次第に赤い光に包まれると、巨大な爆発が起こり火柱に包まれていく。

 

 激しい揺れに襲われ、緊急のアラートが表示される第2発令所のモニター。

「直撃です。地上堆積層融解!」

 シゲルが大声で叫ぶ。

「第2波が本部周辺を掘削中!外郭部が露呈していきます」

 マコトが振り返って事態を報告する。

「まだ物理的な衝撃波だ!アブソーバーを最大にすれば耐えられる!」

 冬月がオペレーターの椅子の背もたれに捕まりながら諦めないように指示を出す。

 

 NERV本部の外では、激しい爆風があらゆる物を根こそぎ吹き飛ばして行く。第3新東京市で発生した爆発がみるみるうちに広がっていく。巨大な人の目の形に広がった波紋に電気が流れる。

 

「悠久の時を示す赤き土の禊をもって……」

「まずはジオフロントを」

 ゼーレの部屋でシナリオの進行を見届ける一同。

「真の姿に」とキールが言う。

 

 日本列島を飲み込んだ爆発が収まった後に、巨大なクレーターが出来上がる。地表がえぐれ、大きな穴を開けたその中心に姿を現した「黒き月」。ジオフロントは、地球の地下ではなく、「黒き月」の地表だった。

 

「人類の生命の源たるリリスの卵、黒き月……今さらその殻の中へと還ることは望まぬ。だが、それも……リリス次第か」

 

 ターミナルドグマ。リリスの前でレイの腹部に手を入れたゲンドウは、自分のシナリオを進めようとしていた。

「ことが始まったようだ。さあ、レイ。私をユイのところへ導いてくれ」

 しかし、ゲンドウは手に違和感を覚えて事態を危惧する。

「まさか?」

「私は、あなたの人形じゃない」

 融合しようとした腕を急いで引き抜くゲンドウ。その手首はレイに吸収されて無くなっていた。

「……なぜだ?」

 ゲンドウは苦痛に耐えながらレイを見る。

「私はあなたじゃ……ないもの」

 レイは無表情のまま答えると、左腕を再生させていく。

「レイ!」

 呼び止めようとするゲンドウの声を無視して、レイは空中へと浮かぶとリリスの方へ向かって行く。

「頼む……待ってくれ……レイ!」

 ゲンドウが悲痛な声を上げる。

「だめ。碇くんが呼んでる」

 レイはリリスを真っ直ぐ見つめながら近づいて行く。

「……レイ!」

 リリスの胸の辺りに到達したレイは、巨大な顔を見つめて浮遊する。

「ただいま」

 

――おかえりなさい。

 

 ゆっくりとリリスの胸に近づいたレイは、真っ白な粘土の怪物に取り込まれるようにして姿を消す。レイを体に取り込んだリリスは鼓動を始める。足が完全なものとなり、貼り付けにされていた十字架から手を引き抜いて行く。重そうな巨体をL.C.L.に着水させると、前かがみに倒れ込み、その反動で顔を下へと傾ける。リリスの作った波紋がリツコの遺体を揺らす。ゲンドウはリリスを見上げて呆然と立ち尽くす。リリスが顔を上げると、仮面が剥がれ落ちていく。

「レイ……」

 立ち上がろうとしたリリスは、徐々に人間の女性のようなシルエットに変化していく。

 

 第2発令所のモニターが、地下で起こっている変化を感知する。

「ターミナルドグマより、正体不明の高エネルギー体が急速接近中」

 急激な変化を示す画面を見ながらシゲルが報告する。

「A.T.フィールドを確認。分析パターン青!」

 画面の情報を見てマコトが叫ぶ。

「まさか……使徒?」

 マヤが驚いて振り向く。

「いや、違う!ヒト、人間です!」

 マコトがそう言った瞬間、首をもたげた巨大な体がゆっくりと体を起こして第2発令所に現れる。その大きく真っ白い物体は、レイそっくりの形をしている。巨人が手を持ち上げると、床やマヤの体を物理的に通り抜けて行く。

「いやあぁーっ!いやぁぁぁーーーっ!!」

 マヤは、一体何が起こったのか分からずに、頭を抱えて発狂する。

 

 ジオフロント上空で停止したまま浮かぶ初号機。シンジは、コックピットの上でミサトに託されたペンダントを手にして苦悩に苛まれていた。

「ちきしょぉ……ちきしょぉ……ちきしょぉ……ちきしょぉ!」

 シンジは両手で顔を覆って苦しむ。そこに巨大化したリリスが迫る。リリスは、巨大な女性の形をした入道雲のような姿で初号機に迫り来る。シンジは、その光景に恐怖を覚えて震える。

「……綾波?」

 至近距離でリリスと顔を合わせたシンジは、リリスの容姿を見てつぶやく。

「……レイ!」

 その瞬間、リリスは目を閉じて、次に開いた時にはレイの瞳に生まれ変わっていた。

「うわあぁぁぁーーーっ」

 至近距離で巨大なレイの瞳に見つめられたシンジは絶叫する。

 

 ゼーレの部屋で、キールを取り囲むようにして円を描くモノリス群が合唱を唱える。

「エヴァンゲリオン初号機パイロットの荒れた自我をもって人々の補完を」

 それを受けて、キールが宣言する。

「三度の報いの時を……今」

 

 リリスを取り囲むように空中に停滞する量産機。そしてA.T.フィールドが展開されると、それぞれが共鳴し合い、波紋のような光を放つ。

 

「エヴァシリーズのA.T.フィールドが共鳴!」

 モニターを見ながらシゲルが叫ぶ。

「さらに増幅しています!」

 次々と変化する現状をマコトが報告する。

「レイと同化をはじめたか」

 事の成り行きを見守る冬月。

 

 空中のエヴァ量産機の顔が変化し、レイの顔が生えてくる。

「うっ」

 その光景を見て、シンジは顔を引きつらせる。量産機は、次から次へとレイの顔に変化していく。弐号機との戦闘で頭部を破損した量産機から生えたレイの顔は半壊していた。そのむき出しになった眼球でシンジの方を見るレイの顔。

「うわぁぁぁーーーっ!!!」

 発狂して何度も操縦桿を引くシンジ。初号機は覚醒し、コアが外部へ露出する。しかし、シンジの操作には反応せず、一向に動く気配を見せない。

 

「心理グラフ、シグナルダウン!」

 モニターの変化にシゲルが気づく。

「デストルドーが形而下されていきます」

 マコトが報告を入れる。

「これ以上はパイロットの自我が持たんか」

 冬月が眉をひそめる。

 

「もういやだ……もうやだ……もういやだ……もういやだ……いやだ……いやだ……もうやだ……もうやだ……もうやだ……いやだ……いやだ」

 シンジは両手で顔を塞いで、振るえる声で現実を拒否しようとする。

「もう、いいのかい?」

 その声に反応してシンジが顔を上げると、さっきまでレイの顔があったところにカヲルの微笑みが見えた。

「ここにいたの?……カヲルくん」

 涙を浮かべて安心した表情になるシンジ。いつの間にか、レイの姿になったリリスの上半身が腰から折れて、腹部から巨大なカヲルが生えていた。初号機に手を伸ばすリリス。カヲルの顔を見て安心したシンジは、平穏な表情で目を閉じる。初号機の元へリリスの手が近づく。すると、光の十字架が消え去り、ロンギヌスの槍が初号機のコアへ近づく。

 

「ソレノイドグラフ反転!自我境界が弱体化していきます」とシゲルが状況を報告する。

「A.T.フィールドもパターンレッドへ」

 マコトがシグナルの変化を伝える。

「使徒の持つ生命の実と、ヒトのもつ知恵の実。その両方を手に入れたエヴァ初号機は、神に等しき存在となった。そして今や、命の大河たる生命の木へと還元している。この先にサードインパクトの無からヒトを救う方舟となるか、人を滅ぼす悪魔となるのか?……未来は碇の息子にゆだねられたな」

 冬月はもう戻れない所まできてしまったことを受け入れるしかなかった。

 

 初号機のコアにロンギヌスの槍が刺さり、初号機と同化していく。初号機に根が張り巡らされるようにして、その体は樹に包まれる。

 

「ねぇ……私たち……正しいわよね?」

 マヤが怯えながらシゲルの袖を掴む。

「分かるもんか!」とシゲルが言う。

 

 ロンギヌスの槍とエヴァ初号機が完全に同化する。赤い生命の樹となった初号機。その中心、かつてコアだった部分の周辺に、無数の目が生まれる。カヲルの顔をしたリリスが、レイの顔へと変化する。

「今のレイはあなた自身のものよ。あなたの願いそのものなのよ」

 母・ユイの声が聞こえる。

「何を願うの?」

 レイの声が聞こえる。

 シンジは、幸せそうな顔で、自分の意識の海へと溶けて行く。

太陽が山のふもとへと帰る頃。ブランコが揺れる風景。懐かしい歌が聞こえる。

「そうだ……。チェロを始めたときと同じだ。ここに来たら、何かあると思ってた」

 幼い頃のシンジ。

「シンジくんもやりなよ!」

「頑張って完成させようよ!お城」

 児童の声が聞こえる。

「……うん!」

 シンジは砂の城を手で固める。

 ブランコが揺れる景色。公園という舞台。シンジの隣で、人形が砂の城を見つめている。

「あ、ママだ!」

「帰らなきゃ!じゃあねぇー!」

 児童がそう言うと、舞台の向こうにパイプ椅子に座っている女性が現れる。

「ママー!」

 シンジの元から去っていく人形たち。舞台の切れ目を見に行ったシンジの足元には、高く組まれたパイプの土台が見える。もう一度砂場に戻って城を固めるシンジ。泣き出しそうになるのを必死でこらえる。

 城が完成する。シンジは無言で城の前に立って、それを見下ろす。その城は、四つの面で出来た平坦な作りで、まるでピラミッドのような形をしている。シンジは、その城を踏み付けて壊していく。

「えい!えい!えぃ!」

 幼いシンジは、砂の城を何度も何度も蹴って壊していく。城が崩れてただの砂の山に戻ると、シンジは蹴ることを止めて立ち尽くす。しかし、シンジはまた砂をかき集めて城を作り始める。

 

「つぁーもぉーーーっ!アンタ見てると……イライラすんのよぉっ!!」

 感情を露にしたアスカが目を見開く。

「自分みたいで?」

 裸で仰向けになっているシンジがつぶやく。

 

「ママーッ!」

 幼いアスカが泣きじゃくる。

「マ……マ……」

 眠っているアスカが寝言を漏らす。

「ママ……」

 膝を抱えたシンジがつぶやく。

 

 シンジは血のついたミサトのペンダントを眺める。

「結局、シンジ君の母親にはなれなかったわね」

 ミサトの声がする。

 

 かつての加持の部屋。

「ねえ……ねえ……しよう?」

「またかぁ、今日は学校で友達と会うんじゃなかったっけ?」

「ん?あーリツコね。いいわよ……まだ時間あるし」

 甘い声で加持を誘うミサト。

「もう1週間だぞ。……ここでゴロゴロし始めて」

「だんだんね。コツがつかめてきたの。だからぁー。ねェ」

「っっん」

「多分ねぇー。自分がここにいることを確認するために……こういうことするの」

 

 そこには、二人の行為を傍らで傍観するシンジの姿があった。

「バッカみたい!ただ寂しい大人が慰めあってるだけじゃないの」

 アスカの声が聞こえる。

「身体だけでも、必要とされてるものね」

 リツコの声が聞こえる。

「自分が求められる感じがして、嬉しいのよ」

 ミサトの声が聞こえる。

「イージーに自分にも価値があるんだって思えるものねぇ。それって」

 アスカの声が聞こえる。

「これが……。こんなことしてるのがミサトさん?」

 シンジは顔をしかめて視線を鋭くする。その手には、ミサトのペンダントが置かれている。

「そうよォ。これもワタシ。お互いに溶け合う心が写し出す、シンジくんの知らない私。本当のことは結構、痛みを伴うものよ。それに耐えなきゃね」

「あーあっ。私も大人になったらミサトみたいなコト……するのかなぁ?」

 アスカがぶっきらぼうに言ってみせる。

「ねぇ。キスしようか?」

 いつかの二人きりの部屋のアスカが、シンジに向かって言った言葉。

 扉の影から姿を現したミサトが「ダメっ!」と言う。

「それとも怖い?」

 アスカは椅子の背もたれに肘をついてシンジに聞く。

 服を着替えながら「子供のするもんじゃないわ」とミサトが言う。

「じゃ、いくわよ」

 アスカはシンジの方へ歩いて近づいて行く。

「何も判ってないくせに、私のそばに来ないで」

 シンジの正面に立ったアスカは、表情を強張らせてシンジに言う。

「判ってるよ……」

 シンジは自信の無い声をもらす。

「判ってないわよ……バカ!」

 そう言って、アスカはシンジの足を蹴飛ばす。

「あんた私のこと分かってるつもりなの?救ってやれると思ってるの?それこそ傲慢な思い上がりよ!判るはずないわ!」

 アスカは、声を濁らせてシンジを罵倒する。

「判るはずないよ。アスカ何も言わないもの。何も言わない。何も話さないくせに。判ってくれなんて、無理だよ!」

 シンジは内面で反論する。

「碇くんは判ろうとしたの?」

 レイが尋ねる。

「判ろうとした」とシンジは言う。

「バーカ!知ってんのよ、アンタは私をオカズにしてること。いつもみたくやってみなさいよ。ここで観ててあげるから。あんたが、全部私のものにならないなら。私……何もいらない」

 電車の中で、アスカはシンジの座った椅子に足を乗せて問い詰める。

「だったら僕にやさしくしてよ!」

 シンジは自信の無い表情でアスカを見上げる。

「やさしくしてるわよ」

 ミサト、アスカ、レイ、三人の姿が重なる。

「ウソだ!!笑った顔でごまかしてるだけだ。曖昧なままにしておきたいだけなんだ!」

 シンジが自分の考えに篭ろうとする。

「本当のことは皆を傷つけるから。それは、とてもとてもツライから」

 レイの声が聞こえる。

「曖昧なものは……僕を追いつめるだけなのに」

「その場しのぎね」

 レイが感情の入っていない口調で答える。

「このままじゃ怖いんだ。いつまた僕がいらなくなるのかも知れないんだ。ザワザワするんだ……落ち着かないんだ……声を聞かせてよ!僕の相手をしてよ!僕にかまってよ!!」

 塞ぎこむシンジの後ろに、アスカ、レイ、ミサトが立っている。シンジは、自分が言い放った後の無言の空気に気づいて、とっさに振り返る。

 

 ミサトの家のキッチンで、アスカがテーブルの上に突っ伏して落ち込んでいる。

「何か役に立ちたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ」

 シンジは後ろから回り込んでアスカに近づく。

「じゃあ、何もしないで。もうそばに来ないで。あんた私を傷つけるだけだもの」

「あ、アスカ助けてよ……。ねぇ、アスカじゃなきゃダメなんだ」

 そう言ってシンジはアスカに言い寄る。

「ウソね」

 アスカがシンジを睨みつける。

「あんた、誰でもいいんでしょ!ミサトもファーストも怖いから、お父さんもお母さんも怖いから!私に逃げてるだけじゃないの!」

 アスカは、椅子から立ち上がるとシンジに詰め寄って追い掛け回す。

「助けてよ……」

 アスカの気迫に負けて、シンジは後ずさりする。

「それが一番楽でキズつかないもの!」

 アスカは鋭い目つきで見据えながらシンジの後を追う。

「ねぇ、僕を助けてよ」

 シンジは困惑した表情で助けを求める。

「ホントに他人を好きになったことないのよ!」

 アスカは、大声を上げてシンジの胸を突き飛ばす。その反動で、シンジはコーヒーメーカーを巻き込んで倒れる。コーヒーが床に飛び散り湯気が吹き上がる。ペンペンは物陰からその様子を見守っている。

「自分しかここにいないのよ。その自分も好きだって感じたことないのよ」

 床に転がったシンジが身を縮める。

「哀れね」

 アスカは呆れた表情でシンジを見下ろす。

「たすけてよ……。ねぇ……。誰か僕を……お願いだから僕を助けて」

 シンジは力なくうなだれたまま、ゆっくりと立ち上がる。

「助けてよ……。助けてよ……。僕を、助けてよォ!」」

 シンジはテーブルに手を掛けるとひっくり返して暴れ始める。家じゅうに大きな音が響いてペンペンが驚く。

「一人にしないで!」

 シンジは椅子を投げ飛ばして叫ぶ。

「僕を見捨てないで!僕を殺さないで!」

 両手で椅子持ち上げて床に叩き付ける。

「……はぁ……はぁ」

 シンジは肩で息を切らせて膝をつく。

「イ・ヤ」

 アスカは冷たい目でシンジを見下ろす。

 突然、シンジは逆上すると、アスカの首に手を掛ける。そして、力を込めて絞め上げる。

 

 レイの首を絞める赤木ナオコ。幼いころのシンジが描いた絵。様々な映像が、走馬灯のように駆け巡る。

 

「誰も判ってくれないんだ……」とシンジが言う。

「何も判っていなかったのね」とレイは言う。

「イヤな事は何もない、揺らぎのない世界だと思っていた……」とシンジが言う。

「他人も自分と同じだと、一人で思い込んでいたのね」とレイは言う。

「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったんだ」とシンジが言う。

「最初から自分の勘違い。勝手な思い込みにすぎないのに」とレイは言う。

「みんな僕をいらないんだ……。だから、みんな死んじゃえ!」とシンジが言う。

「でも。その手は何のためにあるの?」とレイは言う。

「僕がいても、いなくても、誰も同じなんだ。何も変わらない。だからみんな死んじゃえ」とシンジが言う。

「でも。その心は何のためにあるの?」とレイは言う。

「むしろ、いないほうがいいんだ。だから、僕も死んじゃえ!」とシンジが言う。

「では、なぜここにいるの?」とレイは言う。

 シンジは不安そうな声色で伺う。

「……ここにいてもいいの?」

 

 (無言)

 

「ひっ……ひっ…………・・・うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!」

 

 第2発令所で事態の変化を観測するオペレーターたち。

「パイロットの反応が限りなくゼロに近づいていきます!」

 マコトがモニターを見つめながら報告する。

「エヴァシリーズおよびジオフロント、E層を通過。なおも上昇中」

 シゲルが現状を伝える。

「現在、高度22万キロ……F層に突入」

 MAGIシステムの音声が鳴り響く。

「エヴァ全機、健在!」

 マコトが報告を続ける。

「リリスよりのアンチA.T.フィールド、さらに拡大!物質化されます」

 シゲルは主モニターを見つめている冬月の方を向く。

 

 黒き月は地上を離れ、遥か上空に浮かんでいる。突然、地球の表面が光に包まれ、巨大なリリスが体を起こして大気圏外に上半身を表す。そして、両手で黒き月をそっと覆うと、それを愛おしそうに見つめる。

 

「アンチA.T.フィールド、臨界点を突破」

「ダメです。このままでは巨大生命の形が維持できません」

 オペレーターの二人が報告を続ける。マヤはコンソールの下でクッションを抱えて震えていた。

 

 その時、地球と月の間に位置するリリスが巨大な12枚の羽根を広げる。

 

「ガフの部屋が開く……世界の、始まりと終局の扉が……遂に開いてしまうか」

 黒き月の周りに赤い光が浮かび上がり、回転し始める。

「世界が悲しみに充ち満ちていく。空しさが人々を包み込んでいく。孤独な人の心を埋めていくのね」

 死んだ人々の前に現れるレイ。そして、遺体をL.C.L.へと還元していく。

「ウフフフ……フフフ……フフフフ」

 マコトの前に姿を現したのは、制服姿のレイだった。レイは、その現象に震え上がるマコトの方へと腕を伸ばして行く。

「う……うぁっ」

 レイの両手で顔を触れられたマコトは、そこにミサトの姿を見る。ミサトの姿をしたそれは、恐怖と不安と嬉しさの狭間で戸惑うマコトに抱きついてキスをする。次の瞬間、マコトの体は水風船のように弾けて、L.C.L.へと変化する。

「あぁっ……はぁぁっ…………ぁあぁーーー!」

 コンソールの下に逃げ込んだシゲルは、大量のレイに追い詰められる。絶叫して身を屈めたシゲルの肩にレイが触れると、瞬時にL.C.L.に変わって弾けとぶ。

「碇!お前もユイくんに遭えたのか?」

 冬月は、安堵の表情を浮かべて天井を見上げる。その視線の先には空中から舞い降りるレイの姿。そして冬月に近づいたレイがユイの姿に変わる。ユイが冬月の顔に両手を当てると、冬月もまたオレンジ色の液体へと変化を遂げる。

「A.T.フィールドが……みんなのA.T.フィールドが消えていく……。これが答えなの?……私の求めていた」

 震えるマヤの手を、後ろからそっと覆う手。驚いて息を飲むマヤ。その手は素早くキーボードを叩く。慣れた手つきを見て振り返ったマヤの目に、優しく微笑むリツコの姿が飛び込んでくる。

「マヤ……」

 リツコは、マヤの顔を優しく撫でて抱きしめる。

「先輩……先輩!……先輩!……先輩!」

 マヤは嬉し涙を流しながら、リツコを抱きしめる。そしてマヤもまた、L.C.L.へと還ってゆく。マヤの端末のディスプレイには「I NEED YOU」の文字が打ち込まれていた。

 

 モノリスに囲まれて座るキール議長。その目の前で、モノリスが次々と消失していく。

「始まりと終わりは同じところにある。よい。全てはこれでよい」

 ゼーレも例外なくL.C.L.となっていく。キールは全てに満足し、液体に姿を変える。キールがL.C.L.に還る瞬間、赤い光が天に昇っていくのが見える。そして、キールのいた場所に残骸が残る。彼は、脊椎から下が機械化されていたサイボーグだった。

 

 ゲンドウは、ターミナルドグマで右腕を抱えながら横になっていた。

「この時を……ただひたすら待ち続けていた。ようやく会えたな……ユイ」

 そこには、横になったゲンドウを見つめるユイの姿があった。

「俺が傍にいるとシンジを傷つけるだけだ。だから、何もしない方がいい」

「シンジが怖かったのね」とユイは言う。

「自分が人から愛されるとは信じられない。私にそんな資格はない」

 そう話すゲンドウの頭上に人の影が現れる。

「ただ、逃げてるだけなんだ。自分が傷つく前に、世界を拒絶している」

 そう言って、ゲンドウの足元にカヲルが現れる。

「人の間にある形もなく、目にも見えないものが……」と言ったユイの後ろに立つ裸のレイが「怖くて、心を閉じるしかなかったのね」と言う。

「その報いがこのあり様か……。すまなかったな……シンジ」

 ゲンドウは初号機に捕まれ、今まさに食われようとしていた。初号機は、大きな口を開けてゲンドウの頭に食らいつく。ゲンドウは下半身だけの姿になってターミナルドグマに立つ。

 

 包帯を巻いた制服姿のレイが、そこに残された眼鏡を大事そうに拾う。その横には裸のレイが立っている。そして、二人の間に幼いレイが立っている。

 

 宇宙空間で量産型のエヴァが自らのコアに槍を突き刺して悶えている。量産型は、その行為にまるで救われたかのような表情を見せる。

 

 そして、地球全体が無数の光の十字架で包まれていく。美しく輝く緑色の十字架が、数え切れないほどの数で地球を埋め尽くして行く。そこに溢れ出した赤い光を黒き月の自転が巻き上げる。その光の流れをリリスが手の平で吸収していく。目を見開いて浮遊するリリス。その額に亀裂が入ると、そこへ生命の樹となった初号機が吸い込まれていく。そして、初号機はリリスの体の中へ完全に取り込まれてしまう。

 

「はっ……綾波……?……レイ」

 シンジはリリスの中で無数のレイが泳ぎ回るうねりを目撃する。

 シンジの意識に流れ込むイメージ。そして沢山の、いくつもの他人の言葉が聞こえてくる。

「嫌い……。誰が、あんたなんかと……。勘違いしないで」

「あんたのことなんか好きなわけないじゃないの」

「私の人生に何の関係もないわ」

「もう、あっち行ってて」

「ですから、もう電話してこないで下さい」

「ちょっと、つきまとわないで……。勘違いしないで」

「一番嫌いなタイプなのよ」

「情けないわね……。大っキライ」

「あは……あは……あははははは」

「もうあっち行ってて。しつこいわね」

「あは……あは……あははははは」

「意気地なし!」

「そんなに辛かったら、もうやめてもいいのよ」とミサトが言う。

「そんなに嫌だったら、もう逃げ出してもいいのよ」とレイが言う。

「楽になりたいんでしょ。安らぎを得たいんでしょ。私と一つになりたいんでしょ……心も身体も一つに重ねたいんでしょ」とミサトが言う。

「でも、あなたとだけは、ゼッタイに死んでもイヤッ!」とアスカが言う。

 

 目を剥いた映像が流れる――

 

 空席の映画館。

 

 きらめく水面

 送電線

 電車

 看板に座る猫

 街の風景

 揺れるブランコ

 車窓から見た都会の景色

 人が行き交う雑踏

 

「ねぇ?」とシンジは言う。

「何?」とミサトが言う。

「夢って、何かな?」とシンジは言う。

「夢?」とアスカが言う。

「そう……夢」とレイが言う。

 

 満席の映画館。

 

――「気持ち、いいの?」

 

「判らない。現実がよく判らないんだ」とシンジは言う。

「他人の現実と自分の真実との溝が、正確に把握できないのね」とレイが言う。

「幸せが何処にあるのか、判らないんだ」とシンジは言う。

「夢の中にしか、幸せを見いだせないのね」とレイが言う。

「だからこれは現実じゃない。誰もいない世界だ」とシンジは言う。

「そう、夢」とレイが言う。

「だから、ここには僕はいない」とシンジは言う。

「都合のいい、作り事で現実の復讐をしていたのね」とレイが言う。

「いけないのか?」とシンジは言う。

「虚構に逃げて、真実をごまかしていたのね」とレイが言う。

「僕一人の夢を見ちゃいけないのか?」とシンジは言う。

「それは夢じゃない。ただの現実の埋め合わせよ」とレイが言う。

 

 満席の映画館。

 

「じゃあ、僕の夢はどこ?」とシンジは言う。

「それは、現実のつづき」とレイが言う。

「僕の現実はどこ?」とシンジは言う。

「それは、夢の終わりよ」とレイが言う。

 

 リリスの首筋から噴きだす血しぶき。その血は月にまで達する。リリスがゆっくりと倒れていく。

 満月を背にして微笑むレイの姿。裸のまま仰向けになったシンジの上に、レイが裸の状態で跨って覗き込んでいる。

「……綾波……ここは?」

「ここはL.C.L.の海。生命の源の海の中。A.T.フィールドを失った、自分の形を失った世界。どこまでが自分で、どこからが他人なのか判らない曖昧な世界。どこまでも自分で、どこにも自分がいなくなっている静寂な世界」

「僕は死んだの?」

「いいえ。全てが一つになっているだけ。これが、あなたの望んだ世界そのものよ」

 シンジが手に握っていたミサトのペンダントを離すと、ゆっくりと浮かび上がっていく。

「でも、これは違う。違うと思う」

 シンジはペンダントを見つめながら、自分の気持ちに気づく。

「他人の存在を、今一度望めば、再び心の壁が全ての人々を引き離すわ。また、他人の恐怖が始まるのよ」

「いいんだ……ありがとう」

 シンジはレイの手を取って握手をする。

 

 シンジは穏やかに揺れる水の中で、レイの足を枕にして寝転んでいる。手にはミサトのペンダントを握っている。

「あそこでは、イヤな事しかなかった気がする。だから、きっと逃げ出してもよかったんだ。でも、逃げたところにもいいことはなかった。だって……僕がいないもの。誰もいないのと、同じだもの」

「再びA.T.フィールドが、君や他人を傷付けてもいいのかい?」

 そう言ってシンジの前にカヲルが現れる。

「構わない。でも、僕の心の中にいる君達は何?」

 制服姿のシンジは、畑の上という、ごくありふれた風景の上に立つ。

「希望なのよ。ヒトは互いに判りあえるかも知れない……ということの」

 制服姿のレイがシンジの前に立つ。

「好きだ、という言葉とともにね」

 制服姿のカヲルが言う。

 シンジたちの足元に、無数の人の体が浮かび上がってくる。

「だけど、それは見せかけなんだ。自分勝手な思い込みなんだ。祈りみたいなものなんだ。ずっと続くはずないんだ。いつかは裏切られるんだ。僕を……見捨てるんだ」

 シンジの心境の変化と共に、景色が次々と変化していく。

「でも……僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは本当だと思うから」

 そして、みんなのイメージが浮かび上がる。

 

 リリスが首を後ろにもたげて倒れ込んでいく。リリスにあった光の羽根が消失する。そして、リリスの眼球を破って初号機が現れる。初号機は宙に浮かぶと、12枚の羽根を広げて雄叫びを上げる。その咆哮が地球の表面に立った光の十字架へ伝わっていく。エヴァ量産機が取り囲む黒き月に、子午線と経線を描くようにして赤い線が刻まれていく。黒き月から流れ落ちる赤い液体が、リリスの白い体を染めていく。黒き月が弾けとび、赤い光が地表に流れていく。そして、宙に浮遊しながら倒れ込んでいくリリスの身体が、溶けるようにして崩壊していく。

 

「現実は、知らないところに。夢は現実の中に……」とカヲルが言う。

「そして、真実は心の中にある」とレイが言う。

「ヒトの心が、自分自身の形を造り出しているからね」とカヲルが言う。

「そして、新たなイメージが、その人の心も形も変えていくわ。イメージが、想像する力が、自分たちの未来を、時の流れを……創り出しているもの」とレイが言う。

 首が溶けてもげ落ちたリリスの首が地表に落下する。

「ただヒトは、自分自身の意志で動かなければ、何も変わらない」とカヲルが言う。

 リリスの巨大な腕が地上に落下する。

「だから、見失った自分は、自分の力で取りもどすのよ。たとえ、自分の言葉を失っても。他人の言葉が取り込まれても」とレイが言う。

 光の羽を初って宙に浮かぶ初号機が、口からロンギヌスの槍を吐き出し両手でしっかりと握り締める。それを元の二股の槍の形に変化させると、槍は光を放って輝く。その光に反応するようにして、量産機に突き刺さった槍がぶくぶくと膨れ上がった後、破裂するようにして消滅する。

「自らの心で自分自身をイメージできれば、誰もがヒトの形に戻れるわ」とレイが言う。

 両腕を大きく横に広げたまま、地表に降りていく量産機。

「心配ないわよ。全ての生命には、復元しようをする力があるの。生きてこうとする心があるの。生きていこうとさえ思えば、どこだって天国になるわ。だって生きているんですもの。幸せになるチャンスは、どこにでもあるわ……」とユイの声が聞こえる。

 量産機が地上に降りていくと、それとは逆行するようにして、光の十字架が次々と上昇していく。光の羽根を折り畳んでいく初号機。そして光の羽は消失し、初号機の機体が化石のように黒く変化する。両腕を左右に広げた初号機は、地球より上昇してきた光の十字架に包まれながら、宇宙空間をゆっくりと進んで行く。

「太陽と、月と、地球が、ある限り。大丈夫……」とユイが言う。

 

 赤い海の中で、ユイがシンジの頬にそっと手を当てる。

「もういいのね?」

「幸せがどこにあるのか、まだ判らない。だけど、ここにいて……生まれてきてどうだったのかは、これからも考え続ける。だけど、それも当たり前のことに何度も気づくだけなんだ。自分が自分でいるために」

 ユイが赤い海に沈んで行く。シンジはユイを見つめて、海面に上昇しながら離れて行く。海面から頭を除かせたシンジは、目の前に転がる巨大なリリスの顔が、真ん中から縦に裂けていく光景を見つめながら考える。

「でも、母さんは……母さんはどうするの?」

 

 ユイの願い――

 湖畔の見える丘の大きな木の下で、冬月とユイは木陰で話をしていた。

「ヒトが神に似せてエヴァを造る。これが真の目的かね?」と冬月は言う。

「はい。ヒトはこの星でしか生きられません。でも、エヴァは無限に生きていられます。その中に宿る人の心とともに。たとえ、50億年経って、この地球も、月も、太陽さえなくしても残りますわ。たった一人でも生きていけたら……。とても寂しいけど、生きていけるなら……」

 ユイに抱かれた幼いシンジが、ユイの顔に両手を当ててじゃれる。

 冬月は、夏の光に照らされてキラキラと光る水面を見つめる。

「ヒトの生きた証は、永遠に残るか……」

 

 宇宙空間を漂う初号機とロンギヌスの槍が、永遠の彼方へと遠ざかって行く。

 シンジはユイに最後の別れを告げる。

「さようなら……。母さん」

 

赤い海。星が瞬く夜空。月明かりに照らされる白い砂浜。全てが破壊され、辺りには人や建物の姿はない。地表に落ちたリリスの顔は、右半分だけの状態で不気味な笑みを浮かべている。杭に打ち付けられたミサトのペンダントトップ。両腕を広げて十字架のような形で固まっているエヴァ量産機。量産機は、墨のように黒く変化した状態で赤い海に突き刺さっている。静かな波打ち際。衛星軌道上には、黒き月が残した赤い粒子のベルトが月に被さるようにして浮かんでいる。

 

 いつの間にか、シンジはアスカと並んで波打ち際の砂浜に寝転んでいた。シンジは制服姿だった。アスカはプラグスーツのまま、右手には包帯、左目には眼帯をしていた。月に被さる赤い線を眺めていたシンジは、顔を横に向けて赤い海の方を見る。そこには、水の上に浮かぶレイの姿があった。しかし、確かに見えたはずのレイの姿は、次の瞬間には消えていた。

 シンジは、体を起こしてアスカの方を見る。波の音だけが静かに聞こえてくる。

「うぅ……」

 シンジは、仰向けに寝ているアスカに馬乗りになって首を絞める。

「くぅ……うぅぅっ……」

 アスカは首を絞められたまま、目を見開いてシンジを見上げている。シンジは肩を震わせながらアスカの首を絞め続ける。その時、アスカの右手がぴくりと動き、ゆっくりとシンジの頬を撫でる。シンジは、驚いて手を緩めた。そして嗚咽を出しながら泣き始めた。シンジの流した大粒の涙が、アスカの顔にぽたぽたとこぼれ落ちる。シンジはアスカの首から手を離し、息を引きつらせながら泣き続けた。終始一点を見つめていたアスカの目が、シンジの方を見る。自分の上で泣き続けるシンジを見て、アスカは搾り出すような声で言った。

 

「気持ち悪い」

 

 

 

 




次回は「世界の始まり」


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始まる世界 始まりと再開

とても、とても長い時間シンジは過ごした。


いつの間にか、シンジはアスカと並んで波打ち際の砂浜に寝転んでいた。シンジは制服姿だった。アスカはプラグスーツのまま、右手には包帯、左目には眼帯をしていた。月に被さる赤い線を眺めていたシンジは、顔を横に向けて赤い海の方を見る。そこには、水の上に浮かぶレイの姿があった。しかし、確かに見えたはずのレイの姿は、次の瞬間には消えていた。

 シンジは、体を起こしてアスカの方を見る。波の音だけが静かに聞こえてくる。

「うぅ……」

 シンジは、仰向けに寝ているアスカに馬乗りになって首を絞める。

「くぅ……うぅぅっ……」

 アスカは首を絞められたまま、目を見開いてシンジを見上げている。シンジは肩を震わせながらアスカの首を絞め続ける。その時、アスカの右手がぴくりと動き、ゆっくりとシンジの頬を撫でる。シンジは、驚いて手を緩めた。そして嗚咽を出しながら泣き始めた。シンジの流した大粒の涙が、アスカの顔にぽたぽたとこぼれ落ちる。シンジはアスカの首から手を離し、息を引きつらせながら泣き続けた。終始一点を見つめていたアスカの目が、シンジの方を見る。自分の上で泣き続けるシンジを見て、アスカは搾り出すような声で言った。

 

「気持ち悪い」

 

そう、このたった一言で碇シンジは、今まで家族、戦友、そして、初恋の女性

惣流・アスカ・ラングレーから

 

 

 

 

 

拒絶されたと感じた。

 

 

そして、赤い海から来た波にその彼女は飲み込まれ次の瞬間、プラグスーツだけが残っていた。

 

 

だが、惣流・アスカ・ラングレーは拒絶したわけではなかった。

単純に先の戦闘による身体、精神共に疲労困憊していた、だからいつも助けてくれた、シンジに

助けてもらおうとして出た言葉が「気持ち悪い」だった。

そして赤いLCLの波が来たときに、体をATフィールドで支えれなくなり、液状化してしまった。

 

そしてシンジはどうにかして、生存者を見つけ生きていこうとした。

始めに、ネルフの人たちを探した。

特にミサト、葛城ミサトを。

何故かこんなときでも笑いながら

「シンちゃーん、ビールちょうだーい。」

と言いながら出てきそうだったからだ。

だがそんなことはなかった、彼女も例外なく赤い海に溶けてしまっていたから。

そのとき、葛城ミサトはLCLの中で綾波レイと再会していた。

「葛城一尉……」

「(誰かの声がする、私、生きてる。)」ミサトは一瞬そう感じたが、今いる状況をまた一瞬で理解してしまった

「(そっか、補完計画は発動してしまったのね…いっそのことなら加持君に、いやシンちゃん、アスカに会って

復讐の道具にしていたことを謝りたい)」

「葛城一尉、その気持ちは本当?」

「この声はレイ!どこにいるの!?」

そうして叫ぶと、霧のように突然レイが目の前に現れた。

「レイ…どうしてこんなことに」

「謝りたいですか?」

「碇君と弐号機パイロットに謝りたいですか?」

「その前に、どういうこと!レイ!」

「謝りたいですか?」レイらしき影は質問には答えない

「それは…もう一度会えるなら…」

「会いたいですか?」

「会えるの!」大きく動揺するミサト

「強く、強く、思えば気持ちが…つたわ…」突然影が消え始める、それに対し慌てるミサト

「レイ、まって!レイ!」

「…………」だがその声も届かず、影は消えてしまった。

「思えば、気持ちがつたわるつってレイはいってたわね、レイが嘘をつかないと思うし、今は信じるしかない」

ミサトは必死に願った

もう一度会えるなら会いたいと

そして、謝りたいと。

 

 

 

その頃アスカのところにも声が聞こえていた。

「弐号機パイロット……」

「この声、呼び方は!ファースト!?」アスカは必死に探した

「碇君に会いたい?」そう言いながらまたレイらしき影が出てきた。

「あんた、これどういうこと!」アスカは大声で問う。

「碇君、葛城一尉に会いたい?」だがレイらしき影は答えない

「バカシンジに!?

まぁ、バカシンジは内罰的で一人だとなんにもできないから、一緒に居てやってもいいけどさ」

アスカはなんとか心の中を読み取られないように必死に隠した、だがレイらしき影には意味はなかった。

「そう、自分からは会いたくないのね、わかったわ」

そう言うとレイらしき影は消えようとする。

そしてアスカは慌てる

「わかったわ、わかったから!待てファースト!」

そう言うとレイらしき影はとどまった。

「碇君、葛城一尉に会いたい?」もう一度問う

そして答える「シンジと会いたい、あんなにカッコいいシンジに会いたい!これでいい!?///」

「葛城一尉のことは何も言わないのね 」

そしてアスカは気づいて、慌てる

「あっ、いやこれは……ミサトもシンジと一緒ぐらい会いたいわよ」

「そう、なら碇君たちをお願いね」そう言うとレイらしき影は消えようとする

「ファースト待ちなさい!会えるの!?」必死に問う

「しっかりと…イメージ…する……なら………そう言うとレイらしき影は消えてしまった」

そして残されたアスカは考えた

「まあ、イメージするだけなら私に出来ないことはないしね」

そういいながらイメージし始めた。

 

 

 

その頃

波打ち際の砂浜に一人の少年がいた。

少年は自分を攻めていた。

「僕が、もっと早くエヴァな乗っていたら、アスカは助かったかもしれない」

少年はずっと泣いていた。

「碇君、もう一度会えるなら会いたい?」

少年は、この声の主がすぐにわかった

「綾波!」

「碇君…」

碇シンジという少年は突然の再会にまた大声で泣いた。

「綾波ー!」

少年はそう言いながらレイに近付き、抱きついた。

それはまるで、久し振りに母親に会った子供のようだった

「碇君、時間がないの」レイは悲しげに言った。

「なぜ、どこにもいかないでよ!」

「碇君、また会える……みんなと………あの二人はそれを望んでいるから……あとは………碇君しだい…………」

そう言いながらレイは消えていった。

シンジはまた泣いていた、そしてレイが言っていたことを振り返った。

「また会える、あの二人やみんなに、僕しだいってことは」

そう言いながら無意識にイメージしていた。

この時三人のイメージが一緒になり目の前が、真っ白に包まれた

「なに!?」

「キャッ!」

「うわっー!」

そう言うとそれぞれ三人は、ルノーの中、ドイツの弐号機に、第三新東京市の電話ボックスの前にいた

そして、三人とも大声でこう言った「「「戻ってきてる!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついに始まる、逆行物語!


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ANGLE Re.ATTACK

 碇シンジは、今の状況が理解できずに立ち尽くしていた。

 時間が戻ることなど通常ではあり得ない。

 シンジ「(こんなことは絶対にない!これは罪なんだ!

 人類を滅ぼした!

 ......助けてよ、母さん......)」

 でも、この少年の心のなかには少しの希望があった。

 本当は戻ってきていて

 もう一度チャンスを貰えたのかもしれない、と。

 そう思い、近くの電話ボックスに入り、電話に手をかけた

 電話「現在、特別非常事態宣言発令中のため、全ての回線は

 不通となっております。」

 この電話の声を聞き確信した、戻ってきていると。

 前世ではもってはいなかった、ミサトさんから最後の戦いの時に貰ったペンダントを首につけていた。

 シンジ「これはミサトさんの形見、ミサトさんも戻ってきて

 いるかわからない。大切にしよう。」

 シンジには、赤い海の時にはこれが罪の象徴の十字架を表しているよう見えて身に付けてはいなかった

 そうして、首からかかっているそれを握りしめた。

 それと同時に碇シンジ自身は

 とても危険なところにいることを再確認もした。

 シンジ「確かミサトさんが、待ち合わせに遅刻して......」

 そう前世の記憶を思い出していると、自分の真横をミサイルが通過していった

 シンジ「うわっ!」

 そして法定速度無視の青色の車が目の前にまわりこんだ。

 ミサト「ごーめんっ、お待たせっ!」

 

  場所は変わり第一発令所

 

 国連軍の幹部たちは、第1発令所の巨大主モニターを食い入るようにして見ていた。

「目標は、依然健在。現在も、第3新東京市に向かい侵攻中」

「航空隊の戦力では、足止めできません!」

 オペレーターが悲観的な状況を報告する。

「総力戦だ。後方第4師団を全て投入しろ!」

「出し惜しみをするな!なんとしてでも目標をつぶせ!」

 幹部たちは身を乗り出し、拳を握り締めて指示を飛ばす。

 国連軍は、巨人に対して地上からも砲撃の雨を浴びせる。戦闘機が大型の爆弾を投下し、巨人の至近距離で炸裂する。それでも巨人は無傷のまま立っていた。

「何故だ!直撃のハズだ!」

 幹部の一人が机を叩く。大量のタバコの吸殻が乗った灰皿が音を立てて揺れる。

「戦車大隊は壊滅。誘導兵器も砲爆撃もまるで効果なしか……」

 幹部の一人が腕を組んで奥歯を噛み締める。

「駄目だ!この程度の火力では埒があかん!」

 机を叩いた幹部が、もう一度机に拳を振り下ろす。

「やはりA.T.フィールドか」

 特務機関NERV副司令官・冬月コウゾウは司令席の傍らで主モニターに映る巨人を見てつぶやく。

「ああ。使徒に対し通常兵器では役に立たんよ、前世同様にな」

 特務機関NERV最高司令官・碇ゲンドウは、司令席に肘をついて顔の前で手を組みながら、狼狽する幹部たちを静観していた。

 その時、国連軍の幹部の下へ緊急用の電話が入る。

「分かりました。予定通り、発動いたします」

 幹部が背筋を正して電話を受けた。

 

 その頃ミサトは

 

 ミサトは前世の経験を生かし、今回はN2地雷の被害の少ないルートで行き、考え事をする余裕さえあった。

 ミサト「(まさか、シンちゃんまでは戻ってきてないか....

  これはもしかしたら、チャンスかもしれないわね

  サードインパクトも防いでシンちゃん達をできるだ

  け幸せにして......)」 

 と考え事をしつつ、ふとバックミラーを見てシンジを見たとき

 見覚えのあるものが目に入った。

 ミサト「(あれはッ!!私のペンダント!なぜシンちゃんが?!な

  くしたはずじゃ!)」

  ミサトは頭で考えるよりも早く行動に移していた。

 ミサト「シンジくん!そのペンダントはどうしたの?」

 シンジはミサトに質問されるまで、大切に握っていてたが

 質問されて慌てて離した。

 シンジ「あっ、あー!これですか?これはあの、その......」

 シンジ「(どうしよう、ミサトさんは持ってるはずだし何て答え

  よう......)」

 ミサト「(これは、もしかしたらシンちゃんも!)」

 ミサト「いや~、なくしたペンダントそっくりでね~

  ついね。言いづらいことなら言わなくても大丈夫よん♪」

 とできるだけ動揺に気付かれないように努めた。

 シンジ「ありがとう、ございます、話せるときになれば話します」

 シンジ「(でも、なんでこのペンダントに気づいたんだろう

  大切に握りすぎたかな?次からは、気を付けよう。

  そういえば、自己紹介も何もしていないのに、名前を

  知ってる、職業上知っていた可能性も......ちょっと気に

  しすぎだなぁ)」

  そんな湿っぽい雰囲気を変えるためミサトが声を出した

  ミサト「自己紹介まだたったわね、私の名前は葛城ミサト

  よろしくねシンジくん! 」

  シンジ「はい!」

 シンジははっきりと返事をした。

 

 第一発令所

 

 国連軍の幹部が結果を心待ちにしていた。

「その後の目標は?」

「あの爆発だ、ケリはついている」

 砂嵐の映像を見つめる幹部たち。

「映像、回復します」

 オペレーターの報告で主モニターの映像が復活する。

「うおっ?!」

 炎の中に浮かび上がる使徒の姿を見て驚く幹部。

「我々の切り札が……」

「本当に……なんてことだ……」

 立ち上がった幹部が力無く椅子へ座り込む。

「ばっけものめぇっ!」

 幹部の一人が机を叩く。

 

 その頃シンジ達地下行きの貨物列車に乗り込んでいた。

 

『ゲートが閉まります。ご注意ください』

 アナウンスが流れると、自動で重い扉が閉まる。

  シンジ&ミサト「「懐かしい...」」

 シンジとミサトは顔を見合わせた。

二人とも乾いた声で笑いあった。

シンジ&ミサト「「あははは、あはははは」」

二人の間に気まずい時間が流れる。

貨物列車の作動準備が終わり発車のベルが鳴る。

 

 

 

 

 

 




久しぶりの投稿
ここまででご勘弁を笑
次回は使徒戦終了時までいきたいと思います


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ANGLE Re.ATTACK/2

 第一発令所の視線は一つの所に集まっていた。

 

 使徒の殲滅を諦めた国連軍の幹部たちは、NERVに結果を委ねる。

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを見せてもらおう」

 ゲンドウ「了解です」

 幹部たちを見てゲンドウが答える。

「碇君、我々の所有兵器では、目標に対し有効な手段が無いことは認めよう。だが、君なら勝てるのかね?」

 幹部の一人が、ゲンドウを見据えて嫌味を言う。

 ゲンドウ「そのためのNERVです」

 ゲンドウは左手で眼鏡を上げると、自信のある表情を覗かせる。

 

 

 

ANGLE Re.ATTACK/2

 

 シンジ「これから父のところへ行くんですか?」

 下降を続ける貨物列車の中で、シンジは車のダッシュボードに目を落とす。

 ミサト「ええ、そうなるわね」

 ミサト「(エヴァに乗ることは変わらないのか......

  でも、この子に頼るしか今はない)」

 ミサトは携帯を閉じて顔を上げる。

 シンジ「(やっぱり、エヴァに乗るのかな......)」

 シンジの中で、記憶が蘇る。

 ミサト「あっ、そうだ。お父さんから、ID貰ってない?」

 ミサトの声にはっとして、シンジはバッグの中を漁る。

 シンジ「あっはい!……どうぞ」

 シンジは、クシャクシャになった紙をミサトに手渡す。前と同様に紙にはゲンドウが殴り書きした『来い!』というメッセージが書かれていた。IDカードは、その紙の端にクリップで留められている。

 ミサト「ありがと。じゃ、これ読んどいてね」

 そう言って、ミサトは『ようこそNERV江』というパンフレットをシンジに手渡す。

 シンジ「ネルフ……」

 シンジは、手渡された資料の表紙をじっと見つめる。

  今のシンジには、このネルフのロゴマーク無花実の葉(いちじく は)が旧約聖書のようにネルフの実態を隠しているように見えた。

 シンジは、考え込むのを止めて、ミサトに話を振る。

 シンジ「あの、ミサトさんは、このネルフでは何をしているんですか?」

 シンジには一瞬、ミサトが遠くを見ているように見えた。

 シンジ「ミサトさん?」

 ミサトはこの声でやっと答えのでない思考から帰ってきた。

 ミサト「えっ?」

 その時、暗いトンネルを抜けて貨物列車が広い空間へ飛び出す。

 シンジ「ジオフロント......」

 目の前に広がる景色を見て悲しげなシンジ。貨物列車の走る線路は、空中に掛かる橋のように高い高い場所から地下へと続いていた、眼下には、広大な空間が広がり、湖や森林が見える。天井からは無数のビル郡が突き出し、採光窓からは太陽の光が差し込んでいる。

 ミサト「そう、これが私たちの秘密基地、ネルフ本部。世界再建の要、人類の砦となるところよ」

 ミサトは言ったあとに激しく自嘲していた。

 ミサト「(世界再建か......ほんとはその真逆の結末を贈るパンドラの箱なのにね......)」

 貨物列車の執着地点に到着したミサトとシンジは、エレベーターに乗って更に地下深くへと降りて行く。

 案の定ミサトは今回も方向音痴はなおっていなかった。

 ミサト「たしか~、ここのエレベーターをおりたら着くとは思うんだけどね~、まだ不馴れでね。」

 シンジは微かに方向音痴がなおっていないことに安心していた。

 到着のベルが鳴る。エレベーターのドアが開くと、一人の女性が中へ乗り込んで来る。

 ミサト「うっ、あらリツコ……」

 ミサトは気まずそうな表情で白衣姿の女性に声を掛ける。

 リツコ「到着予定時刻を12分もオーバー。あんまり遅いから迎えに着たわ。葛城二佐。人手もなければ、時間も無いのよ」

 その女性は、毅然とした態度でミサトを責める。

 ミサト「ごめんっ!」

 ミサトは右手を立ててサッと顔の前に出すと、腰をかがめて彼女の機嫌を取る。

 リツコ「ふぅ……」

 いつもの事で仕方がないわねという風にして、肩の力を抜く白衣の女性。

 リツコ「……例の男の子ね」

 その女性は、一息つくとシンジの方を見る。

 ミサト「そ」

 ミサトはシンジの方を見て腕を組む。

 リツコ「技術局第一課・E計画担当責任者・赤木リツコ。よろしくね」

 リツコは、白衣のポケットに手を入れたままシンジに自己紹介をする。

「あっ、は......はい、リツコさん。」

 資料を読んでいたシンジは、さっと顔を上げてリツコを見上げる 。

 

 第一発令所

 

 第一発令所のゲンドウは、小さなエレベーターに立って冬月の方を見る。

 ゲンドウ「では、後を頼む」

 そう言ってゲンドウは地下へと降りて行った。

 冬月「二度目の光景だな......」

 冬月は、感慨深い表情でゲンドウを見送る。

 ミサト達は

 真っ暗な空間にシンジを案内したリツコは、照明のスイッチを入れる。

 リツコ「碇シンジ君、あなたに見せたいものがあるの」

 明りがつくと、シンジの目の前に懐かしい巨大なロボットの顔が浮かび上がる。シンジはこの光景を見て胸からなにかが上がってくるような、耐え難い感情になる。

 そして、涙

 ミサト「ううっ、くうっ... うっうっ」

 この光景を見たミサトは驚きを隠せない。

 ミサト「シンジくん!」

 シンジ「うっう......大...丈夫です。」

 シンジは必死に涙の訳を聞かれないように我慢した。

 リツコ「なら結構、説明を続けます。」

 そうして説明を続けようとする、リツコ

 ミサト「リツコッ!」

 ミサトは友人の無情な発言を無視できず大声で名前を呼ぶ。

 リツコ「今は人手もなければ、時間もない

  おまけに使徒は現在も侵攻中、何しろ時間が無いの。」

 ミサトは自分のミスもあり、言い返せずに黙りこんだ。

 ミサト「......」

 リツコ「説明を再開します。」

 リツコ「これは人の作り出した、究極の汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン。その初号機。我々人類の、最後の切り札よ」

 まだ十分な説明も終わらないまま、ゲンドウが声を出した。

 ゲンドウ「……久しぶりだな」

 シンジが上を見上げると、高い位置に設置されたコントロールルームのガラス窓から、ゲンドウがシンジを見下ろしていた。

 シンジ「父さん!」

 シンジはゲンドウをきつい眼光で睨む。

  ゲンドウはそんなことは気にせずまたしても声を出した。

 ゲンドウ「ふっ。……出撃」

 ゲンドウは不敵な笑みを浮かべて、何の前触れも無く出撃を命ずる。

 ミサト「出撃!?零号機は凍結中でしょ!?……まさか、初号機を使うつもりなの!?」

 ミサトは、ゲンドウの言葉を聞いてリツコに詰め寄る。一瞬初号機の方を見てから、自分が知っている話の流れとは違うことに困惑して表情を曇らせる。

 リツコ「他に道は無いわ」

 リツコは、出撃は想定済みだったと言わんばかりの態度を見せる。

 リツコ「碇シンジ君?」

 リツコはシンジの方を見る。

 シンジ「はい、わかってます。乗りますよ」

 シンジははっきりと言い切った。

 それに一番驚愕したのはミサトとゲンドウだった

 ミサト「(シンちゃんはこんなに積極的じゃないはず...

  むしろ内罰的なのに、やっぱりおかしい......)」

 ゲンドウ「(未来は変わりつつある、か......

  シナリオの変更が必要だな)」

 使徒の放った光線がジオフロント内部を揺らす。揺れに気づいたゲンドウは天井を見て「奴め、ここに気付いたか」とつぶやく。

『第1層・第8装甲版、損壊』

『Dブロック各所にて火災発生指定域内の全通路を緊急閉鎖』

 使徒が放った第二波の影響を報告するオペレーターの音声が流れる。リツコは、すばやく指示を出す。

 リツコ「現作業を中断、コアユニットはL-01タイプ

  のまま再起動。」

 リツコ「シンジくん搭乗に関する説明を行います、こっちへ」

 

 初号機の発進準備が着々と進められ、メカニックが作業の進捗状況を伝える。初号機のケージから発令所に戻ってきたミサトとリツコがモニターを見守る。

『第3次冷却、終了』

『フライホイール、回転停止。接続を解除』

『補助電圧に問題なし』

 マヤ「停止信号プラグ、排出終了」

 マヤはモニター越しに状況を確認する。

『了解、エントリープラグ挿入。脊髄連動システムを解放、接続準備』

『探査針、打ち込み完了』

『精神汚染計測値は基準範囲内。プラス02から、マイナス05を維持』

 マヤ「インテリア、固定終了」

 マヤは、シンジが乗り込んだエントリープラグが無事に固定されたことをリツコに報告する。

 マヤ「了解。第一次コンタクト」

 それを受けてリツコが指示を出す。

 マヤ「エントリープラグ、注水」

 次の段階に作業を進める。

 シンジ「(L.C.Lの匂いはやっぱりなれないな、

  最初は怪しまれないように、起動指数ギリギリを狙おう)」

 コックピットの中がオレンジ色の液体で満たされていく。シンジは、みるみるうちに液体に包まれ、抵抗なく受け入れる。

 だが、シンジは一つ失敗してしまった。

 それは、シンクロ率のことを考えていて、L.C.Lを抵抗なく受け入れてしまったことだ。

だか、その失敗には気付いていない。

 リツコ「彼にエヴァ関連のことは説明した?ミサト」

 リツコは、シンジから目を離さず聞いた。

 ミサト「まだ一般人だから機密事項に関することは説明してない

  わよ。(L.C.Lを拒絶しなかったし、色々怪しいわね)」

 ミサトはそう思いつつも気にせず、現状の仕事を優先した。

 

『主電源接続接続完了』

 リツコ「了解

  (説明もしていないのにL.C.Lを受け入れるのはまず無

理なはず、そしてすんなりとエヴァへの搭乗に同意

  少なからず上がってきた調査書と性格が違いすぎる)」

 マヤ「第2次コンタクトに入ります。インターフェイスを接続。A10神経接続、異常なし」

 マヤは報告を続ける。

『L.C.L.転化状態は正常』

 マヤ「思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし」

 シンジの乗ったコックピットから見える景色が移り変わり、正常に目の前の映像が映し出される。

マヤ「コミュニケーション回線、開きます。

ルート1405までオールクリア。

シナプス計測、シンクロ率16,8%

  起動指数ギリギリです。」

 マヤは、モニターに送られてくるデータを大声で読み上げる。

  冬月はゲンドウに耳打ちする。

 冬月「どうする碇、これでは目前の使徒殲滅も危ういぞ。

  やはり、戻ってきている時点で歴史は大きく変わってい

るかもしれんぞ、どうする」

ゲンドウは表情一つ変えず答える

ゲンドウ「使えなければ、切り捨てるまでだ」

 

リツコ「(おかしいわね、もう少し出てもいいはず。

でも、起動できればあとは前回のように......)」

リツコはそんなことを思いながら、上にいるゲンドウを見たが

表情一つ変えずにモニターを見ていた。

 

マヤ「ハーモニクス、すべて正常値。暴走、ありません」

 モニターを見つめながらマヤが告げる。

「いけるわ!」

 リツコは、後ろに立っているミサトの方に振り向いてゴーサインを出す。

「発進準備!」

 それを聞いてうなずいたミサトは号令を掛ける。

『発進準備!』

 初号機の体を満たしていたプールの液体が抜かれて水位を下げていく。

『第1ロックボルト外せ!』

『解除確認』

『アンビリカルブリッジ、移動開始!』

 初号機を固定していた巨大な橋が、モーター音を鳴らしながら移動を始める。

『第2ロックボルト外せ!』

『第1拘束具、除去。同じく、第2拘束具を除去』

 初号機の肩から腕にかけて固定していた壁のような機械がスライドを始める。

『第1番から15番までの、安全装置を解除』

『解除確認。現在、初号機の状況はフリー』

 これまで初号機を固定していた器具が全て外され、エヴァンゲリオンの体が現れる。

『外部電源、充電完了。外部電源接続、異常なし』

「了解、EVA初号機、射出口へ!」

 初号機を乗せたブリッジがゆっくりとスライドして、発射場所へと運んでいく。

『各リニアレールの軌道変更問題なし』

『電磁誘導システムは正常に作動』

『現在、初号機はK-52を移動中』

『射出シーケンスは、予定通り進行中』

『エヴァ、射出ハブターミナルに到着』

 初号機が発射台に到着すると、射出口のドアが開いていく。

マヤ「進路クリアー、オールグリーン」

 マヤがモニターのステータスを確認する。

リツコ「発進準備完了!」

 リツコが最終的な確認を取る。

ミサト「了解。……構いませんね?」

 ミサトは後ろの司令席へ戻ったゲンドウの方を振り返る。ゲンドウは机に肘を付いて顔の前で手を組み、落ち着き払った態度で答える。

ゲンドウ「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り我々に未来は無い」

冬月「2回もシンジくんを死地に送るとは、もしやすると

俺たちは間違えているのかもしれんな。」

 ゲンドウの傍らに立っていた冬月が自嘲したような笑いを浮かべている。

ゲンドウは、無言のまま一瞬迷ったような表情を浮かべ

る、だがそんな表情はまたしても一瞬で消え去った。

ミサトは主モニターの方へ向かいなおすと、

大声で号令を掛ける。

「発進!」

 

ミサトの合図と共に、射出口内を急上昇で通り抜ける初号機。コックピット内のシンジは、上昇スピードによって発生した強烈な重力に耐える。使徒が市街地の大きな道路へ歩み出たところで、正面の射出ゲートが開き、EVA初号機が地上に姿を現す。

ミサト「良いわね、シンジ君」

 ミサトは、地上に出たシンジに声を掛ける。

シンジ「はい」

 シンジは、決心を固めた表情で前を見据える。

ミサト「最終安全装置、解除!エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!」

 ミサトの合図で、エヴァが射出ブリッジから体を離す。

ミサト「(試してみるか......)」

ミサトはシンジを試すべく、操縦方法などは説明せず指示した

ミサト「シンジくん、あなたの前にいるのが使徒と呼ばれ

るものです、そこに見える赤いコアを狙い近接

格闘で破壊、いいわね。」

ミサトはシンジの出かたをみる

シンジ「あの...操縦方法は?」

ミサトはリツコに説明を促した。

リツコ「シンジ君、今は歩くことだけを、考えて」

シンジ「歩く......」

 シンジは、意識を集中させて初号機の足を前に出そうとする。初号機の巨大な足がアスファルトを踏みしめる。その衝撃でビルの窓ガラスが割れる。

リツコ「歩いた!」

といったものの、最初から動くことは知っていたためモニターに身を乗り出すことはなかった。

シンジ「(やっぱりシンクロ率が低いと動きが..重いッ!

シンクロ率をあげないと、とてもじゃないけど

戦えない!)」

そうして、シンジがシンクロ率を徐々に上げようとして行動しようとしたとき、使徒がこちらに気づき近づいてくる。

ミサト「シンジくん!応戦して!」

あっさり右腕を掴まれてしまう。

シンジの神経に痛みが襲い掛かる。

リツコ「エヴァの防御システムは?」

 リツコがマヤに確認を取る。

マヤ「シグナル、作動しません!」

 マヤはモニターを見つめながら報告する。

マコト「フィールド、無展開!」

 オペレーターの日向マコトが声を上げる。

リツコ「だめか!」

 リツコは主モニターに映る初号機に目を向ける。ついに初号機の腕は、使徒の力に負けて折れてしまう。シンジは驚愕して言葉を失う。

「左腕損傷!」

 マヤが早急に事態を伝える。

「回路断線!」

 マコトがその状態を補足する。

シンジは腕の痛みを我慢し、使徒を蹴り飛ばす。

シンジ「うあ――っ!」

マヤ「シンクロ率89.5%まで上昇!」

使徒まで走り込みながら使徒のA.T.フィールドを中和する。

マヤ「初号機A.T.フィールドを展開!」

そして、本来シンジには知ることのない武器

マコト「プログレッシブナイフ装備!」

ここでリツコには確信するには十分の材料が揃ってしまった。

シンジは使徒のコアめがけて、ナイフで何度もきりつけ、振り下ろす。

追い込まれた使徒は、突然体を変形させると、初号機に巻きついて自爆を決行する。その瞬間、巨大な爆発が起こり、十字架の火柱が空高くまで立ち上る。

ミサト達は最後の圧倒的な力で使徒をねじ伏せた今の戦い方に唖然としていた。

リツコが声をかける。

リツコ「ミサト!」

ミサト「あ、現時刻をもって、使徒殲滅を確認

総員、第二種警戒体制へ移行。」

オペレーターの声が発令所に響く。

『了解、総員第二種警戒体制へ移行。

初号機は回収ルートB-17から回収』

 

次回

懐かしの天井

 

 

 

 

 



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