ToLOVEる~氷炎の騎士~ (カイナ)
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第一章-無印編
プロローグ


「ひ、ひいぃっ!!」

 

どこかの通路。一人の白衣を着た男性はここを必死の形相で走っていた。そこには大勢のヒトや獣が例外なく氷漬けになり絶命していた。

 

「ば、馬鹿な……」

 

男性は声を漏らし、適当な部屋のドアを開けるとその中に逃げ込み内部から鍵をかける。

 

「やほー♪」

 

「!?」

 

しかし突然部屋の中から聞こえてきた声に男性はびくっとなって振り返る。

 

「こんにちは」

 

そこにいるのは一人の少年。小柄な体格に女性的な整った顔立ちをしており今は目を閉じて微笑みを見せているがその微笑を見た男性は凍りついたように固まっていた。

 

「残りはあなただけです」

 

少年はそう言うと微笑んだ表情を崩さずにすたすたと男性に歩き寄り、それを見た男性はひぃっと悲鳴を上げると再度ドアを開けようとする。しかしドアは微動だにせず、男性は混乱したようにドアにすがりつく。とそこで男性はドアが冷たくなっているのに気づいた。

 

「あ、逃げるのは無理ですよ? あなたが入ってきた直後ドア凍らせといたので」

 

「な……」

 

少年の言葉に男性は絶句し、ゆっくりと近づいてくる少年を見て震え出し、背中を冷たくなったドアにくっつける。そして恐怖と寒さに震えながらゆっくり近づいてくる少年を目を見開いて見ていたが、突然思い出したように白衣に手を入れると目の前に近づいてきていた少年目掛けて白衣の中に入れていた手を振り回す。

 

「っ!?」

 

と少年の顔を横一文字に血が流れ、少年は痛みに顔をしかめる。しかし咄嗟に顔を後ろに逸らしたため致命傷は避け、少年は素早く自らの顔を傷つけた何か――ナイフを振るった腕を左手で握り締める。

 

「あ、あああぁぁぁぁっ!!??」

 

直後、突然男性の左腕が凍りつき、彼は悲鳴を上げてナイフを取り落とす。そして少年は手を離すと左手で男性の首を掴む。

 

「あ、が、ぁ……」

 

それから少しずつ男性の身体が首から凍り付いていき、ほんの十秒程度で男性の全身が氷漬けになる。それを確認すると少年は一度手を離し、右手でさっき切られた傷口を押さえて手についた血をぺろりと舐め左手を数回ぐーぱーさせてから、既に氷像と化した男性を掴んで無造作に部屋内に投げ飛ばす。そして右手をドアに押し当てて念じるように目を閉じる。とドアが開き、少年が出て行くとドアは無感情に閉まっていった。ある宇宙犯罪組織、その本部はたった一人の少年によって壊滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本全国どこにでもあるようなごく普通の通学路。ここを一人の少年――黒色の髪をショートヘアにしており、少し小柄なイメージを与える体格をしている。顔立ちは整っており女性的とも言えるが鼻の上部分を通るように顔を横一筋に引いている切り傷が目立っている――が学校に向けて自転車をこいでいた。

 

「んお? おーい炎佐!」

 

「ん?」

 

少年が曲がり角を通り過ぎた辺りで突然そんな声が聞こえ、少年は自転車を止めて振り向くと赤い右目と青色の左目の所謂オッドアイで曲がり角を見る。と穏やかに微笑んだ。

 

「ああ、おはよう。サル」

 

「猿山だっつの」

 

炎佐と呼ばれた少年は声をかけてきた相手に挨拶を返し、それに声をかけてきた相手――サルと言われたようにサル顔をしている――は笑いながら自分は猿山だと返す。それに炎佐はくすくすと微笑んだ。

 

「いやいや、ほらかつて日本統一した豊臣秀吉も昔はサルと呼ばれていたんだよ? 僕は友人の猿山君がそんな立派な人間になってほしいという願いを込めてこう呼んでいるんだ」

 

「嘘つけ」

 

「まあねー」

 

炎佐の言葉に猿山は笑いながら返し、炎佐の方も軽く笑って返す。それから二人は一緒に学校に行き、炎佐は学内の駐輪場に自転車を止めると玄関で待っていてくれていた猿山と合流、一緒に教室まで歩き始める。と猿山が何かに気づいたように足を止めた。

 

「お、リトだ」

 

「あ、ほんとだ」

 

猿山の言葉に炎佐も足を止めて猿山の見ている方を見る。彼らから見て次に曲がる側の廊下の曲がり角、ちょうど炎佐達から背中が丸見えの場所にまるで曲がり角の先を見ている、というか事実見ているだろう少年がいた。

 

「また西連寺さんかな?」

 

「どうせそーだろ」

 

炎佐の言葉に猿山は肩をすくめて返した後にししと意地の悪い笑みを浮かべてすぅっと息を吸う。

 

「よォリト! 今日も朝っぱらからストーカーかァ!?」

 

「!?」

 

その言葉にリトと呼ばれた少年はびくっと跳ね上がった後真っ赤な顔になって猿山に掴みかかる勢いで近づいていく。

 

「だ、誰がストーカーだクルァー!!」

 

「お、違うっての?」

 

少年――リトの怒号に対し猿山はまだ意地の悪い笑みを見せていた。

 

「いつも通りあこがれの春菜ちゃんを見てたんだろ?」

 

「うぐ……」

 

猿山の言葉にリトはうぐっと声を漏らした後、腕を組んでふいっと彼らから顔を逸らす。

 

「う、うっせーな。今日はただ見てたわけじゃねーよ。タイミングをうかがって――」

 

「あ、サル。三時間目の数学の宿題やった?」

 

「うお、忘れてた!?」

 

「しょうがない。教えてあげるから教室行こう」

 

「うおーありがとうございます氷崎様ー!」

 

「――って聞けよ!!!」

 

リトが話を始めるが猿山と炎佐は聞き流して教室の方に歩いていき、それにリトがツッコミを入れる。

 

「ストーカーもほどほどにね~。嫌われたら元も子もないんだから~」

 

「だから俺はストーカーじゃねえっての!!」

 

ひらひらと手を振りながらそう言う炎佐に対しリトはまた真っ赤な顔でそう声を上げた。

 

 

 

 

 

とまあそんな感じで時間は過ぎていき、あっという間に放課後へと移る。

 

「なあ、炎佐。朝の話なんだけど」

 

「どうしたの? ストーカーの相談なら警察に行った方がいいけど?」

 

「だから俺はストーカーじゃねえってかそれは婉曲的に俺に捕まれと言いたいわけか!?」

 

放課後になって一番にリトが炎佐に話しかけ、その内容から炎佐が返すとリトはまたツッコミで返す。それを聞いた炎佐はくすくすと穏やかに笑った。

 

「冗談冗談。で、何? 今日はスーパーのタイムセールがあるから話は手短にお願い」

 

「お、おう」

 

炎佐は帰り支度をしながらリトに手短に話すよう促し、リトもこくんと頷いた後に真剣な目を見せた。

 

「俺、西連寺に告白する」

 

「へ~。まあ頑張って」

 

リトの真剣な言葉を炎佐は軽く流して席を立つ。とリトはその肩をがしっと掴んだ、その表情は先ほどまでの真剣さはどこへやらかなり焦っている。

 

「ちょ、ちょっと待て! 一緒に来てくんないの!?」

 

「なんで僕が? 告白は二人っきりの時すべきでしょ?」

 

「いや、あの、お願いします……」

 

リトの焦り気味の言葉に炎佐は呆れたように返すとリトはぺこりと頭を下げる。それに炎佐は間違いなく呆れたため息をつくと肩を掴んでいるリトの手を剥がした。

 

「タイムセールがあるから。また明日ね~」

 

「うあぁ~」

 

炎佐はひらひらと手を振って歩いていき、リトはまるで捨てられた子犬のような目をしながら炎佐に手を伸ばしていたが彼が教室から出て行くと諦めたように手を落とし、がくっとうつむいた。

 

 

 

 

 

それから時間が過ぎて炎佐は自分の家――立派な一軒家に戻ってくると鍵のかかっている玄関のカギを開け、ドアを開けて家に入る。

 

「ただいまー」

 

一応挨拶をするが返事はなく、炎佐は真っ暗な家を明るくするため電気を点けてまずスーパーのタイムセールを使って買ってきた食材――ちなみににんじん、じゃがいも、たまねぎなどだ――を置くために台所に向かい、食事テーブルの上に食材を入れた袋を置く。

 

「おっかえりー!」

 

「!」

 

とその瞬間背後からそんな声が聞こえ、反応した炎佐は振り返りながら右手を掌底の形にして声の方に突き出そうとする。しかしその相手は炎佐の右手首を取って上に向けさせ、直後炎佐の掌から数センチくらいがポンッと小爆発。同時に何者かが炎佐に抱きついた。

 

「おかえりーエンちゃーんっ!」

 

「キョ、キョー姉ぇっ!? わ、わっ!?」

 

かけられた声に聞き覚えがある炎佐は驚いたように声をあげ、同時に顔を赤くする。女性特有の良い匂いに柔らかい二つの感触、それらが炎佐を襲っていた。

 

「ちょっはなっ、離れてってばっ!」

 

炎佐は顔を赤くしながらじたばたと暴れ、どうにか相手を左手で押し離す。その時むにゅっという感じの柔らかい感触が左掌に感じられたが彼は気のせいだと必死で自分に言い聞かせる。

 

「ちぇっ、驚かせたかったのに」

 

「充分驚いたよ……キョー姉ぇ、来てたんなら言って……」

 

現在炎佐の目の前にいる少女――黒髪をショートヘアにしており、可愛らしい容姿をしている――は残念そうな表情で言い、それに炎佐は疲れたようにうつむいて呟いた後顔を上げながら来てたんなら言ってよと続けようとする。が彼女の姿を見ると目を点にした。

 

「な、なに? そのかっこ……」

 

そしてそう呟く。彼がキョー姉ぇと呼んでいた少女は妙な格好をしていた。いや、妙な格好というと語弊があるかもしれない。袖なしで中央部分に縦長のフリルがつき首元にリボンをつけた服に身を包んでミニスカートをはき、頭には魔女がかぶってそうな帽子をかぶり、マントを羽織っている。なんというか、女子高生アレンジされた魔女のコスプレのような格好だ。それにキョー姉ぇと呼ばれた少女はにこっと微笑む。

 

「これ? 今度放送される特撮の衣装よ。CM見てない? 『新番組ぃ~! 爆熱少女マジカルキョーコ!! どんな事件も燃やして解決っ、見てね~!』ってやつ」

 

「あぁ、やってたねそんなの……そういえばキョー姉ぇ、いつからいたの?」

 

キョー姉ぇと呼ばれた少女はそのCMでやっているのだろう動作を行いながらそう言い、それに炎佐が呟いた後最初の疑問をようやく尋ねる。それにキョー姉ぇと呼ばれた少女はにししと笑った。

 

「一時間ほど前からスタンバッてた。もう暇でしょうがなかったよ、物音立てたら気づかれるし」

 

「言ってよ! っていうか不法侵入!」

 

「合鍵あるも~ん」

 

キョー姉ぇと呼ばれた少女の言葉に炎佐は全力でツッコミを入れるが、その最後の言葉にキョー姉ぇと呼ばれた少女がこの家の合鍵をこれ見よがしに見せつけながら返すと炎佐はため息をつく。

 

「も~……ところでなんか用なの? スケジュール大丈夫?」

 

「ちょっと遊びに来ただけ、スケジュールは今日は空いてるよ。明日はトーク番組の収録で、その中でマジカルキョーコの番宣するからこの衣装も持ってきてるわけ。んでトーク番組が終わった後からまたスケジュールが詰まり始めるってとこかな? 今日空いてるのは奇跡ね」

 

炎佐の言葉にキョー姉ぇと呼ばれた少女はそう返し、それに炎佐はやれやれと首を横に振る。

 

「忙しいね。流石今をときめく女子高生アイドル、霧崎恭子さん」

 

そして放たれるその言葉にキョー姉ぇと呼ばれた少女こと現役女子高生アイドル――霧崎恭子はまあねと言ってころころと笑い声を上げた。それを見た炎佐はまったくもうと声を漏らして台所に歩いていくとハンガーにかけていたエプロンを取って着けながら恭子の方を見る。

 

「今日泊まるの? 明日早い?」

 

「え?」

 

「夕食。明日が早いんなら温めてすぐ食べれるものにしといた方がいいし、なんならお弁当も作っとくよ? 一人分より二人分の方が作りやすいし。まあホテルで取るっていうならそれでいいんだけど」

 

炎佐の問いかけに恭子が驚いたように声を漏らすと彼はそう言いながらさっき買ったにんじんを洗って包丁で皮を剥き始める。すると恭子は嬉しそうに微笑んだ。

 

「もちろん、エンちゃんとこに泊まる。明日はまあ、七時ちょっと過ぎぐらいに出れば収録には充分間に合うよ」

 

「そう。じゃあ今晩は肉じゃがね、衣装汚したらいけないからとっとと着替えて」

 

「は~い」

 

炎佐の言葉に恭子は軽くそう返してその場を離れ、炎佐はやれやれと嘆息してにんじんやじゃがいも、牛肉などを切っていく。そしてそれらを鍋に入れて煮込み始めた辺りで突然、台所に置きっぱなしにしていた携帯電話が鳴り始めた。

 

「ん?」

 

炎佐は一応今は待つだけだから携帯を取り、着信相手を見ると椅子に座りながら電話に出た。

 

「もしもし?」

 

[炎佐~]

 

「どうしたの、リト?」

 

[うー、告白……出来なかった……]

 

電話に出た炎佐に聞こえてきたのは浮かない声、それに炎佐が電話の相手――リトに問いかけると彼は浮かない声でそう言い、それに思わず炎佐はくすくすと笑みを零す。

 

「やっぱり?」

 

[やっぱりって何だよ~]

 

「まあね~」

 

炎佐の言葉にリトが浮かない声のまま言うと炎佐は笑みを零しながらそう返す。

 

「どうしたの、エンちゃん?」

 

「やばっ!?」

 

[どうした、炎佐?]

 

すると突然後ろの方から恭子の声が聞こえ、炎佐がまずいと声を漏らすとリトも不思議そうな声を漏らす。

 

「な、なんでもないよ! あ、いや、ちょっと今来客中なんだ! 従姉弟の姉ちゃんが来てて……」

 

[あ、そうなのか? 悪い。じゃあ切るな]

 

「う、うん」

 

リトの不思議そうな声に炎佐は慌ててそう返し、それにリトがすまなそうにそう言って電話を切ると炎佐も電話を切った。

 

「あれ? 別に私がいるからって電話切らなくていいのに」

 

自分が来たとほぼ同時に電話を無理に切ったのを見た恭子は不思議そうにそう言うが、それに対し炎佐は携帯を閉じて真剣な目になった。ちなみに恭子は少し大きめのシャツに半ズボンというラフな格好になっている。

 

「万が一にも“霧崎恭子”が従姉弟とはいえ年頃の男と同じ屋根の下二人きりなんてスキャンダルじみた情報を出すわけにはいかないよ。リト……電話の相手を信頼してないわけじゃないんだけど、どこから情報が漏れるか分からないんだから」

 

「まったくもう、エンちゃんは心配性なんだから……」

 

炎佐はアイドルのスキャンダルを起こすわけにはいかないということを心配しており、それを聞いた恭子はふぅとため息をついて返した後、思いついたようににやっと笑みを浮かべると炎佐の顔を後ろから覗き込んでコケティッシュな視線を彼に向ける。

 

「それとも~。エンちゃんは私と付き合ってるなんて噂になったら困っちゃうのかな~?」

 

「なっ!?」

 

その言葉に炎佐の顔が真っ赤に染まりあがり、彼は咄嗟に立ち上がった。

 

「ば、ばば、馬鹿言え! そんなことあるわけ……」

 

炎佐はそこまで言うと口を閉じ、う~っと唸ると鍋の方を向く。

 

「そ、そろそろ肉じゃがの味付けしないと! この話はここで終わりっ!」

 

「はいはい」

 

強引に話を終わらせる炎佐に恭子はくすくすと笑いながらそう言い、炎佐はまた少し唸った後調味料に手をやった。

 

そして肉じゃがが完成し、二人はそれぞれの茶碗にゴハンを入れてお皿に肉じゃがもよそうと椅子に座る。

 

「じゃ、いっただきまーす」

 

「いただきます」

 

恭子の元気な挨拶に続いて炎佐も静かに挨拶し、二人はそれぞれ箸を手に取るとまず肉じゃがを口に入れた。

 

「……うん、美味しい! エンちゃんまた腕上げたね!」

 

「そう? ありがと」

 

恭子が満面の笑みを浮かべながらそう言うと炎佐は照れくさそうに笑って頬をかきながら返す。

 

「うん。明日のお弁当、おかず一品はまずこれね」

 

「はいはい」

 

恭子の言葉に炎佐は肉じゃがを食べながら軽くそう返す。

 

 

 

 

 

それからまた少し時間が過ぎ、炎佐はパジャマを用意すると今はリビングで寝転がってのんびりテレビでクイズ番組を見ている恭子の方を見た。

 

「じゃあ僕お風呂入ってくるから」

 

「それは一緒に入ろうってフリ?」

 

「しばくよ?」

 

炎佐の言葉に恭子が振り返り目をキラッと輝かせて尋ねると炎佐は少し本気で目を研ぎ澄ませながらそう言い、恭子がけらけら笑っているのを見て一つため息をついた後お風呂場に行った。そして脱衣場で服を脱ぐと、華奢に見えながらも少し鍛えられている身体中に刻み込まれている傷跡を撫でると身体を洗ってから熱々のお湯が入っている湯船に身体を沈め、身体に染みるような熱さに気持ちよさそうに息を吐いた。

それから十分程度時間が過ぎ、炎佐は濡れた髪がぺたりと額に張り付いている感覚を味わいながら、ほかほかと湯気を身体から出しつつ寝間着姿でリビングに戻っていく。と気付いた恭子が寝転がりながら炎佐に彼の携帯電話を見せる。

 

「エンちゃん、さっき携帯に電話来てたよ。留守電に入ってるはずだけど」

 

「出てないよね?」

 

「出てない出てない。なんか男の子っぽい声でだいぶ焦ってたみたいだけど」

 

「男の子?……サルが宿題か何かで泣いてるのかな? でも今日宿題なんて出てたっけ?」

 

恭子の言葉に炎佐が目を研ぎ澄ませると彼女は手を振りながら返し、相手が留守電に入れている時に聞こえてきた声を思い出しながらそう続ける。それに炎佐は首を傾げながら大方の相手を考えつつ携帯を開いて留守電を調べる。

 

「リト?」

 

その相手は夕飯を作っている時に話していた相手――結城リト。まさかの相手に炎佐はついそんな声を漏らして留守電を再生した。

 

[え、えんっ! 留守電!?……な、なんか分かんねえけど大変なんだ! な、なんか追いかけられ……わ、悪い、掛け直す!]

 

「……なんのこっちゃ?」

 

とりあえずかなり慌てているということは分かるのだがまったく意味の分からない内容。炎佐は首を傾げて呟いた後携帯を閉じ、それを見た恭子は足をぱたぱたとさせながら首を傾げる。

 

「どうすんの?」

 

「明日にでも聞くよ。キョー姉ぇ来てるのに外出できるわけもないし」

 

「え~、気にしなくてもいいのに~。ちょっとエンちゃんの部屋家探しするくらいだってー」

 

「だから外出したくないんだよ……それよりキョー姉ぇもとっととお風呂行きなよ」

 

恭子はけらけらと笑いながらそう言い、炎佐は頭を抱えながらそう呟いた後彼女にお風呂入ってきなよと言い、恭子も「は~い」と返して立ち上がるとリビングから出ていこうとし、出ていきざまに悪戯っぽく笑って炎佐の方を向いた。

 

「覗いちゃ駄目だからねぇ」

 

「とっとと行け!!!」

 

ふざけたようなどこか甘ったるい言葉に対し炎佐は顔を真っ赤にしてお風呂の方を指差して怒鳴り、恭子はまたけらけらと笑いながらリビングを出ていく。それを見送った炎佐は疲れたように重いため息をついた。

 

「まったくもうキョー姉ぇは……」

 

彼は静かにそう呟き、立ち上がる。

 

「明日の弁当のメニューでも考えよ……」

 

そしてそう呟くと台所に歩いていき、冷蔵庫を開けて中身を確認し、明日の昼食のメニューを考え始めた。それから明日の弁当の仕込みを行ったりしている間に時間が過ぎていき、ついでに寝る前に恭子の悪ふざけによる一緒に寝る寝ないの論争があってから彼はようやく眠りについた。




初めましての方は初めまして、こんにちはの方はこんにちは。カイナと申します。
前々からToLOVEる小説には興味があって書いてたんですがどうにも投稿の一歩を踏み出せず、そんなこんなしてたらなんかダークネスで今作ヒロイン予定である恭子がフラグ立つわ別のヒロイン候補を予定してるキャラも危険な気がしてきたわで「もうどうにでもなれ!」と若干開き直って投稿いたしました……恭子は結構好きなキャラだし安全だと思ってたんだけどなー……。
ぶっちゃけこっから先あんまり考えてない見切り発車な駄文で連載も不定期かもしれませんが気長にお付き合いいただければありがたいです。それでは。


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第一話 学園生活と宇宙からの来訪者

「「寝坊したー!!!」」

 

氷崎家でそんな男女の声が重なり合う。少年――炎佐は寝間着のままで慌てて台所まで行き、どたばたと着替えている少女――霧崎恭子は台所を覗き込む。

 

「なんでエンちゃんこんな日に限って寝坊するのー!」

 

「元はと言えば何度もこそこそ部屋にやってくるキョー姉ぇが!……だーもういい! 早く着替えて! 僕の弁当の分キョー姉ぇの朝ごはんにするから!」

 

「え、エンちゃんは!?」

 

「購買で何か買う! それより急がないと遅刻だよ!」

 

「う、うん!」

 

朝からどったんばったんと大騒ぎ。恭子はご飯や肉じゃが、卵焼きなどを手早く食べて朝ごはんのメニューのほとんどが詰められた弁当箱をひったくるように取ると持ってきていたカバンに入れる。

 

「じゃ、じゃあ行ってきます!」

 

そう言って返答も聞かず飛び出していく恭子。それを見送ってから炎佐はやっと一息つき、自分も残り物で適当に朝食を作り、食べてから学校に行った。

 

それから時間は過ぎ、昼休みになる。炎佐はぐったりという言葉の見本のように机に突っ伏し、その横ではリトがカバンを探っていた。

 

「っかしーな……弁当がねぇ……」

 

「忘れてきたんじゃないの?……」

 

「いや、朝出る時確かにバッグに……てかどうしたんだよお前?」

 

「昨日電話で言ったろ? 従姉弟の姉ちゃんが来てて姉ちゃん朝早くに家を出る用事があったんだけどその日に限って寝坊してな……弁当作る暇がなかった上に朝飯もろくに食ってない……」

 

「ご、ご苦労様……」

 

ぐったりとした炎佐の言葉にリトは苦笑を交えながらそう言い、もう一度カバンを探る。

 

「にしても俺の弁当は……あ!」

 

リトは記憶を探るように首を傾げた後思い出したように叫び、次にはがくっと膝をつき両手を床につく。

 

「そーだ……それ以外考えられねー。あの時あいつを振りほどいて逃げる時にバッグから――」

 

orzな状態になって涙を流し呟くリト、するとその時がらがらっと教室の扉が開いた。

 

「リトッ! ど、どーゆー事だよおい!! スッゲーかわいー女の子がおめーの事探してんぞ!!」

 

血相を変えたように赤くなってそう叫んでいるのは猿山。それにリトは顔を上げて立ち上がるとまさかといわんばかりの表情になって走り教室を出ていく。

 

「……飯買いに行こ」

 

しかし炎佐はもうそれに付き合っている余裕もないのかのろのろと立ち上がるとお腹を押さえながらふらふらとした足取りで教室を出ていき、購買に向けて歩いて行った。

それから炎佐は一階に降り、購買への道を進んでいく。がふらふらとした足取りはかなり危なっかしく、既に片手で壁を支えにしないとまともに歩けていなかった。そして曲がり角に差し掛かった時、突然目の前に人影が現れる。

 

「うわっ!?」

 

「っ!?」

 

かわす暇もなくどんっと激突し、炎佐はふらついた足では耐えきれずしりもちをつくように倒れ、倒れなかった相手は炎佐に手を差し出した。

 

「すまない、大丈夫か?」

 

相手は黒い髪を長く伸ばしてポニーテールにしており、長身でクールビューティという言葉が似合う少女。その差し出された手を炎佐は受け取り、立ち上がった。

 

「も、申し訳ありません……」

 

ぺこりと軽く頭を下げて謝罪をする、とその時炎佐のお腹がぐ~と鳴り、それを聞いた少女はくすっと笑い炎佐の顔も僅かに赤くなる。と少女は自分が持っていたパンを一つ炎佐に差し出した。

 

「ほら、これでも食べるといい。少しはマシになるだろう」

 

「え?……いいんですか?」

 

「構わないよ、まだ持っている。男はしっかり食べておかねばなるまい」

 

少女は炎佐に渡したパン以外のパンを取り出し、そう言うと彼の横をすり抜けて階段を上がっていく。炎佐は呆けて硬直していたが我に返ると振り返り、少女の方を向く。

 

「あ、ありがとうございます! え、えっと、良ければ名前を教えていただけませんか!?」

 

その言葉に少女も振り返り、僅かに微笑んだ。

 

「……私は九条凛」

 

少女――凛はそう静かに名前だけ名乗ると階段を上がっていき、その姿が見えなくなると炎佐は壁に身体を預けてパンを袋から取り出し、がぶっと噛り付く。

 

「リト! てめー許せねー!! よくもオレより先にそんなカワイイ娘と!!!」

 

その時突然ズドドドドという地響きと彼の目の前の廊下を大勢の男子が一人の男子を追いかける光景がパンを食べている彼の目に映り、彼は目をしばたかせた。

 

(今先頭を走ってたのってリトと、もう一人……あの姿、まさか……)

 

炎佐はそこまで考えると首を横に振った。

 

「いや、まさかな……ご馳走様でした」

 

そして彼は思考を打ち切るとパンを食べ終え、パンの袋を手近なごみ箱に捨ててから教室に戻っていく。それから炎佐が教室に戻って数分後、これ以上ないくらいに絶望し正にこの世の終わりだといわんばかりの表情で真っ白に燃え尽きているリトがふらふらとした足取りで教室に戻ってきた。その左頬には何故かビンタマークがついている。

 

「リ、リト? どうした?」

 

「……るせえ」

 

心配した炎佐の言葉に彼は力の全くこもっていない声で言葉少なくそう返し、席に座ると机に突っ伏した。

 

それからしばらく時間が過ぎ、学校も終了したため炎佐はスーパーで今日のセール品を買い溜めしてから家に帰り、買ってきた食材を冷蔵庫に入れたり夕飯の仕込みをしていると突然携帯が鳴り始め、炎佐は料理の手を止めると電話に出る。

 

「もしもし?」

 

[あ、炎佐か?……俺、リトなんだけどさ]

 

「ああリト、どうしたの?」

 

[いや、なんか学校じゃ悪かったな。心配して声かけてくれたのにぶっきらぼうに返しちまって]

 

「気にしてないって。それより何か用? まさか謝罪のためだけに電話をかけてきたの?」

 

[まあ、謝罪もそうなんだけど……ちょっと相談したいことがあるんだ]

 

「相談?」

 

リトはどこか真剣な口調でそう言い、炎佐が驚いたようにそう漏らすとリトは「ああ」と肯定の声を出す。

 

[実は……えっと、お前学校でピンク色の髪をした、なんか変な格好の女の子見たか?]

 

「……いや?」

 

[あー……なんってーかさ……俺、その女の子に告白しちまったんだよ]

 

「……リト、君は西園寺さん一筋だと思ってたのに……幻滅したよ」

 

[だー違う違うっ! 誤解なんだよ!!]

 

リトの言葉に炎佐は思わず冷たい目に感情のこもっていないような平べったい声になってしまい、それに電話先のリトは慌てたように叫ぶ。

 

[えーっと、順を追って説明するけど……かくかくしかじかで……]

 

リトはそう前置きをして電話の向こうでは身振り手振りも加えているだろう必死な声で状況を説明していき、その話を聞き終えた炎佐はぽりぽりと頭をかいた。

 

「えーっと……今朝偶然西蓮寺さんに会って、告白しようとしたらっていうか告白したら偶然目の前にいたその女の子に間違って告白しちゃって、そうしたらなんか結婚とかそういう話になっちゃったってわけ?」

 

[ま、まあかいつまんで言えば……]

 

炎佐のまとめにリトはそう返す。恐らく電話の向こうではこくこくと頷いているだろう。

 

「……なんといえばいいのか……とりあえずリトはその子の結婚とかに応じる気はないんだよね?」

 

[当然だろ!?]

 

「あー、じゃあ事情を説明して丁重にお帰り願うとか……なんなら僕も一緒に説得しようか?」

 

[ホントか!? 悪い助かるよ!! じゃあいつもの土手で話そう!]

 

「オッケー。ちょっと今晩御飯の仕込み中でキリのいいとこまでもうちょっとかかるから少し遅れるけど……」

 

[構わねーって! んじゃまた後でな!]

 

炎佐は少し困ったように頭をかいてそう言い、彼の出した提案を聞いたリトは途端に嬉しそうに声を弾ませ、炎佐は少し遅れると念を押すがリトはそんな事気にしないとばかりにそう言うと電話を切り、炎佐も携帯を閉じると考える様子を見せた。

 

(学校で見たあの姿、俺の見間違いじゃなかったらあれはデビルーク星人の特徴が認められた。それにリトの言っていた特徴を纏めると……)

 

炎佐は少し昔を思い返しながら考えにふけり、しかしそれでも料理の仕込みを適当な部分まで終わらせると一旦料理を中断する。そして彼は台所を後にすると自分の部屋に向かい、部屋の隅に放置されていた100均で売っていそうな箱の中に保管されている、まるで剣の柄のようなもの――というか刃がない剣の柄そのものだ――を二つ取り出した。

 

「ま、念のため持っていっとくに越したことないよね」

 

炎佐は呑気な、しかしどこか真剣さを覗かせる表情を見せながらその剣の柄をひゅっと空中に投げ、くるくると回転して落ちてくるそれをパシッと受け止めるとズボンに挟み、上からシャツで隠す。彼はその他にも箱の中からバッジのようなものを取り出してポケットの中に入れ、それから部屋を出ていくと台所の火元をきちんと消していることを確認し、ガスの元栓も閉めているのを確認してから家を出ていった。

 

 

 

 

 

その頃とある河原の土手。リトはピンク色の髪を伸ばし不思議なドレス状の服に身を包んだ美少女――ララと名乗っていた――と共にここにいた。

 

「ねー。どうしたのリト? いきなり“外で話がある”なんて改まっちゃって。早く帰ってゲームの続きやろーよ」

 

「友達が来るまで待ってろよ。っつーか本気で俺んちで暮らす気なワケ? お前……」

 

「え? だってリトOKしてくれたじゃない?」

 

「や……俺は別にOKしたわけじゃ……」

 

ララの言葉にリトは困惑した様子で呟き、ララは能天気な笑みを見せた。

 

「それに地球でも結婚したら一緒に暮らすものでしょ?」

 

「だ・か・ら!! なんで俺とお前が結婚なんだよ!?」

 

流石のその言葉にはリトも真正面から否定の言葉を出し、「全部誤解であって、自分が好きな人は他にいる」と続ける。

 

「リトは私の事を好きじゃない……」

 

「そうそう! だから――」

「私は別にいいよ、それでも!」

「――いやよかねーだろ!!」

 

ララの言葉を聞いたリトはとっとと星に帰れとでも続けようとしたのだろうが彼女のあまりにもあっさりした言葉に咄嗟にツッコミを入れてしまう。

 

[ララ様……]

 

すると突然ララの被っている帽子――こちらはペケと名乗っていたロボットだ――が喋りだし、二人はこそこそと話し合う。がリトの耳には「狙い」という単語が聞こえ、リトはそれはどういうことだよと全力で叫ぶがララはそれを流すように仲良くしようと言い、しかしリトはそれに食らいつく。

 

「ララ様っ」

 

「ザスティン!!」

 

そこに突然のララを呼ぶ声、その方にはまるで髑髏を思わせる鎧を身にまとい、肩パッドを着けてマントを着用している、一言でいえばコスプレをしているようにしか見えない美青年が立っていた。ちなみにその右足は何故か犬に噛り付かれており、リトは「また変なの来た!?」と絶叫している。

 

「フフ……まったく苦労しましたよ。警官に捕まるわ犬に追いかけられるわ道に迷うわ……これだから発展途上惑星は……」

 

ザスティンと呼ばれた青年は目を瞑ってまるで愚痴るようにそう呟く。

 

「しかし!!」

 

だがそう叫んでカッと目を見開き、力強く叫んだ。

 

「それもここまで!! さぁ、私と共にデビルーク星へ帰りましょう、ララ様!!!」

 

「私帰らないもんね! 帰れない理由が出来たんだもん!」

 

「……帰れない理由とは?」

 

ザスティンの言葉にララは真っ向からそう叫び、それを聞いたザスティンは神妙な表情で問いかけ、ララはびしっという擬音がつきそうな勢いでリトを指差す。

 

「私! ここにいるリトの事好きになったの!!」

 

突然の告白、それにリトは目を点にし口を大きく開ける。

 

(こいつ、俺を連れ戻されないための口実にするつもりか!?)

 

リトはそう考え、ちらりとザスティンを見る。彼は目元に影を作り沈黙している。

 

(いや、でもどう考えたって無理ありすぎるだろ……そんなハッタリで騙されるような奴はよっぽどのアホかお人好しだぜ――)

「なるほど、そういうことですか……」

(――こいつアホだー!!!)

 

リトの葛藤をよそにザスティンはララのハッタリに見事に騙され、それを見たリトは思わず心の中で叫び完全に呆れきったようにうつむく。しかし頭を抱えるような真似だけはしていなかった。

 

「分かったら帰ってパパに伝えて! 私はもう帰らないしお見合いする気もないって!!」

 

「……いいえ。そうはいきません」

 

ララの言葉にザスティンは僅かに考えた後静かにそう言い、ララをまっすぐに見る。

 

「このザスティン、デビルーク王の命によりララ様を連れ戻しに来た身……得体のしれない地球人とララ様の結婚を簡単に認めて帰っては王に会わせる顔がない」

 

「じゃあどーすればいいの?」

 

ザスティンの言葉にララはそう尋ね返し、それを聞いたザスティンは再び沈黙。辺りにそよ風が吹き、ヒュウゥという風の音が鳴る。

 

「お下がりください、ララ様」

 

ザスティンはそうとだけ言った瞬間腰の後ろに右手をやると一瞬でリトに突進し、右腕を振り下ろす。

 

「お゙わー!!??」

 

咄嗟に飛び退くリト、その直後さっきまでリトが立っていた場所にザスティンの右手が振り下ろされ、いつの間にか右手に握りしめられていた剣が大地を割った。

 

「私が見極めましょう……その者がララ様にふさわしいか否か」

 

ザスティンはそう言って剣を一振りした後その切っ先をリトへと突き付ける。

 

「さぁ、リトとやら。実戦で貴様の実力を見せてもらう!! いざ、勝負っ!!!」

 

「ちょっ、待て待てっ! なんでそうなるんだよ!?」

 

血気盛んにそう叫ぶザスティンに対しトラックの影に隠れて叫ぶリト。しかしザスティンが剣を振るうとトラックがまるで紙のように斬り刻まれ、リトは咄嗟にそこから逃げ出す。

 

「うおおおぉぉぉぉっ!!!」

 

自販機、電柱、バス停、会社帰りのサラリーマンのおっちゃんの衣服とカツラ――なお肉体には傷一つない――などありとあらゆるものが切り刻まれ、リトは必死に逃げ惑うしかできなかった。

 

「ひぃぃいいぃぃぃっ!!!」

 

すぐ後ろを剣を振り回すザスティンが追ってくる。そのためリトは全力疾走をするしかできなかった。

 

「伏せろ、リト!!!」

 

「!? なぁっ!?」

 

そこに突然前方から聞こえてきた、聞き覚えのある声。それと同時に目の前から巨大な炎が渦を巻いて自分目掛けて接近してくる光景をリトは見、咄嗟に声に従ってその場に伏せ、渦を巻いた炎はリトのすぐ上を通過してザスティン目掛けて飛んでいく。

 

「ふんっ!!」

 

しかしザスティンはなんと剣の一振りでその炎を打ち払い消し去る。

 

「……やっぱり、あんたにはそんなの蝋燭の灯みたいなもんか……まあ、デビルーク星一の剣士がこの程度の炎で火傷を負うんじゃ先が思いやられるけどね」

 

また闇夜の中から聞こえてきた声。伏せていたリトは顔を上げ、同時に近くの電柱の街灯がちかちかっと幾度かの点滅の後完全に点灯し、闇夜を照らし出す。

 

「やあ、リト。遅れてごめんね」

 

「炎佐!? に、逃げろ!!! こいつは危険で、こいつの狙いは俺だ!!」

 

そこには炎佐が立っており、彼がにこっと笑顔を浮かべてリトに声をかけるとリトは血相を変えて炎佐に逃げるように叫ぶ。だが炎佐は笑顔を浮かべながら、しかしその目からのみ笑みを消してザスティンを見る。そしてゆっくりと一歩ずつ、リトの方に歩いていくと彼に手を差し伸べた。

 

「リト、大丈夫?」

 

「え、炎佐! 俺の事はいいから逃げろって!!」

 

「心配いらないよ」

 

リトは自分が危険な状況にも関わらず友達を心配をしており、炎佐はそれに嬉しそうに微笑みながらもそう返してリトを立たせ、自分の背後へと押しやる。そして炎佐はまたその目から笑みを消し、ザスティンを見ると彼もくっと唸って彼を睨む。

 

「貴様、何者だ!?」

 

「……俺の顔を忘れたか? ザスティン」

 

ザスティンの鋭く響く声に対し笑っていない目を見せている炎佐の口から聞こえるのは低く静かに響く声。彼はズボンに挟んでいた剣の柄を引き抜き、自分の前に構えるとその剣の柄の根元から突然赤い刃が生成され、その刃を炎が纏う。

 

「えん、ざ……まさか――」

「遅い!!!」

 

ザスティンは炎佐の名前を聞き、突然思い出したように叫ぶがそれによって発生した隙を見逃すことなく炎佐はザスティンに突進、剣を振り上げて斬りつける。がザスティンも自身の剣でそれを受け止めながら後ろに飛び、着地しながら炎佐を睨み付ける。

 

「何故だ、何故君がここに……」

 

「休養中、って言えば信じるか?……悪いがこいつは俺の親友なんだ。それに手を出すって言うんならお前だろうが許さない……」

 

ザスティンの言葉に彼はそう言い、燃え盛る炎のごとく赤い両の瞳でザスティンを睨み付け、ポケットからバッジを取り出して右胸部分に装着。バッジが光を放って彼を包み込み、その光が弾け飛んだ時彼は黒色のインナーに白銀で軽装の鎧に身を包んでおりその姿を見たザスティンも緊張に手を汗で濡らしながら剣を握りしめた。

 

「いくぞ、ザスティン!!! エンザ、いざ参る!!!」

 

エンザの叫び声と同時に二人は同時に地面を蹴り、飛び出した。




こんにちは、カイナです……うーむ展開速すぎるかな? しかし最低4000文字は書かないと落ち着かないという癖の関係上こうなってしまう……学園生活をもうちょっと詳しく描写すべきか?……。
ま、それはともかく次回はVSザスティンです。それ以降はほとんど考えていませんけど、まあ頑張ります。それでは。


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第二話 VSデビルーク最強剣士とVS地球人

「いくぞ、ザスティン!!! エンザ、いざ参る!!!」

 

エンザの叫び声と同時に二人は同時に地面を蹴り飛び出す。そしてエンザの剣とザスティンの剣がぶつかりあって澄んだ金属音にも似た独特の音を響かせる。そして互いに一歩も引かない鍔迫り合いが始まり、ザスティンはエンザの顔を間近で視認する。

 

「炎の剣にララ様が発明した簡易ペケバッジの試作品……やはり――」

「悪いが今のオレは氷崎(ひさき)炎佐(えんざ)。地球に住む一般人だ!」

 

ザスティンの言葉に対しエンザは力強く叫んで剣を振るい、ザスティンを吹き飛ばす。

 

「そして!!」

 

エンザが叫ぶと同時に彼の身体から熱が発され始め、特に顔の一本傷から放熱されているような湯気が出る。

 

「オレはリトの親友であり、親友を傷つけられそうになったのは許せん!! ザスティン、貴様を焼き尽くす!!!」

 

「くっ……」

 

爆発的な熱量の増加、それはエンザの周囲に陽炎が立ち込めるほどであり彼の足元のコンクリートが僅かに溶けているような錯覚すら思わせた。

 

「はぁっ!!」

 

ザスティンは一瞬でエンザに肉薄し、剣を振るう。がエンザは軽くその剣を打ち上げて防ぐとそのまま自分の剣を左に持っていく、と同時に剣を炎が包んだ。

 

「せやあっ!!!」

 

叫びと共に横一閃、と剣の軌跡を炎が走りザスティンは咄嗟に上空にジャンプしてかわしてそのままとんぼ返りに回転し着地する。と同時に脇を締めて腰を捻り、剣を両手で握りしめると左下から右上へと剣を振り上げた。と同時に剣から放たれた衝撃波がエンザに向かっていく。

 

「くっ!?」

 

エンザは素早く剣を振りあげるように振るって衝撃波を剣で払いのける。がその直後突進していたザスティンが刃の腹目掛けて剣を一閃し、エンザの剣を弾き飛ばす。

 

「もらった!」

 

「甘い!!」

 

流石に殺す気はないのか柄でエンザの頭を殴打しようとするザスティン。しかしエンザは素早くザスティンの腕を自分の右腕でクロスさせるように止め、そこに右足で蹴りを叩き込みその蹴りがザスティンにぶつかると同時に爆発が発生、彼を思いきり吹っ飛ばす。

 

「くぅっ!」

 

「やっぱデビルーク一の剣士であるお前に剣術じゃ敵わないか……だがオレの技は剣だけじゃないんでね!」

 

着地してなお勢いが止まらず、僅かに地面を滑っているザスティンを見ながらエンザはそう呟き、直後彼がザスティンに右手を向けるとザスティン目掛けて火炎が一直線に突き進んでいった。その規模はさっきリトがかわしたものとは比べものにもならず、ザスティンはジャンプをしてぎりぎりその炎をかわしながら剣を振り上げた。

 

「しっ!」

 

「なぐふっ!?」

 

しかしエンザはそれを予期していたかのごとくザスティンの前に瞬時に現れるとがら空きの胴目掛けて回し蹴りを叩き込みザスティンを吹っ飛ばす。さらにエンザが空中を蹴ると同時にエンザの足からまるでブースターのごとく炎が吹き出し、まだ体勢を立て直せていないザスティンに突進する。

 

「はぁっ!」

「しっ!」

 

そしてザスティンが咄嗟に横に一閃した剣とエンザの回し蹴りがぶつかり合い、直後エンザは鎧の隙間からもう一本の剣の柄を取り出し、右手に握るとさっきと同じように炎を纏った刃を形成する。そして蹴りを叩き込んだ右足を地面に下ろすとそのまま踏み込みに入り、剣を両手で握りしめて思い切り振り下ろす。ゴォウッという音が辺りに響き、爆発が前面を覆い炎が剣の軌跡周辺を焼いた。

 

「っ! やはり、少し危険だが……」

 

しかしザスティンはマントで炎から身を守りながら素早くサイドステップを踏み、エンザの左側へと回る。

 

「接近戦に持ち込めば爆発は使えまい!」

 

ザスティンはそう叫び、距離を取ることは一切考えていない重い踏み込みと連続斬りでエンザを斬りつけ、エンザも必死の形相で剣を動かしどうにかザスティンの剣を防ぐがどんどん押されていく。

 

「もらった!」

 

ザスティンがそう叫んで剣を振り上げ、ついにエンザの二本目の剣が弾かれ宙を舞う。それに対しエンザは目を瞑っており、ザスティンはふっと笑う。

 

「潔く諦めたか。だが安心しろ、殺しはしない!」

 

ザスティンはそう叫んで剣の柄をエンザの頭に向けて剣を振り上げる。その時エンザの口の端が持ち上がった。

 

「ザスティン」

 

「?」

 

「……ボクがどういう異星人なのか、忘れた?」

 

「……っ!?」

 

そう言いながらザスティンを見上げるエンザ。その口元に浮かぶ冷たい笑みと両目に光る氷のように透き通った青い瞳を見たザスティンの顔がまるで凍り付くように固まり、直後エンザが左手をザスティン向けて伸ばし彼は咄嗟に後ろに飛ぶが地面を蹴った右足が僅かにその左手に触れる。と同時にエンザの触れた部分から放射線状に足が凍り付いていった。

 

「速いねぇ……けど」

 

エンザは冷たい笑みを浮かべながら呟き、左の手のひらを上空に向けてかざす。とパキパキパキという音と共に左手に氷でできた針が数本握られた。

 

「機動力を落とすのはボクの氷術の得意技だよ」

 

そう言うと同時に放たれる氷の針、ザスティンは剣を連続で振って針を打ち砕くがその内の一本を逃してしまい、その針が鎧に刺さると同時に鎧が一気に凍り付いてザスティンの動きを鈍らせる。その瞬間凍り付いた右足に限界がきたのか彼はがくんと膝をつき、それを見たエンザがにやりと笑ったその時、彼の両方の瞳が赤く変色した。

 

「もらった!!!」

 

踏み出すと同時に足の裏を爆発させ、一気に加速しながら炎を纏った右拳を振りかぶる。目の前で膝をついているザスティンは回避できそうにない。

 

「やめろ!!!」

 

とザスティンの前に何者かが立ちはだかり、エンザは目を見開く。ザスティンを両手を広げて庇っている少年、それはリトだ。

 

「ぐっ!?」

 

このままではリトに拳が当たる。瞬時にそれを直感したエンザは右腕に左手を押し当ててまるで祈るように目を閉じ、ほんの直後エンザの左手から冷気が出て熱せられている右手を冷却。

 

「「へぶっ!!」」

 

しかし突進の勢いは止まらずエンザはリトに思いっきりタックル、二人は吹っ飛んで絡み合うようにごろごろと道路を転がった。そして道の脇に置かれているゴミ捨て場のポリバケツに激突してようやく二人は止まる。

 

「あたた……」

 

「いっつー……あ、リト、大丈夫か!? どこか火傷してないかしもやけになってないか!?」

 

「う、うわっ!? ちょっ、大丈夫だって!」

 

リトは頭を押さえながら起き上がり、続けて起き上がった炎佐はリトを見ると慌てたように顔や両手などとにかく身体が露出している場所を赤と青のオッドアイで確かめ始め、リトはわたわたとなりながらも大丈夫だと叫ぶ。

 

「そっか……よかった」

 

リトが大丈夫だと聞いた炎佐は安心したように笑みを浮かべる。とその瞬間炎佐の身体がぐらついた。

 

「あ、やべ……」

 

「お、おい炎佐!?」

 

身体がふらついた炎佐の手をリトが咄嗟に握るが炎佐の身体は脱力し糸が切れた人形のように地面に倒れこんだ。

 

「え、炎佐!? 炎佐!?」

 

リトが必死に呼びかける、が炎佐はそれに返す余力もなく目の前が真っ暗になる感覚を味わいながら気を失った。

 

 

 

 

 

「……っ……」

 

炎佐は僅かに唸り声を漏らしてから置き上がり、辺りをきょろきょろと見回す。見慣れた内装の、一般高校生らしいと自分では思っていると自己評価している部屋。炎佐の部屋だ。そのベッドに彼は寝かされており、そのベッド脇ではリトがベッドに突っ伏して眠っていた。

 

(……リトが運んだのか? あるいはザスティン……あれ? ってかザスティン、氷溶かせたのか?……)

 

「んぅ……」

 

炎佐は自分の今の状況を分析しながらそんな事を考える、とベッドに突っ伏して眠っていたリトが身じろぎを一つした後目を開け、ぼーっとした目で炎佐を見る。と彼の顔がぱぁっと輝いた。

 

「炎佐、よかった。目が覚めたんだな」

 

「ああ……」

 

リトは心底安心したように微笑みながらそう言い、炎佐は曖昧に頷いた後自分の身体を見る。それは気絶する前まで着用していた鎧ではなく一般的なシャツとパンツになっていた。

 

「あれ?……ねえ、バッジは……」

 

「ああ、あの変なバッジか? 外れちまったら鎧みたいなのも消えちまってさ。とりあえずお前が持ってた剣の柄みたいなのと一緒にそこの箱に放り込んだけど……悪かったか?」

 

炎佐の問いにリトは部屋の隅っこに配置されている100均で売っていそうな箱を指差しながら尋ね、それに炎佐は一つ頷く。

 

「ああ。いつもあそこに片付けてるからさ……サンキュ」

 

「おう……ところでさ」

 

リトは炎佐の返答に笑みを見せて返した後神妙な表情を見せる。

 

「お前、一体――」

「リトー! エンザ目が覚めたー?」

 

彼の言葉を遮る勢いで突然部屋のドアが遠慮なく開き、部屋にララが入ってくる。とその顔を見た炎佐は驚いたように飛び起きるとベッドの上で彼女に片膝をついた。

 

「お、お久しぶりですプリンセス・ララ! このような格好で大変申し訳ありません!」

 

「あ~も~。別にいいってばー」

 

片膝をつき頭を垂れてララに挨拶する炎佐とからからと快活に笑いながら彼にそう言うララ。その光景にリトはぱちくりと目をしばたかせた。

 

「ララ、炎佐と知り合いなのか?」

 

「え? リト知らないの? エンザってね――」

「プリンセス・ララ!」

 

リトの問いかけにララがきょとんとした表情でそう言おうとした瞬間炎佐は彼女の言葉を遮り、顔を上げる。

 

「申し訳ありません。リトには今から説明いたしますゆえプリンセスは一度席を外していただけますか?」

 

「……うん、分かった」

 

炎佐の言葉を受けたララはシリアスな雰囲気を感じ取ったのか頷くと部屋を出ていき、静かにドアも閉める。それを見送った炎佐はふぅと息を吐いて座り直し、リトはさっきララが出ていった扉と炎佐を交互に見る。

 

「で、でさ炎佐、炎佐って一体……何者なんだ? ララと知り合いみたいだし……」

 

「ああ……」

 

リトの言葉に炎佐は一つ声を漏らした後ふふっとどこか自嘲気に笑った。

 

「プリンセス……ララが宇宙人だってのは聞いてるかな?……僕もそうなんだよ」

 

突然の告白、それにリトが目をしばたかせていると炎佐は右手の手のひらを上に向けて少し念じる。と右手のひらからライターから発されたかのように小さな炎が現れてチロチロと揺れ始めた。

 

「うおっ!?」

 

「ララはデビルーク星っていう星の第一王女、ってのは聞いてるかな? 僕は炎や熱を操るのを得意とするフレイム星人と、それと真逆の氷や冷気を操るのを得意とするブリザド星人のハーフ。その二つの特性である炎と氷を操る力を受け継いでるんだ」

 

突然何もない場所から炎が出てきたことにリトが驚くと炎佐は自身の境遇を説明しながら炎を消し、今度は左手のひらを上に向けてまた少し念じ、そう思うと左手のひらに氷が現れる。それから炎佐は氷を左手で揉み潰してからまた口を開いた。

 

「僕は元々父さんと一緒に宇宙で賞金稼ぎや傭兵の真似事をしててね。ララの家、デビルーク王家はちょっとしたお得意様みたいなものかな? ララやその妹君の遊び相手もたまにやらされてたよ。まあだけどそんな殺伐とした生活が嫌になっちゃってね、地球で従姉弟が暮らしてるっていうからそれを頼るように地球に来たってわけ。ま、結局姉ちゃんとは別の高校に通う羽目になっちゃったけど……」

 

炎佐はすらすらと言葉を並べていく。

 

「ああ、地球で名乗ってる氷崎炎佐ってのも偽名なんだ。まあ炎佐は本名であるエンザをもじったんだけどね、日本では炎を意味する言葉をエンって読むからありがたかった。上手く名づけたって自賛してるよ」

 

「炎佐……」

 

「あ、この事は内緒にしてもらえれば嬉しいかな? 宇宙人って地球じゃまだ公式に認められてないでしょ? 流石に宇宙人の生態を調べたい研究者に追い掛け回されるのはごめんだからさ。姉ちゃんにも迷惑かかるし」

 

「炎佐!!!」

 

炎佐が並べ立てていく言葉をリトが必死に叫んで強引に止めさせる。

 

「どうしたんだよ、炎佐? そんな焦ったように……まるで俺の言葉が聞きたくないみたいにさ……」

 

リトは心の底から炎佐を心配しているように炎佐に問いかけており、それに対し炎佐はまた自嘲するように笑った。

 

「怖いからだよ」

 

「え?」

 

炎佐はそう言いながら小刻みに震え、自嘲の笑みを崩さずにリトを見る。

 

「僕は……俺は宇宙人だ。地球人のリトとは身体の作りも違うしリトが持ってない力を持ってるからさ……俺はリトと友達でいたい……だけどリトが俺を拒絶したらって思うと、怖くてしょうがないんだ……」

 

炎佐は絞り出すようにそんな言葉を漏らしながら身体を小刻みに震わせて目を閉じる、その目の端からは涙が流れていた。すると彼の手を暖かいものが包み込む。

 

「大丈夫だよ」

 

「!?」

 

彼の耳に届く優しい声。それに炎佐は驚いたように目を開ける、とリトは炎佐の両手を自身の両手で包み込みながら炎佐に優しい微笑みを見せた。

 

「俺が炎佐を拒絶するはずないだろ? 俺達友達じゃないか」

 

「リト……でも俺は……」

 

「宇宙人だろうとなんだろうと炎佐は炎佐だ。それに炎佐は悪い奴じゃないって分かるよ……あの時、俺の心配してくれたじゃん」

 

リトはさっきの戦いの中でのエンザタックル&絡み合っての転がりあいの後を思い出しながらそう言う。

 

「それにさ、炎佐がララの知り合いの宇宙人ってならむしろ助かるよ。あの後また色々あってさー、ララが俺の家で暮らすのをあのザスティンってやつ許しちまって、これからも助けてくれね? あと愚痴とか聞いてくれりゃありがたいんだけど……」

 

それからリトは困ったように笑いながら炎佐にお願いしており、それを聞いた炎佐はくすくすと笑う。

 

「やっぱり、地球に来てよかった」

 

「え? なんで?」

 

「だってさ……」

 

炎佐の言葉にリトは驚いたようにそう漏らし、炎佐は目から涙を流しながら嬉しそうに微笑んだ。

 

「……リトに会えた」



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第三話 新たな生活

炎佐とザスティンの激闘から数日が過ぎ、炎佐は平和な生活を取り戻していた。とはいえまた一つ騒動が起きているわけなのだが。

 

「なんのつもりだよララ!! いきなり転校してくるなんてっ!!」

 

「?」

 

リトは目の前にいる少女――リトと同じ彩南高校の女子用制服を着ているララ――に向けて声を上げ、それにララは不思議そうに首を傾げた。

 

「おかげで俺達学校の噂の的じゃねーか! おまけに俺ん家にいることまでバラしちまって!!」

 

「えー、だって……いつもリトのそばにいたかったんだもん」

 

リトの怒号に対しポッと頬を桃色に染め、はにかみながらそう言うララ。と美少女にそんなことを言われてドキッとしたらしいリトは頬を赤くしそれを隠すようにふいっと顔を逸らした。

 

「い……一応遠い親戚同士だって言い訳はしといたけどよ……」

 

「しかしプリンセス、一体どうやって転入手続きしたんですか?」

 

「あ、そう言われてみりゃ宇宙人なんだから戸籍もねえし……てか炎佐はどうやったんだ?」

 

「あぁ、俺は地球での戸籍を偽造したから。そういう専門の業者がいるんだよ、俺みたいに地球で静養したり地球で暮らすことを決めた宇宙人とか結構いるからさ」

 

「へ、へー……」

 

リトに続いて炎佐が尋ねるとリトもそこで気づいたようにそう言い、炎佐に問う。それに炎佐がさらっと地球なら間違いなく法に触れている事を説明するとリトは頬をひくつかせた。

 

「で、ララはどうやったんだ?」

 

「あーそれは簡単だよ。このガッコのコーチョーって人にお願いしたら“カワイイのでOKッ”って!」

 

((あのエロ校長……))

 

ララの天真爛漫な笑顔での言葉にリトと炎佐の心の中の声が一致した。

 

「でも心配しないで! 宇宙人ってことはヒミツにしてあるから」

 

「そんなん当たり前だ! ただでさえお前注目されてんのに宇宙人なんて知れたら大騒ぎに――」

[そんな単純な問題ではない!! ララ様はデビルーク星のプリンセス! それが公になれば命を狙われる可能性もあるのです!!]

 

ララの言葉にリトが叫ぶとそれを遮ってペケが声を上げる。

 

[ま、リト殿が本当に頼りになる男ならそんな心配する必要ないのですがね~]

 

「なんかトゲのある言い方だな……ってあれ? ペケじゃん。もしかしてその制服って……」

 

「そ! ペケが制服にチェンジしてるの」

 

「ペケは様々な服に変身できるコスチュームロボットだからな。リトも俺がザスティンと戦う時に鎧姿になったの見ただろ?」

 

「あー、あの鎧?」

 

ペケのトゲのある言葉にリトはカチンとくるが直後ララの髪留めがペケなのに気づき、ララが自分の制服はペケがチェンジしているものだと言うと炎佐も説明を挟み、リトが気づいたように尋ねると炎佐はポケットからペケの顔が書かれているバッジを取り出した。

 

「こいつはプリンセス・ララが開発した簡易ペケバッジの試作品。開発時に登録したものしかチェンジ出来ないのが難点なんだそうだが俺の戦闘用の鎧にチェンジ出来れば充分だ」

 

「あ、そのデータ後で頂戴ね。新しいの作って渡すから」

 

「光栄です」

 

炎佐の説明の後ララがそう言うと炎佐はぺこりと頭を下げる。とリトは頭をかいた。

 

「へ~……そんなの必要なのか?」

 

「当たり前だろうが。俺は戦う時はフレイム星人の力を使う時は炎を、ブリザド星人の力を使う時は氷を操る。もちろんその時々に応じて必要な分体温やそれによって周辺の気温を上下させることもあるからな。地球にはそこまでカバーできてかつ戦闘にまで耐えきれる服はそうそうないだろ?」

 

「た、確かに……」

 

炎佐の言葉にリトはまたもや頬をひくつかせる。

 

「オリジナルの鎧は今でも家の箪笥に保管してるし、やっぱオリジナルと比べると強度や耐熱等で劣るけど、流石に地球で鎧姿でうろつくわけにもいかないからな。素早く戦闘モードに入る時に役立つ」

 

[う~む……やはりエンザ殿にララ様の護衛をご依頼した方がよろしいでしょうか……]

 

「ペケ、今は静養中とはいえ俺は傭兵だ。正式に依頼するならそれなりの礼金用意してもらわないと俺も困る。ただでさえ護衛期間がいつまで続くのかも分からないんだしな」

 

[う……]

 

ペケの言葉に炎佐は冷たく言い放ち、ペケが黙り込む。と炎佐はあははっと無邪気に笑った。

 

「冗談だよ冗談。宇宙を駆ける傭兵エンザとしての建前はそっちだけど、地球人氷崎炎佐が友達である結城リトとララ・サタリン・デビルークを守るっていうならお金なんて取らないよ」

 

[む……]

 

炎佐の言葉にペケは一本取られたように黙り込み、ララも自信満々に口を開いた。

 

「エンザに頼らなくっても大丈夫だよペケ! リトはいざって時頼りになるから!」

 

「いや……そんなアテにされても……」

 

「モテる男は辛いね~リト君」

 

ララの言葉にリトはジト目でツッコミを入れ、炎佐はけらけらと笑いながらからかうようにそう言ったのであった。

 

 

 

 

 

それから数日が過ぎ、現在は体育の時間。男子はサッカー、女子は百メートル走を行っている。そして男子勢、炎佐はオフェンスに回ってボールをドリブルし、向かってくる男子達をどうにかかわしながらゴールに突進する。

 

「行かせるかっ!」

 

「わっサッカー部!? リトパスッ!」

 

「おうっ!」

 

しかし現役サッカー部相手では分が悪い。炎佐は迷うことなく近くでマークを外したリトにボールをパスし、リトはそのボールを受け取ると一気にゴール向けて走り出す。

 

「「させるかっ!!」」

 

リトがシュートの構えに入ったところで相手チームの二人が壁を作り、リトはくっと唸ってボールを蹴る。しかしそれは壁に弾かれるどころかそれに当たらないような方向に飛んでいった。それに壁二人はよしっと頷く。

 

「いけ、炎佐っ!!」

 

「「!?」」

 

リトの叫び声に反応し、思わずボールの方を見る二人組。そこにはいつの間にかボールに向けて走っている炎佐の姿があり、炎佐は飛び上がると空中で華麗に回転、空中回し蹴りをボールに叩き込みゴールへとボールを叩き込んだ。

 

「いっえーっい!!!」

 

着地した炎佐は両手を上げて歓声を上げ、味方チームも歓声を上げる。そしてリトは炎佐に歩き寄ると肩をぱしっと叩いた。

 

「ナイス!」

 

「無茶するよ」

 

「ザスティンと戦ってた時に空中で回し蹴りしてたの覚えてて咄嗟にな」

 

「地球で学生氷崎炎佐やってる時は力抑えてるつもりなんだから」

 

「あっと、そりゃ悪い」

 

リトと炎佐はこそこそと喋りあいながらフィールド中央へと戻っていき、試合が再開すると同時に再び走り出した。

そして授業も終わって昼休み。席に戻ったリトは弁当箱を取り出し、炎佐は荷物を席に置いて財布を取り出すと席を離れる。

 

「じゃあ僕パン買ってくるから」

 

「おう」

 

炎佐の言葉にリトは軽くそう返し、リトはすたすたと教室を出ていく。それからリトは直後聞こえてきた、春菜が佐清――男子の体育担当教師だ――と部室に行ったという女子達の話に聞き耳を立て始めた。

 

それから少しして炎佐。彼は購買でパンを買った後人気のない学校近くの林へとやってきていた。

 

「何か用?」

 

「気づいていたか」

 

人影のない場所で話しかけるように口を開く炎佐と、その言葉に答えるように姿を現すザスティン。と炎佐はにこっと笑みを浮かべた。

 

「実はただカマをかけただけでしたー。って言ったら信じる?」

 

「……まあいい。ララ様の事なのだが」

 

「ペケにも言われたよ。こっちとしても傭兵エンザがプリンセス・ララを護衛するっていうならそれなりの礼金貰う必要あるけど地球人氷崎炎佐が友達であるララ・サタリン・デビルークを守るってだけなら言われなくてもやるつもりさ」

 

「そうか……それを聞いて安心した」

 

炎佐のわざとらしい言葉にザスティンは呆れたようにため息をついてから本題に入ろうとするがその内容を予想していたように炎佐はさらりとそう返し、それにザスティンは一つ頷いた。

 

「だが、既に地球に識別不明の宇宙船が突入したという報告がある。ララ様を狙うものとは限らないが……」

 

「希望的観測だけ述べててもしょうがねえよ。つっても部外者であるザスティンが学校の中入ったら即行通報コースだし、学校内や表立っての警護は俺に任せといてくれ。地球の勝手がまだ分かってないそっちは影ながらの護衛か裏方作業した方が目立たずに済むだろ?」

 

「了解した。状況によっては正式にララ様の護衛任務を依頼する事もあるかもしれない事は覚えておいてくれ」

 

「肝に命じとくよ……ま、ララもそうだけどさ」

 

炎佐の出した提案にザスティンは了承の言葉を返した後この後の事を話すと炎佐は手をひらひらと振って返しながら彼を通り過ぎ、数歩進んだところで足をぴたりと止めると振り返る。その顔はなんというか、目からは一切の感情が消え、口元にはにたぁとしか表現できないような笑みが浮かんでいた。

 

「リトは俺の地球に来て初めての地球人での友達にして無二の親友なんだ……リトに手ぇ出す奴がいるってんなら、そいつは塵も残さず焼き尽くすか骨の髄まで凍らせてやるよ」

 

彼はそう言うと歩き去っていく。それを見送るザスティンも、自分の顔に汗が浮かぶのを感じずにはいられなかった。

それから炎佐は購買で買ったパンを齧りながら教室に戻ってくる。

 

「おう、炎佐」

 

「や、サル……リトとララちゃんは? 西連寺さんもいないし……」

 

「ああ、リトだったらララちゃんから逃げるようにどっか行って、ララちゃんもその後を追って行っちまったよ。春菜ちゃんは佐清とどっか行ったとか女子が言ってたからリトはそれを追ったんじゃね?」

 

「なーんだ」

 

炎佐が教室に入ると一番に気付いた猿山が声をかけ、炎佐も軽く返した後教室を見回してリト達がいないことに気付くと首を傾げ、それに猿山はけらけら笑いながら説明し、炎佐も笑いながら返す。

 

「あ、僕喉乾いてきたから水飲んでくるよ」

 

「お~」

 

と、話を聞いた炎佐は踵を返して教室を出ていき、猿山も飯を食いながら適当に返す。廊下に出た炎佐は早足で廊下を歩いていた。

 

(三人揃っていなくなるって……西連寺さんが佐清先生に手伝いを頼まれて、リトが嫉妬に駆られて動き出してララもそれを追って、っていうのは何もおかしくはない……けど、何か引っかかる)

 

炎佐は傭兵としての直感が引っかかりを感じてリト達を探すため廊下に出てきていた。しかし彼らを探すための手がかりがあるわけではなく、手探りで探さなければならない状態だ。何かヒントになるものはないか、炎佐は自分の記憶を手繰りながら思考に入る、と廊下の曲がり角に突然人影が現れた。

 

「!?」

 

咄嗟に斜め前に飛び退く炎佐。と、その姿を見た相手がむっと声を漏らした。

 

「む、君はこの前の……」

 

「あ、パンの……九条先輩!」

 

そこに立っていたのは以前炎佐にパンをくれた少女、その姿を見た炎佐は咄嗟にそう返していた。と彼はピーンと何か思いついた様子で彼女に声をかける。

 

「あの、すいません。オレンジ色の髪をした、こう冴えない顔つきの男子見ませんでした? 結城リトっていうんですが……」

 

「ん?……ああ、たしかさっきそんな髪色の男子が部室棟の方に血相を変えて走っていくのを見たな……」

 

「そうですか、ありがとうございます!」

 

炎佐の質問に九条は口元に手をやって記憶をたどるように虚空を見上げた後思い出してそう言い、それを聞いた炎佐はお礼を言ってすぐに走っていく。九条はそれを見送りながら首を傾げ、まあいいかと結論付けるとまた歩いていった。

それから炎佐は部室棟に到着、しかし息一つ乱れておらず彼はきょろきょろと辺りを見回し、気配を出来る限り消して少なくともここにいるはずのリトを探し始める。

 

「っぎゃー!!!」

 

「!?」

 

そこに聞こえてきた男性のものと思われる悲鳴。それを聞いた炎佐は驚きに一瞬身体を硬直させた後真剣な顔になって走り出す。

 

「痛い痛いー!! 死んじゃうー!!!」

 

「……?」

 

しかし続く悲鳴を改めて聞くと少し不思議そうな表情に変化した。悲鳴を出している声に聞き覚えはなく、少なくともリトの声でないことは確かだった。

 

「人違いだったか?……まあ調べるだけはするか」

 

炎佐は少し足を止めて考えるがとりあえず調査だけでもするため部室棟を歩いていく。

 

「じゃっ、任せたぜっ!」

 

と、テニス部の部室のドアから顔を真っ赤にしたリトが出てくる。

 

「リト!」

 

「え、炎佐!? なんでここに!?」

 

それを見た炎佐が声をかけるとリトも驚いたように叫んで炎佐に走り寄る。炎佐はその動き方から彼の身体に怪我がないことを確認し、ほっと息を吐く。

 

「お前が血相を変えて部室棟に行ったって聞いたから調べに来たんだよ。ララの事もあるからな」

 

「あ、ああ。ギ・ブリーってやつが俺やララを脅迫してきたんだよ。西連寺を人質に取って」

 

「ギ・ブリー……そいつはどこにいる?」

 

リトから状況の説明を聞いた炎佐は目を研ぎ澄ませながらリトに問いかける。その右手からは炎がちろちろと見えており、リトはぎくっとしたようにのけぞった後両手を前に出す。

 

「だ、大丈夫大丈夫! 既に倒したっていうかなんというか……」

 

「宇宙人を!? そいつひ弱な種族だったのか?……」

 

「あーえっと、ペケはバルケ星人だとかなんとか……」

 

「んだよバルケか」

 

リトから説明を聞いた炎佐はやる気がそがれたというようにため息をつき、入り口の方向けて歩き出す。

 

「え、もういいのか?」

 

「バルケ星人は擬態能力に特化している代わりに戦闘力はすこぶる低い。ぶっちゃけ戦闘モードに入ってない俺でも、リトだって殴り倒せるよ」

 

「あー……」

 

さっきまでの殺気立った様子からは嘘みたいな調子にリトが思わず問いかけると炎佐は呆れたようにそう返し、その言葉を聞いたリトは彼から目を逸らし、頬をかいてそう呟く。

 

「っと、一応ザスティンに報告しとかないとな。ギ・ブリーは?」

 

「ララがなんとかワープ君って発明品で地球外追放しちまった……」

 

「……んじゃいいか」

 

炎佐の思い出したように問いかけてきた言葉にリトは苦笑交じりに返し、炎佐は呆れたようにため息をついて返す。

 

「まあ、リト……」

 

「ん?」

 

「今回は擬態特化のバルケ星人が相手で運が良かったけど……もし戦闘特化の婚約者候補に来られたらぶっちゃけお前じゃどうしようもない」

 

「わ、分ぁってるよ……」

 

炎佐の言葉にリトは少し悔しそうな声を漏らす。

 

「ま、そういう連中は俺に任せとけ。休養中とはいえ腕に覚えのある賞金稼ぎ、むざむざお前やララを殺させたりはしねえよ」

 

「そ、そりゃ頼りにしてるよ……」

 

炎佐は冗談交じりのようなどこか楽しそうな口調でそう言い、リトも苦笑を漏らす。とその時キーンコーンカーンコーンとチャイム音が聞こえてきた。

 

「やべっ、予鈴だ!」

 

「急ごう、リト」

 

チャイム音を聞いたリトが声を上げ、炎佐も地球人モードの優しげな口調になると二人は教室に走っていった。




さて今回はちょいとギ・ブリーと戦闘(?)を行っている間に炎佐が動いていたお話。と言っても彼シリアスではザスティンと話す以外してませんけどね……。
さー次回はどうするか? ま、それでは~。


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第四話 臨海学校、肝だめし

[でねーエンちゃん。今度マジカルキョーコの撮影を行う場所、エンちゃんが住んでる町の近くの町なんだけどさ、明後日の撮影見に来ないかな? スタッフには私から言っとくからさ、関係者として近くで撮影見れるよ?]

 

「興味ないよ」

 

[そんな事言わないでさー。近くに洋菓子店があるんだし撮影終わったら一緒に食べようよー。バイトの店員がエンちゃんと同い年の高校生らしいし話合うよきっとー]

 

「無、理」

 

炎佐は電話相手――自分の従姉弟であり女子高生アイドルの霧崎恭子と話しており、彼女の撮影見学&洋菓子店デートのお誘いを炎佐はあっさりと断る。

 

[えー行こうよ行こうよー。奢るからさー]

 

「無理だよ。明日から臨海学校だもん」

 

[臨海学校!?]

 

恭子の駄々をこねているような声に炎佐がリュックサックに着替えを二泊三日分詰め込みながら言うと恭子は突然大声を出す。

 

[え? 何々どこに行くの!?]

 

「臨海学校なだけに海が近くの温泉旅館。旅の栞によると肝試しとかもやるんだってさ」

 

[いーなーいーなー]

 

「キョー姉ぇも番組の収録で色々行くでしょ?」

 

電話先では目をキラキラと輝かせていそうな声に炎佐は旅の栞を読みながら返し、恭子がいーなーと言っていると炎佐は不思議そうに目を細めながら尋ねる。それに恭子は苦笑したような空笑いを漏らす。

 

[アハハ、まあそうなんだけどそっちは仕事でしょ? 友達とそういう風に騒いでっていうのはないから……私、学校行事も仕事と重なったら参加できない事が多いしさ]

 

「なるほど。ご愁傷様」

 

[うん。だからさ、一つだけお願い]

 

恭子の言葉に炎佐は困ったような表情をしながらそう言い、恭子はそう言うと一旦言葉を切る。

 

[楽しんできてね?]

 

「うん。お土産として土産話をたくさん聞かせるよ」

 

[うん。楽しみにしてるね]

 

恭子のお願いに炎佐は優しげに微笑みながら頷き、それを聞いた恭子も、きっと電話先では満面の笑顔を浮かべているだろう嬉しげな声で返した。

 

[どーせなら、その臨海学校で彼女でも作っちゃえば――]

「お休み!!!」

 

次に聞こえてきた悪戯っぽい言葉が終わる前に炎佐は電話を切り、電源まで落とす。

 

「もう……」

 

そして彼は静かに悪態をついた後、臨海学校の準備を再開した。

 

 

それから翌日。炎佐は結城家前へとやってきていた。荷物はリュックサック一つにまとめられている。

 

「あ、おはようございます。炎佐さん」

 

「おはよ、美柑ちゃん」

 

ゴミ出しにでも行っていたのだろうか外にいた、ダークブラウンの髪を長く伸ばした可愛らしい少女が炎佐に挨拶し、炎佐も手を軽く上げて挨拶を返す。彼女の名は結城美柑、リトの妹である。

 

「リトとララちゃんは?」

 

「もうすぐ出てくると思いますよ」

 

美柑がそう言うと共にドアががちゃっという音と共に開き、リトとララが出てくる。

 

「お、炎佐。待たせて悪いな」

「おっはよーエンザー!」

 

「おはよ。じゃ、行こうか」

 

「ああ。じゃ、行ってくるぜ、美柑」

 

「行ってらっしゃーい」

 

挨拶もそこそこに三人は結城家を離れ、通学路を歩いていく。そしてその途中で炎佐はふと空を見上げた。

 

「しかし、接近していたはずの台風が突然離れるなんて不思議だよなぁ。一体何が起きたのやら」

 

その言葉にリトがびくっと身体を震わせ、半ば予想していた炎佐はため息をつくとララを見る。

 

「プリンセス、あまり無茶しないでください」

 

「えへへ~。だってリンカイガッコ行きたかったもん」

 

ため息交じりの言葉に対しララはるんるんと鼻歌を歌いながらそう返したのであった。

 

「ところで、エンザは何持ってきたんだ?」

 

「ああ、まあ二泊三日分の着替えと寝間着、あと万一旅行中にプリンセスやリトを狙う刺客が来た時のために武器を少々。まあ咎められるような外見で持ってきてないから安心してくれ」

 

「へ、へー……」

 

その次にリトがふと炎佐のリュックサックを見ながら尋ねると彼はそう返し、その言葉にリトは僅かに頬を引きつかせながらへーと呟いた。

それから彼らは学校に到着、点呼及び校長からの挨拶や諸注意を終えてから彼らはバスに乗り込み、臨海学校の目的地へと向かう。

 

「リト、炎佐、菓子食うか?」

 

「おう! サンキュー」

「ありがと、サル。お礼にグミでもどうぞ」

 

「サンキュ」

 

隣同士で座り、少し雑談していたリトと炎佐に後ろの席から顔を出した猿山がポテトチップの袋を出しながらそう尋ね、リトと炎佐はお礼を言ってポテトチップを一枚ずつ取ると噛りつき、炎佐は猿山にグミを一粒渡す。

 

「やっぱこういうのって楽しいよな」

 

「ああ」

 

リトが楽しそうに笑いながらそう言い、炎佐も同意する。少し前の方の席ではララも楽しそうに騒いでいた。

 

それから時間が過ぎてバスは旅館に到着、バスから降りた彼らは校長を先頭に旅館に入っていく。

 

「彩南高校のみなさ~ん、遠い所、よくぞいらっしゃいました~」

 

入ってきた生徒達を出迎えてきたのは女将さんや仲居さん。その女将さんの姿を見た猿山は「美人女将だ!」と騒ぎ、次に校長が女将さん向けて走っていく。

 

「高美ちゃ~ん、会いたかったよ~」

 

ハートマークを乱舞させる勢いで高美さんなる女将さんに突っ込んでいく校長。しかし高美は左拳を突き出しまるでカウンターストレートのごとく校長に拳が突き刺さり、校長はその勢いのまま倒れる。

 

「相変わらずつれないなぁ高美ちゃん」

 

「こちらが大広間でーす」

 

鼻血を噴き出して倒れている校長を無視して高美は生徒達を案内していく。

そして場所は大広間に移る。さっき鼻血を出して倒れていた校長はあっという間に復活、マイクを握っていた。

 

「えー、今日から三日間の臨海学校!! みんな、自然と大いに触れあって楽しい思い出を作ってください!! というわけで、今夜は早速恒例の肝試し大会があります! お楽しみに~!!」

 

ハイテンションでそう言う校長、と彼はマイクを投げ捨てて横の方に立っていた高美に飛びつく。

 

「ねぇー高美ちゃーんグフェッ!」

 

しかし高美はまるであしらうように校長目掛けてアッパーを叩き込み、それを受けた校長は今度は顎を跳ね上げる。気のせいか吐血していた。

 

「この臨海学校って……もしかして校長があの女将に会いたいための企画なんじゃねーか?」

 

「ありえるな……」

 

その様子を見ていたリトが呟き、猿山も頬に汗をたらしながら呟いた。それから彼らは部屋に移動――六人部屋のようだ――し、それぞれ荷物を置いて部屋に備え付けられていた浴衣に着替えると猿山が口を開く。

 

「んじゃ、さっそくフロ行くか」

 

「そうだな」

 

猿山の言葉にリトが頷き、炎佐含め残る四人も異論はないのか頷くと彼らは洗面用具をもって部屋を出ていき温泉へと歩いていく。そしてその暖簾をくぐってから猿山はへっへっへっと笑い出した。

 

「へっへっへ。お前ら、今俺達が入っている横はどうなっている?」

 

「は?」

 

「言い換えよう。今ここの横には女子が入ってる。そうなればやるこたぁ決まってるじゃねえか」

 

猿山はそう言うと二人に顔を近づける。

 

「ノ・ゾ・キだ、よ」

 

「ノゾッ――」

「馬鹿! 声がでけえ!」

 

猿山の言葉にリトは顔を真っ赤にして叫びそうになるがそれを別の男子がリトの口を押さえて押し止める。

 

「……勝手にやっててよ」

 

しかしその横で炎佐は呆れたようにため息をついて浴衣の帯をほどき、浴衣を脱ぐ。

 

「「……」」

 

「……何?」

 

と、突然猿山と、リトの口を押さえている男子が炎佐の方に注目する。と猿山がはっと我に返った様子を見せた。

 

「あ、悪い。炎佐の身体ってほれ、傷がすごいからつい目を引いちまって……」

 

「ああ……」

 

猿山の言葉に炎佐はそう漏らして自分の身体を見る。その目に映るのは身体中に刻まれている傷跡。まあ身体中に刻まれている傷跡の中で一番目立つのは鼻の上部分を通るように顔を横一筋に引いている切り傷なのだが。

 

「悪い、隠したかったんだっけか? 交通事故の傷」

 

「……いや、別に気にしてないし」

 

申し訳なさそうな猿山の謝罪の言葉――もちろん交通事故の傷というのは周りに言っている嘘なのだが――に炎佐はそう返してにこりと柔和に微笑む。と、猿山もにししと笑った。

 

「にしし、そりゃどうも。にしてもお前惜しいよなー。その傷なかったら絶対モテてるってのによ」

 

「そりゃどうも」

 

猿山は笑いながら冗談交じりにそう言い、炎佐も苦笑をしながらとりあえず褒めてくれたことにはお礼を返す。そんな感じでひとしきり笑い合ってから彼らは浴場に入った。

 

「……で、ほんとに行くんだから……」

 

頭の上には折りたたんだ手拭いを乗せて湯船に浸かりながら炎佐は呆れたように漏らす。結局猿山と男子はリトを連れて女湯を覗きに行っている。ここの温泉は高い岩山で男湯と女湯を分けているのだが逆に言えばその岩山を登り切れば桃源郷を目の当たりにできるというわけである。

 

(ま、見つかっちゃったら見つかっちゃった時、リトくらいは弁護してあげようかな……今は温泉を楽しもう)

 

しかし温泉の方を優先したいのかリト達を止めることなく彼は温泉を堪能する。それから数分ほど経つと炎佐の両隣に二人の男子が入ってきた。

 

「あ、サル。見つかった?」

 

「そうだったらここにいねぇよ」

「校長が覗きしてたみたいでさ。結局途中で戻ってきたんだ」

 

「そりゃよかった」

 

猿山は悔しそうに、リトも安心半分やはり悔しさ半分な様子で返し、それを聞いた炎佐は安心した様子で返して湯船に深く浸かり込む。その表情はほわほわ、という表現が似合うほどにとろけている。

 

「ったくお前もよー、じーさんじゃねえんだしのんびり浸かってるだけでいいのかよ? せっかくの高校生、青春を楽しまなきゃ損! だろ!?」

 

「覗きと入浴なら入浴選ぶよ~」

 

「ったくよー。この後には恒例の肝試し大会だってあるってのに、そんなんで大丈夫なのか?」

 

「大丈夫~、問題ない~。っていうかむしろ肝試し不参加で温泉入ってたい~」

 

猿山の言葉に炎佐はほわほわ状態で返し、猿山は「たっく」と悪態を叩いた。

 

「お前知らねえのか? なんとな、この肝試しでゴールしたペアは付き合うって伝説があるんだぜ」

 

今明かされる衝撃の真実、とばかりに得意気にそう言う猿山。

 

「どうでもい~」

 

しかしそれを聞いた炎佐はほわほわとした表情のまま返し、思わず猿山はずっこけてお湯の中にダイビングする。

 

「あ、サル、どうしたの? 大丈夫?」

 

「アホかー!!! この伝説に反応しねえとかお前は本当に高校生か!? 実は年齢詐称してるんじゃねえよな!? お前好きな子とかいねえの!?」

 

「好きな子?……」

 

能天気な炎佐にお湯から飛び出すように立ち上がって怒鳴り声を上げる猿山、その怒涛のツッコミの最後の言葉に炎佐はつい真顔になってそう聞き返してしまう。その脳裏によぎるのは自分の従姉弟である、この臨海学校に来る前日にも電話していた女の子。しかし炎佐はすぐに首を横に振った。

 

「いないよ」

 

「だーもー! もったいねえな! リトでさえ西連寺が好きだって言ってんのに!!」

 

「俺でさえってなんだよ!? っていうか声でけえ!!」

 

ふい、と顔を逸らしながらそう言う炎佐に猿山は髪をかきむしりながら叫び、その言葉にリトが声を上げる。その後もぎゃーぎゃーわーわーと騒がしく入浴時間が過ぎていき、いよいよ上がらないと肝試しに間に合わないという時間になってようやく炎佐は諦めて温泉を出た。ちなみにリトと猿山はのぼせそうになって一足先に温泉を出ている。

 

 

 

 

「さて、では今から肝試しのペアをくじ引きで決めまーす! 各クラス男女それぞれがくじを引き、同じ番号同士がペアでーす!!」

 

顔中ぼこぼこになっている校長がやはりハイテンションでそう言い、生徒達は順々でくじを引いていく。そして炎佐もくじを引くと開く。

 

「15番か」

 

くじの中身を見て呟き、彼はララから始めて知り合いの女子に15番のくじを持っている人が誰か知らないかと聞き込みを始める。

 

「あのぉ、氷崎君が15番?」

 

「ん?」

 

そこに声をかけてきたのはなんというか、可愛らしいものの炎佐の印象にはあまり残っていない女子。彼女が15番のくじを見せてくると炎佐はなるほどと頷いた。ちなみにその近くではリトがララに抱き付かれ、春菜が猿山に「よろしく」と挨拶していた。

 

「よろしく」

 

「あ、はい」

 

 

「では、肝だめし大会スタート!!」

 

二人もとりあえず挨拶をし合い、校長が肝だめしの開始を宣言した。それからしばらく時間が経って炎佐チームもスタートし、少しばかり進んできた時だった。

 

「お、こっちこっちー!」

 

「あ、タケちゃん!」

 

突然の呼び声に炎佐のパートナーが反応して声の方に走る。そこには炎佐と同じクラスの男子が立っており、炎佐のパートナーも彼の姿を見て嬉しそうにしている。

 

「よ、氷崎。悪いけどパートナー交換してもらって構わねえか?」

 

「ん? うん、女性陣がいいんなら別にいいよ」

 

「じゃ、そういうわけで。沢田さん、氷崎とパートナー交代ってことで」

 

「オッケー。じゃ、氷崎、よろしく」

 

事前にお願いしていたのだろう、タケちゃんと呼ばれた男子の言葉に黒髪ツインテールにメガネの女子――沢田未央はあっさり頷いて炎佐によろしくと返す。それに炎佐も頷いた後思い出したようにくじを取り出した。

 

「そうだ。これ、交換しとく?」

 

「え?」

 

「ほら、くじ見せるよう言われた時のために証拠隠滅。どうせ誰が何番引いたかなんて先生も覚えてないでしょ?」

 

炎佐は悪戯っぽく笑いながらそう言い、それにタケちゃんなる男子も笑いながら頷いた。

 

「なるほど、そこは気づいてなかったぜ。サンキュな」

 

男子二人でくじを交換して途中交代の証拠を隠滅しておく。そして二人がイチャつきながら歩き去っていくのを見届けてから炎佐は未央を見た。

 

「じゃ、沢田さん。よろしくね」

 

「うん」

 

二人はそう言って歩いて行き、肝だめしゾーンを歩いていく。が炎佐はおどかし役の従業員達がいる場所をまるで分かっているかのようにさりげなく未央をかばうように歩いていた。まあ分かっているかのようにというよりは隠れている人達の気配に気づいているためなのだが。

 

「氷崎、なんか慣れてるね……」

 

「え? ああ、うん……まあね」

 

女子をかばうように動いている炎佐に未央が驚いたように声を漏らし、炎佐は静かにそう呟くと足を止める。それに未央も足を止めた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「え、その声……未央?」

 

「え? その声……」

 

未央が心配そうに声をかけると闇の中からそんな声が聞こえ、未央も声を漏らすと闇の中から一人の少女が出てきた。

 

「里紗!」

 

「籾岡さん、どうしたの? パートナーは?」

 

「あ~、パートナーがすっごいビビりでさ。この先のお化け見て逃げ出しちゃったのよ……で、悪いけどあたしも連れてってくれない?」

 

「別にいいよね、氷崎」

 

「うん。沢田さんがいいなら別に」

 

少女――里紗はすまなそうに笑いながらそう言い、未央が快諾した後炎佐に尋ねると彼もこくんと頷き、三人で歩いていると突然里紗がにやっと笑った。

 

「にしてもさ、氷崎もラッキーじゃん」

 

「何が?」

 

「だってさ~」

 

里紗はそう言うと彼の右腕に抱き付き、未央も理解したのか左腕に抱き付き、里紗は炎佐を覗き込むようにしてコケティッシュな笑みを彼に見せた。

 

「ほら、こ~んな美少女を両手に花だよ?」

 

「……アホですか。歩きにくいから離れてよ」

 

しかしその言葉に返すのは呆れきったような声、それに里紗はむぐっと唸って離れた。

 

「な、なかなかやるわね……」

「さっきから思ってたけど、氷崎って無害そうに見えて実は女性の扱いに慣れてる?」

 

「違うよ。こういう悪ふざけを従姉弟の姉ちゃんがよくやってくるから耐性があるだけ」

 

里紗の悔しそうな言葉と未央もさっきからさりげなくかばわれている様子から推理した言葉に炎佐は呆れたようにそう返す。

 

「さ、もう行こう」

 

そして彼がそう言い、三人一緒に暗い道を歩いていく。それから度々おどかし役が驚かしていくが炎佐は変わらずに二人をかばうようにして悠々と進んでいく。しかしその中で一名ほど「6時間かけたわしのメイクが……」と言いながらorzの体勢になっている、とても暗いオーラを背負ったおどかし役がおり、三人はそれを一体何事といわんばかりの表情で見ながら横を通り過ぎていった。

 

「なんだったんだろ、さっきの人……新種のおどかし方?」

 

「なんか自信喪失してたよね……」

 

「あはは……」

 

未央と里紗がぼそぼそと話し合い、その横で炎佐が苦笑する。と、前の方からズドドドドという凄まじい足音が聞こえ始め、炎佐は二人をかばうように前に立つ。

 

『でっ、出たああああぁぁぁぁぁっ!!!』

 

「っ!?」

 

奥の方から走ってきたのはおどかし役の方々。全員まるでお化けでもみたかのような恐怖に引きつった表情で、何人かは泣きながら炎佐達の方に走っていき、恐怖で前が見ていないのか炎佐に激突した。

 

「氷崎!? きゃっ!?」

「きゃあっ!!」

 

そしてその後ろの里紗と未央もぶつかって二人一緒に倒れ込んだ。そしておどかし役の人達も闇夜へと消え去っていく。

 

「あいててて……二人ともだいじょ……」

 

炎佐が呻き声を上げて二人に声をかける、が、そこで気づいた。彼の顔の横、今にも触れあえそうな位置に里紗と未央の顔がある。しかもおどかし役の人達にぶつかった時に咄嗟に二人を庇おうとしたのだろう広げた腕が丁度二人の胸元に当たっていた。

 

「ごっ、ごめんっ!」

 

咄嗟に飛び起きて二人から距離を取り、しかし勢いがつきすぎて尻餅をつく炎佐。と、その様子を見た未央がくすくすと笑った。

 

「なんだ、本当に純情じゃん。ね、里紗」

 

「あは、そうね。いたっ!?」

 

未央の言葉に里紗も笑いながら立ち上がろうとするがその時痛みに呻いて右足首を押さえた。

 

「ど、どうしたの!?」

 

「あ、足……捻ったみたい……」

 

「嘘!? ちょ、提灯提灯……あ、あれ!? 提灯どこ!?」

 

未央が慌てて声をかけると里紗は痛そうな声を漏らし、未央は慌てて提灯を探すが提灯が見当たらない、というか提灯の火が消えているのか辺りを照らし出しているのは空からの月明かりだけだ。

 

「……」

 

夜目と手探りで炎佐は急いで提灯を探り当て、蝋燭の火がさっきのどたばたでか消えているのを見ると二人から見えないように隠して蝋燭の先に指をあて、僅かな火を灯す。そしてにこりと笑みを浮かべて振り返った。

 

「あったよ」

 

「あ、ほんと!? 貸して! 里紗、足見せて!」

 

未央は慌てて炎佐から提灯をひったくると里紗が押さえている右足首を提灯で照らし出す。確かに彼女の足首は赤く腫れあがっていた。恐らくさっきおどかし役の人達がぶつかった時に足を変に捻ったのだろう。

 

「里紗、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫だって。さ、行こ」

 

未央の心配そうな声に里紗は元気よく笑ってゆっくりと立ち上がる。しかし右足に体重をかけた時顔をしかめ、炎佐が里紗の前に立つと彼女に背を向けて跪く。

 

「ほら、乗ってよ」

 

「えっ!?」

 

「捻挫してるのに無理しちゃ駄目だよ」

 

「……」

 

炎佐の真剣な言葉に里紗は黙り、やがて諦めたのかそっと炎佐におぶさり、炎佐も立ち上がる。

 

「だ、大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。籾岡さん、体の割に軽いし」

 

「っ!?」

 

炎佐の相手を安心させようとしたのだろう笑いながらの言葉に里紗は顔を赤くすると咄嗟に彼の頭をはたく。

 

「ご、ごめん……セクハラに思ったなら勘弁して」

 

「こ、こっちこそごめん……」

 

二人は互いに顔を赤くしながら謝り合い、未央はやれやれとため息をつくと提灯を持って二人を先導、三人はしばらく歩くと神社の境内までやってくる。

 

「ゴールおめでとー!! 今年の肝だめし大会達成者、二組目は君達だ!!」

 

「二組目?」

 

「ひ、氷崎君? 里紗、どうしたの!?」

 

校長の明るい声に炎佐が呟くと先にゴールしていたらしい春菜が慌てて彼らに駆け寄る。

 

「ああ、籾岡さんが足捻挫したみたいなんだ。悪いけど薬とか包帯ない?」

 

「あ、うん! 聞いてくる!」

 

炎佐の説明に春菜は頷くとゴールで待っていた従業員達の方に走っていく。そして従業員達がこんな事もあろうかととばかりに用意していた担架に里紗を乗せて運んでいき、春菜や未央、それにララも心配なのかその後についていく。

 

「炎佐~」

 

「あ、リト……どうしたの?」

 

と、リトが炎佐に声をかけ、炎佐も首を傾げる。

 

「猿山がさ、この肝だめしで無事にゴールできたペアは付き合うジンクスがあるって言ってたじゃん?」

 

「ああ、あったねそんなの」

 

「でさ……三人、っていうか一男二女でゴールした場合どうなるんだろうな?」

 

そういうリトは暗いオーラを背負いつつ真面目に悩んでいるような様子を見せていた。

 

「さあ?」

 

しかし炎佐は興味ないとばかりにあっさり返し、それを聞いたリトはがくっと膝をつき両手も地面につける。

 

「じゃ、僕も籾岡さんが心配だしちょっとララ辺りに様子聞いてくるよ」

 

そして彼はそう言い残すとすたすたとその場を歩き去った。




さて今回は臨海学校肝だめし編。ちなみにこれには色々と案があっては書き直しを繰り返してました。一つはこの肝だめし編の合間にララやリトを狙う宇宙人と影で戦うバトル案ですが相方の少女(今回で言うとリサミオ)やおどかし役の従業員の方々全員を誤魔化すのは不可能だと判断して諦め、なら地球人の不審者なら……でもやっぱ誤魔化すのめんどくさそうだ……とバトル案を没にしてこうなりました。
ちなみにリサミオがヒロインになるかは不明です。女子のクラスメイトで今のとこ絡ませやすかったから放り込んだだけなので。
さて次回海水浴を書くかそれとも残り全部スキップしてとっとと新キャラ登場や学園祭にいかせるか……ま、後で考えるか。
では、感想はいつでも心待ちにして受け付けておりますので。それでは~。


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第五話 彩南祭

臨海学校も終わり、さらに夏休みも終わって二学期が始まってから数日が経った。

 

「ふあ~」

 

「夏休みボケか?」

 

自転車を押して学校に向かっている炎佐が欠伸を漏らし、横を歩いているリトが尋ねると炎佐は首を横に振った。

 

「いや。この前プリンス・レンが転校してきたろ? あれ以来プリンスから夜な夜などうやったらプリンセスを振り向けさせられるかって電話かかってくんだよ……プリンスと知り合ってから同い年としてたまに相談役やってたけどさ、最近は度を越してるというかいい加減ノイローゼになりそう……」

 

「……」

 

炎佐のうんざりしたような言葉にリトは聞かなきゃよかったと頭を抱える。

 

「おはよーララちぃ! 氷崎!」

 

「おはよー」

「おはよ。籾岡さん、沢田さん。じゃ、僕自転車止めてくるから」

 

学校に着き、偶然一緒になった里紗や未央に挨拶してから炎佐は自転車に乗り直して駐輪場に向かう。そして自転車を駐輪場に置いてからリト達の方に戻っていると自分の目の前を見覚えのある女性が横切ろうとした。

 

「九条先輩。おはようございます」

 

「ん? やあ、君か……」

 

声をかけた女性――九条凛は炎佐に気づいて声をかけた後少し考える様子を見せる。

 

「そういえば君はたしか一年生だったな?」

 

「はい、そうですけど?」

 

凜の唐突な問いかけに炎佐は首を傾げる。

 

「ちょうど良かった。少し聞きたいんだが、あのピンク髪の女子について何か知っているか?」

 

凜がそう言って指差すのは、ピンク色の髪という時点でまあそうだろうがララ。彼女はリトとレンの殴り合いの喧嘩を見て何故か嬉しそうに笑っていた。

 

「ララちゃんがどうしたんですか?」

 

「知り合いか?」

 

「クラスメイトなので。と言っても友達の友達、みたいなものであまり詳しくは知りませんけど」

 

炎佐は何故凜がいきなりララの事を聞いてきたのか分からないがとりあえず関係としては友達のリトの友達だから接点がある程度にぼかしておく。

 

「そうか……時間を取らせてすまなかったな。それとすまないが私がこの事を聞いたのは内密に頼む」

 

「はぁ……分かりました」

 

「ではな」

 

凜はそう言って颯爽と歩き去り、炎佐はそっちを見て首を傾げた後、まだ喧嘩を続けているリトとレンの仲裁に入るため彼らの方に走っていった。

それから場所は教室に変わり、現在はHR(ホームルーム)の時間になっている。

 

「さて! もうすぐ待望の彩南高校学園祭!! というわけで実行委員になった猿山だっ!!」

 

名乗りの通り、猿山が教卓に手を置き、やる気満々とばかりにそう叫ぶ。ちなみに黒板前では補助係に任命された炎佐がチョークを握っていた。

 

「この前のHRでみんなに出してもらった出し物案だが!! オバケ屋敷に演劇・わたがし屋、どれもフツーすぎてあまりにつまらない!!」

 

彼はそう叫んでいる間に炎佐が前もって打ち合わせしていたのか凄まじい勢いとスピードで黒板にチョークを走らせる。

 

「そこで考えた結果!! 我がクラスは“アニマル喫茶”で行こうと思う!!」

 

そして黒板に何かを書き終えた直後、猿山がタイムラグなしにそっちを見ることなくばんっと音を立てて黒板を叩きながらそう叫ぶ。黒板には“アニマル喫茶”という文字が下に二重線で強調させられながら書かれていた。

 

「アニマル喫茶ぁ~? 何ソレコスプレ喫茶みたいなモン?」

 

「えーやーだー」

 

「はやらねーよそんなの!」

 

里紗と未央が嫌そうに呟き、男子の一人が叫ぶ。

 

「絶っっ対にはやる!! いいか時代はアニマル!! 弱肉強食の時代!!!」

 

猿山が叫び、そう思うと教室のドアが開いて炎佐が数個の段ボール箱を教室内に入れる。いつの間にか教室のすぐ外に準備していたようだ。

 

「とにかくものは試しだ!! 女子! 俺が用意した衣装に着替えてみてくれっ!!」

 

そしてそう言い、女子達はぶーぶー言いながらさっき炎佐が運び入れた箱の中にあった衣装を持って教室を出ていき、女子用更衣室へと向かう。

 

「……猿山のヤツ……こーゆーくだらねー事になると急にキャラが立つよな……」

 

「まーね。ま、楽しいからいいじゃん」

 

リトの言葉に炎佐はそう返しつつ外を見る。現在外でこの教室を見張っている何者かに気づかれないよう、さりげなく。

 

(九条先輩だよな……何やってんだ?)

 

他の生徒は気づいていないようだが教室の外の木に登りその枝の上から葉っぱに隠れて双眼鏡で教室内を除いているのは九条凛。

 

(ま、さっきララについて調べてたし多分その関係だろうな……なんでかは分からないけど)

 

理由は朝の会話内容からおおよその検討はついているし、こっちに危害を加える様子も見せないため放っておいても問題はないだろう。炎佐はそう結論づける。それから少し待つと教室のドアが開き、アニマル喫茶の衣装に着替えた女子生徒達が黒板の前に並んだ。

 

『お~~~~~!!!』

 

男子達が歓声を上げ、顔を赤くし、人によっては涎まで垂らす。

 

「すげーっ! いいじゃねーか猿山っ!!」

 

「ああ! これこそ俺が求めていたパラダイス!!」

 

男子や猿山が騒ぎ、レンも頬を赤くしながらララを見つめている。

 

「「どうよ氷崎、似合う?」」

 

セクシーポーズを取りながら炎佐に尋ねてくる里紗――狼と思われる衣装だ――と両手を広げて衣装を見せてくる未央――こっちはリスと思われる衣装だ――に炎佐はふふっと笑う。

 

「似合う似合う。特に籾岡さんなんてはまってるよ」

 

「ほほう。それはアタシが肉食系ってことかな? ならその期待に応えようか」

 

炎佐の言葉に里紗はピキーンと目を輝かせ、両手を前に持っていき指をわきわきさせて笑いながらそう言う。それを見た炎佐はぎくっとなった。

 

「も、籾岡さん?」

 

「ふっふっふ。そういえば氷崎には臨海学校で助けてくれたお礼してなかったっけ?」

 

「そ、それとこれとなんの関係がって沢田さん!?」

 

「リスって悪戯好きなんだよ~?」

 

にやにや笑いながら近づいてくる里紗に炎佐は引きながらそう尋ねるがその時未央が炎佐を後ろから羽交い絞めにする。

 

「がおうっ!!」

 

「ギャーッ!!!」

 

そして里紗が狼のような声を上げて炎佐に飛びつき、炎佐も悲鳴を上げた。

 

(……何をやってるんだ、あいつは……)

 

教室の外から双眼鏡で覗き見している凜は顔見知りの後輩が女子にいじられているのを見てつい呆れてそう考えてしまった。

そして男子からはもちろん好評を得て、衣装を着ると結構ノリ良く里紗や未央達も賛成し、その流れのまま一年A組の彩南祭出し物は“アニマル喫茶”で決定した。

 

「だ、大丈夫か? 炎佐?……」

 

「モウオヨメニイケナイ……」

 

「お前男だろうが。余裕そうだな」

 

リトは炎佐を見ながら頬を引きつかせて尋ねる。炎佐はあの後里紗に襲われて服を脱がされた――下半身はどうにか死守したが――挙句いつも彼女が女子にやっている胸部マッサージを男である自分にまでやられたり露出させられた上半身を未央と一緒にくすぐられたりとやりたい放題に襲われてしまったのだ。しかし炎佐も炎佐ではだけた制服から露出している肌を隠すように自分を抱きしめ、震えながら涙目になっているという襲われた女性被害者っぽい姿になっている――しかも目立つ傷跡があるとはいえ基本的に中性的な顔のため様になっている――割にはリトの言葉に即答でボケを返す辺り意外と余裕そうで、リトも呆れたようにため息をついた。

 

「さてと。じゃあ仮にも喫茶店なんだし後は食事作る係りも必要だよね、サルとメニューの相談してくるよ」

 

「ほんっと余裕だなお前!?」

 

そして被害者ごっこに飽きたのか彼はあっさり泣きかけていた表情を元に戻して制服を着直し、猿山にメニューの相談を持ちかけに行く。それにリトも咄嗟にツッコミを入れた。

 

 

 

 

 

それから準備や料理のレシピ配布および練習――なお指導役および厨房チーフは炎佐が任された――が数日続き、彩南祭当日が訪れる。

 

「いらっしゃいませー!! アニマル喫茶へようこそ~」

 

始まって早々大人気のアニマル喫茶。ララを始めレベルの高い美少女達がアニマルコスプレをして出迎えてくれることに主に男の人達から大盛況。彩南祭が始まってからもう昼になるのに客が途切れる気配がなかった。

 

「エンザー! チーズケーキとコーヒー一個ずつだってー!」

 

「はいっ!」

 

ララから注文を受け、炎佐はレンタルした小型冷蔵庫から冷蔵していたチーズケーキを取り出し、さらにその間に他の厨房係が素早くコーヒーを用意する。

 

「氷崎ー! カレーセット、サラダとドリンクはオレンジ!」

 

「分かった!」

 

さらに里紗から注文が飛び、炎佐は急いでカレーをよそうと冷蔵庫からサラダを取り出し、紙コップにオレンジジュースを入れる。

 

「沢田さんお願いっ!」

 

「はいはいっ!」

 

料理とどのテーブルからの注文化を示すプレートをお盆に乗せて手近にいた未央――里紗は注文を出した後別の客の注文を聞きに行った――に渡し、未央は素早くお盆を取ると慣れた足取りでそのプレートが示すテーブルへと運んでいく。

 

「氷崎やべぇ! 紙皿と紙コップがもうなくなりそうだ!?」

 

「誰か買ってきて後で予算から払うから! 領収書貰ってくるの忘れないでね!」

 

「おう!」

 

ホールもお客さんが出ていったら次のお客さんがテーブルにつき、店員に見惚れながら注文を出し、それを聞いてすぐに厨房へと出して、また別の人の注文を聞きに行くとてんやわんやだが厨房も料理に不慣れな男子が軸になっているためかなりフル回転になっていた。

 

そして昼から少し時間が過ぎるとようやく客足も途絶え始め、教室中に安堵の息が漏れていく。

 

「ふう……やっと休めるぜ……」

 

教室の入り口前で客の整理係をしていたリトも椅子に座りながら呟く。

 

「お疲れ様、結城くん」

 

と、黒猫をモチーフとしているらしい、少々どころかかなり露出の激しい格好をした春菜がお盆にジュースを乗せてリトに声をかけた。

 

「はい、ジュース」

 

「あ、ど、どーも…(…お、俺に気を遣ってくれるなんて、うれし~)」

 

春菜はリトにジュースを渡し、リトはおずおずと受け取った後心の中でにやけながらそう呟く。

 

「アニマル喫茶……思ったより楽しいね」

 

「え!?」

 

「最初はこの格好、恥ずかしくてイヤだったけど……なんか慣れたら楽しくなってきちゃった」

 

「そ、そうか……よかったじゃん」

 

リトと春菜は雑談を楽しんでいた、その時だった。

 

「あの~。ちょっとすいません」

 

「あ、い、いらっしゃいませ!」

 

突然呼びかけられ、リトは慌てて立ち上がると挨拶する。

 

「あ、ごめんごめん。お客ってわけじゃないんだけど……この教室に氷崎炎佐って子、いるかな?」

 

慌てたようなリトの挨拶に苦笑して返すのはリト達より少し年上だろう女性。ベレー帽を被っており、後ろにはベレー帽で隠せない程に長く伸ばした黒髪が輝いている。さらにメガネをかけており、その容貌はどこか変装しているように思わせた。

 

「えっと、炎佐なら今教室にいますけど……」

 

「どなたでしょうか?」

 

リトと春菜はきょとんとした様子で尋ね、女性はころころと笑う。

 

「あ、ごめんごめん。私、エンちゃ……炎佐の従姉弟でえっと……氷崎恭香って言うの」

 

「ああ、炎佐の従姉弟。ちょっと待ってください」

 

女性――恭香の言葉にリトは納得したように頷いて教室内に顔を向けると「炎佐ー」と呼び始める。

 

一方厨房。このクラスの仕事はシフト制を取っており、炎佐の割り当ては忙しくなるであろう朝~昼となっていた。つまり彼のシフトはとりあえずこれで終了だ。

 

「ふぅ……じゃ、後はお願いね」

 

「任せとけ!」

 

炎佐はなかなか呑み込みが早かった厨房係りにバトンを渡すようハイタッチをする。

 

「炎佐ー!」

 

「ん? 炎佐、リトが呼んでるぜ?」

 

と、教室の入り口の方からリトの呼び声が聞こえ、猿山が炎佐を呼ぶと炎佐もどうしたんだろうというように首を傾げながらも使ってない紙皿を整理しながらとりあえず呼び返す。

 

「どうしたのー?」

 

「従姉弟の姉ちゃんが遊びに来てんだけど、どうするー?」

 

「従姉弟?」

 

リトの言葉に炎佐は入り口に顔を向ける。そこでにんまりと悪戯っぽい笑顔を浮かべながらやっほーと手を振っている女性を見ると彼は口をあんぐりと開いた。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉいっ!!!」

 

そして直後素早く入り口までダッシュ、女性の肩にバンッと手を置く。

 

「キョー姉ぇあんた何してんのっ!!??」

 

「仕事早目に終わって暇になったから遊びに来たー」

 

血相を変えて半分怒鳴る勢いで叫ぶ炎佐に対し恭香はけらけらと笑いながら返す。

 

「遊びに来たーじゃないよ!! 暇になったんなら休みなよ大変なんでしょ!!」

 

「休みたいからエンちゃんとこの学園祭見に来たのに……くすん」

 

炎佐の怒号交じりの叫びに恭香はうつむき、くすんと涙声を漏らす。その目元には涙も浮かんでいた。

 

「ひ、氷崎君。人様の家庭にあんまり口出ししたくないけど……せっかく忙しい中時間を作って来てくれたのにその言い方はないんじゃないかな?」

 

「そうだよ。お前、たしかもうシフト上がりなんだろ? だったら丁度いいし一緒に学園祭見てこいよ。お姉さん、仕事が忙しいっていうなら気分転換にさ」

 

「えっ!?」

 

と、恭香を可哀想に思ったのか春菜とリトが彼女に助け舟を出し、それを聞いた恭香は嬉しそうに笑う。

 

「わぁ、ありがとう! じゃ、行こうエンちゃん!」

 

「人前でエンちゃん言うな引っ張るな! 分かった!! 分かったからちょっと待てせめてエプロンくらい脱がせろー!!!」

 

恭香が彼の腕に抱き付いてぐいぐいと引っ張り、炎佐は自由な腕をぶんぶんと振って顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 

それから炎佐はエプロンを脱ぎ学生服姿になってから恭香と名乗る女性と共に学園祭を見て回り始める。ちなみにエプロンを脱いでいる最中猿山達からの「あの美人なお姉さんはなんなんだよ」的な視線にさらされていたのは全くの余談である。

 

「……で、なんなのその格好」

 

炎佐が呆れたように、自分の隣でわたがしを齧っている、自分の従姉弟である女性――霧崎恭子をジト目で見ながら問いかける。と恭香あらため恭子はくすっと笑った。

 

「髪はカツラ。ここの近くで撮影してる連続刑事ドラマで私、ゲストとして出演するんだけどその時に使ったのよ。ベレー帽とメガネは他の出演者が小道具に使ってたのの予備をちょっと借りてきてね。ほら、そのまんま来たら大騒ぎになるでしょ?」

 

そう言って彼女はパチッとウインクする。まあ今をときめく女性アイドルが全く関係ない高校の学園祭にやってきたら騒ぎになるのは間違いないだろう。

 

「ったく……で、いつまでいられんの?」

 

「そうね……あと十分ってとこかな? 移動含めたら」

 

「少なっ!? そんだけしかいられないなら素直に休んでた方がいいんじゃないの?」

 

「だーかーら。私はエンちゃんと一緒にいられればその方が癒されるのっ!」

 

まあ、そんなアイドルとデートしている事も一般人にとっては大騒ぎなのだが炎佐は撮影の合間に無理に関係ない学園祭に来るくらいなら素直に休んでた方がいいと彼女を心配しており、それに対し恭子はそう言って炎佐に抱き付き、それを聞いた炎佐は顔を赤らめる。

 

「ん? エンザじゃないか。何をしてるんだ?」

 

「あ、プリ……レン。店空いたぜ。今なら客として行けるんじゃないか?」

 

「本当か!?」

 

と、学園祭を回っていたレン――最初はシフト外に客として入ろうとしたが客が多すぎて捌ききれないからと猿山に追い出され、しょうがなく学園祭を回っていたらしい――が炎佐を見て首を傾げ、炎佐もレンにそう返すと彼は目を輝かせる。

 

「誰?」

 

それを見ていた恭子が不思議そうに首を傾げる。

 

「ああ、クラスメイトのレン。レン、こっちは俺の従姉弟」

 

「初めまして」

 

「は、初めまして! レン・エルシ・ジュエリアです!」

 

炎佐の紹介に恭子もにこっと微笑んで挨拶し、レンは慌てて頭を下げ挨拶を返す。そして顔を上げると爽やかに笑った。

 

「じゃ、僕はララちゃんとこに行ってくるよ!」

 

「ああ」

 

レンはそう言うや否や走り去っていき、恭子はぽかーんという様子でそれを見送った。

 

「元気な子だね……」

 

「まあな。さ、行こうか」

 

恭子の呟きに炎佐はそうとだけ返して歩き出し、恭子もその後を追って歩き出した。それから一緒に適当にクラスの出しものを見て回れば十分なんてあっという間に経ち、炎佐は恭子を見送るため学校の校門前までやってきていた。

 

「じゃ、道中気をつけてね」

 

「大丈夫だって、テキトーなとこでタクシー捕まえるから。じゃ、またその内暇になったら遊びに行くからね」

 

「……ご勝手にどうぞ」

 

炎佐の、相手を心配する言葉に恭子はにししと笑って返し、また暇な時に遊びに行くと続けると炎佐の頬が僅かに緩み、しかし咄嗟にそれを隠すようにふいっと顔を背けながら呟くように返す。それを聞いた恭子はまたころころと鈴の音のような笑い声を上げて、「じゃあね」と手を振るとその場を去っていった。

 

「……」

 

炎佐も彼女が見えなくなるまで見送り、それから何事もなかったように教室に戻っていく。

 

「ララ~!! 覚えてなさ~い!!!」

 

と、教室からいきなりボンテージらしい服装だが上半身素っ裸の少女が顔を真っ赤にして胸を隠しながら飛び出し、炎佐は目を丸くする。

 

「「さ、沙姫様!」」

 

「九条先輩!?」

 

それを追うように出てくる校長と、さらに追う二人の、こちらもボンテージらしい露出の高い格好をした少女。その一人は見覚えのある姿であり思わず炎佐は声を上げてしまった。

 

「き、君か!? すまない、急いでるんだ!!」

「沙姫様! お待ちください!」

 

見覚えのある相手――凜は炎佐を見て声を上げた後そうとだけ言って上半身素っ裸の少女を追いかけていき、炎佐は首を傾げながら教室に入る。

 

「あ、エンザー。お帰りー」

 

それを、身体を生クリームで飾ったような姿をしているララが出迎えた。

 

「プリンセスもなんちゅう格好してんですか!!!」

 

その姿を見た炎佐がツッコミを入れるのは、まあ当然だろうと言っておこうか。

 

そんなこんなのどたばたを行いながら、彩南祭は過ぎていく。




とりあえず臨海学校での水着盗難騒ぎやレン登場はすっ飛ばします。いや、この二つ炎佐絡ませにくいんですよ。盗難はリサミオ使えばどうにかなるかもしれませんけど……レンの方はせいぜいがレンと出会った時の「よお、久しぶり」くらいで……ああ、ちなみに炎佐はレンとも友達ですしもちろん“彼女”の存在も知っています。
さて次回はどうするか……流石に次VSヤミはすっ飛ばし過ぎだし……クリスマスイベントで凜と絡ませるか?(おい)
ま、そこは後で考えるとして。今回はこの辺で、感想はいつでもお待ちしておりますのでお気軽にどうぞ。それでは!


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第六話 クリスマス、プレゼント争奪戦

「なんか最近、時間の進みが早い気がするなぁ……」

 

「気のせいじゃね?」

 

「いや、この前彩南祭があったのにもうクリスマスとかさ……」

 

「気のせいだって」

 

炎佐の呟きに猿山は気のせいだと言い張り、炎佐もまあいいかとため息を漏らす。

 

「しっかし天条院センパイも意外にいいトコあるよな。別荘でクリスマスパーティーやるからって、俺らまで招待してくれるなんてさ」

 

「ん~……どうかなぁ。あの人の事だからなーんか俺は裏があるような気がしてならねーんだけど……」

 

炎佐の横で猿山とリトがそう話す。今彼らがいるのは彼らにとって高校の先輩である天上院沙姫の別荘、ここでクリスマスパーティをする際に彼らも招待を受けてやってきていたのだ。

 

「まあ、家のパーティで何かやらかすわけもないでしょ? 僕ものんびり食事楽しんでくるからさ」

 

「お、おう。また後でな」

 

炎佐はそう言ってリトから離れていき、適当にぶらつきながら立食パーティを楽しんでいく。

 

「やあ、エンザ。楽しんでるかな?」

 

「ああ、プリンス・レン」

 

と、同じく招待を受けていた――というより少なくとも1-Aは全員招待を受けている――レンに炎佐は挨拶を返し、それにレンは苦笑する。

 

「その言い方は止めてくれないか? 今の僕はどっちかというとメモルゼ星の王子ではなく君の友としての立場に近いんだから」

 

「ふふ。そりゃ悪かったよ、レン……ところで、プリンセス・ルンは元気か?」

 

「あ、あぁ……うん。元気も元気さ……おかげでここ最近は油断も出来なくってね」

 

「えっと、もうそろそろそんな周期だったか?」

 

「そうじゃなくて……説明するのもややっこしいというか……」

 

レンは心なしか落ち込んだ様子を見せており、それに炎佐は苦笑する。

 

「ま、なんか知らないけど元気出せ。昔からプリンセス・ララとプリンセス・ルンに挟まれて大変なんだしさ。抱え込まず相談しろよ、友達だろ?」

 

「エンザ……」

 

炎佐の言葉にレンは感動したようにそう漏らすが直後炎佐は心なしかキレ気味の表情を取る。

 

「ただし、限度はわきまえてくれよ? 具体的に言えば一日数十回しかも夜遅くまでかかる電話は止めてくれ。しかもどれもこれも似たような話題でこっちも似たような返答しか出来ないってのに……」

 

「き、気をつけます……」

 

その言葉にレンはしゅんとなって頭を下げた。

 

それから小悪魔風のドレス姿――ペケに入力した新コスチュームだ――になったララも合流。皆で雑談しながら食事を楽しんでいた時だった。

 

「さて! ではそろそろ本日のメインイベント!! プレゼント交換を行いたいと思います!」

 

前の方のステージに立つトナカイコスの凜がマイク片手にそう言う。

 

「ただし! 入場の際皆様から預かったプレゼントはここにはありません!」

 

「?」

「どーゆー事だ?」

 

続く彼女の言葉にリトと猿山が不思議そうな声を漏らす、と沙姫が凜からマイクを受け取り、それを口元に近づけた。

 

「フフ……普通に交換しあってもつまらないでしょう? そこで、私が素晴らしいゲームを発案しましたの……名付けて!! プレゼント争奪ゲーム!!!」

 

沙姫は右手の人差し指を伸ばし、天井を指差すように突き上げて高らかに宣言した。

 

「ルールは簡単! この屋敷のあちこちに隠されたプレゼントを探し出す事!! 見つけたプレゼントはその人のモノとなります」

 

「へー。おもしろそー」

 

「しかし!! それだけではありません!!」

 

沙姫の言葉にララが面白そうだと返す。しかしさらに沙姫が叫ぶとステージにモニターが現れ、そこにビーチ沿いの高級ホテルの絵が映し出された。

 

「プレゼントの中には一つだけ! 私からのプレゼントとして“豪華リゾート三泊四日の旅”をご用意してあります! 高級ホテルで高級料理がタダでご堪能できましてよ!」

 

その言葉に招待客から「おぉ~!」と歓声が上がり、未央がにししと笑って春菜に寄る。

 

「すごいじゃん!! こりゃいただくっきゃないね、春菜!!」

 

「え? 私は別に……」

 

「それと最後にもう一つ!」

 

未央の言葉に春菜はそう返していると里紗が最後にと言う。しかしその前に何者かがスタート地点である扉の方に走り出した。

 

「フン! リゾートの旅は俺がいただく!」

 

『さすが弄光センパイ!! まだ話の途中なのにスタートしたぜ!!!』

 

彩南高校の先輩の一人――弄光泰三だ。走り出した彼に取り巻きが声を上げるが、その時彼の足もとに穴が開く。

 

「へ? ああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

『センパーイ!!!』

 

一瞬の浮遊感が襲って彼は暗い穴の中に落っこちていき、取り巻きも悲鳴を上げた。それを見た沙姫も妖艶な笑みを見せる。

 

「このように、この屋敷のあちこちにはトラップが仕掛けてあります。プレゼント探しは慎重に行く事をおすすめしますわ……それでは、スタート!!」

 

「よし、行くか!」

 

「お、おい炎佐!? 大丈夫かよ!?」

 

「たかが地球人一般人のトラップ。死ぬことさえなければ問題ない!」

 

「リト! 一緒に行こーよ!」

 

「わ!?」

 

沙姫の合図を聞いた炎佐が走り出し、リトもララに引っ張られてスタート。レンも走ると春菜もリサミオに押されてスタートした。

 

「……」

 

それから炎佐は一人で細長い廊下を走っていた。横には人三人分入る程度の廊下だが妙に先が長く感じる……と、炎佐は何か起動したような音を聞き、足を止めると無駄のない動きで辺りを確認。

 

「囲まれたか」

 

ぼそりと呟く。前後の壁の一部分が開き、そこからマシンガンらしきものがアームにくっついて四つ出現する。

ターゲットが来てすぐに起動ではなくある程度進んでから挟み撃ちにする辺り制作者の性格がうかがえた。

 

パラララララ!

 

「ちっ!」

 

四つの銃口が炎佐に向けられるとマシンガンから弾丸(BB弾だ)が雨のように放たれる。炎佐は素早くその場から飛び退いて弾雨から逃れ、走り出す。しかしマシンガンは既に炎佐をロックオンしているのかなかなか正確な軌道で炎佐目掛けて弾雨を降らす。

 

「流石に炎や氷を出すわけにもいかないよな……しょうがない」

 

炎佐はそう呟いて懐からナイフやフォーク(スタートする前にパーティ会場からちょろまかしてきた)を四本取り出して一旦左手で握った後両手に二本ずつ指に挟み、空中で回転。一瞬で投擲する。それらは四つのマシンガンを捉え、軽々と破壊した。

 

「ふぅ……」

 

これ以上狙ってくるものもなく、炎佐は安堵の息を吐くとマシンガンを破壊した食器を回収すると凍り付いているそれを右手で握り、高熱を発して氷を溶かし懐に戻す。

 

「よし、行くか」

 

うんと頷いてそう言ったその時、彼はまたウイイイィィィィンという機動音を聞き、嫌な予感とばかりに壁を見る。さっきと同じように壁の一部分が開いていく。しかしその穴の数が尋常ではなく、その中から再びマシンガンがアームに装着されて出現。その数、前の方にあるだけでも十個以上はあり、しかも後ろの方からも機動音が聞こえてくる。

 

「……やってられっかーっ!!!」

 

自棄になったように叫び、彼はBB弾の嵐の中を全速前進で突っ走っていった。

 

 

 

 

「沙姫様、次々と脱落者が出ているようです」

 

「あら、意外と皆さんだらしがないですわね……ララの方は?」

 

綾の報告に里紗はふふっと笑ってそう言い、メインターゲットであるララはどうなっているかと尋ね、綾はパネルを操作しララを探す。

 

「えいっ」

 

その時モニターに映ったのは鉄球を拳で破壊するララの姿だった。

 

「トラップを破壊しながら進んでいます」

 

「な! なんて怪力なの!?」

 

「あ! また見ーっけ!」

 

「プ、プレゼントもほとんどがララに確保されています!」

 

綾の報告に沙姫は絶句する。

 

「や、やはり私自ら出向くしかないようですわね……行きますわよ、綾! 凜!」

 

「は、はいっ!」

 

沙姫の言葉に綾は慌てて立ち上がる。が、聞こえてないのか座ったままの凜に目を向けた。

 

「凜?」

 

「えっ!?」

 

「凜! どうしましたの!? 行きますわよ!」

 

「は、はいっ!」

 

凜は綾と沙姫の呼び声に慌てて立ち上がる。さっきから彼女が注視していたモニターには自身を捕まえようと四方八方から襲い掛かる手袋付きアームを徒手空拳で破壊している炎佐の姿があった。

 

 

 

 

「いっぱい集まったね、リト!」

 

(まだ春菜ちゃんのプレゼントが手に入ってねーぞ。どこにあるんだ!?)

 

ララの言葉にリトは辺りをきょろきょろと辺りを見回しながら春菜のプレゼントを探す。

 

「あっ、ここにも部屋がある」

 

と、ララは前方に部屋を見つけそのドアを開けた。

 

「そこまでですわ!!」

 

「!?」

 

「これ以上好きにはさせませんわよ、ララ!!」

 

そこには銃を構えた沙姫、凜、綾が待ち構えていた。

 

「サキ!」

「げげ?」

 

「さあ、カラシ弾をおくらいなさい!!」

 

沙姫がそう叫ぶのを合図に三人の銃から黄色の弾丸――彼女の言葉からしてカラシを固めたのだろう――が放たれ、ララとついでにリトを襲う。ララはそれを軽い身のこなしでかわしていたがまだ状況を理解しきっていないのか呆けているリトの顔面にカラシ弾が迫る。

 

「ふっ!」

 

と、彼の前に何者かが立ちはだかりカラシ弾を一刀両断に叩き斬った。

 

「炎佐!?」

 

炎佐だ。彼は若干黄色に染まっている竹刀を右手に握っていた。恐らくそれでカラシ弾を斬り裂いたのだろう。

 

「チッ。自分のプレゼントを使う羽目になるとは……」

 

「あ、お前の箱妙に細長いと思ったら竹刀だったのか……」

 

炎佐の言葉にリトは呆けながら呟く。

 

「え、え? 誰?」

 

突然の乱入者に綾が混乱していると炎佐はその隙を突いて懐からナイフを取り出し、綾目掛けて投擲。綾の手から銃を弾き飛ばした。

 

「ひゃっ!?」

 

「綾! 下がっていろ!」

 

「う、うん!」

 

武器を失い無防備になってしまった綾に凜は叫び、綾が部屋の隅に下がると凜は銃を構えながら炎佐を見る。彼は前傾姿勢を取りながら竹刀を両手で握っている。その姿はまるでこちらが隙を見せれば一瞬で喉笛を食いちぎらんと狙っている獣のごとく、僅かながら殺気すらも感じ取れていた。

 

「リト、下がってろ」

 

「お、おう……俺この部屋でプレゼント探すから」

 

炎佐の指示にリトはそそくさと部屋内を這うように進んでいく。その合間にも炎佐は隙を見せておらず、凜は頬を持ち上げて微笑んだ。

 

「君……なかなか修羅場をくぐっていると見受けるが」

 

「何のことでしょうか? 僕は知っての通り同じ高校の後輩ですよ?」

 

凜の言葉に炎佐は微笑んでそう返すが目が笑っておらず、凜もふっと笑うと銃の引き金を引く。ダンッという銃声と共にカラシ弾が炎佐目掛けて突き進むが炎佐はそれをグラリと脱力するようにかわし、直後ドンッと地面を足で叩いてその反作用の力でスピードを出し突進、連射するカラシ弾を全てかわして凜に肉薄。しかし凜は弾切れになった銃を投げ捨てると背負っていた竹刀を抜き、炎佐と鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

「ただの高校生が命の危険がないとはいえ銃弾に向かってくる挙句その全てをかわすなど、出来るわけがないだろう……」

 

「ごもっとも。これはうっかりしてました」

 

凜の言葉に炎佐は相変わらず目の笑っていない笑みを浮かべながらそう言い、二人は斬り合いを始めた。

まず凜が炎佐の首を狙うように右薙ぎ、しかし炎佐はそれを竹刀と同じ自分から見て左方向に動きながら凜の背後に回り込み、竹刀を袈裟懸けに切り下ろす。しかし凜は薙ぎがかわされたと理解した瞬間素早く前方に飛んでその攻撃をかわし、さらに左手一本で自分の身体を支えて前転。地面に足をつけながら振り向く。既に炎佐は竹刀を振り上げて斬りかかってきており、凜は立ち上がりながらその竹刀を自らの竹刀で受ける。そして互いに弾かれたように距離を取り、一呼吸の間をおいて突進、凜は炎佐の顔を見ながら足元を払うように右手で竹刀を振るう。だが炎佐はそのフェイントを読んでいたかのように小さくジャンプしてそれをかわし、その勢いのまま竹刀を振りかぶり、振り下ろすと見せかけて竹刀の柄を凜の額にぶつけようとする。しかし凜は空いていた左手で炎佐の腕を右方向に押し、自身も顔を逸らして竹刀の柄をかわす。

 

「ぐっ!?」

 

直後凜のくぐもった声が漏れる。炎佐は自分から見て左方向に竹刀がそらされた瞬間竹刀から右手を離し、凜の首筋に手刀を打ち当てたのだ。

 

「げほっ! きゃっ!?」

 

予期せぬ攻撃に凜は咳き込み、ふらついた隙を狙って炎佐は素早く足払いをかけ凜をうつ伏せに倒すとその上に乗り凜の顔のすぐ横に竹刀を打ち立てた。

 

「僕の勝ちですね」

 

「……お前、一体何者だ?……」

 

「彩南高校一年A組、氷崎炎佐ですけど?」

 

炎佐の微笑みながらの言葉に凜が悔しそうに言葉を紡ぐと彼はそうはぐらかすように答える。

 

「ま、この話はここでおしまいってことで」

 

そして彼はそう言い、立ち上がると竹刀を肩に担いだ。

 

「り、凜! 大丈夫!?」

 

「あ、ああ……」

 

慌てて綾が駆け寄り凜の安否を尋ねると綾も静かに頷く。その時ボウッという凄まじい銃声とは言えない、まるで大砲の砲撃のような音がすぐ横から聞こえる。

 

「「沙姫様!?」」

 

何か分からないが沙姫の安否を問う声。それに対し沙姫は肩に何かキャノン砲のようなものを担いで呆然としていた。そう思うと突然ゴゴゴゴゴと屋敷が揺れ始める。なんか部屋の壁におびただしい数のヒビが入っていた。

 

「……プリンセス、一体何をしたんですか?」

 

「え? サキの銃を改造しただけだよ?」

 

どうやらララの改造品が原因らしい。

 

「プリンセス、天条院先輩を連れて外に避難を」

 

「あ、うん!」

 

「リト! 逃げるぞ!!」

 

「え、お、おう!」

 

炎佐の言葉にララは頷くと未だ呆然としている沙姫と今まで回収したプレゼントを入れた袋を軽々担ぐと部屋の外に走り出し、リトも青いリボンのプレゼント箱を持ってその後に続き、炎佐は凜と綾を肩に担ぐように抱えた。

 

「きゃっ!?」

「な、なにを!?」

 

「この方が速いのでご勘弁を! あ、俺が回収したプレゼント、悪いですけど持っててください!」

 

「あ、うん……」

 

突然肩に担がれた二人はほぼ当然とはいえ抗議の声を出しそうになるが炎佐が真剣な声でそう言い、ついでにプレゼントを入れた袋を持たされた綾がうんと頷くと炎佐は「行きます!」と合図してから一気に走り出した。

そして三人が別荘を脱出するとほぼ同時に別荘は全壊、ララは沙姫を下ろすとあちゃ~というような表情を見せた。

 

「ちょっと強力過ぎたみたいだね」

 

「わ、私の別荘が……」

 

ララの言葉の横で沙姫は流石に呆然とした様子で瓦礫の山と化した別荘を見る。

 

「あっそーだ。私、みんなに集めたプレゼント配ってくるね!!」

 

「あ、ララ。僕のも配っておいていいよ。僕のプレゼント、汚しちゃったし」

 

「あ、ありがとー」

 

ララがそう言ってプレゼントを配りに行こうとすると炎佐もさっきの戦いで傷だらけにしてしまった自分のプレゼントである竹刀を見せながらそう言い、ララは嬉しそうにプレゼントをもらい、他の招待客に配っていく。

 

「さてと、僕はもう帰るか」

 

「待て」

 

プレゼントをララに全部渡した炎佐はもう帰ろうとするが、凜が呼び止める。

 

「何か?」

 

「貴様……何者なんだ?」

 

凜は鋭い眼光で炎佐を見ながら問いかけ、それに炎佐はくすっと笑う。

 

「ただの高校生ですけど?」

 

「そんな言葉で納得がいくか!!」

 

やはりはぐらかそうとする炎佐に凜はそう言い、右手で彼の左肩を掴んで自分の方に向けさせようとする。

 

「っ!?」

 

その次の瞬間凜は弾かれたように右手を離し、炎佐から距離を取った。そうしないと八つ裂きにされる、そんな錯覚を彼女は感じ取ったのだ。そしてその感覚を感じ取らせた原因、彼の細められた目を見る。それは人間というよりも獣に近い気配を見せていた。

 

「お前は、一体……」

 

その言葉に対し炎佐は目を閉じて振り返り、にこっと微笑んだ。その仕草にさっきの獣じみた気配は見受けられない。

 

「僕に勝てれば教えて差し上げますよ。ではメリークリスマス、九条先輩。おやすみなさい」

 

そう言ってぺこりと一礼し、踵を返すと彼は夜の闇へと消えていく。凜は彼の姿が完全に闇に消えるまで、彼から目を離すことが出来なかった。




今回はクリスマスでのプレゼント争奪戦の中で炎佐VS凜をやらせてみました。ちなみにあの戦いの中で炎佐はまだ“炎佐”であり“エンザ”にはなってません、いくら強いとはいえ流石に殺し合いでもないのに本気を出させるわけにもいきませんし。友達が襲われたのでちょっと怒って驚かせたくらいです。
さて次回はヤミちゃんとの戦いかな? ようやく炎佐の隠された設定を出せるぜふっふっふ……でもこれホントに読んでる人いるのかなぁ……感想来ないから不安だわ……ま、それでは~。


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第七話 VS宇宙一の殺し屋

「はは。買い物付き合ってもらって悪いな」

 

「気にしなくていいよ。たい焼き奢ってもらったし。寒くなったぜ、たい焼きが美味い!」

 

リトのすまなそうな言葉に炎佐はたい焼きを齧りながらそう返す。今日はリトの父――結城才培に頼まれてスクリーントーン等の画材の買い出しをしており、一人で街をぶらついていた炎佐も暇潰しにそれに付き合っていたのだがリトは律儀にお礼として彼にたい焼きを奢っていた。ちなみに父親や最近父のアシスタントに就任したザスティン達にお土産の分としてのたい焼きも買っている。

 

「ん?」

 

「どうしたの、リト?」

 

「あ、いや。ほら」

 

と、リトが突然一つの方向に目をやり、炎佐もリトの促しにその方に目を向ける。そこには黒いコート風の服装に身を包み、ミニスカートで金髪を長く伸ばした赤い瞳の美少女が立っていた。穏やかな商店街の中には少々異質、コスプレと言われても納得できる出で立ちの彼女はリトをガン見している。

 

「すっげー見られてる……」

 

「ん? どっかで見たような……」

 

リトが呟き、炎佐が首を傾げているとリトは気づいたようにたい焼きの袋に目を落とした。

 

「もしかしたらたい焼き欲しいのかも」

 

どう考えたらそうなるのか、しかしリトはそう呟いて金髪少女の方に歩いて行き、たい焼きを差し出して一言二言話す。その光景を見ながら炎佐は彼女を見た時に感じたデジャヴに首を傾げていたが、彼女が殺気をリトに向けると同時に昔の記憶を思い返し、目を見開いた。

 

「リト! 逃げろ!!」

 

そう叫ぶと同時、少女の右腕が剣のような形に変化しリトへと斬りかかる。しかしリトはそれを間一髪かわし、エンザがそこに割り込んで鋭い右ボディブローを少女に叩き込み、打撃がぶつかった瞬間右拳から爆発を放ち、少女を吹っ飛ばした。と言っても少女は吹っ飛ばされたというよりかは自分から飛んでダメージを減らしたらしく、くるんと空中で回転して反対側車道の先の店の上に着地したのだが。そして彼女は赤い瞳でじっとリトとエンザを見始め、リトはおどおどとしながらエンザに近づいた。

 

「え、炎佐……あの子、一体……」

 

「恐らくコードネーム、金色の闇。俺も会った事はないんだが宇宙では伝説の殺し屋とまで呼ばれている。どうやらお前、金色の闇に抹殺対象にされてるようだな」

 

「はぁ!? なんでだよ!?」

 

「どうせララの婚約者候補のたくらみだろ……流石に俺一人じゃ分が悪い。悪いが逃げるついでにザスティン呼んできてくれないか? あと、俺の家に寄って武器持ってきてくれ。あの刀の柄」

 

「わ、分かった! 気をつけろよ!」

 

「お前もな!」

 

エンザとリトはそう言い合うとリトはエンザから家の鍵を借りてすぐ走り出し、金色の闇はその後を追うようにまるで地面を滑るように飛ぶ。が、エンザがその前に立ちはだかり、空中で回し蹴りを放つが金色の闇はそれを空中で軌道を変え、かわしてみせる。そして二人は地上に降りると同時に再びジャンプ、ひとっ跳びで近くのコンビニの屋根の上に着地した。

 

「いくつか尋ねたい。お前は“金色の闇”か?」

 

「答える必要性が見当たりませんが……その通りです。あなたも、地球人ではないようですね」

 

「ああ。地球には静養に来ててな……お前の目的はリトの抹殺か?」

 

「はい。ある方から結城リトの抹殺を依頼されました……うらみはありませんが、彼には消えていただきます」

 

「悪いが。はいそうですか、なんて言えないんだよな。俺はリトの友達だ……」

 

金色の闇は素直にエンザの質問に答え、彼女の言葉にエンザはそう言って懐からバッジを取り出すと自分の右胸部分に装着。バッジが光を放って彼を包み込み、その光が弾け飛んだ時彼は黒色のインナーに白銀で軽装の鎧に身を包んでいた。

 

「友達に手を出すっていうのなら、誰であろうとぶっ倒す!!! いくぞ、エンザ、いざ参る!!!」

 

そう叫ぶと同時にエンザは金色の闇目掛けて走り出す。その時彼の両の瞳が氷のように透き通った青色へと変化し、彼が左手を伸ばすとその先が凍り付き、一本の剣を形成。エンザは氷の剣を左手で握ると金色の闇に斬りかかり、金色の闇もそれを右腕を変化させた剣で応戦した。

 

「氷を操る能力……どうやらブリザド星人のようですね……ですが、さっきの爆発は……」

 

「教える義理はありません」

 

金色の闇はエンザの能力を冷静に分析し始めるがそうはさせないとばかりにエンザは左手の氷の剣による素早い連続突きで攻撃、金色の闇はそれを右腕だけでなく左腕までも剣に変質させ、防御していく。

 

「くっ……」

 

しかし金色の闇から苦しげな声が漏れる。彼女の両腕となっている剣が凍り付き始めていた。

 

「ふっ!」

 

「!」

 

両腕の動きが僅かに鈍り、エンザはその隙を突いて左腕を目一杯伸ばし金色の闇の顔を狙う。それを金色の闇は上半身を反らしてかわすが氷の剣から放たれた冷気によって彼女の髪に霜がついた。その時一瞬彼の動きが止まる。

 

「まだだ!」

 

エンザは左手を下げて右足を踏み込み右腕を振りかぶった。その両瞳はまるで燃え盛る炎のような赤色になっており、彼が金色の闇の胸に拳を打ち当て、そのまま拳を振り下ろして金色の闇ごとコンビニの屋根に叩きつけると至近距離から大爆発を叩き込んだ。ビリビリビリという振動がコンビニの屋根を伝っていく、恐らくコンビニ内では少し騒ぎになっただろうな。そうエンザは思ってしまうが直後何か嫌な予感を感じ取り、素早くその場を飛ぶようにして離れる。その直後、さっきまでエンザが立っていた場所を何か牙のようなものがいくつか噛みついた。

 

「思ったよりやりますね。少々舐めていました」

 

そして金色の闇が立ち上がり、服についた埃をぱんぱんと払ってエンザを見る。さっきエンザに噛みつこうとした牙は金色の闇の髪だった。

 

「髪まで武器に出来るとか卑怯にも程があるだろ。全身武器かお前は」

 

「……思い出しました。賞金稼ぎのエンザ……噂に聞いたことがあります」

 

新たに分かった事にエンザはため息を漏らしていると金色の闇は静かにそう言った。

 

「フレイム星人とブリザド星人のハーフであり、炎や高熱を操るフレイム星人と氷や冷気を操るブリザド星人の力を併せ持つと聞いています」

 

「ご名答。商品はないけどな」

 

金色の闇の言葉にエンザはパチパチと拍手する。

 

「ついでに言うと、今のオレはボランティアでララ・サタリン・デビルークとその婚約者ってことになってる結城リトの警護をしている。これの意味する事は分かるかな?」

 

「あなたは結城リトを殺されることはよしとしない」

 

「ま、半分正解。残り半分は……」

 

エンザの問いかけに金色の闇は即答、それに彼はとりあえず頷いてそう言い、そこで言葉を溜める。その瞬間何者かが同じコンビニの屋根へと飛び上がり、金色の闇へと斬りかかった。しかし金色の闇はそれを両腕の剣を交差して防ぎ、その剣を振るって相手を弾き飛ばす。が、相手も空中で回転しエンザの隣に着地。エンザはニヤリと笑みを見せる。

 

「私が相手だ!! “金色の闇”!!」

 

「結城リトを狙う奴はデビルーク王室親衛隊を敵に回す、という意味だ。今のとこオレとデビルーク王室親衛隊は協力関係を結んでいるからな。正確に言えばザスティン達との個人的な約束に近いが」

 

そして男性――ザスティンの叫びと共に彼は残り半分の正解を口に出した。金色の闇はザスティンを冷たい目で見る。

 

「なんですか? あなたは」

 

「私か? 私はデビルーク王室親衛隊長であり……そして!!」

 

ザスティンはそこまで名乗ると拳をぐっと握りしめた。

 

「漫画家・結城才培率いる“スタジオ才培”のチーフアシスタント!! ザスティン!!!」

 

なんかそっちの方が気合入れた名乗りになっていた。ちなみに金色の闇は「……チーフアシ?……」と訳が分からぬ様子で呟いている。

 

「炎佐!!!」

 

コンビニの下からザスティンを呼んできたのだろうリト――その隣にはララが立っている――が叫んでエンザに何かを投げ渡す。それはエンザの愛刀となる刃のない刀の柄、二つ。それにエンザはサンキュと呟いて受け取り、一つを鎧の中にしまうともう一つを左手で握りしめて目を瞑る。それと共に刀の柄から青い刃が生成され、その刃を冷気が纏った。そして彼は青い瞳を宿す目を開く。

 

「エンザ、よく持ちこたえてくれた。ここからは共同戦線といこう」

 

「オッケー。援護はボクに任せて」

 

「うむ!」

 

ザスティンはエンザの言葉に頷き、地面を蹴ると高速で金色の闇に突進、金色の闇も一瞬出遅れながらもほぼ同じスピードで突っ込み、二人がぶつかり合うだけで衝撃波がそこに発生した。ザスティンの剣と金色の闇の両腕となっている剣が交差し、鍔迫り合いになっている。

 

「ハァ!!!」

 

しかし気合一閃、そういわんばかりの叫びでザスティンの剣で振り抜かれ、その衝撃で金色の闇はコンビニの屋根の端まで吹っ飛ばされるが落とされることはなく耐える。

 

「もらったよ」

 

「!?」

 

だがそこにエンザの冷たい声が響き、金色の闇は足元からまるで氷が自分を喰らおうとするかのように襲い掛かってくるのに気づき、咄嗟にそこを飛びのく。

 

「チッ」

 

エンザはそれを見て静かに舌打ちを叩き、一瞬彼の動きが停止。その両瞳が赤く変化すると彼は足の裏を爆発させてその勢いを利用し加速。

 

「エンザ! 奴を追い込む! 手伝ってくれ!!」

 

「考えがあるんだな!? 分かった!」

 

ザスティンの叫びにエンザは作戦があるんだと直感し、了解。二人は見事なコンビネーションの剣技で金色の闇を徐々に追い込んでいく。そしてエンザが炎を纏う刀を振り上げて金色の闇の前に飛び出した。

 

「らぁっ!」

「くっ!」

 

刀を振り下ろした瞬間の爆発が金色の闇に、金色の闇の左足を変身(トランス)させた鉄球による回し蹴りがエンザにそれぞれ直撃するのはほぼ同時。互いに相打ちで吹っ飛び、金色の闇は無数の石の上に二本の鉄の線が並行に長く伸ばされて木片が敷かれている場所に叩きつけられ、エンザも近くにあった橋の上に叩きつけられる。

 

「よくやった! 後は任せろ!!」

 

「炎佐、大丈夫か!?」

 

そう叫んでザスティンが金色の闇へと斬りかかり、同時に追いついたリトがエンザに呼びかけた。

 

「!」

 

ザスティンが高所から斬りかかってくるのを見た金色の闇は瞬時に髪をいくつものまるで龍の頭のようにし、ザスティンに頭突きのように攻撃、さらに竜の牙がザスティンに噛みつく。

 

「流石は“金色の闇”。全身凶器というウワサはダテではないな」

 

「それはどうも」

 

「……だが、悪いが君は勝てない」

 

そう言うザスティンは、自らの作戦の成功を確信した目を見せていた。

 

「なぜなら、ここは君の知らない星地球だからだ!! この星の地の利!! 使わせてもらう!!!」

 

そう叫んで彼が竜の頭を払いのけると同時、プアアァァァ~という音が聞こえてきた。

 

「電車が!!」

 

リトが叫び、ザスティンは瞬時にその場を飛び退く。ザスティンの背後から電車が一台、金色の闇目掛けて突進してきていた。

 

――変身(トランス)!!!――

 

しかし金色の闇は背中から純白の天使の羽を生やし、なんと空を飛んで電車をかわした。

 

「な、なに!?」

 

予想だにしなかった回避方法にザスティンは目を丸くする。と、またプアアァァァ~という音が聞こえてきた。

 

「ザスティン危なーい!!!」

 

「はっ!」

 

ララの呼びかけでザスティンは我に返る、がもう間に合わずザスティン――なんと片方の線路のど真ん中に突っ立っていた――は下り電車に轢かれ、橋の上まで吹っ飛んで床と手すりに叩きつけられた。

 

「ザスティーン!!!」

 

(やっぱバカだあいつ……」

 

ララの声とリトの心の声が重なる。

 

「ツメが甘いようですね」

 

と、天使の羽を生やして飛行していた金色の闇が彼らの前に着地、羽を消す。

 

「ちっ!」

 

しかしエンザがその前に立ちはだかった。

 

「……あなたの能力は既に見切っています」

 

「それはどうかな? 炎と氷のコラボレーション、甘く見てもらっちゃ困る」

 

「……ハッタリですね」

 

エンザの言葉に金色の闇は冷静に指摘する。

 

「本来フレイム星人とブリザド星人、この二つの能力は相いれないもの。その血を継ぐあなたでも、それを状況に応じて使い分ける事は出来ても同時に使用する事は出来ない。そして炎から氷へ、氷から炎へ能力をシフトする時あなたは若干の隙を作り完全に無防備になってしまう……違いますか?」

 

「……」

 

金色の闇の指摘にエンザは黙り込み、やがてチッと舌打ちを叩いた。

 

「……こんな短い戦いの間で見抜かれるとは。伝説の殺し屋の名は伊達じゃないわけか」

 

「炎か氷か、どちらかさえ見抜けられればそれに気をつければいいだけ。能力シフトの一瞬の隙があれば、あなたの息の根を止めることなど造作もありません」

 

その口から発されたのは、彼女の指摘が真実だという証明だった。それに対し金色の闇は静かにそう言い、冷淡な目でリトを見る。

 

「どいてください。そうすれば、命だけは助けてあげます」

 

「断る……言ってるだろ? 炎と氷のコラボレーション、甘く見てもらっちゃ困る。とな」

 

「ですから……!?」

 

金色の闇の言葉にエンザはそう言い、繰り返された言葉に金色の闇はまた同じ指摘を繰り返そうとするが、その時彼は目を瞑り、彼の纏う雰囲気が変わった。

 

「見せてやるよ。炎と氷のコラボレーション……俺のとっておきのとっておきの、とっておきをな!!!」

 

エンザはカッと目を見開き、紫色の瞳を宿す両目で金色の闇を睨み付け、右手に持っていた刀を右上へと斬り上げる。その時炎が渦を巻いて金色の闇へと襲い掛かった。

 

「炎ですね……」

 

金色の闇はぼそりと呟き、炎をかわして距離を取る。と、エンザは懐からもう一本の剣の柄を抜いて刃を形成、それを橋へと突き立てた。

 

「!?」

 

直後金色の闇の足元が凍り付き、彼女は驚いたように空中にジャンプする。

 

「せいっ!!」

 

「なっ!?」

 

と、エンザは間髪入れず右手の刀を振るい、炎を飛ばしてくる。

 

変身(トランス)!」

 

叫ぶと共に左腕が盾に変化、炎を防ぐがその熱に彼女は少し顔をしかめる。そして彼女は地面に降り立つと変身を解除しながら信じられないといわんばかりに目を見開いてエンザを見た。

 

「バカな、何故?……」

 

「フレイム星人とブリザド星人。俺の身体にはその二つの血が流れ、普段はこの相反する血が互いの能力を弱めてしまう。本来俺はその内片方の血を意識し活性化、もう片方の血を抑制化させる事でこの弱体化作用を防ぎ、能力を使用している……だがその二つの血を同時に活性化させればこのように二つの能力を同時に使えるって種だ……これが俺のとっておき、バーストモード!!!」

 

叫ぶと同時、エンザは右手の炎の刀と左手の氷の刀を振るう。と右手の刀から炎の弾丸が、左手の刀から氷の矢が金色の闇目掛けて飛んでいった。

 

「くっ!?」

 

金色の闇は再び背中に羽を生やして攻撃をかわしていく。しかし刀を振るった直後エンザはジャンプと同時に足の裏を爆発させて空を舞い、二刀を横に平行に構えて左へ薙ぎ払う。が、金色の闇は髪を無数の拳に変身させて刀を白刃取り、エンザの手から刀を奪い取って素早く投げ捨て、エンザの力が届かなくなったせいか刀から刃が消えていく。

 

「終わりです!」

 

叫び、右腕を変身させた大刀を振り下ろす金色の闇。しかしそれはエンザが突き出した左手に当たる前にキィンッという音を立てて何か透明なものに防がれた。

 

「氷の盾!?」

 

「だけじゃないっ!」

 

相手の能力から素早く分析した金色の闇が驚きの声を上げ、エンザがそう叫んで金色の闇の刃を防いだ氷の盾に右手を押し当てる。直後、金色の闇の目の前を白い煙が包み込んだ。

 

「くっ!? 氷を素早く融解、さらに蒸発させて水蒸気を……!?」

 

反射的に顔を左手で庇い、相手の技を分析する金色の闇だが、水蒸気の中からエンザの姿を確認するとはっとした顔になる。彼は水蒸気で時間稼ぎをし、氷の槍を形成、左手で握って投げようと構えている。

 

「はぁっ!」

 

叫びと共に投擲された氷の槍、金色の闇はそれを空中で回転してかわしさらに左足を変身させたハンマーで叩き折る。しかしエンザの瞳はまだ攻撃の意思を見せており、氷の槍を投擲した勢いで右に回転していた身体の下半身を金色の闇の方に捻り、右腕を振りかぶる。

 

「くらえっ!!!」

 

叫び、上半身を勢いよく捻りながら拳を回転させるように振るう。その拳の延長線上に炎が渦を巻いて金色の闇へと向かっていった。そして金色の闇に届きそうになったその瞬間炎は炸裂、大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

「あれは……」

 

爆発に気づき、驚いてそっちに目を剥いている通行人達の中で唯一冷静な目を見せている美女、リト達の通う学校彩南高校の養護教諭――御門涼子は爆発の中に見える金髪ツインテールに黒服の美少女――金色の闇を見て目を細めた。

 

「まさか……“金色の闇”!? 何故彼女が地球に……」

 

御門は驚いたように叫んだ後、金色の闇のハンマーを氷の盾で防御、盾が砕かれると同時に右手から火炎を放って反撃するエンザを見てミステリアスな微笑を見せた。

 

「……これは、関わり合いにならない方がよさそうね」

 

呟き、彼女は未だ謎の爆発に呆然としている通行人達を尻目に悠々とその場を離れるよう歩き出す。

 

「まあ、お薬の準備だけはしてあげましょうか」

 

歩きながら彼女はぼそりとそう呟く。その声は誰の耳にも届くことなく消えていった。

 

 

 

 

 

戦いの余波をまき散らしつつ、二人の宇宙人賞金稼ぎの戦いの場は神社へと移り変わる。リトとララが追いついた時エンザと金色の闇は無言で相対、しかしその直後エンザが膝をついた。

 

「炎佐!?」

 

「オーバーフロー……やべえ、時間切れだ……」

 

「相反する血の同時活性、それが身体に負担を与え今限界が来た……というところですか」

 

リトが悲鳴を上げ、炎佐は苦しげにそう漏らすと金色の闇が呟く。

 

「ま、まずい、ザスティンも炎佐もやられちまった……」

 

「……よーし!」

 

リトが怯む横でララは元気よく叫び、金色の闇を見る。

 

「こうなったら、私があいてになるんだから!!」

 

「はぁ!?」

 

その言葉にリトは驚愕の声を上げ、炎佐はため息をついた。

 

「プリンセス……無茶だけはなさらぬように」

 

「炎佐!? お前まで!?」

 

「安心しろリト……自慢じゃないんだがな……」

 

炎佐はそこまで言い、苦笑を漏らした。

 

「僕、本気出してもララに喧嘩で勝った事ないんだ……」

 

「まじで?……」

 

その言葉にリトは呆然とし、その間にララがリトを庇うように金色の闇の前に立つ。

 

「……おふざけのつもりですか?」

 

「ふざけてなんかいないよ! 私はただリトを助けたいだけだもん!」

 

金色の闇の言葉にララは目を吊り上げて叫ぶ。

 

「なぜそこまで結城リトをかばうんですか?」

 

と、金色の闇は静かに問いかけてきた。

 

「彼はあなたを脅迫し、デビルーク乗っ取りを企てる極悪人だと依頼主からは聞いています」

 

「はぁ!?」

「リトが!? そんな! リトはそんな人じゃないよ!」

 

金色の闇が話すリトの人物像にリト自身とララが声を上げる。と、金色の闇はリトをちらりと見、リトはびくっとなる。

 

「……かもしれませんね」

 

「へっ?」

 

「でも」

 

次の言葉を放つ金色の闇は、冷たい瞳を見せた。

 

「依頼されればどんな人物だろうと始末する……それが私……“金色の闇”の仕事です」

 

「えーっ!? 駄目だよそんなの!!」

 

「温室育ちのプリンセスにはわからないでしょうね……たった一人でこの宇宙を生きる孤独など」

 

金色の闇の冷たい言葉にララは両手を上下にじたばたさせながら叫ぶ。しかしその言葉にも金色の闇は冷たく返し、ララは一瞬沈黙する。

 

「そうだね……その通りだね」

 

ララは静かにそう呟く、が、その直後彼女は輝くような笑顔を金色の闇に見せた。

 

「だから王宮の外の世界を見に来たんだよ! 私の知らないことまだまだたーくさんあるから!」

 

(ララ……)

 

ララの言葉にリトが驚いたように呟く、その瞬間その場に強風が吹いた。

 

[何やってるんだもん金色の闇! お前の相手はララたんじゃないはずだろ~!!]

 

「ラコスポ!?」

(! ララの婚約者候補!?)

 

いつの間にか上空にいたUFOの中から聞こえてくる声にララが反応、リトも顔を上げる。そしてUFOの中央下部から不思議な光が地上に放たれ、その光の中から何かが降りてくる。

 

「ジャジャーン! ラコスポ、ただいま参上――だもん!!」

 

光が消えた時その場所に立っていたのは一言でいうと小太りなチビっこい子供だった。

 

「ラコスポ!」

(ララの婚約者候補!? 弱そ~)

 

その姿を見たララがやはりというように叫び、リトも心の中で呟く。

 

「ララたーん迎えに来たよ! さぁボクたんと結婚しよー」

 

「やだよ! ラコスポなんて! 殺し屋さんにリトを殺させようとするなんて最低!!」

 

「サ……サイテー!?」

 

「そーだよ! そんなひどい人とは絶対結婚なんかしないんだから!」

 

「ムムム……ララたん……何でわかってくれないの~……こんなにララたんの事想ってるのに~」

 

ララの凄まじい否定にラコスポは呟き、リトを睨み付ける。

 

「え?」

 

「やっぱお前のせいだもん結城リト! よくもララたんをそそのかして~!! 金色の闇! お前も今まで何してたんだもん!! 予定ではもうとっくにあいつを始末してるはずだろ~!!」」

 

ラコスポはリト目掛けてキレ、次に金色の闇の方を向いて彼女にも文句を言い始める。

 

「ラコスポ……ちょうどよかった。私もあなたに話があります」

 

「!?」

 

「結城リトの情報………依頼主(あなた)から聞いたものとはかなり違うようです。標的に関する情報(データ)は嘘偽りなく話すように言ったはず……」

 

そこまで言い、彼女は一拍置くと冷たい目でラコスポを見据えた。

 

「まさか私を騙したわけではありませんよね……」

 

「う……うるさい! 結城リトはララたんをだます悪いヤツだ!! ボクたんがウソをいうワケないだろ~」

 

「ヤミちゃん! ラコスポの言う事なんて信じちゃダメだよ!!」

 

[ヤミちゃん?]

 

金色の闇の威圧にラコスポは一瞬怯むが直後喚くように返し、それにララが叫ぶとペケがぼそっと漏らす。金色の闇もラコスポの方が怪しいと感じているのか彼を冷たい目で睨むように見ている。

 

「な……なんだもんその目は! ボクたんは依頼主だぞ!!…(…キ~。どいつもこいつもボクたんの事バカにして~。こ~なったら)」

 

ラコスポは金色の闇の威圧に腰を引けさせながらもそう叫び、心中で呟くとUFOに手を伸ばした。

 

「出てこーい! ガマたん!」

 

その言葉と共にUFOから放たれた光がラコスポへと伸びる。

 

「!!」

 

「ニ゛ャー」

 

光が止んだ時、ラコスポは巨大な蛙に乗っていた。それにリトが驚きのまま叫び、金色の闇が警戒を強め、ペケが驚いているとラコスポの指示と共にガマたんなる蛙が口から粘液を金色の闇目掛けて飛ばした。

 

「!?」

 

単純な攻撃、金色の闇はその場を飛びのいてかわすがその飛沫が金色の闇の衣服、脇の部分にかかる。とジュウウゥゥゥという音と共に服が溶けてしまった。

 

「!! 服が!?」

 

「ひゃはは! ガマたんの粘液は都合よく服だけ溶かすんだもん。だーからボクたんのお気に入りのペットなんだな!! さあ! スッポンポンにしてやるもん! 金色の闇!」

 

ラコスポはガマたんなる珍獣イロガーマの能力を説明、それを聞いた金色の闇は右腕を剣に変身させた。

 

「そんな不条理な生物、認めません!」

 

そう叫び、地面を蹴ってガマたんに斬りかかる金色の闇。しかしその剣はガマたんの舌の粘液で滑ってしまい逆にその舌の反撃をくらい右腕の肘部分の服が溶けてしまう。

 

「え? うわわわわわ!! ムギュ」

 

とその落下地点にいたリトはなすすべなく顔面を金色の闇のお尻から受け止めてしまった。それに気づいた金色の闇は顔を真っ赤にして髪を変身させた拳でリトを殴り飛ばした挙句、彼を睨み付けて髪を変身させた刃を向ける。

 

「い……いや、俺はそんなつもりじゃ……」

 

殺気を見せている金色の闇に必死で弁解を始めるリト。

 

「スキありだもーん!!」

 

完全なる隙だらけ、その隙を見逃すラコスポではなく、ガマたんの口から勢いよく粘液が放たれる。

 

「全裸決定ー!!」

 

(しまっ――)

 

避けられない、金色の闇が直感した瞬間、彼女を庇うように何者かが立ち塞がった。

 

「いい加減、ウゼえんだよテメェ!!!」

 

その怒号と共に炎のように赤い瞳の少年の右手が粘液に直撃、バシュッという音と共に粘液が消え去った。

 

「え、え、えぇぇっ!? な、なにが起きたんだもん!?」

 

「たかが液体、超高熱の拳を至近距離で叩き込んでやれば蒸発しない道理はない!!!」

 

ラコスポの悲鳴に対しエンザは声を荒げたように叫び、拳をラコスポに突きつける。

 

「ひっ!?」

 

「……と、決めたところで……バーストモードの反動がいい加減きつくて怠くてな」

 

怯えるラコスポを目の前に、エンザはにやりと笑って呟く。

 

「ララ、やっちまえ」

 

「え!?」

 

「ラコスポ!!」

 

エンザの言葉にラコスポが声を上げた瞬間、ララの怒りの声が響き渡り彼女はぎゅっと拳を握りしめる。

 

「いい加減に!! しなさーいっ!!!」

 

その声と共に放たれる両拳の連打。それにラコスポとガマたんの身体に凹みが走っていく。そして締めの右アッパーでラコスポとガマたんは空高く吹っ飛ばされ星となった。

 

「強いじゃないですか、プリンセス」

(つーか、強すぎ)

「だから言ったでしょ? 僕はララとの喧嘩じゃ本気出しても勝てなかったって」

 

金色の闇の言葉にリトが唖然としながら心中で呟くとその心中の声を察したのか炎佐があははと笑う。それから金色の闇は炎佐とララを見た。

 

「ところで、二人ともどうして私をかばったんですか? 私は敵なのに……」

 

「え? だってもともと悪いのはラコスポだもん」

「うん。依頼主に騙されてたんなら戦う理由はなくなるし、なによりも金色の闇って会ってみたら可愛い女の子じゃない。そんな可愛い子を丸裸にさせるなんて許せるわけないよ」

 

金色の闇の言葉にララがそう返すと炎佐もにこっと微笑んで続ける。

 

「かわ……いい? 私が……ですか?」

 

「どうかしたの? ヤミちゃん?」

 

「あ……いえ……そんな風に言われたの……初めてなので……」

 

金色の闇は頬を赤く染めながらそう漏らし、そこでリトが首を傾げて問いかけた。

 

「なあララ、何だよさっきから『ヤミちゃん』っての」

 

「え? だって“金色の闇”って名前なんでしょ?」

 

「「いや、それは本名じゃないと思うけど……」」

 

「いいですよ、なんでも……名前になんか興味ないですし」

 

リトの言葉にララがきょとんとした様子で返すとリトと炎佐の言葉が重なる。それに金色の闇がそう返すとリトは気づいたように愛想笑いをした。

 

「と、とにかくさ! ラコスポもいなくなった事だし、もう俺を狙うのはやめて宇宙に帰ってくれよ、な?」

 

「宇宙に……帰る?……」

 

リトの言葉に金色の闇はぼそりと呟き、炎佐とララをチラッと見る。

 

「いいえ。一度受けた仕事を途中で投げ出すのは私の主義に反しますから」

 

「はい?」

 

「結城リト。あなたをこの手で始末するまで、私は地球に留まる事にします」

 

「へ?」

 

金色の闇の言葉にリトはそう漏らし、次に彼女は炎佐を見る。

 

「エンザ。今回助けてもらった借りとして、今回はあなた方の命、見逃します……」

 

「あはは、そりゃどうも。でもまたリトを狙うんなら僕はまた全力で戦うからその時はよろしくね、ヤミちゃん」

 

「……では」

 

金色の闇あらためヤミは炎佐にそう言い、彼の言葉にふいっと顔を背けて静かに挨拶するといずこかへ消え去る。

 

「じゃ、僕も久々にバーストモード使ってまで戦って身体怠いし、帰るよ。またね~」

 

「うん、またね~」

 

炎佐はそう言って神社の境内を去っていき、ララもまたこれから先ヤミに狙われることになってしまい肩を落とすリトの隣に立ちながらばいばいと手を振り見送る。

それから彼は戦いの中で投げ捨てられた刀の柄を回収、帰り道に放置されているザスティン――しかも通行人に囲まれている――を発見するが本当に怠いため彼の部下であるブワッツとマウルに連絡を入れただけでその場を去り、家に帰っていった。




今回はVS金色の闇、エンザの割合本気の戦闘描写もようやく書けました。以前のザスティンは途中強制終了だし凜は本気にさせるわけにはいきませんでしたから。
さて次回どうするか……スケートは例によって炎佐絡ませにくいしバレンタインにすっ飛ばすかな? でもその前に一つくらいオリジナルを、ぶつぶつ……ま、それはおいおい考えるとしますか。それでは~。


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第八話 彼の居場所

まっ平らな、樹木どころか草すらも生えていない荒野。黒髪を短く切っている、小柄な体格をしている少年は沈黙したまま赤と青のオッドアイで辺りを見回した。そこには大勢の宇宙人が武器を構えて立っている。

 

「見つけたぜぇ、氷炎のエンザ……」

 

「……何か用か?」

 

黒いコートに海賊帽子という、正に海賊というような恰好をしている男性がカトラスを肩に担ぎながら笑ってそう呟くと少年――エンザは静かに問い返す。

 

「用? まあ、用があるのはお前の首にある賞金ってとこだな」

 

「……」

 

海賊風の男性の言葉にエンザは沈黙し、ため息をつくと懐から刃のない刀の柄を取り出して右手に握り、それに力を送り込んで赤い刃を形成させる。

 

「かかれぇっ!!!」

 

『うおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

隊長らしい海賊風の男性の掛け声と同時にその手下達がエンザ目掛けて一斉に襲い掛かる。それを見たエンザは黙って左手を腰にやると左腰のガンベルトに挿していた拳銃を抜き、銃口を相手に向けると躊躇いなくトリガーを連射。放たれた弾丸が次々に海賊の手下どもを撃ち抜いていく。

 

「「「らああぁぁぁっ!!」」」

 

その背後から三人の敵が襲い掛かるがエンザはそっちの方を向くと無造作に回転し、その方に向けて刀を横に薙ぎ払う。と、その軌跡が大爆発を起こし敵を一瞬で吹き飛ばした。

 

「怯むな、かかれーっ!!!」

 

『うおおおぉぉぉぉっ!!!』

 

隊長の叫ぶと共に六人ほどの敵がエンザを囲んで襲い掛かり、エンザは刀から刃を消してため息をつく。その時白い息が彼の口から漏れ、エンザは静かにトンッと足で地面を叩く。

 

『が、ふっ……』

 

その瞬間エンザの周りに無数の氷の棘が伸び、敵を串刺しにする。氷の棘に赤い液体が流れた。それを黙って見ながらエンザはゆっくりと刀を振り上げ、再び刀に赤い刃が形成される。

 

「邪魔だ!」

 

地面に刀を突き刺すと同時、そこを中心に放射線状にヒビが伸びていきそのヒビから赤い火が漏れ出たと思うと大爆発が発生、氷の棘に突き殺された敵を氷ごと粉々にする。

 

「ち、近づくな! 撃て! 撃ち殺せ!!」

 

隊長が叫び、銃を持った手下達が一斉に銃をエンザに向け、それを見たエンザは黙ってその場に立つ。その時彼の周囲に陽炎が発生する。

 

「撃てーっ!!!」

 

その叫びの直後銃声が辺りに木霊する。そしてその銃声が止んだ後、エンザは無傷で立っていた。

 

「な、そんな……」

 

「実弾か……だが、この程度の弾丸なら俺の熱で充分に溶かせる!」

 

「そ、そうか! 奴はフレイム星人の力を持つ、その力で周囲の熱を上げて銃弾を溶かしたのか!」

 

「ご名答! 褒美にこいつをくれてやる!」

 

隊長の言葉にエンザは不敵に笑ってそう言い、銃口を隊長に向け引き金を引く。それを見た隊長は咄嗟に手近にいた部下をひっつかみ、盾にして銃弾を防いだ。

 

「く、くそっ! なんとしてでも殺せぇっ!!」

 

「……飽きた。そろそろこっちからも攻めさせてもらう!」

 

エンザは燃えるような赤い瞳で彼らを睨み、赤い刃の刀を振り上げて地面を蹴り、同時に地面を爆発させるとその勢いを利用して急加速。

 

「はああぁぁぁっ!!!」

 

そのまま突進の勢いで、襲い掛かってきた多数の敵を次々と斬り倒し、その群れを突っ切った辺りで急停止。エンザが通った場所にいた敵は全員身体から血を流して倒れ込む。しかしエンザの身体には血がついていない。

 

「うおおぉぉぉっ!!」

 

そこに背後からカトラスを振り上げて襲い掛かる新たな敵、しかしエンザは微動だにせずそのカトラスが振り下ろされる。が、そのカトラスの刃はエンザに触れる前に融解してしまい敵がそれに驚いて動きを止めた瞬間エンザはその相手の額に銃を押し付けて引き金を引く。ドンッという銃声と共にその敵の額に穴が開き、血が噴き出た。しかしその血はエンザにかかることなく蒸発してしまう。彼は自らの体温を普通の金属や血なら一瞬で蒸発するほどに上昇させ、鉄の武器に対しては鉄壁といえる防御を敷いていた。

 

「次……」

 

刀から刃を消し、彼は凍らせるような青い瞳を覗かせて相手を見る。

 

「バ、バズーカだ! バズーカで木端微塵にしろ!!」

 

隊長がわめくように指示を出し、手下達は一斉にバズーカを構える。そして隊長の「撃てぇっ!」という号令と共にバズーカから弾丸が発射されエンザに向かっていく。そしてそれらの弾丸が一気に爆発、彼の立っていた地点を覆い尽くす大爆発が襲い掛かった。

 

「へ、へへ、ざまぁみろ……なっ!?」

 

煙を見ながら隊長は呟くが、その煙が晴れた時彼は絶句する。何もなかったはずの荒野にただ一つ水晶のように綺麗なドーム状の物体が出来ており、そう思ったらその物体は水蒸気を発して消え去った。

 

「ちょっと驚いたな」

 

その物体の中からエンザが悠々と現れる。さっきのバズーカをエンザは水晶のように綺麗なドーム状の物体――自らの能力で作り出した氷のドーム――で防ぎきって見せたのだ。

 

「バ、バケモノ……く、くそっ!! 突撃、突撃ーっ!!! たった一人、数で押し切れっ!!!」

 

隊長はそう叫んでカトラスを振りかざし、一気に敵全員が剣を構え銃を構えエンザ目掛けて突進、それに対しエンザは手刀を作るとそれを地面に突き刺した。

 

「爆発っていうのは……こうやって作るんだよ!」

 

彼がそう叫んで右手をさらに地面に突き込んだその瞬間、まるでスイッチを入れたかのように地面が大爆発。一気に敵全体が空中に吹っ飛ばされ、エンザは右手を地面から抜いて二、三度振るうと瞳の色を青く変化させる。

それからトトンッと地面を足で叩き、くるっと回転。それはまるでダンスのステップを踏み、踊るかのよう。それと共に彼を中心として放射線状に地面が凍り付いていく。さらにそれらは鋭い棘となって天を目指すように突き出した。

 

「終わり」

 

『ぐはぁっ!!!』

 

呟くと同時、悲鳴が響き渡る。隊長を含め敵全員が鋭い氷の棘に突き刺さり絶命、氷を赤い血が伝っていく。あっという間にその場が真っ赤に染まり上がり、血の匂いが充満する。それを感じながら、エンザは偶然目の前で氷の棘に貫かれた隊長を赤と青のオッドアイの瞳で見る。彼は瞳孔を開き、恨みのこもった視線でエンザを見つめ続けていた。

 

「……」

 

なんとなく嫌な気分がしたためエンザは目を逸らす。と、その目に映った者を見て目を見開く。

 

「リ……ト……?」

 

その目の先で氷の棘に突き刺さり、目から光を失っているのはリト。氷の棘は彼の心臓を貫いて真っ赤に染まっており、肌は爆発のせいか焼け焦げ、口から血を流している。しかし、それだけじゃない。

 

「美柑ちゃん……西連寺さん……サル……籾岡さん……沢田さん……」

 

周りで氷の棘に刺さり絶命しているのは皆、彼が地球に来てから知り合った友達だった。全員リトと同じように肌が焦げており、光を失った目でエンザを、どこか恨んでいるような目で見ている。

 

「っ!!」

 

その目に耐えきれなくなり、彼はリト達から目を逸らす。が、その先の光景を見た時彼はさらに息を飲んだ。

 

「キョー……姉ぇ……」

 

その先で眠ったように目を閉じている恭子。しかしその華奢な体は氷の棘に貫かれ、赤い血が彼女の頬を彩っていた。エンザはふらふらと恭子の方に歩いていき、手を伸ばす。その時彼女の目が見開かれた。

 

「っ!?」

 

「ナンデ、コロシタノ?」

 

恭子の口から放たれる呪詛の言葉、それにエンザは驚いたように尻餅をつく。

 

「ナンデ、オレタチガシナナキャイケナインダ?」

 

死んでいるはずのリトの口が動き、自分をこんな目に合わせたエンザを憎む言葉が発される。

 

「エンザサン、ドウイウコトナノ?」

「ナンデ、コンナコトニ?」

「アツイ、イタイ」

「エンザ、イタイヨ」

「ツメタイ、ナンデコンナメニ」

 

周りの七人からエンザに向けられる呪詛の言葉。それはエンザが耳を塞いでもまるで脳に直接刻み込まれるかのように鮮明に聞こえてくる。

 

――バケモノ――

 

ひときわ強く脳内に刻まれるその言葉。それの意味を彼の脳が理解した瞬間、彼は目を見開いた。

 

 

 

 

 

「うわああああぁぁぁぁぁっ!?」

 

そう叫ぶ彼の視界に広がるのは何の変哲もない天井。今まで自分はベッドで平和に眠りについていた。そこに宇宙での血なまぐさい激闘の跡も、氷の棘に突き刺さって絶命したリト達の死体もない。

 

「……夢、か……」

 

そう呟き、彼は息を吐く。

 

「ふえっくし!」

 

その後、小さくくしゃみが出た。

 

 

 

 

 

金色の闇との激闘の翌日、日曜日。

 

「ぶぇっくしぃっ!!!」

 

炎佐はベッドで寝込んでいた。

 

「う~……怠い……」

 

彼は寝返りを打ちながらぼそりと呟く。金色の闇との戦いの間で使った彼のとっておき、バーストモード。彼の中に流れる相反する二つの血の両方を無理矢理活性化させ、その相反する能力を強制的に両立させる彼の奥の手だがその無理矢理の活性化のせいで身体には大きな負担がかかり、使用後はしばらく倦怠感に襲われるついでに身体の抵抗力も弱くなってしまうのか、翌日は程度に違いこそあるがまず確実に体調不良に見舞われてしまう欠点があった。どうやら今回は風邪らしい。

 

「う~、スケートー……」

 

涙目になってぼそぼそと呟く炎佐。今朝リトから「ララ達と一緒にスケートに行くけどどうだ?」という誘いを受けていたのだがその頃には既に絶賛体調不良中、泣く泣く諦めたのだ。ちなみにリトから見舞いに行こうかと尋ねられたがララ達に悪いからと断ったのは余談である。

 

「……あ~、怠いけど薬買ってこなくちゃ……」

 

呟き、彼は身体に力を込めて立ち上がると普段より厚着に着替えて家を出、ふらふらとした足取りである場所へと向かう。それから彼がやってくるのはどう見繕っても奇怪としか言いようのない、お化け屋敷だと噂されてもなんらおかしくもない不気味な洋館。炎佐は少し慣れた様子でその門を開き、扉の前に立つとトントンと扉を叩いた。

 

「ドクター・ミカド、いらっしゃいませんか~?」

 

「あら、いらっしゃい」

 

炎佐がトントンとノックするとまるで待ちかまえていたようにこの家の主――御門涼子が白衣姿で出迎える。しかしその白衣の下には服を着ておらず上下ともに黒い下着姿だった。とりあえず来客を出迎える格好ではない。

 

「……すいません、今ツッコミ入れる気力もないんですが……何やってんですか?」

 

「さっきまで寝てたから。別に初めてじゃないでしょ?」

 

「……もういいです」

 

「いつもの薬でしょ? 今調合してるところだからちょっと待ってて、上がって横になってなさい」

 

炎佐のぐったりとした声に御門はクスクスと悪戯っぽく笑いながら返し、しかし溌剌としたどう見ても寝起きには見えない顔を見た炎佐は諦めたように呟く。それに御門は彼の目的を理解しているようにそう言って彼を家に招き入れ、患者用のベッドに寝かせる。その横で御門はさっきまでしていたらしい薬品の調合を再開した。

彼らが通う彩南高校の養護教諭とは世を忍ぶ仮の姿。その正体は地球を訪れている宇宙人の治療を行っている腕利きの闇医者、人呼んでドクター・ミカドだ。

 

「準備良いですね……」

 

「昨日あなたが金色の闇と戦ってたのを見てね。バーストモードを使ってたみたいだったから、こうなる事は予想してたわ。でも調合しようとしたら患者が来ちゃってね。それがなかったらあなたが来る前には調合済ませておくつもりだったんだけど」

 

炎佐の言葉に御門はくすくすと笑ってそう言い、慣れた手つきで薬品の調合を進めていく。

 

「なんならヒーリング・カプセルに入る? 安くしとくわよ?」

 

「高い風邪薬代になるから却下。いつもの薬だけでいいですよ……」

 

「ちぇっ。じゃ、一人暮らしなんだし何かあったらいけないから入院しとく?」

 

「却下」

 

御門の誘いを炎佐は跳ね除け、ごろんと寝返りを打って彼女に背を向ける。

 

「それにしても、金色の闇と正面きって戦うとは思いもしなかったわ」

 

「……戦わなきゃリトが殺されてた」

 

「その殺し合いが嫌になってここ(地球)に来たんじゃなかったっけ?」

 

「……」

 

御門の指摘に炎佐は黙りこくる。

 

「まあ、別にいいわ。はい、薬出来たわよ。いつものやつと、今回は風邪みたいだから風邪薬サービスしとくわ」

 

「……どうも……薬代は地球通貨で渡すのが良かったんですよね?」

 

「ええ。そうしてくれればありがたいわ」

 

御門のクスクスと笑いながらの言葉に炎佐はそう返すと日本円で薬代を支払い、ベッドから降りようとする。と、御門がひょいっとカップを手渡してきた。

 

「……コーヒー?」

 

「お客に飲み物一つ出さないのも失礼でしょ? 飲んでおきなさい」

 

「ども……」

 

渡されたものを返す理由もないので炎佐はカップを受け取り、クピッとコーヒーを飲む。

 

「ちなみにそれ、コーヒーと見せかけた新薬だったりして――」

「ぶっ!?」

 

その瞬間御門がそう言い、炎佐は思わずコーヒーを噴き出す。

 

「――なーんて言ったら信じる? もーベッド汚しちゃって。悪い子ね♪」

 

「このヤブ医者……」

 

しかし御門は小悪魔の笑顔を浮かべてそう続け、炎佐はぼそりと毒づく。それからベッドのシーツを予備に変え、コーヒーで汚したシーツを洗濯機に放り込んでから炎佐は玄関へと向かう。

 

「じゃ、帰り気をつけてね」

 

「はい。ありがとうございます、ドクター・ミカド」

 

玄関まで見送りに出てきた御門の言葉に炎佐は頷いて返し、彼女にお礼を言う。と、御門は慈愛のこもった目を見せた。

 

「何かあったら相談に乗るわよ? 私はあなた達地球に住む宇宙人を治療する医者であると同時に、あなたの学校の養護教諭なんだからね、氷崎君」

 

「……ええ。ありがとうございます、御門先生」

 

御門の言葉に炎佐もふっと微笑を浮かべてお礼を言い、彼女の家を出ていった。御門の家で休み、御門作の薬も少し飲んだため風邪は治まってきたがまだバーストモードの反動である倦怠感が残っており怠い。そう思いながら彼は家に帰っていく。

 

「エンちゃん!」

 

「!?」

 

と、その帰路の途中に聞こえてきた呼び声に炎佐は硬直、振り返る。

 

「キョ、キョー姉ぇ……仕事中?」

 

「ああ、うん。マジカルキョーコの収録中なのよ。で、ちょっと機材の調子が悪くなったから休憩中でエンちゃん見つけたからね」

 

現代女子高生アレンジ魔女コスプレ姿の恭子はそう言ってにししと笑い、直後はっと気づき炎佐も倦怠感で遅れたが周囲の視線に気づく。

 

「まずっ……エンちゃん、話合わせて」

 

恭子はそう言うと炎佐の手を掴んだ。

 

「監督!! 遅刻したバイトのスタッフ見つかりました!!」

 

「!?」

 

恭子は突然そう言いだして炎佐を引っ張り出し、監督らしき男性の方にウィンクでサインを送り、監督らしき男性も恭子と炎佐の顔を交互に見ると理解したように数回頷く。

 

「遅いぞ! 今カメラの調整中だからとっとと手伝え!!」

 

「は、はいっ!?」

 

監督らしき男性に怒鳴られ、炎佐は怠い身体に鞭打ってスタッフの中に入り込んでいく。そして撮影が開始されると実際は単なる巻き込まれ一般人である炎佐はとりあえず機材が寄せられている場所に座り込んだ。

 

「やあ、いきなりすまないね」

 

と、監督らしき男性が声をかけ、炎佐も肩をすくめる。

 

「いえ、霧崎恭子に彼氏がいるなんてスキャンダルの種を作るよりはマシですよ」

 

「そう言ってもらえて助かる……キョーコちゃんから話は聞いているよ。従姉弟の炎佐君だそうだね」

 

「はい」

 

「撮影の休憩中、スタッフや皆と話す時はいつも君の話題だよ。写真もいつも見せられていてね、君がそうだと分かったからすぐ話も合わせられた」

 

「そうですか」

 

監督の言葉に炎佐は苦笑する。

 

「それじゃあ、ほとぼりが冷めるまでゆっくり見物でもしていきなさい」

 

「ええ。ありがとうございます」

 

最後にそう言い残して監督は仕事に戻っていき、炎佐も機材の中に隠れるよう座り込みマジカルキョーコの撮影を見学し始める。

 

 

 

 

 

 

「本日も、燃やして解決っ!」

 

そして数時間後、キョーコの決めポーズと決め台詞が決まり、監督が「カット!」と叫ぶと本日の撮影は終了したらしく、スタッフ達が片づけに入り始める。集まっていた野次馬もどんどん散っていき、野次馬がいなくなると炎佐も充分以上に休憩できたから帰ろうと立ち上がる。ちなみに昼飯はスタッフからお弁当を貰っていたり寒いだろうと気を遣われたのか毛布を借りたり暖かい飲み物を出してもらったりしている。

 

「エンちゃんっ!」

 

「あ、キョー姉ぇ。お疲れ様」

 

と、恭子が元気に声をかけてきた。それに炎佐もにこっと微笑んで返す。

 

「えへへ、ありがとっ!」

 

「わっ!?」

 

恭子はそう言って突然炎佐に抱き付き、すりすりと頬擦りする。

 

「ん~。エンちゃん分補給~♪」

 

「何訳分かんない事言ってんのさ」

 

幸せそうにそう言う恭子に炎佐は呆れたようにツッコミを入れる。

 

「でさ、気分はもうよくなった?」

 

「!?」

 

突然の言葉、それに炎佐はぎょっとした目を見せ、恭子は炎佐から離れるとにこっと微笑んだ。

 

「エンちゃん、私が見つけた時少し顔色が悪かったから。具合が悪いのかと思ってスタッフさんにそれとなく気にしておくようお願いしといたの。家、エンちゃん一人だから心配でさ……余計なお世話だった?」

 

「……別に。家に一人だったのは確かだし」

 

恭子の言葉に炎佐は静かにそう呟き、それに恭子はふふっと微笑んだ。

 

「エンちゃん。私に遠慮しなくていいからね?」

 

「え?」

 

「私、今は仕事忙しいからあまりエンちゃんに構ってあげられないけどさ……何かあったら遠慮なく電話とかしてくれていいんだからね?」

 

「……俺なんかがキョー姉ぇの邪魔をしていい訳ないよ」

 

恭子は心の底から炎佐を心配していたが、炎佐はどこかふてくされたような様子で恭子から目を逸らし気味にそう言う。と、恭子が再び炎佐を抱きしめた。

 

「きょっ、きょー姉ぇっ!?」

 

「大丈夫だよ、エンちゃん。確かにエンちゃんって昔やんちゃしてたし、しょうがないよ」

 

「いや、やんちゃってレベルじゃ……」

 

いきなり抱きしめられ炎佐の声が上ずりじたばたとしていたが恭子は優しく言葉を投げかける。しかし彼女がやんちゃと言い切る彼の過去はそんなレベルでなく炎佐は困惑気味にそう漏らす。

 

「でも、エンちゃんは私の大事な弟。エンちゃんの本当の家族は今そう簡単に会えないだろうけどさ、私だってエンちゃんを家族みたいに思ってるんだから。家族に遠慮は無用なんだからね?」

 

「キョー姉ぇ……!?」

 

「エンちゃん?」

 

恭子の言葉に炎佐は彼女の方を見ながらそう漏らすが、直後周りの気配に気づき、硬直。その様子に気づいたのか恭子が問いかける。

 

「キョ、キョー姉ぇ、う、後ろ……」

 

「後ろ?……!?」

 

炎佐の心なしか震える声に恭子も後ろを振り向くと彼女も顔を赤くして硬直する。片付けや出発の準備が終わったのかスタッフや共演者達がめっちゃにやにやしながら二人を見ていた。

 

「ふふ。あ、ごめんごめん。僕達を気にしないで続けていいんだよ。恋人同士の語らい」

 

「ちょっ! ちがーう!! エンちゃんは私の家族なんですー!!!」

 

マジカルキョーコで恭子の共演者である青年――マジカルキョーコ内では池綿というキャラを演じている――が笑いを堪え切れない様子で微笑ましくにやつきながらそう言うと恭子は顔を真っ赤にして両腕を上下にじたばたさせながら弁解を始める。

 

それから恭子やスタッフ達が車に乗って移動するのを見送ってから炎佐は改めて帰路につく。ちなみに恭子は出発直前まで共演者にからかわれ、顔を真っ赤にして噛みついていた。

 

「……ん?」

 

と、炎佐は自宅の明かりがついているのに気づく。

 

「電気、消し忘れたっけ?」

 

朝出た時は風邪と怠さで意識が少し朦朧としていたため覚えていない。しかしまあいいかと結論づけ、炎佐はドアノブに手をかける。

 

「あ、鍵かけ忘れてた……無防備にも程があるだろ俺……」

 

どうやら丸一日鍵を開けっ放しで外出していたも同然だったらしく、炎佐は意識が少し朦朧としていたとはいえ自らの不注意を呪いながらドアを開ける。

 

「あっ! お帰りエンザー!!」

 

「はぁっ!?」

 

いきなり中から聞こえてきた女の子の声、それに炎佐は驚愕の声を上げた。

 

「あ、遅いわよ! 病人が何出歩いてるわけー?」

 

「籾岡さん!?」

 

呆れたように居間の方から顔を出してきた少女――里紗の姿に炎佐はまた声を上げる。

 

「お、炎佐。どうしたんだ? 病院にでも行ってきてたのか?」

 

「リト!? って、一体どういうこと!?」

 

そこに現れたリトに炎佐が驚いたように問いかけ、リトは頬をかいて苦笑した。

 

「いや、それがさ。スケートの解散前に炎佐が風邪ひいてるって皆に教えたらお見舞いに行こうってことになってさ。来たら来たで鍵が開いてるのに誰もいないから、留守番ついでにお前を待ってたんだよ」

 

どうやら本当に鍵をかけ忘れていたらしい。それに炎佐はため息をつく。

 

「ま、そういうわけで今美柑とララが晩飯作ってくれてるからさ。一緒に食おうぜ?」

 

「つーか、風邪は大丈夫なの?」

 

「あ、うん、まあ。薬貰ってきて飲んだら治まってきたから。まだちょっと怠いけど」

 

リトの次に里紗が風邪の様子を尋ねると彼はそう返し、それに里紗はふぅんとどこか安心した様子で頷く。そして炎佐が家に上がり、居間にやってくるとそこで待っていたらしい猿山と春菜があっと声を出す。

 

「よぅ、邪魔してるぜ~」

 

「お、お邪魔してます。勝手にごめんね?」

 

「いや、いいよ。こっちこそ鍵かけ忘れてたせいで留守番押し付けちゃったみたいで……」

 

「あはは、私らは別に気にしてないよ。それより、風邪は大丈夫?」

 

「もう少し怠いくらいだよ」

 

猿山のフランクな挨拶と春菜の慌てて頭を下げながらの挨拶に炎佐も会釈して返し、次に未央が尋ねると彼はそう返してテーブルの空いている箇所に座り、その隣にリトが座る。ちなみにリトの右斜め前に春菜が座っている位置関係になる。

 

「ご飯出来たよー!」

「炎佐さん、食欲ありますか?」

 

「うん」

 

ララと美柑が夕食を運び、テーブルに配膳していく。一応病人である炎佐を気遣っているのか消化に良さそうなメニューになっていた。

 

「ちゃんと食べれる? なんならあ~んしてあげよっか?」

 

「いらないよ。じゃ、いただきます」

 

『いただきまーす』

 

里紗がにやにやしながら尋ねてくるのに炎佐は冷静に返し、両手を合わせていただきますと言うとリト達もそれに習う。そしてお粥をまず一口食べると炎佐は同じメニューのリト達を見た。

 

「ところで、リト達それじゃ物足りなくない? 何か別のもの作ったらいいんじゃあ?……」

 

「何言ってんだよ? 炎佐がお粥食ってる横でそんなの食ってたら悪いじゃん」

 

「うん。気にしなくて大丈夫だよ、それにたまにはこういう食事も楽しいし」

 

「ま、物足りなかったらお菓子でも食べればいいだけだしね~」

 

「あはは、たしかに」

 

炎佐の言葉にリトと春菜が微笑みながら返し、里紗がそう続けると未央も笑う。そんなこんなでわいわいと賑やかな食事が続いていき、お粥を食べ終えるとリトが「う~ん」と呟いた。

 

「やっぱ、なんか物足りないな……」

 

「だから言ったでしょ?」

 

「あ、大丈夫だよリト、エンザ。私もお粥作ってるから!」

 

「「え?」」

 

「炎佐さんが明日も風邪が長引いた時用に残してたんだけどね」

 

リトの呟きに対し炎佐が苦笑しているとララがそう言って席を立ち、美柑も肩をすくめるとララはお粥を入れた鍋を持ってきた。

 

「ほら、皆でどうぞ」

 

「お、ありがとララちぃ!」

「サンキューララちゃん!」

 

ララの笑顔での言葉に里紗がそう言って一番にお粥をよそい、猿山が次にお粥をよそうとリト達も後に続く。そして全員一緒にララ作のお粥を口に含んだ。

 

「むぐっ!? けほっけほっ!?」

 

「な、なにこれっ!? からっ!!!」

「辛ぇっつか痛ぇっ!!!」

 

「えー、そう?」

 

春菜が違和感に咳き込み、里紗が悲鳴を上げ未央も暑い時の犬みたいに舌を出し猿山の舌を襲う激痛に悶える。それをララはきょとんとした目で見ながらお粥を食べていた。

 

「ぅぐ……ま、まあ、スパイス効いてるかな?……」

 

美柑も必死でフォローしているが我慢できないのか涙目になっている。リトも顔を真っ赤にして炎を吐きそうなほどに口を大きく開いていた。

 

「そんなに変?」

 

「変っていうか辛いよもー! ララちぃって辛いもの好きなのー?」

 

ララのきょとんとした声に未央が涙目で言い、そのツッコミのせいか皆がクスクスと笑いその場が笑い声に包まれる。その穏やかな空気を感じながら、炎佐はゆっくりと辛いお粥を食べていく。

 

「本当に辛いなぁ……」

 

呟き、彼は服の袖で目元を擦る。いつの間にか彼の目から涙が零れ落ちていた。

 

「辛すぎて涙出てきちゃったよ、もう」

 

目の前に広がるのはぎゃーぎゃーわーわーと騒がしい、しかし安心できる光景。友達との団欒。その光景を見ながら彼は目から涙が零れ落ちる理由を作るため、泣きそうなほどに辛いお粥を再び食べ進めていった。




今回はちょっとした日常もの。作中で言ってますけどリト達がスケートに行っていた日のお話と考えてください。ちなみに猿山はお見舞いに向かっている途中で偶然合流したという設定です。回想というか悪夢の中で炎佐の賞金稼ぎ時代もちょっと書けました……書いててちょっと心折れそうになったけど……。
さて次回はバレンタイン……なんだけど炎佐、これに絡めるかな?……ま、なんとか考えてみるか。いざとなったらすっ飛ばそう、こういう時事ネタは出来る限り使いたいけどネタがなかったらしょうがないし。それでは~。


そんでもって失礼しました。何故か最初のエンザの昔の夢部分だけが綺麗さっぱり抜けてたので修正分を投稿いたしました。なんでだ?……まあどうせ俺の操作ミスだろうけど。


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第九話 VSデビルーク王。秘められた決意

「それにしても、宇宙人って皆にばれちまったけど……大丈夫なのか、炎佐?」

 

「リトのせいでしょうに」

 

学校に行く途中にリトが、横を自転車を押しながら歩いている炎佐に問いかけ、炎佐が呆れたように返すとリトはうぐっと唸った。先日の春菜の誕生日、その時に行っていたゲームでちょっとした騒動が起きてララが宇宙人であることがばれてしまい、そこから炎佐も宇宙人である事がばれてしまったのだ。リトも気まずそうに炎佐から顔を背けており、それに炎佐もふふっと笑う。

 

「冗談だよ。別に皆も好きに言いふらすわけないだろうし」

 

「じゃあいいけど……ん? なあ炎佐」

 

炎佐の言葉にリトがため息交じりに返し、そこで思い出したように再び炎佐に問いかけ、彼も「何?」と聞き返す。

 

「じゃあさ、この前の文化祭に来てたお前の従姉弟って名乗ってた人って――」

 

リトの言葉は途中で止まる。彼の言葉を聞いた瞬間、炎佐はリト目掛けて殺気を放ち、その口を強制的に閉じさせていた。

 

「姉ちゃんは地球人だ」

 

「あ、え……」

 

「そりゃ、半分は宇宙人の血を引いてるけど、姉ちゃんは純粋な地球育ちだ」

 

「お、おう……」

 

炎佐の殺気を放ちながらの言葉にリトは怯み、炎佐はその表情を見てようやく気付いたように殺気を収めた。

 

「ご、ごめん! つい!」

 

「あ、いや……はは……」

 

殺気を収めた炎佐はさっきの威圧感はどこへやらあわあわと慌てたようにリトに謝り、炎佐も苦笑いを漏らす。

 

「炎佐ってさ、本当にお姉さんが好きなんだな」

 

「なっ!?」

 

リトの何の気もなく出した言葉にさっきまで慌てていた炎佐の動きが硬直、顔も真っ赤に染まり上がる。

 

「だってさ、そんな本気で怒るって事はそれだけ相手の事を大事に思ってるからだろ?」

 

「そ、そりゃ……キョー姉ぇには俺が地球に来た時世話になったからさ……俺が地球に静養に来て、右も左も分からない中で地球で守るべきルールを教えてくれて、仕事で忙しいくせに暇があれば俺のとこに来て……いくら感謝してもし足りない」

 

炎佐は照れくさそうにそう呟き、頭をばりばりとかくとリトを軽く睨む。

 

「これ、誰にも言うなよ?」

 

「はいはい」

 

炎佐の唇を尖らせながらの言葉にリトは苦笑しながら頷いた。

 

「にしても、いきなりザスティン来たけどどうしたんだろうな? 今までは家に来るなら来るで電話入れるのに」

 

「あ、ララちゃんが一緒に来なかったのってザスティンが来てたからなの?」

 

「おう。なんか朝飯食ってたら血相変えて飛び込んできて、とりあえずララが一緒にご飯食べようって言って一緒に朝飯食った後、部屋でララと話し出してさ。んで炎佐が迎えに来ても話が終わりそうになかったから一言言って出てきたんだ」

 

「ふ~ん……」

 

「ま、別に心配する必要ねえだろ。遅刻する前に急ごうぜ」

 

リトからそう聞いた炎佐は少し考え込む様子を見せるがリトは両手を頭の後ろに回して平然とそう言い、炎佐も頷くと考えを打ち切って学校に急いでいった。

 

それからララは遅刻間際に教室に飛び込み、リトから「どうかしたのか?」と尋ねられると苦笑いしながら「なんでもないよ」と答えたりとあってから学校での時間が過ぎていき、あっという間に放課後へと時間が移る。

 

「ふわぁ……やっと放課後かぁ。一日って短いようで長いよなぁ……」

 

「まあね。宇宙にいた頃なんて一日はあっという間だったし。ララに付き合ってたらそれこそ数日は軽く飛んじゃうよ」

 

教室を出ていき、下駄箱に向けて歩いていきながらリトが欠伸交じりに呟くと炎佐が苦笑する。

 

「ま、とっとと帰ろうぜ」

 

「そうだね……って、ん?」

 

リトの言葉に炎佐も頷くが、直後彼は視界の隅で何かが動いてるのに気づいて足を止めてそっちを向き、リトも炎佐の見ている方を見る。

 

「御門先生?」

 

思わずリトが呟く。二人が見ている先ではこの学校の養護教諭である宇宙での有名な闇医者――ドクター・ミカドこと御門涼子が人目を忍んでどこか焦った様子で手招きをしている姿があった。

 

「何かあったのかも。リト、先に帰ってて」

 

「お、おう。俺で手伝えることがあったら電話してくれ」

 

「考えとく」

 

炎佐はそう言うと御門の方に走り、二人は誰にも見られていないかを確認しながら保健室に気配を消しながら入っていく。

 

「……っていうか、この姿下手すりゃ養護教諭と生徒の逢引に見られるんじゃ……」

 

「あら、それも面白いわね」

 

保健室の扉を閉めてようやく気付いたように漏らす炎佐に御門は保健室に置かれているベッドに腰掛けて飄々と笑うがすぐに顔を真剣なものに戻した。

 

「で、いきなり呼んだわけなんだけど」

 

「どうした? どこかの宇宙マフィアがこの町に潜入してきたとかか?」

 

「それならまだいいわよ……」

 

入り口の近くに椅子を運び座ってからの炎佐の言葉に御門は心の底から困っていますというようなため息を漏らす。

 

「まあ、宇宙からの来訪者っていうのは当たってるんだけどね」

 

「まさか、プリンセス・ララやプリンス・レン及びプリンセス・ルンに続いてどこかの王族が地球にやってきましたとか?」

 

「……」

 

御門の言葉に炎佐がどこか冗談っぽくそう言うと御門は黙り込み、炎佐の顔を見た後ふいっと目を逸らす。

 

「……え? マジ?」

 

「……ええ……」

 

まさかほとんど冗談のつもりで言った言葉が当たっているとは思っていなかった炎佐が問いかけると御門は逸らした顔を心なしか青くさせながら力なく頷く。

 

「ドクター・ミカドがそこまで焦るなんて……一体どこの王族ですか?」

 

その言葉に、御門は口をパクパクさせながら言葉を紡ぐ。

 

「……デ、デビルーク……」

 

「デビルークって、プリンセス・ララは既にこの星にいるし、プリンセス・ナナとプリンセス・モモであなたがここまで焦るわけもない。あのお忙しいクィーンがこんな辺境の星に来る余裕なんてないだろうし…………」

 

御門から得た情報を元に分析を開始する炎佐。しかしその分析が終了した瞬間彼の顔も真っ青に染まっていき、彼はぎ、ぎ、ぎ、と油の切れた人形のようなゆっくりした動きで御門の方を見る。

 

「ま、まさか……」

 

「その、まさかよ……」

 

その瞬間、ガォンッというまるで隕石が直撃したかのような轟音が外から響き、炎佐は咄嗟に立ち上がった。

 

「ドクター!」

 

「分かってるわ!」

 

炎佐の呼びかけに御門も真剣な表情で頷いて薬棚から薬――地球に常備されているものの他こっそり置いているドクター・ミカド特製薬もある――をありったけ取り出して鞄に詰め込んでいく。それをちらりと見ただけで炎佐は保健室を飛び出した。

 

 

そして上履きのまま彼は外に飛び出すと轟音が聞こえてきたテニスコートの方に走っていく。と、テニスコートに空いている大穴と、そこのすぐ横に立っているテニス部顧問の男性教諭――佐清、それと慌てている様子の女子テニス部員達を見つける。

 

「何があったんですか!?」

 

「ひ、氷崎! いや、アタシらが来た時はもうこうなってて……」

 

「な、なんか紗弥香が、変な子供がテニスで佐清先生と勝負して、サーブで大穴空けたとか……」

 

(まさか……)

 

炎佐の声に一番早く気づいた里紗が慌ててそう言うと未央もパニックになったようにそう言う。たしかに意味が分からない証言だが炎佐には充分だ。

 

「どうしたんですか!?」

 

「ドク――御門先生! ここは任せます!!」

 

あくまでも騒ぎに気づいて、念のために応急処置の道具も持ってやってきた風を装って走ってきた御門に炎佐はそう呼びかけてテニスコートを走り出ていく。そして人気のない校舎裏までやってくると目を閉じ、辺りの気配に精神を集中する。

 

「……!」

 

と、校舎の屋上から異常な威圧感を感じ取る。圧倒的、正にその言葉でしか表せられないそのプレッシャーに炎佐は歯ぎしりを見せた。

 

「まさか、マジでかよ……」

 

一言毒づいて荷物の中から簡易ペケバッジを取り出して装着。黒色のインナーに白銀で軽装の鎧の姿に変化すると校舎の壁を蹴って最短距離で屋上まで上がっていく。そして屋上へと飛び上った時、炎佐は屋上のドア付近にリトと春菜、ララ、その横で相手に敬意を示すように跪いているザスティン。そして彼らの前で圧倒的な威圧感を見せている小さな男の子を見つける。その子の足元のコンクリート製の床はまるでクッキーかビスケットのように砕けており、それを見たエンザは紫色の両瞳で少年を睨みつけ、右手を振り上げて炎の球を掌に集中、少年目掛けて右手を振り下ろすとその炎の球は螺旋となって少年へと向かっていく。

 

「……」

 

が、少年が炎の方を見ることなく何の気もなしに無造作に左手を向けるとその瞬間炎が霧散、エンザは咄嗟に左腕を自分の身体をかばうように前に出し、素早く自らを覆い隠すかのような巨大な氷の盾を形成。しかしそれは何かの力により一瞬で砕け散った。

 

「がっ……」

 

氷の盾を砕くだけでは飽き足らずエンザの身体を抉る衝撃。それを受けたエンザは空中から屋上に落下、受け身すら取る事が出来ずに強かに地面に叩きつけられた。

 

「炎佐!!!」

「エンザ!!!」

「氷崎君!!!」

 

「安心しろ。これ以上出来ないってぐらい手加減しといた」

 

リト、ララ、春菜が血相を変えて叫ぶが少年は静かにそう呟き、エンザの方を見てにやりと威圧感溢れる笑みを見せる。

 

「よお、セシルとミーネのせがれ。久しぶりだな」

 

「ええ、久しいですね……」

 

くくっと、まるで肉食獣が獲物を見つけた時喉を鳴らすことを思い出させるように笑いながらそう言う少年に対し、エンザは屋上に倒れ込み、げほっと咳をしながら少年を見る。

 

「デビルーク王、ギド・ルシオン・デビルーク……」

 

そして、その口から少年の正体を示す称号が語られた。と、少年――ギドはクククと笑う。

 

「まあ、その名ももうすぐ終わるけどな」

 

「どういう……ことですか?……」

 

「簡単な事だ。俺の後継者が決まった――」

 

ギドはそう言い、リトを見る。

 

「――こいつ、結城リトだ」

 

「……なるほど」

 

ギドの言葉にエンザは全てを悟ったように頷く。

 

「それで、リトがそれを断ろうとしたから怒って地球を砕こうとしてる。ってわけですか」

 

「俺の期待を裏切ったら、地球ごとツブす。あらかじめそう言っておいたまでだ」

 

「……」

 

ギドの言葉を聞いたエンザは再び歯ぎしりし、傷だらけの身体を立ち上がらせるとボロボロで既に出血までしている両手を重ね合わせる。

 

「リト、西連寺さん……下がって」

 

そう呟く彼の両手から何か不思議な力が放たれ始め、エンザはそのエネルギーをまるで弓矢のように引く。それにギドはまたくくっと笑った。

 

「ほう。熱と冷気、相反するそれを操る力をスパークさせて触れるもの全てを消滅させる効果を持つエネルギーへと変換。セシルとミーネが二人一組で放つ奥の手……まさか、テメエがそれを扱えるほどに成長してるとはな……」

 

ギドはそこまで呟いた後、少し彼を観察するように見て「いや」と呟く。

 

「扱えるわけじゃねえ……自爆覚悟か」

 

「「「!!!」」」

 

その呟きを聞いたリト達三人が絶句、エンザも覚悟を決めた目でギドを睨みつけた。

 

「地球にはリト、サル、西連寺さん、籾岡さん、沢田さん、ドクター・ミカド……そしてキョー姉ぇ、大事な人がたくさん出来たんだ。それを殺されるわけにはいかない……例え、この命に変えても」

 

「ふん。お前の貧弱な自爆技で俺が殺せるとでも? そういや、その技のアイデアはミーネが地球から持ち込んできた漫画から拝借したんだったか? こりゃまた面白い偶然だな」

 

「殺せなくても、力を失ってるあなたを退かせるぐらいは出来ますよ……」

 

余裕綽々という言葉の意味をその身をもって体現しているかのごとく悠々と立ち、冗談まで言うギドに対し余裕なんてどこにもないエンザ。エンザの額を汗が流れた瞬間何かのエネルギーによって消滅、ついに鎧の一部まで消滅を開始する。彩南高校屋上、ここで地球の命運がかかった勝負が今、始まろうとしていた。

 

「パパ!!」

 

「「!?」」

 

と、その時ララの声がその場に響いた。

 

「私、リトとは結婚しない」

 

「ララ!?」

 

ギドの前に出たララの言葉にギドが声を上げ、エンザも今にも放とうとしていた消滅エネルギーを解除、床に倒れ込む。

 

「結婚しない!? どういうことだッ!? せっかく俺がお前の意思を尊重して――」

「違うよ! ホントは早く王位をゆずって遊びたいだけでしょっ!?」

「――うっ……」

 

ギドの睨みながらの怒号にララは鋭く言い返し、図星なのかギドは黙り込む。

 

「リトの気持ちを無視してまで……一方的に結婚しても嬉しくないの!」

 

「!」

 

「そいつの気持ち?……」

 

真剣な表情でのララの言葉にリトが驚いたようにララを見、ギドも訝しげな目でララを見る。

 

「リト……私ね、なんとなく気づいてたんだ」

 

ララはリトの方を見ることなく、彼に語り掛けた。

 

「私がいくら好きって言っても……リトの本当の気持ちは私の方に向いてないってこと……」

 

「何ィ!?」

 

(ララ……)

 

ララの告白にギドが心底驚きの声を上げ、リトも驚いたように心中で呟く。

 

「それでも……リトは優しいし、地球の生活は楽しいから……私は今のままでもいいやって思ってた。でも、やっぱりダメだよね、それじゃ……」

 

そう言うララは、頬を桃色に染め、柔らかく微笑んでいた。

 

「私……リトを振り向かせたい! 振り向いてもらえるように努力したい。だからパパ、結婚の事はもう少し待って」

 

「……ララ、何を考えてる!?」

 

ララの告白を聞いたギドは彼女が何かを考えているのに気づいたのか、真剣な表情で問いかけた。それに対しララはデダイヤルを取り出す。

 

「やっと……これを使う決心がついたから」

 

彼女がそう呟くと共に、一つの装置がララの手に現れた。

 

「ばいばいメモリーくん。これで地球のみんなから私の記憶を消す」

 

その言葉に、全員の顔色が驚愕に染まった。

 

「お……おいララ!? どういう事だよそれ!!」

 

「ごめん……リト。プリンセスとか婚約者候補とかそういうのナシでもう一度……ゼロからの私でがんばってみたいの。私の最後のわがまま……聞いて……」

 

「そ、そんな……」

 

ララは悲しげに涙を目に溜めながら呟き、リトも悲しげな声を漏らす。

 

「春菜! 友達になってくれてありがと! 楽しかったよ」

 

「ララさん!」

 

「また、仲良くしてくれると……嬉しいな……」

 

別れの挨拶を済ませた後、ララはばいばいメモリーくんのスイッチに指を伸ばす。

 

「ま……待てよララッ!! そんな事しなくても――」

 

咄嗟に装置を奪い取ろうとリトがララに手を伸ばす。

 

「さよなら」

 

しかし、ララが装置のスイッチを押す方が早く、眩い光が辺りを包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本全国どこにでもあるようなごく普通の通学路。黒髪ショートヘアで小柄な体格、マスクで隠れているものの中性的な顔立ちで、マスクから少し見えている目立つ横一線の傷跡がある少年が学校に向けて自転車をこいでいた。

 

「炎佐!」

 

「ん?」

 

少年が曲がり角を通り過ぎた辺りで突然そんな声が聞こえ、少年は自転車を止めて振り向くと赤い右目と青色の左目の所謂オッドアイで曲がり角を見る。と穏やかに微笑んだ。

 

「あ、おはよう。リト」

 

「おう」

 

声をかけてきた相手――オレンジ色の髪がツンツンとなっている、言ってはなんだが冴えない顔つきの少年――に少年――炎佐が挨拶を返すと彼は自転車から降りる。

 

「風邪、大丈夫か?」

 

「風邪薬飲んだから、まあ大丈夫だと思うよ」

 

「結城君、氷崎君」

 

「あ、西連寺さん」

 

二人が話をしていると青色の髪をショートヘアにしている少女――西連寺春菜が偶然二人に合流。

 

「おはよう」

 

「おはよ、西連寺さん」

 

「あ、ああ。おはよう」

 

春菜の挨拶に炎佐とリトも挨拶を返し、三人はそれから無言のまま学校まで向かう。

 

「……」

 

と、校門前にピンク色の髪を長く伸ばした可愛らしい顔立ちの美少女が佇んでいるのを炎佐が見つけて彼の足が止まるが、リトと春菜は気にすることなく歩き続ける。

 

「あ、あのっ、初めまして! 私、今日この学校に転校してきたんだけど……」

 

少女が突然二人の目の前に立ってどこか焦ったように話し始め、それにリトと春菜は驚いたように足を止めて少女を見る。

 

「えっと……」

 

と、少女は困ったように話を止め、その時リトと春菜は優しく微笑んだ。

 

「「おかえり!」」

 

「え!?」

 

初めましてと言ってきた相手に対する言葉としては不適切な言葉。それに少女――ララは驚いたように絶句。

 

「おーララちぃ!」

「春菜もおっはよー♪」

 

「ララちゃーん! おはよー!」

 

と、後ろの方から里紗と未央、そして猿山が元気よく手を振って挨拶してきた。

 

「あれ?……みんな忘れてない?……」

 

ばいばいメモリーくんで記憶を消去したはずなのに……といわんばかりの彼女の言葉にリトは悪戯っぽく笑って両手を肩ぐらいまで上げて肩をすくめた。

 

「お前の発明品がうまくいったためしがあるか?」

 

「!」

 

リトの言葉にララは驚いたように目を見開く。

 

「あはは……」

 

その時、彼女の目から涙が零れる。

 

「失敗、しちゃった……♪」

 

涙を拭いながらしかし嬉しそうに彼女は呟き、春菜がララにハンカチを差し出し、リトも安心したように微笑む。そして里紗と未央、猿山もそこに合流する。

 

「よかったよかった」

 

そして出来上がるいつもの光景。炎佐はそれを眺めて嬉しそうに微笑み、そう口にするのだった。




さて今回はもうすっ飛ばしてギド登場……いえ、ルン登場考えまくったんですけどね、ぜんっぜん思いつかない。ルン登場&リトとの絡みに炎佐絡ませるの無理でした。んで春菜誕生日でのララが宇宙人バレするのも飛ばします……やっぱこっちもこっちで思いつかん……。
ちなみにエンザがギドに対して繰り出そうとしていた自爆技の元ネタは某ドラクエ漫画に登場する極大消滅呪文です。まあ、あっちは自爆技じゃないんですけどね。あくまで、エンザじゃ扱いきれないから結果的に自爆技になってしまうだけです。
さて次回から二年生で色々新キャラも登場……炎佐のヒロインはこれ以上増やすか否か……ま、そこは後で考えましょうか。それでは、今回はこの辺で。


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第十話 新学期と炎佐の女友達?

彩南高校へと続く通学路。炎佐は今日は珍しく一人で自転車を押しながら学校へと向かっていた。片手で自転車のハンドルを握っており、もう片方の手には携帯電話を持って誰かと話している。

 

[エンちゃん、高校二年生おめでとーっ!]

 

彼の従姉弟であり互いにとって家族のような存在――霧崎恭子だ。彼女の元気なお祝いの言葉に炎佐は苦笑する。

 

「はいはいありがとう。でもキョー姉ぇも学校じゃないの?」

 

[まあ、一応始業式はどうにかね……クラス替えを見て、クラスメイトと担任を確認して……そっから仕事?]

 

「……ご苦労様」

 

恭子の苦笑交じりの言葉に炎佐は頬を引きつかせて労を労う。

 

[えへへ、エンちゃんからそう言ってもらえるだけで頑張れちゃうな! あ、そうそう。マジカルキョーコの監督や共演者にスタッフが、また見学に来なよってさ。もちろん私も歓迎するからね!]

 

「……考えとくよ」

 

炎佐から労いの言葉を聞けたことが嬉しいのかほわほわとした声質になった恭子はその後思い出したように伝言を伝え、それに炎佐は曖昧に言葉を濁す。

 

「あっ、氷崎ー!!」

 

「やばっ!? じゃ、じゃあねキョー姉ぇ! また後で!!」

 

[え、ちょっとエンちゃ――]

 

突然聞こえてきた少女の声に炎佐は慌ててそう言い、電話の向こうで恭子が何か言っているのも無視して電話を切り、すぐに携帯を鞄の中に隠すようにしまうと声の方を向いた。

 

「お、おはよう! 籾岡さん!……あれ、沢田さんは?」

 

「おはよ。未央はちょっと用事があって遅れるってさ。ねえ、さっき誰かと電話してなかった?」

 

「え? ああ、うん……家族とね。さてと、急がなきゃ!」

 

話しかけてきた少女――里紗に対し炎佐はギリギリ嘘ではない嘘をつき、逃げるように自転車にまたがる。と、里紗は炎佐の自転車の後方に着けられている荷台を見て何かを思いついたようににやりと微笑んだ。

 

「そりゃっ!」

 

「わっ!?」

 

いきなり荷台に飛び降り、そのままの勢いで炎佐にがしっと掴まる。

 

「ちょっ、もっ、籾岡さんっ!?」

 

「にしし。楽ちん楽ちん、あんただって役得でしょ?」

 

なかなかに実っている胸を相手の背中に押し付けながら里紗は炎佐に抱きしめるように掴まり、炎佐は顔を赤く染める。

 

「おーおー真っ赤になっちゃってまあ。そらそらしゅっぱーっつ! 早くしないと人目についちゃうよー?」

 

「あーもう……」

 

里紗の言葉に炎佐は呟いてペダルをこぎ、一気にスピードを乗せるとそのままの勢いで学校まで自転車を走らせる。

 

「おー早い早い! これから毎日炎佐の自転車に乗ろうかなぁ? 楽でいいし」

 

「沢田さん置いてっちゃうよ?」

 

「あー。んじゃ三人乗り?」

 

「無理に決まってんでしょうが」

 

里紗のにゃははと無邪気に笑いながらの言葉に炎佐は呆れたように返し、二人を乗せた自転車が学校の校門前へと到着する。

 

「そこの自転車! 止まりなさい!!」

 

と、いきなりそんな声が聞こえ炎佐は驚いたように自転車を止める。と、彩南高校の制服を着た、黒い髪を伸ばし、いかにも真面目そうな雰囲気を見せる少女が厳しい視線を見せていた。

 

「自転車の二人乗りは校則違反よ! あと、自転車通学の許可を取っているの!?」

 

「自転車通学の許可証はこれ。まだ期限ギリギリセーフのはずですが」

 

少女の毅然とした注意に対し自転車から降りた炎佐――里紗もその隣に立った――は慣れたように許可証を提示、少女はそれを見るとうんと頷く。

 

「許可証は確認しました。けど、自転車の二人乗りは校則違反よ!」

 

「えー? 別にいいじゃないの少しくらい……」

 

「えーと、言い訳するなら僕は籾岡さんに無理矢理――」

「あぁ~ん炎佐ひどぉい! 私を売るのぉ?」

 

少女の注意に里紗がめんどくさそうに頭をかくと炎佐がそう言おうとすると里紗はいきなり猫撫で声でそう言いながら炎佐の腕に抱き付く。

 

「わ、ちょっ籾岡さんっ!? む、胸が当たってっ!?」

 

さっきまで自分の背中に当たっていたものが今度は腕に当たってきたのに炎佐は慌てたように叫ぶ。と、少女が眉を吊り上げた。

 

「ハ、ハレンチなっ! あなた達の顔は覚えましたからねっ!!」

 

少女は顔を赤くしながらそう叫び、二人を指差して叫ぶと頭から湯気を出していそうな勢いで校舎の方に歩いていった。

 

「なんだったの?」

 

「普通に怒られたんだよ……じゃ、僕駐輪場まで行ってくるから」

 

「ほいほい。んじゃ私はクラス名簿見てくるから、ついでに氷崎のも探しといてあげるわ」

 

里紗は頭をかいて呟くと炎佐は呆れたようにそう呟き、駐輪場の方に自転車を押し始めると里紗はそう返してクラス名簿が貼られている昇降口の方に歩いていく。それを見送って炎佐はやれやれとため息をついてから駐輪場まで行き、自転車を駐輪場に止めると自分も昇降口へと向かう。

 

「ん? やあ」

 

「あ、九条先輩」

 

そこに突然かけられる声、炎佐はその声の方を向くと声の主を見て声を漏らし、声をかけてきた女性――九条凛の横に立つ金色の髪をなびかせた綺麗な女性――天条院沙姫が怪訝な目を見せた。

 

「凜、知り合いですの?」

 

「え、ええ。沙姫様のクリスマスパーティの時にもいたのですが……」

 

「……ああ、言われてみれば。ララと一緒にいる男子の一人でしたわね。凜とはよく話しますの?」

 

凜の説明に沙姫は炎佐をまじまじと見た後思い出したように頷いてから尋ね、それに炎佐は苦笑した。

 

「いえ、会った時挨拶するくらいです」

 

「そう……ああ、ララに伝えておいてくださる? 彩南クイーンは私のものです、と」

 

「……伝えときますよ」

 

「ええ。行きますわよ、凜、綾」

 

沙姫と炎佐はそう会話をし、沙姫がそう言って歩き出すと綾がその後を追い、凜は少し疑念のこもった目を見せながら炎佐を見る。

 

「クリスマスの時から感じている違和感……君の正体、いずれ聞かせてもらう」

 

その言葉に、炎佐はクスリと笑みを見せて目も怪しく細める。

 

「僕に勝てれば教えて差し上げますよ」

 

「……ふん」

 

炎佐の言葉に凜はふんと鼻を鳴らすと沙姫の方に歩いていった。

 

「朝から色々と大変ね、氷崎君」

 

凜を見送っていた炎佐にさらに声をかける女性、それに炎佐はやれやれと肩をすくめて声の方を向きその声の主――御門の姿を認めると苦笑した。

 

「見てたんですか?」

 

「まあね。籾岡さんと二人乗りで登校して、古手川さんに注意されて九条さんと挨拶して。朝から女の子とべったべたね」

 

御門はくすくすと笑いながらそう言い、続けてニヤリ、と妖しく笑う。

 

「……ああ、お姉ちゃんとお電話もしてたっけ? まあ正確には従姉弟でしかも――」

「ドクター・ミカドであろうとも、その秘密をばらしたら……消します。せめてもの情けで焼死か凍死か好きな方は選ばせて差し上げますが」

 

「あら怖い。冗談よ冗談♪」

 

彼女のその言葉を聞いた瞬間炎佐の目から光が消え、御門に殺気が放たれる。しかし常人ならば間違いなく怯むその殺気を御門は平然と受け流しころころと笑いながら返した。その悪戯っぽい笑顔を見た炎佐は毒気が抜かれたようにため息をつき、その瞬間殺気も消える。

 

「さ、もう行きなさい」

 

「ええ。それではまた」

 

そろそろ登校する生徒の数も多くなってきている。御門の促しに炎佐も頷くと新しいクラスの確認のため昇降口へと向かっていった。

 

 

 

 

 

それから時間は過ぎて掃除の時間。炎佐達は廊下の掃除を行っていた。ちなみにリトとララが一緒にいる。

 

「クラス替えしたから新しい友達も出来そうだね!」

 

「そーだな」

 

「そうだね。まあこっちとしてはリトやララちゃんと違うクラスにならなかったのはありがたいよ、別クラスじゃ何かとフォローが難しいしね」

 

「たはは……」

 

箒を持ちながらのララとリトの言葉に雑巾を絞りながら炎佐が返すとリトは苦笑を漏らす。

 

「ちょっとあなた達! 話があるんだけど!」

 

「ん? あれ、朝の……たしか御門先生から古手川さんって呼ばれてたっけ?」

 

と、そこに朝炎佐と里紗を注意した女子が声をかけてくる。と女子は目を吊り上げた。

 

「丁度いいわ。あなたも聞いていって」

 

「はぁ?」

 

「同じクラスの人だよね、初めまして~」

 

女子の言葉に炎佐とリトが首を傾げ、ララは無邪気に挨拶する。それを女子は無言で聞いた後、口を開く。

 

「古手川唯……元1-Bのクラス委員よ。一年の時はA組のクラス委員の西連寺さんが甘いおかげであなた達も好き勝手やっていたようだけど、私が同じクラスになった以上そうはいかないわ」

 

「え? 好き勝手って……何?」

 

「とぼけないで!」

 

女子――唯の言葉にリトが尋ねると彼女は一喝、その後恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「私、見たんだから……いきなり下駄箱でその……裸になったり……」

 

「リト……」

 

「ちょっまっ! それは誤解っつうかなんていうか……」

 

唯の言葉を聞いた炎佐が冷たい目でリトを見ると彼はわたわたと弁解を始める。

 

「と、とにかく! これからはあんな非常識は許しません!!」

 

「まあ下駄箱で全裸は非常識だよね……」

 

唯の言葉に炎佐は苦笑を漏らし、唯は次にララのお尻――正確にはそこから伸びている尻尾――を指差した。

 

「大体何? そのシッポ! 学校にそんなオモチャ持ってきていいと思ってるの?」

 

「えー!? だってこれは……」

 

「本物だもんねー♪」

「ララちぃは宇宙人なんだもん♪」

 

「リサ! ミオ!」

 

「あなたは!!」

 

唯の指摘にララが説明しようとするとその後ろから突然里紗と未央が現れてララに抱き付き、里紗の姿を見た唯は朝の二人乗りの事を思い出したのか眉を吊り上げる。が、直後彼女が放った言葉の意味を頭で理解したのか不思議そうに眉をひそめる。

 

「って、え? 宇宙人?」

 

「そ! そして尻尾(ココ)は――」

 

唯の呆けた声に里紗は妖しく笑いながらそう言い、ララの尻尾をつまむ。

 

「弱点なのよねー♪」

 

「あぁっ! や、やめてぇ~!……」

 

尻尾を掴んだりキスしたりし、ララが喘ぎ声を出すと唯も顔を真っ赤にしながら「何変な声出してるのっ!」と叫ぶ。

 

「結城ーっ!!!」

 

「!?」

 

と、突然怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「なんで僕だけ別のクラスなんだーっ!!!」

 

「うわ、レン!?」

 

そう怒鳴りながらレンがリト目掛けて突進、彼の胸ぐらを掴む。

 

「何か裏工作したな! そうに決まってる!!」

 

「バカ! んなわけねーだろ!!」

 

怒鳴り合い押し合いへし合い髪の引っ張り合いの喧嘩に発展。ララ達女子三人があらあらと観戦し、炎佐は呆れたようにため息をつくと止めるのもめんどくさいと思ったかリトが落とした箒を拾うと形だけでも掃除に戻った。

 

「ケ、ケンカは止めなさい!」

 

慌てて唯がその仲裁に入ろうと二人の間に割り込む、と、その時ふわっと彼女の髪が舞い、レンの鼻をくすぐった。

 

「ふぇ……ま、まずい、ふえっ……へっきし!」

 

意図せず鼻をくすぐられたレンがくしゃみをしたその時彼をぼふんっという感じで現れた煙が覆い、驚いた唯はしりもちをついて煙を見上げる。

 

「な……何?」

 

呆然と煙を見上げ呟く唯。とその煙の中からだぶだぶの男子制服を着た、レンと似た髪色をしている可愛い少女が現れ、彼女はリトを見ると目を輝かせた。

 

「リトくん! きゃはっ!」

 

「うわっ、ルン!?」

 

少女――ルンはいきなりリトに抱き付きその勢いで押し倒す。

 

「プリンセス・ルンまで……」

 

「ど、どーゆーこと?」

「レンレンが女の子になった……」

 

本気でめんどくさくなってきたとため息をつく炎佐の横で未央と里紗が目をパチクリさせる――ちなみに唯は目を丸くしてさらに呆然としていた――と、炎佐は思い出したように頷く。

 

「そういえば二人はプリンス・レンとプリンセス・ルンの関係を知らなかったっけ」

 

「あ、そうだっけ。実はレンちゃんも宇宙人なんだ。くしゃみすると性別が変わって、女の子のルンちゃんになるんだよ」

 

「で、見ての通り人格は独立してる。まあ新手の二重人格みたいなものだね」

 

「マジ!?」

 

「すげー! いかにも宇宙人って感じね!」

 

炎佐の言葉にララが頷いて説明、炎佐も補足すると未央と里紗が歓声を出した。ちなみに唯はこれ以上ないくらい呆然としており、心なしか顔から血の気が引いていた。

 

「それにしても、リトとルンちゃんも仲良しなんだね~」

 

「あーえっと……」

 

ころころと鈴のような笑い声で笑うララに炎佐がコメントに困る、とリトはどうにかルンの拘束から脱出するがその逃げ出した先にはララが立っていた。まあ逃げるのに必死でその先まで見えていなかったのだろう、リトとララが正面衝突してしまった。

 

[イテ]

 

と、いきなり聞こえてくるそんな声に炎佐は声の方を向く。そこにはララのつけていた髪飾りもといコスチュームロボットのペケが転がっていた。

 

「……って!?」

 

少し黙った後炎佐は事に気づく。ララの衣服はペケが自身のデータの中にあるものを使って再現しており、そのペケがララから外れてしまっている。

 

「な、なんてハレンチなーっ!!!」

 

現在彼の視界に入ってはいないだろうが恐らく現在ララは真っ裸、響き渡る唯の悲鳴と怒号の混ざり合った声を聞きながら炎佐はため息を漏らしてペケを拾い上げるのであった。

 

 

 

それから掃除も終わって生徒達は教室に戻り、このクラスの担当である老齢の男性教員――骨川が教壇に立つ。

 

「えー、今日は新学期の初日なのでぇ、このクラスのクラス委員を決めたいと思いまふ。誰か立候補者はいまふか?」

 

「はい!」

 

骨川教諭の言葉に一番に唯が手を挙げる。その近くの席で未央が一年の時に学級委員を務めていた春菜に「どうする?」と尋ね、春菜はそれに忙しくなるだろうしと迷っている様子を見せていた。

 

「はーい!! 私、立候補しまーっす!!」

 

「え!?」

 

と、ララが手を挙げて立候補し唯がそれに驚いたように叫ぶ。

 

「お、おいララ本気か!?」

 

「うん! なんかおもしろそーだし♪ 大丈夫だよ、分かんない事は春菜に教えてもらうから。ね、春菜?」

 

「え? うん、いいけど……」

 

リトが叫び、ララが楽しそうにそう言うと春菜もぽかーんとしながら頷く。それを見たリトは困った様子で炎佐を見た。

 

「え、炎佐、どうする?……」

 

「まあ、止めても無駄だと思うよ?」

 

リトの困った様子での言葉に炎佐は苦笑を漏らし、リトは「ですよねー」と言いながらがくっと肩を落とす。その近くでは唯がララにクラス委員を任せたらどうなるか分からないと燃えていた。

それから次の休み時間、唯とララはそれぞれ演説をしていたが唯のものはとても真面目なのに対しララのものは荒唐無稽と言うか春菜のフォローもあってまるでボケとツッコミ、唯のものに対し真面目な拍手を送る生徒とララのものに対し面白そうに笑う生徒。とても正反対になっていた。

 

「真面目すぎるクラスもイヤだけど、ララが委員長ってのもすげー不安が……」

 

「正直同感だね、これ以上心労が増えるならザスティンに追加手当もらいたいくらいだよ」

 

「とか言いながらお前笑ってんじゃねえか……」

 

「デビルークのプリンセスに振り回される経験なら豊富だからねー、まあザスティンには敵わないけど。ちなみに僕ランキングでの第三位はプリンス・レンだけど、リトもすっごい順位上げてるからその内追いつくかもね」

 

「嬉しいやら悲しいやら……」

 

リトの机に突っ伏しながらの言葉に炎佐も冗談っぽく笑いながらそう言い、リトは机に突っ伏したまま呟く。

 

その後にもリトと唯がララの発明品――クラスの男子と女子に聞いた意見をちょっとずれた解釈の元に作り上げたものだ――によって騒ぎに巻き込まれたりとあって時間は進んでいく。

 

「え~ではぁ、クラス委員の投票結果を発表しまふ。ちなみに男子の委員は立候補が一人だけだったのでぇ、元1-A委員の的目あげるくんに決定しました」

 

「よろしくお願いします」

 

骨川の紹介に合わせてメガネに坊ちゃん刈り、いかにも真面目そうというか昔ながらの委員長みたいな男子生徒が挨拶する。

 

「で……女子の方でふがぁ、集計の結果ぁ……」

 

骨川は集計結果の用紙を読み上げていく。

 

「ララくんが2票」

 

それを聞いた唯の表情が明るくなり、嬉しそうに両頬を手で押さえる。

 

「で、古手川くんも2票と……」

 

「は?」

 

しかしその次の言葉を聞いて固まる。

 

「西連寺くん30票、というワケでクラス委員は西連寺くんにお願いしまふ」

 

「え!?」

 

他の二人に圧倒的大差をつけてクラス委員に就任した春菜に拍手が送られる。

 

「私?……立候補してないのに……」

 

「だってさー。ララちぃには悪いけど春菜の方が慣れてるっつーか」

「ごめんね~ララちぃ」

 

ぽかーんとしている春菜に里紗と未央がそう言い、未央はすまなそうにララに謝る。

 

「え、別にいいよ。私も春菜に入れたし」

 

しかしそのララ本人もあっけらかんとした顔でそう言い、それにリトはずっこけてララにツッコミを入れる。が、ララは「私に向いてないみたいだし春菜が一番だ」と言っており、炎佐も苦笑する。

 

「まあ経験者だし程よく真面目だし、ララちゃんのとんでもない言動に対するフォローとかも上手だしね……多分それで票が集まったんだろうね」

 

炎佐の呟きを聞いてか聞かずか春菜は前に出る。

 

「じゃあ西連寺くん、よろひく」

 

「はい。えっと、よろしくお願いします」

 

骨川の言葉に春菜は頷いた後、クラスの皆に向けて頭を下げてよろしくお願いしますと挨拶した。

 

「認めない!! こんなの絶対認めないっ!!」

 

教室の後ろでは唯が悶えながらそう声を上げていた。

 

そしてやっと放課後になり、リトは疲れ切ったようにため息を漏らす。

 

「あー、なんかすっげー疲れた……」

 

「あはは、大変だね。あ、僕夕飯の買い物あるから」

 

「お~。また明日な」

 

疲れたようにひらひらと手を振るリトに炎佐は苦笑を返しながら自転車にまたがり、走り出した。彼が向かうのは学校近くのスーパーだ。この時間帯は割引サービスが行われている商品がいくつかある。

 

「……ん?」

 

と、その途中で炎佐は見覚えのある後ろ姿に気づき、少し道を外すとその後ろ姿の方に走った。

 

「やほ、美柑ちゃん」

 

「え? あ、氷崎さん!」

 

炎佐の呼びかけに少女――美柑は振り返って炎佐を見ると驚いたように目を丸くし、さっきまで彼女と話していた少女の一人が首を傾げた。

 

「美柑、知り合い?」

 

「え? あ、うん。お兄ちゃんの友達の氷崎さん」

 

「氷崎炎佐です。よろしく」

 

「あ、ども。あたし小暮幸恵っす」

 

「乃際真美です」

 

美柑の紹介に合わせて炎佐が笑顔を浮かべながら挨拶するとさっき美柑に問いかけた少女――幸恵が挨拶し、もう一人の少女――真美も挨拶する。それから美柑が不思議そうに首を傾げた。

 

「ところで、こんなところでどうしたんですか?」

 

「どうしたのって……今日いつものスーパーで特売の日でしょ?」

 

「……」

 

美柑の疑問の声に炎佐がきょとんとしながら尋ね返し、それを聞いた美柑は目を点にし、

 

「あーっ!!!」

 

直後思い出したように口に手を当てて声を上げた。そして慌てて幸恵と真美に向けて手を合わせる。

 

「ご、ごめん! 私買い物して帰らなきゃ!」

 

「あはは、美柑もうっかりさんだなー」

 

「ふふ。じゃあまた明日ね、美柑ちゃん」

 

美柑の慌てての言葉に幸恵と真美はそう言って頷き、ばいばいと手を振って歩いていく。

 

「あーもううっかりしてた……ありがとうございます、氷崎さん」

 

「別にいいよ。じゃ、せっかくだし後ろに乗ってく? ランドセルは僕の荷物と一緒にカゴに乗せとけばいいし」

 

「あ、えっと……じゃあお言葉に甘えて」

 

炎佐の提案を受け、美柑はランドセルを炎佐の自転車のカゴに乗せると彼女は後ろの荷台に乗って炎佐の身体に手を回してぎゅっと掴まり、炎佐は「行くよ」と一言言って自転車を走らせた。

 

「ところで……」

 

と、いきなり美柑が話しかけてくる。

 

「今日から新学期でしたけど、お兄ちゃんはどうでしたか?」

 

「ああ、今日からいきなり大変だったよ。朝は今の美柑ちゃんみたく二人乗りで学校に向かうことになるわそれで注意受けるわ、ああ僕とリトとララちゃんは一緒のクラスだったんだけどね……」

 

美柑の問いかけに炎佐は今日朝から起きたことを順々に説明していく。

 

「二人乗り……いつもそんなことあるんですか?」

 

「いつもじゃないよ。今日はたまたま。まあ、結構仲の良い女の子だったからちょっと困ったけどさ」

 

「ふぅ~ん……やっぱり氷崎さんも男の子なんですね~?」

 

「ぶふっ!?」

 

炎佐の頬を赤らめながらの言葉に美柑が小悪魔のような笑みを浮かべながら返すと彼はぶふっと噴き出して美柑を見る。

 

「美柑ちゃんはどこでそういう言葉を覚えてくるの!?」

 

「あはは。ほら前向かないと危ないですよー?」

 

「まったくもう」

 

炎佐の頬を赤くしながらの叫びに美柑は楽しそうに笑ってそう言い、炎佐は呆れたように前を向く。

 

「で、委員長の選挙でララさんとその古手川さんって人とで投票。結局西連寺さんに決まっちゃったそうなんですけど……」

 

美柑は今日の学校でのハイライトだった委員長選挙の話題を出す。

 

「結局、氷崎さんって誰に投票したんですか?」

 

「……」

 

その言葉に炎佐は少し困ったように黙る。

 

「……美柑ちゃん、地球には義理っていう言葉があるんだよ? 僕は幼い頃から傭兵としてデビルーク王家にはお世話になってたんだ。だからこういうところで義理を通すのはむしろ自然なことであって……」

 

「要するにララさんに投票したわけですね」

 

「……まあね」

 

炎佐の並び立てる言い訳を美柑がすぱっと切り捨て、炎佐はこくこくと頷く。

 

「でも、ララさんがクラス委員だとなんだか不安ですね」

 

「リトと同じこと言ってるよ。流石兄妹だね」

 

「からかわないでください」

 

美柑の言葉に炎佐がそう言うと彼女はぷくっと頬を膨らませ、相手の機嫌を損ねたことを悟った炎佐が「ごめんごめん」と謝る。

それから自転車はスーパーに着き、二人は自転車から降りてそれぞれ荷物を持つ。

 

「さってと、今日は何にするかな?」

 

「決めてないんですか?」

 

「今日は野菜が安いみたいだから野菜料理でも作ろうかなって。後はスーパーについてから考えるよ」

 

「……はぁ」

 

炎佐の呑気な言葉に美柑は呆れたようにため息をつく。

 

「それなら、晩御飯は家で食べますか?」

 

「……いいの?」

 

美柑からのいきなりの提案に炎佐は目を丸くし、美柑はひょいっと肩をすくめた。

 

「別にいいですよ。買い物忘れてたの思い出させてくれたのと、ここまで乗せてくれたお礼です……」

 

そこまで言うと美柑は炎佐に先程の小悪魔のような笑みを浮かべた。

 

「でも、もちろんただ飯食らおうなんて思ってませんよね~?」

 

「……美柑ちゃんの分の買い物の代金、いくらか負担させていただきます」

 

「よろしい」

 

美柑の突きつけた要求に炎佐が苦笑しながら返すと彼女は満足そうに頷く。

 

「じゃあ早く入りましょう。腕を振るって美味しい料理を作ってあげますからね!」

 

袖まくりをしながら自信満々にそう言う美柑、それに炎佐は少し考える様子を見せやがて思いついたようにぽんと手を打って美柑を見た。

 

「そうだ美柑ちゃん、僕が代わりに作るから負担なしってのは駄目かな?」

 

「……」

 

その言葉を聞いた瞬間美柑は半目になり、つかつかと炎佐の近くに歩き寄る。

 

「ふんっ!」

 

「あだっ、あいたぁっ!!」

 

直後炎佐の脛に突き刺さる美柑のつま先蹴りとそこから繋がる踏みつけ。炎佐が悲鳴を上げ、美柑は彼を睨みつける。

 

「一応お客様なのにそんな真似させられるわけないでしょ!」

 

そう言って彼女はふんっと顔を背け、

 

「……バカ」

 

うつむき、小さな声で呟く。心なしか頬が赤い。

 

「え? なんだって?」

 

完全に不意を突いての脛と足へのコンボ攻撃にその足を押さえて悶えていた炎佐は涙目になりながら顔を上げ、それに美柑は少し黙ると彼の方を向き、悪戯っぽい笑顔を見せた。

 

「なんでもありませんよーっだ! ほら、早くしないと置いてっちゃいますよー?」

 

悪戯っぽくちろっと舌を出してそう言い、無邪気に笑いながら炎佐を呼んでスーパーの中に軽やかに駆けていく美柑。それを見た炎佐もやれやれとため息をついて立ち上がると美柑を追ってスーパーに入っていった。




今回から新学期、新キャラも登場しつつ今回はこの作品の中で炎佐のヒロインを予定している方々と絡んでもらいました。ああ、今のとこ唯はその予定ではありませんのでご注意ください。まあまだ分かりませんけどね。
さて次回はどうしよっかな? ま、それでは~。ご意見ご感想あれば歓迎いたしますのでよろしくお願いいたします。


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第十一話 迷い騎士オーバーラン?

四月に入っての新学期も少々過ぎ、新たな学年生活にも慣れ始めた頃の日曜日。炎佐は一人駅前に佇んでいた。

 

「……どうしてこうなった」

 

目を細めてはぁ~と重苦しいため息を漏らし、駅の壁に背中を預けるようにもたれかかり頭を上げて空模様を見る。雲一つない快晴、暖かな日差しが降り注ぎ、風も程よく吹く絶好のお出かけ日和だ。

 

(とても平和な……ね)

 

そこまで考えて炎佐は再びふぅと息を吐く。

 

「エーンちゃーんっ!!!」

 

その瞬間響いてきた女性の声に彼はがくっとうつむき、声の方を見る。そこにはベレー帽を被っており、後ろにはベレー帽で隠せない程に黒髪を長く伸ばしてさらにメガネをかけた可愛い女の子が肩に小型のショルダーバッグを引っかけ手を振って走ってきていた。

 

「……遅かったね、キョー姉ぇ」

 

「もー。女の子の遅刻は笑って許すのが男だよー」

 

炎佐の呟きに女の子――霧崎恭子がころころと笑うと炎佐はやれやれとため息をつくと壁から背を離し、駅の中に入ろうと歩き出す。

 

「で、キョー姉ぇが言ってたケーキ屋って?」

 

「もー。せっかく久々に二人きりでゆっくりできるんだからのんびりしようよー」

 

「はいはい行くよー」

 

ドライな言動を見せる炎佐に恭子はつまんなそうに頬を膨らませるが、やがて右手で口元を隠しにやっと悪戯っぽく笑うと、次に目元を両手で覆って地面に膝をつけるように座る。

 

「くすん、エンちゃんが不良になっちゃった……」

 

「……」

 

「私が忙しいからって放っといたのがいけなかったのかな……ごめんね……」

 

いきなりの猿芝居。しかし炎佐は足を止めてしまう。事情をよく知らない周りの人々がざわつき、何人かはひそひそと喋り始めた。まあ傍から見たら彼女泣かせて勝手にどこか行こうとしている彼氏だ。

 

「……」

 

足を止めた炎佐はぶるぶると震え、踵を返しずかずかと足音荒く恭子の方まで歩いて彼女の手を取り、すぐさま駅の中に入って適当な人気のないところに隠れると真っ赤な顔で恭子を見る。

 

「恥・ず・か・し・い・だ・ろ・う・が!!!」

 

「えへへ、だってこうでもしないとエンちゃん止まんないんだもん」

 

羞恥と怒りから顔を真っ赤にしている炎佐に対し恭子は涙一粒分すらも濡れていない顔を輝かせて笑いながらそう言い、一般人をさらっと騙すアイドルの演技力に炎佐は頭を抱える。

 

「あはは。エンちゃんってやんちゃな事には強いけどこういうのにはほんと弱いよね」

 

恭子は笑いながらそう言い、炎佐の手を取る。

 

「ほら、そろそろ行こう。私今日しかスケジュール空いてないんだから」

 

「……はいはい」

 

炎佐はまたもため息をつき、恭子に引っ張られるままに電車の切符を買い、二人は電車に乗っていった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

それから二人が来たのは恭子が以前撮影の合間にケーキを食べたというケーキ屋。お店のドアを開けカランカランというベルの音と共に、店員らしい女の子――茶色い髪を長く伸ばして赤いリボンを結び、八重歯が印象的だ――が挨拶する。

 

「エンちゃん、遠慮せず好きなもの頼んでいいからね? どうせならお友達へのお土産も買っていったら?」

 

「あ、ああ……」

 

恭子はニコニコ笑顔で炎佐にそう言い、炎佐も頷くと商品が並べられているガラスケースの方に向かう。

 

「えっと……んじゃ苺のショートケーキを四つを持ち帰りで、チーズケーキはここで食べます」

 

「はい、ありがとうございます」

 

炎佐の注文を受け、やはりこっちも店員らしい男の子――黒髪を短髪にし、穏やかな顔つきをしている――がてきぱきと苺のショートケーキ四つを持ち帰り用の箱に入れ、チーズケーキを皿に乗せてフォークを準備する。

 

「あ、私もチーズケーキで」

 

「はい」

 

炎佐の後ろから覗き込むようにして注文してきた恭子に男子は笑顔で応対し、恭子の分のケーキを皿に乗せてフォークを準備してから代金を計算し、恭子が清算する。

 

「では、ごゆっくりどうぞ」

 

「ありがとっ」

 

男子の言葉に恭子は笑顔でお礼を言い、男子は照れたように頬をかく。その瞬間炎佐は背後、ちょうどさっき挨拶してきた少女がいた方向から殺気を感じ取るが、こんな穏やかな店で物騒な殺気なんて感じるわけないかとそっちを見ることなく気のせいだと結論づける。だがその方を見たらしい男子が若干驚いたというか怯えたような表情を見せていた。それから二人は適当な窓際の席に座り、フォークを手に取る。

 

「ほらね、学生のアルバイトさん多いでしょ?」

 

「多いっていうか、シフトがたまたまそうなのかもだけど二人とも学生じゃない?」

 

恭子の言葉に炎佐はチーズケーキを口の中に入れながら、さっき女の子が男の子に向けて八重歯をまるで牙のように見せて目を吊り上げて怒り、男子が困ったように笑いながらまあまあと落ち着かせているのを見る。なお最終的に女子が「二回死ねー!」と叫んで男子を殴り飛ばしていた。

 

「……なんとなくあの男の子はリトと同じ匂いがする」

 

「あはは。じゃあ今度はその子を連れてきたら?」

 

「……まあ、ここを教えてはみるよ」

 

男子を見ながらそう呟く炎佐に恭子が笑ってそう言うと炎佐はそうとだけ言ってもう一口ケーキを食べ、飲み込む。

 

「……なんていうかな、特別美味しいって思えないというか……」

 

「ま、それは分かるけどね。ここって味じゃなくって――」

 

炎佐は食べたケーキの批評に少し言葉を詰まらせ、それに恭子が頷いて同意した後そう続けようとする。

 

「たっだいまーっ!!」

 

と、その時そんな元気な女性の声が聞こえ、炎佐は思わず声の方を向いてしまう。元気にそう挨拶してドアを開けたのは青色の綺麗な髪を長く伸ばし、抜群のスタイルをした綺麗な女性だ。

 

「あ、乙女さん!」

 

「あっれー恭子ちゃん! ひっさしぶりー!!」

 

その姿を見た恭子が嬉しそうに笑顔を浮かべるとその女性も恭子を見て嬉しそうに微笑み、彼女をぎゅーっと抱きしめる。

 

「わ、ちょ、ちょっと乙女さん! お客様に何やってるんですか!?」

 

バイトの女子が慌てたように女性向けて叫び、駆け寄ってくる。

 

「えー、大丈夫よ文乃ちゃん。だってお友達なんだもーんっ♪」

 

しかし乙女と呼ばれた女性は気にせずに無邪気な笑顔を浮かべており、女子――文乃もえぇーっと声を漏らす。

 

「あ、そっか。文乃って霧崎さんが来る時、いつもタイミング悪く休んでたり店にいなかったりだっけ」

 

と、ケーキを補充していたらしい男子が気づいたようにそう言い、乙女も「そうだっけー」と言うと恭子を離す。

 

「こちら、最近たまに来てくださる霧崎恭子さんよ?」

 

「ふふ、初めまして」

 

乙女が紹介すると恭子はベレー帽とカツラ、そしてメガネを外して挨拶。その姿を見た文乃は目を丸くした。

 

「き、霧崎恭子ってま、まさか……少女アイドルのキョーコちゃん!?」

 

「あったりー」

 

「キョ、キョー姉ぇ! そんな無防備に!!」

 

文乃の言葉に恭子が素直に肯定すると炎佐がそう叫んで立ち上がる。と恭子は呆れたようにため息をついた。

 

「もー。エンちゃんは心配性が過ぎるわよ。ごめんね乙女さん、エンちゃんって本当に心配性なの」

 

「うふふ、そうみたいね」

 

恭子の困ったように笑いながらの言葉に乙女は笑ってそう言い、何を思ったのか炎佐に近づく。

 

「ほーら、むぎゅー」

 

「むぐぐぐぐっ!?」

 

そしていきなり炎佐を抱きしめ、炎佐の顔が乙女の豊満な胸にダイブする。

 

(ラ、ララちゃんよりでかっ!? じゃなくって――)

 

幼馴染の姫君を超えるかもしれないバストとその柔らかさに驚く炎佐だが慌てて脱出しようと試みる。しかし流石に炎や氷は使っていないとはいえ結構本気で振りほどこうとしているのに乙女の拘束は全く外れる様子を見せなかった。

 

「大丈夫だよ、エンちゃん? 私は恭子ちゃんがアイドルだって知らなくっても、恭子ちゃんが大好きなんだもん。恭子ちゃんが静かにケーキを食べたいっていうなら、私は絶対内緒にするから」

 

「……」

 

乙女の相手を安心させるような声で紡がれる言葉を聞いた炎佐は抵抗を止め、彼女の抱擁を受け入れる。なお、客の正体を知った文乃は恭子を前に狼狽えサインでも貰おうというのかノートを持ってきており、恭子もサインペン片手に平然とサインに応じていた。

 

(く、苦しい……)

 

「あ、あのさ、乙女姉さん。その人窒息しそうだからそろそろ離してあげて?……」

 

乙女の豊満なバストに包み込まれていた炎佐はそのまま窒息しそうになっており、男子が乙女の肩を叩いてそう言うと乙女はあららと呟いて炎佐を離す。

 

「げほっげほっ!」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「な、なんとか……ありがとう。えーっと……」

 

テーブルに手をやって苦しそうに咳き込む炎佐に男子が心配そうに彼の背中をさすりながら呼びかけ、炎佐はこくこくと頷いて呼吸を整えた後お礼を言う、がその次の言葉に詰まってしまい、男子は苦笑した。

 

「俺、都築巧。で、あっちはアルバイトで俺の幼馴染の芹沢文乃です」

 

「ああ、俺は氷崎炎佐。キョー姉ぇとは従姉弟ってとこ」

 

「ええ。前に霧崎さんが店に来た時に聞いたことありますよ。同い年っぽいから話が合いそうだって」

 

男子――巧は穏やかに笑いながらそう言い、それに炎佐も微笑む。

 

「そりゃありがたい……ま、強いて言うなら俺より俺の友達の方が話が合いそうだけどな」

 

「その心は?」

 

「ああ、なんつうかな……」

 

炎佐の言葉に巧が首を傾げると、彼は腕を組んで少し考える様子で虚空を見上げる。

 

「その友達、なんつうか女難なんだよ。女の子と仲良くなったと思ったらトラブルを起こすというかなんというか……都築さんも近い未来にそういう苦労が始まりそうな匂いを感じるんだ」

 

「あ、そ、そうですか……気をつけます」

 

炎佐の言葉に巧は頬を引きつかせ忠告に感謝しておく。その引きつった頬に炎佐は苦笑を見せた後、今は自分達以外客のいない店内を見回す。

 

「それにしても、初めて来た店にこんな事言うのはなんだけど……あんまり流行ってないのか? ケーキの味も正直特筆すべきってレベルじゃないし……」

 

「ああ、痛いとこ突かれてます、それ……」

 

「あ、気に障ったなら謝るよ、ごめん……でもさ、こう言っちゃなんだけど霧崎恭子推薦とか、そういう感じのポスターでもすればキョー姉ぇ目当ての客が来るんじゃないか? なんなら俺からキョー姉ぇにサインや写真とか頼んでみるけど?」

 

「あ、いえ、いいんですよ」

 

炎佐の提案を巧は両手を前にして断り、頬をかく。

 

「たしかに人気アイドルがよく来る店って宣伝すれば客は集まるかもしれませんけど、それじゃせっかく仕事の合間わざわざ来てくれる霧崎さんがゆっくり出来ないでしょ?」

 

「……」

 

巧の言葉に炎佐は驚いたように目を丸くする。

 

「まあ確かにこの店、乙女姉さんのファンの人がケーキ買ってくれたり、アルバイトしてくれてる文乃の他、家康や大吾郎……友達に助けてもらってどうにか成り立ってる状態だからあんま偉そうには言えないけどさ。でも、だからこそ、来てくれるお客様一人一人を大事にしたいんだ」

 

「……なるほど。キョー姉ぇがこの店を気に入ってる理由が分かったよ」

 

巧の言葉に炎佐は笑みを浮かべながら納得したように頷き、彼に右手を差し出す。

 

「また今度、友達を連れてくるよ。その時はよろしく」

 

「はい、こちらこそ」

 

炎佐がそう言って差し出してきた右手に対して巧も右手を差し出し、握手を交わす。

 

 

 

 

 

「「「ありがとうございました」」」

 

そして炎佐と恭子は店員三人と一緒にケーキを食べ――乙女が自分と巧と文乃の三人分を売り物から勝手に持ち出してきていた――ながら談笑した後、店員三名の見送りを受けながら店を後にする。そして少し町中を歩きながら恭子がふふっと笑う、ちなみに当然店を出る前に再びロングヘアベレー帽眼鏡っ娘という変装状態に戻っている。

 

「ね? 良いお店だったでしょ?」

 

「ああ。落ち着く雰囲気だった」

 

恭子が炎佐の顔を覗き込むようにして笑いながら問いかけると、炎佐もふっと微笑んで頷く。と、恭子は再び笑う。しかし、その笑顔はさっきとは違う性質を秘めており、さっきの笑みが純粋に喜びの感情から楽しさを表現しているものだとしたら今度はにまっという悪戯心を覗かせる笑みだった。

 

「それに、乙女さんってスタイル抜群だもんね~。抱きしめられて嬉しかった?」

 

「ぶふっ!? な、いや、なにをっ……」

 

その言葉に炎佐は吹き出し、かぁっと顔を真っ赤にさせて恭子を見る。しかしその弁解の言葉は動揺のあまり言葉になっておらず、恭子はくすくすと笑う。

 

「冗談冗談。本当にエンちゃんはこういうの弱いからからかいがいがあるね」

 

「……チッ」

 

恭子の冗談交じりに笑いながらの言葉に炎佐は舌打ちを叩くと頭をかく。

 

「しょうがねえだろ。宇宙で親父やお袋と一緒に傭兵やってた時はこんなことに巻き込まれることなんてなかったんだからよ……」

 

「へぇ~? で、地球に来てからこういうことに興味津々?」

 

「……いい加減殴り飛ばすぞ」

 

「地球では無暗に暴力を振るってはいけませんって教えたでしょ~?」

 

「……」

 

恭子のからかいに炎佐は額に青筋を立てて拳を握りしめ彼女を睨みつけるが、彼女がくすくすと笑いながらそう言うと震える拳を下ろす。

 

「覚えてろ。今度遊びに来た時食事でキョー姉ぇが嫌いなものばっかり出してやる」

 

「あはは、それは困るね。ごめんごめん、許してエンちゃん♪」

 

悔しそうに目を細め、子供みたいな事を言いだす炎佐を見た恭子はころころと鈴の音のような笑い声をあげてそう言い謝りながら彼の腕に抱き付いた。それに炎佐は恥ずかしそうにまた頬を赤く染め、照れ隠しのようにふんと鼻を鳴らして彼女から目を逸らした。それを見た恭子はまたも楽しそうにふふふと笑って炎佐から離れる。

 

「きゃっ!?」

 

と、その時いきなり恭子の悲鳴が聞こえ、炎佐は驚いたようにそっちを見る。と恭子は地面に尻餅をついていた。どうやら誰かにぶつかったらしい、が、そのぶつかった者がいない。炎佐は恭子の体勢から相手を探す、と丁度二人が歩いていた先の方に一人の、身体つきからして男が走っているのを見つける。

 

「あーっ!!?? か、鞄盗まれたーっ!!??」

 

直後響く恭子の声。どうやらあの男、ひったくりのようだ。

 

「ったく、もう! 行くよキョー姉ぇ!」

 

「わ、ちょっ!?」

 

尻餅をついていた恭子の手を引いて立ち上がらせ、手を握ったまま走り出す。幸いにして歩いていた商店街は人ごみとは無縁とばかりに人気がなく、人ごみに呑み込まれてひったくりを見失うという事はなさそうだ。

 

(……速い……)

 

炎佐が心の中で呟く。地球の一般人から見て不自然ではない程度に本気で走っているためただの一般人なら簡単に追いつくはず、相手が陸上経験者等で足に自信があったとしても少しずつ距離を詰めていけるはずなのに距離に変化が見られなかった。

 

「……」

 

炎佐は少し考える様子を見せ、彼を結構必死に追いかける恭子はその姿を見て少し首を傾げた。

 

 

 

 

 

「……撒いたか」

 

恭子からひったくりをした男性。彼はいくつか曲がり角を曲がり、追いかけてきた相手を撒いたのを確認した後自分の顔に手をやる。そして、その顔をいきなり剥がすとそこにはチョウチンアンコウのような触手を生やした、日本人どころか地球人離れした顔が現れていた。

 

「ふひひひ、地球人は警戒心が薄いな……居住してきて大正解」

 

男は恭子のショルダーバッグを見ながら気味悪く笑う。

 

「ヒッタクン星人か。道理で地球人一般高校生レベルの身体能力に押さえてたら追いつけないわけだ」

 

「!?」

 

そこにいきなり後ろから聞こえてきた声。驚いた、ヒッタクン星人と呼ばれた男は勢いよく振り向くがそこには誰もおらず、ヒッタクン星人はきょろきょろと辺りを見回す。しかし、その時彼の後頭部に何かが押し当てられた。

 

「動くな。動けば貴様の脳天に風穴が開くぞ」

 

聞こえてきた冷淡な声、殺気すらも感じ取れるそれにヒッタクン星人は硬直してしまった。

 

「ば、ばかな……」

 

「静養中の宇宙傭兵の連れの荷物をひったくったのが運の尽きだ……と言いたいところだが」

 

完全に撒いたはず、そもそも今彼の後頭部に押し当てられているのは日本ではごく一部の職業を除いて携帯が許されていない銃。それを感触で理解したヒッタクン星人は驚いたように呟くが、その謎の答えを銃を押し付けている相手――炎佐が説明する。が、続けて彼はふんっと相手を鼻で笑った。

 

「俺は今静養中。折角気分良く遊んでる時に面倒事はごめんだ。ひったくった荷物を返せば今回は見逃してやる。運が良かったな、とっとと荷物を置いて失せろ」

 

「へ、へへ……わ、分かりやした」

 

炎佐の脅しにヒッタクン星人は逆らったら殺されると直感的に理解したのか鞄をそーっと地面に置こうとする。

 

「エ、エンちゃん、いきなり本気で走り出さないでよ……」

 

「キョー姉ぇ!? 馬鹿、来んな!!」

 

「え?」

 

その時タイミング悪く恭子が炎佐の後ろに合流し、いきなり一般人である恭子が現れたことに炎佐が動揺してついヒッタクン星人から目を離すと、彼はにやりと笑って懐からレーザー銃を取り出した。

 

「死ねぇっ!!」

「!?」

 

叫びと共に炎佐目掛けて放たれるレーザー。それを炎佐はかわすことも出来ずにくらってしまい、がくっと膝をつく。

 

「ク……」

 

「へ、へへ、ざまぁみやがれ……」

 

ヒッタクン星人は嫌らしく笑い、目の前で炎佐が撃たれ呆然とへたり込んでいる恭子を見る。

 

「念のためだ。悪く思うなよ?」

 

呟き、恭子にレーザー銃を向ける。それに恭子はびくりと怯えた反応を見せる。

 

「……ッソがァ……」

 

「!」

 

その時、ヒッタクン星人の足元に膝をついていたエンザの口からそんな声が漏れ出た。

 

「せっかく人が見逃してやろうと思ったのによォ、人の親切無駄にしやがってェ……」

 

地獄の底から聞こえてきそうな低い声を出しながらエンザは立ち上がり、まるで獲物を見つけた獣のような目をヒッタクン星人へと向ける。瞳孔も開いており、完璧にキレた目だ。

 

「挙句の果てにいきなり銃ぶっ放すだァ?……別にテメエの銃如き目ェ瞑ってでもかわせンだけどよォ、キョー姉ェに当たって怪我でもしたらテメエどう責任取るつもりなんだよ、アァン!?」

 

「ぐぶっ!?」

 

怒鳴ると同時にヒッタクン星人目掛けて蹴りを叩き込み、完全に怯んでいた結果防ぐこともかわすことも出来ずに蹴りをくらったヒッタクン星人は悲鳴を上げて吹っ飛び、レーザー銃と恭子の鞄もその手から吹っ飛ぶ。

 

「チッ、気が変わった……」

 

エンザは呟いて、右手の人差し指だけを立てて右手を上空に挙げる。と同時に巨大な火の玉がその指先に形成された。

 

「テメエ、死んどけ」

 

弱肉強食、殺さなければ殺される世界を生きていた中で形成された殺しに躊躇がない獣の目。今までひったくってそのまま逃げ、ほぼ無抵抗な相手しかしていなかったのだろうヒッタクン星人はその目から感じられる殺気に完全に怯み、ガクガクガクと震えだす。そしてついにヒッタクン星人を骨すら残さず灰にするであろう火の玉を落とそうと、エンザは右手を下ろそうとする。

 

「エンちゃんっ!!」

 

と、背後から恭子がエンザを羽交い絞めにし、特に右手を下ろさせないよう必死で押さえ込む。その隙にヒッタクン星人は懐から何かの玉を取り出して地面に叩きつけ、同時にその玉が叩きつけられた場所から煙が出る。どうやら煙幕のようだ。

 

「逃げンなゴラァッ!!!」

 

「エンちゃんっ! 落ち着いてっ!!」

 

「離せ恭子!! あの野郎、ぶっ殺してやる!!!」

 

煙幕を使って逃げたのを見たエンザが怒鳴り、直接殺そうと考えたのか火の玉を消すと恭子も説得を始めるがエンザは完全に頭に血が上ってるのか喚き散らすのみ。と、恭子はすぅっと息を吐く。

 

「炎佐! 無暗に暴力を振るったらダメッ!!」

 

「っ!!」

 

張り上げられた大声を聞いた瞬間エンザの動きが止まる。それは彼が地球に来て、恭子からエンザが炎佐として暮らせるよう地球のルールを教えられていた時に一番最初に教えられ今もなおからかい交じりだが大事だからと言われていることだ。

 

「……」

 

動きが止まったエンザから殺気が消えていき、彼はゆっくりと力を抜いていく。

 

「……ごめん、キョー姉ぇ」

 

やがて、炎佐の口から謝罪の言葉が出る。その申し訳なさそうな、だが穏やかな声を聞いた恭子は安心したように笑う。

 

「うん、大丈夫だよ。元々エンちゃんは私の鞄取り戻そうとしてくれたんだもん」

 

恭子はそう言って自分の鞄を拾い上げながら炎佐の前に回り込み、鞄を肩にかける。

 

「ありがとね、炎佐」

 

そして輝かんばかりに満面の笑顔を浮かべてお礼を言い、その笑顔を見た炎佐はふいっと目を逸らして頬をかく。

 

「お、お礼言われるほどじゃないよ……結局キョー姉ぇに迷惑かけちゃったし……っていうか、結構体温上げちゃってたような気がするけど、火傷とかしなかった?」

 

「あのねぇ、私だって一応フレイム星人の血を引いてるのよ? 熱さへの耐性ならエンちゃんにも負けてないって」

 

心配そうに尋ねてくる炎佐に恭子は呆れたように返し、次ににまっと笑みを見せる。

 

「なんなら直に見てみる?」

 

「ふざけんな」

 

悪戯っぽく笑い、前傾姿勢になっての言葉に対し炎佐はチョップを恭子の額に叩きつけて返す。

 

「むぅ、焦ると思ったのに……」

 

「一日何度もされりゃ慣れるっての……さ、もう帰るよ。晩御飯の準備しなきゃいけないし」

 

「はーい」

 

恭子は予想とは違う対応に叩かれた額を押さえながら唇を尖らせ、それに炎佐はため息をついて返す。そして彼が帰ろうと言うと恭子は素直に返し、二人は家に帰るため歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに後日、

 

「ごめん。リト、ララちゃん、美柑ちゃん。この前遊びに行ってた時お土産にケーキ買ったんだけど、その後宇宙人と小競り合いになっちゃって……帰って見てみたらケーキ、完全に駄目になっちゃってた……」

 

「あ、あはは。気にすんなよ」

「うん、大丈夫だって」

「なんなら今度、一緒に買いに行きましょうよ」

 

そんな話があったのはまた別のお話。




今回はちょい特別話と言いますか、思いついたので書いてみました炎佐と恭子のデート。基本的に炎佐は恭子にはおもちゃにされて可愛がられてます。でも炎佐は恭子の事は大事な恩人であり大好きなお姉ちゃんなので命を懸けて守ろうとします。
で、ケーキ屋は漫画が作者繋がりの某ラノベから出しました。最後までキャラクターの名前を出すか出さないかで迷いましたが、考えてみたら乙女さんの名前を出さずに済ませるのが(他のキャラの呼称的に)不可能だと思ったので諦めて、じゃあもういいかという感じになりました。ちなみにイメージ的にはまだ迷い猫の方は原作ストーリー開始前なので希はいません。ついでに言うと……迷い猫、ラノベはもう大分読んでないというか現在手元にあるのが漫画版だけなので正直彼らのキャラこんなもんでよかったかと凄い不安だったりします……文乃を素直にさせすぎたかな? 巧のお店や客に対する考え方の主張間違ってないかな?……まあ、そもそもキャラがどうかの不安なんて言いだしたら恭子こんなんでいいのかっていつも迷いまくってんですけどね、メインヒロインに抜擢していながら未だにキャラがちゃんと掴めていない……。
で、後半は若干悪ノリというかなんというかで書き進めました……当初はもうちょい穏便に済ませるはずだったんですが恭子が空気だなぁと思って出して、そんで彼女が傷つけられそうになったら暴走しました。(汗)……なんだ、この子は恭子に対してヤンデレの素質でもあるのか? ツンデレは決めてたんだけど……。
さて、なんか色々どたばたなお話でしたがご指摘ご感想があればお気軽にどうぞ。それでは。


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第十二話 旧校舎で怪談騒ぎ!

「ねーねー聞いた? 最近ウワサの幽霊話!!」

 

彩南高校2-A教室。そこの生徒である里紗の元気な声が聞こえ、それぞれの机に突っ伏していたリトと炎佐が頭を上げる。

 

「なになに? 幽霊ってお化けのこと?」

 

その話題にララが食いつき、里紗が「まあ似たようなもんね」と言うと未央が「最近旧校舎に幽霊が出るっていうウワサがある」と言う。

 

「ただのウワサだろ? ありえねーよ、幽霊なんて」

 

と、リトが口を挟んだ。

 

「ホントなのよ! 怪しい物音が聞こえたりとか」

 

「不気味な声で“出ていけ~”っていうの聞いた人がいるんだって!」

 

リトの言葉に対しリサミオがそう言い、しかしリトは信じてない目で「どーかなぁ……」と呟く。

 

「じゃあさ! ホントかどうかみんなで確かめに行こーよ!」

 

いきなりララが目を輝かせながらそう言い、それにリトがへっと声を漏らすとリサミオが「いいねいいね!」と乗り気な様子を見せ始める。

 

「あの~……勝手に旧校舎に入るのはどうかと思うの……一応クラス委員として私は……」

 

「つべこべ言わずにアンタも来るの!」

 

「えー!?」

 

青い顔で止めようとしていた春菜も里紗によって強制的に仲間入り。そして女の子だけで行かせるわけにはいかないとリトと炎佐も同行を決める。

 

「……」

 

前の方の席ではクラス委員になる事すら叶わなかったが風紀委員となった少女――唯が現代法学入門という本を読みながら彼女らの話を聞いており、また何かしでかすつもりだと予測すると目を鋭く研ぎ澄ませた。

 

 

それから昼休み。リト達は旧校舎に探検にやってきていた。ちなみにララが先頭で「幽霊さんいますかー?」と呼んでおり、リトは最後尾で、家庭科室から盗んできたのだろうかフライパンを持って前かがみになっており、炎佐は後ろから二番目を陣取って目線のみを動かして不審な影がないか辺りの観察を行っていた。と、炎佐は足元を何か動く気配を感じる。

 

「キャーッ!!!」

 

その瞬間春菜が悲鳴を上げて里紗に抱き付く。

 

「ど、どーした西連寺!?」

 

「落ち着いて春菜」

 

「ネズミが走っただけだよもー」

 

リトが慌てて彼女に呼びかけ、リサミオがそう言う。

 

「大丈夫? 春菜」

 

「う……うん」

 

ララの言葉に春菜は震えながらやはり震えた声で頷く。

 

「でもさァ、別に大したこと起きないね」

 

「やっぱただのウワサかもねー幽霊なんて」

 

リサミオがけらけらと笑いながらそう言う。その瞬間、ゴトッという音が聞こえ、炎佐が一番に音の方に顔を向け、残るメンバーも少し遅れて一つの部屋を見る。と、部屋の中からミシッ、ミシッ、という古い板を踏みしめる足音が聞こえてきた。

 

「ちょっと……誰か扉に近づいてきてるよ」

 

「やだ……まさか、本当に!?……」

 

リサミオが呟くと炎佐が前に出ようとする。が、彼は何かを感じ取ったのか「ん?」と言いたげな顔を見せ、その直後扉が開く。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

と、いい具合にパニクッていたリトが開いた扉に突進、そこから出てこようとしていた相手を捕まえる。

 

「み……みんな! 今の内に逃げるんだー!!」

 

自分が犠牲になってでも皆を助けようとする自己犠牲心。

 

「…………その言葉、そっくりそのまま返すぞ。リト」

 

「へ?……ん?」

 

しかし、目を点にしながら炎佐がツッコミを入れ、それに「へ?」と間の抜けた声を出した後リトは気づく。今自分が捕まえている相手の、なんか柔らかい感触に。

 

「……」

 

「……ヤミちゃん!」

 

里紗が呆然とし、ララが驚いたようにその相手を呼ぶ。リトが捕まえている相手、それは以前リトの抹殺を依頼され、それからリトを暗殺するまで帰らないと言って地球にとどまっている宇宙一の殺し屋――金色の闇ことヤミちゃんだ。

 

「ヤ……ヤミ……」

 

「結城リト……え……えっちぃのは……」

 

リトは顔を真っ赤にしながらがくがくと震えだし、ヤミも頬を赤く染めながら呟くと共に、彼女の金色の髪が巨大な拳のようなものに変身(トランス)する。

 

「キライです!」

 

「ぶべっ!」

 

そしてその拳がリトを殴り飛ばした。

 

「ヤミちゃーん。こんなところで何してるのー?」

 

「プリンセス……私はただ、ここに古い本がたくさんあるので読んでいただけです」

 

髪を変身させた拳でリトを押さえつけているヤミにララが話しかけるとヤミはそう言って上を向く。たしかにヤミがさっき出てきた教室を示すプレートには“図書室”という名称が書かれていた。

 

「へー。本好きなんだね。ま、暗殺者なんてやってたら本なんか読む暇ないか」

 

「プリンセスにエンザこそこんな所で大勢で何を?」

 

炎佐が呟き、今度はヤミがララ達に問いかける。

 

「ね……ねーララちぃ」

 

と、未央がその話に割り込んできた。

 

「そのコ……たまに校内で見かけるけど……友達?」

 

「あ、うん。ヤミちゃんってゆーの! カワイーでしょ!」

 

未央の次の里紗の言葉にララはそうヤミを紹介する。

 

「へー」

 

「ホントかわいー」

 

「ねー。さっき髪の毛でパンチしてたよね。あれ何?」

 

「キャー! 肌スベスベー!」

 

リサミオがヤミに抱き付きながら質問攻めにする。と、ヤミと炎佐は同時に進行先に目をやり、ヤミは消えるかのような高速移動で女子高生二人から脱出する。

 

「? どうしたの? ヤミちゃん、エンザ」

 

「何か……います」

 

「え?」

「何かって……何?」

 

ララの言葉にヤミが返し、ララと里紗が呟くように問いかける。

 

「あなた達!!」

 

と、通路の曲がり角から一人の女子生徒が姿を現し、その声に春菜がびくっとなる。

 

「そろいもそろってどこへ消えたかと思ったらこんな所へ入り込むなんて! ここは校則で立ち入り禁止のはずでしょ!!」

 

「なーんだユイかー」

 

「なんだとは何よ! 気安く呼ばないでっ!!」

 

現れたのが唯だと知ったララがそう呟くと唯はそう叫んだ後春菜をびしっと指さす。

 

「西連寺さんもどういうつもり!? クラス委員のあなたがいながら!!」

 

「ゴ……ゴメンなさい~……」

 

唯の注意に春菜が謝る。

 

「……ヤミちゃん」

 

それを聞き流しながら、炎佐はヤミに話しかける。二人とも全く警戒を解いてはいない。

 

「君が感知したのは古手川さんの気配だけじゃないよね?」

 

「……その質問、あなたにそのまま返します」

 

「答えは同じ、か」

 

炎佐の言葉にヤミがそう返し、炎佐はその言葉の意味する事を理解する。

 

――出ていけ……――

 

そこに、突然そんな声が聞こえてくる。

 

――出ていけ……――

――出ていけ……――

――出ていけ……――

 

「ちょっ……気味の悪い声出すの止めてよララさんっ!!」

 

「わ……私じゃないよー」

 

気味の悪い声に唯がララの悪戯と思ったか叫ぶがララは自分じゃないと返す。

 

「ほ……ほほ、本物の幽霊!?……」

 

――出ていけ……――

――さもなくば……――

 

リトが震える声で呟き、春菜はもう涙目になって声を出すことすら出来ず震えている。その瞬間、ビシビシッと何かがひび割れるような音を聞いた炎佐が全員の方を見る。

 

「皆!! ここから離れろっ!!!」

 

叫ぶと同時に前方に飛ぶ炎佐とヤミと、その直後割れる床板。しかし一般人であるリト達や何が起きているのかまだ理解しきっていなかったらしいララは、突然床板が割れるのに反応できず床板が割れた後に出来た巨大な穴に落っこちていった。

 

「ど……どうしよう……」

 

「みんな、落ちちゃった……」

 

結果的に最後尾にいて偶然穴に落ちずに済んだリサミオは床板が割れてその下に人が落ちた衝撃によってか埃の舞っている目の前の状況を見ながら呟く。

 

「床が腐っていたみたいですね……」

 

「もしくはあの謎の声か……」

 

と、前方の方にいたヤミと炎佐は大穴を回り込みながらリサミオの方に移動、ヤミが床を確認しながら呟くと炎佐はさっきの謎の声を思い出す。

 

「とりあえず氷の階段でも作るか……」

 

下に行くための道を作ろうと炎佐は考える。

 

「とりあえず下に行くよ! ほら炎佐早くっ!」

 

「おわっ!?」

 

しかしその瞬間後ろから里紗が炎佐を引っ張り、しかも服を引っ張っているため上手く炎佐の首が締まり炎佐は咄嗟に首元に手をやる。そっちに意識が持っていかれたため、彼は何かが落ちるようなカツンという音に気づかなかった。なお、ヤミは未央に手を引っ張られている。

 

 

 

 

 

「やっばぁ……下に降りる階段どこだっけ」

 

「暗いし分かんなくなっちゃった……」

 

旧校舎をさまようリサミオに炎佐、ヤミの四人。リサミオが辺りを見回しながら困ったように呟き、彼女らは理科室の前へとやってくる。

 

「「……」」

 

と、炎佐とヤミが足を止める。

 

「ん? 炎佐?」

「ヤミヤミ、どーしたの?」

 

「いや……」

「さっきと同じ妙な気配が……」

 

「「え!?」」

 

リサミオの問いかけに二人が言葉少なく呟くと二人は怯えたような声を上げる。その時、ヤミの目の前の古い木椅子がガタッと音を立てたかと思うとガタガタガタッと勢いよく震えだし、さらに古い本や上履きなどがどこからともなく飛んでくる。

 

「イヤー!!」

「ポルターガイストだーっ!!」

 

リサミオが悲鳴を上げるが炎佐とヤミは動じることなく、炎佐は片足を上げる形で構えを取り、ヤミは右腕を刃に変身させる。

 

「はぁっ!!!」

「ふっ!」

 

炎佐の鋭い連続蹴りとヤミの連続斬りが本や上履き、あとちょっと飛んできた木椅子などを砕き斬り刻む。

 

「……何者だ?」

「隠れてないで出てきたらどうです?」

 

クールに決める賞金稼ぎ二人にリサミオが「おぉ……」と感嘆の声を漏らす。が、その後少ししてから二人は構えを解いた。

 

「気配が消えた……」

 

「……幽霊……というのはよく分かりませんが、この建物……調べてみる必要がありそうですね」

 

炎佐に続いてヤミがそう呟いた瞬間、突然背後からリサミオがヤミ目掛けて襲い掛かった。

 

「!」

 

ヤミがその気配に気づくが、もう遅い。

 

「いやー確かにこれは!!」

 

「よーく調べてみる必要がありそうですねー♪」

 

里紗がヤミの背後から胸を揉みしだき、未央がスカートをめくって肌を触る。

 

「自由に身体が変形するなんてすっごーい! あ、しかもノーブラ」

 

「そしてすべすべの肌~」

 

「ちょっ……やめてください、あっ……」

 

予想だにしなかったセクハラ攻撃にヤミは悶え、困った表情で炎佐に目を向ける。

 

「エ、エンザ、助け……」

 

「俺は何も見てない俺は何も見てない俺は何も見てない……」

 

しかし助けを求めようとした相手は目の前のセクハラ光景に対し絶賛現実逃避中だった。

 

 

 

 

 

それからヤミが解放されてから彼女らは再び出発。歩き回った末にようやく一階への階段を見つけた。

 

「これで一階に降りられるね!」

 

「ララちぃ達大丈夫かな~」

 

リサミオがそう話している横で炎佐とヤミが何かに気づいたように足を止める。

 

「二人とも、止まって」

 

「ん?」

「どしたの、氷崎?」

 

炎佐の言葉に二人が足を止めて振り返り、ヤミと炎佐が見ている方に顔を向ける。と、いきなり消火器がガタガタガタッと音を立てて揺れだし、やがてふわりと浮かんだ。

 

「キャー!!」

「またポルターガイスト!!」

 

リサミオが互いに抱き付きあいながら悲鳴を上げる。

 

「同じ手は――」

「――通用しませんよ」

 

しかし炎佐とヤミは宇宙を駆ける傭兵の目を見せており、炎佐は左手の指に氷の針を生成。ヤミは髪を刃に変身。二人は同時に炎佐が氷の針を投げ、ヤミが髪を伸ばすように操り、空中に消火器を貫き斬る。その瞬間消火器がぼふんと爆発したかのように辺りが白い煙に包まれる。

 

「!?」

 

そしてその煙が晴れると、

 

「あ……あれ?」

 

「あ!!」

「真っ白な……人!?」

 

里紗の言う通り真っ白な人間。誇張抜きでそうとしか表現できない者が消火器を掲げながら立っていた。

 

「透明な身体もこうすればよく見えますね」

 

「と……透明人間!?」

「じゃあポルターガイストは……あいつの仕業!?」

 

ヤミが衣服についた消火器の粉をはたき落としながら真っ白な人間に呼びかけ、リサミオがそれに反応する。と、炎佐は再び左手に氷の針を生成し、真っ白な人間を睨みつけて針を投擲、威嚇なのかその相手の足元に刺さった針は一瞬で床を凍らせる。

 

「氷漬けになりたくなかったら大人しく俺達の質問に答えてもらう」

 

「ええ。あなたが何者で……何故、こんな事をしているのか……」

 

「……」

 

宇宙でも名の知れた傭兵と宇宙一の殺し屋、その二人に睨まれている真っ白な人間はたじろぎ、一歩下がる。

 

「ひーっ! 助けてみんなー!!」

 

そして突然彼らに背を向けると助けを求めて走り出す。

 

「「……みんな?」」

 

その言葉に炎佐とヤミがぼそりと呟く。

 

――ぐふふふ、愚かなヤツらめ――

 

――おとなしく出ていけばいいものを――

 

突然聞こえてきた気味の悪い声、それに二人が顔を上げた瞬間、二人の足元から何か触手のようなものが床を破壊して二人向けて伸びる。

 

「!! エンザ!」

 

「わっ!?」

 

いち早く気づいたヤミが炎佐を突き飛ばすが、そのために自分は触手に捕まってしまう。そしてその直後床が崩れていき、ヤミとリサミオ――炎佐の視界の端で二人纏めて触手に捕まっていた――が触手と共に下に落ちていく。

 

「ちっ!」

 

それを見た炎佐は舌打ちを叩き、廊下の中央に開いた穴へと飛び込む。そして左手を前に突き出すと共に氷の道が出来上がっていき、炎佐はそれを滑り降りて階下へと向かう。

 

「は……離してよ~!」

 

「ぐへへへ」

 

その先には謎のタコみたいな触手を持つ一つ目の巨大生物とヤミ達と同じように触手に捕らえられているララの姿があった。

 

「リト!」

 

「炎佐!!」

 

ララの他、触手に捕まっていないメンバーにリトや唯、気絶している春菜を見つけた炎佐はそっちの方に飛び降り、彼の呼びかけにリトも声を上げる。

 

「無事か?」

 

「ああ。でもララが……ヤミも捕まってるし、一体どうすりゃいいんだ……」

 

「大丈夫、任せといてよ」

 

炎佐はまずリト達に大丈夫かと聞き、それにリトが頷き捕まっているララとヤミを見る。それに炎佐はふっと微笑んでそう言い、巨大生物を睨みつける。

 

「エンザ、いざ参る!!」

 

叫び、戦闘モードの鎧を装着するために必要な簡易ペケバッジを取り出そうとポケットに手を入れ、彼の名乗りに何か威圧を感じたのか巨大生物が僅かに怯む。

 

「…………?」

 

しかし炎佐はごそごそとポケットを探っており、時間が止まる。そしてやがて彼はだらだらと汗を流し始めた。

 

「ど……どうした?」

 

沈黙に耐えきれずリトが尋ね、炎佐は心なしか顔色を悪くさせながらリトの方を見ると唇を動かす。

 

「バ、バッジが……ない……」

 

「なにいいいぃぃぃぃっ!!??」

 

直後響き渡るリトの絶叫。

 

「お、おおおおいっ! どうすんだよ!? お前、鎧なしで能力使えないのか!?」

 

「つ、使えない事はないが、服が燃えたり凍ったりしたらやべえから派手なのは使えない……ただでさえ人質が多くてめんどくせえ状況だってのに……しょうがない」

 

炎佐はしょうがないと呟いた後、懐に手を入れると刀の柄を取り出して左手に握ると、目を閉じて左手に力を込め刀に刃を生成し、両瞳が青色に輝いている目を開く。しかし力を抑えているためかその刀身は短く、刀というよりはナイフに近い状態だった。

 

「あのデカブツはボクが押さえます。リトは西連寺さんと古手川さんを連れて逃げて」

 

「で、でも!?」

 

「フフフ」

 

エンザの言葉にリトが声を上げると巨大生物がフフフと笑う。

 

「逃がさないぜ……」

「ヒヒヒ」

 

そして彼らの逃げ道を塞ぐかのように、ミイラ男から半魚人、狼男に一つ目巨人(サイクロプス)のような姿をした者達が次々と現れてきた。

 

「な……な……な」

「いっぱい来たー!!」

 

「ぐはははは! 俺達の縄張りに入った事を悔やむがいい!!」

 

リトと唯が悲鳴を上げ、巨大生物が叫ぶ。そして炎佐、リト、唯、まだ気絶したままの春菜が囲まれ、エンザはリト達地球人三人を庇うように立って刀を構えているが力を抑えている上に多勢に無勢、さらに三人を守らなければならないと考えているのか不用意に飛び出せない様子。しかし彼が睨みを利かせて威嚇しているため謎生物の集団もおいそれと近づけない様子を見せており、その後ろでは唯が「これは夢、そうに決まってる」と現実逃避を始め、リトが「そんなわけあるかー!」と叫んでいた。

 

「う……う~ん」

 

「! さ……西連寺!」

 

「結城君?……私……どうして?……」

 

春菜は呻き声と共に目を覚まし、顔を上げると彼女は目を開いたまま硬直する。その視線の先には例の謎生物の大群がいる。

 

「さ……西連寺!?」

 

硬直した春菜にリトが声をかけながら手を伸ばす。と、彼女からプツンと何かが切れた音が聞こえたような気がし、直後、春菜は偶然近くにあったものを掴む感じでリトの腕を掴み、リトは「へっ!?」と声を上げる。

 

「きゃーっ!!!」

 

「うわーっ!!??」

 

「古手川さん危ないっ!」

 

「きゃっ!?」

 

突然春菜は悲鳴を上げてリトを振り回し謎生物を撃破していく。その光景にヤミやララ、巨大生物までもが呆然とする。ちなみにエンザは春菜の暴走に唯が巻き込まれないよう咄嗟に彼女を押し倒していた。

 

「いやああぁぁぁ!! 来ないでー!!!」

 

春菜はリトを鈍器の如く振るい謎生物の集団を撃破、完全にパニクッたまま巨大生物の方に突進していく。

 

「うわわわ来るなー! お……お前も捕まえてやるっ!!」

 

巨大生物はそう叫んでヤミ達と同じように春菜をニュルニュルとした触手で捕まえる。が、そのうじゅるっとした感触に春菜は声にならない悲鳴を上げてさらに一歩踏み込み、巨大生物目掛けてリトをハンマーのように振り下ろし、叩きつけた。ゴズッという音が響き巨大生物は目をぐるぐる渦巻にして昏倒、拘束が緩んだのかヤミも素早く脱出する。

 

「ヤミちゃん、沢田さんをお願いっ!!」

 

と、敵がいなくなったため自由に動けるようになったエンザが巨大生物の方に走りながらヤミに向けて叫び、ヤミも捕まっていたリサミオの方を見る。二人は触手から離れたはいいがこのままでは床に叩きつけられてしまう状況に陥っていた。

エンザの指示にヤミは黙って頷くと素早く未央の方に飛びながら背中に天使のような純白の羽を生やして彼女を助け出す。

 

「きゃー!!――」

「よっ、と」

「――わっ!?」

 

そしてもう一人落ちていた女子――里紗はエンザが助け、そのまま地面に着地する。その後ろで巨大生物も倒れ込み、ズゥンという地響きが響いた。

 

「大丈夫? 籾岡さん」

 

「あ、う、うん……って、ちょっ!?」

 

エンザが声をかけ、里紗も呆然とした様子で頷くが我に返ったように目を見開くと途端に慌て出す。里紗はさっき背中の方から落っこちており、エンザはそれを抱きかかえるように助けた。要するに現在エンザは里紗をお姫様抱っこしている状態だ。

 

「あ、ごめん」

 

しかしエンザは特に気にする様子も見せずに里紗を下ろし立たせる。

 

「それにしても、お化けたくさんいたんだねー」

 

唯が「西連寺さん……まともな人だと思ってたのに……」と唖然とし、その春菜は武器にしてしまったリトに向けて謝っている横でララが感心したようにそう言い、それに対して炎佐とヤミはそのお化けと思われる者達を一瞥する。

 

「違うよ、ララちゃん」

 

「はい。どう見ても皆、宇宙からの来訪者です」

 

「え?」

 

炎佐とヤミがそう言い、ララが「え?」と言う。すると巨大生物がよろりとよろけながら立ち上がり、「その通りだ」と言った。

 

「お、俺達……みんな故郷の星でリストラされたんだ。宇宙を放浪してる内にここに流れ着いて、いつの間にかそんな連中が集まって……」

 

「リ……リストラ?……」

 

「う……宇宙にもリストラなんてあるの?」

 

「当たり前じゃん。宇宙人だって仕事して食い扶持稼いでんだから」

 

巨大生物の説明にリトと唯が呟くと炎佐がそこのとこは地球人となんら変わらないというように返す。

 

「なるほどね……それで、住処を守るために幽霊騒ぎを起こしてたワケ」

 

と、いきなりそんな女性の声が聞こえてきた。

 

「ハロー、氷崎君」

 

「御門先生!」

 

「はい、落とし物」

 

「って、あ!?」

 

挨拶もそこそこに炎佐に近づいて何かを渡す女性――炎佐。それを首を傾げながら受け取り、受け取ったものを確認すると炎佐はあっと声を上げた。御門が手渡したもの、それは炎佐の簡易ペケバッジだ。

 

「騒がしいからここを調べに来て、その時に二階に空いてた大穴の近くで見つけたのよ」

 

「……そうか、籾岡さんに引っ張られた時に落としたんだ。助かりました。御門先生」

 

御門から説明を受け、炎佐は納得いったように頷くと御門にお礼を言う。

 

「ミカド……」

 

「あの有名な、ドクター・ミカド!?」

 

と、宇宙人達がざわめきだし、御門はそっちに目をやるとくすっと笑った。

 

「フフ……あなた達、このコ達に手を出してよくその程度ですんだわね?」

 

『え?』

 

御門の言葉に彼らは間の抜けた声を出し、御門がそれぞれララ、ヤミ、炎佐を指し示しながら説明していく。と、宇宙人達はさらに驚愕に目を見開いた。

 

「デ、デビルークの姫と……」

 

そう言いながらララを見る。

 

「殺し屋“金色の闇”!?」

 

叫んでヤミを見る。

 

「さ、さらにあのレアもの傭兵“エンザ”!?」

 

最後に炎佐――渡されたペケバッジに変な細工をされてないか確認のため鎧姿になっていた――を見る。

 

「ひいぃぃ~っ! 殺さないでぇ~!!」

 

「やだ、そんな事しないよー」

 

宇宙人の一部はかのデビルーク王の娘であるララに怯え、

 

「ごめんなさい~! 許してください~っ!!」

 

「す、少しでも触れたら斬りますよ」

 

巨大生物は涙目になってニュルニュルの触手をヤミに近づけて許しを請い、

 

「も、申し訳ありません! あの傭兵エンザ様とはつゆ知らず!」

「許してください燃やさないでください凍らさないでください!」

 

「……炎佐、お前宇宙で何やったんだ?……」

 

「うんまあ……色々」

 

さらに別の宇宙人の一部は炎佐に向けて土下座し、その光景を見たリトが半目で炎佐を見て彼も苦笑で返したりとなる。

 

「しっかし……事情はわかるけどここに住むのはやっぱマズイと思うのよね~」

 

そんな放浪の宇宙人達にとっては命懸け、炎佐達にとってはテキトーに流しても良い謝罪が行われている横で御門が口を開く。そして彼女は少し考える様子を見せた後、「仕方ない」と呟いた。

 

「私があなた達に仕事を紹介してあげよっか!」

 

『え!?』

 

御門の言葉に放浪の宇宙人達が声を上げる。

 

「!? ちょ、ちょっとドクター・ミカド!? まさかまたあなたの新薬のモニターとか言いませんよね!?」

 

『え!?』

 

しかしその直後の炎佐の慌てた声にも声を上げた。

 

「やーねぇ。そんな危ない事一般人にさせられないって」

 

炎佐の言葉に御門はころころと笑いながら返し、炎佐が「うぉい」と半目で漏らすが彼女はスルーして放浪の宇宙人達に目を向ける。

 

「知り合いに地球で遊園地の経営者やってる宇宙人がいるの。あなた達オバケ屋敷とかピッタリじゃない?」

 

「ホ……ホントすか!? すげー!!」

 

御門の提案に放浪の宇宙人達が歓声を上げる。その後ろでは唯がリトに「もしかしてあの先生も宇宙人?」と尋ね、リトも苦笑しながら「実はね……」と返していた。

 

「しっかし、結局お化けの仕業じゃなかったんだね」

 

「ホントホント。何度もビビって損しちゃった」

 

「しっかし、あの人達も宇宙人って分かるとそんなに怖くないよね!」

 

「あはは!」

 

リサミオが笑いながら話し合い、落ち着いた春菜もふぅと息を吐く。

 

――よかったですね……皆さんお仕事が見つかって……――

 

「「「え?」」」

 

突然そんな声が聞こえ、女子達がえっと声を出してそっちを見る。

 

――これで私も静かに暮らすことが出来ます……ありがとう――

 

そこには和服を着て周りに人魂を浮かせている儚げな雰囲気の少女が半透明の姿で立っていた。その姿を見た全員が固まり、少女は笑みを見せる。

 

――あ、申し遅れました。私、400年前にこの地で死んだお静と言います♪――

 

『……』

 

少女――静は礼儀正しく挨拶するが、その挨拶に返す者は誰もなく、

 

「ギャー!!! ホントに出たー!!!」

「うわぁあぁー!!!」

 

直後、旧校舎に悲鳴が響き渡った。




ども……前回の感想が思った以上に迷い猫に染まっていたことに驚いています……っていうか、仮にもToLOVEる原作なのにほとんど迷い猫に対する反応っていう感想なのはいったいと思っています。いやまあ、前回にToLOVEる要素があったかと聞かれたらゆっくり首を横に振るしかないのも確かなんですけども、むしろ迷い猫に関してでも感想をくださる読者様がいらっしゃる事を感謝しなければならない立場なのでございますが……(色々言い訳中)。
さて今回は旧校舎幽霊編……炎佐にはちょっと戦えなくさせるためにバッジを失くすアクシデントを取らせていただきました。そうでもしないとあの巨大生物瞬殺ですし。まあ、鎧を装着するための簡易ペケバッジがある意味彼の弱点ですね。服を鎧を変えないと高熱や低温に服が耐え切れず裸になってしまうという意味で。さて次回はどうするか。ま、それでは~。


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第十三話 はたらく騎士さまオーバーラン

「う~ん……なんていうか、本当にコメントに困る味ですね……初めて来てなんですけど……」

 

「あはは……」

 

洋菓子店ストレイキャッツ。そこにやってきていた少女――美柑の言葉に炎佐は苦笑し、それを聞いた、商品を入れているガラスケースの上に寄りかかっている少年――都築巧も苦笑する。

 

「ところで炎佐さん、その子は?」

 

「ああ。僕の親友の妹の美柑」

 

「結城美柑です」

 

巧の言葉に炎佐は美柑を紹介、美柑も挨拶すると巧とこの店のバイト――文乃も「どうも」と笑顔で挨拶を返した。それから炎佐はふとガラスケースを見る。

 

「ねえ巧君、ケーキがやけに少ないけどどうしたの?」

 

「あぁ……姉さんがちょっと出かけてて。今はどうにか日持ちするものでカバーしてるんですよ……」

 

炎佐の言葉に巧は苦笑しながらため息を漏らしてそう呟き、思わず炎佐と美柑は「ご苦労様です」と唱和する。

 

「それにしても、妹さんが来てるのにその親友さんは来ないんですか?」

 

「ああ、リト……その友達は今日別の友達と一緒に海に行っててさ。で、僕は行かなくって、美柑ちゃんが暇だったみたいだから連れてきたんだ。少しでも売上貢献にね」

 

「はは、ありがとうございます」

 

巧と炎佐はそう話し合い、美柑がケーキを食べ終えると二人は席を立つ。

 

「はい、お持ち帰り用のクッキーです」

 

「ありがと、芹沢さん」

 

しっかり笑顔で接客する文乃に炎佐も微笑を浮かべて挨拶を返し、二人はストレイキャッツを出ていった。

それから二人はただ単に炎佐がストレイキャッツを美柑に紹介したいだけだったため彩南町へと戻ってくる。

 

「あ、美柑じゃん」

「こんにちは」

 

「サチ、マミ」

 

と、駅を出た辺りで美柑の友達の二人組に出会い、美柑は二人の方に走り寄ると一言二言話し、炎佐の方に戻ってくる。

 

「あの、すいません。私これから二人と一緒に遊ぼうかと……」

 

「ああ、いいよいいよ。もう用事は済んだし……」

 

美柑の申し訳なさそうな言葉に対し炎佐はあっさりとそう言い、ついでにとさっきストレイキャッツで買ったクッキーを渡す。

 

「これ、皆で食べなよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

炎佐がそう言って渡してきたクッキーを美柑は嬉しそうに受け取ってお礼を言い、友達二人と一緒に歩き去っていく。それを見送ってから炎佐は適当に町内を歩き始めた。

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなった」

 

それから数十分経った頃、炎佐は呟く。場所は床が木の板となっておりというよりも全体的に木造建築の剣道場。炎佐はそこに剣道の胴着と袴姿で正座させられていた。その目の前には綺麗な黒髪をポニーテールに結った長身のクールビューティこと九条凛――なお彼女も胴着と袴姿に、剣道の防具面と籠手除いて完全装備、ちなみに炎佐もだ――が立っている。町内を散歩していると突然凜に絡まれ、なんやかんやでここに連れてこられたのだ。

 

「……それで、九条先輩? 何かご用ですか?」

 

「何か用とは白々しい……貴様、何者だ?」

 

引きつった笑みを浮かべながらの炎佐の言葉に凜は鋭い視線を彼にぶつけながら問う。去年のクリスマス以来出会うたびに投げかけられる質問、それに炎佐はにこりと笑みを見せた。

 

「ですから僕は彩南高校二年の一般生徒で、先輩の一年後輩ですよ?」

 

「……」

 

炎佐の逃げるような回答に凜は強い視線をぶつける目を崩さず、彼に竹刀を投げると自分も竹刀を持つ。

 

「勝負だ。私が勝ったら教えてもらう」

 

「はぁ……分かりました」

 

凜の一方的な申し出を炎佐はしょうがないとため息をついて承諾し、凜は頷くと面を被って紐を締め、炎佐もそれに習う。

 

「……ん? あれ?」

 

しかし初めての為上手くいかず、紐がこんがらがる。

 

「…………もういい、手を離せ」

 

結局凜が一度自分の面を外して炎佐の背後に回り面の紐をしっかりと締めて再び自分の面を着けてから、二人は竹刀を手に向かい合う。

 

「はぁっ!」

 

凜がダンッと踏み込んで素早く、加速し炎佐の目の前まで移動すると鋭く竹刀を振り下ろす。が、炎佐はその瞬間まるで同じ極の磁石が近づいた時の磁石のように凜から距離を取り、直後素早く凜の背後に回ろうとする。

 

「させんっ!!」

 

しかし凜は素早く振り向きざまに竹刀を薙ぎ、炎佐の接近を阻むと竹刀の切っ先を炎佐に向ける。

 

「せああぁぁぁっ!!!」

 

直後、鋭い連続突きを炎佐目掛けて放ち、炎佐はそれを竹刀を器用に動かして突きを弾き自らも動いて凜の突きをかわしていく。

 

「っと!?」

 

と、いきなり炎佐の身体がふらつく。うっかり自分の袴の裾を踏んづけてしまい、それに気づかないまま動こうとしてバランスを崩したのだ。

 

「隙あり!」

 

多少ふらついたもののすぐバランスを取り戻すが、その一瞬の隙をついた凜が鋭い一閃で炎佐の手から竹刀を弾き飛ばす。

 

「めえええぇぇぇぇんっ!!!」

 

刃を返し身体を後ろに引きながら竹刀を炎佐の面目掛けて振り下ろす。

 

(取った!)

 

一般人ならば反応も出来ず、多少腕が立つ相手でも丸腰ではどうしようもない。かわすこともできないはずだ。そこまで自信がある一撃に凜は知れず笑みを見せていた。

 

「っ!?」

 

直後、凜の竹刀が弾き飛ばされた。

 

「っと、思わず少し本気出しちまった」

 

炎佐は、まるで獲物を捉えた獣のような目をしながら呟く。炎佐は凜の攻撃の軌道を見切り、右手に作った手刀の一閃で竹刀の側面を叩き弾き飛ばしたのだ。それに凜は驚き、身体が硬直してしまう。

 

「九条凛、一つ良い事を教えてやる」

 

炎佐が素早く凜の懐に入りながら彼女に囁く。

 

「戦闘中、相手に余計な情報を与えるべきじゃない」

 

その言葉の意味する事、それがそのまま凜が敗北した理由だ。凜が得意とし今回持ち込んだ武道――剣道。それには相手の頭頂部を打つ“面”、前腕を打つ“籠手”、相手の基本右脇部分を打つ“胴”、そして文字通り喉を突く“突き”の四つの打突があり、一本をとるためには踏み込み、打突、そしてその打突の名を叫ぶ必要がある。だが、それは炎佐からすれば“自分が今からどこを狙い攻撃をするのかわざわざ自分から言っている”だけに過ぎない。そして、どこを狙っているかさえ分かれば防御、反撃はたやすい。

 

「ぐふっ!?」

 

凜の腹を炎佐の左手による中段逆突きが襲い、その衝撃は胴の防具を突き抜けて凜の身体にダメージを与え凜は思わず前かがみになる。

 

「ほいっ」

 

「つぁっ!?」

 

そこに炎佐は足払いをかけて完全に凜のバランスを崩させ、しかし面があるとはいえ女性の顔を地面に当てさせないよう身体を支えて少しスピードを抑えながら彼女を地面に倒させる。

 

「僕の勝ち」

 

そして静かに凜に宣告した。たしかに凜は既に倒れており逆に炎佐はほとんど立っている状態、お互い丸腰とはいえ武器を取りに走るのは炎佐の方が早いし、そもそも体勢を崩させられた今自身は負けたようなもの。それを理解し凜はぐぅっと唸った。

 

「まあ、あの攻撃は咄嗟に本気で対処しちゃったし……一瞬とはいえ本気を出させたことに敬意を評して教えてあげますよ」

 

「なに?」

 

炎佐はそう言って籠手を外すと面を外し、凜を鋭く研ぎ澄ませた目で見る。

 

「俺の名はエンザ。宇宙を駆ける傭兵業を生業とする、まあ九条先輩達地球人からすれば宇宙人という存在だ」

 

「宇宙人?……」

 

エンザの言葉に凜が怪訝な目を見せると、彼は穏やかな笑みを見せた。

 

「疑うのはご勝手です。まあなるべく他言しないでいただけたらありがたいですね……これでも、戦士として九条先輩を認め敬意を表してるんですから」

 

「……ふん」

 

認められたという言葉を生意気と思ったかそれとも嬉しかったのか、凜はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

「じゃ、僕は帰ります」

 

そして炎佐は防具を片づけると剣道場を出ていき、凜はそれを見送った後立ち上がると、何かを考える様子でうつむいた。

 

 

 

 

 

「ふあぁ……」

 

美柑と遊び凜と剣道とは言えない何かの戦いをした翌日。炎佐はいつも通り目を覚ますと起き上がり、欠伸交じりに伸びをする。と、その時携帯が鳴り始めた。

 

「……もしもし?」

 

[あ、もしもしエンちゃん?]

 

「キョー姉ぇ? どしたの?」

 

電話に出て聞こえてきたのは恭子の声。それに炎佐が小首を傾げる様子でそう聞くと恭子はにこにこと微笑んだ。

 

[ね、今日の夕方頃って暇?]

 

「……暇だけど?」

 

[じゃさ、夕食一緒に食べない?]

 

唐突な確認に炎佐はとりあえず暇だと返す。と、恭子は嬉しそうに彼を夕食に誘ってきた。

 

「ああ、いいけど。何時頃来るの?」

 

いつものように遊びに来るわけだ。と勝手に納得し、何を作ってあげようかと考えながら恭子が何時頃来る予定なのか確認をする。

 

[あー違う違う。悪いけどエンちゃんこっちに来てね?]

 

「…………はい?」

 

その言葉に炎佐は呆けた声を出した。

 

 

それから時間が過ぎて夕方頃。

 

「あ、エンちゃんこっちこっちふぎゃっ!?」

 

日本の首都副都心、某駅の地上出口で待っていたロングヘアベレー帽眼鏡っ娘――変装状態の恭子は近くの人気のない裏路地から出てきた少年――炎佐を見つけると満面の笑顔で手を振るが、炎佐は競歩のような速さで近づくと彼女の額にチョップを叩きつけた後彼女の頭をがしっと掴む。

 

「何故にわざわざ首都圏まで晩飯食いに来なけりゃならないのか分かりやすく説明してくれませんかねぇ?……」

 

「あーいや、この近くにファストフード店のチェーン店が開店したって話聞いてね、これはぜひとも食べに行かないとと思って、でも一人は寂しいから……」

 

がしっと掴まれているせいで顔が逸らせなくなりながらも必死で目を逸らしながら言い訳を行う恭子に炎佐はため息をつくと手を離す。

 

「まあ別に本気出せばちょっと走るだけでいいんだけどさ……こういうとこにある監視カメラとかに引っかからないよう動くのめんどくさいんだよ?」

 

「ワープとか出来ないの? 宇宙の技術ならなんとかなりそうじゃん」

 

「プリンセスが発明したのがあるけど碌な事にならん」

 

炎佐の言葉に恭子が素朴な疑問を出すと炎佐はあっさりとそう返した。

 

「ま、いいよ。さっさと飯食って帰ろう」

 

「はーい♪」

 

結局説教もうやむやに終わり、炎佐のとっとと食べに行こうという言葉に恭子も嬉しそうに微笑んで、彼の腕に抱き付き、二人は近くの駅前商店街に入っていった。

恭子の道案内で連れてこられたのは建物を三階まで使った某フライドチキンチェーン店。新装開店であるらしく客は多く賑わっていた。ちなみにその向かいには某ハンバーガーチェーン店があるが、フライドチキンチェーン店に客を取られているらしく閑古鳥が鳴いている。

 

「あっちにしない?」

 

「新装開店サービスがあるんだって」

 

客が少ない方がめんどくさくないと思ったのだが恭子はサービス目当てでフライドチキンチェーン店を選び、重々しい押し扉を開いて入店する。

 

「いらっしゃいませ。レジへどうぞ!」

 

スマイル満開で挨拶をする店員に恭子も笑顔をサービスし返し、二人はレジに並ぶ。

 

「よろしければこちらをお手に。見やすいメニューです」

 

そう言って、小柄にサングラスをかけた男性店員が恭子に小さなメニューを手渡してきた。

 

「……なんだ、この香水……」

 

鼻にくる香水の匂い――小柄なグラサン店員からのものだ――に炎佐は一瞬顔をしかめる。

 

「エンちゃん、何にする? 奢るよ?」

 

「ん……」

 

が、恭子がメニューを見せてくると炎佐は匂いを気にする事を止めてメニューを見る。

 

「……じゃあ、チキンと、ポテトのMサイズと、ドリンクにメロンソーダを」

 

「私はチキンと、ビスケットと、コーンサラダに、ドリンクにココア」

 

「かしこまりました、少々お待ちくださいませ。こちらよろしければ、オープンフェアのクーポン券でございます。ご利用くださいませ、お会計失礼いたします」

 

「っと……あ、やば。細かいの用意してなかった……すいません、五千円札からお願いします」

 

注文し会計をしようとしたところで恭子は細かいお金を用意するのを忘れていたのに気づき、五千円札を差し出す。小柄グラサン店員もそれを受け取った。

 

「これより心を込めて調理いたします。麗しい女性に召し上がっていただけるとは、商品もさぞ喜ぶことでしょう。こちら、お返しでございます」

 

「はーい……わっ?」

 

クーポンを見ながら無造作に手を差し出していた恭子は、いきなり小柄グラサン店員に手を握られたのに驚く。手を握った上からレシートとお釣りを差し出してきたらしい、と炎佐が恭子の方を見た。

 

「キョー姉ぇ、席探してなよ。出来たら俺持ってくから」

 

「あ、うん……」

 

炎佐の言葉に恭子は驚いたように目を丸くして列を出て、二階に席を探しに行く。

 

「女性をお待たせ……あれ?」

 

一分と経たずさっきの小柄グラサン店員が注文の品を持ってやってくる。と、彼はさっきまでいた恭子が今いない事に呆けた声を出した。サングラスで隠れているが恐らく目も丸くなっている事だろう。

 

「チキン二つと、ポテトのMサイズと、ビスケットにコーンサラダ、ドリンクにメロンソーダとココアを注文した客ですが?」

 

「あ、はい……ごゆっくりどうぞ」

 

トレーを渡された炎佐は呆けた声を出す店員に目もくれずに二階へあがっていく。

 

「あ、エンちゃん。こっちこっち!」

 

そして恭子が手を振って炎佐を呼び寄せ、彼も彼女に呼ばれた席に座ると恭子に彼女の注文の品を渡していく。

 

「それにしてもキョー姉ぇ、こんなに食べれるの?」

 

「何言ってるの? エンちゃんも食べるんだよ?」

 

「……は?」

 

「あ、その代わりエンちゃんが注文したポテト分けてね」

 

なんかトントンと話が進んで恭子は炎佐が注文したポテトを一本取って齧りつく。

 

「はいはい……」

 

炎佐は一つため息をついて頷き、それから二人は食事を始める。

 

「あ、結構美味い」

 

「でしょ? 地球のファストフード舐めないでよね」

 

炎佐の言葉に恭子は嬉しそうに笑う。そのまま二人は談笑しながら食事を進めていき、その途中少し離れた席で「聞き捨てならんぞ!!」という青年の怒鳴り声が聞こえてきた事を除けば平穏に食事は終わる。まあその怒鳴り声も特に喧嘩になる事なく鎮圧したらしいが。そして食事が終わりトレーを片づけると二人は店を後にし、炎佐はその辺のタクシーを止めて恭子を乗せる。

 

「じゃ、ちゃんと送ってもらいなよ」

 

「はいはい。エンちゃんはホントに心配性なんだから」

 

炎佐のいつもの心配性に恭子はへらへらと笑い、炎佐が運転手に「お願いします」と言うと運転手も笑いながら頷き、それからタクシーは出発。炎佐も適当な人気のない裏路地に入る。

 

「さってと、帰るか」

 

軽く屈伸等の準備運動をしてから彼はぴょんぴょんと小ジャンプ。その直後、彼の姿が裏路地から消え去った。

 

 

 

 

 

「リト……一体どうしたんだろ……」

 

リト達が海水浴に行くと言ってから二日が経つ。が、何故かリト達は帰ってくることがなく、心配している美柑を見て炎佐も彼の携帯に電話をかけてみたが電話も繋がらない。

 

「何か事件にでも巻き込まれたか?……」

 

家の中に籠り炎佐は呟く。と、その時形携帯が鳴り始め、炎佐はそれを聞くと一気に携帯に飛びつき着信相手を見る。

 

「……はい、もしもし……」

 

そして低いテンションで電話に出た。

 

[あら氷崎君、どうしたの? 元気がないけど]

 

「なんでもありません。何かご用ですか、御門先生?」

 

電話の相手――御門は炎佐の低いテンションを不思議に思うが炎佐はなんでもないと言って用件を尋ねる。

 

[ああ、今日はドクター・ミカドから賞金稼ぎエンザへの依頼よ]

 

「……了解」

 

御門の言葉に炎佐は言葉少なく、しかし僅かに真剣味の混じったような低い声で了承の意を示した。

 

そして場所は宇宙に移る。

 

「ドクター・ミカド。依頼内容はオキワナ星での薬草採取の間の護衛、ということでよろしかったでしょうか?」

 

「ええ」

 

宇宙船の操縦をする御門の横の助手席と言える部分に座ったエンザ――既に鎧も着用済みだ――の確認に御門は慣れたように頷く。

 

「まあ、あなたの仕事はオキワナ星に着いてからだし、今はゆっくり眠ってなさいな」

 

「……」

 

「結城君に西連寺さん、ララちゃん、猿山君、レン君、古手川さんが二日も行方不明。消息が掴めないのが不安なのは分かるけど。今は休んでなさい」

 

「……了解」

 

御門の心配そうな言葉にエンザはしぶしぶ頷いて目を閉じ、眠りにつく。それを確認してから御門はふふっと微笑んだ。

 

「オキワナ星までワープ使って四時間。それまではゆっくり休みなさい、氷崎君」

 

彼女がそう呟くと同時、二人が乗っている宇宙船は目的地オキワナ星までワープを開始した。

 

 

それから四時間ほど経過した後、御門はオキワナ星に自生している薬草を採取、エンザはオキワナ星に住む危険な生物から御門を守るように剣を振るい銃を撃つ。

 

「キキッ!」

 

「おっと悪戯猿共! そう毎回毎回何か奪えると思うな!!」

 

オキワナ星の現住生物である猿みたいな生物をエンザは威嚇するように剣を振って追い返す。と、その時猿みたいな生物が何かを落とし、エンザはそれを拾い上げる。

 

「……これは、リトの携帯!?」

 

「どうしたの、エンザ君?」

 

「リト達、ここにいるかもしれません!」

 

「!?」

 

エンザの言葉に御門も驚いたような目を見せる。

 

「きゃあぁあっ!!」

 

その時、女性の絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。

 

「ドクター、申し訳ありませんが!」

 

「ええ、行くわよ!」

 

エンザの言葉に御門も頷き、二人は声の方に走っていく。

 

「キャアァアアァア!!!」

 

悲鳴の元、それは木型の現住生物に捕まっている春菜だった。さらにその生物の触手である蔓にはリトまでも捕まっている。それを見た瞬間エンザは素早く左手に銃を握り、右手に透明な銃弾を握る。

 

「フレイム・バレット……エネルギー充填」

 

呟くと同時に右手から熱が発され、そう思うと銃弾が赤色に変色。その銃弾を銃に装填すると両手で銃を構え狙いを定める。

 

「ファイア!!!」

 

ズドォンという轟音と同時に放たれた銃弾が木型の現住生物に直撃、一気に現住生物が燃え上がるとその炎は他の木などに燃え移る事もなく現住生物を黒焦げにして消火する。

 

「リト! 西連寺さん! 大丈夫か!?」

 

炎の弾丸の着弾の衝撃で落とされ、尻餅をついているリトと春菜にエンザが駆け寄る。それにリトは「えっ」と驚いたような声を漏らして振り返り、エンザを見ると目を見開いた。

 

「炎佐!? お前、なんでここにいるんだよ!?」

 

「それはこっちの台詞だ……」

 

リトの言葉にエンザは驚きながらもどこか呆れた様子でそう言う。ちなみに春菜は御門を見て驚いていた。

 

それから彼らは海岸へと向かい、さらに別行動を取っていたらしいララ達とも合流。御門が詳しい話を聞くと「なるほど」と呟く。

 

「ミスとはいえ、こんな星まで転移しちゃう装置を作っちゃうなんてね」

 

「御門先生にエンザはどうしてこんな所にいたの?」

 

御門の呟きの後ララが問いかける。それに御門は「あぁ……」と呟く。

 

「このオキワナ星ではね、貴重な薬草が多く手に入るのよ。だから、定期的にこの星に薬草採りに来てるの」

 

「だがこの星には危険な現住生物も多いからな。ドクター・ミカドも護身用の銃とかは持っているが、俺は念のため護衛として同行してるんだ」

 

ララの質問に御門とエンザがそれぞれ答える。

 

「何にしても、これで助かるのね……」

 

「おっしゃー! 帰れるぜー!!」

 

唯が感動で涙目になり、猿山も歓声をあげる。

 

「私の宇宙船(ふね)なら四時間で地球に帰れるわよ」

 

「俺はあの悪戯猿からリト達が盗まれた荷物を取り返してくる。あいつらの巣は大体分かってるし、十分で戻る」

 

「き、気をつけろよ?」

 

御門が宇宙船を呼んでいる間に炎佐は現住生物の猿らしき生物から奪われた荷物を取り返してくると言って森の中に入っていく。

そして宣言通り十分程度で炎佐はリト達の荷物を取り返して皆に合流。全員乗り込んだのを確認してから宇宙船は地球に向けて出発した。




え~、のっけから迷い猫オーバーランキャラとの掛け合いで始まりましたが本作はToLOVEる小説です。お間違えの無いようお願いいたします。
とまあ冗談はさておき今回は、最後を見れば分かる通りリト達がオキワナ星に飛ばされていた辺りでのお話です。最初は炎佐も一緒にオキワナ星に飛んでたんですが、炎佐がいたらサバイバルも苦労しそうにないし絶対あの現住生物ぼこぼこに出来てリトと春菜のフラグが立たなくなりそうですから止めて、こういう形になりました。
とりあえず前に言っていた迷い猫オーバーランキャラとのフラグ立てと、相変わらず疑心満載の凜とやりあって、その翌日は恭子とデートして最後には御門と一緒にオキワナ星へ、です。
で、凜のとこではかっこつけて「相手に余計な情報を与えるな」なんて言いましたけど……考えてみたらこいつも圧倒的各上である金色の闇にバーストモードを懇切丁寧に説明しちゃってんだよなぁ……。(汗)
なお今回の恭子とのデートで行った場所は作者繋がりとかそう言うの全くなく、完全に心から僕の趣味です。元ネタの方の時間軸も分かる人には分かるでしょうけど……ぶっちゃけ時間軸での整合性一切考えてません。今回はこの二人とパロディ作品の相手をほとんど絡ませてませんし。というか正直な話今回のこのデート自体がリト達がオキワナ星に行って二日空いたという情景を書く際にその間が思いつかなかったから無理矢理差し込んだだけですしね。メインメンバーと完全に離れてる分、こういうメインメンバーと絡ませにくい時に恭子は便利です。メインヒロインに抜擢していながら出番少ないからこういうとこでしっかり出番を書いてあげないとね。(汗)
ちなみに最後辺のフレイム・バレットの辺りはキョウリュウジャーの[ブレイブイン!]→[ガブリンチョ!]→[獣電ブレイブフィニッシュ!]という流れをイメージしてやりましたというどうでもいい裏話で締めて、それでは。


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第十四話 爆炎少年ナイトエンザ!?

[エンザエンザー! この前送ってもらった漫画とDVD届いたよー!!]

 

「はいはい。そんな事でいちいち連絡してこないでよ」

 

[もー冷たーい!]

 

氷崎家。ここに一人で住んでいる少年――炎佐は学校の宿題を片づけながら宇宙回線によるテレビ電話である女性と話していた。

 

[あ、今度マジカルキョーコのDVD送ってね?]

 

「キョー姉ぇに頼んどく。母さんが見たがってるっつってね」

 

女性――エンザの母親の言葉に炎佐はそっちを見ることなくそう言う。と、エンザの母親は嬉しそうにうんうんと頷いた。

 

[うんうん。可愛い姪っ子の晴れ姿、しっかり見とかないと。ところで、エンザはキョーちゃんとどうなの?]

 

「ん?……今度マジカルキョーコでバイトする事になった」

 

エンザの母親の言葉に炎佐は少し考えた後にそう言い、それにエンザの母親はふ~んと鼻から息を漏らす。

 

[ま、いいや。んじゃそのバイトとやら頑張ってね。それから漫画とかありがとね、今度お礼するから~♪]

 

「期待しないで待ってるよ」

 

[ちぇ~。じゃ、ばいばーい♪]

 

その言葉を最後に通信は切れ、炎佐は確実に通信が切れているのを念入りに確認した後自分からも通信を切る。そしてしばらくの間、部屋に静寂が走る。

 

「……はぁ~……」

 

その静寂を破ったのは、家主の重いため息だった。

 

 

 

 

 

そして翌日。炎佐は心なしか光が消えた瞳を覗かせ凄くだるそうな様子で騒がしい公園に立っていた。

 

「あ、あの~エンちゃん?……きょ、今日は頑張ろ~、おー……ね?」

 

恐る恐る声をかけ、えいえいおーとする恭子――こっちもマジカルキョーコの衣装だ――に対し炎佐はわざとらしいほどに大きくため息をつき、恭子を若干睨むような目で見る。

 

「数日前いきなり“エンちゃんマジカルキョーコ出演おめでとー!”とか言い出して凄まじくなし崩し的に俺をこの場に引っ張り出したのはどこの少女アイドル様でしたっけ?」

 

「……」

 

無呼吸で言いきった言葉に恭子は頬を引きつかせ汗を一筋流しながら目を逸らす。

 

「つーか、何なのこの状況?」

 

「えーっと、この前視聴者がマジカルキョーコに出演みたいな特番の企画が立ち上がってね? 色々応募が来たんだけどプロデューサーがその中の一組をすっごく気に入って……で、アマチュアが出るんなら炎佐君も出したらどうだいって監督が……」

 

「それとギリギリまで言わなかったのと何の関係がある?……」

 

「そりゃー前もって言ったらエンちゃん絶対理由つけて断るけどギリギリに言っちゃえばエンちゃんは絶対に断らないから!」

 

そう言い、笑顔でびしっとサムズアップまでする恭子。が、それを聞いた炎佐がゴゴゴと背後に燃え盛る炎のようなオーラを背負い始めると一気に彼女の表情が引きつった。

 

「……て」

 

恭子はサムズアップしていた右手をグーにして頭の上まで持ってくる。

 

「てへっ☆」

 

次に頭に右手をこつんと当ててウィンクしながらペロッと舌を出す。

 

「ふぎゃっ!?」

 

直後ごんっという至極原始的な打撃音と女子の小さな悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

「いやーいきなりごめんね炎佐君」

 

「ああいえ、バイト代出るんならその分はしっかり働かせていただきます」

 

監督に対し炎佐は若干引きつりながらも笑顔で応対する。ちなみに恭子は頭にたんこぶを作りながらしくしくと泣き声を上げている……が、その目に涙の粒はなく明らかな嘘泣き。炎佐もそれを理解しているのかガン無視の姿勢を取っていた。

 

「それじゃあこれ台本と今回の君の設定ね? あと衣装はあっちにあるから」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

監督から台本などを受け取り、炎佐は衣装を取ると公園内にあったトイレの中で着替えるつもりなのかそっちに歩いていく。

 

 

 

 

 

「エンちゃんとっても似合うよ!!」

 

「……いっそ殺せ」

 

目をキラキラさせながら言う恭子に、衣装を着替えた炎佐はそう呟く。彼の姿は一言でいえば、恭子が女子高生アレンジされた魔女服なのに対し炎佐の衣装は正に男子高校生アレンジされた騎士鎧風の服とでもいうべきものだ。しかも普段着用している機能性と機動力重視のものに対し、鎧や今回使うのだろう模造剣も見た目のかっこよさ重視な装飾過多とでもいう感じだ。

 

「しかも設定がマジカルキョーコと同じ力を持つ義理の弟ってなんだよ……」

 

「設定立案会議には私も参加しました!!!」

 

「お前のせいか!?」

 

炎佐の呟きに恭子が手を挙げながらとても元気よく言うと彼も怒鳴り声を上げる。

 

「まあまあ、そんなの気にしないで。それよりもうすぐ今回共演する人が来るから」

 

「ああ……っつうかどういう人達なんだ?」

 

「そうだね。大抵の人はマジカルキョーコの味方とかで応募してくるのに敢えて悪役を選んでくる辺り渋いとか、設定が作り込まれてるってプロデューサーは言ってたみたい」

 

「へー……」

 

今回視聴者応募に当選した団体の事を恭子はそう評する。

 

「あ、どーもー。キョーコさんですか? 今回応募した者ですがー」

 

「あ、どうもどうもー。今回はよろしくお願いしま……」

 

と、そこにそんな男性っぽい声が聞こえ、恭子はそっちを向いて挨拶しようとするがその言葉は途中で止まり、炎佐は不思議そうに首を傾げて声の方を見る。緑色の顔に大きく丸い二つの目とそれとはアンバランスすぎる地球人風の身体、顔立ちはどこかデフォルメされたカエルっぽい……

 

「唐突にボディブロー!!!」

 

「グフッ!?……イグナイテッド……」

 

その顔立ちから分析を終えた瞬間炎佐は鋭いボディブローをその相手に叩き込み、崩れ落ちそうになったそれの胸ぐらを掴みあげる。

 

「何やってんだおいケロン人……」

 

「ゲロッ!? よく見たらエンザ殿! お久しぶりであります!」

 

「あー久しぶりだなケロロ……」

 

完全に脅しのような形で声をかける炎佐に呑気に挨拶する相手――ケロロに炎佐は呆れたようにそう呟く。

 

「えーっとエンちゃん……お知り合い?」

 

恭子が困った様子で問いかける。彼女は現在「サインくださいですぅ~!」と黒い顔のやはりデフォルメカエルっぽい顔立ちの少年に頼まれサインをしていた。

 

「宇宙人だよ、ケロン人。こいつはケロロでそっちはタママ」

 

「え、エンザさん!? キョーコちゃんに宇宙人だってばらしちゃっていいんですかぁ!?」

 

炎佐のあっさりした言葉に、恭子にサインをせがんでいた少年――タママが慌てたように叫ぶ。

 

「問題ない。その女も宇宙人なのだろう?」

 

「ギロロ!? お前もいたのか!?」

 

と、赤い顔のデフォルメカエルな顔立ちの青年がそう言い、その姿に炎佐が意外そうに叫ぶ。と、ギロロの言葉にタママが目を丸くした。

 

「そ、そうだったんですかぁ!?」

 

「そいつの炎、自らで出しているとしか思えん。クトゥ……いや、フレイム星人だろう?」

 

タママの言葉に対しギロロは冷静に分析、一発で恭子の正体を言い当てる。それに炎佐は驚いたように、また意外そうに目を丸くして沈黙。その視線を感じたのかギロロは炎佐を睨みつけた。

 

「なんだ?」

 

「いや……お前そこまで見抜けるほどにマジカルキョーコ見てるのかと思って……」

 

「!? ば、馬鹿を言うな! その、なんだ。世話になっている相手がよく見ていてな……」

 

「世話に?……つーか」

 

炎佐の指摘にギロロは元々赤い顔をさらに赤くしながら怒鳴り声をあげた後歯切れの悪い調子で続け、その後炎佐は未だ掴みあげているケロロに目を向ける

 

「そもそもケロロ、お前らなんで地球にいるんだ?」

 

「あー……地球(ポコペン)侵略にきたのでありますが、その……捕虜になったと言いますか……」

 

「捕虜? 地球人相手に、お前らが?」

 

炎佐の質問にケロロは居心地悪そうに目を逸らしながら説明し、その中の捕虜という単語に炎佐は心底意外そうな声を出す。

 

「ぐ、軍曹!? 何してるの!?」

「ちょっとボケガエル! あんたいきなりスタッフに迷惑かけてるんじゃないわよね!?」

 

と、突然そんな少年少女の声が聞こえてきたと思ったら青みがかった黒色の髪にアホ毛が跳ねている優しそうな少年と、赤色の髪をツインテールにした気の強そうな少女が駆け寄ってきた。

 

「あ、冬樹殿夏美殿! エンザ殿、紹介するであります。日向冬樹殿と日向夏美殿であります」

 

「へぇ……」

 

しかしケロロは平然とそう言い、少年――冬樹と少女――夏美を炎佐に紹介。炎佐はケロロを下ろすと二人の方を向いて微笑を見せた。

 

「初めまして、俺はエンザ。地球では炎の(えん)に、左右の左に人偏をつけた()で炎佐って名乗ってるからそう呼んでくれ。ケロロ達とは……ま、ちょっとした旧友ってとこだ」

 

「え? じゃああなたも宇宙人?」

「嘘……地球人にしか見えないのに……」

 

炎佐の挨拶に冬樹と夏美は目をパチクリさせながら彼を見る。

 

「まあ、宇宙人によっては擬態とかして地球人に溶け込んでるが俺は幸い両親が元々地球人似で、俺も見ての通り地球人似だからな。特に変装の必要はないんだ」

 

「そうなんですか……」

「えーっと、炎佐さんはボケガエ……ケロロとはどういう関係なんですか?」

 

炎佐から説明を受けた冬樹は興味深そうにふむふむと頷き、夏美がそう尋ねてくる。とギロロが腕組みをして口を開いた。

 

「エンザは昔、ケロン軍に雇われていた事がある。俺達とも二、三度共に戦った事があってな……なかなかの使い手だ」

 

「ま、今は地球で静養中だけどね。一応地球に非公式で遊びに来てるさるお姫様の護衛任務にも就いてるっちゃあ就いてるけど」

 

ギロロの真剣な声での言葉に炎佐はへらへらと笑いながらそう返し、ギロロはふんと鼻を鳴らす。

 

「あ、あの~……」

 

と、そこに恭子が苦笑いをしながら口を開いた。

 

「もうそろそろ打ち合わせとかに入ってもらいたいんだけど……」

 

「っと、そうだった……つーかケロロ、なんでお前らこれに出演しようとか考えたんだよ?」

 

「ゲロゲロゲロ! これも地球(ポコペン)侵略の一環なのであります!」

 

恭子の苦笑いしながらのお願いに炎佐はそういえば自分達はマジカルキョーコの撮影に来てるんだったと今更ながら思い出し、その後ケロロにふと気になった今回の出演について尋ねる。それにケロロはゲロゲロと笑いながらそう言い、びしっと何故か虚空を指差した。

 

「昨今のアニメ、漫画業界では人気が出たキャラは、脇役であろうとも主役を張れることがあるのであります!!」

 

そう言ってケロロが指差している先には某ツンツン髪の不幸少年が主役の物語に出てくるビリビリ中学生や緑色の服を着た左利きの勇者が主役の物語に出てくるおっさん等の幻影が映っているように見える。

 

「それに習い我々ケロロ小隊もまずマジカルキョーコに出演し、視聴者から人気を得て我々が主役のアニメを作り地球(ポコペン)においての我々の知名度を高めるのであります!! いわばこれは地球(ポコペン)侵略の布石!!」

 

「……」

 

ケロロのぐっと拳を握りながらの叫びにタママが「ですぅ~」と同調、それを聞いた炎佐はなんとも言えないような表情でギロロの方を見る。

 

「……何も言うな」

 

それに対し彼は静かに首を横に振った。

 

「まあ、お前らが地球侵略しようが、宇宙法にさえ則ってりゃ俺は別にとやかく言わん……だが無茶しすぎて銀河警察や惑星保護機構とかに目ぇつけられるなよ?」

 

「もちろんであります!」

 

炎佐の忠告にケロロも頷く。

 

「あと」

 

「ゲロ?」

 

と、炎佐はさらに何かを付け加えようとする。

 

「せっかく静養してんのに俺の仕事無駄に増やしたら承知しねえぞ?」

 

そう言ってケロロの胸ぐらを掴みあげる炎佐は、完全にキレた目を見せていた。

 

「も、ももももももちろんでありますっ!!!」

 

それにケロロは汗をだらだらと流しながらこくこくこくこくこくと小刻みに頷いたのであった。

 

 

 

それから行われた打ち合わせ等も終わり撮影が開始する。今回のストーリー設定はとても大雑把に言うと“マジカルキョーコの義理の弟エンザが、義理の姉キョーコと力を合わせて悪の組織ケロン軍と戦う”という内容だ。

そして撮影が進んでいき、次は今回のハイライトである騎士エンザとその義理の姉たる爆熱少女マジカルキョーコVSケロン軍の対決シーン。現在はケロン軍であるケロロ、タママ、ギロロの三人がエンザとキョーコの二人と対峙している状態だ。

 

「では本番、よーい!!」

 

監督がメガホンを手に叫び、よーいの後「アクション!」と合図がかかる。

 

「ゲロゲロゲロ! エンザ! 今日こそ貴様の最後の日であります!!」

 

「ふん……それはこちらの台詞だ」

 

ケロロの悪役笑いでの言葉に炎佐も今回のキャラであるクール状態で剣をケロロ達に向けながらそう言う。

 

「かかるであります!!」

 

「いくぞ、キョーコ!!」

 

ケロロが合図を出してケロン軍三人が二人目掛けて突撃、炎佐と恭子もタイミングを合わせ一度ポーズを決めた後突撃。ここからアクションシーンのスタート、炎佐は手順の決まったそれに若干慣れないような感覚を覚えながら突進するが、その時直感的に何か、殺気を感じた。

 

「ギロロ!」

 

「!」

 

「覚悟でありまゲロォッ!?」

 

咄嗟に炎佐が叫び、それより一瞬早くギロロが隣を走っていたケロロを後ろに吹っ飛ばす。

 

「キョー姉ぇ!」

 

「わっ!?」

 

それとほぼ同時に炎佐も恭子の前に腕を出して彼女を足止め。その瞬間彼らの数歩先、彼らが戦闘シーンを開始しようとしていた地点に何かが着弾するようなガガガンッという撃音が響き渡った。

 

「な、なんだ!? カットカット!!」

 

監督が叫び撮影が中止、一体何が起きたのかとスタッフが確認しようとする。が、それよりも早くギロロが何かが着弾した地点を調べる。

 

「……これは地球(ポコペン)の弾丸じゃない……」

 

「見つけたぜェ、氷炎のエンザァ……」

 

「!?」

 

ギロロが呟いたその次の瞬間聞こえてきた声、それに炎佐にケロン軍、一瞬遅れて恭子が反応する。その目の先には黒ずくめの服に顔全体を隠すような仮面をつけた男達が立っており、数人は銃を構えている事から彼らが狙撃をしてきたらしい。

 

「まさかこんな辺境の星にいやがるとはなぁ」

 

「エ、エンちゃん?……」

 

「賞金稼ぎ時代の恨みか……最悪だな、こんな時に……」

 

黒ずくめの集団のリーダーらしい男の言葉に恭子が不安げな声を漏らすと炎佐も辺りを見回して呟く。ケロロ小隊メンバーと、それの知り合いらしい日向姉弟はともかくマジカルキョーコのスタッフに見物人と人目が多すぎる。

 

「チッ、考えてる場合じゃねえか! ケロロ、いくぞ!! 地球人は誰一人傷つけさせるな!」

 

「りょ、了解でありますっ!!」

 

だが考えていたら被害が増える、とにかく今は敵を倒すことが先決と判断しエンザはケロロに援護を頼みながら敵目掛けて突進、ケロロ軍もそれに続いた。

 

「キョー姉ぇ、悪いけど俺の鞄から趣味の悪いグルグル目玉のバッジと、刃の無い刀の柄を出して!」

 

「わ、分かった!」

 

さらに恭子にも指示を出し、恭子は慌ててエンザの荷物の方に走る。

 

「せあぁっ!!」

 

「ぐあっ!?」

 

黒ずくめの敵の銃弾をかわしながら銃を構えている集団に突進し、回し蹴りや連続蹴りを叩き込んで銃撃班を撃破、銃を奪い取ると両手に持ち、さらに別の銃を一丁真上に蹴り上げる。

 

「ケロロ! ギロロ! タママ!」

 

「「「!」」」

 

声をかけて銃を投げ蹴り飛ばし、格闘戦を行っていたケロン軍三名は相手を殴り飛ばした後銃を受け取る。エンザはそれを確認するまでもなく再び黒ずくめの敵に殴り掛かった。

 

「くそ、動きにくいな……」

 

しかし現在彼が着ているのは普段の戦闘用の鎧ではなく見た目のかっこよさ重視という感じのもの。機動性や実用性はある程度無視されており、特撮等での戦闘シーンならともかく実戦で使用するには少々やりにくいものだ。

 

「もらった!」

 

「しまっ――」

 

黒ずくめの男の一人がエンザの背後を取り、彼はしまったと声を漏らす。その時ヒュンッという風切音が聞こえた。

 

「甘いでござるな」

 

そしてエンザの背後を狙っていた男が倒れ、そのさらに背後で青い顔のデフォルメカエルな顔立ち、というか二足歩行のデフォルメカエルな姿の存在が呟く。その姿にエンザは苦笑を漏らした。

 

「ゼロロ、お前もいたのかよ」

 

「今の拙者はドロロにござる」

 

「へえ? ま、とりあえず助かった」

 

その相手――ゼロロ改めドロロにエンザは軽く礼を言って背中合わせになり構えを取って黒ずくめの敵を睨みつける。

 

 

 

 

 

「えっと、バッジと刀って多分これだよね……」

 

その頃エンザの荷物の中から言われたバッジと刀の柄を探し出した恭子は大急ぎでそれらをエンザに届けようと走っていく。

 

「ひゃはー!!」

 

「!」

 

と、その時黒ずくめの敵の一人が恭子に襲い掛かり、それを見た恭子は咄嗟に右手を掲げ、そこに炎を集中する。

 

「マジカルフレイム!!」

 

「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

そして右腕を振り下ろし掛け声と共に炎を放ち、男は爆炎に包まれる。

 

「キョー姉ぇに何してくれてんだテメエッ!!!」

 

「ガハァッ!!!」

 

直後恭子が狙われているのに気づいたのか近づいてきていたエンザがキレた目で怒鳴り飛び蹴りを叩き込んだ。

 

「チッ、雑魚が舐めた真似しやがってよォ」

 

「あ、あはは……」

 

舌打ちを叩き呟くエンザと、普段の状態から豹変した状態の彼に恭子は苦笑を漏らす。

 

「大丈夫、キョー姉ぇ?」

 

「あ、うん。これ言ってたバッジと刀」

 

声をかけてきたエンザに恭子はそう返して簡易ペケバッジを渡し、エンザはそれを自らの胸辺りに装着。

 

「エンザ、いざ参る!!!」

 

戦闘用の鎧を装着し刀の柄を握って赤い刀身の刃を形成させるとケロロ小隊を見る。

 

「ケロロ! 俺が敵の大将を討ち取る! 雑魚は任せたぞ!!」

 

「任せるであります!!」

 

エンザが指示を出しケロロが頷くと、エンザは一気に敵のリーダーらしき男の方に向かいそれの前に立つ。

 

「……いちいち覚えちゃいられないんだが……あんた、俺とどこかで戦ったのか?」

 

「ふざけんじゃねえ!! 俺の手下どもを皆殺しにした事、忘れたとは言わせねえぞ!!」

 

「忘れた……だが、何よりも」

 

敵リーダーの怒号をエンザは受け流した後、目を研ぎ澄ませる。

 

「静養中なのを襲ってきた上に、こんなめんどくせえ状態にしやがって……俺達(宇宙人)の存在は地球ではまだ公になってねえってのに、どう責任取ってくれるんだテメエ……」

 

「へっ、知るかよ。俺はテメエが殺せりゃそれでいいんだよぉ!!」

 

身勝手な敵リーダーの言い分にエンザは目を瞑りため息をついて脱力したかのように刀を下ろす。それを見た敵リーダーがにやりと笑った。

 

「死ねえええぇぇぇぇっ!!!」

 

「!」

 

叫び、剣を掲げて突進。エンザが刀を構えてその斬撃を受けるが、その瞬間エンザは自分が押される感覚を覚える。

 

「重――」

「ひゃはははは!!!」

 

攻撃の重さを感じたその次の瞬間相手はさらに斬撃を加え、エンザはどうにかそれを防ぎ受け流す。が、じりじりと後ろに下がる事を余儀なくされ防戦一方の状態だ。

 

「くっ!!」

 

勢いよく振り下ろされた剣をエンザはどうにか刀で受ける。

 

「ククク、いいぜぇ。力が溢れてくる……」

 

「くそ、どういう事だ……」

 

敵の言葉に炎佐は呟き、「少し本気でいかなきゃやべえ……」と小さく呟くと腕に力を込めて刀を振るいさらにその刃の軌跡を爆発させ相手の剣を弾き飛ばすとその勢いのまま反撃を開始する。

 

「っ!」

 

しかし二、三度目の攻撃の後エンザは攻撃を止めてバックステップを踏む。その直後相手が剣を振り上げエンザを斬り裂かんと刃が迫る。

 

「ちいぃぃっ!!」

 

ぎりぎりで刃が身体に当たる事はなかった、が、その軌道上にあった、刃が半分ほど消えている刀が上空へと弾き飛ばされる。

 

「くっ……」

「死ねぇっ!!」

 

相手が歓喜の笑みを浮かべて剣を両手で握り締め振り下ろす。が、その直前彼とエンザの間を阻むように氷の壁が地面から生えるようにせり上がってくる。

 

「邪魔だっ!!」

 

剣で氷を殴るように斬りつけ、厚みのある氷が簡単に砕け散る。しかしその先からはエンザの姿は消えていた。

 

「危ない……回避した時に咄嗟にブリザドにシフトしてなかったら間に合わなかった……」

 

エンザは青い瞳で相手を睨み、左手の指の間に握った氷の針を敵目掛けて投擲。しかし相手はそれを剣を振るって弾く。だがエンザはそれは予想通りだといわんばかりに、相手が剣を振るっている間に左手を頭上に掲げる。と、いきなり相手の頭上に巨大な氷の塊が作られた。

 

「潰れろっ!!」

 

叫び左腕を振り下ろすと同時に吊るされていた紐が切れたかのように氷塊が落下、敵は咄嗟に剣を頭上に構えて氷塊を防ぐ。

 

「ひゅぅっ……」

 

その隙を突いてエンザは息を吐き構えを取る。その後ろに下げられた右手には炎が纏われている。

 

「ぜりゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

そして気合一閃とばかりに捻りを加えて右手を突き出し、それと共に握り込まれた拳から炎が螺旋を描いて氷塊を防いでいる敵目掛けて飛んでいく。そして炎が大爆発を起こし、エンザはふっと短く息を吐くと両腕を下ろす。

 

「ガアアアァァァァッ!!!」

 

「!?」

 

その直後響くまるで獣の咆哮のような声、それと同時に爆炎によって起きた煙の中から爆発に巻き込まれボロボロ状態になった敵がエンザに斬りかかってくる。

 

「エンちゃんっ!!」

 

「!」

 

だがそこにさらに聞こえてくる声にエンザは声の方をちらりと見る。恭子が戦いの合間にさっきエンザが弾き飛ばされた刀の柄の方に走り、それを拾って投げてきたのだ。

 

「サンキュ、キョー姉ぇ!」

 

エンザは恭子に笑みを見せてお礼を言った直後、手を伸ばして刀の柄を受け取り握ったその瞬間その笑みを綺麗さっぱり消して赤い刃を形成、そのまま足を踏み込むと相手に斬りかかった。そして二人が一瞬交差し、離れる。

 

「く……」

 

斬撃をかわしきれなかったのかエンザの左肩から出血が走る。

 

「がは……」

 

だが同時に相手の左肩から右脇にかけて切り傷が走った。しかしまだ、倒れるには至らない。

 

「くそ、こうなりゃ……」

 

敵は自分の前にいる恭子を睨みつけ、その眼光に恭子はひっと唸る。

 

「テメエを人質にしてやらぁっ!!」

 

「キョー姉ぇ!!」

 

相手が恭子に飛び込むのを見たエンザも足の裏を爆発させその勢いで一気に加速する。が、距離を考えるとやはり相手の方が恭子に近い。

 

「させるかあああぁぁぁぁっ!!!」

 

「げふぅっ!?」

 

だが恭子に手が届く直前、何者かが飛び蹴りで相手を吹っ飛ばした。

 

「キョーコちゃん、大丈夫!?」

 

「あ、えっと……夏美、ちゃん?」

 

飛び蹴りを叩き込んだ少女――夏美が声をかけ、恭子がぽかんとした表情で彼女の名を呼ぶ。その様子から恭子が怪我してない事を悟った夏美は安心したように微笑んだ。

 

「よかったー。キョーコちゃんが怪我したらマジカルキョーコが見れなくなっちゃうからね」

 

「え?」

 

夏美の言葉に恭子が目を丸くすると、夏美は照れくさそうに頬をかいた。

 

「マジカルキョーコ、いつも見てるの」

 

「なるほど」

 

その言葉に恭子もにこっと微笑んだ。

 

「くそ、あの女……ふざけやがって……」

 

夏美に蹴り飛ばされた男が立ち上がり、怒りに燃えた目で、談笑している二人を見てそう呟く。

 

「ぼーっとしてていいのかな?」

「!」

 

そんな声が聞こえ、男は咄嗟に振り返る。その眼前には既にエンザが迫ってきていた。

 

「ぐっ!!」

 

男は咄嗟に剣を振り下ろす。その瞬間、鮮紅が煌めいた。

 

「甘い!」

 

一瞬で刀を振り上げて相手の剣を弾き飛ばし、刀の柄を相手に向ける。

 

「ふんっ!!」

 

「がふっ!?」

 

そして額に一撃、相手がふらついた瞬間さらに前蹴りを叩き込み当たった瞬間爆発を蹴りに付加させて相手を上空に吹っ飛ばす。

 

「銀河警察、いや、惑星保護機構の知り合いに突き出してやっから覚悟しとけやクソ野郎」

 

空高く吹っ飛ばされた後落下、地面に軽くめり込んだ敵リーダーの頭を踏みつけながらエンザは携帯電話をカチカチカチといじり始めた。

 

 

 

 

 

「やーエンザさん、ご協力感謝ですよー!」

 

「やけに速かったな……今お前、地球での仕事にでも就いてるのか?」

 

銀髪ロングの美少女のおふざけ敬礼しながらの言葉にエンザが首を傾げて問いかける。それに美少女は「はい」と頷き、「まあ最初は有給休暇取って地球に来てたんですけど」と付け加えておく。

 

「ああ、それと悪いがここの面々に宇宙人見られた。どうにかしてくれ」

 

「うぇ~……ひょっとしてそれが理由であたし呼びました?」

 

「顔見知りの方が話速ぇし楽だからな。とっととやれ」

 

その次のエンザのさらっとした無茶苦茶な要求に美少女は露骨にめんどくさそうな顔をし、それにエンザは圧倒的なまでに理不尽に言う。それに美少女は「はいは~い」とやる気なく返事し唇を尖らせてぶつくさ呟きながら何らかの装置を取り出す。

 

「あ、そうだ……おい」

 

と、そこでエンザはふと思いついたように声を出し、美少女に声をかける。それから彼の要求を聞いた美少女はまためんどくさそうな顔を見せたのであった。

 

 

 

 

室内にある大きなモニター。そこでは白銀で軽装の鎧を身に纏い、顔にはシャープで目元から耳を隠す形の仮面を着けた少年――エンザが、黒ずくめの男達と対峙していた。その後ろには緑、黒、赤、黒のデフォルメカエルのような顔立ちの男性が立っている。

 

「皆……いくぞ!」

 

「了解であります!」

 

エンザの宣言にデフォルメカエルことケロロが頷き、

 

「ケロロ小隊、突撃であります!!」

 

「はいですぅ!」

「ふん!」

「ござる!」

 

ケロロの指示と共に色とりどりのデフォルメカエルが敵に突っ込んでいき、肉弾戦を始める。

 

「キョーコ……行くぞ!」

 

「うん!」

 

エンザも横に立つ女子高生アレンジされた魔女服を着た少女――キョーコと共に戦いの中に走っていった。

 

 

 

 

そして戦いが終わり、エンディングに入るとモニターの映像が消える。

 

「うむ、なかなか良い出来だな」

 

「そうですね……でも、よく一日で撮影終わらせられたな……」

 

監督やスタッフが確認の感想を話している、そんな光景を炎佐やケロロ達は後ろの方の席を陣取って見ていた。

 

「ゲロゲロゲロ。まさか吾輩達も味方枠になるとは思いもしなかったであります!」

 

「その方が何かと手っ取り早いしな」

 

ケロロの言葉に炎佐がため息をつく。と、「ク~ックックック」という笑い声が聞こえ、黄色い顔の二足歩行デフォルメカエルがこっそりと姿を現す。

 

「クルル……チッ、助かったよ。代価は後で払う」

 

「分かってくれて何よりだぜぇ~?」

 

黄色いデフォルメカエル――クルルに炎佐は舌打ち交じりにお礼を言い、クルルもそう返すといなくなる。

 

「大変ですね~エンザさん」

 

「ま、画像加工やらなにやら、そういう技術は確かだからな。この状況を上手く利用させられるなら利用させてもらうよ。クルルに貸しを作るのは色々と危険なんだけど……」

 

「はぁ」

 

黒ずくめ宇宙人の連行準備が完了し、少し顔を出しに来たと言う銀髪美少女に炎佐はそう話し、彼女はそうとだけ声を盛らす。

 

「ああそうだ、エンザさん」

 

「なんだ?」

 

そこで銀髪美少女が思い出したように炎佐を呼び、彼がそれに反応すると美少女は小さな声で炎佐に囁く。

 

「さっき軽く取り調べをしたんですが……どうやらあなたがここにいるという情報は外部からもたらされたらしいです」

 

「……どこのどいつだ?」

 

美少女の言葉に炎佐が目を吊り上げて尋ねる。が、それに美少女は目を閉じてひょいっと肩をすくめるように上げて返すのみだ。

 

「そこまでは……でも、気をつけた方がいいですよ」

 

「ああ。肝に命じとく」

 

二人はそう軽く話し合っただけで会話を終え、美少女は宇宙人を連行。撮影も終了しスケジュールも空いたため炎佐は恭子と一緒に帰路についた。

 

「は~やれやれ。いきなり大変だったね~。ま、撮影あっという間に終わったから楽っちゃ楽だったけど」

 

「バトルシーンは撮影と言っていいのか分からないけどな……半分以上合成とかだし」

 

恭子は伸びをしながら言い、その言葉に炎佐も苦笑を漏らす。

 

「でもさ~。なんでエンちゃん仮面なんて合成しちゃったの?」

 

「あんな格好をプリンセス・ララや最悪リト達に見られてたまるか」

 

「仮面ぐらいで隠せるのかなぁ……」

 

恭子の頬を膨らませての言葉に炎佐が悪あがきのように返すと彼女はぼそりと呟く。

 

「それにしてもまさか俺の居所がばれたとはな……これから先は寝首をかかれることも考えねえと。家に宇宙式の防犯システムを組み込むことも考えておくか……」

 

炎佐はこれからの対策をぶつぶつと呟き、ちらりと恭子を見る。それに彼女は首をかくんと傾げ頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。

 

「しばらくキョー姉ぇとも会わない方がいいかもな」

 

「えー!!!」

 

その言葉に恭子は悲鳴のような声を上げ、炎佐に抱き付いた。

 

「やーだー! エンちゃんに会ってエンちゃん分補給しなきゃ死んじゃうー!!」

 

「……」

 

おいおいと嘘泣きする恭子に炎佐は抱きつかれていない方の手で顔を覆う。

 

「分かった。それについてはおいおい考えよう」

 

「やったー!」

 

問題を先送りした炎佐に恭子はやったーと歓声を上げ万歳する。

 

「んじゃキョー姉ぇ、とっとと帰るよ。ってかホテルまで送るよ」

 

「はーい♪」

 

炎佐の言葉に恭子は嬉しそうに返して彼の腕に抱き付き、炎佐も困りながら満更ではなさそうに頬を緩ませて歩き出す。

 

 

 

「……ククク」

 

その光景を遠くから眺めていた何者かが笑い声を漏らしたのに、彼らは気づいていなかった。




えーっと、今回の話ですが……感想で色々言われ冷静に考えた結果P4キャラとのクロスを取りやめ、その部分の削除及び修正作業を行いました。

なんていうか、本当すいませんでした。言い訳ですが、悪ノリで変なテンションになってしまった結果とだけ言わせていただきます。とりあえず……以降のコラボは熟考を重ね、一時の思い付きから悪ノリをせず冷静に書かねばならないという勉強になりました。
こんな無計画に突き進む駄作ですがこれからもお読みいただければ嬉しいです。それでは。


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第十五話 特訓のちデートときどき喧嘩?

どこかの広い空間。エンザは鎧をまとい右手に赤い刀身の刃を宿した刀を握り、静かに前方を睨んでいた。その先には髑髏を思わせる鎧を身に纏い、マントを纏った美青年――ザスティンが剣を手にこちらもエンザを睨みつけている。

 

「「…………」」

 

二人は互いに睨み合いながら武器を構え、

 

「「はぁっ!!!」」

 

同時に飛び出した。

 

「ぬんっ!!!」

 

まずザスティンが剣を薙ぎ払うように横に振るう。が、エンザはそれを棒高跳びのジャンプの要領でかわしながらザスティンの背後に回り込みつつ刀を振り上げる形に持っていくとザスティンの背中目掛けて振り下ろす。

 

「はあっ!!」

 

「なんのっ!!」

 

しかしザスティンは振り返りざま剣を再び横に薙ぎ払ってエンザの刀を防ぎつつエンザを吹き飛ばす。

 

「もらった!!」

 

「くっ……」

 

体勢を崩したエンザ目掛けてザスティンは再び突進しようとするが、エンザは素早く懐に手をやると拳銃を取り出して銃口をザスティンに向け乱射する。

 

「むっ……」

 

体勢を崩しながらも的確な射撃にザスティンは素早くバックステップを踏み、エンザはその合間に体勢を立て直すと銃をしまい、刀を左手に持ち替えると右掌に炎の球を形成。

 

「でやぁっ!!!」

「はぁっ!!!」

 

ボールを投げるように炎の球を投げ、ザスティンが剣を振るい放った衝撃波と炎の球がぶつかると同時に球は爆発、周囲に炎を撒き散らす。

 

「「はあああぁぁぁぁっ!!!」」

 

しかしその炎の雨をものともせず二人は相手目掛けて突進、ザスティンが剣を縦横に振るい、エンザは左手に握っている刀で鋭い突きを連打する。その剣劇の応酬はエンザの刀が後ろに弾かれる結果に終わり、しかしエンザは後ろの方にやっていた足を、そのまま後ろにダンッという足音が聞こえる程に強く踏み込み、同時に彼の背後の床が一本道のように凍ると、エンザはその氷の上を滑るようにして距離を取る。

 

「逃がさん!」

 

「おっと」

 

このまま押し切るとばかりにザスティンも突っ込むがエンザは後ろに滑りながら左手を地面につける。と、いきなりザスティンの足元及び前方の床が一瞬で凍り付いた。

 

「ぬ、ぬおおぉぉっ!!??」

 

いきなりの床の摩擦係数の変化にザスティンは慌てるが、慌ただしく両足を動かした後結局バランスを崩してずっこける。

 

「形勢逆転っ!!!」

 

その隙にエンザは再び銃を抜き、ザスティン目掛けて連射。しかしザスティンは横に転がってその弾丸をかわし、弾切れになったのかエンザが銃弾を装填し始めた隙を突いて素早く起き上がると氷の床に素早く順応したのかスケートのように華麗に滑りながらエンザへと突進、エンザも立ち上がると左手に刀を構える。

 

「ふんっ! ぬっ!?」

 

突進の勢いのままザスティンは剣を振り下ろす。しかし氷の床のせいで思ったように踏ん張りが効かず、逆にエンザは氷の床を利用して滑り、上手い具合に衝撃を逃がしながら距離を取る。

 

「ならば、これでどうだっ!?」

 

叫び連続斬りを見舞うザスティン。その刃自体は届かずとも放たれた衝撃波がエンザを襲い、しかしエンザはそれらを氷の上を滑ってかわしていく。だがザスティンはさっきとは逆に距離を取りつつ衝撃波での攻撃を行う作戦に切り替えたらしく、エンザはチッと舌打ちを叩くと目を閉じ、少し拍子を置いて目を開くと赤い瞳でザスティンを睨みながら右手を氷の床へとつける。

 

「はぁっ!!!」

 

掛け声と同時に突如氷の床が溶け、いや、それだけではなく一気に蒸発。水蒸気がザスティンの視界を塞いだ。

 

「時間稼ぎか、だがっ!!!」

 

霧で目隠しをしている間に接近しようという作戦と読み、ザスティンは素早く剣を振るうとその風圧で霧を振るい飛ばす。

 

「さあ、どこから来る!?」

 

目を研ぎ澄ませ攻撃に備える。が、エンザは斬りかかってくる様子も銃撃してくる様子も見せずザスティンはきょろきょろと辺りを見回す。

 

「時間稼ぎは当たり」

 

と、ザスティンはギリギリ視界から外れる位置にいたエンザを視認。エンザは青色の瞳を宿す目を細めてにやりと笑う。

 

「でも目的は……こいつを作る事だったんだよね!」

 

そう言って彼は、氷の鎖を繋げその先端は巨大な氷の球になっている武器――モーニングスターを構えた。

 

「な!?」

 

「ぬんっ!!!」

 

ザスティンが大口を開けて驚いている隙を突いてリトはモーニングスターを振り回し、勢いをつけてザスティン目掛けて氷球を振るう。我に返ったザスティンも咄嗟に氷球目掛けて斬りつけるが、その刃は氷に阻まれ押し負けたザスティンは思いっきり吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐ……硬い……」

 

「当然」

 

ザスティンの感想にエンザは得意気に笑って球を手繰り寄せ手元でぶんぶんと振るって勢いを維持する。

 

「りゃあっ!!」

 

そして再びエンザは攻撃を開始し、身体全体を使って氷球を振り回しまるで竜巻の如きその圧力に押されているザスティンは剣を振るって氷球を弾くのが精一杯の様子だった。

 

「ふんっ!」

 

エンザは一歩踏み込み、勢いを込めて自分から見て右頭上から叩きつけるように氷球をザスティン目掛け振り下ろし、それを見たザスティンも剣を大上段に構えて氷球を待ち受け、タイミングを合わせて剣を振り下ろす。

 

「なっ!?」

 

その時バギィンと音を立てて氷球が砕け、驚きの光景に硬直してしまったエンザは同時に急激な先端の重量の変化によってバランスを崩してしまう。その隙を突いてザスティンは再び突進、エンザも鎖を手放して刀の柄を左手に取り刃を形成するが切っ先を相手に向けた瞬間ザスティンが剣を振り上げて刀を弾き飛ばし、直後エンザの喉元に剣を突きつける。

 

「……参りました」

 

エンザは両腕を上げて降参の意を示し、今回の戦い――実戦形式の訓練は終了した。

 

 

 

 

 

「ふう……久しぶりにいい汗をかけた」

 

場面は浴場へと移り、ザスティンは浴槽に浸かりながらタオルで優雅に汗を拭う。

 

「最近は才培先生のアシスタント業で私もブワッツもマウルも忙しくて鍛錬をする暇もなかったからな。感謝する、エンザ」

 

「こちらこそ」

 

ザスティンがそう言ってもう一枚持ってきたタオルをエンザに渡すと、彼はそうとだけ言ってタオルを受け取ってザスティンの隣で湯船に浸かる。

 

「なあ、ラストのあれって何をしたんだ? まさか俺が油断するのを待ってて手を抜いてたとかか?」

 

「流石にそこまで器用ではない。あの攻撃を受け流しながら一点に斬撃を集中、あの一撃で割れた。それだけのカラクリだ」

 

「な~るほど」

 

エンザの質問にザスティンはそう答え、エンザは「なるほど」と呟いて前方の窓ガラスから覗く巨大な青い星――地球を眺めながらはぁ~と大きく息を吐く。

 

「自覚が出てきたよ……確実に鈍ってきてる。ま、三年も命懸けの生活から抜け出してたら当然だけど」

 

エンザはそう呟き、はぁと今度は小さなため息をつく。

 

「この前は賞金稼ぎ時代の恨みでキョー姉ぇ達まで襲われたし、ケロロ達がいてくれて助かったよ」

 

「ケロロ? ん、彼らと会ったのか? 彼らが地球にいるという事は報告で確認していたが……」

 

「あ゙っ!?」

 

風呂場という開放的な空間のせいか軽くボロを出してしまい、ザスティンが首を傾げるとエンザは変な声を上げて口を手で覆う。

 

「というよりキョー姉ぇ――」

「いやっ! その、ちょっと遠出してたら偶然ケロロ達に出会ってさあいつら今地球人のとこでお世話になってるらしいんだよいやーあいつらが地球人のしかも一般人に捕虜にされてるなんて驚きだよなー!!」

「――あ、ああ……」

 

ザスティンが疑問の言葉を投げかけてくる前にエンザは言葉をまくし立ててザスティンに押し勝ち、いきなりのマシンガントークにザスティンは若干引いた様子を見せる。

 

「しっかしこの前襲われた時はケロロ達が援護してくれたというか、大部分はケロロ小隊が片づけてくれて俺はボスとの一騎討ちだけだったようなもんだけど、それでもかなり苦戦したし……鍛えないと本当にまずいな。母さんにも相談してみるか」

 

「ん? ミーネ殿だったら……」

 

「ん?」

 

エンザの呟きにザスティンが反応、彼がザスティンの方に顔を向けるとザスティンは何か思い出すように目を泳がせていた。

 

「あ、あー……いや、この前知り合いの結婚式に招待されてね。その時に偶然ミーネ殿とセシル殿にお会いしたんだ」

 

「あーなるほど。父さんも母さんも顔広いしな。俺がプリンセスの親衛隊に入ってたのも大部分コネみたいなもんだし」

 

「まあ、君に選択肢などなかったに等しかったがな。だが君の実力は親衛隊全員が認めていたはずだよ。親と同じ宇宙を駆ける賞金稼ぎになると言って親衛隊を辞めた時は惜しんだものだ。そしていつの間にか君は地球で地球人生活……」

 

「そこにプリンセス・ララがやってきて、俺は再び戦いの中にっと……人生何が起きるのか分かったもんじゃないなほんと」

 

「まったくだ。リト殿を試そうとして君が出てきた時は本気で驚いたよ」

 

エンザとザスティンは会話に花を咲かせていた。そして会話が一段落するとザスティンは湯船を出る。

 

「では、お先に。君はゆっくりしていくといい」

 

「どうも。ああ、後で射撃訓練場貸してくれる?」

 

「好きにしてくれ」

 

そう言い残してザスティンは浴場を出ていき、エンザは彼にお礼を言った後、ふぅと息を吐きのんびりと広いお風呂を一人で堪能し始めた。

 

 

 

 

 

それから数時間の後、風呂から出て射撃訓練を行い、再び風呂に入って汗を流してから炎佐はザスティン達の拠点である飛行物体を後にする。下ろされたのは日曜日のため人気のない学校の校庭のこれまた人気のない隅っこだ。炎佐はそのまま人気のない校庭を横切り、学校を後にする。

 

「それにしても、校舎もすぐに直ったもんだよなぁ。天条院グループ恐るべし」

 

綺麗な校舎を思い出しながら炎佐は数日前の事を思い出す。数日前、沙姫がララに屈辱を味わわせたいとかいう理由でヤミに、ララと戦うように依頼。ララも見たいテレビが始まるまでのちょっとした力比べとしてヤミからの戦いを承諾した。のだが銀河を治めたデビルーク星の王の長女であるララの力はとんでもないものがあり、さらにそれと互角に戦うヤミとの戦闘は校舎を全壊にする規模。炎佐も鎧を纏い無関係な生徒や教員に被害が出ないよう奔走する羽目になってしまっていた。そしてその損害はヤミの依頼人、沙姫へと請求されることになったわけである。

 

「あ、氷崎さん!」

 

「ん?」

 

と、いきなり背後から声をかけられ、炎佐は振り向くと頬を緩ませた。

 

「やあ、美柑ちゃん。どうしたの?」

 

「いえ、ちょっとお散歩に」

 

炎佐の言葉に美柑は機嫌良さそうに笑いながらそう返し、炎佐の隣に立つ。

 

「よかったら一緒に行きませんか?」

 

「ああ、いいよ」

 

美柑からのお誘いを炎佐は笑顔で承諾し、二人は歩き出す。

 

「炎佐さんも散歩してたんですか?」

 

「ん? いや、さっきまでザスティンとこにお邪魔して戦闘訓練してたんだよ。最近宇宙人の襲来が多いでしょ? 勘を取り戻さないと。一応形式上は僕ララちゃんとリトの護衛って事になってんだから。力不足で二人が殺されました~とか傭兵として最悪だよ」

 

歩きながらの美柑の質問に炎佐はそう返し、主武器である刀の柄を取り出すと手で弄ぶようにくるくると回転させる。

 

「とりあえず、ザスティンとまともに斬り合える程度までは勘を取り戻さなきゃ」

 

「……ハードル低くないですか?」

 

炎佐の呟きに美柑は困った様子でそう呟く。彼女にとってのザスティンのイメージと言えばララの発明品でたまに酷い目に遭っている、父親の新しいアシスタントというところだろう。それを察した炎佐は苦笑した。

 

「美柑ちゃんはザスティンを誤解してるよ。確かに親衛隊長としては抜けてるとこが目立つし変に目が離せないし心配なとこがあるけど」

 

炎佐の言葉に美柑が「炎佐さんも結構酷い事言ってますよ?」とジト目でツッコミを入れる。と、その時炎佐は真剣な表情を見せた。

 

「けどザスティンはデビルーク最強の剣士だ。純粋な剣術だと俺は足元にも及ばない……俺がザスティンと渡り合えるのはフレイム星人とブリザド星人という、他に二人といないだろうコラボレーション能力による搦め手と戦闘バリエーションのおかげと言っていいからな」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「まあ、後はザスティンがドジッたところを躊躇なく狙い撃つ」

 

「……」

 

真剣な表情での言葉に美柑も思わず真剣な表情になるが、彼の続けての言葉には思わず呆れたように目を細めてしまった。

 

「あっれー! 氷崎じゃん!」

 

と、そこにそんな声が聞こえ二人は声の方を向く。

 

「あぁ、籾岡さん」

 

「偶然ね。ん? そっちの子は?」

 

炎佐が声をかけ、炎佐に声をかけてきた少女――里紗はにししと笑い、美柑を見るとわざとらしく首を傾げてそう尋ねてくる。

 

「知ってるでしょ? リトの妹だよ」

 

「冗談冗談。久しぶり、美柑ちゃん。氷崎んとこにお見舞いに行った時以来だっけ?」

 

「はい。お久しぶりです、籾岡さん」

 

炎佐の呆れたような言葉に里紗はけらけらと笑って返した後美柑に挨拶、美柑も笑顔で挨拶を返すがその笑顔はどこか里紗を威嚇牽制しているようにも見える。

 

「籾岡さんも散歩?」

 

「え? いや、あたしは……」

 

炎佐の質問に里紗は用事を話そうとするが、何か思いついたのかニヤリッと笑うと美柑とは逆方向の炎佐の脇方向に移動、彼の腕に抱き付くようにしがみついた。

 

「うわっ!?」

 

「ちょっとこれから行きたいとこあるんだ。ね、一緒に行かない?」

 

色気のある上目遣いで炎佐を見上げつつさらに膨らんでいる胸まで腕に押し当てながら里紗は炎佐に提案してきた。

 

「え、えっと……うわっ!?」

 

それに炎佐が困った様子を見せていると、突然今度は美柑が炎佐を逆方向に引っ張った。

 

「申し訳ないですけど、氷崎さんは私と散歩してるんです。お引き取り下さい」

 

「へぇ~」

 

こっちも炎佐の腕にしがみつき、目を細めて威嚇するように里紗にそう言う美柑。それに里紗もにやりと笑う。なんか二人の間でバチバチと火花が飛び交っているかのような幻覚が炎佐に見える。

 

「ひ~さき~。せっかくの休日、クラスメイトと遊ぶってのも悪くないんじゃないの~」

 

「氷崎さん。氷崎さんは先にした約束を反故にするような人じゃないですよね?」

 

「……えーっと」

 

にやにやと笑いながら美柑を焚き付ける里紗とそれを本気にしジト目になりながら炎佐にそう言う美柑。それに炎佐もどうしようかという声を漏らすしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「美柑ちゃん、そんなに引っ張ったら氷崎が歩きにくそうよ?」

 

「籾岡さんこそ、そんなにくっついてたら氷崎さんの邪魔じゃないですか?」

 

里紗の楽しそうな笑顔での言葉に美柑は目を吊り上げて返す。現在炎佐は右腕を美柑に、左腕を里紗に掴まれての両手に花状態。しかし美柑は機嫌が悪そうに目を吊り上げて炎佐を里紗から引き離そうとしているのかぐいぐいと引っ張り、里紗は炎佐に密着する程に腕を絡ませて身体をくっつけながら自分の行きたい方に炎佐を引っ張る。つまり炎佐は二人の女子に引っ張り合われている状態だ。と言っても流石に一応運動部所属で部一番の力持ちを自称している里紗と小学生の美柑では力に差があり、炎佐もされるがままのため美柑はずりずりと引きずられていた。

 

 

 

 

 

「お帰り、お兄ちゃん! ってあれ、里紗! それに炎佐に美柑ちゃんも!」

 

「やほ、未央」

「あ、沢田さん……何してんの?」

 

それから里紗に連れてこられた――最終的には美柑も諦めて頬を膨らませながら炎佐と手を繋いですたすた歩いていた――とある店に入ると、まるで兄の帰宅を出迎える妹のように挨拶してきた少女に里紗がよっと右手を上げ、炎佐も目をパチクリさせる。と未央はにししと笑った。

 

「ここでバイトしてるの。妹カフェ」

 

「いも……」

 

「ま、いいからいいから。はい三名様ごあんなーい」

 

未央のいる世界に炎佐は口ごもり、未央と里紗が炎佐と美柑を連れて席に案内する。そして四人掛け――二人同士が向かい合わせになる形だ――の席に炎佐が奥、美柑が手前の位置の隣り合わせで、里紗が炎佐の向かいに座る。

 

「はい、どぞ。メニューが決まったらそこのボタン押してね?」

 

未央は友達相手だからか砕けた口調で接客し、水とおしぼりを炎佐達に配ると注文が決まったらボタンを押して店員を呼ぶようにと説明。「ごゆっくり~」と言って去っていった。

 

「じゃ、そういうことで。好きなもん頼みなよ美柑ちゃん。奢るから――」

「え? いいんですか、籾岡さん?」

「――氷崎が」

 

「俺かよ!?」

 

里紗の言葉に美柑が目を丸くすると里紗は悪戯っぽく笑ってそう続け、その見事な流れの言葉に炎佐はつい素でツッコミを入れてしまう。が、その後にはハァとため息を漏らした。

 

「しょうがないな。美柑ちゃんの分は僕が持つよ」

 

「いいんですか!?」

 

「小学生に払わせるわけにもいかないでしょ?」

 

「氷崎さん……」

 

炎佐の言葉に美柑は感動したように声を震わせる。

 

「ぶーぶー。差別だー」

 

しかしそれを聞いた里紗は不服そうに唇を尖らせながらブーイングを出す。

 

「高校生は自力で払ってください」

 

だが炎佐はどこか手慣れた様子であしらっていた。

 

「けちー、器のちっちゃい男はもてないわよー」

 

「彼女作る予定ないし」

 

「……学校で実はリトとデキてるって噂流してやろうか?」

 

「……やったら燃やすぞ?」

 

炎佐と里紗は売り言葉に買い言葉というか喧嘩腰で言い合い、美柑は水を飲んだ後はぁとため息を漏らしてメニューに目を落とした。

それから少し時間が過ぎる。

 

「はい、オムライス三つね? それと美柑ちゃんはドリンク」

 

「ありがとうございます。未央さん」

 

注文品を持ってきた未央がオムライス三つと美柑は別に頼んでおいたドリンクを受け取る。

 

「それにしてもさ、美柑ちゃんにっていうか小学生に気を使わせるってどうなの?」

 

「「面目ありません……」」

 

未央の呆れたような言葉に炎佐と里紗がしゅんとなって呟く。二人はあれから言い合いを続け、最終的に美柑が適当に注文したのだ。まあちゃっかり自分だけドリンクも注文しているのだが。

 

「しっかし、氷崎はよく知んないけど里紗がここまでむきになって口喧嘩するのも珍しいよね。そこまで怒らせること言ったの、氷崎?」

 

「え? いや、別にそんな事言った覚えはないんだけど……」

 

「もういいわよ。私も冗談にしたって性質が悪かったわ」

 

未央の言葉に炎佐は首を傾げながら困ったように頬をかいて返し、里紗は頬杖をついて呟く。

 

「お互いこの話は忘れるって事で。氷崎は自分の分と美柑ちゃんの分、私は自分の分を出す。おーけー?」

 

「あ、うん……」

 

里紗が言い、それでいいかと促すと炎佐は頷き。里紗は「よし」と頷くとオムライスを食べ始め、それからようやく氷崎もオムライスを食べ始めた。

それから三人が食事を終えようとした時、突然炎佐の携帯が鳴り始める。

 

「あ、ごめん」

 

炎佐は二人に一言断ってから電話に出る。

 

「はい、もしもし?……」

 

彼は電話に出ると突然真顔になり、席を立つ。

 

「ちょっとごめん」

 

二人にもう一言断り、近くにいた店員である未央にも「少し電話で外に出るけどすぐに戻る。何かあったら籾岡さん達にお願い」と軽く伝えてから彼は店を出ると近くにあったガードレールに座るように腰を落ち着ける。

 

「なんか用? キョー姉ぇ?」

 

[ううん、別に。ただこれからちょっと忙しくなるから、今の内に声を聞いときたいなーって]

 

電話相手――恭子の呑気な言葉に炎佐は「あ、そう」とだけ返す。

 

[そういうわけでね、これから忙しくなって、電話をかける余裕も、電話に出る余裕もなくなっちゃうかもしれないの]

 

「はいはい」

 

[だけど……心配しなくていいからね?]

 

「子供じゃあるまいに」

 

まるで子供に心配をかけないような柔らかい口調での言葉に炎佐は呆れた様子を見せる。

 

「……で、それだけ?」

 

[え?]

 

「いつもならいついつからスケジュールが埋まっていくからその前に遊びに来るとか言うでしょ? エンちゃん分補給~とか言って抱きついてくるし」

 

炎佐は慣れているかのようにそう言う。

 

[ふふ、ふふふ……]

 

と、電話口から恭子も笑い声が聞こえてくる。

 

「なに?」

 

[ん~ん。なんか嬉しくってね]

 

「地球に来た頃は毎日のように抱きつかれたり、家を出て一人暮らし始めても突貫されてたら嫌でも行動パターンが読めるようになるっての。そっちが暇な時はいつも一緒にいたようなもんだし」

 

恭子の言葉に炎佐はため息をつき、不本意そうな声で返す。しかしその頬は緩んでおり、どこか楽しげだった。

 

[じゃあね、エンちゃん]

 

「うん」

 

そして二人は一言二言言い合って電話を切り、炎佐も携帯をしまうと店内に戻る。

 

「ひ、氷崎……大変……」

 

「え?……って」

 

店に入ると共に未央が少し焦ったような様子で声をかけ、彼はそんな声を漏らして未央が指差している方を見ると声を漏らす。

 

「ねえねえ君可愛いね~? これから一緒に映画とか行かない?」

 

「チャラい奴お断り」

 

「お、強気。そこもいいねぇ」

 

炎佐達がいたテーブルには五人ほどの言っちゃなんだがチャラかったり柄が悪かったりする男達が里紗にナンパしていた。まあ彼女は慣れたようにあしらっているのだが。

 

「お、こっちの女の子もちっちゃいけど可愛いねぇ。妹カフェに来るとか、お姉ちゃんにあこがれてたり?」

 

「え?……と……」

 

と、男の一人が美柑に狙いを定め、美柑は今までにない相手にか萎縮し、怯えた様子を見せている。

 

「沢田さん、ちょっとごめん」

 

「え?」

 

「店に被害出さないよう善処するから」

 

「え!?」

 

炎佐は未央をどかしながらそう言い、未央は驚いたような慌てたようなリアクションを見せる。その間に炎佐は里紗と美柑に言い寄っている男達の内二人の肩にそれぞれ片手ずつ両手を置く。

 

「ちょっと失礼」

 

「「あん? なんだテメェ?」」

 

炎佐が呼びかけ、肩に手を置かれた男――二人とも中肉中背、色々と平均的な感じだ――は顔だけを振り返らせて炎佐を睨みつける。

 

「あぁ、いえいえ。僕、この子達の連れです――」

 

そう言いながら炎佐は肩を掴んでいる手に力を込める。

 

「――けどっ!」

 

「「っ!?」」

 

その瞬間、炎佐が掴んでいた肩からゴキンという音が響き、

 

「「ぎゃあああぁぁぁぁっ!!??」」

 

その男達は肩を押さえ悲鳴を上げながら床に倒れもがくように転がり始める。

 

「お、おいどうした!?」

「大丈夫か!?」

「てめえ、何しやがった!?」

 

「別に。その人達の肩の骨外しただけです」

 

残る三人の内二人が痛みに呻いている男二人に呼びかけ、一人が炎佐を睨むが炎佐はその睨みを受け流してしれっと言ってみせた。

 

「てめえ、ざけんじゃねえぞっ!!」

 

しれっとした炎佐の言葉にむかついたのか里紗をナンパしていた男――長身に痩せ型でチャラそうな見た目だ――は拳を振りかぶり殴り掛かる。

 

「ほい」

 

「ぬあっ!?」

 

しかし炎佐は右手の甲でその拳を受け流し、さらに軽く相手の足を払って相手のバランスを崩し前のめりにさせる。が、そのままの勢いで前方に吹っ飛んでしまわれたらどっかのテーブルもしくは飾っている観葉植物辺りにでもぶつかって店の備品を壊しかねないので拳を受け流した右手で素早く相手の服を掴んで勢いを止め、相手の背中に踏み下ろす形で蹴りを叩き込み、相手を地面に突っ伏させる。この一連の流れを炎佐はその相手を見る事すらせずにやってのけた。

 

「な、このっ!!」

 

その光景に別の男性――こっちはシャツの上からでも分かる程度に筋肉質でがっしりした体格だ――が驚き、こっちも単純に拳を振りかぶって殴り掛かってくる。

 

「っと」

 

「なっ!?」

 

しかしその拳を炎佐は開いた左手一本で軽く受け止め、直後右拳を相手の腹に叩き込み、相手が咳き込んだ隙に左手で相手の拳を握ると無造作に引き、追い打ちに腹に膝蹴りを叩き込んでおいてから後ろに投げ捨てるように放っておく。その時相手は踏み伏せられた男性の上に倒れ込み、炎佐はそれをちらりと横目で確認する。

 

「氷崎っ!」

「氷崎さんっ!」

 

「おらぁっ!!!」

 

と、その隙を突いて最後の一人――デブ、もといふとましい体格で、美柑に声をかけていたのはこいつだ――が思いっきり体重をかけた拳を叩き込む。里紗と美柑が悲鳴を上げるが遅く、ゴッ、と鈍い音を立てて男の拳が炎佐の顔面に直撃した。

 

「あ、が……」

 

しかし苦しげな声を出したのは殴ってきた男性。その腕はぶるぶると震え、顔も痛みに耐えるように引きつっている。

 

「今、何か触れたか?」

 

逆に殴られた炎佐は殴られた痛みなんて全くないかのような平然とした声を出しており、相手が突き出している右腕を左腕で掴むと相手が悲鳴を上げる程に握り込む。

 

「いでででで、なぁっ!?」

 

そして右手を相手の腹の方に持っていくと明らかに体格が上回り体重も明らかに重いであろう相手を軽々と持ち上げた。

 

「どっこいしょー!」

 

思いっきり床――もちろんそれなりにスペースが確保されている場所だ――に勢いよく叩きつけるように投げる。その一撃で店が揺れ、最初に炎佐が肩を外した男性以外の三人は気絶。里紗や美柑、未央はもちろん他の客及び店員もぽかーんとした目でその光景――見た目どちらかと言えば華奢な少年がチンピラ五人を平然と無力化した――を見ていた。と、炎佐は最初に肩を外した男性二人の方に歩いていき、その男達は「ひぃっ!」と悲鳴を上げて怯えの混じった目で炎佐を見る。

 

「動かないでくださいね~」

 

しかし炎佐は気にも止めずにそう言って外した肩とその腕に手を持っていき、再びゴキンという音が響く。と、男性は目を丸くし、二、三度腕を回す。どうやらさっき炎佐は肩をはめたらしい。

 

「あなた方をこうしておいたのはこの状態を見せておくためです……」

 

笑顔でそう言い、次に冷たい目で男性を見る。

 

「今回はちょっとたしなめただけのつもりだが、もしこれを逆恨みでもしてこの二人や関係のない連中に手出しをしてみろ。その時は本気で貴様らを叩き潰す。覚えておけ。そうこいつらにも伝えろ」

 

「「ひゃ、ひゃいっ!!」」

 

宇宙を駆ける傭兵の殺気に男性は裏返った声でそう言い、それから炎佐は軽々と三人の男性を店の外に運び、男二人が彼らを抱えて去っていく。それから炎佐は店長に深く頭を下げて謝り、店内にいた客にも頭を下げ――こっちはむしろ怖い連中がいなくなって助かったと感謝されたが――注文品の代金を支払い、里紗と美柑を連れて店を出ていった。

 

「いっやー! やるじゃん氷崎! 最後の睨みは凄かったよマジで」

 

「あんなもん、鼻歌交じりに出来る程度に抑えたよ」

 

「きゃーかっこいー!」

 

里紗は炎佐の左腕に抱き付きながら炎佐を褒めたり甘えたりしており、炎佐はやれやれとかぶりを振った後美柑の方を見る。

 

「美柑ちゃん、大丈夫? 怖くなかった?」

 

「え? えと、はい……」

 

炎佐は心配そうに美柑に声をかけ、それに美柑は驚いたように目を丸くした後こくこくと頷く。と、里紗が頬を膨らませた。

 

「氷崎ひどーい。なんであたしは心配しないのさー?」

 

「美柑ちゃん優先に決まってるでしょ?」

 

里紗の言葉に炎佐ははっきりそう言い、それに美柑がぱぁっと顔を輝かせる。

 

「美柑ちゃんは子供なんだから。しっかり守ってあげないと」

 

「……」

 

が、その直後の言葉でその輝きが消え、彼女はゆっくりと炎佐の前に歩き出る。

 

「ふんっ!」

 

「いたってうわっ!?」

「うわっとっと!?」

 

炎佐の脛に蹴りを決めた後そのまま足払いに繋げて炎佐をこけさせる。その腕に掴まっていた里紗は炎佐を見捨てるように手を離し、炎佐は歩いていたこともあって勢いよくずっこけた。

 

「な、なんなの?……」

 

「知りませんっ!」

 

炎佐はいきなり美柑が怒った理由を理解できないかのように倒れたまま呆然としたように呟き、それに対し美柑は頬を膨らませてふんっと鼻を鳴らしながら歩いていく。

 

「はぁ~あ。流石に美柑ちゃんに同情するわ……」

 

訳が分からず動かない炎佐の横で里紗は呆れたように額に手を当てて呟くのであった。




え~。前回はマジ失礼しました。暴走しすぎました。心から反省しております……。
今回は前回とは打って変わってほのぼのと女子二人とのデート(後ついでに喧嘩)です。喧嘩に関してはオチが思いつかなかったので今回のヒロイン二人をナンパさせて炎佐にぼこらせてたらなんか結構続いちゃった感じですけど。さて次回はどうしようかねぇ……ま、それでは。


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第十六話 宇宙からの襲来者

(この惑星(ほし)に来てもう三年か……はやいものね)

 

黒髪を綺麗なショートに整えた美女――御門は心の中で呟き、自分に向けられる生徒達からの「綺麗だ」や「色気ムンムンだ」という言葉を聞き流しながら学校に向けて歩みを進めていく。と、その途中で彼女は登校中の人混みの中から見覚えのある後ろ姿を見つけ、悪戯っぽく微笑むと足音を消しながら歩みを進めていく。

 

「おはよ、炎佐君」

 

「っ!?」

 

耳元に息を吹きかけながらの挨拶にその相手――氷崎炎佐は驚いたように距離を取り、反射なのか御門を睨みつける。ちなみに人混みの中の為か押していた自転車は器用にハンドルを掴み支えたままである。

 

「ドク……御門先生……」

 

「たるんでるんじゃないかしら? 私が刺客だったら死んでたわよ?」

 

炎佐の睨みながらの言葉を御門は軽く受け流しふふっと笑う。それに炎佐は言い返せないのか舌打ちを叩いて顔を逸らした。

 

「うっせえ……考え事してたんだよ」

 

「お姉ちゃんとお話しできてなくて寂しいとか?」

 

「テメエいい加減ぶん殴るぞ?」

 

炎佐の考え事という台詞に対し御門はニヤニヤしながらそう返し、その言葉に炎佐はイラついたのか若干本気の目で脅しをかける。しかし御門は「まあ怖い怖い」とおどけるだけだった。

 

「そういえばリト君とララちゃんは? いつも一緒でしょ?」

 

「たまには別行動だよ」

 

二人は特に一緒に行く理由もないのだが離れる理由もないためか横に並んで駄弁りながら学校まで歩いて行った。

 

 

それから時間が過ぎて昼休み。リトとララが教室の外に出ていた春菜と唯を探しに出ていき、炎佐は一人でぼんやりとしていた。と、彼は教室の天井の隅に変なものがあるのを見つける。球体状の胴体にカメラを着け、四足の先が尖った足で天井に張り付いている。と、それは炎佐が自身を見つけると同時にまるで彼を誘うように教室を出ていき、炎佐は席を立つとそれを追いかけた。

それから彼がやってきたのは校外にある人気のない森。すると謎の機械は適当な木に止まり、突然彼の目の前に光を放射した。と、虚空に、右目に大きな傷のあるサングラスの男の映像が映し出される。

 

[お初にお目にかかります、氷炎のエンザ君]

 

「……何者だ?」

 

慇懃無礼に挨拶を交わす男に対し炎佐は明らかに警戒の目を向け、その気配に気づいたのか男はクックッと笑う。

 

[ああ、失礼。私の名はケイズ……ソルゲムのメンバー、と言った方が分かりやすいかな?]

 

「ソルゲム!?」

 

男――ケイズの言葉に炎佐は反応し、直後不敵な笑みを見せる。

 

「ふ、あの悪名高いソルゲムがこんな辺境の星までやって来るとは、銀河が平和になってからお暇なようで」

 

[ククク。あいにくだが、私達も忙しい合間をぬってでもここに来る必要があるのですよ]

 

不敵な笑みを浮かべ皮肉を放つ炎佐にケイズも慇懃無礼な様子で返し、

 

[ドクター・ミカド]

 

一人の人物の名前を挙げる。

 

[もちろんご存知でしょう。何せこの学校の養護教諭だ]

 

「ハッ。ドクターがテメエらみたいな奴らと手ェ組むわけねえだろ……帰れ」

 

[ククク……私が何と言ったか、理解できないようだ]

 

ケイズの言葉にエンザが吐き捨てると彼はクククと笑ってそう言い、それを聞いたエンザは一瞬怪訝な目を向けた後、はっとした顔を見せる。

 

「テメエ、まさか!?」

 

[人質というのは有効な手段、君もそれは分かっているだろう?]

 

彼の予測が現実となった、その直後彼の表情が憤怒のものに変わる。

 

「ドクター・ミカドに、そして人質に手ェ出してみろ……テメエ、チリも残さず焼き尽くす」

 

[ククク……それが出来ればいいのだがね、氷崎炎佐君]

 

エンザの言葉にケイズはにやにやと笑いながらそう言う。その時突然彼のポケットから携帯が鳴り始めた。

 

[出たまえ。話の邪魔をしないよう静かにしておいてあげよう]

 

「……」

 

ケイズが促し、エンザは彼を睨みながら携帯を取り出し、電話に出る。

 

[えっえっえっ、炎佐くーん!!!]

 

直後、電話の向こうから分かりやすいくらいにパニクった男性の声が聞こえ、炎佐は咄嗟に携帯を耳から離して少し待ち、その声が治まってから改めて携帯を当てる。

 

「もしもし、もしかしてマジカルキョーコの監督ですか?」

 

[あ、ああ]

 

炎佐は電話の相手を確認し、相手――監督は焦った様子の声でその質問を肯定する。

 

[わ、悪いんだけどさ! 恭子ちゃん知らない!?]

 

「はぁ?」

 

[朝は確かにいたんだけど、いつの間にかいなくなってるんだよ!?]

 

「は、いや、知りませんけど……!」

 

監督の慌てた声に炎佐はそう返し、少し考えるとはっとした様子で見上げる。

 

[どうかしたかね?]

 

そこにはくっくっと笑みを浮かべているケイズの映像があり、エンザは電話を切るとケイズを睨みつけた。

 

「テメエ、キョー姉ぇに何しやがった……」

 

[さっきも言っただろう? 人質とは有効な手段だ]

 

射殺さんばかりの視線を向けるエンザにケイズは笑いながらそう言い、その時さらに別の映像が映し出される。そこにはスライムに身体を拘束された恭子の姿があった。

 

「キョー姉ぇ!!!」

 

[あのスライムは我々が造った合成生物でね。人質の自由を奪い、命令一つで彼女らを窒息させることもできる……ああもちろん、フレイム星人と地球人のハーフである彼女の炎でも蒸発させることはできないのでご安心を]

 

エンザが声を上げ、ケイズが説明。その後半の説明を証明するように、恭子が口から火を吹いてスライムに攻撃を仕掛けているがまったく効いている様子はなかった。

 

[地球に君がいる事はドクター・ミカドを探している時に知ったが、少し調べれば君の弱点は発見できたよ]

 

「馬鹿な、俺達の関係は細心の注意を払って隠して……いや」

 

ケイズの言葉にエンザは呆然とした様子で呟き、しかし一つ、数日前の事を思い出す。

 

「まさか、マジカルキョーコの撮影の時に俺を狙ってきた奴らは……」

 

[私達の差し金だよ。あわよくば君を殺し、最悪でも実力を調査。君の弱点を発見できたのは嬉しい誤算だね]

 

「……テメエ、殺してやる……いや、死んだ方がマシだって思わせてやる……」

 

数日前マジカルキョーコの撮影時に襲われたことを彼は思い出し、ケイズが笑いながらそう言うと彼は憤怒の表情でそう呟く。

 

[おお怖い怖い。では氷崎君、なるべく大人しくしていてくれればこっちもありがたいので……]

 

ケイズがそう言い終えると共に映像は切れ、証拠を残さないためか謎の機械も爆散する。

 

「っ……」

 

恩のある相手が危機にさらされている。しかし同時にその相手を助けようとしたらまた別の恩ある相手の命が危険にさらされる。その現状に炎佐は固まってしまい、悔しそうにうつむくと歯を噛みしめながら拳をぎゅっと握りしめる。その時、握りしめた拳に握っていた携帯電話がまるで痛みにうめくかのように震え始めた。

 

 

 

 

 

「……くっそっ! 炎佐の奴電話に出ねえ!!」

 

一方学校の屋上。リトは苛立った様子で電話を切りながら怒鳴り声を上げる。

 

「ど、どうしようリト! ザスティンにも連絡が取れないよ!」

 

「嘘だろ!?」

 

ララの焦った声にリトも叫んで再び携帯電話のボタンをプッシュする。

 

「あ、もしもし親父!? な、なあザスティンは……えぇっ!? 休暇!? 上手い具合に締め切り前に仕事が終わったぁ!? あ、ああ……分かった……」

 

リトは呆けた声で叫び、電話を切る。

 

「こんな時に……」

 

「仕方がありません」

 

リトの言葉に、本を読みに学校へと来ていたヤミが呟き、自らの長く伸ばした髪の先に縛られている明らかに地球人ではない格好をしている存在――ソルゲム構成員二人を見る。

 

「この者達から聞き出した座標に向かい、人質を救出します。プリンセスは先行してドクター・ミカドの所へ」

 

「オッケー!」

 

ヤミの言葉にララはびしっとサムズアップする。

 

「は~っはっはっはっは!」

 

「何者!?」

 

と、そこに突然高笑いが聞こえ、ヤミがいち早く反応する。

 

「話は聞かせていただきましたよ!」

 

普段生徒達が使用している屋上部分より一段高い場所。そこにはいつの間にか一人、太陽のせいでほとんどシルエットしか見えないが、それを見る限り人間に見える存在がスカートやぴょこんと立っているアホ毛を風に揺らしながら仁王立ちをしていた。

 

 

 

 

 

「……」

 

一方校外の森。炎佐は何か意を決した表情でここを走り出しており、それを近くの屋根の上から望遠鏡で確認していた存在――ソルゲム構成員は通信機で連絡を入れる。

 

「氷炎のエンザが動き始めました」

 

[そうか……せっかく忠告をしてやったというのに、愚かな奴だ]

 

構成員からの連絡に通信相手――ケイズはクククと冷笑しながら呟く。

 

「ケイズ様、すぐに人質を……」

 

「まあ待て。我らソルゲムに逆らう者だ……見せしめにする」

 

ケイズは自らの横に立つ手下に対し冷笑したままそう言い、通信相手に声を向ける。

 

「監視を続けろ」

 

[了解]

 

ケイズはそう指示を出して通信機を切り、前方を見る。丁度一人の綺麗な女性――彼らの目的たる人物だ――が自分達の方に歩いてきている。

 

「ようこそ。待っていましたよ、ドクター・ミカド」

 

「生徒達は無事でしょうね?」

 

二人の部下を連れ、余裕綽々な様子で挨拶するケイズに対し御門は目を研ぎ澄ませながらそう尋ねる。それにケイズは「もちろん」と返した。

 

「あなたが我が組織ソルゲムに忠誠を誓ってくださるなら、すぐにでも解放いたしますよ」

 

「……そんなに私の医学が欲しいの?」

 

ケイズの言葉に御門がそう聞くとケイズは「欲しいですねぇ」と言い、御門の医療技術をもってすれば生体に強化改造手術を施し、最強の兵士を作り上げる事が出来る。そしてそれらを組織の商品として宇宙に出回せられればこの宇宙を再び戦乱の世に戻すことさえ可能だと組織の目的を話す。

 

「生体の改造と強化、か……そうやって生み出された子を一人知ってるけど……私は、医学をそんな事に使いたくないわ」

 

「しかし、生徒と引き換えにはできない」

 

御門の寂しげな目での言葉に対しケイズは嫌らしく笑う。それに御門は「ええ」と頷いた。

 

「残念だけど、あなた達の――」

 

「待ちなさーい!!」

 

「「――!?」」

 

御門がそう言おうとした瞬間そんな少女の声が響き、ケイズと御門は声の方を見る。

 

「御門先生はあなた達には渡さないんだからっ!」

 

「ララさん!?」

 

ララが空を滑空しながら叫び、彼女の取って置きである尻尾ビームがケイズ達向けて放たれる。

 

「くっ!?」

 

しかしケイズとその部下二人は俊敏にその攻撃をかわし、後ろに下がる。

 

「デビルークのプリンセス!? バカな、妙な動きをさせないよう監視させていたはずっ!?」

 

「もう大丈夫だよ、御門先生!」

 

ケイズが叫び、ララが御門を守るように彼女の前に立つ。さらにその二人を守る騎士のように、無言で一人の少年が彼女らの前に立つ。

 

「……いざ参る」

 

彼は静かにそう呟いてバッジを身に着け、直後銀色の鎧に身を包む。

 

「エンザ! そんな奴らやっつけちゃって!」

 

「氷炎のエンザか……ククク」

 

ララが叫び、ケイズはクククと笑うと片手を上げる。それと共に彼の二人の部下が前に出た。

 

「遊んでやれ」

 

「「はっ!」」

 

ケイズがそう言い、部下二人は頷くと共に身体に力を込めて飛び出し、エンザも素手で二人を受け止める。

 

「!?」

 

しかしエンザの方が押され、直後二人が同時に拳を振るうとエンザに直撃、エンザは弾丸のように吹き飛んで地面に叩きつけられ、しかしそれでもなお勢いが止まらずに地面が抉られる。

 

「そんな……これは、まさか!?」

 

御門は一瞬絶句した後気づいたように声を上げてケイズを睨みつける。

 

「ご名答。彼らは我が組織で開発した生体強化改造手術を受けているのですよ……もっとも、まだ未完成。だからこそドクター・ミカド、あなたに来ていただきたいのです」

 

しかし睨みつけられたケイズはクククと笑いながらそう返す。

 

「下種が……ドクターをそんなところに行かせるかよ……」

 

ケイズがそう言っている間に復活したエンザは再び彼女らの前に立つ。

 

「二人とも、下がっていてください」

 

「ふん……やれ」

 

エンザが二人を下がらせ、ケイズは部下二人に戦闘続行を命令。再び二人の部下がエンザに襲い掛かった。

 

「ふんっ!」

 

部下Aが思いっきり拳を振りかぶり、叩きつけるように拳を振るう。それをエンザは両腕をクロスさせて防ぐものの威力に押されてしまう。

 

「らぁっ!!」

 

「がぁ!?」

 

そこに背後に回り込んだ部下Bがエンザの背中目掛けて回し蹴りを叩き込み、前方後方から衝撃の挟み撃ちを受けてしまったエンザは悲鳴を上げて血を吐くと前の方に倒れ込みそうになる。

 

「おっと!!」

 

しかし部下Aがエンザの顎を抉るように蹴り上げ、部下Bがエンザを掴みあげて冗句へと投げ、エンザは重力によって地面に叩きつけられてしまう。

 

「エ、エンザ!? どうしちゃったの!?」

 

「……まさか!? ケイズ!! あなたはエンザにまで!?」

 

全く手出しをしないエンザにララが慌てて叫ぶと御門がケイズを睨みつけ声を荒げる。

 

「その通り。彼が地球で頼りにしている親族……その一人である彼の従姉弟を人質に取っているのですよ。まさかそれでもなおドクター・ミカドを助けに来るとは思いませんでしたが、やはり手は出せない様子」

 

ケイズはそこまで言うとクククと笑ってみせた。

 

「まあ、ソルゲムに逆らう愚か者への見せしめとして処刑させてもらいましょう」

 

ケイズはそう言ってエンザを見下すような目で見る。

 

「殺せ」

 

冷酷なまでにそう命令し、ケイズの部下は拳を鳴らしながらエンザの方に向かっていく。

 

「……それはどうかな?」

 

と、その時倒れていたエンザがそう呟いて起き上がった。その口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「?……ぬ?」

 

その時、ケイズの二つの通信機が突然鳴り響き始めた。

 

「出ろよ。話の邪魔をしないよう静かにしておいてやるからよ」

 

エンザがそう言い、ケイズは舌打ちを鳴らしながら通信する。

 

「おい、何があっ――」

[ケ、ケイズ様! 敵襲、敵襲です!? こ、金色の、金色のやアアアァァァァッ!!!]

[な、なんでだ!? なんでこいつがここに、ギャアアアァァァァッ!!!]

 

ケイズの言葉を遮って二つの通信機から悲鳴が飛び交う。

 

「……!?」

 

「粘りに粘って……チャンスを待つ。ドクター・ミカドが連れ去られないための時間稼ぎ。それが、今回の俺の任務だ」

 

ケイズがエンザを睨みつけると同時に彼は不敵に笑いながらそう言う。その直後、彼の頭上に巨大な空飛ぶ真っ赤な海賊船のような船が姿を現した。

 

 

 

 

 

「ふひひひ、いい眺めだなぁ」

 

少し時間を戻そう。立ち入り禁止となっている工場の中、ソルゲムの構成員の二人が眼福というように目の前で、スライムに弄ばれ、頬を紅潮させながら艶っぽい喘ぎ声を出している春菜と唯を見ていた。

 

「この娘達、本当にミカドを説得出来たら解放するのか?」

 

「まさか! どっちも上玉だ。いくらでも商品価値はあるだろ――」

「ふざけんなーっ!!!」

 

構成員Aの言葉に構成員Bがまさかと返すが、その言葉が終わる前にそんな怒号が響き渡る。そして棒を手に持ったリトが二人に殴り掛かった。

 

「なっ!?」

「うおっ……こいつ、なんでここに!?」

 

ぶんぶんと棒を振り回すリトに構成員の二人が驚いて叫ぶ。

 

「「結城……君?……」」

 

「ガキがっ!!」

 

春菜と唯がリトの存在を視認すると同時、構成員の一人がリトの振るった棒目掛けて殴り、その衝撃で棒が折れるだけでなくリトまでも吹っ飛ばして尻餅をつかせる。

 

「舐めた真似しやがって……」

 

もう一人の構成員が拳をぽきぽきと鳴らす。

 

「はいどっこいしょー!!!」

 

「ぬがあっ!?」

 

その絶体絶命の空気をぶち壊すかのような掛け声と共に拳を鳴らしていた構成員が突如前方に吹っ飛ぶ。その背中には銀色の髪をなびかせた少女のドロップキックが突き刺さっていた。

 

「な、なんだ!?」

 

「ふっ!」

 

いきなり同僚が吹っ飛んだことに構成員が驚愕すると、後ろからそんな短く息を吐く声が聞こえた。そう思った瞬間彼の背中に鋭い痛みが走った。

 

「ぎゃっ!? な、なんぎゃっ!?」

 

痛みに振り返った瞬間再び鋭い痛みが今度は顔に走り、彼は咄嗟に痛みの元を引き抜く。

 

「フォ、フォーク!?」

 

銃弾でも矢でもなく、フォーク。それがいきなり自分の頭と恐らく背中に突き刺さった事に、彼は一瞬混乱。

 

「名状しがたい――」

「え?」

「――バールのようなものっ!!!」

「ぐふぇいっ!!??」

 

いつの間にか近づいてきていた、さっきドロップキックを同僚にかました少女が今度は名状しがたいバールのようなもの、というかバールでぶん殴ってきたのに気づくのが遅れてしまったのも、まあしようがないと言えるだろう。

 

「「え、え?……」」

 

目の前の光景に春菜と唯は目を点にする。

 

「ふ、二人とも大丈夫か?」

 

「ゆ、結城君……」

「あの人達、何者?……」

 

近づいてきたリトに春菜と唯は目を点にしたまま、さっき宇宙人二人を無力化した銀髪美少女と、入り口の方に立ちフォークをまるでダーツの矢のように構えている少年を見てリトに尋ねる。

 

「あーえーっと……なんていうか……」

 

リト自身も把握しきっていないのか、頬をぽりぽりとかいて困った様子を見せる。

 

「惑星保護機構」

 

「「ヤミさん!」」

 

と、そこにヤミが割り込んで説明するようにそう言う。

 

「ヤミ、他の連中は?」

 

「見張りを含め全員捕縛完了……」

「彼女らは惑星保護機構、宇宙連合に参加するだけの文明レベルに達していない惑星を宇宙人の介入による急激な変化から守るための組織の職員です」

 

「そのとーり!」

 

ヤミと一緒に入ってきた赤髪ツインテールの少女の報告の後、ヤミが短く説明するとさっきの銀髪美少女が割り込む。

 

「私はニャルラトホテプと申します。気軽にニャル子とお呼びください」

 

「八坂真尋。僕は地球人だけど、まあ今回はニャル子の手伝いってとこだ」

 

「……クー子」

 

銀髪美少女――ニャル子が名前を名乗るとフォークを手でくるくると弄びながら少年――真尋も名前を名乗る。その次に赤髪ツインテールの少女――クー子が名前を名乗った。

 

「ニャルラ……どこかで聞いたことあるような?……」

「ニャルラトホテプ……もしかして、クトゥルー神話の無貌の神?」

 

「おや、御存知でしたか。そりゃ話が早い。その通り! いつもニコニコ、あなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプ! です」

 

ニャルラトホテプという名称に春菜が首を傾げると唯がはっとした顔でそう尋ね、それにニャル子は満足そうにうんうんと頷くと某仮面の変身ヒーローが変身する時のように腕を動かしてポーズを決め、ウィンクする。

 

「それより、ここを離れましょう」

 

「そ、そうだな!」

 

ニャル子が決めている横でヤミが冷静にそう言い、同時に二人を束縛していたスライムを髪を<r変身:トランス>させた刃で木端微塵に切り刻み、二人を解放する。リトも頷くと携帯を取った。

 

「もしもし、そっちは……あ、ああ。予定通り合流だな。分かった!」

 

リトは電話相手と一言二言話すだけで電話を切り、二人に手を伸ばす。

 

「急ごう!」

 

「「あ、うん……」」

 

春菜と唯は自然にリトの手を取り、それからヤミが先行、リトが春菜と唯を連れて続き、その後を真尋が、しんがりをニャル子という陣営で彼らは脱出した。

 

 

 

一方春菜と唯が捕らえられていた場所とはまた別の立ち入り禁止となっている建造物内。

 

「やっはー!!!」

 

「うぎゃー!!??」

「ケ、ケイズ様に連絡しろ!!」

「な、なんでだ!? なんでこいつがここに、ギャアアアァァァァッ!!!」

 

そこは大騒ぎになっていた。赤いロングヘアーを燃え盛る炎のようにたなびかせ、ハイテンションで剣を振るいその軌跡が爆発を起こす。その光景にソルゲムの構成員は悲鳴を上げる。

 

「に、逃げろ! 人質を連れて逃げっ――」

 

構成員の一人が叫ぶがその声は途中で途切れる。この炎が撒き散らされている空間にもかかわらず、叫んでいた構成員は氷に包まれていた。

 

「……先に行く」

 

「オッケー、雑魚は任せといて。さー行くよ!!」

 

「お、お待ちください!」

 

炎の中にまるで冷気を放っているかのように涼しげな声が聞こえ、それに赤髪ロングヘアの女性が頷いて他の構成員の方に特攻すると、それを追うように髑髏を模した鎧を纏った金髪の青年が走っていった。

 

「あ……」

 

奥の方の部屋でスライムに束縛され監禁されていた少女――恭子は、部屋に入ってきた者――青色の髪を長く伸ばして後ろで一本に結んでいる髪型で、何故か口元を覆い隠すようなマフラーを巻いており、片手に巨大な銃を握っている男性――を見る。

 

「ゲロッ! 恭子ちゃん、御無事でありますか!?」

 

「あ、ケロロさん! 大丈夫です、ひゃんっ!?」

 

その横に立っていた緑色のデフォルメカエル人間、ケロロ星人のケロロの言葉に恭子が笑う。だがその時スライムが動き恭子は嬌声を上げた。

 

「……少し冷えるが、我慢しろ」

 

男性がそう呟いて恭子の方に手を向ける。その瞬間恭子の身体を弄ぶように蠢いていたスライムが全て凍り付く。しかし恭子の身体は一部分とて凍り付いていない。

 

「おぉ流石はセシル殿! お見事であります!」

 

「あとはミーネが来るまで待っていろ」

 

「はーい」

 

ケロロの歓声に対し男性――セシルがそう言うと恭子は元気に笑いながらそう言う。

それから赤髪ロングヘアの女性――ミーネとそのお供が合流し、ミーネが熱を放って凍り付いたスライムを瞬間的に蒸発させ、ようやく恭子は解放される。

 

「ふ~……あー疲れた~」

 

「ご苦労様」

 

恭子は立ち上がって伸びをし、ミーネが労を労う。

 

「うん。それと久しぶり、おじさんおばさん」

 

「ええ、久しぶり」

 

「……ああ」

 

恭子のにこっと微笑みながらの言葉にミーネとセシルは頷く。

 

「ああ、リト君か? ああ。こっちは予定通り進んでいる。ああ。予定地点で合流しよう」

 

と、後ろの方で金髪の青年がおじおば姪の談笑を邪魔しないように電話をかけており、電話を終えるとミーネたちの方を見る。

 

「皆さん、あちらの方も任務成功したようです。脱出しましょう」

 

「オッケー! 皆急ぐよ!」

 

青年の言葉にミーネが頷き、彼女主導の元メンバーは脱出していった。

 

 

 

 

 

そして現在へと時間が戻る。エンザの頭上に停泊した海賊船から長いロープが下ろされたかと思うとそこから滑り降りるようにして数人の男女が現れる。その内の一名を見てエンザは笑った。

 

「遅いよ、母さん」

 

「うるさい事言わない。もうちょい効率的に防御しとけば傷は少なく済んだものを」

 

エンザの言葉に、燃える炎のような赤い髪に真紅の瞳の女性――ミーネが笑いながらそう言う。

 

「遅くなりました、ララ様。デビルーク親衛隊、ただいま到着いたしました」

 

その横で三人の青年がララに向けて膝をつく。それにララが驚いたように目を丸くする。

 

「ザスティン! ブワッツ! マウル! どうして!?」

 

「ここ数日、さらには春菜さんと唯さんが危険になったにも関わらず連絡を絶ったご無礼をお許しください。これもミーネ殿からのご依頼ゆえ……」

 

「ミーネさんからの?……」

 

ザスティンの説明にララは、エンザが母と呼んだ女性――ミーネの方を見る。

 

「アタシらは独自の情報網でソルゲムが、今は地球にいるミカドを狙っていることを掴んだのよ。んで、この前キョーちゃんからエンザが狙われたって話を聞いてもしかしたらソルゲムがエンザの存在に気づき口封じや、もしかしたら弱みとしてキョーちゃんを狙ってくる可能性があると判断してね」

 

「まさか、キョー姉ぇは全部知ってた?」

 

「もち」

 

ミーネの説明にエンザが口を挟むと彼女はあっさりと頷く。ちなみに春菜と唯はここで一緒に下ろされており、恭子は仕事があるため先に仕事場近くで下ろされたらしい。

 

「それで……俺達は現在地球にいる惑星保護機構職員であるニャル子とクー子に情報を流し、ザスティンやケロロ達にも協力を要請したわけだ。恭子、そしてエンザの友には一時危険な目にあってもらって申し訳なかったが、全てはここでミカドの誘拐計画を立てたソルゲムの幹部を捕らえるために」

 

「さあ、神妙に縛についてもらいましょうか!!」

 

セシルによる状況説明が終了すると同時にニャル子がびしっとケイズを指差して叫ぶ。

 

「クク、ククククク……」

 

と、ケイズが笑い始める。

 

「……何がおかしい?」

 

「フフフ。ここまでの状況は予想外でしたが、まさか私が金色の闇と氷炎のエンザ、さらにはデビルークのプリンセスがいるという状況を想定出来ていて最悪の事を想定していないとでも?」

 

ケイズがそう言って指を鳴らす。とその瞬間ケイズの頭上にUFOが現れたと思うと彼の背後に次々と同じタイプの鎧で全身を包んだ軍勢が姿を現す。

 

「この者達はこの前売買した奴隷を強化手術したものでね……短命になったが思考能力はもはや存在せず、ただ目の前の敵を嬲り殺すことしか考えない。生体兵器の商品としてはまあまあと言ったところでしょうかね?」

 

「下種が」

 

ケイズの言葉にエンザが呟く。

 

「しょうがない。こっちも本気でいきますか……エンザ」

 

「ん?」

 

ミーネは構えを取りながら呟き、次にエンザを呼ぶと何か、まるで携帯電話のような機械をエンザに手渡す。なんかメモが貼りついていた。

 

「プレゼント。簡単な使い方はメモってるから」

 

「あ、うん……」

 

ミーネから受け取った機械のマニュアルであるメモをエンザは読み始め、ミーネは拳をぽきぽき鳴らしながらニャル子に呼びかける。

 

「さーてニャル子。久々に……派手に行くわよ!」

 

「もっちろんですっ!」

 

「ふ……」

 

ミーネの叫びにニャル子がテンション高く言うとクー子も頷く。そしてニャル子とクー子が光に包まれたかと思うとニャル子は漆黒のボディスーツに翼を思わせるマフラーをたなびかせたまるで特撮ヒーローのような姿に、クー子はまるで炎のようなデザインと言っていいのだろうか、肌のほとんどが露出しているかのようなスーツに変身。そのクー子の姿に後ろでリトが戸惑っていた。

 

「いくよ、変身!」

「チェンジ!」

 

次にミーネが左手のブレスを操作しながら叫ぶと彼女も光に包まれ、光が弾けた時彼女は真っ赤なボディスーツに身を包み、こっちもまるで特撮ヒーローのような姿に変貌していた。その隣には一緒に掛け声を行い似たタイプの青いボディスーツに身を包んだセシルもいる。

 

「相変わらずでありますな」

 

「ミーネの趣味でな。まあ、惚れた弱味というやつだ……強いから問題もないしな」

 

ケロロの言葉にセシルはあっさりとそう言ってのけた。

 

「ここからは私達のステージです!」

 

「さあ……ショータイム……」

 

ニャル子とクー子が台詞を決め、ミーネは一回腕を重ね合わせると右腕と左腕を擦りあわせるように右腕を後ろにやる。

 

「荒れるわよ~……止めてみなさい!!!」

 

そして左手を突き出しながら叫ぶと共にケイズが「ゆけー!!!」と叫び、二つの軍勢がぶつかり合おうと走り出した。

 

「ブワッツ、マウル。お前達はララ様達をお守りするんだ!」

 

「「はっ!!」」

 

ザスティンは部下に指示を出してから相手に突進、敵の一人を袈裟懸けに斬る。

 

「ぬ、硬い!?」

 

しかし簡素な鎧ぐらいしか着ていないにも関わらずその肉体が剣を受け止め、ザスティンは驚きに目を見開く。が、相手が単純なパンチで反撃を仕掛けてくると素早く後ろに下がってそれをかわし、身体を捻って剣を構え、相手集団目掛けて剣を薙ぎ払うとその衝撃波が一気に相手を吹き飛ばす。

 

「ナ~イス」

 

そこにミーネが武器である剣に炎を纏わせ、思いっきり剣を振り下ろすとその軌跡の形をした炎の衝撃波が放たれ、空中に吹き飛ばされた相手を全て焼き払った。

 

「ミーネ殿……感謝します。奴ら、肉体強化の影響か上手く刃が通りませんでした。これは本気で斬りかからねば殺すどころか戦闘不能に落とすことすらままならないかと」

 

「なるほど、了解。あぁそれと、さっきの救出劇から思ってたけど……ザスティン、腕上げたね」

 

「……ありがとうございます」

 

ザスティンの分析にミーネは頷いて返し、続けての彼女の評価にザスティンは嬉しそうに頷く。

 

「けど」

 

彼女がそう、評価を続けようとした瞬間四方八方からミーネに敵が襲い掛かる。

 

「ミーネさ――」

 

ザスティンが助けに入ろうとした瞬間、ミーネはふっと笑って剣を逆手に持ち直し、回転。

 

「斬撃無双剣!!!」

 

その回転しながらの斬撃が炎を帯びて敵集団を一撃で斬り崩した。そして彼女は剣を順手に持ち直すと肩に担いでザスティンの方を見る。

 

「まだまだアタシ程じゃないね」

 

「ははは……」

 

現在ミーネは特撮ヒーローのようにマスクをしているため表情は窺えない。が、ザスティンはそのマスクの中では彼女は勝ち誇ったような不敵な笑みを浮かべている事をなんとなく見抜いていた。

 

 

「……炎佐の母さん、強ぇ……」

 

後方でリトが唖然としている。と、彼らの護衛に立っているブワッツが「当然です」と言った。

 

「ミーネ殿はかつての銀河統一戦争にてデビルーク陣営に傭兵として参加。その戦闘力は相棒にして伴侶であるセシル殿とたった二人で敵艦隊一個を軽く壊滅させる程なんですから」

 

「さらにその剣術はザスティン隊長をも上回り、“紅の閃光”という異名を持つ凄腕の剣士です……正直な話、彼女らが私達の敵に回る事があるかもしれないと思うと彼女らが賞金稼ぎをしているのは末恐ろしいです」

 

さらにマウルもミーネの事をそう評価し、銀河統一を果たしたデビルーク、そこの王室親衛隊にまで任命されている彼らにそこまで言わせるミーネの実力にリトは唾を飲んだ。

 

 

「ふっ!!」

 

敵集団の中を縦横無尽に動き回り、髪を<r変身:トランス>させた刃で次々の敵集団を斬り倒していくヤミ。が、足を斬り裂いた敵の手がその刃を掴み、ヤミの動きを一瞬止める。

 

「しまっ――」

 

髪を掴まれての強制停止以外にもその相手を斬り倒すまた一瞬の停止の隙をついて襲い掛かる敵にヤミは残る髪の刃以外に両手を刃に変身させて応戦しようとする。しかしその直前無数の銃声が鳴り響き、ヤミの周囲にいた敵は全て倒れていく。

 

「……無事か? 金色の闇」

 

「……例は言いませんよ。セシル」

 

一瞬で敵集団を撃ち抜いた相手――セシルの言葉にヤミはそうとだけ返す。と、急所を外したのか何体かの敵が起き上がる。

 

「……外したか」

 

「奴らにはどうやら痛覚などがないようです。腕を斬ろうが足を斬ろうが、生きている限り敵とみなした相手を殺す以外の思考はないようです」

 

「……痛みも、死も恐れない、か……」

 

ヤミの分析にセシルはそう呟いた後再び銃を構える。

 

「援護する」

 

「必要ありません……が、あなたが私の獲物を横取りするのは勝手です」

 

セシルの言葉にヤミは静かにそう返して敵集団に特攻。セシルもヤミの背中を守るように援護を開始、ヤミもまるで援護がある事を考えているかのような立ち回りで戦い始めた。

 

 

「ケロロ小隊、突撃でありますっ!」

 

ケロロが突撃を命令し、タママが敵に飛び蹴りを叩き込んでさらに後ろの敵集団を巻き込んで倒していき、ギロロがビームサーベルで斬り倒し、ドロロも敵集団の中に入り込んだかと思うと次々と急所を的確に斬り裂いて暗殺していく。

 

「ゲロゲロゲロー!」

 

ケロロ自身もビームマシンガンで応戦していく。が、敵の一人がギロロ達前衛を抜け、本能的に司令官すなわちケロロを先に潰すべきと判断したのかケロロ目掛けて突進していく。

 

「ゲ、ゲロッ!?」

 

気づくのが遅れたケロロがマシンガンを乱射するがそれで止まる敵ではない。しかし、その時ケロロの前に何者かが割り込んだ。

 

「どっせーいっ!!」

 

そして一撃放たれた鉄拳が敵の頭部を吹き飛ばす。

 

「無事ですか、ケロロさん?」

 

「ニャル子殿! 助かったであります!」

 

援護に入ったニャル子にケロロが助かったとお礼を言う。と、一撃で味方を殴り殺したことを脅威に感じたのか、さらに敵がニャル子に襲い掛かる……が、それらはニャル子に触れる前に熱線により消滅する。

 

「ニャル子に手を出す奴……許さない」

 

そこに姿を現したクー子は静かにそう呟き、熱線によるオールレンジ攻撃を仕掛け始める。

 

「え、援軍到着であります! ケロロ小隊、負けずに意地を見せるでありますっ!!」

 

そしてケロロも士気を上げるように叫ぶ。惑星保護機構職員とケロロ小隊の連合軍が今ここに誕生した。

 

 

一方リトや春菜達非戦闘員が待機、ブワッツとマウル、そして真尋が護衛に回っている後方。先ほどの戦いで敢えて手出しをせず防戦一方の為に傷ついていたエンザは母から託された携帯電話のような新兵器らしき代物の説明書に目を通していく。

 

「え、炎佐。大丈夫なのか?」

 

「問題ない。予想以上の猛攻だったからダメージはくらったが……それより母さんも妙な暗号で説明書を書いてくれたもんだ」

 

リトの心配そうな声にエンザはそう返し、母が渡してきた新兵器らしき代物の説明書――何故か内容が暗号化されており、読み解くのにも一苦労のようだ――を読んでいた。

 

「ぐふっ!?」

「がっ!?」

 

「ブワッツ!? マウル!?」

 

「!?」

 

と、そこに聞こえてきたブワッツとマウルの悲鳴とララの声にエンザ達も声の方を見る。ミーネ達が奴隷兵士の相手に精一杯になっている隙を突いて先ほどエンザを痛めつけていたケイズの部下二人がブワッツとマウルを殴り倒したのだ。さらにその部下達の背後にはさらに奴隷兵士が集まっている。

 

「さあドクター・ミカド。一緒に来てもらいましょうか」

 

「さもなくば、生徒達の命はありませんよ?」

 

部下Aと部下Bが御門を脅迫する。と、エンザが立ち上がってリト達を守るように前に出た。

 

「やっと解読できた……ったく、息子相手に無駄にややこしい暗号なんて使うなってーの」

 

敵の前に立ちながら彼はそう呟き、携帯電話を、まるで先端を相手に突きつけるように構える。

 

「パスワード入力」

 

呟き、“1”、“0”、“5”、“0”、と入力。そしてまた別のキーを押しながら彼は携帯電話のような装置を口元に持っていく。

 

「転装!!」

 

叫ぶと共に携帯電話から放たれた光がエンザを包み込み、僅か一秒にも満たない時間でその光が弾け飛ぶ。

 

「……ったく。やっぱ母さんの趣味だな」

 

その光の中から、銀色に光るスマートな形状の鎧で全身に纏い、頭部は竜を模したフルフェイスタイプのヘルメットで覆ったエンザが姿を現した。その首元からは真っ赤なマフラーがたなびいており、まるで特撮ヒーローのような姿だ。その右手には変身アイテムであることが判明した携帯電話が握られており、エンザはそれをベルトのバックル部分に装着した。そしてヘルメットの目に当たる部分が右目は赤の、左目は青の輝きを放つ。

 

「ミカド以外は全員殺せ!!」

 

「ブワッツ、マウル。雑魚は俺が潰す」

 

「ああ……」

「手早く頼むぜ」

 

部下Aが叫ぶと共に奴隷兵士がエンザ達目掛けて突っ込んでいき、エンザは自分より強いであろうブワッツとマウルにケイズの部下二人を任せ、ブワッツとマウルも頷くと部下二人に殴り掛かる。それを見届けてからエンザも普段使っている刀の柄を取り出し、それに赤い刃を形成させると共に刃が炎に纏われる。

 

「せいっ!!」

 

振り下ろした刀から伸びる赤い刃が強靭な肉体を持たされた敵を苦も無く斬り裂き、さらに刃を返して横に一閃するとエンザが剣を振るった前方が爆発して残る敵を吹き飛ばす。

しかし炎は前方を焼き尽くしたのみ、左右と背後から別の奴隷兵士が襲い掛かるがエンザは静かにトンッと地面を足で叩く。その瞬間奴隷兵士達を地面から突き出た氷の槍が貫いた。

 

「……いい感じだ。これなら……」

 

ヘルメットのせいで表情は窺いしれないが、気のせいかどこか嬉しそうにエンザは呟き、目の前で蠢く奴隷兵士をヘルメットごしに睨みつける。

 

「氷炎のエンザ、いざ参る!」

 

名乗ると同時に奴隷兵士が襲い掛かり、それからエンザは襲い来る敵をただただ斬り倒し、燃やし、凍らせていく。

 

「せあっ!!」

 

最後にかかっていた奴隷兵士を斬り倒し、敵が全ていなくなったのを確認してからエンザはケイズの部下と戦っているはずのブワッツとマウルの方を見る。既に二人とも満身創痍という状況だ。しかし部下二人もなかなか傷ついており、一進一退の攻防であったことがうかがえる。

 

「ブワッツ! マウル! 下がりなさい!!」

 

突然ミーネの声が響き渡る。どうやらミーネは自分に襲い掛かってきた敵は全て片づけたらしい。と言ってもなんか偉そうに仁王立ちをしており、助けに入る様子もなくブワッツとマウルに指示を出していた。そして彼女は仁王立ちのままエンザを見る。

 

「さあエンザ! 今こそその武器の真の力を発揮する時よ!」

 

「はぁ!?」

 

「今ブレイブを解き放ちイマジネーションの力で勝利を掴みなさい!!!」

 

「意味が分からねえよ!!!」

 

ミーネの言葉にエンザはツッコミを叩き込む。

 

「それは、ただ単にここ数年で鈍り切ったあなたを現役並みに動けるようにするパワードスーツじゃないってわけよ。何せその武装はコンコンの能力を参考にしてるからね」

 

「……その名で呼ばないでください」

 

しかしミーネはむしろ不敵な笑みを浮かべながらそう言い、その後半の言葉にヤミがツッコミを入れる。

 

「ヤミの能力?……」

 

「隙あり!!」

 

ミーネの言葉を聞いたエンザがぼそりと呟いたその時、ケイズの部下Aが不意打ちのように殴り掛かり、その衝撃で辺りに砂煙が撒き散らされる。

 

 

 

「……なるほど、こういう事ね?」

 

砂煙の中からエンザの冷静な声が聞こえる。砂煙が止んだ時、エンザの右腕に青色のシールドが装着されているのを他の者は見た。と、その時エンザの左腕に装着されていた桃色のドリルがギュイイイィィィィッと音を立てて回転を始める。

 

「ふんっ!!」

 

「つっ!?」

 

部下Aはドリルをかわし、距離を取る。が、その瞬間彼の両腕が輝きを放ち、その光が消えた時にはエンザの右腕には黒いライフルのような銃が、左腕には緑色の爪状の剣が装着されていた。

 

「……まるで変身(トランス)ですね」

 

「まねー。昔コンコンと戦ったのを見たのを覚えてんのよ」

 

奴隷兵士はほとんど全滅、残党兵をザスティンやセシル等男性陣に任せてエンザの戦いの見学を始めたヤミとミーネがそう話し合う。

 

「こけおどしだ!!!」

 

部下Aがそう叫んで再びエンザに襲い掛かる。

 

「スラッシュ!!!」

 

一閃、それだけで部下Aの上半身と下半身が斬り分けられた。

 

「な……くそっ!」

 

部下Bは驚きに一瞬硬直した後近づいたら危険だと判断したのか後ろに飛んで銃を抜き、射撃戦に持ち込もうとする。が、その時には既にエンザは右腕を彼の方に向いた。

 

「ビームガン!!!」

 

咆哮と共にビームライフルからビーム弾が放たれ、その弾丸が部下の身体に風穴を開ける。たった二回の攻撃だけで戦闘は終了、エンザもバックルから携帯電話を取り外すと操作、鎧を解除した。

 

『……』

 

後ろの方でリト、春菜、唯はもちろんのこと真尋にララ、さらには御門までもぽかーんという言葉が示すかのような表情になってしまっていた。

 

「……すっげ」

 

エンザ自身も感想としてはそうとしか漏らせなかった。が、その次の瞬間エンザの身体が崩れ落ちる。

 

「エ、エンザ!?」

 

御門が大慌てで走り寄り、エンザを見る。彼の身体からは大量の汗が流れ出ていた。

 

「だるい……」

 

「当然よ」

 

エンザの呟きに、近くに歩き寄ったミーネがそう返す。

 

「その鎧は身体能力や防御力アップ機能の他に、エンザとっておきのバーストモードを使っても身体に異常をきたさないように調整しといたの。といっても、無理矢理身体能力を底上げさせるから身体に負担がかかり倦怠感自体は抜けない……バーストモード自体以上の取って置きにしといた方がいいわよ、少なくとも併用はお勧めしません。燃費もあんまよくないしね。ま、一つアドバイスをするなら……倦怠感を少なくしたけりゃとっとと現役並みに鍛え直しなさい」

 

ミーネが説明し、燃費が悪いと聞いたエンザは携帯電話を開いて鎧のバッテリーを調べる。確かにほとんどエネルギーは残っていない様子だ。

 

「あ、それってデダイヤルじゃないの?」

 

「デダイヤル?」

 

と、携帯電話を見たララが口を挟み、エンザが彼女の言葉にオウム返しに聞き返すとララはうん、と頷いて「私の発明品だよ」と言って懐から携帯電話型の発明品――デダイヤルを取り出す。

 

「あー、そういえばこの前一個ミーネさんにあげたっけ。あれ改良したんだ」

 

「そーそー」

 

ぽん、と手を打って思い出したように言うララと笑うミーネ。要するにエンザの新兵器の下地になったのはやはりララの発明品というわけだ。しかし暢気なララにエンザとリトは揃ってがくっと肩を落とす。

 

 

 

 

 

「く……くそっ! 撤退する!」

 

状況が悪くなっていることを察したケイズはついに御門の誘拐を諦め、自分のUFOに乗り込むと地球から逃げ出そうとする。

 

「おぉーっとそうはいかないわよ!」

 

しかしそれに気づいたミーネは通信機を持つ。

 

「よろしくーガレちゃん!」

 

[あいよっ!!]

 

その言葉に通信機の向こうから、通信機によるものを差し引いても機械的な音声が響いた。

 

[っつーわけで、サポートよろしく頼むぜ! クルルの旦那!]

 

「クーックックック。この俺をサポートたぁ言ってくれるねェ……お前こそ、俺に置いてかれるなよォ?」

 

ガレちゃんことミーネ達が乗っていた海賊船風宇宙船の高性能AIの言葉に、ガレちゃんにただ一人残っていたケロン人――クルルはそう言ってガレちゃんの武装である大砲を展開していく。

 

「ふん、あんな旧式――」

 

それを見たケイズは海賊船に古臭い大砲という旧式な取り合わせを鼻で笑うが、その次の瞬間ケイズのUFOに衝撃が走り、UFOが大きく揺れる。

 

[おらおらおらおらおらぁっ!!! 全弾発射ぁ!!!]

 

「クーックックック。見た目一昔前な海賊船なくせに中身は超最新鋭とはなァ……凝るもんだぜあの女」

 

[そりゃー地球のアニメに影響受けて宇宙船(オレ)の外装丸ごと変えるくれえだからな。色々勝手が変わるからこっちも苦労すんだぜ? 幸いここ数年は大丈夫だが、その内列車に変えるとか言い出しそうで怖ぇよ。それでなくとも巨大ロボットへの変形機能が欲しいとか毎日のように言ってるしよぉ]

 

「マニアな上司を持つとお互い苦労すんねェ」

 

ガレちゃんの砲撃をクルルがサポート、時にはクルルが砲撃照準を勝手にいじりしかし的確な場所に砲撃を見舞い、ソルゲムUFOからの反撃はエネルギーシールドで全て防ぐ。しかもその合間に互いに冗談交じりに愚痴るように喋り合う余裕さえ見せていた。

 

[この一撃で沈みやがれえええぇぇぇぇっ!!!]

 

そしてガレちゃんの大砲から流星群のような砲撃がソルゲムUFOに直撃、ついにUFOは煙を上げながら川に着水した。

 

「セシル!」

 

「任せろ」

 

ミーネが言うと共にセシルは右手を川につける。そして「ふっ!」と力を込めた瞬間川が一瞬で凍り付く。

 

「全員突撃!!!」

 

まるで司令官のようにミーネが号令し、その彼女がいの一番に突っ込んでいくとザスティン達もその後を追う。

 

「……あとは母さんたちに任せりゃ大丈夫だろ」

 

パワードスーツのせいか疲労困憊になっているエンザは大捕り物には参加せずそう呟いた。

 

 

それからケイズ達やUFOに乗っていた恐らく組織の技術者面々なのだろう者達はぼこぼこにされた後お縄につく。

 

「では、ソルゲム構成員は私達が連行いたします。ご協力ありがとうございました!」

 

「……ソルゲムのUFOは……後で惑星保護機構で回収する……」

 

ニャル子がビシッと敬礼を取りながら惑星保護機構としての職務を果たし、その横でクー子も敬礼を取りながら説明する。そしてミーネが「ガレちゃんで送るわ」と言ってセシルと共にニャル子とクー子、そしてソルゲム構成員を連れて地球を出ていく。

 

「まったく、とんでもない人達だったね!」

 

「ゴメンなさい……あなた達を危ない目にあなた達を危ない目にあわせて……」

 

腕組みをしながらぷんぷんという様子を見せるララの後ろで御門が春菜と唯に謝る。それに春菜は「先生のせいじゃないし……」と言い、唯は恥ずかしそうに「もう二度とごめんですけど」と続ける。それに御門はありがとうというように会釈をした後ヤミの方を見る。

 

「助かったわ、金色の闇。それにエンザ」

 

「いえ……あなたには借りもありますから」

「俺はキョー姉ぇを助けるついでだ」

 

御門からお礼を言われたヤミは冷静に、炎佐はあくまでも捕まってしまった恭子を助けるついでだとまるで照れ隠しのように言う。が、少し黙った後炎佐は「それに」と続けた。

 

「あんたはここが似合ってるよ。御門先生」

 

「みんな……」

 

そう言って彼はふんっと鼻を鳴らしながら顔を背け、ララが「そーゆーことだよ!」と元気よく言うと御門は嬉しそうに微笑む。

 

「ありがとう」

 

御門の笑顔でのお礼に皆も笑顔で返す。が、その後に唯が「ところで私達、学校は?」とふと思い出したように呟いたのにリト達学生メンバーは青い顔で「あ」と呟くのであった。




今回は例の御門回に折角の宇宙からの敵襲なんですからこっちも思いっきり宇宙人コラボを放り込んでみました。というかこの前のケロロコラボ回は、ケロロとのコラボを目くらましにした今回のための伏線ですからね。描写だけのニャル子とか最後の方の不穏な描写とか。まあ一番の問題点としては……俺ニャル子さんの小説持ってないし、一応アニメ視聴したつっても二期だけですからね……色々調べはしましたけどなんかおかしかったらごめんなさい。あ、ちなみに仮面ライダーシリーズにもあんま詳しくないです。今回は小ネタの小ネタ扱いなので大丈夫かなぁ、とまたも冷や汗だらだらでやってます……ちなみに名前だけは出てて今回初出演、エンザの両親の二人に関してはスーパー戦隊シリーズネタを放り込みました。ゴーカイジャー以降。彼女らが使ってる船ことガレちゃんの外見イメージはゴーカイガレオンですし……流石にロボ戦は出来ませんけど。あ、ちなみにミーネとセシルの変身イメージはゴーバスターズです。けどスーツまでもゴーバスターズイメージではありません……いやまあ、明確な元ネタのイメージはないんですが……。(汗)
んでエンザの方も新兵器登場です。鈍ってる現状を打破するための新兵器です……流石にぽんぽんバーストモード使わせるのもやばいんで(使ったら後で高確率で体調不良を起こすという設定的に)。まあ使用するだけで体力消費するという設定なのでパワードスーツ自体もそこまで使わせませんけど。
さーって今回は大丈夫かなぁ~っと、もはや開き直った方が楽だと思ってますが出来ないんですよねぇ……ま、それでは。さて次回はどうしようかな……。


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第十七話 彩南高スポーツフェスタ

「彩南高スポーツフェスタ!! いよいよだね、リトッ!」

 

ララの嬉しそうな声が彩南高校のグラウンドに響く。現在彩南校生徒は全員体操服。というのも当たり前、本日は彩南高校の体育祭、正式名称彩南高スポーツフェスタだ。ララは初めてなのだろう体育祭というイベントに一人盛り上がっており、リトはそれを見守る様子で微笑を浮かべている。

 

「協賛が天条院グループってのが気になるわね……」

 

「確かに……」

 

その横で唯が彩南高スポーツフェスタの看板の下に書かれている協賛名――天条院グループの名前を見ながらぼそりと呟くとリトも苦笑交じりに頷いた。

 

「ララ様ー」

 

「美柑! ザスティン!」

 

と、男性がララを呼び、それにララが反応する。ザスティンと美柑がやってきていた。

 

「頑張ってください、ララ様! デビルーク王家の名に恥じぬよう!」

「ムチャしないようにね」

 

ザスティンがエールを送り、美柑がムチャしないようにと注意する。ザスティン曰く「自分と美柑でお弁当も用意している」そうだ。

 

「ホーホホホ!」

 

そこに横槍を入れるように高笑いが聞こえてくる。

 

「ごきげんよう皆さん、今日はゆっくり楽しんでいらしてね」

 

「あ、サキ」

 

今回のスポーツフェスタの協賛である天条院家の沙姫だ。彼女に気づいたララが声をかけると沙姫もザスティンに気づき、途端にハートマークを乱舞させる。

 

「まぁザスティン様! 来てくださったんですわね!」

 

「え?……あ、はい」

 

沙姫の黄色い声に対しザスティンもぽかんとした表情で返し、次に凜が「このスポーツフェスタに沙姫様の率いる3年D組が優勝した暁には沙姫様と食事をしていただきたい」と述べる。それをザスティンが不思議そうに了承すると沙姫は恥ずかしそうに身悶え、美柑がどういうことかと首を傾げていると、リトは先日凜から教えてもらった――というかザスティンに近しい存在として拉致られた時に教えられた――沙姫がザスティンに恋慕の情を抱いていることを伝える。ちなみにほんの数日前沙姫がザスティンに思いを伝えようとした際、またララ発生源のどたばたによってリトが振り回され、その告白の邪魔をしてしまったのはほんの余談だ。

 

「へ~、ザスティンさんもスミにおけないねぇ」

 

まあとにかく沙姫がザスティンに恋慕の情を抱いていることを伝えると美柑はザスティンを見ながらにやつき、美柑の様子にザスティンはまた首を傾げる。

 

「ザスティンがねぇ……ま、天条院先輩もよっぽど頑張らないとね」

 

「氷崎」

 

一歩引いたところで見守り、クスクスと笑っている炎佐に今度は凜が話しかける。

 

「……今日は負けん」

 

「……こちらこそ。学年別対抗リアルファイト系の競技はないでしょうけどその時はお手柔らかに」

 

「……ふん」

 

敵対心バリバリの凜をあしらうように炎佐は笑い、凜はふんと鼻を鳴らして踵を返すと沙姫と共にその場を歩き去る。

それから里紗や未央、春菜達と合流。今回のスポーツフェスタ優勝クラスにはなんと豪華客船でのディナー招待券がもらえるという情報を聞き、優勝目指してやるぞ2-Aと決意を新たにし、スポーツフェスタがスタートする。

 

「リト! 最初の競技はペアで参加だって! 一緒に出よー!!」

 

「おう!!」

 

ララの無邪気な言葉に優勝に燃えるリトは二つ返事で承諾。しかしその競技はおんぶ競走、それは走者役の人間がパートナーをおぶってゴールまで走るという競技だ。ちなみにペアに関しては自由だがほとんど男子同士女子同士になっており、スタイル抜群美少女であるララをおんぶする形になっているリトは男子勢から嫉妬の視線をくらいまくっていた。

 

「おーおー結城のやつ男どもから嫉妬視線くらいまくってるねー」

 

里紗がけらけらと笑いながらリトを見てそう言い、炎佐を見る。

 

「どう、氷崎? ここは私と一緒に出て親友君と共に針のむしろに座ってやっては?」

 

「まあ、別に参加するのはいいけど……出来れば籾岡さんよりは沢田さんの方がいいな」

 

「えっ、私?」

 

里紗の言葉に炎佐が参加はいいけどパートナーは里紗よりも未央の方がいいなと言い、未央も突然話を振られて驚く。里紗もまさかの展開に思わず真顔で「な、なんで?……」と尋ねていた。

 

「いやだって……沢田さんの方が身長小さいし体重軽いからおぶって走るには楽だし」

 

「「……」」

 

表情一つ変えずにそう言ってのける炎佐に女子二人の表情が固まる。

 

「ふんっ!!!」

 

「あいだっ!?」

 

そして里紗が突如回し蹴りを叩き込み、見事に油断していた炎佐はその一撃をくらい悲鳴を上げる。

 

「今のは氷崎が悪い」

 

「ど、どういうこと?……」

 

未央の呆れきった言葉に炎佐は訳が分からぬ様子でそう問い返した。

 

[さーいよいよ始まります、最初の種目おんぶ競走! 実況は私、放送部の猿山ケンイチと特別ゲスト校長でお送りします。それでは各自、スタートラインへ]

 

放送部である猿山が実況、進行を行う。そして係の先生が銃を上に向けて「よーい」と言い、「スタート!!」という声でパンと音が響き、一気にリト達が我先にと走り出す。

 

「フフフ、そんなに急いでいいのかしら? 皆さん♪」

 

その後ろを悠々とした様子で、綾におぶられている沙姫が呟いた。するとトップを走っていた女子生徒コンビ目掛けて突然水が噴出、体操服がビショビショになる罠が発生。さらに他の男子生徒達にも網が発射されたりばね仕掛けのボクシンググローブが射出されたりと罠が襲い掛かる。

 

「ホホホ、お先に~♪」

 

[おっと、他のペアがトラップの洗礼に苦しんでいる中軽やかに3-Dペアが進んでいく!]

 

綾&沙姫のペアはまるでトラップの位置が分かっているかのような軽やかな足取りでトラップゾーンを抜けていった。

 

「くそー、これじゃ怖くて進めないぜ……」

 

「大丈夫、任せてリトッ!」

 

罠への恐怖でトラップゾーンへと踏み出せないリトに対しララはそう言って尻尾をトラップゾーンに向ける。その先端にエネルギーが集中、ビームが発射されてトラップゾーンが消滅する。

 

「流石です、ララ様!」

 

「また派手な真似を……」

 

ザスティンが歓声を上げるが炎佐は頭を抱え、美柑がぽんぽんと肩を叩いて慰めていた。

その間にも競走は進んでいく。現在トップは綾&沙姫ペア、割と距離がある状態で続いてリト&ララペア以下少し遅れて他のペアというところだ。しかし綾のスピードが落ちてきており、それを見たリトが一気に追い上げていく。そしていよいよリトが綾を追い抜かんとする。

 

「ぶあっ!?」

 

その時突然リトの目に違和感が走る。何か細かい粉のようなものが目の前に飛び散り、それが目に入ってしまった他に吸い込んでしまったのかごほごほと咳き込み、目が見えない事や咳き込んでいるせいで足取りもふらついてしまう。

 

「わっ!?」

 

そしてついにリトはバランスを崩して転んでしまい、彼におぶられていたララは反射的に右手を伸ばしすぐそこにあった掴まるもの――沙姫の体操服を掴んでしまう。ビリッ、と何かが破ける音がした。

 

「へっ?」

 

ビリビリビリッ、と音が続く。そして沙姫の体操服は布切れと化し、服という人間の肌を隠す役割を持てなくなり重力に従って地面に落ちていく。

 

「な……なな」

 

沙姫は頬を赤く染め、ギンッ、という様子でララを睨みつける。

 

「何するんですのこの馬鹿力ー!!!」

 

「はわわっ!?」

 

いきなり背負っていた人が引っ張られ、さらに平常心を失って叫ぶためかバランスを崩してしまった綾はふらふらヨロヨロと、歩きながらバランスを取るのに精いっぱいになってしまう。そしてついにドンッと何かにぶつかって綾は背負っている沙姫ごと倒れてしまった。

 

「あいたた……綾! 大丈夫――」

 

沙姫は倒れた時にぶつけたのだろうか後頭部に手をやりながら痛みに呻き、しかし綾を心配する声を出す。が、その直後彼女は自分のあられもない姿をザスティンがポカン、としか言いようのない表情で見ている事に気づいてしまった。

 

「キャー! 見ないでザスティン様ー!!」

 

「や……わ、私は……何も……」

 

顔を真っ赤に染め上げて大慌てで叫ぶ沙姫にザスティンはわざとらしく目を閉じ顔を背けゴホンと誤魔化すような咳払いをしながらそう呟いた。

 

[そのスキに別のペアがゴール!]

 

そんなどたばたが起きている間にリト&ララ、綾&沙姫以外のペアがどんどんとゴールしていった。

 

「リトったらもう……」

 

「……」

 

美柑は突然の兄のミスに苦笑を漏らす。が、炎佐は笑みを見せることなく辺りを探るようにちらちらと目のみを動かしていた。

それからスポーツフェスタは徒競走やパン食い競走、玉入れなどの競技が進んでいき、今度は男女混合1kmマラソンという競技が終了に近づいていた。

 

「キャッ!?」

 

「西蓮寺!?」

 

後ろの方から巨体を揺らしながら走ってきた男子生徒にぶつかり、春菜はバランスを崩し転びそうになる。しかしすぐ近くを走っていたリトが春菜の悲鳴を聞いて咄嗟に彼女を助けようと無理矢理進行方向を変えて飛び込んだ。

 

「づあっ!?」

 

春菜を抱きしめるように抱え込み、彼女と地面の間に自分の身体を捻じ込む。そしてリトの身体が地面に叩きつけられ、彼の右足にピシッという鋭い痛みが走った。

 

「リト!? どうしたの!?」

 

「私をかばって……」

「足、くじいちまったみてーだ……」

 

2-Aの待機場所に戻ってきたリトは春菜に支えられて右足をひょこひょことさせており、ララの心配そうな声に春菜とリトがそう説明するように言う。

 

「保健室に連れて行くわ」

 

「私も行くよ!」

 

春菜の言葉にララが同行を申し出る。が、リトがそれを手で制し、痛そうながら笑みを見せる。

 

「大したことねーって……それより次の競技、ララ出るんだろ?……頼んだぜ」

 

「リト……」

 

リトの言葉にララはそうとだけ声を漏らす。

 

「大丈夫よリト! ちょーどあんたの代役連れてきたとこだから!」

 

と、いつの間にやらやってきていた美柑がびしっとサムズアップを決めてそう言った。それと共に、一人の金髪美少女が美柑の隣に立つ。

 

「ヤミ!!??」

 

「な……なんで……私が……」

 

リトが素っ頓狂な声を上げ、ヤミはそう呟く。その頬は原因こそ分からないが淡い赤色に染まっていた。

 

「コーチョーが体操服貸してくれたの!」

 

「いやーお似合いでなによりです!!」

 

ララの言葉に校長がほっほっと朗らかそうに見えながら何か下心満載な笑い方でそう言い、すすすとヤミに近づく。

 

「それ、()()なんで後で返してくださいねっ! 洗わずに!!」

 

その次の瞬間、校長の身体はヤミの髪の毛によってぐるぐる巻きに拘束されて肘や膝などの関節を極められ、さらに髪の一部が変身(トランス)した牙によって顔を噛み砕くとまではいかないが噛まれる事になってしまった。

 

「私物って……校長先生……」

 

校長の台詞が聞こえた唯もドン引きした表情でそう呟いていた。

 

[次の種目は借り物競走です。参加する生徒は移動を開始してください]

 

「あっと出番だ。ララちゃん、ヤミちゃん、行くよ」

 

猿山の進行放送を聞いた炎佐が二人を呼び、ララは「は~い」と言った後「リト大丈夫かな~」と校舎の方を見ながら呟き、校長を解放したヤミは「わ、私も出るんですか?……」と呟いていた。その道中で合流した、この競技に参加するレンとも「頑張ろうぜ」と健闘を誓い合い、彼らはスタート位置につく。それと同時に炎佐は同時に競技を行うメンバーをちらりと見た。

 

(……天条院先輩と九条先輩が一緒か)

 

相手の中から意識を向けておくべき相手をピックアップしておく。そして「よーい、スタート!」という掛け声とパァンという音で生徒達は飛び出す。だがその中でも特にララとヤミが早かった。

 

[飛び入りのヤミ・ララの二人が速い! 借り物のフタに早くも到達ー!!]

 

「流石ララちゃん! やはりキミは最高――」

「させませんわ!!」

 

ララに向けて歓声を上げるレンを沙姫が突き飛ばし、彼女はどこから取り出したのか爆弾の導火線に着火するとララ目掛けて爆弾を投げつけた。

 

「おっと」

 

しかし、彼女より数歩前に出ていた少年が爆弾に向けて左手を振るう。その後爆弾は借り物のフタの上に着地した後転がるが爆発する気配を見せなかった。

 

「流石に爆弾は危険なのでね」

 

少年――炎佐は振り返り、ふっと笑みを見せる。ヤミがちらりと爆弾を見た。

 

「……凍らせているようですね……」

 

爆弾全体が薄い氷で覆われているのを見てそう分析するヤミ。だが近くで注視しないと分からない程度の氷、観客からではただ単に爆弾が不発だったようにしか思えないだろう。

 

「ムッキー!!」

 

むきになったのか沙姫は次々と爆弾を投げていく。それを炎佐は左手を爆弾の方に向けて爆弾を凍らせ、不発状態にした爆弾はヤミが回収していく。

 

[おぉーっと炎佐、借り物競走ではなく天条院先輩の妨害をさらに妨害し始めたー!!]

 

猿山が実況を行う。と、爆弾の対処を行っている炎佐の懐に何者かが潜り込み、重い拳を打ち放つ。

 

「っと!」

 

それを炎佐は空いている右手でいなし、距離を取った。

 

「九条先輩……」

 

「……言ったはずだ、負けないと」

 

凜は体術の構えを取りながら静かに言う。どうやら主である沙姫の邪魔をする炎佐をさらに邪魔しようというつもりのようだ、まあ以前負けた事に対するリベンジというのもあるのだろうが。それに炎佐もふうと息を吐く。

 

「最初の競技でリトの妨害をしたのもあなたですよね?」

 

「……全ては沙姫様のためだ」

 

「悪いけど、こっちも形式上とはいえプリンセス・ララとリトの護衛でしてね……二人に仇名す敵ならば排除します……まあリトはこの場を離れてるし、プリンセスはしばらく放っといても地球人相手にピンチになるわけないですけど」

 

二人は構えを取りながらそう言い合う。その間に沙姫はララ目掛けて爆弾を投げ、対処されていない爆弾が爆発、ヤミがその爆風に紛れてさっき炎佐が凍らせた爆弾を斬り刻んで処理した。

 

「はぁっ!!」

 

「甘い!」

 

凜は踏み込み、一瞬の加速で拳の射程距離に入ると重い正拳突きを入れる。しかしそれを炎佐は両手をクロスして受け止め、ハイキックで反撃した。が、凜はそれを正拳突きを入れた方とは逆の腕で受ける。

 

[おぉーっと炎佐&九条先輩! なんと借り物競走を放棄するような勢いで戦闘を始めたー!!]

 

実況の猿山が熱く声をたぎらせる。炎佐と凜は拳を交わし、しかしその拳撃は互いの身体に当たる事はない。そして互いの左腕が交差し、まるで鍔迫り合いのようになる。

 

「どうした? 以前と比べて手応えがないぞ?……」

 

「こっちにも事情があるんですよちくしょう……」

 

凜の言葉に炎佐はそう呟き、周りをちらりと見る。

 

「……周りを気にしているか」

 

「プリンセス・ララが異星人だとこの町で公になったとはいえ、俺の正体を知ってんのはリトやサル達除けばあんたぐらいなんですよ。俺はなるべく自分が異星人だとばらしたくないんです」

 

凜の呟きに炎佐はそう告げる。

 

「そうか……なら、せめてすぐ楽にしてやる!」

 

凜は叫び、鋭い正拳突きを放つ。

 

「まあ、とはいえ」

 

「っ……」

 

その次の瞬間、凜の意識が暗転した。

 

[おぉーっとどうしたんだー!? 九条先輩がいきなり倒れたー!!??]

 

「地球人に気づかれない速さで攻撃しちゃえば僕が何かしたなんて気づかれるわけないんだけどね」

 

猿山が驚いたように叫び、炎佐は静かにそう呟くとさっきの目にも止まらぬ速さで叩き込んだ一撃によって気を失った凜を抱え上げた。

 

「さてと……」

 

それから炎佐は顔を上げる。

 

「キーッ! あんたのせいで! あんたのせいで!!」

 

「どーしたの、サキー?」

 

そこには沙姫がどっから持ってきたのか怒り心頭の様子でバズーカ砲をぶっぱなし、それを平然とかわすララとヤミ、そして流れ弾で辺りに被害が出ている光景があった。

 

「……とりあえず、天条院先輩を止めないとな……」

 

炎佐はぼそりと呟き、はぁと大きくため息をついた。ちなみにこの騒動で怪我人が続出、結局今年のスポーツフェスタは中止になったというのは余談である。




お久しぶりです。どうにかギリギリ十月になる前に投稿できました。今回はスポーツフェスタ……ちなみに当初は特別ゲストとして迷い猫メンバー出そうかと思ったけど彼らを非現実の世界に巻き込んだら絶対面倒な事になると思い考え直しました。一度二度ミスったからには学習しますよ俺も……。(汗)
さーて次回はどうしようかな。もうすぐゲーム世界のあれだし、もう一気にすっ飛ばそうか、それとも……。
ま、今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十八話 とらぶるくえすと

彩南町。彩南高スポーツフェスタでの爆撃事件の被害があった彩南高校舎やグラウンドも直り、以前旧校舎で怪談騒ぎが起きた時に炎佐達が出会った幽霊――村雨静が、メイドイン御門の人工体(バイオロイド)に憑依して転校して来たり、宇宙生物モシャ・クラゲが逃げてきてのてんやわんやがあったり、ザスティンがヤミに対して猜疑心から攻撃を仕掛けようとしてララからお叱りを受けたりしながらこの町での時間が過ぎていく。

ちなみにザスティンがヤミに攻撃を仕掛けようとした事件のプロローグとして、ザスティンが書いた漫画が最終候補に残った事を彼がギドへのララについての定期報告ついでに報告をしたところ、ギドから「誇り高きデビルーク親衛隊長が漫画家なんぞ目指してんじゃねー!!!」と激怒され、話を聞いた炎佐にも「今回ばかりはキング・ギドに賛成」と呆れられたりしていたのは別のお話。

 

「おはよー」

「おはよー」

 

朝の挨拶が飛び交う学校の下駄箱。炎佐もクラスメイトに「おはよう」と返しながら自分の下駄箱に靴を入れ上履きを取ろうとする。が、その時下駄箱に異物が入っているのに気づいた。

 

「……手紙?」

 

入っていたのは一通の手紙。炎佐は封筒入りのそれを調べるが宛名は書かれていない。

 

(罠か?……いや、だが妙な薬品の匂いはしないし……)

 

ラブレターとかの前に罠を疑ってしまう職業病というか、炎佐はふむと声を漏らすと手紙に他の誰も気づいてないのを確認するとまるで忘れ物をしたかのように自然な流れで靴を履き直す。それから彼は手紙を持って人気のない森に向かう。そして辺りに人の気配がない事をしっかり確認してから件の手紙に目を落とした。

 

「万が一爆弾系や毒煙系の罠だとしてもここならそう被害は出ないだろ……」

 

炎佐はそう呟くと以前のソルゲム幹部ケイズとの戦いの中で母ミーネから手渡されたデダイヤルを操作、白銀の軽装鎧――ペケバッジに入力されていたレプリカではなく、デダイヤルにセットし転送を可能にしたオリジナルの方だ――を装着する。爆弾系の罠だったとしてもこれで防御はオッケー。だが炎佐はさらに兜の側面を手で押し、カシュンという音と共にオリジナル鎧特有の機能であるガス対策のマスクを口と鼻を覆う形に展開、毒煙などだった場合の対策も取っておく。

 

「ここまでしておけば被害は出ないだろ。やばけりゃドクター・ミカドのとこに駆けこみゃいい」

 

罠、それも宇宙からの襲来者からのものであること前提で炎佐は考え、封筒を開く。と、その瞬間封筒の中から桃色の光が溢れ出、炎佐の視界を覆っていった。

 

「な……」

 

咄嗟に封筒を手放すが、なんと封筒は重力に逆らって浮遊。桃色の光は炎佐の視界どころか炎佐の身体を包み込み、それと共に彼の意識が暗転していく。その桃色の光が消えた後、炎佐の姿はどこにも存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……」

 

意識を取り戻したエンザは目を開き、起き上がる。天蓋付きのベッドにどこかの貴族を思わせる豪華な部屋。どう考えても日本の森の中ではない。

 

「ここは……」

 

「目を覚ましたようですね」

 

一気に警戒レベルを高めたエンザは目を研ぎ澄ませて辺りを見回し、少しでもこの場の情報を手に入れようと試みる。と、そんな声が聞こえ、ドアが開くと真っ白いローブで身体全体を覆い、顔は真っ黒で二つの目を思わせる白い点が明滅している小人が二人、部屋の中に入って来る。

 

「……何者だ?」

 

明らかに怪しい相手にエンザは睨みを利かせ殺気を放つ。それに小人二人はびくっと身体を震わせるが、少しするとクスクスと、小人の内一人が笑った。と言っても表情というか顔が見えないためクスクスという笑い声から笑った、と表現したまでなのだが。

 

「そう怒らないでください、エンザさん」

 

「そーそー」

 

甘ったるい悪戯っぽい声。その次に元気で元気というか能天気そうな声が続き、小人二人の身体が光に包まれる。そして数瞬の後にその二人はエンザ達と同じ人間態の姿になる。その服装も若干変化を遂げ、身体全体を覆うような白いローブを被っているのは変わらないが胴や腕を露出、口元を布で隠しているそのミステリアスな姿はどこかアラビアの占い師を思わせる。

 

「久しぶりだな、エンザ!」

「お元気そうで何よりですわ、エンザさん」

 

アラビアの占い師風の姿になった二人の存在――少女は、内一名元気な笑みを、一名お淑やかな笑みを見せてエンザにそう言う。その姿を見たエンザも呆れたような目を見せた。

 

「ハァ……これはあなた方の悪戯ですか?」

 

呆れたような目にため息のコンボをしつつ、エンザは二人の少女を見る。

 

「デビルーク星第二王女、ナナ・アスタ・デビルーク。デビルーク星第三王女、モモ・ベリア・デビルーク」

 

その口から、少女らの名、そして立場を示す称号が告げられた。

 

「まあとりあえず……プリンセス・ナナ、プリンセス・モモ。お二人ともお元気そうでなによりです」

 

ベッドから降りて床に片膝をつき、首を垂れて挨拶をする。と、少女の一人が「あーもー」と声を上げた。

 

「たっくあいっかわらずクソ真面目なやつだなー。ここにいるのはアタシらだけなんだからいつもみたいにナナでいいってーの!」

 

「うふふ。私もモモで構いませんわよ?」

 

元気な少女――ナナと、お淑やかな少女――モモはそう告げる。それを聞いたためかエンザはやれやれと髪をかくと立ち上がってベッドに腰掛ける。

 

「で、何のつもりだ?」

 

「ん~、まあ一言でいうとゲームだな!」

 

敬語を止め、タメ口に変化したエンザに対しナナは口元に八重歯を覗かせて笑いながらそう告げる。エンザが「ゲーム?」と首を傾げると次にモモが水晶を取り出した。そこにはリトの姿が映っている。

 

「リト!?」

 

「この方がお姉様にふさわしいかどうか。私達はそれを調べるためにこの体感RPGを作ったのです」

 

「作った?……どうせララが作って飽きたのを横取りしたんじゃねえか?」

 

「……ばれましたか」

 

モモがこのゲームの目的を述べ、エンザが茶々を入れると彼女はぺろっと舌を出す。

 

「姉上には囚われのお姫様役をしてもらって、あいつはそれを助けに来る勇者ってわけだ!」

 

「そこで、エンザさんには敵幹部、黒騎士の役をしていただきたいのです」

 

「黒騎士?……」

 

ナナとモモが説明し、エンザはそこで気づく。自分が纏っている鎧はこの世界に来る前に装着していた白銀の鎧ではなく、漆黒の鎧に変貌していた。それも基本的に機動力を重視した回避を前提とし急所を守る作りの軽装ではなく、身体全体を覆った防御重視のものだ。しかも何故かマントまで装着されており、その姿は正に騎士だ。さらに拘りなのか、今エンザが寝ているベッドの脇にはこれまた漆黒の、顔全体を覆う兜が置かれている。多分黒騎士エンザの頭装備品なのだろう。さらにその横には黒騎士エンザの武器のつもりだろうか鉄製だろう実剣が鞘に入った状態で立てかけられている。

 

「ぶっちゃけエンザにあいつらの味方されたらつまんねーからな! あれだ、バランスブレイカーだ!」

「しかも、お姉様の動きを封じるア~ンドエンザさんのモチベーションアップのため、ラスボスである魔王にもこだわりました!」

 

満面の笑顔でナナとモモはそう言って手をエンザの目の前の何もない空間に向けて差し伸ばす。と、突然そこに歪みが走った。

 

「は~い、魔王役のマジカルキョーコでーす♪」

 

その歪みが消えたと思うと、エンザの目の前に魔女風の帽子を被って布のマントを纏い、露出度抜群のギリギリ下着を身に着けた恭子――マジカルキョーコ――が立ちポーズを決める。

 

「ふん!!!」

 

その次の瞬間、エンザの右手の炎が纏い、直後振るわれたまるで炎の剣のようなチョップの一撃がマジカルキョーコを一刀両断に斬り裂いた。

 

「うわっ!? な、どうしたんだよエンザ!? こいつお前の従姉弟だろ!? ミーネが言ってたぞ!?」

 

「プリンセス・ナナ、プリンセス・モモ……これは流石に戯れが過ぎますよ?」

 

容赦ない一撃にナナが悲鳴を上げ、エンザがギンッと二人を睨みつける。その手にはまだ炎が、彼の怒りの度合いを示すかのように燃え盛っていた。

 

「あらあら~。まさか一瞬の躊躇いなく斬るなんて……」

 

「悪いな、ゲームクリアしちまったか?」

 

モモの、口の前に手をやって隠すようにしながら、ぽかーんとした表情での言葉にエンザはふんと鼻を鳴らす。

 

「いえ、そうはいきませんよ?」

 

しかしモモはそう返す。手で隠しているその口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

 

「えーいっ!」

 

「うおわっ!?」

 

その次の瞬間、間違いなく一刀両断したはずのマジカルキョーコはまるで何もなかったかのようにベッドに腰掛けているエンザに飛びつき、彼をベッドに押し倒す。

 

「て、てめこのやろっ!? なんでだ!? 間違いなく炎手刀で斬ったはず!?」

 

「マジカルキョーコはこのゲームのラストボス。HP無限設定の最強キャラだったりするんですよね~」

 

驚愕しているエンザに対しモモはしれっとそう言う。手をどけてエンザにも見えるようにした口元に浮かぶ笑みや細められた目は悪戯っぽいというか小悪魔的だ。

 

「んふふ~。エンちゃんったら可愛い~」

 

「あぁ、キャラ設定はミーネさんからお借りしたマジカルキョーコDVDのマジカルキョーコのキャラクターと、ミーネさんからお聞きしたキョーコさんのイメージを元にしました」

 

「ちくしょー中途半端に面影あるのが余計むかつく!!!」

 

ベッドに押し倒したエンザに抱きついて頬擦りするキョーコと暴れるエンザ。その姿を見ながらモモはすらすらと説明をしていく。それを聞いたエンザはキョーコを引き剥がそうとしながら怒号を喚き散らしたのであった。

 

 

 

 

 

「……それで?」

 

暫くの後、エンザは腕組み仁王立ち状態で、彼の目の前で頭にたんこぶを作りながら正座しているナナとモモを見る。ちなみにマジカルキョーコは氷漬けにされていた。と言ってもモモ曰く「しばらくしたら氷状態は解ける」らしいが。

 

「えっと、まあその……エンザさんにはあの方達がお城に来たら適当に相手してもらいたいというか……」

「そ、それまでは自由にしてていいからよ……」

 

流石に悪ふざけが過ぎたかとモモとナナは正座状態で素直にそう言う。

 

「……ったく……だが。リトやララ達に俺とキョー姉ぇの関係を言ったらマジ承知しねえからな」

 

「「はい」」

 

エンザの言葉にナナとモモはこくんと頷く。かつてデビルーク王家親衛隊兼ララの遊び相手となっていた頃、二人のお兄さん役をしていた過去があるエンザ、ナナとモモからすれば幼い頃からの刷り込みとも言える。と、エンザは「ったく」と悪態をついて頭をかくとベッド脇にある兜を手に取る。

 

「で、こいつを被って剣を背負っておけばいいんだな?」

 

「あ、お、おう……」

「え、と……」

 

割と平然とそう尋ねてくるエンザにナナとモモがぽかんとしているとエンザはやれやれという様子で二人を見る。

 

「ま、暇潰しに付き合ってやるよ」

 

そう言って彼は剣を背負い、黒く重厚な兜を左脇に抱える。

 

「とりあえずリトと会わなきゃいいんだろ? それまでこっちはこっちで適当に過ごさせてもらう」

 

「あ、はい。それならこれを」

 

エンザがそう言うとモモはこくんと頷いて懐から何か腕輪のようなものを取り出すとエンザの右腕にかちゃりと付ける。全く無駄のない行動に反応が出来なかったエンザが腕輪を見ながら「なんだこれ?」と聞くと、モモはにこっと笑顔を見せた。

 

「この世界を自在に移動できる、転送アイテムです。しかも私達との通話機能、私達から探知可能なレーダー機能付き、さらには勇者さん達が近くに来たら瞬間的に城にワープされる素敵仕様ですよ? あ、ちなみにそれ、呪われてて外せませんから」

 

「!?」

 

モモの最後のにやっと悪戯っぽい笑みでの言葉を聞いたエンザは慌てて兜を落とし左手で腕輪を握ると腕輪を外そうとする。が、ガチャガチャとまるで鍵のかかったドアを開けようとした時の音と抵抗感があるだけで腕輪は全く外れる様子を見せない。

 

「もしも合流でもされたら厄介ですからね。対策はしておかないと」

 

「少し見ない間に腹黒くなったな、プリンセス・モモ」

 

「利口になったと言ってください」

 

小悪魔的な笑みを浮かべているモモと目を細めて睨むエンザはバチバチと目から火花を放ちながらそう言い合う。が、その睨み合いはエンザが目を逸らすという形で終了した。

 

「分かったよ。今のところはお前の手の平の上で踊ってやる……適当にうろついてくる」

 

そしてそう言い残すと兜を拾って被り、腕輪に手を置く。その次の瞬間エンザの足元に魔法陣が敷かれ、そう思ったらエンザの姿が光に包まれて消え去った。

 

 

 

 

 

「せいっ!!」

 

それからエンザは適当な森の中で、水色の体毛を生やした巨体と一つ目、そして長い舌が特徴的なモンスター目掛けて剣――こちらも普段使っている日本刀風のエネルギー刃が出る刀ではなく、むしろ刃が厚く刀身も長いロングソードに近い形状だ――を振るい、普段とは違う剣の訓練を行っていた。

普段使っているレーザーソードによる撫で斬りではなくむしろ重量を活かして叩き斬るような斬撃にモンスターは真っ二つに斬り裂かれ、巨体を揺らして仰向けに地面に倒れ込むとその姿を水色の0と1の集合体に変化させ、やがてその数字も消え去る。

 

「……」

 

周りに敵がいない事を確認し、エンザは剣を背負い直すと兜を脱ぐ。彼は先ほどからこの剣や身を覆い隠すような鎧に慣れるためにモンスターとの連続戦闘を繰り広げており、ゲーム上のHPゲージにほとんど問題はないものの額に浮かぶ汗が慣れない装備での激闘の証を見せていた。

 

「剣も鎧もなかなか重いな……特に剣は片手でもどうにか触れるものの、基本両手で振るった方がよさそうだ」

 

「きゃああぁぁぁ~っ!!!」

 

「!」

 

エンザが冷静に現在の装備での戦い方を分析しているといきなり女性の悲鳴が聞こえ、エンザは声の方を向くと兜を被って声の方に走る。

 

「だ、誰かぁ~! た、助けてくださぁ~い!!」

 

声の主――丈の短い忍び服とでも言えばいいだろうか服を着ている少女が上半分が緑色、下半分が灰色の毛の狼に追い掛け回されている。

 

「……ん? あれって……」

 

エンザはその相手に見覚えがあるかのように声を漏らし、「とりあえず」と言うと背負っている剣を引き抜いてグリーングレーウルフ(仮)の前に立ちはだかる。

 

「え?……」

 

「……」

 

少女は驚いたように足を止めて振り返り、エンザは無言で剣を両手で握り右肩に担ぐように構える。グリーングレーウルフ(仮)も牙を剥いてエンザに襲い掛かり、同時にエンザも地面を蹴る。

 

「せあっ!!」

 

右から左に剣を薙ぎ払い、その一撃がグリーングレーウルフ(仮)を横に一刀両断。0と1の集合体に変化させ、消し去る。

 

「大丈夫? 村雨さん」

 

剣を背負い、追いかけられていた少女――村雨静の方を向いて安否を尋ねる。それに静は「え?」と言いながらこてんと首を傾げ、その訳が分からないという様子の表情を見たエンザは直後自分が兜を被っていることに気づき、兜を外す。

 

「ほら、僕だよ」

 

「炎佐さん! 炎佐さんも来てたんですか!?」

 

エンザの顔を見た途端静はぱぁっと顔を輝かせた。

 

「ああ、まあ」

 

「よかった……あの、一緒に来てくださいっ!」

 

来てたというか知り合いが黒幕というか、という様子で苦笑するエンザに対し静はそう言ってエンザの手を取るといきなり彼を引っ張っていく。いきなりの展開にエンザもなすがままにされてしまい、二人は近くの街――巨大なパチンコを模した看板――目立つようにCASINOという文字が書かれている――が巨大な塔のように立っている、あるいはロンドンのビッグ・ベンの時計の代わりにパチンコを模した看板が飾られているとでも言えばいいだろうか――へとやってきた。

 

「ここです!」

 

そして静は一つの店を指差すとぐいぐいとエンザを店内に引っ張り込んだ。

 

『いらっしゃいませ~!!!』

 

と、数多くの金髪バニーガールが一斉にエンザを出迎える。スロットにトランプ、エトセトラ。どうやら町の看板が示す通りカジノのようだ。

 

「あれお静ちゃん! 他のお客さん連れ込んできたの!」

 

と、そこに妙に聞き覚えのある声が聞こえてきたと思うと女の子が二人――双方深紅色の際どいレオタード風の衣装を身に纏っている――が駆け寄ってきた。

 

「も、籾岡さんに沢田さん!?」

 

「えっ? その声……」

「もしかして氷崎!?」

 

エンザの驚愕の声に沢田が反応し、里紗がエンザの名を呼ぶとエンザも兜を脱いで二人を見る。

 

「二人、いや村雨さんと合わせて三人も来てたんだ……」

 

「あーうん。さっき結城と春菜と唯、あと美柑ちゃんも来てたわよ。来てすぐ帰っちゃったけど」

 

エンザが驚いたように三人を見て呟くと里紗が説明、エンザは「入れ替わりかよ……」と頭を抱え、モモが言っていた勇者が近づくと城に転送されるというシステムが働いていない事から考えて、そのシステムの効果範囲は分からないものの最悪既にこの町を出て行っている可能性さえあると結論づける。

 

「つーか籾岡さんも沢田さんも、なんなんだその格好」

 

「あーこれ? 運が上がるラッキーレオタードなんだってさ! どうどう、セクシーっしょ?」

 

エンザの呆れた様子の呟きに里紗はそう言い、うっふんとセクシーポーズを決める。が、エンザはさして興味を見せてない様子で「あっそ」と返すだけだった。と里紗もつまらなそうに目を細める。

 

「ちぇ、結城は顔真っ赤にして面白かったのに……」

 

「そりゃ悪かったね」

 

「ところで氷崎の格好ってなんか騎士っぽいよね。春菜は女勇者だったけど」

 

里紗の呟きにエンザは鼻で笑うように言い、次に沢田がそう言う。と里紗がうんうんと頷いた。

 

「そういえばそうね。てか、なんで氷崎は結城達と一緒じゃないの?」

 

「三人と同じ、別口でここに来たんだよ。まさかリト達も来てるなんて思わなかったよ。またプリンセス・ララの悪戯かな?」

 

黒幕は知っているというかむしろエンザ自身黒幕側の人間なのだが教える理由もないし話がややこしくなりそうなのでとりあえずすっとぼけておく。

 

「ふ~ん。ま、いいわ。んじゃあたしらスロットマシーンしてくるから。氷崎も楽しみなよ」

 

「悪いけど帰るよ」

 

里紗はせっかくだから楽しんだらとエンザを誘うがエンザはそう言って踵を返し、里紗達は「ぶーぶー」とブーイングを出すが構うことなくカジノを出ていった。それから町を出て行こうとした瞬間、突然腕輪が光り始めたかと思うとそこから声が聞こえてくる。

 

[エンザさん、聞こえますか?]

 

「プリンセス・モモ……どうかしたか?」

 

[いえいえ。先ほどは女の子とお話してて楽しかったかな~っと]

 

モモのクスクス笑いながらの言葉にエンザはイラついたように目を細める。

 

「盗聴とは悪い趣味をお持ちになられましたね。あぁ、リトを盗撮してるから今更でしたね?」

 

[やん、これもお姉様のためですもの……それより、今晩勇者達に対し、あるイベントを起こします。その結果によっては勇者達はすぐ最後の城に直行する事になりますのでエンザさんにもお城に戻っていただこうかと]

 

「……了解した」

 

モモからの指示にエンザは頷き、それと同時にまるで彼の了解の言葉がトリガーになったかのように彼の足元に魔法陣が敷かれ、そう思ったらエンザの姿が光に包まれて消え去った。

 

 

 

 

 

「ほぉ? 大魔王マジカルキョーコがリトに色仕掛けを、ねぇ?」

 

夜中。エンザ、ナナ、モモ。三人きりになった部屋――最初エンザが通されたというか眠っていた部屋だ――でエンザはモモのいうイベントの説明を聞いた瞬間冗談抜きで燃え盛る炎を背にし、さらに氷のように冷たい視線で正座しているモモとナナを射抜いていた。

 

「え、えーっとほら、この程度の色仕掛けに屈する人がお姉様の夫となりデビルークの王となるのは――」

「本音はどうだ?」

「――……ごめんなさい」

 

しどろもどろ弁解を始めたモモの言葉を一瞬で斬り崩し、モモに謝罪の言葉を出させる。

 

「い、いやでもさっ! このキョーコはただのプログラム――」

 

モモが黙り込んだ次に弁解を始めようとするナナだがエンザが威圧すると一瞬で口が止まる。

 

「……ま、リトがそんな色仕掛け如きに負けてプリンセス・ララを見捨てるわけがないけどな」

 

「ええ、見ている限りそうみたいですね。しかもなんと金色の闇がパーティイン。今夜はもう休むようですが、明日の朝にはこの城に攻め込んでくるはずですわ」

 

エンザはリトを信じているかのようにそう言い、モモも頷いて説明。

 

「っつーわけで。今日はエンザもこの部屋で休んでくれ。こっちのメンバーは明日紹介すっからよ」

 

「ああ、分かった」

 

ナナが言い、エンザが頷くと二人も退室。エンザは重い鎧や剣を下ろすとベッドに横になった。

 

「ゲームなのに布団もふかふかだな……」

 

そう呟いて彼は目を閉じ、やがてやってくる睡魔に身をゆだねたのであった。

 

 

 

 

 

「……で、魔王軍パーティは……」

 

翌日、エンザはララとモモ――二人とも何故か、エンザが最初に見た時の黒顔小人モードになっている――に連れられて魔王軍パーティの紹介をされる。

 

「まあ氷崎炎佐。あなたもこちらにいらして? しかしご安心なさい。あなたが私の配下となるのも運命、このデスティニークイーンである天条院沙姫がいるこちらに負けはありませんわ! オーッホッホッホッホ!」

 

その一人は彼の学校の先輩、天条院沙姫。鞭を持ちボンテージ衣装を身にまとった姿はまるで女王のようだ。曰く「マジカルキョーコから魔王側につけば元の世界に帰れる」と聞いたらしく、どうやら勇者がリト達だなどの詳しい事情は聞いていないらしい。沙姫の言葉に対し魔女っ子のような格好をした綾が「流石です、沙姫様!」と歓声を上げていると、静よりも数段忍者らしい忍者の格好をした凜がエンザに近づいてきた。

 

「今回は味方同士のようだな……君の力、見せてもらう」

 

「ええ。全力でいきますよ」

 

凜に対しエンザもにこりと微笑んでそう言い、挨拶を終えるとエンザは兜を被り、背負っていた剣を引き抜く。そしてララとモモが去っていった数瞬の後、数人の足音が近づいてきた。

 

「ホーホホホ! お待ちなさい!! ここから先には行かせませんわ!!」

 

沙姫が高笑いをしながら一番に声を張り上げ、その横に綾と凜も立つ。その姿に唯やリトも「天条院センパイ!?」、「てか、なんで敵!?」とびっくりしたように声を上げる。その横に立つ美柑が「あの黒い鎧の人は?……黒騎士?……」と呟くとエンザも顔を隠した兜の中でクスリと笑い、剣を構えるが、その瞬間ヤミがピクリと反応。素早くエンザ目掛けて突進したかと思うと右手を変身(トランス)させた剣で斬りかかり、エンザもそれを剣で防ぎその直後痛烈な剣劇が繰り広げられる。そしてエンザの剣がついにヤミを捉え、しかしヤミも咄嗟に左手を変身させた剣で防ぎ、弾き飛ばされる程度に被害を押さえる。彼女は空中でくるくると回転、すたっと着地をする。

 

「……まさか、あなたがそちらについているとは思いませんでしたよ……エンザ」

 

「なっ!?」

 

ヤミの台詞にリトが絶句、他のメンバーも驚いたように目を丸くしてエンザである黒騎士を見る。それにエンザもかぶりをふると剣を床に突き立て、兜を外して被っていた時に額にくっついた髪を顔を振って払いのけ、笑みを浮かべて見せる。

 

「まさか、一発で気づかれちゃうなんてね」

 

「炎佐……な、何でお前がそっちに……相手がララを人質にしてるのを知らないのかよ!?」

 

「やれやれ。ほんの少し前の味方に剣を振るわなければならない……これもまた傭兵の辛いところなんだよね~」

 

相手がエンザだと分かったリトは説得なのか、ただ本音をぶつけているのかエンザ向けて叫び、それに対しエンザは皮肉めいた笑みを浮かべてそう言い、兜を被って剣を引き抜くと沙姫達より数歩前に出て、剣を振り上げる。

 

「せあぁっ!!!」

 

そして、()()()()()()剣を振り下ろす。

 

「沙姫様っ!!」

 

咄嗟に凜が割り込み、背負っていた刀を引き抜いて刃を阻む。

 

「氷崎炎佐、貴様、なんのつもりだ?……」

 

「言ったはずですよ? ほんの少し前の味方に剣を振るわなければならない……これもまた傭兵の辛いところ、とね」

 

「その、()()()()()()()()()というのは私達を指していた、という事か……」

 

「ご名答。俺は現状リト及びララの護衛を仕事としている傭兵だ。この状況ではリトに与するのが当然だろ?」

 

エンザと凜は鍔迫り合いをしながら言い合う。

 

「リト、この場は俺に任せろ。お前はとっとと囚われのお姫様を助けに行くんだな」

 

「エンザ……ああ、分かった!」

 

エンザの言葉にリトは頷いて走り出し、沙姫が「待ちなさい!」と叫ぶがエンザが凜を押し飛ばすと素早く沙姫に斬りかかり、沙姫達がリトを追うのを妨害する。

 

「さてと……黒騎士エンザ、いざ参るってね!」

 

そしてエンザは普段とはちょっと違う口上を述べ、沙姫達に剣を突きつけた。その時、剣に炎が纏われた。

 

「「「なっ!?」」」

 

「宇宙を駆ける傭兵にしてフレイム星人とブリザド星人のハーフ……その力全てをもって仕留めさせてもらいます」

 

突然の手品のような技術に沙姫達が驚きの声を上げるとエンザは静かにそう言い、剣を両手で強く握りしめる。

 

[あらあら~。予想はしてましたがやっぱり裏切っちゃいますか~]

 

「ああ。お前の手の平の上で遊ぶのはここまでだ」

 

と、エンザの右腕に着けられている腕輪からモモの声が聞こえ、エンザもそう言う。

 

[ま、予想は出来ていたので。地球人である彼女達だけでもあなたを倒せるよう、ちょっとズルさせてもらいますね~]

 

「?……!?」

 

モモのそんな甘ったるい言葉の直後、突然エンザの鎧が重くなりエンザは思わず体勢を崩し同時に炎が消える。

 

[これだけ鎧が重ければ機動力も大分抑えられるでしょうし、普段通りに戦う事はまずできないでしょう。もちろん鎧の着脱は不可、ではでは裏切りの黒騎士さん、三対一、頑張ってくださいね~]

 

「テメエ……」

 

モモはケラケラと笑っているかのような声でそう言った後一方的に通信を切り、エンザはドスの効いた声を漏らす。しかしモモからの反応はなく、通信を聞いたらしい凜も表情を鋭くする。

 

「……何者かは知らんが、話は聞かせてもらった。悪いが、こちらも本気で行かせてもらう」

 

凜が刀を構え、沙姫が鞭でビシッと床を叩き、綾もむんっと気合を入れた目で魔導書を開く。

 

(……さっきはいきなりの重さで炎への集中が消えちまったが、炎と氷を操るだけなら問題ない……それに、重さに慣れれば動くには支障はないはず……)

 

それに対しエンザも兜の中で静かに思考を整え、再び剣に炎を纏わせる。

 

「ぜあっ!!」

 

そして勢いよく炎を横に一閃、その軌跡を炎が走り、前方に熱風が放たれる。

 

(ちっ。炎を放つつもりだったが、剣が走らない……思った以上に制限がきついか)

 

ご挨拶程度の一撃のつもりだったがそれでもなお普段通りの攻撃が出来ず、その隙に凜が熱風に怯むことなく突進、背負っていた刀を引き抜きざま斬りつける。

 

「せいっ!」

 

「ぐっ!?」

 

凜の攻撃をエンザも咄嗟に剣を引き戻して受け、直後凜との剣劇が開始される。凜の剣閃は地球人にしては速く鋭いもののヤミと比べたら雲泥の差。しかし重荷を着けられているエンザの剣も、その剣閃とどうにか渡り合えるレベルのものに引き下げられていた。

 

「ん、のっ!」

 

しかしそれでなおエンザの剣術は凜を僅かに上回っており、エンザが凜を弾いた剣劇の一瞬の合間にエンザはダンッと右足で震脚、それと共に地面から炎が噴き出て壁を作り、咄嗟に凜も炎を避けて後ろに下がる。エンザはふぅっと息を吐いて目を閉じると左手を後ろに、まるで槍投げのような構えを取る。と、共に左手に氷の槍が握られた。

 

「ふっ」

 

素早く氷の槍を投擲、それは炎の壁を突き破って凜目掛けて突き進み、炎の勢いから後ろに飛んでかわしていた凜は空中で身動きが取れず、刀で防ごうと前に突き出す。

 

「はぁっ!!」

 

「っ、沙姫様!?」

 

しかし槍は沙姫が鞭を使って叩き落とし、凜が驚いたように叫ぶと沙姫は鞭を手元に引き戻し、ぱしぃんと叩く。

 

「ご安心なさい凜! この鞭クイーン天条院沙姫の鞭捌きの前にはあのような攻撃、児戯にも等しいですわ!」

 

「やってくれるね。動きを封じる程度に抑えてたとはいえ、まさか叩き落とされるとは……」

 

沙姫の自信満々の言葉に対しエンザはそう呟く。そして炎の壁が消えると共に再び凜が斬りかかり、同時に沙姫が綾に「魔法で援護なさい!」と指示、綾もはいっと頷くと慌てて魔導書のページをめくり始める。

 

「え、えっと、ギ、ギガメクリン!!」

 

右手を突き出し、呪文を唱える。と、その右手に水色の球体状の光が集まり、それが弾け飛ぶと共に突如下から風が吹き上がっていく。

 

「突風!? そんな魔法まで使えるのか……」

 

エンザは体勢が崩されない様にと力を込め、向かってくる凜を睨みつける。が、その時、動きやすさを優先しているのだろうか、ともすればミニスカートと言ってもいいだろう長さの、彼女の忍び衣装が風によって動く。

 

「えっ?」

「へっ?」

 

二人の間の抜けた声が重なる。風は下から吹き上がっており、それに煽られる形で動く。それすなわちめくられる。ヒラリン、とでもいうような擬音が聞こえそうな後、凜のシミ一つない綺麗なおみ足と、忍者という職業に転職になった結果変えられたのか下着であるふんどしがエンザの目にさらされ、その光景にエンザも思わずフリーズしてしまう。

 

「みっ……見るなああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「へぶっ!!??」

 

咄嗟に衣装を左手で押さえた凜の、真っ赤になって気のせいか涙目での飛び回し蹴りが無防備になってしまっていたエンザの側頭部に直撃。その衝撃は重厚な兜をぶち抜いてエンザにまで届き、エンザは吹っ飛ばされた後地面に叩きつけられ、しかしそれでなお勢いは止まらず床を滑る。

 

「づあっ……い、いい蹴りでしたよ九条先輩……この重装備じゃなかったら意識が刈り取られてたかも……」

 

「だ、黙れ! もう一、二発叩き込んでさっきの記憶を消去させてもらう!!」

 

頭を押さえているつもりなのか兜を押さえながら立ち上がり、さっきの一撃を評価するエンザに対し凜は顔を真っ赤に染め上げ刀をエンザに向けながら怒鳴る勢いで叫ぶ。

 

「悪いけど、こっちも傭兵の名に懸けてそうそう負けてやるわけにもいかないんですよね……」

 

それに対しエンザも傭兵としての誇りから剣を構え直す。その時突然城がゴゴゴという音と共に揺れ始めた。いや、それだけではない。僅かながら、城が崩れている。

 

「これは、一体?……」

 

エンザから目を離して揺れ、崩れ、さらには空間が割れていく城を見る凜。

 

「兜が!?」

 

と、その次の瞬間エンザの兜が消えていく。それだけではない、鎧も、手に持っていた剣も消えていく。

 

(そうか、この世界をモモ達はゲームだと言っていた。もしこの装備全てがデータだとしたら……まさか、ゲームにバグが発生しているのか!?)

 

エンザはモモ達から聞いている情報を元に現状に関する仮説を組み立てる。

 

「ひっ、氷崎炎佐! こっちを見るなっ!!」

 

「わ、ごめんなさい!?」

 

その間に、凜達の服もどんどん消えていき凜は羞恥と怒りに顔を赤くしながら胸などを隠すようにしゃがみこみ、沙姫や綾達も同じような体勢になる。凜の叫び声にエンザも咄嗟に謝って彼女らの方を見ないよう身体の向きを変える。

 

「グルルルルル……」

 

「!」

 

と、いきなりそんな唸り声が聞こえ、エンザは思わず沙姫達のいる方を向いてしまい沙姫達から悲鳴が上がるが彼は彼女らの方は全く見る事をせず、それよりも先の方に目を向けていた。

 

「ゴ、ガアアアァァァァ……」

 

崩壊する城の奥。そこから巨体で、露出した上半身にはおびただしい数の傷が目立ち、右手に金棒を握るまるで鬼のような姿をしたモンスターが現れた。しかしモンスターはバグによって出現したのかその身体はノイズがかっている。

 

「ば、ばばばばば……化け物ですわ……」

 

沙姫が口をあんぐりとあけて目を点にして呟く。既に彼女らは武器どころか防具さえもない。まるで中ボスのような巨人に対し抵抗の手段はない。既に下半身の鎧も消失を始めているエンザもそれは同じ……だが、その時彼の足元にカコン、と何かが落ちるような音がし、エンザは足元に目をやる。

 

「デダイヤル!」

 

鎧に隠されていたものが鎧が焼失した際に落ちたのだろうか。だが今はそんな事どうでもいい、エンザは素早くデダイヤルを拾い上げると操作、直後彼の首から下が黒いインナーに包まれ、銀色の軽装の鎧が彼の身を覆う。そして最後に銀色の兜が額を覆う形で具現する。その間彼は目を閉じていたが、鎧の具現が終了すると目を開き、紫色の輝きを放つ両の眼でモンスターを睨みつける。

 

「エンザ、いざ参る!」

 

叫び、エンザは地を蹴ってモンスターに突進。沙姫を狙って振り上げられた金棒の前に立ちはだかると左手を突き出した。と、左手の前に氷の盾が発生、金棒を受け止めエンザが盾を押すと押し返しモンスターにたたらを踏ませる。

 

「ひゅぅっ」

 

右手に刀の柄を握り、力を集中して赤い刃を具現。軽く息を吐いて力を込め、刃を上にして刀をモンスターに突き刺すと刀の柄を両手で握り締める。その時刀から炎が燃え上がった。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

咆哮し、刀を振り上げる。モンスターの身体が縦に斬り分けられ、頭を斬ってその勢いのまま振り返ってモンスターに背を向け沙姫達の方を見るポーズになった直後、刀の軌跡が爆発。一瞬でモンスターを消し飛ばした。

 

「つ……強い……」

 

強そうに見えたモンスターを無傷で一蹴してみせたエンザの姿に凜は呆然とした様子で声を漏らす。と、その直後エンザはじめ沙姫や凜、綾の身体を光が包み込み、光が弾け飛ぶと崩れていく城の中から彼らの姿が消え去った。

 

 

 

 

 

「……ここは?」

 

目の前から光が消え、呟く炎佐。辺りに広がるのは森と、流れる大きな川。

 

「……どう間違っても学校の敷地内じゃないな」

 

まだゲームの世界にいるのか、もしくは現実世界に戻っては来たが転送場所がずれたのか。と炎佐は思考を始める。

 

「……氷崎炎佐……」

 

「あ、九条先輩。天上院先輩に藤崎先輩も無事のようですね」

 

そこに凜が声をかけ、沙姫と綾の無事を確認して炎佐は安心したように笑みを見せた。

 

「あ、エンザ! エンザもいたの!?」

 

「プ、プリンセス・ルン!? あなたもいたのですか!?」

 

「あ~まあ、うん……あと校長もいたんだけど……」

 

驚いたように炎佐に声をかけてきた相手――ルンを見た炎佐も驚いたように叫び、ルンは歯切れの悪い様子でそう呟く。その言葉に炎佐が首を傾げていると突然「ギャー!」という中年男性の悲鳴が聞こえ、その場にいた全員が声の方を向く。

 

「こ、校長がワニに!?」

 

凜が悲鳴を上げる。その言葉通り校長はワニに噛まれどころか軽く食われている。どうやらここはアマゾンの密林らしい。

 

「も、戻れたのはいいけど、なんでこんなところなんですのー!!??」

 

沙姫も悲鳴を上げ、炎佐はやれやれとため息をついて首を振るとデダイヤルを取り出し、通話モードにして一つの電話番号にかける。

 

「……もしもしザスティン? プリンセス・ナナとプリンセス・モモの悪戯の弊害でどっか吹っ飛ばされたらしい。ああ、天条院先輩と九条先輩と藤崎先輩、あとプリンセス・ルンとうちの校長の計六人。場所はたぶんアマゾン辺りだが、ワニがいて森があって川があってとしか分からん……ああ、悪いけど迎えに来てくれないか?」

 

炎佐はどこか疲れた様子でザスティンに通信。ザスティンからもこんな情報だけで探す手段があるらしく了承が取れたのか炎佐は「ああ、頼む」と言って通話を終える。

 

「さてと……」

 

炎佐はデダイヤルを手に、校長がワニに襲われてパニック状態になっている一行を見る。

 

「ザスティンが迎えに来るまで、皆を守らなきゃな」

 

そう呟き、炎佐は再びめんどくさそうにため息をついた。

 




お久しぶりです。今回はとらぶるくえすと編、ちなみにナナとモモの人間態衣装や里紗達との絡みの部分はOVA版を参考にしました。
でもって炎佐が裏切る事は決めていたんですが彼をラスボスマジカルキョーコとの戦いに放り込んだらもうどうなるか想像がつかないカオスな事になりかねないので彼の相手は凜達に任せました。ただでさえちょっと見ただけで本気でぶっ殺しかねない攻撃仕掛けましたし。あとはせっかくだからサブヒロインである凜と絡ませるか、という意図もあったんですけどね。
次回は、現在構想している流れでいくならば、新たなサブヒロインとなるかもしれない存在が登場する予定になっております。とだけ言っておきますね。(ニヤリ)……もっとも、小説書いてる僕のこういう場合の言い訳は「予定は予定であり未定」なので。もし次回そういう話にならなかったらごめんなさいと先に謝っておきます。もちろん流れのままいくよう善処はしますが。
今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十九話 SexChange

「氷崎、炎佐君……ん~? ひふぁきは休みか~?」

 

とらぶるくえすとから数日後、彩南高校2年A組、朝のHRで出席を取っている担任骨川教諭は炎佐の名を呼び、しかしそれに返答がないため確認を取る。と、リトが手を挙げる。

 

「あ、えっと、氷崎は今日風邪で休むそうです!」

 

「お~そうか……ん~? この前も風邪で休んでたような……えーっとではー」

 

リトからの伝言を聞いた骨川教諭は次の生徒の名を呼ぼうと生徒名簿を見始める。

 

(……炎佐、大丈夫かな?……)

 

リトは心配した様子で心中そう思う。この前――とらぶるくえすとの翌日――は炎佐はバーストモードの反動で体調不良を起こし欠席をしてしまった――ちなみにその日はリトも春菜やララと色々あったのだがそれはまた別のお話――のだが、今日は実はそういうわけではない。

 

それは昨夜の事である。

 

「はぁ!? 明日学校休むから口裏合わせてくれ!?」

 

部屋でごろごろしていたらいきなり炎佐から電話があり、電話に出たら開口一番学校を休む口裏合わせを炎佐から頼まれたリトが驚いたように声を出すと電話の向こうで炎佐が申し訳なさそうに言葉を濁らせていた。

 

[ああ、いきなりで悪いが頼む。ニャル子の奴がいきなり“宇宙の密輸業者が手違いで逃がしたという報告がある危険性生物が地球に飛来したらしく、討伐を手伝ってくれ”って依頼してきやがってよ。報酬もちゃんと出る惑星保護機構からの正式な依頼って形になってるし断り切れなくてよ……まあ標的の規模から考えて明日の早けりゃ昼には終わると思うんだが……]

 

「あーえっと、炎佐も大変なんだな……分かった。風邪で休むって事にすりゃいいよな? プリントとかは俺が届けりゃいいし」

 

[ああ、悪い]

 

……というわけで、現在炎佐は風邪で寝込んでいるのではなく、今頃ニャル子と共に、地球に飛来した宇宙の危険生物討伐に励んでいる事だろう。

 

 

 

 

 

「「……」」

 

事実、とある山奥にてエンザは鎧に刀という戦闘モードでニャル子と背中合わせになり、地球にはまず存在しないであろう不可思議な生物の群れ――エンザとニャル子は囲まれている――と向かい合っていた。

 

「……ニャル子、オレはこんなに多いなんて聞いてないぞ?」

 

「あ、あはは……どうやら増えちゃったっぽいですね」

 

ギロッと睨みを効かせながらのエンザの言葉にニャル子も苦笑する。と、不可思議な生物が一斉に襲い掛かり、エンザもチッと舌打ちを叩くと不可思議生物目掛けて突進。

 

「状況によっては追加料金の請求も考えるぞ!」

 

「それは私の担当じゃないので上の方にお願いします!」

 

一体斬り倒し、そっちを見ることなくまた別の一体を斬り、またそれを見ることなくさらに別の一体を、と流れるように次々不可思議生物を斬り捨てながらエンザが叫ぶと名状しがたいバールのようなもので次々不可思議生物を撲殺しつつニャル子も叫び返した。

 

 

 

 

 

「ふ~。後片付けの当番で着替えが遅くなっちまったぜ」

 

さて一方彩南高。リトは体育の授業の後片付けの当番を終え、玄関にやってきていた。

 

「?」

 

と、誰かが玄関前にある大きな鏡の前に立っているのに気づく。

 

「……邪魔……かな……」

 

そこに立っていたのはぽよんと柔らかな胸を揺らし、全体的にバランスが整ったまま大きくなった姿のヤミの姿があった。

 

「っ……ヤミ!?」

 

「!」

 

あまりにも驚愕の光景にリトが声を上げると、ヤミの姿が一瞬で元の状態にまで縮こまる。

 

「……見ましたね?」

 

彼女はゆっくりと振り向くと真っ赤に染まった顔でリトを睨みつける。その時彼女の髪が刃、棘付き鉄球、金棒と様々な凶器に変身(トランス)、一斉にリトに襲い掛かった。

 

「おわーっ!! 見てない!! 何も見てませーんっ!!」

 

またも命の危機に陥り、リトは背後から襲い来る凶器から逃げ惑い始めた。

 

 

 

 

 

「よーっし、出来た!」

 

[ララ様、何を作ったので?]

 

一方校庭。また何か発明をしたらしいララにペケが尋ねる。彼女の目の前にはなんというか、巨大な――と言っても青年男子一人くらいの大きさだ――ミサイルがあった。

 

「ぱいぱいロケットくん! 当たった人のホルモンバランスを調整して、理想のおっぱいに出来るの!」

 

[なぜロケット?……]

 

今日の体育の授業から妙におっぱいに関心を持ってしまったララの発明、ペケも何故ロケットと漏らす。

 

「これを使ってリトの好みのおっぱいになればリト大喜びー!」

 

ララは嬉しそうにそう言い、発明に使っていた万能ツールを振り上げる。と、その瞬間校舎がちゅどーんと大爆発を起こし、そこからリトが吹っ飛んでくる。きっとヤミの攻撃のせいだろう。

 

「リト?」

 

ララが驚いたようにそう呟いた瞬間、彼がぶち当たってヒビが入ったぱいぱいロケットくんが爆発する。

 

「あーっ! ぱいぱいロケットくんが暴発したー!!??」

 

[これは……まさかリト殿が……]

 

さっきの説明を聞いたペケはよからぬ想像をする。それに対しララは「まだ入力(インプット)してなかったし……男の子には効き目はないはず……」と気のせいか歯切れの悪い声を漏らす。それからララはリトに「大丈夫?」と声をかけようとするが、その声は途中で止まる。

 

「いちち……酷い目にあった……」

 

そこにはリトと同じオレンジ色の髪をし、なかなか大きなおっぱいをした女の子が座っていた。彼女は自分の胸をムニムニと揉み、突如股間に両手をやる。

 

「な……ない……」

 

そして絶望した顔でそう小さく呟いた。

 

[リト殿が……女の子に!?]

 

「あれー?」

 

ペケが驚きに叫び、流石のララも呆然とした様子を見せていた。

 

 

 

 

 

「これで終わりか……」

 

「はい。クー子とハス太君が巣を見つけてそっちの駆除も出来たそうなので、これで依頼終了です。お疲れ様でした」

 

「たっく。昼前に終わると思ってたがもう放課後になっちまうじゃねえか」

 

不可思議生物最後の一体を斬り倒し、エンザがニャル子に聞くと彼女も連絡を取りながらグッドとポーズをし、お疲れ様でしたと言う。思った以上に時間がかかり、エンザはぶつくさと文句を言った。

 

「で、追加料金の請求はどうします?」

 

「もう疲れたからいい。お前ら相手なんだし今回はサービスしてやるよ」

 

「あら、それはどうも。んじゃ後で地球の日本通貨で振り込んどくようにしますんで」

 

「おー、今後ともごひいきに。それと今度はもうちょっと正確な情報掴んでから依頼してくれよ?」

 

ニャル子とエンザはそう話し合い、エンザは刀を肩に担ぐと左手をひらひらさせながらその場を後にした。

 

 

 

 

 

さて、視点は再び女の子リトに戻る。彼女はあの後早退、帰ってきた美柑に助けを求めたはいいのだがララと美柑に弄ばれ、最終的に美柑がからかい目的で出したブラジャー――もちろんリトが着用する目的だ――を見た瞬間限界になり、家から逃げ出した後動揺の余り家から離れた繁華街まで走ってきていた。

 

(うぅ、何か視線がやけに気になる……お、男の格好が不自然なのか?……)

 

女の子リトは周りの男性から視線を浴びながらどこか気分悪そうな表情で歩いていた。

 

(!! げ、猿山!?)

 

と、彼女は目の前に親友の一人である猿山がいるのに気づく。

 

(やべっ、すげーこっち見てる!!)

 

猿山は顔を淡く赤色に染めながら女の子リトをガン見、女の子リトはなるべく目を合わせないようにしながらそ~っとその場をやり過ごそうとする。

 

「ま、待ってくれ!」

 

(げっ、バレた!?)

 

猿山の声に女の子リトはびくっと硬直、足を止めてしまう。その隙に猿山もぐぐいっと女の子リトに近寄った。

 

「キ、キミどこの学校!? 俺と友達になってくんない!?」

 

(何言ってんだこの馬鹿!?)

 

いきなりナンパしてきた親友(猿山)に女の子リトはつい心の中で暴言を吐いてしまう。しかしぐいぐい押してくる猿山に言い返すのも大変、当然正体を明かすわけにもいかず彼女は無言のまま走り去った。後ろから猿山が「待ってよー!」と言っているが無視だ。

 

(くっそー。俺は男だっつーの……)

 

女の子リトは心中悔しそうに呟きながら走る。

 

「キ、キミ!」

 

と、また別の男性が彼女を呼び止める。

 

「なんて美しいんだ!! 俺と結婚してくれ!!」

 

『流石弄光センパイ! 久しぶりに登場したと思ったらいきなりプロポーズだぜ!!』

 

「こ、ここ断ーる!!!」

 

『流石センパイ! 即効(ソッコー)で断られたぜ!!』

 

一応彼らの学校の先輩である弄光のプロポーズを女の子リトは一蹴して走り続ける。

 

(なんなんだ~どいつもこいつも~……)

 

女の子リトは走りつつも後ろを見ながら心中毒づく。と、前を見てなかったせいかどんっと誰かにぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんなさい」

 

自らの前方不注意であったため女の子リトはすぐに非を認め、謝りながら前を見る。と、すぐにげっ、と心の中で漏らした。女の子リトがぶつかってしまったのは言っちゃなんだがチャラかったり柄が悪かったりする男達五人――中肉中背の色々平均的な感じのが二人、長身に痩せ型でチャラそうな見た目が一人、シャツの上からでも分かる程度に筋肉質でがっしりした体格なのが一人、デブ、もといふとましい体格が一人だ――でぶっちゃけ絡まれたら相当めんどくさそうだ。

 

「あぁん?」

 

リトがぶつかってしまったデブは女の子リトを見るとニヤリ、と下品な笑みを見せる。

 

「人にぶつかっといてごめんで済むなんて思っちゃねえよな? 姉ちゃん」

 

「そうそう。怪我しちゃったかもしれないしさぁ、ちょっと一緒に来てくれない?」

 

デブに続いてチャラそうな男がそう言い、女の子リトを男五人が囲む。どれもこれも下品な笑みを浮かべており、本能的に危険を感じたのか、女の子リトの背筋に悪寒が走っていた。

 

「何してるんだ?」

 

と、男五人バリケードの向こうからそんな聞き覚えのある声が聞こえ、男達は「アァン?」とドスの効いた声でそっちに凄む。その隙に女の子リトも男達の隙間から声の主を見る。

 

(炎佐!)

 

「状況は読めないが、女一人を数人がかりで性質悪いナンパってとこか?」

 

女の子リトは驚いたように心中で叫び、炎佐は睨みを効かせながらそう言う。だが彼は妙に疲れた様子を見せていた。

 

「あんだとテメエ!?」

「テメエにゃあ関係ねえだろうが!?」

 

中肉中背の男二人が凄みながら炎佐に迫る。と、炎佐は「ん?」と声を漏らした。

 

「……お前ら、よく見たら以前妹カフェでナンパしてた奴ら?」

 

「「ん?……げっ!!??」」

 

炎佐の言葉に二人は声を漏らした後炎佐の顔をまじまじと見、げっと声を漏らすとざざざっと引く。

 

「や、やべえよ! こいつあん時の!!」

「人間とは思えねえ強さの奴だ!?」

 

男二人は慌てたように叫び、女の子リトもまあ地球人じゃねえんだしなぁ。と心中ぼやく。

 

「ふ、ふざけんな! あん時はちょっと油断してただけだ!!」

 

長身チャラ男が叫び、筋肉質男とデブも前に出る。中肉中背男二人組は戦う気がないのか、女の子リトよりも後ろの方に怯えた様子で下がっている。

 

「はぁ、疲れてんだがなぁ……」

 

炎佐も心の底からめんどくさそうな様子で呟き、その隙を突いて男三人は一斉に殴り掛かって来る。

 

「ふっ!」

 

まず長身チャラ男の一撃をいなしてカウンター気味に拳を叩き込み、そのままチャラ男の腕を引いて筋肉質男の拳の盾に使い、仲間を殴ってしまった事に驚いた筋肉質男が硬直した瞬間チャラ男を突き飛ばし、同時に蹴りを入れて二人纏めて倒させる。

 

「せいっ!!!」

 

「ぐふっ!!」

 

そして最後にデブの首目掛けて刈り取るような回し蹴りを叩き込み、昏倒させる。

 

「……やる? 疲れてるから手加減できないけど?」

 

ぽきぽきと拳を鳴らしながらそう言うと中肉中背の二人はぶんぶんと首を横に振り、慌ててその場を逃げていく。気絶したデブは長身チャラ男と筋肉質男に運ばせ、炎佐はふぅと息を吐いて女の子リトを見る。

 

「大丈夫ですか?」

 

「え? あ、はい……」

 

炎佐の呼びかけに女の子リトはぼうっとした声で返し、炎佐はふわぁと欠伸を漏らすと帰ろうと歩き出し、女の子リトの横をすれ違う。

 

「あっ」

 

と、女の子リトは無意識に炎佐の腕を掴んでいた。

 

「……なに?」

 

疲れているのかぼうっとした目で呟くように聞く炎佐にリトは「えっと」と声を漏らす。

 

「あの、その……」

 

「あ~……さっきみたいなのに絡まれたら怖いとかそういうの?」

 

「え? あ、まあ、はい」

 

もじもじしながら口ごもる女の子リトに対し炎佐は勝手に解釈。女の子リトもまあまた絡まれたら怖いというのは当たりなのかこくんと頷く。

 

「まあ、それもそうか。ところで君、あまり見覚えないけど最近引っ越してきたとかそういうの?」

 

「えっと、まあ、あの、その、散歩してたら道が分からなくなってしまって……」

 

炎佐の疑問の言葉に対し女の子リトはそう、言われて納得できるような嘘を話す。

 

「あの、よければこの辺の案内とか、してくれませんか?」

 

「ん? まあ、いいよ。暇だし」

 

女の子リトの申し出に炎佐は疲れてはいるもののそれくらいならいいかと受け入れる。

 

「で、君の名前って?」

 

「あ、えーっと……り、梨子……夕崎梨子です♪…(…我ながらテキトー)」

 

炎佐の問いかけに女の子リト改めリコはテキトーに偽名を考えて口にし、えへっと笑みをプラスしつつその裏では自らのネーミングセンスをぼやく。炎佐も微笑みを返した。

 

「へぇ……僕は氷崎炎佐。よろしく、リコさん」

 

その優しげな笑みでの自己紹介にリコの胸がドキッと高鳴る。

 

「あ、はい…(…ドキッてなんだよ俺!?)」

 

リコは曖昧に頷きつつ、さっきの胸の高鳴りに自分でツッコミを入れていた。それから二人はその場を後にして、普段の生活でよく訪れている商店街のゲームセンターにやってきた。

 

「とりあえず、僕がよく遊びに来るとこ来ちゃったけど……リコさんってゲームとか興味あるの?」

 

「え? あ、はい。まあ少し……」

 

炎佐の問いかけにリコは頬を引きつかせながら返し、炎佐は「そっか」と安心したように微笑む。

 

「さってと、でもなんとなく来ちゃっただけだしなぁ……適当に回ってみるか」

 

炎佐は頭をかきながら呟き、ゲームセンターをうろつき始める。リコも余計なトラブルに巻き込まれたくないためその後について行った。

 

「……ん? これ……」

 

炎佐がふと見たのはクレーンゲームの中にあるふわふわな触感を思わせる白犬の人形。

 

「ふむ……」

 

炎佐は少し考えるとクレーンゲームの前に立ち、財布を取り出すと中から100円玉を出す。

 

「えっ……と……」

 

「あぁ、ごめんごめん。ちょっと待っててね」

 

頭の上にクエスチョンマークを浮かべたリコに対し炎佐は申し訳なさそうに謝ってクレーンを動かす。狙いは白犬の人形だ。

 

「……あーくそ」

 

しかしクレーンは全く見当外れの場所に降下、狙った白犬どころか別のぬいぐるみすら取れずに上がっていくと定位置に戻った。

 

「あれ?……」

 

もう一度お金を投入しリベンジを行うものやはり上手くいかない。

 

「……えーっと」

 

「あ、ごめんごめん。美柑……親友の妹さんにプレゼントでもしてあげようかなって思ってさ」

 

リコが声をかけようとすると炎佐はまた申し訳なさそうにそう説明する。

 

「美柑ちゃんにもその兄である親友にもいつもお世話になってるからね。たまにはこういうプレゼントでもしてお返しをしないとって思って」

 

(炎佐のやつ……律儀っつーかなんつーか)

 

炎佐はクレーンゲームに悪戦苦闘しながら説明し、その内容にリコは親友の律義さや心遣いを嬉しく思う。

 

「ちょっとどいてください」

 

リコはそう言って炎佐をどかせて自分がクレーンゲームを操作する。

 

「え?」

 

「大丈夫です。こういうの得意なので」

 

そう言ってリコはクレーンを操作。炎佐が狙っていた白犬の人形や、おまけに猫と兎のファンシーな人形さらっと獲得。三つのぬいぐるみを持って彼らはゲームセンターを後にする。

 

「ありがとね、リコさん」

 

「いえ。助けてくれたお礼です」

 

炎佐のお礼に対しリコもにこっと微笑んで返す。

 

「それにしてもリコさん、クレーンゲーム得意なんだね。名前も似てるしなんだかリトを思い出すなぁ」

 

炎佐の言葉にリコはギクッと身を震わせる。

 

「ん? どうかした?」

 

「あ、い、いえ、なんでもないですよ!」

 

身を震わせたのに気づいたのか炎佐が問いかけるとリコは慌てて取り繕うように笑う。

 

「あれっ! 氷崎に結城!」

 

「ん?」

「!?」

 

そこに突然後ろから声をかけられ、炎佐は声に反応して振り返りリコはビクッと身を震わせて冷や汗をだらだらと流し始める。

 

「籾岡さん。どしたのこんなとこで」

 

「学校帰りのウィンドウショッピングに決まってんじゃん♪ それより氷崎って今日風邪で休んでるんじゃなかったっけ?」

 

声をかけてきた相手――里紗に炎佐が問いかけると里紗はにししと笑いながら返し、次に炎佐は今日学校を風邪で休んでいるはずなのに何故ここにいるのかを問い、炎佐が返す前に「あー分かった♪ ずる休みだ~。いっけないんだ~♪」と悪戯っぽく笑う。

 

「んで、なんで結城もいんの?」

 

「リト? いや違うって」

 

里紗は未だ自分達に背を向けているリコを見ながら尋ね、炎佐も首を横に振ってリコを見る。

 

(や、やべえ……逃げる、いやでも……)

 

リコは逃げようと考えるがなんとなくそれは避けたいとも思う。

 

(ええいままよ!)

 

覚悟を決めて振り返り、にこっと笑った。

 

「は、初めまして!」

 

「……ん? 結城じゃない?」

 

「ゆ、夕崎梨子って言います♪」

 

リコの強い「初めまして」の挨拶を受けた里紗はようやく相手がリトではない――いやリトなのだが――事に気づき、しかしリコの顔を見ながら首を傾げる。リコは必死に笑顔を取り繕い、偽名である名前を名乗って全力で誤魔化しに入る。

 

「不良に絡まれてたとこを助けたんだよ。なんか散歩してたら迷子になっちゃったらしくって、ここら辺来ないそうだから案内してるんだ」

 

「へ~なるほど……ふむ。つまりはデートね!」

 

「デッ!? あ、いやっ」

 

炎佐の説明を受け、里紗は顎に手をやってふむふむと頷くとウィンクにサムズアップをしながらそう結論を出す。その言葉にリコはボンッと顔を赤く染め上げて否定しようとするが里紗は「皆まで言うな!」とサムズアップしていた手を広げてリコの前に突きつけ言葉を遮る。

 

「うんうん分かるよー。炎佐って顔が傷ものだけどまあまあかっこいい方だし喧嘩も強いしね~。こわ~いお兄さん達から助けられてふらっとなるのも分からんではない」

 

「余計なお世話だよ」

 

腕組みをして分かる分かるというように頷きながらそう言う炎佐に顔が傷ものというのが気にかかったのかツッコミを入れる。

 

「でもね~」

 

と、里紗はそう言って心なしか目をキラッとさせる。そしてリコはもちろん呆れていたとはいえ炎佐が反応できない程の速さでリコの後ろに回り込んだ。

 

「こ~んな服でデートってのはいただけないわよ~。これ男物じゃ~ん」

 

「えっちょっひゃわっ!?」

 

そう言いながら里紗は服をまさぐり胸を触る。

 

「お、いい身体してますな~」

 

「ちょっやめっひゃんっ!?」

 

里紗はリコの胸を揉みながらエロ親父みたいな台詞を言い、リコは必死で抵抗しつつも未知の感覚に翻弄される。

 

「初対面相手に何やってんの!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

と炎佐が里紗に拳骨を入れ、里紗はあたたと呟いて頭を押さえる。リコはその隙に脱出して軽く震えながら自分を抱きしめていた。

 

「いっやーなんか結城に似てるから、からかいたくなっちゃってさー」

 

「お前しばくぞ?」

 

「やはは~……グッバイ!」

 

悪びれてない里紗に対し炎佐が額に青筋を立てながらそう言うとこれ以上はやばいと判断したか里紗は素早く逃げ出す。それに炎佐は呆れたように頭に手をやってため息をついた後リコを見た。

 

「えーっと、ごめんね? リコさん……」

 

「あ、いえ……」

 

炎佐の謝罪の言葉に対しリコもえへへと誤魔化し笑いをする。その裏では里紗がいきなり現在の自分をリトと間違えたりさらにはリトと似ている。と自分の正体にもっとも近づいたことに戦慄していた。

 

(ほんっと心休まらねえ……もうここで炎佐と別れて諦めて家帰った方がいいか?……)

 

「リコさん?」

 

「ひゃいっ!?」

 

リコはララと美柑のおもちゃにされてる方がまだマシかなと考えるが、そう考えている間に炎佐が声をかけ、不意を突かれたリコは声を裏返す。

 

「さっきは僕の友達がごめんね? いっつもあんな感じで、悪気があったわけじゃないから許してあげてね?」

 

「あ、いえ、びっくりしただけですから……」

 

炎佐が申し訳なさそうにさっきの里紗の無礼を謝るとリコも苦笑いをする。

 

「まあその、お詫びと言ったらなんだけどさ。そこの公園でクレープ売ってるみたいだから奢るよ」

 

「え!? いや、そんな……も、もう帰ろ――」

「まあ遠慮しないで」

 

炎佐はお詫びをしなきゃ気が済まないと思っているのかリコを公園に引っ張っていく。

 

(……)

 

リコは居心地悪そうにベンチに座っていた。ちらちらと周りを確認するが同じようにベンチに座っているのはほとんどがイチャイチャしているカップルだ。ちなみに炎佐は屋台に行ってクレープを二人分買っている。

 

(……今の俺こんなだし、俺達もカップルに見られるのかな?……って何考えてんだ俺は!?)

 

さっきの里紗の「デート」発言のせいか妙な事を連想してしまい、リコは心の中でもぎゃーと悶える。

 

(でも、炎佐が恋人かぁ……)

 

リコは心中呟いてちらりと、前の方でクレープを焼いてもらっている炎佐を見る。里紗の言う通り鼻の上を通るよう顔の真ん中を横一文字に伸びている傷――曰く「ある宇宙犯罪組織壊滅させてる時油断してミスった」らしい――が目立つもののそれを除けば中性的でかっこいい部類に入る顔立ちをしており、修学旅行などで見ていた時は身体中傷だらけだが引きしまった身体をしており、宇宙で命を賭けた戦いを切り抜けてきた事を思わせるし今もなお静養中だと言いながら自分やララを命懸けで守ってくれている。それに性格も……

 

(って、だから俺は何を考えてんだー!!??)

 

またもリコは心中で悶える。もう心の中ではリコはもぎゃーどころか頭を抱えて転がっている。

 

「どうしたの、リコさん? 大丈夫?」

 

「え!? あ、は、はい! なんでもありません!」

 

と、戻ってきた炎佐は心中悶えていたのが外見にも出ていたのか心配そうにリコに声をかけており、はっとなったリコは慌てて取り繕う。

 

「えっと、ストロベリーでよかったよね?」

 

「は、はい!」

 

炎佐からストロベリークレープを受け取ったリコは慌ててクレープを食べ始め、炎佐も自分の分であるチョコクレープを食べ始めた。

 

「にしても、なんかごめんね? 町を案内するって言いながらさ」

 

「い、いえ。楽しいです」

 

炎佐の言葉にリコも微笑んで返す。それに炎佐は「ありがと」と微笑んで返した。

 

「あ、そうだ。飲み物とかもいるよね。ちょっと買ってくるよ」

 

「え!? いやそんな!?」

 

「まあいいからいいから。適当にジュースでいいよね?」

 

炎佐にそこまでパシらせるのは悪いとリコは慌てるが炎佐は気にせずに自動販売機――リコからも見える位置のものはカップルがいちゃつきながら選んでおり、時間がかかりそうなのでリコから見えなくなる遠くのもの――に向かっていった。

 

(はぁ~……やっべぇ。この後炎佐とどう顔合わせりゃいいんだろ……)

 

リコは心の底から困った様子を見せ、ゲームセンターで取った白犬をもふもふと抱く。

 

[ワンワンッ! ここから匂うワンッ!!]

 

「ん?」

 

と、なんか犬っぽい鳴き声が混じった声が聞こえてきた。

 

「リト発見っ!! ありがとね、くんくんトレースくん!!」

 

「ララ!?」

 

犬っぽい鳴き声のする方からさらにララの声が聞こえ、リコは驚いたようにそっちを見る。ララは「それ、解除ミサイル!」と言いながらバズーカの砲口をリコに向け、直後何かミサイルのようなものが発射される。

 

「ぎゃあっ!?」

 

ミサイルが着弾し、煙が辺りに舞う。それに一瞬リトの意識が飛んだ。

 

「……はっ」

 

意識を取り戻したリトは胸が軽くなっていることに気づき、胸に触れる。ムニムニとした感触はない。股間に触れる。いつもの感触だ。

 

「お、おお! 戻った! 男に戻った!!」

 

「ふ~。よかったよかった」

 

歓声を上げるリトにララは一安心したようにそう言う。が、リトは直後はっとした顔を見せる。

 

「やっべっ! ララ! 悪いけどちょっと先帰っててくれっ!!」

 

「え? なんで?」

 

「なんでも! 頼むこの通りっ!!」

 

リトは両手を合わせて頭を下げ必死でララにお願い、ララも首を傾げながら「なんか分かんないけど、分かった!」と言ってくんくんトレースくんと共に公園を出ていき、リトもベンチに座り直す。

 

「リコさ……あれ!? リト!?」

 

「お、よ、よお、炎佐! 偶然だな!!」

 

自動販売機でジュースを買って戻ってきた炎佐はリコが待っているはずの場所にリトがいる事に驚き、リトもよおっとなるべく自然を振る舞い、しかし声を裏返しながら炎佐に話しかける。

 

「あれ? ここに女の子いなかった?」

 

「あ、ああ。えーっと、だな……なんか、急に用事が出来たから、よろしく伝えてくれって頼まれたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

リトから伝言を受けた炎佐は残念そうな顔を見せる。

 

「ちゃんとした案内、まだ出来てなかったと思ったのに……」

 

「んなことねえよ。すっげえ楽しかった」

 

「え?」

 

炎佐の呟きにリトはそう返し、炎佐がリトの方を見ながら呆けた声を出すとリトはやべっと口を押さえる。

 

「あ、あー、いやその、そう伝えてくれって」

 

「そっか……まあ、楽しんでくれてたならよかった」

 

リトは必死で誤魔化し、炎佐もリコが楽しんでくれたならよかったと笑う。

 

「……炎佐」

 

「ん?」

 

「……ジュース、一本貰っていいか?」

 

「……うん、どうぞ」

 

炎佐はリトに買ってきたジュースの一本――と言っても両方オレンジジュースだが――を渡し、二人はベンチに座り直すとジュースを飲み始める。

 

「そだ。リト」

 

「ん?」

 

ジュースを飲みながら炎佐はリトに話しかけ、リトも「どうした?」と聞き返す。それに炎佐は白犬の人形を目で差した。

 

「その犬の人形さ、美柑ちゃんに届けてもらっていいかな? いつもお世話になってるお礼って」

 

「ああ、いいぜ……でもその代わりって言っちゃなんだけどさ」

 

炎佐のお願いをリトは快諾、しかし交換条件を彼に突きつけた。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

結城家。リトはいつものように帰ってくる。

 

「あ、お帰りリト。元に戻れてよかったね?」

 

美柑がにししと悪戯っぽく笑いながら出迎える。

 

「うっせ。あ、美柑。これ炎佐から。いつもお世話になってるお礼だってよ」

 

リトはそう言って白犬の人形を美柑に渡す。ふわふわもこもこでファンシーな人形に美柑は目を輝かせた。

 

「炎佐さんから!? わー! じゃあ今度お返ししなきゃ!」

 

「……無限ループって恐ろしいな」

 

お世話になっているお礼にお返し、そうなるときっとまたそのお礼を炎佐が出して美柑がお返し、というループが発生しかねない。リトはなんとなくそんな未来を予測し苦笑する。と、ララがひょこっと顔を出した。

 

「あれ、リト? そのぬいぐるみなぁに?」

 

ララが首を傾げて問いかけた通り、リトは美柑に渡した犬の人形以外にももう一つ、猫の人形を持っていた。

 

「ああ、こいつも炎佐から貰ったんだ」

 

「リトがねぇ……なんか似合わない?」

 

「うっせ。いいんだよ、別に」

 

リトの説明に美柑は笑い、リトはうっせと返した後部屋に上がっていった。

 

 

 

 

 

ちなみに後日。

 

「あっれ? エンちゃん、この前遊びに来た時こんなのあったっけ?」

 

氷崎家の炎佐の部屋。遊びに来ていた恭子は炎佐の部屋の勉強机の上に置かれているものを見て首を傾げる。

 

「どうでもいいでしょ別に。この前ゲーセンで取ったんだよ……汚さないでよ」

 

恭子の言葉にベッドの上で転がりながら漫画を読んでいる炎佐は強い口調で注意する。

 

「エンちゃんがねぇ……しかも大事なものと見た……分かった、デートでしょ!」

 

恭子は事件の真相を見抜いた探偵的口調で炎佐に問いかける。が、その口調にはどこか冗談っぽさが覗いている。

 

「……みたいなもんかな? 相手がどう思ってるかは知らないけど、そんな風に言われた」

 

それに対し炎佐は少し考えた後、恭子の言葉を肯定する。それに恭子もびっくりしたように目を丸くし、直後にやついた。

 

「ほほ~う、それはそれは……詳しく聞き出す必要がありますなぁ!!」

 

そう言うや否や恭子はベッドの上に寝転がっている炎佐に飛びかかり尋問をスタート。最初は冗談交じりだったが頑なに口を開かない炎佐にしびれを切らし、最終的にはセシルから護身として教えられた格闘術での間接極めなどによる軽い拷問にまで発展。しかしそれでなお炎佐は最後まで勉強机の上に置かれているもの――ゲームセンターで取った兎の人形――について口を割る事はなかったというのはまた、別のお話。




はい。というわけで今回はリト女体化、梨子編。ちなみにリコをサブヒロインにしたら笑えるかな~とか思ってます。(外道)
さてと、次回はどうするかな?……ここから先は割と飛ばしても問題なさそうな話ばっかりだし……まあまた後で考えるとしますか。
では短いですけど今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十話 ダブルデート

「ふんっふふんふ~んっ♪」

 

「……はぁ」

 

炎佐は前を歩くロングヘアベレー帽メガネっ子こと霧崎恭子変装状態を見ながら一つため息を漏らす。炎佐が数日前リコとデート(籾岡談)をしている中で手に入れたウサギさん人形を恭子を見つけ、その事から炎佐が女の子とデートをしたのだという事を知った彼女は何故か不機嫌になってしまい、機嫌を治すために一緒にお出かけをすることになってしまったのだ。ちなみに炎佐は恭子とのお出かけそのものは別に良いのだが何故恭子が不機嫌になったのかが理解できずため息を漏らしているのである。

 

「さーエンちゃん。まずはゲームセンターにでも行こっか!」

 

「へいへい」

 

恭子の言葉に炎佐はため息を漏らしながら頷く。が、彼は恭子の向こうに見覚えのある後ろ姿を見る。

 

「あれって……ちょっとキョー姉ぇごめん」

 

「え?」

 

炎佐は恭子の肩に手をポンと置いて一言詫びてから目線を遠くに向ける。

 

「サル!」

 

「ん?」

 

響く呼び声に彼が見ている少年は声に反応して振り返る。ちなみに彼の隣に立っていた少女もびくぅっと飛び上らんというか身体を震わせるような反応を見せ、硬直していたが。

 

「お、炎佐!」

 

炎佐が声をかけた少年、サルこと猿山は炎佐を見てにっと笑い、炎佐達が猿山の方に駆け寄ると、猿山は彼の隣に立つ恭子を見る。

 

「あ、えーっと確か彩南祭に来てた炎佐の従姉弟の姉ちゃん、だっけ? 初めまして、猿山ケンイチっす」

 

「うん、氷崎恭香。今はエンちゃんとデート中♪」

 

「ご機嫌取りの散歩だよ。最近仕事の合間に遊びに来るのはいいけど部屋の隅っこでむくれられちゃこっちの気が滅入る。仕事のストレスだったらしょうがないけど喋ろうとしないしさ」

 

猿山の自己紹介に対し恭子も現在の状態での偽名を名乗って冗談交じりに炎佐とのデートだと口にする。が、炎佐はあくまでも恭子の原因不明の不機嫌を治すための散歩だと主張していた。

 

「で、サルも散歩?」

 

「ふっふ~ん。それはどうかな? 実は俺達もデート中なのだ!」

 

炎佐の言葉に猿山は得意満面な笑顔で宣言。と、彼の隣に立っている少女が僅かにうつむいたのに炎佐は気づくが、直後うつむぎ気味な状態から見えるその顔立ちが以前、というか最近見たものなのに気づく。

 

「……もしかして、リコちゃん?」

 

その言葉に少女はびくぅっと身体を震わせ、僅かに飛び上がる。

 

「こ、こんにちは……」

 

そして少女――リコは炎佐の方を向くと引きつった笑みで挨拶を見せる。

 

「ん? なんだ、炎佐ってリコちゃんと知り合いなのか?」

 

「ああ、まあね。ちょっと前にチンピラに絡まれてるのを助けたんだ」

 

炎佐とリコの掛け合いを見た猿山が尋ねると炎佐はそう答える。と、猿山はへーと頷いてははっと笑った。

 

「世間って結構狭いよなー。あ、炎佐知ってっか? リコちゃんってリトの遠い親戚なんだってよ」

 

「そうなの!? それは知らなかったよ。リトったらだったらあの時紹介してくれればいいのに」

 

猿山と炎佐は笑い合いながらそう言い合う。

 

「ご、ごめんなさい。その時はそんなつもりじゃなか……じゃなくって、炎佐さんがリトさんの知り合いだったなんて知らなくって……あの、この前は急用が出来たとはいえごめんなさい」

 

「ん? あーいいよいいよ」

 

今度はリコと炎佐が話し合い始めた。と、リコは炎佐がじろじろとした不躾な視線ではないものの、自分の格好に注目していることに気づく。

 

「あ、あの……どこか変ですか?」

 

「え? あ、あぁごめん! 前の時はボーイッシュな格好だったから新鮮だなって」

 

「そ、そうですか……に、似合わない、ですか?」

 

「え? ううん。むしろとっても可愛いと思うよ?」

 

「可愛い……その、ありがとうございます」

 

炎佐はリコに可愛いという評価を与え、リコもリトとしては内心複雑だがどこか嬉しさを隠しきれず嬉しそうにお礼を言う。

 

「「……」」

 

炎佐とリコに話に没頭されて面白くないのは元々二人の相手役だった猿山と恭子だ。完全に忘れ去られている。

 

(くっそー。まさかリコちゃんと炎佐が知り合いだったとはな……自慢してえから呼び止められちまったけど、こんな事なら聞こえなかったことにして無視しちまえばよかった……ってかリコちゃん、なんか楽しそうだな……)

 

(むー。エンちゃってば……まさかあの子がそのデート相手? むむむ、結構可愛いなぁ、それに話によるとエンちゃんの友達の従姉弟……だったらその繋がりでどんどん進んでいく事もあり得ない事はない……強敵出現かな?)

 

猿山と恭子は互いにライバル出現に戦慄する。といっても恭子の方は今回初めてライバルになりうる女子を見つけただけなのだが、既に用事もなく雑談で話したり一緒にお出かけしたりといえるほどに仲が良い女子なら炎佐には何人かいる事は知らない。

 

「「!」」

 

と、二人は互いにもう一組の相手に気づく。そして、二人とも自分にならば分かった。互いに目的は一緒だ。

 

「「!!」」

 

二人はがしっと握手をする。この瞬間、炎佐とリコを引き離す同盟が二人の間に誕生した。

 

「ねえキョー姉ぇ、サル。リコちゃんがせっかくだから一緒にどうかって言ってきたんだけど?」

 

「一緒の方が楽しいですよね…(…さっき映画館で猿山のやつ妙な事企てやがったからな……炎佐が一緒なのは違う意味でやべえけど、これも自衛のためだ。うん)」

 

リコ――というかリト――はさっきラブロマンス映画を見ていた時猿山が手を握ろうとしてきた事を思い出し、これがエスカレートされる前に炎佐を巻き込み、人を増やしてそんな雰囲気に持ち込ませない事を画策していた。人、それも知り合いが増えるというのは自分の正体がばれる可能性が高まるという事でもあるのだが、そこは自分の直接的な身の安全のために許容するらしい。

 

「え? いやでもエンちゃん、二人の邪魔しちゃ悪いし……」

 

「いいよね、サル?」

 

恭子はすぐさまそれを止めさせようとするが炎佐はにこりと微笑みながら猿山に問いかけ、本人無意識だろうが軽く威圧。さらにリコが「猿山さん……」と上目遣いに潤んだ目で言う。

 

「……お、おう! やっぱ友達同士が楽しいもんな!」

 

炎佐の無意識威圧&リコのお願いに負けた猿山が同行を許可。つまり多数決でダブルデートな形が可決され、リコはさりげなくよしっとガッツポーズ、恭子はがくっと肩を落とし、猿山がすんませんと恭子に手を合わせ、炎佐がそれらに首を傾げていた。

それから傍目ダブルデート、実際のとこ男女一人ずつがデートと主張、残る男女一人ずつはそうとは思っていないお出かけ――しかもデート主張組はカップルではない――が続き、炎佐とリコが談笑。恭子が炎佐の隣に、猿山がリコの隣に立って話に入れず不満げになっていた。

 

「あら、氷崎君に猿山君じゃない」

 

「あ、古手川さん」

 

そこに声をかけてきた少女――古手川唯に炎佐が声をかけ返す。

 

「そのコ達は……お友達?」

 

唯がリコと恭子を見て問いかけ、猿山が「おう!」と返すとリコは硬直しつつ「こんにちは」と挨拶。と、唯はリコと恭子を交互に見た後不思議そうな表情を見せ、リコの顔を覗き込む。

 

「なんか……誰かに似てるような……」

 

「……え?」

 

唯のまじまじとリコの顔を覗き込みながらの言葉に彼女もどきっとなる。

 

「ああ、このコ、リトの親戚らしいんだ」

 

「結城君の!?」

 

猿山が説明というか助け舟を出し、唯も驚いたように声を出した後何かを考えるような表情を見せる。

 

「どうかしたのか?」

 

「な、なんでもないわよっ!!」

 

猿山の言葉に唯は僅かに声を荒げて返し、ぷいっと顔を背けるがその時顔が恭子の方を向いてしまう。

 

「あ、えっと……」

 

「初めまして、エンちゃ……炎佐の従姉弟の氷崎恭香って言います♪」

 

口ごもる唯に恭子はにこっとアイドルスマイルをサービスしながら偽名を名乗る。

 

「えっと……ん?……失礼ですが……どこかでお会いしましたか? 見覚えがある顔のような……」

 

(ぎくっ!)

 

唯の首を傾げながらの問いかけに炎佐が反応。恭子は今をときめく女子高生アイドル。テレビにもよく出ているため顔はよく知られている。そのため騒ぎにならないように現在彼女はロングヘアベレー帽メガネっ子に変装しているのだが、間近で確認されたらばれる可能性は高い。が、恭子は「あ~」と納得したように頷いた。

 

「私、この辺で派遣社員やってるからさ~。よく外回りとかしてるし、きっとどこかですれ違ったりしたんじゃないかな?」

 

「……そう、かな?……」

 

恭子の誤魔化しに唯は首を傾げぶつぶつ何か呟くが、やがて納得したようにうんと頷く。

 

「そうかもしれません。失礼しました」

 

「ううん、気にしないで」

 

ぺこりと深く頭を下げる唯に恭子はにこにこ微笑みながら返す。唯は「もう帰らなきゃ」と呟いた後、四人、特に猿山を睨むように見る。

 

「……氷崎さんは良識ありそうだし、氷崎君がいるなら心配なさそうだけど……くれぐれもハレンチな事はしないようにね!!」

 

唯は形式的にそう注意をした後、歩き去っていく。リコはほぉっと胸を撫で下ろした後、何か思いついたようにごくりと唾を飲み込んでいる猿山に気づいて戦慄する。

 

「サル、一応言っておくけどキョー姉ぇはもちろん、友達であるリコちゃんに手を出したら殴るからね?」

 

「な、なんのことかなあははははーっ!!」

 

様子の変わった猿山に炎佐が目を研ぎ澄ませ殺気を送ると猿山はびくっとなって慌てて誤魔化し始めた。

 

 

 

 

 

(う~ん、でも……やっぱりどこかで見たような。すれ違いとかじゃなくってしっかり顔を……)

 

唯はまだ気になっているのか、帰路につきながら恭子を見た時に感じたデジャブを考えていた。

 

「あっ」

 

何かを思い出し、立ち止まった唯は肩にかけていた鞄から参考書に紛れて入っていた雑誌を取り出す。[爆熱少女マジカルキョーコ特集]という文字が目立ち、その文字の下ではマジカルキョーコがポーズを取っていた。

 

「……」

 

じっとマジカルキョーコの顔を見つめる唯。が、少しするといやいやと首を横に振って雑誌を鞄にしまった。

 

「まさかね。氷崎君宇宙人だし、だったらそれの従姉弟だっていう氷崎さんも宇宙人のはず。きっと他人の空似ね」

 

唯は霧崎恭子が宇宙人のはずがない、宇宙人である炎佐の従姉弟ならば氷崎恭香も宇宙人のはず。よって氷崎恭香と霧崎恭子は同一人物ではない。と彼女らしい筋道立てた論理的な思考で納得。

 

「それに、見知らぬ人に対して詮索するのも失礼だし」

 

そう言って唯はこの疑問を解決したことにして再び歩き始める。が、彼女の推考は霧崎恭子=地球人という前提から間違っており、その予想が実は当たっていた事を彼女は知らない。

 

 

 

 

 

「君のこと~♪ 全部好き~、全部好き~、全部好きぃ~♪」

 

唯と別れた後、四人はカラオケにやってきていた。猿山の妙にハウリングが目立つ感じの歌に炎佐が笑いながら「下手くそ~」と茶々を入れ、リコは苦笑。恭子も笑っていた。

 

「はぁ~歌ったー。どうどうリコちゃん? 俺の歌!」

 

「あ、えーっと……上手ですね……」

 

「だろだろ! この歌をリコちゃん、君に捧ぐ!」

 

猿山はリコにアタックを繰り返し、リコは頬を引きつかせて愛想笑いを見せながら僅かに身を引かせる。

 

「じゃあさリコちゃん! 次は俺とデュエットなんてどう?」

 

「え、いやーえっと……」

 

「んじゃ、僕も適当に歌うか」

 

猿山がリコにアタックしている横で炎佐は適当な歌をセレクトし、リモコンで操作を始める。

 

「えーっと、いいの?」

 

「流石に猿山もあそこまで釘差しとけば無茶はしないって。まあしたらしたでぶん殴るけど」

 

リコを無視してカラオケを楽しもうとする炎佐に恭子は苦笑しながら炎佐に問いかけ、それに炎佐は若干だが猿山を信用しているというオーラを見せながらそう言い、歌を機械に入れるとマイクを取る。

 

「ふ~ん……信用してるんだねぇ」

 

何故か演歌を歌い出した炎佐を見ながら恭子はくすっと笑みを零した。

それからカラオケはなんと恭子が爆熱少女マジカルキョーコOPから始まって恭子CD曲メドレー――しかも全曲振付けつき、本来ないものは即興のアドリブだ――という、霧崎恭子オンステージを最後にして幕を閉じた。ちなみにリコと猿山は幸いにして「恭香さん歌上手だなー」くらいの感想しか持たなかったもののカラオケから出た後その件について、リコと猿山の後ろで炎佐が凄まじい剣幕かつ二人に気づかれないように恭子に説教をし、恭子は「はいはいさーせんさーせん」と悪戯っぽく笑いながら若干大雑把に返答していたのは別のお話。

 

 

 

 

 

「ん? あれって……」

 

四人が歩いている商店街にあるベンチ、そこに座っている美柑――その横ではヤミがたい焼きを齧っている――は目の前を歩いているリコと猿山と炎佐と恭子を発見する。

 

(リ、リト!? なんでまた女の子になって猿山さんと歩いてるの!? っていうか炎佐さんも、何あの女の人!……うぅ、び、美人で大人っぽい……)

 

美柑は我が実兄がまたも女の子と化してその親友とデートしている事に驚いた直後、実兄の親友にして頼れる存在が美女とデートしている事に絶句する。

 

「美柑……大変ですね」

 

「えっ!?」

 

何か見通したヤミの言葉に美柑はびくっと身体を震わせた後、顔を真っ赤にしてヤミの方を向く。

 

「い、いや別にっ! あれが炎佐さんの恋人だって決まったわけじゃないし、そもそも別に私――」

「……エンザがどうかしたのですか?」

「――……はい?」

 

あたふたと弁解を始める美柑にヤミがことんと首を傾げながら問い返し、それに美柑は目を点にしてぴたっと動きを止める。

 

「いえ……あの前方を歩いている女性……あれは結城リトではないですか? 何故あんな格好になっているかは知りませんが、この星ではああいうものはあまり一般的ではないと聞いています」

 

「えっ!? あ、あ~、うん! そうだね! そ、そういう趣味に目覚めちゃうなんて、私流石に認められないよねあははははー!」

 

ヤミの冷静な指摘に美柑は誤魔化し笑いを始め、ヤミは不思議そうに再びかくんと首を傾げた。

 

 

 

 

 

「ちょっと疲れたね、休もっか!」

 

「うん……」

 

適当な公園の適当なベンチ。猿山の言葉にリコが頷いてベンチに腰掛けると猿山もその隣に座ろうとする。

 

「はいサル、ジュースでも買ってくるよ」

 

「なっ!? 一人で行きゃいいだろ一人で!」

 

「気の効かない男は女にモテないよ~」

 

「行ってきます!!!」

 

炎佐の言葉に猿山が叫ぶと恭子が茶々を入れるように炎佐を援護。それを聞いた猿山は素早く立ち上がって背筋を伸ばし、びしっと敬礼まで決めて「さあ炎佐自販機はどこだ!?」とか言いながら走っていく。

 

「じゃ、キョー姉ぇ。すぐ戻るから。念のため言っとくけどリコちゃんに変な事吹き込まないでよ?」

 

「はいは~い♪」

 

炎佐は釘を刺してから猿山と一緒に自動販売機に飲み物を買いに行き、しかし手近な自動販売機は偶然にも故障中。少し離れた場所に行かねばならず、二人の姿がリコ達の視界から消えた。

 

(た、助かったぜ炎佐……猿山が戻ってくるまで少し休憩……)

 

「ねえねえ」

 

リコは炎佐が彼は意図してないとはいえ猿山を連れだしてくれたことに対し心中で礼を言い、今の内に少しでも精神的に回復しておこうと考えるが、その前に恭子がリコに声をかける。それにリコはうっと漏らしながらも「なんですか?」と笑顔で返す。

 

「そういえば聞きそびれてたんだけど。あなたってエンちゃんの友達のリト君の親戚なんだってね?」

 

「あ、はい。そういうことに……じゃなくって、そうです」

 

恭子の問いかけにリコはこくんと頷き、それを聞いた恭子は「そっか」と嬉しそうに微笑んだ。

 

「エンちゃんさ、いっつもリト君の話してるから気になってたのよ。会ってみたいのに会わせようとしてくんないしさ」

 

「……どうしてですか?」

 

「ん~。まあ、こっちも色々複雑な事情があるから……えっと、リコちゃんってエンちゃんの秘密知ってる?」

 

「……あ、はい。宇宙人の事ですか?」

 

恭子が確認するように尋ね、それにリトが炎佐の正体の事を指しているのかと察して確認を取ると恭子はそう、と頷いて右掌を上に向ける。その上からくるくると炎が球体状に渦巻いた。

 

「私はフレイム星人と地球人のハーフでね。ほら、今この星じゃ宇宙人の存在って大っぴらにされてないじゃん? だからエンちゃんはもし私が宇宙人だってばれて社会的に危うくなったらって心配してるんだと思う。あんま詳しく言えないけど、私評判とかが超優先な仕事だから」

 

「はぁ……でも、それでなんで……」

 

「後は、エンちゃん昔色々暴れて名が売れて恨み買ってるっぽくってね。私を守るためにもなるべく関係を秘密にしてるみたい。実際ちょっと前に私とエンちゃんの関係がばれて、私捕まって人質にされかけたし……」

 

「……」

 

恭子の説明を受け、リコは絶句。それはちょっと前にリト達の学校の養護教諭であり宇宙の闇医者ドクター・ミカドこと御門先生を攫うために地球に来たソルゲムの襲撃の事を言っていた。

 

「纏めたら、エンちゃんは私の心身の安全及び社会的信用、もしエンちゃん自身の正体がばれても私にまで火の粉が飛びかからないように私達の関係を内緒にしてるって事だね……エンちゃん、昔の癖なのか妙に相手を疑ってかかるとこあったし」

 

恭子はそこまで言うとふふっと笑った。

 

「でも、だからこそリト君には興味あるんだな~」

 

「え?」

 

恭子の笑いながらの言葉にリコはぽかんとする。

 

「そのエンちゃんが親友と言って、自分の正体を明かしてる。そこまでエンちゃんに信用されてるなんてどんな手を使って籠絡したんだろ? 興味があると同時に少しばかり妬けちゃうね」

 

「あ、あはは……」

 

親友云々はともかく正体を明かしてしまったのはララによるのっぴきならない事情であり、多分それがなかったら今でも炎佐は地球人氷崎炎佐としてリトと接していたんだろうが。まあ、そんなifは置いておく。

 

「まあ、まずはエンちゃんがいない内にリト君へのアプローチだね」

 

「あ、アプローチ!?」

 

「そ。というわけで、リコちゃん。リト君の携帯番号とか教えてみない?」

 

にやっと悪戯っぽく笑って携帯を取り出しながら迫る恭子。その姿にリコは笑みをこれ以上ないほどに引きつかせて恭子から離れる。ある意味、猿山相手以上のピンチだった。

 

「ふんっ!」

 

と、そんな掛け声、ヒュンッという風切音、

 

「ぎゃん!?」

 

恭子の悲鳴が連続する。その後ベンチに何かが当たり、落ちる。ジュースの缶だ。

 

「きょ、お、ね、ぇ?」

 

「あ、あら~エンちゃん……」

 

その直後ベンチの前に炎佐が立ちはだかった。多分恭子がリコに迫っているのを見て買って来たジュースの缶を投げたのだろう。と、思うと炎佐は恭子の腕を取って引っ張り立ちあがらせる。

 

「リコちゃん、ちょっとキョー姉ぇ借りるね」

 

「あ、は、はい……」

 

威圧感を消しきれてない微笑みにリコは軽くびびりながら頷き、しかし炎佐は返答も聞かずに恭子を引っ張っていた。

 

「ちょ、ちょっとエンちゃん! 私リコちゃんに用事が!?」

 

「その用事の内容含めお前がリコちゃんに何吹き込んで何を話したかゆっくりじっくり聞かせてもらおうか!?」

 

「きゃー助けて攫われるー」

 

炎佐と恭子はそう言って消えていき、リコは目をパチクリさせ、猿山も頬を引きつかせながらも心なしか「GJ!」と言いたげに小さく親指を立ててリコの隣に座った。

そして公園から出た道路、人気のないそこで炎佐は恭子に尋問を行っていた。と言っても恭子自身隠す理由もないためか割と正直にさっきリコに話していたことを話す。

 

「……リコちゃんが、俺の正体を知ってた?」

 

「うん」

 

「んな馬鹿な、俺リコちゃんに正体教えた覚えなんてないぞ? リコちゃん助けてチンピラと戦った時も徒手空拳だけで倒したし……」

 

「そうなの? ごめん。迂闊だったね……でも、私エンちゃんの秘密としか言ってないのにリコちゃん宇宙人の事かって聞き返してたし……」

 

「もしかしたらリトが話したのかも……後で確認取っとこう」

 

あっさり宇宙人としての正体をばらしてしまった軽率さに流石に恭子は謝るが炎佐は何故リコが自分の正体を知っていたのかに首を傾げ、後でそれを教えそうな相手に確認を取ろうと決める。

 

「で、リトの携帯番号知ろうって……なんで?」

 

「だってエンちゃん、いっつもリト君の話して、会わせてってお願いしても会わせてくんないんだもん。だったらいっそ私から会いに行っちゃおうかなって」

 

「絶対ダメ。断固阻止する」

 

恭子のリトに会ってみたいという願いを炎佐は一蹴。恭子はジト目にふくれっ面で「エンちゃんの意地悪」と言うが炎佐はふんと鼻を鳴らして彼女から顔を背けた。

 

「そもそも、リトの友達にキョー姉ぇの大ファン……っていうのかな? マジカルキョーコの大ファンがいるからばれたら色々と話がややこしくなるんだよ」

 

「なんか余計に気になっちゃうんだけど。なに? ファン?」

 

「しまった……」

 

炎佐の言葉を聞いた恭子が目を輝かせ、炎佐は己の失言を悔いる。

 

「さ、そろそろ戻ろうか」

 

「こらーエンちゃん誤魔化すなー」

 

さっきの発言をなかったことにする炎佐とそれを追いながら文句を言う恭子。わあわあと言い合いをしながら二人はリコ達のところに戻ろうと公園に向かう。

 

「え!? あ、え、氷崎君!?」

 

「西蓮寺さん?」

 

「あ、去年の黒猫の子だ」

 

と、どこか慌ててる様子の春菜に遭遇、彼女が目をパチクリさせながら炎佐を呼び、炎佐もどうかしたんだろうかと首を傾げながら彼女の名を呼ぶと恭子は去年の彩南祭を思い出す。

 

「あ、えっと氷崎君の従姉弟のお姉さん? こ、こんにちは! えと、それじゃ!」

 

春菜は恭子への挨拶もそこそこに慌てた様子で走り去っていく。

 

「……どうしたんだろ?」

 

「何か急いでるみたいだったし、何か用事でもあったんじゃない?」

 

炎佐が首を傾げ、恭子がそう予想すると炎佐も「そっか」とだけ返し、二人は公園に入る。

 

「「あれ?」」

 

が、そこにいたのは猿山のみ。「よう」と手を挙げている。

 

「リコちゃんは?」

 

「あーいや、なんかいつの間にかいなくなっちまっててよ」

 

猿山は「きっと用事があったんだな。きっとそうだ」と一人納得しており、炎佐は「まさかセクハラでもしたんじゃないよね?」と呆れた様子で問いかけ、それに猿山が「んなわけねえだろ!」と憤慨。炎佐はやれやれと肩をすくめて「そういう事にしといてあげるよ」とまるで漫才みたいな掛け合いを行う。

 

「ま、リコちゃんがいなくなっちまったんじゃしょうがねえよな。今日はもう解散って事でいいか?」

 

「うん。またね」

 

猿山が解散を宣言。恭子がばいばいと手を振ると猿山もにやけながら「さいなら~」と言って去っていく。

 

「この前もリコちゃん黙っていなくなっちゃったんだよね。リトに伝言残して」

 

「そうなんだ……実は仕事でもしてるのかな?」

 

首を傾げながら話す炎佐に恭子も自分がそうであるためかリコが何か仕事に就いている可能性を考える。

 

「まあ、気にしてもしょうがないか。帰りに晩御飯の材料でも買おう。キョー姉ぇ、何食べたい? 明日からまたしばらく仕事でしょ?」

 

「あ、うん。んじゃハンバーグとカレー」

 

「はいはい」

 

晩飯の献立の相談をしながら二人は公園を出ていき、手近なスーパーへと足を進めたのであった。

 

 

 

 

 

「で、で! 今日炎佐さんと一緒にいた人は、炎佐さんの従姉弟で、別に恋人ってわけじゃないんだよね!?」

 

「あ~、いや俺も詳しくは知らないけど、そうなんじゃねえの?……」

 

結城家。美柑からの強い口調での確認にリト――妙に落ち込んでいる――は若干投げやりに返し、しかし美柑は「よかったー」と安堵の台詞を漏らしていた。

 

「どうしたんだよ、美柑?」

 

「えっ!? べ、別にリトには関係ないじゃん! じゃ、私ご飯作るから!」

 

流石に疑問を持ったのかリトの問いかけに美柑は若干顔を赤くしながらそう言い、台所に向かう。が、その足取りは弾んでおり、僅かながら鼻歌を歌っていた。

 

「?……ん?」

 

美柑の様子にリトは首を傾げた後、自分の携帯が鳴っているのに気づきポケットから取り出す。

 

「炎佐?」

 

噂をすればなんとやら。電話の相手の名前を呟いた後、リトは電話に出る。

 

「もしもし?」

 

[リト? 今日サルがリコちゃんと遊んでるとこに偶然合流して、その中で聞いちゃったんだけど。リト僕が宇宙人だって事リコちゃんに話したんだって?]

 

「えっ!? あ、あー……うん、まあその、つい口が滑って……」

 

[あのさー。リトはララちゃんが近くにいるから麻痺ってるかもしれないけど、宇宙人の正体が公になったら困っちゃうんだって。特に僕は賞金稼ぎとかに顔売れてるし……]

 

「いやー悪いって! 気をつけるから!」

 

実際はリトとリコは同一人物なので情報漏えいもくそもないのだが話がややこしくなるしリコの正体をばらすわけにもいかないのでリトはとにかく平謝りをし、炎佐は「まったく」とため息交じりに呟く。

 

[まあ、ちょっと確認と念押しだけのつもりだったから。でもほんと気をつけてね? 僕の正体を知っちゃったがために無関係の人まで狙われるなんてなったら後味悪いし]

 

「うん、ほんとごめん。気をつける」

 

炎佐は自分の正体が公になってしまう事よりも、自分の正体を知ってしまったために無関係の人を巻き込んでしまう事を心配している。それを察したリトは再び謝罪の言葉を口にする。炎佐もリトを信じているのか「お願い」と返すだけだった。

 

[あ、それとリコちゃんに今日は楽しかったっていうのと、もしサルにセクハラでもされたらいつでも相談に乗るからって伝えといて]

 

「……ああ、伝えとくよ」

 

最後に炎佐が明るい口調で伝言を頼み、リトがそれに苦笑交じりに頷くと、「またね」という言葉を最後に電話は切れ、リトも「おう」と頷いた。

 

「リトー。カレーに使うニンジン、冷蔵庫から出しといてくれるー?」

 

「ああ、分かった」

 

美柑からの呼びかけにリトは頷き、携帯を手近なテーブルに置いて立ち上がると台所に入っていった。




というわけで二話連続のリコ編および恭子とのデート編でした。ちなみに最初は恭子の目の前でリコの女体化が解けてしまい、恭子に対してのみリコの正体、つまり彼が炎佐の親友リトであることをばらす。という流れを考えていましたがめんどくさい事になりかねないと思ったのでやめました。
さて、いよいよ彼女らの登場回だ。どういう風に書こうかなっと……ま、今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十一話 デビルーク星第二、第三王女

「まぁったく! ナナ様もモモ様も!」

 

「あっはっはっは。まあ落ち着きなってボーナム」

 

どこかの宮殿の中と思われる場所、老人が声を荒げるとその横を歩く紅の髪の女性が豪快に笑いながら老人――ボーナムを落ち着かせる。それにボーナムは「ミーネ殿」と言って彼女を睨みつけた。

 

「この時代、王族の嗜みを覚えるのは淑女として当然! この平和な世の中、武力でなく学問こそ最重要! じいやはそう思い心を鬼にしてナナ様とモモ様をお育てしていたというのに!」

 

「ナナちゃん達も分かってるって。ただちょーっと暇潰しってやつよ。どうせ地球に行ってるって、大丈夫よちゃんと宇宙船の防衛システム確認したし自動走行も設定……」

 

女性――炎佐の母親、ミーネ――がそこまで言った瞬間ボーナムの目つきがギンッと鋭くなり、ミーネは「やばっ」と呟いて口を押さえそっぽを向く。

 

「ミーネ殿、もしやあなたが糸を引いていたのではなかろうか?」

 

「あ、あははーなんのことかなー」

 

凄むボーナムに対しミーネは汗をだらだら流しつつそっぽを向いて棒読み気味に誤魔化しの言葉を吐いてひゅーひゅーと口笛を吹き始める。古い誤魔化し方にボーナムははぁとため息をついてこめかみに指をやった。

 

「もういいですぞ」

 

「あっはっはー」

 

ボーナムの言葉に流石に気まずくなったのかミーネは引きつった顔で笑っていた。

 

 

 

 

 

「……で、今あの二人は地球にいるってのは間違いないんだな? セシル」

 

「ああ。俺が任務に出る前にミーネとナナ様、モモ様がこそこそ宇宙船格納庫に向かうのを見かけてな……まさか家出のつもりだったとは……そして操舵記録を辿ってみたが」

 

デビルーク王城の謁見室。デビルーク現王ギド・ルシオン・デビルークはエンザの父親であるセシルとそう話し合っており、セシルはタブレット型の装置を取り出し、タップ。すると空中に鮮明な立体映像が展開、その中に映し出された一つの惑星から赤い矢印が飛び出すように出た後、くねくねといくつかの星を経由するように蛇行しながら動き、一つの青色が目立つ惑星に当たる。

 

「間違いなく地球だ」

 

「分かった。下がれ」

 

セシルの言葉にギドは頷くと玉座を操作、その横に透明な画面を映し出させる。

 

「ザスティン、聞こえるか? ナナとモモが宮殿から消えた……ああ。今地球にいるはずだ。見つけて連れ戻せ。ちっと手を焼くかもしれねえが……」

 

ギドは地球にいるララの護衛をしているザスティンに指示を出す。

 

「ギド、俺達も向かうか?」

 

「ザスティンだけで充分だろう。だがお前達も悪いな、ザスティン達が出払っている間、この王城の警護と兵士の教官役を任せて」

 

セシルの言葉にギドはそうとだけ返した後、ふとセシルにそう呼びかける。それにセシルはクールに笑い、「何を改まって」と僅かに笑う。

 

「給料はきっちりいただいているし。なにより俺達の仲だ、気にするな」

 

「……なら、遠慮なくこき使わせてもらう」

 

「ほう。まだ遠慮していたとは驚きだ……まあ、何かあったらすぐに言え」

 

セシルの言葉にギドはにししとあくどい笑みを見せて頬杖をつきながら言い、その言葉にセシルは皮肉っぽくそう返した後、そう言い残して謁見室を去っていった。

 

 

 

 

 

「ずるずる……」

 

さて地球、ここは氷崎家。炎佐の夕飯は野菜やチャーシューをふんだんにトッピングしたラーメン。炎佐は美味そうにそれをすすっていた。

 

ぴんぽ~ん♪

 

「ん?」

 

聞こえてくるチャイム音。炎佐は来客かなと食事を止め、今日キョー姉ぇ来るなんて言ってたかなぁとか思いながら玄関にかけていた鍵を開け、防犯用のチェーンロックをかけたままドアを開ける。

 

「はい?」

 

ドアを開けた先にいるのは、どこかこそこそしている様子のザスティン。しかしトレードマークの骸骨鎧を纏っており日本では既に不審者扱いの格好だ。彼はしっと口元に人差し指を当てており、その姿はまるで凶悪犯を密かに探している警察のようだ。

 

「エンザ、何も言わずにチェーンを外してくれ」

 

「あ? うん」

 

何がなんだか分からないが信頼のおけるザスティン相手だし、デダイヤルも手元にある為万一の事があってもすぐに戦闘体勢には入れる。炎佐はそこまで考え、自らの安全を自己確認した後、デダイヤルを左手に持ったまま、右手でチェーンを外す。直後ドアがばぁんと開け放たれた。

 

「探せ!!!」

 

ザスティンの号令で彼の部下であるブワッツとマウルが炎佐の家に侵入する。

 

「はぁ!? おいブワッツ、マウル!?」

 

炎佐が叫ぶが構うことなく二人は家の中を探し回る。

 

「隊長! どうやらいないようです!」

 

「そうか……」

 

ブワッツの報告を受け、ザスティンは腕組みをする。

 

「そうか……じゃねえだろうが!!!」

 

「げふっ!!??」

 

直後、ザスティンの背後に立っていたエンザがキレた様子でザスティンに蹴りを入れた。

それから炎佐がラーメンを食べ終えるまで三人は正座を強制させられ、彼はラーメンを食べ終えて丼を水につけてからザスティン達からの話を聞く。

 

「……プリンセス・ナナとプリンセス・モモがまた地球に?」

 

「はい。そしてその手引きをミーネ様がしたらしいという情報をセシル様から受けたとのことなので、もしやここにいるのかと……しかし、やはり……」

 

「リトの家だろうな……分かった。俺も行く」

 

正座状態のザスティンから(流石に気まずいのか敬語で)説明を受けた炎佐はため息をついてデダイヤルを取り出し、鎧姿に変身。全員エンザの家を出て、エンザが家の鍵をかけて鍵を落とさないようデダイヤルに転送した直後、四人の姿がその場から消え去った。正確にいうと、人の目に止まらない速さでリトの家目掛けて走り出した。

 

 

 

 

 

「ナナ様モモ様ぁ!!」

 

そしてリトの家に着き、鍵のかかっていない窓を見つけたのでそこからザスティン達が上がっていく。なおリトから「ちゃんと玄関から入れ!」というツッコミが飛ぶのを聞き流しつつ、エンザも窓からリトの家を覗き込む。

 

「うえ、エンザも来たのか!?」

「どうも、エンザさん」

 

「うわ、本当にいるよ……」

 

ぎょっとしているナナとにこっと笑顔を浮かべて挨拶するモモを見たエンザはそうぼやき、ため息をつく。

 

「聞いたところ、母さんが手引きしたらしいしな。責任持ってデビルーク星に送り返してやる。安心しろ、梱包材にくるんで段ボールに二人纏めて詰め込んで着払いで送ってやるから」

 

「わ、私ら荷物扱い!?」

「や、止むを得ません!」

 

ボキボキと拳を鳴らし始めたエンザを見たナナはぎょっとした様子を見せ、モモはくっと唸ってそう言うと懐から一個の球体のようなものを取り出す。

 

「宇宙CQC、冒涜的な手榴弾!!!」

 

「な!? やべえ!!」

 

掛け声と共にモモが投擲したのは小型パイナップル型の、どこからどう見ても普通に手榴弾。その掛け声の内容からエンザは知り合いである惑星保護機構職員の顔を思い出し、反射的にそっちに顔を向けると、ブリザド星人の能力を解放し、手榴弾を爆発する前に凍らせようとする。が、既に遅い。

 

「リト! 美柑ちゃん! 伏せろ!!」

 

「「え、え、え!?」」

 

血相を変えたエンザの叫び声にリトと美柑は状況が理解できず、フリーズ。エンザはくっと唸り、こうなれば自分が二人の盾になるとばかりに二人の前に立つ。そして手榴弾が爆発。

 

「ぶわっ!?」

 

だが発生したのは爆風ではなく何の変哲もない煙、一気に部屋中を覆うそれにエンザは怯み、リトや美柑はげほげほと咳き込む。

 

「今ですわ、ナナ!」

 

「お、おう、逃げるぞ!」

 

煙の中からどたどたと足音が聞こえてきた。そしてザスティン達が慌てて自分達が乗り込んできた窓を全開にし、煙が外に出て行った後、ナナとモモの姿は忽然と消え失せていた。

 

「煙玉だったか……油断した」

 

「なるほど。俺がニャル子と仲がよく、その宇宙CQCをある程度把握してる事を突かれたか……」

 

ザスティンが手榴弾――と見せかけた煙玉の破片を見ながら呟き、エンザはそう呟いた後、突如「フフフフフ……」と笑い出す。その黒いオーラに思わずリトと美柑もドン引きし、しかしリトが「え、炎佐?……」と尋ね声を出す。

 

「あんのクソモモ俺をコケにしやがって!!! ぜってぇとっ捕まえてやる!!!」

 

エンザは額に怒りマークをいくつもくっつけながら怒鳴り声をあげ、「オラ行くぞザスティン!!!」と怒鳴ってリトの家を出て行く。ザスティンも部下二人に「追うぞ!」と指示、大慌てでエンザを追いかける。

 

「……お、俺達も行こう! なんか、すっげー嫌な予感がする」

 

「うん……」

 

「エンザがあそこまで怒ってるの見るの久しぶりだなー」

 

リトと美柑も嫌な予感を感じ、いざとなれば友達として自分達が炎佐を止めようと覚悟を決め、ララは暢気にそんな事を呟いていた。

 

 

 

 

 

「は~。地球にはザスティンもいたことを忘れてたぜ……」

 

「最悪エンザさんに泣きつこうかと思いましたけど。多分捕まったら即お尻ぺんぺんでしょうね」

 

どこかの河川敷橋の下。そこに逃げ隠れたナナはため息をつき、モモは人差し指を頬を当てながらエンザの剣幕を思い出す。その言葉にナナがぎょっとした顔を見せてさっとお尻を守るように手をやる。

 

「や、やだよ! あいつ手加減とかしねえんだもん!?」

 

「はぁ……ナナが家出しようなんて言うからこんな事に……」

 

経験があるのかぶんぶんと首を横に振ってお尻ペンペンを拒否するナナに対しモモははぁとため息をついてそう呟く。それにナナは目を吊り上げて「はぁ!?」と声を荒げた。

 

「な、なに言ってんだよ!? モモだって賛成しただろっ!?」

 

「それはその場の流れというもので……」

 

ナナの言葉にモモがそう返すとナナは「いっつもモモはいい子ぶるんだから、ずるいよな」と悪態をつく。

 

「ま、いつも優秀な双子の私と比べられてひがむのは分かるけどさ!」

 

その次にアハハと笑いながら続けるナナ。それに対しモモの額にピキッと青筋が浮かび、モモはナナが笑っている隙に彼女の尻尾を握った。

 

「言いたいことはそれだけ? ねえ、それだけ?」

 

「ふぁ、あっ!? ンッ!? し、尻尾は反則……」

 

デビルーク女子の弱点である尻尾をいじられたナナは腰砕けになり、しかし負けてなるものかと彼女もモモの尻尾をいじり始める。

 

「見つけましたぞ、お二人とも!!」

 

「テメエら。大人しく諦めてくれれば今なら拳骨で済ませてやるぞ?」

 

そこに二人を見つけたザスティン達が乱入。ザスティンの横ではまだ黒々としたオーラを放つエンザがボキボキと拳を鳴らしていた。

 

「行くぞ、エンザ。お二人の特技、動物や植物と心を通わせるメルヘンチックな能力……それもこの場においてはなんの役にも立つまい」

 

ザスティンとエンザがじりじりとナナ、モモとの距離を詰める。成年男性及び青年男子――しかも鎧装着――が小さな女の子に迫るという、見る人が見れば事案発生も辞さない光景だが、それに対しナナは突如ふっと笑う。

 

「観念しましたか?」

 

「それはどーかな、ザスティン? 私達、あちこちの星を回って結構お友達増えたんだぜ?」

 

得意気に笑ってそう言いながらかぱっと携帯電話のような装置を開く。その装置を見たエンザも「そいつはまさか!?」と叫んで自分の持つ同様の装置を取り出した。

 

情報(データ)入力したものをいつでも呼び出せる! お姉様の開発した伝送システム“デダイヤル”! じゃ、紹介するよ。シシナベ星で知り合った――」

 

突如、ナナの前方に光が集中する。

 

「――ギガ・イノシシのギーちゃん!!!」

 

その光の中から、額に十字の傷を持つ巨大なイノシシのような生物が姿を現し、突進。

 

「ちっ、ザスティン避けろ!!」

 

いきなりの攻撃に驚き硬直してしまっていたザスティン達をエンザが突き飛ばしてかばい、しかし彼は突進をくらって吹っ飛んでしまう。が、どうにか空中でぐるんと回転、河川敷上の道に着地する。

 

「おいちょっと待てよ、ギガ・イノシシって確か危険指定種じゃなかったか!?」

 

「き、貴様!?」

 

ギーちゃんなるギガ・イノシシを見ながらエンザは声を上げる。と、そこに突然声が聞こえ、エンザは驚いたように振り向く。

 

「く、九条先輩!? 天条院先輩に藤崎先輩も!?」

 

「ひ、氷崎炎佐? そ、そんな格好で何をしていらっしゃいますの?」

 

「あ、いや、ちょっと取り込み中で……」

 

とらぶるくえすと中ならともかく現実世界日本での鎧姿に対する至極まっとうな沙姫のツッコミにエンザは説明に困る。と、ぎゃーぎゃーわーわーと騒がしい河川敷下の広場に沙姫は目をやり、直後ハートマークを乱舞させ始めた。

 

「ま、まあザスティン様!!」

 

「あ、やべ……って!?」

 

沙姫が想いを寄せる相手、ザスティンを見られ余計にエンザは状況がややこしくなったと思いながら自分も広場に目をやる。と、さらに状況が悪化していた。

 

「あれはオキワナ星現住生物の“シバリ杉”じゃねえか!? プリンセス・モモだな!?」

 

屈強な根を自由自在に操り、周囲を通りがかる標的をその名の通り縛って捕らえる習性を持つ植物――シバリ杉。植物ということから恐らくモモがオキワナ星から連れてきたのだろうとエンザは推測した。平和な河川敷広場はザスティンとマウルがギガ・イノシシに追いかけられ、ザスティンがシバリ杉に縛り付けられるというカオスな状況へと変貌する。

 

「あ、炎佐いた! って、天条院先輩方!?」

 

騒ぎを聞きつけてやってきたのかリト達も合流、そこにいたまさかの珍客に驚きの声を上げる。

 

「!」

 

と、エンザはシュルルという音を聞き、オキワナ星で御門の護衛をしていた頃よく聞いている音にエンザは反応し、足元を見る。

 

「ララ! 美柑ちゃんとリトを連れて離れて!!」

 

叫び、自分は赤い刃の刀を構えて沙姫達の方に走る。明らかに危険な状況に関わらずザスティンの方に走り寄る、恋は盲目状態を全力で体現している沙姫の足元にはシバリ杉から伸びる根が迫っていた。

 

「っ! 沙姫様!!」

 

沙姫の足に根が巻き付く直前でそれに気づいた凜が咄嗟に沙姫を突き飛ばす。が、沙姫の代わりに凜が縛られ吊し上げられてしまう。

 

「し、しまった!」

 

「せいっ!!!」

 

しかし空中に吊し上げられてしまった凜を捕らえている根をエンザが即刀で両断。落ちそうになった凜を空中で掴みあげるとお姫様抱っこで抱える体勢に持っていって着地する。

 

「大丈夫ですか、九条先輩?」

 

「あ、ああ……ありがとう……」

 

エンザにお姫様抱っこ状態で怪我はないかと尋ねられた凜はぽかんとしながら空頷き、エンザは凜を下ろすと沙姫達に逃げるよう伝える。

 

「降ろしてリトー!!!」

 

「……」

 

しかし次に聞こえてきたのはどうやら結局逃げ遅れてしまったらしい美柑の悲鳴。エンザは頭を抱えてしまった。

 

 

 

 

 

 

「ギド、ザスティン達から通信が入ってる」

 

「繋げ」

 

デビルーク王城謁見室。セシルからの報告を聞いたギドは通信を許可。

 

[デ、デビルーク王……申し訳ありません、ダメでした……]

 

「はぁ!?」

 

[昨夜ナナ様とモモ様と戦闘になったのですが、お二人はデダイヤルによってさまざまな星の危険指定種を呼び出してきて、それら全てを撃破しているともはや我らも満身創痍で……]

 

ザスティンはボロボロの姿で報告、しかしその通信画面の向こう、つまりザスティン達の方からばちんばちんという音と、その音に合わせた「ぎゃん!」「痛い!」という悲鳴が響いていた。

 

「……おい、さっきからなんだその悲鳴は?……」

 

[は、はい。地球への滞在は止むを得ず許可いたしましたが、けじめとしてエンザがナナ様とモモ様にお仕置きなさっておりまして……]

 

ギドの問いにザスティンはそう呟く。「ちょ、ちょっと待ってくれ! 熱した手で、熱した手で叩くのだけはやめぎゃんっ!!」、「お、お願いです! お願いですからそんなに冷えた手で叩くのだけはやめ痛いっ!!」という悲鳴が聞こえ、やがてその悲鳴が消えると画面に黒い笑みを浮かべたエンザが入ってきた。

 

[あ、キング・ギド……申し訳ありません、私の実力不足でプリンセス・ナナ、プリンセス・モモの捕縛はかないませんでした]

 

「いや、今現在捕縛できてるじゃねえか……」

 

エンザの態度だけは殊勝な様子での報告にギドはツッコミを入れる。

 

[キング・ギド。手前勝手な願いだとは重々承知しておりますが、私に新たにプリンセス・ナナ、プリンセス・モモの護衛を依頼として届けてはいただけませんか?]

 

「なに?」

 

[キング・ギドのお見通しのように、プリンセス・ナナ、プリンセス・モモは隣の部屋で気をうしな……もとい、お休みになっておられます。ですが無理に王宮に連れ戻したとしても、またいずれ無理をして地球にやってくる可能性があります]

 

「……つまり、同じことを繰り返すよりはこいつらの気が済むまで地球への滞在を許可した方がマシ、という事か」

 

エンザからの報告及び提案を受けたギドは結論を呟き、はっと笑う。

 

「お前はなんだかんだ言ってあいつらには甘いな。分かった、許可してやる。お前にもナナとモモ、二人の護衛を新たに命じる……と言っても今までとは特に内容、待遇は変えないがな」

 

[実質タダ働きっすか]

 

「ま、少し賃金増やすくらいは考えておいてやる。じゃ、頑張れよ」

 

ギドはくっくっとあくどい笑みを浮かべながらそう言い捨て、通信を切る。

 

「全く……アイツは相変わらずナナとモモには甘いな」

 

「親衛隊およびララ殿の遊び相手をしていた頃、必然的に二人の兄役もこなしていた形だからな。情も移るんだろう」

 

ギドの言葉に対しセシルはそう分析、それを聞いたギドは「兄は妹には甘いものか」と言って再び笑った。




今回はナナとモモ登場。炎佐は憎まれ口を叩き、厳しく(体罰含めた)しつけをしながらもこの二人には最終的には甘いです、妹なので。まあかろうじてシスコンではありませんが。炎佐のシスコン対象は恭子なので。(おい)
でもってほんのちょっとですけど若干無理矢理凜達も出してみました。まあ……出す意味あったのかと言えるくらいにチョイ役ですけど。
さーて次回はどうしようかな? そういえば恭子とルンが出会う話ももうそろそろか……どう書くか考えておくかな? エンザにとってはある意味ターニングポイントになりそうだし。もしくは精神的疲労の種が増えるか。(笑)
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十二話 夏祭り

ぴーひょろろ~という賑やかな笛の音や拍子を取った太鼓の音。ぼんやりと幻想的な光を放つ提灯が辺り狭しと飾られ、わいわいがやがやと騒がしい人達。男達は普段着だが女性は浴衣を着ている人達が多い。そう、今日は彩南町の夏祭りだ。

 

「うおー!! 地球の祭りってすげー! 賑やかだなー!!」

 

「それにとっても華やかですわ……」

 

デビルーク星第二王女、第三王女ことナナとモモ――なお二人も浴衣姿だ――は初めての地球のお祭りに感激しており、その後ろに立つ炎佐はやれやれ、というようにため息をついて「あまり騒ぎ過ぎないでくれよ?」と釘を刺す。

 

「分かってるって!」

「あの、お姉様! 私達少し二人でこの辺りを見てきますわ!」

 

炎佐の注意にナナはにゃははと笑いながら返し、モモは目を輝かせながら一緒に来ていたララにそう言うや否や返答を待たずして飛び出していく。

 

「あーもう! ったく。ララ、俺があいつら見ておくから先にリトのとこ行っといてくれ。花火までには合流するって伝言頼む」

 

「あ、うん。お願いね」

 

炎佐もそう言って二人を追いかけていき、ララは苦笑を交えてそれを見送った後、炎佐からの伝言を伝えるため、リト達がいるはずの方に歩いていった。

 

 

 

 

 

「ったく。ザスティンもこんな時に限って仕事が忙しいなんてな……まあ、リトの親父さんの手伝いだししゃあねえか」

 

「ですが、こうやって両手に花ですから嬉しいんじゃないですか?」

 

炎佐は今日ララ、ナナ、モモを影から護衛する予定だったザスティン達が「才培先生の漫画の締め切りが諸事情で早まってしまったらしくて」という事から急に来れなくなってしまい、一人で護衛をする羽目になっていた。その事について彼は地球での大切な仕事とはいえ仮にも本業をほっぽり出したザスティンに対しぶつぶつとぼやいており、しかしモモがふざけて彼の腕に抱き付くと「年上をからかうんじゃない」とため息交じりの悪態をつく。

 

「なーなーエンザ! あれ! あれ食いたい!!」

 

と、ナナがぐいぐいと炎佐のもう片手を引いて彼の注意を引きながら屋台――“たこ焼き”という文字がビニール製の屋根に書かれている――を指差す。その目はキラキラと輝いており、炎佐ははいはいと頷いた。

 

「モモもいるか? 隣の焼きそばでも構わないぞ?」

 

「いいんですか?」

 

炎佐の問いかけにモモが確認を取ると、炎佐はにやりと笑う。

 

「後でザスティンに全額請求してやるから心配するな」

 

「「あ、あはは……」」

 

不敵に笑いながらのその言葉にナナとモモは苦笑を漏らすしか出来なかった。

 

「はむはむ……」

「つるつる……」

 

それからナナはソースとマヨネーズたっぷりのたこ焼きを、モモは口元が汚れるからとマヨネーズをあまりかけないよう注文した焼きそばを食べながら歩き、炎佐は二人の少し後ろをついて歩くようにしていた。

 

「それにしてもエンザさん。リトさんはお姉様や美柑さん、色々な女性と一緒に遊びに来ていますのに、エンザさんは何故おひとりなんでしょうか?」

 

「それは俺に喧嘩を売っていると解釈してもよろしいのですか? プリンセス・モモ」

 

モモのふと疑問を口に出したような言葉に炎佐は頬をヒクヒクさせながら拳を握り、それにモモはぎくっというような反応を取る。

 

「い、いえいえ! キョーコさんとか、この前のゲームの時、エンザさんとお話していた女性とかいるじゃないですかって思って!?」

 

「……キョー姉ぇは仕事で忙しいからわざわざ来れるわけないし、疲れてるだろうに来させるのも悪いだろ? つーかキョー姉ぇがリトやララ達に会って万一の事があったら色々めんどくさい。籾岡さん達はわざわざ俺が連絡せずとも西蓮寺さん辺りが一緒じゃね? 九条先輩方の連絡先は俺知らねーし」

 

わたわた弁解を始めるモモに対し炎佐は肩をすくめながら説明をしていき、「そもそもとして二人の子守しなきゃなんねーのに呼ぶ余裕なんざねえよ仕事が増える」と締めるとふとナナの方を見た。

 

「おいナナ、ほっぺにマヨネーズついてるぞ?」

 

「んえ?」

 

炎佐がそう言い、首を傾げながら振り返ったナナのほっぺたには確かにマヨネーズがついており、それどころか口元はソースでべたべたでプリンセスとしてはあまり品のない姿になっている。炎佐が自分の頬を指してマヨネーズの位置を示すがナナは妙に見当違いの場所をぐしぐしと手で拭おうとしており、彼はため息をつくとポケットティッシュを取り出しティッシュを一枚取るとナナのほっぺのマヨネーズと口元のソースを拭い、ぐしゃぐしゃと丸めるとゴミ袋として持ってきておいたコンビニのビニール袋に放り捨てる。

 

「な、な、な……何しやがんだよいきなりっ!」

 

突然口元とかを拭われたナナは妙に顔を赤くし、炎佐に蹴りを入れる。

 

「いってっ!? なんだよ、昔からお前、テーブルマナーとか適当でよく汚して俺が拭いてやってただろうが!? 何今更言ってんだよ!?」

 

「う、うっせー! 子供扱いすんじゃねえよこの変態っ!!」

 

「いててっ! 蹴るなバカやろっつか変態ってどういう意味だテメエ!」

 

ナナは着物が乱れるのもお構いなしに炎佐に蹴りを入れており、炎佐もしっかり腕でガードしつつナナに文句を返す。今更ながら王族とその護衛というには色々と似つかわしくないその光景にモモは額に手を当ててはぁ、とため息を漏らした。

 

 

 

 

 

「ふん! しょうがねーからこの綿菓子で手を売ってやる! ありがたく思えよ!」

 

「ハイハイどーも。光栄ですよプリンセス」

 

喧嘩――と言っても基本的にナナが一方的に炎佐を蹴っていただけ――が一段落し、ナナは綿菓子を持ちながら炎佐に言い、炎佐も慣れたようにあしらう。

 

「まったく、エンザさんはナナに甘いですわ」

 

「ちゃっかりフランクフルト買ってもらっといてその言いぐさはなんだ?」

 

「ご馳走様です」

 

ナナとは反対側の隣に立つモモはエンザに注意するようにそう言うが彼女もちゃっかりナナの綿菓子と一緒にフランクフルトを買ってもらっており、それをエンザが指摘するとにこっと微笑んでお礼を言い、フランクフルトを頬張る。それに炎佐は「ったく」と悪態を漏らした後、周りを見回す。

 

「さてと、リト達はどこにいるんだか……そろそろ合流しねえと」

 

炎佐は周りを見回しながら呟き、リト達らしい姿が見えないので電話で連絡を取ろうと携帯を取り出す。と、その時どぉんという爆発音が聞こえ、炎佐達はその音がした空を見上げる。そこには花のように綺麗な火の粉――花火が咲いていた。

 

「やべ、花火始まっちまった」

 

「わ~花火ってキレイだなぁ! 姉上が言った通りだ!」

 

花火までには合流すると伝えてくれとララに言ってしまった手前早く合流しなきゃと思いながら炎佐はリトに電話をかける。

 

「お?」

 

「ん? なんだ?」

 

花火を見ていたはずのナナは炎佐の方に目を向けており、それに彼も気づいてナナを見返すが、よく見ると彼女は自分の方を見ているのではなく、自分の後ろを見ている事に気づいて後ろを振り向く。

 

「氷崎君、こんばんは」

 

「よお、偶然」

「あなたは確か……」

 

声をかけてきた例に漏れず浴衣姿の少女に炎佐もそう返し、モモも相手はゲーム世界に放り込んだ一人であるためか知っている様子を見せる。

 

「コケ川だ!」

 

「古手川!」

 

ナナが少女――古手川唯の名前を呼ぶがそれはちょっと訛っているというか言い方がおかしく、唯も叫んで訂正する。

 

「ちょうどよかった。古手川さんも一緒に行きませんか? 私達、これからお姉様たちの所に行くところなんです」

 

「え、ええ。そうね」

 

モモと唯はそう話し合い、歩きながら少々雑談を開始。

 

「……っかしいな? リトの奴電話に出ねえ……花火に夢中にでもなってんのか?」

 

炎佐は首を傾げて携帯を見る。

 

 

 

 

 

「おーい!!!」

 

そこに突然悲鳴のような声が聞こえてくる。

 

「リト?」

 

声の主はさっき自分が電話をかけてきた相手。もしかしたら偶然合流できたのかもと一瞬思うが、それにしては声に大分焦りが含まれているように見える。

 

「ヤミ!?」

 

「炎佐!! 古手川、ナナ・モモー! 危ねー!! どいてー!!」

 

リトと並走している浴衣姿のヤミに炎佐が驚きの声を上げるとリトは悲鳴を上げる。その時、炎佐は彼らを追うようにワイヤーのような細い何かがリト達を襲い、ヤミが瞬時にそれを刃に変身(トランス)した髪で防ぐのを見る。そしてあっという間に二人は走り去っていった。

 

「な、何なの!?」

 

「何者かに攻撃されていた……ったく久しぶりにララの婚約者候補がリトを狙ってきやがったのかよ……」

 

唯の呟きに対し炎佐はそう返した後、久々にリトの護衛任務を真面目に行う時が来たとめんどくさそうな表情を見せる。

 

(と言ってもこんな所じゃ鎧を装着するのは目立つよな……どこか適当な物陰に隠れないと)

 

人ごみの中で一瞬で鎧への早着替えショーなんて行うわけにもいかず、炎佐は屋台よりさらに裏の藪に隠れようと目論み、こそこそとそっちに歩いていく。その時、突然携帯に着信が入った。

 

「のわっ!?」

 

一瞬隠密モードに入っていた状態でのいきなりの着信に炎佐は驚きつつも携帯を取り出し、相手を見るとすぐ電話に出る。

 

「もしもし美柑ちゃん? 悪いけどリトが――」

[た、助けて炎佐さん!!!]

 

リトが何者かに狙われているからすぐ電話を切ろうかとしていた炎佐だが、それを遮る美柑の悲鳴が彼の耳元に響いた。

 

 

 

 

 

「さぁ、それいけガマたん!!!」

 

集合ビルの屋上、薄暗く人もいない、まさに花火観賞には絶好の穴場とも言える場所にそんな声が響き渡る。声の主は小太りなチビっこい子供――ララの婚約者候補にして以前金色の闇にリトの抹殺を依頼した張本人、ラコスポだ。彼が指示を出すと共にガマたんなる巨大な蛙のような宇宙生物――以前地球に来た時と違い、何故か鎧が装着されている――が口から粘液を吐き出す。その都合よく服だけを溶かす粘液の乱射によって女性陣は浴衣の一部を溶かされていきパニック状態に陥っていた。

 

「コラー! やめさせなさいラコスポ!!」

 

「ハハハ! ボクたんがやめろというまでガマたんはやめないよー。止めたければ、ボクたんと結婚するしかないモン!!」

 

ララの叱り声に対しラコスポはいやらしい笑みを浮かべながらそう言う。それに対しペケがヒキョーなと叫ぶ。

 

「そーれ! ガマたん、その小さい子、結城リトの妹を狙うんだー!!」

 

「えっ!?」

 

ラコスポの指示を受けたガマたんはリトの妹――すなわち美柑に狙いを定め、電話をかけていた美柑はそれに気づくのが遅れる。ガマたんの口から勢いよく粘液が放たれた。

 

「全裸決定ー!!」

 

(ひっ!)

 

ラコスポがいやらしく笑い、美柑は身体をぎゅっと抱きしめて目を閉じ、離れた場所に立っている春菜達が「美柑ちゃん!」と悲鳴を上げる。

 

「またテメエか!!!」

 

そんな怒号が美柑の耳に聞こえ、そう思うとバシュッという液体が急激に蒸発したような音が聞こえてきた。

 

「え?……」

 

「大丈夫? 美柑ちゃん」

 

目を開けてぽかんとしている美柑の前に立ち、彼女の方を振り返って赤い両の瞳を見せ、一人の青年が優しげに微笑んでそう尋ねてきた。

 

「炎佐さん……」

 

「ギリギリセーフ、だな。鎧を装着する暇もなかったよ」

 

確かに彼は戦闘用の鎧を着用せず、普段着の格好だ。が、それで彼の傭兵としての威圧感が消えるわけでもなし、エンザは美柑に向けていた優しげな笑みを消し、ギロリと目を研ぎ澄ませてラコスポを睨みつけた。

 

「よおラコスポとか言ったか? よくもまあしょうこりもなくやってくれたなぁ?」

 

「う、ぎぎぎぎぎ……賞金稼ぎ如きが……こうなったら、男なんかに興味ないけど、お前から全裸にしてやるもん!! ガマたん!!!」

 

ラコスポは地団駄を踏みながらガマたんに指示を飛ばし、ガマたんはエンザを見てすぅっと息を吸い、口内に粘液を生成。

 

「皆、俺の後ろに集まれ。そして決して動くな」

 

その間にエンザは春菜達に指示を出し、デダイヤルを取り出して操作を行うと刀の柄を一本空中に転送、同時に自分も鎧を着装。デダイヤルをしまい、落ちてきたそれを右手でキャッチ。ひゅんと一振るいすると赤い刃が出現。さらにひゅんひゅんと弄ぶように刀を回転させながら肩に担ぐ姿勢に持っていった。と、刀の刃が熱を持ったかのようにさらに赤くなっていく。

 

「くらうもーん!!!」

 

ラコスポが叫ぶと共に、ガマたんの放った無数の粘液がマシンガンもかくやの数と勢いでエンザの指示の結果密集する事になった彼ら目掛けて飛んでいく。それをエンザは燃え盛る炎のような赤眼で睨みつけていた。

 

「はぁっ!!!」

 

叫ぶと同時に袈裟懸けに一閃、その高熱を宿す刃が粘液に当たると同時にその熱によって一瞬で蒸発。直後手首を捻り、刃を上に向けて一閃。その斬撃の軌跡が二つの粘液を捉え、消し去る。そして腕を回転させ、一発目と二発目の刃の軌跡と重ね合わせて丁度正三角形を描く軌道に刀を振るう。それがまた別の粘液を蒸発させた。だがまだ終わりではない。

 

「しっ!!」

 

僅かに横に動き、はみ出していた春菜に当たる粘液を斬る。そのまますぐ元の位置に戻り、先頭にいる美柑に直撃コースの粘液を、美柑を守る壁になるように真下から刀を振り上げて粘液を消し飛ばす。次にその振り上げた勢いを利用してジャンプ、それでようやく自分の胸元の高さとなった粘液を横に薙ぎ払った刃で蒸発させ、重力に従って自由落下している間にも刀を斜め十字に振るって粘液を斬り、着地と同時に眼前に迫る粘液を刀を突き出して消し去る。

 

「……」

 

着地のショックを和らげるために膝を折ったエンザは悠然と立ち上がり、唖然という言葉の見本通りの表情を見せているラコスポを睨む。全ての粘液を斬るなどという芸当は彼には出来ない。だが、彼は自分、もしくは後ろの女性陣に当たるという粘液を見切り、それだけは確実に斬っていた。

 

「もう終わりか?」

 

「そ、そんな、う、うそ、うそだもん!? ガ、ガマたん! もう一回だもん!!」

 

ラコスポは喚き散らし、再びガマたんに攻撃を指示。

 

「何度やったって無駄だぜ!」

 

と、いきなりそんな声が聞こえてきた。

 

「ナナ!」

「ん? お前確かララたんの妹の……」

 

ララの声が響き、ラコスポやエンザ達も声の方を見る。声の方――手すりを越えた先の空中、ナナは何故かそこに立っていた。が、ナナは平然とした様子でラコスポと、彼の横に立つガマたんを見る。

 

「珍獣イロガーマか。珍しーの飼ってんじゃん、お前」

 

そこまで言うと共にナナの身体が浮き上がる。というか、ナナの乗っていたらしい足場が持ち上がった。

 

「あたしのペットになれよ! いいだろ、ガマたん!!」

 

ナナが乗っていた足場、それは彼女が頭の上に平然と乗れるほどの巨体を誇る、コブラのように広がった頸部を持つ大蛇だった。その姿を見たガマたんが途端に怯えだす。

 

「そ、そそそれはイロガーマの天敵、ジロ・スネーク!!」

 

ラコスポがわざとらしい説明口調で叫び、ナナはジロ・スネークなる大蛇からよっと声を出しながら降りるとすたすたと無防備にガマたんに近づいて、笑いながら右手を差し出した。

 

「ほれ、お手!」

 

ナナからの命令を受けたガマたんはジロ・スネークの威圧に怯えながらさっと自分の右手をナナに差し出す。ラコスポが「ガマたん! ボクたんを裏切るのかー!」と悲鳴を上げる。

 

「あ、リト。大丈夫だった?……うん、よかった」

 

何か会話が聞こえてきた。

 

「さて、ラコスポ」

「はぅあっ!?」

 

その次の瞬間、背後から聞こえてきた声にラコスポは悲鳴を上げ、振り返る。エンザがすごく据わった目で彼を見下ろし睨みつけていた。

 

「リトも無事だったようだし……今宵の祭囃子に免じ、今すぐララを諦めて逃げ帰るなら今回は見逃してやる。さもなくば……」

 

「ひぎっ……お、覚えてろーだもん!!!」

 

ぼきぼきと拳を鳴らして威圧するエンザ。それにラコスポは怯み、怯えながら捨て台詞を残してすったかたーと逃げて行った。

それからリトとヤミ、ルンや唯、モモも合流。エンザは知り合いの惑星保護機構職員にヤミが戦った賞金稼ぎ、ランジュラの連行を依頼したりと事後処理を行う。

 

「ったく。まさかザスティン達がいない時によりにもよって賞金稼ぎが狙ってくるとはな……ヤミがいて助かった。ありがと、ヤミちゃん」

 

エンザは前半エンザ、後半炎佐の口調で愚痴を漏らし、ヤミは「お礼を言われる事ではありません。結城リトを始末するのはこの私ですから」と返す。それに炎佐は苦笑を漏らし、デダイヤルでジロ・スネークとガマたん(まだ怯えている)を転送し終えたナナの方に歩いていった。

 

「ナナもありがとな、おかげで話が早く済んだよ」

 

「いや、別に――」

 

炎佐の言葉にナナはつんっとした様子で返そうとするが、彼がナナの頭にぽんと手を置いてよしよしと撫で始めると目を吊り上げる。

 

「――だっから子供扱いすんじゃねー!!!」

 

そしてナナの顔を真っ赤にしながらの叫びが、花火彩る夜空に響き渡った。




今回は夏祭り編。エンザにはVS銃になった剣士のお約束、飛んでくる銃弾を剣で打ち落とすを応用して飛んでくる粘液を炎の剣で斬って蒸発させる、をやらせてみました。
ちなみにモモが今回炎佐に妙にべたべたしてましたけど別に彼女は炎佐が好きとかいうわけではありません、仮に好きであったとしてもそれは男性に対する恋愛感情ではなく、兄に対しての親愛です、後はからかいです。ナナの方は炎佐が昔からの癖で世話を焼いてはナナの方はそれを子ども扱いされてると思い怒ってる感じです。
さて次回はサブヒロイン凜回にしようかなっと……では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十三話 海水浴

「わーい! 海だよ春菜ー!!」

 

ララの嬉しそうな言葉に後ろに立つリトが「見れば分かるって」とツッコミを入れる。

 

「すげ~綺麗な海~」

「ほんとです~」

「へ~」

「け、けっこう波があるわね……」

 

ナナが歓声を上げ、お静が同意。美柑が海を見回しながら言うと唯がそんな声を漏らす。

 

「ホーッホッホッホッホ! 青い空、白い雲、そして私――天条院沙姫!!! ようこそ皆さん! 我が天条院家のプライベートビーチへ!!」

 

沙姫がそんな声を出すが、はしゃいでいるララ達は完全無視しており、「話を聞きなさい!」と沙姫は叫ぶ。今日はリトやララ、炎佐達は沙姫に誘われて天条院家のプライベートビーチに遊びに来ていた。

 

「いっやー、オキワナ星では酷い目にあったからな~。天条院先輩のとこなら安心だ」

 

「あぁ、大変だったね」

 

去年の事を思い出しながら炎佐はリトの言葉に同意する。なおそんな彼は下はトランクスタイプの海パンだが上にはTシャツを着て麦わら帽子を被って釣竿を肩に担いでいる。

 

「ていうか炎佐、なんだその格好? 泳がねえの?」

 

「ああ、釣りでも楽しもうかなって……実はフレイム星人は炎を扱うがため、水は苦手なんだよ」

 

「そ、そうなのか!?」

 

「嘘だよ」

 

「嘘かよ!? ノッちまったじゃねえか!!」

 

炎佐の冗談をリトは信じ、嘘だと聞いてツッコミを入れる。

 

「まあ、流石にここまで来て賞金稼ぎに狙われる事はないだろうし、たまにはのんびりしたいんだよ。この前の夏祭りもナナとモモの子守で忙しかったし、途中からララの婚約者とバトるわ賞金稼ぎを銀河警察に突き出すわででんやわんやだったしさ。なんか最近仕事が増えた気がするよ、俺静養中のはずなのに……」

 

「ご、ご苦労様です……」

 

炎佐の言葉にリトは思わずそう言って頭を下げてしまう。

 

「えー? 氷崎泳がないの~?」

 

と、そこに里紗が残念そうな声を出しながら寄ってきた。黄色の大胆な水着を着用し、抜群のスタイルを際立たせて艶やかな笑みを見せている。

 

「ねぇねぇ一緒に泳ごうよ~?」

 

「そうですよエンザさ~ん」

 

里紗に悪ノリして花柄ワンピースの可愛らしい水着を着用しているモモもすり寄り、二人は胸を当てるような形で炎佐の腕に抱き付く。

 

「はぁ……」

 

それに対し炎佐はため息を漏らし、

 

「あれ?」

「あっ、ひゃっ!?」

 

直後間違いなく捕まえていたはずの里紗とモモの目の前から炎佐の姿が消え去る。そう思うとモモが突然宙に浮かぶ。違う、後ろに回り込んでいた炎佐に抱きかかえられていた。

 

「調子に乗るな。少し、頭冷やそうかっ!」

 

「ひゃわー!」

 

そしてそう言いながら炎佐はモモを海目掛けて投げ飛ばし、モモが海に落ちるどっぽーんという音が聞こえてくる。標準程度の体格で地球人の力では到底届かないような遠い場所に平然と投げ飛ばしている辺り、仮にも宇宙人の賞金稼ぎである。

 

「って、モモー!!!」

 

「大丈夫大丈夫。デビルークの子はこの程度で死にゃしないよ、いい薬だ」

 

「エンザ、本当容赦ねえよなぁ……」

 

リトが悲鳴を上げるかのようにモモを呼び、しかし炎佐はパンパンと手を埃でも払うように打ちながらそう言う。その様子にナナは苦笑を漏らしていた。

それからララ達は海に入る。なお戻ってきたモモが本人としてはちょっとしたからかいのつもりだったのにいきなり海に放り込まれる(しかも同じことした里紗は無傷)という理不尽な扱いに頬を膨らませており、彼女の怒りを鎮めるため結局炎佐も海に入る羽目になったのは別のお話。

 

 

 

 

 

「皆さん!! この辺りでスイカ割りなどいかがかしら!?」

 

沙姫がスイカを用意しながら皆を呼び、ララが「わー、楽しそー!」と目を輝かせて賛成する。と、その時ひゅーという音が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

その風切音に沙姫が気づいた直後、沙姫が立っていた地点に何かが直撃。砂が巻き上がる。

 

「「沙姫様!?」」

 

凜と綾が叫び、炎佐は遠くのナナが「あっ」と呟いたのを聞き逃さず、彼女を睨みつけると相手もにゃははと誤魔化し笑いを漏らしながら目を逸らす。

そして空から飛んできた物体こと結城リト――炎佐がナナとモモから聞き出したことによると、胸を触られた(しかもこれも御門がお願いしたお静ちゃんの念力が暴走したのが原因で、炎佐は今度は御門を睨むが御門はすいっと受け流していた)ナナが思わずリトを投げ飛ばしたのが原因らしい――が沙姫にひっぱたかれる。しかしリトの直撃の衝撃で沙姫の用意した高級スイカが全て割れて砂まみれになってしまっていた。

 

「ナナ、お前のせいだぞ」

 

「わ、悪かったって……」

 

炎佐がジト目でナナを睨むとナナもぼそぼそと謝る。

 

「あ、そーだ! モモ、スイカ持ってる?」

 

ララの言葉にモモが「あっ」と気づいたように声を出し、デダイヤルを取り出して操作を始める。

 

「? どう見ても持ってないじゃない?」

 

「モモはね、宇宙の色んな植物や木の実を収集して保管してるの!」

 

「ウリ星の食用スイカがありましたわ、お姉様」

 

沙姫が怪訝な表情でそう言い、ララが説明するとモモがデダイヤルを操作。モモの隣に光が走ると、彼女の身長ほどもあるスイカ――なお、茎なのだろうか手足が生えて大きな口からは舌がべろんと出ている――が出現する。

 

「これでいかがでしょう?」

 

モモは平然と、むしろ輝くような笑顔で尋ねるが手足が生えてるわ口があるわ挙句には舌が出てるわなスイカにリト達地球人はドン引きしている。なお炎佐は慣れてるのか感心した様子で「へえ、いいスイカだな」とか言っていた。

 

「こ、これで……スイカ割り、するの?」

 

ドン引きした様子の春菜が頬を引きつかせ、心なしか震える指でスイカ(仮)を指差しながら尋ねる。

 

「ご心配なく。食用なので大人しいですよ!」

 

「ああ。俺も食ったことあるしな」

 

が、モモは安心させるようにウインクしながらそう返し、炎佐もそれに同意する。なお後ろの方ではスイカ割りを知らないヤミに美柑がスイカ割りを端的に説明していた。

 

「だ、大丈夫かな?……何か怖い……」

 

モモの笑顔での説明でも恐怖を浄化しきれなかった春菜は怯えた様子で呟き、後ろの里紗と未央がうーんと声を漏らす。

 

「つーか不味そう」

 

「うん、不味そうだよね」

 

そして単刀直入に評価を下し、それを聞いたスイカ(仮)がぴくんと反応して震えだし、モモが「このコ結構味にプライド持ってるんですからそんなコト言うのやめてください!」と慌ててフォローに入る。

 

「ホーッホホホ!」

 

と、沙姫が高笑いを上げる。

 

「言っておきますけど、見かけがスゴい程味が大したことないのは常識でしてよ!! ましてお化けスイカの分際でプライドだなんて!! 生意気ですわ!!」

 

高笑いやその悪態は強がりなのだろうか、引きつった笑みでそう言う沙姫。

 

[うがーっ!!!]

 

とその瞬間スイカ(仮)が吼え、怯んだ沙姫目掛けて赤いベトベトした液体を吹き出す。スイカの果汁だ。

 

「ベ、ベトベト……ですわ……」

 

殺傷力自体はないが精神的に大ダメージな攻撃に沙姫はへたり込んで呆然とした声を漏らす。そしてスイカ(仮)は今度は里紗達の方を向くとその綺麗な球体状の身体を生かして転がり攻撃を仕掛けてくる。

 

「ひゃーっ! めちゃ怒ってる!!」

 

スイカ(仮)からすれば自分を侮辱した相手である里紗目掛けて回転突進、里紗も慌てて逃げ出すがスピードは段違いだ。

 

「ったく、世話の焼ける!!」

 

が、その時スイカ(仮)の前にエンザが立ちはだかり、青い両目でスイカ(仮)を睨みながら地面に左手を付けて力を集中。その瞬間砂場から氷の柱が斜め方向に突き出、転がってきたスイカはその氷の柱を転がる勢いで上がっていくとジャンプ台のように飛んでいく。

 

「「あ、あっぶなー……」」

 

「やれやれ。万一刺客に襲われた時の為にブリザド星人御用達、超低温にも耐えきれる特別素材の水着を着用しておいてよかったよ」

 

リサミオがほっと安堵の息を吐き、エンザはそう呟くとデダイヤルは近くにないのか直接氷の棍棒――手を滑らせて取り落さないよう握りやすいグリップも凍らせ具合を調節して作っている――を作り出して左手に握る。のんびりしたいと言いつつも刺客に備えてしまう辺り賞金稼ぎの職業病である。

 

[ギャース!!!]

 

なんか怪獣っぽく吼えるスイカ(仮)。まだ暴れるつもりらしく、モモが「スイカさん落ち着いて!」と呼びかけるが効果は薄い。

 

「待て!! それ以上暴れるなら、僕が相手だ!!」

 

「レンちゃん!」

 

と、一緒に海水浴に来ていたレンが凛々しく声を上げてスイカ(仮)の前に立ちはだかる。

 

「叩き割ってやる! くらえ必殺!!――」

 

叫び、同時にスイカに飛びかかる。凄まじい突進力だ。

 

「――サイクロン・グレネイド!!!」

 

その勢いのまま振りかぶった拳をスイカに叩き付けんと振り下ろす。

 

[ブーッ!!!]

「ぶわーっ!!??」

 

しかしその拳が届く前にスイカ(仮)が果汁を吹き出して反撃、その勢いにレンは吹っ飛ばされた。なお砂場に叩きつけられた時巻き上がった砂に鼻腔を刺激されたかくしゃみをしてしまい、レンの代わりに出てきたルンがリトに抱き付いているのは全くの余談である。

 

「せいやっ!!」

 

続けてエンザがスイカ(仮)に氷の棍棒を叩きつけるが、全力でぶっ叩いたにも関わらずスイカ(仮)の身体にはヒビ一つ入らず、エンザは相手が手を変形させて触手のように巻き付いてくるのをかわして距離を取る。

 

[ププププププッ!]

 

が、スイカ(仮)は口からなんとスイカの種を吹いて遠距離攻撃を仕掛け、エンザはぎょっとしつつもそれを棍棒を振るい叩き落とす。そして棍棒を投げ捨てると左手をスイカに向けた。

 

「だったら冷凍スイカにしてやるよ!!」

 

スイカ(仮)周辺の温度を急激に下げ、スイカ(仮)を凍らせようと試みるエンザ。だがスイカ(仮)は動けなくなる前に再び転がってエンザに突撃、さっきのように氷柱を使って受け流すのも間に合わず、エンザは咄嗟にその場を飛び退いた。

 

「へ? うぎゃー!!!」

 

スイカ(仮)の回避兼エンザへの反撃である転がり突進をエンザ自身は避けたもののその突進の先にいた猿山が巻き添えをくってその突進をくらってしまい、海の方へと撥ね飛ばされる。

 

「まずい!」

 

モモならともかく地球人である猿山では危険だと判断したエンザは咄嗟に彼を助けるために走り、海の上に足を乗せる。

 

「はああぁぁぁっ!!!」

 

彼が踏もうとした海面が凍り付き、彼の片足を乗せられる程度の大きさの足場となる。さらにその氷の塊が沈むより前にもう片足を前に出してその足が踏もうとする海面を凍らせる。そしてさらにその氷の塊が沈むより前にもう片足を前に出す。というのを繰り返し、まるで海の上を走っているかのようにエンザは猿山を追いかけた。

 

「間に合わない……」

 

だが撥ね飛ばされた猿山のスピードはなかなかのもの、エンザはそう呟くと少しでも追いつきながらも猿山が海に叩きつけられるより前に左手を海面に叩き付ける。

 

「凍り付け!!!」

 

叫ぶと共にブリザド星人の力を解放、海を猿山の方目掛けて一直線に氷の道を作るように凍らせていき、猿山の落下予想地点に当たる部分でその氷を広げる。

 

「へぶぎゃっ!!」

 

海に叩きつけられる代わりに氷に叩きつけられる羽目になった猿山の悲鳴が聞こえてきた。

 

「サルー! 大丈夫ー?」

 

「さ、さみー! 早く助けてくれー!!」

 

猿山を助ける代わりに自分が海にダイブする羽目になってしまったエンザが呼びかけ、猿山は水着一丁で氷に囲まれていてはしようがないか、また別の悲鳴を上げていた。

 

 

 

 

「モモ! 姉上が捕まってるぜ!!」

 

エンザが猿山を助けに走っている間に、スイカ(仮)は転がった先にいた美柑を捕らえ食べようとしたのだが、それを阻止するためにララが飛び蹴りをくらわせるが、スイカ(仮)の丈夫さはララの蹴りをも耐え、逆にララを長い舌で捕らえると彼女他デビルーク女性の弱点である尻尾に巻きつき、ララを無力化させたのだ。

 

「スイカさーん、もうお止めになってー!! スイカさーん……」

 

モモが呼びかけるが、その呼び声はどんどん小さくなっていく。ナナも不思議そうに「モモ?」と声をかける。

 

「モ……」

「恐怖をもって理解させるしかないのかしら……」

 

そう呟くモモの目元には影が出来ており、双子の姉であるナナも引いていた。

 

「止めろー!! ララを離せー!!!」

 

と、リトがスイカ割りに使う棒を手にスイカ(仮)に果敢に挑む。うりゃあああ、と雄叫びをあげながら棒でスイカ(仮)を滅多打ちにするが、ララの力でさえ動じなかったスイカ(仮)は全く意に介さず、いや、うっとうしいと思ったのかリトを押し潰さんと片腕を振り上げる。

 

 

「あわわわわわ」

 

慌てるリト。しかし、その次の瞬間ズカッという音が聞こえたと思ったら、スイカ(仮)が中心から真っ二つに割れた。いや、それは鋭利な刃物で斬ったかのような跡を見せている。

 

「……」

 

スイカの後ろに、目隠しをしたヤミが刀に変身(トランス)させた髪を握りながら立っていた。

 

「これでいいんですか? スイカ割りという遊びは?」

 

「え?」

 

「け、気配を頼りに斬るのはちがうかな……」

 

この大パニックに関わらず平然と本人的にはスイカ割りをしてみせたつもりであるらしいヤミにリトは呆然とし、美柑も冷静にツッコミを入れた。

 

 

 

「ん~……美味しいですね、このスイカ!」

 

「ホントね」

 

シャリシャリと小気味いい音を立てながらスイカ(仮)の残骸を食べるのはお静ちゃんに御門、ルンや炎佐と、お静ちゃん以外は宇宙人メンバー。お静ちゃんの満面の笑顔での感想にモモは「これでスイカさんも報われます!」と嬉しそうに言う。

 

「ごめんなさいね、お騒がせして。皆さんもいかがですか?」

 

次に地球人メンバーに呼びかけるモモ。しかし沙姫がまだぴくぴくと足を動かしているスイカ(仮)を見て「結構ですわ!」と絶叫して拒否する。

 

「やれやれ……」

 

「リト……」

 

ぼやくリトと彼を見るララ。彼女は恋する乙女のように愛らしい笑みを浮かべていた。

 

[? どうかしましたか、ララ様]

 

「えへへ、なんでもない!」

 

ペケの問いかけるような言葉にララは笑いながらそう返した。




今回は海水浴。今回は特に凜にスポットを当てる事を目指したんですけどね……失敗です。なにせこの子、自分からすすんで炎佐と絡んでくれないんですよね。基本的に炎佐の行った先に偶然いました、でもって炎佐から絡んでいきますみたいな受動的なパターンしか出せないんですよ。あと、沙姫が一緒だと沙姫優先しちゃうから炎佐と絡んでくれない。(なお、サブヒロイン仲間でも美柑はリトの妹だし、里紗はクラスメイトだしで能動的に絡んでいける。御門もやろうと思えば絡んでいけるし彼女の場合炎佐も割とエンザとしての素を見せてくれるのでまた別の絡み方を出せる。メインヒロインの恭子に至っては設定の関係上普段は出しづらいものの出そうと決めてネタが思いついてくれれば全力で自分から絡みに行ってくれる……なおサブヒロイン候補(笑)だがリコは例外とする)
さて次回はどうするかな……今回凜にスポット当てられなかったし、どこかで凜にスポットを当てるオリジナル回でも考えるか……ま、それはまたその内考えるとしますかね。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十四話 少女アイドルの邂逅

「テレビで見たよ、ルンちゃん!! 今度“マジカルキョーコ”に出演するんでしょ、すごーい!」

 

彩南高。ララがキラキラと目を輝かせながらルンに言い、ルンは「まあね」と苦笑気味に返す。春菜も「そうなんだ」と言い、その後ろから唯が「マジカルキョーコに……ほんとに?」と若干興味を持った様子で聞き返す。

 

「EDテーマも歌うんでしょ? やるねールンルン」

 

「なんかすっかり芸能人って感じだねー」

 

里紗と未央もそう言う。

 

「楽しみにしてるよ、ルン」

 

「う……うん!」

 

最後にリトがそう言い、その言葉を聞いたルンはこくんっと頷く。

 

(リト君にそう言われるのは嬉しいけど……ホントはあまり気乗りしてないんだよね……)

 

が、その心の中でルンはそんな事を思っていた。

 

 

 

それから数日後、マジカルキョーコの撮影現場。彩南町から離れたある公園だ。

 

(敵役なんて……しかもなんでこんな恥ずかしい格好しなきゃいけないのよっ!)

 

顔を赤らめながらルンが心中悪態をつく。彼女の格好は胸や脇腹、股間など最低限の部分くらいしか身体を隠していない露出度の高いもの。

 

「うひょールンちゃーん! キャワイー!」

 

「げっ、校長!? なんでこんな所に……」

 

彩南町から離れた町のはずなのに当然の如く野次馬に混じっている校長の姿にルンは一瞬驚いた後、知らんぷり知らんぷり、と思いながらその場を去っていく。

 

「こっち向いてー!」

 

「申し訳ありません、もうすぐ本番ですのでお静かに願います」

 

ルン向けて叫ぶ校長の前に一人の帽子を被ったスタッフの青年が立って注意を行う。と、校長がその相手を見て「む?」と呟いた。

 

「君はひさ――」

 

その言葉が終わる前に、校長が突然倒れ込む。

 

「おや、騒ぎ過ぎて立ちくらみですかね?……すみません、ちょっと木陰で休ませてあげてください」

 

倒れ込んだ校長をスタッフが受け止め、彼は笑顔を浮かべて他の野次馬に呼びかける。他の観客は気づいていないが、校長の腹には一撃拳を叩き込まれた跡が残っていた。

そしてスタッフの青年は木陰どころか人気のいない草むらの中で太い木に校長を縄で縛り上げた後、立ち上がる。と、その時木の枝に引っかかって帽子が落ちてしまい、彼はしまったと呟いて帽子を拾い上げつつ、赤と青のオッドアイを宿す目をめんどくさげに細めた。

 

「なんっでよりにもよって俺のバイト中にプリンセス・ルンの撮影が入るんだよちくしょう……いや落ち着け、俺とキョー姉ぇの関係は絶対秘密って約束でこのバイト受けたんだし……とりあえず、プリンセスと顔合わせないよう気をつけよう……」

 

スタッフの青年――氷崎炎佐はぼやきつつ、監督の「氷崎くーん!」という呼び声が聞こえてくると「今行きます!!!」と大慌てで叫び、帽子を深く被り直すとその場を去っていった。

 

 

 

「じゃあ、本番いくよーっ! はい、本番!!」

 

監督の合図と共にカメラが回り、

 

「さぁ、ここまでよ! ピエール☆小木!! 覚悟しなさーい!!」

 

「キーッ! 私のラブリー妄想攻撃を打ち破るなんて!! おのれ、マジカルキョーコ!!」

 

この番組の主役であるマジカルキョーコの演技がスタートした。

 

 

 

「いやー、今日も絶好調だねキョーコちゃん!」

 

「いえいえ、監督の指導のおかげですよー」

 

一シーンの撮影が終了し、恭子は監督達と談笑している。

 

「ぷー。何よ、チヤホヤされちゃって」

 

その姿を見たルンが頬を膨らませ、私はあの子の引き立て役ってワケね。やれやれ。と呟く。

 

「ふふふ、今日はキョーコちゃんの彼氏も見に来てるし、普段以上にやる気出てるんだろうね」

 

(なにっ?)

 

と、今回の撮影シーンでは出番のなかった、マジカルキョーコ内では池綿というキャラを演じている男性がにやにや笑いを見せながら爆弾発言。それが聞こえたルンも反応、恭子の方を見る。

 

「にゃっ、いやっ、だ、だからエンちゃんは私の家族なんですっ! 変な事言わないでくださいっ!!」

 

「あー、ごめんごめん。恋人どころの問題じゃなかったんだねー」

 

「だーかーらー!!」

 

彼女は顔を真っ赤にすると慌てたように両腕をばたばた上下させて彼の言葉を否定。しかし男性はにやにや笑いながらからかい続けており、恭子もむきになっていた。監督や近くのスタッフも恭子の可愛らしい反応にくすくすと笑っている。

 

(霧崎恭子に彼氏? これは面白い事知っちゃったなー)

 

恭子の反応から真実味があると判断したルンはにやりと意地の悪い笑みを浮かべ、その直後スタッフから「RUNちゃん次出番だよー」と呼ばれたのに上機嫌で「はーい」と返した。

 

 

 

「おほほほ! 私は悪の組織ウザースの首領(ボス)、ブルー!! メタリア!!」

 

ルン扮するブルーメタリアがマジカルキョーコの前に立ち、名乗りを上げるシーン。が、その時監督から「カット!」という声が響いた。

 

「ダメだよ! もっとバカ笑いしながら喋らないと!!」

 

「は~い」

 

監督からのダメ出しを受け、ルンは空返事の後ふぅ、と若干疲れた様子の息を吐く。

 

「……」

 

その様子を恭子はちらりと見ていた。

 

 

 

「では三十分ほど休憩でーす!」

 

スタッフの一人がメガホンを使って休憩を呼びかけ、ルンは休憩になると一人ベンチに座り込んだ。

 

「はぁ、もう帰りたい……」

 

RUN(ルン)ちゃん、お疲れ様」

 

ぼやくルンに恭子が声をかける。それにルンは顔に出さずとも会いたくない相手にぎょっとする。

 

「さっきの演技、凄い迫力だったよ」

 

「そ……そう?」

 

ころころと笑う恭子に、さっきの撮影でのもはやヤケになった演技を思い返したルンも呟く。その次に恭子がルンに「元気ないね?」と返すとルンは「見ての通り疲れてるのよ」と呟くように返す。

 

「じゃあ、コレ。一緒に食べよう?」

 

そう言って恭子が差し出したのは[Misora]という文字が刻印されたものと[StrayCat's]という文字の下に黒猫の顔を燃したマークが刻印された二つの紙箱。

 

「あ、みそら堂の、これ……シュークリーム!?」

 

「うん! ルンルン日和に書いてたでしょ? お気に入りって」

 

「私の日記(ブログ)……見てくれてたんだ」

 

恭子の言葉にルンが驚いたように呟くと、恭子は彼女の隣に座りながら「ずーっと前からね」と返す。

 

「だって私、RUNちゃんのファンなんだもん。デビューしてから今までのCDもゼンブ持ってるし!」

 

恭子のいきなりの告白にルンが「ウソ」と驚いたように呟くと恭子は「ウソじゃないよぉ」ところころ笑いながら返す。

 

「仕事がうまくいかなくってめげたり、あと大切な家族に会えなくって寂しい時。何度もRUNちゃんの歌を聞いて励まされたんだもん。だからさ、RUNちゃんがこの番組に出てくれるって分かってスッゴイ嬉しかったんだ」

 

恭子は満面の笑顔を浮かべてそう言った後、「でも私の弟はね、なるべくRUNと話さないでくれーってさ。ひどいよねー」と言ってぶすくれ、ルンも思わずくすっと笑う。

 

「さ、早く開けて食べよう。こっちの箱はね、私お勧めの洋菓子専門店の一品なんだよ? 最近凄腕のバイトが入ったらしくってケーキの味上がったんだ~」

 

「あ……うん」

 

恭子はみそら堂のものと一緒にストレイキャッツの箱も開けて中から一口サイズのケーキなどを取り出して自信満々に言う。それからルンがストレイキャッツのケーキを、恭子がみそら堂のシュークリームを食べる。

 

「あ、美味しい……」

 

「わ、マジ美味しいねこれ! エンちゃんにも食べさせたいなぁ」

 

ストレイキャッツのケーキを食べたルンとみそら堂のシュークリームを食べた恭子は互いに感想を述べ合う。と、ルンが恭子の出した誰かの愛称らしきものを見てふと彼女の方を見る。

 

「そういえば、さっきキョーコ、恋人がいるとかどうとか……」

 

「ふぁっ!?」

 

ルンがふっと何の気もなく口に出したような言葉を聞いた恭子は奇声を上げてびくっと跳ね上がり、食べかけのシュークリームを地面に落としてしまう。が、彼女は気にも止めずしかし顔を真っ赤にしてルンの方を向いた。

 

「き、ききき聞いてたの!?」

 

「う、うん……」

 

「ち、ちちち違うんだよ! エ、エンちゃんは私の従姉弟でもう弟っていうか、家族っていうか……もう、監督や他の人達も知っててからかってくるんだもん……」

 

恭子は顔を真っ赤にしてわたわたとなりながら説明、最後にはぷくぅと頬を膨らませて口を尖らせる。

 

「……多分そうやって真っ赤になったりむきになったりするからからかわれるんだと思うなぁ」

 

反応が面白いからからかわれているのだと察したルンは呆れたようにぼやく。が、幸か不幸か恭子には聞こえていなかったらしく無反応だった。

 

「RUNちゅわ~ん!!!」

 

と、その時そんな奇声が聞こえてくる。

 

「ボクの身体にサインして~!!!」

 

「こ、校長!?」

 

パンツ一丁の姿で突っ込んでくる校長の姿にルンがぎょっとする。

 

「な、なんですか、あなたは!」

 

と、恭子がルンを庇うように前に立ち、毅然とした様子で校長向けて叫ぶ。その時校長が恭子に目をやって「むひょっ」と再び奇声を上げた。

 

「こっちもカワイー!」

 

「キャッ!?」

 

そう言って恭子に飛びかかって迫る校長と悲鳴を上げて抵抗を始める恭子。それにルンが「キョーコ!」と叫び、校長に向けて「キョーコに何すんのよこのケダモノ!」と掴みかかろうとする。

 

「オラアッ!!!」

 

その直前、突如何者かが校長に蹴りを叩き込み、瞬間蹴りを叩き込んだ部分が大爆発。校長を灰にせん勢いの炎が校長を包み込み、その爆風によって蹴りを入れた相手が被っていた帽子が吹き飛ぶ。

 

「てんめえこの変態、さっきしっかり縛り上げたはずなのにどうやって縄抜けしやがった……つーかテメエ、よくもキョー姉ぇに手を出そうとしやがったな……」

 

全身真っ黒焦げになって動かない校長に向け、黒髪短髪の青年がドスの利いた声で言い放つ。

 

「エンちゃん!」

「ん? この声……」

 

恭子が歓声を上げ、ルンは聞き覚えのある声に首を傾げる。

 

「エンザ?」

 

「ん?」

 

顎に手を当て細目で呼ぶルンに、条件反射的に振り向いてしまった青年――炎佐はルンがぎょっと目を見開いたのを見ると慌てて帽子のつばを押さえるような仕草をし、しかし帽子を被ってないのに気づくと周りを見回し慌てて帽子を拾って深く被り直しそっぽを向いた。

 

「ナ、ナンノコトデショウカヒトチガイデハナイデショウカ?」

 

「いや、もう遅いし。ばれっばれだから」

 

わざとらしく声を変えようとしているらしいがパニックのため超上ずっている炎佐にルンは呆れ顔でツッコミを入れる。

 

「え?……エ、エンちゃんRUNちゃんと知り合いだったの!?」

 

次に恭子が驚いたように炎佐に掴みかかり、「知り合いだったらどうして教えてくれなかったのだ」「なんで会うななんて言うんだ」とがっくんがっくん炎佐を揺さぶりながら訴える。

 

「べ、別に聞かれなかったし、万一口を滑らせるとかで俺とキョー姉ぇの関係がばれたら色々ややこしいんだよ」

 

がっくんがっくん揺さぶられながらも律儀に聞かれたことに答える炎佐。恭子も揺さぶるのをやめると再びぶ~と頬を膨らませた後、ふと気になったようにルンの方を向いてこてん、と首を傾げる。

 

「……というか、RUNちゃん、エンちゃんとどういう知り合いなの?」

 

「え? えーっと……エ、エンザ、キョーコってどこまで知ってんの?」

 

「俺の賞金稼ぎとしての過去は大体知ってる。宇宙方面も遠慮なく出して大丈夫だ。キョー姉ぇ自身フレイム星人と地球人のハーフだしな」

 

恭子から質問を受けたルンは一瞬迷い、炎佐に恭子は宇宙人について等細かい事を知っているのかと尋ね、それに彼がそう返すとルンはこくんと頷いた。

 

「えーっと、ね? 私は異星人のメモルゼ星人で、一応王族なの。地球にはなんていうか……まあ、ちょっとお忍びで来てて、エンザとはちょっとした昔馴染みってとこかな?」

 

「ま、今は同じ高校の同級生なんだけど……」

 

「……エンちゃんが親友っていうリト君といい、私の大ファンだっていう友達といい、RUNちゃんといい……エンちゃん、マジで一回エンちゃんの友達私と会わせてよ」

 

「断固拒否」

 

ルンから説明を受けた恭子がジト目で炎佐を睨みつけ、しかし炎佐も睨み返す。

 

「ん? あれ? ちょっと待って……キョーコはフレイム星人のハーフで、エンザは……で……つまり……」

 

その時ルンの頭の中で色々繋がっていき、彼女は虚空を見上げると頭の中で情報を纏めていく。

 

「……キョ、キョーコの恋人、じゃなくって従姉弟って……エンザ?」

 

情報を自分なりに分析した結果、ルンは目を瞬かせながら結論を口にする。と、それを聞いた炎佐が突如地面に跪くと頭を地面につける程に頭を下げた。所謂土下座の格好である。

 

「お願いしますプリンセス・ルン、いやルン様。今度ストレイキャッツのケーキと幡谷駅前ファーストフード店のハンバーガーとフライドチキン好きなだけ奢りますのでどうか俺とキョー姉ぇの関係は御内密に……」

 

恭子と炎佐の血縁関係がばれた瞬間、炎佐は土下座してルンにお願いを始める。そのあまりの早さに恭子が唖然とし、ルンはむしろドン引きしていた。

 

「い、いや、別に言わないけどさ……」

 

ドン引きしつつそういうルン。それに炎佐は「信じますよ」とだけ言って立ち上がった。

 

「も~。エンちゃんってば、地球では宇宙人の存在が公になってないから宇宙人だとばれたら大変だとか、エンちゃん色んな人に恨まれてるから私が従姉弟だってばれたら狙われるとか心配しすぎだよ。まあ実際一回攫われたけどさ」

 

呆れた様子でそう言う恭子に「攫われたんだ……」とルンは細目&平坦な声でツッコミを入れる。

 

「って、エンザなんでここにいるの?」

 

「バイトだよバイト。最近この撮影班風邪が流行ってるらしくってスタッフが足りないから、荷物運びとか野次馬を押さえるとかの簡単な雑用だけでいいから来てくれって頼まれたんだ。キョー姉ぇのおかげでここの監督や主なスタッフ、レギュラーの役者とは顔見知りになっちまってるし……まあ、さっき監督からいきなりエキストラ頼まれたけど、それは即座に断ったけどな。ララとかに見られたら言い訳が出来ん」

 

ルンはようやく何故そもそも芸能関係者でない炎佐がここにいるのかと尋ね、それに炎佐が説明。呆れたようにそう続けると恭子が「チッ」と舌打ちを叩き、炎佐が彼女をジト目で見る。

 

「キョー姉ぇ、さてはあんたの入れ知恵か?」

 

「エンちゃんをマジカルキョーコに出しちゃえばエンちゃんも私をそのファンの子に会わせざるを得ないと思ったのに……」

 

「お前いい加減殴るぞ?」

 

悪巧みをしていた恭子に炎佐がジト目でツッコミを入れる。

 

「だめかー……」

 

作戦失敗してしまった恭子はまた何かを考えだす。と、ピーンと頭の上で電球を光らせるような表情を見せた。

 

「そだ、RUNちゃん。メアド交換しない?」

 

「キョー姉ぇ!?」

 

恭子の突然の申し出に炎佐が悲鳴を上げる。が、恭子はにやっと悪戯っぽい笑みを見せた。

 

「別に、私は同僚でファンのRUNちゃんと仲良くなりたいな~って思ってるだけだよ? まさかエンちゃん、私のプライベートまで束縛しちゃうの?」

 

「え~? エンザ~、流石にそれは引くわ~」

 

恭子の悪戯っぽい笑みでの言葉にルンも悪ノリしつつにやにや笑って彼女を援護、炎佐は「うぐっ」と声を詰まらせると何も言えなくなった。

 

「じゃあ、後でメアド交換ね? そうだ、せっかくだし今日の撮影終わったらどっかで一緒に食事しない?」

 

「さんせー! じゃあ私、今日のブログに“キョーコちゃんとお友達になりました”って書くね!」

 

「わー、ありがとー!」

 

きゃいきゃいと喜び合う恭子とルン。その横に立つ炎佐は何も言う事が出来ず、ただただうつむいていた。




ダークネス最新刊を入手し、ララ達の母にしてデビルークの女王セフィの登場におぉ、となりました。これで家族勢揃いか……彼女にはエンザをどう絡ませていけばいいのか今から考えるとしようかな。設定的になかなか出てきそうにないキャラではあるけども……っていうか、最初はミステリアスな美女ってイメージだったのに途中で残念美人にしか思えなくなってきたよ……。
とまあそれはさておき今回はキョーコとルンの邂逅。そして度々変装して「氷崎恭香」としてリコ(リト)、春菜、猿山、古手川等の主要メンバーと面識を持っていた恭子がついに炎佐の従姉弟という関係が主要メンバーの一人に知れてしまいました。まあついにと言うか連載初期からここでルンにはばれるというのは決めてましたけども。
さて次はどうするかな。順調にいけばあの話だけれども……あの話だと炎佐放り込んだら無双しかねないからなぁ能力の相性的に……そこんとこ上手く考えてみるか、もしくは何か日常編を組み込んで時間を稼ぐか……まあ、また後で考えるか。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十五話 惑星ミストア

「ん?」

 

とある休日。家でゆっくりしていた炎佐は突然携帯が鳴り始めたのに気づくと携帯を取る。

 

「リト?」

 

液晶に表示されている相手の名前を確認し、電話に出る。

 

「もしもし、リト? どうしたの?」

 

[た、大変なんだ炎佐! 頼む、手を貸してくれ!!]

 

「はぁ!?」

 

リトの開口一番血相を変えた言葉に炎佐は呆けた声で返すしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「セリーヌちゃんが病気?」

 

リトから要約すれば“戦闘準備をして家まで来てくれ”という頼みを受けた炎佐は首を傾げつつもその指示に従いデダイヤルを準備して結城家へとやってきていた。そしてリトから事情を聞いたところによると、どうやらララが以前プレゼントした巨大植物――セリーヌの元気がなく、モモがなんらかの病気ではないかと診断を下したらしい。

 

「あ、ああ。モモが言うにはカレカレ病? とかいうんじゃないかって……」

 

リトはやや自信なさげにそう言ってモモをちらりと見、その視線に気づいたモモもこくりと頷いた。

 

「惑星ミストア、というこの星から300万光年離れた星に、そのカレカレ病に効く“ラックベリー”という実があると聞いたことがあるのですが」

 

[私のデータでは、惑星ミストアは危険指定Sランクの星なのです]

 

「そういうわけなんだ……でも、このままじゃセリーヌが危ないんだ! だから俺はミストアに行きたい。頼む、炎佐! 力を貸してくれ!!」

 

モモの説明をペケが引継ぎ、最後にリトが力強くそう言って炎佐に頭を下げる。

 

「……当然だよ。僕はリトの護衛だ。リトが危険な場所に行くのを黙って見過ごすのはキング・ギドからの依頼に反する。何よりリトは僕の親友、力を貸すのは当然だよ」

 

「炎佐……ありがとう!」

 

リトのお願いを炎佐は二つ返事で承諾。リトは嬉しそうに笑って炎佐の手を取る。

 

「そうと決まれば頼む炎佐! お前、元宇宙傭兵だったんだろ? 宇宙船とか貸してくれないか!?」

 

「……えっ?」

 

「えっ?」

 

リトのいきなりのお願いに炎佐は目を点にして声を漏らし、リトも目を点にする。それから炎佐はララ達プリンセス三人衆を見回した。

 

「えーっと、プリンセス・ララにナナ、モモ……お前らの宇宙船は?」

 

「私が持ってるのは家出した時の一人用だよー」

 

「私達のも私とナナの二人用ですわ」

 

「おう」

 

炎佐の問いかけにララが返し、モモも言うとナナも同意する。その言葉に炎佐は頬を引きつかせた。

 

「……俺、宇宙船売っちゃったんだけど……」

 

「はいぃ!? う、宇宙船ってそんな簡単に売買できるもんなの!? ってか売っていいのか!?」

 

頬を引きつかせ顔を青くしながらそう返す炎佐にリトが驚いたように返すと彼は頭をかく。

 

「いやだってさ。俺今静養中だし、っていうかぶっちゃけ傭兵半ば引退のつもりで地球に来てたんだし……宇宙に出るつもりなかったら宇宙船とか無駄に場所取るし維持費かかるし邪魔なだけなんだよ。だったらもう、地球暮らしの足しにした方がマシっていうかさ……ララ達が来るまで俺、宇宙に出る用事なんてドクター・ミカドの依頼くらいだったし、そん時はドクターの宇宙船に乗せてもらってたからさ……」

 

目を逸らしながら頬をかきかき説明する炎佐にリトは呆然とする。炎佐は「プリンセス達が来てから宇宙系の騒動に巻き込まれる事多いし、売るんじゃなかった」とか後悔の台詞を漏らしていた。

 

「って、そ、そうだ! 御門先生に頼めばいいんだ!」

 

リトは炎佐の言葉を聞いて御門も宇宙船を持っていることを思いだし、「ちょっと御門先生に連絡取ってくる!」と言うと家に入るため玄関向けて走り出す。が、そこに置いてあったちり取りに足を取られ、いきなりすっ転んだ。

 

「ん?」

 

が、その身体は途中で何かに当たり、止まる。

 

「結城リト」

 

リトの上から聞こえてくる冷淡な声。リトの目の前にあるのは純白の下着。

 

「いつも、ワザとやってないですか?」

 

羞恥と怒りによって顔を真っ赤に染め上げている少女――金色の闇に対しリトは真っ青な顔で「いえ……」と返す。が、直後彼はヤミが髪を変身(トランス)させた巨大な足に踏みつぶされて動きを封じられてしまった。

 

「やあ、ヤミちゃん。偶然」

 

炎佐が右手を上げてヤミに挨拶し、ヤミも彼の方を見てぺこりと会釈をした後、美柑を見て少し残念そうに「今日はお揃いではないんですね……」と声をかけていた。

 

「近くを通りがかったら声がしたので、話は聞かせてもらいました」

 

それからヤミは彼らの目的を把握したかのようにそう言った後、「無駄死にはやめてください」とリトに向けて言う。

 

「例えエンザが一緒だとしても、あなたが死ぬ可能性は依然として高い……あなたは私の気まぐれで生かされている身。危険指定Sランクの星に行き、勝手に死ぬなど……認めません」

 

相手を屈服させる力を持つ冷たい声。それにリトは一瞬怯むものの「イヤだ」とヤミの言葉を否定する。

 

「俺は行く! セリーヌは家族だ!! 見捨てるわけにはいかねーよ!!」

 

真正面からヤミに対抗するように言うリト。その言葉にララやモモが「リト……」と声を漏らし、美柑や炎佐がそれでこそリトだ、というように微笑を浮かべる。

 

「……家族なんて、私には分かりません」

 

リトの言葉を受けたヤミが目を瞑り、静かに言う。

 

「でも……そこまでいうのなら、この私も行きます」

 

なんとヤミも同行を宣言。さらに自分の宇宙船ならばこの人数でも乗れる、と足まで用意してくれるようだ。

 

「ありがとー! ヤミさん!!」

「助かるよ。ヤミちゃん」

 

「……」

 

美柑が笑顔で、炎佐も嬉しそうに微笑を浮かべながらお礼を言うとヤミは照れたような無言になって彼女らから目を逸らした。

 

「な、なんかワリィな……」

 

申し訳なさそうに頭をかいてお礼を言うリト。が、ヤミは「気にしないでください」と彼に返す。

 

「あなたが死にかけた時、真っ先にトドメを刺すためですから」

 

本気なのか冗談なのか真顔でそんな事を言ってのけるヤミにリトは戦慄。しかしヤミは気にすることなく「では、船をここに」と言ってリモコンのボタンを押した。と、結城家上空の時空が歪み、そこに真っ黒い宇宙船が姿を現した。

 

「わーっ。これがヤミちゃんの宇宙船かー!」

 

感心したように言うララにヤミは首肯。幾多の死線を共に潜り抜けた相棒(パートナー)だとその宇宙船、ルナティーク号を紹介した。

 

「じゃ、セリーヌを頼むぜ。美柑」

 

「任せて!」

 

リトの言葉に美柑はサムズアップして答えた後、炎佐を見る。

 

「炎佐さん。どうか、リトをよろしくお願いします」

 

「任せといて。リトは絶対に守る、美柑ちゃんを悲しませる結果にはさせないと約束するよ」

 

「はい……でも、炎佐さんも怪我しないで帰ってきてくださいね?」

 

「ああ。努力するよ」

 

どこか不安気な様子を見せている美柑に炎佐は相手を元気づけるような笑みを浮かべてそう返す。

 

「行くぜ、惑星ミストア!」

 

そしてリトが自らを鼓舞するかのように声を出し、それと同時にルナティーク号から結城家の庭に円柱を描くように光が降りてくる。

 

「あ、燃料費は後であなたに請求しますから。結城リト」

 

「え゙」

 

出発前に確認、というように言い放つヤミにリトはぎくっとした様子を見せたのであった。

 

 

 

 

 

「リト」

 

惑星ミストアに向かう途中。家族であるセリーヌを助けると覚悟を決めているリトに炎佐が真剣な目つきで声をかけた。

 

「ミストアは危険指定Sランクだって聞く。全く防具無しじゃ正直、余程運が良くない限り命がいくつあっても足りない」

 

「……ああ」

 

炎佐の言葉は友を心配すると共に、命賭けの生活を繰り広げていた傭兵としての注意であり、リトはその言葉を肯定するしか出来なかった。

 

「だから、これを貸すよ」

 

「え?」

 

そう言って彼がリトに手渡したのはペケバッジ。デダイヤルによって鎧を転装させられるようになる前まで、鎧のレプリカデータを保存して使用していたものだ。

 

「僕が使うオリジナルに比べれば強度は劣るけど、前線に立たず自分の身を守るだけなら充分だからね」

 

「……ああ、悪い。使わせてもらうぜ」

 

リトはそう言って炎佐からバッジを受け取る、それを胸に装着。すると彼の身体を光が包み、その光が弾け飛んだ時リトの身体には炎佐が着用している白銀の鎧が装着されていた。

 

「重っ!!??」

 

と、思ったら突如リトは膝をつき、鎧の重さに悲鳴を上げる。どうにか身体を持ち上げようとしているようだが身体はぶるぶる震えており、微動だにしない。

 

「……あれ? これ、むしろ機動力重視してるんだけど……」

 

炎佐もぽかんとした様子で今自分が着けている、リトの装着しているものと全く同一の外見の鎧を見る。その後ろからヤミが冷淡な目で二人を見た。

 

「エンザ、あなたは地球人との筋力の差異等を考慮していますか?」

 

「あ」

 

その冷静沈着なツッコミに炎佐は思い出したように声を漏らす。つまり、宇宙人のエンザにとっては機動力重視といえる程度の軽さのものでもリトにとっては重すぎるわけだ。それに気づいた炎佐はすぐさまペケバッジをリトから取り外し、リトはぜえぜえと荒い息をしながら立ち上がる。

 

「ごめん、リト」

 

「い、いや、炎佐は俺を心配してくれたんだしさ……」

 

両手を合わせて謝る炎佐にリトは気にするなと返した後、ヤミを見る。

 

「ところでヤミ、どうしたんだ?」

 

「惑星ミストアが見えました」

 

「ほんとか!?」

 

リトの問いかけに答えるヤミ。それを聞いたリトが叫び、全員が操縦席へと向かう。そのモニターには真っ白な雲か霧のようなものに覆われている惑星が見えていた。と、ルナティーク号に搭載されている人工知能が[(マスター)!]と声をかけてきた。

 

[進行上のミストアの大気から異常なレベルの磁気の乱れを観測!! 多分惑星全体を覆っている霧の影響だ!! 船体に影響を及ぼす恐れがあるんで予定軌道を変更して侵入するぜ!!]

 

「……了解」

 

ルナティーク号の人工知能からの報告をヤミは了承。ルナティーク号がミストアに着陸――と言っても正確には上空で静止して光によるワープでリト達を下ろしたと言った方が近いが――してリト達を下ろした後、ヤミからの上空で待機の命令を受け、ルナティーク号は上空で静止する。

 

「とりあえずモモ、ラックベリーの実について聞き込みを頼めるか?」

 

「……」

 

装着している鎧の具合を確かめ、いざという時のために武器も準備しながらエンザはモモに指示を出す。が、モモは困惑気味の表情で辺りを見回しており、エンザは不思議そうに眉を顰めながら「おい、モモ?」とモモに声をかける。

 

「ど、どうしたの、ペケ!?」

 

が、突然聞こえてきたララの声にエンザは思わずそっちに目を向けてしまう。ララはペケが変化しているドレスを身にまとっているのだが、そのドレスに妙なノイズが走っていた。ペケの分析によるとここの霧が機械に影響する電磁波を含んでいるらしく、そのため若干調子が悪くなっているらしい。

 

「ッ!?」

 

今度はモモが何かに怯えた様子を見せ、エンザやララ達の意識がモモの方に向いてしまう。

 

「わぷっ!?」

 

そこに不意打ちをしたかのように、ララに何かの花粉がかかった。

 

「うっ!?」

 

さらにその隙をついてリトの足に蔦が絡み付き、彼が勢いよく投げ飛ばされる。

 

「うわーっ!?」

 

「リトさん!?」

「落ちるぞっ!」

「リトッ!!」

 

リトは悲鳴を上げながら落ちていき、咄嗟に空を飛べるララが彼を助けに飛ぶ。が、リトを掴んだララの腕はぷるぷると震えている。

 

「ララ!? どうしたんだ!?」

「まさか、さっきの花粉が……」

 

エンザが叫び、モモが何かに気づいた様子を見せる。このままでは二人が危険と判断したのかヤミが変身(トランス)で背中に白い羽を生やすが、それは突然消失。さらにその時霧が濃くなっていったと思うと、ペケの機能が停止したのかララの纏っていたドレスが消え、空を飛ぶことが出来なくなったララとリトはなすすべなく落ちていってしまった。

 

「リト! ララ!」

 

エンザが叫ぶが、霧が濃くなって下の状況が全く分からずこのまま一気に飛び降りるのは危険と判断できる。

 

「視認できる足場を伝って下に行ってみましょう」

 

ヤミが冷静に提案。エンザ達も頷くと下の方にある巨木の枝や蔦を伝って下に降りていく。その合間にエンザはデダイヤルを取り出してララと連絡を取ろうと試みていた。が、デダイヤルは各種ボタンを押してもディスプレイがつかず、電源ボタンを押しても全く反応を見せていない。

 

「くそ、デダイヤルが動かない……」

 

「そういやさっきペケが、この霧が機械に影響を与える電磁波がどうのこうの言ってたよな?」

 

エンザのイラついたようにボタンを叩きながらの言葉にナナがそう返す。つまりデダイヤルは封じられたというわけだ。エンザは悔しそうに表情を歪めてデダイヤルを懐にしまい込むと刀の柄を取り出し、それに力を集中する。しかし具現した刃はぐにゃぐにゃと揺れると霧散していった。

 

「武器も使えないか」

 

武器も、奥の手であるミーネから貰ったパワードスーツも封じられてしまった事になる。

 

「ところでモモ。さっきのララの調子の悪さに心当たりがあるみたいだが、分かるのか?」

 

「あ、はい。恐らくですが、お姉様がさっき浴びたのは“パワダの花粉”。吸い込むと一時的に体力を極度に消耗させる成分が含まれている、と聞いたことがあります」

 

モモはそう説明し、現在のララの体力は地球人以下になっているかもしれないと予測を立てる。それにナナが「やべーじゃん!」と焦りの声を上げる。

 

「確かにまずいけど……こっちもそれどころじゃなくなってきたようだ」

 

焦っているナナに対し、エンザが青い瞳を宿す目を鋭くさせてある方向を睨みつけた。ヤミもそっちの方を鋭い目つきで見ている。その二人の死線の先には鋭い牙を生やした植物が口から涎を垂らしながら根を足のように動かして近づいてきていた。

 

「なっ、なんだこいつら!?」

「私達を食べる気だわ!」

 

「ナナ、モモ、下がって!」

 

ナナが怯えた声を出し、モモは植物達の意思を読み取るとエンザが二人の前に立って左手に冷気を纏わせる。さらにヤミも右手を刃に変身(トランス)させるが、その刃がすぐに手に戻ってしまう。

 

「どうしました、ヤミさん!?」

 

変身(トランス)がキャンセルされる……どうやらこの霧……私の体内のナノマシンにまで作用するようですね」

 

モモがヤミに叫ぶように問い、ヤミは自分の状態を冷静に分析する。と、そのヤミの背後から現住生物である食肉植物が襲い掛かった。モモの「危ない!」という声が響く。

 

変身(トランス)が使えないのなら――」

 

が、ヤミは自然な動作で裏拳を叩き込んで食肉植物を殴り飛ばし、そちらをちらりと見る。

 

「体術しかないですね」

 

そう言いながらヤミは宙を舞うように飛び、食肉植物を勢いよく蹴り飛ばした。

 

「殺しはしないけど、眠ってもらうよ」

 

そう言いながら左手をとんっと地面に当てるエンザ。すると手を当てた部分から放射状に地面が凍り付いていき、その氷に触れた植物達が次々に凍っていく。しかし別の木々の影からまたぞろぞろと植物達は現れる。

 

「気持ちワル! ぞろぞろ来たぜ、モモ、エンザ!」

「やめてあなた達! 私達には戦っているヒマはないんです!」

 

エンザの攻撃の網を潜り抜けて襲い掛かってきた植物をエルボーで殴り飛ばしたナナが辺りを見回しながら二人に叫び、モモは植物達に説得を試みる。が、植物達は構うことなくナナ達に襲い掛かってきた。

 

(くそ、気配が読みづらい……しかもこいつら、刺客から上手く襲ってくる……)

 

エンザは氷の針を投げつけ、刺さった相手を凍らせながら辺りの気配を探るが辺りを覆う霧のせいで視界が悪いだけでなく、含まれる電磁波の影響で己の感覚が鈍っているのか気配が読みづらくなっていた。

 

「きゃっ!?」

 

「ナナ!」

 

エンザの防衛の隙をついて植物の一体がナナの腕に蔦を巻き付け、彼女を捕まえると宙づりにして四肢を蔦で拘束。彼女を先が無数の毛のようになっている蔦でくすぐり弄び始めた。

 

「ナナ!」

「モモ、下手に動くな!」

 

思わずナナに駆け寄ろうとするモモの前にエンザが立ちはだかり、彼女を捕らえようと迫る蔦を左手を突き出して作り出した氷の盾で防ぎ、そのまま氷の盾に触れた蔦を凍らせていく。

 

「うっ!?」

 

「ヤミ!?」

 

次に聞こえてきたのはヤミの短い悲鳴。彼女も感覚が鈍っている隙を突かれたのかニュルニュルとした、蔦というよりは触手に近い物体に両腕と両足を捕らえられていた。

 

「ヤ、ヤミさん! どうしたんですか!? あなたほどの人が……」

 

「ニュルニュルは……キライです……」

 

モモの呼びかけに対しヤミは精一杯のようにそうとだけ呟いた。

 

「キャハハハハ! や、やめ……」

「……」

 

「「……」」

 

片やナナは先が無数の毛のようになっている蔦でくすぐられ、ヤミは無抵抗な状態でニュルニュルとした触手で弄ばれている。それを見ているエンザとモモの目元には影が作られていた。

 

「クズ共が……調教が必要のようね……」

 

突如モモが呟く。と、食肉植物の内二体が不用意に彼女を前方から蔦を伸ばす。

 

「……」

 

しかし前方から来た蔦をモモは掴み蔦がメリッと嫌な音を立てる程に掴むと食肉植物を地面に叩き付ける。

 

「フッ」

 

続けてモモは小さく息を吐き、捕らえた食肉植物を勢いよく踏みつける。小柄とはいえデビルーク人の怪力による踏みつけに食肉植物は身動きが取れなくなり、まるで拘束を解かんとしようと暴れ回る。

 

「おだまり」

 

しかしモモはそうとだけ言って食肉植物に注射器を刺し、何かの薬品を打ち込む。と、その食肉植物の抵抗が止み、それは力なく地面に横たわった。すると別の食肉植物がまるで襲われた仲間を助けようとせんばかりに、まだ注射器を刺しているため無防備になっているモモ目掛けて無数の蔦を伸ばした。

 

「無駄だ」

 

が、次の瞬間その蔦の一本が燃え上がり、同時に別の一本の蔦が凍り付くという現象が全ての蔦にランダムで発生する。

 

「……俺も甘くなったものだ。生きるか死ぬかの戦場において、なるべく殺さないよう、敵に情けをかけるとは……」

 

その現象を起こした張本人、エンザが目を閉じて静かに呟く。その口調にはどこか自嘲が混じっていた。

 

「だが」

 

次に、彼は目を開き、紫色の瞳で現住植物生物達を睨みつけた。

 

「俺の仲間に手を出した以上、もはや容赦はせん。貴様ら全員、殲滅する」

 

エンザは右手に炎で形成された大剣を、左手に氷で形成された槍を作りながら殺気を放つ。と、その隣でモモもフフフ、と妖しげな笑みを浮かべて注射器を見せる。

 

「こいつに何をしたか? ですって?……これは“イソウロンα”という植物用の毒薬。間もなくこのコの身体は根元から腐り始める」

 

モモは毒薬が入れられている注射器を押し、その針の先からぴゅっと僅かに液体を出しながら再び妖しげな、それでいて艶やかな笑みを見せる。

 

「さあ、次はどなた?……今なら優しく逝かせてあげますよ……天国へ」

 

エンザとモモ、二人がかりの殺気から食肉植物達は闘争ではなく逃走を選択。ナナとヤミを放り捨てて我先にと逃げ出したのであった。

 

「はぁ……死ぬかと思った」

 

解放されたナナはさっきまでくすぐられていたせいで乱れた呼吸を整えながら呟き、次に植物用の毒薬なんていう恐ろしいものを持っていたモモに対し「恐ろしい物持ってるなお前」と呟く。

 

「ヤダわ。あれはただのハッタリですよ」

 

すると、モモはにこっと微笑んでそう返した。曰く、さっき食肉植物に注射したのはただの睡眠作用つきの栄養剤であり、数が多いからちょっと脅かしただけらしい。

 

「はぁ……それにしても……おびえて逃げていくあのコたち……かわいかった……」

 

モモは頬を桃色に染め上げ嗜虐的な笑みを浮かべてそう呟き、ナナはそんなモモの様子に唖然としていた。

 

「……はぁ。くそ、ちょっとしかバーストモード使ってねえのに、大分体力消費したな……行くぞ」

 

モモを守るためと相手への威嚇のためしか解放していないにも関わらず、バーストモードは彼の身体に負担をかけており、エンザは疲労からくる汗を拭いながらモモ達に行くぞと声をかけた。

それから食肉植物はやばい二人組がいる、という情報が行き渡ったのか彼らの前に姿を現さず、エンザ達はその妨害を受けることなくスムーズにリト達を探せていた。

 

「おい、アレ!!」

 

ナナが叫び、一行がナナの指差している先を見るとモモが「お姉様!」と叫ぶ。彼らの目に移るのはパワダの花粉を吸いこんでしまったはずのララが己の何十倍もの体躯を誇る巨大生物をぶんぶんとジャイアントスイングで振り回している光景だった。

 

「やーっ!!!」

 

そして掛け声と共に巨大生物はぶん投げられ、空の彼方へと消え去る。間違いなく本来のララのパワーだ。

 

「リト! ララちゃん!」

 

「炎佐! 無事だったのか!」

 

辺りに敵がいないのを確認しつつエンザが二人を呼び、リトもエンザ達と無事に合流すると彼らに怪我がない事に安心する。

 

「……よかった。リトさんもお姉様も無事で……」

 

「はは……ペケが停止しちゃってるけどね」

 

モモも二人が無事なのを確認して安堵の息を吐くとララが苦笑交じりに機能停止状態のペケを見せる。

 

「でも、どうして急にララの体力が戻ったんだろ?」

 

と、リトが首を捻ってそう呟き、モモも「パワダの実の花粉が抜けるのに三日はかかるはず」と彼の疑問点に賛成する。と、ララが齧りかけの実を見せていつの間にか近くにいた、頭に実の生えた木を生やしている植物型宇宙人を見る。

 

「あのコがくれたこの実を食べたんだよ。そしたら急に体が軽くなってね――」

「そ、それは! ラックベリー!!」

 

ララの説明を遮ってモモが叫ぶ。と、リトが「ええっ!」と驚いた声を上げてその実を生やしている植物型宇宙人を見た。

 

「じゃあこいつがラックベリーの木!?」

 

「キーキー」

 

リトの声に対し、ラックベリーの木が何かを話す。

 

「え?……命の恩人だから、欲しければいくらでもあげる。と言ってます!」

 

「おー!!」

 

モモがぱぁっと顔を輝かせて言うとリトが歓声を上げ、ナナも「やったぜー!」と喜びを全身で表現するように飛び跳ね、ララもラックベリーの木に頬擦りしながらお礼を言う。

 

「サンキュな!」

 

「キー!」

 

リトもお礼を言い、ラックベリーの木も嬉しそうに返す。

 

「お人好しが道を切り拓くこともあるんですね」

 

「それがリト、ってことだよ」

 

ヤミが冷静にそう言うと、エンザはリトを信じているかのようにそう返した。

 

「では急いで地球に戻りましょう! セリーヌさんが気がかりです!」

 

ラックベリーの実を貰ったモモが急ぐように言い、彼らは「おう!」と返すとルナティーク号に戻っていき、そのまま一気に地球に戻っていった。

 

「セリーヌ! 今戻ったぞー!!」

 

ラックベリーの実を抱えて庭を走るリト。

 

「リ……リト……」

 

それを出迎えたのは困惑の表情を見せている美柑だった。そして、家の影に隠れていたセリーヌの姿がリト達の視界に映る。

 

「セ、セリーヌ?……」

 

それは枯れたかのように茎を垂らし、その花弁の先がまるで石のように固まっているセリーヌの姿だった。

 

「光り始めたと思ったら、いきなりこうなったの……」

 

ララと遊ぶ約束をして結城家にやって来ていた春菜が状況を説明する。その後ろではお静が「大変ですー」とパニックに陥っていた。

 

「そんな……遅かったのか……」

 

ラックベリーの実を落とし、力なく地面に膝を突き、項垂れて両手を地面につけるリト。その哀しそうな姿に唯が「結城君……」と声を漏らした。

 

ピシッ

 

と、その時、そんな何かがひび割れるような音が聞こえた。さらにそのひび割れる音は続いていく。その音の元はセリーヌの花弁の先、石のように固まっている部分だ。

 

「まうまうー!!」

 

そしてパリーンという音と共に、そんなまるで母の胎内から生まれ出でた赤ん坊のような産声が石のように固まっている花弁部分から聞こえてくる。その声を出したのは頭の上に花を咲かせている、人間態の子供と言える存在だった。

 

『……』

 

あまりにも予想外過ぎる展開に全員が固まってしまい、

 

「……は?」

 

ようやく、リトがそんな間の抜けた声を出すのであった。




お久しぶりです。なんとか辛うじて二か月空きにはならずに済みました。
今回は惑星ミストア編……植物に効果抜群な炎と氷の両方を使いこなせるエンザが無双しないよう調整するのが大変でした。で、結論がモモに乗じての威嚇というね。
さて次回はどうするかな。流石にセリーヌのあのイベントに炎佐を出したら色々めんどくさそうだし……クリスマスまですっ飛ばそうかな?……まあ、そこはまた後で考えるとしよう。
では今回はこの辺で。仕事が忙しくなってきてしまい不定期な更新ですが、次回も楽しみにしていただければ嬉しいです。そしてご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十六話 女王の反抗と王女の思い

「……」

 

深い森の中、森林浴というには薄暗く、人生を諦めた人達がやってきそうなこの場所に一人の少年が佇んでいた。黒髪をショートヘアにし、整った顔立ちだがその顔には鼻の上を通るように横一筋に伸びている傷が目立つ少年は銀色の軽装な鎧に身を包んだまま目を閉じて静かに森の中に立つ。

 

『ガアアアアァァァァァァ!!!』

 

と、突然そんな咆哮が聞こえたと思うと四方八方から真っ黒な体色の明らかに地球上に存在しない異形の生物が群れを成して少年に飛びかかる。

 

「多いな……ニャル子の奴、わざと俺に大群押し付けたんじゃねえだろうな……」

 

咆哮から数を判断したらしい少年は目を閉じたままめんどくさそうなため息をつき、右足を少し上げると思いっきり、まるで地面に設置しているスイッチを押すかのように地面を踏みしめる。その瞬間彼の周囲の地面が大爆発を起こし、異形の生物を呑み込みそれらの断末魔が響き渡る。

 

「グギャアアアァァァ!!!」

 

「ったく、頑丈だな……」

 

その爆発を耐えきった異形の生物の一体が爆発によって生じた煙を突っ切って鋭い爪を突き立てんと少年に迫る。

 

「しょうがない」

 

その鋭い爪を持つ腕を、少年は目を閉じたまま左手で掴んで止めていた。そして彼は目を開き、紫色に光る瞳を見せる。

 

「少し本気で行くか。エンザ、いざ参る」

 

少年――エンザがそう呟いた瞬間、彼が腕を掴んでいた異形の生物の全身が一瞬で凍り付いた。続けてその氷に右手を当てるとその右手に触れていた部分が爆発、氷が異形の生物ごと木端微塵に砕け散る。

 

『ガアアアアァァァァァァ!!!』

 

仲間がやられた怒りか、異形の生物達の地面が揺さぶられそうな咆哮が響き渡りそれらは一斉にエンザへと襲い掛かる。

 

「はっ!」

 

異形生物達の攻撃をエンザは宙を舞うように飛んでかわし、異形の生物の包囲網を脱出。着地すると一か所に集まった異形の生物達を見据えて左手を地面に押し付ける。と、その地点から氷が地面を伝うように異形の生物達目掛けて伸び、それらの足を氷漬けにして動きを封じる。

それを確認してからエンザは腰を低く構え、右の拳を後ろに構えて左の拳を開き照準を合わせるように異形の生物達へと向ける。握りしめた拳に炎が纏われた。

 

「ふぅ~……はぁっ!!」

 

呼吸を整え、掛け声と共に右手を突き出し、右手の炎が解放。それはまるで槍のように突き進み、足が氷漬けになっているため動けなくなっている異形の生物達を貫く。

 

『グルルルルル……』

 

「……ほんとあいつら、サボってんじゃねえだろうな……」

 

しかしその異形生物の群れはまだ他にも存在しており、新たにやってきた異形生物を見ながらエンザは嘆息。自分をここに連れて来た依頼主に向けて悪態をつきながら右手に赤い刃の刀を、左手に青い刃の刀を握りしめながら異形生物の群れ目掛けて突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

「やーやーエンザさん、ご協力感謝です――」

「くたばれ」

「――タトバッ!?」

 

おふざけ敬礼に満面の笑顔を見せながらねぎらいの言葉を投げかける銀髪美少女目掛けて飛び回し蹴りを叩き込むエンザ。首筋にまるで敵の首を刈り取る鎌のような鋭い一撃が入った美少女は奇声を上げて吹っ飛ばされる。

 

「な、なんばしよっとですかぁ!?」

 

「ニャル子テメエ、依頼の時に討伐予定数過少申告しただろ? いくら予想と違うと言っても限度ってもんがあるよなぁ?」

 

ダメージなんてないかのように、だが痛い事は痛いのか蹴られた首筋を押さえながら文句を述べる美少女――ニャル子に向け、エンザは目を研ぎ澄ませ殺気を交えながら彼女に詰め寄る。それにニャル子はびくっと身体を震わせた。

 

「い、いやーそのー……だって、数が多すぎたらめんどくさいっつって依頼受けてくんないじゃないですか~――」

「否定はしないが依頼時に正確な情報を持ってくんのは当たり前だろうがボケ!」

「――カタキリバッ!?」

 

目を逸らして両方の人差し指をつんつんさせながら言うニャル子に対しエンザは氷でコーティングした拳による拳骨を躊躇いなく叩き込み、ニャル子は再び悲鳴を上げる。

 

「ったく。そもそも俺は静養中だってのに何度も引っ張り出しやがって……」

 

「……というか、エンザさん」

 

ぶつくさ言うエンザに対しニャル子が言葉を投げかける。

 

「デビルークのとこのお姫様の護衛依頼受けてたり、ドクター・ミカドからもたまに依頼受けてたり、さらには私達惑星保護機構からも依頼受けといて今更静養中って……」

 

単刀直入にぶん投げられる言葉。それに今度はエンザが目を逸らす番だった。

 

「……いや、俺復帰を宣言した覚えとかないし。ララちゃん達守ってるのはあれだし、友達だからだし。ただ親の方と交渉して駄賃出るようにしてるだけだし。その、ほら、アルバイトだし」

 

「……相変わらず誤魔化すのへったくそですね……ま、私はエンザさんが依頼受けてくれればなんでもいいんですが」

 

目を逸らして言いよどみながら話すエンザにニャル子は肩をすくめてやれやれとため息をついて返し、その後にこりと微笑んだ。

 

「ま、何はともあれ。今回の依頼はこれで終了です、お疲れ様でした。依頼料は後程振り込みますので。ああ、少し割増しときますからご安心を」

 

「おう。んじゃバーストモード解放して戦ってだるいし、帰るわ。んじゃな」

 

ひらひらと手を振ってニャル子に別れを告げるエンザにニャル子も「はいはーい」と言って手を振り返した。

 

 

 

 

 

その翌日。炎佐はやや青い顔をして結城家のリビングでテーブルに突っ伏していた。

 

「だ、大丈夫、エンザ?」

「まうまう~?」

 

「ご心配痛み入ります、プリンセス・ララ。セリーヌちゃんもありがとう……」

 

心配そうに声をかけるララに炎佐は弱々しく笑いながら返し、頭に花を咲かせているような姿の少女――セリーヌにも頭をよしよしと撫でながらありがとうとお礼を言う。

 

「炎佐、御門先生から薬貰ってきたぞ!」

 

そこにリトが玄関からばたばたとした足取りでリビングに入る。バーストモードを使った炎佐は翌日、つまり今日反動によって体調を崩してしまい、御門ことドクター・ミカドの家まで薬を貰いに行こうとしたのだがその途中で買い物に出かけていたリト、ララ、美柑に偶然出会い、具合の悪そうな炎佐を心配したリトが御門から薬を貰ってくると申し出、彼が一人暮らしだと知っているララと美柑によって炎佐は結城家に強制連行されていたのだ。

 

「サンキュ、リト……」

 

「炎佐さん、お水持ってきました」

 

「ありがと、美柑ちゃん」

 

リトから薬を受け取ったところで美柑が水を入れたコップをことんと炎佐の前に置き、炎佐もお礼を一言言って薬を飲む。と、その時突然玄関の方からバンッ、という音が聞こえて来た。

 

「ん? なんだろ? 悪い、ちょっと出てくる」

 

リトが一言断って玄関に向かい、炎佐と美柑、ララも「なんだろ?」と顔を見合わせて首を傾げた。

 

 

 

 

 

「全く……せまい部屋ですわね。もっと広い部屋はないんですの?」

 

リビングに上がった来客――天条院沙姫はいきなりそんな事を言っており、リトに「そう言われても……」と困惑されていた。

 

「ところで天条院先輩、こんなとこに一体何の用なんですか?」

 

「……」

 

薬の効果が幾分か顔色も良くなり少しは調子が戻ったらしい炎佐の言葉に対し、沙姫はうつむく。

 

「実は私……家出してきたんですの」

 

「「えー!?」」

 

その言葉にリトと炎佐の言葉が重なる。ララが軽く叱るように「ダメだよー家出なんかしちゃ!」と言うがリトが「お前が言うな!」とツッコミを返した。

 

「しかし、何故家出を?」

 

「突然、お父様から海外留学をしろと勧められたのですわ」

 

漫才をしているリトとララを横にしながら炎佐は冷静に話を進める。父親から海外留学を勧められ、嫌だと言ったのだが一度言い出したら聞かない人であり、しかし今回ばかりは沙姫にも退けない事情があったらしく思わず家を飛び出してしまったらしい。

 

(……なんか、ララの時と似てるな)

 

自分の意に沿わない事を親に強要される。そういえばララの時もそうだったとリトは考えていた。ララも同じことを感じているのか「沙姫……」と声を漏らす。

 

「あの、お口に合うか分かりませんけど、どうぞ」

 

「まぁ! ありがとう!」

 

美柑が来客である沙姫にお茶を出し、笑顔でお茶を受け取って飲んだ沙姫は「美味しいハーブティ」「結城リトと違って気の利く妹さんね!」と美柑を絶賛する。

 

「ふぅ……まあ、そんなワケで」

 

お茶を飲み、一息ついたところで沙姫は本題に入った。

 

「私はしばらくここに身を隠しますわ!! まさかこんな庶民の家にいるなんてお父様も思いませんでしょうからね!!」

 

要するに突然の泊めろという申し出。なお沙姫本人は「本当はザスティン様の所へ行きたかったんですけど、お仕事がお忙しいでしょうし」「私ったらなんて健気な娘」と陶酔している。

 

「……どうする?」

 

「まぁ、断ってもムダっぽいし……」

 

苦笑を交えながらリトと美柑も話し合っていた。

 

 

 

 

 

「まぁっ! なんて美味しい料理ですの!」

 

時間が過ぎて夜中。美柑の作った夕食を食べた沙姫は料理を「うちのコックより美味しくてよ!」「結城リトの妹には勿体ないですわ」と再び美柑を絶賛。その満面の笑顔での言葉はお世辞ではなく本心からそう言っていることを思わせ、美柑は嬉しそうにえっへんと胸を張ってみせる。

 

「うん。美柑ちゃんの料理はとても美味しいし、毎日でも食べたくなるよね」

 

「や、やだ、氷崎さんったらそんな……」

 

と、一緒に夕食を食べていた炎佐も笑顔で美柑の料理を絶賛。その言葉を受けた美柑はぽんっと頬を赤くし、照れたように頬に手を当てた。

 

「っていうか。なんか流れで僕まで泊めてもらう事になっちゃったけど、いいの?」

 

「ああ、気にするなよ。こうなったらもう一人泊まるも二人泊まるも一緒だしさ、炎佐、まだ身体本調子じゃねえんだろ? 遠慮しなくたっていいよ」

 

「そう? じゃあお言葉に甘えるよ。まあ、せめて食器洗いくらいはするよ」

 

「おう」

 

炎佐も結城家に泊まる事になっていた。

それから食事を終え、炎佐は食器洗いをし、沙姫は入浴を済ませた頃。ピンポーンとチャイムの鳴る音が聞こえ、リトは「はーい」と声をかけて玄関に向かう。

 

「夜分に失礼する」

 

「九条先輩!」

「綾! 凜!!」

 

礼儀正しく一礼しながら挨拶するのは九条凛。その隣にはどこか不安気な様子を見せる綾の姿もあり、凜とリトの声に反応したらしい沙姫が玄関に出て二人を見て嬉しそうな声を出す。

 

「沙姫様……まさかと思いましたが、ここにおられたとは……」

 

「心配して探してくれましたの!? ごめんなさい!」

 

凜の言葉に沙姫は彼女らを心配させてしまった事を謝罪する。

 

「いえ……」

 

が、凜はそれを否定。

 

「お父上の……劉我様の命により、あなたをお迎えにあがりました」

 

「え……」

 

凜の話した目的に、沙姫は固まってしまった。

 

「嫌なら、力ずくでも……」

 

「凜……綾……どうして……」

 

きちんと靴を脱いでから上がる凜とそれに続く綾に対し、沙姫は困惑の表情を浮かべながら後ずさる。

 

「沙姫は行かせないよ!」

 

「ララ……」

 

その彼女の前にララが立ちはだかり、リトに対して「沙姫を連れて逃げて!」と呼びかける。リトも「逃げるって言っても」と一瞬困惑しつつ、沙姫の手を引いて二階に上がっていった。

 

「あなた達、沙姫のお友達でしょ!? どうしてこんなことするの!? 沙姫は海外なんか行きたくないんだよ!」

 

「……分かっている」

 

ララの説得に対し凜は静かに言いながら懐に手を入れる。

 

「だがこれが私の役目だ!」

 

そして叫びながら何かを投擲。それはララの尻尾に装着されるとヴヴヴと音を立てて振動を開始した。

 

「えっ? あっ、あ~っな……何これ~……」

 

「油断したな。君の弱点は分かっている、こんな事もあろうかと用意していた振動リングだ」

 

弱点である尻尾を責められたララは腰砕けになり、部屋から出て来た美柑が「ララさん!?」と叫び、ララも美柑に「外して~」とお願いを始めた。

 

「行くぞ、綾」

 

「……うん」

 

冷静に歩みを進める凜と困惑顔の綾。

 

「はぁっ!!」

 

「!」

 

そこに一人の少年が立ちはだかり、手に持った何かで一撃を凜に叩き込む。が、その一撃を凜は素早く構えた竹刀で受け止めた。

 

「……さっすが九条先輩」

 

「貴様、氷崎炎佐!? 何故ここに!?」

 

「偶然、お泊り会の途中でしてね」

 

少年――炎佐の存在に驚いた凜が叫ぶと炎佐も皮肉気な笑みを浮かべながら一度凜から距離を取り、先ほど凜に一撃叩き込む際に使用した何か――台所用品の何の変哲もないお玉を構えた。

 

「美柑ちゃん、ララちゃんよろしく。後お玉壊したらごめん、弁償するから」

 

「あ、は、はい……」

 

炎佐は構えながら美柑に言い、美柑もララの尻尾についた振動リングを外そうとするがなかなか外れず、最終的には戦いに巻き込まれないようララを部屋に引っ張り込み、凜も綾に「下がっていろ」と指示した。

 

「一つ聞きますけど。ここは僕に免じて退いてくれる、とかありませんか?」

 

「貴様に免じる理由など一つもない……沙姫様は必ず連れ戻す」

 

飄々とした笑みを見せながら問いかける炎佐に対し、凜は竹刀を構えながら言い放つ。それに炎佐は小さく「ですよね」と呟いた。その次の瞬間炎佐の姿がさっきまで立っていた場所から消え、そう思うと彼は凜の懐に入っていた。

 

「せいっ!」

 

「甘い!」

 

胴に一撃入れようとする炎佐だが、普段よりキレのないそれを凜は竹刀で受け止め、直後竹刀を一閃して炎佐を弾き飛ばすとそのまま一気に攻め立てる。

 

「くっ……」

 

お玉が壊れないよう凜の竹刀を受け流して防御する炎佐。しかしその動きには普段の精彩さが無く、凜も不思議そうに目を細めた。

 

「どういうことだ? 動きが鈍いぞ?」

 

「く……まずい」

 

凜の呟きに対し、炎佐はまだ体調が完全に回復していないのかふらついてしまい、凜はその一瞬の隙をついて炎佐の胴に一撃を叩き込む。

 

「ぐはっ……」

 

「……手加減のつもりか? 舐められたものだな」

 

倒れた炎佐に対し凜はそう呟き、「行くぞ、綾」と言って二階に駆け上がった。

 

 

 

 

 

「お前っ! 何してんだ変態っ!!」

 

「こ、ここに風呂があるなんて知らなくって……」

 

「そんな言い訳で通るかー!!!」

 

一方リトと沙姫。二人はララ達姉妹が現在住んでいる住居へと逃げ込み、リトがナナとモモに逃げる手伝いをしてもらおうとしていたのだが、彼はうっかりシャワールームへの扉を開けてしまいその先ではモモがシャワーを浴びていた。そこをナナが偶然目撃、リトが覗きに来たのだと勘違いして彼をぼこぼこにしていたのだ。

 

「ちょ、ちょっと! そんな事してる場合じゃ……キャッ!」

 

リトがナナにぼこぼこにされている間に沙姫が追いついた凜に捕まってしまい、沙姫が「放して!」と叫ぶが凜は「ダメです!」と強く言い返す。

 

「! ま……待ってくれ!!」

 

それに気づいたリトがナナを振り払って声を張り上げた。

 

「ふ……二人とも天条院先輩のお付きだろっ、なんでこんな事するんだよ!? 先輩の家出に協力するならともかく――」

「黙れっ!!」

 

リトの言葉を遮る勢いで凜が声を荒げた。

 

「君に、何が分かる……」

 

寂しそうな表情で凜は呟く。

 

「私は代々天条院家に仕える九条家の人間。だからこそ、沙姫様を連れ戻せと言われたら逆らえない」

 

「代々仕える……」

 

凜の言葉をリトが反芻すると、沙姫も「そうですわ」と言って綾を見る。

 

「でも、綾は……元々天条院家と関わりのない家柄。私と凜が海外留学してアメリカへ行けば綾は日本に残る事になる……」

 

「……だから家出なさったのですね」

 

沙姫の寂しそうな言葉を聞いた凜の言葉に沙姫は静かに頷く。

 

「ザスティン様の事もあるけれど……何より三人一緒にいられなくなるとは……辛すぎますわ」

 

寂しげに目を涙で潤ませる沙姫。と、その時綾が「沙姫様!」と叫んで彼女に抱き付いた。

 

「私も、沙姫様と離れたくないです!!」

 

「綾……」

 

泣きながら沙姫に抱き付く綾に優しく抱き返す沙姫。それに凜も浮かない表情を見せた。

 

「……なんだ。皆同じ気持ちだったんだ」

 

そこにララがやってくる。彼女は「だったらやる事は一つだよ!」と元気よく沙姫に言う。

 

「沙姫がハッキリお父さんに言えばいい! 大切なお友達と離れたくないって!」

 

「ララ……」

 

力強くララの主張が始まる。ハッキリ言葉にしないと伝わらない気持ちもある。自分も似たような事があったから分かるんだ、と。もしそれでもダメならその時また家出すればいい。いくらお父さんでも沙姫達の気持ちを無視していいわけないんだ、と。

 

「なんなら私が家出にピッタリの星紹介してあげるっ!」

 

「いえ……地球外はエンリョしときますわ……」

 

最後に明るい笑顔でそう言ってみせるララに沙姫は顔をやや青くしながら返す。

 

「でも……そうですわね。あなたにアドバイスされるのはシャクだけど……その通りかもしれない……話してみますわ……お父様に」

 

しかし続けて何かを悟ったように、彼女は柔らかな微笑みを見せながらそう決意を口にするのであった。

 

「……どーゆー事?」

 

「……さあ?」

 

蚊帳の外だったモモとナナは話について行けず、首を傾げる。

 

「まあ……どんな奴だろうと、人の絆を断ち切る事はできないって話さ」

 

復活した炎佐が彼女らの横に立ち、微笑を浮かべながらそう話を締めた。




さて、まさかの「次の更新何時になりますか?」という初の催促っぽいコメントを頂いてびっくりしながら、その時はまだどういう話にするかも思いついてなかったので分かりませんと答えましたが、頑張って一作書き上げました。
次回はクリスマス編を予定しております。なおクリスマス編のヒロインも決定済みなので……あとは細かい部分をどうするかってのを決めて、時間さえどうにかなれば今度は割と早く書き上げられると思います。多分。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十七話 クリスマス。買い物デートと食事と乱闘

[エンちゃん、ほんっとーにごめんね。クリスマスの生放送特番にいきなり出演が決まっちゃって……]

 

「あーはいはい構わないって」

 

電話相手――霧崎恭子の若干涙声のような声を炎佐はテキトーに流しながら返す。12月24日のクリスマスイブ、炎佐は恭子と過ごす予定――というか彼女が無理矢理予定を捻じ込んできた――だったのだが現役アイドルの恭子はクリスマスにも仕事が入ってしまい、泣く泣く予定をキャンセルという電話を彼にかけていた。

 

[じゃ、お正月に会おうね?]

 

「お正月緊急生放送特番が入んなきゃいいねー」

 

[……ありそうな事言わないでよー]

 

一応正月も一緒という予定はあるのだが、炎佐のふざけた口調でのからかいに恭子はまた泣きそうな声を出す。そして電話を切った後、炎佐はふむと呟いた。

 

「しかし、キョー姉ぇが来れないってのは想定外だったな……幸いまだ料理は作ってないから、材料は冷蔵庫突っ込んどけばいいが……さて、今日どうするか」

 

困った様子で呟く。家族で過ごすだの色々予定が入ってるだろう友達にいきなり誘いをかけるわけにもいかないし、と彼は考える。

 

「……しゃーね。テキトーに外ぶらついて考えるか」

 

そう呟き、彼は部屋にハンガーでぶら下げていた防寒用の赤いコートを着ると財布や携帯、デダイヤル等の道具をポケットに入れて家を出て行った。

 

 

 

 

 

「……と言っても、キョー姉ぇが来ること前提だったからな。さて何をしようか……」

 

流石クリスマスというべきか、辺り一面キラキラとしており男女のカップルがイチャイチャしている。それらを眺めながら炎佐は町を歩いていた。

 

「あら、そこを歩いてるのは氷崎君じゃない?」

 

「ん?」

 

いきなり後ろから声をかけられ、炎佐は足を止めると振り返る。

 

「ドクター・ミカド」

 

「こんにちは。こんな所で何してるの?」

 

声をかけてきた相手――御門はにこっとスマイルを浮かべて挨拶、続いてにまっ、という擬音が似合う笑みを見せる。

 

「あ、もしかしてカノジョと待ち合わせとか?」

 

「ちげーよ」

 

「あら、恭子ちゃんが彼女だって認めた?」

 

「……殴るぞ?」

 

御門の質問を炎佐は即否定するが御門はさらに会話の揚げ足を取り、それを聞いた炎佐は目を研ぎ澄ませて額に怒りマークをくっつけながら彼女を睨みつける。が、ころころと笑っている御門を見て意味がないと察したのか諦めたようなため息をつく。

 

「つか、あんたこそ何やってんだ?……あんたに男っ気なんてあるわけないし」

 

「あら、酷いわね。これでも言い寄ってくる男性は多いのよ?」

 

炎佐の反撃&皮肉にも御門はクスクス笑顔で返してみせる。

 

「お静ちゃんは籾岡さん達とドキドキ☆女子だけのクリスマスパーティに誘われて出かけちゃってるし、一人じゃ退屈だったから出かけてみたのよ。でも行く当てもないし、テキトーに薬の材料でも買い出しして帰ろうかと思ってたところ」

 

「あ、そ。んじゃとっとと買い物してとっとと帰ってくれ。用がないんなら俺はもう行く」

 

「あら、こんな美女から買い物デートのお誘いだと思ってくれないの?」

 

御門の目的を聞いた炎佐は御門向けて手の平をしっしっと振るが、彼女は残念そうにそう答える。と、炎佐はそれをはっと鼻で笑った。

 

「誰が興味もねえヤツと興味もねえ買い物の荷物持ちなんざしなきゃなんねえんだっつーの」

 

その言葉を聞いた御門の額に怒りマークがくっつく。

 

「……今度から治療代、特別割り増ししてあげようかしら? というか、長い付き合いでつけてあげてた特別割引、今度から帳消ししようかしら」

 

「きたねーぞテメエ!」

 

御門の腕組み&冷たい目での言葉を聞いた炎佐が怒号を上げる。が、御門は頬を膨らませてぷいっと顔を背けた。

 

「私の薬は興味ない人に特別サービスしてあげられる程安くないのよ」

 

そこまで言ってから、御門は炎佐に背後を向けた後、顔だけ振り返って彼に妖艶な笑みを向ける。

 

「さ、どうする? そんな時間は取らない予定の買い物に付き合って私のご機嫌取りをするか、この先の予定もないのに逃げて後の出費を多くするか」

 

「足元見やがってこのクソアマ……」

 

まるで悪魔の取引を思わせる雰囲気を漂わせる御門の言葉に炎佐は腕を震わせた。

 

 

 

 

 

「んーと……あとこの薬草をこの棚にあるだけいただける?」

 

「はいはい、いつもありがとうございます。ドクター・ミカド」

 

それからやってきたのはとある個人商店。御門はそこの棚に並んでいる薬草を見ながらさらっと商品の買い占めを行っていた。

 

「ふふ。今日は荷物持ちがいるから荷物が持てないって心配はしなくていいわ」

 

「そりゃどーも」

 

御門の嬉しそうな言葉に炎佐は舌打ちを叩きそうな程に歪んだ表情で返す。

 

「つーか、薬草ならオキワナ星とかに自生してるやつの方が質いいんじゃねえか?」

 

「いちいち準備して行くの面倒だし、燃料代もかかるでしょ? 今回作ろうと思ってる薬の材料ならここでも充分に揃うわよ。この店、薬草の質は結構いいし」

 

炎佐の質問に御門はそう答え、店員から受け取った袋詰めの薬草を「はいこれ持って」と即炎佐にパス。自分はまた薬草の吟味を再開した。

 

 

 

 

 

「ご苦労様」

 

「へいへい。ったく、せっかくのクリスマスに荷物持ちとはな」

 

そして時間が過ぎて夕方頃。御門の家まで荷物を運び終えた炎佐は御門からの労いの言葉をかけられるも、御門の方を見もせずに皮肉で返す。しかし御門はクスクスと笑った。

 

「ほら、こんな美女とのクリスマスの買い物デートって思えばお得でしょ?」

 

「脅されて荷物持ちってのが果たして買い物デートと言えるのか。という疑問を呈しておくよ」

 

御門の笑顔での言葉にもやはり相手の顔を見ずにもう一つ皮肉を漏らした後、彼はようやく御門を見る。

 

「まあ、あんたが美女だって事は認めるけどさ」

 

「!?」

 

笑みや口調は相変わらず皮肉気なものだが、完全に不意打ちでの褒め言葉に御門は仰天し、硬直。

 

「あー疲れた。んじゃ俺は行くから」

 

「え、え、ええ……」

 

肩をぐるぐる回しながらそう言って御門の家を出て行く炎佐。御門はさっきの炎佐の褒め言葉に硬直しており、こくこくと空頷きをするしかできず、彼女の頬が淡い赤色に染まっていたことに気づいたものはいなかった。

 

「さてと……もう今日はとっとと帰って飯でも作るか」

 

御門の家を出て行き、家に帰ろうと商店街を歩く炎佐。

 

「氷崎炎佐」

 

と、また声をかけられ、炎佐はその声に驚いたように振り向くと御門の時の皮肉気な笑みとは違う笑みをその相手に見せる。

 

「九条先輩……珍しいですね。天条院先輩達は一緒じゃないんですか?」

 

「ああ。沙姫様は今日は梅ノ森家主催のクリスマスパーティに参加しておられてな……本来なら私もお供する予定だったんだが……今日は暇を貰ってしまったんだ。ちょっとした謹慎処分と言ったところか?」

 

凜はそう言って苦笑し、ふと辺りを見る。

 

「ここで会ったのも何かの縁だろう。食事でもどうだ?」

 

「いいんですか?」

 

「この前迷惑をかけた詫びだ。奢るよ」

 

「……奢りってんなら喜んで」

 

凜の誘いを断れず、炎佐はにっと一つ笑みを見せて二人は凜が選んだ喫茶店へと足を運んでいった。高級そうな雰囲気を漂わせる喫茶店に入り、店員から「九条さん、いらっしゃいませ!」と弾んだ声での挨拶を受けながら凜は炎佐を伴い、店員に案内された、入り口からやや遠い席に座る。

 

「九条先輩、有名なんですね」

 

「ああ、この店は沙姫様がお気に入りの店でな。ここのケーキは美味しいから、私もプライベートだとつい来てしまうんだ。そうしている内に顔を覚えられてしまってな」

 

炎佐のメニューを開きながらの言葉に凜は恥ずかしそうに笑って返し、誤魔化すように頬をかく凜の姿に炎佐もくすくすと笑みを見せる。

それから凜の勧めるままにケーキと紅茶を二人分注文。その注文を聞く時と注文したケーキと紅茶を運んできた時に妙に炎佐の方をちらちらと見ている店員に対し訝しげにしつつも、店員が去っていってから凜は炎佐を見る。

 

「ところで、一ついいか?」

 

「はい?」

 

ケーキと紅茶には目もくれず、凜は炎佐に問いかける。

 

「君は宇宙人だ、と言っていたな?」

 

「ええ。証拠が欲しいなら炎か氷でも出しましょうか? 流石に一般人も多いのであまり派手なのは出来ませんが」

 

凜からの質問に対し、エンザは今更彼女には隠すことでもないためあっさり肯定。しかし証拠が欲しいのかという発言に対し凜はゆるゆると首を横に振った。

 

「別に疑っているというわけではないんだ……聞きたいことだが……宇宙人、というのは君やララの他にもこの地球に存在するのか?」

 

「……何故そんな事を? 場合によっては口外するわけにはいきません」

 

凜の質問に対し、炎佐は目を研ぎ澄ませて凜を威嚇。今はこの星で地球人として暮らしている彼ら――ケロロ等一部例外除く――の安寧の日々にヒビを入れるわけにはいかないと凜に話す。

 

「いや、別に宇宙人の存在をリークしようなどとは思わんさ……ただ、ララと言い君と言い、宇宙人というのは私達の常識を遥かに超える……もしもそれが沙姫様に牙を剥いたらと思うとな……」

 

「宇宙人もピンキリなんですけどね。バルケ星人辺りなら襲ってきたところで怖くもなんともないし。つーかぶっちゃけ九条先輩、っていうかリトの周りの宇宙人の戦闘能力が異常なんですよ」

 

凜の心配そうな言葉に対し炎佐は宇宙人と一口に言ってもピンキリ。そもそもとして戦闘力という一点で言ってしまえばデビルーク星人の中でも最強であるギドの血を引くララ達姉妹にその親衛隊であるザスティン達、宇宙最強の暗殺者金色の闇、そして自分エンザという、ルン等の一部例外は存在するがほとんどが平均を遥かに超える異常者が揃ってるだけだと話した。

 

「まあ、銀河系の中でも地球人は肉体的には脆弱な方だっていうのも事実ですけど。技術的にもまだ発展途上だし……ま、エンターテインメントなら銀河系随一ですけどね」

 

「そうなのか?」

 

炎佐の言葉に凜が驚いたように返す。炎佐もそれにこくんと首肯して返した後、「心配はいりませんよ」と凜に声をかけた。

 

「地球のような発展途上惑星では惑星保護機構や宇宙警察などの組織が影ながら目を光らせてます。宇宙法とかもあるし、余程の馬鹿か犯罪組織でもない限り一般宇宙人が下手に自分達の力を使って地球人に害なす事はありませんよ」

 

炎佐はそう話す。ちなみに地球人であるリトが危害を加えられている事に関しては、そもそも彼を狙う暗殺者はほとんど密入星のため惑星保護機構が認知出来ていなかったり、彼が現在銀河的には“デビルーク星第一王女ララ・サタリン・デビルークの婚約者候補”であり“デビルーク王の後継ぎ最有力候補”という、リト本人にあまり自覚がない間に割と重要な立場になっているため、例えば婚約者候補同士もしくはその代役を使っての決闘という建前を使う事で同じ婚約者候補から狙われるのはある意味合法になるかもというのが彼の見解だ。

 

「そうか……」

 

「まあ何かあればご相談を。静養中とはいえ腕利きの賞金稼ぎ、お金さえもらえればばっちり働きますぜ。それに俺、惑星保護機構にもある程度コネがあるから多少の無茶は効くし」

 

「はは、それは頼りになるよ」

 

結論からして沙姫が宇宙人に狙われる事はまずないだろう、という答えを得た凜は一安心し、炎佐の冗談交じりの言葉を浮けて微笑を見せてから紅茶とケーキに目を落とす。

 

「つまらない話を持ち出して悪かったな。そろそろ食べるとしよう」

 

「はい、いただきます」

 

凜はそう言ってカップを持ち上げ、ひょいと前に差し出す。それを見た炎佐は一瞬きょとんとするがすぐに意図を読み取ると同じようにカップを持つ。

 

「メリークリスマス。乾杯」

 

「乾杯」

 

言い合ってこつん、カップを当て合う二人。紅茶を一口飲み、それからケーキを一口食べた。

 

「本当だ、美味しい」

 

「気に入ってもらえると嬉しいよ」

 

ケーキを褒められた凜は嬉しそうに微笑みながら紅茶をもう一口飲む。それからさっきの宇宙人の話とは別の話題で二人が雑談をしていた時、突然ガラスの割れる音とその音を聞いた一般人による悲鳴が店内に響いた。

 

「「!」」

 

瞬間、二人の表情も引き締まり凜は持ってきていた竹刀を自分の方に引き寄せ、炎佐もデダイヤルを隠し持ちながら音の原因を探る。

 

「全員、動くんじゃねえ!!」

 

耳を打ち付けるのは銃声と怒号。そして再び響き渡る悲鳴。その怒号の主はバイクに乗った真っ黒な覆面に黒いジャンパーとズボンというあからさまに怪しい黒ずくめの格好をした男性、同じ格好をしている者があと二人。その手には銃やショットガンが握られており、バイクには膨らんだ大きな鞄を乗せている。

 

「……大方、銀行強盗の帰りと言ったところか」

「そうですね。警察に追われて逃げ場がなくなり、ここの客を人質に取ろう。ってとこですか」

 

パニックに呆然自失となっている客が多い中冷静に状況を判断する凜と炎佐。凜はそのまま炎佐を見る。

 

「一つ聞くが、君なら倒せるか?」

 

「やれなくはないですが……流石に地球産の服だと派手に炎や氷は使えないので実質単純な身体能力しか使えません。流石にこの距離で銃相手に肉弾戦はちょっと……俺も銃はある事はありますが威嚇や牽制用で苦手だし……九条先輩、拳銃は?」

 

「訓練はしている。だが、初めて握る銃を使ってこの状況で他に被害を出さず無力化させろ、と言われるとな……」

 

下手に銃撃戦になるとパニックになった一般人に被害が起きる可能性は極めて高いし、そもそも表向き一般人の彼らが銃を使ったりしたら色々面倒。つまり拳銃による遠距離戦、という線は却下となる。

 

「……そうだ」

 

「何か手があるのか?」

 

「この状態だと攻撃には使えないけど……俺が合図したら飛び出してください」

 

炎佐は親指と中指をくっつけながら凜に指示、凜も頷くと竹刀を手に飛び出す準備を整える。

 

「ふっ」

 

小さく息を吐きながらフリスビーを投げる時のような軌道で右腕を振り、同時に指を擦らせてパチンという音を立てる。と、空中をまるで走るように火花が散り、それが強盗達の頭上に言った時、バン、という爆発音を立てて爆発。

 

「な、なんだぁ!?」

 

強盗の一人が声を上げ、三人ともが爆発した頭上を見る。

 

「今だ!」

 

「!」

 

相手の一瞬の虚を突き、凜は席を飛び出すと加速、一気に強盗達への距離を詰めるとその内下っ端の一人を竹刀の一閃で沈黙させる。

 

「な、んだと!?」

 

下っ端のもう一人が驚いた様子で銃口を凜に向け、引き金を引くが凜はその弾丸をかわすと竹刀を振るえる距離ではなかったため柄を使った至近距離からの突きを首に入れ、怯んで後ろに下がり咳き込んでいる相手目掛けて回し蹴りを叩き込み蹴り飛ばす。

 

「舐めやがってこのアマ!!」

 

強盗のリーダーが怒号を上げてショットガンの銃口を凜に向ける。

 

「あいにくもう一人いますよっと!」

 

「!?」

 

そこに声が聞こえたと思うと彼の手に痛みが走る。彼の手の甲にフォークが刺さっており、その痛みによって一瞬彼は怯んでしまう。

 

「おらぁっ!!」

 

「ぐふぇっ!?」

 

彼がショットガンを撃てなかった一瞬の隙を突き、炎佐が飛び蹴りを叩き込む。吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた強盗リーダーの手にあるショットガンを遠く離れた場所に蹴り飛ばして彼が気絶している事を確認する。

 

「制圧完了!」

 

「こちらも制圧かんりょ――」

 

炎佐の報告に合わせて凜も報告しようとするが、その時シャコン、と銃の射撃準備をする音が聞こえる。

 

「ふ、ふざけんじゃねえ!!」

 

最初凜が竹刀で薙ぎ払った下っ端だ。竹刀の入りが甘かったのか元々打たれ強かったのか彼は目を覚ましており、自分に攻撃を仕掛けた凜に銃を向けている。

 

「っ!」

 

銃を向けられた凜も硬直してしまい、強盗はニヤリと笑って銃の引き金を引く。パン、という音が聞こえ凜は反射的に目を閉じてしまう。

 

「なっ……」

 

が、直後聞こえてきたのは強盗の驚愕の声、凜は驚いたように目を開ける。その目の前には一人の少年が立ちはだかっていた。

 

「……どうやら銃は不発だったらしいな?」

 

炎佐だ。彼は右手を手の平を開いて前に突き出したポーズで凜に背中を向け立っており、彼の皮肉気な笑みでの言葉に強盗は「んなはずは……」と呟く。

 

「ふう、ギリギリ間に合った。そして袖口焦がさずに済んだ……」

 

「「え?」」

 

「ああ、なんでもないよ」

 

炎佐の呟きに強盗と凜、両方が呆けた声を出す。が、炎佐はあっさりとそう言った後、「とりあえず」と言って強盗を見る。

 

「死ね」

 

次の瞬間、強盗は目の前にまるで瞬間移動してきたかのように近づいていた炎佐を見る。その両目がまるで怒りに燃えているかのような赤い瞳を宿している。それを見ながら強盗は彼の拳を受け、意識を暗転させていった。

それから気絶している強盗三人組は警察に連行され、炎佐と凜は警察および店から一人の怪我人も出さずに相手を無力化させた事を感謝されていた。

 

「それにしても、流石ですね。まさか銃を持った相手と渡り合えるとは。流石は九条さん」

 

「いえ。最後は油断していました」

 

店長からの言葉に凜は小さく首を横に振って返す。

 

「でも、偶然不発だったとはいえ銃から九条さんを庇うなんてすごいです」

 

続けて店員の一人が輝くような笑顔で炎佐を賞賛。

 

「流石は九条さんの彼氏ですね!」

 

そして爆弾発言を行った。

 

「「……彼氏?」

 

が、その言葉を浮けた炎佐も凜もきょとんとした表情になる。

 

「……違うんですか?」

 

「いや、彼は私の学友だ。以前少し世話になったので食事を奢っていた。それだけだ」

 

「俺も暇だったから食事を受けただけだ」

 

店員の確認に凜と炎佐は色気の欠片もなく説明。それから事情聴取等も終えてから二人は店を出て行った。

 

「ふう。いきなり変な事に巻き込んでしまったな、すまない」

 

「九条先輩は悪くないですよ……にしても、せっかくのクリスマスなのにあの店の人達、なんか変なケチがついちゃいましたね」

 

凜の謝罪に炎佐はそう返した後、クリスマスに変な事件に巻き込まれてしまった店の人達の事を考えて目を閉じ、何か思いついたような笑みを見せると目を開ける。その両目には青色の瞳が宿っていた。

 

「少しばかりサンタさんの代わりにプレゼントをしても、罰は当たりませんよね」

 

そう呟いて左手を頭上に掲げ、人差し指を伸ばしてくるくると回転。すると突然辺りの気温が下がり、つい凜は着ていたコートを深く着直す。

 

「……雪?」

 

彩南町に雪が降り始めた。

 

「ホワイトクリスマス、ってやつですね。あんま長くは持たないけど、店の人達に良い思い出が出来りゃ充分です」

 

炎佐はそう言うと凜から離れるように歩みを進めてから凜の方に身体ごと振り返る。

 

「では、僕はこれで。メリークリスマス、九条先輩。おやすみなさい」

 

そう言ってぺこりと一礼し、踵を返すと彼は夜の闇へと消えていく。

 

「……メリークリスマス」

 

凜も彼に聞こえないような声量で呟いた後、家に帰ろうと歩みを進めていった。




今回はサブヒロイン代表に御門と凜を選出してのクリスマス編。ちなみに本来は凜だけの予定でしたが時間的都合(最後のホワイトクリスマスに持っていくとすると喫茶店だけで一日潰すのは無理)のため御門を捻じ込みました。一応彼女もサブヒロインの一人と言えば一人ですし……今回炎佐の方は「興味ないヤツ」だの「クソアマ」だの散々な言い方ですけど彼女の事は慕ってるんですよ?
で、凜の方は何故だか強盗とのバトルなんて羽目になっちゃいました……イチャラブよりこうやって背中任せあって戦う方が書きやすいんだよなぁこのコンビ……。
さて次回は正月編?……かな?どうしよ……まあ、また後で考えるか。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十八話 バレンタインデー

「なぁリト、炎佐。もうすぐバレンタインだよなぁ。俺、もうドキドキしちゃってさぁ」

 

「「ドキドキ?」」

 

彩南高。休み時間にリト、炎佐、猿山が駄弁っており、猿山はバレンタインデーを話題に出す。

 

「そう……もしかしたら、リコちゃんが……」

 

猿山が締まりのない表情で自分の妄想を話し始める。シチュエーションは下校途中、一人帰っている猿山に恥ずかしそうに話しかけるリコ。もじもじとしながら彼女は猿山にチョコを手渡す。それを受け取りながら猿山はお礼を言い、でも自分はチョコよりもリコの方が欲しい。と告白、リコもそれを聞いて嬉しそうに頬を綻ばせ……

 

「なーんて事になったら!!」

 

(お前の脳内で俺はそんな事になってんのか……)

 

ムハー、と興奮しながら叫ぶ猿山。その光景にリコの正体であるリトは顔を青くする。

 

「ん? どうしたの、リト?」

 

「あ、いやいやなんでもねえよ!」

 

炎佐がリトの様子がおかしいのに気づくが彼は慌てて誤魔化す。

 

「まぁ、そこまでゼータクは言わねえけど……女の子からチョコ貰えると義理でもなんでも嬉しいよなー」

 

「そうだなー」

「そうなの?」

 

猿山の言葉にリトが同意、炎佐はイマイチピンと来ないのか首を傾げる。

 

「その点いいよな、リトと炎佐は」

 

「え?」

「何が?」

 

と、猿山が嫉妬するような視線をリトと炎佐に向け、二人が首を傾げると猿山は突如二人を睨みつけた。

 

「少なくともリトはララちゃんと美柑ちゃん! 炎佐はあの姉ちゃんから貰えるだろーが!!」

 

怒鳴った後、「フン、テメーらなんか味方じゃねーや!」と拗ねたように顔を逸らす猿山。リトも困った様子で「急に怒るなよー」と漏らし、炎佐も苦笑していた。

 

それから翌日。炎佐は自転車をこいで学校への道を通っていた。

 

「お、炎佐!」

 

「リト!」

 

炎佐とリトが合流。リトが声をかけ、炎佐もリトの隣まで走ると自転車を止めて降りる。

 

「すぐ会えて良かったぜ」

 

リトはそう言って荷物の中から一つの箱を取り出し、炎佐に差し出す。

 

「これ、貰ってくれ」

 

「……ごめん、リト。気持ちは嬉しいんだけど……僕にそういう趣味は……」

 

「……ちげーよ俺にもねーよ! そうじゃなくって、美柑からいつものお礼だっつーの!」

 

リトが差し出してきた箱の中身を予想した炎佐は首を横に振って断ろうとするが、彼の言葉から一拍置いて意味を理解したリトは顔を真っ赤にして怒り、自分ではなく美柑からの贈り物だと力説する。

 

「あ、美柑ちゃんからなの? うん、ありがとうって伝えておいて」

 

「お、おう……」

 

美柑からのプレゼントだと知った炎佐はすぐに箱を受け取って荷物に入れ、彼から美柑宛ての伝言を聞いたリトも微妙な顔を見せながら頷く。そのまま二人は一緒に学校へと向かい、教室へと入る。

 

「よぉリト! 炎佐!」

 

「あぁサル、おはよ」

「どうしたんだよ。朝からテンション高いなー」

 

「あったりめーだろ!!」

 

テンション高く挨拶する猿山に炎佐が普段通りに挨拶し、リトが朝っぱらからのハイテンションを指摘。それに猿山はぐっとサムズアップを見せた。

 

「みんな見てみ! 今日はどいつもこいつもバレンタインのチョコ貰えるかどうかでギラギラしてんだよ!」

 

猿山が言い、リトと炎佐は教室内を見回す。確かに教室内の男子勢は(このクラスの委員長こと的目あげる君を除き)目の色が変わっている。

 

(なんていうか……殺気を感じるね……)

 

炎佐は思わずそんな事を考えてしまった。

 

「おーっす、猿山に結城、氷崎ィ」

 

「ほらよっ!」

 

「「義理チョコだよーん♪」」

 

最初に出会った女子ことリサミオが声を合わせて一口サイズのチョコがたくさん入った箱を差し出した。

 

「おお、サンキュー」

「ありがと」

 

「にしし、ホワイトデーには期待してるよ? 三倍返しとは言わず、三十倍三百倍でも喜んで受け付けるかんね?」

 

「「ど、努力します」」

 

お礼を言うリトと炎佐に里紗は悪戯っぽく笑いながらそう言い、その言葉に二人も苦笑を漏らしながら返す。

 

「ホレ猿山、最初で最後のチョコ♪」

 

「んだとォ!」

 

その横では未央が猿山をからかっていた。

 

それから時間が過ぎて昼休み。弁当を食べ終えた炎佐は殺気にまみれた教室内――しかもその殺気がやや自分に向けられている――では落ち着かないため廊下の方に逃げ出していた。

 

「はあーあ。殺気のシャットダウンくらいから簡単だけど、なんか普通の殺気と違うからやりにくいなぁ……」

 

そんな事をぼやきながら彼は廊下を闊歩していた。

 

「ああ、やっと見つけたぞ」

 

「あれ、九条先輩? 何かご用ですか?」

 

と、凜が炎佐に歩き寄り、炎佐も首を傾げて問いかける。

 

「いや、今日はバレンタインだからな。これを貰ってくれ」

 

「ああ、義理チョコですか?」

 

凜がそう言って小さな箱を炎佐に渡し、炎佐も納得したのかあっさりと受け取る。彼の解釈に凜もこくりと頷いた。

 

「まあ、そんなところだ。この前のクリスマスには変なアクシデントがあったからそのお詫びと、私を凶弾から助けてくれたお礼だ」

 

「別に、あの銃弾はただの不発ですよ?」

 

「……ふ。分かった。そういう事にしておいてやろう」

 

凜の言葉に対し炎佐は微笑を浮かべながらそう返す。その言葉を聞いた凜も僅かに笑った後、そう言って去っていく。

 

「あ~ら。モテモテねえ、エ・ン・ちゃん?」

 

「っ!!??」

 

そこに背後から声をかけられ、気配に気づいていなかった炎佐は驚いて飛び退く。

 

「ドク……御門先生!?」

 

危うくドクター・ミカドと呼びそうになったがここは学校のため直前で御門と呼び変える。

 

「籾岡さんは予想してたけど、まさか九条さんからもチョコなんて驚いたわ。美柑ちゃんもいるし、案外モテるのね、エンザ」

 

「籾岡さんはリト達と一纏めだし、九条先輩はこの前の詫びっつってましたよ。つーか御門先生、なんか目が笑ってないように見えるのは気のせいですか?」

 

「気のせいよ」

 

口元こそ普段のくすくすとした笑みを見せ、冗談っぽい口調も普段通り、しかし目が全く笑っていない御門に炎佐はそれを指摘するが御門はやはり笑っていない目で言い放つ。

 

「ま、いいです。それよりなんのご用ですか?」

 

「いくつか聞きたいことがあるんだけど……」

 

追及を諦めた炎佐は用件を尋ね、御門は彼の顔を覗き込むようにしてジト目を見せる。

 

「あなた、なんでお正月に結城君達と一緒じゃなかったの?」

 

「は? リト?……あー。いや、リトから新年会の誘いが来た時にはキョー姉ぇと一緒に初詣に行く約束があったからそっちを優先しただけだよ。つーかそれがあんたと何の関係があるんだよ?」

 

「う……いや、別に。ちょっと気になっただけだから」

 

御門からの質問に炎佐は正直に答え、間髪入れずにそもそもリトとの新年会に関係ないであろう御門が何故それについて詰問するのかと質問を返すと、御門は一瞬言いよどみ、彼から少し離れると誤魔化すように目を逸らして気になっただけだと返した後、ごほんと咳払いをする。

 

「ま、まあその、本題はこっちね……はい、これ」

 

目を逸らし、心なしか頬を赤くしながら直方体の箱を炎佐に差し出す。どうやらバレンタインのプレゼントらしい。が、炎佐は冷めた目でそれを受け取ると御門の前でひらひらと振る。

 

「で、また俺を使った新薬の実験ですか? 今度はどんな薬を混ぜ込んだ?」

 

「ちょっ、し、失礼ね! あなた私をなんだと思ってるの!?」

 

「前科がいくつあると思ってます?」

 

「うっ……」

 

炎佐の失礼な言葉に御門は怒るものの、彼が冷たい目――心なしか両方の瞳も青くなっている――できっぱり言い放つと反論できなくなる。

 

「えーと、でも、その……こ、今回は本当にバレンタインのプレゼントってだけで……実験台とかの他意はないから……ちゃんと食べて欲しいなーって……」

 

顔を逸らして人差し指をつんつんするという妙に乙女チックな動作をしている御門に炎佐は無言になるが、やがて「はぁ」とため息をつく。

 

「分かったよ、あんたを信じる。帰ってからゆっくりいただくよ。ありがと、ミカド」

 

プレゼントに対するお礼を言ってから、炎佐は教室に戻っていく。とりあえず受け取ってもらえた、ということにか御門はほっと安堵の息をついていた。

 

それから時間が過ぎて放課後。炎佐は再び自転車をこぎ帰路についていた。

 

「エーンちゃーん♪」

 

家の前に着いた時に聞こえてきた嬉しそうな声。炎佐はやれやれとため息をつくとブレーキをかけ、家の前で一旦自転車を止める。

 

「キョー姉ぇ、やっぱ来てたの? っつーか家入ってればいいのに、寒かったでしょ?」

 

「ふっふふー。だって少しでも早く渡したかったんだもん♪」

 

炎佐の呆れたように笑いながらでの言葉に対し恭子はそう言って一個の箱を取り出し、両手で持って炎佐に差し出す。

 

「はい、ハッピーバレンタイン♪」

 

「サンキュ」

 

満面の笑顔でチョコを渡す恭子と、照れ臭そうに笑いながらチョコを受け取る炎佐。が、恭子は「でもって」と呟いてもう一つ別の、恭子がさっき渡した者と比べて一回り大きな箱を取り出す。

 

「こっち、ストレイキャッツ一同から。また遊びにおいでねってさ」

 

「ははは、ありがとって伝えといて」

 

「おっけ♪」

 

炎佐と恭子は互いに笑顔で喋り合っていた。

 

「で」

 

が、その次の瞬間恭子の笑みの質が変わる。

 

「エンちゃん、今日はどれくらいチョコをもらったのかな?」

 

「ん? えーと、リトの妹さんと、クラスメイト、学校の先輩と、ドクター・ミカドから一個ずつ」

 

「へー……モテるんだねーエンちゃん」

 

恭子の心なしか黒い笑顔での質問に、炎佐はその黒い笑顔に気づかずに正直に答える。それを聞いた恭子はぷくぅと頬を膨らませた。

 

「どしたの?」

 

「べっつにー」

 

いきなり機嫌を損ねた恭子に炎佐は困惑。だが恭子は頬を膨らませたままぷいっと顔を逸らしており、炎佐は意味分からんというように頭をかいた後、彼女の手を取る。

 

「とりあえず、話は中に入ってからにしようか」

 

そう言い、自転車を片手で押しながらもう片手で恭子の手を引く炎佐。そのまま自転車は庭に止める。

 

「あ、そだキョー姉ぇ。今度暇な時に買い物付き合ってよ。ドクター・ミカド達へのお返しを考えなきゃなんないし、アドバイスとかもらえないかな?」

 

自分以外へのバレンタインのお返しを考えるのを手伝ってくれ、と言ってくる炎佐に恭子はジト目を向けるが、やがて呆れたようにため息を漏らした後、にやっと悪戯っぽく笑う。

 

「高いよ?」

 

「夕食のリクエスト、ご自由にどうぞ。それとお返し考える時、キョー姉ぇの好きなもの買ってあげるってのでどう?」

 

「ふっふーん。とりあえずはそれでよし、後の条件交渉はゆっくり行いましょうか? さしあたってはご飯を食べながら♪」

 

にししっと笑う恭子に炎佐も困ったように笑って返す。二人はそのまま一緒に家に入っていった。




今回は前回クリスマスに恭子が出られなかったのでお正月に出演してもらってのオリジナルストーリー……と思いましたけど、諦めました。いや、うち毎年初詣するはするんですけど近所の神社行ってお賽銭やってお参りやってで終わりってのしか知らないから話が膨らませられない……。
なので代わりにバレンタインデーまですっ飛ばしました。(こら)……バレンタインも何か関係あった事なんてないけどね、彼女どころか女友達いないから、思い出にあるのはせいぜい高校時代にその日がでかい模試で血のバレンタインだなっと友達と愚痴り合ってたくらいだよ。でもイベント自体は有名だから話膨らませるのは楽だし。
とりあえず今回はヒロイン及びサブヒロインと一通り絡んでもらいました。美柑は残念ながらリトを通じての間接的な登場のみに終わってしまいましたが。
ちなみに今回は没案にリトがこっそりチョコを作って、リコの名前を使って美柑の分に紛れて炎佐に渡す。という案がありましたが「いや、これはまずいな」と思い直しました。流石に僕もそっち系は専門外ですのでね……。(苦笑)
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十九話 第三王女のお泊り会

「…………」

 

とある土曜日。少々癖のあるピンク色の髪を短く切っている美少女――モモ・ベリア・デビルーク。彼女は今、ある家の居間で、ややふてくされた様子でクッションを抱き枕にしてごろ寝をしていた。

 

「……で、何の用事なんですか? プリンセス・モモ。ああ、荷物客間に放り込んどいたから後で確認しといてくれ」

 

と、この家の家主である炎佐が呆れた様子でモモに問いかけた。この家は現在モモが居候をしているリトの家ではなく、炎佐の家だ。

 

「……ナナと喧嘩をしました」

 

「……で、自分が悪いと思ったから俺のとこに来たってか? 変わんないよな」

 

モモの言葉に炎佐はあっさりとそう返す。デビルーク星で炎佐が彼女らの護衛兼遊び相手を住み込みでしていた頃も、ナナとモモは毎日のように喧嘩をしていた。大抵はララがなんだかんだを起こして喧嘩の空気をぶち壊し仲直りしてしまうのだが、そうもいかない時は大抵ナナが炎佐に泣きついて彼の部屋に泊まり込んでいるのだが、たまにモモが自分が悪いと反省している時は彼女が炎佐のところにやってくることもあったものだ。と彼は思い返していた。

 

「その、いつもの事なんですが――」

「いちいちお前らの喧嘩の理由なんか聞いてられるか。テキトーに頭冷やしてからとっとと帰れ」

「――酷くないですか!?」

 

モモは静かに喧嘩の理由を話そうとするのだが炎佐はしれっと、さらにはしっしっと追い払うように手を動かして言い放ち、その反応にモモはがばっと起き上がって非難の声を上げる。

 

「こういう時はほら! 頭なでなでするとか! 好きなご飯作ってあげるとか!」

 

「めんどくさい」

 

さっき抱き枕にしていたクッション――ちなみに炎佐が恭子と出かけた時に恭子が気に入って購入し、炎佐宅に置きっぱなしにしている物だ――をばしばし叩きながら訴えるモモ。だが炎佐はめんどくさいの一言で切って捨て、モモは頬を膨らませる。

 

「だ、だったら――」

「今日の晩飯ニンジン尽くしにするぞ?」

「――私何かエンザさんの怒り買うようなことしました!?」

 

今度こそ何か言う前に炎佐は言い捨て、さっきまでの酷い扱いに加えて自らがキライなニンジンを盾にされたモモが泣き叫ぶ。

 

「実は昨日、ニャル子からの依頼でめんどくさい仕事があってな。帰ってきたのは日付変更後。それからぐっすり寝てたんだがいきなり呼び鈴が鳴らされまくってな。いやー不思議な事もあるもんだよなぁ」

 

「……ごめんなさい……」

 

今気づいたが炎佐の目の下にはうっすらとクマが出来ており、モモはやや顔を青くして身体をぷるぷる小刻みに震わせながら謝罪の言葉を口に出した。

 

「ま、ナナと喧嘩して顔合わせづらいんだろ? 出来ればとっとと帰ってほしいが、リトの家に帰ってからも喧嘩続きでリト達に迷惑かけられても困るからな。ナナと落ち着いて話せるようになるまではいてもいいぞ」

 

「……ありがとうございます」

 

炎佐はモモの好物の紅茶を淹れながらそう言い、なんだかんだで気遣ってくれる炎佐の優しさにモモもお礼を返した。

 

 

 

 

 

「……で?」

 

「なんだ?」

 

場面はスーパーマーケットに変わる。炎佐は何かを書いているメモを読みながらそれと財布等の小物を入れている小さなバッグ以外は手ぶらで歩き、その後ろを中身が満杯に入っているエコバッグを両手に持ちながらモモが額に怒りマークをくっつけていた。

 

「なんで買い物してるんですか!? っていうかなんで全部私が持たされてるんですか!?」

 

「いい荷物持ちがいるんだから活用しないとな。この前のクリスマスの日にドクター・ミカドが俺を拉致した理由が今分かったよ。これは楽だ、何を買うべきか考えるのに集中できる」

 

「か弱い女性に荷物持たせるなんて、それが男のやる事ですか!?」

 

「デビルーク星人にとってはそんなもん指一本で軽々持てるだろうが。さ、次だ。おひとり様何個ってのが決められてて且つ競争率高いもの買うからな、お前にも働いてもらうぞ」

 

「ここに外道がいます!?」

 

わーわーとうるさいモモに対し炎佐は平然とそう言い、彼のナチュラルこき使い発言にモモは戦慄していた。

 

 

 

 

 

「ぐぬぬぬぬ……」

 

家に帰りつき、タイムセールでおばちゃん達に巻き込まれながら商品を奪いつつ炎佐が買った商品を死守するという無茶振りをやらされたモモは台所の椅子に座りテーブルに突っ伏しながら炎佐をジト目で睨んでいた。その炎佐は買ってきた食材を使って夕食作りに勤しんでいる。

 

「ほれ、そんな睨んでないで髪でも梳いてこい。酷いありさまだぞ」

 

「誰のせいだと思って……」

 

炎佐の言葉にモモはぶつくさ言いながらも席を立ち、洗面所の方に歩いていった。タイムセールでの激闘によるものか、モモの毎日綺麗にセットされている髪はややぐちゃぐちゃになっていた。

それから炎佐の作っていた料理が完成し、夕食になる。が、モモは自分の目の前のさらに盛り付けられたご飯とそれにかけられた茶色い流動状の物体、その中にある赤い物体を見て目を細めた。

 

「ニンジン……」

 

「カレーにはニンジンが無いとな。さ、遠慮せず食え」

 

「やっぱりエンザさん、怒ってます?……」

 

自分が嫌いなニンジンが入っているモモは嫌そうな声を出し、しかしエンザは気にも止めずに言い放つ。モモはうぅと泣きそうな声を出した。

 

「いーやー怒ってないぞー。ほれ、ニンジンの味が嫌なら流し込め」

 

そう言ってとんっとモモの前に乳白色の液体を入れたコップを置く。

 

「……牛乳も嫌いなんですが?」

 

「そうか。それは知らなかった」

 

嘘だ、完全に嫌がらせだ。モモはそう直感する。なぜならモモが牛乳を嫌いだと知らなかったなんていう炎佐の口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいるからだ。

 

 

 

「し、死ぬかと思いました……」

 

「大袈裟だな」

 

夕食を終えた後、モモは心なしか青い顔でリビングの床に突っ伏しクッションに頭を乗っけていた。それに対し炎佐はそう呟き、着替えを持つと立ち上がる。

 

「んじゃ俺は風呂行ってくる」

 

そう言い残して彼は浴室に歩いていく。

 

「……」

 

それを聞いたモモは僅かに何か考えるような表情を見せた後、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたのであった。

 

 

 

「ふぅ……」

 

炎佐は湯船で身体を温めた後、湯船から上がってタオルにボディソープをつけて泡立て、身体を洗っていく。と、丁度身体中に泡がついていった時、風呂場のドアが開く音が聞こえてきた。

 

「なんだ?」

 

音に反応し、振り返る炎佐。

 

「お背中お流ししましょうか? エンザさん♪」

 

そこに立っているのはにこっと微笑んでいるモモ。しかし服は全て脱いでおり、バスタオルを巻いて身体を隠してはいるものの彼女の年齢に見合わない発育をしている肉体を強調する形になっていた。しかも胸の谷間を隠さず、むしろやや強調するようにタオルを巻いている。

 

「……何してんだ、お前?」

 

「うふふ。泊めていただくんですから少しはお礼をしないとと思いまして♪」

 

冷たい目でモモを見る炎佐に対し、モモはうふふと笑いながら前かがみになって胸の谷間を強調する形にする。

 

「……はぁ」

 

が、炎佐は呆れたようにため息をつくと、青い瞳を宿す両目の瞼を閉じる。

 

「アホか」

 

「へぶぎゅっ!?」

 

そして彼がそう言った瞬間、前かがみになっているモモの後頭部に衝撃が走る。重心が前に寄っていたモモはその衝撃でバランスを崩して前に倒れ込み、背を向けている炎佐にまるで抱きつくような格好になる。

 

「ひゃあああぁぁぁぁっ!!??」

 

炎佐に抱き付き、胸を押し付けてしまった形になったモモは慌てたように飛び退く。が、何か冷たいものを踏んづけてしまい、つるんっと滑る。

 

「ふえ?」

 

謎の浮遊感。そしてその直後ごっちーんという後頭部への痛みを感じつつ、モモの意識は暗転していった。

 

 

 

 

 

「おい、起きろ。大丈夫か?」

 

「う……えと……」

 

モモは目を覚まし、起き上がると辺りを見回す。どうやらベッドに寝かされていたらしい。

 

「覚えてるか? お前風呂に乱入してきたろ?」

 

「あ、はい。何か踏んづけて……氷?」

 

「勘がいいな。悪い、まさかお前に当てた氷を踏んづけるとは……」

 

炎佐が参ったように言いよどむ。どうやら前かがみになっていたモモの後頭部に当たったのは炎佐がブリザド星人の力を使って生み出した氷らしい。そして、床に落ちたそれを飛び退いたモモが偶然踏んづけ、転ぶ結果になってしまったらしい。

 

「一応ドクター・ミカドに連絡は取ったが、冷やしておいて明日まだ痛むなら診療所まで来るようにだとよ」

 

「そうですか。分かりました……って、あら?」

 

御門からの伝言を聞いたモモはこくりと頷いた後、自分の格好に気づく。風呂に入っていたため当たり前だが先ほどの自分はバスタオルを身体に巻いていたはず。だが今の自分は家から持ってきた、ピンク色を基調に花柄というやや子供っぽいデザインのパジャマに着替えていた。

 

「ああ、勝手に悪かったが荷物漁ってパジャマに着替えさせてもらった。バスタオル一枚だと風邪ひくかもしれないしな」

 

犯人は自分しかいないとはいえ平然と自白する炎佐。それにモモは「はぁ」と曖昧な返事を返した後、何かに気づいたように悪戯っぽい笑みを一瞬浮かべると、ばっと自分の胸を両腕で隠すようにして目を潤ませる。

 

「ハ、ハレンチな! もしや私が気絶している間に悪戯を――」

「するわけねえだろボケ」

「――ふみゅっ」

 

彼女の言葉が言い終わる前にツッコミにおでこへのチョップを叩き込む炎佐。顔色一つ変えず、むしろ呆れた目で見てくる彼にモモはつまんなそうに頬を膨らませた。

 

「むー……リトさんと全然違いますね……」

 

「お前まさかリトの入浴中にまで突っ込んだのか? お前バカか?」

 

お風呂への乱入と言い今回と言い、ほぼ悪ふざけとはいえ色仕掛けが全く通じない炎佐にモモがジト目を向けると炎佐は呆れきった表情でツッコミを入れる。

 

「つーか、そもそもなんで俺が今更お前の裸なんぞに照れなきゃならん?」

 

「はい?」

 

炎佐の言葉を聞き、どこか引っかかったのかモモの頭に怒りマークがくっつき、その目つきがややきつくなる。と、炎佐はまたも呆れたようなため息をついた。

 

「昔、風呂を怖がって“エンザさんが一緒じゃないとお風呂行きたくないですー”とか駄々こねてたのはどこのどいつだったかな?」

 

「……ナ、ナナジャアリマセンデシタッケーワタシノキオクニハナイデスネー」

 

炎佐の、物真似部分はやけに高い声を使ったツッコミを聞いたモモは一瞬で目を逸らし、キョドキョド目を泳がせながら黒歴史を双子の姉に押し付けようとする。

 

「あーそうかそうか。結構昔だったしなぁ、記憶間違ってても無理はねえか?」

 

しかし炎佐はにやにやと悪戯っぽく笑っており、モモはむむむ、と言いながらジト目で頬を膨らませていた。と、炎佐はぽんっと彼女の頭に手を置いた。

 

「ま、今日はもう休んでろ。何かあったら呼べよ」

 

「……というか、ここ誰の部屋なんですか?」

 

「ん? キョー姉ぇが泊まる時使ってる部屋だが? 俺の部屋は隣だから。少し大声出せば聞こえると思うぜ」

 

モモのごもっともな質問に対し炎佐は恭子が泊まる時に使っている部屋で、自分の部屋は隣。防音設備は施してないのか大声を出せば聞こえる。と説明して部屋を出て行く。

 

「うーん……」

 

モモはやや難しい顔をしながらベッドに寝転んだ。

 

 

 

 

 

「すー……」

 

真夜中。寝巻に着替えた炎佐は静かに眠りについていた……が、扉の開くキィ、という音が聞こえた瞬間その寝息が止まる。

 

「どうかしたか、モモ」

 

「起こしちゃいましたか?」

 

部屋に何者かが入った瞬間目が覚める気配察知能力にモモは苦笑。枕を抱えながらとことこと炎佐の方までやってくる。そしてぽいっと枕をベッドの上に放り投げるとすぐさま炎佐の布団に潜り込んだ。

 

「なんだ!?」

 

「んふふー。頭を打っちゃいましたし、念のためエンザさんの近くで寝た方がいざという時対処しやすいかな~って思いまして。今日はここで寝させてください♪」

 

「はぁ!? ふざけんなよ狭いんだから!」

 

驚く炎佐にモモは笑いながらそう言い、だが当然炎佐は拒絶する。と、モモはいきなり自分の頭に手をやった。

 

「う~ん。さっき打った頭が急に痛くなってきたな~」

 

「……チッ」

 

元はと言えばふざけてきたモモの自業自得なのだが彼女が転ぶ原因を作ったのは自分であるためか、そう言われると無理に追い出すことが出来なくなってしまう。諦めてごろりと転がり、モモが入れる程度のスペースを作るとモモも嬉しそうにそこに寝転がる。

 

「久しぶりですね。エンザさんが私達の親衛隊にいた頃、お姉様やナナと一緒にお昼寝をしてた時以来でしたっけ?」

 

「ああ、そうだっけか?」

 

モモの言葉に対し炎佐はやや適当そうに返す。と、モモはすすす、と炎佐の懐に潜り込み、彼の寝巻を掴んだ。

 

「お休みなさい、エンザお兄ちゃん」

 

「……ああ。お休み、モモ」

 

にこり、と可憐な微笑みを浮かべて挨拶をするモモに炎佐も穏やかに笑いながら挨拶を返して左手を彼女の頭にぽんと置く。そのまま二人は眠りについたのであった。




今回は思いついたモモとの日常系。ちなみにこの二人の間に男女の愛情は存在しません、せいぜいが兄妹愛とか親愛です。モモが炎佐にやってる色仕掛けだって別に“炎佐に異性として見てもらいたい”とかじゃなくって単純にからかってるだけですし、炎佐の方も割と遠慮ないし一言で言えばからかいからかわれの関係ですね。まあモモのからかいという名の色仕掛けは炎佐本人には冷たい目で見られるわ躾けとして拳骨くらうわで大概碌な目にあってませんけど。案外自信があるのにそういう反応返されてむきになってるって説もあるな。
ちなみに炎佐の方は元々モモ(というかデビルーク三姉妹)は妹的ポジションに置いてるから異性としての反応があまり出来ないってことと、ナナとモモに関してはそれこそ彼女らが物心ついた頃から自分が親衛隊辞めるまで色々世話してたから、今回で言うとモモが裸見せてきて炎佐を照れさせようとした事に関しては「お前の裸なんて昔飽きる程見たよ。何で今更照れにゃならん」くらいに思ってたりしてるという感じです。何気にダークネス編に入って(ヴィーナス)(モモ)(クラブ)辺りが知ったら炎佐闇討ちされそうだな……まああっさり返り討ちにできるけど、むしろ一睨みで追い返せると思うけど。


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第三十話 第二王女のお泊り会

注意:今回のお話は前回のお話[第三王女のお泊り会]のパラレルストーリーです。なお、[ToLOVEる~氷炎の騎士~]の全体的なストーリーの時間軸としては前回のお話を正史として進めていきます。今回のお話は所謂分史であり、この後のストーリーとは絡まないものとしてお考えください。
以上のことを踏まえた上で、今回のお話をお楽しみください。


「…………」

 

とある土曜日。ピンク色の髪をツインテールにした美少女――ナナ・アスタ・デビルーク。彼女は今、ある家の居間で、ややふてくされた様子でクッションを抱き枕にしてごろ寝をしていた。

 

「……で、何の用事なんですか? プリンセス・ナナ。ああ、荷物客間に放り込んどいたから後で確認しといてくれ」

 

と、この家の家主である炎佐が呆れた様子でナナに問いかけた。この家は現在ナナが居候をしているリトの家ではなく、炎佐の家だ。

 

「……モモと喧嘩した」

 

「……で、泣いて俺のとこに来たってか? 変わんないよな」

 

「な、泣いてねー!」

 

ナナの言葉に炎佐があっさりとそう返すとナナはクッションから顔を上げて八重歯を牙のように剥き叫ぶ。デビルーク星で炎佐が彼女らの護衛兼遊び相手を住み込みでしていた頃も、ナナとモモは毎日のように喧嘩をしていた。大抵はララがなんだかんだを起こして喧嘩の空気をぶち壊し仲直りしてしまうのだが、そうもいかない時は大抵ナナが炎佐に泣きついて彼の部屋に泊まり込んでいたものだ。と彼は思い返していた。

 

「へいへい。ほれポテチやるから泣き止め」

 

「アタシを何だと思ってんだテメー!」

 

めんどくさそうにポテトチップスのうすしお味を渡してくる炎佐にナナは怒りながらも袋を奪い取って開け、ポテチをバリバリと貪り食う。

 

「へいへい。今から軽く菓子でも作ってやっからそれ食って大人しくしてろ」

 

「作れんのか?」

 

「我儘な姉ちゃんがアポなしで来ることも珍しくない独り暮らし舐めんな」

 

「あー、キリサキキョーコか」

 

炎佐のお菓子を作る発言に驚くナナだったが、彼の言葉を聞いてこくこくと頷いた。それから炎佐はキッチンに入り、一時間経つか経たないか程待っていると戻ってくる。

 

「ほれ、チョコチップ入りのマフィンだ」

 

そう言っていくつかのマフィンを乗せた大きな皿をナナの前にあるテーブルに置き、自分も適当な一個を取ると齧りつく。

 

「お、いっただっきまーす!」

 

ナナもマフィンを見て嬉しそうに微笑み、手を伸ばした。

それから二人はテレビで適当なバラエティ番組を見ながら黙々とマフィンを取っては齧っていく。

 

「あはははは! ん~……ん?」

 

ナナはテレビを見ながら笑い、横にある皿に手を伸ばす。が、その手は空を切り、ナナは不思議そうに横を見る。そこには炎佐が最後のマフィンをその手に持っている光景があった。

 

「あ、ずりぃぞエンザ!」

 

「うお!?」

 

それを見た途端ナナはテーブルから身体を乗り出してマフィンを奪い取らんと手を伸ばす。が、炎佐も流石元宇宙を駆ける傭兵といわんばかりにその不意打ちに対応、マフィンを持っている手をナナから遠ざける。

 

「それあたしのために作ったんだろ! よこせよ!」

 

「は!? 確かにそうだけど俺のおやつでもあるんだよ!」

 

炎佐は高々とマフィンを持つ右手を挙げながら、マフィンを奪い取らんとぴょんぴょんジャンプしながらよこせと要求してくるナナに文句を返す。元々炎佐の方が背が高い上に手を掲げられてはナナに届くわけがなく、ナナは唇を尖らせた。

 

「ぬ~……でりゃっ!!」

 

「っと、そうはいくか!」

 

ナナはデビルーク星人の地球人離れした身体能力をフル活用し、大ジャンプ。が、炎佐もマフィンを奪われないように左手でガードしながら体勢を後ろに持っていくが、その時足元にあった座布団に躓いてしまった。

 

「「うわぁっ!!??」」

 

バランスを崩した炎佐と一緒にナナも倒れてしまった。形的にはナナが炎佐を押し倒したような格好になっている。

 

「やっほーエンちゃーん!! あっそびに来たよー!! サプライズ、びっくりしたー!?」

 

そこに絶妙なタイミングで、満面の笑顔をした恭子がドアをばぁんっと開いて入ってくる。

 

「「「…………」」」

 

そして空気が固まった。

 

 

 

 

 

「ふんふん……つまりこの子は、エンちゃんが宇宙にいた頃のお友達。と」

 

「そ、そうです。まあなんていうか、幼馴染っていうか、妹分っていうか……」

 

目元に影を作った冷たい目をしながら腕組み仁王立ちという迫力ある格好の恭子に炎佐は正座状態でたどたどしく説明。元宇宙を駆ける傭兵がアイドルに押し負けている光景にナナは唖然としていたが、気づいたように「あっ」と声を出す。

 

「えっと、あたし、ナナ。ナナ・アスタ・デビルーク……エンザとはその、エンザがデビルーク星にいた頃あたしらの親衛隊をしてて、遊び相手っつーか……」

 

「で、遊びのじゃれ合いの結果、押し倒し押し倒されてた、と?」

 

迫力ある恭子の静かな言葉にナナと炎佐は彼女とお互いから目を逸らしつつ気まずい様子でこくり、と頷き恭子の言葉を肯定する。

 

「……はぁ」

 

と、恭子は毒気を抜かれたようにため息をついた。

 

「えーっと、とりあえずエンちゃんもナナちゃんも、倒れた時怪我とかしてない? 大丈夫?」

 

「ん? ああ。あんくらい倒れたりナナにのしかかられたくらいで怪我する程やわな身体なんてしてねえよ」

 

「あ、あたしも大丈夫だ! 心配してくれてありがとな、キョーコ!」

 

恭子の心配そうな声かけに炎佐はあっさりと返し、ナナもにっと笑う。と、恭子が「あれ?」と返した。

 

「ナナちゃん、私のこと知ってるの?」

 

「えっ!? あ、あー、いや、その……ミ、ミーネ、そう! ミーネから聞いてたんだよ!」

 

「あ、おばさんから? てっきりエンちゃんからかと」

 

「ミーネがほら、DVDとか貸してくれてさ~! なんだっけ、姉上も見てるあれ……えーと爆熱なんとか……」

 

「あ、もしかしてマジカルキョーコ見てくれたの!?」

 

恭子が、ナナが何故初対面の自分の事を知っているのかと疑問に思うとナナは咄嗟に誤魔化しに入る。まあ確かにとらぶるくえすとという仮想現実のRPGゲームでラスボスに設定するため調べてました~とは言えまい。恭子もナナの言葉からマジカルキョーコを見てくれたのかと目を輝かせた。

 

 

 

 

 

「本日も、燃やして解決っ!」

 

それから夕食頃まで時間が過ぎ、恭子とナナはお互い社交的な性格のためかすっかり打ち解けており、今は炎佐の家にあった(というか恭子が新作が出る度にほぼ無理矢理置いていっている)マジカルキョーコのDVD視聴会を行っていた。

 

「おーい、飯出来たぞー」

 

「「はーい!」」

 

炎佐が呼ぶと女子二人は目を輝かせながら台所に突進、いい匂いのする煮込みハンバーグ(キノコととろみのついた特製ソース付き)を見て「おぉー!」と歓声を上げる。

 

「ほれ、皿持ってこい皿」

 

炎佐が言い、恭子は素早く皿を人数分準備、炎佐がハンバーグとキノコをよそうとナナがそれをテーブルに持っていくという見事なコンビネーションで食事の準備を整える。

 

「「いっただっきまーす!」」

 

そしてまだ何か準備をしている炎佐が来る前にナナと恭子はハンバーグを食べ始めた。

 

「むぐむぐ……ん? なんかこのハンバーグ、肉っぽくねえ?」

 

「はむ……あ、これ豆腐じゃん!」

 

ナナは口に入れたハンバーグから肉っぽい感じがしない事に首を傾げ、同じくハンバーグを食べた恭子が気づく。

 

「惜しい。これはおからハンバーグ。低カロリーだぞ」

 

「むぅ……まあ、ダイエットにはいいけどさ。一応体型には気を遣わなきゃだし……」

 

「そういうこと」

 

炎佐はサラダも準備しながら本日の夕食――低カロリーなおから煮込みハンバーグの説明をし、恭子は一瞬肉のハンバーグでない事に唇を尖らせるが、アイドルという職業柄体型にも気を遣うしそのためならいいかと呟く。

 

「ほら、ナナもサラダちゃんと食えよ? 健康が一番なんだからな」

 

「へーい」

 

炎佐は小皿によそったサラダをナナの前に置き、ナナも僅かに顔をしかめて呟いた。

 

 

 

 

 

それからまた時間が過ぎ、ナナは風呂に入った後今日は炎佐の家に泊まる事になったため客間に通され、ベッドに寝転んでいた。

 

「うふふ~。なんかごめんね、ナナちゃん」

 

「あ、いや、別に……」

 

ごめんねと謝りながらも嬉しそうに笑っているのは恭子。彼女の言葉に同じベッドに寝転んでいるナナはややどもってそう返す。ナナが通されたのは客間というか、恭子がこの家に泊まる時に使っている部屋なのだ。

 

「ところで、ナナちゃんってエンちゃんの家にしょっちゅう遊びに来るの?」

 

「ん? いや別に? どっちかってーとエンザがリトの家に遊びに来る方が多いしさ」

 

「へー……残念」

 

ナナの言葉に恭子は「残念」と呟き、それにナナが不思議そうな表情を見せると、恭子はにまっと笑って突然ナナに抱き付いた。

 

「おわっ!?」

 

「ナナちゃんがいっつも遊びに来るんなら、こうやって可愛がるのになーって」

 

「わ、や、やめっ!」

 

「ほーら、むぎゅー」

 

ナナは恭子に抱きしめられて驚いてじたばた暴れるが、恭子は割と豊満な胸にナナの顔を押し付ける。彼女の友人である都築乙女直伝の抱擁にナナは顔を真っ赤にしてばたばた暴れていた。

 

「エンちゃんの妹分なら、私にとっても妹分同然だからね……ほら、良い子良い子」

 

「ん……」

 

妹を温かく包み込むお姉ちゃんのような恭子の抱擁となでなでを受け、ナナはまどろみを感じ始める。

 

「おやすみなさぁい」

 

恭子の言葉を合図にし、ナナの意識は遠くなっていった。

 

 

 

 

 

「んがっ」

 

ナナは妙な声を開けて目を開け、起き上がる。そこは普通のベッドではなく王族御用達に近いやわらかベッドに、見覚えのある。というか毎日見ている部屋の風景。

 

「あれ?……エンザー? キョウコー?」

 

寝ぼけ眼で辺りを見回し、泊まっていたはずの家の家主エンザと一緒に寝たはずの恭子を呼ぶ。が、その時彼女の頭の中に昨日の記憶がよみがえり始めた。

 

「そっか。あたし昨日モモと喧嘩して……で、モモが家を出ていって、それからずっと部屋に……って事は、あれは夢か」

 

ナナはそこまで考えるとはぁとため息をつく。

 

「あの、ナナ? 入ってもいいですか?」

 

「うお、モモ!?」

 

部屋の外から聞こえてきた声にナナは驚いたように起き上がって部屋の入口まで走るとドアを開ける。そこにはモモが立っていた。

 

「あ、あの、ナナ……その……き、昨日はごめんなさい。少し言いすぎました」

 

「あー、えっと、さ……あ、あたしも悪かったよ。むきになっちまった……」

 

ぺこり、と頭を下げて謝るモモにナナも頭をかいて謝り、顔を上げたモモと顔を見合わせるとにこりと笑い合う。仲直りだ。

 

「……ふう」

 

部屋の外。また喧嘩になった時のためにこっそり待機していた炎佐――なおモモはそれを知らない――は安心したように息を吐いた。

 

「なんか、迷惑かけたな、炎佐」

 

「何言ってんのさ。こんなもん、デビルーク親衛隊時代毎日レベルの恒例行事だからもう慣れっこだよ」

 

申し訳なさそうに謝るリトに炎佐はそう言って笑い、立ち上がる。

 

「じゃ、僕は帰るよ。ララちゃん達によろしく」

 

「お、おう」

 

そう言って炎佐は部屋の入り口に歩き出し、一度振り返って、笑顔で話に花を咲かせているデビルーク双子王女を見て一つ微笑むと部屋を出て行き、そのまま結城家を後にした。

 

「ん?」

 

そこで電話が鳴り始め、炎佐は通話相手を見ると電話に出る。

 

「もしもし、どしたのキョー姉ぇ……は? 急に豆腐ハンバーグが食べたくなった? うん、わかったわかった。今度遊びに来る時に作ってあげるよ……うん、じゃあね」

 

電話相手――霧崎恭子の唐突なお願いに炎佐はやや首を傾げながらその願いを了承。電話を切ると帰路につくのであった。




前話投稿した翌日、暇潰しにアクセス解析見てみたらお気に入りが投稿一時間後には三人追加されてたり二時間後には二人追加されてたりでマジビックリした……オリジナルストーリーだったからか、それともモモがヒロインだったからか!? 皆さんモモ好きすぎでしょ!? 別にこの子ゲストヒロインならともかくメインヒロイン、サブヒロインにはなりませんよ!?(困惑)
さて、今回は前回の話の感想の中にあった「ナナVerの話である『第二王女のお泊まり会』も読んでみたいですが、ナナの場合はモモ以上にからかわれそう。」という言葉を聞いて面白そうだなと思ってやってみました。
そして前書きにある通りパラレルストーリーであってこの後のストーリーには全然絡まないという事で好き放題やりましたさ♪
なんていうか、初っ端からモモに対しては晩飯嫌いなもんにすんぞって若干キレてたのに対してナナには自分の分込みとはいえおやつ作ってあげたりと甘やかしてんなぁ炎佐……。
でもって、前書きの方でちゃんと「今回はパラレルストーリーです」の注意文は入れておいたんですが。書いてる途中になんとなく思いついたのでナナの夢落ちだったというオチをつけました。もちろんその間モモ達の方は前回の[第三王女のお泊り会]の流れになってます。
さて次回はどうしようか。オリジナル二話やったし、ストーリー進めるかな。
ま、今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第三十一話 沈黙の島の黒猫

「ホホホホホ!! ようこそ皆さん! 我が天条院家の別荘へ!!」

 

沙姫が出迎え、リト達が立っているのは海のど真ん中に浮かぶ孤島にある高級そうな建物。沙姫が言っている通り天条院家の別荘だ。ララは目を輝かせて「わー」と小さく歓声を上げている。

今日、リトや炎佐達は沙姫から招待されて天条院家の別荘へと旅行に来ていた。

 

「沙姫様のご友人の方々ですね。よくぞいらっしゃいました」

 

「あなたは?」

 

「この屋敷を管理している執事の嵐山です。今日は皆さんのために海の幸をたくさん用意してあります。どうぞごゆっくりおくつろぎください」

 

「あ……ど、どうも。お世話になります」

「ヨロシクお願いしまーっす!」

 

挨拶をしてくる柔らかい物腰で穏やかな風貌の男性――嵐山に唯が礼儀正しく挨拶をし、その後ろからララも元気に挨拶する。

 

「サキ! 招待してくれてありがとね!」

 

「あなたには家出騒動の時お世話になりましたから。天条院家は受けた恩を忘れませんのよ」

 

ララの無邪気な笑顔での言葉に沙姫はやや照れた様子で返した後、「でもこれでチャラですからね!」と続ける。それにララも分かってるのか分かってないのかよく分からない様子で明るく「はーい!」と返す。

 

「じゃ、嵐山! 皆さんをお部屋にご案内して!」

 

「はっ、沙姫様」

 

沙姫の指示に嵐山は頷き、彼についてリト達も歩いていく。

 

「リサミオやお静ちゃんも来れたらよかったのにねー」

 

「急な話だったから残念だったね」

 

ララと春菜が話しながら、彼らはその場を去っていった。ちなみにこっそり戻ってきた招待客の一人――ルンが沙姫を口車に乗せて何か企んでいたのはまた別のお話。

 

 

 

 

 

「なんか雲行きが怪しくなってきたな……」

 

「そうだね。明日辺り釣りでもしようと思ったけど、天気によっては無理かも」

 

リトは窓から、外の雲行きの変化を見ながら呟き、炎佐もそう返しながら何故か戦闘で使っている武器の手入れを行っていた。

 

「リト……炎佐……」

 

と、彼らと同室――というか男子はこの三名だけだったので議論するまでもなく押し込まれた――である猿山がベッドに腰かけた状態で口を開く。

 

「女子たちは今、大浴場にいるらしいぞ」

 

「ああ。だから俺らは夕食の後にでも――」

「そうじゃねえ!!!」

 

猿山の言葉にリトは間違えても鉢合わせしないようにと紳士的に自分達の入浴時間を決める。が、それを遮る勢いで猿山は叫び、立ち上がった。

 

「覗きに行こうぜ!!」

 

「はぁ!?」

「はぁ~」

 

突然の言葉にリトが意味分からんとばかりに声を上げ、炎佐は予想していたのかため息を漏らす。猿山は「猿山ケンイチ! 目標に飛翔する!」とか言い出して入り口に走り、リトが大慌てで彼の肩を掴み「やっぱマズイだろそれは」と諭し始める。

 

「分かってる……こいつは地獄へ続く道かもしれねえ」

 

と、猿山は案外冷静にリトの言葉を肯定。リトもホッとした様子で肩から手を離す。

 

「だがな二人とも……男ってのは追い求める生き物なんだよ。おっぱいという名の黄金郷(エルドラド)をな!」

 

しかし猿山は彼の意見を完全無視して無駄に良い表情でそう言い残す。

 

「そのために地獄に落ちるならば本望!! 行くぞ、リト!!」

 

「お、俺もか!?」

 

「行ってらー」

 

猿山はばぁんっとドアを押し開きながら言い、その最後の言葉にリトが驚愕の声を上げると炎佐は興味なさげにひらひらと手を振る。

 

「どこへ?」

「お、お風呂、皆あがったから呼びに来たんだけど……」

 

そのドアの向こうでは唯(肩には懐かれたらしいセリーヌを乗せている)がきつい目で、春菜が恐る恐るという様子で立っていた。

 

「「……」」

 

いきなりの女子登場に男子二人も固まる。特にリトは春菜に下手したら聞かれたかもしれないという事に顔面蒼白になっていた。

 

「い、いや違うんだ、リトの奴がおっぱいは男のロマンとか言って……」

 

「何ーっ!?」

 

すぐさまリトに全ての罪を擦り付けようとする猿山にリトは声を上げて猿山に掴みかかると「勝手な事言うな!」と猿山に吼えるが、その猿山は口笛をぴーぴーと吹くなどという今時見ないレベルの誤魔化し方をしていた。

 

「「ロマンなの?……結城君……」」

 

「言ってねー!!!」

 

唯はやや睨み、春菜は頬を引きつかせながらの言葉にリトは絶叫。続けて主に春菜にだろうか、弁明を始めようとする。が、その時突然パァンッという銃声が聞こえてきた。

 

「うわっ!」

「「きゃっ!」」

 

突然の銃声に怯むリト達。だが直後銃声に反応した炎佐が真剣な目つきで部屋を飛び出した。

 

「今の音、銃声? ホールの方から聞こえたみたいだけど……」

 

炎佐は冷静に状況を分析、「今の音何!?」と走ってきたララ達も連れてリト達と共にホールへと走っていく。

 

「!! あ、あれは……」

 

ホールに着いた時、リトが誰かが倒れていることに気づく。と、その時雲の切れ目からだろうか、月の光が室内へと差し込んで倒れている人を照らし出す。

 

「嵐山……さん……」

 

誰が呟いたのだろうか。だが、心臓がある部分に銃創だろう風穴を開け、血を流して倒れている嵐山氏を目の当たりにした、つまり殺人現場に遭遇した一般人達にその言葉を誰が呟いたのか確認する余裕などなかった。

 

 

 

 

 

「嵐山が……どうして、こんな事に……」

 

外ではザアアァァァ、と雨が降り注ぐ中、一番広い部屋に集められたリト達一行&沙姫達トリオ。沙姫は己の執事が殺された事を聞いてショックを受けつつも、綾が他の従業員に部屋で待機しているように伝えたという報告を聞くと彼女にありがとうとお礼を言う。

 

「大変な事になりましたわね……殺人事件なんて……」

 

沙姫は困ったように呟く。

 

「沙姫様」

 

「凜! 警察に連絡はつきましたの?」

 

凜が沙姫を呼び、沙姫は凜に警察に連絡はついたのかと尋ねる。しかし凜は静かに首を横に振った。曰く、電話やネット、あらゆる通信手段が使えなくなっている。まるでこの島が外界から遮断されたかのように。とのことだ。

 

「なんなんですかそのベタな推理ドラマみたいな状況!?」

「俺達このままこの島で過ごすのかぁ!?」

 

報告を聞いたルンと猿山が悲鳴のような声を上げる。が、その横でセリーヌは「まうー♪」と能天気な、むしろ楽しそうな声を上げていた。

 

「迎えの船はいつ来る予定なんですか?」

 

「明日の夕方ですわ……」

 

唯からの質問に沙姫は正直に答えるが、酷い大雨とそれによって荒れた海を見て「それもどうなるか」と呟く。

 

「…………そ、そうだ! ララのデダイヤルがある! それでザスティンに助けに来てもらえば――」

「いや、無理だ」

 

リトは地球外の技術であるデダイヤルで助けを求める事を思いつくが、それを遮るように入り口ドアの近くで待機していた炎佐が否定。デダイヤルの画面を向ける。それには通信圏外の文字が浮かんでいた。

 

「さっきから試していたんだがデダイヤルも使えなくなっている……ったく。鎧や武器をメンテのために出しといて助かった」

 

炎佐はそう言ってデダイヤルを閉じると外敵がいる可能性が極めて高い状況で丸腰という最悪の状況にならなかったことに安堵の息をついて鎧を着こみ始める。

 

「うーん、私のデダイヤルもだね」

 

「あたしとモモのデダイヤルもだぜ」

 

「ヘンですね……嵐の影響なんか受けるはずないんですけど」

 

デビルーク三姉妹もデダイヤルが使えない事を確認。しかしモモはそれを不審にも思っていた。するとその時窓の外に稲光が走り、直後ドオォォンという轟音が響いた。

 

「きゃっ!!」

 

「美柑!?」

 

「ご……ごめん。ちょっとびっくりしちゃって……」

 

「昔から苦手だっけな、雷……」

 

雷鳴に驚いた美柑は思わず近くにいたリトに抱き付き、リトも彼女が昔から雷が苦手だったのを思い出すが、直後彼は春菜や唯達女子が皆不安気に表情を曇らせていることに気づく。

 

「だ……大丈夫だよ皆! ここに全員でいれば安心だし……ホラ……なんたって炎佐とヤミがいるし! どんな地球人が相手だって――」

「地球人が犯人とは限りませんよ」

 

「同意見だよ」

 

リトの言葉を遮って言うのは窓の近くを陣取っているヤミ。その言葉に鎧を装着し終えたエンザも武器である刀の柄を弄びながら同意した。

 

「ど、どーゆー意味だよ、炎佐!?」

 

「この建物の通信手段だけならまだしも、地球外技術であるデダイヤルまでも使用不能……こいつが人為的であるなら犯人は異星人と考えた方がいい。つまり……」

 

エンザはそこまで言ってリトとララを見る。その視線の意味に気づいたリトも引きつった笑みを浮かべて自分を指差した。

 

「は、犯人の狙いは俺達……って事か?」

 

「確証は持てないけどね。またララの婚約者候補がリトの命を狙ってきたのか……いや、あるいはデビルークと敵対している組織がデビルーク王女であるララ達を直接狙ってきたのか……」

 

エンザは敵の狙いを読もうと考え始める。と、猿山がガタガタと震えながら「ううぅぅ」と唸り始め、彼の様子がおかしい事に気づいた春菜が「猿山くん?」と声をかける。

 

「うおおぉぉぉ! もう耐えらんねー殺人鬼のいる島なんか!! 俺は泳いででも帰るぞっ!!」

 

「ま、待て猿山! この展開でそれ死亡フラグ――」

 

我慢の限界とばかりにそう叫んで彼はドアの方に走り、リトが彼を落ち着かせようとするものの猿山はリトを突き飛ばしてドアを開け部屋を出て行った。なお突き飛ばされたリトは転んだ拍子で何故かルンのパンツをずり落とすという行為をしており、照れつつもまんざらではないルンに慌てたり唯に怒られたりしていた。

 

「うわぁぁぁぁーっ!!!」

 

「! 猿山!?」

 

その時部屋の外から悲鳴が聞こえ、リトは親友の悲鳴に「まさかフラグ成立!?」と叫びながら部屋を飛び出す。

 

「い、今、向こうに黒い影が……」

 

そこには腰を抜かして座り込んでいる猿山の姿があり、彼は闇に包まれた廊下の先を見ながらそう言う。リトは彼の指差す方を見て、何か手がかりになるかもしれないと思い歩き出す。

 

「待った」

 

が、エンザがそれを制する。

 

「私達が見てきます」

「プリンセス、皆をよろしく。皆は俺達が戻ってくるまで誰も入れないように、可能性は低いけど、これが囮って可能性もあるしね」

 

「オッケー♪」

「任せろ! 怪しい奴がきたらソッコーぶっ倒してやるぜ!」

「降りかかる火の粉は払う必要がありますしね……ですが、お二人もお気をつけて」

 

ヤミとエンザが探索に行くと言い、エンザが本来護衛対象に対する指示としてはおかしいがプリンセストリオは了解しており、二人は廊下を歩いていった。

コツン、コツン、と硬質的な足音が廊下に響く。と、ヤミが足を止め僅かな後にエンザも足を止める。コツン、と硬質的な足音が消え、場が静寂に包まれる。

 

「やはり……あなたでしたか」

 

ヤミが闇の中に向けて声を発する。

 

「こんな惑星(ほし)で……ドクター・ティアーユの生体兵器に出くわすとはな……」

 

闇の中から返す声。それと共に闇の中から彼女らに視認できる距離に一人の青年が姿を現し、外からの稲光がその姿を照らし出す。その瞬間ヤミの顔が引き締まり、エンザの眉が心なしか吊り上がる。

 

「私も……またあなたの顔を見るとは思いませんでした」

「久しぶりだな、殺し屋“クロ”」

 

「ふん、ミーネとセシルの息子か。お前までここにいるとはな……」

 

ヤミとエンザの言葉を聞き、青年――クロは涼やかな流し目を閉じてエンザにそう言葉を向ける。

 

「あん? つーかテメエ、こんな辺境の星に何の用事だアァ?」

 

いつもの冷静さはどこへやら、難癖つけてくるチンピラみたいに首を傾けながら完全にガンをつける形になっているエンザ。それにクロははぁとため息をついた。

 

「前に会った時もそうだが、お前は何故そんな妙な絡み方をしてくる?」

 

「テメエはなんか気に食わねえ……テメエ俺の姉ちゃんに近づいたら殺すぞ?」

 

「お前に姉などいたのか? 興味もない」

 

完全にチンピラみたいにガンをつけるエンザにクロは興味なさげに返す。

 

「エンザ。話は呑み込めませんが話が進まないので黙っていてください」

 

最終的にはなんとヤミがツッコミを入れて抑える始末。クロが彼女をちらりと見た。

 

「お前の事は……金色の闇……とでも呼べばいいのか?」

 

「ヤミちゃんでもいいですよ?」

 

「全力で遠慮する」

 

珍しいヤミのボケにクロは乗っからず、目を閉じると彼らに背を向けて静かな声を出す。

 

「金色の闇、氷炎のエンザ。一つ忠告しておくぜ……俺の仕事の邪魔をするな。でないと……」

 

そこまで言うと、彼は振り向いて涼やかな目に殺気を宿らせ、言葉にせずともその意味を理解したヤミとエンザも殺気をもってお返しする。

 

「こっちも言っておくぜ、黒猫(ブラックキャット)……お前の仕事が何かは知らない。だが――」

「――ここにいる私の友人達に手を出したら……許しませんから」

 

「……ともだち?」

 

エンザとヤミの言葉を聞いたクロは、その内ヤミの言葉に反応する。

 

「はい……あ、一人は“標的(ターゲット)”でした。訂正します」

 

律儀に一人だけ友人ではなく標的だと訂正するヤミに、クロは口元に笑みを浮かばせる。次の瞬間彼は懐から黒い装飾銃を引き抜いて振り返り様に引き金を引く。ドウッドウッと二発の銃声が響き、その光弾がエンザとヤミを狙うが、エンザは横に飛びながら銃を抜き、ヤミは宙を華麗に舞ってかわし着地しながら髪を刃に変身(トランス)させてクロのいた方に向ける。

 

「……逃げられたか」

 

「本当に……私が狙いではないようですね」

 

銃を両手で構えて辺りに注意を向けながらエンザが呟き、ヤミは敵の狙いが自分である可能性を考えていたのかそう呟く。

 

「あいつは仕事の邪魔をするなと言っていたな……逆に言えば、あいつの目的はまだ果たせてないという事か」

 

「……戻りましょう」

 

エンザはクロの言葉から目的を推測しようとするが、その横に立つヤミはそうとだけ言って彼に背を向けると部屋の方に歩いていき、エンザもその後に続く。

 

「……」

 

大雨が降る外、それが見える窓の外から一匹の黒猫が三人を見ていたが、それに気づいたものは誰もいなかった。

 

「炎佐! ヤミ! さっき銃声が聞こえたけど大丈夫だったのか?」

 

「はい」

「犯人の正体が分かった」

 

部屋に戻ると一番にリトが二人を心配し、ヤミはリトの質問に答え、エンザが話を進める。その言葉を聞いたリトは「え!?」と声を出す。

 

「私と同じ殺し屋……通称“クロ”」

 

「銀河でただ一人、精神エネルギーを弾丸に変えて撃つ“黒い装飾銃”を使いこなすフリーの殺し屋だ。何者にも縛られる事はなく、狙われた相手は死という不吉から逃れられない。故に付けられた異名は黒猫(ブラックキャット)

 

ヤミとエンザは静かに話す。と、春菜が殺し屋という言葉に怯え、ルンは明るい声で「私怖ぁい~」と言いながらあざとくリトの腕に抱き付く。

 

「な……なんで、そんな人が嵐山さんを……」

 

「それは、まだ分からない」

「ただ……クロはまだ目的を果たしていないようです。今は……下手に動かず相手の出方を待つのが得策でしょうね」

 

唯の言葉にエンザが首を横に振るとヤミもそう言う。

それから数時間部屋から出ずの籠城戦になっていたが、いつ殺し屋が襲ってくるか分からず、逃げ場もない。部屋から出る事さえ躊躇われる状況に一般地球人であるリトや春菜達は消耗。ナナ達でさえ緊張からくる疲れが見えてきており、最後には猿山が半ば発狂状態で「エンザやララちゃん、ヤミちゃんがいるなら大丈夫だよなぁー!?」とリトに掴みかかっていた。

 

「たっ、た、た、た、大変ですわーっ!!!」

 

と、そこに突然沙姫、凜、綾、そしてルンが飛び込んでくる。

 

「沙姫? どうしたの、そんなに慌てて」

 

「今……従業員から連絡が……エントランスにそのままにしていた嵐山さんの遺体が消えたそうです……血の跡も残さず」

 

「え!?」

 

「それ……どういうこと!?」

 

慌てている沙姫にララがどうしたのかと尋ねると凜が説明。人の遺体が消えた、それも血の跡も残していないという常識離れした事にリトと唯が驚きの声を上げる。その時部屋の電気がいきなり消えた。

 

「キャッ!!」

「て、停電!?」

「どうして急に……」

 

春菜が悲鳴を上げ、モモが声を上げる。唯も動揺を見せつつ何か気づいた様子を見せるとリトから距離を取った。

 

「どうした、古手川?」

 

「あ……あなたがいつものノリでコケるんじゃないかと思って……」

 

「なんだそりゃ!?」

 

唯の不審な動きを不思議に思うリトは唯の言い分にツッコミを入れる。と、その時唯の背中に「ひぃっ!」と悲鳴を上げた猿山が直撃。唯は前にいたリトを巻き込んで倒れ、春菜が座っているソファの背中に激突。ガツッという音に春菜がびくっと怯えた反応を見せた。

 

「へっ?」

 

「!? ちょ……ち、違うのよ! 今のは猿山君がぶつかってきたんだから!」

 

状況を理解できていないリトに対し顔を真っ赤にして叫ぶ唯。彼女は猿山に「そうよね!?」と証言を求めるが、その猿山を目の限界以上に見開いて震える指を前方に向けながら「あ、あれ……」と震える声を出していた。その指の先、窓のある方向には黒いコートを身にまとう黒髪の男性が立っていた。

 

「クロ!」

「!! あれが!」

「皆さん、下がってください!」

 

エンザが叫び、リトが声を上げるとモモが戦う力を持たない春菜達に下がるよう言う。

 

「まうまうー!」

 

「えっ?」

 

が、その時そんな無邪気な声が聞こえたと思うとなんとセリーヌがクロに抱き付いた。

 

「セリーヌ何やってんのー!?」

 

「通訳しますと……“わーい、お客さんまうー”と言ってますね」

 

「客じゃねー!!」

 

モモの通訳を聞いたリトが叫ぶ。が、クロはセリーヌに構うことなく装飾銃を取り出すとそれを猿山を守るために前に立っていたララへと向けた。

 

「!」

「ひっ、ララちゃん!」

 

「不吉を届けに来たぜ」

 

猿山が怯えたようにララの後ろに隠れ、クロは殺気を見せながらそう言う。

 

(やっぱ狙いはララか!……てゆーかセリーヌ空気読めー!!)

 

リトはクロの狙いに気づき、その後相手を刺激しかねないセリーヌに心中で叫ぶ。と、クロはセリーヌを掴むとそのままぽいっと投げ、モモが慌てて彼女を受け止める。

 

「覚悟を決めるんだな」

 

クロがそう言い、ララの方に向けられた銃の引き金に置いた指が動き出す。

 

「やめろっ!!」

 

「結城君!」

 

「邪魔だ、どけ」

 

「い……いやだっ!」

 

その時リトがララを庇うように前に出、唯の悲鳴とクロの冷淡な声が重なる。が、リトは顔を青くして震えながらも彼の言葉を拒否した。

 

「結城君とララさんを撃つなら、私を撃って!!」

 

と、さらに二人を庇うように春菜が彼らの前に出た。するとクロの動きが一瞬硬直、その隙に彼の背後をヤミが取った。

 

「ヤミさん!」

 

美柑が歓声を上げ、ヤミは髪を拳型に変身(トランス)するとクロ目掛けて拳を放つ。が、その拳は微動だにしないクロの横をすり抜け、春菜、リト、ララの後ろにいた猿山に直撃した。

 

「ぐげっ!」

 

「さ、猿山!? なんで!?」

 

拳に殴り飛ばされ、壁に叩きつけられる猿山と、いきなりヤミが猿山を狙った事に困惑するリト。

 

「動くな」

 

「炎佐!?」

 

と、さらにエンザが赤い刃の刀を猿山に向ける。

 

「……クロ。こいつがお前の真の標的(ターゲット)だったってわけか?」

 

『え?』

 

エンザの言葉にリト達一般人の声が重なる。と、突然猿山の身体にブレが走った。

 

「あっ」

 

直後猿山がいた場所に現れたのは人型のマシンに乗り込んだ、球体状の身体に触角と手足の生えたような生物だった。

 

「え!?」

「な、なんですの!?」

 

「万の姿を持つ変装の達人、カーメロン。ある銀河マフィアから機密情報を盗み、逃走中だった男だ」

 

唯と沙姫が訳の分からぬ声を上げるとクロがそう説明する。

 

「それが誰も見たことがない本当の姿か……俺に撃たれたお前は光学迷彩と仮死装置によって死んだように見せかけ、俺をやり過ごそうとしたわけだ。だが……俺には匂いで分かる」

 

「血の匂い。たしかにあの死体からは血の匂いがしなかった」

 

「初めは天条院沙姫によるイタズラの線を考えましたが、クロの出現によりその可能性はなくなりました」

 

宇宙人賞金稼ぎ&暗殺者三人は淡々とまるで推理するように話を進める。

 

「あなたは死んだふりをしてクロをやり過ごし、部屋を抜け出した猿山ケンイチと入れ替わり――」

 

ヤミはすっと右手を挙げる。

 

「――私やエンザを使ってクロを倒そうとした。そうですね?」

 

そしてびしっとカーメロンを指差し、台詞を決める。

 

「……ヤミさん、最近推理もののマンガとか読んだでしょ?」

 

「よく分かりましたね、美柑」

 

ポーズを決めるヤミに美柑がツッコミを入れ、ヤミもこくりと頷いた。

 

「くっ……」

 

「動くな、動いたら消し炭にする。それとも凍死体の方がお好みか?」

 

往生際悪く逃げようとするカーメロンに刀を向けるエンザ。

 

「ちくしょー!!!」

 

と、カーメロンは一か八かというように叫び、突然カーメロンの乗るマシンから煙が噴き出し、エンザは咄嗟に距離を取る。

 

「くそっ、見えねー!」

 

ナナが煙に混乱していると、突然彼女の前にもう一人ナナが姿を現した。

 

「!!」

「ナナが二人!?」

 

春菜も、実の姉であるララすらも驚いていた。

 

(ククク……どちらが本物か分かるまい!! クロ……お前は無関係の人間を巻き込まないのがポリシーだと聞く。これでは迂闊に手が出せまい)

 

ナナに変装したカーメロンはそう心の中で呟きながらこっそりと周りを見る。

 

(ん? なんだお前ら、その顔)

 

周りの人間、リトや唯はぽかーんとした顔を見せている。

 

「はっ!?」

 

そして直後彼も気づく。ナナと明らかに違う、その発育してふるんと揺れている胸に。

 

「お、おかしいぞ、ちゃんとスキャンして化けたのに……!!」

 

「あたしをバカにしてんな……」

 

「ひぃっ!?」

 

万の姿を持つ変装の達人という異名を持つにしては明らか過ぎる凡ミスに張本人も焦るが、自らのコンプレックスを思い切り刺激されたナナからゴゴゴゴゴという怒気が発されているのに気づくと悲鳴を上げる。

 

「ペタンコで悪かったなー!!!」

 

「ギャース!」

 

「やはりボディに損傷を受けてシステムが不調のようだな」

 

怒りのナナにタコ殴りにされているカーメロンを見つつ、クロは静かに語る。

 

「だから停電により暗闇になった時、突然の光の変化に対応できず像がぶれた。ほんの一瞬だったが偽物の判別には充分だったぜ」

 

語り、クロは装飾銃をもう一度構える。

 

「これで終わりだ」

 

その銃口がカーメロンへと向けられた。

 

「待ってください」

 

が、その銃をヤミが押さえる。

 

「邪魔をするな、と言ったはずだ」

 

「そのつもりはありませんよ。ただ……」

 

クロの威圧しながらの言葉にヤミはそう言い、ちらりと周りを見る。

 

「トモダチに……これ以上血にまみれた私やあなたの世界を見せたくない」

 

「……」

 

その言葉にクロはかつて自分が助けた頃の、冷たい兵器としての彼女を一瞬思い出して驚愕を露わにする。

 

「彼になら別にいいんですが。友達ではなく標的(ターゲット)ですし」

 

「ええ!?」

 

「悪いが」

 

ヤミの言葉にリトが驚いていると、クロは驚愕を見せていた表情を引き締めて彼女の願いを否定する。

 

「そういうわけには――」

「まうまうー!」

 

が、その言葉が終わる前に再びセリーヌが彼の顔に張りつくように抱き付いた。

 

「セリーヌまたー!」

 

「“みんな仲良くまうー”と言ってます」

 

リトが叫び、モモが苦笑しながら通訳するとリトは「もー!」と叫んでセリーヌを捕まえる。

 

「今大事な話してんの!! 離れなさいっ!」

 

そう言って何故か全く無抵抗のクロからセリーヌを引きはがす。

 

「わっ」

 

と、セリーヌがララの髪をかすり、その勢いでバッジ状態になっていたペケがララの髪から外れる。

 

「わわっ」

 

と、ララの衣服が光の粒子となって消滅。全裸になったララを見たクロの顔が赤く染まっていく。

 

「わ、ととっ」

 

セリーヌを引きはがした時の勢いでふらついたリトは最終的にセリーヌを手放してしまい、

 

「ひゃっ!?」

 

何故かララの方に倒れ込むと彼女の胸を後ろからわしづかみにした。

 

「ゆ……結城君、またー!!」

 

「ごっ、ごめーん!!」

 

顔を真っ赤にした唯が怒鳴り、リトは慌てて謝る。クロの顔がかぁぁ、と擬音がつくほどに赤くなった。

 

「なんなんだ、こいつらは……」

 

フラリ、とふらついて吐き出すようにクロは呟く。

 

「調子が狂う……」

 

「……同感です」

 

彼のコメントにヤミも素直に微笑みながら頷いたのであった。

 

それから一夜明け、嵐も止んだ快晴の空の下。エンザ、ヤミ、クロは屋敷の屋根の上で一緒にいた。ちなみにカーメロンが変装していた嵐山と猿山は二人とも物置に縛られていたらしく、無事に救出されていた。

 

「んじゃ、カーメロンは俺達の方で銀河警察に引き渡しておくが。それでいいな?」

 

「仕事をする気分じゃなくなった……今回は貸しにしておくぜ、金色の闇」

 

炎佐の確認に対しクロは静かに返し、ヤミに向けてそう言うと彼らに背を向け、直後姿を消す。

 

「ふう。一時はどうなる事かと思ったけど、とにかく全員無事でよかった。さて、僕達も戻ろうか」

 

そう言って炎佐は屋根から飛び降りる。ヤミもそっちを見た後、ふと空を見上げる。青色が広がり、雲一つない綺麗な青空。それを見たヤミはふと微笑を浮かべ、彼女はその笑みを消してから屋根を飛び降りた。

 

「……」

 

ヤミが飛び降りた数瞬の後、屋根のどこかに隠れていたのかどこからとともなく一匹の黒猫が姿を現す。

 

「ふふ、ふふふ……」

 

と、突然黒猫が笑い始め、黒猫が黒い光に包まれた。と思うとそこに一人の少女が立ち、闇のように黒い長髪を髪になびかせる。色黒の肌に真っ黒なキャミソールという黒ずくめの少女だ。

 

「ともだち、か……金色の闇よ……」

 

少女は屋根の上から、炎佐と共にリト達の待つ屋敷内に戻っていくヤミを見下ろし、クスクスと笑い声を漏らしていた。




ちょいと都合によりしばらくToLOVEる更新優先になりそうです。少なくとも無印分はとっとと終わらせないとな……つっても無印ストーリーで炎佐を絡ませられそうなのはこれ除いてあと二話くらいですけども。
今回はクロ登場。でもって炎佐は彼に絡むとチンピラになります。恭子を取られそうな気がして怖いとかいう理由で。(笑)……もしも万が一原作の方にもクロが再登場して恭子が一目惚れなんて展開になったら俺大爆笑する自信があるわ。というかそんな展開があったらエンザ(バーストモード&パワードスーツ装着状態)VSクロの決闘(むしろ殺し合い)が間違いなく起きる。
クロについてはToLOVEる原作ではなかった、BLACKCATでの異名、黒猫(ブラックキャット)及びその由来とか色々オリジナルで付け加えました……この後原作の方で矛盾が起きない事を祈ろう。
訳あって目標10月までに、というか来週までに最低無印編終了を目標に立てましたので。次回も早目の投稿を目指します。あ、もちろん無印編でこの作品を終了するつもりはありません。きちんとダークネス編も行いますからご心配なく……ちょっと個人的都合とだけ申し上げておきます。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第三十二話 アイドルの恋心

「リトくーん!」

 

「ルン? なんだ、いきなり呼び出して?」

 

彩南町のある公園。明るく微笑みながらリトを呼ぶルンに、いきなり呼び出されたらしいリトは首を傾げながら用件を尋ねる。

 

「……実はね……」

 

ルンはくすり、と微笑んで用件を切り出した。

 

「え!? 一日彼氏になってほしい!?」

 

ルンの言った用件にリトが驚愕の声を上げる。曰く、楽屋で友達と恋バナをした時に彼氏がいるとルンが見栄を張ってしまったらしく、そうしたら今日はオフだからぜひ会いたいという話になってしまったらしい。

 

「だ、だからって、なんで俺が!? え、炎佐とかに頼めばいいじゃねえか!?」

 

「え? あ、いやそれはえーっと……その、リト君じゃないと意味ないっていうか、むしろエンザに頼んだら後々やばいっていうか……」

 

「?」

 

リトは一応ルンの幼馴染に分類される炎佐に頼めばいいじゃないかと訴え、それを聞いたルンは目を逸らしながらぼそぼそと呟く。その呟きにリトが首を傾げると、ルンははっとした顔を見せた後、瞳を潤ませた。

 

「……いや? たまには相手してくれてもいいでしょ?……このままじゃ私……ただの見栄っ張り女になっちゃう……」

 

「わ、わかったわかった! なんとか頑張ってみるから、泣くなって!」

 

「やった♪」

 

ぐすんと涙目になるルンだったがリトからの協力を取り付けるとぱっと明るい笑顔を見せる。そのウソ泣きにリトは唖然とするのが精一杯だった。

それから場所は市街のちょっとした待ち合わせ場所によく使われるのだろう開けた場所に移る。

 

「あ、来た来た! キョーコ、こっちこっちー」

 

「キョーコ?」

 

「こんにちはー。初めまして、霧崎恭子で……」

 

ルンの呼び声に反応したのか、きょろきょろと辺りを見回していた少女はルンの方を向いて駆け寄り、彼女はリトを見て挨拶する。が、その言葉は途中で止まり、リトが首を傾げると彼女はルンを捕まえて引きずるようにリトから距離を取った。

 

「ル、ルルルルンちゃん! あ、あの子がルンちゃんの彼氏でエンちゃんの親友のリト君!?」

 

「え、あ、うん……え? キョーコ、リト君の事知ってるの?」

 

「まあなんていうか、去年エンちゃんとこの学園祭で一度話したことが……その時は変装してたし、リト君にエンちゃん呼んでもらっただけだから多分本人覚えてないと思うけど……も、もし私があの時のエンちゃんの従姉弟だってばれたら……」

 

「……」

 

恭子の言葉が終わり、ルンと合わせて顔を青くする。炎佐は恭子の安全のために必要以上には自分との関係をひた隠しにしていた。万一彼女らのミスでその秘密が拡散するような事があったら……

 

「よ、よくて拳骨とお説教のコンボだね……」

「希望的観測すぎるよそれ……」

 

恭子が楽観的な観測を立てるとルンが呆れ気味にツッコミを入れる。とにかく、恭子が炎佐の従姉弟であることは伏せる方向で、という共通認識が二人の間に成り立った。

 

「お、お待たせリトくーん。キョーコ! これが私の彼氏、リト君だよ!」」

 

「ど、どうしたんだ?」

 

「あ、あーいや、ちょっとねー気にしないで。改めまして、初めまして結城リト君。霧崎恭子です♪」

 

ルンはリトの腕に抱き付きながらリトを紹介し、リトがいきなり二人が自分から離れて話し始めたことを疑問に思うと恭子は誤魔化すようにリトに初めましてと言い、自己紹介する。

 

「あ、は、初めまして……ん? なんかどこかで会いました?」

 

「き、気のせいだよー! テ、テレビでよく見るからじゃないかなー!?」

 

「そ、そうっすよねー」

 

リトも恭子に初めましてと挨拶した後、デジャヴを感じたのか質問。恭子はぎくりと身を揺らした後気のせいだと誤魔化し、リトも人気アイドルに早々会えるはずがないという考えから気のせいだと認識した。

 

「じゃ、三人でどっかその辺歩こうか」

 

「うん!」

 

恭子とルンで話し、三人はその場を後にする。それから人通りの多い道を歩きながら、リトはふとルンと恭子を見た。

 

「と、ところで二人とも、顔バレとか大丈夫なのか? 芸能人なのに……」

 

「キョーコがね、“堂々としてると逆に気づかれないもの”だってさ♪」

 

リトの言葉にルンはそう言い、リトの腕に抱き付く力を強めて胸を押し当てる。

 

「あ、あんまりくっつくなよっ!」

 

「いいじゃん別にー」

 

「ラブラブだねー♪

 

胸を当てられているリトが慌てたように言うとルンはにこにこ笑顔でいいじゃんと返し、そんな二人を恭子がラブラブだねーとからかった。そのまま歩きながら色々と雑談をしていくと、リトがその中の一つに反応した。

 

「キョ……霧崎さんも宇宙人だったの!?」

 

「キョーコでいいよ。私は正確にはフレイム星人と地球人のハーフね。火を操る能力(チカラ)も本物♪」

 

「特撮じゃなかったのか……へー」

 

恭子が人差し指を立ててその先から炎を出しながら説明するとリトはへーと頷く。

 

「どうかした? リト君」

 

「ん? いや、ララに教えてやったらびっくりするだろうなーって」

 

「ララ……って、ルンちゃんの幼馴染でお姫様だっていう?」

 

「あ、うん。そうそう! あいつマジカルキョーコの大ファンでさ!」

 

リトは楽しそうにララの事を話し、それを聞いていたルンの表情が曇り彼女はリトから離れるが、リトはそれに気づく様子を見せない。

 

「それに、実はキョーコさんと同じフレイム星人の血が流れてるっていう宇宙人が知り合いにいてさ。炎佐、きっと知ったら驚くだろうなー」

 

「えっ!? う、うん、そ、そうだね。会ってみたいなーなーんて、あはは……」

 

次にリトは炎佐の話題を出し、彼が知り合いどころか親族である恭子は苦笑いを見せながら相槌を打つ。

 

「うっひょー!!」

 

そんな時、突然奇声が聞こえてくる。

 

「キョーコちゃんにRUNちゃんではないですかー!?」

 

奇声の主はエロ本を片手に持って本屋から出てきた中年男性――彩南高校の校長だ。

 

「げっ! 校長!!」

「あ! いつかのヘンタイ!!」

 

リトはこの状況で面倒な相手に出くわし、恭子はルンと仲良くなったきっかけになったマジカルキョーコの撮影の事を思い出す。

 

「これは……服など着ている場合ではありますまい!!」

 

そう言って校長はパンツ以外の衣服を全て脱ぎ捨て、「わしのカラダにサインして~!」とセクハラまがいの言葉を言いながら二人向けて突進、リトが慌てて「逃げろ!」と叫んで三人で逃走開始。適当な路地裏に逃げ込む。と、ルンがどこからか何か手榴弾のようなものを取り出した。

 

「ルン、それは!?」

 

「銀河通販の痴漢撃退爆弾! こいつで!!」

 

爆弾という物騒なものを躊躇いなく取り出すルン。が、焦っていたためかルンは手を滑らせてしまい、爆弾を落とす。と、爆弾は地面に落ちると同時に破裂しルンと恭子を煙が包んだ。

 

「だ、大丈夫か二人ともっ!?」

 

リトが駆け寄るが、煙が晴れた時リトが目にしたのは完全に全裸になっているルンと何故かニーソックスだけが残っている恭子の姿だった。その周囲にひらひらと元衣服だったらしい小さな衣の破片が散らばっている。

 

「な、なんで服がーっ!?」

 

「うそっ、着衣消滅ガス弾と間違えた!?」

 

「なんでそんなモンとっ!?」

 

どうやらルンは都合よく衣服だけを溶かすイロガーマの粘液の成分を使ったガス弾と件の爆弾を間違えたらしく、しかし何故そんなもんを持っていてしかもこのタイミングで間違えるのかとリトがツッコミを入れる。

 

「……」

 

恭子は羞恥心から胸を隠しながら驚愕に固まっていたが、校長の「むひょー」という奇声を聞くとリトの背中に隠れる。

 

「ごめんリト君、ちょっち盾になって!」

 

「え、え、え!?」

 

いきなり初対面の、しかも全裸のアイドルに密着されたリトは困惑から硬直。結果として恭子を隠す壁となる。

 

「ひょー! こんな所にいましたかー!」

 

ルン達を見つけた校長が路地裏に飛び込む。

 

「くらいなさいっ!」

 

「ぬわーっ!!」

 

が、それを迎えたのは恭子の指先から放たれた大爆発だった。吹っ飛ばされた校長はどしゃぁ、と地面に倒れ、場に静寂が戻る。

 

「あ、え、えと、俺服買って……あ、いやでも二人をここに残すわけにも……」

 

リトはルン達の着る服を買ってこようかと考えるが、同時に全裸状態の女子二人をこのまま残すわけにもいかないとおろおろ考え始める。

 

「こ、校長!? 爆音が聞こえてきたと思ったら、フレイム星人かクトゥグア星人にでもやられたのか!?」

 

そこに突然そんな青年の声が聞こえ、リトがはっとした表情を見せるのとルンと恭子がびくぅっと身体を震わせるのは同時だった。

 

「え、炎佐! 頼む、ちょっと来てくれ!!」

 

「リト!?」

 

「なー!!」

「リト君ちょっとタンマー!!」

 

リトは声の主である親友――炎佐に救援を求めるがルンと恭子がそれを阻止しようとする。

 

「リト、何があった!? またお前を狙う異星人か!?」

 

炎佐はリトの事を心配しながら彼の声が聞こえてきた路地裏に顔を出す。と路地裏の状況を見て固まった。

 

「ルンが変な爆弾使って、ルンとキョーコちゃんの服が消えちまったんだ! 俺、服買ってくるから炎佐は二人を見てて――」

「リト」

「――え?」

 

固まっている炎佐に気づかずにリトは慌てながら状況を説明、炎佐に二人が何かアクシデントに巻き込まれないよう見ててくれとお願いしようとする。が、炎佐の静かな声がそれを遮り、炎佐はゆっくりと右手を掲げ、人差し指を立てる。

 

「死ね」

 

そしてそう呟くと同時にその人差し指の先に巨大な炎の球体が出現した。

 

「えええええぇぇぇぇぇぇっ!!??」

 

いきなりの親友の豹変にリトも悲鳴を上げる。彼の目は殺しに躊躇がない獣の目になっており、ある意味今まで見た事のない殺気にリトの生存本能が警鐘を鳴らしまくる。

 

「エンちゃんダメー!!!」

 

それを止めたのは恭子だった。自分が全裸である事を忘れているのかと思えるほど大胆に炎佐に抱き付き、彼の上げている右腕を押さえつける。

 

「どけキョー姉ぇ! いくらリトとはいえ、キョー姉ぇをこんな目に合わせたのを許すわけには――」

「それが誤解なんだってばー!」

「キョ、キョーコがこんな目にあってるって意味なら悪いのは私だからとにかく落ち着いてー!」

 

何やら誤解しているらしい炎佐を恭子とルンが必死に説得し、なだめる。

 

(……え? 炎佐ってキョーコちゃんと知り合いなのか?)

 

いきなり親友に殺されかけたという現実からの逃避なのか、リトの頭はそんなずれた事を考えていた。

 

 

 

 

 

「……つまり、校長から逃げてて、プリンセス・ルンが痴漢撃退爆弾で対処しようと思ったら着衣消滅ガス弾と間違えてしかも取り落としてしまって、こんな結果になったってわけ?」

 

炎佐の言葉にルンはこくり、と小さく頷く。その肯定を見た炎佐は頭痛を抑えるようにこめかみに指を当て、はぁと小さくため息を漏らした。

 

「なるほど……てっきりリトがまた変なラッキースケベを起こしてこんな事になったのかと思ったよ」

 

「ちげーよ!!!」

 

あんまりな発言にリトは叫んでツッコミを入れる。

 

「っつーかさ」

 

その後、今度はリトが切りだした。

 

「炎佐って……キョーコちゃんの知り合いなのか? あ、そういえば二人ともフレイム星人の血を引いてるつってたし、キョー姉ぇとか呼んでたし、もしかして親族とか?」

 

リトの、ヒントは数多くあったとはいえ核心を突く台詞に三人はぎくぅっ、と身を震わせる。

 

「……え? 当たり?」

 

その反応を見たリトもぽかんとした様子でそう呟いていた。これ以上隠しきれない、と判断した恭子とルンは顔を見合わせてうんと頷く。

 

「エ、エンちゃんが悪いんだよ!」

「そ、そーだよ! 私達は隠そうとしてたのに、エンザ自身がばらしちゃったら意味ないじゃん!」

 

保身のため責任を炎佐に押し付けようとするアイドル二名。下手すればどれだけ最良でも拳骨&お説教、最悪何が起きるか不明なものが待っているため必死である。

 

「た、確かに……すまん。キョー姉ぇがこんな事になってて動揺してた……」

 

動揺が残っているのかなんか理不尽な責任の押し付けを真面目に受け取ってしまうエンザ。責任の押し付けに成功したルンと恭子はこっそりとガッツポーズを取った。

 

「とりあえずリト。話は後でするから、キョー姉ぇ達の服を頼めるか?」

 

「あ、ああ。今ララに連絡取ったから、ペケに修復してもらえば大丈夫だと思うってさ」

 

炎佐がアイドル二人から責任押し付けをくらってる間に気づいたのか、リトはコスチュームロボットペケを持つララに連絡を取り、ペケが衣服修復機能を持つと確認。二人の衣服の修復を頼んだらしい。

それから連絡を受けたララはルンと一緒にいる憧れのマジカルキョーコこと恭子を見て歓声を上げ、「お友達になってー」とお願い開始。恭子もあらかじめ炎佐からマジカルキョーコの大ファンの友達という話は聞いていたおかげか笑顔で頷き、その横のルンが「いいから早く服直してよ」とツッコミを入れる。

そしてペケの機能によってルンと恭子の衣服が修復された後、炎佐は約束していた通り自分と恭子の関係を話す。

 

「えー!? エンザとキョーコちゃんって従姉弟だったのー!?」

 

一番に驚きの声を上げるのはララ。続けて「じゃーなんで教えてくれなかったのー、ずるいよー」と頬を膨らませてみせる。

 

「いや、プリンセスは俺が結構変なとこ顔売れてるの知ってるでしょ? キョー姉ぇの身の安全のためには俺とキョー姉ぇの関係は伏せといた方がいいんだよ」

 

[……もしや、以前のソルゲムの襲来で……]

 

ララのブーイングに炎佐が呆れたように返すと、ペケは前にソルゲムから襲来を受けた時に炎佐が人質を取られ苦戦を強いられていた事――結局作戦だったらしいが――を思い出す。それを炎佐は首肯した。

 

「あの時の連中は全員連行されたはずだから今は心配いらないが、またキョー姉ぇが狙われないとも限らないからな……俺とキョー姉ぇが従姉弟である事は出来る限りオフレコにしてもらいたい」

 

「んーっと……うん、分かった!」

 

炎佐のお願いを聞いたララは頷いた後、恭子の方を向いて微笑む。

 

「大丈夫だよ、また何かあったら私も助けるからね!」

 

「だ、か、ら、何も起きないように秘密にしろっつってんの!!」

 

微妙に分かってないララに炎佐は怒鳴ってツッコミを入れる。そしてリトも加わっての説明、説得の結果ララはちゃんと炎佐と恭子の関係は秘密にする。という事を了解、次に友達になった恭子と連絡先の交換を行った後、リトとララ、炎佐と恭子とルンに分かれてそれぞれ帰路についていった。

 

「それにしてもプリンセス・ルン……リトを彼氏だなんて嘘をつかないで下さいよ」

 

「あ、あはは~」

 

「あ、やっぱ彼氏じゃなかったんだ」

 

炎佐の言葉にルンがすまなそうな笑みを見せると恭子が気づいていたように漏らし、ルンがびくっと小さく跳ね上がって恭子の方を見る。

 

「わ、分かってたの?」

 

「途中からね~? 二人ともギコチないし。リト君がララちゃんの話し始めた辺りかな? 核心になったのは」

 

ルンの言葉に恭子はにししと笑う。

 

「ご、ごめん……」

 

「ま、ちょっと安心したかな~。私だって彼氏いないのに、ルンにだけ~とか思ったし」

 

ルンがしゅんとなって謝ると恭子は悪戯っぽく笑いながら冗談っぽく言う。

 

「……へ?」

 

「え?」

 

その言葉にルンはきょとんとした表情で呆けた声を出し、恭子は首を傾げる。

 

「……恭子って、炎佐と付き合ってるんじゃないの?」

 

「……はぁーっ!?」

「はぁ?」

 

ルンの言葉に顔を赤くして大袈裟に叫ぶ恭子と顔色一つ変えず首を傾げながら控えめな声を出す炎佐。

 

「な、ちょちょちょ、ちょっと待ってよルン! だ、だからエンちゃんは私の弟で、もう家族っていうか……」

 

「キョー姉ぇはただの家族だ」

 

足を止め、動揺したように言う恭子の横で同じく足を止めて淡々と言い放つ炎佐。と、恭子の目が細く研ぎ澄まされ、その額に怒りマークがくっつく。

 

「ふんっ!」

 

「あだっ!?」

 

直後恭子が炎佐の足を思い切り踏んづけ、炎佐も悲鳴を上げる。

 

「何すんだよキョー姉ぇ!」

 

「なんかむかついただけよ! 知らない!」

 

炎佐の訴えに耳を貸す様子のない恭子。それに炎佐は「はぁ!?」と声を張り上げる。

 

「……痴話喧嘩にしか聞こえないから不思議だよね、レン」

 

その光景を見たルンはため息交じりに自らの半身へと声をかけ、その相手――レンも彼女の心の中で苦笑いしつつひょいと肩をすくめてみせるのであった。




大方の流れが思いついていた&休日だったとはいえ、まさか一日で書けるとはなぁ。昔を思い出すペースだわ。
今回はある意味ずっと楽しみにしていた、無印唯一の恭子ヒロイン編のデート回。ついに炎佐がこの作品開始時からずっと秘密にしていた炎佐と恭子の関係がリトやララにまで知れ渡りました。
そして炎佐は相変わらずヤンデレシスコンでした。恭子の裸体を見て誤解して親友であるリトをも問答無用で焼き尽くそうとしましたし……。
さて、予定としては次回無印編最終話となります。目標としては来週土曜日までの投稿を目指してますのでお楽しみにお待ちください。と、自らにプレッシャーをかけておきます。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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無印編最終話 夏の思い出、大切な人

「どうやら頭痛の原因は疲労とストレスみたいね」

 

御門診療所。宇宙人専門の診療所であるここで御門は診断を行い、結果を下す。それにどことなく魚人風の宇宙人は「はぁ」と声を漏らし、御門はメモを取る。

 

「薬は出しますけど、根本的な問題を解決しないと同じことの繰り返しになってしまうわ」

 

そう言い、彼女はメモをメモ帳からぴりっと破る。

 

「エンザ。このメモに書かれてる薬品を準備しておいて」

 

「へいへーい」

 

御門の指示を受けた炎佐はメモを受け取る。彼は今日ちょっとしたバイトで御門診療所の手伝いにやってきていた。

 

「やっぱ原因はあいつかなぁ」

 

「あいつ?」

 

宇宙人の呟きに御門が反応すると、宇宙人は話し始める。四日前にペットが逃げてしまい、それはミネラルンという激レア種なのだそうだ。

 

「激レア種……ミネラルン、聞いた事ない生き物ね……」

 

「名前はヌップルって言います。先生! 見つけたら教えてくだせぇ!!」

 

御門は聞いた事のない生き物の名前にふむと呟き、宇宙人はそう言って頭を下げる。

と、そんな時診療所の黒電話が鳴り始め、近くにいた炎佐が電話を取る。

 

「はい、御門診療所……あれ、西連寺さん? お静ちゃんに用事?……うん、プールに? リトも行くの?……うん、じゃあお言葉に甘えて。うん、お静ちゃんにも伝えておくよ。うん、じゃあね」

 

炎佐は春菜から遊びの誘いを受け、お静ちゃんにも伝える事を承ると電話を切る。そして近くで仕事をしていたお静ちゃんに伝えると彼女は「やたー」と満面の笑顔で嬉しそうに両手を挙げる。

 

「お静ちゃんにはストレスなんて関係なさそーね」

 

その姿を見た御門も微笑ましく思いながらそう呟いた。

 

それから翌日。一行は彩南町の彩南ウォーターランドへとやってくる。

 

「わーっ、おっきなプールだねー!」

 

無邪気に喜ぶ水着姿のララ。その後ろで猿山がにやけながら「おっきなプルンプルン」とララの胸を評し、リトが呆れた目で猿山を見る。

 

「ヤミさん、プールは初めてだよね?」

 

と、後ろからやってきた美柑が一緒に来たヤミに尋ねている。そのヤミは普段来ている戦闘衣(バトルスーツ)によく似た黒色の水着を着ていた。

 

「お、美柑。ヤミも誘ったんだな、よかった!」

 

「……あまり、えっちぃ目で見ないでください」

 

声をかけてくるリトに対しヤミは心なしか顔を赤くして水着を隠しながら返し、すたすたと歩いていく。

 

「リト……ヤミさんと何かあったの?」

 

「え? い、いや……別に…(…ヤミ、この前の事まだ気にしてるな……)」

 

美柑の言葉をリトは否定しつつも心の中では以前、ヤミがセリーヌの花粉を吸いこんだことでセリーヌのリトが大好きという気持ちが伝染。リトにぞっこんになった上に最後にはキスまでしようとしていた事を思い出す。何か隠している様子を見せつつもそれを言いそうにないと悟った美柑は呆れたように一つ息を吐いた後、ヤミの方に走っていった。

 

「お、君達可愛いねー」

 

ヤミと合流した後、美柑は何故か男達にナンパされていた。その近くには途中で会ったモモとナナもいるため美柑ではなく彼女らを狙っている可能性もあるのだが。ちなみにヤミは美柑を守るように彼女の前に出ている。

 

「ねえねえどう? 俺達と遊ばない?」

 

「結構です。お引き取り下さい」

 

チャラ男な男性の誘いをモモはつんとした様子ではねつけるが、逆にナンパしてくる男達は盛り上がる。

 

「おいモモ、どうしたんだ?」

 

「あぁ、エンザさん」

 

と、様子がおかしいのに気づいた炎佐が近寄り、モモも彼に声を返すとナンパ男達は全員ひぃっと悲鳴を上げる。炎佐はかつて宇宙を駆ける傭兵業を生業としていた。その激戦の中で刻まれた傷跡は全身にあり、特に鼻の上を横一文字に通る傷が目立つ。普段服で隠れている傷は現在水着のためすべて露出。しかも何故かサングラスをかけているがその格好は知らない人が見たら完全に一般人が関わってはいけない危ない人である。

 

『し、失礼しましたぁ~!!!』

 

現にチャラ男達は全員一斉に逃げ出しており、自分が原因だと分からない炎佐は首を傾げていた。

 

「つかエンザ、お前なんでそんなもんかけてんだ?」

 

「あぁ、籾岡さんが似合うかもしんないじゃんって押し付けてきた」

 

押し付けられたサングラスを律儀にかけている炎佐も炎佐だが、その後ろの方で里紗は未央と共に笑いをこらえており、完全に確信犯である様子を見せていた。

それから全員好き好きに遊び始め、その途中リトは猿山と共にプールの隅に背を預けて小休憩を取っていた。

 

「しっかし、変わったなぁ。リトよぉ……」

 

「ん?」

 

猿山はどこか感慨深げな様子さえ見せながらリトに話しかける。以前のリトの純情さと言えば、猿山による脚色もあるのかもしれないが“水着のグラビアを見ただけで気絶した”と評された事もある程。それが今では水着の女子と普通に会話が出来る程に成長している。と猿山はリトの成長を評価する。それをリトは「うっかり胸元とか直視しないようにしてるだけだ」と返答するが、猿山が「それでも昔のお前なら気絶してた」と間髪入れずに指摘するとリトは反論できなくなる。

 

「これもララちゃんとの生活の影響なのかねぇ……ったく、羨ましい奴め」

 

猿山はリトを妬むような事を言うが、口元に浮かぶ冗談っぽい笑みからはそれが本気ではなくただ単にリトをからかっているだけという事を感じ取れる。

 

(ララの……影響……)

 

だがリトは自分が成長したのであれば、その一因が彼女の影響である事は間違いない。と心のどこかで認めているのか。じっと見てくる彼に気づいて無邪気な笑顔で「リトー」と呼び手を振ってくるララを見ていた。

 

 

 

「いっやーそれにしてもグラサン氷崎は傑作だったねー。今度からプールとか海行く時は氷崎にボディガード頼もうかなー? ナンパってうざったいし」

 

「しばくよ?」

 

ケラケラと笑う里紗にサングラスを外した炎佐は細目で呟くように言う。彼はナナにツッコミを入れられるまで自分の姿が傍から見て威圧感抜群であることに気づいていなかった。

 

「えー? ほらほら、こ~んなスタイル抜群の美少女とのプールデートよん?」

 

「興味ねーし」

 

うっふん、とセクシーポーズを取ってくる里紗に炎佐は冷めた目を見せ、それを聞いた里紗がむっとした表情を見せる。その時、炎佐が突然里紗を押し倒した。

 

「きゃっ!? ちょ、炎佐、こんなとこでっ!?」

 

いきなりの積極的な行動に途端に顔を真っ赤にする里紗だが炎佐はそれ以上の行動を起こす事なく里紗から離れる。いや、離れている、というよりも……()()()()()()()

 

「えええぇぇぇぇっ!!??」

 

里紗はいきなりの展開に驚愕の悲鳴を上げるが直後、彼の片足に何か半透明の触手状の物体が巻き付いていることと、それをエンザが青色の瞳を宿す両目で睨んでいる事に気づく。

 

「ふぅっ!」

 

エンザがその半透明の触手状の物体に吐息を吹きかけると、触手状の物体は凍りつきエンザは巻き付かれていなかった方の足で氷ごとその物体を蹴り砕く。そのまま彼は重力に引き寄せられて落下するが、空中で体勢を立て直すと足から着地。里紗に前に立つ。その前にあるプールには巨大な液体状の巨大生物がいつの間にか存在していた。

 

「キャー!!! 水のバケモノだー!!??」

 

宇宙人という未知なる存在が身近にいるとはいえ常識外の存在に里紗は悲鳴を上げる。と、エンザは右手に巻き付けていた鍵付きのゴムバンドを外すと里紗に投げ渡す。

 

「籾岡さん、僕のロッカーからデダイヤルを持ってきて……こいつ、見た事ないけど厄介そうだ」

 

「た、戦えんの?」

 

「幸い水着はブリザド星人御用達のやつだからね。でも逆に言えば今じゃ氷しか使えないし……あの体積の奴全部凍らせるのは結構辛い。とりあえず、急いでデダイヤルを持ってきて。それまでは被害を出さないよう持ちこたえる」

 

「わ、分かった!」

 

指示を受け、鍵を両手で抱きしめるように持って走っていく里紗。エンザはそれをちらりと見送った後、左手を前にして構えを取る。そしてブリザド星人の冷気を操る力を集中し、左手に氷の剣を作り出した。

 

「エ、エンザ!」

 

「ナナ。お前、あの生物の事知ってるか?」

 

慌てて駆け寄ってくるナナにエンザは開口一番問いかける。それにナナはこくこくと頷いた。

 

「あいつ、アクアン星系の原始生物、ミネラルンだ! すっげーレアなやつで、こんなとこにいるはずが……」

 

「ミネ……ラルン?」

 

ナナから謎の液体巨大生物――ミネラルンの話を聞いたエンザはその名前に聞き覚えがあると考える。

 

「そうだ。ドクター・ミカドのとこの患者のペットが逃げ出したって話があって、そいつの名前がミネラルンだ」

 

「って事は、あいつはその患者のペットってことかよ……」

 

思い出したエンザの言葉にナナはげんなりとした表情を見せる。その隙をついたのかミネラルンの触手――正確に言うならばミネラルンの身体である液体が触手状に変化したもの――が二人を狙うが、エンザはすぐにナナの前に出ると剣を振るい、まき散らされた冷気が触手を凍らせ、剣が凍り付いた触手を砕く。しかし砕いたのは触手の先端部分のみ、それもすぐに元に戻る。

 

「やはり、液体生物では斬ってもムダみたいですね」

 

「とは言っても、あの巨体全部を凍らせるのもあいつが余程とろくないと無理だし、襲ってくる触手を少しずつ凍らせて削ってたんじゃ日が暮れる……籾岡さんが来てデダイヤルさえ使えれば……鎧状態になればあんな奴、一気に炎で蒸発させられるんだが……」

 

美柑を守りながら、相談を持ち掛けるつもりなのかそう言ってくるヤミに対しエンザがそう返すと、ヤミは冷めた目でちらりとエンザを見る。

 

「なら、とっとと炎を使ってください。全力で」

 

「全力で断る! 水着が耐えきれず焼け落ちるわ!」

 

「別に私は構いませんし」

 

「俺が構う!」

 

言い合いつつも襲いくる触手を全て斬り払う辺りはお互い流石というべきだろうか。ちなみに美柑は後ろの方でエンザの水着が焼け落ちた後の事を想像したのか顔を赤くして「きゃー」と言いながら顔を隠していた。

 

「ちなみにナナ、お前が説得して大人しくさせるって手段はないのか?」

 

「ダメだ! あいつ知能が低くて話にならない!」

 

エンザの提案をナナは首を横に振って無駄だという。

 

「「キャー!!!」」

 

「! 西連寺さん! と――」

 

その時二人の少女の悲鳴が聞こえ、エンザは悲鳴の主を見つけて声を上げる。一人は春菜、もう一人は……

 

「キョ、キョー姉ぇ!?」

 

「「助けてー!!!」」

 

もう一人の捕まった少女は恭子。エンザはなんで恭子がここにいるんだ、なんでこのタイミングで捕まっているんだ、という二つの驚愕で固まってしまい、その間に二人の少女はミネラルンに食べられるように取り込まれてしまう。

 

「春菜! キョーコちゃん!」

 

二人が捕まったのを見て助けに走るララだが、ミネラルンがプールの水を操って津波を作り出し、ララが津波に呑み込まれるとそのまま自らの体内に取り込む。三人とももがいてはいるが、怪力のララをしても脱出できるようには見えない。

 

「ちょっと……コレ、やばいんじゃ!」

 

「くそ! これじゃデダイヤルが来ても……」

 

美柑が声を上げ、エンザも襲いくる触手を弾きながら表情を歪める。仮にデダイヤルに入れている鎧を着て炎を扱えるようになったとしても、ミネラルン全体を蒸発させるほどの炎を放っては内部の三人も危険。デビルーク星人の強靭な肉体を持つララ、フレイム星人の血を引き常人以上の熱耐性を持つ恭子はともかくとして、地球の一般人である春菜の命は確実にない。

 

「っ……うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

 

と、リトが突然ミネラルン目掛けて突進。唯が「危険よ!」と叫ぶが彼は止まらず、ミネラルンに飛び込むともがくように泳いで春菜とララ、恭子の方に向かうと近くにいた春菜とララを抱きかかえるように助け、もう片方の手を伸ばして離れた場所にいる恭子を助けようとする。が、その手は恭子に届かずに彼は流されてしまい、しかし最後の力を振り絞って二人だけでもミネラルンの外に投げ飛ばす。

 

「お姉様!」

「ハルナ!」

 

モモとナナが駆け寄って二人を介抱する。が、ララはすぐ立ち上がると「リトを助けなきゃ!」と言ってミネラルンに近寄ろうとする。しかしペケが[今近づいてはまた取り込まれてしまいます!]と、さっきのリトの健闘を無駄にしてはダメだと諭してその足を止めさせる。

 

「でも、このままじゃリトが……それに、キョーコちゃんが……」

 

しかしララは大好きな相手であるリトと、新しく友達になった恭子がこのままでは危険だと動揺を隠せない。

 

「氷崎ー!」

 

そこに聞こえてくる待ちに待った声、そして何かを投げるようなブンッという音とヒューン、という風切音が近づいてくる。エンザはそちらを見ることなく、里紗が投げよこしてきたものを取ると操作。虚空に刀の柄が具現し、炎佐はそれを片方は右足で蹴り上げ、片方は左手で一度持った後投げ上げる。武器を自ら手放すという行動にララ達が驚いている間にエンザはデダイヤルをまるで先端を相手に突きつけるように構える。

 

「パスワード入力」

 

呟き、“1”、“0”、“5”、“0”、と入力。そしてまた別のキーを押しながら彼はデダイヤルを口元に持っていく。

 

「転装!!」

 

叫ぶと共にデダイヤルから放たれた光がエンザを包み込み、僅か一秒にも満たない時間でその光が弾け飛ぶ。その光の中から、銀色に光るスマートな形状の鎧で全身に纏い、頭部は竜を模したフルフェイスタイプのヘルメットで覆ったエンザが首元に巻いている真っ赤なマフラーを風にたなびかせながら姿を現した。その鎧をまとっエンザはベルトのバックルにデダイヤルを装着。それと共に蹴り上げ、投げ上げた刀の柄が彼の両手に吸い込まれるように収まる。そしてヘルメットの目に当たる部分が右目は赤の、左目は青の輝きを放つと両手の刀の柄からもそれらと同色の刃がそれぞれから伸びる。

 

「氷炎のエンザ……いざ参る」

 

呟くように言うと共に右手の赤い刃の刀を持つ右側から陽炎が立ち上り、青い刃の刀を持つ左側から冷気が渦巻く。

 

「はあああぁぁぁぁ……」

 

力を込めつつ二刀を掲げる。

 

「ぜりゃああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

雄叫びと共に刀を振り下ろし、放たれた赤と青の衝撃波がミネラルンに直撃。赤い高温の衝撃波がミネラルンの身体を抉り、しかし熱が中にいるリトと恭子に届く前に青い低温の衝撃波がミネラルンの身体を凍らせてリトと恭子を氷の壁となって守る。と、いきなり水が消え水流の流れに乱れが生じたのか、氷で守られていたリトと恭子は勢いよくミネラルンの中から弾き飛ばされ、プールに着水する。

 

「リト!」

「結城君!」

「恭子!」

 

それを見たララと春菜がリトの方に、炎佐がパワードスーツを解除して恭子の方に走る。ミネラルンは攻撃の衝撃でふらふらしているがいつ復活するかも分からないためすぐにプールから引き上げた。

 

「恭子! おい、しっかりしろ!」

 

恭子を抱きかかえながら血相を変えて呼びかけるエンザ。その後ろではいつの間にか混ざっていたルンがあわあわとなっている。

 

「……ん、ぅ……ん……」

 

揺さぶり、頬をぺちぺちと優しく叩きながら恭子を起こすエンザ。すると恭子の口からそんな呻き声が漏れ出した。

 

「あれ?……私、ルンと一緒にライブしてて、そしたら変なのに襲われて……あれ? エンちゃん?……」

 

恭子はぽやぁとした顔で状況を整理するように口に出しており、それからようやくエンザが自分を抱きかかえている事に気づく。

 

「恭子……よかった……」

 

「ひゃっ!?」

 

と、彼女の意識が戻ったのを確認したエンザは良かったと呟いて彼女を抱きしめる。後ろの方で里紗が目を見開いて唖然とし、美柑が顔を真っ赤にしてあわあわとなっている。

 

「よかった、間に合って……恭子にもしもの事があったら、俺は……」

 

「……そっか。エンちゃんが助けてくれたんだ」

 

恭子を抱きしめながら今にも泣きそうな声で恭子の無事を喜ぶエンザ。その姿を見て恭子は状況を理解する。

 

「ありがと、炎佐」

 

チュ、というリップ音が聞こえる。恭子は助けてくれたお礼なのだろうか、エンザの頬にキスしたのだ。ちなみにいきなりのキスに里紗が口をあんぐりと開け、美柑は色々と限界に来たのかついに失神。隣のヤミが突如気絶した友人に慌てる結果になる。

 

 

 

 

 

「皆、大変だったみたいねェ。ヌップルちゃんは飼い主が来てくれたから安心してね♪」

 

「どうも、迷惑かけてすいやせん」

 

連絡を受けてきたのだろうか、黒いきわどい水着を着用してプールに来た御門はそう言い、ミネラルンことヌップルの飼い主である宇宙人は申し訳なさそうに頭を下げる。その足元には少し大きな水たまりくらいの大きさのヌップルがおり、唯達が「これが元の大きさ!?」と驚いていると、ナナが「プールの水と混ざっちまって錯乱したみたいだ」と説明する。

 

「ホントにもう大丈夫なの? 結城君……」

 

「ああ……」

 

唯がリトを心配すると、リトも曖昧に頷いて返す。

 

「えっと、それで……」

 

と、春菜はちらり、とある方向を見る。その視線の先にあるのは炎佐の隣に立つ恭子。するとその視線に気づいたのか恭子はにぱっと微笑んだ。

 

「チャオ♪ 初めましての人は初めまして、皆さん。エンちゃんの従姉弟こと、霧崎恭子です♪」

 

「ついに……皆にまで……」

 

スマイル満開で挨拶する恭子の横で顔を青ざめさせる炎佐。

 

「え……っと……え? で、でも、氷崎君……あなたの従姉弟って、恭香さんじゃあ……ほ、他にも従姉弟がいた、とか?」

 

唯が恐る恐る、という様子で以前出会った炎佐の従姉弟こと恭香の事を思い出して炎佐に問いかける。

 

「えーっと、もう隠しててもしょうがないよな……幸いこの騒ぎで他に一般人いないし……」

 

炎佐はミネラルンの暴走によって一般客が全員近くからいなくなっている事を確認してから恭子を指差す。

 

「キョー姉ぇ、恭子が変装した姿とその時の偽名が氷崎恭香だったんだ……俺とキョー姉ぇの関係がばれたらキョー姉ぇの身に危険が迫るかもしれないからな」

 

「私は考えすぎだーって言ってるのにね」

 

炎佐が説明すると恭子は考えすぎだと呆れ気味に呟く。するとリトやララ等、炎佐と恭子の関係を知っている者以外の全員が唖然とした顔を見せる。なお以前から関係を知っていたのか御門はクスクスとその反応を笑っていた。

 

『えええええぇぇぇぇぇぇっ!!??』

 

そして関係者各位の驚愕の声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「んっふっふー。エンちゃんのお友達って面白いねー♪」

 

プール終了後、炎佐と恭子は二人きりで帰路についていた。ちなみに恭子はあの後里紗と未央からトップアイドル相手にも自重しないセクハラの洗礼を受けたり、美柑から「負けません!」と宣戦布告を受けたり(恭子は意味をよく分かっていなかったのか首を傾げていた)、妙にきょどった唯から「は、は、初めまして、こ、古手川唯です!」と普段の彼女とは打って変わって慌てた様子の自己紹介を受けたりしていた。

ちなみにそのほか、更衣室の方に消えたはずのリトが何故かジェットエンジンを背負って再びプールに飛び込んできたと思ったら、何故か唯やルン達に告白。また妙な騒ぎが起きていたのは別のお話である。

 

「ったく。この前リトとララにばれたと思ったらすぐさまこれかよ……」

 

「ふふー。もうこれで関係隠す理由もなくなっちゃったねー」

 

「別に霧崎恭子の従姉弟だーなんて公言する気はねえぞ。宇宙人云々もそうだがアイドルの従姉弟だなんて知られるのもめんどくせえ……むしろ、関係明かさざるを得なかった時にいたのが信頼置ける奴らだけで助かったくらいだ」

 

「はいはーい」

 

恭子と炎佐は話しながら帰路につく。

 

「……まあ、なっちまったものはしょうがない」

 

炎佐はふぅとため息をついて呟く。

 

「もしキョー姉ぇに……大切な人に何かあっても、絶対に助けるし、絶対に守る」

 

彼は決意を新たにするようにそう口に出した。その言葉を聞いた恭子は目を輝かせた後嬉しそうに微笑み、炎佐の腕に抱き付いた。炎佐もそれを拒絶する事なく受け入れる。

 

「ありがとね、エンザ」

 

恭子はにこっと、心の底から純粋で綺麗な笑顔を見せた。

 

「大スキ♡」

 

その笑顔での告白を受けた炎佐の顔が赤くなり、彼は照れくさそうに頬をかいて顔を背ける。

 

「……ふん」

 

まるで強がりでも言うように鼻を鳴らして彼は歩みを速め、しかし恭子もそれについていきながら二人は共に帰っていくのであった。




皆様、御読了ありがとうございます。これにて[ToLOVEる~氷炎の騎士~ 第一章―無印編]終了にございます。やや駆け足気味になってしまいましたがお付き合いありがとうございました。なんとか宣言通り今日までに終了できました。
もちろん[ToLOVEる~氷炎の騎士~]連載終了というわけではありません。次回より[第二章―ダークネス編]がスタートいたします。まあまず、入りのところのオリジナル部分構想から考えるとか、最近ToLOVEるの更新に集中してたからここでは他の二作(ペルソナ4とテイルズ)、あと別サイトでも連載してるものを書きたいので少々遅れるかもしれませんが……元々基本的に「思いついたら書く」スタイルなので。この流れのままもうちょっとToLOVEる更新続けるかもしれません。そこはまだ未定ですね。
一応今回で[無印編最終話]と銘打って、次回ダークネス編から再び[第一話]とカウントするようにします。ダークネス編になってからカウントずれるとなんかめんどくさいんで。
今までお付き合い、応援ありがとうございました。これからも[ToLOVEる~氷炎の騎士~]をよろしくお願いいたします。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二章-ダークネス編
第一話 新たな胎動


「そーいやぁよお、俺ふと思ったんだけどよぉ……」

 

「どうしたんだ、猿山?」

 

ある平和な登校中。猿山がなんとなく考えたことをそのまま口に出すように呟くとリトがそれに首を傾げる。と、猿山はリトの隣を歩くララと、さらにその隣を自転車を押して歩く炎佐を見る。

 

「ララちゃんって、お見合いが嫌で家出したって言ってたよな?」

 

「うん?」

 

「んで、炎佐はララちゃんの幼馴染なんだよな?」

 

「ああ。ララっていうかデビルークの王族親衛隊に所属していて、俺はプリンセス達の護衛っていう名の遊び相手だったよ」

 

猿山の質問にララと炎佐は素直に答える。

 

「んじゃあよ」

 

猿山はそう、本題を切りだした。

 

「なんで炎佐がララちゃんの婚約者にならなかったんだ? そうしたらララちゃんも家出する事なかったろうし」

 

「「「「…………」」」」

 

その言葉に炎佐とララだけでなく、一緒に登校していたナナとモモ――つい先日彩南校に転入したのだ――も固まる。

 

「え? な、なに? 俺、もしかして不味い事言っちまった?」

 

フリーズした四人を見た猿山も慌て出した。

 

「「「「……その発想はなかった」」」」

 

が、直後四人は心底驚愕した表情で異口同音に呟いていた。その違う意味で予想だにしない返答にリトと猿山が唖然とする。

 

「言われてみれば……何故お父様はエンザさんをお姉様の婚約者候補に上げなかったんでしょう?」

 

「そうだよな。そりゃまあ、家柄的には王家と釣り合うとは言えねえけど。父上はんな事あんま気にしねえし、むしろセシルとミーネの息子って時点で家柄はある意味クリアだろ?」

 

モモとナナも真面目に考え始める。

 

「だが、俺とララが婚約者ねえ……」

 

「う~ん……全然想像つかないね」

 

が、その渦中である二人は全くもって興味なさげだった。いや、興味は抱いたがいまいちイメージ出来ない。という感じだ。

 

「俺にとってララは悪戯好きな妹って感じだしなぁ」

 

「そうだねぇ。私にとってもエンザは真面目なお兄ちゃんだし」

 

婚約者という色気のあるイメージがつかないのは既にお互い兄妹というイメージを持っているせいだろうか。

 

[案外ギド様もセフィ様も、エンザが近くに居過ぎてそう考える事すらなかったのではないでしょうか]

 

「灯台下暗し、ってやつか」

 

ペケが笑うような調子で言うとリトも苦笑する。

 

「ま、それはラッキーだったな」

 

と、炎佐も笑ってリト達を見る。

 

「だって、そんな事が起きなかったから俺は無事宇宙に出て賞金稼ぎやって、静養のため地球に来て。プリンセス・ララだって家出して地球に来た……つまり俺とララは婚約者にならなかったおかげで地球に来てリト達に会えたんだ」

 

「そうだね! エンザと婚約者にならなくってよかったー!」

 

炎佐とララはそう言って無邪気にあははと笑い合う。

 

「……これは、笑うべき、なのか?」

 

「さ、さあ?」

 

「流石に、返答に困ります……」

 

「おう……」

 

が、横の四人はどういう反応を見せるべきか困り果てていた。特にモモに至っては完全に呆れたように顔に手を当て頭痛を堪えるような表情をしている。

 

 

 

 

 

「せいっ! はぁっ!!」

 

時間が過ぎて昼休み。炎佐は人気のない校舎裏で木刀――銀河通販で入手した、セールストーク曰く「辺境の星にある金剛樹という樹齢一万年の大木から作られた妖刀・星砕」とのことだが彼本人は眉唾ものだと思い、とりあえず間に合わせだったり強度があるならなんでもいいと購入した――を振るっていた。

 

「キョー姉ぇを、大切な人を守るって誓ったんだしな……少し真面目に、現役時代の勘を取り戻さねえと」

 

今まではなんだかんだなんとかなっていたがこれから先もそれが続くとは限らない。炎佐はそう考え、勘を取り戻すため学校内でも鍛錬を始めていた。すると突然携帯が鳴り始め、炎佐は木刀を振るう手を止めると携帯を手に取った。

 

「リト、どうしたの?……は? サル達が襲い掛かってきた?」

 

[あ、ああ。ヤミやモモが言うには操られてるっぽいんだけど……]

 

炎佐は突如リトからの連絡を受け、説明を受ける。曰くついさっきまで普通に話していた猿山の様子が豹変、さらに他の男子生徒も次々と様子がおかしくなり、彼らは自分やさらにはヤミを狙ってきた。ということだ。

 

「了解。今すぐ援護に向かいますって――」

 

炎佐は言い終える前にその場を飛び退き、直後ズドンという音が響いたと思うとさっきまで炎佐が立っていた場所にクレーターが完成していた。

 

「……リト、プリンセス・モモに伝えて」

 

エンザは左手に携帯を持ち替えてリトに話しつつ、右手でデダイヤルを操作し始める。その目は携帯にもデダイヤルにも向いておらず空を睨んでいる。

 

「こちらにも来客が、しばらく持ちこたえてください。と」

 

空に浮かぶ、真っ黒な仮面で口元を除く顔を隠し、ヤミの戦闘衣(バトルスーツ)に似た黒い衣服を身に纏った存在を睨みつけながらエンザは静かにそう言った。リトが電話の先で「えぇっ!?」と叫ぶがエンザは気にもせずに電話を切り携帯電話をしまうと己の武器である刀の柄を転送、右手に握ると同時に銀色の軽装な鎧を転送装着する。そして刀に赤い刃の刀を形成して戦闘モードに入った。

 

「何者だ?」

 

宇宙を駆ける賞金稼ぎの目になったエンザの睨みに、その相手は口元を緩めてクスッと一笑すると突如空中を蹴ったかのように加速してエンザに突進、その時仮面で隠せていなかった赤い髪が揺れた。そう思うと相手はくるんと回転、細い足で回し蹴りを仕掛けてくる。エンザはそれを片腕で防ごうとするが、蹴りが直撃する直前に凄まじい圧力を相手から感じエンザは咄嗟に蹴りの方向に跳ぶ。蹴りが当たった瞬間腕に重い衝撃が走るが跳んだ事によりダメージは軽減する。

 

(なんだあいつ、蹴りがとんでもなく重い……跳んでなかったら腕がへし折られてたかもしれねえ……)

 

腕に走るジンジンとした痛みを感じながらエンザは静かに相手を分析する。一見した見た目としては自分と同じく一般的な地球人とほとんど変わらない。いや、むしろ小柄な印象すら与える。とても鎧を纏ったガードの上から自分の腕をへし折らんばかりの威力の蹴りを放ってきたとは思えない。

 

「まあ、そういう意味で言えばヤミちゃんも似たようなもんだしな」

 

エンザは自分より小さく可憐で華奢な印象を与える外見ながら自分を超える実力を有する存在を思い出し、ふぅと息を吐く。

 

「悪いが。お前の目的が何か分からない以上、こちらも本気で対処させてもらう……狙いがリトか、俺か、ヤミちゃんかは知らんが……死ぬ覚悟がないのなら下がれ。さもなくば……」

 

エンザはそこまで言って構えを取り直しつつ殺気を放つが、謎の相手は口元に笑みを浮かべて不自然にゆらゆらと揺れるのみ。少なくとも逃げる様子は見えない。

 

「逃げる気はなし、か……なら――」

 

前に一歩踏み出したエンザの足の裏が爆発、その勢いを利用してエンザは謎の相手に高速で突進。

 

「――その命、いただく!」

 

その勢いのまま刀を振るう。命をいただくとは言ったものの実際はとっ捕まえて目的を吐かそうと考えているのか急所は外すように斬撃を放つ。

 

「なっ!?」

 

が、直後エンザは驚きに硬直する。胴を薙ぐように放った刀を謎の相手は肘と膝を使った変形の白刃取りで受け止めてみせたのだ。

 

「あつっ!?」

 

が、相手は驚いたように刀から肘と膝を離し、大慌てで下がる。まあ赤い刃はエンザのフレイム星人の力を利用して生み出された高温を宿すものだ。粗悪な金属製武器ならば鍔迫り合いに持ち込んだ時点でその武器を融解、そのままノーガードになった相手を斬り裂くことさえ可能にする。逆に言えばそんな高温の刃に直に触れておいて「熱い」などという反応だけで済ませる事が異常である。

 

同族(フレイム星人)か!?」

 

同族であるフレイム星人のように熱に耐性がある相手ならばその反応も分からなくはないと考えたエンザはしかし相手が隙を作ったためそのまま追撃に移り、振り上げた刀を勢いよく振り下ろす。

 

「残念♪」

 

が、謎の相手はそれを目の前に突き出した腕でガードする。いや違う、エンザの刀を防いでいるのは相手の腕に展開されていた剣。仕込み武器、ではない……それは、()()()()()()()()()()()()()だった。

 

変身(トランス)だと!? ぐふっ!?」

 

ヤミの能力、変身(トランス)。目の前の相手はそれを使っていた。その驚愕にエンザの動きが止まり、その隙をついた謎の相手はエンザの腹に蹴りを叩き込み吹き飛ばす。

 

「っ、てめえ、一体何者だ!? ヤミちゃん以外に変身(トランス)を使える奴が存在するはずが……」

 

「えー? 何マスター? えー、もういいのー? これから面白くなりそうだったのにー……はーい」

 

シリアスに叫ぶエンザに対し謎の相手は虚空を見上げて誰かと話をしており、話が終わるとその相手はエンザに背中を向ける。

 

「マスターがもう時間稼ぎはいいから戻ってこいってさ。じゃね~」

 

謎の相手は振り返って口元に無邪気な笑みを湛えながら、ひらひらと手を振って跳躍。力を入れてないように見えるそれで謎の相手は手近な屋根の上まで飛び移り、そのまま姿を消していった。

 

「……なんだったんだ、一体……」

 

敵の気配が消えたことを確認したエンザが一人呟く。またリトの命を狙うララ婚約者候補の襲撃か、しかし相手は婚約者候補であるリトとは直接の接点を持たない――一応、かつてララ婚約者候補リトの暗殺依頼を受け、今もなおリトの命を狙う暗殺者という意味では接点はあるが――ヤミも一緒に狙ってきていた。

 

(護衛である俺を狙うならまだしも、護衛どころかむしろリトの命を狙うヤミを狙うってのが解せない……)

 

エンザはそこまで考えた後、先ほどの赤毛の敵を思い出す。

 

(あいつ、あくまで動きを封じる程度に抑えるつもりだったとはいえ、俺と互角に渡り合った。しかもあいつ、本気を出していなかった……)

 

殺気を見せず、むしろ遊んでいるかのように戦っていた敵にエンザは身震いする。もしも本気を出されていたら周りに被害を出さずに勝つというのはまず不可能だっただろう。いや、ヤミと同じく変幻自在に様々な武器を使う変身(トランス)能力者が相手では下手をすれば敗れていた可能性すらある。

 

「……何が起きていやがる……」

 

そこまで呟き、エンザは頭をかいた。

 

「とにかく、今はリト達の無事を確認しねえと」

 

エンザは一人呟いて携帯を取り出し、リトに電話をかけながらその場を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「相手の目的は恐らく……金色の闇自身の手による、結城リトの抹殺」

 

「……マジ?」

 

また時間が過ぎて放課後、結城家のリト自室。昼休みに起きた事件について話し合うため炎佐も同席している中、モモがそう相手の目的を予測するとリトが頬を引きつかせる。

 

「それが猿山達を操って俺達を狙った犯人の目的だってのか!?」

 

リトの言葉をモモは「そうとしか思えません」と肯定。曰く、相手は確実にヤミを挑発していた。彼女を本来の“殺し屋”にするのが目的だとしか思えない。との事だ。

 

「それに、エンザさんが戦ったという変身(トランス)能力者と思われる殺し屋……」

 

「昔ミカドから、ヤミを生み出した組織はクロによって壊滅したって聞いた。ヤミ以外の被験者がいたなんて話は聞いた事ねえし、そこ以外に技術が流出したって考えるのが自然だが……だが、技術があるんならわざわざヤミを連れていく必要なんかないだろ?」

 

「そうですよね……つまり、敵は変身(トランス)能力者ではなく、金色の闇自身が狙いであると考えた方が……」

 

モモとエンザもそう話し合う。

 

「で、でも一体誰が、何の目的で!?」

 

「分かりません……洗脳が解けた猿山さん達も何も覚えていないようでしたし……ヤミさんの過去を知る者としか……」

 

リトが困惑のままに叫ぶが、モモも難しい表情をしてそう返すしか出来なかった。

 

「心配なのはあの敵の挑発を受けて、ヤミさんが心変わりしてしまうことです」

 

「ヤ、ヤミが俺を殺す!? いくらなんでも……」

 

モモの言葉を聞いたリトが声を震わせながら否定しようとし、モモも苦笑交じりに「今のヤミさんがそこまでするとは思えません」と返した。と、炎佐は携帯を取り出す。

 

「とりあえず、ニャル子に赤毛の異星人から地球への入星申請が来てるか聞いておく。まあ期待は出来ないけどな……今までの貸しを使ってごり押しで調査でも頼んでみるか」

 

「お願いします」

 

知り合いの惑星保護機構職員に調査を依頼するという炎佐。だが相手の顔などの特徴は赤毛程度しか分かっておらず、名前も分からないのでは個人の特定は難しい。そもそもとして暗殺者が律儀に惑星保護機構に申請をして地球に入っているとは到底思えないため期待はするなと言いながら彼はリトの家を後にした。

 

 

 

 

 

「おう。赤毛で身長は150ちょい、体格は15くらいの一般的な地球人タイプくらいってとこか? そんな女だ……は? 名前? そんなの知るわけないだろいきなり襲われたんだから……無理とか言うな、やれ。テメエの我儘にツケてた貸しをチャラにしてやるっつってんだ」

 

帰路につきつつ、夕闇の中炎佐は早速ニャル子に無茶振りをかましていた。

 

「ああ。流石に個人を特定しろとまでは言わないが……マジな話、この外見特徴の異星人には注意しておいてくれ。もしかしたらどこかの宇宙マフィアが地球に入り込んだかもしれない。ああ、可能な限りでいいから調査も頼む」

 

まあ流石に無茶振りは半分程冗談のつもりだったんだろう。炎佐は真剣な顔でニャル子に警告を促し、最後にもう一度調査を頼むと電話を切った。

 

「お、エーンザー!」

 

と、いきなりそんな呼び声が聞こえ、炎佐は声の方を振り返るとよう、と片手を挙げる。

 

「ナナ、今帰りか?」

 

「おう」

 

呼びかけてきた少女――ナナはそう言って嬉しそうににししと笑う。と、炎佐は暗くて気づかなかったがナナの隣に誰が立っているのに気づき、ナナも炎佐の視線で気づいたのか「ああ」と呟いて隣に立つ少女を見る。

 

「学校で新しく友達が出来たんだ! メア、こいつはエンザ! まあ、アタシの兄様みたいなもんだな!」

 

ナナはにひひぃと笑いながら隣に立つ少女に炎佐を紹介。その時さっきまで雲に隠れていた月が、その少女を照らし出す。

 

「!?」

 

「初めまして、エンザ」

 

その相手は赤毛で編んだおさげを揺らしながら元気な微笑みを浮かべて挨拶する。その見覚えのある姿に炎佐は一瞬硬直した。

 

「あたし、黒咲芽亜! よろしくね」

 

「……氷崎炎佐だ……よろしく頼む」

 

少女――芽亜の明るく無邪気な笑顔を見た炎佐はデジャヴを感じつつ、ナナの友達という事で邪険には出来ず名前を名乗り挨拶を返すのであった。




さて皆さんこんにちは。ToLOVEる~氷炎の騎士~ダークネス編のスタートです。
でもってダークネス編開始早々、猿山の本作の根幹ぶっ壊しかねないような不意の発言から始まったこの考察、「そういえばギドって要するにとっとと王位譲って遊びたいんだろ?ならエンザっていう格好の生贄がすぐ近くにいたんじゃねえか?」とふと思ったので解決(という名の言い訳)のためやってみました。なおこの二人の間に恋愛感情はありません、二人とも言っている通り互いの関係の認識が双子の兄妹なので。今となってはそれぞれ恭子とリトもいるんですしね。まあお互いに「可愛い」「かっこいい」くらいの評価は持ってるでしょうけど、それと異性として見るかは別です。
ちなみに仮にエンザがデビルーク親衛隊にいた頃にギドから「ララの婚約者になれ」って命じられてたら多分エンザ、断り切れないと思います。当時彼は恭子の存在自体知らないし、むしろ親衛隊当時なら一番近しい女性がララ達プリンセス姉妹だし。ララもララで多分エンザなら良く知ってる相手だから「これ以上お見合いする事なくなるんなら、知らない人よりいいや!」って感じのノリで受け入れて、エンザも流される形で婚約者という立場を受け入れざるを得なくなります。(笑)
もちろん今ギドから命じられたら「アホかお前」と一蹴しますけど。(炎佐本人はツンデレのせいで表面上認めてないけど)今の自分の隣には恭子がいるんだし、ララの隣にはリトがいるんだから。無論、ナナかモモでも同じ結果です。
そして新キャラ芽亜登場です。なお本作の新たなサブヒロイン候補でもあります。(笑)
さーて次回はどうしようかな。ま、また後で考えるか。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二話 幼き頃、親衛隊員と第三王女

「いっやー大量大量! 掘り出しもんたっくさんあったねー」

 

にゃはは、と笑いながらそう言い、ハンバーガーをぱくっと一齧りするのは籾岡里紗。その向かいに座り、注文したシェイクをすするのはモモ・ベリア・デビルーク。だが里紗が何をかは分からないものの大量と評している割に二人とも持っている荷物は今時の女の子がちょっとしたお出かけに使いそうなバッグぐらいだ。

 

「にしてもすごいね、モモちぃのデダイヤル? だっけ? あんなに買ったのにほぼ手ぶらじゃん」

 

「ええ、まあ便利ですよ」

 

ポテトをサクリ、と齧りながらの未央の言葉にモモもふふっと笑い、デダイヤルをいじる。本日この三人は互いに暇を持て余して出かけていたところ偶然出会い、一緒にちょっと遠出して買い物に洒落込んでいたのだ。そしてその戦果はモモのデダイヤルに放り込まれて三人は某ファーストフード店で一休み中というところだ。

 

「いいなー。それララちぃが作ったんだよね? あたしもララちぃに作ってもらおっかなー」

 

「止めといた方がいいと思いますよ? エンザさんがどれだけ怒るか……」

 

「そんな大袈裟な……」

 

里紗の何の考えもなく、単純に羨ましいから頼もうかなと考えただけで発したような言葉にモモが注意を促し、だが未央は大袈裟だと笑う。が、モモは「甘い」と一言だけ言って空になったシェイクからストローを抜き、その先端を里紗と未央へと突きつけるように向けた。

 

「エンザさんのクソ真面目さは舐めてはいけません。特にエンザさんはお姉様をデビルーク王の後継ぎになるための道具とか、その宇宙一と言っても過言ではない頭脳を兵器運用に悪用しようだの企む連中には厳しいですからね……と、まあそれは前置きで。そんなトンデモ発明を一般地球人に持たせたらどうなるか分かったもんじゃないですよ? 下手をすればその発明を狙う異星人に狙われるかも?」

 

「あはは……分かった、遠慮しとく……」

 

モモの言葉に里紗は苦笑交じりにデダイヤルの所有を諦め、自分の分のシェイクをずずっとすする。

 

「つーかモモちぃ、氷崎の事分かってんだね。さっすが幼馴染」

 

「ええ……まあ」

 

未央の褒め言葉にモモはやや照れたようにぷい、と顔を背けてポテトをぱくっと一口食べる。その視線の先では一番忙しい時間帯故か店員が慌ただしく動いており、店長らしき凛とした雰囲気の女性が「まーくん、レジに回ってくれ!」と指示を飛ばし、穏やかな風貌の青年が「はい!」と返してレジに入り、満面の笑顔でお客様を出迎え隙のない接客を見せていた。

 

「つーかさぁ、モモちぃたちの親衛隊? だっけ? そういうのやってた氷崎ってどんなんだったの? やっぱ“お帰りなさいませ、お嬢様”とかやっちゃってたの?」

 

「いえ、執事じゃないんですから……でもそうですね。私達が生まれて、物心ついた時にはエンザさんはいましたね。なんでもおじさんつまりエンザさんのお父様がお父様の古い知り合いで、おばさんつまりエンザさんのお母様がデビルークでエンザさんを出産。エンザさんの両親は賞金稼ぎで子育てには安全な環境じゃないからお父様が預かった。と聞いています」

 

ボケなのか真面目なのか分からん里紗の言葉にモモは呆れ気味にツッコミを入れた後、炎佐との出会いについてそう説明。エンザとララが生まれたのは同時期だったので同い年の遊び相手に丁度いいとか思われたんじゃないだろうか、とギドの考えを予測する。

 

「なのでエンザさんは血筋としてはフレイム星人とブリザド星人のハーフであり、デビルーク生まれデビルーク育ちという事になりますね。それに実際、ザスティン達と同じ親衛隊っていうよりは……本当にお兄様のようでしたね……」

 

そう言い、モモは遠い昔のある日のことを回想し始めた。

 

 

 

 

 

「むー」

 

デビルーク星の王宮。デビルークの第一王女――ララ・サタリン・デビルークはそこの食堂だろう場所のテーブルに肘をついて頬杖をつき、ほっぺを膨らませて目も細めて分かりやすいほどにぶすくれた様子を見せていた。まだ幼さの残る、というか幼いながらも綺麗な顔が台無しである。

 

「そう怒るなよ、ララ」

 

黒い髪を短髪に切り、黒服を着た少年――エンザがララを諌めつつ紅茶を飲む。彼は呆れたような苦笑を漏らしているが、ララは「だってー」と言いながらテーブルに突っ伏して両手両足をじたばたさせる。

 

「今日は折角のお出かけの日なのにー、またお見合いだもーん」

 

「ま、突然でザスティンもブワッツもマウルも大慌てだけどな。親衛隊長とその右腕達は大変だな、新人の俺は気楽なもんだ」

 

「でもエンザ、籍だけならまあまあ長いって聞いたぜ?」

 

「やかましい。生まれた頃から親衛隊に入ってたとか知るか」

 

ララはお出かけの日に急にお見合いが入った事に対しぶすくれており、エンザはのんびり紅茶を嗜み、テーブルに置いていたサングラスを弄びながら他人事な様子で返す。それをナナがまぜっかえすが、エンザは自分の記憶にない事なんか知るかと言い返した後ララを見る。

 

「ララ、今度こっそり抜け出して散歩に付き合ってやるから。今回は我慢しろ? な?」

 

「ん~……うん、分かった。約束ね?」

 

エンザが苦笑交じりに返すとララは渋々と頷いて返す。

 

「ララ様。そろそろ出発のお時間です」

 

「は~い」

 

と、デビルーク親衛隊隊長のザスティンがララを呼び、ララも渋々席を立つ。それからザスティンはエンザを見た。

 

「エンザ。急な話で私とブワッツ、マウルはギド様とララ様の護衛に回る事になったが……ナナ様とモモ様を頼む」

 

「へいへい任せとけって。いつも通り城下町をテキトーに遊び回るだけだろ?」

 

ザスティンの言葉に対しエンザはややおざなりな返答を見せる。今日はプリンセス三人の英才教育の中数少ない息抜きである城下町へのお出かけの日、そんな日にララはお見合いが入ってしまい不機嫌になっていたのだ。ザスティンはナナとモモにも「お気をつけて」と言葉を残すとララを連れてその場を去っていく。

 

「んじゃ、俺らも行くか」

 

「おう」

「はーい」

 

ララを見送った後、エンザもサングラスを装着しながらナナとモモに呼びかける。二人も頷いて席を立ち、彼らは他の親衛隊メンバーとの待ち合わせ場所に歩いていった。

 

 

 

「ひゃっほーい!」

「相変わらず、賑やかですわ」

 

デビルーク王宮すぐ近くの城下町。人通りの多いここでナナがぴょんぴょんと飛び跳ね、モモが辺りを見回しながらそう呟く。二人とも目を輝かせ、満面の笑みを浮かべている。

 

「へいへいナナもモモも、俺達の目が届かないところに行くなよ?」

 

「わーかってるって! あたし、ボーナムへのお土産探してくる!」

「お姉様へのお土産も探さないと、ですわね」

 

エンザの注意を受けつつもナナとモモはてててっとそこら辺の露店に走っていく。エンザはそれを呆れたように細めた目で見た後彼女らの後を追い、残るデビルーク親衛隊メンバーは辺りの警戒へと回る。

 

「ふんふんふ~ん♪」

 

モモは上機嫌で露店を回り、綺麗なペンダントや指輪などのアクセサリーを興味津々の様子で見ていく。

 

「あ、これ可愛い……ナナとお姉様とお揃いに……」

 

モモはそう考え、顔を上げて辺りを見回しナナと相談するため彼女を探す。

 

「なーなーエンザ! これ、これ買って! 美味そう!」

 

「自分で買え。小遣い持ってきてるだろうが」

 

そのナナは露店で売っている料理をエンザにねだっており、エンザにあしらわれているが「けちー」と言いながら食い下がっているところだ。多分しばらくしたら根負けしたエンザが買う羽目になるだろう。

 

「……もうしばらく待ちましょうか」

 

ナナへの相談ついでにナナが買ってもらうだろう食べ物をネタにして自分もエンザに何かねだろう。そう考えながらモモは別の露店を見に行く。

 

「……う~ん、なんだか色々ありますねぇ」

 

「えぇ。様々な星の名産品を集めております」

 

次の露店にあるのはモモの呟き通り統一性のないラインナップ。露店の主は様々な星の名産品と言っているが、ガラクタ星の前衛芸術みたいな物体にダサール星の派手すぎて引く服などどうにも食指が動くようなものはない。

 

「モモ」

 

「!」

 

突然後ろから聞こえてきた男の声。モモは驚いたように反応をして振り返り、首を傾げた。

 

「どうしたんですか、エンザさん?」

 

「ああ、ナナが走り回って怪我をしたんだ。悪いけどちょっと来てくれないか?」

 

「ナナがですか?」

 

エンザの説明を受け、しょうがないなぁと立ち上がるモモ。そのままエンザの先導で歩いていくが、エンザが入っていくのは人気のない裏路地だ。

 

「……エンザさん、本当にナナはこっちにいるのですか?」

 

裏路地を進みながら、モモは前を歩くエンザへと問いかける。と、その時ローブで身体を隠した男達が裏路地の入口を塞ぐように現れる。

 

「っ! エンザさん……」

 

自分の身柄を狙ってきた者かと、モモは怯えた様子でエンザに縋りつく。

 

「あ、う……」

 

が、直後モモの顔に何か気体状のものを吹きかけられ、驚いて反射的に吸ってしまったと同時に身体中が麻痺し、いう事を聞かなくなる。誰がそんな事をしたか、言うまでもない……エンザだ。

 

「エ、ンザ……さん?……」

 

「――様、成功しました」

 

がくん、と膝をつき、エンザを見上げようとするモモ。だが身体がいう事を聞かず、意識も朦朧とする。近くにいるエンザが何を言っているのかすら聞きとりづらい。

 

「ククク……ララのやつを連れていく予定だったが、予定変更だな。ララも妹二人を人質にされたならいう事を聞かざるを得まい。この二人を助けたければ俺と婚約するしかない、と言えばな」

 

(こいつ、お姉様の婚約者候補……私とナナを人質にお姉様への婚約を強要するつもりですのね……)

 

麻痺する身体を必死に動かし、下手人の顔だけでも拝んでやろうと踏ん張るモモ。だがその顔はやはりローブで覆われていて確認できず、どうにか確認できるのは姿は自分達デビルーク星人と同じヒューマンタイプであること、そして手足の肌の色がピンク色であるという事くらいだ。いや、ローブから長い舌がべろりと伸びて口の周りを舐めていた。気持ちが悪い、とモモは生理的な嫌悪感を抱く。

 

「しかし、流石はララの妹だ。まだまだ幼いが、こいつも俺の側室にしてやろうか……何よりも、ララの妹って事はこの俺様のもの、って事だからなぁ」

 

(何者か知りませんが、ふざけた事を……)

 

ローブで隠れていてもなお分かるほどにいやらしい目つきでジロジロ見てくるララの婚約者の一人らしい男を睨みつけるモモ。しかし身体の方はいう事を聞かず、もはや上半身は地面にくっつき、だが腰だけは上がっているという見ようによっては男を誘うようなポーズになっていた。

 

「まあいい。すぐにこいつを連れていけ、そしてもう一人の妹もすぐに連れてこい」

 

「「「はっ」」」

 

男はそう言い、その部下らしい二人の男――裏路地の入口を塞いだ奴らだ――がモモを担ぎ上げ、エンザも敬礼を取る。

 

「は、なせ……はな、しなさい……」

 

じたばたと暴れようとするモモだが、痺れのせいでデビルーク星人の怪力も発揮できていない。男達はまったく意も介さずに彼女を縛り上げようとし、エンザはすたすたとその場を去っていこうとする。

 

(お願い、ナナ……逃げて……)

 

抵抗を諦めたモモは、せめて人質になるのは自分一人だけになるように、ナナに逃げるよう祈るのであった。

 

「え、な、なんだ、え、なんでぐばぁっ!?」

 

直後聞こえてきたのは何か狼狽した声とドゴンッという爆発音と悲鳴、直後ずがんっという音と共にモモの目の前に吹っ飛ばされてきたらしいエンザが地面に叩きつけられ、

 

(へっ?)

 

直後ぼふんっと煙に包まれたと思うとちびっこい太ったビーバーに魚の意匠をくっつけたような姿になる。いきなりの展開にモモの目が点になった。

 

「よお、テメエら」

 

(この声……)

 

直後聞こえてきた声、それにモモは信じられないというような表情になる。驚いた男達が手を離し、麻痺して身体を支えられないため地面にしたたかに打ちつけられてしまうが関係ない。モモは必死になって身体を動かし、声の方を、裏路地の入口を見る。

 

「オレの妹に手を出すってのはつまり、命はいらないって事でいいんだな?」

 

身にまとう白銀の鎧、黒い髪は燃える炎から生み出される陽炎のように揺らめき、サングラスを外したことで見えるその両目には炎のような赤色の瞳を宿している。

 

(エンザさん……)

 

エンザだ。どうやら自分を騙したエンザは変装していた偽物だったらしい、それを理解したモモの頬に緩みが出る。

 

「く、くそう!」

 

「く、来るなら来やがれ! ただし命の保証はしねえぞガキが!!」

 

男二人がそう言うや否や、着ていた服を弾け飛ばす勢いで男達の肉体が膨張。身体中が刺々しく筋肉質になる。

 

「それがどうした?……デビルーク親衛隊見習い、エンザ。いざ参る!!」

 

しかしエンザは怯えることなく、刀の柄を取り出すと炎の力を集中、赤い刃を生み出して構える。

 

「「ひぃぃっ!!」」

 

その姿を見た瞬間、男二人から明らかな怯えの声が発された。

 

「チィッ! ここは退くぞ! その気絶した役立たずを連れて逃げろ!!」

 

「は、ははっ!」

 

リーダーの男が叫び、証拠を残さないような指示を出すと男の一人が頷いて煙玉を投げつけ視界を塞ぐ。その直後タタタッという足音が遠ざかっていった。

 

「モモ! 無事か!?」

 

「は、はいっ!」

 

エンザの呼びかけにモモは答え、エンザは煙が消えて姿を確認できたモモの方に走る。

 

「……」

 

が、直後エンザは何かに気づいたように足を止めた。

 

「エ、エンザさん?」

 

「さっきのあいつら、見る限り少なくとも俺に変装した奴はバルケ星人のようだったな……お前、もしかしてモモに化けたバルケのやつじゃないよな?」

 

「はい!? なんですかそれ! 失礼ですね!」

 

即効性の代わりに効果が消えるのも早いのか痺れが取れたらしいモモはエンザの失礼な発言に立ちあがって異論を唱える。

 

「んじゃ、本人確認だ」

 

そう言い、エンザはモモの耳に口元を近づけると何かをぼそぼそと囁きかける。

 

「っ~!!!」

 

その瞬間モモの顔がぼふんっと湯気が出る程に真っ赤に染まり上がり、

 

「そ、それは秘密だって言ったじゃないですかバカァッ!」

 

直後涙目になったモモの風を切らんばかりのビンタとバチィンという音が響いたのであった。

 

「どうやら本物のモモみたいだな」

 

納得いったのかエンザは左頬に紅葉マークをくっつけたまま、携帯電話らしい物体を取り出すと他のデビルーク親衛隊にモモの誘拐未遂事件が発生したことと相手の一人にバルケ星人がいること、モモの証言からララの婚約者候補による犯行の可能性が高いことなど、現在分かっている情報を次々に伝えて走査線を張ってもらう。

 

「ところでナナは?」

 

「お前が見当たらなかったから、他の奴に相手を任せてるよ。だから俺が探しに来たんだ」

 

今度はナナが同じように騙されるのが心配になったのか尋ねてくるモモにエンザは他に護衛がいるから心配するなと返す。

 

「しっかしバルケ星人による誘拐事件か。今度から合言葉とかによる本人確認を徹底するようザスティンに進言するかな……」

 

エンザはそう呟きながら携帯電話をしまう。

 

「さて、戻るぞ。あとナナに押し負けて食い物買わされたんだがモモは何かいるか?」

 

「いいんですか?」

 

「後で知ってナナだけずるいですって癇癪起こされてもめんどくさいからな」

 

モモの予想通りナナのおねだりに根負けして食べ物買わされたらしいエンザはモモにも同じように何か買ってやるつもりらしく、モモは自分の想定通りの展開とはいえ「いいのか」と尋ねる。と、エンザは皮肉気な笑みを浮かべながらそう返し、前例があるのかモモは目を逸らしながら苦笑を浮かべた。

 

「えーと……」

 

モモは何を買ってもらおうかと考えながら足を踏み出すが、そこで思いついたように手を差し出した。

 

「では、手を繋いでください」

 

「は?」

 

「繋いでくださいって言ったんです♪ まだ痺れが取れてないみたいで、エスコートをお願いします」

 

「へいへい」

 

にこっと微笑んでそう言うモモにエンザも了解して手を差し出し、モモの手を掴む。そして二人は手を繋いだまま裏路地を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「という感じで、エンザさんは昔から私達を守ってくれてたんです……って、どうしました?」

 

にへぇ、という感じに頬を緩ませながら説明するモモは里紗と未央が顔を手で覆って「はぁ……」とため息をついているのに気づいて首を傾げる。

 

「いや、なんていうか、まあ、ねえ……」

 

「うん、その……いいお兄ちゃんでよかったね……」

 

リサミオはため息交じりにそう呟き、モモは二人が何を言っているのか分からないのか首を傾げる。と、里紗は店内をさっと見回して席を立ちあがった。

 

「さってと。お店も混んできたし、そろそろ出るかねぇ」

 

里紗は混雑してきた店で食事を終えているのに駄弁っているのも限界が来たと感じ取ったか、そろそろ出ようかと言って未央と共にハンバーガーの包み紙やポテトの箱、空になったシェイクの紙コップなどを置いたプレートを持つと手早く片づけに行く。モモもそれに倣って片づけると、店員からの「ありがとうございましたー」「またお越しくださいませー」という笑顔での言葉を受けながら店を出て行く。

 

「ん? 籾岡さんに沢田さんにモモ」

 

「あれ、氷崎。それにキョーコちゃん!」

 

と、その時向かいのファーストフード店から出てきた相手が里紗達に声をかけ、里紗もその相手――氷崎炎佐とその隣でやほーと手を振る恭子に驚いたような声を出す。

 

「え、なになにどしたの? デート?」

 

「……飯に付き合わされただけだ」

 

「だって一人で食べても美味しくないしー」

 

里紗の興味津々な言葉に対し炎佐はあっさりと返し、それに対して恭子は悪戯っぽい笑みを浮かべて返す。

 

「じゃ、そろそろ帰ろっか」

 

「へいへい。籾岡さん達も一緒に行く? 送るよ」

 

「お、さんきゅ」

「ではご一緒させていただきますね」

 

恭子のふんふんと鼻歌を歌いながらの言葉を炎佐は流しつつ里紗達にも一緒に帰ろうかと提案。里紗とモモも断る理由はないため一緒に帰る事になり、炎佐は恭子と里紗に「両手に花ー」とにやにやされながら腕に抱き付かれ、さらに未央が「背中にも花ー」とか言いながら炎佐におぶさる。モモはそれをやや後ろをついて歩くようにして見守る形になり、モモは目の前で恭子と里紗と未央に抱きつかれ、だが美少女三人に囲まれているにも関わらず照れ顔どころか呆れ顔になっている炎佐を見て頬を緩める。

 

「ふふ……」

 

自分の目の前を歩く、幼い頃から全力で自分を守ってくれた存在。彼に向ける感情、その正体は分からない。あるいは兄のような存在への親愛かもしれない、しかしあるいは今リトさんへと向けている感情と同一のものかもわからない。

 

(でも、今私の願う事は一つだけ)

 

「おいモモ、何ぼさっとしてやがる? とっとと行くぞ」

 

「はーい」

 

呼びかけに答え、私はいつの間にか距離が離れていたエンザへと駆け寄る。その心の内で祈ろう。

願わくば、お兄様(エンザ)との日々を一日でも長く共に過ごせますように。




今回は思いついてしまった炎佐×モモのお話。デビルーク三姉妹の中だとモモが一番絡ませやすいな、恋愛関係とかそういうしがらみを一切考えなくていいしモモが積極的に絡んでくれるだけでなく炎佐の方も遠慮なく苛めてくれる。(おい)
ちなみに何度も言いますが、この二人の間に恋愛感情はありませんからね!?モモがなんかちょろっとエンザさん好きーみたいな妄言言ってますけど違いますよ!この子今作のメインヒロインでもサブヒロインでもないですよ!せいぜい最近「ゲストヒロインくらいになら格上げしてやってもいいかなー。あくまで彼女にとって本命はリトってポジションは崩さずに」って思ってるだけですよ!彼女がリトから炎佐に鞍替えしたら原作的にすっげーめんどくさいもん!(本音)
まあ、そうなったらなったで「エンザさんを中心にしたハーレム計画第二弾始めましょー♪」ってモモが暴走するんですけど、そうなったらなったで最悪“炎佐ハーレム計画に気づく→「色んな人に迷惑かけてんじゃねえバカモモ!」とかでモモを拳骨&お尻ぺんぺんに加えお説教→ハーレム計画頓挫”でダークネス編・完!になりかねないんですよね……。(汗)
さて次回はどうするかな。そろそろストーリーを進めるべきか、でもストーリー進めるにも……この辺のストーリーエンザ絡ませづれえ……。
ま、その辺はまた後で考えよう。では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第三話 日常と決意

彩南町。もう日も暮れた頃。エンザ、モモ、恭子は三人並んで歩いていた。つい先ほどまで幡谷駅前の某ファーストフード店で食事を取っており、一緒に帰ってきたのだ。とはいえ家が別方向らしい里紗と未央はちょっと前に分かれているのだが。

 

「ところでキョーコさん。エンザさんの家にお泊まりって大丈夫なんですか?」

 

「何を今更」

 

地球のマスコミ関係を心配しているのかモモはそう尋ねるが、恭子はくすくすと笑ってそう返す。そしてピンッと自分がかけているメガネを弾き、ベレー帽とロングヘアのカツラを指す。

 

「なんのために変装してるって思ってるの? エンちゃんに迷惑はかけないよ♪」

 

「ホントかよ」

 

恭子の言葉に炎佐はぼそりと毒づく。

 

「ま、最近はこのメガネ少し度が合わなくなってきたんだけど」

 

「ん? それ小道具つってなかったか?」

 

「言ったっけ? ベレー帽とカツラは使わなくなった小道具を貰ったんだけどメガネは自前だよ?」

 

恭子はメガネをくいくいしながら呟き、その言葉を聞いた炎佐が首を傾げると恭子もどこかに食い違いがあったのか首を傾げ返す。

 

「ふふ。じゃあ今度エンザさんとメガネ買いにデートでもいかがです?」

 

「あ、いいねそれ♪ 行こ、エンちゃん♪」

 

小悪魔のように尻尾をひょこひょこ揺らすモモの言葉に恭子も悪戯っぽく笑って炎佐の腕に甘えるように抱きつく。

 

「へいへい。スケジュール空いたら教えて、なるべく空けるから」

 

炎佐も炎佐であっさりとデートを受け入れたのであった。

 

「……?」

 

と、炎佐は突然足を止め、辺りを見回す。

 

「どしたの、エンちゃん?」

 

「静かに」

 

首を傾げる恭子の唇にエンザは人差し指を押し当て、静かにするよう示す。

 

「……無数、いえ、連続した風切り音……それに打撃音、やや聞こえてくる苦しげな声……穏やかではありませんね」

 

「え、え? な、なに、通り魔?」

 

モモも勘付いたのかきつい表情を見せる。唯一気づけなかった恭子は一応宇宙人の血を引いているとはいえやはり一般人か物騒な単語に怯えていた。

 

「モモ、行くぞ」

 

「はい。お先に失礼します」

 

賞金稼ぎの目になったエンザの言葉を受けたモモはこくりと頷き、その背中に反重力ウィングを展開。一気に空へと飛びあがる。それと同時にエンザもデダイヤルから鎧を転送、着用してから恭子の手を引く。

 

「キョー姉ぇ、一緒に来て」

 

「あ、うん」

 

これから危険かもしれない場所に乗り込むとはいえやはり一緒にいるのに敢えて目を離すのは心配なのか。それを察した恭子がこくりと頷くとエンザはよし、と頷く。

 

「ふぇ、ひゃぁっ!?」

 

エンザはいきなり恭子を横抱き――所謂お姫様抱っこの形に持っていく。いきなりのお姫様抱っこに恭子の顔が赤く染まった。

 

「悪いけどモモについてかなきゃなんないから。しっかり掴まってて」

 

だがエンザは既に夜の闇に消えかけているモモを見上げており、赤くなっている恭子には気づいていない。

 

(お、お姫様抱っこなんて、ドラマでもされたことないよぉ……)

 

さらに恭子も恭子でそれどころではなくなっていた。が、エンザはやっぱり気づかないまま膝を曲げる。

 

「せいっ!」

「っ、きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

そしてジャンプと同時に踏み切った足の裏を爆発させてさらに勢いをつけジャンプ。ひとっ飛びで近くの家の屋根の上に着地すると、その家に配慮してか今度は爆発によるジャンプ力のブーストをせず素の身体能力のみでジャンプ。次の屋根の上に飛び移るという芸当を繰り返しながらモモの後を追う。ちなみにお姫様抱っこに放心状態だった恭子はいきなりの大ジャンプに悲鳴を上げながらエンザにしがみついていた。

 

 

 

 

 

「くく。いい格好じゃないか、金色の闇。おトモダチに弄ばれる気分はどうだい?」

 

彩南町のある公園。ヤミは以前転入した彩南高校の制服をボロボロにして倒れ伏すという宇宙最強の暗殺者の異名には似つかわしくない姿になっており、それを褐色肌の殺し屋――アゼンダが近くの壁の上に腰かけながら見下すように言う。ヤミは親友である美柑を人質――というか襲われて意識を失った美柑がアゼンダの念動波(サイコキネシス)によって操られているといった方が正しい――にされてしまい、ほとんど抵抗する事が出来ず一方的に甚振られていたのだ。そして今はその美柑に身体を弄ばれてしまっている。

 

「安心しなよ。しばらく楽しんだら最後のトドメは二人一緒に刺してやるから」

 

アゼンダはそう言い、左手に装備していた刃をぺろりと舐める。

 

「二人でイケりゃあ本望だろ?……天国にさ」

 

アゼンダはヤミを憎みと恨みを宿した瞳で見据えながら語る。昔自分はヤミに負けたことで殺し屋の地位を失い、闇の世界で迫害されて身も心もズタボロになったと。そこまで語った時、アゼンダの口元に嗜虐的な笑みが浮かんだ。

 

「そして今度はあんたのせいでその()が死ぬ!! 酷い話だよねェ! あんたと関わる奴は皆不幸になっちまうんだ!!」

 

嗜虐的な笑みを浮かべながら嬉々とした様子で語るアゼンダ。その言葉を受けたヤミが硬直する。

 

「勝手な事言うな!!」

 

だが、それを操られた美柑に一撃でKOされていたリトが否定する。

 

「美柑とヤミは不幸なんかじゃないぞ!! お前なんかと、一緒にするな!」

 

「なんだと……」

 

リトの一喝を聞いたアゼンダがイラついた目でリトを睨む。

 

「地球の坊や……どうやら先に死にたいらしいねェ……」

 

呟き、アゼンダは刃を構えリトの方に跳ぶ。リトは自分が気を引いている隙にヤミに美柑を連れて逃げさせるつもりだ。

 

「何!?」

 

だが、その前にアゼンダの左頬を何かが掠め、一筋の傷跡が彼女の頬に出来ると僅かな血が頬を伝う。リトの目の前に落下したそれは黒い薔薇だ。

 

「この足は爪、全てを引き裂き、灰塵と化す焔の竜爪――」

 

さらに上空からそんな声が聞こえる。なお一緒に「きゃああああ!!」という悲鳴が聞こえてきた。

 

「――飛竜爆炎脚!!」

 

「づぅっ!!??」

 

アゼンダの頭上から迫りくる炎の一撃、アゼンダは咄嗟にその場を飛び退くが、直後ドゴォンという衝撃音が聞こえ、先ほどまで彼女が立っていた場所では炎が燃え盛っていた。だが、その炎は一瞬で消え去り、白銀の鎧を纏った少年が中から姿を現す。

 

「エンザ! そ、それにキョーコちゃんまで!?」

 

「リトさん、ご無事ですか?」

 

「モ、モモ!?」

 

エンザの姿にリトが驚愕の声を上げ、その横にモモが降り立ってリトの安否を確認。ちなみに恭子は先ほどのエンザの蹴りに至る動きをある意味特等席で見ていたためか涙目になって「死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った」と繰り返し呟いている。

 

「なんだい、あんたらは?」

 

「モモ・ベリア・デビルーク。デビルーク星の第三王女です」

「デビルーク親衛隊客員剣士、エンザ」

 

アゼンダの言葉に対しモモとエンザは名乗りを上げる。ちなみに恭子は名乗り前にエンザから降ろされ、今は彼の後ろに隠れている。

 

「……何の用だい? 関係ないクセに……あたしの顔に傷つけて、蹴り入れようとして、タダで済むと思ってんのかい?」

 

「「……関係ない?」」

 

アゼンダの言葉を受けたエンザとモモは異口同音に呟き、傷だらけになったリト、ボロボロのヤミ、操られている美柑へと順番に目を向ける。

 

「ここにいる人達は皆、私達の大切な人なんですけど?」

「こいつらに手を出した。俺達がお前に手を出す理由はそれだけで充分だ」

 

「……ふぅん。なら」

 

そう言った瞬間、ビシュッという風切音が響く。

 

「あんたらも一緒にいじめてやるよォ!!」

 

「モモ、下がれ」

 

四方八方から休みなく放たれる鞭、それをエンザはモモを守るように前に出て左手に握った青い刃の刀で全て防いでいた。

 

「おらおらどうしたァ!? 防戦一方かァ!?」

 

アゼンダが嘲笑うように声を張り上げるが、エンザはクスッと冷たい笑みを向けると鞭を受けつつ刀を振り下ろし、鞭を地面に叩き付ける。と同時に鞭が地面に貼りついたように動かなくなった。

 

「なっ!?」

 

「鞭の先端が地面に当たると同時に地面ごと凍結させた……これでお前の武器は使えない……まあ」

 

絶句した後慌てたように鞭を引っ張るアゼンダだがエンザは静かにそう言い、しかしこれ以上の戦闘は無駄だというように刀の刃を消してアゼンダに背を向け、そこで思い出したように振り返ってアゼンダに嘲笑のような冷たい笑みを向ける。

 

「お前、もう終わってるけどな」

 

「……!?」

 

彼が静かにそう言った瞬間、アゼンダの膝が折れ、彼女は地面に倒れ込む。

 

(なんだ……身体がしびれ……)

 

「後は任せたぞ、モモ」

 

「はぁい♪」

 

アゼンダは痙攣ばかりで全く動かない身体を不審に思い、エンザはすれ違いざまモモに呼びかけ、モモも満面の笑顔――ただし目が笑ってない――で彼の言葉に応える。

 

「リト、大丈夫?……美柑ちゃん達も、大丈夫そうだね」

 

エンザはリトの安否を確認しつつ、アゼンダが倒れたと同時にまるで操り人形(マリオネット)が糸が切れたように倒れた美柑を視認する。

 

「って、炎佐、いくらなんでも……」

 

リトは一人アゼンダと相対しているモモを心配する様子を見せる。が、エンザはそれに苦笑で返した。

 

「心配ないって……というか」

 

エンザはそう言い、モモに視線を向ける。

 

「モモ、マジギレしてるから……下手に止めたらこっちにまで飛び火するよ。とりあえず今の内に美柑ちゃんとヤミちゃんを救出してくるよ」

 

長い付き合いで分かっている。とでもいうようにそう言い、彼はすたすたとヤミ達の方に歩いていく。アゼンダの前に立つモモの後ろには巨大な花が生えていた。

それからアゼンダはモモの呼び出した植物――キャノンフラワーというジュダ星由来の鳳仙花の一種。拳大の種子を砲弾のように放つ危険指定種であり、その種子の威力は地面を軽く抉る程もある――による攻撃で気絶させられて惑星保護機構に連行され、彼らは帰路についた。

 

 

それから数日の時が過ぎ、炎佐は上機嫌な恭子と共に人通りの多い街を歩いていた。

 

「えっへへ~♪」

 

「ご機嫌だね」

 

上機嫌な恭子に炎佐はそうとだけ返す。と、恭子は「うん!」と大きく頷いた。

 

「エンちゃんが新しく選んでくれたんだもん。これ、大切にするね!」

 

にこっと笑みを浮かべながら、恭子は赤いフレームのアンダーリムタイプのメガネに手をかける。レンズ自体は当然恭子の視力に合わせたものだがフレームの方は炎佐が選んだものを購入したのだ。その反応に炎佐は大袈裟だな、というように苦笑する。

 

「さてと、用事が済んだからってのもなんだし。もう少し街を見て回ろうか」

 

「もちろん!」

 

二人は話し合い、デートの続行を決めるとそのまますたすたと歩き出した。

 

「ん? あれ、恭子ちゃんに炎佐君?」

 

と、いきなり自分達に呼びかける声が聞こえ、二人は首を傾げながら声の方を向く。

 

「ああ、やっぱり」

 

「あ、どうも」

 

駆け寄ってきた男性に恭子がにこっと微笑みながらぺこっと一礼する。

 

「……?」

 

が、炎佐はイマイチ相手が誰なのかピンときていない様子を見せており、その男性は「あはは」と苦笑する。

 

「えーっと、君には俳優名よりも役者名の方が早いかな? ほら僕だよ、池綿」

 

「……ああ! どうもお久しぶりです。いつもキョー姉ぇがお世話になってます」

 

男性の名前――というか役者名――を聞いた炎佐はようやく合点がいったように頭を下げる。声をかけてきたのは恭子が主演の特撮ドラマこと爆熱少女マジカルキョーコの登場人物である池綿を演じている俳優だ。

 

「ほんと久しぶりだね、君最近見学来ないし。また遊びに来なよ、皆歓迎するし、特に恭子ちゃんなんて君がいるといないじゃ演技のキレが全然違うんだよ」

 

「ちょっ、余計な事言わないでください!」

 

池綿のにやにや笑いながらの言葉に恭子が顔を赤くする。が、池綿はクスクスと笑みを見せていた。

 

「本当のことでしょ? 炎佐君が撮影見学に来る日のリハ、全部一発オッケーだったのに。なんだっけ? 急にバイトに入らなきゃいけなくなったとかで来れなくなったと分かった後の本番。NGの数数えるのが大変だったよ」

 

「にゃー!!!」

 

池綿の大暴露に恭子は顔を真っ赤にしてじたばたしながら奇声を発する。

 

「ま、そういうことで。恭子ちゃんのためにも都合がついたら遊びに来てよ」

 

「あ、はい。都合が合えば」

 

池綿のイケメンな笑顔での言葉に炎佐も頷いて返す。と、周りから「ね、ねえあれって」とか「もしかして……」とかいう声と視線がくる。

 

「わ、やば。じゃ、じゃあまたね!」

 

「エンちゃん、逃げるよ!」

 

流石芸能人か、池綿は挨拶少なく二人から離れ、恭子も手慣れた様子でその場を離れる。

 

「あっぶなー……眼鏡だけじゃちょっとまずいかなぁ。ベレー帽持ってくればよかった」

 

池綿と話していた場所から離れ、これで大丈夫だと判断してから恭子はそうぼやく。

 

「あれっ、キョーコ!」

「エンザ!」

 

「「この声!」」

 

と、またも二人を呼ぶ男女の声が聞こえてきた。

 

「あ、ルン!」

「レン!」

 

声をかけてきたのはルンとレン。しかしメモルゼ星人の特徴である男女一体のはずが二人とも別々の身体で存在している。

 

「リトから聞いたよ。第三次性徴おめでとう」

 

「ありがとう」

 

エンザとレンはそう言って握手する。ついこの間、ルンとレンはメモルゼ星人独自の第三次性徴を経て成人の身体となり、男女別々の身体に独立したのだ。レンは「これで自由だー!」と喜んでいたし、ルンも「これで気にすることなく立派なアイドルになってリト君のハートをバッチリ射止めてみせる!」と決意を新たにしていた。

 

「ところで二人はどうしたの?」

 

「あーうん、ちょっと買い物に……最近地球だと私ばっかり外に出てたから、レンの服がね……」

 

「流石に敢えてルンの服を着る訳にもいかないからな。今は少ない地球風の私服と制服をきまわししてしのいでいるが、ずっとそうというわけにもいかないし」

 

恭子の言葉にルンは苦笑交じりに、レンは疲れた様子で呟く。言われてみれば確かにルンは私服だがレンは彩南高校の制服を着用している。

 

「あ、じゃあ私達もレン君の服選びに付き合うよ! いいよね、エンちゃん?」

 

「あ、ああ。別にいいけど……」

 

「うん、じゃあ決まりね! いいよね、レン!」

 

「あ、ああ……」

 

テンション上がった女性コンビに男性コンビは押されていた。

 

それから四人はあるデパートの洋服売り場へと移動する。

 

「ねえねえ、これとかレンに似合いそうじゃない?」

 

「そーだね。レン君かっこいいし、いいんじゃない? まあエンちゃんには敵わないけど!」

 

ルンの言葉に恭子もうんうんと頷く、がさりげなくドヤ顔でのろけるのは忘れない。

 

「……ふう。多少覚悟はしていたが、女性の買い物とは長いものだな」

 

「そうだな」

 

きゃいきゃいはしゃいでいる女性陣を見ながら、売り場近くのソファで休んでいるレンと炎佐はそう話す。

 

「レーン! 次こっち着てー!!」

 

「はいはい! じゃ、ちょっと行ってくる」

 

「おう」

 

ルンの声にレンは了解と返して炎佐に声をかけると彼女らの方に歩いていき、炎佐も大変だなぁと苦笑する。

 

「あ、エンザー。あなたの分も探したからちょっと来てー!」

 

「……は?」

 

前言撤回、炎佐も巻き込まれていた。

 

 

 

 

 

「……まぁ、これで一安心かな」

 

「なんで俺まで……すいません、プリンセス・ルン」

 

服を買い終え、レンはこれでひとまず服の心配はしなくてよくなったと安堵の息を吐き、炎佐は何故か一緒に服を買われ、奢られでもしたのだろうかルンに声をかける。

ちなみに現在レンは白色の髪と同色のシャツにルンが選んだ緑色のジャケットを着てシンプルな青色のズボンといういで立ちになっており、それぞれ単品ではシンプルこの上ないデザインだがレンはやけにかっこよく着こなしており、他に買った服を紙袋に入れて肩に担ぐようにしているポーズも様になっている。対して炎佐は恭子の選んだ赤色のパーカーを前のファスナーを閉めずに着てその下の紺色のシャツを露出、黒色のズボンをはいて何故かパーカーについているフードを被る格好になっている。

炎佐からの謝罪にも似た声かけを聞いたルンはふふっと微笑んだ。

 

「気にしないでいいって。キョーコにもちょっと出してもらったし」

 

「あ、そう。じゃあ大丈夫だな」

 

「ちょっとエンちゃん。私にお礼は~?」

 

ルンの言葉に炎佐が納得した様子を見せると恭子はジト目で炎佐を見る。

 

「ってかエンザ、なんでフードなんて被ってんの?」

 

「うっせーよお前ら三人と一緒に顔出しして歩く勇気なんてねえっての」

 

ルンが不思議そうに炎佐に問うと彼はそうとだけ返す。言われてみれば周りの女子からの視線はレンに集中、黄色い声を上げられており、恭子はそれらをちらりと見た後再び炎佐に目を向ける。

 

「エンちゃんも充分かっこいいと思うんだけどなぁ……まあ、競争率上がり過ぎても困るけど」

 

恭子は首を傾げながらぼやいた後、炎佐から目を逸らしながら聞こえない程度の声量でそうぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達はここで」

「また」

 

「ああ。またな」

「また撮影の時にね~」

 

彩南町の駅で炎佐と恭子はルンとレンと別れ、帰路につく。

 

「あ、炎佐さん!」

 

と、その途中で呼び止める声が聞こえ、炎佐はそっちを向くと今まで被っていたフードを外して笑みを見せる。

 

「や、美柑ちゃん」

 

てててっと走り寄ってくる相手――美柑だが、炎佐の前に立とうとすると何故か顔をやや逸らしてもじもじとした様子になる。

 

「どうしたの?」

 

「あ、いえその、なんだか普段と違ってかっこいいっていうか……あ、べ、別に普段がかっこ悪いってわけじゃないんですけど……普段よりもおしゃれっていうか……」

 

やや顔を赤くしてもじもじしながら呟く美柑。すると炎佐は「ああ」と納得したように頷いた。

 

「この服、ルンやキョー姉ぇが選んだものだから。現役アイドル二人に選ばれたんだし、そりゃ俺が選ぶよりはセンスあるんじゃないかな?」

 

「そう、なんですか……」

 

炎佐の言葉に美柑はやや複雑そうな様子を見せるが、次に思いついたように炎佐の手を握り、もう片方に手に持っている買い物袋を見せた。

 

「あの、これからうちで晩御飯にするんですが、よかったら炎佐さんと恭子さんもいかがですか?」

 

「いいのか?」

 

「はい。どうぞご遠慮なく」

 

そう言い、美柑は腕を絡めるようにして炎佐の腕に抱き付くと満面の笑みを浮かべる。

 

「……ははぁん」

 

その様子を見た恭子も何かに勘付いたように笑みを浮かべ、彼女も腕を絡めるようにして炎佐のもう片方の腕に抱き付く。

 

「おい、美柑ちゃんはともかくキョー姉ぇ、歩きにくい」

 

「別にいいじゃん」

 

炎佐のブーイングもなんのそのというように恭子はそう言い、むしろまあまあ膨らんでいる胸を押し当てるように抱きつく。

 

「だからやめろっつの……」

 

押し当てられる胸に炎佐はやや照れた様子を見せ、それを見た美柑は唇を尖らせて半目になってこっちもぎゅっと抱きしめるが、特に反応はない。

 

「……」

 

美柑は目つきを半目からジト目にランクアップさせつつ、炎佐を引っ張るように歩き出した。

 

 

 

 

 

「んまー!」

 

それから時間が過ぎて夕食時。恭子は恋敵美柑の料理に舌鼓を打っていた。今日のメニューはオムライスと唐揚げだ。

 

「でもいきなり悪いな、リト」

 

「気にすんなって。皆一緒に食った方が美味いしさ」

 

炎佐はいきなり夕食にお邪魔してしまった事をリトに謝るが、リトは笑いながらそう言って唐揚げを口の中に放り投げる。確かにララと恭子は姦しくだが笑顔で話しているし、賑やかな食事であることは間違いない。と、炎佐はナナの方を見て「ん?」と声を漏らす。

 

「はぐはぐ」

 

「おいナナ、頬にケチャップついてんぞ。拭いてやるから動くな」

 

「ん~」

 

オムライスを食べていたナナは頬にケチャップをつけており、炎佐がツッコミを入れて近くにあったティッシュでケチャップを拭う。ナナもまるで猫か何かみたいに声を出しながらケチャップを拭われるが、炎佐がティッシュをゴミ箱に放り捨てた辺りではっとなる。

 

「こ、子供扱いすんじゃねー!」

 

「あーはいはい悪かった悪かった」

 

ふしゃーと猫が威嚇するように声を上げるナナだが炎佐は慣れたようにあしらっており、その横のモモがくすくすと笑う。

 

「炎佐さん、唐揚げのお代わりいかがですか?」

 

「あぁ、ありがと。美柑ちゃん」

 

続いて美柑が唐揚げのお代わりを炎佐に渡し、炎佐もお礼を返す。

 

「あ、あれ? 美柑、それ俺の……」

 

なおリトがそんな事を言っていたが美柑は兄を睨んで黙殺していた。

 

それからまた少し時間が過ぎてリトの部屋。夕食の間に何故か恭子がリトの家に(正確に言うならばララの居住区)に泊まる事になり、その流れの中で炎佐もリトの家に泊まらざるを得なくなってしまっていた。

 

「なんか、ララが悪いな」

 

「今度はこっちが返すよ。気にすんなって。キョー姉ぇも楽しんでるみたいだし」

 

今度はリトが謝るが炎佐は笑いながらそう返し、用意された客用の布団に寝っ転がる。二人とももう寝るつもりらしく、リトもベッドに寝転がっていた。

 

「……そういえばさ、リト」

 

「ん?」

 

炎佐がふと何かを思い出したようにリトに声をかける。

 

「リトって、ララちゃんの事はどう思ってるの?」

 

「っ!?」

 

その言葉にリトは硬直した。

 

「あ、ごめん。別に深い意味はないんだけど……リトは西連寺さんが好き、なんだよね?」

 

「……ああ」

 

確認を取るような炎佐に対し、リトはこくりと頷きそれを肯定する。

 

「でも、ララちゃんのことも……」

 

「……」

 

続けるような彼の言葉にリトは沈黙。だがその表情を見た炎佐は察したように頷く。

 

「ララはさ、俺にとっては妹みたいなもんなんだ。妹が変な男に捕まりそうになったら、俺は命を賭けてそいつと戦い、守る……だから、正直に言うとリトがララとくっついてくれれば俺は嬉しいんだ。リトは俺が地球で二番目に信頼してる地球人だからさ」

 

「一番はキョーコちゃんってか?」

 

「ご名答」

 

二人は互いに軽口を叩く。だが炎佐の顔はどこまでも真剣だった。

 

「もちろん、リトがララよりも西連寺さんを好きだっていう気持ちも尊重する。無理にくっつけなんて言わない……」

 

炎佐はそこまで言うと起き上がり、リトに向かって片膝をつく。

 

「リト、俺は君の優しさという名の強さを、信念を、志を知っている。ララや西連寺さん、皆を泣かせないのならば、俺は君がどんな選択をしてもそれを支持する。君がその志を貫く限り、俺は君を守ると誓おう」

 

「炎佐……」

 

片膝をついて頭を下げ、しかし真剣な目を見せるエンザと普段と違う姿に困惑するリト。と、炎佐は柔和な笑みを口元に浮かべた。

 

「まあ、固い言い方になったけど要するにさ……リトはリトらしくいてくれって事だよ」

 

「……ああ、分かった。正直、同じことちょっと前にレンに言われたからさ……ララの事はどう思ってるんだ、女の子を泣かせるような真似はするなよってさ……まあ、うん」

 

リトは何か納得したように頷くと、炎佐に手を差し出す。

 

「炎佐。俺、迷ってばっかだけどさ……これからもよろしく頼むぜ」

 

「ああ」

 

リトの言葉に炎佐も頷きながらその手を取り、二人は固い握手を交わすのであった。




ToLOVEる最新刊にてついにリトとネメシスの魂を超融合!(遊戯王感)があったけども……やべえなこれ、意外とうぜえ(情報だけは入手してたので超融合先を炎佐にしようかと画策していた)、しかもこれストーリーの流れ的に融合先の変更は難しそうだな、リトの決意に水を差しそうだとかとかそういう意味で。
あぁ、あとキョー姉ぇひゃっほい……つか恭子コンタクトだったのか、やべえな設定練り直さないと。(作中でも言い訳させた)
とまあそれはさておき今回は最初の方、前回の話のすぐ後の時間軸です。なお基本的に時間軸は原作に準拠しますが、必要のない部分は話の流れで多少捻じ曲げますのでご了承ください。(今回で言うと原作ではヤミとアゼンダの戦いは美柑とヤミが制服姿である事から平日であることは明白だが本作では話の流れ上休日になっています……いえ、前回の話を書いてる段階では直後の時間軸で続きを書くとは思ってなかったので……)
でもってその後は恭子とのデートだったりルンとレンが同時に出てきている、つまり分離している事で原作の方のストーリーもまあまあ進んでいることを暗に示し、最後はリトとのコンビで締めました。

ちなみにアゼンダとのくだりでエンザがしれっと名乗った「デビルーク親衛隊客員剣士」の称号ですけど、これぶっちゃけただのノリです。いえ、一応エンザはギドからの依頼として「ララ達三姉妹及びララの婚約者候補でありデビルーク王後継ぎ候補筆頭である結城リトの護衛」を受けているんですが、デビルーク親衛隊であるザスティン達とも連携してるもののエンザ自身はもう正規の親衛隊じゃないって事でとりあえず箔付けで名乗らせてるだけです。
まあ無印時代は「俺、賞金稼ぎ静養中」「ララ達守ってるのは友達だから、ギドからは小遣いもらってるだけ」と苦しく言い張ってたのに比べれば「デビルークに雇われ動いている」と自ら名乗るだけ多少進歩はしたんでしょうが。

さて次回はどうしようかなっと。では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第四話 委員長、とある努力の一日

[本日も、燃やして解決っ!]

 

女子高生アレンジされた魔女のような衣装を着てウィンクと共にポーズを決めるのはマジカルキョーコこと霧崎恭子。ベッドの上で猫の顔を模したふわふわのクッションを抱き、テレビに映るそれを目を輝かせながら見ている少女の名は古手川唯だ。

 

[来週も見てね~]

 

「……ふぅ」

 

終わり、というテロップが映し出された下の方で可愛らしい笑顔で手を振る恭子が映る画面を見ながら唯はテレビのリモコンに手を伸ばし、リモコンの上部にある電源ボタンを押してテレビを消すとゆっくりと起き上がり、猫のクッションをベッドの上に置く。

 

「……ほ、本日も……燃やして解決っ」

 

ポーズの前にくるっと一回転というアレンジを加えつつ、唯は先ほどマジカルキョーコが取っていたポーズと台詞を真似る。

 

「唯ー。母さんがリンゴ切ったけど、いるかってよー」

 

直後、唯の兄こと古手川遊が遠慮なく部屋のドアを開けながら唯に声をかける。確かにその手には切ったばかりらしいみずみずしいリンゴが入った皿が持たれている。

 

「お、お兄ちゃん! ドアを開けるならノックをしてって言ってるでしょっ!!」

 

遊がドアを開けた瞬間素早くポーズを直立不動な格好へと変えた唯はしかし羞恥に顔を赤く染め上げて遊に詰め寄りながら怒鳴り、リンゴを乗せた皿を奪うように取りながら「ありがとうっ!」と怒鳴る様にとはいえ一言お礼を言って遊を部屋から押し出すとバンッと勢いよくドアを閉める。

 

「な、なんだ?……」

 

遊もいきなりの事にされるがままになり、ドアを閉める音でようやく我に返ったように呟くが、少し首を傾げると「まあいいか」で済ませ、母親に唯にリンゴを渡してきた旨を報告するために台所へと歩いていくのであった。

 

「はぁーっ、はぁーっ」

 

唯は皿の中にあるウサギさんリンゴの皮にも負けない程顔を真っ赤にしながら荒い息で呼吸する。危うく自分の秘密の趣味がばれるところだったとその顔色は語っていた。

 

「……いただきます」

 

とりあえず心を落ち着けるためにリンゴを食べる事にした唯。部屋にあるテーブルの上に皿を置き、両手を合わせて礼儀正しくいただきますと挨拶をしてからリンゴを食べ始める。シャクシャクという音が小気味よく、甘い蜜が唯の口の中に広がっていく。

 

「それにしても、まさかキョーコちゃんと会えるなんて思わなかったなぁ……」

 

リンゴを食べながら回想をするのは以前皆で遊びにいったプール。異星の原始生物なる存在による騒動に巻き込まれもしたが、同時に憧れのアイドルである霧崎恭子と接点が出来たのはいい思い出である。と言っても彼女自身は舞い上がって自分の名前を名乗っただけであり、舞い上がり過ぎた結果連絡先すら交換していなかったのだが。

 

「……あ」

 

だがそこで彼女は思い出す。その憧れのアイドル霧崎恭子の実の従姉弟である存在、それも自らのクラスメイトである男子のことを。

 

 

 

 

 

「……えーと」

 

「そ、その、突然呼んじゃってごめんなさい……」

 

次の日の放課後。唯は学校から離れたところにある喫茶店にやってきていた。ちなみに今は席についており、その目の前の席には炎佐が座っている。炎佐は学校にいる時唯に突然「今日放課後暇なら空けておいて」と人気のないところで頼まれ、放課後になった瞬間妙に人目を気にしている唯に喫茶店に連れてこられたのだ。そして現在彼は意味が分からず困惑しつつ、目の前で顔を赤くしながらもじもじしている唯を見ていた。ちなみに。

 

「こ、古手川さんがエンザさんと二人っきりになるなんて、しかもあんなに照れた様子……ハーレム計画に変更が起きる可能性も考えないと……」

 

二人が座っている席から離れた、しかし二人をばっちりマークできる、かつ炎佐は背を向けている形になる位置取りの席に自らの名前と同じく桃色の髪をした少女が眼鏡に帽子という分かりやすい変装の格好で座っているのは全くの余談である。

 

「それで古手川さん、一体どうしたの?……もしかして、リトと何かあった?」

 

「ゆ、結城君は関係ないわよっ!」

 

炎佐は親友であるリトが何か関係あるのかと考え、口にするがそれを聞いた途端唯はばんっとテーブルを叩いて声を上げ、しかし僅かな後に我に返るとうつむいて小さくなる。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「えっと、別に気にしてないから。こっちこそごめんね?……それで、本当に何の用事?」

 

しゅんとなりながら謝罪する唯に炎佐は困惑の苦笑を浮かべつつ、何の用事なのかと尋ねる。

 

「そ、その……誰にも言わないでね?」

 

「? うん、分かった」

 

唯は顔を赤くしつつ、まず今回の事を秘密にしてくれと炎佐にお願い。炎佐も訳が分からないながらも秘密にするという約束に同意する。

 

「あの……氷崎君って、キョーコちゃんの従姉弟……なのよね?」

 

「うん。でもこれ、あんま人に言わないでね? 面倒だから」

 

「あ、うん」

 

唯からの質問に炎佐は正直に答えつつ、面倒になるからあまり言いふらさないでくれと釘を刺す。

 

「そ、それで、その……キョ、キョーコちゃんにプライベートで会うとか、そういうのって、できるのかなぁ?……」

 

「……もしかして古手川さん、キョー姉ぇのファン?」

 

「……」

 

どこかわくわくしたように目を輝かせながらの言葉を聞いた炎佐が察したように尋ね、唯は照れたように視線を下に持っていきながら、ゆっくりと頷く。

 

「その……マジカルキョーコ、いつも見てて……」

 

「ああ、なるほど。プライベートねぇ、彩南町の近くで撮影とか仕事してて、それが一段落したとかならよく家に遊びに来てたけど……」

 

炎佐は唯の質問に答えながら携帯電話を操作。「あちゃあ」と声を漏らす。

 

「やっぱり……今キョー姉ぇ、県外のロケに行っちゃってる。しばらく会うのは無理かな」

 

「そう……」

 

そういうメールでも来ていたのだろう。炎佐の言葉に唯はしゅんとなった。

 

「それにしても、プリンセス・ララもそうだし。キョー姉ぇって本当に人気あるんだね」

 

「それはそうよ?」

 

炎佐の呟きに唯が不思議そうな顔を見せると炎佐は「いや」と言って苦笑する。

 

「僕も頭では分かってるんだよ、なんたって今をときめくアイドル霧崎恭子だし。でも僕にとっては身近なお姉ちゃんだからさ、なんか実感わかないっていうか……」

 

「あはは……」

 

「まあ、アイドル相手とは考えて気は遣ってるけどね。マスコミに僕の存在嗅ぎつけられないように気を付けてるつもりだし。霧崎恭子に彼氏がいるなんてスキャンダル流すわけにはいかない」

 

炎佐の言葉を受け、唯は苦笑。続けて炎佐は真剣な顔でそう言ってみせた。

 

「ふ~ん……」

 

「どうしたの?」

 

「いや、別に」

 

炎佐の真剣な顔での言葉に唯は妙な声を出し、炎佐が首を傾げると唯は首をやや傾けつつふふっと笑ってあしらうように返した。

 

「う~む、どうやら古手川さんはリトさんからエンザさんに乗り換えたわけではなさそうですね……」

 

一方モモは聞き耳を立てるならまだしも振り返って直接視認するのは流石に目立つしリスクが高いと踏んだか、手持ちの手鏡を使い、髪をいじっている風を装いつつ鏡に写されている炎佐達を確認していた。

 

「ねえ、キョーコちゃんの話とかって聞いても大丈夫?」

 

「ん? ああ、いいけど」

 

いつもと違い興味津々な様子の唯の質問に炎佐は頷く。

 

「と言ってもキョー姉ぇの話ねぇ……俺キョー姉ぇの出てる番組なんてマジカルキョーコしか知らないけど……」

 

「あ、そういえば。マジカルキョーコの撮影ってこの近くでやってるの?」

 

「あぁ、そうだね。毎回そうとは言わないけど……隣町とか、電車一本で行けるようなところでよくやってるかな。近くなら僕も雑用とかの緊急バイトに呼び出される事も多いし」

 

「えっ?……見学、できるの?」

 

「まあ、雑用の合間に少しくらい? それにキョー姉ぇのおかげで主なスタッフや出演者には既に完全に顔知られてるしさ。この前はプライベート状態の池綿さんに挨拶されたし」

 

「池綿?……ああ」

 

炎佐の言葉に最初驚く唯、その次の池綿という言葉には一瞬詰まったものの彼が俳優の名前ではなくキャラ名で覚えてしまっていると察して納得する。

 

「それにしても、プールの時は本当に驚いたなぁ……」

 

「ああ、迷惑かけてごめんね? 僕ももうちょっと早く対処できればよかったんだけど……」

 

「え?……あ、違う違う! そりゃ確かにあの……あれもびっくりしたんだけど……」

 

唯の言葉にミネラルンの方を想像したのか炎佐の謝罪に唯は一瞬ぽかんとしつつ、すぐに話が噛み合ってない事を察して違うと返し、照れたようにはにかみながら頬をかく。

 

「その、キョーコちゃんが氷崎君の従姉弟だっていうのと、いきなり、氷崎君がキョーコちゃんを抱きしめたり、その……」

 

「……お、思い出しづらいなら出さなくていいから……」

 

唯の恥ずかしそうな様子を見た炎佐もその時の事を思い出したのか顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに手で顔を隠すように覆う。

 

「でもあの時は本当に焦ったな……キョー姉ぇにもしもの事があったら僕は悔やんでも悔やみきれない。キョー姉ぇは絶対に守らなきゃいけない存在だから……」

 

「……氷崎君って、本当にキョーコちゃんのことが大事なのね」

 

炎佐の呟きを聞いた唯が驚いたように呟くと、炎佐は照れたようにふいっと目を逸らし、ふんと鼻を鳴らした。

 

「べ、別に、そりゃあね……キョー姉ぇは僕が地球に来てからの生き方を教えてくれた恩人だし、恩は返すよ。まあ、トップアイドルだなんだって言っても、僕にとってはブラコンくさいお姉ちゃんだよ」

 

唯の言葉に今度こそ目だけでなく顔まで完全に逸らして照れ隠しのように言い放つ炎佐。その様子に唯はくすくすと笑みを漏らしていた。

 

 

 

 

 

「今日はありがとうね。じゃあ、また……」

 

「うん、また明日」

 

時間が過ぎ、唯は微笑みながら炎佐に別れを告げ、炎佐もまた明日と答えると唯はこくんと頷いてその場を去っていく。炎佐は彼女の後姿が見えなくなるまでそれを見送ってから、ふぅと息を吐いて空を見上げるように顔を上げる。

 

「モモ、いるんだろ?」

 

そう言った瞬間、炎佐のすぐ後ろにある地面に立てる形の看板が僅かにカタリ、と揺れたがすぐに沈黙する。炎佐はそれを聞きながらはぁ、とため息をついて軽く振り返り、先ほど揺れた看板を見る。

 

「すぐに出てきたら拳骨一発で済ませてやる。出てこないなら……今度会った時に問答無用で十分耐久お尻ぺんぺんだ」

 

「ハ、ハローエンザさん! 偶然ですねぇ!!」

 

看板に殺気を向けながら言うと同時に看板の後ろからモモが姿を現し、しゅっと右手を挙げて挨拶。しかしあくまでも偶然通りがかった風を装う事は忘れない。

 

「ああ、偶然だな」

 

炎佐はそう言い、笑顔でモモへとゆっくり歩き寄る。

 

「偶然さっきの喫茶店の、偶然俺に見つからずかつ俺達が見える席にお前がいて、偶然俺達の話をお前が盗み聞きしてたんだよなぁ?」

 

「……ば、ばれてました?」

 

炎佐の歩み寄りながらニコニコとした笑顔での言葉を聞いたモモは汗をだらだらと流し、引きつった笑みを浮かべながら炎佐に問い返す。

 

「ふぎゃっ!?」

 

直後宣言通り、一発の拳骨がモモの頭に落とされたのであった。

 

「ったく。ストーカーみたいな真似すんじゃねえ」

 

「うぅ~」

 

腕組みをして叱る炎佐に対し、モモは頭にできたたんこぶを両手で押さえて涙目になる。

 

「で、一応聞いておく……お前、話聞いてたんだろ?」

 

「え? あ、はい……正直意外でした。まさか古手川さんがマジカルキョーコの大ファンだったなんて」

 

炎佐の確認に、隠す事でもないのか隠そうとしても無駄だと諦めたのか隠そうとしたら余計酷い目に合うと直感したのか素直に今回の話を聞いていた事を肯定する。その時の彼女はとても愛くるしい笑顔を浮かべているのだが、炎佐はその愛くるしさに騙される事なく厳しい目を見せていた。

 

「言っておくが、他言無用だぞ」

 

「え~」

 

念押しする炎佐だがモモは頬を膨らませて唇を尖らせ猫背になるという分かりやすいほどに不満げな様子を見せており、炎佐はやれやれとため息をつく。

 

「モモ」

 

「……はい?」

 

やけに優しげな声で呼んでくる炎佐にモモはやや引いた様子を見せる。が、炎佐は構うことなく優しげな声で続ける。

 

「デビルーク星人って、沸騰したお湯の中に何時間潜れるか、とっても興味があると思わないか?」

 

「墓まで持っていきますサー!!!」

 

優しげな声ながら目が全く笑っておらず、間接的な処刑宣告にモモは咄嗟にピシッと背筋を伸ばして敬礼を取りながら答える。

 

「っていうかエンザさん、あなた一応私の護衛なんですよね?……」

 

「お前達の護衛である前に、俺はお前達の兄役だ。しつけは兄として当然のつとめだ」

 

「しつけってか脅しですよ……」

 

敬礼で答えた後に、今更ながら自分の扱いが互いの関係から考えると明らかにおかしい事を指摘。だが炎佐はしれっと持論で返し、だがしつけとしては暴力的過ぎる扱いにモモはぼやいた。

 

「誰にも言わないって古手川さんに約束したからな。口止めはそのついでだ」

 

そう言って炎佐はモモの頭をぽんぽんと優しく撫でる。

 

「さ、帰るぞ。その途中で口止め料に何か奢ってやるよ」

 

さっきまでとは違う優しげな笑みを浮かべて炎佐はそう言う。

 

「……もう。そんな事言われたら怒りようがないじゃないですか」

 

そう言ってモモはふぅと息を吐き、炎佐と共に歩き出すのであった。

 

 

 

 

 

[本日も、燃やして解決っ!]

 

炎佐と唯の話し合いから一週間後。唯はマジカルキョーコの決めポーズをベッドの上で猫の顔を模したふわふわのクッションを抱き、目を輝かせながら見ていた。

 

[来週も見てね~]

 

終わり、というテロップが映し出された下の方で恭子は可愛らしい笑顔で手を振っている。唯はそれをマジカルキョーコの余韻として眺めていた。

 

「唯ー」

 

「!?」

 

その時、遊が遠慮なく部屋のドアを開けながら唯に声をかけ、唯は近くに置いていたリモコンを即座に操作。テレビの電源を切る。

 

「お、お兄ちゃん! だからドアを開けるならノックをしてって言ってるでしょっ!!」

 

「あーへいへい。お前に荷物が来てたぞ」

 

唯からの注意を受け流しながら、遊はそう言って「ほれ」と結構大きな封筒を差し出す。

 

「あ、うん……ありがとう……」

 

封筒を受け取りながら唯はお礼を言い、遊が部屋を出て行きドアを閉めたのを確認してから改めて封筒を見る。

 

「誰かから封筒送られるような覚えなんてないんだけどなぁ……」

 

そう口にし、頭の上にクエスチョンマークを浮かべつつ、とりあえず差出人を確認する。

 

「氷崎……恭香?」

 

差出人を口にするが、唯の頭の上からクエスチョンマークは消えない。やはり覚えのない名前だ。

 

「届け先は間違いなく家だし、私だし……なんなのかしら?」

 

届け先を間違えられているわけでもなく、唯は不思議そうな表情を隠さずにいる。

 

「……?」

 

だが、そこで唯は氷崎恭香という名前に何か既視感を感じる。氷崎と言えば炎佐の名字、そして大分前に町で炎佐と会った時、炎佐の従姉弟と名乗っていた少女の名。

 

「まさか!?」

 

一つの思考に行き当たった唯は慌てて机からカッターを取り出し、丁寧に封筒を開けて中身を取り出す。そこには一枚の手紙が同封されていた。

 

「……キョ、キョーコちゃんからの、お手紙だ……それに、メアドも……」

 

唯はぽかーんとしながら呟く。手紙には恭子からの直筆なのだろう可愛らしい文字でいつも応援ありがとう、から始まる所謂ファンレターに対する返信のような内容が書かれている他、最後の方には炎佐の友達という事で信頼できると判断したのだろうかメアドも記載されていた。手紙を呼んだ唯の口元は街中で可愛い猫を見かけた時にも負けず劣らず緩んでいる。

 

「あ」

 

手紙を見ていて気が緩んだのか封筒を落としてしまう唯。だがその時、封筒に入っていた他の何かが封筒から僅かに飛び出した。分厚い用紙に枠付けがされている。

 

「これって……」

 

唯は分厚い用紙を封筒から出す。そこには「霧崎恭子」というサインが書かれており、「古手川唯さんへ」と丁寧に書かれている。ハートマークも可愛らしくあしらわれた霧崎恭子の直筆サイン色紙だ。

 

「きゃー!!!」

 

それを理解した瞬間唯は黄色い歓声を上げる。だがその声を聞いた遊が何事かと唯の部屋に三度ノックも無しに飛び込み、慌てた唯がなんでもないと誤魔化して兄を部屋から追い出すのに苦労する羽目になるのは、この数秒後のお話。




今回は読者様からのリクエスト[炎佐が恭子の従妹弟と知った唯が何とか恭子と近づきたい、と色々考えたり行動したりする話]を元に作成しました……いや、ネタが思いつかなかったので気分転換になるかなぁと……あと僕、古手川メイン回ってほとんどっていうか、そもそも作ったか自体が危ういレベルでないし。古手川は好きなキャラなんですけどね、堅物な巨乳ツンデレって最高ですし。ただし彼女の恋愛関係のツンデレはリトという初恋の相手だからこそ輝くと思ってますので、炎佐ヒロインになる事はありません、せいぜいお互い真面目な性格からのいいお友達止まりです。(断言)
で、今回の話を作るにあたって改めて考えると炎佐と古手川自体に個人的な接点がほとんど存在しないんですよね、友達の友達(リトやララ、春菜の友達同士という意)やクラスメイトってくらいで。なので今回の話は炎佐の交友関係を広げるというか友達という意味合いでのフラグ構築にはちょうどいいきっかけになったと思います。
遅れましたが火の神獣さん、リクエスト提供ありがとうございました。

なお、唯の部屋に自分用のテレビがあったかに関しては原作中で描写があったか正直分かりません。多分なかったろうなぁとは思いますが。ただ今回の導入「マジカルキョーコを見て、その真似っ子をする唯」はどうしても譲れなかったので自室にテレビがあるという描写を入れました。ってか唯の性格からして家族に見られるところでマジカルキョーコ見てるとは思えないし。
さあそろそろストーリーを進めようかな。ダークネス編入ってもう五話目だけどラブコメや日常方向にしかほとんど話が進んでないってどうよ?な感じだし。


そして最後に一応注意をしておきます。僕は自分からファンサービスやら何やらで明確にリクエスト提供を呼び掛けた分には責任持って可能な限り書くようにしています。ただし、読者様から自発的なリクエストを受けた分に関しましては善処しますが書けるとは限りません。
今回は正直に言って執筆意欲があるのに対してネタがないって事と提供されたリクエストで上手く構成が思いついたという、所謂「需要と供給の一致」がうまく重なった幸運な結果と思ってください。ぶっちゃけ我ながら「上手くリクエスト消化できたなぁ」って驚いてるくらいなんですから。
なので個人的にはリクエストを出す自体はよっぽど無茶苦茶じゃない限り別に構わないんですが、書けるとは限らない。むしろ書けない可能性の方が高いって事を念頭にお願いいたします。何度も言いますが今回は余程の例外&幸運の結果なので。
つか、リクエスト出す自体は構わないとは言いますが、「最低限感想としての体裁は守れている」が前提なのでそこもお願いします。

では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第五話 月と夢と・・・

「……ドクター・ミカド。休日にいきなり呼び出して何用かと思ったんですが……」

 

とある日曜日。炎佐は部屋でゴロゴロと暇を持て余していた時突然御門に呼び出され、面倒なので断ろうとしたものの「どうしても」「緊急の用件」としつこく食い下がられてしまい、彼女の自宅へとやってきていた。そしてその彼は怪訝な目を、御門の横に立つ金髪ロングの美女へと見せていた。

 

「あんた、ヤミちゃんに何させてんですか?」

 

「勘違いも仕方ないけど……違うわ」

 

怪訝な視線に対しておどおどという感じの反応を見せている金髪ロングの美女、その顔立ちはヤミにそっくりで、おどおどしているものの黒色のスーツをしっかりと着こなしている姿はヤミが大人になったかのような印象を与える。だが炎佐の問いかけに御門は頭を押さえながらそうツッコミを返した後、美女に手を向ける。

 

「彼女はティアーユ・ルナティーク」

 

「……ティアーユって、もしかして」

 

御門の少ない紹介で何かを察したらしい炎佐。それに御門もこくり、と頷いた。

 

「銀河の外れの星で暮らしていたのを見つけて、連れてきたの……ヤミちゃんやリト君を取り巻く今回の件で、ティアの力も必要になるから」

 

「……よくもまあ見つけられましたね」

 

御門の真剣な顔での言葉に炎佐がぽかんとした様子で答えると、御門はふふっと笑った。

 

「手がかりを探してデータを整理していたら、自分でも忘れていた古いデータが出てきたのよ」

 

そう言って御門は一枚の画像データをタブレット端末のような装置に出力する。そこに映し出されているのはどこかで見覚えのある顔をした黒髪の美少女と金髪の美少女だ。

 

「ヤミちゃんに似てるな……」

 

「ええ。こっちがティア、そしてこっちが私よ」

 

どこか自慢げな笑みを見せながら写真を見せる御門。炎佐は「へー」と返しながら画像データと御門を交互に見た。

 

「昔は可愛かったんですね」

 

「……それはどういう意味かしら?」

 

炎佐の回答にピキッと額に青筋を立てて尋ねる御門。が、炎佐は「ご想像にお任せします」とへらへら笑いながら答える。完全にからかっていた。しかも普段は炎佐をからかっている御門が「ぐぬぬ」と呟いている辺り、立場が逆転している。

 

「で、話を元に戻しますが。ドクター・ルナティークと俺を顔合わせさせる理由が何かあるんですか?」

 

「……うん。ティアには明日から彩南高校で働いてもらう事になってるの。校長からは私の推薦として許可を取ってるわ」

 

御門はそう言い、再び真剣な目を見せる。

 

「今回の件で色々物騒になってるし、あなたにはティアの護衛を頼みたいの」

 

「あんた俺を過労死させたいのか?」

 

「ひ、必要とあれば体力増強の秘薬とか支給するし……」

 

「んな問題じゃねえよ」

 

御門の言葉に既にデビルーク王家からリト&ララ達姉妹の護衛を請け負っている形になっている炎佐はツッコミを返すが、やがて「はぁ」とため息をついて頭をかく。

 

「まあ、ほかならぬあんたの頼みだ。学校内で、ドクター・ルナティークが変なトラブルに巻き込まれないよう見張るくらいならしますよ」

 

「そう言ってくれると信じてたわ」

 

なんだかんだ文句を言いつつ御門のお願いを了承する炎佐。それに対し御門は嬉しそうな微笑みを浮かべながら答え、炎佐はふんと鼻を鳴らした後、ティアーユの方を向く。

 

「改めまして。初めまして、ドクター・ルナティーク。俺はエンザ、かつては宇宙を駆ける傭兵をしていましたが、今は静養の後、地球関係限定で復帰しています」

 

「あ、ティ、ティアーユ・ルナティークです。その、ティアで構いません」

 

傭兵としての礼儀か、護衛対象となるティアーユに礼儀正しく挨拶をする炎佐にティアーユは慌てたように答えながら、所在なさげにふわふわと浮かせている右手で握手しようと試みたのか、慌てた足取りで炎佐に歩き寄る。

 

「きゃっ!?」

 

「へ? ぶわっ!?」

 

だがその時ティアーユは自分の足に前に出そうとしていた足を絡ませてしまい、バランスを崩す。何もない場所でこけるというリトみたいな真似に炎佐も目を点にして固まってしまい、バランスを崩して倒れ込んできたティアーユに巻き込まれてしまう。

 

「……っつ~……」

 

痛みに呻きつつ、炎佐は巻き込まれて倒れた時に反射的に閉じてしまっていた開く。その視界に広がるのは真っ黒な何かと顔を覆うような柔らかな感触、そしてやけに良い匂い。

 

「「……っ!?」」

 

それが何かを理解してしまった炎佐も、自分がどういう状況になっているのかに気づいたティアーユも同時に顔を真っ赤にし、ティアーユはがばっと起き上がる。先ほど炎佐の顔を覆っていたもの、それはティアーユの豊満な胸だった。

 

「ごっ、ごごごごめんなさい!」

 

「い、いや、こちらこそすみませんでした!」

 

ティアは慌てたように、しかし何故か両腕で胸を隠すようなポーズを取りながら慌てて頭を下げ、炎佐も必死に頭を下げる。

 

「…………」

 

ちなみにその光景を見ている御門がやや不満げな顔を見せていたが、それに二人が気づくことはなかったのであった。

 

 

その翌日の放課後。炎佐はリト、モモ、そしてティアーユと共に学校の屋上にやってきていた。ちなみに彼女が彩南高校2-A副担任としてやってきた時、その美貌や容姿端麗さに魅了された猿山をはじめとした男子勢から質問責めにされたり、校内一の変態こと校長から逃げ出した時にリトとトラブルを起こしたりしていたのはまた別のお話。

 

「じゃあ……ティアーユ先生でもメアさんやマスターの事については分からないんですか?」

 

「ええ……私も組織にいた頃進められていた計画の全てを知っていたわけじゃないの」

 

モモの言葉にティアーユはそう返し、しかし「黒咲芽亜という子がヤミの開発データを基に作られた第二世代なのは確かなはず」と続ける。

 

「マスターについては……今の段階では推測しかできないわ。研究者の生き残りなのか、それとも……」

 

「たしかに……未だに姿も見せないもんな」

 

ティアーユの言葉にリトも困ったように頬をかく。

 

「メアの奴をとっ捕まえて無理矢理聞き出せれば早いんだがな……」

 

「流石にそれは……」

 

「分かってる。ナナを悲しませたくはない。それはどうしようもなくなった時の最終手段だ」

 

炎佐は敵の一員と分かっている芽亜を捕まえて聞き出す事を考えるがモモがそれについてのデメリットを懸念。炎佐もデメリット、すなわち芽亜の友達であるナナを悲しませたくはないため、それは余程でない限り実行に移さない事を彼女に伝える。

 

「ごめんなさい。あまり役に立てなくて」

 

「いえ。先生の存在はこれから何かと心強いです……だからこそ、護身用にこれを」

 

謝るティアーユにモモはそう言い、彼女に三つの植物の種を渡す。彼女曰くダヅールという植物の種であり、地面に叩きつけると衝撃で急激に発芽。相手の身体に絡みついて動きを止める特性を持つのだという。さらに発芽と同時にモモを呼ぶ信号を出すように品種改良をしているため余程遠くでない限り駆けつけられる。ということだ。

 

「マスター側が先生に何か仕掛けてこないとも限りませんから。エンザさんがいる限り心配ないとは思いますが、一応念には念を入れて」

 

「ありがとう」

 

モモからそう説明を受け、ティアーユはお礼を言って種を受け取る。

 

「嬉しいわ、モモちゃん。あのコに……あなたみたいな頼れる友達がいて」

 

「……ヤミさんから、頼まれましたから」

 

「あのコから?」

 

ティアーユの心からのお礼にモモは照れたようにはにかみながらそう返し、ティアーユの言葉にもこくりと頷く。

 

「ホント……素直じゃない人ですから」

 

「……そう」

 

モモのくすっと微笑を浮かべながらの言葉にティアーユも穏やかな微笑みを浮かべていた。

 

それから時間が過ぎて放課後、ティアーユはまだ仕事が残っていたため一人教室に残っていた。ちなみに炎佐も今はデビルークプリンセス姉妹はさておきリトの護衛の方は今はモモに任せるというやや矛盾した体制にしつつティアーユの護衛のため学校に残り、今は今後どうするかについて御門と話し合うため教室から姿を消していた。

 

「あ……ティアーユ先生」

 

「あら、コケ川さん。まだ残ってたの?」

 

「はい。風紀委員の会議で……」

 

教室に入ってきた唯がティアーユに声をかけると彼女も声をかけ返し、唯は席に置いていた荷物を取りながら困った顔を見せる。

 

「それと私、古手川です」

 

「あっ、ゴ、ゴメンナサイ!」

 

自分の名前を間違われている事を唯が指摘するとティアーユは慌てたように謝り、唯はそれに会釈で返した後、ティアーユの、自分から見ても豊満と言える身体をじっと見る。

 

「あの、先生……男子にハレンチな事されたら私に言ってくださいね! 特に結城君! あの人要注意ですから!!」

 

「え?……あ……はい……」

 

唯のいきなりの警告にティアーユはぽかんとしつつこくこくと頷き、「では失礼します」と挨拶して帰っていく唯の後姿を見送りながら「ハレンチ?……何かしら?」と声に出さず心中で考える。

 

「ふぅ……それにしても、教師って思ったより大変。生徒の名前覚えるだけでも一苦労だわ……」

 

彼女がそう呟いた時、換気のためか空けていた窓から風が入る。

 

「やっと……ゆっくり話せそうだね」

 

その風と共に、そんな声が窓からティアーユの耳に届き、彼女は驚いたように窓の方を向く。

 

「ちょっといいかな? ()()()……」

 

そこでは芽亜が窓枠に座りながら妖しげな目を見せていた。突然現れた芽亜にティアーユは驚愕の目を見せつつ、モモに渡されたダヅールの種を入れたポケットに手を伸ばすが、何を思ったのか目を閉じ、やがて落ちついた様子で目を開く。

 

「ええ。私も……あなたと話したかったの。メアさん」

 

「……へえ。意外だね」

 

ティアーユの落ち着いた眼差しでの言葉を聞いた芽亜は驚いたような反応を見せた後、口元にニヤリと笑みを浮かべてそう答える。

 

「一体どんな話を……?」

 

そう言いながら窓枠から飛び降り、彼女の元に歩き寄ろうとする芽亜。

 

「動くな」

 

「!」

 

だがその瞬間鋭く、しかし重い声が聞こえる。芽亜もその言葉に従うかのように動きを止め、声がした方、教室の後ろ側の出入り口を見る。

 

「警告する。それ以上ドクター・ティアーユに近づくな」

 

そこにはいつもの銀色の軽装鎧に身を包み戦闘モードに入っているエンザが、右手に銃を構えその銃口を芽亜の方に向けながら立っていた。

 

「へぇ」

 

しかしその言葉を聞いた芽亜はクスリ、と冷笑すると一歩ティアーユに向けて歩みを進める。その瞬間バンッという銃声が響くと共に芽亜の鼻先を銃弾が掠り、そのまま教室の壁に突き刺さる。

 

「これは最終警告だ。次は当てる」

 

「アッハハハハ、怖いね~。ナナちゃんの前とは大違いだよ、兄上♪」

 

目を研ぎ澄ませ、燃える炎のような殺気を漏らしながら言うエンザに対し、無邪気に笑いながらからかうような口調を覗かせる芽亜。

 

「でもさぁ」

 

その次の瞬間、メアから真っ黒い殺気が漏れ始める。

 

「そんなので私が言いなりになると思う?」

 

そう言うメアの目も無邪気さは消えており、無邪気どころか妖しげな笑みを浮かべた彼女がそう言った瞬間彼女の着ていた制服が変質。ヤミが使っているのによく似た黒い戦闘衣(バトルスーツ)へと変化する。

 

「だと思ってたら、俺も鎧までは着込んでねえよ」

 

だがエンザもエンザでそこは想定していたのか、メアから目を離すことなくティアーユの前に立つ。右手には銃を握ったまま、しかしさらに左手に逆手で刀を握っていた。

 

「クス、クスクスクス……」

 

と、メアは身体をゾクゾクと震わせつつ、口元に愉悦の笑みを浮かべていた。

 

「敵意を向けられるなんて、久しぶり……」

 

ペロリ、と口元を舐め上げるメア。その時彼女の髪の先端がまるで三本の爪のような形に変化する。

 

「素敵♪」

 

「今回は、加減しない!」

 

突進しながらメアは先端が三本の爪と化した髪を突き出し、エンザがそれを左手に逆手で握っている刀で防ぎつつ右手に持っている銃をメアに向ける。だがメアは巧みに動いて銃の狙いを定められないようにしつつ虎視眈々とエンザの隙を狙った。

 

「や……やめて二人とも! 私は――」

 

目の前で戦闘が始まった事で我に返ったティアーユが二人を止めようとするが、また自分の足につまずいて転んでしまう。

 

「ひゃー!!??」

 

そしてティアーユの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

「ティアーユ先生!!」

 

教室に飛び込むモモとリト、そしてセリーヌ。三人が帰っている途中、モモがダヅールの種から発信される緊急信号を受け、三人一緒に学校へと引き返したのだ。

 

「「「……」」」

 

その彼女らの目に飛び込んだのは植物の蔦に絡みつかれてあられもない姿になっているティアーユ、それを見てきゃははと無邪気に笑っているメア、そして呆れたような顔をしつつティアーユの方を見ないようにしているがそれでもなおメアをしっかり警戒しているエンザの姿だった。

 

「何でこうなってんだーッ!!!」

 

「コケた拍子に芽が出ちゃって……」

 

思わずリトがツッコミを入れてしまうレベルの珍妙な光景にティアーユが弁解。モモが心中で「リトさん並のずっこけ体質!?」と驚いているとセリーヌがティアーユの露出している巨乳につられて飛びかかり巨乳を吸い始め、モモが慌てて蔦をほどきにかかる。

 

「何かすごい事になってるね~、兄上~♪」

 

「その呼び方で呼ぶな」

 

ケラケラ笑いながら無邪気にエンザを呼ぶメアと、額に青筋を立てながら答えるエンザ。メアの方は普段通りだがエンザはまだ彼女に銃を向けており、一方的な一触即発状態になっている。

 

「炎佐、メア……どうして……まさかメア、ティアーユ先生を狙って……」

 

「……誤解しないで、せんぱい」

 

混乱した様子のリトに対しメアはそう呼びかける。

 

「私はティアーユがどんな人なのか確かめたかっただけ。先に喧嘩を売ってきたのは氷崎せんぱいの方なんだから」

 

そう言いながら彼女はエンザを見た。

 

「敵意を向けてきた相手には容赦するな。それがマスター・ネメシスの教えだからね」

 

「「マスター・“ネメシス”?」」

 

メアの口にしたマスターなる存在の名前をエンザとリトが反芻。話が聞ける状態になったからかエンザは銃を下ろした。

 

「そ……その名前、聞いた事があるわ……」

 

ヨロ、とやや危なげな足取りながら解放されたティアーユが呟く。プロジェクト・ネメシス、それはヤミやメアが生まれた“プロジェクト・イヴ”に並行して進められた()()()()変身(トランス)()()()()()()。しかし開発には失敗し、計画は凍結したはず。そう語るティアーユは厳しい視線をメアに見せた。

 

「まさか、あなたのマスターは……」

 

「そうだよ。マスター・ネメシスはプロジェクト・(ネメシス)から生まれた変身(トランス)兵器」

 

ティアーユの問いに即答で答えるメア。しかしその目は先ほどまでの無邪気さなど欠片も感じない、まさに闇のように深い黒さを見せていた。そのまま彼女は語る。自分が覚えていた最初の景色は壊滅した研究所と壊れた培養カプセル、自分が何者であり、何のために生まれたのかも分からないままガレキの中を歩いていた時に出会ったのがマスター・ネメシスであり、マスターから変身(トランス)兵器としてどう生きればいいのか、能力の使い方や姉であるヤミの存在(コト)、マスターが導いてくれたから、自分はここまで生きてこられたのだと。

 

「私とヤミお姉ちゃんを正しく理解して導いてくれるのはマスターだけ。同じ“兵器”なんだから。ティアーユ、あなたはそんな私達の間に割り込んで、今でもヤミお姉ちゃんは人として生きるべきだと思ってる?」

 

「……ええ。思ってるわ」

 

メアの言葉に対しティアーユは肯定。その言葉を聞いたメアの目尻がピキ、と動く。

 

「……あなたにも、そうあってほしいと思ってる」

 

「……は?」

 

だがその次のティアーユの言葉にメアは一瞬フリーズした後、呆けた声を出した。

 

「あなたがヤミちゃんの妹だというのなら、私にとっても妹だもの」

 

「な……何言ってるの!? バカみたい! 私は兵器だって言ってるじゃない!! マスターから命令さえ出れば、あなたなんて一瞬で殺しちゃうんだから!!」

 

「あなたは……今この町で“人”として暮らしている……ヤミちゃんも……そうでしょ」

 

「そ、それは……」

 

ティアーユの言葉にメアは激昂し、その次の言葉には言葉を失う。

 

「マスターの命令で……仕方なくだよ。彩南(ココ)は私達の本当の居場所じゃない……」

 

「変われますよ。どんなに自分を兵器と言ってもあなたには心がある」

 

メアの言葉に返すのはモモだ。

 

「私も……できればあなたと心からの友達になりたいと思ってますよ? 私、人見知りで友達少ないですから」

 

「へぇ、モモが人見知りなんて初めて知ったな」

 

モモの言葉をエンザがまぜっかえし、モモがギロリとエンザを睨むと彼は「お~こわ」とおどけたように声を漏らした後、メアをやや睨むような視線で見る。

 

「お前みたいなやつでもナナの大事な友達だ。俺は妹を悲しませるような真似はしたくない……お前がいなくなったら、きっとナナは悲しむ」

 

「ああ、きっとヤミだって……」

 

エンザの言葉に続くのはリト。メアはそれらを聞いた後、リトの前にかがみこむ。

 

「……せんぱいはどうなの?」

 

「え?」

 

そう尋ねてくるメアにリトが呆けた声を出すと、メアは突然誘うように自分の胸元を露出させるように服をたくし上げた。

 

「もしせんぱいが私の事、すみずみまでペロペロしてくれるなら……ちょっとは考えてみてもいいかも……」

 

「「は!?」」

 

その言葉に男性陣二人が声を上げた。

 

「リトさん! してあげてください!」

「結城君、それで分かってもらえるのなら、ぜひ!」

 

「ちょっ、できるかっ!!」

 

しかもモモとティアーユが後押ししており、リトが必死で否定していた。

 

「……メア、お前一体なんのつもりだ……」

 

完全に毒気を抜かれたエンザが呆れた様子でメアに問いかける。

 

「フフ……やっぱりムリでしょ? せんぱいがそういう人だって事は、私もなんとなく分かってきたからね」

 

メアは無邪気なような深い事を考えているような調子でそう言って立ち上がり、窓際に向かう。

 

「心なんてそう簡単に変わるものじゃないってコトだよ。だからモモちゃんだってせんぱいに苦労してるわけでしょ?」

 

その言葉に反論できないのか、モモはむっとなった。

 

「ま……とにかく、私はマスターに教わった考えは曲げないから。それでよければこれからも仲良くしてよ。せんぱいにモモちゃん。それに……ティアーユ()()

 

そう言い終えると共に彼女は窓際からジャンプ、その場を後にしたのであった。

 

(心なんて、そう簡単に変わるものじゃない……)

 

メアの言葉を聞いたモモが心中で思う。

 

(でも、メアさん……あなたは兵器といいながら、“心”の存在は認めているんですね……)

 

彼女の言葉から逆説的に証明できる事柄、モモはそれを考えていた。

 

 

 

 

 

(メア……)

 

そしてこの一連の流れを学校の屋上にある給水塔の上で聞いていたヤミは「気になる妹」という題名の本を胸に抱えながら、メアの事を考えるのであった。




さて、五話目にしてようやっとストーリーが進みました。今回お静ちゃん大活躍な部分だったんですが、そこがエンザに成り代わりました。お静ちゃんファンの皆さまごめんなさい。
今回はティアーユ登場、御門と共に炎佐のサブヒロイン候補だったりします。ずっこけ体質なので真面目な炎佐相手でもラッキースケベ作りやすそうですねフッフッフ。(外道)

今回特にいう事もないし、今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第六話 一日恋人体験?

休日。炎佐がいつものように家で暇を持て余し、暇潰しにナナかモモをからかいにリトの家に遊びに行こうかなぁと考えていた時。突然テーブルの上に放置していた携帯からメールの着信音が鳴り始め、同時にバイブによって振動する。

 

「はいはいっと……ん? 珍しい相手だな……」

 

炎佐は携帯を取り、メールの相手を確認。その相手を確認すると不思議そうな声を漏らしてメールを確認する。

 

[へいダーリン☆ デートしようZE♪]

 

単刀直入というか分かりやす過ぎるというか。そんな内容のメールに炎佐の目は細くなり、彼はカチカチとメールを打つ。

 

[寝言は寝て言え]

 

負けず劣らず単刀直入な言葉でメールを送り、送信完了の文字が携帯に出たのを確認してから炎佐は携帯をテーブルの上に置く。が、その瞬間けたたましい着信音が鳴り出し、バイブがぶんぶん振動。放っておいたら永遠に続きそうな気がする荒ぶる携帯電話を見た炎佐はめんどくさそうに電話に出た。

 

「おはよう籾岡さん、そしてお休みなさい良い夢を」

 

[寝ないから! 別に寝言とか言ってないから!!]

 

挨拶だけして電話を切ろうとする炎佐だがそれを阻止せんばかりのキレのいいツッコミが電話向こうの少女――籾岡里紗から入る。

 

「で、マジで何か用?」

 

[あーいや、さっきのメールが本当に用事っていうかさ……氷崎、一日でいいからあたしに付き合ってくんない?]

 

「……話くらいは聞くよ」

 

普段の溌剌とした様子とは真逆の困った様子を見せている里紗に、炎佐は何か感じ取ったのか話くらいは聞くと促す。それから里紗が話しだすことによると、最近しつこく言い寄ってくる男がいてしかもここ最近はストーカー行為にまで発展しているらしく、実害はないものの鬱陶しくて参っているらしい。

 

[もううざったいのなんの。ま、そこで氷崎を彼氏として見せてやればもう諦めるかもってさ。氷崎、顔がキズモノなのが玉に瑕だけど結構かっこいいしね]

 

「そりゃどうも。けど別に俺が受ける理由ねえじゃん」

 

[そこをなんとか! 昼飯奢るからっ! 今電話の向こうでは両手合わせて頭下げてますっ!!]

 

にゃははと笑う里紗に対しやる気なさげな炎佐だが里紗は必死の声で頼みこみ、その声を聞いた炎佐ははぁとため息をついた。

 

「分かったよ、分かりました。やればいいんでしょ?」

 

[ひゃっほい! さっすがダーリン♪ 愛してるぜ☆]

 

「電話切るよ」

 

[じょーだんだってば。じゃ、悪いけど迎えに来てくんない? 彼氏っぽく、ね?]

 

「努力するよ」

 

根負けして里紗のお願いを受ける事にした炎佐。それから二人は一言二言話して電話を切った。

それから炎佐はポケットに財布や携帯を入れ、万一のためにデダイヤルの準備も行ってから家を出て行き、里紗の家までやってくる。

 

「……確かに、妙な気配がするな」

 

里紗の家の前に立った時、炎佐は人の気配に勘付く。だが隠れているところから動く様子はないため一応今は放っておき、炎佐は携帯でさっと「家の前に来たよ」という旨をメールで送る。それから少し時間を置いてから玄関のドアがバァンッと開いた。

 

「きゃっほーいっ、ダァーリーン!」

 

「ぶわっ!?」

 

家から飛び出した里紗が満面の笑顔で炎佐に飛びついてそのまま抱きつき、炎佐は怯みつつも鍛えているのは伊達ではないのか里紗を支えたまま体勢を保持する。

 

「な、なんのつもり、もみおむぐ――」

「里紗って呼んで」

 

怒ろうとする炎佐だが里紗はすぐさま炎佐の口を手で塞ぎ、炎佐の耳元に口をやると真剣な声色でそう囁く。

 

「お、おい里紗! なんだよその男!?」

 

里紗が囁くとほぼ同時に現れる男性。金髪ロン毛にピアス、服装なども含めて全体的にチャラいイメージを与える。と、里紗はチャラ男に向けてんべっと舌を出し、炎佐に抱き付く力を強める。

 

「あたしの彼氏。ってかしつこいのよあんた」

 

「なっ、なななななっ……お、お前、この僕を弄んだのか!?」

 

「弄んだも何も、あんたが落としたもん気まぐれで拾ってあげただけじゃん。それだけだってのになんだかんだうっさいしさ~」

 

里紗の言葉に激昂するチャラ男だが里紗はめんどくさそうに返しており、そのまま炎佐の方に顔を向けてにぱっと微笑む。

 

「さ、行こっかダーリン♪」

 

「お、おう……里紗……」

 

チャラ男に向けた声はめんどくさそうな低い声だったのに対し自分にかける声は明るく高い声、その変わり身の早さに炎佐は驚きつつこくりと頷いて里紗にやや引っ張られる形で歩き出す。

 

(……なんか、殺気が酷いな)

 

その背中に刺さるチャラ男の殺気というか視線を受けつつ、炎佐は複雑な心中を覚えるのであった。

 

 

 

 

 

「……で、さ」

 

「ん?」

 

とあるファミレスに入り、ドリンクバーと料理を注文した後に炎佐が里紗に声をかけ、里紗は先に来たドリンクバーで入れてきたメロンソーダをストローでぶくぶくと息を吹き込んで泡立てる遊びを止めて炎佐の方を向き、だがストローは銜えたままで「どうしたの?」と言いたげに首を傾げる。

 

「これからどうすんだよ? あいつ、まだ近くにいるぞ」

 

炎佐がそう言ってちらりと視線だけを店の外に向ける。そのすぐ近くに立っている電柱の影には確かに例のチャラ男が隠れていた。

 

「うはー、あいつまだ諦めてないの? 氷崎を見せりゃ諦める根性無しだと思ったのに……」

 

里紗も炎佐の視線の方を見てチャラ男がいる事に気づくとうはーと嫌そうな声を出す。その時丁度注文した料理がやってきたため「ありがと」と軽く店員にお礼を言ってそれぞれ炎佐は海鮮丼、里紗はハンバーグ定食を自分の前に持ってくる。

 

「しょうがない。昼飯を食べながらこの後のプランを練るとするか」

 

「なんだかんだノリノリじゃん。やっぱこんな美少女とのデートは役得ってわけかい? はむ」

 

炎佐は海鮮丼に醤油をかけながら呟き、里紗はけらけらと笑いながらそう答え、からかいの言葉を口にしながらご飯を一口食べる。

 

依頼人(クライアント)のご要望には可能な限りお応えするのが傭兵の務めだからね。そう考えてやった方が気が楽だ」

 

里紗とのデートを楽しむではなくビジネスライクに開き直った様子の炎佐に里紗はジト目を向ける。

 

「へぇ、別に楽しいってわけじゃないっと……」

 

「里紗、なんか言った?」

 

「べっつに」

 

里紗の呟きに炎佐が聞き返すが、里紗はそう言ってメインのハンバーグをナイフとフォークできこきこと一口大にカットする。

 

「はい、あーん」

 

「ぶふっ!?」

 

そしてそれを何のためらいもなく炎佐の口の前へと差し出し、炎佐は思わず吹き出す。ギリギリで口の中のものを飲みこんでいたため米や刺身を吹き出すという行儀の悪い真似はしていない。

 

「ちょ、里紗!?」

 

「見せつけてやりゃ諦めるかもじゃん? ほらほらあーん♪ 依頼人(クライアント)のご要望には可能な限りお応えするんでしょー?」

 

にやにやとからかいの笑みを浮かべながらほれほれとハンバーグを刺したフォークを猫じゃらしのように揺らす里紗。

 

「……チッ」

 

一つ舌打ちを叩いた後、炎佐は彼女の要求に応えるのであった。

 

 

 

 

 

「ふ~。あいつもいなくなった事だし、快適快適♪」

 

ファミレスから出た時、里紗は周りに例のチャラ男がいない事を確認した後機嫌よく伸びをする。

 

「にしても、悪いね氷崎。昼飯奢るって約束なのに……」

 

里紗がどこか申し訳なさげな顔を見せる。今回のデートの見返りとして炎佐にあったのは今日の昼飯は里紗の奢りという約束。しかし炎佐は自分の分どころか里紗の分まで支払いをしていたのだ。

 

「気にしなくていいよ。一応今は里紗とのデートって事になってるんだし、だったら彼氏役の俺が払う方が自然だろ? 心配しなくても全部終わった後ちゃんと諸費用請求するから。細かい経費云々は友達割引してあげるし」

 

「そ、そりゃどーも……」

 

あくまでビジネスライクに動く炎佐に里紗は苦笑を見せる。

 

「り、里紗!」

 

「……と思ってたらまたこれだよ」

 

後ろからまた聞こえてきたチャラ男の声。里紗はめんどくさそうに声を出して振り向く。と、里紗は「げっ」と声を出し、炎佐は不思議そうな顔をして振り向く。

 

「げっ」

 

そして彼も里紗の同じ言葉を発した。朝のチャラ男以外に三人増えており、しかもどいつもこいつもガタイがよく一般学生からすれば威圧感のある男達だった。

 

「は、話は聞いたよ? そいつ、里紗の彼氏じゃないんだって?」

 

「やっば……てか盗み聞きかよ」

 

チャラ男の言葉に里紗は口に手をあてて呟いた後、よく考えたら盗み聞きされたことを怒る。

 

「この僕を馬鹿にしやがって……め、目にものみせてやる……」

 

「はぁ……下がってて、籾岡さん」

 

もう恋人の振りをする必要もなくなったためか普段の状態に戻った炎佐。

 

「な、なんだよ、お前……な、なんで里紗にそこまでするんだ!?」

 

「今回の依頼人(クライアント)のご要望は籾岡さんに迷惑をかける男を追っ払ってくれ、だ。力ずくでどうにかできるならそっちの方が手っ取り早い……とまあ、そんな言い訳の前に籾岡さんは友達だからね。守るのは当然さ」

 

「氷崎……」

 

炎佐はチャラ男の言葉に対し不敵に笑いながら返し、里紗が感動したように声を漏らす。それを聞いたチャラ男は口元が避けたかのような笑みを浮かべた。

 

「ヒ、ヒヒヒ……地球人ごときが、これを見てもそんな事が言えるか!?」

 

チャラ男が邪悪な笑みを浮かべてそう叫んだ瞬間、威圧感溢れる男達の身体が膨張。その威圧感が増す。

 

「…………お前ら、異星人だったのか」

 

「えっ!?」

 

が、炎佐は冷めた目を見せており、むしろそうぼそりと呟いていた。里紗も炎佐の台詞を聞いて納得したのか「あー」とか頷いており、チャラ男はむしろ困惑した様子を見せている。

 

「ふーん。擬態タイプの異星人かと思ったが、それなりの威圧感も本物となると単純に地球人に変装しているだけと考えるべきか?……」

 

「な、お、お前、地球人ではないのか!?」

 

「おうよ。デビルーク生まれデビルーク育ち地球活動中の異星人だ」

 

どうやら異星人だったらしいチャラ男の困惑気味の言葉に炎佐はそう言い返す。

 

「な、くそ、こうなったら……やっちまえ!」

 

チャラ男の指示を受け、男達が一斉に炎佐に襲い掛かる。

 

「最初からそう来てくれた方が早かったよ!」

 

それにエンザも赤色の瞳を宿した目を研ぎ澄ませながら真正面から殴り込み、掌底を相手の腹に打ち込むと同時に手の平から爆発を発生させ、一人目の男を吹き飛ばす。

 

「おおおぉぉぉぉっ!」

 

「甘いっ!」

 

その右から二人目の男が殴りかかるが、エンザは掌底から続けて手を手刀の形にし、手に炎を纏わせて振るう。その手刀が二人目の男に突き刺さり、熱と痛みに怯んだところに蹴りを入れて吹き飛ばした。

 

「取ったあああぁぁぁぁっ!」

 

二人目の男に蹴りを入れている隙に背後から襲い掛かる三人目の男。だがエンザはそれを予期していたように地面をダンッと踏み込み、同時に彼の背後のアスファルトが割れるとそこから炎が噴き出る。

 

「づあっ!? ぐあっ!!」

 

相手がその炎に怯んだところに炎佐は後ろ目掛けて飛び込んで押し倒すようにしつつ肘を入れ、体重をかけた一撃で三人目の男を気絶させる。

 

「……ちょっと袖口が焦げたくらいか。熱や炎のコントロールのリハビリになったな」

 

上着の右袖口が少し焦げた程度と被害を確認しながら炎佐は残るチャラ男がどこに消えたかと探す。

 

「う、動くな!」

 

「!?」

 

「ひ、氷崎……」

 

突然聞こえてきたチャラ男の声。炎佐も咄嗟に声の方を向くが、そこにはチャラ男が何か粉状のものを入れたビンを手に里紗にもはや抱きつくレベルで掴みかかっている光景があった。

 

「おいお前……なんのつもりだ?」

 

「こ、こうなったら仕方ない……このホレダンの花の花粉は女性から男性への強力な惚れ作用がある……これで里紗を俺の虜にしてやる……」

 

チャラ男はそう言ってビンの蓋を開けようとする。が、その瞬間ビンの蓋が凍り付いた。

 

「げぇっ!?」

 

「んな事を許すと思うか?」

 

驚きの声を上げるチャラ男に対し、炎佐は青い瞳を宿す目から放つ冷たい視線でチャラ男を貫いていた。

 

「な、お、お前、い、一体……デ、デビルーク星人じゃないのか?……」

 

「デビルーク生まれデビルーク育ちとは言ったが、デビルーク星人と言った覚えはない。俺はフレイム星人とブリザド星人のハーフ。俺の名はデビルーク親衛隊客員剣士、エンザ」

 

「デビルーク……親衛隊……」

 

炎佐は威風堂々と名乗りを上げ、その称号を聞いたチャラ男の顔が青くなる。

 

「その通り。そして今お前が捕まえている奴をどなたと心得る?」

 

「「へ?」」

 

突如炎佐は大仰に里紗に手を向ける。

 

「彼女こそデビルーク星大王ギド・ルシオン・デビルークが長子、デビルーク星第一王女ララ・サタリン・デビルーク様の親友、籾岡里紗様なるぞ? 彼女に対する無礼、それはつまりプリンセス・ララ、ひいてはデビルークを敵に回すことと知っての所業か?」

 

「な、ひ……」

 

とんでもないハッタリ。しかしチャラ男は顔を真っ青に染め上げる。

 

「し、失礼いたしましたぁ~!!!」

 

そしてホレダンの花の花粉なる物体が入っているビンを空高く放り捨て、脱兎のごとく逃げ出したのであった。

 

「……籾岡さん、大丈夫?」

 

「いやいやいや……どんなハッタリかましてんのあんた!?」

 

全てが終わり、普段の地球人氷崎炎佐に戻って声をかけてくる炎佐に里紗が全力でツッコミを入れる。

 

「いや……籾岡さん、あいつしつこいって言ってたでしょ? 殴ってどうにか出来ればいいけどこうなったらいっそハッタリでデビルークの権威使っちゃおうかと思ってさ。実際、籾岡さんに何かあったらララちゃん怒るだろうし、それをちょっと口車に乗せてやればザスティン達くらいは動かせるよ」

 

「あんた意外と性質悪いね!?」

 

悪びれもせず敬意の対象であるはずのララ達を利用すると言い出す炎佐に里紗はまたも全力でツッコミを入れる。と、その時上空からヒュ~という音が聞こえてくる。

 

「「ん?」」

 

二人そろって上を見上げる。落ちてきているもの、それはビン。恐らくチャラ男が投げ捨てたホレダンの花の花粉なる物体が入っているものだ。そして二人の目線が地面の方に動き、同時にパリィンという音と共に花粉が二人を包み込んだ。

 

「「げほっげほっ!?」」

 

咳き込む二人、少し置いて風が吹き、花粉が吹き飛ばされる。

 

「だ、大丈夫? 籾岡さ……」

 

炎佐は里紗に声をかけるが、そこで彼はさっきチャラ男が言っていたことを思い出す。ホレダンの花の花粉、それは女性から男性に対する強い惚れ作用がある。だがもう遅く、里紗は炎佐の方を向いてしまっていた。

 

「あ、あの……籾岡さん、その……ど、どこかおかしくなったりしてない?」

 

「……いや、別に?」

 

惚れ薬という厄介そうなものを完全に浴びているにも関わらず里紗は平然としており、むしろ炎佐の言葉に首を傾げて返答した後、花粉で汚れた服を見て嫌そうな顔をしていた。

 

「あーっくそ、これお気になのに……とっとと帰って洗濯しなきゃ」

 

里紗はそう言い、ふぅと息を吐いてもう一度炎佐を見る。

 

「んじゃ、氷崎。あいつもう懲りただろうし、今日は終了って事でいいわ。またね」

 

「あ……うん、了解。後で今日の昼食代や諸経費の請求書を送るから、よろしく」

 

「おーらいおーらい。じゃ、また学校でねー」

 

里紗は炎佐からの請求書の確認を聞くと手をひらひらと振って帰路につき、炎佐もどこか納得いかない様子で首を傾げるが、自分も思いっきり花粉を浴びている事を考え、服を洗濯してシャワーでも浴びようとさっさと家に帰っていくのであった。

 

 

 

 

 

「ホレダンの花、ですか?」

 

翌日。炎佐はリトの家を訪ね、モモにホレダンの花について尋ねていた。モモはその花の名前を聞き、首を傾げる。そんな花は知らない、というよりは何故炎佐がその花について聞くのかが不思議。という様子である。

 

「あぁ、賞金稼ぎ時代の知り合いが知らないかって聞いてきてな。モモなら植物に詳しいだろ?」

 

炎佐もしれっと嘘をついて情報を得ようとする。モモもそこの真偽に関してはどうでもいいのか「そうですねぇ」と呟いて思い出すように虚空を見上げ、頬に指を当てた。

 

「たしか、ホレダンの花から出る花粉を吸い込んだ女性は、その時最初に目にした男性に猛烈に惚れ込んでしまう効果がある。と聞いた事があります。お母様の魅了(チャーム)のようなものでしょうか?」

 

「い、嫌な事を思い出させないでくれ……」

 

「自分で聞いてきたくせに」

 

モモの説明の最後の例えを聞いた炎佐が突然頭を抱え、モモは呆れつつもにやにやとした笑みを隠していなかった。と、そこで彼女は思い出したのか「あっ」と声を出す。

 

「ですが、既にその目にした男性に恋心を抱いている女性が吸い込んでも効果はない。という事も聞きました」

 

「恋心、ねぇ……そのホレダンの花の花粉ってのは貴重なものなのか? 偽物をつかまされやすいとか」

 

「さあ? そこまでは分からないです」

 

モモの説明を受けた炎佐はそう、昨日の出来事から気になった事を質問。だがモモも流通までは分かっていないのか首を傾げて返した。

 

「……ああ、とりあえずは分かった。ありがとな、モモ」

 

「いえいえ」

 

目的を達成した炎佐はモモにお礼を言い、モモもにこっと微笑んで返すと炎佐はリトの家を後にする。

 

「……既にその目にした男性に恋心を抱いている女性が吸い込んでも効果はない。ねぇ」

 

ふぅ、と息を吐くかのように自然に口から出てきたのは、モモから聞いたホレダンの花の花粉の効果の一文。

 

「……まさかな。偽物でもつかまされたに決まってる」

 

炎佐は自嘲するように笑い、その事について考えるのを止め帰路につくのであった。




ついにリトが御門をも落としたという噂を聞き、戦々恐々となっているカイナです。っていうかやべえ、恭子といい凜といい、この作品のヒロインに考えてる今までリトと恋愛フラグが立ってなかったキャラがどんどん落とされていく……このまま里紗まで完落ちしたら……。(汗)
というわけで、本来は(ヴィーナス)(モモ)(クラブ)編を予定していましたが急遽予定を変更して今回はサブヒロインの一人である里紗ヒロイン編です。っていうか彼女もサブヒロイン枠ですって事を覚えてくださってる読者が果たして何人いることやら。多分一番影薄いよこの子……あ、いや一番薄いのはリコか。(笑)
さて次回こそV・M・C編にしようか。それとも今度は凜ヒロイン編を作ろうか迷うところだな……まあ凜の方はネタ浮かばないしとっととストーリーを勧めようかな。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第七話 V・M・C

「モモ・ベリア・デビルーク、デビルーク星第三王女」

 

薄暗い教室。十数人の男子――全員彩南高校の制服を着用しているから彩南高校の生徒なのだろう。だが何故か目元を隠す程度に小さい黒い仮面を着用している――はモニターにモモの写真を写しつつ、リーダーらしい青年がモモの名を呼び、高校一年生だが実年齢は14歳であること、さらには推定と前置きしているもののスリーサイズまでも口にする。

 

「諸君! 我々は皆美しく純情可憐な彼女に等しく心奪われた同志である!!」

 

リーダーらしい青年は力強く宣言。だが「モモの愛を巡って我々が争うのは不毛であり、慈愛に溢れる彼女の心を無暗に傷つける事態にもなりかねない!!」と主張。

 

「よって、我々はここに結成する!! 皆で平等にモモさんを愛でる紳士の集い!! (ヴィーナス)

(モモ)(クラブ)を!!!」

 

リーダーらしい青年のその宣言の瞬間、薄暗い教室にいた男子生徒全員の歓声が響き渡った。

 

 

 

 

 

「ったく。あいつら、何がつるぺた派だよ」

 

「なんかよく分からんが……機嫌なおせよ、ナナ」

 

少し時間が過ぎて学校の廊下。ナナは頬を膨らませてぶすくれており、炎佐はそんな彼女の横に立って苦笑しながら彼女の頭をぽんぽんと撫でる。が、ナナはご機嫌ななめなためか「子ども扱いすんじゃねー!」と逆に怒り、炎佐も苦笑を漏らす。

 

「さてと、俺はとりあえずモモにも声をかけてくるから。また放課後にな」

 

「おー……ま、無駄かもしんねえけどなー」

 

炎佐の言葉にナナはそう返しながらひらひらと手を振り、炎佐はその言葉に首を傾げながらモモを探す。と、彼女が廊下を歩いているのを見つけるのだが、炎佐は彼女がやけに多い男子生徒を連れている事に首を傾げつつ、とりあえず彼女に近づく。

 

「モモ」

 

「あ、エンザさん」

 

「今日の放課後、ナナと一緒に買い物に付き合え。いいか?」

 

「今日のですか? 別に構いませんよ。ただし、ただじゃないですよね?」

 

「たい焼きでも奢ってやるよ」

 

「いや、ヤミさんじゃないんですから……まあいいですけど」

 

軽口の応酬で炎佐は買い物の約束を、モモはその代価として何か奢ってもらう約束を取り付ける。

 

「おい」

 

と、炎佐の背後から彼の肩を掴む存在がおり、炎佐は振り返ってその相手を確認する。何の変哲もない男子生徒、だが彼からは、というか現在炎佐を取り囲む男子生徒全員が炎佐に殺気を放っていた。

 

「モモさんに声をかけたい男子は我ら(ヴィーナス)(モモ)(クラブ)の許可を取ってもらおうか! 可憐なるモモさんに薄汚い男子が薄汚い下心で近づいてもらっては困るのでね!」

 

炎佐の肩を掴み彼を睨む男子生徒に対し、炎佐は不思議そうな顔をした後何かを察したようにモモへと呆れた視線を向けた。

 

「……モモ、お前また何か変な遊び始めたのか?」

 

「すいません、今回ばかりは無実を主張させてください」

 

悪い事をした妹を叱る兄のようなやや強い口調での言葉にモモは咄嗟に頭を下げて無実を主張する。

 

「貴様! モモさんを怯えさせるとは……」

 

「文句があるのか?」

 

炎佐の肩を掴んだ男子は肩を掴む手に力を込めつつ炎佐に吼えるが、炎佐は肩の痛みなど微塵も気にも止めてない様子で睨み返す。

 

「俺はモモの兄役だ。妹が何かしでかしたなら叱るのは俺の役目だ」

 

「あ、あに、だと!? ま、まさか貴様、いや、あなたがモモさんの親衛隊の……」

 

「へぇ、よく調べてるな。学校で名乗った覚えはないんだが……」

 

炎佐の肩を掴んでいた男子は炎佐の「モモの兄役」という名乗りを聞いて何かを察したように肩から手を離し、慌てた様子で呟く。その親衛隊という単語に炎佐は学校で名乗った覚えのない称号を事情に近い彩南高校の関係者とはいえ一生徒がよく調べたものだと感心した様子を見せる。

 

「し、失礼いたしましたぁ!! お、俺、いや私、皆で平等にモモさんを愛でる紳士の集い、(ヴィーナス)(モモ)(クラブ)のリーダー、中島と申します!」

 

炎佐の肩を掴んでいた男子こと中島は慌てた様子で頭を下げ、名乗る。それと共に他の男子生徒も次々と頭を下げながら「リーダー補佐の杉村です」だの「三年の草尾です」だの次々と名乗りを上げていく。

 

「……話はイマイチ見えないが、とりあえずモモ……お前のファンクラブか何かってことでいいのか?」

 

「あ、はい、一応……」

 

一番最初の中島の名乗り以外スルーの体勢に入った炎佐の確認の言葉にモモはこくんと頷く。

 

「親衛隊である先輩への挨拶が遅れて申し訳ございません! モモさんを愛でる同志としてどうかお力添えを――」

「ちょっと待て、親衛隊の意味が違ってんぞ。アイドル相手じゃねえんだから」

 

中島のやや誤解している台詞を炎佐は途中でツッコミをいれる形で遮る。

 

「まあ、別に今はモモも黙認してるみたいだし、俺がとやかく言う必要もないだろ……」

 

炎佐は面倒になったのかそう呟いてため息をつき、中島達を見る。

 

「モモに迷惑をかけないのなら、そのなんとかモモクラブに対して俺は別に何も言うつもりはない」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

ファンクラブの存在を黙認する様子の炎佐に中島は再度頭を下げてお礼を言い、他のメンバーも「ありがとうございます!」と唱和する。

 

「だが」

 

しかしそこで炎佐の目つきが変わる。

 

「モモに手を出してみろ? それは俺への宣戦布告と見なす……いいな?」

 

「は、はいっ! ご安心ください先輩! モモさんへ手を出す不埒な輩はこの中島はじめV・M・Cの総力を挙げて殲滅してみせます!!」

 

「……とりあえずモモ、放課後に校門辺りで待ち合わせでいいだろ? ナナにも伝えといてくれ」

 

「はーい」

 

中島はじめファンクラブメンバーへの牽制のつもりだったのだが中島に付き合うのが面倒になったのか、彼の言葉を完全にスルーしてモモに約束の確認を取り、モモも気持ちは分かるのか苦笑しつつ返答。それを聞いてから炎佐はその場を後にするのであった。

それから放課後へと時は移り、炎佐は待ち合わせ場所である校門へとやってくる。

 

「……どういう状況だこれ?」

 

「あたしもそう思う」

 

「あ、あはは……」

 

炎佐の言葉にナナが頭を抱えて返し、モモが全力の苦笑顔を見せる。

 

「モモさんを守るのは我らV・M・Cの使命です!」

 

モモの後ろには中島はじめV・M・Cのメンバーが勢揃いしており、その代表というように中島が声を張り上げて宣言する。

 

「あはは、素敵な状態だねーモモちゃん♪」

 

「つーか、テメエは呼んだ覚えねえんだがなメアよ」

 

V・M・Cを見てケラケラ笑っている赤毛の少女――芽亜を炎佐は睨む。と、ナナが「ん?」と首を傾げた後にひひと笑った。

 

「ああ、メアはあたしが呼んだんだ。買い物ってんなら人が多い方がいいだろ? その方が楽しいし」

 

「うんうん♪ お礼にたい焼き買ってもらえるんでしょ? 素敵♪」

 

「テメエの分は買わんぞ」

 

ナナの言葉にうんうんと頷き、ニコニコ微笑む芽亜に炎佐は強く言い返す。

 

「ったく。しょうがねえ、とっとと行くぞ。タイムセールが終わる」

 

「おう」

「はーい」

 

諦めた炎佐はそう言って買い物メモを取り出し、ナナとモモもこくんと頷く。そして炎佐に着いて行くようにモモが歩き出すとそれに従うようにV・M・Cメンバーも歩き出す。

 

「ああ、その前に」

 

と、炎佐はくるりと振り返る。

 

「せめて半分帰れ」

 

そして額に青筋を立て、割と本気の殺気を放ちながらV・M・Cに言い放った。

 

それから近所の商店街へと場は移る。なおV・M・Cは流石に炎佐に本気で睨まれたら逆らう事は出来ず、中島を始め五人程度に数が減っており、しかしそれでもなお「ぞろぞろ入ったら店に迷惑」という事でスーパーに入る時は店頭での待機を命じられていた。ちなみにモモが持つはずの荷物は全てV・M・Cが運んでいる。

 

「ま、買うものはこんなもんか」

 

炎佐はエコバッグ片手に買い物メモを確認し、買うものは全て買った事を確認する。

 

「なーなーエンザ、あたしたい焼きよりあっちのクレープ食いたい!」

 

と、ナナがくいくいと炎佐の腕を引っ張り、クレープの屋台を指差す。

 

「……分かったよ。モモもそれでいいか?」

 

「もう、エンザさんはナナに甘いんだから」

 

炎佐はナナの要求を呑み、念のためモモに確認を取るとモモはふふっと微笑んで了承する。

 

「おぉモモさん、なんて慈愛に溢れた微笑み……」

 

それを目の当たりにした中島達は感動の声を漏らしていた。

 

「ん? あれ、炎佐?」

「あ、ナナ! モモ!」

 

と、彼らに向けた声が聞こえ、炎佐もそっちの方を向きながら笑みを見せる。

 

「よおリト、ララちゃん。偶然、何してるんだ?」

 

「親父の手伝いでさ、今買い物中。わり、急いでるからまた明日な」

 

「おう。あ、ナナとモモ借りてるから。晩飯までには返すよ」

 

「おー」

 

リトと炎佐は軽く会話をし、リトはV・M・Cメンバーに気づくことなくララと共に去っていく。

 

「んじゃ、クレープでも買うか」

 

そう言い、炎佐はナナ達女性陣を連れてクレープの屋台へと向かっていった。

それから炎佐が買うのはナナの分にストロベリークレープ、モモの分にバナナクレープ、メアの分にチョコのクレープ。そして自分の分にナッツのクレープ。なおメアの分に関してはナナからお願いされて超渋々奢っており、V・M・Cに対しては奢る義理がないためか買っていない事を追記しておこう。

 

「はむはむ。いちごうめー!」

 

ナナははむはむとクレープを食べ進め、笑顔で感想を述べる。

 

「あ、ナナちゃん。ほっぺにクリームがついてるよ?」

 

「ほえ?」

 

と、メアがナナに声をかけ、そう思うと舌でぺろりとナナの頬についているクリームを直接舐めとる。

 

「……ちょっ、メ、メア何やってんだよ!?」

 

「え? どうしたの?」

 

何をされたのか気づいたナナが顔を真っ赤にして叫ぶが、それに対しメアは不思議そうな顔を見せていた。

 

「ふふ、ナナったら」

 

モモは慌てているナナを見てくすくすと笑い声を零しながらぱくりとクレープを一口食べる。

 

「おいモモ」

 

「はい?」

 

「頬にクリームついてるぞ」

 

「ふぇ!?」

 

ナナを笑っているモモの頬にもクリームがついたらしく、それを炎佐が指摘したことにモモは顔を淡い赤色に染める。状況はさっきのナナと全く同じである。

 

「拭いてやるから動くなよ」

 

だが炎佐はティッシュを取り出すとあっさりとクリームを拭い、そのティッシュを後で捨てるつもりなのかポケットに入れる。

 

「ったく。ナナの事笑えねえぞ」

 

「…………」

 

「どうした?」

 

「なんでもないです」

 

おかしそうに笑う炎佐に対しモモはジト目を向け、炎佐がどうしたと尋ねるとモモはぷいとそっぽを向きながらそうとだけ返す。そんなモモの様子に炎佐は不思議そうな顔を見せていた。

 

「おぉ、照れたモモさんも可愛らしい……」

 

「だが、このままではモモさんは先輩と……」

 

「いや、先輩とモモさんは兄妹のような関係だそうだ。そういうものはないのではないか?」

 

なおV・M・Cもそんな感じにざわついていた。

 

 

 

 

 

それから翌日。炎佐は用事があるとだけ言って御門のところに行っており、リトは一人教室で暇を持て余していた。

 

「ん?」

 

と、携帯にメールが着信。リトは携帯の液晶画面でその相手を確認する。

 

「モモ?」

 

呟き、メールを確認。それには「大事な用がある」と書かれており、体育倉庫に来てください。エンザさんには内緒でお願いします。という文面になっていた。

 

(もしかして、メアの事で何か進展が? でもなんで炎佐に内緒って……)

 

リトはモモの目的をそう推測し、しかし何故炎佐に内緒にするのかと疑問に思う。だがそこで炎佐は以前ティアーユがメアに襲われた(結局誤解だったが)時に炎佐が彼女に対して異常な敵意を抱いていたことを思い出し、新たな情報で炎佐が暴走する事を防ぐための相談なのかもしれないと予想する。

そう考えるとリトは席を立ち、教室を出ようとする。

 

「んお? どうしたんだ、リト?」

 

「あーいや、ちょっとトイレ。気にしないでくれ」

 

「おお?」

 

丁度戻ってきた猿山が声をかけるが、リトはそうとだけ返してその場を去り、猿山は首を傾げるがまあいいかで終わらせて席に戻っていった。

 

 

 

 

 

一方体育館近くの渡り廊下。中島始めV・M・Cメンバーはここに勢揃いしていた。

 

「女子は現在更衣室で着替え中だ。モモさんが出てこられるまでここで待機する!」

 

『おう!!』

 

中島の宣言にV・M・Cメンバーが了解の意を唱和。が、その時彼らは着替え中、という言葉からモモの下着姿を妄想し、顔を真っ赤にする。

 

「い……いかんいかん!! 清純なモモさんをワイセツな妄想で汚すなど!!」

 

V・M・Cメンバーの一人が近くの壁にガンガンと頭をぶつけて妄想を消し去ろうとし、他のメンバーも顔を赤くして悶える。

 

「そうだ同志! 我々はモモさんの純潔を守らなければならない立場だ!! いつかモモさんが我々の中から恋の相手を選んで下さるその時までっ!! 諸君! 紳士であれ!!」

 

そして中島が再び組織の理念を熱論する。V・M・Cメンバーも「おお!」と唱和する。

 

「……しかし中島! 気がかりな事が一つある」

 

「なんだ、杉村」

 

中島に声をかけるのはV・M・Cのリーダー補佐である杉村。

 

「2-A、結城リトだ」

 

「確かにモモさん達三姉妹は結城リトの家に居候しているが、彼はモモさんの姉、ララ先輩の婚約者候補だろう? 警戒する必要はないはずだ」

 

「その通りだ。だが、1-D風紀委員の彼から気になる証言がある」

 

杉村が言うのは結城リト、だが中島は彼はモモの姉であるララの婚約者候補であり、警戒するべき対象ではないと判断しているらしくそう答える。それについては同意見なのか杉村もこくりと頷くが、1-D風紀委員であるというメガネの男子を見ながらそう続け、彼に対して発言するように促す。1-D風紀委員であるメガネの男子もこくり、と頷いて重々しい口調で話しだした。

 

「結城リトは、校長と並ぶハレンチ人物として、風紀委員の間では幾度となく議題に上がっている男なのです!……」

 

「な、なに!? それは本当なのか!?」

 

「結城リトのクラスメイトである2-A風紀委員、古手川唯先輩が上げています。間違いない情報と言えるでしょう」

 

その言葉を聞いた中島が情報が正しいものかと尋ね、1-D風紀委員であるメガネの男子はリトのクラスメイトである古手川唯が言っているのだから確かな情報だろうと答える。それを聞いたV・M・Cメンバーもざわつき、その中から「アイドルのRUNちゃんを押し倒しているのを見たことがある」「俺が見た時は三年の天条院先輩だったな」という新たな証言が飛び出してきた。

 

「で、ではまさか、あの純情可憐なモモさんが……」

 

中島がそう呟き、妄想する。それは何故かスクール水着姿のモモがリトに溶けかけのバニラアイスキャンディーを無理矢理食べさせられ、モモが涙目になりながら許しを請う光景。

 

「おのれこの変態があああぁぁぁぁ!!!」

 

「お、落ち着け中島!! 変態はお前だ!!」

 

中島の怒号に対し杉村が酷い言いぐさでツッコミを入れる。

 

「そ……そうだな。ここにいる者も含め、幾多の男の誘いを拒み続けてきたガードの固いモモさんだ。あんな冴えない結城リトの言いなりになるはずがない……しかし……」

 

中島は自分に言い聞かせるようにそう呟きつつ、不安を隠せないでいる。

 

「大変だぁ! 女子の着替えが終わったのにモモさんがいない!!」

 

「何ィ!?」

 

その時V・M・Cメンバーの一人が血相を変えて駆け寄りながら報告。中島の声が響いた。

 

 

 

 

 

「おーい、モモ。ここにいるのかー?」

 

一方体育倉庫にやってきたリトは中にいるのだろうモモに呼びかけながら倉庫に入る。その時ガタンと音を立てて扉が閉まり、反射的に音の方を向いてしまったリトの腕を何者かが引っ張る。

 

「いらっしゃいませ」

 

「モモ!?」

 

彼の腕を引っ張って腕に抱き付くような格好になるモモにリトは驚いた声を出すが、彼女が「来るの遅いですよ~」と言うとつい「ゴメン」と謝ってしまう。

 

「つか、大事な用って……なんで体操服?」

 

リトは何故自分をここに呼んだのか、と一緒に何故モモは体操服なのかと問いかけるが、モモは何故かこっちの話を聞く様子もなくぽうっとした顔を見せている。

 

「……モモ? って、うわっ!?」

 

もう一度呼びかけた時、突然モモははっとした顔になるといきなりリトを体育倉庫に敷かれているマットの上へと押し倒す。

 

「ふふ……どうですか、リトさん。体育倉庫のマットの上で女子と二人きり。ハーレムの王としてこの状況にときめくものはありませんか?」

 

リトはそこで気づく。モモの言う大事な用、それはメアの事に関する事ではない。楽園(ハーレム)計画のものなのだ。と。

 

「い、いや……俺は別に……ちょ、モモ!?」

 

目を逸らしながらモモの言葉を否定するリトだが、モモはリトの制服をたくし上げるとリトの身体を手で擦るように弄び始める。

 

本当(ふぉんと)にそう思いまふ?」

 

手で弄ぶだけでなく、身体を密着させ、ぺろぺろとリトの身体を舌で舐めていく。

 

(う~恥ずかしい。起きてる時のリトさんにイタズラするのは勇気がいるのよね……でも、頑張らなくちゃ)

 

モモは恥ずかしさに負けないよう自分に言い聞かせる。リトの理性を崩壊させる事、それがリトの肉食化への一番の近道なのだと。

 

「うぅっ……モモ……」

 

リトも自分が何か変な気持ちになってきた事に気づき、なんとかモモを止めないとと思って彼女の肩を掴む。

 

「!?」

 

「……え?」

 

その時モモががばっと、どこか怯えたように起き上がり、その様子にリトも呆けた声を出す。

 

「……あ」

 

モモは起き上がった数瞬後に気づく。リトがその気になったのかと思い怯えてしまったこと、余裕がない事がばれたらリトがハーレム計画を拒絶するきっかけになりかねないこと。

 

「(ゴ、ゴマかさないと!!…)…す、少しはその気になりました?」

 

「い、いや、俺は……」

 

モモはくすり、と余裕綽々のような笑みを見せながらリトに尋ね、リトも赤らめた顔で言いよどむ。

 

『モモさーん!!!』

 

その時、その空気をぶち壊す大声が響いた。

 

「いたぞ!! ご無事だ!!」

 

「おのれ結城リト!! 力にものを言わせてモモさんをこんな所に強引に連れ込むとは!!」

 

「え?」

 

(なんで彼らが!? 尾行は気をつけたし、この倉庫の扉は誰にも開けられないようツタで厳重に縛っておいたはず……)

 

怒りに燃えるV・M・Cメンバーにリトは呆けた声を漏らし、モモは何故彼らがここにいて、しかも開けられないようにしたはずの扉が開いているのかと心中で呟く。と、彼女は蔦の切れ端を持っているメアがV・M・Cメンバーの後ろに立っていることに気づく。

 

(じゃああのコにつけられて……やられた!!)

 

「結城リト! モモさんから離れろ!!」

 

モモはメアに尾行されたことに気づき、中島がそう叫ぶと共にV・M・Cメンバーが銃を構える。

 

「撃てー!!」

 

「わ、ちょ、いててててて!!」

 

「リトさーん!!」

 

中島の号令でリト目掛けてエアガンを連射、息をつかす暇も与えないBB弾の雨にリトが怯み、モモが悲鳴を上げる。

 

「はーははは! もう安心ですよモモさん! あの変態は我々V・M・Cが成敗します!!」

 

「や……やめて……」

 

中島の言葉にモモは震える声で呟く。と、強面のV・M・Cメンバーがリトを掴みあげた。

 

「ご心配なく! 二度とナメた真似ができないようじっくりと――」

 

その言葉が聞こえた時、モモの頭の中で何かがブチリ、と切れる音がした。

 

「じっくりと……何?」

 

モモから放たれる威圧感。それが空気を震わせ、中島のメガネにびしりとヒビを入れる。

 

「私は……いつもお世話になっているリトさんと大切なお話をしていただけですよ……リトさんは……あなた方が考えているような男性(ひと)ではありません。だから……」

 

そう言い、モモは中島達V・M・Cをギロリと睨む。

 

「リトさんに謝りなさい。今すぐ」

 

その瞬間、V・M・C全員が一斉にリトに向けて土下座した。

 

「うひゃーすごい殺気! さっすがモモちゃん♪」

 

「おい、メア」

 

体育倉庫の外でそれを観戦していたメアはモモの放つ殺気に歓声を上げる。と、その後ろからそんな声が聞こえ、メアはくるりっと振り返るとにぱっと微笑んだ。

 

「やほ、兄上♪」

 

「その呼び方はやめろ……ったく」

 

メアの呼び方に声の主――炎佐は呆れたように息を吐く。

 

「あはは、怒った?」

 

「今回に限ってはグッジョブと返してやる。モモのやつ、また変な事しでかそうとしたようだな」

 

リトとモモのイチャイチャを邪魔したのを怒ったのかと尋ねるメアに対し、炎佐はむしろ邪魔したことを褒めてモモがまた何かやろうとした事にため息をつきつつ、未だ黒い殺気に覆われる体育倉庫を見る。

 

「まあ、今回は大目に見てやるとするか。あいつらにもいい薬だろ」

 

「モモちゃんのファンクラブ?」

 

「おう。純真だの可憐だの言ってたが、モモのそんないい子ぶりっ子の表面だけ見てる奴らにモモの魅力は分かんねえさ」

 

炎佐はそう言ってメアに背を向けて歩き出す。

 

「テキトーに切り上げたら授業に遅れないよう気を付けるようにだけ伝えといてくれ」

 

「はーい♪ 任せといてー兄上♪」

 

炎佐の言葉にメアはそう言い、ひらひらと手を振って彼を見送った。

 

 

 

 

 

後日。炎佐は一応V・M・Cに対してリトに手を出さないよう一言釘を刺すため彼らがいるであろうモモの教室に向かう。

 

「モモ()!!」

 

やはり聞こえてきた中島の声。だが炎佐はその言葉の一部がおかしい事に気づき、教室を覗き込む。

 

「俺達ほんとバカでした! どうかお仕置きしてくださいモモ様!!」

 

そこにいるのは全員床に直接正座し、ハートマークを乱舞させながら「お仕置きしてください」だの「叱ってください」だの言い出しているV・M・Cメンバーの姿。どうやら何か変な趣味に目覚めてしまっている様子だ。

 

「「お前……こいつらに何したんだ?」」

 

ナナと炎佐が怪訝な目をモモに向けながら言葉を重ねる。

 

「あの、ほんとすいません……無実、主張させてください……」

 

モモも頭痛を堪えるように頭に手を当てながら弱々しくそう呟いた。




今回はV・M・C編。ちなみにアニメで中島の声聞いた時に「キリトだこいつちょっと何してはるんwww」と超笑いました。そういえばアスナ役の声優さんってララの声優なんだよな。
さてと、次回はシリアスにあの話に行こうか。それともサブヒロイン編、この前里紗いったから今度は御門かなそれとも凜かなと考えてたりしています。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第八話 激突

「えっへへへ~♪」

 

彩南町のとある道端。美柑は上機嫌にも程があるという程ににやけた顔でるんるんと鼻歌を歌いスキップを踏んでいた。もう少し気を抜いたらくるくると回転していそうなほどに上機嫌である。

 

「ご機嫌だね、美柑ちゃん」

 

「え~、そうですか~?」

 

その横を歩く炎佐がくすくすと笑ってそう言うと、美柑はやっぱりにやけ顔でそう答える。炎佐は制服姿に鞄、美柑もランドセルを背負っての下校途中の風景だ。

 

(学校が終わったら買い物に付き合ってくれって、今日は特に何か安売りとかセールとかもなかったはずだし、つまりはデート……きゃ~!)

 

美柑は近所のスーパーの安売り、セールを暗記しているのか炎佐が自分を誘いそうな理由を全て考え、だがどれも当てはまらない事からこれをデートだと思い、にやけ顔で頬に手を当てる。その頭の上ではハートマークも乱舞していた。

 

「ところで炎佐さん、デー……お買い物って、何を買うんですか?」

 

美柑はにこにこ笑顔で今回のデートもとい買い物の内容を聞く。と炎佐は「ああ」と頷いて面目なさそうに笑った。

 

「いや、実はさ。この前キョー姉ぇと遊ぶ予定だったんだけど……」

 

「ん?」

 

この時点で美柑は何か嫌な予感を感じとる。

 

「その日にニャル子から緊急の依頼を頼まれてね。実際手を貸さなきゃやばい案件だったから、悪いけどキョー姉ぇとの約束ドタキャンしちゃったんだ」

 

「……」

 

美柑の口元から笑みが消え、目が半目になる。

 

「でもそれでキョー姉ぇ本気で怒っちゃってさ、大分前からの約束だったし仕事頑張ってなんとかスケジュール空けたのにってぶーぶーだよ。それでまあ、ご機嫌取りに何かプレゼントでも送ろうかと思って。美柑ちゃんにはその相談に乗ってもらいたいんだよ」

 

その時点で美柑の目がジト目になり、冷たい視線まで発され始めた。

 

「籾岡さんの方が年齢とか近いけど、絶対貸しが高くつくし後々面倒になりそうだからさ。悪いけど美柑ちゃん、お願いできる? お礼するからさ」

 

「……分かりました」

 

申し訳なさそうに手を合わせてお願いしてくる炎佐に対し、美柑は「なんか釈然としないけど」という言葉を声には出さずにため息と一緒に吐き出しつつ彼のお願いを聞き入れる。

それから二人がやってくるのは普段買い物をしている商店街ではなく、それなりに大きなデパート。そこを散策しつつ、何を買うのかの大まかな目星をつけようとしていた。

 

「ところで、美柑ちゃんだったら何が欲しいとかってあるの?」

 

「私ですか? そうですね……」

 

炎佐の質問に美柑は「う~ん」と声を出して考え始める。

 

「あ、そういえばフライパンが古くなってきたからそろそろ買い替えたいなぁって……すいません、これはなしで」

 

正直に今貰って嬉しいものを答える美柑だが、今回の恭子へのプレゼントという趣旨には明らかに合っていないため頭を押さえつつ炎佐に「なしで」と答える。

 

「やあ、偶然だな」

 

と、そこにそんな女性の声が聞こえてきた。

 

「あ、九条さん!」

「九条先輩、お久しぶりです」

 

美柑がぱっと顔を輝かせて挨拶し、炎佐も挨拶する。声をかけてきた少女――九条凛は会釈程度に一礼した。

 

「君達が二人きりとは珍しい気もするが……どうかしたのか?」

 

「あーいや、ちょっとキョ……従姉弟へのプレゼントを考えてまして。美柑ちゃんには女性の視点からのアドバイスを貰おうかと……九条先輩も買い物ですか?」

 

「ああ、まあな。沙姫様はお父上との予定が入っていて、今日は暇を貰っているんだ」

 

凜は炎佐と美柑がリトなどを介さず二人きりになっていることを珍しいと評し、炎佐も美柑を連れている理由を、彼女には恭子と自分の関係を明かしていないためそこはぼやかしつつ説明、凜の用件の方に話題を逸らす。

 

「あ、なら良ければ九条さんも一緒に来ていただけないでしょうか? 女性からの意見は色々欲しいですし」

 

「……私でよければ」

 

炎佐のお願いを凜は少し考えた後こくりと頷いて聞き入れる。

 

「……」

 

その炎佐の横で美柑は目を細めて頬を膨らませていた。

 

それから炎佐と美柑、そして凜は一緒にデパートを歩いていた。ちなみに今は炎佐と凜が隣り合って話しており、美柑はその三歩程後ろを着いて行く形になっている。

 

「ところで九条先輩は今何か貰って嬉しいものとかってありますか? 参考にしたいんですが……」

 

「そうだな……そういえば、気に入っている日本茶がそろそろ切れてきた頃か……」

 

「日本茶か……でもさつ……休憩中に飲むってのも難しいよな……」

 

「炎佐の従姉弟は仕事をしているのだったか? だとしたらそれは難しいか」

 

腕組みをし、むむむと真面目に考える様子を見せる凜。

 

「あの、炎佐さん……私達のアドバイスっていうのも大事だけど、やっぱりきょう……従姉弟さんが欲しいものを送るのが一番大事なんじゃないですか?」

 

「ああ、それもそうだな。私達ではそれは分からない。炎佐、何か心当たりはないか?」

 

と、美柑が助け舟を出し、凜もそれに同意する。が、対する炎佐は曇り顔を見せる。

 

「と、言われましても……そんな心当たりがあったらそもそもアドバイスを頼んだりなんてしてませんよ……」

 

「そうか。まあ、店を回っている内に何か気づくかもしれん。私もアドバイス役を引き受けたからには責任持って付き合うよ」

 

「あ、わ、私も協力します!」

 

曇り顔の炎佐に凜がそう言うと、美柑もぴょんぴょんと跳ねて存在をアピールしながら続く。

 

「ありがとう」

 

その二人に対し炎佐は口元に笑みを見せながらお礼を言った。

 

「……」

 

それからデパート内を歩き回る三人だが、美柑はやや不満そうに目を細めていた。

 

「炎佐、この服はどうだろう?」

 

「服か……姉ちゃんのサイズ、詳しく知らないからなぁ……」

 

凜が一着の可愛らしい服を差し出し、だが炎佐は困った顔を見せながら、ふと凜の身体に視線を向ける。

 

「おい、私の身体を見てどうする?」

 

「あ、すいません」

 

身体を腕で隠し、責めるような視線を向ける凜に炎佐がぺこりと頭を下げて謝る。

 

「……」

 

美柑もふと凜の身体へと視線を向ける。自分の兄であるリトや炎佐を僅かに越える長身に大きく膨らんだ胸、沙姫の護衛として鍛えている賜物か胸とは対照的に引き締まったウエスト、綺麗な顔に常にピンと伸ばしている背筋もあってまるでどこかのモデルのようだ。

 

「やっぱり、炎佐さんもああいう女の人の方がいいのかなぁ……」

 

ぼそり、と呟きながら美柑は自分の身体に目を向けてぺたりと手を当てる。凜と比べたら随分と子供っぽい身体である。そう思いながら、美柑は自身の心の中に何かもやもやとした感情が生まれるのを感じる。

 

「わっ!?」

 

「あ、すいません!」

 

聞こえてきた凜の小さな悲鳴と、違う女性の謝罪の声。美柑も驚いたように顔を上げた。

 

「!?」

 

そこに映ったのは炎佐と凜が抱き合っているような姿。いや、その後ろ、丁度凜の背中くらいの位置で買い物かごを手にした女性がぺこぺこ頭を下げていることと炎佐が「気にしないでください」と言っていることから、恐らく買い物かごの女性が何かの拍子で凜の背中にぶつかってしまい、その衝撃で凜が前に倒れて炎佐に抱き付くような形になってしまったのだろう。

 

「……」

 

だが、炎佐と凜が抱き合っている光景を見た美柑にはそこまで考える余裕がなかった。

 

「あ、あのっ、炎佐、さんっ!」

 

必死で声を出し、買い物かごの女性が去っていった後、炎佐がどうかしたのかという様子で美柑の方を見る。だが美柑はその時既に頭を下げていた。

 

「その、よ、用事を思い出したので……す、すいません、私、その……帰りますっ!」

 

そう言い、炎佐の顔を見る事も、彼の言葉を聞くこともなく、彼女は炎佐達に背を向けてその場を走り去っていった。

 

 

 

 

 

「……」

 

デパートでの物色をしている内に大分時間が過ぎてしまったのだろう。日が暮れた夕方の時間帯、美柑はうつむいたままとぼとぼとした足取りで歩いていた。

 

「協力するって約束してたのにいきなり帰っちゃって、炎佐さんに嫌われちゃったかなぁ……」

 

ぼそりと呟く美柑。だが胸の中のもやもやが渦巻いており、どうしても今炎佐と話すという気分にはなれない。

 

「帰ったら、リトに明日炎佐さんに謝るようお願いしよう」

 

はぁ、とため息をついて呟き、帰路を急ごうとする。

 

「美柑ちゃん!」

 

「……へ?」

 

その時聞こえてきた呼び声に美柑は呆けた声を出し、足をぴたりと止めてしまう。そう思うと上空から何かがトンッという着地音を響かせて落ちてきた。

 

「ふぅ、追いついた」

 

「…………え、炎佐さん!?」

 

額に汗を浮かばせながらそう呟く相手――炎佐に美柑は分かりやすいくらいにびっくりした顔を見せる。

 

「え、えっと、その、ど、どうして!?」

 

「いや、美柑ちゃんを怒らせちゃったみたいだからさ。キョー姉ぇより先に美柑ちゃんの機嫌を治しとこうかなって」

 

炎佐はそう言い、美柑にデパートの名前やロゴが印字されたビニール袋を差し出す。

 

「これって……フライパン!?」

 

その中身を確認した美柑は新しいフライパンである事に驚く。それに炎佐は苦笑を漏らした。

 

「ほら、美柑ちゃんフライパンを買い替えたくなったって言ってたでしょ? 急いでたからそれしか浮かばなくってね。大急ぎで買った後走ってきたんだよ」

 

「空中をですか?」

 

「……ほら、地球って空中を走る車いないから渋滞やらなにやら考慮しなくていいし……」

 

炎佐の言葉に美柑が呆れ顔でツッコミを入れると、炎佐は目を逸らし気味にそう答えた後、照れくさそうな表情をしながら頬をかいた。

 

「それに、一秒でも早く美柑ちゃんに謝りたかったからさ」

 

「え?……」

 

「ごめんね、美柑ちゃん。僕からお願いしたのにほったらかしにしちゃって」

 

炎佐の真剣な顔での謝罪を受けた美柑は僅かに呆けた顔をしながら、ふふっと微笑んだ。

 

「許しません」

 

「……やっぱり?」

 

「ええ。私怒ってるんだもん」

 

美柑の笑顔での言葉に炎佐は苦笑し、美柑は笑顔で「怒ってる」と続ける。

 

「でも、一つだけお願いを聞いてくれたら許してあげますよ」

 

右手の人差し指を上げながら、美柑はそう言い、左手に握るフライパンを炎佐に見せる。

 

「今晩の晩ご飯はこのフライパンを使って作ります。それを一緒に食べてくれれば許します♪」

 

「……分かったよ」

 

「じゃ、一緒に帰りましょう♪」

 

美柑の出した許してもらう条件を炎佐は苦笑交じりに了承。美柑は嬉しそうに微笑むと炎佐の腕に抱き付いた。そのまま二人は一緒に結城家へと向かう。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「お邪魔します」

 

美柑と炎佐が同時に家に入る。が、それに返す声がなく、しかし家の奥の方から人の気配がするため二人は顔を見合わせて首を傾げた後、靴を脱いで家に上がる。

 

「ただいまー?」

 

「っ、あ、美柑、お帰り……」

「あ、エ、エンザさん、いらっしゃいませ……」

 

美柑の再びの帰宅の挨拶に、それでようやく気づいたらしいリトとモモが挨拶を返す。だがその雰囲気は暗く、炎佐は目を細めた。

 

「何かあったの?」

 

「そ、それ、が……」

 

炎佐の言葉にモモは声を震わせながら口を開き、だが美柑の方をちらちらと見る。

 

「……美柑、悪い……ちょっと、自分の部屋で待っててくれないか?」

 

「え? どうしたの?」

 

「……頼む」

 

リトの言葉に美柑が不思議そうな顔を見せるが、兄の真剣な表情での言葉を聞き、何かを察したのか静かに頷くと炎佐に買ってもらったフライパンを手にしたまま居間を出て行く。

 

「……で、どうしたの?」

 

「そ、それが……俺、今日の放課後、メアと会ってたんだ。いや、会ってたってか、その……」

 

「その辺はいいから」

 

「あ、ああ」

 

リトの言葉に炎佐は細かい部分はいいからと話を進める事を促し、リトも頷いて話し始める。今日の放課後、ティアーユに頼まれて資料の整理を手伝った後、学校の屋上で戦闘衣(バトルドレス)状態で一人いるメアを発見、放っとけなくて彼女に会いに行った時に、メアに恨みを持つらしい宇宙の賞金稼ぎ達に襲われた。メアがそれに対し応戦している途中で偶然ナナに会ってしまった。

 

「それで、メアがナナに言ったんだ……“友達ごっこは、終わりにしよう”って……」

 

「それからナナが部屋に閉じこもったままで……」

 

リトとモモが話し終えた瞬間、炎佐は立ち上がると踵を返す。

 

「モモ、悪いけど美柑ちゃんに伝えて。晩ご飯食べられなくてごめん、許さないならもう許さなくていいって……」

 

「え、ちょ、エンザさん!?」

 

いきなりの伝言にモモが慌て出すが、炎佐は気にすることなく玄関へと歩みを進める。

 

「ちょ、ま、待て炎佐! まだ話は――」

 

リトが大慌てで居間を飛び出すが、その時炎佐は既に家を出て行っていた。

 

「……あーもう! モモ、俺ちょっとナナと話してくる!」

 

「え?」

 

「伝えなきゃならない事があるんだ!」

 

恐らく炎佐にはもう追いつけない。そう直感したリトはモモにそう言い残し、ララ達三姉妹の居住スペースの方に走り出した。

 

 

 

 

 

「……」

 

闇に包まれた河原、メアは何かを考える様子で一人ここに座り込んでいた。

 

(これで……よかったんだよね、マスター……私達とナナちゃんの生きる道は違うんだから……)

 

メアはそう思い、心の中で考える。自分の生きる道、自分の世界は闘いの道。ナナとの関係はヤミを宇宙(そら)に連れ戻すまでの関係、それが少し早まっただけだ。と。

 

(そのはずなのに……なんでこんなに気分が重たいの?……)

 

どんよりとした気分のままそう考えるメア。だが彼女はふと顔を上げるとそのまま頭を後ろに大きく逸らす。その直後、先ほどまでメアの頭があった場所を銃弾が通り、地面に突き刺さる。もしも動いていなかったら確実に致命傷になっていた。

 

「チッ」

 

「……やほ、兄上」

 

その銃弾を放った銃を右手に構えつつ、舌打ちを叩くのは黒色のインナーに白銀の鎧という戦闘体勢に入っているエンザ。その姿を認めたメアは光のない目を彼に向けながら、気だるげな様子でエンザを呼んだ。

 

「メア、テメエはナナを悲しませた……ナナを、俺の妹を泣かせる奴は、俺への宣戦布告をしたとみなす」

 

「そーいうの、地球じゃシスコンっていうんだっけ?」

 

エンザの言葉にメアはそう言い、のっそりと、しかし隙を見せずに立ち上がる。

 

「まあいいや」

 

メアは立ち上がった後、エンザを光のない目で睨み、同時にドス黒い殺気が彼女から立ち上る。

 

「敵意を向けてきた相手には容赦するな。それがマスター・ネメシスの教えだからね……今回は、殺しにいくよ」

 

そう言った瞬間、メアの姿が消える。そう思うとエンザの背後にメアは姿を現し、右腕を変身(トランス)させた刃でエンザの首を刈り取らんと迫る。

 

「甘い」

 

だがエンザは静かにそう呟く。と同時に空中に突然氷の盾が出現し、メアの攻撃を阻んだ。

 

「!?」

 

メアが一瞬怯んだ瞬間、エンザは紫色の瞳を宿す目を彼女に向けて右腕を振るう。瞬間右腕を振るった軌跡に爆発が発生し、メアを吹き飛ばした。

 

「くっ……」

 

爆発によって発生した熱と煙にメアは僅かに怯みつつ、バックステップで距離を取る。

 

「この足は爪、全てを引き裂き、灰塵と化す焔の竜爪――」

 

だがそれを見通していたかのようにエンザは飛び上がり、その右足に炎を集中する。

 

「――飛竜爆炎脚!!」

 

放たれた飛び蹴りが咄嗟にその場を飛び退いたメアのいた地面に直撃し、ドゴンという音を響かせる。蹴りの威力と爆発によって地面が抉られ、小さなクレーターが出現していた。

 

「くっ」

 

メアはエンザから距離を取りつつ左手を大砲のような形に変身させ、ドンドンと弾丸を放つ。だがエンザはそれを空中に作り出した氷の盾で防ぎ、無効化した。

 

「本気で行くぞ」

 

そう言い、彼は右手に構えたデダイヤルのボタンに指を伸ばす。“1”、“0”、“5”、“0”、とキー入力。そしてまた別のキーを押しながら彼はデダイヤルを口元に持っていく。

 

「転装!!」

 

叫ぶと共にデダイヤルから放たれた光がエンザを包み込み、僅か一秒にも満たない時間でその光が弾け飛ぶ。その光の中から、銀色に光るスマートな形状の鎧で全身に纏い、頭部は竜を模したフルフェイスタイプのヘルメットで覆ったエンザが首元に巻いている真っ赤なマフラーを風にたなびかせながら姿を現した。その鎧を纏ったエンザはベルトのバックルにデダイヤルを装着。彼はそのまま構えを取り、その時右手に熱気が、左手に冷気が纏われる。

 

「氷炎のエンザ……いざ参る」

 

「フフフフフ……」

 

それに対し、メアも笑みを見せる。

 

「素敵♪」

 

そして彼女は髪を全て刃に変身させ、両腕を大砲に変身させながらそう呟いた。

 




今回は炎佐×美柑編にちょっとだけ凜を加えました。しかしホント、デートだと思ってたら恭子へのプレゼント買うためのアドバイス依頼だの凜のスタイルの良さにコンプレックス抱いたりと不憫だなぁ美柑。いや書いてるの俺なんだけど。(汗)
とまあ、そこからのイチャラブで終わらせると見せかけて次回はVSメアです。っていうか今回の引き(つまりリト宅でナナがメアの正体を知って泣いた事を炎佐が知り、河原でのメアとの邂逅とバトル入り)は既に決まってて、そこまで引っ張るネタに困ってたので。ぶっちゃけると、美柑の結局約束破られる不憫ぶりは今回の開始から決まってたりします。(外道)
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第九話 和解

「キャハハハハ!」

 

彩南町の河原。普段穏やかなこの場所は現在、二人の異星人による一対一の攻防が行われていた。

赤毛のメアと呼ばれる少女――メアは背中に黒いまるで鴉か堕天使のような翼をはためかせて飛行し、両腕を変身(トランス)させた大砲から光弾を連射して弾幕を張る。

 

「ちっ」

 

それに対するのは氷炎という矛盾する属性を己の能力として持ち得、二つ名として名乗る青年――エンザ。彼は全身を覆う鎧の背中に展開されたジェットで空を俊敏に舞い、大砲の弾幕を回避しつつ右腕に展開した黒色のビームガンをメアの方に向けて反撃を見せていた。しかし相手は両腕なのに対しこちらは右腕のみ、単純に手数が半分な分エンザが不利な状況である。

 

「キャハハハハ!」

 

メアは狂喜の笑い声を上げながら光弾を乱射、狙いは大雑把ながら弾幕で回避させない目的の攻撃にエンザはちっと舌打ちを叩き、同時に右腕のビームガンが光を放つとそれは青色の盾へと姿を変える。同時に左腕が光に包まれたかと思うとピンク色のドリルが展開された。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

エンザは吼えながら光弾の雨目掛けて突進、光弾を右腕の盾で防ぎながら真正面からメアに向かっていく。多少光弾がその身を焦がそうともエンザは気に留めることなく突撃。

 

「! 素敵♪」

 

メアは真正面からの攻撃に一瞬驚くが、すぐに目を細めて嬉しそうに笑うとその髪を変身させた刃で四方八方からエンザを襲う。

 

「くっ!」

 

エンザはその全方位からの攻撃を目で追い、刃の隙間を掻い潜る。

 

「うおおおおぉぉぉぉぉっ!!!」

 

「!」

 

そしてメア目掛けて高速回転するドリルを突き出す。メアもまさか初見でこの全方位攻撃を掻い潜るとは思っていなかったのか一瞬硬直し、しかし反射的に身体を動かして自らを貫かんと迫るドリルをかわす。

 

「しまっ――」

 

しかし己の身を空へと舞い上がらせていた黒翼への回避までは間に合わず、黒い片翼がドリルに貫かれる。

 

「……チッ」

 

だが炎佐も舌打ちを叩く。その背中のジェットからは火花が散っていた。鋭利な刃で斬り裂かれた跡がある事からメアの攻撃をかわしきれずに一撃くらってしまったらしい。互いにこれ以上の空中戦は不可能と判断、メアは残る片翼でバランスを取って空中を旋回して滑空しながら、エンザはジェットに負担をかけないようにホバリングをしながら河原に着地。同時に黒翼が闇になって、ジェットが光の粒子となって消え去る。

 

「あははっ、兄上も変身(トランス)を使えたんだね。知らなかった♪」

 

「……」

 

からかうように言うメア。だがエンザは無言で返しながら腰のバックルに装着したデダイヤルに右手をかざす。と、同時にデダイヤルから刃のない刀の柄が転送され、エンザはそれを両手で握り締めると前傾姿勢を取る。

 

「っ!?」

 

直後ドゴンという音が聞こえたかと思うと先ほどまでエンザが立っていた地面にヒビが入り、彼の姿がいずこかへと消え去る。

 

(後ろ!)

 

直後感じた殺気からメアは反射的に後ろに攻撃を仕掛けようとする。

 

(いや――)

 

だが左腕を変身させた刃を振り返り様に振るう体勢に持っていきつつ、メアの長いおさげがふわりと浮かぶ。

 

(――上っ!?)

 

おさげが刃へと変身し、メアの頭上を守るように浮かび上がると同時にその刃と、上空から襲い掛かったエンザの赤い刃が激突。その刃から放たれる熱にメアは一瞬表情を歪めつつおさげ刃を操ってエンザを弾き飛ばす。それと同時にメアの髪が再び無数の刃へと変身、一気に空中のエンザを襲う。

 

「はあああぁぁぁぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

だがエンザの左腕に新たな武器が展開される。それは鎖で繋がれた巨大な灰色の鉄球。それをエンザは苦も無く振り回して髪が変身した刃を弾く。鈍器相手に刃では相性が悪く、メアは唸り声を上げて攻撃をやめる。

 

「だったら――」

 

メアは着地し、同時に鉄球を消して反撃に転じようとするエンザ目掛けて突進。その右腕を刃へと変身させる。

 

「――体勢を立て直す前にっ!?」

 

着地の衝撃で動けなくなっている前に一撃必殺を狙うメア。だがその時彼女を後押しするように追い風が走る、本来ならば気にすることなく、良くて味方となる追い風。しかしその強さは明らかに偶然吹いたそよ風程度ではなく、いきなりの暴風とさえ言える追い風に逆にメアはスピードの制御を失ってしまう。

 

「がふっ……」

 

制御を失いつんのめってしまったメアの腹部目掛けてエンザは容赦なく膝蹴りを入れる。結果的に自らスピードを上げて懐に飛び込み、カウンターの形で攻撃をくらってしまったメアは苦し気な息を吐いた。

 

「冥途の土産に教えてやるよ。風ってのは所謂空気の流れによって発生するものだ。そして空気の流れは熱によって作られる……俺は高熱を操るフレイム星人と冷気を操るブリザド星人のハーフ。その力を使えば一時的に風を操る事なんて造作もない……バーストモードを全力で解放しないと出来ないとっておきだけどな」

 

エンザは冷淡な声でそう言いそのまま蹴りを振り抜く。メアはその際に放たれた爆発に巻き込まれて吹き飛ばされた。

 

「ごがぼっ!?」

 

しかも吹き飛ばされた方向は地面ではなく川。いきなり水中に叩き込まれたメアは口から息を吐き、それが水泡となってぶくぶくと破裂する。しかし万一息を吸おうとしていたら水が気管に入り溺れていた可能性がある。

 

「っ!?」

 

反射的に水面に上がろうとするメアだが、その時背筋にうすら寒いものが走り、彼女は咄嗟に逆に川深くに潜る。その直後ジュワァッという水面が蒸発する音が彼女の耳に届いた。恐らくエンザが追い打ちで巨大な火球を川に叩き込んだのだろう。冷水の中にいるにもかかわらずメアの肌を焼きそうな熱気と、もう夜にも関わらず赤く照らされる水面を見て彼女はそう直感。しかしその炎は逆に目くらましにもなり、彼女はその隙にエンザがいる岸とは反対側の岸へと泳ぎ、炎の弱まった地点から水上へ顔を出す。

 

「ぶはあっ!」

 

膝蹴りを腹にくらって息を無理矢理吐き出され、そのまま水中にダイブと呼吸をする暇がなかったメアはぜえはあと荒い呼吸を繰り返す。全身びしょ濡れで元々身体に貼りつくようなデザインの戦闘衣(バトルドレス)も完全に身体に貼りつき、彼女の肢体を映し出していた。

 

「っ!?」

 

だがメアはまたも嫌な予感を感じて咄嗟に岸へと這い上がる。その直後川が凍り付き、万一這い上がるのが遅れていたら自分も川ごと氷漬けになっていたかもしれない事実にメアは顔を青くした。

 

「ちょ、何これ兄上ありえねぇ?……」

 

ついそんな事をぼやくメア。だが彼女は凍り付いた水面の上をエンザが走ってくることに気づき、臨戦態勢を取る。

 

「らぁっ!」

 

凍った川を走りメアに飛びかかったエンザが刀を袈裟懸けに一閃、メアはバックステップでその一閃をかわしつつ両腕を刃に変身させて剣劇を開始。しかしまだメアの呼吸は整っておらず防戦一方だった。

 

「ふっ!」

 

「ぐ、ぜひゅっ」

 

首を落とさんばかりの横薙ぎをメアは上半身を後ろに反らしてかわす。だが呼吸が整ってない状態で無茶な動きを繰り返しているためかさらに息が妙な事になっていた。

 

「焔の獅子よ、その鋭き爪にて――」

 

「!」

 

刀を掲げたエンザの口から口上が述べられる。それにメアは反応し、反撃を諦めて両手を元に戻し、反らした上半身をさらに反らして後ろに倒れ込むように飛び込む。

 

「――あだなす敵を灰塵に化せ!」

 

メアが後ろにハンドスプリングのように回転し、エンザの振り下ろした刀に宿る赤い刃がメアの戦闘衣の股間部分を掠って地面へと振り下ろされる。ギリギリで刃をかわしたメアはそのままくるんと回転してしゃがみこむような形で着地。

 

「緋色の爪痕!!」

 

「!?」

 

しかしエンザの振り下ろした刀が地面に叩きつけられると共にその地面から三本の炎が噴き出、まるで獲物を引き裂く獣の爪のようにメアへと襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

メアのおさげ髪の先端が砲台へと変身。チャージする時間もそこそこに放たれた光弾は炎の爪を貫いてエンザに直撃。

 

「取った!」

 

相手の一撃を無効化し、逆に有効な反撃で相手の動きを止めた。しかもエンザの全身を覆う鎧はもう展開するのも限界なのか消え去り、普段の白銀の鎧へと変わっている。メアはここが反撃の時と確信しまた右腕を刃へと変身。ダン、と地面を蹴ってエンザに飛びかかった。

 

「運が良かった……いや、お前にとっては運が悪かったか?」

 

「え?」

 

エンザがそう呟いて目線を上にやり、メアがそんな声を漏らす。その時、彼女は頭上でゴロゴロと雷鳴が響く音を聞いた。

 

「雲は冷やされた水蒸気を含む空気が冷やされる事で形成される。そして雷はその雲の内部の微小な氷がこすれ合うことで生じる静電気が原因……雷までは種を入れる余裕がなかったから若干賭けだったがな」

 

「水蒸気、冷やす……しまった!?」

 

水蒸気は水が蒸発すれば作られる。それが冷えれば雲になる。それをエンザは先ほどの攻防の中でさりげなく行っていたのだ。

 

「落ちろ雷!」

 

「きゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

エンザが叫ぶと同時に偶然だろうか雷がメア目掛けて落ち、直撃。メアは地面に落下し、しかも雷で身体が麻痺したのか一瞬動けなくなる。

 

「これで最後だ」

 

しかしその無防備な一瞬があれば充分。エンザはそう言うように立ちあがって刀を振り上げた。

 

「させるかああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「へ?」

 

だが突如そんな声とドドドドドという地響きが聞こえ、エンザは呆けた声を出す。

 

「どぎゃっ!?」

 

直後ドゴムッという激突音が聞こえたと思うとエンザが巨大なイノシシ――宇宙の危険指定種ギガ・イノシシだ――に撥ね飛ばされ、そのまままだ凍っている川の氷へと叩きつけられる。

 

「エンザアアアアァァァァァッ!!! お前、あたしの友達に手ぇ出そうっていうならお前でも許さないからなっ!!!」

 

そして轟く怒号。怒りからか顔を真っ赤にして叫ぶのは桃色の髪の少女であり、ギガ・イノシシの飼い主――ナナ・アスタ・デビルークだ。

 

「ナナ……ちゃん……なんで……」

 

来ると思っていなかった存在にメアは分かりやすく狼狽する。

 

「言ったでしょ、友達ごっこはもう終わりだって……」

 

「メア……」

 

そう言うメアに対し、ナナは彼女に向けて踏み出しながら彼女に声を向ける。

 

「話があるんだ。聞いてくれ」

 

「来ないでっ!!」

 

ナナがメアに向けて踏み出した瞬間、メアはおさげを刃に変身させて放ち、威嚇だったのかそれはナナの髪を掠ってリボンを切る。ぱさり、とナナの左側のツインテールが下ろされた。

 

「ナナッ!」

 

物陰から見守るつもりだったが吹っ飛ばされたエンザが心配になって彼の元に駆け寄っていたモモ――なおエンザは突進のダメージに加えて戦闘の消耗もあってか目をぐるぐると渦巻きにして気絶してしまっている――は双子の姉が危険だと判断して止めに走ろうとする。

 

「ま、待ってモモ!!」

 

「ひゃうっ! リ、リトさんっ、こんな時になにをっ!?」

 

リトがそれを止め、だが止めるために掴んだのがデビルーク女性の弱点である尻尾のためモモは悶え始める。

 

「ご、ごめん!」

 

リトもはっとしたように尻尾から手を離す。

 

「でも、今は信じよう。二人を」

 

しかしモモを止めるという事は譲らないのか、真剣な表情でモモにそう言い聞かせる。モモも僅かに黙った後こくりと頷き、エンザの横に座り込んだ。

 

「なんで…(…なんで当たらない!?)」

 

「メア……今、そこに行くからっ!!」

 

ナナを追い返すため彼女に攻撃を仕掛けるメア。だがナナへの攻撃は彼女の腕輪やリボンにちょっと掠る程度の結果に終わっており、威嚇なのかと思いきやメアもその結果に人知れず驚愕している。

 

()()()が……()()()()!?……そんな、そんなの、兵器失格)

 

相手を傷つけることが出来ない兵器なんて兵器失格。

 

「来ないでよっ!!!」

 

そう考えたメアの口からそんな叫びが響き、直後放たれたおさげの毛先がナナの額へと突き刺さった。

 

「っ!?」

「ナナ!!」

 

額に何かが刺さったナナが驚きに目を開き、モモの声が響く。しかしナナはその呼び声に反応する事なく、己の意識が遠くなっていくのを感じるのであった。

 

 

 

「ん……」

 

まどろみの中、ナナは目覚める。そこは空中、視点の上には彩南町が広がり、しかし自分を囲むようにまるで水面のような揺らぎがある。よく意味が分からない光景だ。

 

「なんだ……ここ……」

 

ぼーっとした頭でナナは思考する。自分は確かメアを探していたはず。しかしメアの姿がどこにもない。

 

「え……」

 

そこまで考えた時、ナナは背後に気配がある事に気づいて振り返る。

 

「リト!?」

 

そこに立っていたのはリト。彼はナナを後ろから抱きしめるような格好になるとそのまま彼女の胸や腰などを撫でていく。そこでナナは自分が今全裸になっていることに気づいた。

 

「ちょ……っ、な、何すんだっ、やめろケダモノっ」

 

ナナは羞恥に顔を赤くしながら叫ぶ。だがその時、彼女はリトの身体が黒ずむと共にまるでスライムのような粘性の高い液状の姿になっていくのに気づく。

 

「これは……リトじゃないっ……」

 

「それはナナちゃんの心の中にある強いイメージを利用して私が作り出したモノ。リトせんぱいか……ナナちゃんをここに来させたのは」

 

そんなナナを感情のこもってない目で見ながら、やはり何故か全裸状態のメアがナナへと歩き寄りながら話しかける。

 

「これが……“心に侵入する変身(トランス)能力”か……」

 

「お願い……このまま帰るって約束して。そうすればこんなイジワルやめるから」

 

メアは完全にスライム状になった元リトでナナの身体を弄びながらそう言う。

 

「思い出したんだ、“闘いの感覚”、私の生きる世界を……マスターはきっと、それを分からせるために私を一度一人にしたんだよ。私はこれ以上ナナちゃんと一緒にいない方がいいの。ナナちゃんは人間で、私は兵器なんだもん。だから……」

 

「関係……ないだろっ……」

 

メアの抑揚のない声での言葉を、ナナが否定する。

 

「え?」

 

「兵器とか人とか……肩書きなんてどーでもいいんだっ!!!」

 

その言葉の瞬間黒いスライムが弾け飛び、ナナはそのまま前に飛び出した。そしてナナは勢いよくメアへと抱きつく。そこは先ほどの精神侵入(サイコダイブ)による精神世界ではなく現実世界だった。

 

「大事なのは……あたし達の気持ちだろ!!」

 

ナナはメアを力強くしかし優しく抱きしめながらそう宣言する。

 

「……メア、もう一度……あたしと友達になってくれ。ごっこじゃない……本当の友達に……」

 

「……もう……一度?……」

 

ナナの言葉をメアは反芻する。

 

「……一緒にまた学校へ行って……一緒に遊んで……色んな話をして……お菓子を食べて……一緒に、笑おうよ」

 

「あ、でも……私っ……」

 

ナナの、涙声ながらも真っ直ぐな言葉にメアは慌てたように言葉を紡ぐ。

 

「自分が兵器だっていうマスターの教えは曲げられないよ? この街にだって……いつまでいられるか分からない……それに私、エンザと喧嘩しちゃったし……」

 

「エンザと喧嘩って、どーせあたしがメアに泣かされた~とかだろ? あいつ昔っからそうだからな」

 

メアの最後の言葉を聞いたナナはメアから離れながら呆れた様子で答え、やれやれと頭を横に振る。その後にぱっと元気よく微笑んだ。

 

「心配するなよ。あたしはもう大丈夫、エンザにはあたしからしっかり言っとくからさ!」

 

「じゃあ……いいの?」

 

「言ったろ、関係ないって。あたしには人間も動物も……兵器だって関係ない」

 

そう言い、ナナは優しく笑う。

 

「メアはメアだ」

 

「ナナ……ちゃん……」

 

その言葉を聞いたメアは、自分の心がふわふわと軽くなっていくのを感じる。それと共に、自らの頬を目から流れ落ちた何かが伝い落ちるのを。

 

「ずるいよ……そんな風に言われたら……断る理由がないじゃない……」

 

メアがそう言うとナナは無言で微笑みながらメアの両手を自分の両手でぎゅっと握り締める。

 

「……よかった」

 

「どうにか、一歩前進……って感じですね」

 

「……うん」

 

それを見守っていたリトとモモもそう話し合う。

 

「……でさ」

 

そこからリトは呟き、ちらりと河原の方に目を向ける。

 

「これ、どうすんだ?」

 

そのリトの視界に映るのはエンザとメアの激闘のせいで芝生が剥げたり焦げ跡が残っていたり、挙句の果てには凍り付いてしまっている川。しかもその主な実行犯であるエンザは完全に気絶しておりちょっとやそっとで起きそうにない。

 

「……エンザさんの携帯を借りて惑星保護機構に連絡を取りましょう。いざとなればエンザさんに責任を押し付ければいいです」

 

モモは若干の無言の後しれっとそう言うと慣れたように気絶しているエンザの身体を探り、携帯を探し始める。リトも自分ではどうしようもないのか苦笑を漏らしながらそれを見守っていた。

 

 

 

 

 

「……う」

 

口から漏れた声が耳を通して聞こえてきた。目の前が暗い。なぜだ、目を瞑っているからだ。そう考え、目を開く。ぼやぁ、とぼやけた景色が少しずつ鮮明化していく。それはよく見慣れた家の天井だ。

 

(俺は……確かメアを殺そうとして、ぶっ飛ばされて……)

 

そこで意識が途切れている。と青年――炎佐は考える。と、そこで彼は頬に何かやや湿り気があってぬるっとした感触の何かが触れている事に気づき、少し顔を動かす。

 

「……あ、起きた? 兄上」

 

そこにいたのはメアだった。舌をぺろっと出している。

 

「!」

 

「ひょおっ!?」

 

それに気づいた瞬間エンザは起き上がって右腕を振るう。放たれるのは熱風、怯ませる程度の攻撃だがメアは驚いたように飛び退いて部屋の入口辺りまで下がるとあははっと笑った。

 

「起きた瞬間元気だね~兄上♪ もうちょっとぺろぺろしてたかったんだけどなぁ」

 

「テメエよくもまあ俺の目の前に顔を見せられたもんだなオイ」

 

ぺろっと舌を出しながらおどけて笑うメアに対し目をギンと研ぎ澄ませて怒気を隠そうともせず言う炎佐。

 

「っていうか、ぺろぺろってテメエ俺が寝てる間になにしてやがった!?」

 

「ぺろぺろはぺろぺろだよ? 兄上ってばなかなか起きないもん。もうそろそろ精神侵入(サイコダイブ)使って兄上の精神世界入り込んじゃおうかなって思っちゃったくらいだもん」

 

おどけ、悪戯を告白する子供のようにメアは言う。

 

「テメエこれ以上ふざけるってんならもう一度……」

 

「あぁ、兄上からの殺気……ゾクゾクする……素敵♪」

 

炎佐は殺気を放つが、メアはそれに対抗するどころか目をとろんとさせて頬を上気したように赤らめ自分の身体を抱きしめるとゾクゾクと身体を震わせる。その口からもハァ、と甘そうな息が吐き出ていた。

 

「気持ち悪いぞテメエ」

 

「あー兄上ひどいんだぁ」

 

目を細めて平坦な声でツッコミを入れる炎佐にメアはぷくぅと頬を膨らませて返す。と、トタトタという足音が聞こえてきた。

 

「エンザ! 目が覚めたのか!」

 

そう言いながら部屋に飛び込んできたのはナナ。その表情は歓喜に緩んでおり、目もキラキラと輝いていた。

 

「ああ……心配かけたか?」

 

「っ……ま、そりゃさ。お前数日目覚めなかったんだぜ? それよりエンザ! お前あたしがメアに泣かされたって思ってメアをいじめたんだって?」

 

「いじめ、って、いやそれは否定しないけど……そもそもメアは――」

「うっさい! そんな事あたしには関係ねえんだ! メアはあたしの友達! だからいじめるのはいくらお前でも許さない! いいな!?」

 

ナナは両手を腰に当ててやや前傾姿勢になりながら、八重歯を牙のように見せて威嚇するように炎佐に言う。その次に彼女はメアの方を向いた。

 

「メアも、喧嘩はダメだからな? エンザはあたしの兄上みたいなもんなんだ。兄上と友達が喧嘩してるとこなんて、あたし見たくないんだからな」

 

「ん~……分かった。努力するね。でも兄上からの殺気を受けるとなんていうかこう、気持ちいいっていうか……」

 

ナナからの注意を受けたメアはそう言い、再びとろんとした目になって頬を赤らめるとはぁはぁと息を荒くしながら自分の身体を抱きしめてぞくぞくっと身体を震わせる。

 

「「……」」

 

炎佐とナナもそんなメアの姿にドン引きしていた。

 

「と、とりあえずだ! エンザ、お前数日眠りっぱなしで腹減ってるだろ? 美柑からおかゆの作り方聞いて来たから作ってやるよ!」

 

「お、おう。サンキュ」

 

ナナはそう言って部屋を出て行き、炎佐もそれを見送る。だがナナが部屋を出て行った後、彼は結局メアと二人きりの状態を押し付けられる形になった事に気づいた。

 

「まあとりあえず、兄上」

 

「兄上って呼ぶんじゃねえつってんだろ」

 

メアの言葉に炎佐はまた目を研ぎ澄ませるが、彼女がぞくっと身体を震わせつつ頬を緩ませたのを見て引いた目になる。

 

「ナナちゃんと仲直りできたし、兄上ともまた仲良くしようね♪」

 

「俺は仲良くした覚えなんてないんだが」

 

「ちぇ、いけず」

 

メアの言葉に炎佐がツッコミを返し、メアが頬を膨らませる。

 

「ま、俺も別にお前がナナやこの街の皆に害を与えないんなら特段文句はない……だが」

 

そこまで言うと、炎佐は再び目を鋭くした。

 

「お前やマスター・ネメシスとやらがヤミちゃんを狙っていた事は忘れない。何かあれば俺はまたお前を攻撃対象とみなす。その事を忘れるな」

 

「……ふふ、やっぱ兄上って素敵♪」

 

炎佐のその言葉にメアはくすっと笑みをこぼしながらそう呟く。

それからナナがちょっと失敗したのか米や具が焦げてしまっているおかゆを持ってきて、炎佐がそれを食べながら三人で団欒している内に時間は過ぎていくのであった。




今回は前回の続きのエンザVSメア。そしてナナとメアの関係に決着がつきました。
で、エンザは炎と高熱を操るフレイム星人と冷気を操るブリザド星人のハーフ、バーストモードならば高熱と冷気を同時に操れる。風というのはすなわち空気の動き、空気は熱によって動きが生じる……そして雷というのはメカニズム的に冷気も関係がある。これに気づいた時「あれ?エンザってファンタジーの魔法的に結構万能なんじゃね?」と思いました。(汗)……誓って言いますが、俺、雷の発生に冷気(というか氷?)が関係するなんて全く知りませんでした。仮にも理系なのに。そしてこれは正直付け焼刃の知識なので穴があるかと思いますがご容赦くださいませ。
とまあそれを含めたエンザ超本気モードによるメアフルボッコは正直色々やらかしたなぁと思ってます。というか、メア好きな方々にエンザが嫌われる覚悟です。あの場面、完全にエンザを悪役にするために書いてましたし、後のナナメアのために。(汗)
一応言っておくと、あそこまで全力出した結果エンザ数日間昏睡状態になる(普段出力のバーストモードはせいぜい翌日だるくなったり体調不良引き起こす程度)ので。毎度毎度そうそうそこまでやらせませんのでご安心を。
さて次回は流石に読者様からもツッコミ入れられたので美柑ヒロインの日常編を考えようか、それとも話を先に進めようかで迷っています。まあそこはまた後で考えましょう。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十話 美柑と一緒に

「ふんふんふふ~ん♪」

 

結城家。美柑はベッドでゴロゴロしながら鼻歌を歌い、ファッション雑誌をチェックしていた。足をパタパタと動かし、そのせいでスカートがめくれてパンツが見えているが今部屋にいるのは一人だけのため特に気にしていない。

 

「おーい美柑」

 

と、部屋のドアをがちゃっと開けてリトが入ってくる。それに美柑は目を細めてリトを見た。

 

「リト、せめてノックしなよ。着替え中だったらどうすんの? ララさんとかそういう事多いでしょ?」

 

「あ、悪い……」

 

「ま、いいけど。何か用?」

 

美柑の注意にリトは頭をかきながら一言謝り、美柑はまあいいけどと返すと用件を尋ね、しかし耳で聞けばいいやとでも思っているのか視線はファッション雑誌に戻っていた。

 

「あ、いや。俺の携帯に炎佐から電話がかかっててさ。美柑に用事があるみたいで、今通話が繋がって――」

 

リトがそこまで言った瞬間、美柑はベッドから飛び降りるとリトにタックルするかの勢いで近づき、リトが持っている携帯を奪い取るとすぐに携帯を耳に押し当てる。

 

「もっ、ももももしもし炎佐さん!?」

 

[こんにちは、美柑ちゃん。もしかしてお着替え中だった?]

 

「ちっ、ちちち違います!」

 

混乱と大慌ての様子で喋る美柑に炎佐は冗談交じりに問いかけ、それを聞いた美柑はぽんっと顔を赤くして否定する。

 

[やー、いきなりごめんね。リトの家電の番号ど忘れしちゃって。リトの携帯にかけるしかなかったんだ]

 

「え、えと……それで、一体どうしたんですか?」

 

[あーうん。この前美柑ちゃんとの約束破っちゃったでしょ? だからお詫びっていうかさ……美柑ちゃん、今何かしてもらいたいこととかないかな? 僕に出来る事ならなんでもするよ?]

 

「なん……でも?……」

 

なんでもする。炎佐の口から紡がれたその言葉が美柑の中でエコーがかって繰り返される。それが事実なら……。

 

「……」

 

頭の中で色々考える美柑。しかしその妄想だけで限界になったのか、彼女はオーバーヒートしたかのように顔を真っ赤にしてふらっとふらつく。

 

「だー!? 美柑が鼻血吹いてぶっ倒れたー!? でもなんだこのめっちゃ幸せそうな顔!?」

[み、美柑ちゃん!? どうしたの、美柑ちゃーん!?]

 

「に、にへへへへへ……」

 

直後、リトと炎佐の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

(わ、私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿私の馬鹿!)

 

翌日、美柑は歩きながら昨日の自分に対し悪態をついていた。

 

「でも美柑ちゃん、散歩や買い物に付き合ってって。それだけでいいの?」

 

「あ、は、はい。炎佐さんも破りたくて破ったわけじゃないんですし……」

 

その隣を歩く炎佐が美柑にそう尋ね、美柑もどこか引きつった笑みで返す。昨日美柑は鼻血を吹いて気絶した後、改めて電話をかけ直したはいいがどうしても緊張が勝ってしまい、最終的に口走ったのは「お、お散歩に行きたいです。あと買い物!」というなんか訳の分からない言葉。付き合ってくださいどころかデートの一言も言えていない過去の自分を美柑は責めていた。

 

(で、でもあれだよね! 二人っきりのお散歩とか買い物とか、これもう遠回しにデートだよね!)

 

だがとりあえず自分に都合よく考えておく。

 

「うん。じゃあ一日よろしく。それで、どこか行きたいところとかある?」

 

「え? えーっと……と、特に考えてませんでした……」

 

炎佐の質問に美柑は少し考えるが、散歩&買い物(美柑曰くデート)自体がパニクッていた中でつい口に出してしまった言葉。しかも炎佐からオッケーを貰ってからその日の就寝時間まで完全に舞い上がっており、デートで何をするかなんて全く考えていなかったのだ。

なお舞い上がり過ぎ上機嫌になった結果、その日の結城家の夕食は満漢全席となっていた事をここに追記しておこう。ちなみに残したものを冷蔵庫に保存する事一切考えられていない盛り付けになっていたためリト達で頑張って残さず平らげ、結果今朝ナナとモモは「今日朝食いらない……」と地獄を見たような青い顔で呟いていた。

 

「じゃあ、久しぶりにストレイキャッツにでも行こうか」

 

「はい!」

 

炎佐からストレイキャッツへ行こうという案が出、美柑は炎佐が一緒なら別にどこでもいいのか元気に頷いた。

 

 

 

 

 

「わーいエンちゃん久しぶり~♪」

 

「ぐむっ!?」

 

ストレイキャッツに入った瞬間、ストレイキャッツ店長であり恭子の知り合いである都築乙女が遠慮なく炎佐に抱擁を行い、炎佐は身体能力的な意味で本気を出しても振りほどけない怪力の乙女に抱きしめられじたばたと暴れる。その顔はララを越える大きさの胸に埋められており、美柑はその後ろでまたぐさぐさっと精神的にダメージをくらっていた。

 

「あ、あはは……久しぶりです、氷崎さん」

 

「おう、都築さんも元気そうでなにより……」

 

ようやく乙女から解放された時は炎佐はげんなりとした表情になっており、そこのバイトであり乙女の家族である都築巧の挨拶にやや疲れた様子の調子で返す。

 

「っと、そういえば氷崎さんが来ない間にバイトが増えたんですよ。せっかくだし紹介します」

 

そう言って巧は店の奥に走り、「(のぞみ)ー」と呼ぶ。すると店の奥から「なに?」という言葉と共にひょこっと少女が一人顔を出した。色素の薄い水色の髪を長く伸ばしており、クールというか表情があまり出ていないような、もの静かな雰囲気の美少女だ。なんというか森の見える窓際で小鳥の合唱を聞きながら読書をしているのが似合いそうな感じがする。

 

「この子は霧谷(きりや)(のぞみ)。乙女姉さんがどこかから拾ってきてさ、色々あって今はうちで一緒に暮らしてるんだ」

 

「へ~……つまり、都築さんの彼女ってわけ?」

 

「えっ!? あ、いや、べ、別にそういうわけじゃ……」

 

同棲している、という単語からそう考えた炎佐の質問に巧はやや照れた様子で否定。しかしそれを感じ取った別のバイト少女――芹沢(せりざわ)文乃(ふみの)に「二回死ねー!」と叫んで蹴り飛ばされる羽目になる。

 

「つ、都築さん、大丈夫か?」

 

「あ、はい、なんとか……」

 

蹴り飛ばされ壁に叩きつけられた巧に炎佐が呼びかけ、巧は苦笑を漏らしながら立ち上がる。なんか慣れている感じがした。

 

「あー! 芹沢文乃! なにやってんのー!?」

 

「おわ、梅ノ森!?」

 

と、店の入り口の方からそんな怒号が響いてきた。それに巧が驚いたように声を上げ、炎佐も入り口を見る。そこには金髪を長く伸ばした小学生くらいだろう少女が腕組みをして牙を剥いていた。

 

「えーっと、お客さん?」

 

「あーいや、まあそういえなくもないかも……」

 

「ん? なにこいつ?」

 

美柑が困ったように尋ね、巧が困ったように頬をかくと梅ノ森と呼ばれた少女は美柑を睨み、美柑もびくりと怯える。

 

「こら梅ノ森、お客様を睨むな。えーっと、この子は梅ノ森(うめのもり)千世(ちせ)。俺達が通ってる高校の同級生なんだ」

 

「同級生……あ、すまない。小学生なのかと――」

「誰がだっ!!」

 

巧の紹介に少女――千世はふふんと腕組みをするが、炎佐が美柑とそんなに変わらないどころか美柑の方が若干高いかもしれない身長を見ながら謝罪。すると千世はすぐさま目を研ぎ澄ませて炎佐にストレートパンチを放ち、低身長から放たれたそれは炎佐のみぞおちにもろに突き刺さった。

 

「いづっ!?」

 

だが非力な少女の右ストレート程度、鍛えている炎佐は若干痛みに呻く程度で終了する。

 

「ちょっとあんた、結局なんの用なのよ? 今日はあんた休みでしょ?」

 

と、文乃が千世を睨みながらそう問いかける。だが目からバチバチと火花が走っており、とても仮にもお客様に対する態度ではなかった。

 

「ふふ~ん。私にそんな態度を取ってていいの、芹沢文乃」

 

「は?」

 

「このお店に折角客を連れてきてあげたっていうのに!」

 

ドドーン、という擬音が背後から飛び出そうなほどに腕組み&ふんぞり返りながら千世がそう言う。

 

「千世、前置きが長すぎますわよ。もう待てませんわ!」

 

と、ドバンッと店のドアが開き、金髪縦ロールの見るからにお嬢様という感じの女性が入ってきた。

 

「って、天条院先輩!?」

 

「あら氷崎炎佐に結城美柑。あなた達何をしてらっしゃるの?」

 

その相手――天条院沙姫は炎佐と美柑を見て驚いたように声を漏らす。

 

「あれ、氷崎さんの知り合いなんですか?」

 

「ああ、うちの学校の先輩」

 

「私は彩南クイーンこと天条院沙姫、お初にお目にかかりますわ。おーっほっほっほっほ!」

 

巧が尋ね、炎佐が紹介すると沙姫が名乗りを上げた後に高笑いを始める。

 

「世間とは狭いものだな。まさか沙姫様のお知り合いである千世様の話す店が、君達の知り合いの店だったとは」

 

「本当ですね」

 

凜がくすりと笑みを浮かべて炎佐にそう返す。ちなみに綾はいつものように「流石です、沙姫様!」と目を輝かせていた。

それから炎佐と美柑、そしてこの二人&千世の知り合いである沙姫とそのお付きがやってきたという事で大きな円状のテーブルを引っ張り出し、そこに炎佐達お客さんだけでなく何故か巧達まで座る羽目になる。言うまでもなく乙女の提案だ。

 

「セバスチャン、適当にケーキを持って来なさい。あと紅茶」

 

「ははっ」

「では紅茶は私が」

 

パチンと指を鳴らしていつの間にかいた執事に指示を出す千世。それにセバスチャンと呼ばれた初老の男性はうやうやしくお辞儀をすると「失礼いたします」と一言添えてからさささっとケーキをガラスケースから取り出し、お皿に盛り付け、こちらもいつの間にか待機していたメイド服の女性二人に手渡し、彼女らが炎佐達の待つ円卓にさささっと並べていく。なお紅茶は凜の方が用意し始め、こちらも見事な手際で良い香りの紅茶を入れており、メイド服の少女二人がまたも見事な手際で並べていく。

 

「おいおい梅ノ森……」

 

「大丈夫よ、ちゃんとお金払うし。それに今回は皆で食べる分だけ買い占めるから」

 

勝手にケーキを取っていくよう指示をした千世に対し困ったように苦笑する巧に千世はそう言い、ふいっと顔を逸らす。

そしてケーキやクッキー、紅茶などが並んだところで歓談が始まり、炎佐や巧は最近学校でどういうことがあったかという高校生らしい会話――なお炎佐はリトとそれを取り巻くどたばたに対し宇宙人などに関してはぼかしながら話していたが、巧達は若干非現実的さが隠れていないその会話に若干引き、美柑は苦笑していた――を、沙姫と千世がお互いの家の関係についてなど話を進め、凜はセバスチャンと呼ばれた男性に使用人としての心得の教授を受けていた。

 

「うぃ~す、巧~。遊びに来たぜー」

「む、客人か」

 

「お、家康に大吾郎。いらっしゃい」

 

さらに巧の友人も加わって話に花が咲く。なお会話の中で家康と呼ばれていた少年がリトの話を聞き「何そのハーレム&ラブコメ!?」と声を荒げていた事を追記しておこう。

 

 

 

 

 

「なんていうか、いつもより騒がしかったですね」

 

ストレイキャッツを後にし(お土産を沙姫の支払いで貰った。曰く「凜がお世話になっているようなので」とのこと。凜がやや顔を赤くして慌てていた)、彩南町に戻ってきた辺りで美柑がくすくすと笑いながらそう言う。

 

「まあね。まさか天上院先輩の知り合いがあのお店でバイトしてたなんて知らなかったよ。ところで次、どうする?」

 

「え~っと……じゃあデパートでお買い物でも」

 

「うん、分かった」

 

次はデパートに、という美柑のお願いを炎佐はこくりと頷いて了承する。

 

「ふはははは! ついに見つけたぞ!!」

 

と、そこに突然そんな悪役感満載な声が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

炎佐がそれに反応すると同時、空から何かが落ちてくると炎佐の目の前に着地。黒ずくめの鎧姿とでもいうべきだろうか、そんな長身っぽい人型の存在が彼らの前に立つ。

 

「見つけたぞ結城美柑! お前はララ・サタリン・デビルークの婚約者結城リトの妹だと聞く! お前を人質にしてララ・サタリン・デビルークと結城リトの婚約を白紙に戻させてやる!」

 

「!」

 

まるでトンネル内で大声を出しているような反響がかかったしわがれたような声による分かりやすいほどの説明口調で黒ずくめの鎧は言い、その言葉を聞いた美柑がびくりと反応。自分の身が危険だという事に気づいてこそこそと炎佐の後ろに隠れる。

 

「……おい、頭上注意」

 

「ふえ?」

 

だが炎佐は呆れたように額に手を当てており、彼が静かにそう言うと黒ずくめの鎧は上を見上げる。そこには漆黒の衣服を身にまとう金髪の少女が、足を鉄球のように変えて蹴りかかっている光景があった。もう回避も間に合わない。

 

「グロンギゴッ!?」

 

そして黒ずくめの鎧は奇声を上げて蹴り飛ばされ、その先の塀に叩きつけられる。

 

「何をしているのですか? 美柑、エンザ」

 

「ヤミさん! 助かったぁ……」

 

ぱくっとたい焼きを口に入れながら、先ほど黒ずくめの鎧に鉄球蹴りを叩き込んだ少女――ヤミちゃんこと金色の闇が尋ね、美柑はほおっと安堵の息を吐く。

 

「……」

 

その間に炎佐は無言でつかつかと黒ずくめの鎧の方に歩いていき、一発蹴りを入れる。

 

「テメエは何をやってんだ!?」

 

そして一回声を荒げて問いかけ、すうっと息を吸って続ける。

 

「ニャル子!?」

 

「あったたたた……いやー分かっちゃいました?」

 

炎佐の怒号に対し、黒ずくめの鎧は頭を押さえながら、先ほどまでのまるでトンネル内で大声を出しているような反響がかかったしわがれたような声はどこへいったとばかりの高い可愛らしい声で返す。そう思うとその姿が銀髪ロングの可愛らしい少女へと変化した。

 

「やー。ララさんと電話してたら今日、炎佐さんがなんとデートだという話を聞きましてね」

 

「うん、まずはお前いつの間にララちゃんのアドレス知った?」

 

惑星保護機構職員が一惑星――というか銀河を統一させた星――の王族のアドレスを知っている事に炎佐がツッコミを入れつつ、携帯をいじる。

 

「まあそこは気にしない気にしない。で、ほらあれですよ、不良に絡まれて、狙われた女性に対して“こいつは俺のものだ~”的な。そんなロマンチックなシチュエーションを提供してあげようかと――」

「八坂君に録音データ添付してメールしといたから」

「――すんませんマジ勘弁してください!!」

 

にっこにこと邪気のない笑顔で説明するニャル子に炎佐が冷たい目でそう言い、録音データを見せるとニャル子は即土下座に移行する。

それからニャル子は真尋への弁明という名の言い訳タイムを少しでも早く行うために帰っていき、炎佐と美柑はヤミを伴って再び歩き始めた。

 

「ところで先ほどニャル子が言っていたデートというのは……」

 

「ちっ、違う違う! その、ちょっとお買い物とお散歩に付き合ってもらってるだけで……」

 

「ああ。この前美柑ちゃんにはちょっと迷惑かけちゃったから、そのお詫びってだけだよ」

 

ヤミのどこか炎佐を牽制するような視線での言葉を美柑は慌てて否定するが、炎佐からも否定の言葉を出されるとつい彼にジト目を向けてしまう。複雑な乙女心なのであった。

 

「話は変わりますが……エンザ」

 

目的地のデパートに辿り着いたところで再びヤミは言葉を紡ぐ。だがその目は鋭く研ぎ澄まされており、ヤミちゃんではなく金色の闇としてのオーラを見せていた。とはいっても口の方は喋る合間にたい焼きを休みなくもぎゅもぎゅしているため威圧感は何もないのだが。

 

「先ほどニャル子が悪ふざけで言っていた、美柑を人質に取る。という件ですが……これは案外馬鹿に出来るものではありません。以前のアゼンダのように私に手出しをさせなくさせる。という点はもちろん、結城リト、プリンセス・ララの二人に共通する最大の弱点ともなりかねません」

 

要するに美柑はいつの間にやら、銀河を統一した王――ギド・ルシオン・デビルークの長女であり次期デビルーク王妃であるララ、彼女の婚約者候補でありデビルーク王の後継ぎ筆頭候補であるリト、そして宇宙最強の暗殺者金色の闇の共通した弱点となり得る存在になってしまっている。という事だ。

 

「もちろん、アゼンダの時のような不覚を取るつもりはありません。ですが――」

 

ヤミはそう言った瞬間、炎佐を睨みつける。その口元にたい焼きはなく、その威圧感は金色の闇の本気を伺える。

 

「――あなたが側についていながら、美柑にもしもの事があってみなさい。その時は、私の暗殺標的(ターゲット)の頂点にエンザ、結城リトと共にあなたの名が刻まれる事になる」

 

放たれる宇宙最強の暗殺者からの殺気。それに炎佐は不敵な笑みを持って返す。

 

「当然さ。この俺が側にいる限り、美柑ちゃんに傷一つつけさせはしない」

 

「炎佐さん……」

 

その言葉に美柑がぱーっと顔を輝かせる。その頭上ではハートマークも乱舞していた。

 

「まあだけど、ヤミちゃんのことも頼りにしてるよ。友達として、ね?」

 

「……」

 

先程の不敵な笑みとはまた別の、優しい笑顔を浮かべてヤミの頭を撫でる炎佐。それに対しヤミは気恥ずかしそうにぷいと顔を背けた後、彼らに背を向ける。

 

「……ド、ドクター・ミカドに買い物を頼まれていたのを忘れていました。では私はこれで」

 

その言葉が終わった瞬間、ヤミの姿が消える。いや、常人の目に追いつかない高速移動で彼らの視界から消える。だがその頬が淡い赤色に染まっていたのに美柑は気づいていた。

 

(恥ずかしかったのかな?……も、もしかしてヤミちゃんもライバルとか、ないよね……)

 

美柑はヤミが照れていた理由を考察、もしや親友までも恋敵(ライバル)になりはしないかと不安を巡らせる。

 

「じゃ、行こうか美柑ちゃん。この前のお詫びなんだし、僕に出来るものならなんでも奢るよ?」

 

「……ふふ、じゃあ期待しますね?」

 

だが炎佐が美柑に行こうと促すと、美柑はさっきまでの不安を横に置いて小悪魔な笑みを浮かべる。

 

それから美柑はデパートで目についたある店に入ると、次々に欲しいものをカゴに入れていき、そのお代を全て炎佐に払ってもらって店を出る。

 

「何か、何かが違うっ……」

 

そして近くのベンチでうなだれる。その横に置かれているのはたくさんの買い物袋(中身は数週間分の食事の材料)。確かに欲しいものだし必要なものではあるのだが、デートで買うようなものではない事も確かである。ちなみにリトの好物である唐揚げは材料含めてしっかりキープ済だ。

 

「美柑ちゃん、歩き疲れたでしょ? はい、アイスクリーム買ってきたからちょっと休憩しようか」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

炎佐は全国にチェーン店を展開している某31なアイスクリーム屋のアイスを買ってきており、美柑はお礼を言って自分の分のアイスを受け取る。

 

「というか、ストレイキャッツといいこれといい、なんか食べてばっかりだね」

 

「い、いえ、これも楽しいです」

 

炎佐はストレイキャッツでのケーキやここのアイスなど、なんだか食べてばかりだと笑い、しかし美柑は楽しいですよとフォローを入れる。それから二人はベンチで隣り合わせに座り、アイスを食べながら休憩に入る。

 

「それにしても、美柑ちゃんもすごいね」

 

「何がですか?」

 

「だってヤミちゃんを篭絡させちゃったんだもん。ヤミちゃんが個人的に暗殺リストに入れる~とか言うなんて信じられないよ」

 

「いえ、流石に冗談でしょ?」

 

「冗談とは思えない殺気だったし、冗談だったとしたらその冗談を言えることがすごいんだよ」

 

「え?」

 

炎佐の言葉に美柑がぽかんとした声を出す。

 

「僕自身はヤミちゃんに会ったのは地球でリトが狙われた時が初めてなんだけど、金色の闇の噂自体は賞金稼ぎ時代に嫌って程に聞いていたからね。曰く“漆黒の衣服を身に纏い、その様相は死神の如く”、曰く“得物を選ばず、変幻自在に様々な武器を使いこなす”、曰く“実は人に非ず、古代の兵器が復活した存在”とか途方もない噂だけどね。挙句には星一つぶった斬ったなんて話も出たくらいだよ。そんな事キング・ギド以外に出来てたまるかっての」

 

「あ、あはは……」

 

金色の闇にまつわるとんでもない噂に美柑は、物静かながらどことなく優しい小柄で可憐な可愛い親友の姿を思い浮かべて苦笑する。

 

「そのせいで僕は最初金色の闇を黒ずくめのスーツを着て色んな武器を背負ったガタイのいい金髪の男だなんて想像してたんだからね。なんていうかこう、地球で例えるなら武蔵坊弁慶が現代風のSPみたいな格好をした感じの」

 

「ぶふっ!!!」

 

炎佐の想像上の金色の闇の姿に美柑が笑いを堪えきれずに吹き出す。しかも現在のヤミちゃんの格好をそれに置き換えるとさらに笑いがこみあげてきたらしく、空いている左手で膝をばんばんと叩いて頑張って笑いを堪えていた。

 

「ああ。ミカドにも大爆笑されたよ。ま、そんな訳でね。でもヤミちゃんが優しいだの人の為に戦っただの、そんな噂は一つも聞いたことがなかった。だから美柑ちゃんはすごいんだよ」

 

悪い噂ばかりを聞き、良い噂を聞かなかった金色の闇。そんな彼女をこの平和な地球での生活に馴染ませてしまった美柑はすごい。炎佐はそう言っており、それに美柑は照れたように頬をかいた。

 

「そんな……私はその、仲良くなりたいって思っただけだし……」

 

「得体のしれない宇宙人と仲良くなろうって考えるのが度胸あるよ。異星関係が全く進んでない地球人なのに」

 

「いえ、ララさん達がいたし……何より、炎佐さんだって宇宙人なのにとっても優しいです。宇宙人ってだけで忌避するのは間違ってますよ」

 

美柑は穏やかに微笑みながら炎佐の言葉に返す。それに炎佐もふふっと笑った。

 

「なんですか?」

 

「なんでもないよ。願わくば、その優しさを持ったまま大きくなりますように」

 

首を傾げる美柑に炎佐は微笑みながらそう、祈るように呟く。なんだか子ども扱いされたような気がして美柑は頬を膨らませ、そろそろ溶け始めたアイスをぱくぱくと食べ終えるとベンチを立ち、数歩先に進む。

 

「ちょ、美柑ちゃん」

 

炎佐も慌ててアイスを食べ、荷物を持って席を立つ。それを待っていたように美柑は振り返す。あごを上げて見下ろすようなポーズだ。

 

「じゃ、早く行きましょう。まだまだ買い物は終わりませんよ?」

 

「はいはい」

 

振り返った顔をにしし、と悪戯っぽく笑わせて美柑は言い、炎佐もこくりと頷いて返すと歩き出した。

 

それからまた時間が過ぎて夕暮れ時、美柑は鼻歌を歌いながらスキップをしてくるくると回転。嬉しいという感情を全身で表現していた。

 

「えへへ。炎佐さんに選んでもらった服、大事にしますね♪」

 

「そんな大袈裟な」

 

「さ、あとは一緒に晩ご飯です! ご馳走作りますね!」

 

「はいはい」

 

心の底から楽しそうな美柑に炎佐は苦笑しながら答える。それから回転しながら歩き続ける事もできないため普通に歩き出した美柑の横で炎佐も今日買った荷物を手に歩く。変な沈黙が辺りを支配した。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん? どうしたの?」

 

その沈黙を破るように美柑が口を開く。

 

「そ、その……ば、晩ご飯何食べたいですかっ!?」

 

「……いや、特に希望は考えてなかったけど……」

 

「そ、そうですか……じゃあ、唐揚げでも作りましょう……」

 

顔を赤くしながらやけに真剣な表情で晩ご飯の希望を聞いてくる美柑に炎佐は困った様子で返し、その返答に美柑も苦笑を返す。

 

(うぅぅ~、違う、違うの、こういうのじゃなくって……告白はまだでも、せめて彼女がいないかくらい……炎佐さん、リト程じゃないけど結構危険だもん……)

 

美柑は炎佐の女性関係を色々と思い出す。流石に兄であるリト程詳細には知らないものの、今をときめく人気アイドルの霧崎恭子の従姉弟であり彼女から好かれていることは間違いなし。今日の偶然の結果だが凜もやや好感度があるらしい。共通の知り合いでも里紗などは割と怪しいし御門もいる。さらにヤミについてもやや疑わしいところがある。せめてこのチャンスに少しでも情報を収集しておきたい、と美柑は考えていた。

 

「あ、着いた着いた」

 

(ってもう家まで着いちゃったし!!)

 

だが炎佐の言葉に顔を上げ、目の前に立つ自宅に美柑は心中で頭を抱える。流石に家の中でそんな追及をするわけにもいかない。

 

「さ、美柑ちゃん。入ろうか」

 

「ま、待ってください!」

 

炎佐の呼びかけに美柑は思わず呼び止め、炎佐は首を傾げて足を止める。

 

「(あうぅ~、まだ何も考えてないのに~……え、ええい、ままよ!…)…そ、その、ちょ、ちょっとかがんでください……」

 

「? どうしたの、何か落としちゃった?」

 

美柑の中の内なる美柑が目をぐるぐると渦巻きにしながらパニクるが、美柑は開き直ってむんと気合を入れて炎佐にかがむようお願い、炎佐も首を傾げながらかがんだ。

 

「え、えいっ!」

 

「わっ!?」

 

その隙をついて美柑は炎佐に飛びかかるように近づくと、彼の頬にちゅっとキスをする。

 

「そ、その、きょ、今日一日付き合ってくれたお礼ですっ!」

 

美柑は真っ赤にしながら頬へのキスを今日一日のお礼だと言い張る。それに炎佐はぽかんとした後、くすっと笑った。

 

「ありがと、美柑ちゃん。これはそのお礼だよ」

 

「ふぇ!?」

 

そう言い、炎佐は美柑の前髪をかき上げるとその額に優しく唇を落とす。

 

「……ふにゃ~……」

 

美柑は顔をさらに真っ赤にし、顔面から湯気を放出すると目をぐるぐると渦巻きにして気絶する。その鼻からは真っ赤な液体が流れていた。

 

「……えええぇぇぇぇっ!? 美柑ちゃんが鼻血吹いて気絶したー!? リ、リト!! リト助けてー!!!」

 

「そ、その声炎佐か!? どうしたんだ、ってみかーん!? なんで気を失ってんだお前ー!? っていうかなんだこのめっちゃ幸せそうな顔ー!?」

 

炎佐の悲鳴が響き、それを聞いたのか家からリトが飛び出してくる。結城家の前で二人の男子が大騒ぎ、

 

「に、にへへへへへ……」

 

その間美柑は幸せそうな顔をして完全に気絶してしまっていた。

なお彼女が目を覚ました時には炎佐は帰ってしまっており、しかも晩ご飯は炎佐が作ったものを食べたということで、二重の意味でショックを受けた美柑はその日の残る時間全て部屋に引きこもってしまったのはまた別のお話。




まさかの「ToLOVEるでR-18を書く予定はないんですか?」というメッセージをいただいて困惑しております。いや……需要ないでしょ?ないですよね!?こんな駄作のR-18なんて!?(困惑)……なお書く予定はマジでありません。そっち方面に知識はないし興味もないっていうか書くのめんどいし……。

さて今回は「美柑が不憫過ぎる」と読者様から意見いただいた&流石に自覚があるのでサブヒロイン美柑編です。美柑は日常編が書きやすいですね、常識人の純地球人だから完全日常である迷い猫メンバーにも会わせやすい。
なおリトと会わせようとしたら“リトずっこけ、文乃の胸にダイブ→文乃に「二回死ねー!」で蹴り飛ばされる→吹っ飛んだ先の千世を押し倒す→千世に「無礼者ー!」的にストレートをくらい殴り飛ばされる→希を巻き込んで倒れてお色気系のラッキースケベ展開”というコンボが完成いたしました。どうなってんのこれ?(汗)
なお書くつもりはありません。っていうかリトがこいつらと出会うか自体不明です……いや、リトが行ったら必然的にララがついてきそうだし、そうなったら迷い猫メンバーまで非日常の宇宙人メンバーのどたばたに巻き込んで収拾がつかなくなりそうで……迷い猫は平凡な日常なんだ!宇宙人とかそういうのに巻き込んだらいけないんだ!!みたいな意地もありますし……。

で、ラストの方はおかしいなぁ……俺すっかり美柑をおちょくる癖がついちゃったんだろうか。(汗)
まああれだな、炎佐もそういうスキンシップが遠慮なく取れるくらいには美柑の事が好きなんだと思っておこう、うん。妹分として。

真面目な話になりますが。ネット上で入手した情報によるとクロがリトの抹殺に動き出すそうじゃないですか。これはエンザVSクロを今から考えなければ!……しかし、やるとしたらBLACKCATのように恭子→クロになりかけてエンザがぶち切れるというギャグ方面かな~って思ってたのにまさかシリアスで考える羽目になるとはなぁ……。

では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十一話 夏祭り、暗黒との出会い

「わー。やっぱ夏祭りはにぎやかだな~」

 

彩南町の夏祭り。ナナは花柄にミニスカの着物を着て楽しそうに屋台を見て回る。

 

「あ、エンザ! わたがし買って!」

 

「ナナ、はしゃぐと転ぶぞ」

 

ナナは隣を歩く炎佐にわたがしをねだり、炎佐はくすくすと笑いながらナナをぽんぽんと撫でる。

 

「こ、転ばねーし! 子ども扱いすんなよなっ!」

 

だがナナはその手を払いのけて威嚇するように睨んで声を上げ、ふんっと拗ねたように顔を背ける。

 

「悪かった悪かった。機嫌治せよ」

 

「……わたがし買ってくれたら許してやる」

 

「仰せのままに、プリンセス・ナナ」

 

拗ねたようにしながらわたがしをねだる事は忘れないナナと苦笑しながらそれを受け入れる炎佐。我儘な妹と優しいというか甘いお兄ちゃんのような構図だった。

 

「んじゃ、あたしそろそろメアと待ち合わせの約束あるから行ってくる!」

 

「おう。花火が始まる前に境内に集合だからな。遅れるなよ? 迷子になったら俺の携帯にかけるか迷子センターに行くんだぞ」

 

「だっから子供扱いすんじゃねー!!」

 

わたがしを持ちながらメアの所に行くというナナに炎佐が最終注意を行うがその内容は明らかに子供に対するもの。ナナの怒鳴り声が再び上がる結果になるのであった。そしてナナはぷりぷり怒って頬を膨らませながらメアとの待ち合わせ場所に向かい、その一連の流れを苦笑しながら見守っていたリトは携帯電話で美柑から「ティアーユ先生からヤミちゃんのお話聞きたいから、まだしばらく境内にいるね」という連絡を受ける。

 

「よかったですね。ティアーユ先生に美柑さんを紹介できて」

 

リトの隣に立つモモが嬉しそうにリトに言うと彼も「ああ」と言って嬉しそうに笑う。ナナとメアの事はとりあえず前進したし、今度は美柑が橋渡しになってギクシャクしているヤミとティアーユの関係が少しはうまくいけばいい。と彼は話した。

 

「確かにそうだね。ドクター・ティアーユは俺の新しい護衛相手になってるし、少しはヤミちゃんとの関係が上手くいってくれた方が有事の時に連携が取りやすくなる。それを除いても、あの二人は姉妹であり親子のようなものなんだから仲良くしてほしいよ」

 

ナナと別れ、合流してきた炎佐も前半は護衛対象という視点から、後半は二人の家族という関係という視点からそんな言葉を漏らすのであった。

それからリト、モモ、炎佐の三人で屋台を見て回り、モモはリンゴ飴を炎佐に買ってもらい、炎佐はその隣のたこ焼き屋でたこ焼きを買い食いしてた。

 

「モモ様!! それに氷崎大先輩も!!」

 

するといきなりそんな声が聞こえ、炎佐達は声の方を向く。そこに立って「こんな所でお会いできるとは!」と歓声を上げているのは(ヴィーナス)(モモ)(クラブ)会長を務めている中島とその補佐の杉村。なお杉村は私服だが中島は祭りの光景に似合う浴衣を着用していた。

 

「いやー、モモ様に会えるとは! 男二人、祭りに来た甲斐がありましたよ!! 氷崎大先輩も親衛隊としてのお仕事お疲れ様です。モモ様、ぜひ我々と――」

 

中島が歓喜の声を上げ、炎佐に礼儀正しく挨拶した後にモモを誘おうとするが、そこでぽかんとした顔をしているリトに気づく。と彼は見て分かる程に嫌そうな顔を見せた。

 

「――ゆ、結城リト先輩も一緒でしたか……」

 

「はい」

 

中島の言葉にモモは満面の笑顔で頷く。と、中島は炎佐とリトに「失礼します」と一言言って(恐らく本人は炎佐だけに言ったつもりだろうが)モモに「ちょっと」と手招きして少しリトから距離を取ると顔を近づける。

 

「お気をつけて下さい、モモ様」

 

「何をですか? あまりカオ近づけないで欲しいんですけど」

 

「男は皆ケダモノなのです!! モモ様がいくら安全だと思っていても、モモ様の魅力の前ではいつ野獣に変貌するか分かりませんよ!!」

 

中島の熱弁に杉村が無言でうんうんと頷き同意を示す。

 

「思いっきり聞こえてるんですけど……」

 

だが最初は声を潜めていたにも関わらずいつの間にか熱弁になっていたためリトにもしっかり聞こえ、彼は困った声を出していた。

 

「そう! つまり――」

 

そこから中島の妄想が始まる。それはリンゴ飴を舐めるモモの横顔と白いうなじ、それに欲望を刺激されたリトがたくさんのリンゴ飴を舐める事を強要、それをやめたら浴衣の中に水風船を入れていくという訳の分からない妄想。最後には詰め込まれた水風船は割れ、モモの浴衣がびしょびしょになる。

 

「――この鬼畜がァアー!!」

 

「落ち着け中島! 鬼畜はお前だ!!」

 

中島の怒号に対し杉村が酷い言いぐさでツッコミを入れる。

 

「はっ!」

「モモ様が消えた!?」

 

だがその妄想ショートコントが終わった時、いつの間にかモモとリト、炎佐の姿が消えていたのであった。

 

 

 

「春菜ー。唯、電話で何か言ってたー?」

 

一方別行動をとっているララと春菜。ララはイチゴ味のかき氷を食べながら春菜に尋ねる。どうやら唯と合流出来ていない様子で、春菜はララの問いに「ええ」と答えた。

 

「古手川さん、支度に手間取ってるみたいよ」

 

「そっかー」

 

唯は遅れてくるらしい、と聞いたララは残念そうに呟く。と、春菜は少しうつむき、ややもじもじとした様子でララへと問いかけた。

 

「……結城君も、今日来るでしょ?」

 

「うん!リトは遅れてモモ達と来るはずだから、あとで会えると思うよ♪」

 

春菜の質問にララは元気よく笑いながら頷く。

 

「今日こそリトに“好き”って伝えてみる? 春菜」

 

「えっ!? そ、そんなムリよ! 今日はホラ、他の皆も来るし……」

 

「あー。そういえばそうだね~」

 

ララの大胆な言葉に春菜は慌てて誤魔化し始め、ララも素直にそれにこくりと頷くのであった。

 

 

 

「そういえば、さ……モモ達のお母さんってどんな人なの?」

 

視点をリト達に戻そう。リトは共にお祭りに来ているらしい母子を見て気になったのかモモに尋ねる。

 

「お母様……ですか?」

 

「うん。前にララからすごくキレイな人だって聞いたことはあるんだけど。あんまり詳しくは知らないからさ」

 

「……素晴らしい人ですよ」

 

リトからの質問を受け、モモはまず一言で「素晴らしい人」と自らの母親を評した。

 

「ああ。クィーン・セフィは政治の苦手なキング・ギドに代わって積極的にリーダーシップを発揮。各星星との外交に勤しんでおられるんだ。クィーンがいるからこそ、ギドが統一した銀河の恒久平和が保たれている。と言っても過言ではないかな」

 

「ええ。私達姉妹にとって最も尊敬する人物です」

 

すると炎佐がすらすらとモモ達の母、すなわちデビルークの女王を褒め称え、モモもそれを全面的に肯定。自分達姉妹が最も尊敬する人物だと締めた。そして次にモモはにや~っという笑みを炎佐に向ける。

 

「それに、エンザさんにとっても超大好きな人ですよね~?」

 

「な、はぁっ!?」

 

「え?」

 

にや~っとした笑みで炎佐に言うモモに対し炎佐は顔を真っ赤にして明らかにうろたえ、リトも驚いたように声を漏らす。

 

「だってほら~、チャーぐげっ!?」

 

しかしにやにや笑み&尻尾を怪しげにゆらゆらと揺らしながらの言葉は直後炎佐のサブミッションで止まる。炎佐が咄嗟にモモにスリーパーホールドを極め、完璧に極められているのかモモは脱出が出来ず必死で炎佐の腕をバンバンと叩く。

 

「エ、ジャ、しゃん……ぐる、ぐるじ……息が……」

 

「余計な事を言うな……」

 

「ま、まっふぇ……お、おち、おちふ……」

 

割と本気で絞めているのかどんどんモモの顔色が青くなっていく。そして最後には余計な事を言わないと誓わせてから炎佐はモモを解放。彼女はぐらりと揺れて地面を膝に屈すると喉を片手で優しく押さえながら必死で呼吸、肺に新鮮な空気を送り込む。

 

「え、えっと、その……炎佐、どうしたんだ?」

 

「リト」

 

「ひゃいっ!?」

 

リトは苦笑いをしながら炎佐に尋ねるが、その炎佐が真っ赤な顔に完全に据わっている目でリトを見ると彼も怯えた声を出す。

 

「お前、今、何も聞かなかったよな?」

 

「え、ええっと、モモ達のお母さんが――」

「何も、聞かなかった、よな?」

「――き、聞きませんでしたっ!!!」

 

最初はエンザの質問に正直に答えようとするが、その時エンザは一言一言を区切って重々しく尋ね、その殺気に咄嗟にリトは先ほどの記憶を封印する事に決めたのであった。

 

「リトーっ!」

 

「美柑?」

 

すると人ごみの中からオレンジ色の浴衣を着た美柑が駆け寄ってきた。

 

「どうした慌てて……ティアーユ先生は?」

 

「それが……大変なの!」

 

「「「!!」」」

 

美柑の血相を変えた言葉にリト、モモ、炎佐の顔色が変わり、「ついて来て!」と言って走り出した美柑の後を一番にリトが、次に炎佐がまだ膝を地面につけていたモモの手を引いて立ち上がらせてから続く。

 

 

 

「お祭り……か……」

 

一方お祭りの会場近く。ヤミは黒色を基調に、その黒に映える金色の花をあしらったような柄の着物を着てここにやってきていた。数日前美柑にお祭りに誘われたのだが、そこでリトからティアーユと自分の関係を聞いたことを話され、せっかく再会したんだからもっと仲良くすればいいのに。と言われたのだ。

 

「結城リト……余計な事を」

 

そうぼそりと呟き、買ってきていたたい焼きをぱくりと食べる。

 

「……帰るか」

 

とてもティアーユと会う気にもなれず、彼女は会場の目の前で帰る事を決める。

 

「どっちだって!? 美柑!」

 

「ほら、そっち!」

 

だがそこでそんな声が聞こえてくる。しかし、何か考え込んでいる様子のヤミは気づかなかった。

 

「えっ!? ヤ、ミ……」

 

そして飛び出してきた少年――リトとぶつかり、そのままもつれ合うように転んでしまった。

 

「リ、リトだいじょう……」

 

思わず炎佐が声をかけるが、直後絶句。リトはヤミの上に倒れているだけでなく太ももを上から押さえつけるような格好で股間に頭をうずめている。リトもヤミもとても人には見せられない格好になっていたのだ。

 

「相変わらず……器用にコケますね……結城リト」

 

ヤミは羞恥と怒りで顔を赤く染め、そう呟いたかと思うと彼女の金色の髪が真っ黒な棘付き鉄球へと変身(トランス)。一気にリト目掛けて降り注いだ。とはいっても威嚇のつもりなのかリトには一発も当たっていない。まあ、数発ほどリトがかわしていないと当たっていたものもあったのだが。

そして最後にリトが尻もちをついた瞬間、彼の首筋に刃へと変身した髪が押し当てられる。

 

「いいですか、結城リト」

 

そしてヤミは暗い、暗殺者としての目を見せながらリトに警告を発する。

 

「あなたが私の標的(ターゲット)である事実は変わっていない。エンザという護衛がいるとはいえ、私の気まぐれで生かされている事を忘れないように」

 

「ヤ、ヤミさん落ち着いて!! リトさんも悪気があったわけじゃないですし」

 

今のところヤミが標的(ターゲット)であるリトを殺していないのは単なる気まぐれであり、気が変われば殺す。そう警告するヤミをモモが慌てて止め始める。

 

「そうそう。ゴメンねーヤミさん。私がリトをけしかけちゃったもんだから」

 

続けて美柑が笑いながらヤミに謝る。

 

「でも変なのーヤミさん……まだリトの事“標的(ターゲット)”だって思ってるんだ」

 

美柑は手近なガードレールに腰かけながらそう言う。

 

「だったらさっさと殺しちゃえばいいのに……なんでやらないのかな?」

 

いや、美柑ではない。先ほどまで平均的な黄色人種そのものな肌色だった肌が一瞬にして褐色に染まった事と、まるで悪戯好きな猫のような、だがその奥に底知れない闇を抱えているような瞳がそれを物語っていた。

 

「そんなに彩南(このまち)での生活が大事? それとも……大切なのはその“結城リト”本人かな?」

 

(美柑さんじゃない……)

(これは……変身(トランス)!?)

(私やメアと同じ……しかし全く異質な力を感じる……)

 

ズズズ、と美柑(偽)を真っ黒い闇が覆っていくと共に、彼女の姿が変わっていく。

 

「……なるほど。ようやくお出ましということですか」

 

その姿を見据えてヤミは声を発する。

 

「マスター……ネメシス」

 

悪戯好きな猫のような、だがその奥に底知れない闇を抱えているような金色の瞳を宿し、褐色の肌に真っ黒な髪を長く伸ばした、黒色のキャミソールを身に着けた黒ずくめの少女に向けて。

 

「こういう時、“初めまして”というのか? 人間は。人との接触はメアに任せているので、そういう事には疎くてな……」

 

ガードレールから離れ、ゆっくりと立ち上がり、少女――ネメシスは言う。しかしその次の瞬間その場に熱風が走った。

 

「……ほお?」

 

「外したか」

 

顔を先ほどより横に逸らしながらネメシスは笑う。その視線の先には先ほど走った熱風の正体。ネメシスの顔を抉らんばかりに炎を纏った手刀により突きを叩き込んだ炎佐の右手、そして殺気をみなぎらせたエンザの姿があった。その姿は既に銀色の鎧を身に纏った戦闘モードに入っている。

 

「お前は……氷炎のエンザか。メアから話は聞いている。だがこれは人間にしてはいささか乱暴な挨拶ではないか?」

 

「黙れ。お前はヤミちゃんを、ひいてはリトの命を狙う敵だ。ここで殺す」

 

エンザは問答無用でネメシスを殺しにかかっており、肘を曲げると勢いをつけて振るおうとする。放つは鋼鉄さえ焼き斬る灼熱の手刀、更に追撃の爆発によるコンボ攻撃は大抵の存在は跡形もなく消し飛ぶ。多少の反動さえ我慢すればエンザの接近戦におけるお手軽必殺コンボだ。

 

「!」

 

だが次の瞬間エンザは何かに勘付くとその場を飛び退く。ネメシスから放たれた濃密な殺気、賞金稼ぎ時代に鍛え上げられた危機察知能力がそれに反応し、反射的に距離を取らせていた。

 

(……ありえねえ)

 

無防備に近づいたら殺される。そう錯覚させる程の殺気なんて感じたのはデビルーク親衛隊時代にギドが抜き打ちの親衛隊度胸試し大会とか抜かしてふざけて放った程度(なおそれでも新人が数名殺気に耐えきれず気絶した)、賞金稼ぎ時代でも早々感じるものではなかった。そう思い、エンザはぼやく。

 

「リト!」

 

しかしエンザは直後、先ほどは不意打ちを狙ったため取り出せなかった刀を取り出し、炎のように赤い刃を具現化させる。ネメシスはエンザが飛び退いて距離を取った隙を狙い、まだ立ち直せていないリトの目の前に立っていたのだ。このままではリトが危ない、と直感したエンザは再びネメシスに飛びかかろうと構える。だが、その次の瞬間リトの足元の、先ほどのヤミの攻撃で粉砕されクレーター状の穴が開いていたコンクリートの端が崩れ、リトはバランスを崩すとそのままネメシスを巻き込んで倒れ込んだ。その両手はネメシスのお尻に当たり、顔は例によって股間にうずまっていた。

 

(またですかリトさーん!?)

 

思わずモモが心中で声を上げる。

 

「ゴメッ――」

 

慌ててリトも顔を上げる。だがその顔がネメシスの両手でがしりと挟まれた。このまま頭を押し潰されるか首の骨をへし折られるかしたらリトの命はない、そう直感したエンザは刀を手に走り出す。

 

「やるではないか。虚をつかれたぞ」

 

だがその次にネメシスが行ったのはリトへの賞賛だった。その言葉に思わずエンザの足が止まる。

 

「しかし……愚かでもある。お前には今しがた見せてやっただろう、結城リト。変身(トランス)能力の前では外見など何の意味もないという事を」

 

ネメシスがそう言うと同時、彼女の身体に黒い闇がまとわりつくと彼女の胸がぽよんと膨らみ、さらに身体自体も先ほどの幼い少女とは打って変わってリトと同い年か少し年上くらいの姿まで成長する。

 

「必要に応じて姿を変え、敵を油断させる……それこそ――」

 

そう語るネメシスの目つきも妖艶さを増していた。

 

「――変身(トランス)兵器の真骨頂だぞ? 結城リト」

 

「ちょ……こんな街中(トコ)でそんなカッコ!!」

 

子供から大人へと変身したネメシスはその結果着ているキャミソールが小さくなってしまうというデメリットを見せ、人目に触れるには少々目の毒な姿にリトが慌て出した。なおモモはいきなりのナイスバディへの変化に「トランス、なんて便利な……」と言いながら呆然としていた。

 

「関係ない……脱がせたのはお前ではないか……味わいたかったのだろう?……私の身体を」

 

そう言い、ネメシスはリトを自分の胸へ誘う。それにリトは顔を真っ赤にして硬直した。

 

「フフ……本当に良い表情(カオ)をするな……そそられるぞ。メアが気に入るわけだ」

 

ネメシスは元の幼女モードに戻るとリトの上に乗っかり、硬直したリトを見て嗜虐的な笑みを見せる。

 

「モモ! リトを救出!」

 

「了解です! お兄様!」

 

だがその時エンザから指示が飛び、モモは頷くとデダイヤルに入力。

 

「ほう」

 

ネメシスが笑うと同時、コンクリートがひび割れると無数の根が飛び出る。それを見たネメシスはニヤリと笑うとリトの上から飛び退いた。

 

「お、おわああぁぁぁっ!?」

 

そしてネメシスの身代わりというようにリトがその根――シバリ杉の根に絡まれてしまう。だがすぐにモモがデダイヤルを操作、シバリ杉をデダイヤル内の電脳ガーデンへと戻した。

 

「ふべっ」

 

「乱暴な手段でごめんなさい」

 

地面に叩き付けられたリトにモモがぺこりと頭を下げる。

 

「自分で私を抑えるためにすぐモモ姫に救出を指示し、モモ姫も即座に的確な植物を召喚。なるほどいいコンビネーションだ」

 

「黙れ。すぐにヤミちゃんを諦めてメアと縁を切って地球を去れ、さもなくば殺す」

 

一方エンザは銃をネメシスに向けて一対一で睨み合いながら対峙。と言ってもエンザの方は眉間にしわを寄せて目を鋭く研ぎ澄ませているのに対しネメシスは新しいおもちゃを見つけた子供のような無邪気な微笑みを浮かべているのだが。

 

「しかし――」

 

「消えっ!?」

「きゃああぁぁぁっ!?」

 

だが次の瞬間ネメシスはニヤリと笑ったかと思うと闇に紛れたかのように姿を消す。その直後モモの悲鳴が聞こえ、エンザは振り返る。そこにはモモを捕らえているネメシスの姿があった。

 

「しまった!?」

 

「――それは同時に、お前の能力が人質救出には向かんと自らばらしているようなものだ。そらどうだ、お前の護衛対象の一人は私の手の中、植物を召喚させる隙など与えんぞ?」

 

ネメシスはニヤニヤと嗜虐的な笑みを浮かべながらそう言う。

 

「や、やめろ! モモを離せ!!」

 

近くで腰を抜かしたように座り込んでいるリトが吼えるが、モモを人質に取られているため彼も下手に動けない。

 

「知っているか? 結城リトよ」

 

対するネメシスも余裕の笑みを見せつけながら見下すような視線でリトに話しかける。

 

「“破壊”には二種類存在する。“物理的な破壊”と“心理的な破壊”だ。私はどちらも大好きだが特に好きなのは後者でな……」

 

ネメシスはそう言い、くふふと笑う。

 

「そうだな。お前を調教するのも悪くはない」

 

「ちょ、調教!?」

 

「そうとも、お前にありとあらゆる苦痛と快楽を与え、私に踏みつけられるだけで絶頂に達する下僕へとしたてあげる。その光景をお前を慕う妹や友人に見せつける……おおう、想像しただけでコーフンするではないか」

 

((何言ってんのこの人!?))

 

ネメシスは自分の言葉で興奮したのかぞくぞくっと震え、その姿にリトと人質になっているモモも唖然とした顔を見せた。

 

「ふむ、イマイチピンとこないようだな。ならば一つ実演をしてやろう」

 

「ひゃうっ!?」

 

そう言うや否やネメシスはモモの尻尾を右手で掴み、くりくりっといじる。それだけでモモは腰砕けになり、近くに座り込んでいたリトの上で悶え始める。

 

「こういうことだ。こうやって快楽を与え、同時に苦痛を与え、最後には苦痛を与えると同時に快楽で絶頂するように仕立て上げよう。という事だ。まあ、まずは快楽に慣らしてやろうか」

 

「ふぁああぁぁぁ、はぁっ、やっ……」

 

「いい声だな、モモ姫よ……お前も、責めがいがありそうだ」

 

「な……なんで、尻尾の事を……」

 

敏感な尻尾をいじられたモモは甘い声を上げつつも何故ネメシスがデビルーク人女性の弱点である尻尾の事を知っているのかと問いかける。

 

「ん? 私はメアの主だぞ? そのくらいの情報(データ)は入ってくるさ」

 

そう言いながらもネメシスはモモの尻尾の弄り方を的確に変え、次々とやってくる快感にモモは身悶えし抵抗できなくなる。

 

「ところで……夏祭りとやらで着るその“ユカタ”という衣装……なかなか良いな」

 

ネメシスはモモの着ている浴衣を戦闘時に手元を隠せ、暗器も仕込みやすい、いいデザインだと評価。その瞬間彼女の周囲を闇が覆う。

 

「足は――動きやすい方がいいから……こうか? 似合うかな」

 

ネメシスの着ていたキャミソールが一瞬で黒色のフリル付きミニスカ浴衣に変身。さらに足も裸足から草履履きに変わり、髪型もサイドポニー風に変化。さらに左目を隠すように黒髪が伸び、おまけに頭には白と黒の二色に塗り分けられた狐のお面までくっついていた。

 

「ん? 返事はしてくれないのか? フフ……はしたないぞ、デビルークの王女(プリンセス)ともあろう者が、男の上でそんなに悶えて」

 

ネメシスは嗜虐的な笑みを浮かべて尻尾をペロペロと舐め、モモを責める。モモはリトの上でびくんびくんと反応、よだれまでぽたぽたと流れる反応にモモはリトに「見ないでぇ」と懇願していた。

 

「おふざけはそこまでです」

 

「金色……」

 

その瞬間、ネメシスに接近を悟られない速さでヤミがネメシスに肉薄、髪を変身させた刃を首筋に構えて脅しをかけ、ネメシスも一瞬そちらに気を取られる。その隙をついたかのようにモモの尻尾にエネルギーが奔流。すんでのところでそれに気づいたネメシスが姿を消すのとデビルーク人の必殺技である尻尾ビームが先ほどまでネメシスの頭があった場所を貫くのはほとんど同時だった。

 

「危ない危ない。そんな技があったのか」

 

闇夜に紛れながら空中をひゅんひゅんと回転、手近な電柱の上に乗りながらネメシスは不敵に笑う。それに対しモモは先ほどまでの屈辱に対する怒りに燃えた目で彼女を睨みつけていた。エンザもモモを人質に取られさらには弄ばれた事に怒っているのか先ほどより強い殺気をネメシスに見せている。

 

「おお怖い。悪かったよ、許してくれモモ姫」

 

しかしネメシスは二人の殺気に動じる事もなくおどけたようにモモに謝罪。イジワルをするつもりはなかった、自分はどうも衝動を抑えるのが苦手でついスイッチが入ってしまった。と悪びれる様子もなく弁明する。

 

「私は別にケンカをするために来たんじゃない。挨拶に来たんだよ」

 

「挨拶?」

 

「ああ」

 

ネメシスの言葉にモモが警戒心を露わにしながら、ネメシスの言った意外な言葉を反芻。ネメシスもこくり、と頷くとにこりと可愛らしく見える笑顔を浮かべた。

 

「仲良くしたいのだよ、金色の闇。そしてそれを取り巻く者達とね……」

 

「な!? そんな事! 誰があなたみたいなドSむぐっ――」

「……今まで姿を隠しておきながら、何故今頃そんな事を?」

 

ネメシスの言葉にモモがかっとなって断固拒否しようとするがその口をヤミが手で塞ぎ、ネメシスへと問いかける。それに対してネメシスは電柱の横にかけられた看板へと移動すると腰を下ろし、ミステリアスな笑みを浮かべた。

 

「身を隠していたのは大した理由じゃないさ。この街でお前の現状を探るにはメアの方が適任だっただけだよ」

 

ネメシスはそう言うと困ったように笑い(本当に困っているかは定かではないが)、私はこんな性格だからトラブルを起こさずに人とうまく付き合う自信がなくてね。と返答。

 

「だがいつまでも隠れていてはお前達から警戒される一方だし……勇気を出して一歩踏み出してみたわけだ」

 

言葉だけ聞けば人付き合いの苦手な女の子がこのままではダメだと人前に現れてみた。という健気な姿。しかしそんな気配はネメシスから一切感じ取れず、エンザ達はむしろ警戒を強めていた。

 

「納得できません」

 

ヤミも警戒を強めながら納得できないと返答する。今まで聞いていた話を信じるとするならば、ネメシスの目的はヤミにリトを抹殺させ、兵器としての道に戻す事。それを考えるとここでネメシス自身がヤミ達の前に姿を現す事にメリットは感じられなかった。せいぜい美柑に変身していた時のようにヤミを煽る程度である。そうヤミはネメシスへと語った。

 

「確かにそう考えた」

 

ネメシスもヤミの返答を首肯。あの頃はまだ情報(データ)が少なく、ヤミの心がどの程度“人間”に寄っているか分からなかった。だからこそメアにこの彩南(まち)の者達との関わりを継続させ、その様子を観察する事でヤミが地球で経験した事とその心の変化を間接的に知ろうとした。と彼女は語った。

 

「そして……やっと見えてきたんだ。お前の本心が」

 

「……本心?」

 

「そうさ、金色の闇」

 

ネメシスの語る言葉にヤミもぴくりと反応、ネメシスは再び語り始める。ヤミは自分が“彩南(ココ)にいるべき存在ではない”と自覚している。“いつか出ていくことになる”と理解している。別に誰からもそんな事を言われたわけでもないのに、既にこの街に随分馴染んでいるように見えるのに。それは心の奥底では自分が兵器であると認識しているからだ、と。

 

「人とは決して相容れる事のない兵器の本質、(ダークネス)に、お前は無意識の内に気づいているからだ」

 

「ダ……ダークネス?……」

 

ネメシスの語りに圧倒されたように、震えた声がリトから発される。

 

「そう……ならば問題はない。私が導かなくともいずれ自然にお前は目覚める。その時まで……私は気長に待つことにするさ」

 

そう言い、ネメシスは立ち上がるとリト達に背を向けた。

 

「退屈したら遊びに来るからヨロシクな。モモ姫、結城リト……そして氷炎のエンザよ」

 

「お断りします!」

 

ネメシスの言葉にモモがきっぱりとお断りを入れ、リトもどうすべきなのかと迷う。エンザに至っては何も言わずに殺気を向けるのみ、しかし無策にかかっていかない辺り、少なくとも考え無しに全力を出していては翻されて返り討ちにされるのがオチ。それほどの相手であると認識しているようだ。

 

「まあ、(ダークネス)が目覚めるまでは、そちらから手を出さない限りこちらも暴力的な手段には訴えない。約束しよう」

 

「信用ならん」

 

「おやおや、随分と嫌われてしまったな」

 

ネメシスの妥協したような台詞をエンザは一蹴。ネメシスはひょいっと肩をすくめる。

 

「メアとはなんだかんだ言って仲良くしているくせに、やきもちを焼いてしまいそうだ」

 

「なっ!?」

 

直後、ネメシスはエンザの背後に回り込んでいた。まるでワープか何かでもしたのかと思えるほどの速さであり密着するどころか声をかけるまで彼に気配察知さえさせない程の気配遮断。もしネメシスにエンザを殺す気があったなら、ここで無言のまま首筋に刃物でも刺し入れるだけでエンザは無抵抗のまま殺されていた。

 

「メアはナナ姫に倣って兄上と呼んでいるそうだな。ならば私はモモ姫に倣おう。なあ――」

 

ネメシスはエンザの耳元へと口を近づける。

 

「――お、に、い、さ、ま♪」

 

「ぶっ殺す!!!」

 

甘ったるい声による挑発染みた調子の台詞にエンザはブチギレてネメシスを払いのけると振り返り様背後に爆炎をまき散らす。しかしネメシスはけらけらと笑いながら跳躍。くるくると宙で回転するとまるで猫のように軽やかに着地した。だがエンザは刀を抜き、赤い刃を具現化。さらに瞳も紫色に染まり始め、バーストモードを解放しようとしていた。

 

「結城君!? モモちゃんにヤミさんに、氷崎君も」

 

するとそこにそんな声が聞こえ、全員が声の方を向く。

 

「……こんな所でどうしたの?」

 

そこには遅れてやってきた、やけに気合を入れた浴衣姿である唯がぽかんとした様子で立っていた。

 

「! ネメシスが……」

「しまった、逃げられた」

 

一瞬唯に気を取られた隙にネメシスの姿が消えており、エンザは先ほどのように背後に回られてやしないかと辺りを見回し気配も探るが、ネメシスの気配はなく既にこの場から立ち去っている。という結論をエンザに出させる。

 

「ど、どうしたの? 氷崎君、そんな格好で……というか、何ココ、道がムチャクチャ……」

 

「あ、その……リ、リトがまたずっこけてヤミちゃんを怒らせてさ! 落ち着かせるためにこんな格好になってただけだよ! ははは……」

 

唯は炎佐の鎧姿に疑問を持ち、炎佐はネメシスの事は伏せてリトがヤミを怒らせたという事だけを伝え、鎧を解除して私服姿へと戻る。それを聞いた唯が「またなの」と言いながらリトをジト目で睨む。

 

「あ、いや、その……リ、リトさんが、古手川さんの浴衣姿を早く見たいと言うので、お迎えにあがったんです! その、ヤミさんの件は不幸な事故と言いますか、なんと言いますか……」

 

「そ……そうなの?……」

 

モモは慌てた様子で即席の理由を捏造。丸投げされたリトが心中で驚き、モモはヤミの方はどう説明しようかと悩むが唯は「結城君が自分の浴衣姿を楽しみにしてくれていた」という一点が気になったのかそっちは全く聞いていない、というか気にしていない様子だった。

 

「あ、えと……ああ! 浴衣いいな! すごく!!」

 

リトも唯を見ながらどこか焦った様子ながらも素直に感想を伝え、それを聞いた唯も嬉しそうに頬をほころばせる。

 

「いやー。いつも怒ってる古手川とは別人みたいだよホント!!」

 

しかし続けての言葉に唯の頭に怒りマークが浮かんだ。

 

「いつも怒ってるのはあなたが原因でしょ!! バカ!!!」

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

そしてリトに怒鳴り、リトも失言を謝罪。モモも呆れた様子で「何故そこで余計な一言を……」と呟いていた。

 

 

 

それから場所はリトと美柑が幼い頃に見つけた穴場へと移動。花火を堪能する春菜やララ、里紗達の後ろでリト、モモ、炎佐、美柑、ヤミ、御門、ティアーユ、お静ちゃんで話し合いが行われていた。

 

「まさかマスターと会ってたとはね……」

「どんな相手だった?」

 

御門とティアーユが冷や汗を流しながらそう呟き、ティアーユの質問にリトが「ちょっと不気味というか怖いというか……」と表現に迷うとモモが「イヤーな感じの人でした!!」と断言する。

 

「なんか……ヤミとか俺達と仲良くしたいからヨロシク……みたいな事言ってましたけど……」

 

「……」

「えー、そんなメチャクチャうさんくさいじゃないですか! 何か狙いがあるのでは!!」

 

リトの伝言を受け、ティアーユが迷う様子を見せ、お静ちゃんがうさんくさいと評する。

 

「そんな心配いりませんよ~」

 

するとそこにそんな声が聞こえてきた。

 

「マスター言ってたもん。私が彩南(ココ)での生活でヤミお姉ちゃんの心に近づいていくのはいい事だって」

 

その声の主――メアはわたがしを片手に「きっと自分も試したくなったんだよ。人との触れ合いってヤツ!」と答えた。

 

「そんなの……信用できません! 皆さんはともかく私はまだメアさんを信じたわけじゃないですし……」

 

「あらら」

 

知らないところで何かあったのだろうか。メアを信用していない様子のお静ちゃんにメアが「あらら」と声を漏らす。

 

「私は別にいいですよ~。村雨せんぱいに好かれなくたって」

 

「ヤな感じです」

 

メアのわたがしを齧りながらの言葉にお静ちゃんもむっとなる。

 

「あっ、文句あるなら受けて立ちますよ! ()ります?」

 

「望むところです!!」

 

メアの天真爛漫な様子での戦闘宣言にお静ちゃんは軽く乗って「ほっ!」と気合を入れる。その様子に御門がお静ちゃんを「落ち着いて」と諌め、ナナがメアを「そういう態度はやめろって、ケンカは駄目だぞ」と注意する。

 

「一応、あいつの目的が達せられるまではこっちから手出ししない限りは暴力的な手段は使ってこないって言ってたが。どこまで本当なのやら」

 

炎佐がやれやれとため息をつき、その場を去ろうとする。

 

「ん? どうしたんだ、炎佐?」

 

「念のため見回りしてくる。ま、気晴らしの散歩とでも考えてくれ」

 

声をかけてくるリトに炎佐はそうとだけ返し、その場を去る。そして屋台の並ぶ祭り会場へ降りるとリトに言った通り見回りという建前で適当に散策を開始。ザスティンとのデートを楽しむ沙姫(多分デートと思っているのは沙姫だけだろうが)やリンゴ飴を舐める校長などの姿を見つけながら彼は歩いていき、人気のない神社の境内へとやってくる。

 

「やあ、お兄様♪」

 

「てめえなんでいやがるんだ?」

 

そこにいたのはフリル付きミニスカ黒浴衣姿のネメシス。その姿に思わず炎佐の額に怒りマークが浮かんだ。

 

「なに、暇だったからな。このユカタという衣装はこの夏祭りで使うのだろう? ならば祭りに参加するのも一興というものだ」

 

そう言いながら彼女はたこ焼きを食べみたらし団子を食べフランクフルトをほおばる。

 

「……お前、それどうやって手に入れた?」

 

「安心しろ。地球のルールは把握している……テキトーにおねだりしてやればすぐ手に入ったよ」

 

「把握してても適用する気ねえだろお前!?」

 

泥棒か最悪強盗して手に入れたんじゃないだろうかと怪しむ炎佐に対しルールは把握していると豪語するネメシス。しかし結局の入手方法はおねだりという事で思わずツッコミを入れる。しかしどこの誰とも知らぬ屋台の人間の損失をわざわざ補填してやる義理もなければ結果的にネメシスに奢る事になるなどまっぴらごめん。炎佐は深くツッコミを入れるのをやめた。

 

「ところで……お前は一体何を企んでいる?」

 

「答えてやる義理などない」

 

炎佐の単刀直入な切り込みにネメシスはクククと笑いながら答え、「まあそりゃそうだ」と炎佐も返す。

 

「お前が私の下僕となるなら、考えてやらんでもないぞ?」

 

「断る」

 

対するネメシスの提示した条件を炎佐はすげもなく断り、「それはそうだ」とネメシスも返す。

 

「ならばこの話はここで終わりだな」

 

そう言い、ネメシスはみたらし団子をぱくりと食べる。この件について口を割るつもりはないらしく、こちらも聞き出す材料がないため炎佐もチッと舌打ちを叩いて引き下がる。

 

「まあ、なんだ。(ダークネス)が発現するまで暇なんだ。退屈しのぎに付き合ってくれれば私は嬉しいぞ」

 

「俺の目の前に出てきたら死ぬことを覚悟しておけ」

 

「私に背後を簡単に取られて、よく言えたものだ」

 

ネメシスの要求に炎佐がすごむがネメシスはつい先ほどあっさり背後を取られて無防備な姿をさらしてよく言えたなと嘲笑。それ自体は本当の事のため炎佐もぐっと唸った。

 

「ま、私もお前が殺しにかかってきさえしなければお前達を殺そうとはしないぞ。お前達を、な?」

 

「テメエマジで覚えてろ」

 

お前を殺そうとはしない、ではなくお前“達”を殺そうとはしない。つまり不用意に襲い掛かって逃がしたらリトや美柑、ララ達炎佐に近しい人物の命はないと思えというとんでもない脅しに炎佐はぐぅと唸り声を上げる。

 

「逆に言えば、仲良くしてくれれば私もお前達の命は保証しよう、という事だ」

 

「……くそっ、分かったよ。テメエも約束守れよ?」

 

「ああ。(ダークネス)が発現するその時まで、仲良くしようじゃないか」

 

炎佐とネメシスの中で協定が成立。するとその時炎佐の携帯が鳴り始め、炎佐は携帯を取り出して液晶に表示された名前を確認。電話に出る。

 

「もしもし。どうしたんだ、ナナ?」

 

[なーエンザー。メアがいつの間にかいなくなってんだけど、なんか知らねー?]

 

「いつからだよ?」

 

[んー、分かんねー。気がついたらいなくなってたんだ。エンザ達の話が終わるくらいには確かに一緒にいたんだけど……]

 

「分かった分かった。今から戻るから」

 

ナナはメアがいないけど何か知らないかと炎佐に電話しており、炎佐も呆れた様子で今から戻ると伝えて電話を切る。

 

「そういう事だ、俺はもう……っていねえし」

 

ネメシスから離れる大義名分も出来たので戻ろうとする炎佐だが、既にネメシスは忽然と姿を消している。

確かにネメシスがいたという証拠は捨てられていたたこ焼きの容器やみたらし団子の串が物語り、炎佐はまたため息をつくとそれらを近くのゴミ箱に捨ててから、ナナ達のいる穴場へと戻っていくのであった。




今回は夏祭り、ネメシス登場です。そして炎佐はコテンパンにされました。ネメシスのタイマンでのガチ戦闘はギド相手にコテンパンにされるものしかありませんでしたが、逆にギドにダメージ与えられずともある程度喰らいつけたんだから実力はある。というイメージです。仮にも変身(トランス)兵器なんですし。
さて……ここから先結構炎佐絡ませにくそうな話が続くけどどうするかな。いっそ一気にすっ飛ばして原作恭子とのフラグ立てるあれまでいくか?そうしたら凜とのフラグ立てるあれまですぐだし……。
ま、おいおい考えるとしょう。今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十二話 春の名を持つ少女との逢引

「遊園地のペアチケット?」

 

御門診療所。最近色々あったため健康診断に来ていた(というか御門に「来なさい!」と怒鳴られた)炎佐は御門から二枚のチケットを手渡されていた。

 

「ええ。知り合いの経営してる遊園地がこの前リニューアルオープンしたとかなんとかで誘われたんだけど……私この日、どうしても外せない用事が出来ちゃったのよ。でもお静ちゃんがすごく楽しみにしてて……でもティアに引率お願いするのはなんか不安だし……」

 

そういえば今日はお静ちゃん、やけに元気がなかったなと炎佐は思い返した。そしてティアに引率任せるのは不安というのは彼女のどこか天然な性格を考えると否定できない。

 

「悪いんだけどエンザ、明日お静ちゃんを連れて行ってあげてくれない? 今回の健康診断の診察料タダにしてあげるし、遊園地までの交通費出してあげるから」

 

「まあ、明日は暇だし別にいいけど……遊園地、ねぇ」

 

御門が両手を合わせやや首を傾げて「ね、お願い」と言い、炎佐も特に断る理由もないのでそれを了承。チケットを受け取りながら遊園地ねぇと呟いた。

 

「あら、やっぱり遊園地は彼女とのデートで行きたい? 恭子ちゃんとか私とか?」

 

「ぶっ飛ばすぞ」

 

にまにまと笑い、しれっと彼女に自分を含める御門に炎佐はイラついた目を見せる。しかし御門は「まあ怖い怖い」と言いながら笑ってさささっと後ずさり、からかわれているだけのため炎佐もそれ以上の追撃は行わずため息をついてその場を締め、チケットを改めて確認する。

 

「遊園地か……ねえ、お静ちゃん。ちょっと相談があるんだけど?」

 

炎佐は何か悪だくみを思いついたように笑みを見せるとお静ちゃんを呼び、彼女に何か話した。するとお静ちゃんは目をキラキラさせながら「協力しますです!」と声高に叫ぶ。

 

「?」

 

薬の調合に戻っていた御門はそれを見ながら首を傾げていたのであった。

 

 

 

 

 

「ふんっふふんふふ~んっ……ん?」

 

一方結城家。リトは庭の花壇の雑草抜きを終え、水やりをしていた。するとポケットに入れていた携帯が振動し始め、リトはジョウロを置くと携帯を取り出す。

 

「はいもしもし。なんだよ炎佐? また美柑に用事か?」

 

[違う違う。ねえリト、明日って暇?]

 

「明日? ああ、暇だけど? どうしたんだ?」

 

[うん、悪いんだけど。明日お静ちゃんを連れて遊園地に行ってもらえないかなって]

 

「はあ、遊園地?」

 

リトは炎佐からのお願いに呆けた声を出し、彼から説明を受ける。元々御門がお静ちゃんを連れて遊園地に行く予定だったが、明日はどうしても外せない用事が出来てしまった事。代わりに自分が連れていくことになったのだが、なんと炎佐も用事が入ってしまったとのことだ。

 

[そういう訳でさ。了解しておいてやっぱり無理でした。とかお静ちゃんが可哀想でしょ? リト、悪いけど連れて行ってあげられないかな?]

 

「ああ、分かった。任せといてくれ」

 

[ありがと。遊園地の場所とかは後でメールするから。交通費は後で御門が払ってくれるってさ。あと、ララちゃんとかに言わないでね? チケット二枚しかないのに面倒な事になるから。チケットは後で届けるね]

 

「分かった」

 

リトと炎佐はそう明日の事を話し合い、電話を切る。

 

「どうしたの、リト?」

 

「ああ、いや、ちょっとな」

 

ひょこっと顔を出して声をかけてくるララにリトはやや引きつった笑みで返すのであった。

 

 

 

 

 

それから翌日の日曜日。リトは現地集合という話になったため遊園地にひと足先にやってきて、待ち合わせ場所の入り口モニュメント前で待っていた。お静ちゃんを待たせるわけにもいかない、という判断である。

 

(……ん? だけどお静ちゃん、一人で電車とか乗れるのか?)

 

だがリトはそこでそんな事を考える。元が幽霊、電話でさえ絡繰は苦手と言いつい最近御門診療所の黒電話がやっとこさ使えるようになったと聞いている。そんな彼女がちゃんと切符を買って電車に乗り、目的地までやってこれるだろうか。とリトはやや不安になった。

 

「ご、ごめんなさーい、遅くなっちゃって……」

 

「ああ、俺も今来たとこ……え?」

 

そんな不安に考えていたところに突然聞こえてきた知り合いの声にリトは反応、そう返すがそこで気づく。聞こえてきた知り合いの声、それは女性の声。それはいい。しかし……お静ちゃんの声ではなかった。

 

「さ……西連寺!?」

 

「ゆ、結城君!?」

 

やってきていたのは紫色に近い黒髪を綺麗な短髪に切ったお淑やかな雰囲気を漂わせる少女、西連寺春菜だった。その姿にリトがぎょっとした声を出すと春菜の方も驚いたように叫ぶ。

 

「え、えっと……わ、私、お静ちゃんが急に遊園地に行けなくなったから……私と一緒に行く予定だった氷崎君と一緒に楽しんできてくださいって頼まれたんだけど……」

 

「お、俺も、お静ちゃんに同行する予定の炎佐に急用が入ったから、代わりにお静ちゃんを連れていってくれって頼まれて……」

 

春菜とリトは互いに今自分がここにいる理由を説明。春菜が「ちょ、ちょっとごめんなさい!」と言ってリトに背を向け、携帯電話を取り出す。恐らくお静ちゃん自身は携帯を持っていないため御門診療所にかけたのだろう。

 

「……だ、誰も出ない……」

 

しかし当然と言うか誰も出ず、春菜は困ったように電話を切ってリトの方を見る。

 

「ん、っと……とりあえず、入るか? チケットが無駄になっちゃし……あ、もちろん西連寺が嫌っていうなら無理にとは言わないけど……」

 

「う、ううん。別にいいよ……あ、このいいは、参加……」

 

「お、おう……じゃあ、今日はよろしくな……」

 

「う、うん……」

 

リトと春菜はこれからどうするかを決め、ややぎくしゃくした様子で遊園地の入場門へと向かう。

 

「…………」

 

その様子を空中に浮かぶ人魂が見守っており、その人魂はリトと春菜が遊園地に入ったのを見届けるとすぐにしゅんっと入場門とは反対側の植え込みへと向かう。そして自分と同じ顔の、瞳のハイライトが消えた人形の中に入ると共にその瞳に光が宿った。

 

「炎佐さん! 作戦大成功ですっ!」

 

お目目をキラキラさせながら人魂の宿った人形――お静ちゃんが言う。その横では赤色のスポーツキャップを被った炎佐がにやっと笑みを見せた。炎佐はあらかじめリトに「自分の代わりにお静ちゃんを連れて遊園地に行ってくれ」と伝言。同時にお静ちゃんは「急用が入ってしまったので、炎佐さんに悪いですから西連寺さん、代わりに行ってもらえないでしょうか」とお土産話を一緒にお願いしながら頼む。これで人の良いリトも春菜も断り切れずにそれぞれお静ちゃんを連れる、炎佐が一緒、という誤解がある状態で遊園地に向かう。さらにリトの方は春菜とデートになるなら願ったりかなったりだし、春菜の方は「お静ちゃんにお土産話を話さなきゃならない」という大義名分がある。互いに帰ろうとする事もないだろう。というのが炎佐の予想だった。

 

(それにしても、リトが西連寺さんを好きなのは知ってたけど西連寺さんもってのは知らなかったな……まさか両思いとは)

 

お静ちゃんと作戦を立てている中で炎佐は実は自分の親友とその想い人が両思いだったことを知り、それを思い出してはぁ、と息を吐いた後立ち上がる。

 

「じゃ、僕達も行こうか」

 

「あ、はい。帰りましょうか」

 

炎佐の言葉にお静ちゃんは頷き、帰ろうとする。が、炎佐は「何言ってるの」と言って入場門の方に歩いていく。

 

「別にチケットなんて誰かに貰わなくても入場口で買えるよ。お静ちゃん楽しみにしてたのを潰したお詫びに奢るよ」

 

「……あ、ありがとうございます!」

 

炎佐はそう言ってお静ちゃんを誘い、お静ちゃんはぱぁっと顔を輝かせるとぺこりと大きく頭を下げるのであった。

 

 

 

(お、お静ちゃんを連れていくはずだったのに、ま、まさか春菜ちゃんと遊園地で遊ぶことになっちまうなんて……結果的にだけど感謝するぜ、炎佐!)

 

(氷崎君と遊ぶ予定だったのが結城君とになっちゃった……お、お静ちゃん。楽しみにしてたのにごめんね、でもありがとう……お土産、たくさん買って帰るから!)

 

一方、リトと春菜は互いに想い人と思わぬところでデートになった事に困惑しつつ、きっかけをくれた友達に心の中でお礼を言いつつガッツポーズを取っていた。

 

「「あ、あのっ――」」

 

そして互いに相手の声をかけようとする。だが同時にその相手も声をかけてきた。

 

「ご、ごめん西連寺! な、なんだ?」

「あ、ううん、私こそごめん! え、えっと、どうしたの?」

 

互いにわたわたしながら、相手を優先しようとする。

 

「やれやれ、二人とも何をしているのやら……」

 

それを少し離れたところから炎佐が呆れたような、それでいて微笑ましいものを見るような視線を向けながら苦笑していた。なおその近くの物陰にはお静ちゃんが隠れ、二人とも変装のつもりなのかすぐそこのグッズショップで買った帽子を被っている。

 

 

 

 

「うおー!」

「きゃー!」

 

それからリトと春菜は丸太を模したコースターに乗ってのんびり川下りをするようなテーマのアトラクションへ移動。アトラクションの目玉である最後に急な坂を急降下、派手な水しぶきに楽しそうな悲鳴を上げる。そしてコースターが昇降口へと戻り、リトと春菜はコースターを降りる。

 

「わーい! お馬さんでーす!」

 

なおお静ちゃんはそのアトラクションの近くでメリーゴーランドを楽しみ、炎佐はお静ちゃんの様子を確認しつつリトと春菜の現在位置を確認していた。別にストーカーしている訳でもないが、万一二人に会ってしまっては説明がかなりめんどくさい&デートをぶち壊しかねないため現役時代の能力をフル活用している。

 

「ふう、夏だし丁度いい感じだよな」

 

「うん、そうだね」

 

リトは濡れた事を心地よさそうに笑い、同意をしてくれている春菜を見る。

 

「ぬえっ!?」

 

「? どうしたの、結城君?」

 

しかしその春菜は水がかかっているせいで服が若干透けており、リトには刺激が強い状態になっていた。しかも春菜自身は気づいていない。

 

「い、いや、なんでもねえよ! そ、そうだ西連寺! 土産屋見に行かないか? お静ちゃんにお土産買ってあげなきゃだろ?」

 

「あ、そうだね。お静ちゃんだけじゃなくって、ララちゃんや美柑ちゃんや皆にも買わなきゃ」

 

誤魔化すようにリトが春菜を土産屋を見に行こうと誘い、春菜もうんと頷いて二人は近くのお土産屋へと移動していった。

 

 

 

「ターゲットはショップに移動したみたいだね。しばらくこの辺で待つとしようか」

 

「はい!」

 

炎佐は二人が土産屋に入ったのを確認。その店の出入り口をすぐ確認できるところを陣取ってその近くのベンチへと座るとお静ちゃんも敬礼を取って隣に座る。

 

「……そういえば、炎佐さん」

 

「なに?」

 

「炎佐さんって……メアさんと仲がいいんですか?」

 

「はぁ?」

 

ベンチに座った後、お静ちゃんが唐突に投げかけてきた質問に炎佐が表情を歪める。

 

「あいつとどこが? ふざけて絡んでくるから適当に相手してるだけだ。ナナと仲が良くなけりゃぶっ殺してる」

 

「そ、そうですか……」

 

イライラしている様子でお静ちゃんの質問に返す炎佐。殺すという物騒な単語が出ており、お静ちゃんは引きつった笑みを見せた。

 

「……で、メアがどうしたって?」

 

「あ、いえ、別に……ただあの人……ちょっと、嫌な感じがしてまして……一度、あの人の心を覗いたんですが……一歩間違ったら取り込まれ、消滅してしまいそうな闇……だからその、メアさん相手になるとあまり踏み込めなくって……」

 

「踏み込まなくていい。あいつらがいずれ本性現してナナ泣かせたらぶっ殺すからな」

 

「あ、あはは……」

 

基本的に穏和で常識人キャラの炎佐がぶっ殺すとか言う辺り、彼の中では相変わらずメアとネメシスは好感度最底辺のようだ。

 

 

 

「あ、ありがとね、結城君……」

 

「ああ、いいっていいって。記念にさ」

 

数十分ほど時間を置いて土産屋から出てきたリトはいつも通りだが春菜はこの遊園地のマスコットを元にデザインしたパーカー付きの上着を着ており、春菜がお礼を言うとリトは笑いながらそう返す。言うまでもなくさっきの透けていた服を見えないようにしたものだ。

 

「お土産の目星もつけたし、後は帰る時に買えばいいよな」

 

「うん」

 

そのついでにお土産の目星もつけ、しかし今買ったら荷物が多くなって面倒なため帰りに買う事に決めて二人は次はどこで遊ぼうかを考えながら遊園地を歩き回る。

 

「うおっ!? あ、あんた達はっ!?」

 

「「えっ?」」

 

そんな所にいきなりそんな驚いたような声を聞き、リトと春菜はその声に反応して振り返る。

 

「ひっ!?」

 

そして春菜が怯えた声を出した。彼らの前に立っているのはミイラ男に半魚人。手には「モンスターハウスリニューアル!」「今まで以上の恐怖をあなたに!」という看板を持っており、どうやら客引き中のようだ。

 

「や、やっぱり! ドクター・ミカドの学校の……」

 

「え?……あっ! あんたらもしかして旧校舎の……」

 

ミイラ男の言葉を聞き、リトが思い出したように言うとミイラ男と半魚人はこくこくと頷く。二年生に上がって少しくらいした頃に旧校舎で怪談騒ぎが起きた時(正体はリストラされて地球に流れ着いたはぐれ異星人だったが)に出会った異星人達だ。

 

「あ、そういえば御門先生。知り合いに遊園地の経営者がいるって……」

 

「へ、へい。俺達、今はこのモンスターハウスでお化け役をやってまして。これが結構人気なんですよ?」

 

リトが頭をかきながら呟くと、半魚人がどこか得意気に説明する。まあ、着ぐるみでも機械仕掛けでもなくガチで異形の異星人がやっているお化け屋敷だからな。とリトはふと考える。

 

「ど、どうですか、と誘いたいところですが……」

 

ミイラ男はそこまで呟き、リトの後ろに隠れて彼の服を掴み、涙目になって震えながらも、完全に隠れるのは失礼だからと思っているのかそっと顔を覗かせている春菜を見る。困っている様子の半魚人も元々青っぽい顔が余計青くなっており、彼女が暴走した結果自分達がタコ殴りにされた事を思い出しているようだ。

 

「ま、まあその、自分らはこれで……ドクター・ミカドによろしくお願いします」

 

「あ、はい。お疲れ様です」

 

ミイラ男がそう言うと二人は去っていき、リトは苦笑しながら頷くと春菜と共にその場を去ろうとする。

 

「あ、そうだ。地球人の旦那」

 

と、半魚人が何か思い出したようにリトの元に歩き寄り、なるべく前を見てモンスターハウスの方を見ないようにしているというか怖がっているあまり耳を塞いでいる春菜に気づかれない間にリトに耳打ちする。

 

「今、あっちの方でアニマルパークって催し物をしてましてね。どうせなら彼女さんを連れてそっちで遊んだらどうです?」

 

「かっ彼女って!?」

 

「なぁに、お礼なんていりませんから」

 

半魚人の言葉にリトが反論する間もなく、半魚人は健闘を祈るかのようにサムズアップをすると客引きに戻る。

 

「え、えーっと、西連寺……なんか、あっちでアニマルパークとかいうイベントをやってるみたいなんだ……せっかくだし、行ってみないか?」

 

「あ、うん!」

 

動物好きな春菜はその言葉を受けると嬉しそうに微笑んで頷き、二人はさっきリトが半魚人に教えてもらった方に向けて歩き出した。

 

 

 

「……」

 

それからアニマルパークへとやってきた時、春菜の頬は擬音をつけるならふにゃ~、というくらいに緩み切っていた。このアニマルパークは期間限定の所謂動物達と戯れる系コーナー。ウサギや子ヤギ、羊などの定番はもちろん馬や牛、さらにはサイなどの大人しい草食動物とも触れ合えるというものだ。現在春菜はウサギを思う存分愛で、手ずから渡した餌のリンゴをかじかじ齧っているのを見てさらに頬を緩ませる。幸せオーラが全開に出ていた。

 

(春菜ちゃん、喜んでくれてるみたいだ……よかった。ありがとな、炎佐、お静ちゃん、御門先生)

 

その光景を眺めつつ、リトは結果的に自分達をここに連れて来てくれた三人に心の中でお礼を言う。

 

「はいやーっ!」

 

「わー! 兄ちゃんすげー!」

「炎佐さんすごいですー」

 

なおその炎佐は馬の触れ合いコーナーで行われている乗馬体験でインストラクターそっちのけの乗馬技術を見せつけていた。観客の少年が盛り上がり、お静ちゃんがぱちぱちと拍手をしていた。

 

 

 

「はふぅ……」

 

ウサギの触れ合い時間が終了。次の人への交代のため柵から出た春菜は満足そうな表情を浮かべていた。その様子にリトも嬉しそうに微笑む。

 

「なあ、西連寺。さっき調べたんだけどさ、あっちでモルモットの触れ合いをやってるんだけど……」

 

その言葉を聞いた瞬間春菜の目がキラキラと輝き、リトもうんと頷くと彼女を連れてさっき確認したモルモットの触れ合い広場へと春菜を連れていくのであった。

 

 

 

「……リトも西連寺さんも、楽しそうでよかった」

 

「はい!」

 

それを見守りながら炎佐とお静ちゃんはふふっと微笑む。炎佐はリト達より少し離れたところで動物との触れ合いを楽しもうかと思い、辺りを見回す。お静ちゃんも可愛い動物はいないだろうかと辺りの看板を確認する。

 

「ひうっ!?」

 

すると突然足元に何かがすりついたような感触を覚え、お静ちゃんはびくりと飛び跳ねる。

 

「おーい。この辺に触れ合いコーナーから脱走した犬がいないかー?」

 

「え? こっちには来ていませんよー?」

 

その時、そんなおあつらえ向きな声が聞こえ、お静ちゃんはまるで油の切れたブリキ人形のようなギ、ギ、ギ、といった感じの動きで自分の足元へと目を向ける。

 

「アンアンッ」

 

そこには可愛らしいチワワがお静ちゃんに懐くようにすり寄っていた。

 

「イ、イ、イ、イ、イ……」

 

しかし対するお静ちゃんは涙目になり、身体をガクガクと震わせる。

 

「ん? げっ!?」

「犬ーっ!!??」

 

お静ちゃんの様子がおかしい事に直前で炎佐が気づく。しかしもう遅く、お静ちゃんは平常心を失ってパニックに陥り、同時に彼女の能力である念力が暴走を起こす。

 

「わー!?」

「きゃー!?」

「え、これ、お静ちゃんの!?」

「う、うわー!?」

 

まるで竜巻が急に発生したように辺りのもの全てが吹き飛ばされる。しかし炎佐は僅かに吹っ飛ばされただけで耐え、地面に手を付けるとハンドスプリングの要領で前転。地面に足をつけると同時にブリザド星人の能力を解放。足を地面ごと凍結させて吹き飛ばされる事を防ぐ。

 

「さーてと……」

 

自分の身の安全を確保してから、炎佐は触れ合いコーナーを見上げる。ウサギやモルモット、牛や馬、サイまでもまるで竜巻に巻き込まれたように吹き飛んでいる。それは人も例外ではなく、リトや春菜も春菜はスカートを押さえ、リトはじたばたともがいている。

 

「……とりあえず、ニャル子を呼ぶか」

 

惑星保護機構の知り合いを呼び、その権力を使ってどうにか収めさせよう。そう押し付ける事に決めた炎佐は携帯電話を取り出す。

その後、ニャル子がクー子達を連れてぶーぶー言いながら記憶操作などの事後処理を行った後、流石に冗談じゃ済まないとお静ちゃん及び今回その保護者役だった炎佐が厳重注意という名のお説教をくらったのはまた別のお話。




ネタが思いつかず、今までの作品を読み直していて私はとんでもない事に気づいてしまいました……。
俺、ToLOVEる原作メインヒロインの西連寺春菜メイン回を一回も作ってねえ。同じリト側ヒロインと明言している古手川も一話はあるのに。(汗)
で、改めて考えますと……炎佐と春菜って接点がほとんどないんですね。せいぜいがクラスメイト且つ友達の友達。そこはこの前の古手川と全く同じだけど、古手川は恭子の隠れファンというギリギリ接点といえなくもない接点があるのに対し春菜はゼロ。さらに本人がお淑やかで控えめな大和撫子系キャラなのも相まって絡む方法がない。(汗)
しかしこのままだと「カイナって春菜をまともに話に出してないし、実は春菜ちゃん嫌いなんじゃね?」という風評被害が起きる可能性があるので、どうせ原作の方の話思いつかないし無理矢理今回の話をねじ込みました!(被害妄想を執筆意欲に変換するスタイル)
あ、ちなみに俺ToLOVEるの女性キャラは大体好きです。最近はアゼンダも自分有利な時は調子乗ってて、不利になった途端涙目になって命乞いしたり土下座したりという完全に小者なとこが可愛いなぁと思ってるくらいですし。
で、今回は遊園地デート……はい、遊園地デートだと言い張ります。相手は春菜ちゃん、と来たらリトしかないでしょうというノリで。あとはまあついでに炎佐とお静ちゃんも。なおお静ちゃんをヒロインにする予定は一切ありません。
では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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特別編 ハロウィン

「まあまあエンザ君。久しぶりね~」

 

「お、お久しぶりです。おばさん」

 

ある一戸建ての家の玄関。炎佐はここに訪れ、応対をしている妙齢の女性が嬉しそうに微笑みながら久しぶりと挨拶すると自分も久しぶり、と返す。

 

「これ、キョー姉ぇに。県外ロケでトリック・オア・トリートが出来ないって電話でぶーぶー文句言ってましたから前もってトリートを」

 

「あらまあ、ありがとうね~。恭子ちゃんもきっと喜ぶわ~」

 

炎佐はそう言って丁寧にラッピングした袋に入れたクッキーをおばさんと呼んだ相手――恭子の母親へと手渡し、恭子の母親も嬉しそうに笑いながら袋を受け取る。10月31日、今日はハロウィンだ。

 

「さぁさ。どうぞ上がって、お茶でも淹れるわよ?」

 

「あ、いえ。おかまいなく。これから友達と約束がありますので」

 

「まぁ残念。久しぶりにお話聞きたかったんだけど……」

 

「すみません。また今度ゆっくりと」

 

「ええ。じゃあ、元気でね。身体は大事にね」

 

互いに穏やかに微笑みながら挨拶をし、炎佐が最後にぺこりと頭を下げると恭子の母親はゆっくりとドアを閉める。

 

「……相変わらずだな」

 

そう呟き、炎佐はふふっと笑みを漏らす。恭子に似てどこか能天気だが、いつもにこにことした笑顔を絶やさない底なしの優しさを持つ恭子の母親。なにせ宇宙を駆け巡って血塗られた毎日を送っていた自分を何の抵抗もなく受け入れ、地球での暮らしを恭子と共に教えてくれた大恩人の一人だ。まあ、それぐらいはないと宇宙人の存在が一般的でない発展途上惑星なこの地球で宇宙人と熱愛の末結婚なんてしないだろう。

 

「……おじさんはどこで何をしてるのやら」

 

はぁ、とため息をつき、炎佐は行方不明の叔父の事を考えながら帰路につくのであった。

 

それからやってくるのは彩南町の結城家。リト達の家だ。

 

「リト、皆。お待たせ」

 

「あ、炎佐さん。おはようございます」

 

炎佐の挨拶を聞きつけて家の奥からやってくるのは美柑。彼女の何かを期待するようなにこにこ笑顔に炎佐の頬も緩む。

 

「うん、似合ってる似合ってる」

 

「ありがとうございます」

 

炎佐から褒められてえへへ~、と笑う美柑。彼女は現在オレンジ色のネコミミカチューシャを頭につけ、服装もどこか猫っぽさを漂わせたファッションになっていた。

 

「……美柑……本当に、これで外に出なければならないのですか?……」

 

すると家の奥からヤミがひょこっと顔を覗かせ、美柑に問いかける。それに美柑も「当然だよ!」と大きく頷いた。

 

「あ、炎佐さん。見てください。私の自信作なんです!」

 

「え、あ、ちょっと、美柑……」

 

そう言い、美柑がヤミをぐいっと引っ張り出す。宇宙最強の暗殺者が地球の一般女子になすすべなく引っ張られるという妙な光景に炎佐は苦笑した後、「へぇ」と声を出した。ヤミが着用しているのは普段の戦闘衣(バトルドレス)とは違う黒の猫っぽい衣服。さらに美柑がヤミが持っていた黒ネコミミカチューシャを装着させる事でさらに猫っぽさが増していた。さらに恥ずかしいのか頬を赤らめてうつむいているのが可愛らしい。

 

「お、エンザ来たのか! どうだ、似合うか?」

 

次にナナがばたばたと足早に玄関へとやってくる。彼女は黒色の衣装に身を包み、同じく黒色のマント――なお裏地は赤色――を羽織っている。八重歯もまるで牙のようだ。

 

「吸血鬼か?」

 

「おう!」

 

炎佐の回答にナナは満足そうに笑う。

 

「あ、エンザさん。おはようございます」

 

「よう、モモ」

 

次にやってきたのはモモ。その身体には白い包帯が腕全体や片目を隠すようにぐるぐると巻かれていた。

 

「ミイラ男……いや、ミイラ女か」

 

「はい♪」

 

お化けとしてはポピュラーな仮装にモモはやや上機嫌な様子を見せる。

 

「……それにしてもまあ、よく揃えられたもんだよな」

 

「姉上が一晩でやってくれたぜ」

 

炎佐の呟きにナナが笑いながらそう答える。この仮装は全てララが発明した簡易ペケバッジによるものである。

 

「で、そのララちゃんは?」

 

「お姉様は西連寺さん達に簡易ペケバッジを渡しに行きましたわ。ついでに操作の説明もすると」

 

続いての炎佐の質問にはモモが答え、簡易ペケバッジを取り出すと炎佐に向けて微笑む。

 

「さ、エンザさんも早くお着替えを」

 

「ああ、了解了解」

 

モモの言葉に炎佐は頷き、デダイヤルを取り出す。そして少し操作をするとぱっと姿が白銀の騎士鎧姿に変化した。

 

「ほい、騎士の仮装」

 

「「「うわ、手抜き……」」」

 

パッと見やる気満々に見える完成度だがその実全くやる気のない仮装に、出迎えた四人の内美柑、ナナ、モモは冷たい目を見せるのであった。なおヤミは「それが許されるなら私もやっぱり戦闘衣で……」と呟いていたが美柑に阻止されていたことを追記しよう。

 

「よう、炎佐。お待たせ」

「まうー」

 

「や、リト。それにセリーヌちゃんも」

 

最後に顔を出したリトとセリーヌ。セリーヌは元が植物であるためか花っぽさを前面に押し出した、花の国のお姫様。というべきイメージのフリフリドレスで、リトは垂れた犬耳に尻尾というオオカミ男というより犬男という感じのコスプレになっている。

 

「これで全員だな。よし、行こうぜ」

 

リトはこっちは全員揃った事を確認。出発の号令をかけるのであった。

 

それから彼らがやってくるのはいつもの商店街。しかしざわざわと賑やかなここは神父の姿をした男性やメデューサの格好をした女性などコスプレした人間で多い。というのも当然、商店街活性化の一環でハロウィンの今日はコスプレ客に対するサービスが行われるイベントが開催されているのだ。

 

「ゲーロゲロゲロ! ハロウィンに乗じて買い出しであります! ガンプラが安いぜ!」

 

「お菓子がたくさんもらえたですぅ~!」

 

なお、どこぞのケロン人がうろちょろしているが炎佐は見なかったことにした。というか何故こいつらが彩南町にいるのか考えるのが面倒だ。

 

「さてと、どうする?」

 

「まあ、無理に皆で見て回る事もないだろ? 待ち合わせの時間までまだ少し余裕あるし、俺、セリーヌを連れてぐるっと散歩してくるよ」

 

「私もご一緒いたしますわ」

 

炎佐の問いかけにリトはセリーヌと手を繋ぎながらそう答え、モモも同行を決める。

 

「あの、炎佐さん。私とヤミさんと一緒に散歩に行きませんか?」

 

「……」

 

「んじゃあたしも行く!」

 

次に美柑が炎佐を散歩に誘い、ヤミは美柑と手を繋ぎながらコスプレが恥ずかしいのか顔を赤くしてうつむき、最後にナナが同行を決める。

そしてリト達とはまた後で商店街入り口で待ち合わせに決め、炎佐は美柑達三人を連れて散歩に出かけたのであった。

 

「よう、ヤミちゃん! トリック・オア・トリートってな!」

 

すたすたと散歩を始めた彼らに威勢のいい声がかけられる。それはヤミが懇意にしているたい焼き屋の主人。グラサンに頬の傷、リーゼントと人相は悪いがたい焼きの味は確かであり、お得意様のヤミちゃんにはサービスを欠かさない商売人の鑑である。

 

「とりっく?……」

 

「お、ヤミちゃん知らねえのかい? トリック・オア・トリートってな。お菓子をくれなきゃイタズラするぞって意味の言葉だ。ま、ハロウィンの合言葉だな。ってなわけで、今日はハロウィン限定、カボチャクリームたい焼きが販売中だけどどうだい?」

 

首を傾げるヤミに主人はそう説明。ヤミはふむふむと頷く。

 

「では、それを十個」

 

「はい毎度! いつものも少しサービスするぜ、お友達と仲良く食べな」

 

ヤミの注文を受け、主人は紙袋に入りきらない程多いたい焼きを、慣れた手つきで崩れそうで崩れない絶妙なバランスで入れていき、お金を払ったヤミに渡す。ヤミは軽い会釈をしてそれを受け取り、その場を離れてからカボチャクリームたい焼きを一つ口に入れ、ふむ、と納得いったように頷くと美柑達にも一つずつ分けていった。

 

「お、結構美味い」

「うん、美味しい」

 

ナナと美柑からも好評を得ており、炎佐もたい焼きを齧ると「意外に合うな」と感想を漏らした。

 

「あ、そうだ。忘れてた。炎佐さん、トリック・オア・トリートです!」

 

「へいへい。お菓子をあげるからイタズラはなしな。ナナとヤミちゃんもどうぞ」

 

「お、サンキュー!」

「……どうも」

 

そこで美柑が思い出したように炎佐に「トリック・オア・トリート」と要求。炎佐はあらかじめ用意していた、綺麗にラッピングしたクッキーを美柑、ナナ、ヤミに手渡すのであった。

 

「むひょー!!!」

 

すると突然そんな奇声が聞こえ、炎佐達の足が止まる。

 

「なあ、エンザ……」

 

「聞こえなかった」

 

「あの、今の……」

 

「聞こえなかった……」

 

ナナと美柑の言葉に炎佐はぶんぶんと首を横に振る。面倒事に巻き込まれるのはごめんだ。とその表情は語っている。

 

「ティアーユせんせーい! トリック・オア・トリートォー! お菓子がないのならばイタズラしちゃいますぞー!!」

 

だが、その次の台詞を聞いた瞬間、ヤミの額に怒りマークが浮かんだのを炎佐達は見た。

 

「むひょー!!!」」

 

「ひっ……」

 

商店街に買い物に出かけていたティアーユ――なおコスプレはしていないいつものスーツ姿――はオオカミ男に扮装した校長に不意を突かれて飛びかかられ、避けるタイミングを失ってしまっていた。

 

「トリック・オア――」

 

だが、そんな彼女の前に一人の男性が立ちふさがり、白銀の鎧を煌めかせて腰を落とし構える。

 

「――トリック!!!」

「むびょっ!!」

 

ごずん、と重い蹴りが校長へと放たれ、校長は奇声を上げると路地裏へとダイレクトにシュートされた。

 

「校長。トリック・オア・トリートです……ですがお菓子はいりません」

 

そして人気のない路地裏で、宇宙最強の暗殺者が校長に牙を剥くのであった。

 

 

「その……ありがとう、ございます……助かりました」

 

「いえ、お気になさらず。ドクター・ティアーユ。形式上とはいえ、あなたの護衛は俺の仕事なので」

 

顔を赤くし、ぺこぺこと頭を下げてくるティアーユに炎佐は事務的な様子で返す。というか、そうとでもしないとパニクッているティアーユはともかく炎佐達は路地裏から聞こえてくる中年男性の悲鳴の声にどう対応すればいいのか迷いはててしまう。

 

「ふぅ。大変な事になってたようね、ティア」

 

「あぁ、ドクター・ミカド……って!?」

 

するとティアーユの後ろからそんな声が聞こえ、炎佐もその声に反応して相手に声をかけるが、その声は途中でどもる。

 

「こんにちは、氷崎君。それに美柑ちゃんとナナちゃんも」

 

挨拶をしてくる女性――御門。彼女はティアーユとは違いハロウィンイベント用のコスプレをしているが、赤色を基調とし、全体的に丈の短いドレス姿。胸の谷間を大きく強調した服装はぶっちゃけ痴女と言われても反論できない。

 

「……ハロウィンには変態の衣装が許されるんですか?」

 

「あら、心外ね。勉強が足りないわ。これはサキュバスの衣装です♪」

 

呆れた目付きの炎佐のツッコミに御門はふふん、と得意気な顔でそう答え、にやつきながら炎佐に迫る。

 

「どう、似合う?」

 

「……」

 

胸の谷間を強調するような格好で迫る御門に炎佐は顔を赤くし目のやり場に困るように目を逸らす。なお後ろの方では美柑とナナが精神的にダメージをくらっていた。

 

「うふふ。ま、いいわ」

 

炎佐をからかって満足したのか、御門は同行していたお静ちゃん――彼女はやっぱりというか白い着物の昔ながらの幽霊コスプレだ――から渡された上着を羽織るとティアーユと共に買い物へと向かい、炎佐達も彼女らを見送ってから散歩を再開するのであった。

 

 

一方リト、セリーヌ、モモ。三人は揃って散歩をし、セリーヌが「まうまう~」とはしゃぐとリトがそれを止め、モモが彼女の言葉を翻訳しながら苦笑していた。

 

「あ、リトー!」

 

「ん? この声……」

 

そこに突然聞こえてきた声にリトが反応。

 

「よう、早いじゃん」

 

にしし、と笑いながら声をかけてくるのはオオカミ女のコスプレをした里紗。なおヘソ出しルックに半袖という、セクシーだが今の時期になると寒くないかとやや心配になりそうなファッションである。

 

「こ、こんにちは……結城君……」

 

「ほーら、里紗の後ろにずっと隠れるわけにはいかないでしょ。ほらほら覚悟を決める!」

 

「え、きゃっ!?」

 

その里紗の後ろから顔を出して挨拶するのは春菜。しかし未央――彼女は黒い帽子に黒ローブという魔女のコスプレだ。なおミニスカニーソになっている――が春菜を押し出す。

 

「あ、あうぅ……」

 

ぷしゅー、と湯気が出そうな程に顔が真っ赤になっている春菜の衣装は純白のワンピースに背中には白色の羽という天使をイメージしたものだ。

 

「大丈夫だよ春菜。すっごく可愛いから! ね、リト?」

 

「え? あ、ああ……に、似合ってるぜ?」

 

対して笑顔で春菜を元気づけるララは元々の悪魔尻尾を生かした悪魔風のコスプレ。そのララがリトに同意を求めると、リトも恥ずかし気な様子を見せながら、似合っていると春菜に声をかけた。それを聞き、春菜も嬉しそうに頬をほころばせる。

 

「ところで結城。氷崎は?」

 

「ん、炎佐か? いや、商店街の入り口で待ち合わせの時間まで別れたから……」

 

「あっそ」

 

里紗はどこか期待したような輝きを目から覗かせながらリトに問うが、リトが今どこにいるか知らないと知ると途端に興味をなくしたようにそっぽを向いた。

 

「コ、コスプレなんて……ハレンチな……」

 

その後ろでは唯が顔を赤くしてぶつぶつと呟いていた。なお彼女のコスプレは全身を覆う藍色のローブにフードというシスター風のものだ。

 

「お、古手川も来てたのか」

 

「お、お母さんに買い物頼まれて……いつも行ってるスーパーはコスプレをしてたら割引になるからって……そ、そのついでよ、ついで!」

 

リトの挨拶に対し唯はぼそぼそとした声でそう言い訳を並べた後、あくまでコスプレは買い物のためだと主張した。

 

「ま、そんな事言って。私達が誘いに来た時に古手川のママがお願いしてきたんだけどね? あたし達がコスプレして出かけるって知って」

 

「はは、なるほど……」

 

すると里紗がリトの側にすすすと近寄り耳打ちする。要するに唯にコスプレして友達と遊びに出かける大義名分を、唯の母親が作ったという事だ。それにリトも苦笑した後、唯を見た。

 

「でも、古手川も似合ってると思うぜ。真面目なシスターって感じでさ」

 

「えっ……そ、そう?」

 

リトの言葉に唯は頬を赤くしながら嬉しそうに微笑み、リトも笑顔で「ああ」と頷いた。

 

「こうさ、不真面目な人には拳骨を入れて改心させそうな武闘派僧侶って感じで!」

 

「……なんならあなたに拳骨を入れてあげましょうか!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

しかしリトは失言をしてしまい、唯が怒ると反射的に謝罪の言葉を口にする。その光景を眺めながら、モモや里紗、未央は呆れたため息をつくのであった。

 

それから合流後色々商店街でイベントを満喫し、時間が過ぎて夜。炎佐は自宅でイベントの戦利品であるお菓子を整理していた。

 

「……何か用か?」

 

自分以外誰もいないはずの自室で、炎佐は顔を上げるとそう問いかける。

 

「おぉ、流石だな」

 

すると、いつの間にか彼の後ろに立っていたネメシスがにやにやと笑いながらそう返していた。

 

「なぁに、用件はたった一つだ。トリック・オア・トリート。お菓子を渡さねばイタズラするぞ?」

 

「悪いな。地球ではトリック・オア・トリートが通じるのは仮装してる人だけなんだ」

 

ネメシスの言葉を炎佐は嘘を捏造してすぐ断る。ネコミミ浴衣姿は仮装と言ってもいいかもしれないが、最近普段着にしているため炎佐的には仮装には入らないようだ。

 

「ほう、そうか……」

 

しかしネメシスはニヤリ、と笑うと同時に自らの周りに闇を纏う。ズズズ、と闇が蠢き、それが徐々に消えていく。

 

「それなら、これで文句はないよな? 御主人様?」

 

その闇が消えた後、ネメシスはネコミミを頭につけたまま、その服装をメイド服へと変えていた。ネコミミメイドである。

 

「……チッ」

 

「ククク、変身(トランス)を応用すればこれくらい軽いものだ」

 

追い払う口実だったが失敗し、炎佐が舌打ちを叩くとネメシスもどや顔で返す。

 

「さあ、トリック・オア・トリートだ。お菓子をよこせ……それとも、イタズラの方が好みかな?」

 

傲岸不遜にそう言い放ち、しかし妖艶な目を見せながらネメシスは問う。

 

「ほれよ」

 

対し、炎佐はすっごい渋々顔でネメシスにチロルチョコを一つ投げ渡し、「とっとと帰れ」とでも言いたげにしっしっと手を振るう。それに対し、ネメシスはニヤリと笑うとチロルチョコをぽいっと口の中に放り込み、咀嚼をしてこくりと呑み込む。

 

「トリック・オア・トリートだ。お菓子をよこせ」

 

「……てめえふざけてんのか?」

 

「お菓子をよこせ。さもなくばイタズラするぞ?」

 

ニヤリ、と笑って再びお菓子を要求するネメシスに炎佐は目つきを鋭くして睨むがネメシスは意に介さずに続けるのみ。どうせまたお菓子を渡してもさっさと食べてまたトリック・オア・トリートを繰り返すのみの無限ループは容易に想像がつく。そしてそうなれば、ネメシスがどれほど食べるのか分からないが普通に考えれば物資に限りのあるこっちが圧倒的に不利だ。

 

「さあどうした? お菓子がないのならばイタズラだな」

 

わきわきと指を動かし、嗜虐的な笑みを浮かべるネメシス。それに対し炎佐はチッと舌打ちを叩くが、次に何か思いついたように笑みを見せる。

 

「ネメシス。トリック・オア・トリート」

 

「……ほう?」

 

「お菓子がないならイタズラをする。なに、他愛もないイタズラだ。まさか本気で怒る事もないだろ?」

 

やや引きつかせた笑みでそう言う炎佐の右手には真紅の炎が渦巻き、さらに高温になった事を示す青色がちろちろと見える。

 

「……ふっ。いいだろう。今夜のところは私のイタズラとお前のイタズラを相殺ということにして手を打ってやる」

 

このままではイタズラの名目で殺し合いに発展する。それは現在は望むところではないのか、ネメシスは降参したように両手を挙げてそう返し、踵を返した。キィ、と窓がひとりでに開く。

 

「今日のところはおいとまするとしよう。ではな、氷炎のエンザ。次に会う時はもっと上等の菓子を用意しておけ」

 

顔だけで振り返り、そう言い捨てると同時に、ネメシスは窓から飛び出ると闇に紛れるように姿を消すのであった。

 

「まさか……ネメシスまで来るとはな」

 

炎佐は「はぁ」とため息をついて呟く。

 

「あっにうえー! マスターの命令で今日は遊べなかったけど、ようやく許しが貰えたよー! トリック・オア・トリートー!!」

 

直後、チャイムもノックもなしに上がり込んだ様子のメア――なおネメシスリスペクトか黒ネコミミカチューシャ装着――がバァンッとドアを開けながら満面の笑顔でそう要求。

 

「持ってけそして帰れっ!!!」

 

「へぶっ!」

 

直後、炎佐は額に怒りマークを複数個くっつけながら、今日美柑達に渡したのと同じ形、同じラッピングをした最後のクッキーをメアに投げつけ、不意打ちのためかメアはそれを顔面で受け止める羽目になってしまうのであった。




今回は特別編、ハロウィンです。なお、この後の季節はまた夏に逆戻りする可能性が高いのでご了承ください。いや、あの辺り季節がどうなのか分かんないけど。この前夏祭りやったんだからまだ夏の可能性は高いはず。とりあえず、特別編と銘打ってるから時間軸は超適当です。(元々適当である事は言わない)
で、最初に恭子の母親が登場しましたけど……今の時点でまだ原作に登場してないですよね?自分は単行本派なので雑誌で既に登場してたらごめんなさい。完全にオリジナルイメージで書きました……あと確か無印だったかの単行本で父親が行方不明って見た記憶があるんですが。何巻だったかなあれ。確か父親を捜すのが恭子がアイドルやってた理由ってあった気がするんだけど……。
でもっていつものメンバーでの町遊び。コスプレ内容ですが、
美柑→猫女(オレンジ)、ヤミ→猫女(黒)、ナナ→吸血鬼、モモ→ミイラ女、セリーヌ→花のお姫様、御門→サキュバス、お静ちゃん→和風幽霊(要するに幽霊状態の格好)、春菜→天使、ララ→悪魔、里紗→オオカミ女、未央→魔女、ネメシス→ネコミミメイド、メア→ネコミミ、リト→犬男、炎佐→騎士(というかいつもの鎧姿)
という感じです。この辺は完全にぱっと浮かんだイメージです。ナナは八重歯を牙にとか、モモはなんとなく包帯巻かせたいなぁとか。ララは見た目、でもって春菜はララと対をなすとか。全部言ってたら面倒だけどそんな感じの。
なお恭子は今回は登場しませんでした。どうせ次回恭子回の予定だし、今回は引いてもらおうかなと。
まあそんなわけで、今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十三話 恭子と大騒動

「――というワケで、特別に現役高校三年生にして人気アイドルの霧崎恭子さんをお招きして!! 芸能界のお仕事についてお話していただきましたーァ!!!」

 

「どうも、ありがとうございました~♪」

 

彩南高校の体育館。生徒教職員が全員集まっているここでステージに立ち、満面の笑顔を浮かべながら挨拶するのは霧崎恭子。その挨拶に大勢の拍手が応え、さらに「キョーコちゃーん!」と声援まで飛び交った。

 

 

 

「……エンザさん。恭子さんに講演の依頼でも出したんですか?」

 

「俺が出すわけねえだろ。キョー姉ぇ、何のつもりで来たんだ?」

 

講演が終わって教室に戻る途中、モモは炎佐の姿を見かけると彼に駆け寄り、もしや今回の講演は炎佐が恭子に依頼したのではないかと思ったのか炎佐に質問。しかし炎佐は何も知らない様子であり、彼も何故恭子が突然彩南高校で講演を行ったのかと疑問を持っていた。

 

「お、炎佐。お前は行かなくていいのか?」

 

「行くって? どうしたの、サル?」

 

すると猿山が炎佐に声をかけ、彼の言葉に不思議そうに聞き返す炎佐に猿山も首を傾げた。

 

「いや、なんか恭子ちゃんがリトを呼んでるって話でさ。てっきりお前も呼ばれてるのかと思ってたんだけど。違うのか?」

 

「知らないけど……ま、行ってみるよ。サンキュ。じゃあな、モモ」

 

「お~」

「はい。恭子さんによろしくお伝えください」

 

どうやら恭子がリトを呼んでおり、猿山は従姉弟である炎佐も呼ばれているものだと思って声をかけたらしく、炎佐は呼ばれていないものの自分が聞き逃しているだけかもしれないと思うと猿山に一言お礼を言って列を抜け出した。

 

 

 

「失礼しま~す」

 

職員室。炎佐は一言挨拶をして入るが、講演が終わって後片付けのためか職員室に人手は少なく、講演をした恭子と彼女のマネージャー。そして教員のティアーユと生徒のリトだけだった。

 

「あ、エンちゃん! 会いに来てくれたんだー!」

 

恭子は炎佐の姿を見た瞬間ぱっと顔を輝かせて彼に駆け寄ってその勢いのまま抱きつき、「エンちゃん成分補給~」とか言いながら頬ずりをする。

 

「は、な、れ、ろ!」

 

しかし炎佐は恥ずかしいのか顔を赤くしながら恭子を押しのけ、呆れたような目で恭子を見る。

 

「で、俺やリトを呼んで何の用事なんだ?」

 

「え? 私エンちゃん呼んだ覚えないんだけど……ま、いっか。せっかく来たんだし、校内を見て回ろうかな~って思って。リト君に案内お願いしようと思ったの。ルンは今日新曲のレコーディングでいないしさ」

 

「なるほど。んじゃ暇だし俺も同行するけど、いいか?」

 

「もちオッケー♪」

 

どうやらそもそも恭子が炎佐を呼んでいるという事自体猿山の勘違いだったようだが、炎佐は恭子の彩南高校見学に同行すると言い、恭子も嬉しそうににぱっと笑って了承した。

 

「すみません、氷崎さん。私も同行したいんですが、一度事務所に戻らなくてはいけなくて……」

 

「あ、大丈夫ですよマネージャーさん。いつものように上手くやります」

 

顔見知りらしいマネージャーに対して炎佐はそう答え、マネージャーは「よろしくお願いします」と返すと荷物を手に職員室を出ていく。

 

「んじゃ行こうか。結城君、よろしくね」

 

「うん」

 

恭子は炎佐の隣に立ちながら、しかし元々呼んでいたリトによろしくと挨拶。リトもこくりと頷いて返した。

 

それからリトと炎佐は恭子を連れて校内を歩き回る。と言っても元々案内を頼まれていたリトがメインであり、隣同士で歩いている二人の数歩後ろを炎佐がまるで護衛のように歩いている形だ。

 

「……ホントに俺でよかったの? 顔見知りって言うならレンだっているし、何より家族の炎佐がいたのに……」

 

「あ、うん。エンちゃんは忙しいかな~って思ってね」

 

「ふ~ん……あ、そこが図書室で――」

 

リトの疑問に恭子は慌てたように笑いながら答え、リトは首を傾げながら図書室を指す。

 

「ね、休みの日とか何してるの?」

 

「え? 俺?……別にこれといって、家の掃除とかゲームとか……」

 

「ふむふむ。休みは結構ヒマってことね」

 

唐突に出された質問にリトは正直に答え、恭子はそれをメモする。

 

()()()()?」

 

その瞬間やけに他人行儀な炎佐の声が聞こえ、恭子がびくっと震える。

 

「あ、リトごめん。ちょっと離れていい?」

 

「お、おう」

 

リトからやや距離を取り、炎佐は恭子を訝しげな目で見た。

 

「キョー姉ぇ、お前本当に何しに来たんだよ?」

 

「あ、あはは……ルンのために、ルンが好きなリト君の情報収集と思って……」

 

声を潜めて尋ねる炎佐に恭子も苦笑しながらそう答え、思っていた以上に馬鹿らしい理由に炎佐は頭を抱える。

 

「あの……氷崎君……」

 

「あ、古手川さん」

 

するとそこに唯が声をかけ、炎佐も顔を上げて彼女の姿を確認すると思い出したように恭子の方を向いて唯を手で指し示した。

 

「キョー……霧崎さん。こちら古手川唯さん。前に会ったよね?」

 

「うん。あなたが前に私のファンだって言ってた――」

「しー! しー!!」

 

炎佐は人前だからか他人行儀に名字呼びを使い、前に会ったという部分は声を潜めながら恭子に唯を紹介。その名前で合点がいった恭子が確認のように言おうとすると唯は顔を真っ赤にして人差し指を口に当てて静かにするようジェスチャーを行う。

 

「ん? あ、古手川。どうしたんだ?」

 

「ゆ、結城君には関係ありませんっ!!」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

そこに唯が来ていることに気づいたリトが声をかけると唯は咄嗟に彼を睨んで怒号で反撃、リトは怯みながら謝罪の言葉を口にした。

 

「あ、あの、恭子さん……」

 

唯は辺りの目をはばかりつつ、恭子の手を握る。

 

「マ、マジカルキョーコ、いつも見てます……が、頑張ってください」

 

周りに聞こえないようにと必要以上に配慮している結果か声は小さく、さらに震えている。

 

「うん。応援ありがとうね、唯ちゃん」

 

しかし恭子は満面の笑顔でそれに応え、そのキラキラを見た唯は「はわわ」と声をさらに震わせる。だが周りの目に気づくと唯ははっとした顔になり、ごほんごほんと誤魔化すような咳払いをした。

 

「え、ええっと、その……き、恭子さん……よかったら、その……」

 

「……ああ。そうだ、古手川さん。よかったら霧崎さんの校内案内について来てもらってもいいかな?」

 

どこか恥ずかしそうに何か切りだそうとしている唯を見た炎佐は何かを察したように微笑を浮かべた後、唯に校内案内の同行を申し出る。

 

「霧崎さんも男子ばっかりよりは一人くらい女子が一緒の方が気が楽だよね? 古手川さんは風紀委員で校内にもそれなりに詳しいし」

 

しれっと周りの男子組に「これ以上男子の同行者を無駄に増やす気はない」と牽制しつつ、あくまでも恭子も女子が一緒の方がいいんじゃないかという建前と唯の風紀委員という役職を利用して唯に同行をお願いする。その言葉を聞いた唯は嬉しさに頬を緩ませそうになりつつ、それを耐えて真面目な顔つきでこくりと頷く。

 

「わ、分かりました。彩南高校の風紀委員として、責任持って霧崎さんをご案内します」

 

こほんと咳払いをし、背筋をピンと伸ばして真面目な雰囲気を見せながら、唯は同行のお願いを受け入れた。

 

 

 

 

 

「いいな~。リト、キョーコちゃんと一緒で!」

 

一方2-A。ララは羨ましそうに話し、里紗も「アイドルからわざわざご指名とは、結城もやるねぇ」とここにいないリトをからかう。

 

「しっかし。大丈夫かねぇ」

 

「何が?」

 

里紗が腕組みをしながら何か考える様子で呟き、未央が首を傾げると里紗はにしし、と笑った。

 

「いやいや。そりゃそれなりに顔見知り程度の関係ではありますけども? キョーコちゃんってやっぱアイドルじゃん? 大人~な世界に結城を引きずり込んじゃったりしないかね~と思ってね」

 

その言葉に春菜がぴくりと反応。里紗はそれを目ざとく確認して続ける。

 

「例えばこう、人気のいない教室に案内してと言って引きずり込まれ~……みたいな?」

 

「リサ! 変な事言わないで!!」

 

「えへへ、冗談だってば~♪」

 

里紗の言葉を聞いた春菜がハレンチな想像を働かせたのか顔を真っ赤にし、声を上げる。しかし里紗は悪びれもせず冗談だと言った後、「あんたけっこうムッツリだよね~」と春菜をからかった。

 

「ま、そういう事もあるかもじゃん? ね、氷崎」

 

里紗はそう言って炎佐に話を振るが当然炎佐は教室におらず、しかし気づいてなかったのか里紗は「ありゃ?」と首を傾げる。

 

「あん? 炎佐だったらキョーコちゃんの案内に行ってるはずだぜ?」

 

「うえ!? あいつも呼ばれてたっけ!?」

 

「さあ? けど俺が言ったら聞いてくるつってたし、戻ってこないって事はそうなんじゃね?」

 

首を傾げながらそう話す猿山に里紗は呆然とする。

 

「ふ~ん……じゃあさ、さっきリサが話してた事。氷崎とだったらもっと起こる可能性高いんじゃない?」

 

「なっ!?」

 

「そう、舞台はさっきまで講演をしていた体育館の倉庫――」

 

すると、未央が何か興味を持ったようにそう呟き、里紗がやけに大袈裟に反応するが未央は気にせずに話し出す。

 

 

「ね、ねえ、エンちゃん……結城君とはぐれちゃったけど……どうして倉庫なんかに……ひゃう!?」

 

いきなり体育館倉庫へと連れ込まれた恭子は困惑気味に炎佐に話しかけるが、壁際にいた恭子の顔の真横に炎佐が右手を押し当てる。所謂壁ドンの体勢だ。

 

「リトなんていいだろ? そんな事より、やっと二人きりになれたな」

 

そう言い、炎佐の左手が恭子の腰へと回る。まるで恭子を抱きかかえるような格好だ。

 

「ま、待ってエンちゃん……ま、まだ外には先生達が……」

 

「物音を出さなけりゃここまで来ないさ……物音を出さなきゃ、な?」

 

慌てる恭子に対し、どこか意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言う炎佐。その熱に浮かされたかのように恭子の頬も紅潮する。

 

 

「――そして少しずつ二人の顔が近づいていき、二人は激しく――」

「ちょっと待ったー!!!」

 

未央の妄想がハイライトを迎える直前、里紗がそれを遮った。

 

「ひ、ひひっ、氷崎がそっそんな事するわけないじゃん!?」

 

「ど、どうしたのリサ? そんなに慌てて……」

 

「な、なんでもない!」

 

顔を真っ赤にしてうろたえる里紗にララがきょとんとした表情で問いかけると、里紗はぷいっと顔を逸らす。さっきまでの春菜とどこか似た様子の里紗を眺めながら、未央はきししと悪戯っぽく笑うのであった。

 

 

 

 

 

「へっくし!」

 

「ど、どうしたんだ? 炎佐?」

「風邪?」

「体調が悪いんなら保健室に行った方が……」

 

一方三階を案内している途中の炎佐達。突然くしゃみをした炎佐にリト、恭子、唯が心配そうに声をかける。

 

「あーいや。噂でもされてるだけだろ」

 

鼻を擦りながら炎佐はそう答える。

 

「キョーコさん!!」

 

すると突然何者かが恭子を呼ぶ。

 

「サインをいただこうか!?」

 

そう続けるのは彩南高校の三年生の一人――弄光。後ろで取り巻きが「流石弄光先輩!! みんなが遠慮して言えない事も堂々と言ってのけるぜ!!」と騒いだ。

 

「あ……で、でもっ……」

 

「ついでにメアドや自宅の住所も知りたい!!」

 

「すげーっ! 怖い物なしだぜこの人はァ!」

「なら俺達もサインを!!」

「そしてお友達になって!! ぜひとも!!」

 

今回サインはNGとなっているのか困る恭子に押せ押せで迫る弄光。さらに取り巻きもサインをねだり始めた。

 

「や、やめなさい! 学校の恥となる行為は風紀委員が許しません!!」

 

風紀委員として唯が注意するが聞く耳持たず、さらに他の生徒もサインを貰っていいと勘違いしたのか次々と迫り、突然の勢いにリトや炎佐までもが人ごみに押しのけられてしまう。

 

(い、息が……)

 

人ごみに巻き込まれ押し合いへし合いで恭子は息が出来なくなってしまう。その近くでは唯ももがいているがほとんどどうにもならない。

 

「「やめろ!! 苦しがってるだろ!!」」

 

だがそこに光明が差す。全く同じ怒号を上げてリトと炎佐が人ごみをかき分け、リトが唯を、炎佐が恭子を助け出すとそのままお姫様抱っこの状態で人ごみを抜け出して逃げ出した。

 

「てめー! 抜け駆けはずりーぞー!!」

「キョーコちゃん待ってー!!」

 

弄光の怒号が響くが二人は無視してその場を走る。

 

「えぇっと……どうする!?」

 

「一か八か二手に分かれよう!」

 

「おう!」

 

すぐさま作戦を決め、炎佐とリトは二手に分かれて相手を攪乱させることに決め、二手に分かれた廊下で炎佐はそのまま直進、リトは横に曲がってやり過ごそうとする。

 

『キョーコちゃん待ってー!!!』

 

そして追いかけていく全員が廊下を走っていく。リトと唯のコンビはガン無視だった。

 

「……まあ、相手の目的は恭子ちゃんだもんね……」

 

「……そりゃそうだよな」

 

全く意味のなかった作戦に唯がため息をつくとリトも苦笑。その後二人はお姫様抱っこの状態に気づき、リトは「うわっ!?」と声を上げると慌てて唯を下ろした。

 

「ごっ、ごめん、古手川! つい!」

 

「あ、いや、その……べ、別に……」

 

慌てて謝り始めるリトに、唯は照れたように顔を逸らし、長く伸びた髪を人差し指と親指でいじり始める。

 

「お、お姫様抱っこなんて……生まれて初めてされたし……」

 

「へ?」

 

「な、なんでもない! だ、だけどその……た、助けてくれてありがとう……」

 

小さな声で呟いた唯の言葉にリトは首を傾げるが、唯は慌ててなんでもないと誤魔化した後助けてくれたことにはお礼を言って歩き出す。

 

「ふ、風紀委員に連絡を取ってくるわね。特別なゲストを困らせるなんて、許せるわけがありません」

 

「お、おう……」

 

そう言ってすたすたと歩き去っていく唯を眺め、リトは頭をかく。

 

「俺も、皆に連絡取っとくか」

 

自分で出来る事はしよう。そう思い、リトはララ達に、炎佐を助けてもらえるよう連絡を取り始めるのであった。

 

 

 

 

 

「くっそ! あいつらしつこいな!!」

 

一方炎佐。恭子を下ろす余裕もなく――というか恭子を連れて走るならこれが一番早いため、恭子が狙われている今下ろすわけにもいかない――追いかけてくる弄光達をちらりと確認しながら三階を走り回っていた。

 

「エンザさん!」

 

すると突然そんな呼び声が聞こえてくる。

 

「モモ!」

 

「話はリトさんから聞きました! こっちへ! 間に合わせですが植物で校庭までの道を作りました!」

 

モモが窓を開けて指差しながらもう片方の手を振り炎佐を呼ぶ。その開いている窓からは確かに太い植物の茎が見え、炎佐はそっちに走り道を確認する。

 

「狭っ!?」

 

「贅沢言ってる暇なんてありません! 直接飛び降りるよりマシです! 強度は保証しますから!」

 

平均台よりちょっと広い程度だろう。そんな植物の茎の道に炎佐が声を上げるとモモがツッコミを入れる。確かに弄光を始め恭子のファンメンバーが追いかけてきており、一刻の猶予もない。

 

「しょうがない! キョー姉ぇ、しっかり掴まっててね!」

 

「へ? ひゃわー!?」

 

炎佐も諦めて窓から飛び出すとその茎の上に乗り、スピードを落とさずに走り下りる。直後追っかけが追いついたが、ここは三階。万一落ちたら死ぬ恐れがあり、どれだけよくても大怪我は免れない。流石に一般人にそんな危険を負ってまで平均台よりちょっと広い程度のスペースの道を下りる勇気はなく、逃げる炎佐を見送るのみ。モモはほっと安堵の息をついてこっそりその場を逃げ出すのであった。なお植物に関しては二階に降りてからこっそり転送回収したため問題はない。

 

「……ここまで来れば大丈夫だろ」

 

人気のない校舎裏。無事に校庭に降りた炎佐はすぐさまここに逃げ込み、そこでようやく恭子を下ろして二人隣同士で地面に座り込む。

 

「はぁ~……びっくりしたぁ」

 

「ああ。あのサイン攻めは驚いたよ」

 

いきなりのサイン攻めから逃げ切った安堵感からかそう息を吐く恭子に炎佐も同意する。だが恭子は続けてため息をついた。

 

「それもだけど。何をどうしたらお姫様抱っこ状態で巨大な植物の茎を走り下りるなんて体験するのかなぁって……ドラマでもした事ないよ」

 

「あ、うん。そうだね」

 

よっぽどのファンタジー系アクション映画の撮影でもないとそんな経験はしないだろうな。と炎佐は恭子の呟きに納得する。

 

「まあ、楽しかったからいいや。エンちゃんの学校って退屈しなさそうだね」

 

「今回の騒ぎは半分以上キョー姉ぇのせいだけどね……ま、退屈しないってのは否定しないけど」

 

けらけらと笑う恭子に対し、炎佐は今回の騒ぎに関しては主な原因が恭子のせいだと言いつつも学校生活が退屈しない事は否定しない。すると恭子はくすくすと笑い、身体を傾かせると炎佐の肩に身体を預ける。

 

「でも、あれに巻き込まれてたら本当に大変な事になってたし……助けてくれてありがとね、エンちゃん」

 

「別に。気にする事ないよ」

 

笑顔でお礼を言う恭子に対し、やや顔を背けるような格好でそう答える炎佐。どこか照れているような様子に恭子はまたくすくすと笑い、その時炎佐の携帯が鳴り始める。

 

「あ、ごめん……はいもしもし。あぁ御門先生……そろそろキョー姉ぇ戻った方がいい?……はい、分かりました。じゃあ職員室へ」

 

炎佐は電話相手らしい御門と話し、電話を切ると恭子の方を向く。

 

「そろそろ職員室に戻ってきてくれってさ。あの追っかけについては古手川さんが全員捕まえてお説教中だから安心していいって」

 

「は~い。しょうがない、行くとしますか」

 

炎佐の言葉を聞いた恭子は残念そうにそう言うと立ち上がり、スカートについた砂や埃をぱんぱんと払う。その横で炎佐もゆっくりと立ち上がると恭子に片手を差し出した。

 

「?」

 

「ほら、行くよ」

 

きょとんとする恭子に促すように炎佐が言い、恭子はそこで理解したのかにこっと微笑むと炎佐の手を取る。

 

「うん。エスコートよろしくね、エンちゃん♪」

 

「ああ」

 

二人は手を繋いで互いに微笑み合うと校舎裏を出て行き、職員室へと向かうのであった。




今回は恭子編。リトとフラグを立てる代わりに炎佐が恭子とのフラグを立て、ついでにちょいとリト×唯も書いてみました。唯に関してはオリジナルで恭子との接点が作られてましたし。
さて、次回はどうしようか。少なくともブラクティス編は書く事決定してるんですよね。現状トップクラスで絡みにくい本作のサブヒロイン、九条凛とフラグを立てられる絶好のチャンスなんですから。ただそこまで一気にすっ飛ばすのか、あるいはまたオリジナル編を挟んでおくか。で悩んでいます。その間の原作がこれまた炎佐を絡ませにくい系のストーリーなので。まあオリジナル編を挟む場合はまずそこの構想から練らなければならないのですが。
今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十四話 月の科学者との逢引

「よいしょ……」

 

彩南高校の廊下。放課後生徒達が帰っている中、先日一年B組の担任を引き継いだティアーユは明日の授業で使う資料を職員室に運んでいた。しかし資料はなかなか数があり、それを運ぶティアーユの足元はおぼつかない。

 

「きゃっ!?」

 

そしてついに彼女は足を絡ませてしまい、前方に倒れ込む。同時に資料が空中にばら撒かれた。

 

「うわっと!?」

「ひゃっ!」

 

と、思うと誰かが咄嗟にティアーユを支え、倒れることを防ぐ。

 

「大丈夫ですか、ルナティーク先生」

 

「あ、エン……氷崎君……あ、ありがとうございます」

 

ティアーユを支えた青年――炎佐が大丈夫かと声をかけると、ティアーユはほっと安心したように息を吐いて、柔らかく微笑んで炎佐にお礼を言う。

 

「ティ、ティア……」

 

「!」

 

するともう一人、やや遠慮した様子でティアーユに声をかけ、その声にティアーユが驚いたように反応する。

 

「と、飛んできたので、拾っただけです……」

 

そう少女――ヤミは照れくさそうに言うと、髪の毛を変身(トランス)させた無数の大きな手で掴み取ったらしい資料の山をティアーユに渡す。

 

「……ありがとう、ヤミちゃん」

 

「……さ、さようなら……」

 

ティアーユのお礼の言葉に、ヤミは照れたように頬を赤くしながらさようならと挨拶をし、歩き去っていく。数日前リトの尽力により、ティアーユの一年B組担任引継ぎと共に学校に来始めたヤミだが、まだ二人が昔のように接する事は難しいらしい。

 

「……」

 

「ま、少しずつ進んでいきましょう」

 

どこか残念そうな様子を見せるティアーユに対し、炎佐はそう返すとティアーユの持っていた資料を取る。

 

「運ぶの手伝いますよ。職員室でいいんですか?」

 

「え? でも……」

 

「御門に用事があるし、ついでですよついで」

 

いきなりの手伝いの申し出にティアーユが慌てるが、炎佐はそう返して歩き始める。

 

(ミカドがいるのは保健室だから職員室は関係ないんじゃあ……)

 

ティアーユはそんな事を考えながら、炎佐の後について歩いて行った。

 

 

 

 

 

「え? エンザ? いいえ、保健室に来なかったけど?」

 

時間が過ぎて御門宅。晩ご飯を食べながらティアーユが放課後の件について尋ねると、御門はきょとんとした顔を見せてそう返す。

 

「え? でもエンザ君、ミカドに用事があるって言って、そのついでだって職員室まで資料を運んでくれたし……」

 

「それはティアを手伝うためのただの口実でしょ? あの子素直じゃないし」

 

ティアーユの驚いたような言葉に対し、御門はくすくすと笑ってそう返す。

 

「そういえば、ミカドってエンザ君と昔から知り合いなんだっけ?」

 

「ええまあ、彼が賞金稼ぎをしていた頃にちょっとね。怪我の治療をしてあげたりバーストモード後の体調不良をどうにかするための治療薬や栄養剤を作ってあげたり。それにフレイム星人とブリザド星人のハーフという貴重な存在だもの、本人の許可無許可問わず色々実験させてもらったわ」

 

ティアーユの質問にくすくすと、やや黒い笑みを浮かべながら答える御門。その様子にティアーユは「あはは」と引きつった笑みを返すのが精一杯だった。

 

「う~ん……でも、エンザ君も暇じゃないのに手伝ってもらって悪いし、何かお礼考えた方がいいかなぁ……」

 

「ふふ、ティアは真面目ね。そのくらいなら私いつもやらせてるのに」

 

う~んと考え込むティアーユに御門はくすくすと笑う。

 

(しょうがない。ここは一肌脱いであげるとしますか)

 

そして御門は親友のため、そう考えるのであった。そう、親友のため。そう思い、御門はクスリと笑う。それにティアーユも、一緒に食事していたお静ちゃんも気づいていなかった。

 

 

 

 

 

「というわけでティア。エンザを呼んだから一緒に買い物をお願い♪」

 

「「……は?」」

 

翌日。にこっと微笑む御門にティアーユと、玄関に立つ炎佐は呆けた声を出した。

 

「ドクター・ミカド。緊急の診断と言われたので来たのですが……」

 

「あ、それ嘘♪」

 

「帰ります」

 

どうやら炎佐は診断と呼ばれて来たらしく困惑とイラつきの混ざった顔で御門に問いかけ、御門がにこっとした笑顔でそう答えると炎佐は即座に踵を返す。

 

「あ、そういえばこの前の診察料……請求する時にうっかり割引忘れちゃうかも」

 

「てめえ足元見やがって……」

 

しかし御門のサラリとした脅迫に足を止め、振り返って睨みつける。

 

「ミ、ミカド……別にエンザ君にお願いしなくてもお買い物くらい……」

 

「でも別の星に行かなきゃいけないし。護衛くらい付けといた方がいいわよ? エンザ、あなたは私が雇ったティアの護衛よね?」

 

「……くそっ」

 

おどおどとしながらティアが止めようとするが御門はしれっとそう返し、ニヤリとした笑みを炎佐に向ける。それに炎佐は悪態を漏らした。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……エンザ君……」

 

「いえ、仕事ですので。お気になさらず、ドクター・ルナティーク」

 

ぺこぺこと頭を下げるティアーユの横で鎧姿のエンザがため息交じりに平坦な声で返し、停泊している宇宙船の起動キーを弄ぶ。今彼らが来ているのは地球から約150万光年かかる――なお今回借りた御門の宇宙船なら一時間半程度だ――とある惑星。地球と比べて近未来的な様相を見せており、辺りを歩くのもエンザやティアーユの同じ地球人とよく似た人型。地球人から見れば一般的なイメージであるタコ型や昆虫の頭をした人型。姿かたちは人間そっくりだがピンク色の肌や二メートルをゆうに越す巨体や鋭い爪など細部が明らかに違う者などさまざまである。

 

「さてと。さっさと買い物済ませて帰りましょう」

 

「そ、そうね。えーっと……」

 

エンザは起動キーをデダイヤルにしまい、さっさと用事を済ませようとティアーユに話し、ティアーユも頷いて買い物メモを取り出す。

 

「きゃっ!?」

 

「ドクター!?」

 

と、何者かがわざとらしくティアーユにぶつかり、倒れそうになる彼女をエンザが咄嗟に支える。

 

「ん? なんだぁいきなりぶつかってきやがって」

「おい姉ちゃん、いきなりぶつかってきてなんだい?」

 

するとティアーユにぶつかってきた二人組――似たような顔立ちで、違うと言えば顔の中心から顔全体へと刻まれたバッテン傷があるか、その代わりに顔の下半分を覆い隠すような髭面かくらいだ――がティアーユに因縁をつけ始める。

 

「おほ、なかなか上物じゃね?」

「そうだな。おい姉ちゃん、黙ってついてくれば許してやらんでもないぜ」

 

バッテン傷の男がティアーユを見てイヤらしい笑みを浮かべ、髭面の男がティアーユの腕を掴む。それにティアーユが怯えた顔を見せた。

 

「離れろ」

 

「げふっ!?」

 

その時エンザが髭面の男に蹴りを入れて吹き飛ばし、髭面の男が吹っ飛ばされる。

 

「な、なんだテメエ!? 俺達を誰か知ってて言ってんのか!?」

 

「知らないね」

 

バッテン傷の男が髭面の男の前に庇うように立ち、エンザに凄むが、エンザは静かにそう答えると両目に青色の瞳を宿し、二人を睨みつける。

 

「これ以上やると言うなら、こっちも本気でお相手しましょう」

 

氷のような涼やかな声でエンザはそう言い、左手に氷で出来た槍を握りしめて二人に突きつける。その言葉に男達はぐぅ、と唸った。

 

「「お、覚えてやがれ!!」」

 

そう叫び、男達は逃げ出す。それを見届けてからエンザは氷の槍をフレイム星人の炎の力で融解し消してからティアーユの方を向き直した。

 

「地球の環境に慣れてましたが、物騒な連中はやっぱりいるもんですね。とっとと買い物済ませて帰りましょう」

 

「え、ええ……」

 

やれやれ、という様子でそう言うエンザにティアーユもこくこくと小さく頷いた。それから彼らが入るのは地球でいうデパート。今回の目的である薬剤やその原料となり薬草はもちろん食料品から武器まで色々揃っている。という触れ込みだ。その中の薬屋の前に立ち、ティアーユはエンザを見る。

 

「じゃあ、エンザ君。私は薬を買ってくるから、それまで散歩でもしてて」

 

「え? しかし俺は……」

 

「買い物くらい大丈夫よ」

 

「はぁ……じゃあ、俺は隣の店にいますので。何かあったら呼んでください」

 

御門に脅されたとはいえ仕事は仕事としてきちんとしているエンザに対し、ティアーユはそう答えて店内に入っていき、エンザはそれを見送った後に頭をかく。

 

(まあ、一応発信機持たせてるから誘拐騒ぎになってもすぐ分かるか……)

 

依頼者(クライアント)の要望はなるべく順守する。という彼なりのやり方に沿い、エンザは隣にある武具店を見てそっちに歩いて行った。

 

(…………)

 

薬屋で薬を見ながら、ティアーユは何か考える様子を見せる。昨日助けてもらったお礼もまだなのにさらに御門に言われたからとはいえ別の星まで遠出してまで買い物に付き合ってもらっている。

 

(やっぱり、何かお礼をした方がいい……ですよね……えっと……何か、買ってあげる。とか?)

 

エンザへのお礼を考えながら、ティアーユは薬を選んでいく。そして購入した薬を入れた袋を手に薬屋を出ると、彼女はエンザがいるという武具屋に入っていく。

 

「う……」

 

並んでいる剣や銃などの各種武器。せいぜい護身用のものを数度触った経験しかないティアーユは人を傷つける事のみに特化したそれらに怯みながらも店の中を回り、エンザを探す。

 

「う~ん……」

 

そのエンザはどうやら銃のコーナーで足を止めていたようだ。

 

「エンザ君」

 

「ああ、ドクター・ルナティーク。買い物は終わりましたか?」

 

「ええ……エンザ君はどうしたの?」

 

「ああ。新しい銃を見てました。今俺が使ってる実弾タイプだと、地球だと弾薬一つ買うにも手間がかかりまして、いっそエネルギータイプに乗り換えようかと」

 

ティアーユの質問にエンザはそう返して立ち上がる。

 

「賞金稼ぎ引退したのは三年前とはいえ、技術の進歩は凄まじいものです。エネルギー効率や軽量化、俺のいた頃より大分進んでいる……へぇ、こっちは実弾とエネルギー弾のハイブリッドタイプか……」

 

どこか子供らしい無邪気な笑みを浮かべてエンザはそう説明。新商品と銘打たれた実弾とエネルギー弾のハイブリット型という拳銃を見る。しかし予算オーバーなのか「高いな……」と呟いており、ティアーユも値段を見るが流石は新商品なのか確かに高い。まあその分弾丸と予備のエネルギーパックが同梱していたり故障時の保証書などアフターケアが万全になっているようだが。

 

(そうだ!)

 

と、ティアーユはぽんと手を叩いた。

 

 

 

 

 

「……援助ありがとうございます。ドクター・ルナティーク」

 

「う、ううん。私だってその、助けてもらってばかりだから……」

 

デパートを後にしたエンザがティアーユにお礼の言葉を言う。その腰には真新しい銃が下げられていた。彼の嬉しそうな笑みを浮かべながらのお礼の言葉にティアーユが慌てたように返すが、わたわたとなっていた時に足がもつれ、自分の足にもう片方の足が引っかかってしまう。

 

「きゃっ!?」

 

「ドクタぶわっ!?」

 

倒れ込むティアーユに巻き込まれる形でエンザも倒れてしまう。

 

「あいたたた……!?」

 

頭を押さえ、起き上がろうとするティアーユは直後、自分の豊満な胸でエンザを潰していることに気づくと顔を真っ赤にし、弾かれたようにエンザの上から飛び退いた。

 

「ご、ごごごごめんなさいエンザ君!?」

 

「あ、いや、その……こ、こちらこそ……」

 

焦って謝罪するティアーユに対し、明らかに照れた様子で真っ赤になった顔を背けながらエンザはそう答え、立ち上がる。

 

「見つけたぜぇ!!」

 

と、そんな時に突然そんな声が聞こえてきた。

 

「親分! あいつです! あいつが俺達に因縁をつけてきたんでさぁ!」

 

そう言うのはこの星に来ていきなり絡んできたバッテン傷の男。

 

「ほぉーう」

 

バッテン傷の男の言葉を受け、そう言うのは三メートルを超す巨体の、ピンク色の肌をした人型の宇宙人だった。その巨体にはいくつも傷があり、修羅場をくぐってきた事を示している。

 

「よお坊主。なんでもこの俺を知らないとかほざいたそうだな。この賞金稼ぎ、ノーキン様を!」

 

「あいにく、賞金稼ぎ休業中なもんで。もう用事は済んだし、俺帰りたいんですが」

 

「ふん、尻尾を巻いて逃げ出すってんなら止めねえぜ」

 

ノーキンと名乗った巨体の男はそう言い、次にじろりとティアーユを舐め回すような視線で見る。

 

「ただし、その女を置いていけばなぁ……」

 

「……嫌だって言ったら?」

 

「しょうがねえ。ぶっ殺すまでよ」

 

一応念のため、と言外に含んだエンザの質問にノーキンはそう答え、エンザはやれやれと頭を振ると刀の柄を取り出して左手に握る。同時に青い刃が具現した。

 

「ドクター、下がっていてください」

 

「は、はい……」

 

エンザから指示を受け、ティアーユはこそこそと距離を取る。それを確認してからエンザは前を向き直し、青い刃の刀をノーキンへと突きつける。

 

「エンザ、いざ参る」

 

「ふん、聞いたこともねえ小者だな」

 

エンザの名乗りを聞いたノーキンは「聞いたこともない」と一蹴し、本来両手で振るうだろう大きさの斧を二本、片手に一本ずつ握る。ノーキンとやらが賞金稼ぎとしてどれほどのものかは知らないが、仮にも現役時代には多少名は知れて恨みも買っているような賞金稼ぎを知らないと一蹴した事にエンザは苦笑。単に彼が不勉強なのだろうか、あるいは本当に自分の名前が賞金稼ぎの世界では忘れ始められているのかと僅かに考えるエンザに対し、ノーキンは地面を蹴って突進。一気に右手の斧を振り下ろした。

 

「おっと」

 

しかしエンザは左手の刀でその斧を受け流し、そのままサイドステップを踏んでノーキンの身体を中心に時計回りに動いてノーキンの背後へと回り込む。

 

「ぬぐっ!!」

 

「うお」

 

だがノーキンもそうはさせじと左手の斧を振るってエンザを牽制。驚いたように足を止めたエンザを怯えたと思ったかニヤリと笑った。

 

「運よく一発はかわせたみたいだが、どうだ。一発でもくらったら骨ごと粉砕するこの斧の威力。さらに鍛え上げたこの肉体は天性の鎧であり、斧の威力を最大限に発揮できる。今なら土下座で謝ってあの女を置いていけば許してやってもいいぜ?」

 

「……」

 

そう言うノーキンに対し、エンザはまたもため息をつき、めんどくさそうな遠い目を見せる。

 

「ぬお!?」

 

その直後、エンザはノーキンの懐へと入って鋭く刀を一閃。咄嗟にノーキンは後ろに下がったものの、かわしきれなかったのか肉体に僅かな刀傷が残った。いや、その刀傷から徐々にノーキンの身体が凍り付いていき、ノーキンは咄嗟にその氷部分を叩いて侵食を止める。

 

「そっちが小手調べをしてくれたお礼。こっちもご挨拶……肉体だけでなく、魂ごと凍らされたくなければとっとと逃げるんだね」

 

「こ、小手調べ、だぁ……舐めやがって!」

 

ノーキンは自分の渾身の一撃を小手調べと言われ、さらには逃げろと言われたことに腹を立てたか、ピンク色の肌が真っ赤に染まり上がる。

 

「うおらぁっ!!!」

 

飛びかかり、思いっきり右手の斧を振り下ろす。僅かに横に動きだけで回避できたがその一撃は地面を叩き割り、まともにくらうどころか防ぐことさえ難しいと直感させる。

 

「まだだぁっ!!」

 

「!」

 

しかも攻撃は一撃だけでは終わらず、左手の斧も続けて振り下ろす。後ろに飛んでその攻撃を回避するがノーキンは力ずくで斧を引き抜くと無茶苦茶に振り回しながら突進、まるでダンプカーのような圧力をもってエンザの反撃を封じながら一方的に攻撃を仕掛ける。

 

(こういうタイプは横にかわせば――)

 

「「そうはいかねえぜえ!!」」

 

(――!)

 

エンザは攻撃の死角になる横や真後ろに回ろうとするが、彼の左右を下っ端らしいバッテン傷の男と髭面の男が剣と盾を持って挟み込む。それに目を見開いたエンザを見たノーキンが「ひゃはははは」と下品に笑った。

 

「どうだ! これが俺様達の必勝法!!」

 

「俺達が左右を囲み!」

「逃げ場を失った獲物を親分が仕留める!」

 

「さあどこまで逃げられるかな!? ひき肉にしてやるよ!!!」

 

ノーキンとその子分は笑いながらエンザを囲み、それにエンザもニヤリと笑う。

 

「これは、鈍っていた勘を取り戻す訓練に――」

「何アホなことやってるんですか」

「――え?」

 

好戦的な笑みを浮かべるエンザの前にふわり、と、金色の髪がなびく。

 

「え? ぶぎゅわっ!?」

 

直後、彼女は黒色の服をはためかせてノーキンへと突進。鉄球へと変身(トランス)した足の鋭く重い二度蹴りでノーキンの両手の斧をへし折ると三度目のサマーソルトキックでノーキンの顎を打ち上げ、一撃でノックアウトさせる。その相手は宙をくるんと回転し、ふわっとした軽い足取りで着地。左足一本で身体を支えながら、右足の鉄球を元の足へと戻す。そして彼女はどこか機嫌の悪そうな顔でエンザを睨みつけた。

 

「ヤ……ヤミちゃん!?」

 

その相手――ヤミの姿にエンザが驚きの声を上げ、ティアーユも「ヤミちゃん……」と声を失う。

 

「な、おい、あ、あいつはまさか……」

「あの金色の髪に黒色の服……ま、まさか、金色の闇?……」

 

ヤミの姿を見た子分二人の顔に怯えが走り、ヤミはその二人をちらりと見る。

 

「忠告してあげましょう……私は今、すごく機嫌が悪いです。八つ当たりをされたくなければそこで伸びている男を連れてとっとと消えてください」

 

「「は、はいぃっ!!!」」

 

目元に影を作り、明らかに不機嫌ですオーラを放ちながらのヤミの言葉に子分二人はノーキンの両手と両足を持ってすったかたーと逃げていく。

 

「……ヤ、ヤミちゃん……どうしてここに?」

 

「た、たまには、私の宇宙船も動かしてやろうかと思って、その……た、たまたま手近な星に来ただけです……」

 

駆け寄ったティアーユの言葉にヤミはぷい、と顔を逸らしながら答える。しかしどこから情報を仕入れたかは知らないが、別の星まで買い物に向かったティアーユを心配してこっそり後をつけていた事は明白。とエンザは思いにやにやと笑う。が、ヤミがギロリと睨みつけるとその笑みが引きつった。

 

「そもそもエンザもエンザです! 護衛対象をほったらかしにして戦うに興じようとかあなた馬鹿ですか!? もしティアを人質に取られるか誘拐でもされてみなさい! どうなるか分かったものじゃありませんよ!」

 

ティアーユを心配するあまりその護衛役であるエンザに対してくどくどとお説教を開始するヤミ。それにエンザは苦笑を漏らすしか出来なかった。

 

「あ、あの、ヤミちゃん……その、あまり言わないであげて……元はといえばその、ミカドが無理強いしたんだし……」

 

「……わ、分かりました。では、私はこれで」

 

「あ、待って! まだお礼も言って――」

 

ティアーユのお願いゆえかヤミは素直に聞いてお説教をやめると、またぷいと顔を逸らして別れの挨拶を告げると同時に姿を消す。お礼を言いそびれていたティアーユが待つように言おうとするが間に合わなかった。

 

「ヤミちゃん……」

 

「……まあ、少しずつでも歩み寄れてるみたいだし。いいじゃないですか」

 

ず~んと落ち込むティアーユにエンザはそう答える。エンザはまだ辺りにヤミらしき気配は感じており、きっとまたティアーユの身に危険が迫ればすぐに出てくることだろうと考える。

 

「さ、とっとと帰りましょう。またトラブルにあうのもごめんですし」

 

「あ、はい……」

 

しかしそうなればまたヤミに怒られる。万一ティアーユにもしもの事があったら問答無用で殺されてもおかしくはない。流石にそこまで無茶は出来ず、エンザはティアーユに帰るよう促し、ティアーユも頷くと、二人はこの星に来た時に宇宙船を止めた場所へと戻っていき、地球へと帰還するのであった。




ToLOVEる最新刊を読んで、三ページ目で固まりました。(汗)
恭子が宇宙人とカミングアウトしたか……これでまた炎佐が恭子との関係を隠す理由が一つ消えたな。(自分が宇宙人とばれたら従姉弟である恭子も=宇宙人とばれかねないというのも炎佐が恭子との関係を内緒にしている理由の一つ)
まあ最終的には「トップアイドルと親族ってばれたらめんどくさい」ってだけで炎佐が恭子との関係を隠す理由付けには充分なんですけども。
そしてヤミVSクロのBlackCat対決もあり、オチのアゼンダ……お前即堕ちしてんじゃねぇよ、ありえないけどこれで次巻からアゼンダがヤミに代わる殺し屋系サブヒロインとして出てきたら俺はどう反応すればいいんだよ……。(汗)
っていうか……この辺、炎佐をどっちルートで扱うかから考えなきゃならなくなったな。立場的にはララ達についていくべきだし。(忘れがちだが炎佐の立場は「ララ達三姉妹の護衛」)

さて今回は思いついたので書いてみたサブヒロインの一人ティアーユとのデート……のつもりだったんですが、なんかヤミちゃんが出張ってきました。素直じゃないけどティアーユ大好きだなぁうちのヤミちゃん……。
とりあえずもののついでに炎佐の武器を新調しておきました。実際実弾銃だと銃弾の入手の言い訳が面倒ですし。いやまあ最悪ザスティンの伝手とかその辺で誤魔化せない事もないんだけどさ。せっかくだからエネルギー銃にしておけば何かと便利ですし。(改造を施してエンザの能力で特殊弾丸を撃てるとか色々設定追加できる)
次回はお待ちかねの凜編かなっと思いつつオリジナルをどのように放り込もうかと今考えているところです。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十五話 第二王女の甘え日和

「ミィーカァードォー!!!」

 

彩南高校にそんな怒鳴り声が響き渡る。

 

「え、炎佐!? どうしたん……だ?……」

 

ばたばたばたと足音がその怒鳴り声の発生源――保健室へと近づき、バンッと扉を開けながら先頭に立つリトが声をかける。が、その言葉は途中からしぼんでいき、その後ろからモモやララ、一緒にいたヤミが覗き込むと彼女らも目を点にする。

 

「えへへへへ~♪ 兄上~兄上~あーにーうーえー♪」

 

そこには頭の上でお花が舞っているような幻覚が見えるほどににへらぁとしまりのない顔をして、まるで猫のように炎佐に抱きつき頬ずりをしているナナと、額に怒りマークをくっつけて眉間にしわを寄せ目を閉じて頬を引きつかせるという明らかに怒っているオーラ満々だがナナを払いのける事が出来ずに椅子に座っている炎佐、そしてその後ろであわあわとしているティアーユの姿があった。

 

 

 

「へくちっ!」

 

時間を戻して放課後。下駄箱の前に立つナナが突然くしゃみをし、別の下駄箱の列からリトが覗き込む。

 

「ナナ、朝からくしゃみしてたけどまだ止まらないのか?」

 

「授業中にもしてたわよね?」

 

「ん~……放っときゃ治るだろ?」

 

リトの言葉にモモが補足するように続けると、ナナは鼻の下をこすりながらそう答える。

 

「ダメだ。御門のとこに行くぞ、風邪薬ぐらい常備してんだろ」

 

だがその背後に炎佐が立ち、ナナを引っ張っていく。

 

「えー? 別にいいだろそんなもんー」

 

「リト達に風邪うつされても面倒だ。なにより保健室なら薬くらいタダで貰えるだろ。悪いリト、先帰っててくれ」

 

「あぁ、いいっていいって。待ってるからさ」

 

しれっとケチな事を言いながら炎佐はナナを引っ張って保健室まで歩いて行った。

 

「御門先生、いらっしゃいますか?」

 

「あら、エンザ。ナナちゃんも。どうかしたの?」

 

遠慮なく保健室の扉を開け、御門がいるか聞く炎佐。それに対し保健室にいた養護教諭――御門が片手をあげながらどうかしたのと用件を尋ねる。その隣には今まで話をしていた様子のティアーユが座っており、彼女も炎佐達にぺこりと一礼した。

 

「ナナがくしゃみが止まらないみたいで。風邪薬か何かあります?」

 

「あら、風邪? でもごめんなさい。私ちょっと佐清先生に用事があるから……あ、佐清先生が顧問をしてるテニス部で最近練習中の捻挫とかの軽い怪我が多いからそれについて相談を受けるだけよ。やきもち焼かないでね?」

 

「焼かねえよ馬鹿」

 

炎佐からの言葉を受けた御門はちょっと用事があるから保健室からいなくなるらしく、そこで彼女がちょっとふざけた様子で炎佐に言うが彼は冷淡に返すのみ。御門はむっとした顔を見せた後、ティアーユの方を向いた。

 

「じゃあティア。すぐ戻るから、それまでお願いね」

 

「ええ」

 

「えっと、風邪薬だっけ? それならそこの戸棚の上の、奥の方に置いてるわ。ティア、取ってあげて。じゃあお願いね」

 

どうやらティアーユは御門がいない間の留守番らしく、御門は炎佐の頼んだ風邪薬がどこにあるかということだけ伝えると足早に保健室を出ていった。

 

「じゃあ二人とも座ってて」

 

「俺が取りましょうか?」

 

「いいのいいの。生徒に薬を触らせるわけにもいかないから」

 

御門が保健室から出て行った後ティアーユが立ち上がって炎佐達に座ってるよう促すと、炎佐が自分が取ろうかと尋ねるがティアーユは生徒に薬を触らせるわけにはいかないと返して、薬の入っている戸棚を開ける。

 

「えーと、上の奥の方……」

 

戸棚が高く、しかし踏み台が近くになかったので背伸びをして御門に指示された場所を探すティアーユ。しかしその足は頼りなさげにプルプルと震えていた。

 

「取れた! きゃっ!?」

 

ティアーユが奥の方にある瓶を掴む、が同時にプルプルと震えていた足に限界が来たのか彼女はずっこけてしまう。

 

「ド、ドクター・ルナティーク!?」

「だ、大丈夫か!?」

 

慌てて炎佐とナナが声をかける。

 

「あいたた……え、ええ。ごめんなさい……」

 

ティアーユは瓶を握ってない方の手で頭を押さえながら立ち上がり、瓶を確認する。がその時少し怪訝な表情になった。

 

(なんだかさっきのとラベルが違うような?……気のせいかしら?)

 

そういえば倒れる時に手を離しそうになったり別の瓶を掴みそうになった気がする。と考えそうになったが、そこまで考える前に「気のせいよね」と結論づけた。

 

「はい、ナナちゃん。錠剤だから一錠ずつ飲んでね」

 

「はーい」

 

「ほれナナ、コップに水入れてやったぞ」

 

「サンキュー」

 

ティアーユから瓶を渡され、ナナは瓶の中から薬を一錠出す。それから炎佐が入れてくれた水を最初に飲んで口内を湿らせ、錠剤を口に入れて噛まずに水で流し込む。

 

「ん~……」

 

まあそんなに早く効くこともないだろうが、くしゃみは止まらないかな、と思いながらしばし待つ。

 

「どうだ?」

 

「……」

 

ナナの顔を覗き込んで炎佐が尋ねる。が、ナナは無言のまま。するとその時彼女の頬がぽーっと赤くなり、目がとろんとなる。

 

「ナ、ナナ?」

 

「えへ、えへへ……」

 

様子がおかしい。と思った瞬間、ナナはにへらぁ、と笑って突然炎佐に抱き付いた。

 

「あ~に~う~え~♪」

 

むふふ、と笑いながら炎佐に頬ずりをし始めるナナ。突然の変貌、その原因は知れたもの。結論を出した炎佐の額に青筋が立つ。

 

「ミィーカァードォー!!!」

 

そして、話は冒頭に戻る。

 

「えっと……ナナ、どうしたんだ?」

 

「にへへへへ、あにうえ~♪」

 

リトが声をかけるがナナは意にも介さず炎佐に甘え続けるのみ。尻尾も上機嫌そうにゆらゆらと揺れていた。

 

「騒がしいわね、どうかしたの?」

 

すると御門も戻ってきた。

 

「お前! ナナに何飲ませた!?」

 

「はぁ? 風邪薬でしょ?……ティア、飲ませた薬を見せてくれる?」

 

「え、ええ……」

 

炎佐の怒号に御門は首を傾げながら返した後、ティアーユに薬を見せてくれと続け、ティアーユが先ほどナナに飲ませた薬の瓶を御門に渡すとそのラベルを確認する。

 

「あ、やばっ」

 

そして聞き捨てならない一言を呟いた。

 

「おい、やばいってなんだ!? まさか毒物じゃねえだろうな!?」

 

「ど、毒!? 御門先生、なんでそんなもんをっ!?」

 

聞き捨てならない一言に炎佐が怒鳴るとリトも慌て始める。

 

「だ、大丈夫! 身体に害はないから!……」

 

しかし御門は頬を引きつかせながらすぐに炎佐を落ち着かせる。

 

「えーっと……でもナナちゃんがこれだしなぁ……ララちゃんモモちゃん、アマエリスって動物知ってる?」

 

「「え? えーっと……」」

 

「聞いたことがあります。単体ではひ弱な草食動物ですが、特殊なフェロモンを放出する事で身を守っている、と」

 

御門は動物に詳しいナナがこの状態だからとララとモモに尋ねるが、二人とも聞いたことないのか首を傾げる。しかしそこにヤミが助け船を出した。

 

「フェロモン?」

 

「はい。そのフェロモンを嗅いだ動物はアマエリスに対する庇護欲を刺激され、アマエリスの餌を取ったり別の外敵から守るような行動を取る。と図鑑には書かれていました」

 

「ええ。要するにアマエリスは他の動物が自分を甘やかすようなフェロモンを使ってるの……そして、ある薬剤を使う事でその性質を変化、逆にこの薬を飲んだ者はその時目の前にいた人間に甘えるっていう効力になったんだけど……」

 

御門はそう薬の説明をした後、どこか歯切れの悪い様子になる。

 

「……ドクター・ミカド。私はしばらくあなたから貰うものは一切口にしません」

 

すると彼女の目的を理解したのかヤミが一番に宣言。御門がぎくっと身体を揺らす。

 

「右に同じく。変な弱み握られたらたまったもんじゃない」

 

「し、失礼ね! 私はただヤミちゃんがティアに甘えるようになったら少しは二人の仲が進展するかなって思っただけよ!!」

 

そこに炎佐がそう続けると、御門はかっとなったのか怒鳴る勢いでそう宣言。

 

「やはりそういう事でしたか……」

 

「はうあっ!?」

 

しかし口を滑らせてしまい、ヤミの冷たい視線が御門を貫く。

 

「ま、待ってヤミちゃん! これは私が勝手にしたことなの! ティアは関係ないから、だ、だから……」

 

御門が慌てて弁解を開始。とにかくティアーユが嫌われないようにしないと、という気持ちが見え、ヤミはため息交じりに「まあいいです」と答えた。

 

「で、その薬の作成動機も分かったところで……ミカド、これどうにかできないのか?」

 

ため息交じりにナナの頭をなでなでしながら、炎佐は御門にそう尋ねた。

 

「えーと……ごめん。まだそれ実験中で、解毒剤はまだ作ってないの……一応理論上はただ甘えまくるだけのはずなんだけど……」

 

「……いつ切れる?」

 

「ごめん、それも分かんない……一錠くらいなら流石に明日には切れると思うんだけど……」

 

いまいち煮え切らない態度の御門に炎佐は再びため息をついて立ち上がる。その首にはナナの腕が巻き付いている。

 

「あーにーうーえー♪」

 

「ナナ、おぶってやるから一回離れろ」

 

「はーい♪」

 

いつもなら子ども扱いするなと怒りそうなのに素直に聞き入れて炎佐の背中に乗っかるナナとそれをおぶりなおす炎佐。なお二人の荷物はそれぞれリトとララが持った。

 

「明日までに治ってなかったら承知しとけよ?」

 

「わ、分かってる分かってる! 念のため解毒剤準備しとくから!」

 

保健室から出て行きざま、顔だけ若干振り返ってギロッと睨みつける炎佐に御門は冷や汗を流しながらこくこくと頷くのであった。

 

「……あんなこと言って大丈夫なの?」

 

「ああ言うしかないじゃないの……」

 

保健室から誰もいなくなった後、ティアーユの質問に御門は頭を抱えながらそう返すしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「エンザさん。これ、ナナの着替え一式と明日の時間割を入れたカバンです」

 

炎佐宅。ナナがどうしても炎佐から離れたがらず、やむを得ず今日は炎佐の家に泊まらせる事になったためモモが着替え一式と明日も学校があるためその荷物を渡しに来ていた。

 

「ナナが迷惑かけてごめんなさい」

 

「いや、悪いのは御門だ」

 

ぺこりと頭を下げて謝るモモに対し炎佐はそう返す。そもそも薬を間違えたのはティアーユなのだが、炎佐はそれを棚に上げて諸悪の根源を御門だと断じていた。

 

「では、ナナをよろしくお願いします」

 

「ああ」

 

最後にもう一度礼をしてモモは帰っていき、炎佐もナナの荷物を手に家の中へと戻る。

 

 

 

 

 

「あ、兄上。なにしてたんだよ~」

 

ぷー、とほっぺたを膨らませるナナ。彼女は現在格ゲーをしており今はポーズ画面。というよりも二人でゲームをしていたところにモモがやってきたため炎佐がその対応をしていたわけだ。

 

「モモからお前の着替えを貰ってきただけだよ」

 

「なーんだ。んじゃ進めるぞー。はいスタート!」

 

「おい! 俺まだコントローラー持ってねえぞ!」

 

「油断してる奴が悪いってのー! おらおらー!!」

 

ポーズが解除され、直後一気呵成に攻撃を仕掛ける青髪の少女剣士と無防備にダメージをくらってしまう赤帽子の男性。自分がまだ操作可能な状況にない炎佐が声を上げるが、ナナは笑いながらそう返す。

 

「くそ! そうはいくか!」

 

すぐコントローラーを持ち直し、炎佐も再スタート。相手が強力なスマッシュ攻撃を仕掛けようとしたのを見てその攻撃を転がるように回避、逆に少女剣士の背後に回り込むと炎を纏った強力な掌底で少女剣士を吹っ飛ばした。

 

「お返しだ!!」

 

「うげ!? ま、まだだ!」

 

悲鳴を上げるナナに対し炎佐は無情に追撃を仕掛け、しかしナナは負けじと操作。辛うじて場外に落とされる事だけは回避する。

 

「はいご苦労さん。んじゃなー」

 

「あー!!!」

 

しかし崖に掴まった少女がステージに復帰した直後、いつの間にか赤帽子の男性は持っていたアイテムを投擲。目と足のついた爆弾のような物体は少女剣士に当たると同時に大爆発、少女剣士は勢いよく場外に吹っ飛び、ナナが悲鳴を上げる。その目はすっかりテレビに夢中になっていた。

 

(どうやら、俺が近くにいないとうるさいけど。俺にくっついてばっかりではなさそうだ)

 

ゲームをつけるまでナナはずっと自分におぶられていたが、ゲームを始めてナナの注意がそっちに向けば少しはマシになるらしい。と炎佐は薬の効能や優先順位について自分なりに分析を進めた。ナナは「まだまだー!」と叫びながら復活した少女剣士を操作し炎佐の操る赤帽子の男性へと斬りかかる。「うりゃっこのっ!」と身体ごとコントローラーを大きく動かしながら操作するナナの姿に苦笑しつつ、炎佐もコントローラーを操作するのであった。

 

 

 

「む~……」

 

ゲームが一段落し、というか負けっ放しのナナが「飽きた!」の一言でコントローラーをぽいっと投げ出してそのまま横にころんと寝っ転がって炎佐に膝枕させるような格好になってからうつ伏せへと寝返りを打っていた。それから彼女は炎佐を見上げるような目線になり、頬を膨らませる。

 

「兄上ー。ちょっとぐらい手加減しろよなー」

 

「したらしたで怒るくせに」

 

「うっせー。あたしに気づかれないように手加減しろー」

 

手足をじたばたさせながら我儘を言い出すナナに炎佐は苦笑。それから彼は時計を見る。

 

「そろそろ飯にするか」

 

「あ、あたしオムライス食いたい!」

 

「はいはい」

 

ナナからリクエストを受け、炎佐は彼女の頭を一撫でするとナナをどけて立ち上がり、台所に向かうと冷蔵庫を開け、食材をチェック。幸いにもオムライスを作る分に不自由はなさそうと確認するとエプロンを取って夕食作りを開始した。

 

「あーん」

 

「へいへい。あーん」

 

「はむっ」

 

夕食の時間。やっぱり甘えるナナは炎佐にあーんを要求。断るのもめんどくさいので炎佐もオムライスを一口分乗せたスプーンをナナの口元へと運び、それを食べるナナはむふふ~と幸せそうな笑みを浮かべる。

 

「なあ、ナナ……」

 

「なんだ、兄上?」

 

「……俺が食べづらいんだが」

 

というか、ナナは炎佐の膝の上に座っていた。

 

 

 

 

 

「ナナ、大丈夫かなぁ」

 

「心配する必要ねえだろ、炎佐が一緒なんだし」

 

一方結城家。夕食を食べながらララがナナを案じ、それに対しリトは炎佐の家にお泊まりに行ってるだけと解釈して心配ないと返す。

 

「……はぁ」

 

そんな中、モモは夕食を食べる手を止めてため息をついた。

 

「どうしたの、モモさん?」

 

「え? あぁ、いえ、別に……」

 

それに気づいた美柑が声をかけるが、モモはどこか浮かない顔でそう返すだけ。リトと美柑も別に、と言われて納得できる雰囲気ではないため困った様子を見せると、ララが「あっ」と何か察したように微笑んだ。

 

「分かった。モモってばナナがエンザに甘えてるのが羨ましいんだ!」

 

「なっ!?」

 

ララのニコニコ笑顔での言葉にモモも顔をぽんっと赤くする。が、直後彼女は唇を尖らせて髪を指先でくるくるといじり出した。

 

「そ、それはまあ、その、ナナがあんな小さい頃みたいに? エンザさんに甘えてるのを見て? その、まあ、そう思ってしまった事はありますけども……」

 

「うんうん。モモってエンザの事大好きだったもんね。ナナとエンザを取り合って喧嘩したことあったし、エンザも困ってたよね~」

 

[それ、最終的に全部喧嘩両成敗でエンザさんが二人ともに拳骨入れていた記憶しかないんですが……]

 

照れた様子でそう答えるモモに対しララが微笑みながら言うとペケが困惑気味に答える。その光景が容易に想像でき、リトと美柑は苦笑を漏らした。

 

「べ、別に好きとかそういうのじゃ! ま、まあ、エンザさんはお兄様ですし? 強くて優しくてかっこいいですし、尊敬するお兄様だとは思ってますよ! ええ、お兄様として!」

 

ララの言葉にモモは頬を赤くしながらぷいっと顔を背け、兄として大好き、兄として尊敬すると強調する。と、そこでモモは何か思いついたのか一瞬にやっと微笑んだ後、潤んだ目をリトに向ける。

 

「そうですね。私もちょっと、たまには甘えたいな~って思います。なのでリトさん、お兄様の代わりとして今日、一緒に寝ていただけないでしょうか?」

 

「は、はぁ?」

 

モモの言葉にリトが呆けた声を出す。

 

「ダメに決まってんでしょ!!!」

 

直後、美柑の怒りの声が響くのであった。

 

 

 

 

 

「ふぃ~」

 

それからまた少し時間が過ぎ、炎佐は風呂に入っていた。ちなみにナナは風邪の疑いがあるからと入浴禁止を言い渡され、ほっぺを膨らませていたが渋々了解した様子でテレビを見ていたのを炎佐は入浴前に確認している。炎佐は適当に温まった後湯船から上がり、タオルにボディソープをつけて泡立てて身体を洗っていく。丁度身体中に泡がついていった時、風呂場のドアが開く音が聞こえてきた。

 

「あっにっうっえー!」

 

「ぬあっ!?」

 

ドアが開くと同時に何者か――というかナナが炎佐の背中に抱きついてくる。

 

「ってナナ!? お前今日は風呂入るなって言っただろうが!?」

 

「だって暇なんだもん。兄上と一緒なら大丈夫だろ?」

 

むふふ~と笑って炎佐に抱きつく力を強めるナナ。と、そこで炎佐は何かに気づく。ナナの身体がやけに肌色成分多めになっていることを。

 

「お、お前服着てねえのか!?」

 

「何言ってんだ? お風呂に入るんだから裸になるのは当たり前じゃん?」

 

「確かにそうだけどな! いいから出ていけ服を着ろ!!」

 

「やーだー。兄上と一緒にお風呂入るんだー」

 

ナナを風呂から追い出そうとする炎佐とそれを阻止しようと炎佐に抱きつくナナ。ばたばたと炎佐が暴れる中、炎佐の腕がシャワーのレバーを動かす。

 

「「うわっ!?」」

 

瞬間、シャワーから冷水が二人に降り注ぎ、怯んだ拍子にナナが離れ炎佐も手探りでシャワーのレバーを元に戻した後、ナナの方を向いて呆れた目を見せる。

 

「ったく。風呂場でふざけるからそうなるんだ。マジで風邪引くからとっとと身体を拭いて――」

 

そこまで注意をしたところで炎佐は気づく。ナナが呆然とした顔を見せながら目を見開き、顔が真っ赤に染まっていること。そして現在自分は全裸である事と、さっきのシャワーですっかり身体中の泡が流れてしまっていることに。ついでに、ナナがやけに自分の股間に目を向けていることに。

 

「ケ……」

 

ナナの口からそんな声が漏れ出る。

 

「ケダモノだー!!!」

 

そしてナナの悲鳴が響き渡った。

 

 

 

「ナーナー! いい加減に出てこーい」

 

「うっせー!!! 来んなー!!!」

 

自分の部屋のドアをどんどんとノックしながら炎佐が呼びかけるが、部屋の中から聞こえてくるのはナナの拒絶の声。真っ赤になっていたナナは悲鳴を上げた後風呂場から出て行き、服を着ることすらせずに濡れて裸のまま炎佐の部屋に逃げ込んだのだ。なお最初鍵はかかっていたが、予備の鍵で鍵を開けてドアを押してもまるで何かに阻まれているかのようにドアはびくともしない。きっと部屋に置いていたタンスなどで壁を作っているのか、もしくはナナの友達の動物が押さえているのだろう。とにかく、炎佐にはどうしようもないようだ。

 

「……ちゃんと身体拭いて、パジャマ着ろよ。荷物はドアの前に置いとくから」

 

結局、そう注意を言い残すだけでナナの着替え一式などを入れたカバンを部屋の前に行くと、しょうがないから今日は自分が客間で寝ようと隣の客間へと向かう。

 

 

 

「あ、あたし……な、何やってたんだ……」

 

炎佐のベッドの中で布団を被りながらナナが思い返す。今日の放課後からちょっとばかり記憶が曖昧になっている。覚えていることと言えば炎佐に抱きつき、おんぶしてもらい、膝枕をしてもらい、膝の上に乗ってご飯を食べさせてもらい、そして風呂に入って炎佐の裸を見て……そこまで考えた瞬間、ナナの顔が真っ赤に染まり上がった。

 

「エ、エンザの……おっきくなってた……」

 

遠い昔、炎佐がまだ自分達の親衛隊をしていた頃。モモが「エンザさんが一緒じゃないとお風呂行きたくない!」と駄々をこね、根負けした炎佐が一緒にお風呂に入っていた時にその股間の象のような物体はよく見ていた。しかし今の炎佐のものはその時とは比べ物にならない。

 

「ケ、ケダモノ……バケモノ……」

 

ナナはうわ言のように呟き、布団を深く被り直す。炎佐の匂いが漂い、それが余計にナナの顔を赤くさせる。だがどうしてもそれをはねのける気にもならない。

 

「……へくちっ」

 

ナナの口から小さくくしゃみが飛び出た。

 

 

 

 

 

翌日。炎佐は朝から宇宙ゴリラのゴリ助に起こされ――どうやら彼が炎佐の部屋のドアを押さえていた犯人らしい――ナナの寝ている部屋に向かうと彼女が顔を真っ赤にしながら「ケダモノ、バケモノ」とうわ言を呟いている光景を発見。

部屋の前の荷物がそのままだったことから予想はついていたがナナは全裸、しかもその顔は真っ赤で汗が酷く、一目見て風邪をひいていると判断するのは難しくない。その姿を見た炎佐は呆れたようにため息をつくと携帯電話を取り出し、ある番号へとかけた。

 

「ああ、もしもしリト? あのバカナナ、本当に風邪をこじらせやがった……ああ。心配だし俺の監督不行き届きだ。俺も今日は休んでナナの看病をするよ……ああ、気にすんなよ。そういうわけで伝言よろしく、風邪引いたってことでいいからさ。後でノートだけ写させてくれ……ああ、じゃあ頼むな」

 

話を終え、炎佐は携帯をしまう。それからゴリ助に指示を出して風呂場からタオルと、部屋の前に置いていた荷物を持ってこさせるとタオルを手にナナへと話しかける。

 

「ナナ、汗拭くぞ」

 

「ケダモノ……」

 

目の焦点が合っていないナナはそんなうわ言を呟くのみ。炎佐は「はいはい」と適当に返答しながらナナの身体を起こすと慣れたようにナナの身体を拭いていき、ナナにパジャマを着せてもう一度寝かせる。

 

「今からおかゆ作ってやるから、大人しくしてろよ」

 

「……あにうえ」

 

そう言って部屋を出ていこうとする炎佐に、ナナはうわ言のようにそう声を出す。振り向いた炎佐の目に、焦点が合ってないながらも潤んだ瞳で炎佐を見るナナの姿が映った。

 

「……病人なんだ。しっかり甘えろ」

 

「……うん」

 

くすっと微笑を浮かべてそう言う炎佐に、ナナは小さく、だがしっかりと頷いて返すのであった。




……ナナが炎佐に甘えまくっている光景を幻視したから書いた!後悔はしていない!!
というわけで。この光景を幻視した時これはお告げかと思ったので、本来は凜ヒロインのブラクティス編を予定していましたが、急遽予定を変更してナナヒロインの甘えんぼナナ編です。
オチに関しては正直ナナには刺激が強い事をやらせちゃったなぁと思ってます。ですが、ナナならきっとああいう反応を見せてくれると信じてます!(おい)……あとはまあ、オチが思いつかなかったから最初ナナは風邪だったという設定をどうにか引っ張ってきてオチをつけたと言いますかなんと言いますか。
次回こそブラクティス編に行きたいと思ってます。頑張ります。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十六話 危険な奇剣

昔ながらの武家屋敷。そんなイメージを発する日本家屋の中にある剣道場で、黒髪ポニーテールの美少女が額に汗を流し、真剣な表情で竹刀を振るっていた。

 

「ふぅ……」

 

少し休憩する事にし、すぐ近くに置いていたタオルを拾い上げるとその陶器のように白い肌に浮かぶ玉のような汗を拭っていく。

 

「凜~!! たたた大変よ~!!」

 

「ん、どうした。綾?」

 

そんな時道場に慌てた様子で飛び込んできたメガネの少女――綾の呼び声に、美少女――凜はそう聞き返した。

 

 

 

「暗闇の宇宙船内からは血の滴る音がポツリ……ポツリ……そう……魔剣に魅入られたその男は船にいた盗賊の仲間を全て斬り殺してしまったのです……」

 

結城家、出かける様子の美柑は部屋から出た時、そんな語り口調の声を聞き、声の聞こえてきた部屋へと向かう。

 

「男は剣についた血をペロリと舐めるとかけつけた警官達に向けてこう言い放ちました」

 

部屋にいるのはリトとララ、炎佐にナナとモモ、セリーヌ、そしてザスティン。ザスティンの語りにナナは怯えた様子で震えながら炎佐の後ろに隠れていた。

 

「血だッ! もっと血をよこせッ!! このカスがぁーッ!!!」

 

ザスティンの大きな声での言葉にナナがぴぃっと小さな悲鳴を上げ、その横のララとセリーヌは何が楽しいのか無邪気に笑っていた。

 

「……なんの話?」

 

「あ、美柑! ザスティンがね、“呪いの剣”のお話をしてくれてるの」

 

美柑の呆れた様子での問いかけにララがそう答えると、美柑は首を傾げながら「呪いの剣?」と聞き返す。

 

「手にした者を恐ろしい殺人鬼に変えてしまうという魔剣の話です」

 

美柑の言葉にザスティンが「銀河大戦の渦中において数多の戦場で血を吸い続けた呪われし剣“ブラディクス”。手にした者は心が悪意に染まり、血を求める殺人鬼に豹変してしまうと言われている」と概要を話す。

 

「わ~コテコテ。それ実話?」

 

「いや~。私も大戦時には剣士として多くの星で戦いましたが未だ本物を見た事はありません。まぁ都市伝説みたいなものでしょう」

 

怪談話によくありそうなネタに美柑が苦笑するとザスティンも苦笑いをしながら都市伝説のようなものだと思うと答える。しかしその後彼は「今度これを題材にした読み切りを描いて持ち込もうと思ってまして!」と真面目に話しており、美柑は「この人剣士か漫画家かどっちなんだろ」と心中で呆れていた。

 

「ハ、ハハッ……呪いなんて幼稚だよなー」

 

「あら、ずっとエンザさんの後ろで震えてたのは誰かしら?」

 

話が終わって軽口を叩くナナと彼女をからかうモモ。ナナが「震えてなんかいないぞっ!」と叫ぶとララがにこやかに笑いながら「ケンカはダメだよ~」と仲裁し、炎佐も苦笑しながら見守る。そのいつもの光景に美柑がくすっと笑うと、突然彼女の携帯電話に着信が入った。

 

(!……凜さん?)

 

電話の相手――九条凜の名前に美柑は驚いたように心中で呟き、電話に出るのであった。

 

 

 

「ホーッホッホッホ!! ようこそいらっしゃいましたわ!! 結城みか――」

 

天上院宅。玄関からすぐの広々としたホールで高笑いをしながら沙姫が出迎えるが、その来客を見て怪訝な様子を見せる。というのも、彼女は結城美柑、と言おうとしていたのだが彼女の前に執事服姿で立っているのはその兄――結城リトとその友達の氷崎炎佐なのだから。彼らも「「えと……」」と困惑していた。

 

「――って! なんで結城リトに氷崎炎佐なのよ!? 私は“しっかり者の妹を呼んで”と言ったはずよ、凜!!」

 

「申し訳ありません、沙姫様」

 

沙姫からのクレームを聞き、凜は一言謝罪をしてから、美柑は用事があって来られないらしく代わりに家にいたリトと炎佐がよこされたのだ。と説明を行う。

 

「私も気はのりませんが、今の状況では……」

 

「……仕方ないですわね。こうなったのも私の責任ですし……」

 

凜のこちらも困っているような言葉に沙姫も仕方がないと納得は出来なさそうながら飲み込む姿勢を見せる。

 

「事の次第は美柑から聞いているな?」

 

「あ、はい……」

 

凜の確認にリトが頷き、確認を行う。「沙姫が昨夜使用人を労う為に手作り料理を振る舞ったら、今朝になって全員が腹痛になって動けなくなった」と。そのまさかとでも言いたげなリトの言葉に凜は真顔で「そうだ」と頷いた。

 

「急な事だし人手が足りない分を私と綾だけでまかなうのは難しいのでな。二人とも一日執事としてよろしく頼むぞ。バイト代は出すから」

 

「分かりました」

「だけど、俺達二人だけで大丈夫かな?」

 

凜からの言葉を受け、炎佐が頷くとリトが困った様子で不安気に呟く。

 

「ご心配なくリトさん!!」

 

するとそんな時、突然天上院家の玄関のドアがバンッと音を立てて開いた。

 

「私達もお手伝いしますわ!」

 

「モモ!? それに皆も……」

 

そう言って入ってきたのはモモを先頭にナナ、メア、ヤミ。全員がメイド服を着用しており、リトが驚いたように声を漏らす。

 

「なんでここに……」

 

「リトさんとエンザさんだけでは大変そうなので、皆連れてきちゃいました」

 

リトの呟きにモモがにこやかな笑顔でそう答え、続けてすすすっと沙姫の元に歩き寄ると「天上院さんにはお姉様がいつもお世話になっていますから、お力になれればいいと思いまして」と沙姫を丸め込みにかかる。沙姫も「まあ、ララの妹にしては気の利くコですのね!」とあっさり丸め込まれており、それを見たナナは「まーたモモのいい子ぶりっ子だよ」と呆れ口調で呟いた。

 

「わ~。せんぱいに兄上、その格好大人っぽくって素敵♪」

 

「なんでお前までいるのかまではめんどくさいから聞かない事にする……」

「ここのを貸してもらったんだけど……みんなのそのカッコは?」

 

メアが炎佐達の執事服姿を素敵だと評すると、炎佐はメアがいる事に対する疑問については面倒だから流すことに決め、リトが執事服の出所を説明すると共にメア達が着ているメイド服について尋ねた。と、ナナが呆れ顔で腕を組む。

 

 

「モモが用意したんだよ。天上院(ここ)のメイド服は正統派で色気がないからって!?」

 

そこまでナナが言った瞬間、モモが突然ナナの背後から彼女に抱き付き敏感な尻尾をしゅっしゅっと撫でてナナを感じさせ口止めを始める。

 

「あら何言ってるのナナったら。私はなるべく天上院さんのお手をわずらわせないようにと思っただけですよ?」

 

「ひゃ、シ、シッポは……らめええぇぇぇっ」

 

「うわっ!?」

 

敏感な尻尾を撫でられたナナは腰砕けになって近くにいたリトへと倒れ込み、いきなり倒れ込まれたリトも驚いて離れようとするのとしかしナナを抱きとめた方がいいのではないかという迷いが動きに表れて曖昧な動きになり、結果的にナナに巻き込まれる格好でバランスを崩して倒れ込む。

 

「っと!?」

 

自分も巻き込まれそうになった炎佐が咄嗟に飛び退いてかわそうとするが、その時リトが偶然出していた足に自分の足を引っかけてしまう。

 

「うわっ!?」

 

リトの足につまずいた炎佐もバランスを崩し、リトと炎佐、そしてナナの三人が倒れ、五人の「わっ」「きゃっ」という悲鳴が重なる。

 

「あっ……」

 

モモが冷や汗を流して沈黙する。リトが倒れていた先には沙姫がおり、リトに巻き込まれて倒れた沙姫は何がどうしてそうなったのか服が脱げブラジャーが乱れ、リトが彼女の豊満な胸をわしづかみにする結果になっていた。そして炎佐は飛び退こうとした勢いによってか彼らより少し離れた先にいたはずの凜を巻き込んで倒れ、彼女の豊満な胸に頭をダイブさせるような形で倒れ込んでいた。

 

「わ、私の身体はザスティン様のものですのに~!」

「きっ、君は何をらしくない事をしているんだ!?」

 

「「ご、ごめんなさーい!!」」

 

それぞれ羞恥と怒りによって顔が真っ赤になった沙姫の悲鳴と凜の怒声が重なり、リトと炎佐の必死の謝罪の声もまた重なるのであった。

 

 

 

「全く。君があんな悪ノリをするとは意外だったな」

 

「あれは事故ですってば……」

 

時間が過ぎ、凜が怒りと呆れがないまぜになったような表情でそう呟くと、その後ろをついて行く炎佐がそう答える。とりあえずリトはナナ、メア、ヤミと一緒に屋敷内の掃除という事になり(なお遠回しにリトに対する「沙姫に近づくな」という命令であることやナナ達が見張り役になっている事は言うまでもない)、炎佐は凜に仕事の指示を受ける事になっていた。なおモモは沙姫に紅茶を淹れて少し話をしている。

凜が入った部屋に続いて炎佐も入り、そこで炎佐は部屋のテーブルの上にやけに細長い頑丈そうな木の箱が置いてあるのに気づく。

 

「大きな荷物ですね?」

 

「さっき届いた沙姫様のお父様のコレクションだ。海外の美術商から入手した骨董品らしい」

 

「へー……運んどきましょうか?」

 

炎佐のふと出したような言葉に凜はそう返しながらテーブルを拭き始める。と掃除の邪魔になるかと思ったか骨董品を炎佐が運ぼうかと申し出た。

 

「いや、私が後で運んでおく。君が信頼できないわけではないが、もし壊しでもしたら大問題だからな」

 

「了解です」

 

炎佐の言葉に対し、凜は後で自分が運ぶと返し、炎佐も了解を返す。それから炎佐はふと凜に視線を向けた。

 

「……なんだ?」

 

「あ、いや。九条先輩のそういう格好が珍しいと思って……」

 

視線を感じたのか凜がテーブルを拭く手を止めて尋ね、それに炎佐は若干照れたように頬をかいてそう返す。凜の格好は先ほどのモモ達と同じメイド服になっていたのだ。

 

「あのモモというコに強引に着せられたからな」

 

そう言い、凜は嘆息すると「美柑の言う通り、よく分からないコだ」と呟く。

 

「私はこんなヒラヒラした服など似合うわけがないというのに……」

 

「そんな事ないと思いますよ?」

 

凜の言葉に炎佐がきょとんとしたような声で返す。

 

「九条先輩綺麗だし、よく似合ってますよ」

 

「な……」

 

その言葉に凜の顔が真っ赤に染まる。

 

「ヘ、ヘンな事を言うな!」

 

そう叫び、凜はぷいっと顔を背ける。

 

「こ、ここは私一人でいい。君は書斎の整理と掃除でもしていてくれ、場所はさっき教えただろう」

 

「あ、は、はい……」

 

凜からそう指示を受け、炎佐は頷くと掃除道具を手に部屋を出ていこうとする。

 

「ん?」

 

が、部屋を出ようとした瞬間足を止め、振り返った。

 

「どうした?」

 

「あ、いや……なんでもありません?」

 

やや照れたような様子で睨んでくる凜に、炎佐はそう言うと首を捻りながら部屋を出ていく。

 

(なんか、一瞬殺気を感じたような……気のせいかな?)

 

そんな思考を頭の片隅に置きながら、炎佐は凜から教えられた書斎へと向かって足を進める。

 

「エッンザさんっ♪」

 

「お前か、モモ」

 

するとその後ろからモモが追いつき声をかけてくる。

 

「凜さんのメイド服、よくお似合いでした? お似合いでしたよねーあんなに褒めてたんですし♪」

 

「聞いてたのかよ……」

 

むっふふーと笑いながら炎佐を見上げるような格好をするモモに、炎佐は仕事をサボって聞き耳立てていた事に呆れる。

 

「まあいい。ついでだ、書斎の整理手伝え」

 

「はーい♪」

 

炎佐がそう言うと、モモも断る理由がないのかどこか楽しそうな様子でそう返した。

 

 

 

 

 

「おかわりっ!!」

 

「はいはい」

 

そんな元気のいい声と共に空のお茶碗が差し出され、美柑は炊飯器からご飯をよそってその相手に渡す。

 

「はーっ。やっぱ原稿明けに食う美柑の飯はサイコーだな!」

 

「まったくもー。言っとくけどこーゆーのはもう当分カンベンしてよね。私は家とリトの世話だけで手一杯なんだから」

 

「わーってるって! できた娘でうれしいよオレァ♪」

 

呆れた様子でそう言う美柑に相手――結城才培が笑いながらそう答える。

 

「ところでなんだそのカッコ?」

 

そして才培がそう尋ねる。美柑の格好はモモ達と同じくメイド服になっており、美柑もスカートの裾を少し持ち上げながら「ああコレ?」と答える。

 

「モモさんにもらったの。気ノリしなかったんだけど、試しに着てみたら戦闘服ってカンジでさ~。家事がはかどりまくり♪」

 

そう言い、美柑はポーズを決める。

 

「それに、この格好を見てくれたらきっと炎佐さんも可愛いって言ってくれるかも……きゃ~!」

 

続けて炎佐に「可愛い」と言ってくれる妄想を働かせ、頬に両手を当てて照れた様子を見せる。

 

「形から入るってヤツだな、俺も分かるぜ!」

 

と、後半を全く聞いてない様子で才培がうんうんと頷く。

 

「俺もこの大漁ハチマキ巻くと気分が引き締まって仕事がはかどるからな~!」

 

「それと同じ扱いされるとちょっと……」

 

漫画家としての血と汗が比喩的な意味でも物理的な意味でもにじんで薄汚れた大漁ハチマキと自分のメイド服が同じ扱いされるのに美柑が呆れた様子を見せるのであった。

 

「ザスティン隊長」

 

「どうした?」

 

と、食事時に何かの連絡が来たらしくブワッツがザスティンに声をかけた。

 

「地球への危険物流入について報告が」

 

「!」

 

その言葉にのんびりと食事をとっていたザスティンの目が鋭く研ぎ澄まされた。

 

 

 

 

 

「はーっ。もう働き過ぎて疲れたー」

 

「でも九条せんぱいに指示されたコトは大体終わったよね」

 

天上院家の庭、ここの掃除をしていたリト、ナナ、メアは掃除が一段落し、休憩のため近くにあった石作りのベンチに座りながらナナが息を吐くとメアがそう答える。

 

「で、ヤミは?」

 

「休憩がてら書斎に行ってみるって」

 

「相変わらず本が好きだな~あいつ」

 

ナナがヤミがいない事に気づいて尋ねると、メアは「ヤミは書斎に行っている」と返答、リトが相変わらずヤミは本が好きだなと笑う。と、メアの耳に「メア」と自分を呼ぶ声が聞こえた。リトの声でもナナの声でもなく、メアはこの声が聞こえてきた方を見る。その先の木の影にはメイド服を纏ったネメシスが立っていた。

 

(マスター!?)

 

「油断するな。この屋敷……我らの他になかなかオモシロイものが紛れ込んでいるようだぞ」

 

メアが気づくとともにネメシスがそう話す。

 

「? 何見てんだ?」

 

「あ……あそこにマスターがね」

 

とナナがひょこっとメアの視界に入って尋ね、メアがナナの方を見ながらそう答えてさっきの木の影を指差す。と、それにリトも反応し木の方を見る。

 

「……ど、どこだ? 何もいないぞ?」

 

しかしリト、ナナ、メアが見た時には既に誰もおらず、きょろきょろとするリトにメアは「マスター恥ずかしがりだから」と笑うのであった。

 

 

 

「?」

 

一方凜。部屋の掃除が一通り終わったため、さっき炎佐に言われていた骨董品を運ぼうと、箱の中の荷物を確認するため箱を開ける。中にあるのは赤い刀身で刀身と柄が一体となったタイプの、刃部分の根元に僅かな出っ張りがまるで十手のように出ている片刃の剣だった。

 

「刀剣か……ひとまず二階の倉庫にでも保管しておくか」

 

呟き、凜は剣を掴む。

 

――血ダ、モット血ヲヨコセ

 

その瞬間、そんな声が頭の中に直接聞こえ、それが何なのかを理解する前に凜の意識は急速に失われていった。

 

 

 

「モモ、この本そっちに入れといてくれ」

 

「はーい」

 

一方書斎。炎佐は本棚にはたきをかけて埃を払いながら、本棚近くに落ちていた本を掴みあげ、さっと本棚を眺めるとシリーズ物だったのか似たような題名と同じ作者の本を見つけ、その近くに入れておこうとモモに本を渡し、モモは炎佐の指示されたところに本を入れる。

 

「ところでエンザさん的には凜さんってどうですか?」

 

「ん? ああ、地球人にしては結構やるな。見所はあると思うぞ」

 

「そういう意味じゃないんですけど……」

 

モモの唐突な問いかけに炎佐は素なのか戦士としての実力的な意味で答え、モモが呆れた顔を見せる。すると炎佐の携帯に突然着信が入り、炎佐ははたきを左手に持ち替えて右手で携帯電話を取り出し、電話に出る。

 

[もっ、もしもしエンザさんですかっ!?]

 

「ニャル子? なんだよそんなに慌てて。また依頼か?」

 

[あー、依頼つったら依頼なんですけどまだ確定事項ではなくってですねー……た、確かエンザさんって彩南町とかいう町に住んでましたよね!?]

 

「ああ」

 

電話の相手――ニャル子はやけに切羽詰まった様子でまくし立てており、炎佐は首を傾げながらニャル子の質問に答える。

 

[そ、その町の天上院グループってとこ知ってます!?]

 

「知ってるも何もそこの娘さんとは知り合いだし、丁度バイトでその家に来てるんだけど」

 

[マジですかっ!?]

 

早口でまくし立ててくるニャル子に炎佐は怪訝な目を見せる。

 

[丁度よかった! 実はその家にですねっ――]

 

ニャル子が本題に入ろうとしたその時、書斎の本棚にピシッという音が立てて鋭利な斬れ跡が出来たかと思うとゴパッと破裂音が続く。そしてその向こうから虚ろな目をした凜が赤い剣を手に部屋へと入ってきた。

 

「血を……よこせ……」

 

小さな声で呟くと同時、凜は床を蹴ると地球人とは思えない素早さで炎佐の懐に入り、殺気に反応して後ろに飛び退いた炎佐の左手に握られたはたきの先端が剣によって斬り落とされる。しかし凜はさらに刃を返して振り下ろさんと構えており、それを見たエンザの両目の瞳が青色へと染まる。直後、ガギンッと音を立てて赤色の剣とはたきの先から伸びるように凍った氷の棒がぶつかり合った。

 

[エンザさん!? どうしたんですか!? エンザさんっ!?]

 

「モモ、電話代われっ!」

 

「は、はいっ!?」

 

電話の先からニャル子の声が聞こえるが相手をする余裕がなく、エンザはモモに携帯電話を投げつけモモもわたわたと携帯電話を受け取ると「もしもしっ!?」と電話先のニャル子に話しかける。

凜から放たれる剣閃はやはり地球人とは思えないほどに速くかつ重く、炎佐ははたきの両端から氷を伸ばして回転、遠心力を生かして威力の底上げを狙うと共に手数を増やして対抗していた。しかしギリギリの拮抗の末、バキリッという音が響く。

 

「しまった!?」

 

中心部分、丁度プラスチック製のはたきを凍らせて持ち手にしていた部分が剣の威力に耐えきれず折れてしまったのだ。咄嗟に氷部分を掴むがその一瞬が実戦では命取り、振り下ろされた剣の防御が一瞬間に合わない。が、エンザの前に何者かが飛び出すと共にキィンッという音が響く。

 

「ヤミさん!」

 

モモの声が響く。凜の攻撃を間一髪、右腕を剣に変身(トランス)させて受け止めたヤミはエンザを見て呆れ顔になる。

 

「あなたがそんな事をするとは思いませんでしたが……どんなえっちぃ事をして怒らせたんですか?」

 

「誤解だっての」

 

「……そのようですね」

 

ヤミの言葉にエンザが誤解だと返すとヤミは何かに気づいたように頷き、同時に力の拮抗が崩れて斬り合いが再び開始される。それをちらりと見たエンザは書斎にある大きな窓に走り寄ると鍵を開けるのも煩わしいか蹴り破った。

 

「ヤミちゃん! 室内だとこっちが不利だ! 外に出て仕切り直すぞ!」

 

「了解」

 

そう言ってエンザは近くに走り寄ったモモを担ぐと窓から飛び出し、直後ヤミも凜の剣閃をかわしながら窓から飛び出した。

 

 

 

「なんだか屋敷の方が騒がしいな?」

 

「あーそうだな。どしたんだろ?」

 

庭で雑談をしていたリトとナナは、突然屋敷の方が騒がしくなってきた事に気づき、不思議に思う。と、メアだけはその屋敷の中でも書斎のある場所だけを見つめていた。そして突然書斎部分の壁が煙を立てて崩れる。

 

「な、なんだ!?」

 

咄嗟に立ち上がり悲鳴を上げるリト。その直後煙の中からエンザとヤミ、そしてエンザに担がれたモモが飛び出してリト達の近くに着地する。

 

「炎佐、モモ、ヤミ!? 一体どうしたんだ!?」

 

リトが若干悲鳴のような焦った声をあげながらエンザ達に問う。がエンザ達はそれに答える余裕もなく、エンザはモモを下ろすとデダイヤルを取り出して鎧を装着、崩れた壁を睨みつける。そして崩れた壁の中、屋敷の中から凜が姿を現した。

 

「九条凛……センパイ!?」

 

「な、刃物って……え、炎佐お前何やったんだ!?」

 

「兄上をお前と一緒にすんじゃねえ!!」

 

ナナが驚きの声をあげ、リトが凜が刃物を持っている事に驚いてエンザに叫びかけると、ナナがリトに怒鳴ってヘッドロックをかけ、リトが「あいででで!」と悲鳴を上げる。

 

「!」

 

「気づきましたか、メア。この殺気……九条凛自身よりもむしろあの剣から、より強く放たれている」

 

メアが、凜の方から向けられる殺気が、むしろ凜ではなく彼女の持つ赤い剣から発されていることに気づく。

 

「は、はい! あの剣はただの剣じゃないみたいです!」

 

するとモモがそう叫びながら、未だ通話中の携帯電話をスピーカーホンに切り替える。

 

[もしもし! 惑星保護機構のニャル子です! 話はざっくりと聞かせてもらいました! 天上院グループに、宇宙テクノロジーで造られたいわくつきの剣が渡ったらしくって……多分、その剣がそのいわくつきの剣です!]

 

「ええ。あの紅い刀身……恐らく魔剣“ブラディクス”」

 

ニャル子が大慌ての様子でそう話し、彼女の予想をヤミが正しいものだと肯定する。

 

「ブラディクスって、確かさっきザスティンが話してた呪いの剣!?」

「本当の話だったのか!?」

 

その聞き覚えのある剣の名前にリトとナナが驚くと、ヤミはそれを肯定。しかし「私達が幼い頃刷り込まれた古今東西の武器・兵器の知識によればブラディクスは呪いの剣なんかではない」と一部を否定する。

 

「寄生型知的金属生命体。二千年くらい前にどっかの銀河で造られたっていう実験兵器――だっけ?」

 

[な、なんか聞き覚えのない声がありますけどこの際無視します! その通りです! 血をエネルギー源に、取り憑いた人間を死ぬまで戦わせる魔剣。それがブラディクスです! 銀河大戦の負の遺産、こっちとしてはなるべく回収が望ましいんですが……もう被害が出てるんなら仕方ありません! 破壊でもなんでも構いませんから事態の収束を惑星保護機構から緊急依頼します!]

 

ニャル子からすれば聞き覚えのないメアの声。しかし緊急事態故にツッコミはしない事にして話を進め、惑星保護機構職員として迅速な事態収束を依頼する。

 

「ちなみにニャル子、お前は来れないのか?」

 

[すいませーん! こっちも色々立て込んでて、だから近場に住んでた記憶のあるエンザさんにお願いの電話をしたんですよー!]

 

「了解、あとはこっちでどうにかする。報酬とかその辺はまた後でふっかけさせてもらうからな」

 

[もー止むを得ませんよ! じゃあお願いしますね!]

 

その言葉を最後にニャル子からの通話が切れ、エンザ達は凜を睨みつける。

 

「とりあえず、動きを封じる!」

 

エンザがブリザド星人の能力を解放、凜を凍らせて動きを封じようとするが、凜は素早くエンザの解放した冷気をかわすとブラディクスを振るい、その斬撃がいくつもの衝撃波となってエンザ達に襲い掛かる。

 

「(これは、地球人にはかわしきれない!…)…リトさん!!」

 

モモは縦横無尽に放たれる斬撃をかわしつつ、鋭く速い斬撃にリトではかわしきれないと直感、リトの方を向く。

 

(って紙一重で避けてるー!?)

 

しかしそのリトは無数の斬撃を間一髪避けており、ヤミが「長年私の攻撃をかわし続けただけありますね」とリトの回避技術を評価していた。

 

(やばっ、()りたくなってきちゃった……抑えなくちゃ……)

 

メアは斬撃がメイド服に掠るとスイッチが入りかけ、しかし戦ってはダメだと衝動を抑えようとする。

 

「おい、九条先輩を傷つけたらただじゃおかんぞ」

 

「は~い、分かってるってば兄上~♪」

 

彼女がスイッチが入りかけたのに気づいたのかエンザがギロリと睨みつけ、メアは彼からの殺気にぞくぞくっと身体を震わせて嬉しそうな声を出す。

 

「どどっ……どうすりゃいいんだよ!? 相手がセンパイじゃ反撃するワケにもいかねーしっ!!」

 

衝撃波と化した斬撃が天上院家庭の並木や石柱を両断しながらナナに襲い掛かり、ナナは逃げながらどうするんだと叫ぶ。しかしその時彼女の視界に二羽のスズメが下りてこようとしているのが見える。

 

(わわっ! バカくるな! 巻き込まれるぞっ!!)

 

それを見たナナが大慌てで二羽に来るなと警告、それが聞こえたのかスズメはチチッと鳴いて飛び去っていった。

 

(よし)

 

スズメが巻き込まれずに済み、ナナはほっと一安心する。しかしその一瞬の気の緩みの隙をついたかのようにブラディクスに取り憑かれた凜がナナの背後へと忍び寄った。

 

「!」

 

それにナナも気づくがもう遅く、凜はブラディクスの間合いに入っている。その突き出そうとしている切っ先はナナの心臓を的確に狙っていた。

 

「伏せろ、ナナ!」

 

そこにそんな声が響き、ナナは咄嗟に頭を抱えてしゃがみこみ、自分の頭のすぐ上をブラディクスが掠る。しかし凜はブラディクスを引き戻すとすぐさま振り上げ、無防備になって動けないナナの脳天をかち割ろうと振り下ろす。

 

「させん!」

 

しかしナナを挟んで反対側からエンザが青い刃の刀でブラディクスを防いで鍔迫り合いに持ち込み、同時に青い刃から冷気が放たれてブラディクスを少しずつ凍らせる。と、ブラディクスが凍らされていくのを見た瞬間凜がその刃からブラディクスを弾き、すぐさま距離を取ってブラディクスを振るい、衝撃波で氷を砕く。

 

「わわわっ!」

 

慌ててナナが四つん這いになってその場から逃げ出した瞬間エンザは地面を蹴って一気に加速、凜へ突進すると彼女と剣劇を開始。ギンッガギンッという音が高速で響き始めた。凜は容赦なくエンザの命を狙い、対してエンザは凜の手からブラディクスを弾き飛ばそうと狙う。だがブラディクスはまるで凜の手に貼りついているかのように強く握られていた。

 

「血を……よこせ……」

 

「そうはいかないね!」

 

凜がエンザの首を刎ねんばかりの横薙ぎを見舞うとエンザはそれをバックステップでかわし、左手に握る青い刃の刀をブラディクスを打ち上げるように跳ね上げる。跳ね上げられたブラディクスはしかし凜の手から離れることはなく、むしろその勢いを利用したかのように刃を返すとエンザを真っ二つにせんと振り下ろした。

 

「おっと!」

 

だがエンザは刀を横にすると切っ先を右手で支え、振り下ろされたブラディクスを受け止めると同時に左手を下げ右手を持ち上げてブラディクスの軌道を左に逸らさせ、さらに前方に踏み込みながら右手を伸ばす。狙うは凜の右手首、ここを取ってしまえばブラディクスを押さえたも同然。さらに足払いをかけるなりして凜の体勢を崩させれば確保は完了する。あとはブラディクスを凍らせればとりあえず戦闘不能にはさせられるはずだ。

 

「がぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

だが凜はまるで獣のように吼えると前方に跳び、エンザから逃れる。凄まじい瞬発力に不意を突かれたとはいえエンザもついていけなかった。

 

「これだけ攻撃しても弾き飛ばせないか……鍔迫り合いに持ち込んで凍らせることも出来ないし、掴んでの確保も難しい」

 

「ええ。こうなれば……彼女を剣の支配から取り戻す方法は一つ」

 

エンザの分析に、彼の隣に立ったヤミも同意を示す。エンザが左手に握っていた剣を右手に持ち替え、目を閉じる。ヤミの両腕が光に包まれる。

 

「「破壊するしかない」」

 

エンザの両瞳が赤色に染まり、刀の刃も一瞬消えた後赤色の刃として具現。ヤミの両腕が巨大な金属製のナックルへと変身(トランス)した。

 

「それはやめた方がいいよ。お姉ちゃん、兄上」

 

しかし彼らの考えを、後衛でモモやナナ、リトの護衛に回る形になっているメアが否定する。

 

「どういう事!? メアさん」

 

「あの剣が九条せんぱいを操ってるのは、多分私のやり方に近いモノだと思うの」

 

地球人が自分達を相手にあそこまで戦える兵器を壊すのが惜しいとでも思っているのか、とメアを睨むモモに対し、メアは静かにそう考察を立てる。己の能力――精神侵入(サイコダイブ)の応用技である肉体支配(ボディジャック)。髪の毛一本からでも相手と物理的・精神的に融合し、身体の支配権を強制的に奪うその能力。ブラディクスも恐らく似たような方法で凜の身体を乗っ取っている、とメアは推測していた。

 

「だとしたら――剣を破壊すれば、剣と同調(シンクロ)している九条せんぱいの精神(ココロ)も一緒に壊すことになる」

 

「ど、どうなるんだ!?」

 

メアの冷静な推測を聞き、ナナが焦った声でそう問いかける。それに対しメアは静かに首を横に振った。

 

「壊れた精神(ココロ)はもう治らない。九条せんぱいは一生意識が戻らないまま――」

 

そこから先を言わないのは彼女が気遣いを覚えたからだろうか。しかしその先を予測するのは容易、リト達の間に静寂が走る。「どうしたら」と困惑の声を何者かが上げた。

 

「……メア。一つ聞きたい」

 

そこにエンザがメアに問いかけた。その真剣な目にメアがドキッとする。

 

「ど、どうしたの兄上? もしかして……ペロペロしてくれるとか?」

 

「違う」

 

メアのボケに対しエンザはツッコミを入れる暇も惜しいのかスルーする。

 

「お前なら、ブラディクスに……正確に言うならブラディクスに支配されている九条先輩の精神(ココロ)に侵入できるのか?」

 

「うん。九条せんぱいの精神(ココロ)に侵入するだけならいつもの事だもん」

 

エンザの確認にメアはこくり、と頷く。

 

「なら、お前の能力で俺と九条先輩の精神(ココロ)を繋げてくれ! ブラディクスの物理的な破壊が無理なら、精神(ココロ)から引き離すしかない!」

 

「む、無茶ですよ! そんな事をして、もしエンザさんまでブラディクスに支配されちゃったらもう手のつけられようが……」

 

その言葉にモモが一番に反対意見を出す。

 

「いや、ブラディクスが接触した相手を支配するとすれば、基本的に剣の柄を握る一人だけが支配されるはずだ。ブラディクスが相手を斬って得た血をエネルギー源とするならそれが一番効率がいい。つまり俺が支配されれば九条先輩は助かる。それに俺が暴走したとしてもヤミちゃんとメアの二人がかりならまだなんとかなるはずだ」

 

しかしエンザはただただ冷静に、凜を助ける手段を考えていた。

 

「もし俺がブラディクスに支配されて暴走したなら――」

 

ただし、

 

「――俺の精神(ココロ)ごと、ブラディクスを破壊しろ」

 

最悪の場合は自分が死ぬことが前提に入っているのだが。

 

「ま、待ってくれ! それなら俺も――」

「リトは足手まといだ、ナナとモモも同じく。そもそも護衛の俺が護衛対象のお前らを危険に晒すとか傭兵の名折れだ」

 

エンザが命を張ると聞いたリトがそれなら自分も行こうと言おうとするが、エンザがそれをすぐに拒否する。なお後半に関してはナナとモモから「「何を今更」」と冷めた目でのツッコミが入っていた。まあ、リトや美柑や春菜のような地球人を守るためならむしろ二人の優先度が低くなっていた前例がある以上、この言葉通りなら彼の傭兵としての名は既にぼっきぼきに折れている。

 

「ヤミちゃんが支配されたらそれこそ俺達じゃどうしようもないし、正直言って俺はまだメアを信用しきっていない。ブラディクスを持ち逃げされでもしたら困るからな」

 

ついでにこの中で一番強い、むしろ宇宙最強の賞金稼ぎであるヤミが行って万一支配されて暴走したら自分達は間違いなく殺される。精神侵入が使えるメアに単独で行かせた場合、ブラディクスを持ち逃げされてネメシスの手に渡りでもしたら今後何が起きるか分からないため却下。消去法でエンザ(自分)が行く事になる。と彼はリト達を守るために屁理屈をこねていた。

 

「で、でも!」

「話し合っている暇はなさそうです」

 

しかし諦めずにリトが説得を続けようとするが、それをヤミが打ち切る。襲い掛かってきた凜の攻撃をヤミは巨大なナックルとなった両腕で防いでいた。縦横無尽に襲い掛かる不可視の斬撃を全て防ぎ、その身及び後ろの全員が傷一つ受けないのは流石宇宙最強の賞金稼ぎと言えるだろう。

 

「ああ……メア、頼むぞ。この一瞬だけ、俺はお前に全てを預ける」

 

「りょーかい、兄上♪ 後でたっぷりぺろぺろしてね?」

 

「……甘いものを好きなだけ奢ってやる」

 

エンザの言葉にメアが冗談めかした敬礼をしながら見返りを求めると、エンザはぺろぺろだけは嫌なのか別の見返りを提案。メアは「ちぇっ」と残念そうに呟いたが直後背中に天使のような真っ白な羽を変身(トランス)によって出して飛翔。エンザも壁になっているヤミの後ろから飛び出して凜の右手に握られるブラディクスに刃をぶつけると、ブラディクスや凜の身体を破壊しない程度に手加減した爆発を発生、ブラディクスを握る右腕ごと後ろに弾き飛ばす。

 

「今だ、メア!!」

 

「行くよ!」

 

爆発に弾かれた凜の動きが鈍った瞬間を逃さずにエンザが合図、それと共に上空のメアがおさげを伸ばし、その先端をそれぞれ凜とエンザの額へと突き刺すように接続させた。

 

精神侵入(サイコダイブ)!!」

 

メアの掛け声とカッという真っ白な光と共に、エンザの意識は急速に遠のいていった。




今回はついにブラディクス編です。次回はブラディクスとの戦闘を完全オリジナルでお送りする予定です。なお、内容は今から考えます。(行き当たりばったり)
一応ラストだけは考えてるんですけどね。そこに持っていく過程とか、どうやって凜を炎佐に落とすかとか。その辺は全く考えられてないですはい。(汗)

で、なんかToLOVEるダークネス連載終了という噂を聞いて情報を収集してみましたが……ダークネスが一区切りになってまた新しいタイトルで連載開始となる説が流れてますね。それこそ無印→ダークネスの時みたく。
ま、その辺は自分単行本派ですので。単行本発売を楽しみにするとします。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十七話 死闘!騎士VS魔剣

精神侵入(サイコダイブ)!!」

 

天上院家の庭。ブラディクスに支配され暴走している凜と、彼女の目の前に立つエンザの額に、メアの伸ばしたおさげの先端が突き刺すように接続される。そしてメアの掛け声とカッという真っ白な光と共に、エンザの意識は急速に遠のいていった。

 

 

 

 

「……ここが九条先輩の精神(ココロ)の中……やけに暗いな」

 

若干の浮遊感の後、すたっ、と地面に足がついたのを確認した後、エンザは辺りを確認しながらそう呟く。しかしその呟き通り、辺りは暗く少し先さえも視覚では判断できない。

 

「……どういう理屈かは分からないが、鎧も装備状態のようだな」

 

自分が普段の鎧状態である事を確認し、エンザは兜の左側面をタッチ。同時に彼の目を覆うようにゴーグルが出現――砂嵐や毒ガス等から目を守る他、暗い場所でも周囲を確認するための暗視ゴーグルだ――し、辺りの状況を確認する。

 

「っ!?」

 

しかしその瞬間エンザは息を飲む。凜の精神(ココロ)と説明された場所、そこには不気味な触手らしき物体が所構わず無秩序に伸びていた。そしてその最奥に、何故か全裸の凜がまるで蜘蛛の巣に囚われた蝶々のように、四肢を触手に巻き付かれて意識を失っていた。

 

「九条先輩!」

 

[なんだァテメーは?]

 

「!」

 

エンザが思わず声を上げる。その瞬間そんな不気味な声が聞こえてきた。

 

[外部からの侵入者!?……俺様以外に生体意識にアクセスできる奴がいるっての!?]

 

「お前が魔剣、いや生体兵器ブラディクスに搭載された人工知能か」

 

凜のすぐ頭上、そこに飾られるように浮いていた剣の目が開き、エンザを確認。エンザも相手がブラディクスの人工知能、すなわちブラディクスの本性だと見抜く。

 

[ク、クカカ! 面白ぇ奴だ! それを知っててここまで来るとはな!]

 

その言葉を聞いたブラディクスが面白そうに笑ったその瞬間、四方八方からブラディクスの触手が伸び、エンザの四肢を絡め取る。

 

[くひひひ、小僧! お前もそのまま取り込んで支配してやる!! 後悔しな!! 人間如きがこの俺様の所有物に手を出したことをなァ!!]

 

最初は四肢を絡め取り、エンザの動きを封じた触手。それは徐々に伸びていき、エンザの腕や足を完全に覆い尽くすと今度はエンザの身体にまで侵食していく。

 

「な、めんなぁっ!!!」

 

[なっ!?]

 

しかし次の瞬間エンザの身体がまるで爆発したように燃え上がり、ブラディクスの触手を一気に焼き尽くすと再び地面に着地する。

 

[こ、こいつ……]

 

「九条先輩はお前の所有物なんかじゃない! 九条先輩を支配させるなんて、絶対にさせない!!」

 

自分の触手が一気に燃えていく光景にブラディクスが怯むと、エンザはそう吼える。炎によって辺りが照らし出されたため不要となった暗視ゴーグルが解除され、その燃え盛る炎のように赤い瞳がブラディクスを射抜いていた。

 

[クク……そうか、どうやらお前はこいつの知り合いみたいだな……]

 

すると、ブラディクスは何か面白い事を思いついたように目を細めた。恐らく口があるならばその口は邪悪に歪められていただろう、そう確信する目をしている。

 

「ぅ……」

 

「九条先輩!」

 

突如凜の意識が戻り、彼女は目を開いて辺りをきょろきょろと見回すとエンザの呼び声を聞き、彼に目を向ける。

 

「ひ、氷崎炎佐!? こ、ここは何だ!? 私は一体……」

 

凜はエンザを見て驚いたように声をあげた後再び辺りを見回し、そこで自分が全裸になっているのを見て顔を赤くする。

 

[お前を目の前で、こいつの身体を使って斬り殺せば、こいつの精神(ココロ)はぶっ壊れる。そうすればもうこいつの意識を抑え込む必要なんかねえ、こいつの身体は完全に俺様が支配できる!]

 

「な、何者だ!?」

 

ブラディクスがそう叫ぶと凜も困惑気味に声を上げる。だがその時ブラディクスの身体が凜へと降りていき、彼女の額と接触した。

 

「な、え……きゃああああぁぁぁぁぁ!!!」

 

するとブラディクスから触手が伸びてまるで兜のように凜の頭を覆う。凜の悲鳴が響き渡るがブラディクスは構うことなく、さらに凜の四肢を拘束していた触手も伸び、まるで繭のように凜の身体を覆い隠した。

そしてその繭が地面に降りた後思うと一気にほどけていき、繭の中からは全身をくまなく鎧で覆い隠した凜が、やはり頭部全体を覆った兜の内側で、唯一露出している瞳に困惑の光を宿しながら姿を現した。最後に、凜の兜の額にあるブラディクスの瞳がギロリ、と開かれるとエンザを見据える。

 

「か、身体が、いう事を聞かない……」

[さあ、大人しく殺されやがれえええェェェェッ!!!]

「やめろおおおぉぉぉぉ!!!」

 

ブラディクスが叫ぶと同時、凜は地面を蹴って加速。凜は悲鳴を上げながらも、彼女の身体は右手に握っていた魔剣ブラディクスを振り上げてエンザに襲い掛かった。

 

「させん!」

 

エンザは振り下ろされた魔剣を右腕で剣の側面を打ち受け流しつつ、身体を回転させて凜の身体を正面に捉えながら左手に剣の柄を握り、バックステップを踏みながら右手に持ち替える。直後その剣の柄に炎のように赤い刃が具現、それを横薙ぎに振るうと共に爆炎が舞い散りブラディクスを牽制する。

 

[ひゃははははは!!!]

「いやああぁぁぁ!!!」

 

しかしブラディクスは爆炎に怯むことなく剣を振るい、無数の衝撃波が発生して炎をかき消すと凜の悲鳴をバックコーラスにしながらエンザ目掛けて突進して魔剣を振り下ろす。それをエンザは己の刀で受け止め鍔迫り合いに持ち込んだ。

 

[甘ェ!]

 

「ぐっ!?」

 

鍔迫り合いに持ち込んだ瞬間、ブラディクスは魔剣の柄で打撃を決める。それにエンザが怯んだ一瞬の隙をついてさらに前蹴りで蹴り飛ばした。

 

「がぁ!?」

 

[終わりだ!!]

 

威力のある前蹴りの勢いに地面を転がるエンザ。それ目掛けてブラディクスは魔剣を振るい、空を切った斬撃は衝撃波となって四方八方からエンザへと襲い掛かる。

 

「ちぃ!」

 

咄嗟にブリザド星人の力を解放したエンザが左手を突き出すと氷の盾が目の前に完成、衝撃波を防ぐ。しかし無数の衝撃波の前に氷は次々と削られ、ついに衝撃波がエンザへと届いた。

 

「いやあああぁぁぁぁっ!!!」

 

凜の悲痛な声が響き渡る。その目にはエンザが未だ数多く残っている衝撃波に鎧を深い傷跡を残され、鎧で守り切れなかった身体を斬り裂かれ鮮血を飛ばす光景が、目を逸らす事も、目をつぶる事さえ許されず映し出された。

 

「頼む……いっそ、殺してくれ……」

 

いう事を聞かない身体が勝手に動き、エンザを殺そうとしている。その現実の前に凜は押し潰されそうになっており、彼女は光が消え始めた目から涙を零しながら、虚ろにそう呟いていた。

 

[キヒヒ、予想通り。こいつを殺せばこの女の精神(ココロ)はぶっ壊れる……]

 

その呟きを聞いたブラディクスも、彼女の精神を壊す方法が間違ってないと笑いつつ、[お前が弱いせいであの男は殺される]と凜の精神をさらに甚振る言葉を投げつけていく。

 

 

 

「流石に、強い……」

 

一方エンザも、辛うじて急所は避けたものの四方八方からの斬撃をかわしきる事が出来ず、鎧には深い傷跡が残ってボロボロ、突き出していた左腕や頬がところどころ斬られて血が流れて倒れていた。

 

「っ!?」

 

その時、彼の頭に何かが流れ込んできた。そこはとても広い家、その庭にある花畑だ。

 

「あなた誰?」

 

自分(エンザ)にかけてくる声。違う、たしかに目の前の少女――くるくると巻いた髪やロングヘアが似合う綺麗な少女は自分に声をかけてきている。しかし、自分(エンザ)にではない。

 

「執事長、九条戒の娘、九条凜です。今日から沙姫様にお仕えする事になりました」

 

「そう」

 

彼女(沙姫)は、自分()に声をかけていた。凜の挨拶に沙姫は可愛らしい、それでいて優雅な微笑みを向ける。

 

「はい! これあげる」

 

そう言って沙姫は、凜に花で出来た首飾りを渡し、彼女にかけてあげる。

 

「しっかり私を守ってね、凜!」

 

「はい……」

 

沙姫の言葉に、凜が肯定の言葉を返すのを、エンザは聞く。これは凜の思い出、その記憶。彼女が守るべき相手であり、慕い、心から想う友達の記憶。

 

 

 

[ほう]

 

ブラディクスが嘲笑の声を出す。立ち上がったエンザは傷だらけの身体から熱を放出するかのように煙を噴き出しており、その真っ赤な目は自分を強く睨みつけていた。

 

「おおおぉぉぉぉっ!!!」

 

[自棄になったか!?]

 

ダンッと地面を蹴り、エンザは咆哮しながらブラディクス目掛けて突進する。それを見たブラディクスは虚空目掛けて魔剣を振るい、無数の衝撃波がエンザをなます切りにしようと襲い掛かる。

 

「はああぁぁぁっ!!」

 

[な!?]

 

しかしエンザはその斬撃を刀を振るって防ぎ、防ぎきれない斬撃も致命傷にならないようにかわしながら、傷だらけになりつつもスピードを緩めずに突進してきていた。これで殺すつもりだったのだろうブラディクスもかわし、防がれて向かってこられるとは思ってなかったのか驚きに固まった直後、エンザが振り下ろしてきた刀を辛うじて魔剣で受け止める。

 

「ああ、もういい……お前を殺すくらいなら、いっそお前の手で私を殺してくれ……」

 

凜はもはや心が折れているのか、虚ろな目から涙を流し、エンザに自分を殺せと懇願していた。

 

「……目を覚ませ、九条凛!!」

 

その凜に向け、エンザは鍔迫り合いの状態から凜に呼びかけた。

 

「あなたはそんな弱い人間ではない! あなたの心の強さを俺は知っている! 幼い頃から天上院先輩や藤崎先輩を守ってきた強さを、俺は知っている!!」

 

「っ!」

 

エンザからの言葉を聞き、凜の瞳に光が戻る。天上院沙姫、自分が心から仕える存在。それはただの家の関係ではない。そう、九条家と天上院家、そんなものはきっかけに過ぎない。自分は、沙姫様だからずっとお守りしたいと思った。それを彼女は思い出す。

 

[テメエ、よくも! もうすぐそいつの精神(ココロ)をぶっ壊せたってのに、死にぞこないがぁ!!]

 

「黙れ!! 九条先輩の心を弄び、悲しませた事、絶対に許さん!!」

 

ブラディクスの怒号に対してもエンザは強く吼え、その言葉にブラディクスが怯むと同時、凜の心が高鳴る。

 

(私は、守る側の人間だ……そんな私を、この男は守ろうと……)

 

魔剣が弾かれ、エンザは素早く刀を振り上げる。

 

「これで終わりだ、ブラディクス!!!」

 

振り下ろされる高熱の刃、それは凜の顔全体を覆っていた兜の額、ブラディクスの本体である目を確実に捉えていた。

 

[ギャアアアアァァァァァッ!!!]

 

ブラディクスが痛みに叫ぶと同時、凜の身体を覆い隠していた触手の鎧も形を維持できずに崩れていく。エンザはその鎧の中に左腕を突っ込むと一気に凜を引きはがし、同時に右手に握っていた剣を懐に戻すと凜を抱きかかえてその場を離れる。

 

[グ、ゾ……テメエエエェェェェッ!!!]

 

ブラディクスが怒りに吼え、逃がさんとばかりに触手を伸ばしてエンザを捕らえようとする。

 

「さっすが兄上、上出来だよ♪」

 

「メア!?」

 

しかしその時、エンザと触手の間にメア――やはり何故か全裸だ――が姿を現す。その姿にエンザが驚いたのもつかの間、ブラディクスの触手がメアへと巻き付いた。今度は彼女を支配する気だ。そう直感したエンザが凜を抱えたまま助けに戻ろうとした、その時だった。

 

「……ムダだよ。私の精神(ココロ)を侵食しようだなんてさ」

 

そう呟いたメアのおさげ、それがまるで闇のように黒く染まっているように、エンザの目には見えた。

 

 

 

 

「ギイイイィィィィッ!!!」

 

現実世界、ブラディクスが突如奇声を上げ、姿がぶれていく。

 

(なん、だ、コイツ!!……逆にオレを侵食……)

 

このままでは自分の方が支配(ジャック)される。そう直感したブラディクスは彼女と直接接続している九条凛の身体から接続を解除、彼女の手から離れる。

 

「剣が……」

「離れた!!」

 

モモが驚いたように呟き、ナナがよっしゃとガッツポーズを取りながら叫ぶ。

 

[くそっ!! 久々に波長の合う肉体(ボディ)見つけたのによォ!!]

 

ブラディクスはまるで節足動物のような細い足を生やし、逃げ始める。

 

[こうなりゃ街へ逃げて他の肉体(ボディ)を……]

 

まだ諦めていないブラディクスは、この場を逃げ出して街に行こうと画策する。その頭上から両腕を巨大な金属製のナックルへと変身(トランス)させたヤミが狙いを定める。

 

「ヤミちゃん! そいつを捕まえて上空へ放り投げて!」

 

「! 了解しました」

 

そこにエンザから飛んだ指示をヤミは即座に了解。己の髪を巨大な手へと変身(トランス)させると逃げ出そうとしているブラディクスを掴みあげ、上空へと投げ飛ばす。飛行能力のないブラディクスは移動用に生やした細い足をじたばたさせることしか出来ない。

 

[ギッ、グッ!]

 

じたばたと悪あがきをしているブラディクスは視線を下に向け、見てしまう。エンザが竜を模したフルフェイスの鎧姿となり、その右手に炎、左手に氷、相反する力を生み出してそれを重ねるようにスパークさせている光景を。そこから生み出される「無」の力を。そして、それをまるで弓を引くように構え、こちらに向けている姿を。

 

[ヤ、ヤ、メッ――]

「消えろ」

 

ブラディクスが命乞いのように声を上げようとするが、エンザは冷たい声でそれを遮る。フルフェイスのヘルメットのせいで顔が見えない。しかし、魔剣は燃えるような殺気を宿した冷たい瞳を幻視する。直後消滅の力そのものと言っても過言ではない光の矢が射出された。

 

極大消滅呪文(メドローア)

[まだだ! まだ足りない! まだ俺は血が欲し――]

 

断末魔の悲鳴が最後まで響くこともなく、ブラディクスはこの世から消滅するのであった。

 

「ぐ……」

 

それを確認した後、エンザは膝をつく。バーストモードの消耗とパワードスーツによる体力消費、さらに精神世界でのダメージも現実世界にある程度反映されてしまうのか。彼の息はとても荒くなっていた。

 

「エンザ! 大丈夫か!?」

 

「あ、ああ……」

 

「お、お前もだけど、九条先輩も!」

 

「あ……」

 

ナナの呼びかけにエンザも頷いた後、はっとした顔で凜を見る。メアの力によって現実世界に引き戻された直後、倒れた凜を抱きかかえてすぐさま地面に寝かせたものの、安否確認をする間もなくパワードスーツを展開、バーストモードを解放していた。まだ凜の安否は確認できておらず、エンザは凜の方を見る。彼女は完全に意識を失い、ぐったりとした様子で地面に横たわっていた。なお当然ながらメイド服姿である。

 

「心配ないよ」

 

すると、天使のような真っ白な羽を生やしたメアが空中から地面に降り立った。

 

「ブラディクスの支配からは解放されてるから、じきに目を覚ますよ。兄上のお手柄だね♪」

 

「ああ……ところでメア、お前……」

 

「ん?」

 

メアの言葉にエンザは頷いた後、何か気になったのかメアに呼びかける。それにメアが可愛らしく小首を傾げ、その時にオレンジ色の髪の毛を結んだおさげがふわっと揺れる。

 

「……いや、なんでもない……」

 

メアのおさげの先が黒色に染まっていたような。気のせいだったのか、あるいは影で染まったように見えただけなのだろうか。そう思い、エンザは口をつぐむのであった。

 

 

 

「……出づらい」

 

彼らのいる近くの木の影、そこでは髑髏を模した鎧姿のザスティンが困ったように腕を組んで胡坐をかいていた。ブワッツから地球への危険物流入の報告を受け、その流入先が天上院家であるとまで聞いたのはいいが、やってきた時には既に全てが終わっていたようである。

 

(しかし、気になるのはあの赤毛の娘……遠目に見ただけだが、まるで金色の闇のような変身(トランス)能力を……モモ様やナナ様のご友人、か? 素性を隠した異星人など、この星では珍しくもないが……エンザも仲良くしているようだし、害はないのか?)

 

「ザスティン様ー! お待ちになってーっ!」

 

するとそこに沙姫が黄色い声をあげながら駆け寄ってきた。

 

「えっ? ザスティンさん!?」

 

「あっ!」

 

その呼びかけでモモとナナも木の影に隠れていたザスティンに気づく。

 

「お前っ!! 今頃来てどうすんだこの役立たずっ!!」

 

「ひええっ、申し訳ありませーん!」

 

直後ナナの怒号がザスティンを射抜き、ザスティンも間に合わなかったのは事実のため謝罪の声を出すしかできなかったのであった。

 

 

 

 

 

[はああぁぁぁっ!? ブラディクスを消滅させたぁ!? 破壊ではなくって!?]

 

翌日の朝。炎佐は彩南高校の人気のない廊下で昨日のブラディクス破壊作戦の結果報告をニャル子に電話で行っていた。そのニャル子はまさかの展開に電話の向こうで声をひっくり返している。

 

「あー、うん。破壊じゃどうしようもないから消滅させるという現場判断だ」

 

実際はブチギレて視界に入れたくなかったから消しただけなのだが、とりあえずそう誤魔化しておく。

 

[別に文句は言いませんけどね、そっちに一任した手前……でも物的証拠がなかったらこっちも確認と報酬の支払いが出来ないと言いますか……]

 

「ああ、それはもういいよ。ヤミちゃん達にも了解は取ってる。今回はボランティアって事で」

 

[はぁ……まあ、タダにしてくれるってんならこっちはありがたいんですけど……んじゃとりあえずそういう事でテキトーに処理しときますね]

 

「悪いな、頼む」

 

報告を終え、炎佐は通話を終えて携帯をポケットに入れる。と、彼は足音を聞き、そっちに目を向けた。

 

「や、やあ……」

 

「九条先輩、何かご用ですか?」

 

炎佐に用事があったのだろう。声をかけてきた少女――九条凛に炎佐も微笑みを浮かべながら返す。

 

「いや、実はその……君にちゃんと礼を言わねばと思ってな……」

 

「礼?……ぎ、義理堅いですね、九条先輩も。俺は何もしてないですって、ヤミちゃんがブラディクスを先輩の手から引きはがして解放したって説明したじゃないですか」

 

凜の言葉に炎佐は苦笑を浮かべながらそう、メアの精神侵入(サイコダイブ)について話さないよう全員で口裏を合わせた説明を凜に繰り返し言う。

 

「……いや」

 

しかし、それを凜は否定する。

 

「夢を……見ていた。なぜ君が本当の事を言わないのか分からないが……確信がある」

 

そう言い、凜は炎佐を真っ直ぐに見た。

 

「君だ。あの時私を守り、助けてくれたのは。だ、だからその……一応、あ……ありがとう……と」

 

続けて凜は顔を赤くしてうつむきながら、ぼそりとそうお礼の言葉を零すと「それだけだ!」と言って歩き去っていく。それに対し炎佐は頭をかきつつ、首を一度傾げると教室に戻っていくのだった。

 

「さ……沙姫様、言ってきました……」

 

「そ。スッキリしたでしょ? 言いたい事は言わなくちゃね、凜」

 

教室前に戻ってきた凜は待っていた沙姫に報告、沙姫も満足そうに微笑んで頷く。

 

「でも正直、信じがたいですわね……」

 

「……何が、でしょう?」

 

と、沙姫は綺麗な腕を優雅に組んで信じがたいと呟き、それに凜が疑問の声を返すと、彼女は悪戯っぽい笑みを凜に向ける。

 

「長い付き合いで初めてですもの……そんな表情(カオ)をするあなたを見るのは」

 

「っ……」

 

その言葉に、顔を真っ赤にしたままの凜が怯む。

 

「心配しないで! ちゃんと応援しますわ! たとえ相手があの氷崎炎佐でも!!」

 

「沙姫様ー!!!?」

 

直後、両手を祈るように組んでそう言う沙姫に凜が叫び声をあげ、彼女があたふたしながら「おっしゃる意味が……」と弁解に入ろうとするが、沙姫は「いいのよ凜、恋する気持ちは私にも痛いほど分かりますわ」とまったく聞く耳持たず、綾も「流石です、沙姫様!」と沙姫を称えるいつもの光景が繰り広げられるのであった。




今回はブラディクス編の後編。完全オリジナルでブラディクス憑依凜とガチ戦闘を行いました。エンザを殺して凜の心を壊そうとするブラディクスの陰湿さに拘ったつもりです。
でもってちょっと急転直下な感じが否めませんが凜のフラグ立ても完了。ちなみに一応恋する乙女モードを採用しましたが、実を言うと「ブラディクスから助けられたのは私が弱かったから」とブラディクスの件を戦士の強さ的な意味合いで捉えてしまい、私より強い炎佐に弟子入りするルートと最後まで迷いましたが、凜がギャグキャラに落ちかねないのでやめました。(汗)
次回は日常回を予定してるんですが……オリジナルで何か書こうかどうかと迷っているところです、ネタがないというか。凜辺りとのラブコメ回でも考えてみようかな……。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十八話 恋するサムライガール

昔ながらの武家屋敷。そんなイメージを発する日本家屋の庭で、黒髪ポニーテールの美少女が額に汗を流し、真剣な表情で竹刀を振るっていた。目の前に敵が存在し、それを一太刀で切り捨てる。彼女の鋭い眼差しはそれほどまでの気迫を宿していた。

 

「精が出ますわね、凜」

 

「!」

 

するとそこにそんな声が聞こえ、美少女は驚いたように声の方に顔を向ける。

 

「沙姫様、どうして……」

 

「お父様との待ち合わせまで、少し時間が空きましたの」

 

美少女――凜の問いかけに、見るからにお嬢様然とした美少女――天条院沙姫は微笑を浮かべながらそう返し、縁側に置いてある汗を拭くためらしいタオルを手ずから拾うと凜へと手渡した。

 

「も、申し訳ありません」

 

「いえ」

 

一言謝ってタオルを受け取った凜は、その陶器のように白い肌に浮かぶ玉のような汗をタオルで拭っていく。それから休憩なのか沙姫と凜は縁側へと腰かけた。凜は水分補給用のスポーツドリンクを入れたペットボトルを手にしており、使用人が沙姫にお茶を持ってこようとしていたが「すぐに帰るから結構」と沙姫自身が断っている。

 

「あなたは昔から真面目ですわよね……」

 

「九条家のものとして、当然です」

 

沙姫の言葉に凜はその名の通り凜とした様子で返し、沙姫がくすくすと笑う。

 

「ええ、その通り……それにしても最近のあなたは剣に関してより力が籠っているように見えますわ。何か心境の変化でも?」

 

「……いえ」

 

沙姫の質問に凜はそうとだけ返すと、誤魔化すようにペットボトルを口につける。

 

「氷崎炎佐ですの?」

 

「ぶふぅっ!!」

 

不意に放たれたその言葉の瞬間、凜は飲んでいたスポーツドリンクを噴き出すのであった。続けてげほっげほっと咳き込む凜を見た沙姫はあらあらと微笑ましく笑う。炎佐の名を出した瞬間凜の顔が真っ赤になったのはきっとスポーツドリンクが気管に入って苦しいからだけではないだろう。

 

「あらあらまあまあ。あなたのそんな姿を見るなんて、思いもしませんでしたわ」

 

沙姫が微笑ましく笑うのに対し、ようやく呼吸器官が平常仕様に戻った凜がうぅ、と弱々しい声を漏らす。

 

「ふふ。ここはあなたの主にして親友として、一肌脱ぐ必要がありますわね! 凜、確かあなた、明日は私のお付き以外の用事はありませんでしたわね?」

 

「は、はぁ……」

 

沙姫が突然何か言い出し、凜が目を点にしてこくりと頷く。すると彼女は携帯電話を取り出してあるアドレスへとかけた。

 

「もしもし、結城美柑ですの?」

 

相手はどうやら美柑らしい。いつの間にかアドレスを交換する程度の仲にはなっていたようだ。

 

「氷崎炎佐のアドレスを教えていただける? ええ、言い値で買いますわ」

 

「沙姫様ー!?」

 

突然彼女の口から出た驚きの要求に凜の悲鳴が響き渡る。だが混乱している彼女の口を沙姫は自分の片手で塞ぎ、混乱の最中&それでも主に手は出せない律義さを持つ凜がむぐむぐ言っている間に沙姫は美柑と交渉、炎佐のアドレスを手に入れたらしく新たなアドレスに電話をかける。

 

「あぁもしもし。氷崎炎佐の携帯ですの?……ええ、結城美柑に教えていただきました。あら、もう知っている? 流石は結城美柑ね。結城リトと違って気が利きますわ……ええ、折り入ってお願いが。あなた、明日は暇ですの? 暇ですわよね?」

 

沙姫はぐいぐい押して炎佐と交渉。トントン拍子で「明日一緒に出掛けなさい」という約束を取り付ける。しかしそこで沙姫の頬がぽっと桃色に染まり、彼女はくねくねとした仕草を見せる。

 

「あぁ、出来ればザスティン様も一緒に来ていただければ、と……」

 

しれっと沙姫の私欲が紛れ込んだのであった。

 

そして翌日の日曜日。炎佐はザスティンを連れて待ち合わせ場所の駅前へとやってきていた。ちなみに炎佐は当然だがザスティンも鎧姿はアウトであり、部屋着にしている文字入りTシャツもアウトと現代日本で通用するカジュアルな格好になっている。(ファッション担当:結城美柑)

 

「ふむ……エンザ、私達は何をすればいいんだ?」

 

「さあ?」

 

あごに手を当て考え込む様子のザスティンに炎佐もため息交じりにそう返す。ちなみに黙って立ってれば見た目麗しい青年であるザスティンは周りを歩く女性陣からちらちらとした視線を受け、職業柄周囲の気配に敏感になっていなければならない彼はしかしそういう方面に鈍感な性格もあって視線を受ける理由が分かっておらず、結果としてやや居心地の悪い様子を見せていた。

 

「「ん?」」

 

すると二人は異変に気づく。ある一方からやけに人の気配が消え、そう思うと車のエンジン音が聞こえてくる。多分車が来たから通行人はその場を離れたんだろうな、程度に炎佐は思いながらふとエンジン音の方を見る。

 

「……」

 

そして彼が固まるのと、彼らの前に高級に黒光りするリムジンが止まるのはほとんど同時だった。

 

「お待たせいたしましたわ、氷崎炎佐」

 

そのリムジンから黒服のSPっぽい男性がざざっと無駄のない動きで降り、後ろのドアを開けるとリムジンから優雅な所作で少女――天条院沙姫が降りてさっと髪を片手でかき上げながらそう言う。が、彼女は炎佐の隣に立つザスティンを見ると途端にメロメロな顔になる。

 

「ま、まあザスティン様! 本当に来ていただけるなんて……」

 

「は、はぁ……」

 

メロメロな顔でザスティンに駆け寄る沙姫にザスティンは曖昧な表情を見せる。

 

「で、天条院先輩……結局何の用事なんですか?」

 

「え? え、ええ……ん?……す、少し待ちなさい」

 

呆れたため息をつく炎佐に沙姫が説明しようとするが、そこできょろきょろと辺りを見回し、少し待つように二人に答えてからリムジンへと向かう。

 

「ちょっと凜! 何をしてるんですの!?」

 

「ま、待ってください沙姫様、まだ心の準備が……」

 

沙姫の声を潜めながらも聞こえてくる声ともう一人少女の声。二人の言い争いと共に沙姫が誰かを車から引きずり出そうとし、最終的には少女の「せ、せめて竹刀だけでも!」という懇願、沙姫の「綾! 竹刀を奪い取りなさい! そして押し出しなさい!」という命令、もう一人少女の「はい、沙姫様!」という声が続いて何者かが沙姫によってリムジンから引きずり出される。

 

「うぅ……」

 

それは九条凛だった。いや、いつもの凜とは違う。普段はボーイッシュな格好をしている彼女だが今日はフリルのあしらわれた可愛らしい服に、動きやすさを重視したズボンではなくミニスカートをはいていてしかし恥ずかしいのか下の方に引っ張って足を隠そうとしている。それにポニーテールもゴムではなく可愛いリボンによってポニーテールに結われていた。その顔は羞恥心によって真っ赤に染まっている。

 

それから挨拶もそこそこに炎佐、ザスティン、沙姫、凜は駅前から出発する。ちなみにリムジンに乗っていたSPらしきお付きの人々は帰らされ、普段なら一緒の綾も今回は一緒に帰ったようだ。

 

「す、すまない……」

 

「ああ、気にしないでください」

 

ぽつり、と謝罪の言葉を出すのは凜だ。それに隣を歩く形になっていた炎佐が苦笑する。

 

「どうせ天条院先輩が俺をダシにザスティンに会いたかっただけでしょ? 俺も今日は暇でしたし」

 

そう言って炎佐が目を向けるのはザスティンの腕を抱きしめとても上機嫌な様子を見せている沙姫とどうしたものかと困った様子を見せているザスティン。沙姫の私欲のせいで炎佐は、沙姫がザスティンに会うためのダシにされただけだと勘違いしている事に凜が心の中で頭を抱える。なお炎佐は気づいていない。

 

「あぁ、うん、まあ……そんなところだ……」

 

「やっぱり」

 

違うと言い訳する勇気も持てず、凜はため息を必死で押し殺しながら炎佐の言葉を肯定。炎佐も苦笑の表情のままそう返す。

 

「しかしまあ、九条先輩も大変ですよね」

 

「そんな事はないさ」

 

沙姫に振り回されて大変だな、と言っているのだろう炎佐に凜はすぐさまそう本音を返す。

 

「ああ、そうですか?」

 

それに対し炎佐はきょとんとした顔で凜を見る。それに凜も不思議そうな顔を見せた。

 

「いや、天条院先輩の護衛しなきゃいけないのに。そんなヒラヒラした格好で動きづらくないかなと思って。俺も昔ララ達の護衛してた時にパーティへの出席もあったんですが、場に溶け込むためにスーツ着てたんですけどああいう服は動きづらいから嫌いですよ」

 

「へ、変か?」

 

炎佐の台詞の内後半にあたる昔の愚痴を聞かず、凜は不安気な顔になる。と、炎佐は「あ、すいません」と言って笑った。

 

「そんな事ないですよ。凄く似合ってて可愛いと思います」

 

「!」

 

さらっと可愛いと褒めてくる炎佐に凜の顔が赤く染まる。

 

「凜、何をしているんですの?」

 

「あ、はい。沙姫様……炎佐、今日は遊園地に行く事になっている。すまないが一日付き合ってくれ」

 

「ええ、喜んで」

 

沙姫の呼びかけに答え、凜は炎佐にそう、まるで彼女も沙姫がザスティンに会いたがっている事の方が目的であるかのように振る舞う。それに対し炎佐もにこりと柔らかく微笑んで頷いた。

 

 

それから炎佐達は彩南町の遊園地へとやってくる。なお炎佐はまさか沙姫が貸し切りにでもしていないかと心中戦々恐々していたが流石にそこまではされておらず、賑わいを見せる遊園地に安堵の息を吐いていた。

 

「凜、おいでなさい」

 

ザスティンから離れた沙姫がこいこいと凜に手招きし、凜は首を傾げつつ歩き寄る。ちなみに炎佐はザスティンに沙姫がSPも連れてきていない事を話しており、何故そんな事をしたかはともかく沙姫は反社会的な者に狙われてもおかしくはない相手だと認識したザスティンと互いに注意しておこう。と認識を共有していた。

 

「私はここでザスティン様を連れて離れますわ。凜は氷崎炎佐と二人きりを楽しみなさい」

 

「え!? し、しかし沙姫様……」

 

「ふふ、私がなんのためにザスティン様を連れてくるよう氷崎炎佐に指示を出したと思うのです? これなら怪しいところはありませんわ」

 

「い、いやしかし沙姫様……私は沙姫様の護衛として……」

 

沙姫はそう言い、ぐっとサムズアップをする。凜が慌てておろおろ反論しようとするがその時には沙姫は炎佐とザスティンと一言二言話すとザスティンを引っ張って去っていた。それから炎佐はすたすたと凜の方に歩き寄る。

 

「えーと、まあ……ザスティンがいるなら心配ないでしょうし。九条先輩もたまにはちゃんと楽しみましょうよ」

 

「あ、ああ……」

 

苦笑しながらもザスティンがいるなら沙姫は大丈夫だと、ザスティンを全面的に信頼している様子で炎佐は話し、凜もたまにはゆっくりしたらどうかと言う彼に凜も頬をひくひくさせながらなんとか頷いた。

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

それから楽しさ溢れる遊園地の中を、明らかなほどに挙動不審というかそわそわとした様子で歩く長身ポニーテール女子――九条凛。その隣を歩く炎佐も苦笑を漏らして凜を見た。

 

「九条先輩、天条院先輩が心配なのは分かりますけど。ザスティンが一緒だから大丈夫ですよ。あいつだって伊達に王族親衛隊隊長名乗ってるんじゃないですから」

 

「あー、いや、その……」

 

炎佐の言葉に対し、凜はそう声をどもらせつつポニーテールをくるくるといじる。彼女としてはいきなり炎佐と二人きりにされてどうすればいいのか分からないのだが、炎佐の方は沙姫を心配しているだけと勘違いしていた。

 

「九条先輩が天条院先輩を本当に大事に思っているのは俺はよく知ってます。だけどこういう時ぐらい羽を伸ばさないと持ちませんよ?」

 

「あ、ああ……そうだな」

 

炎佐は凜を安心させようとそう心構えを説き、凜も照れくさそうに微笑んだ後、自分が照れくさそうにしていたのに照れたのか慌てたように一つの方を指差した。

 

「そ、それじゃあ、あっちから行ってみようか」

 

その先に何があるかも確認していない。が、もう止まらずに凜はそう口にする。

 

「……あそこ、売店ですよ? 土産物買うには早くないですか?」

 

指差した先にある店――売店というかショッピングコーナー的な店舗を見ながら炎佐は首を傾げる。が、まあ土産物の目星を先に付けておくのもいいかもなと勝手に納得すると彼は凜を連れてその店へと入っていくのであった。

炎佐達が入った売店に売っているのはやはりというか遊園地のマスコットキャラクターをモデルにしたストラップやクッションに、マスコットキャラクターや遊園地内の建物をプリントしたようなクッキーといったお約束のものだ。

 

「リト達にクッキーでも買って帰ろうかな……九条先輩も藤崎先輩辺りにお土産買った方がいいんじゃないですか?」

 

「あ、ああ。そうだな……うん、検討しておく」

 

炎佐はリト達にお土産を買う事は決め、凜には綾にお土産を買った方がいいかと聞く。それに凜はどこか心ここにあらずな様子で頷いた。

 

(……ま、周りはカップルばっかりじゃないか?……わ、私達もそう見られているのだろうか……)

 

男女でおそろいのストラップを買おうとはしゃいだり、女の子の方が遊園地内のマスコットキャラクターの一体である猫系のマスコットキャラの耳、つまりはネコミミのカチューシャを被り、男の子の方が可愛いよと褒めていたり。そんな所謂カップルのイチャイチャ空間が凜の目に移り、自分達もその内の一つと見られているのかもと考える。恥ずかしいが同時に何か高揚感のようなものを凜は心の中で感じていた。

 

「……ぱい……せん、ぱい……九条先輩?」

 

「ひゃあうっ!?」

 

そこに突然声をかけられ、凜は悲鳴を上げて飛びすさる。普段ならば絶対ありえない様子に、声をかけていた炎佐もぽかーんとした顔を隠せていなかった。

 

「九条先輩、さっきからどうしたんですか? もしかして具合でも悪いんですか?」

 

「い、いや、なんでもない!」

 

ぽかーん後不安気な顔になる炎佐に凜は首をぶんぶんと横に振った後、さっき向いていた方を見てどう誤魔化そうかと必死で頭を回転させる。

 

「こ、これ……そう、これを見ていたんだ!」

 

そう言って咄嗟に手に取るのは髪留め。それもゴムではなく髪を挟み込む形の所謂バレッタだ。しかもそれは遊園地のマスコットキャラをプリントしたような子供っぽいものではなく、恐らくはお姫様のイメージなのだろうかシンプルながらも美麗さを重視したようなデザインになっていた。

 

「へぇ……綺麗ですね」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

炎佐は凜が選んだバレッタを見ながら感想を漏らし、凜もこくりと頷きながら咄嗟に取ったにしてはいいものを取ったなと自分に感心する。

 

「あ、お客様。よろしければ付けてみてはどうでしょう?」

 

「いいんですか?」

 

「ええ」

 

そこにすかさず声をかけてくる店員に試しに付けてみてはどうかと聞かれ、凜が聞き返すと店員はご遠慮なくと頷いた。

 

「は、はい……」

 

炎佐も特にどうとも思ってなさそうだし、せっかく勧められたのだからと凜はポニーテールに結っているゴムを外すと右手に握るバレッタを頭の後ろに持っていき、左手で髪を押さえながらバレッタで髪を留める。近くに鏡もないため簡単にだが、左手で髪を一掴みにしてバレッタで留める。髪を下ろして後ろで一本にまとめている形だ。

 

「ど、どうだろう?」

 

「とてもよくお似合いですよ」

 

やはり少し気になるのか、凜は僅かに頬を染め、目線を右上方向に向けながら下ろしてまとめた髪を右手でいじりながらそう尋ねた。その言葉に店員がにこっと微笑みながらそう返し、炎佐に目を向ける。

 

「彼氏さんも、そう思いますよね?」

 

「か、かれっ!?」

 

店員の言葉に狼狽するのは凜だった。

 

「ち、違う! 彼は私の学友で、その……」

 

「あ、はい。その、学校の先輩に連れてこられただけです……」

 

わたわたと否定し始める凜に、炎佐もそう自分達はそういう関係ではないと否定する。しかし炎佐は照れたようにはにかみ、頬を指でかいて凜から目を逸らしていた。

 

「いや、でも、その……似合ってると思いますよ」

 

「……」

 

その反応に凜もびっくりしたように固まり、その後店員に向き直る。

 

「すいません、これください」

 

そして即決でバレッタを買う事を決めたのであった。

 

それから売店を出て炎佐達は園内を散策する。当然凜は先ほど買ったバレッタをつけたまま、やけに上機嫌な様子を見せていた。

 

「よかったですね、九条先輩。気に入ったものが見つかって」

 

「あ、ああ……」

 

実際はバレッタそのものではなく炎佐に褒めてもらえたから気に入ったのだが、それを口にするのははばかられ、凜は曖昧に頷くのみでその話を終える。

 

「さてと、どうします? とりあえずザスティンに連絡取って合流のタイミングでも合わせときましょうか?」

 

「ああ、そうだな。昼食についても用意があるそうだが……聞いておいた方がいいだろう」

 

炎佐からの質問に、凜は沙姫が昼食も用意している様子であることを言い、炎佐も「了解」と返すと携帯電話を取り出してザスティンのアドレスにかけ始める。すぐに話は終わるだろうが、凜はその間に遊園地をちらりと眺めまわした。するとその一つの方向を見て顔をしかめた。

 

「お嬢さん一人ぃ? よかったら俺達と遊ばない?」

「一人は寂しいだろ? な、俺達も一緒に遊んでやるよ」

「遠慮なんかしなくていいからさぁ」

 

「あの、こ、困ります……」

 

一人で遊びに来ていたのか、あるいは連れがいるのだが今は別行動を取っているだけなのか。とにかく一人の女の子に三人ほどガラの悪そうな男達が迫っている。明らかに性質の悪いナンパに凜はふぅと息を吐くとそっちに歩き寄った。

 

「おい、お前達」

 

「ああん? っと、なんだ別嬪さんが来たぞ」

「ほほ~。なに、姉ちゃん? 俺達と遊びたいの?」

 

威圧するような重い声質で声をかけるが、男達はその威圧に気づいてないのか凜のナイスバディを見てひゅ~と口笛を吹きじろじろと舐め回すような視線を凜に投げかける。

 

「お前達に付き合う道理はない。それはこの子も同じだ」

 

「あ、う……」

 

男達のぶしつけな視線にやや嫌そうな表情を見せつつ、凜は毅然とした態度で男達に言い放つ。最初迫られていた女の子も凜が「逃げろ」と視線で訴えかけ、それに気づいて小さくこくんと頷くと男達の隙をついてその場を離れる。

 

「あ、あの子行っちゃいましたよ」

「放っとけよ。もっと上物が見つかったからよ」

「姉ちゃん、責任取って俺達に一晩付き合ってもらうからなぁ」

 

「……全く」

 

男達のいやらしい笑みに対し、凜はため息をつく。あまりもめ事にはしたくないが、こうなれば仕方がない。

 

まず、無造作に自分の腕を掴もうと右手を伸ばしてきた男の、その右手を軽くパシンと叩く。

 

「っ!?」

 

「お前達に付き合う道理はないと言ったはずだ」

 

「な、なんだとこの女!」

 

軽くとは言ったがスナップの効いた一発に右手を痛そうに押さえる男Aに対し、凜は冷たく言い放つ。すると凜から見て右前の方にいる男Bがそう怒鳴り声をあげて左手を振りかぶり、殴りかかった。

 

「甘い」

 

「うお!?」

 

しかしフェイントもない単純な軌道で見切る事は容易、凜は僅かに下がって右手でその腕を掴み、引っ張って相手のバランスを崩すと足払いをかけ、相手の殴る勢いを利用して投げ飛ばす。男Bはすっ転ぶだけでなくぐるんと前転するように転がった。

 

「てめえ!」

 

今度は左側の男Cが襲い掛かり、凜はその相手に蹴りを入れようとする。しかしその瞬間彼女が今何をはいているのかを思い出す。普段愛用しているズボンなら別に足を大きく上げて蹴りを使っても問題ない。しかし今彼女がはいているのは足を大きく露出したミニスカートである。

 

「っ!」

 

咄嗟に上げていた足を下ろし、翻りかけたスカートを両手で押さえる。

 

「くっ!?」

 

だがその時凜は無防備になってしまい、その隙に男Cが凜の右腕を取った。

 

「きゃっ!?」

 

さらにその後ろから、先ほど投げられた男Bが凜を羽交い絞めにした。

 

「きさむぐっ!?」

 

さらに羽交い絞めにされ、右腕の自由が利かなくなったので右腕を押さえていた男Cが凜の口を右手で塞ぐ。

 

「よし、どっか人気のないとこに連れてくぞ。それからゆっくりお楽しみだ」

 

ヒヒヒ、と男Aが下品な笑みを浮かべながら凜のナイスバディな肢体をじろじろと舐めるように見回し、凜が嫌悪感を露わにする。しかし流石に男二人に捕まったら抵抗しても意味をなさず、凜の身体がどこかに引きずられていく。

 

「何してんだテメエ!!!」

 

「がぁっ!?」

 

しかし次の瞬間、そんな怒号が聞こえてきたと思うと凜の口を塞いでいた男Cが殴り飛ばされる。

 

「え、炎佐!?」

 

「ザスティンと電話してる隙にいなくなったと思ったら……」

 

凜が驚いたように声をあげ、炎佐が呆れた顔を凜に向け、危険な状況に陥っていることを責めるような視線に凜が居心地悪そうに顔を逸らす。

 

「あぐ……」

 

すると突然凜の後ろからそんなくぐもった声が聞こえ、そう思うと彼女を羽交い絞めにしていた男Bが倒れ込んだ。

 

「ふむ。エンザに言われて合流したのはいいが……どういう事か説明してもらってもいいだろうか?」

 

「り、凜! 大丈夫ですの!?」

 

「は、はい……心配をおかけして申し訳ありません」

 

その後ろから、男Bの頭に拳骨でも叩き込んだのだろうか右手を軽く挙げながらザスティンが炎佐に尋ね、彼の後ろに隠れていた様子の沙姫が血相を変えて大丈夫かと凜に尋ねる。それに凜が面目なさそうに頭を下げるが、沙姫は「いいですわよ」と優しく微笑んで答えた後、残る男Aを睨みつけた。

 

「あなた、この私、彩南クイーン天条院沙姫の親友に狼藉を働くとは……天条院家を敵に回すと知っての所業かしら?」

 

「ひ……」

 

普段こそザスティンに懸想する残念美少女な沙姫だが、天条院家のお嬢様という上に立つべき選ばれし者から放たれる威圧に庶民の男Aはひっと唸り、腰を抜かす。

すると凜が助けた女の子が係員を連れてきたらしく、男達は係員に連れていかれ、女の子が凜に向けてぺこぺこと頭を下げ、凜が苦笑しながら「怪我がなくてよかった」と女の子をいたわる。

 

「それにしても、凜が不覚を取るとは。珍しいですわね」

 

「本当に申し訳ありません……」

 

くすくすとからかうように言う沙姫に凜が再び面目なさそうに頭を下げる。

 

「いいえ。しかし役得ですわね、そのおかげで氷崎炎佐の救出シーンを堪能できたでしょ?」

 

「なっ!? べ、別に、そんな事……」

 

沙姫の言葉に凜は顔を真っ赤にして沙姫から顔を逸らし、唇を尖らせながらぶつくさと言葉を漏らす。すると沙姫は「あら」と声を漏らして凜の髪をまとめているバレッタを見た。

 

「凜、あなた普段のヘアゴムはどうしたんですの?」

 

「あ、いえ、これはその、ショッピングコーナーで買ったもので、その……」

 

沙姫からの質問に凜は慌てたようにどもりながら呟き、顔を真っ赤に染めながらぶつぶつと呟く。

 

「ひ、氷崎炎佐が、似合ってるって言ってくれて……」

 

「まあ、まあまあまあ!」

 

その言葉に沙姫は目を輝かせるのであった。

 

「うふふ、どうやら脈ありのようですわね。任せなさい凜、昼食の後もしっかり計画を立ててますわよ!」

 

「あ、いや、その、沙姫様!?」

 

凜の言葉を聞いた途端嬉しそうに笑い、るんるんと鼻歌を歌いながら炎佐とザスティンに「氷崎炎佐、ザスティン様! 昼食もホテルに用意してますわよ!」と呼びかける。なにやらやる気満々になった彼女に慌てて凜が呼びかけるが彼女は取り付く島もなし、パニックになって顔を真っ赤にし、目もぐるぐる渦巻きになってあたふたしている凜を見た炎佐も不思議そうに首を傾げるのであった。




ToLOVEる最新刊にしてダークネス最終巻を読みました。まずは矢吹先生、長谷見先生、連載お疲れ様でした。そして美柑主人公の魔法少女ものとかめっちゃ読みてえwwwだけどマジで連載されたらと思うとプリヤかなのは辺りとのクロスオーバー小説の設定を今から考えてしまう哀しき習性。魔法少女美柑(仮題)の設定が分からん以上深くは無理だけど、異世界とかの設定なしでいくならやっぱ冬木や海鳴の隣町が彩南町だったとかその辺が妥当かな?
無印の時と同じくまた別のタイトルで続編出そうな終わり方でしたが、はてさてどうなる事か。この作品が完結を迎える前に続編が情報だけでも出てくれればいいなぁと思います。そしてなんか雑誌の方では番外編があった模様……残念だ。どっかで画像付き感想レビューでもやってないものか。

さて今回は凜とのデート編……っていうか、前回凜メインのブラディクス編なのに凜大好きなのが感想からでも分かるユキ11さんが一切お見えにならないのが正直驚いた……いや、凜大好きだからこそ僕如きの駄作では感想を貰うには値しなかったのか……精進せねば。
とりあえず、まず炎佐と凜の関係が現状恋愛感情のあるカップルではなく背を預け合う相棒という感覚なので、まずは凜→炎佐はさておき炎佐の方に凜を異性として認識させなければならないところから始まりました。まあ凜もかなりの美少女ですし、ボーイッシュ系からガール系に衣装チェンジをさせやすいのでそこら辺のイメチェンは割と簡単でした。そういう点では里紗の方がある意味面倒そうだな、普段からギャルな分。

とまあそんな感じで、これからも凜の出番は作っていきたいところです。次回をどうするかは未定ですけども、またオリジナルでいくか原作進めるかちょっと考えてみます。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第十九話 ララのプレゼント大作戦

「ふんっふふんっふふ~んっ♪」

 

休日の朝早く、彩南町のとある道。ララは鼻歌を歌いながら楽しそうにスキップをしており、彼女はその道の先に誰かの姿を発見。嬉しそうに頬をほころばせてぶんぶんと手を大きく振った。

 

「お待たせーエンザー!」

 

「ああ、ララちゃん。僕も今来たとこだよ……」

 

ララの呼びかけに、呼ばれた相手――炎佐も軽く右手を挙げながら返し、そう思うとララより向こうの何かを見るように視線を動かす。

 

「ん?」

 

「あーいや、なんでもないよ。ところでララちゃん、何か用なの?」

 

しかし微妙な動きだったためララは若干違和感を感じただけらしく、炎佐は誤魔化すようにララに用件を尋ねる。

 

「うん、あのね。リトにプレゼントを買いたいの! エンザ、協力して!」

 

「え?……リトに?」

 

「うん! 秘密にして、びっくりさせたいんだ。だから今日は誰にも知らせずに黙ってこっそり出てきたんだよ!」

 

そう言い、えっへん、とララは胸を張る。

 

「へー……あー、そうなんだ……」

 

それに対して炎佐はどこか気まずい様子で頷いていた。それにララが不思議そうな顔で首を傾げると、炎佐はまた誤魔化すようににこりと微笑む。

 

「うん、分かった。協力するよ……じゃ、じゃあその、行こうか」

 

「うん!」

 

どこか気まずそうな様子でそう言う炎佐に気づかずララは満面の笑顔で頷き、歩き出す。もう前しか見ていなかったためか、やや後ろを歩くような位置取りになっていた炎佐が後ろに向けてひらひらと手を振っていたことに彼女は気づいていなかった。

 

「で、その服装もこっそりリトへのプレゼントを買う作戦の一環なの?」

 

「え? あ、うん。そうだよ? リサが教えてくれたんだ~」

 

「あいつはまたララちゃんに余計な事を教えて……」

 

炎佐はララの隣で携帯をカチカチと操作し、やる事が終わったのか携帯を閉じてポケットに入れてからララに質問。にララはそう言ってくるりんと回転、スカートがひらひらと翻る。彼女が着ているのは純白のややフリルがついたワンピース。清楚なイメージだがララに妙にマッチしていた。

 

「リサがね、いつもと違う服を着れば一気に印象が変わるって!」

 

「いや、まずララちゃんは尻尾を隠す努力から始めようよ。どんな格好してても尻尾見たら即ララちゃんだって分かるって」

 

「はっ!」

 

変装のつもりなんだろうワンピースをくるくると回って見せるララに炎佐が冷静にツッコミを入れ、そこで初めて気が付いたのかララは純白の服の中に映える黒い尻尾を見てはっとした表情になり、尻尾も動揺を示すようにふりふりと揺れる。

 

「ん~……ま、いっか」

 

だがララはちょっと考えると面倒になったのかまあいいやで終わらせ、炎佐の腕を掴む。

 

「じゃあ早く行こう! リトをびっくりさせるんだ~」

 

「はいはい」

 

ララのお願いを炎佐は断る理由もないため二つ返事で引き受ける。

 

「とりあえずザスティンから宇宙船借りて、どこの星で買おうか?」

 

「地球限定でお願いします。っていうか日帰りでよろしく」

 

だが宇宙規模でプレゼント購入作戦を考えている事に対しては流石にツッコミを入れるのであった。

 

それから二人がやってくるのは、同じ町だとリトと鉢合わせするかもしれないからと電車に乗って来た、高校生が休日にちょっと足を伸ばす程度の距離にある繁華街だ。

 

「ん~……何買えばいいと思う?」

 

「リトだったらララちゃんからのプレゼントなら余程でない限り喜んでくれるとは思うけど……」

 

ララから根本的な質問を受け、しかし炎佐は優しいリトなら大抵のものは喜んでくれるだろうと答えて二人は繁華街を歩いていく。

 

「……ん?」

 

と、歩いている途中で炎佐は自分達に向けられる視線に気づく。いや、自分達、というよりも視線は彼の隣へと注がれていた。

 

「おい、あの子めちゃくちゃカワイくね?」

「ああ、ホントだ……清楚なお嬢様って感じ」

「けど、なんだあの尻尾? アクセサリー?」

「最近はあんなのが流行りなんじゃね?」

「隣の男、なんだアイツ?」

「可愛い子侍らせて調子乗ってんじゃねえか?」

 

周辺を男達の会話をざっくりと抜き出せばこんなものだろう。男達はララに見惚れており、しかしララは一切気づかない様子でルンルンと鼻歌交じりに歩いている。なお炎佐に対する嫉妬の声もやや聞こえているがとりあえずスルー安定である。

 

「どうしたの、エンザ?」

 

すると炎佐の様子がおかしいのに気づいたかララが足を止め、こてんと首を傾げて炎佐に問いかけてくる。それに炎佐も微笑を浮かべて彼女の頭の上にぽんと手を置いた。

 

「なんでもないよ。さ、行こっか」

 

「うん!」

 

頭の上に手を置き、よしよしと頭を撫でながらそう答える炎佐。ララもにこにこと微笑んで頷くと再び歩き始め、炎佐もその数歩後をついて歩いて行った。

 

 

 

「ん~……クッキーとか喜ぶかなぁ?」

 

ララはお菓子屋に展示されているクッキーの袋を見ながら考え込む。

 

「あれ、ララちぃに氷崎!?」

 

するとそこにぎょっとしたような声が聞こえ、ララは声の方を見るとぱっと顔を輝かせた。

 

「あ、リサ!」

 

「や、やっほーララちぃ、偶然だね……」

 

きゃっきゃっと無邪気に笑いながら挨拶するララに対し里紗は唖然としながらゆっくり交互に炎佐とララを見る。

 

「え、えっとララちぃ、その格好って……」

 

「あ、これ? リサが教えてくれたでしょ? いつもと違う格好をしたら印象が変わるって! 変装なんだ!」

 

「へ、変装?」

 

「あ~、実はね、かくかくしかじかで……」

 

どこか慌てた様子で問いかける里紗に対しララが無邪気な笑顔で答え、呆けた声を出す里紗に炎佐が説明。ララはリトへのプレゼントを買う中で彼にばれないよう変装しているつもりなんだ、という事を理解した里紗は呆れたように額に手を当てる。

 

「ところで、これって……」

 

「結城とデートになった時用にギャップ萌えを狙ったつもりなんだけどさ……変装と勘違いするとは思わなかった」

 

「やっぱり」

 

炎佐の質問に呆れた様子の里紗はそう答え、炎佐も小さなため息を漏らす。そして彼は苦笑気味の表情でお願いするように右手を顔の前に立てた。

 

「ま、そういうわけでさ。これリトには秘密って事になってるから、籾岡さんも黙っといてくれない?」

 

「はは、りょーかい。この店のクッキー一袋で手を打ってあげよう」

 

「はいはい」

 

ちゃっかり口止め料を要求する里紗に炎佐も再び苦笑。おススメのクッキーを一袋買って店から出るとテキトーな通行人の邪魔になりそうにない道路の脇にあるガードレールに腰を落ち着けた。

 

「ほい、氷崎とララちぃの分」

 

「サンキュ」

「ありがとー」

 

流石に独り占めはせずに中央に座っていた里紗が両隣に座っている炎佐とララにクッキーを差し出し、自分の分も取ると三人でクッキーを齧る。

 

「あ、おいしー!」

 

ララは美味しいクッキーに頬をほころばせ、里紗も「ふむ、まあまあじゃん」とクッキーを評価する。

 

「ん~、このクッキーならリトも喜んでくれるかな~」

 

「なるほど、悪くないね……だけどさララちぃ、ここは付加価値ってのをつけた方がいいんじゃない?」

 

ララの言葉に里紗はニヤリ、とイタズラっぽい笑みを彼女に向ける。それにララはきょとんとした表情で首を傾げた。

 

「確かにこのクッキーは美味しい、それはこの里紗様も保証してあげよう。だけどさらにインパクトを与える事が簡単に出来るのだよ」

 

「ホント!?」

 

里紗の言葉にララが目を輝かせ、炎佐が呆れた目を二人に向ける。すると里紗はフフフ、と微笑んでやや大きなクッキーを一枚袋から取り出す。

 

「いい? こうやってクッキーの端を銜えて」

 

言葉通りそのクッキーの端っこを銜え、何を思ったか炎佐の方を向いた。

 

はい(ふぁい)どうぞ(ろうほ)?」

 

イタズラっぽい笑みはそのままに、里紗は上目遣いで炎佐に銜えたクッキーを差し出す。からかっている様子の彼女に炎佐はまた呆れたように小さくため息をついた。

 

「いただきます」

 

「!?」

 

そして彼はカリ、と里紗が銜えたままのクッキーのもう片端を銜えた。それに里紗がぎょっと身体を震わせ、そのせいでクッキーの欠片がパラパラと落ちる。直径数センチ程度のクッキーの端と端、それこそ少しすれば唇が触れ合うような距離で二人は向かい合う。

 

「……っ~」

 

里紗の顔が徐々に赤くなっていき、ついにパキンとクッキーが割れる音と共に里紗が炎佐から距離を取った。

 

「ちょ、氷崎!? あ、あんた何を!?」

 

「からかい返しただけだ」

 

真っ赤な顔での里紗の文句に炎佐は悪びれもせずにそう答えると銜えていたクッキーを齧る。里紗が小さな声で「あ、間接キス……」とか言っているがどうやら聞こえていないらしい。

 

「ん、っんんっ!」

 

しかし誤魔化す&気を取り直すように里紗は咳払いをし、ララを見る。

 

「ま、その、ほら、こういう感じにね! インパクトは絶大でしょ? あわよくば、その……キ、キスだって出来るかもよ?」

 

まだ少し頬が赤く、わざとらしいほどに炎佐から目を逸らしつつ、里紗は先ほどのクッキー銜えのセールスポイントをララへと話していた。しかしそれに対しララは「えへへ」とどこか困ったような笑い声を漏らす。

 

「えっとね、リサ。考えてもらって嬉しいんだけどね……私はリトにキスするつもりはないよ?」

 

「「え?」」

 

里紗の言葉に対しそう返すララ。その告白に里紗と炎佐は声を重ねた。

 

「この前、モモから好きな人同士の特別なキスを教わったんだけどね……その時はリトの気持ちを考えてなかったの。だから、リトが私の気持ちに応えてくれるまで待つことにしたんだ。リトからの特別なキス!」

 

「ララちぃ……」

「いつの間にそんな事に……」

 

ララの言葉に里紗が感激したように呟き、炎佐は気づかない内にリトとララの関係が進展していたことに驚く。

 

「あ、もちろん春菜とくっついた後でいいよって言っといたからね!」

 

「「……」」

 

だが続けての彼女の言葉には二人とも呆れの表情を見せるのであった。

 

 

 

 

 

「んじゃ、あたし用事あっから帰るね。ばいばーい」

 

「うん、またねー」

 

一通りからかって(炎佐には返り討ちにあったが)満足したのか里紗は用事があるからと帰宅。ララはとりあえずプレゼント第一弾兼お土産にクッキーを買い、再び炎佐と共にプレゼント探しに戻った。

 

「次は何を買おうかなー?」

 

ふんふんと鼻歌を歌いながら上機嫌で歩くララとその後を続く炎佐。相変わらずララはその美貌で人目を集めているがやはりララは気づいておらず、炎佐は苦笑を漏らす。

 

「……?」

 

が、そこで炎佐は違和感に気づく。徐々にだがララに向けられる視線が減っている。まるで彼女以外に誰か人目を引くような者がいるかのように。

 

「あぁ、ララちゃんにエンザ!」

 

「プリンス・レン!」

「レン君!」

 

そこに驚いたように声をかけてきた男性の声に炎佐とララも反応、エメラルドの髪を短く整えたイケメンな青年――レンが肩に鞄を担いで彼らに声をかけながら近づき、炎佐とララを交互に見る。そこで改めて何かに気づいたような表情を見せた。

 

「え、っと……エ、エンザ、まさか……」

 

「安心しろ、ララの我儘に付き合ってるだけだ」

 

「そうか……」

 

レンは炎佐とララがただならぬ関係になってしまったのではないかと危惧する様子を見せるが、炎佐があっさりそう返すと安堵の様子を見せる。

 

「じゃ、五分休憩でーす」

 

「お、休憩か」

 

するとそんな声が聞こえ、レンもそれに反応すると肩に担いでいた鞄のファスナーを開けて中を探る。

 

「はぁ~疲れた~……レン、お水ちょうだーい」

 

近くの人ごみ――というかテレビ局のスタッフだ――を抜けてレンに声をかける少女――ルン。動きやすそうな薄手のシャツの上に何のお洒落かネコミミパーカー、下はミニスカートと縞々のニーソックスというファッションの彼女はレンに水をくれと要求、彼も苦笑しながらはいはいと頷いて鞄からペットボトルを取り出し、ルンは「ありがと☆」と明るくお礼を言うとペットボトルのキャップを開けて水を飲み始めた。

 

「ルンちゃん!」

 

「むぐっ!?」

 

そんな彼女にララが不意打ちで声をかけ、不意を突かれたルンは水が変なところに入ったか、けほっけほっと咳をし、息苦しさが消えてからやや涙目でララを見る。

 

「ラ、ララ!? そ、それにエンザも……」

 

疲れて気づいていなかったのか声をかけられてようやくララとエンザに気づくルン。彼女はララと炎佐を交互に見つめ、はっとした顔になる。

 

「え、もしかしてリト君を奪うチャンス?」

 

「ないよ。リトへのプレゼント探しの途中なんだ」

 

「なーんだ」

 

「ルンちゃん、この辺でリトが喜びそうなものを売ってそうな場所知らない?」

 

ルンはリトとララが別れたのかと興味津々の様子を見せるが、むしろ逆にララがリトにプレゼントを買おうとしていると知るや否や興味なさそうな様子になり、しかしそんな状態に気づかずにララはそうルンに質問した。

 

「えー、そうね……私も撮影で来ただけなんだけど……」

「あぁ、そこを真っ直ぐ行って交差点を曲がったとこにさっきまでルンが撮影やってたデパートがあったっけ。品揃え豊富だったし、いいものが見つかるかもしれないよ」

 

「ホント!? ありがとうレン君!」

 

ララのプレゼント作戦に興味がないルンが困った様子を見せると、レンがそう真面目にアドバイス。いいものが見つかりそうな場所を教えてもらったララが満面の笑顔でレンにお礼を言うとレンも「それほどでもないよ~」とデレデレした様子でララに返す。

 

「……」

 

そんなレンをルンはジト目で見ると、突然彼の尻をつねり上げた。

 

「いづっ!?」

 

「はい、もういらないからしまっといて」

 

「は、はいはい……」

 

悲鳴を上げるレンにそう言ってペットボトルを突き出すルンと、それ受け取って鞄にしまうレン。すっかり付き人みたいな真似をさせられてる彼に炎佐は苦笑を漏らしていた。

 

「じゃ、私はそろそろ戻るから」

 

「お仕事頑張ってください、プリンセス・ルン」

 

「当然よ。応援受け取っとくわ、エンザ」

 

撮影に戻るルンに一言応援の言葉を述べる炎佐。ルンもふふっと勝気に微笑むとパチリとウィンクをサービスして撮影へと戻っていった。

 

「じゃあ、俺達は教えてもらったデパートに行ってみるよ。サンキュー、レン」

 

「ああ。また学校で」

 

「またねー」

 

ルンもいなくなり、エンザ達もその場を解散、レンはルンの付き人の真似事としてその場に残り、炎佐とララは先ほどレンに教えられたデパートを探してその場を離れるのであった。

 

 

 

 

 

「わー……」

 

「普段行ってるデパートとはまた別の品揃えって感じだな……」

 

教えられたデパートに入り、ララと炎佐は店内を見回す。

 

「とりあえず適当に回って探してみようか」

 

「うん」

 

ざっくりとした方針を決め、二人は店内を歩いていく。ゲームショップでの新しいゲームや衣服店での新しい服、新作漫画やDVD――なおマジカルキョーコの新作DVDもあったためララが購入していた――など色々見て回るがどうにもリトへのプレゼントという観点ではララがしっくりくるものがないらしく、これといった収穫もないまま二人は休憩にベンチに座り、近くの店で買ったアイスを食べていた。

 

「このままだとリトへのプレゼントはクッキーだけになるな……」

 

「う~ん……」

 

炎佐の呟きにララが困ったように唸る。クッキーだけというのはいつもお世話になっているお礼というには少々インパクトが欠ける。しかし考え込んでいるせいでアイスが溶け始め、つぅぅ、とコーンから滴り落ち始めた。

 

「ララ、アイスが溶けてるぞ」

 

「わわっ!?」

 

炎佐が呆れたようにツッコミを入れるとララが慌て出すが既に溶けているアイスは止まらない。

 

「やれやれ」

 

呟き、炎佐の青色の両眼がアイスを見る。とアイス周辺に冷気が走り、溶けていたアイスを急速に冷やして固体へと戻した。冷気を操るブリザド星人の能力だ。

 

「ふわ~……」

 

「相変わらず、世話が焼けるね」

 

ララがよく冷えたアイスを嬉しそうに見てかぶりつき、炎佐も苦笑しながらからかうようにララに言う。

 

「えへへ、ありがとね。お兄ちゃん」

 

それに対しララは申し訳なさそうに、しかし嬉しそうに笑いながら炎佐にお礼を言う。しかしその中の呼び名に炎佐は目を丸くし、ララもそんな炎佐にきょとんとした顔を見せた後、気づいたように「あっ」と漏らす。

 

「ご、ごめんごめん。つい……」

 

「……別にいいよ」

 

ララの謝罪に炎佐もまた微笑む。昔はデビルーク親衛隊をしていた炎佐、ララ達とは護衛と護衛対象という立場だったとはいえ同時に幼馴染の兄役。ナナやモモからも兄と呼ばれている以上ララからも兄と呼ばれる事は不思議ではない。

 

「ま、同い年だからちょっと違和感はあるけどね」

 

「でもエンザは私にとって頼りになるお兄ちゃんなのは変わんないよ」

 

「お褒めに預かり光栄です。で、ララ。アイス食べたらどうする? もうちょっと探すか、諦めて帰るか」

 

「ん~……」

 

これからどうするかと話を振られ、ふと顔を上げて辺りを見回すララ。するとその視線がある方向へと向けられる。緑色を基調にし、まるで蔦が絡まったようなデザインになっている看板が掲げられたお店、それを見たララの瞳がぱーっと輝くのを炎佐は見た。

 

 

 

 

 

「たっだいまー!」

 

「お邪魔します」

 

夕方。結城家に戻ってきたララは元気に挨拶をし、その後ろから炎佐も続く。

 

「おっ、おうっ! お、お帰り、ララ! あ、ああ炎佐も一緒だったのかー知らなかったぜー!」

 

それに対しリトが何故か慌てた様子でそう返していた。

 

「んっふふ~。あのねリト、いつもお世話になってるから、たまにはお礼をしたいの!」

 

「そ、そうか! プレゼントなんて嬉しいなー!」

 

「……」

 

ララの言葉にリトがあははっと慌てたように笑いながら返し、それを聞いたララがきょとんとした表情になる。

 

「私……まだ何も言ってないよ?」

 

「げっ!?」

 

「リト……正直で誠実なのは君の美徳だけど……こういう時は少し知らないふりをしてあげた方が……」

 

その言葉にリトがげっと声を出し、炎佐が呆れたように呟く。

 

「リ、リト! 知ってたの!? なんで!?」

 

それを聞いたララが驚いたように声を上げ、リトが気恥ずかしそうにうつむいてそっぽを向く。

 

「い、いや、だってよ。朝っぱらからこそこそと、そんな普段と違う格好をして出ていこうとしてるの見かけたら気になるし……悪いとは思ったんだけど……」

 

「ま、まさかついて来てたの!? じゃ、じゃあ全部知ってる……とか?」

 

「い、いや、違う! いや、こっそりついていったのはごめん、悪かった。謝る! けど、相手が炎佐だったし、炎佐は俺に気づいてるみたいだったから、待ち合わせの場所からは俺はついていってない! 信じてくれ!」

 

リトの言葉にララが声を震わせると、リトはまずこっそりララの後をつけた事を謝罪、続けて待ち合わせ場所から先については何も知らないと弁解する。しかしララはリトに後をつけられていたのが思ったよりもショックだったのかしゅんとなっていた。

 

「ああ、そこは俺も保証する。っていうか、あんなバレバレな尾行に気づかないララちゃんもどうかと思うけど? あと、リトをびっくりさせたいのは分かるけど、黙っていなくなったら心配するだろ? せめてモモか美柑ちゃんくらいには教えて協力のお願いと口止めしといた方がよかったな。俺がモモにメールしといたからよかったものの、誘拐とかと勘違いされたら大事だったぞ」

 

「うっ……」

 

炎佐もリトの援護に回り、ララが誰にも知らせずにこっそりいなくなったことを注意、ララもうっと唸ってさっきのショックとは別の申し訳なさから落ち込んだ様子になる。

 

「い、いや炎佐、ララも俺を驚かせたかっただけで悪気があったわけじゃないんだから……」

 

するとリトがララのフォローに回り、彼女に向けて優しげに微笑む。

 

「ララ、俺お前の気持ちすっげー嬉しかったよ。ありがとう……だからその、ごめんな? サプライズ台無しにしちまって」

 

「う、ううん! 私こそごめんね! リトに心配かけちゃって……」

 

心から謝罪するリトにララも慌てたように謝り、そこではっとなったように後ろ出に隠していたプレゼントを入れた箱を渡す。

 

「こ、これ、プレゼント! いつもありがとね!」

 

「あ、ああ」

 

ララから貰ったプレゼントを、「開けてもいいか」と確認を取ってからリトは開ける。その中にあったのは新しいジョウロやシャベル、そのほか所謂園芸用品のセットだ。

 

「えへへ、リトだったら何が嬉しいかなって思って……」

 

「……ああ。すっげー嬉しいよ。ありがとう、ララ。大切に使わせてもらう」

 

「うん。それとクッキーも買ってきたんだよ、後で皆で食べようね」

 

「ああ」

 

はにかむララに嬉しそうに笑うリト。すっかりさっきまでの気まずい雰囲気はなく、完全に仲直りの雰囲気を見せていた。

 

「エンザ!」

 

するとララは炎佐にも笑顔を向ける。

 

「今日は協力してくれてありがとね!」

 

満面の笑顔でララはお礼を言い、その横のリトも「ありがとな」と続ける。

 

「……当然だよ」

 

と、炎佐もララの頭にぽんと手を置く。

 

「俺はララのお兄ちゃんなんだからな。これくらいのお願いは聞いてやる」

 

そして優しげな笑顔を浮かべてそう答えた。




少年ジャンプでToLOVEるに変わるラブコメマンガと噂されているゆらぎ荘の幽奈さんの単行本を全巻買いしました。(挨拶)
面白いなぁと思いつつ「これにオリ主出すならどういう設定にするかな~」とか考えてしまう辺りそういう類の二次創作が染みついている……妖怪やら霊能力者やらいるなら宇宙人一人くらい突っ込んでもいいよね?(やめろ)

まあ本作とのコラボは確実に出来ないんですけども。いや、世界観が合わないとかはないよ?んなこと言ってたらニャル子やケロロ軍曹ともやってないもん。ただ……ToLOVEる世界にはお静ちゃんがいるから、幽奈と会ったら“幽奈「お静ちゃんさんみたいな身体欲しいです」→お静ちゃん「じゃあ御門先生にお願いしてみますね」→幽奈肉体ゲット”で原作ぶっ壊しかねないから怖いんですよ。直接会わなくってもララ達なら「幽霊の友達なら私達にもいるよ」でお静ちゃんと連絡取れるから間接的にも不可能だし……世界観が合わないはちょっとくらいなら屁理屈つけて捻じ曲げる。ただ原作崩壊はね、しかも幽奈に肉体を与えるとか根本からの崩壊だし、ちょっとの思い付きでやっていいものじゃない……。

やるとしたら一話だけの短編コラボですけど、これは「二次創作とは原作あってこそ。故に原作には出来る限りのリスペクトを持つ」という自分の主義に反しますので。まあ逆にこれから先何かの方法で幽奈が肉体ゲットなお話があるならそこ上手く捻じ曲げて喜んでコラボりますけど。(おい)


さて話を戻してお久しぶりです。本編の方が全然話が思いつかずぐだぐだとなっていました。
今回はララとのお買い物。最初の部分とオチは大分前から思いついて書き溜めてたので今回買い物部分を考えてねじ込みました。いつでも使える時間軸のものだったから便利。
途中の里紗やルンレンに関しては前者はついでにちょっとサブヒロインとのカップリングを書きたかった、後者は最近出番がない感じがするのでちょっと出番増やしのためだったりします。
なお炎佐はララにとってもお兄ちゃんです。ララは炎佐にとっては手のかかる双子の妹です。互いに恋愛感情としては全く見ていなかったりします。

では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十話 オレンジガールとサムライガール、恋の鞘当て?

「ふんふふんふふ~ん♪」

 

ある休日、朝食が終わった頃。美柑はカチャカチャという食器同士が当たる音をBGMに食器を洗いながら鼻歌を歌っていた。

 

「まう~」

 

「ん?」

 

と、セリーヌがとてとてと歩き寄ってくる。その手には着信を示す音楽を鳴らしながら振動する美柑の携帯電話が置かれ、美柑へと差し出されていた。

 

「あ。ありがと、セリーヌ」

 

手近にあった乾いた布巾で手を拭いて水気を取り、セリーヌから携帯電話を受け取って相手を確認する。

 

「凜さん?」

 

最近よく電話が来るけど、立て続けなんて珍しいなぁと思いながら美柑は電話に出る。

 

[み、美柑か?……すまない、相談があるのだが……]

 

「相談?」

 

[ああ。頼めるのは君しかいないんだ……頼む]

 

電話の向こうからなんだか切羽詰まっているように聞こえる凜の声。美柑もただごとではないのかもしれないと思い、凜の頼みを了承。洗い物が終われば暇になるからとこの後すぐ公園で待ち合わせをするのであった。

 

 

 

 

 

「来てもらってすまないな、美柑」

 

「いえ、私で力になれるなら」

 

美柑がやってきたのは公園のベンチ。既に待っていた凜は近くの自動販売機で買ったオレンジジュースを美柑に渡しながら、突然の事に時間を割いてくれたことにお礼を言い、それに対し美柑は自分で力になれるならと返す。凜も薄く微笑んでありがとう、と答えて美柑に隣に座り、自分の分の飲料水であるソーダを握った。

 

「じ、実は……その……だな……」

 

いざ言おうとしても切り出しにくいのかどうにも歯切れが悪く、しかし美柑は急かすような事をせずに待とうとオレンジジュースを飲み始める。

 

「す、好きな人が出来たんだ」

 

「ぶっふー!!!」

 

しかし思った以上にすぐに切り出され、しかも衝撃的な告白に美柑はジュースを吹くのであった。

 

「けほっえほっ!……り、凜さん、す、好きな人って……えぇぇっ!?」

 

実は憧れの相手である凜から恋愛相談を受ける事になってしまった美柑は僅かに咳き込みつつも驚きに目を白黒させながら凜を見る。

 

「!」

 

その彼女の顔は真っ赤に染まっており、冗談を言っているのではないと美柑は直感した。すると凜が困惑した様子で美柑を見る。

 

「そ、そんなに驚かれる程か?」

 

「あ、いや、その……た、確かにびっくりしましたけど……でも、凜さんも女性ですし、うん。頑張ってください! 私、応援します!」

 

困惑する凜に対し美柑は確かにクールビューティな凜から恋愛相談を持ち掛けられたことに最初は驚いたと認めつつも、凜も女性なんだから恋をしたっておかしくはないと彼女を勇気づける。

 

「あの、それで……相手はどんな方なんですか? やっぱりクラスの人とかですか? それとも、もしかしてどこかのお坊ちゃんとか……」

 

普通の女子高生ならクラスメイトというのが恋の相手の常道、しかし凜のことだからもしかしたらどこかの大富豪のご子息との大恋愛になるかもしれない。と美柑は妄想を働かせる。

だがそこで鼻息が荒くなっている自分に気づき、野次馬根性ではなく真摯に相談を受けなければならない立場だと自分に言い聞かせながら、落ち着こうと再びジュースを飲み始める。

 

「その……君もよく知っている……氷崎炎佐なんだ」

 

「ぶっふー!!!」

 

そしてさらなる衝撃的な告白に再びジュースを噴き出す羽目に陥るのであった。

 

「み、美柑!? さっきからどうしたんだ!? 具合が悪いなら無理をせずともまた後日……」

 

さっきからジュースを飲んでは噴き出すという奇行に走る美柑に、その原因を自分が作っているとは知らない凜がおろおろしながら美柑を心配する。

 

「凜さぁぁぁん!!!」

 

「!?」

 

と、美柑は凜の胸倉を掴みあげた。心なしかその目には涙が溜まっている。

 

「な、なんで炎佐さんなんですか!? リトなら分かる……いやそっちもそっちでツッコミどころ満載なんですけどどうして炎佐さんの事を好きになっちゃったんですかぁ!!??」

 

「み、みみみ美柑!? な、何がどうしたというんだ!?」

 

どこにでもいる普通の小学六年生女子になすすべなくがっくんがっくん揺さぶられる武闘派系女子高生という変にシュールな光景がしばらく繰り広げられるのであった。

 

「……と、取り乱しました……」

 

「ああ、なんだかよく分からないが。気にしないでくれ」

 

しばらくの後やっと冷静さを取り戻した美柑は面目なさそうにうつむき、凜は気にするなと答えてお代わりのオレンジジュースを美柑に渡す。結局一本目はほとんど噴いてしまい、公園のグラウンドに打ち水のように撒かれる結果になっていた。その内ジュースに含まれていた糖分を目当てに蟻が殺到する事だろう。

 

「そ、それで……どうして凜さんはその……炎佐さんを好きに?」

 

「ああ。実は美柑も知っているだろうが、前に結城リトと氷崎炎佐に手伝いを頼んだことがあるだろう?」

 

「ああ、はい。その節はすみません、リトがご迷惑をおかけしませんでしたか?」

 

「いや、そんな事は……まあ、ないとは言い切れないが……」

 

美柑は前にそんな事があったなと思いつつ、リトが迷惑をかけなかったかと質問。それに対し凜は遠い目を見せた。が、すぐにごほんと息をついて誤魔化す。

 

「まあ、それはいい。実はその時、何やら不思議な事が起きてな……気がつけば書斎の本棚とその中にあった本が微塵切り、庭に植えてあった樹や植物、建ててあったモニュメントがボロボロに斬り刻まれていたんだ」

 

「それだけ聞くと何が起きたのかさっぱり分かんないですね」

 

凜は腕組みをしながら説明、美柑が半目になってツッコミを入れる。

 

「どうやら私が何か宇宙生物に寄生されたようでな、その結果だそうだ」

 

「だ、大丈夫だったんですか!? ってかリト! そんな大変な事に巻き込まれて黙ってたなんて!!」

 

当事者故に事件の概要だけは聞いていたらしく、しかしちゃんとした理解は出来ていないのかふわふわとした説明をする凜に、宇宙生物に寄生されていたなんてただ事ではない事件に美柑が慌て、同時にそんな事に巻き込まれていた事を黙っていたリトに憤慨する。

 

「結城リトをあまり怒らないでやってくれ。きっと君を心配させたくなかったのだろう」

 

「……分かりました……それで、その事と炎佐さんと何の関係があるんですか?」

 

凜はもう終わったことで無用な心配をかけたくなかったんだ、とリトの弁護をし、美柑は渋々納得。それからその事件と炎佐に何の関係があるのかと尋ねた。すると、凜はどこか優しげな、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「その、だな……その時の事を私はあまり覚えていないのだが……それでも、たった一つ。夢を見ていたかのようだが、不思議と確信があるんだ……あの時に私を命懸けで助けてくれたのは氷崎炎佐なんだ、と……誰かを守るべき自分を守ってくれたのは、彼なんだ。とな」

 

頬を赤らめ、儚げで、それでいて嬉しそうな微笑み。同性の美柑でさえドキリと心臓が高鳴るその美しい表情は正に恋する乙女のものだった。

 

「……ん?」

 

だが、そこで美柑は頭に疑問を浮かべる。

 

「そういえば、なんで私なんですか? 天上院先輩とか藤崎先輩とか、相談する相手なら他に……」

 

「ああ……沙姫様には悪いんだが……」

 

美柑よりも近しい、主にして親友の沙姫や同じく沙姫に仕える仲間であり親友の綾など、恋愛相談が出来るだろう相手なら他にもたくさんいるだろうに。と不思議に思う美柑だったが、その疑問の声を聞いた瞬間凜は虚ろな目で虚空を見上げた。

 

「もうあんなのはやめにしてほしい、心臓がもたない……昼食前はまだ序の口だったのだな……」

 

「な、なんかすいません……」

 

心なしか目の端からつう、と涙が零れ落ちているその表情を見た美柑は何かあったんだと瞬時に理解し、ぺこりと頭を下げて謝罪の言葉を口にした。

 

(ん~……でもなぁ……)

 

だがそこで美柑は迷う。凜の好きな人は炎佐なのだが、それは自分とて同じこと。しかも凜は控えめに言ってもそこらのモデルなんて相手にならないすらりとした、それでいて出るべき部分は出ているナイスバディ。肉体の女性らしさとしては劣る自分が真正面からぶつかったら敗北は必至である、と。

 

(でも……)

 

しかし美柑は迷う。尊敬する相手が恥を忍んでこうまでお願いしてきて、しかも知らなかったとはいえ一度は「応援する」と約束した以上、無下に扱うのはどうだろうか、と。

 

(……ええい、ままよ!)

 

うん、と美柑は心の中で頷き、覚悟を決めたのであった。

 

 

 

 

 

凜から相談を受けた次の休日。美柑は近くのデパートへとやってきていた。

 

「というわけで、炎佐さん。九条先輩とのお買い物へのお付き合い、よろしくお願いしますね?」

 

「「え?」」

 

ただし、炎佐と凜を引き連れてなのだが。なおその二人は展開についていけてないのか呆然としている。

 

「あのですね、九条先輩が天条院先輩に内緒でプレゼントを買いたいそうで相談を受けたんです」

 

「そ、そうそう! そうなんだ!」

 

「ああ、そうなんだ……で、なんで俺?」

 

美柑の口から出まかせに凜が話を合わせ、しかし炎佐は何故自分まで呼ばれるのかと尋ね返す。流石に女子高生(しかも世界有数のお嬢様)へのプレゼントを買うにあたってアドバイスなんて出来るはずもない。そんな彼に対し美柑はにこっと微笑みを返した。

 

「荷物持ち、よろしくお願いしますね?」

 

「……了解」

 

美柑のにこっと笑顔での言葉に炎佐も苦笑しつつ了解の意を返し、彼らはデパートに足を踏み入れるのであった。

 

「それで、プレゼントって言っても何を買う予定なんですか?」

 

「あ、ああ、それはその……」

 

「とりあえずデパートを見て回って、それから考えようかなって」

 

「そ、そうそう。それだ」

 

デパートの中を歩きつつ炎佐は今回の企画提案者である凜に買うものの目星はつけているのかを尋ね、それに凜は目を泳がせるが美柑がすぐさまフォローを入れる。その返答に炎佐は少し困ったように頭をかいた。

 

「なんか時間かかりそうですね……まあ、九条先輩にはいつもお世話になってるし。これくらいならいくらでも力になりますが」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

炎佐は時間がかかりそうだとぼやきつつも凜の力になると答え、凜は彼を騙していることにやや良心を痛ませつつお礼を返すのであった。

 

「じゃあまずそこで服でも見ましょうか! ついでだから私達も気に入ったのがあったら買いましょう!」

 

「ちゃっかりしてるな……」

 

美柑はさっそくというように洋服売り場を指差し、荷物持ちとして招集された以上、今回の本命と聞いている沙姫へのプレゼント以外の物も持たされる未来が確定している炎佐はしかし苦情を言うつもりもなさそうな様子で苦笑していた。

それから炎佐は女性が服を選ぶところをまじまじ見つめるわけにもいかないからと彼女らから離れ、美柑がふんふんと鼻歌交じりに服を物色している横に立つ凜がこっそりと美柑に声をかける。

 

「お、おい美柑。これは一体……」

 

「え? んふふ、やっぱりいつもと違う自分を見てもらうなら服装を変えるのが手っ取り早いじゃないですか」

 

「そ、それはそうだが……」

 

「ご安心ください! しっかりコーディネートしてみせますから!」

 

ぐっ、とサムズアップをしながら凜のコーディネートを任せるよう言う美柑。男物の動きやすい服を好み、こういう可愛い服は似合わないと敬遠していた(とはいえこの前の炎佐とのデート以来多少は興味を持っている)凜はそういう着こなしはよく分からないため自信満々の美柑に任せることにする。

 

「あれ? なんでこんなとこにナース服が?」

 

「ここはどういう店なんだ!?」

 

しかし店のラインナップ的な意味で一途の不安が押し寄せるのであった。

 

 

 

 

 

「……しかし、どうにも居づらいな」

 

服屋の入り口付近で炎佐が居心地悪そうに呟いた。この服は女物をメインに取り扱っており、メインターゲットも女性と思われる。ごく一部女連れの男性もいるにはいるが客の大半は女性であり、男性ただ一人でいる炎佐はどうにも目立っているような気がしてならない。

 

「炎佐さん!」

 

「ああ、美柑ちゃん。どうかしたの?」

 

すると美柑がとててっと軽やかな足取りで駆け寄り、どうかしたのかと声をかけてきた炎佐に対しむふふぅと笑みを向ける。

 

「凜さんが今試着中でして、炎佐さんにも凜さんの着た服を見ていただこうかと思いまして」

 

「俺が?」

 

「ええ、せっかくですし」

 

にししと笑う美柑に炎佐も微笑を浮かべながら頷き、炎佐は美柑の案内で凜のいる試着室前へと向かった。

 

 

 

 

 

「りーんさーん。炎佐さん連れてきましたよー」

 

「み……美柑……」

 

美柑の明るい声に対し、凜は試着室からカーテンは開けないまま顔だけぴょこっと出して美柑を呼ぶ。

 

「ほ、本当にこれを着るのか?……」

 

「ナース服やメイド服よりマシじゃないですかー」

 

「当たり前だ!!! し、しかしこれは……ろ、露出が多すぎなのでは……」

 

凜の心なしか涙目での言葉に美柑が訳の分からない例えを引き合いに出し、凜がツッコミを入れた後に困惑というか迷うような様子で呟く。

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

すると美柑は心なしか黒い笑みを浮かべて凜のいる試着室に入っていく。

 

「み、美柑? なにを……ひゃあ!? な、何をする!?」

 

「時間がかかりそうですし、お手伝いしますね……む、やっぱり凜さんおっぱい大きいな。それにウエストはこんなにくびれて……」

 

「み、美柑、やめ、くすぐったい……」

 

試着室の中で美柑と凜がもみくちゃになっているようで、美柑のどこか嫉妬したような言葉と抵抗できない様子の凜の声が聞こえ、カーテンが揺れる。

 

「……俺は何も聞いていない」

 

とりあえず炎佐は二人の揉み合いを試着室のカーテンを挟んで聞きながら現実逃避を始めたのであった。

 

 

 

 

 

「と、いうわけでっ! 炎佐さん、凜さんのお着替え終わりましたっ!」

 

「み、美柑!! まだ心の準備がひにゃあああああ!!!」

 

数分後、美柑の元気いっぱいな声と凜の悲鳴が重なり合う。ちなみに凜の台詞が途中から悲鳴に変化したのはその辺りで美柑が有無を言わさず試着室のカーテンを開き、無理矢理に凜の試着後の姿をお披露目したからである。今は必死にかがんで美柑の後ろに隠れてしまっている。

 

「ほらほら凜さん、しっかり見てもらわないと?」

 

「み、美柑……笑顔がどこか黒いんだが……」

 

「気のせいです♪」

 

心なしか黒い笑顔を浮かべている美柑に凜がツッコミを入れるが、美柑は黒く嗜虐的な笑みを浮かべてそれを否定。涙目になった凜は諦めたのかゆっくりと立ち上がった。

 

「わ、笑いたければ、笑うがいい……」

 

羞恥に顔を真っ赤にし、目を逸らして口を尖らせながらそう呟く凜の格好はノースリーブの薄手のシャツ、しかもへそを出すようなファッションのそれは彼女の大きく膨らんだ胸と、相反して引き締まったウエストを強調している。さらに下はホットパンツで、こちらもカモシカのように細長い美脚を惜しげもなく晒していた。

 

「……」

 

凜のスポーティかつセクシーな肢体の魅力を存分に発揮していると言っても過言ではない姿を見た炎佐がぽかーんとした顔になってしまうのも無理はない、ということにしておこう。

 

「……な、何か言ってくれないか? に、似合わないなら似合わないでいい……」

 

「あ、いや、そんな……と、とても似合ってます。その……き、綺麗すぎて、なんだか照れる……」

 

「き、綺麗……そうか……」

 

照れくさそうに評価を促す凜に対し、炎佐は頬を赤くしてこちらも照れくさそうに似合っていると評価。それを聞いた凜は恥ずかしそうにだが嬉しそうにはにかんだ。

 

(……なにこれ)

 

どこの初々しいカップルだよ、と美柑は心中でツッコミを入れた。無論それをやったのは彼女自身なのだが、尊敬する凜を応援しているとはいえ自分が想いを寄せる相手がこうなるのはやっぱりどこか面白くないと、その辺割り切れない複雑な乙女心を持つ美柑なのであった。

 

「えーと、凜さん。どうします? ずっと試着してても迷惑ですし」

 

「あ、そ、そうだな! よし、これを貰うとしよう!」

 

美柑からの問いかけで我に返った凜は、はっとした顔になりながら炎佐に褒めてもらった服の購入を決め、試着室のカーテンを閉めると元の服に着替え直し、試着した服を購入しようと鼻歌交じりにレジカウンターに向かう。

 

(凜さんもやっぱり女の子なんだなぁ……)

 

名前の通り凜として凛々しい、かっこいい人というイメージだったが。先日といい今回といい、炎佐が関わったらすっかり恋する乙女が様になっている。と美柑は微笑ましいものを見るような目を向ける。

 

「……ん?」

 

と、美柑はふと足を止めて幾多の服をかけた商品売り場に目を向ける。まるで何かに目を奪われたように彼女の足が止まっていた。

 

「美柑?」

 

「! あ、ああ、すみません! というか気にせず行ってくれてもいいのに!」

 

美柑が足を止めたのに気づいたのか、こちらも足を止めて声をかけてくる凜に、美柑は慌てて彼女に駆け寄るのであった。

その間炎佐は店の入り口で待っていたが、その手には何か小物が入ったような袋が握られており、ぽんぽんと小さく投げ上げて暇潰しにもてあそんでいた。

 

「炎佐さーん!」

 

「あぁ、美柑ちゃん……九条先輩は?」

 

「あ、試着室に忘れ物をしたみたいで。先に行ってるようにって」

 

「そう」

 

その時駆け寄ってきた美柑に気づき、声をかけるが一緒にいたはずの凜がおらず質問。美柑が、試着室に忘れ物をしたらしいと答えると炎佐は怒らせてしまい勝手に帰られたとかそういうわけではないらしいと安堵の息をついた。

 

「すまん、待たせた」

 

そこに凜も合流。しかしその手には片手にはさっき買った露出の多いセクシー衣装が入っているらしい手提げ型の紙袋、もう片方の手には丁寧に封がされたプレゼントに使う用途の紙袋が持たれていた。

 

「九条先輩、それは?」

 

「ああ、これは美柑へのプレゼントだ」

 

「私?」

 

炎佐の質問に凜が答え、美柑が首を傾げると、凜は美柑にその紙袋を渡して「開けてみろ」と促す。それに従い紙袋を開けて中を確認した美柑は「あっ」と声を出した。

 

「これ、さっき私がいいなって思ったやつ……」

 

「それで合っていたようだな。さっきちらりと見た時に目を奪われていたから気に入ったんだと思ってな」

 

袋の中に入っていたのはオレンジ色を基調に白色を加えてチェック柄に仕立てているワンピース。先ほど凜が服を買う直前に美柑が注目していたのに気づいた凜がこっそり購入したらしく、凜は美柑の耳元に口を寄せた。

 

「その、なんだ。今日、炎佐と一緒に買い物をさせてくれたお礼だ……一応、形式上は沙姫様へのプレゼントを買うということになっているし……この後もよろしく頼む」

 

「……はい」

 

凜の照れくさそうな言葉に美柑もこくりと頷いた。

 

「なんだ、九条先輩も美柑ちゃんにプレゼントを買ったんですか」

 

するとそこに炎佐が苦笑しながら話に入る。

 

「じゃあ美柑ちゃん。九条先輩の後じゃ霞んじゃいそうだけど。これ、さっきそこの雑貨屋で買ってきたんだ」

 

そう言って炎佐が差し出すのは先ほど手慰みにぽんぽんと投げてもてあそんでいた小袋。受け取った美柑がまた中を確認する。

 

「これ……ヘアゴム?」

 

「うん。美柑ちゃんいつも髪を結んでるしさ、これなら似合うと思って」

 

炎佐が渡してきたプレゼントのヘアゴムは明るい黄色のヘアゴム。さらに小さな鈴のアクセサリーがついた可愛らしいものである。ちなみに鈴は形だけなのか振ってもからからと鈴同士がぶつかる澄んだ音色が響くだけで鈴そのものが音を出すことはないらしい。

 

「まあ、美柑ちゃんにはいつもお世話になってるしさ。遠慮せずに受け取ってよ」

 

にこり、と優しい微笑みを浮かべる炎佐に、美柑の胸がドキリと高鳴る。とその瞬間彼女は何か悪いことを考え付いた悪戯っ子のようにニヤリ、とした笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます、炎佐さん!」

 

その言葉の直後、炎佐の頬からちゅ、というリップ音が聞こえる。炎佐の頬に美柑がキスをしたためだ。

 

「……美柑ちゃん?」

 

「……お礼です」

 

いきなりの美柑の奇行に炎佐もぽかんとした声でそう問いかける。すると美柑は先ほどの悪戯っぽい笑顔のままぺろっと舌を出してそう言い捨てると心なしか赤い顔でその場を逃げるように走り去っていく。

 

「……なんだったんだ?」

 

「さあ?」

 

ぽかんとしたままでの炎佐の問いかけに、当然だが訳の分からない様子の凜も首を傾げる。と、その時凜の携帯が着信が入ったのかブルブルと震える。

 

「あ、すまない。少し外す」

 

「はい。美柑ちゃん戻ってくるかもしれないし、俺ここにいますから」

 

一言断ってから凜はその場を離れ、携帯を確認。

 

「美柑?」

 

しかしその相手はさっきまで一緒にいた美柑だった。どうやらメールらしく、凜は携帯を操作してメール画面を開き、ついさっき送られてきた何かのファイルが添付されているメールを開いた。

 

「……“負けません”?」

 

本文に書かれているのはその一言のみ。凜は不思議に思いながら、添付されていた画像ファイルを開く。

 

「?」

 

それは美柑の自撮り写真だった。まるで何かに挑戦するような不敵な、それでいて悪戯っぽい笑顔の美柑が映っている。

 

「?……!」

 

少し考えた後、凜は気づいたように頷くと苦笑を漏らす。

 

(敵に塩を送ってくれたということか……美柑は大人だな)

 

同じ男性を好きになってしまった。いや、恐らく美柑はずっと前からそうだったのだろう。それなのに文句ひとつ言わずに相談に乗り、今回のお出かけをセッティングしてくれた美柑の心の広さを凜は心の中で称える。それから凜は美柑へメールの返信を送ると携帯をしまい、炎佐の待つ先ほどの場所に戻っていくのであった。




皆様お久しぶりです。ネタが思いつかずに二ヶ月。なんとか三ヶ月になる前に投稿できました。

さて今回は美柑&凜をヒロインに添えた炎佐とのラブコメ。凜→炎佐の確定と共に炎佐→凜も相手を異性として意識する事を目標に書き上げました。いやだって、この前のデートで多少はマシになったとは思うけど炎佐の凜に対する認識の基本は「地球人にしては見所がある戦士」ですし……。(汗)

そして、最近美柑が主軸のラブコメは割と美柑はギャグ系のオチ担当になってたから今回もそうだと思った!?残念、今回は美柑の宣戦布告エンドです!……しかしまあ、二人には仲良くやってほしいと思っています。ドロドロの修羅場は正直書くのも見るのも苦手なんですよ……修羅場は修羅場でギャグチックに書かないとメンタルがもたない……。

では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十一話 闇の予兆

「はぁ……」

 

彩南高校の廊下。炎佐はため息をついて校内を見ていた。その廊下の窓のガラスにはヒビが入っており、ガムテープで応急処置されている他、酷いどころでは窓枠すらないという不用心にも程がある状態になっていた。

 

「俺がニャル子達からの依頼で数日学校を休んでる間にそんな事があったとはな……流石にララに説教の一つでも入れとかないと」

 

「お、お手柔らかにな?」

 

ニャル子――正確には惑星保護機構――から数日に渡る依頼があって数日間学校を休んでいた炎佐は、その間にララの発明品である自立移動型飛行掃除機――ごーごーバキュームくん(あんこう)が壊れて内部動力源であるマイクロブラックホールが暴走、あわや彩南高校を呑み込みかねない大事故に繋がりかけた事を聞き、そんな危険なものを発明品に使ったララに今更ながら説教をしなければならないかとぼやく。

その彼に対し、炎佐に学校の惨状を説明していたリトが苦笑を漏らしながらそう返した。

 

「それに、まあ確かに危なかったけどさ。悪い事ばかりじゃなかったっていうか、そのおかげで一つ進歩もあったんだぜ」

 

「ああ……あれね」

 

リトの言葉に炎佐は廊下のある方向を見る。

 

変身(トランス)!! ほーら、ハレンチせんぱいのおっぱいだよー」

 

そこには宇宙人であることを隠していたはずのメアが自分の胸を変身技術の応用で大きく膨らませてぷるんぷるんと柔らかく揺らしている光景があった。

なおそれに里紗と未央が「「おぉ~!」」と歓声を上げ、ナナは自分の平坦な胸に手を当てながら呆然となり、さらに自分をネタにされた唯が「こらーっ!」と声を荒げていた。

 

「メアさん! 変身(トランス)を変なコトに使わないっ!!」

 

「えへへ~」

 

普通の地球人ではありえない文句の説教もどこ吹く風という様子でメアは笑い、反省の色なしと見た唯の説教が続く。

 

「すっかり皆に受け入れられたみたいね、メアちゃん」

 

「……少しはしゃぎすぎですね……」

 

ひょこっと顔を出したティアーユの言葉に、きなこ豆乳を飲みながらのヤミが返す。

リトの言っていたごーごーバキュームくんAによる事件の結果である悪い事ばかりではなかった一つの進歩、それはメアが宇宙人である事が事件解決のどたばたの中でばれてしまったが、ヤミが上手くフォローを入れてメアが彩南高校の皆に受け入れられた事を言っていた。

 

「……」

 

と、そこでヤミはティアーユに気づいたように彼女をじっと見る。そして次の瞬間、足音もなくススススと後ろに下がってティアーユから距離を取るのであった。

 

「ヤミちゃーん!?」

 

ティアーユはその対応に悲鳴を上げた後、「うぅ」と呟いて涙目になった。

 

「ティアーユ先生……」

 

「落ち込む事ないですよ。ヤミちゃんがドクター・ルナティークの事嫌いじゃないのは分かってる――」

 

苦笑するリトとフォローをする炎佐、しかし彼の言葉は不自然に途切れる。というのも今や廊下の向こうにいるヤミが、それほど距離を取っていてもなお分かる程の殺気を炎佐に向けていたからだ。その意味する事は一つ、すなわち「余計な事を言うな」である。

そんな照れ隠しの殺気に炎佐も苦笑を漏らし、こくりと頷いて了解の意を示すと殺気も止み、ヤミはぷいとそっぽを向いてそのまま歩き去っていった。

 

「それにしても、ヤミちゃんの方は相変わらずだね」

 

「複雑な事情があるからな、あの二人……」

 

「ヤミちゃんの方は照れてるだけみたいだけど……」

 

炎佐とリトはそうぼやくように話し、ふぅとため息をつく。と、その時炎佐の携帯が鳴り始めた。

 

「あ、ごめん……ニャル子だ」

 

電話の相手が仕事仲間というか一応お得意様である相手のためすぐ電話に出る事に決めたらしく、廊下の隅に寄って声を潜め電話を開始する。

声を籠らせるためや唇の動きで会話内容を読み取られないように左手で口と携帯電話を隠すように覆っているため会話内容はあまり聞こえないが、漏れ出る声からは何か面倒そうな雰囲気が感じ取れる。

 

「はぁ、やれやれ……」

 

「どうしたんだ?」

 

ため息交じりに携帯をしまう炎佐にリトが首を傾げて問うと、炎佐も面倒くさそうに苦笑して肩をすくめた。

 

「ああ、ちょっと書類に不備があったそうでさ。こっちの署名が必要なそうなんだ。明日は丁度土曜だし直接ニャル子達のとこに行って書類の確認と署名をする羽目になった」

 

「ご、ご苦労さん……」

 

面倒くさそうな顔をする炎佐にリトも苦笑しながら労いの言葉をかける。が、炎佐は苦笑したような皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「ま、休日に宇宙人関係で頭を悩ませるのが書類不備なんていう形式めいたものであるだけマシってもんだよ。少し前まではララちゃんの婚約者候補によるリトの暗殺対策とかで頭悩ませてたんだしさ」

 

「あはは……」

 

皮肉めいた炎佐の言葉にリトも苦笑を漏らしつつ、しかし確かに最近平和になったよなと思うのであった。

 

それから土曜日曜を経て月曜日。炎佐はたまたま廊下を歩いていたモモと雑談に興じていた。

 

「にしても……メアもそうだけど、最近ネメシスも静かだよな」

 

「そうですね……ダークネス。その発現を待つと言って以来遊びほうけてるネメシス……リトさんにはああ言ったものの、まだ楽観視は出来ないかもしれません」

 

「ん? リトに何か話したのか?」

 

雑談の中で最近静かにしている不気味な存在――ネメシスの事を口にする炎佐に対してモモもその意見を肯定、相手の目的が未だよく分かっていない以上楽観視は出来ないかもと呟く。と、その言葉の内容が気になったのか炎佐は首を傾げてモモに話しかけ、口を滑らせたモモはぎくりと身を震わせた。

 

「あ、ああ、いや、その……そ、そうヤミさん! ヤミさんの事ですよ!」

 

「ヤミちゃんがどうかしたのか?」

 

実際に話していたのはハーレム計画の事だがそれを炎佐に知られたら絶対とまではいかずとも高確率で怒られると直感したモモは、実際にリトに話した内容でもあるヤミのことだと即座に嘘をついた。

 

「その……ヤミさんは最初はリトさんの命を狙っていたでしょ? けれど今のヤミさんにリトさんを傷つけられるとは思いませんし、そこは安心かな~と話しただけで……」

 

「なるほど……確かにそうだな。俺も最近ヤミちゃん関係はリトを守るよりもドクター・ルナティークとの関係性をどうするかって事しか考えてなかった」

 

モモの話に実際自分もヤミの事はリトの命を狙う殺し屋よりも一応は護衛対象であるティアーユとの関係改善を考える相手として見ていた事から納得。モモも上手く誤魔化せてほっと安堵の息を吐いた。

 

「……あ」

 

と、廊下の向こう側を見たモモがふと声を漏らす。

 

「どうした?」

 

「いえ、ヤミさんがいたというだけで」

 

モモの漏らした声が気になった炎佐が問うが、モモはそう返して廊下の向こう側を指差すのみ。たしかにその指の先にはヤミが何か考え事でもしている様子で歩いている姿があった。

と思うと彼女の進行方向先にはこっちも何か考えている様子のリトが歩いており、互いに考え事で前方不注意になっていたのかヤミとリトがドンとぶつかってしまう。

 

「あ、ってうわっ!?」

 

「「え?」」

 

次の瞬間リトが何故かずっこけ、ヤミを巻き込んで倒れてしまう。ヤミは幸い膝を折って尻餅をつきそうな形で倒れるだけで済んだがしかし、リトの方は何故か尻餅をつきそうな形で倒れたヤミのパンツが顔の上にのしかかりつつ、ヤミの両腿を両手で押さえ込んだ上にその両親指はヤミの股間を広げるような形で押さえているという珍妙この上ない体勢になっていた。

 

「あのぶつかり方でなぜこうなるのか……もはや物理法則もへったくれもないですね」

 

羞恥に頬を淡い赤色に染めたヤミの見下すような視線がリトに突き刺さる。同時にその髪が鋭い刃へと変身(トランス)した。

 

「とりあえず殺します」

 

「ゴゴゴゴメンなさーい!」

 

無数の刃を操ってリトに斬りかかるヤミと謝罪の言葉を出しながら大慌てで逃げ始めるリト。一応いつもの光景に分類されるものにモモもくすくすと笑った。

 

「大丈夫大丈夫。そうは言ってもホントにやるワケが……」

 

きっとヤミなりの照れ隠しなんだと考えるモモだが、ヤミの攻撃がやけにしつこくさらにリトの急所を狙っているようにも見えて頬を引きつかせ、彼女は炎佐の方を見た。

 

「エ、エンザさん……やっぱり一応助けた方がいいんでしょうか?……」

 

「そうだな。ヤミちゃんは俺が止めるからお前はリトの保護を頼む」

 

「はい!」

 

モモの言葉に炎佐もため息交じりに頷き、鎧を装備するためにデダイヤルを取り出す。そして接近しながら装着するつもりなのか二人は同時に飛び出そうと構えた。

 

「ヤ……ヤミちゃん! その辺で許してあげて!!」

 

「西連寺!?」

 

しかし二人が飛び出す前に春菜がリトを庇うようにヤミの前に飛び出した。

 

「お……お願い! 結城君、悪気はないと思うの」

 

「……今回だけですよ……」

 

春菜の説得が効いたのか刃を元の髪に戻し、すたすたと歩き去るヤミ。春菜はその間にリトに「大丈夫?」と心配そうな顔で尋ねていた。

 

(流石は春菜さん……リトさんの本命はダテじゃないわ!!)

 

その光景を見守るモモは何故か拳をぐっと握り、そう春菜の事を評価した。

 

「ちょっと西連寺さん!!」

 

するとそこにまた別の女子が乱入する。

 

「男子とそんなにくっついて何!? ハレンチだわ!」

「ずるーい。抜け駆け禁止よ委員長!」

 

「え~!?」

 

乱入し文句のような言葉を口にするのは唯とルンだ。ちなみに唯の肩には何故かセリーヌが乗っかっているが本人はあまり気にしていないようである。

 

「ちちちがうのよ、私はただ……」

 

「そうだよ。西連寺は俺を助けてくれて……」

 

顔を真っ赤にし慌てて弁解を始める春菜とリト。するとそこにララが「リトと春菜、なんかいい感じだね!」と爆弾をぶっ込み、その二人に「これ以上話をややこしくしないでー!」と叫ばれる羽目になっていた。

 

「あ~……リトも大変だよなぁ」

 

「そ、そうですね…(…抜け駆け……か……なんだかんだ言ってもまだまだ楽園(ハーレム)計画の障害は色々あるのよね……)」

 

色々な女性に言い寄られている親友の姿に炎佐が苦笑し、モモも笑みを引きつかせながらそれに同意。心の中で楽園計画の障害を考える。

もっとも大きな問題点は地球人、さらに言えばリトの属する民族である日本人は一夫一妻が当たり前で法的に重婚は認められておらず、それを当たり前の価値観として育っている春菜や唯もモモ本人がちゃんと確認したわけではないが性格的にハーレムに関しては忌避感を持っているだろうと考えられる。

特にリトの本命である春菜がハーレム計画に反対するだろう立場なのが一番の問題であるとモモは考えている。仮にリトがハーレム計画に心揺らいだとしても、本命の春菜がハーレム計画に反対していればそれを理由に踏みとどまる可能性は極めて高いだろう。という理由からだ。

 

「ほんと……まだまだ楽観視は出来ないわね」

 

モモがため息交じりにそんな言葉を口にする。その言葉は息を吐くように自然に、とても小さく漏れ出たためか隣に立つ炎佐にも聞こえていなかったらしく、彼は小さく首を傾げるだけなのであった。

 

 

 

時間が過ぎ、場所は学校のプールへと移る。モモ達一年生の女子は水泳の授業である。ちなみに男子はグラウンドで持久走を行っており、今頃汗を流してグラウンドを走り回っている事だろう。

 

「わーっ! ティアーユ先生、だいたーん!」

 

一年生女子の一人が、水泳の授業の監督に参加したティアーユを見てそう評価する。というのもティアーユの水着は大胆に露出した所謂ティーバックというもの。ティアーユの凹凸に富んだセクシーなボディを際立たせるそれは思春期の少年たちにとっては目に毒と言っても過言ではない。もちろんそのティアーユ自身も恥じらっている様子で頬を赤らめていた。

 

「女子の水泳の授業に出るって言ったらミカドにこれを着せられて……や、やっぱり大胆過ぎかしら?」

 

「いいよいいよ~。これを見られない男子共がカワイソ~」

 

ティアーユの言葉に対し、彼女の周りに群がった女子達がきゃいきゃいと姦しく盛り上がる。

 

「あ、あたしって……あたしって……」

 

「どんまいよ、ナナ」

 

なお離れたところでは胸囲に天と地ほどの差のあるナナが絶望に打ちひしがれており、モモが気にしないようにと返すがナナはモモの膨らんだ胸をキッと鋭い眼で睨みつけた。

 

「お前に言われるとムカツクー!」

 

「なによぅ、フォローしてあげたのに」

 

ナナの怒鳴り声にモモはケラケラと悪戯っぽく笑いながら返すのであった。

 

「あはは♪ まーた喧嘩してるね。あの二人」

 

それをプールサイドに腰かけ、プールに足をつけている格好のメアが眺めながら笑い、自身の隣で自分と同じようにプールサイドに腰かけてプールに足をつけているヤミに話す。

 

「地球では“ケンカするほど仲が良い”という言葉があるそうです」

 

「へー。流石ヤミお姉ちゃん、物知り~♪」

 

メアの言葉に地球の諺を教えるヤミと、姉を物知りだと称えるメア。しかしその後何かが気になったのかこてんと首を傾けた。

 

「けど、それで言うとあんまケンカしない私達って仲悪い?」

 

「そうとも限らないでしょう」

 

「だよね~、あははっ♪」

 

メアの言葉に真意はどうあれ仲が悪いわけではないと返すヤミと嬉しそうに笑って返すメア。たしかに仲が悪いとは思えない柔らかい雰囲気だ。

 

「ん~。でもそれなら私と兄上も実は仲が良いのかな? いっつも喧嘩してるし!」

 

「……」

 

実際はメアがべたべたして炎佐がうっとおしがって最終的にキレるだけなのだが、メアの中ではそれも喧嘩になってしまっているようだ。ニコニコと微笑みながらそういうメアにヤミは呆れたようにため息をつく。

 

「あいにくですが、あなたとエンザは兄妹ではありませんよ」

 

「あ、そいえばそだっけ」

 

ヤミの指摘にメアがぽんと手を叩いて思い出したようにこくりこくりと頷いた。

 

「それに……私達の場合は、これからかもしれない。私達はまだ姉妹になったばかりなんですから……」

 

さらにヤミはそう続ける。

 

「姉妹というのは、近い存在だからこそ……ぶつかり合う事もあるし、分かり合える事もある。そういうものだと思います」

 

「……うん、そだね。生まれが人でも兵器でも、そういうのはきっと変わらないよね」

 

ヤミの言葉にメアが無邪気に笑いながら答えると、ヤミは「素直に聞く耳を持つようになりましたね」と笑いかけ、それに対してメアが「私は前から素直だよ~?」と唇を尖らせる。

 

「私は……ずっと考えていました。自分はいつまでここにいられるのか」

 

再びヤミが語り始める。自分は兵器、ここにいつまでもいるのはおかしい。そんな気持ちがずっと心のどこかにあったのだ、と。

 

「でも……そんな心のもやを、メア、あなたが晴らしてくれた」

 

「私が?」

 

ヤミの言葉にメアがきょとんとした声で返すと、ヤミは小さく首肯する。ヤミの写し身のようなメアがこの彩南(まち)で暮らして人と関わり、人々に受け入れられていく姿を見たヤミは再確認できたのだという。この彩南(まち)で兵器とか人だとか細かい事を気にするのはバカらしい事だと。

 

「この彩南(まち)は……ここにいる人々は……受け入れてくれる」

 

優しさを含むその呟き。それはヤミがずっと言っていた兵器としての自分を自覚し、自身をそれと定義している限り決して出ない響きを宿す。

 

「私達は……ここにいても、いいのだと」

 

すなわち、ヤミが心から享受すると決めた平穏。それが彼女の声に優しさと和やかさ、そして慈しみをもたらしていた。

 

 

 

 

 

 

 

――IGNITION

 

 

だが、それがヤミの心の奥底、彼女自身すら把握していなかった何かの発動の引き金となる。

 

「!?」

 

 

――SELF CHECK

――START

 

 

突如ヤミの髪が彼女の意志に関わらず、彼女が格闘戦で好んで扱う巨大な腕へと変身。彼女の身体中をまるで確かめるようにまさぐっていく。

 

「ヤミお姉ちゃん!?」

 

メアが悲鳴を上げ、ヤミの異常に気づいたモモとナナも「ヤミさん!?」「どうしたんだ!?」と困惑の声を上げる。

 

「!! こ、この現象は……」

 

同じくヤミの異常を目撃したティアーユもまた、遠い昔の記憶を思い出したかのように声を漏らす。

 

「うっ……く……こ、これは……」

 

 

――ARM CHECK

 

――RIGHT ARM

――……OK

 

――LEFT ARM

――……OK

 

 

頭の中で反響する機械的な音声。それに従うように髪の毛が変身した腕が素早く、それでいてまるで健康診断の触診を行うように繊細にヤミの腕を撫でまわす。

 

 

――LEG CHECK

 

――RIGHT LEG

――……OK

 

――LEFT LEG

――……OK

 

 

続けて音声が変わると髪の毛は今度は今にも折れそうな細長い足を撫でまわしていく。その間も他の髪の毛がヤミの身体を抑えこんでおり身動きが取れない。

 

(これは……制御できない……)

 

――BODY CHECK

――START

 

「はぁうっ!?」

 

その上髪の毛は使い手たるヤミの命令を聞かず、彼女の解除命令を完全に無視して今はヤミの身体中を撫でまわし始めた。突然の刺激についヤミの口から声が漏れ出てしまう。

 

「ヤ、ヤミお姉ちゃんっ!? 変身(トランス)でそんなコト……ダイタンッ!」

 

何を勘違いしているのか、しかし客観的に見たらヤミがいきなり水着を部分的に剥ぎ取ってでも自身の身体を変身(トランス)を使って撫でまわしているようにしか見えない光景にメアが顔を真っ赤にしながら歓喜にも似た声を上げていた。

 

(何をカン違いしている、メア……これは“発動”だ)

 

するとメアの頭にそんな言葉が響いてくる。

 

(生体兵器イヴの真の姿……“ダークネス”の変身(トランス)のな)

 

「マスター!!……ど、どういう事!?」

 

いつの間にかプールを見渡せる校舎の屋上に立っているネメシス、彼女の言葉にメアが声を上げて説明を要求した。

 

(やり方を変えたのは成功だった。これが“ダークネス”発動のための条件だったのだ……)

 

「!」

 

「メアさん!」

 

ネメシスの呟きにメアがはっとする。その時彼女のもとにモモとナナが駆け寄ってきた。

 

「マスターって……ネメシスがどこに!?」

 

「どこって……ホラ、マスターはあそこに……」

 

モモの問いかけにメアは、先ほどネメシスが立っていた校舎の屋上を指差す。しかしそこには誰もいなかった。

 

「あ、あれ?」

 

(無駄だよメア。()()()()お前にしか知覚できない……同じ変身(トランス)兵器でも私はお前やヤミとは異なる存在。だが……可愛い我が下僕メア……何も案ずることはない)

 

突然、メアの赤色の髪の毛が毛先から徐々に、まるで布の端をインクにひたすとインクが徐々に布全体を染めていくように黒色に侵食されていく。

 

(私が今からする事は全て、私達三人の未来のため……)

 

「……メア!?……」

 

「ずっと考えていた……ティアーユ追放後、科学者たちがお前の深層意識に植え付けた“ダークネス”の発動条件とは何か……」

 

そして髪全体が黒く染まり上がると、メアは悪戯好きな猫のような目に金色の輝きを宿してヤミをちらりと見下ろした。

 

「やっと分かった。それは……兵器にあるまじき“心の平穏”。それをお前が心から受け入れる事」

 

いや、全てを呑み込む闇のように黒色の髪に悪戯好きな猫のような瞳、それは既にメアとは違う何者かに切り替わっている。

 

(ネメ……シス!?……)

 

「やっと会えるな。本当のお前に♪」

 

その気配にヤミが愕然とするのを見下ろしながら、黒髪のメアは不気味に微笑んだ。

 

 

 

 

 

「ここは――」

 

メアが声を漏らす。自分がいる場所は空中、視点の上には彩南町が広がり、しかし自分を囲むようにまるで水面のような揺らぎがある。自身の意識の中である事に気づくのに時間はかからなかった。

 

「!! マスター!?」

 

だが続けて彼女は自分以外の存在――ネメシスが自分の意識の中にいる事に気づき、驚愕の声を上げる。

 

「なんで私の意識の中に……何が起きてるの!?」

 

直後、メアはぞぷん、とまるで何か流体状のものが自分を包み込もうとするような感覚を覚える。いや、事実黒いスライムのような何かが自分を呑み込もうとしていた。

 

「!?」

 

(しばらくそこにいろ、メア……“ダークネス”の条件は満たした……後は――)

 

(ヤミ……お姉ちゃん……)

 

ネメシスがそう呟き、彼女が操っているのだろうスライムの拘束を強める。メアは何も出来ず、姉の安否を案ずる声を出すのが精一杯だった。

 

視点は再びプールへと移る。黒髪に変貌したメアはヤミを見下ろして笑みを浮かべており、ヤミは謎の変身(トランス)暴走によって身動きが取れず、身体中を撫でまわされているせいか妙に息が荒い。周囲の女子も「ヤミちゃん、一体どうしたの?」とヤミへの心配とただ事ではない状況への困惑の声を上げていた。

 

「へ、平和を自覚する事で起動するですって!? そんな……私の知らない所でそんなプログラムがイヴに植え付けられていたっていうの!?」

 

「その様子だとドクター・ティアーユ。あなたはうすうす見当がついていたようだな。“ダークネス”の正体に……」

 

(……メア?……)

 

ティアーユの悲鳴にも似た声に、その様子からダークネスの正体の見当がついていると予感した黒髪メアがそう話す。

すなわち、“ダークネス”とは変身(トランス)の暴走状態、言い換えればリミッターを解除した状態とも言える。無制限の変身(トランス)能力は対人の域を超え、それはもはや対惑星兵器とも呼ぶべきものとなる。と。

 

「かつてその危険性に気づいたあなたは金色の闇に人としての教育を施すことで覚醒リスクを抑えこもうとした……しかし、それは他の科学者達の思惑とは外れていた」

 

黒髪メアは再びそう語る。金色の闇を兵器として扱うつもりだった科学者はティアーユの追放後、研究を重ねて幼いヤミの意識へと刷り込んだ。それが究極の変身(トランス)、ダークネスシステムの正体である。と。

 

「私はその起動条件がなんなのか、ずっと考え続けていた。当初は金色の闇を殺し屋に戻すことがその近道だと思っていたが……この街で暮らし、変わりつつあるメアを見てようやくこの考えに至った」

 

黒髪メアはそこまで言うと一度言葉を区切り、不敵な笑みを漏らす。

 

「平和こそが鍵……ダークネスとは銀河大戦が終結し、平和に向かい始めたこの宇宙に対して仕掛けられた時限爆弾だったワケだ」

 

「!?!?……メア、何のギャグだ!?」

 

「ちがうわ、ナナ……私も何が何だかさっぱりだけど……一つだけ分かった。あれはメアさんじゃない!」

 

黒髪メアの言葉にナナが理解できていないのかメア渾身のギャグか何かかと思って尋ね、それに対しモモは黒髪メアを睨みつけてそう吼える。

その言葉を合図にしたように、黒髪メアの周囲を僅かに闇が覆い隠した。それと共に彼女の肌も褐色に染まっていく。それだけではない、髪型、顔つき、骨格、気配までもが別人へと変貌していた。

 

(さっきまでは間違いなくメアだった……はずなのに……)

 

ヤミも困惑を隠せない様子で、変貌していく黒髪メアを見る。

 

(明らかに……気配が変わった……)

 

「モモ姫の言う通りだ。私はネメシス」

 

困惑するヤミや周りをよそに、メアから変貌した存在――ネメシスは褐色の肌に映える白スクを着ながらナナやティアーユを一瞥した。

 

「ナナ姫やティアーユとは初めてだったっけな」

 

その言葉に、標的に捉えられたナナとティアーユに一瞬警戒が走る。

 

「よろしく、ね♪」

 

しかしその直後放たれたのは何の変哲もない、むしろ愛嬌のある微笑みからの挨拶だった。まさかの不意を突かれた挨拶に二人とも返す事すら出来ずに固まっている。

 

「ね♪ じゃないわよ!! メアさんに化けてどういう事なのネメシス!!!」

 

「おお怖い。ちょっと茶目っ気を出してみただけではないか。さりげなく白スクに衣替えした私のこだわりにはノーツッコミかモモ姫よ」

 

「どうでもいいっ!!」

 

モモがいつも学校で使っている、ナナ曰く良い子ぶりっこのお姫様キャラを忘れて怒号をあげてツッコミを入れる。

 

「お……お前が、ネメシス……メアのマスターだって!?」

 

そこでようやくフリーズが解けたナナも、目の前の光景を整理できたのかネメシスに話しかける。

 

「じゃあ……本物のメアは?」

 

「……」

 

そのナナの言葉にヤミも反応し、ネメシスを見る。

 

「……すまんな、ナナ姫。そして金色の闇」

 

それに対し、ネメシスはまず謝罪の言葉を口にする。

 

「メアなど、初めから存在しない」

 

そしてその口から続けて、メアの存在を否定する文句を口にした。

 

「は?」

 

「メアとは私が作り出した疑似人格。人と関わるのが苦手な私が、彩南に侵入するために用意したものにすぎない」

 

(マスター!? 何言ってんの、私はここにいるよ!?)

 

「無意味だったんだよ。人の心のぬくもりなど、いないはずの妹に届くはずがないだろう?」

 

(ヤミお姉ちゃん!! 私はここにいる!!!)

 

ネメシスの相手を抉るような言葉にメアが自身の存在を訴えるが、それは今やネメシスの心の中で言っているにすぎず、ネメシス以外の誰にも聞こえる事はない。

 

「ウソだっ!!」

 

するとナナがそう叫んだ。

 

「お前はメアに化けてすり替わってるだけだ!! 本物はどこだよ!! メアを返せ!!!」

 

(ナナちゃん……)

 

「ま……信じられなくても無理はないがな」

 

ナナの叫びに対し、ネメシスはニヤリと笑みを浮かべて呟く。

ネメシスの狙いは別にメアの存在を否定する事ではない。ナナはネメシスがメアに化けてすり替わってメアがいないと思い込ませようとしていると疑っているが、ヤミはそうはいかない。なにせついさっきまでメア本人と話していたからだ。

それが実はネメシスだった。この状況で冷静に判断できるはずがない。さらに自分が平和とは相いれない存在だったという事実、加えてメアが幻だったかもしれないという不安と失望。それは彼女の精神に過大な負荷(ストレス)をかける。

 

「あ、あぁ……あああぁぁぁぁあああああ!!!」

 

「ヤミちゃん! 心を落ち着けて!!」

 

多大な負荷によってヤミの心が押し潰されそうになり、彼女が悲痛な声を上げる。ティアーユが慌てて呼びかけるがもう遅く、ヤミはまるで幼虫が成虫へと生まれ変わる前のように自身の身体を髪の毛が変身(トランス)し膨張したような格好で作られた繭のようなものへと包み込まれていく。

 

(冷静な判断力を失ったところへの不安と失望、ダークネスという時限爆弾を持つ自分は平和とは相いれない存在であるという事実と絶望、それは――“ダークネス”をより強く発現させる!!!)

 

 

 

――EVE

 

――SELF CHECK

――OK

 

 

――ALL CHECK

――CLEAR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――DARKNESS SYSTEM START




皆様お久しぶりです。今回はついにというかやっとというか、金色の闇ダークネス編のスタートです。
さて、どうしよう……。(例によって行き当たりばったり)

ラストはまあアレだろうけども。そもそもヤミって別に炎佐のヒロインでもなんでもないし、むしろただの知り合いレベルだし。(ひでえ)
まあ知り合いは冗談としても、実際この子炎佐との関係といったら戦友ってのが一番しっくりくるパターンですし、無印最終話でのプールでの事件とかブラディクス編とか。炎佐がラブコメ系でヤミを助ける姿は正直想像できないです。(おい)

今回の最後というかダークネス暴走の予兆は兵器っぽく、ロボットアニメとかである感じの「システムチェックとか、システムオールグリーン、発進!」みたいな感じの流れをイメージしました。なお自分はロボットアニメにあまり詳しくありません。
ちなみに、原作を読み直してた時にダークネスが暴走した時にいきなり髪の毛がヤミの身体をまさぐり始めたのを「あ、これをシステムのチェックに置き換えたらなんか兵器の発動シークエンスっぽいんじゃね?」と無理矢理に理由付けしたのが始まりだったりします。(笑)

とりあえず次回は戦闘に入れればいいなぁと思いつつ、そもそもエンザって実力的にはノーマルモードのヤミに及ばない(無印時はバーストモードを使ってなんとか喰らいついてたけどあのまま続いてたら間違いなく死んでた)のにダークネスに敵うのだろうかというね……。
まあその辺は後でまた考えるとしましょう。では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十二話 DARKNESS SYSTEM

――EVE

 

――SELF CHECK

――OK

 

 

――ALL CHECK

――CLEAR

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――DARKNESS SYSTEM START

 

 

ヤミがまるで幼虫が成虫へと生まれ変わる前に己が身体を包み込む繭のような形になった髪の毛に包まれ、その繭の中央から眩い光が放たれる。

 

「っ!?」

 

その眩い光が校舎を貫き、生徒達に困惑とそれから生ずるざわめきが走る。その中、炎佐は何かを感じ取ったような身震いを見せながら咄嗟というように席を立っていた。

 

「ど、どしたの氷崎? ってか今なんか外光らなかった?」

 

「あ、いや……ごめん籾岡さん、ちょっと出ていくから何か聞かれたらテキトーによろしく!」

 

「え、ちょ!?」

 

近くの席である里紗が目をぱちくりさせ、炎佐は適当に誤魔化すとすぐに教室を走り出ていく。なお現在授業中だがその教科担当の骨川先生は全く気付かず、「で、あるからしてぇ~」などと言いながら震える手で黒板にチョークを走らせていた。

 

(今の光と同時に一瞬だけど殺気を感じた……まさかメア……いや、ネメシス!?)

 

炎佐は光の中ほんの僅か一瞬だけの殺気を感じ、その光が出てきた地点――プールへと向かっていった。

 

 

 

 

 

「やっと会えたな」

 

一方彩南高校のプール。そのプールサイドにネメシスは立ち、旧友を歓迎するような穏やかさを含む、それでいていつもの何かを企んでいるような怪しげな笑みを浮かべながらそう口にする。

その視線の先にいるのはヤミの姿。だがしかし、その姿は普段のヤミとは似ても似つかず普段は真後ろに下ろしている他はツインテールのように結んでいる髪は全て下ろしたロングヘア。着ている戦闘衣(バトルドレス)も露出が多く特に下着なんてTバックとでもいうべきなのだろう刺激の強い格好になっている。そして一番の違いとして、彼女の頭からはまるで鬼を思わせる二本の角が生えていた。

 

「どんな気分だ? ダークネス」

 

その正体を看破しているとでもいうようにネメシスはヤミ、いや、ダークネスへと問いかける。その言葉に対し、ダークネスは顎を持ち上げた独特な形でネメシスの方を向く。

 

「すっごく!! えっちぃ気分♪」

 

そしてとても柔らかく純粋な笑顔でそんな事を言ってのけた。

その予想だにしない言葉にネメシスは驚いたように硬直、ナナとモモも目を点にしてしまっていた。

 

「会いたいな……えっちぃあの人に……」

 

そんな三人をよそにダークネスはくすくすと笑いを零している。するとプール脇の金網を何者かが上がっているがしゃがしゃという音が不意に聞こえてきた。

 

「ヤミちゅわーん! えっちぃわしが参上しましたぞ~! うひょーっ、これはなんともステキな姿!! わしとぜひくんずほぐれつ泳ぎましょ~!!」

 

「こ……校長先生!?」

 

そう叫んで飛びかかるのは彩南高校の校長先生。その姿にダークネスはにこりと微笑みかけた。

 

「お前じゃないっつの」

 

だが次の瞬間、校長の前でダークネスの髪の毛が円を描くように動き、その円の内部に不可思議なエネルギーが集中したかと思うとそのエネルギーを通った校長の姿が忽然と消えてしまった。

 

「こ……校長が消えた!?」

 

「会いたいのはこっち」

 

ナナが驚いたように叫び、しかしダークネスはそれを気に留める様子もなく、同じように髪の毛で円を描いて不可思議なエネルギーを集中させるとそれに腕を突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「ちょっとみんな!! 授業中よ、静かにしなさい!!」

 

場面が教室に移り、唯の一喝が先程の光によってざわめき窓際の席の生徒は席を立って窓の外を見始めるという騒がしい教室内に響く。

 

「もう、氷崎君も急に出て行って……あとできつく言っておかないと……」

 

授業中の無断退室を行った炎佐にも後で注意しなければと唯はぶつぶつ呟く。その近くの席でお静ちゃんが何か肌にピリピリくる感覚を覚えながら身震いしていた。

 

「うわっ!!」

 

「結城君!? あなたまで何騒いで――!?」

 

しかしそれは突然のリトの悲鳴と唯の怒号にかき消され、誰も気づくことはない。

 

「なんだこりゃー!?」

 

「く、空中から黒い手が……」

 

リトの悲鳴の原因。それは空中に突如出現し、彼の右腕を捕まえている黒い手。その現実離れした光景に唯は絶句し、春菜は顔を真っ青にしていた。

 

「リト!!」

 

咄嗟にララが叫ぶ。しかし既に遅く、リトの身体はその謎の黒い手に引っ張られて教室から消え去ったのであった。

 

 

 

 

 

「あはぁ、キタキタ♪」

 

「へ!?(ヤミ!?)」

 

「リトさん!?」

 

場面はまたプールサイドに移る。ヤミは不可思議なエネルギーを集中した穴からリトを引っ張り出すと、先ほどの柔らかい笑みのままそう呟き、リトごとプールへと落下していった。

 

「ほほう、そんな事が出来るのか」

 

「なんで!? リトは教室にいるはずだろ!?」

 

「空間を変身(トランス)させてワームホールを造り出したんだわ……」

 

ネメシスが興味深そうに頷き、ナナが訳が分からない様子で絶叫し、ティアーユが目の前の現象を分析する。しかし彼女は同時にそれほどの事が可能なポテンシャルを破壊力につぎこまれる事を危惧していた。

 

(な……何がどーなってんだ!?)

 

一方リトはいきなりの現実離れした流れにまだついていけておらず、しかし水の中に放り込まれたため反射的に息を止めていた。

 

(!?)

 

だがその直後。自分をここに連れてきたのだろう何者か、自分はその何者かの着ている水着らしいものの股間部分を押さえてまるで彼女の股間に食い込ませるかのように引っ張っていることに彼は気づく。

そう思うと行動は早く、リトは水面に上がって息を吐き呼吸。思いっきり息を吸った。

 

「ご、ごごごごめんなさいっ!!」

 

意味が分からない状況に放り込まれてもすぐさま謝罪をする辺りは彼の人の良さの賜物だろう。だがそこでリトは目の前にいる、恐らく自分をここに連れてきたのだろう相手に気づいた。

 

「ヤ、ヤミ!? なんだその格好!? っていうか、俺なんでプールに……」

 

「流石ですね……あなたならきっと食い込ませてくれると思っていました……」

 

リトの言葉を聞いているのかいないのか、ダークネスはそう言って蕩けるような笑みを彼に向ける。

 

「いいんですよ? もっと触っても。前の私と違って私はえっちぃのが大好き♪ えっちぃあなたの事も大好き♪♪」

 

「ヤ、ヤミ? 一体?」

 

そんなダークネスの状態を見てリトは即座に理解した。ヤミがおかしい、と。リトはドン引きしながらプールから上がろうとする。

しかしその動作の予兆をダークネスが見た瞬間、ダークネスを中心にプールの水面に小さな波紋が走り、同時にキィィィンという甲高い音が響く。すると突然プールが不思議な色を放ち始めた。

 

「な、なに?」

「水が……」

 

困惑する女子生徒達。その次の瞬間プールの水がまるで人間の手のような形に変化して女子生徒に掴みかかっていった。

 

「!?(変身(トランス)能力を水に伝達して…)…だめよ! プールに近づいちゃ!」

 

ティアーユが目の前の現象を即座に分析、幸いプールに入っていなかった女子生徒にプールに入らないように呼びかける。

だが生徒を守ることに意識を向けていたせいかティアーユ自身が水の手に捕まってしまい、御門に押し付けられた面積の少ない水着を着ていたのが不幸だったかその豊満な胸がさらけ出されてしまう。

 

「ど……どーなってんだコレ!?」

 

「あなたのために用意してあげてるんですよ……結城リト」

 

「な、何を!?」

 

目の前の光景に狼狽するリトに対し、ダークネスはそう返す。その用意という言葉に反応したようにリトが叫ぶと、ダークネスは妖艶な笑みを彼に向けた。

 

「ふさわしい死に場所」

 

その言葉にリトの目が驚愕に見開かれ、ダークネスはまるでプールサイドに上がるように足を持ち上げる。

彼女が足を下ろすのは水面、しかしその足はまるで水面の上に立つように固定され、ダークネスは水の上に立ってリトを見下ろした。

 

「私はね、結城リト。大好きなあなたをこの手で殺したいの」

 

そう言ってダークネスはニコリと微笑む。あなた(結城リト)(金色の闇)標的(ターゲット)。あなたを殺せばあなたは私の心の中で永遠に生き続ける。それはつまり私達は一つになる、サイコーにえっちぃこと。

ダークネスは光の宿っていない瞳にリトを映しながらそう語った。

 

「ま……そうは言っても。あなたにとってはたいやきのようにあっさりパックリ屠られて死ぬ事実には変わりない。だからこれがせめてもの手向け」

 

薄く笑みを浮かべ、ダークネスは再び語り、プールを見回す。変身(トランス)の力を伝達させてプールそのものをまるで彼女の身体であるかのように操り、その結果今プールにいる女性はナナやモモのようなプールサイドの奥に避難出来たメンバーを除いて全員が捕まり、あられもない姿を晒されていた。

 

「おっぱいに囲まれて死ぬ。えっちぃあなたには何よりもふさわしい死に場所でしょう?」

 

ダークネスは自分の胸さえも晒しながらリトにそう語りかける。その姿に釘づけにされてしまったリトは、己の頭上から頭を一突きにしようと狙うダークネスの髪の毛が変身(トランス)した刃に気づいていなかった。

 

「伏せろ! ってか数秒潜れリト!!」

 

その時上空からそんな声が聞こえ、我に返ったリトは咄嗟にプールに潜る。直後バギンッという金属が当たったような音が水面から聞こえ、その音が消えると共にぶはっと声を上げてプールから上がる。

さっきまで目の前にいたダークネスの姿が消えていた。いや、そんな事よりもさっきの声は――

 

「炎佐!!!」

 

「リト! お前何してんだよこんなところで!?」

 

「俺が聞きてえわ!」

 

助けに来てくれた親友の姿にリトが歓声を上げ、続いて炎佐のツッコミにはそう叫んで返す。しかしそれはどうでもいいのか、彼はダークネスを睨みつけていた。ダークネスと同じくプールの水面に立つ彼は足元の水を凍らせて足場にしつつ、右手に握った刀は煌々と赤く輝く刃を伸ばしてダークネスへと向けられていた。

 

「一体何がなんだかよく分からんが……ネメシス! お前性懲りもなく、今度はヤミちゃんに化けて何企んでやがる!?」

 

その言葉にその場の空気が凍った。

 

「……おい、氷炎のエンザ。失礼だな、私はここにいるぞ」

 

「……え?」

 

ネメシスが不服そうなジト目を見せながら申し立て、エンザもついネメシスの姿を目で追って確認する。そしてネメシスを見てぎょっとした顔を見せた後、再びダークネスの方に目を向けた。

 

「は!? 嘘だろ!? じゃあこいつ何!? ヤミちゃんのそっくりさん!?」

 

どうやら完全にネメシスがヤミに化けてリトにちょっかい出しているものだと思い込んでいたらしい。しかしヤミがプールにいないのに気づいていないのか、気づいてるにしてもヤミがリトに対して彼が問題行動を起こしていない状態で手を出すはずがないと思い込み信じている辺りは彼の人の好さが表れていた。

 

「エ、エンザ! それが大変なんだ!」

「ネメシスの策略で、ヤミさんの中のダークネスが解放されてしまったんです!」

 

ナナとモモが簡潔に状況を伝え、ネメシスはニヤニヤと笑う。その反応からナナとモモの言葉は事実だと捉え、エンザは再びダークネスを見据えた。

 

「なるほど、そういう事か。ようやく状況が掴めたぜ」

 

「分かったところで、あなたに何が出来るというのですか? エンザ」

 

やっと状況が把握できたエンザに対し、ダークネスは冷たく笑いながらそう返答。と思うと彼の足元の水から女子生徒達を捕まえているのと同じ水の手が伸び、エンザの両手両足をあっという間に捕まえて拘束した。

 

「そういえばあなたは結城リトの護衛でしたね……つまり私にとっても敵、というわけ。なら殺しておくに越したことはない」

 

ダークネスは冷たい笑みを浮かべたまま、手に鋭い爪を伸ばすような形になった右腕を振り上げる。

 

「やめろー!!!」

 

動けず回避どころか防御も不可能、このままではエンザが殺されると直感したのかリトが悲鳴に近い叫び声を上げる。

 

「安心しろって、リト」

 

だが次の瞬間、エンザがそう言うと共にジュワッと音を立てて彼を拘束していた両腕の水が蒸発。まさかの展開に驚いたのかダークネスの動きが止まった隙を見逃さなかったエンザの右ストレートがダークネスを殴り飛ばしてプールサイドのフェンスへと叩きつけた。

拳をぶつけた瞬間その先を爆発させた威力を込めたパンチのあまりの勢いにフェンスがひしゃげ、ダークネスは気を失ったようにプールサイドに尻餅をついてうつむいている。

 

「地球の水如き、一瞬で蒸発させるなり凍らせるなり出来て当然だっての」

 

呆れた様子でそう豪語してみせるエンザ。さらにダークネスがプールの水面から離れたせいで変身(トランス)のエネルギーも制御を失ったのか水の手や触手が消滅。女子生徒達はプールへと落ちていきそうになるが即座にエンザが水面に冷気を送ってプールに落ちているリトやを凍らせないように注意しながらプールを一瞬でスケートリンクへと早変わりさせて女子生徒達を氷の上に落とす。

 

「ドクター・ルナティーク! 大丈夫ですか!?」

 

「あ、はっ……」

 

水に弄ばれたティアーユがやけに色気の感じる表情になっており、エンザが呼びかけるがそんな感じで反応できず、むしろそんな色気のある表情&はだけた胸や肢体を見たエンザが恥ずかしくなったのか逆に目を逸らしてしまう。

 

「皆は今の内に逃げてください!」

「おいリト、大丈夫か?」

 

モモが女子生徒に避難を呼び掛け、ナナが凍っているスケートリンクに一つ空いた穴からリトを引っ張り上げる。

 

「わ、悪い。助かったよナナ……」

 

「おう」

 

ぜえぜえと息が荒く、プールに落ちた際に水を飲んだのかげほっげほっと咳をする。同時にスケートリンクと化したプールに放り込まれていて冷えたのかブルブルと震えるリトにナナは短く返し、エンザが警戒しつつその合間に熱風を放ってリトを温めていた。

 

「やった……んですか?」

 

「油断するな、モモ」

 

モモの呟きにエンザはそう返し、むしろ警戒を強める。

 

「ふふ、うふふふふ……」

 

そしてダークネスは今までフリーズしていた機械が再起動を行ったように、無駄のない動きで起き上がると相変わらず光のない目でエンザ達を見据えた。その不気味な笑顔を見たエンザも頭を戦闘モードに切り替え直し、改めて武器を構えるのであった。




全くネタが思いつきませんでした……どうにか原作通りのプールでのどたばたにエンザを放り込む事には成功したけれども。
個人的にはもうちょいエンザ×ティアーユのラブコメを入れたかったんだけど、そっちを重視したら「お前目の前にかつてない強敵いるのに何イチャイチャしてんだよ」って冷たい視線を向けなければならないのでエンザはダークネスに相対する戦士モードのシリアスを優先しました。
ラブコメはこのシリアスが終わった後に(ネタが思いついたら)書こう。

次回は本格的なエンザVSダークネスヤミを予定。この辺に関してはオリジナル部分は浮かんでるので比較的早く書けると思います……書けるといいなぁ。(願望)
まあ逆に言えば実はこのダークネス編、そこしか思いついてないんだからそこ以外は難産になると思うんだけども。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十三話 奮戦

ゴォンッ!!!という轟音と共に、巨大な花火と錯覚させるような爆発が彩南高校の上空に発生する。

 

「アハ、アハハハハハ!」

 

その爆発の横を飛びながら、ハレンチな格好をした少女――ダークネスに支配されたヤミが笑う。その背中には堕天使を思わせる黒い羽が生えており、自由自在に宙を舞っていた。

そして彼女はまるで銃に取り付けられたポインターで狙いを定めるように、光の消えた目を宿す顔を機械的に動かして爆発地点周辺を確認。やがてにたぁと笑みを浮かべた。

 

「見つけましたよ、結城リト」

 

ばさりと翼が羽ばたいて急上昇。

 

「どわー!? 来たー!!??」

 

「うっさい黙ってろ! 風馬、頼む!」

 

その先ではリトが翼のついた白馬に乗って手綱を握るナナ――プールから脱出した時に着替えたのか制服姿だ――の後ろに乗るようにして彼女にしがみつきながら悲鳴を上げていた。

リトの悲鳴にナナが怒鳴り返しながら白馬――風馬に頼むと声をかけると、風馬も「あいよっ。あねさんっ」と言って――実際の言葉はナナにしか理解できず、一緒に乗っているリトにはただいなないたようにしか聞こえないのだが――一気に加速する。

その時ナナの手元にヘッドセットの要領で固定されたデダイヤルから通信が入った。

 

[ナナ! あまり学校の敷地から出ないように注意して! リトさんを殺されるのは絶対に避けなければいけないけど、あまり離れすぎるとエンザさんが追いつけない!]

 

「分かってる! 風馬! 悪いけどあまり高く飛び過ぎないでくれ! あとあの建物! あれからあまり離れ過ぎないで!」

 

モモからの通信を聞いたナナも風馬にそう追加で指示を出し、突然の無茶振りに対しても風馬は「まかせろっ」といなないて従ってスピードアップしダークネスから逃げ続ける。その時再びモモから通信が入り、ナナはインカムに片手を当てて指示を聞き、了解と頷いた。

 

「追いつきましたよ」

 

その時、ダークネスが風馬の背後に出現。右腕自体が変身(トランス)した剣を振りかぶる。

 

「風馬! 急降下!!」

 

ナナから指示が飛ぶと同時に風馬は羽根を折り畳んで急降下。見事なタイミングでの回避にダークネスの剣が空振り、ダークネスは苛立たったように目を細めるとこちらも羽根を畳んで急降下し後を追う。

 

「風馬、ありがとっ!」

 

「!?」

 

直後ナナは風馬を電脳サファリに戻し、スピードが乗ったまま空中へと投げ出されながら身体を反転。「しょ、しょうがないんだからな!」とか言いながらリトを抱きしめる。それを見たダークネスの額に怒りマークが浮かんだ。

 

「キャノンフラワーさん、一斉掃射!!!」

 

「っ!」

 

しかしそこにキャノンフラワー――種子を遠くに飛ばすことで生息地を広げるという習性を持ち、それに応じて種子自体も硬い外皮を持つよう進化した結果、その名の通り砲弾のような種を飛ばす花だ――がその硬い種を一斉にダークネス目掛けて放つ。

ただでさえ地面を抉ることさえ可能な威力を持つ種子であり、それは急降下状態でスピードが乗ったダークネスからすればより強力な一撃となる。どうにか身体を逸らして種子を回避するが、ぐるぐるときりもみ回転するような状態になってしまい、あまりの高速回転にダークネス自身一瞬周囲の状況が分からなくなってしまう。

 

「!」

 

しかし彼女は重力で辛うじて判別できる下の方、地面に水晶の花が開くのを見た。

 

――マズイ!

 

自分の中の本能が警鐘を鳴らし、ダークネスは無理矢理に身体を捻ってその水晶の花――いや、自分目掛けて口を開いた氷の塊から逃れることに成功する。

 

「チッ」

 

氷による捕獲に失敗したと判断した瞬間、その氷を生み出した存在――エンザは素早く銃を抜き構える。ダンダンダンと連続した銃声が響くが、ダークネスは地面に着地しながらグルグルとローリングして転がり弾丸を回避。その合間に辺りをきょろきょろと見回して標的(リト)を探す。

 

「のわーっ!?」

 

リトはナナに抱きしめられたまま、何故か空を飛んでいた。というよりはまるでトランポリンにでも乗っているように跳ねていたという方が正しいだろう。

実際、彼のすぐ下にはまるでクッションのように柔らかく揺れる植物が存在していた。

 

「「うぎゃ!」」

 

そしてリトとナナはそのクッションのような植物から離れて落下、小さな悲鳴を上げる。

 

「「……」」

 

なおリトがどういう理屈かナナを押し倒すような格好でしかも制服の下に手が入っていた結果、ナナのおへそが見えて辛うじて下乳が露出しないギリギリまで制服をまくり上げており、顔を真っ赤にしたナナにぶん殴られていたのは別のお話。

 

「——っ!」

 

しかしそれを見てナナに対する殺意を再び覚えた瞬間、ダークネスは弾かれたようにその場を離れる。それと彼女がさっきまで立っていた場所に何者かが突撃し、そこが大爆発を起こすのはほとんど同時だった。

そしてその煙の中から空中目掛けて何かが飛び出す。かと思うとその何か――巨大な球体状の氷が同じく氷で出来た鎖につながれたハンマーだ――がダークネス目掛けて振り下ろされた。

 

「この程度――」

 

瞬時に右腕を長い片刃の剣に変身させて振り下ろされた球体状の氷を木っ端微塵に斬り刻み、氷の鎖の先を見る。攻撃を仕掛けてきた相手——エンザは間違いなくそこにいる。その核心の元相手が次の行動に移る前にダークネスは攻撃を仕掛けようと試みた。

 

「——っ!?」

 

直後、後ろから感じた僅かな殺気にダークネスは髪をくるくると広げるように巻いて盾へと変身させる。直後その盾に何かが当たる手ごたえを感じた。

 

「はぁっ!!!」

 

男の声が響く。と同時にその手応えの先が爆発し、その衝撃でダークネスが前の方へと吹き飛ばされる。

 

「ギーちゃん! いっけー!!」

 

「——なっ!?」

 

そして先ほどから消えていない煙の中から巨大なイノシシ――ギガ・イノシシのギーちゃんが背中に乗るナナの指示の元突進してきた。

 

「けほっけほっ……もうエンザさんったら……こんな無茶何度も出来ませんよ……」

 

ちなみに突進の勢いで晴れた煙の中では、氷の鎖の端っこを左手で掴んでいるモモが煙にむせたのかけほけほと可愛らしい咳を漏らしていた。

しかしそんな事を気にする余裕はダークネスにはなく、吹き飛ばされてたたらを踏んだダークネスはしかし盾に変身させなかった分の髪を巨大な手へと変身させ、ギーちゃんを正面から押さえようとする。

 

「チッ」

 

しかしギガ・イノシシの突進力の前に押さえるのは不可能と一瞬で判断、その手でギガ・イノシシの牙を掴むとそれをとっかかりに大ジャンプ。その勢いで再び堕天使のような黒い羽を羽ばたかせ飛翔した。

 

「なっ!?」

 

乗っていたナナが驚きに目を見開き、その後ろに乗るリトも同じく目を見開いているのを見るとダークネスはニヤリと笑う。そして彼女の髪が三つ編みのように撒かれて一本のロープへと変身、リトを捕らえるつもりか彼目掛けて伸ばしていった。

 

「させるかっ!!」

「キャノンフラワーさん、もう一度お願いします!」

 

しかしそれをこちらもギーちゃんを踏み台にして空中に躍り出たエンザが刀で弾き、赤い刀から放たれた炎が髪を焼く。紫色に変色した両瞳がダークネスを睨み、彼が左手を前に尽き出すと氷の槍がダークネス目掛けて放たれた。同時にモモもさっき種子を放ったのとは別固体のキャノンフラワーを呼び出し、種子弾丸で援護を行う。

 

「チッ」

 

いきなりの攻撃にリトを捕らえる余裕がなくなったか、ダークネスは髪を変身させた無数の手で氷の槍と種子弾丸を弾き、その合間を縫って斬りかかってきたエンザに右腕を変身させた剣で応戦。エンザの炎と氷の剣による二刀流に対しダークネスも両腕を剣に変身させた二刀流での剣劇が開始された。

 

「はぁっ!!」

 

「遅いですね――っ!」

 

振り下ろされた右手の刀はダークネスが左腕を変身させた刃に阻まれ、熱波が相手を焼くことすら叶わない。そして素早く反撃に右腕を変身させた刃を突き出そうとするが、その直前で彼女は羽を羽ばたかせその場を離れる。

 

「く、惜しい!」

 

そこに投擲されたのは黒い薔薇、モモが相手の動きを止める時に使用する、即効性かつ強い麻痺性の毒を持つ惑星ゼラスの黒バラだ。

 

「うっとうしい」

 

ダークネスはモモをちらりと見て不機嫌そうに眉を顰め、くるんと空中で一回転しながら姿勢を整えると先ほど風馬がやったように羽を折り畳んで急降下、一直線にモモへと向かう。

 

「モモ! 逃げろ!!」

 

「もう遅い」

 

空中で動けないエンザが叫ぶが、ダークネスはニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべて剣と化した両腕をクロスさせる。あとはこれを振るうだけでモモの首は刈り取られる事だろう。

 

「かかり――」

「!?」

 

しかし突然の命の危機を前にモモは不敵な笑みを浮かべていた。

 

「——ましたね!」

 

そしてその言葉と同時、地面から何かが撃ち出される。ダークネスへと絡みついたのは何故かリトの形をした人型の根をした植物だった。

 

「っ!?」

 

突然のそれ、しかもリト型の者に一瞬目を奪われたダークネスはその植物の根が身体に絡みつくのを回避出来なかった。しかしそれだけではない。

 

「頑張って品種改良を施し、リトさんの形にした植物。さらにその葉にはもう一つ種を仕込んでいます!」

 

突然空中へ撃ち出され、ダークネスにぶつかった衝撃で葉に前もって仕込まれていた種が発芽する。それは急速に根と茎が伸びて近くのものに絡みつく習性を持つダヅールの種。二種類の植物に絡みつかれたダークネスの動きが完全に止まり、羽ばたくことも出来ず地面に墜落する。

 

「こんなもので私を捕らえられるとでも!」

 

しかしたかが植物、ダークネスの刃の前では捕まえるなんて不可能。

 

「一瞬動きが止まれば充分です!」

「転装!!」

 

モモの叫びとエンザの掛け声が重なる。太陽を背に、竜を模したフルフェイスのヘルメットに全身を覆う鎧姿になったエンザが両手で剣を握りしめ上段に構えた。その水晶のような青い刃に冷気が宿る。

 

「離れろ、モモ!」

 

背中のブースターを吹かして一気に急降下、剣を構えながらのエンザの叫びにモモも巻き込まれないように素早くその場を離れる。

 

「凍りつけ! ダークネス!!」

「ほんの少しの辛抱ですヤミさん! すぐにダークネスを解除する方法を見つけて助けますからね!」

 

冷気を放出し剣を振るう軌跡の先を凍らせる絶氷の剣を解放するエンザの叫びとモモの言葉が重なる。

 

「――クス」

 

その言葉を聞いたダークネスの口角が僅かに持ち上がった。

 

「まあ、ウォーミングアップはこのくらいでいっか」

 

そう呟いたと同時、彼女の髪の毛が高速で円を結ぶ。さらにその内部に不可思議なエネルギー場が展開された。

 

 

 

 

 

「……え?」

 

エンザの呆けた声が校庭に漏れる。自分はたしかにダークネスを頭上から強襲していたはず。それなのに――

 

「なんで、()()()()()()()()()?……」

 

空中にいるダークネスを頭上から強襲している以上自分の空中にいるのは当然。しかし彼の両足は地面につき、振り下ろされた剣は前方になんの意味もない氷の塊を作り出しているだけだった。

 

「炎佐ー!!! 逃げろー!!!」

 

「っ!?」

 

リトの叫びと濃密な殺気が重なり、エンザは振り返りざま殺気の方目掛けて巨大な氷柱を作り出す。

続けて聞こえてくるのはガリガリガリという氷を削るような音。いや、ダークネスの両腕を変身させて作り出した巨大な刃がエンザが盾に作った氷柱を高速で斬り裂く音だった。

 

「ぐっ!」

 

即座にまだ斬られていない箇所の氷の強度を上げ、さらに斬られた氷を再凍結させて剣を止めようと試みる。しかしそれよりも速く勢いは止まることなく刃は突き進む。

 

(——止められない!)

 

エンザがそう直感した直後、ダークネスの作った剣が氷柱を突破。その勢いのままエンザの胸を横薙ぎに斬りつけ、その刃は鎧さえも斬り裂いたか破片が飛び散り、彼の胸から鮮血が噴き出るのだった。

 

「な、なんだよ!? 何が起こってんだよ!?」

 

「ダークネス! あんなに高速でワームホールを作り出せるなんて……でも、それならもっと速く私達を倒せたはず……」

 

空中にいたはずのエンザが突然地上に移動し、ダークネスに斬り倒された。そんな目の前の光景を理解できない様子で叫ぶナナに対し冷静に目の前の状況を把握しようと努めるモモ。

しかし高速戦に持ち込めばワームホールを展開できないという前提で今回の戦闘を行っていたが、あの不意打ちに対応できるのならキャノンフラワーの弾幕を防ぐなりそもそもワームホールを作って距離関係なくリトを奪うなんて難なく出来たはず、とモモの頭に疑問が現れる。

 

「この身体に慣れる準備運動にはなったかなー」

 

しかし、その答えはすぐ見つかる。というかダークネスがあっさりとそう独り言の様子で答えたからだ。

すなわちダークネスに覚醒した事でレベルアップした運動能力及び変身能力とそれを扱うための感覚機能の微調整、つまりエンザ達の必死の奮闘は彼女にとっては単なる準備運動でしかなかった。というわけだ。

 

「私達、舐められてたっていうの!? ナナ! リトさんを連れて逃げて!! こうなったら電脳サファリでもどこでもいい!!」

 

「お、おうっ!」

 

エンザがやられた以上自分達でダークネスをどうにかする手立てはない。と判断したモモは少なくともリトの命だけでも守るためにナナにリトを電脳サファリに放り込んで守るという荒業を指示、ナナも他に手段はないのか頷いてデダイヤルを取り出した。

 

「——させませんよ、プリンセス・ナナ」

 

「うわぁっ!?」

 

しかし彼女が電脳サファリへの道を開くより先にリトの後ろの虚空に不思議な穴が開き、そこから無数の髪の毛が伸びるとリトに絡みついて引きずり込む。

 

「離せーっ!!」

 

さっきまでの奮闘が嘘のように、リトはあっさりとダークネスに囚われてしまった。

 

「リトさんっ!!!」

「リトッ!!!」

 

モモとナナが叫び、ダークネス目掛けて走る。しかしそれよりもダークネスが右手を変身させたカギ爪——その内人差し指だけがまるで鎌の刃のような形の曲刀になっている――でリトを斬る方が間違いなく速い。

 

「さあ、結城リト。あなたのアツイ血……浴びさせてください」

 

奮戦空しく。ダークネスの恍惚の笑みと共に、その死神の鎌が振り下ろされようとしていた。




全くネタが思いつかずぐだぐだしていました。楽しみにしていた皆様申し訳ありません。

今回はエンザ&ナナ&モモVSダークネスヤミ。完全にバトル編です。
そして今回エンザは完全に噛ませ犬です。しかもナナとモモの援護あり&ダークネスはワームホール無しの舐めプ……だってエンザ如きがダークネスに勝てるわけないじゃん。この子単純な戦闘力だとララ未満ですよ?(実は親衛隊時代本気出してもララに喧嘩で勝ったことがないしその辺の力関係は今も変わらない裏設定)……まあ実戦でよくある罠に嵌めるとかエンザお得意の初見殺し仕掛ければワンチャンあるかもですが、基本エンザはララより弱いです。
そしてエンザが倒れ、リトが囚われて殺されかけ。ここからどうなるのか!?……どうなるんだろうなー本当に。(遠い目)
一応この先の流れは二種類用意しています。で、この二種類の内どちらのルートにするかがまだ決まってないので今回はターニングポイントになるここで切らせてもらいました。

ちなみに序盤でナナが出していた白馬こと風馬ですが、小説版ToLOVEるダークネス「りとしす」にて登場しております。その直後モモが出した……事になっているトランポリンみたいな植物やダークネスの動きを止める一手となった地面から撃ち出された植物は完全に別漫画から持ってきてますが。(汗)

では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十四話 奮戦の後に

「炎佐ー!!! 逃げろー!!!」

 

「っ!?」

 

 リトの叫びと共にエンザは背後から濃密な殺気を感じ、振り返りざま殺気の方目掛けて巨大な氷柱を作り出す。

 続けて聞こえてくるのはガリガリガリという氷を削るような音。いや、彼の背後に立っていた存在――ダークネスが両腕を変身させて作り出した巨大な刃でエンザが盾に作った氷柱を高速で斬り裂く音だった。

 

「ぐっ!」

 

 エンザは即座にまだ斬られていない箇所の氷の強度を上げ、さらに斬られた氷を再凍結させて剣を止めようと試みる。しかしそれよりも速く勢いは止まることなく刃は突き進む。

 

(——止められない!)

 

 そう直感した直後、ダークネスの作った剣が氷柱を突破。その勢いのままエンザの胸を横薙ぎに斬りつけ、その刃は鎧さえも斬り裂いたか破片が飛び散り、彼の胸から鮮血が噴き出るのだった。

 

 

 

 

 

「……そこで俺は倒れて意識がなくなっていたんだが……」

 

 炎佐はそう自分の記憶を辿り、自分から見てやや横に目を向ける。

 

「すみませんでした」

 

 そこにはぺこりと頭を下げ、長い金髪が床に向かうように垂れている少女――金色の闇の姿があった。

 

「えーとその後色々ありまして……ダークネスの暴走は治まったんです!!!」

 

「納得いくかぁ!!!」

 

 わたわたした後、ウィンク&サムズアップでこれ見よがしに誤魔化すモモに怒号で返す炎佐。

 ちなみに現在炎佐は上半身裸の姿でベッドに入っており、切り裂かれた胸の部分は包帯を何重にも巻いていた。

 

「や、でもリトが説明できるわけないっていうしさぁ……エンザお前、詳しく事情を聞いたのをザスティンに知られたら絶対追及されるぞ?」

 

「あー、そりゃめんどくさいな……」

 

 肩をすくめて「今もリトがザスティンから質問攻めにされてるだろうしな」と言うナナに炎佐も頭をかく。

 

「というか、ナナとモモを侮るわけじゃないんだが。俺がやられたってのによく助かったな」

 

「ギリギリでお姉様が助けに入ってくれましたので」

「その後、お静ちゃんと協力してメアもネメシスから離れることが出来たんだってさ。で、あたし達全員でリトを援護して、リトがダークネスをなんとかした」

 

 なんとかした、の辺りはザスティンからの追及を避けるため秘密だ。

 

「あー、なるほど……」

 

 炎佐はそう呟き、自分の部屋のドアを見た。

 

「あっにうえー! 御門センセーから包帯の替えを貰ってきたよー! 今私が巻いてあげるからねー!!」

 

 直後、バァンっと激音が響いてドアが開き、芽亜が包帯を抱えて入ってくる。しかしその目は悪戯っぽくキラキラと輝き、しかも口元がうへへという感じに笑っていた。

 

「いらねーよ」

 

「へぎゅ!」

 

 右手をサムズダウンの格好に持っていくと同時に空中に氷塊が出現、自由落下したそれがまるで拳骨のように芽亜の頭に直撃した。

 

「包帯持ってくるって連絡したのはお静ちゃんだろ? とっとと解放しろ」

 

「ちぇー」

 

 部屋の外から「むぐーむぐー」といううめき声が聞こえるのは恐らく気のせいではないだろう。

 冷たい目での炎佐の指摘を受けた芽亜は残念そうにそう呟くと部屋の外に出てなにやらごそごそと動く。

 

「ぶはぁ! 何するんですか芽亜さんっ!?」

 

「あはは、ごめんごめーん」

 

 そして部屋の外から解放されたお静ちゃんの怒号と悪びれもせず形だけ謝っているような軽い声で謝っている芽亜の声が聞こえ、それからにゃははと笑っている芽亜と共に、ぷんぷん怒って頬を膨らませているお静ちゃんが部屋に入って来るのであった。

 

「ああ、お静ちゃん。モモ達から話は聞いたよ、俺を御門達のとこに運んでくれてありがとな。おかげで助かったよ」

 

「あ、いえ、そんな」

 

 お静ちゃんの姿を見た炎佐が開口一番改めてお礼を言い、お静ちゃんも照れたようにえへへと笑いを零す。

 それからお静ちゃんが炎佐の包帯を巻き直し始め、炎佐はお静ちゃんにそれを任せながらヤミの方を向いた。

 

「ヤミちゃんも、もう気にしないでくれ。皆が無事ならそれでいいからさ」

 

「……ありがとうございます。では、私はまだ謝る人がいますので」

 

 炎佐からの許しを受けたヤミはそう言うとふっと消える。いつの間にか空いていた窓がキィと軋んだ音を立てて静かに揺れた。

 

「では私もこれで。あ、炎佐さん。明日ならヒーリングカプセルが空いてるので診療所まで来るようにと御門先生からの伝言です。もう命に関わる程ではない程度には治癒出来てますけど油断は禁物ですから」

 

「ああ、分かった。流石にこの状況はまずいしな」

 

「はい。ではお大事に」

 

 御門からの伝言を伝え、エンザも安静にしていなければならない状態が長引くのはまずいからと通院を決めた事を伝えると、その旨を了解したようにお静ちゃんはぺこりと頭を下げて帰っていく。

 

「じゃ、私も帰ろっと」

 

「では私達もこれで」

「じゃーな、エンザ」

 

 芽亜もマイペースに帰宅を選択、モモとナナも用事は終わったので帰ることにする。

 炎佐も彼女らを見送った後、安静にしてなければならないためゆっくり横になって休んでいようとベッドに寝転がって目を閉じる。

 

「エンちゃーん!! ルンちゃんからエンちゃんが喧嘩して大怪我したって聞いたけど大丈夫ー!?」

 

「……大丈夫だよ、キョー姉ぇ」

 

 そこに本気で心配している表情で飛び込んできた恭子を見た炎佐は、心配かけた事を申し訳なく思いながら苦笑を漏らしてそう答えるのであった。

 

 

 

 

 

 その翌日。炎佐は不思議な液体で満たされたカプセル状の容器の中に沈んでいた。その容器の近くにいる御門は目の前にある計器に表示される様々な数字や文字、図などを確認しながら計器を操作。カプセルの中の液体が抜かれていき、カプセルの蓋が開くとその中から炎佐はびしょぬれの状態で現れる。ちなみに水着を着て大事なところは隠されているので問題ない。

 

「炎佐さん、手ぬぐいをどうぞ」

 

「ありがと、お静ちゃん」

 

 駆け寄ってきたお静ちゃんからタオルを受け取り、身体を拭いていく炎佐。その裸体を御門が視診していた。

 

「うん。傷はバッチリ塞がってるし、診察結果も問題なし。これで治療は完了ね」

 

「ありがとうございます。ドクター・ミカド」

 

 安心したように微笑んで頷く御門に炎佐もお礼を言い、身体を拭き終えたのでお静ちゃんが持ってきたシャツだけでも着ておく。

 

「……ところで」

 

 そこで炎佐は先ほどまで気になっていた事を尋ねる。

 

「あれ、どうしたんですか?」

 

 そう言って彼が示すのはとても嬉しそうな表情をしながらくるくると回って謎の小躍りをしているティアーユの姿。そんな彼女の姿を認めた御門が「ああ」と言って微笑んだ。

 

「今回の件でヤミちゃんに負い目が出来たでしょ? それを利用して今度ティアとの食事を約束させたのよ」

 

「あんたって人は……転んでもタダじゃ起きないなホント」

 

「建前はダークネスシステムが解放されたせいでヤミちゃんの身体に不調や問題が起きてないかの徹底検査って事になってるから。ただ遅くまで検査をする予定だから一緒に食事を食べるってだけよ? でも私とお静ちゃんは検査結果のチェックで手が離せないから多分ティアとヤミちゃんの二人っきりになっちゃうわね♪」

 

 そう言って御門はにんまりと笑ってみせる。その姿に炎佐は呆れたように目を細めてため息を漏らした。

 

(ま、ヤミちゃんも本当に嫌だったら検査後に無理矢理帰るだろうし、食事はいいきっかけになるよな……)

 

「ヤミちゃんと晩ご飯♪ ヤミちゃんの好物ってなんだったかしら? たい焼きたくさん買ってこなきゃ♪」

 

「……まあ、少し冷静になるようにドクター・ルナティークには言っとかなきゃな」

 

 にへらぁとしまりなく口元を緩ませ微笑んで小躍りしながら何か呟いているティアーユを見た炎佐は僅かな心配を抱き、そう呟くのであった。

 

 そしてティアーユに平静を取り戻させてから炎佐は御門の家を後にする。治療とティアーユを落ち着かせるのに思ったより時間がかかったらしく、既に日は暮れていた。

 

「さっさと帰るか」

 

 怪我が治ったし、少し身体を動かそうかと本気で走るために軽い柔軟を開始。走り出そうとしたその時だった。

 

「あ、いた。エンザー!」

 

 突然聞こえてきた声に、走り出そうとしていた炎佐は足を止め、つんのめりながら声の方を見る。

 

「ナナ! どうしたんだこんな時間に?」

 

「今日お前治療に行くって言ってたからここだろって思ってさ。お前あたしからのメール見たか?」

 

「……あー、悪い。携帯しまいっぱなしだったからさ」

 

 炎佐の指摘にナナはジト目&腰に手を当てる姿勢でそう尋ね、炎佐はずっと携帯を鞄に入れたままでメールが来ていることにすら気づかなかった事を素直に詫びる。とナナは「しょうがねえな」と息を吐いた。

 

「さっき姉上から教えてもらったんだけどさ」

 

 そう言ってナナはにかっと微笑んだ。

 

「小さくなっちゃった姉上と、あと大怪我したエンザが心配だからって。母上が地球に来るってさ!」

 

 嬉しそうな満面の笑顔でのナナの言葉。

 

「ク……クィーン・セフィが?……」

 

 それとは対照的に、炎佐の顔は引きつったような状態で硬直していた。




 またもネタが思いつかずぐだぐだと二ヶ月空いてしまいました。申し訳ありません。

 ダークネス編、戦闘部分は完全に省略です!前回言った通り、エンザは通常モードのヤミちゃんにも勝てないのにダークネスヤミに勝てるはずもありませんので!
 一応ララやリトの援護を行うサブアタッカーってのも考えたんですが……邪魔にしかなりそうにないので没にしました。せいぜいメアとのコンビで時間稼ぎが精一杯だと思う。

 そして次回はセフィ登場を予定しています。この方に対するエンザの反応は大分前から決まってるので今から書くのが楽しみです。むしろ自分の脳内でエンザがセフィに対して動いているのを僕の力で表現しきれるだろうか……。

 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


 さて後書きはここまで。ここから私信に入ります。
 ゆらぎ荘の幽奈さんのアニメ化を記念し、「ゆらぎ荘の幽奈さん~誅魔の侍~ アニメ化記念第一話先行公開」を投稿いたしました。ジャンル的には本作と同じくオリ主を中心としたラブコメ&日常&ファンタジー&バトルとなります……うん、本作はジャンルとしてはこれを目指してるんだよホントダヨ?(目逸らし)
 というか、幽奈さんの投稿と合わせるために今回の話を時間を決めて仕上げたというか……。

 あちらの本格的な連載は本作の終了後を予定しておりますが、第一話だけでも読んで感想などをいただければとても嬉しいです。


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第二十五話 デビルーク王妃。秘められた想い

 彩南町の一般家庭結城家。そこには現在、何故か黒服にガタイのいい男性が十数人単位で警護を行っており、通行人のお婆さんが不思議そうな顔を見せながら家の前の道路を通過する。

 

「と、いうわけで。エンザ、君には家の中でセフィ様やリト殿達の周辺警護を頼みたい」

 

「帰りたい……」

 

 警備の責任者らしい男性――ザスティンの言葉に、エンザが遠い目を見せながらぼやく。

 普段なんやかんやでララ達の護衛任務が入った時はしっかりその職務を果たそうとしている彼らしくない無責任にも見える態度に、ザスティンは苦笑顔を見せた。

 

「気持ちは分からんでもないが、リト殿達を緊張させないためには周辺警護は君が行くのが適任なのは分かるだろう? それにまあ……セフィ様のたってのご希望だ」

 

「だから帰りたいんだけど……」

 

 どうにか説得するザスティンに対し、エンザはそう再びぼやく。しかし結局真面目な性格が災いしてかぶつぶつ独り言で愚痴りながらもエンザは了承の意を示すように頷き、普段の衣服に加えて何故かサングラスをかけて結城家に入っていく。

 しかし肩は力なく落ちており、どことなく重い雰囲気を漂わせている。その姿にザスティンは両手を合わせてまるで祈るように拝むのであった。

 

 

 

 

 

「セフィ・ミカエラ・デビルークです」

 

 ララ達と同じピンク色で天然なのか柔らかなウェーブがかかった髪を長く伸ばし、ヴェールで隠しているにも関わらず整っているのがよく分かる端正な顔。その整った唇から紡がれるのも綺麗で聞くだけで心が安らぐ美声。

 彼女はセフィ・ミカエラ・デビルーク。デビルーク星、ひいては銀河を治めるギド・ルシオン・デビルークの妻であり、ララ達デビルーク三姉妹の母親である。普段は政治に疎いギドに代わって銀河中を飛び回り政治活動を行っているのだが、この前のダークネスとの戦闘の後遺症で身体が縮んだララを心配に思い、時間を取ってララのお見舞いに来たらしい。

 

「ゴメンなさいね。本当はもっと早くご挨拶に伺いたかったのですけど」

 

「いえいえ! お忙しいって話は聞いてましたし!」

 

 そのついでにララがお世話になっている結城家への挨拶も行っており、しかしもっと早く挨拶に伺いたかったという彼女に美柑が慌てたように返答する。

 そんな美柑にセフィは一度会釈を返した後、ララの方を見て安心したように微笑んだ。

 

「元気そうね、ララ。安心したわ」

 

「うん! 少しずつ力もみなぎってるから、もうじき元の姿に戻れるよ」

 

 セフィの言葉にララがびしっとガッツポーズを決めながら健在を示す。と、次はナナがセフィに思いっきり抱きついた。

 

「母上ー、母上ー♪」

 

「あらあら。相変わらず甘えん坊ね、ナナ」

 

 甘えてくるナナをセフィは受け入れて彼女の頭を優しく撫でる。その次に彼女はどこか緊張の面持ちをしたモモを見た。

 

「地球の衣装、よく似合ってるわ。モモ」

 

「う、嬉しいですわ、お母さま」

 

 セフィの言葉に慌てたようにモモが返答する。その時部屋のドアがキィと僅かな軋み音を立てて開いた。

 

「クィーン・セフィ、周辺警護に参りました」

 

「まあ、エンザ! 久しぶり、大きくなったわね」

 

「……お、お久しぶりです」

 

 警護に来たエンザの姿を認めたセフィが嬉しそうに微笑んで立ち上がり、その姿にエンザはどこか苦虫を噛み潰したような表情で彼女から目を逸らしながら挨拶を返す。

 

「あ、ザスティン達がやけに物々しいことやってるけど。エンザも巻き込まれたのか?」

 

「そりゃあな。クィーン・セフィはデビルークの政治の要、それにクィーンはデビルーク星人じゃないからギドと比べて肉体的にもひ弱だからな、警護の重要性はギド以上だ」

 

 ギドなら刺客の千人や万人余裕で返り討ちに出来るから逆に警護の必要がないどころか、むしろザスティンレベルの兵士にならないと邪魔になると肩をすくめて語るエンザにリトがきょとんとした顔を見せた。

 

「……え? ララ達のお母さんってデビルーク星人じゃないのか?」

 

「言ってなかったか? クィーンは今の宇宙ではもはや絶滅したとも謳われる、宇宙一美しい容姿と声を持つ少数民族“チャーム人”の最後の末裔なんだ」

 

「その通り。種族を問わずあらゆる生物を魅了するその美しさはもはや“能力”の域に達しており、その顔を見た男性はどんな紳士でもたちまち心奪われケダモノとなってしまうのです」

 

 リトの疑問の声にエンザが答え、ペケが説明を引き継ぐ。「長く続いた銀河大戦の発端も元を辿れば一人のチャーム人を巡る銀河同士のいざこざであったという説もある」と続けて説明し、たった一人の人間を巡って銀河中が巻き込まれる規模の戦争にまで発展するチャーム人の魅了(チャーム)の強大さを示す言葉に、リトは「銀河大戦のイメージが変わるな」とどこか呆れ顔で返していた。

 

「んっと……モテモテすぎて大変ってこと?」

 

「そんなレベルじゃないぞ。男がみーんな理性なくして、校長並のド変態になっちまうんだ!」 

 

 説明の規模が大きすぎてピンと来ないのか曖昧な解釈を見せる美柑に、ナナはセフィのチャーム人の魅了(チャーム)の力を身近な人間を例に利用して説明。すると彼女は突然八重歯を見せ、何かを面白いことを思い出したというように、にししと笑ってエンザを見た。

 

「なー。エンザー?」

 

 その言葉に、いつの間にかリト達の方を向きつつわざとらしいほどにセフィに背を向けているエンザがびくぅっと身体を震わせる。

 

「「……え?」」

 

 その反応にリトと美柑が呆けた声を出すのであった。

 

「うん。エンザ、まだ私達の親衛隊にいた頃に一度間違ってお母さんの顔見ちゃったことがあるんだよ。それでね――」

「ララ! 余計なことを言うなっ!!」

 

 ララがこくりと頷いて説明を始めようとするが、それをエンザが声を張り上げて静止させる。だが彼自身はララやリト達から顔を逸らしてそっぽを向いており、しかしリトと美柑は彼の耳が真っ赤になっていることに気づいてしまった。

 するとエンザが部屋に入ってきた時に立ち上がっていたセフィが、何か思いついたようにニヤリと笑みを浮かべると足音を消した忍び足でこっそりとエンザへと近寄る。

 

「もう。そんな冷たいこと言ったらママ泣いちゃうわよ?」

 

「なぎゃあっ!? ク、クィーン!?」

 

 そして背後からエンザへと思いっきり抱きつき、人々を魅了する美声でエンザの耳をくすぐる。

 ぎゅっと優しく抱きしめるセフィの豊満な胸がエンザの背中に当たってむぎゅむぎゅと柔らかく形を変え、エンザは悲鳴を上げた後どうしようも出来ないのか、じたばたと控えめに暴れるしか出来なかった。

 

「も~! エンザは本当に可愛いんだから~! あの時みたいにママって呼んで甘えてくれたっていいのに~!」

 

「セ、セフィ!? あまりお戯れは……」

 

 頭の上にハートマークを乱舞させる勢いでエンザを愛で、すりすりと頬ずりをするセフィにエンザが慌てて叫ぶ。しかし何故か力ずくで振り払おうとしないどころか、どこか口元がにやけていて満更でもないような表情にも見え、リトと美柑は困惑を深めていた。 

 

「セフィ様、失礼します。エンザ、キョーコさんが遊びに来て、とりあえず通したのだが……」

 

 そこにひょこっとザスティンが顔を出してエンザに伝言を伝えようとするが現在の状況を見て固まる。

 

「ん、どしたの?」

 

 そこに続けて恭子がひょこっと顔を出す。そして彼女も目を点にして固まり、それを見たエンザも顔を真っ青にするのであった。

 

 

 

「……というわけで、クィーン・セフィ。こちら俺の従姉弟で、母さん達から見たら姪の霧崎恭子です」

 

「霧崎恭子です」

 

 恭子を紹介するエンザと平坦な声で名前を名乗る恭子。しかし彼女は何故かエンザの腕にしかと抱きついており、セフィを見る目もどこか彼女を睨んで警戒している様子だった。

 

「キョー姉ぇ、こちらはクィーン・セフィ。デビルーク星の王妃でララ達の母上だ」

 

「セフィ・ミカエラ・デビルークです。キョーコさん、ミーネからお話は伺っているわ。地球では有名なアイドルだと」

 

「……どうも」

 

 続けて恭子にセフィを紹介し、セフィが嬉しそうに微笑んで恭子を褒めるがその恭子はジト目&不愛想といういつもの明るい様子を消して挨拶を返すのみ。完全にセフィを警戒しており、そんな彼女を相手にセフィはにこにこと微笑んでいた。

 

 そんな修羅場がリビングで形成されている中、モモは一人まるで修羅場から逃げ出したかのように洗面所に立っていた。

 

「ふう…(…まさかお母様が地球に来られるなんて……嬉しいけど、でも――……)」

 

 モモは愛する母が地球に来た事自体は嬉しいものの、注意しなければならないと強く思う。

 何故ならセフィは徹底したハーレム否定派。彼女らの父親でありセフィの夫であり宇宙の覇者であるギドですらセフィには頭が上がらない。そんな彼女にリトを中心としたハーレムを作ろうという楽園(ハーレム)計画が知られてしまうのはあまりにハイリスクである。とモモは考えていた。

 

(ここは大人しくしとこう……せめて既成事実の一つや二つないと)

 

 楽園計画を押し通すにあたって倫理的に問題がありそうな事柄を考えながらモモはバシャバシャと手を洗う。

 

「モモさん、何か考え事ー?」

 

 するとそこに美柑がひょこっと顔を出し、何かに勘付いたように「ははーん、さては」と不敵に笑う。その顔にモモはハーレム計画をセフィに隠している事を悟られたかと、ぎくりと身体を揺らした。

 

「久しぶりにお母さんに会って照れてるんでしょ?」

 

「えっ……」

 

 しかしその次の美柑の言葉にはそうとだけ漏らして沈黙する。彼女の勘は鋭いのか鈍いのかよく分からない、とその心中で思っていた。

 

「あのさ、ナナさんが呼んでるんだけど……」

 

「姉上と母上が、久しぶりにみんなでフロ入ろうって!!」

 

「お風呂?」

 

 そう言う美柑の後ろからナナが顔を出して用件を言い、その言葉にモモがそう答える。

 

 

 それから場面が移り変わる。まるで夜のような闇の中、地球上に存在しない謎の動物たちが跋扈する中にある、無数の岩で囲まれた温水の溜まり場。所謂天然の温泉だ。

 小さくなったララがモモに抱きついて彼女の豊満な胸を触り、モモも姉のからかいに言葉で「やめてください」と言いつつも受け入れる。美柑とナナがそれをジト目で見つめ、最後にはナナは「デカけりゃいいってもんじゃないからな!」と毒づいて湯に浸かった。

 

「美柑だってそう思うだろ?」

 

「は、はは、そうだね……」

 

 同意を求めるナナに美柑も笑みを引きつかせながらとりあえず同意の言葉を口にして湯に浸かる。

 

「美柑ちゃん。お隣、失礼するね?」

 

 するとさらに美柑の隣にちゃぷり、と水音を立てて別の一人が入る。

 

「わ、キョーコさん。は、はい、どうぞ!」

 

 その相手――霧崎恭子に美柑は慌てたように返し、思わずスペースを開けるように彼女から距離を取ってしまっていた。

 

「あはは、美柑ちゃんったら。広いんだからそんなに離れなくたって大丈夫よぉ」

 

「あ、す、すみません。つい……」

 

 恭子が可笑しそうに笑い、美柑がぺこりと頭を下げて謝る。その後ろからナナがひょこりと顔を出し、恭子を見てまたもジト目を浮かべた。その視線に気づいた恭子が苦笑し、その苦笑で気づいた美柑もまた苦笑する。

 恭子は現役のしかも今をときめく大人気の少女アイドル。身体そのものが商売道具だと言ってもよく、そのプロポーションは抜群。本来の姿のララと比べれば見劣りするだろうが、世の女子高生の平均以上には成長しているだろうバストに、それと比べてきゅっと引き締まったウェスト、そしてこちらもまたしっかり締まりながらもだらしなくない程度に膨らんだヒップは見る人を魅了する魅力を備えていると言っていいだろう。

 さらにセフィを前にしていた時はジト目や不愛想な顔になっていたが、その本来の姿である彼女の笑顔もまた人を夢中にさせる輝きを持っていた。

 

「それにしても、驚いたなぁ。何か変なワープ装置を潜ったと思ったら、不思議な動物たちがいて、そこにこんな立派な温泉があるんだもん」

 

「あ、そっか。キョーコさん、電脳サファリ初めてでしたっけ?」

 

「というか。夕飯にお呼ばれした事は何度かあったけど、まだちゃんと挨拶はしたことなかったよね?」

 

 恭子の言葉に美柑が恭子が電脳サファリに入ったことない事に気づくと、恭子はそもそもきちんとした挨拶がまだだったと答えてナナの方を向いた。

 

「ララちゃんから聞いてたけど、改めまして。霧崎恭子です。よろしくね、ナナちゃん」

 

「あ、お、おう。ナナ・アスタ・デビルーク……よ、よろしくな、キョーコ」

 

 にこっと柔らかな笑顔を浮かべての挨拶にナナは照れたのか頬を赤らめつつ自分も名前を名乗り、よろしくと続ける。

 

「……あれ? ナナさんってキョーコさんと知り合いじゃなかったの? とらぶるクエストでキョーコさんがモデルの――」

「わーわーわー!!!」

「——むぐむぐ!?」

 

 しかしそこで美柑が余計なことを口走り、ナナが慌てて大声をあげ美柑の口を両手で塞いでそれを遮る。恭子がきょとんとした顔を見せた。

 

「とら……なに?」

 

「あーいやいやなんでもねえ! あーえっとその、だな……エ、エンザがいっつもキョーコのこと話してるから、まるで前からの知り合いみてーだなってさ、あ、あは、あはははは!」

 

 きょとんとした顔&首傾げを見せる恭子にナナが必死で誤魔化す。流石に本人の承諾なく、お色気系の魔王として自分達が作ったバーチャルリアリティー系のゲームキャラクターのモデルにしたなんて言えるわけもなく、口から出任せで誤魔化していた。

 

「……エンちゃん、そんなに私の事話してたの?」

 

「お、おう! あー、毎日毎日、えー、こっちが聞き飽きるってくらいに、だな、おー、ミミダコってのか?……あー、まあそんな感じで……」

 

 恭子が自分の言葉に興味を持ったのに気づいたナナは話を逸らすための言葉を口にしながらその次の言葉を頭の中で考え、最後はテキトーに誤魔化す。しかしその言葉を聞いた恭子の頬がぽーっと赤くなり、その頬や目尻にもにへ~という感じの緩みが走る。

 

「も~エンちゃんったらぁ。いつもはツンツンしてるのに素直じゃないんだから~」

 

(……悪い、エンザ。なんかややこしい事になった気がする……)

 

 赤く染まった頬を隠すように両手を頬に当て、顔を左右に振って照れている恭子を見たナナは誤魔化すためのでまかせのせいで恭子が妙な方向にデレた事に気づき、兄貴分に心の中で謝罪を行うのであった。

 

「ていうか、ホントに私やキョーコさんも来てよかったの? せっかくの家族水入らずなのにさ」

 

 そこに美柑が口を挟む。セフィは愛娘のお見舞いでさえ半日ほど時間を取るのが精一杯なほど忙しい日々を送っており、そんな貴重な家族水入らずの時間に赤の他人である自分達がお邪魔していいのだろうかと気を遣ったのだろう。

 しかしそんな美柑に近くに来たララが微笑んだ。

 

「大丈夫だよ~。美柑も家族みたいなものだし、キョーコちゃんだってお兄ちゃんのお姉ちゃんなんだもん」

 

「そーゆー事」

 

 ララ曰くずっと家族同然に過ごしてきた美柑だって家族みたいなものだし、恭子は自分達にとって兄であるエンザの姉のようなものなのだから自分達にとってはお姉ちゃんのようなものなんだ。と妙な理屈をつける。まあその後「そうでなくても、キョーコちゃんと一緒なんて嬉しいし」と続けており、マイペースなララに美柑と恭子は二人揃って苦笑顔を見せるのだが。

 

「ところで、セフィさん、やっぱお風呂の時はヴェール取るよね? 私が顔見ても大丈夫?」

 

「あ、それは大丈夫! チャームの能力の影響を受けるのは男だけだから」

 

 美柑のふと思った疑問にナナが答える。恐らく厳密には能力を使うチャーム人から見て異性という意味で男だけという意味だろうが、この場に来るチャーム人は女性であるセフィのみ。その説明でも問題はないだろう。

 

「ふぅん……そっかぁ。何か楽しみだけどキンチョーするなぁ……あ、そういえば」

 

 自分が魅了(チャーム)の影響を受けることはないという結論に一安心した美柑は、それでもセフィという美人なララ達の母と文字通り裸の付き合いに緊張を隠せず、緊張を少しでもほぐそうと何か話題を探していると何かを思い出す。

 

「ララさん、エンザさんが昔セフィさんの顔を見て大変だったみたいな事言ってましたけど、何があったんですか?」

 

「ん、なになにどういうこと?」

 

 美柑の質問にエンザの話題のためか恭子が食いつく。するとナナがきししと笑みを浮かべた。

 

「ああ、あれは兄上がまだあたしらの親衛隊にいた頃だったな。珍しく母上がお城にいて、あたしやモモが庭で喧嘩して泥だらけになっちまったから、風呂に入ることになったんだよ。エンザは行く気なかっただろうけど、モモが我儘――」

「余計なこと言わない! ま、まあそれで私とナナとお兄様、あとついでにお姉様も一緒にお風呂に行ったんです。そして皆で服を脱いで、いざお風呂に入ろうとした時に入れ違いでたまたまお風呂に入っていたお母様が出てきて、たまたま、本当にたまたま――くく――お兄様がお母様の顔を、ふふ……見てしまったんです」

 

 ナナが説明していたが、モモがしれっと自分の黒歴史をばらされそうになって慌てて遮り、説明を引き継ぐ。しかしその途中でナナとモモは肩を震わせ、その口から出る笑い声を必死で押し殺しているようだが殺しきれずにくくく、ふふふ、と笑い声が漏れ出ていた。

 

「く、くくく……あっはははは! いつも母上の前ではキリッとしてる兄上が顔を真っ赤にして目にハートマークまで浮かべて母上に甘える姿なんて後にも先にもあれっきりだったよな!」

「ふ、ふふふ……あはははは! い、今でも思い出せますわ……俺、ママと結婚するとか言ってましたわよね? ギドと別れて俺と結婚してとか……あれ以来、お兄様は露骨にお母様から距離を取ってますものね……」

 

「「うっわぁ……」」

 

 ナナとモモの笑いを押し殺し、しかし我慢できなかったのか爆笑しながらの言葉に恭子と美柑は、ここにいないエンザに同情する。育ての母と言える存在に甘えるならまだしも求婚するとかばらされたくないのも分かる圧倒的な黒歴史だった。

 

「でも私、ママにうっかり魅了(チャーム)されちゃったザスティンを見た事あるけど、それに比べたら別におかしくなかったよね? ただママに甘えてただけだもん」

 

「……まあな」

「……そうですわね」

 

 そこに口を挟むララに、ナナとモモは思わず笑いを消した真顔でこくこくと頷く。とりあえずザスティンの名誉のためにその詳細は口にしない事にしたらしい。

 

 

 

「と、いうわけで。現状セフィ様達の周囲に問題はありません」

 

「うむ、ご苦労。引き続き警戒を頼む……とは言っても流石に内部に入るのは問題だからな、入り口周辺の警戒で大丈夫だろう」

 

 玄関にてエンザからの報告を受けたザスティンは流石にデビルークの女王や姫君が入浴中である電脳サファリの中に入るのは問題があると判断したのか、電脳サファリの内部に唯一繋がるワープゾーン入り口周辺の警戒で問題ないだろうと次の指示を告げる。

 

「あ、セリーヌ! お前はもう寝なきゃダメだって!」

 

「ん?」

 

 するとリビングの方からリトの声が聞こえ、エンザは報告と次の指示の連絡も終わったため、ザスティンにちょっと待ってとジェスチャーで示してリビングに向かう。

 

「どうしたんだ、リト?」

 

「エンザ! セリーヌが電脳サファリに入って行っちまったんだ。俺ちょっと連れてくる!」

 

「ホントか!? 電脳サファリで迷ったら大変だ、俺も行く!」

 

 リトはエンザにそう伝えるや否や電脳サファリに繋がるワープゾーンに飛び込み、それを聞いたエンザもザスティンにまたもジェスチャーでごめんと示すとリトの後を追ってワープゾーンに飛び込んだ。

 ワープゾーンを潜った先にある電脳サファリ。リトとエンザが話していた僅かな間にセリーヌの姿は既に見えなくなっていた。

 

「まだそんなに遠くには行ってないはずだ。俺はあっちを探すからリトはあっちを頼む! 気をつけろよ!」

 

「おう!」

 

 セリーヌの足ではそんなに遠くには行けてないはずであり、エンザとリトは手分けして探すことにして二手に分かれ走り出す。

 

 

 

 

 

「——くそ、いないな……」

 

 電脳サファリを走り回り、汗を拭いながらエンザは呟く。電脳サファリ内に住むナナの友達ならセリーヌを間違えて食べるなんてことはないだろうが、この広い電脳サファリでもしも迷子になったり怪我をしては大変だ。そう思いながらエンザは再び走り出そうとする。

 

「……?」

 

 その時、ドドドドドという地響きを彼は耳にするのだった。

 

 少し時間を戻そう。セフィは温泉に向かう前にペケからララ達の近況報告を聞きながら脱衣をしており、ナナの呼び声を聞いてペケを伴い温泉に行こうとする。

 しかしその時セリーヌを探していたリトとたまたま鉢合わせてしまい、しかも足を滑らせたリトがいつものようにセフィを巻き込んで転倒。タオル越しとはいえセフィの豊満な胸に顔をうずめてしまっていたリトは慌てて起き上がるのだが、その時にうっかり掴んでいたセフィの顔を隠すためのヴェールを剥ぎ取ってしまい、そのままセフィの素顔を直視。

 今までの経験からリトを魅了(チャーム)してしまったと思ったセフィはペケが足止めに奮闘している隙にその場を逃げ出していた。

 

「もう……なんでこうなるのかしら!!! 美しすぎる自分が憎いっ!! どうしてこんな――」

 

 タオル一枚でその場を逃げながら、自分の美貌を呪っているような自慢しているような言葉を叫ぶセフィ。しかしその言葉は途中で止まる。

 リト達の喧騒が聞こえてやってきたのか、電脳サファリに住むナナの友達の動物が集合。セフィと目が合う。

 

「まあ……ナナのお友達の皆さん……」

 

 セフィの頬が引きつり、汗がだらだらと流れる。彼女を見る動物たちの顔が一斉に赤くなっていき、その目の瞳孔も興奮したように開いたと思うと瞳にハートマークが浮かび始めた。

 

「こっ……来ないでーっ!!!」

 

 咄嗟に元来た道を戻って逃げ出すセフィとそれを合図にしたかのように一斉にセフィを追いかけ始める動物たち。

 ドドドドドと地響きを盾ながらセフィを追いかけ回す彼らの目には例外なくハートマークが浮かび、ハートマークを乱舞させながら彼女を追う事から魅了されているのは間違いない。

 

「セフィさん!」

 

「ひっ!」

 

 元来た道を戻ったのだから当然だがリト--何故かパンツを被っている――と再び鉢合わせしてしまい、セフィは足を止める。目の前にはさっき自分が魅了してしまったリト、後ろにはやっぱり自分が魅了してしまった動物たち。セフィにとっては前門の虎後門の狼という格好の挟み撃ちになってしまった。

 

「セフィさん、こっちへ!!」

 

「い、いやっ――わ、私がそっちに行ったら組み倒されて○○○(ピー)とか×××××(バキューン)とかされちゃうんだわ! 絶対――」

「お、俺は正気ですから! いいからこっちへ!!」

 

 動揺しているのか女性や娘を持つ母親としては言ってはならない単語を口にするセフィにリトは「自分は正気だ」と訴えながらセフィの手を掴んで逃げ始める。

 セフィも自分の魅了が効かないリトに驚いて問い詰めているが、それどころではないため走るのも忘れない。

 

 [リト殿! セフィ様! 上からっ!!]

 

 しかしやはり周囲の注意が疎かになってしまったか、ペケの叫びを聞いてからやっと、上の方からナナの友達の一体である巨大なイカ型の宇宙生物が触手を伸ばしてきている事に気づく。

 その触手がセフィの身体を捕まえ、あっという間に自分の手元へと引き寄せる。

 

「ん、ふっ、くっ……んぅ~っ!」

 

 そして自分の触手でセフィの身体を拘束すると彼女の身体を弄び始めた。くすぐったさに身じろぎし、くぐもった声を出すセフィを見たリトがイカの触手を登りながら「その人を離せ!」とイカに怒鳴りつけるがただでさえセフィの能力で魅了された上に、その喘ぎ声で余計に興奮しているイカは触手をばたつかせるのみ。

 

「え? うおわあぁぁっ!?」

 

 しかもそのばたつかせた触手に掴まっていたリトが、どういうわけだかセフィの股間に顔をうずめる羽目になっていた。

 

「むぐ、むぐぐ~っ!?」

「ん、んああぁぁぁっ!」

 

 慌てて身体をばたつかせるが上手い具合に触手同士が絡み合って身体が固定されていて上手く離れられず、セフィが喘ぎ声を出す。ペケが「セフィ様を離すのですーっ!」と叫ぶが、荒ぶる触手の前では近づくことすらままならない状態だった。

 

「ったく。一体どうやればこんな状況になるんだよ……」

 

 そこにそんな呆れ声が聞こえたかと思うと、イカの荒ぶる触手の上をまるでアスレチックでも遊んでいるかのような軽快なジャンプで飛び移り、時には垂直に立った触手を壁にして蹴り上がりながら、一人の青年がイカの頭上へと跳び上がる。

 

「悪いがちょっと寝てもらうぞ!」

 

 竜を模したフルフェイスのヘルメットに全身を覆う鎧——ミーネ作のパワードスーツを纏ったエンザの左腕に鎖付きの鉄球が出現。ぶんぶんと空中で振り回して勢いをつけて投擲したそれがイカの頭部に激突、その威力にイカは一発で昏倒すると共に脱力してセフィとリトも空中へと投げ出される。

 

「ひっ!」

 

 しかしその下には既にイカと同じくセフィに魅了された動物たちが密集しており、このまま落ちたら蹂躙されると予測するのはたやすい。だが重力が働いている以上自分が落下する未来を変える事は出来ない。

 セフィは一難去ってまた一難、やっぱり自分の美しさのせいでこうなってしまうのかと考えながら、重力に従って落下していく。

 

「え?」

 

 その時、セフィは何かに抱きかかえられたような感触と浮き上がる感覚を覚え、咄嗟に上を向いた。

 

「っ、こ、こっちを見るな!」

「きゃっ!?」

 

 突如慌てた声が聞こえたかと思うと、なんだかんだ今まで身体に巻かれていたバスタオルが剥ぎ取られて顔に被せられる。むぐむぐと声にならない声を出しながら、しかしセフィは慌てた声から誰が自分を助けてくれたのかを察した。

 

「ありがとうね、エンザ」

 

「……このままだと余計にめんどくさくなると思っただけだ。今ペケにナナ達を呼ばせに行ってる」

 

 バスタオルで顔を隠しながら、でも口元をオープンにするくらいなら問題ないと判断して口元までタオルをたくし上げてお礼を言うが、それに対しエンザはツンツンとした棘のある口調でそう返して地上へと降り立つ。

 リトもエンザが作った氷の滑り台を滑って安全に地上に降りたらしく、エンザはセフィが顔を隠しているのを確認してからリトに言葉を向けた。

 

「リト、クィーンを頼む。顔を見ないように注意しろよ、お前まで魅了されたら事がややこしくなる」

 

「お、おう。ってエンザは?」

 

 何故だか魅了は平気っぽいのだが、それをいちいち説明している時間も惜しいので流すことにしたリトは、エンザはどうするのかと問う。それに対しエンザは右腕の装甲を変化させたハンマーを肩に担ぐように持っていった。

 

「とりあえずナナ達が来るまで足止めは必要だろ?」

 

 そう言ってハンマーを持ち上げたかと思うとハンマーに冷気が溜まっていき、その周囲に僅かな冷気が巻き散っていく。

 何かするつもりだ、と直感したリトは、エンザから降ろされた後まだ立ち上がらずにエンザを眺めていたセフィに手を差し出した。

 

「セ、セフィさん。今の内にあっちへ!」

 

「え、で、でも……」

 

「早くっ!!」

 

 真っ直ぐにセフィを見るリトの瞳に、彼女は何かを感じたように呆けながら彼の手を取って立ち上がると、リトと一緒に少しでも目くらましになると思ったのか湯気の濃い方へと逃げていく。セフィに魅了された動物たちがそれを追おうとするが、エンザがフルフェイスの兜を被っているため見えないはずだがギロリと睨みを利かせると本能的に危険を感じたのかその足が止まった。

 

「悪いけど、ここから先にはいかせない!!!」

 

 ドガン、とハンマーで地面をぶっ叩く。それと共にハンマーに溜まっていた冷気が一斉に解放され、巨大な氷の壁を作り出して動物たちの足を止めた。

 それから巨大な氷の壁が目印になったのか割とすぐにナナ達がやってきて、ナナが魅了された動物を一匹ずつはたいて正気に戻させ、お説教開始。お説教が終わって正気に戻った動物たちが自分達の住処に戻っていくのを確認後、セリーヌも見つかったためリト達も電脳サファリを後にする。

 

「んで……なんなのキョー姉ぇ?」

 

「んふふ~素直じゃないんだからぁ~♪」

 

 その間、まるで甘えるようにエンザの腕にしっかりと抱きつき、にへらぁっと笑いかける恭子にエンザは困惑顔を見せる。その後ろのナナも若干気まずそうな表情になっていたのだった。

 

 

「セフィ様。母船からの迎えが参りました」

 

「ありがとう、ザスティン」

 

 それから雑談に興じたりゲームをしたりで時間が過ぎていく。ザスティンからの報告を聞いたセフィが立ち上がるとナナが寂しそうな目でセフィを見た。

 

「もう帰っちゃうの、母上ー」

 

「また通信で会えるでしょ?」

 

 寂しそうな目で訴えるナナをセフィは嗜め、「そのうち時間を作ってまた来るわ。私も彩南(ここ)が気にいったしね」と微笑む。

 

「また来てくださいね、セフィさん。その時は私も出来る限りスケジュール空けるようにしますから!」

 

「ええ、その時はぜひ。キョーコさんもお仕事頑張ってくださいね。でもお身体には気を付けて」

 

 すっかり打ち解けたらしい恭子がセフィと握手をしながら喋る。もちろんその打ち解けた理由はエンザであり、お互いがお互いの知らないエンザの姿を語り合ったことで打ち解けていた。

 それからララに「元の姿に戻るまで無理してはいけませんよ」と呼びかけたり、リトが今日起きたアクシデントについて「いろいろスミマセン」と謝るがセフィはむしろ楽しかったわと笑い、「これからも娘たちをお願いします」と頭を下げる。

 最後にモモとも挨拶を終えて――何故かモモは顔を青くして固まっていたが――セフィは結城家を後にしようとする。

 

「……クィーン・セフィ」

 

 そこで唯一、まだ別れの挨拶を済ませていないエンザがセフィに声をかけた。

 

「その……ご自愛ください。貴方がいなければデビルークは成り立たないし……その……」

 

 どこか目を逸らしながらエンザはそこまで言うと、背後にはリト達が見送りのために立っていることを確認。何かを恥ずかしがっているように頭をかいた後、意を決したようにセフィの方を向き直し、ヴェールで覆われているとはいえセフィの顔を真っ直ぐに見る。

 

「あ、貴方に何かありましたら、俺が悲しいです。セフィ……ママ」

 

 やはり最後の台詞は恥ずかしかったのか、頬を淡い赤色に染め、目を逸らしての消え入りそうな小さな声になる。

 しかしセフィは嬉しかったのか頬をほころばせ、柔らかな笑みを浮かべてエンザに顔を近づける

 

「ええ、気を付けるわ」

 

 さりげなく片手でヴェールをたくし上げ、顔全体とまではいかずとも口元まで露出する。

 

「ありがとうね、エンザ」

 

「!?」

 

 ちゅ、と柔らかなリップ音がエンザの頬から聞こえ、エンザがぎょっとしてその頬に手を当てる。彼の頬にキスをしたセフィはすぐさまヴェールを下ろして隠した口元からぺろっと舌を出しておどけてみせた。

 その姿を見たエンザの顔があっという間に真っ赤に染まり上がる。その後ろではリト、美柑、ナナ、モモが呆然としたように目を丸くし、ララはよく分かってないのか無邪気に笑い、恭子がジト目でエンザを見ていたのだった。




なんか、よく、分かんないけど……矢吹先生が、ジャンプで新作を、書いた?ようですね?(ジャンプ未読勢。というか単行本派)
情報収集してみたけど、なんか空手家男子のTSもの?みたい?……読み切りらしいけど、連載してほしい。(そうじゃないと単行本手に入らないし、このためだけにその刊のジャンプ探して買うの面倒)


それはさておき、お久しぶりです。

今回のお話の前に一話オリジナルストーリーを入れたかったんですが、どれだけ考えても上手くまとまらなかったので没になりました。それが今回の投稿が遅れた理由の大部分になります……まあ、ちょっと執筆意欲が低下していたってのもあるっちゃあるんですが。

さて今回はセフィ登場。主人公の初恋の人枠であると同時に昔魅了されちゃったのが黒歴史になっていて強く出られない系です。そしてセフィの方はエンザの事を完全に息子扱いしてます、まあエンザ自身ララナナモモを妹と呼んで彼女らからも兄扱い受けてるからある意味当然だけど。
家を出たから最近は会ってないし久しぶりに会っても昔みたいに甘えずにツンツンしてる息子を愛でまくってます。エンザからすればそもそもその甘えた自体が魅了による黒歴史なんですが。

さらにノリと思い付きにより恭子も登場、登場時は「エンちゃんを取られる!」と思ってめっちゃセフィを警戒していましたが、エンザ大好き同士打ち解けました。
まあ最後の最後で「やっぱ油断ならねえ」と思ってるかもですが。(笑)

そしてエンザはセフィの事大好きですけど、表に出すのはヤバい&知られたら今まで以上にからかわれると理解しているから必死で隠してるイメージです。
その結果が基本ツンツンです、でも最後に彼なりにセフィ相手には渾身のデレを見せました。

さて次回はどうしようか。この辺りはエンザを絡ませ辛い話が多い感じだから何かオリジナルで考えてみようかな……。
まあその辺りはまた後で考えるとしよう。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


話は変わるけど、これの連載終了後に連載考えているゆらぎ荘の方も原作が14巻で新たな事実が判明しましたね。単行本派なので最新ストーリーまでは分からないけど……藤太の実力辺りの設定をちょっと考え直さなきゃな。
というか、アニメの感想サイトで「コガラシはシリアス本編終わった後のラブコメ後日談やってるようなもん」って例えてる人がいたけど……マジでこいつ王道RPGの勇者みたいな事やってんじゃん!?そりゃ強いわあいつ!こんなの出されたら最強系主人公という設定に納得せざるを得ない!


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第二十六話 メアとの逢引

「ほらほら兄上ー! 美味しそうなケーキがいっぱいあるよー!」

 

 あるスイーツ店で開かれているケーキバイキング。目の前を無邪気に走り、陳列されているバイキング用のケーキを手当たり次第にお皿に乗せていく制服姿の少女を見て、こちらも制服姿の炎佐は一つため息をつく。

 彼の事を兄と呼ぶのはまさしく兄妹同然に育ったデビルーク三姉妹、その中でも兄上と呼ぶのはその次女であるナナ・アスタ・デビルークのみ……なのだったのだが、その呼び方をする者がもう一人存在する。

 

「……なんでメアとケーキバイキングに来なけりゃならないんだ……」

 

 親友であるナナの呼び方を真似しているらしい赤毛の少女――メアの存在に炎佐はため息を漏らしていた。

 金色の闇ことヤミにリトの命を奪わせることで兵器としての自覚を取り戻させるダークネス計画。実際のところはそれがヤミの中に眠る暴走システム――ダークネスシステムの発動方法だと思っていただけであり、そのダークネスシステムもリト達の活躍によってフリーズした今、その一件によるリトの安全はとりあえず守られたと言ってもいいだろう。

 しかしその一件で形はどうあれリトの命を奪う側に立っていたメアと、リトの命を守る側に立っていた炎佐は敵同士。メア自身はナナとお静ちゃんとの友情の元にダークネス計画の黒幕であったネメシスから離反した今、一応味方になっていると言っても問題はないだろうが、その辺が妙に上手く彼の中で消化できないでいた。

 そのぼやきを聞き取ったのか、メアは上体を後ろに逸らして頭頂部を下に向けるように後ろを向くという独特のポーズで炎佐を見て不思議そうな声を出す。

 

「えー。でもこれはれっきとした兄上からの報酬だよー?」

 

「わーかってるっての。好きなもん食え」

 

「はーい兄上ー♪」

 

 炎佐は苦虫を噛み潰したような表情になりながら吐き捨てるようにメアに答え、メアは再び嬉しそうに笑ってケーキをお皿に乗せる作業に戻る。

 

 ことの始まりは数時間前、彩南高校での休み時間へと遡る。

 

「あ、に、う、えー!」

 

「兄上って呼ぶな」

 

「むぎっ」

 

 笑顔で駆け寄ってくるメアの呼びかけに炎佐は彼女が自分のリーチに入った瞬間、だらんと下げていた腕を動かしてメアの頭をがっちりと掴んで答える。

 ギリギリギリと掴む手に力を込めるそれはアイアンクローと呼ばれる技だ。さらに抵抗する相手を黙らせようとする威圧でメアを射抜いている。

 

「あ、あぁ……兄上の威圧、素敵……」

 

 しかしそのメアはアイアンクローで遮られていない口を緩ませてぞくぞくと震えており、炎佐が若干引いた顔になって手を離すと「ぷあっ」と息を吐く。

 

「……何の用だ?」

 

「あー、うん。兄上」

 

 とっとと用件を聞いてぶった切って追っ払った方が無駄な騒ぎを起こさないで済むだろう。

 そう思ってさっさと用件を聞き出す炎佐に、メアもにこっと、本性を知らない男が見れば間違いなく騙される無邪気な笑みを彼に見せた。もちろん本性を知っている炎佐は冷たい目で返している。

 

「デートしよ!」

 

 ざわぁ、と周りがざわつく。特に「炎佐がデートだとぉ!?」と叫ぶ猿山と「え? な、は、はぁぁぁぁっ!?」と叫ぶ里紗が目立った。

 

「そうか成程。メア、今から御門先生のところに行って睡眠薬を貰って飲んで本当に寝ろ、出来れば永遠に」

 

「あっはっは、兄上ってば~。別に寝言なんて言ってないよ~、ちゃんと約束したでしょ~?」

 

「約束ってなんだよ!?」

 

 さりげなく毒舌ぶちかます炎佐にメアはやだな~といいたげに笑いながら答える。ざわめきが強くなり、炎佐は思わずメアを睨みつけて怒鳴りつけていた。

 

「え? 忘れた? ほらブラディクスのもががっ!?」

 

 ブラディクス。生物の身体に寄生してそのまま相手の身体を乗っ取り、破壊の限りを尽くす凶悪な生物兵器。

 九条凜に寄生したものを秘密裏に始末したそれの名前を無防備に出された瞬間、炎佐は反射的にメアの口を自分の手で塞いで、もう片方の手でメアの肩を掴むとそのまま人気のないところまで引きずっていた。

 そして炎佐はメアから手を離すと彼女を真正面に見据え、再び彼女を睨む。

 

「なんのつもりだメア!?」

 

「あー、ブラディクスの名前出したら悪かった?」

 

「……いや、よく考えたら別に問題ないだろうがつい反射的に……それより本当になんのつもりだ?」

 

「……え? 本当に忘れた?」

 

 本気で何故ブラディクスの件を持ち出してきたのか分かってない様子の炎佐を見たメアが呆けた声を出した。

 

「あの時言ったじゃん。九条先輩の精神(ココロ)に兄上の精神(ココロ)を接続する代わりに、甘いものを好きなだけ奢ってくれるって」

 

「……あー」

 

 ブラディクス破壊作戦。そのためにはまずブラディクスと精神(ココロ)レベルで繋がってしまった九条凜の精神(ココロ)をブラディクスから引きはがす必要があった。何故ならその状態でブラディクスを破壊するのは九条凜の精神(ココロ)を破壊するのと同じことであり精神(ココロ)が壊れた彼女は一生目覚めない、つまり実質死ぬことになる。

 それを防ぐために炎佐がメアの精神侵入(サイコダイブ)によって凜の精神(ココロ)に侵入。その中でブラディクスと激闘を繰り広げて凜の精神(ココロ)をブラディクスから引きはがすことに成功した。

 そしてその際に、力を貸す代償として炎佐はたしかにこう言っていた。「甘いものを好きなだけ奢ってやる」と。

 

「……くそ、そうだったな」

 

「やっぱ忘れてたんだ」

 

 記憶を思い返した炎佐が悪態をつくとメアがため息交じりに呟いた後、一枚のチラシを見せた。

 

「というわけでさ。今ケーキバイキングやってるんだって、これで奢ってくれればいいよ」

 

「……おい、これかなりの高級店じゃないか?」

 

「よろしくね、兄上♪……それとも、依頼を成功させたのに報酬を払ってくれないの?」

 

「ぐ……」

 

 これ幸いと高級なケーキを要求するメアに苦言を漏らすが、そこを突かれると元とはいえ依頼と報酬の関係で成り立っていた賞金稼ぎとして辛いものがある。結局渋々ながら「分かったよ」と頷くしか出来なかった。

 

「ただしお前だけだぞ、ナナとか連れて行くのは無しだぞ」

 

「分かってるって。じゃあ放課後ね~♪」

 

 ナナまで連れていき、さらに流れでモモやお静ちゃんまで追加されでもしたら懐のダメージが酷くなる。

 そうなってまた御門の新薬実験体のバイトやニャル子の仕事の下請けに引きずり込まれる未来を考えて、メアだけだと釘を刺すと彼女は分かってると言って笑うと手を振って走り去っていく。

 

「はぁ……ったく」

 

 走り去ったメアを見送り、炎佐も頭をかいて再び悪態を漏らす。

 しかし軽口とはいえ「甘いものを奢る」という報酬を持ち出したのは自分自身であり、“凜を助け出すという依頼”を果たした以上、メアに“甘いものという報酬”を貰う権利があるのは賞金稼ぎの常識。元賞金稼ぎのプライドとして今回は依頼人としてメアに報酬を支払う、炎佐にはその道しかなく、彼は放課後その店に行く前に地球のお金を下ろしておかないとなと考えながら教室へと戻っていく。

 待ち構えていた猿山が「メアちゃんとのデートってどういうことだよ!? あんな可愛い子ちゃんとデートとか羨ましすぎるぞおい!」と迫り、里紗が「デートってなに!? あんたらいつの間にそんな関係になったの!?」と胸倉掴んで炎佐を問い詰める事になるのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

「はむっ……ん~、このケーキ、素敵♪」

 

 時間はケーキバイキングへと戻る。

 チョコケーキを頬張って全身から幸せオーラを立ち昇らせるメアを見ながら、炎佐もせっかく来たんだから食べないと勿体ないと取ってきたショートケーキを齧り、飲み放題のコーヒーを飲む。鈍い苦みが炎佐の舌の上を流れ、ショートケーキの甘さと中和してなんともいえない味わいを感じさせた。

 目の前でメアがケーキを食べてサイドメニューになっていたクッキーを食べてココアを飲む甘いもの尽くしを平らげているのを眺めながら炎佐もケーキを食べ、コーヒーを飲みながらチラリと背後の気配を探る。

 何故だか里紗が「ぐぬぬ」と呻きながらこっちを睨むような視線を感じ、未央が「理沙ー、ケーキ持ってきたよー」と一切席を立つ様子がない彼女にケーキを持ってきている様子を気配で感じる。

 それ以外にも妙な気配を若干感じるが、多少気に留めておく程度で放っておいても今のところ問題はないだろうと打ち切って炎佐は再びコーヒーを口に流し込んだ。

 

 

 

 

 

 それからしばらくケーキバイキングで過ごし、メアが高級ケーキバイキングを堪能。炎佐はなんやかんやナナやモモ、ララに美柑にリトへのお土産としてお土産コーナーで売っていたケーキをいくつか見繕って購入。結城家へのお土産を確保してから二人揃って岐路につく。

 何故かつけてきていたリサミオコンビは適当に撒いて、二人は人気のない裏路地へとやってきていた。人気がなくなったため、買ったケーキの袋はデダイヤルの中に収納して懐に戻してから炎佐はふと口を開いた。

 

「ところでメア」

 

「ん、なに? 兄上」

 

「気づいてんだろ?」

 

「うん、もちろん」

 

 前を向いて歩きながらなんでもなさそうな雑談を行うような軽い口調で二人はそう言い合う。

 

「「が、は……」」

 

 次の瞬間、彼らの背後から苦し気な声が漏れる。一人は炎佐がいつの間にか右手で抜いていた銃を左腕で隠すように左脇の下を通して後ろに向け発射した弾丸を腹にくらった覆面のヒューマンタイプの宇宙人、もう一人はメアの髪が変身(トランス)した細長い剣で首を貫かれているやはりこちらも覆面を被ったヒューマンタイプの異星人だ。

 二人ともナイフを振り上げており、もしも先手を打っていなければナイフを振り下ろされていた事は想像に難くない。

 

「殺し屋か。狙われる覚えなんて……最近はないんだが」

 

「最近限定なんだね」

 

「そりゃ元とはいえ賞金稼ぎだしな。恨みなんていくつ買ってるか数えるのが面倒だ」

 

「私もそだねー」

 

 炎佐とメアはそう話し合って、先兵二人があっさりとやられて自身の存在を隠すつもりもなくなったか辺りに充満する殺気に対応しようと背中合わせになる。

 

「赤毛のメアだな? もう一人はただの田舎者だと思っていたが……」

 

「あいにくだな。静養中の賞金稼ぎを狙っちまった己の不運を嘆け」

 

「ふん。こんな宇宙人の存在すら知らない発展途上惑星に逃げ込むしかなかったような雑魚だろう、赤毛のメアに対する人質にでもなればいいと思ったが……まあいい」

 

 裏路地のどこかから反響するように聞こえる声に炎佐が応対、その声の主はエンザを知らないのかメアへの人質程度の価値しか見出していなかった。

 

「我らの団を壊滅させた恨み、今こそ晴らさせてもらうぞ、赤毛のメア!!!」

 

 その怒号にも似た叫びの瞬間、辺りの殺気の元である無数の覆面ヒューマンタイプの異星人が一斉に二人目掛けて飛びかかり、制服姿だった炎佐とメアはそれぞれエンザはデダイヤルにセットしていた鎧を纏い、メアも変身能力の応用で戦闘衣(バトルドレス)にドレスチェンジ。

 続けてエンザは右手に赤い刃の刀を構える。メアも自然体な構えを取りつつ自身の髪を一つの砲台へと変身、ドドンドドンと音を立てて遠慮なく砲撃を放っていた。

 

「メア」

 

「なに~兄上? 殺すな~とかいうの?」

 

「いや、むしろ逆だ」

 

 見咎めるようなエンザの言葉にメアがジト目で聞き返すが、エンザはむしろ逆だと答えて相手を睨みつけた。

 

「一人も逃がすなよ。俺達の顔や制服姿を覚えられた以上、後々学校とかにまで面倒持ち込まれる可能性がある。あとなるべく音を立てるな、周りに不審に思われて警察呼ばれたりしたら厄介だ」

 

「……はぁ~い」

 

 命を狙ってくるのなら返り討ちにあうのも当然とエンザは賞金稼ぎモードのリアリスト思考で考えており、むしろ生き残りがこれ以上日常生活に侵食してくる可能性の方を嫌がっている。ついでに周りの一般人を巻き込みかねない騒音を発することは避けろと命じていた。

 それにメアはやや面倒そうに返すが大砲の変身を解除、両腕を刃に変身させての接近戦モードになっていた。

 

「死ねぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 雄叫びをあげながらナイフを振り上げて襲い掛かる殺し屋相手にエンザは刀を両手で握りなおし、構える。そして相手が自分のリーチに入った瞬間鋭く刀を一閃。

 それだけで襲い掛かってきた殺し屋は振り上げたナイフを振り下ろすことなくエンザからすれ違い、エンザがひゅんと刀を一振るいするとその胴が横から真っ二つに分かれて地面に倒れ伏した。

 そこまで全くの無音であり、殺し屋達は敵がただの三下ではないとそこでやっと分かったのか腰が引けるが、しかし引くわけにはいかないと武器を構えて一斉に襲い掛かってきた。

 

「俺は関係ないんだからメアにかかればいいものを……まあいい」

 

 エンザは自分は無関係なんだからメアに押し付けたい本音をぼやきながら、自分の後ろで緑色の血を流しながら絶命する異星人の死体をチラリと見て目を閉じた。

 

「やっぱただ斬り殺すだけだと後処理が面倒だな……」

 

 そう呟いて、彼は青色の瞳で、目の前から襲い掛かってくる殺し屋の集団を見据えて青色の刃になった刀を切っ先を下にして振り上げる。

 

「凍らせてニャル子達に押し付けた方が面倒がなくていいか」

 

『が……』

 

 そう呟いてガンと刀を地面に突き刺す。その瞬間彼の前方の地面が凍りつき、凍りついた地面から氷の槍が出てきて殺し屋の集団を刺し殺したと思うと、槍を伝う緑色の血やその身体ごと氷漬けにしてしまった。

 

「わー兄上さっすがーかっこいー」

 

 その光景を見てケラケラと笑いながら暢気な言葉を冗談交じりに発するメア。

 しかし彼女も彼女でむしろエンザ以上の数の殺し屋から攻撃を受けていた。とはいえおさげを変身させた刃を目にもとまらぬ速さで振り回して牽制しつつ隙があれば斬り殺し、牽制で殺せない敵は両腕を変身させた刃で直接斬り殺している蹂躙状態なのだが。

 

「おらあああぁぁぁぁっ!!!」

 

「おっと」

 

 目の前に殺し屋の死体の山を築き上げ終えたところで背後から聞こえてきた叫び声と殺気に、メアはおさげ刀を巧みに操って振り下ろしてきた斧を受け止めながら振り返る。

 ひと際体格がよい、やはりヒューマンタイプの男性異星人。先ほどの声から考えて彼が殺し屋集団のリーダーと考えていいだろう。その相手の顔をメアはしげしげと眺め、半目になって首を傾げた。

 

「ん~……やっぱ覚えてないや」

 

「な、舐めやがって!!」

 

 自分に恨みがあるようだが、自分は覚えてないと目の前で言い切ったメアにリーダーが怒鳴り声を上げて斧を振り下ろそうとする。しかしおさげ刀だけではなく目の前で腕を変身させた二刀をクロスさせただけで力は拮抗。むしろ僅かにだがメアの方が押し返し始めていた。このまま押し返していけばそのままリーダーの首をちょん切る事も可能、メアはその未来にニヤリと笑みを見せていた。

 

「メアー、そのリーダーっぽいのは生かしとけ。残党がいるかどうか聞き出しといた方が後々面倒がないし、もしかしたら賞金貰えるかもしれん」

 

「あ、はーい」

 

 下っ端を次々と殴ったり蹴ったりして怯んだ隙に氷漬けにしていくのを半ば流れ作業で行いながらエンザはメアに指示し、メアもリーダーから目を逸らしてエンザの方に顔を向けながら返事。

 そんなあっさりとした話し合いにリーダーの額に怒りマークが浮かんだ。

 

「ふざけんじゃねえっ!!」

 

「ひゃおっ」

 

 斧とそれを振るう両手が塞がっているため怒りで反射的に出したのだろう前蹴り、しかしそれがメアに当たりそうになって彼女が思わずバックステップで回避。そこにリーダーは機を逃さんと前に踏み出しながら右手を伸ばし、メアの首を力任せに掴みあげた。

 

「ぐ……」

 

「へ、へへへ、俺の勝ちだな。油断した方が悪いんだ、悪く思うなよ」

 

 右手でメアの首を絞め上げるリーダー。このまま首をへし折ってやると右手に力を込めようとする。

 

「あ、ありゃ?」

 

「ぷはー」

 

 しかし次の瞬間リーダーは呆けた声を上げ、メアは大きく深呼吸をする。リーダーの意志に背き、彼の右手が広がってメアを解放したからだ。いや、それだけではない。

 

「か、身体が……動かねえ……」

 

 さっき開いた右手以外が麻痺したように動かない。その異変にリーダーが声を漏らすと、メアはやや前かがみになってにやっと小悪魔チックな微笑みを浮かべた。

 

「さっき掴まれた瞬間、あなたの身体を肉体支配(ボディジャック)して、身体の支配権を奪い取ったんだよ。気づかなかった?」

 

 そう、これこそが第二世代変身能力者、メアの特殊能力。相手の精神に干渉する精神侵入、その応用によって髪の毛一本からでも相手と物理的・精神的に融合し、身体の支配権を強制的に奪い取る肉体支配だ。

 既に下っ端は全滅、実質一対二の状態になったリーダーにこれをはねのける術はない。

 

「よしメア、氷漬けにするから離れろ」

 

「はーい」

 

 近寄ってきたエンザがリーダーの背中に無防備に手を当ててそう言い、メアがひょいっと離れる。同時にリーダーは身体が動くようになり、その怒りによって真っ赤に染まった顔でエンザを睨みつけた。

 

「テ、テメエのような雑魚n――」

 

 怒号を上げながら素早く振り返り、手放した斧の代わりに巨大な拳を叩きつけようとする。

 しかしその言葉が最後まで聞こえる事は無い。何故なら、最後の言葉を口にする前に彼の身体が氷漬けになったからだ。

 

「これで終わりだな。あとはニャル子に連絡して引き取ってもらう……あと、一応残党がいるかもしれないからしばらくは警戒しないとな」

 

「えー、面倒くさいなー」

 

 携帯を取り出してニャル子に連絡を取ろうとする炎佐が、もしかしたら残党が狙ってくるかもしれないからしばらく警戒しないといけないなと注意するとメアは面倒だと言ってぶすくれる。

 しかし元はといえば彼女が賞金稼ぎ時代にまいた種であり、それは彼女も理解してるのか、炎佐が無言で睨むとため息交じりに「はーい」と返していた。

 

 それから連絡を受けたニャル子がやってきて簡単な事情聴取などを受けるが、きちんと調査してみないと分からないものの賞金がつくほどの相手ではない、少なくともニャル子は賞金がついている報告は受けていないような小者だったらしく、炎佐とメアは殺し屋集団を引き渡すと後処理はニャル子に任せて改めて帰路についた。

 

「全く、せっかく美味いケーキを食っていい気分だったってのに」

 

「そうだね~……ね、兄上。それならもっかいケーキ食べに行かない?」

 

「却下だ。ナナと自分達で小遣い出して行ってこい」

 

「ちぇ~」

 

 またさりげなくケーキを奢らせようとするメアだがそんな見え見えの手に引っかかるバカはおらず、いや「サルならあり得そうだな」と思考を挟みながら炎佐はメアの提案を却下する。

 

「ま、お前の腕が落ちてないのを確認できたからよしとするか」

 

「む、兄上それって失礼じゃない?」

 

 炎佐の軽口にメアが頬を膨らませて炎佐を睨み抗議。しかし炎佐はくくっと笑みを見せて流した。

 

「実際メアが戦えるならそれに越したことはないからな」

 

「?」

 

 炎佐の言葉にメアがきょとんとした顔になって首を傾げる。と炎佐は肩をすくめてみせた。

 

「最近は比較的暇だけど、ちょっと前まではリトを狙った殺し屋がやってきたりと忙しい事も多くてな。またそういう事が起きないとも限らないし、いざという時に戦える人員はいるに越したことはない。とりあえず、お前がいればナナは安心だしな……その点だけはお前を信じてるんだぜ」

 

「……えへへ、ありがと。兄上」

 

「だからさっきから兄上って……」

 

 炎佐からの評価を受けたメアが照れたようにはにかみ、さっきまではスルーしていたが何か気になったのかメアからの呼称を指摘しようとする炎佐。しかしそこまで言って何かに詰まった後にはぁとため息を漏らした。

 

「あぁ、もう指摘するのも疲れた……もういいよ、好きに呼べ」

 

「はーい、兄上ー♪」

 

 ついに根負けして黙認を決めたらしい。炎佐からの許しを得て、メアは改めて炎佐を「兄上」と呼ぶ。

 そのまま炎佐はお土産のケーキを届けるために、メアは炎佐について行くついでにナナと遊ぼうと、二人そろって結城家へと向かうのであった。




 矢吹先生画業20周年おめでとうございます!
 それを記念したとかのToLOVEる特別読み切りが掲載されたらしいので22・23合併号を購入しました。(基本雑誌は買わない単行本派)
 そしてその特別読み切りが「……あー、リトってそりゃ一般人から見たらそんな評価受けてもしゃあないなぁ」でした。(笑)
 んで、よく分からんのですが今日発売のSQ6月号にも読み切り掲載ってことですか?……ネタになるかもだし買おうかな?(半ば資料扱い)
 そんで本編で出番のないレンが「イケメンだけど陰キャ」扱いくらっててワロタw


 さて、お久しぶりです。ここから先のストーリーが炎佐を絡ませにくいストーリーばっかりで、オリジナルを書こうにもネタが思いつかずうだうだしていたら大分時間がかかってしまいました。
 今回はメアソロでの日常系ですかね。甘酸っぱいフラグなんて微塵も立ちそうにないけど、こんなんでも一応分類上は炎佐ヒロインの一人ですので、たまには彼女にスポットを当てようかと思いました。というかブラディクスの辺りで「凜を助けるために炎佐に力を貸す代わりに甘いものを好きなだけ奢ってもらう」という約束があったのを思い出したので、この際ストーリー構築のきっかけに使っちまおうと。

 んでまあほのぼの日常かと見せかけて、後半はメアとの共闘を見せてみました。やっぱエンザとメアはこういう感じの殺伐とした関係の方が似合いそうだ。


 さて、ここからは100%雑談ですけれども。
 古手川唯ヒロインのオリ主ものが一つ主人公のキャラ設定とか日常周りが思いついたし、第一話の簡単な流れくらいは頭の中で構築できた……けど同時にこれ絶対続かねえわって確信した。ただでさえ氷炎の騎士の連載終了後は誅魔の侍の連載が待っているというのに……。(なお話が広がっていくごとに元来の設定と合わない部分が出てくるため設定編纂作業中)
 とはいっても頭の中でとはいえ構想できたし、せめて短編として投稿してみようかなと思っています……頭の中での構築と実際の執筆だと違う部分もあるから、きちんと投稿できるかはまた別問題ですが。

 あと、また投稿が遅れるかもしれません……いや、ついにダークネスも佳境を迎えた今、この作品どうやってオチをつけようかと……。(汗)
 元々これ恭子メインヒロインもの書きたいなーって思って簡単な設定考えてたら恭子がリトに落とされかけててええいままよで書き始めた見切り発車だったから……無印だと最終話にほぼモブだったとはいえ恭子ちゃんがいたからそこを膨らませられたけど、ダークネスはどうするべきか……。
 今までは割とノリで書き進めてたけど、そろそろその辺もきちんと考えて舵取りを始めないといけない頃合いだと思うので……。

 そういうわけでまた投稿が遅れるかもしれませんが、エタる事は無いと思いますので気長にお待ちいただければ幸いです。
 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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特別編 IFプロローグ~もしもララがやってきたのが炎佐の家だったら?~

「ふぅ……」

 

 ある日、炎佐は一人でお風呂に入っていた。

 その日もいつもと変わりなく、友人の猿山と駄弁ったり親友のリトが想い人である春菜に今日こそ告白すると息巻きつつも結局出来なかった事をからかったり家に帰ってきたら突然従姉弟の霧崎恭子がやってきたりと慌ただしい一日だった。

 とお風呂に浸かってリラックスしながら思い返していた、そんな時だった。突然お風呂に溜められていたお湯が泡立ち始める。

 

「なんだ?」

 

 異変に気づいた炎佐がぼやくが、泡立ち始めたとはいえ沸騰ではない。しかもその泡立ちの部分からバチリと電流と思しきエネルギーが流れ、さらには光を放ち始める。

 続けてヒィィィィという風切り音にも似た音が聞こえ出したと思ったら突然お風呂が爆発したかのようにお湯が天井まで届くほど舞い散った。

 

「なんだ!?」

 

 あり得ない程の異変の連続に炎佐は仰天、咄嗟に湯船にしがみつきつつ爆発地点を見る。その両目の瞳は赤色に染まっていた。

 

「んーっ、脱出成功っ!」

 

 その爆発の中心に一人の少女が立っていた。ピンク色の髪をお尻まで届くほどに伸ばした少女、愛くるしい顔立ちをしており、何故か素っ裸の身体も大きな胸や逆にくびれたウエスト、そしてはちきれんばかりのヒップを炎佐の目に映している。

 総じて絶世の美少女と言っても過言ではない相手を目にした炎佐は驚愕に目を見開いていた。

 

「ラ……ララ?」

 

「ふえ?……あ、お兄ちゃん!」

 

 ぽかんとした様子で漏れ出た声にララと呼ばれた美少女は反応し、炎佐を見る。とぱっと顔を輝かせて彼を兄と呼ぶと突然ぎゅっと抱きついた。

 

「お兄ちゃん久しぶりー! まさかこんなところで会えるなんて思わなかったよー!」

 

「それはこっちの台詞だ。お前こんな辺境の星で何やってんだよ」

 

 嬉しそうに顔をほころばせて炎佐に抱きつき、そのまま抱きしめるララの大きな胸が炎佐の胸の辺りに押し付けられてふにゅりと柔らかく押し潰されるように形を変える。

 ナイスバディの全裸美少女に同じ全裸の状態で抱きつかれるという、年頃の男子にとっては目に毒というか理性へのダイレクトアタックと言っても過言ではない行動だが、炎佐は平然としながらむしろ呆れた様子でララに声をかけていた。その一切の動揺のない姿はいっそのこと慣れさえも伺わせる。

 

「まあいい。詳しい話は風呂を上がってから聞くとするか」

 

「あ、うん。いいよー」

 

 しかし風呂の中でするような話ではないかと考えたか、とりあえず風呂を上がってから詳しい話をしようと提案する炎佐にララも同意。二人は風呂を上がって身体を拭くと炎佐がさっさと寝間着に着替え、ララにはテキトーに準備したシャツでも着せてやってから浴室を後にした。

 

「……えーと……どちら様?」

 

 そして居間へとやってきてから、そこでリラックスした様子でテレビを見ていた美少女──霧崎恭子がララを見てきょとんとした顔をしてそう問いかけてくるのだった。

 

 

 

 

 

「んっと、つまりその子はエンちゃんが地球に来る前、ってか小さい頃お世話になってた人の娘さんで、エンちゃんの幼馴染?」

 

「うん。ララ・サタリン・デビルーク。よろしくね!」

 

「私は霧崎恭子、エンちゃんの従姉弟でお姉ちゃんみたいなものだね。よろしく」

 

 炎佐からさっと説明を受けた恭子が短くまとめるとララが自己紹介をしながら挨拶、返答で恭子も自己紹介と挨拶を行った。

 

「お兄ちゃんのお姉ちゃん……じゃあ私にとってもお姉ちゃんだね!」

 

「はいはい、それでいいから……ララ、お前地球で何やってんだ?」

 

 ララは勝手な理屈で恭子をお姉ちゃん認定し、姉が出来て嬉しいのかきゃっきゃっとはしゃぐ。それに付き合っていたら時間がかかると理解しているのか炎佐が本題をララに問いかけ、その瞬間ララがぷくぅと頬を膨らませた。

 

「私、家出したの」

 

「……キング・ギドか?」

 

 ララの少ない言葉から原因を見抜き、問い返す炎佐にララも頷く。

 といっても彼からすれば家出するようなことが起きる原因なんて彼女が可愛がっている妹のナナとモモはありえず、母親のセフィに至っては日々銀河を飛び回っての仕事の毎日でララ達とは滅多に会えないか会えたとしても通信機越し。仮に喧嘩になっても家出まで発展するとは思えない。

 そうなると原因は消去法でたった一つ、彼女の父親であるギドしかあり得なかった。

 

「だってもうコリゴリなんだもん、後継者がどうとか知らないけど毎日毎日お見合いばっかり」

 

 頬を膨らませてテーブルに突っ伏すララ。分かりやすいほどにふてくされている様子を見た恭子が炎佐にそっと寄って口元を彼に近づける。

 

「ねえ、後継者がどうとかとかお見合いとか……もしかしてララちゃんってすごいお嬢様?」

 

「まあ、デビルーク星っていうここから遠く離れた銀河を統一した星のお姫様だしね」

 

「マジで?」

 

 ひそひそと囁くように先ほど面倒だからと省略していた情報を改めて教え、それを聞いた恭子も目を丸くしていた。そしてその情報交換を終えてから炎佐はララを見て一つため息を漏らす。

 

「まあ、事情は理解した……それで──」

[ララ様ー!]

 

 まだ他に問うことがある。そんな様子の炎佐だが、その言葉は突然聞こえてきた別の声に遮られ、同時に開いていた窓から何者かが侵入してきた。

 

[ご無事でしたかララ様ー!]

 

「うわ、何アレ!?」

「お、ペケ」

 

 入ってきたのは二頭身程度の大きさの小型ロボット。その姿に恭子が驚き、炎佐が名を呼ぶとペケなるロボットは炎佐を見て[やや!]と驚きの声を出した。

 

[これはエンザ殿、お久しぶりでございます。何故ここに?]

 

「ここ俺んちなんだよ……ところでペケ、お前は何やってんだ?」

 

[ララ様がぴょんぴょんワープくんで脱出しましたので、私もララ様に続いて脱出を]

 

「なるほど」

 

 ペケから話を聞いた炎佐はおもむろに立ち上がると歩き出し、部屋の壁に取り付けていたまるでエアコンのコントローラーにも見える装置を操作し始める。

 

「何してるの?」

 

「いや、念のため」

 

 恭子が首を傾げて問い、そう答える炎佐は最後にコントローラーのスイッチらしいボタンを押す。僅かにぶぅんという音が家の外から聞こえた気がする。

 

「「ふぎゃっ!?」」

 

 その僅かに後、そんなまるで全力疾走していたら壁にぶつかったような衝撃音と悲鳴が外から聞こえ、何かを察したララがうげっというような表情を見せ、炎佐は部屋の出入り口へと向かう。

 

「どしたの!?」

 

「ちょっと来客対応してくるから。ペケ、今のうちにララのコスチュームチェンジしといてやってくれ、流石にずっとシャツ一枚は寒いだろうし」

 

[分かりました]

 

 恭子の悲鳴をよそに炎佐は平然と対応、ペケもこくりと頷く。ララは大きくため息をついていた。

 

 

 

 

 

「く、なんだ!? エネルギーシールドだと!?」

 

「数年前の旧式みたいだが、何故こんな発展途上惑星にこんなものが……」

 

 家を出てきた炎佐の前には黒ずくめのスーツにグラサンという明らかに怪しげな風貌の男が二人、何もない個所を殴り続けるという光景があった。何も知らない人が見れば通報待ったなしの奇行であり、流石にそれは面倒な炎佐が声をかける。

 

「ブワッツ、マウル。少し落ち着いてくれ」

 

「ん?……おぉ、エンザじゃないか!?」

「久しぶりだなぁ! なんでこんな辺境の星にいるんだ?」

 

 声をかけられた時こそ警戒していたが、炎佐を見た瞬間旧友にあったように顔をほころばせてフレンドリーに声をかけてくる二人。

 デビルーク王族親衛隊というエリートの中でもその隊長の側近に選ばれるほど腕は立つのだが相変わらずな二人に炎佐は苦笑を覗かせながら、玄関の横にあるコントローラーを操作して先ほど発生させたバリアを消滅させる。

 

「二人とも、ペケを追ってララを追いかけてきたんだろ? ララなら家にいるぜ」

 

「そうか、協力感謝する!」

「今すぐ連れて帰るから安心してくれ。それとたまには帰ってこいよ、ナナ様とモモ様も喜ぶぞ」

 

 炎佐からララの居場所を聞いた二人はこくりと頷いて炎佐の家に入ろうとするが、炎佐はそれを右手を突き出して制止させる。

 

「悪いけどそうはいかない……どうせザスティンもいるんだろ? 呼んできてくれ、少し話そうぜ」

 

「……分かった」

 

 炎佐の睨んでくるような鋭い目つきにブワッツは何かを感じたか、頷くと通信機らしい端末を取り出して誰かに連絡を取り始めた。

 

 

 

 

 

「もーこのマヌケロボ!! 全部水の泡じゃないのっ!!」

 

[ゴメンナサイ~]

 

 地球人からすればやや前衛的なデザインのドレスに身を包むララが怒りの声を出し、ペケの頭部のような形の帽子からペケの謝罪の声が返ってくる。コスチュームロボであるペケがララのドレスにチェンジしている姿であり、恭子は「これがあれば色んな衣装が思いのままじゃん……」と目を輝かせていた。

 そんな二人を隣に置いた炎佐はテーブルを挟んで反対側に座る銀髪のイケメン男性──だが髑髏のようなデザインの鎧というコスプレじみた格好が現代日本では浮いている──を見る。

 

「久しぶりだね、ザスティン」

 

「ああ。久しぶりだな、エンザ……傭兵業を休んでどこかの星で静養を始めたとは聞いていたが、まさかこんな辺境の星にいるとは思いもしなかった」

 

「そーだよー。お城に帰ってくればよかったのにー」

 

「ま、色々あってね」

 

 ザスティンと呼ばれた男性は言葉こそ旧友でありかつての部下に等しい相手との再会を喜んでいる様子だが目は厳しさを見せるように鋭く研ぎ澄まされており、対してララはどうせ静養するならデビルーク星に戻ってくればよかったと呑気に頬を膨らます。ちなみに恭子は「初めましてー、炎佐の従姉弟の霧崎恭子ですー」「あ、どうも初めまして。デビルーク王族親衛隊のブワッツです」「同じくマウルです」とブワッツとマウルと挨拶を行っていた。

 ザスティンとララの言葉に対して炎佐は肩をすくめて返すのみで話を終わらせ、ザスティンも本題はそこではないと理解しているのかララを厳しい目のままで見る。

 

「ララ様、デビルーク星に帰りましょう」

 

「やだ!!」

 

 一刀両断の勢いでザスティンの言葉を拒否するララ。ザスティンはふぅと小さなため息を漏らす。

 

「エンザ、君からも言ってくれないか? 兄である君の言葉なら聞く耳も持つだろう?」

 

「悪いけど、俺はララ側だ」

「そうそう! 事情はよく知らないけど、本人が嫌がってるじゃん!」

 

 困ったように顔をしかめて炎佐に援護を要請するザスティンだが、炎佐はララ側だと明言し、続けて恭子も援護する。

 

「はぁ~……」

 

 そんな反応にザスティンは目を瞑ると今度は大きくため息をついた。

 

「交渉決裂だな」

 

 そう呟いて立ち上がるザスティンに合わせて両隣に座るブワッツとマウルも立ち上がった。

 

「ならば、力ずくでララ様を連れ帰らせてもらう」

 

 そして再び開いた彼の目は炎佐を自らの任務を邪魔する敵として映す鋭さを見せていた。隣に座る恭子もその威圧にびくりと身体を震わせて怯えの表情を見せる。

 

「待て」

 

「今さら命乞いか? 心配せずとも我らの目的はララ様の捕縛。抵抗しなければ手出しはしない」

 

 そんなザスティンに対して、炎佐は椅子に座ったまま彼らを制止。ザスティンはそれを命乞いと思ったのか自分達がララを連れ帰る邪魔をしないのなら手出しするつもりはないと返答するが、炎佐は違うと言いたげに首を横に振った後、キリッとした目をザスティンに向ける。

 

「ザスティン、ここは俺に免じて時間を貰えないか?」

 

「……何をする気だ?」

 

 炎佐の言葉にザスティンが話だけは聞くという雰囲気で聞き返し、そこで彼は本当はしたくないと言いたげな渋々とした様子を見せながら、己の案を口にする。

 

「ギドに直談判する」

 

 

 

 

 

[おう、ザス。ララはどう……]

 

 ザスティンの宇宙船にある通信機を使ってギドに連絡を取り、通信が繋がった画面の先にいる幼児──銀河大戦で力を使い果たして子供の姿となってしまっているが、彼こそが銀河の帝王ギド・ルシオン・デビルークだ──がザスティンがいる前提で声をかけるが、片膝をついてかしこまっている炎佐の姿を見て一瞬言葉に詰まった。

 

[なんだ、誰かと思ったらセシルとミーネのせがれじゃねえか。なんでテメエがここにいやがる?]

 

「お久しぶりです、キング・ギド。プリンセス・ララは故あって現在我が家で保護しております……そこで一つお願いが……プリンセス・ララの、この星、地球への一時滞在を許可いただけませんでしょうか?」

 

[はぁ? なんでそんな事俺が許してやる必要がある? ザス、いいからとっととララを連れて戻ってこい]

 

 とりつく島もなし、当然な返答に炎佐はぐっと唸り、しかし必死の様子でギドを見る。

 

「お願いいたします。今回プリンセスはたまたま俺の家に逃げ込んだからよかったものの、一歩間違ったら宇宙人の存在が一般的でないこの星では大変な事になっていた可能性があります。それを繰り返さないためにも──」

[くどい。そもそも、今のテメエにそんな事言う権利はねえ。弁えろ、元賞金稼ぎ]

 

 ぞくり、と炎佐は身を震わせる。画面越しからも感じる圧倒的なオーラ、もし今は別室に待機してもらっている恭子がここにいたら威圧だけで失神してもおかしくはない。力を失ってなお銀河最強の名に恥じぬオーラは健在、そんな相手に炎佐の身体を汗が流れる。身体が硬直し、言葉が出ない。このままララを無理矢理連れ帰らせる事しか出来ないのか、と炎佐は己の無力さを呪った。

 

[もう、せっかくエンザがお願いしてるんだから少しくらい良いじゃないの]

 

「!?」

 

 その時、通信機の向こうからそんな女性の声が聞こえ、炎佐はぎょっとして顔を上げる。

 

[やっほーエンザ、久しぶり~♪]

 

「ク、クィーン・セフィ!? 何故そちらに!?」

 

[別にここ私の家なんだし、戻ってきてても問題ないでしょ? ところでララのチキューだっけ? その星への滞在だけど、私は別に構わないわ]

 

[おいセフィ、テメエ何勝手な事──]

[最近の貴方、さっさと王位を譲って遊びたいからってお見合い多すぎなのよ。そりゃララだって嫌になるわ]

 

 ギドに対して優位に立つ美女、彼女はセフィ・ミカエラ・デビルーク。ギドの妻にしてララの母、そしてデビルークの王妃であり、ギドに代わって銀河を飛び回り外交するデビルークの政治の要である。

 そんな相手に滔々と説教されてはギドはどうしようもないのか押し黙るのみ。その間にセフィはザスティンにララを呼んでくるように指示を出し、ザスティンは慌てて頷くと退室、少し時間を置いてララとついでに一緒に待っていた恭子を連れてくる。

 

「あ、ママ!」

 

[ララ、無事で何よりよ。ところでエンザが話してたんだけど、ララがしばらくそっちにいること、私は許そうかなって思ってるわ]

 

「ホント、ママ! ありがとー!」

 

 セフィを見たララがきゃっきゃっとはしゃぎ、セフィから地球滞在の許しを得るとさらに喜んで万歳する。

 

[ただし、一つ条件があるわ]

 

「えー」

 

 だがセフィは条件を出し、ララがぶーと頬を膨らませる。しかしセフィは[簡単な事よ]とクスクス笑い、炎佐を見た。

 

[エンザ、あなたララの婚約者になりなさい]

 

「…………は?」

 

 セフィの言葉に炎佐が呆けた声を出し、ララやザスティン達もきょとんとした顔をセフィに向ける。

 

[あら、何かおかしい? そりゃああなたは私にとって息子のようなものだし、ララ達にとってもお兄さんだけど。何も血縁で繋がってるわけじゃないんだから、婚約者になるのも何もおかしくないでしょ?]

 

「……えー、何当たり前のこと──」

『……い、言われてみれば』

「──マジで!?」

 

 セフィのどや顔での説明に恭子が呆れ顔を見せるが、そこで炎佐、ララ、ザスティン、ブワッツ、マウルが異口同音で驚きの声を出すと、恭子はむしろそっちに驚いたように声を上げる。

 

[というわけで。エンザ、あなたがララの婚約者になれば万事解決。まあララの許嫁候補が納得するかは知らないけど、そこはそっちで頑張ってね?]

 

「ちょ、待ってくださいクィーン!?」

 

「え、じゃあこれ以上お見合いしなくていいし、お兄ちゃんと一緒にいられるの? ばんざーい!」

 

「ララー!? 事態分かってんのかお前ー!?」

 

 いきなり渦中に放り込まれたエンザが慌ててセフィに異論を挟もうとするが隣のララがむしろ乗り気になって万歳まで始めるとそっちにツッコミを入れ始める。

 

「……え? なに、エンちゃん……結婚するの?」

 

 するとその流れにいまいち乗り切れてなかった恭子が呆然と声を漏らした。

 

[……あ、あら? えーと、ザスティン? そちらの女の子は?]

 

「あ、こちらはエンザの従姉弟だそうで、キリサキキョーコと……」

 

[エンザの従姉弟……あー、もしかして私何かやっちゃいました?]

 

 そこでセフィは初めて恭子の存在に気づいたのか、ザスティンに尋ね、答えを得てから恭子の反応を見て何かやっちゃったと気づく。自分の浅はかな提案に一人の恋する乙女を傷つけてしまったとその優秀な頭脳で理解したセフィはすぐさま頭脳をフル回転、この場面をどうにかする方法を考え、導き出す。

 

[そ、そうだ! キョーコさん、あなたもエンザの許嫁になればいいのよ!]

 

「「はい!?」」

 

[大丈夫、デビルーク王は一夫多妻、ハーレムの権利があるんだから! 何も問題ない!]

 

[おいちょっと待て! 俺には散々他に女を作るなとか言っといてなんだそりゃ!?]

 

 慌ててるのかグルグルお目目で提案するセフィに炎佐と恭子が声を上げ、さらに現デビルーク王のギドも異論を挟む。それにセフィはぎくりと身体を震わせた後、ギドの方を向いた。

 

[エ、エンザはいーのよ! ギドじゃないんだもん!]

 

[なんだその理屈!?]

 

[だ、第一、その……ギドには私だけ見てもらいたいっていうか……

 

[あん? 何か言ったか? ]

 

 既に子がいる母としては似つかわしくないはずながら若々しい見た目から随分と様になっているもじもじとした仕草での言葉だが、肝心な部分が小さくなって聞こえておらず、ギドは首を傾げて問い返す。

 

[あーもうとにかく! エンザはララの婚約者になりなさい! それがララを地球で面倒見る条件!! あとザスティン達もララとエンザの護衛として地球への駐留! いいわね!? じゃあ通信切るから!]

 

「え、ちょ、セフィ!?」

 

 やけになったか一方的にまくし立てて一方的に通信を切るセフィ。エンザが声を上げるが既に通信は切れて何も映ってない画面だけが残されていた。

 

「なんかよく分かんないけど……お兄ちゃんと結婚すればもうお見合いしなくていいし、こっちで暮らしていいんだよね! やったー! お兄ちゃん、これからよろしくー!!」

 

「な、なに、えーっと……私も、エンちゃんの恋人?」

 

「な、な、な……」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて炎佐に抱きつくララと、地球の日本人の価値観としてはうまく飲み込めない事をいきなり言われてぽかんとする恭子。

 

「なんでだああああぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 そして完全に問題の渦中へと放り込まれた炎佐。

 彼の苦難の日々がこれから幕を開けるのであった。




 オリ主×古手川の短編を書いてお茶を濁したはいいものの氷炎の騎士の方が全然浮かばずうだうだしていたらふと「もしもララが最初にやってきたのが炎佐の家だったらどうなっただろう」と思ったので掘り下げて書いてみました。(完全に思いつき)
 今回の流れだとララはリトを好きになるかは怪しいですね、原作ではララは最初リトを帰らない口実に利用しようとしたらリトの言動で勘違いして~って流れだったし。まあリトが炎佐の親友ってのは変わらないから炎佐から紹介受けてなんやかんやって可能性は捨てきれませんが。
 まあ基本的にはララは炎佐と名目上婚約者ながら実際は兄妹みたいな生活を楽しみつつ地球で暮らして、テキトーに時間経った頃に
ナナ「兄上がいると聞いて!」
モモ「お兄様がいると聞いて!」
 とナナとモモも合流(そして炎佐はまたギドにナナとモモの地球滞在を懇願)。デビルーク王族四兄妹(たまに恭子が入って五姉弟)のほのぼのとした暮らしになる……んじゃないかなぁと思ってます。


 そしてこれを書くにあたって本作の序盤を読み直してたら……改めて炎佐のキャラが大きく変わったなぁと実感した。元々「恭子メインヒロインもの書きたいなーって思ってたら本編で恭子がリトに落とされかけて慌てて投稿開始した」だから設定自体が曖昧な状態で書きながら煮詰めていったからしょうがないけど。
 最初は炎佐は地球人の前では一人称僕のどっちかというとおとなしめな口調だったのに、素を知ってるララの登場で猫被るの疲れたのか俺が書き分けるの面倒になったのか、いつの間にか常に一人称俺の少しざっくばらんな口調の初期戦闘モードのエンザ口調で統一されてるし。

 ついでに言いますと、実は本作開始の時点ではエンザとララが幼馴染という設定は存在せず、二人の関係はおおよそ「昔デビルークに雇われた事もあった傭兵と、雇い主の娘のお姫様」くらいでした。
 実際初期だと炎佐はリトと一緒に逃げてるララを見て「あれまさかデビルーク星人?」程度の認識しかしなかった上にシカトしてましたし、ララを見てメチャクチャ焦って礼を取って他人行儀に接してたし。
 今の炎佐ならリトと一緒に逃げてるララを見た瞬間「ララ!? 地球で何やってんだあいつ!?」とびっくりして追いかけるしララに対して多少の礼は取るものの初っ端から兄貴分モード発動してると思う。ついでにザスティン達親衛隊とももうちょい穏和な出会いになるはず……。(本編ではリトがザスティンに殺されそうになってるのを見て「焼き殺す!」とまでブチギレた)
 それがいつの間にか兄妹分ということにされてるんだから不思議というか自分の無計画さがにじみ出ています。


 さて今回は特別編ですが、本編がどうなるかは本当に未定です。マジでどうしよう……。
 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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特別編 IFプロローグ~後日談~

「と、いうわけでだ。セフィの奴が勝手にララとお前らのせがれを婚約者にしちまって、ザス達もララの護衛のために地球に居残ることになった」

 

 デビルーク星の王城、その玉座に偉そうに座るギドの言葉に、その目の前で跪くどころか首を垂れることすらせずに直立している赤髪を長く伸ばした女性がケラケラと笑う。

 

「いやー、ララちゃんも面白い事やってくれるねー。それにうちの息子もギドに直談判するなんて、アハハハハハ!」

 

「ったく。笑い事じゃねえぞ、ミーネ……しかしまあ、言われてみりゃアイツを婚約者に仕立て上げりゃ話は早かったな、なんで気づかなかったんだか……」

 

 女性――ミーネの笑いながらの言葉にギドが呆れたようにため息をつき、次にニヤリと笑った。

 

「まあ、これでララも納得しただろう。後は頃合いを見てアイツを後継者として王座を渡せば終わりだ」

 

「……ギド」

 

「あん? なんだよ、セシル」

 

 ギドのニヤリとしながらの言葉に、女性の隣に立つ、青色の長い髪を後ろで一本に纏め、コートを纏いそして口元を隠すようにマフラーを巻いた男性がギドを呼び、ギドもその相手――セシルの名を呼ぶ。

 

「お前が王座を誰に渡そうが、そいつが王に相応しい限りは俺に興味はない……エンザがそれに値するかはまた別の問題だがな」

 

「何が言いたい?」

 

 その言葉に、セシルがまるで水晶のように美しい青色の瞳からの鋭い視線でギドを射抜く。

 

「お前の我儘にうちの息子を、そしてこの国、この銀河を巻き込むな、と言いたいだけだ。お前がさっさと王座を誰かに継承して隠居し遊び回りたいと思っているのは知っている。だがお前が勝手に消えて国が揺らげば、最悪この銀河は再び戦乱の世に逆戻りだ……ギド、お前は銀河を統一した帝王だ。その座の重さを忘れたとは言わせん」

 

「チッ、めんどくせえな」

 

 セシルの言葉にギドは舌打ちを叩いて彼らから顔を背け頬杖をつく。外見は完全に拗ねた子供であった。

 

「お前に言いたいことは簡単な事だ。婿入りはせめてエンザの、そしてララ様の成人まで待て。そしてエンザの婿入り後は最低でも五年はお前かセフィ様の下につけて王の責務を覚えさせろ」

 

「まーアタシらは戦いが飯の種だけど、銀河大戦みたいな大きな戦いはしばらくごめんだしね。デビルーク王にはそれなりの者がなってもらわなきゃ、エンザみたいな未熟者に今のままじゃそれはムリムリ」

 

 セシルはエンザをデビルーク王の後継者にさせるならそれなりに成長を待ってまずは下積みさせろと、ミーネもデビルーク王という称号の重さを理解してそれに相応しい者としてエンザが成長する事を期待する。

 そんなエンザの両親二人の言葉にギドはふんと鼻を鳴らす。

 

「んな面倒くさい真似はごめんだ、と言ったら?」

 

「力ずくで言う事を聞いてもらう」

 

 相手の言葉をあらかじめ理解していたのか、素早く腰に差していた銃を抜くセシルと刀を抜くミーネ。なお近くで待機していたデビルーク王族親衛隊の面々は慣れているのかスルーである。というよりも彼らがかかったところで返り討ちが関の山のため放っておくしかない。

 そんな武器を抜いた二人と、それを鋭い目で見下ろすギドの間で火花が散り、場が膠着する。ピリピリとした威圧の中、その威圧を解くようにはぁ~と大きく息を吐くのはギドだった。

 

「わーかったよ。力を失っている(今の)状態でお前らと一戦交えるのも避けてえしな。お前の言う通り、婚姻の儀はあいつらの成人まで待ってやる」

 

 片手で頬杖をつき、もう片手でひらひらと手を振るギド。要求が通ったとセシルとミーネが武器を収めると、ギドは再び彼らを見下ろした。

 

「話は変わるが、というよりもこっちが本題だ。さっき言った通り、ザスティン、ブワッツ、マウルがララの護衛で地球に残ることになったからな。お前達には客員としてデビルーク王族親衛隊に一時入隊してもらう。もちろんそれなりの待遇は約束してやる」

 

「了解だ」

 

 ギドの言葉にセシルが二つ返事で頷く。ギドとセシルはギドの武者修行時代からの親友、デビルーク王族親衛隊という、その気になれば王の暗殺さえも狙える地位にその王であるギドが指名するのはそれほど長い付き合いからくる信頼である。

 

「あと、ついでに教官としての権限もやるから親衛隊の新入り連中を少ししごいてやれ。銀河大戦を実際に戦ってない奴らだ、それを生き延びた奴の力ってもんを体験させてやれ」

 

「オッケー! 任せといて!」

 

 続けての言葉にどんっと胸を叩き自信満々な様子を見せて頷くのはミーネ。

 最近の若いもんはと言うつもりはないが、銀河大戦を経験していない新入りはこの平和に慣れて若干平和ボケしている節がある。ザスティンは変なところでドジを踏むし、妙に甘い部分がある。そういうのがない彼らの訓練で刺激を与えるのも一興だろう。

 ギドはそう考えてクククと笑みを浮かべ、この場に待機するまあまあ中堅程度の経歴を持つ親衛隊隊員は、新入り達の未来を思って気の毒そうな遠い目を見せていた。




 一昨日特別編投稿して、昨日仕事中になんとなく後日談というかギドとミーネとセシルの駄弁りが思いついたから、昨日今日でさっと書いてみた。
 なんかギドだったらエンザという仮にも昔から知ってる奴相手なら隠居のために問答無用のごり押しでデビルーク王の座を押し付けてきそうだから、そのご両親に抑止力になってもらいました。
 ちなみに本編の方でも大体似たような経緯(地球に残ったザスティン達の代理)でセシルとミーネはデビルーク王族親衛隊客員剣士(銃士)兼デビルーク王族親衛隊教導官になっているという設定です。

 まあ今回はそんな感じでさっと書いてみた後日談程度で、語ることもあまりありませんので。そろそろ本編何かネタないか考えてみます。
 では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十七話 SexChangeDX

「ララ? 何やってんだ?」

 

 ある日曜日の朝、結城家の庭でララが何かの機械をいじっているのに気づいたリトが声をかけると、ララも「リト!」と輝くような笑顔で応えて、いじっている機械をじゃーんと見せる。

 おおまかなシルエットは例えるなら機関銃だろうか。しかしその先端は昔のSF漫画に出てくる光線銃のような不思議な形をしており、ついでにリトはその巨大な機関銃のような光線銃を、どこかで見たようなと既視感を覚えていた。

 

「なんだそれ?」

 

「名付けて、“ころころダンジョくんDX(デラックス)”だよ!」

 

 ころころダンジョくん。その言葉を聞いたリトの顔が引きつる。ころころダンジョくんは謎の光線を浴びた対象を性転換、例えば男なら女に、試したことはないが女なら男にさせるララの発明品。リト自身何度かそれで女にされて大変な目にあっていたのは記憶に新しく、リトはトラウマに頭を押さえていた。

 

「でね。リトが人前で元に戻ったりしたら困るっていうから、今改良のための実験中なんだ」

 

「改良!? もしかして浴びてもすぐにとか任意で元に戻れるとかか!?」

 

 ララの台詞を聞いたリトが嬉しそうに拳を握る。女にされた時は心労も半端ないし何故か美柑もノリノリでからかってくる。だがすぐに戻れたり任意で戻れるのならもうそんな心配とはおさらばだ。

 

「バッテリーを増量する事で出力を上げてね、なんとほとんど丸一日効果が続くようになってるの! これならすぐに戻っちゃうっていう心配はいらないよね?」

 

 しかしその次のララの言葉を聞いた途端ピシリと固まる。その脳内では「違うそうじゃない」という言葉が浮かんでいるのだが、ララの楽しそうな笑顔を見ているとショックを与えかねないその台詞を口に出すことが出来ないのは彼のお人好しの表れだった。

 

「これは実験用だから大きくなっちゃったけど、上手くいったらバッテリーを軽量・小型化して、今使ってるころころダンジョくんに搭載できるようにするからね?」

 

「そ、そっか……頑張れよ……」

 

 引きつった笑みを浮かべ、ララに背を向けて巻き込まれないようにそーっとその場を離れようとするリト。しかしその時後ろの方からボンッとまるで何かが爆発するような音が聞こえてきた。

 

「わー!? ころころダンジョくんDXが暴発したー!?」

 

「へ?」

 

 ララの悲鳴を聞いて思わず振り返るリト。その目にはプスプスと黒い煙を上げているころころダンジョくんDXの銃口から放たれた光線が自分目掛けて飛んでくる光景が映っていた。

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

 

 

 

 

「……で、こんな事になっちゃったの?」

 

「うぅぅ……」

 

 リビングに場所は移り、呆れたような美柑の言葉にどことなくリトに似た雰囲気を見せる美少女──リトが女体化した姿こと梨子が涙目で小さく唸る。

 

「つか、美柑とモモも慣れた手つきで着替えさせてるよな……」

 

 その横でナナがツッコミを入れる。梨子はこっちの姿になった時のためにと美柑とモモが準備していたらしい薄桃色の肩出しシャツに見せブラ、黒色のミニスカートという女の子らしい服装に無理矢理着替えさせられていた。そんなナナのツッコミに美柑とモモは完璧な仕事だといわんばかりのドヤ顔サムズアップを見せている。

 

「ララ~、すぐ元に戻せないのか~? たしか解除ミサイルとかあったよな?」

 

「あー……あれ、普通のころころダンジョくん用だから、出力上がってるころころダンジョくんDXだと多分効き目が弱いと思うよ? 最悪中途半端に元に戻っちゃうかも……」

 

 涙目で訴える梨子に流石のララも苦笑い。その説明を聞いた梨子達は一様に、顔は(リト)なのに身体は(梨子)だったり逆に顔は(梨子)なのに身体は(リト)、あるいは男女(リト梨子)が一つの身体にランダムに混ざり合ったような状況を思い浮かべる。

 

「リト、自然に治るのを待った方がいいよ」

 

「「うんうん」」

 

「おう……」

 

「多分、今日中には元に戻ると思うから……」

 

 美柑が真顔で警告し、ナナとモモも静かに頷く。自分としても最悪そんな変な状態に悪化するのは避けたいのか梨子も涙目で頷くしか出来ず、ララが苦笑い状態で効果の持続時間を説明した。

 

「しょうがねえ、今日は家でゆっくりしてるか……」

 

「あ」

 

 ため息をついて今日は家に引きこもろうと梨子が決めた直後、何かを思い出したようにララが声を盛らす。

 

「そういえば今日、春菜や唯達と家で遊ぶ約束してたんだっけ……」

 

「え?」

 

 つまり家にいたら春菜達と鉢合わせになる。こんな姿見られて万が一にでも正体がばれたら大変な事になると梨子の顔が青くなった。その時、家のチャイムがピンポーンと音を立て、来客を示す。

 

「げ、噂をすればってやつかな……ちょっと見てくるね」

 

 美柑が一番に来客対応に向かうため部屋を出て行く。そして少しタイミングを置いてダダダダダッとけたたましい足音が戻ってきた。

 

「リ、リト! 炎佐さんが来たんだけど!?」

 

「え?……って、ああぁぁぁっ! そうだ、今日は炎佐と遊びに行く約束してたんだった!?」

 

 女の姿になったショックで自分も遊びに行く約束を忘れていたらしく頭を抱える梨子。

 家にいれば春菜達に姿を見られる可能性がある。しかしこんな格好で炎佐と遊びに行くわけにはいかない。

 

(いや、炎佐となら……って俺は何考えてんだー!?)

 

 一瞬梨子(自分)と炎佐が街中を一緒に歩く光景を考えて満更でもないと思った直後、それを打ち消そうと心の中で悶える梨子。それは現実でも倒れてゴロゴロ転がるという形で反映される。

 

「わ、ちょリト危なはぶっ!?」

 

 その転がりに巻き込まれた美柑が倒れ、どしゃんっと音が響く。

 そして気づいた時、梨子は倒れてきた美柑のスカートを何故か銜えてずり下ろし、美柑の方も梨子の股間に頭を埋めるような格好で彼女にのしかかっていた。それにララナナモモがポカンとしていると、どたどたという慌ただしい足音が近づいてくる。

 

「美柑ちゃん!? なんだか変な音がしたけど何かあった……」

 

 玄関で待っていたが物音で心配になったのか駆けつけてきたらしい炎佐は、変な体勢で倒れ込んでいる梨子と美柑を見て沈黙。そこで美柑は梨子にスカートをずり下ろされていてパンツが丸見えの格好になっている事に気づき、顔を真っ赤に染め上げる。

 

「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 そして彼女の悲鳴が響くのだった。

 

 

 

 

 

「お、お見苦しいものをお見せしました……」

 

「い、いや、えーと……ははは……」

 

 とりあえずリビングに通してお茶を出し、真っ赤な顔で頭を下げる美柑に炎佐も返答に困ったように苦笑いし、次に部屋の隅で所在なさげに顔を逸らしている梨子を見る。

 

「り、梨子さん、久しぶりだね」

 

「あ、えーと、はい……」

 

 話を逸らすためにか梨子に話しかける炎佐と、こちらも困ったように苦笑いして返す梨子。

 

「えーと……ところで梨子さんも遊びに来たの? 俺はリトと遊びに行く予定なんだけど……ナナ、リトは?」

 

「あ、えーと、リトはだなー……」

 

 色々と気まずい状況の中話を振られたナナが言葉に詰まってちらりと梨子を見る。彼女も炎佐にばれないよう控えめながら「言わないでくれ」と目で訴えており、ナナはえーとえーとと考え始める。

 

「す、すみませんエンザさん! 実はリトさんには電脳ガーデンの植物のお世話を手伝ってもらっていて……エンザさんと遊びに行くというのは聞いてなかったんですが、今ちょっとガーデンも立て込んでて……私もこれから行かなければならないんです!」

 

 そこにモモがフォロー開始。電脳ガーデンの植物のお世話の手が足りずにリトに手伝いをお願いしているという事で口からでまかせを話すが、炎佐はそうかと頷いた。

 

「なるほどな。リトならモモ達が困ってるならそりゃ手を貸すか……しょうがない。今日はリトと遊ぶのは諦めるか」

 

 優しいリトならモモが困っているなら手を貸すのは当然だし、そんなに忙しいなら約束を無碍にするのも仕方ないだろうと納得する炎佐。するとまたピンポーンとチャイム音が鳴り、ララが「はいはーい」と出迎えに行く。

 

「いらっしゃい春菜、唯」

 

「お、お邪魔します……あれ、氷崎君?」

「あら、偶然ね」

 

「よ」

 

 ララが迎え入れた春菜と唯は炎佐を見て挨拶、炎佐の方も軽く手を挙げて返し、次に春菜達はやっほーと手を挙げたり会釈したりで挨拶するナナやモモに会釈を返した後、部屋の隅にいる梨子に目を向けた。

 

「あなたは?……」

「たしか、結城君の親戚の……」

 

 見たことない相手に首を傾げる春菜と、以前一度だけ会った相手のことをきちんと覚えていたらしい唯。梨子はビクリと身体を震わせながらぺこぺことやり過ごすように頭を下げていた。

 

「氷崎君は結城君と遊びにでも行くの?」

 

「そのつもりだったんだけど、リトの方も急用が入ったようでさ。仕方ないから帰る事にするよ」

 

 唯の質問に答えながら、炎佐は用も終わったのに長居しても迷惑だろうと立ち上がる。その時ちょうど美柑がお茶菓子のつもりか煎餅を持ってきながら部屋に入ってきた。

 

「えー。炎佐さん帰っちゃうんですか~?」

 

「そ、そだっ! え、炎佐さん、私達と一緒に遊びにいきませんかっ!?」

 

 美柑の残念そうな声と梨子のどこか慌てたような声が重なる。炎佐と美柑が「えぇ?」と呆けた声を出しながら梨子の方を向いた。

 

「あの、実は今からお……私と美柑……ちゃんとで遊びに行こうと思ってまして。よろしければ炎佐さんも一緒に、なんて……」

 

 梨子はそう言いながら美柑にアイコンタクト。このまま家にいても気まずいし、かと言って一人で外行ったらまた変な騒ぎになりそうだし、それならいっそ炎佐や美柑が一緒の方がいくらかマシだと目で語る梨子に、美柑はしょうがないなぁと炎佐にばれないようにため息を漏らす。彼女としても好きな人(炎佐)と一緒にお出かけできるなら願ったりというところだろう。

 

「「い、行ってらっしゃ~い……」」

 

 玄関で見送るナナとモモ。二人とも頬を引きつらせながら手を振っており、炎佐はその頬の引きつりに気づいてるのか不思議そうな顔で首を傾げるが、美柑が慌てて誤魔化すように「行きましょう行きましょう」と手を引いて一足早く玄関を出て行く。

 

「リトさん、頑張ってください」

 

「おう……」

 

 モモがぐっと拳を握りながら残った梨子に声援を送り、彼女もこれ以外に手が思いつかなかったとはいえ重い雰囲気でため息をつきながら答えて玄関を出て行った。

 

「ところで美柑ちゃん、梨子さん。どこに遊びに行く予定だったの?」

 

「え? えーと……」

 

 てくてくと歩きながら炎佐が問うものの、一緒に遊びに行く自体が家から離れるための口から出まかせ。梨子は困ったように声を漏らした後、ピンと頭の上で電球が光ったような表情を見せた。

 

「そ、そうだ。映画を見に行こうって話をしてたんです! キラーなまこの続編が出たって話だった、から……」

 

「そうなの? 偶然だね。俺も今日リトとそれ見に行こうって約束してたんだ」

 

 思いつきで口にした言葉は今日リト(自分)が炎佐と見に行こうと約束していた映画。それを偶然と答える炎佐に梨子はばれないよなと心中で顔を青くしていた。

 

(……なに? キラーなまこ……? え、どんな映画なの?)

 

 ちなみに美柑はそのタイトルから感じるB級映画感に困惑の様子を見せていた。

 

 

 

 

 

「相変わらずシュールな映画だったね。キラーなまこ」

 

「そうだ……ですね。キラーなまこを踏んづけるシーンなんて前作と同じで……」

 

 それから映画館で件の映画を見た帰り道、炎佐と梨子は笑いながら映画の感想を話し合っていた。ちなみに美柑は映画の空気が合わなかったのか空虚な目をして二人の後をついて行っていた。

 

「あれ? 美柑ちゃん?」

 

「え、この声……」

 

 突然聞こえてきた女の子の声に美柑が反応、彼女の前を歩いていた炎佐と梨子も足を止めてそっちを向く。そこには美柑と同い年だろう二人の女子が立っていた。

 

「サチ、マミ」

 

「よっす。何やってんのさ美柑」

 

 友人に偶然会った美柑に対して女子の一人──サチがニッと元気に笑いながら手を挙げて挨拶、美柑もあははと笑みを零した。

 

「お兄ちゃ……んの、お友達の、炎佐さんと、えーと……そう、親戚の梨子さんとお出かけをね……」

 

 友人に会って気が抜けたのかリトが梨子になっているのを忘れて「お兄ちゃん」と呼びそうになったが、途中で気づいて慌てて取り繕って説明する。サチはふーんと言いながら二人を見上げ、苦笑いしながらぺこりと会釈してくる梨子を見てピンッと頭の上で電球が点いたような表情を見せた。

 

「そだ! 美柑、今から遊びに行こうよ!」

 

「へ?」

 

「まあまあいいからいいから! デートの邪魔しちゃ悪いって!」

 

「デ、デデデデート!? いや、俺……私はそういうつもりじゃ……」

 

 サチは言いながら美柑の腕を掴み、しかも何か誤解している様子で続ける。その言葉を聞いた梨子が顔を真っ赤にして誤解を解こうとするも、サチは皆まで言うなというようにニカッと微笑んで、梨子達に向けてぐっとサムズアップを見せた。

 

「大丈夫ッスよ、美柑はちゃんと預かりますんで。んじゃお二人もごゆっくりー!」

 

「え、えーと……失礼します」

 

 一方的にまくし立てて美柑を引きずり去っていくサチと、サチ達と炎佐達を交互に見た後、炎佐達にぺこりと頭を下げてサチを追いかけるもう一人の少女──マミ。

 あっという間に炎佐と二人きりにさせられた梨子はなんだかんだ頼りにしていた美柑が消えた事に内心顔を真っ青にしていた。

 

「えーと……どうしようか?」

 

「あうう……」

 

 困ったように笑う炎佐に梨子も言葉を失う。がその時きゅるると梨子のお腹が可愛らしい音を鳴らした。思わずお腹を抑える梨子の顔がかあっと赤くなり、炎佐もふふっと笑みを零した。

 

「とりあえず、テキトーなとこでご飯にしようか」

 

「はい……」

 

 そう言って食事に誘う炎佐に、梨子も赤い顔を隠すようにうつむきながらこくりと頷いた。

 それから二人は近くにあった某ハンバーガーチェーン店にやってきて注文を終え、席につく。

 

「にしても。リトがいないのは残念だけど、梨子さんとこうやって映画が見れて楽しかったよ。機会があれば今度は三人で遊びたいね」

 

「あはは……そ、そうですね。機会があれば……」

 

 実際はリトは俺なんだから絶対にそんな機会は訪れないんだけど。と梨子は思いながらも、自分がリトだとはばれたくないので引きつった笑みで答える。

 

「さてと。ご飯が終わったらどうしようか? なんか友達に変な誤解されて美柑ちゃん連れてかれちゃったし」

 

「ホントそうですね」

 

 困ったように笑う炎佐に対してこっちも参ったというようにうつむく梨子。心中では頭を抱えているのだがそれを現実に反映させないように必死だった。

 炎佐と二人きりとか何の拍子でボロが出るか分かったものじゃない、かと言って家に帰っても春菜ちゃんや古手川がいるからこっちもこっちで辛い。炎佐と別れて一人になったらそれはそれで変な面倒事に巻き込まれるような気がする。いざとなったら美柑に泣きつこうとちょっと兄としては情けないがやむを得ない事を考えていたので、この状態は彼女的にも想定外だった。

 

「……そうだ。梨子さん、これから行きたいところがあるんだけど、いいかな?」

 

「え?……あ、はい?」

 

 炎佐の言葉に梨子はきょとんとしながら、曖昧にこくりと頷いた。

 

 

 

 

 

「久しぶりですね、炎佐さん」

 

「ああ、久しぶり。巧さん」

 

 炎佐と梨子が訪れたのは洋菓子店ストレイキャッツ。そこのバイトである都築巧と炎佐が挨拶している中、梨子は店内をきょろきょろと見回していた。

 

「ストレイキャッツ……あー、ここが美柑が炎佐から教えてもらったって言ってケーキとか買ってきてた店か……」

 

「え? 梨子さん、この店知ってるの?」

 

「あ!? あーいや、その……こ、この前遊びに来た時に美柑……ちゃんがケーキ買ってきたからってお土産に、えーと、そういうわけで……」

 

 梨子の呟きを聞いた炎佐が首を傾げると、梨子がボロを出しそうになったのを気づいて大慌てで誤魔化し始める。

 

(あれ? 最近美柑さん店に来てたっけ?……文乃か希が対応したのかな?)

 

 その後ろで巧は隠れたお得意様は最近来た記憶がない事に首を傾げるが、直後別に自分が知らないタイミングで来ててもおかしくないかと勝手に納得して話を終える。

 

「ところで炎佐さん、その人は?」

 

「ああ、リト……より巧さんには美柑ちゃんのって言った方が早いか。美柑ちゃんの親戚の夕崎梨子さん」

 

「ゆ、夕崎梨子です」

 

「あ、初めまして。都築巧です」

 

 巧の言葉を受けて炎佐が梨子を紹介し、梨子も自分の名前(偽名)を名乗ると巧も名前を名乗った後、可愛い女の子相手だからか照れたように笑う。

 その時店の奥からこの店のバイトの一人──芹沢文乃がギロリと巧を睨み、それを見た炎佐もリトとの付き合いも長い中でリトが様々な女性に想いを寄せられているのを見ていた経験か、彼女の巧に対する想いに勘付いている事から苦笑を漏らした。

 

「さてと。梨子さん、何か欲しいケーキとかある? せっかくだから奢るよ」

 

「え!? いやでも悪いですし……」

 

「気にしなくて大丈夫だよ。リトやララちゃん達へのお土産もついでに買っていこう」

 

「あ、あはは……ありがとうございます……」

 

 リトへのお土産を梨子(リト)と選ぶことになるというちょっとおかしな事に梨子は苦笑を漏らす。

 なおその後ろでは文乃に呼びつけられた巧が文乃からギャンギャンと怒られ、巧が困ったように笑いながら文乃を諌めようとしている。

 

「二回死ねー!!!」

 

 結局怒った文乃からの蹴りを受ける事になった巧が蹴っ飛ばされるが、その先にはケーキ選びをしている炎佐と梨子の姿があった。

 

「っ! 梨子さん危ない!」

 

「え?」

 

 咄嗟に梨子を庇おうと彼女の前に立つ炎佐とその声で気づいた梨子、炎佐も流石は元賞金稼ぎというべきか、体術で咄嗟に巧を勢いを殺しながら着地させる。

 しかし彼の後ろにいた梨子が炎佐を避けきれる位置におらず、しかも梨子の足が炎佐の足とぶつかってバランスを崩してしまい、結局炎佐と梨子が絡み合うような格好で倒れ込んでしまった。

 

「あ、っ……ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 

 巧を蹴っ飛ばしたという意味では原因である文乃が慌てて謝りながら二人に駆け寄り、巧もあててと頭を押さえながら起き上がって炎佐達の方を見ると、二人が沈黙する。

 

「「……」」

 

 何故なら何が起きたのか、倒れ込んだ拍子に炎佐が梨子を押し倒したような格好になっている、それだけならまだいい。

 梨子の服がまるで胸を露出するようにまくり上がった上にブラジャーまでずれて意外と大きな胸が露出。しかもその胸に乗せるように炎佐の手が置かれている状態になっているからだ。

 

「な、あ……」

 

「ご、ごめん梨子さん!」

 

 顔を真っ赤にして硬直する梨子と慌てて起き上がり梨子の上からどく炎佐。巧と文乃もまさかの展開に口をあんぐりと開けて硬直しており、ようやく再起動した梨子も震える手でブラジャーや服をたどたどしく元に戻すと静かに立ち上がった。

 

「ご……ごめんなさいっ!」

 

 そして何故か謝罪の言葉を出し、大慌てで店を飛び出して行く。

 その時に大きく開いた扉がゆっくりと閉まっていき、やがて完全に閉じようとした時にその扉がまた開く。

 

「ねえ巧、文乃。さっき見覚えのない女の人がすごい慌ててた様子で店を出て行ったみたいだけど……何かあったの?」

 

 店に入ってきた少女──梅ノ森千世がそんな事を尋ねるが、店内で未だに口をあんぐり開けたまま硬直してる巧と文乃、そしてがくんと膝をついてうなだれている炎佐の姿を見て、頭の上にクエスチョンマークを浮かべて不思議そうに首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

「梨子さんに嫌われたかもしれない……」

 

[お、おう。なんかよく分からんが、元気出せよ]

 

 時間が過ぎて夜。炎佐は何故かナナに電話をかけて愚痴っており、ナナもすごく気まずそうな顔をしながら炎佐のフォローを行っていた。

 なお梨子とのラッキースケベを起こした炎佐の落ち込みようは、自分が遠回しな原因だったとはいえ基本的に素直ではない天邪鬼な性格である文乃が「ケーキ奢るから元気出して」と素直&親身に接したり、希が新作クッキーをお土産に手渡したり、千世が事情を知らないなりになんとか元気づけようとしたりとストレイキャッツ総出でフォローに入ったという後日談から察してほしい。

 

「気づいたらあんなまるでリトがやらかすラッキースケベみたいな事やってしまうなんて、もう梨子さんに顔向けできない……」

 

[うん、まあ、事故なんだろ? 多分リコも気にしてねえから……]

 

「そうか?……ララやナナ達ならともかく……」

 

いやあたしらならともかくってなんだ!? あー、うん、分かったよ。リコはその、もう帰っちまったけどさ。リトから謝っとくよう頼んどくからさ、エンザも落ち着けって]

 

 ナナもなんとか炎佐のフォローを行い、「おう、おう。んじゃな」と電話を切るとはぁ~と大きくため息をつき、電話をベッドの上に置くと部屋を出た。

 

「おーいモモ。リコ……じゃねえや、リトの様子はどうだ?」

 

 声をかけるのはリトの部屋の前で立ち往生しているモモ。姉からの呼びかけに彼女は静かに首を横に振り、親指でリトの部屋のドアを示す。ドアに耳当てて聞いてみろ、と言いたげなジェスチャーにナナも盗み聞きという形に若干抵抗を覚えながら、ドアに耳を当てた。

 

「うあああああ、なんであんな事に……明日からどんな顔して炎佐と顔合わせりゃいいんだよ……で、でも炎佐ならよかったかも……じゃねえよ俺は何を言ってるんだぁぁぁぁぁぁ……」

 

 ドア越しに聞こえてくるのは未だにころころダンジョくんDXの効き目が切れていないらしい(リコ)の声のままのリトの声。ベッドの上でゴロゴロと転がっているような様子が目に浮かび、ナナも困った顔をしてモモを見た。モモが再び静かに首を横に振る、流石の彼女をして「どうしようもない」という判断を下さざるを得ない状況だった。

 

「下手なフォローして目覚められても困るし……多分放っとくのが賢明よね……」

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもないわよ。とにかく、ここは一人にしておいてあげた方がいいと思うわ」

 

「お、おう、分かった……」

 

 モモはナナに放っておこうと結論を言い、ナナもこくこくと頷いて二人はリトの部屋の前を去る。

 それからリトの部屋からの呻き声にも似た声とゴロゴロという音は、呻き声が(リト)のものになってからもしばらく続くのだった。




 大変遅ればせながら矢吹先生最新作「あやかしトライアングル」連載開始おめでとうございます!単行本の発売が楽しみです。つか調べた感じ、男主人公TS百合ものとかヤッターですよ!(歓喜)

 というわけでお久しぶりです。ホントマジで更新遅れて申し訳ありませんでした正直ガチでネタが尽きてました……で、あやかしトライアングルに便乗して(遅い)今回はTSをモチーフに、炎佐×梨子を書いてみました。ちなみに炎佐は未だにリト=梨子だと気づいていません。(笑)

 それにしてもあやかしトライアングル……少年ジャンプ+で無料掲載されてる分しか読んでないけど、これは本作の連載終わった後に投稿予定してた「ゆらぎ荘の幽奈さん~誅魔の侍~」の連載を中止してこっちの二次創作に取り掛かる可能性も考えねば……。
 ……いえ、割と冗談じゃ済まないかもというか……単行本派だから単行本以上の情報は分からないけど、藤太の設定が現状最大の敵ポジションになってる宵ノ坂醸之介に対して特攻過ぎて下手したらコガラシの出番を食いかねん……。
 元々「基本コガラシより弱いけどある秘密とそれによる特攻能力持ちで、それを活かせられる相手に対してはコガラシ以上に強い。いわば特定の相手に対するジャイアントキリングタイプ」って設定だったんだけど、まさかその特攻対象がラスボス(推測)にピタリと当てはまるなんて……。

 さてもう日常回なら地味に便利だなとか思ってる迷い猫オーバーラン勢登場からは正直悪ノリで書いちゃいましたけど、ここからどうするか……ここから先って地味に炎佐絡ませにくいんだよなぁ……だからストーリーが難産になっててこういう日常回で誤魔化す羽目になってるんだし。
 まあその辺は後で考えるといたしまして、では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十八話 惑星ミストア、再び

 彩南町の御門家。地球に隠れ住む宇宙人の診療所を兼ねたこの家で、炎佐は通されたリビングで椅子に腰かけることもせずに立ったまま、テーブルを挟んで向かいの椅子に座ってニコニコ笑顔を浮かべている御門を前に胡散臭い物を見るような目を向けた後、一滴すら飲んだ形跡のないお茶を静かに御門の方に突き返しながら踵を返す。

 

「帰ります」

 

「ティア! お静ちゃん! 捕まえなさい!!」

 

 炎佐の反応を予想していたのか御門が叫ぶと共に物陰から飛び出したお静ちゃんが彼の腰にしがみつき、ティアーユが何故か正面から抱きしめるような格好になる。

 ティアーユの綺麗な顔が近くにある事に怯む炎佐だがそれも一瞬、ティアーユから顔を逸らすように御門の方に顔を向けながら、彼女をキッと睨みつけた。

 

「ふざけんないくらあんたの頼みでも“惑星ミストアに薬草を採りに行きたいから護衛お願い♪”なんて聞いてたまるか!!」

 

「セリーヌちゃんを助けるために行ったでしょ!? それと同じだと思って!!」

 

「セリーヌちゃんの命の危機とお前の我儘を同列に扱えるか!!!」

 

 惑星ミストア、危険度ランクSの文字通り超危険な惑星。電磁波を含んだ霧が惑星中を覆った特殊な気候をしており、その霧は機械の動作に悪影響を及ぼすためレーダーなどでの現在地の把握や通信機を使っての通信も困難。

 さらに独自の進化を辿った植物は自律移動や捕食機能、そして若干の知恵を得ており、数々の冒険者がその霧の中で植物の栄養となり消えている。

 そこでどうしても成し遂げなければならない目的があるなら話は別だが、そうでないならわざわざ飛び込むような場所ではないのは確かである。カレカレ病にかかったと思われるセリーヌを助けるために万病に効くと言われるラックベリーの実を採りに行った炎佐はその危険性を身をもって知っており、それ故に行きたくないと全力で拒否していた。

 

「大体そこいらの薬草ならモモにでも頼め! あいつなら珍しい植物渡してやれば喜んで栽培してくれるぞ!」

 

「頼んでも無理なものは無理なのよ! ミストアの気候は特殊過ぎて電脳空間でも再現できないって言われたし、ラックベリーみたいなミストアの気候でないと成長や維持できない薬草だって多いんだから! 現地に採りに行くしかないのよ!」

 

「だからって行きたくねえぞ俺は! この前はララが一緒だったからなんとかなったけど、もしパワダの花粉をララだけじゃなく俺まで浴びてたら一巻の終わりだったんだからな!」

 

 パワダの花粉。宇宙人の中でも有数の力を持つデビルーク星人でもさらに随一、宇宙の皇帝ギド・ルシオン・デビルークの力を受け継いだと言われるララでさえ地球人以下の体力に下がってしまうほどの筋弛緩や体力減衰と言った成分を持つ物質。もしそれを浴びてしまえばミストアに生息する食肉植物に対抗するどころか撤退すら難しくなる。

 一歩間違えれば容赦なく死ぬ、そんな所に行きたくないと炎佐は叫ぶが、同時に御門をそんな危険な目に合わせたくないと彼の目は語っていた。

 しかし彼のそんな心を知ってか知らずか、御門は不服そうにむぅと頬を膨らませていた。年考えろとツッコみたくなる炎佐だが妙に似合う可愛げを感じて、気づけば気恥ずかしそうに目を逸らしていた。

 

 

 

 

 

 場所は変わって御門の所有する宇宙船。御門が上機嫌で惑星ミストアに座標を合わせてワープ航行で目的地に向かう中、メアが呆れ顔で腕組みしながら一つため息を漏らす。

 

「私知ってるよ兄上、こういうのチョロいって言うんでしょ?」

 

「黙れ」

 

 ため息交じりに隣に立つ炎佐にぼやくメアに、彼は舌打ち交じりに吐き捨てる。

 あの後何があったのかミストアに向かう事を了解した炎佐は条件として同行者は御門のみと厳命、さらに協力者としてメアを自腹で雇っていた。

 

「とりあえずメア。俺の雇い主は御門だから、基本は御門の指示に従ってもらう事になるが、お前の雇い主は俺だからな。いざという時はお前の命を捨てて御門の命を守る方針だから覚悟決めとけよ」

 

「うわーブラックー」

 

「あと前にミストアに行った時、ヤミちゃんが体内のナノマシンがミストア内の電磁波交じりの霧に干渉されて変身(トランス)能力が使えなかったらしいから気を付けろよ」

 

「はいはい。そのためにこれ準備してきたんでしょ?」

 

 炎佐の言葉に芽亜はそう言って、右手に握る金属製のシンプルなダガーを弄び、背中に横向きに帯剣している左手用のダガーや太ももに巻いたポケット付きのベルトに装填した投げナイフを触る。

 もちろん炎佐の方も普段使っているエネルギーブレードではなく金属製の実剣を準備しており、ミストア内ではデダイヤルも使えないため既に鎧を装備していた。ちなみにこれらの装備も炎佐が自腹で準備している。

 

「二人ともー、そろそろ到着するから準備お願いねー」

 

 そして宇宙船を操縦している御門から呼び声が聞こえ、二人は気を引き締め直すのだった。

 

 

 

 

 

「フッ!」

 

 メアが短く息を吐いて突撃、目の前にいた食肉植物の集団をすり抜けてくるくるとダガーを弄ぶと、食肉植物達の蔦が一斉に細切れになり、やや遅れてその本来も真っ二つに分かれて倒れ伏す。

 

「ハァ!」

 

 エンザが跳躍して巨大なハエトリソウのような食肉植物目掛けて斬りかかる。その刀身に炎が走り、振り下ろした剣がハエトリソウを斬りつけるとその傷跡から炎が燃え広がってハエトリソウを焼き尽くした。

 

「フンフン、流石は惑星ミストア。珍しい植物が一杯だわ♪」

 

 そして安全を確保してから御門が植物の採取を開始する。鼻歌交じりに採取を行っており、その顔は元々の美人がさらに引き立つ笑顔になっていた。

 

「メア、周辺の警戒をしておけ。俺はミカドの警護に回る」

 

「はいはーい。全く人遣いが荒いんだから……」

 

 エンザは御門が採取している間の周囲の安全確保のためにメアをこき使い、メアもぶつくさ言いながら今はエンザが雇い主だからと指示に従って警戒に回っていった。

 

「パワダの花粉とか浴びないように気をつけろよ。もし何かあったら交戦せずに戻ってこい、全力のお前と俺が二人でかかった方が確実だ」

 

「は~い」

 

 しかしさらりとメアの安全を重視した方針を取った指示を出しており、それを聞いたメアは嬉しそうに微笑んで警戒に回る。

 

「優しいわね、エンザ」

 

「……その方が確実だと判断したまでだ」

 

 半目でニヤニヤと笑ってからかってくる御門にエンザはふんと鼻を鳴らして答え「さっさと採取しろ。採るもの採ってとっととずらかるぞ」と催促する。

 要するに御門に採取に集中させてさっきの言葉の真意でからかわれないようにしているのだろう、実際エンザ自身も分かりやすいくらいにふいと御門から顔を逸らして「周囲の警戒に集中してるから話しかけないでください」的な拒絶オーラを出しており、それを察した御門はクスクスと笑い、採取に戻っていった。

 

「それにしても、流石はミストアね……」

 

 珍しい薬草があるだけではなく、そもそも植物の生育自体が人の手が入っていない純粋に自然のものとなっている。そもそも人が立ち入らないから当たり前なのだが、それ故に余計な手の加わっていない、まさしく自然のままという状態になっていた。

 エンザが警戒しているし大丈夫だろうと御門は辺りを見回しながら、せっかくだからとその自然を見物し、堪能する。

 

「あら」

 

 すると御門は木になっている果実を見つける。たしかミストアにしかないとまではいかないがまあまあ貴重な果実で、薬の材料にはならないが甘くて美味しいと評判のものだ。

 

「せっかくだから採っていこうかしら」

 

 報酬とは別に帰ったらエンザとメア、そしてティアにヤミちゃんにもご馳走してあげよう。そう考えてクスクスと笑い、果実の方に歩き寄って手を伸ばす。

 

「ミカド!!!」

 

「え?」

 

 突然エンザの叫びが聞こえ、そこで御門は自分が影に覆われ、足元が揺れる事に気づく。

 

バグン

 

 直後御門は目の前が真っ暗になると共に身体がふわりと浮き上がって落下するような感覚に襲われるのだった。

 

 

 

 

 

「い……ド……」

 

「う……」

 

「おい、ミカド!」

 

「あぅ……」

 

 呼び声と揺り動かされる感覚にミカドはゆっくりと目を開ける。目の前にエンザがいるのを見たミカドが驚いたように目を見開いた。

 

「エ、エンザ!? い、一体ここって……」

 

「お前、食人植物の罠に引っかかったんだよ。覚えてないのか?」

 

「え……まさかあの実?」

 

 ミカドの驚愕の言葉にエンザが答え、それを聞いたミカドは自分が意識を失う直前の事を思い出す。それにエンザは「ああ」と頷いた。

 

「モモから聞いてたんだが、多分マルノミカズラの類だな。植物自体に罠があるわけじゃなくて、地面に擬態して落とし穴のように獲物を待ち構えたり、獲物が興味をそそるようなものを判別してその近くに隠れたりして獲物を引っ掛けるって聞いた」

 

「あー……」

 

 きっとあの実に引っかかったものを狙うのだろう。ミカドは罠に引っかかった己と、それにエンザも巻き込まれてしまった事を申し訳なく思った。

 

「それよりもまずいぞ」

 

「え? って、えぇっ!?」

 

 エンザの真剣な顔での言葉にミカドは呆けた声を出すが、そこで彼女はようやく自分が何かに揺られている事と妙に肌寒い事に気づき、視線を下ろす。

 彼女とエンザは氷でできた船で何かの液体の上をぷかぷかと浮かんでいたのだ。恐らく、というか間違いなく氷の船はエンザが自分の能力で作り出したものだろう。さらに自分の着ている白衣が僅かに溶けて穴が空いているのに気づき、彼女は慌ててその穴を隠し始めた。

 

「マルノミカズラの消化液だ。俺が間に合わなかったらお前はこのままこの消化液の海にダイブしていたし、氷の船もそう長くは持たない。このままだと溶かされてこいつの養分だ……そうなる前に脱出する」

 

 そう言うが早いかエンザは瞳を赤色に変色させて剣を構え、その刃を渦巻くように炎が纏う。炎でマルノミカズラの腹を焼いて穴を空け脱出するつもりなのだろう、と予想したミカドは邪魔にならないように船の端に避難した。

 

「ぜりゃあああぁぁぁぁっ!!!」

 

 気合い一閃、振り上げた剣を袈裟懸けに振り下ろすとその軌道に炎が走り、直後その炎が前方目掛けて爆発したように燃え上がった。

 実際に前方への爆発と言っていいだろう斬撃が衝撃波を生じつつその熱で前方を焼き尽くす。いかに巨大で人を食べるとはいえ所詮は植物、その炎に耐えられるはずもないと御門は確信して拳を握っていた。

 

「……チッ」

「……え?」

 

 エンザの舌打ちとミカドの呆然とした声が重なる。それもそうだろう。あの爆炎による斬撃を浴びてなおマルノミカズラの内壁には一切の傷がついていないのだから。恐らく消化液に落ちてもまだ暴れる生物もいるのだろうから内壁も頑丈に進化したのだろうと考えられる。

 

ギギィィィィィッ!!!

 

「きゃああっ!!」

 

 そして耳をつんざくような悲鳴のような音と共に、マルノミカズラが暴れ出したのか辺りが揺れ始める。

 ミカドが悲鳴を上げ、それだけではなく暴れ出した影響で氷の船が大きく揺れ、消化液も飛び散る。咄嗟に顔を覆って守っているが消化液を浴びた白衣が溶け始めていた。だがこんなに暴れられて船が揺れれば横転の危険性もある。

 

「くっ!」

 

 エンザも船に左手をつき、瞳を青色に変色。ブリザド星人の力を解放して船の底から円状に広げるように船を凍らせ、横転や消化液を防ぐ。

 だがこれは一時的な処置だ。あくまで氷である以上放っておけば消化液関係なく溶けるし、あまり氷の船の維持に力を使いすぎれば脱出のために力を使えなくなるし、エンザが力尽きれば脱出は不可能。外にメアだっている事はいるがエンザ達がマルノミカズラに捕まっていると彼女は知らないし、それが分かったとしても本来の力(トランス能力)を使えない彼女にマルノミカズラを外壁から掻っ捌くというのは無理な注文だった。

 

「エ、エンザ! あの消滅技は!?」

 

「あれは全身鎧(パワードスーツ)で強化しなきゃ今の俺じゃ制御しきれない! 下手して暴発したら消化されるまでもなくこっちが消滅する!」

 

「うぅ……」

 

 その全身鎧もデダイヤルが使えないこの環境下では使えないと言っていいだろう。つまり実質それも封じられている。流石にエンザを消滅させて自分だけ脱出なんて言えるほどミカドは鬼ではなく、氷の船に揺られながら彼女は再び考え始めた。

 

「……そういえば」

 

 ふとミカドは思い出す。マルノミカズラ、それは地球で例えれば超巨大化したウツボカズラのようなものだ。そしてそのウツボカズラは漏斗状の身体に消化液を溜め、落ちてきたハエなどの昆虫を消化する。

 それと同じならと見上げれば、数十メートルという遥かな高さだがそこには自分達が落ちてきたのだろう口があるも、万一でも獲物に逃げられないためなのだろうか蓋が閉じている。

 

「エンザ、氷の柱を伸ばして脱出っていうのは……」

 

「こんな暴れ回られてる状態で高い柱を伸ばすのは危険だ」

 

「そうよね……」

 

 そもそも不安定な水上、その上暴れられてより不安定な状態。数十メートルも柱を伸ばして脱出しようにも万一その重みで船が横転したら消化液にダイブだし、そういかないように船の方を安定させる程に力を使えば柱を伸ばすだけの力がなくなってしまうだろう。

 

「待てよ……上から脱出……」

 

「エンザ?」

 

 だがエンザはそれで何か思いついたのか考え始める。しかし暴れて消化液がかかりまくってるせいか単純に水温のせいか氷の船が溶け始めており、ミカドが必死に「そろそろ危ないわよ!?」と叫んで呼び掛けていた。

 

「イチかバチか……ミカド、俺にしっかり掴まってくれ」

 

「え、あ、うん……?」

 

 考えが纏まったらしいエンザの指示にミカドはこくんと頷いて、彼の後ろから抱きつくように掴まる。

 エンザは自分で指示したから心の準備が出来ているのか単にそれどころではないのか特に反応もなく、デダイヤルから取り出せないからあらかじめ準備していた剣を予備含めて二本とも腰にある事を確認すると思い切り右手を振り上げたかと思うと氷の船の底目掛けて拳を叩きつけ、氷を叩き割る。

 

「ちょ、エンザ!?」

 

 消化液が浸水してくる。それだけではなく、エンザの鎧や鎧に守られていない手が消化液に触れてジュウジュウと嫌な音を立てていた。

 

「一点集中、吹っ飛べぇっ!!!」

 

 バジリッと消化液の中で何かが弾ける音が聞こえた次の瞬間、そこが大爆発。上空に登るような爆炎がエンザと彼に掴まるミカドの身体を上空へと一直線に吹き飛ばした。

 

「ちょっとエンザなにごっ──」

 

「しゃべるな舌噛む……遅かったか」

 

 悲鳴交じりに文句を言うミカドだが舌を噛んだのかエンザにしがみついたまま悶絶。エンザもそれを察しながら腰に挿していた双剣を引き抜いて紫色の瞳で蓋のように閉じられた葉っぱを睨みつける。その右手の剣の刀身には炎が、左手の剣の刀身には冷気が走り、今は蓋となっている葉っぱに左手の剣を突き刺すと葉っぱが一気に凍りついていった。

 

「いっけえええぇぇぇぇっ!!!」

 

 そこにすかさず右手の剣を突き刺し、凍らせている部分ごと爆発させるとその部分に穴が空く。ギギィッとマルノミカズラが悲鳴を上げて身体を揺らしているが構う余裕もなくエンザはすぐさまその穴から脱出。ミカドを背負ったままマルノミカズラから飛び降りて、マルノミカズラの追撃を警戒し始める。

 しかしマルノミカズラはこんな攻撃をしてくる相手をもう一度食べようとする危険性を感じたのかすぐに地面に潜って逃げていき、それを確認してからエンザはほっと息を吐いてミカドを下ろした。

 

「びどいめにあっだ……」

 

「文句言うな。命があるだけありがたいと思え」

 

 吹っ飛んで目が回ったのかそれとも舌を噛んだせいか呂律が回っていないミカドにエンザはそう言い捨て、ミカドもむすっとなりながら手持ちの傷薬を噛んだ舌に塗り始める。エンザも危機を脱して一安心したのかふぅと息を吐くと、ミカドがマルノミカズラに呑み込まれた時にでも落としたのか、採取した薬草を入れた袋を拾い上げる。

 

「ほらミカド。まあ、命と採取した薬草が無事でよかったと──」

 

 ミカドに対するいつもの憎まれ口を叩くエンザだが、その言葉が途中で止まり、それを不思議に思ったミカドがきょとんとしてエンザを見る。

 彼は顔を赤くして自分から目を逸らしている、と気づいたミカドはそこでやっとさっきの消化液によって自分の白衣がボロボロになっているどころかその下の服やスカートまで若干溶けて肌が露わになったあられもない格好になっている事に気づき、慌てた様子で自分の身体を抱きしめるように露わになっている肌を隠す。

 彼女の顔も若干赤くなっており、二人の間に微妙な空気が流れた。

 

「あー、おっほんおっほん」

 

「「!?」」

 

 突然めっちゃわざとらしい咳払いが聞こえ、二人はぎょっとした顔でそっちを向く。

 そこには呆れという感情を心の底から表現しているといわんばかりの呆れ顔になっているメアが立って二人をジト目で見ている姿があった。

 

「何してんの二人とも?」

 

「あ、あーいや、これはその……ミカド、もうそろそろ採取終わりでいいよな? こっちも消耗したし、これ以上は流石に危険かもしれないと護衛として進言させてもらうぞ?」

 

「あ、あーそうね。じゃあそろそろ帰りましょうか。あ、エンザ、さっき消化液に手を突っ込んでたでしょ? 帰ったら治療してあげるから待ってなさいね」

 

 呆れ顔&ジト目で見てくるメアに二人は言葉に詰まった後、取って付けたように話し始めてきびきびと宇宙船に向けて歩き出す。

 

「……なんなんだろ?」

 

 明らかに誤魔化している。が、別にどうでもいいやとメアはため息をついて終わらせ、二人の後をついていく。

 そして三人を乗せた宇宙船は惑星ミストアを後にし、地球へと飛んでいくのだった。




 お久しぶりです。そしてまた更新滞って本当に申し訳ありませんでした!!!
 またネタに詰まってました……っていうか正直これも無理矢理炎佐×御門で考え出しただけです。あと若干炎佐×メア。

 いや本当に、ここら辺マジで炎佐を絡ませにくいストーリーばかりで……いっそオリジナル部分が浮かんでる部分まで一気にすっ飛ばす事も考え始めている次第です。
 最近長編を書くだけの余裕がないからと短編やお試し版と銘打っての長編の始まり部分での書き捨てや、執筆時間が取れなくなったとか熱意が冷めたとか色々な要因で更新停止決めた作品も増えてきてるし、これもその中に入る前になんとか終わらせたいと思ってはいるので、なんとか完結まで頑張りたいと思いますので、気長なお付き合いをお願いします。


 ところで大分前の話になるんですが、特別編のもしもララがやってきたのが炎佐の家だったら?のIF話の感想に「エンザとララのカップリング待ってました」という感想が来てちょっとびっくりしました。需要あるんですねそういうの……。(汗)
 残念ながら現在のところ連載の予定はありません。元々一発ネタのつもりで考えてたんだからこの後のことなんて全然考えてませんし、その方の感想返しでも言ったけど、続けたとしてオチをつけられる自信がありません。
 というかぶっちゃけこの作品をどうオチつけて終わらせるかすら悩んでるのに他の連載未定作品のオチまで考えてられるかって話ですよ!(頭抱え)

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第二十九話 DARK MATTER ARMS

「……」

 

 何処かの森の中、色白の肌をした黒髪短髪の女子高生らしき少女がここを飛ぶように疾走していた。

 

「やれやれ、次から次に。ご苦労なことだ」

 

 少女がぼそりと呟いた時、少女の後ろから彼女を狙ったかのように光線が飛び、少女はそれらをひらりとかわしながら後方を確認。先ほど光線を放ったらしい球体状のロボットを視認するとずざざと足で地面を抑えるように急ブレーキ。それによって動きを止めた一瞬を狙い、ロボットが再び彼女目掛けて光線を放った。

 

 ぞぷん

 

 と、まるで物が底なし沼に沈んだような音がしたかと思うとロボットの放った光線が、少女の目の前に突如出現した黒い何かに沈み、消滅する。

 そしてその黒い何かもまた消滅したかと思うと少女の右手の人差し指から黒い先ほどと比べて鋭利な何かが噴き出してまるで鞭のように宙を走ってロボット達に向かうとロボット達がまるで刃に斬られたかのように両断。ドォンという音を立てて爆散した。

 

「……フン」

 

 そして少女は鼻を鳴らし、再び走り出した。

 

 

 

 

 

[そう……ギドは地球(そっち)にも訪ねていないのね。全く……私の通信も無視してるし、困ったものだわ……]

 

「父上の事だから、またどっかの星で遊び回ってんだろうなー」

 

「大変ですね、お母様……」

 

 結城家から繋がるデビルーク三姉妹の居住区間。そこのエントランスでナナとモモは、母セフィと通信で話していた。

 

[ええ。それにミーネとセシルも数日前に休暇を取って王宮を出て行って以来連絡が取れないし。二人もどこに行ったのかしら……]

 

「おじ様とおば様までですか……? おば様はともかくおじ様が連絡取れない状況になるなんて本当に珍しいですね?」

 

「そういやザスティン達も昨日から漫画貸してもらおうと思って連絡してんだけど繋がんなくてさ! 困ったもんだよ」

 

[あらそうなの? 隊長さん、何か任務でもあるんじゃない?]

 

「ん~……」

 

 セフィの言葉にモモは、セシルとミーネ――彼女にとって兄貴分でもあるエンザの両親だからか「おじ」「おば」と呼称した――まで連絡が取れない事に珍しいと漏らし、続いて連絡が取れないで思い出したのかナナがそう毒づき、その言葉にセフィがザスティン達は任務があるんじゃないかと尋ねるとナナは判断に困ったように腕を組んだ。

 

「ザスティン達、最近地球の深夜アニメにハマってるらしいし、どうせ遊んでるだけだと思うけどさー……兄上も今日学校休んだし、風邪かと思って遊びに行ったけど留守だったし、連絡も取れないからなー……」

 

[エンザまでいないの?]

 

 ザスティン達だけなら絶対遊んでると迷わず断言していたが、エンザもいないとなると何か引っかかる様子のナナにセフィもポカンとした顔を見せる。つまりデビルーク王始めそれに近い関係者が揃って連絡を絶ったということだ。

 

「あっ、二人とも。ママと通信してたの~!」

 

「お姉様!」

 

[ララ! その後、身体は大丈夫?]

 

「うん! 絶好調ー♡」

 

 そこに入ってきたララはセフィから体調を確認する言葉に笑顔で返しながら、変な黒い靄らしいものがかかったプリンを美味しそうに頬ばる。それを見たナナが「げっ」と声を漏らして表情を歪めた。

 

「ホント姉上、ダークマター調味料好きだよな~。それ、グルマン星とかでしか使われない珍味だろ? 独特の苦味があってあたしちょっと……」

 

「分かってないな~。その苦味の中にある甘さが絶妙なんだよ~」

 

 表情を歪めたナナとは対照的に顔をほころばせたララが「ナナも食べてごらん」とダークマター調味料かけプリンを差し出し、ナナが「いいって~」と両手を前にして止めるのを見ながらモモがこてんと軽く首を傾げた。

 

(ダークマター……何故かしら? あの黒いモヤモヤ……最近別のどこかで見たような……)

 

[どうしたの、モモ? 難しい表情(カオ)ね?]

 

 そのモモの表情や様子の変化に気づいたのかセフィが声をかけ、[リトさんの事でも考えていたとか?]とからかったり、それを聞いて思い出したのかララがモモにリトがどこに行ったのかを尋ねたりしながら、家族達の団欒は続くのだった。

 

 

 

 

 

「親父のとこ、今日は臨時アシ使って大変そうだったなぁ。ザスティン達は急用って……炎佐も今日休んでたし、何かあったのかな?」

 

 ララが話題に出したリトは父親に頼まれて仕事場まで画材を届けた帰り道、父才培と、彼の率いるスタジオ才培のチーフアシスタントやアシスタントをやっているザスティン達が急用で休んだため急遽雇った臨時アシスタント達の修羅場を見て、ザスティン達がいない他に炎佐も学校を休んだ上に行方が知れなくなっている事に何かあったのだろうかと考えを巡らせていた。

 そんな時だった。

 

「ん?……あ、」

 

 自分のすぐ上を誰かが屋根から飛び降りてきた。しかしリトは顔を上空に向けてそれに気づけたので精一杯、

 

「ぶっ!!!」

 

 回避まで身体を動かすことはできず、その顔面で飛び降りてきた誰かを受け止めてそのまま支える事が出来ず地面に倒れ込む事になるのだった。

 

「ん?……なんだ、町を離れていたつもりだったが。なるほど、上手く誘導されたのか……やるな!」

 

 そんな自分が下敷きにしているリトの事は気に留めず、飛び降りてきた誰か――色白の肌をした黒髪短髪の女子高生らしき少女はそんな事を呟きながら、何故かぐりぐりとリトの顔面に自分の股間を押し付けるように体重をかけていた。

 

「わざとやってるだろネメシスっ!!」

 

 それについに我慢できなくなったかリトは無理矢理立ち上がりながら自分の上にのしかかっていた少女のことをネメシスと断言して怒鳴りつける。が、そこでようやく自分の上にのしかかっていた少女の顔を見て「あれ?」と声を漏らした。

 

「ネメシスじゃ……ない?」

 

 その言葉に少女はくすりと笑みを見せる。

 

「いーや、正解だぞ。姿を変えているのに股間で私とわかるとは。流石だな、下僕よ」

 

「へ!? い……いや、別に……」

 

 少女――姿を変えていたネメシスの言葉に恥ずかしくなったのか顔を赤くするリトに対し、ネメシスは妖し気に目を細めた。

 

「ちょうどいい。私に何か奢れ。かれこれ半日、次々湧いてくる追跡メカの相手で腹ペコなのだ」

 

「えっ?」

 

 そんな妙に物騒なネメシスの言葉に、リトはそんな呆けた声を返すしか出来なかった。

 

 

 

 

 

「やはり足止めにもならんか」

 

[どうしましょう、隊長]

 

「うむ……もう小細工はヤメだ」

 

 彩南町の街中。ドクロを模したような鎧&マント姿の地球にいたら確実にコスプレか何かだと思われそうな格好をした男は電話で話しながらそこを歩いていた。なお通行人からは変な者を見るような目を向けられている事を追記しておこう。

 

「私達が追跡する。お前達は引き続き転送システムの構築を急げ!!」

 

[ハッ!!!]

 

 地球の価値観では奇天烈な格好をした男――ザスティンは部下に指示を出して電話を切る。そして彼は自分と一緒に行動している何者かが潜んでいる――流石に鎧姿で人前に出るのは可能な限り避けたいと固辞された――近くの建物の屋上に目を向ける。

 同時にその何者かは屋根の上を伝って走り出しており、ザスティンもフッと笑うと一気に地面を蹴って大ジャンプし宙を駆ける。それは地球人の目には彼の姿が突風と共に急に消えたようにしか映らなかった。

 

 

 

 

 

「追われてる!? デビルーク親衛隊って……ザスティン達か!?」

 

「うむ。あと氷炎のエンザもだな」

 

「炎佐まで……」

 

 一方リトとネメシス。元の黒髪ロング褐色ロリ&ゴシック風着物姿に戻ったネメシスのメロンパンやチョココロネを頬張りながらの説明にリトが驚愕の声を上げる。

 曰く「ダークネスの一件以降、黒幕でもあった私の事を探っていたらしく。何かきっかけになったのかまでは知らないがついに私の捕縛に乗り出した」との事で、彼女は「ま……デビルークの姫達まで危険に晒した訳だし、当然といえば当然だが」と締めてパンを頬張り終えて不敵な笑みを浮かべる。

 

「一度その気になれば流石デビルーク王直属の精鋭どもよ。BennysにGAME STAGE他。彩南の各所にあった私の拠点もあっという間に制圧された」

 

「それ近所のファミレスやゲーセンじゃないのか?」

 

 不敵な笑みを浮かべ、拠点が制圧されたとシリアスに語るネメシスだがその店名に聞き覚えのあるリトは呆れた顔でツッコミを入れた。

 

「ま……奴らが本気になったのならそれはそれで面白い。宇宙の覇者デビルークの親衛隊相手に遊ぶのも悪くはないかもな……」

 

「な――そ、そんなのダメだ!」

 

 ネメシスの不敵な笑みでの言葉にリトは思わず立ち上がって訴えかけていた。

 

「ザスティン達はアホだけど任務に関してはマジメだし、炎佐だって本気で戦うんなら色々やってくるだろうし……」

 

「フン、親衛隊はともかく氷炎のような未熟者は相手じゃない」

 

「う……で、でもわざわざ揉め事になるより仲良くした方がいいって!! ヤミやメアだって色々あったけど今はこの町で仲良く暮らしてるんだし、ネメシスだって……」

 

 ネメシスは炎佐を未熟者と断じて脅威じゃないと答え、リトはそのあっさりとした問答に一瞬言いよどむが説得を繰り返す。しかしそれに対しネメシスは目元に影を作って黙り込んだ。

 

「無理だな」

 

「そ、そんな!? なんで!?」

 

 そして一言無理だと断じる。それにリトがなんでと問いただそうとした時、虚空から漆黒の手が出現したと思うとリトを掴んで地面へと引き倒した。

 

「教えてやろうか?」

 

 妖艶な笑みを浮かべたネメシスがそう言った直後、ぞう、と黒い靄が彼女の身体を覆う。そしてその闇がネメシスから離れた時、彼女の姿はリトのクラスメイトである風紀委員――古手川唯の姿と瓜二つになっていたのだ。

 

「ト、変身(トランス)で古手川に!? む!? むぐ……」

 

「どう? 結城君。私のハレンチなおっぱい……気に入ってくれる?」

 

 豊満な胸を押し付け、これまた唯そっくりな声でリトに問いかけるネメシス。

 

「それとも――」

 

 だが、次の瞬間にはその声が変わっていた。同時に豊満な胸が縮んでいく。

 

「――ちっぱいの方が好きかな? リトは」

 

 そして気が付いた時にはネメシスの姿とその声の主――美柑そっくりの姿に変化していた。

 

「フフフ……いいものだろう、変身は。見ての通り自由自在だ」

 

 ズズズ、と再びネメシスの身体を黒い靄が覆う。そして今度はネメシスの姿と声がララそっくりに変化した。

 

「“ナノマシンの作用”によるヤミとメアの変身でも同じような事が出来る……が、()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

(ヤミやメアと違う? 一体どういう……)

 

 妖しげな笑みを浮かべるララの姿をしたネメシスの言葉にリトがそんな事を頭の中で考える。

 

「リト! 伏せろ!!」

 

「っ!?」

 

 そんな叫び声が聞こえると共に青い光弾が迫り、咄嗟に身を伏せたリトの目の前に光弾が着弾、同時にリトを覆うような氷の壁が形成された。

 

「ララ様に化けるなどぉー!!!」

 

 そして直後光子剣(フォトンブレード)を抜いたザスティンが怒りの表情でララの姿に変身していたネメシスに斬りかかり、今リトとネメシスが立っている屋外の階段の踊り場ごと粉砕。

 

「うわわわわ!?」

 

「悪いリト! ザスティンの無茶を止めきれなかった!!」

 

「炎佐!」

 

 当然落っこちるリトだが、そこを下から回り込んだらしいエンザが受け止めながら謝罪。そのままビルの壁と階段の手すりを飛び移るようにして近くのビルの屋上にまで飛び上がった。

 

「し、死ぬかと思った……って、そうだ! 炎佐、お前やザスティン達がネメシスを追ってるって本当なのか!?」

 

「ネメシスから聞いたのか? ああ、そうだ」

 

「な、なんで!?」

 

「あいつの狙いはデビルークによる統治体制の破壊、そしてこの宇宙を再び戦乱の渦中に陥れる事だ。今までは放っておいたけど、ヤミちゃんのダークネスシステムを暴走させた一件を始めにいよいよそうも言えなくなってきた」

 

「っ……」

 

 ヤミの中に眠るダークネスシステムの暴走。それはリトにとっても記憶に新しい事であり、自分の命が狙われたのはもちろん、炎佐すらダークネスヤミを止めるための激闘の中で重傷を負い、ララも力を使い果たして幼児化するまで追い詰められた末に自分がわざとえっちぃ事をヤミに仕掛けてダークネスシステムのプログラムをバグらせて破壊(クラッシュ)させるという奇策でどうにか抑え込んだ。

 だが一歩間違えば自分の命はなかったし、下手をすればこの星(地球)まで巻き込まれて大勢の人という表現では到底表しきれない程の人の命が亡くなっていた事は想像に難くなく、リトは炎佐の冷静な言葉に言葉を詰まらせていた。

 

「だから――ここで確実にネメシスを仕留める」

 

「ほう。私を仕留める……出来るのかな、お兄様?」

 

 エンザがそう言葉を発したと同時、そんな声が聞こえてきたかと思うとギギギンッと何かがぶつかり合う硬質な音が響く。

 

「ザスティン!!」

 

 続けてリトの叫び。ネメシスの髪が変身した無数の刃がザスティンを襲い、ザスティンもどうにか光子剣で受け止めていた。さっきの音の正体はその際に生じたものだったのだ。

 そしてザスティンはリト達のいるビルの屋上に着地した後、余裕そうな笑みを浮かべているネメシスを睨みつけ、合点がいったように「やはりそうか……」と呟いた。

 

「ネメシス、その身体は――ダークマターそのもの」

 

 そしてシリアスにネメシスの正体を告げる。が、直後リトが「それってあの調味料の!?」とララが好きな調味料を連想したのか驚愕の声を出したり、ネメシスが「そう言われるとミもフタもないな」とツッコミ返していた。

 だがザスティンはシリアスな雰囲気を崩さずに語る。ダークマター、それは宇宙ではどこにでも存在するエネルギー物質で、ある惑星では凝縮されて調味料に使われる程にありふれた存在である。そしてかつての銀河大戦の末期、金色の闇と赤毛のメアを創り出した組織“エデン”はそれより以前、ダークマターをベースにした疑似生命兵器を創ろうとしていた。それこそが“プロジェクト・ネメシス”、失敗し凍結されたはずのプロジェクトは実は成功しており、それによって生み出された疑似生命兵器こそがネメシスの正体であると。

 

「ほう……よく調べたな。組織が壊滅した今、ティアーユ博士すら知らない情報のはずだが」

 

「その壊滅させた者に()()()()()()()。“殺し屋クロ”とは剣を交えた事も任務を共にした事もある知人なのでな」

 

 殺し屋クロ、今回ザスティンが語った情報元であるその名を聞いた時、リトはかつて天条院先輩から誘われたリゾートで、ある宇宙人を追っていてたまたま出会った男を思い出す。ちなみにエンザはその横でチッと舌打ちを叩いていた。

 

「なるほど。クロとコネクションがあるのか。流石は銀河を束ねるデビルークの王室親衛隊隊長だな」

 

「フフ……この情報をヤツから引き出すのにかなりの大金を支払ったがな!!」

 

「いやそこは言わなくてもよくね?」

 

 感心するネメシスに自慢げに答えるザスティン。だがその内容は妙に情けなく、リトも思わずツッコミを入れていた。

 

(でも、その話が本当ならたしかにネメシスは……)

 

「理解できただろう? 下僕よ。暗黒より生まれし疑似生命体、それが私。同じ変身(トランス)兵器でも人間がベースのヤミやメアとは根本的に別物なのだ。ある意味では私こそ真の“ダークネス”、闇そのものだ。仲良くなど出来るはずもないし――そのつもりもない」

 

 そうネメシスが語った途端、彼女の身体から再び黒い靄――ダークネスが纏われる。同時にエンザがリトの前に立った。

 

「所詮この世は暇潰し――さあ、遊ぼうではないか隊長さん、そしてお兄様」

 

「すまん、リト。巻き込む事になる……せめてお前の命は俺が守る」

「よかろう。デビルーク親衛隊隊長の真価、見せてくれる!!」

 

 交戦的な雰囲気を隠そうともしないネメシスに対し、エンザがリトを守るように立ち、ザスティンも彼が前衛を務めるつもりか、そしてダークネスの身体を持つネメシスに光エネルギーは通用しないためか光子剣をしまった徒手空拳の構えを見せる。

 

「……と、言いたいところだが。私達の任務はそれではない」

 

「?」

 

「この装置は――至近距離でないと使えないのでな」

「今からリトを範囲外には逃がせないからな」

 

 ザスティンがいつの間にか握っていた装置のスイッチが押される。同時にいずこかでザスティンの部下であるブワッツとマウルがスイッチが押されたことで起動したシステムを制御。ザスティンの周囲5メートルにいた存在――ザスティン自身、ネメシス、エンザ、そしてリトを不可思議な光とブゥゥゥンという音と共に包み込んだ。

 

 

 

 

 

「な……砂漠!? 何で急にこんなところに……!?」

 

(あの遺跡……ここはカーマ星か?)

 

 気がつけば周りの光景が様変わりしていた。

 そんな状況に驚いて辺りを見回すリトに対し、目に見える遺跡の残骸から伺える様式から現在地を探ろうとするネメシス。だがそこから導き出される星は一瞬で転移するには遠すぎると考え、ならばとあり得る答えを導き出す。

 

「電脳空間……」

 

「その通り……本来の姿に戻ったあの方が、そしてあの人達が遠慮なく力を振るうには地球(リアル)ではマズいのでな」

 

 その言葉と共に、ザスティンの正面からゴゴゴゴゴととんでもない威圧感を感じるオーラが近づいてくる。そしてそのオーラを放つ正体に対し、ザスティンはネメシスを目の前にしているにも関わらず膝をついていた。

 

「デビルーク王、ギド・ルシオン・デビルーク様!!! 出陣!!!」

 

「へっ!?」

 

「……ほう♪」

 

 ザスティンの宣言にリトが声を上げ、ネメシスが瞳を輝かせる。

 そして悠々と歩いてきたその存在――ギドはザスティンをじろりと見た。

 

「遅ェぞザスティン。待ちくたびれてあいつらと暇潰しを始めちまうとこだったぞ」

 

「申し訳ありません、ギド様」

 

「ギ、ギド様って……まさか」

 

 ギドの言葉にザスティンが謝罪、その内容を聞いてリトは目の前の存在がかつて自分も見た幼児――力を使いきって幼児化していたギドが、ララのように本来の力が回復して元に戻った存在なのだと察する。

 そしてギドは今度はネメシスに視線を向けた。

 

「さてと……オメーがネメシスってヤツか。話は聞いてるぜ、要するにオレを倒して宇宙を戦乱に戻したいんだろ? オメー」

 

 そう言い、ギドは不敵な笑みを浮かべたまま拳をボキボキと鳴らした。

 

「いいぜ、相手になってやる。身体も戻ってパワーを持て余してたとこだからな……見せてくれよ、ちょっと珍しい(タイプ)の生体兵器なんだろ? オメー」

 

「……まさかデビルーク王本人と遊べるとは。兵器としての血が騒ぐぞ……!!」

 

 ギドの言葉にネメシスは高揚したように瞳孔を開いた目でギドを睨みつけ、笑みを浮かべて己の力の源であるダークマターを解放する。

 

「まー、つってもな」

 

 だがそんな時にギドが呆れたように声を漏らした。

 

「ザスからそういう報告を聞いて、お前の相手に立候補したのはオレだけじゃねーんだわ」

 

 その言葉と共に、空から巨大な炎が降り注ぐ。それは例えるなら天から地面へと落っこちた柱のように火柱を上げ、さっきネメシスが立ってた場所を渦を描いて焼き尽くした。

 

「っ、この熱量……」

 

 否、辛うじて回避に成功していたネメシスはだがしかし巻き込まれたらひとたまりもなさそうな火柱を見て絶句。

 だが直後彼女は背筋に冷える何かを感じて身体を捻る、同時に彼女の右腕に何かが着弾。しかしそれは身体を捻っていなければネメシスの心臓部分を撃ち抜いており、さらに着弾した右腕が急速に凍りついていく。それはそのまま胴体をも侵食しようと迫っており、ネメシスは咄嗟に髪を変身させた鎌で右腕を斬り落として侵食を力任せに防ぎつつ、ダークマターを右腕に集中、右腕を再生させた。

 

「ひゅー♪ ギドに気を取られてた隙に焼いちゃおうかと思ったのにかわすなんて、しかもそれらに気を取られてたらセシルの狙撃で氷漬けにしちゃうつもりだったのに。右腕一本、しかも再生したから実質無傷で済ませるなんてやるじゃん♪」

 

 ギドの隣に降り立つ赤髪ロングヘアをなびかせる女性――エンザの母親、ミーネの姿にリトが「あれって炎佐の母さん!?」と驚愕の声を後ろで上げていた。

 

「ああ。親父もいるからな……リトは俺の近くから離れないでくれ。巻き込まれたらマジでまずい」

 

「お、おう……」

 

 どうやらエンザがリトを守るというのはネメシスの魔手からというのはもちろん、ギド、ミーネ、セシルの攻撃の余波から守るというのが主目的らしく、リトもさっきの火柱や着弾した腕が急激に凍りついていく光景、そしてギドについては「本気を出せば星を破壊する事が出来る」という事前知識があるためかこくこくと頷いてエンザの後ろに陣取っていた。

 

「にしし……ギド、約束通り早い者勝ちだよ♪」

 

「おう。下手打つんじゃねえぞ」

 

 ゴウゴウと燃え盛る炎のようなエネルギーを発するエネルギーブレードを肩に担ぎ、歯を見せて陽気に笑いながら言うミーネにギドも腕組みしながら答える。さらに遠くからはネメシスを狙う冷たい気配があり、銀河最強の帝王であるギド、そしてそれと共に戦う事が許される二人の戦士と相対するネメシスは不敵な笑みを浮かべ続けていた。




 お久しぶりです。そしてまた更新滞って本当に申し訳ありませんでした!!!
 今回は元々は原作の恭子ヒロインデート回を、リトを炎佐に変更した恭子とのデート回にしようと思っていたんですが。そこで使ってた「チュッチュ草の茎をお姫様抱っこ状態で駆け下りる」ネタは以前にややオリジナルで書いた恭子ヒロイン回で使っちゃったからどうしようと困り、いくらネタを考えても纏まらず、どうしようもなくなってこのまま投稿しないのもなと思ったので開き直って話を先に進める事にしました。あとまあ他に色々書きたい話が出来てそっちの執筆に時間を使った結果か。
 てなわけで今回はギドVSネメシス編。そして特別ゲストにエンザの両親が参戦です。エンザ?戦闘では蚊帳の外に決まってんでしょ戦闘面においてギド達と比べてレベルが違いすぎる。(酷)

 さて次回はもう言うまでもなくギド&ミーネ&セシルVSネメシスという正直ネメシスオーバーキル過ぎる布陣でのバトルです……ちょっと無理やりにでもネメシスに無茶させないとマジで瞬殺されかねないよなこれ……原作ですらギドに事実上はほとんど手も足も出ずに瞬殺されてるし……。
 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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第三十話 ネメシスVSギドチーム

 砂漠が広がり、そこに立ち並ぶ廃墟のような遺跡の数々。

 カーマ星を模して造られた電脳空間の中。ネメシスはそこでデビルーク王であるギド、そしてその戦友であるセシルとミーネのコンビを相手に戦いを繰り広げていた。

 

「ハハッ!」

 

 ネメシスが楽しそうに笑うと共に、彼女の周囲から、前衛にいるギドとミーネの方に暗黒(ダークマター)が広がり、それが刃を形作って二人へと襲い掛かる。しかしギドは腕組みをしながら軽くそれを回避、ミーネもまるでアトラクションを楽しんでいるかのようにひょいひょいとかわしている。

 

「な、何もないとこから剣が……!? これってダークネスがやってたワープ攻撃!?」

 

「いや、あれは拡散したダークマターを部分的に実体化させてるだけだ」

 

(光学兵器も効かず、粒子化も実体化も思いのままか。これがダークマター変身(トランス)兵器……)

 

 リトがその光景を見て驚いているとエンザが彼の考えに誤解がある事を察して説明、その隣ではザスティンが真剣な眼差しでネメシスの攻撃手段を観察していた。

 

「へェ……間合い関係なしか」

 

「結構便利そうだねこれ」

 

 最低限の動きでかわすギドに対してひょいひょいと大袈裟な動きで回避したりものによっては至近距離から爆炎をぶち当てて相殺しているミーネ。

 その間にも分析を進めているギドの死角を取ったネメシスがダークマターを実体化、ギドの背後から襲い掛かる。ネメシスは最初から狙っていたのかミーネはギドから離れており、さらに足止めのダークマター攻撃によって援護は間に合わない。

 

「……だが」

 

 その刃がギドに迫ろうとした直前、彼の鋭い視線がネメシスを貫く。

 

「そんなもんか」

 

 そして無造作に腕を振るう、それだけでダークマターによって生成された刃が粉々に砕け散り、さらにはその余波だけでネメシスの身体に風穴が開く。

 

「この足は爪、全てを引き裂き、灰塵と化す焔の竜爪――」

 

「!?」

 

 それだけでは終わらない。ネメシスの攻撃をギドから離れるように回避していたはずのミーネがこの一瞬でネメシスに肉薄していたのだ。その振りかぶっている足には炎が纏われている。

 

「――飛竜爆炎脚!!」

 

 そして放たれる空中蹴り下ろし。それがネメシスに直撃すると同時に炎が急に膨張したかのような大爆発を起こし、ネメシスの身体を高速で吹き飛ばすと地面に叩きつける。

 バゴォンと轟音が響くと同時に大地が割れ、その衝撃を吸収しきれなかったのかネメシスはバウンドを繰り返すもそれで地面に叩きつけられる度に大地が割れて砂煙が舞い散る程の衝撃にリトはドン引き。エンザとザスティンは何かを思い出したような遠い目をして青い顔になっていた。

 

 

 

 

 

(ククク、炎のエネルギーを足に集め、蹴りを叩き込むと同時に炎エネルギーを解放。敵への指向性を持たせた上での至近距離からの大爆発によって吹き飛ばす……氷炎(エンザ)も似た技を使っていたが、流石。出力が段違いだ……)

 

 一方ネメシスは吹き飛ばされつつもミーネの放った攻撃の内容を分析、エンザが使っていた似た技と考えても出力が段違いだと結論づけて愉しそうに笑う。

 

「さあさあ次だよ!」

 

 そして吹っ飛ばされる勢いを利用して距離を取っているネメシス目掛け、ミーネが一気に突っ込みながらエンザが使っているもののような赤いエネルギー刃を展開している剣を構える。

 

「焔の獅子よ、その鋭き爪にて――」

 

「!」 

 

 剣を掲げたミーネの口から口上が述べられる。それにネメシスは反応し、楽しそうに笑って吹き飛ばされるのをやめ、瞬時に立ち直しながらダークマターを周囲に拡散。

 

「――あだなす敵を灰塵に化せ!」

 

 同時にミーネの振り下ろした剣に宿る赤い刃が地面目掛けて振り下ろされる。 

 

「緋色の爪痕!!」

 

 そしてミーネの振り下ろした剣が地面に叩きつけられると共にその地面から五本の炎が噴き出、まるで獲物を引き裂く獣の爪のようにネメシスへと襲い掛かる。その炎の爪をネメシスは敢えて受けつつ、それらを迂回する形で回避させるようにダークマターを展開し、刃と変化させてミーネを襲う。

 

 

 

 しかし、その刃が突然木っ端微塵に砕けていく。その時ネメシスは見る、その砕け散った刃が凍りついていく様を。

 

(奴かっ!)

 

 ゾクリと寒気を感じたネメシスは即座にその場を飛びのく。同時に緋色の爪痕によって生み出された炎の爪さえも凍りつかせんばかりの冷気の弾丸が、さっきまでネメシスが立っていた場所に着弾。砂地があっというまに凍りついていく。

 ミーネの夫であり相棒のセシル。そいつが長距離狙撃を狙ったのは想像に難くなく、ネメシスは即座に着弾した弾丸の角度からそれがどこから飛んできたのかを補足、一気にダークマターを展開してまるで煙幕のように周囲の視界を塞ぐと、まずは遠距離から攻撃を仕掛けてくる相手から仕留めようと駆け出した。

 ミーネもギドも視界を塞がれてもなお殺気や気配のみで的確に攻撃を仕掛けてくるがネメシスはそれを回避、その一瞬の判断でネメシスは一気に二人から距離を取って、狙撃手であるセシルを狙いにいく。

 

「クク……」

 

 前方から触れるもの全てを凍てつかせる弾丸が飛んでくるが、弾丸とはその性質上直線的な動きになる。どこから狙ってくるのかさえ分かれば回避はたやすく、スピードを殺すことなくその弾丸が来る先へと向かう。追いすがってくるだろうミーネやギドも追いつけてはいない。

 するとネメシスの目の前に広がったのは大きなピラミッド、そこの上部にあるひと際目立つ大穴から氷の弾丸が飛んでくることから、そこに陣取って狙撃をしてきていることは明白。弾丸の連射速度も速くなってはいるが、ここまでくればもう遅い。

 

「懐に入られる前に仕留められる。その慢心を悔いるのだな!」

 

 叫び、弾丸が飛んできた穴へと飛び込むネメシス。既にダークマターの刃は準備完了、後はネメシスが標的を目視して狙いをつければ即座に切り刻める。飛び込んできた瞬間を狙ったかのような氷の弾丸をダークマターの刃で防ぎ、凍り始めたそれを破棄。同時にその氷の弾丸が飛んできた方向、即ち標的のいる方を視認――

 

「……っ!?」

 

 ――した瞬間、ネメシスの表情が変わる。ネメシスが見た方向、そこに標的たるセシルの姿はない。

 そこにあったのは恐らくカメラだろう機材と、それを乗せている小型の機械――転送装置だ。

 

「しまっ!?」

 

 誘い込まれた。カメラで視界を確認しつつ、転送装置越しに氷の弾丸を転送させて撃ち込んでいただけだ。何故そんな事をしたのか、その理由こそ分からないが奴の狙いはこのピラミッドの中に自分を誘い混むこと。それを察したネメシスはすぐに踵を返し、石にしてはやけに冷たい感触の床を蹴ろうとする。

 

 ――遅い

 

 という声が聞こえた気がした。

 同時にピラミッドが変化していく。いや、違う。これは。

 

立体映像(ホログラム)!?)

 

 石造りのピラミッドは単なる投影映像、その真の姿である氷のピラミッドの中に自分はいる。それにネメシスが気づいた次の瞬間には、氷のピラミッドは瞬時に内部まで完全に凍結。ネメシスはピラミッド型の氷塊に氷漬けになって閉じ込められてしまっていた。

 

「……捕らえた」

 

 そしてピラミッド型の氷塊の外にいた男性――セシルがネメシスの捕縛に成功したと確信した時、何かの気配を感じて顔を上げる。

 

「っ!」

 

 そこには黒い靄が集まっていた。ネメシスの操るダークマター、それが細かな刃を形作り氷塊の周囲を拘束で回転し始める。

 氷塊の中に閉じ込めて氷塊丸ごと氷漬けにしたというのに未だにネメシスには意識があり、氷塊の外のダークマターを操って氷を削ろうとしているのだ。それに感づいた瞬間、セシルはすぐに相棒に通信を取る。

 

「ミーネ、予備プランだ」

 

 [ほいほいっと!]

 

 セシルから通信機越しの指示を受けたミーネはほいほいと返答して右手を掲げ、人差し指を立てる。

 同時にその人差し指の先に巨大な炎の球体が出現、いや、それは彼女の指先から離れるようにゆっくりと浮かんでいくと突如膨張。ピラミッドに姿を変えていた氷塊をも飲み込まんばかりの巨大な火球へと膨らんでいた。

 その姿たるやまるで小型の太陽の如く。遠くにいるはずのリトでさえ汗が止まらず、両眼が青くなった(ブリザド星人の力を解放した)エンザがリトの近距離で全力で冷気を放出してなんとか「ちょっと暑い」くらいの気温に抑えていた。

 

「日輪・天墜」

 

 そして氷塊を指さすように掲げていた右手を下ろすと同時、火球が氷塊目掛けて落ちる。

 

「伏せろリトッ!」

「うおっ!?」

 

 それを見た瞬間エンザは素早くリトを押し倒し、氷の壁で自らを覆うように凍らせていく。

 そして火球が氷塊に接触し、氷塊が火球の高熱によって溶かされたと思った次の瞬間。強烈な爆発が周囲を襲う。水蒸気爆発、それも大規模なものに巨大な氷のボールで自分達を覆い隠したエンザ達は爆発の勢いを流すようにごろごろと転がっていくボールにされるがままになる。

 しかし爆発の勢いに氷のボールが耐えきれなかったのか途中で真っ二つに割れ、

 

「どわーっ!?」

 

「リトー!!」

 

 その回転の勢いでリトが投げ出されるのであった。

 

 

 

 

 

「こ……ここは……」

 

[ど……どうやら電脳空間のようですが……]

 

 一方、電脳空間のある地点。モモとペケはそこに転送されていた。しかもモモは全裸にタオルを持っていてまるで今からお風呂に入ろうとしているような姿だった。

 そしてモモはペケの言葉にこの砂漠はお姉様の造った空間なのかと問うが、ペケはララ様が作ったのは温泉の空間でしたとモモの質問を否定。

 モモが周辺の植物を己の知識によってカーラ星のトロリヤシだと鑑定し、ペケもカーラ星の地形データを元に誰かが作成した電脳空間だと推測。同型のシステムでより広範囲に強力な波長で展開されていたため、自分達が使っていた電脳温泉システムが混乱してバグが発生、それによってモモとペケが飛ばされたのだと予測を立てた。

 そんなとき、ズズンと地響きが聞こえたかと思うと、ドンと彼女らの視線の先の砂漠が爆発。

 

「こ……この凄まじいエネルギー反応は……」

 

[まさか……]

 

 そのエネルギー反応になんらかの既視感を感じたモモとペケが唖然としていると、砂煙の上がっていた方から「わぁあぁあ」と悲鳴が聞こえてくる。

 

「え!?」

 

 かと思いきや、突如リトがモモ目掛けて吹き飛んできていた。

 あまりにも予想だに出来なかった光景にモモは固まってしまい、吹き飛んできたリトを結果的に胸でムニュンと柔らかく受け止める形になったまま二人はもつれあうように後方のオアシス向けて転がっていく。

 そして気づいた時にはリトはモモをまるで押し倒したような格好になっていた。

 

「リ……リトさん……流石にいきなりこれは……恥ずかしいですよぅ……」

 

 そんな格好に流石のモモも恥じらう様子を見せるが、両手で顔を覆いながら「で……でもリトさんが興味おありでしたらどうぞお好きに……」と漏らしており、リトもあまりの光景に固まっている。

 

「ふざけてる場合じゃないぞ、モモ」

 

「ふえ!? お兄様!?」

 

 しかしそこに聞こえてきた別の男の声。それに反応したモモが両手を顔から話すと、そこにはたしかにエンザが立っていた。しかも鎧を着た武装した姿を認めたモモはたしかにふざけている場合ではないと悟ったように表情を変えていた。

 

 

 

 

 

 ネメシスがピラミッドに叩きつけられ、その衝撃でピラミッドがガラガラと崩れながらネメシスは吹き飛ばされつつ、ダークマターで身体を修復しつつ不敵な笑みを浮かべていた。

 

「無駄だ! ダークマターで構成されたこの身体はいくらでも復元――」

 

 その言葉が途中で途切れる。ギドがもはや両手を使うまでもないとばかりに尻尾を鞭のようにしならせてネメシスに叩きつけ続けていたからだ。

 

(流石はデビルーク王……神速の攻撃で再生も反撃の隙も与えず破壊し続ける――)

 

 遠目でその戦いを視認していたザスティンも仕える主の強大な力に敬意を見せる。

 しかも彼が戦う僅かに後ろからミーネが極小の炎弾を放ったかと思うと着弾と同時に強烈に燃え上がってネメシスの全身を焼き尽くし、かと思えば氷の弾丸がネメシスに突き刺さると同時に彼女の身体を凍結させている。いうまでもない、セシルの援護射撃だった。

 

(デビルーク王の攻撃だけでも耐えがたい上に超高熱と極低温の連続攻撃。ヤツが生身を持たぬ者ならば、いずれ……)

 

 ギドをメインアタッカーにしつつ二人の援護攻撃により、ネメシスは物理的なダメージだけでなく高温と低温に交互もしくは同時に晒し続けられる。そのコンビネーションにザスティンは何かを想定していた。

 そしてギドの尻尾がついにネメシスの、人間ならば心臓があるのだろう部分を貫く。

 

「くく……これが大戦の覇者の実力か……」

 

 だがそのネメシスの目からは戦意が消えていない。

 

「しかし、この至近距離からの全方位攻撃に対応できるか!!!」

 

 そしてギドの身体を包み込むようにダークマターを展開し、強襲を仕掛ける。ミーネもセシルも間に合わない。

 

「知るかよ」

 

 否。二人が援護するまでもない、という事だった。

 ギドの尻尾の先端にエネルギーが集中し、周囲に展開されたダークマターを吹き飛ばしたかと思うと強大なエネルギーがビームのように放たれる。

 

「あ、あれはお父様の……」

 

 その極大のビームは、見たモモ(エンザに言われてペケを装着し、普段着用している衣服を着ていた)もそれが父の放ったものだと確信させる程の迫力と威力を備えていた。

 

「くくくく……これほどとはな……!!」

 

 ネメシスは内心で笑いながら、ギドの力を「金色の闇の変身(トランス)ダークネスを以てようやく同じ土俵に立てるレベル」と評する。

 

「最高の暇潰しだ。もっと遊ぼうじゃないか」

 

「……その身体でか?」

 

 ネメシスの言葉にギドが問いかける。そこで彼女も気づいたようだが、ネメシスの身体は顔の半分や胴体、さらには服までもが霧散していた。

 

「やはりな。ダメージを受けすぎて再生が追いつけていない」

 

 その様子を見たセシルが前衛に立ち、語る。

 この世界で生命が存在を安定させるには生身も肉体が一番であり、ネメシスのような思念隊の場合はエネルギーを消耗し続ければ最後には霧散して消えてしまう。

 

「万能だが長期戦ができない肉体――お前もその自覚があるから、“ダークネス”なんてのを担ぎ出そうとしたんだろ? 哀れなヤツだ」

 

 そしてセシルの言葉を引き継ぐようにギドが話し出す。

 

「オレに跪いて、これからはメンドくせー騒ぎは決して起こさねーって誓えよ。そーすりゃこの場は収めてやってもいいぜ?」

 

 ギドの両隣にはミーネ、セシルという彼に匹敵する実力者がいる。対してネメシスは既に再生が追いつかない程の大ダメージを受けている。圧倒的にネメシスが不利な状態だった。

 

「ネメシス!!」

 

 そこに少年の声が挟まってきた。

 

「こっ、ここはひとまず言う事聞いた方がいいって!! 戦っても良い事なんか何もないからっ!!」

 

 その少年――リトが慌てたように叫ぶ。その後ろではモモが「お父様、ホントに大きく……」と、さっきギドが放ったビームから予想はしていたのだろうが改めてその姿を確認して驚いている。

 

「(結城リトだけじゃなくモモまで…)…余計な者は連れてくんなっつったのに、ザスのアホが」

 

 その二人の姿にギドは内心と口の両方で悪態をついている。

 そしてリトの言葉に対し、ネメシスが彼を見る。

 

「……下僕の分際で……この私に……跪けと言うのか?……ジョーダンじゃない。誰かを跪かせるのは好きだが、逆などありえんよ」

 

 そしてネメシスの口にいつもの強気で嗜虐的な笑みが浮かび、彼女は己の胸に手を当てながらギドを見下すような視線で見た。

 

「私が怖いのなら素直にそう言えよデビルーク王! 土下座してこびへつらえば下僕にしてやるぞ!?」

 

「……消えてェらしいな」

 

 そのネメシスの言葉にギドの顔に青筋が浮かぶ。

 

(お……思いっきり煽ってるー!!)

(死ぬ気かアイツー!?)

 

 そしてその煽りを見たリトとエンザは顔を青くしてネメシスの無謀さにツッコミを入れ、その後ろではモモが唖然とした顔を見せていたのだった。




《後書き》
 いつの間にか……最新話から……一年以上……過ぎていた……。(白目)

 本当にマジですみませんでした!!!
 ネタがないやらスランプやらで書けなかったと同時、リアルでも色々とごたごたありましてこれ書く余裕がありませんでした……。
 そしてまあまあ落ち着いてきたので、ちびちび書きながらやっととりあえず一話分こぎつけました……ここで切るかなーどうするかなーと迷ってはおりますが、またちょっとリアルで忙しくなりそうなのでとりあえずここで投稿しておこうかなと。次回はもうちょっと早く投稿できるようになればいいんですが……。

 では今回はこの辺で。ご指摘ご意見ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。


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