紅魔館の奴隷 (ハクキョミ)
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迷い込んだ人間


幻想郷とはご存知だろうか。

試しに周りの人に聞いてみるといい。

答えは知らない、と答えるだろう。

それもそのはず、幻想郷とは存在を忘れ去られた者や忘れかけられた者達の楽園なのだ。

物も例外ではない。

普通に生きていれば幻想郷に迷い込むことはない。

しかし、そんな幻想郷に迷い込んだ人が現れる…。

 

 

辺りは木々が生い茂っている。

既に夜で、空には星が輝いている。

「あれ?おかしいな…。俺は家にいたはずなんだが」

缶ビールを片手に一人の男が呟く。

いつの間にか地面の上に寝っ転がっていた。

「(何で俺はこんな所で寝てるんだ?確か二十歳になったから、初めてのお酒を飲んで…。うーん)」

試しに頬をひっぱたいてみるが、痛みだけが感じられて覚める気配もない。

どうやら夢ではないようだ。

「酔ってフラフラっとこの森の中に入ったのかな。あーあ、初めてのお酒がこんな結果になるなんて」

次にお酒を飲む時は友人に付き添ってもらおうと思いながら森から出ようと歩き出す。

「(つか、うちの近所にこんな森なんてあったっけ?おっかしいなぁ〜)」

不審に思いながらも歩き続けると、遠くに明かりが見えた。

「(おっ、明かり見っけ。あとは帰るだけだな)」

とりあえず、この森で遭難する事はなさそうだと思いながら足を早める。

そして、その男は明かりの正体を見て驚きの声をあげる。

「や、館?こんな場所に?」

この地に住んで約二十年、こんな真っ赤な館なんて見たことなかった。

明らかにおかしいと感じた時、背後から声が聞こえた。

「誰かしら?」

突然の女性の声に素っ頓狂な声をあげるも、同時にこんな森の中で人に出会えたという安心感が湧いてきた。

「こ、こんばんわ。俺は…」

名前を名乗ろうとした時、声をかけられた女性の手にナイフが握られているのを見て、思わず後ずさりをした。

「どうしたの?」

ナイフを持った女性はこちらに近づいてくる。

月の光に照らされて、その女性の姿がハッキリと視界に写った。

その女性は…メイドの服を着た女性だった。

想像もしない格好に、思わず気が抜けてしまった。

「あー、コスプレか?するのは自由だけど、そのナイフは本物と誤解されるからしまっておいた方がいいぞ。貴女も警察のお世話にはなりたくないだろ?」

その女性を気遣うように話したが、気にしてないようだった。

「コスプレに警察ねぇ。貴方はもしかして…ま、いいわ。一週間は持つわね」

メイド服を着た女性は、ナイフを男に向ける。

「貴方、これが偽物と思っているようだけど」

そう言いながら、ナイフを投げる。

頬を掠め、木に突き刺さる。

「悪いけど本物よ」

頬から血が流れる。

そう気付いた時には、思わず大声をあげていた。

「うっ、うわああああ!?」

メイド服を着た女性に、持っていた缶ビールを投げる。

そしてそのまま背を向けて全速力で逃げる。

「あら、外の世界にはこんな美味しいお酒もあるのね」

という声を背後から聞こえたが、男は無視して無我夢中で走った。

 

 

「くそっ!くそっ!何だあのメイドは!」

息を切らせながら、それでも走る。

いつまでたっても森を抜けない。

果たして終わりがあるのかと思ってしまう。

「あのメイドから逃げないと…。捕まったら殺される!」

ひたすら走り続けた結果、既に右も左も分からない状態だが、死ぬよりはマシだ。

流石に疲れたので、木に寄りかかって休む。

「来てねぇよな?」

様子を伺って見たが、辺りに人影はない。

どうやら逃げきれたようだ。

「マジでなんなんだよこの森!人がいると思ったら殺人メイド!そして終わりが見えないこの森!」

愚痴をグチグチと吐き出すも、状況は変わらない。

「(これからどうするか。携帯もないし、お金もない)」

まさに絶体絶命の状況に陥っていた。

警察にも通報できない。

そんな時、遠くから足音が聞こえてきた。

慌てて口を塞ぎ、足の震えも抑えて音をたてないようにする。

「(あのメイドか!?見つかったら殺される…見つかったら殺される!)」

途中、目を瞑りながら藁にもすがる気持ちで天に祈った。

「ここにはいないわね」

あのメイド服を着た女性の声が聞こえて恐怖に怯えたが、いないという言葉を聞いてホッとする。

「(行ったか…?)」

木影から様子を伺おうと覗くと…

目の前にメイド服を着た女性が立っていた。

「あ…あ…」

声もロクにだせなかった。

「まさか気づいてないとでも思っていたの?残念、ゲームオーバーよ」

メイド服を着た女性はそう言って、ナイフの柄で男の頭を殴った。

男の意識はここで途切れた。

 

 



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紅魔館の脱走者

男が意識を取り戻した。

「お目覚めかしら」

女性の声ともに飛び起き…られない。

手は拘束されていて動かせなかった。

「待て、どこだここは」

拘束器具を動かしながら問いかける。

メイド服の女性はナイフを手に持つ。

「…残念ね」

ナイフを男に突きつける。

「今から食料となるのに、最期の言葉はそれでいい?」

「おい、待て。冗談だよな?」

「これが冗談に見える?」

メイド服の女性はナイフを振りかぶり、一気に振り下ろす。

「待て、待て!よせ!」

男はメイド服の女性の手首を掴み、その手を止める。

「貴方、拘束器具は…!?」

メイド服の女性を突き飛ばし、近くの扉から転がり出る。

「ここは何処だ?」

出た先は、赤い絨毯が敷かれた長い廊下。

背後から音がして、慌てて全速力で走る。

「ここから逃げなきゃ…出口は何処だ?」

現在地がわからないまま走り続けて、目の前の扉を開ける。

広いところに出た。

おそらくホールだろう。

階段を一気に駆け下りて、大きな扉を開ける。

目の前に広がった光景は…金髪の小さな女の子が不思議そうにこちらを見つめていた。

「貴方はだあれ?」

「えっ…あっ…」

返答に困ったが、この館に住んでいるとなればこの少女も…。

そう考えた時には、男は金髪少女の横を通り抜けた。

「あっ、待てー!」

金髪少女に飛びつかれ…そのまま壁まで吹き飛ばされた。

「〜〜!、!?」

あまりの激痛に声すらだせなかった。

「もう壊れたの?」

金髪少女が近寄ってくる。

「じゃあ…死んじゃえ♪」

金髪少女は小さな手をこちらに向ける。

「きゅっとして…」

何やらやばい雰囲気を匂わせる。

逃げようとするが、痛みで体が痺れている。

そうこうしている間に、少女の手はどんどん縮まっていく。

「どかー…あれ?」

突然、金髪少女が疑問の声を上げた。

「どこいったの?」

「?」

男も思わず疑問の声を上げた。

何故目の前にいるのに、この少女は俺を見失っているのだろうと。

「(よく分からんが…今なら逃げられる!)」

痛む体に鞭を叩いて、出口の扉に向かう。

しかし、ノブを回しても開かない。

「くそっ、開け!開けよ!」

ノブをいくら回しても開かない。

「あっ、見ーつけた♪」

恐怖の少女の声が聞こえ、振り向いた瞬間には首根っこを掴まれていた。

そのまま施錠されていた扉ごと、投げ飛ばされた。

「今度こそ終わりにしてあげる」

金髪少女が近づいてくる。

男は周囲に目を配らせ、シャベルを見つける。

「(これなら…!?)」

しかし、シャベルを掴む前に金髪少女に首を締められる。

「かっ…!?」

窒息の苦しみに悶えながらもシャベルを掴み、金髪少女の腹に突き刺した。

「ごぅぼっ…!」

シャベルを刺された金髪少女は、力無く地面に倒れる。

「げほっげほっ…」

咳き込みながら、金髪少女の死体を見る。

「(やっ、やっ、やってしまった…)」

血まみれの手を見て、思わず震える。

「…フラン?」

その時、別の女性の声が聞こえた。

慌てて振り返ると、先ほどの金髪少女に似た少女が立っていた。

何故か、羽が生えている。

「貴様!」

抵抗する間もなく、羽が生えている少女に胸倉を掴まれる。

そして、少女の小さな手が男の腹を貫通した。

腹部から鮮血が溢れ出る。

「よくもフランを!死になさい!」

羽が生えている少女は、血まみれの手を振り上げた。

「待って、待ってお姉様!」

制止の声に、羽が生えている少女は動きを止める。

「何かしらフラン。私はこいつを殺すところなのよ」

「だからそれを待ってってば。私決めたの!」

「?」

羽が生えている少女は疑問の声を上げる。

フランと呼ばれた少女は、腹から血を流して気を失っている男を指差してこう言った。

「この男を、私の奴隷にする!」

男は思いもしないだろう。

まさか、目を覚ましたらフランと呼ばれた少女の奴隷になっているなんて…。

 

 

 



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フランドールの奴隷

男は再び目を覚ました。

今度は手に拘束器具もついておらず、何故かフカフカのベットの上に寝かされている。

天井は紅い。

横を見ると、目の前には頑丈そうな鉄格子。

「…え?」

男はベットから起き上がり、鉄格子に手をかける。

揺すってみたが、ビクともしない。

「いやいやいや、嘘だろ?俺捕まったの?」

そういえば羽が生えていた少女に腹を刺された気がするが、傷跡はなくなっていた。

今の状況が全く分からないまま呆然としていると、鉄格子の外の扉が開いた。

「あっ、奴隷!」

入ってきて第一声が、奴隷という単語だった。

奴隷と言ったのは、シャベルで突き刺したはずの金髪少女。

「…は?」

いきなり奴隷と言われて、男はしばらく固まっていた。

そんな男を無視して、金髪少女は自己紹介を始める。

「私の名前はフランドール・スカーレットっていうの。貴方は私の奴隷よ!よろしくね!」

男…もとい奴隷はフランドールの自己紹介を聞き、そして鉄格子を殴った。

「ふざけんな!何でてめぇの奴隷にならなきゃならないんだよ!意味が分からねぇ、外に帰してくれ!」

思い切りフランドールに反抗したが、逆にフランドールに指をさされた。

「ふふっ、私は貴方よそういうところが気に入ったの。だから奴隷にしたのよ」

「はぁ!?」

言っている意味が分からなかった。

「今まで、私は何人もの奴隷を飼ったことがあるの。…でも、全部勝手に壊れちゃった。みーんなつまらなくなっちゃう」

フランドールは寂しそうな声で言う。

どうやら前にも奴隷はいたらしいが、自殺したり、フランドールの遊びにわざと巻き込まれて死んだり、檻の中で狂いだしたりして全員いなくなったようだ。

「みんな私に口を利いてくれない。みんな懺悔の言葉ばっか。つまんない、つまんない」

フランドールは手に持った人形で再現しているようだ。

奴隷はため息をついた。

「…当たり前だろ。いきなりこんな場所に連れてこられて、自分の名前があるのに奴隷って言われるんだぞ?そりゃ、死にたいって思うだろ」

人は追い詰められた時、死の事なんてどうでもよくなる。

つまり、生欲が薄れるのだ。

「奴隷は死にたいって思ってるの?」

「俺はまだ死にたいとは思わん。少なくとも、外に出るまでわな」

実際、まだこの場所のことをよく分かっていない。

脱出できるチャンスはまだ失ったわけではない。

機会を待てばいい。

「…とりあえず、助けてくれてありがとう」

「え?」

フランドールは突然の感謝の言葉に驚く。

「もしお前が俺を奴隷にしなかったら、俺は死んでいただろ。そこだけは感謝するよ」

「初めてだわ。奴隷にしたのに感謝されるなんて」

「少なくとも、命が伸びたさ」

そんな会話をしている時に、扉が開く。

入ってきたのは、あの羽が生えている少女だ。

「あら、調子はどうかしら奴隷?」

「お前…」

「…お前じゃないわ。私は誇り高きカリスマの女王、レミリア・スカーレットよ」

「…ふーん」

ポーズまでキメているレミリアを軽くスルーしてフランドールと会話を始める。

「んで、俺は何をすればいい」

奴隷、というからには過酷な労働が待っているはずだ。

内心では嫌だなと思っているが、この館から脱出するためにはこの檻からでなければならない。

「今日は無いわ。パチェの魔法が定着したら、存分に働いてもらうわ」

レミリアはそう言って、部屋から出た。

「じゃあね奴隷。バイバイ」

フランドールは手を振って、部屋から出た。

一人残された奴隷は、手で顔を覆った。

「なんでだよ。なんでこんな目に…帰りたいよぉ」

レミリアとフランドールの前では強がっていたが、誰もいなくなった途端に強がりが崩れた。

すっかり弱気になった奴隷はベットに潜り込む。

そのまま目を閉じて寝た。

今夜の枕は濡れそうだ。

 



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奴隷の初仕事

「起きなさい奴隷」

あの殺人メイドの声が聞こえ、本能で飛び起きる。

「ひっ…な、何だお前か」

一瞬素の部分がでてしまったが、殺人メイドは気づいていないようだ。

「お前じゃないわ。私は十六夜 咲夜(いざよい さくや)。ここのメイド長よ」

「…メイド長ってことは、他にもいるのか?」

「それは今からわかるわ。出なさい」

従うがままに檻から出る。

あまりじっくり見なかったこの部屋を見る。

奥のベットに棺桶が見える。

「メイド長。あの棺桶は?」

「妹様がご就寝になられているのよ。だからあんまり大きな声を出さないように」

「妹様…あぁ、フランドールか」

咲夜の説明に納得し、奴隷は初めて部屋から出た。

十六夜咲夜の監視付きだが。

 

 

部屋を出てしばらく廊下を歩くと、咲夜と似たような格好をしている女性達が掃除をしている。

なんと、背中には透明な羽が生えている。

「メイド長。あの女性達は人間なのか?」

「人間は私一人よ。貴方が来たから今は二人だけれど」

咲夜はそう言いながら、奴隷にモップとバケツを渡す。

「これは?」

「仕事よ奴隷。貴方は奥の扉までの廊下を掃除してちょうだい」

咲夜に命令され、奴隷は掃除を始める。

咲夜は他のメイド達の様子を見に行ったようだ。

「(奴隷とまで言われて、どんな過酷な仕事が待ってるんだろうって思ったが…楽だな)」

モップに水をつけ、隅から隅まで掃除をする。

幸い、一人暮らしの時にいろいろな家事スキルを身につけているので、この仕事は苦ではなかった。

「まぁこんなものでしょ」

一通り掃除が終わって一休みしようとしたが、何故か廊下に細かいゴミが落ちていた。

「…おかしいな」

モップを持って、その場所を掃除する。

綺麗になったのもつかの間、今度は別の場所で同じことがおきた。

「(あの場所は掃除した。…嫌がらせか?)」

掃除しながら、耳に全神経を集中させる。

すると、微かに背後から音が聞こえる。

後ろを振り返ると、先ほど見たメイド達が廊下にゴミをぶちまけていた。

「あっ、やばいやばい」

奴隷の視線に気づいたのか、メイド達は慌ててどこかへ行ってしまった。

「なんだあいつら?」

多少苛立ちながらも、メイド達がぶちまけたゴミを片付けて咲夜が戻ってくるのを待った。

 

 

咲夜が戻ってきた。

奴隷は掃除をした成果を見せた。

「どうですかメイド長」

咲夜は一通り廊下を見る。

「悪くわないわね。うちのメイド妖精よりも断然いいわ」

褒められて、咲夜が見てないうちに照れる。

モップとバケツを片付けて、次の指示を聞く。

「次は部屋の掃除よ。ベットメイキングから床拭き、窓拭きもお願いね」

「分かった」

咲夜が部屋から出て一人になる。

軽くベットメイキングを済まし、脱出できそうな窓を開ける。

「…高いな。落ちたら最悪死、良くても複雑骨折だな」

あまりの高さに絶望する。

下にマットがあっても飛び降りたくはない。

「(他には花壇か。多種多様な花が植えられていることで…ん?)」

花壇を眺めていると女性が現れた。

手にはじょうろを持っており、花壇の手入れをしていることがわかる。

「(花壇の所有者か?メイド長が言ってたメイド妖精とは服装が全く違うけど…)」

遠くて顔までは見えないが、服装から見て中国人っぽい。

しばらく観察していると、中国人と予想した女性はじょうろを置き、奥の方…門の方に向かって行った。

「うわ、この館は門まであるのか。随分豪華だなぁ」

これ以上収穫がないと思い、窓を閉める。

その後は何も得られないまま部屋の掃除が終わり、奴隷は再び檻の中に入れられた。

 

 



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館の外

初仕事から一週間ほど経過した。

檻の中にカレンダーがないので正確とは言えないが。

いつものように廊下や部屋の掃除。

たまにメイド妖精に虐められることもある。

しかし、それが習慣になっていた。

そんなある日に咲夜が話をもちかけてきた。

「奴隷、たまには外の空気も吸ってみたい?」

その言葉に思わず驚いた。

どんな時でも廊下や部屋の掃除しかさせてくれなかったので、単純に喜んだ。

「いいのか?」

「いいわよ。その代わり、やってもらいたいこともあるけど」

咲夜と共に廊下を歩き、紅魔館を出る。

目の前には噴水に花壇が広がっている。

よく部屋の窓から花壇を眺めていたが、間近で見ると美しさがより際立っていた。

「それで、やってもらいたいこととは?」

「最近雑草が生い茂っちゃって…。この鎌で雑草を刈りなさい」

鎌を手渡される。

奴隷は了承する。

「(雑草を刈るのは初めてだな。いけるかな?)」

屈み、そこら中に生い茂っている雑草を刈り始める。

あらかた刈り終わったあと、目の前にある壁を見る。

「(梯子があれば行けそうだな。…流石に何もなしじゃあ登れないか)」

振り返ると、紅魔館の窓から掃除中のメイド妖精達の姿が見える。

「(…丸見えだな)」

仮に梯子があっても、これではすぐに見つかってしまうだろう。

夜になればあの姉妹も…。

梯子作戦は断念し、もっと練りこんだ作戦じゃないとここから脱出出来ない事を再確認する。

「(残念だなぁ…)」

そう思いながら近くの雑草を刈ろうとする。

しかし、奴隷が刈ることは無かった。

「待ってください!それは刈っては駄目です!」

突然の制止の声に、驚きながらも手を止める。

声がした方を向くと、いつも窓から外の景色を見ていると花壇の手入れをしている女性の姿がそこにあった。

「危なかったですね。それはマンドラゴラといって、引き抜いたり刈ったりすると泣きだすんですよ」

「マンドラゴラって…二股の?」

そんな危険な植物を握っていることを知って、慌てて離す。

もし刈っていたら、今頃発狂して死んでいただろう。

「あ、ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして。次は気をつけてくださいね」

彼女に刈っていい雑草と駄目な雑草を教えてもらい、作業を再開する。

 

 

しばらく草刈りをやっていると、咲夜からサンドイッチが入ってるバスケットを貰った。

「昼食よ」

そう言い残して咲夜は紅魔館内へと入っていった。

「(一休みするか)」

鎌を置いて、噴水に腰掛けてサンドイッチを食べる。

「(ここのメイド長、咲夜だっけか。意外と料理がうまいんだよな)」

一つ食べ終わり、二つ目を食べようとした時、ふと横から視線を感じた。

見てみると、先ほどの女性が涎を垂らしてこちらを見ていた。

「あー…」

奴隷は察した。

「貴女も食べます?」

「いいんですか!?」

女性の目が光る。

「ど、どうぞ」

サンドイッチを差し出し、女性はそれを食べた。

よほどお腹がすいていたのか、貪るように食べていた。

結局、残りのサンドイッチを全て食べられてしまった。

「いやぁ〜、もう何日も食べてないんですよ。ありがとうございました」

「そ、そうなのか。それならメイド長にお腹がすきましたって言えばいいのでは?」

「それが、寝てしまったので咲夜さんに罰としてご飯抜きにされているんですよ」

「寝ている…?もしかして、貴女は紅 美鈴(ほん めいりん)?」

「そうですけど…初対面のはずなのに、よく私の名前を知っていましたね」

美鈴は驚いているようだ。

実は、奴隷も知りたくて知った訳では無い。

つい二日前、十六夜咲夜がまた美鈴が寝ている、と呟いていたのを耳にしたからだ。

「メイド長が貴女のことを愚痴ってるところを見たんですよ。その時名前を知った」

それを聞いて、美鈴は少し慌てた。

「奴隷さん、咲夜さんは何か言ってませんでしたか?」

「特に何も言ってないと思うぞ」

「そうですか。また罰を追加されたらと思いまして」

美鈴は苦笑いしながら話す。

紅魔館(ここ)には慣れましたか?」

「…まだなんとも。入ったことない部屋とかも多々あるし」

「そうですか…。今回の奴隷は妹様の特にお気に入りだってメイド妖精達から聞いたのですが…」

「…へー、そーなのかー」

聞いたことない話に、素っ気ない返事しかできなかった。

しばらく美鈴と話していると、咲夜から戻ってこいと言われた。

「また話しましょうね奴隷さん」

美鈴は手を振る。

「…奴隷にさん付けかぁ。優しいんだな」

小さな声でそう言い、紅魔館へと戻った。

久々に外の空気を吸えた奴隷は、檻の中に再び入れられても外の実感を忘れなかった。

 

 



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手伝いの報酬

奴隷は頭に走った痛みによって飛び起きた。

「痛ってぇ!?なんだよ突然!?」

眠気まなこをこすり、檻の外を見る。

そこには、いつものメイド長ではなく紫色を基調とした服を着た女性が立っていた。

「口で言っても起きないからこうしたのよ。来なさい奴隷、今すぐ」

急かされて、まだ眠気が残っているまま檻の外に出る。

 

 

朝食を歩きながら食べ、先頭を歩く女性について行く。

「…失礼だが、名前は?」

「パチュリー・ノーレッジよ。今から向かう場所の管理をしているわ」

そう言ってパチュリーは扉を開ける。

入口にあるプレートには、ヴワル魔法図書館と書かれている。

奴隷の視線に気づいたのか、パチュリーはため息混じりに言う。

「あぁ…それね。小悪魔がどうしてもこの図書館に名前をつけたい、といったから…」

確かにプレートは後から付けたような跡がある。

「とりあえず入りなさい」

パチュリーに促されて部屋の中に入ると、そこには奴隷の身長を軽々とこす本棚がズラリと並んでいた。

しかも、ヴワル魔法図書館はかなり広くて、見る限りでは四階まである。

「この館にこんな広大な図書館があるなんて…」

あまりの凄さに固まってしまう。

「ほら奴隷、こっちよ」

周りをキョロキョロしながらパチュリーの後を追う。

パチュリーに案内されたところは、ヴワル魔法図書館の二階の一角。

床には大量の本が床に落ちている。

「昨日の魔法実験で失敗しちゃってね…。奴隷、この本を元通りの位置に戻してくれないかしら」

「この量を!?元々の本の位置とか知らないから無理なんだけど…」

「その点は心配いらないわ」

パチュリーは紙を取り出し、奴隷に渡す。

「その紙に本の位置が描いてあるから、頼んだわよ」

パチュリーが去った後、奴隷は落ちている本を一つ拾い上げる。

「一人でとかマジかよ…。いつもより絶対きついじゃんこれ…」

パチュリーに貰った紙を見ながら本を元の位置に戻していく。

一応、一つの本を取っては中身を見ているが、日本語ではないようで読めない。

英語でもないようだ。

「何語だよこれ。なんか変な魔法陣まで描いてあるし…」

とても脱出に繋がりそうにない。

ヴワル魔法図書館を二階から見渡すが、窓がない。

「(窓から脱出…は無理か。つか窓ないとか空気が淀みそうだな)」

ここに脱出に役立つ物はないと思い、作業に戻ろうとした。

その時、視界の端で何かが動いた。

「(…何かいたな。俺の監視か?)」

奴隷は足音をたてないように慎重に歩き、本棚の後ろへ回る。

「(音が聞こえるな)」

ゴソゴソと音が聞こえる。

顔だけ本棚から出すと、視界の先には黒色の魔女帽をかぶった少女がいた。

本をとっては帽子の中に入れている。

奴隷は盗みの現場を目撃してしまった。

「(おいおい…泥棒かよ)」

奴隷はどうしようかと考える。

このままパチュリーに知らせてもいいが、別に知らせる義務はない。

そもそも、パチュリーがいる場所まで行くのに時間がかかるため、知らせても遅いだろう。

「(んじゃ、残された道は…)」

奴隷は一度深呼吸して、泥棒少女に声をかける。

「そこの君、何してんの?」

「!?」

突然の声に、泥棒少女は持っていた本を落とした。

こちらを見ている泥棒少女は目を見開いて驚いているようだ。

「こんなところに見張りをつけていやがったのかパチュリー!こりゃ逃げるぜ!」

泥棒少女は回れ右をして、奴隷から逃げた。

「あっ、おい!待て!」

泥棒少女はすぐそこの本棚を左に曲がった。

そっちには…大量の本が床に散らばっていたはずだ。

本に足を取られて、奴隷の目の前で泥棒少女はすっ転んだ。

「あーあ、だから待てと言ったのに。大丈夫か?」

転んだ泥棒少女に手を貸す。

「…悪いな」

手を掴み、泥棒少女は立ち上がる。

「パチュリーには言わないから。面倒だし」

「おおっ、そりゃ助かるぜ!そういやお前は初めて見るな、なんて名前なんだ?」

「名前?奴隷だけ…!?」

言いかけて、慌てて口を塞ぐ。

今、自分の名前を奴隷と言いそうになった。

「(最悪だ)」

ここにもう一ヶ月ほど住んでいる影響だからなのか。

「どうした?」

泥棒少女は不審に思いながら、こちらを見ている。

「…俺は紅魔館(ここ)に住んでるただの人間さ。君は?」

「私は霧雨 魔理沙(きりさめ まりさ)。普通の魔法使いだ」

「魔法使い?」

突然のファンタジーの話についていけない。

この少女…魔理沙は何を言っているのだろうか。

「そのまんまだよ。それよりお前、パチュリーにバレないように出口までついてきてくれないか?」

「別に構わないけど」

魔理沙と共に、ヴワル魔法図書館の出口に向かう。

道中、羽が生えた赤髪の女性の姿が見えたが、無事出口までたどり着いた。

「あとは大丈夫か?」

「ああ。すまなかったな、ついてきてもらって」

魔理沙は帽子をかぶり直し、懐に手を入れて奴隷にキノコを差し出す。

「これ、お礼にやるよ。魔法の森の最深部に生えていた、特別なキノコだぜ」

「お、おう…。ありがとう」

魔理沙はキノコを奴隷に渡し、そのまま振り返らずに帰っていった。

「…キノコ?」

貰ったキノコを懐に隠し、パチュリーに見つからないように二階に戻った。

結局、本の片付けだけで一日を使い果たしてしまい、奴隷は夕食を食べた後に檻の中のベットに吸い込まれるように飛び込んだ。

今日の仕事は、今までで一番疲れたかもしれない。

 

 




ここでは、大図書館をわざと
「ヴワル魔法図書館」
と呼んでいます。


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フランドールとの遊び

霧雨魔理沙という自称魔女に貰ったキノコは未だにしなびれていない。

そんなキノコを不思議そうに眺めながら、檻から出してくれるのを待つ。

「奴隷ー!」

今日も掃除かな、と思いながら振り返ると、まだ朝なのにフランドールがそこにいた。

「フ、フランドール?この時間はいつも寝ているんじゃ…」

「えへへ。今日は奴隷と遊ぶために早寝早起きしたの!」

「…俺と?」

ぱっと思いついたのはゲーム。

しかし、この紅魔館には何故か機械類らしきものがない。

「何で遊ぶんだ?」

フランドールのベットの周りにある遊具を見ながら質問する。

ボールやお絵かき用の紙、人形などが視界に映る。

てっきりあれらで遊ぶものかと思っていた。

しかし、フランドールが取り出したのは一枚の紙。

何やら絵と文字が書いてあるだけの、ただの紙。

「お絵かきでもするか?」

紙を見て、奴隷はお絵かきでもするのかと思った。

しかし、フランドールは首を横に振った。

「弾幕ごっこ」

「…弾幕ごっこ?」

紅魔館に居てから半年経つ。

弾幕ごっこ、という単語は美鈴からの話で聞いたことはあった。

「(スペルカード…っていうやつか)」

確か美しさで勝負が決まる、と美鈴は言っていた気がする。

「分かった。それで遊ぼう」

檻から出て、フランドールから一定の距離とる。

「スペルカードは三枚ね!それじゃあいくよ奴隷」

フランドールは三枚から一枚を選び、宣言する。

「禁忌『クランベリートラップ』」

フランドールを中心に、赤色と青色の弾幕が放たれる。

「うおっ!?そういう感じか!?」

美鈴の話から聞く限りではてっきり見せ合うものと思っていたが、明らかに当てに来てる。

弾幕シューティングゲームはプレイしたことあるが、まさか3Dで、なおかつ現実で自分が体験できるとは思わなかった。

初めての経験に心が踊る。

必死に弾幕を避け続けていたが、全て走って避けているためにかなり疲れる。

よく見ると、フランドールは飛んでいる。

それがかろうじて見えただけで、とても弾幕の美しさを見れる余裕はなかった。

「フランドール!ストップストップ!」

奴隷の声に、弾幕は止む。

「どうしたの?あと二枚残ってるよ?」

「いや待て、普通にキツイ。フランドールは飛んでるからいいけど、こっちはずっと走ってるんだよ。これじゃあフランドールのスペルカードの美しさが見えないし、つまらないと思う。疲弊して止まっているところを当ててもつまらないだろ?」

息を切らしながら言う。

一枚でここまで疲れるのに、あと二枚もあるなんてしんどい。

ここで生き残るには、なるべくフランドールの機嫌を損ねないことだ。

しかし、このままでは翌日筋肉痛コースだ。

「飛べるフランドールが避ける側の方が楽しいと思う。俺が攻めをやるから、それでどうだ?」

「でも奴隷、スペルカード持ってるの?」

「借してくれ」

フランドールからスペルカードを借り、書いてある文字を宣言する。

「禁忌『レーヴァテイン』」

そう宣言したが、スペルカードからは弾幕が発生しなかった。

それを見ていたフランドールは意味を理解した。

スペルカードというのはただの紙(・・・・)

発生している弾幕は個人の能力によるものなので、当然奴隷がレーヴァテインなんて放てるわけがなかった。

奴隷はその事を知らない。

「…あれ?」

奴隷はスペルカードに書いてある文字をもう一度宣言する。

しかし、弾幕は発生しなかった。

「ねぇ奴隷。スペルカードっていうのはただの宣言用の紙なんだよ?それ自体に効力はないの」

「…マジで?」

フランドールの説明により意味を理解した奴隷は、渋々フランドールにスペルカードを返す。

しかし、スペルカードがフランドールの手に触れた時、フランドールの妖力にあてられたせいか、レーヴァテインが奴隷の目の前で発生した。

「えっ」

当然奴隷は避けられるわけがなく、近くにいたフランドール共々ピチュった。

倒れている二人が発見されたのは、咲夜が夕食だと呼びに行った時。

咲夜は二人を見てこう思った。

何故残機が一のままやったのだろうと。

 

 

 

 

 

 



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調理場での謎

この前の弾幕ごっこは残念な結果で終わってしまった。

フランドール共々医務室送りにされ、そこで睡眠をとった。

よく考えると檻の外で寝るのは貴重な体験かもしれない。

あの弾幕ごっこについてだが、咲夜の話によると残機というものがあるらしく、フランドールと奴隷は残機一で行っていたようだ。

それでも実質引き分けなので、奴隷が妹様相手に引き分けに持ち込むなど、と咲夜は驚いていた。

そんな体験をした奴隷は、いつも通り廊下と部屋の掃除をしていた。

「(明日は外掃除か。楽しみだな)」

外の掃除は過酷だが、美鈴と会話ができる。

あの時スペルカードのことが分かっていたのも美鈴のおかげだ。

好意的な感情は一切湧かないが、この世界のことを知るのには美鈴に聞くのが一番だ。

大抵の事は答えてくれる。

雑巾を絞り、本日のノルマは達成する。

あとは咲夜を待つだけ。

どの部屋にも脱出に役立つものがないのでこの時間が暇だ。

部屋の扉が開く。

しかし、そこにいたのは咲夜ではなくレミリアだった。

「ここにいたのね奴隷。貴方に話があるわ」

「…何でしょうか?」

紅魔館の主が直々に話があるなんて嫌な予感しかしない。

もし、食料になりなさい、的なことを言われたら背後にある窓を突き破るつもりだ。

だが、レミリアが話した内容は想像と全く違った。

「明日ここで宴会をやるから、咲夜の手伝いを命じるわ。調理場はわかるでしょ?」

「…分かりました」

掃除道具を片付けて調理場へ向かう。

「(宴会?なんかあったのか?)」

疑問に思いながら調理場へ入ると、既にいた咲夜の背中が視界に映った。

「レミリア…お嬢様の命令で来た。何を手伝えばいい?」

「助かるわ。奴隷、料理はできるかしら?」

「一人暮らし舐めんな」

咲夜に頼まれ、料理を開始する。

今から作って冷めないか?と質問したが、パチュリー様の魔法で温度は戻せるから大丈夫よ、と返された。

魔法って便利。

紅魔館はガスも通ってないのか、火をつけるのに時間がかかった。

「…外の世界より使い勝手が悪いかしら?」

突然咲夜がそう言った。

「家にあるやつはボタン一つで火がつく」

「それは便利ね」

火をおこし、その上に鍋をのせる。

煮えるまで何もしないのもあれなので、咲夜と会話を始める。

この際、分からないことを質問してみよう。

「メイド長らはよく“外の世界”と言うが、ここは日本じゃないのか?」

レミリアやフランドール、パチュリーや美鈴などを見て、一目で外人っぽいとわかるも、日本語が通じている。

「…そうね、ここは確かに日本よ。でも日本の地図には載ってはいない」

「なんだって?」

「ここは幻想郷(げんそうきょう)。忘れ去られたものたちの楽園よ」

「幻想郷…」

確かに、そんな地名は聞いたこともないし、地図にも載っていない。

「なら、レミリアやフランドール、パチュリーや美鈴は忘れ去られたもの…なのか?」

「…まぁ、そうね。お嬢様達は妖怪だもの、科学が発展している外の世界では忘れ去られるはずよ」

「妖怪…」

確かに外の世界では妖怪などというものは迷信となっている。

現在では様々なことが科学で解明されて、そういう古い文化がどんどん失っている。

「いや、待てよ?メイド長は人間のはず。俺も人間だけど、人間もこの…幻想郷に流れ着くのか?」

「私は違うわ。私はお嬢様を追って…私のことはいいわ。貴方はおそらく存在が忘れ去られたから幻想郷に流れ着いたと思うの」

「俺が?」

こう見えて、アルバイトしていた。

友人もいるし、とても存在が忘れ去られる環境じゃないはずだ。

「迷い込んだ時のスタートは、殆どは無縁塚からなのよ。貴方は紅魔館周辺の森にいた。だから迷い込んだ、ということはないと思うわ」

「…忘れ去られるなんて絶対ない。てか普通にない」

「断言はできないでしょ?未来は分かるものじゃないから…」

そう言って、咲夜は料理を保管庫まで持っていった。

奴隷も料理を作り終え、保管庫まで運ぶ。

「お疲れ様。これで大丈夫よ」

「メイド長もお疲れ様。じゃあ、俺は戻るとするか」

奴隷は檻の中へ戻る。

ベットに入り、咲夜が言っていたことをまとめてみる。

「(ここは幻想郷、忘れ去られたものの楽園…か。そしてレミリア達は妖怪なのか。ならあの強さも頷ける)」

血を吸う行為から、おそらく吸血鬼かなと予想する。

「(後は…何故俺がここに来たか、だ。あの日は初めての酒を飲んだ日…酔ってここに来てしまったのなら他にも沢山迷い込むはずだが…)」

これ以上考えても何も思いつかないことを知り、奴隷は深い眠りについた。

 

 

 

 



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宴会での交流

紅魔館内のメイド妖精達が慌ただしい。

それは咲夜も奴隷も例外ではない。

「奴隷!料理を運んで!」

「今運んでるっての!」

カートに宴会用の料理を置いて、ガラガラと音をたてながら運ぶ。

既にホールには大勢の人がいて賑わっていた。

宴会用テーブルに料理を置き、その場から立ち去る。

「(たくさん来たなぁ。これ全員幻想郷に住んでいる人ってことか?)」

二階からホールを眺める。

「…すげぇな。外の世界ではハロウィン以外ではこんな光景は見えないな」

ここから見えたのは、巫女さんにあの時の泥棒魔女。

さらに頭から角が生えた…おそらく鬼に、刀を背負っている少女までいる。

その他にも個性豊かな人達がいるのだが、多すぎる。

宴会の内容は、「異変」とやらが解決したかららしい。

奴隷にはさっぱりだが、とにかく外で何か問題でもおきたのだろう。

「(よく見りゃ…全員女性だな。幻想郷って女性だけの世界?)」

宴会に参加している全てが女性に驚く。

ここにいるのが場違いな気がしてきた。

この場から離れよう、と思った時、何者かに声をかけられた。

「そこの人間さん。少しいいかしら?」

「!?」

突然の声に振り向くと、周りに白い…幽霊みたいな物が浮かんでいる女性がいた。

足元を見ると浮かんでいる。

目の前の女性が幽霊だと分かるのに、そんなに時間がかからなかった。

「何でしょう?」

「妖夢っていう半人半霊を探してるんだけど…知らないかしら?」

どうやら人探しのようだ。

しかし、半人半霊とは何だろうか。

「その人の容姿とか分かります?」

「刀を二本持ってるわ」

「あぁ、それなら…」

刀を二本持ってる人なら先ほどここから見えた。

「あの人じゃないですかね。妖夢さんは」

指をさして幽霊の女性に知らせる。

「あら、あんなところにいたのね。ありがとね人間さん♪」

ふよふよと浮きながら、妖夢の元へ向かっていった。

「(…幽霊が目に見えるなんて、俺って霊感高い?)」

自分の霊感に驚きつつも、今度こそこの場を後にする。

 

 

しばらく別室で暇をしていたが、メイド妖精に呼ばれて再びホールへ向かう。

両手に酒瓶を持ち、目の前で酒をグイグイ飲んでいる…おそらく鬼が座っているテーブルに酒瓶を置いた。

「おっ、悪いねぇ〜」

自分よりも背が小さい鬼にお礼を言われる。

小さな鬼が酒瓶に手を伸ばした時、その手が止まる。

「…見ない顔だねぇ」

「そ、そうですか?」

紅魔館にはかなりの数がいるはずだが、それでも見分けがつくのは妖怪だからなのだろうか。

小さな鬼は酒瓶の蓋を開け、奴隷に突き出す。

「あんたも一杯どうだい?」

誘いに戸惑うも、ここに来てしまった原因がお酒のせいかもしれないので、トラウマを感じて拒否をした。

「なんらー?私の酒が飲めないって言うのかー?」

「お酒にはちょっと抵抗がありましてね…。仕事があるので、それでは」

半ば強引に話を切り、小さな鬼から逃げるように離れる。

「(またお酒なんか飲んで、起きたら別世界とかなってたら最悪だわ。現状維持現状維持っと)」

距離をとったことを確認し、再び別室へ向かおうとすると、視界にあの時の泥棒魔女…霧雨魔理沙の姿が見えた。

魔理沙は料理の味付けのためのタレをキノコにつけて食べていた。

「(そういや魔理沙に貰ったキノコがあったな。食べてみるか)」

キノコの一部をちぎり、タレにつけて食べる。

「(美味いな)」

続けて食べようとしたが、たまたま近くにいた魔理沙と巫女の会話を聞いてしまった。

「また変なキノコじゃないでしょうね?」

「安心しろ、これは大丈夫なやつだぜ。しいてゆうなら、この前紅魔館にいた男にあげたキノコの方が食べちゃいけないやつだぜ。魔法の森の最深部に生えてたキノコだしな」

「うわ、絶対瘴気に晒されてるじゃない…」

その話を聞いた奴隷は、魔理沙を殴りたい気持ちを抑えつつトイレに行って盛大に吐いた。

 

 

「泥棒に貰ったものを信用した俺が馬鹿だった」

一応キノコはとってあるが、二度と食べようとは思わない。

ホールに行って魔理沙を殴ろう、と思ってホールに向かっていると、近くの部屋から美しい音色が聴こえてきた。

「(楽器?それにしても気持ちが落ち着く音色だな)」

先ほどまで魔理沙を殴りたい気持ちが薄れていった。

しばらく音色を聴き、演奏者がいる部屋の扉を開ける。

「いい音色ですね」

部屋に入って、そう言う。

部屋の中に居たのは、金髪のショートボブの女性だった。

「あ、ありがとう。それよりもう時間?」

「あ、いえいえ。近くを通りかかったら美しい音色が聴こえてきたのでつい」

時間…とは、おそらくレミリアが言っていた宴会の締めの演奏の事だろう。

「俺は初めて聴きますので…とても楽しみにしています」

「期待に応えれればいいですけど」

そう言って、演奏者は再び練習を始める。

そういえば、と思って演奏者に質問する。

「失礼ですが、お名前は?」

「ルナサ・プリズムリバーよ。貴方は?」

「俺は…」

と言いかけた時、別の女性の声が奴隷の言葉を遮った。

「姉さん、そろそろだってよー!」

「私達も準備しないと…おや?」

二人の女性が奴隷の存在に気づく。

「あぁ、この子達はリリカにメルラン。私の妹よ」

ルナサはそう紹介する。

「三姉妹か。…えーと、そろそろのようですし俺はこのあたりで」

邪魔をしてはいけないと思い、奴隷はルナサ達の部屋を出る。

廊下を歩きながら、最後の演奏を聴くのが楽しみだ、と呟いた。

 

 

「そろそろか」

時計を見て、ホールに移動する。

ホールには、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まっていた。

皆、ホールの舞台に注目している。

舞台にあの三姉妹…ルナサ・プリズムリバーを中心にメルラン・プリズムリバー、リリカ・プリズムリバーが揃った。

そして、宴会の最後を締めくくる演奏が始まった。

「(…初めて心に響いたかもな。プリズムリバー三姉妹って凄いな)」

終始、プリズムリバー三姉妹から目を離すことなく演奏を聴いていた。

演奏が終わった時には、思わず立って拍手をした。

そんな奴隷に気づいたのか、ルナサがこちらに向かって手を振ってくれた。

奴隷も小さく返した。

プリズムリバー三姉妹が退場するとともに、宴会に来ていた人や妖怪達が帰っていく。

後に残されたのは、汚れた食器。

奥からメイド妖精達がぞろぞろと集まってくる。

「さぁ、片付けるわよ。片付け終わるまで睡眠禁止!」

「はい!」

咲夜の号令によって、メイド妖精達は片付けを始める。

奴隷も片付けを始める。

結局、片付けに食器洗いを含めたら朝までかかってしまった。

あぁ、食洗機が恋しい。

 

 

 

 

 

 

 



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狂気の仕事

奴隷になってからそろそろ一年が経つ。

確定とまでは行かないが脱出手段もある程度揃ってきた。

しかし、それには壁がある。

「(紅魔館脱出の前に、まず檻から脱出しないとな…)」

何をするにも、檻から出られなければ意味がない。

今までは紅魔館の人達に開けてもらっていた。

自分で開けたことは一度もない。

「(あいつらは鍵で開けてるから、鍵さえ奪えば…)」

咲夜らがいつも檻の鍵を持っているとは思えない。

どこかに鍵を置く部屋があるはずだ。

奴隷はまだ紅魔館の全ての部屋に入ったことはない。

「(今日の時間にまだ行ってない部屋に行こっかな)」

今日やることを決め、咲夜を待つ。

約十分後に咲夜は来た。

手には鍵を持っている。

咲夜は鍵で檻の扉を開ける。

「来なさい」

奴隷はいつものように、しかし鍵に目をつけたまま檻の外に出る。

フランドールの部屋を出て咲夜についていくが、何故かいつもと違う方向に歩き出す。

「メイド長?今日はいつもの掃除じゃないのか?」

「ええ。奴隷も紅魔館(ここ)に来てもう一年よね。そろそろあれもできるように、と思ってね」

「あー?」

「ついてくれば分かるわ」

奴隷は何をするのか考えながら、咲夜についていく。

 

 

咲夜についていき、ある一つの部屋に入る。

「うっ…」

部屋に入った途端、甘ったるい臭いがした。

「メイド長、なんだこの臭いは」

「腐乱臭よ」

「え?」

疑問に思っているのもつかの間、奴隷の目の前に何かが置かれる。

「貴方にはこれを解体(・・)してもらうわ」

「…は?」

奴隷は目の前に置かれた物を見る。

それは…人の形をしていた。

「なっ…解体って人間の解体(・・・・・)だと!?」

「そうよ。臭いがするのは、それは腐りかけだからよ」

「腐りかけって…ふざけんな!俺に人間を解体しろというのか!?同じ人間を!?」

こればかりは立場なんてクソくらえだった。

何故人間である俺が人間を解体しなければならないのか。

「はぁ、貴方がそういうと思ってわざわざ死体にしたじゃない。それとも、生きている人間の方がよかった?」

「そういう問題じゃねぇよ!…待てよ、お前生きている人間を解体…殺したことあるのか?」

「ええ、この場で生きたまま解体したことあるわ」

咲夜の言葉にゾッとする。

そんな奴隷を無視して咲夜は話す。

「本当は、貴方が解体される側になっていたのよ?いいじゃない、解体する側で」

全ては、あのチビ吸血鬼のためのことなのか。

「狂ってる…」

そう奴隷は吐き捨てた。

「屁理屈はその辺にして、さっさと解体なさい」

「くっ…」

解体部屋の扉は閉まってる。

咲夜の腰に鍵束が見えるが、奪おうとすれば奴隷が解体される側になる。

「(こいつがナイフを持っていなければ…!)」

もはや言いなりになるしかない。

震える手で解体用の包丁を握り、振り上げる。

「(すまない…名前も知らないのに…)」

心の中で何度も何度も謝りながら、振り上げた包丁を振り下ろした。

鈍い音が響き、奴隷の足元に右腕が転がり落ちる。

「次は左腕、両足。そして首を切って血抜きをしなさい」

「…」

そこからは、意識を保つのに精一杯だった。

切れば臭いは強まり、切断口からは腐りかけのドロドロの血が流れ落ちる。

咲夜はその血液を瓶の中に入れて回収していた。

「血抜きが終わったら、胸をこれで開いて邪魔な骨を取って…」

もう咲夜の言葉すら耳に入らない。

奴隷は何も考えれないまま振り下ろし、胸を裂いて肋骨を抜き取る。

手には腐りかけの血が付着している。

「後は腹を切って内臓を取り出せば終わりよ。残りの部分の処理はこっちでやるわ」

「…」

腹を切り、切断口に手を突っ込んで内臓を取り出す。

大腸、小腸、肝臓、胃、すい臓…。

奴隷は朦朧とした意識の中で、理科の教科書にあった内臓の模式図と本物はほぼ同じなんだな、と思った。

「ご苦労様。奥に洗面所があるから、そこで手を洗ってきなさい」

「…」

ふらふらとおぼつかない足取りで洗面所に向かい、血まみれの手を洗う。

鏡に咲夜の後ろ姿が映る。

咲夜が内臓の分別を行っている。

血まみれの手はすっかり綺麗になった。

咲夜の仕事も終わり、二人で解体部屋を出る。

 

 

檻の中に戻されても、奴隷は無言だった。

奴隷は自分の手を見る。

この手を死ぬまで洗いたい。

奴隷にはそれしか思いつかなかった。

この先一、二ヶ月ほど奴隷は脱出のことなんて頭になかった。

仕事が捗らなくて怒られたが、そんなことは気にしなかった。

奴隷が立ち直り、脱出に本腰を入れるのはまだ先の話である。

 

 

 



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吐き出した怒り

奴隷はレミリアの部屋に呼び出された。

レミリアはベッドに座っている。

奴隷は椅子に座る。

「呼ばれた理由は分かるわよね?」

「…」

レミリアの問いに奴隷は答えなかったが、奴隷はハッキリ覚えている。

昨日、解体作業中に監視役のメイド妖精を解体用包丁で切りかかって逃げ出そうとした。

当然逃げ出すことは出来ず、咲夜に抑えられて檻の中に入れられた。

あれが何度目の解体作業だったかは覚えていない。

しかし、もう限界だった。

「…いつまでだんまりを続けるつもり?」

レミリアはずっと黙っている奴隷にイライラしている。

「いい加減にしなさい」

レミリアは立ち上がって、座っている奴隷の前に立つ。

「いい加減にしなさい…だと?」

怒りのあまり、目の前にいたレミリアの胸倉を掴む。

「てめぇら妖怪の解体ならまだいい、だが俺と同じ人間の解体をやらされるとはなんだ!しかも何回も何回も!」

今まで溜まっていた怒りをレミリアにぶつける。

「お前は…同じ吸血鬼を解体できるのか!?」

全てを吐き出して、奴隷は息を切らす。

レミリアはしばらく沈黙し、奴隷の手首を掴む。

「…痛っ!」

小さな腕からは想像出来ない力によって、強引に剥がされる。

「できるわよ、それぐらい。だから私がここにいるのよ」

「なに…?」

レミリアの言葉に疑問を感じた。

「レミリア…お前まさか…」

「…もういいわ、仕事に戻りなさい。死にたくなければ、ね」

レミリアの言葉に遮られ、半ば強引に部屋から出された。

「(レミリア…)」

部屋から出された奴隷は、ほんの少しだけレミリアの過去に触れてしまったのかもしれない。

奴隷は今日の仕事の場へと戻った。

 

 

今日の仕事の場はヴワル魔法図書館。

「遅かったわね」

入るが否や、パチュリーはそう言う。

「レミリアに呼ばれてな」

「そう」

パチュリーに今日の場所を指示され、三階に行く。

今日はパチュリーが読んだ魔導書の片付けだそうだ。

自分で片付けろよ、と奴隷は思ったが口にはしなかった。

片付けを始める。

正直、ここには脱出に繋がるものがない。

窓もないし、出入口にはパチュリーの監視がある。

「はぁ、今日は何も収穫なしになるかな」

そう思い、床に置いてある魔導書を拾うために屈む。

その時、ポケットから何かが転がり出た。

「おっと、魔理沙にもらったキノコか。これ食えねぇし、本当になんの意味があるのかな…」

今はただしなびれない、という理由で今まで持っている。

「(何の役にもたたなそうだし、いっそ捨てようか)」

そう思いながら一つの魔導書を拾う。

「(…ん?)」

その魔導書のタイトルを見た。

『Escape from the cage』

と書いてある。

その魔導書をめくると、そこには脱獄する人の心境などが書かれていた。

ペラペラとめくり、最後のページまで到達した。

「おや?これは…」

最後のページには、魔法陣が描かれている。

魔法陣の下には『freedom』と書かれている。

「(…魔法に反応するやつか。MP(マジックポイント)なんてないから意味ないな)」

諦めて、その魔導書をしまう。

もう一つの魔導書を拾い、開いてみる。

「ここにもか…」

やはり、最後のページに魔法陣が描かれている。

「ほんと、ここだけ見るとファンタジーの世界だな」

そう思いこの本もしまおうとするが、手に持っていたキノコを魔法陣の上に落としてしまった。

「そういやキノコ持ってたこと忘れてた」

そう呟きながらキノコを取ろうとした時…。

魔導書から大量の弾幕が飛び出した。

「うっ、うわわわわ!?」

反射的に魔導書を離す。

その間にも、魔導書は弾幕を放っている。

「なんで弾幕が…あっ!」

奴隷は気づいた。

弾幕を放っている魔導書の魔法陣の上にキノコがある。

「まさか…あのキノコが?」

弾幕に気をつけながら、魔法陣の上からキノコを取る。

取った瞬間、弾幕が止んだ。

「(このキノコ…魔法を発動する力を持ってるのか?)」

よく見ると、さっきより少ししなびれている。

おそらく、キノコに蓄えられていた魔法の力が魔導書から発生した弾幕に使われたのだろう。

「ちょっと、なんの音!?」

遠くからパチュリーの声が聞こえた。

「やばい!」

このキノコのことがバレたらただごとではない。

奴隷は近くの本棚から本を大量に落とし、本の山を作る。

キノコをポケットの奥にねじ込んで、奴隷は本の山の中に入る。

「(これで、いかにも落ちてきた本に埋もれた人に見えるはず!)」

一応、手だけ出しておく。

しばらくすると、パチュリーが飛んできた。

「奴隷、なんなのこれは」

パチュリーに引き上げられ、無事本の山から抜け出す。

「いやぁ、片付けしてたら本が上から大量に…」

「そう、怪我はないかしら?」

「あー、大丈夫だ」

「そう」

パチュリーは音の原因が分かって安心したのか、戻って行った。

「(なんとか誤魔化せたか)」

奴隷の方も安心して、振り返る。

「…さて、仕事が増えたなぁ」

目の前には大量の本。

自分で仕事を増やしてしまった。

「(ま、バレるよりはマシか)」

奴隷は増えてしまった仕事を片付けるべく取り掛かる。

 

 

「終わった…」

あれから一時間ほどかかった。

しかし、同時に収穫も得た。

「これで檻から脱出できる…!」

手には『Escape from the cage』がある。

これで紅魔館から逃げ出すための準備が整った。

後は機会を伺うだけである。

 

 

 

 

 

 

 

 



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三度目の脱出

脱出準備が整って二日が経過した。

昨日の外での仕事の時に梯子を隠しておいた。

あとは夜になるのを待つだけ。

何故夜なのか。

それはメイド妖精の就寝時間だからだ。

確かに、夜だとレミリアやフランドールが起きてしまう。

しかし、脱出ルートは必ずメイド妖精の視界に入ってしまう。

奴隷は量より質を選んだ。

「(これで失敗したら…いや、そんなことは考えなくていいか。成功することだけを考えるんだ)」

ネガティブな思考を取り払い、フランドールが起きるころを見計らってベッドに入る。

わざと寝息を立てて、いかにも寝てますという風に見せる。

うっかり寝てしまわないように気をつけながら、フランドールが部屋から出るのを確認する。

「(行ったか…)」

すぐさま魔導書の『Escape from the cage』をベッドの下から取り出し、『freedom』と書かれている魔法陣に魔理沙に貰ったキノコを置く。

魔法陣が光り、その直後に檻の扉が自動ドアのように開く。

「(もう…あとには引き返せないな)」

すっかりしなびれたキノコと魔導書をベッドの毛布の中に入れて膨らみを作り、人が寝ている風に偽装する。

「こんなもんだろ。幸いこの檻の中にフランドールは入ってこないから、朝まで騙せるだろ」

最後に、枕の下から一本のナイフを取り出す。

これは昨日外に落ちていた物で、おそらくメイド長のナイフだろう。

「護身用に持っていくか。…早くしないとフランドールが戻ってきちまう」

部屋の扉を開けて、周囲の様子を確認する。

目論見通り、メイド妖精は寝ているようだ。

廊下には誰もいない。

奴隷は部屋を抜け出し、廊下を静かに走る。

 

 

最大の難所、ヴワル魔法図書館を抜けた。

本を落として注意を引く作戦が上手くいったようだ。

あとは外に繋がる扉まで走るだけ。

メイド妖精の姿もない。

「(よし…いいぞ)」

目論見通りすぎて逆に怖いのだが、自分にとって有利ならそれでいい。

角を曲がり、あとはまっすぐ進むだけだった。

その時。

「奴隷?そこで何をしているの?」

背後から咲夜の声が聞こえ、心臓が飛び出そうになった。

「(見っみみみみつかっ、見つかった!?)」

全くの想定外のことに、思わず固まる。

咲夜はレミリアにつきっきりだと思っていたので、完全に想定外だった。

このまま固まってては状況が悪くなる一方なので、奴隷は即興で理由を考えた。

「え、えーと、フランドールがここの三部屋のなかのどれか一部屋に隠れててね。これで間違えたら罰ゲームっていうやつで…」

「…妹様なら部屋に戻ったわよ?」

「えっ、そ、そう?おっかしいなぁ〜、フランドールのやつ逃げたのかな?」

奴隷は一つの部屋に入る。

「(もう…覚悟を決めるしかない)」

手にはナイフが握られている。

「待ちなさい奴隷」

咲夜も続けて入ってくる。

その瞬間を狙って、ナイフで咲夜の首筋を切ろうとした。

しかし、響いたのは金属音。

「くっ…」

奴隷の一撃は咲夜のナイフによって防がれていた。

「…これはどういうつもりかしら?」

咲夜の声色が、いつも聞く声色とは違う。

初めて会った時の、殺人メイドの時の声色だ。

「…不意討ちは予想してたってことか。なら!」

奴隷はナイフを握っている右手とは反対の左手で咲夜の髪を掴み、強引に部屋の中に引きずり込む。

咲夜が倒れているうちに部屋の扉を閉め、鍵をかける。

「これで二人きりだなメイド長」

ナイフを咲夜に向けて構える。

「いい度胸ね。自ら密室を作るなんて、密室殺人がお好みかしら」

咲夜も、ナイフを奴隷に向けて構える。

「かかってきなさい。私を殺さなければ、紅魔館から出られないわよ」

紅魔館という広い館の一室で、脱出を掛けた勝負が始まろうとしている。

勝てば脱出、負ければ死。

この勝負に引き分けなどない。

 

 

 

 

 

 




一度目は紅魔館に来てすぐ。
二度目は解体作業に耐えかねて。
三度目は外の世界に帰るために。


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一個室での戦い

咲夜との一騎討ちは妖怪でさえ嫌がる。

彼女の実力と能力はとても厄介だからだ。

奴隷は約一年ほど紅魔館に居たが、咲夜が戦闘しているところは直接見たことない。

精々、噂で聞く程度だ。

彼女は時を止めると。

「人間とは久しぶりね。貴方程度なら能力もいらないわね」

「舐められたもんだな」

「一度逃げ出した時に完膚無きまでやられたのはどこの誰でしたっけ?」

奴隷は、解体部屋から逃げ出した時を思い出す。

あの時は解体包丁を持っていたが、咲夜にあっさりとやられてしまった。

「あれは…精神状態が不安定だったからだ。今ならお前に集中できる」

「そう、なら試してあげるわ」

咲夜がナイフを奴隷に向けて投げる。

奴隷は屈んで避け、咲夜に向けてナイフを振り下ろす。

咲夜に手首を捕まれ顔に届かない。

「掃除や家事面ではお前の方が上だが…力なら負けないぞ!」

奴隷も二十一歳の男だ。

咲夜が何歳かは知らないが、自分より身長が低い女性に負ける訳にはいかない。

ナイフの先が咲夜の鼻に触れるまで押し込む。

「そうね、力なら貴方の方が上かもしれないわ。でも…その他は私の方が上ね」

咲夜に腕を捻られ、さらに腹に蹴りをいれられる。

痛さにナイフを落としてしまった。

距離を置くも、元々狭い部屋なのですぐに接近をされる。

咲夜は奴隷上に覆いかぶさり、ナイフを振り下ろした。

奴隷はナイフの柄の部分を掴んで止める。

「貴方を…殺すわけにはいかないのよ!」

「あぁ!?知らねえよ!」

力で咲夜をはねのけ、追撃に拳で咲夜の腹を殴る。

「貴方を殺したら妹様がどうなるか分からない」

「それぐらいお前らでどうにかしろ!俺には関係ない!」

地面のナイフを拾い、咲夜に向けて振る。

咲夜もナイフを振り、二人の刃が触れ、部屋内に金属音が響く。

小さな刃で鍔迫り合いを行う。

「奴隷、行っておくわ。外より紅魔館(ここ)の中の方が安全よ」

「…信じると思うか?」

咲夜の言葉が引っかかったのだが、咲夜に突き飛ばされて背中に衝撃が走る。

「悪いけどお嬢様に紅茶を出さなければいけないの」

咲夜に二、三度ナイフの持ち手で殴られて意識が朦朧とする。

「くっ…そが!」

咲夜に頭突きをし、距離をとるために押し出す。

「紅茶淹れたきゃ負けろ!」

咲夜に殴りかかろうとするが、拳が届く前に咲夜の姿が消えた。

いつまにか背後にいた咲夜に後頭部を掴まれ壁に叩きつけられる。

そして、こちらを向かせたあとにナイフで壁ごと服を刺し、壁に縫い付けられる。

「(やばい、動けねぇ!?)」

奴隷がもがいているうちに、咲夜は大量のナイフを展開させる。

「少し眠りなさい。速符『ルミネスリコシェ』」

奴隷に大量のナイフが放たれる。

「(くっ、この刺さってるナイフが消えれば…)」

奴隷は覚悟を決め、服を破る勢いで足で壁を蹴った。

「ふんぬううううううう!」

力を込めた瞬間、今までの抵抗が無駄だったかのように壁から離れられた。

そして、先ほどまで迫っていたナイフも消えている。

「な、何故!?」

咲夜も戸惑っている。

「(よくわからんが、今しかない!)」

奴隷は咲夜に突撃した。

咲夜はナイフが消えたことにより反応が遅れ、奴隷の攻撃をモロにくらう。

「(しまっ…)」

全体重を乗せて床に咲夜の体を奴隷ごと叩きつけた。

咲夜は口から酸素を吐き出し、気を失った。

「はぁ、はぁ…。やったぞ!」

死闘に勝利して、思わず喜ぶ。

そして、自分が紅魔館から脱出する途中ということを思い出す。

「こうしちゃいられないな。フランドールがいつ気づくかもわからん、さっさと逃げないと…ん?」

咲夜のメイド服のポケットから鍵束が見える。

奴隷は鍵束を拾い、借りることにした。

「借りるぜメイド長」

奴隷は部屋の鍵を開けて扉を開く。

一度咲夜の方に振り返る。

「…頭は守った。死んじゃいねえだろ」

そう呟いて、奴隷は脱出ルートへ再び走る。

 

 

 

 

 

 

 



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夜の森の危険性

外へ繋がる扉には鍵がかかっていた。

奴隷はすかさず鍵束を取り出す。

「(しまった、どの鍵だ?)」

片っ端から鍵を抜き挿しし、九番目の鍵で解錠できた。

「鍵は…挿しっぱなしでいいか」

奴隷は鍵束から手を離し、庭に出る。

昨日準備していた梯子を壁にかけ、梯子を登る。

壁を乗り越えて、紅魔館からの脱出に成功する。

「やった…やったぞぉ!逃げられた!」

奴隷は歓喜した。

しかし、心の中では少し喜べなかった。

なぜなら、辺りは真っ暗だったからだ。

それに、ここからどこに行けばいいのかも分からない。

「…とりあえず紅魔館から離れよう」

もし咲夜が目覚めてレミリアに知らせたら大変だ。

見つかる前に、紅魔館から離れることにした。

 

 

具体的にどこに向かっているのか分からない。

頭にはただ紅魔館から離れようとしかなかった。

しばらく走っていると、近くで水の音がする。

そちらの方向に向かってみると、大きな海…もとい湖が広がっていた。

「こんなところに湖が…」

辺りは暗く、さらに霧まで発生しているので奥までは見えない。

奴隷は乾ききった喉を潤すために湖の水を手ですくい飲む。

水は冷えていて、とても美味しかった。

「さて、ここからどこに行けば…」

奴隷は宴会を一度見ている。

紅魔館以外にも建物があり、そこに人が住んでいるはずだ。

あの宴会に参加している誰かに出会えたら幸運だ。

「(安全そうなのは魔理沙やルナサさんに、姉妹のメルランさんにリリカさんぐらいかな。あとは…話しかけてきた幽霊?)」

宴会に出席していた全員が安全という確率はない。

せっかく紅魔館から逃げられたのに、出会った人が危険な人物なら元も子もない。

湖の水を顔にかけて目を覚ます。

「さて、行くか」

その声には不安が混じっている。

湖に沿って建物、もしくは人を探す。

しばらく歩き続けたが、何も見つからない。

「湖沿いにはないのか?…この森の中に行かなきゃならないか」

夜の森、というだけで怖いのに、紅魔館からいつ追手がくるのか分からない。

びくびくしながら森に入ろうと決心する。

「よしっ!」

息を吹き、森へ入る。

その時、背後で大きな水の音がした。

「!?」

心臓が飛び出るのを抑えつつ、振り返る。

「この身体はいちいち水を得ないと、いつも通りに動けなくなるのが難点ですね…。まぁ、お嬢様に仕えるならこれくらいのリスクも目をつぶって…え?」

ぶつぶつと言いながら湖の中から現れたのは…なんと美鈴だった。

お互い驚いていて、そこだけ時間が止まってしまってるかのように固まっていた。

先に口を動かしたのは美鈴。

「ど、奴隷さん?ここで一体何をして…」

美鈴の問いかけに、奴隷は反射的に地面を蹴って逃げ出した。

「奴隷さん、待ってください!」

美鈴の制止の声が聞こえたが、今の奴隷には言葉を判断出来なかった。

 

 

ひたすら走る。

「なんで、なんで!?何故美鈴があんなところにいる!?」

美鈴は咲夜と違って妖怪。

肉弾戦で勝てるわけがない。

ここは素直に逃げるしかなかった。

奴隷の頭は逃げることにいっぱいで、今どこを走っているのかすら考えられなかった。

周りの状況すら分からない。

それぐらい逃げるのに必死だった。

「止まっちゃだめだ止まっちゃだめだ」

美鈴は気を使うとかなんとか言っていた。

それはサーチにもなるらしい。

ここで止まっては自殺行為だ。

奴隷は美鈴から逃げることだけに集中していて、上から響いた音に気づけなかった。

カコン、という音がした。

そんな音に気づかず走っていた奴隷の上から何かが落ちてきた。

「え?」

奴隷もすぐ上まできて気づく。

しかし、遅かった。

落ちてきたモノが奴隷の腹を切り裂いた。

奴隷の腹から鮮血が溢れ出る。

「な、んで…」

奴隷は力なく倒れる。

奴隷の視線の先には、小さな桶に入っている緑髪の少女が鎌を持っている姿が見えた。

「♪」

彼女の名前はキスメ。

種族は釣瓶落とし。

木の上から首や釣瓶が落ちてきて人間を喰らうとされる恐ろしい妖怪である。

「まさか人間がこんなところにいるなんて。久しぶりのご馳走だわ」

キスメは涎を垂らして、小さな手を奴隷の腹に突っ込む。

「う、ぐあああ!?」

腹から経験したこともない痛みが発生する。

そんな奴隷の悲鳴を聴きながら、キスメは一気に手を引く。

「美味しそうな大腸ね」

奴隷は内蔵を失ったショックで意識を失った。

キスメは大腸にかぶりついて、満足していた。

「ふふ、あとは持ち帰ろ。新鮮なうちに食べないとね」

キスメは奴隷の足を掴んで引きずる。

あとはこのまま住処に持ち帰るだけだった。

しかし、それは一人の妖怪の登場によって止められた。

「奴隷…さん?」

現れた妖怪は美鈴。

奴隷の悲鳴を聞いてここに来た。

目の前の血まみれの奴隷の姿を見る。

そして、キスメを見る。

「貴様!」

美鈴は大きく踏み込み、桶ごとキスメの顔面に蹴りをくらわす。

キスメはどこかへ飛んでいってしまった。

「奴隷さん!奴隷さん!」

美鈴は奴隷を看る。

かすかに息をしていることを確認して、奴隷を背中に乗せて紅魔館へと急いで向かう。

「待っててください奴隷さん、死なせませんよ!」

急ぎつつ、なるべく揺らさないように美鈴は走る。

 

 

 

 

 



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深夜のお誘い

ギシギシと、誰かの足音で目が覚めた。

「…あれ?」

見慣れない天井。

だが、紅魔館ではないことは確かだ。

紅魔館が洋風なら、ここは和風だ。

左腕に生暖かい感触が伝わる。

そちらを向いてみると、なんとフランドールが寝ていた。

「…はぁ!?」

素っ頓狂な声をあげながら慌てて逃げようとする。

しかし、動いた瞬間腹が痛んだ。

「痛っ…、そういや妖怪に腹を切られたんだっけ」

腹には傷口が残っている。

縫われた跡もある。

逃げられない事を悟り、奴隷は布団に寝る。

フランドールを起こさないようにしていると、奴隷がいる部屋の襖が開いた。

「あっ、起きましたか?」

入ってきたのは、なんとも特徴的な兎の耳を生やしている…妖怪?

「え、ええ」

兎耳の妖怪は奴隷の前にお粥を置く。

「どうぞ食べてください。今、師匠を呼んできますから」

ああそれと、と兎耳の妖怪は言う。

「隣で寝ている吸血鬼、かなり泣きじゃくってましたよ」

そう言って行った。

フランドールを見ると、少し泣いていた跡があった。

師匠とは誰だろうと思いながらお粥を食べる。

久しぶりに食事をした気分だ。

完食した頃に、おそらく師匠と呼ばれていた人がやってきた。

「体の調子はどうかしら?」

「動くと痛いです」

師匠と呼ばれていた人はボードに書き、それを兎耳の妖怪に渡す。

奴隷は辺りを見渡し、質問する。

「ここはどこなのですか?」

「ここは永遠亭。外の世界でいう病院みたいな所よ。私は八意永琳(やごころえいりん)、お粥を持ってきたのは優曇華院(うどんげいん)よ」

「そうですか。腹の怪我を治療してくださってありがとうございます」

「私に礼を言うなら、ここまで運んできた吸血鬼姉妹に言うことね。相当必死だったみたいよ」

「レミリアとフランドールが?」

「ええ。深夜に貴方を運んできたのよ」

どうやら奴隷はレミリアとフランドールによってここに運ばれてきたらしい。

美鈴に追われていたはずだが…。

「もう二、三日安静にしてなさい。そうすれば退院できるわ」

「ありがとうございます八意先生」

奴隷は永琳の言葉に従って安静にした。

奴隷は目を閉じて、再び睡眠を始める。

 

 

真夜中の永遠亭。

そこに吸血鬼のレミリアが現れる。

「悪いわね」

通してくれた優曇華院に礼を言い、奴隷がいる部屋に入る。

「…!起きていたのね」

「吸血鬼は日中活動できないだろ?来るなら夜かなと思ってね」

これでも紅魔館に一年はいたので、それぐらいは分かる。

「眠れる妹を連れ戻しに?」

その問いにレミリアはため息をつく。

「奴隷、言いたいことはわかっているわよね?」

「…逃げたことか?」

「それもだけど、時間帯のことよ。夜の森に人間が出歩くなんて自殺行為よ。美鈴がいなかったら死んでいたわよ」

「…そうだな。メイド長の忠告を無視した結果だ」

あの時の忠告を聞いていれば、こんなことにならなかったかもしれない。

「…奴隷、貴方が逃げ出そうとしていることは分かっていたわ。でも、夜に逃げるなんて思いもしなかったわ」

「俺が逃げだそうとしていた事を知ってたのか?」

「それぐらい分からないと紅魔館の主には務まらないわ」

五百年以上生きているのは伊達ではないようだ。

カリスマを感じる。

「…悪かったよ。確かに、俺はあんなところから逃げようとした。実際にはメイド長に危害を加えて逃げた。失敗に終わったけどな。もう逃げられない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ただ、これだけは言わせてくれ」

奴隷は一度深呼吸する。

「ありがとう、俺を助けてくれて。そして、俺のために泣いてくれて」

寝ているフランドールの寝顔を指で突っつく。

今見ると愛くるしい。

レミリアはしばらく沈黙し、奴隷に手を差し伸べる。

「奴隷、私も気に入ったわ。貴方のことを」

「え?」

「紅魔館から逃げ出した奴隷も初めてよ。そして、素直にお礼を言える奴隷も初めてよ。…奴隷、ひとつ問うわ」

レミリアは一度咳払いを行い、話す。

「紅魔館に戻る気はないかしら?」

「…!」

突然の選択肢に戸惑う。

奴隷はしばらく考え、レミリアに質問する。

「拒否した場合は?」

「貴方を外の世界に送り返すわ。…もっとも、貴方を覚えている人はいないでしょうけれど」

「…」

この選択肢の答えを出すのに、一時間は掛かった。

奴隷は答えを出した。

「…奴隷だ」

レミリアの手を掴み、握手をする。

「紅魔館は歓迎よ」

手を離し、レミリアはフランドールを背負う。

「そういえば…」

レミリアは奴隷に質問する。

「本名はなんなの?」

「えーと…忘れた。奴隷でいいよ」

自分の名前を忘れてしまったが、それはどうでもいい気がした。

レミリアがくれた名前があるのだから。

奴隷は、幻想郷に来てから初めての満面の笑みをうかべて寝た。

後日、八意先生の話によると、失血時のショックなどで記憶が一部失っていると通告された。

きっと、名前を忘れたのもそのせいだろう…。

 

 

 

 

 



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迷いこんだ原因

三日、永遠亭に入院した。

腹の傷はすっかり完治し、痛みもなくなった。

最後に診察を受けて、退院を言い渡される。

「八意先生、優曇華院さん、ありがとうございました」

お礼を言い、永遠亭を出る。

永遠亭の入口には咲夜が待っていた。

「げっ」

「露骨に嫌な顔をしないの」

「いや、お前を倒してしまったからな。どういう顔で話せばいいか分からん」

「普通でいいのよ。気にしていないし」

咲夜に手を引かれ、空を飛ぶ。

多少バランスは不安定なものの、数十分かかって紅魔館に着いた。

「奴隷さん!」

到着した直後、美鈴の声が聞こえた。

「ただいま…でいいのか?自分から逃げておいてただいま、と言うのはなんか違和感が…」

「そんなこと気にしなくていいじゃないですか。妹様も待ってますよ」

「行ってやりなさい奴隷」

二人に押され、奴隷はさっさと紅魔館に入る。

「妹様があんなに泣いたのを見たのは久しぶりですね」

「私には覚えがないわ。さ、仕事に戻りなさい」

「全く、仕事熱心ですね咲夜さんは」

美鈴は門番を、咲夜は紅魔館内掃除をするために紅魔館へと戻った。

 

 

紅魔館に入って早々、フランドールに殴られた。

そして、ただいまと言われた。

「…こりゃ勝てないな」

奴隷はフランドールの頭を撫でた。

「奴隷、今から遊べる?」

少し戸惑った。

奴隷となって一年間はフランドールの遊びに付き合っていたが、辛いものもあれば楽なものもあった。

果たしてどっちだろう、と思ったがフランドールの笑顔を見て快く了承した。

「フラン、ちょっと奴隷を借りてもいいかしら」

遊びが始まろうとした時に、パチュリーが横槍を入れた。

「えー?後じゃ駄目?」

「駄目よ。奴隷にとって大事な話なんだから」

「…分かった。なるべく早く終わってね」

「善処するわ」

パチュリーに連れられてヴワル魔法図書館に行く。

道中、空いている個室が沢山あるのに、何故ヴワル魔法図書館なんだろうと思ったが口に出さないことにした。

「座りなさい」

パチュリーに従って椅子に座る。

小悪魔が紅茶を淹れてくれた。

「それで、大事な話ってのは?」

「貴方の程度の能力についてのことよ」

想像していたのと全く違うことを話されて戸惑う。

いきなり程度の能力、と言われても分からない。

「質問いいか?」

「どうぞ」

「そんな能力なんて俺にあんのか?」

「あるから、今話すんじゃない」

「あー…それを知ってなんの得がある?」

「貴方が幻想郷(ここ)に迷いこんだ原因がわかるわ」

「なっ!?それは本当か!?」

外の世界ではアルバイトをしていたので、存在を忘れ去られるなんてことが起きるわけがない。

それはずっと疑問に思っていた。

「単刀直入に言うわ。貴方は『あらゆるものを消し去る程度の能力』よ」

「…名前だけ聞くと凄いな。確証はあるのか?」

「あるわ」

そう言って、パチュリーは一枚の本を取り出した。

「これは『稗田書(ひえだのしょ)』。その中でも能力解析に特化している物よ」

「?」

「実際に見てもらったほうが早いわね」

まぁ正確じゃないけどね、と言いながらパチュリーは稗田書を広げる。

何やら呪文的な文字がびっしりと書いてある。

バーコードみたいだ。

中央に円形模様があり、左端は空白になっている。

「この円形模様に霊力、または妖力を流し込めば、その人の程度の能力が分かるっていう代物よ。レミィなら運命を操る程度の能力、フランならありとあらゆるものを破壊する程度の能力よ」

「それで俺のも分かったのか」

奴隷は稗田書に感心する。

まるでコンピューターみたいだ。

「それで…その程度の能力と俺が幻想郷に迷いこんだ理由にはどんな接点があるんだ?」

「奴隷、幻想郷に始めてきた時は、外の世界で初めて(・・・)酒を飲んだのよね?」

「ああ。二十歳になったばっかだったからな」

やっぱりね、とパチュリーは言う。

「程度の能力の暴走よ。奴隷は酒を飲んで酔い、それで元々制御できない程度の能力が無意識にでていたのよ」

「マジ?」

「ええ。貴方はおそらく自分の…存在を消し去ったのだと思う」

「なら、フランドールがたまに俺を見失うってのも…」

「おそらくね」

奴隷は衝撃の事実に頭を抱える。

まさか、幻想郷に迷いこんだ原因が自分のせいだったなんて。

「酒は控えるべきか?」

「程度の能力が制御できれば飲んでも構わないわ。制御できないうちは危険だわ」

特に酒に執着はないので、禁酒されても問題はない。

しかし、制御ができなければいろいろ消し去ってしまう。

「制御したければどうすればいい」

「程度の能力を徐々に使いこむことよ」

パチュリーの説明を熱心に聞く。

大事な話を終えてから一時間ほど経った。

奴隷は様々な真実を頭に叩き込み、ヴワル魔法図書館を出る。

このモヤモヤとした気持ちを、フランドールとの遊びで晴らそうと思った。

 

 

奴隷が出ていった後、小悪魔は紅茶のカップを片付ける。

「それにしても…あらゆるもの消し去る程度の能力って、なんか妹様のありとあらゆるものを破壊する程度の能力と似てますね。主に能力名が」

「能力的には、歴史を食べる半獣の程度の能力の方が似ているけどね」

「あはは、そうですね。…あれ?もし奴隷が程度の能力を制御できてたら、紅魔館から逃げるのも容易じゃないですか」

「でしょうね。そこのところはフランも気にしてほしいところだわ」

パチュリーは稗田書を小悪魔にしまわせる。

椅子に腰掛け、魔導書を開く。

今考えると、制御できてたらこの本も消し去られたかも知れなかったと思い、少し背筋が寒くなった。

 

 

 

 




稗田書(能力解析特化)は、霊力又は妖力を流すと『運命を操る程度の能力』と書かれるわけではなく、『運命を操れそうな妖力(又は霊力)』と書かれます。
そこからは推測で『程度の能力』に合うように文字の配列を変えて『〜の程度の能力』と結びつけます。
設定系はいつか投稿します。


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2
倒れている非常事態


真夜中の夜、幻想郷に一つの流れ星が見えた。

しかし、流れ星は消滅しなかった。

それは、あまりにも幻想郷に近づきすぎた。

「あれは…?」

一人の女性が消えない流れ星に気づく。

「見に行く?」

「ただの流れ星だと思うけど…一応行こっか」

二人の女性は、流れ星が落ちた場所に向かった。

 

 

朝がやってきた。

照りつける太陽光は、目を覚ますにはちょうどいい。

「美鈴。こっちの花壇は俺がやるよ」

「お願いしますね奴隷さん」

手にじょうろを持ち、仕事に取り掛かる。

もう花壇に咲いている花の扱いは憶えている。

「これはおっけー、これは抜いたら駄目なやつで…ん?」

ふと、雑草が生い茂っているところに人の足が見える。

不審に思い、奴隷は近づく。

「…?」

足を引っ張ってみると、なんと女性が倒れていた。

服装から見ると、かなり裕福そうだ。

「だ、大丈夫ですか?」

声をかけてみたが、反応はない。

どうやら意識を失っているようだ。

「ほっとくわけにもいかないしな…」

奴隷は意識を失っている女性を抱え、紅魔館へと戻った。

 

 

奴隷は咲夜と共に調理場所にいる。

先ほど介抱した女性に、何か温かいものを作ろうとスープを作っていた。

「さっきのは誰なの?」

「さぁ、俺も知らない」

「知らないのに介抱したの?ここは診療所じゃないのよ」

「分かってるよ。でも、見てしまった以上ほっとくわけにもいかないだろ」

スープを作り終え、介抱した女性がいる部屋に運ぶ。

「それにしても…何であんな場所で倒れてたんだろ」

しかも紅魔館の敷地内に倒れていた。

只者でないことが伺える。

「ん…んぅ…」

そんな時、女性が目を覚ました。

「大丈夫ですか?」

奴隷は声をかけるが、女性は周りをキョロキョロと見渡した後に、大声で叫んだ。

「け、穢れが!?穢れている!?」

「えっ、穢れている?」

女性はパニックに陥っている。

奴隷は穢れ、というのがよく分からなかったが、この女性にとっては相当深刻な問題なのだろう。

奴隷は霊力を消費し、この部屋の穢れとやらを消し去る。

「これでどうですか?まだ制御できないので…」

「おお、穢れがなくなった…。礼を言うぞ」

女性は安心したようだ。

奴隷は質問をする。

「どうして意識を失っていたんですか?」

「むぅ…それが分からん。余はいつもの部屋で寝ていたはずなのに…」

妖怪に襲われた線もあるが、それなら何故紅魔館の敷地内で倒れていたのか説明がつかない。

わざわざ運ぶなんてことはないだろう。

「そうですか。まぁ、しばらく安静にしたら人里に送り届けますよ」

「人里?」

「…人里に住んでいるんじゃないんですか?」

「いいや、違う。余はいつも檻の中にいる」

その言葉に驚いた。

自分の過去と似ていたからだ。

「そ、そうですか…」

女性はスープを飲み、美味しいと言った。

話している時に、レミリアと咲夜が部屋に入ってきた。

「私の許可なしに介抱とはいい度胸ね奴隷」.

「悪かったな。でも見捨てるわけにはいけないだろ」

「そこが奴隷の甘さなのよ。少しは非情になりなさい」

「へいへい、善処するよ」

適当に返答する。

レミリアは女性の方を見る。

「貴女も奴隷に感謝することね。私だったら……………え?」

レミリアが突然硬直した。

「ど、どうされましたお嬢様」

「ちょ、ちょっといい?」

レミリアは女性が着ていた服や付属品を見る。

見る度に、レミリアの顔がどんどん青ざめいく。

「どうしたんだレミリア?」

奴隷は疑問の声をあげる。

レミリアは震える指で女性指さしながら、声を震わせながら言った。

「貴女…月人!?」

 

 

月。

誰でも必ず見る星だ。

太陽の光のあたりかたによって満ち欠けを繰り返す。

数々の詩人も月を題材にしてきた。

人間も月に着陸した。

しかし、それは表側の月だった。

彼らは月の裏側を知らない。

 

 

月の裏側…月の都では非常事態が発生していた。

「どこにもいません!」

「そんな馬鹿な!」

「まさか例の三人組に…」

「いや、あいつらにこんな姑息な真似ができるとでも?」

「確かに…」

「じゃあ誰が!」

月人はパニックに陥っている。

「落ち着け!」

一人の月人の声に、皆静かになる。

嫦娥(じょうが)様がいなくなってしまったことは事実、檻にはどこも異常がない」

「では嫦娥様の意思ではないと?」

「しかし、そんな事ができるやつなんて…」

「いるわ」

奥から現れたのは、賢者の綿月依姫(わたつきよりひめ)綿月豊姫(わたつきとよひめ)

「私と類似している能力の持ち主。あの檻を壊さずに嫦娥様を攫える…穢れた者が」

「八雲…紫…」

一同が口々にそう言った。

八雲紫を知らない人はいない。

豊姫の説明に、皆が納得した。

「先ほど、地上調査部隊の報告がありました」

綿月家のペット、レイセンが報告用紙を持ってやってきた。

レイセンは一枚の写真を取り出す。

「言葉で言うより、見る方が早いと思います」

レイセンの持っている写真に皆が注目した。

そこには、嫦娥と思われる女性を抱えている奴隷の姿が映っていた。

「どうされますか、大賢者様?」

「既に嫦娥様は穢された。我々はそれを許さない。…宣戦布告だ」

大賢者の指示に従い、月人は一本の弓と文がついた矢を取り出す。

それを地球に向かって放つ。

「許さないぞ…幻想郷」

皆、幻想郷に怒りを覚えた。

我らが嫦娥様が穢されたのである。

各々は戦争の準備を始めた。

 

 

「…」

震える手で文の内容を見ているのは、妖怪の賢者の八雲紫。

幻想郷創設者の一人でもある。

「いかがされましょう紫様」

九本の尻尾を生やした妖狐の八雲藍が指示を待つ。

紫はしばらく震えていたが、文を折りたたんで指示を出す。

「招集なさい」

「かしこまりました」

藍はその場から消える。

この日、各所で九尾の妖狐の姿が目撃されたという。

 

 

レミリアに月人、と言われた女性は頷く。

「余は嫦娥と言う」

その言葉に再び固まる。

目の前にいる女性が月の女神なのだ。

「お嬢様!お嬢様!」

部屋に慌てた調子の美鈴が入ってくる。

「お嬢様、八雲紫から…」

「分かっているわ。咲夜、嫦娥の監視を頼むわ。奴隷、貴方は私についてきなさい」

了解し、それぞれ行動を移す。

これが後に幻想郷縁起に書かれる大異変の一つである。

 




地上調査部隊はイーグルラヴィじゃない、別のものだと思ってください。
大賢者様は月のトップです。


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緊急集会

紅魔館の門には、空間を切り裂いたような跡があった。

スキマ(・・・)ですよお嬢様。直接来ました」

「式ではなく、本人直接…ね。相当焦っているってことだわ」

レミリアは大量の目玉が映っているスキマの前に立つ。

「…この中に入るの?マジ?」

「文句言ってられないわよ奴隷。ついてきなさい」

レミリアに手を引かれてスキマの中に入る。

中にも大量の目玉が映っており、とても気味が悪かった。

 

 

着いた場所は一つの家。

入り口には、九本の尻尾を生やした女性が立っていた。

「お待ちしておりました。…そちらの人間は?」

「フランの奴隷よ。幻想郷の面子を紹介するには、丁度いい機会と思ってね」

「…最後にならないといいですが」

「まぁ、その話は中で聞くわ。大体予想はついているもの」

家の中に入る。

既に揃っていた。

どうやらレミリアと奴隷が最後らしい。

「席はあっちよ」

「分かってるわ」

レミリアは椅子に座る。

奴隷は座る椅子がないので立つ。

「奴隷、紹介しておくわ」

端から、『四季のフラワーマスター』風見幽香(かざみゆうか)

不羈奔放(ふきほんぽう)伊吹萃香(いぶきすいか)

『語られる怪力乱神』星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)

『彷徨わない亡霊』西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)

『伝統の幻想ブン屋』、妖怪の山の長、天魔の代理の射命丸文(しゃめいまるあや)

『封印された大魔法使い』聖白蓮(ひじりびゃくれん)

そして、後から現れた『神隠しの主犯』八雲紫(やくもゆかり)

その式神の『策士の九尾』八雲(らん)

レミリアによると、この面子が揃っていることは滅多にないようだ。

「何の用だよ紫〜。まだお酒が残ってるぞ」

「二人で飲んでた時間がねぇ」

萃香と勇儀が文句を言う。

「悪かったわね。でも、これ見れば呼び出した理由が分かるわ」

紫が手に持っていた紙を広げる。

そこには、月からの宣戦布告が。

「…笑えない冗談よ紫」

「幽香、これが冗談に見える?」

幽香は首を振る。

「月から仕掛けてくるなんて、余程不味いことでもしたの?」

「憶えがないわ」

沈黙が走る。

月は恐ろしく強い。

第一次月面戦争は完敗。

第二次月面戦争は勝利ということになってるが、月側がその気になれば負けていた。

つまり、幻想郷は一度も勝てたことがない。

「白蓮には人里を任せるわ。必要ならば、歴史食いの半獣や不死人でも使いなさい」

「は、はい。人里は任せてください」

「萃香と勇儀は地底の入り口を、幽々子は冥界の入り口を、吸血鬼は紅魔館や霧の湖を、ブン屋は妖怪の山を任せたと天魔に伝えといて」

各々が頷く。

「あのー…」

奴隷が手を挙げて話す。

「宣戦布告の内容って嫦娥ですか?」

「そうよ。他にも、地獄の妖精のこととか」

「その嫦娥のことなんですが…」

「人間、少し黙りなさい」

幽香の言葉に、思わず黙る。

再び沈黙が走る。

すぐ後ろでガタッという物音が聞こえた。

次の瞬間、幽香と萃香が動いた。

「!?」

奴隷は驚きに尻もちをつく。

幽香が扉を壊し、萃香が扉の後ろにいた侵入者を捕らえる。

「くっ!?」

侵入者は抵抗したようだが、あっさりと捕まってしまった。

「月を知らない者にも見せてあげるわ。これは『玉兎』よ」

前に出されたのは、頭から兎耳を生やした少女達。

「盗聴…ね。既に来ているわよ」

勇儀が盗聴機を潰す。

「すぐに位置に着きなさい。私は各妖怪全員に伝えるわ」

そう言って、紫はスキマの中に消えていった。

他の者もスキマを使って消えていった。

「行くわよ奴隷」

「あ、ああ…」

レミリアも奴隷もスキマをつかって消えていった。

 

 

捕らわれた玉兎達は、幽香の所へ送られた。

「安心して。死なないように拷問してあげるから」

幽香は満面の笑みで、しかしどこか恐怖を感じる表情で玉兎達の拷問を始めた。

全ては幻想郷が勝利するためである。

 

 

八雲家から帰ってきたレミリアと奴隷は、全員を集めた。

明日、戦争が始まることを告げるためだ。

メイド妖精達はパニックになり始めた。

「落ち着きなさい。何があっても、貴女達を守るわ。紅魔館の主として」

その言葉に、メイド妖精達は落ち着いた。

「なぁ、レミリア」

「何かしら?」

「このこと…嫦娥に伝えとくか?」

「やめておいたほうがいいわ。信用ができないもの」

「…分かった」

幻想郷中が、月との戦争に備える。

華麗で美しい戦争が、明日勃発する。

 

 

 

 



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月地戦争勃発

戦争が始まる、と言っても実感はできなかった。

戦争経験者から話は聞いたことはある。

しかし、全ては想像上でしか体験できなかった。

だから、幻想郷の上空に巨大な飛行物体が現れてもどう対処すればいいのか分からない。

「レミリア!」

「分かってるわ…来るわよ」

飛行物体から雷のようななにかが放たれた。

それはいとも簡単に幻想郷の大地を破壊していく。

メイド妖精達が怯えるのはそれだけで十分だった。

「嫦娥は?」

「あれが嫦娥本人とは分からないけれど、一応地下に部屋を移しといたわ」

「よし。もし嫦娥がこのことを知れば、どういう行動をとるかは分からない」

万が一紅魔館内で暴れたら大変だ。

穴が出来てしまう。

飛行物体からの砲撃が終わり、今度は大量の流れ星が降り注いだ。

「違うわ!玉兎よ!」

一瞬で紅魔館の前に玉兎達が集結した。

おそらく、各地にも玉兎達が集結しているだろう。

皆、銃剣を携えている。

「行くぞぉ!」

奴隷が時計塔の鐘を鳴らす。

それが合図となり、玉兎兵とメイド妖精はぶつかり合う。

 

 

各地に玉兎兵、さらには月人まで現れた。

普段戦わない妖怪、妖精達は次々と逃げ、殺される。

戦況は一気に不利になっている。

そんな中、妖怪の山の長の天魔が跪いている天狗らに指示をだす。

「妖怪の山の防衛は数名と私だけでいい。残りは散れ!」

「はっ!」

天狗らが飛んでいく。

「あとは…あちらから来る奴らを倒すまでだ」

その言葉の数秒後に月人が現れた。

 

 

紅魔館にも月人が来た。

表にはレミリアや美鈴、咲夜まで出ている。

レミリアのグングニルと月人のビームサーベルのような武器がぶつかる。

そんな激戦を、奴隷は紅魔館内で見ていた。

「(おっかねぇな。戦争ってこんなに怖いものなのか…)」

震える手を抑えながら、紅魔館の各所にバリケードを作っていく。

穢れたものを積み重ねれば、月人や玉兎兵らは穢れを除去するのに時間がかかる。

つまりバリケードさえ崩さなければ紅魔館内には入ってこれない。

その安心感が、同時に奴隷を油断させた。

まさか、直接玉兎兵が入ってくるなんて。

羽衣を纏った玉兎兵が窓から強引に侵入してきた。

油断していたメイド妖精らは、玉兎兵に殺される。

奴隷は近くにいた玉兎兵の後頭部を掴み、壁に二、三度力強くぶつけ、気絶させる。

「ダイナミックすぎだろ!」

奴隷は近くの部屋に避難する。

廊下では、多数の銃声が響く。

「部屋の捜索お願いします!」

「こっちは任せて!レイセンはそっちね」

奴隷が避難していた部屋に、玉兎兵…レイセンが入ってきた。

「玉兎兵っ!?」

「人間!?」

奴隷は手に棒を持ち、レイセンが持つ銃剣に振り下ろす。

レイセンの手から銃剣が落ち、隙が生まれる。

レイセンの垂れ耳を掴み、強引に引っ張って投げる。

「(…弱い?)」

恐ろしく強いと聞いたのだが、とてもそうには見えなかった。

明らかに咲夜より弱い。

咳き込むレイセンを殴り、馬乗りになる。

レイセンは抵抗したが、構わず拳を振り下ろす。

無抵抗になったレイセンは無視し、落とした銃剣を拾って廊下にいる玉兎兵を倒す。

トリガーは引けなかったが、先についているナイフで十分だった。

「大人しく…しろ!」

銃剣の持ち手で玉兎兵の頭を殴って気絶させる。

なるべく殺さないように。

バリケードも半壊していた。

「月人が入ってきちまう!」

倒れているメイド妖精を起こし、バリケードの修復作業に移る。

しかし、別の箇所でバリケードが全壊してしまったようで、月人が中に侵入してしまった。

「メイド妖精達は下がってろ!」

特殊な武器を持った月人に立ち向かう。

相手は容赦ない。

「(玉兎兵と違って…強い!)」

月人の攻撃を銃剣で受け止め、先のナイフで足を突き刺す。

よろめいた月人の顔面を殴り、地面に後頭部を叩きつけることで気絶させる。

「強いけど、メイド長より強くないな」

全壊したバリケードを直そうと向かった時、視界の端に何か連絡をしているレイセンの姿が見えた。

レイセンの体から光を発している。

「何してる!」

奴隷が止めようとレイセンの体に触れた瞬間、レイセンと奴隷がその場から消えた。

 

 

「状況は?」

「天狗の参戦によってなんとか」

八雲紫と八雲藍は、襲いかかる月人を倒しながら会話する。

「あの飛行物体から放たれたやつは、穢れを払うためのものだったのね」

「それで穢れを嫌う月人が幻想郷の地に…」

飛行物体は見えない壁があるようで、弾幕はおろか能力ですら効かない。

「さすがの科学力ね…」

「どうします?」

「とりあえず、月の賢者には気をつけて。これらの比にならないわよ」

それは、月面戦争を経験しているから言えること。

月の賢者達がどう出るか。

それによって戦況が大きく変わる…。

 

 

 

 

 



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穢れという脅し

奴隷とレイセンが消えた数十分後、月人と玉兎兵を撃退したレミリア達が紅魔館に戻った。

「まだあれくらいならいけるわ。問題は賢者よ」

「流石に天照大御神を使われると…」

「分かってるわ」

とある賢者に一回の攻撃で負けてしまったことを思い出した。

魔理沙が広めたせいで、恥ずかしくて部屋から数日出られなかった。

「会う人会う人、口々にあの事ばっかり…。もうそうなりたくないわ」

廊下を歩いていたレミリアだが、ふと気づく。

「咲夜、奴隷の姿が見えないんだけど知らない?」

「そういえば見当たりませんね。全く、どこほっつき歩いているのやら…」

死体がないので、とりあえず死んではいない。

レミリアはそのことに安堵し、次なる戦いへの準備を始める。

 

 

そんな噂の奴隷は、危機的状況に陥っていた。

「嘘…だろ?」

周りには玉兎兵がいる。

それもかなりの数だ。

突然の奴隷の登場に、玉兎兵も驚いている。

そういえば、ここはどこなのだろう。

周囲を見てみると、外じゃなくてどこかの施設の中のようだ。

幻想郷には似つかない、機械が沢山置いてある。

外の世界にもあんな機械はない。

「かっ、構え!」

一人の玉兎兵の声に皆が反応し、奴隷は銃剣を突きつけられる。

奴隷は両手を上げて、何もできないことをアピールする。

「(どうすれば…!)」

外道なやり方を思いついた。

ここから生き残る為には、手段を選んではならない。

両手を上げている奴隷を見て、玉兎兵は少し気が緩んだ。

その隙を狙って、奴隷はすぐ近くにいたレイセンを拘束し、レイセンの首元に銃剣を突きつける。

「動くな!この玉兎が死んでもいいのか?」

奴隷が行ったのは、人質作戦。

効果はあったようで、玉兎兵はたじろいでいる。

「撃つなよ。玉兎にも当たるし、俺に当ててもこの場所が玉兎の血で穢れるだけだ」

「卑怯な!」

奴隷はレイセンを拘束しながら、後退りをする。

「そうだ、そのまま…」

開いている扉の所まで後退り、そこからレイセンを抱えて逃げ出す。

「待て!」

玉兎兵は、逃げた奴隷を追う。

どこに行けばいいかは分からなかったが、殺されないためにも逃げるしかなかった。

一つの個室を見つけ、中に入って玉兎兵をやり過ごす。

「行ったか…。いつ見つかるか分からないから、さっさと出口を見つけないと」

安堵している奴隷とは逆に、人質にされて今でも口を塞がれているレイセンは必死に抵抗する。

「あっ、やべ…」

奴隷も逃げるのに必死だったので、レイセンを抱えていたことを忘れていた。

レイセンの口から手を離す。

「あー…悪かったな。紅魔館で散々殴った挙句、人質にまでさせてしまって」

手段を選ばない方法だったので、いくら敵でも罪悪感があった。

兎耳を生やした少女というだけでやりづらい。

「…いきなり謝れると強く言いづらいなぁ」

「あんまり大声出すなよ。バレるから」

「むしろ私はそっちの方がいいんだけど」

「いや、ほんとごめんなさい」

今、レイセンに大声を出されては危険だ。

さっきの玉兎兵がまた追ってくる。

最悪の場合、再びレイセンに酷い目をあわせることになる。

しばらく隠れていると、近くで玉兎兵の声が聞こえた。

「見つかった?」

「いえ…私も全て把握しているわけじゃないから」

「依姫様に報告は?」

「すでにしているわ」

玉兎兵の会話を盗み聞き、どうやら玉兎兵の上司がいるらしい。

「(依姫…八雲紫が言っていた綿月依姫?)」

賢者と言っていた。

要注意人物の一人だ。

「(まずいな、ここから逃げないと)」

玉兎兵はどこかに行ったようだ。

要注意人物への報告を済ましてあるとすると、すでに奴隷らを探している可能性がある。

「レイセン、と言ったな。俺は危害を加えずにここから出たい。協力してくれないか?」

「不浄の者に協力なんて、依姫様に知らされたら…」

「その不浄の者を追い出す為に協力してくれ。この場所を穢されたくないだろ?」

「…出口を教えるぐらいなら」

「それだけでいいよ。ありがとう!」

レイセンに出口を教えてもらう。

「追い出したのはレイセンの功績に入れといていいからさ」

功績という単語をつけて、レイセンが他の玉兎兵に報告しないように保険をかける。

誰でも功績を独り占めにしたい欲がある。

「それじゃあ三十秒だけ目をつぶって。目を開けたら、俺はもう敵だ」

レイセンは頷き、目を閉じる。

「(素直だな、いい子だなぁ…)」

撫でたい衝動を抑え込み、出口がある方向へ走る。

三十秒後、レイセンは銃剣を手に取り奴隷が向かった方向へ走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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圧倒的な力の差

確かにそこは脱出口だった。

棚には羽衣が並べられている。

奴隷は羽衣を一つ借りて地上に降りることにした。

しかし、肝心の脱出口が開かない。

月の機械など分かるわけがなかった。

「どれが開閉ボタンだ?」

むやみに押して変なことになるのはごめんだ。

「開閉ボタンなら、今手を置いているところですよ」

「これか…!?」

横を見ると、一人の女性が立っていた。

兎耳は生えていない。

「お前は…」

何やら危険な気がする。

明らかに異質だ。

奴隷は目の前の人物が誰だが分かった。

それは要注意人物じゃないか。

「綿月依姫!?」

八雲紫と同じ賢者と言っていた。

大妖怪ですら勝てない、らしい。

「(レミリアが一撃で負けた相手…勝てるわけがない)」

今すぐ開閉ボタンを押して逃げ出したいが、果たして目の前の相手がそう簡単に逃がしてくれるだろうか。

「勝てないと分かっても…戦うしかないだろ」

落ちていた棒を拾い上げ、依姫に向かって構える。

依姫は架空から現れた刀を手に持つ。

「おおおおおお!」

棒を依姫に向かって振り回す。

しかし、依姫は奴隷の一撃一撃を軽く流す。

「甘い」

刀に弾かれて棒が落ちてしまう。

そのまま依姫に胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられる。

「能力を使うまでもない。ここに侵入してきた者と聞いたからかなりの手練れだと思ったけど…」

依姫は咳き込んでいる奴隷の首筋に刀を突きつける、

動くな、と表しているようだ。

いくら紅魔館から抜け出した奴隷とは言え、妖怪でもなく人間。

入刀されれば即死だ。

「念のため、他の場所も見て回りましょうか」

依姫が余所見をした。

それほど余裕なのだろう。

しかし、そこが奴隷の逆転へのチャンスになった。

奴隷は机の上に置いてあった、おそらく拘束用の紐であろうものを掴み、依姫の首に回した。

「悪いが、死ぬわけにはいかないんでね!」

「かっ…くっ!?」

紐を思い切り後ろに引き、依姫の首を絞める。

月製であろう紐であるため、そう簡単には引きちぎれないだろう。

「(このままでは…!愛宕様の火で)」

依姫が能力を発動させようとした時、入り口の扉が開き玉兎兵が現れた。

「レイセッ!?」

奴隷が驚いたのもつかの間、レイセンは銃剣を発砲した。

弾丸は肩に当たり、痛みによって紐から手を離してしまう。

「(こうなったら強引に!)」

一か八かの確率にかけ、開閉ボタンに手を伸ばす。

しかし、押そうとした瞬間手のひらに刀が刺さった。

「痛っ…何だこれは!?」

いつの間にか、周囲に大量の刀の刃が床から生えていた。

「女神を閉じ込める祇園様の力。動いても構わないよ?祇園様の怒りに触れるけど」

「祇園様…神様の力を扱えるとは本当のことだったのか」

ゾロゾロと玉兎兵が中に入ってきた。

祇園様の怒りに触れられない以上、指先一つも動かせない。

そして玉兎兵に銃剣を突きつけられている。

「こ、降参だ降参!」

「依姫様、信用できません。さっきもこうしてレイセンを人質にとったのですから」

「悪いが俺はただの人間だ!神様の力に囲まれて抵抗できるかっての!」

「…どうしますか?」

「祇園様を信じれば大丈夫。捕らえなさい」

玉兎兵に手首を紐できつく縛られる。

「切ろうとしても無駄ですよ。フェムトファイバーの組紐は不浄の者を縛りつけますから」

玉兎兵は勝ち誇った顔で奴隷を連行する。

「その者を月に連れて行き、情報を吐かせて」

「月にですか?ここでは駄目なのですか?」

玉兎兵の言葉に、依姫は呆れた顔をする。

「ここでは数々の情報が流れています。貴方達みたいに交信できる能力の持ち主かも知れません」

「分かりました!」

奴隷は玉兎兵に変な装置に乗せられる。

「おい、何だこれは?」

「月までの転送装置よ。さっ、拷問でもされてきな!」

玉兎兵がスイッチを押し、謎の浮遊感に襲われた。

そのまま奴隷は月へと転送されてしまった。



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あの日の謎

戦争が始まってから約二日経った。

紅魔館に奴隷は戻ってきていない。

レミリアの顔が曇る。

「本当にいないわ。妖精達にも聞いてみたけど、見てないっていうし…」

フランドールの耳に入ったらどうなるか分からない。

最悪、紅魔館ごと破壊されかねない。

「お嬢様、あの飛行物体から何かが!」

「?」

咲夜の声に上を見上げる。

空に浮いている飛行物体から何かが射出された。

皆が固唾を飲んで見守る中、紅魔館の門の前にそれは降りてきた。

紅魔館の主、レミリア・スカーレットがたったの一撃で負けてしまった相手。

十六夜咲夜も敗北した。

「綿月依姫…」

「この館はあの吸血鬼の建物だったのね」

その声に、レミリアは後ずさる。

「お嬢様、今度は一緒に」

「ええ。今度は一撃でやられないわよ」

レミリアと咲夜は依姫に構える。

依姫も祇園様の力を帯びた刀を構える。

「さぁ、今度はどんな神様の力で倒されたい?」

 

 

幻想郷とはかけ離れた未来の部屋。

その部屋の一つに奴隷は監禁されていた。

「吐け穢れ者。あの会議に参加していたことは先遣隊の報告で分かってる」

「…」

部屋の中は玉兎兵と奴隷で二人っきり。

奴隷はフェムトファイバーの組紐で縛られている。

先程から尋問が行われているが、奴隷は一向に答えない。

玉兎兵はその態度にイライラしていた。

「くっ、穢れ者が!」

そう言い、銃剣を構える。

「死にたくなければ話せ!」

「…」

「この…!」

玉兎兵が怒りのあまり引き金を引こうとした。

しかし、それは別の玉兎兵の声によって制止される。

「おーい、依姫様からの命令。地上へ加勢に行けってさ」

「その声…清蘭か。穢れ者はどうするの?」

「私達イーグルラヴィが担当するよ」

「はぁ…任せるわ。一切吐かないのよ」

「まぁまぁ、任せといて」

玉兎兵とすれ違いで青髪とブロンド色の髪をした玉兎兵が入ってきた。

「やぁ元気?」

「…」

「私は清蘭。こっちは鈴瑚」

「…何故自己紹介したのかを教えて欲しいね。敵なのに」

清蘭は大きな木槌、鈴瑚は団子を食べている。

とても尋問という雰囲気ではなさそうだが、油断はできない。

「質問をいくつかするわ。反抗せずに答えてね」

清蘭は人差し指を立てる。

「一つ、貴方の名前は奴隷?」

「…」

奴隷は黙秘した。

これには清蘭と鈴瑚も呆れた。

「口が堅いねー…。せめてそれだけでも答えてくれない?」

「…奴隷だったらどうした?」

「そうだね。もし貴方が奴隷だったら次の質問にいってたわ」

「はぁ…そうだよ、俺が奴隷だよ」

「認めてくれたみたいね。んじゃ、次の質問」

清蘭は続いて中指を立てる。

「奴隷、嫦娥様を介抱したでしょ?」

「…!?」

思わず反応してしまった。

何故こいつらが知っているのか。

「いい反応♪」

「待て、何故分かる?」

「ん」

鈴瑚から一枚の写真を渡される。

そこには、奴隷が嫦娥を抱えているところがバッチリ収められていた。

「…すでにバレていたってことか。んで?その質問になんの意味がある」

「いやぁ、月の姫様がそんな所で寝ているっておかしくない?」

「まぁ…そうだな」

道端で首相が寝ているようなものだ。

そんなことはどの世界を通じても大問題だ。

「実は私達見ちゃったのよ。嫦娥様と思わしき人が月から落ちてきたのが」

「何?」

「月の中では八雲紫が一番の候補に挙がったんだ。スキマとやらを使って嫦娥様を攫ったんじゃないかってね。でも、あれは普通に落ちていたの。まるで月からね」

清蘭と鈴瑚が話していることが本当だとすれば、それは驚くべき事だ。

この戦争は嫦娥が穢されたという理由で勃発した戦争だ。

月側が自ら嫦娥を地上に落としたとすれば…この戦争は月側の勝手という事になる。

「何なんだよそれ…何のために?」

「私達も分からない。調べようにも情報は規制されている。…そこで貴方よ」

「え?」

鈴瑚は奴隷を縛っていたフェムトファイバーの組紐を切る。

「奴隷、月の都に侵入して証拠を見つけてほしいの。この戦争は月側から勝手に始めたって証拠を」

「何故?何故玉兎であるお前らがこの戦争を止めようとする。月にとっては得じゃないか」

しかし、清蘭と鈴瑚は首を横に振った。

「この戦争、私達の意思でやってるわけじゃない。大賢者様が勝手に始めたからね」

「つまり、不満を抱えていると?」

「そりゃそうだよ。私達は根っからの戦争狂じゃない。地上は穢れているけど、食べ物だって豊富だしどこか魅力を感じるの。地上を滅ぼしたい、って思う玉兎兵なんていないと思うよ」

玉兎兵の中にも、地上の事を思っている玉兎兵がいるんだな、と感心した。

奴隷は清蘭と鈴瑚の頼みを了承した。

もし月側が勝手に起こしたとすれば、幻想郷にとっては不利益だ。

そんなことは許さない。

「あっ、そうそう。これあげるよ」

清蘭から銃剣を渡された。

玉兎兵が持っていたやつと少し違う。

「いいのか?清蘭のじゃ…」

「私にはこれがある。それに弾ぐらい簡単に出せるしね」

清蘭は木槌を叩きながらそう言う。

「残りのイーグルラヴィのメンバーをここに残らせる。それじゃ奴隷、お願いね」

「任せておけ。清蘭と鈴瑚もありがとな」

奴隷は銃剣を手に、月の監禁施設を抜け出す。

月の都が目に映る。

月地戦争を終わらせるためにも、奴隷は走る。

 

 



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同盟

イーグルラヴィに解放されてから、奴隷は月の都の建物の目の前にいた。

「月の都に侵入して証拠を見つけてほしいって言われたけど…」

正面入口には見張りの月人が二人いる。

手には清蘭から貰った銃剣が握られているが、別に射的は得意ではないし接近戦も相手が二人いるので勝てる保証はない。

「正面は無理だな…」

別の入口はないかと建物の周りを調べる。

その調べている最中、背後で物音がした。

「!?」

振り向く余裕すらなく、首に鎖をかけられて奴隷はどこかに引きずられてしまった。

 

 

「純狐ー。建物周りをうろついていた月人をとっ捕まえたわよ」

「あら、上出来ねへカーティア」

へカーティアは片手で引きずっている奴隷を放り投げる。

「痛った…誰だお前ら」

「私達を知らない?新人かな?」

「そんな馬鹿な。ねぇ、貴方の目の前には誰がいる?」

「はぁ?」

意味の分からない質問を言われた。

正直、目の前にいる三人の事は一切知らない。

「誰って…何か金持ちそうな女に変なTシャツを着た女、それにアメリカンな妖精じゃないの?」

「変な…Tシャツ!?」

へカーティアはショックを受けたようだ。

純狐とクラウンピースは笑っている。

「いや、どう見ても変だろ。もっとマシなシャツを…」

最後まで言う前に、へカーティアに口を塞がれた。

「『貴方は私に暴言を吐いた』それだけの理由で地獄に墜としてやろうかしら」

「まぁまぁへカーティア。聞く前に殺しちゃまずいでしょ」

どうやら、また尋問されるらしい。

しかし、どうも月に関係する者とは思えない。

へカーティア、純狐という名前は紫さんから聞いた覚えはない。

「待て待て!お前らは月人じゃないのか?」

「んー…本当に知らないようね」

やっと分かってもらえたようだ。

「あー…俺は奴隷だ。幻想郷の住人と言えば分かるか?」

「へぇ、幻想郷ね。私は純狐」

「私は地獄の女神のへカーティア・ラピスラズリ」

「あたいはその妖精のクラウンピース!」

簡単な自己紹介を済ませ、互いの目的について聞く。

「月の都に侵入…目的は一緒だな」

「貴方も月の都に?」

「具体的には、目の前に見える大きな建物だけど」

「奇遇ね、私達もそこよ。何故か警備が手薄になってるのよ」

「ん?今は幻想郷と戦争してるって知らない?」

「!?」

純狐は驚いた。

その反応に、奴隷も驚いた。

「え…戦争やってるの知らない?」

「ええ」

どうやら外部には幻想郷と戦争をしている事を知らせていないようだ。

ここに来る道中様々な玉兎を見たが、とても戦争中とは思えないほど普通の暮らしをしていた。

「まぁ、今が攻めるチャンスってことです。賢者も幻想郷にいるでしょうし」

「確かに、これ程の好機はないわ」

純狐が手を差し出す。

奴隷はその手を取り、握手をする。

純狐、へカーティア・ラピスラズリ、クラウンピース、奴隷という奇妙な同盟が出来上がった瞬間だった。

「嫦娥よ見ているか!今からお前がいる所を攻めてやるぞ!」

純狐の掛け声とともに、それぞれが動く。

綿月豊姫、綿月依姫は不在。

玉兎兵も幻想郷に駆り出されているはずだ。

清蘭と鈴瑚…イーグルラヴィの願いは、強そうな三人組を上手く利用すればいけそうだ、と思った奴隷であった。

 

 




『東方文果真報』の表紙が公開されましたね。
とても喜ばしい限りです。
表面の文が天使に見えました。
裏面はへカーティア・ラピスラズリとクラウンピースの姿が。
公式でヘカクラ…?
最初はクラウンピースが早苗に見えました(汗)
もう一つ気になったのは…袋とじですね。
何でしょう、あのほとばしる犯罪臭は。


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奴隷が見た衝撃

月の都の建物内に警報が響き渡った。

「襲撃!襲撃です!」

「相手は?」

「例の…純狐、へカーティア・ラピスラズリ、クラウンピース。さらに素性が不明の者の四人組です!」

「こんな時に…大賢者様に報告しろ!」

月人が各々部屋を出る。

皆、月を守るために。

 

 

へカーティアの拳一つで扉が開いた。

門番の月人は純狐とクラウンピースによって倒された。

「さっ、いくわよん」

奴隷が戸惑っているのを無視してどんどん奥へと進む。

月人が攻撃を仕掛けてきたが、純狐やへカーティアが全てなぎ倒していった。

「(こいつら強いな…。迂闊に手を出したら巻き込まれそうだ)」

圧倒的な強さに見惚れる。

第一、第二関門を突破し、広い場所に出た。

「…!」

三人の動きが止まる。

先に何かがいる。

「はぁ〜…あんたは地上に降りてないのね」

へカーティアはため息をつく。

へカーティアらの進軍を止めるとなると、かなりの実力者という事になる。

中央に男、その周囲には月人らが構えている。

「純狐さんあの男は一体?」

「…賢者よ」

その単語に、奴隷の表情が硬くなる。

賢者とは一度戦った。

その実力は体験している。

「ここから先は行かせん」

男が刀を抜く。

「気をつけて。あの刀に触れたら縛られる(・・・・)わよん」

「縛られる?」

「簡単に言うと、あらゆる行動が制限されるわけ。まぁ、それはただの月の最新兵器の能力なんだけどね」

「あいつにも程度の能力が?」

「…あいつは月夜見(・・・)。もっとも、あれは分身だけれど」

「何だって?」

月詠(・・)は就寝中かしらん」

「知る必要は無い」

月夜見は刀を高々と上げる。

それが合図だった。

「奴らを討ち取れ!」

月人らが一斉に攻撃を仕掛けてきた。

へカーティアと月夜見がぶつかる。

純狐とクラウンピースは、襲いかかる月人を対処する。

正直、奴隷が参戦できる状況じゃなかった。

恐らく参戦しても足を引っ張るだけ。

「(ここは素直に…証拠を探しに行こう)」

激戦を繰り広げている中、奴隷は戦場からそそくさと逃げた。

 

 

月人に見つからないように一つ一つの部屋を確認しながら進んでいると、モニター室らしき部屋に着いた。

「ここの見取り図でもあるかな?」

映し出されている映像を見る。

映像には、映し出されている扉の下に何の部屋か書かれている。

「(…大賢者様の部屋?賢者でも立ち入ることが出来ないと書かれているな。ここだな)」

部屋の場所を確認し、モニター室から出ようとする。

その時、一つの機械からガーガーと音を発しながら紙が出てきた。

報告書、と書かれている。

奴隷は報告書を手に取り確認する。

八雲紫と豊姫様が衝突。

浄化作戦が五割終了。

穢れた森を制圧。

など、幻想郷の危機的状況が書かれていた。

そして、一番下に書かれていたのは…。

紅い館の主を撃破。

奴隷はそれを見て目を丸くする。

「…レミリア?」

 

 

レミリアは倒れていた。

紅魔館の門はひしゃげている。

レミリアが横を見ると、咲夜も倒れていた。

「貴女は動きに無駄が多い。だからこそ読まれやすい」

頭上から言葉をかけられる。

見上げると、綿月依姫が無傷(・・)で立っていた。

レミリアと咲夜の攻撃、その全てが受け流された。

「不覚ね。地上では勝てると思ったのだけれど」

「地上だったら月人に勝てる、その考えが敗北を招いたのです」

依姫は刀を振り上げる。

レミリアの首を切り落とすために。

しかし…その手は止まる。

「お嬢様を殺すのなら、私を殺してからにしろ!」

紅魔館の門番、紅美鈴の拳が依姫の顔面に叩き込む。

「!」

依姫は豪快に吹っ飛んだ。

周囲の玉兎兵からは動揺の言葉が飛び交った。

だが、たったの一撃でやられるほど賢者は弱くはない。

「…次は貴女ですか。目の前で倒れている主を見て勝てると?」

「勝てないでしょう。でも、退けない戦いだってある」

美鈴は構える。

「龍は水を得て強くなる」

「背水の陣…か」

依姫も構える。

「お嬢様は死なせない」

美鈴の宣言と共に依姫は動いた。

 

 

大賢者室。

そこには大量の機密情報が保管されていた。

賢者の素性。

月の戦力。

月の兵器の設計図。

しかし、奴隷はこれらを無視する。

必要なのは証拠だ。

大量の機密情報と格闘していると、幻想郷にとって有利な情報が書かれている書類が出てきた。

「(これは…あの飛行物体の設計図!かなり詳しく書いてあるじゃないか!)」

設計図を傍らに置き、さらに探し出す。

「あー…違う…違う…これじゃ…ん?」

一枚の書類を掴む。

その内容を見て奴隷は驚いた。

「こ、これは…!?」

正しく証拠だった。

この書類の内容を月側に公開すれば、戦争が終わるかもしれない。

「ははっ、やったぞ!これを今すぐ…」

ここで奴隷は考えた。

ここにいるのは奴隷一人。

仮に今公開しても、直ぐに大賢者に消される可能性がある。

大賢者が偽物だと言えば、皆信じるはずだ。

「(大賢者が言い逃れできない環境が必要だな。一度幻想郷に戻る必要があるか)」

奴隷は証拠を大事に抱え、月の羽衣を掴む。

「確か、別の書類にこれの扱い方が載っていたな」

纏ってる間は心の失ってしまう効果があるらしい。

折角証拠を手に入れたのに、心を失っては元も子もない。

奴隷はその効果を程度の能力で消し去り、地球に向けて飛んでいった。

純狐、へカーティア、クラウンピースに感謝しつつ、奴隷は長い長い飛行時間を楽しむことになる。

 



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月からの流れ星

紅魔館。

今なお依姫と美鈴が激戦を繰り広げでいた。

「『大鵬拳(たいほうけん)』!」

愛宕様(あたごさま)の火」

全てを焼き尽くす神の火を発生させる。

しかし、美鈴は怖気づかずに突っ込んだ。

虹色の気が爆発する。

「くっ…うぅ…」

依姫に直撃させたのはいいのだが、自身の右腕が焼けてしまった。

「(使い物にならないか)」

美鈴は正面を見る。

「…倒せませんか」

「あの妖怪より無駄がない。動きもいい。でも、一撃が弱い」

「はは…ご指摘どうも」

一撃が弱いことを気にしていたのに、容赦なく言われて心のダメージを受ける美鈴。

焼けた右腕を気にしながら、再び構える。

「まだ私は死んでいませんよ」

「そのようですね。…次の攻撃を、今の貴女に耐えられる?」

依姫は天に手を伸ばす。

その直後に大雨が降ってきた。

「『火雷神(ほのいかづちのかみ)』よ。七柱の兄弟を従え、私に勝負を挑んだことを後悔させ…」

「依姫様!」

言い終わる前に、玉兎兵が慌てて呼んだ。

「何か?」

「月夜見様から緊急の呼び出しです!」

「…月詠様から?」

月夜見様(・・・・)です」

わずかな沈黙の後、依姫は攻撃を止めて美鈴に背を向けた。

「貴女、命拾いしましたね」

「どうでしょう?最後までやらないと分かりませんよ」

依姫は呆れた顔で、玉兎兵と共に飛行物体まで戻っていった。

「(まぁ、あのまま戦っていたら…間違いなく死んでましたね)」

美鈴はふらつく体を引きずりながら、紅魔館に戻った。

 

 

遥か上空から、一つの流れ星が降ってきた。

それは紅魔館の時計塔に直撃した。

「痛ったぁ!着陸失敗だこの野郎!」

涙目になりながら奴隷が現れた。

証拠を手放してないか確認し、紅魔館内に戻る。

「ただいま」

「奴隷!?今までどこにいたの!?」

ボロボロのレミリアに叱られた。

それもそのはず、何日も紅魔館にいなかったからだ。

素直に反省する。

「申し訳ない…。ちょっと野暮用があって」

「野暮用?…はぁ、まぁいいわ。無事でよかったわ」

「そういうレミリアもな。依姫に倒されたって書いてあって心配してたんだぞ」

「うー…」

あまり掘り起こされたくない事だったのか、レミリアは返答を濁らせた。

「あー…とりあえず、今の状況を教えてくれないか?」

「見ての通りよ。私と咲夜、それに美鈴も依姫に負けた。でも、パチェのおかげで紅魔館の被害は少ないわ」

「良かった」

「でも、他の場所は酷いわ」

「そうなのか…」

今は月の者が全員引き返したのか、幻想郷は静かだ

「それより、その手元の紙は何かしら?」

「あっそうだ!レミリア、紫さんの居場所知らないか?」

レミリアに証拠の事を言われて思い出す。

「紫?知らないけど」

「えー…困ったな」

この広い幻想郷から探すのは骨が折れる。

まだ幻想郷の全貌を知らない奴隷にとっては、見つかる確率などゼロに等しい。

うんうん唸っていると、一つの部屋の扉が開いた。

「八雲紫なら、今は霧の湖にいますよ」

右腕に包帯を巻いた美鈴がそう言った。

「本当か!ありがとう美鈴!」

奴隷は急いで霧の湖に向かった。

「よく分かったわね美鈴。それとも適当?」

「適当なことを言うわけないじゃないですか。戦友の気は忘れたくても忘れられませんよ」

「?」

メイド妖精に安静に、と言われて美鈴は部屋の中に戻る。



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激戦前夜

既に夜だが、奴隷は霧の湖へ向かう。

紅魔館から直ぐなので、時間もかからないだろう。

「おーい、奴隷」

呼び止める声が聞こえた。

声が聞こえた方を見ると、清蘭と鈴瑚が手を振っていた。

「清蘭に鈴瑚?月人は今あの飛行物体に呼び出しくらってるんじゃないのか?」

「ちょいと抜け出してきてね。それより、証拠は見つかった?」

「ああ、バッチリだ。…誰にも言わないなら見せよう」

「言うつもりはないよ。私達も地上人を月の都に侵入させたからね」

約束し、清蘭と鈴瑚に証拠を見せる。

「…!?」

「これは…」

清蘭と鈴瑚は目を見開いて驚いた。

「衝撃だろ?」

「衝撃…だけど、これをどう私達に?」

「その件は大丈夫…のはずだ」

「…そこのところは任せるわ」

「任せろ」

不安の声を混じらせつつ、清蘭と鈴瑚と別れる。

霧の湖から移動してないか心配しつつも、八雲紫に会いに行く。

 

 

美鈴の言う通り、八雲紫は霧の湖にいた。

その隣には八雲藍もいた。

月の都のモニター室から出た報告書には綿月豊姫と衝突したと書いてあった。

服もボロボロで、とても豊姫に勝てたとは思えない。

気がたっていたらどうしよう、と思いながら八雲紫に話しかける。

「ゆ、紫さん。少しいいですか?」

声に、視線が奴隷に集中する。

「吸血鬼のところの奴隷?何か用かしら」

「お話があります」

「そう、手短に頼むわ」

奴隷は辺りを見渡す。

「その前に…どこか安全な場所はないですか?」

いくら月人が今はいないとはいえ、広く開けた場所。

先ほどの清蘭と鈴湖みたいに、抜け出した玉兎がいるかもしれない。

「なら私のスキマに来なさい」

紫にスキマ内に案内される。

大量の目玉が奴隷を睨みつける世界にビクビクしながらも、奴隷は話す。

「今から話すことは、幻想郷の未来を左右するかもしれません」

その言葉に、紫の眉が動く。

「聞かせてもらおうじゃない」

悪い笑みを浮かべる。

奴隷は証拠を取り出す。

「まずはこれを見てください」

「これは…あの飛行物体の設計図?」

「ええ。そしてこれを…」

メインを手渡す。

紫はそれに目を通す。

何分か紫は固まっていた。

その間にも、奴隷は話したいことを話す。

「あの飛行物体を墜とせば、月側は地上から撤退せざるおえない。そこでこちら側から…なんというか…あー…話し合う?そう!話し合いの場に持ち込むんです」

幻想郷と月のお偉いさんが集まっている中なら、大賢者は簡単に手出しはできないだろう。

そして、一気に戦争の真相を月側に知らせられる…それが奴隷の考えた作戦だった。

「それにはまず、あの飛行物体を墜とさなければならない。あれが月側の生命線ですから」

話し終え、スキマ内に沈黙が訪れる。

先に口を開いたのは、八雲藍。

「紫様。あの飛行物体を堕とすなどできる訳がありません。それに…月側の攻撃でこちら側はかなり傷ついています」

藍の否定の声に、奴隷は抗議する。

「しかし藍さん…」

「分かったわ」

紫に遮られた。

紫は奴隷に証拠を手渡す。

「他に手が無いのは分かってるでしょ藍。それとも、何も抵抗せず殺されたい?」

「それは…」

藍は口ごもる。

「奴隷、よくやったわ。貴方のおかげでこの戦争、勝てるかもしれないわ」

「お礼を言うなら、勝ってからお願いします」

紫らはスキマ外に出る。

「藍、戦える者を今すぐ集めてきなさい」

「…っ、分かりました」

早速戦力をかき集める。

一体、あの飛行物体を墜とすだけにどれだけの犠牲がでるかは分からないが、やるしかない。

「あー…紫さん、俺なんかの作戦に協力してくれてありがとうございます」

「…この戦争に勝ったら、一緒にお茶でもしましょう?」

次々とスキマを通じて強者達がやって来る。

手段を選んではいられない。

皆、ただ幻想郷のためだけに戦うことを胸に誓っている。

 

 

月の外れ。

純狐、へカーティア、クラウンピースはそこにいた。

「まさか、月詠本人が登場するとはね」

「ごめんなさいご主人様。あたいがミスをしなければ…」

「大丈夫よ。嫦娥は殺せなかったけど、かわりに派手に暴れたわよん」

「かなりの暴れっぷりだったわね」

純狐とへカーティアは笑う。

まるで失敗することが楽しみだったかのように。

もしかしたら、月に攻めるということで。

彼女らの欲求は満たされているのかもしれない。



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飛行物体の攻略

陽の光が差し込んでくる。

霧の湖には、多くの妖怪達が戦いに備えていた。

決して数は多いとはいえない。

しかし、それらを補う策がある。

「もうそろそろよ。失敗は許されないわ」

紫が全妖怪の司令塔を務め、風見幽香らは飛行物体を攻略する。

奴隷も攻略組にいた。

幻想郷の中で一番飛行物体のことについて詳しいので、核となる場所を破壊するという重大な任務を課せられた。

その他にもある。

「皆、位置につけ!」

紫の号令とともに、妖怪達は一斉に行動を始める。

「さぁ、奴隷」

「了解」

紫の手を握る。

その瞬間、妖怪達の姿が消えた。

 

 

飛行物体の中では、玉兎兵達が慌ただしく動いていた。

月の都の襲撃。

それはかなりの被害を生み出していた。

「まさかこのタイミングで…」

豊姫も顔に手をあてている。

「幻想郷側はどうなってるの?」

「あ、はい。えーと…」

依姫の声に、玉兎兵は機械のボタンをいじる。

幻想郷全土が映像に映し出された。

「…妖怪達がいない?」

映像には、誰一人映っていない。

流石の玉兎兵も疑問の声をあげた。

「おかしいですね。まさか逃げた…とか?」

玉兎兵はそう推測した。

しかし、その三秒後に事実を知ることになる。

突然、飛行物体が攻撃を受けた。

「こ、攻撃を受けました!幻想郷側からです!」

玉兎兵が映像を切り替えると、飛行物体に大きな船と巨大な人形がぶつかっていた。

「落ち着いて、結界があるから大丈夫よ」

豊姫はそう言ったが、その発言は無に返された。

結界が消滅した。

飛行物体に直接ダメージが入る。

「どうして…!?」

依姫がそういう前に、大きな船と巨大な人形の腹から妖怪達が現れ、侵入してきた。

「総員、戦闘態勢に移れ!」

月人、玉兎兵が慌てて構える。

飛行物体内で妖怪達と月人らが衝突した。

 

 

奴隷と藍は飛行物体の最深部にいた。

「上手くいきましたね」

「そうだな」

幻想郷側が行ったことは簡単だ。

紫の妖力を借りて聖輦船と、アリス・マーガトロイドという人形師の失敗作…巨大化しすぎたゴリアテ人形の姿を消し去り、飛行物体に近づいた。

程度の能力は衝突する寸前で解除した。

衝突した瞬間に奴隷と藍は結界の抜け目から飛行物体に侵入し、結界を解除した。

「核を壊しに行きましょう藍さん」

「護衛は任された」

藍と一緒に飛行物体の核の部分を壊そうと、行動を開始する。

すぐ上では、激戦が繰り広げられている。

無事に核の部分がある部屋まで辿り着いた。

清蘭の銃剣をかざしてロックを開ける。

広い場所に出た。

奥に扉が見えるので、恐らくあの奥に核があるのだろう。

そこまで行こうとしたが、藍が制止した。

「藍さん?」

藍を見ると、周囲を見渡して警戒しているようだ。

そして、次の言葉を発した。

「出てきな」

藍がそう言うと、正面から月人が現れた。

どうやら、光学迷彩で姿を消していたらしい。

待ち伏せをしていた月人を見て、奴隷の表情は強張る。

「藍さん、気をつけてください。…賢者です」

月夜見。

それはへカーティアらと戦闘をしたはずの賢者だった。

ここにいるということは、へカーティアらは負けたのか。

「賢者…か、安心しろ。式神とはいえ、そんじょそこらの妖怪より力はある。十分は持つ」

「なっ…藍さん!」

藍の発言は、自身が捨て駒になると言っているようなものだ。

見捨てることは出来ない。

「核を壊せば、あいつもここにはいられなくなる。私の事を思ってくれてるのなら、手早く核を壊してくれ」

「…分かりました。死なないでくださいね」

月夜見の特徴を伝え、奴隷は扉を開けて室内へと入る。

「さて、相手をしようか」

「…十分と言ったな。果たして十分も持つかな?」

月夜見は、何事も縛り付ける程度の能力を持った月の最新兵器を抜く。

 

 

場所は変わって妖怪の山。

飛行物体攻略組じゃない妖怪達が何かの整備をしていた。

その妖怪達の正体は河童。

「よし、完了!いつでも出せるよ」

「ありがとうございます」

現人神の東風谷早苗は頷く。

背後には、二人の神様も控えていた。

「行きますよ神奈子様、諏訪子様!」

早苗は操縦席に乗り、レバーを引く。

妖怪の山全体が振動する。

神奈子、諏訪子は肩に乗る。

「核熱造神非想天則!行きまーす!」

巨大なロボットが妖怪の山から射出された。

それは月側に恐怖(トラウマ)を植え付ける。



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戦場での会話

飛行物体の核の部分があるという部屋に、奴隷はいた。

奴隷はあんぐりと口を開けている。

核の部分は容易に見つかった。

しかし、一つの問題に当たった。

「この核…硬すぎる!?」

奴隷が銃剣を振り下ろしても、傷一つ入らない。

辺りを見渡す。

整備のための機材が沢山転がっている。

「なんでもいい!早くしないと藍さんが…」

藁にもすがる気持ちで、奴隷は近くの機材を手当り次第に核にぶつけた。

 

 

今もなお、飛行物体の中では激戦が続いている。

しかし、ある一箇所では睨み合いが続いていた。

幻想郷側、風見幽香。

月側、綿月依姫。

どちらにも手下がいたが、割り込めば殺されると皆が思っていた。

まともに戦えば、依姫が勝つだろう。

だが、依姫もなかなか手を出せない。

場所が問題だ。

「(外ならまだいいものの、中となると被害が…)」

内の防御は外より硬くはない。

墜落する可能性がある。

「ふふっ」

どう対処しようか悩んでいる依姫を見て、幽香が笑う。

「そうそう、私に時間を使いなさい」

「?」

依姫が怪しんだ瞬間、飛行物体に再び衝撃が襲った。

 

 

藍と月夜見がいる場所に風穴が空いた。

風穴からは幻想郷に似つかないロボットの顔が見える。

月夜見の顔が険しくなった。

「神…か」

「あんたと同じね」

月夜見の前には、八坂神奈子と洩矢諏訪子が立っている。

「二神方…」

「九尾は下がってな。私らでも怪しい」

同時刻、奴隷がいる核がある部屋にも助っ人がやってきた。

「おーおー、こりゃ派手にやったな」

「お前は…」

「ヒーローだぜ。どいてろ、私のマスパで一発だ」

直後、轟音とともに飛行物体がバランスを崩した。

 

 

月側は地上に堕ちた。

地上の妖怪達が一斉に襲いかかる。

飛行物体の浄化能力が切れた今、月側は大変苦戦を強いられていた。

殆どの者は自分の周りを浄化することでいっぱいで、それが隙を生んでしまう。

「火雷神よ!」

天からの攻撃で妖怪達が薙ぎ払われる。

しかし、地の利は幻想郷側にある。

飛行物体攻略組のために行った戦闘より激しくなった。

「おいおい、俺はこんなの望んでねぇ!」

魔理沙の箒に乗せてもらいながら、奴隷は目の前の状況を見る。

「それで、どうするんだ?」

「紫さんのとこまで頼めるか?」

「お安い御用だぜ」

紫の場所まで飛んでいく。

その道中数々の妖怪と月人の死体を見て、思わず目をつぶった。

「到着だ」

魔理沙の箒から降り、紫に声をかける。

「紫さん!」

「この状況からどうするつもりかしら?悪化してるわよ」

「…俺を戦場まで運んでください」

「何をするつもり?」

「いいから、お願いします」

紫はスキマを開く。

奴隷はお礼を言ってスキマの中に入る。

ここを抜けた先は戦場だ。

銃剣を握りしめながら、血なまぐさい戦場に出た。

「あいつは…賢者はどこだ!?」

妖怪の死体を足場にして辺りを見渡す。

「…あいつか?」

扇子を持った女性が見えた。

彼女が扇子を振るう事に妖怪達の姿が消えていく。

只者ではない、恐らく賢者だ。

しかし、近づくにはあまりにも危険すぎる。

何か、何かないか。

そして、奴隷は手元を見た。

 

 

「!?」

突然扇子が弾かれた。

綿月豊姫扇子を見たが、完全に壊れてしまっている。

周囲に目を配ると、一人の男が近づいてくる。

手には銃剣、彼がやったのだろう。

「綿月豊姫だな」

奴隷はそう言い、手を上げながら豊姫に近づく。

「何のつもり?」

「抵抗するつもりは無い。俺はこの戦争を終わらせたいんだ」

「私達を全滅させて?」

「違う!…嫦娥は紅魔館に居る」

「…!」

豊姫が大きく反応した。

「ただし、引き渡すのに条件がある」

「条件?」

「日時、場所は月側が決めていい。だから、お前らと話し合いをさせてくれ!そうすれば、戦争が終わる…かもしれない」

「曖昧ね。それに、八雲紫がただの人間が嫦娥様の居場所を教えるはずがない」

「そうか」

奴隷は豊姫に銃剣を押し付ける。

「分かった。綿月豊姫、俺の言ったことが信用出来ないならこの銃剣で俺の頭を撃つがいい。そうすれば、この話はチャラ。どちらかが全滅するまで戦争は続くだろう」

奴隷は後ろを向いて正座をし、目を閉じる。

綿月豊姫は銃剣を構えーーー下ろした。

「…いい覚悟ね」

ありがとう、と呟いた。

豊姫は、紫と同じように空間にスキマを空ける。

「休戦よ」

「こっちもな」

奴隷は銃剣を見た。

この銃剣のおかげで豊姫と話ができ、豊姫に覚悟を見せられて、話し合いの場へと持ち込むことが出来た。

清藍に今度お礼を言わないとなと思いつつ、奴隷は紅魔館へと向かった。

 

 

 

 



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幻想郷の命運を担う

幻想郷は静まり返った。

月側は豊姫の命によって引き返した。

ただ一人、賢者の豊姫が紅魔館に来ていた。

「嫦娥様を引き取りに来た」

「ああ、こっちだ。そこまでの穢れは消したから」

「感謝する」

レミリアに頼みこんで、皆紅魔館にいない。

綿月豊姫と奴隷だけだ。

ヴワル魔法図書館を抜け、地下室に進む。

「…ここに嫦娥がいる」

奴隷は扉を開ける。

「!」

「あー…お迎えだ」

「嫦娥様…!」

嫦娥は一枚の布に隔てられて表情まで読み取れないが、安心しているようだ。

ちなみに、布で隔てている理由は嫦娥が頼んだからである。

「確かに嫦娥様ね」

豊姫は月の羽衣を嫦娥の前に置く。

「さあ、帰りましょう」

二人は天高く飛び上がり、星空が見える美しい夜空に消えていった。

奴隷はそれを見送った。

時計塔の鐘を鳴らし、終わったことを知らせる。

しばらく待っていると、レミリア達が帰ってきた。

「何とか終わらせたよ」

「ご苦労様奴隷」

「あとは話し合いだけど…そこんとこは紫さんが何とかしてくれるはず」

奴隷の仕事はここまで。

どう転ぶかは紫にかかっている。

少なくとも、奴隷はそう思っていた。

 

 

「あー…紫さん。ここに書いてある文字がよく見えないのですが」

「冗談言っている場合じゃないわよ」

翌日、朝から早々に紫に呼ばれて霧の湖へと来ていた。

月から書状が届いたらしい。

何故奴隷が呼ばれたか?

なんと、紫と奴隷の二人が名指しで書いてあったのだ。

「夜にお迎えがくるわ。それじゃあ、確かに伝えたわよ」

「えっ、紫さ…」

紫はスキマの中に消えてしまった。

消える瞬間、紫の顔が見えたが緊張が現れていた。

「…俺が?あんの賢者め」

豊姫のことを思い浮かべながら、書状を再度見る。

「場所は…月の都。日時は今日の夜、八雲紫と奴隷は博麗神社に。月からお迎えにあがります、と」

ため息をつく。

まさかこんな大役を押し付けられるとは。

霧の湖の近くの大きな石の上に座っていると、後方から声をかけられた。

「ん?貴方は紅魔館のところの…」

振り返ると、見覚えのある顔が目に映った。

「えーと…ルナサさん?」

「奴隷…だよね?」

あの綺麗な音色を奏でていたルナサに会えるとは。

奴隷はルナサに話し合いのことを話した。

「そんな大役を…」

はい、と答える。

奴隷は遠くに見える紅魔館を見つめた。

先程まであそこで寝ていた時が懐かしい。

今は緊張で心が痛い。

心臓が紐で締め付けられているようだ。

全く、いつからこんな弱気になったんだ。

己の心の弱さに嘆いていると、ふと、ルナサが楽器を取り出して演奏し始めた。

「ああーーいい音色だ。やっぱり、ルナサさんが奏でる音を聴いてると落ち着くな」

「緊張、どう?」

「ありがとうルナサさん。月で過呼吸になることはなさそうです」

ルナサはくすりと笑った。

奴隷はルナサに会釈してその場を後にする。

 

 

奴隷は時計塔を確認する。

そろそろか、と呟いて準備をする。

旅行をするわけではないのでそんなに荷物を持つ必要が無いが、証拠だけは頑丈な箱ーー外の世界で言うアタッシュケースに入れる。

メイド妖精にパンとスープを頼む。

「今頃ご飯を食べるの奴隷?」

「ああ。最後の晩餐にならなきゃいいが」

フランドールの質問に冗談を交えて返す。

今日は積極的にフランドールと遊んだ。

そしてメイド長の美味しい料理。

パンをスープにつけて完食し、スープも一気に飲み干す。

「それじゃあ…行ってきます」

レミリア達は心配そうに博麗神社に向かう奴隷を見届けた。

アタッシュケースを片手で持ち、霧の湖まで歩く。

「奴隷」

目の前のうさ耳の二人組ーー清蘭と鈴湖が奴隷を待っていた。

「博麗神社っていう場所まで」

奴隷はそう言ってイーグルラヴィの乗り物に乗る。

しばらく眠っていたら起こされた。

博麗神社に着いたらしい。

「奴隷、もし上手くいったら一杯呑まない?いい店を知ってるんだ」

「酒は呑まないが…分かった。必ず呑もう」

博麗神社の長い階段を上り、境内に入る。

紫の姿が見当たらない。

賽銭箱に座っている巫女を発見した。

「巫女さん、八雲紫って妖怪を知りませんか?」

「ってことはあんたが奴隷ね」

紅白の巫女、博麗霊夢は紫の名を呼んだ。

すると、のそのそとスキマから紫が現れた。

「んー、もう時間?」

「らしいわよ」

むーむー言ってる紫を眺めながら、奴隷はイーグルラヴィを通す。

「お迎えですよ」

「今行くわー…」

イーグルラヴィが紫と奴隷に月の羽衣を羽織らせる。

奴隷は、紫と自分の羽衣に程度の能力をかけた。

霊夢が手を振った後、奴隷達は月に向かって飛んでいった。

人里では逆流れ星ならぬ、上り星が見えたという。

 



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賢者会談+奴隷

奴隷と紫、イーグルラヴィに連れられて月面に降り立った。

穢れはすでに消し去った。

月人が二人を囲んでいた。

「歓迎は…されてないみたいですね」

「当然でしょう」

イーグルラヴィと別れて、月人の監視を受けながら月の都に入る。

一度だけ見た光景が目に映る。

「(たしか…あいつらともうちょい奥まで進撃したんだっけ)」

残念ながらその部屋に行くことは無かった。

すぐに左に曲がり、その突き当たりの部屋に案内された。

扉を開けると、そこには長机と六個の椅子が設置されてあった。

どうやら、ここで話し合いをするらしい。

「…緊張するわね。これから来る相手は、私では敵わない者達。震えが止まらないわ」

紫の手は微かに震えていた。

「俺はあまり緊張してませんよ」

不思議と緊張していない。

ルナサのおかげだろうか?

二人は幻想郷側の席に着席する。

奴隷はあらかじめアタッシュケースの鍵を開けておく。

賢者達はすぐにやって来た。

綿月依姫。

綿月豊姫。

稀神サグメ。

月夜見。

「待たせましたね。それでは始めましょうか」

依姫の号令の後に、話し合いは始まった。

奥に動く人影が見える。

嫦娥だろうか。

奴隷は賢者達の方に向きかえる。

この場にいるのは、八雲紫に奴隷。

そして賢者に嫦娥の総勢七名。

一つ咳払いをし、奴隷は内容を話す。

「この異変…もとい戦争を起こしたのは我々幻想郷ではありません」

「ほう」

「我々が嫦娥を月の都から攫うなどーー無理に決まっています」

「奴隷の言う通りだわ。私の程度の能力でも、月の都に直接は容易に開けられない。私が全力で月の都にスキマを作ろうとしても…せいぜいお酒(・・)を盗める程度でしょう」

その言葉に、依姫と豊姫はハッとした。

おそらく第二次月面戦争の結果を思い出したのだろう。

「しかし、幻想郷側からの侵入があった。貴公だろう?奴隷とやら」

奴隷は心の中で舌打ちをした。

「…流石は賢者様ですね。お気づきになられましたか」

月夜見とは直接的に一度対面している。

しかも、あの面子を揃えてだ。

「…」

チラとサグメを見たが、口に手を当てたままだった。

「あの後、貴公は三人の中にいなかった。どこに行っていた?」

「大賢者の部屋だ」

「「「「「「!?」」」」」」

奴隷を除く全員が反応した。

大賢者と言えば、月側のトップ。

「その行為は重罪だ!」

依姫が声を荒らげる。

その手には、すでに刀が握られている。

「待ちなさい依姫。わざわざ危険を冒してまで大賢者様の部屋に侵入したのは、何か理由があるのでしょう?」

豊姫の質問に奴隷は胸を張って言った。

「もちろん!俺はあるものを探していました。証拠です」

「証拠?」

「この戦争は、幻想郷側が起こしたものではないという、つまりはアリバイですよ。単に嫦娥を返すだけでは、月側のお偉い様に不平等な条約を結ばさせられるでしょう。例えばーー地獄への道の浄化作戦を黙認しろ…など。俺はこの戦争に裏があるんじゃないかと、とある動物達(・・・・・・)に言われました。だから、俺は月の都に侵入し、大賢者の部屋にも侵入し、見事証拠を掴みました」

アタッシュケースを長机の上に置く。

「中身はーー稀神サグメさん。お願いします」

「…」

サグメは、口元から手を離してアタッシュケースを開く。

そこから、まとめてある紙を取り出す。

サグメはそれらを長机に並べる。

その内容はーー簡単に言えば、嫦娥は月側の一部の上層部が意図的に地上に放った。

それを満月の日に行い、その日のみスキマを繋げられる八雲紫ーーつまりは幻想郷側のせいにし、それを理由に戦争を行う。

幻想郷は月より弱い。

勝利することを前提に、地獄に進出するという内容だった。

「それが我々のアリバイです。大賢者が管理している書物は、賢者ですら見るのは難しいとされていると聞きました。しかし、サインぐらいは見たことあるでしょう?」

賢者達は沈黙した。

長机に並べられた証拠に釘付けのようだ。

しばらくすると、紫が何かを知った口調で話した。

「…稀神サグメ、月夜見。そのサインに見覚えがあるのでしょう?」

なんと、微かな反応に紫が気づいたようだ。

「確かに…大賢者様のサインだ」

その発言に、奴隷は心の中でニヤリと笑った。

同時に安心した。

「し、しかし…」

豊姫が意見を言おうとしたが、サグメが首を横に振った。

「大賢者様のサインがここにある以上…認めざるえない。嫦娥様を穢した真の犯人は、大賢者様という事だ」

サグメは証拠をまとめる。

それらを再びアタッシュケースの中に入れる。

サグメは口元に手を当てながら話す。

「青年。そちらが何もしてないということが分かった。月側が勝手に起こした戦争ということも、よく分かった」

「ああ、俺はこの戦争を終わらせるだけでいいんだ。これ以上、犠牲も出したくないしな」

ついでに、と紫が横槍を入れてきた。

「あの飛行物体も早く回収してくれないかしら?あのままだと河童の餌よ」

「依姫、豊姫!すぐに行動に移れ!」

依姫と豊姫は部屋を出る。

奴隷は嫦娥の近くに寄る。

「…地上での生活、どうだった?」

その質問に、嫦娥は微笑した。

「楽しかった。特に、あの宝石の羽が生えた者と楽しめた時間がな」

「そいつはよかった」

嫦娥から離れ、八雲紫の隣に並ぶ。

「帰りましょうか紫さん」

「そうね。ここにいても、もうお邪魔虫でしょう」

「そうですね。後は月側がやってくれるでしょう」

八雲紫と奴隷は月の都を出た。

イーグルラヴィが手を振って待っていた。

二人の妖怪と人間は、無事戦争が終わったことを幻想郷に伝えに行った。



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宴会場から宴会場へ

奴隷と八雲紫が博麗神社に戻った時。

すでに博麗神社は賑わっていた。

料理に酒が並べられている。

「えぇ…準備早すぎやしませんかね紫さん?」

「先に藍に伝えて貰ったのよ」

いつ紫が藍に伝言を託した時間があったのかが不明だが、香り立つ料理に涎を垂らしながら宴会場へ向かった。

しかし、それはレミリアに止められた。

「奴隷、まだ残りの皿があるわよ?」

「それはどういう風に捉えれば?」

奴隷はにこやかに質問する。

「つまり、働け」

「拒否権は」

「奴隷にそんな権利はないわ」

「あぁ、そうかい…」

奴隷は、残っている料理の皿を持ち、空いてるテーブルにすばやく運んだ。

鬼、魔女、吸血鬼、それに人間など多種多様に混ざりあった博麗神社で宴会が行われた。

傷ついた体を引きずってまで参加している者達もいた。

奴隷は空腹を満たそうと、宴会の料理を食べ始める。

「ちょっといいかしら」

「?」

肉に手を伸ばしたところで、紫に声をかけられた。

「悪いけど、あまり食べすぎないでちょうだい」

「は、はあ」

そう言うと、紫はスキマの中に入っていってしまった。

事情は知らないが、奴隷は肉を小さめに切ってから食べた。

当然空腹を満たせるわけがなく、目の前に料理が並べられているのに食べられないーー生殺し状態がしばらく続いた。

賽銭箱の上に萃香が大きな一升瓶を一気飲みしていた。

それに応じるかのように周りの者も酒を飲み始める。

「…なんて飲みっぷりだ。あの小さな体型によく入るなぁ」

袖を引かれた。

「紫さん?」

「来なさい奴隷」

奴隷は紫のスキマに入っていった。

宴会場から離れるのは少し抵抗があったが。

 

 

「これは…」

奴隷は八雲邸へと案内された。

すでに料理が並べられている。

「ああ、あの時の約束ですか」

「まさにそうよ」

奴隷は料理の前に座るが、明らかに量が多い。

これが幻想郷式の出し方なのだろうかと思っていると、後ろの襖が開いた。

その瞬間、背筋に寒気がした。

「あら〜、大変美味しそうな料理ねぇ」

「今回はお客様もいるので、食べすぎないで下さいよ」

振り向くと、かなり前に紅魔館で出会った幽霊がそこにいた。

隣には二刀を背負った少女、確か妖夢だっただろうか。

二人に、紫と藍が各々の席に座った。

「まず、貴方に伝えたいことがあるわ」

「何でしょうか?」

紫は頭の帽子を取り、それを胸に当てる。

藍は目を閉じていて、幽々子はにこやかな笑顔で、妖夢は正座していた。

「幻想郷の賢者として、敬意を表するわ」

「俺に?そんな、俺も証拠を見つけられたのは偶然ですし…」

「それでも貴方は月の都に侵入したじゃない。紫の手助けがあって、やっと侵入できる私達に比べて、ただの人間が月の都に侵入したというのは、他にも見ないわよ〜」

「素直に感謝されておきな」

「は、はあ」

奴隷は頭を下げる。

ここまで感謝されたのは、意外と初めてかもしれない。

「とりあえず、いただきましょうか。幽々子が涎を垂らしてるし」

「幽々子様…」

一同、手を合わせてから料理に手をつける。

しばらく食べていると、妖夢が酒瓶を持ってきた。

「ああ、俺はいりませんよ」

「呑まないのですか?」

「ええ。そちらで呑んで構わないですよ」

妖夢は他の面々に酒を注いだ。

酒が入ってきたようで、口調も砕けてきた。

いつの間にか、紫と幽々子がペラペラと話し合っていた。

奴隷は水をコップに入れて、縁側に行った。

「会話の内容が分からんな。冥界だの言ってたけど…ん?」

縁側で寝ている人を発見した。

頭に猫耳、尻尾を生やしていることから妖怪と分かる。

「(八雲紫の側近に藍、そして橙がいるって話を聴いたことあるがーー橙はこの子かな?)」

起こさないように、少し距離をとって座る。

水を飲み干して脱力するも、どうも橙の存在が気になる。

すうすうと寝息を立てていて、その寝顔は愛くるしい。

そっと手を伸ばし、耳に触れる。

外の世界で、猫に触った感触とほぼ同じだった。

そのままほっぺたを突っつく。

「むにむに…」

口まで指がいったところで、その指を噛まれた。

「痛っ…くない」

甘噛みのようで、ガジガジと奴隷の指を噛む。

「…超えちゃいけないラインを超えそうだ」

奴隷は指を抜き取り、コップを持って縁側から離れる。

襖の前に立つ。

奥からは未だに談笑の声が聞こえる。

奴隷は襖を開けて、談笑の場に戻っていった。

 



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月兎オススメの屋台

宴会の後日、紅魔館に一通の手紙が届いた。

「奴隷、貴方宛てよ」

「俺に?」

掃除中に、咲夜から手紙を手渡される。

宛先は一切書いてなく、ただ小さな膨らみがあるだけだ。

「拝見するか」

手紙の内容はこうだ。

今日の夜に地図にマークした場所に来い、とのことらしい。

幻想郷の地形を完全に把握してない中、地図があるのは有難い!

しかし、送り主は誰なのだろう。

「ねーねー奴隷。その手紙はなんなの?」

「フランドール!実は送り主が分からなくて…一応俺宛らしいけど」

「その小さな膨らみは?」

「おっと、完全に忘れてた」

フランドールに指摘されて思い出した。

この謎の小さな膨らみ、爆弾ではなかろうか。

生唾を飲んで開くと、そこにあったのは小さなストラップだった。

串団子に木槌。

奴隷は確信した笑みを浮かべた。

「ははーん、分かったぞ」

「これで分かったの?」

「ああ。フランドール、今日は遊べそうにない。急用だ」

「そこには夜からでしょ?なら、その時間まで遊べるよね」

「そ、掃除がまだ…」

「私からあいつに言っておくからさ」

「拒否権は…無さそうだな」

「じゃあ、今日は弾幕ごっこね♪」

「…弾幕ごっこか!」

弾幕は美しい。

フランドールと行う遊びの中でも特に好きな部類だ。

難点は、弾幕に当たれば痛い。

必然的に避ける必要があるために、じっくりと弾幕を見ていられない。

本当にそこだけが残念と思うのだが、避けるスリルを味わうのには満点、特にグレイズ狙いの時ほど最高のスリルを味わえる。

「(それでも、痛くなければなぁ…)」

そう思いながら、奴隷はフランドールと夜まで遊んだ。

被弾数は二桁を軽く超えた。

 

 

「痛ってぇ…。容赦なくやるなフランドールめ」

苦笑しながら、地図にマークされている場所まで飛んでいく。

肩に月の羽衣を羽織り、パチュリーに貰った魔法の重りを羽衣に括りつけて何とか飛んでいる状態だ。

生憎この月の羽衣は異常に軽く、小さな風にすら影響されるため、左右にフラフラと揺れながら飛んでいる状態になる。

しばらく飛んでいると、前方に竹林が見えてきた。

地図には、どこかに目印があるらしいが…。

「あれか?」

一本の松明が地面に突き刺さっていた。

松明の炎は煌々と辺りを照らしている。

その松明を頼りに竹林へと入る。

中は思ったほど暗くはない。

奴隷がマークしてある場所に着くのには、さほど時間はかからなかった。

「明かりが見える…あれで間違いないようだな」

一軒の屋台がちょっとした広場にあった。

先客はすでに来ているようだ。

「清蘭!鈴瑚!」

その声に、二人の先客は反応した。

「奴隷ー!こっちこっち」

鈴瑚の手招きに誘われて屋台の椅子に座る。

「いらっしゃいませ。お飲み物何にします?」

「んー、そうだな…ジュースを頼むよ女将さん」

「はーい」

女将の方を見たら、何と羽が生えている。

まさかの、妖怪が経営している屋台だったのだ。

「あれ、日本酒をきらしちゃった…。清蘭ちゃん、ちょっと待っててね」

そう言って、女将はどこかへ飛んでいった。

その隙に、清蘭に話しかける。

「なぁ、あの女将さん妖怪だろ?危険とかないよな?」

「大丈夫大丈夫。ここには様々な人達が寄ってくるからね。むしろ安全なほうだよ」

「へぇ。清蘭がそう言うなら大丈夫かな」

ジュースをちびちび飲んでいると、女将が戻ってきた。

「お待たせして悪いねぇ」

清蘭の御猪口に日本酒を注ぐ。

清蘭はそれを飲み干した。

奴隷はメニューを見て、一番先頭の物を頼む。

「女将さん。八目鰻重を一つ」

「私は八目ひつまぶし」

「私は八目団子丼」

「はーい」

料理がくるまで、奴隷は会話を始める。

「紫さんと俺が帰った後…月はどうなった?」

「そりゃあ、驚きものの連続だったよ。大賢者様どころか、上層部の一部までもが関わっていたなんて」

「全員捕まったの?」

「サグメ様と月夜見様の手によってね」

「そりゃあ良かった。かえって混乱しないか心配しててね」

「××様の緊急の手紙のおかげだよ。あれのおかげでスムーズに事が済んだんだ」

「すまん鈴瑚。最初のところをもう一回言ってくれないか?聞き取れなかった」

「××様だよ」

鈴瑚の口から、どう聞き取ればいいのか分からない言葉がとんできた。

反応に困っていると、察した清蘭が鈴瑚に耳打ちをした。

「あー…なるほどね。悪いね奴隷。八意様だよ」

「八意…あの先生?」

「どの先生のことを指してるかは分からないけど、恐らくそれだよ」

「へぇ…。あの先生が月に通じていたのか」

「お待ちどうさま。八目鰻重に、八目ひつまぶしに、八目団子丼です」

「おっ、きたきた」

箸を取って、山椒をかける。

口に入れると、山椒のピリッとした辛さとタレの匂いが鼻を突き抜けた。

「…美味い」

「ありがとうございます」

「えっ、あー…」

思わず口に出していたようだ。

奴隷はジュースを飲んで落ち着き、再び口に入れる。

食べている間は無言だった。

皆、目の前の料理に夢中だった。

「「「ごちそうさま」」」

食べ終わり、口直しにジュースを飲む。

清蘭と鈴瑚は酒を呑む。

「八目鰻ってこんなにも美味いんだな。いやぁ、満腹満腹」

清蘭と鈴瑚も満腹のようだ。

「そういや奴隷」

「?」

「私の銃剣の事なんだけど」

「ああ、やっぱり返した方がいいよね」

「いやいや、そうじゃなくて。あの銃剣は今、多々良小傘って言う鍛冶妖怪に預けているんだ」

「鍛冶妖怪?何故?」

「あの見た目じゃあ、月に見つかった時に面倒でしょ?だから、その鍛冶妖怪にバレないように形を変えてもらうように頼んどいておいたのさ。他に便利な機能もプラスしてついてくるかもしれないよ。近いうちに小傘に会いに行ってね」

「ああ、分かった」

清蘭に場所を教えてもらう。

何故か墓場という、不吉な場所だが仕方が無い。

鈴瑚から幻想郷の、あの話し合いの後のことについて質問された。

「帰ってきたら、もう宴会の準備をしていたよ。紫さんが藍さんにすでに伝言を託していたらしいんだ」

「へぇ!そっちは楽しそうでいいねぇ」

「宴会は凄かったよ。ボロボロになった妖怪達が、体を引きずってまで参加していたからな。ていうか、皆酒豪すぎんよ」

「あっははは。それが幻想郷の魅力の一つだからねぇ。私達も、初めて幻想郷に調査に行った時には驚いたよ。あれほどの小さな体で大量のお酒を呑んだりね。全く、肝臓を見てみたいものだったよ。でも、皆楽しそうだった」

「私達月でも、宴会はやるんだけど…頻度は低いし、月の都全員が参加ってわけじゃないからね。そういう意味では、幻想郷が羨ましいよ」

「上は上同士で、下は下同士でって感じだからね。幻想郷は特にそういうのがないからいいね」

「ふーん…。あいつらもやってんのかな」

奴隷の脳裏に、月の都に侵入する時に同盟を組んだあの三人組を思い出す。

確か、純狐にクラウンピース、それにへカーティア・ラピスラズリだったか。

「(…ん?へカーティアとクラウンピースって地獄(・・)からだったよな。大賢者の狙いはそれだったのか?)」

試しに聞いてみる。

「なぁ清蘭、鈴瑚。大賢者はあの後何か言っていたか?」

「大賢者様?んー…そういえば、地獄に進出するのは月の平和のためとか言っていたね」

「まぁ、地獄に行くことが私達の地獄なんだけどね」

「なるほどね」

奴隷は納得する。

大賢者はへカーティア達を倒すために地獄に近づこうとした。

しかし、それには幻想郷を通らなければならない。

しかも、月から地獄まではかなりの距離がある。

「(通り道である幻想郷を浄化して、拠点にしようと考えていたのか。はっ、これじゃ本当に幻想郷はただ巻き込まれただけだな)」

それに、奴隷はへカーティア達の強さを目の当たりにして無理だと思った。

それをホームグラウンドで、とは余計に勝機を失うだろう。

平和の前に全滅エンドだ。

「さあさあ、今日はまだまだ呑んでくよ。女将さんも付き合ってね」

「閉店時間まではまだまだよ」

「しゃあない。その流れに乗ってやるよ」

結局、奴隷と清蘭と鈴瑚と女将は日が昇るまで話していた。

その後は皆寝てしまい、後に発見したとある人妖が起こしに来るまで深い眠りに落ちていた、とのことらしい。

発見した人妖はいう。

あんな場所で寝ていたら風邪をひくぞ、と。




女将さんはミスティア・ローレライです。
八目鰻重は、現実でいううな重です。
八目ひつまぶしは、現実でいうひつまぶしです。
八目団子丼は、餅米と一緒に八目鰻を杵でついたものを、ーつ一つにタレをつけ、丁寧に焼き、ご飯の上にのせて出来上がる料理です。
この料理ができたきっかけは、鈴瑚の我儘からです。


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3
最強の力を手に入れた弱小妖怪


あの異変から三日が経った。

「文々。新聞でーす!」

「おっ、悪いね文屋さん」

花壇周りの掃除を行っている時に、射命丸文から新聞を渡された。

外の世界と同じように、幻想郷でも新聞は貴重な情報源だ。

最近の幻想郷の出来事を知れるのがいいところだ。

しかし、この新聞は賛否両論あるらしい。

花壇の仕事を終えて、息抜きに新聞を読む。

一番の見出しに、こう書いてあった。

『幻想郷各地に開きかけのスキマが多数出現!真相はいかに?』

スキマとは、おそらく紫が作るスキマの事だろう。

文々。新聞では、真相まで掴めてないらしい。

「まぁ、俺には関係ないか。さっ、仕事仕事」

新聞を片付けて、竹箒を持って再び掃除に戻る。

 

 

奴隷がその記事を見る一日前の事。

幻想郷のとある場所で、一人の妖怪が感動に手を震わしていた。

「は…はは、はははは!やった!私はやったぞ!」

その妖怪が手を下に下ろすと、それになぞってスキマ(・・・)が発生した。

「あんたの言う通りだった。ふふっ、奪えたぞ。境界を操る程度の能力をな」

「それはどうも。それじゃあ、革命を起こしてくれる?鬼人正邪」

「この程度の能力があれば、私が目指した『弱者が幻想郷を支配する』夢が叶う。革命は近いうちに起こす。私は仲間を収集する。…あんたも来るか?」

鬼人正邪は、情報提供者を誘う。

しかし、情報提供者は首を横に振った。

「残念だけれど、私はまだやることがあるのよ」

「そうか…。まぁ、止めはしない。生まれ変わった幻想郷でまた会おう」

「そうね。期待しているわ」

情報提供者はあざとく笑い、その場から去っていった。

「行かせていいの?」

「安心しろ針妙丸。あいつは敵に情報を流すようなやつじゃない…はず」

「…はぁ」

針妙丸と呼ばれた小人はため息をつく。

「まぁ、今回は私は裏側でやらせてもらうよ。私の体には丁度いい仕事でしょ?」

「悪いな針妙丸。…今度こそ成功させてみせる」

「期待しているよ正邪」

情報提供者と同じ風に言い、針妙丸も去っていった。

「まだ慣れないな」

無理矢理奪った程度の能力のため、力をフルに使えない。

時間をかけてスキマを開き、正邪はそこから消えた。

少し時間が経ち、その場に何者かがやってきた。

「はぁ…はぁ…いない?」

辺りを探索するも、すでにもぬけの殻となっていた。

「くそっ!」

八つ当たりに壁を殴る。

殴った壁に亀裂が入り、光が中に差し込む。

特徴的な九本の尾を持った、八雲紫の式神の八雲藍がそこにいた。

「紫様の事がバレないように、こっそりやらないと…」

藍は再び正邪を追うために外に出る。

「あの九尾も必死ねぇ」

遠くでそれを見ていた情報提供者は大笑いする。

「貴女じゃ勝てないってことが分からないのかしら。まぁ、いいわ。後はどう動くか見るだけよ」

情報提供者は森の闇の中に消えた。

 

 

 



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墓場の鍛冶妖怪

奴隷は訳あって命蓮寺に来ている。

賽銭箱に銭を投げ込み、両手を合わせる。

参拝が終わった後、奴隷は命蓮寺裏へと行く。

目的は参拝ではない。

命蓮寺裏の墓地へと用があるのだ。

「(清蘭はここらへんにいるって言ってたけど…)」

鍛治妖怪の多々良小傘が見当たらないどころか、気配すら感じない。

奴隷は墓を一つ一つ見てまわったが、めぼしい収穫はなかった。

ただ、この墓の下には、人間の死体が埋められていることが分かっただけだ。

奴隷はがっかりして、もう一度、墓を見てまわった。

二つ、三つ目の所で、あることに気づいた。

この墓だけ卒塔婆が無いことに。

奴隷は墓石を動かす。

「ここか?」

そこに死体はなく、空洞があった。

人一人が入れそうな入口だ。

奴隷はそこに潜り込む。

「こ、これは…」

まさか墓石の下に、これほどの鍛冶場があるとは。

奴隷はまじまじと鍛冶場を観察してした。

そのために、奴隷の真下の床が動いたことに気づかなかった。

「うーらめーしやー!」

「!?、!!、!!?」

真下から、突然誰かが現れた。

驚きに声も出せず、反射神経で地面を蹴った。

しかし、奴隷が入ってきた入口は、天井が低かったため、鍛冶場内に鈍い音が響いた。

「〜〜!?」

頭に響く痛みに耐えきれず、床を転げ回る。

「あっ…えーと、だ、大丈夫?」

驚かせた者は、おずおずと奴隷に話しかける。

「痛ってぇ…目に星が浮かんだわ」

クラクラする頭を押さえつけながら、奴隷は正面を見る。

「あんたが、清蘭が言ってた、多々良小傘か?」

「と言うことは、貴方が奴隷だね」

「そうだ。清蘭から銃剣を預かっていないか?」

その言葉を聞いた小傘は、小柄な体を反らし、胸を張った。

「ふふん。バッチリだよ!」

小傘は近くの扉を開け、その中に奴隷を招待する。

机の上に、一つのーー傘が置いてあった。

「傘?」

「そうだよ!」

「いや…えっ?銃剣が傘になったの?」

「清蘭ちゃんからは、バレなければなんでもいいって聞いたからね。その傘の部分は擬態の意味も込めてるよ」

傘を手に取り押してみると、銃剣の部分が露わになった。

「なるほどね。ところで、この傘の部分についてだが…」

「気づいた?」

触ってみたが、明らかに感触がおかしい。

言葉では表現が難しい。

完全に未知の感触だった。

「それはねー、月の光なんだよ!」

「月の光?」

「清蘭ちゃんがくれた設計図を元にして、何とか傘状にしたんだ。わちきが試した限りでは、その下にいれば日焼けしないよ!」

「へぇ!レミリアやフランドールと一緒の時に便利だな」

銃剣のあらゆるところを触っていると、つい、何かの突起に触れてしまった。

その瞬間、傘の一部分から大きな舌が飛び出した。

思わず銃剣を手放しつつ、小傘に聞く。

「小傘さん?これ…小傘さんの傘の、舌の部分にとても似ているような気がするんだが」

「それも月の光なんだよ!折角だし、わちきと似たようなもの付けようかと思って…」

「あぁ…そう」

舌を収納する。

あらかた説明を聞いた後、奴隷は懐から財布を取り出す。

「さて、後は代金だな。鍛治となれば、相当な額のはずだ」

一応レミリアに頼みこんで、何とかお金を借りた。

人生初借金だが仕方がない。

しかし、小傘は両手を振ってお金を拒否した。

「いいのいいの、わちきは役に立てれば満足だから!お腹もいっぱいだし」

小傘は断固として拒否をした。

意思が固い事を察し、奴隷は諦めた。

「…分かった」

財布をしまい、銃剣を手に取る。

その時、小傘が声をあげた。

「あっ、そうだ!名前なんだけど…」

「ああ、小傘さんが自由に決めていいですよ」

「わちきはね…『月傘(つきがさ)』って名前がいいなって思ったよ」

「いいですね。それにしましょう」

小傘に礼を言って、鍛冶場を後にする。

帰ろうかと思った時、墓場の入口近くに少女がいた。

何やら呟いているようだ。

「((ポエム)…いや和歌か?)」

彼女の目の前を通ってみたが、歌が中断されることは無かった。

奴隷の事なんて気づいていないのかもしれない。

「(まぁ…邪魔しちゃ悪いし帰るか)」

紅魔館に帰ろうと一歩踏み出した時、くしゃりと何かを踏んだ。

それは、一枚のお札だった。

「…?」

奴隷はよく分からず捨てた。

月傘を持って、ほくほく顔で紅魔館に戻っていった。

 

 

 

 

 

 



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血まみれの狐

最近、人里で血まみれの狐が出現しているという噂が流れている。

奴隷は興味を持たなかったが、人里へ訪れる時は必ず耳にする。

今日は、紅茶の葉を補充するために人里へ買い出しに来ていた。

「(また『血まみれの狐』の話か)」

一度広まればそう簡単になくなるものでは無い。

奴隷は店で紅茶の葉を買い、余ったお金で甘味処に寄る。

団子とお茶を頼み、一息つく。

「ん〜、甘くて美味しいな」

通りすがる人達を見ながら一つ一つ食べていく。

ゆっくりと、時間を使って完食し、紅茶の葉を持って紅魔館の方へと足を向けた。

月の羽衣を纏い、魔法の重りを調整しつつ空を飛ぶ。

相変わらず不安定だが、車のような密閉感が無い分、いくらかマシだ。

外の世界と違って、周りの目を気にする必要も無い。

皆、(何故か)空を飛べるだから。

空を飛ぶ時は下を見ない。

余計な恐怖心を抱かないためだ…が、今日はふとして下を見ていた。

だからこそ、奴隷は地面に付着していた血痕に気づいた。

「…血まみれ狐ね。興味は無かったが、あれを見たら、嫌でも好奇心が湧いちゃうだろ」

魔法の重りを回して降下する。

血痕は奥まで続いていた。

月傘を構えながら奥へと進む。

「あれは…?」

目線の先に何かが見える。

一目で、初めて見たものではないと分かった。

いや、むしろハッキリと記憶に残っている。

「八雲…藍さん!?その怪我は一体!?」

慌てて駆け寄り、傷の具合を見る。

あらゆるところから出血していて、文字通り『血まみれの狐』だ。

「救急車を…!」

自分の言葉にハッとする。

ここは幻想郷。

外の世界より遅れている場所なのだ。

「くそっ、なら永遠亭に!」

藍を背負おうとするも、傷口に触れてしまうために断念した。

何より、永遠亭の場所すら分からない。

困った奴隷は自らの上着を脱ぎ、それを月傘の刃の部分で切り裂き、それで藍の傷口を塞いだ。

最低限の応急処置を施して、一息つく。

藍が目覚めたのは夕暮れの時だった。

「う…ん?」

「藍さん!大丈夫ですか?」

「ここは…?それに、お前は紅魔館の…」

「心配しましたよ。まさか血まみれで倒れてたなんて、思いもしませんでしたから」

「血まみれ?そうだ、私は…!」

藍が立ち上がろうとしたので、慌てて抑える。

「応急処置を施しましたが、まだ重体のはずです」

「だが私はやる事がある」

「そんな体じゃ、ろくに動けませんよ。いいから大人しくして下さい!後で紅魔館に行きましょう。永遠亭への道のりは分かりませんから…」

藍は心配する奴隷を見て、立ち上がるのを諦めた。

「…世話を掛けてすまないな」

「それより、あんな血まみれで一体何があったんですか?傷口を見る限り、ただ転んだ…ということは無さそうですけど」

藍は沈黙した。

口を固く閉じて、一向に話そうとしない。

「…とりあえず、紅魔館に行きましょう。歩けますか?」

「なんとか歩ける」

立ち上がろうとする藍を支え、歩もうとする。

その時、奴隷と藍の目と鼻の先の空間が切れた。



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正邪革命

一言で言えば牢屋に見える空間に、比那名居天子と永江衣玖は捕まっていた。

薄暗く、檻の外からのみ光が漏れている。

「総領娘様…」

「いいのよ衣玖。紫と思って油断した私が悪いんだから」

天子達の前にスキマが出現した時、天子は紫かと思っていた。

その油断をつかれ、こうもあっさりと捕まってしまった。

「ああもう、やっぱりスキマは嫌いだわ」

前回も、紫に怒られてスキマに敗北した。

再び正邪が来るまで…天子は目を閉じた。

 

 

目の前のスキマから、紫ではない誰かが現れた。

小さな角が生えていることから、奴隷は鬼かと思った。

「やっと見つけたよ八雲藍。おや?それに、探してた人も見つかるなんて」

「…藍さん?」

藍の顔に力が入っている。

目の前の鬼を睨みつけていた。

紫に関係する人なら、藍がこうも敵対視しないはずだ。

奴隷は目の前の鬼に警戒する。

「貴女は誰ですか?見たところ鬼に見えますが」

そう質問してみたが、目の前の相手ではなく藍が即座に否定した。

「違う、こいつは天邪鬼だ。鬼人正邪という名前だ」

「天邪鬼…でも、何故スキマの程度の能力を使っている?紫さんの知り合いか?」

「そうだねぇ。逃走中に何回も顔を合わせたことはあるな。嫌というほどな。だが!」

正邪は一度言葉を切り、強調するように言った。

「もう、八雲紫に興味はない」

「ふざけるな!紫様の程度の能力は返してもらう!」

「…勝負を挑んだ結果、負けたのはどっちだ?」

「お前は卑怯な手しか使わない。紫様の時だって、弱っているところを狙った」

「そうだ。先の大異変で、月の賢者に打ち負かされてボロボロの状態と聞いてね。そのチャンスを逃すわけがないだろう?」

「下衆が…!」

力みすぎて、応急処置した箇所から血が溢れ出してきた。

「藍さん落ち着いて!」

今にも飛びかかる勢いの藍を、両手で抑える。

両手で抑えられてしまう。

「(かなり弱ってる…このままじゃ藍さんが…)」

奴隷は藍に耳打ちをする。

「逃げてください藍さん。ええ、反対する気持ちは分かります。でも、この状況では…言っては悪いのですが、足でまといになりかねません。お願いです藍さん」

「…っ」

藍は小さく頷く。

さすが、頭の回転が早いだけはある。

瞬時に状況を把握してくれたのは幸いだ。

「今です藍さん!」

奴隷は月傘を正邪に向けて発砲する。

正邪が怯んだ隙に、藍は逃げ出した。

「ちっ!」

正邪が何かをする前に、奴隷は正邪に飛びかかった。

しかし、奴隷は正邪に跳ね除けられた。

「逃げたか…まぁいい。お前にも用はあったんだ」

「ごほっ…俺に用だと?」

「そうだ。お前は紅魔館の…奴隷という立場にいる。息苦しくないのか?主からこき使われて、休む暇すら与えられやしない。なぁ奴隷、私と一緒にこの幻想郷をひっくり返さないか?私は弱者が幻想郷を支配する世を作りたいんだ」

奴隷は正邪の言葉を聞き、それでも月傘を握る力は弱めなかった。

奴隷は立ち上がりながら言う。

「弱者が支配する?考えてみろ。仮に革命が成功しても、その革命からは必ず一人の強者が生まれる。強者がいなければ、弱者同士は覇権争いの醜い戦いを起こすだろう。悪いが、お前の言ってる革命は理想にすぎないんだよ!」

奴隷は月傘を構える。

正邪はしばらく沈黙していたが、やがて笑いだした。

「く、くく。何を言い出すかと思えば…お前は私の誘いを蹴った。なら私の敵だ!」

正邪は一枚のスペルカードを取り出す。

「逆符『天地有用』」

正邪の周りから、明るい紫色の弾幕が発生する。

「(弾幕?…フランドールのより密度が低い!)」

避けようかと思った瞬間、世界が反転した。

突然の出来事に反応できなかった奴隷は、正邪の弾幕を被弾する。

もう一度世界が反転し、奴隷は地面に叩きつけられた。

被弾した箇所から出血している。

「(何故…弾幕は、被弾しても血は出ないはず(・・・・・・・)!?)」

フランドールとの遊びで被弾しまくっていた奴隷だが、一回も出血はしたことなかった。

せいぜい服がボロボロになり、被弾した箇所がじんわりと痛む程度だ。

当たりどころが悪ければ死ぬということは聞いていたが…。

「!?」

奴隷が行動する暇もなく、スキマから飛び出た標識が腹に直撃した。

それが数回繰り返され、奴隷は倒れてしまった。

「期待はずれだな。ここで殺してもいいが…そうだ!」

正邪は悪い顔をし、人一人が入る大きさのスキマを作った。

「よせ、よせ、やめろ!」

奴隷はスキマに蹴落とされた。

辛うじて、スキマの入口にしがみつく。

「異世界流し。一度やって見たかった!さあ奴隷、もう一度チャンスをやろう。私の仲間にならないか?」

正邪は手を差し出した。

しかし、奴隷は振り払った。

「もう一度言うぞ。理想にすぎねぇんだよ!」

そう言った瞬間、奴隷はスキマの奥へと吹き飛ばされた。

「幻想郷では、常識に囚われてはならないんだよ」

その言葉を最後に耳にして、幻想郷から奴隷は消えた。

 

 



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最悪のお土産

異世界流しをされた奴隷は、スキマ移動を終えて放り出された。

落下した衝撃で、自分が生きていることを実感する。

奴隷は辺りを見渡し、ここがどこなのか確認する。

空は晴天、高台から見渡すには絶好の時だった。

視界に捉えたのは、特徴的な建物だ。

「東京…スカイツリー?」

その他にも、高層ビルが列をなして建っている。

一度目をつぶり、頬をひっぱたいてから目を開く。

「夢じゃ…ない?俺は異世界…いや、外の世界に流されたのか!?」

初めて幻想郷に流れ着き、紅魔館に奴隷として住みついた当初から、目標であったこと。

現在では帰りたい、なんて一切思ったことはなかった。

ここより面白みを感じており、何より感謝していたからだ。

奴隷は、家が近くにあることが分かった。

この高台から、見慣れた公園が見えたからだ。

「幻想郷に帰るにはどうすればいい…?」

パチュリーは、程度の能力の暴走によって幻想郷に流れ着いたと言っていた。

なら話は簡単だ。

酒を飲めばいい。

幸い紅茶代の残りはある。

しばらく懐かしんでいると、ふと、視界の端に何かを捉えた。

「スキマ!?」

奴隷の注目は一気に向いた。

一瞬、正邪の顔が見えた…気がした。

そのスキマから何かが放り出された。

なにかが放り出されたかは分からなかったが、それが公園の方に落下していくのが見えた。

スキマは閉じ、後には青空が残る。

「(なんだ?なにが落ちた?)」

この辺りの地形は知っているため、奴隷は確かめようと急いだ。

もしかしたら、幻想郷に戻れるきっかけになるかもしれないと思った瞬間…大地震が発生した。

振動によって転倒した。

緊急地震速報の音すら聞こえない。

「さっきのが原因か…うわっ!」

奴隷の目の前に、先端が尖った石が降ってきた。

その瞬間、大地震がパタリと止んだ。

「…収まった?」

だが、目の前の石が割れた瞬間、再び大地震が発生した。

「やばいやばいやばい…。正邪め、外の世界を滅茶苦茶にする気か!?」

奴隷は月傘を突き立てて、振動する地面を慎重に進んでいく。

 

 

同時期、二人の大学生が公園へと足を向けていた。

今も尚地面は激しく揺れていて、ほぼ這っている状態だった。

「メリー!本当に見えたの?」

「間違いないわ。公園の方に何かが見えたのよ」

一つの家から、悲鳴とともに爆発がおきた。

その影響で出火した。

倒壊する家、地割れする地面、そんな中でマエリベリー・ハーンと宇佐見蓮子は公園へと這って行った。

 

 

同じく奴隷も、公園へと歩いていた。

月傘を杖がわりに、何とか歩けている状態だ。

視界の端に、先端が尖った石が落下しているのが見えた。

「(チャンスだ…!)」

大地震が収まった。

同時に奴隷も走る。

無事に公園へと辿り着いた瞬間、大地震が再び発生した。

「おっ、おおおおう!?」

月傘を深く突き刺して何とか耐える。

少し収まった後、奴隷はゆっくりと近づく。

「…ん?」

近くに二人の女性が見えた。

何かを引き抜こうとしているようだ。

「おい!何をしてる!?」

奴隷は声を荒らげ、二人に近づく。

帽子をかぶった大学生が何かを握っている。

それは、倒れている女性の腹に刺さった剣だった。

「あぁ…抜けないの?」

話を聞くと、この倒れている女性が剣を抜いて欲しいと頼んだそうだ。

奴隷は、この女性がスキマから放り出されたことを思い出した。

耳に口を寄せ、小さな声で話す。

「幻想郷の者か?」

「幻想郷…まぁ、最近は行ってなかったわ」

女性の反応を見て、奴隷は大学生らと協力して剣を引き抜いた。

同時に、あれほどまでの大地震が一気に収まった。

 

 

 

 

 



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奴隷の家

蓮子やハーン以外にも目撃者はいるかもしれない。

奴隷達はその場から離れることにした。

「この近くに家があるんだ。何年も戻ってないが」

先の大地震で倒壊してないかは不明だが、それは今にもわかる。

ヒビが入った道路を進み、ガラスなどの破片に気をつけながら歩く。

道中、数人とすれ違ったが皆、恐怖に怯えきっていた。

避難所にでも向かうつもりだろうか。

「ここだ」

一つの一軒家に着く。

「倒壊はしてなさそうね」

「ガラスも割れてないって、ある意味不思議ね」

鍵は持っていなかった。

「ここに鍵があるんだ」

何も書いていない表札の裏から鍵を取る。

鍵を開けて中に入る。

室内は埃が溜まっているだけで、大地震による損傷はなかった。

奇跡だ、と思いながらリビングへと案内する。

「ああ!荷物、旅館に置いたままだった。ちょっと取ってきますね」

そう言って、蓮子とハーンは再び外に出た。

奴隷はお茶を持ってくると言い、お湯を沸かして茶葉を用意する。

その間に自己紹介をした。

「天人…ですか。レミリアから話を聞いた程度しか知りませんね」

「天界は異界だからね。正確には幻想郷ではないのよ。それにしても、懐かしいものを持っているわね」

「はて、家の中にそんなものがあるか?」

熱々の煎茶を天子の前に置く。

天子は煎茶を啜りながら答える。

「その傘よ。月の光の編み物なんて、相当古い物ね」

そう言いながら、天子はスカートの中から大量の桃を取り出す。

それを見た奴隷は顔をしかめた。

「お前、どんなところに桃をしまってるんだ」

「非常食とでも思いなさい。どうせ、何年もいなかったら食材も期限切れでしょ」

「うっ、乾パンぐらいあるわ!」

奴隷は大人しく桃を貰い、煎茶を啜る。

話は正邪の事になる。

「正邪の弾幕に被弾した時に出血したんだ。このように。弾幕には何回も被弾したことがあるが、出血まではしなかった。どういうことなんだ?」

天子は髪をいじりながら言った。

「それは悪性の弾幕ね」

「悪性?」

「威力を求めた結果よ。その分美しさは欠けるけど、ごっこ遊びですら殺せるようになるわ」

「恐ろしいな。あの美しい弾幕で殺せてしまうとは」

玄関が騒がしくなった。

二人が帰ってきたようだ。

奴隷は少し冷めた煎茶を机に置き、二人が座ったところで話を始める。

「宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーン…だったね。秘封倶楽部だっけ?」

「知ってるんですか?」

「母さんがよく噂してたよ。境界暴きの人間だって」

「廃れた土地でも、私達って噂されてたのね」

奴隷は真剣な眼差しを送った。

「そこで相談なんだが、こういう物体が見えたりしないか?」

素早く紙にスキマの絵を描く。

それを見た蓮子とメリーは難しい顔をした。

「それは…一度だけ見たことだけあります。丁度この東京にあります」

「本当か!」

天子は深く息を吸った。

「スキマは正邪が全て掌握してるんじゃないの?」

奴隷は言った。

「これは俺の考えだが、あれほどの力をそう簡単に扱いきれるだろうか?俺自身、自分の程度の能力を未だに制御できない。それに、正邪は元から程度の能力を持っているんだろう?」

「確かに、あの程度の妖怪に操りきれるものではないわね。そこのお二人さん、今からでも見に行ってくれない?」

蓮子とメリーは頷いた。

「ここから遠くないので、見に行ってきますね」

「感謝する」

三度外に出た。

天子は煎茶を飲み干して一息いれる。

「奴隷、ハーンの事なんだけど」

「…紫さんに似ているってか?」

「考えは同じようね」

奴隷は首を振った。

「世界中には、容姿が似ている人なんている。確かに『結界の境目が見える程度の能力』は紫さんの程度の能力に似ているがな…。偶然だろ」

「常識に囚われてはいけない。どっかの巫女の言葉よ。もしかしたら、こうなった時の対策…という見方もできるわ。まぁ、頭にとどめておくだけでいいわ」

奴隷は頷いた。

「二人は幻想郷に連れてくか?」

天子はしばらく考えた。

「境界が見えるのなら役にたつわ。もう一人の方は知らないけど」

「二人揃っての秘封倶楽部だろ?ハーンを連れていくなら蓮子も連れて行く」

「わかったわ」

日が傾き始めた頃、蓮子とハーンが帰ってきた。

なんと、スキマは開いているだそうだ。

天子と相談し、明日の朝に行くことに決めた。

蓮子とハーンについてきてほしいと頼むと、軽々と承知してくれた。

危険を伝えたが、それでもいいらしい。

夕飯は乾パンと桃と水という組み合わせになった。

文句を言われつつ完食し、蓮子とハーンは母さんのベット、天子は奴隷が寝ていたベット、奴隷はソファーで就寝した。

 

 

 

 



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秘封奴天倶楽部の侵入

蓮子とハーンに案内されたのは、古くボロボロな神社だった。

鳥居は欠けていて、ここがなんて名前の神社か分からない。

どうやら、心霊スポットらしい。

「あと十分すれば開くわ」

その言葉に緊張が走る。

正邪の反転する弾幕にどう対処しようか天子に相談した。

「その傘で防げばいいじゃない。そのためのものじゃないの?」

「月の光の編み物…とやらで防げるか?」

天子は呆れた顔を見せた。

「それはね、穢れたものは一切通さないのよ。故に、昔はそれがフェムトファイバーの代わりになってたらしいけど…逆に言えば、穢れてないものには全くと言っていいほど効果がない。身内を捕まえる場合には、結局はフェムトファイバーの方が効率がいいから一切使われなくなったんだけどね」

役立つ知識を得て、時間まで待つ。

きっかり十分経った頃にハーンが声を上げた。

奴隷と天子は頷き、蓮子とハーンの手を取ってスキマの中に飛び込んだ。

 

 

「これが私の目指した世界だ!」

正邪の革命はほぼ成功した。

数ある実力者は手を出してこなかった。

正邪は長年の夢が実現手前まで来て涙を流した。

「泣くのはまだ早いよ正邪」

多数の部下が正邪の肩を叩いた。

正邪は頷き、最後の目標を掲げる。

「後は博麗神社。博麗大結界の主導権を奪えば完全に成功する」

その声に、弱小妖怪は雄叫びをあげた。

それを見て、正邪の胸が震える。

「明日だ!それまでに余力を残しておけ」

各々が解散した。

正邪は築き上げた革命の塔に見惚れていた。

 

 

「なんだあの塔は…?」

見せしめるように塔がそびえ立っている。

正邪に異世界流しをされる前までこんな塔は無かったはずだ。

「あそこに正邪がいるってことが丸わかりじゃないか。…準備はいいか?」

天子達は頷いた。

四人は正門を見る。

門番がいるようだが、何故か酒に酔って寝ていた。

「めっ、めーり…いや、何でもない。とにかく、今がチャンスだ」

起こさないように忍び足で正門を開け、正邪の塔に侵入する。

中は思ったより広い。

「捻れてる…?いや、これは…」

ハーンの言葉を天子が取った。

「空間をいじってるわね。外見から見た広さと全く違うわ」

四人は先に進む。

「分かれ道か…」

どちらが正解などわかりもしない。

奴隷が首を捻って考えていると、天子が指を指して言った。

「私は左に進むわ。そうね…蓮子。ついてきて」

「えっ、私?」

天子に手を引かれて蓮子は天子とペアになる。

「それじゃあ、俺とハーンは右に進むぞ」

「頼んだわ」

天子と蓮子と別れ、奴隷とハーンは右の道へと進む。

「…しっ!」

突然のことにハーンは固まる。

奴隷の視線の先には妖怪がいた。

二人は慌てて物陰に隠れる。

血痕が付着している壁の広間には、一人の妖怪がいた。

先ほどの門番とは違い、しっかりと警備をしているようだ。

誰も気づかれずに通り抜けることは難しそうだ。

ダンボールを被っても難しい。

「ハーン、ここに隠れてろ」

ハーンから離れ、二人から離れた位置にいる妖怪の近くまで歩く。

奴隷は月傘を大きく振りかぶり、妖怪の頭を撲る。

さすが、中身は玉兎兵の銃剣からなのか、妖怪は気を失った。

口笛を吹いてハーンに無事を知らせる。

「この先は行き止まりだな。ハズレを引いたらしい」

目の前の壁を蹴ってみるも反応はない。

ハーンは壁を凝視した。

「奴隷さん。この壁に小さなスキマがありますよ」

ハーンに指示をしてもらい、月傘で強引にスキマを開いた。

奴隷達が進もうとすると、ふと、足音が聞こえてきた。

間隔は短い。

走っているようだ。

奴隷はハーンに注意するよう言い、近くの物陰に隠れる。

徐々に近づいてくる。

丁度横をすぎようとしたあたりで、月傘を物陰から出す。

走ってた者は躓き、派手に転んだ。

「動くなよ!」

奴隷が月傘を構えつつ、顔を確認した。

「橙…か?」

八雲邸の縁側で寝ていた化け猫がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 



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総領娘の不注意

奴隷とハーンがスキマを見つける少し前、左の道に進んだ天子たちは順調に進んでいた。

「単体だと弱いわね」

そう言いつつ、警備をしていた妖怪を絞め落とす。

天子は単純に強いので、道中の妖怪が相手になるようなことはなかった。

「部屋が沢山ありますよ天子さん」

天子は扉を開け放つ。

「ここの構造は複雑。だから、一つ一つ調べるわ」

しかし、収穫はなかった。

天子は頬を赤らめながら言う。

「さ、さぁ先に進むわよ」

蓮子はニヤニヤしながら天子の後についていく。

「天子さん」

蓮子は目を細めて言う。

「あれは牢屋じゃないですか?」

天子も見る。

「本当だ…。よく見えたわね蓮子」

「視力はいい方ですから」

近くに見張りがいないことを確認し、牢屋に近づく。

中は薄暗くてよく見えない。

蓮子が携帯を取り出し、ライトをつけた。

牢屋の中にいた人物を見て、天子の顔色が変わった。

「衣玖!?」

天子は檻に手をかける。

檻を揺らす音に気づいたのか、中にいた衣玖が顔を上げた。

「総領…娘様?」

「気がついたのね衣玖!今ここをこじ開けるから待ってて」

蓮子はとても不安だった。

あまりにも警備が少なすぎる。

こういうことには罠がつきものなのだ。

蓮子は蓮子なりに辺りを警戒した。

しかし、心の中ではこう思っていた。

「(流石に赤外線とか…ないよね。霊力的なものだったら、私にはわからないし…)」

そうしている間に、天子は檻をこじ開けた。

踏み入ろうとした天子を、衣玖が声を荒らげて止めた。

「駄目です総領娘様!何が仕掛けてあるか分かりません。引き返してください」

「でも…ここまで来て見捨てるのは私のプライドに傷をつけるわ」

「天子さ…!」

蓮子も止めようとしたが、天子は一歩踏み入れてしまった。

ビー、と心臓に悪い音がけたたましく鳴った。

天子は何に引っかかったか確認したが分からなかった。

蓮子は天子が何に引っかかったか確認した。

蓮子は、先ほど考えていたことに後悔した。

赤外線ではなかったが、天子が引っかかった糸の先に小さな機械が取り付けられていた。

恐らく、幻想郷の住民が気づかぬよう対策したのだろう。

通路の奥が騒がしくなる。

天子と蓮子は顔を青ざめた。

「蓮子!衣玖を解放して!」

そう言いつつ、天子は緋想の剣を取り出す。

蓮子は急いで衣玖を縛っている札を剥がしていく。

妖怪達の姿が視界に映った。

「侵入者だ!」

天子は舌打ちし、緋想の剣を地面に突き立て宣言する。

「地震『先憂後楽の剣(せんゆうこうらくのけん)

天子達の元へ行かせないようにと地震を発生させる。

その間に、蓮子は札を全て剥がした。

「天子さん!」

「奴隷の元へ行くわよ!あっちは進めない!」

地震に対応してきたのか、妖怪は浮遊し始めた。

天子は緋想の剣を抜き、蓮子と衣玖と共に逃走した。

 

 

藍様。

どこ行ったの?

いつまで待っても帰ってこない。

紫様は心配ないと仰った。

ある日、幻想郷に変な塔が建った。

微かに藍様の妖力を感じた…気がした。

藍様を求めすぎて、適当な妖力に反応してしまったのかもしれない。

でも…もしかしたら…。

橙は紫の言いつけを破って革命の塔に侵入した。

そうして、橙は奴隷とハーンに出会った。

「どうしてここに?」

橙は俯きながら答える。

「その…藍様を探しに」

奴隷は眉をひそめた。

「藍さん…?帰ってきてないのか?」

橙は頷いた。

「(まさか…)」

奴隷は自分が考えたことを振り払った。

橙はハーンをじっと見つめた。

「…紫様?」

「えっ?」

ハーンは否定した。

「私は紫って人ではないわ。マエリベリー・ハーンよ」

「マエリベリー…ハーン」

そう呟いた直後、奴隷達の耳に音が聞こえてきた。

「蓮子の声だわ!」

「待て、それにしては騒がしいな」

奴隷達は目を凝らした。

嫌な予感がした。

「逃げてメリー!」

天子と蓮子がこちらに向かってきている。

さらにその後ろに、大量の妖怪達がこちらに向かってきていた。

「ばっ、馬鹿野郎!」

奴隷は橙とハーンにスキマに入るように促す。

「走れ天子!蓮子!」

間に合いそうだった。

しかし、ハーンの目にはこう映っていた。

蓮子が通る道にスキマが出現したのだ。

「蓮子!」

ハーンはスキマから飛び出した。

予想もしない行動だったので、奴隷と橙は止めることができなかった。

ハーンは蓮子を引っ張り、強引にスキマの中に入れた。

その瞬間、ハーンのすぐ後ろでスキマが発生した。

そこから出た手には見覚えがあった。

「正邪!?」

正邪の手はハーンの後ろ首を掴んだ。

「メリー!」

蓮子は手を伸ばしたが、ハーンはスキマの中に引きずり込まれてしまった。

呆然とする蓮子を奴隷がスキマの中に引っ張り、月傘でスキマを強引に閉じた。

 



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裏切りの狐

スキマ移動を終えた奴隷達は、小さな個室に入っていた。

「蓮子…」

声をかけずらかった。

目の前で友人を連れ去られてしまったのは大きいだろう。

「ここは安全よ。衣玖、それに蓮子もここで休んでなさい」

結界を張り終えた天子が言った。

しかし、蓮子は否定した。

「私もついて行きます。メリーを助けなきゃ…」

奴隷は言う。

「無理をしなくていいんだぞ?ここから先は守りきれる自身はない。…俺自身も死ぬかもしれない」

「それでもです。メリーは…私の大切な親友なんです」

「わかった」

衣玖を置いて先に進む。

道中は恐ろしいほど静かだった。

待ち伏せしている妖怪すらいない。

「舐められたもんね」

一つの大扉の前に立つ。

奴隷は大扉を開けた。

広い広間に出た。

その中央には正邪が座っている。

「ほう、異世界流しは失敗したらしい」

正邪は残念そうに言った。

「貴様らは不幸だなぁ。特に、そこの化け猫にとってはね」

「…?」

橙が眉を顰める。

奴隷は月傘を構えて言う。

「倒させてもらうぞ正邪」

「ほう!私から(・・・)か」

正邪はヒュ…と口笛を吹いた。

「感動の再会を楽しめ」

そう言って、正邪は奥の扉へと消えた。

「待っ…メリーは!」

蓮子が奥の扉へと走ろうとし、天子がそれを止めた。

「離してください!」

「落ち着いて蓮子!正邪は何かを呼んだ。何かが来る」

奴隷達の耳に、こちらに近づいてくる音が聞こえた。

橙は鼻をひくつかせた。

「藍様…?」

橙の言った通り、現れたのは八雲藍だった。

「藍様!」

「待て橙!様子がおかしい」

藍はこちらを見た。

その目に感情が無い。

焦点すらあってないように見えた。

藍は震える手でスペルカードを取り出した。

「何を考えてる藍さん?」

スペルカードはこちらに向けられている。

そう気づいた時には、皆が行動を開始した。

式輝(しき)狐狸妖怪(こりようかい)…レーザー』」

先程までいた場所にレーザーが放射された。

「どうしたんですか藍様!」

歩み寄ろうとした橙を天子が止める。

「奴隷、この猫と蓮子を連れて先に進んで」

「一人で相手をするのか?」

天子は頷いた。

「平気よ。それに、ここにいたら見たくないものが見れるかもしれないわ」

橙は顔を上げた。

「藍様を…殺すってこと?」

「…行って!」

天子が緋想の剣を掲げるのを合図に、奴隷は橙と蓮子を連れて奥の部屋へと進んだ。

「さて、頭を弄られた狐」

天子は緋想の剣を回しながら言う。

「あんたを殺したら、紫から何されるかわかったもんじゃないわ。だから、半殺し程度に済ませてやるわ」

天子は悪い笑みを浮かべながら思う。

「(力加減がめんどくさいわね。正邪も、手駒に使うなら治療ぐらいしてあげなさいよ)」

天子は構え、藍は飛びかかった

二人の弾幕がぶつかり合い、戦場がそこに生まれる。

 

 

 

 

 




秘封活動記録第二話-祝-特報PVがYouTubeのオススメ欄にあって、久々に興奮しました。
おめでとうございます!
そしてありがとうございます!


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強者vs弱者達

扉を開けた先には正邪がいた。

前と同様、椅子に座っている。

奥には、檻に入れられたハーンがいた。

「追い詰めたぞ正邪」

正邪は大げさに笑った。

「あの時、私に手も足も出なかったのはどこの誰だ?化け猫に人間を連れてきても無駄だ」

「無駄と決めつけるのは早いんじゃないかな。ええ?この革命が無駄ということには早く気づいてほしいが」

正邪の目が鋭くなった。

「無駄ということはない。各地に存在する弱者が強者に怯えなくてすむ」

「そうかそうか。弱者が統率する時代、外の世界でもないぞ?」

「何が言いたい」

奴隷は挑発するように話した。

「幻想郷より遥かに進んでいる外の世界でも、力を持った者がいて抑えつけてるんだ。法律というルールを制定してな。何故か分かるか?弱者同士じゃ内戦が起きるからだ。力の差が大きくなければ、いつでもトップの座を狙えるからな。今、そのようなことが起きないのは、お前が力を持った者だからだよ」

「…スキマか」

奴隷は頷いた。

あの八雲紫の程度の能力となれば、俺が弱者妖怪の立場だったら従うなと思った。

自分が紅魔館にいる理由は、レミリアの強さに惹かれたところも少なからずある。

「(まぁ、いくら大きな力といっても、一人だけが持ってたら…独裁が始まりそうだけど)」

奴隷はチラと奥を見た。

その直後、ハーンを閉じこめていた檻が開いた。

「奴隷さん!」

「ナイスだ蓮子!」

奴隷は親指を立てた。

当然、正邪がそれに反応しないはずがない。

「あの長い話は、私の注意を逸らすためか…!」

攻撃を仕掛けようとした正邪に、橙が突撃していく。

「藍様の分だ!」

正邪を蹴り飛ばし、その間に蓮子とハーンは避難する。

正邪はスペルを詠唱する。

「逆符『イビルインザミラー』」

この時、奴隷は違和感感じた。

自分の動きが、左右反転しているのだ。

橙は必死に避けていたが、奴隷は動かなかった。

その代わり、月傘を大きく開いた。

「弾幕を防いだ…だと?」

正邪は月傘を睨んだ。

奴隷は月傘を見つつも答える。

「お前の弾幕は美しくない。悪性にまみれてるから見たくないんだよ!」

奴隷は月傘を構えた。

「銃符『ルナティックショット』!」

弾丸の形をした弾幕を広範囲に撒き散らす。

正邪は浮遊して回避に専念した。

その隙を突き、橙もスペルを詠唱する。

「仙符『鳳凰展翅(ほうおうてんし)-Lunatic-』」

正邪も焦りを感じたのか、スキマを展開した。

「逃げた!」

と叫んだ瞬間、奴隷の腹に衝撃が走った。

標識が腹に食い込んでいた。

小さな嗚咽を感じつつも、標識から距離をとる。

しかし、次に狙われたのは橙だった。

「逆弓…」

橙が零距離で悪性の弾幕に被弾する。

橙は正邪の首筋に噛みついてなんとか離れるも、その体はふらついている。

橙を庇うように傘を開き、正邪の弾幕を防ぐ。

月傘を厄介だと思ったのか、正邪はスキマからの攻撃を加えた。

正面の弾幕を防げても、横からの攻撃は防げなかった。

奴隷は正邪の拳を貰い、その場に崩れ落ちる。

「ふん、二人がかりでその程度か」

正邪は両手を掲げ、大きなスキマを作ろうとしていた。

奴隷は恐怖を感じ、痛む体に鞭を打って立ち上がった。

橙も同じ行動を起こしていた。

「奴隷さん、『でんしゃ』が来ます!」

二人は横に転がり込む。

その直後、スキマから廃電車が走りこんできた。

「廃線『ぶらり廃線下車(はいせんげしゃ)の旅』」

奴隷と橙の目の前を廃電車が通過した。

これほど大きい物体は月傘でも防げそうにない(防げても腕が骨折するだろう)

正邪は消えていた。

「(またスキマか!)」

奴隷はその場から動けなかった。

どこから攻めてくるのかが分からず、頭の中はパニックになっていた。

その時、ハーンの声が耳に届いた。

「上です奴隷さん!」

その声に、奴隷はすぐさま反応した。

ハーンの能力は結界の境目が見える程度の能力(勝手につけたものだが)

銃身を上に向け、引き金に指をかける。

スキマが開き、正邪が顔を出した。

「銃符『ルナティックバレット』!」

引き金を引き、正邪の額に月の光の弾丸が命中した。

正邪は悲鳴を上げた。

正邪が左手を上げた瞬間、橙が噛みついた。

「紫様の分だ!」

尖った爪で左手を突き刺した。

左手が完全に使えなくなったことを確認すると、奴隷は月傘を突きつける。

「お前が動くより、俺が引き金を引く方が早い」

「くっ…」

「捕まえてくれ橙」

橙は頷いて正邪の手に縄をかけ、口に猿轡をつけた。

奴隷達が入ってきた扉が開いた。

奴隷達は警戒するも、藍を背負った天子を見て表情が緩む。

「頭の中を直すのめんどくさかったわ」

駆け寄る橙に、藍を渡す。

「捕まえたのね奴隷」

「幻想郷の強者に裁いてもらわんとね」

「ふうん」

天子は捕まっている正邪を見た。

「あんたも哀れだねぇ…ん?」

天子はじっと正邪を見つめた。

顔色を変えた天子が正邪の顔面を本気で殴った。

正邪の首が胴から離れた。

「なっ、何してるんだ天子!?」

奴隷は慌てたが、天子はもっと慌てていた。

「…やられた。この正邪は変わり身よ!」

奴隷は生首を調べた。

外形は正邪をかたどっているが、中身は空っぽだ。

まるで、人形のようだった。

 

 

天子が異変に気づいた頃、正邪はすでに外にいた。

正邪の右手には、小さな藁人形が握られている。

「身代わり人形が役に立つとはな。…せっかくの塔だが、命とは変えられん」

正邪は森の奥深くへと逃走しようかと振り返ると、目の前に刀を持った少女が立っていた。

「貴様は…!」

弾幕を展開させる隙もなく、正邪の両手首は切り落とされた。

「何故…ここにいる?魂魄妖夢!」

妖夢は刀の峰で正邪の顔を持ち上げる。

「幽々子様の命令だ」

「幽々…!?」

いつの間にか、正邪の背後に幽々子がいた。

幽々子は顎で引くよう指示し、妖夢は刀を下ろした。

代わりに、一つの玉を渡す。

その玉を正邪の胸に押し当てた。

その瞬間、体の力が抜けていくのを正邪は感じた。

「貴様、何をする気だ!」

両者とも答えず、その玉が紫色に染まるまで行為は続けた。

「回収完了ね。これで目的は達成したわ」

紫色に染まった玉には、大量の目玉が浮き出ていた。

その模様を見て、正邪は気づいた。

「西行寺…スキマの能力を奪ったな!?」

「あら、元の持ち主に返すだけよ。当然でしょう?」

幽々子は笑顔で答えた。

妖夢に玉を渡し、二人は背を向けた。

正邪は、一瞬自分は助かるんじゃないかと思った。

しかし、その考えが甘いことを死をもって理解させられた。

「そうそう、ここからは個人的なことなんだけど」

幽々子の表情は、いつの間にか怒りへと変わっていた。

正邪の周りに蝶が集まってくる。

「…よくも、私の友人に手をかけたわね」

その言葉に、妖夢は密かに震えた。

正邪は抵抗できず、そのまま大量の蝶に全てを覆われてしまった。

 



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密かな宴会

正邪はすぐに見つかった。

天子と橙が、死体となっていた正邪を塔の外で発見した。

奇妙なことに、正邪は自殺していたという。

 

 

天子と橙が一度引き返した後、針妙丸が現れた。

自ら命を絶った正邪を見て崩れ落ちた。

「正邪…」

その時、背後で足音が聞こえた。

誰かが近づいて来ているようだ。

針妙丸は気づかれぬようにその場から去っていった。

 

 

あの日から二日ほど経った。

藍がぜひお礼をしたいと言い、蓮子とハーンは幻想郷に一時滞在した。

紅魔館は少し危ないので、ルナサ達にお願いして廃洋館に居候させてもらった。

何故か、俺がルナサと話している時に蓮子とハーンがニヤニヤしていた。

「誰にも言わないでくださいね」

レミリアや咲夜にあれやこれやと質問されたが、藍の言葉に従い、蓮子とハーンのことは話さなかった。

勿論、外の世界に流されたこともだ。

「天子と橙と藍さんと協力して正邪を倒した」

奴隷はそう答えた。

間違ってはいないので、怪しまれることはなかった。

夜になると、紅魔館に藍が現れた。

奴隷を宴会に誘いに来た、との事らしい。

奴隷はすぐに支度して紅魔館を出た。

途中、廃洋館に寄った。

「ありがとうルナサさん。匿って…くれて」

「構わないわ。第三者からの意見も聞けたし、感謝しているわ」

「あ、ああ」

蓮子とハーンが廃洋館から出てきた。

「いやぁ、こんな素晴らしい音色を聴けたのはいつぶりだろう!」

「一生の思い出になるわ!」

二人とも意気揚々としていた。

「それじゃあ向かおうか」

藍の尻尾に捕まり、空を飛ぶ。

 

 

「いらっしゃいませ!」

藍達御一行は、ミスティア・ローレライの屋台の席に座っていた。

藍曰く、外の世界の人間がいることを紫様にバレたら宴会どころじゃなくなる、とのことらしい。

橙は、自分の代わりに紫様についているということで来ないらしい。

「ところで」

藍が横を見ながら言う。

「玉兎が何のようだ?」

屋台には先客がいた。

清蘭に鈴瑚、この屋台の常連客である。

「月に報告するつもりか?我々の失態を」

清蘭と鈴瑚は顔を見合わせ、大笑いした。

「そんなことする気もない!仮に報告するのなら、もっと前にしてるよ」

「そうそう、私達はここがお気に入りだからね。ここで会ったのは偶然よ」

その言葉に、少し警戒しつつも安心する。

「メニューは決まりましたか?」

「えーと…」

藍と奴隷と蓮子とハーンは八目鰻重。

清蘭は八目ひつまぶし。

鈴瑚と天子は八目桃・天を頼んだ。

「「「「「「「いただきます」」」」」」」

一斉に食べ始めた。

「どうだ蓮子、ハーン。八目鰻も美味いもんだろ」

「美味しいわ!八目鰻はクセが強いって聞いたけど、これならいくらでも食べれそう」

「もしかしたら、京都の鰻重より美味しいかも…」

各々の感想に、ミスティアは笑顔になる。

「今日は私の奢りだ。どんどん食べて、飲んでくれたまえ」

藍が胸を張って宣言した。

「やったね清蘭!奢りだってさ」

「…お前らの分は奢らないぞ」

清蘭と鈴瑚からのブーイングを軽く流し、藍は奴隷と天子と蓮子とハーンに向かって頭を下げた。

「今回の事に関して…本当に申し訳なかった。紫様の分まで、深く深く謝罪する。そして、同時に感謝する」

突然の真剣な空気に、奴隷は戸惑った。

蓮子とハーンも奴隷と同じようだった。

しかし、天子はため息をついた。

「藍。ここは飲んで食って騒ぐ場所なのよ。今は(・・)その事を忘れなさいな」

藍の頭を一回叩いた。

藍は目を見開いていたが、やがて酒に手を伸ばした。

「そう、そうだな。は、は、は!私としたことが、宴会でのルールを忘れてしまった。変な空気にしてしまってすまない。さぁ、飲もう!」

天子は頷いた。

「それでいいのよ。つまらない宴会なんて嫌でしょ?」

蓮子はお酒を片手に大げさに頷いた。

「そうよ。せっかくの宴会なのに!」

蓮子の頬は赤く、すでに酔っているようだ。

ハーンはちびちびとお酒を飲み、蓮子より酔わないようにしていた。

「ちょいといいですかね」

鈴瑚が天子の方を向く。

「ひょっとしてなゐ様ですか?」

天子の眉がピクリと動いた。

天子は鈴瑚を見つめ、諦めたように首を振った。

「…よく分かったわね。私の顔は賢者と月の都の兵しか知らないはずなのに」

その言葉に、清蘭は苦虫を潰したような顔をした。

「玉兎は奴隷ですからね。なゐ様が()を持ってこなければ飯も不味かったでしょう」

天子の口に笑みがこぼれた。

「お偉い様は美術品とか、そんなのばっかり月に持って行っちゃうのよ。被るのは嫌だったのよ。だから桃を持っていったら凄く感謝されたわ」

奴隷は月の都にあった桃の木を思い出した。

「なるほど。だから月の事に詳しかったのか」

あまりにも詳しかったので、天人というのは嘘なんじゃないかと思っていたが、謎が解けてすっきりした。

奴隷はジュースを片手に、藍主催の宴会を楽しんだ。

 

 

蓮子の酔いを醒めたのは、午前四時ほどだった。

寝ている藍と清蘭と鈴瑚に気づかれずに移動する。

「蓮子、ハーン。本当にありがとう。そして、危険な目にあわせてすまなかった」

「いいんですよ。スリルがあって楽しかったです」

ハーンの言葉に、蓮子は少しショックを受けた。

「…私、結構心配してたんだけどなー」

「ごめんごめん」

天子が手を叩き、談笑している二人を注目させる。

「ほら、紫に見つかる前に行きなさい。バレたら面倒だから」

蓮子とハーンは深々と頭を下げて、奴隷達と別れた。

今頃、外の世界にいるだろう。

「それじゃあ、あの狐達を起こしに行きましょうか」

「そうだな」

奴隷は月傘を、天子は緋想の剣を握って藍達の頭にたんこぶを作りに屋台に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 




八目桃・天
仙果に八目鰻につけるタレを何重にも塗り、表面を香ばしく焼き上げることで完成する一品。

癖が強く、食べる人を選ぶもの。


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4
紫からの推薦状


また(・・)人里で事件がおきたってさ」

「えー、本当?何度目なのよこれで」

紅魔館内清掃をしていると、メイド妖精の話している声が自然と耳に入ってくる。

先ほどの話は、正邪革命から少し経った頃からメイド妖精達の話している。

物騒だと思いつつ、ベットメイキングを終える。

今ならホテルに勤められそうだ。

そんな時、奴隷はカップを一つ割ってしまった。

その瞬間、奴隷の背筋に冷たいものが走った。

「(嫌な予感がする…)」

奴隷は心で思った。

 

 

正邪を失った革命派は、針妙丸をリーダーとして活動していた。

針妙丸は対応に困ったが、例の情報提供者の助力もあって保っている。

針妙丸達は、再び革命を起こそうとしていた。

前回の正邪革命は、はっきり言ってずさんなものだったと針妙丸は思う。

スキマの程度の能力を手に入れたから敵無しと慢心していたのが敗因だ。

今回は策を練った。

しかし、行動に移すには時間がいる。

 

 

昼頃、奴隷は珍しく起きていたフランドールと遊び、疲れた体を癒しに椅子に座っていた。

被弾したところがジワリと痛む。

時計を見て、今日は料理担当だったことを思い出す。

咲夜には及ばないものの、奴隷の腕もそこそこだ。

厨房に入って食材を切っていると、背後から声をかけられた。

「あぁ、やっといたわ。ねぇ奴隷」

レミリアの声を聞いた瞬間、朝方に感じた予感が的中した気がした。

「な、何でしょう?」

奴隷はぎこちなく答えた。

「“残党狩り”…聞いたことあるわね?」

「ないな。今初めて聞いた」

「そう。じゃあ説明するわ」

レミリアの説明が始まった。

正邪革命以降、八雲紫は頻繁に起こっている事件に警戒心を抱いたらしい。

そこで、革命派の残党を徹底的に狩ることにした。

その役割を果たす役目を担う者が残党狩りとの事らしい。

「…で?俺に話す必要ある?それ」

「話は最後まで聞くものよ」

レミリアは一つ咳払いをして話す。

「そんな紫から推薦状を貰ってね。紅魔館から一人残党狩りに加わってほしいって言うのよ」

「へ、へぇ」

今すぐレミリアから離れたいと思った。

レミリアが次に何を言うのかが予想できる。

予想できてしまう。

「残党狩りに行きなさい奴隷。あら、逆らう気はないわよね?」

完璧すぎて、逆に引く。

奴隷は反論しようとしたが、立場が立場だ。

主と奴隷。

奴隷は重いため息を吐いた。

「…分かったよ」

奴隷の返答を聞き、満面の笑みでレミリアは自室に戻っていった。

一応、奴隷は正邪革命を止めた張本人の一人だ。

敵のことをよく知る者として、レミリアが奴隷を推薦したのは一理ある。

文句を言うのを止めて、奴隷は盛り付けを開始した。

これが最後の晩餐にならなければいいのだが、と奴隷は小さな声で呟いた。

…奴隷はレミリアの皿に福寿草をこっそり混ぜた。

後に、レミリアがどんな顔がするのか。

奴隷は少しワクワクしながら料理を運んだ。



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四人は集う

福寿草入りの食材を食べた時のレミリアの顔に爆笑し、同時に一日だけ仕事の量が増えた。

少し後悔しながらも睡眠をとり、奴隷はホブゴブリンと協力して時間前に終わらせた。

今日は残党狩りのメンバーが集合する日だ。

奴隷は咲夜に手渡された紙を見る。

「(寺子屋に集合と…な)」

学校ではなく寺子屋と呼ばれるあたり、幻想郷がどれだけ外の世界から遅れているのか思い知らされる。

奴隷は嫌々ながらも支度をした。

何日か紅魔館に戻れないとなると寂しい。

月傘を持ち、人里の寺子屋へと向かう。

「奴隷」

咲夜に呼び止められた。

「メイド長?」

二本のナイフが渡された。

咲夜曰く、護身用とのことらしい。

奴隷はお礼を言いつつ、自分が危険なところに行かなければならない事に恐怖を感じた。

出発の挨拶を終え、奴隷は紅魔館を出た。

 

 

妖怪の山の下っ端天狗、犬走椛はなぜか(・・・)天魔がいる部屋にいた。

大天狗でさえ、許可なく入室してはいけない部屋だ。

河童の河城にとりから伝言を聞いた時、期待と不安が入り混じった。。

下っ端の位置にいる椛は、天魔の姿を見たことはない。

大天狗のみ、その姿を見る機会があるのだという。

もしかしたら神々しいお姿を拝見できるのでは、と期待した。

椛はガチガチに緊張しつつも、何とか口を動かす。

「どのようなご要件でしょうか?」

椛は天魔の姿を見て…その神々しさに気絶しそうになった。

天魔は一つの紙を取り出した。

「実は、スキマ妖怪の八雲紫から“残党狩り”に我々天狗の中から一人加わってほしいとな」

ここに呼ばれた理由を椛は察した。

「八雲紫も危険視しているらしい…。そこで、犬走椛。君に行ってもらいたい」

「仰せのままに」

天魔直々に命令されるのは悪い気分ではない。

椛はちょっとした笑みを浮かべて天魔の部屋を出る。

正直、見張りは飽きてきたし将棋の相手もいなくなったので退屈だった。(ロープウェイのせいで仕事量が増えたのが原因)

久しぶりに妖怪の山から離れるのもいい。

 

 

「幽々子様」

妖夢は目をつぶって幽々子に質問をする。

「私()行くのですか?」

「そうよ」

「幽々子様自らではなく?」

「そうよ」

「はあ」

妖夢は少し目を開けた。

意地悪そうな笑みを浮かべた幽々子が視界に映る。

妖夢はその表情から何かを読みとった。

「わかりました。では私が行きましょう」

刀を二本手に取って立ち上がる。

「数日は戻りません。きちんと計画してから食べてくださいね」

「わかってるわ」

幽々子は頷いた。

妖夢は幽々子に一礼し、白玉楼を出る。

ちらと後ろを振り向く。

剣術のことを伝えるのをすっかり忘れていたと思い出し、白玉楼に急いで戻った。

剣術指南役なのに、何故今まで忘れていたのかと反省した。

 

 

紅の自警隊、藤原妹紅は寺子屋で片膝を立てて座っていた。

手には一枚の紙。

八雲紫からである。

中身を見たときは、大して驚きもしなかった。

今までやってきたことと同じなのだから。

集合場所は寺子屋と知り、妹紅は目を閉じた。

集合するまで寝よう。

妹紅は浅い眠りについた。

 



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集結

人里にある寺子屋。

昔は難解で退屈な授業と評判で、子供からの人気は薄かったが、少し前に授業内容を変更して以降人気が高い。

先生が美人ということでも評判だ。

そんな寺子屋に、物騒な物を持った奴隷が戸をノックした。

「残党狩りの…」

全てを言う前に戸は開かれた。

中から寺子屋の教師、上白沢慧音が姿を現す。

「入ってくれ。奥の部屋に妹紅がいるはずだ」

奴隷は一礼し、奥の部屋へと進む。

大人の女性だなと思いつつ扉を開く。

慧音が言った通り、藤原妹紅が片膝を立てて座っていた。

目を閉じているあたり、どうやら寝ているようだ。

起こさないようにしようと思ったが、机を蹴ってしまって大きな音を出してしまった。

妹紅は体をビクリと震わせて目を覚ました。

「慧音…?あぁ、残党狩りか」

妹紅はのろのろと立ち上がる。

「藤原妹紅だ。よろしく」

妹紅が手を出す。

「紅魔館の奴隷だ。こちらこそよろしく」

妹紅の手を取り握手を交わす。

奴隷は残党狩りについてのことで会話を弾ませた。

どうやら、妹紅は前から似たようなことを行っていたらしい。

「いつしか、紅の自警隊と呼ばれるまでになったもんだよ」

「へえ」

次の話題を考えていると、また一人やってきた。

円盾に刀という、獣耳と尻尾を生やした武装少女だった。

「白狼天狗…下っ端か」

妹紅は素っ気ない感じで呟いた。

じろりと妹紅と奴隷は見る。

「妖怪の山から派遣された犬走椛だ」

「紅魔館の奴隷だ。よろしく」

挨拶を済ます。

話しかけようとしたが、何やらプライドが高そうで話しかけにくかった。

観察していると、椛は将棋盤に視線がいっていた。

「将棋でもやるか?」

親睦を深めるにはこれしかないと思い、奴隷は椛に対戦を挑んだ。

「ふっ、いいでしょう!」

将棋は得意分野なのか、椛は勝ち誇った笑みを浮かべた。

将棋は少しだけやったことがある。

この勝負は負けるだろうが、場繋ぎには充分だ。

一手、一手、また一手と繰り返し、妹紅は観戦へと回った。

椛はじっくりと考える系で、奴隷もそうだったために一手が普通より長かった。

「…王手!」

「む!?」

とうとう負けてしまった。

やはりプロは強い、お手上げだと仕草で表す。

椛は胸を張っていたが、奴隷的には親睦を深めれただけで充分な収穫だった。

それに、もう一人が来たようだ。

「遅れて失礼しました。私が最後みたいですね」

入ってきたのは…妖夢と呼ばれていた少女だ。

妖夢は一応の自己紹介を済ませた。

奴隷は彼女らを一瞥し、頼り甲斐がありそうと判断して安心する。

恐らく…皆、奴隷より年上だろう。

一番身長が高いのに年齢が一番下とは複雑な気持ちだが、特に改まる必要は無いと感じた。

四人が集合した後、慧音から説明を受けた。

大体は手紙の内容と同じだった。

奴隷は心の奥底で震えながら、仕事に取り掛かった。



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怪奇!針を消し去る人間

残党狩りが集合してから数日が経った。

人里での問題は目に見えるほど少なくなっていた。

それほど奴隷達は働いた。

慧音はとても喜んでくれた。

しかし、奴隷達はまだ息を抜けなかった。

「今日か」

妹紅は朝飯のご飯を咀嚼しながら話す。

「ああ。今日は大仕事だよ」

奴隷はうんざりした様子で味噌汁を口に運ぶ。

「…稗田阿求様の護衛か。恐らく、全勢力が集結するんだろうな」

奴隷の言葉に椛は首を振った。

「全勢力は無いにしろ、リーダー格が来ることは確実だ。気を引き締めないと」

妖夢はすでに食事を済ませていて、二本の刀をお手入れをしていた。

「そうですね。今日は死人が出るかもしれませんよ」

「そうだなぁ。真っ先に俺が死にそうだよ」

冗談交じりに話し、各々が食事を済ます。

時間も無い。

奴隷達は稗田邸へと足を運んだ。

 

 

奴隷達が到着していた頃には、第九代目当主稗田阿求が待っていた。

「待たせたな阿求」

妹紅がフランクに話しかけるのを見て、奴隷達は少々驚いた。

「これくらいのことは大丈夫ですよ。…今日は」

阿求は一度区切り、一つ息を吸って話す。

「護衛をお願いします」

妹紅を除く三人は頭を下げた。

稗田阿求の用事は、幻想郷縁起の欄に天魔(・・)のコメントを書き残すことらしい。

椛曰く、天魔は暇な日など滅多になく、阿求のためにわざわざ貴重な一日を割いてくれたのだという。

そのために、今日は絶対行かなければならない。

奴隷達は阿求を囲むように行動を始めた。

恐ろしい程に、道中は襲いかかってくる気配も感じられなかった。

何事もなく妖怪の山にたどり着き、阿求は天魔の元へ、奴隷達は天狗の詰所に向かった。

「道中、何もなかったな」

「まあね。行きは何もしてこないだろうと思ったよ」

妹紅の発言に、奴隷は首を傾げる。

妖夢が代わりに説明した。

「もし行きに襲いかかれば…貴重な一日を割いた天魔はどのような行動にでると思いますか?」

その言葉に奴隷はハッとした。

「察したようですね」

「ああ、察したよ」

確かに恐ろしいことになりそうだ、と奴隷は小さく呟いた。

阿求が帰ってきたのは、奴隷達が詰所に入ってから数時間が経過したあたりだ。

阿求はしっかりと幻想郷縁起を持っていた。

お礼を言い、奴隷達は人里への道へ足を向けた。

ここからが本番だ。

 

 

人里への道の半ば、明らかに違和感が感じられた。

まるで、誰かに見られているような感覚だ。

「!」

阿求達の歩を遮るように、妖怪がワラワラと現れた。

奴隷達は阿求を守護る陣形をとった。

「攫え!」

一人の妖怪の雄叫びと共に、大量の妖怪が奴隷達を襲った。

妹紅は火をおこし(なぜか周りの植物は燃えない)妖怪達を焼き払う。

椛は小盾で攻撃を防ぎつつ、隙を見て攻撃を始める。

妖夢は二本の刀で華麗に戦場を舞った。

しかし、妖怪の方は数が多かった。

押されつつある四人を見て、遠くから見ていた針妙丸は針を抜いた。

「…奴隷!」

その針の矛先は奴隷に向けられていた。

正邪を追いつめた一人であり、針妙丸の中では阿求より優先していた。

「後ろだ奴隷!」

妹紅の声に、振り向きざまに月傘を差す。

少し遅ければ、あの針が奴隷を貫通していただろう。

「皆、妖怪達を頼む!」

奴隷は月傘を振り回して距離をとる。

針妙丸は針を巧みに操り、奴隷に攻撃を仕掛けていく。

「弾幕を使え。銃符『ルナショット』!」

放たれた薄紫色の弾幕を一つ一つ回避していく。

負けじと針妙丸もスペルを詠唱する。

「小槌『もっと大きくなあれ』」

小さな弾幕が発生した。

奴隷は距離をとったが、それが間違いだった。

弾幕は移動すると共に大きくなっていく。

もっと、ということはさらに大きくなるのだろう。

奴隷は舌打ちし、針妙丸に急接近した。

しかし、針妙丸は針を手に待ち構えている。

近づけば、それだけ針による追撃を受ける可能性が高い。

奴隷は弾幕を展開しつつ、針妙丸に月傘の先の刃で斬りかかった。

一瞬でも気を抜けばあの世へ旅立てる状況の中で、奴隷は反射神経をフルに活用し、針妙丸の攻撃を防ぐ。

奴隷は一度、自分の手のひらを見つめた。

そのせいで、針妙丸に隙を与えてしまう。

「正邪を殺した報いを受けろ!」

針妙丸は渾身の突きを繰り出した。

奴隷は月傘ではなく、何も持っていない左手を突き出した。

刺さるギリギリのところで、左手で針を掴んだ。

しかし、針妙丸は左手でもう一本の針を取り出した。

奴隷は驚愕の顔をしたが、針は離さず、月傘は針妙丸を突くように構えた。

二本目の針が奴隷の顔面を貫く寸前…。

幻想郷からたった数秒間針が消えた(・・・・・)

針妙丸の動きそのものが止まった。

勿論その隙を逃すはずもなく、奴隷は構えから一気に針妙丸の腹を貫いた。

「ごぶっ…!」

針妙丸は奴隷を蹴って月傘を引き抜くも、すでに腹からは大量の鮮血が溢れ出ている。

「針妙丸様!」

事態に気づいた妖怪達が、トドメをささんとする奴隷を妨害する。

針妙丸は一人の妖怪の背に乗せられ、撤退を始めた。

逃がすわけもなく、追おうとする奴隷達だったが、妖怪達は散り散りに逃げてしまったためこれ以上の深追いはやめた方がいいと椛は言った。

目的は稗田阿求を無事人里へ送り返すことなので、各々武器をしまった。

その後は何も起きなかった。

人里に到着し、阿求から報酬を貰った。

奴隷達はその報酬を手に、例の屋台に向かった。

妖夢と椛からは上司の愚痴を聞かされ、妹紅は悪酔いし始めて大変だった。

酒が呑めない奴隷にとっては、なかなか会話が成立しなかったミニ宴会であった。

 

 

魔法の森にある一軒の建物。

そこに住むアリス・マーガトロイドは不思議そうに針を見つめた。

「突然消えたと思ったら、突然現れたわね。一体何なのよ、もう」

アリスは腹を立てながらも、上海と呼ぶ人形の手入れ始めた。



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黒谷と緑の巨人

残党狩りは各々帰った。

針妙丸を撃退したことから、弱小妖怪達による暴動が無くなったのだ。

無論、解散とまではいかないが。

紅魔館に戻った奴隷はレミリアに今までの事を報告した。

それを聞いたレミリアは、笑みを浮かべて頷いた。

「お疲れ様」

その言葉を聞き、奴隷はレミリアの部屋を後にする。

掃除道具を持ち、仕事を始める。

奴隷に休みは与えられなかった。

そんな平和な日がしばらく続くと思っていた。

しかし、針妙丸の手はすぐそこまで迫っていた。

 

 

「…?」

美鈴はある異変に気づいた。

気が乱れている。

近くに集団がいる時の乱れ方だ。

不審に思った美鈴は、一発の弾幕を放った。

その瞬間、茂みから弱小妖怪達が現れ、美鈴に不意打ちを行った。

ギリギリ対処するも、紅魔館の門を突破されてしまった。

「(連携が取れてる…革命派か!)」

美鈴は取り押さえようとする弱小妖怪を一蹴し、紅魔館に急いで戻った。

 

 

紅魔館の鐘が鳴り、奴隷達は一気に戦闘態勢に入った。

「針妙丸だと…?刺したというのにまだ抗うか!」

月傘を持ち、奴隷はエントランスに移動する。

すでにメイド妖精と弱小妖怪が戦っていた。

「ホフゴブリンはどこいった?…くそっ、やるしかないか」

弾幕を展開し、攻め入る妖怪達を倒していく。

「メイド長!」

その言葉に振り向き、同時に手を払った。

「こっちは心配しなくていいわ。頭を探しに行きなさい!」

奴隷は頷き、針妙丸を探した。

簡単に見つからないと思っていたが、それはすぐに見つかった。

低い唸り声が聞こえたと思ったら、巨大な緑色の足が奴隷を襲った。

「な、なんじゃこりゃあ!」

月傘で防ぐことを諦め、奴隷は横に飛び跳ねた。

緑色の足は消滅し、その隙に奴隷は発生源…針妙丸の元へ走った。

到着した時、奴隷の目に衝撃の光景が目に映った。

「レミリア!」

針妙丸を目の前にして、レミリアが苦い顔をして立ちすくんでいた。

レミリアの周りには日光があり、行動が制限されているようだ。

「さしずめ、日光牢とでも言いましょうか」

奴隷に気づいた針妙丸は、針を構える。

今回は何をしてくるかわからない。

奴隷は油断しないように針妙丸に突撃した。

「剣符『ルナティックナイフ』!」

大量の月の光のナイフを展開する。

「妖剣『輝針剣』!」

針妙丸も大量の針を展開し、奴隷の弾幕を防ぐ。

針妙丸が針を構え直すのを見て、奴隷は月傘を振った。

月傘の刃で針妙丸の針を切断する。

前のように針をもう一本出すのかと思ったら、針妙丸は紫色の水晶(・・・・・)を取り出した。

「*緑の巨人よ、おおきくなれよ!*」

先ほどの緑色の足が巨大化して再び襲いかかってきた。

奴隷は慌てて月傘を差す。

しかし、のしかかる重圧に腕が耐えきれず、月傘と一緒に奴隷は弾き出された。

倒れ込む奴隷に追い討ちをかけようとする針妙丸に反応し、奴隷は月傘を振った。

その攻撃は当たらなかった。

針妙丸が小人と化していたからだ。

「ちっちゃく…!?」

針妙丸の攻撃を受けた…が、そこまで痛くはなかった。

小人になれば、それほど力も弱くなる。

奴隷は立ち上がろうと手を床につくも、力が入らない。

奴隷は、体の中の異変に気づいた。

「針妙丸…お前何をした!?」

傷口からビキビキと血管が浮き上がる。

やがて身体中に広まり、奴隷は黒く変色しながら倒れた。

倒れた奴隷を見て、針妙丸は大人サイズに戻った。

針から煙が出ているのを確認し、それを捨てる。

「黒谷の毒。人間には耐えられないだろう?」

捨てた針は完全に溶けた。

このまま苦しむ様子を見てもいいのだが、とどめはこの手でやりたいと針妙丸は思った。

針を抜き、奴隷の脳天を貫く体制をとる。

「あの世で正邪を殺したことを後悔するといい!」

一気に振り下ろされたが、それが奴隷の脳天を貫くことはなかった。

「その男を殺すのなら、私を倒してからにしてくれない?」

針妙丸の針を誰かが握っていた。

「お前は…!」

「偽弦『スードストラディヴァリウス』」

針を握られていたために動けず、何者かの弾幕にゼロ距離で被弾した。

なんとも表現しにくい音を発しながら針妙丸はピチュッた。

奴隷は辛うじて顔を上げる。

「ル…ナサ…?」

そう言って奴隷は意識を失った。

「鐘の音が聞こえたと思ったら、まさか革命派が紅魔館を襲撃するなんて思わなかったわ」

日光牢を解除してレミリアを解放する。

続いてルナサは、奴隷に触れようとする。

しかし、レミリアが大声をあげてルナサを止めた。

「駄目よ!黒谷の毒は接触感染。触れたらお前まで…」

「接触感染ね。でも、霊体には効果が無いみたいよ」

奴隷を抱え、ルナサは飛翔する。

「永遠亭に連れていくわ」

「…お願いするわ」

レミリアの返事に安堵が覗く。

ルナサは妹達がいることを知らせ、永遠亭まで飛んで行った。

レミリアはしばらく考え、逃走した針妙丸の追跡を開始した。

「(あのオカルトボールを破壊できれば…奴は抵抗する手段が無くなるなず)」

スペルカードを確認し、最速のスピードで移動を開始した。



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主の力

紅魔館中を飛び回り、とうとう針妙丸を見つけた。

ルナサの弾幕を直撃した影響か、針を地面に突き立てている。

「吸血鬼から逃げられると思ってる?」

その声を聞いた針妙丸は顔を青ざめた。

「しつこい…!」

相手がレミリアと分かっていながら逃げない。

その自信はオカルトボールが手元にあるからだろう。

針妙丸はオカルトボールを掲げ、緑色の巨人を召喚した。

その巨大な足は、レミリアを踏み潰すために下ろされた。

レミリアは吸血鬼のスピードを生かして回避していく。

「夜符『デーモンキングクレイドル』!」

一気に針妙丸に接近する。

針妙丸は左手でオカルトボールを抱え、右手で針を取り出す。

その針からは煙が発生している。

「『ウォールオブイッスン』」

弾幕が壁のように連なり、なおかつレミリアに当てにかかる。

レミリアは接近を諦め、針妙丸の弾幕を回避するのに専念する。

その光景を見て、針妙丸はにやりと笑う。

「(もうすぐ力が溜まる…)」

オカルトボールが紫色に光る。

弾幕の壁に阻まれて、レミリアにはオカルトボールが見えないはずだ。

彼女が弾幕の壁を掻い潜った瞬間、怪奇を発動する。

当然、レミリアは避けられないだろう。

針妙丸が思っていた通りにレミリアは動いた。

後はオカルトボールをかざすだけ。

「*緑の巨人よ、おおきくなれよ!*」

緑色の巨人が現れ、レミリアを蹴り飛ばすために足を振り上げた。

一気に振り下ろされた。

レミリアは地面に着地し、唸り声をあげた。

緑色の巨人の一撃を受け止めたのだ。

これには針妙丸も驚いた。

レミリアは言った。

「吸血鬼の力を舐めんじゃないわよ」

一撃を押し返し、針妙丸の…オカルトボールに向けてスペルを詠唱する。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

放たれた紅い槍はオカルトボールを貫通した。

針妙丸は慌てて、再び掲げた。

「*幻の国ブレフスキュ*」

しかし、数体の小人が現れたところでオカルトボールは完全に壊れてしまった。

小人をレミリアにぶつけ、針妙丸はその隙に逃走を開始した。

「待ちなさい!」

レミリアが小人を壊して追うも、すでに針妙丸の姿はなかった。

見晴らしの悪い霧の湖付近なので、レミリアは針妙丸を見失ってしまった。

 

 

流石は紅魔勢。

紅魔館で奮闘していた革命派の妖怪達を全て殺した。

「悪いわね。手伝ってもらっちゃって」

リリカは首を振った。

「お礼はいらないわ。紅魔館で演奏させてくれるだけで満足よ」

メルランは辺りを見渡した。

「姉さんはどこ行ったの?」

「ああ、それなら永遠亭に行きましたよ」

「永遠亭?」

リリカとメルランが首を傾げた。

「毒に侵された奴隷を運んだのですよ」

「あら!」

リリカは驚きの声をあげた。

メルランもにやにやと笑った。

「はあ、どうかしましたか?」

咲夜の質問に、リリカは意地悪そうに笑った。

「えーっとね…」

咲夜に耳打ちした。

咲夜の目が見開いた。

「本当なの?それ」

「あの反応を見て間違いない!」

メルランとリリカは胸を張った。

咲夜は周りを見渡し、メルランとリリカにしか聞こえないような声で話した。

「いい?このことをメイド妖精に言わないでちょうだいね。悪戯好きだから」

「おっけー!」

咲夜は、主要なメンバーになら話そうかなと思った。

皆は、奴隷とルナサが帰ってくるまで紅魔館の修理などを行った。

 

 



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平和の裏で

針妙丸は口に含んだ水を吐き捨てた。

レミリアから逃走した際、針妙丸は霧の湖に飛び込んだ。

おかげで撒けたようだ。

「あらあら、満身創痍なようね」

「…おかげさまで。あんたが言う切り札とやらを見せてもらおう」

情報提供者はにっこりと微笑んだ…気がした。

如何せん面をかぶって素顔を隠しているため、表情が読み取れない。

ふらつく針妙丸を支えるように、三人の妖怪が周りにつく。

「この奥ね…」

針妙丸達は歩みを進めた。

 

 

太陽が照りつける中、奴隷達は紅魔館の修理に追われていた。

「まったく、俺は大工じゃないんだぞ!」

パチュリーの魔法が完成するまで、ある程度修理しておこうというレミリアの提案だった。

毒を盛られたせいで永遠亭で療養していたのだが、わずか一日で完治した。

ルナサによる素早い行動のおかげで、治療が長引かずに済んだという。

ルナサに紅魔館まで飛んでもらい、礼を言った。

そして紅魔館に帰宅した後にこれだ。

病み上がりの人間に働かせるのはどうかと思ったが、まあ、逆らえるわけもなく…。

パチュリーの魔法が完成し、無事紅魔館は元に戻った。

メイド妖精やホフゴブリン、美鈴と共に昼食を食べる。

美鈴にあの後のことを教えてもらった。

話を聞いた奴隷は、特に驚きもしなかった。

当然のように思えた。

「ねえ奴隷」

昼更かし(・・・・)しているフランドールに声をかけられた。

その声のトーンで、何となく先が読めた。

「あー…悪いなフランドール。病み上がりだからとても遊べそうにない」

「えー、つまんない」

フランドールは駄々をこねた。

「少しでいいから」

「駄目」

「じゃあ十分」

「十分間の耐久スペルはきつい」

「むー…」

フランドールの機嫌を損ねてしまったようだ。

困った奴隷は、ある一つの提案を思いついた。

「分かったフランドール。今度一つだけ何でも言うことを聞くから。だから今は休ませてくれ、な?お願いだ」

「へえ!」

フランドールの目に輝きが映った。

何やらまずい事になった気がする。

「一応訂正しとくが…」

言い終わる前にフランドールはどこかへ行ってしまった。

吸血鬼のスピードに追いつけるわけもなく、奴隷は何を言われるかガタガタ震えながら休憩をとった。

 

 

夕食を終え、奴隷は寝支度をした。

相変わらず地下の檻の中で寝ているのだが、何年かいると愛着が湧いてくる。

その檻には鍵はついてなく(昔はあった)寝具などが揃っている。

奴隷が月傘を置いていると、フランドールから声をかけられた。

「なんですか?」

フランドールは手招きした。

奴隷は首を傾げ、フランドールに近づいた。

「一緒に寝ようよ奴隷」

出し抜けにこう言った。

奴隷は目が点になり、慌てて咳払いをした。

「フランドール。俺より数百歳以上歳食ってるだろ?まさか一人で寝れないとか、そういう訳じゃ…」

こう言ってみたはいいが、奴隷は昼に言ったことを思い出した。

フランドールからはこぼれた含み笑いが浮かんでいる。

「わかった、わかったよ!」

奴隷はあまりにも大きすぎるフランドールのベットに潜り込んだ。

フランドールも満面の笑みで潜り込んだ。

電気を消し、奴隷はさっさと寝ようと目を瞑る。

しかし、吸血鬼の夜は長かった。

フランドールから質問攻めをされたのだ。

あれこれ質問されたが、印象に残ったのはこれだろう。

「奴隷は外の世界に帰りたい?」

この質問には悩まされた。

奴隷はしばらく沈黙し、やがて小さな声で話した。

「初めてここに連れられた時は帰りたいと強く思った。こんな未知の世界で生きていけるはずがないと思った。だから逃げ出したんだ。

でも、正邪異変の時に一度外の世界に流された。あの時は実感が湧かなかったよ。念願の外の世界だった。

だが俺は幻想郷に帰りたがった。不思議だよな!俺はすっかり、外の世界より幻想郷に居たいと思っていたんだよ。

幻想郷にはまだ見ぬ世界がある。外の世界より楽しい(・・・)

それに、幻想郷の弾幕は美しい。初めて見た時は感動したよ。

…それもあって、俺は外の世界に帰りたいと思わないな」

一応今は、と付け足しておく。

幻想郷には人間のみならず、妖怪、妖精、幽霊などーー人の好奇心を燻る何かがある。

もし、その事に気づいてしまったら…他の人も帰りたいとは思わないだろう。

奴隷はフランドールに質問した。

「フランドールは俺を奴隷にしたのは、シャベルで突き刺したから…てのが大まかな理由だよな。それは本当なのか?」

「本当よ。その時にも言ったように、今までの奴隷は私に反抗なんてしなかった。皆ビクビク怯えて反応もつまらなかったの。それに、全部あいつが連れてきた奴だから」

「たった一人の姉をあいつ呼ばわりするな」

「むー、分かったわ。でも、私の奴隷なら私が決めたかった。そう考えていた時に貴方がやって来た。

私に反抗した人。私に怯えずに。それで私は貴方を奴隷にしようと思ったの。

予想外だった!あろう事か、奴隷は紅魔館を抜け出した。

私は喜びに打ち震えたわ。奴隷以外の奴隷はいないって思った。それから人生が楽しく感じてる」

フランドールは羽を忙しなく動かす。

興奮しているフランドールの頭に手を置いた。

「俺も楽しく感じているよ。心が満たされてる気がするんだ。外の世界では感じられないものだなぁ…。本当に、幻想郷に流れ着いてよかったよ。最初は自分の程度の能力を恨んでいたが、今では感謝しているよ」

「あらゆるものを消し去る程度の能力…だっけ?」

奴隷は視線を天井に向けた。

「名前だけ聞くと凄いよな。何でも消し去れるんだぜ。と言っても、元々の霊力とやらが少ないせいで全然酷使できないけど」

せいぜい小さな針をたった数秒消し去れる程度だ。

誰かから霊力(又は妖力)を借りれば力を発揮できるのだが。

パチュリーは寺子屋の先生に似ていると言っていた。

「(慧音先生…いつか話してみようかな)」

フランドールは興奮から落ち着いたのか、声のトーンも少し下がった。

「私も、昔は程度の能力を恨んでいたわ。この能力のせいで大切なものがどんどん壊れちゃうもの。精神が不安定だと見境なく破壊しちゃうってお姉様が言ってたわ」

「なら俺は、フランドールの精神安定剤かな?」

笑いを混じえて言った。

「そうかもね。奴隷がいると落ち着く」

フランドールが暴走しているところを見てみたいという好奇心が生まれたが、その考えは即座に捨てた。

あの量の弾幕を展開されたら、間違いなく死ぬ。

時計を見て、すでに午前三時を回っていることに気づく。

「フランドール、そろそろ寝ようか」

「うん」

「あー…あと」

奴隷は周りを見渡しながら言う。

「このことはレミリアには内緒な」

フランドールは笑みを浮かべた。

「うん」

そうして二人は目を閉じた。

 

 

とある洞窟の中を、針妙丸達は進んでいた。

情報提供者が突然立ち止まった。

「そろそろよ。私は結界を張っておくわ」

「結界?」

針妙丸は不審に思った。

情報提供者は人差し指を立てる。

「ああ、言ってなかったわね。あれは強い妖気を発生させるから、賢者達に感づかれないようにするための結界よ」

「…確かに、感づかれたら面倒だ」

針妙丸は納得し、ここで情報提供者と別れた。

しばらく進むと、大量の札の壁(・・・・・・)が視界に映った。

「針妙丸様…」

周りの妖怪達が不安に思うのも当たり前だ。

これだけの札で封印されているのだから、間違いなく只者ではない。

針妙丸は一枚剥がそうとしたが、封印の力によって弾かれた。

「流石の封印ね。これを使えと言われるのも頷ける」

懐から取り出したのは、情報提供者に渡された紙。

そこには、博麗に代々伝わるインチキな封印の解除法が描いてある。

針妙丸はその通りに行った。

すると、強固な封印はバラバラと崩れ落ちていった。

妖怪達が奥を覗く。

さほど広くない空間の中央に、何かが蹲っていた。

「あれは…?」

一人の妖怪が声を発した瞬間、得体の知れない何かがこちらを振り向いた。

「ひっ」

桁違いの妖力を感じた。

自然と妖怪達は逃げ腰になった。

得体の知れない何かは一人の妖怪に飛びついた。

悲鳴を上げる間もなく捕食されてゆく。

とうとう妖怪達は逃げ出した。

「何事!?」

針妙丸が針を抜いたが、目の当たりにして敵わないことが一瞬で分かった。

針妙丸は天井を壊して時間を稼ぐ。

出口に向かおうとするも、先に逃げていた妖怪が立ちすくんでいた。

「針妙丸様…結界です!逃げられない!」

「結界…!」

針妙丸は結界に飛びついた。

結界の外では、情報提供者が手を振っている。

「貴様!騙したな!」

針を突き立てるも、結界に触れた瞬間折れてしまった。

針妙丸はインチキ解除法を思い出した。

咄嗟に紙を取り出すも、情報提供者は針妙丸を指さして笑っていた。

「ああ…」

針妙丸達は気づいた。

あいつが追いついてきたんだと。

 

 

情報提供者は結界を解除した。

得体の知れない何かは情報提供者にも襲いかかったが、代わりに一枚の札を叩きつけた。

それだけで、得体の知れない何かは動きを止める。

「(まぁ、この状態だから止められるんだけどねぇ)」

力をつければ、こんな札なんか引き剥がすでしょう。

それを見越して、情報提供者は得体の知れない何かに命令した。

「さあ、無鬼夜行(むきやこう)!幻想郷に災厄をもたらせ!」

無鬼夜行は吼えて、どこかへ行ってしまった。

情報提供者は、しばらくは移動もせず笑っていた。



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湖の底に

はじめに気づいたのは妖精だった。

チルノはいつものように霧の湖を凍らせてゆく。

その過程で蛙を凍らせた。

「あれ?」

凍らせたのは蛙かと思ったら、それは全く別のものだった。

一枚の札のようだ。

チルノは興味無さそうに、凍らせた札を放り捨てる。

そして、視界を再び水面に映すと、奇妙な光景が目に映った。

大量の札が水面に浮かんでいるのだ。

不気味に思ったチルノは、霧の湖を凍らせるのを止めて逃げ出した。

 

 

勿論、霧の湖付近にある紅魔館がこれに気づかないはずがない。

レミリアは紫に伝えるために、奴隷は再び残党狩りに戻った。

「昨日まで浮かんでなかったよな…」

残党狩りの四人は、長めの棒を持って札を手繰り寄せる。

一枚一枚確認するが、文字は水によって溶けたせいで読めない。

水中までは目が届かないので、わかさぎ姫という妖怪に協力を要請した。

彼女は霧の湖に潜った。

しばらくして、わかさぎ姫が上がってきた。

「霧の湖の底に穴が空いていました。…長年ここにいますが、初めて見ましたわ」

「穴?そこが発生源くさいな」

四人は話し合い、直接現場に行くことに決める。

紅魔館からゴーグルを一つ持ってきて、先に妹紅に渡す。

「先に言って火でも焚いてるよ」

妹紅とわかさぎ姫が霧の湖に潜る。

次に奴隷が、わかさぎ姫に手を引かれて潜る。

確かに、霧の湖の底には穴が空いていた。

穴をくぐり、洞窟に出る。

濡れた体を温めようと、妹紅の火に手を伸ばす。

「うっ…酷い臭いだ」

紅魔館で嗅いだことのある…腐臭だ。

椛が水面から上がってきた。

「この臭い、先に死体があるということですか」

鼻をひくひくと動かしながら答える。

「札が大量に浮かんだ事と関係があるかな?」

「さぁ…」

椛は肩をすくめてみせた。

最後に妖夢が上がり、全員が集合した。

わかさぎ姫とは一旦別れて行動する。

妹紅を先頭に、奴隷達は奥へと進む。

腐臭も強くなっていく。

しばらく進んでいると、行き止まりについた。

「臭いの元はもう少し先なんですが…うーむ」

椛は犬のように臭いを嗅ぎ分ける。

奴隷は目の前に塞がっている岩を押してみた。

「ん、少し動いた。妹紅、手を貸してくれ」

妹紅と力を合わせて岩を動かした。

天井が崩れたが、妖夢がカバーをする。

「あれが元か」

死体が一つ転がっている。

妹紅は屈んで、注意深く観察した。

「この切り傷は妖怪によるものだな。そして骨が砕けてる。強い力で投げられたに違いない」

「妖怪?正邪を殺した時の?」

妹紅は首を振って否定した。

「いや、あいつの死に方とこいつの死に方は一致しない。同一人物ではないと思う」

突然、背後から物音が聞こえた。

妖夢が素っ頓狂な悲鳴を上げる。

「よ、妖夢?」

妖夢は我に返り、慌てて駆け寄る奴隷を静止した。

「大丈夫、幽霊なんて怖くないですから」

「いや、そこまで聞いてない」

妖夢が大丈夫なのを確認して、物音がした方を振り返る。

物音の正体は、瀕死の妖怪が這いずっていた音だった。

「おぉ…残党…狩りか…」

途切れ途切れの声で話す。

声を出すのもやっとのようだ。

「針妙丸の妖怪か。…ここで何があった?」

瀕死の妖怪は薄く笑った。

「はっ、今更あんたらなんか…怖くない!俺は本物…あぁ、思い出しただけで…鳥肌が立つ」

瀕死の妖怪は続ける。

「あれこそ…本物の妖怪だ…。はは…あんたらには、あれは止められない…」

最後に笑い始め、後にスイッチを切ったかのように動かなくなった。

「死んだか。それにしても、本物の妖怪ってなんだ?」

妹紅は少し考えたが、思いつかなかったようだ。

「さあ?長年生きてきたけど、そんなような妖怪は見たことないな」

「…幽霊じゃなければなんでもいい」

妖夢は小さな声で言ったが、奴隷達には聞こえなかった。

死んだ妖怪の血の跡を辿り、奇怪な空間を目にした。

壁はおろか、天井や地面まで札だったのだ。

霧の湖に浮かんだあの札はここの札に違いがない。

「何とまあ…札だらけだな」

一枚剥がそうと試みたが、途端に弾かれた。

妖夢が札を見る。

「かなり昔のものですが、今でも封印は衰えていませんね。少なくとも、浮かんだ札を除けば」

刀を振り下ろすも、それすらも弾いてしまう。

椛と妹紅も試してみたが、結局剥せなかった。

奴隷は辺りを見渡し、一枚の紙が落ちていることに気づいた。

拾い上げて見ると、そこには博麗に代々伝わるインチキな封印の解除法が描いてあった。

その通りにやってみると簡単に札を剥がせた。

「よし、外で調べよう」

これ以上収穫がないことを確認して引き返す。

その帰り道、椛の目が鋭くなった。

彼女は岩の隙間に手を伸ばし、何かを掴む。

その何かを見て奴隷達は驚愕した。

椛が掴んだのは針妙丸だった。



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針妙丸の証言

幻想郷でも、特に危険度が高い無縁塚。

そんな場所にダウジングロッドを持った鼠の妖怪が彷徨いている。

ナズーリンという名の妖怪である。

「めぼしいものは…」

同じ場所を行ったり来たりを繰り返している。

傍から見れば徘徊している人のようだ。

ダウジングロッドが震えた。

すかさずそちらに向かう。

「…?」

自分しかいないと思っていた無縁塚に誰かがいる。

容姿的に香霖堂の店主でないことが分かる。

ナズーリンはその誰かに近づき、声をかけた。

「君、ここで何をしている」

誰かはビクリと震え、こちらを振り向いた。

口元は血で真っ赤に染め、手には人間の死体を持っていた。

ナズーリンに聞こえるほど荒い息をたてている。

食事の際の興奮だろうか。

「失礼。食事中だったか」

ナズーリンは一礼し、その場を後にする。

少し離れて振り返る。

「…あんな妖怪、初めて見たな」

ナズーリンの視線の先には、未だに人肉を貪っている妖怪の姿が映る。

 

 

奴隷は永遠亭の一つの病室から出た。

「どうだった?」

片膝を立てて座っている妹紅に視線を移す。

「針妙丸から話を聞けたよ。驚くほどすんなりな」

八意先生から部屋を借り、ちゃぶ台に熱々の煎茶を淹れた湯呑みを置く。

「それで?」

妹紅の質問に、煎茶を啜ってから答える。

「あの大量の札の部屋には、やっぱり何かが封印されていたらしい。そして、その場所に案内したのは情報提供者なんだとか」

「情報提供者?」

「正体については不明だ。常に面を被って正体を隠していたと」

「あの洞窟にそんな死体は無かったな」

奴隷は、針妙丸が話してくれた内容を書いた紙を出す。

「その情報提供者が針妙丸達を閉じ込めたと言う。最初から殺すつもりだったのか」

「封印されていた妖怪は情報提供者を襲わなかったのか?不思議だな…」

二人で考えているうちに煎茶がぬるくなってしまった。

それを一気に飲み干す。

「そういえば、正邪の時も規格外な異変だった。紫さんの程度の能力を盗んだからな」

「それも情報提供者が絡んでる?」

「可能性として入れても問題ないかも」

奴隷は部屋を出て廊下を眺めた。

「椛と妖夢はどこに行ったんだ?」

「ああ、奴隷が針妙丸と話している時にある事件が起こったんだ。人里で人間が失踪したらしい。それの調査に向かってる」

「なら俺達も行くか。針妙丸からは話を聞けたし、後は先生に任せれば大丈夫だろ」

妹紅は頷き、二人は永遠亭を出た。

 

 

奴隷と妹紅が人里に着いたのは夕暮れ時だった。

無事に椛と妖夢と合流する。

「あからさまに空間を割った跡があった。でも、八雲紫はあんなに乱雑に空間を割らないと思うが」

「空間を…?」

「こう、パリーンとね」

椛は拳で空を切る。

その後の話を聞くと、失踪した人間は見つからなかったらしい。

代わりに、辺り一面に血痕が飛び散っていたことからなんとなくその人間の末路が分かってしまったと言う。

「ここらへんは稗田邸が近いな。空間を割る、封印されていた妖怪、まとめて見るとかなり危険だ。情報でも仕入れてくるよ」

奴隷は稗田邸に、椛と妖夢と妹紅は引き続き調査に向かった。

封印されていた妖怪…無鬼夜行はすでに人里にいた。

新たな人肉を求めて。



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人里の怪物

夜の人里に悲鳴が上がった。

それは決して大きな声ではなかったが、奴隷を除く三人が気づくのには充分だった。

稗田邸に行ってしまった奴隷を引き戻すのを考えたが、時間の無駄だと判断して悲鳴の元に急行した。

 

 

そんな事に気づいていなかった奴隷は、稗田邸の当主の稗田阿求に意見を伺っていた。

「空間を割る、封印されていた妖怪…ですか。難しいですね」

阿求はパラパラと幻想郷縁起をめくるも、特に情報は得られなかった。

「空間を割るのは紫さんぐらいしか見たことない。でも、椛が言うには、紫さんはあんな乱雑に割らないって言ってましたけど」

二人はうんうん唸りながら考えたが、その時間は無駄だった。

阿求は過去の書物を見ると言い、立ち上がった。

その瞬間、軽い地響きが二人を襲った。

嫌な予感がした。

「外の様子を見てきます」

奴隷は月傘を持ち、慌ただしく外へ出た。

周囲を見渡すと、ちらと火が見えた。

「あれは妹紅の…」

そう思った時には、奴隷は駆け出していた。

 

 

「虚人『ウー』!」

妹紅の弾幕は命中したが、それでも妹紅は攻撃を受けた。

「くそっ、何なんだあいつは!」

三人の前には、圧倒的な妖力を放つ妖怪が君臨していた。

無鬼夜行は一度吠え、再び妹紅に襲いかかった。

妹紅の体はまだ再生しきっておらず、動けないでいた。

無鬼夜行の攻撃を椛が盾で受け流す。

妖夢は刀を構える。

「断迷剣『迷津慈航斬』」

妖夢の斬撃をくらい、無鬼夜行は怯んだ。

その隙に椛もスペルを詠唱する。

「牙符『咀嚼玩…』」

近づいた椛だが、無鬼夜行は乱雑に腕を振るった。

慌てて盾で受け流すも、とうとう亀裂が入ってしまった。

気づいた時には、無鬼夜行は腕を振り上げていた。

妹紅と妖夢がカバーしようとするが、無鬼夜行の方が早い。

「銃符『ルナティックスナイパー』!」

遠くから放たれた月の光の弾丸は無鬼夜行を貫いた。

無鬼夜行は激しく苦しんだ。

月の光の弾丸は、穢れが多ければ多いほど威力を増す。

普通の妖怪より数倍穢れている無鬼夜行にとっては、奴隷の一弾は非常に痛かった。

無鬼夜行は両手を突き出し、空気を掴むような仕草をした。

力を込めて動かすと、それに合わせて空間が割れた(・・・・・)

これには四人も驚いた。

無鬼夜行は割れた空間の先に行ってしまい、姿を完全に消してしまった。

深追いは危険だと判断した。

「あいつが犯人か…。一体何なんだありゃ?」

「あんな妖怪は見たことない。憎悪の感情に支配されてるようだ」

妹紅は肩をすくめてみせた。

椛と妖夢も同じ仕草をした。

「稗田邸に行こう。稗田様の収穫がある事を願うばかりだが」

「決まりだな」

残党狩りは戦闘場所を後にし、稗田邸に向かった。

 

 

八雲紫は頭を抱えていた。

妖夢からの報告を聞いて以降この調子だ。

「まさか…あれが?」

紫の手元には一枚の巻物が開かれている。

何百年前も昔の巻物だ。

紫は再び目を通した。

 

 

阿求は一つの本を開いた。

どの代かは不明だったが、そこにはある異変のことが書かれていた。

その名も『無鬼夜行異変』。

「恐らく、その妖怪は無鬼夜行。過去に封印されたはずの妖怪よ」

奴隷は質問してみた。

「…無鬼夜行とは?」

「そうですね。無鬼夜行とは…」

阿求が口を開いた。

歴史の授業の始まりだ。

 



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昔の異変の再来

「無鬼夜行とは危険な妖怪であり、異変でもあります。当時も今と同じように暴れ回ったようですが、当時博麗の巫女…三代目によって封印されました。封印場所は明記されてないですが…」

阿求の歴史の授業を聞き終えた奴隷達は、先程戦闘した相手があれほどの実力を持っていたことに納得する。

「ううむ、話を聞く限り全く『残党』ではないな。空間割って幻想郷内を移動しているのなら、同じような能力の持ち主の紫さんに追ってもらうのが得策かな」

奴隷の考えは四人を納得させた。

「決まりですね。私が紫様に伝えに行きましょう」

妖夢は稗田邸を出て上空へ飛んでいった。

「指示待ちでもしてるか」

夕飯は稗田家の方で用意してくれた。

奴隷達はそれを頬張った。

大体食べ終わった頃に妖夢は戻ってきた。

「紫様から伝えられた事をそのまま言いますね。各自、帰っていいと」

「本当にそれだけ?」

「私達に関係するのはこれくらいでしょうね」

流石に寝泊まりは失礼だと思ったのか、椛と妖夢は稗田邸から飛んで行った。

妹紅も竹林の方面に行ってしまった。

奴隷は夜の人里に取り残されてしまった。

今から紅魔館に帰るとしても、夜の外は危険だ。

宿に泊まろうと思っても手持ちが無い。

奴隷は野宿の覚悟を決め(幸い夕食は稗田邸でとってある)近くの椅子に座った。

横になって目を閉じたが、風が吹いていて風邪をひくんじゃないかと思った。

しばらくそうしていると、ふと、奴隷の視界が真っ赤に染まった。

目を開けてみると、提灯を持った慧音がそこにいた。

「…何をしているんだ?」

「えーと、野宿です」

慧音は言葉の意味を考えた。

「もしかして、夜遅くだから紅魔館に帰れないのか?」

「全くそのとおりです」

「そうか、そうか!」

慧音は激しく頷き、奴隷を片手で起こした。

「それなら私の家に泊まるといい。風邪をひかれても困るしな」

その誘いは嬉しいのだが、奴隷は困惑した。

「いいんですか?貴女とはまだ…」

「そうだな。寺子屋で顔を合わせた程度の仲だ。それでも構わないさ」

「ならお言葉に甘えさせてもらいます」

器の広い人だなぁと奴隷は思った。

お風呂まで借してもらい、奴隷はほくほく顔で布団へと飛び込んだ。

その過程で、奴隷と慧音はタメ口で話せるほどの仲になった。

人の家で就寝するというのは初の経験で、緊張して寝られないと思っていたが、疲れが溜まっていたのかすぐに寝息を立てた。

慧音は障子の隙間からそれを見守り、床についた。

翌朝、朝食を出してくれた。

奴隷はそれを食べ、支度をして慧音の家を出た。

「ありがとうございます慧音さん。この恩は必ず返す」

「気にするな。またここに来る時は寄るといい」

奴隷は人里を出て帰路についた。

しばらく歩き、霧の湖へと出た。

「(…紅魔館に帰る前に、先にあっちに寄るか。あー、緊張する)」

奴隷は廃洋館へと足を向けた。

 

 

深夜の幻想郷は騒がしかった。

紫は暴れる無鬼夜行を抑えた。

「紫様!」

藍が弾幕を展開するも、紫は片手を振って静止させる。

「思い出したわ無鬼夜行」

紫は無鬼夜行の顔面を掴む。

「(無鬼夜行は人型ではないはず。…まさか)」

掴んだまま、勢いよく顔面の皮膚を剥がす。

しかし、紫が剥がしたのは一枚の、博麗の文字が刻まれていた札だった。

無鬼夜行は激しい咆哮を行った。

紫が怯んだ隙に抜け出し、両手で禍々しい何かを生成する。

札が剥がされたことによって、それによって封じられていた力が解放されたのだ。

何かは上空に放たれた。

紫は廃電車を召喚したが、無鬼夜行は空間を割って逃げ出してしまった。

無鬼夜行が生み出した何かは瞬く間に崩れ、幻想郷中に拡散していった。



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無鬼夜行の行き先

「あれは…?」

いつものように、妖怪の山の警備をしていた椛が空を見つめる。

何かが集まってきている。

黒い…細かいものが一つの球体を作っていた。

椛は弾幕の一種かと思い目を離した。

その瞬間、その球体から光が放たれて…。

 

 

その少し前、奴隷と美鈴は地下室にいるフランドールと弾幕ごっこをしていた。

美鈴は休憩がてらこっちに来たらしい。

奴隷と二人でフランドールに挑んだが、結局二人共被弾してしまい、弾幕ごっこは終わった。

疲れた体を癒しに、奴隷は飲み物を取ってくる事にした。

「フランドールと美鈴は何飲む?」

「紅茶でお願いしますよ」

「私も」

紅茶はメイド長に淹れて貰おうかと考えていると大廊下に出た。

「…?」

奴隷はある異変に気づいた。

窓から漏れている光がとても眩しく見えた。

「今日は曇りのはず…。それにしても眩しいな」

カーテンを掛けようかと一つの窓に近寄った。

当然、窓に近づけば光を浴びる。

「痛っ!?」

突然激しい頭痛が襲った。

奴隷はあまりの頭痛に床を転がった。

窓から離れた瞬間、頭痛が治まった。

奴隷は月傘を差し、紅魔館中に響くように大声を出した。

「皆、この光を浴びるなぁ!」

謎の光を浴びぬよう、月傘で遮りながら部屋を見て回る。

すでにメイド妖精は倒れていて、その中には咲夜とレミリアも含まれていた。

奴隷の声に気づいた美鈴がこちらに向かっていくのを見た。

「こっち来るな美鈴!その光を浴びるな!」

慌てて美鈴を止める。

「奴隷さん、これは一体!?」

「俺にもわからん。とりあえず、地下にいるメイド妖精をその場に留まらせないと」

メイド妖精の避難は終わらせた。

しかし、まだ紅魔館内には光の影響をうけた者達が多数いる。

「原因はわかりますか?」

「あくまで予測でしかないけど…」

美鈴に月傘を渡す。

「外に見覚えのない球体が見えるんだ。あれじゃないかな?」

しばらく外を見ていた美鈴だったが、あれで間違いないと言う。

「あれを壊すとなるとキツイな。ルーミア辺りがいれば近づけるけど」

二人で思案していると、フランドールが手のひらを球体に向けて差し伸べた。

「フランドール?何をして…」

奴隷が全てを言う前に、フランドールは手のひらを握った。

外を見ていた美鈴は、爆発四散した球体を見た。

光は消え、外には曇り空が映った。

「なんとまあ…近づくまでもないとは」

地下にいるメイド妖精達に、影響をうけた者達をベットに運ぶように言う。

「これはなんの騒ぎ?」

パチュリーが姿を現した。

奴隷は経緯を説明した。

「気になるわね。その球体に」

「外へ調べに行こうかと思ってるんだ。光の影響をうけたのは紅魔館だけじゃなさそうだからな」

「頼むわ」

パチュリーに留守番を頼む。

奴隷が外へ出ると、美鈴とフランドールが待っていた。

「私達もついて行きますよ」

「奴隷に協力するわ」

三人は紅魔館の門をくぐった。

「…?」

美鈴が突然立ち止まった。

辺りをキョロキョロと見渡し始めた。

「この気…まさか!?」

「美鈴?」

美鈴が慌てだしたのと同時に、紅魔館の敷地内の空間に亀裂が入った。

無鬼夜行が襲ってきた。

 



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初めての恐怖

一番先に反応したのは美鈴だった。

彼女は奴隷とフランドールを抱えてその場を飛んだ。

次の瞬間、無鬼夜行の攻撃が先ほどいた場所を襲った。

奴はしつこく追いかけてくる。

奴隷達は構えた。

無鬼夜行は飛びかかってきた。

美鈴は拳を振るい、無鬼夜行を弾き飛ばした。

無鬼夜行の行動パターンはそれほど複雑ではない。

飛びかかり、力任せに叩きつける等読みやすいのだ。

その事は奴隷も分かっていた。

奴隷は月傘を開かずに回避に専念した。

四つん這いの無鬼夜行は地面を叩きつけ、奴隷に向かって突進した。

奴隷は横に走ってそれを避け、木にぶつかって怯んだ無鬼夜行に向かって発砲した。

美鈴は無鬼夜行に上から押さえつけ、フランドールが片手を突き出した。

それは破壊の構え。

握れば全てが終わる…のだが、フランドールは握れなかった。

奴隷はフランドールの元につき、握れない手を覆った。

「一緒に握ってやる!」

握らせまいと無鬼夜行は抵抗したが、二人の力によって握られた。

無鬼夜行の中の何かが壊れた音が響いた。

激しく痙攣し、そのまま力なく倒れた。

「た、倒したのか」

奴隷は安心感に包まれ、腰を抜かしたように地面に座った。

フランドールも同じ姿勢になった。

美鈴はパチュリー様に無事を伝えると言い、紅魔館へ戻って行った。

奴隷はフランドールに、

「こんな化物が封印されてたなんて驚きだな」

「簡単に握れなかった奴って、こいつが初めてよ。いつもは簡単に破壊できるのに」

「お、おお。無闇に壊すんじゃないぞ」

紅魔館に戻る事にし、門をくぐった。

「?」

奴隷は何かを感じて振り向いた。

見ると、無鬼夜行が起き上がっているではないか。

「フランドー…!」

先程まで動物のような外見をしていた無鬼夜行だったが、何と二足歩行で立ち上がり、人型になっている。

平べったい物をこちらち向かって投げたのを見た。

奴隷にはフランドールを突き飛ばすことが限界だった。

平べったい物…一枚の札は奴隷の腹に刺さり、軽い爆発を引き起こした。

フランドールが行動を移す前に、無鬼夜行は素早くフランドールの懐に入った。

フランドールはぶるりと震えた。

これまでの人生の中で、地下室に居たのが殆どだったフランドールにとって、向けられた純粋な殺意に恐怖を感じた。

「あ…あ…ど、どれ」

フランドールは倒れている奴隷に助けを求めたが…。

直後に無鬼夜行に胴体を貫かれた。

そこには弾幕は存在しなかった。

奴隷が悲鳴で目を覚ました。

「フラン…ドール…?」

倒れたフランドールは反応しない。

奴隷の中の何かが爆発した。

奴隷は月傘を掴むと、痛む腹を気にせず突撃した。

大量に弾幕をばら撒いた。

殆ど反則に近い量の弾幕を。

しかし、無鬼夜行は全てを防ぎ、奴隷の元へ向かっていく。

奴隷は次第に追い詰められていた。

「(まずい、このままじゃ死…!)」

そう思った時、無鬼夜行の背後から美鈴が渾身の蹴りを放った。

「奴隷さん、今すぐ妹様をここから離してください!」

「しかし、それじゃ美鈴が!」

「もとよりこの命、すでにお嬢様に捧げています。殿の覚悟などとうに出来ています」

「美鈴!」

「行ってください!」

奴隷はフランドールを抱えて紅魔館から逃げた。

それを確認すると、美鈴は帽子から『龍』と彫られているプレートを引きちぎった。

「無鬼夜行…いえ、貴女と戦うのはいつぶりでしょうか」

美鈴は拳を固く握りしめる。

無鬼夜行は変化していく美鈴から危険を察知した。

両手に札を揃え、美鈴に襲いかかる。

「さあ、かかってこい!…三代目博麗の巫女!」

両者が放った一撃はぶつかり、紅魔館を揺らした。

この場だけが、昔の幻想郷を再現していた。

 

 

一方、紅魔館から逃げた奴隷は辺りをうろついていた。

「誰か、誰か!いないのか!?くそっ、このままじゃ…」

フランドールが死んでしまう。

奴隷には空を飛ぶことも出来ず、さらに永遠亭の場所すら知らない。

大量に分泌されていたアドレナリンが収まったことで、腹の痛みに襲われるようになった。

そんな奴隷の前に、三人の幽霊が現れた。

「頼む、フランドールを救ってくれ!」

そう言うと、三人の幽霊はにっこりと微笑んだ。



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当たり前の感情

奴隷は永遠亭の椅子に座って顔を伏せていた。

プリズムリバー三姉妹の内のメルランがフランドールを運び、奴隷達は紅魔館に引き返した(その際、ルナサはあの時の事をイエスと言ってくれた)

門の前には、鱗や牙が剥き出しとなった美鈴が倒れており、近くには無鬼夜行も同じように倒れていた。

奴隷達は先に無鬼夜行に枷をつけて抑え込み、そして美鈴を永遠亭に運んだ。

パチュリーに防壁の解除を伝え、奴隷も永遠亭に運ばれた。

奴隷の傷はそれほど重傷ではなかったのだが…問題は美鈴とフランドールだった。

獣人化していた美鈴は無鬼夜行を倒すためにかなり無理をしたらしく、そう簡単に治るものではなかった。

フランドールは…永琳は首を振った。

「…」

奴隷は無言でその場を後にした。

頭にあったのは無鬼夜行を一時的に封印している場所だった。

無鬼夜行の正体はあの後、三代目博麗の巫女ということが判明した。

そのため、すぐに退治が出来ないと言う。

彼女が博麗の巫女だから?

奴隷には関係なかった。

ただ、フランドールの仇のために殺すことしか頭になかったのだ。

 

 

どうやって迷いの竹林を抜けたかは分からない。

しかし、奴隷は一時的に封印している場所に到着した。

誰もいないことを確認し、そっと中に入ろうと思った奴隷だったが、いつの間にかいた霊夢に、

「そこに何の用かしら」

奴隷は霊夢と目を合わせずに、

「…見るぐらいいいだろ」

と言い、中に入ろうとした。

霊夢に服を引っ張られ、入口に門番のように立った。

「なら、その傘を置いていきなさい」

「傘ぐらいいいだろう?」

「気づかないと思う?」

奴隷は心の中で舌打ちをした。

霊夢には月傘の事がバレているらしい。

「なら分かるだろ。会わせてくれ」

「駄目よ」

「仏の顔も三度までだぞ…」

奴隷は、自分が大の大人である事などをかなぐり捨て、霊夢の胸ぐらを掴んだ。

「無鬼夜行が博麗の巫女だなんて関係ない。フランドールを殺したんだ。その仇を討つぐらいいいだろう。それに、これは俺だけの分じゃねぇ、紅魔館皆の分だ」

霊夢は奴隷の言い分を聞き、奴隷の胸ぐらを掴み返した。

「馬鹿じゃないの?紅魔館皆の分ですって?へぇ、ちゃんと全員に聞いて回ったのかしら?」

「何が言いたい?」

「無鬼夜行を殺すことがフランドールのためになる?それは違うわ」

「違う…だと!?フランドールだって望んでいるはずだ!俺が…俺が殺さないと!」

霊夢は奴隷の言葉を遮るように壁に叩きつけた。

「悪いけど、それは奴隷にとっての憂さ晴らしにしか過ぎないわ。本当は気づいてんでしょ?あんたは無鬼夜行に負けた。そしてフランドールを失った。今、無鬼夜行を殺したいのは自分の力の無さを誤魔化すためよ」

「なんっ…!?」

奴隷は言い返せなかった。

頭の中では怒りでいっぱいだったが、心の片隅ではしっかりと供養してあげた方がフランドールのためになると思っていた。

奴隷は悔しかった。

目の前で大切な者を失った事が、自分の力の無さを激しく恨んだ。

その結果、このような行動に出てしまった。

奴隷はハッと気づき、慌てて霊夢の胸ぐらから手を離した。

「その…悪かった」

「気づければいいのよ」

奴隷は居心地が悪くなり、そそくさと帰ろうとした。

「ああ、そうそう」

霊夢はそんな奴隷を止めた。

「奴隷にはやる事があるわ。そのためにここにいたようなものよ」

「やる事?こんな非力な俺にか?」

奴隷と頭にクエスチョンマークを浮かべると、後ろからゾロゾロと妖怪達がやってきた。

「これから無鬼夜行を消滅させるわ。そのために協力しなさい」

「…まさか」

奴隷は自分の程度の能力を思い出した。

「私達で無鬼夜行から三代目様を引きずり出すから、奴隷は無鬼夜行本体を頼むわ」

唖然とする奴隷の肩を萃香が叩いた。

嫌な汗が流れた気がした。

それと同時に、引きつった笑みがこぼれた。

 



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神社の縁側で

見事三代目博麗の巫女本人を無鬼夜行から引き剥がし、奴隷の程度の能力で(数多の妖怪の支援を受けながら)無鬼夜行本体は完全に消滅した。

即ち、異変が終結したという事になる。

ここまできて、この先何が始まるかは容易に想像がつく。

博麗神社で行われる宴会が始まるのである。

普段動かない妖怪も、この時だけは手が早い。

その光景を眺めてた一人の妖怪があることに気づいた。

「あれ?紅魔勢(あいつら)は?」

「おいお前。今はそいつらの話をしない方がいいぞ」

「何でー?」

「何でもだ。ほら、準備をしろ」

「はいはい…」

宴会は何事もなく始まったが、幻想郷のパワーバランスを担う一つの勢力が参加していいなかった。

それが先程妖怪が言った、紅魔勢であった。

 

 

紅魔館の地下牢。

奴隷と美鈴はそこにいた。

異変が終結し、奴隷は永遠亭へと戻った。

しかし、そこには妹を失ってやつれていたレミリアが待っていた。

重傷である美鈴を引きずり、二人に地下牢行きを命じた。

奴隷は美鈴をいち早く安静にするために、反抗せずに応じた。

地下牢へと入れられると、すぐに美鈴を一つしかないベッドの上に寝かせた。

それから三日は経っただろうか…。

目を覚ました美鈴と朝食を兼ねて聞いてみた。

「体の調子はどうだ?」

「大分良くなりました。今日はベッドで寝てもいいですよ」

「悪いな。…ところで、美鈴の外見についてだが」

「ああ、気になります?」

少し鱗が浮き上がっていて、数本の角が生えている。

その見た目は子供でも想像できる。

「私は龍なんですよ。といっても、まだまだ若くて龍神様みたいに天を割る事などは出来ませんが…」

「へぇ、普段は全くそうには見えないな」

「普段はプレートによって封印しているんですよ。三代目様となれば本気を出さざるおえなくて」

美鈴は苦笑した。

美鈴から聞きたいことはたくさんあった。

好奇心をそそる話で、ご飯十杯は行けそうな勢いだったが、檻の外から声をかけられたので中断せざる負えなかった。

「奴隷、お客様よ」

咲夜の声と共にルナサが入室した。

「ルナサっ!?何しにここへ!?」

「二人を解放するために来たわ。紅魔館の人じゃこの牢は…開けられないでしょ?」

ルナサはクスリと笑った。

隣の咲夜も同じ表情を浮かべた。

奴隷と美鈴は顔を合わせて笑い合った。

 

 

深夜の博麗神社。

宴会騒ぎも既に終わり、いつもの静けさを取り戻していた。

その神社の縁側で二人の男女が顔を合わせていた。

霊夢と奴隷である。

「う…酒はちょっと」

「なーに言ってるのよ。能力の暴走なんて、それほど扱えればないない」

しばらく酒瓶と睨み合っていたが、

「負けたよ。巫女様の勘が当たっていることを願って」

御猪口に入った酒を一気に飲み干した。

久々の酒の味を堪能し、長い息をつく。

そして切り出し口に、

「あの時は俺を止めてくれてありがとう。もし止めてくれなかったら、心の中にある大事なものが失っていたと思うよ」

「感謝されるまでもないわ。礼ならあの騒がしい楽団のリーダーに言ってちょうだい。『奴隷が何かをしでかすかもしれない』と警告してきたのはそいつなんだから」

霊夢にあの日の事を色々と聞かされた。

無鬼夜行から引き剥がした三代目博麗の巫女については、紫の手によって焼却後、埋葬されたらしい。

「ところで、レミリアの様子はどうなの?」

「…!」

奴隷の動きが止まった。

レミリアの様子…。

「レミリアは部屋に引き篭もっているよ。食事はちゃんととってあるようだけど、毎回皿を割って返してくるらしい。それに独り言もうるさいんだとさ。メイド妖精はおろか、メイド長まで文句を言ってるぜ。あのままじゃあ、紅魔館がどうなるかわからないな」

酒も入って、少し愚痴が混じる。

顔が紅潮した霊夢は、それを黙って聞いていた。

やがて口を開いた。

「実の妹を失ったなら、そうなるのも無理はないわ。妖怪は精神が弱いもの、発狂して暴れ回られるよりはマシよ。

霊夢は少し寂しい様子だった。

「ひょっとして、誰かを思い出してる?」

「ああ…ママの事を思い出していたのよ」

「家族か…」

奴隷も母親の事を思い出した。

十八歳になった日に突然いなくなった母親。

「(あーやだやだ、嫌な思い出だ)」

奴隷は溢れるまで酒を注ぎ、それを飲み干した。

酔いが回ってろくに思考できない。

「ちょっとー、どれー?」

霊夢の声を最後に、奴隷は突っ伏して爆睡した。



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5
最終手段がリスク無しとは限らない


レミリアの部屋の前に割られた皿が散らばっている。

「はぁ…」

溜息をつくも、奴隷は箒とチリトリを用意して片付ける。

そっと部屋の扉に耳を当てると、

「〇♨︎▓█✕…△←☟!」

意味が分からない独り言が聴こえてくる。

これが最近のレミリアの毎日である。

ここは主に咲夜と奴隷、たまに副メイド長が担当している。

掃除を終え、咲夜がいる厨房へ入る。

「手伝おうか?」

「そうね…皿洗いを頼むわ」

「分かった」

並べられた皿をスポンジで洗う。

「皿が減ったな」

「…」

咲夜は無言だった。

奴隷は構わず続ける。

「皿代が馬鹿にならん。財政難に陥るぞ」

「…お金にうるさいのね。それは外の世界の考えかしら?」

「そうかもな。こう皿を割られまくると、自然とそう考えてしまう。実際、皿は高いんだ。買い物している俺が言うから間違いはない」

「そうね。このままお嬢様があの調子なら、紅魔館の財政難は避けられ用がないわ。でも、どうすればいいと言うのよ…」

咲夜が悩むのも分かる。

奴隷達はあらゆる方法でレミリアを立ち直させようと努力した。

しかし、その結果はほとんど失敗に終わった。

何とか奴隷と美鈴を牢から出す解放令を言わせたのが最大の成果だった(最も、咲夜の手引きにより解放令前から二人共牢から出ていたが)

あれ以来進展が無く、今は時間によって解決することを天に祈っている状態にある。

「正直、私はこのままでは駄目だと思うわ。お嬢様は妹様をこよなく愛していた。それ故、失った時の悲しみは大きい」

「そうだよな…。レミリアの気持ちは分かる。俺も同じ様な体験はしたからな。でも、ここは人間と妖怪の違いかな」

奴隷は、昔図書館で読んだ幻想郷縁起内容を思い出した。

「えーと…妖怪は、人間よりも肉体が頑丈であり、五体がバラバラになる様な事があっても、すぐに治癒する。まぁ、これは分かる。妖怪は、人間よりも信念に作用されやすく、精神的なダメージが致命傷となる…問題はこれだな」

人間では立ち直れるレベルの悲しみも、妖怪にとっては相当な致命傷なのだろう。

それがどれほどなのか、レミリアを見れば分かる。

「肉体面での怪我なら治せるけど、精神面での怪我は治せない」

八意先生はそう言っていた。

続けて、

「誤魔化す事は出来るわ。ただし、一度これを使うと…これ無しでは生きていけない体になるわ」

奴隷は永琳が持っている、試験管内に入っている液体の正体に気づいた。

外の世界で投与すれば即御用となる…麻薬だった。

「それは…駄目です。危険な薬です。それを使えばレミリアはレミリアじゃなくなります」

奴隷は首を振って拒否をした。

ニュースでしか見たことないのだが、麻薬を使用した者は皆おかしくなっている(そこから立ち直った人もいるようだが)

「そろそろ食事の準備をしなくてはいけませんので、ここらで失礼します。今日はありがとうございました」

奴隷は椅子から立ち上がり、背を向けた。

「待ちなさい」

永琳は奴隷を止めた。

「頭の片隅に残しておいて。あの精神状態では、いづれ自滅するわ。だから(これ)は最終手段と思いなさい」

奴隷はしばらく固まっていた。

それから、

「貴重なご意見をありがとうございます」

奴隷は永遠亭を出て、道案内の妹紅に着いていく。

人里に着くまで、奴隷は薬を使うか使わないか、激しく悩んでいた。

 

 



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カリスマの復帰

チュパカブラはじいっとレミリアの姿を見つめていた。

この生物はレミリアが部屋に引き篭もった時に、孤独を紛らわすために部屋に入れた。

その効果はあるようで、レミリアは毎日餌をあげている。

チュパカブラがいることでレミリアは暴れない。

そんな役目を担っているチュパカブラは疑問に思っていた。

レミリアは何を作っているのだろう?

片手に本を持ち、目の前には液体が入った瓶が置いてある。

匂いを嗅いだが、酒の匂いではなさそうだ。

しかし、人間程の知能はないチュパカブラは途端に興味を無くし、眠りについてしまった。

 

 

咲夜はいつものようにカップに紅茶を注いでいた。

しかし、カップから紅茶が溢れていても注ぐことをやめなかった。

「メイド長?大丈夫か?」

奴隷は咲夜の背中を叩く。

ハッとした咲夜は、慌てて注ぐのを中断した。

「しっかりしてくださいよ」

そう言って、奴隷は雑巾でこぼした紅茶を拭く。

「ねぇ」

「?」

咲夜は廊下を眺めながら、

「さっきお嬢様があそこを通っていたのだけれど…私の幻覚かしら?」

「…!」

奴隷は咲夜に雑巾を渡し、駆け足で廊下に向かっていった。

奥の方を見ると、レミリアの後ろ姿が見えた。

「レミリア!」

駆け寄ったが、レミリアは一切振り向かなかった。

「…レミリア?」

三秒ほどした後、ゆっくりと振り向いた。

「…?あら、奴隷じゃない。何か用かしら」

「何か用って…大丈夫なのか?その…体とか」

「私はヴァンパイ…吸血鬼?いいえ、大丈夫よ。ええ、ええ、何も心配いらないわ」

「そうか!よかった…」

奴隷は安心感に浸っていると、レミリアは図書館はどこだと聞いてきた。

「あっちの方だけど…忘れたのか?」

レミリアはしばらく虚空を見つめた後、

「ああ、忘れたのね?大丈夫よ、憶えてるわ、憶えてるから大丈夫」

「…?」

レミリアは再び歩いて行った。

奴隷はレミリアの挙動に疑問を抱いたが、復帰した事の喜びの方が大きく、すぐさま咲夜、それに美鈴に知らせに行った。

 

 

咲夜と美鈴に知らせ、一時的に門番を代わった。

「(少し変だったが…レミリアが立ち直って本当によかった)」

長い時間引き篭もっていたので、少しすればまた元の我儘お嬢様に戻るだろう。

「あれ?今日はどれーの日なのか?」

声が聴こえた方を見ると、チルノと大妖精にルーミアがいた。

「うんにゃ、今は美鈴の代わりを一時的にやってるだけだ」

「そーなのかー」

「へぇ、何か理由でもあんの?」

「ああ。レミリアが復帰したんだ」

「館の主人が?」

「俺も驚いたよ。ほとんど祈るしかなかったからな」

なんにせよ、最終手段を使わなくてよかったと思う。

「奴隷さん!」

美鈴が帰ってきた。

美鈴は泣きそうな顔だった。

「どうだった?」

「パチュリー様と話したいと言ってましたよ」

「積もる話でもあるんだろう。今のうちに夕飯でも作るか」

門番を代わり、奴隷は紅魔館へと戻る。

手洗いを済ませ、厨房へ向かう。

「今日は豪勢な料理を振る舞うんだったな。手伝いますよ」

「ええ、お願いするわ」

咲夜と二人で、レミリアの復帰祝いの料理をした。

二人は満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 



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カリスマの堕落

食卓には豪勢な料理が並べられていた。

どれもこれも咲夜と奴隷の自信作である。

「奴隷、お嬢様とパチュリー様を呼んできてもらえる?」

「分かった」

奴隷はヴワル魔法図書館へと向かった。

その道中、窓から外を見ると雲が空を覆っていた。

「(これは一雨降りそうだな)」

そう思いながら歩いていると、ヴワル魔法図書館に着いた。

奴隷は扉をノックする。

「レミリア、パチュリー。夕飯の準備が整ったぞー」

少し扉の前で待ってみたが、返答どころか反応がない。

「(久々の親友との会話だからな。話が長くなると思うが…)」

あんまり料理を冷ましたくないと思い、奴隷は扉を開けた。

「失礼するぞ…」

室内は驚くほど静かだった。

広いこともあって会話の声すら聞こえない。

「おーい」

叫んでみたが返答はない。

あまりにも静かすぎて、逆に不気味に思えてきた。

しばらく探していると、ふと、レミリアの声が聞こえた。

そこにいたのか、と思い駆け足で本棚の角を曲がる。

「レミリア!ここにいたのか。夕飯の準備が出来たから食卓に…」

声をかけたが、レミリアは反応しなかった。

「レミリア?…そういえば、パチュリーはどこいったんだ?」

レミリアは奴隷に視線を合わせず、ただただ何かを見ていた。

奴隷から見てレミリアは横顔を向けており、何を見ているのかは本棚によって隠されている状態だった。

「あ…う…」

レミリアでもパチュリーでもない声がどこからか聞こえた。

「…レミリア、何を見ているんだ?」

奴隷はレミリアの後ろに立ち、彼女が見ている物へ視線を向ける。

「…!?」

視線の先には…この世のものとは思えないほど醜い、人型の化け物が立っていた。

「レミリア…これは」

一体、と言いかけた時、レミリアは驚くような発言をした。

「フラン…♡」

レミリアは醜い化け物に触れ、まるで妹を愛でるように抱きしめた。

それを見た奴隷は激しい嫌悪感に包まれ、急いでレミリアを醜い化け物から引き剥がした。

「レミリア、お前何やってるんだ!?」

「あー?」

レミリアは奴隷の手首を掴み、軽く放り投げた。

それだけで奴隷は宙を舞い、地面に落下した。

「何って、見てわからないの?フランは生き返った(私が作った)のよ!私の愛しいフランが!」

レミリアは醜い化け物に頬を寄せた。

「ああ、フラン…♡もう離さないわ」

レミリアは再び抱きついた。

「ふざけるなレミリア!それのどこがフランドールなん…!?」

奴隷は自分が踏んだ物に目をやり、声が出せなくなった。

そこには、紫と薄紫の縦じまが入った、ゆったりとした服…パチュリーの服があった。

しかも、ところどころ血で滲んでいる。

奴隷は醜い化け物を初めて凝視した。

ところどころ浮き上がった体にデコボコした禿げた頭。

その禿げた頭に紫色の髪の毛が何十本か生えている。

「奴隷の目はおかしいの?フランよ、フランじゃない!何故喜ばなぶっ!?」

奴隷は月傘の銃床でレミリアの顔面を殴った。

「レミリアっ!お前…親友のパチュリーに何をした!?」

「パチュリー?ここにはフランしかいないわ。…何しているの?何故喜ばない、何故祝福してくれない!?」

レミリアは手を空高く上げた。

そこから紅色の弾幕が発生する。

奴隷は慌ててその場から飛び退いて弾幕を回避する。

レミリアは頭を抱えながらも弾幕を発生させている。

「狂ってる…」

奴隷は覚悟を決め、月傘をレミリアに向けて構えた。

「俺にこんなことをさせないでくれ!」

引き金を引いて発砲した。

レミリアは避けようともせずに受け、しかし痛がる様子もなくスペルを詠唱をし始めた。

「夜符『デーモンキングクレイドル』」

猛突進したレミリアを、奴隷は月傘を開いて防ぐ。

月傘を閉じて距離を取り、奴隷もスペルを詠唱する。

「銃符『ルナティックガン』!」

放たれた弾幕を、レミリアは恐るべきスピードで回避し、その勢いのまま奴隷を蹴飛ばした。

「(ごっ…!?ちくしょう、内臓は無事か!?)」

よろめきながらも床を転がり、追撃の弾幕を回避する。

一旦本棚の後ろに隠れた。

「(あれは…)」

奴隷の視線の先には、ヴワル魔法図書館の出口の扉があった。

レミリアに気づかれぬよう、そっと扉に近づいた。

「(よし、これで助けを呼べば……)」

ドアノブに手を掛けたところで動きを止める。

「(…いいのか?)」

食卓にいる皆は、レミリアがこのようなことになっているのを知らない。

今日はレミリアが復帰した事で皆、笑顔になっている。

『お嬢様が無事になって本当によかったわ!今日は張り切るわよ奴隷!』

厨房での咲夜との会話を思い出した。

あの時の咲夜は本当に嬉しそうだった。

目に涙を浮かべていた。

美鈴も、小悪魔も、メイド妖精もホフゴブリンも皆、レミリアの復帰は本当に嬉しそうだった。

彼女がいることで笑顔になっていた。

そんな皆の笑顔を…奴隷には壊せなかった。

扉に内鍵をかけた。

これで後戻りはできない。

背後から足音が聞こえる。

「そこにいたのね奴隷」

レミリアは手にスピア・ザ・グングニルと呼ばれるスペルカードが握られている。

「さぁ、喜びなさい。フランが…フラン、フラゴホッ、ゲホゴホゲホ」

突然レミリアは咳をし始め、本棚に寄りかかった。

「レ、レミリア?」

奴隷は急に心配になった。

レミリアはハイパーベンチレーションを行なっているかのごとく、深呼吸を何度も何度も繰り返していた。

その体は小刻みに震え、とうとう膝から崩れ落ちた。

奴隷は駆け寄ろうとしたが、レミリアが何をしでかすかわからなかったので近づけなかった。

「ああ…嫌だ、フラン、フラン、貴女を失いたくない。駄目、来ないで…!嫌、嫌だあ!」

レミリアは何かに怯えているようだった。

「あれ、あれがないと…」

レミリアはポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。

「…注射器?」

レミリアはそれを躊躇なく自らの腕に刺した。

中に入っていた液体がレミリアの体内に入っていく。

「フゥー!ハァッ、ハァッ…!」

レミリアは目をカッと見開き、呼吸を荒らげた。

体の震えが止まり、言葉も平常に戻った。

「さぁ、第二ラウンド開始よ奴隷」

レミリアはグングニルを構えるが、奴隷は足元に転がってきた空の注射器を調べるのに注意を割いていた。

その隙を突かれ、奴隷は注射器を握ったまま吹っ飛ばされた。

それでも奴隷は注射器に目をやっていた。

「(もしかしてこれは…)」

床に叩きつけられて思考が途切れる。

奴隷は、注射器の中身が薬物だと思った。

「くそっ!」

奴隷は床を叩き、跳ね上がるように立ち上がる。

奴隷は持っている空の注射器をレミリアに向かって投げた。

今まさに攻撃しようとしていたレミリアが、空の注射器をキャッチしようと必死になった。

その行動は薬中の証で奴隷の心が傷ついたが、同時にチャンスでもあった。

「銃符『ルナティック砲』!」

大きめの弾をレミリアの足に命中させ、転倒した。

迫り来る奴隷にレミリアは高速でスペルを詠唱した。

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」

奴隷は避けることも、月傘を開く余裕もなかった。

普段のレミリアなら、目と鼻の先にいる奴隷に当てることなんて造作もない。

そう、普段のレミリアなら。

薬物の影響で幻覚や幻聴、さらに積み重なっていたダメージがレミリアの手元を狂わせた。

奴隷のすぐ横をグングニルは通り抜けた。

奴隷は月傘を強く握る。

レミリアを落ち着かせるために、スペルカードは必要ない。

奴隷は月傘の銃床で再び顔面を殴った。

「ひ、ひいい!」

レミリアは地を這うゴキブリのように逃げ出した。

そんな情けない姿に、奴隷は怒りがこみ上げてきた。

レミリアを三度銃床で殴り、とうとう追い詰めた。

奴隷は月傘を構える。

レミリアはビクビクと体を震わせていた。

「レミリア…お前は俺に負けるような奴じゃないだろ!?

ただの人間の俺に!こんな…こんなカリスマも吸血鬼としての威厳も無いレミリアなんて、こんな薬物に身を染めるレミリアなんて…俺が誇りに思っていたレミリアじゃない!答えろレミリア!何故薬物に身を染めた!?何故パチュリーをあんな醜い化け物にした!?なんで…なんでだ!」

怒りの質問に、レミリアはただうーうー唸るだけだった。

「答えろ、答えろよレミリア!」

奴隷はさらに月傘を突きつけた。

しかしレミリアは、身体を震わせ、言葉もろくに喋らず、人間の奴隷に怯える、変わらない反応だった。

「答えろレミリアアアアアアア!」

奴隷は引き金に手を掛けた。

今まさに発砲しようとした奴隷の耳に、あの醜い化け物の声が聴こえてきた。

「どれー…どれー…」

奴隷はハッとして醜い化け物を見た。

醜い化け物は奴隷のレミリアの間に入った。

醜い化け物は必死に首を横に振っている。

「…自分を醜い化け物にしたレミリアを許すというのかパチュリー?」

その質問に、醜い化け物(パチュリー)は首を縦に振った。

「そうか…」

奴隷には、それ以上言葉が見つからなかった。

誰よりもレミリアを思っていたのはパチュリーだった。

「なら、一刻も早くレミリアを八意先生の元につれてって、パチュリーも元の姿に戻さないとな。…仲直りしないとな」

醜い化け物(パチュリー)は微笑んだ…気がした。

奴隷が月傘を下ろした。

その次の瞬間だった。

「ご苦労、パチェ」

レミリアが手にグングニルを発生させ、それを奴隷に突き刺そうとした。

奴隷はほぼ反射的に月傘を構えた。

ヴワル魔法図書館中に銃声が鳴り響いた。




醜い化け物の見た目は、ウーマでも想像すればいいと思います。


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そして奴隷は消し去った

「遅い…」

咲夜は若干イライラした様子だった。

「呼びに行ってからどのくらい経っているの?全く…」

「咲夜さん、私が見てきますよ」

小悪魔が手を上げる。

「それじゃあお願いするわ」

小悪魔は軽い足取りでヴワル魔法図書館へと向かった。

 

 

奴隷は月傘を落とし、膝から崩れ落ちた。

床には大量の血だまりが出来ている。

みるみると広がっていき、近くの魔導書を血で染めた。

「ハァ…ハァ…」

視線の先には…グングニルを受けて絶命した醜い化け物(パチュリー)と、月の光の弾丸を額に受けて絶命したレミリアの姿がそこにあった。

奴隷は呆然としていた。

何も考えられなかった。

ただただ死体を見ていた。

そんな時、ドンドンと扉をたたく音がきこえた。

「お嬢様、パチュリー様、それに奴隷!食事の準備ができましたよ!」

その声に、遠く離れていた意識を取り戻した。

月傘を握り、扉を見る。

内鍵をかけたので、小悪魔は開けるのに苦労しているようだ。

奴隷はありのままの事を包み隠さず話そうとした。

しかし、レミリアとの戦闘した時に思ったことを再び思った。

彼女らがこの有様を見たらどうなるのだろう。

奴隷は震えた。

奴隷は扉から離れて死体の方に向かった。

自分の手を見て、自分の程度の能力を、パチュリーがあの時言ったことを思い出す。

『貴方はあらゆるものを消し去る程度の能力よ。

ーー貴方はおそらく自分の…存在を消し去ったのだと思う』

奴隷は死体に手を触れた。

自分の程度の能力で彼女らの存在を消せば…誰の笑顔を壊さなくてもいいのかもしれない。

幸い、死体となった者は奴隷の少ない霊力でも足りる。

奴隷は能力を実行し、二人の存在を消し去った。

同時に、自分の存在も消し去った。

自分の手で主を殺してしまった今、紅魔館に何食わぬ顔で居ることは耐えられなかった。

そして。

奴隷は紅魔館から逃げ出した。

 

 

小悪魔はマスターキーを使って扉を開けた。

「…何をしているんだろう」

何故ここまで歩いてきたのか。

咲夜さんに何かを言われてここに来たと思うが…。

「(まぁいっか。早く食べに行こ)」

今日は何故か豪勢な料理が並べられていた。

お腹の虫を鳴らしながら食卓へと戻って行った。

 

 

どれだけ走ったのだろう。

紅魔館はすでに見えなくなっていた。

「あ、ああ…」

奴隷は一度蹲り、そして体を大きく仰け反らした。

「あああああああああああああああああああああああ!」

誰にも聞こえない叫び声を上げた。

涙を流し、枯れるまで続けた。

 

 

数時間経った後、奴隷はふらふらと歩いて行った。

それがどこに向かっているのかは分からない。

しかし、紅魔館がある方向ではないことは確かだった。

奴隷は一人になる場所を探した。

このトラウマを乗り越えるには時間が必要だった。




第二ルート
奴隷はレミリアとパチュリーの死体の近くで首を吊った。


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