IS〈インフィニット・ストラトス〉宿命を変える奇跡の双騎士 (《陽炎》)
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第0章 2つの始まり
プロローグ


IS、正式名称『インフィニット・ストラトス』。

 

宇宙空間での活動を想定して作り上げられたマルチフォーム・スーツ。日本語に訳するなら無限の成層圏とた言ったところだろうか。ISが発表された当初、世界はISの存在を認めず嘲笑う意見の方が多かった。

 

それは何故か?答えは簡単、余りにもISが現実離れし過ぎていたからである。現行の兵器を凌駕する戦闘力と超音速での移動が可能という余りにも現実からかけ離れている『制作者』の話を科学や技術等の権威や宇宙開発の専門家達は真面目に耳を傾けず妄想の様な話を嘲笑い『制作者』の話をまともに聞く人間は皆無に等しかった。

 

しかしISの表から1ヶ月後、その人間達もISを認めざるを得ない事件が発生した。

世界各国のミサイル2341発が一斉にハッキングされて制御不能となり日本へと発射されたのである。世界は混乱し日本はミサイルの雨が降り注がれるという絶望の真っ只中にあった。そんな終焉の時が近付いていたその時、突然ISを纏った1人の人間が現れた。

 

白銀の鎧を纏いし騎士、顔は兜で覆われていて確認出来ないが膨らんだ乳房を守る装甲とくびれたウエストというボディラインから女性という事だけは理解出来る。その出で立ちはまるで北欧神話に登場する戦乙女(ヴァルキリー)がこの世界に降臨したのかと錯覚させた。その騎士が現れてすぐに状況が急変した。その騎士は超音速で飛翔し空を翔ると、手にした剣を振るい近代兵器であるミサイルを次々とぶった斬っていく。遠距離のミサイルに対しては当時まだ試作型であった大型荷電粒子砲をいきなり呼び出して撃ち落としていき、なんとたった1人で日本に放たれた全てのミサイルを撃墜したのだ。フィクションの世界でしか有り得ないSFの様な展開に世界は唖然とし日本の国民は未曽有の危機から救われ安堵した。

 

超音速での格闘能力、物質を粒子から構成して呼び出し、更にはビーム兵器の実現化、どれをとっても匹敵する現行兵器等存在しなかった。その突然現れたミサイルから日本を守り圧倒的な力を世界に見せつけたISは、その力を認めさせるのと同時に敵に回せば脅威とも言える存在である事を知らしめた。そのISに対し世界の対応は当然愚鈍ではない。世界各国は国際条約を無視して偵察機を大急ぎで現地へと向かわせある任務を与えた。偵察を命じられた者達に与えられた任務は『目標の分析。可能であるならば捕獲。無理なら撃滅せよ。』という任務。その当時の最新鋭の機体も数多く投入し運が良ければISを我が物にし自国の軍事力強化にと目論んだ思考が作戦の内容から見て取れる。それが駄目なら他国に渡さぬように撃滅してしまおう。その後頃合いを見計らってISの『制作者』とじっくり交渉してISを手に入れればいいと国のお偉方は考えていた。

 

だが……そんな考えをISがすぐにぶち壊した。現場に向かわせた最新鋭の戦闘機はISに全く歯が立たなかったのだ。まず第一に、戦闘機は急速な旋回を行えないがISはそれを行える。戦闘機の場合乗っている人間が急激なGに耐える事が出来ないが、ISは保護システムにより操縦者は守られているのでブラックアウトする事も呼吸困難に陥る事もない。更に搭載されているハイパーセンサーから脳に送られてくる情報によってコンピューターより早く思考と判断を行え、実行に移せるのである。

 

数時間後、たった一機のISでミサイル2341機、戦闘機207機、巡洋艦7隻、空母5隻、監視衛星8基を撃破もしくは無力化された。しかも、驚く事にこれだけの被害を出しながら、この事件で死者は1人も出なかったのである。戦闘機に搭乗していた者達から負傷者こそ出たが、世界各国の戦闘機を撃墜しながらも人命を奪わずに戦うというのは、それ即ち『相手を生かしたまま無力化して戦う余裕がある』というのを知らしめるには十分過ぎる結果である。自国の誇る最新鋭の戦闘機が自分達が嘲笑ったISたった1機に赤子の手を捻る様にあしらわれた現実から芽生えてくる屈辱、恐怖、憤り等の感情が思考を染め上げていた。

 

圧倒的戦力を見せつけられ次々とISに返り討ちにされても各国は躍起になって部隊を投入する。しかし、世界を躍起させた当のその白き騎士は日没と同時に姿を消した。忽然と姿を消しまるでその存在が夢か幻であったかの様な消失、世界に様々な爪痕を残した白き騎士は蜃気楼の様に消えていった。世界にISを知らしめその実力を見せつけたこの事件、白き騎士が世界に残した衝撃とISを嘲笑っていた者達にその力を嫌と言う程見せつけ、思い知らせたこの事件は『白騎士事件』として語り継がれ、世界を変える決定的な出来事となった。

 

 

 

 

 

あっという間に時は流れ、ISが誕生してから早10年。10年という節目をま迎えたこの年に、再び世界に衝撃を走らせる出来事が起きた。

 

「今日は話題の織斑一夏君についてです」

 

2月下旬、俺は気を紛らわせようとテレビを付け、放映されている番組を見ている、流れているのはコメンテーターを何人も集めて討論しあう番組だ。今回は世界に衝撃を走らせた少年について話している。気を紛らわせようとテレビを付けてもどのチャンネルでも同じ内容ばかりで嫌になる。もっと他に視聴者に伝えなきゃならない事は山ほどあるだろうに。

 

「まぁ、こうなっているのは俺のせいなんだけどな……」

 

番組を見てふと口にした言葉。そう、今世界中で話題になっている織斑一夏とは俺の事だ。別に大発明や世紀の大発見をした訳でも世界を震撼させる事件を起こした訳でもない。じゃあなんでこんなに話題になっているか?それは……

 

「やっぱり大変な事ですね」

 

「そりゃあそうですよ。なにせ世界で初めてですからね」

 

俺の考えを代弁する様にコメンテーター達が喋っている。コメンテーター達の言う通り、俺はある事で世界で初めての人間になってしまった。

 

「女性にしか動かせないISを男が動かせるなんて」

 

そう、俺は女にしか動かす事が出来ないIS、インフィニット・ストラトスを男で初めて動かしてしまったのである。

 

『白騎士事件』の発生以来、ISは世界中から注目され世界中の権力者達は自国の軍事力強化にと躍起になり『制作者』に交渉を持ちかけた。が、発表当初認めずに否定し嘲笑ったのを物凄く根に持っていたのか交渉は剣もほろろ、取り付く島もないといった有り様で「最初から認めておけば良かった……」という後悔の意見で溢れ返っていたとの事だ。しかしそんなISにも欠点が存在した。

 

それは『女性』にしか動かす事が出来ないという物である。その事実が公になると各国はISを動かせる優秀な女性を発見・育成に力を入れる様になっていった。その影響からかIS発表から10年という年月の中で世界は女性優遇の社会へと変化した。

 

「はぁ~……なんでこんな事に……」

 

ISを動かしたと世界中に知られてから何回吐いたかわからない溜め息を吐く。物凄くどうでもいい情報だが、確実に三桁はいっている。動かしたその日から検査検査の繰り返しの日々、学校にも行けない上に外にも出歩けない。もし出よう物ならマスコミやハパラッチの格好の餌食だ。気を紛らわせようとテレビや新聞を見ても飽きもせずに俺の話題だ。全く嫌になる。

 

『試験会場を間違えなければこんな事には……』

 

俺がISを動かし世界に衝撃を与えてしまったその日に何があったのかというと……

 

 

 

 

 

「あ~……寒い。今年1番かもな……」

 

その日は2月の真ん中、外は吐く息が真っ白になる程寒い。現在中学3年生の俺は高校受験の真っ只中で俺は身に染みる寒さを我慢して入試会場に向かっていた。

 

「何で1番近い高校の入試会場に行くのに電車を4駅も乗らなきゃならない……」

 

それもこれも去年起きたカンニング事件のせいだ。その事件のせいで今年はカンニング対策とかで入試会場を通知するのが2日前という政府の無茶苦茶なお達しがあった。そのせいで俺は1番近い高校を受けるのに電車を4駅も乗らなきゃならない。政治家とカンニングやった奴に文句の1つでも言う権利は今年の受験生全員にあると思う。なんて事を考えながら今年1番の寒さとも思える冷たさを堪え、4駅も乗り変え終えた俺は足早に入試会場へと向かう。

 

俺が受験する高校は私立藍越学園。家から1番近くて学力も中間の高校だ。特筆するならば学費が私立にもかかわらず非常に安い。それは卒業生の9割が学校法人の関連企業に就職するからだろう。

 

この就職難の時代に卒業後の進路ケアまでしてくれるのは有り難い事だ。しかも就職先が優良企業が多く地域密着型でいきなり僻地に飛ばされる心配も無い。素晴らしい高校だと思う。

 

俺には事情があり両親が居らず千冬姉という年の離れた姉が養ってくれている。幸いにも昔は周りの人々が援助してくれたし、現在は千冬姉の稼ぎがいいから貧乏ではない。しかしそれに正直負い目を感じていた俺は中学を卒業したらすぐに就職するつもりだったが姉の力……主に腕力にはかなわず高校に通う事になった俺には藍越学園は有り難い高校である。藍越学園を受験すると決めてからしっかり試験勉強の甲斐もあり模試はA判定。合格はほぼ間違いないだろう。受かれば就職は決まった様なもんだ。千冬姉に楽させてやれる。

 

「いかんいかん。此処で受かった気になって落ちたら洒落にもならん」

 

受かるまでは油断禁物だ。それで落ちたら本当に笑えん。

 

「漸く着いたか……」

 

面倒な移動を終えやっと入試会場に到着した。到着して入ったまではよかったんだ……

 

「えーっと……あれ?」

 

藍越学園の入試試験は市立の多目的ホールで行われる。私立の試験に市立の施設を借りるというのもおかしい話だが、本当におかしいのは

 

「なんだこれ?どうやって2階に上がるんだよ?」

 

この多目的ホール、構造が非常に分かりにくい。地域出身のデザイナーによる設計という地域密着型なのはいい。だがしかし、この常識的に作らない俺カッコいい的設計はよくないだろ。冗談抜きで迷路として使用出来るぞ、どう使用すればいいのかは知らんが。案内図もないから階段も入試の部屋さえ分からない。

 

「……………」

 

中3にもなって迷子……恥ずかしいにも程がある。

 

「おっ、あんなとこにドアが」

 

どうしたもんかと考えながらさ迷っていると1つのドアが目に入る。まあいい、あのドアを開けよう。もし違っても場所を聞けばいいんだ、よし決めた!なんともしょうもない決意をして目の前のドアを開けた。

 

「あー、君受験生だよね。時間押してるから急いで。此処4時までしか借りられないからやりにくいったらありゃしないわ。あっ、試験の前に向こうで着替えてね」

 

ドアを開けた途端、神経質そうな女性教師に指示を言い渡される。相当の忙しさで判断能力が鈍くなっているのか、指示して愚痴を零した後、俺の事を確認もせずパパッと指示だけして部屋から出て行ってしまった。

 

『なんだ、最近の試験は着替えてからするのか?』

 

カンニング対策かなにかだろうか?学校も大変だなぁ、って此処は藍越学園の入試場所なのか?それを確認する間もなかったし……

 

そう思いながらカーテンを開けると、そこにはある物体が鎮座していた。

 

一言で表すなら『中世の鎧』だろうか。まぁ、細部等が甲冑とは違うし、人によっては鎧という印象は抱かないだろう。しかしそれに似た『何か』が置いてある。人型に近いそれは、使用されるのを沈黙して待っている。

 

俺はこれを知っている。これは『IS』だ。

 

10年前、世界を変えた女にしか動かせない『インフィニット・ストラトス』

 

男である俺には本来余り関係ない物かもしれない。しかし俺はISとは浅からぬ縁がある。ISの『制作者』とその家族とは小さい頃からの付き合いがある。最も6年前にその家族は引っ越してそれから音沙汰無したが。

 

『それにしても、なんでこんな所にISが有るんだ?』

 

そんな事を考えながら俺は、ほんの少し芽生えた好奇心からISに触れた。男である俺にはISは動かせやしないのだから触れても大丈夫だろう。

 

しかし、ISに掌が触れたその刹那、その思考が間違いだと思い知る事になるとはその時の俺は全く予想していなかった。

 

 

 

 

 

『まさか俺が動かすなんて……』

 

触れた途端にISの全てが頭の中に流れ込んで来るような感覚、気付いたらISを動かしていた。

 

それからは世界中が大騒ぎだ。俺が男で初めてISを動かしたという事は瞬く間に世界中で報道され、ある種の時の人状態だ。あの日以来パニックになるからと1度も学校に行けず、検査の繰り返しの日々。検査が無くても外に出ようもんならマスコミの餌食。俺の自由は何処へやら……結局藍越学園の受験も出来ず仕舞いだし、もう2月の下旬だぞ。このままじゃ中学浪人だ。どうなるんだ俺の将来……

 

「彼はこれからどうするんでしょうね?」

 

「まぁ、政府としてはIS学園に通わせるつもりでしょう」

 

……何やらコメンテーター達が好き勝手意見述べているが、簡単に言うとIS学園とは、ISについてを学ぶ高校である。でだ、ISは女にしか動かせない、そのISを学ぶIS学園は必然的に女子高と何ら変わらない。そんな何処に俺が入学?と思考を巡らせているとポン、と頭に何かが置かれた。

 

「何だこれ?」

 

手に取って確認してみると、それはビニール袋に包装された衣服だった。

 

「制服だ」

 

「あっ。千冬姉、帰ってたのか」

 

「そりゃ帰ってくる、此処は私の家だ」

 

頭にあの袋を置いたのは何時の間にか帰宅していた我が姉、織斑千冬の様だ。黒いスーツにタイトスカート、すらりとした長身に、よく鍛えられているが過肉厚でなく抜群のスタイルを覗かせる黒のパンストに包まれた脚、身びいきしている訳じゃないが美人だと思う。職業は何をしているのか知らないが、普段は仕事が忙しいらしく月に1、2回しか帰宅しない。

 

「制服?何処のだ?」

 

考えが逸れない内に確認しておこう。制服と言っていたが何処の高校の制服なんだ?

 

「IS学園の制服に決まっているだろう」

 

「そっか、IS学園の……って、えっ!?だって俺まだ行くなんて……」

 

余りにあっさり説明するから納得しかけたけど、一体我が姉は何を仰っておられるんだ!?

 

「もう入学手続きは済ませておいた。あそこに入学すれば何処の国も手出しはせん、最低でも年か間は安全だ。それとも実験動物の方がよかったか?」

 

「うっ……」

 

そういう事を言われると言い返す言葉がない。

 

「彼の生体データにも注目が集まるでしょう」

 

追い討ちを掛けるように付けっぱなしのテレビからコメンテーターの意見が耳に入る。確かにこのままじゃ実験動物に就職という最悪な進路だ、ブラック企業より最悪な就職先だ。考えただけで気分が悪い。

 

「はぁー……なんでこんな事になったんだかなぁ……」

 

あれ以降何回したのか解らない後悔をする。受験勉強も水の泡だし……

 

「まぁ、そんなに気を落とすな。IS学園も普通の高校と大差ない。何処で過ごそうと日々が充実するかしないかはお前次第だ」

 

「求めよ、さらば与えられん。そういう事だ」

 

俺の事を励ましてくれているのだろう。しかし千冬姉よ、女子高に男子が俺1人というのは色々と問題が……ねぇ。

 

「流石に千冬姉詳しいな」

 

「まぁな」

 

そりゃ詳しいよな。千冬姉はISの『制作者』篠ノ之束と友人だし、元IS操縦者で国家代表、世界一という頂点の座まで掴んだ最強とまで唄われた人なんだから。

 

「IS学園かぁ……」

 

千冬姉から渡された封筒を開け、IS学園の学校案内の資料を取り出してページを開く。此処で俺は3年間過ごすのか。

 

「所で千冬姉、頼んどいた買い物は?」

 

「ちゃんと買ってきた。食材は冷蔵庫、洗剤とかは洗面所に置いといた」

 

ネクタイを緩め缶ビールをグイッと飲みながら千冬姉が答える。もう家の冷蔵庫には食材が余り無く、洗剤などの消耗品が切れかかっていた。普段は俺が買い足すんだが、こんな状況ではおちおち買い物も出来ない。だから千冬姉に買い物を頼んだのだ。

 

「じゃあ、そろそろ夕飯作るよ」

 

時刻は午後6時過ぎ、米は余裕があったのでもう研いでタイマー予約している、今から作れば7時頃には夕飯が食える。

 

「つまみも頼むぞ」

 

「ハイハイ」

 

千冬姉は昔から働いていた反動からなのか家事が出来ない。だから俺が家事の全てを担当している。

 

『さてと、何を作ろうかな』

 

IS学園に入学となれば、これから今現在より大変な事が幾度となく待っているだろう。そんな近い未来が訪れるのを覚悟した俺は、とりあえず今は夕飯を作ろう、と冷蔵庫を開けて夕飯の献立を考えるのであった。

 



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another prologue

今回はもう1つのプロローグ。前のプロローグで微塵も登場しなかったもう1人の主人公の始まりの話


「生きとし生きるものは、生きる事に意味が有る」。そういった格言がこの世界には存在しているらしい。だが、俺はその格言は偽りだと認識している。俺には生きる意味など、もう無いのだから……

 

何も存在しない一室、家具も、太陽の光を取り込む窓さえない。コンクリートの床から伝わる痛みさえ覚える硬さと、薄暗く殺風景なこの部屋を体現するかの様な冷たさを感じながらボロボロの服を着た1人の少年が倒れ込む様に仰向けになっていた。膝辺りまで伸びに伸びた黒い後ろ髪は敷物みたく床に広がっており、前髪も切っていないのだろう、切れ長の瞳に余裕にかかっている。顔の左側、左腕、両足の膝から下には包帯がぐるぐると巻かれていて、痛々しさを増幅させている。

 

「……何の為に、何の為に俺は生きているんだ……?」

 

今まで生きてた人生で、もうどれだけ生きる意味を模索してきただろう。何百回?何千回?何万回?考えるだけ無駄か、きっと俺はこのまま一生を終えるのだろう……希望も、救いも、自由も、もう全て諦めた。求め焦がれるだけ虚しさが増すだけだ。幾度と無く打ち砕かれた。可能性を抱くだけ無意味なだけ、『あの日』がそれを決定づけた。

 

1人の少年がこれだけ生きる意味を、希望を見いだせない。一体何があったのだろうか?

 

「……遅いな」

 

いつもなら、もうそろそろ呼び出しがある筈なんだが……もう研究材料としての価値さえ、俺には無いという事か。

 

自分自身を自嘲し、僅かな望みさえ抱かずに後ろ向きな結論にたどり着く少年。

 

『どうせ、今日は実験が無いのかと微かに期待する俺を嘲笑うつもりなんだろう。そんな期待などしない、もうどれだけ蔑まれたと思っている』

 

どうせ嫌がらせか何かだろう。その結論付けた少年は、壁に寄りかかり、呼び出しを待っていた。

 

「……………」

 

しかし、どれだけ待っても呼び出しは来ない。時計も無く、日の光さえ入らぬこの密室では正確な時刻を理解するのは難しいが確実にかれこれ数時間は経過している事は理解出来た。

 

「妙だな……」

 

流石におかしいと思い始めてきた少年は立ち上がりドアを開けると、音を作り出す存在が何も無いかの様に静寂な環境かと勘違いさせるくらい静かな廊下を、足音を立てない様に歩を進めてある場所へと向かう。

 

『おかしい……研究室から物音一つしていない』

 

少年が立つのは第1研究室と書かれたドアの前。自分に嫌という程苦しみと絶望、そして憎悪を植え付けた忌々しい部屋。普段はこの時間帯ならば会話やキーボードを叩く音がしている筈。何年も繰り返えされた地獄の日々から身に染み付いたリズム。試しに少年は自身にとって地獄の入り口と言っても過言ではないドアを開けた。

 

「っ!こ、これは……!」

 

開けた瞬間に鼻腔を突く血の匂い、目の前には鮮血で赤く染まりかけている白衣を着た科学者達が倒れていた。倒れている科学者達から流れ出た血が赤い水溜まりを作り出していた。簡潔に述べるなら惨劇だ。

 

「……冷たい。こうなってから、かなり時間が経っているな」

 

1番近くで倒れていた科学者に触れてみたが、もう体温など感じられない位冷たくなっていた。まぁ、こいつらから人としての温かさなど微塵も感じられなかったがな。

 

生きていた時から自分を人間としてではなく研究材料としか見ていなかった科学者達が息絶えた所で少年は悲しむ事はなかった。

 

「いい気味だ。今まで多くの人間を痛めつけ、踏みにじってきたこいつらにはいい末路だ」

 

科学者達の死を自業自得と切り捨てた少年。少年が冷酷なのではなく、屍と変わり果てた科学者達が余程ろくでもない人間だったのだろう。

 

「しかし……一体誰がこいつらを……」

 

少年の脳に沸き立つのは疑問。誰が科学者達を手に掛けたか?である。少し調べて見た所、科学者達はどうやら銃で射殺されたらしい。身体に弾痕、壁や床に身体を貫きめり込んだと思しき弾丸を発見した。ほぼ射殺で間違い無いだろう。最も少年は科学者達の死因何ぞ知った事ではないが。

 

「こいつらを殺した奴は何が目的なんだ……?」

 

只一つ解せないのは何が目的でこの研究所に来たかという事である。

 

「此処に来たからには『あれ』が目的のかと思ったが……」

 

少年が指した『あれ』とは、たった1つでも手に入れれば大きな力となる代物。此処来たからには目的は『あれ』しかないと少年は考えたが、ガラス越しに見える研究室の隣にある部屋に何時もと変わらず沈黙を守り佇んでいた。

 

『ISが狙いではないのか……?』

 

少年が指した『あれ』とは女にしか動かせないISである。そう、此処はISについて実験・研究を行う研究所である。

 

『ISを動かせるのは女だけだ。だが、男にもISを動かせる様にしようと非合法な研究や実験を行う場所が存在している。此処もその1つだ』

 

この研究所で行われてきた研究や実験は、とても公には出来ない非合法な物ばかり。公にされれば非難轟々は免れない、人間の醜悪な面を全面に押し出した様な所業だ。

 

『俺もその研究材料として何年も此処で地獄の日々を過ごして来た……』

 

かく言う俺も、その非合法な研究の実験体として何年も地獄と言っても過言ではない日々を耐え抜いて生き延びてきた。この体に巻かれた包帯もその日々を耐え抜いた証。と言えば聞こえはいいが、この包帯の下は人に晒す事など出来はしない。

 

『しかし……『あの日』がそれまでの全てを無にした……』

 

そう、忘れる訳が無い。此処で耐えに耐え抜いて生き延びた全てを無に帰した『あの日』を……

 

 

 

 

 

その日も何時もと変わらない実験の繰り返し。俺が此処で研究材料としての日々を過ごす様になってどれだけの年月が経過しただろう、物心付いた頃から奴隷として生きて来た、奴隷としての利用価値が無くなり処分されそうになった俺と他の奴隷の人達は死に恐怖し脅えていた。しかし、世界がISに注目し研究・開発に力を入れ始めると、処分される変わりに俺達奴隷はISの研究材料として回された。今では生き残ったのは俺1人、他の人達は非道な実験や科学者達のストレス発散の理不尽な暴力に耐えきれず命を落としていった。俺は人より丈夫なのか生き延びたが、最早身も心もズタボロで些細な衝撃でも粉々に壊れてしまいそうなくらいだった。

 

それでも耐えに耐え抜いて来たのは科学者達への憎しみ……憎悪だろう。こいつらへの憎悪を胸にどれだけ過酷な実験でも耐えて生きて来た。ISを動かせばこいつらに積年の憎悪をぶつけるも訳は無い。昔はISを開発した篠ノ之束博士を恨みもしたが、今では処分される宿命だった俺に生き延びる道を作り出してくれた恩人として感謝している。

 

だが、この日は何時もの日々とは違った。

 

「それは本当なのか!?」

 

「あぁ、間違い無い。さっきニュースで報道されていた」

 

「クソ!今までの研究は何だったんだ!?」

 

ドアを蹴破る位の勢いで研究室に入って来た科学者が持っていた携帯端末を見るや否や全員驚愕だ。一体何があったと考えていたその瞬間

 

「男がISを動かすなんて……」

 

その言葉は、俺の今までの全てを無に帰したも同然だった。

 

放心状態の俺にその後待っていたのは、何年も実験を施したにも関わらずISを動かせなかった俺への八つ当たりと言う名の拷問。電流を浴びせ俺の体の自由を奪い、殴る、蹴る、刃物、火、電流、罵詈雑言という言葉の暴力、それの繰り返し。その時の俺はそれに抵抗する気さえ起きなかった。

 

拷問が終わった後、部屋に乱雑に放り投げられて暫くして思考がまともになり意味を理解した。俺はこんなになってもISを動かせなかったのに、ISを動かした男が現れたという現実を。その男が普通に人間として生活し、俺の様に実験をされていないにも関わらずISを動かしたという事を。

 

「……しょう……………ち、ちくしょおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉおぉぉ!!」

 

ただただ泣き喚いた。自分がこんなになっても出来ない事をその男は何の苦労もなくやってのけたのだ。悔しい、憎たらしい、妬ましい。そしてそのまま泣き寝入り。俺に何の価値があるんだ?こんなになってもISを動かせやしない俺に……何の価値が……

 

 

 

 

 

「……………」

 

『あの日』の事は何時思い出しても不愉快だ。気分が悪くなる。あんな屈辱はこんな体にされて以来だ!

 

苛立ちを体現する様に拳を思い切り握り締める少年。包帯に巻かれていない右拳からは力の入れ過ぎで鬱血しているのがわかる。

 

「くそ!」

 

苛立ちを発散しようと左腕で机を思いっ切り殴りつける。壊れてしまいそうな勢いで叩きつけた事で生まれた衝撃で、積まれていたファイルがバサッとが落ちる。しかし1つだけ落ちずに残ったファイルがある。それが目に留まった少年はそのファイルを手に取って内容を確認する。

 

「これは、俺の……」

 

そう、それは少年の実験結果を纏め上げたファイル、これが落ちずに少年の目に留まったのは偶然?それとも必然なのか?それは誰にも解らない。

 

パラパラとファイルに綴じられた書類を流し読みしていくと自分がこれまでされてきた研究や実験が事細かに記されていた。

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

こんな物、何故俺が見る必要がある。と少年はファイルを見るのを止めようとした。

 

「ん……?」

 

が、書類の束を捲る手の動きを止めると、そこに記されていたのは今までの書類とは違い自身の生い立ちなどが事細かに書かれていた物だった。

 

「……………」

 

その書類に目を通してみると、奴隷として虐げられて来た事も、自分が研究材料になるまでの経緯も記れていた。ここまでは俺も記憶している。しかしこの書類には俺が覚えてもいなければ、何故このような日々を過ごさなければならなくなったのか、その詳細も記されていた。その内容はこうだ。

 

本来俺はもう1人の片割れと双子として日本人の女性に宿り、そのまま生を受ける筈だった。しかし、この世界では人身売買という人間を売り買いする裏取引がある。幼ければ幼い程利用価値は上がり値も張る。俺は商品としては格好の的だったらしく、産まれた後に人身売買の為に意図的に死亡扱いとされ裏社会に売り飛ばされ奴隷となり、今現在に至ると書き留められていた。

 

「……………俺は、俺はそんなくだらない欲望の為に人身売買されたというのか……!」

 

その事にも無論怒りが湧くが問題はもう一つある。書類には更にこう書かれていた。もう1人は俺とは違い存在を消されずそのまま普通に暮らしていると……

「すると何か……?俺はこんな地獄を強いられたのに、そいつは普通に人間として過ごしているというのか!」

 

何故だ!?何故双子でこうも違う、俺が……俺が何をした!何故こうも違う!?はこんな体にされ、あれだけ非道な実験をされてもISも動かせず、どれだけ望んで焦がれても何も手に入れられないのに、そいつは……そいつは……!

 

納得がいかない。何故自分だけがこんな仕打ちを受けなければならないという憤りを覚えながら少年はファイルを乱雑に捲り上げる。

 

「っ!!こ、これは……!?」

 

ある書類を目にした瞬間、驚愕に染まる少年の表情。それはファイルの最後、ごく最近に追加されたのであろう書類。その詳細には少年にとっては余りに受け入れ難い内容が書き留められていた。その書類を見た途端活動する、悔しさ、嫉妬、怒り、屈辱。醜くくもどこか悲しい感情が少年の中で激しく蠢いている。

 

「これでは……これではあいつらの言った通りじゃないか!」

 

それは一夏がISを動かした事を知った科学者達が少年をリンチした際に発した暴言、少年にとっては屈辱極まりない言葉

 

「普通の男がISを動かしたにも関わらず、何年も実験を施してもISを動かせない貴様など、どれだけ実験を施してもISを動かせないゴミクズ以下の出来損ないだ!」

 

「ふざけるな!……俺は、俺は出来損ないではない!」

 

その暴言を思い出し科学者達への冷めかけていた憎悪が奥底から熱を帯びて体中を駆け巡り、諦めかけていた生きる事への執着心を焚き付ける。その勢いのままISが佇んでいる隣の部屋へと駆け抜けて行く。

 

「……………」

 

俺の目の前には何年かかっても動かせなかったISが佇んでいる。一言で表すなら黒、暗黒を体現しているかの様な黒も、己を目覚めさせる主が現れるのをもう何年も待ち望んでいるのだろうか?

 

「もしお前が動かす主を待ち望んでいるならば……」

 

もう自棄だ。今まで何億回と動けと念じてきたというのに今更願うとは……だが

 

「俺がお前の主だ!だから……今こそ目覚め、動け!」

 

これで動かなきゃ俺は本当にゴミクズ以下の出来損ないだ。それだけは絶対に……絶対に嫌だ!その気持ちを全面に押し出して俺は、触れた。

 

「!?」

金属音が脳に響き、直後流れてくる情報の激流。

 

刹那の時、それは一秒にも満たない時間。普通なら瞬く間に過ぎる時が俺には永遠にも一瞬にも感じられた。

 

「俺は……」

 

流れてくる情報の激流から理解出来る状況。

 

「俺は……出来損ないではない!」

 

気付けば俺は黒き鎧を纏っていた。そう、漸く、漸く動かしたんだ。ISを。

 

「これが、これがIS、インフィニット・ストラトスか!」

 

やっと報われた。此処での地獄が…… ISを動かせた喜びと長年の苦労から解き放たれた解放感から頬が緩む 。何時以来だろうこんなにも喜んだのは……などと浸っていると、突然の前にウィンドウが現れた。そこに記されていたのは、自らを目覚めさせる主を待ち望んでいたこのIS情報。

 

「……そうか。これがお前の名前か」

 

情報の中にはこのISの名称も存在した。何年もの間、主を静かに待ち続けてきたその名は

 

「『悲劇の復讐者(トラジェディ・アヴェンジャー)』」

 

悲劇の復讐者。この名前が意味するのは主となった少年の事なのだろうか?

 

今、織斑一夏に続き、名も無き1人の少年がISを動かした。だが、世界はその事実をまだ知らない。

 




作中でも書かれている様にもう1人の主人公には現在名前は有りません。にじファン時代の改訂前のこの小説の後書きをご覧になっていた方はわかるかもしれませんが、いずれ名前は付けられるそれまでは少年と表記します。


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第1章 動き始めた宿命
第1話 ファーストバトル


今回は一夏の話。


「あぁ~……わからん」

 

今、俺織斑一夏は非常に厄介な問題に直面している。IS学園に入学する事になった俺宛てにIS学園から荷物が届いた。中身を確認すると、荷物の正体参考書。これが普通の参考書ならよかったんだ、しかし何なんだこの電話帳より分厚い参考書は?何百ページあるのか確認するのもおっくうになる分厚さ。一通り見て内容はISの専門用語や情報を纏め上げた物だというのは理解した。しかし、肝心の内容が理解不能だ。念の為言っておこう、俺は決して頭は悪くはない。てか、ISの知識が無い奴にいきなりこの参考書を渡して理解しろ、と言われても結果は今現在の俺みたいな状態だと思う。

 

「けどまぁ……やるしかないか」

 

どうせこの状況じゃあ中学には行けないんだ。なら、IS学園への入学に備えておこう。めげかけた己を鼓舞して、取り敢えず参考書の内容を理解するのを再開した。

 

「……もう昼過ぎか」

 

何時もの様に朝6時に起きて顔を洗い身支度を整えた後、洗濯物を干してから朝食を作り食べ終えたのが8時頃。その後から参考書とにらめっこし続けた今現在の時刻は12時を回っている。およそ4時間こいつとにらめっこしてたのか、結果は俺の完敗だが。

 

「昼飯にするか」

 

気付けば腹の虫も活動を始めている。昼飯食べて気分転換しよう、と昼飯を作りに台所に向かう。

 

「今日のゲストは、今売り出し中のこのお二人です」

 

トーストした食パン、目玉焼きとカリカリに焼いたベーコンに付け合わせにポテトサラダ、それにコンソメスープという昼食を食べながらお昼の長寿番組を見ている。今日のゲストは今売り出し中の双子の女性ユニットだった。

 

「二人はとても仲がいいそうだけど、普段はどんな感じで過ごしているの?」

 

「「そうですねぇ~」」

 

司会者からの問に双子の返答がハモリ、双子独特のハーモニーを醸し出している。

 

「一緒に暮らしていますから殆ど一緒に行動してますね」

 

「買い物や御飯食べに行く時も一緒に行きます」

 

双子がそれぞれ答えている。しかしこの2人、どっちがどっちなんだ?髪型の分け目が違う所ぐらいしか違いが解らない。

 

「双子、か……」

 

双子という単語に、ふと思い返す。俺には両親も親戚も居ないし両親の記憶は全くない。家族と呼べるのは千冬姉だけだ。けど、俺には双子の兄弟がいたらしい。しかしその兄弟は産まれて直ぐに命を落とした。そう千冬姉から話された事がある。

 

「もしそいつが生きていたら、どうなってたんだろう……」

 

兄か弟か解らないが、画面の向こう側の双子みたいに仲良くしていたのだろうか?喧嘩したり、笑いあったり、幸せを分かち合ったりしたのだろうか?

 

「もしかしたら、俺と同じ様にISを動かしたりして」

 

それなら現在のこの状況を励ましあえるのにな。

 

「……たらればの話してもしゃあない。1人でも乗り越えるしかないんだ」

 

昼飯を食べ終えテレビを消し食器を洗った後、俺は部屋に戻り強敵参考書との戦いを再開した。

 

 

 

 

 

あれから時は経ち今は3月半ば、春とはいえ寒かったりする日もある。結局俺は卒業式には出られず、卒業式後に中学校に赴き卒業証書を受け取り行き3年間の中学校生活にピリオドを打った。出来る事なら出たかったが、俺が出て騒動が起きて卒業式が台無しになるのは嫌だから我慢する事にした。正直寂しい終わり方だが、卒業証書を受け取る時に担任の先生からクラスの皆が書いた寄せ書きを渡された時は心から嬉しかった。男子の文面からは羨み、やっかみ、等も混じっていたのには、人の気も知らないで……と思ったが。

今日まであの参考書に悪戦苦闘しISについて学習する毎日を過ごしていた。その甲斐あってそれなりにISを把握する事は出来た。そして今現在、俺はモノレールに乗り、ある場所へと向かっている。

 

「スゲェ……」

 

目の前の光景を見て思わずそう言葉を漏らす。モノレールを降りて徒歩で向かった場所とは俺が入学するIS学園である。数日前にISの実技試験を実施するのIS学園に来るように、という電話を受け此処に赴いたという訳だ。筆記試験の方は良いのだろうか?で、今正面ゲート前に着いた訳だが、入学案内の資料は見ていたけど、この学園……規模が凄すぎるだろ。

 

IS学園は1つの島が学校である全寮制の国立高校。他にあるのは来賓が宿泊するホテルくらいだ。此処に来る交通手段はモノレールしかない。他はヘリや船とかだろうが、それは外国のお偉いさんぐらいだ。

 

『後、10分くらいか』

 

指定された時間は午後4時、携帯に備え付けられている時刻は3時48分。正面ゲート前で待っていれば教師の方が迎えに来てくれる。それまでは暫し待とう。

 

それから迎えが来るまで10分程待っていた。もうそろそろか、と思っていると、此方に向かってきている人影が見える。

 

『おっ、来たか……って、えぇっ!?』

 

次第に近付いて来る迎えに来た教師と思わしき人物を見て仰天した。2~3メートルの距離ともなればどんな人物かは大凡把握する事は出来る。でだ、今此方に近付いて来ているのは

 

「ち、千冬姉!?何で此処に居るんだよ!」

 

黒いスーツを身に纏った我が姉、織斑千冬だった。しかし、どうして千冬姉がIS学園に居るんだよ?

 

「お前を迎えに来たに決まっているだろう。私は此処の教師だからな」

 

あぁそうか、千冬姉ってIS学園の教師だったのか。なら納得だ、って

 

「いやいや!それ初耳だぞ、千冬姉がIS学園の教師だなんて!」

 

そんな話聞いた事がない。てか千冬姉高卒だろ、教員免許はどうした?

 

「そりゃ言ってないからな」

 

あっけらかんと答えんでくれ、何処でどんな仕事してるのかは知らなかったがまさか教師やってたなんて。しかも全寮制のIS学園とは、そりゃ帰って来るのが少ないわな、うん。

 

「さて、早く行くぞ。後、此処では織斑先生と呼ぶように」

 

まだ頭が現実に追いついていないがそれは置いといて、取り敢えず千冬姉に着いて行こう。

 

「あぁ、わかった」

 

バシィ!

 

「ぬわっ!」

 

「返事は「はい」だ」

 

黒く薄い物体による一撃が頭を襲う。返事がまずかったのだろう、痛む頭で思考を働かせてそう結論付けた。

 

「わ、わかりました。千ふ…織斑先生」

 

危ねぇ……また一撃喰らうとこだった。てか俺は出席簿で殴られたのか。それは人を殴る物じゃないだろう。

 

「では行くぞ。こっちだ」

 

「はい」

 

指示通りに千冬姉の後ろに着いて歩を進める。移動中に確認してみたが、筆記試験に関しては免除されるらしい。理由は知識は授業で覚えればいいから、取り敢えず男でIS動かせるんなら目の前でどれだけやれるか見せて。そんな理由らしい。

 

「着いたぞ。此処第1アリーナで実技試験を行う」

 

第1アリーナと言われるそれは目の前にドーンと広がっていた。デカ過ぎだろ、野球やサッカー余裕でやれる広さだぞ、こりゃ。第1アリーナって事はこんなアリーナが幾つもあるのか?高校という枠に収まらない規模だぞ、流石国立にして世界中から生徒が学びに来ているIS学園、規模が桁違いだな。

 

その後更衣室へと案内されると、ISスーツを渡されこれに着替える様に指示をされた。ISスーツは体を動かす際に発生する電気信号等を増幅させてISに伝達させる衣装。本来なら女性専用の物なので見た目はワンピースやレオタードに近い。しかし俺に渡されたISスーツは違う、臍丈上の半袖インナーと膝丈上の半ズボンである。まぁ男の水着みたいだと上半身裸になるからな、その辺への配慮だろ、うん。

 

「しかし、着づらい……」

 

服を脱いで着ようとするのだが、初めてなもので手間取ってしまう。裸だから着づらいのだろうか?引っかかるし、何処とは言わんが。

 

「よし、やっと着れた」

 

やっとこさ着る事が出来たISスーツ体にぴったりとフィットしている、こんなに着づらいとは……さて、急ごう。更衣室を出て待っていた千冬姉に案内され再び移動する。

 

「では織斑、どちらかのISを選べ」

 

辿り着いたのはピット、4つのピットがあるらしく俺が連れてこられたのはAピット。そこには2機のISが存在していた。1つは『打鉄(うちがね)』、純国産ISとして定評がある第2世代型の量産型であり、安定した性能を誇り初心者にも扱いやすい。もう1つは『疾風の再誕(ラファール・リヴァイヴ)』、打鉄と同じく第2世代型だがスペックは初期の第3世代型にも引けを取らないISだ。以上、参考書やその他媒体で調べた情報。

 

「じゃあ、打鉄で」

 

打鉄はガード型というのもあり近接ブレードを主体に接近戦を行うタイプだ、ラファール・リヴァイヴは遠距離・近距離どちらで戦闘を行うのにも適してはいるのだか、操縦経験が皆無の俺には打鉄の方が適している。

 

「では、装着したら一通りアリーナを飛んで移動。その後教師との模擬戦を行う。以上が今回の試験内容だ」

 

「わかりました」

 

打鉄を選択した後、千冬姉から改めて試験内容を説明される。どの道入学は確定している訳だが、それでも全力を尽くす。最初からそう決めている。

 

 

 

 

 

『スゲー、本当に飛んでる』

 

打鉄を装着し起動させた俺はアリーナの空中を飛翔している。初めて動かした時は浮いただけだったが、今は鳥の様に空を翔けている。飛ぶという感覚に慣れていない分、まだまだ動きにぎこちなさが残っている。

 

『織斑、そろそろ模擬戦を開始する。準備をしておけ』

 

暫く飛び回り少し動きかたのコツを掴みかけた所に、千冬姉によるアナウンスで模擬戦開始を告げられる。

 

『千冬姉も見てるんだよな。無様な姿は見せられない』

 

今まで何度千冬姉に助け、守られてきただろう。数えても数えきれない。俺が覚えていない件もあるかもしれない。けれど、『あの事』は一生忘れる事は出来ないし忘れてはいけない。あれ程自分の無力さに腹を立てた事は無い。

 

「織斑君、準備は出来ましたか?」

 

考え込んでいると5メートル位前にラファール・リヴァイヴを装着した教師が浮遊していた。どうやらISのオープン・チャンネルで話しかけてきたあの人が模擬戦の相手らしい。

 

「はい、大丈夫です」

 

もう覚悟は決まっている。これからこういった事が何度となく訪れるのだろう。

 

『では、試合開始!』

 

千冬姉による開始宣言と、それと同時に鳴り響くブザー音を引き金に戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

「……なんでこうなった?」

 

遠距離からの銃撃を避けながら様子を見ていたら、接近戦に作戦を変更したらしい先生が、いきなり勢いよく突っ込んで来たのを避けたらそのまま壁に激突。そしてそのまま動かなくなり、その結果

 

『はぁ……織斑、この勝負お前の勝ちだ』

 

この結果に呆れているのだろう。軽い溜め息の後、千冬によるアナウンスが俺の勝利を宣告した。

 

『こんなのアリかよ……』

 

意気込みや覚悟といった心意気をものの見事に肩透かしにされ、何ともやりきれない幕切れで俺の初陣は終わりを迎えた。

 




原作の一夏と違いこの小説の一夏はちゃんとISの予習しています。原作のまんまだとオリ主がブチ切れそうなので。しかし見事にタイトル詐欺の話に……一夏のファーストバトルはオチとなりました(笑)

しかしオリ主の出番少なっ!まぁ次回からは出番も増えますので……



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第2話 少年の初陣 黒と対する復讐者

今回は少年側の話。境遇が少し明らかになります。


悲劇の復讐者を起動させた俺はフィッティングとフォーマットを行い、それが終わるのを只じっと待っている。

 

ISを動かす事が出来た俺だが、現状はまだISを動かしただけであり、まだスタートライン立ったに過ぎない。知識などは実験の一環として叩き込まれているので問題は無い、しかし操縦は全く経験がない。言わば初心者も同然だ。ISを動かしたが、その事が俺の終着点ではない。忌々しい科学者達に復讐する事が叶わないのは心残りだが、憎き科学者共は亡骸とかしている。死体をなぶる趣味など俺は持ち合わせていない。それ以前に趣味自体が無い。だからと言って弔いも供養もするつもりもない、よってこのまま放っておく事にする。

 

こんな考えをしてる間にも、俺の体に合わせて悲劇の復讐者が最適化処理(フィッティング)を行い、前段階の初期化(フォーマット)も同時に行っている。一秒間という刹那的時間でも、悲劇の復讐者の装甲は着々と変化し成形されていく。外見・中身の双方が書き換えられていくのだ。この工程で扱われている数値は、一般人ならば見る事もない桁を示している。

 

『さて、これからどうするか……』

 

ISを動かしたのはいいが、これから先どうするかが問題だ。こんな亡骸共と共同生活などごめん被る、生きてた時でも不愉快極まりなかったのに屍など論外だ。血生臭さは血を拭き取って消毒すれば何とかなるが、死体は直に腐敗する。そうなったら腐乱した死体から漂う腐敗臭に、死体から沸く蝿や蛆……劣悪な環境になるのは免れない。そんな光景を想像しただけで吐き気がする。

 

次に食事だ。俺の食事は世間一般には栄養補助食品と言われるゼリーや固形物、後は水くらいだ。朝昼晩全て同じ物、時には嫌がらせから食事を無しにされた事もある。最高2日間飲まず食わずだ、あれは辛かった。此処での食事はずっとそれだ、もう何年も同じ物が出てくる、はっきり言って飽き飽きしている。だから俺は食事は嫌いだ。

 

食事は人間にとっては娯楽の一つらしいが、俺には只の栄養補給でしかない。娯楽要素など皆無だ。奴隷時代のほうが食事はまだまともだった。確か野菜類の皮に、泥臭い水で煮た米……訂正しておこう、どっちもどっちだった。

 

そもそも料理という物をまともに見た事がない。科学者共が湯気が立ち上る、見るからに温かそうな料理を嫌みったらしく見せつけて食べ散らかしたのを目にした位だ。

 

「……………」

 

ふと思い返してみる、今までの人生を、奴隷時代の仕打ちを、研究材料となってからの地獄の日々を、自らに施された実験を。そしてもう取り戻せない失ってきた物の数々。

 

「……………よく、生きてこられたな」

 

我ながらよく死ななかった物だと心底思う。普通は死ぬだろ、普通。どれだけ丈夫なんだ俺は?丈夫や頑丈とかそんなレベルてはない気がする。

 

「しかし本当にどうするか……」

 

死体を処理したとしても何れ食料は尽きる、かといって外に出ても身の安全の保証は全く無い。もし捉えられでもしたら……

 

俺は一般人の織斑一夏と違い、男でもISを動かせるようにする研究や実験を施され、実際に動かした唯一の成功例だ。捉えられたら間違い無く研究材料へと逆戻りだ。それだけは絶対に、絶対に嫌だ!最悪の末路というのは考えただけで背筋がゾッとする。

 

「……終わったか」

 

随分と長考していた物だ、気付けばフィッティングとフォーマットが完了した事を告げるデータが直接意識に送られ、目の前にウィンドウが現れている。

 

「成る程……」

 

確認のボタンを押すと膨大なデータが整理されていくのが理解できる。起動させた最初の工業的な出で立ちではなく、滑らかなフォルムに変化している。しかしそれとは裏腹に、その姿は禍々しさを増し、それを遺憾なく発揮している。鎧を纏いし戦士というよりは、悪魔が憑依し変わり果てた人間と言うのが妥当だろうか。悪魔の顔面を表現した様なバイザーで口元以外は覆われて顔を確認する事は出来ない。胸部も装甲で守られており、この状態では一目で俺が男と理解するのは難しいだろう。

 

「外見には問題は無い。しかし……」

 

外見に関しては見掛けを気にする性分ではないから別にいい。やや悪趣味なデザインと思う程度だ。しかし問題が一つある、それもかなりの。

 

「何故装備が一つも無い……」

 

そう、悲劇の復讐者の装備を確認した所

 

現在展開可能な装備は有りません。

 

「……………は?」

 

何ともふざけた答えが返ってきた。暫し思考が停止した後、産まれてから初めてだろう、あんなすってんきょうな声を上げて呆れたのは。

 

少しして気を立て直し、思考を働かせ推測をしてみる。大方科学者共がISを動かした後暴れられた場合に被害を最小限に止める為に基本装備(プリセット)を全て外しておいたのだろう。用心深い事だ、それならセキュリティーを強化した方がまだ身を守れただろうに。

 

「これでは外には出れんな……」

 

もしこの状態のままで外に出て戦闘になればキツい。戦闘機程度なら装備が無くてもまだ渡り合えるだろう。だがもしIS同士の戦いとなると圧倒的不利だ。戦闘は愚か逃げるのさえままならない。この状態で外に出るのはリスクが多い。

 

「仕方がない、自分でやるしかないな」

 

確認した所 、幸い拡張領域(バススロット)には余裕がある。ならば自分で 後付武装(イコライザ)を行う、これしか方法がない。

 

簡潔に言うならば、空いたスペースに物を収納し、必要な時に取り出して使用するとの同じだ。この場合は武装を拡張領域(バススロット)量子変換(インストール)する事で自由に使用出来る様にする。これが後付装備(イコライザ)である。

 

「問題は装備が有るか無いかだが……」

 

悲劇の復讐者を待機状態にして移動を開始する。ISは一度フィッティングすれば、操縦者の体にアクセサリー状で待機している。悲劇の復讐者の場合は、悪魔の顔を現したネックレスとなり首に掛かっている。……これで合っているのだろうか?装飾品には詳しくないから分からん。

「やはり合ったか」

 

辿り着いたのは倉庫。中に入り物色すると、様々な機材と共に武装も貯蔵されていた。

 

「これだけあれば充分だな」

 

早速作業に取り掛かろう。不本意だが、それが終わるまでは此処で過ごすしかない。1日でも早く此処を出る為に、そう決心して装備を研究室に運び始めた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

あの日から一月程経過した。それまでは日付さえうろ覚えだっが、あの日カレンダーで確認した所その日は2月下旬、現在は3月下旬と1ヶ月程経過した。作業に取りかかったのはいいが、知識に問題は無くとも作業開始の途端に問題が生じた。科学者共が後付装備(イコライザ)が出来ない様にロックを掛けていたのだ。どれだけ陰険な奴らだ……このロックを解除するのにかなり手間取ってしまった。因みに科学者共の死体はもう処理済みだ。あのまま放っていたら腐乱するからな、倉庫を探す際に死亡した実験体を処理する焼却炉を発見したので、焼却炉に放り込んで焼き払ってやった。お陰で少しは気が晴れた。床に広がっていた血も科学者共の白衣や衣服を剥いだそれで拭き、消毒液を吹きかけたから臭いも気にならない。

 

「さて、もう一踏ん張りだ」

 

汗と埃を風呂で洗い流した後ISスーツを着る。風呂は気分転換になると科学者共が言っているのを聞いた事があるがあれのどこが気分転換になるんだ?湯と石鹸が混じった泡の湯が回転している水槽に入れられるのが気分転換になる訳がない。渦潮に巻き込まれた気分だぞ。実際巻き込まれた事はないが大体こんな感覚だろう。簡単に言えば洗濯機に洗われる衣服みたいな洗われ方だ。まぁ汚れは落ちてさっぱりはするからいいとしよう。

 

装備の取り付けも九割方完了している。今日中には作業も終わるだろう。そう考えながら少年は、タオルで拭いただけでまだ湿ったままの黒き長髪を靡かせながら研究室へと歩を進めた。

 

「よし、これでいいだろう」

 

あれから数時間、作業を終えた少年が完了を告げる声を漏らす。

 

『そういえば……科学者共を殺した奴は結局誰なんだ?』

 

外に出る身仕度を整えながらふと考える。もしや科学者達を殺した人間が此処に来るかと警戒していたが、結局は来ず終い。忍び込んでいるのでは?と調べてみたが、自分以外は誰も居なかった。

 

「さて、いよいよだな……」

 

準備を終え、作業の合間に調べておいた外への出口の真ん前へと移動し終えた少年。漸く忌々しいこの空間からおさらば出来るとあって表情は些か晴れやかである。

 

「よし……行くか」

 

自分にとっては未知で埋め尽くされている外の世界、これから正にその世界へと繰り出そうというのだ。ある種の覚悟を決め、未知の世界への扉を明けた俺は、悲劇の復讐者を展開し、世界へと旅立った。

 

「これは……」

 

扉を開けると、太陽の光が差し込み、何年振りかに日の光を浴びる。そして太陽が照らす世界へと踏み入れると、其処には今まで見た事も無い光景が広がっていた。

 

上を見れば、大空は何処までも水色の空と純白の雲がコントラストを作り出し、下を見れば青々とした大海原が波を立て何処までも続いている。大地には建築物と木々が作り出す緑が存在している。

 

「世界はこんなにも……こんなにも綺麗だったのか……?」

初めて目の当たりにした世界に、純粋に見惚れ、感動を抱く。今までの人生でこんな感情を抱いただろうか?いや、ない。これが……世界という物なのか。

 

「さて……行くか」

 

何時までも見惚れてしまいそうだが、そうはいかない。世界を見たのは終わりではない、始まりなのだから。俺は飛翔し、地平線のその先を目指し飛び立った。

 

 

 

 

 

『しかし……世界は広いな』

 

それなりの距離を移動をしているが、空と海は何処までも続いている。これでは地球を一回りしても気づかないかもしれない。

 

『しかし悠長にはしていられない。もし見つかれば、ISとの戦闘は免れないからな』

 

全てのISは『コア・ネットワーク』と呼ばれる情報網で繋がれており、元々宇宙開発の為に開発されたISには、この地球でさえちっぽけな星と化す程広い宇宙空間においても互いの位置を正確に把握する必要があった。そこでこのコア・ネットワーク情報によってそれぞれがお互いの位置を把握出来るのである。正確な位置座標を割り出すには、互いに許可登録する必要があるが、それをしなくとも大体の位置は理解出来る。

 

最も俺の場合は把握されると困るので、ステルスモードというのを使用している。これでコア・ネットワークで位置把握される事はない。しかし光学迷彩を搭載していないので衛星などで発見はされる。

 

「っ!」

 

突如海中からの砲撃が俺を襲う。辛うじて避けはしたが、やはりこうなるか。

 

海中に熱源。ドイツ所属のIS 黒い枝(シュヴァルツェア・ツヴァイク) と断定。ロックされています。

 

『……まぁ、見つからない筈はないか』

 

光学迷彩を搭載してないこの現状で、国境を跨いで移動をしていればこういう状況になるのは覚想定の範囲内。だから緊急通告にも驚きはしない、とうに覚悟は出来ている。イレギュラーとなったあの時からな。

 

『さぁ、何時でもこい。此方の準備は出来ている』

 

そう気構えていると、海面を突き破り、海中から勢いよく黒きISを纏った1人の女性が現れた。

 

『さぁ行くぞ!悲劇の復讐者!』

 

2つの黒が対峙したその瞬間、少年と悲劇の復讐者の初陣が幕を開けた。

 




次回は少年の初陣。あの人とどんな戦いを繰り広げるのか?

一つだけ言えるのは、一夏みたいなギャグ落ちにはならない。それだけは言えます。



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第3話 憎しみを糧に

やはり戦闘描写は苦手だ……


私の名はクラリッサ・ハルフォーフ。ドイツ軍所属の軍人であり階級は大尉。そしてドイツIS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』の副隊長だ。

 

現在私は軍より司った任務の遂行の為、専用機である黒き枝を纏い海中にて待機している。

 

説明によれば、我が国の衛星が何処にも属さない謎のISの存在を確認。私が属する黒ウサギ隊はドイツ国内のIS10機の内3機を持っており、名実ともに最強の部隊。そこで黒ウサギ隊に謎のISの撃墜、そしてそのISと操縦者の捕獲という任務が通達された。我が黒ウサギ隊の3機の内2機は第3世代型専用機、1機は私でもう1機は黒ウサギ隊隊長の専用機である。しかし隊長の専用機は現在トライアル段階に加えそれらの整備点検という事情もあり、今回の出撃はまだ不可能と判断された。よって隊長は専用機ではなく、第2世代型機体での出撃となった。隊長も私と同じく海中にて謎のISの襲来を迎え撃たんと待機中である。

 

『隊長、副隊長、目標がそちらに接近。一分後には射程圏に入ります』

 

思考に直接送られてくる個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)。標的の接近を告げる隊員からの通信で気を引き締める。戦いの時はもうすぐそこにまで迫ってきているのだから当然の事だろう。

 

『隊長、まずは私が奇襲をしかけます』

 

『わかった。頼むぞ』

 

素っ気のない返答がプライベート・チャンネルを通して返ってくる。隊長とはこういう方だから気には留めない。

 

『来たか』

 

標的である謎のISが徐々に此方へと近付いて来ている。100メートル、50メートル、10メートル、5メートル……

 

『よし、今だ!』

 

ここぞというタイミングでレールカノンによる砲撃を放つ。狙い澄ました一撃だが、標的であるISは紙一重のタイミングでそれを避けた。

 

『くっ!』

 

不発となった結果に下唇を噛み締める。奇襲は失敗に終わり、向こうもこちらの存在に完全に気が付いた。もう同じ手は通用しないだろう。

 

『クラリッサ、こうなってはやむを得ない。先に此方から仕掛けるぞ』

 

『了解しました。私が相手の気を引きます。その隙に隊長が攻撃を』

 

奇襲こそ失敗に終わったが戦力は2対1、数も戦力でも此方側が優勢なのだ。ならばそれを生かして勝てばいい。

 

海面を思い切り突き破り、目標と対峙する。悪魔に取り憑かれたかの様な風貌、今までこんなにも不気味なISは目にした事はない。だが風貌程度で恐れを抱く程ドイツ軍人は柔ではない。

 

対峙する黒と黒、戦いの火蓋が切って落とされるのは、誰がどう見ても必然であった。

 

 

 

 

 

今俺の5メートル程前には、黒きISを纏いし女性が立ち塞がっている。特徴を述べるなら切り揃えた髪型と左目に眼帯をしている事だろう。年齢は俺よりは年上だと思う、恐らくは二十代前半くらいか。さっきの攻撃を行ったのはこのISで間違いないだろう。

 

「先程の攻撃は威嚇だ。大人しく同行するのであればこれ以上の攻撃はしない」

 

オープン・チャンネルで交わされる言葉。生憎その問いに、はいわかりました。と答える口は持ち合わせていないのでな、答える変わりにショットガンを二丁コールして両手に構える。

 

「成る程。此方に従うつもりはないか……ならば、お前を倒し連れて行くまでだ!」

 

向こうも本格的に戦闘体制に入ったようだ。相手側にもそれ相応の理由があるのだろうが、それは此方も同じだ。ここで負ければまた研究材料に逆戻り、それだけは……絶対にごめんだからな。

 

『行くぞ!』

 

一定の距離を保ち出方を確かめつつも、此方が先手を打ち、ショットガンの引き金を引く。ショットガンは火を噴き、射撃の雨が相手に襲い掛かる。

 

「ちっ!」

 

この射撃を全てをよけきる事は出来ず約四割程の弾丸が相手を撃つ。先制はまずまずの結果。さて、どう出る?

 

『成る程、そうくるか』

 

どうやら相手は接近戦に持ち込むのに決めたらしく、スラスターを噴かして俺に急接近してきた。両手にはプラズマ手刀が展開されており、俺を切り裂かんと突いてくる。

 

『ちっ、やはりそう簡単にはいかないか!』

 

俺がISを起動させ、武装の取り付けの合間を縫って稼動させた時間はざっと見積もって30時間、しかも実践経験は皆無。対して向こうは軍所属の専用機持ち、稼動時間は此方を軽く上回っているのも、俺より実践を摘んでいるのも一目瞭然だ。別に勝とうなどと考えてはいない、追えなくなる程度のダメージを負わせて逃げ延びれればいい。それを可能にする武装も搭載している。

 

「ぐっ……この!」

 

プラズマ手刀の斬撃を何発か掠めながらも避け続ける。ショットガンを相手に投げつけて意表を突き、相手の両手を掴む。そして左足で腹部を思い切り蹴り飛ばす。

 

「がはっ!」

 

『よし、今だ!』

 

腹部を蹴り飛ばされた痛みと衝撃により、相手に一瞬の隙が生まれる。これを逃すまいと攻め込もうとしたその時

 

『ぐっ!……な、何!?』

 

突如として背中を襲う衝撃。それによって攻め込むのを阻まれた。気を持ち直し、その衝撃を発生させた正体を目の当たりにした瞬間、驚愕と焦りが生まれる。

 

『も、もう一人いたのか……!』

 

俺の視野に入ったのは銀色に輝く長髪に、今現在戦闘中の敵と同じく左目に眼帯をしており、形状こそ違えど黒きISを身に纏い、下手すれば小学生ぐらいに見えなくもない少女の姿だった。年齢こそわからないが、一目見た途端に理解出来る事がある。先程の攻撃を行ったのはこの少女だと。そして………

 

「クラリッサ、ご苦労だった。お前が気を引いていたお陰で一撃を喰らわせられた」

 

「お褒めの言葉、有り難く受け取ります。隊長」

 

俺は2対1という極めて不利な状況に陥ったという現実を嫌という程理解した。

 

 

 

 

 

『くっ……まずい』

 

あれから10分程戦闘が続いている。ジワジワと攻撃を喰らいもう装甲は各所損壊してボロボロ、シールドエネルギーは残り200を切った。一方の攻撃を避けてももう一方の攻撃が待ち受けている。逃げようにもそんな隙は無く、隙を作ろうと戦ったざまがこれだ。初陣が2対1とは……今に始まった事ではないが、俺はどれだけ運がないんだ。

 

「まだやる気か?もう諦めて投降した方がいいぞ」

 

情けのつもりだろうか、銀髪の少女を隊長と敬っていた女性がそう話して掛けてくる。そう言われて大人しく投降する筈がない。それに従った末路など目に見えている。

 

「そうか、そんなに叩きのめされたいのか。馬鹿な奴だ」

 

俺の反抗する様を目にして銀髪の少女が皮肉に笑う。確かドイツ軍所属だったな、こんな年端もいかない子供を軍人として使うとは……まぁ、俺の幼少期に比べたらマシな方か。

 

「こないのなら……此方から行くぞ!」

 

『くっ!』

 

痺れを切らした銀髪の少女が急襲を仕掛けてくる。必死に距離を取ろうと足掻くが、2人掛かりの攻め込みにより無情にも間合いを詰められる。

 

「「終わりだ」」

 

2人のその呟きと同時に、放たれたレールカノンの砲撃とプラズマ手刀による斬撃は、それぞれが対と成しているウィングスラスターに直撃して共に破損。

 

『く……そ……』

 

その影響で海原へと叩き付けられる様に落下していく。その光景はまさしく翼を剥ぎ取られ堕ちていく悪魔その物だった。

 

『ここまでなのか……?』

 

かろうじてシールドエネルギーは残ってはいるが、その数値はもう一桁。最早逃げ延びるエネルギーも残っていない。武装があれど戦うエネルギーさえ無い、装甲も破損しウィングスラスターも破壊された。最早勝つ所か逃げようにも逃げてられない。このままでは待ち受けているのは敗北の二文字。

 

「もう終わりだな。クラリッサ、奴を回収して軍に戻るぞ」

 

「了解しました。あのISと操縦者はどうなるでしょう?」

 

「そうだな……どちらも研究材料としての利用価値はあるだろう」

 

オープン・チャンネルで交わされている会話が此方にも聞こえてくる。研究材料……そうだ、此処で捕らえられればまた、また研究材料に逆戻り……ふざけるな!俺はもうあんな日々はごめんだ!

 

思い返される忌々しい今までの記憶、辛く、苦しき日々。そんな自分を見てほくそ笑む科学者達。その記憶が鮮明に蘇ると同時に目覚める憎しみ、憎悪の感情。

 

『俺は……俺はこんな所で終われない!研究材料で終わってたまるかぁ!』

 

その主の要求に悲劇の復讐者は答える。言葉で答える変わりに、黒く煌めく光を放ち主を包み込んで。

 

『こ、これは……!?』

 

ハイパーセンサーから伝えられる情報。

 

単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)、『憎悪の進化(ヘイト・エヴォリューション)』発動。

 

それはこの圧倒的不利な状況を打破しうる一筋の光明が刺した瞬間だった。

 

 

 

 

「な、何がおこっている!?」

 

海中から目標を捕獲せんと海中へと向かおうとしたその時、突如として海中から放たれた光。そしてその光は勢い良く海面を突き抜ける。その光を発している正体には見覚えがある。

 

「破損した装甲が修復されている!?」

 

今の今まで交戦していたIS。しかし姿が初見の時と違う。こちらの攻撃により破損した装甲が修復されている。しかもそれだけではない、先程まで存在していなかった腹部の装甲に尾骨辺りで浮遊している悪魔の尻尾の様な物。恐らくは 非固定浮遊部位(アンロック・ユニット)だろう。

 

ISは原則変形という物をしない。いや、厳密に言えば出来ないと言う方が正しい。ISが形状を変えるのは『初期操縦者適応(スタートアップ・フィッティング)』と『形態移行(フォーム・シフト)』、この2つだけだ。後はパッケージ装備で多少形状が変わる位、それ以外で形状が変化するなど有り得ない。となると、この場合たどり着いた答えは……

 

『隊長、これはまさか……』

 

『あぁ……これは『 第二次形態移行(セカンド・シフト)』だろう』

 

プライベート・チャンネルで隊長に問い掛ける。どうやら隊長も私と同じ考えの様だ。となると厄介だな。

 

2人は目標のISが第二形態に移行したと結論付けるがその結論は間違っていた。しかし間違うのも無理はないかもしれない。悲劇の復讐者のワンオフ・アビリティーはISの常識では有り得ない事をやってのけたのだから。しかしその事実に2人は気付いていない。

 

 

 

 

 

『これが、悲劇の復讐者の力……』

 

窮地の中発動したワンオフ・アビリティー、憎悪の進化によりシールドエネルギーは完全回復し、破壊されボロボロだった装甲は元に戻る所か腹部の装甲も追加された。しかも非固定浮遊部位も追加されている。

 

『さて……それでは、反撃させてもらおうか!』

 

右手で非固定浮遊部位を掴みそれを思い切り薙ぎ払う様に横に振るう。振るったそれは相手を薙ぎ倒す鞭となり相手を襲う。

 

「ぐっ!」

 

「クラリッサ!」

 

銀髪の少女は辛うじて避けたが、もう一人の女性は避けきれずにそのまま海面に叩き付けられた。

 

「貴様!」

 

鞭を振るった隙を突こうと少女は全スラスターを噴かせ此方に接近してくる。だがその考えは甘い!

 

「なっ!?この……!」

 

先程まで鞭とかしていた尾は瞬く間にガトリングを搭載したガンランスへと形を変え、銃弾の嵐が相手を襲う。鞭とガンランスに形を変える、これが憎悪の進化により誕生した新たな武装《 悪魔の尾(デーモン・テイル)》。銀髪少女は鞭がガンランスに変化した驚きと先程まで押していた相手に不意打ちを喰らった事からの屈辱に顔を歪めている。

 

『そら!今度は避けられまい』

 

「ぐわっ!」

 

ガンランスから鞭へと切り替えて振るい銀髪少女を薙ぎ倒す。鞭の一撃は見事に直撃し、そのまま海へと真っ逆様に落ちていく。

 

「隊長!くっ、この!」

 

海から浮上した女性がレールカノンによる砲撃を放ちつつも此方に接近してくる。また接近戦に持ち込むつもりだろうか、ならば乗ってやろう。

 

「くっ!さっきより動きが……」

 

悲劇の復讐者は憎悪の進化が発動した事で、機体の性能も上昇している、無論速度もだ。さっきまでと同じようにいくとは思わないでもらおう。

 

『今だ!』

 

銃撃を浴びせながら接近し、ランスを首目掛け振り下ろす。

 

「がはっ!」

 

ランスはそのまま延髄に直撃し、その痛みと衝撃で隙が生じる。これを逃すまいと腹部に蹴りを入れ、背後を取る。

 

『ここだ!』

 

左腕に搭載されていた盾が弾け飛ぶ。これこそ切り札として取り付けた武装。単純に攻撃力だけなら第2世代型最強と言っても過言ではないその武装、リボルバーと杭が融合した69口径パイルバンカー、その名は 《灰色の鱗殻(グレー・スケール)》。またの名を『盾殺し(シールド・ピアース)』。

 

ズガンッ!

 

「ぐうぁ……!」

 

狙い澄ましたパイルバンカーの一撃は装甲のないクラリッサの腰部に叩き込まれる。シールドエネルギーがごっそり削られ衝撃が彼女を襲う。その表情は衝撃により歪む。

 

『これで……』

 

まだ終わりではない。リボルバー機構により《灰色の鱗殻》には高速で次弾炸薬が装填される。つまり連射する事が可能なのである。

 

ズガンッ!

 

ズガンッ!

 

「がっ……!」

 

『終わりだ!』

 

ズガンッ!

 

そして4発目が腰部に叩き込まれたその時、クラリッサを守っていた黒き枝は強制解除され、ISを失った彼女は海へと落下していく。

 

『まずい!この高さから落ちたら!』

 

海面までの距離およそ20メートル、生身の人間が落下し叩き付けられれば……その末路は子供でも理解出来る。死だ。

 

『くっ!』

 

俺は急いで彼女を助けに向かう。戦ってはいたが、それは逃走する為であり命まで取るつもりは毛頭ない。

 

「クラリッサ!」

 

が、それより先に銀髪少女が彼女を助けに向かう。あれなら俺が助けに向かう必要はないだろう。ならば……

 

少年はクラリッサが救助される隙を突いて、全速力で移動を開始して彼女達の前から姿を消していった。

 

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

クラリッサは無事だが目標はその隙に消失、今から追っても間に合わない。結果は任務は失敗、屈辱だ。あの時にも勝るとも劣らない屈辱だ。このラウラ・ボーデヴィッヒに屈辱を味遭わせるとは……

 

「隊長……申し訳ありません。このクラリッサ一生の不覚です!」

 

倒されあのISを逃した責任を感じているのだろう。クラリッサの瞳に雫が生まれてきている。

 

「……泣いて謝る暇があるなら行動でしめせ。それでも私の部下か」

 

「隊長……」

 

「それに……お前が無事で何よりだ。お前に大怪我でもされると色々大変だからな」

 

「た、隊長~!」

 

一応慰めてはみたが、結局泣くのか。というより泣く程の物なのか?クラリッサよ……それにしても、我々をここまで追い込むとは……

 

『あのIS……決して忘れはしない!』

 

沸き立つ憤りと屈辱を執念へと変え『シュヴァルツェ・ハーゼ』隊長ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐は、クラリッサ・ハルフォーフ大尉と共に、軍へと帰還するのであった。




激闘の末何とか逃げる事に成功した少年、初陣が一夏とはえらい差だ。

そして子供扱いされているラウラ隊長。まぁ、仕方ないよね。



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第4話 IS学園入学初日

遅れてすいません。しかも遅くなった割には余り出来はよくありません。あぁ、文才が欲しい……


あっという間に4月上旬、只今世間は春の陽気真っ盛り。桜咲き誇る木の下で花見でも出来れば楽しいんだろうが、今の俺はそう言っていられる状況ではない。

 

『……………見られている』

 

そう、今日はIS学園入学式があり、入学式が終了した現在は教室にて割り当てられた自分の席に座っている。だけならまだ良いんだが、クラスメート29人の左右2つの瞳から生み出されている58の視線が見事に俺を射抜いている。これがレーザー兵器とかならば俺の全身は蜂の巣みたいに風穴が出来ている。

 

『けどまぁ……入学式の時よりかはマシか』

 

先ほどまで行われていた入学式では新入生120名の中に男子は俺だけ、他の生徒は見渡すまでもなく全員女子だ。あれは居心地が悪いと言おうかなんと言おうか、兎に角挙動不審にならないように振る舞うので精一杯だった。例えるならあれだ。ハイエナを飼育している檻に放り込まれた餌の羊……いや違う、女性専用車両に間違って乗った男という方が正確かもしれない。生々しい比喩表現かもしれないが、女子生徒119名の中に男子生徒がポツンと1名、客観的にその光景を見たら俺でもそういう風に見えてしまう気がする。因みにだが、大体の学校は入学式後は教科書の配布等が終わると解散するのが普通だろう。しかし此処IS学園では入学式後直ぐに授業が始まるのである。ゆとり教育などと政治家や教育評論家があーだこーだ言っているこの日本で何とも教育熱心な学校な事だ。

 

「えーっと、全員揃ってますねー。皆さん始めまして。はこの1年1組の副担任、山田真耶です」

 

クラスメートから集中する視線に耐えていると先生が入室してショートホームルームが始まった。あっ、この人俺の入試での模擬戦で自滅した人じゃないか。副担任この人なのか……大丈夫なのか?

 

初陣をあんな結果にしてくれた人なだけに少しばかし不安が産まれる。やや低めの身長にサイズが合ってないのか、だぼっとした服が着ている本人を小さく見せている。黒縁眼鏡も少し大きいのか少々ズレている。何というか……子供が背伸びして大人の服を着ている様にしか見えないのは俺だけだろうか?尚これは余談だが、山田先生が自己紹介した際には教壇上で何か操作をした事で先生の名前が投影されていた。恐らくは教壇にキーボードか何かが取り付けてあるのだろう。今俺が腕を置いている机にもディスプレイと操作盤がある、液晶の大きさはノートパソコンやタブレット端末のそれよりも大きい。そして机も他の学校のと比較しても大きめのサイズであり、教科書や筆記用具を置いても充分ゆとりがある。物が落ちない様にか、座る側意外の机の端には、囲いが施された作りとなっている。いやはや、何とも手の込んだハイテク設備な事で。

 

「それでは皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」

 

「‥…………」

 

満面の笑みで挨拶をする山田先生だが、俺という異端者が存在する事から生まれている変な緊張感からか、誰一人として反応がない。俺だけでも何かしらの反応をすればいいのだろうが、生憎俺もこの状況ではそんな余裕はないに等しい。その結果、教室はシーン……と静寂で包まれている。芸人がスベってもここまで静かにはならんぞ、テレビだったら放送事故レベルの静けさだ。山田先生は芸人でもなければスベってさえないのに。

 

「そ、それじゃあ、まずは自己紹介をしましょう。えーっと、出席番号順で……」

 

この空気を変える為か山田先生は俺達に自己紹介を指示する。まぁこんな感じにならなくても自己紹介の流れだったんだろう。多少うろたえているのは当然と言えば当然か。自己紹介してあんな沈黙されれば俺だってへこたれると思う。気休めにもなりませんが心の中で謝ります。ごめんなさい。

 

『次は俺か……』

 

などと考えている間に着々と俺へと自己紹介のバトンは回り、次はいよいよ俺へとそれが回ろうとしていた。一応自己紹介は考えてきてはいるが、いざこの状況で本番を迎えるとなると緊張する。自己紹介で失敗しようもんなら暗い奴というレッテルを張られてしまう。それだけならまだいいが、下手な自己紹介してさっきの山田先生の時みたいな変な空気と静寂が漂うのだけは絶対に避けたい。第一印象はかなり大事だからな、うん。

 

「では次は、織斑一夏君」

 

「はい」

 

いよいよ回ってきた自己紹介のバトン。返事を返し席を立つ。

 

『なんか、視線が更に凄くなってるんだが……』

 

先程までの視線は興味や好奇心から来てる物で、例えるなら動物園で珍獣を見ているあれだ。が、今現在俺を射抜いている視線は漫画とかならば瞳に星が描かれているんじゃないかと思う程に輝きを帯びていた。明らかに過度な期待をしていると断言できる。正直言うと過度な期待されても困る、肩透かし喰らっても俺は一切責任を負いませんのでご了承ください。

 

『……えぇい、もうこうなったら勢いだ。男は度胸!』

 

別に女子に苦手意識もなければ話すのも問題はない、ただこの状況は普通と違うから戸惑いを拭えないんだ。だがここまできたら仕方無い、席を立つまでのほんの数秒で踏ん切りを付けそのまま自己紹介を始めた。

 

 

 

『……………増えた』

 

あれから自己紹介は終わりそのまま一時間目のIS基礎理論授業が始まった。それが終わった現在は休み時間。 授業が終わった途端、廊下に女子生徒達が集まり俺を凝視しており、俺を射抜く視線が増加した。気を紛らわせる為に次の授業の用意をしておこうと手を動かす。

 

『まぁ、自己紹介が失敗しなくてよかった』

 

自己紹介に関しては上手く出来たと思う。

 

「織斑一夏です。現状世界で唯一の男でISを動かせるけど、まだ経験や知識が不足しているし、迷惑を掛ける事も多い多いだろうけど、これからよろしくお願いします」

 

と、出来る限り当たり障りの無い自己紹介のお陰か、第一印象は悪くない物を与えられたと思っている。もう少し親しみやすさをアピール出来ればよかったかもしれないが。その後クラス全員の自己紹介が終わった辺りでこのクラスの担任が来たんだが、やって来たのは千冬姉であり、このクラスの担任との事だ。まぁ此処の教師というのは知っているから驚きはしなかった。姉が弟のクラスの担任になるというのには驚いたが。しかし千冬姉、俺達への自己紹介が

 

「諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。君達新入生を1年間で使い物になる操縦者に育て上げるのが仕事だ。我々教師の言う事をよく聴き、理解しろ。出来ない者には出来るまで指導する。逆らってもいいが我々の言う事は聞け。いいな」

 

学校の教師というより軍隊の教官だったぞ、ありゃ。強ち間違ってないけど。しかし教室に発生したのは戸惑いではなく

 

キャアァァァァァァァ!

 

「本物よ!本物の千冬様よ!」

 

「私お姉様に憧れて北九州から来たんです!」

 

それはご苦労様。千冬姉の変わりに礼を述べよう。心の中で。

 

「千冬様にご指導してもらえるなんて嬉しいです!」

 

「私、お姉様の為なら死ねます!」

 

命は大事に。あの国民的ゲームの作戦コマンドじゃないけど、命を大事に。

 

まぁ、黄色い声援が響く響く。我が姉の人気を侮っていた。まさかこれ程の物とは、余りの声援に耳がキーンとした。最も千冬姉は左手を頭に置いて

 

「……はぁ、毎年よくもこれだけ集まるものだ。逆に感心する。それとも私のクラスに馬鹿者を集中させているのか?」

 

ヤレヤレと鬱陶しそうにしてたが。人気は買えないんだから少しは有り難がればいいのに。

 

「あーお姉様ー!もっと厳しく罵ってー!」

 

「でも時には優しくして!」

 

「そしてつけあがらないように躾をして~!」

 

前言撤回、訂正します。明らかに危ない発言が耳に入った。そりゃ千冬姉も鬱陶しがるよな。というか毎年って、先輩にもそういう人が居たりするのか?大丈夫なのか?IS学園は……

 

これから本格始動する学園生活に言い知れぬ不安を覚える。そんな俺の心情への配慮など無く、そのまま授業へと突入したのであった。

 

そして休み時間となった現在、廊下には他のクラスの女子や2、3年の先輩ら詰め掛けている事で廊下は女子で溢れており、ざわざわと姦しい。この現状に置かれれば姦しいという言葉の意味をよく理解出来る。しかしいくら男が俺だけだからって……他にやる事ないのか?

 

「ちょっと、あなた話かけなさいよ」

 

「まさか抜け駆けする気じゃないでしょうね」

 

そんな会話が聞こえた気がした。自意識過剰かもしれないがクラス内にはずーっとそんな緊張感が満ちている。

 

IS学園は世界で此処だけたが、此処に入学する為の事前学習としてIS学習を授業に組み込んでいる学校は結構多く、そういう学校はほぼ100%女子校である。つまり、この学園の殆どが男子に免疫がないのである。しかしそこに世界で唯一ISを動かせる男子、しかも元日本代表で生徒達憧れの的、織斑千冬の弟となれば当然好奇心は沸く訳だが、現状はこれだ。目が合うと視線をそらすのだが、『話し掛けて!』という雰囲気は思い切り醸し出している。正直言ってこの状況を打破する方法が見当たらない。友人の弾、数馬や中学時代の男子達は俺を羨ましがってたが、代わってやってもいいぞ。この環境に適応出来ればの話だが。

 

「……ちょっといいか」

 

膠着状態の中1人の女子が俺に話し掛けてくる。出遅れたというざわめきからすると、どうやら単独行動に出たらしい。声のする方を向き視界に入ってきた女子を俺は知っていた。

 

「……箒」

 

篠ノ之箒。今日6年振り再開した幼なじみ。昔通っていた剣術道場の娘。今も昔も黒き長髪をリボンで結ったポニーテールが特徴だ。因みにリボンの色は緑色。

 

「廊下でいいか?」

 

教室では話しにくい事なのか。この気まずい状況を抜け出せるならその提案に乗るとしよう。

 

「あぁ」

 

「なら早くしろ」

 

「お、おう」

 

了承するや否やすたすたと廊下へと移動する箒。身長は同世代女子の平均的なそれだが、長年剣道で培った体はどこか長身と思わせ、吊り上がった瞳も相まって日本刀の様な鋭さを思わせる。その醸し出している雰囲気からか廊下に集まっていた女子達がそそくさと道を空ける。そんな箒のやや後ろに付いて行く。それで廊下に出たんだが、俺と箒から4メートル位離れた距離で、女子達が包囲網を構築している。言うまでもなく全員が聞き耳を立てている。これじゃあ教室で喋っても変わらないな。

 

「久しぶり。6年振りになるな」

 

「あ、あぁ……そうだな」

 

小4の終わりに引っ越してからだからな。あれから6年、時が経つのは案外早いもんだ。

 

「本当に久しぶりだな。6年振りだけどすぐに箒にわかったぞ」

 

「えっ?」

 

「ほら、髪型昔と一緒だしさ」

 

ちょんちょんと俺が自分の頭を指すと箒はその長いポニーテールを弄る。何というかいじらしい振る舞いだ。

 

「よ、よく覚えているものだな……」

 

「そりゃまぁ幼なじみだしな。まぁ、目が合ったのにすぐ顔背けられたら忘れられてたかと思ったけど」

 

「あ、あれはその……」

 

教室で数回目が合ったがすぐに視線を逸らしたから、もしかしたら忘れられたかと思ったが覚えてくれていて何よりだ。

 

キーンコーンカーンコーン

 

どうやら時間切れのようだ。休み時間の終わりと2時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。チャイムと同時に遠巻きで俺達を見ていた包囲網も瓦解して各々教室へと戻っていく。

 

「俺達も教室に戻ろうぜ」

 

「わ、わかっている」

 

ぷいっと顔を逸らして廊下に出た時と同じくそそくさと教室へと歩を進めていく箒。そんな箒を追うように俺も教室へと戻る。

 

『さて、次の授業も頑張りますか』

 

まだまだ学び覚える事は数多い、この学園での日々は始まったばかりなのだから。

 




という訳で、今回は一夏の入学初日から箒との再会までの話でした。

少年はまたしても出番なし。しかも次回も出番が無いに等しく……

少年「……………」

ま、待て!もうすぐ出番増えるから!だから悲劇の復讐者展開するの止めて!

で、ではまた次回で!


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第5話 挑まれた決闘

更新が遅れて申し訳ありません。夏の暑さで書くのが停滞していたのもあり書き方を忘れていました。相変わらずのクオリティですがどうぞ。


「ISの基本的運用は現時点においては国家による認証が必要であり、枠内を逸脱した使用を行った場合は刑法によって罰せられ……」

 

現在は2時間目の授業の最中、山田先生が教壇上で教科書をすらすら読み上げている。この空間に発生しているのは山田先生が教科書を朗読している声と、ノートに記入する際に生まれる筆記具同士が擦れる音の二種だ。千冬姉はというと、教室の後ろ端で控えている。千冬姉が存在しているだけで、授業中のこの教室に緊張感が生じており、皆真面目に授業に取り組んでいる。

 

『へぇー、そういう事なのか』

 

山田先生の話に時折理解した事を体現する様に頷いてはノートにシャープペンシルを走らせる。入学までの間に必死に予習した甲斐もあり、授業の内容にはついて行けている。それにしても、十分理解してたつもりだったんだがなぁ。やっぱり教えて貰うと改めてしっかりと内容が理解出来るもんだ。

 

『やっぱり此処に入学する生徒は、皆キチンと事前に学習しているんだな』

 

さっきチラッと両隣の女子を見てみたが、どちらも内容を理解しテキパキとノートを取っていた。

 

『まっ、当然と言えば当然か』

 

ISが国防力に直結しているこの御時世、言うなら此処IS学園はエリートを育成する機関。此処の生徒はそんな学園の入学試験という難関をくぐり抜けて入学した優等生、事前に予習をしているのは当然か。脳内で納得した後は、授業が終わるまでノートを取り続けていた。

 

 

 

 

 

今さっき2時間目の授業が終わり、現在は休み時間。本来休み時間とは生徒達は休み時間の名の通り次の授業までの間に身と心を休めてリフレッシュしたり、次の授業の準備をして備えたりする時間だ。その筈なんだが……

 

『またか……』

 

休み時間になるなり廊下は女子が集まり、その女子達の眼から作り出された好奇を含む視線がこれでもかっ!と言わんばかりに俺に浴びせられている。休み時間をどう過ごそうと個々の自由だけど、こんな風に過ごしていいのかね?しかし……これは本当に珍獣扱いだな、今ならウーパールーパーやエリマキトカゲとかの気持ちがよくわかる。その内太い眉毛とセーラー服がトレードマークの珍獣ハンターが来ても可笑しくないな。

 

『気にしてもしょうがないか。さて、次の授業の準備っと』

 

暫くすればこの賑やかな見せ物体験も終わるだろ。流行ってのは流行るのも早いが飽きが来るのも案外早いもんだ。それまでにはこの境遇にも慣れるだろう。てか慣れないとやっていけん。

 

「ちょっと、よろしくて」

 

「ん?」

 

声をかけられ手の動きを止めて声のする方を向く。話しかけてきたのは僅かにロールがかかった鮮やかな金色の髪をした女子だった。白人特有のサファイアの様に透き通った青い瞳が俺を見据えている。目の前の女子はいかにも高貴なオーラを醸し出しており、『いかにも』この御時世の女子という雰囲気を感じた。

 

今の世の中、ISの存在からか女性はかなり優遇されている。いや、優遇を通り越して女=偉いの構図が出来ている。その影響から男の立場は低くなってしまった。もはや奴隷、良く言えば労働力だ。街中で初対面の女にパシりにされる男も今では余り珍しくはない。最も、そう言う女は男やまともな同性からは嫌悪されているが。

 

このIS学園も多国籍の生徒を受け入れなくてはならないという義務から外国人の生徒も珍しくもない。だから白人の女子がいてもさして驚きはしい。

 

「聞いてます?お返事は?」

 

「あ、ああ…聞いているよ。で、どういう用件だ?」

 

俺のこの返答に目の前の女子はかなりわざとらしく声をあげた。そりゃもうかなりわざとらしく。

 

「まぁ!なんですの、そのお返事は?わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら?」

 

『うわ……』

 

正直言ってこういう手合いは苦手だ。ISを使える、ISは国家の軍事力にもなっている。だからIS操縦者は偉い、そしてIS操縦者は女しかいない。だからといって、この世の中全ての女が偉い訳がない、現にISを動かせるってだけで、ろくに操縦も出来ない一般人なのに偉そうにしている女もちらほらいたりする。ISもそうだが、力を振りかざして粗暴な振る舞いをしていい訳がない。粗暴な力はただの暴力でしかない。

「悪いけど、俺は君が誰か知らないし」

 

素直に答えた。だって本当に知らないのだから。自己紹介の時も視線で出来た針による針のむしろ状態で聞いてる余裕がなかったからな。この答えが目の前の女子にはかなり気にくわなかった様で目を細めていかにも男である俺を見下した口調で続ける。てか、いい加減名前を教えてくれ。

 

「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして入試主席である、セシリア・オルコットを!?」

 

と思っていたら名乗ってくれた。セシリアって言うのか。しかし代表候補生か……

 

代表候補生とはIS操縦者の国家代表の候補生として選出されたエリートの事である。

 

「で、そのイギリス代表候補生のエリートさんが俺に何のご様……」

 

「そう!エリートなのですわ!」

 

エリートという言葉に反応してセシリアは俺が言い終える前に人差し指をビシッと向ける。鼻に当たりそうなくらい近くに人差し指が存在している。一々ポーズを決める必要があるのだろうか?

 

「本来ならわたくしのような選ばれた人間と同じくする事だけでも奇跡……幸運なのですわよ?少しはその現実を理解していただけます?」

 

どこらへんに幸運の要素があるのか教えて欲しいもんだ。今のところ偉そうに振る舞われて下に見られてるだけな気がするんだが。

 

「そうか、そりゃ有り難い事だな」

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

幸運って言ったのはお前だろ、この返答の何処が癪に触ったんだよ。当たり障りのない答えを選んだつもりだぞ。

 

面倒くさいのに絡まれた。これが今の俺の率直な感想だ。

 

「全く、唯一男でISを操縦出来ると聞いていましたから、少しは期待出来るかと思ってましたけど、期待外れですわね」

 

「いや……俺に期待されても困るんだが」

 

勝手に期待されて期待外れとは……俺に一体何を求めているんだよ?

 

「まぁでも、わたくしは優秀ですから貴方の様な人間にも優しく接してあげますわよ」

 

へえ~。この態度が優しさねぇ。優しさの意味を履き違えてませんか?代表候補生殿。心の中で軽く毒づく。口には出さない、面倒な事になるからな。

 

「……貴方、何か失礼な事を考えてません?」

 

「いいえ、何も」

 

何故か感づかれた、なんでだ?ついでに言うと失礼なのはさっきからのお前の振る舞いだよ。

 

「まぁ、ISの事でわからない事があれば……泣いて頼まれたら教えて差し上げてもよろしくてよ」

 

フフン。と自慢気に語ってくるセシリア。別にわからない事があれば先生に聞くからいいです。だから解放してください。

 

「何せわたくしは、入試で唯一教官を倒したエリート中のエリートなのですから」

 

だからもう……んっ?それって……

 

「それって、もしかして模擬戦の事か?」

 

「それ以外にありませんわ」

 

だよな……なら。

 

「俺も勝ったぞ。教官に」

 

「……………は?」

 

俺の言葉にセシリアは目を見開いており、明らかに驚いている。嘘はついていない。対戦相手の山田先生が突っ込んできたのを避けたらそのまま勢いで壁に激突して気絶したから不戦勝になったからだけど、それでも勝ちに変わりはない。余り胸を張れないが。

 

「わ、わたくしだけだと聞きましたが?」

 

本当に知らないらしいな。

 

「『女子では唯一』ってオチじゃないか」

 

「つ、つまりわたくしだけではないと……?」

 

「まぁ、そういう事だろ」

 

残念だったな、唯一じゃなくて。

 

「あ、貴方、貴方も教官を倒したというのですか?」

 

「……とりあえず、落ち着けよ」

 

「こ、これが落ち着いていられ……」

 

キーンコーンカーンコーン

 

3時間目開始のチャイムが鳴る。やっと解放される。今の俺にとっては福音に聞こえた。

 

「っ、また後で来ますわ!いいですわね!?」

 

いや、よくない。だがそう言うと更に怒りそうだから一応軽く頷いておく事にする。さて、さっさと授業の準備っと。

 

 

 

 

 

「それでは、この時間は実戦で使用する各種装備の特性について説明する」

 

先程までの授業と違い、この時間は千冬姉が教壇に立っている。よっぽど大事な事らしく、山田先生までもがノートを手にしていた。

 

「あぁ、その前に再来週に行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めねばならないな」

 

授業が始まるかと思いきや千冬姉が思い出したかの様に別件を言う。

 

「クラス代表者とは言葉通りの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席なども担う、簡単に言えばクラス長だ」

 

成る程、何となくだがわかった。

 

「因みにクラス対抗戦は入学時点での各クラスの実力推移を測る為の物だ。現時点においては大した差は無いが、競い合うのは向上心を生む。1度決まれば1年間変更されない。選出方法は立候補でも推薦でも構わない」

 

ざわざわとクラスメートの声で色めき立つ教室。こういうのって中々決まらないんだよな。委員長とかはともかく、面倒な係は特に決まらない。中々決まらないのに嫌気が刺して自分がやると言う奴が現れるの待つか、決まらないからクジかなんかで決められるんだよな。

 

「はい、織斑先生」

 

流石IS学園。即座に手を上げるとは、普通の学校じゃこういうのを決めるのに授業1回分の時間使うけど早く決まりそうだな。

 

「織斑君を推薦します!」

 

立候補ではなく推薦だったか。……ん?今……織斑って言ったよな?

 

「私もそれがいいと思いまーす」

 

うん。織斑って言ってるな。おいおい、千冬姉は教師だからクラス代表にはなれないぜ。

 

「では候補者は織斑一夏……他にはいないのか?」

 

ですよね、俺だよね!最初からわかってたよ!

 

「お……俺?」

 

振り向かなくたってわかる。この無責任かつ勝手な期待を込めた視線の集中豪雨が。

 

「さて、他にはいないのか?いないなら織斑に決まりだぞ」

 

あぁ、こりゃ俺に決まりか。と思っていたその時。

 

「待ってください!納得いきませんわ!」

 

机を叩き立ち上がったのはさっき俺に絡んできたセシリアだった。明らか不服そうなのが見て取れる。

 

「そのような選出認められませんわ!男でISを動かせるからと言っても知識も実力も乏しい素人がクラス代表だなんて恥曝しですわ!」

 

酷い言いようだな、おい。実力は兎も角知識はあるっての。

 

「実力からいけば代表候補生のわたくしがクラス代表になるのは当然。それを物珍しさから極東の猿にされては困ります!この島国にまで来たのはIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをするつもりは……」

 

おい、俺は猿扱いか。てかイギリスも島国だろうが。俺だって猿回しの猿にされる為に此処に居る訳じゃねぇよ。

 

スコーン!

 

「っ!」

 

そんな興奮冷めやらぬセシリアの眉間を何かが襲う。直撃した後落ちてコロコロ転がっていく白い棒状の正体には直ぐ気付いた。

 

『った~……!」

 

『チョーク……』

 

セシリアを襲った凶器はチョークであった。誰かがセシリアに目掛け投げたらしい。てか、もう正体はわかっている。何故なら投げる瞬間を目撃したから。

 

『チョーク投げなんて初めて見たぞ……千冬姉』

 

チョーク投げを行ったのはこのクラスの担任、千冬姉である。流石は世界最強、千冬姉にかかればチョークさえもが凶器と化す。

 

「口を慎め馬鹿者が。代表候補生たる者、発言には気を配れ」

 

そうセシリアに説教する千冬姉。確かにセシリアの発言は行き過ぎていた。そりゃあ注意もされる。

 

「し、しかし!その男よりもわたくしの方が実力が上なのは歴然で……」

 

「ほぅ。織斑、オルコットはお前が選ばれた事が大層不服らしいが、どうする?」

 

此処で話を俺に振りますか、まぁ、俺も言いたい事があるから丁度いいか。

 

「まぁ……言いたい事はわかったけど、そんなに言うんだったら自分から立候補すればいいだろ。それとも、自分は代表候補生だから立候補しなくても推薦されるとでも思ってたのか?」

 

「なっ……!?」

 

どうやら図星らしい。

 

「そういうの、驕り高ぶるっていうんだぞ」

 

あー、スッキリした。この発言にセシリアが顔真っ赤にして怒りを露わにしている。もうどうにでもなれだ。

 

「貴方ねぇ、わたくしを侮辱していますの!?」

 

「侮辱してないだろ。むしろ俺を極東の猿だの、日本を島国だの好き勝手いってたのは何処のエリートさんでした?」

 

「ぐっ……!言わせておけば……」

 

そりゃこっちの台詞だ。さっきから好き勝手言ってるのはそっちだろ。

 

「もう我慢出来ません、決闘ですわ!」

 

怒りが許容範囲を越えたのか、再び机を叩くセシリア。

 

「いいぜ。このまま話をしても埒があかないしな」

 

もう四の五の言うよりこういう手段の方が分かり易い。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い……いえ、奴隷しますわよ」

 

奴隷って、何時の時代だよ。此処は一応日本だぞ。奴隷に最も縁遠い国だと思うが。

 

「侮るなよ。真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

 

てか、手を抜く余裕なんて微塵もねぇよ。

 

「そうですか。何にせよ丁度いいですわ。イギリス代表候補生であるこのセシリア・オルコットの実力を示すいい機会ですわ」

 

「さて、話はまとまったな。それでは1週間後の月曜の放課後、第3アリーナで行う。織斑とオルコットは各自用意をしておくように」

 

ひょんな事から勝負をする事になってしまった、しかも相手は代表候補生。入学初日から波乱の幕開けだ。けど、やってやる!

 

「それでは授業を開始する」

 

千冬姉がぱんっと手を打ち話を締める。兎も角今は授業に集中しよう。気持ちを切り替えて俺は授業に集中しようと教科書を開いた。

 




今回は決闘を挑まれる話でした。またしても少年陰も形もなし。

少年「……」(もの凄くこっちを睨みながら悲劇の復讐者装着)

ご、ごめんなさい!次回こそ出番出すから許し……ギャアァ!



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第6話 必然という奇跡

今回は早めに更新出来ました。スラスラ書けたので書いていたら今までで一番長くなってました。


「ふぅ……」

 

あれから授業は滞りなく進み、現在は放課後。授業が終わったので少し寛いでいる所だ。放課後になっても状況はちっとも変化なし、またもや他の学年やクラスの女子が押し掛けてひそひそ話し合っている。

 

『ったく、勘弁してくれよ……』

昼休みの時もそうだった。学食に移動する際にもゾロゾロ大勢の女子が付いて来るのには驚いた。何処の大名行列だよ。学食でも全員俺を観察してるし、これじゃホントに動物園の珍獣だ。

 

「あっ、織斑君。よかった、まだ教室に居たんですね」

 

「はい?」

 

もうそろそろ帰るか。と思ってた矢先、話し掛けてきたのは山田先生だった。

 

「どうかしたんですか?」

 

「はい。えっとですね。寮の部屋が決まりました」

 

そう言うと、部屋の番号が書かれた紙とキーを渡される。此処IS学園は全寮制であり、生徒達は全員寮生活を義務づけられている。将来有望なIS操縦者達を保護するというのが目的らしい。実際に彼方此方の国が優秀な人材の勧誘に必死になっているのだから此処の学生を勧誘してきても不思議ではない。

 

「あれ?確か俺の部屋は決まってないから1週間は自宅通学だった筈じゃ」

 

そう、此処は全生徒が女子で男子は俺だけ。部屋割りに手間取ってるから1週間は自宅から通って欲しいと伝えられてたんだが。

 

「そうなんですが、織斑君は事情が事情なので一時的に部屋割りを無理矢理変更したんです。……そのあたりの事政府から聞いてませんか?」

 

「いえ何も。でも事情は大体わかりました」

 

まぁ、納得はいく。前例がない唯一男でISを動かせる俺を保護と監視する意味だろう。実際あの報道以降家の周りはマスコミだの各国の大使だの、果てには遺伝子研究所の人間がやってきて

 

「是非とも生体を調べさせて欲しい」

 

とか言ってきたからな。頷く訳ないだろ。

 

「そうゆう訳で、政府からの指示もあって寮に入れるのを最優先にしたんです。1ヶ月もすれば個室の方が用意出来ますから暫くは相部屋で我慢してください」

 

「わかりました。じゃあ取り敢えず荷物だけは取りに帰ってもいいですか?」

 

着替えとかそういうのを取りに帰らないと生活に支障が出る。

 

「あぁ。それならもう」

 

「荷物なら私が手配しておいた。ありがたく思え」

 

あぁ、この声。間違いなく我が姉、織斑千冬だ。何故だか知らんがラスボス登場時のBGMが頭に流れてくる。

 

「荷物はもう部屋に届けておいた。まぁ、着替えと携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

本当に必要最小限の物だけだな。人間には娯楽という日々の潤いというのも大事だと思うんだけど。今度の休みに取りに行くかな。

 

「じゃあ時間を見て部屋に行ってください。夕食は6時から7時の間に寮の1年生食堂で食べてください。各部屋にはシャワーがありますが大浴場もあります。けど、その……織斑君は今現在は使用出来ません」

 

「えっ?……って、まぁそうですよね」

 

俺以外の生徒は女子なのに、俺が使える訳ないか。風呂好きだから残念だけど。

 

「残念そうだな。そんなに女子と風呂に入りたかったのか?」

 

「そんな訳ないでしょ!大浴場使えないのが残念なだけです!」

 

この環境でなんて発言してるんだよ!千冬姉、冗談にも程があるぞ。

 

「おお、織斑君女の子とお風呂に入りたいんですか!?だ、ダメですよ!」

 

「いやいや、入りたくないです!」

 

山田先生、貴方まで何言ってるんですか。そんな事したらどんな末路が待っているか。

 

「ええっ?女の子に興味がないんですか?それはそれで問題が……」

 

何処をどう捉えたらそんな答えに辿り着くんですか!?

 

「織斑君、男にしか興味がないのかしら?」

 

「それはいい!」

 

「今すぐ交友関係を洗って!すぐにね!」

 

山田先生の言葉が伝言ゲームみたく伝わり、廊下では俗に言う『腐った会話』が繰り広げられていた。本当に、なんでこうなるんだよ。

 

「そ、それじゃあ私達は会議があるのでこれで。織斑君、寄り道せずに寮に帰ってくださいね」

 

「はい。わかりました」

 

校舎から寮まで50メートル程なのに、何処へ寄り道しろと?そりゃ部室にアリーナに整備室など色々施設・設備があるIS学園だけど、今日の所は早く休みたい。見て回るのは明日にする。想像以上に疲れた、早く視線から解放されたい。

 

『さてと、部屋に行くかな』

 

千冬姉と山田先生が教室を出て行くのを見送った後、俺も部屋を目指して歩を進める事にした。

 

 

 

 

 

『えっーと、1025室は……』

 

寄り道せずに寮へと無事に辿り着いて部屋を探す。

 

『おっ、此処か』

 

数分探して1025室を見つける。鍵を鍵穴に差し込んで

 

ガチャ

 

「おぉ……!」

 

ガチャリとドアを開け部屋に入るとまず目に入ったのは大きいサイズのベッド、それが2つ並んでいる。下手すりゃ高級ホテルとかのよりいい代物なのには間違いない。俺は荷物を置いて片方のベッドに吸い込まれる様に雪崩れ込んだ。

 

「おぉ……!」

 

なんというフワフワモフモフ感。こんないいベッドがあるとは。改めて部屋を確認してみると大きめの机、収納スペースにテレビやパソコンまである。流石国立IS学園。部屋の設備まで凄く豪華だ。

 

「誰か居るのか?」

 

などと浸っているとドア越しから声が聞こえる。そういえば部屋にシャワーがあるって……ん?待てよ、ドア越しだからか声に独特の曇りはあるが、この声……

 

「あぁ、同室になった者か。これから1年よろしく頼む」

 

……まさか、まさかな。

 

「こんな格好ですまない。シャワーを浴びていたものでな。私は篠ノ之……」

 

あぁ……間違いない。

 

「……箒」

 

シャワー室から出て来た声の持ち主は、今日6年振りに再開した幼なじみ、篠ノ之箒だった。

 

ついさっきまでシャワーを浴びていた、そしてそのままシャワー室から出てきた、ルームメイトが女子だと思ってバスタオル1枚を巻いただけの姿で出て来たのである。見慣れたポニーテールじゃなくて髪を下ろしているのが新鮮な感覚を覚える。白いバスタオルの面積で隠せてる肌の露出はギリギリであり、タオルを押さえている手の下には豊かに成長したとても豊満な胸の膨らみが見て取れ、引き締まっていて、くびれた腰は鍛えられた体である事を感じさせる。瑞々しい太腿からツーッ……と雫が脚線を伝わり滑り落ちている。そして健康的な白さを持つ肌が眩しく色々刺激が強い。休み時間話した時も、服を着ていてもわかる程大きな胸とスカートとニーソの間から見えた健康的な太腿が目に入った時とは比べ物にならない。6年も経つとこうも成長するのか。以上約1秒内の思考。

 

「……………」

 

状況を把握出来ていないのかキョトンとしている箒。俺もまだキョトンとしている。

 

「い、いい、いち、か……?」

 

「お、おう……」

 

こう頷いて返事するのが関の山だ。その瞬間顔を真っ赤っ赤にする箒。完熟トマトより真っ赤だ。そりゃあ、シャワーから上がってすぐに異性がいたらそうなるよな、現に俺も反応対応に困惑している。

 

「っ……!?み、見るなーっ!」

 

「わ、悪い!」

 

取り敢えず顔を横に逸らした。その際に箒が体を隠す或いは守る様にタオルできつく自分を抱きしめているのだが、その影響から豊かな胸が押し上げられ胸の谷間を逆に強調されている光景が目に入ってしまった。

 

「な、ななな、何故、お前が、こ、此処に居る……?」

 

今までこんなぎこちない動きをした人間が居たであろうか?と思える程ぎこちない動作で聞いてくる箒。

 

「いや、俺もこの部屋なんだけど……」

 

その回答の刹那、もうとんでもない速度で壁に掛けてあった木刀を手にすると、くるりと1回転して一気に間合いを詰めてくる。ってヤバい!

 

「うおおおっ!」

 

ベッドを飛び降り一目散にドアを目指し全速力でドアを開け廊下へと脱出する。が、ドアを閉める余裕が無く箒はそのまま此方に詰め寄って来ている。

 

「ん?なになに?」

 

「あ、織斑君だ」

 

「へぇー、あそこが織斑君の部屋なんだ!いい情報ゲット!」

 

この騒ぎを駆けつけたのかそれぞれの部屋から女子がぞろぞろと廊下に出て来る。別にそれだけならまだいい、問題は全員がかなりラフな部屋着であり、男の目を全く気にしていない服装をしている。しかも、一部の女子に至っては長めのパーカーを着ただけで、下には下着以外穿いておらず白い逆三角形がチラチラ覗いていたり、羽織っただけのブラウスから滑らかな胸元が見えてる子までいる。……女子ってこんなに簡単に下着取っちゃうのか?大丈夫なのか?色々と。俺は全く大丈夫じゃない。

 

「わぁ……篠ノ之さん、だいたーん」

 

「凄い。胸おっきい……」

 

「抜け駆けは駄目だよー」

 

「なっ!?」

 

ドアが空いているたので中の様子も見えてる。バスタオルを1枚纏っただけの箒が俺に向かって来ている姿も、それを見てまたみんな好き勝手言われた箒はそれに耐えられなかったのか勢いよくドアを閉めた。

 

「あれー?もう終わり?」

 

「いい感じだったのにー」

 

「これは織斑君総受けも有りね」

 

何処がいい感じなのか詳しく説明して欲しいもんだ。それと誰だ。変な事いってるのは?取り敢えず、このままじゃまた晒し者だ。部屋に入れて貰おう。

 

「あのー箒、お願いだから部屋に入れて来れ」

 

縋る願いも箒からの返答はない。

 

「箒……お願いです箒さん、部屋に入れてください。頼みます、この通り」

 

返って来たのはまたしても沈黙。えっと、もしかして聞こえてないのか?

 

それから暫く続く沈黙。2、3分程度だろうが1時間以上に感じられた。

 

ガチャ。

 

「……入れ」

 

「お、おう」

 

ドアを開けられると、急いで俺の部屋に入る。なんで自分の部屋に入るのにこんな苦労せななりゃん。ドアを開けた箒は剣道着を着用していた。帯の締めが緩いのが見えたので、恐らくすぐに着れる服がこれだったのだろう。

 

「なんだ?」

 

ギロッと睨まれた。

 

「いや、なにも……」

 

「ふん……」

 

どすっとベッドに腰掛ける箒。あっ、奥側の方は俺狙ってたんだぞ。そのまま箒はムスッとしたまま、まだ濡れている髪を手早くポニーテールにまとめる。うん、何時もの箒だ。

 

「……お前が私の同居人だというのか?」

 

「お、おう。そうらしいぞ」

 

また睨まれた。もう視線で人を斬れるんじゃないか。

 

「ど……どういうつもりだ!?男女七歳にして同衾せず!常識だ!」

 

何時の時代の常識だ?いや、まぁ年頃15の男女が同居して同じ部屋で暮らすのは問題だと俺だって思ってるぞ。

 

「そう言われてもな、先生に部屋の鍵渡されて部屋に入ったら箒が居て、俺だって驚いてるんだぞ」

 

「むっ……」

 

まさか年頃の男子と女子を同居させるって……この学校はなに考えてるんだよ。

 

「……………」

 

気まずい、嫌な沈黙が流れてる。空気を変えなければ。

 

「そ、そういえばさ」

 

「なんだ?」

 

「去年、剣道の全国大会で優勝したよな。おめでとう」

 

「なっ……」

 

この言葉を聞くなり、箒は口をへの字にして顔を赤らめた。あれ?なんでだ?褒めたのに。

 

「な、なんでそんな事を知っているんだ?」

 

「新聞で見たから」

 

「なんで新聞を読んでいるんだっ」

 

箒は何を言ってるんだ?新聞くらい好きに読ませてくれ。

 

『い、いかん。同じクラスだけでも嬉しいのに同じ部屋で過ごせるなんて……顔が緩んでしまう』

 

箒が一夏に対してこんな態度なのは嫌いだからではない、寧ろ逆だ。幼き頃から一夏に恋心を抱いている。

 

『ちゃんと一夏も私の事を覚えてくれていた。剣道の全国大会の優勝まで……だらしない顔など見せられない。気を引き締めなければ!』

 

久しぶりに再会した一夏に、女性として成長した所を見せたい、だらしない面など見せたくないと気構えているのだか、その結果怒った顔になったり素っ気ない態度を取ってしまい、物の見事に空回りしてしまっている。

 

『しかし一夏とはいえ男と同じ部屋は……い、いや、一夏だからこそ』

 

箒がこんな事を考えていても

 

「けどまぁ、知らない子より箒の方が緊張しなくていいかもな」

 

当の一夏はこれである。そう、一夏はこういった事に鈍いのだ。

 

「……そうか、良かったな……」

 

「あれ?俺なんか変な事言ったか?」

 

「ふんっ」

 

駄目だ、失敗した。そんな気がする。見た目は同世代と比べると群を抜いて成長してるけど、性格は昔と変わっていない。はぁ、なんだか疲れが出て来た。取り敢えず座ろう。

 

「ん……?」

 

空いてるベッドに座ると置いた掌に先程体感した感触とは違った感触がさした。恐らく布には違いないが……なんなんだと思い、それを掴んで目の前に持って来てみると

 

「え……?これって……」

 

「あ、あああぁ!」

 

目の前に有るのは白に薄いピンクのレースの装飾がされた三角形を2つ並べて繋げた形のこれは……そう、ブラジャーである。なんでこんなのがあるんだ?ふと、隣を見ると、箒が金魚見たく口をパクパクさせて無茶苦茶狼狽えていた。

 

「かっ、かかかっ、返せーっ!」

 

そう。ブラジャーの持ち主は箒である。急いで着替える際、ドアから違いベッドに着替え一式を置き、急いで着替えたあまりブラジャーを付け忘れてしまったのである。痛恨のうっかりミスである。ついさっき風呂上がりのタオル1枚巻いた姿を見られて今度はブラジャー、箒の羞恥は臨界点を突破していた。すぐさま取り戻そうと一夏に詰め寄ろうとする。

 

「わっ!?」

 

だが、勢い余って足を滑らせてその勢いのまま一夏に飛び込んでしまう。その結果

 

「むぐぐ……!?」

 

「なっ!なっ……!?」

 

箒が突っ込んでくる形で俺達はベッドに倒れ込んだのだか、帯が緩かったせいか箒が纏っていた剣道着は軽くはだけ胸元が晒されてしまっている。箒の下敷きとされている俺はなんと服もブラも纏っていない箒の豊満な胸の谷間に鼻から下が埋まっている状態だ。なんだこの展開は!

 

『や、や、柔らか……』

 

今まで女子の胸に顔を埋めた事など当然あるはずもなく、この柔らかな感触に狼狽しか出来なかった。

 

「~~っ!!」

 

気を取り直した箒がすぐに退いてくれたお陰でなんとかなった。俺の上から退くと、凄いスピードで胸元を正しつつもブラジャーを回収していた。何という早業。取取り敢えずこれは謝らなければ。

 

「す、すまん!」

 

「……っ」

 

誤ったものの箒は軽く滲んだ瞳で此方を睨むだけ。顔は羞恥から先程以上に赤くなっている。

 

「えっと……ブラジャーの事なら大丈夫だ。千冬姉の洗濯物で見慣れてるから」

 

『……そうだ。千冬さんは贅肉が一切ない引き締まった抜群のスタイルだ。それに引き替え私は胸は大き過ぎるし少しぽっちゃり気味だし……』

 

一夏の言葉を違う意味で捉えている箒。彼女は大きく育った胸や高校生とは思えないグラマラスなスタイルに軽くコンプレックスを抱いている。

 

「洗濯とか俺の仕事だったからさ……って箒?」

 

「……どうせ私の下着など大した事ないわ!」

 

そう怒って、箒は再びシャワー室へと移動した。

 

『……やっぱり怒ってるか。まぁ、無理もないよな』

 

まだ怒っている幼なじみの機嫌をどう直そうか、箒がシャワー室から出て来るまで思考を巡らせる事にしよう。取り敢えず今日はそれが課題だ。かくして俺のIS学園入学初日は波乱万丈の連発だった。

 

 

 

 

 

これより少し時は遡り、舞台はIS学園第3アリーナに移る。一夏の物語の裏でもう1つの物語が始まっていた。

 

日が西へと沈みかけ、空の色が水色から茜色へと移行しつつある。此処IS学園第3アリーナからもそんな空の変化を見れる。しかし此処に居る1人の少女はそれに目もくれずアリーナを見回っていた。

 

「流石はIS学園。立派なアリーナだねえ」

 

このアリーナを見て回り設備の立派さに思わずそう漏らす1人の少女。産まれ持つ金髪ブロンドを無造作にしたヘアスタイルの髪は日の光に照らされ輝きを増し、制服の上からでもわかる日本人離れしたグラマラスなボディラインを投影しているシルエットからもモデル顔負けのスタイルが見て取れる。

 

「にしてもこの学園広いなぁ。とても1日じゃ見て回れないよ」

 

あたしの名前はマリア・ブライト。アメリカ人でありアメリカの代表候補生さ。でも、専用機は持っていない。変わりにアメリカの量産型第2世代IS『トムキャット』を使用して次期主力機体搭乗のトライアルの為に此処に入学した。因みにクラスは3組だ。授業が終わった今はこうして学園内の施設を見て回っている所さ。

 

「こんだけ立派なアリーナなら思う存分戦えるなぁ」

 

今日クラス代表を決める時にあたしは立候補した、理由は至ってシンプル、強い奴と戦いたいからさ。そしてそのまま3組のクラス代表になれた。でも、クラス対抗戦までまだ2週間もあるんだよなぁ。早いとこ戦いたいもんだよ。

 

「さて、今日はこんくらいにしておくかな」

 

もう日も暮れるし、部屋に帰ってシャワーでも浴びようと思いアリーナを後にする事にした。

 

「さてと、今日の夕飯はなに食べよっかな」

 

此処のご飯美味しかったし。夕飯は何にしようか、なんて考えながらアリーナから出ようと歩き始める。

 

ズドォォォン!

 

「うわっ!な、何なんだい、今のは!?」

 

いきなりアリーナに爆音と衝撃が走り響き思っきり転けて尻餅をついた。地味に痛い。何事かと思い振り返って見るとそこには

 

「なっ、何なのさ……あれは?」

 

目に入ってきたのは黒い物体、軽く20メートルは距離があるから詳しい外見まではわかんないけど、それの正体は何となく理解出来た。

 

「あ、IS……?」

 

マリアが見た謎のIS、その正体は

 

『此処が……IS学園か』

 

悲劇の復讐者を纏ったもう1人のイレギュラー、名も無き少年であった。

 

2つの奇跡が同じ場所へと来たのは奇跡ではなく必然なのか?その答えは誰も知る由もない。

 




取り敢えず一言、一夏もげろ!サンデーGX版を見て一番印象にの残ったシーンを加えてみました。そしたらなんか一夏がムッツリになった気がする(笑)

そして最後に登場したマリア・ブライト。かつてにじファンにて共に連載し現在はpixivにて連載中のeagleさん作 IS(インフィニット・ストラトス)~俺の師匠は中国の幼馴染~ のオリジナルキャラクターです。eagleさんに許可を得てこの作品に登場しています。

そしてやっと登場した少年、しかし出番はごくわずか……

少年「……」(拳を鳴らして此方を睨んでいる)

じ、次回は必ず出番があるから!しかも多めに!だから、だから落ち着いてー!

そ、それではまた次回!


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第7話 黒き来訪者

突如、IS学園に現れた少年。その目的とは……


ドイツ軍との戦闘を終えた後、目的地を目指して移動を続けている。憎消費するエネルギーへの考慮、出来るだけ戦闘を避ける為に、数日かけて、IS開発技術や戦力が発展している主要国を避けて遠回りをする事にした。道中、何度か船に忍び込んで移動しつつも着々と目的地に近付いていた。食事や水分は隙を突いて残飯を頂戴したり、水道から飲んだり、時には雨水などで済まし、風呂は海に入る事で済ましてきた。かれこれ1週間はこの生活だ。まぁ、この程度の暮らし昔に比べたら遥かにまともだが、残飯がご馳走に思える俺は末期なのかもしれない。

 

『もう少しだな……』

 

現在は目的地から約50km程距離のある小さな離島にまで来ている。此処まで来ればもう少しだ。俺も当初からISだけで目的地にまで辿り着こうなどとは端から考えてはいない。暫く移動していれば位置関係がわかり、最もマシなルートや移動手段を見つける事が出来ると考えてあの場所を後にしたのである。此方としては無駄な戦闘は避けたい、憎悪の進化という予想外の能力で悲劇の復讐者のダメージも回復こそしたが、何がきっかけで発動したのかわからない能力に頼る訳にもいかない。事実、憎悪の進化が発動したのはあの1回のみだ。

 

『それでも、無謀な行動だったな……』

 

戦闘がドイツ軍のみで済んだのが不幸中の幸いだったが、今回の行動はやはり無謀な物だったと改めて認識する。ISを動かせた浮かれとあの場所への嫌悪感から先急いで決行したのは反省すべきだろう。結果的には上手くはいっているが、それは偶々である。取り敢えず、此処まで来れば後は目的地まで一直線だ。最後の移動といこう。そして俺は悲劇の復讐者の全スラスターを吹かして島を後にした。

 

 

 

 

 

『やっと、着いたか』

 

暫くして俺は目的地に辿り着き、その上空飛来している。

 

『此処が……』

 

下を見下ろすとそこには1つの島が存在している。俺は一縷の望みを託して此処を目指したのだ。

 

「さて、どうやって……」

 

取り敢えず、内部に入らなければ、と方法を模索していると

 

ガシュッ!

 

「なっ!?」

 

突然スラスターの機能が停止し地上へと落下していく。何事かと思えば目の前のウィンドウにPIC機能に異常ありと出ていた。

 

「な、なんだと!」

 

PICとは、パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの略称。全てのISはこのPICにより浮遊・加速・停止を行っている。無論悲劇の復讐者とて例外ではない。それに異常が出たという事は、今の悲劇の復讐者はこの落下を止める手立てがない。つまり……

 

ズドォォォ!

 

万有引力に逆らえず、何百メートルも下の地面に向かって真っ逆様である。途中何とか体制だけは無理矢理立て直し建物を覆う遮断シールドを蹴破る様に突き破りそのまま地面へと落下した。いくらISを装着してるとはいえ、足から頭までまんべんなく衝撃が全身を走り抜けていく。

 

『な、なんなんだ……一体……』

 

何故いきなりPICに異常が、と思ったが理由は大方の予想は着いた。此処に辿り着くまでの間、整備など出来ず、ほぼぶっ通しで悲劇の復讐者を稼働させ続けた結果、PICに予想以上の不可が掛かっていたのだろう。

 

『それにしても……』

 

落下した場所を軽く見回す。落下した場所はどうやらISを使用する場所らしい。ピットが見えた、あそこから此処へと飛び立つのだろう。

 

『此処が……IS学園か』

 

そう。俺が目指していた目的地とは、ISについて学ぶ学校、IS学園である。まさか落下して中に入る羽目になるとは、予想だにしていなかった。流石に気付かれただろう。見つかるのも時間の……

 

『……既に見付かっていたか』

 

問題かと思っていたが、既に此処の生徒である1人の女子に見付かっていた。

 

 

 

 

 

「あ、IS!?」

 

ちょ、なんでISが?って此処はIS学園のアリーナだから居ても問題ないか。って違ぁう!

 

『問題は、あの黒ISがいきなり現れたって事だ』

 

一体何処から現れたんだい。明らかに学園にあるISじゃないのは確かだ。どっかの国のISが乗り込んでも来たのか?いや、そんな馬鹿な事しでかしたらどうなるかなんて馬鹿でもわかる。だけど、侵入者ってのはわかったよ、そしてこの状況が滅茶苦茶マズいって事も。

 

『あたしのトムキャットは米軍貸代備品、今は特別の格納庫に置かれいるから丸裸も同然だ。このままじゃ……』

 

生身の人間がISに勝つのも逃げるのも不可能。八方塞がり、絶対絶命、そんな言葉が脳裏を過ぎる。先生達が駆け付けて来るまで逃げようにも、IS相手じゃ無駄な抵抗にしかなりゃしないよ。

 

「なっ……?」

 

もっと早く帰っておけばこんな事には……後悔の念を抱いてたら、突如として黒きISは姿を消し、変わりにその操縦者が地に足を着けた。なんでISを解いたりしたんだい?意味がわからないよ。そんな侵入者は、一歩ずつ歩を進めてあたしに近付いて来た。ヤバ!早く逃げないと、人間相手なら逃げ切る自信は……

 

「っ!?」

 

逃げ出そうと立とうとした途端に右の足首に痛みが走る。ま、まさか転けた時捻ったのか?くっ、こんな時に……逃げようにも走れる痛みじゃない。立って歩くのがやっとだよ。こうしてる間にも侵入者はあたしとの距離を縮めている。

 

「くっそ、このままじゃ……ん?」

 

ホントに……何で初日からこんなトラブルに巻き込まれなきゃいけないのさ!と恨めしい気持ちで睨み付ける様に侵入者を見ると妙な違和感を覚えた。ISスーツは首から下の両手以外の全身を覆っているタイプ。何年も切ってないであろう長い黒髪、顔立ちはまだハッキリわからない。外見から見ると女でも別におかしくないけどさ……そして10メートル、5メートルと距離が縮まり、顔に掛かりまくってる前髪でわかりにくいけど顔立ちもハッキリ見えてきた。顔の左側や両手は包帯が巻かれていて、顔立ち自体は半分隠れてるけど、十分整っていて、前髪からの合間から鋭い切れ長の瞳がチラチラ覗いている。その髪や瞳の色は日本人のそれだった。

 

『ちょ、ちょっと、まさか……?』

 

その侵入者の身長は180はあろう長身、その割にはスラッとした無駄な物が一切ない体格がISスーツで強調されている。とても女の体格じゃない。おいおい嘘だろ?まさか本当に……?でも次の瞬間、疑念は確信へと変化した。

 

「……大丈夫か?」

 

耳に届いたその声は、間違いなく男の声だった。

 

 

 

 

 

「御苦労だった。悲劇の復讐者」

 

感謝を呟き悲劇の復讐者を解除する。出来るだけ早く整備をしたい所だが、流石にそうはいかないだろう。時期に俺を拘束しに来る。ならその前に、先程地に着けた足で一歩ずつ移動を開始し女子生徒に近付く。

 

「……大丈夫か?」

 

「……はぁ?」

 

俺のこの言葉に目の前の女子生徒は素っ頓狂な声をあげ、面を食らった顔をしている。

 

「……なんだ、その反応は?」

 

「なんだ……って、いきなり現れた侵入者にそんな事言われたら普通戸惑うよ!」

 

言われてみれば確かにその通りだ。今の俺は侵入者だった。そんな奴に木を遣われても反応に困らなくもない。それとは他に、目の前の女子生徒からは先程から右足を庇う素振りが伺える。十中八九、俺が此処に落下した際の衝撃のせいだ。その影響で足を痛めたのだろう。

 

「動くな!」

 

どうやら迎えが来たようだ。此処の教師であろうISを装着した女性を含む数名が此処に駆け付けていた。別に抵抗するつもりはない、その意志を表す為に両手を上げる。

 

「そのまま此方に来い!」

 

生徒を巻き込まない為に俺と引き離そうとしているのが簡単にわかる。そんなに大きな声をあげなくてもそうする。品が無くなるぞ。だが、その前に

 

「……すまない」

 

怪我をさせた事を謝っておきたかった。この謝罪の言葉を告げて、俺は女子生徒から離れて大人しく投降した。その謝罪の言葉を聞いた女子生徒が不思議な物を見るで俺を見ていた事が何処か印象的だった。

 

 

 

 

 

「はい。これでもう大丈夫よ」

 

侵入者が拘束されて連行された後、あたしは保健室で捻った右足の治療を受けている。幸いにも、3日位で直る軽い捻挫で済んだ。治療のおかげでさっきと比べると痛みも和らいでいる。

 

「それじゃあ、失礼します」

 

「まだ無茶しないようにね」

 

「はーい」

 

釘を刺された事に返事を返すとそのまま保健室を後にして部屋を目指した。やっぱまだ痛みはあるなぁ、歩く度にズキズキするよ。

 

『それにしてもあの男……』

 

あの侵入者を間近にして先生達も驚いていた。此処には男なんて1組の織斑イチカと用務員のおじいさんしか居ないからねえ、しかも男でISを動かせるって、一体どうなってんだ?それは織斑だけの筈なのに。先生達からこの事は口外するな、と念を押された。

 

『にしても、変な奴だったな』

 

いきなり侵入して来たかと思えばあたしを気遣ったり、謝ったり、ホント何しに来たんだ?

 

まさかISに異常が発生してそのまま落下する形で侵入する羽目になったなど知る由もないマリア。彼女が知れば笑い転げそうなオチだ。

 

『でも……』

 

とても、悲しい目をしていた。瞳の奥から、雰囲気からなんかこう、辛さや悲しさとかが滲み出ている、そんな感覚をあの男から感じ取った。

 

『ホント、なんだろうねえ。あの男は』

 

男でISを動かせるなら、織斑みたいに此処の生徒になったりして。そしたら世界中が大騒ぎだよ。なんて事を考えながら痛みを堪えて自分の部屋へと歩を進め続けた。

 

 

 

 

 

「なぁ、箒……」

 

「……………」

 

返事がない。某RPGならこの後ただのしかばねのようだ。と続いている。

 

「なぁ、何時まで怒ってるんだよ……」

 

「別に怒ってなどいない」

 

いや、明らかに機嫌悪そうじゃないか。まぁ、昨日の事まだ怒ってるんだろうな。

 

「怒ってない割には不機嫌そうな顔だぞ」

 

「生まれつきだ」

 

入学初日から一夜明け、現在時刻は朝7時40分。1年生寮の食堂で俺と箒は朝食を食べている所だ。昨日あんな事があったからか、まともに会話が成立していない。同じ部屋と幼なじみのよしみで同じテーブルで朝食を取ってはいるが

 

「箒、これ美味いよな」

 

「……………」

 

こんな感じである。因みに俺も箒も食べているのは、白米に納豆、鮭の切り身と味噌汁に浅漬けと和の朝食の王道ともいえるメニューだ。朝食はビュッフェ形式のバイキングなのに何故かメニューが同じである。味の方もかなり美味い。国立だからだろうか、俺は家の家事全般をしているが、こんな朝食は流石に毎日は作れない。国立万歳だ。

 

「ねえねえ、彼が噂の男子だって~」

 

「姉弟揃ってIS操縦者かぁ。やっぱり彼も強いのかな?」

 

そしてこれも昨日から変わってない。女子達が一定の距離を保ちつも『興味津々ですよ。でもがっつきはしませんよ』というむず痒い気配の包囲網。はぁ、もう1人男がいてくれたらなぁ。

 

「箒……」

 

「な、名前で呼ぶな」

 

「じゃあ篠ノ之さん」

 

「……………」

 

名前で呼ぶなと言うから名字で呼んだらムスッとされた。どうすりゃいいんだよ。我が幼なじみながら考えがわからん。

 

「お、織斑君、隣いいかな?」

 

「へ?」

 

ふと見ると朝食のトレーを持った女子3名が答えを待ちわびて立っていた。

 

「あ、あぁ。別にいいけど」

 

そう答えると声を掛けてきた女子は安堵の溜め息を吐き、後ろの2名はちいさくガッツポーズをしてた。

 

「あ~あ。出遅れた……」

 

「大丈夫よ、まだ2日目。焦る段階じゃ……」

 

「そういえば、昨日部屋に押し掛けた子もいるらしいわよ」

 

「なんですって!」

 

本当に女子達が多いだけあって姦しいな。本当に昨日1年が8名、2年が15名、3年が21名自己紹介に来た。それに対応している時箒が不機嫌そうに睨んでいた。

 

もう既にどう座るのか打ち合わせ済みなのか、3人はスムーズに席に着いた。

 

「わぁ、織斑君って朝凄く食べるんだね」

 

「お、男の子だね」

 

「あぁ、俺夜食べる量は少なめだから、朝これくらい取らないと持たないんだよ」

 

元々は千冬姉がしているのを真似したものなんだが、色々試行錯誤した結果、体型と健康維持に最も無駄がない。

 

「てか、女子って朝それだけで平気なのか?」

 

3人組のメニューこそ違うが、トレーに乗っているのはパン1枚と飲み物1杯、少な目のおかず1皿だった。

 

「えっ、わ、私達はは……ねぇ?」

 

「う、うんうん。これだけで平気だよ」

 

凄く効率的な燃費だな。まさかISが女にしか動かせない理由はこれか?……って、んな訳ないな。

 

「それにお菓子とかよく食べるし~」

 

間食のし過ぎは太るし体に悪いぞ。人間が老化するのって結構早いんだぞ。てか、なんなんだその服は?着ぐるみか?何処で売ってんだよ、それ。

 

「……それでは、私は先に行くぞ」

 

「ん?あぁ、また後でな」

 

朝食を済ませた箒は直ぐに席を立って行ってしまう。バイキングとあってか和食ばかり選んで食べていた。雰囲気が雰囲気だからまるで侍みたいだな。

 

「所で織斑君って篠ノ之さんと仲いいの?」

 

「お、同じ部屋だって聞いたけど」

 

「まぁ、そりゃあ幼なじみだしな」

 

そう、俺と箒は幼なじみ。小学1年から4年まで同じクラスだった。千冬姉に付き合う形で通っていた剣道場でも毎回顔を会わせていた。両親の居ない俺達はよく篠ノ之夫妻によく食事に招かれた物だ。あの頃は貧乏だったから助かった。ただ、最初から仲はよくなかった。いや、寧ろ悪かったな。次第に打ち解けた……筈。何せ昔の記憶だ、余りよく覚えていない。決して俺がボケている訳ではない。誰だって昔の事は余りハッキリとはしていないだろ。

 

「え!?」

 

「え?それじゃあ……」

 

俺にとっては別に意識する話でもないんだが、周囲の女子達にはどよめきを生み出す衝撃だったらしい。周りがざわざわしている。そんな中、そんなどよめきをピタリと止める手を叩く音が突如として食堂に響いた。

 

「何時まで食べている!食事は迅速且つ効率よく取れ!遅刻したらグラウンド10周させるぞ!」

 

千冬姉のよく通るその一声に全員慌てて食事を片付けにかかる。俺は今さっき食べ終えたからさっさと教室に行く事にしよう。

 

『ん?』

 

食器の乗ったトレーを片付けに行く際に千冬姉とすれ違ったんだが、なんか何時もの千冬と違う気が……心なしか何処か疲れて見えるし。確か寮長も務めてるんだったな、タフな千冬姉でも疲れてるんだろう。そう結論づけて教室に向かう最中も妙に違和感があった。千冬姉のあの感じ、俺は目にした事がある。『あの時』とそして……

 

 

 

 

 

「それではショートホームルームを始める」

 

時間は過ぎ、ショートホームルームが始まる。昨日とさして展開に差はない。だが相違点が1つある。ドア側の1番前の席が誰も座っていない。昨日そこに座っていた筈の子は列全体で席が1つさがっている。

 

「だがその前に、山田先生」

 

「あ、はい。えっと1日遅れではありますが、このクラスにもう1人生徒が増えます」

 

ざわつきが生まれる。席が空いている理由はそれか。だけどなんなんだ?入学翌日に転校生?あるのかそんな事が。

 

「そ、それじゃあ入って来てください」

 

「……はい」

 

山田先生のその言葉から凡そ2、3秒。返事とほぼ同時にドアが開く音が聞こえ、その後1人の生徒が入ってくる。

 

「えっ?え!?」

 

「う、嘘!?」

 

返事が聞こえた時点で違和感を全員感じただろう。明らかに女の声ではない。だが、まさか……そんな事を考える暇もあたえずに入って来た人物を見て先程のは聞き間違いではないと確信した。

 

今俺達の目の前に立ち、全員の目線をその身に浴びているのは、長く伸びた黒い髪に、掛かっている前髪からちらりと覗く刃の鋭く切れ長な瞳、顔や両手に包帯を巻いており、千冬姉より軽く10cm以上は高い背丈、そして男用にと作られた俺と同じ制服。

 

入学2日目、新たに男子がこのクラスの一員に加わった。

 

 




やっと少年に出番が出来ましたが余り台詞がないですね……

いきなりIS学園に現れた理由は少年以外知る事はないでしょう。あれは知られたくないですから。

そしてまさかのIS学園の生徒に、しかも一夏と同じクラス。波乱が起きるのは間違いないでしょう。





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第8話 消えた季節は闇より現る

今回は前夜の少年サイドの話です。


拘束された俺は、そのまま地下牢へと幽閉された。何故牢屋などが学校にあるのか疑問が沸くが、特に知りたいとも思わない。俺みたいな侵入者をこうして捕らえた後に幽閉しておく物だろう。こんな所、普通の人間が放り込まれる場所ではないからな。

 

「……………」

 

光も音も無い静寂の暗闇、あの頃を思い出しそうで嫌な気分だ。悲劇の復讐者も押収され幽閉され整備も出来ない、気を紛らわす事も無い。今まで時計も何も無い部屋で過ごして来たので大体の時間の経過はわかる。かれこれ6時間程は経過している。

 

『……誰か来たのか』

 

コツコツと聞こえてくる足音、誰かが此処に来た事を証明する音が耳に入ってくる。

 

「着いてこい。お前に聞き事がある」

 

来るなり牢の鉄格子を開け、そう俺に告げたのは織斑千冬。ブリュンヒルデと呼ばれた世界最強のIS操縦者。そして俺が此処に来た最大の理由とも言える人物だった。その言葉を拒む事もなく、俺は言われる通りに後を着いていった。

 

 

 

 

 

「まぁ、取り敢えず座れ」

 

言われた通りに席に着く。連れてこられたのは先程の牢屋よりはマシだが机と椅子以外殆ど物がない殺風景な一室だった。

 

「此処は懲罰部屋でな、規則違反をした生徒に過ごさせる部屋だ。此処なら生徒達も近付かんからな」

 

懲罰部屋か、確かにそんな部屋に好き好んで近付く生徒など居ないだろう。聞いて納得した、道理で殺風景な部屋の筈だ。

 

「さて、本題に入るか」

 

その一言と同時に雰囲気が一変する。成る程、これがブリュンヒルデと称えられた人間が放つオーラという物か。並大抵の人間ならこの雰囲気に物怖じしてしまうだろう。

 

「これは貴様のISだな?」

 

「……」

 

その問いに俺は黙って頷く。待機状態の悲劇の復讐者がポケットから鎖部分を持ち出されて、ユラユラと空中で揺れている。

 

「貴様、これを何処で手に入れた?」

「……ISの違法研究所だ」

 

「なに?」

 

俺の問いに表情を険しくする。この答えを聞けば当然の反応だろう。

 

「その話、詳しく聞かせて貰うぞ」

 

正直あの過去の話は余り話したくはないが、話さないという選択肢は目の前の存在には通用しない。

 

「……わかった」

 

話す事にしよう。俺が伝えられる情報を、そして……あの話も。

 

 

 

 

 

「……以上だ」

 

非合法の実験内容等、重要な件を掻い摘まんで、大方の事は話した。

 

「そうか……」

 

淡白な返事だが、その表情に隠しきれない感情が滲んでいた。今の話を聞いて憤りを覚えたのだろうか。その厳しい表情からは余り汲み取れない。

 

「お前の事情はわかった。では、今度は此方の要件を話させて貰う」

 

話の主導権が向こうに移る。

 

「お前には、IS学園の生徒になってもらう」

 

「……成る程」

 

別に驚く話ではない。現状公にされている男でISを動かせるのは織斑一夏だけだ。俺は奴に次ぐ2人目のイレギュラーだ。だが、奴と俺とでは違う点がある。奴と違い俺は存在が公になってはいない上に、非合法の実験でISを動かした可能性が大いにある。そんな俺が軍や国に捕らわれれば……実験材料に逆戻りする可能性が高い。だからこそ、此処ならばその可能性が一番少ないと踏んで此処へ来たのだ。

 

「学校か……」

 

想定していなかった訳ではないが、まさか本当に生徒にされるとは……産まれてこの方まともな人生を送った事などない、学校に通った事などある訳もない。勉学なら実験の一環として叩き込まれたので学力に不安要素は余りないが、もう長年人と会話をした事がない。コミュニケーションに激しく不安がある。ましてや此処は実質女子専用の学校だ、同世代の異性と会話などした記憶がない。

 

「悪くない話だと思うぞ。此処に入れば3年間は安全だ。此処の生徒には国や企業は手出しは出来んからな」

 

色々と不安も募っているが、この話を断るつもりなど端からない。帰る場所もない、行く宛てもない、家族も……

 

「……わかった。此処の生徒になろう」

 

問題は山積みだが、これで3年間は住む場所はなんとかなった。

 

「そうか。なら、直ぐに手続きをしなければならんのだが……」

 

早速問題が浮上する。そう、俺は名前さえ無い。戸籍も存在していない。それは先程説明する際に伝えた。最も、この解決策なら一応ある。解決するかは別としてだが。

 

「所で、貴方は俺がISを動かしたのは偶然だと思うか?」

 

「突然なんなんだ」

突拍子もなく俺がISを動かせるのか?を問うと、「いきなり何を言っている?」という態度をあからさまに出している。

 

「俺は偶然だとは思わない。経緯が違うとはいえ、奴が……織斑一夏が動かしたのなら、俺が動かせても可笑しくはない」

 

俺は構わず話を続ける。これほどまでにと、過ごした人生が異なる俺と奴だが、男でISを動かしたという共通点の他にも共通する点がある。俺にとっては喜べない物だがな。

 

「なにせ、奴と俺は……」

 

この言葉を聞いたら貴方はどんな反応をするだろうか?驚くのか、喜ぶのか、怒るのか、それは俺にはわからない。俺が知った時は最初呆然としてたな。ふと思い出す、ISを動かしたあの日目にした書類をの内容を。

 

調査結果

 

実験体0号は男で初めてISを動かした織斑一夏と

 

「双子、なんだからな……」

 

双子と断定する。そう書類に記されていた。つまり、俺も貴方の弟なんだよ。

 

『姉さん……』

 

声に出さない呟きは心の中で何処にも響く事なく静かに消えて言った。

 

 

 

 

 

「……何を言っている」

 

今こいつは一夏と双子だと口にした。私の聞き間違い等ではなく確実にそう耳に入ってきた。確かに一夏と同じくこいつも男でISを動かしたイレギュラーだが、だからと言って一夏と双子だと?そんな訳がない。一夏の双子の兄弟、私のもう1人の弟は産まれて直ぐにこの世を去ってしまったのだから。

 

「冗談でも笑える冗談と、笑えない冗談がある」

 

今の発言は当然後者だ。質が悪いにも程がある。

 

「まぁいい。取り敢えず今日は休め、これは返しておくぞ」

 

手渡したISをこいつは黙って受け取る。その顔は先程までと異なり何処か悲しみを帯びていた。

 

「今の発言が冗談かどうかは、これを見てから判断して欲しい物だ」

 

そう言ってこいつが自身のISから量子変換されていた物をコールする。コールされたのは、厚さが2cm程で、ファイル程の大きさの箱の様な物体。これには見覚えがあ。数年前に開発された物で、重要書類をこれに保管し、保管したこれを量子変換してISに保管、二重の意味で保管する金庫みたいな物だ。まぁ、売れなかった物なので私も久しぶりに目にした。取り出した金庫の暗証番号を直ぐに解除すると、書類の束を取り出していく。

 

「それで、休むにしても俺は何処に向かえば?」

 

「あぁ、そうだったな。部屋までは他の者が案内する」

 

「そうか、出来れば直ぐにでも休みたいんだが」

 

「……ちょっと待っていろ。迎えを呼ぶ」

 

連絡を取る為に携帯を取り出す。おかしい……何故だ?こいつを……他人とは思えない。こいつの醸し出す雰囲気……何処か見覚えがある。何ともいえない違和感を心に覚える。

 

『まさか……本当に』

 

こいつの話が本当だとでも?いや、そんな訳がない。そう心の中で結論付けて電話を掛けた。

 

 

 

 

 

『やはり……信じてはもらえないか』

 

いきなり現れた俺が貴方の弟だと言っても誰も信じるとは思っていない。そんな事はわかりきっていた事の筈なんだがな。何故だろう、少し虚しさが産まれてくる。

 

「はい、それでは」

 

書類を取り出し終えると姉さんも電話を終えた。

 

「迎えならば、もう直ぐ来る。それまで少し待て」

 

「そうか、なら取り敢えずこれを」

 

取り出した書類の束を姉さんに渡す。これを見れば、俺の言う事が冗談やまやかしの類でないというのはわかるだろう。

 

「これは……」

 

手渡した書類の束をパラパラ読み上げていく。

 

「っ!?」

 

パラパラと書類を捲っていた姉さんだが、とある書類を目にした途端に驚愕する。

 

『そ、そんな……』

 

恐らくIS学園の教師や生徒が今の千冬を見れば驚くであろう。しかし千冬の驚きはそんな物ではなかった。

世界最強のブリュンヒルデと称えられた織斑千冬がここまで驚愕を露わにする、そんな内容がその書類に書き留められていた。

 

コンコン

 

そんな最中、ドアをノックする音が部屋に響く。

 

「織斑先生、轡木です」

 

「あっ、はい……ただいま」

 

戸惑いを隠しきれないまま返答を返す姉さん。

 

「織斑先生、どこか具合でも悪いんですか?」

 

「いえ、大丈夫です。少々疲れてるだけです」

 

「そうですか」

 

だが直ちに平静を装う。これもブリュンヒルデのなせる技なのだろうか。

 

「君が例の男子ですね。私が君の案内を任された轡木十蔵です。よろしくお願いします」

 

「えっ、あっ……よ、よろしくお願いします」

 

迎えに来た人物は年老いた男性だった。総白髪と年相応に顔に皺が刻まれている。初対面の俺でも、丁寧な物腰と柔和さを感じさせる人柄は親しみやすさを覚える。思わず返事がどもってしまった。

 

「それでは部屋の方に案内します。付いて来てください」

 

「は、はい……」

 

こんな丁寧な対応をされたのは産まれて初めてだ。どんな風に返事を返したらいいのかわからない。戸惑いながらも轡木さんに付いて部屋を目指した。

 

 

 

 

 

「……………ふぅ」

 

轡木さんがあいつを連れて部屋を出て行った直後、私は崩れ落ちる様に椅子に座る。この書類に書かれている内容、もしこれが本当ならば……

 

「織斑先生、山田です」

 

ドアをノックする音が再び聞こえる。来訪者は山田先生か。

 

「あぁ。入ってくれ」

 

「はい、失礼します。……織斑先生どうかしましたか?」

 

動揺を隠しきれていなかったのか先程と同じく指摘を受ける。

 

「いや、何でもない。少し疲れているだけだ」

 

「……そうですね。いきなりISを動かせる男の子がまた現れたんですから」

 

疲れているのは嘘ではない。山田先生の言う通り、侵入者がISを動かせる男子と判明してからというもの教師一同てんやわんやの状態だ。一夏の件がやっと一段落したかと思った途端にこれだ、疲れもする。

 

「……………」

 

どちらにせよ、この書類を見た以上は調べる必要がありそうだな。

 

「織斑先生?本当に大丈夫で……」

 

「すまない山田先生、急用が出来た。例の生徒の手続き後は任せたぞ」

 

「え?えぇっ!?おっ、織斑先生ー!」

 

書類を手に千冬は、山田先生の叫びが木霊する懲罰部屋を後に急いで書類に記されている内容を調べに向かう。一方、1人放置された山田先生は仕事が増えた事にうなだれるが、誰も慰めてはくれず、とぼとぼ歩いて押し付けられた手続きをしに職員室へ戻るのだった。

 

 

 

 

 

「着きましたよ」

 

部屋へと案内されていた俺は今その場所へ辿り着いた。轡木さんが木目調のドアを開けて入るのに俺も続くと、そこには今まで見たことのないような空間が目の前に広がってきた。

 

『な、何だこれは……』

 

「いやはや、急な事でしたが、なんとか1部屋用意出来ましてね。今日から此処で過ごしてください」

 

高級ホテルにも引けを取らないIS学園の寮、ふわふわモフモフのベットを筆頭に充実している家具や設備が特徴。しかしこの部屋は他の部屋とは違いベットや机等は1つだけであり、その質も何段か落ちている。それでもこの部屋は、今までの少年の過ごした人生からすれば余りに縁遠い物の数々だった。

 

「どうかしましたか?」

 

「い、いえ……余り凄い部屋なので……」

 

「はははっ、此処も本来は懲罰部屋の一つでしてね。本来は生徒が過ごす部屋ではないのですが、今回は急な事でしたので暫くはこの部屋で過ごしてください。いずれは君の部屋を用意しますから」

 

「は、はい。わかりました」

 

これで生徒が過ごす部屋じゃない?どれだけ本来の部屋は凄いというんだ、贅沢過ぎるぞ。それにしても、何故だろう、この人相手だと心が穏やかになる。この感覚……何処か懐かしい。

 

「疲れたでしょう。シャワーを浴びたりしてゆっくりしてください。必要な物は最低限用意してありますから」

 

「はい……」

 

「それでは、私はこれで……」

 

そう言って轡木さんは部屋から去っていった。取り敢えず、汚れを落とすか、とシャワールームへと向かう。

 

「こ、これは……」

 

洗面所兼脱衣所に入った少年は直ぐにシャワールームの扉を開けて内部を確認する。有るのは備え付けのシャワーにシャンプー等必要な物はあらかた揃っている。

 

「これが普通の風呂の設備なら、今まで俺が使っていた風呂はなんだったんだ……」

 

差し詰め巨大な人間用洗濯機と言った所だろう。

 

「……取り敢えず入るか」

 

これでは入り方もわからないが、取り敢えずISスーツを脱ぎ捨て、包帯を取り外してシャワールームに入る。このレバーを回せばお湯が出るのか?

 

「おぉ……」

 

捻ると湯の雨が降り注いできた。温度も丁度いい加減だ。そのまま吹き出してくる熱い雨を浴びる。

 

『で、どうやって体を洗えば……』

 

一応シャンプー等はあるのだが、使い方がわからない。何せ今まで洗濯物みたいな入浴だったのだ、普通の風呂が理解できてないのである。少年にとってはシャワーノズルからお湯がでてる事さえカルチャーショックなのだから。

 

「これを使うんだよな……?」

 

探り探りで髪や体を何とか洗っていく。しかしシャンプーで体を、ボディーソープで髪を洗っていた事をリンスを流した後に気付いて、しまった……と悔いていた声がシャワールームに小さく響いていた事は誰も知らない。

 

「ふぅ……」

 

シャワーを終えてタオルで水気を拭き取っていく。コレが普通の入浴なのか、と納得しながら、タオルを全身に走らせる。髪は長いので水気を取るのに時間がかかる、なので途中で止めた。拭き終えた後包帯を巻き直してから、用意されていた着替えを着ようとしたのだが

 

「な、なんだこの立派な服は?」

 

用意されていたのは、何の変哲もないシンプルなデザインの普通のジャージ。しかしISスーツ以外ではボロ雑巾以下のボロボロな服しか着たことの無い少年にはジャージは初めて着るまともな衣服なのだ。まじまじとジャージを見回した後、ジャージを着てその姿を鏡で何度か確認したりしていた。その後は部屋をウロウロと見て回っている。

 

「これは……」

 

現在はベッドの感触を手で確認している。今まで土の上や床でしか寝た事がない少年にはベッドという寝具は未知との遭遇である。最も先程から何度も未知との遭遇をしているのだが。手探りで安全性を確認した少年は意を決してベッドに寝転ぶ。

 

「っ!こ、これは……!?」

 

産まれて初めて体感したベッドに寝転ぶ感覚。反発する床と違い、自分を包み込む様に受け止めてくれる、肌寒くなれば掛け布団がある、腕を枕にしなくても頭を置ける枕がある。

 

コンコン

 

ベッドの上で寝転がっていると、ドアをノックする音が少年の耳に入ってくる。

 

「……誰だ?」

 

「あ、あの、制服を持って来ました……」

 

どうやら教師らしい。そういえば学生は制服が必要だったなと思い出し、起き上がりドアへと向かう。

 

「……あ、君が例の男の子だよね。制服を持って来たんだけど……」

 

ドアを開けると、そこに居たのは小柄な女性だった。教師……なのか?

 

「あの……此処の教師、ですよね?」

 

「は、はい。そうですけど……それがなにか?」

 

「いえ、なにも……」

 

本当に教師だった。背伸びして大人の真似をしている此処の生徒かと思ったが、本当に教師とは……

 

「それで、制服は……」

 

「あ、はい。これが制服です」

 

そう言ってビニール袋に梱包された衣服を手渡される。……きちんと着れるかが心配だ。

 

「えっと、明日の朝迎えが来ますからそれまでは部屋で待機していてください。朝食は此方が持っていきますから。そういえば夕食は……」

 

「大丈夫です。もう済ませたので」

 

実際は食べて等いない。別に1日2日食事を取らなくても問題はない。さっさと休みたいのが理由だ。

 

「そうですか。あっ、そういえば挨拶がまだでしたね。明日から君が通うクラスの副担任の山田真耶です。よろしくお願いしますね」

 

「あ、はい。……よろしく、お願いします」

 

こういう丁寧な応対は慣れていない。今まで散々雑に扱われてきたせいだろうか?

 

「それじゃあ、おやすみなさい」

 

「はい……おやすみなさい」

 

そう返事を返してドアを閉めた後、寝る支度を始める。教科書や筆記具はさっき準備した。もう今日は休みたい。産まれて初めて床以外で寝るがどんな感覚なのだろうと思いつつ、歯を磨くかと洗面所に向かった。

 

 

 

 

 

夜空の星に照らされる世界、IS学園も例外ではない。その屋上では夜に匹敵する黒いスーツを纏っている織斑千冬がそこにいた。

 

「……………」

 

星空は嫌いではない。寝る前に見ていると心が安らぐ、しかし今日は全く安らがない。

 

「来たか……」

 

携帯の着信音が鳴る。掛けてきたのは普段なら出たくない奴だが今回は仕方がない。

 

「私だ……」

 

「もすもす終日?はーい!みんなのアイドル、篠ノ之た……」

 

ぶつっ!

 

切れた。電話と私、二重の意味で。しかし直ぐに同じ相手から着信が届く。

 

「もーう、ちーちゃん!みんなのアイドル篠ノ之束さんの電話をいきなり切るなんてひど……待って待って!切らないで!ちーちゃん!」

 

電話の主は篠ノ之束、ISの生みの親にして現在国際手配中の天才……いや天災だな。普段ならその無駄にハイテンションな言動を受け流す所だが、生憎今はそんな余裕は余りない。

 

「ちーちゃん言うな。それで先程の件はどうなった?」

 

今回はあしらえない理由がある。今日此処に現れた一夏の双子、私の弟を自称する2人目の男のIS操縦者。奴から渡された書類、その中に奴がどんな人生を過ごしてきたか、その経緯が書かれていた。その件について束に調べさせた。本来は一夏ともう1人が私の弟として生を受ける筈だった。だが9月27日、一夏の誕生日となったその日に事件は起きた。出産予定日を間近に控えた両親が乗る車が事故に巻き込まれたのだ。両親は骨折等の怪我をしたが命に別状はなかった。しかし、事故の影響か予定日より早まったのか、母が破水して緊急で出産を行う事になった。両親は手術の麻酔で眠っており、帝王切開で出産したとの事だ。その時私は学校の遠足で遠出しており、私が病院に辿り着いた時には一夏は産まれており、もう1人の弟は助からなかった。悲しみの余りにその日は家族全員で大泣きした。産まれて間もない一夏も悲しむように泣いていたそうだ。それから暫くして両親までもが行方を眩ますとはその時予想だにしていなかった。身寄りのない私達姉弟は篠ノ之家に世話になりつつ、私は一夏を守る為に今日まで生きて来た。

 

「ちーちゃんの言われた通り調べたけど、どうやら本当みたいだよ、その話」

 

「っ!」

 

その言葉に足元がぐらついた。それでは……本当に生きていたのか?一夏の双子が、私の……もう1人の弟が?

 

「人身売買も本当っぽいね。いっくんの出産に関わった医者や看護師が今は全員行方不明になってたし」

 

「ではやはり……」

 

「まぁーでも、その2人目が本当にいっくんの双子かどうかはわかんないけどねー」

 

確かに束の言う通りだ。書類の内容が事実だとしても本当にあいつがその本人と確信するには早い、もしかしたらなりすました偽物という可能性もなきにあらずだ。……だが、私はあいつが嘘を付いているとは思えない。何処か似ているんだ……あいつは、昔の私に……

 

「取り敢えずその2人目の遺伝子検査でもした方がいいよ。ついでにそれも……」

 

「……そうだな、それは此方で行う。今回は世話になった、それでは切るぞ」

 

「えー、束さんもっとちーちゃんの声聞きた……」

 

ぶつっ。

 

電話を切る。これ以上話すと話が無駄に長くなるからな。ふと、空を見直してみるがやはり心は晴れない。一夏、お前は双子の兄弟が生きていたと知ったらどうする?驚くのか、喜ぶのか、私は心の整理が付かない。まさか生きていたなど、私達は知る由もなかったのだから。

 

「……………」

 

思い出すのはもうすぐ私が姉になるという頃の記憶。男の双子とわかってからは両親は男の名前を考えていたな。そして決まったのが一夏、そして……

 

「……一季(いつき)

 

ポツリと呟いたその名前は夜の帳へと消えていった。

 

世界を見る事なく存在を消された一つの季節、それは消えずに残っていた。そして今、その季節は漸く世界へと現れた事実を世界が知るのは、そう遠くはない。

 

 

 

 

 




文字数8000越えるとは予想だにしていなかった……

今回は色々と明らかにする話になったので文字数が増えました。

千冬が見たのは第0話で少年が見た書類と同じ物です。そして調べさたら、一夏の双子の兄弟は死んでおらず人身売買されていた、流石に千冬でも動揺はします。

そしてその双子の兄弟が少年という事実、まぁ大方予想はついていたと思いますが。

一夏の双子の兄弟の名前は一季、にじファン時代の改訂前の小説の後書きを御覧になっていた方はとっくにわかっていたと思いますが、改訂前を含めて漸く本編に初めてこの名前が出てきました。由来は一つの季節から読みは「かずき」でも「いっき」でもなく「いつき」です。いちかのい以外を一つズラせばいつきになったのでこの名前にしたというのもありますが(笑)

千冬が悩んでいる時少年(本編ではまだ名前はないので)は日常生活にカルチャーショックを受けまくっているという……でも仕方ないよね、今までがあんなだったから。

次回から本格的に一夏達と絡む予定ですが、どうなることやら……


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第9話 新たな季節

「坊や、大丈夫かい?」

 

「うん……大、丈夫……」

 

蝋燭の炎で微かに明かりを灯している部屋、地べたは土のままであり、寝転べば汚れるのは必至。しかし、そんな事は意に介さず何人もの人間が横になってたり、だらけた座り方をしている。そんな空間に年老いた男性と幼き子供が会話をしている。この2名を含む全員が汚れてボロボロな服を着ていた。

 

「可哀相に……何故こんな子供まで……」

 

此処は奴隷の部屋、様々な場所から集められた人々が虐げられるのと何ら変わらない労働を強いられている。女子供、老人おかまい無しだ。

 

「おらぁ!奴隷共、今日も仕事だ。さっさと働けぇ!」

 

短めの鞭を腰に携えた無精ひげを生やした中年の男が怒号に近い命令を下してくる。暴力を振るわれたくないのでそそくさと仕事場に向かう奴隷達の中、老人に心配されていた子供は移動速度が遅い。

 

「てめぇクソガキ、さっさとしねぇか!」

 

バシッ!と鞭が子供に振るわれる。少しでも気に食わない事があればこうして暴力を振るわれるのである、奴隷達に人権など存在していない。使えないなら捨てるだけなのだから。

 

「や、やめてください!この子は体調を崩しておる、今日は……」

 

「黙れクソジジイ!こいつは奴隷なんだよ、働かねえ使えない奴隷なんざ此処にいらねぇんだ!」

 

刃向かってきた老人を突き飛ばす。そしてそのまま動きが覚束ない子供に再び鞭を振るう。あどけない子供の細い腕や体に痛々しい痣が生まれる。

 

「や、やめて……ちゃんと働くから……だからやめて……」

 

「けっ、わかればさっさと働けや!俺様の手を煩わせやがって、クソが!」

 

唾を子供に吐き捨てて男の子は去る。頬に掛かった唾を拭うと、子供は体調不良を必死で堪えて自分の仕事場に向かう。

 

「ううっ……」

 

涙が出そうになるが耐える。泣いたらまた暴力を振るわれる、そう自分に言い聞かせて必死に堪える。暴力で支配されているこの環境では子供にさて容赦はないのだから。

 

「あんまりじゃ……神様はなんであんな子供まで……」

 

此処にいる奴隷の中で唯一の子供。物心つくまえからこんな劣悪な環境で虐げらられるなど余りに惨い。しかしこの現状を打破する術など持たない老人は、己む無力感を嘆きながら持ち場へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

「ううっ……ひっく……!」

 

仕事が終わり、脱走しない様に部屋に閉じ込められ自由さえない。繰り返される苦痛の日々、大人でさえ耐えられないであろうこの環境に年端もいかない子供が耐えられる訳がない。時折こうして啜り泣く唯一の子供。

 

「坊や……」

 

「本当に、なんであんな子供までこんな……」

 

「可哀相に……本来なら親に甘えたいだろうに」

 

奴隷の中で唯一の子供に対して、他の奴隷達は同情し優しく接している。しかし自分達も奴隷の身、庇う事も此処から救い出す事も出来ない無力さを憎みたくなる。出来る事と言えば励ます事と自分達の昔話をしてやれるくらいだ。

 

「坊や、辛いだろう、悲しいだろう。だがね、これだけは覚えていておくれ……」

 

「ひっぐ……おじい、ちゃん……」

 

先程も子供を気遣っていた老人が涙を流す子供に優しく語りかける。

 

「どれだけ辛くて、悲しくても……」

 

希望だけは、失わないでおくれ……

 

辛く、悲しく、苦しくても、この絶望的な環境の中でも、望みだけは失ってはいけないと言い聞かせる老人が語る。

 

「っ……う、うん……」

 

その言葉を聞いた子供は、泣き声混じりに小さくだが、確かに頷いていた。

 

 

 

 

 

「……………ちっ」

 

時刻は朝6前、太陽が登り始めているであろう時間に俺は眠りから目を覚ます。しかし目覚めは最悪だ、その事に舌打ちを打つ。夢を見ていた、夢を覚えている時と忘れている時があるが、今回は忘れて欲しい方の夢。俺が奴隷として虐げられていた頃を夢に見るとは、本当に最悪の目覚めだ。

 

「……顔でも洗うか」

 

起き上がって洗面所に向かう、少しは気分が晴れればいい。蛇口から流れる水でバシャバシャと顔を洗ったが、冷たい水で目は冴えこそすれど、気分は微塵も晴れなかった。

 

「……着替えるか」

 

タオルで顔を吹き終えた後、やる事もないので制服に着替える事にした。そのままの足取りで制服を置いている机に向かう。目覚めの悪い夢を見たが、奴隷の頃はまだマシだった。誰かが居てくれて、励ましてくれたから……

 

「……………」

 

昨日の内に制服を梱包しているビニールは取ってある、後は着替えるだけだ。服を脱いで肌着だけになり制服に手を掛ける。

 

「んっ……こう、か?」

 

構造を確かめながら少年は制服を着始める。シャツに手をかけボタンを1つ1つ外し終えるとそのまま着てボタンをかけ直す。全てかけ終えると、ズボンをのボタンを外しチャックを下ろしてそれを穿くと、チャックを上ほボタンをはめ直す。履いた後に緩いと思っているとベルトを見つけ、それをズボンに通してなんとかバックルを装着出来た。残すは特殊な構造をしたブレザー、本来女子生徒しかいないIS学園には男子の制服などある筈もなく、織斑一夏の入学が決まった際に作られた特別な服、デザインは女子のそれとは異なっている。腰付近にベルトを通し学ランを混ぜたみたいなデザインのブレザーに手間取っさしまうが、なんとか制服を着る事が出来た。見事にキチンと着れている。このまま入学案内の制服見本の写真として使えそうだ、女の園IS学園に男子の制服見本を載せても意味はないのたが。着替えに思いの外戸惑ったのか、時計が示す時刻は7時を少し回っていた。

 

コンコン

 

かれこれ40分以上に渡る制服との戦いに決着を付け終え椅子に腰掛けていると、ノック音が聞こえてきた。

 

「轡木です。朝食を持ってきました」

 

轡木さんか、どうやら朝食を運んで来てくれたらしい。すぐにドアへと向かって、ドアを開ける。

 

「おはようございます」

 

「お、おはようございます……」

 

やはりこの人相手だと戸惑う、おじいちゃん達を思い出すからか、だからあの夢を見たのだろうか?答えはわからない。

 

「おや、もう制服を着ていたんですね。似合っていますよ」

 

「……ど、どうも……」

 

似合っていると言われくすぐったそうな少年、出で立ちを誉められるなど経験になくこそばゆいのだろう。

 

「はい、これが朝食です。余り大した物ではありませんが」

 

「……いえ、ありがとうございます……」

 

朝食が乗ったトレーを少年が受け取る。

 

「それでは、私はこれで。後で織斑先生が迎えに来ますのでそそれまでは部屋でゆっくりしていてください」

 

「……わかりました。朝食、ありがとうございます……」

 

「いえいえ、それでは……」

 

轡木さんが去るのを見送った後、朝食を机に運び食べる事にする。

 

「……これは」

 

受けとった朝食のメニューは、ロールパン2つに野菜サラダ、コーンスープに、デザートとしてヨーグルトと林檎二切れ、飲み物として紙パック入りの牛乳とオレンジジュースである。どれもこれも、少年が今までに目にした経験がない食べ物ばかりだ。

 

「貴族の食事か何かか……?」

 

至って普通の朝食である。これが貴族の朝食ならば世の中貴族塗れであろう。

 

「これは……パンか?」

 

パンだけなら口にした記憶がある、しかしカサカサのパサパサに乾燥した固い物で口内の唾液が枯れそうになった記憶しかない。いい印象はないが昨日の夜は何も食べずに寝たので腹もすいている。覚悟を決めて、それにかぶりついた。

 

「っ!」

 

な、なんだこれは!?柔らかな食感に芳醇な味、そしてこの口どけ……なんだこれは?

 

パンに続いてフォークでサラダを一口、食器などまともに使った事がなく手間取ったが、口に入れれば数種類の野菜の味に、それを引き立てるドレッシングが広がる。これまで野菜や果物など茎や皮くらいしか口にしたことの無い少年には今まで体感した事のない新鮮味だ。そしてスプーンでスープを一口飲めば、トウモロコシの甘味とクリーミーなコクが広がる。合間に牛乳を飲むと濃厚でいて喉越しのいい味が体に染み渡り、オレンジジュースを飲めば果汁が喉を潤し爽やかな気分が体中に広がる。

 

「な、なんだこれは……?」

 

初めてまともに食べる食事、取り付かれたかの如く少年は食べ進めていく。そして残りはヨーグルトと林檎、まずはヨーグルトをスプーンで掬い一口。酸味

ある滑らかな舌触りが口内を支配している。その後に林檎を一かじり、シャクシャクと心地良い歯応えと咀嚼音が生まれる。自然な甘味と果実特有の酸味がサッパリとした気分へと導く。それが気に入ったのかヨーグルトを食べては林檎をかじるのを繰り返していく。

 

「……………ふぅ」

 

最後の一口を飲み込むと、ふぅと息を吐き出して一息付く。無我夢中で食べ進めてしまった。生まれて初めてだ、此処まで食べる事に夢中になったのは。

 

20分近い食事を終えて、残っていたジュース一口をズズッと飲み干す。現在7時32分、まだ姉さんは来ない。そういえば、生徒になるからには授業を受けるのだろうが、何を持っていけばいいんだ?ノートと筆記用具は当然として、この教科書全てを持っていけと?わからん、学校など未経験なだけにどれだけ授業を受けるのかさえわからない。研究所の時には徹夜でやらされた事が何度もあったが、流石に教育機関がそんな事はしないだろう。

 

「まぁいい。姉さんが迎えに来た時に聞こう」

 

それが一番手っ取り早い、そう答えを出して迎えを待つ事にした。

 

 

 

 

 

コンコン

 

「私だ、迎えに来た」

 

8時を少し回った頃に姉さんが迎えに来た。ドアを開けに向かう。

 

「制服はちゃんと着れているか。準備は出来ているか?」

 

「……その事だが、今日は何を持って行けばいい?」

 

「あぁ……そういえば時間割を伝えてないな。……よし、取り敢えずこれを持ってくればいい」

 

そういえばそうだった、と納得した姉さんは所持していた筆記用具でスラスラと文字を書いていき、それを此方に渡す。

 

「……わかった。準備をしてくる」

 

紙に書かれている教科の教科書を鞄に入れる。荷物の入った鞄を手に持ち、姉さんの下へ向かう。

 

「もういいか?」

 

「……あぁ。大丈夫だ」

 

鍵を掛けて戸締まりも確認した、問題はない。

 

「そうか、それと私は教師でお前は生徒だ。それに応じた対応を取れ」

 

どうやらこの言葉使いで接するのは駄目という事らしい。教師として示しが付かないのだろうか。

 

「……わかりました。織斑先生」

 

「よし、なら行くぞ。付いて来い」

 

「……はい」

 

これなら大丈夫らしい。返事を返してそのまま後を付いて行く。

 

「取り敢えず入れ」

 

着いた先は職員室と書かれてた札がある場所に入室する。ん?生徒が居る様な場所にはみえないが……居るのは教師と思われる女性ばかりで、俺が入るなり軽くざわついている。

 

「手続きが少し残っていてな、取り敢えず名前だけでもないと色々と不都合だ。生徒達もお前をどう呼べばいいか困るしな」

 

言われてみれば納得出来る。確かに名前もない俺をどう呼ぶか、悩むといえば悩むのかもしれない。名前なない人生になれているから気付かなかった。

 

「それと……昨日の件もある。遺伝子検査をさせて貰うが、構わないな?」

 

「……はい。構いません」

 

抵抗なく了承を伝える。遺伝子検査でも何でもするがいい、そんな物慣れている。

 

「それは放課後に回すとして、まずは名前だ。何か望む名前はあるか?」

 

「……自分で決めろと?」

 

「なんだ?此方が好きに決めて構わんのか?」

 

いきなり名前を決めると言われても困る。親に名付けて貰えばこんな苦労せずに済む物を……しかしどうする?俺の名前か……名前で呼ばれた事などない、坊や若しくは0号と呼ばれていた事が殆どだ。全く、突然名前を決めると言われてもどうすれば……!

 

「どうした?此方で決めて構わんのか?」

 

「……いや、自分で決めます」

 

思い付いた。俺の名前を……これから生きていく上での俺の名を。

 

「ならば此方に書け」

 

ペンを渡され書類に名前を書くのを求められる。椅子に座り、この名を名乗ろうと決めた名前を書き記す。

 

「っ!それは……」

 

漢字とふりがなで書いた名前を見るなり驚きを露わにしだす。その様子に周囲の教師達が何事だ?という様子で伺っている。

 

「……どうかしましたか?」

 

「い、いや……なんでもない」

 

ゴホンと咳払いをし、なんでもないという事をアピールしている。

 

「それが……お前の決めた名前か?」

 

「……はい。何か問題でも?」

 

平静を装っているが、明らかに姉さんは動揺している。不都合でもあるというのだろうか。

 

「……いや、問題はない。此方の書類にも名前を書け」

 

「……わかりました」

 

渡された書類にも名前を書いていく。名前だけなので楽だ。

 

『これは、偶然なのか……?」

 

千冬は少年が書いた名前に驚愕した。何故よりにもよってこの名前を名乗ろうと決めたのか?それとも、彼はこの名前を名乗る宿命だったのか。彼が書いたその名前とは……

 

一季(いつき)

 

本来家族として過ごす筈の弟の名前と同じ物だった。

 

 

 

 

 

書類を書き終えて少し時間が経った後、漸く教室へと向かい歩を進めている。

 

「まずは私達が生徒達に説明するから、それまでは廊下で待機しておけ」

 

「……はい」

 

道中、事の段取りを説明される。また待機か。

 

「大丈夫ですか?緊張とかしていません?」

 

「……大丈夫です」

 

山田先生が気を使ってくれるが、正直言って緊張しているのかどうか、俺にさえわからない。ただ、普段より歩くのがぎこちない気がした。

 

「何をしている。さっさと教室へ戻れ」

 

教室へと近付いていくと同時に生徒達をちらほらと目にする。その度に姉さんの一言でそそくさとその場を去るが、全員俺を見て驚いていた。

 

「着いたぞ。此処がお前のクラスだ」

 

とうとう教室に辿り着いたらしい。廊下に居ても教室内の賑やかな談笑が聞こえてくる。今までに聞いた事のない楽しそうな声色だ。

 

「私達が呼ぶまでは此処で待っていろ」

 

「……わかりました」

 

出来る事なら早くして欲しいのが本音だ。変に待たされるのは好きじゃない。そのまま2人は教室へと入っていく。

 

目を閉じ、深く呼吸をして心境を整える。自己紹介くらい出来なければここから3年間到底やってなどいけない。そして、数分経過して遂に呼びがかかる。

 

「……はい」

 

一言そう返答して、教室と廊下を区切るドアを開ける。そして一歩、また一歩と足を踏み出して、ざわついている教室へと入っていく。そして姉さんの隣で止まり、俺を射抜く瞳の持ち主達をしっかりと見る。

 

「ては、自己紹介を」

 

「……わかりました」

 

女子生徒の視線が集中する中、この学園唯一……いや、それはさっきまでの話だ。織斑一夏、奴も俺を見ていた。そんなに興味深いなら聞くがいい、俺がこの名で生きていくと誓った名前を。

 

「……一季だ。今日からこのクラスの一員となる者だ。これからよろしく頼む」

 

一つの夏の前に一つの季節が現れる。数多の数奇なる宿命に翻弄されし2人の少年。今、2人のイレギュラーが此処IS学園にて対面した。

 

『お、男……!?』

 

自分に次ぐ2人目の男がこのクラスの一員となる事に驚愕する一夏。しかし、更に彼を驚愕させる事実が待ち受けている事を、今の彼は知る由もなかった。

 




今回は少年いや、一季の過去から7話の最後までの話でした。

序盤は一季奴隷時代、本当に辛い過去です。ですが一季も言っていたように、後の研究所ではこれがマシお思える仕打ちが待っているんです。

そしてシリアスが続くかと思ったら中盤は朝食を堪能してるという……あれが貴族の食事なら私だって貴族ですよ。

この小説で一話丸々のシリアスは……あったなら相当重いです。

そして名前の決める事になり決めたのが一季、そりゃ千冬も驚きます。だって一季という名前を知っているのは千冬とごく一部だけなんですから。

一季が自分の名前をこれにした理由はいずれ明らかになるでしょう。

では、また次回!


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第10話 2人目現る

タイトル、思いつかなかったのでこれになりました……


「……一季だ。今日からこのクラスの一員となる者だ。これからよろしく頼む」

 

千冬姉の隣に立ち自己紹介をしたのは紛れもなく男子だった。

 

「だ、男子……?」

 

クラスの誰かがぽつりと呟くのが聞こえた。その呟きと同じ事を考えていた。だが俺はそれと同じ位気になる事があった。

 

「……俺が女子に見えるなら、視力検査する事を進める」

 

2人目の男子……一季と名乗った男子にも聞こえていたのか、そう返した。

 

『一季って……』

 

俺が気になるのはその名前だ。一季とは亡き俺の双子の兄弟の名前として両親が名付けようと決めた名前だと、昔千冬姉から聞いた。偶然だよな?そこまで奇妙奇天烈な名前って訳でもないしな、だけど……似ている、昔の千冬姉に。中学の頃の千冬姉は接触すれば切られそうな程鋭い雰囲気を帯びていて、弟の俺でさえ恐ろしいと感じる程だった。高校生になる頃には束さんとよく連んでいた影響からか大分丸くなっていたが。それ以上に思う点がある。

 

『あいつ、何処かで会った様な気が……』

 

初対面の筈だというのに、何故だろうか?初めて会ったとは思えないんだ。何なんだよ、このモヤモヤとした違和感は。

 

「2人目の男子……」

 

「それも家のクラスに……」

 

「これは夏の新刊はこれに……」

 

転校生の一季が男だとわかり、各々好き勝手に色々と述べている。所でおい、最後のはなんだ最後のは!

 

「あー、騒ぐな。静かにしろ」

 

その一言で教室は静かになる。流石は千冬姉と言った所か。

 

「まぁ、取り合えず席に着け。席はそこだ」

 

「……わかりました」

 

そう返すと一季は開いている廊下側の一番前の机へと向かい、自分の席へと座ると、視線の集中放火も特に意に介さす鞄から教科書などを取り出している。

 

「さて、転校生の事を気にする事は構わんが、それで授業に身が入らない等というのは認めないのでちゃんと授業に集中する様に」

 

その言葉に一同、はーい。と返す。丁度ホームルームも終わる時間となり、そのまま授業へと直行するのであった。

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、1組に2人目の男子が転校してきたってホント?」

 

「ホントホント!もう見た子も居るらしいよ」

 

一時間目が終わり休み時間となった途端に雑談に花咲く我が3組の教室、そんな空間の中で聞き逃せない会話が、あたしマリア・ブライトの耳に入ってきた。

 

『もしかして……』

 

あたしはその男子に心当たりがある。昨日アリーナに現れた侵入者の男、奴は男なのにISを動かしていた。同じく男でISを動かした織斑が此処に入学したって事は……自分の目で確かめよう、そう決めて廊下へ出て1組へと向かう。考えるより目にした方が早いってもんさ。にしても、凄い人数だねえ。他にやる事ないのか?って、あたしが言えたことじゃないか。大勢詰め掛けてる中でも、175cmと他の女子比べても頭一つ分は高い身長のお陰で教室内がよく見えるよ。

 

『……やっぱり』

 

廊下に一番近い列の一番前の席にそいつは座っていた。あたしの予想通り、転校生は昨日此処に侵入した男だった。いやはや、もしかしたら此処の生徒になったりして。と思ったけどさぁ、まさか本当に生徒になってるなんてねえ。

 

『にしても、誰か話し掛けたりはしないのかね』

 

クラスメートも廊下に集まってるいるのも、皆が皆して興味はあるけど話し掛けたりはしていない状態さ。まぁ、何となくその理由はわかる。怖いんだろうね、雰囲気とかさ。まったく歯痒いなぁ、よし、昨日の事もあるしあたしが話し掛けてみるかな、と思ってたら既に織斑イチカが話しかけていた。

 

 

 

 

 

「……………」

 

授業は終わり今は休み時間という物らしい。授業には問題なく付いていけた、次の授業の準備を済ますと、やる事もないので他の教科書を読む事にする。何せ廊下は生徒が押し掛けて此方を凝視している。他にやる事がないのだろうか?

 

「彼が2人目の男子?」

 

「なんか……暗そうね」

 

「ちょっと怖いかも……」

 

俺を見て好き勝手な意見を述べている。明るくはないので暗いというのは否定はしないが、怖いとはなんだ怖いとは。人を妖怪みたいに。

 

一季は失敬だと感じているが、伸びに伸びた黒い髪に、余裕で目に掛かりまくっている前髪と顔の左側を覆う包帯、本来は整っている顔立ちもそれらで隠れてしまっており、顔立ちがはっきりと伺えないのだ。その容姿を見て日本妖怪の貞子に見えると漏らしていた。男なので貞子というより貞男といった方が正しい気もしなくはない。

 

「えーと、ちょっといいか……?」

 

教科書を読んでいると奴が、織斑一夏が話し掛けて来る。何の用だ、一体。教科書をパタンと閉じて奴と向き合う。

 

「……何か用か?」

 

「いや、用って程じゃないけどさ。一応挨拶をって思って」

 

そんな事か、貴様など今更自己紹介されるまでもない。此処に居る全員貴様の事を知っている。

 

「俺は織斑一夏、よろしくな」

 

「……知っている」

 

貴様の名前など今更教えられなくてもわかっている、忘れようにも忘れられない名前だ。

 

「……さっきも言ったが一季だ」

 

奴相手だが、一応は名乗り返しておく。我ながら愛想も素っ気ない返答で返したものだ。

 

「……それで、用はそれだけか?」

 

「あぁ、これと言って用はないけど……」

 

「……なら、もういいだろう。用がないなら俺が貴様と話す義理はない」

 

そう吐き捨てて、先程まで読んでいた教科書に目を通すのを再開する。すると奴は軽く焦りながら話し掛けてきた。

 

「いや、そのさ……此処俺達以外男子がいないから話し相手になってくれないかな~って」

 

「……知った事か。他を当たれ」

 

「他が女子しか居ないからお前に話し掛けてるんだよ。てか、お前はこの雰囲気何とも思わないのか?」

 

「……思わないな」

 

淡白な返答を返し続ける。周りで女子生徒達が此方のやり取りを見てワイワイ騒いでいるが、一体何処に騒ぐ要素があると言うのか。

 

世の中、男同士で会話しているだけで妄想の糧と出来る人種が存在している事を一季が知る筈もなく、軽く流している。知ったらどうなる事か、間違いなく現在の様な落ち着きは消え失せるだろう。

 

「何とも思わないのか?こんな動物園の珍獣みたいな、丸で見せ物だぜ……」

視線を廊下に向けてみる。確かに生徒が大勢押し掛けており、差し詰め俺達は見物で他はそれ目当ての見物人と言った所か。その小規模な群集の中に昨日遭遇した生徒の姿も確認出来た。

 

「……実際そうだろう。俺達は女にしか動かせないISを動かしたイレギュラーな存在、珍獣扱いされても不思議な事じゃない」

 

「そりゃあそうだけどさ、俺は昨日からずっとこれだぜ。ったく、何時まで続くんだか……」

 

奴は昨日から見せ物扱いらしいが、何の同情も湧かない。実験動物以下の扱いだった俺からすれば、見せ物など遥かにマシだ、甘ったれた事を抜かしている。

 

「……だったら慣れればいいだろう。それで全て解決だ」

 

「いや、確かに言う通りだけど……お前スゲーな。この状況で全く動じてないなんて」

 

見せ物扱いで動じて等いたら、ここから先を生きていけるか。

 

「……この程度でうろたえている貴様が軟弱なんだ、もっと自分の立場を理解して精進しろ。でなければ此処で暮らしていく事など出来はしない」

 

「……そうだよな、いつかこれにも慣れるだろうし。ありがとな、お陰で休み時間潰せたぜ」

 

その言葉を聞き時計を見てみると、休み時間は残り1分弱だった。何時の間に……何故こんな奴との会話で休み時間を費やさねばならない。

 

「じゃあ、また次の休み時間でな」

そう言って無駄に爽やかな表情でヤツは自分の席へと戻って行く。おい、誰が次の休み時間も相手になると言った?おい!

 

キーンコーンカーンコーン

 

ちっ、授業再開を告げる予鈴が鳴り心の中で舌打ちを付く。まぁいい、次の休み時間になったら直ぐに何処かへ行こう、そう決めて授業に望む事にした。

 

「これは……爽やかなイケメンが素っ気ない根暗系男子を口説く展開……!」

 

「最初は素っ気ないけど、次第にツンデレになってそして……夏の新刊はこれね!」

 

予鈴が流れ、各々がクラスへ戻る最中、一夏と一季の会話する光景を見て腐った会話が聞こえ「薄い本が厚くなるねえ……」と、苦笑いを浮かべながらマリアも自分の教室へと戻っていった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

2時間目の授業が終わると同時に教室から出て何処へ行くかと思っていた所、この屋上へと続く階段を見つけそれを登った結果的屋上に辿り着いた。緑の芝で覆われ、綺麗に配置された花壇には色とりどりの花々が咲き誇っている。いい場所だ、風が心地良い。

 

「広いな……」

 

IS学園は島1つが学校というだけあって敷地が広い。見渡せる設備がこの学園の物なのだ、俺もこれらを利用する日がいずれ来るのだろう。そして地平線の先まで広がっている空と海、見ていて飽きがきそうにない位綺麗な景色だ。

 

「ちょっといいかい?」

 

屋上には俺1人だけだった筈だが、誰か来ていたのか。俺に話し掛ける等物好きな……ん?この声……聞いた覚えが。そんな感覚を抱きながら振り返るとその感覚は当たっていた。

 

「昨日振りだね。侵入者さん」

 

その声の持ち主は、昨日此処で初めて会った女子生徒だったのだから。昨日と同じく上着を着崩しているが、ベルト部分は取り付けられている。女子の制服は俺達男子と違いズボンではない筈だが、それを穿いている。女子の穿いているあれ……なんだった、あれの名前?

 

「……あぁ、昨日振りだな」

 

何の用なのだろうか?昨日の事で文句でも言いにきたのか?

 

「そんな気構えるなよ。あたしは只単にアンタと話がしたいだけさ」

 

「……そうか」

 

……この状況、余りよろしくない。俺は異性と接した事などまるでない、昨日姉さんと山田先生と会話するので精一杯だったんだ、ましてや同世代の女子となど話をした事が昨日が初だぞ。

 

「男でISを動かしていたから、もしかしてって思ったけど……まさか侵入者が本当に此処の生徒になるなんてねえ」

 

「……別に好きで侵入したわけじゃない」

 

「へえー、じゃあなんであんな侵入の仕方なんてしたのかねえ?」

 

……言えん、整備不足でPICに異常が起きてそのまま落下したなど口が裂けても言えん。誰があんな侵入をする、やるならもっとマシな方法を模索する、あんな侵入を思い付いたら只の馬鹿だ。

 

「ふーん」

 

いかん……完全に向こうのペースだ。話題を変えなければ。

 

「……そういえば、足は大丈夫なのか?」

 

「えっ?あぁ、軽く捻っただけだから2、3日で直るよ」

 

「……そうか」

 

「なんだ、心配してくれるのか?意外と優しい所あるんだねえ」

 

……何故よりにもよってこの話題を振った、俺の阿呆。

 

「……その、本当にすまない」

 

軽い怪我で済んだから良かったものの、それでも罪悪感は湧いてくる。もう一度しっかり謝りたいと思っていた。

 

「いいって、いいって。あっ、そういえば自己紹介がまだだったね。あたしはマリア・ブライト、アメリカの代表候補生さ。よろしく」

 

「……一季だ。よろしく頼む」

 

その事ならもういいよと言う様に軽く許すと、その生徒、マリア・ブライトが自己紹介をしてきたので此方も自己紹介をする。

 

「イツキ、か。名字は?」

 

「……ない」

 

「ない?」

 

「……生憎名字はない。名前だけだ」

 

嘘ではない。本当にないのだから。今朝まで名前さえなかったのだ、そんな人間に名字がある訳もない。

 

「……そっか。アンタ、苦労してるんだね」

 

察してくれたのか、ブライトはこれ維持深く詮索してこなかった。

 

「……察してくれて助かる」

 

「礼を言われる事じゃないよ。誰にだって触れられたくない事があるってもんさ。そうだろ?

 

「……あぁ。その通りだ」

 

話のわかる相手で助かった、過去は詮索されるのは余り好きでないからな。

 

「さてと、もうそろそろ教室に戻ったほうがいいねえ」

 

「……そうだな」

 

まだ休み時間ではあるが箇々から教室まで距離がある。早めに戻っておいた方が得策だ、何せ俺のクラスは担任が姉さんだからな。遅れたらどうなるか……それはわからない、しかし遅れてはならないという感覚が俺の中に芽生えていた。俺とブライトは教室へ戻ろうと、歩を進めていく。教室に近付いていくにつれ生徒の姿が増していき俺達を見るなりひそひそと話している。

 

「……全く、他にやる事がないのか?」

 

「仕方ないよ、あんたと織斑は此処に2人しか居ない男子なんだからさ」

 

「……そんな事は十分理解している。だが、俺達を鑑賞して何が楽しい?」

 

こんなのを鑑賞しても何も得る物などないだろうに。

 

「まっ、世界に2人しか居ない男でISを動かした存在なんだ、一度はどんな男か目にしておきたいんだよ」

 

「……そういう物なのか?」

 

「そういうもんさ。暫くは続くよこの状態」

 

「……………はぁ……」

 

少し間を置き溜め息を吐く。認めたくはないが、奴が溜め息混じりに言っていた愚痴を俺も言いたくなった。

 

「じゃあ、あたしは此処で」

 

3組の目の前に辿り着いた事でブライトとの移動は此処までだ。といっても、此処から1組まで時間にしてみれば30秒もかからない。

 

「じゃ、頑張れよ!」

 

「あぁ……」

 

励ましにそう短い返事を返して俺も教室へと歩むのを再開する。もう少し気の利いた返事が出来ないのか、我ながら愛想のない返事だ。

 

その後、教室に着いた一季は授業の準備をしてそのまま問題なく授業へと入ったが、一季と話していたマリアは、担任が来るまでクラスメートに質問責めにされる羽目にあったのだった。

 

 




という訳で、授業の描写がなく、休み時間の描写が中心となった今回ですが、

一季、一夏と意外と会話しました。まぁ、全く愛想のない返答ですが、それでも腐った妄想をされるという……知ったらどうなる事やら。

そして屋上でマリアと会話をしますが、さっき一夏に偉そうに言ってたの誰だっけ?とツッコミたくなるような事に、完全に女の子相手に戸惑ってます、だって同世代の女子と会話したのマリアが初めてですから。

では、また次回。


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第11話 怒りと後悔

最初に謝っておきます。オルコッ党の皆様ごめんなさい!


3時間目の授業に突入し、当然の如く授業は進んでいく。山田先生は時折詰まりながらも俺達生徒にISの基本知識を教えている、最も俺はこの程度の知識なら十二分に把握しているのだが、ちゃんとノートは取っている。

 

「という訳で、ISは宇宙での作業を想定して作られているので、宇宙空間でも特殊なエネルギーバリアが操縦者の全身を包み込んで守っています」

 

ISの事なら何年も叩き込まれてきたのでこれも理解している。元々は宇宙空間での作業を想定して開発されているのだ、操縦者の肉体を保護するのは当たり前の事だろう。

 

「生態機能を保護する役割も兼ね備えていて、常に操縦者の肉体を安定した状態に保たせます。これには心拍数、脈拍、呼吸量、発汗量、脳内のエンドルフィンなどがあげられており……」

 

「先生、それって大丈夫なんですか?なんだか体の中を弄られてるみたいで怖いんですけど……」

 

クラスメートの1人が不安そうに尋ねる。ISを動かした際に体感する独特の一体感は不安を覚える物なのかもしれないが、そんな物、非合法の実験で肉体を弄られるよりかは遥かにマシだ。

 

「そんなに難しく考える事はないですよ。例えるなら……皆さんはブラジャーをしていますよね。あれはサポートこそしても体に悪影響を与えたりはしませんよね。勿論自分に合ったサイズでなければ型崩れしまいますが……」

 

ここまで話して山田先生が俺と奴を見る。目が合って数秒後に顔が赤くなる。

 

「あっ、えっと、いや、その……織斑君と一季君はしていませんからわからないですよね、この例え。あは、あはは……」

 

何やらごまかした笑いが、妙な空気が漂う教室に虚しく響く。山田先生の言う通り今の例えは全くわからない、そもそもブラジャーとは何なんだ?俺より女子達がその発言を意識しているのか、腕組みをして胸を隠そうとしている。……………何となく、何となくだが俺の苦手な話題だと思えてきた。

 

『なんだ、この変にまずい雰囲気は……』

 

落ち着きたくても落ち着けない。この気まずさの中では居心地がよくない。

 

「んんっ!山田先生、授業の続きを」

 

「は、はい!」

 

咳払いでこの妙な空気を一掃するとは、流石は姉さん。これがブリュンヒルデの成せる技……ではないな。

 

「そ、それともう1つ大事な事は、ISにも意識に似た物があり、一緒に過ごした時間で分かり合うといいますか、操縦時間に比例してISも操縦者を理解しようとします」

 

その言葉に制服の下で首からぶら下がっている悲劇の復讐者に意識がいく。お前も俺の事を理解しようとしているのだろうか?

 

「それによりお互いが理解して、より性能を引き出せる事になるという訳です。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

「先生ー、それって彼氏彼女みたいな関係ですかー?」

 

今の説明にすかさず女子が反応し山田先生に問う。

 

「そ、それはあの……ど、どうでしょう。私にはそういった経験がないのでわかりませんが……」

 

その経験とは恋仲になった事がないという意味だろう。俺にもわからない、言葉の意味やそれがどういった物なのかはわかるのだが、どんな心境になるのかわわからない。赤面している山田先生を余所にクラスの面々はきゃいきゃいと男女関係での雑談をしている。姉さんが居るこの空間でよく授業中に雑談など出来るものだ。

 

「……なんですか?山田先生」

 

「あっ、いえ。なんでもないですよ!」

 

何やら山田先生が奴をジロジロと見ている。それに気付いた奴に尋ねられ慌てふためいていた。

 

キーンコーンカーンコーン

 

「え、えっと。次の時間では空中におけるIS基本制動をやりますからね!」

 

そう言って山田先生と姉さんは職員室へと戻って行く。休み時間となったこの教室は先程の雑談の続きが飛び交っている。……なんだ、この甘ったるい空間は。教室に来てから感じるが、雰囲気だけではなく、実際に甘さを感じて胸焼けを起こしそうだ。こんな感覚今までに経験した事がない、これは……正直此処で暮らしていく事を舐めていたな。奴は女子達に囲まれて質問責めに遭っているが、何故か俺には誰も寄ってこない。また屋上に行くか、と席を立とうとした所

 

「ちょっとよろしくて?」

 

世の中物好きは居るらしく、奴ではなく俺に話し掛けてきた。

 

「……何か用か?」

 

「まぁ、なんですのそのお返事は。わたくしに話し掛けられたのですから、それ相応の態度という物があるのではなくて?」

 

鮮やかな金髪と透き通る青い瞳を持つ女子が話し掛ててくるが、なんだコイツは。初対面の女子にこんな偉そうな振る舞いをされなければならない。と思ったが……女性優遇の社会になっていればこういう奴が居ても可笑しくはないなと結論付ける事にした。

 

「………悪いが、俺はお前の事など知らん」

こういう時俺の愛想の無さが役に立つ。実際こんな奴は知らない。何処の誰なのかも興味がない。

 

「知らない?このセシリア・オルコットを?入試主席にしてイギリス代表候補生である、このわたくしを!?」

 

目の前の女子、セシリア・オルコットが噛み付いて来そうな勢いで話してくる。

 

「知らないと言っているだろう。何度も言わせるな」

 

他の人間が自分の事を知っていて当然とでも思っているのか?

 

「……信じられませんわ。常識ですわよ、常識。全く、これだから男は……」

 

「ブツブツと煩い奴だな。自分の存在が万国共通の常識だとでも思っていたのか?身の程をわきまえろ」

 

「なっ!?」

 

思わず毒を吐いた様な言葉を口にしたが後悔はしていない。こいつは自分の事を過大評価している、そう感じた。

 

「あ、貴方ねえ!わたくしを侮辱していますの!?」

 

「事実を言ったまでだ。代表候補生とはそこまで初対面の人間に偉そうに振る舞える程偉いというのか?」

 

先程、代表候補生のブライトと話したが、あいつはこんな自分の立場を鼻にかけた振る舞いや言動などしていなかった。こいつは明らかに俺を、いや。男という存在を見下している。

 

「当然ですわ、わたくしはエリートなのですから偉いのは当然の事。貴方や織斑さんは偶々ISを動かしただけで此処に居る場違いな存在。比べるまでもありませんわ」

 

「そうか、エリートというのは偉いから自分より劣る存在を見下してもいい身分なのか。随分ご立派な身分な物だ」

 

「……馬鹿にしていますの?」

 

「さあな、誉めていないとだけ言っておこう」

 

売り言葉に買い言葉とはこの事である。この2人のやり取りを見て昨日の件を思い出していたクラスメート達も今日は穏やかではないと察し始めて来た。受け流していた一夏と違い、一季は臆する事なく言い返してる。雰囲気は悪くなる一方だ。

 

「言わせておけば……」

 

思い切り睨みを利かせているオルコットだが、そんな物で俺が臆するとでも思ったか?

 

「……ふぅ。まったく、少しは知性を感じさせる方かと思いましたが、みずほらしい外見通りの中身のようですわね」

 

「ほざいてろ。お前に罵られても腹も立たんわ」

 

怒りが一回りして冷静になったのか落ち着いて嫌みを言ってくる。悪かったな、身嗜みなど気にして生きていける余裕などなかったものでな。向こうはこの発言に不愉快そうだが知った事か、不愉快なのは此方も同じだ。

 

「まぁまぁ、2人共。その辺にしておけって」

 

この現状を見かねたのか、俺達の間に奴が割って入ってくる。

 

「貴方は関係ないでしょう。口を挟まないでくださいます?」

 

「別にお前に仲裁して貰う必要などない。こんな奴適当にあしらうだけだ」

 

「おいおい……」

 

ちっ、何故休み時間をこんな無駄な事に費やさねばならない。実に無駄な時間な使い方だ。

 

「そもそも貴方達は礼儀という物がなっていませんわ。このわたくしに話し掛けられるだけで幸運だという事を少しは理解してくださる?」

 

「お前の様な傲慢な奴に話し掛けられるのが幸運ならば、不幸で構わないから話し掛けるな。生憎俺はお前みたいな傲慢な人間に礼儀を払いたくはない」

 

「くっ、この……!」

 

こんな奴に礼儀正しく振る舞わねばならない理由が何処にある。礼儀なら多少はわきまえているが、こんな奴に使いたくはない。

 

「……もういいですわ。1人でポツンとしているから折角わたくしが話し相手になって差し上げようとしたのに、その心遣いを無碍にするようや無礼な男だったなんて、時間の無駄でしたわ」

 

「時間の無駄?それはこっちの台詞だ。貴様のせいで休み時間を不快に過ごす羽目になった。まだこいつと話していた方がマシだ」

 

「まぁ、わたくしより極東の猿と話す方がいいだなんて。もういいですわ、猿同士仲良くしてください」

 

そう吐き捨ててオルコットは自分の席へと戻っていく。全く、本当に無駄な時間だった。

 

「……お前も席に戻ったらどうだ。もうすぐ授業が始まるぞ」

 

「あ、あぁ……」

 

奴に八つ当たりするかの如く言い放ち授業の準備をする。そして数分後、予鈴が鳴り姉さん達が教室へと戻って来た。さて、授業に身を入れるか。

 

「ところで織斑、お前のISだが、準備まで時間がかかる」

 

「えっ?」

 

「予備機がない。だから少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」

 

姉さんのその一言で教室がざわめき立つ。奴に専用機……何の苦労もなく専用機を。

 

「せ、専用機!?1年の、しかもこの時期に!?」

 

「つまり政府からの支援が出るってことで……」

 

「いいなぁー。私も早く専用機欲しいなぁ」

 

クラスメート達から驚きと羨みの声が挙がる、それもその筈だ。現在多くの国や企業で日夜研究に開発が行われているISだが、その中心たるコアは完全なブラックボックスとかしている。現在世界中に存在しているISの総数は467機、その全てのコアを作り出したのは篠ノ之束博士。そしてコアを製造する技術は一切開示されておらず、篠ノ之博士も一定数以上のコアの製かた頑なに拒み現在は行方不明であり国際手配されている。つまり篠ノ之博士以外コアを作れず当の本人も作る気がないのでこの限られたコアを国家、企業、組織、機関に振り当て、それを使い研究や開発に使用しているのだ。コアを取引する事はアラスカ条約第7条に接触し全ての状況下で禁止されており、何処限られたコアしか使用出来ない現状だ。専用機はそんなISの中でも限られた者にしか与えられない機体なのである。

 

「本来なら専用機は国家若しくは企業に所属する人なにしか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なのでな。データ収集を目的として専用機が用意される事になった」

 

「成る程、わかりました」

 

要するに奴は例外中の例外である貴重な男のIS操縦者のデータを収集する為の実験体だ。最も例外なのは俺も同じだ、しかも既に専用機を所有している。

 

「あの、先生。篠ノ之さんってもしかして篠ノ之博士の関係者なんですか……?」

 

女子の1人が手を挙げ質問する。……居るのか?このクラスに篠ノ之博士の関係者が。

 

「そうだ、篠ノ之はあいつの妹だ」

 

あっさりと姉さんは口にしているが、かなりとんでもない事実だぞ。篠ノ之博士の妹がこの学園に、しかも同じクラスとは……世の中狭い物だ。

 

「えええー!す、凄い!このクラス有名人の身内が2人もいる!」

 

「しかも、今日2人目の男子も来たし……」

 

「ねえねえ、篠ノ之博士ってどんな人?やっぱり天才なの?」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする?今度ISの操縦教えてよ!」

 

授業中、しかも目の前に姉さんがいるこの状況でよく席を離れてわいわい喋れるな。山田先生、おろおろしてないで注意をしてください注意を。貴方教師でしょう、そうには見えませんけど。

 

「あの人は関係ない!」

 

突然、大声が耳に入る。これは姉さんの物ではない

、篠ノ之博士の妹の物の様だ。

 

「……大声を出してすまない。だが私はあの人じゃない。教えられるような事は何もない」

 

そう言って篠ノ之は窓の方を向く。篠ノ之に群がっていた女子達も気分を削がれたのか席へと戻っていった。人には触れられたくない過去がある、篠ノ之もそうなのだろう。その後は普通に授業へと突入し、問題なく授業が進んでいった。

 

 

 

 

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で戦おうなどとは思っていなかったでしょうけど」

 

授業が終わるとオルコットが奴に絡んでいた。俺達にあんな振る舞いをしておいて何故絡むのか、あいつも話し相手が居ないのではと思えてくる。話の内容が見えないがあの2人は戦うのか?事情がさっぱり把握出来ん。

 

「……少しいいか?」

 

「えっ!?な、なにかな……?」

 

意を決して一季は後ろの席の女子、相川清香に話し掛けて事情を聞いてみる事にした。しかし話し掛けられると思っていなかった清香は驚きと一季を少々怖いと思っていたからか対応が少しおどおどしている。そんな対応を受け一季は「……何も怖がる必要ないだろう、話し掛けただけだというのに。俺だって結構勇気出して話し掛けたんだぞ」と内心思いつつも話を進める。

 

「………あの2人、織斑とオルコットが戦うとか話しているが、どういう事だ?」

 

「えっと………それはね、昨日クラスの代表を決める事になったんだけど、決まらなくて。1週間後に2人が戦って、勝った方がクラス代表という事に……」

 

……成る程。この説明を聞いて、なんとなくだが事情が見えてきた。

 

「………つまり、このクラスの代表を決める時に男の織斑を代表にしようとしたら、それにオルコットが反発して譲らず、その結果戦って勝った方がクラス代表にという事に話しが纏まった。という事か?」

 

「えっ!?なんでそこまでわかるの?だって私、そこまで詳しく説明してないよ?」

 

「……このクラスの雰囲気とオルコットの性格から推測した結果だ」

 

そんなに驚くとは、そこまで推測通りの展開だったのか?別にこんな推測当たってもさほど喜べないんだが。

 

「なにせ、このわたくしセシリア・オルコットはイギリス代表候補生、そうつまり……現時点で専用機を持っていますの!」

 

ビシッとポーズを取って格好付けている所悪いが、専用機なら俺も持っているぞ。そうオルコットに言ったらどうなるか、面倒事になるのは確かだ。

 

「そうなのか。そういえば……一季は専用機とかどうなってるんだ?」

 

絡まれていた奴が俺に話を振ってくる。貴様、自分は専用機を与えられたが俺はどうなのだろう?という気持ちでこの話題を振ったのだろうが……俺まで巻き込むな、いい迷惑だ。

 

「……持っている、と言ったらどうする?」

 

「えっ?まさかもう持ってるのか?」

 

「そんな……有り得ませんわ!世界に467機しかないISの中でも、専用機はほんの僅かの限られたエリートにしか与えられない物ですわよ。それを……」

 

今の発言を聞いてか、教室内がざわついている。教室内どころか廊下にも伝わったらしく、廊下のにもざわめきが起きている。少し思わせ振り過ぎたか。

 

「それで、持っていますの?いませんの?はっきりしてください!」

 

此方に近付いて来て机を勢い良く叩くオルコット。おい、俺の机だぞ、迷惑な。

 

「……耳元で騒ぐな。そんなに見たいなら見せてやる」

 

制服を胸元まで緩め、続けてシャツのボタンを3つ外す。何やら女子達が顔を赤くしながら胸元を見ているが気にせずにおく。鼻息が荒い女子も居たが気にしない、寧ろ気にしたらいけない。そんな感覚を覚えた。そのまま鎖部分を持ち上げると、悪魔を象ったかの様な黒い装飾がシャツから顔を出す。これが俺の専用機、悲劇の復讐者の待機形態。悪魔を象ったデザインのネックレスだ。

 

「ほ、本当に専用機持ちだなんて……」

 

「うわぁ、もう専用機持ちなんだ……」

 

「けど、デザインが悪趣味な気も……」

 

オルコットは俺が専用機を所有していると理解すると、驚きを露わにしている。他の面々も同様だが、誰だ?待機形態が悪趣味だと?ISは一度フィティングすれば、アクセサリーの形状で待機するが、どんなアクセサリーになるかは決められないのだ。悲劇の復讐者も待機形態にしたらこのデザインのアクセサリーとなったんだ。それを悪趣味だと?何処が悪趣味なんだ、中々のデザインだろうが。

 

「……で、もう気は済んだか?」

 

4時間目が終わり、昼食を取る為にこの休み時間は長い。それをこんなやり取りに費やしたくはない。

 

「お待ちなさい!まだ話は終わっていませんわ!」

 

「……だったら早く済ましてくれ。昼食を取る時間が減る」

 

普段は余り腹は減らないが、慣れない学生生活を過ごした上にこの特殊な環境に戸惑って今日は腹が減っている。早い所昼食を取りたい気分なんだ。

 

「決闘ですわ!」

 

「……はぁ?」

 

今、決闘と言ったな。間違いなく。

 

「決闘と申したのですわ!先程の礼儀を弁えない態度や振る舞いといい、男がISを動かしたというだけで何の努力もせずに専用機を持つだなんて……」

 

「黙れ……!」

 

「っ!?」

 

今なんと言った?こいつは俺が何の努力もせず、男でISを動かせるというだけで専用機を手に入れたと抜かした。ふざけるな!

 

「貴様に俺の何がわかる?何の努力もせずにだと!?勝手な事を抜かすな!」

 

激昂している俺に多数の女子が怖がったり怯えたりしている。悪いがその面々に配慮出来そうにない。

 

「お、落ち着けって。セシリアも言い過ぎたぞ」

 

「言い過ぎ?事実でしょう。貴方達は偶々ISを動かした男という事に変わりは……」

 

奴が俺を宥めようとするが。そんな物で抑えは効かない。寧ろ今のオルコットの言葉に更に腹が立つ。

 

「こんな奴と一緒にするな、こんな奴と同類扱いなど侮辱以外の何物でもないわ!」

 

「なっ……そこまで言わなくても……」

 

今の発言が少し癪に触りはした様だが、それでも奴は俺を宥め続ける。

 

「引っ込んでろ!これは俺とこいつの問題だ。邪魔するな!」

 

服を剥ぎ取るかの如く、奴を払いのける。

 

「いいぞ、オルコット。その決闘受けたってやる」

 

こんな奴からの勝負から退くなど、屈辱でしかない。逃げる理由など端からないしな。

 

「あら、威勢だけはよろしいのですね。それに免じてハンデを付けてあげてもよろしくてよ」

 

「どこまで俺を下に見ている?貴様にハンデを貰うなど屈辱でしかない。専用機持ち同士、条件は五分五分だろう。それとも、負けた時にハンデが合ったからとでも言い訳したいのか?」

 

「わたくしが負ける?貴方の様な男に?あははっ、冗談は存在だけにしてください」

 

どうやらとことん俺を下に見ているようだな。その驕りが命取りになるぞ。

 

「そこまで威勢よく啖呵を切ったのですから、もしわざと負けるようであれば、わたくしの小間使い、奴隷にしますわよ」

 

「……何だと」

 

今、なんといった……?こいつは今……なんと抜かした!?

 

「まぁ、みずほらしい貴方には奴隷は丁度いい身分……」

 

「おい!流石に言い過ぎだ……」

 

ベキッ!

 

流石に発言が行き過ぎていると一夏がセシリアを止めようとするが、その言葉を言い終える前に、何かが壊れる音が教室に響く。

 

「……………けるな……!」

 

一同がその音の発生源であろう場所を見ると、そこには背もたれの一部分が砕ける様にへし折れており、残骸としかした一部分が床に散らばっていた。

 

「ふざけるな!」

 

誰がどう見ても激怒しているのがわかる怒りを露わにしている一季。怒りの余り、背もたれに置いていた左手を握り締めた結果、背もたれが破損してしまったのである。背もたれが脆いのではない、他の学校では見られないであろう丈夫な椅子の背もたれを人間が素手で壊すなど無理だ。一季が『普通の人間』ではないからこそこの現状とかしているが、その事を知るのは一季しかいない。

 

「貴様……黙って聞いていればいい加減にしろよ、奴隷にするだと?浅はかな事を抜かすも大概にしろ!」

 

「ひっ……!」

 

先程までの余裕に振る舞いは消え失せて、今のオルコットは完全に此方に怯えている。だが、そんな事知った事か。みずほらしい?先程は少々癪に触った程度だが、今回は違う。奴隷に身形を整える余裕が、それを訴える権限などある訳がない。 こいつは……俺達奴隷だった者達全員を侮辱したも同じだ!

 

「貴様みたいな身分を盾に偉そうにしている人間にはわからないだろうな!人として生きる権利も、自由も、尊厳さえ奪われ虐げられて生きていく事を強要され、使い捨てられる人間の苦しみなど!」

 

奴隷時代は後の地獄に比べたら幾分かはマシだった。俺を励ましてくれる人達も居た。だが、皆苦しく、辛い日々を耐えて生き延びていたんだ!酷使されて命を落とした人も、劣悪さに耐えられずに自ら命を絶った人も見て来た。そしてもう皆は……皆は……!

 

「セシリア・オルコット!貴様は俺を本気怒らせた、必ずこの手で叩きのめす。決闘の時まで、首を洗って待っていろ!」

 

そう言い放ち教室を後にする。廊下に集まっていた生徒達も俺を避ける様に距離を取る。今の件で完全に恐怖感を植え付けてしまったようだ。

 

「……………くそっ!」

 

オルコットへの怒りか?初日から自分で居場所を無くす振る舞いをした愚かさに対する後悔か?こんな冷静を欠いた思考では答えなど導けない。今の俺にはそんな不快な感情をこの一言で吐き捨てて、逃げる様に移動するしか出来なかった。

 




という訳でセシリアが一季の逆鱗に触れてしまいました。少々セシリアを悪く描写し過ぎたかな、と思わなくもないです。一夏に奴隷とか言ったなら一季に言っても不思議じゃないなと書いた結果がこれです。本当に奴隷として虐げられてきた一季には許せない暴言だったんですよ。

痛っ!ごめんなさい、オルコッ党の皆様!ごめんなさい、謝りますから、ちゃんとセシリアの名誉挽回や活躍とか書きますから石投げないで!

……活躍が何時になるのかはわかりませんが。

で、ではまた次回!


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第12話 青空の下で

前回はシリアスで終わりましたが、今回はコメディになりました。


『……何をやっているんだ、俺は』

 

教室は疎か校舎さえも飛び出した俺は、宛もなく彷徨っている。オルコットのあの一言に沸き立つ怒りを抑えきれずに感情を爆発させただけならまだいい、しかし勢い余って左手で椅子を破壊してしまった。生身の人間が椅子の背もたれを握り締めただけでへし折るなど出来る筈がない、この左手は……この包帯の下は、一目見た瞬間に『俺が普通の人間ではない』と認識させるには十分過ぎる物が隠されている。この事は昨日姉さんにさえ話していない、この事実を知っているのも最早この世で俺だけだ。

 

『……我ながら情けない』

 

確実にクラスメート達に恐怖感を植え付けてしまった、初日から自分で居場所を無くす様な真似をするとは……自らの浅はかさに呆れてくる。これではオルコットの事を言えないではないか、浅はかなのは俺も同じだ。

 

『……昼食でも買いに行くか』

 

こんな気分を払拭しようと、腹も空いているのでひとまず昼食を取る事に決める。食堂も在るが俺は食器など使えない上、先程の一件があるので行く気が起きない。朝移動する際に無料で食事が出来ると山田先生から説明されているので出来る事なら食堂で済ませたいが、今日は購買で食事を買う事にする。幸いにも学園から支給された金銭を姉さんから渡されているので購買で物を買うというのは可能だ。

 

「おや、一季君。どうしたんですか?こんな所でぼーっとして」

 

「……轡木さん」

 

購買に向かおうかと、思っていた矢先に掛けられる穏やかな声。その声の持ち主は轡木さんだった。用務員としての仕事の最中なのだろうか。

 

「なんで、俺の名前を……?」

 

この名前は今朝決めたばかりであり、それ以降轡木さんとは顔を合わせていない筈なのだが……

 

「あぁ。あの後、織斑先生から君の名前を教えられましてね」

 

「……そうですか」

 

そういう事ならば納得もいく。特に疑問に思う事なくその説明を受け入れた。

 

「それはそうと、一季君はこんな所で何をしているんですか?」

 

「それは、その……」

 

……言えない。クラスメートと揉めて、どうしたものかとフラフラしていたなど。

 

「……少し色々ありまして」

 

こうやって誤魔化すという答えしか返せない自分が情けない。轡木さんはこんな俺を気にかけてくれているというのに……

 

「そうですか。そういえば一季君、お昼はまだですか?」

 

「え?……あっ、はい。まだですけど」

 

「実は私もまだでしてね、よければ一緒にお昼を食べませんか?」

 

轡木さんから持ち掛けられたのは一緒に食事を取らないかという提案だった。まさかそんな提案をされるとは思って等おらず、返答が浮かばない。

 

「勿論一季君の都合が悪ければ無理にとはいいませんよ。こんな年寄りとより生徒の皆さんと食べる方が楽しいですしね」

 

「い、いや。そんな事は……」

 

嫌という訳じゃない。人から食事の誘いを受けたのが初めてなので戸惑っているだけである。

 

「……俺でよければ、ご一緒します」

 

「おぉ、それはよかった。それでは行きましょうか」

 

特にこの誘いを断る理由も無いのでその提案を受け入れた。他人と一緒に食事を取るのはもう何年も前だというのに、人と接するのに慣れていない俺がこの提案を了承したのは轡木さんから滲み出ている人柄からだろうか?こんな考えを巡らせながら轡木さんの後を付いて行った。

 

 

 

 

 

「此処で食べましょう。今日は天気がいいので此処で食べようと思っていたんです」

 

案内されたのは休み時間にも訪れた屋上だった。確かに屋上にはテーブルと机も設置されており、本日の様な快晴の日の下で食事を取るのは気分も晴れる物なのだろう。

 

「……でも、いいんですか?本当に俺まで食べても」

 

「いいんですよ。年寄りにはこの量は多いので遠慮しないでください」

 

道中昼食を買おうとしたのだが、「今日のお弁当は量が多いのでご馳走しますよ」と言われ何も買わずにいる。文字通り昼食をご馳走になる形だ。

 

テーブルの上には十蔵が背負っていたリュックの中から取り出された漆塗りの高級感漂う弁当箱が2つ並んでいる。1つはおにぎりが10個とラップにくるまれた海苔が入っており、もう片方の弁当箱には鳥の唐揚げに卵焼き、焼き鮭にキュウリの浅漬け、そしてきんぴら牛蒡と高級感漂う外観と違い、中身は極々庶民的なメニューである。そして同じくリュックから取り出した水筒と予備のコップに麦茶を注いだ物が置かれている。

 

「いやはや。来は家内と一緒に食べるつもりだったんですが、家内が急用で外出してしまって、どうしようかと思っていたんですよ」

 

「そうなんですか……」

 

「なので、遠慮せずに食べてください。家内は外で食べてくるそうですから」

 

「……では、遠慮なく」

 

そういった事ならば遠慮する必要はないだろう。どれもこれも食べた事は疎か、目にした事のない物ばかりだが……

 

「あれ、イツキも此処でお昼か?」

 

「……ブライト、お前もか?」

 

食事を取ろうかという所の2人に話し掛けて来たのはマリアであった。どうやら彼女も屋上で昼食を食べようと思い此処に来たらしい。

 

「あぁ。今日は天気もいいから此処でお昼食べようと思ってさ」

 

そう言うブライトの手には食料品が入った紙袋が握抱えられていた。購買で昼食を買ってきたのだろう。

 

「おや、一季君。もう仲のいい生徒さんが出来たんですか?」

 

「えっ?あっ、いやその……」

 

その問いに対する答えが浮かばない。ブライトとは少し話をしただけであり、仲のいいとかそういった訳ではない。かと言って、こんな俺に親しげに分け隔てなく話し掛けて来てくれたので不仲という訳でもなさそうだしな……

 

「もしよろしければ、ブライト君も一緒にお昼を食べませんか?」

 

「く、轡木さん?」

 

悩んでいる俺を余所に轡木さんがブライトも一緒に食事をと誘う。えっ、轡木さん何を仰っているんですか?

 

「いいですよ。ご飯は大勢で食べた方が美味しいし」

 

ブライトも断る事なくその提案を受け入れて、俺の隣の席に着く。何やら俺を差し置いて話がとんとん拍子で進んでいるんだが……いや、別にブライトと共に食事を取るのが嫌という事では決してない、只戸惑っているだけだ。

 

席に着いたマリアは袋から買ってきた昼食を出すとテーブルに置いた。包装紙にくるまれたBLTバーガーとベーグルサンド2つに、飲み物が入ったタンブラー新たにテーブルに並ぶ。

 

「それでは、いただきます」

 

「いただきまーす」

 

「えっ、あっ……い、いただきます」

 

少し遅れたが、2人に吊られる様に手を併せる。知ってはいるが、何せ奴隷の時にやって以来だからな。思わずどもってしまった。

 

「さぁ、どうぞ」

 

「い、いただきます……」

 

「海苔はどうします?」

 

「……貰います」

 

取り敢えず米を握った物を1つ手に取ると、黒くペラペラとした海苔という物を受け取りそれを巻き、それを一口食べる。

 

「っ!?」

 

な、なんなんだこれは……?

 

「す、酸っぱくて……しょ、しょっぱい……」

 

今まで食べた事が米と言えば……泥水で煮た、しかも冷めていた物だった。しかし、海苔の味と食感の後に米の甘味がした、美味しい。と思った途端、口内を酸っぱさと塩辛さが支配する。酸っぱい、しょっぱい……

 

「ぷっ、あははっ!イツキ、その顔反則だって」

 

一季本人は自身を苦しめるそれに気付いていないが、その正体は梅干しである。そしてそれを食べた一季の表情は、物の見事に梅干しを食べた際の典型的なリアクションをしていた。バラエティー番組なら100点満点、芸人殺しのリアクションである。その顔を見たマリアは、軽くツボに入ったのか吹き出したかの様な笑いを浮かべている。彼女が運良く口に何も含んでいなかったのが幸いであった。

 

「んぐ……ぷはっ!ぶ、ブライトお前……何が可笑しい?」

 

轡木さんから手渡されたお茶を一気に飲んで口の中の酸味と塩分を洗い流して何とか落ち着いたが、俺が酸味と塩分に蹂躙されていたのがそんなに面白いのというか?

 

「いやだって、あの顔は反則だって、あははっ……」

 

「お、お前なぁ……」

 

「まぁまぁ。あの顔は誰が見ても笑ってしまいますよ……ふふふふっ」

 

「く、轡木さんまで……」

 

端から見たら祖父と孫の食事風景にしか見えない微笑ましい光景だが、生憎此処にはこの3名しか居ない。他の生徒達は一夏目当てで食堂に赴いているのだろう。

 

「まったく……ぶっ!?」

 

轡木さんまで笑う事ないだろうに、しかしあんな温和な笑顔見せられたら文句も言う気も起きない。気を取り直して昼食を再開したのはいいが、またあの酸っぱさと塩辛さが襲ってくる。し、しまった……うっかり食べてしまうとは。お、お茶……

 

「あははっ!イツキ、アンタコメディアンになった方がいいよ」

 

「はははっ、確かに。これならすぐにでもデビュー出来ますよ」

 

「……………」

 

こんなうっかりやらかすとは、不覚以外の何物でもない……言い返す気も起きない。自分の阿呆さ加減に呆れてくる。

 

「ほら、これ一口やるから機嫌直しなよ」

 

大笑いしたの事への償いなのか、ブライトが俺の口元へ一口かじられたパンを持ってくる。

 

「い、いや……別にいい」

 

「遠慮しなくてもいいって。これ美味しいから食べてみなよ」

 

遠慮する一季に対してマリアも引く気配はない。それを感じたのか、一季は遠慮がちに一口BLTバーガーをかじる。燻されたベーコンの香りと肉の味とマヨネーズの濃厚さ、それを洗い流すレタスとトマトの爽やかさに、全てを受け止めるパンの旨味。確かにマリアの言う通り美味しいと一季は理解した。

 

「……確かに美味いな」

 

「だから言っただろ?美味しいってさ」

 

俺の感想に気を良くしたのか、そのままブライトはパンにかじりついて食事を再開する。

 

「……………」

 

俺も食事を再開するとして、何を食べよう。もうあの酸味と塩辛さを体感したくはない。他の料理にしようにもどう食べていいのやら……取り敢えず箸とかいう物を手に取り、轡木さんの動作の見様見真似で取ろうとするが

 

ポロッ

 

「ぐっ……」

 

ツルッ

 

「ぬっ……」

 

取れない……掴んだとしても、落ちてしまう。想像以上に難易度が高い。

 

「おや、箸は苦手でしたか。ちょっと待っていてください。……はい、これを使って下さい」

 

この様子を見かねたのか、轡木さんがカバンからフォークを取り出して渡して来た。

 

「……ありがとうございます」

 

これならまだ使える方だ。受け取ったそれで箸で掴めずにいた料理を刺す、やはり箸より楽だ。そしてそのまま口の中へと運ぶ。

 

「……美味い」

 

唐揚げを口にした一季はそう感想を漏らす。噛んだ瞬間に滲み出る旨味と肉汁に、それを引き立てる調味料が食欲を掻き立ててくる。

 

「それはよかった。おにぎりはどうします?」

 

「……その、あの酸っぱい物はちょっと……」

 

あれはもううんざりだ。あの酸味と塩辛さはキツい。

 

「はははっ。確かに梅干しは苦手な人は苦手ですからね。大丈夫ですよ、もう梅干しが入ったおにぎりはありませんよ」

 

2つの内1つは私が食べましたから、と続いた。成る程梅干しか、覚えておく事にしよう。残りの1つは俺が口にした物だからもう無い。ならもう安心しておにぎりに手が出せる。

 

「……これは?」

 

2個目のおにぎりを口にしてみたが……これは、なんだ?

 

「それは、おかかですよ」

 

「おかか……?」

 

「鰹節に醤油で味を付けた物でしてね、ご飯に合うんですよ」

 

成る程……わからない。鰹節も醤油という物さえ知らないのから。だが、美味いから気にする必要もないな。

 

「美味しいのか、それ?」

 

「あぁ、美味い」

 

パンにかぶりついていたブライトだが、おかか入りのおにぎりに興味が湧いたのか感想を聞いてくる。

 

「なぁ、一口くんない?」

 

「……そこから取れよ」

 

「あぁ、もう私が食べてしまいました」

 

轡木さん、貴方という人は……

 

「という事だからさ。ほら、さっきあたしも一口あげたんだから」

 

「……仕方ないな。ほら」

 

「あーん」

 

先程の事もあるので、おかか入りおにぎりをブライトの口元へと持っていく。それをブライトは、あーんと一口頬張るともぐもぐ食べている。先程も思ったがこれは……かなり気恥ずかしい。轡木さん、何を微笑ましそうに見ているんですか?

 

「んー……これが日本の味なのかねえ。結構イケるよ」

 

「そうか……」

 

「じゃあ、次はこれ」

 

「自分で取れよ!?」

 

おかか入りおにぎりの感想を述べた後、ブライトは唐揚げまで食べさせてろと要求してくる。いや、唐揚げくらい自分で取れよ。

 

「いや、あたし箸使えないし」

 

「……轡木さん、まだフォークありますか?」

 

「すいません。それ1つだけです」

 

く、轡木さん……奥さんと食べる予定だったんでしょう。だったら、だったら何故2つ用意しないんですか?

 

「という訳だから」

 

「……ほら」

 

抵抗しても無駄そうだと直感し、フォークで唐揚げを刺して、先程と同じくブライトの口元へ運ぶ。

 

「はむっ。……うん、フライドチキンとは違った美味しさだねえ」

 

「……そうか」

 

こうして昼食を食べるまで、これを何度もする羽目になった。そのお返しにとブライトからパンを食べさせられたりと……俺達以外に他の誰も居なかった事が不幸中の幸いだと、無理矢理納得する事にしよう。まぁ……久しぶりに誰かと共に食べた食事は、気分が晴れるようだった。上空の青空に負けないのではと思えるくらいに晴れやかな、例えるならそんな気分だった。

 

「なんだ?顔赤くして、照れてるのか?」

 

「て、照れてなどいない……」

 

「ははっ、イツキって、意外と可愛いとこあるんだな」

 

「なっ!?……か、可愛いくなどないわ!」

 

途中こんな風にからかわれたりもされるは……俺の何処にそんな要素が存在しているのか問いつめたくなった。寧ろ可愛いのはおま……って、何を考えているんだ俺は!?

 

『ふふふっ。本当はもう1つフォークはあるんですけどね………』

 

そんな一季とマリアのやり取りを孫を見守る祖父の様に微笑ましげに見ている十蔵の心の声は、誰にも聞こえる事なく静かに消えていくのだった。




という訳で、今回は一季が轡木さんとマリアと一緒に昼食を食べる話でした。

書いていたら、前回までのシリアスや一季のイメージがどっか行ったような話に……今回それについても書こうと思いましたが、まぁ今回はコメディという事で此処までにしました。それについては次回書きます。

では、また次回。


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第13話 bright

今回は少し手間取りました。


空を見上げれば見事なまでの晴天。青空と雲のコントラストが見渡す限り広がっており、眩しく輝いている太陽の光と暖かさが大地へと降り注いでいる。こうした晴れ晴れとしている青空の下ならば屋内で食事を食べても気分が弾むだろうが、外で自然を直に感じながら食事を取るというのも一瞬の風流である。ここまでの晴天ならば世界中で大勢の人々が外で昼食を食べている事だろう。カフェテリアであっなり、公園であったり、屋上であったりと場所と気分にもよるだろうが、此処IS学園の屋上でも昼食を食べている面々はいる。生徒は一季とマリア、そして用務員の十蔵という3名が屋上で昼食を食べていた。人数が少なくも感じなくもないが、多くの生徒はもう1人の男子である一夏が学食に向かったからか其方で食事を取っているのか、本日屋上で昼食を食べているのは前述した3名となっている。

 

「……ご馳走さまでした。お弁当、美味しかったです」

 

「そうですか、それはよかった」

 

昼食を食べ終わって空腹も満たされたイツキは轡木さんに昼食をご馳走になった事に礼を述べていた。あたしはというと、まだベーグルを頬張っているところだ。天気がいいから屋上でお昼食べようと思って来て見れば、まさかイツキが用務員の轡木さんとお一緒にお昼ご飯食べると知った時は内心驚いたよ。いや、同じ男子同士で織斑と一緒ってならわかるけど、用務員のおじいさんとご飯食べるって選択肢は普通ないぞ。まぁ、イツキは異性と接するのが得意じゃなさそうってのはさっき話した時に薄々感づいてはいたし、織斑と話してた時も……なんかこう話し掛けてくるから渋々話していたって感じだったからなぁ。多分人と接するのがあんまり得意じゃないんだろうねえ。しかし屋上からの眺めは絶景だなぁ、座っててもいい景色が眺められてここはいい場所だよホント。こう高い所からだと遠くまで見渡せるしね、馬鹿と煙は高い所に登るって言うけど、こういうのをわからない方が馬鹿だとあたしは思うよ。

 

「さてと……それでは私はこれで失礼します」

 

そう言って轡木さんは空になった弁当箱と食器を回収してリュックに入れ直していく。もう仕事に戻るのか?まだ昼休みなのに。

 

「もう行くんですか?もうちょっとゆっくりしていけばいいのに」

 

「いやはや、そうしたいのは山々なんですが、仕事がありますのでそろそろ戻らなければ……」

 

あたしの言葉にそう返した轡木さんは片付けを終えると手を合わして、「ご馳走様でした。まだお昼休みですから、お2人はどうぞごゆっくり」と言って席を立つと、そのまま屋上を後にした。これだけ広い学校だと用務員の仕事も多いんだろうなぁ、お仕事ご苦労様です。

 

『……………』

 

十蔵が居なくなった事により、屋上に居るのが一季とマリアだけという状況になる。2人だけというのは先程の休み時間と同じ状況だが、今回は違う。昼食の際に食べさせたり、食べさせられたりした。そのせいだろう。一季は明らかに気まずそうである。

 

『まずい、非常に気まずい……』

 

2人きりとなった事でその事を再び意識してしまったのだろう。恥ずかしさが再び込み上げてきたのか顔が赤くなり始めていた。

 

『うぁ~……あたしってばなにやってんだろ。今更だけど恥ずい』

 

その事を恥ずかしがっているのは何も一季だけではない、それはマリアも同じである。コミュニケーションが得意ではないであろうに一季対して先程の様な積極的な行動に打って出たまではいい。しかし、今更ながら羞恥心が湧き上がってきている。

 

『……………まぁ、照れたりするとこは可愛いかったからいいとするか』

 

落ち着こうとタンブラーに入っているコーヒーを飲む。少しは落ち着いてきたから、照れたり戸惑ったりしている一季は可愛げがあったなと思い返していた。チラッと隣に座っている一季を見てみると、まだ照れを掻き消しきれていないのか、顔が少し赤くなっていてあたしと目を合わせようとしない。

 

『恥ずかしいのはお互い様って事か』

 

そんな一季の様子を見たら、少しは気が楽になってきた。まだ次の授業まで時間は残っていて、食後の一服を取る余裕はある。

 

「ところでさ、イツキ」

 

「……なんだ?」

 

こんな雰囲気で終わるのもあれだから話をする事にした。普通に雑談とでも思ったけど、あたしに話し掛けられて返事をした後の一季の表情が暗くなっていたのが何処か気になって仕方なかった。

 

 

 

 

 

昼食を食べ終えた轡木さんが屋上から立ち去った事で、今現在此処には俺とブライトだけという現状が完成してしまった。まずい……非常に気まずい事この上ない。そもそも轡木さんに誘われ此処で昼食を食べる事になった筈が何故こんな状況へと辿り着くんだ。ブライトが此処に来て、成り行きで共に食事を取ろうという事になったまではよかった。しかしブライトの奴が悪乗りしたお陰で食事を食べさせあうという全くもって想定外のトラブルが発生した結果がこの気まずい雰囲気だ。目を合わせまいと顔を背けてはいるが、ブライトも今更ながら恥ずかしがっているのはこの雰囲気で理解出来る。だがなブライト、俺はあの時今のお前の何倍もの羞恥心が心境を支配していたんだぞ。

 

『景色でも見て紛らわすか……』

 

眺めのいい屋上から景色を見渡してなんとか気を紛らわせようと試みる。今の俺にはこれが限界だ。こんな状況を打破するコミュニケーションや話術など、俺は持ち合わせていない。この現状から逃避するのが関の山とは……我ながら情けない、見渡せる絶景や世界を照らす太陽の光がこの情けない心情をより引き立てている。

 

「ところでさ、イツキ」

 

沸いてきた羞恥心がなんとか収まって来た時にブライトから話し掛けられる。少し落ち着いてきた現在ならば、話す事くらいなら出来そうだ。

 

「……なんだ?」

 

相変わらず異性と話すのは慣れない、愛想の無さが増している気がするのは間違いではない筈だ。どうすれば慣れるのだろうか?話していけば慣れもするのだろうが、あの一件でクラスメートの俺に対する恐怖心を増加させてしまった。最悪孤立しても可笑しくはない。本当に、初日から何をやっているんだ俺は……

 

「いや、ちょっと雑談でもしようと思ったんだけど……アンタさ、なんかあったのか?」

 

「……い、いや、なんでもない」

 

咄嗟にはぐらかして事なきを得ようとするが、ブライトが指摘するまで考えが顔に出ていたのか?

 

「あのさぁ、嘘つくならもうちょっとバレないようにつきなよ。顔に嘘付いてますってモロに出てるんだよ」

 

……やはりあの誤魔化しかたでは、はぐらかすのは無理だったか。あんなバレバレの誤魔化しで騙される程、ブライトも鈍くはないだろう。

 

「それで、なにがあったのさ?あたしでよければ聞いてやるからさ、話してごらんよ」

 

そう言われて素直に話せる事情ではない。もし話してブライトにまで怖がられたり、軽蔑されるのは心に堪える物がある。こんな俺に分け隔てなく接してくれた人物にまでそんな感情を抱かれるのは避けたい。

 

「1人で抱え込んでてもしょうがないだろ、誰かに聞いて貰うだけでも少しは違うと思うけどね」

 

確かにその通りだろう。1人で出来る事には限界がある、誰かの手助けがあって初めて成し遂げる事も多い。しかし俺は……もう何年も誰かに頼る事も、助けを求める事をしなかった。いや、出来なかった上にしても虚しくなるだけだと諦めて生きてきた。俺を救ってくれる人間など、誰も居なかったのだから……

 

『ブライト、お前はどうなんだ?』

 

話を聞いて俺を軽蔑するのか、恐怖するのか……どちらにせよ、これ以上俺と関わってお前にまで悪印象を植え付けてしまう位ならば話してしまおう。恐怖されるのも軽蔑されるのも好まないが、無関係なブライトまで巻き込みたくはない。

 

「……話してもいいが、俺を軽蔑するかもしれないぞ」

 

話すなら傷が浅い内がいい。俺にもブライトにとっても、これ以上引っ張っても良い事など有りはしない。なんとなくだが、そう悟った。

 

「軽蔑って……そんなにとんでもない事したのか?」

 

クラスメートを怯えさせる程の事をしでかしたのだ、とんでもない事には違いない筈だ。現時点でのブライトは俺を軽蔑していそうな気配はないが、この気配も長くは続かないだろう。

 

「……3時間目の授業の後にクラスメート揉めてな、イギリスの代表候補生だか知らないが、男の俺を見下した態度を取ってきたのが不愉快で反抗した」

 

「まさか……それが原因でクラスで孤立でもしたのか?」

 

「いや……その時点はせいぜい俺が怖いという認識位で済んだんだ」

 

まだあの時点で済んでいればよかった。俺が受け流していればそれだけで済んだ物を……オルコットの発言に必要以上に強く言ったりと本当に愚かな真似をしてしまった。

 

「……その後、此処に来る前にまたその代表候補生と揉めてな、今思えば俺も感情的になり過ぎた。だが、その際にどうしても許せない事を言われてな、怒りを堪えきれずに……」

 

「……殴り掛かりでもしたのか?」

 

「いや……怒りの余り、椅子の背もたれをへし折ったんだ」

 

「へっ、へし折った!?」

 

この事を聞いてブライトは驚きを露わにしている。それはそうだろうな、一般的に考えて『普通の人間』が背もたれをへし折るなど出来る訳がない。そう、『普通の人間』ならばな……

 

「……そのまま怒り任せて怒鳴り散らした結果、そいつにもクラスメートにも廊下に集まっていた生徒にも怯えられてしまった。逃げ出す様に宛もなく歩いていたら、轡木さんに会って此処に来たんだ」

 

結果は大勢に怯えられるという最悪な物。これから集団生活をしていく環境で第一印象が余り良くないにも関わらず、初日から騒動を起こすは、恐怖心を植え付けるは、それが原因で怯えられるは……自己嫌悪という底無し沼に嵌まって、そこから抜け出せない。

 

「……………」

 

言葉も出ないか、当然だな。だが、もうどんな罵詈雑言でも浴びる覚悟が出来ている。ブライト、とうやらお前にも……

 

「で、何処にあたしがアンタを軽蔑する所があったのさ?」

 

軽蔑され……ん?今、ブライトはなんと言った?俺の聞き間違い……ではないよな?

 

「……俺を軽蔑しないのか?」

 

「あぁ」

 

さも当然の様にブライトはあっさり答える。失望と軽蔑からくる罵詈雑言を浴びせられる物だと覚悟していたのだが、そんな気配が微塵もない短い返事を返してきたブライトに面喰らってしまう。

 

「何故だ?俺は……」

 

「どんな事言われたのかわかんないけど、そこまで感情的になってキレたのは、よっぽど許せない事言わたんだろ?」

 

「……まぁな」

 

疑問をぶつけて見た所、この返答が帰ってきたので、それに頷いて認める。普通に生きて来た人間なら兎も角、奴隷として虐げられてきた俺にはオルコットのあの発言はどうしても許せなかった。だから怒りを抑えられず怒鳴り散らしてしまった。

 

「だったら仕方ないだろ。誰だって言われてどうしても我慢出来ない事の1つや2つあるよ」

 

「……だが、関係のない生徒まで怯えさせてしまった。孤立しても文句は言えない」

 

自分で自分の首を閉めたのには変わらない。未だに自分への呆れが収まらない。

 

「だったらさ、謝ればいいじゃん。アンタがちゃんと誠意を見せれば、周りとも打ち解けていけると思うけどねえ」

 

「……そうなのか?」

 

確かにその通りなのだが、そう上手くいくものなのだろうか?

 

「そういうもんさ、なんでもかんでも最初っから上手くいくもんじゃないって。この後どうなるのかはイツキ次第だよ」

 

謝ればいい……か。何故こんな簡単な事を思い付かないでいたのだろう。過去の境遇故か自己嫌悪のし過ぎでその考えに辿り着かないとは……我ながら未熟だな。

 

「そうだな……その通りだな」

 

その答えを見つけると、少しばかり気が楽になってきた。自己嫌悪の底無し沼から這い上がった気分だ。

 

「そうそう。悪い事したら謝る、これは万国共通だろ」

 

「……まったくだな。ブライトが言わなければ無駄に悩み続ける所だった」

 

ブライトの助言がなければ、このまま誰にも話さずに悩み続けていただろう。そして自己嫌悪を延々とし続けているのが想像つく。

 

「……ブライト」

 

「なんだ?」

 

「その……ありがとう」

 

こんな俺に接してくれる所か、話を聞いてくれた上に助言までして、励ましてくれるとは……

 

「いいっていいって。大した事は言ってないよ」

 

「だが、お前が言ってくれなければ気付けなかったかもしれない」

 

誰かに悩みを聞いて貰う事も、助言を貰う事も忘れてしまっていた。ブライトまで巻き込む位なら、という考えで話した結果がこう転ぶなどと、数分前の俺は予想だにしていなかった。

 

「だから……ありがとう」

 

礼を述べるのは得意ではないが、今俺が出来る精一杯の感謝の言葉は伝えておきたかった。それにしても、礼を言うのに一々どもる上にもう少しは気の利いた言葉が思い浮かばないものか。本当に我ながら素っ気がない。

 

「……どういたしまして」

 

俺のこの言葉に微笑んで返してきたブライトがとても眩しく思えた。金色の髪が太陽の光で輝いて見えるからではない、この世界を照らす太陽の如き眩い明るさがブライトから認識出来る。ブライトというその名の通り、今の俺には彼女が眩しく見える程輝いて見えた。

 

 




本当ならば12で此処までやるつもりだったんですが、区切りよくコメディで終わらせようというのと、12話を書いていた時にはあの続きが思い浮かばないのもあって2話に分けました。

さて、今回は一季がマリアの言葉を聞いてこの後どうするべきか見付ける話でした。それくらい自分で見付けろという話ですが、もう何年も人と関わりを持たずにいたのでそれが思い浮かばない結果、ネガティブな思考の渦に捕らわれるという事になりました。科学者達?人間として見てないですから。

なので一季にはマリアの言葉は目からウロコが落ちる代物だったでしょう。ブライトという名の体現するようにマリアはライトな人物で、豪快で細かい事は気にしない性格をしています。しかし他人の心情を察する細やか一面を持ち合わせているので、初対面の際に何処か悲しい目をしていた一季の事を気にかけたりしてます。

さて、次回は答えを見付けた一季がどうするのか、恐らく次回で2日目が終わるでしょう。しかし、我ながら話の進むスピードが遅いなぁ、と思ったりします……これ1巻の内容終わるまでに幾らかかるんだろ。


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第14話 暗き夜空を彩る星

遅くなりました。約1ヶ月半振りの更新となってしまいました。


「……それでは、俺はもう行く」

 

昼休みの時間はまだ残ってはいるが、ブライトの言葉で答えを導き出した俺は行動に移そうと、スッと席を立ち行動へ移す。

 

「そっか。よし、頑張んなよ!」

 

この言葉に納得した様子を見せるブライトは、励ましの言葉を掛けてきたのと同時に俺の背中を軽く叩く。後押しのつもりなのだろう、そう受け取っておく事にした。ブライトのお陰で、今俺がやるべき事は怖い思いをさせた件をクラスメート達に謝罪し、誠意という物を見せる事なのだと早い段階で気付けたのが不幸中の幸いだった。 俺が謝罪をしたとしても許されるとは限らない。 許すかどうかは周りが決める事であり、俺が決められる事ではない。今の俺に出来る事は謝る事しかない、ならばそれをちゃんと行うしかないだろう。

 

「まっ、頑張りなよ。なんか困ったらあたしも手伝うからさ」

 

「……ありがとう」

 

上手く行く事を祈るというブライトの声が聞こえてくる。その激励に対して俺は一言「ありがとう」と伝えると、そのまま屋上を後にした。励まされるのは何時以来だろうなと思い返しながら。

 

 

 

 

 

屋上を後にして階段を下りていき教室へと近付いていく事で、遭遇する生徒の人数が増えていく。やはり先程の出来事を目の当たりにした生徒達からは距離を置かれている。顔ぶれを見たが、クラスメートには今の所遭遇してはいない。他のクラスや学年の生徒達であろう。他のクラスの生徒でこれではクラスメート全員に怯えられていると考えて間違いないだろう。心の中で改めて自分の犯した過ちを認識する。だが、悩んでいた所で怖がられなくなる訳ではない。怖がられない様に自分を改めるしか道はない、どう改めればいいのか方法が見当たらないのが問題だが……

 

『取り合えず、謝る。今はそれが先決だ。待てよ……という事は、奴にも……』

 

クラスメート達に謝罪するとなると、奴にも……織斑一夏にも謝らなければならなくなるのか?正直それは気が進まない、奴に対して謝罪の言葉や頭を下げるという真似をしようという気持ちは微塵もない。今回の件で怯えていたり恐怖を植え付けられたとしても、奴にだけは謝罪をする気が起きない。

 

『まぁいい、奴の事は後回しだ。それよりも、クラスメート達にどう謝るか……』

 

そう、謝ればいいという答えに辿り着いたのはいいが、どう謝ればいいのかで悩みが生まれてきている。謝罪の言葉こそ知ってこそいるが、なにせ謝った事があるのなど奴隷時代位だ。虐げから逃れる為に言った事と、俺を庇ってかわりに虐げを受けた人達へ謝った事でしか使った記憶がない。さて、どうした物か……と思考を巡らせている内に教室の目の前へと到着する。

 

『……椅子が変わっている?』

 

教室に入るなり、やはりクラスメートは俺を恐れているのか距離を置こうとする雰囲気がこの空間に漂い始めてくる。それを気にしながらも、もう1つ気になる事がある。俺の席は廊下に一番近い列の一番前なので、教室に入れば自分の席がどうなっているのかはすぐわかる。俺が教室から出て行った時には、椅子の背もたれは俺がへし折った事で一部破損したままの状態の筈。しかし、今目にした椅子には背もたれの破損などない状態だった。新しい椅子と取り替えたのだろうか、しかし、一体誰が……

 

「おっ、戻ってきたのか」

 

背後から掛けられる男の声、奴か。この声色と俺に話し掛けてきたという事は、俺に怯えてはいないのだろう。振り返ると、奴の隣には篠ノ之が立っていた。

 

「……なんの用だ」

 

「なんだその態度は、お前が壊した椅子の後始末をやったのは誰だと思っている?」

 

「箒、そうキツく言ってやるなよ。それに、俺がやったのは事情の説明だけだろ?後始末は先生がやったんだし……」

 

俺の返答が癪に触ったのか篠ノ之俺を咎めるかの如くキツい口調で言い寄ってきて、奴がそれを宥めている。どうやらあの騒動を奴が教師に説明して、後始末が行われたらしい。よりにもよって貴様がするとは……

 

「そのせいで私達が昼食を取るのが遅れたではないか」

 

「いや、俺だけでいいって言ったのに箒が付いてきたんじゃ……」

 

「そ、それはお前だけではしっかり説明出来るか心配だからだ!」

 

おいお前ら、話し掛けて来ておいて、俺をほったらかして話すな。それと篠ノ之、流石にその言い分は無理があるぞ。

 

「兎に角、お前のせいで私達まで迷惑を被ったんだ。何か言う事はないのか?」

 

あの件で迷惑を掛けたのならば謝らなければならない。奴は兎も角、篠ノ之には謝罪するべきだろう。

 

「……すまない。俺のせいで迷惑を掛けてしまった」

 

この言葉と同時に頭を下げる。奴に下げると思うな、篠ノ之に下げているんだ。そう思え。

 

「……わかっているならいい」

 

一言そう言うと篠ノ之は教室へと入り、自分の席へ戻って行く。あの返答は許したのか、それとも俺の対応に呆れたのか……

 

「余り気にするなって、箒はああいう奴なんだ。分かりにくいけど、許してるよ」

 

「……そうか」

 

本当に分かりにくい態度だ。俺が言えた事では無いが、篠ノ之も愛想がない奴だな。まぁそれでも、俺よりかは幾分マシか。

 

「所でさ、一季は何処に行ってたんだ?」

 

「……何故それをお前に話す必要がある?」

 

休み時間をどう過ごそうが俺の自由だ。詮索される言われはない。

 

「いや、学食には来てなかったようだから、何処で飯食ったんだろーな?と思って」

 

「……何処で食事を食べようが俺の勝手だろう」

 

何故俺に絡んでくる、これ程分かり易く無愛想な態度で返しているというのに。話し相手が欲しいのなら他を当たれ、少なくとも現在の俺と違って、貴様は話し掛けたら接してくれる生徒は多いだろう。此方は自業自得とはいえ、それすらもままならなくなりそうな状態だぞ。

 

「んっ?もしかしておにぎりでも買って食ってたのか?」

 

「……そんなところだ」

 

何故わかる?確かに轡木さんにご馳走になった物を食べたが、それをわざわざ奴に説明する気など起きず、軽くあしらう事にした。

 

「やっぱりな。歯に海苔が付いてるから、もしかしてって思ったんだよな」

 

「……………」

 

その事実を確認しようにも鏡など所有してはいない。なので再び廊下へと出て、近くの窓ガラスで確認してみる。鏡ではないのでハッキリと映らないが、確かに犬歯付近に湿った海苔の破片がこびり付く様に張り付いていた。見付けてすぐ、爪で削ぐ様に取り除いて教室へと戻る。

 

「まぁ、気にすんなよ。海苔食べれば誰だってそうなるもんだぜ」

 

「……やかましい」

 

戻るなり奴にフォローされるが、赤の他人ならまだしも、よりにもよって貴様に指摘されるなどとは……不覚だ。

 

キーンコーンカーンコーン

 

「昼休みも終わりか。じゃ、俺は席に戻るわ」

 

そう告げて奴は席へと戻って行く。無駄に爽やかさを帯びた笑顔も加えて。また時間を無駄に消費してしまった……もうすぐ授業も始まるので授業の用意をする事にしようと椅子に座った。

 

「さて、授業を始めると言いたい所だが、昼休みに揉め事を起こした奴が居るようだな」

 

姉さん達が教室へと入り授業に突入するかと思ったが、やはりあの騒動は耳へと入っていたらしく、その件を口にする。

 

「一季、オルコット、お前達で間違いないな」

 

「「はい……」」

 

俺もオルコットも否定する事なく、ほぼ同じタイミングで認める。そして俺達は席を立つよう命じられ、椅子から離れ立ち上がると最初は俺への説教が始まった。

 

「まったく、初日から騒動を起こすだけならまだしも、学園の備品まで破壊するとはな」

 

「……すいません」

 

射抜く様な鋭い目線で俺を見据えて発せられた説教に返す言葉もない、全くもってその通りなのだから。精々謝罪の一言を返すのが関の山だった。

 

「謝罪ならば、お前は他にすべき面々が居るだろう。クラスの面々はお前にすっかり怯えてしまっているぞ」

 

その言葉に反応して、隣の席のクラスメートを見る。偶然に目が合ったが、すぐさま視線を逸らされる。俺に怯えの感情を抱いているのを立証するには充分な反応だ。これは……今の発言は姉さんが俺に謝罪を行う切っ掛けを作る為の渡し船なのだろうか?ならばこの機会を逃す意味はない、その渡し船に乗らせて貰おう。

 

「……その、みんなにも、嫌な思いをさせてすまなかった。本当にすまない」

 

謝罪の言葉を紡ぐと同時に頭を深く下げる。許されるか、許されないか、その審判が下されるまでの数秒が何百倍にも長く感じられる。時の概念が無くなったかの様だ。

 

「さて、こいつは頭を下げて謝っているんだ。お前達もそれにしっかり対応しろ」

 

どうやらクラスメート達は俺の謝罪に戸惑いを覚えたのか受け入れるのに時間がかかっているらしい。それを見かねた姉さんからの催促が入る。

 

「はぁ。織斑、お前はどう思う?」

 

「俺ですか?えっと……一季がこうしてちゃんと謝ってるんですから、俺は許します」

 

姉さんから話を振られた奴がそう答えるが、奴に許されても何とも思わない。何故よりにもよって奴に振るんだ。

 

「……どうする?」

 

「ちゃんと謝ってるんだし、許してあげていいんじゃ……?」

 

奴の発言に釣られてか、女子のそう言った会話がチラホラと耳に入ってくる。まさかこれを狙っていたというのか?

 

「えっと、みなさん、一季君もこうしてしっかり反省していますから許してあげてください。彼も悪気があってやった訳ではないんです」

 

「……まぁ、そこまで怒ってないしね」

 

「まだちょっと怖いけど、ちゃんと謝ってるし……」

 

「許してあげようか?」

 

「そうだね」

 

山田先生のフォローが入る。それを聞いたクラスメート達も今回の件は「許そう」という結論に纏まったらしい。

 

「一季君、もうみなさん怒っていませんから、顔を上げてください」

 

「……はい」

 

下げていた頭を上げてみるとクラスメート達の表情やクラスの雰囲気から怯えは薄まって感じられた。先程までの状況より少しはマシになったと思える。

 

「オルコット、お前もだ。昨日に続いて今日も問題を起こすな」

 

「……申し訳ありません」

 

お説教が俺からオルコットへと移行する。しかしオルコットは謝罪しつつもどこか納得がいっていないのか、少々不服そうな表情を浮かべていた。

 

「納得がいかないみたいだが、代表候補生たる者、言動や行動といった振る舞いには気を付けろ。お前が一季や昨日織斑へ言い放った発言は充分問題がある物だ、その事をキチンと理解しろ」

 

その態度に気付いた姉さんは間髪入れずにオルコットへ説教を続ける。その内容にオルコットは反論しようがなく、正にぐぅの音も出ないといった様子だ。しかしオルコットの奴、昨日奴に対しても俺に言い放った様な発言をしていたのか。

 

「お前が言った奴隷という言葉は、人間としての尊厳も自由も奪われ、虐げられ生きる事を強いられる、生き地獄と言っても過言ではない本来はあっては鳴らない物。奴隷にするなどと言う発言は代表候補生でなくとも言ってはならない暴言だ。それを忘れるな」

 

「はい……」

 

オルコットが俺にどんな事を言い放ったのかも耳に入ったのか、それとも昨日奴に絡んだ際にも発言したのかは知る由もないが、姉さんはオルコットに自分がどれだけ問題のある発言をしたのかを突き付ける。そう、奴隷など……本来は絶対にあってはならない身分。それは俺が一番よくわかっている。

 

「今回の件は双方しっかり反省する様に、2人共席に着け。……少々説教が長くなり過ぎたな。それでは、授業を始める」

 

その言葉で姉さんは話を切り上げる。俺とオルコットが席に着くとそのまま授業へと突入した。

 

 

 

 

 

時間は流れ現在は放課後、授業は終わりを迎えた俺は、朝言われた様にDNA鑑定を行う為の遺伝子提供をしに姉さん達と職員室へと向かい提供を終えて職員室は後にした所である。遺伝子の提供と言っても血液等の提供ではなく簡単な物だった。手渡されたキットである綿棒で口内をなぞり、唾液が含んだそれを袋に入れて提供という工程であり、すぐに終わった。これによりDNA鑑定が行え、俺の身元及び俺が言っている事が出鱈目ではないと証明出来るという物である。今更ながらに思うが、唾液で遺伝子検査が出来る科学の進化は人類の進化を先を行っていると改めて認識出来る。尚検査については少々時間が掛かるとの事らしい。

 

『長い様であっという間に初日が終わったな』

 

歩を進めながらそんな事を考える。時間というのは瞬く間に過ぎたかと思えば、延々と続くのではと思えたりと感覚があべこべになりそうになる。あれから特に特筆する様な出来事は起きず、クラスメート達と仲良くなった訳でもなく、休み時間は1人屋上で過ごしていた。

 

「それにしても……」

 

ポツリと戸惑いを示す如く呟く。別に職員室に赴いた時に備品を壊した罰として反省文を書くように命じられた事が鬱屈な訳ではない。

 

『俺も代表決定戦に参加させられるとは……』

 

事はホームルームの時間にまで遡る。

 

「来週の月曜に行われる織斑とオルコットによるクラス代表を決める模擬戦についてだが」

 

授業も終わり、後はホームルームだけという時間の中その話が上げられた。クラス代表を決める勝負につあては先程聞いたのでかろうじて意味はわかるが、何か追加事項でもあるのだろうか?

 

「それに一季も参加する事になった」

 

「……はぁ?」

 

その言葉を聞いて、思わず間抜けな声が出た。予想は当たり、確かに追加事項だった、俺がその枠に加わるという物……おい、ちょっと待ってくれ。何故俺が?クラスメート達もざわついているぞ。

 

「……織斑先生」

 

「なんだ」

 

「何故俺がクラスの代表を決める勝負に参加しなければならないんですか?その件については、俺は関係がない筈です」

 

当たり前の疑問を姉さんにぶつける。その件については昨日決まった事で、俺には一切関係のない事なのだから至極真っ当な疑問だ。

 

「関係ないか……一季、お前オルコットに決闘を挑まれてそれを承諾したらしいな?」

 

「……はい」

 

有耶無耶になりかけていた俺とオルコットの決闘の件が姉さんの口から飛び出した。大方奴が事情を説明するついでに話したのだろう。余計な事を……

 

「今日の様な問題を実戦で起こされてはかなわんのでな、私の立ち会いの下、模擬戦という形で決着を付けてもらう」

 

どうやら初日から問題児として認定されている様だ。実際に問題を起こしているだけに言い返せない。

 

「……それはわかりましたが、何故クラスの代表候補になるんですか?」

 

説明されれば、何となくだが納得は出来る。俺が目の届かない場所でISを使って問題を起こさない様に監視下の下で解決させようという考えなのだろう。しかしクラス代表候補になる必要が何処にあるのだろうか?

 

「あぁ。それか、椅子を壊した罰だ」

 

「……そうですか」

 

あっさりそう返された。結論から言うと俺の自業自得なので渋々だが承諾する事にした。クラスメート達も騒動の件があるので大丈夫かと不安そうだったが、俺が2人しかいない男である事と、専用機持ちというのもあり、最終的には異議なしという結論的に達していた。その件もあり悲劇の復讐者の整備を行う為、現在は第1整備室へと向かい歩んでいる。無論だが整備室を使用する許可は得ている。

 

「ここか」

 

場所を教えられた第1整備室に到着する。本来は2年生から始まる『整備科』の為の設備と姉さんが説明していた。システムの調整だけならばコンソールだけで行えるのだが、出力・特性制御の調整を行うには機体のアーマーを開けて直接パーツをいじらなければならない、マシンアームを使用するとはいえアーマーを開くという作業は手間が掛かる。昨日起きたPICの異常については既に朝方調べてみたが特に問題は見つからなかった、だが念の為に整備するついでに改めて調べてみようと此処にやってきたのだ。

 

『広いな……』

 

自動ドアが開くと、アリーナ程ではないが、かなりの広さを持つ空間が飛び込んで来た。どうやら誰も居ないらしく物凄く静かだ。尚、整備室ではISスーツを着用との事だ、整備室の壁にもその注意事項が記載された貼り紙がなされている。既に制服の下に着込んでいるので制服を脱ぐだけなので問題はない。念の為だが何日も同じISスーツを着てはいない、昨日風呂のついでに洗浄しているし、予備もある。

 

「さて、始めるか」

 

制服を脱いだ後、俺は1人作業に打ち込み始めた。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

1時間程経過しただろうか、改めて調べてみたがPICにも機体にも問題点は見つからなかった。やはり昨日け件は稼働のさせ過ぎで一時的な物だった様だ。とりあえず問題がなくてよかった。とりあえずは整備室に来たので、研究所を出て以来に此処でしか出来ないシステムの最適化や調整を行い、たった今それが終わっと所である。

 

「部屋に戻るか……」

 

使用した機材を元有った場所へと片付けて、待機状態に戻した悲劇の復讐者を首に掛け、脱いだ制服を着直す。開く自動ドアを通り整備室を後にする。

 

「……もう夕暮れか」

 

外に出てみると、整備室に入るまでは水色だった空が、今は茜色に染まり夕焼け空と化している。その空に包まれているこの学園も、ほんのり茜色に染まっている印象を持つ。それについての感想が漏れるが、生憎俺にこの光景を伝える話術などない。そんな茜色の夕焼け空の下で、俺は取り敢えず部屋に戻って風呂でも済まそうと、寮への道へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

部屋へとに戻り、衣服を脱いだ俺は、浴室にてノズルから吹き出すお湯の雨を浴びている。丁度いい温度の湯が体を伝い洗い流していく。どことなく疲れが抜けていく心地良さだ、研究所での風呂とはえらい違いだ。これが本来の風呂なのか、と考え深い気持ちになりながら頭を洗い始めた。

 

「ふぅ……」

 

風呂を済ませてタオルで水気を拭き取り、用意されていた衣服を着る、ジャージという物らしい。梱包していたビニールにシールが貼られていた。

 

「……………相変わらず邪魔だな、この髪は……」

 

顔に貼り付く髪を忌々しげに剥がす様に払う。今更ながら、この長い髪……無駄に長く伸びているのでタオルで拭いても湿っている上に乾くのも遅い。湿った髪が顔や体に触れたり貼り付いてくる上に、乾いていても長い前髪が余裕で目に掛かる。何年もこの髪型なので慣れてこそいるが、時たま今みたいに鬱陶しくなる。

 

「暇だな……」

 

濡れた体や髪を拭い、変わりに湿ったタオルを洗面所の籠に入れ、特にやる事もなく部屋という空間に只1人だけのこの状況、人生の大半をその状況下で生き延び過ごして来た筈なのに何処か虚しい。大勢が暮らすこの学園という環境で1人で過ごしている事からくる寂しさなのだろうか?

 

「馬鹿馬鹿しい……」

 

どれだけ1人で生きてきたと思っている、同世代の人間と少々接しただけだぞ。我ながらくだらない答えに辿り着いた物だ。やる事が特にないとはいえ、曲がりなりにも学生になったのだから勉強に励もう。

 

「……その前に反省文だな」

 

椅子を壊した罰として書いて提出するよう命じられた書類を書き上げなければと、鞄から職員室にて手渡された原稿用紙を取り出して椅子に座る。

 

「……壊れたりしないよな?」

 

また壊して罰が加算されるのは御免だぞ。教室のより耐久性が低いであろう椅子を若干心配しつつも、机に向かい反省文を書き始めた。

 

 

 

 

 

「……………」

 

あれから暫く時間は経過したが、今現在に至るまで、俺は反省文を書き続けている。シャープペンシルを用紙に走らせた際に生じる摩擦音が未だに生み出されていた。

 

「……はぁ、漸く終わった」

 

最後の一文字を書き終えて、シャープペンシルを無造作に机に置く。

 

「もうこんな時間か……」

 

ふと時計を見てみれば時刻は7時を軽く過ぎていた。夕食を食べる時間帯なのだが、この学園では食堂で夕食を取るのなら午後6時から午後7時までに注文を済まさなければならない。そして現在の時刻は7時過ぎ、つまり今日は食堂で夕食を食べるのは不可能という事だ。

 

「……購買に行くか」

 

購買ならばまだ開いている。もとより今日の夕食は購買で済ますつもりだった、食器も禄に扱えないのでは食べられる物も限られるからな。目的地を呟きながら、金銭が入った袋を手にドアを開け、廊下へと出た俺は購買へと向かい始める。

 

「……………」

 

俺が住んでいる部屋は本来懲罰部屋なので周囲に生徒は居ないのだが、購買へと近付いていくと生徒達もちらほら現れてくる。それは別に構わん、本来女子の学園である此処に俺が此処に居るのは場違いなのだから。だが、だがしかしだな……!

 

『何故こうも肌の露出する格好ばかりなんだ……!?』

 

先程からすれ違う女子はどいつもこいつも肌の露出が多い。よく言えばラフ、悪くいえばだらしない服装をした連中ばかりなのだ。

 

『なんだ?この学園にはズボラな人間か露出狂しかいないのか?いくら放課後とはいえ、少しはちゃんとした格好で過ごせないのか?』

 

くそ、こっちが恥ずかしい……さっさと購買へ行こうと歩みを速める。長い事こんな環境に居れん。

 

肌の露出が多いラフな女子達を目にして、顔を赤くしながらそそくさと購買へ向かう一季。異性と過ごした時間がほぼ皆無な彼には、本来男にとっては桃源郷と言える同世代である女子高生のラフな部屋着という光景は刺激が強かったらしい。意外と初であった。

 

「な、なんで怒ってるんだろう……?」

 

「知らないわよ……」

 

「もしかして私のこの姿に照れてたりして」

 

「まさかー」

 

そんな一季を見て、怒っているのか、照れているのかと、彼を目にした面々は好き勝手に雑談していたのを一季は知らない。

 

 

 

 

「はぁ……」

 

購買にて夕食を調達し終え、部屋へと戻り扉を閉めると、俺は深い溜め息を吐いた。何故此処の女子はああも露出の多い服装なんだ……全く、こっちが恥ずかしい。

 

「さっさと食事にしよう……」

 

購買から行って帰るまでの僅かな時間が、整備室や反省文を書いて過ごした時間よりも心が疲弊している……此処で生活していくのは想像していたより遥かに厄介だ、主に寮での生活が。気を取り直して食事にしようと、夕食が入ったビニール袋を机に置いて椅子に寄りかかる。

 

「はむっ……むぐ……」

 

買ってきたおにぎりとお茶を取り出して、その流れでおにぎりを包むビニールを破いてかぶりつく。買ってきたのはおにぎり4個とお茶。朝食及び昼食と比べたら貧相だが、過去の食事を思い返せば、これでも俺には充分な食事だ。因みにおにぎりの具は鮭とおかか、それぞれ2つである。話し相手もいないので黙々とおにぎりを咀嚼し飲み込みまた咀嚼。合間にお茶。

 

「……ふぅ」

 

最後の一口を飲み込み終え、夕食が終わりを迎える。時間にすれば10分にも満たない。

 

「……………」

 

お茶が入ったペットボトルに口を付け喉を潤す。緑茶というらしい、ラベルにそう書いてある。

 

『……自習でもするか』

 

茶を飲みながらそんな事を考える。調整も整備も反省文を書くのも終えた。それ位しかやる事がない。中身がなくなり空になったペットボトルを机に置いて今日の復習をする事にした。

 

 

 

 

 

「……もうこんな時間か」

 

約2時間前にも呟いた言葉をまた呟いた。授業の予習復習を終え、教科書でも読むかと思い読んでいたら、何時の間にか時計が指す時間は9時を回っている。本当に時間というのはゆっくり流れるかと思えば瞬く間に過ぎるな。

 

「外は真っ暗だな……」

 

窓に近寄り、窓越しに外の風景を眺める。空は漆黒の闇の如く真っ暗である。それを無数の星が彩り、黒き空が星の光を引き立てている。互いが互いを栄えさせて見事な夜空を創り上げている。蛍光灯等の人工的な光にはない幻想的で思わず見取れそうな星の輝きが漆黒の飲み込まれた世界を照らして、夜空を彩っているこの景色。

 

「……綺麗だな」

 

そう心情が漏れる。清々しい水色の青空も、茜色の夕焼け空もいいが、俺はこの夜空が1番好みだ。暗く恐怖さえ抱かせそうだが、幻想的な魅力を放つこの夜空が。それから30分は星が輝く夜空を見続けていた。

 

「……もう寝るか」

 

窓から離れ歯を磨きに洗面所に向かう。充分に夜空を鑑賞はしたが、やはり窓越しからだと思う様に見渡せない。今度は外で見ようと思ったが、そうなるとまた露出の多い女子達と遭遇する確率が非常に高い、それがネックだ。

 

『それにしても……初日から色々あったな』

 

歯を磨きながら今日の出来事を思い返す。自分を一季と名乗るのを決め、奴と対面して、オルコットと揉めて怒りの余り椅子を壊し、ブライトや轡木さんと昼食を食べたり、クラスの代表候補にされたり……初日から波乱の1日だな。

 

『これが3年も続くのか……』

 

喜ぶべきか悲しむべきか……現状では後者の方かだな、明らかに苦労するのが目に見えている。此処での生活は考えていた以上に困難を極めそうだ。

 

『それでも今までの日々に比べたら遥かにマシだな……』

 

過去を思い返しながら口を濯ぎ、歯磨き粉を洗い流しそれを吐き捨てる。また水を含みもう一度濯ぎ吐き出す。歯磨きを終えて洗面所を後にし部屋の電気を消す。部屋は一気に暗くなり窓から入ってくる星明かりのみで薄く照らされている状態だ。

 

「ふぅ……」

 

ベッドに寝転がり布団を被る、コンクリートの床とは段違いの寝心地の良さだ。

 

「明日はどうなるだろうな……」

 

何年振りだろうか、明日がどうなるのかを考えるのは。希望も何もない絶望の日々を生きてきたあの日々からは考えつかないこの現状。こんな日が訪れるとはな……

 

学生生活初日の夜は、そんは気持ちを抱きなら眠りへと落ちていき、終わりを迎えた。

 

 

 




今回は入学二日目、一季の学生生活初日が終わるまでの話でした。

さて今回は私が書いた話で初めて10000文字を超えました。取り敢えず今回で二日目を終わらせようと書いていたらこんなに長くなってました。

椅子を壊した罰として代表候補にされてしまった一季、非が自分にあるので逆らいませんでしたが、千冬に逆らわない方がいいと察したんでしょう(笑)どうせ逆らっても無駄だと。

今まで異性と接した事が皆無な男子が同世代ラフな格好している女子達が周りに居ればねぇ……意外と初な一季には刺激が強いようです。

さて、次回はどうなるのやら。おそらく今回が年内最後の更新となるでしょう。ではまた次回。


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第15話 温かな気持ち

俺が此処、IS学園の生徒となって2日目の朝を迎える。現在の時刻は午前7時、既に身形を整えて制服へと着替え終えている。今まで身嗜みに気を使う余裕などなかったが、流石に俺以外にも多くの生徒が通うこの学校という場所で、今までの様なみずほらしい格好は出来ない。最も、身形を整えると言っても伸びに伸びた長い襟足を一纏めにしているだけだが。それでも、やらないよりやった方が多少はマシだろう。

 

『食堂に行くか』

 

準備も済んでいるので、今朝は昨日行かなかった食堂で朝食を食べる事にする。何れは利用する日が訪れるのだから、なるべく早い内に利用してみる事にしようと、部屋を後にして食堂への移動を開始し始める。

 

「ねえ、今日は何食べる?」

 

「ん~、どうしようかなー」

 

「今朝は和食にする?それとも洋食にする?」

 

「今日は洋食かしら」

 

この時間帯ともなると、俺と同じく朝食を取ろうと食堂へ向かう生徒達と幾度とすれ違う。既に制服姿の生徒も居れば、まだ寝間着姿の生徒も見受けれる。最も、昨日の夜目にしたような露出の多い寝間着姿の女子は居ないのが幸いだ。それでも目のやり場に困るのは変わらないのたが……そんな事を考えている俺とは違い、他の生徒達は友人と何を食べようかと相談しながら移動している。俺はそんな会話をする相手がいないのでそんな雑談をしようがない。1人でそんな事をぶつくさ呟いていて歩いていてはただの変人だろう、誰がどう見ても。

 

『一体何があるんだろうか……?』

 

食堂とはどんな風になっているのか、どんな食べ物があるのかも知らない。現状理解しているのは食べ物を食べる施設、それだけだ。今耳にした和食と洋食の違いもよくわからない。出来る事なら、食器を使わずに食べれる料理があれば有り難い。フォークとスプーンが辛うじて使え、箸は全く使えない。そんな俺がスムーズに食べれる料理等必然的に限られてくる。

 

『最も、食事が取れれば贅沢は言わないが』

 

別に贅沢な料理を求めはしない、食べ物を食べられるだけで俺は十二分に満足だ。出来れば食器を使用せずに食べれるパンやおにぎり辺りがあればそれで充分だ。……但し、梅干し入りのおにぎりは遠慮したい。

 

「あっ、イツキ」

 

「……ブライト」

 

などと頭の中でぶつくさと呟くかの様に考え歩いている道中、曲がり角を通ると制服姿のブライトとばったり出くわした。

 

「おはよっ!」

 

「お、おはよう……」

 

会うなり明るく笑顔で挨拶を交わしてきたブライトに対し、相も変わらず俺はこんな不器用な挨拶である。言い訳になるが挨拶などここ数年してこなかったのだ、まだ他人と接する事自体に戸惑いを覚える程にコミュニケーション能力が乏しい。返事を返すのに若干の間を要する位だ。今のブライトと俺は、まるで太陽と暗闇の様に対極だ。

 

「イツキも今から食堂に行くのか?」

 

「……あぁ。そうだが」

 

「だったらさ、一緒に朝食食べないか?」

 

「……俺と一緒にか?」

 

ブライトも今から食堂へ行き朝食を取るらしいが、その口から思わぬ誘いの言葉が飛び出した。俺などと一緒に食事を取っても楽しいとは思えないのだが……

 

『特に誘いを断る理由も無いが……』

 

誰かと約束をしている訳でも、1人で食べたいという訳でもない。この誘いを断る明確な理由等有りはしない。と言うより、俺と共に食事を取ってくれる生徒自体居ない。それ以前に、初日から激情して怯えられ孤立しかけた俺に、まともに口を聞いてくれている生徒等ブライトくらいだ。奴、織斑一夏は話し掛けて絡んでこそくるが、そもそも俺は奴を相手にしたいと思わない。最低限の会話で充分だろう。他の生徒達とは微妙な距離感が出来ており会話が発生していないのが現状だ。

 

『昨日の事もあるしな……』

 

昨日はブライトの助言のお陰で解決策を見いだせた件もある。こんな事では恩返しにもならないが、共に食事を取る相手役にはなれるだろう。楽しい食事になるかは別として。

 

「……俺は構わないが」

 

「そっか。よし、それじゃあ食堂へ行きますかっ!」

 

その誘いを受け入れた俺は、ブライトと共に食堂へと歩を進めるのを再開した。

 

「ん~。今日もいい天気だねぇ」

 

「……そうだな」

 

歩きながら両腕を天へと上げ、背筋をピーンと伸ばすブライトがそう口にする。その言葉の通り、本日も天気は曇り等存在せず晴れ晴れとしていた。窓から見える青空と日の光が、快晴なのを証明している。

 

「そういえば、昨日あれからクラスメートに謝れたのか?」

 

「……あぁ。謝ったお陰で、少しはマシな状況にはなった」

 

謝罪してからは、露骨に怯えられるという事はなくなった。だからと言って仲が良好になった訳でもないが。

 

「そりゃよかった。もしかしたらまだ謝れてないんじゃないかって思ってたけど、ちゃんと謝れたんだねぇ」

 

どうやら俺が謝れたのかどうか気にしていたらしい。余計な気を使わせてしまったな。

 

「……そんな心配をしていたのか?」

 

「だってさ、アンタって人と喋ると得意じゃないだろ?」

 

「……………」

 

的確な指摘過ぎて返しようがない。指摘された通り、俺は人と接するのは下手だ、コミュニケーションをとる能力は恐らく皆無に近い。これでは謝罪出来るかどうか心配されるのも無理はない。

 

「……悪かっな。人と接するのが下手で」

 

「ゴメンゴメン。別に悪く言ったつもりじゃないよ。誰だって得意不得意はあるんだからさ」

 

ブライト、別に俺はお前が悪意を持って言ってきたとは思っていない。実際指摘された通りなのだから、今のはただ俺の返事がひねくれていただけだ。

 

「……いや、別に気にしてはいない」

 

「そうか?ならいいけど」

 

むしろ今指摘された点は改善すべき物だろう。実際改善出来るかはわからないが……

 

「さて、着いた着いた」

 

『……此処が食堂か』

 

ブライトがそう呟く通り、気付けば俺達は食堂の入り口前への移動を完了していたらしい。既に食堂内では朝食を食べに来た生徒達で賑わっている。そのまま食堂内へと入ったはいいが、如何せん何が何やらサッパリわからん。

 

「ほら、あたし達も朝食取りに行くよ」

 

「……自分で取るのか?」

 

「そうだよ。もしかして、此処の利用の仕方わからないのか?」

 

「……あぁ。まだ食堂で食事をしていないからな」

 

その言葉の通り、俺はまだ食堂を利用していない。此処には一昨日来たばかりだしな。それ以前にこんなまともな場所で食事をした記憶が微塵もない。

 

「それじゃあしょうがないねぇ。じゃあ、あたしが食堂の利用の仕方ってのを教えてあげるよ」

 

「……そうしてくれると助かる」

 

そう言ってくれるのであれば、その親切を有り難く受け入れる事にしよう。此方は見栄を張れる立場もないしな。

 

「素直でよろしい。じゃあ説明しながらあたしが手本を手本を見せるから、しっかり覚えるように」

 

「……了解した」

 

「よし、まずは此処にあるトレーを手に取る。IS学園の朝食は自分が食べたい料理を自分で取ってきて食べる、所謂ビュッフェ形式だ。まぁ用は自分で食べたい分だけ好きな料理を選んで食べるんだよ」

 

「な、なん……だと!?」

 

自分が食べたい料理を選んで好きなだけ食べられるだと!?世の中にはそんな贅沢極まりない食事が存在していると言うのか!?驚きの余り眼球が飛び出すかと思ったぞ。

 

「あーでも、欲張って取り過ぎて残すってのはダメだぞ。作ってくれた食堂のおばちゃんに失礼だから」

 

「……それは大丈夫だ。そこまで意地汚くはない」

 

禄に食べ物にありつけ無かったとは言え、そこまで食い意地が張っている程俺は食べ物への欲求はない。ちゃんとした料理を食べられるだけで俺は文句はない。

 

「じゃっ、実際にご飯を取るとしますか」

 

「……あぁ」

 

説明もされた事だ。後は実践あるのみ、それは何事にも言える。食事を取るのに些か気負い過ぎな気もしなくはないが。

 

「……しかし、色々あるな」

 

「ホントホント。こうも種類が多いと選ぶのにも困るよねぇ」

 

何なんだこの料理の種類は?軽く見積もっても数十種類は超えているぞ……

 

『一体、何が何やら……』

 

どれがどんな名前の料理なのか、どんな味なのか、全く検討も付かない。9割方どんな料理なのかわからない。

 

「んーと、今日はどれにしよーかな」

 

ブライトや他の生徒は楽しそうに悩んでいるが、俺はどれがどんな料理なのかで悩んでいる。同じ悩みでも意味合いがまるで違う。

 

「取り敢えずは、これと……あとこれも」

 

取る食べ物が決まったのか、ブライトは用意されていた食器に自分で料理を盛り付けて、その食器をトレーに置いていく。ビュッフェ形式とはこういう事なのか?ともあれ、俺は何を食べようか……と思っていた所にある食べ物が目に入る。

 

『おにぎりか』

 

これならどんな食べ物かわかる。取り敢えずはこれを貰うとしよう。

 

『具は鮭と梅干し、迷わず鮭だ』

 

二種類あったが、梅干しは取らない。あれには苦い思いをした。味覚的には塩辛く酸っぱい思いだったが、と昨日の昼食を思い出しつつもおにぎりを取る事にする。

 

「ん?おにぎりにするのか?」

 

「あぁ」

 

「そこにあるトングで皿に乗せるんだよ。手づかみはNGだから」

 

いや、流石に此処の光景をみて手づかみで盛り付けられたりはしないぞ。最も、説明されるが、されなければやりかねなかった可能性もある。その説明を受け、置いてある皿とトングとやらを手に取り、トングでおにぎりを挟む様に持ち、皿に乗せる。乗せたのは勿論具が鮭の方だ。

 

「まっ、大体こんな感じで料理を自分で食器に料理をよそうんだよ。飲み物も同じさ」

 

「……成る程な」

 

これがビュッフェ形式という物か。此処に来てから今まで食べてきた食事との天と地以上の落差が有り過ぎて、驚くばかりだ。初のビュッフェ形式に戸惑いながらも、その後も料理を選んでいく。昔、食事は楽しい物だと聞いた時は意味が理解出来なかったが、今ならば、なんとなくだがその意味が理解出来る気がした。

 

 

 

 

 

「やっぱ、此処のご飯はおいしいねぇ」

 

「……そうだな」

 

朝食を取り終えて、テーブルへと移動し終えたあたし達はそのまま朝食を食べている。あたしが取ってきたのは、パン2つとカリカリに焼かれたベーコンにスクランブルエッグ、そしてサラダとハッシュドポテトに飲み物のオレンジジュース。目の前の席に座っているイツキは、鮭のおにぎり3つと味噌汁、それと飲み物の麦茶だけ。これだけある料理からそれだけってのは淋しい気もするけど、箸を使わないで食べられる料理を選んだ結果がこのメニューとの事だ。まぁ、当の本人は足りなければまた持ってくるって言ってたからそこら辺は気にしなくても大丈夫だろ。

 

「……ところでブライト、1つ聞きたいのだが」

 

「んぐ……なんだい?」

 

おにぎりを1つ平らげた一季が話し掛けてきたから、あたしも咀嚼していたパンを飲み込んで承諾する。

 

「……何故、俺を誘ったんだ?」

 

「何故って、あんたと一緒にご飯食べるのに何か大層な理由でもいるか?」

 

今日は少し早めにご飯食べようと食堂へ向かってたら、偶然イツキに会って、昨日あの後どうなったのかも聞いてみたいから誘っただけなんだけど。

 

「……いや、俺に話し掛けてくる生徒はお前くらいだからな。少し気になっただけだ」

 

「あたしだけって……ホントに誰もいないのか?」

 

そう聞き返してベーコンにスクランブルエッグを乗っけて頬張る。カリカリのベーコンの食感と旨味が、フワフワしたスクランブルエッグの味と合うんだよね。

 

「……今の所、揉めた代表候補生と……織斑ぐらいだな。話し掛けてきたのは」

 

そう答えると、イツキはおにぎりを頬張る。なんだか織斑一夏の事呟いた時、凄く嫌そうな顔してたけど……

 

「代表候補生の事は昨日聞いたけど、もしかして織斑イチカともなんかあったのか?」

 

「……いや、奴とは揉め事は起きていない。最も、俺があいつにいい感情を抱いていないのは確かだな」

 

そう語る表情は憎たらしく羨ましげに見えた。前髪から覗く瞳は憂いを帯びていて、簡単には言い表せないというイツキの心情を物語っているみたいだ。

 

「……そっか。ならこれ以上は聞かないよ」

 

こういう事は無理に聞いたりしない方がいい。イツキも聞かないでくれと言わんばかりの雰囲気は出してるしね。興味本位で聞いちゃいけそうにないのは何となくだけどわかるから聞かないでおこう。

 

「……そうしてくれると助かる」

 

「せっかくの朝食を嫌な気分にはしたくないからな」、と呟いたイツキは味噌汁を一口すする。湯気がゆらゆらと立って温かいのを立証してる。因みに具は豆腐と油揚げとワカメらしい。お椀に入ったミソスープに、具はサイコロみたいに切られた豆腐と刻まれた油揚げとワカメ。今思ったけど、ほぼ大豆だ。

 

「……温かい」

 

味噌汁を飲んでイツキが出した感想は味ではなく温度の方だった。

 

「そりゃあさっきまで保温性のある鍋に入ってたんだからね、温かいよ」

 

「……それもそうだな」

 

あたしの言葉にイツキはそう言われればそうだったなと返事を返す。何だか、あたしも味噌汁飲みたくなってきたな、うん。

 

「……よし、あたしも味噌汁飲もうかな」

 

「……では、俺はお前が食べていた料理を食べるか」

 

どうやらイツキもあたしが食べていた朝食に興味が湧いてきていたみたいだ。他人が食べている食べ物って無性に美味しそうに見えるよねぇ、わかるよその気持ち。そんな会話の流れのまま、あたし達は各々おかわりをしに向かった。

 

 

 

 

 

「……成る程。確かに美味いな」

 

ブライトが先程まで食べていた朝食のメニューを取り終え、テーブルに戻るなりスクランブルエッグという物を食べてみたが、確かに美味い。カリカリとしたベーコンとの相性も良い。美味いと頷ける食べ物だ。

 

「だろ?ホント此処のメニューにはハズレがないよ、うん」

 

そう自己完結しながら頷いているブライトも、新たに持ってきた鮭入りおにぎりをもぐもぐと食べながら、味噌汁を啜っている。その後も軽く雑談を交わしながら朝食を食べ進めていく。人と会話をするのも中々に大変だ。

 

「……ふぅ」

 

追加で持って来た朝食も食べ終え、大分腹も満たされた。こんな贅沢な食事が世の中に存在していたなど、少し前の俺は想像すらしていなかった。

 

「はぁー、美味しかった」

 

「……あぁ。実にその通りだ」

 

賞賛の言葉を俺も続けて発する。ごく一部の料理しか食べていないが、この分なら他の料理も美味の数々だろう。そう思いながら、追加で持ってきた食べ物の中で、まだ残っていたオレンジを手に取りかぶりつく。果肉の甘味と程よい酸味が実にいい。体を爽やか且つ、口の中をサッパリとさせてくれる。

 

「オレンジも美味しいけど、この果物もいいよ」

 

そうブライトが俺に向かって寄せた食器には、オレンジに似た果物が同じ様に切られて、食器によそわれていた。オレンジとは違い、果肉と皮の色が異なり、皮が黄色い。食べて見ろという事か?

 

「……いいのか?」

 

「あぁ」

 

一応断りをいれ、了承を得てからその果物を掴み、オレンジと同じ様にかぶりついた。

 

「!?……す、、酸っぱ……に、苦っ……!」

 

な、なんだこの強烈な酸味と苦い後味は……甘味が殆どない代わりに、オレンジの何倍もの酸味と、飲み込んだ後に残る苦味……。

 

「目が覚めるだろ?この酸っぱさ」

 

そういいながらブライトもこの酸味満載の果物をかじる。確かに目は覚めるだろう、この酸味では。

 

「……ぶ、ブライト、お前は平気なのか?」

 

残っていたオレンジジュースを一気に飲み干し口直しを図るが実らず、それが口に残るまま訪ねる。

 

「まぁね、この酸っぱいのがグレープフルーツの魅力みたいなもんだから。結構美味しいよ」

 

し、信じられん……俺にはとてもそうは思えない。グープフルーツ、梅干しに続いて遠慮したい食べ物だ。

 

「飲み物取ってくるけど、一季もいるか?」

 

「……オレンジジュース。それとオレンジも」

 

自分の分を取りに行くついでか、俺の要望を聞いてきたブライトは、聞き終えると「わかった」と一言返して席を立ち、目的の品を取りに向かう。

 

「はい、ジュースとオレンジ」

 

「……わざわざすまない」

 

「いいっていいって。ついでだからさ」

 

飲み物を取り終えてきたブライトが、俺の目の前にジュースが注がれたコップとオレンジが入った食器を丁寧に置く。取り敢えず、オレンジジュースとオレンジで口直しを再開しようと、追加したオレンジにかぶりついた。ブライトもブライトで、自分の飲み物であるコーヒーを飲んで、一服しながらくつろいでいる様子だ。コーヒーが入ったカップからは、温かい事を証明する湯気が立ち上っている。

 

『温かい、か……』

 

先程飲んだ味噌汁を思い出す。まさか、温かい食べ物を食べる日が訪れるなど思っていなかった。最後に食べた温かい食べ物は泥水で煮た米だったか……それが何時なのか、もはやその記憶は朧気だ。ただ、それと味噌汁は温度も温かかったが、決定的に異なる点があるのはわかる。なんと言い表せばいいのだろう……強いて述べるなら、心が温かくなった様な感覚。なんとなくたが、そんな気がした。




約1ヶ月振りの更新となる今回は、一季がマリアと朝食を食べる話でした。書いている私が言うのもなんですが、話殆ど進んでないなぁ……いや、一季が世の中にからに疎いので、その辺りの心情を丁寧に描写しようとすればする程、1話1話の進み方がゆっくりになっているという……多分話の進み方は今後もこんな感じです。後、ついでに言っておくと、私は戦闘描写も苦手です。こんな人間ですが、今後ともよろしくお願いします。


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第16話 イメージチェンジ

タイトルのまんまです。


「……ところでブライト」

 

「ん、なんだい?」

 

現在は昼休みの真っ只中、生徒で賑わう学食にて一季とマリアも同じテーブルで昼食を食べている最中である。朝に続いて食事を共にしているのは、学食の仕組みを知らない一季に対してその仕組みを説明しながら実際に利用してみよう、と経緯は朝食の際と同じである。券売機や本日のおすすめのメニュー等に首を傾げながらも注文を終え、こうして一季はマリアと共に食事を食べているのである。それぞれが選んだ昼食はと言うと、マリアは本日のおすすめである洋風ランチ、一季は唐揚げ定食である。昨日食べた唐揚げが気に入ったのか定かではないが、取り敢えずはどんな物かわかっているメニューを探していたら唐揚げ定食の文字が見えたので、埒が明かないのでこれにしようといった結末になったのである。本来ならば箸は使えないのでそれを使用して食べる日本食を選択したくはなかったのだが、これが使えないとメニューの選択肢が減り禄に食事を選べないという理由も少なからずあるので、あえて箸を使うこの定食を選んだ理由である。最もその結果は言うまでもなく

 

ポロッ

 

「ぐっ………」

 

ポロリ

 

「ぐっ……このっ……」

 

先程から唐揚げも白米もまともに箸で掴めておらず、掴めてもポロリと落下し、最終的に唐揚げは箸で突き刺し、白米は半ば強引に口にかきこむという礼儀作法を無視した食べ方の繰り返しなのだが。そんな食事の途中に一季からマリアに話し掛ける、その境遇故からくるコミュニケーション能力の乏しさから基本的に自分から話し掛ける事は現状まずない。ましてや異性と接した経験など皆無に等しい一季が自らその異性に話し掛けるのは結構勇気を出しているのである。

 

「……少し聞きたい事があるのだが、構わないか?」

 

「いいよ。あたしでよければ」

 

その一季の頼みに対して、マリアは快く承諾する。出会って日が浅いのにも関わらず、こんな無愛想な人間に親しく接してくれるマリアに対して、一季は感謝の念を抱かざるを得ない。マリアが居なければ、今頃本当に孤立していただろう。こうして接してくれているお陰でギリギリ孤立する一歩手前に踏みとどまっているのだから。

 

「……その、俺は暗いのだろうか?」

 

マリアへぶつけたのは自分の印象についてだった。今の所女子達の中での一季の印象は怖そう、暗そう、取っ付きにくい等々、禄な印象を抱かれていない。本人が起こした騒動の件もあるだろうが、それ以前からそれらの印象を抱かれているのも事実である。

 

「えーっと……聞かれた事だからハッキリ言うぞ。それでもいいのか?」

 

「……構わない」

 

少々悩みながらも、聞かれたのでしっかりと返答を出すと宣告するマリアに、一季は端からそのつもりだという態度と返事を出す。

 

「それじゃあ言うけど、アンタの性格は暗くはないと思うよ。ただ、ちょっと……」

 

「……ちょっと?」

 

マリアの言う通り一季の性格は暗くはない、落ち着いて理性的な傾向であるのと、コミュニケーション不足な事から喋るまでに少々間が出来る事で暗い性格だと認識されているのだろう。

 

「髪型がさ、流石に髪が長すぎるよ」

 

一季が暗そうに思われる問題点は主にその外見にある。別に顔立ち自体には問題はない、寧ろ整っているのだが問題なのはその髪型だ。伸びっぱなしで前髪は余裕で目に掛かり、そこからチラチラ覗く切れ長の瞳は恐怖感を与えかねず、膝辺りまである襟足も纏めているとはいえ、とてもいい印象を与える物ではない。境遇から髪を散髪したり揃えたりなど出来ずにいたので仕方なしにこの髪型なのだが、この髪型のせいで容姿における印象面でかなり損をしている。

 

「……そうか。正直自分でもこの髪は鬱陶しくて困っている」

 

そう言って前髪を忌々しげにいじる。一季自身もこの伸びに伸びた髪の毛は鬱陶しいと感じる事も屡々である。しかし人として扱われていなかった環境ではどうしようもなくそんな気力も余り沸かずにいた。しかしその境遇のツケが此処で一気に来ているのがこの現状だ。どうにかなるならば何とかしたいと思えてくる。

 

「なら髪切った方がいいよ。その方がアンタの為だよ」

 

「……それもそうだな」

 

そんな会話を繰り広げながら2人は昼食を食べ続けてる。箸を使うのに四苦八苦していた一季を見ていたマリアが、なんだか可愛いかもと思っていた事を当の本人は知る筈もなく、取り敢えずはこの髪をどうにかするかと考えながら必死に唐揚げ定食を食べ進めていた。

 

 

 

 

 

『どうにかしようにも、一体どうしたいいのか……』

 

授業が終わり放課後となり自分の部屋へと戻っていく一季だが、考えているのはこの長い髪をどう処理するかで悩んでいた。

 

「おや、一季君」

 

散髪してくれる宛てもないので、自分で髪を切る位しか思い付かない。しかし自分で散髪をしよう物ならば、大抵初めての結果は悲惨な出来である、昼食時にもその案を呟いた際にはマリアにも止められている。どうした物か……と悩みながら歩いていると声を掛けられる。親しみを感じさせる年を召した男性の声、振り向くとそこにはマリア以外で接してくれる数少ない人物の姿が目に入る。

 

「……轡木さん」

 

その人物とは此処の用務員、轡木十蔵である。その温和な物腰からか、一季も少なからず親しみやすさを感じている。

 

「今から部屋へ帰る所ですか?」

 

「……はい」

 

「そういえば、先程ブライト君と話していた時に聞いたのですが、髪を切りたいと思っているらしいですね?」

 

「……えっ?あっ、はい。そうですけど……」

 

先に帰宅していたマリアと遭遇した際に聞いた話題を十蔵が振る。その話題が出てくるなど予想もしていなかったので一季は正直面を食らったが、事実なので否定する事なくそれを認める。

「よろしかったら、私が髪を切りましょうか?」

 

「……えっ?その、いいんですか?」

 

「はい。私なんかでよければ」

 

思いもよらぬ助け舟が現れる。今思い付く手段が自分で髪を切る位しかない一季にとっては正に願ったり叶ったりな提案だ。

 

「……それじゃあ、お願いします」

 

自分でやるよりかはマシな出来にはなるだろうと一季は十蔵の提案を受け入れた。今日で散髪は可能だが、生憎と十蔵は現在仕事中なので、今日の仕事が終わり一段落した頃に一季の髪を切る事になった。

 

 

 

 

 

「それでは始めますね」

 

「……はい」

 

そして時刻は午後8時過ぎ、夕食も済ませた一季は自分の部屋の洗面所にて、十蔵によって伸びに伸びた長い髪を散髪をされる所である。リビングから持ってきた椅子に座り、切り落としたが床に散らばらない為に、十蔵が持ってきた髪を受け止める散髪ケープを被り、切った毛が首下から入らない様首にはタオルが巻かれている。

 

「では、まずは前髪から……」

 

チョキチョキ

 

霧吹きを使い水を髪に吹きかけて髪を軽く湿らせる。湿らせて切りやすくしてからハサミで丁寧に髪を切ってゆき、切られた髪がケープへとパラパラと落ちていく。尚一季は顔に包帯を巻いたままだが、この下はどうしても見られたくないので包帯を巻いたまま散髪している。多少散髪しにくいが、十蔵も一季のその要望を承諾して散髪している、一応包帯の下の髪を抜き出しやすくする為に少しは緩めてはいる。切り落とした髪が顔や包帯にも張り付きそれを毛を払い落とす毛掃きで払うが包帯にからは中々取れない。最も後で自分が取ればいいと一季は考えているので問題はない。

 

「そういえば、昨日なにやらクラスメートとトラブルが起きたらしいですね」

 

「……はい」

 

「何か様子が変だなと思っていたんですが、そういう事でしたか」

 

昨日の昼休みに出会った際に何処か様子が可笑しいと思っていた十蔵だったが、後に備品管理もしている用務員の彼にも1組での騒動は伝わっていた。

 

「……すいません。初日から揉め事を起こして」

 

「いえいえ。聞く所によると、一季君だけに非がある訳ではないですし。反省してくれているなら私はそれで充分です」

 

それにお説教は織斑先生で充分足りていますしね、と十蔵は続ける。そう諭す様に言われてはそうするしかないと一季に感じさせる。一季も充分反省も後悔もしているが、今の言葉は尚更そう思わせた。

 

「最も、椅子を壊されたのには流石に驚きましたが」

 

「うっ……」

 

ハッハッハッと笑う様に言いながら散髪を続ける十蔵に対して返す言葉も浮かばない一季の散髪は順調に続く。ケープに乗っている長い襟足を70㎝程一気にバッサリと切り落とし、すきバサミで髪をすきながら切り長さを整えていく。途中包帯の下の髪を引っ張り出して切ったり、ケープから溢れそうな位の毛を中へ押し込みながらとハサミとすきバサミを使い分けて切り進める。何分毛の長さと量があるので1時間近くは掛かったが、いよいよ一季の初めての散髪もいよいよ終わりへ差し掛かる。

 

「うーん、困りましたね……」

 

散髪時にどんな風にするか一季に訪ねたが、世の中に疎い一季に髪型をどうするかなどわかりはしない。考えた結果、取り敢えず今の髪型を短くしたような感じに整えようという結論になり、大方全体のバランスを整え、毛髪もすき取り終えてはいる。のだが、ある箇所が十蔵を、悩ませる。

 

「どうしましょうか、この頭頂部の跳ねた毛……」

 

そう、短くした事で一季の頭頂部の毛が左右対象の形で跳ね上がっており、手で抑えた位ではすぐに戻ってしまう。今まで伸びていたのでわからなかったが、どうやらその部分だけ跳ね上がってしまうらしい。かといって此処を切り過ぎるわけにもいかない。それが十蔵を悩ませている。よもや頭頂部だけを短くする訳にもいかない。

 

「……あの、轡木さん。別にいいですよ、俺はこれで」

 

目の前の鏡に映る自分を見て、この髪型で充分だと一季は満足感している。別にオシャレな髪型など求めておらず、長ったらしい髪とおさらば出来た時点で充分なのだ。頭頂部の毛の跳ねもさほど気にしてはいない。そんな一季の様子を見て、もし気になったら言ってくださいねと返事を返した後、最後の仕上げと髪型を整えていく。

 

「はい。これで終わりです」

 

仕上げが終わり、髪に付いている毛を毛掃きで払い落として散髪の終わりを告げる。一目見てわかる程、かなりスッキリとした。前髪も丁度いい長さになり、襟足も首に掛かっている程の長さだ。大量の毛髪を受け止めたケープを見ればどれだけの髪が頭にあったのかが一目瞭然である。それ程髪に重量はないが、大分頭が軽くなったなと一季は思う。

 

「それでは、私はこれで」

 

「……あっ、はい。ありがとうございました」

 

ケープ内の髪を黒いゴミ袋へと移し、用具の片付けを終えた十蔵が。それらを手にこの部屋を後にしようとする。

 

「いえいえ。では、おやすみなさい」

 

「……おやすみなさい」

 

そのまま十蔵は部屋を出ていく。その後ろ姿を見送った一季は、風呂を済ませて寝る準備を整えていく。髪を洗っていた際に昨日までの何十倍も楽だと実感する。そして風呂からでた後も違った。昨日までだと濡れた髪があちこちに張り付いてきたのに対して、今はそんな鬱陶しさは皆無に近い。タオルで拭き取ったのは昨日までと同じにもかかわらずこの違い、髪を短くして正解だなと実感しながらこの日を終えるのだった。

 

 

 

 

 

『……気のせいだろうか?』

 

翌日の朝。早めに朝食を食べに寮食堂へと向かい、既に朝食を食べ終えかけている一季であったが、なにやら先程から今まで感じた事のない違和感を覚えていた。まだ早い時間な事もあり生徒は余りいないのだが、それにも関わらず視線を感じる。昨日までは向けられたとしても怯えや警戒からくる自己防衛の為の視線が此方に向けられているのが殆どだったが、逆に今は好奇心から産まれる眼差しを寄せられている割合が大きく、その視線の集中も多い。

 

『そんなに変なのか?この髪型……』

 

残っている味噌汁を啜りながら昨日までとの相違点を模索するが髪型しか当てはまらない。別に髪型がヘンテコリンな訳ではないが、今の一季にはそれしか思い当たる節がない。最も一季は髪型の事で十蔵に文句を言うつもりなど毛頭ない。わざわざ散髪して貰い、この出来に自分も納得したのだ。しかし、髪型以外に変化した点などないのも事実。

 

「……………これか?」

 

窓に映る自分を見ると、頭頂部の跳ねた双頭の毛も映っている。もしやこれが原因か?と左右対象に跳ねているそれを掌で抑えてみる。しかし掌を離すと、ピョコっとカエルが飛び跳ねる効果音でもしそうな位、すぐに元通りに跳ね上がっている。

 

『やはり無意味か……』

 

そもそも風呂上がりにタオルで水気を拭き取っただけで元通り跳ねるこれを、掌で抑えただけでなんとかなる訳もない。そう実感した一季は、トレーと食器を返して食堂を後にする。部屋へと戻る道中で今から食堂へと向かうマリアと出会う。

 

「よっ、イツキ。おはよっ!」

 

「……あぁ。おはよう」

 

相変わらず挨拶だけでこのテンションの差、別にマリアのテンションが高過ぎる訳ではない、至って普通の明るい挨拶である。一季のテンション及び対人能力が低いせいで、これほどの差が生じている。

 

「へぇー、髪切ったのか。イイじゃん、似合ってるよ」

 

「……そ、そうか」

 

早速髪型の変化に言及するマリア、これだけ見た目が変われば誰だって言及したくもなる。対して誉められた一季は何処か気恥ずかしそうな様子、産まれてこの方誉められるのは慣れていないのでリアクションに困っている。

 

「……ところでブライト、これをどう思う?」

 

せっかくなのでマリアにこの跳ねた双頭の毛について意見を求める一季。昨日髪型についてハッキリ物申したマリアならば、この跳ねについてもしっかり意見を述べてくれるだろうと思い訪ねてみる。

 

「これって、この跳ねた毛か?」

 

「……あぁ」

 

「んー、別に変じゃないと思うけど……」

 

マリアから見ても別に一季の髪型は可笑しい物ではなく、跳ねたその毛も特別変な物ではない。

 

「……そうか。悪かったな、足止めして」

 

「別にいいよ。じゃ、あたしは食堂に行くから」

 

別に髪型が変な訳で注目されていた訳ではないかと、納得した一季は、食堂へ行くマリアと入れ替わる形で、自分の部屋へと戻っていく。部屋へと戻った一季は教室へ行くまでの間、ある程度時間を潰す。暫くしてから頃合いを見て、教材等が入った鞄を手に教室へと向かい始めた。

 

『やはり、見られているな……』

 

その認識に間違いはなく、登校時にすれ違う生徒達が一季を凝視している。散髪した事で見た目のイメージが別人と思える程変わっているのだが、そこまでの変化があると一季は思っていない。短くなってスッキリしたという程度だ。そんな視線を浴びながらも教室へと到着する。着くなり席へと着いて授業の用意をしている一季だが、既に教室に居たクラスメート達は彼の外見の変化を目にして驚いている。

 

「えっ……?あれ誰?」

 

クラスメートの誰かがポツリと感想を零す。自分の席に座っているにも関わらず別人だと思われている、そんな感想が出る程に一季の容姿のイメージが変わっているのだ。それもそうだろう、はっきり言って昨日までの一季の見た目は丸まるで女の妖怪貞子の様であった。性別も種族も全く異なるがあの伸びに伸びていた長髪の存在もあり、白装束を着れば貞子と言えば通用する程だった。昨日まで貞子みたいな男子が座っていた席に貞子とは程遠い存在の男子が座っているのだ。戸惑いを覚えるのも頷ける。

 

「おはよー。……ん?、え、えぇ!?」

 

「癒子どうしたの?……って、えっ?」

 

そんな中、褐色の髪を持ちその後ろ髪を2つに分けている髪型をしている谷本癒子が教室へ入り友人に挨拶した直後、一季の変化に気付き仰天する。その様子に何事かと、共に登校してきた相川清香も同じくその変化に呆気に取られた様に驚いた。

 

「……………」

 

「「あ、あはははは……」」

 

そんな露骨な驚きに何か用か?と言わんばかりの視線をぶつける一季。そんな視線を送られた2人は気まずいのか、乾いた笑い声をだしながら自分の席へと向かうのだが、癒子の席は1番の前で一季の左隣、清香は一季の後ろであり、2人共に席は一季の直ぐそばである。気まずいのに変わりはない。

 

「あ、あのー……」

 

「……なに?」

 

そんな中、癒子が恐る恐る一季に声を掛けた。一季はというと見た目は変わってもコミュニケーション能力は昨日と変わらずである。

 

「もしかしなくても……い、一季君だよね?」

 

「……何を当たり前な事を」

 

何かと思えば身分を確認され、一季は思わず呆れてしまう。そこまで区別出来ない程見た目が変わったとでもと言いたそうだ。しかし実際に区別するのが難しい程外見は変化しているのだ。伸びに伸びて貞子みたいだと例えられた長髪はサッパリとなくなり。前髪で隠れていた鋭い切れ長の瞳もしっかりと露わになっており、包帯で顔の半分が見えなくとも一季の容姿が整っているのは理解出来る。

 

『あれ、結構カッコいいかも……』

 

『一季君って実は顔立ち整ってるんだ……』

 

そんな一季の本来の容姿を見た清香と癒子、そして他の女子達はその事実に胸が高鳴るを感じた。必然的に女子校となっているIS学園に、爽やかなイケメンである一夏に加え、幽霊みたいな見た目だった2人目も実はカッコいい。男子とは無縁であろうこの学園で、自分のクラスに異なるタイプのイケメンが2人も居る、それだけで彼女達のテンションは上がるのだ。容姿が整っているかいないかで人生は金額に換算すると億単位の損をする、世の中そういう物である。今日この日を持ってクラスメートや一季を目にした生徒達は、一季への印象を暗くて怖そうな男子から、怖そうだけどクールでカッコいい男子へとランクアップさせた。

 

「これはたぎる……!ネタが湧いてくるわ!」

 

「夏の新刊はこれで決まりだね!」

 

遠くから見ていた一部の腐った生徒達も多いに歓喜している。貞子ぽかった時の出で立ちもあれはあれでネタになるが、今の一季を見て更なるネタを手に入れた。そんな腐った思考が当の2人に伝わる訳はなく、後にその欲望を具現化した薄い本を目の当たりにする事になるのを一夏、そして一季は知る筈もなかった。




という訳で一季が髪の毛を切ってイメチェンする話でした。髪型がアレなだけであって容姿は整っていますから、髪型をまともにすればイケメンになります。pixivにてイメチェン前後のイラストを投稿してありますので其方の方も見てみてください。


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第17話 夏は変わらず一夏のまま

タイトルの一夏はひとなつと読みます。紛らわしいですが、いちかではありません。


「まったく……お前という奴は本当にお人好しだ」

 

呆れを含んだ声色で私はそう述べる。あの転校生……一季がオルコットとの揉め事の際に椅子を壊しその場を去った後、どうしたものかという気まずい雰囲気が教室を覆う中、一夏はそれを払拭しようと自ら事の報告を行うからと発し、今し方その件を担任の千冬さんに報告し終えた所だ。私が共に居る理由は、べ、別に一夏と共に居たいからという理由ではないぞ!一夏1人でしっかり説明出来るかどうかをこの目で確認するためだからな!……可笑しい、私は何故言い訳じみた事を考えているのだろう?別に誰かに聞かれた訳でもないというのに……うーむ、実に謎だ、幼い頃に読んだ古文の小説並みに謎だ。最もいまではその古文は理解し読めるのだが、こんな考えをしていた理由は理解出来ない。

 

「けどなぁ、あのままほったらかしとく訳にもいかないだろ」

 

私の言葉にそうあっさりと返事を返す。誰もやらないなら自分がやる、こういう所は昔から変わっていない、。あの時もそうだった、その話は私達が小学2年生の6月のある日に遡る。私と一夏は出会った当初から仲が良かった訳ではない、私は昔からお世辞にも人付き合いが得意とは言えず、寧ろ苦手と言える人間だ。それ故か一夏とも当初は馬が合わずにいた。理由は私にもわからないのだが、初めて一夏と会い後に家の剣道場に来て通い始めてからも何故かはわからないが、どうにもこうにも馬が合わなかった。因みに千冬さんについてだが、あの人相手に馬が合うも合わないもない、絶対敵に回したくはないという畏怖の念は幼からず抱いた。それまで剣道の腕では私のほうが上で

 

「今日こそ俺が勝つ!」

 

「ふんっ」

 

来る日も来る日もそう意気込む一夏の太刀を竹刀で防ぎ、薙ぎ払い、受け流すと

 

ベシッ! バシッ、バシィ!

 

隙を見て私は一振り一振りを確実に一夏の面小手、胴、面に叩き込んで勝利を勝ち取っていた。

 

「あ、明日こそ勝ってやる!」

 

「ふんっ。その台詞、もう聞き飽きた」

 

……いや、待て。ここまで私は愛想のない子供だったか?しかし記憶いう箱を叩いて揺さぶる様に思い返ししみても、出てくる思い出はそういった物ばかりだ。い、いや。いくらなんでもそんな思い出ばかりではない筈だ。ま、まぁ話を戻すとして、そんな日々が続いた6月のある日の放課後、私の中で一夏への認識が劇的に変化を遂げた。

 

 

 

 

 

「やーい男女~」

 

「今日は木刀持ってないのかよー」

 

「……竹刀だ」

 

放課後の教室にて幼いながらに凜とした雰囲気を醸し出している箒が男子達に馬鹿にされている。幼い頃より武士に憧れ剣の道を志していた影響からか女子にも関わらず男じみた口調や振る舞いをしている箒は男子にとっては格好の的だったのだろう、3人の男子が男女と箒をからかい馬鹿にして絡んできた。

 

「しゃべり方も変だもんなー」

 

「やーい、男女男女~」

 

「……………」

 

嘲笑に対して言い返す気にもならなかったのか、箒は沈黙したまま。腹も立つ気にならなかったのだろう。

 

「うっせーなぁ。お前ら暇なら帰れよ。それか手伝え」

 

その時一夏は1人で教室の掃除をしていた。自分以外の登板はサボって帰っていたのに対して一夏は1人黙々と教室を掃除していた。誰かがやらなければ自分がやるだけ、当時からそんな性格だった。

 

「何だよ織斑、こいつ庇うのか?」

 

「お前男女の味方かよ?」

 

「こいつこの男女の事好きなんじゃねー?」

 

男子達は一夏もからかい始める。今そんな台詞を言われれば箒は反応するだろうが生憎その時の箒にはそんな感情はなかった、せいぜい同門という認識だ。

 

「掃除の邪魔なんだよ。手伝わないならどっか行けよ」

 

鬱陶しそうに掃除を続ける一夏に男子達は更に絡んでいく。

 

「へっ。何真面目に掃除なんかやってんだよ」

 

「バッカじゃねーの……おわっ!?」

 

「真面目にやる事の何が悪い?お前達の様な輩より遥かにマシだ!」

 

その言葉を聞いて漸く腹が立ったのか、箒は男子の服の胸倉を掴み上げる。ひたむきに剣道に打ち込んでいる箒には、真面目にやっている人間が不真面目なに嘲笑われるのが我慢出来なかった。

 

「な、何ムキになってんだよ。放せ、放せよっ!」

 

「あーそうか、やっぱりこいつら夫婦なんだ。俺知ってんだぜ、お前ら朝からイチャイチャしてるだろ?」

 

「そういえばこの間なんかリボンしてたよなぁー。男女のくせに、笑っちまうよなー」

 

残りの2人はそんな箒の行動を目にするなり再び箒を標的に据える。今そんな事を言われたらならば顔が赤くなるのは間違いないだろう。たがそ時の箒はさして気にもとめてなかった。

 

「こんな男女はやっつけちまわないとな!」

 

そう言って1人の男子が机に立てかけられていた箒を手に……念の為言っておくが掃除するためのみ箒であって断じて箒の事ではない。話がそれたが、その男子が初心者丸出しの構えから箒目掛け振りかぶってきたその時だった。

 

「ふごっ!?」

 

一撃とは言うに値しない攻撃を交わそうとしていた時、その男子の頬に一夏の拳が直撃し、そのまま倒れこんだ。

 

「……笑える?何が面白いんだよ?あいつがリボンしてたら可笑しいのかよ?いけないのかよ?すげえ似合ってただろうが!」

 

「て、てめー!やりやがったな織斑!」

 

殴られた事に腹を立てた男子達は、3人がかりで一夏を叩きのめそうとするが、家の道場や千冬に鍛えられていた一夏には適わずあっけなくやられた。そんな喧嘩を止めるでもなく箒は只々一夏を見ていた、いや見取れていた。その時からだ、一夏に対しての思いが変わり始め好意を抱き始めたのは。その後教師に見つかり一夏もやり過ぎた事で叱られ、叱られるのが終わった後は特に会話もする事なく、そのまま2人は道場への帰路を歩んでいた。

 

「何やってんだよ篠ノ之?急がないと稽古に遅れちゃうだろ。お前のとーちゃん厳しいんだしさ」

 

「……織斑は馬鹿だ」

 

何時もより足取りが遅い箒に一夏はそう急かしてくる。それに対して箒は口を開くなりこの言葉、昔から素直になるのは苦手な模様。

 

「何が馬鹿だよ、馬鹿じゃねえよ馬鹿」

 

「あんな事をすれば後で面倒になるとは考えないのか?ましてや馬鹿にされてたのは私で、お前は無関係じゃないか」

 

所々幼い少女とは思えない堅い口調だが年相応の面も含む話し方で問いかける。箒の言う通り後日、一夏にやられた男子達の親が騒ぎ立ててくるのは別の話だ。

 

「あぁ、考えねーな。複数で嫌がらせするってのが気に入らねえ。あんな奴ら見てるとイラっとするんだ」

 

「……………」

 

一夏のそんな言葉をただ黙って聞いている箒。幼くても自分なりの信念を持つ一夏の言葉を真面目に聞いている。

 

「だからさ、あんな奴らの言ってた事なんか気にすんなよ?前付けてたリボン似合ってたからまた付けろよ」

 

「……っ」

 

笑顔でそんな台詞を吐く一夏に箒は顔を赤く染める。この言葉と笑顔の時点で箒は確証を得た、織斑……否、一夏の事を好きになったと。それにしても幼い頃からこんな事を言う一夏、この頃より片鱗を出している。

 

「ふ、ふんっ。リボンをするかしないかは私の自由だ!」

 

「ふーん……まぁいいや。急ごうぜ篠ノ之」

 

照れを露わにしている様子の箒を普段通りに受け流している一夏、三つ子の魂百までとはよく言ったものだ。

 

「……だ」

 

「えっ?」

 

「私の名前は箒だ、いい加減覚えろ。大体道場は父も母も姉も篠ノ之なのだ、紛らわしいだろう。だから、次からは名前で呼べ……いいな?」

 

意を決して箒が一夏に告げたのは自分の事を苗字ではなく名前で呼ぶようにという物。好きになった人に名前で呼んで欲しいという素直になれない少女の精一杯の頼み事だ。

 

「わかった。じゃあ俺の事も名前で呼べよな」

 

「な、なに?」

 

「だから名前だよ、織斑は2人いるから俺の事も一夏って呼べよな」

 

同じ苗字の人間が居てやややこしいから名前で呼ぶように言うならば、自分の事も名前で呼べ。理由は箒の言っている事と同じである。

 

「う……む」

 

「よし。ほら、早くしないとホントに遅れるぞ箒」

 

「わかっている。い……一夏っ!」

 

あっさり名前を言う一夏に対し、照れて叫ぶ様に名前を発した箒。そんなやり取りを交わしながら2人は急いで道場へと走っていった。

 

 

 

 

 

「どうしたんだ?箒」

 

「な、なんでもないっ」

 

思い出に浸っていた私にどうしたのだろうと伺う一夏。私のこの返事に、そうか。と特に気にする事なく納得する。……まったく、本当に昔から変わっていない。改めてそう実感した。こういった点は変化していても構わないというのに……私の幼なじみは6年の月日が経ち見た目は子供から青年へと成長しても中身は子供の頃と余り変化していない。そんな認識をしつつも食堂へと辿り着いた私と一夏は、頼んだ日替わり定食を受け取るとテーブルへと移動する。ふむ、今日は鯖の塩焼きか。そのまま席へと着き昼食を食べ進めていく。うむ、これは美味い。此処の料理は実に美味と言える。

 

「織斑君、隣いいかな?」

 

昼食を半分以上食べ終えた所に誰かが話しかけてくる。啜っていた味噌汁の器を置いて見てみると今朝話しかけてきたクラスの面々だった。

 

「あぁ。別にいいけど」

 

一夏のその了承の一言を聞くなり席へと座っていくクラスメート達、こういう事をデジャヴというのだな。朝の光景とまったく同じだ。

 

「朝から聞こうと思ってたんだけど、織斑君と篠ノ之さんが幼なじみって本当?」

 

この機会を逃すものかと谷本が2つに分けた褐色の後ろ髪を揺らしながら聞いてくる。あの時は千冬さんに急かされ聞けなかったから此処で聞こうという事なのだろう。

 

「あぁ、本当だぞ。なぁ箒」

 

「別にそんな大げさなものではない。同じ学校に通い、同じ道場で剣を学んだだけだ……」

 

否定する事でもないので認める台詞を伸べる。この事は寧ろ自慢したいくらいなのだがそれは少々恥ずかしいのでしない。というより認めているこの時点で照れが生まれている。私達が認めるなり、谷本達は渇望の眼差しで私を見た。

 

「織斑君と幼なじみかぁー。いいなー」

 

「ねぇねぇ篠ノ之さん、織斑君のとっておきのエピソードない?」

 

「あっ、それ私も聞きたい!」

 

質問をぶつけてきた鏡に羨ましがっていた谷本も便乗して私に詰め入る様に尋ねてくる。こういう女子特有のノリには正直ついていけない事がある。私も同じ女子ではあるが、同世代とは感性等が合わない事が多いのだ。

 

「ねえ、君って噂の子でしょ?」

 

そんな中、いきなり1人の女子生徒が一夏に話しかけられた。見るとリボンの色が私達とは違う、リボンの色ついてだが1年は青色、2年は黄色、3年は赤色だ。赤いリボンをしている所を見ると3年生のようだ。どこか人懐っこい顔立ちをしていて容姿もだが雰囲気も大人びている。私とは丸で対局の人間性だな……

 

「はぁ……多分そうですけど」

 

「そうです先輩!」

 

「彼こそが世界でISを動かせる2人の男子の内の1人!」

 

「奇跡の男織斑一夏君です!」

 

一夏が恐らく自分の事なのだろうと返答していると、谷本達が本人よりも遥かに高いテンションで一夏の自己紹介をする。その光景に先輩も若干呆れを見せていた。

 

「ところで君、代表候補生の子と勝負するって聞いたけど……ホント?」

 

「はい。そうですけど、それが何か?」

 

一夏がそう返すと先輩はテーブルに腰掛けて一夏の方を見る。マナー違反な上に一夏が見えなくなりいい気分がしない。

 

「でも、君素人だよね。ISの稼働時間はいくつ?」

 

「……えーっと、20分くらいかと」

 

「それじゃあ無理よ♪」

 

語尾に音符がついていそうな明るい口調で言いながら人差し指で一夏の鼻を軽く突っつく。おのれ馴れ馴れしい!実に羨まし……いやけしからん!

 

「ISって稼働時間が物をいうの。対戦相手は代表候補生なんでしょ?なら軽ーく300時間は動かしてるわよ」

 

先輩が説明した通り操縦時間に比例しISも強くなってゆく。専用機ならば尚更操縦者に合わせて進化していくのだ。

 

「たがらさ、私が教えてあげよっか?ISにつ•い•て」

 

そう言いながら一夏に接近し右手の指で一夏の首から顎にかけて撫でる様に触り今までよりも艶を帯びた声色で話しかける……これは、これは間違いない。ISを教えるという名目で一夏に近付きあわよくば誘惑するつもりだ、一夏を見るその目は紛れもなく獲物を見詰めるそれだった。己、いくら先輩とはいえ、そんなけしから……羨ましい事をさせるかぁ!

 

「結構です。私が教える事になっていますので」

 

一夏が先輩の誘惑に良いあぐねている間に私は席から立ち上がり、宣告するかの如く先輩にそう告げる。

 

「あら、でも貴女も1年でしょ?3年の私の方が上手く教えられると思うなぁ。貴女、ISでの模擬戦の経験あるの?」

 

「……………ありません」

 

「あら、模擬戦の経験もない1年生がどうやって私より上手に教えるつもりかしら?」

 

先輩は余裕の笑みを浮かべながら此方を見ている。確かに私はISでの模擬戦経験はない、先輩の方が上手く一夏に教える事が出来るだろう。だが……

 

「……………私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

こんな手だけは使いたくなかった。恨みの感情すら抱く姉さんの名前を使う事だけは……姉さんがISを作り出したせいで私は一夏と離れ離れになり重要人物保護プログラムにより西へ東へ転校させられ気が付けば家族は離散し、幾度も監視と聴取を行われた。しかもその原因の当の本人は何処へ行方をくらませたのか現在も各国で手配中、そんな姉さんの事が私は嫌いだ。だが今の私はそんな姉さんの名前を使ってまでこんな事をしている。

 

「篠ノ之って……ええ!?まさかっ……」

 

「そうなんです先輩!我が1年1組にはっ!」

 

「世界でISを動かせる2人の男性にして初代モンド・グロッソ覇者ブリュンヒルデこと織斑千冬の実弟織斑一夏と」

 

「世界屈指の天才科学者でありISのコアを唯一作り出せるISの開発者篠ノ之束の妹篠ノ之箒という2人の天才がいるのです!」

 

「そ、そう……それじゃあ仕方ないないわね」

 

谷本達のハイテンションな説明もあり、私がIS開発者篠ノ之束の妹だと理解すると、先輩はテーブルから離れて食堂から去っていく。既に昼食を済ませていた谷本達も雑談を交わしながら食堂を後にする。

 

「箒……」

 

一夏が私の名前を呟いた。……勝手に見栄を切ってこんな事を言い出したのだ、文句を言われても仕方がないな。

 

「いやー助かったぜ。あの先輩押しが強そうな人だっからどうしようかと思ってたんだ」

 

「……一夏」

 

「しかもISの事まで教えてくれるなんてな。よろしく頼むぜ、箒」

 

身勝手な事を言った私に対して一夏の口から出たのは責めるではなく逆に感謝の言葉。

 

『……………私は実に馬鹿だ……』

 

それが尚更私の中の後悔と罪悪感を増幅させる。あの先輩は3年生、ISに触れ動かしている時間は彼女の方が圧倒的に長い。目的がどうであれ、間違いなく一夏の良きアドバイザーになったであろう。それを私は一夏を他人に取られたくないという身勝手な欲望で邪魔をしてしまった。嫌っている姉さんの名前を使うという愚かな事をしてまで……一夏はプライドを賭けてオルコットと戦わねばならないというのに……

 

『……でも』

 

私は一夏を誰かに取られたくはない、あの時から8年もの月日の間ずっと思い続けていたんだ。ならば……

 

「……一夏」

 

「ん?」

 

「今日の放課後剣道場に来い。一度腕がなまってないか見てやる」

 

「えっ?教えてくれるのはISの事じゃ……」

 

「見てやる」

 

「わ、わかったよ……」

 

その後は共に残りの昼食を食べ進めに掛かる。自分の我が儘であんな大見得を切ったのだ、今更後には退けぬ。ならば答えは1つ、私が一夏の役に立てば良い。

 

『私は、私の持てる全てをぶつけて一夏をサポートをする』

 

今の今の私に見いだせる最善の作、それは一夏がオルコットに勝てる様に全力でサポートする事だ。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……しかし、まぁ……強くなったな、箒……」

 

「ふぅ……当然、だ。これでも全国優勝者だぞ……」

 

此処は放課後の剣道場。面を外し床に座ると、息を切らす程疲弊した体を休めながら互いを称え合う。一夏の剣の腕を確かめようと2時間近くは休みもせずひたすら打ち込みあったが、その腕は衰えてはなく寧ろ腕を上げていた。私も鍛錬を重ね全国大会を優勝する程にまでになったが、一夏も同じ位、もしかすればそれ以上に強くなっていた。

 

「これ程強くなるとは……私が転校してからも剣道に打ち込んでいたのだな」

 

「いや……暫くの間剣道辞めてたよ。中学も帰宅部立ったし……」

 

「な、なんだと!?それはどういう事だ!」

 

鍛錬を積み重ねていたのだなと頷いていた私の耳に飛び込んで来たのは一時期剣道を辞めていたという言葉。その事を聞くなり私は息も切れ切れに声を荒げ一夏問い詰めていた、あれだけ打ち込んでいた剣道を何故辞めたのか!?と。一夏の名前で呼び合う間柄になってから一夏はどんどん強くなっていった、私が何度挑んでも返り討ちに遭い何時の間にか挑む者と挑まれる者の立場が180°逆転していた。以来一夏の隣に並び立ちたいと日々剣に打ち込んできたのというのに……

 

「いや、そのだな……」

 

「どうした、ハッキリ言え!」

 

どうしようもない理由ならば私は怒るぞ。今でも怒ってはいるがこの10倍は怒る!

 

「何というか……箒やおじさんが居なくなってから張り合いが無くなってさ……」

 

「な、なに?わ、私が……?」

 

聞けば私達家族が引っ越し、私や師でもある父が居なくなってから張り合いがなくなり、次第に剣道から離れていたとの事だ。

 

『……………そうか……そうか、私が居なくなったからか。ふ、ふふふっ』

 

その理由を聞くなり嬉しく思えてきた。そうかそうか、私が居なくなったからか……い、いかん!顔がにやけてしまう、はしたない。気を引き締めなければ!

 

「ふ、ふん。私達が居なくなってやる気がなくなるとは軟弱者め……」

 

「はははっ、違いねぇ……」

 

い、いかん。また厳しく言ってしまった。何故私は昔からこうなのだ?照れを隠そうとするとキツい言ばかり言ってしまう。これだから、『私は友人が少ない』という昔同レーベルだった某ライトノベルのタイトルみたいな状況になるのだ。

 

「だ、だがまぁ……今回は同門のよしみとして大目に見てやろう」

 

こんな理由では仕方ないな、私が居なくなってやる気も張り合いもなく寂しくなったのでは仕方がない。うん、許すとしよう。

 

「さ、さて一夏。もう日も落ちた事だ、シャワーを浴びて夕食にしよう!うむ、そうしよう!」

 

「あ、あぁ。そうだな……」

 

半ば強引に話を切り上げるとそのままシャワーを済ませに向かう。さ、さて。今日の夕食は何にしようかとにやけそうな気持ちを切り替えながら歩む速度を早めるのだった。




という訳で今回一季が過ごしていた間の一夏のシーンを箒の視点でお送りした話です。キャラクターの視点で書くのは楽なキャラとそうでないキャラに別れますので苦労しますがキャラクターの内面を掘り下げれるので気に入ってます。特にサンデーGX版のISの漫画は原作やアニメでは描写されていないキャラクターの内面が描写されてたりしていますのでかなり助かります。実は17話を書い終えた時は3日間でスイッチが入ったのか10000文字以上も書いて、書き終えた時には14000字を超えていました。何だか長すぎるかなと思い2話に分けて更新する事にしました。一気に平均文字上がるとそれを目指して書こうとして煮詰まったり遅い更新ペースがまた遅くなりますので……なので残りは明日18話として更新します。何気に2日連続7000文字越え投稿は私として初になります、そもそも連日投稿した記憶じたいありませんが……それでは明日の18話も是非見てください。

実はうっかり間違えてこの話をダイレクトに投稿して慌てて削除してしまい、さて予約投稿しようとして、しまった!削除してしまったと思い予めフォレストの方にコピーしていたのを貼り付けなきゃと思っていたら、ハーメルンには削除した話を一定期間保存する機能もあるんですね。それをコピーして予約投稿し直しました。色々な機能がありると改めて思いましたが、ルビタグ作成機能は前の方が使いやすかったかなと思います。今だと多機能フォームからじゃないと使えませんし、私は基本スマホで書いてますから。


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第18話 一夏は季節に何を思う

恐らくは初の連日投稿、もしかするとにじファン時代にもあったかもしれませんがこの文字量での連日投稿は私にとっては初めてです。前回と同じくタイトルの一夏はひとなつと読みます。原作主人公の名前だけにややこしい……


「いやー。ホント織斑君って凄いねー」

 

「全国大会優勝者の篠ノ之さんと互角以上だもん。剣道の事は分からないけど凄いって事はわかるよ」

 

「2人共凄い凄~い」

 

時間は午後7時を回った頃、あれからシャワーを済まて着替えを終えて寮食堂にて夕食を食べている私達に、席を共にしている谷本と相川に布仏が褒め称えてくる。いやまぁ……褒られるのはその、嬉しいのだが……出来る事ならば一夏と2人で食事をさせて欲しい物だ。最も、当の一夏はそんな私の気持ちなど気にせずウェルカムな態度なのだが……ほんの少しでいいから私の気持ちを察して欲しいものだ。

 

「んっ?一夏、どうかしたのか?」

 

先程から食堂内を気にしている一夏に声をかける。そういえば昼も気にしていたような素振りを見せていた気もするが一体何だというのか。

 

「いや、一季の奴また食堂に居ないなーって……」

 

「……あぁ。あいつの事か」

 

そう言われてみれば、確かにこの場にあいつの姿はない。昼食時もそうだったがあいつは食堂に姿を見せていない。私は特に気にしてはいないのだが一夏は気にしている素振りを見せている。昼食時にも見せていた素振りもこれかから来る物か。

 

「心配せずとも、何処かで食事を取っているだろう」

 

「そうだといいんだけどな……」

 

食堂でなくとも購買で食料品は買えるのだ、昼もそれで済ませていた様だしな。それに何処で何を食べようともあいつの自由だ。

 

「織斑君、一季君の事気になるの?」

 

「まぁ。2人しかいない男子なんだしな。仲良くはなりたいと思ってるよ」

 

相川のその言葉一夏に胸の内を答える。確かに一夏は女子ばかりでのIS学園で3年間も過ごすのかと気が滅入っていたのは感じていた。所が女だらけの此処で3年間も過ごすのかと思っていた矢先、自分と同じ境遇の男子が転校してきたのだ、一夏からすれば同じイレギュラー且つ男同士仲良くしたいのだろう。だが、あいつはというと一夏が話し掛ける度に鬱陶しいと言わんばかりの態度を醸し出しながら最低限の言葉しか返していない。あれは明らかに拒絶を含んだ対応だ。

 

「でも、なんでそこまでするの?今回の騒動はセシリアとあの転校生が原因なのに」

 

谷本そう一夏に問う。それもそうだ、今回の件はオルコットが奴に喧嘩を売りそれに奴が激昂したのであって一夏は巻き込まれただけだというのに。オルコットの奴め、昨日に続いて一夏をこんな騒動に巻き込むとは……あいつあいつだ。一夏のお陰で孤立せずに済んだというものを……

 

「そりゃあそうなんだけどな……何というか、あいつの事ほっとけないんだよな」

 

多少困りながらも質問にそう答える一夏、端から見ればお人好しなのだろう。その点は否定出来ないが私はそれ以外の心当たりがある、一夏には生まれて直ぐに命を亡くした双子の兄弟がいたと姉さんや一夏から聞いた事がある。名前も付く事なくこの世をさったその兄弟は無事生きていれば一季と名乗っていたであろうと一夏が悲しげに残念がっていた。同じ男でISを動かしたイレギュラーにして死別した双子の兄弟に付く筈だった名前を持つ男、尚更友好的に接したいのだろう。一夏のその気持ち、何となくだが私にも理解出来た。それにあいつの醸し出す雰囲気や長い前髪から覗く切れ長の鋭い瞳の顔立ち、何処か怖かった千冬さんに似ていなくもない。最も、千冬さんは現在も充分怖いのだが……私が初めて家の道場で見た時は今より人を怯えさせるオーラを発していた。その頃の千冬さんには及ばないがあいつが醸し出している雰囲気はそれに似た物だ。

 

「それにしても、一季君は何処にいるんだろ……」

 

「何処かでお昼寝してたりして~」

 

相川のその言葉にのほほんとした口調で答える布仏。どうでもいいのだが、朝食の際に見た時にも思ったが彼女の着ている服は一体なんなのだ?寝間着なのか知らんがあれは丸で着ぐるみではないか。しかもそれは袖が長く手が見えず腕を動かす度に余った袖がブラブラ揺れている。余談だが布仏は制服の袖もここまでではないが長い、邪魔にならないのだろうか?のほほんとしている布仏なだけに余計そう心配になる。

 

「そりゃないでしょ。あんたじゃあるまいし」

 

「え~?ゆっちー酷いよ~!」

 

その台詞に対して谷本に少々辛辣ツッコまれ酷い酷いと余った袖をペシペシ振るい抗議する布仏。……うむ、彼女はあれだな、何と言おうかその、ゆるキャラみたいな存在だな。失礼だがよくIS学園に入学出来た物だと思えてしまう、能ある鷹は爪を隠すという類いなのだろうか?そんな雑談を交えながら夕食の時間は過ぎていった。偶にはこういうワイワイと過ごす友人も良いものだな、ここ数年は誰かと雑談しながら夕食を食べるなど考えられなかったから尚の事新鮮に思えて来た。こういうのも学園生活の醍醐味なのだな。

 

 

 

 

 

「はぁー……今日も疲れたなぁ……」

 

「この程度で根を上げるか、だらしがない」

 

私が入学してから3日経過した夜、シャワーを浴び終えて寝間着へと着替え終えている一夏がベッドに寝転びながらそう漏らす。だらしない姿につい苦言を言ってしまうが、一夏がそう言いたくなるのも頷ける。昨日の夕方の打ち込み合いから始まり、一夏をサポートしようと朝と夕方に剣道の試合、トレーニング、ISに関する予習復習に加え自習、それに加え女子生徒達から好奇心で見られる中で過ごしながら授業と密度のあるスケジュールを過ごしたからな。

 

『うーむ……少し詰め込み過ぎたか』

 

それらの時間を脳内で見積もると軽く6時間は超えている。流石にスパルタ過ぎたかもしれない。いくら何でも代表決定戦前に疲弊してしまったら話にならないからな。それにオルコットだけを相手にするなら兎も角、あの男……一季も椅子を壊した罰により代表決定戦に参戦する事になっている。しかもあいつも専用機持ち、しかも1年生は半月の間は知識を覚える座学が中心で学園の量産機の使用許可が下りるのは基礎操作を覚える実習が始まる4月の真ん中に差し掛かる頃だ。一夏は実戦経験が殆どない状態で専用機持ち2名と戦わなければならない、唯一した入試での模擬戦も対戦相手の山田先生が自爆して不戦勝なのでほぼ皆無に近い。だから尚更万全の状態で本番に臨ませなければならい。体調管理もサポートの一環であろう。

 

「ま、まぁ仕方ない。本番前にバテたら意味もないしな。明日から少し軽くするとしよう」

 

「……いや、このペースでいいよ。この所ドタバタしていてちょっと鈍っていたからこれ位で大丈夫だ」

 

「む、そうか……」

 

私の提案に対して一夏はこのペースの特訓で問題ないと口にする。流石一夏だ、これ位で根を上げる男ではないな。

 

「ま、まぁ。そうは言っても流石に疲れただろう?」

 

「んっ?そりゃまぁな……」

 

「そ、そうか。な、ならばうつ伏せになれ。私がマッサージをしてやろう……」

 

恥ずかしい気持ちを押さえながらそう提案する。べ、別にやましい気持ちがある訳ではないぞ!一夏の疲れを取る事もサポートの一環だからな、決して一夏の体に触れたいなどというやましい理由ではない!トレーニングの腕立て伏せの際にも私が乗ったが、これと同じくやましい気持ちではなく負荷を賭ける為であり、故にこれも正当だ!……だから私は一体誰に対しては言い訳を心の中で述べているんだ?

 

「えっ?いいのか?」

 

「い、いいと言っている!」

 

「それじゃっ、頼むよ……」

 

了承の言葉を返しながら一夏はベッドにうつ伏せになっていく。よし、承諾してくれた、昔自分の為にと覚えたマッサージがこんな時に使える日がくるとは……これで断られたなら凹む所だったぞ。

 

「で、では始めるぞ……」

 

そう呟く様に言いながら一夏の腰に体重を賭けないように膝に体重を分散させながら跨がる様に乗る。トレーニングの腕立て伏せの時にも負荷の為に乗ったがこれはマッサージだ。体に負荷を賭ける訳にはいかぬ。そして体制を整えると肩の付近を5本の指を使い揉み解していく。

 

「ど、どうだ……?」

 

「あぁ、大丈夫。気持ちいいよ」

 

「そ、そうか」

 

その感想にホッと安心した私は、気をよくしながらマッサージを続けていく。肩から肩甲骨付近、そして背中と適度な力加減で指や掌で押して筋肉を解していくこのコントロールが意外の難しい。

 

「サンキューな箒、勉強やトレーニングの面倒どころかマッサージまでしてくれるなんて……」

 

「ま、まぁ……疲れをとるのもサポートの内だからな。気にする事はない」

 

私の事を誉めてくれた。その礼の言葉に心が跳ねそうな位嬉しいのに変わりはないが、特別私は大した事はしていない。剣の腕は衰えておらず、女子ならば遅くとも中学の時にはまなんでくる範囲をしっかり身に付けていた。正直私がやれる事がないのではないかと思ってしまう程に。そんな訳で今行っているのは取り敢えずは体力・筋力面の強化一夏が知らない基礎的知識等を教える位だ。正直あの3年生の先輩も余りやる事がなかったと思える、そうなると余計に一夏を誘惑する機会が増えていたな。危ない危ない。

 

「……ところで一夏」

 

「んっ……なんだ?」

 

「やはりお前はあいつと……一季と仲良くなりたいのか?」

 

10分程マッサージを続けた後、引き続きマッサージをしながら少し眠たげな一夏に尋ねる。一夏は変わらず一夏に接しているが当の本人は変わらず最低限の愛想のない返事、私が言えた事ではないがコミュニケーション能力がない奴だ。

 

「そりゃあやっぱりこんな女子だらけの学校に同じ境遇の奴が来たんだ、仲良くはなりたいさ」

 

「……それだけではないだろう」

 

そこまであいつに気を掛けるのは単に同じ境遇の存在だからではない。もっと他に大きな理由があるからだろう。

 

「あいつが……亡くなった弟の様に思えるからではないのか?」

 

「……………ハハハッ。箒、気付いてたのか……」

 

「……やはりその通りか」

 

想像通り私の考えは当たっていた。認める一夏の声色は普段の明るい声色とは違う何処か陰がある悲しげな声。その声のまま一夏は話し続ける。

 

「あいつが……一季が転校した時はかなり驚いたさ。俺と同じISを動かせる男ってのもあるけどさ、そんな奴が現れないかなと思ってたら死に別れた双子の兄弟と同じ名前なんだからな……なんだか、赤の他人とは思えないんだよ」

 

その時の心境を吐きだす様に振り返りながら一夏は話していく。何時の間にかマッサージをする手の動きは止まり一夏の話に耳を傾けていた。

 

「……………ISを動かしたあの日から連日ニュースで報道されるは、家の周りにマスコミが張り付くは、果てには遺伝子工学の権威に体を研究させろだで……正直困ってたんだ」

 

確かに、一夏がISを動かしてから来る日も来る日もそのニュースで賑わっていた。私はそのニュースを見た時驚愕した、6年経った一夏はその……格好良くなっていたからたな。加えてブリュンヒルデの弟だ、マスコミがネタを求めて押し寄せるのは頷ける。さぞかし苦労しただろう、一夏と同じ学校で過ごせると浮かれていた私とはまるで逆だな。

 

「学校にも行けないわ、卒業式にも出れないわで本当うんざりだったけど、そんな時ふと思ったんだ。もし、あいつが……一季が生きてたらどうなんだろうってさ」

 

「……そうか」

 

「もし生きてなら……愚痴を言い合ったり出来るし、2人してISを動かしてたなら少しはこの苦労を共有出来たりするし、何より兄弟が居たら楽しそつだなってさ……」

 

もしもそんな風になっていればという思いを口にしていく一夏。昔兄弟がいる同級生を羨ましそうに思って居たのを覚えている。だがそんな事口にすると千冬姉が悲しむと幼い頃より姉である千冬さんを気遣っていた。まったく、昔からシスコンの気はあったがこれで兄弟までいたらシスコンに加えてブラコンになっているに違いない。兄弟に対して過保護になっている光景が余裕で浮かんでくる。

 

「だからかな……あいつの事放っておけないんだよ」

 

様々な感情が重なり、尚更放っておく事が出来ない。だからあいつが問題を起こした時も、孤立しかけた時も自分から行動を起こしていた。この世を去った双子の兄弟と重なって尚更放っておく事が出来ないでいたのだろうな。

 

「それに……あいつ心から悪い奴じゃないと思うんだ。きっと、多分人と接するのが苦手なんたよ……だから、さ……」

 

肩入れし過ぎとも思えてくるが、なんとなく言いたい事はわかる。私も人とコミュニケーションをとるのは得意ではないからだろうか、あいつの人との接しかたは拒絶しているのではなく、只単にコミュニケーションの取り方が下手にも見える。現に急かされたとはいえ、自分でしっかりと謝罪はしていたからな。だが、それでも一夏に対しては明らかに鬱陶しそうなのでそれは腹立たしい。一夏はこれ程あいつの事を考えているというのに当の本人ときたら……

 

「……一夏?」

 

「……………すー……すー」

 

言葉が途中で途切れたかと思えば、気付けば穏やかな寝息を立てて眠りに落ちていた。

 

「……あいつと、仲良くなれるといいな」

 

幼い頃より親も居らず、気付かぬ内に兄弟と死別して姉と支え合い生きてきた。幼少期よりそれだけ苦労をしてきたのだ、せめて同じ境遇の男子と仲良くなれる事を祈りながら、私も眠る準備をする事にした。

 

 

 

 

 

「……なんか、やけに賑やかだな」

 

「そうだな」

 

翌日、トレーニングにシャワー、そして朝食を食べ終えて教室へと向かいその目の前にまで辿り着いたのだが、何やら1組の廊下周りにワイワイと人集りが出来ており賑やかを通り越して姦しいと認識出来る程賑わっていた。どうやら教室内を見て騒いでいるみたいだが、こういう光景は一夏が居る時は目にしたが一夏はまだ教室には居ないというのに……一体何が起こっているのだ?

 

「ごめん。ちょっと通してくれ……えっ?」

 

「どうした一夏……なっ?」

 

一夏が通り抜けた人集りを追うように通り教室へと入ると驚く一夏に少し私も面を食らってしまう。昨日まで廊下に1番近い列の1番前の席には伸びに伸びた黒髪を持つあいつが座っていた筈だ。だがしかし、今その席には頭頂部の毛髪が左右対称に跳ねている以外はごく普通の髪型をした顔立ちが整っている黒髪の男子が座っている。んっ?待てよ、鋭い切れ長の瞳に顔や左手に巻かれている包帯、ま、まさかこいつ……

 

「お前……一季か?」

 

「……だとしたらなんなんだ?」

 

私が思っていた疑問をぶつけた一夏に愛想なく鬱陶しげに答える態度と声色、間違いない。こいつはあの転校生、一季だ。髪型が余りに変化していたから一瞬誰なのかわからなかったぞ。しかし随分と印象が変わった物だ、伸びに伸びみずほらしいとも言える長髪から暗く怖さを与える印象だっだが、髪を散髪した今では整った顔立ちもハッキリと確認出来、何処か落ち着いた印象を与えている。成る程、生徒達が集まり騒いでいたのはこういう事か。その風貌から怖がっていた男子が実はクールなイケメンと知ってキャーキャー騒いでいるという訳だな。

 

「へー、髪切ったのか。いいじゃねえか、その方が似合ってるぜ。なぁ箒」

 

「あぁ。貞子みたいな風貌だったのが嘘のようだ」

 

「……………貞子?なんだそれは?」

 

私のこの例えに一季は何を言っているんだ?と言わんばかりの不思議そうなトーンで尋ねる。この例えは強ち間違ってはいないぞ、あの風貌で白装束をきれば紛れもないそれになる。

 

「日本の髪の長い女の妖怪の事だ」

 

「……俺は妖怪でもなければ女でさえない」

 

私のその説明を受けて理解したのか少しムッとした様子で話す一季。今の風貌からは落ち着いたクールとも思える雰囲気だが、昨日激情した事から案外感情という物が出やすいのか。

 

「まぁそうしかめっ面になるなって。折角カッコ良くイメチェンに成功したんだからよ」

 

「そうそう!せっかくのカッコいい顔が台無しだよ!」

 

「うんうん!」

 

一夏の褒め言葉に、鏡、谷本のも続けざまに褒める。褒めの連鎖に対して、褒められた一季は何処か気恥ずかしそうに目線を逸らす。心なしか頬がうっすら紅潮している様にも見える、もしや照れているのだろうか?

 

「ん?どうしたんだ、顔赤くして」

 

「……ないでもない」

 

「……あー、そうか。褒められて照れてるのか」

 

「っ……照れてなどいない……!」

 

照れていると指摘され分かりやすい態度で一夏に反論する一季。これは明らかに図星だろう。

 

『……………ふふっ。これは……案外そう遠くないかもな』

 

今の他愛の無いやり取りを観覧していていると一夏と一季、この2人の仲が良くなるのは案外そう遠くはないかもしれないと思えてくる。もしも亡き一夏の双子の兄弟の一季が生きていてこの輪の中に入っていたならば、2人の一季がどちらがどちらかでややこしい事になりそうだが、そう考えると不思議と何処か微笑ましく思えてくる。たらればの話をしても仕方はないのだが。一夏、せめて亡き兄弟の分まで一季と仲良くなれればいいな。

 

「こ、この……このやり取り萌える!」

 

「夏の新刊は一夏×一季で決まりだね!これで勝つる!」

 

「薄い本が厚くなるわね!」

 

……何やら腐った会話が聞こえてくる。今のやり取りをどんなフィルターでみればそんな風に見えるだろうか?まったく、不埒な連中だ。見ろ、一夏が苦笑いを浮かべて困っているではないか。一季は……あぁ、成る程。これは何を言っているのか理解していないのだな。何を言っているんだ?と呟いていた。ならば一生そのままでよい、こんな腐った話は理解しない方がいい。取り敢えずはその腐った面々に睨みを利かせておく事にした。




という訳で連続で箒のターンでした。元々長くなった1話を2話に分けたので連続して箒の視点で16話の終わりの少し後の話をお送りしました。私なりに箒の魅力を掘り下げて描写して書いてみましたが如何でしたでしょうか?そういえば私はキャラクターの視点と三人称での描写を分けて書いていますが、この作品書き始めた頃だと一夏視点の描写が多かったんですけど。今では私でさえ何時書いたかな?と思う程一夏視点の描写なくなりましたね。一季出てから一季の描写中心になってますから当然と言えば当然ですが。という訳です今回は箒の視点ではありますが一夏の心情も描写してみました。


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第19話 代表決定戦への準備

「ねぇ、あれが昨日まで幽霊みたいだった男子なの?」

 

「そーなのよ!見てみたらクールなイケメンに変身してて驚きよ」

 

「あーあー。こんな事なら初日に声掛けておけばよかったなぁ……」

 

1時間目の授業が終わり、廊下は以前にも増して生徒達で出来た人集りから発生する会話で非常に賑やかである。女3人集まると姦しいと言うが、これだけ集まると姦しい所の騒ぎではない。下手をすれば小規模ライブの観客席並みに生徒が集い賑やかなのだ。昨日までは一夏目当ての生徒だけだったのに対し、髪を散髪し外見がガラリと変化した一季の情報がこの短時間で瞬く間に広まり今現在では一季目当ての生徒まで駆け付けているので廊下は渋滞寸前だ。1年生どころか、2年生3年生までイメチェンした一季を見にきている。一夏は多少は慣れては来ているが、一季はというと

 

「……………はぁ」

 

突然の周囲の変化に御覧の通りげんなりしており、小さな溜め息を吐く。初日こそ騒がれたが騒動の件もあり、自身目当ての生徒は居なくなり好奇の視線からは一旦解放されていた。しかし散髪して忌々しい長髪から解放されかと思いきや、再び好奇の視線に捕らわれこんな有り様である。昨日までよりは明らかに好意的には見られてはいるが、本人からすれば免疫のない異性の集団に囲われ視線の集中放火を浴びているので非常に困っている。怖がられたり暗くみられるよりかはマシなのだが、かと言って興味津々と言わんばかりに見られても困惑する、女子への免疫などないのだから。加えて廊下に1番近い席である一季にはその姦しさがもろに耳に入って来るので更に困惑の感情を加速させている。某赤い彗星の三倍の速さを軽く超える勢いで加速していく。

 

『何故こんな事に……』

 

よもや次の授業の準備をしていた間に廊下に包囲網が完成しているとは予想だにしていなかった。女子達で作り上げられた包囲網を通り抜ける気力など沸かず、机に座り只この時間が過ぎるのを待っている。

 

「大丈夫か?一季」

 

「……これが大丈夫に見えるのか?」

 

そんな一季を見かねて同じ動物園の珍獣扱いの境遇にある一夏が気遣いの声を掛けてくるが、一季は何時もと変わらず鬱陶しげに返事を返すが、その様子は昨日までより覇気がない。元々覇気を露わにしている人間ではないが、現在はその普段よりも覇気がない。一夏が掛けた言葉が言葉なのでこのやり取りだけを見ていたら一季は病人と間違われても可笑しくはない。

 

「見て見て!織斑君と話してるわよ」

 

「イケメン同士の会話……絵になるわね!」

 

「この女の園IS学園で2人だけの男子……」

 

「何時しか友情が芽生えてやがてそれは……ふふふっ!」

 

2人の会話する様を見ていた女子達がキャアキャアと騒ぐ。一部の腐った趣味を醸し出している言葉を聞いて、一季はこんな奴と友情など芽生えるものか、と思いながら意味の分からないその言葉を聞き流していた。意味は理解出来ないが、知らない方がいいであろうと本能的に理解したから。

 

『早く授業にならないだろうか……』

 

さっさとこの観賞物扱いの好奇な視線から解放されたい、そう考えながら一季は一夏との言葉のキャッチボールを最低限の言葉で返しながら休み時間が終わるの待ちわびる。次の授業が終わればすぐに教室から出ようと心に決めてこの空間に耐える事にした。

 

 

 

 

 

『……………やっと昼か』

 

4時間目の授業が終わり、一季は学食へと向かっている。あれから休み時間になる度にすぐさま教室を後にして、屋上に避難して時が過ぎるのを繰り返していた。丸で鬼がいない鬼ごっこを1人でやっているみたいな光景であった。幸いなのは、見た目がグルッと変化し一季に興味を持ち出した生徒達が初日よりも格段に増えてきてはいるが、一季が放つ話し掛け辛い鋭いオーラや例の騒動から間もないのもあってか、暗い印象は消えてはいても、怖い印象はまだ抱かれているのか、今の所話し掛けてくる生徒は居ない。その影響も遭ってか1人屋上で時間を潰せた。最も入り口付近から見られてはいるのだが、それでも廊下に包囲網を張られるよりは遥かにマシだと割り切り屋上から見える景色を眺めながら休み時間を過ごしていた。とは言え今は昼休み、昼食を食べる時間である。購買でおにぎり等を買って1人屋上で食べるのもいいが、そんな毎日を過ごしていれば支給された資金があっという間に底を尽きる。食堂での食事は無料なのだから其処で食べた方が圧倒的に懐に優しい。どちらも美味いのだが、資金に余裕のない一季は食堂を選んだ。たとえ視線の集中放火を浴びようとも温かいご飯が食べたいのだ。

 

『やはり人が多いな……』

 

授業が終わるなり直ぐに向かったのだが、やはり全学年が共通して使用する学食だからか既に生徒の人数が多い。因みに一季は存在をまだ知らないが、学食の隣にはカフェが隣接されている。食堂とは違い有料なのだが、年中無休営業で何時でも本格的なドリンクに四季折々のスイーツが楽しめるのもあって、生徒や教師達で年中賑わっており繁盛している。

 

『さて、今日はこれにするか……』

 

券売機のボタンを押し、出て来た食券を手に取りカウンターへと向かう。この日一季が選んだのはこの日のオススメであったハンバーグ定食である。取り敢えずは気になった食べ物があればそれを食てみようと行動しているのが現在の一季の食事スタイルである。今日のオススメではなく、他に気になるが名前の分からない食べ物はマリアに教えてもらいそれを頼むのが定番となりかけている。

 

「おや、髪切ったのかい。えらいカッコよくなったね~」

 

「……ど、どうも」

 

食券を出すと、身なりの変化のに気付いた食堂のおばちゃんに誉められて一季は少し照れを見せる。生まれてこの方褒められた事が殆どないので褒められるとどうしても動揺が隠せない。

 

「はい、ハンバーグ定食お待ち」

 

その後少し待つと、カウンターに注文したハンバーグ定食が置かれる。湯気と食欲を掻き立てる香りが立ち上り、空腹を刺激していく。昼食を乗せたトレーを持ち座るテーブルを探して歩く、早めに来たのもあって幸いにもまだテーブルは空いている。適当に空いているテーブルに座ると、一季は昼食のハンバーグ定食を食べ始める。

 

『くっ……難しい、な……』

 

箸とは別に付いてきたナイフとフォークを手慣れない動きでハンバーグを切り始める。ハンバーグ事態は簡単に切れる程上手く出来ているが、何分食器の扱いが下手な一季にはそれを切るのも一苦労なのだ。それでも箸に比べたらまだ扱いやすいと思いながらハンバーグを一口サイズに切り終えると、それをフォークで刺して口へと運送する。

 

『う、美味い……!』

 

噛み締めると100%国産牛で出来たハンバーグの旨味と、溢れるかと思う程の肉汁が口一杯に広がる。かかっているソースはデミグラスではない醤油ベースの和風ソースであり、仕上げの段階でかけられて熱が加えられた事で香ばしくなりハンバーグの旨味を更に引き立てており、豊潤な旨味なのだがくどくない。そこに白米をかっこめばハンバーグとソースが米を、白米が肉とソースをと互いに引き立て、口内で全ての味が纏め上がる。正に旨味の大軍勢が一季の口に押し寄せていた。

 

「イツキ、隣いいか?」

 

「……んぐっ。あぁ、構わない」

 

一季がハンバーグ定食に驚愕していると、昼食を乗せたトレーを持ったマリアが相席してもいいかと声を掛けてきた。これまで世話になっているのもあるので一季は口の中の咀嚼物を飲み込むと、すんなりと相席を了承する。

 

「あぁ、また出遅れた!」

 

「くっ……まだ焦る事はないわ。まだこれからよ!」

 

「でも、こんな事なら早く話し掛けておけばよかった……」

 

一季のマリアが会話を交わし同じテーブルで昼食を取ろうとしている光景を見ていた生徒達は一夏の時に続いて出遅れたと嘆いている。一夏の時と同じく興味津々だががっつかないですよ作戦が再び失敗した瞬間である。

 

「それじゃ、いただきまーす」

 

そんな雑談を特に気にもせず椅子に座ったマリアは、両の掌を合わせてから昼食を食べ始める。マリアも選んだ昼食は一季と同じハンバーグ定食である、マリアも食堂で食べるのはその日その日のオススメメニューである事が多い。これだけ多国籍の料理があるんだから食べなきゃもったいないじゃん、という理由から来ている。但し箸は使えないので白米を食べるのはスプーンを使用している、箸は現在特訓中との事。

 

「もぐっ……へぇ。デミグラスじゃないけど、このソースも美味しいねぇ」

 

「……あぁ。肉にも米にもよく合う」

 

互いにハンバーグの味に舌鼓を打つ。一季も取り敢えずだが、マリアや十蔵とならば多少のコミュニケーションは取れてる様にはなってはいる。最もそれでも人と接するのはまだまだであり、未だに話す際には若干の間は空居てから話している。それでもこうして話すだけならば流石に免疫のない異性相手でも照れはしない。

 

「それにしてもさイツキ、アンタ随分と注目浴びてるなぁ」

 

「……そうだな」

 

マリアの言う通り現在食堂の生徒達の興味は一季に注がれている。一夏はといえば、今日は箒と屋上で購買でおにぎり等を買って昼食を食べている。一夏目当ての生徒も何名か屋上へ向かっているので、食堂の席もまだちらほらと空席が見れる。だが一夏が居ない事で、教室内では分散していた視線が一気に一季へと集中する。

 

「……まったく、俺を見て何が面白いんだ?」

 

「前にも言っただろ?此処に男が居るってだけで珍しいんだ、何もしなくても注目されるってもんだよ」

 

付け合わせのポテトや人参を口にしながら愚痴を漏らす。そんな愚痴へのマリアの返しを聞いて、確かに初日の時にもそう言われていた事を思い出す。  自身のトラブルがきっかけで一旦ほとぼりが冷めたので気を緩めていたが、まさか散髪しただけで想像以上の視線を集めるとは……髪を切る前はマリアと食事していてもさほど騒がれもしなかったというのに、今では此処まで興味を引いている。一季は女子達の男子への関心や興味を甘く見ていたと自覚する。

 

「ましてや見た目のいい奴なら尚更さ」

 

「……自分では、見た目がいいとは思っていないのだが」

 

容姿についてマリアから褒められ多少照れを見せるも、一季には自身の容姿について自信がない。顔の左側は包帯で巻かれ隠れており顔立ちは半分隠れている。この包帯の下を見れば誰も自分の容姿を褒めてなどくれないだろうと思い込んでいる。とは言え、現在露わになっている切れ長のつり上がった瞳等のパーツを見れば、充分整った容姿をしており生徒達の気を引くのも無理はない。

 

「謙遜すんなって。アンタは充分カッコいい顔してるよ」

 

「……ほ、褒めても何も出ないぞ!」

 

マリアにカッコいいと言われて明らかに照れを見せる一季は、それを隠そうとハンバーグを頬張りご飯をかき込む。米を食べる時は箸で食べてはいるが、照れの影響からか普段から下手な使い方が余計下手になっていた。そんな一季を可愛い奴と思い微笑みながらマリアも付け合わせのポテトを一口食べた。

 

 

 

 

 

「ねぇ、君。君って噂のもう1人の男子でしょ?」

 

そんな調子で昼食を食べ進めマリアが水を取りに行った所に、1人の女子生徒が一季に話し掛けて来た。大人びているが何処かリスのような雰囲気を持つ人懐っこい顔立ち、赤いリボンをしたその生徒は一昨日一夏にISを教えるという名目でお近付きになろうとして箒に阻止された3年生だった。

 

「……噂が何なのか分かりませんが、多分」

 

リボンの色で学年を判別したのか、一季は一応敬語口調で会話をする。基本的には目上の人間に対しては敬語で話す事にしている、晩年の奴隷時代や研究所の頃に目上の人間には敬語で話せと叩き込まれているからだ。

 

「代表候補生やもう1人の男子と戦うんでしょ?」

 

「……そうですけど、それがなんですか?」

 

前回の一夏の時と同じ切り口で話しを進める3年生。どうやら一夏で失敗した今、系統は違うが容姿が整っている一季に狙いを変更したのだろうか?

 

「でも、君素人でしょ?ISの稼働時間どれくらい?」

 

「……100時間は越えているかと」

 

今までの展開して稼働させた時間は軽く見積っても確実に100時間は越えている。研究所からIS学園に辿り着くまで1週間は掛かり、船に忍び込み移動する以外は悲劇の復讐者を所々展開を解いたがほぼフル稼働させていた。最もそれが原因でアリーナに落下するというトラブルが起きたのだが。本人も漸く辿り着いた場所への到着の結末があんなにも格好悪く恥ずかしい結果となった事を若干だが気にしている。

 

「あら、結構動かしてるのね。でも、相手は代表候補生よ。軽くその3倍は稼働させてるわよ♪」

 

想像以上の稼働時間を聞いて驚きを見せるも、まだまだ余裕と年上の魅力を見せつけようと右人差し指で鼻をツンッと触り一気間10㎝位の近さにまで顔を近付ける。此処までの展開はほぼほぼ一夏の時と同じである。

 

「なっ!?ち、ちょっ……ち、近い……!」

 

「あらあら。そんなに照れちゃって、可愛いわね」

 

相違点を上げるならば色仕掛けに対しての照れ度合いであろう。一夏も年相応の男子なのでこの接近には照れを見せていた、だが一季は照れ過ぎではと思えるレベルで滅茶苦茶照れを露わにしている。異性への免疫など皆無の一季は、人生初の異性からの接近に明らかな戸惑いを見せ、テンパってしまう。

 

「ねぇ、よかったら私が教えてあげよっか?ISにつ•い•て」

 

これはチャンスと確信した3年生は右手の指全体で一季の頬から首を艶めかしくツーっとなぞっていく。言葉も一夏の時より3割増しで色っぽさが増長している。当の一季本人はといえば、最早色仕掛けにかなりテンパって、「なっ、な、なっ……」と呂律が回らなくなり始めていた。

 

「IS以外にも、い•ろ•い•ろ•とねっ」

 

色仕掛けに弱い見て、押せ押せモードへとスイッチONとなり、甘たっるいと感じてくる声色で一季への色仕掛けのアクセルを加速させる。左腕を使い順調に発育した胸を寄せて強調して見せつけ、一季へ更に詰め寄った。色々とはぐらかしているが、それは間違いなく女についてだろう。

 

「はい先輩、其処までにしてください。イツキ困ってるでしょ」

 

一季の初な情緒と困惑が臨界点へと差し掛かりかけていたその時、水を取り終え戻ってきたマリアが水が注がれたグラスをテーブルに置くと、空いた両腕を使って2人の間に差し入れて距離を離す。

 

「おーいイツキ、大丈夫か?」

 

「……か、かろうじて……」

 

間を取るとマリアは最早照れてショート寸前の一季を気遣う。限界寸前の様子だがマリアが止めに入った事により何とか大丈夫らしい。

 

「先輩、こんな所で何をやってるんですか。此処は色仕掛けする所じゃないですよ」

 

「あら、別にそんな事してないわよ。彼にISを教えてあげようとしただけ。まぁ、可愛い反応するからちょっと悪戯したけど」

 

その悪戯を色仕掛けと世間一般では言うのだが。これはあれだ、俗にいう開き直りというやつだ。

 

「あぁ、そうなんですか。でも、ISについてはあたしが教える事になってますから」

 

『……そ、そんな約束を取り付けた覚えはないが……』

 

マリアが自分にISを教えるなどそんな会話交わした覚えは微塵もない、疑問に思いながらも今の一季にそれを尋ねる余裕はない。

 

「でも貴方1年生でしょ?3年生の私の方が上手に教えられると思うけどなぁ」

 

一昨日はISの創造主の妹に阻止されたが今日はそうはいかない、普通の1年生には負けないという自信が3年生の表情に浮かんでいた。

 

「それに貴方、ISでの模擬戦経験はあるの?」

 

「ありますよ。だってあたしアメリカの代表候補生ですし」

 

「……えっ?代表候補生!?」

 

そうそれは普通の1年生ならばの話、しかしマリアはアメリカの代表候補生である。対して自分は代表候補生でもなければ専用機持ちすらない、マリアの方が明らかに自分よりエリートなのが理解出来ない程彼女も馬鹿ではない。

 

「で、でも専用機は持ってないんでしょ?」

 

「まぁ確かに専用機持ちじゃないですけど、その変わり家の国の量産機トムキャットの搭乗ライセンス持ってますから」

 

「えぇ!?」

 

苦し紛れに爪楊枝で重箱の隅を突っつく様に専用機の件に突っ込みをいれるが、マリアの返事を聞くなりまた驚愕する。トムキャットとはアメリカ製の量産型の第2世代型ISであり、それは最高速度と攻撃性に比重を置いた量産機である。例えるならばそれは正にじゃじゃ馬である。その為基礎知識を持たない1年生には搭乗を許可は降りず、搭乗ライセンスは本来ならば2年生からでしか取得する事が出来ない。その事は3年生である彼女も当然授業等で習って知っている。だがしかし、自分の目の前の1年生はそのライセンスをもっている。

 

『今年のアメリカから来た1年生に特例でライセンスを取得した子が居るって聞いたけど……それがまさかこの子立ったなんて……』

 

トムキャットの搭乗ライセンスを1年生で取得した実力のあるアメリカ代表候補生がいるという噂は小耳にはさんではいたが、まさか目の前にいる少女だったとは……3年生からすれば全くもって予想外、想定の範囲外よ!と口に出したかった。軍によって鍛えられた実力と高いIS適性値というポテンシャルからマリアは早期でライセンス取得に至っている。そこまで詳しい情報を知らなくても、それはつまりマリアにライセンスを与えるにアメリカが相応しい実力があると認めたいう事実を突き付けるには充分だった。

 

「そ、それならこうしない?あなたと私で模擬戦をして、勝った方がこの子に教えるのはどう?」

 

だが、今日の彼女は一昨日とは違い身を引く事はなく、自分とマリアでの模擬戦を提案する。3年生の彼女ならばこの時期でも訓練機の貸し出しは認められ、マリアも自国から貸し出されているトムキャットがあるのでこの2人ならば問題なく模擬戦を行える。

 

『昨日は篠ノ之博士の妹って事で諦めたけど、二度も1年生に遅れを取りたくはないわ。例え代表候補生でもね』

 

自分は3年生だが専用機も代表候補生の肩書きもない、対して向こうは1年でも代表候補生の肩書きに加え異例の早期ライセンス取得した実力者。たが、昨日に続いて1年生に負けるなど、流石に彼女のプライドが許さなかった。昨日はIS開発者の妹という事で諦めたが、自分とて此処で日々己を磨いてきたのだ、ISに関わってきた年数ならば此方が上なのだから。

「模擬戦かぁ。うん、いいですよ」

 

「決まりね。じゃあ時間は今日の放課後、場所はそうね……第2アリーナでどう?」

 

「それで構いません」

 

3年生が時刻と戦いの場を指定すると、マリアは否定する事なくすんなり承諾する。元々強い相手と戦いたい一種のバトルマニアでもあるマリアにとっては、1年に量産機の貸し出しが行われていない今模擬戦を行えるのは願ってもいないチャンスなのだ。

 

「それじゃあまた放課後に会いましょ。あっ、君も見に来てねっ」

 

そう一季に右目をパチリと星が飛び出していそうなウインクをすると、3年生は学食を後にした。が、当の本人はまだ色仕掛けによる精神的ダメージが予想以上に長引いていて気付いても反応する余裕がなかった。

 

「……………ブライト、どういう事だ?俺はお前にそんな要求をしてはいないぞ」

 

漸く自分のペースを取り戻して自分の話にも関わらず置いてけぼりにされていた一季がマリアに問う。自分が動揺している間に勝手に自分の指導を決める戦いを取り付けられたのだ、問い詰めたくなるのも頷ける。しかし来週の月曜日に控えるクラス代表決定戦では、強烈な対抗心を向けている一夏に加えて代表候補生のセシリアとも戦わなければならない。そんな一季からすれば模擬戦を経験はしておきたいという思いはある。ドイツで黒ウサギ隊との2対1の戦闘で1人を倒したとはいえ、経験し実戦はそれのみ。稼動時間と比べると明らかに実戦不足なのは誰がどう見ても明白だ。

 

『確かに実戦の経験が積めれば越した事はないが……そもそもそんな相手が居ない』

 

しかし現在1年生に量産機の使用許可はおりない上、そもそも一季には模擬戦を頼める相手が不在。理由は簡単、コミュニケーション能力が皆無だからである。アリーナで模擬戦を行おうにも量産機と対戦相手がなければ話にならない。自分も専用機持ちなので他の専用機持ちに頼み模擬戦を行うという方法もあるにはある。この学園に居る専用機持ちは一季以外だと1年生ではセシリア、そして4組に1人。後は2年生に2人、3年生1人の計5名。だがセシリアとは対戦相手でもある上に初日の騒動もあり現在不協和音を奏でている真っ只中。残りの専用機持ちの面々とは面識のめの字すらなく、コミュニケーション能力が乏しい一季に自ら模擬戦を持ちかける事など出来る筈もない。

 

「いやぁ、こうでもしないとあの先輩諦めてくれそうにないからさ。正直困ってだろ?」

 

「……まぁ、かなりな」

 

言い逃れしようのない事実を突かれて全く否定も出来ないので一季はすんなりと認める。実際困っていたのは事実だ、それもかなり、もう少しで爆発するのではと思うくらいに。正直言ってマリアが言いくるめてくれて内心助かったと思っている。

 

「心配すんなって、あたしが勝てばあの先輩も諦めるさ」

 

元はと言えば、上級生に言い寄られ慌てふためいていた自分に非がある様なもの。その色仕掛けから助けてくれた事もある一季は、自分の異性への免疫力の不甲斐なさに情けなくなりつつも、この場を乗り切ってくれたマリアに感謝しておく事にした。

 

「……まぁ、その、助かった」

 

「いいっていいって。ささっ、残りのご飯食べよ」

 

「……そうだな」

 

マリアの明るいトーンに感謝しながら、一季は中断されていた食事を再開する。少し冷めてしまってはいるが、食べると何処か温かく思えた。

 

「それにしても……あんなに慌てふためいて照れるなんて。ホント可愛い奴だなぁ」

 

「ぶふっ!?」

 

マリアのその言葉に、一季は思わず飲みかけていたコーンスープを危うく吹き出しそうになりかける。食事を取るだけでこんなに疲れるとは正直考えもしていなかった。

 

『……これから先もこんな事があるのだろうか?』

 

代表決定戦の事も今起きた厄介事もそうだが、これから先の3年もの間このような事が起こるのだろうか?そんなこれから先を予想すると、過酷な環境で生きてきた一季でも心はげんなりせずにはいられなかった。




という訳で、イメチェンして印象がよくなった結果心への疲労が悪化した一季でした。あー、書いてて面白かった(笑)マリアのお陰で何とか踏ん張りが利きましたが、あの程度はまだまだ一季弄りの序章なんですよね、こんなんではその内一夏とは違う物理的な意味でリア充爆発しろときう事になりそうです。

後、今回からマリアの一季への呼び方をイツキとカタカナ表記に変更と終生を行いました。理由としてはeagleさんにマリアが一夏の事をイチカと呼ぶ理由を尋ねた際に英語訛りと文語体による物という返信が送られたので、それらを表現する為カタカナ表記にしました。


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第20話 日米友好同盟

今回もコメディ色強めです。タイトル詐欺もいいとこ。


普通の高校では授業が終わると放課後生徒達は部活や委員会、それが無い時は遊んだりアルバイトをしたりと過ごすのが高校生活の基本的放課後だろう。しかし此処はISについて学ぶIS学園、放課後はアリーナにて模擬戦を行う生徒が多いのだ。最も現在1年生は基礎知識の履修の為行えず、例外なのは代表候補生か専用機持ちの何れかだ。そんな例外の1人であるアメリカ代表候補生マリア・ブライトが、此処第2アリーナにて昼休み時に起きた取り決め通り放課後となった今、3年生と模擬戦を開始する寸前である。マリアはトムキャットを、3年生はラファール・リヴァイヴを体に装着し空中に浮遊している。どちらもISを装着しているので当然ISスーツを着ており、レオタード状のそれは着ている者の体にピッタリとフィットして、ボディラインがハッキリと浮き出させている。こんなデザインにしたのは一体誰なのだろうか?開発者の篠ノ之束なのか?それともどっかのお偉いさんなのか?まぁ、まともな人間ではないという事はなんとなしにわかるが。

 

『……それにしてもあの子凄い胸ね。一体何カップなのかしら?』

 

今対峙しているマリアは175㎝という長身身に加え、バストやピップはボンッと出て大きいのだがウエストキュッと引き締まっており俗に言うボンッ!キュッ!ボンッ!である。軍で鍛えられてた事もあり二の腕や太股にも無駄な肉はないくシュッ引き締まっていており、モデル顔負けの抜群のスタイルの持ち主だ。中でもマリアの胸は同世代と比べるとかなり豊かに育っており、今年に入ってGカップとなり尚も現在成長中の胸に実った2つ果実は、たゆんたゆんのばいんばいんである。そんな豊か胸が体にピッタリとフィットしているISスーツがそんな色気のあるナイスバディを更に強調して、同性である3年生も思わず胸に目が行ってしまう。どういう訳かは不明だがIS操縦者には容姿に秀でた者が多く、それはIS学園の生徒にも言える事で3年生である彼女も例外ではない。彼女もスタイルは良いのだが目の前のマリアと比較すると負けた気分になる。

 

「あのー先輩、そろそろ始めませんか?」

 

「えっ?あ、あぁそうね。始めましょう」

 

そんな3年生様子を見かねたマリアがオープンチャンネル越しに自分から急かす。それによりスタイルへの敗北感に浸っていた彼女の意識が本来の目的へと戻る。

 

『そうよ、集中しないと。これに勝てば……』

 

もしマリアに勝てば一季にISを教えるのは自分となる。そうすれば教えるとかこつけて接近して色々出来ると思うと彼女の煩悩が膨らんでいく。

 

『クールに見えて女に免疫がないみたいだし、押しに押せば……ふふふっ』

 

昼間の一季の照れっぷりを見て押しには弱いと確信を得た彼女は、脳内の中で一季に色仕掛けをかましてアンナコトやソンナコトにまで持っていく妄想をしていた。何処ぞの共学化した元女子校の生徒会顧問レベルの発想である。

 

「……………なんだ、急に寒気が……?」

 

本能的に身の危険を感じたのか、この戦いを見届ける事に一季は何やら背中から全身にかけて寒気が走るのを感じた。よもや3年生の先輩が破廉恥な妄想をしている等とは思わず、原因不明の悪寒に謎を覚える。

 

「よし、そろそろ始めるわよ!」

 

「こっちは何時でもいいですよ!」

 

その会話が終わるのをキッカケに、マリアと3年生の一季の指導役を賭けた模擬戦の火蓋が切って落とされる。この戦いをピッドで見届けている一季はマリアが勝利する事を祈っている。

 

「……ブライト。頼む、勝ってくれ。でなければ……」

 

マリアが勝利しなければ何か嫌な予感がする。一季の脳裏にはそんな嫌な予感がよぎって仕方がない。よもや己の貞操が危機に晒されているなどと一季も察しのよいマリアも予想のよの字すら浮かばない。

 

「この勝負、私が勝つわ!」

 

勝って一季にお近付きになってみせると意気込んでマリアへ挑んでいったこの戦いの結果は如何に?

 

 

 

 

 

「……………ま、負けたぁ……」

 

その結果は彼女は意気込みやその欲望はあっけなく、握り潰されたビスケットの様に無惨に砕け散る結末となった。ようするに彼女の負けでマリアの勝ちである、簡潔に総評を述べるならば単純に実力の差だ。彼女も彼女で経験を積んではいるのだろうが、マリアがその実力を上回っていた結果、序盤最初から責めに責め続けて優勢を保ったまま勝負が決した。一昨日に続いて1年生に負けた、しかも今日は色仕掛けまでした挙げ句、自ら意気揚々と模擬戦まで挑んだ果てに終始押されたまま敗北した。最早完膚なきまでに自尊心をサンドバックにされた気分だ。流石に自分の完敗だと痛い程身と心にしみた彼女は、もうがっつく気力も沸かずすんなり諦めて落ち込みながら夕日に染まるアリーナを後にして自室へと戻って行く。茜色に染まる空の下をへこみながら歩く彼女の背中には相当哀愁が漂っていた。

 

「……何だか知らないが、助かった気分だ」

 

それから少し時間が経過してアリーナから出てきた一季はマリアが勝利してくれた事であの上級生に言い寄られずにすむとホッとしており、本人からすれば謎の安心感を感じている。

 

「これ位で何言ってんだよ、アンタにはこれからこんな事が山程起きるんだぞ」

 

「……………」

 

隣に居る同じく寮へと帰宅しているマリアから未来を予見する発言をされ、実際それが現実になりそうな肯定も否定も出来ない未来を予想した一季は普段もより長い間の後に一言こう漏らした、「……………勘弁してくれ」と。

 

 

 

 

 

マリアが模擬戦を行ってから数時間が経過し時間は夜の9時間際となった頃。外一面がすっかり夜の帳に包容されている時間帯となった現在、生徒達が各々自由にプライベートタイムを過ごしている中で、風呂と夕食を終えたマリアも同様に食後は自由に過ごしていた。しばらくそんな時間を過ごし、飲み物でも買うかと寮内に備え付けられている自販機の下へ向かう。肩までの長さの金髪を揺らしながら自販機が備え付けられている場所に到着すると、1組の男女が購入した飲み物をこれまた備え付けのソファーに腰掛けて飲みながら談笑していた。1人はTシャツと半ズボン姿で缶コーヒーを飲んでいる一夏、そして隣には寝間着としている着物に着替えてペットボトル入りの緑茶を持った箒が座っていた。

 

「ごめん。ちょっといいかな?」

 

自販機のボタンを押して購入したペットボトル入りのコーラを取り出した所に一夏が少々遠慮がちにマリア

に声を掛ける。後ろから話しかけられたマリアは何時もの自分のペースで振り向いた。

 

「んっ。あたしに何か用か?」

 

「いや、ちょっと聞きたい事があって。今大丈夫?」

 

「あぁ、大丈夫だよ。で、なんだい?あたしに聞きたい事ってのは」

 

問いたい事があるという一夏にすんなり了承をするマリア。快諾を得た一夏はすぐさまマリアに本題を尋ねた。

 

「あのさ、君は一季と昼飯一緒に食べてたけど……もしかしてあいつと仲いいのか?」

 

一夏が尋ねたかった事はこの件であった。クラスでも浮いてしまっている一季が他のクラスの生徒と共に食事を共にしているのだ。朝食時も一季が誰かと一緒に食べていたという話を耳にした時も驚いたが、実際昼にその光景を目撃して尚驚いた。人と関わろうとせず、自分が話し掛けても最低限の返ししかしない一季が誰かと共に食事をしている。それをが気になって仕方がなかった一夏はこうして出くわした今マリアに尋ねているのだ。

 

「ん、あぁ。イツキとは仲良くやってると思うぞ」

 

「そうか……そりゃあよかった。あいつクラスで誰とも喋らないから孤立しそうで心配だったんだ」

 

マリアの返事を聞くなり、一夏はホッと嬉しげに笑顔を見せる。なんとか孤立せずにはいるが誰とも話さず1人で過ごしている一季が、たとえ1人でもこうして誰かと接している事実は一季を気にかけていた一夏には嬉しい内容だった。

 

「そんなに心配してるんなら、あんたが声かけてやりゃいいじゃないか」

 

「いや、話し掛けてはいるんだけどな……」

 

「あいつは一夏が話しかけても、鬱陶しげに最低限の返事しか返さんのだ」

 

一夏と箒のその返事を聞いてマリアは、イツキの奴しょうがないなぁ少し困りながら苦笑いを浮かべている。理由までは聞いてはいないが、一季が一夏に対していい感情を抱いていないのは今朝本人から聞いている。

 

「あんま本人前に言い辛いけど、イツキの奴はアンタにいいイメージ持ってないみたいでさ」

 

「……箒。俺、何か一季嫌われる様な事したか?」

 

「私には思い当たる節はないぞ」

 

少し言いづらそうな様子のマリアから伝えられた一季の本心を間接的に聞いて軽くヘコむ一夏。一季がどんな人生を歩んで来たのか知らない一夏達には何故一季がそのような感情を抱くのかわからない。その感情は一季の過ごした悲惨極まりない残酷な人生故の悲劇から生まれる物だという事をまだ一夏達は知らない。

 

「……まぁ、初対面の子にこんな事頼むのもあれだけど、これからもあいつと仲良くしてやってくれないか?」

 

「なんだ、そんな事かい?別に頼まれなくてもイツキとは仲良くやっていくよ」

 

何処かほおっておけないからね。と心の中でポツリと呟く。初めて一季と対面した際に一季の目に帯びた悲しさや重い雰囲気を感じて、豪快だが人の心に細やかな一面を持つマリアはそんな一季を放ってはおけずにいた。

 

「それじゃあ頼んだぜ、えーっと……」

 

「あたしの名前はマリア、マリア・ブライトだ。マリアで構わないよ」

 

お礼を言おうにもマリアの名前を知らない一夏は途中で言葉が詰まってしまう、そんな一夏を見かねてマリアは簡潔に自己紹介をする。

 

「そうか、俺は織斑一夏だ。俺の事も一夏でいいぜ。で、隣に居るのが俺の幼なじみの篠ノ之箒だ」

 

「……篠ノ之箒だ」

 

「そっか、よろしくな。イチカ、ホーキ」

 

2人の自己紹介を聞くなり、マリアは名前で2人に挨拶を交わす。出会って直ぐに名前で呼ぶのが彼女のフレンドリー且つコミュニケーション能力の高さを表している。何処かカタカナ表記に思える名前の言い方は日本語の発音やイントネーションとは異なるが、それは日本とアメリカの言語の違いから来る物である。因みに彼女はスペルと発音の仕方を教えれば正しい発音で名前を呼べる。

 

「あれ?そういや、篠ノ之って……もしかしてホーキ、篠ノ之博士の家族か?」

 

「……確かにそうだが、私は私だ。あの人とは関係ない」

 

束の身内かと尋ねられ不機嫌そうに顔をしかめる箒、普段からよく見せる表情の険しさが余計に増していた。今までも束の妹という事で一家離散する羽目になり、聴取をされ、転校する先々で色眼鏡で見られたり、ろくな記憶がない。

 

「あっ、ごめん。もしかして聞かれるの嫌だったか?」

 

気分を害したと察したのか、マリアは箒の機嫌を伺いながら謝罪する。そんな箒を見かねた一夏が宥めるのを試みた。

 

「箒、そんなに怒るなよ。何もマリアだって悪気があった訳じゃないんだし」

 

「怒ってなどいない。その、すまない……どうにもその手の話をされるのは苦手なのだ」

 

箒とて身内かどうか聞かれただけで怒りはしない。篠ノ之という珍しい苗字だ、束絡みの話題を尋ねられるのは何度となく経験済みなのだ。しかし、どうしても嫌だという感情が顔に出てしまうのである。

 

「いいよ。あたしも聞いて欲しくない事聞いちゃったみたいだし。ごめん」

 

「いや。私の方こそすまない……」

 

この前みたいにマリアが根掘り葉掘り聞こうとしなかった事もあり今回は互いが謝るという形で丸く収まった。

 

「まっ。何はともあれ、一季と仲良く頼むぜ。マリア」

 

「おう、任せときなっ!」

 

そう自分に任せろという意思表示でマリアが右拳で胸を叩く。普通なら特に何事も起こらないのだが、マリアはGカップ超えのそんな豊かに育った胸の持ち主。そんな人間が胸を叩けばどうなるか?答えは簡単、たわわに育った双丘がその衝撃と振動で服の上からでもたゆんと揺れたのがわかる。しかも今のマリアは部屋着はタンクトップにホットパンツを穿いた所にジャケットを羽織っただけであり、タンクトップは体にフィットしていてるので胸の大きさも豊かな谷間も制服姿の時より際立っており、ブラジャーによって覆われ支えられているその2つの柔らかな双丘はそれにより大きさを強調させているので尚更その胸の揺れが際立つ。

 

『うおっ、スゲェな……』

 

一夏も色恋ざたには鈍感だが、一応は年頃の男子。目の前で爆乳とも言える豊かな巨乳が揺れれば自ずと其処へ目が行くのが男の悲しい性だ。最も初な一季がこの光景を目にすれば茹で蛸みたく真っ赤になり狼狽してしまうだろうが、大体の男は年齢に関係なくこの桃源郷に見入ってしまう悲しい生き物なのだ。

 

「……………」

 

ギリリッ

 

「イテテッ!?ほ、箒。痛い、痛いって!」

 

そんな一夏を見ていて当然箒は面白い訳もなく、一夏の右の二の腕をギリリと抓る。胸の揺れに意識がいっていた一夏はその痛みによりその思考から強制的に目を覚まされる。

 

「ふんっ、ブライトの胸を凝視している貴様を成敗したまでだ!」

 

「……イチカお前、何処見てんだよ。このスケベ」

 

胸の揺れを見ていた一夏に日米の巨乳美少女から非難の声が一夏に浴びせられる。一夏からすればそんな青少年の目に毒な格好をしないでくれと言いたいのだが、本来此処には居る筈のないイレギュラーな存在な上に破廉恥な気持ちで見ていたのは紛れもない事実ななので汎論せずにごめんと謝りながらそれに耐える事にした。

 

『まったく、一夏の助平め!そんなに大きな胸がいいのか!』

 

箒からすれば胸を凝視するなど破廉恥な!と思いながら、マリアには負けるが同世代よりかなり育った自分のたわわな胸をみる。少しだけだが、そんなに見たいのならば私の方を見ればよいのにと自分の年不相応に育った胸をこの時ばかりは武器にしようと思惑した。マリアはマリアでスケベな視線を送ってきた一夏に苦言を吐くが、本人は男にスケベな目で見られるのには慣れてはいるが、別にここまでデカくならなくてもいいじゃんと思っている程大きくなった胸を見られるのはやはりいい気分はしない。

 

「ったく、なんで男ってのはデカい胸をスケベな目で見るかねぇ。こんなにデカくても邪魔でしかないってのに」

 

「まったくだ。胸が大きくても何も良いこと等ないというのに……」

 

年不相応に育った胸を嘆く箒とマリア。お互いのこの愚痴る言葉に双方が反応した。

 

「んっ?ホーキ。アンタ、あたしの気持ちわかってくれるのかい?」

 

「うむ。ブライト、お前の気持ちよくわかる。私も街に出掛ければよく男にいやらしい目で胸を凝視される」

 

「そうそう、男だけじゃなくて女からもまるで牛を見るような目で見られたりするんだよねぇ。羨ましがれたり、妬まれたりさ。人を物珍しい目で見てくるんだよね」

 

「まったくだ。大体胸が大きくても良いこと等ない。肩は凝るし、可愛いブラはみんなサイズが小さいし、服も胸の大きさが邪魔して1つ上のサイズになるし……」

 

胸の大きな女性にしかわからない悩みや愚痴を吐き出しまくっている箒とマリアを見ていた一夏は居心地の悪さを実感している。まぁ、本来なら女子校であるIS学園の生徒となっている時点で居心地の悪さは身に染みてわかっているが、こういう会話をされると尚更そうなる。2人が大きい胸の悩みについて心境を吐露しているのを聞いて、一夏はある知り合いの少女の事を思い出して、思わずこう思った。

 

『あいつにはわからない悩みだろうな』

 

その少女は胸が小さく、本人もその発育が良くない胸にコンプレックスを抱いている。ついうっかりと口を滑らせてその事を言ってしまい痛い目を見たのはそう昔の事ではない。なんとも失礼な考えだが、残念だが確かに胸の小さい人間にこの悩みは理解出来ないだろう。

 

「…………可笑しいわね、なんだか物すっごくイライラしてきたんだけど」

 

そんな一夏の思考など届く筈もない中国の軍で、1人の代表候補生が原因のわからない苛立ちを覚えていた事を一夏が知る訳もなく、箒とマリアは大きい胸への愚痴を言いづけている。

 

「大体胸なんてデカくても動きにくいだけだっての。やや少なめくらいの方があたし理想なんだよ。だってその方が動きやすいじゃん」

 

「まったくだ。胸が邪魔して足下が見えないから落とした物を取るのにも一苦労だし」

 

「共同のシャワールーム都下に入るとスイカだのメロンだの好き勝手に例えられるしさ」

 

「わかるぞ。こっちはゆったりとシャワーを浴びたいのに周りがそんな話題をするせいで落ち着かない」

 

「しまいには胸を揉ませろとか頼んでくるわ、隙を見て勝ってに触るわ揉んでくる女子もいるしな……」

 

国は違えども同じ悩みを持つ2人の巨乳美少女。1人は幼い頃より武士に憧れるポニーテールが印象的な侍少女、篠ノ之箒。もう1人は同じく幼い頃よりその男勝りで豪快な性格をしており、その気性とその時から既に大きく育っていた胸、そして出身地からジュニアハイ時代にはテキサスの暴れ牛という不名誉なあだ名を付けられた、肩で無造作に伸ばした外に跳ねる金髪のカウガール、マリア・ブライト。

 

「これからよろしくな、ホーキ!」

 

「あ、あぁ。よろしく頼む、マリア!」

 

そんな大きな胸について煩わしいと思っている2人が意気投合して両手を使い握手を交わす。正に今この場に日米友好同盟が組まれた瞬間である。そんな光景を見ていた一夏はこう思った。

 

『よかった、箒に友達が出来た……』

 

幼い頃より人付き合いが苦手で友達がいなかった幼なじみがこうして誰かと仲良く意気投合出来た事に感動を覚えていた。そんな口に出すと箒にどやされるので口には出さないが。そんな事もあり、この日依頼マリアは一夏と箒と知り合いになり名前で呼び合う関係となった。

 

 




模擬戦?只でさえ苦手な戦闘描写を名も無きモブに割く余裕はありません。のでバッサリ行きました、只でさえ話進むの遅いので。

そして後半は1年生の胸の大きさランキングでワンツーフィニッシュでランクインしているマリアと箒が意気投合になる話。今回3割方胸の話でしたね、どれだけマリアの胸強調してるんでしょう私。そんな巨乳の悩みを聞いて一夏が思い浮かべ台詞だけ出て来たか彼女、よもや初めての台詞がこれとは……彼女はマリア達巨乳の気持ちは一生わからな……おや?こんな時間に誰だろう?

実はこれ元々19話の一部です。話の流れは大体同じですが、異なるのは模擬戦関係です。マリアと3年生の模擬戦は本来ならなく、3年モブが一夏の時と同じくすんなり引いていました。しかし流石に2回も1年生相手に引かないよなと思い書く事にしました。長くなりそうだったので2話に分けて、その部分を追加し今夏の話が完成しました。

後もうすぐで代表決定戦に突入すると思います。ではっ!


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第21話 代表決定戦 開幕!

久し振りの戦闘シーン。やはり苦手です。


「そー言えば、アンタの専用機をじっくり見るのは初めてだねぇ」

 

「……そう言われればそうだな」

 

「まさか空から降って来た侵入者と模擬戦するとは思ってなかったよ」

 

「……それは言うな」

 

時は放課後、日が暮れる手前といった時間帯。何時もと変わらぬマリアに主導権を握られている一季が蒸し返すなと言わんばかりの態度で喋っている光景、決定的な違いは共にISを展開・装着して、オープンチャンネルを通してアリーナ上空にて言葉を交わしている事だろう。先日の一件で上級生との模擬戦に勝利し、一季の指導役の権利を手にしたマリアは一季へ指導の一環として模擬戦を行おうとしている。一季を助ける為に発した嘘とは言え、模擬戦まで行って何もしないのは彼女の性に合わない。何よりその権利を賭けて戦った先輩に対して失礼だと考えたマリアは、こうして一季に教える事にしている。それに専用機持ちである一季と戦えるのは戦闘好きの彼女にとっても見返りはある、実力が未知数の相手との戦い、何処をどう対処してどう攻めてこの手で勝利の2文字をもぎ取るか。そのシュミレーションをするだけでも楽しいと思える。

 

『昨日の戦い振りを見るに、恐らくブライトは実力者に違いはない。代表候補生と模擬戦を行えるのは此方にとっても好都合だからな』

 

かく言う一季もとっくのとうにISの知識は身に付けているが、色々と恩義もあり、ある程度は接する事の出来るマリアならば別に指導役になっても構わないという思いと、この状況で模擬戦を行えるまたとない機会を逃すのは惜しいという考えがある。よって代表候補生であるマリアが模擬戦の相手になってくれるというのは一季にとっても願ったり叶ったりなのだ、互いに利害が一致した双方得をする契約である。そんなやり取りが成立した今現在、トムキャットを装着したマリアと、悲劇の復讐者を装着した一季はこうして空中にて佇むかの様に浮遊している。

 

『あのIS、トムキャットが機動性を生かした空中戦闘に特化しているのは昨日の戦いから理解はしている。問題はそれをどう対処するかだが……』

 

トムキャットとは元々アメリカの戦闘機F-14の愛称であり、それがこの機体の名前の由来とである。名称だけではなく、機体の外観も原型のそれを踏襲しており、その外観には意識して開発された点がよく見て取れる。カラーリングもグレー迷彩に施されており、脚部のスラスターは尾翼を、アンロック・ユニットは原型の主翼からエンジンまでをモチーフにしたブースターとなっている。そして対を足している主翼は折り畳む事で空気抵抗を減らす事が出来るウイングスラスターとなっており、スラスターだけでは生み出せないスピードを作り出せる。逆に翼を広げる事で生じる空気抵抗によって減速を行え、低速度での移動も可能とする可変翼。この可変翼は原型となっているF-14にも搭載されており、その可変翼を折り畳み広げる様が丸で猫みたいに見えるという理由から雄猫、つまりトムキャットと言う愛称を名付けられたのである。マリアが纏うそれは空軍改修により、他の機体よりスラスターによる出力向上及び火器管制システム、通称FCSを増強した事で、より一層空中戦闘に特化した機体にされている。普通の機体でさえ乗りこなすのが他の量産機に比べて骨が折れ、じゃじゃ馬と称されているトムキャットだが、マリアが操縦するそれは端的に言えば良くも悪くもアメリカナイズされた恐竜的なISだ。

 

『しっかし初めて見た時も思ったけど、イツキの専用機のデザインってホント悪魔みたいだよなぁ』

 

初日以来となる悲劇の復讐者を改めてじっくりと目にするマリア。その胸に抱く感想通り、トムキャットは愚か現在のISでは珍しく顔はバイザーによりすっぽりと覆われ顔は隠れており、悪魔に憑依されたかの様な外観である悲劇の復讐者を装着してい一季。夜中見たら大抵の人間が悲鳴を上げる事間違いなしの外観をしているそれのバイザーから一季の表情は見えない。口調やトーンから何時もと変わらない様子なのは把握は把握は出来る。

 

「じゃ、イツキ。そろそろ始めるか?」

 

「……あぁ。此方は何時でも構わない」

 

正式な試合ではないのでブザー等による試合開始の合図はない。頃合を見つけたマリアのその言葉を一季が承諾した正に今、灰色迷彩の雄猫と黒き復讐者の戦いの幕が開けようとしていた。

 

「そんじゃ、始めるよ!」

 

そのマリアの一言を合図にこのアリーナにて模擬戦が勃発する。かなりの戦闘好きであるマリアは開始早々大型ハルバード《スマッシュ・マッシャー》を展開しながら、トムキャットのその機動性の高さを生かしてスラスターを噴かせ一季へと詰め寄り、両手で握ったそれを薪割りの如く勢いよく振りかぶった。

 

ガキィン!

 

「くっ!」

 

対する一季もアンロック・ユニット《悪魔の尾》を同じく両手に手に取り、ガンランスへと変わったそれを握り締め大型のハルバードの一振りを受け止めた。ぶつかり合う事で生じる金属音と受け止めた時の衝撃と振動が互いの全身に響き流れ渡る。

 

「うりゃ!」

 

「かはっ……!」

 

そんな物などには意も解さず、追撃と言わんばかりにマリアは右足で勢いよく一季の腹部に蹴りを入れ、その衝撃により生まれた隙に再びハルバードを左から横手向きで振り抜いて一撃を与えようと試みる。

 

「そうはいくか!」

 

ズドドドドドドドッ!

 

「うぉ、ガンランスか!」

 

普通のランスならそれで再びハルバードを受け止めるか受け流すかだが《悪魔の尾》はガトリングガンを内蔵しているガンランス、砲門より放たれた銃弾が幾つか当たりトムキャットのシールドエネルギーを僅かだが削り取り、ハルバードの一閃もかろうじてだが避けた。そして《悪魔の尾》はガンランスだけではなく鞭へと変化する事も出来るのである。振り抜かれた槍ははしなる様に鞭へと変貌を遂げ、マリアを薙ぎ倒す様に遅い掛かっていく。

 

「って、今度は鞭かよ。珍しい武器持ってんじゃんか!」

 

その事実にマリアは軽く驚きを見せながらも、未知の武器との遭遇にワクワクしている様子の笑顔も見せていた。本来ならガンランスが鞭へと変貌し襲いかかってこよう物なら慌てる物なのだが、流石強い相手と戦いたいからと言う理由でクラス代表に立候補した戦闘好きと言った所か。慌てや驚きよりも、未だ経験のない武装を持つ相手と戦えるという事実に彼女のテンションは上がっていた。

 

「でも、簡単には食らわないよ!」

 

まだまだ本編はここからだよと言わんばかりに鞭の一振りを振ったハルバードでバシィッ!と弾き飛ばして隙を作り出し持ち前の機動性を用いて一端距離を置く様に避ける。距離を取るのを目にした一季も対局の位置へと移動してマリアとの間を置いた。マリアは矢継ぎ早に武装を展開して一気に攻め立ていくのが戦闘スタイルだ、それは昨日の戦いを目にした一季も理解しており接近戦は避けたい所。しかし、かと言って自分には遠距離戦では決定的なダメージを与える武装がないジレンマがある。悲劇の復讐者の装備で相手に決定的な一撃を与える事が可能なのは近距離を通り越して超至近距離専用の《灰色の鱗殻》のみなのだ。それが一季の頭を悩ませる。

 

『接近戦を避けて距離を取ったつもりか。だけど、このトムキャットの前じゃ、その作戦余り意味ないんだよねぇ!』

 

一方マリアもマリアで得意な接近戦へと持ち込みたいので、一気に畳み掛けようと試みてそれを実行へと移しだす。可動翼のウイングスラスターを畳み、畳んだそれや脚部のスラスターを噴かせ空中戦闘に特化したトムキャットの機動性を生かして距離を瞬く間に詰めていく。それと同時にロケットランチャーM202-A6《ヒドラ》を呼び出してぐさま、1弾目を一季目掛けてぶっ放した。火器管制システムFCSを強化し射撃時の誤差をなくし対象への命中率を上げている、ロケットランチャーである《ヒドラ》による砲撃の命中率も普通のトムキャットよりは上だ。

 

「ちっ、厄介な!」

 

迫り来る砲弾と機体から発せられている警告アラームに思わず一季は舌打ちした。何時もと違い会話する際に間が発生していない、感情が高ぶったりすれば間は生じる事はないのである。それに加えて模擬戦とはいえ自分より力量のあるマリアという代表候補生が相手だ、間など作っている余裕などなく一瞬でも気を抜けば攻め立てられてしまうと野生の感的感覚が感じ取った。近付いてくる砲撃をどう交わすか、刹那的時間で答えを導き出す。

 

『こうなれば、一か八かだ!』

 

そう博打を打つ覚悟を決め、目と鼻の先にまで来ているミサイル目掛けてランスを突き刺し、爆発する前に全スラスターを使い、後続へと飛ばされていると錯覚しかねない飛び方で自身への直撃を避けその爆風と煙をカーテンに体制を立て直したい所だ。

 

警告!ロックされています!警告!ロックされています!

 

しかし機体から再び警告アラームがなり響いて危機を煽るかの如く警告を知らせてくる。それは安心も体制を立て直す暇もないという事実を突きつけた。

 

『……くそっ、今度は3発か!』

 

M202-A6《ヒドラ》は4連装タイプであり、4弾同時発射もこの様にタイミングをズラして射撃する事も可能の代物だ。それをマリアが行った事で追撃の3発のミサイル弾がそれぞれ異なるタイミングで一季へ襲いかかって来たのである。

 

「くっ、まずは1つ目!」

 

取り敢えずは最低でも1つは撃墜しようと一番最初にむかってきたミサイルを迎え撃つ。先程と同じ容量でランスの突き刺し爆発させ撃墜、続けざまに2弾目のミサイルを打ち落とそうとする。

 

ドカァァァンッ!

 

「なっ!?しまった……!」

 

突如ミサイルとは違う実弾兵器が脚部に直撃し、悲劇の復讐者のシールドエネルギーを削る。一季が3発の砲弾を対処している間何もしない訳がない、爆発と煙を目くらましにし砲弾を対処している隙に距離を詰めると、呼び出していたカートリッジ式の対物ロケットランチャーで一季のを撃ち抜いたのだ。脚を打たれたさ衝撃と事実により一季の意識が一瞬だが其方に意識が行く、その結果2発目は迎撃出来たが残りの一発は直撃してしまう。

 

「まだまだ終わらないよ!」

 

カートリッジ式なので装填されている実弾の数まで一発一発だがこのロケットランチャーも連射は可能。このタイミングを逃すものかと引き金を引いて次々とミサイル弾を放っていき、使用されたカートリッジが地面へと落ちてガシャンと音を立てる。

 

「くっ、このままでは……!」

 

FCSにより命中率を底上げされている砲撃はランスで撃墜しようとも新たな砲撃が次々と一季を襲い、その一発一発がヒットする度に悲劇の復讐者のシールドエネルギーを着実に削っていく。このままではミサイルの嵐を浴びて負けてしまう、そんな結末が一季の脳裏で容易にイメージされた。

 

「まだまだぁ!」

 

装填されていた砲弾を打ち終えたマリアはロケットランチャーを放り投げてIS重機関砲M-240をコールする。これはベルト給弾式の機関銃をIS用に開発された機関砲であり、分間数百発の弾丸が相手を撃ち抜く火器だ。

 

『くっ……こうなれば、一か八かだ』

 

自分が押され不利的状況下に置かれている一季は機関砲による砲撃の集中放火に飛び込む覚悟でマリア相手に接近戦を挑む事を決意する。この作戦が賭けだとしてもこのままでは火器の嵐にやられてしまう、ならば一か八か自分の武装の中で一番の威力を持つ《灰色の鱗殻》を喰らわせられれば、僅かかもしれないが逆転という一筋の光を掴み取れるかもしれない。 ならばその作戦に賭けるまでだ。そう決意した一季はミサイルの直撃により産まれた煙を目くらましとして左へ旋回、そして全スラスターを噴かせマリア目掛けて一直線へ移動する。

 

『んっ?接近戦挑むつもりか?なら、のぞむとこだよ!』

 

自分へ突っ込んでくる一季を見て接近戦へと持ち込もうとしている意図を予測したマリアは、接近戦上等と笑みを浮かべて既に発射準備完了している機関砲の引き金を引く、それにより次々と連射されていく弾丸の集中豪雨が一季目掛けて降り注がれていく。

 

「はあぁぁ!」

 

「うわっ!このっ……」

 

突っ込みながら鞭と化した《悪魔の尾》を下から振り上げ、更にそれを振り下ろし、そして更に右から勢いよく木こりが斧で大木を薙ぎ倒す様に振り払う。その薙ぎ倒す一振りはバシィ!と勢いよく機関砲とそれを持つ手に直撃し、機関砲は砲身がひしゃげ、最早弾丸を打ち出せない。そして一気に距離を詰めた一季はガンランスへ変えた《悪魔の尾》で隙を作り出そうと一突きする。

 

ガキィン!

 

しかしマリアは呼び出した《スマッシュ・マッシャー》でギリギリそれを受け止め弾き、右足で右脇腹に蹴りを入れる。一季も先程の二の舞にはならないと左手で自分の右脇腹に蹴りを入れようとする脚撃を受け止め、掌で足の甲を掴む。

 

「なら、これならどうだっ」

 

「ふんっ、そんな簡単に喰らうか!」

 

マリアが振り下ろしたハルバードを右手で刃から少し離れた付近をガシっと掴み取り、そのまま流れる要領で右足でマリアの左脇腹に思いきり蹴りをかます。

 

ドンッ!

 

「かはっ……!」

 

『今だ!』

 

脇腹に足蹴りを喰らい、僅かだがマリアに隙が生じる。この瞬間に出来た隙をチャンスだと確信した一季は右足甲を掴む左手を解くと、パイルバンカー《灰色の鱗殻》で一気に決めようと試みる。しかしその瞬間、一季の作戦を瓦解させる物が視界に入る。トムキャットの非固定浮遊部位の名のままに浮遊しているアンロック・ユニットに、先程までは存在のその字さえなかった小型のバルカンポッドが2つ付いているのだ。これはハードポイントシステム、通称HPSと呼ばれている武装を取り付けるアタッチメントである。官制システムとの連動は必要不可欠だが、様々な状況や用途に応じて扱えるので、戦闘機でも大抵搭載されており、戦闘機が原型となっており尚且つかFCSを増強したトムキャットならば当然搭載している。その時一季が見たマリアの表情は微笑んでいる様にも見えた、但し何時もの笑みではない。

 

「かかったな」

 

そんな一言を発していると捉えられる笑みを浮かべていた。それは自分の考えた作戦が成功したかのような微笑み。その時一季の本能が理解する。

 

『作戦に引っかかったのはブライトではなく、この……俺』

 

ドカァァンッ!

 

自分であると一季は実感したその刹那、バルカンポッドから発射されたミサイル全弾が一季へ目掛けて降っていく。この至近距離且つFCSを増強している砲撃を避けきれる筈もなく、全てのミサイルが腕、胴体、脚にと直撃すると、爆音、爆風、煙が同時に誕生して、大幅にシールドエネルギーを減らす。少なかったエネルギーはこれにより一気に減らされ、残量は遂に3桁を切って残り50をも下回っている。

 

ブォン!

 

自分を覆う煙を切り裂く風圧を生じさせた一閃、そして一拍子遅れて発する打撃音。それは悲劇の復讐者の残りのシールドエネルギーを削りきるハルバードの一撃から生じた音。

 

ビーッ!ビーッ!

 

シールドエネルギーが底を尽きた事実を聴覚に知らせる警告音、それを視覚に伝える役目を担っているウィンドウが目の前に発生している。視覚と聴覚から伝えられた現実をすぐに思考が理解した。それは自分の敗北を立証する証明なのだと。

 

「あたしの勝ちだな。イツキ」

 

「……あぁ。俺の負けだ」

 

一季は取り乱す事もなく敗北した事実を受け入れている。この結果は素直に認めてはいるが、何処か悔しげな表情はバイザーに覆われていて誰にも見られてはいない。グレー迷彩柄の雄猫と、赤き返り血を浴びたかの様な黒き復讐者が空中でぶつかり合った戦いは復讐者の敗北となり、一季自身にとって初の敗戦という形となった。

 

 

 

 

 

「……………はぁ」

 

自室のシャワー室でノズルから吹き出すお湯で体を洗浄したボディーソープを洗い流しながら小さな溜め息を吐く一季、その溜め息はシャワーの水音により掻き消される。あの後も何度か模擬戦を行ったがその度にマリアに敗れ、結果は4戦4敗と連敗してしまった。理由としては矢継ぎ早に速攻をしかけてくるマリアに一季がその勢いに飲まれて敗れてしまった事だろうと一季は自己分析を行う。ドイツで2対1の劣勢を1機を倒して切り抜けた経験を持つ一季に取っては、同じ相手に4連敗という結果には少なからず気分が下がっている。

 

『まぁ……滅入っていても仕方ないな』

 

原因は至ってシンプル且つ明らか、自分の実力及び経験の不足は確定的理由なのだ。ドイツではワンオフ・アビリティーの発動という不確定要素により切り抜く事に成功したが、それに縋る訳にもいかない。今日は金曜日なので決戦の月曜日までは後2日、時間は余り残されてはいない。それまでの短期間で実力を少しでも上げるしかないのだ。そう結論づけて頭や体を洗い終えた一季はお湯を止めシャワー室を後にした。そして1年生が入学してから初めて迎える週末もあっと言う間に過ぎ、また憂鬱とも言える1週間の始まりである月曜日の授業も終わった放課後、1組のクラス代表を決める代表決定戦が此処第3アリーナにて行われる。世界で2人しか存在しない男性IS操縦者が戦うとあってか、観客席には1組の生徒どころか全学年の生徒が大勢観覧に訪れていた。

 

「いよいよこの時が来たなぁ、イツキ」

 

「……あぁ。そうだな」

 

第3アリーナCピットにて試合を間近に控えている一季はマリアと雑談を交わしている。土日もマリアと模擬戦を行えるだけ行った一季、開始早々次々と武装を展開してくるマリアの戦闘スタイルから午前中まで授業の土曜日は午後から10試合行い、5連敗した後辛うじて勝利したものの3勝7敗。休日の日曜日は朝食後から模擬戦、昼食を挟んだ後も日が暮れるまで26試合行って9勝17敗、金曜日から合わせると模擬戦を合計40戦行い、12勝28敗。勝率は3割と余り良くないが、戦闘経験が殆どなかった人間が代表候補生相手に3割の確率で勝ちをもぎ取ったと言えばよくやった方だろう。最も当の一季本人は大いに負け越しているこの結果に納得などしてはいないが。

 

「なぁ、箒」

 

「なんだ」

 

「もうすぐ代表決定戦だよな」

 

「何を今更、当たり前だろう」

 

時を同じく第3アリーナのAピット、同じく代表決定戦を間近としている一夏は一季がマリアと話している様に、箒と軽く話していた。トレーニングの甲斐もあって身も心も万全な状態だ。そう……『身と心』だけは。

 

「そうだよな。なのに……なんで俺のISが来てないんだよ……!?」

 

「私に聞くな……」

 

自分自身は万全なのに自身が纏う専用機が未だに、未だに来ていないのだ。戦闘を開始しても心身機体共に問題のない万全な状態の一季と違い、一夏は心身はともかく機体に問題大有りな状況下に立たされているのだ。ゴタゴタがあるのか知らないがこれでは話にならない、尋ねられた箒も自分に聞かれても解決しようがないので困ってしまう。これは打鉄で戦うしかないかなと一夏が考えていたその時、豊満な胸を揺らしながら慌てて駆け寄って来る真耶と何時も通りの落ち着きで歩んでいる千冬がやって来る。同じ教師だというのにこの落ち着きの差はどこから生まれてくるのだろうか。

 

「織斑、悪い知らせだ。お前のISは此処に到着するまでまだ少し時間が掛かる」

 

「えぇ……!?」

 

漸く自分のISが来たのかと思いきやこの悲報、一夏は思いっきり肩透かしを喰らっていた。もうこうなったら本当に打鉄で戦うしかないなという気持ちが本当に芽を出してくる。

 

「そう落ち込むな、後30分も掛からん内には来る。だから少しまて」

 

「はぁ……わかりました」

 

一応だが専用機で戦う事は出来るらしい。戦闘経験が皆無に等しい一夏にとっては専用機持ちの代表候補生相手に量産機で挑むよりは専用機で試合に臨める事実は機体の差だけは縮まったと思えて少しホッとする。最も実力差は縮まってはいないが。

 

「あれ?じゃあそれまで一季とセシリアはどうするんですか?」

 

まさか自分の専用機が到着するまで待たせるつもりではないだろう、アリーナの使用時間が限られているのにそれで時間を取ったらそれこそ本末転倒、一夏のこの疑問は当然と言える。

 

「それについては心配はいらん。見ていればわかる」

 

そう言って示されたピットに備え付けられているリアルタイムモニターを見てみると、山田先生が操作した事でモニターに蒼きISをまるでドレスを着こなす様に装着したセシリアと黒き装甲を纏った者がCピット・ゲートから飛翔して近付いていく映像が映し出される。

 

『……さぁ、行くぞ!悲劇の復讐者!』

 

「予定を変更して、先に一季とオルコットの試合を行うからな」

 

それが己の専用機を纏った一季であり、一季とセシリアが最初に戦うという事を千冬からの説明を聞いて一夏がその事実を理解するのに殆ど時間はかからなかった。しかし、自分と一季に纏わる衝撃の事実を直に知る事になるとはこの時一夏はまだ知らずにいた。




漸く代表決定戦に突入しました。と言っても本格的に始まるのは次回からですが、暫く戦闘シーンが多くなるので更新は送れると思います。

さて今回は一季がマリアと模擬戦を行いましたが、結果は敗戦。それから代表決定戦まで計40回もやるも勝率3割、でもいい方だと思いますよ。それまで殆ど戦っていないのに代表候補生相手に3割勝てれば。ラウラとクラリッサ相手に負けなかったのはラウラは専用機ではなかったのとワンオフ・アビリティーというイレギュラーのお陰で何とかなった物ですから。

さて、次回から本格的にクラス代表決定戦が始まりますが……最後の文章通り一夏が一季の正体を知るのはじきに訪れます。その話をやる前に戦闘話3話連続……と、取り敢えず下手でも頑張って書きます!

では、また次回。





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第22話 黒と蒼 復讐者は雫を落とす

最初は一季VSセシリア、この戦いの結末は……


「……………」

 

直に始まる奴とオルコットの対戦、俺にとっては有り難い対戦カードだ。対戦する2名の情報を手にする事が出来るのだからな、奴相手に負けたくないのは当然だがオルコット相手に負けるのも癪だ。初日から罵詈雑言の数々を浴びせられた事を俺は忘れてはいない、未だ根に持っているのは女々しいのではという自覚はある。しかし自分が勝ったら俺を奴隷にする等という俺にとって許し難い言葉を吐かれたのも紛れもない事実。そんな相手に俺は負けなくはない。例え専用機持ちの代表候補生が相手だとしても、僅かな勝機を手繰り寄せて掴み取り勝利の2文字を我が物にする。その為に実戦を積み重ね、新たな切り札を手に入れ、《灰色の鱗殻》と合わせ『2つの奥の手』もある。試合が終わるまで俺は油断も奢りもしない、全身全霊を持って全力を相手にぶつけて戦うだけだ。

 

「い、一季君!一季君!」

 

ピットで自分の出番を待ち、混雑している心境を整えている最中、それをガラガラと打ち崩すような慌てふためく声を上げながら山田先生が走ってこのピットにやって来た。

 

「……山田先生、落ち着いてください。貴方教師でしょう」

 

本当にこの人は俺達生徒を指導する教師なのだろうか?初対面の時から未だに信じがたい。本当は教師ではなく教師になろうと背伸びしている生徒なのでは、と勘ぐってしまう、下手をすれば俺より年下と言っても通用してしまうのではないか。隣で落ち着いている姉さんが堂々としているだけに余計そう思わせる。

 

「……ところで、何か用ですか?」

 

「あぁ。すまんが一季、お前が先にオルコットと戦ってくれ」

 

姉さんから伝えられた要件、それは俺がオルコットと戦えという物。どういう事だ、事前に聞いた対戦カードは、まず最初に奴がオルコットと戦い、次に俺がオルコットと戦った後に、最後に俺が奴と戦う手筈の筈だが。

 

「……最初にオルコットと戦うのは奴の筈では」

 

「それが……織斑君の専用機がまだ到着していなくて。アリーナの使用時間も限られていますから予定を変更して先に一季君がオルコットさんの対戦を先に行おうと……」

 

「……そんな理由で俺が先に戦えと?専用機が来ないのならば量産機で戦えばいいだけの話でしょう」

 

ふざけている、何故そんな理由で俺が奴の専用機が到着するまでの時間を埋めなければならないんだ。都合上対戦カードを変更するのは別に構わないが、そんな奴の為でしかならない理由で変更されるのは納得はいかない。

「文句を言うな、どの道戦うのは確定している事だ。男ならばこの程度の変更潔く受け入れろ」

 

「……わかりましたよ。俺が奴の代わりをすればいいんでしょう」

 

不機嫌になりつつも、逆らいはせずにひねくれた承諾をする。山田先生相手ならば逆らってでも反論しているかもしれないが、この人相手では逆らっても無駄だ。

 

『何故こうも、俺は奴のせいで迷惑を被らなければならない……!』

 

了承こそしたが納得等しておらず、俺の心にはただイラつく感情が蠢いている。奴の為でしかならない理由のしわ寄せが俺へと寄せられる、不愉快でしかない。

 

ゴツンッ!

 

そんな思考に脳が支配されていると、頭に軽い一撃が入って来た。痛みこそしないが妙に脳に響いてくるこの一撃を繰り出して来たのは他の誰でもない、姉さんだと理解するのにさほど時間は要さなかった。しかし姉さん、出席簿は人を叩く物ではないぞ。

 

「そう腐るな、別にお前を蔑ろにしている訳ではない。ただ、此方にも色々と事情があるからな……だから今回は許せ」

 

そう姉は俺に語りかけながら諭そうとしてくる。何時もの厳しい雰囲気の中に何処か優しさを醸し出していた。拗ねている俺を説得している姉さん……端から見ればまるで駄々を捏ねる子供を宥める姉と弟ではないか、事実そうなのだが。この光景を山田先生とブライトが微笑ましく見ているのに気付いた俺は「もういいですよ、わかりましたから」と照れくさくなりつつ素直に受け入れる。そうすると、我が担任と副担任2人はこの場を去っていった。

 

「……何を笑っている」

 

この場に残っているブライトには未だ表情に笑みを浮かべながら此方を見ていた。くっ、見られなく物を見られた気分になり気恥ずかしい。

 

「いやぁ、なんだかアンタと織斑先生が姉弟みたいでさ」

 

『……………実際に姉弟なんだがな……』

 

事実を知らないブライトに対してそんな台詞を吐く訳にもいかないので心の中に留めておく。そういえば、DNAの鑑定結果は何時明らかになるのだろうか?

 

「……では、そろそろ行くか」

 

そんなやり取りが終わった後にピット・ゲートで待機する事にする。試合を行うならば、早くして貰いたい。いくらオルコット相手でも待たせるのは失礼だろうし、それ以前に待たせよう物ならば上から目線で文句を連射される予感しかしない。

 

「イツキっ」

 

「……どうした?」

 

「頑張れよ、アンタの全力を出してきなっ!」

 

移動しようとした瞬間にブライトに声を掛けられる、それは俺への激励のメッセージだった。昨日まで自分の時間を使ってまで俺の特訓に付き合ってくれたのだ、情けない試合など出来る訳がない。例え結果がどんな物だとしても全力を出しつくす、最も敗北よりも当然勝利の2文字をもぎ取るつもりだがな。

 

「……あぁ。行ってくる!」

 

そう力強く返答をしてピット・ゲートへと移動し首からぶら下がっている待機形態の悲劇の復讐者を展開・装着していく。一瞬にして装甲を纏い終えると、予めアンロック・ユニット《悪魔の尾》を右手に取ってガンランスにしておく。そして開放されたゲートから浮遊し、アリーナへと飛び立ちオルコットが待つ空中へと向かう。ハイパーセンサーから俺の脳へ次々と相手の情報が伝達されていく。

 

戦闘待機状態のISを1機感知。搭乗者、イギリス代表候補生セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプは中距離射撃型、特集装備あり。

 

『さぁ、行くぞ。悲劇の復讐者!』

 

ドイツでの一件及び模擬戦を経験はしているが、公式戦においてはこれが俺達の初陣となる。対戦相手は代表候補生、相手にとって不足はない。

 

「あら、逃げずに来ましたのね。ウォーミングアップする時間くらい差し上げますわよ?」

 

アリーナ空中に浮遊すると、30メートル程先に浮遊しているオルコットが余裕しゃくしゃくとした笑みを浮かべながら腰に手を当てポーズを取っている。ウォーミングアップなどする必要はない。この戦いに備えて来たのだから、準備は万全だ。それにしても……随分と生徒が詰め寄っているな。ブライトと模擬戦を行っていた時にも数人は観覧していたが、今回の人数は今までの人数とは文字通り桁が違うな。

 

「……結構だ。既に準備は出来ている」

 

「それは結構。それにしても貴方の専用機、随分と趣味の悪い外観ですわね。わたくしのブルー・ティアーズとは大違いですわ」

 

相変わらず高圧的な台詞を吐く奴だ、大体何処が趣味が悪い外観なんだ。そう余裕綽々としているオルコットが自慢気に纏う機体『ブルー・ティアーズ』、日本語に訳せば蒼き雫となるその機体の外観は、正に鮮やかな青い色をしており、特徴的なフィン・アーマーを4枚背に従えたその出で立ちは大英帝国とも言われるイギリスの王家に使える王国騎士の様な気高き印象を与える。確かに自慢気に誇れる外観だが、戦いは外観で決まる物ではい。そしてブルー・ティアーズを纏いしオルコットの手には中距離射撃型を表す2メートルは軽く超えている長き銃器、レーザーライフル《スターライトmkⅢ》が握られている。既に試合開始を告げる鐘の音は鳴っているこの状況、向こうが何時打って来ても可笑しくない。

 

「最後にチャンスを差し上げますわ」

 

「……チャンス?」

 

腰に当てていた右手を俺へと突き出し、人差し指で俺を指すポーズを取る。左手に握られている銃器は余裕からか砲口が下げられたままだ下げられたまま、随分と舐められた物だ。その余裕が命取りになるぞ。

 

「わたくしが貴方をボロボロにして一方的な勝利を得るのは目に見えています。惨めな姿を晒したくなければ今此処で謝りさえすれば、許してあげない事もなくっ……」

 

ズドドドドドドドドドドド!

 

「なっ!?」

 

「……随分と余裕だな。既に試合は始まっているぞ」

 

べらべらと喋っているオルコット目掛けて、ガンランス形態の《悪魔の尾》から実弾が火を噴く如く放たれて直撃してシールドエネルギーを減らす。チャンスならばとっくに頂いている、試合が始まっている現状で頼みもしていない一方的な会話をしている奴を攻撃しないとでも思ったか?此方からすればそんな相手はまたとない絶好の的だ。お陰様で奇襲攻撃に成功したがな。

 

「くっ、やってくれましたわね!」

 

「……何か問題でもあるのか?既に試合は始まっているぞ」

 

試合が行われているのだ、攻撃して何が悪い?貴様と違ってあんなチャンスを逃している余裕は生憎と俺にはないからな。突ける油断や隙は容赦なく突かせて貰う。

 

「……そうですか、どうやらお別れのようですわね!」

 

悲劇の復讐者が警告音を俺へと告げる。それは本格的にこの戦いが始まったと告げる鐘となっていた。独特の耳へと響き、閃光が同時に誕生したその瞬間、俺を射抜こうとせんレーザーが砲口より打ち出される。狙いは正確で1秒の半分にも満たない速度で襲い掛かってくるが、直線的なそれは避けようと思えば避けれない事はない。スラスターを噴かせ上空へと飛翔し、間一髪の所で避けたつもりだったが、僅か左足にかすった。それに応じた微量のシールドエネルギーが減少する。

 

「さぁ、踊りなさい!このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲(ワルツ)で!」

 

最後の方は何を言っているのかはわからんが、悪いが俺は踊りなどという芸は出来ん。悲劇の復讐者はどちらかと言えば戦闘タイプは近距離・中距離型。対するブルー・ティアーズは中距離型のIS。そのブルー・ティアーズの4枚のフィン・アーマーには、フィン状のパーツに銃口が備え付けられ開いている。それはオルコットの周囲から飛び立ち4つの自立起動兵器、レーザービットとなる。この兵器の名は……

 

「教えてあげましょう。これこそがブルー・ティアーズに搭載されている第3世代型兵器『ブルー・ティアーズ』ですわ!」

 

『……言われなくても知っている』

 

模擬戦の合間にブライトからその第3世代型兵器の説明は聞いた。大体俺はそんな説明求めていないだろう、そういう説明は尋ねられたら話してくれ。既にその自立稼働兵器を知っているとは言う気にもならず、無言を貫いた。知っているなどと口走れば、また噛みつかれるだろうからな。

 

「このブルー・ティアーズは、『ブルー・ティアーズ』を実践投入した第1号機。ですからこの機体の名前も同じくブルー・ティアーズなのですわ」

 

「……そんな事、誰も聞いてはいない」

 

尋ねてもいない説明を喋っている事に、つい声に出して指摘してしまうが、そんな事は置いておこう。向こうはレーザーライフル一丁と別々に動く4機のビット、計5つの砲口が何時でもそこから打ち出されるレーザーで俺を狙撃出来るのだ。そして4機のビットによる狙撃が次々と俺を襲う。何とか避けようと試みるが、いくら直線的なレーザーとは言えど、初見でその正確な狙撃を完全にかわすのは不可能であり直撃とは行かずとも幾度も喰らいじわりじわりとエネルギーを削られていく。

 

「ぐっ……」

 

IS独特の飛行移動による回避に次ぐ回避、しかしビットのレーザーを躱す事に集中していればライフルからレーザーが俺を襲う。オルコットは狙撃かわそうとして生じる隙を見逃さずに続け様にビットに狙撃を行う。その俺の狙撃は反応が遅れる角度と箇所から放たれ、機動性が高い悲劇の復讐者でも避けるのには困難である。

 

「隙ありですわ!」

 

片方に気を取られていると、もう片方からのレーザーが襲い掛かってくる。非常に厄介な攻撃だ。ビットを避けてもライフルが控え、逆もまた然り……

 

『……待てよ。そういえば、オルコットはライフルとビットで同時に狙撃を行っていない。一体何故だ?』

 

ふと、先程からのオルコットの攻撃手段に心に違和感が沸いてくる。今気付いたが、オルコットは『何故かレーザーライフルと同時にビットで狙撃しない』のだ。そして今のように俺がライフルの狙撃を避けると、それにより出来た隙を突いて俺の反応が一番遅れる死角からビットによるレーザー攻撃を行ってくるが、ビットだけで狙撃を行っていた時よりタイミングが微妙に遅れて比較的回避しやすかった。

 

『一見すれば何も可笑しくはない戦術だが……取り敢えず、少し様子を見るか』

 

この疑問から1つの仮説を上げると、距離を置いて相手の出方を伺う事にする。それを実行に移して、オルコットから距離を取るように飛行していく。感じ取った違和感の正体と勝機を掴み取る為に。

 

 

 

 

 

「意外と粘りますわね。誉めて差し上げますわ」

 

「それはどうも……」

 

皮肉めいた褒め言葉に此方も皮肉を含む返しをする。試合開始の鐘が鳴ってから凡そ15分程経過しただろうか、現状は此方が劣勢。シールドエネルギーの残量はブルー・ティアーズが殆ど減っておらず約510、対して悲劇の復讐者は162と倍以上の差だ。隙を見つけては攻撃を仕掛けてはいるが、最初の奇襲以外でダメージを与えられてはいない。やはりガンランスだけではエネルギーを削るのは難易度が高く、削ったその何倍も此方のエネルギーが削られている。オルコットの実力に関して言えば流石は代表候補生と言った所だ、その狙撃は正確であり一度も完全には避ける事が出来ていない。クリーンヒットこそなくても、放たれたレーザーは僅かながらもかすり此方のエネルギーをじわじわと減らしてくる。狙撃の腕に関しては向こうが明らかに上だ、100人中100人が同じ意見を述べるだろう。

 

『だが、それで100%勝てる訳ではない』

 

狙撃の腕が確かだからと言ってもそれがオルコットがこの戦いで確実に勝利を得る理由にはならない、俺が奴に勝つ可能性が僅かにでも存在している限りそれは永遠にない。向こうは武装の殆どを露わにしたが、まだ披露していない武装を隠し持っているだろう、それも大方の検討はついている。だが、様子見に費やしガンランスでしか攻撃していない此方はまだ《悪態の尾》の鞭形態と『2つの奥の手』を残している。俺は疑問を抱いてから様子を見てきたこれまでの時間でオルコットの攻撃時に感じた違和感が確信へと変化した。それはこの戦いに勝利しうる可能性を掴んだのと同じ。何故なら此方の『2つの奥の手』に加えてブルー・ティアーズ、そしてセシリア・オルコットの『弱点』を見つけているのだから。

 

『さて、そろそろ攻めに転じさせて貰うぞ!』

 

現在距離間は150メートル。様子見に費やしていた先程までは直径200メートルのこのアリーナの空間の端にまで寄って距離を保っていたが、それも此処までだ。たった今から様子見から攻撃への作成変更を実行に移す。まず最初に中距離射撃型のオルコットにスラスターを噴かせて接近し距離を詰めていく。奴の間合いに入る為に

 

「やけになって中距離射撃のこのわたくしに接近戦を挑む気ですか?笑止ですわっ!」

 

100メートルを切った距離まで詰めると《スターライトmkⅢ》から放たれるレーザーが俺を襲う。かすりながらもそれの直撃は避ける。するとオルコットは俺が避けるのを把握しているかの如し動きで空いている左腕を横にかざす、そうすると2機のビットが直線的な移動をして俺を狙おうと接近する。そう、『隙が生じて俺の反応が一番遅れるであろう角度』から俺を打ち抜く為に。

 

『そうはいくか!』

 

ブォン!

 

ガンランス形態の《悪魔の尾》を左方向に向けオルコット目掛けて振り払う。誰も今の今までガンランスだった武器が鞭へと変化などしていると思わないだろう、相手を薙払おうとせんと伸びた鞭はオルコットに襲い掛かっていく。

 

「なっ!?可笑しな武器を……」

 

この一振りに驚いたオルコットは文句を言いつつも上へ飛ぶ事で鞭の一撃をかわす。別にこの鞭の攻撃でエネルギーを削るのが目的ではない、本当の目的は『お前の意識をビットから逸らす事』なのだから。

 

ドスッ!

 

「まずは1機……」

 

動きがほんの僅かながら停止していた2機の内の1つのビットを、ガンランスへと戻した《悪態の尾》で一突、貫かれたブルー・ティアーズはその名前の通り蒼き雫の如く地上へと落ちていく。取り敢えずは1機は撃墜した。

 

「なっ!?ブルー・ティアーズを……ま、まぐれに決まってますわ!」

 

俺にブルー・ティアーズを1機でも撃墜された事に驚愕、憤り、焦り、数多の困惑を含むオルコットのその表情がハイパーセンサーによって、より一層はっきり確認出来る。そして今度は右腕を振り上げると、周囲に待機させていた1機を加え再び2機のビットを、最も俺の反応が遅れる箇所へと配置し打ち抜こうとするそして俺も再び《悪態の尾》を鞭にして今度は上からオルコット目掛け剣を一振りする要領で振り下ろした。

 

「くっ……!」

 

先程の意識を遠ざける為の粗い一振りとは違う、今度はダメージを与える事を目的とした先程より狙いを正確にした一振りだ。横へと飛行しかろうじて直撃こそ避けたオルコットだが、右腕に攻撃を食らった事により、当然シールドエネルギーも減る。今ので500を割っただろう。しかしこれも本当の狙いはビットから意識を遠ざける事だ、予測通り俺の反応が一番送れる箇所に標的のビットは居た。そしてオルコットの意識が攻撃を避ける事に逸れた事によって一瞬だが動きが止まる、それを見逃さずスラスターを噴かせ詰め寄ってガンランスによってビットの後部スラスターを貫き通し大地に落とす。これで2機撃墜、残りは2機。

 

『い、一度ならず二度までもブルー・ティアーズを……ありえません、まぐれに決まっていますわ!』

 

「念の為に言っておくが、俺が貴様のビットを撃墜したのは決してまくれ等ではない」

 

その表情にビットが撃墜されたこの現実をまぐれだと決め付けていそうな表情をしているオルコットにそう言葉を吐く。そうするとオルコットは図星を突かれたと言わんばかりの驚きを顔に出していた。そう言葉を出しながらも距離を50メートル程に詰めると残りの2機のビットを操り俺を射抜こうとする。

 

「オルコット、お前の狙撃は確かに正確だ。だが、それも完璧ではない!それが俺がブルー・ティアーズの撃墜に成功した理由だ」

 

そう宣告しつつ三度鞭を振るう今度は右斜め前上に振り上げて。この一振りで《スターライトmkⅢ》を持つ右腕に当たり、その衝撃よる流れで左腕を振り上げてオルコットはビットによる狙撃で俺を射抜こうとする。それを見て鞭をガンランスへと変えしているビット目掛け突進する勢いで接近する。場所ならばわかる、ビットが浮遊しているのは俺の反応が一番遅れる場所に居ると把握しているのだから。案の定予測通りの場所に浮遊していた残りのビットをランスで一突し貫ていく。これにより、残っていたビット2機が煙を出しながら落ちていった。

 

「わ、わたくしのブルー・ティアーズが……4機も落とされ……!」

自分の専用機且つ母国の最新兵器を4機撃墜された現実に直面したオルコットは有り得ない、信じられないと言わんばかりの困惑と驚愕を露わにしていた。

 

「確かにレーザーライフルと4機のビット兵器、計5つのレーザーが同時に襲い掛かってくれば避けるのは困難だ。だが、お前はビット4機で同時狙撃を行っても、ライフルとビットによる同時狙撃を行わなかった。否、正確には『行えなかった』と言った方が正しいだろうな」

 

違和感を覚えて様子を見ていた間、やはりオルコットはタイミングを遅らせてビットやレーザーライフルからレーザーを打ち出す事もはあっても同時のタイミングで俺を打ち抜こうとせずにいた。単体のレーザーの威力であればライフルの方があるにも関わらずだ。

 

「最初は意図的にタイミングをずらしてレーザーを放っているのかと思っていたが、実際はビットに意識を集中させているから同時に狙撃を行えないんだろう?」

 

そう、オルコットは同時にライフルとビットで狙撃しなかったのは同時には行えないからだ。自立稼働兵器ブルー・ティアーズ、自動と聞けばプログラムにより行動しているのかと思い込むが実際は違う。ブルー・ティアーズはオルコットが命令を送り制御に意識を集中させる事で初めて意味をなす兵器なのだ。元々宇宙での利用を前提に作られたIS、ハイパーセンサー及び全方位視覚接続の機能でこのアリーナ程度のスペースならば、細部まではっきりと補正されて見る事が出来るのだ。これによりオルコットは俺が隙を見せたりすれば反応が一番遅れる死角へとビットを飛行させ狙撃を行えた。

 

「しかしいくら細部まで見る事が可能だとしてもそれを見るのは人間だ、頭の中でそれらの情報を整理し把握しようとすると、ISに補正されたとしてもコンマ数秒のタイムラグが生じる」

 

例えあらゆる広範囲の映像を確認出来たとしても、直接目に映る視覚情報の方を人は優先してしまう、それは俺も例外ではない。オルコットはその点を利用して俺の死角から狙撃を行っていたが、皮肉にもその手段がブルー・ティアーズの弱点をオレに把握させる切欠となったのだから。

 

「ライフルによる狙撃により出来た俺を死角からビットで狙撃可能な隙が出来たにも関わらず、狙撃タイミングが一拍子遅れたり、ビットからライフルによる狙撃へ切り替えた時も同じくレーザーが放たれるのが一拍子遅れて比較的避け易かった攻撃が数回あった。どちらか片方の狙撃に専念していた時には発生していなかったタイムロス。『お前が俺の反応が一番遅れる死角から正確な狙撃をしていた』からこそ確信を得た。ビットの操作に意識を集中させなければならない故、ブルー・ティアーズを制御しようとすればライフルによる狙撃は行えず、ライフルによる狙撃を行えばブルー・ティアーズを操作する事が出来ないとな」

 

ビットに意識が集中している故に狙撃手段を切り替えようと思考が実行に移さんと肉体に命令を出しても、どうしても体の反応は遅れその分のタイムラグが生じてしまう。故に片方による狙撃しか行えず、攻撃を喰らったり避けようとすれば其方に意識がそれビットの操作が停止する。これがブルー・ティアーズの弱点、ビット兵器と他の武装を併用出来ないという弱点だ。

 

「……随分と聞かれてもいない事をべらべらと喋っていたが、どうやらその反応を見る限り図星のようだな」

 

今まで散々聞かれてもいない話をされてきたお返しと言わんばかりに長々と演説をしてしまった。オルコットの目尻や口元、その表情全てが引きつっている、最早完全に試合開始時の余裕が表情から消えていた。己の機体の弱点を看破された事で余裕が一気に潮が引くように消えているのがわかる、敢えてレーザーの直撃を喰らってまで隙を作り弱点を見つけ出した甲斐があった。

 

「ビット兵器を失って残る攻撃手段はそのレーザーライフルによる狙撃のみ」

 

中距離射撃型のブルー・ティアーズの最大の武器である4機のビットを失い、残るはライフルと恐らく隠しているであろう武装。だが、近距離での接近戦で此方の間合いに入ればそのライフルでは最早対処しようもい。

 

「ぶ、ブルー・ティアーズを落とした事は誉めて差し上げましょう……ですが、わたくしの優勢には変わりありません!」

 

そう叫ぶように声を出しながらライフルからレーザーを次々と放つ。余裕を失い冷静さを欠いてはいるようだが狙撃に関していえば実力は確か、正確なのは変わらない。しかしながら一筋の光線だけならば避けるのは先程までの何倍も楽だ。そして何よりも、ブルー・ティアーズ以外に、オルコットにも『致命的な弱点』が存在している。最もブルー・ティアーズとは違い本人は気付いていないだろうがな。余裕をなくしている今が絶好の攻め時。

 

「そろそろ決めさせて貰うぞ!」

 

ビットで狙撃を行えない鬱憤をライフルで晴らさんと次々に繰り出される狙撃を避けつつも不規則だが確実にオルコットとの距離を縮める動きで間合いを詰める。40、30、20、5メートル……この距離まで近付けば此方の間合い。鞭の対処法を見た限り恐らくオルコットは接近戦は不得意、ならばと『奥の手』を使い一気に間合いを詰め一気に攻め込まんとしたその時、オルコットの口元がニヤリと笑うのが見えた。

 

「お生憎様、ブルー・ティアーズは6機あってよ!」

 

ジャコンッ!

 

ブルー・ティアーズの腰部から広がっている、まるで女子が着る洋服であるスカート状なアーマー、それが可変し此方を向き装填される音が聞こえ砲身と砲口が露わになる。そこから発射されるのはビットはビットでもレーザービットではなく、俺を追尾する弾道型のミサイルビット。成る程、 これが隠していた武装という訳か。例え接近戦を挑まれてもこのミサイルビットで返り討ちも可能という訳か。

 

ドカァァァン!

 

「これでフィナーレですわ!」

 

5メートルという近距離でミサイルを避けるのは難しい、しかしこれは想定内。オルコットはビット4機が落とされた時、全てではなく4機と落とされた数を口にした。その台詞を聞いて予備のビットがあるのではと思ったが予想通りだ。伊達にこの3日間、火器で攻め込んでくるブライト相手に戦ってはいない。距離が少し離れるが上空へ飛び、迫り来る2機のミサイルビットを誘導しガンランスで一機刺貫き爆破、もう1機こそ直撃しシールドエネルギーは残り89と二桁になるが爆発によって誕生した煙が俺を包み込む。そしてオルコットはこの様子を見るなりライフルで止めを刺そうと狙撃の構えを取り引き金を引く。しかし、残念ながら少しばかり遅かったな。

 

ズドンッ!

 

「がはっ!?」

 

一瞬という時間、その刹那の間に俺の左拳がオルコットの腹部に直撃した。その衝撃を喰らいオルコットは苦しそうな息を吐く、一瞬にして5メートル以上あった間合いを、レーザーを一発喰らうのを気にも止めず、急激な加速により瞬時に詰めた。これこそが奥の手の1つ『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。原理は後部スラスター翼からエネルギーを放出し、それを一度内部に取り込み圧縮して放出する。その際に生じる慣性エネルギーを利用して爆発的な加速を可能にする。原理は把握してはいたので、ブライト相手模擬戦を行って実戦を何度も積む事で昨日ギリギリ習得出来た奥の手だ。この程度の距離ならば文字通りその加速で瞬時に無くす事が出来る。その『瞬時加速』より生まれた勢いのまま、アリーナ地上へと突っ込んでいく。

 

ズドォォォン!

 

「がっ……!」

 

勢いよくオルコットが背中から地面に叩きつけられる、ISにより急激なG等からは守られてはいるとはいえ、流石に10メートル以上も上空から叩きつけられてはその衝撃に呻かずにはいられないだろう。しかし追い討ちを掛けるようで悪いが、まだ呻いて貰う事になるぞ。既に左腕の盾は弾け飛び、もう1つの奥の手《灰色の鱗殻》を露わにしているのだからな。

 

ズガンッ!

 

「がはっ!」

 

パイルバンカーから杭が勢いよく打ち出されオルコットの腹部を射抜く。この一撃でシールドエネルギーはごっそり削られる、『絶対防御』が発動したからだ。ISはバリアよって操縦者を守っておりそれを貫く攻撃を喰らえばシールドエネルギーは削られ、装甲は破損される。中でも『絶対防御』は操縦者を死から守る為に発動し攻撃から守るが変わりにシールドエネルギーが大幅に減少する。単純な攻撃力なら第2世代最強と称される威力を持つ《灰色の鱗殻》がこの至近距離で装甲のない腹部に直撃すれば、ISが操縦者を守ろうと『絶対防御』を発動させ、その結果機体のシールドエネルギーが大幅に削られる。

 

ズガンッ!

 

そしてリボルバー機構の《灰色の鱗殻》は連射が可能、すぐさま高速で装填された2発目の杭を打ち出す。オルコットは1発目と同じように『絶対防御』で相殺出来なかった衝撃によって苦悶の表情を浮かべる。

 

ズガンッ!

 

ズガンッ!

 

計4発ものパイルバンカーの一撃を喰らい、その度に『絶対防御』を発動した事でブルー・ティアーズのシールドエネルギーの残量は0となる。

 

『試合終了。勝者、一季』

 

それは即ち俺の勝利が確定した事であり、同時にその事実を告げるブザーがアリーナに鳴り響いた。

 

「わたくしが……負けた?このわたくしが、男相手に……」

 

オルコットは自分が俺に敗北した現実を受け入れられないのか、そんな台詞を呟いている。そう呟く表情は非常に沈んでいた。男相手に負けるとなど微塵も考えもしなかったからこそ増すショック。そんな傲慢こそが今回のお前の敗因だ、最もオルコット自身が気付いているかは怪しいが。

 

『一季君、お疲れ様でした。ビットに戻って次の試合に備えてください』

 

山田先生からプライベート・チャンネルで知らせが入る。わかりましたと返しピットに戻る事にする。オルコットにも同じ言伝がされているから直に戻るだろう。敗北に落ち込むオルコットを尻目に飛行しピットに戻る。

 

「やったな!イツキ!」

 

ピット・ゲートに到着し、悲劇の復讐者を解除してピット内へ戻るとブライトが非常に高いテンションでとても嬉しそうに出迎えてくる。

 

「……あぁ。ギリギリだったがな」

 

試合終了時のエネルギー残量は僅か48、後一撃でもまともに喰らっていれば此方が負けていただろう。流石は代表候補生だ、今回俺が勝つ事が出来たのはオルコットの弱点があったからこそだろう。あいつは男である俺になど負ける事はないと傲慢を抱いていた、しかしその傲慢はビットを次々と落とされていった事によりボロボロと崩れ、その事実から余裕を失い自分のペースさえも狂い出した結果、立て直す前に俺に攻め込まれ、最終的にこの勝負に敗れたのだから。中距離射撃型に故に接近戦への対処が疎かだった事もあるが、その油断こそがオルコット最大の弱点だ。

 

『対戦相手である俺を……否、男を見くびっていた事傲慢が隙を生み出し、それが今回の結果へと繋がった』

 

他のIS操縦者相手ならばまだしも、オルコットは男を良く思っていない。自分が見下している存在に自国の最新兵器にペースまでも壊されればそんな傲慢も余裕は尚更崩れて消えていく。もしオルコットがそんな傲慢も油断抱かずに戦っていれば俺は負けていても可笑しくはない、残りのエネルギー残量が証明している。戦闘スタイルこそ異なるが同じ代表候補生のブライト相手に3割の確率でしか勝利出来ずにいたのだ、今回は勝てても次の戦いがどんな結果に転ぶかは俺にも否、誰にもわからないだろう。人は予想こそ出来ても予知までは出来ない、だからこそ予想外という言葉が有る。

 

「だけどイツキが勝ったのは事実なんだからさ。だからもっと喜びなって」

 

「……そうだな」

 

分かり難いかもしれないが一応こんな素っ気なく感じる態度でも試合に勝てた事は喜んでいる。最もブライトは俺が喜んでいるのには気付いているのだろう、要するにもっと表面に表せと言っているのだ。

 

「という訳だ、ハイタッチでもしますかっ!」

 

「……どういう訳だ?と言うよりハイタッチ?」

いきなりブライトが左手を上にかざすが、その動作もハイタッチがどういう意味なのかも俺にはわからない。

 

「……なんだその、ハイタッチとは」

 

「なにって、掌同士でタッチする事だけど」

 

成る程、要するにあれか。掌同士でタッチすると……おい待て!それはつまり掌が触れるという事ではないか!無理だ、不意の接触で異性に触れるだけでも動揺するんだぞ!自らの意志で異性に触れるなど問題外にも程があるわ!

 

「ほら、早くしなよ。折角イツキの初勝利なんだからさ、こうでもして喜びを露わにしないとねぇ」

 

「……い、いや。しかしだな……!」

 

「これくらいでオロオロしてたらこの先此処でやっていけないぞ、異性が苦手なアンタでも掌なら頑張ればなんとかなるって」

 

どうやら異性が苦手な俺に少しでも克服して欲しいという気持ちもあるようだが……どうすればいい?やらねばならないのか、避けては通れぬ道だと言うのか?

 

「……わかった。やろう」

 

「よし!そうこなくっちゃな。ホラ」

 

「……では、やるぞ」

 

上がっているブライトの左掌に対して俺は右掌をかざし、その掌目掛けて腕を動かした。

 

パシ。

 

掌同士が触れるその瞬間、悲劇の復讐者を右腕部分のみ展開し装甲越しで掌同士を触れさせる。その為肌同士が接触する音ではなく、人が金属に軽く触れるような音が発生した。

 

「って、うぉい!イツキ、そんなハイタッチがあるかぁ!」

 

「……これでも努力した方だ!」

 

当然の如くブライトから文句が飛び出したが……やはり無理だ!異性に自分の意志で触れるなど到底無理だ、こうして装甲越しでギリギリ行うのが今の関の山だ。

 

『しかし、間接越しでもこの左手では出来ない』

 

間接的ならば包帯で覆われている左手でも同じ理屈だが、それでも無理だろう。そもそもこの左腕は、この包帯の下は……

 

『この包帯の下は……『俺の体』ではないからな』

 

 

 

 

 

「一季の奴、スゲェな。セシリアに勝っちまった」

 

「確かにそうだな。接戦とは言えど、代表候補生のオルコット相手に勝利するとはな」

 

「こりゃあ俺も負けてられないな」

 

「うむ、その意気だ。あいつに出来てお前に出来ない事はない」

 

Aピットのモニターで一季とセシリアの試合を観覧していた一夏と箒はその戦いを見終えると、この目で見て思った試合の感想を口にしていた。接戦とは言っても代表候補生相手に勝利をもぎ取ったのはまぎれもない事実、同じ男のIS操縦者の一季が勝利したのだ、一夏の心に自分も負けてはいられないという気持ちに火が付いた。

 

「それにしても、まだ来ないのか俺の専用機は……!」

 

現在はセシリアのブルー・ティアーズのメンテナンス中だが、もうじきそれも終わり自分の試合が始まる。それなのに未だにの専用機が来ない現実に一夏は辟易している。時間的にそろそろ到着してもいい頃合いだというのにまだ来ない。

 

「織斑君!織斑君!織斑君!」

 

『『デジャヴ?』』

 

数十分前にも聞いた真耶の慌てる声を聞いて必然とその言葉が脳裏に浮かんだ。それは置いておくとして、何時の間にかピットから姿を消して真耶が急いだ様子で再びピットにやって来た。

 

「き、来ました!織斑君の専用機が!」

 

その言葉を聞いて専用機が来た喜びよりも、漸くか、遅い!の気持ちが強く出てくる一夏。そんな一夏の気持ちを専用機が来た事を喜べよという言わんばかりの勢いで、ゴンッ!と鈍い音が発されながらピット搬入口が開いていく。防壁扉が重厚感を体現する騒音じみた音をピットに響かせながらゆっくりと開いたそこには真っ白な機体があった。

 

「白い……IS?」

 

一夏の瞳に入ってくる己の専用機となる機体、それは見間違いようがない『白』のISが自身の初陣を待ちわびているかの如く佇んでいた。

 

「これが、織斑君の専用IS『白式』です!」

 

「白、式……」

 

真耶が発したその機体の名前を間違えない様にする為か、ゆっくりと丁寧に口にする一夏。一夏と白式、後に白き騎士と唄われる存在の邂逅となったという事実を今はまだ誰も知る由はない。




一季VSセシリアの結末は、接戦の末一季が勝利しました。セシリアの敗因は男である一季に負けるなどという慢心や油断を抱いていた事ですね、一季が弱点を見抜いて隙を作るまで灰色の鱗殻と瞬時加速を出さずに余裕をなくしペースが乱れた所を攻め込んでなんとか勝ちを手にしました。セシリアがそんな考えをせずに戦っていれば結果はどうなっていたのかわからなかったでしょう。

そして気付いたら文字数最多を更新。本当なら今までに2回最多文字数を越していましたがその話は2話に分けていました。しかし今回の話を2話に分けるのは流石にないと判断してこのまま投稿しました。

次回は一夏とセシリアの戦い。未だこの作品ではまともに戦闘シーンを書いて貰っていない一夏、漸く戦闘シーンが描かれそうです。では、また次回お会いしましょう。


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第23話 白の初陣 蒼へ挑む騎士

さて、今回は一夏とセシリアの対決となります。その結末は如何に。


「一季がセシリアと……」

 

「まぁ、奴とお前がオルコットと戦う順番が入れ代わっただけだ。そう気にするな」

 

専用機の来ない自分の代わりにオルコットと戦う事となった一季の姿を、一夏はモニター越しに食い入る様に見詰めている。やはり一夏も一季の事が気になるのだろう。かくいう私も気になっている、一季が私の弟……一夏の双子の兄弟ならば2人目の男のIS操縦者だけでも衝撃的だというのに、尚更世界中に再び衝撃が走る。DNA鑑定の結果はまだ来ていない、今日の夕方頃には来る手筈だ。この代表決定戦が終了する頃にけ結果が届くだろう。

 

「一夏、この試合しかと見届けるんだぞ。一季とオルコットの情報を得れて戦いに備えれる、またとない好機なのだからな」

 

「……あ、あぁ。そうだな」

 

篠ノ之のその言葉に若干遅れ気味に一夏は返事を返す。篠ノ之の言う通り対戦相手の情報を手に入れるのはまたとないアドバンテージだ、此処に来て自主練を重ねてはいるが、例え専用機で戦ったとしても実戦は実質今日が初めて。一季は兎も角として代表候補生のオルコット相手では実力の差は歴然。此方としては喜べないトラブルの影響から、少なくともオルコット相手には自分の手の内を晒さず戦いに挑める。故に少しでも相手の情報は把握しておく所だが、今の様子から見る限り恐らく一夏は情報よりも一季の勝敗に意識が傾いている。

 

「それにしても……一季のIS何だか独特の姿だな」

 

「確かに……いくら専用機とはいえあそこまで特徴的な出で立ちになるものなのか?」

 

2人は一季の専用機の外観を確かめるように見た感想を素直に漏らす。その感想の通り一季の専用機、悲劇の復讐者はISとしてはかなり珍しい外観をしている。機械である筈のISにも関わらず何処か生命を感じさせる、それを纏いし一季の顔は悪魔の顔の様なヘルメット状のパイザーで隠れその表情は確認出来ず、人が悪魔にその肉体を乗っ取られたかと例えれる外観。ウイングスラスターやその他の装甲も悪魔のそれである。

 

「うおっ。一季の奴、喋ってるセシリア相手に攻撃したぞ」

 

「何を言っている、既に試合は始まっているんだ。油断している相手を攻撃して同然だろう」

 

べらべら喋ってるオルコットを一季がガトリングガン搭載のランスで撃つ。馬鹿者め、試合が開始しているにも関わらず相手を見くびり余裕をかましているから隙を突かれるのだ。いくら代表候補生とは言えども相手を見くびっていては足下を掬われるぞ。しかし、その後はオルコットが自身の機体最大の武装である4機のビットとISの全方位視覚接続によって一季の最も反応が遅れる箇所から狙撃を行い、一季は避けて直撃を免れてはいるがジワジワとシールドエネルギーが減少していった。

 

「一季……」

 

モニターに映る戦闘中の一季をジッと見ながら一言そう名前を呟く一夏。大方一季の心配をしているのだろう、姉弟だからこれ位はわかる。一夏はすぐ態度に出るからな、最も私も多少は心配しているのだが。その事実は誰にも知られる事なく試合は進んでいった。

 

「一季の奴、セシリアを押し始めたぞ」

 

「あぁ。先程まで避けるのに費やしていたのが嘘のようだ」

 

試合開始から15分経過した頃合いで、先程までオルコットの狙撃を回避し続けていた一季が一転してオルコットの操るビット兵器を次々とランスで貫き撃墜していった。

 

「どうやら今までは様子見に費やし、オルコットの機体の特性等を見ぬいた今、攻めへ転じたようだな」

 

「はぁぁ……一季君凄いですねぇ」

 

この3日間、3組クラス代表のマリア・ブライト相手に

模擬戦を繰り返していたらしいが、僅か数日でここまで代表候補生相手に戦えるのは一季自身のポテンシャルの高さだろう。相手と機体の得意とする戦闘スタイルとその弱点を冷静に見抜きそれを利用して攻め込んでいる。模擬戦相手のブライトはアメリカ代表候補生であり、本来ならば1年には搭乗が許可されていないトムキャットを操る実力を誇り、オルコット、4組の更識と並んで1年ではトップクラスの実力だろう。そんな人物を相手に何度も模擬戦を重ねる事で短期間とはいえ実力を上げたこともあって、オルコット相手でもビット4機を落とし善戦しているという訳か。それにしても一季の奴、一体何が切欠でブライトと模擬戦をするまでの間柄になったというのだ?クラスでも誰とも会話すらしていないというのに他のクラスの生徒と親しくしているとは、此処に現れた時に偶然ブライトがその場に居合わせたと聞いたがそれが切欠か?まぁ、孤立していないだけマシだが少しはクラスメイトともコミュニケーションを取れないものなのか。

 

「なんだ今の!?一季が一気にセシリアに接近した?」

 

オルコットが隠していたミサイルビットで迎撃されたかに見えた一季だが、煙の中から凄まじい加速でオルコット相手に一気に特攻してそのまま地面へと突っ込んでいく。成る程、武装を隠し持っていたのはオルコットだけではなかったらしいな。一季は『瞬時加速』に加え《灰色の鱗殻》という2つの奥の手を温存していた。そして『瞬時加速』による急激な加速により生まれた勢いのまま地面へとオルコットを叩き付け、そのまま《灰色の鱗殻》を4発叩き込み一季の勝利で勝負が着いた。よもや『瞬時加速』まで使うとはな、意外とやるではないか、一季。

 

「おぉ!一季の奴、勝ったぞ」

 

一夏が一季の勝利に興奮気味に喜びを見せている。喜ぶのはいいがオルコットの次にお前は連戦であいつと戦うんだぞ、負けたオルコットは信じられないといった様子だが、自身の実力を過信し対戦相手である一季を見くびって試合に臨むからこのような結果に繋がったという事を本人は気付いていないだろう。ブルー・ティアーズがビットと他の武装を併用出来ないとう弱点とオルコットが接近戦に不慣れな点も敗因の一因だが、最大の理由は相手を男だからと下に見ていた傲慢だ。大方一季の実力が低いと決め付け戦いに臨んだのだろう、そしていざ試合が始まってみれば奇襲を掛けられ、直ぐに立て直した後は自分のペースだったものの、弱点を見抜かれ攻め込まれた結果、下に見ていた一季相手にビットも余裕もペースさえも壊されて負けた。

 

『一夏、お前は勝てるか?』

 

ピットから出て、もうすぐやってくる一夏の専用機の到着を待つ。直にオルコットと戦う我が弟は一季が勝利した事に喜んでいるが、お前はオルコットの後にその一季と戦うんだぞ。代表候補生を倒したもう1人のISを動かせる男と、お前の双子の兄弟かもしれない人間と……この口に出さない独白は私の心の奥へひっそりと消えていった。

 

 

 

 

「白い……IS?」

 

ポツリとそれを目にして思わずそう呟いた。目の前にある無機質な眩い程に飾り気のない純白、これが自分の専用機となる俺のISなのか、そんな感情が俺の心を占めてゆく。

 

「これが織斑君の専用機、『白式』です!」

 

この白き機体を目にして、その名前を耳にした刹那、俺は不思議に思う。無機質なそれが、自分を待っているように感じ取れる、この直感が錯覚やそんな類ではないと確信してしまう程に。

 

「すぐに装着しろ、フォーマットとフィッティングは実戦でやれ。アリーナを使用出来る時間は限られているからな、ぶっつけ本番で物にしろ」

 

「わかりました」

 

「その意気だ、この程度の障害男子たるもの乗り越えて見せろ。一夏」

 

セシリアの準備も終わり次第試合は始まる。しかしフォーマットとフィッティングには30分はかかる、どの道試合開始まで初期化も最適化も間に合わない。今からぶっつけ本番でこの専用機を物にしなきゃならない、今この瞬間から俺はこいつを纏うんだ。そしてこの俺の専用機、白式と共に戦う事になる。己の意地と誇を賭けてセシリア、そして同じ境遇である一季、この2人の専用機持ちと戦いを繰り広げるんだ。

 

『よろしく頼むぜ、相棒』

 

そう言って白式の装甲にピタッと触れる。その台詞に相棒と証した白式から返ってくる言葉はない。だが、触れた掌から指先までの至る所に馴染む感覚を覚えた。

 

「そうだ、背中を預けるように座る感じでいい。後はシステムが最適化する」

 

カシュ、カシュと空気が抜けるような音を発しながら、白式が背中を預ける俺を受け止めて体に合わせるように装甲を閉じていく。ずっと俺の体であったかの如き一体感、俺の為に調和していく白式が俺と違和感なく繋がり、クリアーな感覚が視界を中心に広がっていく。

 

「ハイパーセンサーは問題なく動いているな。一夏、気分は悪くないか?」

 

普段となんら変わらぬ同じ態度に思えるが、微妙な声の震えまで聴覚で認識出来る。その証拠に俺の事を名前で呼んだ、心配してくれているんだな。

 

「大丈夫だ、千冬姉。いける」

 

「そうか」

 

ハイパーセンサーがなければわからない程の声のブレ。それは千冬姉がホッと安心した事を充分把握させた。まぁ、さっきも名前で呼んでいたから多分普段でもわかっただろうけど。

 

「……………」

 

後ろに居る箒に意識を向ける。意識を向けるだけで360°見えるんだ、振り返る必要はない。何か言いたそうだが言葉に迷っている表情をしていた。この表情の複雑さも普段では気付かないレベルなのだろうか。

 

「箒」

 

「な。なんだ?」

 

箒から声を掛けてきそうにもないので俺から声を掛ける。話し掛けられた箒は軽く驚き体をビクッと震わせながら反応する。この1週間行ってきた特訓の成果を今から発揮する、その特訓に付き合ってくれた箒の為にも無様な試合は見せられない。

 

「行ってくる」

 

「あ……あぁ。勝ってこい!」

 

気の利いた台詞でも掛ければいいのだが、生憎と浮かばないのでシンプルなこの一言を、後ろへ振り向いてしっかりと箒の顔を見て、混濁する様々な思いを込めて伝える。この一言を聞いた箒は口元に笑みを浮かべ、同じくシンプルに勝ってこい!と伝えてくる。その言葉を聞いてピット・ゲートへ向かう、そしてゲートが開放されアリーナへの道が広がる。開かれたゲートからアリーナへと飛び立った。

 

 

 

 

 

『負けた……?代表候補生であるこのわたくしが、男相手に……?』

 

アリーナからピットへと戻った今でもせは自分が敗北した事が信じられない。たった今まで行われた試合の結果が現実だと受け入れられていない、正確には受け入れてたくないと言う方が正しい。

 

『一体何故ですの!?相手は素人同然の男だというのに、そんな相手に敗北するだなんて……』

 

セシリアは金曜の放課後に一季がマリアを相手に行った模擬戦の初戦を一部始終見ていた、その結果は一季の完敗。自分と同じ代表候補生相手とは言えあそこまで簡単に敗北するなど実力は素人同然、たがが知れているとその場を去りこの日に備えていた。しかしそれがセシリアの誤算だった、それから一季は昨日までに合計40回模擬戦を行い短期間ながら経験を積み、代表候補生のマリア相手に3割の確率で勝利する程までの実力を付け、《灰色の鱗殻》という切り札に加え『瞬時加速』という新たな切り札まで習得していたのだから。そして接戦だがセシリアは負けた、エネルギーの残量だけ見れば接戦だが終盤はペースを壊され終始押されての敗北、自分に自信を持つセシリア本人に取っては接戦とは言い難い。しかしそんな事実など知らず一季の事を偶々ISを動かした素人の男としか見ていないセシリアには敗因がわからない、何故途中から押されたのか、何故弱点を見抜かれビットを次々と落とされたのかわからない。それがセシリア・オルコットの弱点だと本人は気付いていない。

 

『……確かに先程の試合負けはしました。ですが次の相手は間違いなく素人、このわたくしが立て続けに男に負けるなど有り得ませんわ』

 

次の相手は一夏、一季と違ってISでの特訓などしていない。動かしたのもまだ2ヵ月すら経過していない、それはISによる戦闘は素人で実力も低いとセシリアが決め付けるには充分な情報だった。いくらブリュンヒルデの座に輝いた織斑千冬の弟とは言え、間違いなく素人である男相手に負ける筈など有り得ない。先程の敗北は何かの間違いだと無理矢理プライドに納得させる用に言い聞かせながら、セシリアは修復を終えたブルー・ティアーズを装着し、ゲートから一夏の待つアリーナへと飛び立つのだった。己の弱点に気付かぬままに。

 

 

 

 

 

「あ、あら。わたくしより先に来ているなんて意外ですわね」

 

一足先にアリーナに移動し終えて少し待つと、セシリアがアリーナへとやって来る。その体に装着しているブルー・ティアーズは一季との戦闘で破壊されたビット等は元通り修繕・補給され一季と戦う前のダメージが何もない外観だ。セシリア自身も何時もと変わらぬ態度と口調だが声色や表情に動揺等が見え隠れしている、やっぱり一季に負けたの相当悔しかったんだろうな。プライドとか高そうだし。

 

「急に対戦カードが変更されましたから、てっきり怖じ気づいて逃げ出すかと思いましたわ」

 

「逃げる?そんな恥ずかしい真似出来るかよ」

 

戦うのが怖くて逃げる奴と、自分にとって不利な戦いだとしても戦いに挑む奴、どちらが恥ずかしくないと聞かれれば俺は間違いなく後者だと宣言できる。だって前者は『僅かばかりでもある勝利する自分』すら捨てて逃げているのだから、俺は例え白式が来なくて量産機で戦わなければならなくなっても逃げ出さなかった。そんな事したら特訓に付き合ってくれた箒、男でISを動かせたという理由でも俺をクラス代表に推薦してくれたクラスメイト、そしてなにより、大切な家族である千冬姉に申し訳がない。親も弟も居なくなった俺にとって『たった1人』の大切な家族である千冬姉にまた『あの時』みたいに名誉に泥は塗れない……否、塗る訳にはいかない。

 

「こっちは何時でもいいぜ。準備万端だ」

 

「そうですか、なら……」

 

もう試合は開始している。何時でもあの手に持つ《スターライトmkⅢ》の引き金を引いて狙撃してきても可笑しくない。既に引き締めている気をより一層引き締める。

 

「お別れですわねっ!」

 

キュイン!

 

「うぉっ!」

 

つんざく音が耳に刺さり、閃光を放ちながらレーザーが俺へと襲い掛かってくる。1秒の半分にも満たない速度で向かってくるそれは例え白一直線のレーザーでも正確な狙撃をされても躱すのはかなり難しい。ギリギリ直撃は避けたが当然エネルギーは減少する。

 

「さぁ、踊りなさい!わたくしとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

「悪いけど、円舞曲なんて踊りたくても踊れねぇよ!」

 

踊れるのなんて盆踊りかソーラン節が関の山だ、ワルツなんて見た事すら怪しい。って、そんな事はどうでもいい。

 

『サンキュー箒、特訓のお陰で感覚が戻ってきてる』

 

ISを動かしてからゴタゴタして鈍っていた感覚はこの1週間で戻ってきた。だけどまだ俺が白式の反応速度に対応しきれていない、しかも相手は代表候補生だ。セシリアの流石は代表候補生と言いたくなるその正確な狙撃によって繰り出されるレーザーの雨は避けようとしても完璧には避けきれない。これ等の要素が合わさって少しずつだがシールドエネルギーが削られる。

 

「取り敢えず武器だ、一体どんな武器が……」

 

白式に問うと目の前にウィンドウが出現し現在展開可能な装備一覧が現れる。

 

『一覧……って、装備1個しかないじやねえか!』

 

近接ブレードとしか一覧には書かれていない、見舞い違いではなさそうだ。まぁ、何も無いよりはマシだ。その《名称未設定》の近接ブレードをコールし展開する。

 

キイィィィン……

 

高い周波音を出しながら光の粒子が放出され右手の中で形を作り収まった。片刃のブレード、刃渡り1.6メートルはあるこの長い刀が俺の唯一の武器。

 

「けどまぁ、やってやるさ!」

 

中距離射撃型相手にこっちは近距離格闘型の近接ブレードのみで戦わなければならない。まぁ、扱い慣れてる剣立ってのが数少ない救いか。これで銃のみとかだったら本当に手詰まりだ。相手との距離は30メートル、剣しかない俺には絶望的な間だ。それでも引くわけにはいかない、本格的に戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

シャキン!

 

金属と金属がぶつかり合う高い金属音の少し後に、物体が切り捨てられたような音が発生する。

 

「よしっ。3機目撃墜!」

 

「くっ……!」

 

そう、今のは3機目のブルー・ティアーズビットを切り倒した事で生まれた音色だ。切り落とされたビットはブルー・ティアーズの名の通り蒼き雫となって落ちていく。

 

『しかしヤバいな、もうエネルギーの残量が……』

 

だけど俺が優勢という訳ではない、寧ろ劣勢だ。試合が開始してから軽く20分は経過した今、白式は実体ダメージ中破し装甲の所々が破損、シールドエネルギーの残量は残り98。

 

「ま、まさか……またブルー・ティアーズを落とされるなんて」

 

だけどセシリアも余裕は余りない。実体ダメージやシールドエネルギーの減少こそないが、その機体の最大の兵器ブルー・ティアーズの弱点は一季との試合を見てわかっていた、ご丁寧に俺にもブルー・ティアーズの説明をしてくれたからな、頼んでいないのに。その正確な狙撃は一季と戦った時と同じように俺の反応が一番遅れる箇所からビットで狙撃を行ってくる。ビットと他の装備の併用は出来ないからビットの操作に移行すれば、俺がわざと作り出した隙により生じた『反応が一番遅れる場所』へと誘導出来る。後はその場所へと誘われたビットをさっきみたいにブレードで真っ二つだ。3機目を切り捨てた今、もうセシリアのブルー・ティアーズは残り1機だ。

 

「一季とお前を試合を見ていたからな。お陰で対処法がわかったぜ」

 

「くっ……」

 

ビットこそ落としたが俺が劣勢なのには変わりはない。白式の反応に追いつけていないでいたのと、武器が本当にブレードしかないのでかなりダメージを喰らった。だけど向こうも攻撃手段はライフルとビット1機による一直線のレーザーを放つのみ。さっきまでのレーザーの集中放火はない。加えてあのデカいライフルでは接近戦での狙撃は難しいし、接近戦に持ち込もうとすれば俺の攻撃を躱す事に集中してビットを操作しようにも意識が躱す方に傾くからビットからの攻撃はない。そして恐らく一季や俺との戦い方を見る限りセシリアは接近戦に不慣れだ、ならば接近戦へと持ち込めば俺にも勝機がある。

 

『よしっ、いける』

 

時間が経過してフォーマットとフィッティングが進んだからか試合が開始した時よりもISの動作がずっと軽い、接近戦に持ち込めば俺が有利だ。漸く辿り着いた勝利への希望という躍る衝動をトリガーに接近戦へと持ち込む事にした。

 

 

 

 

 

「はぁぁ……織斑君も凄いですね」

 

「あの馬鹿者め。浮かれているな」

 

ピットのリアルタイムモニターで一夏とセシリアの試合を観覧している真耶は一季を褒めた時と同様に一夏の戦い振りを褒めているが、反対に千冬は一夏に対してヤレヤレという態度を表すように呆れた台詞を吐いた。

 

「えっ?どうしてわかるんですか?」

 

「さっきから左手を閉じたり開いたりしているだろう、昔からのあいつの癖だ。あれが出る時は大抵簡単なミスをする」

 

過去を思い返してそんな台詞を述べる千冬、そんな千冬の言葉を聞いて不思議そうにしていた真耶は納得した素振りを見せる。

 

「へえぇ。そんな小さな事もわかるなんて、流石は姉弟ですねー」

 

「ま、まぁそのなんだ。あれでも弟だからな」

 

真耶が関心気味に放ったその言葉に千冬は思わず自分が言った言葉を思い出しハッとして、弟だからなと念を付け加えた。

 

「あー、照れてるんですかー?照れてるんですねー」

 

「……………」

 

ギリギリギリギリ

 

「いたたたたっ!?お、織斑先生、痛い!痛いです!」

 

止めておけばいいものを真耶はそんな千冬を見てからかう素振りを出したばかりにブリュンヒルデの栄冠に輝いた千冬のヘッドロックを喰らう羽目になった。ギリギリと痛々しい軋む音が真耶から鳴る。

 

「山田先生、私はからかわれるのが嫌いだ」

 

「は、はいぃ!わかりました!わかりましたから離して、あううぅぅぅぅぅ!」

 

「……………」

 

真耶が世界最強のヘッドロックに悶え苦しみ悲鳴を上げている騒がしいAピットにて箒はそんな騒がしさなど気にも止めず、戦いを繰り広げる一夏が映るモニターをジッと見詰めており、心なしか顔が険しさを増している。聖女のように掌を合わせて一夏の勝利を祈りを捧げるするような性分ではない。だからこそ、その険しい表情には様々な感情が入り混じった感情の複雑さを物語っている。

 

「ごめんなさい!ごめんなさい、許してくださいぃぃ!」

 

「……ちふ、織斑先生。そろそろ止めてあげてはいかがですか?」

 

千冬のお仕置きという拷問に苦しむ真耶の悲鳴に流石に気付いたのか、千冬に止めるよう進言する。うっかり名前で呼びそうになったのは昔から家族ぐるみの付き合いをしていた中だからこそのご愛敬だ。

 

『一夏……』

 

真耶が解放されピットが落ち着いた雰囲気を取り戻した事で再び試合に集中する箒。心の中で名前を呟いたその時試合は大きく動くのだった。

 

 

 

 

 

「もらったぁ!」

 

セシリアの間合いに入り、残る1機のビット右足で勢いよく蹴っ飛ばした動作に連動するように刀を振り上げる。この至近距離ならばライフルによる狙撃は無理だ、確実に振り下ろした一撃を喰らわせられる。そか確信していた時だ、セシリアの笑う表情が目に映ったのは。

 

ジャコン!

 

セシリアに纏われているブルー・ティアーズの腰部分のスカート状のアーマーが動き何かが装填されたような音が聞こえる。

 

「し、しまった!」

 

俺は動き回るビットを落とすのに集中して、そのビットを殆ど撃墜してやっとの事で接近戦に持ち込めるという勝機に浮かれて忘れていた。なんで忘れいたんだ、セシリアにはまだ……

 

「お生憎様、ブルー・ティアーズは6機ありましてよ!」

 

レーザーを放つライフルとビットの他に弾道型ミサイルという武装があるというのを思い出した時には、回避が間に合わず2つのミサイルが目前にまで迫っていた。まずい!残り少ないエネルギーでこの2発のミサイルの直撃なんか喰らったら、俺の……負け。

 

ドカァァァァァン!

 

その結末を浮かべる思考を吹き飛ばすかのように、俺はミサイルが爆ぜた事で生まれた爆発音、そして黒煙に包まれた。

 

 

 

 

 

「わたくしの試合開始を見ていたにも関わらずこの事を忘れているとは笑止ですわ。けどまぁ……粘りを見せた事だけは誉めて差し上げましょう」

 

ミサイルの直撃を目にし、残りのシールドエネルギーと機体のダメージを考えれば自分の勝利。セシリアはそう確信した。一季に続いて一夏にもビットを3機落とされるという出来事も発生したが、終わってみれば大差で自分の勝利だ。一季には接戦の末に敗れたが一夏にはこのエネルギー差で勝利を手にした、そう確信して黒煙を見ながら笑みを浮かべてそんな台詞を吐く。

 

「一夏っ……!」

 

一夏が爆発に飲み込まれるのをモニター越しに目にし、箒は思わず声を出す。その声にも表情にも不安が含まれていた。先程までとは違い千冬と真耶も画面を真剣な眼差しで凝視している。

 

「……ふん、終わったか」

 

「試合開始から30分か。イチカもいい所まで行ったんだけどねぇ」

 

「……何処がだ?オルコットに一撃も喰らわせられず、挙げ句に接近戦を挑んでミサイルで返り討ちにされるとは、人の試合を見て戦った結果がこのざまとは」

 

同じくリアルタイムモニターで試合を観覧していた一季とマリアだが、マリアが健闘したと称えているのに対して、一季は容赦なくバッサリ切り捨てた。

 

「いやぁ、あのビットをブレードで3機落としたんだから大したもんだと思うぞ。うん」

 

「……ビットを落とした所で負けては意味などない、これはビットを撃墜する競技ではないからな。それに俺は《悪魔の尾》のみでビットを4機落としている上にオルコットに勝利している、初見にも関わらずだ。結果は歴然だ」

 

「なんだよ、張り合ってんのか?」

 

「……別に張り合ってなどいない」

 

誰がどう見ても張り合っているとしか思えない言葉を言っているのだが、マリアの最もなツッコミにも意固地に否定する一季。2人共にこの試合、一夏が敗北したと見ていた。一夏を覆うその黒煙が晴れるまでは

 

「ふん、機体に救われたな。馬鹿者め」

 

黒煙が晴れるなり千冬は鼻を鳴らし厳しい言葉を吐く、しかし何処となく安堵を含んでもいた。真耶も箒も煙の中から現れた一夏を見て安堵する。僅かに残る煙も吹き飛ばした其処にあるのは、一夏と真の姿とった白式の姿だった。

 

「おっ、どうやらまだ終わってなかったみたいだねぇ」

 

「……そのようだな」

 

同じく一季とマリアも煙が晴れ露わとなった一夏と真の姿へと変化した白式の姿を見て悟った、まだ試合は終わってないと。

 

「なっ!?……」

 

突如、一季が『何か』を目にした途端に驚愕した。

 

「どうしたんだ、イツキ?」

 

「あれは……」

 

「あれって……って、あれは」

 

マリアの尋ねる声すら届いているか今の一季には怪しい、恐らく届いていないだろう。その意識全てが一夏の持つ刀に注がれているのだから。白式の変化と共に武器の近接ブレードも姿形が変化していた。僅かに遅れてマリアも気付く、一夏の持つ刀の変化に。そして知っているのだ、その刀の名前を。

 

「「《雪片(ゆきひら)》……!」」

 

同時に発せられハモりを見せる2人の声。マリアも一季も知っている、否、恐らくIS関係者ならば全員知っている名であろう。《雪片》それは嘗て、現役時代の千冬が使用していた武器なのだから。

 

 

 

 

 

フォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください。

 

負けたのかと思う俺の頭の中に、直接情報が送信される。これはエネルギーが尽きた事を知らせる物ではない、そうか……試合に集中していたから忘れていた。その指示の通りに目の前に出現しているウィンドウの真ん中にある確認ボタンを押す。

 

キィィィィィィィン!

 

ボタンを押すと高周波な金属音が聞こえてくる。しかし不快な物じゃなくて、どこか優しい音だ。そしてその刹那、白式が光の粒子となり弾ける。それにより俺を覆う黒煙も吹き飛び周りが晴れやかになっていく。そして消えたかに見えた白式は、またその形を成す。まだ光を帯びている新しく形成された装甲は、今までの実体ダメージが全て無くなっていて、より洗練されたフォルムとなっている。

 

「ま、まさか第一形態移行(ファースト・シフト)!?あ、貴方今まで初期設定のままで戦っていたと言うの!?」

 

「あぁ。ちよっとゴタゴタしてこいつが到着したの、お前と一季の試合が終わった後だったからな。お陰でぶっつけ本番で試合に挑む羽目になったぞ」

 

そう、初期化と最適化が完了したというのは白式が『やっと俺専用の機体』となったって意味だ。その機体の外観からは工業的な凹凸が消えており、滑らかでシャープなデザインは中世の騎士が纏う鎧を連想させる物へと変化している。そして変化したのは装甲だけではない、その武器も姿を変えた

 

雪片弐型(ゆきひらにがた)……」

 

「まさか、あの刀は……」

 

先程まで名前なんか無かった刀が、刀より反りのある太刀に近い日本刀のような刀身となり、鎬には僅かばかりに溝があり、呼応するように光が漏れ出している近接特化ブレード《雪片弐型》へと変化していた。《雪片》、俺はその言葉を知っている。千冬姉が現役時代に振るい、世界の頂点へと登り詰めたその一振りの刀を忘れてようがない、この刀は千冬姉が振るった《雪片》の名とその『力』を受け継いでいる、その刀を俺が手にするって事は俺が千冬姉の力を引き継いだって意味だ。

 

「まったく、俺は最高の姉さんを持ったよ……」

 

本当につくづく思い知るな、千冬姉は俺の最高の姉さんだ。そんな千冬姉の弟として、その力を受け継いだ人間として不様な姿を晒して『あの時』みたいに織斑千冬の名前に泥を塗って汚す訳にはいかない!

 

「そ、それがどうしたと言いますの?最後に勝つのはこのわたくしです!」

 

「千冬姉の名誉を守る為にも、俺は負けられない!俺にとって『たった1人の大切な家族』だからな!」

 

物心付いた時にはもう両親も居なかった、果てには双子の兄弟さえ失っていた俺にとって……千冬姉は本当にもう『たった1人の大切な家族』なんだ。

 

「いいえ!勝つのはわたくしですわ!」

 

再装填されたミサイルビットが俺目掛けて飛んでくる。しかもレーザーを打ち出すビットよりも早い、だけど。

 

『動きが更に軽い!速度が明らかに上がっているのに俺の意のままに飛べる、白式が俺専用になった証しかな』

 

第一形態移行を終えた事で先程までの初期設定状態だった白式とは明らかに違う。速度もセンサーの解像度も。

 

「見える!」

 

シャキーン!

 

横一閃、その一振りで俺へと迫る2つのミサイルビットを一刀両断。両断されたビットはドォン!と爆ぜて、その衝撃が俺へ届く。

 

「そして……最後の1機だ!」

 

俺の死角へと移動していた残り1機のビットへと接近し、勢いよく振り下ろした《雪片弐型》で真っ二つに切り捨てる。

 

「ま、またブルー・ティアーズが全て、しかも……刀1本で!?」

 

「これで残るはセシリア、お前だけだ!」

 

『一体、一体なんですの!?奇妙なランスや刀だけでブルー・ティアーズが全て落とされるなんて……しかも素人の男相手に!有り得ません、有り得ませんわっ!』

 

ビットは全て落ちた。これでもう死角からの狙撃は出来ない。セシリアが動揺している今がチャンスだ!俺は再びセシリアへと突撃する。千冬姉から受け継いだ『力』を発動しながら。

 

「うおおおおおっ!」

 

手の中のエネルギー密度が増していく、そして《雪片弐型》の刀身が光を帯びて開き、そこから光の刃が作り出された。これこそが千冬姉が世界一を掴み取った『力』単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)零落白夜(れいらくびゃくや)』。ワンオフ・アビリティーとは操縦者とISが最高潮に達した時に発動する能力の事だ、各ISによって能力は異なる筈にも関わらず白式のワンオフ・アビリティーは千冬姉の搭乗していた機体と同じ能力。今細かい事は気にしない、『零落白夜』の能力、それは作り出されたその光刃はエネルギー無効にし、搭乗者を守る為にISに張り巡らされているシールドバリアーをも切り裂いてシールドエネルギーに直接ダメージを与える事が可能。そうすれば『絶対防御』が発動してエネルギーを大幅に削れる。千冬姉が第1回モンド・グロッソで優勝出来たのはこの能力による物も大きい。しかしこの能力には致命的な弱点がある、それは自分のシールドエネルギーを『零落白夜』の使用に消費してしまう点だ。強力だが使えば使う程自分の身を削る両刃の剣、だけど……

 

『これなら勝てる!』

 

この力ならばセシリア相手でも勝つ事が出来る!そう確信して間合いに入った。この距離ならばライフルは意味を成さない、至近距離で光刃を放つ《雪片弐型》でセシリアへ振り上げたその刃で斬撃を繰り出そうとしたその刹那、頭に過ぎるISについての知識。ISは搭乗者をシールドバリアーで守っていてそれに攻撃を食らえばシールドエネルギーが減り、それを貫通する程の攻撃ならば実体がダメージを受ける。それを繰り返してエネルギーが0になった方が勝ちだ。そしてISには搭乗者保護機能という物がありそれが『絶対防御』、搭乗者は『絶対防御』というバリアフィールドで守られていてシールドエネルギーを大幅に消費するがあらゆる攻撃を受け止めて搭乗者を守る、ISがこの攻撃が通っても生命の危機にならないし平気だろうと判断すればそれは発動しない。そんな機能があるので生命の危機に陥る事は滅多にない。だが、いくら『絶対防御』が存在していてもその防御フィールドを上回る威力の攻撃を喰らえば搭乗者はダメージを負うし、最悪の場合は……

 

『死に至る……』

 

この『零落白夜』はエネルギーを無効・消滅させ、シールドバリアをも突き破る能力だ。つまりこの全力の一撃ならば『絶対防御』があっても搭乗者に直接ダメージを与えれる。そして今俺は勝とうとして『零落白夜』の光の刃を放出している『雪片弐型』でセシリアへ全力で切り掛かろうとしている、もしそんな斬撃など浴びせたら……防御型に特化して分厚く高い強度を誇る装甲を持つならまだしも、ISは基本的にシールドエネルギーで搭乗者を守っているから装甲は手足等部分的にしか存在していない。セシリアのブルー・ティアーズも同じだ。

 

『セシリアの奴……怯えている!?』

 

瞳に入ったセシリアのその表情は明らかに沈んでいて暗く、普段のプライド高く振る舞っている姿が微塵もない。ISを纏う体もそれを体現してかガクガクと振るえていた。あの自信満々に振る舞っていたセシリアが怯えているのか……?セシリアもISに関しては代表候補生になっている事実から優秀だ、恐らく察したんだろう。『零落白夜』の刃に斬られた自分の最悪の末路を。

 

『俺はこのまま斬ってもいいのか……?怯えている女の子を……』

 

そんな考えが脳裏を過ぎる、このまま攻撃を行えば『零落白夜』の力によって勝利も充分有り得る。たけど、怯えている女の子にこの斬撃を繰り出していいのかと迷いが生まれて躊躇して振り下ろす動作が鈍る。

 

ビー!ビー!

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

シールドエネルギーが尽きた事を告げるブザーが鳴り、ウィンドウにも表示される。エネルギーが残り少ない状態で『零落白夜』を使い、底にこびり付く程度にギリギリ残っていたエネルギーが躊躇し動きが鈍った事で消費され尽きたようだ。そしてアリーナに勝者を告げるブザーとアナウンス。そう、俺はこの試合はセシリアの勝利で俺の敗北という形で結末を迎えた。




という訳で一夏とセシリアの戦いはセシリアの勝利となりました。殆ど原作通りですが、一番の相違点は一夏が零落白夜の全力の攻撃を行えばどうなるかと躊躇して攻撃が遅れた結果エネルギーが切れるという敗因に変化した事ですかね。まぁ、勝とうと攻め込んで訳も分からずエネルギー切れで負けるよりかはいいでしょう。

さて次の試合はいよいよ一季と一夏の戦いへと突入します。今回の戦いを見て一季がどんな心境なのか……

一夏が千冬の武器どころか能力まで受け継いだ。

知らないとは言え『千冬をたった1人の家族』だと言いきった。

……一夏本人のせいではないと言え、思いっきり地雷踏み抜いてますね。しかもかなり威力のある地雷を。

2人の試合の行方はどうなるのか……?それでは、また次回。




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第24話 佳境までの幕間

今回と次回は一季対一夏の試合の合間のインターバルとなります。試合のシーンを期待している方々には申し訳ありません、しかしその分次回は早めに更新しますのでご了承ください。


「まさか、あの刀は……」

 

セシリアの視覚が認識する一夏が右手に握る一太刀の剣、第一形態移行を終えたその機体と共に武器も形を変えていた。その刀をセシリアは知っている、否、セシリアだけではなくこの時代のIS乗りならば全員知っているだろう。何せ一夏が握るその刀は世界最強と唄われた織斑千冬が使用した武器《雪片》その物なのだから、よく見れば作りが微妙に異なるかもしれないが紛れもなくあれは《雪片》だと確信した。初期設定のまま自分との戦いに臨んでいた事などこの際どうでもよい。

 

「そ、それがどうしたと言いますの?最後に勝つのはこのわたくしです!」

 

例え第一形態移行を終えて実体ダメージが消えて武器も進化したとしても、その機体のシールドエネルギーは僅か。状況としては此方が依然として有利なのだとセシリアはそう己を鼓舞する。

 

「千冬姉の名誉を守る為にも、俺は負けられない!俺にとって『たった1人の大切な家族』だからな!」

 

「いいえ!勝つのはわたくしですわ!」

 

負けたくないのは自分とて同じ、男相手に連敗など自分のプライドが許さない。再び装填したミサイルビットを一夏目掛けて放つも2機とも《雪片弐型》で一刀両断、ならばと残り1機のレーザービットで射抜こうと試みるも、それすら無情にも真っ二つに切り捨てられた。

 

『一体、一体なんですの!?奇妙なランスや刀だけでブルー・ティアーズが全て落とされるなんて……しかも素人の男相手に!有り得ません、有り得ませんわっ!』

 

自分の纏うブルー・ティアーズに搭載された第3世代型兵器ブルー・ティアーズを初対戦である素人、しかも男相手に全て撃墜された。しかもどの戦いもたった1つの武器だけで落とされていった、この試合で取り戻していった余裕が完全にセシリアの中から消え失せた、その心に残るは動揺と壊されたペースのみ。

 

「うおおおおおっ!」

 

それにより生じた隙を利用して、一夏がセシリアの懐目掛け突撃してくる。そしてその手に握る《雪片弐型》の刀身は光の刃へと変化していた。

 

『あ、あれはまさか『零落白夜』!?そんな馬鹿な事が……』

 

その光刃を目にしたセシリアに衝撃が走る。武器ならば形状を模倣して制作出来る、しかしワンオフ・アビリティーまで模倣など意図的に行おうとしても行えないのだ。しかも白式は第一形態へと移行したばかり、ワンオフ・アビリティーは操縦者とISの相性が最高状態に達した時に自然発動する能力なのだ。そしてそれを使用しているのは本来有り得ない男のIS操縦者、目の前に起きているのは最早異常事態の塊だ。

 

『また、負ける……?このわたくしが……男相手に続けて負ける?』

 

いくらエネルギーが無傷の状態で残っていたとしてもあの攻撃はバリアーを突き破り、それを喰らい続ける限り『絶対防御』を強制発動させ続ける。そんな物を喰らっては一溜まりもない、本当に負ける。男相手に連敗など自分のプライドが納得いかない、しかも最悪の場合『零落白夜』の一閃でこの体を切り裂かれる。迎撃しようにもこの至近距離ではライフルでの狙撃は無理、ミサイルも間に合わない。男相手に連敗という焦りと、最悪の場合の恐怖で体が震える。 だが、突如として一夏の動きが躊躇し鈍くなる。

 

『な……なぜ、攻撃を止め……』

 

ビー!ビー!

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

そして『零落白夜』を発動し続けた事で白式のシールドエネルギーが0となりセシリアの勝利、連敗は免れた。そして2人にピットへ戻るよう指示が飛ぶ、それを受けた一夏は自分のピットへと戻ろうとする。

 

「お、お待ちなさい!」

 

しかし、そうは問屋が下ろさないと言わんばかりにセシリアが声を張り上げるように出して呼び止める。

 

「ん?どうしたんだ」

 

「どうしたもこうしたもありませんわ!貴方、どうして最後の攻撃を躊躇しましたの!?」

 

そう、試合に勝ちこそはしたがセシリア自身この勝利には納得などしていない。あのまま攻撃を行っていれば充分勝利出来ていたのに攻撃を躊躇し動きが鈍った結果白式のエネルギー切れで自分の勝ちだ、セシリアからすれば納得などいかない。わざと勝ちを譲られたようなものだ。

 

「どうしてって……あのまま全力で攻撃していればお前が危なかっただろ」

 

「なっ……?」

 

「つい勝てると思って『零落白夜』を使って全力で攻撃しそうになったけど、あれは威力が高過ぎる。全力で攻撃なんかしたら最悪の事態だってあると思ったらつい躊躇してさ……」

 

理由を聞いてセシリアは驚いてしまう。一夏は『零落白夜』を発動した《雪片弐型》による全力の斬撃がセシリアもろとも切り裂いてしまう事もあると思考と本能が感じ取り攻撃を躊躇した。まさか……勝利より敵である自分の身を案じたとでもいうのか?

 

「わたくしの身を案じた……?あれだけ上から物を言い続けていたこのわたくしを?」

 

「当たり前だろ。確かに色々言われた事には文句はあるさ、だけどこれは命の取り合いなんかじゃない。クラスメイトの命を危機に晒せる訳ないだろ」

 

あれだけ高圧的な振る舞いや言葉を投げかけた自分の安全を優先した?この試合に負けたら奴隷にするとまで言い放った自分を打ち破る事よりも、例え自分が敗れ手も相手の身を案じる道を選んだ?そんな一夏の行いや言葉に自分の意志の強さをセシリア感じた。

 

「もういいか?そろそろ戻らないと急かさせるし」

 

「お、お待ちください!」

 

もうそろそろ戻らないと千冬からどやされると長年の経験から本能で理解している一夏はそう切り出すが、セシリアはまだ帰るのを許してくれない。しかし先程と違い丁寧な口調だ。

 

「なんだ?」

 

「その……今まで数々非礼な振る舞いをしてしまい、申し訳ありませんでした!」

 

男相手に謝る等と本来のセシリアならば行わない事だ。だが一夏に対して謝らなければならないという罪悪感が湧いて来た、事実非礼な言動や振る舞いをしたのは紛れもないのだから。

 

「あぁ、その事ならもういいさ。この戦いでチャラにしようぜ」

 

「で、ですが……」

 

「それなら、俺よりも一季に謝ってくれないか?あいつの方が気にしていそうだし、一季に謝ってくれれば俺はもうそれでいいから。それじゃあ俺は戻るわ」

 

そう告げて一夏は箒や千冬の待つピットへと戻っていく。セシリアの謝罪やその態度から水に流したのだろう、お人好しとも取れる一夏の性格ならば充分に有りうる。そんな一夏が去る姿を姿をセシリアはただじっと見詰めていた。

 

 

 

 

パァン!

 

「何を無駄話をしている、さっさと戻って来いと言ったのがわからんのか。馬鹿者め」

 

ピットに戻ってくるなり担任兼姉の第一声がこれだ、加えて出席簿のオマケ付き。もう少し優しさを身に着けても罰は当たらないと一夏は思う。

 

「……………」

 

しかもそれに加えて幼なじみから鋭い睨みを利かされている。まるで日本刀の如き鋭さだ、視線だけで斬られてしまいそうだ。切れ味抜群である

 

「まぁいい。白式の点検とシールドエネルギーの補給を行う、それまで次に備えていろ」

 

「あ、あぁ。わかったよ千冬ね」

 

パァン!

 

「織斑先生だ」

 

「わ、わかりました。織斑先生……」

 

試合前の時みたくうっかり普段通り接したので再び頭に見事なまでの出席簿の一撃をお見舞いされた。言われるがまま取り敢えず白式を預けると、一季との試合まで待つ事になる一夏。整備が終わるまでの間休息を取ろうと一旦ピットから箒と共に出る。

 

「……一夏」

 

「なんだ?箒」

 

何やら聞きたげな箒が一夏に声を掛ける。事実、箒はセシリアとの試合を見てどうしても一夏に問いたい事があるのだ。

 

「その、なんだ……負けて悔しいか?」

 

「そりゃまぁ……悔しいさ」

 

「ならば何故あの時攻撃を躊躇したのだ?相手は完全に怯んでいたではないか、自ら勝機を手離すなど甘過ぎるぞ!」

 

そう、箒が言及したかったのは勝てる勝負だったのにも関わらず攻撃を戸惑った結果負けるという自ら勝利を放棄した件についてだ。あのまま躊躇せずに攻撃を続行していれば充分勝利を得られた筈なのだから。

 

「そう言われたら返す言葉もないが……怯えている相手に刀は振れないだろ」

 

確かに迷わず攻撃すれば勝利する事も充分有り得た、だが怯える相手を切り捨ててまで勝利を掴もうとする程一夏は勝利に飢えてはいない。

 

『……流石は一夏だ。あの状況でよく相手の心境を見極めた物だ。やはり男子たる者こうでなくてはな』

 

理由を聞いた箒は一夏が戦闘時という状況下でセシリアの心境を察して攻撃を止めた事に感心して、思わず口元が緩む。負ければ奴隷にすると言い放ったセシリアに勝つ事よりも、相手を案じる事を優先した一夏が箒には一際格好良く思えるし、実際に彼女の瞳にはそう映って見えた。

 

「……箒?」

 

「ば、馬鹿者!それで負けていては意味がないではないか!」

 

「はははっ……確かに負けてちゃ意味ないよな」

 

しかし所謂ツンデレな彼女はそれを素直には出せない、相手を気遣うのは結構だがそれで負けていては世話がない。そうも思っているので褒め言葉の代わりにこの言葉が発せられた。それは一夏も実感している、それにしても戦闘時で相手の心境を見極めたにも関わらず何故自身に寄せられる好意には鈍感なのだろうか?自分の心に素直になれない彼女にも問題はあるのだが。

 

「あ……明日からはあれだなっ、ISの特訓も入れなくてはいけないな!」

 

「えっ?ISの操縦教えてくれるのか?」

 

「む、無理にとは言わないぞ?なんなら千冬さんから直に教わるなり、先輩や代表候補生のマリアに教わるのもよい。やはり1日の長と言うのは重要だからな」

 

そして話はIS操縦の指導へと打って変わる。知識は身に着けたが一夏は戦闘面では素質こそあれどまだまだ素人同然なのには変わらない。トレーニングの際にも感じた事だが一夏は知識は一通り覚えている、明らかに不足して足りていないのは実戦経験だ。本当ならば2人っきりになれる機会を逃したくはないので自分が教えたい所なのだが、座学は兎も角として、操縦技術に関しては自分より実力も技術もある千冬やマリアに上級生といった面々がIS操縦の教え方は明らかに上手いのは箒自身重々自覚している。一夏の為を思えばその面子に教えて貰った方が一夏の為だし、一夏が強くなってくれるのは箒自身喜ばしい事だ。

 

「いや、千冬姉は嫌がるだろ。依怙贔屓っぽく見られても嫌だし」

 

千冬は別にそんな目はちっとも気にしないとは思うが、一夏は忙しい姉を気遣ってかそれは遠慮している。シスコンと言っても過言ではないが事情千冬は忙しい、千冬というより教師陣が一夏に加え新たに現れた一季という2人目のイレギュラーな存在が到来した事でてんてこ舞いを踊りそうな位に忙しい。てんてこ舞いがどんな踊りかはわからないが。

 

 

「な、ならばマリアはどうだ」

 

ふと、マリアを推薦した箒だが、思わず失念したとハッ!とする。同じ年不相応な大きな胸に悩む者同士という縁からマリア仲良くなったからこそ知った、自分と違いマリアは豪快で細かな事は気に止めず明るく社交的な人物だ。容姿も整っており何より自分より大きいあのたわわな胸だ。初対面の際思わず揺れたその豊かな双丘を一夏は見ていた、スケベな目で。もし教えるのが切っ掛けで2人の距離が縮まってしまったりなどしたらどうしよう……という考えが脳に生まれてくる。

 

「そうだな……まぁ、箒が無理だって言うなら当たって見るか」

 

「む、無理だとは言っていない!」

 

そう、照れから他の人物を推薦しているが無理とか嫌とかは一切口にしてはいない。なので箒は全力で否定する。それはもう全力で、一夏が怯む勢いで否定する。

 

「そ、そのなんだ。一夏は……私に教えて欲しいのか?」

 

勇気を持って箒からすればかなり積極的に打って出た質問をする。これで断られたらかなり落ち込むだろう。頑丈そうに見えて心とは繊細かつナイーブに作られている、故に丁重に扱わねばならない。悩み多き恋する少女の恋ならば尚更だ。

 

「そうだな。箒なら他の女子よりかは気が楽だしな」

 

「っ!そうか、そうかそうか……成る程な。それは仕方がないな」

 

自分が教えるのを了承された嬉しさから、口から出る言葉と裏腹にいじらしく髪を指で弄る箒。表情も嬉しさが滲んできている。

 

「よし、では私が教えてやろう。特別だぞっ」

 

「あ、あぁ。頼りにしてるぜ」

 

教えてくれるのは一夏も嬉しいのだが何故箒まで嬉しそうにしているのだろうと不思議に思う。本人はただ単純に幼なじみの箒ならば気が楽だとしか考えていない、箒の乙女心などちっとも気付いても察してすらいない。こういう気持ちに気付かない人間を人は鈍感だの唐変木だの朴念仁だのと例えるのだ。勿論当の一夏御本人は全くその事に気付いていないが。取り扱い注意の恋する乙女の心は一夏のような輩には絶対に取り扱わせてはならない、触るな危険、触れた瞬間にガシャーンと豪快な音を立てて壊すのが目に見えている。

 

『次の相手は一季か……』

 

そう、これで今日の戦いが終わった訳ではない。まだ試合は残っている。自分とイレギュラーな存在、名を貰う前にこの世を去った双子の兄弟と同じ名前を持つ男、そして自分が負けたセシリアに勝利した一季が次の相手なのだ。正直勝てるのかどうかはわからない、そんな不安に駆られて次第に表情が複雑さを含んだ物へと変化していく。

 

『だけど……俺は勝ちたい!』

 

だが勿論その心の中には勝ちたいという強い気持ちも存在している。白式という自分の大切な家族の力を受け継いだ機体を纏う以上無様な姿など晒せない、晒したくない。そう決心して一季への試合へ望む覚悟を決める一夏、その決意に満ちた表情が直に驚愕に染まる事を、誰も知らないままインターバルは終わりへと近付いている。同時に一夏が人生で1番の衝撃を味わうその瞬間もまた、着々と足音を立てずに近付いてきているのだった。

 

 

 

 

 

「織斑、休息はもう終わりだ。準備は出来ているな」

 

「はい」

 

休憩時間も終わりいよいよ一季との試合へ望む一夏。整備と点検を終えて待機形態となっている白式を受け取る。ISというのは1度フィッティングすればアクセサリーの形状で待機する。一季の悲劇の復讐者が悪魔の顔をあしらったネックレスに、セシリアのブルー・ティアーズがイヤーカフスとなっているように。しかしどういう訳か白式はガンとレットである。アクセサリーではなく防具になっているのには一夏もなんでだ?としか浮かばない。

 

『悪いな、白式。お前の初陣飾ってやれなくて……』

 

受け取り触れた心中で相棒となった白式へ詫びを述べる、金輪際訪れない初陣を勝利で飾ってやれなかったことが申し訳なくて悔しいと思える。

 

「一夏」

 

そんな一夏に声を掛けたのは千冬であった。今日はやたら名前で呼ぶなぁと思いながら意識を千冬へと向ける。

 

「どうしたんだ?千冬姉」

 

「……いや、なんでもない。頑張ってこい」

 

「あ、あぁ。わかった」

 

普段ならそんな言葉を掛けて貰えば嬉しい筈なのに、一夏は何故か素直に喜べない。そう言葉を掛けてきた千冬の表情がどこか複雑に見えるから。それを気にしながらもゲートへと移動して白式を展開させる

 

「一夏っ」

 

「んっ?なんだ、箒」

 

白式を展開・装着してその身に纏い終えて何時でもアリーナへ向かう準備が完了する。後はゲートが開くのを待っているとついて来ていた箒が声を張って話し掛けてくる。

 

「その……なんだ。今度こそ勝って帰ってこい!」

 

もう少し気の利いたエールが送れないものかと本人は思い悩んでいるが、精一杯一夏へと向けた応援の言葉。そのエールを有り難がらない程一夏は酷い男ではない、鈍感さはかなり酷いが。

 

「おうっ!行ってくるぜ!」

 

「あぁ!行ってこい!」

 

そう元気良く返事を返した一夏は開いたゲートから飛び立って行き、その姿を箒は風圧を受けながら見送る。一夏の勝利を信じ願いながら、その背中をただじっと真剣な眼差しで見詰めていた。

 




前書きにも書いた通り今回は一夏側のインターバルのシーンとなりました。次回は一季サイドのインターバルとなります。果たして地雷を踏み抜かれた一季は如何に?前書きにも書いた通り次回は早めに更新します、それでは!


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第25話 幕間から佳境へ

今回は一季側のインターバル。


『雪、片……だと!?』

 

一夏の敗北で幕を閉じたかと思われたが、白式がギリギリのタイミングで初期化と最適化を終え第一形態移行した事で試合はまだ終わらずに進む。第一形態移行した事について特に驚きもしなかった一季だが、一夏が右手に握るその刀、形状を変え《雪片弐型》へと変化したそれを目にするなり驚きを隠す事なく顔や声に露わにする。

 

『何故、だ……どうして、どうして奴ばかり姉さんから『大切な物』を貰っているんだ!』

 

許せなかった。自分を愛し守ってくれる家族も、名乗り呼ばれる名前もなく、人として生きる権限さえ奪われて、挙げ句の果てに『人間』である事すら奪われた一季にとって、姉という家族から守られ、大切に思われ、人として生きて来た一夏が、千冬が扱い世界の頂点の座に輝いた立役者であるその武器さえ苦労なく貰い受けた事が。腸が煮え来り返ると表せる位に憤りが、嫉妬がこの身から溢れんばかりに沸き立ってくる。

 

「千冬姉の名誉を守る為にも、俺は負けられない!俺にとって『たった1人の大切な家族』だからな!」

 

「っ!」

 

『たった……1人……『たった1人の大切な家族』……?』

 

その言葉は一季に取って己の存在さえも否定され奈落に叩き落とされた感覚を覚えさせる。例え一夏が一季の生い立ちやその正体を知っておらず発した言葉だとしても、その言葉は一季の心を抉る刃となった。

 

「『零落白夜』までも……!ふざ、ふざけるなよ……」

 

「イツキ?」

 

刀だけならまだしも、千冬の機体のワンオフ・アビリティー『零落白夜』すらも一夏が使用した事実が更に怒りや嫉妬の念を増長させる。声に出した事で試合鑑賞に集中していたマリアが気が付いた、一季のその高ぶった怒りと嫉妬が入り混じり憎しみへと変貌を遂げた物を露わにした顔を。その表情に隠れる瞳に浮かぶ悲壮さを。

 

『試合終了。勝者、セシリア・オルコット』

 

試合は終わった。一夏が『零落白夜』を発動した全力の攻撃の危険性と、怯えるセシリアに躊躇した結果エネルギーが尽き敗北した。

 

「ふざけるなよ……!武器どころか力まで貰っておいて負けるだと!?何処まで……何処まで俺を苛立たせれば気が済むんだ!」

 

「イツキっ!?いきなりどうしたんだよ!」

 

一季はその事実が許せない。姉の武器や力まで継承した癖に負けた?自分がどれだけもがき足掻いても手に入れられなかった物を全て手に入れているのに負けた一夏への苛立ちで声が荒ぐ。

 

「イツキっ、おいイツキっ!」

 

「はー、はー……………すまない、つい我を忘れた……」

 

マリアの呼び掛けにより何とか本来の落ち着きを少しは取り戻つつあるが、息を整えようとしているその表情は未だに感情がどうなっているのか説明するかのように険しさが色濃く残る。

 

「一体どうしたのさ?今のアンタ物凄く怖い顔してるぞ」

 

「……そうか」

 

そんな一言しか返せない、一季本人も今の自分がさぞ険しい表情をしているのはなんとなしに理解出来る。興奮状態から脱して間もないからか呼吸の際の息づかいも荒い、荒れた心境を見事に表している。

 

「なぁ、少し外に出ないか。気分転換にはなると思うぞ?」

 

「……そうだな」

 

時間に余裕はないがピットから出るだけでも少なからず気分転換位にはなるだろう。取り敢えず血が登った頭を冷やそうと2人でピットを後にする。

 

ガコンッ

 

「ほら、これでも飲んで落ち着きなよ」

 

「……悪いな、払わせて」

 

「いいって、いいって。ジュース位奢るから」

 

一旦アリーナから出た2人は其処から1番近くの自動販売機へと向かいジュースを買う。ガコンという効果音を耳にした後、自動販売機の受け取り口から取り出された缶ジュースをマリアからを渡される一季。自分で買おうとしたものの財布を制服のポケットに入れたままにしていたので、そのままマリアが押し通される形で奢ったのだ。

 

「……ふぅ」

 

プルタブを明け、クイッとオレンジジュースを飲み一息付く。熱くなった思考と感情を外の空気と冷たいジュースがクールダウンさせると感じる。

 

「あっ。それ、飲む前に振るやつだった」

 

「……………」

 

コーラを飲んでいたマリアがうっかりしていたと失念する。一季に奢った缶ジュースはオレンジジュースでも果肉入りのタイプで振ってから飲むよう推奨されているのだった。よく缶を見てみると確かに『果肉入りなので飲む前によく振って下さい』と書かれている。だが奢って貰っている身なので一季は何も言わずそのまま飲み続けた。確かに振った方がいいだろうなと最後の方に果肉が一気に口内にやって来たのを飲み干してそう実感した。

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

 

「……あぁ。すまないな、気を使わせて」

 

「いいって。さて、そろそろピットに戻りますかっ」

 

互いに空になった缶をゴミ箱へと捨てると、余り長居している余裕もないので気分転換が済んだらそそくさ

とピットへ戻る。

 

「イツキ、次の戦いが始まる前に聞きたい事があるんだけど」

 

「……なんだ」

 

「アンタさ、今イチカと戦って大丈夫なのか?」

 

あの時一夏を見る一季の顔は尋常ではなかった。今は落ち着きを取り戻して来ているとはいえど、あの激情に染まった一季は今にも一夏へ殴り込みそうな剣幕をまくし立てていた、試合の最中にまた激情に駆られて暴走してしまわないかと危惧している。

 

「……俺は奴が相手でも、油断はしないし気を抜く事もしない。だから大丈夫だ」

 

「そういう事じゃなくてさ……さっきみたいに感情的にならないかって聞いてるんだよ」

 

質問の意味を一夏が相手だから油断や気を抜くのではと捉えた一季に、マリアはやれやれと溜め息を吐きそうになる。そんな心配ならこの場でなんとかなるが、マリアが危惧している事は彼女だけでは到底解決出来そうにない複雑で入り組んだ迷路のように難解なのだ。

 

「……………」

 

ストレートな問いにより一夏と戦っても大丈夫なのか?という本当の意味を理解したのか、その質問に一季が返すのは無言である、最早返してすらいない。

 

「……大丈夫だ」

 

漸く絞りだして返した返事はそんな一言だ。何とかこの場をやり過ごそうと出した感が満載の返答である。

 

「そーか?それならいいけど」

 

『何とか切り抜けたのか……?』

 

苦し紛れに放った遣り口で切り抜けれるなど正直予想しておらず、一季は軽く面食らってしまう。

 

「……意外だな。てっきりもっと問い質されるとばかり思ったが」

 

「そりゃあ、イツキが自分で大丈夫だって言ったんだ。ならあたしはその言葉を、イツキを信じるよ」

 

「……そうか」

 

正直これならば問い質された方がマシだと一季は思う。感情的にならないかどうかは本人もわからない、察しのよいマリアだ、もしかして苦し紛れに言った言葉と本心を把握した上で納得したのではと考えると良心が痛む。痛み等殆ど感じなくなったというのに。

 

「イツキ」

 

「……なんだ?」

 

「あたしはアンタと出会って一週間しか経ってないからさ、アンタの事はまだ知らない事の方が多いけど、アンタがイチカと何かが遭ったのかはわかるぞ」

 

「……………」

 

マリアの語りに一季は特に大きなリアクションを取る事もなく沈黙して聞いている。まだ出会って一週間、一季とてマリアと友好的に接しているが彼女の事は知らない事の方が多い。それは互いに同じ、イーブンだ。

 

「アンタの過去も事情もあたしは知らないから、難しい事も偉そうな事も言えない」

 

そう。マリアは此処に来る前の一季の事は何も知らない、何故名字がないのか?家族は居るのかどうか、どんな人生を歩んで来たのか、何が切欠でISを動かして此処に来たのか、その生い立ちを全く知らない。それを踏まえた上でマリアも意見を述べている、自分なりに一季へと綴る言葉を。

 

「だからイツキとイチカの間にどんな事があったのかも知らない。簡単に聞けそうな話でもないし、あたしが聞いたところでアンタは話したくないだろ?だから

無闇には聞かないよ」

 

「……いや、少しだけなら話せるな」

 

「えっ?」

 

てっきり、「そうだな」と返答するかと思いきやこんな返答が返ってきたので今度はマリアが面食らってしまう。

 

「……正直言って、俺は……奴が、織斑一夏の事が腹立たしくて嫉ましい……否。憎んですらいるな」

 

「憎んでるって……何でだよ?アンタとイチカが出会ったのつい最近だろ?なのになんで……」

 

憎んでるという物騒な単語がその口から出てきた事に驚くマリアだが、確かにさっきの表情は憎しみを帯びていた。だが何故だ?何故一季が最近出会ったばかりの一夏を憎まなければならない?そんな疑問が彼女の心に沸いてくる。

 

「……別に奴が直接俺に何かをした訳でも、奴が悪い訳でもない。だが……それでも俺は奴の存在が腹立たしくて、嫉ましくて、憎たらしい……!奴の存在が俺の存在を掻き消しているようで……」

 

「……イツキ」

 

書類に記されていた内容と『あの日』一季を更に絶望させた出来事から、一夏という存在があったから自分がこんな人生を強いられたのではという気持ちを抱く一季に取って、一夏の存在は自分という闇を消し去る忌まわしき光に思えてくる、一夏が悪い訳でもないのは当の一季だって頭では理解している。だが頭でわかっていても心が納得出来ない、己の本心の欠片を紡ぐ一季の顔には確かに、憤り、嫉妬、恨み、そう言った念が浮かんでいた。機体の如く復讐者の様な険しい表情だがマリアは見過ごさなかった。その表情に隠れてしまっているが、その瞳は辛く、悲しくて寂しげな目。年不相応に家族からの愛情に飢える子供みたいな純粋な瞳を。

 

『可笑しいな、何故俺はこんな事を話しているんだ……?』

 

自分の心境を吐露した一季だったが、どうして話したのかは本人もわからない。誰かに自分の本心を少しでも吐き出すなど、今までやらなかった。気付いた時にはそんな人物が誰1人として存在していなかったのだから。誰かに言い聞いて貰う事でこの苦しく辛い気持ちを許容量を越えている心から吐き出したかったのか?それすらわからない。

 

「……ったく、大丈夫だよ。イツキはイチカに掻き消されてなんかいない。ちゃんとアンタは此処に居るよ、あたしが保証する」

 

諭すように一季に言葉を掛けるマリア、その光景は子供をあやす様にも見えなくない。

 

「何でイチカにそんな気持ち持ってるかは聞かない。聞いた所で答えそうにないし、あたし1人でどうにかなる程簡単に解決する事でもなさそうだからね」

 

「……………」

 

その問いに一季は、ぐずった子供が何とか認めるようにコクンと頷いた。確かにマリア1人の力で一季の複雑な心の悩みをこの場で解決出来るかと言われれば不可能に近い。初日の騒動の様に進言して解決策が見つかるような話ではないのはマリア自身察している。

 

「だったらさ、折角試合するんだからこの際一回思いっきりイチカとぶつかってみなよ。何時までもイチカを避けてても何も変わらないぞ」

 

「……そういう物か?」

 

「そーいうもんなんだよ。一回思いっきりぶつかり合えば少なくとも何かは起きるぞ、うん」

 

一季が一夏と距離を置いて素っ気なく最低限の対応しかしない事を知っているマリアは、試合で本気でぶつかり合えば少なからず何か変化が生まれるのではと進言した。このままの距離間では何も変わらない、一夏が一季の事を気にかけている事も知っているからこそ自分なりに意見を述べているのだ。

 

「言っとくけど、試合にかこつけてイチカ痛めつけるとかはナシだぞ」

 

「……なんだ、駄目なのか」

 

「いやっ、当たり前だろ!」

 

「……冗談だ」

 

「冗談言うなら笑える冗談を言えっ!ったく」

 

其処はしっかりと大丈夫だと断言する所だろと一季にツッコミを入れるマリア。真面目な雰囲気から少し砕けた空気へと変化する、普段の2人のやり取りだ。

 

「言っとくけど、もしそんな真似しでかしたら」

 

「……したらどうなるんだ」

 

「イツキに思いっきり抱きついてサブミッション掛けるからな」

 

「なっ!?」

 

その発言に何を言っているんだと言わんばかりに仰天する一季。関節技を喰らうのは別に何とも思わないが、抱きつかれるのは異性に免疫のない一季にとって非常にまずい。それを知っているからこそこの言葉には効果がある。それにしても関節技を喰らうのより金髪巨乳美少女に抱きつかるの方が困るとは奇特な奴である。

 

「……わかった。そんな真似はしない」

 

「よし、わかればいいんだよ。んっ?」

 

「……お前は」

 

何時ものペースでやり取りを交わしていると、バシュッとピットの出入り口であるスライドドアが開いた。そして隔てが消えた其処に立っていたのはセシリアだった。着替えたのかISスーツではなく、長いスカートの裾やブレザーの袖口に黒いフリルを付けた如何にもお嬢様的な制服を身に纏っている。

 

「……何の用だ?」

 

素っ気ない態度で応対する一季、やはり初日セシリアに言われた暴言を許してはいないのだろう。好印象を抱いていないのでもしや負けた事に因縁付けに来たのではと勘ぐってしまう。

 

「その……申し訳ありませんでしたっ」

 

「……はっ?」

 

いきなり謝られたので少々間の抜けた声が出る。ついさっきまであれだけ上から目線で接してきた人間がどういう風の吹き回しだ?というのが本心だ。

 

「今まで数々の非礼な発言、本当に申し訳ございませんでした!」

 

『……一体どうなっている?あのオルコットが俺に謝るだと?』

 

頭を下げ改めて謝罪するセシリアを見て思わず本心が口に出る。先程までのセシリアを思い返せば男を下に見ているセシリアが自ら謝罪しに出向くなど考えられない。

 

「イツキ、何とかいいなよ」

 

何も言わない一季に小声で発言を催促するマリア。

 

「……まぁ、そのなんだ。頭を上げてくれ」

 

いきなり謝られて頭を下げられたままというのは調子が狂うのか、取り敢えず頭を上げるよう告げる。

 

「……それで、一体どういう風の吹き回しだ?いきなり謝りに来るとは」

 

「それは……貴方に言った発言が無礼な物の数々なのを今更ながら気付きまして、本当に申し訳ございません」

 

どういう心境の変化だと一季は思うが、その表情や態度から本当に自分に浴びせた暴走の謝罪に赴いたのに少々驚いている。

 

「……あぁ、そうだな。初対面の人間に見下され、見た目通り中身もみずほらしいだの、極東の猿だの、奴隷が丁度いい身分だの散々暴言を浴びせられたのは今でも忘れないな」

 

「ううっ……」

 

浴びせられた罵声を結構根に持っているのか嫌みな対応をする一季、最もあんな発言の数々を浴びたら誰でも根には持つだろうが。そんな暴言を言い放ったは紛れもない事実なのでセシリアも言い返せないしバツが悪い。

 

「……そういえば今回の決闘、俺の勝ちだったな」

 

突如として思い出したかのように一季はそう呟いた。事実セシリアから挑まれた決闘の結果は一季の勝利で終わっいる。

 

「お前が勝てば俺を奴隷にするなど抜かしていたが、結果は俺の勝ちだ。まさか、俺だけにこんな条件を突き付けておいて自分は負けても何も無しとは言わないよな?」

 

「そ、それは……」

 

鬱憤を晴らしているのか脅しめいた口調でセシリアを問い詰めている。これではどちらが悪いのかわかった物ではない。

 

グイッ

 

「……ブライト、何をしている?」

 

「そりゃあこっちの台詞だ、何を脅してるんだよ」

 

「……別に脅してなどいない。少々仕返ししただけだ」

 

「えっ?あ、あの ……」

 

そんな一季を見かねて髪の毛を掴みグイッと引っ張るマリア、肉体に触れないのは彼女の気遣いである。そんな2人の漫才じみたやり取りについて行けていけず少しオロオロとするセシリア。

 

「……冗談だ。別に俺が勝ってもお前に何かを強要するつもりなどない、別に俺は小間使いなど欲しくないからな」

 

「で、では今のは……一体?」

 

「……言っただろう、只の冗談だ。あれだけ好き勝手言われたままなのは癪だからな、少しだけ仕返しさせて貰っただけだ」

 

そう、別に一季には最初から脅して従わせるつもりなどさらさらない。言われっぱなしなのが癪なので少々意地の悪い仕返しを実行しただけである。

 

「まったく、謝りに来たこのタイミングでそんな事するかねぇ」

 

「……この程度の言い返しなら可愛い物だろ」

 

「はぁ……それで?イツキは許すのか?許さないのか、どっちなんだい?」

 

謝罪を受け入れるのかそうでないのか、肝心な事を聞くこの騒動に巻き込まれているマリア。まぁ、本人は特に巻き込まれているとは感じてなさそうだが。

 

「……まぁ、俺もオルコットを煽る言動が所々あったからな。だから……今回は許す」

 

「よ、よろしいのですか?わたくしは貴方に酷い事を……」

 

「……だから言っただろう、許すと。だが、2度と誰かを奴隷にするなど抜かすな。もしまたそんな事を言えば……次は絶対に許さん。いいな?」

 

「も、勿論ですわ!」

 

無駄に煽る振る舞いをした事が騒動に油を注いだ一因なのをわかっているからか割とすんなり謝罪を受け入れている一季。しかし今回は水に流すが、次はないとセシリアに釘を打つ。鋭い眼光で睨まれドスの利いた声で2度目はないと宣告されて、激怒された事を思い出し少し怯えながら返答するセシリアだった。

 

「あの……1つだけお伺いしてもよろしいですか?」

 

「……別に構わないが、俺に何を聞きたいんだ?」

 

一季の一挙手一投足を伺うように尋ねているセシリア、初対面時の自分を下に見て都合などお構いなしに一方的に喋っていた態度と全く違うので一季も今のセシリアの態度に慣れない。

 

「……今思えば自分でも浅はかで愚かな発言をしたのは重々自覚しています。それを承知の上でお聞きします、何故そこまで奴隷という言葉に過敏に反応して嫌悪なさるのですか?」

 

「……………」

 

今となって考えれば自分がどれだけ愚かな事を言い放ったのかわからない程セシリアは馬鹿ではないし、奴隷などいう身分など誰しもが嫌悪するカースト制度だ。しかし一季の反応は端から見れば明らかに過剰とも取れる位に怒りを露わにしていた。それがセシリアの感情に引っ掛かるのだ。もしかしたら自分は本当に言ってはならない暴言を言ってはならない人物に言ってしまったのでは?と。

 

「……奴隷としての苦痛を嫌という程わかっているから、だろうな」

 

「えっ?」

 

「……悪いがこれ以上言いたくない。思い出すだけで嫌になるんだ」

 

「……はい。重ね重ね失礼いたしました」

 

そう語った一季の表情は本当に思い出したくない過去の断片を語っているのを立証するように苦い表情となっていた。それを見たセシリアの心に渦巻く罪悪感が増していく、その心を映し出す整った顔は未だ罪悪感が色濃く残っていた。自分は本当に愚かな発言をしたのだと。

 

『イツキ……アンタ、昔一体何が遭ったんだよ?』

 

その会話を聞いて過去に一体何が起きたのかと尋ねそうになるマリアだが、此処はグッと堪える。誰だって踏み込まれたくない事情は1つは存在する、そして恐らく一季のそれは並大抵の事情ではないのだろう。それにもうすぐ一夏との試合だ、漸く落ち着きを取り戻した心をまた乱す事は出来やしない。そしてそのまま、一夏と戦うその時まであっという間に時間が過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

『一季君、もうすぐ試合が始まります。準備は大丈夫ですか?』

 

「……はい。大丈夫です」

 

白式の機体ダメージは第一形態移行により消失している、シールドエネルギー補給と整備・検査に休息時間が終わりもうすぐ一夏との試合が始まる。ピット越しからの真耶の知らせに問題ないと返した。

 

「イツキ!アンタの全力、イチカにぶつけてきなっ!」

 

「……あぁ。言われなくても、そのつもりだ」

 

ゲートへと移動した一季がそう何時も通りの淡白な返答をマリアへ返すと悲劇の復讐者を展開し装着していく。少し前の荒れはすっかり形を潜めて普段の落ち着きを取り戻していた。

 

「イツキ」

 

「……どうした?」

 

装着し終えた今なら、ハイパーセンサーがあるので後ろにいるマリアの表情は振り返らずとも見る事は出来るがついつい振り返る。その表情は何時も通りの明るさにどこか心配を漂わせている様に見えた。それがハイパーセンサーによる補正かはわからない。

 

「あたしは信じてるからな。イツキの事」

 

一季が一夏に勝利する事なのか、一夏へ抱く感情で暴走しないと誓った事なのか、どちらとも取れるその信じてるという言葉。マリアがどちらの意味で言ったのか?それは一季にはわからない。だがマリアが自分を信じてくれているのはわかる。

 

「……わかった。行ってくる!」

 

そんな言葉を言われたからか、珍しくそう力強くマリアに返事をして、一季はゲートから飛び立っていく。その際生じた風圧を受けながらマリアは信じた男のその背中をしっかりと見送っていた。当人達は気付いていないが対戦相手の飛び立つ光景がテジャビュしていた、幾多の偶然が重なった賜物である。2人のイレギュラーがアリーナへと飛び立ったまさに今、インターバルという幕間は終わりを告げ、クラス代表決定戦は一夏VS一季の対戦カードの火蓋が切って落とされ、クライマックスという名の佳境へと移りゆくのだった。




予告したように一季側のインターバルの話でした。皆さんの予想通り地雷踏み抜かれたので荒れてましたが、まぁそこまで荒れずに何とか落ち着きを取り戻しました。

さて、次回からいよいよ一季対一夏の戦いが始まります。オリジナル主人公と原作主人公、黒と白が激突した先の結末とは、そして近付いている一季の正体を知る瞬間。もうすぐハーメルンに移転して一年が経つのでそれまでには何とかその話を投稿したいと思っています。それではまた次回!


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第26話 激突する黒白 一季VS一夏

1ヶ月振りの更新です。体調不良やスランプやらで更新が遅れました、すいません。漸くオリジナル主人公と原作主人公の戦いとなりますが、今回出来は余りよくないと思います。


「……………もう少しだ、もう少しすれば奴との戦いが始まる。織斑一夏との戦いが……」

 

アリーナ空中にて対戦相手である奴の飛来を待つ、俺の片割れでもあるかもしれない存在にしてISを動かした男との試合が直に幕を開ける。世界で2人しか存在しない男のIS操縦者同士の戦いとあってか、観客席のボルテージは今までの試合の時よりも高ぶっており、試合開始前だというのにも関わらずそのテンションは高い。

 

『奴にだけは絶対に、断じて負ける訳にはいかない、奴にだけは負けられないんだ……』

 

負けるのは好みはしないが、例え誰かに負けたとしても、その者の実力等の要因があれば敗北という現実は受け入れられる。だがしかし、奴にだけは……織斑一夏にだけは俺は絶対に負けられない。どんな理由があれど俺が俺として存在する為に、奴にだけは絶対に負ける訳には……いかないんだ!

 

「……来るか」

 

奴が使用するピットのゲートが開き、解放されたそこから除く白きIS。その名の通り白き外観の白式を身に装着した奴が飛行し此方へと飛翔して来た奴は、俺と面と向かい合う形で浮遊する。

 

「待たせたなっ、一季」

 

「……本当にその通りだ、待ちくたびれたぞ。漸くお前を」

 

このアリーナでお前が来るまでの間はさほど待ってはいないが、お前と戦う事になってから、否……俺がISを動かしたその瞬間からこの時が訪れるのを待ちわびていたのだろう。俺を絶望させた『あの日』、世界で初めてISを動かした男にして、俺の双子の兄弟であるかもしれない織斑一夏という人間を漸く……

 

「……叩きめせる瞬間が訪れたのだからな」

 

「……言ってくれるな、おい。そんな簡単にいくと思ってると痛い目見るぜ」

 

舐めていると思われたかもしれないが、別にどうでもいい。試合開始のブザーはまだなっていないので開始の鐘の音がなるまで待つこの僅かな時間すら煩わしい。

 

『この戦い俺はお前に必ず勝利する。絶対にな』

 

ブライトやオルコットと比較すれば奴は明らかに2人より実力も経験も劣る、あの相手に勝利しようとするよりもお前相手に勝つ方が容易いのはIS関係の人物ならば大抵そう結論付けるだろう。だがしかし、俺はそれを理由に気を抜き油断するなどという真似は微塵もしない、奴の白式には憎たらしくも姉さんの《雪片》と瓜二つの武器《雪片弐型》と『零落白夜』という力を継承している。武器を模倣するなら可能だがワンオフ・アビリティーまで同じ能力になるなど前例がない、第一形態でワンオフ・アビリティーが発動しているのは俺の悲劇の復讐者も同様だからまだしも何故能力まで同じに……奴が姉さんの弟だからだとでも言うのか!?忌々しい……!

 

『……落ち着け。こんな調子では試合中に足下を救われるぞ』

 

憤りを再燃させていき熱を持ち始めていく思考回路を深く呼吸する事でクールダウンさせる。冷静になれ、『零落白夜』を喰らおう物ならば此方の敗北も有りうる、目の前の奴を倒すその時が訪れるまで、この燃えたぎる感情が消え行く時は訪れはしないだろう。だが思考は冷静を保て、戦いで冷静さを欠落させればそれが隙を作り出し、敗北へと直結する。

 

『オルコットとの試合を見た限りでは奴の武器は恐らく《雪片弐型》のみ、ならば奴が試合開始直後に取る行動は……』

 

試合を観覧しての推測だが、奴の機体白式には恐らく近距離格闘専用の近接ブレード《雪片弐型》しか搭載されていない。現在の奴に次の試合まで武器を温存して戦う技量も余裕も有りはしない、推測にしか過ぎないが概ね合っているだろう。しかしその唯一の武器はその力により一撃でシールドエネルギーを大幅に削り取れる高い攻撃力を持ちし強力な刃。そんな武器を手にして、尚且つそれしか持たない人間がスタンスとする戦法など知れている。

 

ビー!

 

そしてやっと試合の始まりを知らせるブザーが鳴り響く、しそれは此処にいる誰もが俺と奴との戦いが開幕した事を理解する音色であり、観客席にいる生徒達のテンションが更に増していく引き金となった。それとほぼ同時に試合も早速動きを見せる

 

ズガガガガガッ!

 

開始一番に先手を打たんと《悪魔の尾》をガンランスへと変え、奴という標的目掛け実弾を次々と打ち出していく。

 

「うおぉぉぉ!」

 

『やはりな……予想通りだ』

 

しかし奴はそんな事はお構いなしにスラスターを噴かせて此方へと接近し間合いに入ろうと企んでいる。しかしそれも計算通り、奴の現状では近距離戦しか行えない。それならば多少のダメージを糧にしてでも間合いを詰めて『零落白夜』によって絶対防御を強制発動させエネルギーを削るのが奴にとって最も勝利を近くに引き寄せる確実な戦法なのだ。だからこうして襲い来る弾幕によるダメージを、かわし避けながら最小限に留めながら接近してくる。

 

「ならば……これはどうだ!」

 

ガンランスから鞭へと変化したそれを相手の横っ腹を薙ぎ払う容量で横手から振り抜き、振り抜かれた鞭が奴を襲う。

 

「くっ!」

 

横からの攻撃に奴は接近を一時休止して、下降する事で鞭の一振りを避ける。すかさず鞭をガンランスへと変え、再び標的を打ち抜こうと実弾を打ち出していく。

 

「くそっ、見てた時も思ったけど厄介だな。ってか、ガンランスと鞭に変わる武器って有りなのかよっ!?」

 

「知るか、お前にとやかく言われる筋合いなどない!」

 

『憎悪の進化』が発動したらガトリングガン搭載のランスと鞭に変化するアンロック・ユニットが誕生していた、寧ろ俺が有りなのかと問いたい程だ。そんな再び鞭と化した《悪魔の尾》をうだうだ愚痴る奴目掛けて勢い良く振り下ろす。その攻撃を横へと移動し避けられ、鞭はアリーナの地面を強く叩いた。横に移動した事で鞭をかわしたつもりなのかもしれないが……

 

「それで避けたつもりなら甘いぞ!」

 

そのまま右腕全体でスナップを利かせ、奴が避けた左方向へと鞭を振り払う、地上から跳ね上がる蛇の如く勢いでしなりながら振るわれた鞭はそのまま奴の両足を払い飛ばした。

 

「うわっ!」

 

勢いの良い足払いを喰らい、そのままバランスを崩して地面へ転けるように倒れていく。そして倒れた相手目掛け、三度鞭を振るう、他愛のない。

 

「ぐっ……このっ!」

 

一撃鞭の一振りを喰らった後、その手に握る《雪片弐型》で襲い来る鞭を受けとめ弾き返すと、再び俺との間合いを詰めようと接近して来る。

 

「受け止めるか、ならばこれはどうだ!」

 

一度弾かれたそれを再び奴を薙ぎ倒そうと斜め上から振り下ろしていく。しかし臆する事もなく奴は振り下ろされ落ちてくる鞭の一振りを再びその両の手に握り締める刀で鞭の一撃を受け止める。

 

「はぁっ!さぁこっちも行く」

 

ズガガガガガガ!

 

「ぜ、うぁ!?」

 

振るわれた鞭を払いのけ接近しようと試みたらしいが、ガンランスから打たれた実弾の雨に素っ頓狂な声を上げて、その雨を避けていく。鞭を受け止められても、すぐさまガンランスへ変えて攻撃すればいいだけ。近付けさせない攻撃手段は此方にはある、貴様と違ってな。

 

「ふんっ。無様だな」

 

「うるせぇ!誰が無様なんだよ誰が?」

 

お前だ、お前。攻め込もうと決め込んでそれを遮断され素っ頓狂な叫びを上げるなど無様以外ない。……否、他にも例え方はあるか。

 

「無様でなければ、貴様など阿呆か馬鹿かマヌケだ」

 

「そこまで言うか!?俺傷付くぞ!」

 

「知るか!」

 

貴様が傷付こうが知った事ではない、俺はその何億倍も傷付け、痛め付け、苦しめられてきた。ぬるま湯に浸ってぬくぬくと生きて来た貴様に、釜茹で地獄の如き日々を強いられ生きて来た俺が負けられるか!

 

『……やはり中距離戦では決定打に欠けるか』

 

白式と異なり中距離戦の武器も搭載されている悲劇の復讐者だが、ガトリングガンと鞭だけでは流石に高い攻撃力は望めず、シールドエネルギーも削れたとしてジワジワとジリ貧だ。しかも奴は実弾による攻撃も筋の良いかわし方で避けていき、鞭の一振りもその刀で受け止める確率が増していく。ガトリングガンと鞭以外の攻撃手段となると、ガトリングガン搭載のガンランスによる攻撃と高い攻撃力を誇るが接近戦に持ち込む必要のある《灰色の鱗殻》と、近距離戦の武装しかない。しかし俺が奴に接近戦を挑む必要などない。

 

『別に俺は攻め急ぐ必要などない、接近戦へ持ち込まなくても充分勝てるのだから』

 

近距離戦しか行えない相手と違い此方は近距離も中距離も戦闘可能、わざわざ大ダメージを喰らうリスクを犯してまで接近戦に持ち込む必要など此方にはない。しかも『零落白夜』は発動し持続させると己のシールドエネルギーを消費する両刃の剣、使えば使う程奴は己の首を絞める。

 

「ぜってー懐に入ってやる!」

 

「やってみろ、やれればの話だがな!」

 

貴様が間合いに入るまでに俺がこの試合を終わらせるのが先か、貴様が俺の間合いに入るのが先か、それは誰もわからないだろう。だが俺は強引に持って行く、貴様を敗北へと誘う未来へと。その思いを現実にしようと、接近を試みる奴目掛けて攻撃を行うのを再開さした。

 

 

 

 

 

「はあぁぁぁ!」

 

「一夏……」

 

イレギュラー同士の試合が開始してからその戦いを見る面々の思う事は十人十色、ピットでは一季の懐にどうしても入り込み攻め込もうとする一夏の姿を映し出すモニターを真剣な眼差しで食い入る様に見詰めながら、箒は小さな声でぽつりと思う男の名前を呟いていた。

 

「此処までは織斑君が劣勢ですね」

 

「当然だろう、白式には《雪片弐型》しか武器がない。それ故に接近戦でしか織斑はダメージ覚悟で相手に接近するしか攻撃を行う手段がない。それを見抜いているから一季は威力のあるパイルバンカーを使用する接近戦には持ち込まず、自分のみ行える中距離攻撃に徹する戦法を開始当初から取り続けている。幾ら高い攻撃力を誇っても武器の間合いへ入れなければ何の意味もない」

 

中距離射撃型で中距離戦の実力が自分より高いセシリアと戦った際には、中盤まで相手の戦闘パターンを観察・推測して確信を持ってからは、ビットを撃墜させて攻撃手段を潰しペースを乱す事で最終的に高い攻撃力を持つ《灰色の鱗殻》を『瞬時加速』を用いる事で一気に勝負を決めて逆転劇を生み出した。しかし一夏は白式の武装から近距離しか行えないという点について一季は試合を見る事で一夏の戦闘パターン、白式のスペックと武器について把握、そこから接近戦しか行えない相手ならば中距離戦に徹し続ければ自ずと勝利が見えてくるという結論を見いだし最初からガトリングガンと鞭に可変する《悪魔の尾》を駆使して徹底的に中距離戦を行っている。

 

「くっ、このぉ!」

 

「ふんっ、簡単に間合いに入れると思うなよ!」

 

その為一夏は一度もその刃の届く間合いへと入る事が出来ない、交互に襲い来る鞭と実弾のランデブーを避けつつ隙を見付けようとするので現状手一杯なのだ。

 

『キレた時はどーなる事かと思ったけど、ちゃんと相手を見て戦っているねぇ。イツキ』

 

箒達と時を同じく、別のピットのリアルタイムモニターにて試合を観覧しているマリアは一季の戦い振りを目にして感心し、うんうんと頷く素振りをする。特訓として短期間で模擬戦を積み重ねた事により理解した事だが、一季は元々のポテンシャルや成長スピードもさることながら、特筆すべきはその冷静な判断力だとマリアは感じている。相手の戦闘に置けるスタンス、機体のスペックと搭載されている武装、それらを用いてどの様な攻撃や戦法を行うのかを見極めて、自分がどう対処するべきか、どう反撃に打って出るかと考える判断力は自分より高いのではと考える。マリアの戦闘スタイルはその性格を表すかの如く最初から武器を駆使してガンガン攻めていく戦法、相手を見極めてそれに基づいた戦闘を行う一季とは真逆とも言える。週末の短期間とはいえ最初戦った時よりも実力と技術をグングン身に付けていく成長っ振りには正直驚いている、『瞬時加速』を習得したのがいい例だ。

 

「……凄いですわ。つい最近まで素人だったとは思えません」

 

そんなマリアの隣で自分と戦った2人の男の戦う様を目にしていたセシリアはそんな感想を漏らす。一季がピットを飛び立った後そのまま立ち去ろうとしたのだが、マリアに呼び止めれてこうして共に試合を観戦している。そして観戦という立場で戦う光景を目にしているセシリアはついさっき直接自分が戦った際よりも客観的に判断出来ていた。先程まで男であるからと見下していたが、いざ冷静に見てみれば自分と戦った者達のその実力を確認出来る。その実力が素人レベルでは無いのはセシリア以外のギャラリーも思う所であろう。

 

「そりゃあ当たり前だよ。短い時間だったけどイツキは少しでも自分を強くしてセシリアに勝つ為に必死に特訓したんだからさ」

 

たった数日とはいえど一季と一夏が今自分に出来うる己を高める努力を積み、代表候補生たるセシリア相手に僅かでも勝つ可能性を上げようと鍛えて来たのをマリアは知っている。そして試合に臨んだ結果一季は追い詰められながらも見事勝利し、一夏も敗れこそしたが最後の攻撃を躊躇わなければ勝利も有り得たのだ。

 

「随分詳しいのですね、マリアさん」

 

「そりゃまぁイツキはあたしが直接特訓に協力したし、イチカの事はホーキから聞いたりしたからね」

 

気付くと何時の間にか名前で呼び合っているマリアとセシリアだが、これはマリアのフレンドリーな態度によるのが理由だ。最初はブライトさんと呼んでいたが名前でいいよというマリアの要望通りこうして名前で呼び合っている。

 

「この戦い、どちらが勝つのでしょう」

 

「今んとこはイツキかな。イチカが近距離戦しか出来ないのを見抜いてこれでもかってレベルで中距離戦に徹しているからねぇ、でもイチカには一撃必殺のワンオフ・アビリティー『零落白夜』があるから断言は出来ないよ」

 

「つまり……どちらにも勝つ彼女らが有ると」

 

「その通り、イツキにもイチカにも勝つ可能性は充分あるんだよね」

 

代表候補生同士で現在の戦況を見て判断した結果、結論は両者同じ。一季と一夏のどちらにも勝利への希望の光は射している。

 

「まっ。この試合に限らず言える事だけど、相手を舐めて油断した方がこの試合負けるだろうねぇ。自分が有利だからって油断してたら、そこを突かれて負けるなんて話よくあるしさ」

 

グサッ

 

「相手の力を見くびったりして油断してると本当の実力なんて発揮出来ていないし、それが攻め込まれる隙を作る。舐めてる相手に追い込まれると尚更自分のペースも余裕も崩れて立て、それを直すのも難しいんだよ」

 

グサッ!

 

「まぁ。例えるなら、セシリアがイツキを見くびって戦って負けたのがいい例だね」

 

グサグサッ!

 

「み、耳と心が痛いですわ……」

 

マリアの述べた言葉は2人と戦った時の自分を見事なまでに表しており耳が痛いし、その言葉が一々心にグサリと刺さる。言い返したいのも山々だが一季を素人と決め付けて戦った結果、油断を突かれて敗北したのは紛れもない真実なので言い返せない。一夏には勝利したがそれすら一夏が自分の身を案じなければどうなっていたのかわからない。

 

「ちょっと言い過ぎかなぁとは思ってるけど、いくら専用機持ちの代表候補生だって相手を下に見て舐めて掛かったら負けても仕方がないよ」

 

「……そうですわね。今なら自分が負けた理由がよくわかりますわ」

 

今のセシリアには自分がどうして一季に敗北したのか充分理解出来る。試合が始まっているのにも関わらず余裕綽々としていた結果奇襲攻撃を喰らい、中盤は此方の弱点を見抜かれビットを全て落とされ一気に敗北に持っていかれた、確実に相手を舐めて掛かった自分の慢心が招いた敗北だ。

 

「別にあたしはアンタがイツキやイチカと揉めた理由も、男を見下す理由も詮索したりはしないよ。そんな風になるのも理由があるんだろうからさ。だけど」

 

女尊男卑の思想が世界に広まり染まりだし始めてから10年足らず、環境などによりその思想に染まってしまう人間が存在しても不思議ではない。それはマリアも把握している、元々祖国のアメリカは告訴社会でもあると同時にISが発表される前から女性優遇の社会であった。それを踏まえた上で言っておきたい事がある。

 

「戦いの中じゃ男だの女だのISが有る無いだの関係ないだろ。強けりゃそいつの方が偉いのさ、そこに性別なんて存在しないよ」

 

「ず、随分強引な意見ですわね……」

 

「そーかい?あたしは女はISを動かせるから偉いとか思ってないからね、強い奴が偉いって考えてる」

 

元々女尊男卑や男尊女卑の風潮自体マリアは嫌いだ、『強い人間こそ偉い』それがマリアの考えである。別に強い人間が何でもかんでも好き勝手な振る舞いをしてもいいというのを推奨している訳ではない。

 

「まー、兎に角。今度からは相手を舐めて戦うのは辞めなよ、そんな考え方は誰の為にもならないからさ」

 

人を舐めるというのは誰も得をしない。舐められた方もいい気分にはならないし、舐めている方もそんな事をしていては高みへと登れないならまだしも下手をすれば軽蔑の対象となってしまう。

 

「……えぇ。そうですわね」

 

そう簡潔に返事を返すセシリアだが、マリアはそれで充分だった。自分が目にしているその表情はモニター越しで見ていた傲慢の笑みではなく、高みを目指そうとする淑女のそれなのだから。

 

 

 

 

 

「……それにしても、織斑君と一季君、どっちが勝ちますかね?」

 

「現在の実力と状況から見れば一季なのは明らかだ。しかし織斑にはこの劣勢を覆す事が可能な切り札を手にしている」

 

「つまり……それは一夏にも勝つ可能性は残されているという事ですか?」

 

「そうなるな、お前も知っているだろう篠ノ之。あいつは黙ってやられる奴ではないからな」

 

時を同じくAピットで勝者を予想している面々も、一季が有利なのには変わらないがその状況を一撃でひっくり返す力が一夏にはあると認識している。

 

「えぇ。このまま終わる程一夏は柔ではありません」

 

鈍っていた感覚も自分との特訓で取り戻した、それに先程のセシリアとの戦いでも逆転への可能性を作り出したのだ。一夏ならばこの劣勢を打ち破ると箒は信じて疑わなかった。

 

「そうだな。男ならばこの程度の戦況、打破出来なくてはな」

 

そう、この試合の状況ならば何とかなる。後に待ち受けている事実と比べれば難しい事ではない。今の千冬にはそう思う答えしか浮かばなかった。

 

「一夏」

 

「イツキ」

 

「「頑張れ」」

 

互いに別の人物を応援している箒とマリアだが、偶然にも2人の少女その応援の言葉が同じタイミングに呟かれたのを誰も知らない。

 

「それにしてもマリアさん、随分とあの方の肩を持ちますのね?」

 

「そーかな?別にそこまで入れ込んでるつもりないんだけど」

 

「もしかして……お付き合いなさっているとか」

 

「なんでそうなるんだよ!?」

 

「さぁ?」

 

一季を応援するマリアに、先程言われたお返しにと言わんばかりに関係を勘ぐるセシリア。この問いにペースを崩されたマリアの様子を見て、してやったりと笑みを浮かべながらモニターに映る試合を見ている。唐突にそんな事を問われペースを乱されたマリアも試合意識を向けようとモニターへ目をやると、黒き復讐者と白き騎士の戦いは、まさに今動きを見せ始めていた。

 

 

 




ハーメルンに投稿してから1年が経って初めての投稿となった今回の話で、やっと一季と一夏の戦いが始まりました。とは言っても戦闘シーンは半分程度ですが、2人の戦いの決着は次回となります。

さて、前回マリアに自分の気持ちをぶつけてこいと言われた一季ですが、一夏を叩きのめすと物騒な発言を……自分の募り募った気持ちをぶつける=叩きのめす。になっても今の一季だと可笑しくはないっちゃないのかもしれませんが……かといって一季の場合本心吐露するとそれを聞いた人達の心にダメージがデカいという……

次回で恐らく代表決定戦は終わりを迎えます、果たしてどのような決着を迎えるのか?では、また次回。


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第27話 黒と白の均衡

お久しぶりです。再投稿ではありますが、奇跡の双騎士1年7ヶ月振りの更新となります。まさか息抜きとリハビリがてらに書いてた遊戯王の方を先に更新する事になるとは思いませんでしたが、再びこの作品に投稿する事ができました。と、言っても最後の方の加筆ち中心にちょこっと修正した相変わらず拙く、戦闘描写がちっとも上手くなっていない文章ですが……そもそもこんなに間が空いたら加筆修正前の27話を誰も覚えていませんよね……


「よしっ!そこよっ、いっけー!」

 

「織斑君ーっ、守ってばっかじゃ勝てないわよー!」

 

「その調子よっ、一季君!連勝決めちゃってー!」

 

アリーナの観客席には学年を超えて多くの生徒がこの試合を観覧しに訪れている。試合を観戦するのが好きな生徒、専用機持ちの試合を見て学ぼうとする生徒、一季や一夏の試合に興味津々な生徒、理由は個々により違えど、参加者が全員専用機持ち且つ3人中2人は世界で2名しか存在しないISを動かせる男子、内1人は憧れの織斑千冬の弟。そんなメンバーが理由はどうあれこうして試合を行うともあれば、事実上女子高である此処の生徒達の興味をくすぐらない訳がない。2試合を終えた今、その2人のイレギュラーの男子が戦うその光景は女生徒達のボルテージを否が応でも高ぶらせる。セシリアが耳にすれば憤慨するだろうが、正直この一季と一夏の試合があるという情報が広まった際にはその対戦カードを一番心待ちにしていた生徒達が多い。理由は十人十色なれど、イケメンな男子同士の戦いともなれば本来はそんな人物など存在せず尚且つ女子校出身者の多いIS学園の生徒達は自ずとその試合がどうなるのか見たくなったのだ。

 

「ハァハァ、やっぱり男同士の戦いは萌えるわね」

 

「くっ、なんで一季君の顔が見えないのよ!どんな顔して攻撃してるかわからないじゃない」

 

「馬鹿ね~、見えないからこそどんな表情を浮かべてるか妄想出来るじゃない」

 

一部の面々はこの戦いを見てこの場に似つかわしくない腐った妄想をしている、これが授業中ならば鬼教師の千冬によりグラウンドを走らされる羽目になっていただろう。

 

「私としてはそろそろ織斑君が『受け』から、『攻め』に転じてくれると嬉しいんだけどなー」

 

「確かに……一季×一夏も良いけど、一夏×一季の方が王道か」

 

どの辺が王道なのだろうか?それ以前に『攻め』や『受け』の意味が違う。よもや一夏は自分に一季、加えて中学からの友人五反田弾までもネタの餌食になっているとは思いはしない、見た事のない人間すらネタにするとは恐るべし。一応この学園の生徒の名誉の為に言っておくがこんな生徒は少数派である。……多分。

 

「ほぇー。織斑君も一季君も凄いよね……」

 

「特に一季君なんか、セシリアに勝っちゃったし」

 

「ホントホント、まさかあそこから一気に逆転だもんね。織斑君も負けちゃったとはいえ粘ったし」

 

「2人共凄い凄い~」

 

2人のクラスメートである1組の生徒達も一団となり、最早当然の如く試合観戦に訪れており各々が盛り上がりを見せている。よく行動を共にしている相川清香、谷本癒子、鏡ナギ、布仏本音もこれまでの試合感想を口にしながらその視線は空にて激突している白と黒の存在から背かれる事はない。

 

「それにしても、一季君って何者なのかしら?」

 

「どうしたの静寐?唐突に」

 

思った事をふと、突然に呟くように疑問を述べるクラスメートの鷹月静寐に疑問をぶつけるナギ。しかし静寐の疑問に同感を抱く自分も同時に存在しているのも事実。

 

「だって、いきなり何の前触れもなしに現れたのにISの知識に凄く詳しいし、その上転入初日にはもう専用機持ち、謎が多すぎよ」

 

「そーいえば確かに、前に私達が聞いたらまだ習ってないような所がスラスラ出てきたし」

 

静寐の疑問は最もだろう、以前ISの授業にて何度か千冬に当てられた一季は何の迷いもなく答えを述べてみせた。その後、一度休み時間に清香と癒子が恐る恐る興味本位で一季にIS理論ついて尋ねてみた所、一季はまだ習ってもいない箇所を淡々と説明して驚いた記憶は新しい。それに加え代表候補生か企業所属の人物位しか所有出来ない専用機を男とはいえ初日から所持しているのは普通ならば有り得ない。大々的に報道された一夏でさえ専用機持ちとなったのは今日なのだから。

 

「確かにそうよね。一季君って謎が多過ぎるわ」

 

ナギの簡潔なこの言葉が一季の存在を物語っている。男でISを動かしただけでも謎だというのに、初日から専用機持ち、ISに関する知識の高さ、見るからに自分達と同じ日本人にも関わらず名字もない、初対面時のもう何年も人と関わっていない様なみずほらしいとも評せる出で立ち、上げていけばキリがない。

 

「でも……悪い人とかには思えないかな」

 

「うん。一季君の事はよくわからないけど、私もそう思う」

 

清香と癒子は席が一季の隣と後ろという事もありよく一季の様子が目に入る、かと言って会話を交わした事は殆どなく、初対面時やセシリアとの騒動の際には怖さを覚えた。理由も根拠もないのだが、僅かに経た交遊から見て2人には一季に関して『謎が多いのは同意だが悪い人間だとは思えない』それが現在の心境である。

 

「まぁ、確かにね。私も悪い人には思えないわね」

 

「コミュニケーションは取りづらいけどね」

 

静寐もナギも一季に関してコミュニケーションこそ取りづらいが悪い人間とは考えていない。多分人と接するのが得意ではないんだろうなと位に思っている。

 

「おりむー、つっきー、どっちも頑張れ~」

 

戦っている2人になんとも間の抜けたニックネームを付けてエールを送る本音。何時も通りの通常運転だ。

 

「つっきーって、あんたね……」

 

「また懐かしい言葉を……」

 

「子供の頃よく見たわあのアニメ」

 

「みんな、試合に集中しなさいよ……」

 

つっきーという渾名を聞いて、月夜が池に住んでいる何を考えているのかわからない恐竜みたいな生き物が頭に浮かんでしまった4人。呆れ気味に本音と、それをツッコム清香達に試合に集中しようと提言する真面目な静寐の姿がそこにあった。

 

『うぅ……邪魔が入らなければ今頃私はどっちかに近付けたのに』

 

そして一季と一夏の両名にISを教えるという名目でお近付きになろうとして失敗に終わった3年生は、2人の試合を見る観戦者の数に益々失敗を只悔しがっていたのを本人以外知る由もないのである。

 

 

 

 

 

空中にて白の鎧を纏う騎士が、返り血を浴びたような黒き悪魔と戦っているとも見れるこの光景。白き鎧、白式を纏う一夏は黒き悪魔、悲劇の復讐者を纏う一季に防戦一方の戦いを強いられている。

 

「くそっ、このままじゃ埒があかねぇ!」

 

本心を偽らずに、想うがままの言葉を一夏は口から吐き出した。一季との試合の幕が開けてからというもの、右手に握る《雪片弐型》から繰り出される一閃が届く間合いへの接近を悉く阻まれて、自分のシールドエネルギーをジリジリと削られているだけ。本心から漏れたその言葉の通りこのままでは何も出来ずに負ける可能性が高いのだ。

 

『何としても間合いに入らねえと、そうしなけりゃ俺の負けだ』

 

自身の専用機である白式に搭載されているのは近距離戦専用の刀《雪片弐型》のみ、しかし自分には刀身から光の刃を発生させるワンオフ・アビリティー、絶対防御を強制発動させて相手のシールドエネルギーを大幅に削る切り札『零落白夜』がある。この力があれば勝つ事も不可能ではないが、発動及び持続で自身のシールドエネルギーを喰らう両刃の剣故に多用出来ない、だが現状は切り札を発動する好機すら訪れていない。こうして攻撃を避けて防ぎ、防いでは避けての繰り返し、折角の切り札を生かす機会が訪れない。

 

「くそっ、そこまでして俺を近付けさせたくないのかよ!?」

 

「当たり前だ。近距離戦しか出来ない相手ならば、中距離戦か遠距離戦に徹するに決まっているだろ」

 

一夏の問いに対する一季の返事の内容は当然の物だ。確実に勝利を手にするのなら、相手の攻撃手段を封じ込めて自分だけ攻撃を行える戦闘が可能ならば徹底的なまでにそのスタンスを実行する。

 

「にしたって、いくらなんでも徹底的過ぎるだろ!俺の事が嫌いなレベルで近付けさせねぇじゃねえか!」

 

こんな女だらけの学園で気まずさと肩身の狭さを味わいながら生活している一夏にとっては亡き兄弟と同じ名前であり同じイレギュラーな存在同士仲良く接したいと願っているのに一季はこの戦闘の様に素っ気なく冷たい態度を取り続ける。試合を通じて少しは心が通わせるのではと思えばこんな徹底して距離を置かれた戦いだ。正直言って今の一夏は我が儘を言っている子供とさして大差ない。

 

「試合中に何を馬鹿な事を……」

 

試合中に何を子供の我が儘みたいな戯れ言を抜かしているのかと呆れとイラつきを隠さずにいる一季。顔を覆っているそのバイザーの下に隠れた表情は間違いなく呆れとイライラを滲ませている事だろう。

 

「そもそも嫌いなレベルという話ではない、俺はお前が嫌いだ」

 

「き、嫌いって……そんなストレートに言うなよ!」

 

嫌いと言われたその一言が心に刺さるのを一夏は感じる。態度で薄々感じてはいたが、こうもハッキリ言われるとキツい物がある。

 

「ならハッキリ言ってやる。俺はお前など大嫌いだ!」

 

「だから少しはオブラートに包めー!ってうわぁ!?」

 

追い討ちとばかりに躊躇なく大嫌いと断言され、ガーン!という効果音が表記されていそうな位分かり易いショックを露わにする一夏に一季は更なる追い討ちを掛けるが如く鞭を振り上げ攻撃してくる。一夏にはショックを癒やす時間さえな与えない事から嫌っているのが嫌でもわかる。

 

「何をやっているんだあの馬鹿共は……」

 

「あ、あははは……まぁ、お2人もまだ子供ですし」

 

「まったく、小学生の口喧嘩じゃあるまいし……」

 

「ったく、イツキもイチカも試合中に何やってんだか」

 

「本当に低レベルな口論ですわね」

 

そんな2人の口論をモニターで見ていた面々は小学生レベルのやり取りに呆れながら何処か微笑ましく見守って試合を見続ける。そんな表情が驚愕に染まるなど、この時の彼女達は想像すらしていなかった。

 

『この程度の口論で済めば、どれだけ……』

 

只1人、2人の担任して一夏の姉であり、一季にとっても姉でもある可能性の千冬を除いては。

 

 

 

 

 

『……くそっ、本当に隙がない!』

 

試合開始から軽く10分は経過した頃合いだろうか、そんな事を考えながら未だに懐に飛び込めていない自分の不甲斐なさを嘆きたくなりながら一夏は弾丸を避け、鞭を《雪片弐型》で弾き防ぐの繰り返しながら攻め込もうとしている。しかし懐に飛び込む隙など一季は見せず、繰り出される攻撃を何とか逃げて防いで凌いでいる。しかしそれでも少しずつシールドエネルギーを削られ、残りのエネルギーは400を切った。この状況が続けばでは切り札の『零落白夜』を発動するエネルギーすら削られてしまう。そうなってしまっては勝ち目が大幅に減る。

 

『何とかしねえと……』

 

何かなんでも一季の懐に入って接近戦に持ち込む、それだけは絶対に成功させなければと一夏は固く決意している。

 

『……この方法ならなんとか接近戦に持ち込めるかもしれないけど、けどなぁ……』

 

ふと、一夏の頭に現状を打破しうる可能性を秘めた1つの作戦が脳裏に浮かんだ。しかしその内容は思い付いた本人自身気の進まない作戦内容である。

 

『ええい、悩んでてもこの状況は変わらない!悪く思わないでくれよ、一季』

 

しかし悠長に悩んでいる暇も有りはしない、仕方なしにと一季への詫びの気持ちを抱きながらその作戦を行動へと移す事に一夏は決めた。

 

『ちっ、ちょこまかとしぶとい奴だ』

 

一方未だ無傷で優勢である一季も心に軽いイラつきを覚えていた。一夏相手など《悪魔の尾》で軽く蹴散らせると考えていた一季にとって攻撃を避け、防がれ続けられているのは気分のいい話ではない、心の中で思わず舌打ちをしてしまう。

 

『やはり、中距離戦となると決定打に欠けるか……』

 

接近戦しか行えないが高い攻撃力を持つ白式を相手取るには中距離や遠距離で戦うのが得策。しかし悲劇の復讐者に中距離及び遠距離での戦闘において決定打と成りうる程に高い攻撃力の装備はない。如何に《悪魔の尾》が必要に応じてガンランスと鞭に姿形を変える便利な武装とはいえども、攻撃力に欠けるのが弱点と言えば弱点。逆に攻撃力の高い装備はといえば至近距離でその真価を発揮する《灰色の鱗殻》、一季の切り札の1つである。『瞬時加速』というもう1つの切り札を使い、一夏目掛けて特攻し《灰色の鱗殻》を浴びせるのも策だが、『零落白夜』という接近戦においてIS最強の能力とも称せるそれを持つ相手に特攻を仕掛けて、それを見越して発動していた『零落白夜』の光の刃に突っ込んで自滅という自身にとって耐え難い最悪の末路に繋がりかねないこの案を実行に移すのは控えたい所。

 

『……相手を見くびっていた結果がこの状況か、我ながら情けない』

 

正直言って今日初めてまともに実戦を行う一夏など早々に試合を終わらせられると思っていた、自分は代表候補生のマリアやセシリアに勝利しているのだから一夏など余裕で負かせられるという自信があった。しかし実際の所ばかりどうだ?今の自分は中距離戦に徹すればさっさと勝てると思い上がり、それを達成出来ずに攻撃を防ぎ避けられ、試合が中々動かない現状に機嫌を損ねイライラしているではないか、自分と戦ったセシリアよりも質が悪い。

 

『ブライトに文句を言われそうだな……』

 

相手を舐めずに自分の全力を出して戦えとマリアに言われたのにも関わらずこの様だ。信じているからな、と言ってくれたマリアへの罪悪感へと情けない自身やそうさせる一夏に対しての怒りが一季の心に湧いてくる。

 

「おい、一季!」

 

「……なんだ」

 

そんな一季に叫ぶ様に声を掛けてくる一夏。一季は自分の浅はかさからくる忌々しさを一夏に八つ当たりするかの如き返事を返している。

 

「何時までこんな攻撃続けるつもりだ?これじゃあ日が暮れるぞ」

 

「そんな訳があるか、馬鹿馬鹿しい」

 

「そうか?攻撃の方法が同じだから俺も防いだり避けたりするのに慣れてきたからな。有り得ない話じゃないぞ。それにセシリアの狙撃に比べればまだ避けやすいしな」

 

「ちっ……」

 

一夏の言う事は事実、時間が経つにつれて実弾を避けるのも鞭の一振りを防ぐ確率が上昇しつつある。確かにセシリアとの戦いで味わったブルー・ティアーズの4機のビットによる反応が遅れる多方向からの狙撃に比べれば、死角でも何でもないガンランスによる狙撃や鞭の一振りは避けやすい。それを指摘された一季は不愉快を表すように舌打ちをする。

 

「それにこのまま試合が長引くと引き分けになる可能性だってあるかもしれないんだぜ、アリーナの使用時間には限りが有るって千冬姉も言ってたしな」

 

そう。アリーナの使用時間には限りがある、それまでに決着が着かなければ引き分けの可能性も否定出来ない。一夏がとっさに思いついた口から出た出任せだが、只でさえ放課後に3連戦、しかもこの試合はその最後の1戦。使用時間の終了が訪れるその時に最も近い試合である。もしもその時が訪れたなら引き分けという結末も有り得ない話ではない、そんな結末が一季の頭に少しだけだが作り出される。

 

「……ふん、そうやって俺が接近戦を仕掛ける様にけしかけるつもりか?」

 

しかし幾ら何でもそんな時間になるまでこの試合が長引くとは一季は考えていない。これは一夏が自分を有利な戦況へと変える為の作戦なのだと、イライラの残る思考だがそこは冷静に結論付けた。

 

「さぁな、単に俺はこのままお前が負ける可能性がある接近戦を拒んでいると俺に勝てない可能性があるぞって言ってるだけだ」

 

「……は?」

 

一夏のその発言に『こいつは何を言ってる』という感情をパイザーに覆われた表情と声で露わにしている。その声からは明らかに気分を害しているという気持ちを表現している。

 

「貴様……俺がお前に負けるのを恐れて接近戦を避けているとでも言いたいのか」

 

「そこまで言ってないだろ。別にお前が中距離戦に徹底してもそれは戦法だから可笑しくない。例え接近戦に持ち込んだら少しでも自分に負ける可能性があるから避けた結果だとしてもな」

 

明らかに煽っている、それは一季自身充分理解してその意図も把握出来るし確信を得た。自分を挑発して攻撃力のある武装を使用出来る接近戦へと持ち込ませ、切り札の『零落白夜』で勝負を決めるといった算段なのだろうという確信を。

 

「貴様……そんな煽りで俺が挑発に乗るとでも思っているのか?」

 

『あーくそ、やっぱり駄目か……』

 

理由は知らないが自分の事を嫌い距離を置き、戦法にもその態度を遺憾なく発揮している一季をわざとらしく挑発して煽って接近戦に持ち込ませように仕向ける芝居をしてはみたが、効果が見られない。正直こんなやり方など一夏は使いたくなかった、尚更毛嫌いされそうな上にこんな態度を取るのは情けなく思う。しかし他にこれといった打開策が思い付かず仕方無しにこの挑発作戦を実行へ移したが、結果は一季の機嫌を損ねて更に嫌われ、自身の良心も傷付き、接近戦へ持ち込ませる事も出来ないという最悪な展開だ。

 

「貴様のくだらん挑発のお陰で俺は不愉快だ。だから……」

 

『あー……こりゃあ今まで以上に徹底的に距離取って戦うだろうな』

 

さっきよりもより徹底的に距離を置いて中距離戦に徹するだろうなと一夏はそう思っていた。何1つ上手くいかずに一季の機嫌を損ねただけだと。

 

「貴様を叩きのめして憂さ晴らしにする。お望み通り近距離戦でな」

 

「やっぱりそうか……えっ、なんだって?」

 

一季の口から発せられた言葉に耳を疑い、まるでラブコメ作品に於けるテンプレ難聴鈍感主人公のような聞き返しをする一夏。一夏もまたそれらの作品の主人公に該当する人物故から違和感がまるでない。

 

「聞こえなかったのか、接近戦で貴様を叩きのめすと言ったんだ。馬鹿が」

 

「なんだ、てっきり怒らせて余計に徹底して距離を取って攻撃してくるかとばかり思ったんだが……」

 

一夏からすれば意外な返答と願った展開へと移る言葉、一季からすれば煽られて不快感が増してさっさとケリを付けようとする為に接近戦に持ち込める丁度良い展開へと事は運べた。一夏の望む意図は違うが、2人の利害が一致した瞬間である。

 

「勘違いするな、貴様の挑発が不愉快で、非常に気分が悪くなったから接近戦で叩きのめしてさっはと終わらせるという気になっただけだ。誰が貴様のあの低レベルな挑発に乗るか」

 

「そうか?接近戦にする時点で挑発に乗ってる気がするんだが」

 

別にこれは挑発している訳でも煽っている訳でもない、一夏が極々自然に疑問に思った事を口にしただけである。ただ、元から一夏にいい感情を抱いておらず、加えてこの戦況及びあの煽りで今の一季は非常に機嫌が悪く怒りやイライラが沸々と芽生えているのである。だから多少の危険を冒してでも高い攻撃力を誇る切り札の《灰色の鱗殻》を使える接近戦でさっさと終わらせようと端から見れば挑発に乗るような形で接近戦を仕掛ける事を決めた一季にとって、一夏のその言葉はそれらの感情という炎に言葉という油を注ぐ結果となってしまう。

 

「そうか……まだ俺を煽るか。いいだろう、望み通り接近戦で叩きのめしてやろう!」

 

「えっ?おい、なんで怒ってんだよ!?」

 

「貴様が言うな!いくぞ!」

 

鈍感は気付かぬ内に他人の地雷を踏み抜く。自分を鈍感だと思っていない一夏はそれを把握していない。接近戦へ持ち込むのは成功したが想像以上に自分への怒りを燃やさせた事に一夏はこう結論付けた。

 

『やっぱ、煽るのやめときゃよかった……』

 

兎にも角にもイレギュラー同士の戦闘は一方的な中距離戦から互いに高い攻撃力を持つ一撃を繰り出せる近距離戦へと移り変わる。作戦成功を喜びたいが、煽りが原因で一季を怒らせたと感じて後悔する一夏。しかし一季が抱く一夏へ牙を向ける感情が煽り程度によって産まれたそんな簡単な物では無いという事をこの時一夏は微塵も想像していなかった。

 

 

 

 

 

「最初と比べると随分試合模様が変わりましたわね」

 

「そうだね。さっきまではイツキが一方的に押してたけど、接近戦になった今はイツキもイチカも攻撃は出来ても、どっちも攻め倦ねてる」

 

同時刻のCピットにて、マリアとセシリアもモニターに映る一季と一夏の試合を観戦しながらこの戦いの行方を見守っていた。

 

「それにしても、あのまま中距離戦に徹していればリスクを増やさずに試合を有利に進められたのに、何故わざわざ接近戦に……?」

 

セシリアの抱く疑問は真っ当な物だ。あのまま中距離戦を続ければ一季は攻め倦ねる事もないし、接近戦へ移行した事で自身が『零落白夜』を喰らうリスクを増す事もない。にもかかわらず接近戦へと戦法を変えた理由が思い当たらない。

 

「あー、多分イチカの挑発に乗ったんだろうねぇ」

 

「……まさか、あんなお粗末な挑発に乗ったんですの?」

 

否、一つだけ有った。一夏が一季に接近戦を持ち込ませる為に行った煽りだ。確かにその一連の流れはこの目で確かに見てはいたが、よもやあんなあんな低レベルな挑発に乗って接近戦へと戦法を変えるとは、自分との戦いで冷静に戦況を見て勝利を手にした一季がそんな短絡的な感情でリスクを高める行動に打って出たのかと、セシリアは呆れてしまいそうになる。

 

「ホントだよ。ったく、イツキの奴何やってんだか」

 

全く何をしているんだかと一季に呆れているマリア。そんな彼女は今にもヤレヤレという言葉が飛び出しそうな仕草をしていた。

 

「大方、イチカ相手なら早めにケリを着けられると思っていたんだろうけど、イチカが予想以上に粘ってイラついてたとこを挑発されて衝動的になったって所だろうねぇ」

 

一季が一夏に対して良い感情を全く抱いていない事を聞いているマリアは推測には過ぎないが、一季が煽りに乗る形で接近戦へ臨んだ理由について何となくだが想像が付いた。

 

「そんな……いくら一夏さんが初心者だからとは言え簡単に倒せると思っていたら、上手くいかずにいた所を挑発されて接近戦に変更するなんて一夏さんを舐め過ぎですわっ!」

 

「……セシリア、イツキやイチカを舐めて戦ってたアンタがそれを言うか?」

 

「うぐっ!」

 

マリアからのストレートのカウンター発言にぐぅの音も出なくなるセシリア。一季や一夏を見くびって戦い、その結果一季には負けているのだ。旗から見れば正にお前が言うなである。

 

「まぁでも、イツキがイチカを舐め過ぎって意見はあたしも同感だね」

 

言葉のカウンターブローをセシリアにかましたマリアだが、その意見には賛同してはいる。

 

『相手を舐めて戦うなんて、イツキの奴何やってんのさ。これじゃあイチカと全力でぶつかってみろって言った事も忘れてるんだろうな』

 

一夏を舐めて掛かった結果、一季はペースを見出し自身へのリスクを高めている。セシリアとの戦闘で発揮していた冷静さも欠けて、先程まで攻撃の機会すら作れず攻め倦ねて劣勢に追い込まれていた筈の一夏が息を吹き返してきている。明らかに一季には判断力や冷静がセシリアや自分と戦った時より低い、それは自分がセシリア相手に勝利を掴んだ勝因でもある相手の油断を突くという手段をやられているからだ。毛嫌いして下に見ている一夏をさっさと倒せないから挑発に乗ってこの結果だ、一夏を舐めずに全力でぶつかり合えと言った自分の言葉を忘れてこんな行動に出ている一季にマリアは軽く怒りながらも、やれやれと呆れていた。

 

「そ、それにしても……揉めたわたくし相手には試合中も試合後も冷静にいらしたのに、何故一夏さん相手にはあそこまで感情的になるのでしょう?」

 

「さっき本人が言ってただろ。イツキ、イチカの事が嫌いなんだよ」

 

心にカウンターを喰らったセシリアが復活しながら発したその疑問、一悶着あった自分と戦った時やその後は冷静な態度だったのにも関わらず、揉め事が起きていない一夏相手に何故そこまで辛辣な感情を抱くのか?確かに一夏相手には日頃から一際無愛想な態度を取っているのは同じクラス故に目にしてきたし、先程の低レベルのやり取りで当の本人が一夏に目掛け嫌いとハッキリ言っていた。それならばこれまでの一夏への態度も説明が付く。

 

「ですが、何故そこまで一夏さんを毛嫌いなさるのですか?わたくしと違い、一夏さんとは揉め事は起きていないというのに」

 

「わからない、あたしも詳しい理由は聞いてないからね。だけど……」

 

「だけど?」

 

「イツキがイチカに向けている感情はあたし達が思ってる以上に厄介で複雑な物なんだよ。それだけはわかる」

 

一夏の試合を見終えた一季が見せた尋常じゃない怒りの感情、一季が抱く一夏へ対する感情は前にも聞いてはいたが、その感情はマリアの想像を超えていた。怒りと憎しみ、辛く悲しい感情の吐露、聞いたその場ではとても簡単に結論を出せる物ではないのだと。だからセシリアには怒りや憎しみの件は濁して話している。それは簡単に口外してはいけない物だろうと。

 

「事情はよくわかりませんが、一夏さんが一季さん相手にそこまで嫌悪される様な真似はしていませんわ。それどころか一季さんと仲良くしようと接しておられたのに……」

 

「セシリア、さっきからやたらイチカの肩を持つねぇ」

 

「えっ?」

 

「そもそもアンタがイツキやイチカとトラブル起こした結果この代表決定戦が決まったってのに、イチカとの試合の後から何か人が変わったみたいにさぁ。どういう気持ちの変化なんだい?」

 

そろそろマリアもツッコム事にした。モニターで見ていた高慢な態度が一夏と試合後には明らかに物腰が柔らかくなっている、しかもやたら一夏の肩を持つ発言が目立つ、マリアでなくても『えっ?どういう風の吹き回し?』とツッコみたくなる。

 

「コ……コホンッ。それはですね、一夏さんとの戦いを経て自分が思い上がっていた事を学んだのですわっ。代表候補生たる者日々精進しているのはマリアさんも同じでしょう?」

 

「そりゃあそうだけどさぁ。でも、何で自分に勝ったイツキじゃなくて、自分に負けたイチカとの試合の後でこんなに変わるんだい?」

 

「そ、それは一夏さんの他人への気遣い、優しさですわ。あのまま攻撃していれば『零落白夜』の力で勝利を手に入れられたのに、それよりもわたくしの身を案じる優しさが……」

 

そこから続く一夏への賛辞。それを気分良く語る態度、さっきから薄々感じてはいたが、この様子からマリアは確信した。

 

「セシリア……アンタ、イチカに惚れただろ」

 

「なっ!?い、いきなり何を仰ってますのっ!」

 

「いや、これだけ態度がコロッと変われば大体気付くよ」

 

やっぱりねぇとマリアは思う。明らかに事実を突かれ動揺し、キレイな色白の顔が紅潮している。明らかに恋する乙女の顔だ。これに気付かないのは余程の鈍感……

 

『ってイチカじゃんか!それ』

 

思わず心の中でノリツッコミをしてしまったマリア。別に芸人でもないマリアだが、一夏や箒とも友人として接するマリアは箒が一夏に思いを寄せている事も、一夏がそれに全く気付いていない鈍感な男という事も知っていた。だからこそこんなにも見事なノリツッコミをしてしまったのだ、心の中でだが。

 

「そ、そういうマリアさんはどうなのですの!?本当は既に一季さんと付き合って……」

 

「んな訳ないだろっ、大体イツキは異性への免疫が殆どないんだぞ。会話するので精一杯な奴が彼女なんか作れると思うか?」

 

一季とは恐らく現在一番親しく接しているのはマリアだ。それはマリア自身も感じている。しかし一季は異性への免疫が皆無に等しい初な男だ。加えてコミュニケーションも不得意な一季じゃ、この学園では彼女はおろか友人が出来るのかも危うい。

 

「そうでしたか……はっ!?で、ではまさか一夏さんを狙って……」

 

「今の答えをどう聞けばそんな答えになるんだよっ!?」

 

自分も年頃の少女だが、恋する乙女とはこうも暴走に拍車が掛かるのか?一体いまの自分の返答をどう解釈すればそんな答えに辿り着くのかマリアは頭を抱えたくなる。

 

「で、では一夏とは何もありませんのね?」

 

「なんもないよ。ある訳ないじゃんか」

 

「そうですか……となると、やはり幼なじみの篠ノ之さんが一番の障害……」

 

「おーい、セシリアってば、試合に集中しろって」

 

「まずはISの操縦技術を教えて距離を詰め、それから……」

 

「……………はぁ~」

 

今度は恋のライバルになる箒やその対抗策へと意識が行っている。何故試合の事ではなくこんな事で頭を悩ませなければならないのたろうか?手を額に当てて盛大に溜め息を吐き出すがセシリアは気付きもしない。

 

『むっ、何やら嫌な予感が……』

 

セシリアが一夏に近付こうとしているのを女の感がそう告げたのか、箒は本能的に嫌な予感を覚える。気のせいかとも思ったが、多分そうではないと本能が告げてくる。

 

『もしや誰か一夏を狙っているのでは……?』

 

その当たっていた、女の第六感恐るべし。しかし一夏を狙っているといっても候補が多過ぎる。そんな感覚を覚えながらも、取り敢えず今は一夏の試合を集中して見る箒。

 

「……っ」

 

その直後、一季と一夏の勝負は更に激しさを増し始めた。このままの勢いで試合の激しさが増していけば決着の時もそう遠くはない。一季と一夏の戦いは、まるでこの後待ち受ける衝撃を引き立たせるかの様に激しさを増していく。

 

「一夏……」

 

今はただ見守り応援するしか出来ない、その心配する気持ちを表すかのようなか細い呟きが箒の口から紡がれる。

 

「……戦いの激しさが増しましたわ。これは決着もそう遠くなさそうですね」

 

「あぁ。そうだね……って何時の間に試合に意識戻してたんだよ!」

 

真剣に見ていたマリアだったが、何時の間にか妄想にトリップしていた筈のセシリアが普通に試合を観戦していた変わり様に、思わず声に出してツッコんでしまう。その変わり様に呆れながらも激しさを増す試合の行方を見続けた。

 

「っ!……」

 

しかしある光景を目の当たりにしたマリアは思わず目目を見張る。何故なら『零落白夜』を発動している《雪片弐型》の斬撃が悲劇の復讐者を切り裂いたのだから。

 




という訳で、前にこの話を投稿した際に書かれた感想の通り、余り話は進んでいませんが、それでも零落白夜の一撃を加えるシーンがなかった加筆修正前より進めたかな~と思っています。さて、マリアとセシリアの会話を追加し、一季が追い込まれるという展開になり、次回でいよいよ一季対一夏の戦いが決着を迎えます。果たして勝つのはどちらなのか。では、また28話でお会いしましょう。


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第28話 代表決定戦 閉幕

皆さん、本当にお待たせしました……!奇跡の双騎士最新話漸く更新できました。

完全な最新話は実に1年10ヶ月振りの更新という……

まさかここまで更新が滞るとは……

タイトル通り今回で代表決定戦が決着を迎えます。本当に長かった……

同時刻に遊戯王ARC-V~緋色の英雄~も更新しておりますので其方の方も見てみてください。


「接近戦になってから試合模様がガラッと変わりましたね」

 

「そうだな。これで僅かだが織斑の勝率も上がっただろう」

 

第3アリーナAピットのモニターで試合を観戦している真耶と千冬は此処までの試合内容を語っていた。先程までの一季の中距離から行われる一方的な攻撃を一夏が逃げ、防ぎ、避けるの繰り返しだったのに対して、近距離で接近戦を行っている現在は攻める側と攻められる側を互いに繰り返している。

 

「とは言え、接近戦に持ち込んだとしても織斑が勝てると決まった訳ではない。寧ろ自分が一気に止めを刺される可能性が増している」

 

千冬の言う通り、戦局が接近戦へともつれ込み勝利する可能性が増した一夏だが、それと同時に敗北する可能性は更に増している。嘗て『零落白夜』を使い頂点に立った事のある自分だからこそわかる。使いこなせば最強の名刀だが、使いこなせなければ使用者を苦しめる妖刀に変わる、正に両刃の剣だと。

 

「結局の所、織斑君の不利には変わらないと?」

 

「そういう事だ」

 

一夏の現在の実力や白式の機体性能を考慮したとしても、一夏の不利が変わった訳ではない。そうあっさりとした一言で千冬は認める。

 

「だが、このまま何もせずにやられる様な奴ではない。最後まで足掻き続けるぞ、あいつは」

 

しかし、それだけの劣勢で諦めたりするようなな人間ではない事も知っている。端から見たら弟に対して素っ気ない様に思えるがそれは一夏を弟として信頼しているからこそ、教師としての意見を述べているのである。言葉や表情や態度の節々に隠し切れていない姉としての情が滲み出しているのは御愛嬌と言った所か。

 

「そんな事言って、本当は織斑君が心配なんじゃ……」

 

「山田先生、最近体が鈍っていてな。トレーニングの相手を探しているんだが」

 

「す、すいません!私も仕事が忙しいものでっ!」

 

ジロリと睨まれてたじろいぎながら謝罪する真耶。それで千冬をからかうとこんな具合に酷いしっぺ返しをお見舞いされる羽目になるのでやらない方が身の為なのだが、真耶は時たまやらかして痛い目を見る。

 

「はあぁ!」

 

ガキィン!

 

「ぐぅっ……!」

 

『一夏……』

 

真耶を睨み付けていたそのつり上がった鋭い切れ長の双方の瞳をモニターに移す千冬。そこにはランスによる攻撃を捌きながらも押されている一夏の姿が映っていた。真耶の言う事は間違ってはおらず、一夏が心配なのはまた事実。しかしそれだけではない。

 

『……一季』

 

弟を追している一季という存在。もう一夏だけだと思われた家族、しかし産まれて直ぐこの世を去った筈の弟かもしれない。千冬はそんな両者のぶつかり合いを複雑な心境の中じっと見詰める。そんな時だった、千冬の携帯に職員からの電話が着たのは。

 

「織斑先生、至急職員室までお越しください。例の検査の結果が送られて来ました」

 

その着信に出た千冬に報告されたのは。例の一季の素性を割る為の物。それには違わないが、その真の意図は千冬のみしか知らない。なので結果が送られたらすぐに知らせる様にしておいた。多少時間が掛かるとはいえよりにもよってこのタイミングで来るとはと千冬は思う。

 

「わかりました、急いで向かいます」

 

そう言って電話が切れるのを確認した千冬は電話をポケットにしまう。いよいよ明らかになる、一季が言っている事が嘘か真なのか。

 

「山田先生、急用が出来たので私は職員室に向かう。何かあったらすぐに呼んでくれ」

 

「あっ、はい。わかりました」

 

そう告げるると急ぐ様にピットを後にして職員室へと向かう。早足気味のその足音は、まるで世界を驚かせる衝撃へのカウントダウンのようなリズムを醸し出していた。

 

 

 

 

 

『くそ、もう目じゃ追う事も出来ないな』

 

対戦相手の一季は、接近戦へと手段を変えるやいなやランス片手に、上、下、斜め、左右とあらゆる方向へ出鱈目とも思えるを行いながらも、接近戦で一夏に攻撃可能な距離へどんどんその距離を詰めて来ており、接近戦において一季が武器による攻撃可能範囲までに距離を詰められる。

 

『一季が接近戦可能な間合いまで20、15、10、5m……』

 

自らの視覚だけでは一季のその動きを追う事はまず出来ないだろう、しかしISを装着しているなら話は別だ。目から得る視覚情報だけに頼るのではなく、ISの全方位視覚接続を使用、そして一季が近付いてくる事で白式から警告アラームが伝えられる。これで辛うじて一季がじわじわと自分へ近距離攻撃が可能な距離へと近付いて来ているのが分かる。

 

『今だ!』

 

ガキィン!

 

「くっ……」

 

「ちっ、防いだか」

 

体当たりするかのように勢い良く、ランスによる一突きが繰り出されたが、一夏は白式の発する警告アラームと視覚情報を合図にその腕を動かす。自身の剣道経験に基づき、突き刺そうとばかりに襲いかかって来るランスを雪片で横から弾く様にして受け流しその突きをかわすが、勢い良く突進する様に繰り出されたランスの一突きは受け流しても電流が走るかの様な衝撃が両腕に響く。

 

「辛うじて避けたか、だが甘い!」

 

ズガガガガガガ!

 

「ちっ、本当に厄介だなそれ!」

 

突きを弾いた所に自分へと襲い掛かかってくる実弾。そう、これはただのランスではなくガトリングガン搭載のガンランスなのだ。その事は重々理解してはいたのだが、結果としてランスの突きこそ防げたものの不意を突かれてしまった。

 

「接近戦に持ち込んだとしても、貴様の不利には変わらない。接近戦になったからと射撃武器を使わないとでも思ったか?」

 

「くっ、わかってんだよ。そんなことくらい!」

 

ただのランスならば今ので避けたと言える、しかし突き出されたランスは悲劇の復讐者の能力より作り出された《悪魔の尾》のガンランス形態。例えランスによる突きの一撃を避けようが、弾き飛ばしようが、今みたいにガトリングガンによる実弾の奇襲が待ち構えているのだ。

 

『だけど雪片の届く間合いじゃなけりゃあ俺だけが攻撃され続ける』

 

繰り出される突きを避け、防ぎながらガトリングによる射撃も警戒しなければならない。しかも自分を襲うこの武器は鞭にも変化するのだから尚更厄介だ。そんな武器の存在もあり一季は一夏よりも多い攻撃パターンと広い範囲で攻撃が行える。しかし《雪片弐型》しか武器のない一夏は例え不利でも接近戦に持ち込むしか選択肢がないのだ。どの道接近戦だろうが中距離戦だろうが不利なのには変化はない、それなら自分も攻撃が行える接近戦を選んだ方が良い。少なくても自分だけ攻撃されるよりかは遥かにマシだ。しかし一夏はそれとは全く異なる理由で一季との接近戦を望んでいた。

 

「どうした?接近戦を望んでた割には変わらず防戦一方か?」

 

「舐めんな!」

 

ガキィン!

 

シールドエネルギーを削らんと繰り出された《雪片弐型》による一閃、切り札の『零落白夜』の発動により発生している光の刃を放ちながら振り下ろされたその刀身は、今さっき自分が受け流したランスにより防がれる。そしてこの一振りが防がれるのを見て、一夏は『零落白夜』の発動を一時止める。発動して持続し続けると自分のシールドエネルギーを食う両刃の剣たる切り札は長々と発動させ続けられない。この光刃が相手のシールドバリアに当たればよいのだ。その瞬間に発動しさえすれば無駄に発動している必要は無い。

 

ギギギッ……

 

光刃の放出を止めた雪片の刀身とランスというお互いの武器のぶつかり合い生じるギギギと軋む音。この軋みが此処まで均衡しているこの2名の戦いを物語っている様に思える。

 

「貴様こそ舐めるな、接近戦に持ち込んで『零落白夜』を発動した位で俺に勝てると……」

 

ギギギッ!

 

剣と槍がせめぎ合い、互いに攻め倦ねているこの現状が一季の苛立ちを表すかの如く、武器同士が作る軋みは強さを増していく。

 

「思うなっ!」

 

「くっ!」

 

その一季の荒げた声が発せられたと同じタイミングで雪片の刀身はランスにより振り払われ拮抗が解かれた。

 

ズガッ

 

「がっ……!」

 

振り払うとすぐさま一季がその右足より蹴りを繰り出す。その足蹴りは一夏の左脇腹横っ腹へ入り、一夏を蹴っ飛ばす。横っ腹から走る外部からの衝撃による圧迫感から空気を無理矢理吐き出させられる不快な感覚が一夏を襲う。

 

ガキン!

 

「ちっ、防いだか」

 

その痛みを紛らわせる余裕すら与えまいと、一季はランスを一夏の延髄目掛けて振り下ろす。が、ブォンと勢い良く振り下ろされたそれは一夏の左腕の装甲により防がれて、失敗を示す衝突音が鳴る。

 

「そうやられてばっかしで……いられるかよっ」

 

そして一夏はランスを左手で握り締めると、反撃と言わんばかりに右手に握る《雪片弐型》で一季目掛けて横から振りかざす。その刀身からは当然の如く切り札の『零落白夜』の光刃が放出されており、これを食らえば絶対防御が発動し一気に一季が不利になりかねない。

 

「よしっ!貰っ……」

 

「そうはいくか!」

 

ブォン!

 

「なっ!?」

 

その光の刃が届くまであと10㎝も無かったであろうにも関わらず、一夏は突如としてその場から丸で『何かに引っ張られる様に』吹っ飛ばされてしまった。取り敢えず『零落白夜』の発動を止め、吹っ飛ばされた理由を模索する。詰めた間合いを引き剥がされた原因はすぐに把握出来た。

 

「ちっ、鞭かよ……!」

 

その根源は自分の左手が強く握り締めていたガンランスにあった。一季はガンランス形態の《悪魔の尾》を鞭へと変えて勢い良く横へと薙払う事で自分を遠くへ引き剥がしたのだ。鞭へと変わるのは把握していたのにも関わらず、握り締めていた事で鞭の攻撃はないと失念した結果が、ご覧の有り様である。折角の好機を自身の失念が失敗を招いた事に一夏は悔しさを露わにする。

 

『だけど、まだやれる。そうだろ?白式』

 

まだ自身のシールドエネルギーは300を上回っている。ダメージを食らう事を計算に入れてもまだ『零落白夜』を使用するには充分余裕がある。必要なタイミングで使用すれば何回かは使用可能。一夏のその思考通りまだまだ戦える状態なのである。

 

『奴にトドメを刺すには……』

 

同じ頃、一季はどうやって一夏にトドメとなる一撃を叩き込もうか思索していた。元々一夏に接近するのすら嫌なので徹底的に中距離戦に徹して倒そうと最初はそう決めていた、一夏相手なら瞬時加速も《灰色の鱗殻》を使わずとも勝てると。しかし下に見ていた一夏相手に中々ダメージを与えられずイラついていた所に一夏の煽り作戦で心の中のイライラが爆ぜ、接近戦へとシフトチェンジして速攻で叩きのめそうとしている。さっさとパイルバンカーを一夏に叩き込んで勝負を終わらせようとしているが、接近戦とのれば先程までの中距離戦と違い自分にもリスクが増してくる。

 

『『零落白夜』などなければ何事もなく攻め込めるものを……』

 

瞬時加速を使い距離を縮めパイルバンカーを叩き込もうとしても『零落白夜』を発動している《雪片弐型》のカウンターに突貫しようものなら、一撃で敗北という末路もあり得る。デメリットを差し引いたとしても『零落白夜』は接近戦において最も警戒する能力なのだ。それを使用する一夏相手との接近戦で此方が大ダメージを与えるには《灰色の鱗殻》を如何にリスクを少なくして繰り出すかが鍵となる。真正面からパイルバンカーを叩き込むのは流石にリスクが高い。

 

『なら、奴の背後を取るのが一番得策。となれば』

 

それならば人間の死角となる背後から2つの切り札を併用するのが一番得策。煙幕や閃光弾等の目くらましがない状況で背後を取るのは生身の人間なら兎も角、ISを装着した相手では難しい。だが隙を突いて回り込めば例えISによる全方位視覚接続があるとしても、自分の目で見ている視覚情報と比べるとその情報を整理し把握するには僅かにタイムラグが生じる。瞬時加速による加速で文字通り一瞬で詰めれば流石に反応は出来ない。仮に反応出来たとしても、その一瞬で『零落白夜』を発動させてカウンターの容量で斬撃を繰り出すのは不可能。それを考えた上で最も攻め込むのに適しているのは……

 

『最適なのは奴の背後の左側!』

 

一夏は右手に《雪片弐型》を握り攻撃して来ている。その右側に突っ込むよりも何も無い左側に突っ込む方がより確実。カウンターも右側と比べてロスが生じ、防ごうにも左側でガードするしか方法がない。その状況下に持ち込めばパイルバンカーを防ぐ事は不可能。

 

『一季の隙を突こうにも、隙なんか簡単に見せるような奴じゃない』

 

一夏もどうやって一季に攻撃を加えるのかを思案中だ。セシリアとの戦闘映像や実際に戦ってみて感じた、隙を見て攻撃しようにも一季は中々隙を見せてこない。此方が攻撃を受け止めて反撃に出ようとも受け止めた事を利用して危機を脱してくる。

 

『なら、やっぱりこれしかないよな』

 

そう心の中で呟く様に決意新たに一季を見据える。この試合が始まる前から心に決めていた。

 

『真正面から一季にぶつかっていってやる!』

 

そう、最初から一夏は決めていたのだ。この戦いどれだけピンチに陥ろうとも、一季にはただひたすら真正面からぶつかっていこうと。

 

「うおぉぉぉ!」

 

ガキィン!ギギギ……

 

その覚悟を体現するかの如く、今度は一夏が一季に攻めかかる。しかし振り下ろされたその斬撃はまたしてもランスにより阻まれる。

 

「ふんっ、そんな攻撃が……通るか!」

 

ドゴッ!

 

「がっ…!」

 

そして軋む金属音を停止させたのは真正面から放たれた一季の蹴りであった。その勢いの良い蹴りはものの見事に一夏の腹へと叩き込まれる。

 

「くっ、まだまだぁ!」

 

ガキィン!

 

しかし一夏もそれ位で値は上げない。崩された体制を、再び攻めようとすぐに立て直し、攻撃を再開する。

 

ガキィン!

 

「ちっ!何時までもしつこい奴だ」

 

「しつこくて構わねえよ、こっちは端からこれを望んでたんだからな」

 

ギギギギ……

 

何十回と繰り返された剣と槍のぶつかり合う金属音に拮抗を現す軋む音が更に激しさを増していく。大半はどちらかがそのまま距離を取り体制を立て直すが、今回はぶつかり合ったまま。どちらも膠着状態を打破しようとその手に力を込めて押し込んで軋む金属音が更に激しくなっていく。

 

「生憎、此方はさっさと終わらせたくて仕方がない。さっさと……やられろ!」

 

そう言葉を放ちながら一季は一夏の腹を蹴り飛ばさんと今度はその右足で蹴りを繰り出した。勢い良く風を切ったかの如く蹴り上げたその右足は一夏の左の脇腹へ目掛け一気に距離を縮めていく。

 

『今だ!』

 

ドカッ!

 

「なっ、この……!」

 

「これで捕まえた、もう逃げられねえぞ……」

 

その蹴りは一夏の左の脇腹へ直撃した。しかし驚きを露わにしているのは蹴りを喰らった一夏ではなく、蹴りを放った一季だった。そう、一夏はこの瞬間を待っていたのだ、一季が蹴りを放つこの瞬間を。一季は接近戦で戦う際にはランスによる攻撃以外では蹴りをよく行う。それを待っていたのだ、そして一夏の思惑通りに蹴り上げた一季の右足は一夏の左腕と胴体を使用した拘束により掴まれ、捕らえられる。

 

「うおぉぉぉぉ!」

 

作り出したこのチャンスを無駄にはしない。その意志と叫びを体現したかの如き素早い動作で右手に持つ《雪片弐型》を振り下ろす。もう既にその刀身からは『零落白夜』の光刃が放出されている。足を拘束された状態ではまともに避けるのは不可能に近い。

 

「舐めるなぁ!」

 

しかしそれに何の抵抗も見せない一季ではない。拘束されていない左足で今度は一夏の右脇腹を蹴り飛ばした。

 

「ぐっ……!貰ったぁ!」

 

だが先程の蹴りを耐えた一夏だ、2度目の脇への蹴りも顔を歪ませるが耐える。今の蹴りだけでは振り下ろされる斬撃の速度が僅かに鈍っただけであり、依然一季へ目掛けて光刃は向かって来ている。

 

「させるかあっ!」

 

しかし一季にも考えはある。先程の蹴りはただ単に攻撃を止める為の物ではない。左足で回し蹴りを繰り出した本当の狙いは『拘束されている右足と共に一夏の胴を挟み込む為』なのだ。

 

ブォン!

 

「うおわぁ!?」

 

一季は両足で一夏の胴を挟み込むと、そのまま自分の胴体を軸にして脚部スラスターを上手く噴かせその勢いで一夏を放り投げる。普通ならばこんな芸等は出来ないが、PICにより自在に飛行や浮遊を可能とするISを装着しているからこそ可能なアクション俳優さながらのアクロバティックな動き。

 

「くっ……うぉぉぉぉぉ!」

 

しかし一夏も意地を見せる。放り投げられまた距離を取られまいと、拘束している一季の左足を再びその手で握りしめ、自分もスラスターを噴かせて再度一季へと切りかかる。今度ばかりは避けられないだろう。何度も何度も一夏の攻撃を避け、防ぎ、かわしてきた一季でも流石に今回は無料だろう。この瞬間を目にしているアリーナの生徒達はそう判断した。しかしそれはすぐさま覆される。

 

ズガンッ!!!

「うわっ!」

 

「くっ……!」

 

突如、右腕全体に生じた衝撃により互いに体制を崩す。その衝撃によって一夏が掴んでいる一季の右足を離してしまう。それによって拘束が解けた一季は移動し、一夏の攻撃が届かない程度に距離をとる。

 

「くそっ!今のは決まったと思ったのに!」

 

この攻撃は決まったと思っていただけに一夏は悔しそうに顔をしかめる。拘束が解かれそうになるも何とか再びその足を掴み取ったというのに、またしても攻撃に失敗したのだ。悔しくもなるのも頷けてくる。

 

「ふんっ、そう簡単に攻撃を喰らうか」

 

そう冷静に語る一季だが、内心少しの焦りを覚えた。今のは後少しで『零落白夜』の餌食になる手前だった。

 

「つーか、そんな防ぎかたがあるかよ」

 

一夏が言う防ぎかたとは確かに普通の防御ではない。普通はこんな防ぎかたは恐らくやりはしないだろう。一季は《灰色の鱗殻》を露わにするとパイルバンカーを一夏の右手目掛けてぶち込んだのだから。

 

「貴様にそんな事を言われる筋合いはない。パイルバンカーを防御に使おうと俺の勝手だ」

 

攻撃をどう防ぐのかなどマニュアルに縛られていれば防げる物も防げない。防げるのならば例えパイルバンカーを使ってでも防ぐまで、一季はそれを実行したに過ぎない。あわよくば一夏に大ダメージを与えられるのだ、やらない手はない。最も失敗すれば自分のシールドエネルギーを大量に削られるという賭けの要素が強いカウンターであるが。

 

『くっ……まだ手が痺れてる』

 

直撃こそしなかったが握る刀に第2世代最強の攻撃力を誇る武器による攻撃を喰らったのだ、今も右手はジンジンと痺れている。一夏にとって幸いなのは放たれた杭が自分ではなく『零落白夜』を発動している《雪片弐型》の刀身部分に当たった事だ、もし自分に当たっていれば絶対防御が発動してエネルギーをごっそり削られていた。残りシールドエネルギーは200を切る手前、後一撃でもパイルバンカーを喰らえば『零落白夜』を発動する事すら危うい。

 

「悪運の強い奴だ、今の攻撃を避けるとはな」

 

「悪運なんかじゃねえよ、俺だって接近戦はそれなりに経験積んでるからな」

 

攻撃が当たらなかったのを悪運だと切り捨てている一季だが、そうではない。一夏は一時期離れていたとはいえ、幼い頃から剣道を経験してきている。剣道は大雑把に言ってしまえば、相手の小手・面・同に目掛け竹刀を振るう武道。そして剣道において相手の攻撃を防ぐ方法は相手の竹刀を自らの竹刀で受け止め、受け流すしかない。剣道経験者の一夏だ、小手への攻撃の対処法は当然知っている、竹刀と杭の違いこそあれど対処の仕方に苦はなかった。最も受け流す事は流石に難があり、受け止めた事でモロに伝わった衝撃は竹刀のそれとは比べ物にならず、本人の言う通り掌はジーンと痺れている。

 

『けど、そんな事関係ねえ!』

 

腕が痺れていようが折れていようが今の一夏には問題はない。その心が折れていなければ何度でもその剣を振るうだけだ。

 

「うおぉぉぉぉぉ!」

 

「ちっ……しつこいんだよ!」

 

鼓舞するかの如く叫びながら自分へと突っ込んでくる一夏に鬱陶しさを爆発させている一季は、その感情をぶつける様に手に持つランスを振るう。

 

ガキィン!

 

「くっ、また……!」

 

数えていないからもう何度目かわからない。槍による攻撃を、自分にはない家族から受け継いだその証によってどれだけ防がれた事か。その事が更に一季を苛つかせ不快にしていく。

 

「とっとと……とっとと失せろ!」

 

「ったく……なんでそんなに俺の事目の敵にするんだよ!?」

 

「黙れ!お前など……見ているだけで不愉快だ!」

 

「なんだよそれ、理由言われきゃわかんねえだろうが!」

 

互いに手にしている武器で攻撃し、攻撃を受け止めながら出会ってからこの瞬間までの感情を吐露していた。一季は一方的な毛嫌いの感情を、対する一夏は何故そこまで自分を嫌うのかへの疑問をぶつけ合う。互いの感情が熱くなるのに連鎖する様に、ぶつかり合う武器の衝突音が激しくなっていく。そしてそれらと同じ様に2人の言葉でのやり合いも激しさを増す。

 

「理由?俺の気も知らずそうやって馴れ馴れしく近付いてくる所が目障りなんだよ!」

 

「仕方ねえだろ、俺にはこんなやり方しか浮かばねえんだ!」

 

「だからと言って貴様に構われる言われ等俺には無い!」

 

「お前になくても、俺には有るんだよ!」

 

そう、一夏にはこうするしかないか考えが浮かばなかった。攻撃を当てる手段もだが、理由はそれだけではない。一季に自分の気持ちを伝えるには真っ向からぶつかって行くしかない、そんな不器用な答えしか見つからなかったのだ。

 

「放っておけないんだよ!一季、お前を見てると死んじまった俺の兄弟が浮かんで離れないんだよ!」

 

「なん……だと?」

 

一夏のその叫びに一季は驚きを隠せない。それはこのアリーナに居る全員が同じ気持ちだ。しかし一季の驚きは他の面々の驚きとは違う。

 

「俺には双子の兄弟が居た。だけどそいつは産まれてすぐに死んじまった……どっちが兄貴で弟か、それすら決まらない内にそいつはいなくなった。俺も千冬姉から話でしか聞いた事がないからわからない……」

 

「……だからなんだ!それが俺に突っかかる理由になる訳がわからん!」

 

一夏の話す内容を一季は関係ないと一蹴しランスによる攻撃を続ける。一夏は《雪片弐型》で時には受け流し、時には受け止める。剣とランスがせめぎ合い軋み合う音をバックに2人の会話は続いた。

 

「あぁ、そうだよな……そうかもねえ。けどよ、無理もねえだろ。だって……」

 

次の瞬間、一夏の口から紡がれた言葉が一季の耳に届く。

 

「俺のその兄弟の名前、もし生きてたらお前と同じ『一季』って名前だったんだからよ……」

 

「なっ……!?」

 

その言葉は一季を心底驚かせた。名前の無い自分が一夏への対抗心から決めたこの名前、その名前がまさか『本来両親より自分に与えられる筈だった名前』と同じ物だったのか?と。

 

「そ、そんな話信じられるか!貴様のエゴを押し付けるのもいい加減にしろ!」

 

そう反論しながらせめぎ合う《雪片弐型》を払いのける一季だが、その感情には明らかに焦りが生じていた。それはそのハイパーセンサーによって伝えられる声からも僅かに把握出来る。

 

「うぐっ!」

 

「貴様の戯れ言にはもううんざりだ、とっとと終わらせてやる!」

 

その焦りが一季の冷静さを乱し、戦術をも狂わせていく。ランスで《雪片弐型》ごと一夏を払いのけた一季はこの試合を一秒でも早く終わらせようと一気に勝負を決めにかかる。

 

『これで……』

 

『瞬時加速』による急接近、《灰色の鱗殻》から繰り出されるシールドエネルギーを大量に削る一撃。2つの切り札によって一気に試合を終わらせる。

 

「終わりだあぁ!」

 

その叫びは本心でもあり勝利宣言でもある魂の叫び。これで終わり、一季はそう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしそれは一季が『確信』しただけであり、『確定』した訳ではない。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

ブォォン!!!

 

「な……に……!?」

 

現実は違っていた。パイルバンカーは一夏を射抜く事はなく、変わりに『瞬く間に加速した一夏が通り過ぎ』、気付けば右のウイングスラスターが切断されている。

 

「い、瞬時……加速だと!?」

 

そう、今一季が理解した現実は先程までの『確信』ではない。パイルバンカーが一夏を射抜く前に何と一夏は『瞬時加速』を発動し加速、そして『零落白夜』を発動した《雪片弐型》の光刃が悲劇の復讐者のバリアを無効化、その勢いのまま右ウイングスラスターを切断。その結果、絶対防御が発動し悲劇の復讐者のシールドエネルギーが大幅に削り取られたのである。これはもう否定出来ない『確定』した出来事だ。

 

「馬鹿な……何故貴様が『瞬時加速』を……」

 

一季の疑問は最もだ。何故なら一夏は今日初めてISを操縦、その時間は1時間にも満たない。そんな人間が何故高等技術の『瞬時加速』を使用出来たのか?

 

「俺だって驚いたぜ、何せ『今初めてやった』んだからな」

 

「なに……!?」

 

「やり方は知ってたけど、一か八かだった。成功してくれてラッキーだった……」

 

理由は至って簡単。一夏も『瞬時加速』自体はこれまでの勉強により知っていた。当然それを行う方法も把握はしていたが今日初めてISを乗った身だ。セシリアの試合やこの試合でもやろうと試みたがそう簡単には上手くいかなかった。この局面で成功したのは一夏自身も偶然だと思っている、失敗すれば一季の確信通り一夏の敗北が決まっていたのは間違いないだろう。しかし、一夏のその予想外の行動が一季の確信を大きく狂わせたのだ。

 

「貴様……!」

 

しかし一季にはそれが非常に不愉快だった。自分がこの学園に来てからマリアとの模擬戦と練習を重ねてやっと習得した『瞬時加速』を目の前の憎い存在である一夏は一か八かの賭けでやってみせた。その事実はとても面白くない現実。

 

「うおおぉぉ!」

 

「ぐっ……!くそっ!」

 

またしても『瞬時加速』を成功させ一気に一季へと突っ込んでくる一夏。右翼が切られた悲劇の復讐者は移動速度が本来のそれより低下しており、避けるのが先程より遅れている。当たりこそしなかったが、このままではまた『零落白夜』の一撃を喰らいかねない。そうなったら一季の負けは確定だ。

 

「……………けるな」

 

『負ける?俺がこの男に……織斑一夏に負ける?』

 

攻め込んでくる一夏の攻撃をかわし、いなす一季だが明らかに先程までと比べると動きも対処も隙があり雑で冷静さを欠いているのは明らかだった。一夏に負けるのだけは一季は絶対に許さない。己の心が、人間として自尊心が一夏に負けるなど、許す訳がない。その感情が一季の心を染めて冷静さを欠けさせる。

 

『クズが!所詮はお前は……』

 

思い返される。忌まわしき、屈辱にまみれた地獄より悲惨な環境で生きてきた研究所で浴びせられた『あの日』一夏がISを動かした際に浴びせられた言葉を。

 

「貰ったああぁぁぁぁぁぁ!」

 

一季の隙を突いた一夏が『瞬時加速』で加速し突進。その手にもつ《雪片弐型》からは『零落白夜』の光が放たれており、これを喰らえば間違いなく一季の負けだ。

 

『貴様は織斑一夏に劣る、ゴミクズ以下の出来損ないだ!』

 

「……ふざけるなああぁぁぁぁぁぁ!」

 

「うわっ!」

 

思い返される屈辱、怒り、憎しみ。そして目の前の一夏への怒り、憎しみ、嫉妬が入り混じるドス黒い感情が混ざり、身体から弾け出す感覚が一季を覆っていく。そして悲劇の復讐者から光とエネルギーが爆発するかの如く放たれ一夏をぶっ飛ばす。

 

「なっ……!?」

 

体制を立て直した一夏の眼前に映る光景は、一季の叫びと共に悲劇の復讐者は光を放ち、その光に包まれた中で装甲が追加され、斬られたその右の翼は再生を初めていく光景。そう、一夏は知る由もないが一季の憎悪の感情を一定値吸収した悲劇の復讐者の単一使用能力、『憎悪の進化』が発動したのである。

 

「何が起こってんだ……?」

 

この状況に一夏は戸惑うしかない。光に覆われた眼前の悲劇の復讐者を纏う一季が光の中からその姿を現したかと思えば、先程切り落とした右翼が元に戻り、新たに二の腕、大腿部の装甲が追加されている。セシリアや自分との戦いで傷つき破損した装甲や翼が修復され装甲まで増えている。まさかこの状況で第二形態移行でもしたのか?

 

「うわっ!?」

 

そんな状況に戸惑い思考を巡らせている隙を突き、一季は悲劇の復讐者へと『瞬時加速』を使用し一気に迫ってくる。それを咄嗟に《雪片弐型》による一太刀で返り討ちにしようとする。

 

「無駄だぁ!」

 

「なっ……!?」

 

しかしその光を放つ刃はそれを握る右手諸共『大きな悪魔の爪』の様な物で握られ動かせない。これこそ憎悪の進化で新たに誕生した悲劇の復讐者の新たな武器、悪魔の鉤爪(デーモン・クロウ)、今は右手のみに展開しているが、本来は両手のに長さ2メートル近いブレード状の鉤爪を展開する装備。指と同じとまでは言えないが指の様に動かせるその5本の鉤爪で一夏の右手の動きを封じる。

 

「ISを動かした事といい、雪片や零落白夜といい何故貴様ばかりが恵まれる!」

「何の事だよ!?」

 

自身の感情を叫び怒りながら一季はトドメを差しにかかる。そう。もう片方の左腕は切り札であるパイルバンカー《灰色の鱗殻》が備わっているのだ。感情をぶつける様に攻撃の構えを取り、その杭で一夏の土手っ腹を射抜こうとする。しかし一夏には一季の言っている事がさっぱりだ、《雪片弐型》や『零落白夜』はまだしもISを動かした男ということについて関しては一季も同じな筈。

 

「何故……俺とお前はこうも違うと言うんだ!?」

「がはっ……!」

 

ジタバタと暴れる一夏の左腕を《灰色の鱗殻》で払いのけ、両足を片足で蹴飛ばし身動きをほんの一瞬だけ完全に取れなくすると、口径を腹部へ叩き付け、そのままの体制で『瞬時加速』で地面へと急転直下の移動を見せる!そして地面に叩きつけられる寸背に一季が叫んだ言葉に一夏は耳を疑わざるを得なかった。

 

「何故お前ばかり恵まれる……!同じ……」

 

 

 

 

 

一方その頃、アリーナのピットを出た千冬は急いで職員室へ向かい件の書類を受け取るとそのまま一番近い無人の会議室へと場所を移していた。それは一季のDNA鑑定の結果。これを見れば一季の言っている事が本当なのか、彼の身元が明らかになるので

 

「……………」

 

覚悟を決めた千冬は検査結果が入れられた封筒を開けてその書類の文章に目を通す。

 

「っ!!!」

 

その結果を見た千冬の切れ長の瞳は大きく見開き、その表情には普段の険しく厳しい威厳が丸で感じられない程の衝撃で狼狽えていた。誰もいない無人の会議室で足から崩れ落ちると手に持っていた書類がパラリと手から離れて床に静かに落ちる。

 

「こんな……こんな事が……」

 

一季の言葉を聞いた時も束の調査報告を聞いた時もとても信じられなかった。一季が死んだ筈の一夏の双子の兄弟などと。しかし何処か一季は放っておけなかった、何処か自分に似ていたがら。しかし他人の空似、例え名前が同じでも一季がその場で付けた偶然。そう思っていた。この結果結果を観るまでは。その書類にはこう書かれていた。DNA鑑定の結果、一夏と一季は……

 

 

 

 

 

「同じ親から生まれたのに、何故こうも違うんだ!!!」

 

「がっ……!は……っ!」

 

一夏が地面に落ちたと同時に千冬の手から床へ落ちた書類に書かれていたのは『検査の結果、一夏と一季の両者は一卵性双生児である』という一季の話した内容が真実だという証明。奇しくも千冬が結果を目の当たりにしたのは、一季が一夏を地面に叩きつけ、己が感情と共にパイルバンカーを叩き込んで勝負を決めた瞬間と同じタイミングだった。

 

一季の勝利を告げるブザーがアリーナになる中、敗れた一夏は一季の言葉の衝撃の大きさに動けずにいた。

 

「同じ親から……生ま…れた……?」

 

そんな地べたに倒れて身動きをとらない一夏を一季はバイザーで隠れた目で睨みながら見下ろす。こうして代表決定戦は最後にとんでもない波乱の種を蒔いたまま終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一季の勝利、そして衝撃の告発。そして証明された事実……

本当長かった……何時も通り戦闘描写は苦手ですし、この話で一季のあの叫びと鑑定結果の判明は入れるのは確定させていたので……

何はともあれ、漸く代表決定戦が終わりました。取り敢えずこれで1巻の半分は終わりました。後は鈴の転向とクラス対抗戦をやれば1巻はほぼ終わりますがそこまでまたどれだけ掛かるのか……

てか、2つのプロローグ含めて30話超えているのにまだ代表決定戦までしか進んでいないとは……

次回の更新は何時になるのか……


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