軍服美女の悪魔契約者 (濁酒三十六)
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1話…月夜の軍服美女

初めましてこんにちは、濁酒三十六と申します。
今回ハーメルンで初めてオリジナルものに挑戦。何処まで出来るか分かりませんかどうぞ読んでやって下さいませ。


 雲一つない夜空に浮かぶ満月の光が煌々と輝き、下界に立ち並ぶ摩天楼を照らす。摩天楼の七色の光は更に下のみを照らすが全てにその光は行き届かない。ビルとビルの間の狭き空間では暗き闇を好む様々な者が偲び様々な行いに及ぶ。時には人智の及ばないモノもまた…、惨く悍ましい行為に及ぶものである。

 今宵も1人…()()()()()()の餌食となり果てた。ビルとビルの谷間に巨大で牡牛の様な角を生やした蛙に似た六本足の化け物が人間の男を捕まえて生きたまま丸呑みにしようとしていた。上半身まで呑まれバタバタと足を動かし男は抵抗するが角を生やした蛙の化け物はびくともせずに男を一気に呑み込み喉を膨らませて生き餌を胃の中へ送った。きっと呑み込まれてしまった人間はそのまま蛙の化け物の胃酸によってゆっくりと融解されるであろう。最早男を助ける術はなかった。

 …だが其所に人影が一つ現れて何とその大きな角蛙に近付いて行った。人影は鋭角な襟を立てたマントに身を包みを化け物など恐れずに対峙した。深々と被る軍帽に妖しげなドクロマークを銀色に輝かせ、鋭く光る眼孔が化け物を睨んだ。牡牛の様な角を生やした化け物はその人影にギロリと視線を移して舌舐めずりをした。

 

「どうやら間に合わなかった様ね。仕方ないとはいえ助けられなかったのはやっぱり辛いな…。」

 

 人影はマントを翻して両手を出した。マントの下はまるでアニメーションに出てくる様な近代的デザインの軍服でかなりの豊満な胸である事から人影の正体は軍服を着こなした女性である事が分かった。

 

《ミレイ、どうやらまた下級な次元魔の様だ。手早く済ませろ。》

「言われなくても解ってる!」

 

 何処から途もなく男の太い聲が聴こえると“ミレイ”と呼ばれた軍服の女性は目を細め、両手左右にモーゼルC96を取り出し化け物に二挺の銃口を向け引き金を引いた。二つのマズルフラッシュを起こし二発の銃弾が化け物へと飛んでいくが何と稀に見ぬ反射神経とモーションを一切見せない六本足による垂直飛びで二発の弾丸を避けて其のままビルディングの上へと逃走。しかし避けられた筈の二発の弾丸は真っ直ぐとは飛ばずに蛙の化け物を追尾して更に加速。化け物を真下より命中させて腹から背中を貫通した。

 

「GYORAAAAAA!?」

 

 激しい絶叫を発して化け物はビルの屋上に落下、そして何とあの軍服女性…ミレイがビルとビルの間を交互に跳びながら化け物が落ちた屋上まで昇って来た。彼女は右手のモーゼルC96を化け物に向けるが、ソイツは牡牛の様な二本の角を触手の如く高速で伸ばして反撃する。だがミレイは微動たにせず右手のモーゼルC96から二発を撃ち出して伸びて来た二本角を粉々に砕き折った。

 彼女はまた二挺を構え銃口を向ける。すると化け物は口を閉じてモゴモゴと口の中を動かしたかと思えば、口を開けた瞬間に舌で先程呑み込んだ男をミレイに投げつけてきた。ミレイは一瞬動揺してしまい躱す事が出来ずに男を抱き止めてしまった。其れが大きな隙となり牡牛の角を生やした蛙の化け物はまたあの跳躍で逃走、今度は完全に逃げられてしまった。

 ミレイは化け物より投げつけられた()()()()をゆっくりと足元に寝かせて見つめる。顔は既に融解して人相は分からず皮膚の溶けた胴体には大きな穴が一つ空いていた。恐らくは最初の二発があの化け物を貫通した際に一発が腹の中の男を一緒に貫いたのだろう。ミレイは顔を歪め死体の横に片膝を付いて跪き「ごめんなさい…。」と一言謝罪を呟いた。

 すると何処からか一匹の“蝿”が飛んで来て彼女の右肩に留まり、耳元であの男の太い聲が聴こえまた少し嫌そうに顔をしかめた。

 

《毎度の事ではあるがイチイチ死体に謝るのが好きよのう、ミレイ。》

「貴方も相変わらず()()()()()()()()()()よね、“ヴェル”。」

 

 どうやら彼女の肩に留まっている蝿が男の聲の主の様でミレイは蝿と話を始めていた。ヴェルと呼ばれた蝿はミレイと同じく横たわる死体を見、前肢を組んでミレイに警告する。

 

《逃がしてしまったな、此でまたあの次元魔…“ディメンジョン・デーモン”の犠牲者が出るぞ。

お前は長年()()()()()でありながらその抜けた性質は全く治らんな~、ミレイ。》

 

 蝿に説教を貰った彼女…軍服美女こと浮之瀬美麗は中腰になって膝を抱え深々と被っている軍帽のツバで隠れた目をジト目にして肩にいる小さな蝿を睨んだ。

 

「仕方ないじゃない、私正義のヒロインじゃないし。

あの“DD”見かけに寄らず反応良かったし、被害者の人投げつけられちゃったし。」

 

 先程化け物を追い詰めた勇ましい強者の姿そは何処へやら、美麗は軍帽のツバを下に更に深く被り直し肩の蝿…ヴェルにソッポを向いて拗ねてしまった。ヴェルはいつもの如く呆れ蝿の姿でやれやれと人間の手振りでジェスチャーした。

 ()()()…またの名を“ディメンジョン・デーモン”と云い、略してDDとも呼ばれている。奴等は別次元より現れ出て災厄をもたらす存在で今回の相手はヴェルが言う様に下級次元魔でこの世界に出現しては居座り人間を食らう。そんな野に放たれた魔獣を狩る役目を担ったのが彼女の様な悪魔と契約した者達…“デビルコントラクター”略称()()である。奴等次元魔の存在を危惧…というか目障りとした此また人間に害を成す筈の悪魔達が自分達と波長の合う人間…主に女性少女と契約して自分達の力を自由に使わせてやる代わりに次元魔狩りをさせている。勿論狩りは命がけでDCの中には命を落とす者も少なくない。次元魔は上中下で階級分けされて下級次元魔は人を漁り食らうが中級上級は悪魔と同じで人に取り憑き破滅へと導く恐ろしい存在である。言ってみれば次元魔は悪魔にとっては己が()()()を荒らす不敬な輩であり侵略者でもあった。



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2話…魔女と魔少女

 某県酒蒔市にある市立酒蒔中学校。新入生を迎えてから二週間程が経ち今日も何事もなく午後の授業まで終わりホームルームまで終えた。ブレザー姿の男女生徒が教室から出て来て帰宅する者と部活に出る者と分かれる。二階にある2年C 組の教室も殆んどの生徒が出て特に理由もなく居残る女生徒数人と彼女達に付き合わされている担任の女教師しかいなかった。女子達はその教師と一緒にいるだけで楽しい様でなかなか帰ろうとしない彼女達を教室から女教師がもう出る様にとたしなめる。

 

「浮之瀬先生さようなら~。」

「先生さようなら。」

「ハイ、さようなら。気を付けてね。」

 

 女生徒は元気に「ハ~イ。」とハモって返事を返し帰宅した。長い毛先を切り揃え首の後ろで結った黒髪を軽く弄り薄い黄土色のレディーススーツにタイトスカート姿の女教師…浮之瀬美麗は学級名簿を持って教室を後にした。そして彼女の後を一匹の蝿が追い左肩に留まると目立たぬ様に襟元に隠れた。

 

《あらヴェル、何の様?》

 

 美麗は校舎の廊下を歩きながらテレパスでヴェルと呼ぶ蝿に語りかけ、ヴェルもまたテレパスで美麗に返す。

 

《何様ではない、先日お前が逃がした次元魔だがあれから我が使い魔が奴を見つけた。奴は建設中のビルがあるオフィス街で人間を食い荒らしておる様だ。

今夜必ず仕止めるぞ!》

《そうね、今度はちゃんと倒さないと!》

 

 美麗は決意を新たに表情を固めた。そんな彼女の後ろ姿を一人の女生徒がジッと見つめてほくそ笑み、ヴェルはその存在に気付き、美麗の襟元から覗いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の深夜、美麗は軍服コスチュームで建設中のビルに立てられているタワークレーンの先端に立って鋭角な襟を立てたマントを風になびかせながら町中を見渡してあの牡牛の様な角を生やした蛙の化け物の魔力を探索していた。夜空の月は群雲から顔を覗かせて僅かな月明かりを下界に送る。美麗は軍帽のツバをつまみクイッと少し上げて更に周囲を見渡す。

 

「次元魔の魔力が感じられないわ。本当にこの区域なの、ヴェル?」

《この区域の筈なのだが…、“あの娘”に倒されておるのだろうか?

まさかとは思うが我等にとって面倒な状況になるやも知れんな…。》

 

 美麗の肩でヴェルが意味深な言動を言い出し、美麗も眉間をひそめて鼻で軽く溜め息を吐く。

 

「ああ、学校で私を後ろから様子を伺っていたって言う娘の件ね。それこそ数年ぶりかな?

私の近くであまり()()()には増えてもらいたくないわね~。」

《なら見つけ次第殺すか?》

「それは最後の手段にしたいな、相手の出方次第だけど…。

此方からは先に手を出さず穏便に済ませましょ。」

 

 美麗はクレーンの先端から飛び降りてとんでもない高さを涼しげな顔で急降下。着地寸前でフワリと身体が浮いて悠々と爪先から着地してコッと軽くブーツの音が鳴った。美麗は胸ポケットからアナログな懐中時計を出して時間を見て目を擦る。

 

「もう0時、私眠いわ…。」

《学校での意気込みは何処に行ったのだ!?》

「仕方ないじゃない、眠いんだから。後二十分で見つからなかったら帰る。」

《お前のその飽きっぽい性格は()()()から全く変わらん…。》

 

 ヴェルは蝿の姿で首を横に振ってやはり呆れる。取り敢えずは配置させた使い魔達の情報を一手に集め、魔力と姿を隠した次元魔を探す。…と、やっとヴェルが張った網に獲物が飛び込んだ様で直ぐに美麗に知らせが来た。

 

「あ~あ、死ねばいいのにっ!」

 

 見つからないと思っていた彼女は次元魔が見つかってしまった事に腹を立てて不機嫌になり理不尽な物言いをすると、さすがにカチンときたのかヴェルが美麗を叱りつけた。

 

《早く寝たいのであればサッサと次元魔を狩ってしまえばいい、動けこのたわけが!!》

「分かってるわよ、この鬼っ!」

《“悪魔”だ!》

 

 美麗は前屈みになって疾風の如く走り出した。真っ暗な車道を超人的な脚力で姿を見せぬ程の速度で駆け抜け標的を確認、二挺のモーゼルC96を構え引き金を引いた。“バンバンッ”と二発の弾が標的に命中、弾は貫通せずソイツは獣の悲鳴を上げて此方を睨んできた。牡牛の様な角に人間を丸呑みにする程の大きさ、その身体を支える六本の足を生やした蛙姿の次元魔。ソイツは先日とは違い臨戦態勢となり美麗に面を向けて身体を怒らせた。美麗もモーゼルの銃口を向け次元魔を見据える。

 先に動いたのは次元魔で二本の角を槍の様に変形させて美麗に突進、闘牛など比べものにならない突貫攻撃を美麗は軽々と避けるが、その表情は何故だか難しげにしかめ、肩にいたヴェルを摘まんで自分の眼前に持ってきた。

 

「ヴェル、()()()()()()()わよ!どうして!?」

《なに、ちょっとした意地悪だ。お前なら“ミエリアス”が無くとも勝てる相手だろう。》

 

 それを聞いて美麗は口をへの字にしてヴェルを摘まんだ指に力を入れてグニグニと揉みまくる。普通の蝿なら直ぐに羽根と足が取れて潰れているのだが、ヴェルは悪魔なので成すが侭にされるだけである。以前この姿で10tダンプに踏まれた事があったがそれでも潰れず無事であった。

 悪魔契約者は女性が殆んどで未成熟な時期に契約する事が多い。その時に契約した者は少女なら“魔少女 …稀に長きに渡り契約を続けている者を“魔女”と俗称している。男の契約者はそのまま契約者である。悪魔は現世で力を振るうには依代が必要で波長の合う人間と契約する。契約者はその悪魔の力を自由に使う事が出来るが基本的に主導権は悪魔にあり契約しても力を貰えなければ契約者は魔力を使えない。時に其が命取りとなり彼等の機嫌を損ねれば闘いの最中に裏切られ見捨てられるケースも少なくないのである。その様な対等ならぬ理不尽な契約下で美麗とヴェルの契約は十六年も続いていた。

 今美麗は“必殺の弾丸”をヴェルの嫌がらせにより封じられてしまい次元魔の伸縮自在且つ鞭の如く襲い来る角の連続攻撃を躱しながらモーゼルC96を撃ちまくる。C96は本来マガジンには八発の弾丸しか入っていない筈なのだが彼女の二挺は補充せずに二十発以上も撃ち全てを命中させている。モーゼルC96の形はしていても中身は別物である。その銃身は実物より硬く軽い。そして撃ち出す弾丸は魔力より精製された魔弾で美麗が銃の腕が良い訳ではなく弾丸が魔力で敵へとホーミングするのである。角蛙の次元魔はその殺傷力の強い二十発の誘導魔弾を全て受け尚身体を支えているが弾丸は全て貫通、二倍ある弾痕より青い血を“だくだく”に流し最早満身創痍の身でいた。美麗は冷たく凍りついた眼孔で睨み尚も容赦なく魔弾を撃ち込む。青い血煙が広がり次元魔はとうとう地面に腹を付け動けなくなった。美麗は近付いてトドメを刺そうとすると次元魔は頭を上げて口を開け舌をやはり鞭の如く振るって抵抗してきた。しかし美麗は魔弾一発で舌を撃ち切断してモーゼルC96を連射、次元魔は更に蜂の巣にされてやっと絶命した。美麗は一息吐いて目の前を飛ぶヴェルをデコピンで弾いた。

 

「“ミエリアス”なら直ぐ片が付いたのに~!」

《何を言っておる。ちょっとやる気を出せば()()()()ではないか、この怠け者め。》

 

 デコピンで弾かれたヴェルは何時の間にか軍帽の天辺に留まり前足で顔を拭いていた。美麗は不機嫌を露わに軍帽を取りヴェルを振り払う。

 

「あっ、やっぱりあの先生だったんだ。なら“魔女”って事よね…()()()()?」

 

 後ろより声がして振り向く美麗。すると其所に酒蒔中学校のブレザーを着たショートヘアの生意気そうな少女が此方に近付いて来ていた。美麗はやはり不機嫌な顔付きのままその少女を睨む。どうやらオバサンと言われた事が気に障った様だ。

 

「貴女酒蒔中の生徒?」

「えぇ、小牧明奈って言うの。宜しくね、オバサン。」

 

 またもオバサンと言われて美麗は眉間に皺を寄せる。ヴェルは彼女の肩に留まり小牧明奈と名乗った“魔少女”を見据えた。

 

(ほう、()()()()()()()()()()()()()()()()()。それに契約者の方はこうも簡単に顔を晒す所を見ると只の愚か者か相当な遣り手のドチラかだ。)

 

 美麗は明奈を睨んで軍帽を浅く被り腕を組む。

 

「オバサンはやめてもらえる、私まだ三十になったばかりだし貴女の先生よ。」

 

 この言葉に明奈は美麗を蔑みの視線を向け言葉を返した。

 

「先生?悪魔なんかと契約している人間が先生だなんてお笑い草だわ。世も末ってこの事よね、オ、バ、サ、ンッ。大体軍服なんか着込んじゃってダサ過ぎ。」

「ヒドイ、三回もオバサンって言った!!

貴女だっていつかオバサンになるのよ、オバサン馬鹿にしちゃ駄目なんだから!

それに軍服は魔法の衣装よ、どんな人間だってコレを着れば凛々しくカッコ良くなるのよ!」

 

 何やら軍服にはちょっとした思い入れがある様で反論を返された明奈は一瞬言葉に詰まった。…気を取り直してまた蔑みの瞳を向け彼女は美麗にとんでもない提案を申し立てて来た。

 

「別に軍服なんてどうでもいいわ。

其より私まだ転校して来て日が浅いんだけど…、この町を今日此から私のテリトリーにしたいの。だからオバサンはこの町から出て言ってくれない、邪魔だから!」

 

 明奈は美麗に嘲笑を送る。そして彼女も表情を悔しげなものから冷静なものへと変える。

 

「小牧明奈さん、其は私への宣戦布告って事よね。

其が何を意味するか分かって言ってるの?」

「当たり前じゃない。でも、素直に町を出るなら…、手出しはしないわよ。」

 

 自信満々に明奈はフンと鼻を鳴らした。恐らく彼女は以前にも悪魔契約者と何度と闘い勝っているやも知れなかった。…でなければ真っ向から挑戦状を叩きつける様な真似はしないであろう。美麗は溜め息を吐き、明奈の売り言葉に買い言葉を返す。

 

「喧嘩売って縄張りGETとか言うつもり?

まるで昭和時代の不良かヤクザね。先生貴女の将来が心配だわ。もっと素直な中学生らしい遊びをしなさいな。」

 

 美麗のこの言葉には生意気な少女もカッと目を見開いてクッと悔しげに口を鳴らした。

 

「どうやら交渉決裂ね。学校は兎も角、夜に出会ったら覚悟しなさいオバサン!!」

「あら~今の交渉だったの?私脅迫だと思ってたわよ。

それと次オバサンって言ったら学校であろうと容赦しないわ、餓鬼!」

 

 明奈は眉をつり上げて敵意を剥き出しに睨み付け、美麗は此処で初めて明奈に殺意を向けた。彼女はその場を去り、美麗は何気に先程の次元魔の残骸に目を向けると何と其所から無数の蛆が次元魔の身体から這い出て来て蝿になり残骸を食らい始めた。

 

「今更起爆させてもしょうがないのに…。」

《次元魔の死骸は我が養分となるのだ。あのまま消滅させてしまっては勿体無い。》

 

 美麗はヴェルの言葉に対して「なら意地悪なんかしなければいいじゃん。」と小さく呟いた。




軍服美女は悪魔契約者~2話を読んで頂きありがとうございます。
今回は多少の設定説明に新たな~と言うよりは最初の魔少女…謂わば魔法少女登場で主人公とは敵同士です。
そして早くも主人公の能力が判明ですが契約した悪魔が悪魔なので悍ましくえげつない力が殆んどでもう悪魔の正体なんかバレバレですよね。
次回予告は多分学校内の話になりそう?


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3話…ビミョーなお歳の契約者

 日が昇り美麗は欠伸をしながら出勤…職員室ではブラックコーヒーを淹れて眠気を覚ました。昨日は何だかんだと凡そ一時間以上を次元魔と小牧明奈と言う魔少女に費やし、シャワーで汗を流して床に着いたのは深夜の2時であった。美麗は熱く苦いブラックコーヒーを一口含み顔をしかめる。…ふと、美麗は深夜に明奈に向けて啖呵を切った言葉を思い出して自己嫌悪に陥り顔を机につっぷさせた。

 

(あ~、私ってば生徒に何て言葉吐いてしまったのかしら!

あんな事言われたら余計に警戒するし攻撃的になるわよね!?

…出来れば穏便に済ませたいのよ私はっ!)

 

 悩みながら暫しそのままでいた美麗であったが、結局睡魔には勝てず寝息を立て始める。…と其所に眼鏡をかけた中肉中背の気の弱そうな男性がクークーと寝ている美麗の肩を優しく揺すられて美麗は「ハッ!?」と声を上げて飛び起きた。職員室内の他の教師達は呆れがちに笑い、彼女を起こした男性も優しげな笑顔で涎を垂らした寝ぼけ眼の美麗を見ていた。

 

「はああああ、身木沢先生!?」

 

 美麗はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にして頭を抱え身体を左右に揺らす。次いでに豊満な胸も揺れたので身木沢と呼ばれた男性教師はちょっと赤くなり視線を反らす。

 

「浮之瀬先生、もう直ぐ教頭先生が来ますよ。」

 

 身木沢は笑顔を絶やさず彼女の隣である自分の席へ座った。美麗は彼の顔を横目に見つめ、起こしてくれたのが嬉しく微笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午前までの授業が終わり小牧明奈はお弁当を持って教室を出た。人気の少ない体育館の裏に行って一人で昼食を取るのが此処数日の彼女の行動であった。

 

《明奈、何故教室では食べんのだ?》

 

 彼女と契約した悪魔がテレパスで明奈に聞いてきた。明奈は仏頂面になり足早で廊下を進みながら悪魔の質問に答える。

 

《あんなクラスのクズ共と一緒に食べるのが嫌なの。ザワザワザワザワと煩いったらありゃしない!》

 

 不機嫌を露わにして階段の踊り場まで来ると、この学校の教師にして悪魔契約者…魔女・浮之瀬美麗と鉢合わせした。明奈は緊張感でその場に立ち尽くし、美麗も立ち止まって明奈を睨む。明奈側の悪魔はこの一触即発に対し明奈に自重を求める。

 

《明奈、場所が悪い。無視を決め込め!》

 

 …だが明奈はパートナーこそ無視をして笑みを刻み敢えて禁句と言い渡された呼び方を口にした。

 

「こんな所で奇遇ね、“オバサン”!

お昼は食べずにダイエットでもした方がいいんじゃない?」

 

 前回に()()()()()()()()()()()()()()()()と言われて尚この呼び方で挑発をする明奈。そして美麗の表情を伺い戦闘態勢を取ろうとするが、彼女は何故か嬉しげに笑っていて声もかなり弾んでいた。

 

「小牧さん、学校では先生よ。オバサンなんて言ったらダ~メ。」

 

 美麗は人差し指を立ててノンノンと左右に振り明奈の横を何事もなく鼻歌をしながら通り過ぎた。明奈は呆然としたまま彼女の背中を見送ってしまうが、彼女の顔は悔しさでどんどん歪み拳を壁に思い切り叩きつけた。

 

「あのババア、私をコケにしやがった!!

この私を、魔女を三人もぶっ殺したんだぞ私はっ!

あの女も絶対殺す、細切れに斬り刻んでやる!!」

 

 明奈は怒声を上げてその場を立ち去るが、其所には蝿が一匹いて小牧明奈の背中を見送っていた。

 

《力は強そうではあるが短絡的な輩の様だ。あれでは大悪魔と契約していても美麗の敵ではないな。》

 

 ヴェルは前足を揉み手の様に動かし、何処かへと飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、美麗は明奈に堂々と職員室まで乗り込まれて屋上に呼びつけられた。春とはいえ屋上は風が強くてまだまだ冷たく、両腕を抱き締めてちじこませ長めのタイトスカートとはいえ薄いベージュのストッキングなので思わず太股を擦り付けながらジタンダを踏んでしまった。

 

「寒い、寒いわよ小牧さん!先生泣きそうだわっ!」

 

 緊張感がまるでない彼女の態度に明奈は苛立ち虚空より日本の日本刀を精製して両手に握り締め突然斬りかかって来た。美麗は即座にモーゼル二挺を精製、両手に握り右からの斬撃を左手のモーゼルで軽く受け止めた。ガリガリと金属の擦り合う音が鳴り、さすがに美麗も真剣な顔もちとなり明奈の顔を真っ直ぐに見つめる。

 

「本気なのね、小牧さん。」

「十時間以上前からそう言ってる!

そして今日お前を見て改めて感じた、私はお前が気に入らない!目の前から消してしまいたいってな!!」

 

 左手の斬撃を右手のモーゼルで受け止め、小さな火花が散った。美麗はほくそ笑み、明奈に軽口を言ってみせた。

 

「普段の人を食った口調よりもそっちのチンピラみたいな喋り方の方が似合うわよ、小牧さん。」

 

 美麗は敢えて明奈を挑発する。そして彼女は見事に美麗の挑発に乗り凄まじい早さの連撃を繰り出してきた。美麗はその連撃と同じ速度で受け流し刃鳴と火花が爆竹の如く響き閃く。刃鳴と火花だけではなく美麗はモーゼルC96の引き金を幾度と弾いて共にマズルフラッシュが閃いていた。しかし弾丸は明後日の方向へ飛んでおり一発も明奈には当たっていない。彼女の連続斬撃はサラに加速し美麗の顔に僅かだが苦悶が浮かび上がってきた。

 

「アッハハハハッ、もうへばったのオバサン!こんなのまだ序の口よ、もっとダンスを楽しもうよ!!」

 

 明奈は予告通りに目で追えない程に連撃は速くなり美麗のスーツが裂かれ始めた。明奈が後少しで刃が届くと確信した時、彼女は美麗の妖艶な嘲笑を見てしまった。

 

《アキナアッ!!》

 

 そして彼女を制止する悪魔のテレパスが頭に響き美麗を追い詰めた連撃が止まった。明奈の額に脂汗が滲み、喉が波立つ程に唾を飲み込む。明奈はそのまま凍りついた様に動けなくなり…反対に美麗は一息吐いて身体をリラックスさせた。明奈は首を動かさずに眼球を動かして周囲を見渡す。何と明奈の回りには黒い弾丸が高速回転しながら宙で静止して彼女を取り囲んでいた。

 

《明奈、周囲だけではないぞ。お前の額・首筋・胸と云ったあらゆる急所にも弾丸が配置されているぞ!》

 

  連撃を受け流すと同時に撃ち出していた弾丸を全て小牧明奈を囲む様に誘導していたのだ。正に浮之瀬美麗の殺意が彼女の全身を包み込んだのである。明奈は全身から汗が吹き出、美麗に視線を戻す。彼女は不敵に微笑みながら明奈を見据えていた。彼女に斬り裂かれたスーツは何時の間にか元通りになっておりモーゼルを持ったまま腕を組み小牧明奈に話しかける。

 

「小牧さん、貴女私が出会って倒してきた悪魔契約者の中で多分一~二を争う強さよ。

そして悪魔との関係がすごぶる良い、本来なら悪魔にとって私達契約者は傀儡その物。使い捨ての入れ物なの。

だけど魔女や魔少女の中には悪魔の寵愛を受ける者もいる。…私や貴女みたいにね。

其れなのにその恩恵を貴女自身が台無しにしているわ。」

「何だと…、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 “歳以外”、この言葉がオバサンと呼ばれるよりもグサリと美麗の心に突き刺さった。

 

(歳…、歳の…“差”!?)

 

 すると明奈を囲んでいた弾丸が空かした花火の如くポンポンと破裂し、みれば突然ナヨ~と腰砕けになり左手を吐いてはヨヨヨ…と泣き始めてしまった。

 

「小牧さん酷いわ、歳…歳の事言われたら私何も言えない!好きで三十路になったんじゃないもん、出来るならせめて二十歳の若さを保ちたいって思ってるのよ~!」

 

 明奈は一時的にも命のやり取りをした相手が思いも寄らぬ形で戦意を喪失してしまった為にまたも立ち尽くしてしまった。その顔には呆れに呆れた表情が張り付き脱力感に嘆いた。

 

「ええい面倒臭い!そのポージングのまま死ぬか!?」

「嫌よ、先生まだ死にたくないわ。…貴女もそうでしょ?」

 

 急にお茶毛ながらの質問をされたが明奈は美麗の真剣な顔を見て日本刀を振り上げた手を止め、両手の日本刀を仕舞った。

 

「…やっぱ私アンタの事嫌いだわ。この勝負…仕切り直しだ。今日の深夜十一時にまた此所へ来い!

今度はその人をおちょくった態度は通じねえぞ!」

 

 そう捨て台詞を吐くと風が吹き荒び何と明奈の傍らに巨大な銀翼の大鷹が現れた。そしてその姿は鳥人の姿に変形し、明奈を抱き寄せると彼女はその鳥人の腕に掴まり共に飛び去ってしまった。残された美麗は立ち上がってパンパンとお尻をはたいた。

 

《何故殺さなかった、あの小娘はあまりにも短気な上に闘い方が正直過ぎる。遊んだりしなければ苦戦する相手ではなかろう?》

 

 先程まで襟元に隠れていた蝿の姿のヴェルが美麗に問いかけた。

 

「言ったでしょ、穏便に済ませたいって。」

《其れだけか?》

 

 美麗は答えず、肩にいるヴェルを指先で押さえつける。

 

「十六年付き添ってまだ解らない…?」

《解らぬな…。》

 

 惚けるヴェルに美麗は微笑みかけ、そして明奈が去った夕空を見上げた。



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登場人物&用語~1

ちょっとしたネタばれあり。


《悪魔》

 魔界より人間を誘惑し、破滅へと導く存在。神世の時より天使と敵対しているが現在は小競り合いすら起きておらず、意外と好き勝手に人間界に不幸を撒き散らしている。だが神の力により人間界ではまともに力を使えず波長の合った人間と契約しないと現世で物理的な魔力を誇示出来ない。そして力の強い大悪魔程波長の合う人間は少なく、契約を果たせるのは殆んどが中級か下級悪魔である。更に別次元より人間界に現れた次元魔の存在が気に入らず自ら波長の合った人間を勧誘し、契約した人間を使役或いは利用して次元魔狩りを始めている。

 

《悪魔契約者・魔女・魔少女》

 悪魔と契約して魔力を振るう存在。謂わば彼等の代行者。本来の人間側の召喚から契約ではなく悪魔から誘い契約する。未成熟な少女は魔少女、相応の歳に達した女性は魔女、そして男性を含んだ総称は契約者で略称はDCと言う。主な活動は次元魔狩りだが大抵は自身の欲望の為に力を振るい悪魔に使い潰されている。飽きられて見捨てられる事も多い。しかし稀に悪魔と意気投合したり相思相愛の様な関係になる事もあり、大人になっても契約が続く例もある。契約者には悪魔の魔力を受ける器…言ってしまえば容量があり大悪魔と契約していても魔力が強大であればある程器の大きさを求められ、その器が小さければ最大限の魔力を発揮出来ず場合によっては中級~下級の悪魔より弱くなる。器の容量は契約者の心情にも左右され関係の良い悪魔契約者は断然強く只の傀儡扱いであれば最低限の魔力しか発揮出来ない。

 

《次元魔~ディメンジョン・デーモン》

 略称はDD。いつ頃からかは分からないが別次元より現れては人を食らい時に人を惑わし死へと誘う悪しき存在。その全容は一切が不明で今の所は悪魔契約者達に只狩られ続けている。

 

[浮之瀬美麗]

 市立酒蒔中学校で教師をしている三十歳の女性。黒く長い髪の毛に切れ長の目をした美女で一人暮らし。契約悪魔はヴェル・ゼブブで十四の頃に契約して長年の付き合いから彼をヴェルと呼び父親の様に慕っている。表向きは人懐っこい女性で天然な所があり生徒からも人気があるが実際はかなり計算高く狡猾。でも人情深いのであまり人の害にはならない。契約者としても次元魔から町を守る守護者的立場を崩さず欲望で悪魔の力を使ったりはしない。契約者として活動する際はドクロマークの軍服を着ていて本人曰く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしい。世界でも二人といないヴェル・ゼブブとの適合者で波長だけでなく器も彼の魔力を全て受け切るのでヴェル・ゼブブの力を最大限まで引き出せる規格外者である。

 

[ヴェル・ゼブブ]

 魔界で悪魔王サタンに並ぶ実力者で七つの大罪である暴食を司る大悪魔。普段は小さな蝿の姿で美麗を見守っているがその正体は全長20m 以上はある四枚羽根にドクロマークの刺青を入れた蝿の様な怪獣。十四になったばかりの美麗を見初めて契約し彼女の潜在能力に驚きその為に契約を続けていたが何時の頃からか美麗に父親的な愛情を抱く様になった。サタンの次に邪悪と言われているが思考的には人間側にあり魔界にいた時は人間達に対しある程度の恩恵を与えていた。しかし彼の機嫌を損ねれば永遠かと思える程の苦しみを与えられ最期は魂を食われてしまう。次元魔狩りも他の悪魔達の怠慢を見かねて出ばった所があり敵対するなら容赦なく食らい尽くす。美麗が危機に陥ればその悍ましい姿を現して戦う事もある。稀に人の姿を取り、その時は背が高く細身で尖った顎髭のヨーロッパ紳士となり立場は美麗の家族の知り合いと周囲に言っている。




美麗のイメージCV は能登麻美子さん。
ヴェル・ゼブブのイメージCV は故・郷里大輔さん。


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4話…闘いの火蓋を切る

 深夜11時が過ぎ、夜空は星が見えない程に雲に覆われ、今にも雨が降りそうな雰囲気を醸し出していた。小牧明奈は学校の屋上にてブレザーの制服で待っていた。悪魔契約者は特にコスチュームなどを決めて着ている訳ではない。浮之瀬美麗の軍服は言ってしまえば趣味である。そして小牧明奈もその両上腕には籠手を装備し白いハチマキを締めた戦闘スタイルを決めていた。

 彼女の傍らにあの銀色の鳥人姿をした悪魔…アガレスが舞い降りた。

 

《私の推測通り…約束を破られた様だな、明奈?》

 

 腕を組み、覚悟を決めた彼女は屋上の出入口を見つめながら悪魔アガレスに返事を返す。

 

「あの女は来るわ。…何故かな、嫌い…だけど、今まで殺り合った契約者の中で一番私に近い気がするわ。」

 

 何処か思いに老ける明奈。…しかし彼女の期待は見事なまでに裏切られる事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遡る事一時間前、浮之瀬美麗は住居としているマンションの五階にある2DKの部屋でお風呂に入った後パジャマに着替えてテレビを見ながら既に缶ビール500mlを三本も空けており、目を擦り始めたかと思えば寝室に向かい何とベッドに潜り込んでしまった。ヴェルは念話で彼女に尋ねる。

 

《……学校へは行かんのか?》

「三分もあれば直ぐ着けるわ。だから二十分経ったら起こして?」

 

 美麗はそう言って顔まで布団に隠れてしまった。ヴェルはそれ以上は何も言わずに心中では呆れながらも取り敢えずは彼女を寝かせてやる。

 そして午前零時…、スヤスヤと寝息をたてていた美麗は凄まじい轟音に叩き起こされた。勢い良く身体を起こした美麗はビックリして目を見開き、部屋の中を見渡す。室内は塵が舞い上がりドア側を見ると何と寝室のドアは失く壁ごとぶち抜かれて破壊されていた。

 

「私の…、わたしのいえが~~~~っ!?!?」

 

 思わず情けない顔と声で嘆く美麗。そして破壊された壁から寝室へ入って来たのは怒りの形相をした魔少女…小牧明奈であった。額に巻いた白いハチマキがなびき、ギリ…と歯を噛み締めて明奈は美麗を睨みつけ、美麗は油汗を滲ませながらまるで不倫現場を抑えられた浮気妻の様に布団で身体を隠していた。美麗はヴェルに念話を投げかける。

 

《何で起こしてくれなかったのよ!?》

《何故我がそんな事をせねばならん、我はお前の執事ではないぞ。大体決闘の約束をしておいてビール飲んで寝るなぞ我には考えられん。それこそ十年以上の付き合いでまだ我を理解せんのか、バカ娘が。》

 

 そう、彼は人間の不幸を蜜とする悪魔であり、契約して今まで目覚まし時計の代わりなど一度もしてくれた事はない。美麗は下を向き自分の浅はかな思考を呪い、小牧明奈の啖呵が塵が舞う寝室に響き渡った。

 

「浮之瀬美麗、私は…、私は今まで此処程までにコケにされた事はなかったぞお!!!!」

 

 怒り浸透の明奈は右手に握る日本刀の切っ先を美麗に向け、美麗は顔をひきつらせ愛想笑いをする。

 

「小牧さん落ち着いて、今日は日が悪かったのよ。

ビールが…冷蔵庫を見たらビールが入っていたの、普段はないのよ、ビール。今日に限ってビールが私に“飲んで飲んで”って語りかけて来たの。

…私が悪い訳じゃないのよ?」

 

 美麗は両掌を向けてヒラヒラさせながら苦しい言い訳をするが、明奈は冷ややかに彼女を睨んだまま…日本刀を一閃させ、美麗の左掌に赤い横一線が滲み“ぼとり”と指四本ごと布団に落ちた。美麗は痛みに顔を引きつらせるが、声は呑み込み血が溢れる傷口を抑えた。

 

「何時までもそのポージングじゃあ嬲り殺しにしちゃうわよ、オバサン!」

 

 明奈は冷酷にほくそ笑む。…が、美麗は左手の指四本を失ったにも関わらず含み笑いを始め次第に高笑いへと変わった。

 

「ンフ…ウフフ…ァハハハハハハッ!!

えぇ、嬲り殺しなんて事言われたの久し振りだわ!

やっぱり駄目ね、貴女みたいな娘と闘うとなると嬉しくなっちゃう!!」

 

 明奈は美麗が本気になったと覚り構えると何と美麗は口元を尖らせ燃え盛る炎を明奈に吹き付けた。炎は明奈を包み込み寝室内に燃え広がるが熱さを全く感じず明奈は炎を振り払い消し去る。

 

「クソ、幻術か!」

 

 ベッドには美麗の姿はなくベランダの窓際に目を向けると既に軍服を着た美麗が右手をヒラヒラと動かして手摺部分に乗り、背中から落下して逃亡。明奈は舌打ちをして直ぐに彼女を追いかける。二人は超人的なスピードで町を駆け抜け、片側二車線の高速道路内に侵入し、美麗は右手にモーゼルC96を握り後ろを見ずに上に銃口を向けて二十発を乱射、魔弾は後方から追ってくる明奈へとホーミングしてまたもドーム型に取り囲み一斉に彼女を襲う。だが明奈は不敵に笑うと二十発の魔弾全てを一瞬の内に両断して更に加速、美麗の真横に並んだ。

 

(凄い、二刀流だけでなく風による()()()()()()()で弾丸を切り割った!)

「遅い遅い、もう逃げるなんて出来ないっよ!!」

 

 美麗はマントを取って明奈に被さるよう投げつけるが此も一瞬にして細切れにし、美麗に斬りかかった。しかし彼女は急ブレーキをかけてクロススラッシュ(交差斬撃)を回避。そして明奈は直ぐに踵を返して美麗に突進、左から刀を振り上げて攻撃した。美麗は右のモーゼルで此を受け止めるが左手は指四本がなく守る術がない。そして回避法を思考する間もなく左肩から右下腹部へと斬り裂かれて鮮血が飛び、左手の日本刀が美麗の右腕を根元から斬り飛ばした。

 軍服を血で汚し、美麗はガクリと両膝をアスファルトに落とし…ペタリと力なく座り込んだ。ゴプッと血反吐を吐き、虚ろな瞳で明奈を見上げた。

 

「ずい…ぶんベタな、能力…なのね…。」

 

 小牧明奈の戦法は風を操る力である。弾丸を正確に切り断つ精密さと切断力のある真空波、風圧を利用して風に乗り速力を増す正に加速装置。確かにベタな能力とも言えるが応用法は何通りもある。

 

「最期まで全力出さなかったのね、死んだら元も子もないのに…。

馬鹿にされた気分だわ…。」

「ゴホッ、私が本気出したら…この町、滅ぼし…ちゃいうから、ね…。」

 

 最期も冗談しか口にしない美麗を明奈は複雑な気持ちで見つめ、刀を横薙ぎに振った。美麗の長い後ろ髪がサラサラと落ちて首がゴロリと地面に転がりその拍子に軍帽も脱げてしまった。止めを刺し楽にしてやったのある。小牧明奈は勝利したが手放しで喜ぶ気にはなれなかった。悪魔契約者が同じ町で仲良く手を組むなど出来はしない…彼女は身を以て其を知っていた。だから浮之瀬美麗に警告し、対立して…殺したのだ。

 悪魔契約者の関係は結局は弱肉強食…例え契約した悪魔が強大であっても魔力を多く引き出せなければ下級悪魔と契約した者に負ける事などざらなのだ。そして小牧明奈が契約した悪魔は強大な上に彼女はその力をかなりの量まで引き出せるのである。此処まで自分の“器”を広げるのに二年近くも戦いに明け暮れた。倒した次元魔は数知れず、経験豊富な悪魔契約者も何人も倒し、内三人は魔女にまで成長した実力者だ。明奈は美麗もその中の一人だと割り切り、踵を返す。

 

「もうお帰り?」

 

 …が、その時に背後からつい今しがた殺した筈である相手の声がはっきりと聴こえた。

 明奈が後ろを振り向くと、座り込みグッタリとして動かない軍服の首なし死体の膝元に何と美麗の頭があり明奈の青醒めた顔を見てニタリと嗤った。

 

「此からよ小牧明奈さん、悪魔の真の力を見たいなら眼球が潰れる程に焼き付けてあげる!」




悪魔契約者更新。今回の流れはドタバタ~残酷バトル~ホラーみたいな感じでしょうか。
次回、美麗VS 明奈決着です。


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5話…ヴェル・ゼブブの娘

「首を落としたのに…、何で…!?」

 

 小牧明奈は蒼白な表情で嗤い続ける浮之瀬美麗の首を見続け、次第に悔しげに眉間を寄せながら歯を噛み締め、右手の日本刀を頭の上まで上げて叫んだ。

 

「わぁあらあううなああああぁっ!!!!」

 

 同時に日本刀を力一杯に振り下ろす。刃より発した真空波がアスファルトを切り裂き美麗の頭と座り込んだ胴体を真っ二つにする。だがその死骸は突然黒い影となって広がり無数の羽音をさせて明奈を包み込んだ。

 

「ウワッ、ううぷっ!?」

 

 何と明奈を包み込んだ影は“蠅の大群”であった。蠅は明奈に群がり彼女を完全に押さえ込む。しかし其れを許さぬ者がいた。蠅の大群は内側から激しい疾風により破棄散らされる。そして明奈の背後には銀翼を一杯に広げたアガレスが両手に二本の槍を握り現れていた。

 

「蠅の群れ…、まさか…っ!?」

 

 明奈は前方に何もなかった様に立ち不遜に笑みをこぼす浮之瀬美麗を睨めつけた。斬り落とした筈の首と右腕は繋がっており、左手の指四本もしっかりとあるのを確認すると自分が彼女の術中に嵌められてしまっているのだと確信した。

 

「そうか…、貴女の部屋に押し込んだつもりが実は誘い出されていたのね…。」

 

 彼女の言う通り、美麗は明奈の短気を逆手に取りわざと学校の屋上へは行かず自分の部屋で待ち受け、人形(ダミー)と戦わせて様子を見ていたのである。

 

「ごめんなさいね小牧さん。

でもね…、悪魔契約者が正々堂々と真っ向勝負を決め込む事なんて先ず有り得ないと思ってね。ルールがないのがルール、其れがDC 同士の殺し合いよ。

貴女は本当に正直な娘、正直過ぎてこの先が心配なぐらいにね。」

 

 優しく説きはするが彼女の微笑みには残忍な悪魔契約者の本質が見え隠れしていた。そして彼女の背後にはまるで蠅の群れがどんどん増えて行き羽音がどんどん大きくなっていく。明奈とアガレスは得物を構え浮之瀬美麗と対峙する。美麗は契約者と悪魔を前にして余裕な態度を崩さず両手にモーゼルC96を握り構えた。

 

「小細工にまんまと引っ掛かった訳ね…。でも対して変わらない、オバサンが死ぬ事には何も変わらないわ!」

 

 言うが早きか、明奈は風圧に乗りダッシュ。その俊足で一気に美麗の間合いに飛び込み二刀流で斬りかかり美麗は二挺のモーゼルで受け止めた。

 

「校舎の屋上の続きでもする?」

「もうオバサンの手の内は読めてるんだよ!」

 

 明奈は目に止まらぬ凄まじいまでの連続斬撃を繰り出し、美麗も同じく目にも止まらない速さでその一撃一撃を確実に受け止める。しかし学校の屋上で行われた攻防とは違い美麗は一発と魔弾を撃っていない。連撃を防ぐのに手一杯の様であった。だが明奈は更に連撃の手を速め美麗を封じ込める。

 

(何故引き金を引かないかなんて関係ない、卑怯な戦法が好きなら此方も卑怯に徹してやる!!)

 

 二人の攻防を上空より銀色の翼をはためかせて悪魔…アガレスが見下ろしており急降下、低空で高速飛行をして美麗の背後に迫った。明奈の連撃が彼女の両手を封じアガレスががら空きになった背後から二本の槍で貫くつもりなのだ。美麗は後ろを気に止められぬのか明奈を見据えたまま防御に徹する。

 

《終わりだ、()()()()()()()!!》

 

 アガレスの槍が美麗を貫かんとしたその時、突如上から()()()()()()()()()()()()()()が現れアガレスを轟音を立てて叩き伏せた。高速道路上は激しく揺れて明奈は一瞬怯み、美麗はその刹那を見逃さなかった。

 

(しまっ…た!!)

 

 明奈が彼女の顔に浮かんだ嘲笑とモーゼルC96の銃口を見たのと同時に右肩に衝撃が走り、アガレスが踏み潰された場所を中心にして亀裂が走ると高速道路は断絶、轟音と砂塵を立て撒き散らしながら崩落した。

 コンクリートやアスファルトに鉄骨が無惨に…無造作に折り重なった瓦礫の山から何とか押し潰されずに済んだ小牧明奈が這い出て来て呆然と辺りを見回した。砂塵は舞い広がり視界に入るのは瓦礫ばかり、彼女は立ち上がりアガレスの姿を探した。…だが彼の姿は見つからず、足場のない瓦礫の上を歩こうとするがバランスが取れず両膝を付いてしまい妙な感覚に陥った。

 

(なに…、足元が妙にフワフワする。それに全身の感覚が変!?)

 

 明奈は四つん這いで瓦礫の山を這うのが精一杯で今は此所から離れる事を一番に考えた。

 

「何処に行くのかしら、小牧さん?」

 

 頭の上から声がして明奈は上を向くとマントをなびかせた軍服姿の人物が宙に浮いており、ゆっくりと降りて来て爪先から着地してコツッと小さく黒いブーツの踵を鳴らした。浮之瀬美麗である。

 

「貴女の勝ちよ、サッサと殺せば…?」

 

 恐らくアガレスも倒されたか魔界へ逃げたかのどちらかであろう。そして身体が思う様に動かない以上、もうこの魔女から逃げる事も出来ない…。そう明奈は判断した。

 

「そう…、ならそうさせてもらおうかしら…。

でも、死ぬ前に貴女の精神が持つかどうか…見物だわ。」

 

 すると周囲の無限にいるかに思えてしまう蠅の大群が無数の羽音を鳴らしながら一ヶ所に集まり始め、その塊はどんどん大きくなり巨大な蠅の怪物となり姿を現した。そしてその右前足の二本の鉤爪には下半身と翼を失ったアガレスが胸を貫かれて突き刺さり引っ掛けられていた。

 明奈は目を見開いて美麗の背後にそびえ立つ蠅の怪物を見上げ、アガレスの無惨な姿を焼きつける。

 

「蠅の…王、そんな…こんな完全な形で顕現するなんて…!?」

「小牧明奈さん、私の契約した悪魔が何なのかはもう解ったわよね。

“気高き主”、“蠅の王”、七つの大罪の一つ…()()()()()()()。…人は恐怖を持ってこう呼んでる、“ヴェル・ゼブブ”と…。

本来なら彼程の大悪魔と契約出来る人間なんて喚び出しでもしない限り居やしない。だけど私は彼と波長が合うだけでなく()()()()()()()()()()()()を持ち合わせていたの。貴女がアガレスの力を多く引き出せる様にね。」

 

 明奈は四つん這いのまま小さく笑い、その声は大きくなり最後はけたたましく自分を嗤った。

 

(まるで()()()()()ね…。

上には上が居るなんて分かり切ってる事じゃない、いつの間にか私は契約者としての力に溺れていたんだ!!

このまま…、あっさりと殺されるんだ。)

 

 契約した悪魔も倒された今、彼女を救う者は誰もいない。明奈は美麗の前で頭をたれ、全てを委ねた。

 

「ねえ、小牧さん。貴女このままサパッと殺してもらえると思ったの?

…本当に甘いのね、とんだネンネチャンだわ。」

 

 美麗は正に悪魔の笑みと言うべき嘲笑を見せ、明奈は絶望をその身に刻まれる事となるのであった。

 



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6話…悍ましき悪夢の後

 明奈は少し予想外だった。彼女…浮之瀬美麗が相手が苦しむ様を見て喜ぶ様な人間たとは思っていなかったのである。明奈は最後の最期でもやはり裏切られた気分になり、失望感で胸が押し潰されそうになった。

 

「結局…アンタも其処らの下衆共と同じな訳だ…。

いいよ、嬲り殺しにしなよ。私もそのつもりだったしね…。」

「ンフッ。小牧さん、今貴女…感覚はどんな風?

触覚は?

味覚は?

そして痛覚は?

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 美麗はそう言うと自分の右肩を指差した。先程撃たれた傷口を見ろと言っているのである。明奈は身体を起こし右肩の弾痕に目を向けるが、それ以前に痛みがなかった。弾は貫通しておらず体内に残ってしまっており、早めに取り出さなければならない。だが弾痕からは痛覚が感じられず “モゾリ”と傷口で何かが動いた。彼女が傷口に手をあてて探ると何やら“小さい白い物”が取れた。其を見て調べるとソイツはモゾモゾと動いた。…“白蛆”…“蛆虫”である。明奈はゾッと鳥肌を立て蛆虫を払い捨てるが…“まさか”と思いブレザーと白シャツを急いで捲り右肩を出して弾痕を確認した。

 

「あ…、ああああ……」

 

 明奈の顔から血の気が失せ、反対に美麗の表情が恍惚に火照り始めた。何と、明奈の肩の弾痕から蛆虫が何匹も湧き出ているのだ。

 

「あああああああああっ、いああ、ああああああああああっ!!?!??!!?」

 

 明奈は絶叫し、バランスを崩して瓦礫の山から転げ落ちた。身体の彼方此方をぶつけ蹲る彼女だが痛みがない事に気付いた。触覚もなくフワフワした感覚はそのせいだと気付き口から血を流していても鉄錆びた味が感じられなかった。美麗により受けた銃弾に魔力が仕込まれていた。一種の呪殺弾だったのである。

 瓦礫の山より落ち這いつくばる明奈の前にまた美麗が降り立ち片膝を付いて震える彼女を抱き起こす。

 

「小牧さん、蝿蛆症(ようそしょう)って知ってる?

世界中の牧場等でよく見られるらしいけど、家畜に蝿が卵を産み付け産まれた蛆虫が体内で宿主の血肉を養分にして育つ。時折人間にも産み付けたり、モンゴルでは飛んできた蝿が人の目に蛆を直接吹き付けるらしいわ。」

 

 明奈を抱え優しげな声で説明する美麗。彼女に使用した呪殺弾の名を“ミエリアス”と美麗は名付けている。直訳はそのまま蝿蛆症である。弾丸の中にヴェル・ゼブブの魔力を詰め、敵に撃ち込み体内で起爆…孵化した使い魔である蛆が体内を触覚・味覚・痛覚を麻痺させる毒を出しながら全身を侵食し、最後に脳を食い尽くす呪殺弾である。

 

「痛みは時に正気を保ち、意思を確認する方法になり得る。でも痛覚を感じられない常態で身体を少しずつ咀嚼されていくのはとても恐ろしい事だと思うの。

逃げ道があるとするなら…其れは精神を狂わせて自我を失う事だけ。貴女はどうなるのかしらね、小牧さん?」

 

 明奈には理解が出来なかった。…最早蛆虫が蠢く感覚が感じられず今一度銃痕を見ると皮膚を突き破り何匹もの蛆が顔を出しまた身体に潜り込む。体内の血肉を貪られ痛覚や触覚のみならず嗅覚も麻痺し、身体も動かなくなり、目をギョロつかせ全身が吹き出した汗で濡れる。

 

「イヤ…、こんな死に方いや、殺してよう…こっ、()()()()…!」

 

 毒で舌が麻痺し、味覚どころかまともに言葉を発する事も出来なくなり美麗の太股を枕に寝かされ明奈は美麗の顔を見続ける。まるで何もかもを許し包み込んでしまいそうなとても柔らかな笑顔は彼女を更に恐怖をその心に刻み込む。何故そんな微笑みを浮かべる事が出来るのか…、何故そんな優しげに自分に触れる事が出来るのか…、小牧明奈には全く理解が出来なかった。目尻に涙を溢れさせ流す。…だが涙が止まり、代わりに涙腺より出て来たのは蛆虫であった。明奈の眼球の上を這いずり瞼の下からも蛆虫が出て視界を覆い隠し始めた。耳に鼻…口の中にも蛆が湧き出、明奈は美麗の腕の中で喉がはち切れる程に絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああっっ!!?」

 

 小牧明奈は叫びながら勢い良く上半身を起こした。全身から汗が吹き出、目を見開いて“ハァハァ”と荒い息遣いをする。暫し茫然とする彼女であったが…自分がキレイな布団を掛けてベッドの上にいる事に気付いた。ギュッと布団の端を握り、息も静まり顔を上げて周囲を見渡すと其所は寝室の様であった。

 

《明奈、目覚めたか!?》

 

 聞き慣れた声が頭に響き明奈は部屋の中を見渡した。

 

「アガレス、生きてたの、何処にいるの!?」

《下だ、()()()()()。》

 

 “えっ!?”と思いながら明奈は自分の枕元を見ると…、其所には()()()()()()()()()()()()()が一羽いた。

 

「あっ…アガレス…なの??」

《あぁ、再生するのにお前に預けた魔力を少し頂いて何とか現界している。》

 

 明奈はアガレスが無事だと知ると微笑んで雛の姿であるアガレスを撫でる。…と、“コンコン”とドアを叩く音が聴こえ明奈はキッとドア側を睨む。

 

「起きたみたいね、小牧さん。」

 

 其所には自分を恐怖のどん底へ突き落とした魔女…浮之瀬美麗があの優しげな微笑みを浮かべて立っていたのであった。




蝿蛆症をググって調べましたが、キモい画像や話が一杯でした。…オエ…!?


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7話…手を差し伸べ掴み取る

 二人のDC…悪魔契約者の死闘から3日程が経っていた。結局小牧明奈は浮之瀬美麗に殺されずに助けられ…彼女の住むマンションの寝室で休まされていた。二人の闘いで町を通る高速道路が倒壊した事により町全体の交通機関が一時的に麻痺し、高速道路の大規模な復旧で町の国道や抜け道は渋滞続きとなっていた。

 3日目の夜に明奈が回復して目覚め、美麗は夕食を二人分用意して彼女をキッチンに招いた。雛鳥になってしまっていたアガレスを右手に抱えた明奈は警戒しながらもテーブルに並べられた二皿あるカレーライスの食欲を祖剃る薫りに勝てずにグ~と腹を鳴らしてしまった。美麗はクスッと笑いエプロンを取る。その下は薄手の腰まである水色のトレーナーに黒いインナーレギンスであまり気にして見ずにいたがかなりの豊満な胸に括れた腰…スラリと長い足とモデル顔負けのスタイルをしていた。

 

「座っていいわよ、小牧さん。」

 

 明奈は美麗に見とれながら席へ着き、目の前にあるカレーライスに生唾を呑み込む。それに気付いて美麗は含み笑いをし、「どうぞ召し上がれ。」と促して自分もテーブルのカレーを食べ始めた。静かでお互い無口なまま淡々と食事は進むがつい数日前に殺し合いをした者同士とは思えない緩やかな雰囲気が流れていた。お皿の脇に置かれたアガレスに明奈がスプーンでカレーライスをやり、警戒しながらも小さな嘴でカレーライスを貰う。…すると美麗が笑顔のまま唐突に意味深な言いぶりをした。

 

「随分すんなりと食べてくれるのね、毒とか盛られてるとか思わなかった?」

 

 明奈は一瞬彼女を睨むが、直ぐに表情は平静なものになり言い返した。

 

「私だって毒があるかないかくらい解ります。呪力なら兎も角…普通の毒なら効きもしないし。」

「乱暴な言葉遣いはしないのね。そっちが本来のしゃべり方かな。」

 

 美麗はニコリと笑い、明奈は恥ずかしげに視線を反らすが、今自分が一番疑問に思っている事を率直に彼女に訊いてみた。

 

「どうして…、私を殺さなかったんですか?」

 

 その問いに美麗はスプーンを置いて明奈の目を見つめ返答した。

 

「最初から出来るだけ殺したくないとは思っていたのよ。…だけど脅しは効かずとても強い。なら殺すしかない。

其処まで考えはしたけど…何故かな、貴女とは仲良く出来る気がしたのよ。何となくだけどね。だから勝負が着いて私の部屋に連れて来たの。

…あまり理由にはなってはいないわね。」

 

 微笑みながら話す美麗に明奈は好感を持つ。しかし既にこの微笑みと雰囲気に一度騙されているのでその言葉を信じる訳にはいかなかった。

 

「…そうですね、理由もなく敵を生かす訳がないです。

本当の思惑は何処にあるんですか?」

 

 簡単には信用するな的な言い回しは自分でも彼女にしていたのと何となく感で助けたなどで信じてもらえていないのは当たり前なのだが、やはり色々と説明するのは面倒なので苦笑いをしながら何とか言い訳を考える。

 

「ん~、じゃあ…私の“部下”になるってのはどうですか小牧さん?」

 

 明奈はその場のノリと言うか行き当たりばったりとも言える勧誘に言葉を失った。今までも同じ様な勧誘はあったが自分が断れば大概は死闘となり明奈が勝ち相手は逃げ出すか死ぬかのどちらかであった。…しかし今回は既に彼女は負けていて極端な話…今も明奈の命は浮之瀬美麗の掌の上にある。小牧明奈に選択の余地などはないのである。

 

「もし…イヤだって言ったら…?」

「この町を出て行ってもらうわ。

正直…、私はDD…次元魔の相手でお腹一杯。DCの揉め事までは自分に降り掛かるものも含めてごめん被りたいのよ。貴女が私の手足になってくれるなら手助けをしないまでもない。…けど私と組まず、町を出ず、此所で別のDC同士で騒ぎを起こす気なら…今度こそ本気で殺す!

…さっ、二者択一よ?」

 

 美麗は今度こそ生きるか死ぬかを明奈に問う。彼女が言う事は勝者が敗者に向けるケジメなのであろう。今まで浮之瀬美麗は大悪魔ヴェル・ゼブブと共にこの町を守ってきたと言っても過言ではない。彼女にとって小牧明奈などと云った他の悪魔契約者は謂わば異物と何ら変わりないのだ。正にこの町はヴェル・ゼブブ…そして浮之瀬美麗の管理下にある。その中で次元魔は今でこそ只狩られるだけではあるが別次元より出づる正体不明の異物であり超越者である悪魔ですら解らない存在である以上は油断出来ないのだ。…小牧明奈にはそんな彼女の心情が今やっと理解出来た気がした。

 

「アガレスと契約してから2年、ずっといろんな町を回ってその町にいる魔女や魔少女を追い出し…殺して次元魔も出来るだけ多く倒した。元々此方から売った喧嘩…殺し合いだけど次元魔を本気で相手して狩り続けてる魔女に会ったのは初めて。

今までに出会った魔女魔少女は皆次元魔なんて無視して自分の欲望に溺れてる奴等ばかりだったから…、最初は“先生”もそうかと思ってた。…私は自分が強くなる事しか頭になかった。結局は蔑んでたDC達と何ら変わらなかったんですよね…。

…私、先生の言う通りに町を出…」

 

 其処まで言いかけた明奈だが、何やら身体をくねらせ形容し難い美麗の表情を見てしまい言葉を詰まらせた。

 

「………何ですか?」

「ええと、ソレ…言っちゃうの~?言っちゃうのかな~~??」

 

 向かいに座り不思議な動きと言動を取る三十路の女を前に明奈は怪訝な表情をするしかなかった。浮之瀬美麗が何を求めているのかが解らないのである。明奈はテーブルの上でフルフルと産毛を震わせているアガレスに念話で訊ねた。

 

《…この人どうしたの、私何か変な事言った??》

《クク…ッ、人間はやはり理解し難いな。あれが契約者ではヴェル・ゼブブ殿も苦労されておる様だ。》

《何笑いながら一人納得してるのよ!》

 

 そんな念話のやり取りに気付かないのか美麗は呪文でも唱えるかの如く口にし始めていた。

 

「私仲良く出来そうって言ったし~、殺さなかったし~、カレーライスご馳走したりしたよ~。おいしかったでしょお~おいしかったよねえ~。

本当に町出ちゃう気ぃ~?ねぇ出ちゃう気なのぉお~?

美味しいカレーが食べられなくなるよおお~~。」

 

 肩をすぼめて明奈の顔を覗き込む美麗。明奈はこの人物が自分を一蹴したあの蠅の王が認める契約者と同一人物と到底思う事が出来ずにいた。

 

(学校でもそうだったけど掴み所がなさ過ぎるわこの人!)

 

 そんな事を考える明奈だが、美麗が肘をテーブルに付いて両指を組み重ねてまたあの柔らかい微笑みで口にした言葉が彼女の心を大きく動かした。

 

「きっと私達、()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 明奈はまだDCになりたての頃を思い出してかつて共に闇を駆け抜けた少女が自分に投げかけてくれた言葉が浮かんで来た。

 

“私達は二人で助け合いながら生きるんだよ。”

 

 胸が締め付けられ、目頭が熱くなって気付けば大粒の涙がテーブルに落ちていた。それを見てしまった美麗は暫く茫然としてしまうが、席を離れ下を向いて涙を落とすも声を押し殺す明奈の傍らに立ち…その大きな胸で彼女をぎゅっと抱き締めた。一瞬驚く明奈だがその温かさで感情が高まり、嗚咽をあげ始めたのであった。

 アガレスはそんな二人から視線を離すとテーブルを飛び降りて部屋から姿を消し、マンションの屋上へ転移して姿を雛鳥からオオタカへと変化…翼をはためかせ手摺に腰を据えた。

 

《多少は魔力が回復したか。どうであった、二人の様子は?》

 

 地の底より響くかの様な声をアガレスは察知するが特に慌てる事もせずに応えた。

 

《貴殿の契約者が我が“伴侶”を堕としてしまわれましたよ、ヴェル・ゼブブ殿。》

《そうか。美麗と契約をして十六年、お前達が初めての…そして最初の仲間となるか。

()()()()()()()()。》

 

 手摺にとまるオオタカの横に小さな蝿がとまると、その後ろには正体である銀翼銀毛の鳥人と巨大な蠅の怪物の幻影が群雲の夜に揺らいだ。

 

《どうやら契約者よりも貴殿の方が何やら一物お有りの様だ。》

 

 アガレスはヴェル・ゼブブを勘ぐる口調を取るが、ヴェル・ゼブブは気にせず前肢で顔を拭き、首を左右に傾げる。

 

《一物などと言う程の事は考えてはおらん。只()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。》

 

 二人の悪魔契約者が自分の元で出会い協力関係を取る事はヴェル・ゼブブにとってはとても重要な意味を持っていた。浮之瀬美麗の下に契約者達を集めて備えなければならない。次元魔と相反するDC達の動向。そして悪魔と幾星霜の刻を敵対してきた“天に住まう者達”も動き出す頃合いだとヴェル・ゼブブは踏んでいた。

 

《集うがよい、我が同胞(はらから)よ。》



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8話…気に入らないなら牙を剥け!

 深夜2時のビル街に一頭の馬らしき影があった。影は大通りをかなりの速度で駆け抜け、その後をグレーのパーカーに上着に下は“I ♥ you”とプリントされた薄ピンクのトレーナー。両腕には手甲を着け、G短パンに黒のニーハイを穿いた私服姿の小牧明奈が全く同じスピードで追いかけていた。赤いスニーカーでアスファルトを蹴り額に巻いた白いハチマキをなびかせて馬との間を狭めて行き、明奈の顔に笑みが浮かぶ。

 

「捉えた!」

 

 明奈は更に加速して接近戦に持ち込もうと考えるが、彼女の頭にアガレスの念話が響いた。

 

《気を付けろ明奈、奴め何か仕掛けて来るぞ!》

 

 アガレスの警告は当たり、馬…否、馬の姿をした次元魔は走りながら尾っぽの毛をざわつかせたかと思えば一本一本が針金の如き鋭さを発しバッと広がり伸びて明奈に襲いかかった。明奈は速度はそのままに風による不可視のドリルをイメージして自分の前方に造り出した。すると襲いかかって来た無数の針金の毛は明奈をして避けて螺旋の如く割れた。だが針金の毛は明奈を球体の様に変形して包み込むと背後に集まって束ねられ裏返るかの様に中の明奈を二度襲う。まるでミカンの赤いネットみたいになる次元魔の尾っぽを明奈は確認すると両手の日本刀で自分を包み込んでいる球体を素早く切断、同時に針金の尾の束は力を失くして地面に落ちた。

 馬の次元魔は急ブレーキをかけ反転、小牧明奈に向けて突進と同時に口一杯の太い器官を伸ばした。器官の先は真っ直ぐになって尖り、正に一騎討ちの如く双方真っ直ぐに駆け走った。

 

「“インジブル・ブレイド・ダンス”!!」

 

 明奈が掛け声を上げた刹那、高速で迫り来る彼女の姿が完全に不可視となり次元魔は突然敵の姿が消え失せたのに驚き蹄でアスファルトを削りまたも急ブレーキをかける。だが次の瞬間明奈の姿は次元魔の背後にあり、刀を握った両手は下ろされ戦闘態勢を解いていた。彼女は冷たい瞳で次元魔を見るが、日本刀を構えようとはせずに背を向けて無防備に歩き出した。すると馬の姿の次元魔はピクリと痙攣をした途端ドバッと夥しい紫色の鮮血を溢れさせ積み木の様に細切れの肉片となり崩れ落ちた。

 

「終わりましたよ、美麗先生。」

 

 そう言って向けた視線の先には襟を鋭角に立てたマントにアニメーションに出て来そうな軍服姿の美女…浮之瀬美麗がいた。

 

「凄いわね、風による光の屈折現象で不可視となり上空から強襲…二刀流の乱れ剣舞で瞬殺。正にガード不能技ね!」

「何処がガード不能なんだか、真上から攻撃したのがバレてる時点で先生にはまる分かりじゃない!

こんなのもう必殺技なんて言えないからっ。」

「なかなか殊勝ね、確かに私には一撃必殺とはいかない。…けど自身の攻撃の次動を隠すには打ってつけよ。其れにあの巣早い動きが加わるんだから相手から見たら瞬間移動と指して変わらないわ。

眼前にいたと思えば背後に…。背後から右、そして左、しかし本命は真上。

…正に公衆トイレの落書きね!」

 

 ケラケラと笑う美麗だが、明奈の顔が真っ赤っかになる程ヒートしている事に気付き笑い顔が引きつった。

 

「ごめんね明奈ちゃん、先生ちょっと調子に乗っちゃった…。」

 

 美麗は“テヘッ”と笑って舌をペロッと出す。…が、その仕草が火に油を注ぎ、明奈が両手の日本刀を蛮族の如く突き上げて怒声を上げた。

 

「三十路の女が“テヘッ”とか笑ってんじゃねえええ!!!!」

 

 明奈はガアッと歯を剥き出しに大口を開けて日本刀を振り回しながら美麗を追いかけ回し、美麗は美麗で三十路と言われた事にショックを受け「酷いわ明奈ちゃん酷いわ!」と連呼しながら彼女の攻撃をヒラヒラと躱した。次元魔を退治したまでは良いがその後がもうグタグダである。そんなグタグダ感溢れる二人のDCを二体の悪魔が呆れがちに見守っていた。

 

《DCが二人となってDD狩りがとつてもなく騒がしくなりおったわ。》

 

 姿は見せず…ヴェル・ゼブブは同胞となったアガレスに語りかける。彼もまた姿を見せないままヴェル・ゼブブに返した。

 

《確かに…。しかし私は明奈のあんな楽しげな顔は()()()()()()()()()。》

《ほう、悪魔である貴殿が感傷に浸るか。》

《可笑しい…でしょうな。小牧明奈と契約してから私は時々自分の感性が人に似てきている様に感じております。本来ならば我々は人間を奈落へと導く側である筈なのに…。》

 

 アガレスの素直な言葉にヴェル・ゼブブは自身の思いを重ねていた。そんな悪魔達の気持ちも知らず、二人の悪魔契約者はワイワイと騒ぎながら一晩…鬼ごっこを続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝、小牧明奈は2年B組の教室にある自分の机に突っ伏して徹夜で浮之瀬美麗を追いかけ回してしまった事を後悔しながら睡魔と闘っていた。

 

《ゲンキンなものだ、数日前に死闘を繰り広げた相手と今日の夜明けまで仲良く追いかけっことはな。》

《アガレス煩い、私だって直ぐに終わらせるつもりでいたのよ。…なのにあの先生ってば人を逆撫でする事ばっか言うから…っ!!

…もういい、寝かせて!》

《了解した。》

 

 其処で明奈とアガレスの念による会話は終わり彼女は顔を隠して伏せる。しかしふと明奈は胸糞悪い物を見てしまった。明奈の席は左端二列の後ろから二番目窓際にあるのだがその隣二列の横一つとんだ机の上に小さなスイセンを挿した細い安物の花瓶が置いてあった。周りの生徒達はチラチラ見ながら気の毒そうな顔をして視線を反らし見なかったフリをし、窓際の一番前の席では三人の女生徒がニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべながら小さな花瓶のある席と教室の出入口を見ていた。

 そして一人のおどおどしたオカッパの女生徒が入って来て申し訳なさそうにクラスメイトの横を通りながらスイセンの花瓶が置かれた席の横に立った。オカッパの女生徒は花瓶を見ると本来なら可愛らしいであろう顔を悲しさと悔しさに歪め、目尻に涙を溢れさせた。

 

「ぷっ、あははははは!!」

「ま~た泣いた、そろそろ慣れろっつうの、キモい奴!」

「や~だ、慣れたらもう泣かないからつまらないじゃん!」

 

 前の席でゲラゲラと嗤いながら泣いている女生徒を罵る三人の娘達。明奈が転入してから毎日見せられる光景である。

 

(…ホントこのクラス“屑”ばっか!)

 

 周りのクラスメイトはオカッパの子を助けようとも手を差し伸べようともしない上、反対にクスクスと嗤う者までいた。小牧明奈はこの陰険な苛めに気付いてからクラスメイトとは一切口を訊かずに拒絶していた。…だから未だ誰一人と名前は覚えていない。しかし、かと言ってあのオカッパの娘を助ける訳でもなかった。この酒蒔中学校に転入して浮之瀬美麗と出会ってからは悪魔契約者として強くなる事と彼女を倒す事で頭が一杯であった為このクラスの問題に関わる気が起きなかったのである。…だが今は美麗とは協力態勢をとる事で解決している。力を付けるのに焦る必要はない。そんな明奈が気になって堪らないのは正に毎日苛め現場を見せつけられるこの問題であった。明奈は眠たい眼を擦り、立ち上がって拳を握りながら身体を一杯に伸ばした。そして机を涙で濡らして嗚咽を出し席に座るオカッパの女生徒の傍らに立った。オカッパの娘は明奈に気付き、涙でぼやけた目で見上げた。

 

「あ…っ。」

 

 何かされると思ったのか、泣いていた少女の顔が恐怖に歪むのだが…、その手は小さな花瓶を掴み何とあの三人の苛めグループのいる席の天井に投げつけて割ってしまった。水と破片を頭から被った三人は悲鳴を上げ、リーダーである茶髪の女生徒…森友要が明奈に罵声を浴びせた。

 

「イヤアア、危なっ!!ふざけんなよ転校生殺すぞ!!」

 

 明奈と森友要が睨み合い、教室は騒然となってしまう。明奈は彼女達苛めグループに冷ややかな視線を放ちながらこう吐き捨てた。

 

「其所、花瓶の破片危ないから片付けた方がいいわよ。」

 

 其れを聞いた二人…恐らくは森友要の取り巻きが怒り浸透して際限なく明奈に罵詈雑言を浴びせ続ける。

 

「ざけんな、テメエがやったんだろうが!!」

「コッチはお前のせいでびしょ濡れなんだよ、クリーニング代出せ!!」

 

 小牧明奈は特に気にせず要をジッと睨め、要も明奈を睨む。…いや、睨んでいる訳ではなかった。視線を外せずにいるのだ。蛇に睨まれた蛙と例えるなら明奈が蛇で要は蛙である。今や蚊帳の外に追われた被害者の筈のオカッパの少女…岸輪典子は何が起きているのか理解が出来ずに苛めグループと対峙する明奈を見上げると…、彼女は何故か冷たい微笑みを浮かべ、典子はその得体の知れない嘲笑に怯えた。




ちょっとの間、明奈が主役です。


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9話…己が心のままに…

 その日の放課後、案の定明奈は指導室に呼ばれ、担任である中年の女教師…戸崎道代が椅子に座った明奈と机を真ん中にして向き合い同じく椅子に座り、生徒指導担当の男性教師…身木沢嗣矢が戸崎の脇に立ち説教を貰う羽目となった。中肉中背である身木沢はそのおっとりした顔を困りげに曇らせ、戸崎道代は鬼婆の如く顔を歪めていた。

 

「小牧…、どうして友達に花瓶を投げつける様な真似したんだ?」

「身木沢先生、間違えないで下さい。小牧さんは森友さん達に花瓶を“ぶつけた”のです!

あんな危険な行為をしていると云うのに反省の色を見せないなんて、貴女あの子達が怪我をしたらどうするつもり!?」

 

 戸崎道代は少々事実を歪曲させて捲し立て、もうあのイジメグループを庇う様に明奈を責め立てた。身木沢は怪訝な表情を取り、感情的になる戸崎を止める。

 

「戸崎先生、小牧にも理由がある筈です。一方的に責めるのはどうかと思います。」

「身木沢先生、貴方この子のした事が解っているのかしら、もしかしたら森友さん達三人大怪我をしていたかも知れないのよ!

此だから親のいない子供は教育が行き届いて…」

 

 中年の女教師が明奈を罵ろうとすると、身木沢のおっとり顔に眉間を寄せて眉毛をつり上げて諌めた。

 

「戸崎先生、いくら教師でも口が過ぎますよ!…相手の気持ちを考えて下さい。」

「身木沢先生こそ彼女の危険行為を問題にするべきではありませんか!?」

 

 二人の教師は考え方の相違からなのだろうか、何と学校生徒である小牧明奈の前で言い争いを始めてしまった。明奈は教師同士の争いを呆れながら見るが、少なくとも身木沢に於いては自分に対して其れなりに味方をしてくれているのは理解出来た。

 すると何処からか“パンパン”と軽い手を叩く音がしてそれに気付いた三人が音の鳴った方を見ると、指導室のドアが開いており女性がスーツ姿の女性が立っていた。…浮之瀬美麗である。

 

「戸崎先生も身木沢先生もそのくらいにされたらどうでしょうか、小牧さんが困り顔で見てますよ?」

 

 間に割って入った美麗を戸崎はキッと睨み付け、彼女はいつもの微笑で其を受け流す。身木沢は頭が冷えた様で少しホッとした表情となった。

 

「浮之瀬先生、どうされたんですか?」

 

 身木沢に尋ねられると美麗の頬が染まり妙にソワソワし始めた。

 

「あっ、ハイ、教頭が戸崎先生を呼ばれていたので其れを伝えに来ました。…戸崎先生、()()()()()()。」

 

 そう美麗に言われると戸崎のキツい視線が更にキツくなり“ガタン”と椅子の音をわざと立てて立ち上がった。

 

「ありがとうございます、浮之瀬先生。…ですが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 敵意剥き出しに捨て台詞を言い捨てて戸崎道代は指導室の戸を乱暴に閉めて出て行った。身木沢は改めて美麗と向き合い、照れ笑いを浮かべて彼女に礼を言った。

 

「ありがとうございます、浮之瀬先生。自分…やはり戸崎先生とはそりが合わない様です…。」

 

 そして少し落ち込む様に苦笑いを見せ、美麗も小さな笑みを彼に向けた。

 

「身木沢先生だけじゃありません、

私なんか目を付けられて顔を合わせる度に睨まれてますから。」

 

 どうも二人と戸崎道代は色々と対立しているのか事ある事に感情をぶつけてしまっている様であった。しかし明奈はそんな教師事情よりも美麗の身木沢に対する態度の方に興味がわいていた。先程から身木沢には奇妙なまでにナヨナヨとしたり照れたりと歳不相応な仕草を繰り返しているのである。明奈はそんな美人教師から目を離さず、ジッと観察をしてみた。

 

「例の件って…、やっばり…“虐め”の事でしょうか?」

「多分そうだと思います。以前からずっと先生が問題視してくれてましたから…教頭先生もやっと重い腰を上げてくれたのかも知れません。」

 

 そんな会話になると身木沢は明奈に向き直り、笑顔でお礼と軽い説教を口にした。

 

「ありがとうな、小牧。岸輪の事守ってくれて…。

只もっと穏便にな、天井に花瓶を投げつけるのはさすがに危ないぞ。」

 

 どうやら身木沢はある程度の状況を把握していた様であった。証言は被害者をきどるイジメグループ三人が馬鹿正直に喋っていただけではあるが…。しかしだからこそ担任の筈の戸崎が小牧明奈だけを責め立てるのが許せなかったのである。岸輪典子の虐めの件は明奈が転入してくる前から身木沢嗣矢が職員会議で問題に取り上げていた。彼が岸輪典子のクラスの違う友達より相談を受けたのだが、彼女と小牧明奈のクラス担任である戸崎道代は虐めはないと断言しておりこの件に対してはかなり混迷していたのだ。虐めの証拠はなく、クラスの生徒達も口を閉ざしている上に他の教師が首を突っ込むにも担任が障害となっていたのである。更に今回はその担任が小牧明奈を不良と見なし、両親と暮らしていないのをいい事に彼女にはかなり辛くあたっていた。…当人は気にも止めてはいないが…。だが虐めに関して解決の糸口も掴めないでいるのはイジメグループのズル賢さ~強かさと戸崎道代の過剰な事なかれ主義が歪に組合わさった結果であった。

 浮之瀬美麗が後の事を引き受け、身木沢嗣矢は明奈に手を振って指導室を出て行くと、指導室の戸が誰も触っていないのに内側からロックされた。美麗は軽く溜め息を吐き、明奈が座る席の側の机に腰掛けた。明奈も美麗と二人だけになったので身体を楽にしてラフな座り方に変える。

 

「何れはトラブルを起こすとは思っていたけど…、意外に遅かったわね。」

「…遅いんですか…。」

 

 明奈は美麗のシレっとした反応に少し違和感を覚える。DC…悪魔契約者が二人同じ場所にいるのだから騒ぎは起こさない様にと釘を刺されると彼女は思っていたのだが、美麗はこの一件に対して注意をしたりはしなかった。

 

「…でもその騒ぎが人助けだなんて、貴女本当に真っ直ぐな娘なのね。」

「別に…、只朝からゆっくりと眠りたいだけです。」

「ツンデレ?」

「やめて下さい。」

 

 美麗はニコリと明奈に笑いかけ、彼女は顔をしかめて視線を反らした。

 

「そう言う先生こそ、身木沢先生には妙にデレてませんか?」

 

 ちょっと意地悪く美麗の身木沢嗣矢への態度をからかおうと明奈はしたのたが、美麗は顔を綻ばせ、またもや頬を染めて生徒相手に自分の想いを暴露した。

 

「実は…、今私、身木沢先生に片想い中…キャッ(σ≧▽≦)σ♥」

 

 美麗は思春期の如く顔を真っ赤にして両手で被い隠し、そのあざとい仕草を見せられた明奈の表情が凍りついて今すぐに指導室を出ていきたい気分になった。

 

(何でまた身木沢なんかに…、まぁ…良い先生だとは思うけど…。其れはさておき…)

「私に何か用があったんじゃないですか、美麗先生?」

「うん、取り敢えず今後についてだったけど…。やっぱり先ずは森友さん達と岸輪さんの件かしら。」

 

 其れを聞くや明奈はしかめっ面をして立ち上がり戸の鍵を開けて指導室を出ようとする。

 

「私、本当にあの娘を助けた訳じゃないから。虐めにも此以上は関わりません。」

「そう、でも森友さんはきっと貴女も標的にするわよ、明奈ちゃん?」

「その時は病院にでも送りつけてやります。」

「あら優しいのね、()()()()()()()()()()?」

 

 明奈はその言葉に足が止まり、その場から動けなくなった。

 

「先生は…、この学校の誰かを殺した事が…あるんですか?」

 

 明奈は後ろを見るが美麗の顔を見ずに尋ねた。

 

「まだかしら。…でも“予定”している人間はいるわよ。」

 

 小牧明奈は時折失念してしまう。浮之瀬美麗が悪魔契約者…魔女である事を…。天然とも思える言動や仕草は彼女の隠れ蓑の様なモノだ。その裏にあるのはDCに有りがちな傲慢と残忍性、そして全てを欺く狡猾さである。彼女が持つ優しさは本物ではあるがその慈愛が全ての者に注がれる訳ではない。自分にとって害となるならば例え相手が何の力もない人間であろうと浮之瀬美麗は容赦せず“蠅の王の力”を振るうだろう。美麗の言う()()()()()()()()は今までの状況の流れから察すれば名前を口にする必要もない。きっと今振り向いたなら、彼女はあの時と同じ優しげな微笑みを浮かべてるに違いない。…しかし明奈は美麗の魔性に恐怖しながらも美麗の考え方を真っ向から否定した。

 

「私は…学校の誰も…手にかけたりはしない、例えどんなに卑劣な奴であろうと…!」

 

 明奈は美麗とは目を合わせず、指導室を出て戸を閉める。一人残された美麗は何故かは分からないが明奈との死闘に見せた微笑みではなく、とても屈託ない嬉しげな笑顔を浮かべていた。



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