東方古々録 (ddd)
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1話目

空が凍り付いて、白い妖精たちが町へと降り積もるこの季節。人は否が応でも身を縮こませてコンクリートの森を行き交っている。ビルのガラスに映る自分の顔を見てみると、相変わらず何の個性もないーーー否、目が死んでいる事だけが個性の、根暗そうな男が白い息を吐きながら、顎をマフラーに埋もれさせていた。

 

俺の名前は|駿河形無⦅するがかたなし⦆。普通の高校に通う普通の男子高校生だ。ごめん嘘をついた。ちょっと根暗で一人でいることが多い寂しい男子生徒だ。いや待て違う。ものすごく根暗でコミュ障で、年がら年中24時間ずっと一人で自宅警備員をしている社会で何の役にも立たないゴミくずである。

 

自分で言っておいて自分の心に罅が入った気がしたが、もう既に蜘蛛の巣を散らしたかのように罅だらけなので変わりはなかった。

 

形無なんて名前は、母親の皮肉ってやつだ。俺の親はちょっとだけ普通じゃなくて、俺に対して非常に一方的な恨みを持っているのである。父親にはあった事さえない。形の無い子で形無。まあ細かい意味までは教えてもらってないし、そもそも関心もないので聞いたことはないが、少なくとも自分の子供に付ける名前ではないと思う。

 

そんな生まれなもんで、物心ついた頃から根暗だった俺は当然他の子供達の目からすれば奇異に見えただろう。まあ色々と省くけどイジメを受けたってことだ。まあどうでもいいことだが。どうでもいいことだがね。

 

そうして、高校に何とか入学したはいいものの学校に行くのも乗り気ではなく、家に引きこもって人生の時間を無為にパソコン越しの電子世界に吐き捨てているのだ。

 

「はあ…」

 

自然と吐き出すため息は白い靄となって都会の喧騒の中へと消えていく。暗い事ばかり考えていてはいけないな、とかぶりを振って目的地へと改めて歩き出す。

 

今日、俺はとある目的のために滅多に出ることのない家から這い出てきた。

 

(今日こそ手に入れてやるぜ…)

 

あの伝説のギャルゲー『ドキドキ★メモリーデイズ』をな…!

 

略称どきめで。俺はその伝説的ギャルゲーを購入、そして手にするためにこうして外の世界の空気へと肌を晒しているのだ。

 

ギャルゲーに限らず、オタク文化は俺の唯一のオアシス。生きる意味ってやつだ。正直、そういった現実の事を少しでも忘れることのできる娯楽が無ければ、俺は今この瞬間生きてはいない。まあ、二次元にしか逃げ場がない程何も持っていないってだけの話である。

 

「…はあ」

 

今頃、クラスメートは学校で授業を受けているのだろうか。

 

空を見上げてみると、曇天の天井が目に映る。外に出たっていうのに、部屋の中にいるかのような閉塞感を覚えてしまう。

 

(なんで俺は今、ここにいるんだろう…)

 

ちょっと生まれた場所が違えば、ただそれだけで今とは違う人生が送れていたっていうのに。

 

親が違えば。

 

友達がいたら。

 

俺に少しでも生きていくだけの能力があれば。

 

きっと、俺の人生はもっとマシなものになっていただろう。

 

(まあ、ソレを言い出したらキリがない…ん)

 

交差点に差し掛かり、青信号を渡る。そんな俺の視界に唐突に影が差し込んだ。

 

(へっーーー)

 

それを確認する暇もない。一瞬で俺の視界は黒一色に染まり、五臓六腑全てをミキサーにかけて皮膚の下から上空へと打ち上げたかのような衝撃が頭を強く貫いたと思うと、数十秒の浮遊感の後、固い壁のようなものに身体中を強かに打ち付けた。

 

反転、黒い視界が真っ赤に染まった。

 

「…え、あ…」

「きゃ、きゃあああああああああ!!!!!」

 

いつの間にか俺の近くにいた若い女性が、腰を地面に打ち付けて俺の事を見下ろしていた。

 

「…なに…が…」

 

身体が動かない。身体中が熱い。手足先の感覚が無い。腹から、まるで俺の体温が漏れ出ているかのような感覚がして、俺は何とか視線だけ自分の身体に向けた。

 

俺は、なんと血の池に使っていた。ソレが誰のか、理解するまでもない。これは俺の血だ。

 

「あ、あ…!」

 

なんだよ、これ。なんなんだよ、これ。なんで、こんなことに…。

 

「あの…あの…!ひ、人が目の前でトラックに…!血が、血がたくさん出てきてて…はい、はい!」

 

女性の後ろで、サラリーマン風の男が形態に向かってそんなことを言っているのが聞こえた。

 

(…なんだ、そりゃ)

 

つまり、俺は事故にあったのか。さっき見えた影はトラックの陰だったらしい。

 

(…これ、もう死ぬよなぁ…)

 

血が止まらない。今もなお血の池は広がっていて、それに伴い体温がどんどんと失われていって、感覚も次第に消えていく。視界もどんどんと狭くなっていって、再度目の前が黒く変化していく。

 

(…俺の人生ってなんだったんだよ…)

 

愛してくれない親に、イジメてくるクラスメート達。何の特徴もない自分。これまでの俺のつまらない人生が走馬灯の様にーーいや、走馬灯なのだろう。これは。

 

そして最後はこれか。たった一人、不幸な事故で誰に思われることもなく人知れず死んでいくのか。

 

ボッチの俺にはお似合いの最後だと、俺は自嘲気味に意識を途切れさせたのだった。

 

 

 



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2話目

誰かの鼻歌が聞こえて、俺の意識がゆっくりと浮上していく。

 

美しい女の声だ。楽し気に紡ぐリズムは今まで聞いたことも無いもので、酷くゆったりとした静かな歌だった。

 

俺はゆっくりと目を開けた。視界がかすんでいて、碌に輪郭すら捉えられない。次いで身体が何かに固定されているかのように動かない事に気づいて、俺はあまりの異常事態に思わず声を吐き出していた。

 

「あう、あうあー」

「あらあら、起こしちゃったかしら?」

 

女が困った風に眉を下げて、俺に近づいてくる。そこで気が付いたのだが、その女は身長が2mはあろうかという程でかく、しかもこともあろうに俺の事をひょいと抱き上げてしまったではないか。

 

俺はもうわけがわからずに頭にはてなを浮かべて女の方へと顔を向ける。女は美しい顔をしていて、目じりを下げて優し気に微笑んだ。暖かな体温に包まれて、場違いな安心感を覚えた俺はそのまましばらくぼおっと女に抱かれ続けていた。

 

そうして数分して、俺の頭がやっと動き始めた。というか唐突に思い出した、と言った方がいいだろう。

 

トラックが俺を引いて、そのまま死ぬまでの瞬間を、俺は鮮明に覚えていた。当たり前だ。あんな経験、一度すれば二度と忘れない自信がある。

 

というかなぜ今まで忘れていたのか逆に疑問である・・・いや待てよ、俺がこうして意識があるっていう事は一応助かってはいるのか。確実に死んだと思ってたのだが、人間意外としぶといもんだ。

 

だが、そうなるとこの状況は一体何なんだろう。あそこまでの大けがだ、普通は病院で目を覚ましそうなものだが、壁は木だし、光はオレンジ色でゆらゆら揺れていて火の明かりの様だし、女の格好も動物の皮をはいでそのままくっつけたような酷い格好だ。

 

というか、大けがをした筈である俺を抱きかかえるっていう状況が想像できない。そもそも一応俺はいい歳した高校生だ。身長は普通の男子高校生レベルであり、こんな風に軽々と持ち上げられるほどひょろっちい身体はしていない筈である。

 

「~♪」

 

鼻歌を歌って俺を腕ごと揺らし始めた女に、俺はさらに疑問を増やすこととなった。

 

俺が赤ん坊で、彼女が俺の母親である、という事実に気が付いたのは、それから数日はかかったのだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

転生、という言葉を思い出すのにそう時間はかからなかった。まさしく今の俺の状況を一言で説明するのであれば、その言葉が一番しっくりくるからだ。

 

そしてここが少なくとも現代の日本ではないという事も分かった。人は文明のぶの字も知らず、石で削った槍で動物を狩り、岩穴や簡単な作りの家を作ってそこで暮らしている。服と言えるものも無く、人は裸の上から動物の皮を羽織ったり腰蓑にしたりしているようだ。

 

縄文時代よりも前。石器時代と縄文時代の間、と言った感じだろうか。いや、その時代を見たことがないから分からんが。

 

俺は村、という規模でもない程小さな集落にて、非常に美しい母親とまだ年若い父親の間に生まれたらしい。

 

まだ乳幼児の俺は、たまに外に散歩ついでに連れ出される事もあるが、ほとんどの時間は家、っていうかあばら家以前の住まいの中でお留守番をしている事が多い。と言っても良く様子を見に来てくれるので完全に1人ってわけじゃないが。

 

ハイハイもまだ出来ないし、やれることと言えば腹が空いた時に出来る限り気付いてもらうように大声で泣きわめく事ぐらいである。だから必然的に1人で物思いに耽るしかないのだ。

 

どうして転生して来たのか、だとか前世の俺のPCの中身だとか親の事とか…初めの頃は色々と考えてはいたものの、すぐに「まあいいか」という結論に至った。なんせ前世の俺はあまりにも悲惨だったので。

 

逆にこうしてせっかく転生して来たのだから、前世よりも充実した人生を過ごしたいという気持ちがだんだんと膨れ上がってきたのも、当たり前と言えば当たり前だったのだろう。

 

何故転生して来たのか、という疑問が、これからどうするのか、という疑問に変わるまでそう時間はかからなかった。

 

だが、俺は…と考え出したところで、一体何がしたいのか、何を成したいのか、それが一切無いことに気がついた。このままでは目標もなく夢もなく、ただダラダラと人生を過ごしていくだけ…すなわち前世の俺と同じ轍を踏む事になるのでは無いかと危機感が頭の中でアラートを鳴らした。

 

何がしたい、何をしよう、とうんうんと頭を抱えて悩めど答えは一切出てこない。せっかく転生したのだから一生懸命生きたいが、それをする為の理由が見つからない。

 

そもそもこの世界で何が出来るのか、という所まで行くと、今の段階ではそもそも考えても無駄になる事が危惧された。しかし、こういう事は早めに決めて損はないと思うのは間違っているだろうか。

 

そういう風に頭を悩ませて数日。

 

何というか当然の結果というか情けない結果と言わざるを得ないのだが、俺は知恵熱で倒れた。

 

いや、そもそもまだ立てないんですけどね。赤ん坊だし。

 

 

 

 

 



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