獣殺しの人間性 ——修羅吸魂—— (AM/RFA-222)
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第一章 現実世界
第一話 人間回帰


 

 

 その者は、英雄(愚者)であった。

 

 

  歴戦の勇士相手にも、

 

  千を超える大軍にも、

 

  仲間であった相手にも、

 

 退くことは無かった。ただただ、殺して、奪って、殺して殺して殺して。ありとあらゆる敵、恩人、仲間すらも殺して回った狂人。

 

 

 その者は、屈強であった。

 

 

  化け物相手にも、

 

  古竜相手にも、

 

  自らを正し、育ててくれた師相手にも、

 

 

 戸惑いなく、剣を向けていた。

 躊躇せず、届く声を聞き届けず、全てを無視して自分の目的のみを推し進めていった。

 

 

 その者は……独りであった。

 

 

 敵を殺し、

 

 化け物を殺し、

 

 竜を殺し、

 

 仲間を殺す。

 

 そんな事を繰り返した者……"獣殺し(デーモンを殺す者)"と持ち上げられていたその者の周りには既に、誰もいなかった。

 

 居なかったのだ。味方など、敵など……そんな物は既に、居なかった。そこにあったのは、唯の生命の塊(デモンズソウル)である、(デーモン)のみ。

 

 何度も何度も繰り返され、同じ事をして、同じ結末を辿る。

 その者は既に、飽きてしまった。

 

 殺す事も、助ける事も、仲間と駄弁るのも。

 

 

 それ故だったのかも知れない。彼が奪ってきた生命(ソウル)が、彼を包み込んだのは。

 自分達と会い、戦い、救い救われた(奪い奪われた)仲であった者が、そんな姿になるのは、耐えられなかったのかも知れない。

 

 

 だが全てはもう、遅い。

 時は満ちてしまった。月光の光も、王の風格を持つ者も、何者も、争う事はない。

 それは既に、『獣の王』と化した、その者も例外ではない。

 

 

 全ては大いなる父、『カグツチ』の元へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——第一話 人間回帰——

 

 

 

 人間。

 ひ弱で、軟弱で、諦め症な、卑劣な生き物。

 

 

「はい、それじゃ、教科書の67ページを開いてー」

 

 

 それが、俺の人間に対する見解だ。人間は脆い。この建物(学校)の二階から落ち、当たりどころが悪ければ、大惨事となる事だろう。

 

 

「それじゃあ——君、67ページの項目1を読みなさい」

 

 

 更に、人間は欲深い。金が欲しければどんな仕事にも手を染めるし、自分の身体だって差し出す。

 生きる為の金なのに、金の為に生きている。人間は実に——愚かだ。

 

 

「ちょっと——君、聞いているの? 早く67ページの項目1を読みなさい!」

 

 

 そして何より、人間は他人の事を、平気で騙す、という事だ。他人を騙して、奪い取る。実にシンプルで愚かな選択だと、そう思う。

 何故そんな事をするのか、とは言わない。何しろ、それは【私】も通って来た道なのだから。

 

 

 ——バコォン!!

 

 

 軽やかな鈍打音が部屋いっぱいに響き渡る。

 何故か頭頂部がじんじんしている。目の前に映るは、鬼の形相で此方を覗き込む、丸めた教科書を持った女教師。

 教師に頭を叩かれたのだった。

 

 

「——間薙、お前、私の授業を聞かずに外ばっかり見ているとは、随分なご身分だな。勿論、覚悟も出来ているんだよな?」

 

 

 そんな訳ない。と言いたい所だが。

 生憎俺は、授業を聞く態度はこれっぽっちも無いし、これからも聞く事は無い。今まで養われて来た記憶カードリッチによって、教科書をさらっと読めば大体は分かってしまうから。

 

 目の前の教師の顔が暗くなる。

 どうしたのか、と思っていると、

 

 

「少しぐらいは返事を、しろぉぉぉおおお!!!」

 

 

 ——バゴォォオン!!

 

 

 さっきよりも鈍い快音が響き渡る。頭がジンジンくる事以外はあんまりだが、私にダメージはない。

 俺の余裕そうな顔を見て、教師がグググ、と歯を食いしばる。その光景を見て、私は微笑をこぼしてしまう。

 

 

 ——人間は愚かだ。だが……それがいい。

 

 

 愚かだからこそ、いろいろな手段を取れる。

 卑小で、愚かだからこそ、目的の為なら一心になれる。

 弱いからこそ、技術を上げて対抗しようとする。

 

 俺は人間が嫌いだが……【私】は、人間がとても、とてもとても、大好きなんだ。

 

 

 

 これが俺、【間薙 シン】の日常だ。

 この『日本』という世界で、『人間』として生きている。この感覚は素晴らしく……嬉しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、【シン】! お前大丈夫か? アイツの授業で寝るなんて、自殺行為もいいとこだぞ?」

 

 

 俺に近づいて来て、フレンドリーに喋り出す青年。ちゃらちゃらするチェーンを腰に付け、雰囲気も若者特有の軽さが感じられる。

 この男の名前は、【新田 勇】。俺の数少ない友人にして、親友だ。

 

 

「ああ、別に大した事はしてない」

 

「マジかよっ!? あんだけ叩かれてるってのに、大した事はしてないってどういう事だよ!」

 

 

 勇はそう言うが、俺自身はそうは思わない。

 俺はただ、授業中に空を見ながら考え事をしていただけだ。

 そう伝えると勇は呆れた顔して、

 

 

「それが大した事をしてるって言うんだよ……なんでお前は昔からこうなのかね……」

 

 

 そんな事を言うが、お前もお前で相当な物だと思うぞ、勇。

 お前が狂信者の如く信仰している【高尾 裕子】はあくまで教師であって、アイドルでは無い。それなのに何故お前はそんな彼女の事を神の如く扱っているのだ。

 

 ……ああ、裕子先生と言えば。

 

 

「そう言えば勇、裕子先生の見舞えの話だが……」

 

「ん? ああ、その事か。今週の週末に行こうって話してたよな。もしかしてなんか用事できちゃったか?」

 

「いや、そういうわけでは無いが……」

 

 

 何となく、嫌な予感がするのだ。

 彼女は偶に、学校に来ることが出来なくなる日がある。それは彼女が入院する以前からの話でもある。その度に代任の教師が来るが……。

 正直言って、私は疑っている。度々席を空けていた彼女が、急に入院。何かヤバい事をして、怪我を負ったのでは無いか、と。

 

 

「なんだよ、だったらどんな話なんだよ」

 

 

 勇が腰に手を当てながら言う。

 本来ならば見舞いに行くのを止めようと言いたい所だが……彼の性格を考えると、そんな事は口が裂けても言えない。

 仕方ない、最低限の忠告だけしておこう。

 

 

「いや、最近不審者が多いからな。裕子先生を悲しませないよう、見舞いの時には防犯グッズを持って行った方が良い、と思ってな」

 

「なんだよ、それ。別に俺らだったら適当にやれば不審者なんて追い払えるじゃん」

 

 

 そういう勇の実家は、格闘術の道場だ。

 彼の父・祖父が何を思ったか知らないが、彼らは沢山の体術を学んでいる。

 柔道、空手、ジークンドー、システマ、……etc。数多く、種類多くの体術を体得していた。

 勿論、それは彼らに限ったことでは無い。目の前の勇もそれを学んでおり、俺も勇を通して齧った程度には学んでいる。

 だから彼は武器などいらないと言っているのだが……念の為に、持っておいて損はないだろう。

 

 一応、忠告はした。この不安が実らない事を祈るが……俺は何か持って行く事にしよう。

 

 家に帰ったら防犯グッズを【アマズン】で買おうと、心から決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 下校時刻、下駄箱前で。

 

 俺は一人の女子に声を掛けられていた。

 

 

「あら、もう帰るの? シン君」

 

 

 昔からの幼馴染の、【橘 千晶】だ。

 良いとこのお嬢様らしく、成績も体操もピカイチ。お嬢様だからと言って、運動をサボる事はしないとの事。

 そんなお嬢様が俺に何の用なのか。

 

 

「貴方に頼まれていたコレを渡しにきたんだけど?」

 

 

 そう言って手に持つ大振りの茶色の封筒をひらひらと揺らす。

 俺が彼女に頼んでいた物と言えば……ああ、アレか。

 彼女に軽く礼を言ってそれを受け取る。

 やっと出来たのか。

 

 

「ねえシン君、お父様に頼んでいたソレって、なんなの?」

 

 

 私、それに興味があります、とでも言うように、此方の顔を覗いてくる千晶。運び人となったからだろう、コレの中身が気になるのは当然とも言える。

 まあ幼馴染だし、教えても良いか。

 

 

「別に大したものではない。俺が千晶の父さんに頼んでおいた、オーダーメイドの防犯グッズさ」

 

 

 彼女の父さんに頼んだものは二つある。

 

 一つは万能ナイフもとい、【万能マチェット】だ。

 刃渡り数十cmのマチェットの他に、ちょっとした水筒になるゴム袋、ファイアスターター(火打ち石)、スコップなど、サバイバルなどに置いて必要となるであろう重要項目を最低限揃えたものだ。

 鉄などでは重いため、ちょっと高くついたが、フルカーボンで造って貰った。因みに折りたためば学生カバンにも入るよう、設計をして貰った。

 

 二つ目は、テイザーガンの機構を持つ、スタンガンいや、【スタンコイルガン】だ。

 テイザーガンとは、電極に繋がれた針を飛ばして相手の筋肉を麻痺させるという、スタンガンの一種だ。遠距離から放てる為、スタンガンよりも安全に使用できる。

 ただ、針が人体に傷を与える、発射機構が火薬(又はガス)である為、法律に違反しているという理由の元、日本での販売・使用は禁止されている。

 

 ただ、この頃に日本は危ない。犯罪組織も増えているようだからな。変わり種を持っていて損はない。

 という訳で、まだ日本には浸透してないテイザーガンを日本でも使用できるよう、発射機構を換装した物を用意した訳だ。

 

 コイルガンの機構、コイルの磁気によって弾頭を射出する。

 針の先を吸盤に、その部位にとり餅ににた粘液を塗りたくる。勿論、電気を通しやすい物体で構成させる。

 

 こう言った抜け道を通ることにより、変わり種を用意できた訳だ。

 まあコレもどれも、彼女の父さんの助力あってこそだ。パイプを図らずとも繋げれて、本当に良かったと思っている。

 

 目の前の千晶を見つめる。

 

 

「ん、なに? 私の顔に何かついてる?」

 

 

 そう言えば、彼女との出会いも、面白い物だったな。本屋の帰りに拉致現場にあって、そのまま犯人に急所をついて……色々あってこんな仲に発展した訳だ。

 

 そんな彼女にプレゼントをしよう。

 

 封筒の中からスタンコイルガンのボックスを取り出し、千晶に渡す。

 渡された方は渡された方で、首を傾げていた。

 

 

「え、なに、どういう事? 私にくれるの?」

 

 

 勿論だ、と言って軽く笑う。

 何と言っても彼女はお嬢様だ。昔に比べて数は減ったが、それでも拉致しようという輩はまだ多くいる。

 そんな彼女に手札を増やして欲しいと思うのは、友人として当然だろう。

 

 

「くれるって言うなら貰うけど……本当に良いの?」

 

 

 もう一度肯定の意を示す。

 なんだろうか、彼女からすれば友人の心配をするのは、マナー違反だとでも言うのだろうか。

 だとしたら少し心外である。

 そんな俺の心配を否定するように、彼女は答える。

 

 

「ふふっ、それじゃ有り難く貰っておくわね。ありがとう、シン君」

 

「お安い御用だ」

 

 

 それを機に、俺は別れの言葉を告げて、校舎を後にする。

 

 平和ボケしている国ではあるが、俺が"元いた場所"よりはよっぽどマシだろう。

 友人もいるし、それなりの人脈もある。

 

 これからの生活が、実に楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 謎の円柱缶

 
 
 どうも。作者です。

 あらすじに注意書きを追加しました。


 こんなの僕の知ってる人修羅じゃない! 嫌い! 低評価!!


 と言った物が一番傷つきますので、拒否反応が出ればブラウザバックのみして頂くと助かります。(無理にとは言っていない)

 まあ、こんな駄文を読む人なんて少ないとは思いますが。


 そんな事はともかく。
 本編、どうぞ。
 
 


 

 

 日曜日。午前10時半。

 

 現在俺は、揺れる揺れる縦長の電気式直方体の中にて、外の景観を眺めていた。

 詰まる所、電車の中で暇を持て余していたのだ。

 

 

 ——ブルルッ ブルルッ

 

 

 懐から小さな振動音がなり、俺の鍛えたふとももを刺激をする。ちょっとしたマッサージのようで気持ちいいが、無視を決め込む訳にも行かないだろう。

 

 名残惜しいふとももを無視して、懐からスマホを取り出す。

 

 やはり電話が来ていたようだ。差し出し人は勇だった。やはり少し遅れていることに対する催促だろうか。

 嫌々ながら、電話を繋げる。

 スマホの発生器から最初に聞こえてきたのは、予想通り罵声だった。

 

 

『おいシン! お前今どこいんだよ、俺たちもう代々木公園着いちゃったぞ』

 

 

 どうやら出遅れた自分とは違い、彼らは既に代々木公園についてしまったらしい。

 俺も電車に乗り遅れ無ければ遅れる事はなかった。全ては電車が行ってしまったのが悪いのだ。俺は悪くない。

 

 ああ、それと強いて言うならば駅の前にあった露天商に寄ったせいか。

 露天商のじいさんが俺にレプリカ銃を買ってくれって言うもんだからつい買ってしまったが……なんなんだ、コイツは。

 

 アサルトライフルっぽいが肝心のマガジンに弾丸を入れる機構がない。入れれないのではなく、機構がないのだ。

 マガジンは数本貰ったが……マガジンに火の模様や葉っぱの模様がついていたりと、よく分からないものだ。

 しかもこれで2万したからな。俺が株をやってなかったら絶対に買ってなかったよ。

 

 

『まあ、とりあえず早く来いよ! あと数十分は待つけど、なんか代々木公園は閉鎖されてるようだし、もう少ししたら出るからな!』

 

「ああ、分かった。出来るだけ早く着くように努める」

 

『よし、分かった。早く来いよな!』

 

 

 そこで電話は切れてしまった。

 

 しかし……代々木公園が閉鎖、か。

 何があったのだろうか。もしかして殺人事件でもあったか?

 ……まあ、着いてみれば分かることだろう。新宿に着いたら適当な奴に聞いてみるか。

 

 

 ——代々木公園〜

   代々木公園〜

 

 

 そうこうしている内に、目的地に着いたようだ。千晶達と合流出来るよう、ちょっと走るか。

 

 俺は荷物を纏めて、電車を降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新宿、代々木公園駅の、地下ターミナル。

 

 俺は数時間の長旅の末、友が待つ彼の地へと、やっとの事で辿り着いたのだ。

 

 

「さて、それじゃあ早速代々木公園へ……っと、その前に」

 

 

 喉が乾いたので、自販機にて適当なジュースを買うことにした。

 この代々木公園駅の設置されている自販機だが、ラインナップが面白く、俺もちょくちょく買っている。

 

 コーラやお茶などの普通のメニューもあるが、それはごく僅かの物しかない。

 それよりも多くの異色のメニューが多く存在する。俺も何本か買ってみたが、正直言って当たり外れが多い。

 

 

『グレートなハチミツ緑茶』……普通の緑茶に苦味と、ハチミツの極端な甘みを足した珍味。後々吐き気がこみ上げてくる。

 

『ゲキニガカレージュース』……タイトル通り。カレー味が仄かに香るような感じだが、それ以前に虫の脚などが浮かんでいて、飲む気にすらならない。

 

『真っ白ソーダ』……これは美味しい。本当に美味しい。感じとしてはカルピスだが、カルピスのちょっとした違和感を取り除いて、非常なマイルド飲み心地に仕上がっている。更に缶下部にあるレバーを引かなければ、炭酸も出ない為、炭酸嫌いにも人気のある一品。

 

 

 他にも飲んでみた物が色々あるが……今回は割愛しよう。

 時間が惜しい。ちゃっちゃと買って、ちゃっちゃと行こう。

 

 200円入れて、ど真ん中にあった『河童の膝握り』という謎のジュースを購入した。

 どんな味か分からないが、飲んでみないと分からないだろう。

 

 

 ——ガコンッ!

 

 

 自販機下部にて何かが落ちる音が響く。

 

 すぐさま俺はそれを拾い上げ、プルタブを開けようとしたが……途中でやめてしまった。

 

 買った商品と全く違う商品が出てきたからだ。ラベルは何にもなし。勿論ラベルなしの飲み物なんぞ、見本にあるはずもない。

 

 しかも、俺がこの飲み物を買うと同時に全商品売り切れ。全くもってふざけているとしか思えない。

 

 本来であればクレームでもつけてやろうと思ったが、残念ながらそんな事をしている暇はない。せっせと急がなければならないのだ。

 

 なんとも言えない気持ちを抑えながら、改札口の前を通り過ぎた。

 

 

 

 

 その途中。改札口に常駐している駅員に声を掛けられた。

 

「やあ、お客さんももしかして、代々木公園目当てかい?」

 

 最初話しかけられた時はビックリしたが、駅員の顔を見て気が抜けた。

 なにやら、随分と暇そうにしているのだ。ペットボトルの水は既に底をついており、手にはオセロのアプリが開かれたスマホが握られている。

 

 お客さんというのが気になるが、とりあえずは答えておく事にした。

 

 

「ああ、一応ね」

 

 

 それを聞いて駅員はため息を吐いた。

 

 

「そうですか……まあ、あんな事件が起こった後ですし、ヤジウマが増えるのも当然ですよね。

 でも、それに反比例するように電車の利用が減るとなると……いささか不満になりますね。暇ったらありゃしませんよ」

 

 

 一人で喋り出す駅員。どうやら彼は、随分とフレンドリーのようだ。

 それはともかく、『あんな事件』とは一体、何なのだろうか?

 

 

「……あれ、もしかしてお客様、ご存知ないですか?」

 

「ああ、知らないな。友人から代々木公園が閉鎖されてるとは聞いていたが……何かあったのか?」

 

 

 それを聞いて、ビックリするような表情をする駅員。

 もしや、『あんな事件』とは周知の事実なのだろうか。

 

 

「そうですか……ええっとですねぇ、昨日、駅を出てすぐの代々木公園で暴動事件があったんです」

 

「暴動事件? どんな事件だったんだ?」

 

「ええと、サイバース社という会社が代々木の森を開拓すると言っていたのですが、それの反対派が暴動を起こしたという事件ですよ」

 

 

 駅員が言うには、その事件では死傷者が多く、救急車やパトカーが一晩中鳴り響く程の騒ぎだったらしい。

 しかしまあ、こんな事件を俺は知らなかったという事実に、片身が狭くなってしまうな。

 俺はこの世界の事を、何も知ろうとしていないと言う事に、他ならないのだから。

 

 

「……っと、失礼しました。幾らヒマだとは言え、勤務中の私語はいけませんね。

 では、行ってらっしゃいませ」

 

 

 駅員は笑顔で手を振り、送り出そうとしてくれている。

 仕事が減ると嘆いているとは、随分と仕事熱心だな。

 そんな彼にプレゼントをあげよう。

 

 

「ありがとうございます。お仕事がんばってください。コレ、差し上げますよ」

 

「これはご丁寧に……って、なんですか、コレ?」

 

 

 彼にあげたのは、さっきの自販機で出た謎の飲み物だ。本当は飲んでみたかったが、彼の仕事ぶりを評して、これを進呈したのだ。

 

 

「いや、ちょっとしたレア物でね。何十回に一回当たるかどうかの代物なんだ。あんたの仕事っぷりを見て、コレはやらなきゃ! って使命感を感じたんだ」

 

 

 勿論、全て口からの出まかせである。何十回元々は俺が勝手に付け足した尾ひれでしかない。

 まあ、レア物と聞いたら何となく特別視するだろうから、そう言ったのだが。

 

 すると予想通り、駅員は顔を少し引きつらせながらも、礼を述べた。やはり俺の勝手論は通じたようだ。

 駅員は俺が渡した缶ジュースを見ながら、あっ! と声を漏らす。

 

 

「そうだ、お客さん。せっかくだからコレ、貰って行ってくださいよ」

 

 

 そう言って奥の部屋の方から円柱状の何かを渡してくる。

 ジュースのように開ける所は無いし、振っても何かが入っているような音はしない。

 なんなんだ、コレは?

 

 

「それが私もよく分からないんですよ。出勤前に外国人の子供にコレ渡されて。どうしようか迷ってた中で、お客さんが来たから、上げた方が良かったのかな〜、って」

 

 

 ほうほう。つまり彼は得体の知れない何かを俺に渡したと。

 舐めているのか?

 

 

「それはお客さんも一緒でしょう。私にこんな変なジュースを渡して。おあいこですよ」

 

 

 ……まあ、それもそうだな。ここは物々交換をしたと思って、割り切ろう。

 

 

 そんな会話の後、俺は代々木公園駅を出た。話し込んで出て行った為、出るのが遅くなってしまったのが悔やまれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 代々木公園。東口。

 

 あれから数十分くらい歩いて、代々木公園の東口まで来た。途中西口も寄ったが、しまっているようで、入る事は出来なかった。ついでに言えば千晶達は居なかった。

 

 もう病院に行ってしまったのかも、と思うが、希望は捨ててはいけない。それに裕子先生がいると言う新宿衛星病院に行く途中の道に東口はあるしな。寄って見て損はないと思う。

 ……タイムロスという点を除いて。

 

 因みに、代々木公園であったと言う事件だが、コッチ(東口)にくる途中で寄り道をして、街頭ビジョンで情報を仕入れてきた。

 基本は駅員が言ったものと同じだ。あの情報の他に仕入れた情報と言えば、サイバース社の代表である、『氷川』が居なくなったと言うことだな。

 

 それとあくまで噂の域を出ないが……『悪魔』が出たそうだ。

 悪魔が代々木公園に出現し、殺しあったと。

 ほかにもまあ、世界が丸くなるやら、氷川はカッコいいやら、娘が引きこもりやら、色々な話を聞いた。

 あんまりためになる話が無くて、がっかりだぜ。

 

 

「チッ……公園をまるごと封鎖とはな。

現場写真の1枚も撮らせん気か。どうかしてるぜ、全く」

 

 

 そんな事を愚痴るロン毛の男。どうやら記者のようだ。腰にカメラポーチが眠っている。おおかた、代々木公園の写真を取る予定だったのだろう。

 カメラにとっては、取る事すら出来ないなんて、無念以外の何者でもないと思うな。

 

 

「……?」

 

 

 暫く見つめていると、視線に気が付いたようだ。男が帽子を外して、此方の事を見返してきた。

 ロン毛男から見て、気になる所はあったのだろうか。

 

 

「なんだ、俺になんか用か?」

 

 

 そんな事を考えていると、ロン毛男の方から声をかけてきた。やはり記者ともなると、行動力はとてつもなく凄いのだろうか。彼の事を見ていると、そうとしか見えなくなってしまった。

 若干驚きつつ、声を返す。

 

 

「ああ、ここで実際にどんな事が起こったのか、あんたの目から見た世界を聞いて見たくてな」

 

 

 やはり、暴徒が警察に取り押さえられる前の出来事を追って居たのだろうか。いや、だとしたら公園などに来ないで、暴徒関係者に聞き込みに行く方が良い気がするな。

 やはり、現場を見て動きたかったのかもしれない。記者だから、自分の足で……みたいな。

 

 

「俺の目から見た世界、ね……。……知ってるか、この公園で起こった事」

 

「ああ、一応は。企業と市民団体の衝突で起こった騒動……だよな」

 

 

 駅員も、街頭ビジョンのキャスターも言って居た事だ。

 代々木公園の緑を争って起こった不運な事故だと。

 だが、男の顔色を見るに、どうやら違うらしい。

 男は髭を弄りながら答える。この世界では馴染みの無かった言葉を。

 

 

「ああ、その通りだ。テレビの、表の世界ではな……。

 だが、裏の世界じゃこう言われているよ」

 

 

 そう言って、一息つけてから、答える。

 

 

『姿を変えた、闇の勢力同士の争い』、とな」

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 月刊アヤカシ 女王の手に渡る。

 

 

「『姿を変えた、闇の勢力同士の争い』、とな」

 

 

 その男の言葉に、俺が思わず息を飲んでしまう。

 裏の世界。つまり、表の世界では仕入れられないような、ヤバイ情報があるって事だ。

 そして、目の前の男はそんな世界とのパイプを持っている。記者という立場から中立だとは思いたいが、敵で無い事を祈りたい。

 

 それはそうと、『姿を変えた』とは、どう言う事なのだろうか。まさか、青目騎士が赤目騎士になるような、そんな感じなのだろうか。

 ……考えても仕方ない。とりあえず続きを催促しよう。

 俺もこの事件に、なんだか興味が湧いて来たからな。

 

 

「それは一体どういう……?」

 

 

 ——ブルルッ ブルルッ

 

 

 突然、スマホのバイブ音が響き渡る。

 男の携帯かも知れないが、生憎と俺の太ももには、振動音が届いている。どうやら俺のから出たものらしい。

 

 だが、この機会を逃したら、2度と聞けないかも知れない。こんな興味を引く素材の前をして引き下がれるか。

 と、思ったが。

 

 

「ん? 鳴ってるのお前のじゃないか?」

 

 

 男の方から話を振って来た。

 俺としては無視しても良かったが……この後万円に事を進めたかった俺としては、出る他なかった。

 

 懐からスマホを取り出す。送信相手はどうやら、千晶のようだ。まったく、なんてタイミングで掛けてくるお嬢様だろうか。

 少しの不満を撒き散らしながらも、電話を繋げる。

 

 

『もしもし、シン君? わたしよ。やっと(・・・)繋がったわ。何やってるのよ、もう』

 

 

 電話の先のお嬢様は、御冠様のようだ。その早口言葉からは、多少のイラつきが感じられる。

 彼女はため息を吐いた。

 

「ユウ君ならともかく、シン君が遅れるなんて……どうしたのよ、一体。もしかしてトラブル?」

 

「いや、そう言った類のものでは無い。代々木公園の事件についてちょっと調べながらここを目指して居たら、時間が掛かってしまってな」

 

「もう、それだから時間に間に合わないのよ! それだったら私達と合流してからにすれば良かったじゃない」

 

 

 とりあえず、事件関係のせいで遅れたと言う、後付け設定で此方の被害ダメージを軽減する。

 まあ実際に街頭ビジョン行ったり、聞き込みをしたりして居たから、嘘では無いけどな。そう、嘘では。

 

 

『はぁ〜。もう、いつもの事だけど、少しは時間を守って欲しいわ』

 

「済まないな、コレでも気を付けているんだけどな」

 

 

 ま、気をつけるだけだが。実際にやろうとは、微塵も思ってない。

 そんな心情を理解してか、千晶は話題を切り替えた。

 

 

『それで? 今どこにいるの?』

 

「ああ、今は代々木公園にいるが……そっちは何処にいるんだ? 姿は見えないが」

 

 

 そこで、あちゃー、というチアキの悲痛の声が出る。

 まさかとは思うが……入れ違ったか?

 

 

『シン君の言う通りよ。私達はついさっきまで代々木公園にいたの。分かる? 私達は入れ違ったのよ』

 

 

 それ俺がさっき言った、とは言わない。

 口答えなどすれば、女王様による延々と続く説教論が繰り広げられるだろう。こんな公園前でそんな事を聞かされるのは、苦痛以外の何者でもない。

 

 

『それじゃシン君、私達は今新宿衛生病院についたから、待っているわね。今度は寄り道せずに来るのよ?』

 

「勿論だ。すれ違いによるタイムロスは身に染みて分かったからな」

 

『分かったわ。私は私で、先生と進路について話したいと思うから先にやっているわ』

 

 

 その言葉に、疑問を持った。

 俺たちはお見舞いに来た筈なのに、進路についてとは一体……?

 

 そう言うと、すかさずお女王様から反撃が来る。

 

 

『何よ、私は未来の負け組と違って、考える事は考えるの。シン君は大丈夫かも知れないけど、考えておかないと大変な事になるわよ?』

 

 

 未来の負け組とは、随分な言い方である。

 しかも、俺は大丈夫って、勇はどうなんだ。幾ら何でも、本人が近くにいるって言うのに、酷くないか? あいつ傷つきやすいんだぞ。

 

 

『ま、そんな事はどうでも良いのよ。とにかく……遅くならないうちに、早く来てね」

 

 

 そこで、電話は切れてしまった。

 

 そのタイミングを見計らってからか、ロン毛男が此方に話しかけてくる。

 

 

「なあ、お前もしかしてこの後、新宿衛生病院に行くのか?」

 

 

 だったらどうなのだろうか。もしかして彼も病院に知り合いが居るのだろうか。こう、病気を拗らせたお婆さんとか。

 しかし、そんな想像とは裏腹に、彼は記者らしい言葉を返した。

 

 

「まさか次の目的地も一緒とはな……」

 

 

 どうやら、彼も次に衛生病院へと向かうらしい。なんという奇遇だろうか。正直、運命的な何かを感じる他ない。俺は薔薇色では無いが。

 

 

「……これも何かの縁かねぇ。

 よし、お前にコイツをやるよ。まだ発売前なんだがな」

 

 

 ロン毛男はおもむろに、一枚の雑誌を手渡して来た。

 表紙には『月刊アヤカシ・妖』と書かれている。オカルト関係に詳しいわけでは無いが、コンビニなどでも見たことがない雑誌だった。

 発売前だと言っていたし、これはもしかして彼の雑誌なのだろうか。あと、発売前の物を勝手に譲って良いものかという、疑問もある。

 

 

「ああ、その通りだぜ。それは俺が取材・編集した記念すべき第一号の月刊誌だ。まあ俺が作った雑誌だし、俺がどうしようと勝手だと思うがな」

 

 

 なるほど、確かに一理ある。彼が作った雑誌なら、彼がどう扱おうと勝手だろう。

 まあ、俺がこの論を彼女(千晶)相手に喋れば、撃沈間違いなしだろうが。

 男は再びヒゲを弄りながら、雑誌を指差す。

 

 

「お前、どうせこの辺りで起こっている事、何にも知らないんだろ? だったらこれから行く場所の事の事を知っていて、損は無いだろう?」

 

 

 確かに事実を知る事は重要だが……オカルトが事実とは、これ如何に。

 

 

「まあそう言うなって。これでも俺が重い脚を引きずって集めた情報の塊だぜ? 少しぐらいは信用してほしい」

 

 

 そんな事言ったって、どうせオカルトだろ?

 ……と、切り捨てるのがこの世界の人間がやる事だ。

 残念ながら、俺からすればこう言った月刊誌の情報は馬鹿にできない。何せ、俺の存在自体がオカルトのようなものなのだから。

 

 とりあえず、これは有難く頂戴しておこう。

 

 

「おう、貰っとけ貰っとけ。ああ、衛生病院の特集も一応あるからな。ヒジリ記者の【特集・ガイア教団とミロク経典】。歩きながらにでもみてくれや」

 

 

 そうする事にさせてもらおう。

 それじゃあ早速衛生病院へ行くか、と思ったところで。

 ロン毛男、ヒジリから声がかかった。

 

 

「お前はオカルトの出る幕じゃ無いと思っているかも知れんが……ところがどっこい、あそこはそう言う場所なのさ」

 

 

 別にそんな事は思っていない、と否定しておく。俺の存在自体がオカルトなのに、それを否定するなど、自分自身を否定するようなものだと。

 ヒジリは笑いながら受け流す。

 

 

「面白いジョークだな。笑えるぜ。

 ま、この世界じゃガセネタもよくある事だからな。違ってたら笑って許せや。

 じゃ、またな。今度会った時にでも感想聞かせてくれや」

 

「ああ、勿論だ」

 

 

 その会話を最後に、俺は公園を後にした。

 まあオカルト程度で済むようだったら、俺は一安心なんだが。

 そんな事を呟きながら、早速月刊誌を読むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、シン君。ようやく来たのね」

 

 

 少しばかりの急ぎ足で病院まで来た俺の事を出迎えたのは、そんな様子の千晶だった。

 キッチリした雰囲気の病院に今の彼女の姿——青を基準とした厚めのジャージに、同じ素材のスカート姿——はよく似合う。まるで院長の娘令嬢と言われても、ビックリしないくらいだ。

 

 さて、そんな彼女は病院の長椅子に座っていた訳だ。それでは勇は一体、どこに行ったというのだ?

 

 

「勇君には今、裕子先生を探して貰っているわ」

 

 

 探して貰っている……?

 その言葉に、少しばかりの違和感を感じた。

 探すも何も、病院なのだから受付にでも聞けば……。

 俺は首を曲げて、受付の方に視線をずらすが……そこには、誰もいなかった。

 

 それと同時に、病院全体の違和感に気付く。

 

 今、この空間には俺と千晶の二人しか、人がいないようだった。

 

 

「……!? どういう事だ、これは?」

 

「やっぱりシン君も気付いたのね、この病院の可笑しさに。

 いないのよ、人が誰も。受付もからっぽ。なんだか不気味よね……あーあ、ホントいやだなぁ……」

 

 

 確かに、千晶の言う通りである。

 この空間には今、誰もいない。通院者のみならず、職員の姿も見当たらない。これは病院という組織と相手にみると、極めて異常な事だ。

 こんなんでは、病院の運営という事など、到底不可能である。

 

 ふと、ここへ来るまでの道で会った老人が言っていた事を思い出した。

 

 確か彼はこの先の病院つまり、新宿衛生病院が開いていないと言っていた。

 それなのに、高尾 裕子という担任教師は、この病院に通院している。何故だ?

 

 俺はなんとなく、自分の予想図のピースが揃って来ている事に、言い表せない不安を感じてしまう。

 

 これはいけないな、と思い早急に話題を変える。

 ひとまず、最初に思いついた勇についての話題を振る。

 

 

「確かに勇君、遅いわね……。

 この病院、そんなに広い訳じゃないと思うのだけれども」

 

 

 そこまで言って、俺の手元を凝視する。

 何やら先ほど貰った雑誌に興味があるらしい。

 

 

「なんだ、読むか?」

 

「ええ、まあ。勇君来ないし、暇だからね」

 

 

 それだけ言って雑誌を奪い取る千晶。

 お女王様の名は伊達では無いらしい。その名に恥じない横暴っぷりである。まあそんな横暴っぷりさえなければ、普通の美少女なんだがな。実に勿体無い。

 そんなお女王様の追加注文(小言)は増える。

 

 

「月刊アヤカシ……聞いた事のない雑誌ね」

 

 

 その言葉も最もである。

 何しろ、発売前の雑誌なのだから。

 とりあえず、と言う言葉と共に読み進めていく千晶。

 暫くすると、

 

 

「やだぁ、これオカルト雑誌じゃない!」

 

 

 といって妙に大げさビックリして見せる。

 タイトルに『アヤカシ()』とついているのだから、考えずともわかると思うのだが。千晶はこういう所が抜けている節があるから、困る。

 灯台下暗し。身近な事ほど、気にするべきである。

 

 

「こんな時にいやだなぁ……」

 

 

 そう言いつつも、読み進める千晶。結局、口ではああ言いながらもやる女なのだ、彼女は。

 

 

「あ、そうだシン君。勇君の事探して来てよ」

 

 

 唐突に勇捜索願いを出すお女王様。

 というか、千晶は出ないのだろうか。

 

 

「何よ、私のような幼気(いたい)な少女に、重労働をしろって言うの?」

 

 

 それならば、自分のような貧弱な男にとっても、重労働ではないか、と反論してみる。

 なんとなく、反抗してみたい気分なのだ。

 

 

「シン君は全然貧弱なんかじゃないでしょ。寧ろ屈強(・・)なくらいよ。なに、50m5.34秒って。世界記録張れるわよ」

 

 

 そう言われると、照れてしまう。

 これでも俺は、沢山の場所を走り回って来たからな。本当に、疲れるぐらい。

 

 ……ま、こんな事で褒めのかされているが。

 

 

「それじゃ、頑張ってね。シン君。私期待してるから」

 

 

 結局、俺だけが探しに行くように、誘導されていただけなのだ。追い剥ぎ(ハイエナの)野郎に騙され続けた俺にとっては、誘導されている事なんぞ、すぐに分かったがな。

 

 千晶と別れを告げ、嬉々として病院内の捜索に出る。

 一度やってみたかったのだ。……病院内で好き勝手に走り回るの。

 ここでなら、誰も俺の行いを注意するものはいない。実に、愉快な時間である。

 

 そこから、俺の病院ダッシュの怪劇が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第四話 見つからない担任教師

 
 
 どうも。作者です。

 話の舞台にはいるまでの話が楽し過ぎて全然話が進まないです。あと二話ぐらい続きそうな勢いですね。

 あと、お気に入り登録ありがとうございます。嬉し過ぎて癇癪起こして大爆発して東京吹っ飛ばしそうな勢いです。

 さて、どうでもいい事はこの辺にしておいて。

 本編、どうぞ。

 


 

 

 病院内を走り回る事数十分。

 いい加減飽きて来てしまった。何にも達成感が感じられないのだ。

 そこで、俺は気付いてしまった。

 

 

 誰もいなければ、病院内を走る意味がそもそもないのでは無いか、と。

 

 

 病院内を脇目もふらずに走り回るというのはそもそも、他人の目に映る最高の自分を想像して、脳汁をぶっしゃぶっしゃとする事によって、快感が得られるのだ。

 

 だから、そもそも人がいないこの場で走り回っても、全然楽しく無い。寧ろ、虚しいくらいである。

 

 と言うわけで、そんな事を辞めてせっせこと歩き回る俺。

 実は走り周っていた時も探してはいたのだが……これがまた、中々見つからない。

 あんだけ走り回ったから、一周はした筈なんだがな。

 

 

 その後ちゃんと普通に歩き回り、勇ひいては裕子先生を探していくが、誰もいない。

 なぜだか、誰一人としていないのでは、という言葉をおもいだした。

 もしや千晶や勇まで……と、思い至りはするものの、すぐに、こう言った思考に行き着く。

 

 

 ——だから、どうしたというのだ。

 

 

 考えてみれば、俺は彼らに会うまではずっと、一人だったのだ。何年も、何十年も、何百年も、一人だった。

 それにちょっとした甘みが加わっただけで、俺の中身は未だに変わっていない。

 表面上は変わったかも知れない。だが、本質となれば話が別だ。

 俺自身は、彼らと過ごしている日常の中で、心から笑った事がない。出て精々、乾いた笑いが限界だった。

 

 

 やはり、俺を縛り付けていた呪縛は、この世界に来ても解けないままらしい。

 結局、俺の性質を明確に決めたのは、あの神殿という事なのかもな。

 

 

 そう思ったら、なんだかイライラしてきた。

 

 

 さっきまではなにも考えずに走り周ってたから何にもなかったのかも知れないが、今の自分はとにかく不愉快だ。

 

 こう、病院に配置されている自販機を、蹴りたくなるぐらいには……。

 

 

 いつの間にか俺の足は自販機の前へと移動していた。そのまま自販機側面をみ続ける。所々凹みがあるようだ。

 

 

「……これは、俺に対する誘発だろうか」

 

 

 もしや、俺に自販機を蹴っていいという、神の御慈悲だとでも言うのだろうか。

 ふふふ、と笑いが溢れてくる。

 ここまで来たら、もうやるしかないだろう。あくまでこれは、俺のメンタルを安静にさせる為の行為なのだ。決して、俺のイライラを収めるもの——

 

 

 ——バゴォォン!!

 

 

 自販機の側部に強烈な足蹴りが繰り出される。効果は抜群である。

 その後も何度も何度も自販機を蹴り続ける。あそこでは使った事がないが、案外、蹴りというのは強力なのかも知れない。

 とか思っていたら。

 

 

 ——ガゴガゴガゴン!!

 

 

 

 自販機下部から何かが落下する音が聞こえた。

 この音には聞き覚えがある。代々木公園駅で謎のジュースを買った時のものと、同じだ。

 

 ……まさか?

 

 

 不安な瞳が取り出し口を見つめる。

 するとそこにあったものは……大量の缶ジュースだった。

 

 

「(……やばい)」

 

 

 もしもこの事が千晶にバレたら、ちょっとした騒ぎになるだろう。そんな事はまっぴら御免である。

 急いで証拠隠滅の作業に入ろう。

 

 ひとまず缶ジュースを全て取り出す。今回もラベルなしの謎ジュースだ。代々木公園駅の時といい、今といい、この自販機の会社はふざけているのだろうか。

 

 社名は……ふざけた名前だな。神『耐える者』の名を語るか。結局はコイツも(デーモン)なのだろうが……まあ、それは俺が言ってもどうにもなるまい。

 というか、そもそもどうでもいい。そんな事よりも証拠隠滅作業の方が大事だ。

 

 近くにあった謎ジュースに触れる。触れて何をすると言われれば……一言で言えば、『消す』んだな。正確には『しまう』だが。

 

 その後も何本かの謎ジュースに触れ、消していく作業に没頭する事数分。全ての謎ジュースの証拠隠滅作業は終わった。

 

 後は自販機だが……元々凹んでいたし、今頃変わった所で大した事も思うまい。

 俺はそれは無視する事にした。

 

 そんな時、ふらっと視界の端に人影が映った。

 服装は非常に軽そうで、帽子を被っていた。

 

 この病院内にいて、この特徴に合う奴と言えば、俺は一人しか知らない。

 

 

 ——勇だ。

 

 

 その人影を追うべく、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人影を追った先にあったのは、とある病室の一部屋だった。

 札には何もかかられていないため、裕子先生の部屋ではない……のだが、勇は一体何故こんな所を探しているのだろう。裕子先生の部屋は元々熟知しているだろうにさ。

 

 ま、考えるよりも聞いた方が早いか。

 

 戸惑いもなく、勢いよく部屋の扉をぶち開ける。

 ドン! という快音がなるが、悟りのような物を開いてしまった俺には対して快感はない。

 

 反面、部屋の先客の方は驚いたようだがな。

 肩をビクッとさせた黒いヒラヒラの服装を着こなした青年、勇は此方を振り向く。

 

 

 その顔には、恐怖が刻まれていた。

 

 

 が。

 

 

「よお、勇。どうかしたか?」

 

「——っ! な、なんだシンかよ! 脅かすなよな!」

 

 

 軽く俺が挨拶を投げ掛けると、すぐにいつもの軽い表情に戻る。

 昔からこういう奴なのだ、勇は。

 

 臆病で、周りを気にして、仲間にはちょっと高い態度を取る。反面知らない相手には怖じけてしまう、小心者。

 

 だが……あんな状態だった俺に話し掛けてくれるような、そんな良心の持ち主なんだ。彼に感謝する奴は少ないかも知れないが……少なくとも、俺は感謝しているよ。

 

 

「で、いたのか? 裕子先生」

 

 

 さっきまでキョロキョロしていた勇に問いかける。あれだけ大げさに探しているのだから、細かく探させているとは思うのだが……。

 そう思った俺の予想とは裏腹に、勇は驚きの発言をする。

 即ち、どこにも見当たらない、と。

 

 

「いや、まあそうだよな。俺だってあれだけ走り回って探したんだ。いた方がおかしい」

 

「いた方がおかしいってなんだよ」

 

 

 それは言葉の綾だ、とジト目の勇をなだめ、話を戻す。

 最初から怪しいと思っていたが、コレで少し現実感が満ちて来たな。

 そもそも、裕子先生は何故新宿の病院まで来てたのか。また、入院前のあの異常な程の欠席数はなんなのか。

 他にも、この病院には何故人がいないのか。爺さんが言っていた通りなら、数日前から診察をしていないと事だが、だったら裕子先生は何処にいるのだ? 

 

 あのロン毛男、ヒジリの言うことを鵜呑みにする訳ではないが……これは本当に、裏がありそうな事件だな。

 

 

 それはそうと。

 

 

「それじゃ勇、これからどうする?」

 

「どうするも何も……この病院、なんだか誰も居ないしさ……」

 

「確かにな。俺とお前と千晶しか居ないように感じる。こんなんじゃ裕子先生がいるとは到底思えないな」

 

「いや、でも俺ちゃんと確認したんだぜ? 入院してるの、新宿衛生病院だって」

 

 

 それは俺も確認しておいたので、その言葉に嘘偽りはないだろう。

 しかしそうなると裕子先生が居ない理由は限られてくるな……何かあったか、それとも入院していると言うの自体が嘘か。

 

 

「おいおい、辞めろよそう言うの……案内もないこの現場じゃそのジョーク、全然笑えねえよ」

 

 

 いや、本心からなのだが。

 

 

 と言いたい所だが、こんな所でおちょくっても仕方ないだろう。

 まあ現実味があるとしたら、今日は休館日だった、とかか? SF方面で行けば宇宙人、SF科学方面で行けばヤバい薬とかかな。

 

 

「ちょ、フラグ建てんなよっ!! 妙なリアル感があって怖ぇじゃねえか!!」

 

 

 スタスタと病室の入り口まで歩いて行き、扉に手を掛ける勇。トイレでも近いのだろうか。

 

 

「トイレってなんだよ、俺そんなに近くねぇわ! 千晶のとこに戻るんだよ。待たせちゃったからな」

 

 

 そう言えば、そうだった。

 彼女には月刊誌を渡してあるので多少の暇つぶしをして待っていると思うが、流石に読み終わった頃だろう。

 確かに彼の言う通り、帰った方がいいかも知れないな。

 

 

「ああ、そうしろそうしろ。じゃ、俺先に行ってるよ」

 

 

 そして、勇は行ってしまった。

 

 

 病院に誰も居ないのは気になる所だが……今は合流する方が先だろう。

 彼女を待たせても悪い。小言を言われる前に帰るとしよう。

 

 俺はエレベーターを目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターから降りると降りるで、千晶がスタンバイして居た。ずっとそこで待って居たのだろうか。

 

「そんな訳無いじゃない。暇つぶしも読み終えちゃったし、そろそろ呼びに行こうと思って居たのよ」

 

「そうそう、俺が戻ってもお嬢様はシン君は? って言って聞かなくてさ。それで自分で探しに……」

 

 

 そこまで言った勇の顔面に肘当てが炸裂する。効果は抜群だ!

 勇は顔を抑えながら涙を流す。

 それを見てお嬢様は一笑い。

 

 

「余計な事は言わない」

 

「うぅ……すんません……」

 

 

 完全に奴隷と主人の関係だった。

 

 

「ま、シン君も来た事だし、丁度良いわね。ちょっとこっち来て」

 

 

 千晶は最初に病院で座って居た、あの長椅子に再び座り、足を組む。

 もう、上位者モードが入ってしまったようだ。

 そんな俺の思考を置いておいて、千晶は話を進める。

 手にはちょっと前に渡した雑誌、『月刊・アヤカシ』が握られていた。

 

 

「この雑誌の巻頭に載っているこの記事……【特殊・ガイア教団とミロク経典】っていう記事なんだけれども、気になることが書いてあるの」

 

「気になること?」

 

 

 千晶の言葉に勇が反応する。

 それを見て千晶はうんと返答、次にこう言った。

 

 

「ガイア教団だとかいう『悪魔』を拝むカルト集団があるらしいの……この日本によ?

 それでその集団が信仰しているものの一つに、ミロク経典って言うものがあるの」

 

「ミロク経典……? 弥勒菩薩(みろくぼさつ)の事か?」

 

 

 勇がすかさず返答する。

 普段はあんなだが、彼も彼なりに勉強をしているのだ。まあ、その方向性が現在必要としているものとは全く違う物なのだが。

 

 

「あら、よく知ってるわね、勇君。シン君ならともかく、貴方が知っているなんて」

 

「んだよ、俺だって勉強してるトコはちゃんとしてんだよーだ! ってそんな事はいいから、続き話せよ」

 

 

 その言葉に、それもそうね、と返す千晶。

 彼らのこの光景を見るのは、実に微笑ましい。

 

 

「で、勇君の言った通り弥勒菩薩と言うものもあるのだけれども……コレを見るに、そっちの方面は関係無さそうね」

 

 

 オカルト雑誌を人差し指でつついて此方を向く。

 それを言われて勇は悔しそうな顔をした。残念だったな、知識が役立たなくて。

 

 

「あーくそ。俺のは役に立たなかったか」

 

「ふふっ、そうね。

 それでね、二人とも。このミロク経典には『混沌』が訪れる、みたいな事が書いてあるらしいのだけども……この教団は、それを本気で実現しようとしてるらしいのよ」

 

 

 その言葉に、勇はマジ!? みたいな顔をする。あと実際に、そう叫んで居た。

 そんな勇を千晶は、マジよ、と言って簡素に答える。

 

「と言うか、『混沌』って、何のことなんだ? 直訳すればカオスがそれに当たるが……」

 

「そんなの、私も知らないわよ。コレ(雑誌)にも書いてないし……何を示しているのは流石に分からないけど、ロクでもないは確かね」

 

「あー、確かに。カルト集団がやってる事って、どの奴も危ないのばっかだしな」

 

 

 うんうん、とその考えを肯定する勇。

 それを脇目に、千晶は続ける。

 

 

「でね、ここをなんだけど……」

 

 

 雑誌の最後の文を指差してくる。

 千晶は俺が見るのを確認すると、そこを朗読する。

 

 

「『新宿の東に位置する、某病院。ここに彼らの計画を解くカギが……』」

 

「……で! 【待て、次号!】な訳ね」

 

 

 その言葉の通り、その先に文は続いて無かった。

 暫くの沈黙。

 その沈黙を、ニヤニヤした表情の勇が破った。

 

 

「その病院さぁ、意外と此処かもよぉ?」

 

 

 やはり、少し悪ノリしているようだ。小心者の癖に、よくやると思うよ。

 勇は言葉を続ける。

 

 

「この病院さ、実は妖しい噂があるんだよなぁ。

 人体実験やってるだとか、

 霊視した霊媒師が逃げ出したとか……」

 

 

 あと……、と一言つけて、

 

 

「『カルトの息がかかってる』、ってのもあったなぁ……」

 

 

 その言葉にえぇ〜、と千晶が声を漏らす。

 

 

「わたし、何も知らなかった。やだ、来るんじゃなかったなぁ……」

 

 

 そう言う千晶を見て、更にニヤニヤし始める勇。

 遊んでいるな。後で怒られても知らんぞ。

 

 

「まあ、このトンデモ雑誌を鵜呑みにする気はないけれども……この病院がおかしいのは、明らかよね?」

 

「ああ、全くだ」

 

 

 千晶の言葉に、俺も同意する。明らかに、嵐の前の静けさだ。

 

 

「……先生の事、心配になってくるなぁ」

 

 

 不安を感じる。それは千晶も、勇も同じようだった。

 

 

「……仕方ないな。それじゃ探すか」

 

 

 じゃないと何にもならない訳だしな、と言って提案する。

 その言葉に勇も同意したようで、そうだな、と言って頷く。

 

 

「じゃ、俺は分院の方を探してくるよ」

 

「分院?」

 

 

 千晶が疑問の声をあげると勇はあちゃー、と言って頭を掻く。

 

 

「ああ、さっき探して居た時に見つけたんだよ。2Fから行けるみたいだから、俺行って来るよ」

 

 

 そのままの勢いで此方に何かをぽいっと投げつけて来る。

 カードキーだった。

 これは……?

 

 

「それは地下室のゲートを解除するカードキーだよ。院長室からパクって来たから、シンはそっち頼むわ」

 

「え、もしかして勇君、盗んで来たの?」

 

「しょうがないだろ、非常事態なんだから」

 

 

 まあ、勇の事も一理ある。隈なく探す事もしておいた方が良いだろう。こういうあり得ない所に探し物が良くあるのは、お約束なのだから。

 そんな勇の事を睨みつけている人物がいる。言わずもがな、千晶だった。

 

 

「と言うか勇、カードキー持ってたならあんたが行けば良いじゃん。それとも……怖いの?」

 

 

 その言葉に勇は動揺したようで、焦ったような巻き舌で、

 

 

「こ、怖くなんてないっての!

 どうせ地下になんか先生は居ないだろうから、シンに頼むの!」

 

 

 バレバレの嘘を隠す子供のように、否定した。

 その様子を眺めていた千晶は先ほどの勇のように、ニヤニヤしていた。

 

 形成逆転である。

 

 

「ま、ともかく! シンは先生がいない事さえ確認してくれればOKだから。出会いを果たすのは、オレの役目ね」

 

「……了解」

 

 

 なんとなく、言ってはいけないお約束を聞いてしまったような気がするが、あくまで気がする程度だろう。

 

 彼らと別れを告げて、エレベーターに乗る。目指すは、地下一階の立ち入り禁止区域である。カードキーがあるので、俺は立入れるが。

 

 因みに、千晶はこのまま、フロント待機となっていた。理由付けは俺を送る出した時と同じで、か弱い女の子に重労働をさせる気? だった。

 

 勇が殴られたには言うまでない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第五話 消えろ、イレギュラー!!

 

 

 エレベーターを降りると、そこには薄暗く鉄臭い空間が広がっていた。

 地上の部屋のように壁は優しい色で塗られてはおらず、見渡す限りの鉄色。天井に等間隔で配置されている蛍光灯の主張がよく目につく。

 

 エレベーターを降りて少し進むと、警備員室のようなものと鉄格子が現れた。

 警備員室は明かりは付いているようだが、中には誰もいない。地上の職員同様、何処かへ行ってしまったのだろう。

 付近に散りばめられた紙が気になるが、それで遅れてしまえば千晶の説教は免れない。さっさと終わらせよう。

 

 ゲートに近づき、構造を見てみる。カードスキャナーのような物が赤色に光っている。どうやらコイツにアレを使えば良いみたいだな。

 

 

職員用IDカードを入れて下さい》

 

 

 そう言うセキュリティシステムに対し、了解とでも言うように勇に貰ったカードキーをスキャナーに読み込ませて、ロックを解除する。二重構造の方が安全には良いと思うのだが、流石にそこまでは無理があったのかもしれない。

 

 カードスキャナーの点灯ランプが緑色に変色する。どうやらコイツであっていたらしい。

 勇は院長室でコイツを拾ったと言っていたが、自分で行かなかったのはこの物々しい空間を前に怖気づいたのが一番かもな。

 あいつ、見た目に反してビビりだし。

 

 

「……しかし、ホントに凄いところだな、ここ」

 

 

 少し道を進めば、何事かと言わんばかりに散らかっていた。

 積み重ねられたダンボールはひしゃげ、崩れて落ちていたり、書類も警備室前同様散りばめられている。

 しまいにはベットにかなりの量の血跡が残されている。血跡に色のばらつきが見られる事から、色んな時期の物があると簡単に想像できる。

 血跡は手術でちょっと付いた程度なのかもしれないが……病院ならば普通、シーツを変えたり捨てたりする物ではないのか。衛生的に。

 

 変え忘れた程度ならもしかしたらあり得るかもしれんが、これだけの量のベットのものが変えてないとなると、意識から来るものだと思うざるえない。

 これではまるで、変える必要がないと言っているようなものではないか。

 

 

「……勇の言っていた、【人体実験説】は(あなが)ち、間違ってはいないのかもしれないな」

 

 

 そんな事を呟いて進むと、通路に繋がった一部屋が現れた。見た目は普通のドアだが、中はどうなっているのやら。

 軽い気持ちで部屋の中に入る。

 

 

「……マジか」

 

 

 その一言に尽きた。

 この状況を見たものは大抵、こう言うだろうなという思考の他は既に、俺の時間は止まっていた。

 

 

 目の前に、人体実験でもしたのではないかという光景が残っていたから。

 

 

 いや、感じとしては邪教の生贄お捧げ儀式的な感じもあるが。特に手術椅子の真下にある魔法陣。あの世界でもこれ程不気味なものは無かったのではないだろうか。腐れ谷は別のベクトルなので除外しているが。

 

 部屋を見渡してみると、壁には赤色のカーペットが引かれている。所々隠れていない所もあるが、それでも不気味である。部屋を真っ赤に染めるなど、何を考えているのやら。

 また、部屋の入り口に六角星印のマークが書かれた立て札があるのも理解できない。

 これではまるで、本当に何かの儀式では無いか。

 

 言い難い不気味さを感じて、その部屋を出る。手術椅子にも血がついていたし、部屋の前のロッカーなどもへしゃげていた。何かあったのは間違いないだろう。

 

 とりあえず他の部屋も捜索していくと、他の部屋もこの部屋と同じような部屋ばかりだった。

 謎の儀式部屋が数部屋。

 ベットが幾つか並んだ監視部屋。カメラもついている。

 とてつもない異臭を放つ謎の部屋。あまりの臭さに奥には進めていない。

 

 そんな部屋の中で、特に異質な部屋が一つあった。

 何か機械が作動するような音が響く、謎の一室。異臭部屋のような異質さがあるが、それ以上に、何か次元の違う奴がいるような、そんな異質さがあった。

 

 こんな部屋に先生がいるとは思えないが……仕方ない。見てみるしかないだろう。俺は千晶に説教を喰らいたくない。

 

 意を決してその扉を開ける。ドガンッ、という爆音は響かなかったが、それなりの音が周囲に発せられた。

 

 その音に気付いたのは、俺だけではない。目の前の高級感溢れる椅子に座る、スーツの男も同様だ。

 

 

「……誰かね」

 

 

 冷たく、静かな印象を与える低い男の声。

 俺の正体を聞いているように聞こえるが、それは違う。これは、目の前の相手に小さな敵意を出している時の、それによく似ている。

 

 どちらも黙り込む中、周囲を見渡す。

 アナログチックなパソコンが床に4台、液晶タイプのパソコンが一台机に置かれている。この暗い空間の中でこのパソコンの光は、目に良く入る存在だ。

 

 だが、それ以上に男の後ろにあるものの存在感が凄まじい。

 青白く見知らぬ文字が発光する、ドラム缶のような円柱缶。

 静かに佇んでいるソレは、目の前の男以上に寂しい印象を覚えた。

 

 

「今になって静寂に水を差すとは……困ったものだ」

 

 

 何が困ったのか、とは言わない。下手な事を言えば、俺は今すぐにでも潰されてしまう。そんな気がした。

 

 

「……知っているかね? 『四月は残酷な季節』そう言った詩人がいる」

 

 

 男は静かに語り出す。

 

 

「不毛な大地を前に、目覚めなければいけないからだ」

 

 

 それはまるで、自分自身が今までずっと思い続けていた事を吐き出すかのように。

 

 

「思えば、人類の世など、不毛なばかりだった」

 

 

 その言葉に俺は、静かに同意した。

 

 

「盲いた文明の無意味な膨張」

 

 

 拡大していく禁忌の術式(色の無い濃霧)

 

 

「繰り返される流血と戦争」

 

 

 不死人達のソウルの奪い合い。

 

 

「数千年経てなお、脆弱な歴史の重ね塗りだ」

 

 

 ひとはいつも、過ちを犯す。それがこの世の、あっちの世界でも、それは変わらない。

 結局人間は、愚者なのだ。

 

 

「……世界は、やり直されるべきなのだよ」

 

 

 そう呟く男の瞳には、それしか道がないと映っていた。

 俺はそれをふっ、と一笑いして、蹴り飛ばす。

 男は表情を曇らせた。

 

 

「……何がおかしい」

 

「いや、実にシンプルな考えだと思ってな。そうかそうか、やり直されるべき、か……くくく」

 

 

 そんな物があったって、人間は変わらない。

 人間の本質は愚者だ。必ず間違いを犯してしまう。それが必然であり、絶対だ。

 産まれた時から完璧な者がいないように、最初がプラスマイナスゼロなだけ。そこから色をつけて、プラスに近づける必要がある。

 その方向性がランダムだから、人間は間違いを犯すのだ。暗い闇の中で、とにかく剣を振り続けるのと、大差ない。

 

 違いは、味方に当たるか、敵に当たるか、だけだ。

 

 

「結局、方向性を決めるのはその場の人間なんだ。幾らリセットした所で、間違いを犯す事を踏まないという事は、流石に無理があるさ」

 

 

 故に、人間は愚者なのだ。

 愚かだからこそ、無知だからこそ、沢山の道を進む。可能性が広がる。

 失敗の数だけ、成功が生まれる。失敗は成功のもと、失敗が無ければ、新たな探求は出来ないのだ。

 

 それなのにリセットなど、今までの失敗の記録を、消去するのと同じ事だろう。

 その上目の前の男は、0(ゼロ)から(プラス)を生み出そうとしている。失敗なくして、成功は生まれにくいと言うのに。

 

 本当に、苦笑しかでない。

 

 

「……君は何者だね? 私の理想を無我にするという事は少なくとも私の同朋と言うわけでは無さそうだ」

 

 

 男はそこまで言って、俺の姿をジロジロ見る。

 するとああ、なるほど、と言って頷き始める。

 

 

「学生カバンを持っているという事は、高尾先生の知人という訳か」

 

 

 それだけで何故分かる、と言おうとして思い留まる。

 この男は恐らく、この空間、病院の支配者だ。閉鎖していたのはこの男で間違いないだろう。

 そんな中で疑いの目を向けていた先生、高尾先生の名が出てきたという事は、二人で何か危ない事をやろうとしていたのは俺でも分かる。

 

 そしてそれは恐らく……世界のリセットだ。

 

 

「そう言えばここは病院だったな。見舞い客、という訳か」

 

 

 ああ、その通りだ。俺はあくまで見舞い客の筈だ。

 それなのに何故お前は俺に……敵意を向けている?

 

 その疑問に答えるように、男は言う。

 

 

「蟻の穴から堤が崩れるという言葉もある。少し不憫だが、君には……」

 

 

 ——消えてもらおう!!

 

 

 それは、死刑宣告に近しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目の前の男……テレビで良く映っていた、『氷川』という男は何かを握り出すような仕草をすると、目を瞑って集中し始める。

 すると青黒い雷のような物が現れて周囲をバチバチと焦がし、氷川の後ろには黒煙がもくもくと現れ始める。

 

 暫くすると氷川の後ろひいては、円柱缶の後ろに何かの影が現れ始める。

 牛のような顔に、大きなカラスにような黒翼。

 シルエットしか見えないような状態だが、あぐらをかいているように見える。

 そんな中で、特に光っていた物がある。

 赤い目だ。この薄暗い空間の中、血のように赤い目だけが、一際目立っていた。

 

 それを見て、俺は一つ、思った事がある。

 

 

デーモン()を召喚する力か……」

 

「ほう……君はこの(悪魔を召喚する)力を知っているのか。だとしたら、この後どうなるか、分かるね?

 なに、恐る事はない。この世界の住人みなが死ぬ時期が、君の場合、ほんの数刻早くなるだけだ」

 

 

 そう言って、後ろのデーモン()(けしか)けてきた。

 すぐさま学生カバンから【万能マチェット】と【スタンコイルガン】を取り出す。

 

 銃器の扱いは初めてだが——弩は含まない——剣の腕には自信がある。十数年のブランクがあるが、腐っても鯛、それなりには戦える筈だ。

 

 

「愚かな……運命に、逆らえはしない」

 

 

 そう嘲笑う氷川を、俺は嘲笑い返す。

 

 

 ——こっちも、獣狩り(デーモン狩り)のプロなんだよ

 

 

 例え、あの神殿が俺を縛り付けていなくとも、俺は戦える。それを見せつけてやろう。

 俺は化け物相手に向かっていった。

 

 

 

 

 が。

 

 

 

 

「やめなさい!!」

 

 

 俺の蛮勇の行為は、その切り裂くような女性の一言で、消え去ってしまった。

 声の方向を向けば、そこには俺の——というよりは勇の——追い求めていた裕子先生がいた。

 

 

「ほんの彼一人を、なぜ見逃してあげれないの? この程度の事で、計画は揺るがない筈よ」

 

「事の大小ではありませんよ。私は計画に例外を許す気はない」

 

 

 それと同時に、目の前のデーモンも消える。先ほどまで向けていた殺意を、何処に向けようかなんて、そんな事を思う事はできなかった。

 

 

 ——やはり、何か裏があったか。

 

 

 裕子先生の方へと若干の殺意を向けながら、そう思う。

 色々と怪しい点はあったが、やはりそうかと、合点がいった。

 

 彼女もこのリセット計画の一端を担っていたのだ。しかも恐らく、何か重要な役職の。

 その証拠に、

 

 

「そう、彼を見逃してくれないのね……だったら私は、もう貴方に協力はしません」

 

 

 彼女は強気に打って出ていけている。

 その言葉で、やっと氷川の顔に表情が出る。

 子供にわがままを言われた時の親のような、困ったような表情。その表情のまま、渋々といった調子で述べる。

 

 

「……困った巫女だ。まあ、教え子の面倒は教師に任せるとしましょう」

 

 

 座っている椅子の肘掛けに手を乗せ、顔を寄り掛からせながら言う。

 その表情には、若干の呆れがあった。

 

 

「さあ、今すぐ出ていって下さい。私はこの幸福な終わりの時間を一人静かに迎えたいのですよ」

 

 

 椅子をくるりと回転させて、背を向ける。

 なんとなく、悲しい父親の姿にそれが、似ていたように見えた。

 裕子先生が隣に来る。

 

 

「……シン君。屋上で待っているわ。彼処でなら、街が良く見渡せる」

 

 

 見渡してどうするのか、と問う。

 

 

「その目で確かめると良いわ。これから世界に起こる、出来事をね……」

 

 

 それだけ言って、彼女は出て行ってしまった。

 彼女を追うように、俺もその部屋を退出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出ると、彼女はもう居なかった。

 随分と早い移動だな、と思いながらゲートの所まで来ると。

 

 

 1組のデーモン()が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 東京受胎

 

 

 目の前のデーモン達は……見た目こそは人間だが、身体から溢れるソウル(生命)が尋常ではなかった。

 

 それこそ、【老王 オーラント】のそれを超える位に。

 

 

「どうかなさいましたか、坊ちゃま。あの者が気になるので御座いますか?」

 

 

 二人組のデーモンの片割れ、黒装束の老婆が喋り出す。その声の先には、自らが手を繋ぐ金髪の子供がいた。

 

 子供と言って侮ってはいけない。この子供一人でも軽く、先ほどの部屋にいたデーモンの何百倍も強い。

 恐らく、【獣】が自らのソウルを使って攻撃したら、良い勝負するくらいだと思う。勿論、サイズ補正ありで、だ。

 

 それほどまでに、目の前の存在は格別だった。

 歯軋りしながら、身体を硬直させる。

 目の前の相手に対して動いたら、死ぬ。そんな感覚すらあった。

 

 そんな風に俺が固まっているのなど露知らず、金髪の子供は老婆に耳打ちをする。

 子供の背丈に合わせて、老婆も少し身体を斜めにさせた。

 

 それから暫く。

 子供の告げ口が終わると老婆は、そうでございますかと言って、うんうんと頷く。

 

 

「ですが坊ちゃま、今は忙しゅうございます。後にいたしましょう」

 

 

 その言葉を輪切りに、老婆と子供は消え去った。一瞬で、瞬きもしていないと言うのに。

 

 

「……なんだか、悪い事が起きそうなフラグがかなり立っているな」

 

 

 裕子先生、病院の異変、デーモン、そして今の二人組み。

 そして裕子先生はこれから何かが起こると言っていた。悪いフラグが立ちまくりの、大嵐状態だった。

 

 これから何が起こるのだろう、そんな疑問を抱きながら、エレベーターに乗ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーターを降りた先は曇り空が覗ける屋上……ではなく、静かな大空間が広がる病院のロビーだった。

 

 俺は裕子先生に会ったが、勇や千晶はまだ会っていない。彼女を探して歩き回ったと言うのに、彼らは会えなかったらそれは骨折り損だろう。

 俺は今の裕子先生の居場所を知っているのだから、教えるのは当然の義務と言える。

 

 そう思いロビーへと戻ってきたのだが……おかしい。誰もいない。

 

 勇はともかくとして、千晶までもが居ない。探しに行かないと言って居た彼女までもが、だ。

 ここで更なるフラグが建った。即ち、仲間との分断、だ。

 

 なんだか、悪い事ばかりが続いて、かなり不安になって来る。こう、青騎士5人に囲まれた時のような。

 

 

 とりあえず、千晶と勇に会えないのはわかった。だとすればこの後行く場所は限られている。

 

 

「……仕方ない、行くか」

 

 

 覚悟を決めてエレベーターに乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新宿衛生病院の屋上。そこは裕子先生が言っていた通り、辺りが良く見渡せる、絶景のポイントだった。

 天気は生憎の曇り空だが、景観に大差はない。普段であればこの絶景をインスタにでもあげる若者が出ると思うのだが。

 

 生憎ここには俺と裕子先生しかいなかった。

 

 

「……来たのね、シン君」

 

 

 東京の街を眺めていた先生が此方を振り向き、悲しそうな瞳で見つめてくる。

 特に答える事もなく、無言を継続させた。

 

 

「さっきは間に合って良かったわ……君が、『悪魔』に殺られなくて」

 

 

 安堵の言葉と共に、よく分からない単語を喋り出す。

 今先生は、『悪魔』と言ったか? おかしいぞ、先ほどの化け物はデーモン()の筈だ。悪魔などでは無い。

 俺は悪魔とはなんだと問い掛ける。

 

 

「……説明しなくても、すぐに分かるわ。だってこれから、その存在はあって当たり前のものとなるのだから」

 

 

 いまいちパッとしないその回答に、俺は首を傾げる。

 俺が聞きたいのはアレがデーモンかデーモンでないかだ。いるかいないではない。

 再び問い掛けようとした時、先生に先制を取られてしまう。

 ……オヤジだったらここで、【先生だけに!】というフレーズを使うだろうが、生憎俺は使わん。まだそんな歳でもない。

 

 

「あの人の……【氷川】の話を、君も聞いたでしょう?」

 

 

 勿論だ、とYESの返答を返す。

 世界のリセットなどという、馬鹿げた理想を掲げているらしいな。まあリセットした所で、またリセット、リセットリセットリセットと続けなければ満足いく事にはならないだろうが。

 

 

「実はね、間も無くこの世界は沈むのよ、『混沌』という名の闇にね……。

   それが、【受胎】」

 

 

 受胎……リセットする溜めの準備期間、とでも言ったところか。

 そう言うと先生は笑って言った。

 

 

「ふふっ、そうね。人がかつて経験した事のない、世界の創造よ」

 

 

 世界の創造……【色の無い濃霧】に包まれたあの世界も、その受胎を経て出来た世界なのだろうか。だとしたら、あれもある意味可能性の一つなのかも知れないな。

 

 先生は突然、表情を暗くさせる。

 不謹慎ながらも、ここに勇が居たらどうなるのだろうな、と楽観的な考えを頭に浮かべていた。

 

 

「でもね……今この病院にいる人間以外の人達はみんな、命を失ってしまうの」

 

 

 その言葉にああ、やはりな、と納得する。

 リセットと言うからには、削除の過程が含まれる。その対象に人間が含まれていても、驚きはない。

 そもそも、世界のリセットと言う事を受け入れていえう時点で、俺の感覚はおかしいのだから。

 

 

「こんなやり方……きっと誰も許しはしないでしょうね」

 

 

 勿論だ。世界全体の事を考えた上でとは言え、無抵抗に死ねと言っているようなものなのだ。

 大のために小は死ね。こんな理論はどこの世でも、通るはずが無い。

 

 

「でも、今のまま老いた世界を生き永らえさせても、いずれ力を失ってしまう。

 世界はまた生まれるために、死んでいかなければならない……その罪を背負うのは、私の役目」

 

 

 それで氷川は先生の事を『巫女』と呼んでいたのか。

 世界をリセットする時発生する罪を背負う……具体的な事は分からないが、いい事では無さそうだ。

 

 でもね、と言って先生は続ける。その顔には、何処か晴れ晴れしい表情があった。

 

 

「私は後悔はしていないわ。最後に決まった運命で、君はここに辿り着いた。これで君は【受胎】を生き残れる」

 

 

 何故ここにいれば……なんて、野暮な事は言わない。

 結局、人は愚者なのだ。他者の命は平気で奪うくせに、自分の命には執着する。自己中心的なのだ。

 

 

「でもね、それはもしかしたら死よりもずっと辛い事かもしてしれない」

 

 

 それならば大丈夫だ、と言って軽く笑い飛ばす。

 俺は"あっちの世界"で、幾度となく死んできた。何度も何度も死んで、生き返って、それを繰り返してきた。

 死などつまらな過ぎて今更怖く無いし、戦いだって慣れている。化け物だって大抵の場合は耐性があるし、人を殺す事にも抵抗は無い。

 かなり大ごと出ないと、俺は感情を動かせられないのだ。

 

 

「そうね……私も信じてるわ、貴方の事を」

 

 

 懐かしむように

 

 

「だからね、シン君。私に会いにきて」

 

 

 噛みしめるように

 

 

「例え世界がどんな姿に変わっても、私が力になってあげる」

 

 

 此方の瞳を覗き込んで、そう優しく囁きこむ。

 別に、今まで通り一人でも良いがな。

 

 

「これから訪れる世界で、私は『巫女』として創世の中心を成す……きっと、貴方に道を示して上げられるわ」

 

 

 ああ、それは良かった。俺はあんたの事を頼れるんだな。有難い。有難いから……頼むから、そんな哀しそうな顔をしないでくれ。

 

 

「分かってるわ、貴方の事。理解出来ないことばかりよね……でも、ごめんなさい。もう時間がないの」

 

 

 謝るくらいなら、哀しむくらいなら、辞めればいい。だから……後悔しないで欲しい。自分の好きな道を進んで欲しい。他者に示された道ほど、茨の道は無いだから。

 

 

「シン君……もしも貴方が自分の力で私の元に辿り着いたなら……教えてあげるわ、貴方の…全ての疑問の答を。

 そして私の本当の心の内を……」

 

 彼女がそう言い切る前に、変化は訪れた。訪れてしまった。

 

 

 ——バガァァアアン!!

 

 

 そんな激しい雷雨の時でも鳴らないような雷鳴が、辺りに響く。

 それと連動するように、東京の街に黒い稲妻が迸る。

 

 ビルに、家に、公園に。

 

 あらゆる場所に、無差別に雷が投下され、街が壊れていく。

 割れていくのではない。粒子が結合を崩壊させるように、少しずつ崩れ、壊れていく。

 

 ドロドロと溶けていくように壊れ、ぐにゃぐにゃに曲がっていく街。そこら中に黒い粒子が舞い、それはある意味で、幻想的だった。

 

 

  そして地が剥がれていく。

 

 

 ぺりぺりと剥がされるように反れていき、丸くなるように動いていく。端に消える土地は既に、遥か頭上まで昇っていた。

 

 気付けば、中央には光り輝く球体が浮かんでいた。

 あと少しで天井が閉じられてしまう空に浮かぶ、本当の太陽が微かに見える。

 その姿はまるで、自分の役目を未だに主張する、真面目人のように思えた。

 

 太陽が隠れると同時に、更に激しく発光する球体。意地汚い怠け者のようなに思える。他者から仕事を奪い取った、勝者とでも言うのだろうか。

 

 隣では、先生が目を閉じて、身をまかせるような体制を取っていた。身体を空虚に預けるように、腕を広げて。

 

 反面、俺は盾を構えるように左手で学生カバンを持ち、その後ろに体を隠す。

 光を見ないように、最後まで瞬間を見届ける為に。

 

 

  まあ結局、俺も意識を失ったんだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると……いや、正確には目なんて開けていなかったのかもしれない。なんだか、朧げな意識を繋ぐ事で、今は精一杯だった。

 

 そんな俺の目に前には、真っ白に光る球体があった。太陽のような優しい光ではなく、蛍光灯のような、ただ光源としての役目を果たすだけの存在。

 そんな印象が頭の中に浮かんだ。

 

 

「我が世界に入りたる者よ。お前の心を見せよ……」

 

 

 何処からともなく、声が聞こえた。とても低い、男の声だ。意識がはっきりしないせいか、何処から話しかけられているのか、そして何を話しかけられているのか、俺には分からなかった。

 すると、相手側から驚きの声が上がった。

 

 

「おお、お前の心は、何も見えない。深い霧が掛かっていて、何も見えない」

 

 

 何も見えない。それは当然だろう。人の心を覗き見るなど、人の出来る範囲内ではない。

 そんな考えとは裏腹に、男の声は続ける。

 

 

「これは面白い。そして、不安だ。この者が創世する世界とは、一体どのようなものか」

 

 

 俺は、創世などしない。俺がやるのは、ただ敵を殺すだけだ。

 

 

「良いだろう。行くが良い。

 そしてお前は、此処へと辿り着かなければならぬ。全ては、新たなる世界の為に……」

 

 

 そんな声は、朦朧としている俺の頭には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に目を開けると、そこは真っ暗だった。

 照明など、何もない、深淵の世界。

 それでも、俺には意識があった。微かに覚えている先ほどの真っ白い世界よりは、しっかりしていた。

 

 そんな空間の中に、二人の人間……いや、デーモン()が見えた。

 

 あの時俺と出会った、老婆と金髪の子供だ。何故か二体とも俺を見下ろすように覗き込んでいる。

 

 

「恐れ多くも、坊ちゃまは貴方に大層興味を持たれています。ヒトに過ぎない哀れな貴方に、特別に贈り物をあげようと申しております。

 貴方は、この贈り物を受け取らなければなりません」

 

 

 そう機械的に喋る老婆に、俺は少しの疑問を持った。

 

 こいつらは、デーモンである筈だ。なのに何故、意識があるように話すんだ?

 

 デーモンとは、あくまでソウルの塊でしか無く、意識などと言うものは有りはしない。それ故に力しか鍛えれず、戦術などと言うものを扱えない。

 だからこその、(デーモン)なのだ。

 

 そんな俺の疑問を知らない老婆は俺の頭を抑えて、続ける。

 

 

「動いてはいけません。……痛いのは、一瞬だけです」

 

 

 何が痛いのだ、と言おうとして……辞めた。

 金髪の子供がニヤリと笑って、ある物を持っていたからだ。

 それは一言で言えば……蟲。

 サソリのような、骨状の蟲の尻尾を掴んで、俺の目の前まで持ってきていたのだ。

 この後、子供が何をしようとしているのか、嫌がおうにも、分かってしまった。

 老婆が俺の口を強引にこじ開けた。

 それを見て子供が満足そうに呟く。

 

 

「……これで、君はアクマになるんだ」

 

 

 ——瞬間、激痛が走る。

 

 蟲が俺のを這いずり回り、食い破る。キャベツの葉を食べる幼虫の如く、俺の中身が壊れていく。

 数秒しない内に、視界に赤みが増して来る。血管のようなものもちらほらと見え、千切れていく。

 そして、その痛みが胸の中心部にまで回った時。

 

 

 ——俺の意識は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二章 新宿衛生病院
第七話 初めての『仲魔』


 

 

 無音。只ひたすら無音の中、心を落ち着かせるように、動かず微動だにしない。

 そう、この感覚は言わば"静寂" 静かなる夜に寝静まる、真夏の夜のようだ。

 

 

《……悪魔の力を宿せし禍なる魂"マガタマ"》

 

 

 そんな中、突如として声が響く。

 耳に入るような現実感は無く、頭の中に直接話し掛けてくるような感覚だった。

 声は続く。

 

 

《これで貴方は、悪魔になったのです》

 

 

 その一言で、やっと異変に気付く。

 

 なんだか先程から、肌寒かったのだ。いや、寒くは無いのだが、微風が当たっていて、擽ったいと言うのが一番近い。

 この感覚は以前に味わった事のある、全裸に近い。まさか、今自分は全裸なのだろうか?

 

 疑問を抱き、目を開けるが……そこには全裸以上の異常が待っていた。

 

 

《坊ちゃまはいつも見られております。くれぐれも退屈させることのないよう……》

 

 

 そんな声は、俺の頭の中にしか入る事しか出来ず、ちゃんと理解する事は出来なかった。

 目の前に、かなりの異端が現れていたから。

 

 

「……なんだ、これは」

 

 

 まじまじと自分の手を見定める。

 そこにあるのはいつも通りの、人間の腕。今までと唯一違うのは、そこに青黒に輝く刺青があったと言う事。

 気付けば脚や腹にも同じような物が現れている。首の根元まであるのが見えたから、この分だと顔も同じような事に成っているだろう。

 

 半体育座りをやめて、今自分が座っているベットから降りる。

 

 今の自分は極めて、異常だ。全身に刺青が入り、しかもそれが発光している。

 ちょっと確認して見れば、今の服装も異常だ。ここに来るまでに履いていたハーフパンツと、運動靴しか無い。

 

 

  このままではいけない。主に、精神的に。

 

 

 すぐさまソウルの中を確認する。

 

 

「……ああ、良かった。こっちはちゃんと残っていたか」

 

 

 魂に刻み込まれた数々の道具が、心の中で姿を見せる。

 タンポポの葉のような葉っぱや、小瓶に入った赤色の液体。その他にも『刀』や『鎧』といった数々の物品があった。

 その中でも、とある衣服を取り出す。

 

 

「臭いは落としてあるが、少し抵抗があるな……」

 

 

 俺が取り出したのは【呪い師の着衣】と呼ばれる、比較的軽量な厚めのコート服だ。

 防寒能力はそれなりにあり、ちょっとした冬場にも着ていい位のもの。

 要らない小物入れを取り外したり、洗濯機で洗って臭いは落としてあるが……流石にゼロにはならなかったようだ。

 

 ソウルの中から無言で【ファブリーズ】を取り出す。

 

 そして、自分に向かって数回、パシャパシャとトリガーを引いた。シトラスの香りが実に香ばしい。

 

 さて、臭いも落ちてきた所で、状況確認に移行しよう。

 まずは、この現状についてだな。

 周りを見渡してみると、幾つかのベッドが乱雑に置かれ、壁に付けられた小物入れのようなものが飛び出いていた。

 

 

「……ああ、ここはあの臭い部屋か」

 

 

 またの名を、霊安室と言う。酷い異臭を放っていたので、こう命名した。流石にその臭いは【ヒル溜まり】ほどではなかったが。

 

 もう一度見渡して見たが、付近に人はいないようだ。

 ああ、そうだ。人と言えばだが。

 

 

「この首の後ろに付いたやつ、何なんだろうな」

 

 

 首の後ろに違和感を感じ、その円柱状の物に触れる。硬く、非常にがっしりとしている。ちょっとの事じゃ折れそうに無いな。

 何とかならないものか、と思案していると突然、ある事を思い出した。

 

 あの老婆達が俺の中に入れた、変な蟲の事だ。

 あの悪夢のような食い破りの後、俺は気を失ってしまったが……恐らく、アレはまだ俺の中にいる筈だ。

 

 アレは何なのだろうか……と思考を回していると突然、脳内に情報が流れ込んできた。

 

 

 

『マガタマ 【マロガレ】

 

属性: ノーマル

耐性: ノーマル

 

 高位の悪魔が力を凝縮又は、死亡した時に発生する分身体。アクマ達の中での通称は『マガタマ』

 魔人と呼ばれる者が体内に取り込めば、戦闘をすればするほどその秘められた力を吸収する事が出来る。

 また、濃厚なマガツヒの塊でもあるため、即席で能力値を上昇することが出来る。

 

 このマガタマは物理攻撃・ノーマル属性に偏ったマガツヒの塊である』

 

 

 懐かしい感覚だ。【ソウルの鑑定術】……とうの昔に失っていたと思っていたが、こんな所で再起動するとはな。人生どこで何が起こるか分からないものだ。

 それにしても……やはりこの『マガタマ』とやらは、俺の体内にあるみたいだな。如何にかして取り出せないものか。

 

 ……と、思っていたら。

 

 

「……は?」

 

 

 手のひらに平行するように歪んでいる空間から、何やら丸くなった蟲がポロッと落ちてきた。

 それと同時に、俺の身体に付いていた刺青が徐々に引いていく。

 最終的には全ての刺青が消えていき、首に生えていた角も無くなってしまった。

 

 

「……どう言うことだ、これは」

 

 

 状況から見るに、この蟲のような奴を取り出せた事によって、俺の刺青や角は無くなったと見ていい。だがそれにしても、この歪んだ空間の術はなんだ? 

 まるで俺が思った通りの事が出来ているみたいでは無いか。

 

 

「……まさか」

 

 

 嫌な予感がした。

 それを否定するように、すぐに行動に移す。

 手のひらを開いて、それを見続ける。それと並行して頭の中で俺の腹の中をイメージする。

 

 すると俺の手のひらには……『歪み』が出来た。

 

 

「……」

 

 

 俺は確信してしまった。これは間違いなく、老婆の言っていた『悪魔』の力だと。

 コイツは恐らく、空間操作系統の能力(ちから)だ。俺たちの使う、自らのソウル()に刻み込む物とは違う。

 異空間を生み出し、それに随伴する『出入り口』を生み出す物だ。

 

 試しに空虚に視線をずらし、ある一点を凝視してイメージする。何も無い、大きな空間を。

 すると数秒しない内に、やはり『歪み』が出来た。試しに【三日月草】を投げ入れて、閉じるイメージをする。

 

 その後別の空虚に向かって先程イメージした物と同様の部屋を想像。コレの入り口を開くようなイメージを組み立てる。

 するとやはり『歪み』が出来る。その『歪み』に手を突っ込んでゴソゴソと漁ってみると……何か、柔らかい物が触れた。

 取り出すとそれは、先程放り投げた【三日月草】だった。

 

 

 この事から、俺の想像は裏付けられてしまった。

 つまり、異空間を生み出す事も、その空間に出入り口を創る事も、俺の自由に出来ると言う事だ。

 

 

「……確かにコイツは『贈り物』だな」

 

 

 それも、最高級の。

 空間操作なんて代物はもはや、異常という他ない。

 道具をしまうのであれば、異空間を創り出して放り投れば良いのだから。しかもその内容量は無制限と来た。

 俺が今まで使っていた【ソウルの刻載術】とは、制限の幅が違う。

 

 それに、この『マガタマ』と言うのも凄まじい。これだけの大きさながら、それから溢れ出る力は【愚か者の偶像】と同等か、それ以上だ。

 流石にこれには驚かされる。こんな物を『贈り物』として、簡単に渡してしまうのだから。

 

 

「……あの二体組についてはさておき、これからどうするかだな」

 

 

 そう、今の問題はそこではないのだ。

 恐らくだが、今の東京は崩壊してしまっている。あんな事が起こったんだ、ただでは済んでいないだろう。

 それに、裕子先生は『悪魔』があって当たり前になると言っていた。つまり、俺のような存在がわんさかいると容易に予測出来る。

 となると少しでも手札が多い方が良いが……老婆の言葉を信じるならば、俺は監視されてると見て良い。

 そんな状態であの世界の力を見せつけるのは、賢い選択とは言えない。どこの誰とも分からない奴に、異世界の技術を見せるようなものなのだから。

 

 

 となると。

 

 

「飲み込むしかないか……」

 

 

 『マガタマ』を。

 

 未だに手の中で暴れまわっている蟲を握り、口元へと持ってくる。

 少しどころじゃない嫌悪感を胸に抱き、その動き回るそれを頭上から落とす

 

 

 ——前に気が付いた。

 

 

「あ、空間操作使えたんだった」

 

 

 

 即座に蟲を胸元まで戻し、もう片方の手で『歪み』を創る。その中に手に持つソレ(マガタマ)をぶち込んで、『歪み』を即座に閉じる。

 因みに、空間の先は俺の腹の中だ。

 

 

「ぐ……っ」

 

 

 予想通り、腹の中を何かが暴れるような感覚が全身に回る。

 そりゃそうだ、空間操作を使ったとは言え、蟲を腹の中にぶち込んだんだ。暴れるに決まっている。

 

 そんな状態が数分続き、やっと痛みが引いて来た頃には俺は既に、『悪魔』になっていた。

 

 手に描かれた刺青を見つめる。

 その刺青は波打つように、絶えず発光していた。

 

 

「クソ……せっかく人間として生まれ変われたと言うのに、また人外に元通りか」

 

 

 早く首謀者を見つけ出して、殺さねば

 

 そんな考えの元、俺は臭い部屋を出て行く。その時の俺は、すこぶる調子が良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外に出るとそこは、以前と変わらぬ病院地下が広がっていた。

 いや、違う箇所が一箇所だけあるか。

 

 

「なにジロジロ見てんだよ、悪魔。そんなに俺の事が珍しいか?」

 

 

 謎の浮遊体がいた。

 青緑色の、半透明の幽体。その中心には人のような影が見える。なんとなく、【ファントム】のように思えた。

 それにしても、コイツは言葉が通じるようだな。幾つか話を聞いてみよう。

 

 

「ああ、珍しいな。少なくとも俺は見た事がない。お前は一体何者なんだ?」

 

「お、おう。俺もまさかこんなフレンドリーな悪魔がいるとは思わなかったぜ」

 

 

 驚き、ちょっとだけブレる浮遊体。

 とりあえず、この世界がどうなったのかを聞こう。

 

 

「あぁん? お前何にも知らないのかよ? ここはボルテクス界。悪魔達の楽園さ」

 

 

 ボルテクス界……それが受胎後の世界の名前か。それにしても、やはり『悪魔』が沢山いるんだな。

 そう言うと浮遊体は、ハハハ! と笑った。

 

 

「悪魔の癖に何言ってんだよ。良いじゃねえか、お前見たいな奴にとっては天国だろうよ」

 

 

 天国……本当にそうなのだろうか。

 俺はあの世界でずっと戦って来た。化け物相手にも、仲間相手にも。

 正直言ってそんな世界よりも受胎前の世界、日本での生活の方が天国だった。

 飯は美味いし、洗濯だって出来るし、そもそも流血沙汰になる事自体少ない。戻れるなら、あの頃の生活に戻りたいさ。

 

 

「そうだよぁ……俺もこんな姿になっちまったし、確かに受胎前の方が良かったかもなぁ」

 

 

 思い思いに同調する浮遊体。

 もしかして、彼は元人間だったのではないだろうか。

 

 

「ああ、そうだよ。氷川って野郎に拉致られさえしなけりゃ、こんな姿になる事も無かった哀れな男だよ。

 ま、死ぬか死なないかで言えば、拉致られて良かったのかもな」

 

 

 何やら彼は、拉致られた結果、この病院に運ばれたらしい。それで偶々、此処にいた『思念体』と結合し、こうなっているとのこと。

 ふむふむ、思念体とは?

 

 

「簡単に言えば、俺見たいな奴の事だな。多分大体の奴は俺みたいに思念体……まあどっちかって言うと霊だが、そいつと結合してるんじゃないかって思う」

 

 

 つまり、受胎時に不思議存在に出会って合体して、こんあ浮遊体になったと。

 なんか面白いな。

 

 

「面白くねぇよ!! というかその浮遊体って名前辞めろ。さっきも言った通り俺たちは『思念体』っていうジャンルに含まれんだよ」

 

 

 思念体……了解、心得た。

 あと聞くべき事は……ああ、そうだ。

 

 

「お前はこれからどうするんだ?」

 

 

 彼のこれからの行動である。

 思念体である彼がこの先何をやっていくのか、実に興味深い。

 思念体はちょっと揺れて、答える。

 

 

「え、俺? ……。うーん、そうだな……」

 

 

 暫く悩む動作をした後、こう断言する。

 

 

「……何もねえよ。俺たちみたいな非力な存在は、何かをする事も出来ねえんだ」

 

 

 悲しそうな声質で、彼の灯火が小さくなる。

 何もする事がない、何も出来ない、か。

 その一言で、俺は遥か昔の事を思い出した。

 

 まだポーレタリアに来たばかりだった頃、王城での探索をしていた頃だ。

 俺はあまりの敵の多さに狼狽え、自分と同等の敵、それ以上の奴が何体もいる事に、非常に堪えてしまった。

 回復アイテムも無く、装備も重く、気力も消えかかっていた時……彼と出会った。

 

 

 ——【北国の王子 オストラヴァ】

 

 

 自分と同じ、意識のある奴と会った事には、とてつもない喜びを感じたね。仲間がいるって。

 まあ彼は何もしてはくれなかったが。適当に敵を蹴散らして、王城へと進んでいた。

 自分の目的だけを見て、俺の事を放ったらかしてなんかやってたな。

 

 それじゃ、俺も彼同様の事をやるとするか。

 

 

「おい、思念体。お前は外に出る気は無いのか?」

 

「はぁ? そりゃまあ、出たいけどさ……流石に無理だろ、戦う事なんて出来やしねえんだからさ……」

 

 

 再度灯火が小さくなる思念体。

 その様子にふっ、と笑いが溢れる。

 

 

「そうか、って事は出たいんだな?」

 

「ああ、そうだよ。でもその手段がね——」

 

 

 その言葉を言い切る前に、俺は割って入る。

 

 

「じゃあさ、俺と一緒に来いよ」

 

 

 瞬間、思念体の動きが止まる。

 そしてぶるんぶるんと暴れまわり、最後に俺の目の前まで止まって、

 

 

「……はぁぁあああ!? お、おお、お前何言っちゃってんの!? 思念体を『仲魔』にする悪魔なんて聞いた事ねえよ!!」

 

「俺も初めてだ、こんな浮遊体……思念体を仲間にするのは」

 

 

 暫くして、無言が続く。

 この瞬間、俺は失敗したか……? と不安の念に駆られていたのだが。

 思念体はゴホンッ! という咳き込みと共に、若干照れたような声質で、言った。

 

 

「わ、分かったよ……有り難く『仲魔』になってやるよ。えっと……」

 

 

 思念体は此方をチラチラと見るように動いている。

 もしかして、名前か。

 

 

「俺の名前は【シン】って言うんだ。よろしくな」

 

「し、【シン】か……い、良い名前だな!」

 

 

 そこで思念体は一旦切ってから、精神を統一するかのような深呼吸をする。

 それから、再び此方に向かう。

 

「それじゃ……俺は〔思念体【ヨミ】〕 今後ともヨロシク……」

 

 

 こうして、俺は始めて『仲魔』を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 
 受胎後最初に話した人物だから、愛着があったんです。どうなるかは未定。
 


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