ストライクウィッチーズ オストマルク戦記 (mix_cat)
しおりを挟む

第一話 オストマルク奪還作戦始動

 オストマルクは欧州南東部に位置する多民族国家である。人口は5100万人で、1億7500万人のオラーシャ、6500万人のカールスラントに次いで欧州で3番目に多く、欧州の中でも大国の一つとされている。しかし、1939年のネウロイの侵攻の前に全土を蹂躙され、以来皇帝を始めとした政府首脳はノイエカールスラントに亡命し、国民は各国に分散して難民生活を余儀なくされている。その後連合軍の反攻作戦によって欧州のかなりの地域は解放されたが、オストマルク領内には狭い範囲に4か所ものネウロイの巣が存在するため、これを撃ち破って解放することは困難を極め、いまだにその大半がネウロイの支配下にある。

 

 多民族国家であるオストマルクは10を超える民族で構成されている。多くの民族の中で最も人口が多いのはカールスラント人で、全人口の24%を占め、皇帝を輩出するハプスブルク家もカールスラント人だ。カールスラント人に次いで多いのはハンガリー地域を中心に居住するマジャール人(ハンガリー人)で、人口の20%を占める。以下、チェック人(チェコ人)、ポーランド人、ウクライナ人、ダキア人、クロアチア人、スロバキア人、セルビア人、スロベニア人等となっている。

 広大な国土の大半は内陸にあって、わずかにクロアチアの一部がアドリア海に面しており、有力な港湾のリエカ(ロマーニャ語でフィウメ)がある。アドリア海に面するダルマティア、モンテネグロ、アルバニア、内陸側のボスニア、ヘルツェゴビナの大部分は、クロアチアを挟んでヴェネツィア領となっており、クロアチアの他内陸のセルビアやスロベニアがオストマルク領だ。クロアチアの北側は、オストマルクの中心でカールスラント人が多いエステルライヒ、その東側にマジャール人中心のハンガリー、さらに東のダキアに接する地域がダキア人の多いトランシルヴァニア、エステルライヒの北側はチェコ、その東にスロバキア、さらに北にポーランド人の多いシレジア、東にウクライナ人の多いガリツィアといった地域で構成されている。

 

 現在の皇帝はフランツ二世こと、フランツ・フォン・ハプスブルクだ。フランツ二世は26歳の時にネウロイの侵攻で国を追われてノイエカールスラントに亡命、以来苦節12年、38歳にして、ついに祖国奪還にむけて、連合軍によって奪還されたオストマルク領クロアチア地域を拠点として、帝国と国軍の再建に着手している。

 

 

 1952年1月、カールスラントのベルリンに、連合軍各方面統合軍総司令部の首脳が一堂に会していた。議題は今後の作戦方針である。西部方面統合軍総司令部の代表が発言する。

「いよいよ残る敵は、オラーシャ方面とオストマルクに絞られてきた。オラーシャ方面は東部方面統合軍を中心として、順次作戦を進めているが、オストマルクに残る敵勢力の影響は大きい。西部方面統合軍は長大なオストマルク国境に沿って防衛線を展開しており、オラーシャ方面の支援に使える戦力が大きく制限されている。」

 東部方面統合軍司令部の代表も、賛意を示す。

「確かにオストマルクのネウロイは作戦実施の大きな妨げになっている。東部方面統合軍も、常に後方を警戒しながら作戦を進めなければならず、オラーシャ解放の大きな制約になっている。」

 地中海方面統合軍も、立場は同じだ。

「それは地中海方面も同様だ。常にヴェネツィア、ロマーニャ方面はオストマルク方面からの侵攻を警戒し続けなければならないし、最近解放したダキアでは首都のブカレストが奇襲攻撃を受けて相当の被害が出ていることから、戦力を張り付けておかなければならない。」

 西部方面統合軍が後を引き取る。

「とにかく、オストマルクのネウロイの存在は今や欧州最大の問題となっている。何としても早期に殲滅する必要がある。」

 参加者は一様に深く肯いた。

 

「さて、そこで問題になるのは、どのようにしてオストマルクを解放するかだ。」

 オストマルクは、担当で言えば東部方面統合軍の管轄だ。しかし、1947年のニュルンベルク解放に続いて、西部方面統合軍主体で行ったオストマルク解放作戦は失敗に終わっている。カールスラント国境からわずか100キロ程のプラハにネウロイの巣があって、カールスラントにとって大きな脅威となっていたため、まずプラハの巣の破壊を目指したのだが、プラハの巣からの攻撃に、プラハから250キロのウィーンの巣からの攻撃が加わり、さらに南東約440キロにはブダペストの巣、東方約500キロにはコシツェの巣とネウロイの勢力が密集しているために、プラハの巣への攻撃は頓挫し、作戦は中止せざるを得なかった。以後、国境線に沿って厳重に守備を固めて対峙したまま、現在に至っているのだ。幸いオストマルクの巣は活動が不活発であったため、再び侵攻されるような事態にはなっていないが、同様の攻撃を再度行っても、同じ結果になることは目に見えている。だから西部方面統合軍としては、自分たち主体で攻めたいのは山々だが、そうも言い出せずに苦慮している。

 東部方面統合軍としては、オラーシャにまだ多く残るネウロイの勢力の掃討で手一杯であり、とてもオストマルク解放にまで手を広げることはできない。本来は、ダキアやモエシアといった東欧諸国は東部方面統合軍の管轄だ。だから、地中海方面統合軍がダキアとモエシアを解放したことは面白くはないのだが、現在の実状からは苦情を言える立場でもない。自分たちの管轄区域を他の軍に委ねる状況で、東部方面統合軍が主体になってオストマルク解放をやるとはとても言える状況ではない。そうでなくても、オラーシャとオストマルクの二正面作戦というのは得策ではない。

 北部方面統合軍は、既に後方にあって直接ネウロイと対峙してはいないので、戦力に余裕があるのは確かだが、元々それほど大きな戦力を持っているわけではないので、欧州中央部まで進出した上に、連合軍の中心になって作戦を行うのは荷が重い。

 

 結局、現在直接作戦を行っておらず、管轄地域がオストマルクに隣接している地中海方面統合軍が作戦の主体になるしかない。しかし、地中海方面統合軍は、管轄地域に中核となるような大国がなく、戦力的には決して充実してはいない。陸軍と空軍はロマーニャが中心で、海軍はヴェネツィアが中心になり、それに管轄地域のダキア、モエシア、ギリシャ、オストマンなどの国々の戦力と、主要各国から派遣された戦力で構成されている。早く言えば寄せ集めの戦力だ。

「我々地中海方面統合軍は、二線級の寄せ集めの戦力しかない。カールスラント軍が攻めあぐねたオストマルクを、我々が攻略するのは難しいのではないか。」

 それに対して、西部方面統合軍の者が言う。

「オストマルク軍があるではないか。オストマルクは大国だぞ。」

 確かにその通りだ。ヴェネツィア解放後、地上軍を少しずつ進めて、ヴェネツィアに隣接するオストマルク領クロアチアの解放が成り、そこに根拠地を置いてオストマルク軍の再建が進められているのだ。しかし、オストマルクは確かに大国だが、国土を失って長く散り散りの状態にあったことから、とても大国と呼べる現状にはない。軍も各国軍の傘下に分散していたものを、呼び集めて再編成を進めている所で、お世辞にも精強とは言い難い。そもそも、こうした連合軍の会議の席にも、オストマルクの代表者が招かれていないことからも現状はわかる。

「オストマルクね、どこまであてになることやら。」

「なあに、自国の奪還作戦だぞ。死に物狂いになって戦ってくれるに決まっているさ。」

「それはまあ、そうだが・・・。」

 オストマルク軍に不安を感じるのにはわけがある。1939年にネウロイの侵攻を受けた際には、大国相応の大きな戦力を有していたにもかかわらずあっけなく瓦解し、カールスラントの様に組織的に撤退することもできなかったのだ。もっとも、第一次ネウロイ大戦で大きな損害を受け、当時は軍が弱体化していたという事情もある。だが、やはり現状ではそのオストマルク軍を先頭に立てて、地中海方面統合軍が中心になって作戦を実施するしかないだろう。

 

 

 ダキア、ブカレストの航空基地。爆音とともに上空を飛行機雲が伸びて行く。駐留している扶桑海軍ウィッチ隊が訓練飛行をしているのだ。その様子を、飛行隊長の千早多香子海軍大尉が地上から見守っている。飛んでいるのは、淡路義江上等飛行兵曹、長谷部祐子一等飛行兵曹、そして、臨時に配属されている遣欧艦隊司令部付軍楽隊所属の岡田玲子上等軍楽兵だ。岡田は、幼い頃から魔法力を発現していたが、ウィッチになることに抵抗を感じて軍楽隊に入っていた。それが先月のネウロイのブカレスト奇襲攻撃の際に、たまたま芳佳の目に留まり、何の訓練も受けていないのに、なかば強引にストライカーユニットを装着して出撃させられて、そのままなりゆきで航空隊派遣とされている。だからウィッチとしては極めて異例の上等軍楽兵という階級なのだ。その岡田も、どうやら飛行適性があったようで、飛行の様子もこの1か月の訓練でずいぶん様になってきている。

「うん、これは結構儲けものかもしれないね。一人でもウィッチが増えるのは貴重だしね。」

 そう呟く千早の背後で誰かの足音がして振り返る。

「多香子ちゃん、訓練の調子はどう?」

「あ、宮藤さん。訓練はいいんですけれど、こんな所で油を売っていていいんですか?」

 芳佳は扶桑皇国モエシア派遣部隊司令官、兼連合軍モエシア方面航空軍団司令官を務めているので、一般隊員の訓練を見ている暇などないはずだ。しかし、芳佳は相変わらず司令官の重責などどこ吹く風だ。

「えー、少し位いいじゃない。書類の決裁とか、偉い人との会議とか、そんなのばっかりやってると疲れちゃうよ。少しは気分転換しないと。」

 そう言ってころころと笑う。

「玲子ちゃんの調子はどう?」

「はい、ずいぶん慣れてきました。もう一通りの戦闘機動は問題なくできます。今日はこの後、吹き流しを使って射撃訓練をします。」

「うん、玲子ちゃんはきっとできると思ったんだ。じゃあ、ちょっと近くで見てこようかな。」

 そう言って芳佳は格納庫に向かう。どうやら一緒に飛ぶつもりらしい。司令官なのにそんなことしてていいのかと思うが、止めてもやめないだろうし、そこが芳佳のいい所でもある。程なく、ユニットを装着した芳佳が、矢のように空に上がって行った。

 

 そこへ背後から再び人が歩み寄ってくる気配がする。振り返って見ると、参謀長の鈴内京陸軍大佐だ。ウィッチ隊が陸海軍混成であるために陸軍から参謀として派遣されているが、何だかんだで芳佳とはもう長い付き合いだ。千早は姿勢を正して敬礼する。そう言えば、宮藤さんには敬礼しなかったな、と思いながら。

「千早大尉、司令官を見かけなかったか?」

 あちゃー、と思うがどうしようもない。

「はい、宮藤さんは・・・。」

 そう言って千早は空を指差す。鈴内大佐はすぐに理解したようで、渋い顔をして空を見上げる。

「相変わらず困った人だ・・・。」

 飛び立ってしまった芳佳を連れ戻す方法はない。自主的に降りて来るのを待つだけだ。参謀長も苦労するなと思って、ちょっと可笑しくなるが、上官の前ではさすがに笑うわけにも行かないので、千早は殊更に真面目な表情を作って空を見上げる。上空では、隊員たちが吹き流しに向かって襲撃訓練を始めている。

 




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

宮藤芳佳(みやふじよしか)
扶桑皇国海軍少将 (1929年8月18日生22歳)
遣欧艦隊第31航空戦隊司令官 兼 地中海方面統合軍モエシア方面航空軍団司令官
強大な魔法力と20歳を過ぎても魔法力が衰えない特質を持ち、ネウロイとの幾多の戦いに勝利を重ねてきた。ネウロイの策源地である欧州の巣を殲滅することを決意し、扶桑皇国のウィッチ隊を率いて欧州に赴くと、現地の連合軍ウィッチ隊を併せ指揮して、ダキアの解放に成功した。さらに、オストマルクの解放に挑む。

鈴内京(すずうちたかし)
扶桑皇国陸軍大佐 (1907年生44歳)
遣欧艦隊第31航空戦隊参謀長 兼 地中海方面統合軍モエシア方面航空軍団参謀長
陸軍士官学校、陸軍大学校を優秀な成績で卒業し、将来を嘱望される陸軍のエリート軍人。航空畑の出身で、航空部隊の指揮官や参謀職などを歴任している。エリート軍人にありがちな視野の狭さや尊大さが薄く、任務に忠実。陸海軍合同ウィッチ部隊に陸軍参謀として派遣されて参謀長を務めるなど、部隊運営に不慣れな芳佳を支えてきた。親子ほど年の離れた芳佳の保護者のような役割を担いつつも、どんなに強大な敵にも立ち向かい、倒して来た芳佳を敬愛している。

千早多香子(ちはやたかこ)
扶桑皇国海軍大尉 (1933年9月26日生18歳)
大村航空隊戦闘飛行隊飛行隊長
新人時代に芳佳の率いる欧州分遣隊に配属され、芳佳の列機を務めたこともあって、芳佳への信頼と尊敬、思い入れは非常に強い。訓練生時代から飛行技術には定評があり、優れた空戦技能を持つ。また、固有魔法として三次元空間把握能力を持っている。

淡路義江(あわじよしえ)
扶桑皇国海軍上等飛行兵曹 (1936年生15歳)
大村航空隊第1小隊
基本に忠実で飛行技術は確か。大村航空隊で実戦経験を重ね、一段と技量を高めるとともに、実戦に対する度胸も身に付けた。

長谷部祐子(はせべゆうこ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1937年生14歳)
大村航空隊第1小隊
新人として配属された大村航空隊で、過酷な実戦を経験することとなったが、その経験から大きく成長している。

岡田玲子(おかだれいこ)
扶桑皇国海軍上等軍楽兵 (1933年10月24日生18歳)
扶桑皇国海軍遣欧艦隊司令部付軍楽隊から大村航空隊に派遣
3歳の頃から魔法力を発現しており、舞鶴航空隊のウィッチを見て憧れるが、4歳の時に扶桑海事変に遭遇して、ウィッチが撃墜されるところを目撃し、ウィッチになることに対して強い抵抗感を持つようになった。15歳で横須賀海兵団に入団し、軍楽隊に配属になる。軍楽隊員としてブカレストに派遣された際にネウロイの襲撃に遭遇、シールドを張った所を目撃した芳佳に半ば強引に飛ばされて初飛行。そのまま大村航空隊派遣となった。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話 地中海方面統合軍

 ブカレスト航空基地上空、扶桑のウィッチたちが訓練を続けている。これから行うのは、吹き流しを標的とした射撃訓練だ。飛行機が吹き流しを曳いて飛んで来る。淡路が他の二人に指示する。

「じゃあ、わたしから行くから、長谷部さん、岡田さんの順で続いてね。岡田さんは、わたしと長谷部さんを良く見て、同じようにやってね。」

「はい、頑張ります。」

 少し緊張気味に玲子が答える。淡路は肯くが、ちょっとやりにくさを感じている。玲子はウィッチとしては新米だし、階級は下である一方、淡路が15歳なのに対して玲子は18歳と3歳も年上だし、軍歴も長いのだ。しかしまあ、そんなことを気にしている場合ではない。淡路は魔導エンジンを吹かすと、吹き流しめがけて一直線に突入する。ぎりぎりまで肉薄すると、吹き流しにぱぱっとペイントの花が咲く。度重なる実戦で鍛えた淡路の腕は確かだ。

 

 続いて長谷部が突入し、危なげなくペイント弾を命中させると、次は玲子の番だ。

「大丈夫、これまでの訓練でたくさん練習してきたんだから。」

 そう自分に言い聞かせると、玲子は突入する。轟々と吹き抜ける風を受けながら、正面に吹き流しを見据えて肉薄しつつ、機銃を構える。照準器の十字の中心に吹き流しを捉えると、今だとばかり引き金を引く。だん、だん、と衝撃を残して、ペイント弾が飛んで行く。しかし、どうしたことか、ペイント弾がまるで当たらない。たちまち距離が詰まって、玲子は引き起こす。

「失敗だ。ちゃんと照準器に捉えていたんだけどな・・・。」

 当たらなかった吹き流しを横目で見つつ、玲子は待機空域に戻る。

 

「玲子ちゃん、調子はどう?」

「はい、全然当たりませんでした。」

 返事をしながら声を掛けてきた人を見ると、いつの間に現れたのか、何と司令官だ。

「あっ、司令官殿。しっ、失礼しました。」

 玲子は驚きのあまり声が裏返りながら、しゃちほこばって敬礼する。自分の腕を引いて、強引に飛ばせたこの人が、司令官だと後で知って、ずいぶん驚き、そんな偉い人に対して失礼な態度を取ったのではないかと酷く狼狽えたものだ。その、宮藤司令官が目の前にいる。

「ああ、そんなに硬くならなくていいよ・・・、っていうか、飛びながら敬礼とかしなくていいから。あと、殿はいらないよ、芳佳って呼んで。」

 そう言われたからといって、まさか司令官の名前を呼び捨てにはできない。どう呼んだらいいか、玲子は迷いながらおっかなびっくり呼んでみる。

「・・・、芳佳・・・、様?」

 これには淡路と長谷部は爆笑だ。空を飛びながら、腹を抱えて笑うなど、なかなか器用なことをしている。淡路と長谷部は、芳佳とそんなに遠慮のいらない間柄でもないが、それにしてもこの人に『様』はないだろう。

 

「様って・・・。」

 芳佳はちょっと膨れて不満顔だ。しかし、気を取り直して聞き直す。

「様とかどうでもいいけど、射撃は当たらなかったみたいだね。」

「はい・・・、ちゃんと照準器の真ん中に目標を捉えたつもりだったんですけれど・・・。」

 それに対して、芳佳は軽く言い放つ。

「うん、それじゃあ当たらないね。」

「へっ?」

 玲子は目を丸くする。飛び方がまだ不安定で、真直ぐ飛べていないから狙ったところに弾が飛んで行かないのかと思ったが、どうも違うらしい。

「あのね、今の訓練では、吹き流しに右後上方から接近しているでしょう?」

「はい。」

「その場合、吹き流しも前に向かって進んでいるから、真直ぐ吹き流しに向かって飛んでいるつもりでも、実際には徐々に引き起こしながら、緩やかに右旋回をしているんだよね。そうすると、弾は見かけ上、左下の方向に流れて行くんだよ。だから、その分を修正して、吹き流しの右上に照準を合わせないと当たらないんだ。修正する幅は、速度や引き起こしの速さ、旋回の速さで決まるから、何度も練習して修正幅の感覚を身に付けないといけないね。」

「そ、そうなんですか?」

「うん、そうだよ。理屈がわかったら後は訓練の繰り返しだね。」

「はい、了解しました。」

 外れた理由がわかれば、後は訓練をすればできるようになるはずだ。玲子は張り切って敬礼する。その弾みで飛行姿勢が崩れて、すとん、と20メートルばかり落下した。

「だから敬礼はいらないって・・・。」

 淡路と長谷部はまた笑い転げている。

 

「行きます。」

 玲子は再び吹き流しに向かって降下する。吹き流しを照準器の中央に捉え、目を離して試射してみると、照準器を覗き込んでいるとわからなかったが、なるほど機銃弾は左下方向に流れている。流れ具合から見当を付けて、照準を右上方向にずらしてもう一度射撃してみる。しかしまだ当らない。距離が離れているうちは、ずいぶん大きく修正しないと当たらないのだということを実感する。そうするうちに、ぐんぐん吹き流しが近付いて来る。近付けば流れる幅が小さくなるので当てやすくなるが、このままでは吹き流しに突っ込んでしまうので、右に捻って回避する。やれやれ、また当てられなかった。難しいものだ。その後何回か再挑戦して、ようやく数発の命中を得ることができた。

 

 玲子への指導を終えて、芳佳が地上に降りて来ると、地上では憮然とした表情の鈴内大佐が待っている。

「あっ、鈴内さん、何かありましたか?」

 何かありましたかもないものだ。司令官が若手の戦闘訓練を指導しているなど、それだけでもう事件だ。

「何かありましたかじゃありません。今日はこの後、各部隊の司令官が集まって、作戦会議をすると言ったじゃないですか。すぐに準備をしてください。」

「ああそうだったね。うん、じゃあすぐ行こう。」

「だから、すぐにシャワーを浴びて着替えてきてください。全く、うら若き女性が、汗と硝煙の臭いにまみれて人前に出るなんてことをしちゃいけません。」

「はあい。」

 芳佳はしゅんとして着替えに走る。戦塵にまみれて暮らすことに慣れている芳佳はそういうことには無頓着だが、傍から見れば芳佳は立派なうら若き乙女だ。横で見ていた千早は可笑しくて仕方がない。くすくす笑いながらつい言ってしまう。

「参謀長はそんなことまで気にしなければならなくて大変ですね。まるで娘の事を気にするお父さんみたい。」

 言われた鈴内大佐はむっとするが、実際親子ほどの歳の差があって、立場上司令官である芳佳の事は何でもサポートしなければならないので、そう見えても仕方がない。それに、そういう細かいことを気にするのは自分たち幕僚に任せて、余計な気を使わずに、司令官としての職務に集中して欲しい。

 

 地中海方面統合軍総司令部に行くと、これまでに何度も顔を合わせている司令官たちに交じって、見慣れない人がいる。その将軍が立ち上がって挨拶する。

「カールスラント陸軍E軍集団司令官、兼、オストマルク軍総司令官のアルブレヒト・レーア上級大将だ。本作戦から地中海方面統合軍の指揮下に入る。これまではカールスラント空軍上級大将として、E軍集団司令官を務めてきたが、元々はオストマルク軍人だ。オストマルク軍再建にあたって、オストマルク軍に復帰して総司令官を務めることになった。今回のオストマルク奪還作戦は、欧州の平和を回復するために極めて重要な作戦だ。作戦成功のために、各国の協力を頼む。」

 

 続いて立ち上がった人は、何と年配の女性だ。ウィッチ出身の上級将校も増えてきたが、こんなに年配の人は見たことがない。その女性が挨拶する。

「オストマルク空軍ウィッチ隊総司令官を拝命しました、エルフリーデ・フォン・チェルマク少将です。よろしくお願いいたします。」

 何と女性の将軍だ。オストマルクは歴史ある大国なので、どちらかというと保守的な気風かと思っていたが、女性の将軍がいるとはなかなか革新的だ。レーア上級大将が言葉を添える。

「チェルマク少将は、第一次ネウロイ大戦の際にウィッチとして活躍し、その後はウィッチ隊の育成や戦術研究に努めてきた、オストマルクウィッチ隊の育ての親とも言って良い人だ。今回オストマルクウィッチ隊を再建するにあたって、総司令官を務めることになった。」

 何と第一次ネウロイ大戦の経験者だ。第一次ネウロイ大戦が勃発したのは1914年の事なので、それから38年にもなり、当時12歳としても今年で50歳になることになる。まあ、当然とっくに飛べないだろうが、稀に見る大ベテランだ。

 

 そのチェルマク少将が芳佳の方に視線を向ける。

「扶桑皇国海軍の宮藤芳佳少将ですか?」

 芳佳はびっくりして立ち上がる。

「はい、宮藤です。」

「わたしたちオストマルクウィッチ隊は、宮藤提督の指揮下に入りますので、よろしくお願いします。」

「えっ? 失礼ながらチェルマク少将の方がお年が上と見受けられますので、同じ階級なんだからチェルマク少将が総指揮をされた方がいいんじゃないですか?」

「いえいえ、私は今回総司令官になるにあたって少将に昇進しましたから、宮藤提督の方が先任です。ですから総指揮をお願いします。それに・・・。」

「それに?」

「私は幕僚勤務が長く、部隊指揮の経験は乏しいものですから。」

「ああ、そうなんですか。」

「ですからオストマルクウィッチ隊の戦闘指揮は、私の下でウィッチ戦闘航空団司令を務めている、ヘートヴィヒ・グラッサーという中佐、この子は現役です、が務めます。」

「はい、わかりました。」

 どちらかというと、象徴的な司令官のようだ。こういう重層的な指揮構成にする所は、歴史と風格のある大国らしいところだという感じがする。もっとも、芳佳が少将なので、対抗上同階級の少将を司令官に据えたという感じがしないでもない。そのあたりに、古い大国らしい妙なプライドの高さがあるとしたら、共同作戦は少々やりにくくなるかもしれない。

 

 レーア上級大将が再び口を開く。

「オストマルク軍としては、どのような作戦を取るべきか、まだ様々な意見が出ている所でまとまっていない。個人的には、オストマルクの首都で、エステルライヒ地域の中心都市であるウィーンの奪還をまず行いたいと考えているが、実際の作戦については種々の要素を考慮しつつ、これから研究して行きたいと考えている。」

 実際、これまで奪還作戦に成功していなかっただけあって、オストマルクのネウロイを倒すためには、慎重な作戦の研究が必要だ。

 

 そこへ、ダキア軍総司令官が意見を述べる。

「ダキア軍としては、まずベッサラビア地域を奪還して、オデッサの攻略を目指すべきだと思う。この方面はネウロイの大きな拠点がないので作戦は容易と考えられるし、黒海の航路の回復と、オラーシャとの連携を図る意味で有効である。」

 何だかオストマルク奪還とはまるで方向が違う。それでいいのかと思うと、オラーシャの将軍が立ち上がる。

「オラーシャとしては、背後の安全を期する意味で、スロバキア地域のコシツェの巣をまず攻略するべきだと思う。」

 負けじとカールスラントの将軍が異議を唱える。

「いや、やはりカールスラントに大きな脅威を与えている、チェコ地域のプラハの巣を撃破するのが重要だろう。」

 ものの見事に意見がばらばらだ。どうやら前途多難になりそうだ。

 




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

アルブレヒト・レーア(Albrecht Löhr)
オストマルク空軍上級大将 (1890年5月20日生61歳)
オストマルク軍総司令官
オストマルク空軍の将軍だったが、オストマルク陥落後はカールスラント空軍に合流する。上級大将に昇進後は、バルカン半島方面に派遣されたカールスラント軍のE軍集団司令官を務め、ヴェネツィアからオストマルク領クロアチアの奪還を指揮する。オストマルク軍再建にあたって、オストマルク軍総司令官に就任し、オストマルク解放戦の指揮を執る。

エルフリーデ・フォン・チェルマク(Elfriede von Tschermak)
オストマルク空軍少将 (1897年11月15日生54歳)
オストマルク空軍ウィッチ隊総監
1914年の第一次ネウロイ大戦に16歳で従軍。実戦での戦果はそれほど目立つものではなかったが、思慮深く論理的思考に秀でていたことから、ウィッチ引退後も軍に引き止められ、主に戦訓の研究や、教育の任務に就く。1939年の第二次ネウロイ大戦勃発時には41歳の中佐で空軍司令部に幕僚として勤務していた。オストマルク陥落後は、指揮下のウィッチたちとともにカールスラントに撤退し、その後はカールスラント軍と行動を共にする。1951年のオストマルクウィッチ隊再建にあたって、少将に昇進の上、オストマルク空軍ウィッチ隊総監に着任する。元々は学者一家の出で、温厚で思慮深い性格から、攻勢作戦の指揮官より軍政や教育任務の方が適任ともいわれる。

ヘートヴィヒ・グラッサー(Hedwig Grasser)
オストマルク空軍中佐 (1932年8月23日生19歳)
オストマルク空軍ウィッチ隊司令兼エステルライヒ隊隊長
カールスラント空軍でウィッチとしての訓練を受け、堅実な戦い方で戦果を重ねる。同僚や部下から慕われる良き指揮官として、カールスラント空軍第110戦闘航空団戦闘隊長を務める。オストマルク空軍ウィッチ隊再建にあたって、中佐に昇進の上司令に任命された。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話 オストマルクウィッチ隊1

 オストマルク空軍ウィッチ隊が自分の指揮下に入るということなので、芳佳としてはこの際部隊の状況を把握して置こうと、オストマルクウィッチ隊の基地がある、クロアチア地域の中心都市ザグレブに向かう。

「鈴内さん、オストマルクって・・・、わたしよく知らないんですけれど、どんな国なんですか?」

 それはそうだと鈴内は思う。何しろ芳佳が初めて欧州に来た1944年には、オストマルクが崩壊してから既に5年が経っていたのだ。

「そうですね。一言でいえば多民族国家です。カールスラント人の皇帝を中心に、多数の民族が集まってできている国です。民族ごとの自治が行われていて、まあ連邦国家のようなものですね。」

「そんなに色々な人たちがいるんですか?」

「そうですね、例えばこのあたりなら、主な民族として、セルビア人、クロアチア人、ボシュニャク人がいるんですが、元々近い民族で、使っている言葉もほぼ同じです。ただ、セルビア人はギリシャ文化の影響を強く受けていて、クロアチア人はロマーニャ文化の影響が強く、ボシュニャク人はオストマン文化の影響下にあります。そのため、生活習慣が違ったり、使っている文字が違ったりしていて、別々の集団に分かれています。」

「ふうん。」

 扶桑にも樺太のウィルタ、北海道のアイヌ、台湾の高砂、南洋のチャモロ等の民族はいるもののいずれも少人数で、大半が扶桑人である扶桑出身の芳佳にはピンとこない。

 

 ザグレブ基地に着いた芳佳は、チェルマク少将の案内で基地に入る。すると、多民族国家ならではなのだろうか、それぞれずいぶん雰囲気の違う少女たちが待ち受けていた。

「宮藤提督、こちらがオストマルクウィッチ隊の各隊長です。」

 そして、一番手前の士官を指し示す。

「こちらが、さっきお話しした、ウィッチ隊の指揮を執っているヘートヴィヒ・グラッサー中佐です。」

 グラッサー中佐が敬礼する。

「ご紹介いただきました、ヘートヴィヒ・グラッサーです。オストマルクウィッチ隊の指揮を担当しています。オストマルクウィッチ隊は民族別の隊を編成していて、わたしはカールスラント人からなるエステルライヒ隊の隊長を兼任しています。」

 続いて、並んだ士官が順番に敬礼して、自己紹介する。

「ハンガリー隊の隊長を務めている、ヘッペシュ・イロナ中佐です。」

「お久しぶりです、カテリナ・エモンシュです。オデッサ強襲以来ですけれど、宮藤さんずいぶん偉くなったんですね。わたしは大尉に昇進して、チェコ隊の隊長をやっています。」

「スロバキア隊隊長の、ヤナ・ゲルトホフェロヴァー中尉です。」

「ポーランド隊隊長の、ミロスワヴァ・ミュムラー少佐です。」

「クロアチア隊隊長の、ヴァーニャ・ジャール少佐です。」

「セルビア隊隊長の、テオドラ・ゴギッチ大尉です。」

 

 一通り自己紹介が終わると、チェルマク少将が引き取る。

「隊毎に人数が違って、一番多いのはエステルライヒ隊です。大体、2~3人位の隊が多いですね。」

「どうして人数を揃えないんですか?」

「言葉が通じないんです。」

「え?」

「民族ごとに話す言葉が違いますから、民族別に分けないと、具合が悪いんです。」

「そ、それでどうやって統一指揮を執るんですか?」

「士官はみんな複数の言葉を話せます。それから、全体を指揮するために、指揮に使う指揮語というのがあって、これはカールスラント語ですけれど、全員が理解しています。あと、軍務に必要な専門用語を服務語と言って、これもカールスラント語です。指揮語と服務語は合せて80程で、これは全員に覚えてもらっています。あと、各部隊の中で使う部隊語があって、これは各民族の言葉を使います。基本的な指揮、命令は指揮語、服務語を使って、それ以上の細かい内容は、各隊の指揮官を通じて部隊語で伝達します。」

「な、なるほど。」

「士官は、オストマルク軍共通語のカールスラント語と、連合軍共通語のブリタニア語は習得してもらっています。更に、それ以外の言語も習得するよう奨励していて、大雑把に言うと、士官は平均2.5言語を話せます。下士官兵は、自分たちの言葉で話します。ただ、カールスラント人は、カールスラント軍に組み込まれて、連合軍の一部として戦っていましたから、下士官兵でもブリタニア語は習得していますよ。」

 なるほど、多民族国家ならではの苦労があるのだと思う。いっそ、連合軍とも通じるように、全員にブリタニア語を習得させればいいのに、と思わないでもないが、そうもいかないのだろう。扶桑でも、海軍は全員ブリタニア語を学習するが、陸軍では下士官兵には必ずしも学習させていない。

 

「では、折角お越しいただいたのですから、各隊も視察して行ってください。」

 戦力を把握しておくことは重要だ。チェルマク少将の勧めに従って、芳佳は各隊も見て行くことにする。まず案内に立つのはグラッサー中佐だ。

「エステルライヒ隊は、カールスラント人の部隊です。隊員たちは、これまではカールスラント軍に所属して、カールスラント軍の一員として戦っていました。オストマルク軍を再建するにあたって、オストマルク出身の人たちを引き抜いて集めたのが、エステルライヒ隊です。」

 

 部屋に入ると、6人の少女がいる。一番年上と見える、品の良い印象の一人がまず挨拶する。

「エステルライヒ隊のエディタ・プリンツェシン・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト少佐です。ナイトウィッチをやっています。去年20歳になりましたけれど、まだまだ戦えるので馳せ参じました。」

 芳佳は、出たな、と思う。欧州には時々こういった、やたらと長い名前の人がいる。覚えられないではないかと思うが、その困惑が表情に出たようだ。

「リッペ=ヴァイセンフェルトと呼んでください。」

 グラッサー中佐が付け加える。

「リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、オストマルクとカールスラントに広い領地を持つ、貴族の出身なんですよ。プリンツェシンというのは王女様の称号なんです。」

「そうなんだ。」

 言われてみて思い出した。確か506部隊にハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタイン少佐という人がいて、その人もお姫様だった。もっとも、お姫様だからといってそんなに気後れすることもない。芳佳だって、前に男爵の爵位を貰ったのだ。芳佳の場合は、貴族のお姫様ではなくて、芳佳自身が貴族なのだ。下級貴族だけれど。

 

 続いて他の隊員たちの自己紹介がある。

「フレンツヒェン・シャルです。階級は大尉です。」

「マクシミリアーネ・シュトッツ中尉です。」

「准尉のレオポルディーネ・シュタインバッツです。」

「同じく准尉のギルベルタ・シュトラッスルです。」

「オティーリエ・ボッシュ軍曹です。」

 カールスラント軍に所属していたというだけに、どの子も規律正しい印象だ。グラッサー中佐が付け加える。

「祖国奪還の戦いなので、原隊からは恨まれましたけれど、腕利きを引き抜いて集めました。可愛い顔をして、フレンツヒェンとマクシミリアーネは100機オーバーのスコアを上げているんですよ。」

 隊長のグラッサー中佐も100機オーバーだというから、なかなか頼もしい。エステルライヒ隊は大いに期待できそうだ。

 

 次は、ハンガリー隊だ。

「改めて、ハンガリー隊隊長のヘッペシュ・イロナです。ハンガリー人部隊を率いて、主にオラーシャ戦線で戦っていました。私の個人撃墜数は一桁ですけれど、隊員たちが頑張ってくれています。」

「ヘッペシュちゃんだね。よろしく。」

「あの・・・。」

 ちょっと困ったような表情をする。

「ハンガリー人は、元々はアジア系とも言われていて、ウラル山脈の方から移り住んできた民族なんです。そのせいか、言葉が周辺の人たちとずいぶん違っていて、火星人の言葉なんて言われたりするんですよ。」

「か、火星人?」

「それで、欧州ではわたしたちだけ、苗字、名前の順で名乗るんです。だから、ヘッペシュが苗字で、イロナが名前なんです。」

「あ、そうなんだ。わたしたち扶桑人も一緒だよ。宮藤が苗字で、芳佳が名前、宮藤芳佳って言います。」

 ハンガリー隊の隊員たちの表情がふっと緩んだ気がした。小さな共通点だが、どうやら親しみを感じてもらえたようだ。

 

 隊員たちの自己紹介に移る。

「デブレーディ・ジョーフィア大尉です。」

「ジョーフィアちゃんだね、よろしく。」

「あの、いきなりで申し訳ないんですけれど、私たちをオストマルク隊から分離して、司令官の直轄部隊にしてもらえませんか。」

「えっ? どうして?」

「私たちハンガリー人は、オストマルクでもカールスラント人と並ぶオストマルクの中核となる民族だと言われているんですけれど、実際にはカールスラント人の支配が強いんです。皇帝がカールスラント人なのはいいんですけれど、政府も軍部も結局枢要な地位はほとんどカールスラント人が占めているんです。人口ではカールスラント人は24%なのに、軍では士官の78%がカールスラント人なんですよ。ハンガリー人なんて、人口では20%もいるのに士官は9%しかいないんですよ。不公平です。だからカールスラント人の命令なんか聞きたくないです。」

 これには驚いた。オストマルクは民族ごとに広く自治が認められていて、自由で公平な環境で多くの民族が融和していると聞いていたが、内情はそう単純ではないようだ。まあ、外から見ると良さそうに見えても、中には細かい問題がいろいろあるというのは、仕方のないことなのだろう。だからといって、この希望は聞けない。でも頭ごなしに駄目出しをするのも良くないので、多少曖昧に答えるしかないかなと思う。

「まあ、気持ちはわからないでもないけど、いきなりそういうのは無理だよね。先々どうするかは考えてみるけど、当面は今の体制でね。」

「はい。」

 答えるデブレーディ大尉は、案外素直に了解する。あるいは、不満はあってもそんなに深刻なわけではないのかもしれない。

 

 次の子はまるで考え方が違う。

「ポッチョンディ・アーフォニャ大尉です。宮藤司令官は、以前501部隊でハルトマンさんと一緒だったんですよね?」

「うんそうだよ。」

「わたしっ! 新人の頃一時ハルトマンさんの僚機を務めたことがあるんです。あの人類最高の撃墜王のハルトマンさんですよ! わたしそれが何よりの自慢なんですっ!」

 これはまた、凄いテンションだ。でも、ハルトマンの色々な面を見ている芳佳にしてみれば、どうにもこのハルトマンを無条件に高く持ち上げる感覚には共感できない。

「あはは、そうなんだ。」

「わたし、ハルトマンさんだけじゃなくて、カールスラントの人たちって凄いと思うんです。だからわたしは別にカールスラントの人たちから命令されたっていいです。ジョーフィアはわがままなんです。」

 なるほど、民族が一緒でも、人によって感じ方、考え方はずいぶん違うようだ。

 

 次の人が姿勢を正して名乗る。

「I. tartozik a Magyarországon Corps, ez Kenyeres Margit őrmester.」

「・・・。」

 芳佳は目が点だ。何と言ったのか全然聞き取れない。そこにヘッペシュ中佐が助け舟を出してくれる。

「ケニェレシュ・マルギト曹長です。下士官はハンガリー語しか話せないんです。」

「あ、ああ、そうだったね。」

 これは、なかなかやりにくそうだと思うと、次の人も同じように話す。

「I. tartoznak Magyarországon Corps, ez Molnár Emőke hadnagy.」

「モルナール・エメーケ少尉です。」

「ちょっと待って。士官はブリタニア語を話せるんじゃなかったっけ。」

「モルナール少尉は戦時昇進で、まだ士官教育を受けていないんです。」

「そうなんだ・・・。」

 ケニェレシュ曹長やモルナール少尉は、当然こちらの言っていることは理解していないのだろう。言葉が違うというのは、思った以上に距離感がある。芳佳の立場では、各隊の隊員個々人と直接話さなければならない機会は多分あまりないだろうから困らないけれど、これは一体感を持って戦うのは相当難しそうだ。難しい戦いになりそうだと、芳佳は感じた。

 




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

エディタ・プリンツェシン・ツール・リッペ=ヴァイセンフェルト(Edytha Prinzessin zur Lippe-Weißenfeld)
オストマルク空軍少佐 (1931年7月14日生20歳)
エステルライヒ隊
高い指揮能力と戦闘能力を持つナイトウィッチ。カールスラントとオストマルクに広大な領地を持ち、欧州各地と繋がりを持つ有名貴族の出自で、王女(プリンツェシン)の称号を持つ王族。第506統合戦闘航空団の設立に際し、ウィトゲンシュタイン少佐と共にボートカンプ大佐の推薦で戦闘隊長候補に選ばれるが、最終的に撃墜数の多いウィトゲンシュタイン少佐が抜擢された。(第五〇一統合戦闘航空団全記録弐 第五集 参照)オストマルク空軍に参加する前は、カールスラント空軍で第5夜間戦闘航空団司令を務めていた。20歳を過ぎたが、魔法力の低下が遅いたちのようで、まだ戦闘に大きな支障は感じていない。

フレンツヒェン・シャル(Fränzchen Schall)
オストマルク空軍大尉 (1936年6月1日生 15歳)
エステルライヒ隊
カールスラント空軍のJG52に所属して主に東部戦線で戦い、空戦のセンスに優れているため、比較的短期間に多数のネウロイを撃墜している。大抵のユニットは器用に乗りこなし、ジェットストライカーも使いこなすことができる。

マクシミリアーネ・シュトッツ(Maximiliane Stotz)
オストマルク空軍中尉 (1934年2月13日生17歳)
エステルライヒ隊
主にオラーシャ戦線にあって、優れた空戦技術でスコアを重ね、所属していたJG54内で激しいトップエース争いを演じた。その結果、オストマルク出身のウィッチの中では、ヴァルトラウト・ノヴォトニー少佐に次ぐ2番目の撃墜数を挙げている。

レオポルディーネ・シュタインバッツ(Leopoldine Steinbatz)
オストマルク空軍准尉 (1936年10月25日生15歳)
エステルライヒ隊
部隊配属からしばらくは、偵察や対地支援を担当していたが、オラーシャ戦線に派遣されると、次々と戦果を挙げ、わずか1年足らずの間に100機近いネウロイを撃墜した。性格はやや控えめで、もっぱら2番機を務めるが、的確な援護で1番機に絶対の安心を与える得難い存在。

ギルベルタ・シュトラッスル(Gilberta Straßl)
オストマルク空軍准尉 (1935年5月24日生16歳)
エステルライヒ隊
ネウロイの大群にも果敢に攻撃を加え、多数の撃墜戦果を挙げてきた。しかし、攻撃的に過ぎるため、撃墜されて地上に激突、重傷を負ったことがある。それでも全快して復帰すると、相変わらず攻撃的なスタイルで戦い続けている。

オティーリエ・ボッシュ(Ottilie Bösch)
オストマルク空軍軍曹 (1932年5月18日生13歳)
エステルライヒ隊
オストマルクウィッチ隊のカールスラント人では最年少だが、実戦では力を発揮し、重武装をして大型ネウロイを撃墜した経験を持つ。

ヘッペシュ・イロナ(Heppes Ilona)
オストマルク空軍中佐(1932年11月20日生19歳)
ハンガリー隊隊長
カールスラント空軍の指揮下にハンガリー人部隊を率いて東部戦線で戦う。一貫して部隊指揮を担当していたため、個人戦果は8機とそれほど多くないが、部隊指揮能力には定評がある。

デブレーディ・ジョーフィア(Debrödy Zsófia)
オストマルク空軍大尉(1935年1月1日生17歳)
ハンガリー隊
ハンガリー人では2番目の撃墜数を持つエース。ネウロイ支配地域で撃墜されても、荒野を歩き、川を泳ぎ渡って帰還したことがあるほか、腹部に生命が危ぶまれるほどの重傷を負ったこともあるが、それでも戦い続けている不屈の闘志を持つ。

ポッチョンディ・アーフォニャ(Pottyondy Áfonya)
オストマルク空軍大尉(1932年12月26日生19歳)
ハンガリー隊
カールスラント空軍で訓練を受け、所属して戦っていたためカールスラント語は堪能。1943年春の11歳の時に、501JFW所属前の時期のエーリカ・ハルトマンの僚機を務めたことがあるのが自慢で、エーリカを崇拝する気持ちが極めて強い。そのこともあって、カールスラント人に対する親しみの気持ちが強い。

ケニェレシュ・マルギト(Kenyeres Margit)
オストマルク空軍曹長(1935年11月20日生16歳)
ハンガリー隊
空戦の腕は確かで、オラーシャ戦線で戦果を重ねていた。ネウロイ勢力圏内で不時着した仲間を、ネウロイが迫る中強行着陸して救出したことがあるなど、勇敢で仲間思い。

モルナール・エメーケ(Molnár Emőke)
オストマルク空軍少尉(1935年5月1日生16歳)
ハンガリー隊
敢闘精神に富み、攻撃的な戦闘スタイルで、一度の出撃で4機のネウロイを撃墜したこともあるエース。燃料切れで豆畑に不時着したことから、「Paszulyos(インゲン豆)」という綽名で呼ばれることもある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話 オストマルクウィッチ隊2

 芳佳は、オストマルク領クロアチアの中心都市ザグレブに来ていて、オストマルクウィッチ隊を視察している。次はチェコ隊だ。チェコ隊の隊長のカテリナ・エモンシュ大尉とは、かつてオデッサの巣を強襲した時に一緒に戦った仲なので、気が楽だ。

「カテリナちゃん、久しぶりだね。」

「はい、本当に。」

「ずっとオラーシャ戦線で戦っていたの?」

「はい、でも、他の隊員たちはブリタニア空軍と一緒に戦っていたんですよ。」

 そして、エモンシュ大尉は、隊員に挨拶を促す。

 

 一人目が敬礼して名乗る。

「I, patří do Čeština čety, je Františka Peřinová poručík.」

「うっ。」

 またしても何を言っているのかわからない。しかも、先ほどのハンガリー隊の人たちとは明らかに違った言葉を話している。困惑する芳佳の様子を見て、エモンシュ大尉は困ったような表情を浮かべると、ちょっと咎めるような調子で言う。

「ペジノヴァー中尉、司令官にはブリタニア語で話して。」

 そして申し訳なさそうに芳佳に言う。

「あの、この子たちはブリタニア空軍と一緒に戦っていたから、ブリタニア語を話せるんです。でも、チェコ人って、反骨精神があるというか、狷介な性格というか、ちょっと面倒くさいんです。チェコは工業化が進んでいて比較的豊かだったこともあって、カールスラント人の下風に立ちたくないって気分があって、ネウロイに征服された時は、ガリアを経てブリタニアに避難してブリタニア空軍に入った人が多いんです。それに、オストマルク軍では点呼を受けるときなんかは、「服務語」にあたるのでカールスラント語で「Hier!」って答えるのが決まりなんですけれど、チェコ人はあえてチェコ語で「zde!」って答えたりして、要するにチェコ語も認めろってことなんですけど。」

 

 エモンシュ大尉が説明すると、さすがにまずいと思ったのか、最初に名乗った隊員が改めてブリタニア語で話す。

「失礼しました、ミヤフジョヴァ司令官。チェコ隊所属、フランチシュカ・ペジノヴァー中尉です。」

「え? ミヤフジョヴァって、わたしミヤフジだよ。」

 エモンシュ大尉が苦笑しながら説明する。

「ええと、チェコでは、女性の姓には-ova(オヴァ)を付けるのが決まりなんです。だから宮藤さんにも-ovaを付けてミヤフジョヴァです。」

「えっ? 何で? 名前が変わるの? 女性だけ? 外国人でも?」

「ええ、外国人でも関係ありません。女性は全部-ovaを付けます。」

「じゃあ、カテリナちゃんはどうなの?」

「わたしも、チェコではエモンショヴァです。わたしの家は、元々はブリタニア語圏の姓でエモンズって言うんですけれど、チェコに来てからチェコ読みのエモンシュになって、国外ではそのままエモンシュですけれど、国内ではエモンショヴァって言うんです。」

 そういう習慣のない扶桑出身の芳佳にしてみれば訳が分からない。ただ、一つはっきりしたことは、民族が違うということは、今まで思っていた以上に違いがあるということだ。501部隊にいたときは、沢山の国の人たちがいてもそれほど意識しなかったのだけれど。

 

 続いて、もう一人の隊員が名乗る。

「同じくチェコ隊所属の、ヨゼフィーナ・ステフリコヴァ曹長です。私は、ブリタニア空軍に所属して、オラーシャ戦線に派遣されていました。」

「うん、よろしくね。」

 答えながら芳佳は、やっぱり-ovaが付いているんだと、そっちの方に気を取られている。いずれにしても、エモンシュ大尉も隊をまとめるのに苦労しそうだと思う。

 

 次はスロバキア隊だ。ここは人数が少なく、二人しかいない。

「スロバキア隊の隊長の、ヤナ・ゲルトホフェロヴァー中尉です。」

「I, patrí do slovenského zboru, je Idania Kováriková seržant.」

「ええと、何て言っているの?」

「イダニア・コヴァーリコヴァ曹長です。」

「スロバキアの人は、ブリタニア語は話さないの?」

「はい、スロバキア隊はカールスラント軍と一緒に戦っていましたから。」

「ふうん、でも言葉の感じはチェコの人たちに似ているね。」

「はい、チェコ人とスロバキア人は元々は一緒の民族で、言葉もほとんど同じなんです。」

 なるほど、チェコと一緒で、姓に-ovaが付いている。

「でも、わたしたちは昔からハンガリーの配下みたいな感じで、だからハンガリー隊と一緒にカールスラントに避難して、カールスラント軍と一緒に戦っていました。チェコの人たちみたいに、わざわざブリタニアまで行こうとは思わなかったんです。」

「ああそうなんだね。」

 民族的に近くても、性格や行動は異なっているというわけだ。本当に、民族ごとにそれぞれだ。こんなに民族ごとに性格が違っていて、よく一つの国にまとまっているものだと思う。

 

 次はポーランド隊だ。

「ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐です。」

「ポーランド隊のゾフィア・フェリク少尉です。」

「同じくポーランド隊のボレスワバ・ヴラスノヴォルスカ曹長です。」

「あれ、みんなブリタニア語を話すんだ。」

 芳佳の疑問にミュムラー少佐が答える。

「ポーランド人は、オストマルクの他、カールスラントとオラーシャに別れて住んでいたんです。それで、ネウロイの攻撃から避難するとき、ポーランド人同士で集まって、ガリアを経由してブリタニアに避難したんです。それで、ブリタニア空軍に志願して、ブリタニア空軍のポーランド人部隊を編成して戦って来たんです。その中から、オストマルク出身の人たちが抜けて来たのがわたしたちです。だから、全員ブリタニア語には不自由しません。逆に、カールスラント語が良くわからないんですけれど。」

「じゃあ、他の部隊との連携は困らないね。」

「いえ、オストマルク軍では命令がカールスラント語で出るので、実はちょっと困っています。」

「ああ、なるほどね。でも、オストマルク軍の人たちは、カールスラント語はできなくても、指揮語と服務語だけは覚えるんじゃないの?」

 ミュムラー少佐はかなり困った顔をして答える。

「ええ、本来はそうなんですけれど・・・。」

「けれど?」

「オストマルクが陥落したのは1939年で、それから12年経っています。一番年下のヴラスノヴォルスカ曹長は当時2歳です。当然オストマルク軍の事は知りません。というか、誰もオストマルク軍に所属した経験のある人なんていないんです。だから、指揮語も服務語も、誰も知らないんです。」

 言われて見ればそうだ。この12年間、オストマルク軍というものは実質存在していなかったのだ。ずっと途切れることのなかった扶桑海軍にいると、感覚的にその意味するところがわからなかった。しかしことは深刻だ。これでは、組織の末端まで命令を行き渡らせることも、末端から情報を収集することもできず、一個の組織として機能しないではないか。

 

 オストマルク軍がかなり深刻な問題を抱えていることに気付き、暗澹としながら次のセルビア隊に向かう。

「セルビア隊隊長の、テオドラ・ゴギッチ大尉です。」

「Ја, припадам Србији корпусу, то је Милица Семиз наредник.」

 また出た。しかも、これまで聞いたどの人たちの言葉とも違いそうだ。

「ええと、何て言ったのかな?」

 ゴギッチ大尉が説明する。

「はい、ミリツァ・セミズ軍曹です。」

「うん、セルビア隊は二人?」

「はい、セルビア隊はネウロイの侵攻を受けた時にギリシャへ退避して、ギリシャの支援を受けながら戦っていたんですけれど、補給が限られていたので、余り大勢のウィッチを養成できなかったんです。装備も、当初は国産のIK-3というユニットを使っていたんですけれど、消耗した後はもっぱらブリタニア供与のハリケーンを使っています。」

「ハリケーン?」

 後ろから、参謀長の鈴内大佐が耳打ちする。

「ブリタニアの、大戦初期の主力ユニットです。」

「大戦初期って、10年も前のユニット?」

「それよりは改良されていますが、基本設計はそうです。」

 国を失った人たちはそんな不便を甘受して戦わなければならなかったのかと思うと、その苦労が胸に迫ってくる。それでもユニットがあるだけましなのかもしれない。

 

 最後はクロアチア隊だ。

「クロアチア隊隊長のヴァーニャ・ジャール少佐です。」

「I, spadaju u Hrvatskoj momčadi, to je Ana Galić drugi poručnik.」

「I, spadaju u Hrvatskoj momčadi, to je Mirjana Dukovac narednik.」

 毎度のことで、芳佳も慣れてきた。

「ええと、何て言ってるのかな?」

「はい、アナ・ガリッチ少尉とミリャナ・ドゥコヴァツ曹長です。」

「クロアチア隊は3人?」

「はい、人数は少ないのですが、クロアチア人ウィッチの中から撃墜数が1位と2位のエースを連れてきました。」

「他にもいるの?」

「はい、クロアチアのウィッチはクロアチア航空兵団を編成して、カールスラント空軍の配下で、オラーシャ戦線で戦っています。もし、もっと人数が必要なら呼び寄せます。自分たちにとっては、オラーシャ戦線よりクロアチア防衛の方が大切ですから。」

「うん、まあ、他の部隊もいるから防衛には十分でしょう。オストマルク奪還にはもう少しいた方がいいかな。」

 

 ここでジャール少佐は少し複雑な表情をして、何かを言い淀んでいる様子だったが、意を決したように口を開く。

「自分たちは、これ以上の奪還作戦には、余り参加したくありません。」

「え? どうして?」

「クロアチアはもう解放されていますから、この上無理な戦いを仕掛けることはないと思っています。クロアチアを守れる体制を整備すれば十分です。」

「え、でもクロアチアを解放するのには他の国の人たちに手伝ってもらったんだよね。今度は、他の国の人たちを手伝う番じゃないの?」

「それはそうですが、これまで自分たちはカールスラントやオラーシャの戦いを支援してきました。もう十分働いたと思います。」

「うーん、でもオストマルク軍に所属しているんだから、上からの命令があれば参加しないわけには行かないよね。」

「ですから、クロアチアは独立するといいと思います。その上で、クロアチアとして支援するのならいいですが、他の民族の人たちに命令されて戦いたくありません。」

 気持ちはわからないでもないが、オストマルクの各民族がこんなことを言いだしたら、軍はばらばらになって、とてもネウロイに勝つことはできなくなる。だが、はっきり言わなかっただけで、他の各部隊の人たちにも同じような気持ちがあるのかもしれない。だとしたら問題なので、ここはオストマルクの首脳部の人たちに、しっかりと各隊をまとめてもらわなければならいないと思う。

 

 オストマルクウィッチ隊を一通り見て回ったが、どうも色々と問題を抱えているようだ。再編成したばかりなので、ひょっとして新人ばかりだったらとも思ったが、実戦経験豊富な人たちが集まっているようで、そういう意味では戦力として期待できそうだ。しかし、人数はいても各隊ばらばらな印象は否めず、総合戦力については疑問符が付く。しかし、芳佳自身が直接各隊を指揮するわけではないので、そこはチェルマク少将やグラッサー中佐に上手くやってもらうしかないだろう。まあ、オストマルクは昔から多民族国家なのだから、そこは慣れていて上手くやってくれるのではないかと、そんなことを思いながら芳佳は帰途に着いた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマルク

カテリナ・エモンシュ(Katerina Emmons)
オストマルク空軍大尉(1933年11月17日生18歳)
チェコ隊隊長
射撃の名手。11歳(1945年)からウィッチとして飛んでおり、年齢以上に経験豊富。1939年のオストマルク陥落以来10年を超える国外生活を余儀なくされており、祖国奪還のために戦い続けている。オデッサのネウロイを攻撃した際に芳佳とともに戦っており、芳佳とは旧知の仲。

フランチシュカ・ペジノヴァー(Františka Peřinová)
オストマルク空軍中尉(1932年4月8日生19歳)
チェコ隊
チェコ人はオストマルクの中では独立心が強いため、カールスラントに避難せず、ガリアを経由してブリタニアに避難した人が多い。ペジノヴァーもブリタニアに避難して、ブリタニア空軍に志願してウィッチになった。ガリア戦線で戦果を挙げてエースになった後は、ブリタニア防衛に働いてきた。

ヨゼフィーナ・ステヒリコヴァ(Jozefína Stehliková)
オストマルク空軍曹長(1936年3月26日生15歳)
チェコ隊
避難先のブリタニア空軍に志願してウィッチになる。ブリタニア空軍からオラーシャ戦線に派遣されて戦っていたところで、オストマルク空軍再建に参加する。

ヤナ・ゲルトホフェロヴァー(Jana Gerthoferová)
オストマルク空軍中尉(1934年5月27日生17歳)
スロバキア隊隊長
カールスラント空軍のハンガリー人部隊の配下で、スロバキア人部隊を指揮してオラーシャ戦線で戦う。

イダニア・コヴァーリコヴァー(Idania Kováriková)
オストマルク空軍曹長(1937年3月29日生14歳)
スロバキア隊
まだ若手だが、体力に優れているため、オラーシャ戦線で頻繁な出撃をこなして戦果を重ねる。

ミロスワヴァ・ミュムラー(Mirosława Mümler)
オストマルク空軍少佐(1934年12月10日生17歳)
ポーランド隊隊長
オストマルク領ガリツィアのリヴィウ出身。ガリアを経てブリタニアに避難し、ブリタニア空軍に志願、第302ポーランド戦闘機中隊の隊長を務めた。ブリタニア空軍のポーランド人部隊では比較的少ないオストマルク出身。

ゾフィア・フェリク(Zofia Ferić)
オストマルク空軍少尉(1936年6月17日生15歳)
ポーランド隊
オストマルク領ボスニアのトラブニクの出身。3歳の時ネウロイの侵攻を受け父が死亡、ポーランド人の母に連れられてブリタニアに避難、以後ポーランド人コミュニティでポーランド人として育つ。魔法力発現とともにブリタニア空軍に志願、ブリタニア空軍の中のポーランド人部隊である第303ポーランド戦闘機中隊で活躍する。

ボレスワバ・ヴラスノヴォルスカ(Bolesława Własnowolska)
オストマルク空軍曹長(1937年11月29日生14歳)
ポーランド隊
オストマルク領クラクフの出身。初陣で撃墜されたほか、数度の墜落を経験しているが、それにめげずに積極的に戦い続け、共同撃墜1機を含む6機撃墜の若きエース。

テオドラ・ゴギッチ(Teodora Gogić)
オストマルク空軍大尉(1933年生18歳)
セルビア隊隊長
避難先のギリシャで志願してウィッチになり、戦力や資材の不足に悩まされながら、ギリシャ防衛に働いてきた。オストマルク軍首脳部がセルビアの奪還に熱心ではないのが不満。

ミリツァ・セミズ(Milica Semiz)
オストマルク空軍軍曹(1936年生15歳)
セルビア隊
機材には恵まれない中でも、積極果敢な戦闘を持ち味として戦果を重ねている。後方警備等の任務が多かったのでまだ戦果は限定的だが、豊かな可能性を秘めている。

ヴァーニャ・ジャール(Vanja Džal)
オストマルク空軍少佐 (1932年4月9日生19歳)
クロアチア隊隊長
カールスラント軍指揮下で、クロアチア人ウィッチ隊を率いてオラーシャ戦線で戦いを重ねてきた。カールスラント軍から支給されるユニットが使い古しの旧型ばかりだったため、上層部に掛け合って新型ユニットを獲得したことも。クロアチアが解放されると、腕利きを引き抜いてクロアチア防衛隊を組織し、オストマルク軍再建に伴いオストマルク軍ウィッチ隊に参加した。

アナ・ガリッチ(Ana Galić)
オストマルク空軍少尉 (1935年11月29日生16歳)
クロアチア隊
魔法力を発現するとすぐに志願してウィッチになり、オラーシャ戦線に派遣された。前線にあって出撃を繰り返して戦果を重ねた結果、軍曹から叩き上げで少尉まで昇進した。指揮官として働くことを期待されているが、本人にその気はない様子。

ミリャナ・ドゥコヴァツ(Mirjana Dukovac)
オストマルク空軍曹長 (1937年9月23日生14歳)
クロアチア隊
カールスラントで訓練を受けてウィッチになり、クロアチア人ウィッチ隊に参加。前線に出るとめきめきと頭角を現し、まだ若手だがクロアチア人ウィッチ隊のトップエースとなっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話 ベッサラビア奪還作戦

 ブカレストの基地に戻れば、今日も芳佳は書類の山と格闘することになる。基本、書類の作成や整理はそういうことに長けた幕僚がやってくれるので、芳佳は承認するだけなのだが、扶桑の書類は承認印を押すだけで済むとしても、連合軍の書類はサインが必要なので手間がかかる。

「ああ、もう手が痛いよ。腱鞘炎になりそう。」

 一人愚痴を呟くと、うんと大きく一つ伸びをする。そこに参謀長の鈴内大佐がやって来る。

「宮藤さん、ちょっとお話が・・・。」

 すると芳佳は何故かぱっと立ち上がる。

「うん、お茶にしよう。」

「え? お茶ですか?」

 いそいそとお茶を淹れ始める芳佳にちょっと困惑しながら、どうやら休憩するきっかけを探していたようだと思う。機嫌を損ねられても困るので、気が済むまで待っていようと鈴内大佐は思う。別に、敵襲などの緊急事態というわけでもない。

「はい、お茶が入ったよ。お茶請けはこないだ送ってもらった標津羊羹だよ。」

「おや、虎屋の羊羹ではないんですか?」

「うん、虎屋の羊羹も美味しいんだけれど、標津羊羹は小豆じゃなくて金時豆で作られていて、味わいがまた違うんだよ。」

「ほう、なるほど、色合いから違いますね。横須賀のお店ですか?」

「ううん、北海道の知り合いが送ってくれたんだ。標津村中標津原野の長谷川菓子舗っていうところで作っているんだって。」

 標津村とか言われても、どこにあるのか見当がつかない。言っている芳佳もわかっていない様子だ。まあ、美味しければどこでも良いだろう。

 

 一息ついたところで本題に入る。

「総司令部からの連絡で、ダキア領内のネウロイ掃討が終わったので、ダキア軍は国境のプルト川を越えてベッサラビアに侵攻するということです。最終的にはオデッサまで奪還し、オラーシャ軍との連絡路を打通することが目標とのことです。」

「え? オストマルク奪還をやるんじゃないの? それに、ダキア軍って単独で侵攻するほどの戦力はないんじゃないの?」

「そうですね。ただ、ベッサラビアからオデッサに至る地域は、付近にネウロイの巣がないので、残敵掃討程度の戦いになると予想していて、それなら戦力の乏しいダキア軍単独でも可能だろうということになったとのことです。」

 かつてオデッサにあったネウロイの巣は、以前芳佳が破壊したので、西はオストマルク領スロバキアのコシツェ、東はオラーシャ領ケルチまで巣はない。それだけ離れていれば、ネウロイの大規模な攻撃はないと予想しても大丈夫だろう。

「ふうん、それならいいけど。それでウィッチ隊の上空支援を要請してきたってこと?」

「いえ、領内の掃討作戦に参加していた、ダキアウィッチ隊だけでいいとのことです。」

「そう。アリーナちゃんたちがいれば大丈夫かな。」

 ダキアウィッチ隊の人数は少ないが、隊長のアリーナ・ヴィザンティ大尉はダキア解放戦を戦い抜いたベテランだし、大型ネウロイを撃墜した経験も少なくないから、まずは信頼できる。

 

「じゃあ、特にわたしの方でやることってないのかな?」

「そうですね。ただ・・・。」

「何か問題でもあるの?」

「はい、オラーシャとの連絡路を確保するのは意義のあることですが、どうも本音は違いそうなんです。」

「というと?」

「ベッサラビアは元々ダキア人が多く住んでいた地域で、昔からダキアとオラーシャの係争地帯になっているんです。それで、オラーシャ側が手出しをできない内に、制圧してしまおうという意図が隠されているように思うんです。それを認めると、次はやはりダキア人が多く住んでいた地域の、オストマルク領トランシルヴァニアを制圧しようとするんじゃないかと・・・。そういうことをすると、後々の紛争の元になるから好ましくありません。まあ、トランシルヴァニアはネウロイの巣に向かって行く形になるので、ダキア軍だけで制圧するのは無理だと思いますが・・・。」

 鈴内大佐の説明に、芳佳は眉をひそめる。どうしてそうやってわざわざもめごとの種を作るのだろう。今は一致協力してネウロイに当たらなければいけない時なのに。しかし、他国と海で隔てられている扶桑と違って、お互いに直接接している欧州の国々では、国境紛争はどうしても起きてしまう。しかも、複数の民族が混住している地域が多く、それも紛争の種になる。最初から別れて住めば、無用のいざこざを起こさないで済むのにとも思うが、陸続きの国々ではそうもいかないのだろう。

 

 

 国内に残存するネウロイの掃討を進めてきたダキア軍は、国境のプルト川に到達すると、部隊の再編、整備を進め、ベッサラビア侵攻の準備を整えた。もっとも、奪還したばかりのダキア国内の再建はまだ緒に就いたばかりで、兵器や軍需物資はもっぱらリベリオンからの供給に頼っており、侵攻作戦を行うのにはとても十分とは言えない状況だ。それでも、ダキア国内の掃討作戦の状況から、このあたりのネウロイの勢力は弱体であると考えられ、ベッサラビアの占領と、オデッサまでの侵攻は十分可能と踏んでいる。多少の困難があったとしても、ベッサラビアを奪取する機会は、オラーシャが国内のネウロイとの戦いに拘束されている今を置いてない。戦後もめることは必至だが、その時はその時だ。無事にベッサラビアを占領したら、次はオストマルク解放戦への協力を謳って、トランシルヴァニアを占領しなければならない。それが成就してこそ、長年の悲願である大ダキアの完成だ。長いこと亡命状態で苦しんできたのだから、その程度の余禄がなければやっていられない。

 

「前進。」

 号令とともに舟艇が一斉に岸を離れ、対岸に向かって進む。ベッサラビア侵攻作戦の開幕だ。対岸にネウロイはいないのか、今の所特に攻撃してくる様子はない。司令官はこの光景を満足げに見ているのだろうが、舟艇の上で身を固くする兵士たちは、もし攻撃されたら逃げ場はないので、緊張のあまり血の気の引いた顔で、じっと対岸を見つめている。舟艇の船足の遅さにじりじりしながら、じっとりと汗の滲む手で小銃を握りしめている。ようやく対岸に着いた。兵士たちは歓声を上げて岸に駆け上がる。

「姿勢を低くしろ。油断なく周囲を警戒しながら進め。」

 指揮官の声に我に返った兵士は、腰を落として周囲を見回す。風に吹かれて枯草がざわざわと音を立てるばかりで、ネウロイの陰は見えない。ネウロイは冬場には活動が低下するという話もある。オラーシャのネウロイはそうでもないという噂もあるので安心できないが、雪に覆われて白一色の大地では、全体を黒い装甲に覆われているネウロイは目立つので、見落として奇襲を受けることもないだろう。兵士たちは新雪をざくざくと踏みしめながら、前進を始めた。

 

 

 ここはプルト川に近い国境の町、ヤシ。ヤシは市内中心部から東に8キロに飛行場があって、また今回掃討を予定しているベッサラビアに近接していて、さらにベッサラビアの中心都市キシナウに近く、作戦支援のための航空基地とするのに適している。オデッサまでも約250キロと、航空支援可能だ。そのヤシの飛行場に二人のウィッチが降りてくる。滑走路で上空を見ていた少女が嬉しそうに声を上げる。

「あっ、ヴィザンティ大尉、帰って来ましたよ。」

「うん、帰って来たね。」

 弾むような調子で声を上げるヴィオリカ・ニコアラ軍曹に、ダキアウィッチ隊の隊長、アリーナ・ヴィザンティ大尉は肯きながら、滑走路に歩み寄る。降りてきたのは哨戒に出ていたイオネラ・ディチェザレ中尉とミレラ・ムチェニカ准尉だ。ダキア奪還作戦が始まった時からダキアウィッチ隊はこの4人で、今でもこの4人だけだ。いいかげん人員の補充をして欲しいと思うのだが、残敵掃討のみで大した戦いが発生しないダキアには、なかなか補充を回してもらえない。

 

「哨戒任務終了しました。異常ありません。」

 報告するディチェザレ中尉は、ほとんど戦いが発生しないので物足りなそうだ。飛行型ネウロイは滅多に出現せず、陸軍部隊が発見した地上型ネウロイへの支援攻撃がたまにある程度で、腕が鈍りそうな程だ。しかし、アリーナとしては、ダキア奪還作戦で散々激戦を戦って来たので、しばらくは平穏なくらいで丁度いいと思う。

「ご苦労様。陸軍部隊の進出は順調かな?」

「はい、もう一部の部隊はティギナ付近でドニエストル川を渡ってオラーシャ領ウクライナに入って、オデッサに向けて進出を始めていましたよ。」

 なるほど、今回の作戦は、予想した以上に順調なようだ。ドニエストル川を越えれば、オデッサまでの間にはこれといって障害になるようなものはない。

「そうなんだ、じゃあ何事もなく作戦は終了しそうだね。」

「はい、ドニエストル川には、もう仮設の橋も架かっていましたから、物資の輸送にも困らないと思います。」

 陸軍も物資や機材が十分でない中でも、周到に準備を整えていたようで、大変手際良く作戦を進めているようだ。いつもこんな戦いならいいのにと思う。

 

 部屋に戻って休養していると、電話のベルが鳴る。

「はい、ウィッチ隊です。」

「緊急事態だ。先遣部隊がネウロイの襲撃を受けている。」

 これまでののんびりした気分が一瞬で吹き飛んで、緊張が走る。

「了解しました。直ちに航空支援に出撃します。場所はどこですか。」

「ティギナの渡河点から10キロ東のティラスポリ付近だ。」

 アリーナは電話を置くと直ちに出撃を命じる。

「ニコアラ軍曹、一緒に出撃してください。ディチェザレ中尉とムチェニカ准尉は、哨戒飛行から戻ったばかりなので待機してください。」

「了解!」

 アリーナはヴィオリカを連れてティラスポリに急ぐ。

 

 ドニエストル川に近付くと、南東方向やや遠く、盛んに黒煙が立ち上っているのが見えてきた。あのあたりが恐らくティラスポリで、先遣部隊がネウロイと遭遇して戦っている所なのだろう。ネウロイは破壊しても炎上することはないので、黒煙が上がっているということは、先遣部隊の車両が炎上しているということで、苦戦していることが予想される。

「急ごう。」

 アリーナはヴィオリカに一声かけると、増速して黒煙に向かってまっすぐ進む。眼下のドニエストル川に架けられた仮設橋の上を、同じように先遣部隊の救援に向かう車列が進んでいるのが見えた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎ダキア王国

アリーナ・ヴィザンティ(Alina Vizanty)
ダキア王国空軍大尉 (1933年2月9日生18歳)
ダキア王国空軍ウィッチ隊隊長
1939年のネウロイ侵攻で両親を失いながらもブリタニアに避難。ブリタニアで訓練を受けてウィッチとなった。公認撃墜数16機で、その内12機が大型という大物食いのエース。大口径機銃で反復攻撃をかけて、大型ネウロイを撃墜するのが得意。

イオネラ・ディチェザレ(Ionela Dicezare)
ダキア王国空軍中尉 (1936年8月12日生15歳)
積極的で攻撃的な空戦スタイルで、公認撃墜16機を記録。攻撃的なあまり、周囲に気が回らないことも。

ミレラ・ムチェニカ(Mirela Mucenica)
ダキア王国空軍准尉 (1934年7月26日生17歳)
ダキア有数の22機撃墜を記録しているベテラン。堅実な戦い方で戦果を重ねる。

ヴィオリカ・ニコアラ(Viorica Nicoară)
ダキア王国空軍軍曹 (1937年4月1日生14歳)
まだ若く、後方任務が主体だったために実戦経験は乏しいが、将来性は豊か。船団上空直掩を多く務めたこともあり、見張が得意。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話 ベッサラビア攻防戦

 ティラスポリ付近で先遣隊に攻撃を仕掛けてきたネウロイは、どの程度の勢力なのだろうか。情報が乏しく状況が不明だが、救援要請があったということは複数の地上型ネウロイが同時に襲撃してきたのか、あるいは大型の地上型ネウロイに遭遇したのだろうか。これまでのベッサラビア掃討作戦が順調に行きすぎて、先遣隊が突出し過ぎるなど、油断した面があったかと思う。油断大敵だと思いながら、アリーナは救援に急ぐ。その時、ヴィオリカが声を上げた。

「ヴィザンティ大尉、下を見てください!」

 何事かと下を見ると、何としたことか、地上型ネウロイが雪原を蹴散らしながら西に向かって進んでいる。それも1機や2機ではない。進む先には、何も知らない救援部隊の車列が並んでいる。攻撃を受けている先遣部隊の救援も大事だが、これを放置すると救援部隊が奇襲される上、後方を遮断されて先遣部隊が孤立してしまう。

「ニコアラ軍曹、こっちを先に攻撃します。」

「了解!」

 二人は急反転すると、地上のネウロイに向かって降下する。

 

 ちょうどネウロイの一団とはすれ違ったところだったので、追撃する形になる。しかし、地上型ネウロイの速度は空を飛ぶアリーナたちに比べればはるかに遅いので、すぐに追いついて射程に入る。

「攻撃開始!」

 アリーナは最後尾のネウロイに狙いを定めて、一気に機銃弾を撃ち込む。アリーナの装備は、イスパノ・スイザMk.V 20ミリ機関砲だ。地上型ネウロイは装甲が硬いものが多いが、それをものともせず一気に粉砕する。素早く次のネウロイに狙いを移すと、これも一撃で粉砕する。ヴィオリカはブリタニアの装備では一般的な7.7ミリ機銃を装備しているので、アリーナの様に一撃粉砕とはいかないが、着実に命中弾を浴びせかけている。

 

 ネウロイの一団の先頭で、ビームが飛んだ。たちまち、激しい爆発音とともに黒煙が立ち上る。ネウロイが地上部隊を射程に捉え、攻撃が始まったのだ。結果的に側面から奇襲を受ける形になった地上部隊は、大混乱に陥っている。

「ニコアラ軍曹、前に回ります!」

 アリーナは直ちに決断すると、ネウロイの前方へ移動する。今は一方的に叩かれている地上部隊を援護して、態勢を立て直すための時間を稼ぐことが必要だ。今しも、ビームを放とうとしていた地上型ネウロイが、アリーナの銃撃を受けて飛散する。ヴィオリカも続く。しかし、地上型ネウロイの数は思ったよりも多く、叩いても、叩いても数が減った気がしない。

 

 アリーナは、何とか地上型ネウロイを一時的にでも押し返そうと、銃撃を重ねながら周囲の状況をさっと確認する。地上型ネウロイの地上部隊への攻撃はまだ続き、地上部隊の将兵は炎上する車両の周囲で右往左往するばかりで、とても反撃の態勢を取れる状況にはなっていない。さらに視線を巡らすと、驚愕の光景が目に飛び込んできた。ドニエストル川に架かる仮設橋の上を、ネウロイが列をなしてベッサラビアに向かって進んでいるではないか。既に先頭のネウロイは、対岸に渡ってしまっている。

「まずい。川を越えられたら侵攻を止められない。」

 慌てて川を越えて戻ると、既に地上型ネウロイは所在の将兵を蹂躙して、ティギナの街に侵入し始めている。直ちに攻撃を始めるが、ネウロイは次々橋を渡って侵入してくる。

「だめだ、阻止しきれない。それに弾薬がもうもたない。」

 橋をネウロイに占拠されてしまえば、対岸に渡っている部隊は退路を断たれて全滅するしかない。ここは、援軍を呼ばなければ。

「ディチェザレ中尉、ムチェニカ准尉、出撃してください。場所はティギナ。地上型ネウロイがドニエストル川を越えて侵攻中です。」

 午前中の哨戒飛行の疲れがまだ回復していないだろうが、背に腹はかえられない。それより、二人が着くまで、ネウロイの侵攻を少しでも押し止めておかなければならない。

 

 突然、上空からビームが降り注ぐ。ぎょっとして見上げると、飛行型のネウロイが、小型だが10機以上、ビームを放ちながら向かって来る。

「どうして? 何で飛行型ネウロイがいるの? どこから来たっていうの?」

 こうなったらもう地上型ネウロイを相手にしている場合ではない。アリーナはビームを辛くもかわすと、捻り込むように上昇して小型ネウロイへの反撃に向かう。

「きゃあっ!」

 突然の悲鳴に振り向けば、ヴィオリカがストライカーユニットから煙を噴き上げながら落ちて行く。

「ニコアラ軍曹!」

 しかし、次々襲ってくる小型ネウロイに阻まれて、アリーナはヴィオリカを助けに行くこともできない。そのまま、小型ネウロイとの混戦になると、元々劣位の上に、20ミリ機銃は重く大きいために取り回しが不便で、混戦には不向きで不利な戦いを強いられる。周囲から次々に飛んで来るビームに、シールドが間に合わない。肩先をビームがかすめ、焼け付くような痛みが走る。次のビームはかろうじてシールドで防いだが、衝撃と痛みで姿勢が崩れ、もう防ぎ切れない。

「あっ!」

 ユニットに被弾した。アリーナは煙の尾を曳いて落ちて行く。追い打ちをかけるようにビームが飛んで来る。シールドで防いだが、ビームを受け止めた衝撃で突き飛ばされて、不時着の体勢が取れない。

「ぎゃっ!」

 地面に強く叩き付けられたアリーナは、全身に激痛が走ってもう起き上がることもできない。ネウロイは勝ち誇るように、ベッサラビアの奥地に向かって進んで行く。

 

 

 ダキアの首都、ブカレストのモエシア方面航空軍団司令部。司令官室に通信参謀の増本晋海軍少佐が血相を変えて飛び込んでくる。

「大変です。ベッサラビアのダキア軍部隊が、ネウロイの大群の攻撃を受けて大混乱に陥っています。」

「えっ?」

 ガタッと音を立てて立ち上がった芳佳に、増本少佐はさらに厳しい状況を報告する。

「ドニエストル川の渡河点は占拠され、対岸に進出した部隊は消息不明です。ネウロイはベッサラビアの中心都市のキシナウに迫っていますが、ダキア軍はベッサラビア全体に分散しており、ネウロイの侵攻を阻止できるだけの戦力を集めることができない状況です。このままでは、ダキア軍はベッサラビア各所で包囲撃滅されてしまいます。」

「ウィッチ隊は? ダキア隊はどうしているの?」

「ヤシ基地に連絡を取りましたが、ウィッチは出払っていて詳しい状況は不明です。ただ・・・。」

 言葉を濁す増本少佐に、芳佳は苛立つように言う。

「ただ、何なの?」

「はい、最初に出たヴィザンティ大尉とニコアラ軍曹とは連絡が取れない模様です。残りの二人でネウロイの侵攻を阻止しようとしていますが、飛行型ネウロイも多数出現していて困難な状況です。」

「地上型ネウロイの大群に、飛行型ネウロイまで多数って、一体どこから来たんだろう。」

 しかし、そんなことを悠長に考えていられる状況ではない。

「抜刀隊は直ちに出撃して、ダキア軍部隊と協力してキシナウでネウロイの侵攻を阻止して。」

 出撃を指示しながらも、芳佳は果して救援が間に合うかどうか、おおいに危ぶんでいる。ブカレストからキシナウまでは360キロもあるので、到着するまで戦線が持つかどうか。

 

 ブカレスト基地から司令部直属の抜刀隊が出撃する。抜刀隊は、芳佳が剣術の手練れのウィッチを陸海軍から集めて編成した部隊だ。普段は普通に機銃を持ってネウロイと戦うが、必要なときには白刃を振るってネウロイを倒す、扶桑ならではの特殊部隊だ。隊長の茅場桃陸軍大尉は、鏡新明智流師範の腕前だ。ただし今回は、特殊なネウロイが出現したわけではないので、機銃を持って出撃する。それでも念のため、扶桑刀も背負っている。続くのは心行刀流免許の桜庭初穂海軍中尉、北辰一刀流免許の望月伊佐美海軍一等飛行兵曹、直心陰流薙刀術宗家の久坂陽美陸軍曹長、宝蔵院流槍術免許の高田尚栄陸軍軍曹、上遠野流手裏剣術の小山海帆陸軍軍曹の5名だ。高度を取ると、一路キシナウに向かう。

 

 キシナウに向かう茅場に、司令部から通信が入る。

「桃ちゃん、キシナウは突破された。ネウロイはヤシの対岸のウンゲニの渡河点に向かって進んでいるから、途中で阻止して。渡河点が占領されたら、ベッサラビアに展開しているダキア軍の退路が断たれるから、何としても阻止して。」

 この声は、司令官の芳佳だ。芳佳は驚異的な戦果を重ねて世界にその名を轟かせる、ウィッチの中のウィッチだ。他の追随を許さない戦果を挙げ、驚くほどの昇進を重ねても、全く偉ぶらない気さくな人柄も尊敬に値する。しかしと、茅場は思う。

「桃ちゃんって呼ぶのはやめて欲しいなぁ。」

 茅場はもう19歳だし、部下の手前もあるから、せめて作戦行動中は苗字と階級で呼んで欲しいと思う。しかし、そんなことを考えていると、重ねて通信が入る。

「桃ちゃん、聞こえてる?」

 応答が遅れて、もう一度呼ばれてしまった。

「はい、了解しました。渡河点に向かうネウロイを阻止します。」

 ダキア奪還以来、しばらくぶりの本格的な戦闘だ。茅場は気を入れ直して戦場へと向かう。

 

 ダキアとオラーシャの国境線を成すプルト川に近付くと、前方の空に赤いビームが飛び交うのが見えてきた。いよいよ交戦地域だ。周囲を警戒しつつ接近すると、二人のウィッチが十数機の小型ネウロイと乱戦になっているのがわかる。恐らく、ダキア隊のディチェザレ中尉とムチェニカ准尉だ。多数のネウロイを相手にここまで戦い続けてきたのはさすがと言うべきだが、多勢に無勢で押され気味のようだ。すぐに救援しなければならない。

「攻撃開始!」

 茅場の号令とともに、抜刀隊の6人は一斉にネウロイに襲いかかる。援軍の出現に小型ネウロイは分散して逃げようとするが、各員着実にネウロイを捉えて撃墜して行く。さすがに、幼い頃から剣術修行で鍛えた隊員たちの動きは俊敏で正確だ。たちまちのうちに、空からネウロイの姿は一掃された。

 

 ダキア隊のウィッチが通信を送ってくる。息が荒くて、少し苦しそうだ。

「ダキア隊のディチェザレ中尉です。救援ありがとうございます。我々は地上型ネウロイの攻撃に向かいますから、上空警戒をお願いします。」

 苦しいだろうに、応援の部隊に余計な負担を掛けまいとする心遣いがいじらしい。これで、言われた通りに上空警戒だけをしていては女が廃る。それに、自分たちはネウロイの阻止を命令されているのだ。

「了解しました。ただ、こちらからも地上攻撃を行います。」

 茅場大尉はそう応答すると、直ちに隊員に攻撃の指示を出す。

「久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹、ダキア隊に協力して、地上型ネウロイを攻撃して。」

 了解と声を上げると、3人は降下して地上型ネウロイに銃撃を浴びせかける。これである程度はネウロイを足止めして、ダキア軍の撤退する時間を稼げるだろう。しかし、航空攻撃だけでネウロイを阻止するのは難しいし、地上部隊は言ってしまえば総崩れ状態だ。恐らく、これまでのベッサラビア制圧作戦の成果は無に帰して、プルト川を挟んでネウロイと対峙する状況に逆戻りしてしまうのだろうと、茅場は無念さを感じていた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

茅場桃(かやばもも)
扶桑皇国陸軍大尉 (1932年生19歳)
芳佳が剣術の使い手を集めて特別編成した抜刀隊の隊長。鏡新明智流剣術師範。

桜庭初穂(さくらばはつほ)
扶桑皇国海軍中尉 (1935年生16歳) 
抜刀隊隊員。心行刀流剣術免許。

望月伊佐美(もちづきいさみ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1939年生12歳)
北辰一刀流桶町千葉道場で剣術を学び、11歳にして免許の腕前。道場では天狗になりかけていたが、芳佳に叩きのめされて自分の未熟を悟り、芳佳に弟子入りを志願してウィッチになった。竹刀の先端に魔法力を集めて撃ち出す技を持っていたことから、芳佳から烈風斬を伝授される。

久坂陽美(くさかはるみ)
扶桑皇国陸軍曹長 (1934年生17歳)
抜刀隊隊員。直心陰流薙刀術宗家。薙刀は長いので、機銃と併用することは難しい。

高田尚栄(たかだひさえ)
扶桑皇国陸軍軍曹 (1935年生16歳)
抜刀隊隊員。宝蔵院流槍術免許。長槍を自在に操るが、薙刀同様、機銃と併用することは難しい。

小山海帆(おやまみほ)
扶桑皇国陸軍軍曹 (1936年生15歳)
抜刀隊隊員。上遠野(かどの)流手裏剣術の使い手。両手に複数の棒手裏剣を持ち、一度に多数のネウロイを攻撃することができる。ただし、手裏剣は破壊力が高くないので、中型から大型ネウロイには効果が高くない。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話 ダキア軍の撤退戦

「おい、しっかりしろ。」

 声を掛けられて、アリーナは意識を取り戻した。それと同時に、ずきん、ずきんと響く痛みも戻ってきた。薄目を開けると、どこの部隊だろうか、ダキア軍の士官がアリーナをのぞき込んでいる。

「どうだ、立てるか?」

 そう尋ねられてアリーナは身を起こそうとする。

「うっ。」

 体を動かすと激痛が走って、とても立てそうもない。どうやら無理そうだと見たのか、その士官は一旦その場を離れて、数人の兵士とともに担架を持ってきてくれた。しかし、担架に移すために持ち上げられるだけでも激痛が走る。墜落した際に随分ひどく体を打ちつけたようで、かなりの重傷を負ってしまったようだ。負傷の具合によっては、ひょっとすると、もう二度と復帰はできないかもしれない。折角故郷のダキアが解放されて、これから復興だというのに、もう何もできなくなってしまうのかと思うと涙が滲む。

 

 トラックの荷台の荷物の間に乗せられて、トラックは走り出す。どこの部隊で、どこへ行こうとしているのだろうかと思うと、さっきの士官が話してくれる。

「俺たちは先遣部隊に物資を届ける途中だったんだが、ティギナのあたりでネウロイに襲撃されて、命からがら逃げて来たんだ。あんたたちが防いでくれたおかげで、逃げられたようなものだな。」

 なるほど、撃墜はされたが、自分たちの戦いもそれなりに役には立っていたようだと思えば、アリーナにも少しは慰めになる。

「キシナウに行くんですか?」

 アリーナは尋ねるが、戦況はもっと悪いようだ。

「いや、キシナウはもうだめだ。多分守備隊も長くは持たないだろうから、ひょっとするともう占領されているかもしれない。だから主要道は迂回して、渡河点まで撤退する。」

 

 そう言えばさっきからトラックの揺れが酷い。キシナウを通る主要道以外はまだほとんど整備されていないので、道路の状態が極めて悪いのだ。その荒れた道路状態そのままに、トラックは上下左右に激しく動揺し、時に跳ね、そして激しく落下する。トラックが跳ねるたび、アリーナの体も跳ね上げられて激痛が走る。そして、荷台に落ちるときに再び激痛が走る。繰り返される酷い揺れに全身を激痛が襲い、とても耐えられない。

「もう少し、ゆっくり走ってもらえませんか。」

 そう言うアリーナに、その士官は心底同情するような表情を見せるが、答えは否だ。

「いや、少しでも早く逃げないと、敵中に取り残される恐れがある。辛いだろうが堪えてくれ。」

 本当の所を言えば、こうやって拾ってもらえただけでも僥倖と言っていいほどの状況だ。敵中に取り残されて、逃げる手立てもなくネウロイに蹂躙されている人たちがたくさんいるはずだ。そう思えば痛み位耐えなければならないとは思うが、しかしこれはほとんど拷問だ。意識が飛べば痛みを感じないで済むかとも思うが、一瞬薄れかけた意識も、トラックが跳ねるたびに引き戻されてしまう。耐え難い激痛の連続に、もういっそ死にたい。

 

 それでもその強行軍が功を奏したのか、どうやらネウロイよりも早く渡河点まで撤退することができたようだ。しかし、渡河点に近付くと、各方面から撤退してきた部隊が集中し、ほとんど前へ進むことができなくなってくる。このまま進むに進めない状態でいるところへ、もしもネウロイが襲撃してきたら、その惨禍は目を覆うばかりになるに違いない。アリーナとしても、こんなに苦しい思いをして撤退してきたのに、ネウロイに踏みにじられて死ぬのはいかにも口惜しい。そんな思いでいると、先ほどの士官が外に身を乗り出して叫ぶ。

「道を空けてくれ。ウィッチを運んでいるんだ。」

 するとどうだろう。先を争って押し合いしていた人たちが、端に寄り、路外によけ、脇に固まって道を空けてくれる。先に立って誘導してくれる人までいる。何と有難いことだろう。そして同時に、周りの人たちの自分たちウィッチに対する期待の大きさが、痛いほど感じられる。責任は重大だ。たとえどんなに苦しくても生きて帰り、必ず復帰してこの人たちを守らなければならない。果てしない激痛に翻弄され、朦朧とした意識の中ではあるが、アリーナはそう胸に誓う。

 

 

 ブカレストの芳佳の司令部に、ダキア軍の司令部から連絡が入る。

「支援感謝する。現在ウンゲニの渡河点から部隊を撤退させている所だ。ウンゲニに集まった部隊の撤退が終わったら、橋を爆破してプルト川の線に防衛線を張る。済まないが、それまでネウロイを押し止めて欲しい。」

「了解しました。」

 了解と答えたものの、現地の状況が必ずしも良くわからないので、本当に守り切れるか心許ない。芳佳自身が現地に行っていれば、状況もよくわかるし、的確な指示も出せるのにと思うが、司令官の立場では軽々しく出て行くこともできない。何分、芳佳の指揮下には、黒海上の航路を防衛しているブリタニア隊も、マケドニア方面の警戒と対地支援をしているモエシア隊も、トランシルヴァニア山脈の防衛線を警戒している扶桑の哨戒飛行隊も、そしてオストマルク隊もいるのだ。

 

 仕方がないので、芳佳は茅場に通信を送って、状況を確認する。

「桃ちゃん、状況はどう? 地上部隊が撤退するまで、ネウロイの侵攻を押し止めて欲しいんだけど。」

 しかし、茅場から帰ってくる応答は、あまり良い知らせとは言えない。

「ダキア隊の2人と、うちの3人は弾薬補充のためにヤシ基地に行っています。近いのですぐに戻って来るとは思いますが、今戦っているのはわたしたち3人だけで、ネウロイの侵攻を抑えきれません。ネウロイはまだ続々と続いていて、途切れる様子がありません。」

 そう言われても、遠くブカレストにいる芳佳にできるのは励ますことくらいだ。

「頑張って。ダキア軍の撤退が終わるまで何とか凌いで。」

 

 司令官からそう言われてしまうと、まさか無理ですとは言えない。

「了解しました。」

 茅場はそう答えつつも、どこまで凌げるものか自信が持てない。茅場自身は上空で飛行型ネウロイの襲来を警戒していなければいけないので、実際に地上型ネウロイを攻撃しているのは桜庭と望月の2人だけだ。ダキア軍の地上部隊も死に物狂いの抵抗を見せているが、それでも押され続けている。振り返って見れば、橋の架かっているウンゲニにはまだ大量の車両と人員がひしめいている。土台、プルト川に架けた一本だけの橋で、これだけの部隊を速やかに退却させるなど無理な相談だ。橋の上流と下流でそれぞれ舟艇が往復し始めたので、今までよりは退却が進むかもしれないが、それでもまだ相当の時間がかかりそうだ。ここはもう、車両も装備も資材も捨てて、人員だけ撤退させるようにしないと間に合わないのではないだろうか。しかし、茅場はダキア軍司令部に直接意見を言える立場にはない。

 

 そうするうち、左翼で地上部隊が突破されそうな形勢になってきた。隊員を回したいところだが、動かすと今の場所が突破されそうで動かせない。自分が行くか、とも思うが、そこへ飛行型ネウロイが襲撃して来たら大変なことになる。はらはらしながら見守っていると、背後で砲声が連続した。振り返って見ると、対岸の陣地から砲撃が始まった所だ。正に突破されそうだった辺りに次々着弾する。爆風でネウロイが転がるのが見えた。砲弾が直撃して砕け散るネウロイもいる。どうやらすんでの所で突破されないで済みそうだ。

 

「遅くなりました。」

 そう通信が入って、基地へ補給に行っていた3人が戻ってきた。ダキア隊の2人もいる。戻ってきた隊員たちはすぐに降下すると、押して来ている地上型ネウロイの一団に機銃弾の雨を降らせる。やれやれ、これでしばらく凌げそうだ。

「桜庭中尉、望月一飛曹、基地へ行って弾薬を補充して来て。」

「了解。」

 応答があって2人が上昇してくる。表情を見ると、疲れてはいるがまだ疲労困憊という程ではない様子だ。茅場は2人に手を振って見送る。基地に戻れば、弾薬の補充とユニットの整備の間だけだが、少しは休憩できる。みんな幼い頃から剣術で鍛えているので、多分まだしばらくは戦えるだろう。対岸の陣地からの支援砲撃もようやく増えてきたので、何とか全部隊の撤退まで凌げそうだ。撤退が済むまで、隊員たちには今しばらく頑張って欲しいと思う。

 

 

「で、ダキア軍部隊の撤退は成功したんだね。」

 司令部にいて断片的な情報しか入らないのでやきもきしたが、ヤシの基地に降りた茅場から連絡が入って、芳佳はやっと憂いを払う。

「はい、撤退を確認して橋を爆破しましたから、プルト川を防衛線にして、とりあえずこれ以上の侵攻は防げました。まだ、遠方に行っていた部隊が対岸に取り残されているようですが、個別に舟艇で撤退させるとのことです。」

 結果的に作戦は失敗に終わったが、損害を最小限に抑えて、防衛線を再構築できたので、まあ良しとすべきなのだろう。しかし、もう一つ大きな心配がある。

「それで、ダキア隊の人たちはどうなの?」

「はい、ヴィザンティ大尉とニコアラ軍曹は、撃墜されましたがダキア軍部隊に救出されて、基地に戻ってきています。いま治療を受けている所ですが、2人とも重傷ということです。」

「重傷? それで?」

「はい、まだわかりませんが、様子を見ると命に別状はないようです。」

 芳佳は大きく息をつく。行方不明と聞いたときは不安に駆られたが、基地に戻って命に別状はないというのなら、最悪の事態は回避されたということだ。

 

 しかし、こうしてはいられない。

「うんわかった。」

 芳佳は電話を置くと、がたっと音を立てて立ち上がる。すぐにヤシ基地に行って治療してあげなければならない。しかし、走り出そうとした芳佳の前に、鈴内大佐が立ち塞がる。

「宮藤さん、どこへ行くつもりですか。」

「え? どこって・・・、アリーナちゃんたちを治療してあげなきゃ。」

 しかし、鈴内大佐は言下に否定する。

「いけません。司令官が、部下の治療のために司令部を留守にするなんて、あってはならないことです。」

「それもそうだけど、これは非常事態だよ。そんなこと言ってる場合じゃないよ。」

「いけません。非常時だからこそ、司令官は司令部から動いてはいけません。」

「そんなこと言ったって、大怪我してるんだよ。痛いんだよ。苦しいんだよ。少しでも早く治療してあげなきゃ可哀そうじゃない。」

 だんだん激してくる芳佳だったが、鈴内大佐は梃子でも動かない。

「そういう問題ではありません。どうしても治療が必要なら、扶桑から魔法医を呼びましょう。」

「呼ぶって言っても、1週間はかかるんだよ。その間ずっと苦しいんだよ。命懸けで戦ってきた、年端もいかない女の子に、そんな仕打ちをするの? 人でなし!」

「何とでも言ってください。人でなしにならないと指揮官は務まりません。」

「う~。」

 芳佳は唸りながら鈴内大佐を睨みつけるが、鈴内大佐は眉一つ動かさない。

 

 そんな所へ、扉がノックされて副官が顔を見せる。

「宮藤さん、お客様がお見えです。」

 そんな呑気としか思えない副官を、芳佳はキッと睨みつける。

「こんな時に何をそんな呑気なことを言ってるの? お客なんか追い返して!」

 しかし生憎、既にその客はもう扉の前まで来てしまっていた。その客、少女は扉の陰から怯えたような表情をのぞかせている。芳佳はしまったと思う。関係ない人に八つ当たりをしてしまったと反省しつつ、改めて見ると見知った顔だ。

「あ、バルバラちゃんだ。」

 モエシア奪還作戦の時に、ロマーニャから派遣されて来ていたバルバラ・バランツォーニ軍医中尉だ。芳佳自身も治療してもらったことがある。

「ごめんね、バルバラちゃんなら追い返したりしないよ。それで、今日は何の用事?」

「はい、オストマルク奪還作戦をやるなら負傷者も出るだろうからってことで、ロマーニャ軍から派遣されて来ました。」

 これは、絶妙のタイミングだ。芳佳はぽんと手を打つ。

「ありがとう、ちょうど魔法医がいて欲しかったんだ。早速で悪いんだけど、ヤシ基地に負傷したウィッチが2人いるから、すぐに行って治療してあげて。」

「はい、了解しました。」

 バランツォーニ軍医中尉は、来た甲斐があったとにっこり微笑むと、早速ヤシ基地に向かう。

 

 芳佳は興奮が冷めて、崩れ落ちるように椅子に座りこむ。

「鈴内さん、その・・・、酷いこと言ってごめんなさい。」

 鈴内大佐の表情が緩む。この素直さが芳佳の魅力だ。

「いえ、気にしないでください。むしろ、そうまでして隊員たちの心配をしたことは、隊員たちにとってはとても嬉しいことだと思いますよ。大丈夫です。自分は憎まれ役でいいですから。」

 鈴内大佐の言葉が芳佳にはありがたい。こうやって支えてくれるから、未熟な自分が司令官の大任を果たせているのだ。

「それから、バルバラちゃんが来てくれたけど、一人だけだと心許ないから、鈴内さんが言ってたみたいに、扶桑から魔法医を呼んでおいた方がいいね。」

「はい、早速手配します。」

 駄目だとなったら梃子でも動かないけれど、必要なときは即座に対処してくれる、安心と信頼の参謀長だ。芳佳は心地よい安心感に身を委ねる。




登場人物紹介

◎ロマーニャ

バルバラ・バランツォーニ(Barbara Balanzoni)
ロマーニャ軍医中尉
芳佳がモエシア奪還作戦に参加した際に、ロマーニャから派遣された軍医で、治癒魔法の使い手。基地が奇襲攻撃を受けて負傷した芳佳を治療したことがある。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話 作戦方針と部隊事情

注:今回から各国語での会話部分は、原語表記だと手間がかかる上に、各国語をご存じない読者には何を話しているのかわからないので、『二重鍵括弧』で囲んだ表記とすることで、それぞれの固有の言葉で会話していることを示し、共通語での会話と区別します。



 改めて、地中海方面統合軍総司令部で作戦会議が行われる。今回は作戦の基本方針の説明が主要な話題だ。レーア上級大将が説明に立つ。

「今回のオストマルク奪還作戦は、私が総指揮を執ることになった。各国軍部隊とも、よろしく頼む。」

 そう言ってレーア上級大将は軽く頭を下げる。作戦地域であるオストマルクの出身であり、また長くカールスラント軍にあって作戦指揮を務めてきた実績もあり、順当な人選だろう。

「さて、第一段作戦の目標だが、ハンガリー地域のブダペストの巣を撃破することを目標とする。」

 最初に首都のウィーンの奪還を目指すのではないのかと、会場内に軽いざわめきが広がる。芳佳もそれほど深く考えていたわけではないが、漠然と最初はウィーンと思っていたから、やや意外だ。

 

 この反応は予測していたのだろう、レーア上級大将は説明を加える。

「第一段作戦で失敗するわけには行かない。そこで、それぞれの巣を目標とした場合の成功の可能性を検討した。知っての通り、ネウロイの巣は強大な攻撃力を持っており、容易に撃破することはできない。その上、オストマルクでは近接する他の巣からの攻撃が加わることで、これまでの人類側の攻撃は挫折してきた。」

 そこまでは、ここに参集している程の人なら皆わかっている。その続きが肝心だ。一同じっと次の説明を待っている。

「まず、地中海側から攻撃することを前提にすると、北側にあるプラハとコシツェの巣は除外される。そして、残るウィーンとブダペストのどちらがネウロイ側の相互連携を抑えられるかが鍵となる。ブダペストの場合は、ザグレブからブダペストへ向かう進路の北側に78キロに渡ってバラトン湖が細長く延びている。これがウィーン方面からのネウロイの攻撃を防ぐ、天然の障壁になる。また、バラトン湖の北側からブダペスト方面に向かって、トランスダヌビア中央山脈が延びている。これも、ウィーン方面からのネウロイの攻撃を防ぐ拠点となり得る。これによって、側面からの攻撃を防ぎつつ、ブダペストに向かって軍を進めることができる。」

 確かに、この特徴的な地形は、ブダペストに向けて進撃する際には利用価値がある。それにもしウィーン方面へ進撃するとしたら、この地形はブダペストに近過ぎて防衛線としては利用しにくい。

 

「一方、ブダペストに向かってほぼ南北にドナウ川が流れている。これが東側からの攻撃に対する防衛線になるし、ブダペストの巣を撃破した後は、コシツェの巣からの攻撃に対する防衛線になる。また、東側はトランシルヴァニアを経てダキアに接している地域なので、こちら側から強力な攻撃は余りないと予想されるし、ダキア側から牽制を掛けることもできる。」

 ドナウ川はブダペストの街を貫く形で流れているので、ドナウ川を防衛線にするということは、つまり第一段作戦の目標は、あくまでネウロイの巣の破壊で、ブダペストの東半分を含むドナウ川の向こう側の地域には手を出さず、ハンガリー地域全体の解放までは望まないということだ。

「また、ブダペストからウィーンまでは220キロで、プラハまでは440キロ、コシツェまでは210キロだ。一方、ウィーンからプラハまでは240キロ、コシツェまでは360キロだ。他の巣との距離に大差はないが、ブダペストからプラハまでが440キロとやや遠いのがメリットになる。以上の条件を総合的に判断した結果、まずブダペストを攻撃することとした。」

 なるほど、よく考えている。首都奪還にこだわらずに、まず倒せそうな所を狙うというのは冷静な判断だ。これなら行けるかもしれない。

 

 会場から質問が出る。

「ネウロイの巣の破壊はどうやるのか。」

「基本は正攻法だ。巣から出て来るネウロイを徹底的に破壊して、枯渇させた上で巣を攻撃する。」

 それはどうかと芳佳は思う。ネウロイを枯渇させるには、集めた戦力は不十分なのではないか。ネウロイを圧倒するほどの戦力の集中が必要だが、オストマルクの巣はこれまで活動が不活発だったので、溜め込んでいて膨大な量のネウロイを出してくる恐れがある。しかも、他の巣からのネウロイも来る恐れが強いのだ。むしろ、こちらの戦力が枯渇しないか心配だ。

「本作戦を『春の目覚め作戦』と呼称する。」

 これから春に向かって行くこの時期に合っているし、春には解放のイメージがあって良い作戦名だと思う。しかし何故だろうか、この作戦名には失敗しそうな匂いがぷんぷんする。ただの直感なので、そんな不吉な予感は外れてくれるといいのだが。

 

 散会後、芳佳はオストマルクウィッチ隊総監のチェルマク少将を呼び止める。

「オストマルクウィッチ隊の準備状況はどうですか。」

 チェルマク少将は、30歳以上も年下の芳佳に対して、敬意を表しつつ慎み深く応対する。芳佳としては、ずっと年上のチェルマク少将から丁寧な対応を受けるのは、どうにも居心地が悪いのだが。

「はい、弾薬や予備部品の集積も終わって、概ね準備は整っています。」

「作戦計画への対応はどうなっていますか。」

「はい、作戦計画に応じて、部隊を再配置しています。ザグレブの中心に近いルチェコ飛行場にハンガリー隊とスロバキア隊を配置して、これが進攻部隊の直接支援をします。ザグレブ飛行場にエステルライヒ隊を配置して、これはウィーン方面からの攻撃に対する側面防御を担当します。他にチェコ隊とポーランド隊を予備として配置しています。また、ザグレブの北80キロのヴァラジュディン飛行場にクロアチア隊とセルビア隊を置いて、哨戒と境界線の防衛を担当させています。」

「正面戦力が少なくないですか?」

「それは、必要に応じて予備隊を出します。」

 

 それでも少なくないかという気もする。ハンガリー隊とスロバキア隊で7人、チェコ隊とポーランド隊を合せても13人だ。二交替で出撃させるとすると、一度に出撃できるのは6、7人になる。これで何十機となく出て来るネウロイを撃退できるだろうか。いくら腕利きを集めていると言っても、ちょっと厳しそうだ。

「扶桑隊を支援に出しましょうか?」

「ありがとうございます。でも、現有戦力でやってみます。いよいよ厳しくなったら応援をお願いするかもしれません。」

「わかりました。」

 多少危ない感じがしても、司令官の立場としてはあまり口出しをせず、現場指揮官の判断を尊重して作戦を進めるのが筋だろう。芳佳も多少は司令官の立場を弁えるようになってきている。

 

 

 クロアチア北部、ヴァラジュディン基地。クロアチア隊とセルビア隊が配置されて、クロアチア地域北部の境界線周辺の哨戒を担当している。ヴァラジュディン基地からウィーンまでは210キロ、ブダペストまでは240キロで、ネウロイの一般的な活動範囲と言われる200キロをわずかに超えている。また、オストマルクのネウロイの巣は活動レベルが低く、定期的にネウロイが襲撃してくるわけではない。しかし、人類側の前進に伴って活動が活発化する恐れもあるので、警戒は怠れない。ただそういう状況下でも、配置されている隊員たちが、一様に緊張感を持って任務に就いているとは限らない。

 

 セルビア隊の部屋では、2人の隊員が雑談に耽っている。隊長のゴギッチ大尉が言う。

『あーあ、何でこんな所に配置されたのかなぁ。同じ哨戒するにしても、セルビア寄りの東部地区を担当させてくれればいいのに。』

 セミズ曹長が肯いて合せる。

『そうですよね、人数が少ないからって、クロアチア隊の手伝いなんて、セルビア人を馬鹿にしてますよね。』

『そうそう、所詮カールスラント人は、わたしたちセルビア人の事なんかちゃんと考えていないのよね。』

 上層部批判として懲罰の対象にもなりかねないような話だが、この基地にはカールスラント人はいないし、仮に聞かれても、大半のカールスラント人はセルビア語を理解できないから、さして気遣いの必要はない。

 

『いずれは地上部隊がセルビア解放に向かうって言うじゃない。どうせならその部隊の航空支援がやりたいよね。』

『そうですよね。セルビアに大したネウロイはいないって言うから、後回しにしないでさっさと解放すればいいんですよね。』

『そうそう、足元を固めないで巣を攻めようだなんて、考えが甘いのよね。』

『上層部が、受けの良い派手な戦果を期待してるんじゃないですか。』

『そうそう、お偉いさんなんて自分の勲章の事しか考えてないんだから。そんな考えで戦って、ネウロイに勝てるわけないのに。』

 誰も聞いていないと思って、酷い言い様だ。しかし、上層部が目に見える戦果を求めて、そのせいで前線の兵隊が必要以上の苦労をすることは少なくなく、案外真理を突いているかもしれない。

 

 その時、机上の電話が鳴る。

「はい、セルビア隊本部。」

「ゴギッチ大尉を呼んで。」

「ゴギッチです。」

「ネウロイが出現したわ。セルビア隊は迎撃に出撃して。」

 この声はクロアチア隊隊長のジャール少佐だろう。だが、自分では名乗りもしないで、偉そうな物言いにゴギッチ大尉はカチンとくる。全然状況説明がないのも問題だし、そもそも、近親憎悪と通じるものなのか、セルビア人とクロアチア人とは何かにつけて対立しがちだ。

「どちら様ですか?」

 電話の向こうでむっとした様子が伝わってくる。

「どちら様って、クロアチア隊のジャール少佐よ。」

「少佐、階級が上でも同じ隊長同士です。命令されるいわれはありません。」

 一瞬絶句したジャール少佐は、声を荒げる。

「何を言っているの? ネウロイが出たのよ。そんなことを言っている場合じゃないでしょう?」

「わたしに命令できるのはグラッサー中佐だけです。越権行為ですよ。」

「越権行為って、前線では上官の指示に従いなさい。」

「上官でも、同じ基地にいるだけで、指揮下に入った覚えはありません。戦場だからこそ、指揮系統は守ってください。」

「指揮系統って・・・、もう、いいわ!」

 手荒く電話が切られる。別にジャール少佐個人に恨みはないが、階級が上なことや隊の人数が多いことで優越意識を持たれては癪に障るので、最初に釘を刺しておく必要がある。民族の人数の多寡や、部隊の戦力の大小にかかわらず、同格、同等、それがこの国のルールだ。

 

 程なく再び電話が鳴る。

「はい、セルビア隊ゴギッチです。」

「グラッサーだ。ゴギッチ大尉、北西方向から中型ネウロイが接近中だ。クロアチア隊が迎撃中だが、セルビア隊も出撃してくれ。両隊の統一指揮はジャール少佐に執ってもらうから、指揮下に入って迎撃してくれ。」

 そう、こういう形で命令されれば、別にジャール少佐の指揮下に入っても問題はない。別に出撃するのが嫌なわけでも、ジャール少佐の指揮下に入るのが嫌なわけでもないのだ。まあ、ほんとはクロアチア人に命令されるのは嫌だけど。

「了解しました。セルビア隊はジャール少佐の指揮下に入り、ネウロイの迎撃に出撃します。」

 

 電話を置いたグラッサー中佐は、小さくため息をつく。

「まあ、戦意がないわけじゃないからいいんだけどな・・・。」

 カールスラント軍の一員として戦っていた時は、別にオストマルク出身だからといって区別されることもなかったし、指揮下に入っていた各隊もあれこれ言って来ることはなかった。こういうつまらない手間がかかるのは、オストマルク軍として集まったばかりだからなのだろうか。

「まあ、しばらくして落ち着けば良くなるかな。」

 それまでは色々と、気にかけたり手を掛けたりしないといけないかと、グラッサー中佐は思う。本当は作戦に集中したいのだけれど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話 苦闘するクロアチア隊

『ミリャナ、行くよ。』

『了解!』

 クロアチアに向かって進攻してきた中型ネウロイを発見したクロアチア隊のアナ・ガリッチ少尉は、ミリャナ・ドゥコヴァツ曹長を率いて、ネウロイに攻撃を仕掛ける。比較的ゆっくりと水平飛行をしていた中型ネウロイは、銃撃を始めた途端、激しくビームを発射しながら増速する。

『頭を押さえるよ。』

 ガリッチ少尉は思い切り加速すると、中型ネウロイの前に回り込んで、銃撃を浴びせかけて進攻を押さえようとする。中型ネウロイはすぐに旋回して銃撃を回避するとともに、ビームをガリッチ少尉に集中してくる。ガリッチ少尉の張ったシールドで、ビームが音を立てて散った。

 

 ガリッチ少尉とドゥコヴァツ曹長は、ビームを回避しつつ中型ネウロイを追撃する。ネウロイを再び射程に捉えると銃撃を加えるが、また素早く回避されて僅かな命中弾しか与えられない。ネウロイは中型といっても相当な大きさなのだが、その大きさに似ない素早い機動に驚かされる。しかも、中型ネウロイの装甲は硬いので、この程度の命中弾では装甲を破壊できないし、僅かに与えた損傷もすぐに再生してしまう。このままでは撃墜できない。ドゥコヴァツ曹長が叫ぶ。

『アナ、ネウロイがクロアチアに近付いて行くよ!』

『うん、わかってる。』

 わかっているから前方に回り込むように攻撃して、進攻を押さえようとしているのだが、どうにも押さえきれない。

『少佐がセルビア隊を応援に寄越すって言ってたけど、まだ来ないのかな?』

『うん、こんな状況だと来てくれないと撃墜できないね。』

 応援は来て欲しいが、クロアチアとセルビアは何かと反目しがちだから、果して素直に来てくれるだろうか。来てくれても、うまく協力し合って攻撃できるか心配だ。

 

 そんな所へセルビア隊がやって来た。ありがたいと喜ぶガリッチ少尉に、ゴギッチ大尉から通信が入る。

『セルビア隊です。支援します。』

 通信はセルビア語だが、セルビア語とクロアチア語は良く似ているので、話している内容は概ねわかる。むしろブリタニア語やカールスラント語で話してこられたら、昇進して間がなく士官教育を受けていないガリッチ少尉によくはわからない所だ。それも含めてありがたい。せっかく来てくれたのだから、向こうの方が階級は上でもあるし、向こうを立てる意味も込めてここは頼ってしまおう。

『クロアチア隊のガリッチ少尉です。戦闘指揮をお願いできますか。』

 

 ゴギッチ大尉は、ガリッチ少尉からの依頼がちょっと意外だ。ジャール少佐の態度から、クロアチア人は嫌な奴らと感じていて、せいぜい無用の軋轢を生まないように、控えめに支援しようと思っていたのだ。ところがいきなり自分に指揮を執って欲しいと言ってきた。もちろん、自分の階級の方が上で、隊長でもあるのだから、それが順当なのは確かなのだが、感情的に含むものがあるのならばなかなか素直に言えない言葉だ。案外、ジャール少佐が横柄な態度なだけで、隊員たちは別にセルビア人と対立する意識があるわけではないのかな、と思う。

『了解しました。わたしが指揮を執ります。』

『お願いします。このネウロイは攻撃するとすぐに回避機動を取って、なかなか命中弾を与えられません。』

『じゃあ、わたしたちが右側から攻撃するから、ワンテンポ置いて左側から攻撃してください。』

 この際、自分たちセルビア隊が敵の攻撃の引き付け役になって、クロアチア隊の二人に華を持たせようと、ゴギッチ大尉は思う。ここまでクロアチア隊の二人が戦って進攻を食い止めてきたのだし。

 

『了解しました。』

 答えながらガリッチ少尉は思う。これって、セルビア隊がビームを引き付けながら、ネウロイをこっちに追い込むから、わたしたちで撃墜しろってことだよね。戦果を譲ってくれるってことだよね。何だ、クロアチア人とセルビア人は反目しがちだっていうけど、別にそんなことないじゃない。

 

『ミリャナ、行くよ。』

 ガリッチ少尉はドゥコヴァツ曹長に一声かけて、中型ネウロイの左側に回り込む。向こう側からセルビア隊が肉薄してくると、銃撃をかける。狙い通り、中型ネウロイはセルビア隊にビームを浴びせかけながら、こっちに向かって旋回してくる。急速に距離が詰まってきた。

『撃て!』

 ガリッチ少尉はすかさず銃撃を叩き込む。ドゥコヴァツ曹長も続いて銃撃する。命中弾が連続し、ネウロイの装甲が砕け散る。しかし、中型ネウロイもいつまでも撃たれてはいないで、上昇に転じて回避する。ガリッチ少尉も上昇に転じて、セルビア隊と交差して反対側に回ると、再び中型ネウロイを挟み込む形で接近する。セルビア隊が再び向こう側から銃撃を始めた。中型ネウロイはビームを放ちながらこちら向きに進路を変える。見る見る接近してくるネウロイに向かって思い切り引き鉄を引けば、次々命中する機銃弾で装甲が削られて行く。コアが出た。

『ミリャナ! とどめ!』

『了解!』

 すかさずドゥコヴァツ曹長が放った銃撃がコアに突き刺さる。中型ネウロイはガラスの砕けるような音と共に、輝く破片を撒き散らして消滅する。

『ネウロイ撃墜!』

 ガリッチ少尉は思ったより難敵だったと思いながら、苦労した分力を込めて撃墜を報告する。

 

 突然、背後からビームが降り注いだ。ぎょっとして振り返ると、どこから現れたのか、10機近い小型ネウロイが襲撃して来ている。

『しまった、中型ネウロイ攻撃に気を取られて、周囲の警戒が甘くなった。』

 それはドゥコヴァツ曹長も同じだったようで、驚愕するドゥコヴァツ曹長にビームが迫る。

『危ない!』

 ガリッチ少尉は夢中で飛び来んで、ビームを防ぐ。ドゥコヴァツ曹長に迫ったビームはかろうじて弾いたが、続いて自分に向かって来るビームを防げない。

『ああっ!』

 かわし切れなかったビームに焼かれる熱さと、何かの破片が体に突き刺さる衝撃があって、やられたと思いながら、ガリッチ少尉の意識は遠のく。

 

『アナ!』

 自分を守ってくれたガリッチ少尉が、被弾して落ちて行く。ドゥコヴァツ曹長は悲鳴のような声でガリッチ少尉に呼びかけながら、後を追って急降下する。何度呼びかけても、ガリッチ少尉はピクリとも動かずに、ただ落ちて行く。このまま地上に激突したら、間違いなく命はない。幸い、セルビア隊が使っているカールスラント軍供与のBf109は、急降下には適したユニットだ。ぐんぐん追いすがり、地面が目前に迫ってきたところで追いついた。ドゥコヴァツ曹長はガリッチ少尉をしっかりと抱き止めると、急減速して地上に降り、ガリッチ少尉をそっと地面に横たえる。

 

 改めて見れば、ガリッチ少尉は背中から左肩にかけて、かすめたビームで焼けただれ、破壊された機銃の破片が突き刺さって、体の何か所からも血が流れている。顔面は額の傷から流れた血で紅に染まり、喘ぐように荒い息を吐いている。

『アナ! しっかりして!』

 ガリッチ少尉の凄惨な状態に激しく動揺し、悲痛な声で呼びかけるが反応はない。しかし、いつまでも呼びかけているだけでは仕方がない。激しく動揺しつつも、とにかくまず出血を止めなければならないことに気付く。ドゥコヴァツ曹長は傷口にガーゼを当てると、圧迫包帯を巻いて圧迫止血を試みる。とにかく救命を第一にと奮闘するドゥコヴァツ曹長だ。

 

 そんなドゥコヴァツ曹長に、ネウロイは容赦なく追い打ちをかけてくる。襲撃してくるネウロイに気付いてさっと開いたシールドに、ビームが当たって強い衝撃が来る。

『何でこんなにしつこく攻撃してくるの!』

 墜落すると、ネウロイは次の目標を求めて去って行くことも多いが、今回のネウロイはしつこく攻撃を繰り返してくる。これではガリッチ少尉の手当てができないではないかと思うが、ただシールドを張って防ぎ続ける以外どうしようもない。しばらく耐えていれば立ち去ってくれるだろうか。そこへ、近くの地面にビームが着弾する。熱風と共に、吹き飛ばされた土砂が飛んで来て、全身に打ち付ける。シールドを回して防ぎたいところだが、そんなことをしたら直撃コースのビームを浴びることになってしまうので、土砂を浴びながら耐えるしかない。ドゥコヴァツ曹長はガリッチ少尉にしっかりと覆いかぶさって、少しでも姿勢を低くして、繰り返し襲ってくる爆風に耐える。飛んできた小石がユニットに当たってカン、カンと音を立てる。ガン、と拳大の石が頭に当たって、頭がずきずき痛む。それでも逃げるわけにもいかず、もう泣きそうだ。

 

 不意に爆風が止んだ。

『う・・・、う・・・。』

 ゆっくりと身を起こすと、体に積もった土がどさっと音を立てて落ちる。泥まみれの顔を上げて上空を見ると、丁度ネウロイが砕け散って、きらきらと破片が広がって行くのが見えた。その向こうを、ネウロイを追ってウィッチが飛んで行く。セルビア隊だ。

『もう、遅いですよ。』

 恨みがましく送る通信に、ゴギッチ大尉から応答が返ってくる。

『そう言わないでよ。セルビア隊で使ってるハリケーンは遅いんだから。』

 またネウロイが砕け散った。奇襲されなければ小型ネウロイ程度に負けるウィッチではない。どうやら助かったようだと、涙交じりの泥が張り付いたドゥコヴァツ曹長の顔に、笑みが戻ってきた。

 

 

 ブカレストのモエシア方面航空軍団司令部。芳佳の執務室に、難しい表情をした鈴内大佐が入ってくる。

「宮藤さん、クロアチア北西の境界付近でクロアチア隊がネウロイを迎撃しました。セルビア隊の応援もあってネウロイは撃滅しましたが、2名負傷、うち1名は重態とのことです。」

「えっ? また負傷者が出たの?」

「はい、最初に襲来した中型ネウロイを攻撃していたところ、後から来た小型ネウロイに奇襲されたそうです。」

 まだ作戦を始動してもいないのに、こう負傷者が続くようでは先が思いやられる。しかし、それはそうと、戦力低下を長引かせないために、治療を急がなければならない。

「バルバラちゃんはもう戻って来てたよね。呼んで。」

 

 すぐにバランツォーニ軍医中尉がやって来る。

「お呼びでしょうか。」

「うん、ウィッチにまた負傷者が出たんだ。戻ったばかりで悪いんだけれど、クロアチアのヴァラジュディン基地へ行って。」

 ちょっと申し訳なく思う芳佳だったが、バランツォーニ軍医中尉は、嫌な顔一つしない。

「了解しました。戻ったばかりとか気にしないで、どんどん命令してください。」

「そう?」

「はい。後方の基地で風邪ひきさんとか相手にしているよりずっとやりがいがあります。折角持っている力なんですから、有効に使いたいです。」

「うん、ありがとう。」

 

 とりあえずこれで今回の負傷者への対処はできるが、こんなに負傷者が続くようなら、魔法医が一人だけでは心許ない。

「鈴内さん、扶桑から軍医を派遣してもらう件はどうなっていますか?」

「はい、派遣する旨の連絡はあったので、そろそろ着く頃だと思います。」

 噂をすれば何とやら、ちょうどそこへ執務室の扉がノックされる。

「失礼します。嶋愛美軍医中尉です。第31航空戦隊配属を命ぜられ、ただいま着任しました。」

「あ、愛美ちゃんが来てくれたんだ。」

 派遣されてきた嶋軍医中尉は、芳佳とは旧知の仲だ。横須賀海軍病院でまだ新人だった頃に、当時軍医少佐だった芳佳が指導したことがある。

「宮藤さんに教えてもらったことを忘れずに、ずっと訓練と勉強に励んできました。だから、あの頃よりは少しはできるようになりました。」

「ふふっ、謙遜だね。期待してるよ。」

 これでひとまずは安心だ。まあ、医者は必要ないのに越したことはないのだけれど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話 防衛線のマリボルへの推進

 クロアチア隊の苦戦はあったし、ネウロイの襲来頻度は明らかに上がってきているものの、部隊の集結や、物資の集積は進んで、いよいよ反攻作戦の機は熟した。ザグレブにオストマルク各ウィッチ隊の隊長が集められ、作戦の説明が行われる。正面にはオストマルクの作戦地図が掲げられ、グラッサー中佐が説明に立つ。各隊の隊長たちは、各々思う所はあっても、この時ばかりは真剣な面持ちで臨んでいる。

 

「最初の目標は、ケストヘイの占領だ。」

 そう言ってグラッサー中佐は、ハンガリー地域の西部に細長く伸びるバラトン湖の西端を、指揮棒で指し示す。

「ケストヘイを占領してウィーン方面からのネウロイの攻撃に対する防衛拠点を築くとともに、近隣の飛行場を整備してブダペスト攻撃の足掛かりとする。」

 ケストヘイからブダペストまでは直線で160キロだ。ここに基地を置けば、ブダペストに向けて進攻する地上部隊の上空支援には困らない。ウィーンまで170キロ余りとこちらも近いので、ウィーン方面からの攻撃も懸念されるが、東側はバラトン湖が広がっていて、水を苦手とするネウロイに対する防壁となっており、また、北側には丘陵地帯が広がっていて、山岳を苦手とするネウロイに対する防衛の拠点としても有力だ。

 

「ハンガリー隊とスロバキア隊は、ケストヘイ進攻部隊の上空直掩を担当し、来攻するネウロイを積極的に補足、殲滅して欲しい。」

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐は深く肯く。進攻作戦の主戦力として指名されるのは、名誉でもあり、やりがいもある。何と言っても自分たちの土地であるハンガリー地域の奪還作戦なのだ。隊員たちの士気も揚がることだろう。

「チェコ隊とポーランド隊は、ハンガリー隊とスロバキア隊の支援を担当してもらう。」

 チェコ隊隊長のエモンシュ大尉は、隊員たちが聞いたら不満を漏らしそうだと思う。戦力の一番大きいエステルライヒ隊は何をしているのかと。しかし、ネウロイ側がどう出て来るのかわからないのだから、ある程度強力な予備隊を残しておく必要があることはわかる。グラッサー中佐としては、使いやすくて無理の効くエステルライヒ隊を手元に置いておきたいところだろう。

「飛行場の整備が終わり次第、ハンガリー隊、スロバキア隊にはケストヘイに進出してもらう。他の部隊の進出は、状況を見て判断する。」

 今いるザグレブからケストヘイまでは140キロあるので、できれば全部隊進出させたいところだが、施設整備がすぐにはできないので、致し方ない所だろう。

 

「進攻作戦の開始に先立って、防衛線を前進させる。スロベニア地域のマリボルを占領して飛行場を整備するので、クロアチア隊とセルビア隊はマリボルに進出して欲しい。」

 マリボルは、スロベニア地域とエステルライヒ地域の境界になっているスロベニア・アルプスの山並みの東端の麓にあり、エステルライヒ地域とハンガリー地域に向かう街道の別れる要衝だ。セルビア隊が今居るヴァラジュディンからは北西に約60キロの地点で、東のセルビアとは反対の方向だ。セルビア隊隊長のゴギッチ大尉は、仕方がないとは思いつつも、ますますセルビアから離れてしまうのが残念だ。自分たちの故郷の奪還作戦を行うハンガリー隊の人たちはいいだろうし、他のチェコ隊、スロバキア隊、ポーランド隊の人たちも、自分たちの故郷に向かって進むのだからやりがいがあるだろう。それに比べて自分たちは、と思うが、考えてみると、司令のグラッサー中佐は自分たちの故郷のエステルライヒ地域を目前に、あえて違う方面に向かって進むことになるのだから内心は複雑だろう。それを思えばあまり文句も言えないかと思う。

 

「なお我々オストマルクウィッチ隊は参加しないが、並行して、モエシアおよびヴェネツィア領ダルマティアから、マケドニア、ボスニア、セルビアの奪還作戦を行い、ドナウ川までの領域の解放を目指す予定だ。こちらはネウロイの反撃はそれほど強力ではないと思われるので、一般の部隊中心の作戦だ。」

 ゴギッチ大尉の目が輝く。連合軍はちゃんとセルビアの解放も考えてくれていたのだ。自分たちの故郷が解放されるのならば、安心して作戦に参加できる。それでも、どうせなら自分自身がセルビア解放作戦に参加したいとの思いは拭えないけれど。

 

 それぞれの思いを胸に、オストマルク奪還作戦の第一段階である、ブダペスト奪還作戦が始まる。

 

 

 ヴァラジュディン基地に帰ったクロアチア隊隊長のジャール少佐は、隊員たちを集める。

『ハンガリー進攻に先立って、地上部隊を進めてスロベニアのマリボルを占領して、私たちはマリボルの飛行場に移動することになったわ。アナ、ミリャナ、地上部隊進攻の上空援護をしてもらうわよ。』

『えー、わたしも出るんですか。』

 上官の指示に不服そうに口を尖らしたのはガリッチ少尉だ。それに対してジャール少佐が咎めるように言う。

『何? アナは何か不服なの?』

『だってわたし、瀕死の重傷を負ったんですよ。本来だったら半年は入院してなきゃいけないくらいですよ。それなのにもう出撃するんですか?』

『そりゃそうよ。司令部から魔法医が来て治療してくれたんでしょ。もう完全に治ったんでしょ。』

『まあ治してもらいましたし、魔法医の先生には感謝してますけど、もう少し休んでいたっていいじゃないですか。わたし基地で留守番してますから、少佐が飛んでくださいよ。』

『何言ってるの。あなたはもう少尉なんだから、指揮官としての経験を積まなきゃいけないでしょ。』

『えー、わたしはいいですよ。ただの一戦闘要員で。』

『そうはいかないでしょ。さあ、さっさと支度して。』

『あーあ、人使いが荒いなぁ。こんなだったら、治療してもらわなきゃよかった。』

 二人のやりとりを聞きながら、ドゥコヴァツ曹長はくすくす笑っている。魔法治療をしていなかったら、今頃苦痛に呻吟しているはずだから、ガリッチ少尉も本気で言っているわけがない。こんな軽口を叩けるようになったというのは、それだけ元気になったということで、ガリッチ少尉が負傷したことに責任を感じているドゥコヴァツ曹長としては、それが嬉しい。これまで魔法医が常駐している部隊にいたことはなかったけれど、あんな酷い負傷をたちどころに治療してくれた魔法医がいるというのはとても心強い。まあ、人使いが荒いというのは同意だけど。

 

 

「発進!」

 思い切りエンジンを吹かすと、ガリッチ少尉は軽やかに舞い上がる。後からドゥコヴァツ曹長が続く。まだ冬の最中で氷点下の空気だが、魔法力で守られた肌にはひんやりとして心地よい。被弾した時はもうだめだと思っただけに、こうして何の差し障りもなく飛んでいるのが不思議に思える。折角また飛べるようになったのだから、精一杯働きたい。そう思いながら西へしばらく飛ぶと、北上する地上部隊が見えてきた。ガリッチ少尉は地上部隊の少し前方へ出ると、ゆっくりと旋回を始める。

『アナ、ネウロイは出て来るかな?』

 ドゥコヴァツ曹長が尋ねてくる。

『そうね、多分出て来るでしょうね。』

 そう答えながらガリッチ少尉は、油断なく周囲に目を配る。しかし、ネウロイが出てこなければ空は平和そのものだ。空は澄み渡っているし、天気は良い。地上部隊の前進に合わせて、上空をゆっくりと旋回し続けるが、ただ旋回しているだけだとつい気が緩んでくる。ドゥコヴァツ曹長も同じようで、少し目をしょぼつかせながら、大きな欠伸を一つ。

 

 突然眼下にビームが飛ぶ。一瞬の間があって、着弾音と土煙が上がる。地上型ネウロイの出現だ。すぐに地上部隊の反撃が始まって、地上は硝煙と喧騒に包まれる。

『ミリャナ、行って。』

『了解。』

 さっきまでのちょっと眠そうな雰囲気はどこへやら、張りのある声で応答すると、ドゥコヴァツ曹長は鋭く空気を裂いて急降下して行く。程なく銃撃音が連続すると、地上にネウロイの破片がぱっと散る。ガリッチ少尉は旋回を続けながら、ぐるりと周囲を見回す。この前の様に、目の前の敵に気を取られているうちに、背後から襲撃されてはたまらない。同じ失敗は二度としたくない。

 

 ガリッチ少尉の視線が、空の一点に何かを見つけた。北方の空に黒い点、といえば飛行型ネウロイの襲来に違いない。ガリッチ少尉は高度を取りながら、黒い点の見えた方に向かって飛ぶ。近付くに従って、黒い点が少しずつ大きく、あくまで黒く見えてくる。やはりネウロイだ。小型ネウロイが3機、緩やかに降下しながら、交戦中の地上部隊の方へ向かって行く。どうやらこちらには気付いていない。ガリッチ少尉は大きく旋回しながら、小型ネウロイの斜め後上方に回り込む。そして降下。びゅうびゅうと風が周囲を吹き抜けて、見る見る小型ネウロイが近付いてくる。まだネウロイに動きはない。

『もらった!』

 引き金を引き絞ると、機銃弾が次々ネウロイを貫いて、あっという間もなく飛散する。すぐにもう1機に狙いを移して銃撃。もう目前に迫ったネウロイから、飛び散る破片の一つ一つまで見極められる。そして2機目のネウロイもぱっと砕け散る。一瞬の後、下へ抜ける。素早く振り返って見上げれば、残る1機の小型ネウロイは、ようやく気付いたように旋回を始めている。降下で乗った速度を利して、すぐに反転上昇に入って後を追うと、ガリッチ少尉は逃げる小型ネウロイにぐんぐん迫る。小型ネウロイが照準器一杯に広がった。ここまで迫れば外れる余地もない。引き鉄を引けば、機銃撃が命中するたび小型ネウロイが大きく振動して、破片が周囲に飛ぶ。光の粒を撒き散らし、たちまちネウロイは空に散った。

 

『ふう。』

 息をつきながらも、ガリッチ少尉は油断なく周囲を見回す。大丈夫、後続のネウロイは見当たらない。下を見れば、ドゥコヴァツ曹長は地上に向かって反復攻撃をかけている。ドゥコヴァツ曹長が攻撃するたび、地上にネウロイの破片がきらきらと広がる。地上部隊も火箭を集中させながら、勢い良く前進して行く。右手遠くに光っていたドラーヴァ川の流れがだんだんと近付いて来た。前方遠く、ドラーヴァ川が東向きから南向きに大きく流れの向きを変えているあたりがマリボルだ。どうやら大きな問題もなく到達できそうだと、ガリッチ少尉は思う。そしてそろそろ、上空援護をセルビア隊と交替する時間だ。無事に自分たちの任務を果たせたことで、充実感に満たされるガリッチ少尉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十一話 ブダペスト奪還作戦発動

「これより『春の目覚め作戦』を発動する。」

 レーア上級大将の命令が全部隊に向けて発令されると、クロアチア地域とハンガリー地域の境界線に沿って展開していた砲兵隊が、一斉に砲撃を始める。まだ明けやらぬ大地に砲声が連続して響き、ハンガリー側に次々に火柱が立つ。準備砲撃で十分に叩いておくことが、前進開始後の進出速度に影響してくるので、念入りな砲撃が求められる。幸い砲弾は潤沢だ。まだ砲弾を量産する工業力など望むべくもないオストマルク軍だが、世界最大の工業力を持つリベリオンが武器、弾薬を供給してくれている。

 

 ハンガリー地域との境界線に沿って集結しているのは、再建なったオストマルク軍地上部隊だ。装備は基本的にリベリオン供与のものだが、将兵はオストマルク軍再建に集まったオストマルクの将兵たちだ。連合軍各国の部隊ももちろん今回の作戦には参加しているが、原則として先日行われたマリボル制圧作戦のような支作戦や、防衛任務、後方任務などを担当しており、オストマルク奪還の中心戦力になるのは、あくまでオストマルク軍部隊だ。このあたり連合軍もかなり気を使っていると言えるし、激戦が予想される今回の作戦であるがゆえ、大きな損害が生じると予想される困難な戦線をオストマルクに押し付けているとも言える。

 

 クロアチア地域とハンガリー地域の境界には、大部分にドナウ川の支流のドラーヴァ川が流れており、西寄りの一部はドラーヴァ川の支流のムール川が流れている。これまではこの境界線上の川に沿って防衛陣地を構築していた。水を嫌うネウロイに対しては天然の要害となっていたが、いざ人類側が侵攻しようとすれば、人類にとっても障壁となる。だから準備砲撃の下で、工兵隊が前に出て盛んに架橋作業を進めている。部隊が前進を開始するまでの間に全て完成させておかなければならないので、大わらわで作業を進めている。その背後に伸びる塹壕の中で、将兵たちが前進開始の時を待っている。ひょいと頭を上げて見れば、架橋作業を進めている工兵たちの様子が見える。猛烈な砲撃の下での作業なので、ネウロイが襲撃してくる可能性は低いだろうが、それでも一番前に出て作業を進める工兵たちの勇気には感心させられる。もっとも、工兵たちに言わせれば、直接ネウロイに向かって行く歩兵たちの方がよっぽど勇敢だということになるのだろうが。

 

「前進!」

 号令がかかると、それまで塹壕の底深く身を潜めていた兵士たちが、むくむくと地中から這い出してくる。兵士たちは工兵隊が掛けた橋を渡って、ハンガリー地域へと続々と進んで行く。並走するように、無限軌道を軋ませながら戦車隊も進んで行く。後からは、牽引車に引かれた火砲や弾薬車も進んで行く。準備砲撃で舞い上がった土煙で靄がかかったような景色の中を、周囲を警戒しながら、一歩、一歩、歩を進めて行く。砲兵隊の支援砲撃は射程を伸ばして、前方遠く火柱を上げ続けている。着弾するたび轟音が響き、地面がびりびりと震え、ネウロイがいたとしてもその気配を感じ取るのは難しい。その分、目に頼って、大きく見開いた各自の目で、周囲を確かめながら慎重に進んで行く。砲撃で一帯のネウロイが全滅していれば良いのだが、そんなうまい話はないことくらいは誰でも知っている。一瞬の発見の遅れが、自分たちの生死に直結するのだ。十数年ぶりに、ハンガリーの大地を踏みしめていることに、感慨を覚えている余裕はない。

 

 同じ頃、ザグレブ近郊のルチェコ基地から、ハンガリー隊とスロバキア隊が発進する。

「全機発進。」

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐の指揮下に、合計7名のウィッチが発進すると、進攻を開始した地上部隊上空を目指して北上する。

「ハンガリー隊は地上部隊の進路前方に出て、飛来する飛行型ネウロイの迎撃と対地支援攻撃を行います。スロバキア隊は地上部隊上空で、地上部隊の直接援護を担当してもらいます。」

 スロバキア隊隊長のゲルトホフェロヴァー中尉は短く応答する。

「了解しました。」

 

 やがて、盛んに砲撃を続ける砲兵陣地と、その先の境界のムール川を越えて、街道に沿って東北東に向かって前進している地上部隊が、眼下に見えてきた。

「地上部隊の援護に入ります。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉はそう報告すると、僚機のコヴァーリコヴァ曹長を連れて地上部隊上空をゆっくりと周回し始める。

 一方のヘッペシュ中佐は、右手にポッチョンディ大尉とモルナール少尉、左手にデブレーディ大尉とケニェレシュ曹長を従えて、更に前進する。前方では支援砲撃が着弾し、次々火柱が上がっている。そのあたりまで前進したところで、こちらも周回飛行に入る。普通なら北東の巣のある方角からネウロイは出現するので、北東を重点的に警戒するが、回り込んでくる場合もあるので、四囲への目配りも欠かせない。また、地上型ネウロイの中には上空に向かってビームを放って来るものもあるので、下からの攻撃にも注意が必要だ。周囲はみな敵、緊張感が高まる。

 

 クロアチアとハンガリーの境界から、目標のケストヘイまでは、直線で70キロの距離、道路に沿って80キロの道程だ。何事もなければ1日で到達することも、さして難しいことではない。しかし、残念ながらそうはいかない。砲兵隊の射程距離まで進出し、支援砲撃がなくなると間もなくネウロイが出現した。ネウロイのビームが飛ぶ。兵士たちは慌てて身を伏せる。支援砲撃で掘り返された地面はどろどろだ。そこに伏せた兵士の上に、ビームが着弾して飛び散った泥が降り注ぐ。ネウロイの激しい攻撃に、兵士たちは反撃することもできず、泥の中に身を伏せているしかない。その時、誰かが叫ぶ。

『戦車が来たぞ!』

 無限軌道の軋む音と共に、地面に振動が伝わってくる。そして砲撃音。はっとして顔を上げると、見事に戦車砲が直撃し、ネウロイが砕け散る。

『やった!』

 兵士たちは思わず手を叩く。年嵩の下士官が感に堪えないように言う。

『さすがリベリオンの戦車だ。ネウロイが最初に侵攻してきたときとはまるで違う。』

 聞きつけた若い兵士が訪ねる。

『昔の戦いは違ったんですか?』

『ああ、酷いもんだった。当時のハンガリー軍は主力戦車として38Mトルディと言うのを装備していたんだが、搭載していた20ミリ砲ではネウロイの装甲が抜けず、ネウロイの攻撃はトルディの装甲を簡単に撃ち抜いて、たちまち壊滅したんだ。後は生身の歩兵がいいように蹂躙されるばかりで、俺達はただ逃げ惑うだけだった。良く生き残ったと思うよ。』

 確かに、リベリオン供与のM4シャーマン戦車は75ミリ砲を搭載していて、装甲貫徹力は段違いだ。装甲もトルディの最大13ミリに対して最大76ミリと大差がある。若い兵士は、当時の惨状を想像して身震いする。もっとも、ネウロイの方も大戦初期の実体弾を撃つタイプからビーム兵器のタイプに進化しており、破壊力は格段に高まっているので、今の戦いが悲惨な状況にならないという保証もないのだが。

 

 地上部隊の戦いが始まって間もなく、空でも戦いが始まる。デブレーディ大尉がネウロイを発見した。

「ヘッペシュ中佐、ネウロイです。北方から多数接近中。」

「うん。」

 見れば、遠くの空に小さな黒点が散っている。高度は、向こうの方が少し高いようだ。

「上昇します。正面から迎撃。」

 上昇して優位な高度を占めながら、正面から接近して行く。本当は側方か後方に回り込んで攻撃したいところだが、地上部隊の方に行かせるわけには行かないので、正面からの撃ち合いを選択する。近付くにつれてはっきりと見えてきたネウロイは、小型が20機ほどだ。こちらに気付いていないのか、高度を変えずにまっすぐ進んで来る。この分なら、有利な形で最初の一撃ができそうだ。

 

「全機突撃!」

 ヘッペシュ中佐は号令と共に一気に加速する。

「突撃!」

 隊員たちも雄叫びを上げて突入して行く。たちまち速度が上がって、ネウロイが見る見る近付いて来る。

「攻撃開始!」

 号令と共に引き鉄を引けば、先頭のネウロイがたちまち砕け散る。一瞬でネウロイの集団の上空をすれ違うと、ぐっと上昇に転じながら振り返ってネウロイの様子を見る。砕け散ったネウロイの破片が小さな雲のように広がっているのが、5か所見えた。うん、全員確実に1機ずつ撃墜したようだ。ネウロイはばらばらになって四方に散開して行く。ヘッペシュ中佐は上昇している1機のネウロイに狙いを付けて、体を捻って背後に回ると、銃撃を浴びせる。ぱっと白く光を反射する破片が広がって、2機目の撃墜だ。隊員たちもそれぞれにネウロイを追い、銃撃を浴びせている。

 

 ヘッペシュ中佐は一旦空戦域を離れて、全体を見回してみる。ネウロイは最初の一撃で陥った混乱が続いているようで、隊員たちに追い立てられていて、有効な反撃ができないでいるようだ。しかし、ふと気付けば、2機のネウロイが空戦域を抜け出して地上部隊の方に向かって飛行している。しまったと思うが、既にかなり距離が開いてしまって、今から追いかけても地上部隊への接近を阻止できそうもない。ここは、上空援護のスロバキア隊に任せるしかないだろう。

「ゲルトホフェロヴァー中尉、小型ネウロイが2機そちらに向かいました。迎撃してください。」

 

「了解。」

 小さく答えたゲルトホフェロヴァー中尉は、地上部隊の上空を離れると、ネウロイが向かって来るという北の方角に向かう。

『いた。』

 程なくこちらに向かって来る2機の小型ネウロイを視認する。

『イダニア、わたしが正面から攻撃するから、回り込んで攻撃して。』

『うん、わかった。』

 コヴァーリコヴァ曹長はさっと身を翻すと、ネウロイ攻撃に向かう。ネウロイが近付いてくる。ゲルトホフェロヴァー中尉は機銃を構え直すと、正面からネウロイに挑む。ネウロイがビームを撃ってきた。さっとシールドを展開すれば、ビームがシールドに当たって弾けて散る。案外ネウロイの攻撃は狙いが正確だ。ゲルトホフェロヴァー中尉も負けじと撃ち返す。そこへ、上空から機銃弾が降り注ぐ。連続して撃ち抜かれたネウロイが砕けて散り、もう1機のネウロイも数発の被弾を受けて回避に入る。その動きを狙って、ゲルトホフェロヴァー中尉の火箭が走る。もう1機のネウロイも空に散った。

「ヘッペシュ中佐、ゲルトホフェロヴァーです。飛来した2機の小型ネウロイは撃墜しました。」

 インカムから報告すると、ヘッペシュ中佐から応答が返ってくる。

「了解、ご苦労様。上空警戒に戻ってください。こっちももう少しで片付きそう。」

「了解。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、地上部隊の上空に戻ると、何事もなかったかのようにまた周回を始める。作戦は順調に進んでいる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話 ケストヘイ制圧作戦1

 空のあちこちに、白く光るネウロイの破片が地上に向かって落ちて行く、白い帯が縦に伸びている。ぐるりと見回してみても、もうネウロイの姿は見えない。

『全部撃墜したみたいね。』

 ハンガリー隊隊長のヘッペシュ中佐がインカムに向かって言うと、隊員のポッチョンディ大尉が応答する。

『そうですね、もう見当たらないわ。地上には点々とネウロイがいるけど。』

『まあそれは地上部隊に任せましょう。』

『あ、街道の左手、少し離れてネウロイが集団でいるわ。』

『どれ? あ、ほんとだ、2~30機はいるかな。これは警告しておいた方が良さそうね。』

 ヘッペシュ中佐は地上型ネウロイの集団の所在を地上部隊に警告すると、再び大きく周回しながら周囲を警戒する。

 

 地上部隊上空では、スロバキア隊が同じように旋回を続けている。眼下では時折銃砲火とビームが激しく交錯するが、大抵は単機の地上型ネウロイとの交戦で、戦闘はすぐに止む。上空では、さっき来た2機の飛行型ネウロイ以外に出現はなく、実際には出現しているのかもしれないが、先行しているハンガリー隊が片付けてしまうのだろう、スロバキア隊の所まで来るネウロイはいない。

『もっと物凄い戦いになるのかと思った。』

 コヴァーリコヴァ曹長がちょっと拍子抜けしたように言うと、ゲルトホフェロヴァー中尉がたしなめるように答える。

『イダニア、気を抜いちゃ駄目よ。いつまた現れるかわからないんだから。それにね、地上部隊の直掩隊が物凄い戦いに巻き込まれるとしたら、その時は地上部隊も猛烈な攻撃を受けている時だから、そんなことになったら大変だよ。』

『ああ、そうだね。』

 屈託のない様子で軽く答えるコヴァーリコヴァ曹長は、どこまで厳しい戦いを経験したことがあるのかわからない。ゲルトホフェロヴァー中尉は今まで一緒に戦ったことがなかったので細かい経歴は知らないが、コヴァーリコヴァ曹長は反復出撃をこなす体力があると聞いているので、案外猛烈な戦闘の経験もあって、この程度の戦いは余裕なのかもしれない。

 

 地上部隊が前進を停止した。どうしたのかと思うと、地上部隊から通信が入る。

「前方の街道左手にネウロイの集団がいるという報告があった。砲撃で制圧するから、射撃を誘導してくれないか。」

「了解しました。」

 なるほど、地上部隊と一緒に行動すると、こんな役割もあるのかと思いながら、ゲルトホフェロヴァー中尉は前に出る。きょろきょろと地上を見回しながら進むと、いた。地上部隊の先頭の部隊からは4,000メートルくらいだろうか、2~30機ほどのネウロイが固まっている。

「発見しました。街道の北西およそ1,000メートル。先頭部隊からの方位35度、距離およそ4,000メートル。30機くらい固まっています。」

「了解した。砲撃するので、弾着を見て誘導してくれ。」

「了解。」

 弾着の誘導などやったことはないが、やるしかないだろう。このあたりは比較的平坦なので、砲兵隊が自分で弾着観測をするのに適した高地はないようだし、いつ飛行型ネウロイが現れるかわからないから、観測機を飛ばすわけにもいかない。

 

 すぐに砲声が聞こえた。そして着弾の火柱が上がる。

「ええと、目標の北東800メートルくらいに着弾です。」

 もっともらしく報告を送っているが、実際には結構焦っている。だって目測で地上の距離を測る訓練なんかやったことがないんだもん。

 続いて砲声が聞こえ、着弾する。今度はさっきより近い。

「目標の南、300メートルに着弾です。」

 着弾点が近付いたせいか、ネウロイが動き出した。命中する前に逃げられてしまわないかとやきもきする。もし逃げられたら、上手に誘導できなかった自分のせいなのかなと、ちょっと心配だ。そこへ3発目が着弾する。高々と火柱が上がるとともに、直撃したのか、ネウロイの破片がぱっと飛び散る。

「命中しました! 凄い、凄い。あっ、ネウロイがひっくり返ってますよ。」

 まあ、観測の訓練をやっていないのだから仕方ないが、命中の報告はともかく、後は全然誘導になっていないし、ゲルトホフェロヴァー中尉自身はそれに気付いていない。コヴァーリコヴァ曹長も、手を叩いて喜んでいるだけだ。

 

 しかし、それでも十分だったようだ。連続して発砲音が聞こえたかと思うと、ネウロイの集団の中や周囲に次々着弾する。かなり大型の大砲を使っているようで、砲撃は相当な破壊力だ。相次いでネウロイが砕け散り、白く輝く破片が飛び散る。ようやく本気で逃げ始めた地上型ネウロイだが、連続する着弾に右往左往するばかりだ。意味もなくビームを撃ち始めたネウロイまでいる。そうか、ネウロイも狼狽えることがあるんだと、ゲルトホフェロヴァー中尉は認識を新たにする。狼狽えたネウロイの放ったビームが、別のネウロイに当たった。同士討ちだ。

 

 やがて砲撃が止んで、硝煙と土煙が薄まって来ると、ネウロイの破片が一面に散っているばかりで、あれだけたくさんいたネウロイは、僅かに2機ばかりが残っているだけだ。そこに向かって戦車隊が突進すると、砲撃を浴びせかける。ネウロイは反撃らしい反撃をする暇もなく砕け散った。自分の誘導が役に立って、ゲルトホフェロヴァー中尉はちょっと嬉しい。

 

 再び前進を始めた地上部隊が停止する。見回すと北方右寄りに細長い湖がずっと伸びている。バラトン湖だ。この湖の南岸に沿って、ブダペストに続く街道が伸びている。ただ、今回の目標はバラトン湖の西端に接しているケストヘイの街なので、ネウロイの侵攻に備えて街道を塞ぐように一部の部隊を配置すると、主力は北上を始める。ゲルトホフェロヴァー中尉達スロバキア隊も一緒に北上する。

 

 すると先行していたハンガリー隊が戻ってきた。ヘッペシュ中佐から通信が入る。

「ハンガリー隊は、弾薬を消耗したので一旦基地に戻ります。スロバキア隊は引き続き地上部隊の援護をしてください。」

 弾薬がなくなったら補充しに帰らなければならないのは当然だが、ゲルトホフェロヴァー中尉はまだあまり弾薬を消耗していない。そんなに使ったのだろうか。

「弾薬・・・、ですか?」

「ええ、結構ちょこちょことネウロイが飛んで来てね、戦闘を繰り返していたからなくなったのよ。」

 なるほど自分たちの所までは来なかったが、前線では戦いが連続していたようだ。でも、その弾薬が切れるほどちょこちょこ飛んで来るネウロイを、今から自分たちだけで防がなければならないのだろうか。2人しかいないスロバキア隊ではちょっと無理を感じるが、だからといって、一度に戻らないで何人か残して行ってくれと言うのも気が引ける。そもそも、オストマルクの中でも中心的な民族であるハンガリー人に対して、要求や交渉をすること自体ためらわれる。各民族は平等という原則はあっても、やっぱり第一にカールスラント人、次にハンガリー人、そしてその他の諸民族という暗黙の格付けを感じている。

「・・・、了解しました。」

「わたしたちハンガリー隊は一旦引き上げるけど、かわりに応援が来るわ。ポーランド隊が応援に来ることになっているわ。」

 さすがに2人だけで援護しろというような、無理は言わないようだ。

「はい、了解しました。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉はほっとする。

 

 ハンガリー隊を見送ると程なく、地上にビームが飛んだ。はっとして見ると、ビームが先頭を行く戦車を貫いて、戦車が爆発、炎上した。ビームの元を見ると、地面から半ば姿を現したネウロイが、盛んにビームを放っている。この地上型ネウロイはかなり大きい。半ばしか姿を現していないのにこの大きさということは、相当大型のネウロイだ。反撃の戦車砲弾が命中するが、びくともせずにビームを撃ち返す。撃ち返したビームは軽々と戦車の装甲を貫いて、また戦車が1両炎上した。

『まずいよ、戦車が負けてるよ。』

 コヴァーリコヴァ曹長の言う通り、どうもこの大型ネウロイには戦車でも歯が立たないようだ。このままでは先頭部隊の戦車が全滅し、歩兵部隊が蹂躙されるのは時間の問題だ。もっと大量の戦車を一度に投入するか、もっと強力な砲で攻撃しなければ勝てそうもない。

『イダニア、攻撃しよう。』

『うん。』

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、自分たちが攻撃することで、地上部隊が反撃の準備をする時間を稼ごうと考える。それも地上部隊援護という、自分たちの任務の内だろう。

 

 スロバキア隊の2人は大型の地上型ネウロイめがけて降下すると、銃撃を浴びせかける。機銃弾の命中したところが白くなって、ネウロイの装甲に損傷を与えていることはわかるが、何しろ大きくて、どれだけの打撃になっているのかよくわからない。

『効いてるのかな?』

『わかんないけど、もっと攻撃するよ。』

 2人は銃撃を繰り返す。大型の地上型ネウロイには、破壊できないまでも、地上部隊への攻撃を弱まらせることができればそれで十分だ。

 

 突然、2人に向かってビームが飛んで来る。

『危ない』

 左右に分かれた2人の間をビームが抜けて行く。

『空に向かって撃って来たよ!』

『うん、地上型の中にはそういう奴もいるよね。』

 ここまで、上に向かって撃って来る地上型ネウロイがいなかったので、ちょっと油断していた。もう少し近かったら、かわせなかったかもしれない。ネウロイは追い打ちをかけるように更にビームを撃って来る。

『ちゃんと狙わなくていいから、とにかく撃って。』

『うん、わかった。』

 コヴァーリコヴァ曹長が、ビームを回避しながら機銃を撃ちかける。狙いは定まらないが、ネウロイが大きいので結構命中する。ゲルトホフェロヴァー中尉も銃撃する。こうしてネウロイの攻撃が自分たちに向いていれば、その間に地上部隊の人たちが、反撃の準備をできるはずだ。でも、ゲルトホフェロヴァー中尉は、ビームをかわしながら思う。わざと撃たれ続けるのは結構辛い。いつまで続ければいいのだろうか。

 

 そこへ、鋭く空気を斬り裂く飛翔音がしたかと思うと、轟音と共に火柱が上がる。

『砲撃だ!』

 コヴァーリコヴァ曹長の声が弾む。やっと地上部隊が反撃態勢を準備できたのだ。僅かな間隔で砲撃が続く。続いて至近弾、ネウロイの足がぽっきりと折れて、巨体がぐらりと傾く。ゲルトホフェロヴァー中尉は、少し距離を取りながら砲撃を見守る。

『当たれ!』

 歓声を上げるコヴァーリコヴァ曹長は、既にスポーツ観戦でもしているような気分になっているような感じだ。その声に応えるように、何発目かの砲弾が大型ネウロイの上部に直撃し、盛大に破片を舞い上がらせる。

『コアだ!』

 ぎらりとコアの赤い光がのぞく。接近して銃撃を加えれば確実にコアを破壊できるが、近付くと砲撃の爆風に巻き込まれかねないので、スロバキア隊の2人は少し距離を取って見守り続ける。再び砲弾が直撃した。甲高い音を立てて大型ネウロイが砕け散る。

「大型の地上型ネウロイは消滅しました。」

 ゲルトホフェロヴァー中尉が通報すると、地上部隊から歓声が上がる。やれやれだ。

 

 ほっとしたのも束の間、緊迫した声音の通信が入る。

「飛行型ネウロイ接近!」

 えっ? と思って見上げると、小型ネウロイが4機、既にこちらに向かって降下を始めている。一難去ってまた一難、地上型ネウロイ攻撃のために低空に降りていたゲルトホフェロヴァー中尉達は、圧倒的に不利な態勢での戦いを余儀なくされている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話 ケストヘイ制圧作戦2

 ゲルトホフェロヴァー中尉の頭上から相次いでビームが降り注ぐ。上を小型ネウロイに押さえられている上、下は地面が近いので縦方向の機動は強く制約されており、左右に振って回避するしかない。旋回を繰り返せば高度が下がって、地上に激突する恐れもあるので絶えず高度に気を配っていなければならない。ネウロイを振り切ろうと思い切って左に旋回しながら、振り返って見上げるが、ネウロイはしつこくついてきている。インカム越しにコヴァーリコヴァ曹長が叫ぶ。

『危ない! 前!』

 さっと前を見れば、高い立木が迫ってきている。慌てて右に旋回すると、高度が落ちて地面が迫ってくる。ぐっと引き起こせば、頭上をビームがかすめる。

 

 このまま逃げ回っていても、いつかはかわし切れずに被弾する恐れが強い。どうにかしてこの状況を打開しなければならないが、今の様に回避を繰り返していても、ネウロイを振り切れそうもない。ここは、危険だが思い切った手を使わなければならない。

『イダニア、前を見てて。』

 そう通信を送ると、ゲルトホフェロヴァー中尉はくるりと体を反転させて仰向けになる。この体勢で高速で飛び続けるのは前も下も見えないので極めて危険だが、上空のネウロイを目視して銃撃を浴びせることができる。ネウロイがビームを発射した。ゲルトホフェロヴァー中尉は、仰向けで飛びながら横滑りしてビームを回避すると、機銃を構えて狙いを付ける。少し右手を立木の梢が通過して行って、ひやりとする。でも本当に危なければコヴァーリコヴァ曹長が警告してくれるはずだ。

 

 先頭の小型ネウロイに狙いを付けて引き鉄を引く。だんだんと音を立てて機銃弾が飛ぶ、と思うと銃撃が止まった。

『詰まった?』

 こんな時にと腹を立てながら確認すると、違う、弾切れだ。

『しまった、地上型ネウロイに向かって撃ち過ぎた。』

 臍を噛むがどうしようもない。予備の弾倉は持っているが、この状況ではとても弾倉交換している余裕はない。

『右へ回避して!』

 コヴァーリコヴァ曹長の声に反射的に右旋回しようとするが、一瞬で思い直して左へ旋回しながら体を捻って反転させる。すぐ横を地面から屹立する岩塊がかすめて行く。自分は仰向けになっていたから、コヴァーリコヴァ曹長の右は自分から見ると左だった。気付かなかったらと思うとぞっとする。しかし岩塊にぶつからなかったのはいいが、弾切れでは今の手も使えない。

 

『イダニア、今わたしがやったのできる?』

『えっ? 今のやるの? 自信ないよ。』

『でもそれしかこの窮地を抜け出す方法がないよ。』

『・・・、わかった。やる。』

 コヴァーリコヴァ曹長は意を決すると、思い切りよく体を反転させる。しかし、反転すると揚力のかかり方が逆になる。それまで上昇方向に働いていた力が、急に下降方向に働くようになって、コヴァーリコヴァ曹長は急激に高度を落とす。

『わ、わっ』

 コヴァーリコヴァ曹長は慌てて反転し直して引き起こす。そこへビームだ。背後に展開したシールドにビームが当たった衝撃で、ぐっと沈み込む。

『イダニア!』

 コヴァーリコヴァ曹長は地面を擦るかというくらい高度を下げたが、かろうじて地面との接触を避けて高度を取り戻す。やっぱり、こんな低高度で急にやるのは難しいか。

 

 何か他の手はないか。

『イダニア、急減速してネウロイをオーバーシュートさせるよ。』

『えっ? そんなことしたら、さっき以上に高度を落として墜落しちゃうよ。』

 それもそうだ。ストライカーユニットを前側に振って、斜め下に向ければ急減速と高度の維持を両立させることは不可能ではないと思うが、余程正確な角度に持って来なければ、揚力が足りなくなって落ちるか、過剰でネウロイの前に飛び出してしまう恐れがある。

『じゃあ、背後にシールドを張って上昇して、ネウロイの前を強行突破するよ。』

『えっ? ・・・、ほんとにやるの?』

『うん、多少無茶でもやるしかないよ。』

『・・・、わかった。』

 ゲルトホフェロヴァー中尉は、背後にシールドを展開すると、ぐっと引き起こして急上昇に入る。コヴァーリコヴァ曹長が続く。しかし、上昇に入れば速度が低下するし、ネウロイとの間隔が急速に縮む。その状況で背中を大きくさらしてネウロイの正面に出るのだから、ネウロイにすればいい的だ。ネウロイのビームがゲルトホフェロヴァー中尉に集中し、背中のシールドに連続して命中する。

『げほっ。』

 シールドがあるのでビームが体に直撃することはないが、シールドにビームが当たる衝撃が連続して、その衝撃であたかも背中を乱打されているかのような状態だ。息もできない程で、目の前が暗くなる。無理だ。ゲルトホフェロヴァー中尉は再び地上すれすれまで降下してビームを避ける。

 

 やはり無茶だった。しかも体に受けた打撃は相当大きい。さらに、ネウロイが接近した分、ビームの狙いが正確になっていて、ともすれば回避しきれなさそうになる。一段と窮地に追い込まれた。

『左右に別れよう。ネウロイが追ってこなかった方がネウロイを攻撃して追い散らせばいいよ。』

『うん・・・。』

 悪い考えではないが、コヴァーリコヴァ曹長はゲルトホフェロヴァー中尉が心配だ。明らかにさっきビームを浴びた打撃で動きが悪くなっている。一緒にいれば間に割って入ってビームを防ぐこともできるが、別れてしまって、ネウロイがゲルトホフェロヴァー中尉を追った場合、逃げきれないのではないか。

『その・・・、ヤナは大丈夫?』

『うん、大丈夫だよ。』

 まあ、ここで大丈夫じゃないとは、指揮官の立場上言えるわけがない。不安は尽きないが、もう信じるしかない。コヴァーリコヴァ曹長は祈るような気持ちで答える。

『うん、わかった。』

 

「ブレイク!」

 ゲルトホフェロヴァー中尉の号令で、二人は急旋回して左右に分かれる。しかし、さっと振り返って見たゲルトホフェロヴァー中尉は絶望的な気持ちになった。背後からは小型ネウロイが2機追撃して来ている。つまり、ネウロイも二手に分かれて追撃を続けているのだ。これでは、2人で連携できなくなった分、なお状況は悪くなったではないか。

 至近距離に落ちたビームに舞い上げられた土埃で前が良く見えない。さっきビームを受けた打撃で息が苦しい。体が思い通りに動かなくなってきた。

『もう逃げきれないかな・・・。』

 思わず口を衝いて出た言葉に、気持ちが急速に萎えてくる。正面に低い崖が見えてきた。このまま真直ぐ突っ込めば、この苦しい追いかけっこも終わらせることができる。

『もう、いいよね。十分働いたし・・・。』

 崖が近付いて来た。

 

 突然、背後で銃撃音がしたかと思うと、ガラスが砕けたような音がする。はっとして振り返ると、空には二つ、ネウロイの破片がきらきらと輝きながら広がっている。その向こうから、3人のウィッチが飛んで来るのが見えた。

『た、助かった。』

 へなへなと全身から力が抜ける。普通に立っているところだったら、へたり込んでいる所だ。

「ポーランド隊です。支援します。」

 インカムからの通信に、そういえばポーランド隊が来るって言っていたなと思い出す。もう少し早く来てくれれば良かったのにと思うが、それより大事なことがある。

「コヴァーリコヴァ曹長が2機の小型ネウロイの追撃を受けています。支援願います。」

「了解。視認しました。支援に向かいます。」

 短く応答すると、ポーランド隊は向こうに飛んで行く。コヴァーリコヴァ軍曹にも知らせておかなければ。

『イダニア、ポーランド隊が応援に向かったわ。もう少し頑張って。』

 すぐに応答が返ってきた。

『うん、わかった。頑張る。』

 これでコヴァーリコヴァ曹長も助かることだろう。

 

 待つほどもなく、ポーランド隊が戻ってきた。後ろからコヴァーリコヴァ曹長もついてくる。

「救援ありがとうございました。助かりました。」

 ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐から応答が返ってくる。

「うん、間に合って良かったよ。でも驚いたなぁ。交戦中なんて連絡なかったのに、来てみたら空戦してたから。」

 そういえば、いきなり空中戦になったから、交戦中との報告はしていなかったと思い返す。通報していたらもう少し早く応援に来てくれたのかなと、ちょっと反省する。でも、地上部隊からのネウロイ発見の通報はあったはずだよね。

「地上部隊からのネウロイ接近の通報は聞きませんでしたか?」

「あれ、そんなのあったかな? まあ、地上部隊の無線はあんまり聞いてないから。」

 確かに、空軍司令部からの連絡を聞いていれば足りるのかもしれないが、それでは地上部隊との連携が上手く行かないだろう。それではまずくないかと思うが、何分相手は少佐なので、ここでそのような指摘をして睨まれるのも嫌だから、黙っておくことにしよう。どうせ隊は別だし。

 

「ところでミュムラー少佐、スロバキア隊は交戦して消耗しましたので、一旦基地に戻って補給をしてこようと思いますが、よろしいでしょうか。」

 遠慮がちに申し出るゲルトホフェロヴァー中尉に、ミュムラー少佐は機嫌よく答える。

「うん、いいよ。後はうちに任せて。」

 あれこれ言われなくて良かったと、ゲルトホフェロヴァー中尉はほっとする。新手とはいえ、3人で上空援護を務めるのはちょっと荷が重いと思うので、拒否されても仕方ないところだ。ネウロイを撃墜したところで、機嫌が良いのかもしれない。気が変わらないうちにさっさと退散しよう。

『イダニア、帰還するよ。』

『うん。』

 二人は連れ立って基地へと帰還する。

 

 少し飛ぶと、戦闘機の大編隊とすれ違う。護衛についているのは、どうやらチェコ隊のウィッチのようだ。たった3人で、これだけの飛行機を護衛するのは大変そうだ。戦闘機だからある程度の攻撃には自力で対抗出るだろうが、ネウロイの本格的な攻撃があったら、とてもじゃないが守りきれないだろう。チェコ隊には悪いが、そんな任務を割り振られなくて良かったと思う。でも、戦闘機隊はケストヘイの市街地に潜むネウロイを攻撃するのが任務だと聞いている。市街地では、建物の残骸の陰に潜んだネウロイを、1カ所ずつつぶして行かなければならないので、地上部隊だけでははかが行かない上に被害が大きくなるので、空からの支援攻撃が必要なのだと聞いた。ということは、もう地上部隊はケストヘイの町に突入する段階まで来ているということだろう。であればケストヘイの奪還は近く、どうやらもう一度は出撃しないで済みそうだ。ゲルトホフェロヴァー中尉は先ほどの空戦で深い疲労感を覚えていたので、少し気が楽になった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話 ブダペスト進軍

 ケストヘイを制圧したオストマルク軍は、急速に守備体制を固めていた。北側の丘陵地帯には、ネウロイの襲来に備えて、対地、対空防衛陣地を構築している。また、ネウロイの襲来を早期に捉えるための、電探基地も設営した。何より重要な補給路として、クロアチアからケストヘイに至る道路の整備も急ピッチで進めている。そして航空基地の準備だ。ケストヘイの中心から西へ8キロの所にあったシャーメッレーク飛行場を復旧し、格納庫や資材倉庫、兵舎を急造して、直ちに作戦基地として使えるように整備した。

 

 そして、航空基地の整備ができるのを待ちかねたように、ハンガリー隊とスロバキア隊が進出する。しかし何分急造された施設だ。お世辞にも良い施設とは言えない。ハンガリー隊のモルナール・エメーケ少尉が、口を尖らせて隊長のヘッペシュ少佐に苦情を言い立てる。

『少佐ぁ、何なんですか、この宿舎は。隙間風が吹き込んで、寒くて眠れないです。』

 そんなモルナール少尉を、ポッチョンディ・アーフォニャ大尉がたしなめる。

『エメーケ、そんなに文句を言うものじゃないわよ。最前線なんだから、不備があるのは仕方ないわよ。』

『でも、ちゃんと眠れないと、翌日の任務に差し支えるじゃないですかぁ。』

『我慢しなさい。もうじき春が来るから。』

『え~、まだ寒い盛りじゃないですかぁ。』

 そんなモルナール少尉に、ヘッペシュ少佐が喝を入れる。

『寒いと思うから寒いのよ。寒さなんか突撃精神で吹き飛ばしなさい。』

『え~。』

『気を付け! 滑走路先端に向かって、突撃!』

 無茶を言うヘッペシュ少佐だが、そこはやはり軍人で、モルナール少尉には無茶な命令でも従う習慣ができている。

『突撃!』

 そう叫ぶとモルナール少尉は外へ飛び出し、滑走路を全力で走って行く。

『はっはっはっ、元気でよろしい。』

 ヘッペシュ少佐は笑いながら、走って行くモルナール少尉を見送っている。

 

『ねえ、ヤナ、ハンガリーの人がまた走ってるよ。』

『うん、そうだね。』

 同じシャーメッレーク基地にいるスロバキア隊では、ゲルトホフェロヴァー中尉が、生返事をしながらストーブに薪をくべる。くべた薪は、雪をかぶって湿っていたので、火の付きが悪く、少し煙を出しながら燻っている。急造の兵舎は隙間風で寒いのに、暖房には薪ストーブしかない。

『ああ、せめて石炭ストーブがあればいいのに・・・。』

 嘆くゲルトホフェロヴァー中尉だが、コヴァーリコヴァ軍曹は意外に元気だ。

『わたしたちもハンガリーの人みたいに、走ったら温かくなるかもしれないよ。』

『えー、走りたいならイダニア一人で走ってきて。わたしはいいよ。』

 ああ、幼い子は元気だなと、ゲルトホフェロヴァー中尉は思う。ハンガリー隊は何かというと突撃精神というが、ちょっとついて行けない。元気溢れるコヴァーリコヴァ軍曹ならついて行けるかなと思う。わたしは、ストーブのそばで温かいココアでも飲んでいたいな。

 

 そんなところへ集合がかかる。予告では、ザグレブ基地から司令のグラッサー中佐が来て、今後の作戦について説明があるということだ。隊員たちが集合すると、グラッサー中佐は先に来ていて、全員が揃うのを待って口を開く。

「ケストヘイ進出ご苦労。急造の基地なので何かと不便なことが多いと思うが、おいおい整備を進めるのでしばらくは我慢して欲しい。」

 グラッサー中佐はひとまず隊員たちを労うと、本題に入る。

「さて、ケストヘイの防衛体制も整備できたので、いよいよブダペスト進攻作戦に移る。地上部隊はバラトン湖南岸に沿ってブダペストに進出、所在のネウロイの巣を攻撃し、これを殲滅する。ハンガリー隊、スロバキア隊は、進攻する地上部隊の上空直掩と、巣への攻撃の支援を行ってもらいたい。」

 いよいよブダペストの巣への攻撃だ。ハンガリー隊の面々の意気は上がり、思わず歓声を上げる。一方のスロバキア隊の2人は、自分たちの故郷が解放されるわけではないのでハンガリー隊の人たちのような盛り上がりはなく、黙って姿勢を正して正面を見据えており、好対照だ。

 

 しかし、歓声を上げるハンガリー隊の中にあって、さすがに隊長のヘッペシュ中佐は冷静だ。すっと手を挙げると意見を述べる。

「ブダペスト進攻となると、ケストヘイ進攻の時とは比較にならない程の激戦が予想されます。ちょっと拙速に感じます。部隊の増強や武器、弾薬の集積を行うなど、十分な準備をした上で行う方が良いのではないですか。」

 ヘッペシュ中佐の意見に、グラッサー中佐は深く肯く。

「ヘッペシュ中佐の意見はもっともだ。巣への攻撃となると、正直な所どれほどの反撃があるか予想が付かない。過剰と思えるほどの戦力を集めて攻撃するのが望ましいだろう。」

 しかし、そうもいかない事情もあるのだ。

「しかし、どれだけ兵力を集めれば安心と言えるものでもない。何より、作戦は急がなければならない。ネウロイは寒さで動きが鈍ると言われているんだ。だから活動の不活発な冬の間に巣の撃滅まで持って行かなければならない。可能なら、この冬の間にウィーンの巣も片付けてしまいたいくらいだ。それに、雪解けの季節になれば道路が泥濘と化して交通が障害される。その前に、ネウロイの巣を破壊するだけでなく、少なくとも防衛陣地の構築と、必要な物資の集積を終えておかなければならない。」

 そう言われるとヘッペシュ中佐も反論できない。巣への攻撃が容易ではないという話は聞いていても、実際に直接巣との戦いを経験したことがあるわけではないので、漠然と戦力は多い方が良いと考えている程度でしかない。

 

 話を聞いていたケニェレシュ曹長が、隣のデブレーディ大尉の袖を引いて囁くように尋ねる。

『ねえ、ジョーフィア、何て言ってるの?』

 ケニェレシュ曹長はハンガリー語しか知らないので、グラッサー中佐の言っていることがわからない。デブレーディ大尉は何を話しているのか理解できるが、さすがにこの場で説明をするわけにはいかない。

『うん、後で説明してあげる。』

『うん。』

 仕方がないといった様子で、ケニェレシュ曹長は肯く。他にも、何を言っているのかわからないで、ぼんやりと聞き流している隊員もいる。ケニェレシュ曹長は、どうせ何を言ってるのかわからないんだから、自分たちまで集合させることないのにと思う。

 

「ブダペストの巣を撃破することができなければ、オストマルクの解放は覚束ない。そういう意味では、今回の戦いはオストマルク解放の成否を決める重要な戦いだ。困難な戦いになるとは思うが、各員力を尽くして、必ずや作戦を成功させて欲しい。」

 グラッサー中佐の言葉に、隊員たちは姿勢を正す。ケニェレシュ曹長たち、言葉のわからない隊員も、何となく雰囲気を察して姿勢を正す。そして、ヘッペシュ中佐が代表して答える。

「了解しました!」

 

 

 それからおよそ1週間、いよいよブダペスト進攻作戦の始まりだ。砲兵隊の支援砲撃の下、地上部隊がブダペストに向かって進軍を開始する。ウィッチ隊もシャーメッレーク基地を発進する。

「発進!」

 轟々とエンジン音を響かせながら、各隊員は次々離陸すると、上空で編隊を組んで地上部隊との合流地点に向かう。眼下にはバラトン湖が広々とした水面を広げて、目的地のブダペストの方向に向かって長く伸びている。バラトン湖南岸に沿って、東端に近い湖岸最大の都市シオーフォクまでは75キロ、そこからさらにおよそ100キロでブダペストだ。バラトン湖南岸に沿う進撃路は、北側をバラトン湖に守られているので地上型ネウロイに側面から襲撃される恐れはほぼないが、飛行型ネウロイはそれに関係なく湖を飛び越えて襲撃してくる。だから、ウィッチ隊の責任は重大だ。前進する地上部隊の上空にスロバキア隊が、その前方にハンガリー隊が、それぞれ周回しながら周囲を警戒する。後方のザグレブ基地にはエステルライヒ隊、ポーランド隊、チェコ隊が待機して、いつでも出撃できるように準備を整えている。また、マリボルのクロアチア隊とセルビア隊は、交代で出撃して、ウィーン方面からのネウロイの襲来を警戒している。

 

 周回して周囲を警戒しながら、ヘッペシュ中佐はデブレーディ大尉がしきりに東寄りの方角を気にしているのに気付いた。

『ジョーフィア、どうしたの? 東に何かいるの?』

 声を掛けられたデブレーディ大尉は、はっとした様子で首を振る。

『いえ、特に何も発見していません。』

『じゃあ、どうしたの? 東を気にしているみたいだけれど。』

『はい・・・。実は、私はシオーフォクの南東側の近くにある、ラヨシュコマーロムの出身なんです。もう少し進んだら東に故郷の様子が見えるんじゃないかと、つい気になって・・・。』

 ためらいがちに答えるデブレーディ大尉に、ヘッペシュ中佐は無理もないと思う。誰だって自分の故郷がどうなっているのかは気になるものだ。だが、いつネウロイが現れるかわからない前線で、他の事に気を取られるのは危険だ。

『ジョーフィア、気持ちはわかるけれど、今は作戦に集中してね。』

『はい。』

 デブレーディ大尉は思いを振り切るように答える。しかし、デブレーディ大尉のようなベテランでもつい気を取られる、祖国の奪還作戦とはつまりそういうものだ。

 

 2人の通信を聞いていたケニェレシュ曹長が口を挟む。

『いいなぁ、ジョーフィアは。この作戦が成功したら故郷が解放されるんだよね。わたしの故郷のニーレジハーザなんか、スロバキア地区にあるコシツェの巣が近いから、コシツェの巣を破壊するまでは近寄ることもできないよ。』

 ニーレジハーザはハンガリー地域の北東の端、スロバキア、ウクライナ、ダキアとの境界に近い位置にあり、スロバキア地域の東にあるコシツェの巣のすぐ近くだ。羨ましそうなケニェレシュ曹長に、ヘッペシュ中佐は自分も似たようなものかな、と思う。

『まあ、順番に奪還して行くしかないよね。ケニェレシュ曹長はまだ若いから、多少時間がかかっても大丈夫だよね。』

『ヘッペシュ中佐の故郷はどこなんですか?』

『うん、トランシルヴァニア地域の西にあるアラドだよ。わたしの故郷が解放されるのもまだ先かな。』

 ニーレジハーザ程の困難さではないかもしれないが、それでもハンガリー地域の東半分も解放してからでないと、トランシルヴァニアには近付けない。ヘッペシュ中佐は今年20歳になるから、現役でいるうちに故郷にたどりつくのは厳しそうだ。

 

 モルナール少尉も話に加わってくる。

『わたしの故郷はソンバトヘイですけれど、やっぱり解放はまだ当分無理ですか?』

『ううん、そんなことないわよ。ソンバトヘイだと北西部のエステルライヒ地域との境界に近いあたりよね。ブダペストの巣を撃破したら、多分次はウィーンの巣を撃破する番だから、ウィーンへ向かう途中で解放できるわよ。もう少しの辛抱ね。』

 ヘッペシュ中佐の答えを聞いて、モルナール少尉は嬉しそうだ。

 

 そんな中、ポッチョンディ大尉は黙ってみんなの話を聞いている。実はポッチョンディ大尉の故郷は、南部のクロアチアとの境界線に近いペーチュなのだ。ペーチュはクロアチアに近い上、飛行場があるので優先的な奪還目標になりそうだ。もしかするともう地上部隊が奪還に向かっているかもしれない。でも、今のこの雰囲気の中では、そんなことは言えないな、と思うポッチョンディ大尉だった。

 

 そんな話をしながらも、各部隊はブダペストに向かって進軍を続けている。ネウロイの出現はまだない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話 激闘、ハンガリー戦線1

 ブダペストに向かう部隊の先頭を進むのはハンガリー隊だ。地上部隊の先を進み、襲来する飛行型ネウロイを排除し、部隊の進攻を助ける重要な役割を担っている。次にスロバキア隊だ。地上部隊の先遣隊の上空に位置し、先遣隊を飛行型ネウロイの攻撃から直接防衛する役割を担っている。その下を進むのが地上部隊の先遣隊だ。戦車を多数装備し、点在する地上型ネウロイを排除して、ブダペストへの道を切り開く役割だ。その後方には地上部隊の本隊がある。歩兵部隊を主力とした規模の大きな部隊で、面の制圧を担うとともに、適宜防御陣地を構築し、ネウロイの反撃に備えて行く。その後方には重砲部隊が続く。先遣隊への支援砲撃や、ネウロイ集結地域への制圧射撃を担当する。更に工兵部隊が続き、防御陣地の構築や、輸送路の整備、架橋などを担当する。そして、輜重部隊が弾薬、燃料、その他各種資材を満載して続いている。

 

 本体の最右翼を進む部隊は、一番外側を進むという意味ではネウロイとの遭遇の危険性の高い位置だが、一番南側、即ちネウロイの巣から最も遠い側を進むという意味では、ネウロイとの遭遇の可能性の低い位置だ。実際、ウィッチ隊が飛行型ネウロイと交戦したり、先遣隊が地上型ネウロイと交戦したりしたという情報は入って来るが、これまでの所ネウロイの姿を見ることはなかった。将兵たちは、最初の緊張感は徐々に薄れ、気楽な行軍の気分になってきている。もっとも、整備された道路を進むわけではないのでそんなに楽ではないし、完全装備の重量が全身に重くのしかかって来るから大変だ。さらに、対戦車砲を運ぶ砲兵隊は、連続する悪路に阻まれ、悪戦苦闘している。

 

 そんな部隊に伝令が走る。

「右前方よりネウロイ多数接近中。」

 さっと緊張感が走り、各隊の指揮官が叫ぶ。

「散開! 迎撃戦用意!」

 兵たちが散開して身を伏せる。塹壕を掘っている暇はないので、僅かな地形の起伏に頼って身を隠すしかない。慌ただしく機関銃や迫撃砲が準備される。そうするうちにも、地響きが徐々に強くなってきて、多数のネウロイが地面を蹴立てて接近してくるのが見えてくる。兵たちはそれぞれに銃器を構え、引き鉄に指を添えて、攻撃命令を待つ。緊張感がいやが上にも高まってくる。ネウロイがビームを発射し始めた。思わず力が入るが、指揮官からは制止がかかる。

「まだ撃つな! もっと引き付けろ。」

 ビームが木立を引き裂いて、上から枝が降ってくる。加えて、地面に当たったビームによって巻き上げられた土砂が降り注いでくる。降り注ぐ木片や土砂を浴びながら、このままでは一発も撃たないうちに全滅してしまうのではないかと、焦りと恐怖が兵士たちにつのる。

 

「撃て!」

 指揮官が絶叫するように叫ぶ。射撃命令を今か今かと待っていた兵士たちは、鬱憤を晴らすように一斉に射撃を始める。機関銃が唸りを上げ、小銃が乱射される。迫撃砲弾が落下して炸裂する。十分に引き付けたネウロイに、銃弾は面白いように命中する。しかし、ネウロイを破壊するのは容易ではない。銃弾が命中して弾けた装甲が見る見る再生して行く。迫撃砲弾で吹き飛んだ脚もわずかな時間で再び生えてくる。この火力ではネウロイを一定時間足止めするのがせいぜいだ。もっと火力が必要だ。

「対戦車砲はどうした! 早く配置に着け!」

 言われるまでもなく、砲兵は死に物狂いで重い砲を押して、射撃準備を整えようとしているが、何しろ急な会敵で、配置が間に合わない。

「準備のできた分隊から逐次射撃を開始しろ!」

 指揮官はそう命じるが、生憎弾薬がまだ届かない。

「弾薬はどうした! 早く弾薬を持ってこい!」

 砲弾を担いだ兵士が、泥まみれになって転がり込むように砲弾を砲側に運ぶ。砲兵は素早く装填すると、直ちに射撃する。どっと火柱が上がるが、残念、命中しなかった。いくら距離が近くても、いきなり射撃してそうそう命中するものではない。

 

 先頭のネウロイが散兵線に迫る。

「畜生、これでも喰らえ。」

 一人の兵士が手榴弾を握りしめて立ち上がる。しかし、ビームが飛んで、瞬時に上半身を吹き飛ばされ、握りしめていた手榴弾が誘爆する。爆発した手榴弾は、周囲に伏せる兵士たちに破片の雨を降らせる。

「ぎゃっ!」

「やられた!」

 破片を浴びた兵士たちが、そこここでのたうち回る。そこへ、ネウロイが迫る。

「撤退だ! 後方の丘陵まで撤退しろ!」

 撤退命令に従って、兵士たちは一斉に後方に走る。負傷して走れない兵士が悲痛な声を上げる。

「待ってくれ、置いて行かないでくれ。」

 しかし、目前に迫ったネウロイを前に、負傷兵を救出する余裕はない。見捨てられた負傷兵に、ネウロイの脚が無慈悲に振り下ろされる。そのネウロイは、ようやく射撃態勢を整えた対戦車砲の砲弾が命中し、甲高い音を立てて砕け散る。至近距離で対戦車砲弾が炸裂してはたまらない。ネウロイから逃げようと、必死に這いずっていた負傷兵がぼろ屑のようになって転がる。

 

 

 ザグレブのウィッチ隊司令部では、首脳部が断続的に入ってくる戦況報告を聞きながら、対応を検討している。

「グラッサー中佐、地上部隊主力は右翼へのネウロイの攻撃を受けて苦戦しているようですね。ウィッチ隊の支援は出さなくて良いですか?」

 ウィッチ隊総監のチェルマク少将の問いに、司令のグラッサー中佐は答える。

「飛行型ネウロイの襲来に備えて、待機させる必要があります。地上型ネウロイの攻勢には、地上部隊に対応してもらわなければなりません。」

「それはそうだけれど、先鋒部隊援護のウィッチ隊は、襲来するネウロイを排除しつつ順調に進軍していますね。」

「はい、でもこの程度で済むとは思えません。いずれ強力な攻撃があると思いますから、それまでウィッチ隊は拘置すべきだと思います。」

「そうですね。総司令部からの救援要請もないことだし、様子を見ましょうか。」

 まだ戦いは始まったばかりで、今後の展開は予想できない。チェルマク少将もグラッサー中佐の判断に同意する。

 

 そこに急報が入る。

「電探部隊から通報。ケストヘイ北方にネウロイ出現。ケストヘイに向かって接近中。」

 まだどの程度の勢力が出現したのかわからないが、勢力のいかんにかかわらず、速やかな対処が必要だ。グラッサー中佐は無線機を手に取る。

「ウィッチ隊司令部グラッサーだ。ケストヘイ北方にネウロイ出現。哨戒中のクロアチア隊は速やかに敵情を確認せよ。」

 クロアチア隊のガリッチ少尉から了解の応答がある。敵の確認はそれで良いが、嫌な予感がするので、迎撃の準備もしておいた方が良い気がする。グラッサー中佐は館内放送に持ち替えて、待機している隊員にも指示を出す。

「シャル、シュトッツ、シュトラッスル、ボッシュ、出撃準備だ。」

 指名されたエステルライヒ隊の4名は、直ちに格納庫に走ると出撃準備を整える。そうするうち、クロアチア隊のガリッチ少尉から報告が届く。

「こちらクロアチア隊のガリッチ少尉です。ネウロイ確認。大型が1機、ケストヘイ方面に向かって南下中です。出現位置から、ウィーンの巣から襲来したものと思われます。」

 どうやら嫌な予感が当たったようだ。直ちに迎撃しないと、進攻部隊の後方が襲撃されてしまう。

「大型ネウロイ出現。ケストヘイに向かって南下中。シャル大尉以下4名は直ちに出撃、これを撃滅せよ。」

 

 格納庫で既に出撃準備を整えていたフレンツヒェン・シャル大尉は、直ちに出撃を命じる。

「やっとエステルライヒ隊の力を示す時が来たね。ギルベルタはわたしに、オティーリエはマクシミリアーネについて。敵は大型ネウロイ。出撃するよ。」

「了解!」

 次席指揮官のマクシミリアーネ・シュトッツ中尉が、オティーリエ・ボッシュ軍曹に指示する。

「オティーリエ、30ミリを持って行って。」

「了解!」

 オティーリエ・ボッシュ軍曹は、大口径機関砲を装備して対大型ネウロイ戦を行う部隊に所属していた経験がある。大型ネウロイとの戦いは、いわば本職だ。

「発進!」

 シャル大尉を先頭に飛び立つと、エステルライヒ隊の隊員たちはネウロイの襲来する方角に針路を向けて速度を上げる。

 

 エステルライヒ隊は、南下する大型ネウロイを捕捉した。エステルライヒ地域とハンガリー地域の境界を越えて、ハンガリー地域に少し入ったあたりだ。近くに、触接を保ってきたクロアチア隊のウィッチも見える。

「エステルライヒ隊は大型ネウロイを攻撃する。クロアチア隊も攻撃に参加して欲しい。」

「了解。」

 ガリッチ少尉からの応答があり、クロアチア隊が大型ネウロイへの襲撃に移る。

「ギルベルタ、行くよ。」

 シャル大尉はシュトラッスル准尉に一声かけると、思い切りよく大型ネウロイに向けて突入する。大型ネウロイは周囲に多数のビームを放って応戦する。ビームを回避しながら肉薄したシャル大尉とシュトラッスル准尉は銃撃を浴びせかける。銃撃するシャル大尉たちにネウロイのビームが集中した隙を突いて、シュトッツ中尉はボッシュ軍曹を連れて突入する。

 

 ボッシュ軍曹の装備した30ミリ機関砲は、その口径に見合って強大な破壊力を誇るが、何分重いので装備すると運動性が低下する欠点がある。また、初速がそれほど高くないので弾道の低下があり、かなり接近しないと確実な命中を得にくい。大型ネウロイの猛烈なビームの中を、低下した運動性で至近距離まで近付いて射撃するのは、相当な困難がある。そこで、もう一人がシールドで防御しながら近くまで先導し、十分接近したら飛び出して射撃するという戦術が考案された。その先導役をシュトッツ中尉が担っているのだ。急速に接近するシュトッツ中尉に、ネウロイのビームが集中する。シュトッツ中尉が前にかざしたシールドに、次々とビームが直撃するが、突入する勢いでビームを弾き飛ばしつつ、さらに肉薄して行く。繰り返すビームの衝撃で骨が軋むような気がするが、苦しくてもここは堪えてボッシュ軍曹の攻撃を成功させなければいけない。大型ネウロイがいよいよ接近し、視界いっぱいに広がる。ここまで来れば大丈夫だ。シュトッツ中尉はすっと上にずれて、ボッシュ軍曹の進路を空ける。

「オティーリエ、行って!」

「了解!」

 ボッシュ軍曹がぐっと前に出たかと思うと引き鉄を引く。轟音と共に発する発火炎で目が眩む。一瞬の後、激しい爆発とともに、大型ネウロイが爆煙と煌めく破片に包まれる。

「命中!」

 ボッシュ軍曹は弾む声を上げると、一旦離脱する。

 

 ボッシュ軍曹の一撃が効いたのだろう、大型ネウロイは大きく旋回して回避運動を始める。

「逃がさないよ!」

 シャル大尉とシュトラッスル准尉は、大型ネウロイの進路を遮るように、大型ネウロイの前を横切りながら銃撃を浴びせかける。大型ネウロイはきらきらと破片を撒き散らしながら、逃げ惑うように更に旋回する。そこへボッシュ軍曹の更なる一撃が炸裂する。大型ネウロイはぐらりと傾くと、高度を下げながら逃げて行く。爆煙が流れると、大型ネウロイの装甲が大きくえぐれているのが見えた。

 

 少し距離を取って牽制の銃撃を加えていたクロアチア隊のガリッチ少尉は、エステルライヒ隊の猛烈な攻撃に目を見張る。

『凄い・・・。大型ネウロイをあんなに一方的に追い込んでる。』

 大型ネウロイに遭遇した経験は余りないが、猛烈なビームで容易に接近することはできず、銃撃を加えても固い装甲はなかなか破壊できず、装甲を損傷させてもすぐに再生してしまうため、大苦戦した記憶は生々しく残っている。ドゥコヴァツ曹長も目を輝かせている。

『エステルライヒ隊って強いんだね。』

『うん、最前線で戦っていたスーパーエースを集めたって話だよ。』

『そうかぁ、わたしたちなんてお呼びじゃないって感じだね。』

『そんなこと言ってられないよ。わたしたちも行くよ。』

『うん。』

 エステルライヒ隊には敵わないまでも、自分たちもクロアチア人を代表してここに来ているのだから、負けてはいられない。クロアチア隊の2人は、負けじと肉薄して銃撃を浴びせかける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話 激闘、ハンガリー戦線2

 甲高い音を立ててネウロイが砕け散った。

『ネウロイ撃墜!』

 ハンガリー隊のポッチョンディ大尉の声が弾む。全軍の先頭を進むハンガリー隊は、時折現れる小型ネウロイを確実に補足、撃墜し続けている。

『うん、作戦は順調だね。』

 もうずいぶん進んできた。左手のバラトン湖を見ると、対岸から半島が大きく伸びてきているのが見える。これはティハニ半島だ。バラトン湖の幅が一番狭くなっている場所で、対岸まで1.5キロに狭まっている場所だ。してみると、下に見える町はサーントードか。もう50キロ近く進んできたことになる。バラトン湖岸で最大の町、シオーフォクまであと10キロ余りだ。いくら順調に進んでいても、まさか一度にブダペストまで前進して、一気に攻撃というわけには行かない。地上部隊がシオーフォクまで進んだら、一旦停止して態勢の整理と防御陣地の構築を予定している。そこまでは問題なく行きそうだ。

 

『隊長、隊長。シオーフォクまで進んだら、今日は終わりですよね。もうすぐ帰って休めるんですよね。』

 ケニェレシュ曹長が、もう帰りたさそうにしている。まあ、そうなのだが、交代の部隊が来るまでは帰れないし、今居る所は敵中なのだから油断は禁物だ。

『何言ってるの。交代の部隊が来るまでは帰れないよ。そんなことより緊張感をもって周囲を見張りなさい。まだネウロイの勢力圏の真っただ中なんだよ。』

『はぁい。』

 ケニェレシュ曹長が不満そうにしながら離れて行く。でもそれも無理もないと思うほど、ネウロイの攻撃は間歇的で、小規模だ。やはりまだ寒い内だから、ネウロイの活動は不活発なのだろう。もっとも、いくら冬でも、巣を攻撃したら凄まじいまでの攻撃が来るのだろうとも思う。

 

 そろそろシオーフォク上空だ。だがふと、空の一角に黒く煙ったようになっている場所があることに気付く。

『あれは・・・、雲? でもちょっと違うような・・・。』

 ヘッペシュ中佐は首を傾げる。

『どこですか?』

 デブレーディ大尉が尋ねる。

『あそこ。北東の方角のかなり遠く見えるけど・・・。』

『そうですね・・・、雲じゃあなさそうですね。雲じゃなくて空が黒く見えるっていうと・・・、もしかしてネウロイの大群?』

 ヘッペシュ中佐の表情が険しくなる。雲かと思う程というと、ネウロイなら相当の数だと思われる。そして、その黒い影はどんどん近づいて来る。

『明らかに向こうから近付いてきているね。雲が近付いてくるはずはないし・・・。』

 そして、それが黒い点々の集まりであることがわかってくる。これは、ネウロイの大群以外の何物でもない。

『全員戦闘用意。』

 迎撃の構えを取りながら、ヘッペシュ中佐は司令部に報告する。

「ハンガリー隊のヘッペシュです。北方からネウロイの編隊が出現。数は100機・・・、いえ、それ以上です。迎撃します。」

 

 

 ヘッペシュ中佐からの通報で、ザグレブの司令部は騒然となった。グラッサー中佐は陸軍部隊に急報する。

「先鋒部隊に向かって100機以上の飛行型ネウロイが接近中です。地上部隊は迎撃態勢を取ってください。」

 続いて、大型ネウロイ迎撃に向かった、エステルライヒ隊を呼び出す。

「シャル、そっちの状況は?」

 一呼吸おいて応答が返ってくる。

「現在大型ネウロイと交戦中です。」

「了解。先鋒部隊に向かって100機以上の飛行型ネウロイが接近中だ。そっちが片付いたら、すぐに応援に来てくれ。」

「了解。」

「クロアチア隊は、大型ネウロイを撃墜した後は哨戒任務に戻ってくれ。」

「了解。」

 各隊への手配が終わったら、自分たちも出撃だ。

「チェコ隊、ポーランド隊は全力出撃、飛行型ネウロイを迎撃せよ。指揮は私が執る。」

 そして、待機していたレオポルディーネ・シュタインバッツ准尉を連れて、グラッサー中佐自身も出撃だ。

「シュタインバッツ、行くぞ!」

「了解!」

 ザグレブ基地は全力出撃だ。これは、恐らくこの作戦の成否を決める戦いになるだろう。

 

 

 ハンガリー隊は、空を埋めるようにして迫ってくるネウロイの大群と対峙する。見渡したところ小型ばかりのようだが、それでもこれだけの大群と遭遇したことはないし、どうやって撃退したらいいのか見当がつかない。しかし、だからといって臆するわけには行かない。これを倒さなければ、ブダペストの巣を破壊してハンガリーを解放することはできないのだ。

『全機突撃!』

 ヘッペシュ中佐の号令に、隊員たちが呼応する。

『突撃!』

 これだけの数が相手だ、小細工をしている余地はない。ただ正面からぶつかって蹴散らすばかりだ。

 

 突撃するハンガリー隊に向かって、小型ネウロイは一斉にビームを発射する。凄い数の集中射だ。特に、中央先頭を進むヘッペシュ中佐にビームが集中する。集中したビームをシールドで跳ね返しながら進むが、ほとんど間断なく当たるビームの衝撃で、支える腕が振るえる。そうしてヘッペシュ中佐にビームが集中した隙に、両翼から他の隊員たちが突撃する。もちろん、ネウロイの数は多いので、ビームが集中したと言っても、両翼から進む他の隊員たちにも容赦なくビームが降り注ぐ。そんなビームを掻い潜り、デブレーディ大尉は、ケニェレシュ曹長を連れてネウロイに肉薄すると銃撃を加える。2人の銃撃で小型ネウロイが相次いで砕け散る。デブレーディ大尉はネウロイとすれ違った刹那、強引な急旋回でネウロイの背後を取ろうと動く。一方のネウロイは数機ずつに分かれると、四方八方に分散する。分散したネウロイに囲まれることになれば、極めて危険だ。そうはさせるまいと、遮二無二ネウロイの一隊に追いすがり、銃撃を加える。またネウロイが砕け散った。

 

 ケニェレシュ曹長は、デブレーディ大尉の後に続きながら、絶えず周囲に目を配って、ネウロイの動きを見張る。左上の3機の1隊が、いましもこちらに向かって突入して来ようとしている。

『左上方より3機。』

 デブレーディ大尉はちらりと一瞥すると、右に横滑りしてネウロイの射線を外す。さっきまでいた左手の空間を、ビームが貫く。続いて右手から2機のネウロイが突っ込んでくる。デブレーディ大尉は、丁度次のネウロイを射程に捉えたところだ。ここで回避させると折角捉えたネウロイを逃すことになる。ケニェレシュ曹長はぐっと前に出ると、右手から来るネウロイの射線に割り込んでシールドを開く。ビームがシールドに当たって飛び散った。すかさず銃撃を返すが、ネウロイは瞬時に飛び去って、手ごたえがない。しかし、その間にデブレーディ大尉が、補足した2機の小型ネウロイを撃墜している。

 

 ネウロイの襲撃はいよいよ激しくなってくる。

『右前方から2機。』

 左に旋回して回避する。

『後ろ上方から4機。』

 急上昇に転じてやり過ごす。

『続いて、右後方から3機。』

『あーっ、もう、狙ってる暇がないじゃない!』

 文句を言いながらも、被弾しては元も子もないので、右へ横滑りだ。丁度照準器に捉えた所だったネウロイが遠ざかって行く。

 

 撃墜し損ねた腹いせに、邪魔された3機編隊を追ってダイブする。しかしそこへ、下から2機の新手が突っ込んでくる。ケニェレシュ曹長は下側に潜り込むと、シールドを広げながら銃撃する。丁度射線に突っ込んできた形になった1機が機銃弾を浴びて四散する。もう1機は旋回して離れて行った。その間に前を行くネウロイ編隊に肉薄したデブレーディ大尉は、先頭の1機を狙う。狙い違わず撃墜すると、残りの2機が左右に分かれる。

『逃がさないよ。』

 右に逃げた1機を追って急旋回すると、ぐっと距離を詰める。ネウロイが照準器一杯に広がって、ここまで迫れば外しようもない。銃撃と同時にネウロイは光の粒を撒き散らして消滅する。

『また撃墜。』

 しかし、目の前の敵を追うのに夢中になり過ぎた。左手から4機編隊のネウロイが迫り、ビームがデブレーディ大尉を襲う。ぐっと降下に入って回避しようとしたが、一瞬遅かった。右のユニットをビームがかすめ、引きちぎられるように外板が飛ぶ。

 

『しまった!』

 被弾した右のユニットは、まだ動いてはいるががっくりと出力を落とした。これでは速度も運動性も落ちてしまって、息をつく暇もないネウロイの襲撃を回避できない。そう思った側からビームが降り注ぐ。ここは、降下して逃げるしかない。

『デブレーディです、ユニットに被弾しました。退避します。』

 報告を送ると急降下に入る。降下すれば重力が働いて、ユニットの出力の低下を補って逃げ切れるだろう。そう考えたが甘かった。左右から挟み込むように襲撃してきたネウロイがビームを放つ。左からのビームをシールドで防ぎつつ、右からのビームを回避しようとするが、だめだ、片発では回避が間に合わない。回避しきれなかったビームが、デブレーディ大尉の脇腹を抉る。

『あっ!』

 脇腹を丸太でぶん殴られたような衝撃を受けると、デブレーディ大尉は墜ちて行く。

 

『ジョーフィア!』

 デブレーディ大尉の被弾を目の当たりにして、ケニェレシュ曹長は悲鳴を上げる。

『どうしよう、ジョーフィアが撃たれた。わたしのせいだ。わたしがカバーしきれなかったせいだ。』

 墜ちて行くデブレーディ大尉を追いかけながら、ケニェレシュ曹長は激しく動揺する。そんなケニェレシュ曹長にも、ネウロイのビームは容赦なく降り注ぐ。背後に張ったシールドに、がんがんとビームの打撃が来る。ケニェレシュ曹長は、繰り返される打撃をぐっと堪えて、真直ぐにデブレーディ大尉を追いかける。デブレーディ大尉の体が、地面に落ちて大きく弾むと、ごろごろと転がった。ケニェレシュ曹長は、地面にその身を叩き付けるような勢いで着地すると、デブレーディ大尉に駆け寄って抱き起す。

『ひどい怪我。早く治療を受けさせないと。』

 その時、ずしんと重々しい地響きを感じた。周囲を見回すと、疎林越しに地上型ネウロイが向かって来るのが見える。上空にはまだ多数の小型ネウロイが飛び交っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話 激闘、ハンガリー戦線3

『デブレーディ大尉が被弾したわ。救出に行くわよ。』

 そう言って、ヘッペシュ中佐はデブレーディ大尉が撃墜された方に向かう。ポッチョンディ大尉も後を追おうとするが、次から次へと襲撃してくるネウロイに阻まれて、向かうことができない。

『ヘッペシュ中佐、待ってください!』

 ポッチョンディ大尉はヘッペシュ中佐を呼び止めようとするが、ヘッペシュ中佐は待ってくれない。一人でネウロイの大群の中に飛び込んで行くのは危険過ぎる。せめて自分たちが護衛しなければと思うが、思うように近付けない。早く救出しなければならないのはわかるが、無理をして中佐自身が撃たれてしまっては元も子もない。焦って飛び出そうとした瞬間、目の前をビームが横切って背筋が凍る。ビームを回避しながら振り返って見ると、ヘッペシュ中佐のユニットからぱっと黒煙が噴き上がる。

『中佐!』

 ポッチョンディ大尉の叫び声が空しく響く。

 

 中佐を助けなければならない。そう思って飛び出すポッチョンディ大尉だったが、直後に至近距離でビームが弾ける。ポッチョンディ大尉のすぐ脇に飛び込んで、ビームを防いだモルナール少尉が叫ぶ。

『アーフォニャ! 完全に囲まれたよ!』

 慌てて周囲を見回せば、なるほど周り中ネウロイだらけだ。それもそうだ。残ったネウロイが全部自分たち二人だけを目標にして襲って来ているのだ。囲まれて襲撃を受け続ければ、そう長いこと回避し続けることはできないだろう。ここは、撃墜された仲間の事は一時置いておいて、とにかくネウロイの包囲から脱出するしかない。

『エメーケ、突破するよ。』

『うん。』

『突撃!』

 ネウロイがやや薄そうな方角に向かって、機銃を乱射しながら突入する。ビームが乱れ飛び、シールドにびしびしと当たる。しかし、今はそんなことは気にせずに、遮二無二突っ込んで行くしかない。至近距離で砕け散ったネウロイの破片が頭に当たってくらっとするが、それでもひたすら突き進む。

 

 突然、ビームが止んだ。目の前にはネウロイの居ないすっきりとした空が広がっている。振り向けばモルナール少尉はしっかりとついてきている。そのまた背後に、ネウロイが一面に広がっている。

『どうやら抜け出したみたいだね。』

『うん、何とか無事だったみたい。』

 ポッチョンディ大尉はさっき破片が当たったあたりに手を触れてみる。ぬめっとした感触と共に、手にべったりと血が付いた。ずきずきと痛みが響くが、でも多分そんなにひどい怪我ではないだろう。

『エメーケは怪我してない?』

『うん、大したことない。右腕と背中に小さな破片が刺さったくらい。』

 さすがにただでは済まなかったようだが、それでもあの重囲の中から脱出できたのだから、幸運だったと言って良いだろう。しかし、周囲を見回して愕然とする。

『あ、反対側だ。』

 ネウロイの集団を突き抜けて、ブダペスト側に来てしまったようだ。つまり、基地に帰るためには、もう一度あのネウロイの大群の中を突っ切らなければならないということだ。それに、遮るものがいなくなって、このままではネウロイの集団は地上部隊に殺到することになってしまう。一体どうしたらいいのかと、ポッチョンディ大尉は途方に暮れる。

 

 

「ハンガリー隊、どうした、状況知らせ。」

 さっきまで激しく飛び交っていたハンガリー隊の通信が突然静かになった。ハンガリー語の通信だったから何を話していたのかはわからないが、緊迫した雰囲気から苦戦していることは予想が付く。

「ハンガリー隊、応答しろ。」

 グラッサー中佐は再び呼びかけるが、やはり応答はない。デブレーディ大尉、ヘッペシュ中佐と撃墜され、ポッチョンディ大尉はネウロイの集団の真っただ中で激戦中で、誰も応答できる状態ではないのだが、そんなことはわからない。

「まさか、全滅したのか。」

 不吉な予想にグラッサー中佐は焦燥感が募る。

 

 一方のケニェレシュ曹長は、デブレーディ大尉を抱きかかえて飛び立てば空を埋めるネウロイの餌食になることは避けられないと考え、デブレーディ大尉を抱えて岩陰のくぼみに身を潜めていた。周囲を地上型ネウロイが地響きを立てながら通って行く。とにかく逃げる隙が見つかるまではじっと息をひそめてやり過ごすしかない。

『誰か助けに来てくれないかな・・・。』

 心細さと、重傷のデブレーディ大尉への心配が募って来たところで、聞き慣れない通信が入った。意味は解らないが、多分他の部隊が救援に来たのだろう。何とかここまで助けに来て欲しい。

『ハンガリー隊のケニェレシュ曹長です。デブレーディ大尉が負傷しました。至急救援を要請します。』

 

 通信を聞いたグラッサー中佐は、困惑せざるを得ない。何と言って来ているのかわからないのだ。

「これは・・・、ハンガリー語だな。ハンガリー隊の誰かが応答して来ているんだな。おい、誰かわかる奴はいないか。」

 しかし、ハンガリー語は欧州の数ある言語の中でも独自性が強いので、生憎わかる者はいない。ポーランド隊隊長のミロスワヴァ・ミュムラー少佐が答える。

「ポーランド隊にはわかる者はおりません。」

 チェコ隊隊長のカテリナ・エモンシュ大尉も同様だ。

「チェコ隊にもわかる人はいません。」

 グラッサー中佐に付いているシュタインバッツ准尉ももちろんわからない。ただ、名前だけは聞き取れた。

「内容はわかりませんでしたけど、ケニェレシュとデブレーディは聞き取れました。二人のどちらかじゃないですか?」

 確かにその可能性は高い。

「その二人のどちらかなら、デブレーディ大尉は共通語もわかるだろうから、ケニェレシュ曹長だな。」

 そう考えたグラッサー中佐は、再び呼びかける。

「ケニェレシュ曹長、応答しろ。」

 

 ケニェレシュ曹長は、何と言っているのかわからなくても、自分の名前が呼ばれたことはわかるので応答する。

『ケニェレシュです。わたしは無事ですが、デブレーディ大尉は重傷です。周囲をネウロイに囲まれていて撤退できません。救援をお願いします。』

 一応応答はするが、こちらがわからないのと同じように、向こうもこちらが何を言っているのかわからないのだろうと思うと、救援は絶望的に思えてくる。

 

 応答があったので、ケニェレシュ曹長が無事らしいことは確認できた。しかし、何を言っているのかわからないので状況は不明だ。そこへ、別の通信が入る。

「ハンガリー隊のポッチョンディです。ケニェレシュ曹長は、負傷したデブレーディ大尉を救護していますが、周囲をネウロイに囲まれて撤退できないとのことです。」

 おお、ハンガリー語のわかる士官がいた。

「ポッチョンディ大尉、貴官の状況を報告しろ。」

「はい、さっきまでネウロイの集団の真っ只中にいて交戦していましたが、離脱できました。モルナール少尉は一緒ですが、ヘッペシュ中佐は撃墜されました。」

「なにぃ、それだけわかっていてどうして救助に行かない。」

「ネウロイの大群に阻まれて近付けません。」

「そうか、ではこっちに来て合流しろ。」

「無理です。ネウロイの大群を挟んで反対側にいます。」

「・・・。」

 グラッサー中佐は言葉に詰まる。つまりハンガリー隊は四分五裂ではないか。この状況では、ネウロイを撃破して進攻作戦を継続するのはどうも無理そうだ。とにかく、負傷者を救出して、一旦態勢を立て直す必要がありそうだ。

 

 グラッサー中佐が各隊を率いて前線に急ぐと、やがて2人のウィッチが周回しているのが見えてきた。その下には地上部隊が見える。ハンガリー隊のポッチョンディ大尉たちだろうか。だとすると自分の位置を勘違いしている。不審に思って呼びかけてみる。

「お前たちはどこの部隊だ。」

「はい、スロバキア隊です。」

 そういえば前線にはスロバキア隊もいた。ハンガリー隊が厳しい戦いをしているのに、何をのんびり警戒を続けているのかと思い、口調が厳しくなる。

「そこで何をしている。前線ではハンガリー隊が危機的状況に陥っているんだぞ。通信を聞いていなかったのか。なぜ応援に行かない。」

「はい、ヘッペシュ中佐から地上部隊の上空援護を命じられています。」

 一瞬頭に血が上る。いくらそう命じられているとしても、友軍が苦戦しているのだから応援に駆け付けるのが普通だろう。グラッサー中佐は怒鳴りつけそうになるが、命令を忠実に実行することは決して非難されることではないと思い直す。それに、すり抜けてきたネウロイが地上部隊を襲撃して大きな損害を与えれば、肝腎の侵攻作戦が頓挫してしまう。ヘッペシュ中佐もそれを考えて、スロバキア隊をここに残しておいたのだろう。

「わかった。上空援護を継続しろ。」

 そう命じてさらに進む。

 

 程なく、空を圧して小型ネウロイの大群が向かって来るのに遭遇した。この下のどこかにヘッペシュ中佐とデブレーディ大尉が救助を待っていて、この向こう側にポッチョンディ大尉たちがいる。

「ポッチョンディ大尉、今からネウロイに攻撃をかけるから、それに呼応してネウロイの集団を突破してこちらに合流しろ。それから、負傷者を捜索するので、ケニェレシュ曹長に信号弾を上げるように指示しろ。」

「了解しました。」

 ポッチョンディ大尉の応答する声が、心なしか弾んでいる。脱出する方法が見つからなくて途方に暮れていたのだろう。

「チェコ隊はネウロイを攻撃して、負傷者の捜索とハンガリー隊の脱出を支援しろ。ポーランド隊は負傷者を捜索して救出しろ。」

 各隊からの了解の応答を待って、グラッサー中佐は命じる。

「攻撃開始!」

 

 命令を聞いたチェコ隊のフランチシュカ・ペジノヴァー中尉が、グラッサー中佐にわからないようにチェコ語で愚痴を言う。

『ちぇっ、何でわたしたちが攻撃でポーランド隊が捜索なのよ。わたしたちにばっかり大変な任務を振って。』

 すかさず、隊長のエモンシュ大尉がたしなめる。

『そんなこと言うもんじゃないわ。それだけチェコ隊があてにされてるってことじゃない。いい、チェコ隊の力を見せつけてやる機会よ。』

 そう言われれば悪い気はしない。

『まあ、そんならいいですけど。』

 その気になった所で、手短に作戦指示だ。

『いい? 今回の目的はネウロイの殲滅じゃないから、深入りは禁物よ。一撃したら引いて、囲まれないように心掛けて。撃墜できなくてもいいから、細かく攻撃を繰り返してネウロイを追い散らして。』

『了解。』

 そこにグラッサー中佐の攻撃開始の号令がかかる。それに応じて、エモンシュ大尉も号令をかける。

「攻撃開始。」

 チェコ隊は、エモンシュ大尉、ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長の2隊に分かれてネウロイの集団に向かって突入する。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話 撤退、ブダペスト進攻作戦挫折

 チェコ隊のペジノヴァー中尉は、ステヒリコヴァ曹長を連れて、銃撃を加えながら小型ネウロイの集団に向かって突入する。対するネウロイは一斉にビームを放って来る。雨霰と降り注ぐビームに、回避を連続させながら進むので、とても銃撃の狙いを定めている余裕はない。あっという間にネウロイが接近し、銃撃しながらすれ違うが、手応えは浅い。多分撃墜できなかったろう。深入りは禁物なので、すぐに斜め上にひねり上げるようにして引き返しにかかる。目の前に飛び出して来たネウロイに反射的に銃撃を浴びせれば、ぱっと砕け散る。1機撃墜だ。ネウロイの集団の前方に戻って周囲を見回せば、ネウロイは多数の小集団に分かれて、てんでんばらばらな動きで乱れ飛んでいる。反転して再び攻撃に向かえば、ネウロイはあらゆる方向からそれぞれに襲撃してくる。手近なネウロイに銃撃を浴びせ、飛んで来るビームを回避し、迫るビームをシールドで弾き返す。息つく暇もない忙しさだ。

 

『隊長、敵が多すぎます。これじゃあ狙っている暇もないです。』

 ペジノヴァー中尉の泣き言なような通信に、状況の厳しさからかエモンシュ大尉も非難めいたことは言わない。

『いいよ、狙えなくても。とにかく引っ掻き回せばそれでいいから。』

 そう言うエモンシュ大尉はどうしているかと見れば、やはり四方八方からの襲撃を受けて、ビームの間を縫うように飛び回りながら、右に、左に、短く連射を繰り返している。そして驚いたことに、射撃をするたびネウロイの破片がぱっと広がる。

『ど、どうすればそんな状況で撃墜できるんですか?!』

『うん、慣れね。いい機会だからペジノヴァー中尉も慣れて。』

 いや、身を守るだけで精一杯で、とてもいい機会になどできないだろう。ブリタニア空軍にいて後方勤務の多かった自分達と、最前線を渡り歩いていたエモンシュ大尉とではレベルが違う。ペジノヴァー中尉は、エモンシュ大尉の技量に舌を巻く。

 

 一方のグラッサー中佐は、シュタインバッツ准尉を連れてネウロイの集団を下から突き上げるように攻撃する。その隙に、低空に舞い降りたミュムラー少佐以下のポーランド隊が、ネウロイの下をすり抜けるようにして、負傷者の捜索に向かう。低空に降りると、地上には広く地上型ネウロイが分散していて、こちらに向かって進んで来ているのが見える。と、左前方で信号弾が上がった。あそこにハンガリー隊のデブレーディ大尉とケニェレシュ曹長がいるはずだ。ミュムラー少佐は上空からの襲撃を警戒しつつ、信号弾の上がった地点に急ぐ。

 

「どこにいるの?」

 空から人一人を、それもネウロイに見つからないように隠れている人を見つけるのは難しい。さっき上がった信号弾で大体の位置はわかるのだが、それでもやっぱり見つけるのは難しい。ぐずぐずしていると、飛行型ネウロイに気付かれて、襲撃されかねない。そうなったら捜索を続けることは難しい。その時、再び信号弾が上がった。

「あそこ!」

 信号弾の上がったあたりを見ると、岩陰から身を乗り出して両腕を大きく振っている人影がある。

「ヴラスノヴォルスカ曹長、撤退を支援して。」

 ミュムラー少佐の指示で、ヴラスノヴォルスカ曹長は腕を振る人影に向かって降下する。

 

 腕を振る人が多分ケニェレシュ曹長で、その足元に横たわっているのがデブレーディ大尉だろう。ヴラスノヴォルスカ曹長は通信を送る。

「ポーランド隊のヴラスノヴォルスカ曹長です。撤退を支援します。」

 しかし、ケニェレシュ曹長は曖昧な表情を浮かべて、腕を振り続けるばかりだ。

「負傷者を連れて撤退してください。わたしが同行して援護します。」

 再び呼びかけても反応がない。これは、ブリタニア語がわからないということなのか。ではどうすれば良いのか。試しにポーランド語で呼びかけてみる。

『わかりますか? 撤退を支援します。』

 もちろん、ポーランド語が通じるわけもなく、反応はない。困った。しかしぐずぐずしている暇はない。ヴラスノヴォルスカ曹長は近くに着陸すると、横たわるデブレーディ大尉を抱きかかえて飛び立つ。

『援護してください。』

 言葉は通じなくても、きっとわかってくれるはずだ。そう信じてヴラスノヴォルスカ曹長は基地に向かって飛ぶ。もしわかってくれなかったら、デブレーディ大尉を抱えて、思うように回避もできないままネウロイの襲撃を受けて撃墜されるしかない。すると、ケニェレシュ曹長が後を追って飛び立ち、ヴラスノヴォルスカ曹長の上空、少し前方の位置に着く。やれやれ、どうにか意図が通じたようだ。

 

 ミュムラー少佐はヴラスノヴォルスカ曹長を見送ると、フェリク少尉を連れてヘッペシュ中佐の捜索に回る。しかし、ヘッペシュ中佐からの応答はなく、どこにいるのか見当がつかない。

「ポッチョンディ大尉、ヘッペシュ中佐が撃墜された位置はどこですか?」

「ええと、デブレーディ大尉より東寄り・・・、東南東ですかね?」

 まあ、救助に行けない程の乱戦だったのだから、具体的な位置がわからないのも無理はない。しかし、もう少し手がかりはないものか。

「距離は?」

「ええ? 距離ですか・・・。デブレーディ―大尉が墜ちるのは見ましたから、そんなに遠くありません。」

 あまり参考にならないが、少なくとも見える範囲を探せば良かろう。もっとも、空戦高度はそれなりに高かったはずだから、地上まで墜ちる間に大きく流れた可能性もある。

 

 その時、フェリク少尉が叫ぶ。

「あそこ! 細く煙が上がってます!」

 ネウロイは破壊しても煙は上がらない。地上部隊はここまで来ていないので、煙が上がっているのなら、それはヘッペシュ中佐のストライカーユニットの可能性が極めて高い。勇躍して煙の元に近付くと、ユニットが転がって煙を上げており、その前方に倒れている人がいる。ヘッペシュ中佐に違いない。

「フェリク少尉、救助して。」

 フェリク少尉が着陸して抱き起す。階級章は中佐、間違いなくヘッペシュ中佐だ。

「ヘッペシュ中佐発見。基地に運びます。」

 フェリク少尉はヘッペシュ中佐を抱えて飛び立ち、ミュムラー少佐が援護する。

 

 前方にはネウロイの大群が飛び交っている。ネウロイに発見されないようにと、できるだけ低空を飛行して、その下を潜り抜けようとする。エステルライヒ隊とチェコ隊のウィッチたちが、繰り返し攻撃を加えて注意を引き付けてくれている。行けるか、そう思ったがそんなに甘くはない。2機のネウロイがこちらに向かって降下してきた。

「フェリク少尉はそのまま進んで。」

 ミュムラー少佐は上昇して、降下してくる小型ネウロイを迎え撃つ。ビームが飛んで来る。シールドで弾き飛ばすと、そのまま肉薄して必殺の銃撃を浴びせかける。機銃弾が貫いた小型ネウロイは、ふらふらと揺れるとぱっと四散した。もう1機は、フェリク少尉に気付いていないのか、すぐに反転して向かって来る。シールドを展開しながら思い切り肉薄して、銃撃を浴びせかける。これも撃墜だ。

 

 しかし、このまま進んで無事に済むか、危ぶまれるところだ。さっと周囲を見回して、良いことを思い付いた。

「フェリク少尉、湖の上に出て。」

 湖の上に出れば、地面の起伏も高い立木もないし、地上型ネウロイもいないので、ぎりぎりまで高度を落としても危険は少ない。

「水面を舐めるように飛んで。」

 指示に従って、フェリク少尉は水面ぎりぎりまで高度を落として飛ぶ。これなら、上空のネウロイに発見される危険は低くなりそうだ。そして、湖に沿って進めばケストヘイまで真直ぐ行ける。ミュムラー少佐もぎりぎりまで高度を落として、フェリク少尉を先導する。首をひねって上空を見れば、ネウロイには襲撃してくるような動きは見えない。よし、このまま行けそうだ。

 

 その頃、ポッチョンディ大尉はネウロイの集団を突破する機会をうかがっていた。すると、ネウロイの動きが大きく変化する。反対側からエステルライヒ隊とチェコ隊が攻撃を始めたのだ。ネウロイが動いて、薄くなった空間が現れる。突破するのは今しかない。

『エメーケ、行くよ!』

『うん!』

『突撃!』

 ポッチョンディ大尉とモルナール少尉は、周囲のネウロイの動きを見極めながら、隙間をすり抜けるように突っ込んで行く。もちろんネウロイも黙って通してはくれない。1隊が行く手を遮るように回り込んでくる。

『撃て!』

 ポッチョンディ大尉は叫びながら機銃の引き金を引き絞る。ネウロイからのビームが飛んで来るが、回避もせずに、シールドを前にかざして遮二無二突っ込んで行く。とにかくいかに素早くネウロイの集団の中を突き抜けるかが勝負だ。かざしたシールドに、ビームに続いて、至近距離で砕け散ったネウロイの破片がばらばらと当たる。

 

 ネウロイは、反対側から攻撃を仕掛けてきたエステルライヒ隊とチェコ隊に気を取られているようで、ポッチョンディ大尉に向かって来るネウロイは少ない。それでも向かって来るネウロイもいて、2機のネウロイが肉薄してきた。このまま進めば衝突コースだ。咄嗟に銃撃を浴びせかけると、ぱっと砕け散って大量の破片が降り注ぐ。がん、と音を立ててストライカーユニットに衝撃を感じた。どきっとしてユニットを確認するが、大丈夫、ユニットに異常はない。こんな所でユニットが故障したら万事休すだ。なるべく破片は浴びたくないと思うが、モルナール少尉の銃撃を浴びたネウロイが至近距離で爆散して、またユニットが嫌な音を立てる。

 

『あうっ!』

 モルナール少尉の奇妙な叫び声が聞こえて振り返ると、防ぎ切れなかった破片が刺さったようで、モルナール少尉がぐらりと傾く。ここで脱落させたら絶対に助からない。反射的に手を伸ばして、モルナール少尉の手をつかむ。

『エメーケ、しっかりして。』

 モルナール少尉の泣きそうな声が返ってくる。

『だめ、力が入らない。』

 ここまで一緒に来たのだから、絶対に一緒に脱出したい。

『あきらめちゃ駄目。絶対に一緒に帰るんだよ。』

 ぐっと力を込めて、モルナール少尉の腕を引き寄せる。片腕で構えた機銃を乱射して、シールドを素早く回してあちこちから飛んで来るビームを防いで、あらんかぎりの力をユニットに注いで極限まで速度を上げる。モルナール少尉が、つかんだ手をぎゅっと握り返して来た。

 

 突然目の前にネウロイが飛び出して来た。片腕で支えた銃撃では狙いが定まらない。だめだ、回避している暇もない。衝突する、と思った時にネウロイが砕け散って、ざあっと破片が降り注ぐ。思わず首をすくめた。その目の前を、ウィッチが横切る。

『あっ! ウィッチだ! ネウロイを突破した!』

 ぱっと目の前が開けて、ネウロイの集団が後ろに遠ざかる。追撃してきたネウロイも、そのウィッチの銃撃で砕け散った。感激するポッチョンディ大尉の耳に、通信が入る。

 

「チェコ隊のエモンシュです。ハンガリー隊と合流しました。」

「よし、そのまま撤退を援護しろ。」

「了解。ペジノヴァー中尉、合流してハンガリー隊の撤退を援護してください。」

「了解。」

 友軍の通信を聞いて、脱出できたとの実感がふつふつとわいてくる。モルナール少尉も同じ思いのようで、つないだ手に力が入るのを感じた。

 

「ウィッチ隊のグラッサーだ。ウィッチ隊はいったん後退するので、地上部隊も後退して防衛体制を固めて欲しい。スロバキア隊、前に出て後退を支援してくれ。」

「スロバキア隊のゲルトホフェロヴァーです。現在地上部隊の上空で後退を支援中です。こちらにも断続的にネウロイが現れていて、離れられません。」

「わかった、そのまま地上部隊の撤退を支援しろ。」

 

 通信を終えたグラッサー中佐が、反転して追撃してくるネウロイを追い散らしにかかる。グラッサー中佐たちをしんがりに、今やオストマルク軍は全面撤退に入っている。悔しいが進攻作戦は失敗だ。冬季でネウロイの活動が不活発なことを利用しての作戦だったが、それでもネウロイの反撃は強烈だった。オストマルク軍は作戦の再考を迫られている。




 今週は出張が入るので、来週の更新はできない見込みです。
 次回更新までしばらくお待ちください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話 宮藤司令官出陣

 ダキア王国の首都ブカレストの、芳佳の司令部に悲報が届く。

「宮藤さん、オストマルク軍のブダペスト進攻作戦は失敗に終わりました。多数のネウロイの出現に、損害が続出して作戦の継続が困難になったとのことです。」

 芳佳はしまったと思う。現地部隊の指揮に委ねて、口出しをしないようにしたのが裏目に出た。

「それで、損害はどの程度なの?」

「はい、ウィッチ隊は軽傷も含めて7名が負傷しました。ハンガリー隊は重傷者3名、軽傷者1名を出して壊滅状態です。その他、チェコ隊、スロバキア隊、エステルライヒ隊にそれぞれ1名の負傷者が出たとのことです。」

「地上部隊は?」

「地上部隊は、ウィッチ隊の援護下に後退できたので、それ程酷い損害は受けていないとのことです。先遣部隊は本隊の線まで後退して、追撃してきた地上型ネウロイは重砲部隊の十字砲火で撃退しました。飛行型ネウロイは、ウィーン方面から飛来した大型ネウロイ撃破に向かっていたエステルライヒ隊主力が応援に到着して、撃退できたとのことです。」

 つまり、損害を多数出して進攻作戦は頓挫したが、地上部隊はある程度の進出を果たしたという状況のようだ。ただ、ウィッチ隊の損害が大きく、進攻作戦の再興はすぐには難しい。何より、同じような作戦では再び撃退されるのは目に見えており、オストマルク奪還作戦は初戦でいきなり頓挫したということだ。ここは、自分が乗り出さなければならないだろう。

「鈴内さんと、大村航空隊司令の井上大佐を呼んでください。」

 

 大村航空隊は戦闘飛行隊と哨戒飛行隊で構成されている。戦闘飛行隊が実戦部隊で、哨戒飛行隊は陸海軍の新人を集めた部隊で、過去の成り行きで陸海混成の特殊な編成になっている。全体を指揮する司令の井上大佐は当年51歳、元は航海畑の出身だ。元々ウィッチの作戦に精通しているわけではないので、作戦はウィッチの飛行隊長に委ねてあまり口出しはせず、ウィッチたちが実力を自由に発揮できるよう、バックアップに努めている。そんな井上大佐にしてみれば、わざわざ呼ばれるというのはちょっと珍しい。

「もう聞いているかもしれませんが、オストマルク軍が作戦に失敗しました。梃入れのために部隊を連れて行こうと思います。」

 芳佳はバルカン半島周辺を広く担当しているので、本当はオストマルク戦線にかかりきりになるわけにはいかない立場だ。オストマルク軍ウィッチ隊は人数も多く、司令部も充実していたので任せきりにできるかと期待していたのだが、残念ながらそうもいかなかったようだ。参謀長の鈴内大佐は、結局腰を落ち着けている暇のない芳佳に同情している。

 

「それで、ベッサラビアの方は落ち着いてきたと思うので、抜刀隊は引き上げます。でも、度々ネウロイが出現しているようなので、ダキア隊だけにするのは荷が重いでしょう。それで、哨戒飛行隊を出そうと思います。」

 哨戒飛行隊は井上大佐の指揮下なので、井上大佐は同意を示すために肯いて見せる。

「それで、井上さんにはヤシに行ってもらって、ダキア隊と哨戒飛行隊を合わせて指揮して欲しいんです。」

 これは井上大佐には意外だ。これまで作戦は全て芳佳が指揮し、井上大佐はもっぱら後方支援を担当してきたからだ。

「私が指揮ですか? ウィッチ隊の指揮はウィッチが適任と思いますが。」

「うん、でもダキア隊隊長のアリーナちゃんは、他の部隊を合わせて指揮した経験がないから、戦闘指揮に集中してもらう意味で、井上さんに全体指揮をお願いしたいんです。」

「なるほど。すると指揮というより運用管理や部隊間調整といった役回りですね。」

「あと、やっぱりみんな女の子だから、頼りになる人が必要なんだよ。」

 井上大佐は苦笑する。言ってみれば部隊のお父さん役か。まあ、軍人らしくないとも言えるが、そんな役回りも悪くない。

「では、戦闘飛行隊はどうしますか?」

「それはわたしがオストマルクに連れて行って、直接指揮します。」

「了解しました。」

 

 鈴内大佐が尋ねる。

「抜刀隊はブカレストでダキアの防衛ですか?」

「ううん、抜刀隊もオストマルクに出てもらうよ。」

「そうなると、トランシルヴァニア山脈方面の防衛が手薄になりますね。」

「うん、だから、ギリシャのウィッチ隊にここに来てもらう。」

 なるほど、確かにギリシャは後方になって、ウィッチ隊も手が空いていることだろう。だが、勝手に来てもらうなどと決めていいのだろうか。

「宮藤さん、ギリシャ隊は確かに手が空いていると思いますが、わたしたちの指揮下ではないので、自由に動かすことはできません。」

「うん、だからお願いしてみるよ。」

 そう言って芳佳は電話を取った。

 

「もしもし、扶桑皇国海軍の宮藤です。ウィッチ隊隊長のイオアンナ・ケラス大尉をお願いします。」

 呼ばれたケラス大尉は面食らう。以前モエシア奪還作戦の時に一緒に戦って、よく知った仲ではあるが、いきなり直接電話をかけて来るというのはちょっと珍しい。

「はい、イオアンナです。どうしたんですか?」

「うん、ギリシャのウィッチ隊って今余裕があるよね。こっちに来てダキア防衛を担当して欲しいんだ。」

 ますます面食らう。ケラス大尉本人としては、一緒に戦った仲なので別に構わないのだが、軍人である以上勝手な行動は許されない。

「ええと、行くのは構わないんですが、でも直接言われてもねぇ。」

「うん、そこはちゃんと話を通すよ。ただ、先にイオアンナちゃんに了解してもらいたかったから。」

「それならいいですよ。準備をして待ってます。」

「うん、お願い。」

 芳佳は電話を置くと、鈴内大佐に向かう。

「そう言うわけだから、鈴内さん、連合軍総司令部を通して、ギリシャ軍に話を通してください。」

 鈴内大佐は、さすがは芳佳だと思う。自分の指揮下にない部隊、それも他国の部隊をいきなり動かそうとは、普通は考えないだろう。しかし、今の状況を考えると、多分芳佳の希望通りに話は通るだろう。そんな状況判断を瞬時にするとは、芳佳もずいぶん司令官らしくなったものだと、感慨を覚える。ただの無茶から、計算された無茶に進化してきたかな、と思う。

 

「じゃあ、わたしは行くから、バルバラちゃんと愛美ちゃんを急いで送ってね。」

 何を置いても、負傷者の治療は忘れない。このあたりは変わらない。もっとも、自分で治療するのではなく、軍医を派遣して治療させるあたり、司令官としての自覚が育ってきたとも言えるか。

「了解しました。後はお任せください。」

 そう答える鈴内大佐だったが、生憎芳佳の人使いは荒い。

「うん、ギリシャ隊が来たら抜刀隊もオストマルクに送ってください。あと、鈴内さんもオストマルクに来てください。」

 そうか、いつも手元に置いて追い使うつもりか。もっとも、それこそ幕僚冥利に尽きると言うものだ。

「司令部の留守居役は誰にしますか?」

 芳佳が主力を連れてオストマルクに行っても、部隊の担当範囲が減るわけではない。だから誰かにオストマルク以外の地域の指揮を委ねなければならない。

「うん、作戦参謀の柴又中佐にやってもらうよ。」

「了解しました。伝えておきます。」

「うん、じゃあ先に行ってるね。」

 そう言うと芳佳は出撃を下令して飛び出して行く。

「大村航空隊、戦闘飛行隊出撃!」

 このあたり、一飛行隊長だった頃とそっくりそのままだ。司令官なのだから、輸送機位仕立てればいいのにと思わないでもない。

 

 芳佳は、ザグレブのオストマルクウィッチ隊司令部に乗り込む。

「状況を説明してください。」

 司令部に呼びつけられるのではなく、司令官自ら乗り込んできたことに緊張しつつ、グラッサー中佐が説明に立つ。

「はい、ハンガリー隊を先頭に侵攻作戦を行いましたが、100機以上のネウロイの大群に攻撃され、負傷者多数を出して作戦は頓挫しました。損害の大きかったハンガリー隊は後退させて、前線基地にはチェコ隊とポーランド隊を前進させて防衛体制を固めています。」

「負傷者はどうしているの?」

「重傷者はザグレブの病院に入院しています。軽傷者は手当てした上でそれぞれの部隊に戻しました。全員入院させると、人数が足りませんから。」

「うん、まあそれは仕方がないね。」

 

 芳佳としては、以前部隊を視察した時に感じた、各隊の一体感のなさが作戦に影響したのではないかとの疑いがある。それぞれの思いがばらばらで、人によっては言葉が違って意思疎通もままならないのでは十分な戦力発揮は見込めない。

「作戦中の各隊の連携はどうだったの? 一部言葉が違って意思疎通が難しい隊員もいたみたいだけれど。」

 グラッサー中佐は、痛いところを突かれたと思う。実際、意思疎通に難を感じた場面はあった。

「そうですね、通信しても話が通じなくて困った場面は確かにありました。」

「だったら、そうならないように、あらかじめ共通語の練習はしておくべきだったんじゃないのかな。」

「それは・・・、それよりも飛行や戦闘の訓練や、各隊内での連携の訓練を優先しました。」

 グラッサー中佐はそう答えながらも、ちょっと苦しいいいわけだとは自覚している。さらに突っ込まれると言い訳に窮すると思う。実際、負けているのだし。

 

 そこへ、チェルマク少将が口を挟む。

「確かに軍の常識としてはそうかもしれませんが、私は多様性を重視したいんです。」

「多様性?」

 チェルマク少将の言う意味が解らなくて、芳佳は小首を傾げる。

「オストマルクは多民族国家です。その民族の多様性が国全体としての力になると考えています。軍についても同様です。」

「うん、それで?」

「そもそも、生物というのは多様性が重要だと言われています。それは生物集団の中での種の多様性もそうですし、一つの種の中での遺伝的多様性もそうです。」

「・・・。」

 急に難しい話を始めたと、芳佳はやや困惑している。しかし何か深い考えがありそうで、続きを聞いてみようと思い、黙って続きを促す。

「その生物種の中での多様性や、生物集団の中での多様性が、その集団の強さにつながっていると考えられています。例えば、一つの例を上げると、鎌状赤血球というものがあります。」

 芳佳は医者だから、これは知っている。遺伝的変異から酸素運搬能の低い鎌状の赤血球を有するために、貧血を中心とした症状を呈する疾患だ。

「貧血を起こす一見すると不利な特性ですけれど、マラリアに感染したり、重篤化したりしにくい特性があります。そのため、そういう人を含むことで、集団としてはマラリアによるダメージが限定的になって、集団としての抵抗力が高くなっています。一見不利な特性を含む多様な特性を集団内に持っていることで、様々な状況に対して集団として強くなるわけです。」

「うん、だから一見不利な言葉の違いも、多様性として全体を強くすることにつながるっていうことかな?」

「そうです。言葉の違いの不利を我慢しても、各民族の特性、多様性を活かした方が、全体としては強くなると考えて、あえて民族ごとの特性を押さえつけないようにしようと思います。」

「うん、理屈としてはわかりますよ。」

 しかし、その理屈通りに強くなっている面があるのかはわからない。

 

 必ずしも納得していない様子の芳佳に、チェルマク少将の語気が強くなる。

「だって、統合戦闘航空団だってそうじゃないですか。以前統合戦闘航空団に所属していた宮藤司令官なら、わかると思うんですが。」

 そう言われても、抽象的過ぎて芳佳にはよくわからない。チェルマク少将はさらに重ねて言い募る。

「統合戦闘航空団は、言葉こそ共通語で統一していましたけれど、メンバーの出身国が違うだけではなく、ストライカーユニットも、武器も、弾薬もばらばらで、軍の常識としては非常に非効率で不利な編成だったと思います。それでも抜群に強かったんですよね?」

 確かにそうだ。ユニットが違えば飛行特性が違うので、編隊機動がやりにくい。武器が違えば、統一的な攻撃がやりにくい。装備や弾薬が違えば、補給も整備も大変に手間がかかる。軍の常識からすると、ありえないような不利な編成だ。それでも、個々人の特質をうまく活かし、組み合わせることで抜群の強さを発揮していたことは、実際に所属していた芳佳には身に沁みて良くわかる。

「うん、そうだね、確かに不利な編成だったけれど、強かったよね。」

「私たちオストマルク軍もそうありたいと思っています。そのために、あえて民族ごとの特性を弱めないようにしたいんです。まだ活かせているとは言えない状態なのは申し訳ないと思いますが・・・。」

 そう言われてしまうと、芳佳としては否定しにくい。そもそも芳佳の存在自体が、軍としてはイレギュラーで、でも組織としてそれを活かすように仕向けることで、芳佳の力を引き出している。芳佳だって、自分が相当特別扱いされていることは自覚している。

「うん、わかった。じゃあその点はこれ以上言わないことにするよ。」

 そのかわり、組み合わせの妙をいかに引き出すか、よく考えなければならない。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎ギリシャ

イオアンナ・ケラス(Ioanna Kellas)
ギリシャ空軍大尉 (1933年生18歳)
ギリシャ空軍第21迎撃飛行隊長
固有魔法として雷霆を持つ。魔法力を手に集めて、強力な雷撃を行う技で、相当大型のネウロイでも一撃で破壊できる。ギリシャ防衛に活躍し、モエシア奪還作戦では芳佳の指揮下で戦った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話 白衣の司令官

 オストマルクウィッチ隊の再建と、ブダペスト進攻作戦の再興は、芳佳の小さな双肩にかかっている。とりあえずまずやることは負傷者の治療だ。呼び寄せたバランツォーニ軍医中尉と嶋軍医中尉に重傷者の治療をするように指示すると、軽傷者を医務室に寄越すように指示して、芳佳自身も医務室に行く。さっと白衣を羽織れば、きりっと気が引き締まる。いや、別に軍司令官でいるときは気が緩んでいるというわけではない。医者として、違った面での気持ちの引き締まりを感じるということだ。呼ばれた軽傷者が入ってくる。

「はい、そこへ座って。」

 見れば、左の頬に大きなガーゼを張り付けている。軽傷といいながら、結構な怪我だ。確かに、戦闘行動に支障はなさそうなので、軽傷といえば軽傷なのだが。

「名前は?」

「はい、エステルライヒ隊のギルベルタ・シュトラッスル准尉です。」

「じゃあ、治療してあげるね。傷を見せて。」

 しかし、シュトラッスル准尉は体を引き気味にしながら答える。

「いえ、こんなのかすり傷です。わざわざ軍医殿のお手を煩わせるほどのものではありません。」

 対する芳佳の声が思わず高くなる。

「何言ってるの。けが人は医者の言うことを聞きなさい。」

 急に強い調子になった芳佳の剣幕に、シュトラッスルはちょっとびくっとして、それから神妙に傷付いた頬を前に出す。

 

 傷口を覆うガーゼをぺりぺりとはがすと、どうもとりあえず押さえつけて止血しましたといった感じで、余り傷口の状態が良くない。このままでは、治っても結構目立つ傷跡が残ってしまいそうだ。

「だめだよ、こんな傷があるのにそのままにしておいちゃ。折角かわいい顔をしているんだから、大切にしなきゃね。」

 かわいいと言われて、戦陣にあってはそんなことを言われる機会もなくて慣れていないのか、シュトラッスル准尉はちょっとどぎまぎしている。

「か、かわいいとか、戦うのに関係ありません。」

「ふふっ、別に戦うのに関係なくてもいいじゃない。女の子がかわいいのは正義だよ。」

 芳佳は顔を赤らめるシュトラッスル准尉を引き寄せると、じっと傷口を観察する。間近くじっと見つめられて、シュトラッスル准尉は何か不思議な感覚を覚えて耳たぶまで真っ赤になった。まあ、芳佳は傷をよく観察しているだけで、他意はないのだが。

 

 一通り観察を終えると、芳佳は傷口を丁寧に洗ってから両手をかざして魔法をかける。魔法力の淡い光に包まれて、シュトラッスル准尉は驚きを隠せない。

「こ、これは?」

「うん、治癒魔法だよ。傷跡が残らないように綺麗に治してあげる。」

 芳佳の説明にもシュトラッスル准尉は半信半疑だ。ウィッチの中には、顔の様に目立つところではなくても、傷跡を残している人は少なくない。もちろん、名誉の負傷なので、傷跡が残っていることを苦にする人はほとんどいないが。

 

「はい、いいよ。」

 そう芳佳が言うと魔法力の光が消える。

「ちょっと見てご覧。」

 そう言いながらにこにこと手鏡を差し出すので、シュトラッスル准尉は鏡に映る自分の頬を見てみる。

「あ、綺麗に治ってる。」

 そこには、まるで最初から傷などなかったかのような、滑らかな肌が映っていた。10代前半の少女らしい、きめ細やかで瑞々しい肌だ。

「凄いです。まるで怪我なんかしなかったみたい。」

 ちょっと興奮気味のシュトラッスル准尉に、芳佳も嬉しい。

「治癒魔法の使い手は少ないからね、まあ仕方ないけど、でもできるんだったら傷なんか残したくないよね。もしまた怪我するようなことがあったら、また治してあげるからね。」

「あ、ありがとうございます。」

 シュトラッスル准尉は感激の態で、何度も何度も頭を下げる。軍人たる者少しばかりの傷など気にする物ではないと思っていても、やはり綺麗に治ればうれしいものだ。芳佳もこれだけ感激してもらえれば、医者冥利に尽きると言うものだ。

 

「次の負傷者を呼んで。」

 そう指示する芳佳はすっかり軍医の気分になっている。本当は、軍医として来ているわけではないので、指示する権限も、治療する権限もないのだけれど。

「失礼します。」

 次にやってきたのはハンガリー隊のポッチョンディ大尉だ。突破した時にネウロイの破片が当たった頭と、脱出するときに傷付いた太腿に包帯をぐるぐる巻きにしていて、見るからに痛々しい。

「ええと、軽傷? なんだよね。」

 芳佳の問いかけに、ポッチョンディ大尉は気丈にも立ったまま姿勢を正して答える。

「はい、軽傷です。命令があればすぐに出撃します。」

「いやいや、出撃するなら万全の状態で出て欲しいな。」

 芳佳はポッチョンディ大尉を座らせると、包帯を解いて傷口を改める。なるほど、自称軽傷というだけあって、それほど深い傷ではない。これならすぐに治せそうだ。

「じゃあ治してあげるね。」

 傷口にかざした芳佳の手から魔法力の淡い光が広がって、ポッチョンディ大尉を包み込む。

 

 魔法力の青白い光に包まれたポッチョンディ大尉は、何分治癒魔法を受けるのは初めての経験なので、驚かずにはいられない。

「こ、これは?」

「うん、治癒魔法だよ。アーフォニャちゃんは治癒魔法は初めて?」

「はい、噂には聞いていましたが。何分、分散して他国の部隊に間借りするような形で戦っていましたから、魔法医がいてもハンガリー人まで治療してはくれませんでしたね。」

 ポッチョンディ大尉の答えに、芳佳は嫌な感じを受ける。医療に従事する者は赤十字の精神を忘れてはいけない。苦しんでいる者は、敵味方の別なく救われなければならないというのが赤十字の精神だ。まして国は違えど仲間ではないか。むっとする芳佳だったが、ポッチョンディ大尉は案外あっけらかんとしている。

「まあ、医療の体制が十分ならともかく、どこでも不足していましたからね。自国民の治療を優先するのは仕方ないんじゃないですか。」

 そして、きりりと表情を引き締める。

「だからこそ、自国を奪還して、国を再建しなきゃいけないんです。それに、こう言っちゃあなんですけれど、自国が失われても何の不自由もなかったら、命懸けで奪還しようなんて気にならないかもしれないから、少し不遇なくらいで丁度いいんですよ。」

 芳佳にはこういう動機付けはないから、小さく感動する。もっとも、こういう動機だと、前にクロアチアの人が言っていたように、自分の地域が奪還されたら、それ以上戦いたくなくなってしまうという面もあるので良し悪しだ。

 

「はい、治ったよ。」

 そう言う芳佳の顔を、ポッチョンディ大尉は不思議そうな表情を浮かべながらしげしげと見つめている。

「うん? どうかした?」

「あの、先生は司令官に似ていますね。」

 芳佳はぷっと吹き出す。

「そりゃあ似てるよ。だって本人だもん。」

「ええっ!」

 司令官が一ウィッチの治療をするなど、仰天するしかない。

「うん、まあわたしは、軍人である前に医者だからね。本当は、司令官の立場としては、こんなことしてちゃいけないんだけどね。」

 そう言って芳佳は悪戯っぽく笑う。ポッチョンディ大尉は感動だ。命に係わるほどの重傷ならまだしも、自分程度の軽傷に、自分の立場が悪くなるかもしれないのもいとわずに、忙しい時間をやりくりして治療してくれるなんて、何て部下思いの司令官なんだろう。この人の命令なら、例え火の中水の中、何だってできると思う。

 

「ところで次の負傷者は?」

 芳佳の質問に、ポッチョンディ大尉は我に返る。

「この基地にはもういません。チェコ隊とスロバキア隊に各1名負傷者がいますが、どちらも前線基地にいます。」

「そうなんだ。わかった。じゃあちょっと行って来るよ。」

 ポッチョンディ大尉はますます感動する。軽傷者の治療のために、司令官が前線基地まで出向くなど、ちょっと考えられない。もっとも芳佳にしてみれば、限られた戦力を最大限に活かすためには、負傷者はさっさと治療してその戦力を最大に保った方が良いという考えもある。まあ、そこで他の軍医を派遣しないで自分で行ってしまう所が芳佳なのだが。

 

 芳佳がケストヘイ近郊のシャーメッレーク基地に行ってしばらくしてから、ザグレブ基地に1機の飛行機が着陸する。参謀長の鈴内大佐の到着だ。出迎える大村航空隊戦闘飛行隊長の千早多香子大尉は、まずいことになったと思う。芳佳が治療のために前線基地に行ったと知ったら、鈴内大佐は烈火のごとく怒るに違いない。

「ご苦労、宮藤さんはどうしている?」

 鈴内大佐に問われて、千早大尉は内心どきどきしながら答える。

「はい、前線のシャーメッレーク基地に行っています。」

「そうか、早速前線視察か。」

「そう、そうなんです。早速視察に行ったんです。」

 そう思ってくれればいいと、千早大尉は話を合わせる。しかし、ちょっと白々しかったか、付き合いの長い鈴内大佐の目はごまかせない。

「うん? 何か知っているのか? 知っていることがあるなら隠さずに話せ。」

 鈴内大佐の目が険しく光る。こうなっては蛇に睨まれた蛙も同じ、千早大尉は芳佳が負傷者の治療に行ったことを白状するしかない。

「で、でも、前線視察のついでに治療もしてくるっていうだけですよ。きっと。」

「白々しいことを言うな。お前は止めなかったのか。」

「私が止めて、聞く人だと思いますか?」

 千早大尉の答えに、鈴内大佐は長嘆息する。それはそうだ、そういう人だ。しかし、今何事かあったら、司令官不在で誰がどう指揮を執るというのか。

「こうなることも予想できたはずだったな。一人で出した自分がいけなかったのか。戻ってきたら、こってり絞って差し上げなければいかんな。」

 そう呟きながら、鈴内大佐は険しい表情で拳を握りしめる。

「参謀長、お手柔らかに。」

「馬鹿者、上官を殴るわけがないだろう。あれでも宮藤さんは司令官だ。」

 

 憮然とする鈴内大佐だが、千早大尉はどこか可笑しい。もちろん今の状況で笑ったりしたら、滅茶苦茶怒られるのは必至なので笑うわけにはいかない。だから可笑しさを誤魔化すために、殊更に難しい表情を作って見せる。そんな所へ、遠くからエンジン音が聞こえてきた。どうやら芳佳が前線基地から帰って来たようだ。何と言って叱れば効果があるだろうかと、鈴内大佐は頭を巡らせる。もっとも、そのような規律や立場を考えない行動に走りがちなことも含めて、愛すべき司令官だとも思う。ふと、特に問題が発生したわけでもなし、ことさらに叱りつけるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。芳佳と顔を合わせたら、思わず笑ってしまいそうな気がしてきた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十一話 ブダペスト奪還作戦再興

 負傷者の治療に飛び回っていた芳佳も、鈴内大佐に一通り小言を言われた後で、ザクレブの司令部に腰を落ち着ける。腰を落ち着けると言っても、休む暇もなくオストマルクウィッチ隊の首脳部を交えて今後の打合せだ。

「とにかく、ザグレブじゃあ前線まで遠いから、シャーメッレーク基地に前進した方がいいと思うんだ。実際、前線には頻々とネウロイが出現して、前線に配置した部隊は休む暇もなく迎撃に出ているっていうじゃない。」

 芳佳の言うことはもっともで、オストマルク隊のチェルマク少将も、グラッサー中佐も異論はない。ただ、そうもいかない事情もある。グラッサー中佐が答える。

「はい、おっしゃる通り、できれば前線基地にもう少し部隊を配備したいと思います。」

「ううん、もう少しじゃなくて、全部出すんだよ。戦力を小出しにして良いことはないからね。」

「はい、でもシャーメッレーク基地は奪還して整備したばかりで、施設も人員も物資も不足しています。そこに大挙して進出しても、思うように活動できません。そもそも宿舎が足りません。」

 しかし、そんなことで芳佳は諦めない。

「だったら急いで整備すればいいじゃない。レーア上級大将にお願いすればいいのかな?」

 畳み掛けるように言って来る芳佳に、グラッサー中佐はたじたじだ。グラッサー中佐も多くのネウロイを相手に戦い続けてきており、どんなネウロイと対峙しても気後れするものではないが、この司令官には気圧される。そんなグラッサー中佐を見かねて、チェルマク少将が口を挟む。

「宮藤閣下、オストマルク軍は再建したばかりなので、実戦部隊はまだしも、後方支援部隊の整備は遅れています。だから輸送力も、基地施設の整備力も、全然足りないんです。いくら急かしてもこれ以上早くはなりません。」

 変に急かして、手抜き工事でもされたら大変だと思う。それに、仮に追加で輸送部隊や施設部隊を編成するにしても、人員を集めて、機材を集めて、訓練して、使えるようになるまでには何か月もかかり、急場には間に合わない。

 

 芳佳は少し考えた風だったが、すぐに次の手を打ち出してくる。

「じゃあ、地中海方面統合軍総司令部にお願いしよう。鈴内さん、総司令部に言って輸送部隊と施設部隊を派遣してもらってください。うん、リベリオン軍はきっとそういう部隊もたくさん持ってるだろうから、すぐに出してくれるよ。」

「はい、了解しました。」

 鈴内大佐はすぐに部屋を出て、総司令部に連絡を取りに行く。そんな芳佳たちの動きに、チェルマク少将は目を見張る。チェルマク少将にしてみれば、連合軍総司令部に直接交渉するなど考えられないし、チェルマク少将の立場では交渉を持ちかけたところでまともに取り合ってもらえないだろうと思う。要請するならオストマルク軍総司令官のレーア上級大将を通じて行わなければ効果は期待できないだろう。そうしたところで、要請が通るかどうか怪しいものだ。それをさも簡単そうに、すぐに出してくれるよ、などと言うのはちょっと信じられない。ひょっとしてこの司令官は大言壮語癖があるのかしら。

 

 ところが、程なく戻ってきた鈴内大佐が報告する。

「宮藤さん、総司令部の了解が取れました。すぐに部隊を派遣してくれるそうです。」

「うん、話が早くて良かった。」

 さも当然のように言う芳佳に、チェルマク少将は信じられない思いだ。曲がりなりにも自分も同じ階級だというのに、この差は何だろう。もっとも、この差も仕方のないところで、芳佳は1年以上前からモエシア奪還作戦、ダキア奪還作戦と地中海方面統合軍で働いて来ている。その結果総司令部とのつながりも深く、これまでの実績もあって相当な要望でも聞いてもらえる関係ができているのだ。また、総司令部トップの3将軍には扶桑海軍の遣欧艦隊司令長官がいて、話を通しやすい。さらに、カールスラントの将軍は、芳佳のベルリン奪還作戦における命懸けの働きに恩義を感じており、芳佳の要望には前向きに応えてくれる。リベリオンの将軍にはそういった事情はないが、基本的にリベリオンの存在感を発揮できる事案に対しては積極的だ。チェルマク少将も芳佳の経歴を知らないわけではないが、そういった事情までは知らないので、どういう魔法を使ったのかと思ってしまう。

 

 そして、翌日からリベリオンの支援部隊が続々とやって来る。基地拡充に必要な重機や資材を積んだトラックが、列をなしてケストヘイに向かい、並行して道路の改良工事も進められて行く。さらに、作戦用の弾薬や資材も運ばれてくる。あれよあれよという間に、ケストヘイ一帯は強力な作戦拠点になっていく。さすがに、リベリオンが本気を出すと凄い。国力の違いを見せつけられるようだ。

 

 折角の基地拡充工事や資材の輸送が、途中でネウロイの襲撃を受けたら大変だ。ケストヘイ周辺はシャーメッレーク基地に進出しているウィッチ部隊が守るとしても、ケストヘイに至る輸送路が襲撃を受けないとも限らない。芳佳は大村航空隊の千早多香子大尉を呼んで指示する。

「多香子ちゃん、大村航空隊に輸送路の警戒をお願いしたいんだけど。」

 もちろん、千早大尉に異存はない。わざわざザグレブまで進出してきたのだから、基地で暇をかこっているのは無駄だし、この辺りの地理には不案内なので、飛んで周辺の地理を覚えることも必要だ。

「はい、了解しました。」

「まあ、毎日だと大変だから、他の部隊と交替でね。」

「はい、じゃあ各隊のスケジュール調整とかお願いしますね。」

「うん、そうだね、オストマルク隊の司令部にやってもらおうかな。」

 芳佳は司令部要員をわずかな人数しか連れてきていないから、こういう調整などをやるのは不便だ。もっとも、オストマルク隊の司令部はスタッフも充実しているので、それほど困らない。

 

 千早大尉は警戒飛行のため、隊員たちを集める。

「宮藤さんから、ケストヘイまでの輸送路の警戒を指示されました。オストマルクの各隊も含めて交代で実施することになりますけれど、さしあたってわたしたちが出ます。」

 そして隊員たちを見回しながら、誰を出すか考える。赤松大尉と牧原上飛曹の二人は遠距離からの狙撃が専門なので、今回の任務には適さない。淡路上飛曹と長谷部一飛曹は中堅どころなので、まずは安心して任せられる。ただ、今回の任務ではネウロイとの遭遇可能性は高くなく、出現しても偵察型程度だろうから、岡田上楽兵に経験を積ませるのにはもってこいだろう。

「じゃあ、岡田さん、一緒に来てください。淡路さんと長谷部さんは、後で交代で出てもらうから、準備して待っていてください。」

 そして千早は玲子を伴って出撃する。

 

 ザグレブから北上すると、しばらくは以前に解放されたクロアチア地域内なのでそれなりに人々の復興活動が見られるが、ハンガリー地域との境界が近付くにつれて軍の施設以外見られなくなってくる。そして、境界を越えるとケストヘイに向かう街道を進む輸送部隊の車列と、道路の改良工事が見られるだけになる。他はまだ一面の銀世界だ。

「周囲を注意して見てね。ここの所ネウロイの出現が増えているから。」

「はい。」

 玲子は目を皿のようにして周囲を見回す。周囲だけではなく、上空も監視対象だ。特に、肉眼で発見しにくい太陽を背にしての奇襲攻撃は要注意だ。ふと、左手遠く、地表近くで何かが動いた気がした。よく見ると、小さな黒い点が地表近くを滑るように南下して来ている。動きから察するに、低い高度を飛んで来ているネウロイだ。

「千早大尉、北方からネウロイらしいものが地表近くを接近してきます。」

 

 千早大尉は既に気付いていたようで、落ち着いて答える。

「うん、ネウロイだね。電探を回避して地上すれすれを飛んできたみたいだね。でもこの距離で見つけるなんて、岡田さん目がいいね。」

 褒められて、玲子はちょっと嬉しい。

「ありがとうございます。わたし、使い魔が猫だから、動くものには敏感なんです。」

「へえ、そうなんだ。確かに使い魔の特性が能力に影響する人っているっていうよね。でも、わたしの使い魔はヒヨドリなんだけど、特に影響って感じないなぁ。」

「え、そうなんですか? 使い魔の特性ってみんな出るのかと思ってました。」

「あ、そうだ。ヒヨドリって蜜とか果物とか甘いものが好きだから、それでわたし甘いものが好きなんだ。」

「え? それは違うんじゃないですか?」

 この年頃の女の子は、誰でも甘いものは好きだろうと思う。しかし、ネウロイ接近中とは思えない緩い会話だ。もっとも、そのおかげで玲子はあまり緊張しないで済んでいるかもしれない。

 

 ネウロイが接近してきた。小型が1機だけ、多分偵察型だろう。

「岡田さんは実戦経験はあまりないんだよね。」

「はい、司令官に引っ張られて戦った1回だけです。」

「そこは宮藤さんでいいんだけど、同じ海軍だし。じゃあ、小型が単機だから、岡田さん攻撃して。」

「はい。」

 ぱっと緊張感がみなぎる。訓練通りにやれば大丈夫だと思っても、やはり実戦となると緊張せずにはいられない。

「まあ、緊張することないよ。小型が単機だし、もし予想外のことがあっても、わたしがバックアップするから。」

「はい。」

 さすが、長年実戦経験を積み重ねてきた人は違う。同じ歳とは思えないほどの貫録を感じる。

 

「行きます。」

 玲子はネウロイめがけて降下する。ネウロイの針路と速度を見定めて、背後に回り込むように、また途中で気付かれないように注意しながら。

「ええと、旋回しながらの攻撃だと射撃が当たりにくいから、早めに目標と針路を合わせられるように回り込む・・・。」

 訓練で学んだことを思い出して、小さくつぶやいて確認しながら接近していく。ちらりと後ろを振り返ると、千早大尉がカバーするようについてきている。針路が合った。後はまっすぐネウロイに接近して、十分に距離を詰めたら射撃するだけだ。

「目標が照準器一杯になるまで近付いて射撃するんだよね。」

 緊張で機銃を握りしめる手に汗がじっとりと滲んでくる。段々とネウロイが近付いてくるが、まだ距離がある。こうしている間に、ネウロイが旋回したり、ビームを放って来たりしたらどうしようと思うと、すぐにでも射撃を始めたい衝動に駆られてくる。でも、訓練でさんざん経験したように、距離の離れているうちに射撃しても、ろくに当たりはしないので、ネウロイに気付かせて取り逃がすだけの結果になるから、焦る気持ちをぐっとこらえて、十分に距離を詰めなければならない。

「お願い、気付かないで。」

 ネウロイに気付かれないようにと祈るような気持ちだ。心臓がバクバクするのがわかる。ネウロイがぐんぐん近付いて来て、照準器一杯に広がった。

「今だ!」

 引き金をぎゅっと引き絞ると、重々しい射撃音と強い衝撃とともに機銃弾が飛び出して行く。至近距離まで近づいているので、ほとんど同時に、ネウロイに機銃弾が突き刺さり、ぱっ、ぱっと白く光る破片が飛び散っていく。機銃弾が命中した衝撃で、ネウロイがぐらぐらと揺れるのがわかる。ネウロイの機首が右に動いた気がした。回避する気だ、追わなければ、そう思った瞬間、ネウロイの機体全体がぱっと光って、甲高い音を立てて砕け散った。

 

 撃墜だ。

「撃墜しました。」

 報告する声が上ずっているのがわかる。落ち着かなければと思うが、全身が熱くなってとても落ち着ける状態ではない。

「うん、訓練通りにできたね。」

 千早大尉からの応答があって、はあっと息を大きく吐く。どうやら息をほとんど止めていたようだ。千早大尉が横に並んで、笑顔を向けてくる。その笑顔を見てようやく少し落ち着いた。

「後は経験を重ねて、慣れて行くことだね。それから、直線運動は最小限に、射撃を終わったらすぐに旋回する。今日はネウロイが1機だけだからいいけど、他にもいると狙われるからね。」

 何度も教えられたことなのに、全然そこまで気が回らなかった。経験が足りないのはもちろんだけれど、まだまだ訓練も足りない。そういう動きが無意識の内に取れるくらいに習熟しなければいけない。そんな思いを込めて、玲子は答える。

「はい、頑張ります。」

 

 基地に帰った千早大尉は、同期の赤松大尉の淹れてくれたお茶を飲んで一息つく。赤松大尉とは、一緒に訓練学校を卒業した後、すぐに芳佳の指揮する欧州分遣隊に配属されて、1年に渡る激戦を一緒に戦い抜いた仲だ。

「今日ね、岡田さんと飛んでいるとき使い魔の話題になったんだけど、明希ちゃんは使い魔の特性って何か自分の能力に出てる? わたしは特にあるように思えないんだけど。」

「うん、それは人により使い魔により、違うみたいだね。わたしの場合は、使い魔はノスリなんだけど、遠距離視の能力は使い魔の特性が出ているのかもしれないな。ノスリって、ヒトが100m先で見えるものを、3.5km先で見つけられるんだよ。」

「そうなんだ。いいなぁ、わたしももっと役に立つ使い魔だったら良かったのに。」

「多香子ちゃんは三次元空間把握の固有魔法があるからそれで十分じゃない。」

「うん、まあね。」

「そういえば、宮藤さんの使い魔って豆柴だけど、別に鼻がいいとかないよね。」

「そうだね。宮藤さんと一緒だったら文句言っちゃいけないよね。」

「あはは、そうだね。」

 こんな気楽な会話が、戦場にあっては気持ちを和ませる。これから始まる激しい戦いを前に、ちょっとした安らぎのひと時で英気を養う。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

赤松明希(あかまつあき)
扶桑皇国海軍大尉 (1933年7月30日生18歳)
大村航空隊第2小隊長
遠距離狙撃能力に秀で、新人時代に配属された欧州分遣隊でリーネの指導を受けて技術を磨く。また、芳佳の指摘で空戦機動の訓練も重ね、格闘戦能力も身に付けた。幼少時より神道無念流剣術を学び、芳佳に剣術の指導をしたこともある。

牧原早百合(まきはらさゆり)
扶桑皇国海軍上等飛行兵曹 (1935年生16歳)
大村航空隊第2小隊
遠距離射撃能力を持ち、大村航空隊で赤松の指導を受けながら腕を磨いてきた。実戦経験も豊富。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話 攻勢作戦前夜

 派遣されたリベリオン施設部隊の努力で施設整備は速やかに進展し、シャーメッレーク基地の施設拡張工事は概成した。早速ウィッチ部隊が進出する。マリボルに駐留して、ウィーン方面からのネウロイを警戒する任務を帯びたクロアチア隊、セルビア隊を除く全部隊が進出し、シャーメッレーク基地は一気に賑やかになった。芳佳も進出して、整備された基地内を見て回る。急速に整備した割にはなかなか良い施設だ。

「うん、なかなかいい施設ができたね。リベリオン軍に後でお礼を言わないとね。」

 一緒に巡回していた鈴内大佐も、感心しながら答える。

「そうですね。宿舎はもちろん、烹炊所も食堂も充実していますし、レクリエーションルームまで整備されていて、至れり尽くせりですね。これで隊員たちの士気も揚がるでしょう。」

「うん、そうだね。」

 そう言いながらも、芳佳はどこか不満気だ。

「何か不満な点でもありましたか?」

「うん、不満って程じゃないんだけどね・・・。」

 鈴内大佐の問いに、芳佳は多少ためらいがちに答える。

「お風呂がないんだよ。シャワーだけなんだ。」

「そ、それはさすがに最前線基地には無理でしょう。そもそも、整備したのがリベリオンですからね。」

「うん、それはわかってるけど・・・。ねえ、扶桑の設営隊を呼んで整備してもらえないかな?」

 それはさすがに駄目だろう。最前線基地でやることではないと、鈴内大佐はぴしゃりと言う。

「いけません。」

「うう・・・。」

 芳佳もさすがにわかっているから、ちょっと名残惜しそうにしながらも、それ以上は言えない。

 

 負傷者の傷も癒えて、再度進出したハンガリー隊では、モルナール少尉が浮き浮きとしている。

「少佐、少佐、見てくださいよ。今度の宿舎は隙間風がありませんよ。扶桑の司令官って偉いですねぇ。」

 いや、隙間風の有無は、司令官の偉さの認定として基準が間違っているだろう。そんなモルナール少尉に苦笑しつつも、ポッチョンディ大尉も司令官の偉さには感心しきりだ。

「隙間風はともかく、負傷者をたちまち治療してしまったり、基地をあれよあれよという間に拡張整備したり、凄い実行力ですよね。しかも全然偉ぶらないし。」

 デブレーディ大尉も話に加わる。

「苗字と名前の順番がわたしたちと一緒っていうのもいいよね。何だか親しみを感じるし。扶桑の司令官が来て、今度は勝てそうな気がする。早く戦いに出たいな。」

 前回の作戦での大損害も忘れたように、盛り上がるハンガリー隊だ。

 

 一つの基地に部隊の大半が集まったので、必然的に他の隊との接点が多くなる。そうなると、お互いに言葉が通じない同士でも、何とかコミュニケーションを取ろうとすることになる。今しも、扶桑の長谷部祐子一飛曹とスロバキアのイダニア・コヴァーリコヴァ曹長がコミュニケーションしようとしている。

「始めまして、扶桑の長谷部祐子です。」

 共通語のブリタニア語で話しかける長谷部だったが、生憎コヴァーリコヴァ曹長はブリタニア語がわからない。

『え、と、フソー?』

 ブリタニア語が通じないのかと困惑する長谷部は、とりあえず名前だけでも伝えようと、自分を指差して言う。

「ゆうこ」

 どうやら自分の名前を言っているらしいと気付いたコヴァーリコヴァ曹長も、自分を指差して返す。

『イダニア』

 そして、長谷部の名前を不思議に思う。スロバキアでは女性の名前の末尾は「ア」が多い。「オ」で終わる名前はスロバキアでは少なく、近隣のロマーニャやヒスパニアなどの国々では男性の名前と決まっている。

『ユウコは男の子なの?』

 意味が解ったら仰天するところだが、幸いというか、長谷部にはスロバキア語はわからない。何だかわからないけれど、何となくコミュニケーションができた気がして、長谷部はにこにこしている。肯定の意味に取られないと良いのだが。

 

 そんな所へブザーが鳴って、拡声器から命令が流れる。

「大村航空隊は格納庫へ集合し、出撃準備。」

 各隊が進出したおかげで、哨戒飛行のローテーションはぐっと楽になったが、ネウロイの出現も盛んになってきている。出撃命令が下るということは、哨戒に出ている部隊だけでは手に余るようなネウロイが出現したということだ。

「またね。」

 長谷部はコヴァーリコヴァ曹長に手を振ると、若干の誤解を残したまま格納庫へ向けて走る。格納庫へ駆け込むと、もうメンバーは大体揃っている。

「バラトン湖岸の地上部隊の陣地に向かって、10機ほどの小型ネウロイが接近中です。哨戒に出ていたチェコ隊が交戦中ですが、わたしたちも支援に出撃します。」

 千早大尉の指示に、隊員たちは声を揃える。

「了解!」

 ストライカーユニットが次々始動し、格納庫内が轟音に満たされる。滑走路に面するシャッターが解放され、点検を終えれば出撃だ。

「発進!」

 隊長の千早大尉を先頭に、隊員たちが次々に滑走し、舞い上がる。上昇しながら編隊を組んだ大村航空隊は、緩やかに旋回して目標に向かう。目標は小型ネウロイが10機ほどということだから、特に大きな問題もなく撃退できることだろう。

 

 

 とっぷりと日が暮れて、今日も基地の一日が終わった。消灯喇叭が鳴り響いて、宿舎の明かりが落とされる。そんなころ、芳佳は執務室を出て大きく伸びをする。

「う、ああ、疲れたぁ。なんでこんなに処理しなきゃいけない書類が多いかなぁ。」

 ネウロイの出現が多く、交戦も多いとなると、処理しなければならない書類も多くなる。戦闘行動調書の記録は出戦手当や航空加俸に影響するのはもちろん、各隊員の考課に、ひいては昇給や昇進にも結び付いて来るものだから、きちんとチェックしておかなければならない。弾薬や部品の消耗があれば、それに応じて補給の手配も必要になってくる。そして、注意しなければならないのが必要な書類の提出漏れだ。機材や資材の損耗があったのに補充の申請がなければ、いざ戦闘という時に必要なものがないということになる。もちろん各級の指揮官がチェックしているのだが、人間のやることだからどうしても時に漏れが出る。それを含めてチェックしなければならないのだから、上級指揮官も楽ではない。

 

「あーあ、もうこんな時間だよ。もうみんな寝ちゃったよね。」

 芳佳はぶつぶつ言いながら薄暗い廊下を歩く。そしてふと、レクリエーションルームで仄かな明かりが揺れているのに気付いた。

「あれ、まだ起きている人がいるのかな?」

 夜更かしは翌日の作業に影響するのに、と思いながら扉を開けて室内を覗いてみる。すると、テーブルの上でランプが一つ灯っていて、明かりが揺れている。

「消し忘れかな?」

 そう思って部屋に入ると、一人の人が座っていて、芳佳の方を振り向く。金色の髪がふわりと揺れると、ランプの明かりを映して、まるで金色に輝いたように感じられて、その美しさにはっと息を飲む。

 

「あら、司令官、こんな遅くまでお仕事ですか? お疲れ様です。」

 幽霊ではなかったようで、芳佳に気付いて声を掛けてくる。会ったことはもちろんあるが、あまり見かけない顔だ。

「ええと、あまり会わないよね。名前は・・・。」

 その人はくすりと笑って答える。

「あまり顔を合わせる機会もありませんものね。エステルライヒ隊のリッペ=ヴァイセンフェルトです。」

「ああそうだ、名前の長い人だよね。こんな時間にどうしたの?」

「私は、ナイトウィッチですから、今が仕事の時間です。」

「ああ、そうだったね。」

 そう言えば、最初に顔合わせをしたときに聞いていた。すっかり忘れていたと、芳佳は頭を掻く。

「ごめんね、ちゃんと覚えてなくて。じゃあ、今から夜間哨戒に行くの?」

「いえ、この部隊にナイトウィッチは一人だけですから、毎日哨戒に出ていたら体力が持ちません。哨戒に出るのは週一回程度にして、他の日はこうして待機していて、電探情報が入ったら出撃するようにしているんですよ。」

 なるほど、それはもっともだ。司令官のくせに全然把握していなかったと、芳佳はちょっと恥ずかしい。

「じゃあ、いつもこうして一人で待機しているんだね。」

 それはちょっと淋しいなと思う。そんな芳佳の思いに気付いたように、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は答える。

「ええ、それが任務ですから。慣れてますから別に淋しくはないですよ。」

 

 そんなリッペ=ヴァイセンフェルト少佐が居住まいを正す。

「司令官、そんなに夜間の襲撃があるわけじゃあないですけれど、やっぱり一人だけだと対応しきれなくなりそうだと思うんですね。夜間専任じゃなくてもいいですから、誰か夜間担当にしてもらえませんか。別に魔導針が使える人じゃなくても、夜間飛行に慣れている人ならいいんですけれど。」

 そう言われればそうだ。一人だけだと一日の休みもないことになる。今はたまにしか夜間のネウロイ出現はないけれど、もし連日出現するようなことになったら、たちまち消耗して戦えなくなってしまうだろう。

「そうだね、確かに一人だけだと心許ないよね。」

 しかし、夜間飛行に慣れている人といっても、ちょっと思いつかない。

「オストマルクにはいないの?」

「今の所居ないみたいですね。」

「そうなんだ。でも扶桑隊にもいないしなぁ。」

「どこかから呼んで来ることはできませんか?」

 そう言われても、思い当たるのはサーニャとエイラ位だ。この二人はまさか呼ぶわけには行かない。

「リッペ=ヴァイセンフェルトちゃんは心当たりはいないの?」

「リッペ=ヴァイセンフェルトは名字ですから、エディタでいいですよ。それはそうと、心当たりはいないこともないですけれど、カールスラント軍の現役ばりばりの人は引き抜けませんよね。」

「そうだねぇ、うん、すぐには無理だけど、探してみるよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、にっこりと笑顔を向けると、たおやかに頭を下げる。揺れる髪がまた金色に輝いて、目を奪われる。こんな美しい姿を見せられたら、期待に応えないわけには行かないと思えてくる。あてはないけれど、これも司令官の仕事だ。ますます荷が重いと思いながらも、代わりにやってくれる人はいないのだから、頑張らなくっちゃと思う芳佳だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話 シオーフォク奪還作戦1

 いよいよブダペスト奪還作戦への再挑戦だ。シャーメッレーク基地では、芳佳がウィッチたちを集めて訓示する。

「今日から奪還作戦を再開します。前回の作戦では、シオーフォクの手前まで進んだところで攻勢が頓挫しましたから、今回はまずシオーフォクを奪還して前線を推進することをとりあえずの目標にしています。シオーフォクにしっかりした拠点を築いて、そこを足掛かりにしてブダペストの奪還を目指します。」

 作戦目標は既に周知してあるので、隊員たちは特に問題ないと言った風で芳佳の話を聞いている。特に気負うでもなく、恐れるでもなく、平静でいるようだ。

「わたしたちは戦力を集中してネウロイの反撃に対処できるようにしていますが、徐々に気候が春に近付くにつれて、ネウロイの活動が活発化してきているので油断は禁物です。十分に注意して作戦に臨んでください。」

 一斉に了解の声が上がる。うん、声に張りがあって、隊員たちの自信が感じられる。短い間とはいえ、哨戒や出撃の合間を縫って訓練に努めてきた効果もあるようだ。

 

 心配があるとしたら、ハンガリー隊だ。本人たちが希望したので今回も先陣に指名しているが、前回の作戦で大きな損害を受けたことが、トラウマになっていないと良いのだけれど。

「ヘッペシュ中佐、ハンガリー隊の状況はどうですか。」

 芳佳の問いかけに、問題ないと答えようとするヘッペシュ中佐の機先を制して、他の隊員たちが口々に叫ぶ。

『大丈夫です!』

『任せてください!』

「今度こそネウロイを蹴散らしてやります!」

「必ず雪辱を果たします!」

 一斉に叫ぶので、何を言っているのかよくわからないし、ハンガリー語の声が混ざっているのでますますわからないが、気持ちは十分に伝わった。

「うん、意気込みは伝わったよ。じゃあ、作戦開始!」

「了解!!」

 先陣のハンガリー隊、スロバキア隊、そして今回はそれに加えてポーランド隊が出撃する。最初は待機の各隊の隊員たちが手を振って見送る。

 

 ウィッチ隊が地上部隊の上空に到着した時には、既に準備砲撃は終わって、地上部隊が前進を始めていた。準備砲撃で掘り返された大地を踏みしめて、沢山の兵士と車両が前進して行く。

「スロバキア隊は地上部隊の上空直掩。ハンガリー隊とポーランド隊は先行します。」

 ヘッペシュ中佐の指揮の下、ハンガリー隊とポーランド隊は、周囲を警戒しながら前進して行く。

『またネウロイは出て来るかな?』

 ポッチョンディ大尉が、誰に言うともなく呟く。それに、デブレーディ大尉が返す。

『出て来るだろうね。でも、今度はやられないよ。ポーランド隊も来てくれたし、必ず撃滅するんだから。』

 前回の戦いで重傷を負ったけれど、それに臆することなくますます意気盛んなデブレーディ大尉を、ヘッペシュ中佐は頼もしく思う。まあ、ハンガリー人の気質として、一度くらいの敗戦では挫けない。

『そうだね、今度は撃滅しようね。』

 むしろ、早く出て来いという位の気持ちで、入念に周囲を見回して、ネウロイの出現を待ち受ける。

 

 インカム越しに聞こえてくるハンガリー隊のメンバーの会話を聞いて、ポーランド隊のミロスワヴァ・ミュムラー少佐は多少の不安を感じる。ハンガリー語で話しているから、何を言っているのかわからないのだ。もちろん、隊内で話す分には自分たちの言葉で話してもらって構わないのだが、いざ戦闘となった時に、戦闘に夢中になるあまり自分たちの言葉で通信されたら、お互いに協力するのが難しくなりそうだ。

「せめて、作戦中の通信は共通語に統一してくれるといいんだけどな。」

 ゾフィア・フェリク少尉が応じる。

「そうですよね。大体どこの部隊でも作戦中の通信は、隊内の通信でも共通語にしていますよね。」

 まあ、どこの部隊でもと言っても、ポーランド人はブリタニア軍の部隊に所属して戦っていたのだから、周囲がみんな共通語のブリタニア語を話すのは当たり前なのだが。

 

 そこへ突然、ヘッペシュ中佐からブリタニア語の通信が入る。

「ネウロイ発見。小型がおよそ20機。迎撃します。」

 司令部へネウロイ発見の報告を送ると、続いて各隊に指示を出す。

「デブレーディ隊は左翼に展開、ポーランド隊は右翼に展開、ポッチョンディ隊は正面から、一斉に攻撃します。」

「了解!」

 ヘッペシュ中佐の指示に、ミュムラー少佐は隊員を連れて素早く右へ展開する。ヘッペシュ中佐は戦闘指揮経験が豊富だから、激しい戦闘になってもきっと的確な指揮をしてくれるだろうと思う。つまらない心配はせずに、自分は自隊の指揮に専念しなければならないと思う。ネウロイの集団が近付いて来た。横目でちらりと見やると、既に各隊ネウロイの集団を3方から同時攻撃するように展開している。

 

 ネウロイが、正面のヘッペシュ中佐、ポッチョンディ大尉、モルナール少尉の3人に向かって、ビームを乱射し始めた。

「突撃!」

 ヘッペシュ中佐の号令と共に、ミュムラー少佐は勢いよく突入を開始する。ネウロイのビームが正面を指向している間に、一気に距離を詰めてネウロイを射程に捉える。

「撃て!」

 ミュムラー少佐の号令と共に、フェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長がそれぞれに狙いを定めたネウロイに向けて銃撃を浴びせかける。それぞれの狙ったネウロイが相次いで砕け散る。

「まずは3機撃墜!」

 ぐっと引き起こしてネウロイの集団の上空をすれ違う。

 

 ミュムラー少佐は距離を取りながら振り返る。

「あれっ、追ってこない。」

 ネウロイは通常、攻撃をかけると分散してそれぞれに手近な目標を追って来るものだが、今日はそのまま一団となって正面に向かって突き進んでいる。これだと、正面にいるヘッペシュ中佐たちが苦戦になる。

「追うよ。」

 隊員たちに一声かけると、ミュムラー少佐は急反転してネウロイを追う。ネウロイのビームがヘッペシュ中佐たち3人に集中し、反撃する余裕もなくシールドでビームを防いでいる。このままでは包み込まれてやられてしまう。

「撃て!」

 まだ距離は少し遠いが、とにかく銃撃してネウロイを散らさなければならない。しかしやはり距離があると有効弾が少ない。そこへ、右手の方からデブレーディ大尉とケニェレシュ曹長が凄い勢いで突っ込んできた。そんな勢いだとネウロイの中に突っ込んでしまうと思うと、銃撃を浴びせながら本当にネウロイの集団の中に突っ込んでしまった。

「ひゃあ、無茶するなぁ。」

 しかし、その無茶が奏効して、ネウロイの集団が崩れ立つ。今がチャンスと、ミュムラー少佐たちはネウロイに肉薄して銃撃を叩き込む。ヘッペシュ中佐たちは、ネウロイが崩れた隙に一旦距離を取って態勢を立て直すと、猛然と反撃に移る。デブレーディ大尉たちはと見ると、突っ込んだ時に被弾したらしく、ケニェレシュ曹長がユニットから煙を上げながら、デブレーディ大尉に守られて離れて行く。こちらにも損害は出たが、致命的な損害ではない。崩れたネウロイは、態勢を立て直す暇もなく、1機、また1機と砕け散って行く。どうやらこのネウロイは撃滅できそうだ。

 

 ケニェレシュ曹長はユニットを損傷したが、それ程酷い損傷ではなかったようで、単独で基地へ引き返し、デブレーディ大尉はすぐに戻ってきた。ひとまず警戒態勢に戻る。しかし、ネウロイはそう長くは休ませてくれない。程なく次が現れた。

「ネウロイ発見。大型です!」

 発見を告げるヴラスノヴォルスカ曹長の声がかすかに震える。こちらは7人いるものの、大型ネウロイは、ビーム攻撃は激しく、装甲は硬く、コアを発見して破壊しなければ再生してしまうというのだから、なかなかの難敵だ。

「とにかく反復攻撃して装甲を削って早くコアを発見すること。コアを発見したら集中攻撃して破壊すること。それが肝心だから、いいね。」

 ヘッペシュ中佐はそう言うが、ミュムラー少佐はまずいなと思う。ミュムラー少佐たちがいたブリタニアは、既に戦線からは後方になっていたので、ミュムラー少佐自身はともかく、若いフェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長は、大型ネウロイと戦ったことがない。

 

 しかし、そんなことにはお構いなく、大型ネウロイは近づいて来る。

「突撃!」

 ヘッペシュ中佐の号令と共に、ハンガリー隊の隊員たちが相次いで攻撃を加える。遅れてはいけないと、ミュムラー少佐も突っ込む。そこへ、大型ネウロイはばっと全方位に向けて一斉にビームを放つ。まるでハリネズミのようなビーム攻撃だ。回避する隙間もないほどで、シールドを張って受け止める。一発一発のビームも小型ネウロイよりずっと強力で、シールドで受け止めると衝撃が腕に響く。

「きゃっ!」

 すぐ後ろでヴラスノヴォルスカ曹長の悲鳴が聞こえた。シールドでビームを受け止めた衝撃が強烈で、態勢を崩してしまっている。そこに次のビームが飛んで来る。

「危ない!」

 ミュムラー少佐は間に割り込んで、飛んできたビームをシールドで受け止める。受け止めた衝撃が、肩まで響く。

 

「どうしたの? もっと肉薄して攻撃して。」

 半ば叱責のような調子でヘッペシュ中佐が通信を送ってくる。しかし、できないものはできない。

「すみません。ポーランド隊の隊員は大型ネウロイと戦った経験がないんです。」

 ヘッペシュ中佐が一瞬絶句する。

「そ、そうなの? うーん、じゃあせめてビームを引き付けて。」

「はい。」

 対大型ネウロイ戦ではポーランド隊は戦力にならないと言っているようなもので、隊長のミュムラー少佐としては辛い所だ。でも7人いれば大型ネウロイも倒せるだろうと踏んでいた、ヘッペシュ中佐も当てが外れて辛い所だろう。

 

 ハンガリー隊は、再び大型ネウロイめがけて突入する。しかし、ポーランド隊が牽制しているとはいえ、4人で大型ネウロイを攻撃するのはなかなか大変だ。装甲の一部を破壊しても、さらに攻撃を加えて損傷を拡大するよりも再生する速度の方が速く、コアを露出させるには至らない。そんな所へ司令部から通信が入る。

「グラッサーだ。エステルライヒ隊から増援を出したから、もう間もなくそちらに着く頃だ。着いたら共同して撃破してくれ。」

 これは嬉しい。増援が来てくれれば、大型ネウロイといえども撃破できるに違いない。

 

 そして、待つほどもなくエステルライヒ隊が到着する。

「エステルライヒ隊のシャル大尉です。今からエステルライヒ隊が攻撃するので、牽制をお願いします。」

 そう言うと、エステルライヒ隊は休む間もなく突入を開始する。シャル大尉はシュトラッスル准尉を連れて大型ネウロイの側面に切り込むと、銃撃を浴びせかける。ハンガリー隊とポーランド隊も周囲から牽制攻撃をかける。周囲からの攻撃にビームが散った隙を突いて、シュトッツ中尉がボッシュ軍曹を連れて肉薄する。シュトッツ中尉が銃撃を浴びせ、続いてボッシュ軍曹の大口径機関砲が火を噴く。がんがんと機関砲弾が連続して炸裂すると、大型ネウロイの上部装甲が大きく砕け散った。

 

 反転して再度攻撃に向かうシュトッツ中尉とボッシュ軍曹に、大型ネウロイのビームが集中する。それをものともせずに、二人はビームの隙間を縫うようにして肉薄して行く。

「どうして? まるでビームが避けているみたい。」

 集中するビームの中をすり抜けて進むエステルライヒ隊の二人に、ミュムラー少佐は目を見張る。だが、よく見るとネウロイのビームにもある程度のパターンがあって、それに合わせることで巧みに間をすり抜けていることが見て取れる。

「なるほど、そんなテクニックがあるんだ。」

 いや、わかった所で、実際にそれをやるのは生半可な技術では難しい。シュトッツ中尉の200機近い撃墜記録は、それを裏打ちする確かな空戦技術があってのものなのだろう。

 

 機関砲弾が炸裂して、大型ネウロイの装甲の破片が大きく飛散する。大きくえぐれたその下から、怪しく光るコアが姿を現す。それを見逃さず、すかさずシャル大尉が射弾を送る。

「いただき!」

 大型ネウロイがぱっと砕け散る。この分なら、今回はネウロイの抵抗を排除して、シオーフォクを奪還できそうだ。これも前線基地を一気に拡張して、戦力を集中させた司令官のおかげだ。司令官は過去に驚異的な戦果を重ねて来たという話も耳にした。この司令官の下でなら、きっとオストマルク奪還も成るに違いない。隊員たちの士気はいやが上にも盛り上がる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話 シオーフォク奪還作戦2

 大型ネウロイを撃破したところで、消耗したハンガリー隊とポーランド隊は基地に帰還し、エステルライヒ隊が代わって先遣隊を務める。ネウロイの襲撃は一旦途切れて、坦々とした飛行が続く。やがてシオーフォクの街並みが見えてきた。

「あれがシオーフォクだね。思ったほど破壊されていないみたいだね。」

 シャル大尉がそう感じたように、バラトン湖南岸で最大の街並みは、もちろんそこここに戦火の跡は見られるものの、案外賑わっていた頃を偲ばせる姿を残している。ざっと見渡しても、ほとんど破壊されていない大きなビルが3棟見られるし、他の建物も原形をとどめているものが多い。街のシンボルの、高さ45mの給水塔も健在だ。ただ、当たり前のことだが人影は全く見られず、夏場には100万人が集まったというその賑わいの影はない。

 

「こちらシャルです。シオーフォク上空に到達しました。」

 シャル大尉の報告に、本部からグラッサー中佐の応答がある。

「ネウロイは見えないか。」

「特に見当たりません。」

「地上型ネウロイはいないか。」

「偵察してみます。」

 シャル大尉たちは、シオーフォクの街の上空を周回して、地上型ネウロイを探す。小型の地上型ネウロイが市街地にいた場合、排除して占領するのはなかなか骨が折れるし、どうしても地上部隊の犠牲も多くなる。目を凝らして建物の影や路地を見回すが、幸いネウロイがいる様子はない。

「市街地をくまなく偵察しましたが、ネウロイはいません。もっとも、建物の中や地中に潜んでいたら発見できませんが・・・。」

「そこまでは仕方がない。了解した。地上部隊を突入させるので、前方警戒を頼む。」

「はい、了解しました。」

 シャル大尉たちエステルライヒ隊は、シオーフォクを越えて前に進む。

 

 その後を追うように、地上部隊が進んできた。戦車を先頭に歩兵が散開して後に続く。街の入口に差し掛かると、部隊は一旦停止する。

「今からシオーフォクの市街地を占領する。上空からの偵察では市内にネウロイの姿はないということだが、どこに潜んでいるかわからないので慎重に行動すること。戦車隊は主要道路を押さえて、歩兵部隊は建物を1軒1軒しらみつぶしに調べろ。潜んでいるネウロイを見逃すことのないように。」

 指揮官の指示に従って、各隊が動き出す。

「前進。」

 号令と共に戦車が再び無限軌道を軋ませて街道を進み、散開した兵士たちが立ち並ぶ建物に次々突入して行く。銃声や砲声は聞こえてこない。どうやら本当にネウロイの姿はないようだ。

 

 シオーフォクの市街地は、バラトン湖に張り付くような形で東西に細長く伸びている。先頭を進む戦車隊は随伴歩兵を伴ってどんどん進み、街の中央付近を横切る川のほとりまで進んで一旦停止する。それほど大きな川ではないが、架橋せずに押し渡るのは得策ではないので、工兵隊と架橋材料が届くまで小休止だ。川を越えた所が街の中心地で、シオーフォク駅や中央広場が近い。川越しに、中央広場に立つ街のシンボルの給水塔が見える。川向こうの市街も静まり返っていて、ネウロイが待ち構えている様子は見られない。小休止の間に、一部の部隊を分派して、南へ向かう街道を押さえさせておく。街の南約5kmには小規模な飛行場があるので、後続部隊が到着したらそこも占領する必要がある。

 

 南寄りに、ウィッチ隊から報告があった、ほとんど破壊されていないビルの中の1棟が見える。ここまで来る途中で、他の2棟も見かけた。通り沿いの建物も、破損はあるが倒壊しているものは少ない。おかげで道路が塞がれていなくて、ここまで進出してくるのがスムーズだった。もちろん、外観の破損は少なくても、内部は焼け落ちている建物も多い。しかし建物の損傷の様子からすると、この街は余り防衛戦を戦わずに、早々に放棄することになったのだろうと思われる。

 

 突然、大きな地響きが起こる。強い振動に、周囲の建物からぱらぱらと破片が落ちてくる。すわ、大型ネウロイの襲来かと、川の対岸を見るが何の動きもない。再び大きな地響きが起こる。すると、破壊されていないと見えた南寄りのビルがゆらりと揺らいだ。見た目とは異なって、実は大きく損傷していて、何かのはずみに倒壊を始めたのだろうか。そう思って見守るビルの壁面に、閉じていた眼を開いたように、赤い点々が現れた。

「何だ、あれは・・・。」

 異様さに目を釘付けにされる兵士たちの目の前で、ビルの壁面が赤く光る。そして次の瞬間、ビームがあたりを薙ぎ払う。一瞬にして、小休止していた兵士や車両の半分ほどが焼き尽くされた。

 

「ネウロイだ!」

 絶叫すると兵士たちは、西の方へ、元来た方へ一斉に走る。

「止まれ、応戦しろ!」

 指揮官が叫ぶが、そんなものは耳に入らないかのように、兵士たちは一様に顔をひきつらせて走る。そんな兵士たちに向けて、ビームが次々降り注ぐ。最早壊乱状態だ。ベテランの下士官が、街の入り口を指して走りながら、悪態をつく。

「畜生、これは、噂に聞くジグラットじゃないか。何でよりによってこんなのがいるんだ。」

 しかし、兵士たちの不幸はそれだけではない。逃げる前方で、2棟のビルと見えたジグラットが動き出している。

「まずい。」

 慌てて伏せると、ジグラットが周囲にビームを撒き散らす。連続する爆発音とともに熱風が吹き付け、無数の破片が飛んで来る。

「畜生、畜生。」

 もはや逃げ道はない。ただ地面にへばりついている以外、できることはない。

 

 ザクレブの司令部に非常通報が入る。

「シオーフォクにジグラットが3基出現。地上部隊の先遣隊は壊滅的な打撃を受けた模様です!」

 司令部内に動揺が広がる。

「ジグラット!」

「何でそんなのが出るんだ。滅多に出たことがないのに。」

 そんな中でもさすがに隊長のグラッサー中佐は冷静だ。

「ウィッチ隊はどうしている。」

「はい、上空直掩のスロバキア隊が攻撃していますが、全く歯が立たないそうです。」

「うん。」

 おもむろに無線機を手に取る。

「シャル大尉、応答しろ。」

「はい、シャルです。」

「シオーフォクの市街地にジグラットが出現した。エステルライヒ隊は直ちに戻って攻撃せよ。」

 

 それを聞いた芳佳が立ち上がる。

「待って、攻撃してもジグラットは破壊できないよ。」

 グラッサー中佐がきっとなって振り返る。

「何でそんなことを言うんですか。」

「ジグラットはね、陸戦ウィッチの88ミリ砲でも破壊できないんだよ。オティーリエちゃんでも持ってるのは20ミリかそこらだよね。それじゃあ破壊するのは無理だよ。」

 グラッサー中佐は、司令官が相手だということも忘れたようにいきり立つ。

「じゃあどうしろっていうんですか。諦めて退却しろっていうんですか。」

 しかし、芳佳は余裕だ。

「いや、そうじゃなくて、わたし前にジグラットを倒したことがあるから、わたしが行くよ。」

 グラッサー中佐は目を丸くする。ジグラットが出現したのといえば、1940年のスオムスのスラッセンと、1946年のカールスラント奪還作戦の時と、あと数回だと聞いている。そのどこかで実際に戦ったというのか。

「いつジグラットなんかと戦ったって言うんですか。」

「うん、1946年のカールスラント奪還作戦の時にね。ええと、5機ぐらい破壊したかな?」

 グラッサー中佐は、芳佳がモエシア、ダキア奪還作戦を指揮して戦ったことは知っていたが、そんな昔のことは知らない。

「そんなに前から欧州で戦っていたんですか?」

「うん、知らなかった?」

「知りませんよ、6年も前の事じゃないですか。その頃私13歳ですよ。」

「うっっ。」

 芳佳は年齢差に衝撃を受けた。まあ、年齢差は3歳でしかないのだが、ウィッチの現役期間は短く、その頃既に芳佳は部隊を指揮していたのだから、その差は大きい。

 

「じゃあ、エステルライヒ隊には牽制させて、ジグラットの動きをなるべく止めるようにしておいて。大村航空隊、抜刀隊、出撃。」

 そして芳佳も出撃しようとするが、鈴内大佐から待ったがかかる。

「宮藤さん、司令官が自ら出撃して、直接戦うというのはいけません。司令官の立場を考えてください。」

 それももっともだが、生憎芳佳以外にジグラットと直接戦った経験があるのは千早と赤松くらいで、芳佳が行かないと倒し方がわからない。

「だって、わたしが行かないと倒し方がわからないよ。えーと、そう、教えに行くだけ。ね?」

「うーん・・・。」

 教えに行くだけでも、司令官が出撃するというのはどうかと思う。しかし、そんなことを言っていると作戦が頓挫してしまうのもまた事実だ。

「わかりました、教えるだけですね。」

「うん、じゃあ行って来るね。」

 そう言って芳佳は出撃して行く。鈴内大佐も仕方ないと思って見送るしかない。いくら軍規と言ったところで、軍はやはり戦いに勝たなければ仕方がない。

 

 芳佳たちがシオーフォクに着くと、ジグラットはビームを撒き散らしながら暴れ回っていた。エステルライヒ隊とスロバキア隊が攻撃しているが、ほとんどジグラットの動きを止めることなどできてはいない。芳佳は抜刀隊の隊長の茅場桃大尉と、隊員の桜庭初穂中尉に声を掛ける。

「桃ちゃん、初穂ちゃん、ジグラットは扶桑刀で倒すんだよ。君達ならできるよね。」

 二人ははいと、自信を持って答える。茅場大尉は鏡新明智流剣術の師範、桜庭中尉は心行刀流剣術免許の腕前だ。扶桑刀を使った戦いなら人後に落ちない。

「じゃあ、やって見せるから見てて。」

 教えるだけと言っていたのに、やっぱり自分でやるのかと、付き合いの長い千早大尉は予想した通りで可笑しい。まあ、百聞は一見にしかずとも言う。でも、参謀長は怒るだろうな。

 

「エステルライヒ隊、スロバキア隊、大村隊、抜刀隊の各隊員は、ジグラットを周囲から攻撃してビームを分散させて。」

 芳佳の指示に従って、各隊はジグラットを攻撃する。ジグラットは攻撃してくるウィッチめがけて、周り中にビームを撒き散らして反撃してくる。そこへ芳佳が突入する。壁面一面から発射されるビームの数は驚くほど多いが、これだけ分散させれば芳佳に向かって来るビームはそれほどでもない。突入しながら、芳佳は背中の和泉守兼重をすらりと抜く。モエシア奪還作戦のために扶桑を出るときに、坂本からもらった扶桑の名刀だ。その和泉守兼重が魔法力を帯びて輝きを放つ。

「やっ!」

 ジグラットにぶつからんばかりに肉薄した芳佳は、気合と共に斬り付ける。和泉守兼重はジグラットの分厚い装甲に深く切り込んで、芳佳の進むままに一文字に斬り裂く。芳佳は一息にジグラットの壁面を切り裂いて、さっと振り抜けば魔法力の輝きを放つ和泉守兼重に装甲の破片がまとわるようにしてきらきらと舞い散る。壁面に深々と切り込みを受けたジグラットは、鉄が軋むような音を立てながら、徐々に切り口が開いて、切り口から上の部分がゆっくりと傾いて行く。傾きが徐々に加速すると、金属を引き裂くような耳に障る音を立てながら上半分は横倒しになり、その巨体はあちこちから引き裂けてばらばらになり、轟音を立てて崩壊する。

 

 見ていた茅場大尉と桜庭中尉は驚愕だ。あの巨体を斬撃一閃で崩壊させてしまうとは何と言うことだろう。しかも、次に自分たちが同じことをしなければならないのだ。そんな二人の衝撃には気付かないように、芳佳は戻って来ると説明する。

「見たよね。桃ちゃんと初穂ちゃんも残りの2機を破壊してね。注意することは、いくら魔法力を帯びた扶桑刀でも、あの巨体を両断するのは無理だけど、ただ切れ込みを入れただけじゃあ再生しちゃうから、こう角度を付けて斬り付けて、自重で切り口が開いて崩壊するようにすることだよ。だから下の方を切り裂かないと駄目だよね。」

 思いの外具体的なコツを説明されて、茅場大尉と桜庭中尉は、それならできそうだと思う。もちろん簡単にできることではないが、扶桑トップクラスの道場で免許を受けた剣術の腕は伊達ではない。

 

「行きます!」

 眦を決して二人はそれぞれ目標のジグラットに肉薄する。周囲では他のウィッチたちが襲撃を繰り返し、ビームを分散させている。茅場は奥のジグラットに向かいながら、抜き放った扶桑刀の柄をしっかりと握り直す。ちらりと振り返ると、後方で桜庭中尉の斬撃がジグラットの巨体に食い込んでいる所が見えた。ジグラットはその巨体を、最下部に生えた無数の脚で支えて動くが、何分巨体なので動きが極めて遅い。そのせいで、ジグラット同士の相互連携はまるでできていない。

「こいつらが連携しながら進んできたら、食い止めるのは無理だろうな。」

 そんなことを呟くが、幸い今は各個撃破が可能だ。茅場大尉は、全身の魔法力を刀身に纏わせてジグラットの装甲に叩き付ける。力を込めて引き回し、一筋に斬り裂いて振り抜けば、切り口がぱっくりと口を開く。巨体が軋む嫌な音を立てながら切り口はどんどん広がり、そして大崩壊を起こす。ほっと息をついて見れば、向こうでも桜庭中尉が攻撃したもう1機のジグラットが崩壊していた。

 

 一部始終を見ていた各隊の隊員たちは、勝った喜びより眼前の想像を絶する光景に対する驚きの方が大きい。驚いていないのは、前に芳佳が同じことをやったのを見たことがある千早と赤松だけだ。驚きを通り越して恐怖を感じているものすらいる。エステルライヒ隊のシャル大尉は、自分たちが反復攻撃しても全く歯が立たなかっただけに、その衝撃は大きい。オストマルクの各隊の中では、自分たちエステルライヒ隊は圧倒的に強いと思っていたが、上には上がいるものだと痛感する。しかし、その悪鬼羅刹のごとき破壊力を持った司令官と扶桑隊が、自分たちの戦いを支援してくれるのだ。これは勝てる、そう感じて、無意識の内に全身が熱くなるシャル大尉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話 束の間の休息

「シオーフォクの占領は成って、防衛施設の建設が進んでいます。」

 グラッサー中佐の報告に、芳佳は肯いて続きを促す。

「郊外の飛行場の復旧も進められています。復旧できたら部隊を進出させますか?」

「うーん、シオーフォクの飛行場って小さいんだよね?」

「はい、1250mの滑走路が1本だけの小さな飛行場です。」

「それだとみんなで進出するのは難しいよね。哨戒のために小規模な部隊を進出させようか。進出させる隊の選定は任せるよ。」

「はい、了解しました。」

「電探基地の整備はできたんだっけ?」

「設置を終わって調整中とのことです。」

「それができるとブダペストのネウロイの動きは把握しやすくなるよね。」

「はい。」

 シオーフォクからブダペストまではおよそ100kmだ。電探が整備できれば、巣から新たなネウロイが出て来た時点で捕捉できるので対応がしやすくなる。他の巣から来るネウロイはそうはいかないので、引き続き哨戒は欠かせないのだが、一番近いブダペストの巣からのネウロイの出現が即時に把握できるようになれば奇襲攻撃を受けにくくなり、ずいぶん状況は良くなる。

 

「他に報告はないかな? 他になければ今日の打合せは終了ってことでいいかな?」

 チェルマク少将が答える。

「はい、特に問題ないと思います。」

「じゃあ、解散。」

 芳佳は解散を告げると大きく伸びをする。

「うう、司令官の役目は疲れるなぁ。できればお風呂に入って体を伸ばしたいよ。」

 そんな芳佳の声を、ハンガリー隊のヘッペシュ中佐が聞きつけた。

「宮藤司令官、お風呂って、お湯につかるんですよね。実はハンガリーは温泉大国なんです。自然の温泉が沢山ありますから、その気になればお湯につかれる所もありますよ。」

 芳佳は思わず身を乗り出す。

「えっ? 温泉あるの?」

「はい、しかもここケストヘイのすぐ隣にあります。」

「そうなの? 何だ早く言ってよ。」

「済みません。でも凄いんですよ。ヘーヴィーズって言って、何と世界最大の温泉湖があるんです。」

「世界最大?」

「はい。直径200mの湖の全体が温泉なんです。しかも、2000年の歴史があるハンガリーの温泉でも最古のものと言われているんです。」

 芳佳は即決する。

「よし、行こう。」

 

 まさか全員で行くわけにもいかないので、案内役を兼ねたハンガリー隊の5人と、扶桑の大村隊の6人を連れて、トラックに分乗してヘーヴィーズの温泉湖に向かう。シャーメッレーク基地からは北に14kmと近い。すぐに着いて車を降りれば、なるほどほぼ円形の湖が広がっている。湖面からはほのかに湯気が立ち上っていて、付近には硫黄臭が漂っている。なるほど温泉だ。試しに手をつけてみると、ぬるいが確かに温かい。

「そんなに熱くないんだね。」

 ポッチョンディ大尉が嬉しそうにちょこちょこと寄ってきて答える。まあ、言ってみればふるさと自慢のようなものだ。

「はい、大体38℃位だって言います。」

「まんまるだね。もしかして火口の跡なのかな?」

「はい、古い火口の跡にお湯が沸いているんだそうです。」

 ポッチョンディ大尉の言う通り、ヘーヴィーズ湖は古い火口の跡で、温泉は硫黄を含んだアルカリ性、湯温は吹き出し口では38℃あるが、全体的には夏で33℃、冬は26℃程度でかなりぬるいお湯だ。もっとも扶桑には、寒の地獄温泉というわずかに14℃しかない温泉もあるから、それに比べればずっと温かい。

 

「じゃあ入ろうか。」

 そう言ってハンガリー隊の人たちを見ると、軍服を脱いで水着に着替えている。

「水着で入るの?」

「そうですけど・・・。他にどうするんですか?」

 そう答えられると、裸で入ろうよとは言いにくい。確かにこんなに大きな湖だと、温泉に入るというよりは湖水浴と言った印象で、水着で入る方が似合っている。しかし、芳佳としては少し残念だ。欧州の少女たちは扶桑の少女たちより一般に女性らしい体つきをしているので、眼福が得られるという期待も若干あったのだから。水着越しにもその豊かな盛り上がりが見て取れるだけに、水着を着て入浴というのは惜しいと思う。しかしまあ、それならそれでいい。芳佳はぱっと軍服を脱ぎ捨てる。扶桑海軍は軍服の下は水練着が標準の服装なので、軍服を脱げばすぐに入浴の装いだ。一緒に連れてきた大村隊も海軍なので、芳佳同様にさっと水練着姿になる。

 

「いっちば~ん。」

 芳佳は勢いよく湖に飛び込んだ。そしてそのまま水中深く沈み込む。ずいぶん沈んでも、足が底に着かない。おかしいなと思いつつ、手足をかいて水面に浮かび上がる。

「ぷはっ。」

 顔を水面に出して周囲を見回せば、まだ誰も入っていない。

「イロナちゃん、足が着かないよ。」

 手足をばたつかせながら水面から顔だけを出している芳佳に、ヘッペシュ中佐は少し困ったような笑顔を浮かべながら答える。

「あの、湖ですから深いんです。深い所で38mあるって言いますから、足は着きませんよ。」

「えっ、じゃあずっと泳いでるの?」

 芳佳はストライカーユニットを装着したままで泳ぐ訓練も受けているので、泳ぐこと自体には不自由はない。でも、ずっと泳いでいるのでは寛げないではないか。

「いえ、元々は木を組んでつかまる所を作ったり、湖の上に小屋を張りだしたりして入浴していたんです。でもそういうのはネウロイとの戦いで全部壊れちゃいましたから。」

「えっ、じゃあやっぱりずっと泳いでるんだ。」

「いえ、だから浮き輪を持って来ました。」

 そう言って膨らませたばかりの浮き輪を差し出す。なかなか用意の良いことだ。さすがは地元のハンガリーの人たちで、一緒に来なかったらあまり楽しめない所だっただろう。

 

 浮き輪の用意ができて、みな思い思いに体を浮き輪に委ねて、ぷかぷかと湖の上を漂う。湯温は30℃を少し割るくらいでぬるいが、そこは温泉に含まれる有効成分の威力で、じっくりと浸かっていると体が中からぽかぽかと温まってくる。そろそろ春が近いと言っても、周囲はまだまだ雪景色で、湖面を渡る風は冷たい。でもぽかぽかと温まった体には、その冷たい風がむしろ心地よい。お湯が熱くないから、むしろいつまででも漂っていられそうだ。浮かびながら見上げる空は澄んだ青空で、ぽっかりと浮かんだ白い雲が流れて行くのを見ていると、何だか日頃の喧騒を忘れそうだ。

 

 どこからか爆音が聞こえてきた。ゆっくりと空を見回すと、南の方からウィッチが飛び立って来るのが見えた。あれは、多分エステルライヒ隊だ。訓練でもするのだろうか。

「おーい。」

 声を掛けながら手を振ってみる。手を振ると体が揺れて、水面がちゃぷちゃぷと音を立てる。でも飛び立ったウィッチたちはこちらに気が付かないようで、そのまま上空を飛び越えて、北の方角に向かって行った。何だか飛んで行った人たちが、別世界の事のように思えてくる。長閑だ。まだ寒い季節なので鳥の声一つ聞こえず、風の音が止めばただただ静けさが支配している。

 

 温泉を十分に堪能して、芳佳たちは基地へ帰る。車を基地に着けて降りてみると、入り口には苦虫を噛み潰したような表情で、鈴内大佐が待っていた。

「あっ、鈴内さん、ただいま帰りました。」

 ちょっと顔色をうかがうような調子で芳佳が声を掛けると、鈴内大佐の表情がますます苦くなる。

「宮藤さん、一体どこへ行っていたんですか。」

「えっ、えーと、ちょっと温泉へ・・・。ほら、隊員たちの休養も大事だから・・・。」

「何を言っているんですか。大体司令官が黙っていなくなるとはどういうことですか。」

 これは言い訳のしようもない。温泉と聞いて、つい盛り上がって何も言わずに飛び出してしまった。

「いや、その、温泉があるって聞いて、つい何も言わずに出ちゃったんだよ。」

 そうは言ってみたが、参謀長に言えば止められると思って、こっそり出かけたというのが本当かもしれない。

「そんなことで部下に示しがつくと思っているんですか。大体不在の間にネウロイが出現したらどうするんですか。実際に出現して、エステルライヒ隊が迎撃に出たんですよ。」

 ああ、エステルライヒ隊が飛んでたのは、訓練じゃなくて実戦だったんだと、さすがに申し訳ないと思う。

「それは・・・、その・・・、ごめんなさい。でも、チェルマク少将もいるし、グラッサー中佐もいるし、大丈夫だったでしょう?」

「そういう問題ですか?」

「・・・、違います。ごめんなさい。」

 鈴内大佐は大きく嘆息する。この頃熱心に軍務に精励しているし、最前線で遊びに行く所もないと思って油断していたかもしれない。本当に油断のならない人だ。しかし、別にさぼろうと思ったわけでもなく、悪意があるわけでもなく、天然なのだから怒っても仕方がない面もある。ちゃんと反省したようだからよしとするしかないだろう。しかもこの突拍子もない行動力が、ネウロイと戦う力になっている面もあるのだから、余り縛り過ぎるのも良くなかったりもする。

「ちゃんと反省しましたか?」

「はい。」

「じゃあさぼった分、しっかり仕事してください。」

「はいっ。」

 芳佳はぴょんと背筋を伸ばすと、執務室に向かって駆けて行く。やっぱり憎めないなあと、苦笑を禁じ得ない参謀長だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話 ブダペスト攻略作戦会議

 シオーフォクを制圧して、次はいよいよブダペストの巣への攻撃となる。そこで、ザグレブのオストマルク軍総司令部で改めて作戦会議が開かれる。もちろん、芳佳も呼ばれて、チェルマク少将と鈴内大佐を連れて参加する。オストマルク軍総司令官のアルブレヒト・レーア上級大将が現れて会議が始まる。

「諸君、いよいよブダペストの巣への攻撃だ。最早春は目前で、ネウロイの活動は活発化しつつある。今この機会を逃せば、ブダペストの巣の破壊は困難となり、オストマルクの解放は難しくなる。そうならないために、一度の攻撃で巣を破壊しなければならない。相応の覚悟を持って作戦に臨んで欲しい。」

 レーア上級大将の指摘はもっともだが、オストマルクにあるネウロイの巣はブダペストだけではない。恐らく次に目標になるウィーンの巣と戦う時には既にネウロイの活動が活発化していて、全力でぶつかりあうことになるだろうから、春になってネウロイの活動が活発化しても勝てる作戦を考えなければならないのではないかとも思う。それはともかく、オストマルク軍総司令部ではどのような作戦を考えているのだろうか。

 

 レーア上級大将が再び口を開く。

「さて、ブダペストの巣を撃破する作戦だが・・・。」

 勿体をつけるように言葉を区切った後、レーア上級大将は視線を芳佳に向ける。

「宮藤司令官、この中でこれまでにネウロイの巣を破壊した経験があるのは貴官だけだ。だから、貴官に作戦を提案して欲しい。」

 どんな作戦が示されるのかと待ち構えていた芳佳としては盛大にずっこけるしかない。何だ、何も作戦は用意されていないのか。それで戦端を開くとか、無謀以外の何物でもない。しかしまあ、国を取り戻したいという必死な気持ちはわかる。ここはひとつ、即席の感は否めないが、作戦を提案してみよう。

「では作戦案を申し上げます。」

 総司令部に参集した将軍たちの視線が芳佳に集まった。

 

「作戦は、基本的にはダキアの巣を破壊した時と同じ方法を考えています。カールスラント軍が開発した地上戦艦ラッテを使って巣を攻撃します。現在ダキアからラッテを回送している所ですので、ラッテの移動が終わって整備ができたら作戦開始としたいと思います。」

 ラッテはカールスラント技術省が作り上げた秘密兵器だ。戦艦に搭載しているのと同じ28センチ連装砲塔を搭載している、重量1000トンの巨大戦車だ。これを使ってダキアのブカレストの巣を破壊した、実績のある作戦なので、参集した将軍たちからは異論は出ない。ところが、鈴内大佐が芳佳の袖を引く。

「宮藤さん、実は移動が間に合いません。元々重量があり過ぎて、長距離移動では度々走行装置に故障を生じているんですが、雪解けが始まってほとんど走行不能になりました。作戦には間に合いません。」

「えーっ? ラッテは来れないの?」

 言われて見れば、当然考えなければならなかった事態だ。そもそも、量産されている中では最大の、カールスラント軍のティーゲル重戦車は重量57トンだが、それでも長距離走行では走行装置の故障が多発することから、長距離の移動には鉄道貨車での輸送が原則になっている。それよりはるかに重いラッテが自走して移動するのには無理がある。だからといって、鉄道輸送しようと思っても、大き過ぎて積載できる貨車がない。総司令部にざわめきが広がる。もはやオストマルクの奪還は絶望なのだろうか。

 

「ちょっと連合軍総司令部に行って相談してきます。」

 芳佳の言葉に、安堵の声が広がる。いや、連合軍総司令部に相談しても、良い方法が見つかるとは限らないので、安堵するには早いのだが。しかし、居並ぶオストマルク軍の将軍たちの頼りなさはどうだろう。全部芳佳に頼りきりではないか。鈴内大佐はこの中では階級は高くないので黙っているしかないが、宮藤さんばかりに頼るなと叫び出したい気分だ。

 

 仕方がないので、芳佳は地中海方面統合軍総司令部に向かう。果して打開策は見つかるのだろうか。不安を抱えながら総司令部に着くと、もう3将軍は集まって芳佳を待っていてくれていた。

「モエシア方面航空軍団司令官の宮藤芳佳です。本日はお忙しい中お時間を取っていただきありがとうございます。」

 そう言って頭を下げる芳佳に、3将軍の一人でリベリオン陸軍のマーク・ウェイン・クラーク大将が明るく遮る。

「オーケー、そういう固い挨拶は抜きにしようじゃないか。知らない仲でもないんだし。」

 いつもながらこのリベリオンの将軍の気さくさには助けられる。無駄な緊張が一気に緩んだ。これもリベリオン流の部下統率術なのだろうか。新米司令官の芳佳にとっては、学びになることは多い。

「はい、ありがとうございます。実は、ブダペストの巣の攻撃に使おうとしたラッテが、長距離移動が困難で作戦に使えません。何か替わりになる強力な兵器はないでしょうか。」

 すると、カールスラント陸軍のハインリヒ・ゴットフリート・オットー・リヒャルト・フォン・フィーティングホフ・ゲナント・フォン・シェール上級大将が答える。

「ラッテが使えないか。ラッテに替わるものといえば、モンスターだな。」

 カールスラント軍はびっくりするような新兵器を生み出すことも多いが、呆れるような珍兵器を生み出すことも少なくない。それを意識して、クラーク大将が多少胡散臭げに尋ねる。

「何だい、そのモンスターっていうのは。」

「カールスラント技術省が開発中の巨大戦車、というか自走砲だ。口径800ミリの巨大カノン砲を搭載した自走砲で、ラッテを上回る破壊力を誇るものだ。」

 これは驚いた。ラッテでもありえない程の巨大戦車だというのに、それを上回る巨砲を積んだ戦車があるのか。もっとも、口径800ミリのカノン砲を搭載した列車砲なら以前から使われている。これは同じ砲を自走砲化したものだ。驚く芳佳を尻目に、クラーク大将が冷静な突っ込みを入れる。

「それは、どのくらいの大きさ、重さなんだい?」

「全長42m、全幅18m、重量は1500トンだ。」

「それはどうやって運ぶんだい?」

「最大時速10キロで自走する。」

「オー、1000トン戦車でも移動できないのに、1500トン戦車がどうやって移動するんだい?」

「それは・・・。」

 フィーティングホフ上級大将は黙ってしまった。

 

 他には何かないのだろうか。そこで芳佳はふと思い付いた。ブダペストの街は、街の中央をドナウ川が流れている。元々ブダペストは、ドナウ川西岸の街ブダと東岸の街ペストが合併してできた街だ。そのドナウ川は下流でモエシアとダキアの間を流れて、黒海に注いでいる。モエシアからダキアにラッテを運んだ時は、ラッテを浮きドックに乗せてドナウ川を越えたが、浮きドックに乗せてドナウ川を遡らせれば、ブダペストまで運ぶことができるのではないか。

「ラッテを浮きドックに乗せて、ドナウ川を遡らせて、ブダペストまで運んで攻撃に参加させることはできませんか。」

 これには、扶桑海軍の山梨征邦大将が答える。

「いいかね、浮きドックというのは川を遡るようにはできていないんだよ。仮にできたとしても、戦車というものは揺れる船の上からでは正確な砲撃はできない。とても有効な攻撃はできないだろう。」

「えっ? 駄目なんですか?」

「そりゃそうだよ。戦車というものはしっかりした大地の上で、停止してから撃たなければ当てられないんだよ。海軍陸戦隊にも戦車はあるから・・・、といっても宮藤君は陸戦隊の事は知らないね。」

 そう言われて見ると、戦車は必ず停止してから砲撃していたような気がする。

「でも、軍艦は海の上で揺れながら射撃しますよね? しかも全速で航行しながら。」

「それは、そういう前提で設計しているし、そういう条件で射撃する訓練を重ねているからね。」

 

 良い考えだと思ったのだが、残念ながらそうはいかないようで芳佳は落胆する。しかし、それならと思う。

「じゃあ、戦艦が川を遡って作戦に参加すればいいんじゃないですか?」

 しかしこれも山梨大将に却下される。

「戦艦は川を航行するようにはできていないんだよ。いくらドナウ川が大河だと言っても、戦艦は底がつかえて通れないんだよ。」

 それでもと芳佳は食い下がる。

「でも、ずっと以前に、大和がライン川を遡上して作戦に参加したことがあるって聞きました。」

「ああ、確かにそういう作戦をやったことがある。でもね、あれだってそのままでは底がつかえるから、舷側に巨大な浮きを付けて、吃水を上げて、相当な無理をして実現したんだよ。」

「じゃあ今回も浮きを付けて・・・。」

「あのね、ライン川に比べてドナウ川は底が浅い部分があるんだ。いくら浮きを付けても戦艦を通すことはできないんだよ。駆逐艦ぐらいなら通れるけれど、その程度の砲力では巣の破壊は難しいだろう?」

「・・・。」

 やはりだめか。どうやって巣を破壊したら良いのか、芳佳は途方に暮れる。

 

 ふと思いついたように、クラーク大将が言う。

「吃水が浅くて、大型の大砲を積んでいる軍艦があればいいのかい? ブリタニアがそんな船を持っていたんじゃないかな?」

 早速ブリタニア海軍の司令官が呼ばれる。

「吃水が浅くて、大型の大砲を積んだ艦ですか? 確かにありますね。ちょっと古い艦ですが、エレバス級モニター艦がそうです。排水量7,200トンで、戦艦と同じ38.1センチ連装砲塔1基2門を搭載しています。本来の目的は、沿岸砲台の破壊で、沿岸の浅海面に侵入できるように吃水を浅くしてあります。エレバス級の吃水は3.56mで、同クラスの主砲を搭載した、巡洋戦艦フッドの10.2m、戦艦キングジョージ5世の8.8mと比較して半分以下です。」

 戦艦と比較するのは無理があるが、それにしても吃水の浅さが際立つ。扶桑海軍で排水量が近い、例えば巡洋艦大淀は排水量8,164トンで吃水6.1m、巡洋艦加古は排水量8,700トンで吃水5.6mだ。駆逐艦秋月でも排水量2,700トンで吃水4.15m、駆逐艦夕雲でも排水量1,885トンで吃水3.76mと及ばない。まあ、元々の設計が基本的に違うので、比較する意味はあまりないのだが。

「エレバスとテラーの2隻がありますので、2隻とも参加させるようにします。あと、護衛には駆逐艦サウスウォルドとテットコットを付けましょう。」

 これは凄い。2隻合せて38.1センチ砲が4門だ。ラッテの28センチ砲2門よりはるかに強力だ。護衛に付けるという駆逐艦は、ハント級護衛駆逐艦で、10.2センチ連装砲3基6門を搭載している。この艦も吃水2.29mと浅く、今回の任務に好適だ。

 

 クラーク大将が付け加える。

「リベリオンからも護衛艦を出すことにするよ。駆逐艦リチャード・M・ローウェルとシェルトンの2隻だ。」

 この2隻は、ジョン・C・バトラー級護衛駆逐艦で、12.7センチ砲を2門搭載している。吃水は3.0mだ。対抗するように山梨大将も言う。

「それなら扶桑海軍からも護衛艦を出そう。黒海に来ている第21海防隊の海防艦第194号と第198号だ。」

 この2隻は丁型海防艦で、12センチ砲2門を搭載している。吃水は3.05mだ。これら護衛艦の砲は軍艦の砲としては小型だが、陸軍の砲で言えば重砲に該当する、強力な砲だ。陸軍ではなかなか用意できない強大な火力が加わったと言える。

 

 何とかなるものだ。これだけの戦力が加われば、巣の破壊も不可能ではないだろう。芳佳の使命は、これらの艦隊を、巣に接近して砲撃、破壊するまでいかに守り抜くかということになる。これだけの戦力を出してもらうのだから頑張らなくっちゃと、芳佳は決意を新たにする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話 決戦、ブダペスト攻略戦1

 いよいよブダペスト攻略作戦の開始だ。シャーメッレーク基地では、出撃を前にしてグラッサー中佐が最終確認をしている。

「最初の出撃は今回もハンガリー隊とスロバキア隊だ。他の部隊は状況に応じて順次交代、、または増援に出撃してもらうので、基地で待機だ。戦闘で弾薬を消耗した場合は、前進基地のシオーフォク基地に燃料、弾薬を集積してあるので、シオーフォク基地で補給を行うこと。なお、シオーフォク基地ではユニットの整備はできるが、修理が必要な場合はシャーメッレーク基地まで戻って来ること。」

 グラッサー中佐の説明は、既に全員確認済の内容の繰り返しだが、出撃前となるとわかっている事でも神妙に聞いている。

「質問はないか。」

 この期に及んで質問はない。各隊の隊長が小さく肯いて問題ないことを確認する。

 

 横に座っている芳佳は、ついこの間まで指揮命令は全部自分でやっていただけに、こうして黙って座って聞いているのは何となく居心地が悪い。隣に座っている鈴内大佐にそっと話しかける。

「ねえ、わたしこうやって黙って座ってるだけでいいのかな?」

 鈴内大佐は、さも当然といった風で肯く。

「いいんです。司令官というものは黙って部下のやることを見ていればいいんです。何か問題があれば意見すればいいんです。」

 芳佳ももちろん頭では分かっている。でもそれとこれとは別で、どうにも落ち着かない。

「じゃあ、書類のチェックでもやっていようかな。」

「何を言っているんですか。これから作戦という時に、司令官が部屋に籠ってどうするんですか。どっかりと座って、部下たちの働きを見守っていなければいけません。」

「うう、そうなんだけどね・・・。」

 芳佳はそもそもじっとしていること自体あまり得意ではない。

 

 チェルマク少将は芳佳を横目で見ながら、複雑な心境でいる。ネウロイの巣との決戦を前にして、自分は胃が締め付けられるような感じがしているのに、泰然自若としていられるのはやはり実戦経験の差から来るものなのだろうか。同じ少将といっても大差を感じる。この前の司令部での会議でも、自分は一言も発言できなかったのに、芳佳は統合軍総司令部トップの将軍を前に、何ら臆することなく積極的に意見を戦わせていた。しかもその内容は、ウィッチ隊の運用に関することだけではなく、他の戦力の活用に及んでいて、知識の幅の大きさはどうだろう。そしてこの若さだ。もはや定年も近い身からすると、その若さだけでも嫉妬してしまう。人生経験は遥かに長いのに、それだけ経験も多いのに、だからといって第一次ネウロイ大戦の経験など持ち出しても、相手にはされないだろう。新しい知識や新しい戦術をどんどん吸収してどんどん伸びて行く若い力には、古い知識と古い考え方に凝り固まっている自分は、どんどん引き離されていくばかりだ。いや、決戦を前にしてこんなに後ろ向きの気持ちになってはいけないと思うもが、やはり若い子は眩しいし羨ましい。

 

 グラッサー中佐が命じる。

「出撃!」

 それに応じて、ハンガリー隊とスロバキア隊のメンバーが駆け出して行く。グラッサー中佐は腕を組んで仁王立ちといった風で、そして険しい表情で出撃して行く隊員たちを見送る。その姿勢も表情も、実は内心の動揺を周囲に悟られないためのものだ。正直な所、グラッサー中佐の不安は大きい。前回の攻勢作戦では、巣を攻撃するどころか、出現してきた多数のネウロイのために、巣のずっと手前で撤退を余儀なくされている。今回もそうなるのではないか、あるいはネウロイを撃破して巣に迫ったとしても、強大な巣を前にまたしても攻撃は頓挫してしまうのではないだろうか。巣との戦いは苛烈を極めると聞いているので、攻撃が頓挫するだけで済まず、作戦を再興するのが不可能なほどの損害を出してしまう恐れもある。その責任は自分の双肩にかかっているのだと思うと、不安に押しつぶされそうになる。でも、指揮官が不安を見せれば隊員たちの士気にかかわるので、あくまで強気を装わなければならない。チェルマク少将はともかく、黙って見ている扶桑の司令官にどう評価されるかも気になる所だ。指揮官とは孤独で辛いものだと身に沁みる。

 

 出撃したハンガリー隊とスロバキア隊は、やがて眼下に轍を残して前進する地上部隊を見て、そしてさらに前に、全部隊の先頭に出る。この先は周囲全て敵の領域だ。デブレーディ大尉が、ヘッペシュ中佐に尋ねる。

「中佐、今回はネウロイとの戦い方はどうします?」

 ヘッペシュ中佐の答えは明快だ。

「見敵必殺、突撃あるのみだよ。」

「了解!」

 デブレーディ大尉は明るく、元気良く応じる。前の戦いで撃墜されて重傷を負ったことなど忘れたかのようだ。それを聞いて、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉は、また大損害を受けるのではないかと不安を覚える。あまり、前回の教訓を生かそうとしているようには見えない。しかし、2人しかいないスロバキア隊としては、指示に従って突撃する以外にない。

 

 そんな所へ通信が入る。

「電探に感あり。飛行型ネウロイ接近中と見られる。」

 全員さっと機銃を構え直すと、それぞれに射撃準備をする。改めて試射する者もいる。いつでも来い、と思いながら進むと、程なく接近するネウロイが見えてきた。どうやら小型ばかりのようで、数はおよそ20。この程度なら十分勝てる。

「突撃!」

 ヘッペシュ中佐の号令と共に、各員一斉に加速してネウロイめがけて突撃する。ネウロイがビームを撃ってきた。隊員たちは巧みにビームを回避しながら突入し、ネウロイを射程に補足すると銃撃を浴びせかける。機銃の発火炎が光り、硝煙の臭いが鼻を突く。ネウロイのビームの光が目を刺し、砕け散った破片の煌めきに目が眩む。そんな空戦場を縦横に飛び回り、隊員たちは1機、また1機とネウロイを撃ち落とす。前回の戦いでは、100機以上の小型ネウロイの群れに圧倒されたハンガリー隊だが、今回はネウロイの数が少ないこともあって、着実に圧倒して行く。やがて、空を飛び回るのはウィッチだけになった。

 

「集合、集合。」

 ヘッペシュ中佐の指示に、隊員たちが集合してくる。ざっと見回してみるが、被弾した者はいないようだ。

『今回は圧勝だね。』

 ヘッペシュ中佐の言葉に、隊員たちが嬉しそうに目を輝かせる。そう、自分たちは強いんだ、ネウロイなんかに負けないんだ、そんな自信が伺える。幸先は良い。ハンガリー隊とスロバキア隊は編隊を組み直すと、再び前進を始める。

 

 程なく再び通報が入る。

「電探基地より。ネウロイ接近中。」

 またネウロイの出現だ。隊員たちは緊張感を持って、ネウロイの来る方角を監視する。

『電探のおかげで、ネウロイの接近が予めわかるからいいよね。』

『そう、奇襲される心配がないからね。』

 デブレーディ大尉とケニェレシュ曹長がそんなことを言っているが、ヘッペシュ中佐が釘を刺す。

『あんまり電探に頼り過ぎちゃだめだよ。低空を侵入するネウロイは電探にかからないから、電探があっても見張は重要だよ。』

 そう言われて、ケニェレシュ曹長は慌ててきょろきょろと下を見回す。大丈夫、低空を密かに侵入してくるネウロイは見当たらない。

『それに、電探じゃあネウロイの数や大きさはわからないからね。』

 そう注意するヘッペシュ中佐に、モルナール少尉が尋ねる。

『ネウロイの数が多かったり、大型だったりしたらどうするんですか?』

 ヘッペシュ中佐の答えは簡単だ。

『どんなネウロイが来ても撃滅するだけだよ。』

 まあそうだが、一抹の不安を感じないではない。

 

「ネウロイを視認しました、大型が1機です」

 ハンガリー隊のやや緊張感に欠ける雑談を余所に、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉が生真面目に報告する。ヘッペシュ中佐も歴戦の指揮官だ。さっと戦闘指揮モードに切り替える。

「ロッテ毎に連続して攻撃して装甲を削る。ポッチョンディ隊は右、デブレーディ隊は左、スロバキア隊は後方に回り込んで攻撃。私は正面から行く。」

「了解!」

 各隊さっと攻撃位置に散る。正面から大型ネウロイに向かうヘッペシュ中佐がまず接近すると、ネウロイは多数のビームを集中してくる。やはり大型ネウロイの攻撃は強力だ。ヘッペシュ中佐は右に左にビームを回避しながら接近を続けるが、とても回避しきれず、シールドを開く。シールドに連続して当たるビームに阻まれて、銃撃距離まではとても接近できない。

 

 右側に展開し上方に位置を取ったポッチョンディ大尉とモルナール少尉は、直ちに突撃する。ネウロイのビームは正面のヘッペシュ中佐に集中していて、一歩遅れて突入するポッチョンディ大尉たちに向かって来るものはわずかだ。大型ネウロイは、中心線に沿って縦に厚く、両側に翼状に広がる部分は薄い、一見すると飛行機にも似たような形状だ。ただ、飛行機にしては前後が短く、何より尾翼に相当する部分を欠いており、どうやって飛行を制御しているのか謎の形状をしている。それ以前に、明確な推進装置を欠いており、飛んでいること自体が謎だ。こんな謎に満ちた敵ではどう戦えばよいのか悩んでしまう所だが、悩んでみても仕方がない。今はただひたすら肉薄して機銃弾を撃ちこむことだけを考えれば良い。その大型ネウロイが眼前に迫る。

「撃て!」

 ポッチョンディ大尉の号令と共に、二人は引き金を引きっ放しにして、ネウロイの胴体部分に機銃弾を浴びせかける。次々命中する機銃弾に、ネウロイの装甲から細かい破片が霧のように舞い散る。あっという間にネウロイの上を通り過ぎ、二人はぐっと引き起こして上昇に転じる。遅まきながら狙いを変えたビームが背後から集中し、背後に展開したシールドに次々当たる。入れ替わるように反対側から突入してきたデブレーディ大尉たちが銃撃を浴びせかけ始めた。

 

 スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長がネウロイ後方に回り込んだとき、丁度デブレーディ大尉たちがネウロイの右側から銃撃を浴びせかけながら、こちらに向かって来るのが見えた。銃撃はネウロイの胴体部分に着弾し、装甲の破片が飛び散っている。しかし、装甲はなかなか固く、ネウロイの反撃はあまり衰えを見せていない。退避するポッチョンディ大尉たちを追っていたビームが、さっと向きを変えてデブレーディ大尉たちを狙う。デブレーディ―大尉たちはシールドを展開し、ビームに追われるように退避して行く。それでも反復攻撃を繰り返せば、いずれは撃破できそうにも思うが、もう少し何とかならないだろうか。ゲルトホフェロヴァー中尉はふと思い付く。

『イダニア、翼状部分の先端を狙うよ。』

『うん、左右どっち?』

『じゃあ、左。』

『了解!』

 多分コアは胴体部分にあるだろうが、薄くなっている翼の先端部分を狙えば、ある程度大きく破壊できて、ネウロイの姿勢を崩せるかもしれない。そう考えて、翼状部分の先端を狙って突入する。銃撃を集中すると、ばりばりと破片が飛び散ったかと思うと、ばきっと音を立てたような気がして、先端から4分の1くらいの位置で翼状部分が折れた。

『やった、狙い通り!』

 退避しながら振り返って見ると、折れた衝撃でバランスを崩したようで、ネウロイが大きく傾いているのが見える。ビームは、数は大して減っていないが、傾いたことでさっきまでの様に誰かを狙って集中することができなくなったようで、ばらばらに周囲に撒き散らされている。

 

「今だ! 突撃して!」

 ヘッペシュ中佐がそう叫びながら突入する。ポッチョンディ大尉たちも反転して突入する。続いてデブレーディ大尉たちが反転し、ゲルトホフェロヴァー中尉も反転する。各隊次々に突入し、ネウロイの胴体部分に銃撃を集中する。連続する銃撃に、装甲が見る見る削られて、装甲がはぎ取られるように大きな破片が飛んだ。その下から赤い光が漏れる。

『コアだ!』

 ゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長は、銃撃をコア付近に集中する。コアを覆う装甲が見る見る削られて、コアが大きく露出する。次の瞬間、コアが砕けた。コアが破壊されれば、大型ネウロイも最後だ。大きな音を立てて、全体が崩壊する。

「大型ネウロイ破壊。」

 ヘッペシュ中佐が本部に向けて送る通信が、インカムから聞こえてくる。何となく、張りのある声に誇らしげな響きが感じられる。この調子だ、この調子でネウロイの巣まで一気に攻め込むんだ。ゲルトホフェロヴァー中尉の胸も高鳴る。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話 決戦、ブダペスト攻略戦2

 ネウロイの反撃はなお続く。早くも次のネウロイが出現した。

「ネウロイ発見! 大型です! 4機もいます!」

 部隊に動揺が走る。ハンガリー隊5名、スロバキア隊2名の合計7名で、大型ネウロイ4機を相手に勝てるのだろうか。さっきのような攻撃で、1機ずつ撃破して行くしかないだろうが、4機は明らかに編隊を組んで向かって来ており、攻撃している間他の大型ネウロイが黙って見ているとは思えない。こんな時どうやって戦えばいいのか、誰も経験がない。ヘッペシュ中佐が本部に連絡する。

「大型ネウロイ4機が編隊を組んで襲来しました。指示をください。」

 

 シャーメッレーク基地では、報告を受けたグラッサー中佐が、どう対処するか判断を迫られていた。

「大型4機か・・・。」

 巣への攻撃ともなると、複数の大型ネウロイが同時に攻撃してくることもあるとは予想していたが、いざ出て来るとやはり緊張する。これまでの知識や経験では、確実に勝てる方法はわからない。ただ、今前線にいる戦力だけでは足りないことは明らかだ。グラッサー中佐は通信機を取る。

「増援部隊を送るから、それまでは監視していてくれ。」

「監視ですか? 進行を遅らせるための攻撃はしませんか?」

「消耗を避けたい。増援部隊と合流するまでは、戦闘は極力避けてくれ。」

「了解しました。」

「ネウロイが編隊を組んだままでは撃破は難しいだろうから、編隊を崩して、各個撃破する方法を考えてくれ。」

「・・・、了解しました。」

 ヘッペシュ中佐からの応答に少しの間があった。ヘッペシュ中佐も編隊を崩せと言われても、どうすれば良いのか考えあぐねているのだろう。

 

 グラッサー中佐は無線を切って振り返る。

「シャル大尉、エステルライヒ隊出撃だ。」

 待ってましたとばかりに、シャル大尉はぴょんと跳ねるように立ち上がる。その時、それまで黙って見ていた芳佳が声を掛ける。

「エステルライヒ隊も良いけど、ここは抜刀隊にしてもらえるかな。」

 視線を移したグラッサー中佐に、芳佳はにこっと笑いかける。しかし、自分の指示を遮られたグラッサー中佐としては面白くない。

「どうしてですか? エステルライヒ隊では力不足だとでも言うんですか。」

 同じカールスラント人として、エステルライヒ隊を実力不足と見られるのは不満だ。それに、自分の指揮が不適切だと言われたようにも感じる。確かに、シオーフォクの戦いで抜刀隊の実力の程は見せつけられたが、だからといってエステルライヒ隊では無理ということにはならないだろう。

 

 むっとした表情を見せるグラッサー中佐に、芳佳は困ったなと思う。命令して従わせるのは簡単だが、それでは不満が残って肝腎の時に不都合の元にならないとも限らない。何とか機嫌良く、任務に当たってもらいたい。

「ええとね、力不足とかじゃなくて、ここは抜刀隊に行ってもらった方がいいと思ったんだよね。」

 グラッサー中佐は相変わらず不満気な様子を残している。

「なぜですか?」

 今回現れた大型ネウロイは比較的よく出現するタイプで、多分中央を真二つに斬り裂けば瞬殺できる。茅場と桜庭と望月に扶桑刀で斬らせれば、一瞬で残り1機になる。久坂の薙刀か、高田の槍を同時に使えば、4機なら一度に瞬殺できるが、薙刀や槍を持って行かせると、機関銃を一緒に使うのが難しくなるので、まあ避けた方が無難だろう。残り1機にしてしまえば後はどうとでもなる。しかし、そう説明してもグラッサー中佐の不満は解消されないだろう。芳佳はグラッサー中佐に納得してもらえそうな、もっともらしい説明を考える。

「ここでエステルライヒ隊に出てもらうと、ブダペストに到達するまでに消耗して、肝腎の巣への攻撃に参加してもらえなくなるじゃない。だからエステルライヒ隊の出撃はもう少し後にした方がいいと思うんだ。」

 

 芳佳の説明にグラッサー中佐ははっとする。そうか、この司令官は、巣への攻撃の時にはエステルライヒ隊がなくてはならないものと、そのように高く評価してくれていたのか。エステルライヒ隊を力不足と見られたのかと、そんな受け取り方をしたことを恥ずかしく思う。

「失礼しました。そういうお考えとは気付かず、変な受け取り方をして申し訳ありません。」

 そんなグラッサー中佐に、芳佳あくまで鷹揚だ。

「ううん、別に謝るほどの事じゃないよ。戦闘中は誰でも気が立っているしね。」

 言われて見ればそうだとグラッサー中佐は思う。巣との戦いを指揮する緊張感で、気が立っていたのだと思う。そんなことではいざという時に思考が硬直して、適切な判断ができないことになる。さすがに百戦錬磨の司令官は、戦場の心理をよく理解している。

「ありがとうございます。もう少し冷静さを維持できるように心がけます。」

 もっとも、実際には芳佳はそこまで考えていたわけではない。

 

 抜刀隊が格納庫に集合し、出撃準備を整える。芳佳が出撃を見送りに行ってみると、久坂が薙刀を、高田が長槍を持っている。薙刀や長槍は、扶桑刀の様に使わない時は背負っているというわけには行かないので、これでは機関銃が使えない。

「あれっ、陽美ちゃん、尚栄ちゃん、機関銃を持って行かないの? 駄目だよ、それじゃあ小型ネウロイが大量に出てきた時に対処できないよ。」

 抜刀隊隊長の茅場大尉が、困った様子で答える。

「私もそう言ったんですけれど、得意な武器で戦いたいって言って聞かないんです。」

 久坂が訴える。

「お願いです。巣との決戦なんですから、得意な武器で思う存分戦わせてください。」

 高田も同じ思いだ。

「機関銃だけだと、大型ネウロイが出てきた時に支援しかできません。わたしも全力で戦いたいんです。」

 気持ちはわかるが、芳佳の立場では様々な状況への対処を考えないわけにはいかない。

「うん、そうさせてあげたい気持ちもあるんだけど、どういう状況になるかわからないからね。不利な状況になって怪我されたくないし。」

 

 そこへ、グラッサー中佐が意見する。

「差し出がましいようですが、短機関銃を持って行ったらどうですか?」

「短機関銃?」

 扶桑では、短機関銃は陸軍が開発して装備しているが数が少なく、海軍では輸入したものを陸戦隊が少数装備している程度なので、芳佳にはなじみがない。

「威力は劣りますが小型軽量なので、携行するにも邪魔になりませんし、反動も小さいので片手でも大丈夫です。」

 そう言ってカールスラント製の短機関銃MP-40を持って来させる。なるほど、扶桑海軍標準装備の99式2号2型改13ミリ機銃が全長1,883㎜、重量37㎏あるのに対して、全長845㎜、重量4㎏とはるかに小型軽量だ。折り畳めば全長625㎜とさらに携行しやすくなる。カールスラントのウィッチは、メインの武器が故障した時の予備として持って行く場合が多いという。

「威力は限定的ですが、小型ネウロイ相手なら結構使えます。」

「うんわかった。じゃあ陽美ちゃん、尚栄ちゃんこれを持って行って。」

「はい!」

 二人はMP-40を装備すると、にこにこしながら出撃準備を整える。

「発進!」

 茅場大尉の命令一下、抜刀隊は大型ネウロイの殲滅に向かう。

 

 抜刀隊が応援に向かっている頃、ハンガリー隊とスロバキア隊は大型ネウロイの編隊と対峙していた。グラッサー中佐からは遅滞のための攻撃はしなくて良いと指示されているが、可能なら遅滞させられて方が良いし、どうやって編隊を崩すか、少しあたりを付けておいた方が良い。試しに、ポッチョンディ大尉とモルナール少尉が接近する。途端に4機の大型ネウロイが一斉にビームを放ってきた。凄まじい量のビームだ。大型ネウロイは1機だけでもハリネズミのように多数のビームを放って来るが、それが4機も一斉に攻撃してくるのだ。とてもじゃないが、ビームを掻い潜って接近することなど覚束ない。ポッチョンディ大尉たちは、シールドでビームを防ぎながら、ほうほうの体で逃げて来る。

「中佐、これじゃあ攻撃どころか近付くこともできませんよ。」

「うーん、そうだね。困ったな、どうやって編隊を崩そうか。」

 これでは多少の応援部隊が来ても、まともに攻撃できない。1機ずつ集中して反復攻撃をかけたいところだが、近付くことも難しいのでは、どうしようもない。このまま大型ネウロイの編隊が進んで地上部隊と遭遇することになれば、ビームの雨を降らされて地上部隊が壊滅することにもなりかねない。ヘッペシュ中佐の表情に、焦りの色が浮かんでくる。

 

「扶桑の抜刀隊です。応援に来ました。」

 抜刀隊が到着し、茅場大尉からの連絡が入っても、ヘッペシュ中佐の苦悩は晴れない。

「応援感謝します。ただ、まだ攻撃方法の手掛かりがつかめていないので、少し待機してください。」

 ところが茅場大尉からの応答は意外なものだ。

「攻撃は我々が行いますから、支援をお願いできますか。」

「いいけど・・・、どうやって攻撃するの?」

「まず、前に出ている2機に、左右から牽制攻撃をかけてビームを引き付けてください。その間に前の2機を同時攻撃して、さらに直後に後ろの2機を攻撃します。」

 ヘッペシュ中佐にはどうもよくイメージできないが、茅場大尉は自信に満ちているようなので、ここは言う通りにしてみよう。

「了解。我々は牽制攻撃を行います。」

 

 ヘッペシュ中佐の了解を貰って、茅場大尉は隊員たちに指示する。

「まず前の2機を私と桜庭中尉が攻撃する。後ろの2機からの攻撃は私たちに集中するだろうから、そのタイミングで望月軍曹と久坂曹長が後ろの2機を攻撃する。高田軍曹と小山軍曹は牽制に加わって。」

「えー、わたし牽制ですか? 折角槍持ってきたのに。」

「そう言わないで。まだ腕を振るってもらう機会は幾らもあるから。」

「はぁい。」

 さすがに戦闘場面になっては、高田もそんなにわがままは言わない。高田はMP-40短機関銃を構えると、小山と共にハンガリー隊に合流する。

 

「攻撃開始!」

 ヘッペシュ中佐の号令と共に、各隊分散して前列の2機の大型ネウロイめがけて突入する。対する大型ネウロイは、各方向にビームを放ってウィッチたちを迎え撃つ。さらに、後列の2機の大型ネウロイまでビームを放って来るからもう無茶苦茶にビームが飛んで来る。その縦横に飛び交うビームの中を、遮二無二潜り抜けて銃撃を加える。そんな中では銃撃の効果は大して上がらず、ビームを防ぐだけでも精一杯だ。ただ、背後から不意に撃たれたりしないのだけが救いだ。

 

 しかし、そうしてネウロイのビームが散った隙を突いて、茅場と桜庭が大型ネウロイに肉薄する。前列より後列の大型ネウロイの方がやや高度を取っているので、前列の後列の大型ネウロイから死角になるように、やや低い位置から上昇しながら肉薄して行く。牽制している各隊にビームが集中しているため、向かって来るビームはわずかだ。茅場は背中の扶桑刀をすらりと抜く。幕末の名刀の勝村徳勝で、強靭さと大業物に匹敵するような斬れ味に定評がある。茅場は魔法力を纏った扶桑刀を上段に振り上げると、気合一閃斬り付ける。大型ネウロイの底を舐めるように飛行しながら斬り裂けば、魔法力の光が大型ネウロイを縦断する。さっと振り抜けば両断されたネウロイは、鮮やかな光を放つとばらばらに砕け散る。

 

 直後、後続の大型ネウロイが多数のビームを集めた強力なビームを茅場めがけて放つ。反射的に開いたシールドに、強力なビームが直撃すれば凄まじいほどの打撃が襲う。茅場は歯を食いしばってそれを凌ぐ。

「きゃあっ!」

 近くで悲鳴が聞こえた。同じように後続のネウロイから強力なビームを浴びせかけられた桜庭が、打撃を支えきれずにシールドごと弾き飛ばされたのだ。

「桜庭さん!」

 叫ぶ茅場だが、強力なビームを支えるだけで精一杯で、とても助けることなどできない。弾き飛ばされた桜庭の背後には、今しも砕け散ったばかりの大型ネウロイの破片が渦巻いている。ネウロイの破片も崩壊が進めば光る砂のようなもので大したこともないが、崩壊を始めたばかりの破片は大きく、硬く、そして鋭い。その中に飛び込んでしまってはたまらない。しかし、正面からのビームを防いでいるので、背後にシールドを張ることもできない。鈍い打撃音とともに鮮血が迸る。

 

 その直後、二人を飛び越えて望月と久坂が大型ネウロイの前に躍り出る。

「たあっ!」

 久坂の薙刀が旋風を巻き起こして大型ネウロイに喰らい付く。

「やあっ!」

 望月の扶桑刀の斬撃が大型ネウロイの装甲を斬り裂いた。

 紫電一閃、大型ネウロイは無数の破片を振り撒いて空に散る。

 

「桜庭さん!」

 雪のように舞い散るネウロイの破片の中で、茅場は落ちて行く桜庭を追う。ようやく追いついて受け止めれば、桜庭は背中に深い傷を負って重態だ。

「望月さん、基地まで運んで!」

「はいっ!」

 望月が桜庭を抱きかかえて飛んで行く。その後ろ姿を見送りながら、大型ネウロイの撃滅に成功はしたものの、無傷では済まなかった。

「ちょっと損害を出すには早すぎたかな。」

 そう呟く茅場の胸に苦いものが込み上げる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話 決戦、ブダペスト攻略戦3

 前線で激しい戦闘が続く中、ケストヘイの電探基地から通報が届く。

「エステルライヒ境界の、ソンバトヘイ北西方向にネウロイ出現。」

 出現位置からすると、これはウィーンの巣から出現したものではないか。ブダペストの巣への攻撃に戦力を集中している隙に、ケストヘイを攻撃しようとしているのなら一大事だ。グラッサー中佐が、マリボル基地を拠点にエステルライヒ方面の警戒を行っているクロアチア隊、セルビア隊に呼びかける。

「グラッサーだ。マリボルから哨戒中の隊は応答せよ。」

 幸いすぐに応答が返ってくる。

「ゴギッチです。現在セルビア隊が哨戒中です。」

「ソンバトヘイ北西にネウロイ出現との電探情報だ。直ちに急行して確認し、可能なら撃破せよ。」

「了解。」

 これでひとまず対処はできた。グラッサー中佐は、セルビア隊で対処できない程の強敵でないことを祈りつつ報告を待つ。

 

「セルビア隊のゴギッチです。ネウロイを確認しました。大型が1機で、ケストヘイ方向に向かって飛行中です。」

 ゴギッチ大尉の通報に、グラッサー中佐は重大な判断を迫られる。セルビア隊だけでは大型ネウロイを撃破するのは無理だろう。マリボル基地に待機中のクロアチア隊を出して迎撃したいところだが、それだけで確実に撃破できるか不安が残る。もしも撃破できずにケストヘイが襲撃されることになったら、作戦の継続は困難になってしまう。エステルライヒ隊を出せば、大型ネウロイ1機ならまず確実に撃破できるが、ここでエステルライヒ隊を出してしまうと、行って、撃破して、帰還して、再整備が終わるまでは次の出撃はできない。もしその間に前線に強大なネウロイの攻撃があっても、その間は応援に出せないことになる。ここでの決断次第で、作戦の成否が分かれることになるかもしれないのだから、責任は重大だ。

 

 チェルマク少将が口を開く。

「何が起きるかわからないから、エステルライヒ隊は待機させておきたいですよね。」

 確かにそうだ。いざという時に出せる部隊が手元にないのはまずい。グラッサー中佐がそう思ったところへ、芳佳が口を挟む。

「それもそうだけど、できればなるべく短時間で確実に撃破したいよね。前線で何かあっても、まだチェコ隊とポーランド隊がいるしね。」

 芳佳の意見は正反対だった。上官二人の意見が分かれると、グラッサー中佐としてはさらに判断に迷うことになる。しかし、実戦経験は芳佳の方が圧倒的に豊富だ。ここは経験豊富な芳佳の意見に従っておきたい。幸い、芳佳の方が地位が上なので、チェルマク少将の意見を採用しなくても、そんなに角は立たないだろう。もっとも、そんなことを根に持ったりするチェルマク少将ではないが。

「宮藤司令官のご意見に従い、エステルライヒ隊を出します。」

「うん。」

 芳佳の了解を得ると、グラッサー中佐はエステルライヒ隊に出撃を命じる。

「シャル、出撃だよ。」

「待ってました。」

 待機していたシャル大尉は、ひょいと敬礼すると走り出す。

「エステルライヒ隊出撃!」

 程なくシャル大尉以下4名のエステルライヒ隊が大型ネウロイ迎撃に飛び立つ。

 

「大型ネウロイ発見!」

 出撃したエステルライヒ隊は大型ネウロイを発見した。距離を取って監視しているセルビア隊の二人の姿も見える。シャル大尉は早速攻撃を指示する。

「ゴギッチ大尉、わたしたちは右側から攻撃するから、セルビア隊は同時に左側から攻撃して。」

 

 ゴギッチ大尉にしてみれば、自分は一隊の指揮官で、シャル大尉とは同じ階級で、自分の方が年上なのだから指示されるのには納得が行かない所もある。しかし、じゃあ自分が大型ネウロイへの攻撃を的確に指揮できるかと言われれば自信がない。

『まあ、オストマルクではやっぱりカールスラント人が支配階級だしね。』

 そんなことを呟いて自分を納得させる。シャル大尉はもう反対側に回って攻撃を始めようとしている。遅れてはいられない。

『ミリツァ、ついてきて。』

『うん。』

 

 ゴギッチ大尉はセミズ軍曹を連れて、ネウロイに向かって左側やや前上方から大型ネウロイめがけて突入する。大型ネウロイはすぐに猛烈な勢いでビームを浴びせかけてくる。右へ、左へ、ビームをかわしながら接近して行くが、とても全部をかわし切れるものではない。さっと展開したシールドに、ビームが当たって飛び散る。

『テオドラ、とっても近付けないよ。』

 セミズ軍曹が悲鳴のような声を上げる。実際、次々飛んで来るビームに、ゴギッチ大尉もシールドで防ぐのがやっとで、ビームの間を縫ってさらに肉薄するのはちょっと難しい。

『ミリツァ、ちょっと遠いけど銃撃するよ。』

『うん。』

 ゴギッチ大尉はビームをシールドで防ぎつつ、銃撃を浴びせながら大型ネウロイとすれ違う。やはり距離があるのでネウロイにはあまり打撃を与えられていないようだ。ただ、ビームを引き付けて、エステルライヒ隊が攻撃するのを支援する役には立っているから、それで良しとすべきだろう。そもそも、セルビア隊は大型ネウロイを撃破した経験はもちろん、交戦した経験すらほとんどない。

 

 向こう側からはシャル大尉とシュトラッスル准尉が突入して来ている。こちらと同じように激しいビーム攻撃を受けているが、一体どうやっているのか、ほとんどシールドを使わずに、ビームの間をすり抜けて見る見る大型ネウロイに肉薄して行く。十分接近したところで銃撃を浴びせかけ、ネウロイの表面から破片が飛び散るのが見える。どうやってあんなに接近するんだろうと、ゴギッチ大尉は舌を巻く。

『カールスラント人って凄いね。どうやったらあんなに接近できるんだろう?』

『うん、凄いね。まるでビームがよけてるみたい。』

 別にカールスラント人だから凄いわけではない。オストマルク出身のカールスラント人ウィッチの中でも、格別の技量を持ったメンバーを集めたから凄いのだ。でも、ゴギッチ大尉はそんなことは知らない。

 

 間髪を入れず、シュトッツ中尉がボッシュ軍曹を連れて突入してくる。やはり至近距離まで肉薄すると、ボッシュ軍曹が猛然と銃撃を浴びせかける。ひときわ大きく破片が飛び散った。

『何? あれ。使ってる武器が違うのかな?』

 ゴギッチ大尉が驚くのも道理で、ボッシュ軍曹は大型ネウロイ攻撃用に30ミリの大口径機関砲で攻撃しているのだ。そして、シュトッツ中尉とボッシュ軍曹が攻撃を終えると、素早く回り込んできたシャル大尉たちが間髪を入れずに銃撃を浴びせる。大型ネウロイの装甲が破壊された部分に正確に銃撃を浴びせかけ、確実に装甲を削って行く。着かず離れず銃撃を続けているゴギッチ大尉だったが、エステルライヒ隊の強烈な攻撃に目を奪われ、危うくビームをかわし損ねそうになる。

 

 ボッシュ軍曹の機関砲が再び火を噴くと、コアまで達したのだろう、ガラスが砕け散るような音を立てて、大型ネウロイが崩壊した。シャル大尉の送る通信が聞こえてくる。

「大型ネウロイ撃墜。エステルライヒ隊は帰還します。」

「ご苦労、セルビア隊は引き続き哨戒を続けてくれ。」

 エステルライヒ隊の見事な攻撃に目を奪われていたゴギッチ大尉は、本部からの通信に我に返って、慌てて応答する。

「り、了解しました。セルビア隊は哨戒に戻ります。」

 ふう、と一つ息を吐いて、ゴギッチ大尉は思う。直接見たことはなかったけれど、エステルライヒ隊の攻撃力は凄い。そして、変に突っ張って、シャル大尉に指図されるいわれはない等と言わなくて良かったと、胸をなでおろすのだった。

 

 

 一方、エステルライヒ隊がウィーンからの大型ネウロイと交戦している頃、前線には新手のネウロイが出現していた。大型ネウロイは1機だけだが、厄介なことに小型ネウロイが30機ばかり、前衛の様に展開して一緒に向かって来る。しかも、大型ネウロイは比較的よく出現するタイプとは別のタイプで、紡錘形の太い胴体に、尾部に小さな翼状の部分が付いている、大型爆弾のような形状のタイプだ。胴体が太い分、装甲を削ってコアを露出させるのに手間がかかりそうだ。ヘッペシュ中佐が、本部にネウロイ出現を通報する。

「ハンガリー隊のヘッペシュです。大型ネウロイ1、小型ネウロイ約30発見。」

 

 通報を受けた本部では、グラッサー中佐が苦悩する。大型と小型の混成集団となると、大型を攻撃しようとすると背後から小型の攻撃を受けるなど、撃破するのが格段に難しくなる。そこで応援部隊を送った方が良いかと思うのだが、丁度エステルライヒ隊はウィーンから飛来した大型ネウロイの迎撃に出撃してしまっている。しかし、そんなグラッサー中佐の苦悩など知らぬ風のヘッペシュ中佐からの通信が入る。

「攻撃します。」

「え? 作戦は・・・。」

 しかし、聞こえなかったようで、ヘッペシュ中佐の号令が通信機から響く。

「突撃!」

 ハンガリー隊の見敵必殺の精神は良いが、もう少し慎重な対応も必要なのではないかと、グラッサー中佐は危うさを感じる。

 

 ハンガリー隊は、小型ネウロイが放って来るビームを冒して突撃する。ポッチョンディ大尉はモルナール少尉と共に、小型ネウロイに正面から向かって行く。機銃を構え、射程距離に捉えたと思った瞬間、狙った小型ネウロイが一瞬速くビームを放つ。ポッチョンディ大尉は素早く右へ横滑りして、ビームをかわす。双方とも高速で飛行しているので、あっという間に距離が詰まりすれ違う。その瞬間、左斜め上へ縦旋回しつつ体を半回転させ、狙ったネウロイの後上方の絶好の位置を取る。そのまま一気に突っ込んで距離を詰めると、必殺の銃撃を浴びせ、小型ネウロイを撃破する。

『まずは1機。』

 

 その時、モルナール少尉が叫ぶ。

『アーフォニャ、後ろ!』

 小型ネウロイは薄く広がっていたので、後方にはいないはずと思って振り返ったポッチョンディ大尉はぎょっとする。後方遠くにいたと思った大型ネウロイが案外近くに来ていて、今しも多数のビームを集めた強力なビームを自分に向けて放ったところだ。

『わっ!』

 慌てて広げたシールドに、強力なビームが直撃する。凄い衝撃だ。ポッチョンディ大尉はたまらずシールドごと跳ね飛ばされる。そこへ小型ネウロイが襲いかかってくるが、この状態では回避することもできない。

『やられる。』

 恐怖に強張るポッチョンディ大尉だが、被弾寸前にシールドをかざしてモルナール少尉が飛び込んでくる。ビームは目前で阻まれた。

 

 モルナール少尉ががっちりと腕をつかんで、どうにか体勢を立て直せた。しかしほっとするのも束の間、再び大型ネウロイの強力なビームが襲う。モルナール少尉がシールドで防ぐが、二人ともまとめて跳ね飛ばされる。もう上下もわからなくなるほど無茶苦茶だ。そこへまた小型ネウロイの襲撃だ。四方からまとめて襲い掛かってくる。二人でシールドを張って、ビームが体に直撃するのは防いだが、ユニットへの被弾までは防ぎ切れない。二人は煙の尾を棚引かせながら墜ちて行く。

『一時撤退!』

 このままでは全滅すると、ヘッペシュ中佐が苦渋の思いで撤退を指示する。小型ネウロイだけならこれほどの苦戦は強いられないのだが、背後の大型ネウロイからの攻撃が加わってはどうにもならない。まずは強敵の大型ネウロイを撃破したいところだが、小型ネウロイの壁を突破して大型ネウロイを攻撃しようとしても、背後からの小型ネウロイの攻撃を受けることになって、とても大型ネウロイを撃破できそうもない。後続の地上部隊までの距離はそれほど離れているわけではないので、あまり時間の余裕もない。この作戦最大のピンチに追い込まれた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話 決戦、ブダペスト攻略戦4

 ハンガリー隊が撤退してくる。ヘッペシュ中佐からは他の各隊に指示がなかったため、結果的にハンガリー隊が突撃して撃退されるのを見ているだけになってしまった。抜刀隊の茅場大尉は思う。ハンガリー隊のヘッペシュ中佐は、積極的で勇敢なのはいいけれど、今前線にいる中では最上級者なのだから、もう少し自分たち友軍との協同攻撃を考えてもらえると良かった。仮にもっと上手い作戦を自分が考え付いたとしても、何分ヘッペシュ中佐の方が階級が上とあっては、茅場大尉としては指図めいたことは言いにくい。でもそんな遠慮をしたせいで、大した戦果もなく、損害だけを出す結果になってしまったとも言える。このあたりが混成部隊の難しい所だ。宮藤さんがいて指揮をしてくれればいいのにとも思うが、司令官の立場ではそうもいかないだろう。

 

 さて、このネウロイを撃破するためにはどうしたものかと考えていると、小山軍曹が寄ってくる。

「隊長、わたしが小型ネウロイの壁に穴をあけますから、後ろの大型ネウロイを撃破してください。」

 そう言って懐から棒手裏剣を取り出して見せる。なるほど、小山の手裏剣なら、大型ネウロイにはあまり効果はないものの、小型ネウロイなら撃破できるし、一度に複数の小型ネウロイを攻撃できるので、まとめて撃破するのに向いている。それで空いた穴を抜けて大型ネウロイに肉薄し、斬撃で破壊してしまえば残った小型ネウロイの背後からの攻撃もそれほど脅威ではない。同時に他の隊に残った小型ネウロイを攻撃してもらえば、なお確実だ。

「うん、そうだね、それなら上手く行きそうだね。じゃあそれで行こう。」

「はい!」

 小山は自分の特技と発案が局面打開に役立ちそうなので、嬉しそうににこにこしながら肯く。

 

「ハンガリー隊、スロバキア隊、今から我々が大型ネウロイを攻撃しますから、同時に小型ネウロイを攻撃して小型ネウロイが背後から攻撃して来ないようにしてください。」

 そう伝えながら、茅場大尉は内心ちょっとひやひやしている。ハンガリー隊のヘッペシュ中佐は上級だし、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉は下級とはいえ指揮下にいるわけではない。ウィッチ隊の指揮官ともなると、自信とプライドが高い人が多いので、素直に従ってくれるとは限らないし、へそを曲げたら梃子でも動かなくなる恐れもある。しかし、それは杞憂だった。

「了解した。」

「了解しました。」

 両隊の隊長はあっさり了解の応答を返してくる。やはり、ジグラットを一撃で斬り倒したり、大型ネウロイ4機を一瞬で撃滅したりするのを目の当たりにした驚きは強烈で、ヘッペシュ中佐は、階級のことは置いておいて、扶桑ウィッチには一目置くようになっているのだ。ヘッペシュ中佐が了解しているのだから、同じオストマルクウィッチ隊のゲルトホフェロヴァー中尉に否やはない。

 

「行きます。」

 小山軍曹が飛び出す。小型ネウロイがビームを集中させてくるが、軽い身のこなしでひょいひょいとかわして進んで行く。そして十分肉薄すると、両手に2本ずつ、計4本持った棒手裏剣を、さっと腕を振って一度に投擲する。棒手裏剣はそれぞれが狙った小型ネウロイを貫いて、一度に4機の小型ネウロイが砕け散る。小山軍曹は素早く次の手裏剣を手にすると、目にも留まらぬ速さで投擲する。

「もういっちょ。」

 砕け散る小型ネウロイの破片が一面に舞い散る中、更に手裏剣を投げる。あっと思う間もなく、およそ10機の小型ネウロイが消滅した。

 

「隊長!」

 小山軍曹が声を掛けるが、その時にはもう茅場大尉は小山の開けた穴を潜り抜け、大型ネウロイめがけて突っ込んでいる。後を追うように進んできたハンガリー隊とスロバキア隊のメンバーが、残った小型ネウロイに一斉に攻撃をかける。各隊の攻撃に足止めされて、茅場大尉を追う小型ネウロイはいない。狙い通りだ。

 

 接近する茅場大尉に向けて、大型ネウロイは多数のビームを束ねた、太く強力なビームを浴びせかけてくる。茅場大尉は、背中を擦るほどのぎりぎりの間隔でそのビームを巻くように回避しながら、最短距離で大型ネウロイに肉薄して行く。そして肉薄しながら、背中の扶桑刀をすらりと抜き放つ。氷のような冷たさを感じさせる白刃が、陽光を反射して凄愴とした光を放つ。再び大型ネウロイが強力なビームを放ってきた。茅場大尉はわずかに体を浮かせてかわすと、ビームに腹を擦りつけるような勢いで、一直線に大型ネウロイに迫る。

「喰らえ!」

 叩き付けるように斬り付けた白刃が、大型ネウロイの強固な装甲をまるで紙でも斬るように一筋に斬り裂いて行く。茅場大尉は大型ネウロイの装甲を、前から後ろまで一息に斬り裂いた。

 

「しまった、浅い。」

 今回の大型ネウロイは胴体が太いので、斬撃がコアまで届かなかったのだ。装甲にただ一筋の切れ込みを入れただけでは、大型ネウロイはたちどころに再生してしまう。茅場大尉は急反転して再びネウロイに肉薄すると、刀のつばが装甲の表面をこするほどに深く斬り付ける。

「今度はどうだ!」

 しかし、やはり浅かったようで、大型ネウロイは崩壊する様子を見せず、悠然と飛行を続けている。これでは撃破することはできない。芳佳のように魔法力を刀に集めて、魔法力の刃の斬撃を浴びせることができれば倒すことができるのだろうが、あいにく茅場大尉はそのような技は習得していない。自分にはこのネウロイを倒せないのかと、茅場大尉は臍を噛む。

 

「隊長! わたしが行きます!」

 高田軍曹が長槍を振りかざして突っ込んでくる。そうか、自分の扶桑刀の刃渡りでは届かない深さに潜んでいるコアでも、高田軍曹の長槍で突き刺せば届くに違いない。

「よし、行けっ!」

 茅場大尉は扶桑刀を素早く機銃に持ち替えて、距離を取りながら銃撃を浴びせかけ、大型ネウロイからのビームを引き付ける。そこに高田軍曹が突っ込んだ。

「宝蔵院流槍術の威力を見せてやる!」

 そう叫びながら繰り出した長槍の穂先はネウロイの装甲を易々と貫き、深々と突き刺さる。しかし何としたことか、それでもコアには届かない。しかし、高田軍曹はまだ諦めない。

「これならどうだ!」

 高田軍曹は右腕をぐっと体に引き付けると、突き刺さった長槍の石突を掌底で思い切り突いて、石突が装甲の中に埋まるほどに長槍を突き込む。

「やったの?」

 茅場大尉は大型ネウロイを凝視する。1秒、2秒、大型ネウロイに変化はない。何と長槍が完全にネウロイの中に埋まるほどに深く突き刺しても、丸々と太った大型ネウロイの分厚い装甲は抜き切れず、コアには届かなかったのだ。

 

 槍は大型ネウロイに深く突き刺さったままで、深く突き刺し過ぎたために引き抜くこともできない。ちょっと困った高田軍曹が戸惑ったままネウロイの近くにいると、久坂曹長から声がかかる。

「尚栄ちゃん、そんなに近くにいると危ないよ。」

 それはそうだ、至近距離からビームを浴びせかけられたら、シールドで防いでも弾き飛ばされてしまう。だが、槍をどうしようか。

「でも、槍が刺さったままなんだよ。」

 久坂曹長は猛然と突入して来ながら言う。

「後は任せてちょっとどいて。」

 まあ、任せろと言うのなら任せようと、高田軍曹は大型ネウロイから距離を取る。でもどうするんだろう。

「陽美ちゃん、任せろって、どうするの? 薙刀でえぐり出すの?」

「こうするんだよ。」

 大型ネウロイに肉薄した久坂は、持っていた薙刀を逆さまに持ち変えると、まるで槍で刺突するかのように薙刀を繰り出す。逆さまに持ち変えた薙刀の石突を前に出し、その石突でネウロイに突き刺さっている高田軍曹の槍の石突を力いっぱい突く。そしてそのまま一気に薙刀の柄を大型ネウロイに深く突き入れる。突かれた高田軍曹の槍は、ネウロイの奥深く突き刺さり、ついにコアに到達した。一瞬目も眩むほどの光を放ったかと思うと、大型ネウロイがきらきら光る破片を盛大に撒き散らして崩壊する。破壊するまでにさんざん苦労させられただけに、感慨もひとしおだ。

 

「やったぁ!」

「陽美ちゃん凄い。」

 手を叩き合って喜ぶ高田軍曹と久坂曹長だ。

「みんなやるなあ。」

 隊長の茅場大尉は、隊員たちが自主的に工夫して、見事大型ネウロイを葬り去ったことに、静かな感動を覚える。ウィッチなのに刀槍を持って戦う、この奇抜な部隊にすっかり馴染んだばかりか、この部隊ならではの新たな戦術を生み出すまでに育っている。思えば、芳佳によって集められたときは、こんな奇妙な混成部隊が戦力になるのかと、半信半疑だったものだ。こうなることを予想してこの部隊を編成したのなら、宮藤司令官というのは凄い人だと心から尊敬する。

 

「大型ネウロイを撃破しました。小型ネウロイもあと少しです。」

 茅場大尉からの報告に、本部には安堵の空気が流れる。ハンガリー隊の二人が撃墜された時は、どうなることかと思ったが、エステルライヒ隊の応援なしでも撃破することができた。しかし、ハンガリー隊は被弾した隊員が出た上、弾薬も魔法力も消耗しただろうから、そろそろ変え時だろう。グラッサー中佐は命じる。

「ハンガリー隊は墜落した二人を回収して基地に帰還せよ。チェコ隊、ポーランド隊は帰還するハンガリー隊と交替して出撃せよ。」

 そこへ、エステルライヒ隊からも大型ネウロイ撃破の報告が入る。どうやらここまでで最大のピンチは乗り切った。しかし、まだ予断は許さない。この後どんなネウロイが出現してくるのか、そして巣を撃破することは本当にできるのか。尚も困難な戦いは続く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話 決戦、ブダペスト攻略戦5

 シャーメッレーク基地にハンガリー隊が帰還してきた。撃墜された二人を抱えての帰還に、この戦いの厳しさが伝わってくる。何はともあれ、二人の治療が最優先だ。

「バルバラちゃん、治療の手は足りる?」

 先に負傷した桜庭中尉の治療が終わっていない所へ、更に二人運び込まれると、魔法医はバランツォーニ軍医中尉と嶋軍医中尉の二人しかいないので、手が足りなくなるかもしれない。必要なら自分も治療に加わろうと考えて、芳佳は確認する。

「大丈夫です。ポッチョンディ大尉とモルナール少尉の負傷はそれほどひどくないので、対処できます。」

 バランツォーニ軍医中尉からの報告に安堵しつつも、ちょっと残念そうな芳佳を見て、鈴内大佐は渋面を隠しきれない。だから戦闘の最中に司令官が司令部を抜け出して、治療しに行ったりしちゃあいけないんですよと、心の中で訴える。作戦中の司令部で司令官を咎めるようなことを言うのもはばかられるから言葉にはしないけれど。

 

 通信班から報告が届く。

「モニター艦隊は間もなくエルチ付近に到達するとのことです。」

 エルチはブダペストから南へ約40キロのドナウ川に面する街で、ドナウ川とブダペストへ向かう街道が接近しているあたりだ。

「そろそろ、艦隊の上空直掩に行った方がいいね。」

 艦隊には護衛艦もついているし、川に沿って地上部隊も支援のために動いている。しかし、ここまではウィッチ隊がネウロイを引き付けているような形になっていたが、巣に接近するに従って艦隊に直接攻撃してくる危険性も大きくなってくるので、直掩が必要だ。兎にも角にも、折角出してもらった艦隊が、途中で攻撃されて被害を出してしまったら何にもならない。

「多香子ちゃん、出撃だよ。」

「はい!」

 芳佳に声を掛けられて、そろそろただ待っているのに疲れて来ていた大村隊隊長の千早大尉は勢いよく応える。

「チェルマク少将、グラッサー中佐、じゃあ後はお願いしますね。」

「え? 本当に出撃するんですか?」

 事前に最終決戦には芳佳も出撃するとは聞かされていたが、本当に出撃するんだと、グラッサー中佐は驚きを見せる。

「うん、行くよ。だってわたしが行かないと巣を破壊できないからね。」

 説明を受けたとはいえ、芳佳が何をしようとしているのか今一歩理解できないグラッサー中佐だが、そう言うのならそうなのだろう。グラッサー中佐も別にいつも司令官の居る司令部で作戦指揮をしていたわけではないから、司令官が別の所にいること自体は問題ない。まあ、自分が本部にいて、司令官の方が前線にいた経験はないのだが。

 

「じゃあ行くよ。」

 発進準備を整えた大村隊のメンバーに、芳佳は出撃を告げる。幾多の厳しい戦いを経験してきたメンバーたちは普段通りの表情だが、まだ実戦経験の少ない岡田上楽兵は緊張の面持ちで千早大尉に話しかける。

「本当にわたしも行くんですね。」

「うん、まあ別に緊張することもないよ。訓練は十分に重ねたし、実戦も経験済みだから大丈夫。それに、今回の任務は艦隊の上空直掩で、別に自分からネウロイの集団に攻撃をかけに行くわけじゃないから、そんなに物凄い戦いになるわけじゃないよ。」

 歴戦の千早大尉にそう言ってもらえると、玲子としては気持ちが落ち着く。しかし、考えてみると、幼馴染の松島琴美飛曹長は小学校を卒業するとすぐにウィッチに志願して、一通りの教育が終わるとすぐに欧州に派遣されて実戦に参加していた。それを考えれば、怯えてなどいられない。怯えていては、小さい頃から戦いを重ねてきた琴美に恥ずかしい。

「発進!」

 号令と共に、メンバーたちが次々に飛び立って行く。玲子も続いて空へと舞い上がった。

 

 

 先頭を行くウィッチ隊は、ハンガリー隊が撤退して、替わりにポーランド隊とチェコ隊が到着した。ポーランド隊の隊長はミロスワヴァ・ミュムラー少佐、チェコ隊の隊長はカテリナ・エモンシュ大尉だ。規模の小さい部隊の混成となって、一番階級の高いのはポーランド隊のミュムラー少佐だが、実戦経験ではチェコ隊のエモンシュ大尉や抜刀隊の茅場大尉の方が上という、ますます全体指揮が混迷を極めそうな編成になってしまった。そんな状況だからこそ、茅場大尉はさっき大型ネウロイと戦った時の様に、自分が作戦を主導しなければいけないかなと思う。幸い、負傷した桜庭中尉を本部に運んだ望月一飛曹が戻ってきて、全部で5人と抜刀隊の戦力が一番大きくなっている。

 

 そんな中、望月一飛曹が地上に変なものを見つけた。

「隊長、あれ何でしょう?」

「どれどれ。」

 望月の指す方を見ると、地上に大きな物体が鎮座している。形は船型で、丁度船が逆さになって底を上に向けたような形をしている。全長は80m位あるだろうか、結構大型だ。上を向いている底がフラットになっているので、河川用の貨物船だろう。幅が10m足らずと細いのも河川用貨物船の特徴だ。この大きさだと、1300トンクラスか。

「船だよね。侵略された時に放棄された船が残っていたのかな?」

 しかし、川のすぐそばならわかるが、ずいぶん川からは離れている。爆風で飛んで来るような大きさではない。

「ちょっと見てきて。」

「はい。」

 望月が降下して接近する。近付いて見ると確かに船の形をしているが、濃い赤の船底塗装をされているはずの船底が全体に黒くなっていて、所々に赤い部分がある。

「長い間放置されていて錆びたのかな?」

 いや、それにしては変だ。錆びていればもっと表面がでこぼこしているはずなのに、全体にすべすべしている感じだ。更に近寄って良く見ると、地面に接しているへりの部分から、何やら細長いものが沢山出ている。それより、船体の表面が六角形のハニカム様の構造で覆われている。

「ネウロイ!」

 気付いたとたんに無数のビームが飛んで来る。望月はほうほうの体で逃げ帰ってきた。

 

「ネウロイです。それもあんなに巨大な。」

 船を伏せたような形をしたその大型ネウロイの船べりから出ていたのは無数の足で、それを百足の様に蠢かせて動き出している。

「どうしましょう?」

 望月の問いかけに、茅場大尉は頭を抱える。見た所、放棄された船の船体を利用した大型ネウロイで、巨大な地上型のようだ。地上型ネウロイは自分たち航空ウィッチの担当ではないので、ビームを避けながらそのまま進んでも構わない。でも、こんなのに襲撃されて、地上部隊が対抗できるのだろうか。自分たちが攻撃して地上部隊を支援した方が良いのではないだろうか。

「抜刀隊の茅場です。見ての通り、地上に巨大な地上型ネウロイがいます。放置すると地上部隊が壊滅的な打撃を受ける恐れがあります。我々で攻撃して破壊しておいた方が良いのではないでしょうか。」

 

 茅場の通信にすぐに応答してきたのはチェコ隊のエモンシュ大尉だ。

「そうですね、この規模のネウロイだと、地上部隊の先遣隊が衝突すると、全滅するかもしれませんね。」

 ポーランド隊のミュムラー少佐が応じる。

「よし、ではポーランド隊が攻撃してみよう。上空警戒を頼む。」

 そう言うと、ミュムラー少佐はフェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長を連れて、船型の地上型ネウロイめがけて降下する。しかしこのネウロイは、望月がビーム攻撃を受けて逃げ帰ったように、地上型でも上空に向けた攻撃力が高いタイプだ。接近するポーランド隊のウィッチに向けて、その巨体の一面から激しくビームを放って来る。

「うわっ。」

「地上型とは思えないような凄いビームだよ。」

 激しいビーム攻撃に、容易には接近できない。地上型だから動きは遅いが、上からしか攻撃できないので襲撃機動が制約される。離れた所から銃撃しても、損傷らしい損傷を与えることもできない。ポーランド隊は一旦距離を取る。

「うーん、やっぱり対地攻撃には爆弾でもないとやりにくいね。」

 もちろん誰も爆弾など持ってきていない。

 

「巨大な地上型ネウロイと戦ったことのある人なんている?」

 ミュムラー少佐が問いかけるが、誰もそんな経験は持っていない。そもそも、こんな巨大な地上型ネウロイはほとんど出現したことがない。強いて言えばジグラットと戦ったことのある茅場大尉が経験者だが、あの時は芳佳の指示通りに攻撃しただけだし、ちょっとタイプが違い過ぎて応用が利きそうにない。

「結局、反復攻撃して装甲を削って、コアを見つけるしかないんじゃないですか。」

 そう言うエモンシュ大尉の意見が妥当なところだが、それも相当に手間がかかりそうだ。いつ次の飛行型ネウロイが現れるかわからないところで、地上型ネウロイにそんなに手間をかけていられない。

「全員で四方から一斉に攻撃をかけましょう。」

 ネウロイのビームを分散させるとともに、一気に攻撃して破壊するしかないと、茅場大尉は考えた。

 

 そこへ遮るように通信が入る。

「桃ちゃん、攻撃はちょっと待ってくれる?」

 これは、自分の事を桃ちゃんなどと呼ぶのは、宮藤さんしかいない。

「宮藤さんですか? 待つのはいいですけれど、どうするんですか?」

「うん、砲撃するから弾着観測してくれるかな?」

「砲撃・・・、ですか?」

 地上部隊の砲兵隊に攻撃させるのだろうか。毎度のことだが、芳佳の説明はやや説明不足なのと、内容が意表を突いているのとでどうもわかりにくい。しかし、今は良くわからないからと説明を求めていられるような状況にはない。

「了解しました。」

 茅場大尉は弾着観測の訓練は一通りやっているので、とにかく言われたとおりにやってみようと思う。

 

 すぐに、鋭く空気を切り裂く飛翔音がして、強烈な爆発音とともに巨大な火柱が上がり、一呼吸おいて遠雷のような砲撃音が響く。弾着の火柱は見たこともないような巨大なもので、一体どんな大砲を使っているのだろうと思う。それに、そんな巨砲をどうやって前線まで持ってきたのだろう。茅場大尉は知らないが、砲撃しているのはブリタニア艦隊のモニター艦、エレバスの38センチ砲だ。このあたりまで進んで来ると、ブダペストに向かう街道とドナウ川との距離は20キロもないから、余裕で射程に入っているのだ。ただ、遮るもののない海上と違って、エレバスから大型ネウロイは直接照準できないので、一発目はややあてずっぽうに近い射撃となって、かなり離れた所に着弾した。茅場大尉が型通りに報告する。

「遠し、10左、右へ10、引け800」

 着弾位置が目標より遠く、左へ10ミルずれているから、右へ10ミル、手前に800メートル修正せよという意味だ。しかし、茅場大尉は陸軍で、芳佳は海軍だ。こういう時の報告の仕方が違っていて、芳佳には何と言われたのかわからない。

「えっ? 何?」

 通信状態が悪くて聞き取りにくかったかと思い、茅場大尉はゆっくり丁寧に報告し直す。

「800メートル遠弾で、方位は左へ10ミルずれています。修正願います。」

 しかし通じない。

「えっ? ミル? ・・・って何? ・・・海藻じゃないよね。」

 確かにミルと言う海藻はあるが、戦場でそんな話をする馬鹿はいない。ミルは方位角の単位で、円周を6400等分した単位だ。ところが、海軍では目標からの誤差を100メートル単位で示すのが通例で、例えば、「遠8、左へ2」という言い方をして、800メートル遠く、200メートル左へずれているという意味だ。もっとも、海軍では装備している半数程度の砲を発砲し、各着弾点の遠近を「遠、遠、近、遠」といった報告をして修正していく場合も多い。一方の陸軍では、1門で試射して、修正が終わったら全砲門で効力射に移るのが普通だ。

 

 戦闘中にこんな説明をするのも悠長なことだと思いながら、茅場大尉は説明する。

「ミルっていうのは方位角の単位です。1ミルが円周を6400等分した角度です。ミルって使いませんか?」

「うん、使わないよ。距離で言って。」

 同じ扶桑同士でこんな所で話が通じないとはと嘆きつつ、茅場大尉は説明する。

「1ミルで1キロ離れると1メートルのずれになります。10キロなら10メートル、10キロで10ミルなら100メートルのずれになります。」

 これで芳佳にも通じたようだ。

「うん、じゃあ20キロくらいだから左へ2だね。」

 陸軍では「左へ」と言ったら、右へずれているのを左へ修正する意味になるから正反対で、茅場大尉は少々混乱するが、とにかく一応通じた。

 

 少々手間取ったが、次の砲弾が飛来し、また巨大な火柱が立ちあがる。

「200メートル遠く、右へ100メートルずれています。」

 着弾点が近付いたので、テラーも砲撃に加わって、それぞれ2門の38センチ砲を交互に射撃する。相次いで2発の38センチ砲弾が着弾し、盛大に火柱を上げる。至近距離に着弾した大型ネウロイは、悲鳴を上げるように金属質の音を発しながら、周囲にビームを撒き散らす。だが、ビームの射程は20キロもないので、艦隊側には何ら脅威にならず、落ち着いて砲撃を続ける。そして次の一弾が命中する。

「あっ!」

 見ていたウィッチが驚嘆の声を上げる。戦艦の強靭な装甲を貫く威力を持った砲弾は、大型ネウロイの装甲を貫くと、深々と突き刺さって炸裂する。強烈な爆発はネウロイの巨体を引きちぎり、装甲の破片を高々と舞い上げ、周囲に撒き散らす。引きちぎられた部分は、一呼吸おいて粉々に砕け散る。残った本体は再生を始めるが、再生する暇を与えず、次の砲弾が命中する。強烈な爆発に、ネウロイの胴体はくしゃっと折れ曲がり、折れ曲がった所から引き裂ける。最早鉄くずのようになりながらも、まだコアの破壊されていないネウロイは尚も健在だ。しかし、引き裂けた部分からコアがあらわになっている。

 

「コアです。攻撃しましょう。」

 逸る小山軍曹だが、茅場大尉は制止する。

「だめ、行かないで。」

 まだ砲撃は続いているのだ。今突入したら砲撃に巻き込まれる恐れが強い。思った通り、次の砲撃が着弾する。今度は直撃しなかったが、既にコアが露出したネウロイにはそれで十分だ。炸裂した砲弾の破片がコアを撃ち砕いて、大型ネウロイは崩壊した。

 

 崩壊したネウロイの破片がきらきらと光りながら広がって行く。戦艦の装備する大砲の威力は大したものだ。これなら、どんなネウロイが現れても破壊できそうだ。巣を破壊するとなると一筋縄ではいかないかもしれないが、それでもこれがあればきっと勝てると、巨砲の威力を目の当たりにした隊員たちは胸を躍らせる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話 決戦、ブダペスト攻略戦6

 いよいよブダペストの巣が目前に迫る。巣を覆う巨大な黒雲が、ブダペストの街の上空に渦を巻くようにして聳え立っている。高度1000メートルを切るくらいの低い高度に雲底が広く広がって、上へ向かって急激に絞り込むように細くなりながら聳える黒雲の頂上は10000メートルを大きく超えている。この巨大な黒雲の中に隠された巣の本体を発見して攻撃し、コアを露出させて破壊することができれば人類の勝利だ。しかし、もちろんネウロイの巣は大人しく攻撃させてはくれない。雲の中からどっと小型ネウロイが飛び出して来た。

 

 本部では、グラッサー中佐が基地に残る各隊に出撃を命じる。

「いよいよ巣への攻撃だ。オストマルクの力を全世界に見せるのはこの時だ。力の限りを尽くして戦ってくれ。」

 出撃するのは、大型ネウロイの迎撃から帰って来たエステルライヒ隊と、激戦から帰って来て補給を済ませると、休養もそこそこに再び出撃するハンガリー隊だ。ある程度の疲労と消耗があって決して万全の体制ではないが、巣との決戦なのだから、残る力を全て出し切らなければならない。

 

 そこへばたばたと駆け込んでくる者がいる。

「待ってください、わたしたちも行かせてください。」

 ハンガリー隊のポッチョンディ大尉とモルナール少尉だ。この二人は撃墜されて負傷しているはずだから、出撃するのは無茶だ。

「その意気は買うが、お前たちは負傷したんだろう。そんな状態で戦闘に出すわけには行かない。」

 グラッサー中佐は出撃を拒否するが、二人は引き下がらない。

「負傷は、治療を受けてもう治っていますから大丈夫です。」

 もう治ったというのは驚きだが、そうまでして戦おうという二人の気持ちには頭が下がる。こういう気持ちがあればこそ、ネウロイを倒して祖国を奪還することも可能になるというものだ。しかし、それでも出撃を認めるわけには行かない。

「お前たちの気持ちは良く分かった。できれば一緒に出撃させてやりたいが、ユニットはどうするんだ?」

「あ・・・。」

 二人はユニットに被弾して撃墜されたのだ。負傷は魔法の力で治っても、ユニットを短時間で直す魔法はない。

「出撃!」

 グラッサー中佐が命令し、他の隊員たちは格納庫へ走る。二人は指をくわえて見送るしかない。

 

 ネウロイの巣の前面では、小型ネウロイの大群がウィッチ隊への襲撃を始めた。何しろ数が多いから、雨霰と降り注ぐビームに目も開けていられない程だ。しかしそんなことに怯んでいられない。茅場大尉が僭越ながらと思いつつ、他の各隊に指示を出す。

「ポーランド隊は右手へ寄って、ドナウ川方向へのネウロイの進出を阻止してください。他の各隊はネウロイを殲滅してください。」

 茅場大尉が先任というわけではないから指示を出すのはおかしいが、そんなことを考えている余裕はない。各隊は反射的に指示に従ってそれぞれ戦闘に移る。

 

 チェコ隊のエモンシュ大尉は、ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長を率いて、一団となってネウロイに立ち向かう。

『みんな、離れないで相互にカバーしながら戦って。孤立するとやられるよ。』

 次々飛んで来るビームをかわしつつ、ネウロイの先頭集団に銃撃を浴びせかけてまとめて粉砕する。エモンシュ大尉は素早く狙いを移しつつ、次々銃撃を加えながら突入して行く。エモンシュ大尉の銃撃の腕は確かで、狙ったネウロイの大半は血祭りに上げられる。ペジノヴァー中尉とステヒリコヴァ曹長はぴったりとついて行きながら、銃撃を加え、ビームをシールドで防ぎ、エモンシュ大尉をカバーする。ネウロイの集団は多数の破片を撒き散らしながらあっという間にすれ違う。すれ違うや否や、エモンシュ大尉たちは見事な編隊機動で急激に上昇しつつ反転し、ネウロイが反転攻勢に出る暇を与えずに、再びネウロイの集団に襲いかかる。

 

 抜刀隊の茅場大尉は望月軍曹を従えて、剣術で鍛えた眼力でネウロイの動きを見切りながら、ネウロイの集団の中を縦横に飛び回って手当たり次第に銃撃を浴びせかける。久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹の3人は、射程が長く威力のある13ミリ機銃を装備している小山軍曹を先頭に、両脇を久坂曹長と高田軍曹が固めてネウロイに向けて突っ込んで行く。久坂曹長と高田軍曹の持つ短機関銃は射程が短いが、それでも群れ為す小型ネウロイを撃つには十分な性能だ。しかし、折角持って来た得物が小型ネウロイとの乱戦では邪魔になる。だからといって捨てるわけにもいかず、なかなか都合良くは行かないものだ。

 

 スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉とコヴァーリコヴァ曹長は、迫る小型ネウロイに一連射すると、さっと身を翻して距離を取る。小型ネウロイがさらに追撃してくると、くるりと反転して銃撃を浴びせる。そして再び離れると、さらに攻撃と離脱を繰り返す。ネウロイの撃墜という面ではなかなかはかが行かないが、人数が少なく、格別な破壊力を持つわけでもないスロバキア隊としては、こうやって危険を抑えつつ、着実に撃墜して行くスタイルが似合っている。ただ、ネウロイの数が多いので、だんだん押されてしまっているのが問題だ。

 

 ポーランド隊は、ネウロイが艦隊の方に行かないように防ぐのが任務なので、少し引いて布陣する。他の隊がネウロイの集団に突っ込んで行っているので、大半のネウロイはそちらに向かっているが、それでもポーランド隊の方に向かって来るネウロイもいる。小型ネウロイが10機ばかり向かってきた。

「撃て!」

 ミュムラー少佐は、ネウロイの機先を制して遠距離から銃撃を加える。ネウロイの集団が崩れるが、それをものともせずに向かって来たネウロイがビームを放つ。

「引いて。」

 ミュムラー少佐は、ビームをシールドで防ぎつつ、ある程度の間隔を保つように少しずつ後退しながら、断続的に銃撃を加える。ネウロイは銃撃の回避などでさらに分散するが、それでも3機のネウロイが突出して攻撃してきた。

「今だよ。銃撃。」

 3人の銃撃が突出したネウロイに集中する。3方からの銃撃を浴びて、突出したネウロイは脆くも砕け散る。とにかく、ネウロイを分散させて、一団ずつ着実に撃破して行くことだ。しかし、ネウロイの数は多い。そうしている間に、側方を通って艦隊に向かって行く小型ネウロイの一団がある。残念だが、ポーランド隊の3人だけでは、全て防ぐのは不可能だ。後は艦隊上空直掩のウィッチに任せるしかない。

 

 芳佳は大村隊と共に、ドナウ川の上空を飛行している。眼下の大地を別ってゆったりと流れる大河がドナウ川だ。その流れの中央をブリタニアのモニター艦、エレバスとテラーが進み、周囲を各国の護衛艦が固めている。ドナウ川の手前側に沿って、地上部隊も並走している。その地上部隊に向けてビームが飛び、地上部隊が応戦する。水上を行く艦隊と違って一々邪魔が入るから、地上部隊は大変だ。そこへ護衛艦の一隻の砲塔がぐるりと回り、発砲する。瞬時に着弾して、砕け散ったネウロイの破片が広がる。さすがに艦艇の砲は破壊力が違う。リベリオン供与のシャーマン戦車の主砲の75ミリに対して、リベリオンの護衛駆逐艦の主砲は127ミリである。

 

「ネウロイです。」

 大村隊の赤松大尉が注意を呼びかける。遠距離狙撃を専門とする赤松大尉は遠距離視の魔法を持っているので、発見が早い。

「行くよ。」

 千早大尉は短く指示すると、淡路上飛曹、長谷部一飛曹、それに岡田玲子上楽兵を従えて向かって来た小型ネウロイの一団に向かう。

「12機か。玲子ちゃん、右手の編隊の先頭のネウロイを狙って。」

「はい、でも一番前の中央の編隊を狙わなくていいんですか?」

「いいんだよ。」

 玲子は、実戦経験は少ないが、正面からやり合う場合は一番先頭の敵を叩くのが通常のやり方だとは聞いている。あえて2番目の編隊を狙うのには、何か理由があるのだろうかと思うが、もちろん上官であり、遥かに多くの戦いを経験している千早大尉の指示に間違いはないと信じて、指示通りに右手の編隊に向かう。

 

 小型ネウロイの集団との距離が詰まってきた。中央の編隊のネウロイの先端が光る。ビームが来る、と身構えた瞬間、中央の編隊の2機が砕け散った。これは、赤松大尉と牧原上飛曹の遠距離射撃だ。これがあるから中央の編隊を狙わなかったのかと合点する。自分が狙っている右手の編隊の先頭のネウロイからビームが真直ぐ飛んで来る。玲子は体を倒してビームをかわしながら、反撃の銃火を送る。命中、砕け散ったと思った次の瞬間にはあっという間にすれ違う。ほっとする暇もなく、急旋回する千早大尉に続いて旋回する。旋回しながら首をひねってネウロイを見ると、真直ぐ艦隊の方に向かっている。千早大尉はそうはさせまいと思い切り加速して追撃するので、玲子はついて行くだけでも苦しい。赤松大尉たちの狙撃で、ネウロイは1機、また1機と砕け散っている。追いついた千早大尉が銃撃を浴びせかける。玲子も引き鉄を引くが、ついて来るのに必死だったので、とても狙っている余裕がなく、当たらない。離脱しながら見回すと、淡路上飛曹と長谷部一飛曹の銃撃がネウロイを捉えるのが見えた。もう残るネウロイはわずかだ。

 

 チェコ隊のエモンシュ大尉は、旋回して退避しようとする小型ネウロイの一団に銃撃を浴びせながら、ちらりと巣の方を確認する。すると、巣からは新手の小型ネウロイの集団が押し寄せてきているのが見えた。

「新手のネウロイが来ます。」

 エモンシュ大尉はそう通報しながら、目の前のネウロイの追撃を切り上げて新手の集団に備える。新手のネウロイは怒涛の如く襲い掛かってくる。

「無理だ、数が多過ぎる。」

 最初の集団も相当多数だったが、それを落とし切らない内に新手が押し寄せてきて、もう数の差は圧倒的だ。これではどんなに頑張っても、いずれ包み込まれて落とされてしまう。一旦引いて態勢を立て直した方が良いかと思うが、自分たちだけさっさと引いてしまったら、他の隊が危険に陥る。自分が他の隊に指示を出すのも変だが、では誰の指示を仰いだらいいのだろう。そんなことを迷っているうちに、後方に回り込むネウロイが増えてきた。ピンチだ。

 

「いったん退避します。」

 他の隊の事が気になるが、自分たちの身を守る方が先決だ。群がるネウロイを振り切るように後方を目指す。しかし、ちょっと決断が遅かったようで、もう後方もネウロイだらけだ。相次いでネウロイの編隊が襲撃してくる。乱れ飛ぶビームをかわし、シールドで防ぎ、銃撃を返し、何とか潜り抜ける。また、右斜め上と左下からほぼ同時にネウロイの編隊が向かって来る。さっと右上の編隊に銃口を向けて引き鉄を引けば、かちっと音がするだけで弾が出ない。

「弾切れか。」

 しかし弾倉を交換している暇はない。即座に降下に移る。退避するなら、降下した方が重力が働く分加速が良い。上昇してくるネウロイとの距離がぐんぐん詰まる。降下してくるネウロイのビームは、後ろに回ったペジノヴァー中尉がシールドで防いでいる。上昇してくるネウロイをどうかわすか、そう思った瞬間、向かって来るネウロイに銃弾が降り注ぐ。

 

「一気に突き崩せ!」

 そう叫びながらグラッサー中佐が突っ込んできた。助かった、援軍の到着だ。エステルライヒ隊とハンガリー隊のウィッチたちが次々襲いかかり、追って来ていたネウロイを突き崩す。一気に形勢逆転だ。ステヒリコヴァ曹長が感動したように言う。

「エステルライヒ隊が来てくれましたよ。カールスラント人って頼りになりますね。」

 対して、オストマルクのカールスラント人支配に対する反感を見せていたペジノヴァー中尉は、複雑な感情を見せる。

「それでもカールスラント人は気に食わないよ。」

 エモンシュ大尉はこれまで連合軍部隊の中で様々な国の人たちと協力し合いながら戦って来たので、カールスラント人に対して含むものは特にない。でも、同じチェコ人として、ペジノヴァー中尉の気持ちもわかる。

「まあ、不公平な点があれば直さなきゃいけないけど、それはその不公平が悪いんであって、カールスラント人が悪いんじゃないよね。あんまりカールスラント人っていうだけで、色眼鏡で見ない方がいいよね。」

 実際に危ない所を助けられたところでもあり、ペジノヴァー中尉もここは同意するしかない。

「はい・・・まあ・・・そうですね。」

 

 それはそれとして、形勢逆転した今は、一気に押し返すチャンスだ。

「反撃するよ!」

 エモンシュ大尉は素早く弾倉を交換すると、反転攻勢に移る。さっと振り返って見ると、ペジノヴァー中尉もステヒリコヴァ曹長も表情は明るい。地上に目を移せば、地上部隊も前進して来て、地上のネウロイと激しく撃ち合いを始めている。もう一押しだ。ネウロイの巣との戦いは、いよいよ佳境に入ろうとしている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話 決戦、ブダペスト攻略戦7

 援軍が到着して、戦勢は人類側優位に傾いた。また、小部隊の寄せ集めで、指揮系統が不明確だった点も、グラッサー中佐が部隊を率いて前線に出てきたことで明確になった。このまま巣から出現するネウロイを排除し、その間にモニター艦隊が前進して、巣を砲撃で破壊すれば人類の勝ちだ。各隊員の意気は上がる。

 

 そこへ、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉が申告する。

「グラッサー中佐、スロバキア隊は弾薬が乏しくなったので、基地へ帰還します。」

 スロバキア隊は戦闘の最初から一貫して前線で戦っていたのだから、補給が必要になるのも当然だ。丁度攻勢を強めているときに戦力が減るのは残念だが、こればかりは仕方がない。

「了解した。最初に説明した通り、シオーフォク基地で補給したら再度出撃して来い。」

「はい、了解しました。」

 朝からずっと戦っているスロバキア隊にしてみれば、すぐに再出撃しろとは人使いの荒いことだと思わないでもない。しかし、人類がハンガリー西部を奪還できるかどうかの瀬戸際なのだ。人使いが荒くなるのも仕方がない。

 

 スロバキア隊は撤退したが、一番人数の少ない部隊だから戦況への影響は限定的だ。ウィッチ隊の優勢は変わらない。最初は呆れるほど多数いると思った小型ネウロイも、撃墜を重ねてかなり密度が薄くなってきた。この分なら殲滅も近いと思えるが、また新手が出て来るだろうから、油断は禁物だ。そう思った側から新手が出て来る。

「新手のネウロイです。大型です!」

 通報に巣を見ると、黒雲の中から大型ネウロイがぬっと姿を現したところだ。一難去ってまた一難だが、大型ネウロイに暴れ回られると厄介だから、早めに撃破したい。グラッサー中佐は命じる。

「エステルライヒ隊、大型ネウロイを攻撃せよ。」

 

 グラッサー中佐の命に応じて、シャル大尉がシュトラッスル准尉、シュトッツ中尉、ボッシュ軍曹を率いて大型ネウロイに向かう。

「いい、わたしがギルベルタとビームを引き付けるから、マクシミリアーネとオティーリエで大型ネウロイを破壊して。」

「了解。」

 このメンバーは何度も大型ネウロイを撃破して来ているから慣れたものだ。小型ネウロイは、グラッサー中佐とシュタインバッツ准尉がハンガリー隊と共に押さえてくれている。ところが、大型ネウロイを追うように、黒雲の中から小型ネウロイが出現してきた。

「10、・・・20、・・・まだ出て来るわね。・・・ちょっとやりにくいな。」

 シャル大尉が眉間に皺を寄せる。もっとも、シャル大尉はまだ15歳だから、眉間に皺を寄せても可愛らしくしか見えない。

 

 小型ネウロイは大型ネウロイを追い越して、次々とシャル大尉たちに襲い掛かってくる。

「ブレイク!」

 エステルライヒ隊はロッテ毎に分かれて小型ネウロイの突進をやり過ごすと、反撃に転じる。シュトッツ中尉とボッシュ軍曹はすれ違った一団に向かい、反転して再度攻撃して来ようとするその出鼻を叩く。シャル大尉とシュトラッスル准尉は、後続の一団の先頭に銃撃を浴びせかける。どちらの一団も先頭を叩かれて、集団を崩して四方に散る。ばらばらになってしまえば小型ネウロイの攻撃力は大したこともないので、片端から撃ち落として行けば良い。それより大型ネウロイだ。シャル大尉が叫ぶ。

「マクシミリアーネ、小型はほっといて大型を攻撃して。」

「了解。」

 シュトッツ中尉はまだ周囲を飛び回っている小型ネウロイは放って、ボッシュ軍曹を連れて大型ネウロイに向かう。すると、大型ネウロイからのビームが束になって飛んで来る。

「くっ。」

 シールドでビームを押し返しながら前進するが、誰もビームを引き付けてくれる人がいないので、シールドには無暗やたらとビームがぶつかってくる。しかし、遮二無二押し込んで行くしかない。

 

 大型ネウロイが迫ってきた。

「オティーリエ、行って。」

「了解。」

 ボッシュ軍曹が飛び出す。もう目も開けていられない程のビームの雨だ。もちろん、一瞬でも目を閉じたらビームの餌食だ。目をカッと見開いてビームの軌跡を見極めながら、引き鉄を一杯に引いて、機銃を乱射しながら突っ込んで行く。大型ネウロイの装甲がばりばりと砕けて、破片がそこらじゅうに飛び散る。飛んだ破片がかすめて、腕を裂く。大丈夫、傷は浅い。あっという間に大型ネウロイの上を飛び過ぎる。そのまま一旦距離を取ると見せかけて、急反転して追ってきたビームをやり過ごすと、もう一撃だ。急反転で速度が落ちたので、開いたシールドにビームがばんばん当たる。撃ち返す機銃弾もばんばん当たる。再び大型ネウロイの上を飛び過ぎると、今度は降下に入れて、加速しながらネウロイの下に抜けてビームをかわす。しかし、ネウロイ下面からのビームが集中してくる。とても反転できる状況ではなく、どんどん降下して距離を取る。と、突然ビームが止んだ。振り返ると大型ネウロイが砕け散る所だ。シュトッツ中尉からの通信が入る。

「大型ネウロイ撃破!」

 どうやらさっきの強引な攻撃でコアが露出し、シュトッツ中尉がその一瞬を逃さずコアを破壊してくれたようだ。ほっと息をつけば、傷がチクチクと痛みだしてきた。

 

 大型ネウロイを撃破して、少し余裕ができたこと思ったのも束の間、すぐに次の大型ネウロイが雲の中からぬっと顔を出す。更に後からもう1機。一難去ってまた一難だ。直ちにシュトッツ中尉が反応する。

「オティーリエ、もう一回行くよ。」

「合点承知!」

 二人は再度出現した大型ネウロイの1機目に向かって、再び突撃する。目標の大型ネウロイからは豪雨の様にビームが降り注ぎ、シュトッツ中尉はシールドで遮二無二跳ね返しながら進む。しかし、さっきの攻撃の時とは違って、分散した小型ネウロイが至る所飛び回っており、突入するシュトッツ中尉とボッシュ軍曹にも襲撃してくる。それを一々回避するわけにもいかず、ボッシュ軍曹がシールドを張って防ぎながら進む。様々な方角から相次いで襲撃してくるので、防ぐボッシュ軍曹も忙しい。小型ネウロイの襲撃に気を取られてシュトッツ中尉から遅れてしまったら、肝腎の大型ネウロイ攻撃が上手く行かない。それに、ビームを受け止める衝撃の連続で、浅いと思ったさっきの傷が、ずきずき痛み出してきた。

「大型ネウロイはまだですか!」

 ちょっと苦しくなってきたボッシュ軍曹が悲鳴のように叫ぶが、まだもう少し距離があり、耐えなければならない。

 

 もう少しで攻撃距離だ、そう思うシュトッツ中尉の目に、大型ネウロイの背後から2機目の大型ネウロイがぬっと姿を現すのが映る。2機目の大型ネウロイは高度を上げて、突進する二人の上からかぶせるような位置を取ると、その表面を赤く光らせる。

「まずい、ビームが来る。」

 退避する暇もなく、上からビームが降り注ぐ。正面からのビームを抑えるだけで手一杯のシュトッツ中尉は上からのビームには全く無防備だ。すかさずボッシュ軍曹が割り込んでシールドをかざす。シールドにビームが束になって直撃し、その衝撃で腕に激痛が走る。

「あっ!」

 ビームの衝撃を支えきれなかったボッシュ軍曹がシュトッツ中尉に激突し、二人まとめて弾き飛ばされる。1機目のビームのコースからは外れたが、2機目のビームは続けて降り注ぐ。1機目の大型ネウロイも、すぐに狙いをつけてビームを放って来る。二方向から浴びせかけられるビームの連打でもう無茶苦茶だ。必死になってシールドを回してビームを防ぐが、防ぎ続けられているのが奇跡のようだ。もちろん長くは続かない。

「ぎゃっ!」

 悲鳴を上げて、被弾したボッシュ軍曹が落ちていく。ボッシュ軍曹に守られたシュトッツ中尉が追いかけて受け止めるが、そこにも容赦なくビームは降り注ぐ。シュトッツ中尉も無傷ではない。これ以上の戦闘は無理だ。

「シュトッツです。退避します。」

 シュトッツ中尉はボッシュ軍曹を抱えたまま急降下して退避する。大型ネウロイは次の獲物を求めて前進して行く。

 

 2機の大型ネウロイは、小型ネウロイの集団と交戦中のハンガリー隊の上空に覆いかぶさるように布陣すると、一斉にビームを浴びせかける。驟雨の様に降り注ぐビームに、シールドで防ぐだけでやっとの状況に追い込まれたハンガリー隊のメンバーに、周囲から小型ネウロイが襲いかかる。

「あっ。」

「やられた。」

 あっという間にヘッペシュ中佐とケニェレシュ曹長が撃墜された。デブレーディ大尉が慌ててヘッペシュ中佐を確保する。一度に二人受け止めるのは無理で、ケニェレシュ曹長はユニットに被弾したのか、煙の尾を曳きながら落ちて行く。ヘッペシュ中佐が苦しそうに言う。

「ケニェレシュ曹長を救助に行って。私のユニットは無事だから、自力で飛べるから。」

 しかし、ヘッペシュ中佐は左の腰のあたりに被弾していて、かなりの重傷と見える。ちょっと自力で基地まで帰るのは厳しそうだ。そう思って逡巡するデブレーディ大尉に、ヘッペシュ中佐が重ねて言う。

「早く行って。下にはまだネウロイが沢山いるから、落ちたら危険だよ。」

 そうまで言われては仕方がない。デブレーディ大尉が手を放すと、ヘッペシュ中佐はふらつきながらもどうにか飛んで行く。

「中佐、気を付けてください。」

 不安な思いを抱きつつ見送ると、デブレーディ大尉はケニェレシュ曹長を追って降下する。

 

 疎林に落ちたケニェレシュ曹長を追って、デブレーディ大尉は地上に降りる。

「マルギト! どこ?」

 呼びかけると案外元気そうな返事が返ってくる。

「ここよ、ジョーフィア。」

 手を振るケニェレシュ曹長の所へ急ぐと、ユニットは大きく破損して煙を噴き上げているが、本人はどうやら無傷のようだ。

「怪我はないの? 良かった。」

 しかし、安心するのは早い。ずしんと地響きがしたかと思うと、ビームが頭上を飛んで木の枝がばらばらと降ってくる。地上型ネウロイの襲撃だ。

「長居は無用ね。」

 デブレーディ大尉はケニェレシュ曹長を抱きかかえて飛び立つ。地上型ネウロイの放つビームが、さっきまで居たあたりに着弾するのが見えた。残して来たユニットは、多分今ので完全に破壊されてしまったろう。

 

 飛び立ってほっとする暇もなく、さっきの大型ネウロイがビームを浴びせてくる。ケニェレシュ曹長を抱えた状態では、ビームを回避することも、振り切って逃げることも難しい。シールドで防ぎながら、ただ撃たれ続けるしかない。このままではやられる、そう思った時、上空で何かが光った。

「何?」

 何かを確かめるより早く、大型ネウロイが二つに斬り裂かれて砕け散る。

「扶桑隊だ! 助かったぁ。」

 逃げるのは今の内だ。後を扶桑隊に任せて、デブレーディ大尉は離脱を急ぐ。しかし、相次ぐ損害にウィッチ隊の戦力は見る見る低下している。ネウロイは落としても落としても新手が出てきており、やがては戦力の限界に達するだろう。そんな状況下に戦線を離脱するデブレーディ大尉は、後ろ髪を引かれる思いだ。

「みんな待っててね、すぐに戻って来るから。」

 

 扶桑刀を振り抜いた茅場大尉の背後で、両断された大型ネウロイが砕け散る。

「ふう。」

 一息ついて見下ろせば、ハンガリー隊のデブレーディ大尉が撃墜された隊員を抱えて撤退して行く。少し疲労感を覚える。

「魔法力の斬撃は、結構魔法力を消耗するな。そろそろ魔法力が尽きそうだな。」

 年少の望月軍曹はどうかと見ると、もう1機の大型ネウロイを片付けて、元気いっぱいで飛んでいる。望月軍曹は持っている魔法力が大きいのか、それとも19歳になって自分の魔法力が低下してきているのか。この調子で大型ネウロイが出て来ると、魔法力が持たないかもしれないと、ちょっと心配になる。向こうの方をふらふらと遠ざかって行くのはヘッペシュ中佐か。段々戦力が低下して戦いは厳しさがいや増して来ている。ネウロイの巣はまだ無傷で聳え立っている。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話 決戦、ブダペスト攻略戦8

 茅場大尉は望月軍曹を呼び寄せると、艦隊上空にいるはずの芳佳に連絡を取る。

「茅場です、艦隊はどんな状況ですか?」

 

「うん、もう少しで攻撃開始だよ。」

 茅場大尉からの問い合わせに芳佳は答える。既に、エレバスとテラーの主砲はネウロイの巣の方向を睨んで、砲撃準備を整えている。距離は2万を切った。最大射程は3万6千だが、確実な命中が見込める1万8千から砲撃開始だ。千早大尉は芳佳の横に引いてきて、固有魔法でネウロイの巣の黒雲の中に隠れている巣の本体の位置を見極め、艦隊に報告している。千早大尉が抜けたので、艦隊めがけて襲来するネウロイとの戦いは苦しくなってきている。砲撃が始まるまでには、赤松大尉はエレバスに乗り込まなければならないので、さらに苦しくなる。飛び交う通信の内容から、ウィッチ隊が苦しい状況であることはわかっているが、ここは心を鬼にして引き抜かなければならないだろう。

「グラッサー中佐、ウィッチ隊を1隊、艦隊の護衛に回してください。」

 

 グラッサー中佐は答えに詰まる。被害が続出している中で、さらに1隊引き抜かれては、支えきれなくなる危険性が強い。しかし、艦隊が失われれば巣を破壊することはできないし、司令官の指示には従わなければならない。とはいうものの、ボッシュ軍曹が抜けたので、大型ネウロイを叩くために抜刀隊は手放せない。ポーランド隊は艦隊方向にネウロイが行くのを防いでいるので、艦隊護衛に回すとネウロイを引き連れて行く形になりかねない。チェコ隊を行かせれば、ネウロイが大挙して地上部隊を襲撃することになりかねない。既にすり抜けたネウロイが地上部隊を襲撃しているようで、地上部隊の上空には盛んに対空機銃が撃ち上げられている状況だ。

「困った・・・。」

 そこに通信が入る。

「スロバキア隊復帰しました。どこに行きますか。」

 そうだ、スロバキア隊がいた。スロバキア隊を回せば少なくとも現状維持ができる。

「スロバキア隊は艦隊の護衛に回れ。」

「了解しました。」

 グラッサー中佐はほっとするが、別に状況が良くなったわけではない。

 

「距離1万8千。」

「砲撃開始!」

 エレバスとテラーの主砲が轟音を立てて火を噴く。秒速749mの初速で発射された主砲弾は、1分足らずでネウロイの巣に到達し、黒雲の中に突っ込んで巣の本体に着弾する。300ミリの装甲を破壊する威力を持った主砲弾はネウロイの装甲を突き破って炸裂する。巣を覆う黒雲が爆風で吹き破られ、砕け散った装甲の無数の破片が飛び散って、きらきらと光りながら広がる様は、さながら打ち上げ花火が開いたようだ。続いて連装砲塔のもう片方の砲が火を噴く。エレバスとテラーの主砲は1分間に2発の射撃が可能なので、2門の砲を交互に撃てば、およそ15秒間隔での射撃が可能だ。全弾命中とはいかないが、ネウロイの巣には相次いで砲弾が炸裂する。

 

「グラッサー中佐、わたしもエレバスに乗るから、後の指揮はお願いね。主砲塔に入るから、通信はできなくなるからね。」

 芳佳からの通信だ。司令官が軍艦に乗り込むのはまだわかるが、主砲塔に入るというのはどうだろう。しかも、戦闘中に通信ができなくなるというのでは、指揮の放棄ではないか。

「えっ? 通信ができなくなるって、後の指揮はどうするんですか?」

「だから指揮は任せるよ。よろしくね。」

 そんなことを言われても困ってしまう。まあ、実質戦闘指揮はこれまでもやってきているから、大差ないと言えば言えるのだが。

 

 そんな困惑にはお構いなしに、芳佳は続ける。

「伊佐美ちゃん、最後の一撃は任せるから、それまで戦闘は控えてね。桃ちゃん、サポートお願い。」

 茅場大尉は、ブカレストの巣を破壊した時に経験済みなので、特に戸惑いはない。

「望月軍曹、こっちに来て待機しろ。」

「はい。」

「燃料はまだあるか、弾薬は大丈夫か、魔法力は十分残っているか。」

「はい、大丈夫です。魔法力は、全部使っちゃうからあんまり気にしても仕方ないです。」

 烈風斬、考えて見れば無茶な攻撃方法だ。全ての魔法力を扶桑刀に乗せて、魔法力の斬撃で敵を斬る必殺の業。そのかわり全ての魔法力を使い果して、その場で落ちるしかない捨て身の業。こんな年端もいかない子にそんな攻撃を命じるとは、なんと残酷な司令官なのだろうと思わないでもない。もっとも、命じる司令官自身もさんざんやってきたことだし、そうまでしなければネウロイの巣は倒せないのだ。しかし、望月軍曹が戦闘を控えるとなると、大型ネウロイが出て来たら久坂曹長と高田軍曹に任せるしかない。というか、既に3機出てきている。

「久坂、高田、小山、大型ネウロイを破壊しろ。」

 

「それから、玲子ちゃん。」

「はい!」

 いきなり司令官から声を掛けられて、玲子は緊張する。

「玲子ちゃんはまだ戦闘にそんなに慣れていないから、あんまりあれもこれもやろうとしなくていいよ。ネウロイを撃墜しなくていいからね。」

「はい?」

「大事なことは、エレバスとテラー、中でもエレバスを守ること。そのためにやることは、命中しそうなビームを防ぐことだからね。ビームが来たら割り込んでシールドで防ぐ、それだけに集中して。」

「はい、わかりました。」

「機銃は捨ててもいいから、ビームが来たらシールドを掲げて体当たりする、それだけやってね。」

「はい、了解しました。」

 それなら自分でも十分役に立てそうだと玲子は思うが、ふと気付く。ビームに自分からぶつかって行くって、いくらシールドがあっても、無茶苦茶怖いことなんじゃないの?

 

 手配を終えた芳佳は、エレバスの甲板に降りる。先に降りた赤松大尉は、ストライカーユニットや機銃を片付けて待っていた。

「宮藤さん、いよいよですね。」

「うん、まあブカレストの巣を撃破した時と同じようにやればいいから、気楽にやろう。でも、他のみんなが持つかどうかがちょっと心配だな。」

 結構苦しい状況になっているのはわかっているから、赤松大尉にも芳佳の心配は良くわかる。もっとも、勝てないことも心配だが、芳佳の場合は仲間に犠牲が出ないかどうかの心配の方が強そうだ。いざという時に近くにいて守ってあげられないのは辛い所だろう。しかし、勝てなければ全滅は必至なのだから、とにかくやるしかない。轟音と共に主砲がまた巨弾を撃ち出した。大分距離が詰まって来たので、護衛の駆逐艦も射程距離に入ったようだ。リベリオンの2隻の駆逐艦を皮切りに、相次いで巣に向けて砲撃を始めた。しかし、いくら戦艦級の主砲といえども、その砲撃だけでネウロイの巣を破壊することはできない。相当なダメージを与えているようで、巣からネウロイが放出される量はめっきり減ったが、巣の本体は損傷する後から再生していて、損傷を拡大することはできていない。

 

「行くよ。」

「了解。」

 茅場大尉の指示に従って、久坂曹長、高田軍曹、小山軍曹の3人は、きっちりと密集した隊形を取って大型ネウロイに向かう。そうはさせまいと考えているわけでもないだろうが、阻止しようとするかのように、小型ネウロイが次々襲撃してくる。タ、タ、タンと短機関銃が軽快な音を立てるたび、襲撃してきた小型ネウロイが砕け散る。と、射撃音が途切れた。

「弾切れだぁ。」

 高田軍曹が声を上げると、久坂曹長も答えるように言う。

「こっちも弾切れ。」

 二人とも、槍や薙刀を振るう邪魔にならないように、あまり多くの予備弾倉を持って来られなかったのだ。小山軍曹が先頭に立って銃撃して、久坂曹長と高田軍曹はもっぱら防御役だ。弾幕が薄くなったので、小型ネウロイはどんどん接近して攻撃してくる。

「なめんな!」

 久坂曹長が飛び出すと薙刀を振るう。大型ネウロイさえも両断する薙刀にかかれば、小型ネウロイなど鎧袖一触だ。ただ、相当間合いが詰まらないと攻撃できないのが難点だ。

 

 正面に小型ネウロイが多数集まって攻撃してきた。再び久坂曹長が飛び出すと、薙刀を風車の如く振り回しながら突入し、当たるを幸い薙ぎ倒す。取りこぼした小型ネウロイは、小山軍曹が銃撃して破壊する。小型ネウロイを蹴散らして、大型ネウロイの眼前に飛び出すと、高田軍曹が槍をりゅうりゅうとしごきながら突入する。激しく放って来るビームもものかはと肉薄すると、刺突一閃、コアを貫く。大型ネウロイはたちまち崩壊する。

 

 そこに、回避する暇もなくもう1機の大型ネウロイからのビームが降り注ぐ。反射的にシールドで防ぐが、槍を引き付ける暇がない。槍は穂先から半分ほどを持って行かれてしまった。これで高田軍曹は丸腰だ。それでも突入する久坂曹長と並行して側面を守ることはできる。小山軍曹が寄ってきた。

「尚栄、これ使って。」

 そう言って機銃を渡す。

「えっ、海帆はどうするの?」

「うん、手裏剣があるから。」

 そう言うが早いか、ぱっと飛び出して前を遮ろうとする小型ネウロイに向けて手裏剣を放つ。高田軍曹は、負けじと近付く小型ネウロイを銃撃して蹴散らす。それを乗り越えて久坂曹長が飛び出すと、思い切りよく薙刀を振りかざす。強烈な太刀風と共に斬り付けた薙刀は、瞬時に大型ネウロイを両断する。崩壊した大型ネウロイの破片がぱっと飛び散り、大輪の花を咲かせた。

 

「手裏剣なくなった。」

 今度は小山軍曹が丸腰だ。高田軍曹の持つ機銃も残弾が心細い。抜刀隊は今居る中で一番最初から戦っているのだから、弾薬が枯渇するのも仕方ない。

「補給に帰ろうか?」

 高田軍曹が言うが、戦況はなかなか厳しく、この3人が抜けるのは結構厳しい。

「今抜けるのはまずいんじゃないかな。」

 久坂曹長はそう言うが、このまま残っていても、弾薬がなくては大した働きはできない。

「じゃあ、わたしがひとっ走り弾薬を取りに行って来るよ。」

 小山軍曹のその案が妥当な所だろう。

「うん、わかった。なるべく早く帰って来てね。」

「了解。」

 小山軍曹が飛ぶように引き返して行く。戦況はいよいよ厳しい。

 

「エレバス砲撃待て。」

 芳佳はそう指示すると、赤松と一緒に砲塔の中に入る。これから赤松が主砲弾に魔法力を注入して、必殺の一弾を巣に叩き込むのだ。赤松の全身を魔法力の青白い光が包み、尾栓に添えた手から魔法力を送り込む。装填された主砲弾が魔法力を帯びてくる。しかし、何しろ戦艦の巨大な主砲弾だから、魔法力を一杯に込めるにはウィッチ一人分の魔法力では全然足りない。そこで芳佳の出番だ。芳佳は赤松の肩に両手を置くと、魔法力を発動する。相手の魔法力を回復させる治癒魔法の一種だ。これは治癒魔法なのがポイントだ。自分の魔法力を相手に与えるだけなら、芳佳の魔法力が大きいといっても所詮二人分だ。しかし治癒魔法なら、使った魔法力の何倍もの魔法力が回復する。赤松が魔法力を使い果したら回復を繰り返すことで、膨大な量の魔法力を砲弾に注入することができる。二人は一心に魔法力の注入を続ける。

 

 艦隊から巣への砲撃に伴って、艦隊に向けたネウロイの襲撃は一気に激しくなってきた。続々と襲来する小型ネウロイを迎え撃つのは大村隊の淡路上飛曹、長谷部一飛曹、牧原上飛曹と、スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉、コヴァーリコヴァ曹長、そして最後の盾となる岡田玲子上楽兵だ。たちまち乱戦になる。各艦も対空機銃を激しく撃ち上げる。エレバスの上空で待機する玲子は、見たこともない激しい対空射撃に、自分に当たりやしないかと身が竦む。エレバスの艦上では砲術長が喉を嗄らして指揮している。

「お嬢ちゃんが守ってくれているんだ、間違っても真上に撃つなよ。目標、右30度、撃てっ!」

 しかし、艦隊の対空火力には限りがあり、ネウロイの襲撃を全て撃退することはできない。

「サウスウォルド被弾!」

 ブリタニアの駆逐艦が、艦の中央部から黒煙を噴き上げて遅れて行く。

「シェルトン被弾!」

 今度はリベリオンの駆逐艦が被弾した。右舷後部に被弾したシェルトンは、破孔からどっと海水が雪崩れ込み、見る見る傾斜を深めて行く。それを悲痛な思いで見つめつつ、玲子は動かない。本当に守らなければならないのはエレバスだ。他の艦を守ろうとして、その隙にエレバスが被弾したら作戦はおしまいだ。大きく傾いたシェルトンの甲板から、人がぽろぽろと落ちて行く。それを黙って見ているしかない玲子はもう泣きそうだ。

 

 対空射撃の弾幕を潜り抜けて小型ネウロイが突っ込んでくる。玲子は素早く動く。ビームが来た。さっと広げたシールドに当たってビームが飛び散る。攻撃した小型ネウロイが頭上を飛び越えて行く。ほっとする暇もなく、今度は艦尾方向から襲ってくる。ビームに飛び付くようにしてシールドをぶつける。息つく暇もなく次が来る。夢中でビームを追い続け、ビームに向かって行く恐怖心を感じている暇もない。しかし目先のビームに気を取られて見落としがあってはいけないので、ちょっとした隙にぐるりと周囲を見回す。すると、低空を這うようにエレバスに向かって来る小型ネウロイを見つけた。玲子は慌てて急降下する。力を振り絞って急降下すると、吹き付ける風圧で息ができない程苦しいが、間に合うか微妙なタイミングだ。小型ネウロイがビームを発射する。

「えいっ!」

 ビームめがけて遮二無二飛び込んでシールドを開く。びしっと音がして、ビームがあさっての方向へ飛んで行く。やれやれ間に合ったと、引き起こしにかかる。しかし、全力で降下してきた勢いで、制動をかけてもどんどん降下し続け、見る見る川面が迫って来る。

「まずい、川に落ちる!」

 ユニットを下に向けて全力で回すが、止まらない。そこではっと思い出す。宮藤司令官は機銃を捨ててもいいと言っていた。ぱっと機銃を捨てると体がすっと軽くなり、制動が効いてきた。水面を叩くかという程ぎりぎりまで落ちたが、何とか上昇に転じることができた。全身冷や汗でびっしょりになりながら、玲子は次のビームを防ぎに向かう。

 

 主砲弾に魔法力を注入し続けていた赤松大尉が叫ぶ。

「宮藤さん! もう十分です。」

 大量の魔法力を注入された主砲弾は、分厚い砲身を通して魔法力の光が漏れてくるほど魔法力に満ちている。芳佳は肯いて魔法をかけるのをやめると、艦内電話を取る。

「艦長、砲撃してください。」

 ブザーが鳴って、砲手が引き鉄を引く。轟音と激しい衝撃とを残して、魔法力の光を纏った主砲弾が、一直線にネウロイの巣の本体に向かう。まだ再生しきれていない装甲の裂け目に飛び込んだ砲弾は、ネウロイの本体に深く突き刺さると、魔法力を放ちながら炸裂する。凄まじいまでの光の洪水だ。爆発的に広がった魔法力の光が、砕け散った無数の破片に反射して目がつぶれるかと思う程の輝きを巻き起こす。

 

「望月、行くぞ!」

 茅場大尉は望月軍曹を引き連れて、光の洪水の中をめがけて一直線に突っ込んで行く。眩しくてどこにネウロイの本体があるのかわからない程だが、光の中心に本体があるはずだ。爆発のあおりで吹き飛ばされて、茅場大尉たちを遮ろうとするネウロイは針路上にはいない。ネウロイが戻って来る前に一気に突っ込まなければならない。望月軍曹が芳佳から引き継いだ烈風丸をすらりと引き抜くと、正眼に構えて全身の魔法力を集中させる。主砲弾炸裂の光と煙が切れて、ネウロイの巣の本体が見えてきた。巨大な球状の本体は大きくえぐれ、えぐれた穴の底におどろおどろしい光を放つコアが見えた。

「行けっ! 望月!」

 望月軍曹が飛び出す。烈風丸を振りかざすと、ありったけの魔法力を込めて振り下ろす。

「烈風斬!」

 巨大な魔法力の刃がネウロイの巣の本体のコアに突き刺さり、再び光の洪水を撒き散らす。巨大な巣の本体が奇妙な形にゆがんだかと思うと、一気に爆裂する。

 

 激しい戦いに満身創痍のウィッチたちが、空を埋め尽くす勢いでネウロイの巣の破片が広がって行く様を呆然と見つめる。オストマルクのウィッチたちは、誰もがネウロイの巣が破壊されるのを見るのは初めてだ。その、荘厳ささえ感じさせる光景に息を飲む。しかし、やがて実感が湧いてくる。

「勝った!」

 ウィッチたちから歓声が上がる。ついに勝ったのだ。長かったネウロイの占領下から、オストマルクの一角をついに解放したのだ。地上部隊からも、艦隊からも、一斉に歓声が上がる。ハンガリーの空は、歓喜の声に包まれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十五話 戦い済んで日が暮れて

 西に傾く日を浴びて、ブダペストのネウロイの巣を撃破したウィッチたちが、シャーメッレーク基地に帰還してくる。本来なら基地は歓喜に包まれ、盛大な歓声とともに迎えられるところだが、傷付いたウィッチたちも多く、重傷を負って他の隊員に抱えられて帰ってくる者もいるため、戦勝気分に浮かれている状況ではない。滑走路脇には衛生兵が待機して、ウィッチたちが着陸するや否や、装備を外すのを待つのももどかしく、担架に乗せて医務室へ運んで行く。医務室では次々運ばれてくる負傷者を、軍医たちが慌ただしく治療している。その中でも、魔法医二人の働きは目覚ましく、あらかじめ手配していた芳佳の差配が光る。

 

 そんな喧騒とは裏腹に、幹部が集まった司令部は、勝つには勝ったが損害が大きかったことでやや沈滞した空気が覆っている。チェルマク少将がそんな空気を明るくしようと、笑顔で労をねぎらう。

「みなさんお疲れ様でした。見事にネウロイの巣を破壊して大勝利ですね。」

 確かに、大勝利に間違いはなく、芳佳も表情を崩す。

「はい、作戦計画通りに巣を破壊できて良かったです。」

 グラッサー中佐も、疲労の色の濃い表情に笑顔を作る。

「ネウロイの巣が崩壊するのを直接見たのは初めてだったので感動しました。さすがは幾多の戦いを制してきた宮藤司令官です。感服しました。」

 感服したとか言われると、芳佳は面映ゆい。謙遜するつもりでもないけれど、照れが出る。

「ううん、わたしの力じゃないよ。皆が一致協力して頑張ってくれたおかげだよ。ブリタニアが艦隊を出してくれなかったら無理だったし、みんなが頑張ってネウロイを防いでくれなかったら、艦隊も巣を攻撃できなかったからね。」

 この謙虚さが周囲の協力と、隊員たちの頑張りを生むのだなと、グラッサー中佐は自分もそのように心がけなければいけないとの思いを胸に刻む。

 

「ところで、次はウィーンの巣だと思うんだけれど、どうしようね。」

 芳佳がそう言うと、皆一様に表情を曇らせる。グラッサー中佐が答える。

「今回の戦いで、負傷者が大勢出ました。まずは隊員たちの治療を進めて、回復してもらわないと次の作戦には入れません。」

 チェルマク少将も言う。

「今回の作戦は、冬季でネウロイの活動が不活発な隙を突いての攻撃でしたが、次はそのような条件は望めません。今回も結構際どい勝利だったように思いますから、次はもっと戦力を強化して望まないと難しいと思います。次の冬まで待つのなら別ですが・・・。」

「そうだよね・・・。」

 考え込む芳佳に、参謀長の鈴内大佐が言う。

「地上部隊がドナウ川に沿って防衛線を固めななければ、側面が不安で次の作戦を行うわけには行かないと思います。そのためには前線への兵器や資材の輸送が必要ですが、生憎雪解けに伴って道路輸送の効率が低下することが見込まれます。必要な輸送量は膨大になると思いますから、トラック輸送ではいつになったら防衛線が出来上がるかわかりません。ここは、鉄道の復旧が鍵になると思います。」

 トラックは、リベリオンからUS6軍用トラックが潤沢に供与されているので数に不足はないが、何分1台に2.5トンしか積載できないので輸送もはかが行かない。鉄道を復旧できれば、1列車で1000~2000トンは一度に運べるので効率が段違いだ。鉄道が復旧して、防衛線が完成して、それからでなければ地上部隊は動けないということだ。

 

「まあ、それもそうだよね。でも、地上部隊の準備ができて、ウィッチ隊の戦力が強化できたとして、それでウィーンの巣をどうやって倒すかが問題だよね。」

 芳佳はそう言うが、戦力の増強は必要なものの、ブダペストの巣を攻撃したのと同じようにやれば、ウィーンの巣も撃破できるのではないかとグラッサー中佐は思う。

「ウィーンもドナウ川に沿っている街なんですから、ブダペストと同じように艦隊を送って攻撃すればいいんじゃないんですか?」

「うん、ハンガリーは平坦だったから地上部隊をドナウ川沿いに進出させて援護できたけれど、ブダペストからウィーンの間は山がちになるから、地上部隊を併進させるのが難しそうなんだよね。それに、山岳地帯を越える辺りではドナウ川が狭隘になっていて、艦隊を通すのに不安があるんだよ。コシツェの巣やプラハの巣に近くなるのも不安だしね。」

 ドナウ川は、ブダペストから北上するとハンガリー地域北部の丘陵地帯を大きく屈曲しながら抜け、西に向きを変えてハンガリー地域とスロバキア地域の境界を成す。スロバキア地域の中心都市ブラチスラバで少しスロバキア地域内に入ると、小カルパチア山脈の末端部を狭隘な峡谷で抜けてエステルライヒ地域に入り、さらに西へ進んでウィーンに至る。道路を通っての距離は、ブダペストから240キロで、マリボルからの260キロとあまり変わらず、ケストヘイからなら200キロと近い。やはり南側から北上して攻めるのが順当ということか。そうなると、艦隊は使えない、ブカレストで使ったラッテも200キロも走らせるのは無理ということで、決め手になるような武器が使えないということになる。

 

「作戦を発動するのはまだ先になりますから、おいおい考えればいいのではないですか?」

 考え込む芳佳に、鈴内大佐が言う。確かに、急いで結論を出さなければならないことでもない。

「そうだね、当面は防衛体制をしっかり固めることだね。ネウロイの活動も活発になってくるだろうからね。グラッサー中佐、明日からの哨戒は何人ぐらい出られそう?」

「はい、各隊合せて10人程度は出られると思います。」

「うん、じゃあローテーションを組んで回してね。まだしっかりした防衛線のできていないドナウ川方面に重点を置いて。」

「はい、了解しました。」

 戦線が進んだ分、防衛しなければならない範囲も広がった。その一方で可動戦力は大幅に低下している。巣を一つ破壊したからといって、決して楽な状態になったわけではないのだ。

 

 

 長かった一日が終わって、基地は昼間の喧騒が嘘のように静まり返る。隊員たちは激戦の疲れで早々に寝入っており、軍律に反してこっそり夜更かしをしている隊員も、今夜はいないようだ。そんな中で、グラッサー中佐はなかなか寝付けずにいた。薄暗い基地内をあてどなく歩いていると、明かりの灯る部屋がある。

「誰かいるのか。」

 消し忘れかと思いながら声を掛けてみると、返事が返ってくる。

「あら、ヘートヴィヒ、遅くまで書類?」

 中にいたのはリッペ=ヴァイセンフェルト少佐だった。

「エディタか。そうか、こんな日も夜間待機か。」

「そりゃそうよ。ブダペストの巣を破壊したからといって、夜間襲撃が止むとは限らないもの。」

 忘れていたの? とでも言いたいかのように、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は笑う。まあ正直な所、グラッサー中佐は忘れていたというのが本当だ。

「済まない。ブダペストの巣との決戦で頭が一杯で、夜間の事まで気が回っていなかった。」

「うふふ、ヘートヴィヒは正直ね。」

 そんな真直ぐさが、指揮官の立場には似合っていて、忘れられていても好感が持てる。元々ナイトウィッチは影が薄くなりがちだから、忘れられたくらい一々角を立てるほどの事でもない。

 

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐が唐突に尋ねる。

「何か悩み事でもあるの?」

「驚いた。ナイトウィッチは人の心の中まで見えるのか?」

「何言ってるの、魔導針なんか出してないでしょ。ヘートヴィヒはわかりやすいのよ。」

 そう言ってリッペ=ヴァイセンフェルト少佐はくすくす笑う。グラッサー中佐は敵わないなと思う。

「今日、今後の作戦について話があったんだが、どうもウィーンの巣は今回と同じように攻撃すればいいというわけには行かないらしい。」

「あら、そうなの? じゃあどうするの?」

「それがどうすればいいかわからないから悩んでいる。」

「そうね・・・。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は少し考える風だったが、さして悩むでもなく続ける。

「それって、ヘートヴィヒが考えるように言われたの?」

「いや、特にそういう指示は受けていないが・・・。」

「だったら別に悩まなくてもいいじゃない。ヘートヴィヒの役目は戦闘指揮なんだから、チェルマクさんや宮藤さんにお任せすればいいんじゃない?」

 

 それもそうだが、グラッサー中佐としてはそれでいいのかとも思う。

「そうもいかないだろう。仮にもオストマルクウィッチ隊の指揮官なのだから。」

「うん、それならチェルマクさんや宮藤さんと相談すればいいんじゃない?」

「そうだなぁ。」

 そう言われても、チェルマク少将は親子以上の歳の差があって、ちょっと相談しにくい。宮藤司令官は歳は近いが・・・。

「宮藤司令官はつかみどころがなくて、気安く相談してよいものやら・・・。」

「そうね、つかみどころがないって感じはするわよね。それに、司令官と言いながら、威厳みたいなものは感じられないしね。」

 そう言って、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐はくすくす笑う。仮にも司令官を笑っちゃ駄目だろうと思うが、感覚的には同感だ。

「でも、戦歴は圧倒的なんだよなぁ・・・。」

 そう、伝え聞く戦歴は、個人の戦果も指揮官としての実績も驚くほどのものがある。正にウィッチの中のウィッチ、仰ぎ見る存在だ。

 

 そこでグラッサー中佐は気付いた。

「そうか、だから相談しにくいんだ。」

「え? 何で? 圧倒的な実績があるんだったら、それ程頼りになる相談相手はいないんじゃないかしら。」

「そうじゃないんだ。ウィッチとしての戦闘力は、及ばないまでも少しでも近付こうと努力しているが、わたしももう自分では戦えなくなる日も近い。そうなると指揮官としての能力が問われるが、宮藤司令官はウィッチ隊の指揮はもちろん、上層部との交渉にも長けているし、陸海空の通常戦力との連携や、統合作戦立案や統合指揮までやってのけるから、わたしは到底及ばない。そう思うと、なにかこう、もやもやした気持ちが湧いてきて、素直に相談できないんだ。」

 嫉妬、というのとも違う。あるいは、どうしようもないような劣等感を抱かせる存在、そんな気がしてどうにも近寄りにくい感覚を抱いてしまうのかもしれない。

 

「あら、ヘートヴィヒは20歳になっても引退しないの?」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の話の流れを大きくずらす指摘に、グラッサー中佐は面食らう。正直、飛べなくなったからといって引退することは考えていなかった。だから飛ばない指揮官として、どうやって行けばいいのか考えていたのだ。

「引退なんて・・・、欧州解放はまだまだなのに、引退なんてしていいわけがないだろう。」

「そんなことないわよ。ヘートヴィヒはもう十分役割を果たしたんだから、後は後進に任せて、自分の事を考えていいのよ。」

 自分の事と言われても、これまでひたすら人類の勝利だけを考えてきたから、何を考えたらいいのか思い付かない。

「自分の事って・・・、何を考えればいいんだ?」

「ふふっ、本当に真面目で真直ぐね。でも、指揮官として軍に残ったりしたら、行き遅れるわよ。」

「えっ?」

 グラッサー中佐の顔に赤味が上る。さっきよりもっと意表を突かれて動揺を隠せない。

「な、な、な、何て事を言うんだ。不謹慎じゃないか。」

 しかし、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は動揺するグラッサー中佐が可愛らしくて仕方がない。いつもの毅然とした指揮ぶりとの落差が、グラッサー中佐も年頃の女の子なんだと感じさせて、新鮮な印象を与える。

「あら、別に不謹慎じゃないわ。女の子は、普通はお嫁に行くものよ。ヘートヴィヒはどんな人が好み?」

「こ、こ、こ、好みだなんて、軍人の考えることじゃない。そう言うエディタはどうなんだ。」

 そう聞かれても、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は落ち着いたものだ。

「あのね、貴族は家同士の歴史的関係とか、家格とかいろいろ条件があるから、早いうちから相手が決まっちゃうのよ。除隊したらすぐにお嫁に行くことになっちゃうから、もうしばらく自由にやっていられるように、なるべく引退を引き延ばしてるのよ。」

 

 こういうことには初心なグラッサー中佐は、顔を真っ赤にして何も言えずに固まっている。ネウロイの大群には勇敢に切り込んで行くグラッサー中佐もこんな場面ではからっきしだ。しばらく固まっていたグラッサー中佐は、突然癇癪を起こしたように叫ぶ。

「明日は哨戒のローテーションを決めなきゃいけないから、夜更かしするわけには行かないんだ。もう寝るぞ。」

 そして、さっと踵を返すと怒ったように荒々しい足取りで引き返して行く。それを見送りながらリッペ=ヴァイセンフェルト少佐は微笑む。

「いいじゃない、年頃の女の子なんだから、そんな夢を見たってね。」

 いつもは一人きりで黙って待機し続けなければならないリッペ=ヴァイセンフェルト少佐には、いい気晴らしになったようだ。グラッサー中佐には悪いけれど。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十六話 そうだ、カールスラントへ行こう

 明ければ作戦会議の再開だ。

「誰か何かいい考えを思い付いた人いる?」

 芳佳自身は何も思い付かなかったのか、最初から考える気がなかったのか、幹部たちに投げかける。それでもそこは良くしたもので、鈴内大佐がちゃんと考えていてくれたようだ。

「宮藤さん、エステルライヒ地域はカールスラントに面しています。西からウィーンに向かうルートは比較的平坦で侵攻しやすくなっています。だから、西からカールスラント軍に同時に攻撃してもらって二方向から攻撃するか、そこまでできなくても牽制攻撃をかけて敵戦力を引き付けてもらうと良いと思います。」

 この案に、チェルマク少将は感心した風だ。

「なるほどね。そうすればこちらの戦力が2倍になるようなものだから、ネウロイの活動が活発化しても対抗できそうですね。」

 グラッサー中佐も同感する。

「そうですね。カールスラントにとってもオストマルクのネウロイは大きな脅威になっていますから、喜んで協力してもらえると思います。」

 芳佳も首肯する。

「うん、わかった。正式には統合軍総司令部を通じて依頼する必要があるけれど、事前にちょっと打診してくるよ。」

「打診といいますと?」

「うん、中心になるのはウィッチ隊だから、カールスラント南部のウィッチ隊を統括している、第52戦闘航空団司令のミーナ大佐に相談してみるよ。」

「なるほど。」

 ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ大佐は実力派の指揮官で、カールスラント上層部の覚えもめでたく、何より芳佳とは長い付き合いなので、率直な話ができそうだ。

「承知しました。早速手配します。ただ・・・。」

「なに?」

「飛行機を用意しますから、自力で飛んで行こうとしないでくださいね。」

「はぁい。」

 やはり自分で飛んで行こうとしていたようだ。仮にも他国の司令部を訪ねるのに、一人でぽんと飛んで行くというのは、相手に対しても失礼だろうと思うのだが、芳佳にはその自覚はない。

 

 ケストヘイからミーナ大佐の司令部があるニュルンベルクまで、真直ぐ向かうとネウロイの勢力圏を横切ることになってしまうので、一旦ザグレブ付近まで南下してから西へ向かい、ヴェネツィアを通ってヘルウェティア近くまで行ってから北上する、迂回ルートを取ることになる。それでもネウロイの襲撃を受ける恐れもあるので、護衛を付ける必要がある。そのため既に護衛を担当する抜刀隊の面々が集合している。

「護衛には、抜刀隊に行ってもらいます。」

「え、でも伊佐美ちゃんは魔法力を使い果して、まだ本調子じゃないんじゃないの?」

 芳佳は危ぶむが、望月軍曹はここで置いて行かれたくはない。

「宮藤さん、わたしは大丈夫です。もう回復しました。」

 まあ、本人がそう言うならいいだろう。別に戦闘しに行くわけではない。

 

 滑走路に輸送機が降りてくる。リベリオンのC-47輸送機だ。リベリオンが、持ち前の工業力でおよそ1万機も生産しているので、連合軍で広く使われている。貨物2.7トンか、兵員28名を搭載することができる。乗り込んでみると、機内には旅客機タイプの良い椅子が据え付けてある。

「あれ、これって軍用輸送機じゃないの?」

「はい、軍用輸送機ですが、幹部輸送用のVC-47を回してくれました。」

「わたし別に幹部って程じゃないのに。」

 いや、司令官で将官なのだから、十分幹部だろう。結構時間がかかるのだから、軍用の固い椅子に座って、無駄に疲れる必要もない。そして、いざという時のために、芳佳のストライカーユニットと武器弾薬も積み込まれる。

「ちょっと行って来るだけなのに大げさだなぁ。」

 芳佳はそう言うが、過去にも移動中に危ない目にあったことは少なくない。どうも、のど元過ぎれば熱さ忘れるという感じで、懲りない性格だ。そんな芳佳を乗せてC-47は飛び立つ。周囲を抜刀隊のウィッチたちが固めている。ニュルンベルクまでは直線で550キロ、大きく迂回するのでその倍くらいの距離になる。

 

 シャーメッレーク基地を飛び立った輸送機は、南寄りを迂回してロマーニャ半島の付け根付近まで西へ進み、アルプスの山岳地帯を越えてカールスラントに入る。平地では春の訪れが感じられるようになってきたが、アルプスの山中は深い雪と氷に閉ざされている。アルプス山脈を越えると、間もなくカールスラント南部で最大の都市、ミュンヘンが見えてくる。目的地のニュルンベルクまでは150キロとあと一息だが、長距離を飛んできたので一旦ここで休憩を取り、機材の補給と整備を行う。ミュンヘンの西約50キロにはランツベルク・アム・レヒ航空基地があって、カールスラント空軍の第51爆撃航空団が配備されている他、扶桑皇国海軍の横須賀海軍航空隊欧州分遣隊が駐留している。

 

 輸送機から降りる芳佳を、第51爆撃航空団、KG-51司令のジクムント・バース中佐が敬礼して出迎える。

「ランツベルク・アム・レヒ基地へようこそ。何のおもてなしもできませんが、ゆっくりお休みください。」

 カールスラントでは、芳佳はベルリン解放の英雄として知らない者はない。補給と整備のために立ち寄っただけだが、基地を挙げて歓迎してくれる。

「連合軍モエシア方面航空軍団司令官の宮藤芳佳です。KG-51はどんな任務を担っているんですか?」

「はい、オストマルク方面から時折進行してくる地上型ネウロイを爆撃して撃破するのが任務です。比較的平穏な戦線のため、未だに旧式のJu88装備なのが悩みの種です。」

「他の部隊には新型機があるの?」

「はい、新型のAr234ジェット爆撃機は740キロ出ますから、ネウロイの追撃を振り切ることができると言われていて、ネウロイ出現空域の部隊に優先的に配備されています。」

 いや、その程度の速度では、前線ではなかなか厳しいだろうと思うが、今ここでそんなことを言っても仕方がないので芳佳は黙って聞いている。

 

 さて、カールスラント軍の歓迎が終わると、欧州分遣隊が前に出る。欧州分遣隊は、基礎訓練が終わった新人ウィッチを、欧州の中でも比較的平穏な地域に派遣して、哨戒任務を中心に実戦経験を積ませるための部隊で、芳佳はその初代隊長だった。当時はまだカールスラントのほぼ全域がネウロイの支配下にあったので、最初に基地を置いたのはガリア共和国のベルギカ国境に近いカンブレーだった。以来幾星霜、今はミュンヘンに基地を置いて、オストマルク国境の哨戒を任務としている。

 

 その隊長が敬礼する。

「欧州分遣隊長の雁淵ひかり大尉です。お会いできて光栄です。」

 ひかりは、芳佳の事は扶桑を代表する英雄として聞き知ってはいるが、直接会うのは初めてなので結構緊張しており、その性格に似ず謹直な態度で出迎えている。

「宮藤芳佳です。よろしくお願いします。」

 芳佳は答礼しながら、実は後ろで整列している隊員たちの方が気になっている。一人は多分新人指導ための教官兼指揮官で初めて見る人だが、その他の前嶋奈緒一飛曹、仁杉利子一飛曹、倉田信子一飛曹、藤井裕美一飛曹の4人は、およそ1年前に、まだ横須賀で訓練生だった頃に直接指導したことがある懐かしいメンバーだ。隊員たちも1年ぶりの再会に、一応真面目そうに姿勢を正しているが、今にも飛び付いて来たさそうにむずむずしているのが伝わってくる。そしてもう一人、芳佳の後ろで姿勢を正している望月一飛曹は、この隊員たちと一緒に訓練を受けた同期生だ。芳佳が烈風斬を仕込むために手元に残したが、そうでなければ一緒にここにいるはずだった。ひかりに失礼かなと思いつつも、芳佳は後ろの隊員たちに声を掛ける。

「みんな久しぶり、元気だった?」

 もう我慢できずに隊員たちが芳佳にわっと飛び付いてくる。隊長のひかりは芳佳と隊員たちの関係を知らないので、部下たちの突然の行動に目をまん丸くするばかりだ。

 

 旧交を温める望月一飛曹と隊員たちを外に残して、芳佳たちは室内に移る。

「ごめんね、ちゃんと答礼しなくて。」

 ちょっと照れた様子で謝る芳佳だが、そんな芳佳にひかりはむしろ親しみを感じたようだ。

「いいえ、扶桑の英雄で若くして将官になった人なんて、どんなに怖い人だろうって思ってたから、気さくな人で良かったです。」

「ところで雁淵孝美さんって、前にわたし治療したことがあるけど、ひかりちゃんのお姉さんなんだよね?」

「そうなんです! お姉ちゃんを治療してくれた人って宮藤司令官だったんですか? お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございます。」

「ううん、お礼なんかいいよ。それから司令官とかつけなくていいよ。元気になって良かったね。」

「はい!」

 姉の孝美の話が出るなりひかりは相好を崩していて、お姉さんが心底大好きなんだなと感じられる。姉妹のいない芳佳としてはちょっと羨ましい。

 

「ところで、ひかりちゃんって何歳なの?」

 孝美の治療をしたのは確か7年以上前だから、その頃から現役ならもう上がりを迎えていてもおかしくない。

「はい、21歳です。今年22歳になります。」

「え? じゃあ、地上で指揮してるの?」

「いえ、まだ飛べます。わたし、ロスマン先生から少ない魔法力を効率よく使う方法を教えて貰いましたから、魔法力が多少低下しても飛べるんです。」

「へえ、そうなんだ。」

 答えながら芳佳は、ロスマン先生って、昔、確か501にいた頃に誰かから聞いた名前のような気がするな、と思う。それもそのはず、ロスマン先生こと、エディータ・ロスマン曹長といえば、新人時代のエーリカ・ハルトマン少尉(当時)の教育係だったのだ。

「宮藤さんはどうなんですか?」

「わたしは22歳だよ。でも魔法力は低下してないから、普通に飛べるよ。」

「う、うらやましい。」

 ひかりはまだ飛べるといっても、元々魔法力が低いので結構大変なのだ。たまにしかネウロイの出現しない、新人の訓練部隊だからやっていけているが、もし頻々とネウロイが出現するようになったら対処するのは難しい。ひかりは知らないが、芳佳の魔法力がひかりとは比較にならない程強大なことを知ったら、もっと羨ましがることだろう。

 

「ところで、ひかりちゃんがいた頃の502部隊でネウロイの巣を破壊しているよね?」

「はい、グリゴーリですね。」

「うん、それってどうやって破壊したの?」

「はい、ドーンと行って、グイッとやって、バーンって・・・。」

 身振り手振りを交えて説明してくれるのはありがたいが、そんな感覚的な説明では全然わからない。

「うん、それじゃあわかんないよ。もう少しわかるように説明して。」

「ええと、列車砲から超爆風弾を撃って巣を覆っている黒雲を吹き飛ばして、コアの位置を特定して同じく列車砲から魔導徹甲弾を撃ち込んで破壊する計画だったんですけれど・・・。」

「けど?」

「列車砲が破壊されて失敗しました。」

「え? 失敗したの? でも破壊したんだよね?」

「はい、超爆風弾の破片を使って雲に穴をあけて中に突入して、わたしが接触魔眼でコアの位置を特定して、破壊された魔導徹甲弾の魔法力を管野さんの手袋に移して、それで殴って破壊しました。実際はあと一歩のところで管野さんの魔法力が尽きて、わたしがリベレーターで止めを刺したんですけれど。」

 芳佳は管野のことはオデッサの巣を破壊した時に一緒に戦ったので知っているが、殴ってネウロイの巣を破壊するとか、いかにも管野らしいと思う。

「ふうん、そんなやり方があったんだ。でも齟齬はあったけど、超爆風弾と魔導徹甲弾の組み合わせで破壊できたってことだよね。それなのに何でその方法は使われなくなったんだろう?」

「さあ・・・。」

 そんなことを聞かれてもひかりにはわからない。ただ、この方法は応用が利くのではないかと、芳佳は思った。補給と整備と、ちょっと旧交を温めるために立ち寄ったが、意外な収穫があったものだ。窓の外では、そんなことを知る由もなく、望月一飛曹と同期生たちが歓声を上げながらじゃれ合っている。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎扶桑皇国

雁淵ひかり(かりぶちひかり)
扶桑皇国海軍大尉 (1930年5月26日生21歳)
欧州分遣隊隊長。魔法力はそれほど高くなく、在籍していた佐世保航空予備学校の成績も良くなかったが、驚異的な体力と根性を持つ。志願して欧州に派遣されると第502統合戦闘航空団に入隊し、出現したネウロイの巣「グリゴーリ」に止めを刺すなど活躍した。20歳になってからも、前線からは退いたものの、訓練で身に付けた魔法力の効率的な使い方によって、訓練部隊で飛び続けている。

前嶋奈緒(まえじまなお) 
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1937年2月11日生14歳)
望月が編入された時の訓練生の一人。訓練生の中で最年長だったことから、訓練生たちのリーダー的存在。飛行技術、学科とも優秀。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

仁杉利子(にすぎとしこ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1937年6月24日生14歳)
同じく訓練生の一人。温和な性格で、年下の訓練生たちの面倒をよく見ている。戦闘スタイルは基本に忠実で堅実。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

倉田信子(くらたのぶこ)
扶桑皇国海軍一等飛行兵曹 (1938年4月6日生13歳)
同じく訓練生の一人。どちらかというと引っ込み思案な性格で、あまり前に出たがらない。年少のため技術的には今一歩。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

藤井浩美(ふじいひろみ)
海軍一等飛行兵曹 (1938年4月27日生13歳)
同じく訓練生の一人。飛行センスに優れ、空戦技術は今期訓練生で一番。積極的な性格で、飛び出しすぎることもしばしば。訓練学校を卒業後は、欧州分遣隊に配属になって欧州に派遣される。

◎カールスラント

ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ(Minna Dietlinde Wilcke)
カールスラント空軍大佐(1926年3月11日生25歳)
カールスラント空軍第52戦闘航空団司令
第二次ネウロイ大戦初期から戦い続け、第501統合戦闘航空団を指揮してガリアとヴェネツィアの解放に成功した。さらに、第3戦闘航空団を指揮してカールスラント解放戦を戦い、その後は第52戦闘航空団司令として、オストマルクのネウロイの侵攻からの防衛を担っている。

ジクムント・バース(Sigmund Barth)
カールスラント空軍中佐(1921年1月23日生30歳)
カールスラント空軍第51爆撃航空団司令
主にJu88爆撃機に搭乗し、地上型ネウロイへの爆撃を重ねてきた。被弾して重傷を負ったこともあるが、幾多の戦いを生き抜いて、第51爆撃航空団司令として戦い続けている。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十七話 ニュルンベルクにて

 休養と補給、整備を終えた芳佳たちは、ミュンヘンを後にニュルンベルクに向かう。ニュルンベルク近郊の航空基地は、ニュルンベルクから北西に19キロのヘルツォーゲンアウラハにある。1936年に開設された、690メートルの滑走路が1本だけの小さな飛行場で、かつては第54戦闘航空団が置かれていた。現在は第52戦闘航空団が配置され、プラハ及びウィーンの巣からの侵攻に備えている。

 

 輸送機から降り立つ芳佳を、ミーナ大佐が出迎える。

「長旅お疲れ様。宮藤さん、しばらくぶりね。」

 ミーナ大佐は確かつい先日26歳になったはずだ。501部隊の頃から年齢以上に大人びていたが、さらに一段の成長を感じさせるように大人の雰囲気を漂わせている。

「ご無沙汰してます、ミーナ隊長。モエシア奪還作戦の時にちょっとお邪魔して以来だから、1年ぶりくらいですね。」

「そうね。でも驚いたわ、宮藤さんが将官になるなんて。」

 そう言ってミーナ大佐は、どこか遠くを見るように視線を浮かせる。多分、501の頃の芳佳を思い出しているのだろう。芳佳自身も、振り返って見るとあの頃の自分とはまるで別人のようだと思う。たまにしか会っていないミーナ大佐が遠い目をするのももっともだ。

「えへへ、わたしもまさかこんなことになるんて思いませんでした。でも階級だけ上がっちゃって、とても階級に見合った仕事ができるようになりません。」

 芳佳は謙遜ではなく、正直にそう思う。でも、ミーナ大佐は謙遜と受け取ったようだ。

「あら、宮藤さんも謙遜して見せるなんて、ずいぶん大人になったのね。でも話は聞いてるわよ。十分過ぎるほど活躍しているようね。」

「えへへー。」

 芳佳は褒められて、照れ笑いを浮かべている。そういえば、いつの間にか偉くなってしまって、上の人から褒められる機会もなくなってしまった。まあ、階級から言えば今や芳佳の方が上だが、芳佳にしてみればミーナ大佐は今でも厳しくも優しい隊長だ。お姉さんみたいな感じとも言えるかもしれない。そう言えば、うっかり『お母さん』と呼びかけてしまったこともあったっけ。

 

 立ち話も何なので、ミーナ大佐の執務室に場所を移す。

「宮藤さん、コーヒーにお砂糖とミルクは入れる?」

「はい、入れてください。」

「うふふ、二十歳を過ぎてもコーヒーそのもののを味わう様にはならないのね。」

「だって、扶桑ではコーヒーはあんまり飲まないんですよ。」

「あら、ずいぶん欧州にも来ているのにね。」

 何だか芳佳は神妙に畏まっている感じだ。もう階級も立場も上になったんだから、もっと堂々としていてもいいのにと思うと、なんだか可笑しい。

「ありがとうございます。」

 そう言ってコーヒーを口に運ぶ様子は、相変わらずの童顔もあって、501の頃そのままの様にも感じられる。

 

「それで今日は、ただの表敬訪問ってわけじゃあないのよね?」

 そう言うミーナ大佐の表情が引き締まって、指揮官の顔になる。

「はい、まだ正式な依頼ではないんですけれど、共同作戦の打診に来ました。」

 まあそんな所だろうと思っていた。ブダペストの巣を破壊した以上、次の目標はウィーンの巣だろうとは予想がつく。そうなれば、隣接するカールスラントに応援を要請しに来るのは必然だ。

「それで、どうしたいの?」

「はい、ブダペストの巣と戦って、今の戦力ではウィーンの巣を攻撃するには足りないと痛感しました。だから、カールスラント軍に共同攻撃してもらうことで、勝てないかと考えたんです。カールスラント軍の中でも、オストマルクのエステルライヒ地域に隣接するウィッチ隊を指揮しているのはミーナ隊長ですから、正式に依頼する前に、ミーナ隊長と作戦の見通しを相談しておきたいと思ったんです。」

 やはりそうかとミーナ大佐は肯く。

 

 しかし、カールスラントにはカールスラントの事情があり、おいそれと同意するわけには行かない。

「事情はわかるけど、はいそうですかというわけには行かないわね。カールスラントとしては、より近接しているプラハの巣の方に脅威を感じているし、備えなければならないから、そこを疎かにしてウィーンの巣の攻撃に戦力を割くわけには行かないわ。」

 それはもっともだと芳佳も思うが、そんなことを言っていたら永遠にオストマルクの巣と睨みあっていなければならなくなって、カールスラントにとっても良いことはないのではないか。

「プラハの巣の脅威はわかりますけれど、睨みあいを続けることはカールスラントにとって大きな負担になると思います。たとえ一時的に厳しい状況になっても、ウィーンの巣、そしてプラハの巣と撃破して、本当の安全と平和を手にした方が良いんじゃないですか?」

 芳佳の意見が思いの外まっとうで、ミーナ大佐は意外そうな顔を見せる。しかしそれはミーナ大佐の認識不足で、芳佳だっていつまでも新人の頃のままではないし、そもそもそうだったら司令官なんかになっていない。

「うん、宮藤さんもいろいろ考えるようになったのね。成長してくれて嬉しいわ。」

 他人が聞いたら上官を愚弄しているように聞こえて一悶着ある所だが、そこは501以来の二人の関係があるから問題にならないし、芳佳はむしろミーナ大佐に自分の成長を認めてもらえて嬉しい位だ。

 

「でもね・・・。」

 芳佳の考えを褒めたミーナ大佐だったが、それでも簡単には同意してくれない。

「仮に兵力を捻出してウィーン攻略作戦をやったとしてもね、カールスラントからウィーンへの進撃路は、側面をプラハの巣に曝しながら進む形になるのよ。もし進撃途中でプラハの巣からの攻撃を受けたら、前線の部隊は敵中に孤立することになるわ。そうならないように側面に防衛戦力を厚く配置したら、今度は攻撃戦力が不足することになるわ。いずれにしても、カールスラントからウィーンを攻撃するのは無理があるわ。」

 それは確かにそうなのだ。カールスラント国境からウィーンへ向かう街道は、プラハの南約200キロのあたりを東西に通っている。ネウロイは街道の側面からどこでも自由に攻撃できるので、それを防いで前線への補給路を維持するのは難しい。

「うーん、無理でしょうか?」

「そうね、ちょっと無理ね。あくまでやろうとするなら、オラーシャ方面に派遣している部隊を全部引き上げて、他の連合軍諸国の部隊も集めないといけないわ。」

 それはちょっと全般作戦に影響が大き過ぎるし、実現するために全世界の各国軍を回って説得してくるというのも現実味がない。

「わかりました。じゃあ、プラハの巣に牽制攻撃をかけて、プラハの巣からウィーン方面に攻めてこないようにしてもらうことならどうでしょう。」

「そうね、それが現実的ね。」

 まあそこが落としどころだろう。ただそうなると、芳佳の指揮下で直接攻撃に参加する戦力を増やす必要があり、オストマルク軍の増強や、他の国からの援軍も集める必要があるだろう。帰ったらその手配をしなければならない。

 

「要件はそれだけ?」

 重要案件が終わったからか、ミーナ大佐は表情を和らげて尋ねる。

「はい、ありがとうございます。あ、そうだ。」

「何かしら。」

 ミーナ大佐の表情に少し警戒するような色が浮かぶ。何しろ扶桑のウィッチはすぐに突拍子もないことを始めるから警戒が必要だ。巻き込まれてはかなわない。うわさに聞く芳佳の戦い方は相変わらず無茶で、歳を重ねても、階級や地位が上がっても、性格は大して変わっていないように思える。第一、芳佳自身もそうだが、芳佳を護衛してきた扶桑のウィッチの内2人もが背中に扶桑刀を背負っている。ミーナ大佐も扶桑のウィッチは何人も知っているが、日常的に刀を背負っているウィッチは坂本以外にほとんど知らない。そんな人が何人もいる部隊というのは、一体どのような奇抜な戦いを担うのだろうか。

 

「以前502部隊がネウロイの巣を破壊した時には、超爆風弾と魔導徹甲弾を組み合わせた攻撃方法を使ったって聞きました。それで巣を破壊できたのに、何でその方法は使われなくなったんでしょう?」

「ああ、マンシュタイン元帥のフレイアー作戦ね。あれは失敗したのよ。」

「え? でも巣は破壊したんですよね?」

「超爆風弾で雲を吹き飛ばすことはできたんだけれど、反撃にあって時間を取られているうちに雲が再生して、魔導徹甲弾は雲のバリアに阻まれて破壊されてしまったの。その後大砲も2門とも破壊されてしまって、撤退に追い込まれたのよ。結果的にはラルの502部隊が巣を破壊することに成功したんだけれど、作戦としては失敗ね。失敗した作戦だから、その後同じ方法は使われなかったのよ。」

 

 そういうことかと納得するが、折角の巣を破壊する方法の手掛かりなので、どうにか応用できないものかと思う。

「でも、作戦を改善して成功するようにできなかったんでしょうか。」

「それがね、作戦には80センチ列車砲を使ったんだけれど、全部破壊されちゃったから、もう二度と実行できなくなっちゃったのよ。巨大な列車砲だから、おいそれとまた作るわけにもいかなかったしね。」

「うーん、もう少し小さめの大砲じゃ無理なんでしょうか。」

「それはやってみなくちゃわからないわね。でも、あの時は巣の方から向かって来たから、巨砲を準備して迎え撃てたのよ。こっちから前進して攻撃して行くときに、巨砲を持って行くのは難しいわよね。そもそも、列車砲は予め線路を敷いておかないと進められないものね。」

 そうなると、攻撃前進に適した小口径の砲を多数と、それ用の小型の超爆風弾と魔導徹甲弾を多数用意して、釣瓶打ちにして撃破するしかないようだ。まあ、502部隊も超爆風弾と魔導徹甲弾の破片を再利用することで巣の本体を撃破できたのだから、できないことはないだろう。

 

 しかし他の方法はないだろうか。巣を相手にやったことはないが、地上の大型ネウロイを相手に、多数の爆撃機で攻撃して撃破したことならある。

「砲撃じゃなくて爆撃って手はないでしょうか。」

「ああ、爆弾ね。巣を爆撃したことのある人はいないと思うけれど、試してみる価値はあるかもしれないわね。」

「今使える一番大きな爆弾って何がありますか?」

「それならブリタニアの10トン爆弾、グランドスラムね。」

「わかりました。それじゃあ、ブリタニアにお願いして、超爆風爆弾と魔導徹甲爆弾を作ってもらいます。」

 ネウロイの巣の上空に爆撃機を持って行くには、どの程度の護衛があればいいのか見当もつかないが、とにかくウィーンの巣を破壊できる可能性は見えてきた。なかなか困難な作戦だが、何とか実現に持って行かなければならない。もっとも、これまでのネウロイの巣との戦いでも、困難でなかったことはない。

 

 芳佳が無茶な行動に走って振り回されたこともあったミーナ大佐だが、こうして情報を集めて作戦を工夫し、実現に持って行こうとするあたり、立派な司令官に育ってくれたと思う。

「でも宮藤さんはすっかり司令官らしくなったわね。」

「えっ、そんなことないですよ。わたしもミーナ隊長みたいに隊長らしくなれるように、もっともっと頑張らないと。」

 高い地位についても、輝かしい戦歴を重ねても、芳佳はあくまで謙虚で前向きだ。ミーナ大佐はふと芳佳が入隊したばかりの頃のことを思い返す。どうしてウィッチーズ隊に入ろうと思ったか尋ねたのに対して、芳佳は、困っている人たちの力になりたくて、と答えたものだった。ミーナ大佐は、その気持ちを忘れないでね、と言ったが、今でも芳佳がその頃の気持ちを持ち続けている様子なことが嬉しい。当時と変わらない無邪気な笑顔を浮かべている芳佳が、その時の自分の言葉を意識しているかどうかはわからないけれど、こうして立派に育ってくれたことで、当時芳佳の行動に振り回された苦労が報われた気がした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十八話 焼け跡の街の片隅で

 早朝のシャーメッレーク基地に気合の声が響く。ひんやりたした朝の空気を、ぴんと張った緊張感が包む。声の主は芳佳だ。デスクワークが多くなりがちな司令官の仕事で鈍りがちな体を、いつでも戦える状態に保つため、時間の許す限り訓練を続けている。忙しい任務の中で時間が取れるのは早朝くらいしかなく、大概は早朝訓練ということになっている。以前なら、この時間は朝食の支度に勤しんでいたりしたものだが、さすがに司令官ともなると周囲の抵抗が激しく、朝食の支度はさせてもらえない。食事を作って皆に食べてもらうのが好きな芳佳としては不満だが、立場上仕方がないことはわかる。その不満をぶつけるように、裂帛の気合と共に、手にした木刀を鋭く振り下ろす。

 

 木刀を構え直した芳佳の耳に、風に乗って柔らかな音色が聞こえてくる。

「あれ、これって何の音だろう?」

 芳佳は木刀を下ろすと、音の流れてくる方に歩みを進める。すると、隊舎の影で岡田玲子上楽兵が楽器を吹いていた。

「玲子ちゃんだったんだ。そう言えば玲子ちゃんって軍楽兵だったんだよね。」

 声を掛けられた玲子は、驚いたように楽器を下ろすと姿勢を正す。

「おはようございます。あの・・・、基地で楽器を吹いたらいけなかったですか?」

 見咎められたかと思った玲子は、少し上目使いに身を固くする。

「ううん、別に構わないよ。玲子ちゃんはそっちが本業なんだしね。でも日々の訓練や出撃で疲れているのに、早朝訓練なんて感心だね。」

「そんなことありません。練習を欠かすとすぐに下手になっちゃいますから。でも、宮藤さんも早朝から訓練ですか?」

 玲子は芳佳の手の木刀を横目で見ながら問い返す。

「うん、司令官なんかやってるとすぐに体が鈍っちゃうからね。」

「司令官になっても訓練は必要なんですね。それじゃあわたしなんて、別に感心っていう程の事はないですね。」

「うん、そうだね。」

 司令官に褒められたと感激した玲子だったが、芳佳自身があっさりそれを否定してずっこける。どうもこの司令官は、正直だが、それほど深くものを考えずにしゃべっているようでもある。

 

 そこへ参謀長の鈴内大佐が大きく手を振りながら駆けて来る。

「宮藤さん、こんな所にいたんですか。」

「うん、どうしたの?」

「どうしたのって、今日は早朝からケストヘイの司令部で作戦会議だって言ったじゃないですか。」

「あっ、そうだったね。もうそんな時間?」

「そうです、もうすぐに出発しないと間に合いません。」

「えっ? 朝ごはんはどうするの?」

「そんな暇ありません。すぐに出ますよ。」

 そう言って鈴内大佐は芳佳の手を引いて走り出す。

「えー、朝ごはんぐらい食べようよ。」

「移動しながら握り飯でも食べてください。」

 愚痴りながら引っ張られて行く芳佳は何だか頼りない。こんな司令官で大丈夫なのかと思わせるものがあるが、見事にネウロイの巣を撃破した実績を見れば疑う余地もない。まあ、細かいことは幕僚が補佐すれば良いという考え方もある。幕僚からは、こんなことをするために軍人になったんじゃない、という声も聞こえてきそうだが。

 

 芳佳を乗せた自動車は、ケストヘイ中心部の司令部に向かう。シャーメッレーク基地からケストヘイ中心部までは20キロ足らずで、道路の混雑があるわけでもないので20分もあれば着く。時折すれ違うのは、部隊の移動や軍需物資の輸送のための軍用車両がほとんどだ。それでも、まだ最前線だというのに、復興作業を始めようと入り込んでいる人もいる。奪還した当時は一面に焼け跡の瓦礫が広がっていたケストヘイの街は、既に大部分の瓦礫が片付けられて、道路以外何もない風景が広がっている。作戦上の要請もあって瓦礫の片付けは進んだが、まだ最前線のため民間人の立ち入り制限が厳しく、街の再建にはほとんど手が付けられていないのだ。ようやく雪が消えたところで、地面からは一本の草もまだ生えていないので、寂寥感が募る風景だ。

 

 そんな街にも、ぽつり、ぽつりと人がいる。厳しい立ち入り制限の中でも、少しでも再建のためにできることをしようと、避難している地域から遥々やってきた人たちだ。人は強い。これまでに奪還した地域でも、再建などできるのだろうかと思うような荒れ果てた街が、人々の努力で次々と再建されて来ている。そんな何もない街の一角に、年端の行かない少女が一人ぽつんと佇んでいる。こんな所に一人でどうしたのだろう。思わず芳佳は運転手に声を掛ける。

「止めて。」

 作戦会議に遅れると慌てる鈴内大佐を残して車を降りた芳佳は、その少女に駆け寄って声を掛ける。

「ねえ君、こんな所でどうしたの?」

 振り返った少女は、こんな所で声を掛けられたことに少し驚いた風で、でもすぐに笑顔を見せて答える。

「ここ、わたしの家なんです。」

 そう言って指した一角は、ただ更地になっているだけで何もない。何もない場所を我が家だと、笑って答えるその姿に、芳佳は胸が詰まる。

「そ、そうなんだ・・・。」

 しかし言葉に詰まっている場合ではない。こんな何もない、前線の危険の残る場所に、少女が一人でいていいわけがない。

「こんな所に一人でいちゃ危ないよ。誰か一緒の人はいないの? はぐれたの?」

 すると少女はぷっとふくれて答える。

「そんなに幼く見えますか? わたしもう15歳ですよ。でも母と一緒です。母は少し離れた所にある畑を見に行ってます。」

「ああ、そうなんだ。ごめんね、もっと小さい子かと思った。」

 これはちょっと失敗だったかと思う。芳佳は小学生が家族とはぐれて一人でいるのかと思ったのだ。15歳と言えば、芳佳はもう501部隊で戦っていた歳だ。

 

 少女はそんなに気にしていない様子でまた笑顔を浮かべると、両手を大きく広げながら言う。

「まだ家がこんなですから帰ってこられませんけれど、この街がわたしの故郷なんです。今日は様子を見に来ただけですけれど、そう遠くない内にきっと帰って来たいです。」

 そう言う少女の瞳は希望に輝いていて、どうしようもなく寂寥感を感じるだけだった芳佳は圧倒される気がする。すると少女はぺこりと頭を下げる。

「わたしたちの故郷を取り戻してくれてありがとうございます。こうして様子を見に来られるようになったのも、軍人さんのおかげです。」

 この状況を見ては、とても感謝される気にはなれない。それでも希望に瞳を輝かせる少女に、芳佳はもう泣きそうだ。ずいぶん頑張って戦って来たけれど、こんな境遇の人たちが、まだまだ大勢いるのだ。自分にできることは、更にネウロイを押し返して、一人でも多くの人が故郷へ帰れるようにすることだけだ。

「うん、もっと頑張って、自由に故郷へ帰って来られるようにしてあげるから、もう少し待ってってね。」

「はい。」

 少女は一段と明るい笑顔を見せる。この笑顔に応えるためにも、もっと頑張らないといけない。そのためにはまずは作戦会議だ。芳佳は車に戻って、司令部に急ぐ。

 

 

 少し寄り道はしたけれど、作戦会議には間に合った。芳佳が着くと、程なく会議が始まる。オストマルク軍総司令官のアルブレヒト・レーア上級大将が、会議の趣旨を説明する。

「本日の議題はウィーン奪還作戦だ。先日宮藤少将から提案のあったウィーンの巣への攻撃方法について、研究結果を説明してもらうために、リベリオン陸軍の第15航空軍司令官、ネーサン・トワイニング中将と、ブリタニア空軍の第617飛行中隊長のジェームズ・ギブソン中佐にも来てもらっている。」

 

 レーア上級大将の紹介を受けて、ブリタニア空軍のギブソン中佐が立ち上がる。ギブソン中佐の軍服には汚れやよれがあって、硝煙の中をくぐり続けている現場指揮官といった趣がある。

「ブリタニア空軍第617飛行中隊のギブソンです。第617飛行中隊は大型の地上型ネウロイ撃破を任務として、トールボーイやグランドスラムといった特殊大型爆弾での爆撃を担当する部隊です。今回の任務はネウロイの巣の本体を爆撃によって破壊することと聞いています。」

 ギブソン中佐はそこで一旦区切ると、ゆっくりと居並ぶ将軍たちを見回す。どうやら将軍たちの前でも気後れしない、胆の座った隊長のようだ。そしておもむろに言葉を継ぐ。

「本作戦は困難と考えます。理由は二つあります。一つ目ですが、超爆風爆弾はともかく、魔導徹甲爆弾は正確にコアの位置に命中させなければならないと考えますが、水平爆撃ではそのような精度は期待できません。二つ目ですが、ネウロイの巣は高度1万メートルに及ぶと聞きますから、爆撃するためには少なくとも1万メートルまで上がらなければならない。しかしながら、我々の装備するランカスターの上昇限度は約8000メートルです。これでは爆撃はできないと考えます。」

 

 いきなり作戦を全面的に否定されて、司令部内には白けた空気が流れる。これでは何のために忙しい中参集したのかわからない。さすがにこれで終わりにはしたくないレーア上級大将は芳佳に振る。

「宮藤司令官、何か手はあるかね?」

 そう言われても、飛行機の上昇限度など考えていなかった芳佳にもこれといって名案があるわけではない。ウィッチは魔法力による身体保護があるので、1万メートルくらいの上昇は十分可能だ。501部隊では、さすがに単独では上昇できなかったが、エイラとサーニャが高度3万メートルまで行って戦った実績もある。だから上昇限度というのは考えていなかったが、そんなことを言っても始まらない。

「はい、ええと、魔導徹甲爆弾は正確にコアを狙わなくてもいいと思います。巣の本体の分厚い装甲を破壊してもらえれば、後はウィッチ隊で何とかします。」

 何とかしますという言い方はいいかげんかもしれないが、ある程度大きく破壊することができれば、後は高射砲でも、フリーガーハマーでも、烈風斬でも何でも使って止めを刺せばいいと思う。それに、あんまり精緻な作戦計画を立てて臨んでも、その通りに行くことなどまずないから、臨機応変に行くしかないのが実情だ。

 

 レーア上級大将はそんな説明でも納得したようで、ひとつ肯くとトワイニング中将に話を振る。

「では後は1万メートルまで上昇できる爆撃機があればいいんだな。トワイニング中将、第15航空軍ではどうかね?」

 しかし、トワイニング中将は首を振る。

「第15航空軍の主力はB-24だが、これも上昇限度は8000メートル余りだ。しかも、爆弾搭載量は6トン弱だから、トールボーイはともかく、グランドスラムは積めないぞ。」

 するとギブソン中佐が言う。

「爆弾の重量については、魔導徹甲爆弾は通常の徹甲爆弾より重量が軽くなる見込みですから、6トンも積めれば何とかなると思います。まあ、上昇限度はどうにもなりませんが・・・。」

 レーア上級大将は天を仰ぐ。

「リベリオンでもだめか。カールスラントもロマーニャもそんな爆撃機は持っていないしな・・・。」

 芳佳も、折角いい作戦だと思ったのにと残念だ。扶桑海軍の陸上攻撃機連山なら上昇限度は1万メートルを超えるが、搭載量は4トンでグランドスラムはもちろんトールボーイでもちょっと無理がある。上昇限度1万5千メートル、搭載量20トンの富嶽という計画もあるらしいが、まだ構想段階で使えない。

 

 すると、トワイニング中将に同行してきた第15航空軍の参謀が思い出したように口を切る。

「B-29を借りて来たらどうですか? B-29なら上昇限度は1万メートルを超えるし、搭載量も9トンありますよ。」

「そうか、それがあったな。」

 トワイニング中将は肯く。

「リベリオンが誇る超空の要塞B-29があった。第15航空軍では保有していないが、本国から借りてくる。搭乗員は・・・、ギブソン中佐、どうするね?」

「自分たちがやります。超重量級爆弾を使った作戦には慣れていますから。」

「オーケーだ。では、レーア上級大将、それでいいかね。」

「了解した。準備にかかってくれ。」

 一時は駄目かと思った作戦だが、何とかなるものだ。さすがはリベリオンといったところか。これでウィーンの巣を撃破できる。来る途中で会った少女のためにも頑張ろうと、芳佳は決意を新たにする。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎リベリオン

ネーサン・トワイニング(Nathan Twining)
リベリオン空軍中将(1897年10月11日生54歳)
リベリオン空軍第15航空軍司令官
B-24を主力とする重爆撃機1,000機以上を擁する第15航空軍司令官。ロマーニャに基地を置いて、欧州全域で作戦支援のための爆撃作戦を指揮している。

◎ブリタニア

ジェームズ・ギブソン(James Gibson)
ブリタニア空軍中佐(1918年8月12日生33歳)
ブリタニア空軍第617飛行中隊隊長
大型の地上型ネウロイを大型爆弾によって破壊するための専門部隊、第617飛行中隊の隊長。まだ欧州大陸がネウロイに支配されていた頃、大陸のネウロイに対して実に174回もの爆撃を行った、技量と勇気と統率力に優れた指揮官。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十九話 ジェットストライカー出撃

 シャーメッレーク基地にサイレンが鳴り響く。敵襲だ。待機要員が指揮所に集合する。

「電探情報によれば、ウィーンの巣からネウロイが出現し、南下しているとのことだ。現在哨戒中のセルビア隊が確認に向かっているが、確認を待たずにポーランド隊は出撃し、敵ネウロイを撃滅せよ。」

 グラッサー中佐の命令に、ポーランド隊隊長のミュムラー少佐は姿勢を正す。

「了解しました。ポーランド隊出撃します。」

 ポーランド隊は直ちに出撃して行く。見送る芳佳がグラッサー中佐に話しかける。

「このごろネウロイの出現が多くなってきたね。」

「はい、やはり春になってネウロイの活動が活発化したものと思います。」

「そうだね、まあ、小型ネウロイの少数機がほとんどなんで、そんなに困ってないけどね。」

「そうですね、でもいつ大群が出たり、大型が出たりするかわかりませんから、警戒は怠れません。」

「そうだね、でもみんな回復してよかったね。」

「はい、戦力が低下しているうちに大攻勢がなくて助かりました。」

 

 春になってネウロイの活動は活発化してきたが、魔法医の治療が功を奏して、ブダペスト攻略の際に負傷したウィッチたちは、既に回復し、戦列に復帰している。復帰する前にネウロイの活動が活発化していたら、迎撃するウィッチのローテーションが苦しくなったところだった。そういう意味では、芳佳が予め魔法医を手配しておいた効果は大きい。

「ところでね、オストマルク国境を挟んで対峙していた時って、やっぱりこれくらいの頻度でネウロイが出現していたのかな?」

 今の出現ペースは週に数度に及ぶ。1週間に1回程度だったガリアの巣とは大分違う。オストマルクにあった4か所の巣から毎週数回ずつ出現していたら、防衛するのはかなり大変だったろうと思う。しかし、そうでもなかったようだ。

「いえ、当時は週に1回程度で、それも偵察型が1機で来るのが大半でした。だから、見落として侵入でもされない限り、防衛はそれほど難しくはありませんでした。」

「あっ、そうだったんだ。じゃあ今の状況は、過去に例がない出現頻度なんだね。」

「はい、そうです。やはり人類側が攻め込んでいるから、ネウロイの反撃も強くなっているんじゃあないでしょうか。」

「そうだね。」

 ネウロイは、普段はおとなしくしていて、近付くと猛然と攻撃してくるということがある。だから、攻め込んで行けば反撃が激しくなるのは仕方のない所だ。今はそれでもまだ距離があるが、更に近付いたとき、どれほどの反撃があるのだろうか。

 

 侵攻してきたネウロイに、まず哨戒に出ていたセルビア隊が触接し、隊長のテオドラ・ゴギッチ大尉が本部に通報する。

「セルビア隊のゴギッチです。ネウロイは中型が1機、初めて見る形で、棒状です。そう、太い鉛筆みたいな感じです。」

 ゴギッチ大尉の報告に、グラッサー中佐から指示が来る。

「ポーランド隊がそっちに向かっているから、共同して撃墜してくれ。ポーランド隊が着くまでに、軽く当たりを見てくれ。」

「了解しました。」

 ゴギッチ大尉は、僚機のセミズ軍曹に本部からの指示を伝える。

『ミリツァ、ポーランド隊が応援に来るけど、それまでに軽く当ててみて、様子を見るようにだって。』

『うん、了解。』

『初めて見るタイプだから注意してね。』

『うん。』

 

 ゴギッチ大尉はセミズ軍曹と共に、ネウロイの斜め前方から降下する。接近して銃撃を加えようとすると、それより早くネウロイは先端からビームを放って来る。ビームの狙いはかなり正確だ。ゴギッチ大尉はシールドを広げてビームを受け止める。結構重い衝撃を感じた。

『お返しだよ。』

 ゴギッチ大尉は銃撃を返す。機銃弾が命中した箇所が削れて白く跡が残るが、装甲を撃ち抜くことはできていないようだ。結構装甲は硬いようだ。さっと反転して距離を取る。

 

「本部、ネウロイは先端からビームを放って来ます。ビームの数はそれほど多くありませんが、結構強いビームで狙いは正確です。装甲は結構硬いです。もう一度攻撃してみます。」

「わかった。注意してやれ。」

「了解。」

 本部に報告すると、今度は斜め後方から攻撃に向かう。先端にしかビーム発射部位がないようで、後方から接近するとビームを撃って来ない。これは、案外簡単に撃墜できるかもしれない。そう思った時、ネウロイは野太い音を立てながら尾部から噴射して、ぐっと加速する。

『テオドラ! ネウロイが逃げるよ。』

『うん、追うよ。』

 ゴギッチ大尉とセミズ軍曹は逃がすまいと加速する。そして追いかけながら、少し距離はあるが銃撃する。損傷させれば速度が落ちるかもしれないし、回避すれば距離が詰められるかもしれない。しかし、そんな思惑を嘲笑うかのように、ネウロイはさらに加速する。

『速い!』

 ゴギッチ大尉は力を振り絞って追いかけるが、ユニットの性能の限界でどうにも追い付けない。セルビア隊が装備しているのは、ブリタニア供与のハリケーンで、速いユニットではない。

「ゴギッチです。ネウロイは高速型です。急激に加速して、わたしたちでは追い付けません。」

 悔しいがユニットの性能の限界ではどうにもならない。

 

「追い付けないだと?」

 グラッサー中佐の表情が強張る。

「ネウロイが向かっているのはどの方面だ。」

「このまま進んで行くとマリボルに向かいます。」

「まずいな・・・。」

 マリボルはセルビア隊とクロアチア隊を配置して、エステルライヒ方面の哨戒基地にしているが、エステルライヒ侵攻に向けて地上部隊や装備、資材の集積を進めている所だ。襲撃されて大きな損害を出せば、エステルライヒ侵攻作戦に支障が出る恐れがある。しかし、そこまで心配しなくてもとチェルマク少将が言う。

「そんなに心配しなくても大丈夫じゃないかしら。セルビア隊のユニットはハリケーンだけど、ポーランド隊はスピットファイアを装備しているから、追い付けるんじゃないかな?」

 ハリケーンの最高速度は540キロだが、スピットファイアは600キロ以上出る。ポーランド隊はブリタニア本国にいたから、より新しいユニットを装備しているのだ。

「そうですか。」

 グラッサー中佐は少しほっとする。

 

 しかし、ネウロイの速度がスピットファイア以上だったらどうするのか。そんな心配が頭をもたげた所へ、エステルライヒ隊のシャル大尉が声を掛ける。

「ヘートヴィヒ、わたしが行こうか?」

 エステルライヒ隊の装備するBf109Gの最高速度は620キロだ。ポーランド隊のスピットファイアより多少速いが大した差でもない。

「Bf109の方が多少速いかもしれないが、ポーランド隊は先行しているんだから追い付けないんじゃないか?」

 グラッサー中佐の疑問に、シャル大尉はにっこり笑って答える。

「ううん、Bf109じゃなくて、こんなこともあろうかとMe262を持って来てるんだ。」

「Me262!」

「うん、わたしカールスラント軍でMe262装備の部隊に参加してたから、こっちにくるときに特別にユニットを貰って来たんだよ。」

 Me262はカールスラントが誇るジェットストライカーで、最高速度は870キロと圧倒的に速い。確かにそれならネウロイがいくら速くても大丈夫だろう。

「わかった、フレンツヒェン、行ってくれ。」

 

 ところが、そこに芳佳が待ったをかける。

「ちょっと待って、Me262ってジェットストライカーだよね。危ないんじゃない?」

 グラッサー中佐は少しきょとんとして芳佳を見返していたが、間もなく芳佳が何を心配しているのか気付く。

「ああ、昔あったバルクホルン中佐の事故の事ですか? 確かにあの頃はまだジェットストライカーは開発中で、不具合もありましたけど、あれから何年経ったと思っているんですか?」

「ええと、もう危険はないってこと?」

「もちろんです。改良が進んで、すっかり安定しています。何の問題もありません。」

「うん、じゃあ、いいや。」

 芳佳にとっては、目の前でバルクホルンが墜落した事故は強烈な印象として残っている。でもそれは501の頃のことで、もう7年も経っているのだ。最早不具合に起因する事故を心配する必要はない。

 

「発進!」

 轟音を立てて、ジェットストライカーを装備したシャル大尉が滑走路を滑るように走って行く。程なく地上を離れると、緩やかに上昇して行く。加速はそれほどでもない。改良は進んだが、急激なスロットル操作を行うとフレームアウトが起きてエンジン停止に陥る特性は変わっていないので、急な加速は禁物なのだ。しかし、ひとたび速度が乗れば、その速さは圧倒的だ。周囲の景色がびゅんびゅんと後ろに飛んで行く。そこへ、ポーランド隊からの通信が聞こえてくる。

「ミュムラーです。だめです、追い付けません。全速で追撃していますが少しずつ離されています。」

 どうやらこのネウロイは600キロ以上出るらしい。ジェットストライカーを持ってきておいて本当に良かった。しかしぐずぐずしているとすぐにマリボルに行かれてしまう。シャル大尉は思い切り加速して、轟々と吹き抜ける風を斬り裂いて、ネウロイを追う。

 

「見えた。」

 ネウロイが右手の方から矢のように進んで来ている。なるほど、報告の通り棒のような単純な形をしている。尾部から排気炎を噴き出しながら、一直線に進んでいる。右手遠く、ポーランド隊の3人が追いかけているのが見えるが、もうずいぶん引き離されている。ここはやはり自分がやるしかない。

「攻撃します。」

 小さく通信を送ると、シャル大尉は機関砲を構える。MK108、30ミリ機関砲だ。重量級の機関砲だが、Me262は搭載量が大きいので、こんな大口径機関砲も装備できる。丁度、真横からネウロイに迫るような位置関係だ。

「ちょっと狙いにくいな。」

 双方とも高速で飛んでいるので、射撃できるタイミングはほとんど一瞬しかない。ネウロイが急速に接近してくる。

「今だ!」

 機関砲が独特の唸りを上げて、機関砲弾がどっと飛び出して行く。機関砲弾はネウロイを捉え、装甲を一撃で貫くと内部で炸裂する。ネウロイの細長い胴体がぽっきりと折れた。折れた胴体に、さらに機関砲弾が突き刺さる。その結果を確認している暇もなく、あっという間にネウロイと交差した。急な旋回ができないのがもどかしい。ゆっくり旋回しながら、思い切り首をひねって後ろを振り返る。きらきら輝く破片が広がっているのが目に映った。

「シャルです、ネウロイの破壊を確認しました。」

 報告しながら何となく誇らしい気持ちが湧いてくる。何でもやってみるものだ。カールスラント軍に所属していた時に、思い切ってジェットストライカー部隊に飛び込んだ経験が、今になってこんな形で役に立っている。レシプロタイプとの違いを嫌って、ジェットストライカー部隊に入らなかった人は多かったけれど、経験の幅を広げて、できることを増やしておくのは良いことだ。強制的にでも、若い子たちにもジェットストライカーを経験させようかな、などと思うシャル大尉だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十話 夜の帳に包まれて

 闇を切り裂いてビームが飛んだ。リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は体を捻ってかわすと、ビームを撃ってきたネウロイめがけて機銃を撃ちこむ。ネウロイは素早く反転すると、闇の中に姿を消す。

「動きの素早いネウロイね。でも闇の中に隠れられると思ったら大間違いよ。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の頭の両脇の魔導針が光りを増して、周囲を探査する。夜間戦闘ではこの力が使えるかどうかで大違いだ。闇に潜むネウロイを捉えたリッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、さっと機銃をネウロイに向けると銃撃する。

「当たった、・・・でもまた逃げた・・・。」

 確かな手ごたえは感じたから、何発かは当たったと思うが、ネウロイの損傷の程度は不明だ。いずれにせよ、素早く逃げたことからそう大きな損傷は与えられていない。

 

「逃がさないわよ。」

 リッペ=ヴァイセンフェルト少佐はぐっと加速してネウロイを追う。前方には片雲が漂っていて、ネウロイはその陰に潜んでいる。しかし、雲の影に隠れたつもりでも、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐にかかれば隠れていないのと同じだ。ネウロイに向かって突進しながら、雲越しに機銃弾を撃ちこむ。命中した機銃弾が炸裂すると、雲がぼんやり光る。

 

 突然、雲の中からネウロイが飛び出して来た。飛び出したネウロイは、ビームを放ちながら真直ぐに向かって来る。お互いに高速で相手に向かっているので、あっという間に距離が詰まってくる。至近距離でビームが空気を切り裂く音が耳に響く。退避している時間はないので、撃ち合いながらすれ違うしかない。ネウロイのビームがびゅんびゅんかすめる。ネウロイに機銃弾ががんがん当たる。がんっと右足に衝撃を受けた。

「被弾した!」

 たちまちバランスが崩れて姿勢が乱れる。さっと左足を開いて体を右へ滑らせる。左脇すぐをビームが抜けた。そうする間も銃撃はネウロイを捉えて離さない。ネウロイの装甲が砕けてコアが出た。次の瞬間、ネウロイはパッと砕けて雲散した。

 

「ふう。」

 ちょっと危ない所だった。いきなりネウロイが反転して来て、接近し過ぎた。ネウロイは銃撃するたび逃げたので、あそこで突っ込んでくるとは思わなかった。ひとつ深呼吸をしてから、基地に報告を送る。

「リッペ=ヴァイセンフェルトです。ネウロイを撃墜しました。帰還します。」

 念のため一通り周囲を探査し、他にネウロイがいないことを確認すると帰還の途に就く。右のストライカーユニットは、煙を噴き上げながら軋むような嫌な音を立ている。まあ、だましだまし、基地まで帰ることはできるだろうが、明日からの夜間迎撃任務はどうしようか。

 

 翌朝、いつもならもう寝ている時間だが、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐は朝の打合せに顔を出していた。

「昨夜の戦闘で、わたしのユニットは損傷してしまったので、修理ができるまで出撃できません。そこで今夜からの夜間待機を誰かにお願いしたいんだけど・・・。」

 集まった隊長たちは、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐の話にうつむきがちになる。皆夜間戦闘に自信がないのだ。

「ええと、そんなに度々夜間にネウロイが出現するわけじゃないから、待機しているだけで終わることの方が多いのよ。春になって少し増えてきてはいるけれど・・・。」

 増えてきていると言われると、ますます心配だ。何分、魔導針を使える人はリッペ=ヴァイセンフェルト少佐の他にはいないので、もしもネウロイが出現したら、明るい月夜でもない限り、ちょっとまともに戦えそうもない。

 

「ええと、リッペ=ヴァイセンフェルトさん、他のユニットは使えないの?」

 芳佳が尋ねるが、残念ながらそうはいかない。

「はい、夜戦用にはJu88とかBf110といった出力が大きくて飛行時間の長いユニットを使うので、他のみんなが使っているユニットではちょっと・・・。予備のユニットもありませんし。」

 それはそうだろうと思う。扶桑でも、夜間戦闘用には海軍の月光とか、陸軍の屠龍とか、似たようなタイプのユニットを使うのがもっぱらだ。まあ、似たような装備はしていても、扶桑では魔導針を使える人はほとんどいないので、夜間戦闘のレベルは欧州には及ばないのだが。

 

 みんなが黙っているのにしびれを切らしたように、千早大尉がさっと手を挙げる。

「わたしがやります。」

 意外そうな表情で芳佳が尋ねる。

「あれ、多香子ちゃんって夜間戦闘ってやったことあったっけ?」

「いえ、ありません。夜間飛行の訓練位はやっていますけれど。でもわたし、固有魔法で三次元空間把握の魔法を使えますから、暗闇の中でもネウロイの所在を把握することができると思うんです。」

 おお、と微かなどよめきが広がる。魔導針を使った広域探査の魔法に比べれば、探査できる範囲は限られるが、電探による誘導もあるのだから十分戦えるだろう。リッペ=ヴァイセンフェルト少佐が少しほっとしたような表情で頭を下げる。

「じゃあ、千早大尉にお願いします。」

「はい、お任せください。」

 そう答えながらも、千早大尉はちょっと不安そうだ。一方のリッペ=ヴァイセンフェルト少佐は、肩の荷が下りたら一気に眠気が襲ってきたようで、眼をしょぼしょぼさせながらあくびをかみ殺している。

「じゃあ、多香子ちゃんは夜に備えて寝てね。それじゃあ解散。」

 芳佳が締めて、少し長くなった定例の打合せは散会となる。

 

 寝ろと言われても、千早大尉はさすがにすぐ寝るわけには行かず、大村航空隊のメンバーを集める。

「・・・、そういうわけで、わたしは今夜から夜間待機に入るから、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐のユニットの修理が終わるまで、大村航空隊の指揮は明希ちゃんがやってね。」

 指名された赤松大尉は、訓練生時代から千早大尉とは一緒の仲だから気心は知れているし、隊のメンバーとも長い付き合いなので指揮を執ることは問題ない。ただ、千早大尉の事が心配だ。

「うん、それは構わないけど、でも多香子ちゃんは夜戦なんて大丈夫?」

「うーん、正直自信はないよ。見えるのと戦えるのは別だからね。魔法を発動して周囲を探査しながら、同時に戦闘をするなんて本当にできるのやら・・・。」

「ええ? それで戦えるの?」

「魔法で周囲を探査するときはある程度集中する必要があるから、その状態で空戦機動とかできる自信はないし、まして狙って銃撃するとか、ちょっと無理っぽいな。まあ、夜間にネウロイが出現することは少ないから、待機しているだけでいいんじゃないかな。保険よ、ほけん。」

 千早大尉はつい勢いで手を挙げてしまったが、引き受けた以上は無理っぽいと思っていてもやるしかない。でもそれでは、もしもネウロイが出現したら、危険過ぎないか。

「ねえ、やっぱり探照灯で照射してもらって迎撃した方がいいんじゃないの?」

「うーん、でもそれって基地の上空まで引き込むってことだよね。そうなると地上部隊が無傷では済まないから、ちょっとまずいと思うんだよね。」

 

 漂う不安感にみんな黙ってしまったところで、玲子がおずおずと手を挙げる。

「あのう、わたし夜目が利くんですけれど、役に立ちませんか?」

 千早大尉が目を見開く。

「えっ? 玲子ちゃんって暗くても見えるの?」

「はい、わたし使い魔が猫なんで、暗くても見えるんです。新月の夜に、落とした小銭を拾える位には。」

「うん、それは絶対役に立つよ。じゃあ、一緒に寝よう。」

 すぐにも手を引いて寝室に行く勢いの千早大尉にたじたじとなりながら、でも自分で言い出しておいて何だが、玲子にも不安がある。

「でも、わたし夜間飛行って一度もやったことありません。それに、いくら夜目が利くって言っても、そんなに遠くまで見えませんよ。」

「うん、遠くを見るんだったら双眼鏡を持って行けばいいし、遠くはわたしが魔法で探査すればいいじゃない。近くまで誘導してあげるよ。それに、飛び立つときは手を引いてあげるから。飛んじゃえば夜でもそんなに変わらないよ。」

 ベテランの千早大尉にそうまで言われれば、不安があってもそれ以上重ねて言うわけにも行かない。二人は夜に備えて、厚いカーテンで遮光した部屋で寝に着くことになる。

 

 夜になって起き出して来た千早大尉と玲子は、急に昼間寝ることになってもやっぱりあまり良く眠れなかったので、何となく目をしょぼつかせている。しかしここからは待機任務だ。冷たい水で顔を洗って、無理やり目をはっきりさせると待機室に入る。待機室は、もしも出撃することになった時のために、目を慣らしておくよう明かりを落として薄暗くしてある。薄暗い室内で椅子に深く腰掛けていると、すぐに瞼が重くなってくる。

「千早さん、何だか体が椅子に吸い込まれて行くような感じがします。」

「うん、急な昼夜逆転だから、体がついて行けないのは仕方がないよね。でも眠っちゃ駄目だよ。」

「はい、でも眠いのに寝ないでいるのって結構きついですね。」

 そう言いながら、玲子の瞼がすっと降りてくる。玲子ははっとして立ち上がると、にわかに体操を始めた。千早大尉はおかしくてくすくす笑う。

「玲子ちゃん、気持ちはわかるけど、一晩中体操しているつもり?」

「うう、それはそうなんですけど、やっぱり深く腰掛けていると彼岸の世界に連れて行かれそうです。」

「うん、そうだねぇ・・・、コーヒーでも淹れようか。」

 そう言っ千早大尉は立ち上がる。千早大尉だって眠いのに変わりはない。何かしていないと眠ってしまいそうだ。

 

「でもなぁ、こんなに頑張って起きていても、一晩中何事もないことの方が多いんだよね。」

 そうは言っても、ネウロイが出現しないに越したことはないから、気持ちは複雑だ。ところが、突然電話が鳴る。

「はい、夜間待機室。」

「ネウロイが出現しました。ケストヘイに向かう模様です。」

 一遍で目が覚めた。まさか本当に出現するとは思わなかった。直ちに出撃だ。

「玲子ちゃん、出撃!」

「はいっ!」

 あれほど不安を感じていた夜間出撃だが、眠気との戦いに苦しんできた今は、むしろネウロイの出現が嬉しい。

 

「発進。」

 千早大尉は、玲子の手をつかむと滑走に入る。滑走路には点々と誘導灯が灯されており、暗闇の中にずっと先まで光の線を伸ばしている。

「きれい・・・。」

 思わずつぶやく玲子だったが、見とれている暇はない。

「離陸するよ。」

 玲子は千早大尉に手を引かれながら、暗闇の空に向かって舞い上がる。低く垂れ込めた雲に月の光は遮られて、空はどこまでも闇が広がっている。闇に向かって進んで行くと、何だか自分が闇の中に吸い込まれて、周囲の空間と同化してしまうような気がする。自分が闇に溶けてなくなってしまうような気がして、思わずぶるっと震える。千早大尉とつないだ手のぬくもりだけが自分の存在を確かなものとしているように感じて、つないだ手に力が入る。

「夜間飛行では姿勢を失いやすいから、水平儀や傾斜計に注意して。」

「はい。」

 計器を見ると、塗られた夜光塗料がぼんやりと光を放っていて何だか頼りない。それでも、暗闇の中ではロールを一発打っただけで天地が分からなくなってしまいそうだから、こんな計器だけが頼りだ。

 

 ぽっと雲の上に出た。びっくりするほどの光りが降り注いでる。まだそこここに断雲があるし、月は半分欠けているが、それでもここまでの暗闇からすると、眩しい位の光に感じられる。あるいは、玲子は夜目が利くからそう感じるのかもしれない。しかし、見とれている暇はない。

「ネウロイ発見。前方右寄りの雲の陰。行って。」

 はっとして指示された方向を見る。暗黒の空にうっすらと白い雲の塊が見える。その向こうにいるというネウロイはもちろん見えない。玲子は魔導エンジンを吹かして、雲に向かって加速する。

「ネウロイは雲の向こう側、およそ1500。少し雲から離れて回り込んで。」

 指示されるままに雲を迂回する。まだネウロイは見えない。と、雲を突き抜けてビームが飛んできた。見慣れたビームだが、闇の中で見ると恐ろしいほど明るく、太く見える。雲の陰からネウロイが見えた。暗闇に浮かぶ漆黒のネウロイは、一瞬目を離しただけで見失いそうだ。ネウロイが赤く光ると、またビームが飛んで来る。ビームをまともに見ると目が眩んでしまいそうなので、玲子は目を細めてビームをやり過ごす。

「注意して、ネウロイは玲子ちゃんの方に向きを変えたよ。」

 教えられなければ気付かないようなネウロイの動きの変化だ。しかし、よく見れば接近する速度が急に速くなったことがわかる。玲子は機銃を構えてネウロイを狙う。またビームが来た。急激な機動を取ると空間識を失いそうだから、僅かに横滑りさせてビームをかわす。ネウロイは十分近くなって、くっきりと見えていて、もう見失うこともない。満を持して引き鉄を引く。銃口の発火炎で目が眩む。それでも、機銃弾がネウロイに命中し、飛び散った破片が月の光を反射して淡く光るのが見える。ネウロイが赤い光を放つ。またビーム? いや、コアだ。露出したコアに機銃弾が命中すると、赤い光が細かくなって散り、それがすうっと光を失うとネウロイが砕け散る。

「撃墜しました。」

 玲子の弾むような報告に、千早大尉の応答する声も明るく嬉しそうだ。

「うん、こっちでも確認したよ。お見事。」

 千早大尉の誘導で接敵して攻撃するこの戦法は、夜間戦闘には十分有効だ。他のウィッチたちにはちょっと難しい夜間迎撃ができることが分かって、玲子は心が躍る。まだ経験が少ない分、全般的には他の人たちに及ばないが、自分は自分の特性を生かした働きをすればいいのだ。玲子はウィッチとしてやっていく自信が、ちょっとだけ芽生えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十一話 音速より速く

 ばーんと大きな音を立てて芳佳の執務室の扉が開け放たれた。

「いよぉ、宮藤、久しぶりだなぁ。」

 芳佳はいきなりの闖入者の無礼を咎めるでもなく、がたっと音を立てて立ち上がる。

「シャーリーさん!」

 突然やってきたのはリベリオン空軍のシャーロット・イェーガー中佐だ。もちろん、芳佳とは501部隊以来の馴染だ。シャーリーは階級や役職など全く意に介さない様子で、つかつかと芳佳に歩み寄る。執務室にいた副官以下の面々は、司令官に対する無礼を咎めたものかと思うが、下手なことをして司令官の不興を買ってもいけないので、困惑して固まっている。そんな周囲の様子は見えていないのか、シャーリーは芳佳の頭を抱えて胸元に抱き寄せ、頭をぐりぐりする。

「宮藤は変わらないなぁ。」

 にこにこしながらそんなことを言うが、芳佳の服装は501の頃のセーラー服から士官服に変わり、階級章はきらきらしている。もっとも、背が伸びたわけでもなく、相変わらずの童顔で、そういう所は変わっていないのも確かだ。シャーリーのふくよかな胸元に顔を埋めた芳佳は、昔の癖が蘇ってきたようで、いつの間にやら手がシャーリーの胸元に伸びて、これはこれで芳佳は幸せそうだ。

 

 そんな再会から気を取り直して芳佳は尋ねる。

「シャーリーさん、今はどうしているんですか?」

「うん? わたしかい? わたしはシールドが衰えてからは新型ユニットのテストパイロットをやっているんだ。」

 なるほどいかにもシャーリーらしい。多分今でも新型ユニットで速度記録に挑んでいるのだろう。

「それで、今日はどうしたんですか? わざわざ前線に来たってことは、ただ遊びに来たわけじゃないですよね?」

「うん、実は今テスト中の新型ユニットの実用試験をやる必要があるんだけれど、どうせなら最前線の厳しい環境で運用テストをやって、実用に耐えることを確認しようと思ってね。」

「だからってこんな毎日のように戦闘のある所まで来なくってもいいんじゃないんですか?」

「ああ、オストマルク戦線は宮藤が司令官だって聞いてね、それだったら融通を効かせてくれるんじゃないかと思ったんだ。」

 なるほど、シャーリーは勝手にストライカーユニットを改造するなどして、厄介払いの様に501に送られてきたとも聞く。自由にのびのびやりたい性分だから、多少の事には目をつぶってもらえる基地が良いことだろう。もちろん芳佳としてはシャーリーのやることに一々目くじらを立てる気はさらさらない。

「わかりました。何でも好きにやってくれていいですよ。」

 シャーリーは我が意を得たりとばかりににっこり笑う。

「宮藤だったらそう言ってくれると思ったんだ。じゃあ、しばらく厄介になるよ。」

「はい、何か必要なことがあったら遠慮なく言ってくださいね。」

 そう言いながら、まあシャーリーなら遠慮など無縁だろうとも思う。遠慮したくないから芳佳の基地に来たとも言える。

「でも・・・」

「うん? 何だい?」

「最前線だし、危険なことはしないでくださいね。」

「あっはっは、宮藤もそんな気遣いをするようになったんだね。」

 そりゃあそうだと思いつつ、501の頃は馬鹿なことをいろいろやっていたなと思い出し、自然に顔が赤くなる。今の部下たちの前で昔の話をされるのは、ちょっと恥ずかしいと思う。

 

 元々自由なたちの所へ、好きにやって良いと司令官のお墨付きをもらったのだから、シャーリーは早速全開で動き出す。到着翌日には早くも芳佳の執務室に来て芳佳を誘う。

「宮藤、これからテスト飛行をやるんだけど、見に来ないか?」

 芳佳ももちろんこのノリは嫌いではない。打てば響くように答える。

「はい、見に行きます。」

 ちょうど打合せに来ていた参謀長の鈴内大佐は渋い顔だ。折角この頃司令官らしく落ち着いて職務に励むようになってきていたのに、これでは元の木阿弥ではないか。そうは思うが、シャーリーも伝説の501部隊の一員なのだから、あまり失礼なことはできないし、そんなことをしたら芳佳が怒るだろう。ひょっとするとリベリオンで持て余して、体の良い厄介払いで前線に送り込んできたのかもしれないと、邪推してしまう。

 

 滑走路に行くと、まだテスト機だからか、銀色にピカピカ光った機体が発進ユニットにセットしてある。芳佳は興味津々といった面持ちで覗き込む。

「シャーリーさん、これが新型ユニットですか?」

「ああ、リベリオンで新開発したF-86だよ。」

「ひょっとしてジェットストライカーですか?」

「そうだよ。カールスラントのジェットストライカーの技術を導入して、リベリオンでさらに進化させたんだ。」

 なるほど、速度を追い求めるシャーリーが好きそうなユニットだ。

「最高速度はどの位出るんですか?」

「うん、これまでのテストで水平飛行で1,100キロ出ることを確認しているよ。」

「1,100キロ! すごいですね!」

「うん、全速で降下すればもっと出て、普通のウィッチが乗っても音速を越えられるんだ。だから実用化のために、前線の環境でもその性能が継続的に発揮できるかテストするんだよ。それにね・・・。」

 そこでちょっと止めて悪戯っぽく笑う。

「わたしが乗ったらどこまで出せるか、限界に挑戦するんだよ。」

「ああ、なるほど。」

 非公式にだが、レシプロユニットで音速を突破したことがあるシャーリーの事だ、一体どこまで出せるのか、見当もつかない。ただ、ちょっと心配がある。

「ユニットの限界速度はどの位なんですか?」

「そんなの関係ないよ。限界に挑戦するんだ。」

 ああ、やっぱりだ。レシプロユニットで音速を突破した時は、ユニットが壊れて真っ逆さまに海に落ちた。今回も壊れるまでやる気に違いない。そんなことをしたら止められたり、叱られたりするのは間違いないから、そうされないように関係者が誰もいない最前線まで来たのに違いない。やっぱり心配だ。

 

「じゃあ行くよ。」

 シャーリーは魔法力を解放してユニットを起動させる。すると、ジェットストライカー特有の高音成分を多量に含んだ轟音とともに、小さな呪符を伴った強烈な噴射が始まる。当然普通の会話はできないが、ウィッチ同士はインカムがあるので問題ない。シャーリーが発進準備を整えると機銃を持つ。

「あれ、シャーリーさん、テスト飛行なのに機銃を持って行くんですか?」

「ああ、実用テストだからね。じゃあ、行って来るよ。」

 シャーリーは芳佳に向けて軽くウィンクしてみせると、一気に発進する。

 

 速い。見る見る加速して行く。リベリオンでの改良の成果なのだろう、Me262より出足がはるかに良い。あっという間に滑走路を駆け抜けると、ぐっと急角度で上昇して行く。上昇力もすごい。Me262からは一段突き抜けた性能だ。もちろんベースにMe262で培われた技術があってこそのものだが、それにしてもリベリオンの技術力も目を見張るものがある。もっとも、この間常に戦い続けてきたカールスラントと比べて、自国が戦場になることがなく、落ち着いて技術開発を進めてこられた優位があるのは間違いないだろう。シャーリーは大きく飛行場の周囲を周回すると、通信を送ってくる。

「今から上空を通過するから、計測は頼んだよ。」

 そして、滑走路の延長線上に乗ると、一直線に加速する。見る見る接近してきたシャーリーは、轟音と共に目にも留まらぬ速さで上空を通過した。一陣の風が吹き抜けて行く。見物に出て来ていた少女たちから黄色い歓声が上がる。

「速度は?」

 芳佳が確認すると、計測していた技術者がやや興奮気味に答える。

「1,100キロを越えました。1,105キロです。」

 いきなりカタログ上の最高速度を叩き出してきた。さすがはシャーリーだ。再び周回しながら上昇していたシャーリーから、また通信が入る。

「次は降下で行くよ。」

 上空遠く、きらりと光ったかと思うと凄まじい勢いで降下してくる。そのまま明らかにさっき以上の速度で滑走路上を航過すると、その直後、凄まじい轟音と共に衝撃波が襲ってきた。見物していた少女たちが、悲鳴を上げて地面に倒れ込む。本部のテントが吹き飛んで行く。これは、音速を超えた時に出る衝撃波に違いない。

「今度の速度は?」

「音速を越えました! 1,299キロです!」

 凄い。あっさり音速を超えてしまった。

 

「どうだい、音速は超えただろう?」

「はい、超えました。凄く凄いです。」

 興奮気味の芳佳に対して、シャーリーは笑いを含んで言う。

「まだまだ、これからだよ。次は固有魔法を使って行くよ。」

「えっ?」

 まだ固有魔法の超加速は使っていなかったのか。向かって来る方を見ると、もう凄まじい速度で向かって来ている。今度は降下をせずに、低空を真直ぐに飛行してくる。さっきのような衝撃波をまた浴びせられるのはたまらないと、見物していた少女たちが建物の中に逃げ込もうと走って行く。そこへ轟音と衝撃波が来た。その瞬間、建物の窓が一斉に割れ、ガラス片が降り注ぐ。もう辺りはパニック状態だ。それでも芳佳は速度を確認する。

「速度は?」

 振り返って見ると、計測器は机ごとひっくり返っていて、最早計測不能だ。これではテストにならない。

「シャーリーさん、計測器が壊れました。もう計測不能です。」

 しかし、シャーリーはそんなことは意に介さない。

「まだまだ。」

 ぎょっとして振り向くと、一段と速度を上げて突っ込んでくる。また衝撃波だ。今度は格納庫の屋根が飛んだ。被害甚大だ。このままでは基地が機能しなくなる。

「シャーリーさん! 止めてください!」

 芳佳の剣幕に、さしものシャーリーも速度を緩めた。

「どうだい、すごいだろう?」

 そう言って朗らかに笑う。全然反省していないようだ。ひょっとすると、リベリオンでテストをやっていた時も同じように基地の被害が甚大で、追い出されて前線に来たのではないかとの疑いが湧いてくる。501の時でも、ここまでひどいことはしていなかったと思うのだけれど。

 

 滑走路に降りてきたシャーリーは、周囲の惨状を気に留めるでもなく、得意気な顔だ。

「どうだい、F-86は。いいユニットだろう?」

 芳佳は涙目だ。この惨状をまねいた責任は、許可した自分にあるのだ。また参謀長に怒られる。

「これだけやったんだから、もうテストは十分ですよね。」

 暗にもうやめて欲しいと言う芳佳だが、そうはいかない。

「何言ってるんだよ。実用テストなんだよ。これから連日飛んで耐久性を見ないとね。」

「うう・・・。それなら基地上空を飛ぶのはやめてください。少し離れれば何もない所が広がってますから、そっちでやってください。」

「うん、いいよ。」

 シャーリーは相変わらず朗らかに笑っている。憎めない性格なんだけれどな、と思ってから気付く。そもそも芳佳自身、こんなことがあっても人を憎める性格ではなかった。まあ、次からは離れた所でやってくれるから、これ以上の被害は出ないだろう。そう思ったらなんだか可笑しくなって、芳佳もつい笑ってしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十二話 高速ネウロイ追撃戦

 ばーんと大きな音を立てて芳佳の執務室の扉が開け放たれた。

「シャーリー!」

 芳佳はがたっと音を立てて立ち上がる。

「ルッキーニちゃん!」

 突然やってきたのはロマーニャ空軍のフランチェスカ・ルッキーニ大尉だ。シャーリーに加えてルッキーニまで来るとは、嫌な予感しかしない。

「ルッキーニちゃん、こんな所へ遊びに来ていていいの?」

 しかし、ルッキーニは悪びれることなく堂々と答える。

「あたしはいいの。それよりシャーリーは? 来てるんでしょ?」

 仕方がないなあと思いつつ答える。

「シャーリーさんは新型ユニットのテストだよ。格納庫じゃないかな。」

「うん、わかった。」

 ルッキーニは風のように去って行く。昔だったら一緒になって走って行く所だが、今はそうもいかない。

「いいなぁ、ルッキーニちゃんは自由で。」

 まあ、芳佳も大概なのだが、自分の事はなかなか見えないものだ。しかし、すっかり書類仕事などやる気が失せてしまった。

「今日はもういいや。」

 芳佳は決裁途中の書類を片寄せると立ち上がる。

 

 芳佳は大村航空隊に顔を出すと、リッペ=ヴァイセンフェルト少佐が復帰して、夜間待機任務から解放された玲子に声を掛ける。

「玲子ちゃん、哨戒に行くよ。」

「えっ? 今日の哨戒は長谷部さんとわたしの予定ですけれど・・・。」

 戸惑う玲子だが、芳佳はそんなことはお構いなしだ。

「うん、予定はいいや。今日はわたしが行くことにしたから、玲子ちゃん一緒に来て。」

「はい。」

 もちろん司令官直々の命令に逆らうことなどありえない。玲子自身はただ命令に従って行くだけだ。でも、他の人にも断って置かなければいけないのではないか。

「では、長谷部さんと千早さんに断って来ます。」

「いや、言わなくていいよ。あんまり大勢に知らせると、騒ぎになるかもしれないから。」

 いや、芳佳はそれでもいいかもしれないが、玲子は困る。いくら司令官命令とはいえ、黙って出たりしたら後で叱られるんですけれど・・・。

 

 轟音を上げてテスト飛行に飛び立つシャーリーと、同行するルッキーニを見送った後、芳佳たちは哨戒飛行に出発する。

「宮藤芳佳、発進します。」

 型通りの通信を送ると、慌てふためいた通信が返ってくる。

「司令官、発進って、そんな予定はないんじゃないですか? 一体どこへ行くんですか。」

 これは、グラッサー中佐だ。

「うん、哨戒飛行に行くんだよ。」

「どうして司令官が哨戒飛行に行くんですか?」

「ええと、今日は哨戒飛行に行きたい気分なんだよ。だから今日の予定の祐子ちゃんと交替したんだよ。」

 そして、話が長くなると止められると思ったのか、振り切るように発進する。

「発進!」

 ふわりと空へ舞い上がる芳佳を追って、玲子も発進する。大村航空隊では長谷部一飛曹が目を丸くしている。

「千早さん、わたしいつ交替したんですか?」

 千早大尉は苦笑して答える。

「うーん、いつ交替したんだろうね。でも宮藤さんがそう言うんだから、祐子ちゃんは今日はお休みでいいんじゃないかな。」

 付き合いの長い千早大尉は、この程度の事では一々驚かない。

 

 芳佳は玲子を連れて北上する。眼下にはまだネウロイの支配下にあるハンガリー北部地域が広がっている。先般奪還したブダペストはケストヘイより北寄りにあるので、ウィーンの巣からブダペストへ向かうネウロイがあった場合、ケストヘイのかなり北を通ることになるので、北方の哨戒は欠かせない。もっとも、ネウロイはエステルライヒ地域侵攻の策源地となっている南のマリボル方面や、西のカールスラント国境方面に多く出没し、東のブダペスト方面にはほとんど出没していないのが現状だ。だから最前線の哨戒といっても、割合気楽な飛行だ。陽射しは大分暖かくなってきていて、冬場の身を切るような飛行を思えば快適だ。

「ねえ、玲子ちゃん、夜間飛行はどうだった?」

「はい、最初はとても不安でしたけれど、何回か飛んでだいぶ慣れました。夜間飛行ができるようになって、夜間戦闘も経験して、少し自信が付きました。」

「うん、よかったね。ウィッチになって良かったでしょう?」

「はい、元々、小さい頃からウィッチには憧れていましたから、こうして飛べるようになって嬉しいです。」

 こうしてみると、玲子をいきなり飛ばせた芳佳の無茶も、結果オーライという所か。

 

 そんなのどかな哨戒飛行は、一本の通信で一変する。

「ネウロイ出現。ウィーンの巣から南下、マリボル方面に向かう模様。」

 芳佳の表情がきゅっと引き締まる。

「了解、確認します。」

 針路を西へ転じると、速度を上げてネウロイの飛行ルートへ向かう。気分転換にちょっと飛ぶつもりだったが、それだけでは済まなくなった。刻々と通報されるネウロイの移動ルートから計算して、会敵地点はアルプス山脈の東端あたりになりそうだ。そして、ネウロイが見えた。

「ネウロイ確認。中型が1機、細長い棒状のタイプです。攻撃します。」

 グラッサー中佐から応答が来る。

「了解。先日出現した高速型のようですね。ビームは先端から出るタイプなので、後方からの攻撃が良いと思います。念のため、シャル大尉を出撃させます。」

「了解。」

 芳佳は加速しながらネウロイの後方に回り込む。

 

 ネウロイの後方に占位した芳佳は、距離を詰めて銃撃を加える。びしびしと機銃弾が命中して、ネウロイの装甲が削れて白く点々と跡が付く。するとネウロイは、ビームを撃ち返して来ることなく、尾部からの噴射を強めて加速する。玲子が叫ぶ。

「宮藤さん、加速しました。」

「うん、追うよ。」

 やはり前回出現した高速型のネウロイと同じで、後方にはビームを撃てないが、高速で攻撃を振り切るタイプのようだ。しかし、前回のセルビア隊は最高速度540キロのハリケーンだったので振り切られたが、玲子の紫電改の最高速度は640キロ、芳佳の震電なら750キロだ。ぐっと加速して追いすがると、再度銃撃を加える。するとネウロイはさらに加速する。

「宮藤さん、もうこれ以上出せません。」

 玲子が苦しそうに訴えるが、これは予想の範囲内だ。

「うん、仕方ないよ。後からついてきて。」

 そう答えると、芳佳は更に加速する。

 

 一方のネウロイもどんどん加速する。普通に追いかけていたのではどうにも追い付けない。芳佳は思い切って大量の魔法力を震電に送り込む。送り込んだ魔法力に反応して爆発的な加速が付いた、と思った瞬間急に力が抜ける。

「えっ?」

 振り返って見ると、震電から噴き出した一塊の黒煙が漂っている。震電は出力を失って、不規則な振動を繰り返している。これは・・・、芳佳は蒼くなる。昔経験した、飛べなくなった時とそっくりだ。震電が芳佳の魔法力を受け止めきれなくなって、リミッターが働いたということなのだろうか。芳佳は背中を下にして落下しながら、大きく深呼吸する。魔法力過剰でリミッターが働いたのならば、魔法力をコントロールすればちゃんと動いてくれるはずだ。

「動いて。」

 芳佳は慎重に魔法力を送り込む。震電は、ぼん、ぼん、と煙の塊を吹き出す。もう少し、と緩やかに魔法力を強めて行く。と、突然勢いよく魔導エンジンが動き出した。呪符が回転して揚力が戻って来る。やれやれ、どうにか墜落は免れた。芳佳は冷や汗を拭う。

 

 飛行は再開できたが、既にネウロイとの距離はかなり開いてしまって、今からでは追い付くのは難しい。

「宮藤です。ネウロイに振り切られました。恐らく800キロ以上出していると思われます。」

「グラッサーです。間もなくシャル大尉が追い付きますので、シャル大尉に任せてください。」

「了解。」

 通信を終えるとちょうどシャル大尉が現れた。さすがに速い。ぐいぐいと肉薄して行く。

「フレンツヒェンちゃん、お願い。」

「はい、任せてください。」

 なかなか頼もしい。

 

 シャル大尉はネウロイの背後に迫ると、30ミリ機関砲を発射する。ネウロイの後部に次々着弾し、装甲が砕けて飛び散る。尾部からの噴射が弱まって幾分速度が落ちたようだ。

「よし、もらった!」

 さらに射撃すると、ネウロイは中央部付近から二つに折れた。いや、中央部付近に当てていないから、中央部付近から折れるのはおかしい。そう思った途端、分離した前半部から噴射すると一段と加速する。

「ネウロイは分離してさらに加速しました! 追撃します。」

 シャル大尉は追撃するが、何としたことか、シャル大尉のMe262をもってしても追い付けない。

「まずい、まずいよ。Me262で追いつけないんじゃあ、ネウロイを止めれらないよ。」

 シャル大尉はもちろん、芳佳も、グラッサー中佐も顔面蒼白だ。多分1000キロは出ているので、地上部隊の対空砲火も当たらないだろう。このままでは、マリボルに集結している地上部隊や、集積している資材に壊滅的な損害が出てしまう。グラッサー中佐が叫ぶように、マリボル駐留のクロアチア隊に命令する。

「クロアチア隊、ネウロイの正面に立ち塞がって、何としてでも止めるんだ。」

 それぐらいしか対抗手段はないが、それで撃墜できるとは思えない。

 

 突然の轟音と共に、頭上を目にも留まらない速さで越えて行くものがある。

「シャーロット・イェーガー、ネウロイを攻撃する。」

 速い。1000キロは出ていると思われるネウロイに、あっという間に迫って行く。しかし、シャーリーはとっくに引退している身だ。戦闘などできるのか。

「シャーリーさん。シャーリーさんはテストに来たんじゃなかったんですか。」

 芳佳の通信に、シャーリーは答える。

「うん、実戦テストだよ。」

「でも、シャーリーさんもうシールドが張れないんですよね。危険過ぎます。」

「なあに、このネウロイは後ろには撃って来ないんだろう? それならシールドが張れなくても大丈夫さ。」

 そうは言っても、ネウロイだって反転して攻撃してくるかもしれない。

「駄目です、危険です。どうしても行くって言うんなら、誰かを護衛に付けます。」

「うん、それは嬉しいけど、誰が付いて来られるんだい?」

 そう言われると、芳佳はぐうの音も出ない。できるのははらはらしながら見守ることだけだ。

 

 急速に迫るシャーリーに、逃げきれないと思ったのか、ネウロイは大きく旋回しながらビームを放ってくる。

「シャーリーさん、危ない!」

 しかし、シャーリーも伊達にトップエースと呼ばれてはいない。音速を超える速度ながら、巧みにストライカーを操ってビームをかわす。そして圧倒的な速度差で、ネウロイの背後についた。シャーリーの機銃が唸る。芳佳たちを散々翻弄した高速ネウロイは、光の粒を撒き散らして消えた。

「ネウロイ撃墜!」

 破顔するシャーリーに、芳佳は大きく息をつく。

「シャーリーさぁん。あんまり心配させないで下さいよぉ。」

 しかし、シャーリーはそんな芳佳の恨み言もどこ吹く風だ。

「昔の宮藤の危なっかしさに比べれば、全然たいしたことないだろう?」

 そう言われると、どうにも反論しにくい。それにシャーリーがいなかったら大変な被害が出ていたかもしれないのだ。何はともあれ結果オーライといったところか。

 

 そこへ通信が入る。

「宮藤さん。どうも見当たらないと思ったら、何をやっているんですか。」

「あっ、鈴内さん。えっと、その、むにゃむにゃ・・・。」

 言い訳のしようもない。芳佳には、基地に帰れば参謀長のお小言が待っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十三話 翼をください、再び

「ふう。」

 芳佳は一つため息をつく。相変わらずの書類仕事だが、どうにも気分が乗らない。ちょっとインカムを取り出して耳にはめてみる。シャーリーとルッキーニは、今日もバラトン湖上でジェットストライカーのテストをやっているはずだ。インカムからはルッキーニの声が響く。

「いっけー、シャーリー!」

「うおおおお。」

「出た! マッハ1.2だよ。」

 マッハ1.2と言えば、地表速度で1,500キロ近い凄まじい速度だ。なんだか楽しそうだ。芳佳はついため息が漏れる。

「いいなあ、シャーリーさんは。力いっぱい飛ぶことができて・・・。」

 先日の戦闘の後で詳しく調べてみたら、やっぱり魔法力が大き過ぎて魔導エンジンのリミッターが働いていたことが分かった。それが分かっても、生憎震電以上に強大な魔法力に対応したユニットはない。そもそも、芳佳の使っている試製震電は、起動するのに必要な魔法力が大き過ぎて、誰も起動することができなかったといういわくつきのユニットだ。震電は魔導エンジンを換装して実用化にこぎつけたが、そんな事情なのだから震電以上のユニットがあるはずもない。もっとも、普通の魔女は20歳を過ぎて魔法力が低下するところなのに、20歳を過ぎて魔法力がさらにアップした芳佳が規格外に過ぎるのだ。でも、頭では仕方がないことはわかっても、もう自由に飛べないかと思うと気が滅入る。必然的に書類仕事に身が入らない。

 

 そんな芳佳に、グラッサー中佐は不安そうだ。

「チェルマク総監、このところ司令官の元気がないようで気になります。」

 チェルマク少将も同じように感じていたようだ。

「そうね、直接聞くと、そんなことないって言うけれど、やっぱり以前のような活気が感じられないわね。」

「司令官の態度は、部下たちの士気にも影響してきますから、空元気でも見せて欲しいのですが・・・。」

「そうねぇ、これからますます戦いが激化してくるところだから、士気に影響するのは困るわね・・・。参謀長ならなにか理由をご存じかしら?」

 チェルマク少将は、鈴内大佐に相談してみる。鈴内大佐は事情を聞いていた。

「実は、宮藤さんはここの所上手く飛べなくなっていて・・・。」

「あら、ついに上がりを迎えたのかしら。」

「いえ・・・、それが逆で、魔法力が増大して、ユニットが受け止めきれなくなってきたということです。」

「えっ? 魔法力が増大? あの歳で?」

「そうなんです、誠に異例なことで・・・。でもこれで観念して、司令官らしく司令部に腰を落ち着けて、指揮に専念してくれるようになればかえって良かったということになるかと・・・。」

 そう言いながら、鈴内大佐もそうはいかないだろうと思ってもいる。芳佳の性格もあるが、何しろ魔法力が減衰したわけではないのだから、飛ぶのをあきらめるのは難しかろう。だが、このまま気分が沈んだままでは、それこそ全体の士気に影響するので、どうにかして思いを振り切ってもらわなければならない。

 

 鈴内大佐は、何とか気分を持ち直してもらおうと、芳佳の説得に向かう。

「宮藤さん、お気持ちはわからないではないですが、誰しもいつかは飛べなくなるものです。隊員たちの士気にも関わりますので、どうかここは気持ちを切り替えてください。」

 芳佳だってそれがわからないわけではない。だが、そう簡単にはいかない。

「うん、ごめんね。わかってはいるんだけどね。実はわたし、以前にも同じように飛べなくなったことがあったんだ。その時ね、仲の良かった友達が一人でネウロイを防いでいるのに、わたしは何もできなくて、凄く辛かったんだ。今同じ状態になったらね、その時の事を思い出しちゃって、胸が苦しいんだ。それに、もし今仲間の誰かが危機に陥ったとしても、わたしは何もできないんだって思うと・・・。」

 そう言って芳佳は力なく笑う。そう言われると、鈴内大佐も何と言って励ましたらよいか、途方に暮れる。

 

 宮藤さんが沈んでいる。元気付けるのは一番付き合いの長い自分しかない、そう考えて千早大尉が乗り出して行く。

「宮藤さん、宮藤さんが元気がないのなんて似合いません。元気を出してください。」

 そんな無茶なと思いつつ、千早の気持ちが嬉しくて、芳佳は空元気を見せる。

「うん、ありがとう、ほら、こんなに元気だよ。」

 どうしたらいいかわからないが、とりあえず力こぶを作って見せる。もちろん、付き合いの長い千早大尉は、表情に力がないのを見逃さない。そこで元気を取り戻させるために持って来た秘密兵器を前に出す。

「宮藤さん、ユニットで飛べなくなったんだったら、箒で飛べばいいじゃないですか。」

 付き合いの長い千早大尉は、芳佳が箒で飛んで戦っているところを見たことがあって、それを覚えていたのだ。芳佳の表情がぱっと明るくなった。

「そうだよね、箒で飛べばいいんだよね。」

 以前飛べなくなったときは箒でも飛べなかったが、あの頃は急に増大してきた魔法力を上手にコントロールできなかったから飛べなかったのだ。今ならそんなことはない。芳佳は千早大尉の持って来た箒を受け取ると、さっと跨る。

「発進!」

 待て、ここは執務室だ。

 

 箒に跨って飛び上がった芳佳は、執務室の中をくるりと一周すると廊下へ飛び出す。執務室の中は、様々な書類が紙吹雪のように舞い踊る。廊下を一気に飛び抜けた芳佳は、角に突き当たると体を思い切り倒して直角に曲がる。

「きゃーっ!」

 たまたま通りかかった隊員が、悲鳴を上げてひっくり返る。持っていた何かが、廊下に転がって派手な音を立てる。しかし芳佳は振り返って見ることもなく、一直線に廊下を飛び抜けて、ぱっと外へ飛び出した。

「あっ、芳佳だ。箒で飛んでる!」

 目ざとく見つけたルッキーニが指をさす。

「よおし、行くぞ。」

 丁度テストから帰って来たところだったシャーリーが、思い切り加速して芳佳の方に向かう。どーんと衝撃波が隊舎に叩き付け、芳佳の後を追って飛び出して来た隊員がひっくり返る。

「宮藤!」

「あっ、シャーリーさん!」

 超音速で飛ぶシャーリーが一瞬ですれ違うと、後から衝撃波が芳佳を襲う。

「ふぎゃっ。」

 衝撃波で弾き飛ばされた芳佳は、錐揉みになって繁みへと落っこちた。

 

 執務室では、千早大尉が舞い散った書類の海に埋もれて、呆然と座っていた。

「これって、やっぱりわたしが片付けないといけないんだよね・・・。」

 まさか室内で飛ぶとは思わなかった。でも、けしかけたのは自分なのだから仕方がない。芳佳が元気になったのだから、まあいいか。

 

 それから数日、とりあえず元気にはなった芳佳の所へ、来客がある。

「宮藤さん、カールスラント軍のハルトマン少佐がお越しになっています。」

「えっ、ハルトマンさん? どうしたんだろう? お通しして。」

 入ってきたのは、ハルトマンはハルトマンだが、妹の方、カールスラント技術省のウルスラ・ハルトマン技術少佐だった。

「お久しぶりです、宮藤さん。」

「うん、いらっしゃい、ウルスラさん。それで今日はどうしたの?」

「はい、ちょっとお願いがあって来ました。」

「うん、できることなら何でも言って。」

「はい、実は新型のストライカーユニットを開発中なのですが、起動するのに強大な魔法力が必要で、技術省のテストパイロットでは起動できなかったんです。それで、宮藤さんなら起動できるかと思って・・・。」

「そ、そうなんだ・・・。」

 宛にされるのは嬉しくないこともないが、テストパイロットの代わりとは。でも、ひょっとして司令官よりテストパイロットの方が向いていた?

 

 それでも早速ウルスラが持って来た新型ユニットを見に行く。芳佳も結構新し物好きで物見高い性格なのだ。

「これが新型ストライカーユニット、ドルナウDo335です。プファイルと通称しています。」

 ウルスラがそう紹介した機体は、なかなか重量感のある機体だ。開発中と言うが、洗練された様子から、既に完成の域に達していることがうかがえる。イメージとしては、Bf110などの夜間戦闘脚を思わせるものがある。

「何となく夜間戦闘脚に似たイメージだね。」

 芳佳の印象に、ウルスラは小さく肯く。

「はい、これは魔導エンジンを2基搭載することで高速、大出力を実現したものです。最大出力1,750魔力のDB603を2基搭載しています。設計上の最高速度は770キロです。」

 最高速度770キロと言うのは凄い。シャーリーのジェットストライカーを見た後だと見劣りがするように感じるが、レシプロストライカーとしてはトップクラスの速度だ。

 

 ここまでは自信たっぷりで説明していたウルスラだが、一転ややうつむき加減になって声のトーンも落ちる。

「ただ・・・、さっきもお話ししたように、まだ実際に飛んだことはないんです。」

 そこへ、興味津々といった面持ちで見ていたシャル大尉が手を挙げる。

「はい、はい、はい、わたし乗ってみたいです。司令官、いいですよね。」

 シャル大尉は、これまで多くの機種を巧みに乗りこなしてきた経験があるという。それならこの新型機も上手く乗りこなしてくれることが期待できるから、うってつけだ。

「うん、いいよ。試してみて。」

 芳佳の許可を得たシャル大尉は、早速プファイルに足を通すと魔法力を発動する。魔法力の青白い光に包まれながら、使い魔の耳と尻尾を出すと、早速プファイルを起動する。

「エンジン始動!」

 発進促進ユニットの力を借りて魔導エンジンが回転を始めると、シャル大尉は魔法力を送り込む。しかし、ぷすん、と気の抜けた音がして、僅かな黒煙を吹き出しただけでエンジンは止まってしまう。

「あ、あれ、おかしいな?」

 シャル大尉は再び起動させようとするが、やはりプファイルは言うことを聞いてくれない。多少期待していたのだろう、ウルスラが落胆した表情になる。

 

「そうかぁ、動かないんだ。やっぱりわたしが試してみないと駄目みたいだね。」

 そう言って芳佳はシャル大尉と替わって、プファイルに足を通す。芳佳が魔法力を開放して、豆芝の耳と尻尾がちょこんと顔を出す。

「エンジン始動!」

 芳佳がプファイルに始動を掛けると、さっきまでうんともすんとも言わなかったプファイルの魔導エンジンが轟音を立てて回り出す。左右合せて4基のエンジンが一度に回ると凄い迫力だ。魔導エンジンの出力は安定しており、いささかの不具合も見られない。轟々と吹き付ける風に髪を乱されながら、ウルスラは嬉しそうな笑顔を浮かべている。それはそうだろう。いくら自信のある設計でも、実際に動くまでは不安が付きまとうものだ。起動するまでやきもきさせられたが、やっと設計の正しさが証明された。

 

 芳佳は固定していたロックボルトを外すと、ゆるゆると滑り出す。そして、滑走路の真ん中まで出ると、慎重に出力を高めて行く。プファイルのエンジン音がひときわ高まり、滑らかに加速して行く。そして、ふわりと浮き上がると、徐々に高度を上げて行く。ここまで何の問題もない。魔導エンジンの回転は安定していて、異音や異臭、変な振動も感じられない。どうやら思った以上に完成度は高いようだ。それなら遠慮することはないと、芳佳は一気に加速する。加速の応答性も、加速力も高い。軽くロールを打ってみる。ロールの反応も速い。双発機は一般には出力は高いが運動性は低いものだが、このプファイルの運動性は単発機にも引けを取らない。そしてこのパワーだ。急上昇を掛けるとぐんぐん上がって行く。もちろん、思い切り魔法力を送り込んでもしっかりと受け止めて、機敏な反応を見せてくれる。このユニットは実に良い。さすがはウルスラだ。ウルスラは時に妙なものを作ることもあるが、やはりその技術レベルは最高だ。

 

 自在に飛び回る芳佳を見上げて、鈴内参謀長は複雑な気持ちだ。芳佳が活気を取り戻してくれたのは幸いだが、こんな新型ユニットを手に入れたら、ますます司令官の立場を忘れて飛び出して行くようになってしまうのではないか。そんな鈴内参謀長の気持ちも知らぬ気に、思うさま飛び回った芳佳は、にこにこしながら降りてくる。

「ウルスラさん、これいいよ。開発中とは思えないくらい何の問題もないよ。すぐにでも実戦に使えるね。いいなぁ、これ欲しいなぁ。」

 そう言われてウルスラも嬉しそうだ。

「はい、気に入っていただけて良かったです。お預けしますから、好きなように使ってください。データ取りや、調整はさせてもらいながらですけれど。」

「うん、ありがとう。」

「ところで、新しい武器も持ってきたんですが、試していただけますか?」

「うん、いいよ。」

 もはや猫にかつぶし状態だ。

 

 ウルスラが持ち出したのは、結構大型の銃で、全長は芳佳の背丈ほどもある。その割には軽量で、重くて取り回し辛いという程のものでもない。

「見たところ弾倉がないけれど、どうやって使うの?」

「はい、これは魔法力を直接撃ち出す、光線兵器のようなものです。魔法力を込めて引き鉄を引けば、魔法力が弾丸のように、あるいはビームのように出ます。」

「へえ。」

 芳佳は早速その銃を構えてみる。構えた時の手への納まりは良く、使い勝手は良さそうだ。試しに魔法力を込めると、引き鉄を引いてみる。

 

 ぱん、と軽い音と軽い衝撃と共に、青白く光る魔法力の塊が目にもとまらぬ速さで飛んで行く。ぱん、ぱん、と続けて撃ってみる。新兵器というから使い方が難しいかとも思ったが、拍子抜けするくらい簡単だ。

「あの、あんまり撃たないでください。魔法力を直接撃ち出しているので、結構魔法力を消耗すると思います。」

「ああ、そうだね。」

 芳佳はその銃を下ろす。

「これも試してみてください。予備も用意してありますから、実戦に使って壊してしまっても大丈夫です。」

「うん、わかった。今度使ってみるよ。ところで、名前はついているの?」

「いえ、まだ試作段階ですから、正式な名称はありません。ただ、開発ではツァウベルヴンダーヴァッフェと呼んでいます。」

「つぁうべる?」

「Zauber Wunderwaffeです。意味は、魔法の奇跡の兵器、といったところです。」

「ツァウベルでいいや。」

「いや、それだとただの魔法になっちゃうんですけれど・・・。」

 でも芳佳は気にしない。

 

 そこへ、おあつらえ向きにネウロイ出現の警報が鳴る。

「じゃあちょっと行って来るね。」

 芳佳は、芳佳が言う所のツァウベルを手にすると、プファイルを装着して舞い上がる。鈴内参謀長が止める暇もない。

 

「ネウロイ発見。この前と同じタイプ。」

 この前の戦いでは、追撃しようとしてストライカーユニットの不調で振り切られた。そうならないためには正面から行くに限る。ネウロイは先端からビームを放って来る。芳佳は上下左右に機動してビームをかわす。プファイルは反応性良く、芳佳の思う通りに動いてくれる。芳佳はツァウベルの狙いをつけると引き鉄を引く。

「発射!」

 魔法力の弾丸は確実にネウロイを捉える。ネウロイの装甲を突き破って貫くと、たちまちネウロイは四散する。瞬殺だ。

「ネウロイ撃墜!」

 新型ユニットと超兵器を手に入れて、芳佳の戦闘力は飛躍的に向上した。鈴内参謀長の懸念通り、いつも先頭に立って出撃する司令官になってしまいそうだけれど。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十四話 オストマンからの来訪者

 鈴内大佐が困惑した表情でやってきた。鈴内大佐は経験豊かで頭脳明晰で胆が据わっているし、芳佳がたびたびやってのける無茶にも慣れているので、こんな表情をすることは珍しい。何かよほど困ったことが起きたのだろうかと思うが、ネウロイの奇襲攻撃があっても、戦線崩壊の危機に陥ってもこんな表情をする人ではないので、ちょっと見当がつかない。

「宮藤さん、オストマンの外務大臣が面会を求めています。」

「え? 外務大臣? 何で?」

 一軍司令官の芳佳の所に、一国の大臣が訪問して来るというのは異例だ。しかも、軍関係の大臣ならまだわかるが、外務大臣というのは訳が分からない。これが、過去に大使館付武官を務めたことがあって旧知の仲だというのならまだわかるが、もちろん芳佳にそんな経験などない。

「それがわからないので、自分も困惑しているのですが・・・。お会いになりますか?」

 外務大臣が訪ねて来たのに、会わないなどと言えば非礼になって、国際問題を引き起こしかねない。だから理由がわからなくても会わないという選択肢はないと思う。そんなことは鈴内大佐もわかっているだろうに、判断を求めて来るのは意地悪だと思わないでもない。もっとも、会うことで問題が起きることも考えられ、軍人としては優秀な鈴内大佐であっても、このような外交がらみになるかもしれないことについては判断が付かなかったということなのかもしれない。

「わかりました、会います。」

 芳佳は困惑と不安を感じつつも、オストマンとは別に敵対的な関係にあるわけでもないのだから、殊更に問題が起きることもないだろうと考えて、会うことに決めた。昔、紀伊半島沖の紀伊大島付近でオストマンの軍艦エルトゥールル号が難破した時、付近の村人が総出で救助活動を行ったことがあったこともあって、オストマンは扶桑に対して友好的だ。

 

 案内されて応接室に入ってきたオストマンの外務大臣は、不思議なことに幼い少女を連れている。年の頃は10代前半といったところだろうか。軍司令官を訪問してきた外務大臣という状況にはまるでそぐわない。

「宮藤閣下、オストマン共和国外務大臣のムラート・イスメト・イノニュと申します。」

「は、初めまして。連合軍モエシア方面航空軍団司令官の宮藤芳佳です。」

 芳佳は大変な緊張状態だ。もしも外交上の問題など持ち出されたとしたら、どう対応したら良いのか見当もつかない。そもそも、芳佳には外交上の何の権限もないのだ。今の芳佳は、恐らくどんなネウロイが襲ってきたときよりも緊張しているに違いない。

「本日はお願いがあって参りました。」

 そう言って、外務大臣は同行してきた少女を前へと促す。くりくりとした黒い瞳が愛らしい。

「この子は、我が国初めてのウィッチで、ユルキュ・チュクルオウルと言います。我が国もネウロイとの戦いに貢献したいと思い、連れて参りました。どうか是非、閣下の部隊に参加させてください。」

 少女はさっと姿勢を正すと、頭を下げる。

「ユルキュ・チュクルオウルです。よろしくお願いします。」

「こちらこそよろしく。」

 答えながら芳佳は、なるほどそういうことかと思う。このあたりでウィッチ隊を指揮している最高司令官が芳佳なのだから、ウィッチを委ねたいのなら芳佳のところに依頼しに来るのもうなずける。

 

 しかし、個人的に自分に依頼しにくるより、国として部隊を派遣してくるのが普通なのではないだろうか。その方が国としての存在感を示すことができるだろうから、国益に適う。

「でも大臣閣下、どうして部隊の派遣じゃないんですか?」

 芳佳の疑問に答える外務大臣は、もちろん交渉慣れしているから明らかな表情の変化はないが、僅かに困ったような、恥じ入るような気配が感じられる。

「先ほども申し上げた通り、我が国初めてのウィッチなのです。訓練中の者を除いて、我が国には他にウィッチはいませんから、部隊として派遣しようにもウィッチ部隊が存在しないのです。ウィッチ隊運用のノウハウもありません。ですから、直接指揮下に入れていただくしかないのです。」

 なるほど、そういうことなら仕方がないし、直接芳佳に依頼しに来たのもうなずける。

「そうでしたか。わかりました。そういうことであれば、責任を持って預からせていただきます。でも、どうして軍務大臣ではなくて外務大臣がいらしたんですか?」

「実は、初めてのウィッチのため、まだ軍におけるウィッチの扱いが決まっていないので、正式には軍に所属していないのです。だから軍務大臣が来るわけにもいかず、外務大臣である私が交渉に参りました。」

「そういうことですか。と言うことは、まだ階級もないんですか?」

「そうです。軍人としての階級はありません。ただ、連合軍ではウィッチの最初の階級は軍曹とする決まりがあると聞いています。だから、軍曹待遇ということでお願いしたい。」

「承知しました。軍曹として私の部隊に配属します。」

 芳佳の承諾を得ると、外務大臣もそんな要望が受け入れられるか不安だったのだろうか、少しほっとしたような表情をした。あるいは、オストマンでは重要な外交課題だったのかもしれない。外務大臣は改めて謝意を表すると、ユルキュを残して帰って行く。芳佳は、心配したような外交が絡む複雑な問題にはならなくてほっとした。

 

「さて。」

 芳佳は改めてユルキュに向き合う。

「ユルキュちゃんはウィッチとしての訓練はできているのかな?」

 ユルキュはにっこりと、そして元気よく答える。

「はい、ブリタニア空軍に派遣されて、ウィッチとしての訓練は一通り終わっています。十分実戦に耐えられるというお墨付きをもらってきました。」

「うん、それなら良かった。ユニットは持っているの?」

「はい、ブリタニア空軍から供与された、ハリケーンというユニットを持って来ました。」

 出た、またハリケーンだ。ブリタニア空軍はどうして友軍にそんな古いタイプのユニットしかくれないのだろう。多数供与するとなるとなかなか新型は出しにくいということもあるだろうが、オストマンのウィッチはユルキュ一人しかいないというのに新型ユニットを出してくれないとは、やっぱりブリタニアはケチなのだろうか。

「うんわかった。それじゃあユルキュちゃんは、扶桑海軍の大村航空隊に配属するから、そこで頑張って頂戴。」

「はい、ありがとうございます。」

 ユルキュは笑顔で頭を下げる。たった一人で他国の部隊に配属されるのは不安だろうが、その不安を感じさせないような笑顔なのは、それだけウィッチとして人類のために貢献したいという思いが強いのだろうか。もっとも、オストマンの女性は、楽天的で前向きな性格だという話もあるから、そのせいなのかもしれない。

 

 でも、よくたった一人で戦う気になったものだ。ウィッチが誰もいない中で、ブリタニアで訓練を受けてまでウィッチになろうと思ったのはどうしてだろう。

「ユルキュちゃんはどうしてウィッチになろうと思ったの?」

「はい、父からウィッチになるように指示されました。」

「お父さん?」

「はい、父は共和制になったオストマンの初代大統領を務めたメフメト・ケマル・アタテュルクと言います。オストマンでは元々女性は余り外に出て活動しない風習があったんですけれど、それでは国の近代化はできないと考えて、父は女性の社会活動を奨励したんです。でも、奨励しただけでは人々の意識や行動はなかなか変わらないから、まず自分の身内からということで、自分の娘たちに積極的に活動するようにさせたんです。例えば、姉のサビハ・ギョクチェンは、女性としては世界で最初の戦闘機パイロットになりました。それで、魔法力を持って生まれた私には、オストマンで最初のウィッチになるように求めたんです。だから私はウィッチになりました。」

「なるほどね。」

 そういうことなら、お父さんから『みんなを守るような立派な人になりなさい』と言われて、こうして戦っている芳佳自身と相通じるものがあると思う。

 

 ところが、鈴内大佐が不思議そうな顔をしている。別にそんなに変な話ではなかったと思うのだが。

「鈴内さん、どうかした?」

「はい、確かケマル大統領は、1938年に57歳で亡くなったと記憶しています。それにしては、チュクルオウルさんは若すぎるような気がして・・・。」

 ちょっと立ち入ったことなので、尋ねていいものかと戸惑いながら、鈴内大佐はそう言う。しかし、ユルキュは気にも留めないように、相変わらず明るく、はきはきと答える。

「私、養女なんです、一番下の。生まれたのは1937年で、最初から魔法力を発現していたので、求められて生まれて割とすぐに養女になって、物心ついた時には父は亡くなっていましたけれど、周囲の人から父がウィッチに育てたいと言っていたと、そのために魔法力を発現した私を養女にしたと聞かされて、それでウィッチになりました。」

 そして、鈴内大佐が微妙な表情をしているのに気付いて、付け加える。

「あ、養女なのは私だけじゃないんですよ。父は実子がいなかったんです。だから子供は全員養女なんです。戦乱で親を亡くした子なんかを、積極的に養子にして育てたんだそうです。だから別に、私が養女と言っても特別じゃないんです。」

 なるほど、そういう事情なのかと思う。でも物心つく前からウィッチになることが決められていたというのも、自由がなくてちょっと不憫な気もする。でもまあ、本人がすっかりその気のようだから、別に不憫というほどのこともないだろう。

 

「うん、わかった。それじゃあわたしがユルキュちゃんを必ず一人前のウィッチにしてあげるね。」

「はい、よろしくお願いします。」

「うん、そんなに堅苦しくすることないよ。部隊の仲間は家族みたいなものだから。」

「そうなんですか? でも、ブリタニア軍で訓練を受けているときに、軍隊では上下の別をしっかり弁えろって言われましたけど・・・。」

「うん、普通はそうなんだけどね、まあウィッチ隊ではそんなに堅苦しく考えなくていいんだよ。」

「はい、わかりました。」

 素直なユルキュは芳佳の言うことをすっかり信じているが、それはまずいだろうと鈴内大佐は思う。何かと言うと軍隊の秩序を乱そうとする芳佳には困ったものだと思う。ただ、ユルキュはオストマンの先代の大統領の娘なのだし、ある意味国を代表しているわけだから、特別扱いしても良いかと考え直す。ふと、鈴内大佐は、ひょっとして自分も芳佳に影響されて、軍の秩序に対する意識が緩くなってきていないだろうかとの懸念が頭をかすめた。




登場人物紹介
(年齢は1952年1月現在)

◎オストマン

ユルキュ・チュクルオウル(Ülkü Çukurluoğlu)
1937年11月27日生、14歳
オストマンの初代大統領、ムスタファ・ケマル・アタテュルクの養女で、養父の指示でオストマン最初のウィッチとなる。強大な魔法力を秘めているが、その能力はまだ十分に開花していない。国の輿望を担って、オストマルク戦に参加。

メフメト・ケマル・アタテュルク(Mehmet Kemal Atatürk)
1881年5月19日- 1938年11月10日
オストマン共和国の初代大統領。第一次ネウロイ大戦で混乱に陥った国内をまとめ上げ、復興に導いた。オストマンでは女性の対外的な活動を控える風習があったが、社会改革の一環として女性の活動を奨励し、自身の養女を世界最初の女性戦闘機パイロットにした。社会的風習の影響でウィッチの養成が行われていなかったが、最晩年に、魔法力を発現したユルキュ・チュクルオウルを養女とし、オストマン最初のウィッチとして養成した。

ムラート・イスメト・イノニュ(Murat İsmet İnönü)
1889年9月24日生、62歳
オストマン共和国の外務大臣。大戦に貢献してオストマンの国際的地位を高めることを狙って、ユルキュ・チュクルオウルを連合軍に参加させるために芳佳の下に連れてくる。
 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十五話 オストマンのウィッチ

「魔導エンジン始動。」

 芳佳の指示で、ユルキュがストライカーユニットを始動する。エンジン音が高まって、プロペラ様の呪符が高速で回転する。快調、かと思うと、ばん、と大きな音がして一塊の黒煙が噴き出した。

「あれ、整備不良かな?」

 芳佳は首を傾げるが、ユルキュは気にかけていないようだ。

「いえ、普段からこんな感じです。」

 芳佳は、ブリタニアのハリケーンというユニットはあまり見たことがないので、こんな感じと言われるとそうなのかなと思う。でも、よく見ると外板は波打って、至る所に傷があり、相当な中古品をあてがわれているようだ。中古品だとこんなものなのかとも思うが、ここは最前線なのだから中古品をだましだまし使っていては仕事にならない。あるいは、ブリタニアも訓練用として中古のユニットを提供したのであって、そのまま前線部隊に行くことは想定していなかったのかもしれない。今日の所はいいけれど、近い内に新しいユニットを調達してあげないといけないと思う。

 

「じゃあ行くよ、ついてきて。」

「はい。」

 芳佳が先に立って離陸し、ユルキュが続く。滑走路を離れた芳佳は、急角度で上昇して行く。ユルキュも頑張って追いかけようとするが、いかんせんユニットの性能差があり過ぎる。芳佳の使っているプファイルは、1750魔力の魔導エンジンを2基搭載している、極めて強力なユニットだ。上昇力には出力が大きく影響するので、1030魔力の魔導エンジン1基のハリケーンでは圧倒的に不利だ。何とか追いつこうとユルキュは力を込めるが、そうするとますますエンジンが不調になって不規則に黒煙を噴き上げる。そのたびパワーが落ちて、ますます遅くなる。もう失速寸前だ。仕方がないので、上昇を止めて水平飛行に移る。戻ってきた芳佳は心配そうに見ている。

「やっぱりそのユニットおかしいんじゃない?」

「そうなんでしょうか・・・。でも、整備の人は問題ないっていうんですよ。」

 ユニットに問題がないけれど上手く飛べない、特に力を込めると魔導エンジンが不調になる、その状態は、芳佳には思い当たるものがある。

「一旦降りよう。」

「・・・はい。」

 せっかくこれまでの訓練の成果を見せようと思ったのに、上手く飛べなかったユルキュはしょんぼりとしながら降りて行く。

 

「ユルキュちゃん、ストライカーを発進ユニットに固定して回して。整備の皆さん、計測をお願いします。」

 発進ユニット上のユルキュの周りに、整備の人たちが集まって、様々な機械を使って何かを測っている。こんなに大勢の人に囲まれたのは初めてで、ユルキュは緊張を隠せない。もっとも、整備員たちは計測される数値に注目していて、誰もユルキュの方は見ていない。真剣に計測していた整備員が顔を上げる。

「宮藤さん、ちょっと見てください。」

 芳佳がのぞき込むと、どうやら芳佳の想像した通りだったようだ。

「うん、魔法力が大きいね。」

「はい、この魔法力の大きさだと、ハリケーンでは無理ですね。リミッターが働きます。」

 芳佳はついこの間も経験した、魔法力が大き過ぎてユニットが受け止めきれないという奴だ。それなら対策は簡単だ。

「ユルキュちゃん、ユニットを変えよう。」

「はい?」

「このユニットはね、エンジン出力が低くて、大きな魔法力を受け止められないんだよ。だから、もっとエンジン出力の大きいユニットに変えれば、問題なく飛べるようになるよ。」

「で、でも、わたし他のユニットって使ったことがありません。」

「大丈夫だよ、乗換なんて簡単だから。ええと、どのユニットを使ってもらおうかな。・・・、ああ、そうだ。わたしがこの前まで使っていた震電を使ってもらおう。」

「しんでん?」

「うん、扶桑の強力なユニットだよ。魔法力が大きくないと起動できないんだけど、ユルキュちゃんのこの魔法力だったら大丈夫だよ。」

 普通、機種転換と言うと一定期間の訓練が必要になるもので、芳佳のようにいきなり乗りこなすセンスのウィッチも一定数いるが、一般のウィッチにとってはそれほど簡単なものではない。ましてユルキュは震電というユニットがどういうユニットなのか知らないし、ハリケーン以外の実用ユニットを使ったことがないので、ユニットの違いによる特性の違いもわからない。でも、このウィッチの中でもベテラン中のベテランの司令官が大丈夫だし簡単だと言うのだから、大丈夫なのだろうと信じている。

 

 運ばれてきた震電は、精悍といった表現が良く似合う、正に戦うためのユニットといった印象だ。しかしまあストライカーユニット同士、基本的には同じ構造のものだ。あれこれ考えるよりまず動かすことだと足を通す。

「魔導エンジン始動。」

 ユルキュは全身に流れる魔法力を感じながら、震電を起動する。しかし、震電は起動してくれない。おかしいなと思って、もう一度起動をやり直してみるが、やはり動かない。首をひねるユルキュに、芳佳が言う。

「ちゃんと魔法力を送ってる? 震電は魔法力が足りないと起動しないよ。」

「足りないですか? いつもと同じようにやっているんですけれど・・・。」

 ユルキュの答えに芳佳はピンときた。

「もしかして、魔法力を制御してる?」

「え? 魔法力を一度に送り過ぎると起動しないんですよね?」

「だから、ハリケーンにちょうどいい魔法力じゃ震電には足りないんだよ。魔法力をコントロールしなくていいから、ありったけの魔法力を一度に送り込んで。」

「えっ? そんなことしていいんですか?」

 ユルキュは、最初の頃は魔法力を適切に制御することができなくて、魔法力過剰で起動に失敗しては怒られたものだ。適切に制御できるようになるまで、ずいぶん練習を重ねてきた。それなのに、制御するなと言う。これまでの練習の成果を無にされるようで、面白くない気もするが、やれと言うのならやるしかないだろう。

 

 ユルキュは力を込めて、思い切り魔法力を解放する。すると、さっきまでうんともすんとも言わなかった震電が、力強いエンジン音を響かせながら起動する。呪符が勢いよく回転し、強烈な風が吹き付ける。見守っていた芳佳がにっこりと笑う。

「ほらね、動いたでしょ。」

 なるほどさすがベテランだ。すべてお見通しというわけだ。

「飛んで。」

「はいっ!」

 ユルキュは勢い込んで飛び出す。凄いパワーだ。これまでのユニットとはまるで別物だ。足元からぐいぐい押されるような感じで、しっかり支えていないとひっくり返されそうだ。あっという間に離陸速度を超えて、ユルキュは空へ舞い上がる。凄い上昇力だ。力を送れば送っただけ反応が返って来て、ぐんぐん上昇力が高まって行く。見る見る地上が遠ざかる。ユニットが違うとこんなにも違うものかと驚くばかりだ。

 

「水平飛行に移って。」

 耳元のインカムから指示が聞こえる。指示の通りに水平飛行に移ると、下から芳佳が上昇してくるのが見える。ずいぶん急上昇したつもりだったが、芳佳はあっという間に同じ高度まで上昇すると、横に並ぶ。

「ついてきて。」

 そう言うと芳佳はぐんぐん加速する。後を追ってユルキュも力いっぱい加速する。恐ろしいまでの加速力だ。あっという間にこれまで経験したことのない速度に達し、さらに加速して行く。凄まじい勢いで風が吹き付け、視界がぎゅっと狭まった気がする。しかし何ということだろう。こんなに凄い加速と速度なのに、芳佳との距離は離されて行く。もっとも、カタログスペックでも、ユルキュが使っている震電の最高速度が750キロなのに対して、芳佳が使っているプファイルは770キロで、しかも高速飛行が初めてのユルキュに対して、経験が桁違いの芳佳とあっては、ついて行けないのは当然だ。しかしこの速度は凄い。これまで最高速度540キロのハリケーンに乗っていたユルキュにとっては、700キロオーバーというのは全く未知の領域だ。まっすぐ飛んでいるだけでも恐怖を感じる。

 

 しかし、芳佳はそんなことには構ってくれない。

「上昇旋回するよ。」

 一声かけると引き起こす。ユルキュもこれ以上遅れたくないので、思い切り力を込めて引き起こす。それと同時に、速度がある分凄まじいGが全身にかかってくる。全身の血液が下がって、あっと思う間もなく目の前が真っ暗になり、足先に全身の血液が集まって破裂するのではないかという程になる。引き起こす体にかかる力は強烈で、背中が折れるかと思う。

「う・・・。」

 苦しいと声を上げる余裕もない。それでも歯を食いしばって姿勢を保つ。瞬間、意識が飛んだ。

 轟々と風の音が耳に響いている。人は昏睡状態に陥っても耳だけは聞こえているという話があるというが、これがそれかと思う。そうするうち、目の前にゆっくりと明るさが戻って来る。そして、気付けば背面になって飛んでいた。そう、縦方向に180度の旋回をしたのだから、気付けば背面になっているわけだ。もっとも、意識が飛んだのにそのままの姿勢で飛んでいたユルキュは、飛行の安定性が相当良いと言える。

 

 くるりと体を返して、まだ頭がぼんやりとしたままで周囲を見れば、いつの間に来たのか、隣を芳佳が飛んでいた。

「大丈夫?」

 芳佳が心配そうな表情を向けてくる。

「あ・・・、はい・・・。」

 まだ頭がはっきりしないが、ユルキュは自分がとてもみっともないことをしたことに気付いて頭に血が上る。それほど厳しいとは言えない機動で、Gに負けて一瞬とはいえ意識を失ったのだ。それは墜落の危険があるのはもちろんだが、それ以上に一通りの訓練を受けた者としてはあってはならないことだ。交戦中に一瞬といえども意識を失えば、狙い撃たれてほぼ確実に命はないのだから、そうならないぎりぎりの所にコントロールするのは、基本中の基本だ。それができていない癖に前線にやってきたというのでは、未熟者、厄介者扱いされても仕方がない。

「その・・・、未熟で申し訳ありません。」

 ひどく叱責されるか、すぐに帰れと言われるかと身を固くするが、予期に反して芳佳はあっけらかんとしている。

「別に気にすることないよ。震電に乗ったのは初めてなんだしね。すぐに慣れるよ。」

「は、はい。」

 慰めてくれているのかな、とも思ったが、どうも芳佳の印象は本当に全然気にしていない風だ。ひょっとして、自分は色々気にし過ぎだったのかとも思う。もっとも、初めてのユニット、それも今まで乗っていたものとは大幅に性能の違うユニットに乗ったのだから、加減が分からないのは当然だ。そんな条件のユルキュを、芳佳が責めるわけがない。

 

「落ち着いたらもう少し動くよ。」

 過酷なようだが、ここは最前線なのだから、一日も早く新しいユニットに慣れて、実戦力になって欲しい。ユルキュにとっても、それは望むところだ。

「はい、もう大丈夫です。」

 ユルキュが答えるとすぐに芳佳は動く。ユルキュは一心に後を追う。もちろんまだぴたりと付いて行くことはできないが、それでもずいぶんしっかりと追いかけている。なかなか空中機動のセンスは良いようだ。なかなか良い子が加わってくれたと、芳佳は胸の中でほくそ笑む。ネウロイとの決戦は近付いている。

 

 芳佳とのテスト飛行を終えたユルキュは、配属された大村航空隊に顔を出す。迎える大村航空隊の面々は興味津々だ。何しろオストマンの人と接したことがあるのは、この中でも作戦のためにアンカラに行ったことがある千早大尉だけなのだ。注目の集まる中、ユルキュが申告する。

「オストマン共和国のユルキュ・チュクルオウルです。大村航空隊配属を命じられ、ただいま着任しました。」

 ユルキュは精一杯威儀を正しているが、その面差しの幼さは隠しきれない。扶桑人とも、欧州人とも異なる、エキゾチックな風貌が不思議な愛らしさを醸し出している。このままじっと見つめていたい程だが、そういうわけには行かない。千早大尉が答礼する。

「ようこそ大村隊へ。私が隊長の千早多香子大尉です。慣れないことも多くて大変だと思うけれど、隊のみんなは家族だと思って頼りにしてね。」

「はい。」

 ユルキュの緊張が緩む。司令官の芳佳も家族のようなものだと言っていたが、隊長もそういうのだから、そういうものなのだろう。同郷の人の一人もいないユルキュにとっては、そう言ってもらえるとありがたい。

 

 他の隊員たちがユルキュを取り囲む。

「ユルキュちゃんって言うんだ、よろしくね。」

「もう実戦は経験したの? 何機撃墜した?」

「オストマンって行ったことないんだけど、どんな国?」

「食べ物の好き嫌いとかあるの? 納豆は食べられる?」

 いきなりそんなに言われても答えられない。困ったユルキュが視線を泳がせると、一歩引いて立っていたお姉さんと目が合った。ユルキュは助けを求めるように声を掛ける。

「あの・・・。」

「わたし? わたしは岡田玲子上等軍楽兵だよ。」

「えっ? 扶桑のウィッチ隊には軍楽隊もあるんですか?」

「違う、違う。わたしは、本来は軍楽隊の所属だけれど、今はこのウィッチ隊に派遣されているんだよ。もちろんウィッチとしてね。」

「そうなんですか。あぁびっくりした。」

 みんなに笑い声が広がる。どうやらユルキュは無事に溶け込めそうだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十六話 ウィーンへの道

 さて、芳佳たちウィッチ隊が繰り返し襲来するネウロイとの戦いを繰り広げている間に、マリボルへの戦力の集結は概成し、いよいよウィーンの巣撃破とエステルライヒ地区の奪還を目指す、反攻作戦発動が決まった。地中海方面統合軍総司令部で作戦会議が開催される。もちろん芳佳も招集され、鈴内大佐とチェルマク少将を伴って出席する。芳佳は思う所あって、チェルマク少将にそっと耳打ちする。

「チェルマクさん、今回の作戦は十分把握して置いてくださいね。」

「はい、もちろんそのつもりですが・・・、何かあるんですか?」

 チェルマク少将の疑問に、芳佳は一段と声を落として囁く。

「今回は、わたし出撃することが多くなると思いますから、司令部での指揮は大部分チェルマク少将にお願いしたいんです。」

「えっ? 出撃ですか?」

 要するに司令部を留守にするから、実質上司令官の代理を務めて欲しいということのようだ。声を落としたのは鈴内参謀長に聞かれると、間違いなく強く反対されるからだろう。そうまでして前線に出ようという感覚が、幕僚勤務の長いチェルマク少将にはピンとこない。もっとも、ブダペストの巣を攻撃した時以上の反撃が来ることは確実だから、一人でも戦力が多い方がいいのは確かだ。でも戦力なら、他から持って来られないのだろうか。

「他にどこかからウィッチ隊の増援を持って来ることはできないんですか?」

「うーん、できればそうしたいんだけどね。グラーツを奪還したら、マリボルのクロアチア隊、セルビア隊も集結してもらうつもりだけれど、それ以上はちょっと当てがないんですよね。」

 まあそうだろ。ウィッチはどこの部隊でも不足していて、貴重だ。もっとも、芳佳の場合は新兵器を手に入れてパワーアップした自分を、最大限戦力として活かしたいとの思いが強い。

 

 そうこうするうち作戦会議が始まる。

「第一段作戦として、グラーツ奪還作戦を行います。今回は、第15航空軍の戦闘機部隊で地上攻撃を行って、地上部隊の前進を支援します。従って、ウィッチ隊はさらに前方に進出して、襲来が予想される飛行型ネウロイを撃退し、戦闘機部隊の地上攻撃を援護してもらいます。」

 ウィッチ隊の役割については、事前に打診があったので芳佳たちも承知している。ネウロイがどの程度出現するかにもよるが、極力ネウロイによる戦闘機部隊への攻撃を阻止しなければならない。

「グラーツ奪還後は、北方の山岳地帯に防衛線を敷いてネウロイの反撃に備えます。ウィッチ隊は飛行場の整備が終わり次第グラーツに進出し、第二段作戦に備えていただきたい。」

 グラーツの北側にはガリアから連なるアルプス山脈が伸びている。このあたりはアルプス山脈の東の果てで、4000メートを越える山々が連なるヘルウェティアのあたりに比べるとずいぶん標高も低くなってはいるが、それでも1500メートル級の山が連なり、グラーツとウィーンを結ぶ鉄道は標高984メートルのゼメリング峠を越えている。山が苦手なネウロイの侵攻を阻むには、好適な地形だ。

 

「グラーツ奪還後、準備が整い次第第二段作戦に移行し、ウィーンの奪還を目指します。その際には、巣の破壊のために、B29装備のブリタニア第617飛行中隊に参加してもらいます。また、ウィーンの巣の攻撃に当たっては、プラハの巣からの攻撃を牽制するために、西部方面統合軍にも参加してもらいます。」

 それを受けて立ち上がったのは、カールスラントウィッチ隊総監のアドルフィーネ・ガランド中将だ。全世界のウィッチの中で最高の階級を持ち、カールスラントのウィッチ隊を統括している。既に31歳でシールドは張れないし、カールスラント皇帝から出撃を禁止されているのだが、未だにこっそりと出撃していると噂される。芳佳との直接の接点は少ないが、2年前のオデッサの戦いの際に、苦戦する芳佳の部隊を、自ら率いた部隊で救援したことがある。その時は、出撃ではなく前線視察だと言いながら、遭遇したネウロイを攻撃していたものだ。

「カールスラント空軍のアドルフィーネ・ガランドだ。ウィーンの巣を攻撃する際には、我々が同時にプラハの巣を総攻撃する。可能ならそこでプラハの巣を破壊してしまいたいところだが、そう簡単にはプラハの巣は破壊できるないだろう。それでも、少なくともそれで、ネウロイがプラハの巣からウィーン方面の戦線へと攻撃に向かうのを阻止するつもりだ。」

 二つの統合軍が共同作戦を行うのは珍しい。それほどに、今回の作戦は欧州解放のクライマックスとなる戦いになるということだ。今回の作戦が成功すれば、オストマルクに残るプラハとコシツェの巣も、同じ方法で破壊できることが期待される。正に、欧州解放の天王山と言ったところだ。

 

「なお、第一段作戦はウィーン攻略の前哨戦です。第二段作戦を速やかに実施できるよう、各部隊とも損害は極力出さないようにお願いします。」

 第一段作戦で損害を出せば、部隊の補充や再編成に時間がかかり、第二段作戦に移るまでに時間を要することになる。そうすればネウロイ側に態勢を立て直す時間を与えることになり、第二段作戦の遂行がより困難になる。それはそうなのだが、実施部隊からすると、そもそも勝てるという保証すらないままに作戦を実施するのだから、その上損害を出さないようにと言われても対応は困難だ。損害を出さないように慎重になり過ぎて、肝腎のグラーツの奪還に失敗すれば本末転倒だ。このあたり、司令部と実施部隊の温度差を感じさせるが、それでも異論は出ずに作戦会議は粛々と終わる。

 

 鈴内大佐は、時に積極的に過ぎる芳佳の事を案じて、念を押す。

「宮藤さん、総司令部からは第一段作戦では損害を出さないように指示がありましたが、何か対策は考えていますか?」

 しかし、鈴内大佐の心配をよそに、芳佳はあまり気にしていないようだ。

「ううん。別に対策っていうようなことは考えていませんよ。」

「それでは困ります。仮にも総司令部からの指示なんですから、ないがしろにするわけには行きません。」

「いや、別にないがしろにするわけじゃなんだけど・・・。」

「だったら対策を考えてください。もちろん自分たちも考えますから。」

 そんな鈴内大佐に、芳佳は少し困ったような、微妙な表情を見せつつ答える。

「ええとね、わたしいつだって仲間の一人だって傷つけたくなんかないよ。そりゃあ考えが足りなくて、結果的に傷付けちゃうことだってあるけれど、いつでも一人も傷付けないで済むように考えているんだよ。だから、改めて損害を出さないようにって言われても、やることはいつもと変わらないんだよ。」

「ああ・・・。」

 鈴内大佐は改めて気づく。そうだ、この人はそういう人だ。軍人なら誰しも考える、一部の部隊を犠牲にして、全体の勝利を得るという作戦も、この人は決して認めようとはしないのだ。それどころか、自分の指揮下にない友軍についてさえ、何とか犠牲を出さないようにできないかと、意を砕き手を尽くす、そんな人だ。そうだからこそ、誰から求められたわけでもないのに、こうして遥か欧州まで来ているのだ。

「申し訳ありません。長く仕えていながら、そんな基本的なことも認識していなくて・・・。」

「そんな、謝るようなことじゃないよ。それに仕えているなんて、まるで私が偉いみたいじゃない。いつもわたしが助けてもらっているのに。」

「いえ、司令官なんですから、偉くなってもらわなければ困ります。」

 まったく、相も変わらず司令官としての自覚が薄い。しかしこうでなければ、年端もいかない少女たちをまとめあげて、厳しい戦いに立ち向かわせることなどできないのかもしれない。そういう意味では、これから臨む決戦を指揮するのに、これ以上適任の人はないのだろうと改めて意を強くする。正に天の配材なのだろう。

 

 

 そして、エステルライヒ地区奪還作戦の第一段作戦としてのグラーツ奪還作戦が始まる。作戦室に集まった各隊の隊長たちを前に、芳佳は作戦の最終確認を行う。

「既にお知らせしているように、わたしたちは攻略部隊の前面に展開して、襲来が予想される飛行型ネウロイの撃退を担当します。ウィッチ隊各隊は3部隊に分かれて、交代で出撃します。最初がハンガリー隊とスロバキア隊、次がエステルライヒ隊とポーランド隊、その次は大村隊とチェコ隊です。抜刀隊は基地に待機して、必要に応じて出撃してもらいますから、いつでも出撃できる態勢で待機していてください。マリボルのクロアチア隊とセルビア隊は、交代で出撃して地上部隊の上空援護を行います。」

 各隊の役割は、これまでの作戦会議で周知しているので、全員了解済みだ。

 

 説明を聞きながら、グラッサー中佐は、芳佳がオストマルクの各隊のことを良く考えて編成していると思い、隣のチェルマク少将に話しかける。

「チェルマク少将、司令官は隊員たちの事を良く見ていますね。」

「そうね、各民族の事を考えて部隊編成を決めていると思うわ。ハンガリー人は、昔他国の支配下にあった時は革命を繰り返した勇敢さがあるから、先鋒に向いているし、スロバキア人はハンガリーとのつながりが深いから一緒の部隊に編成するのは適切ね。チェコ人はカールスラント人への反発心があるから、部隊を分けて正解ね。それに、勤勉で向学心が強い所なんかは、扶桑人と相性がいいわよね。ポーランド人とカールスラント人の関係は悪くないしね。」

「それに、人数の少ない民族にも分け隔てなく接していて、受けがいいですね。」

「そうね、その点はわたしたちの方が反省したいところね。まあ、立場上高圧的にならなきゃいけない場面もあるから、仕方ないんだけれどね。」

「そう言えばオストマンのウィッチも受け入れていましたね。」

「そうね、わたしたちは昔オストマンと争っていた時代があるから、受け入れにくい所があるけれど、扶桑人とはうまくなじんでいるみたいね。」

 扶桑は島国で、他民族との交流が少ない人が多いと聞くが、それでよくこの多民族部隊をうまくまとめているものだと感心する。芳佳の性格によるところが大きいのだろうが、芳佳が最初に所属したのが、各国のウィッチを集めた統合戦闘航空団だっのが良かったのかもしれない。

 

「なお、戦闘空域は、主にグラーツ前面の山岳地帯上空になります。高度に注意して、山との高度差を十分に確保してください。また、山岳地帯上空は、気流が乱れやすいので注意してください。」

 そして、芳佳は全員をぐるりと見回す。

「何か確認したいことはありますか。」

 もちろん、十分な打ち合わせを重ねてきているので、この期に及んで確認することなどはない。

「では作戦を開始します。各隊作戦に従って順次出撃してください。」

「了解!」

 全員声を揃えて、作戦開始だ。最初に出撃するハンガリー隊とスロバキア隊は格納庫に走る。

 

 その頃既に、マリボル前面のスロベニア地域とエステルライヒ地域の境界では、猛烈な準備砲撃が始まっていた。間断なく続く発砲音が戦場にこだまする。エステルライヒ地域内には次々火柱が立ちあがり、飛び散る土煙と、湧き上がる硝煙に包まれて、先の方は全く見通せない状況だ。最早ねずみ一匹生き残ってはいないだろうと思われるが、ネウロイは時に地中に潜んで砲撃をやり過ごしている場合もあるから、油断は禁物だ。やがて砲撃が収まる。

「前進!」

 指揮官の号令と共に、地上部隊各隊が一斉に前進を始める。目標のグラーツまでの道のりは70キロ弱だ。一気に突進してグラーツを占領しなければならない。正面は山岳地帯で、ネウロイの活動はそれほどでもないと予想されるが、警戒すべきは東側で、比較的平坦な東のハンガリー地域側から回り込んでくる可能性がある。

「戦闘機隊だ!」

 誰かが上空を指差す。頭上をリベリオンの戦闘機隊が次から次へと追い越して行く。どの機も翼下に爆弾やロケット弾を装備していて、地上部隊の進路上のネウロイを掃討するのが任務だ。

「頼んだぞ!」

 兵士が上空に向かって手を振ると、上空の戦闘機がバンクして答える。地上部隊の前進が順調に行くかどうかは、戦闘機隊がどれだけ地上のネウロイを掃討してくれるかにかかっている。そして、戦闘機隊が十分な活動をできるかどうかは、ウィッチ隊が飛行型ネウロイを撃退して、戦闘機隊に寄せ付けないことができるかどうかにかかっている。作戦はまだ始まったばかりだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十七話 グラーツ攻防戦1

 エステルライヒ地域内に侵入した戦闘機隊の隊長が僚機に指示を送る。

「いいか、地上のネウロイは残らず殲滅する。一匹も残すな。」

 部下たちから了解の応答が入る。さっと見回した空には、まだ飛行型ネウロイの姿はない。飛行型ネウロイはウィッチ隊が撃退してくれることになっているが、人数の限られているウィッチたちだけで、ネウロイを防ぎ切ることができるのかどうか。しかしそんなことを気にしていては任務は務まらない。飛行型ネウロイの出現を警戒しつつ、速度を絞り気味にして地上をくまなく探す。いた、地上型ネウロイだ。四角い箱型の胴体から4本の脚を出した標準的なタイプだ。

「ネウロイ発見、攻撃する。」

 通信を送ると直ちに降下に入る。ネウロイは、ゆっくり前進しているようだが、戦闘機の速度からすると止まっているのと同じだ。隊長は狙いをつけるとロケット弾のトリガーを引く。両翼の下に装備されたロケット弾が、白煙を残してネウロイめがけて飛んで行く。

「命中!」

 発射したロケット弾がネウロイに命中して炸裂した。大きく機体を傾けて旋回しながら、戦果を確認する。ネウロイは左の脚部を破壊されて擱座し、本体も大きくえぐれているがまだ崩壊していない。直ちに再突入するとロケット弾を斉射する。今度は命中と同時にきらきら光る破片が大きく飛び散る。

「ネウロイ撃破。」

 報告しながら周囲を見回すと、部下たちがそれぞれにネウロイに攻撃を加えている。そこここでロケット弾が炸裂し、所々でネウロイの崩壊を告げる、ネウロイの破片の光が広がっている。後続の戦闘機中隊が接近してきているのが見えた。

「中隊集合。帰投する。」

 隊長は列機を集めると基地に戻る。基地に戻れば弾薬と燃料を補充して、直ちに反復出撃する予定だ。今日は長い一日になりそうだ。

 

 その頃、ヘッペシュ中佐率いるハンガリー隊、スロバキア隊はエステルライヒ地域目指して飛んでいた。既に進攻部隊は戦端を開いているはずだ。通信回線を合わせると、進攻部隊の通信が錯綜しているのが聞こえてくる。程なく、ウィッチ隊にもネウロイ出現の通報が入る。

「ネウロイ出現。マリボル方面に向かって南下中。」

「了解。迎撃に向かいます。」

 ヘッペシュ中佐は針路を北寄りに振って、ネウロイ迎撃に向かう。やがて、南下するネウロイが見えてきた。

「中佐、ネウロイ発見。小型が約20機の編隊で南下しています。」

「うん、撃退するわよ。全員突撃!」

 ヘッペシュ中佐指揮下のウィッチたちは、一斉にネウロイめがけて突撃する。もう数か月に渡ってネウロイとの戦いを繰り返して来ている隊員たちにとっては、20機程度の小型ネウロイなど物の数でもない。縦横に飛び回って銃撃を浴びせ、編隊を分断し、ばらばらに分散したネウロイを追い詰め、次々撃墜して行く。

 しかし、ネウロイ側もその程度で引き下がりはしない。すぐに新手が向かって来る。

「隊長、新手のネウロイが向かってきます!」

「了解。ゲルトホフェロヴァー中尉、残敵はスロバキア隊に任せるわよ。」

「了解。」

「ハンガリー隊は新手に向かって突撃!」

「突撃!」

 ハンガリー隊の隊員たちは、ヘッペシュ中佐の指示に呼応して新手のネウロイに向かって突撃する。たちまちウィッチたちの銃撃とネウロイのビームとが空一面に交錯する。ネウロイのビームがウィッチをかすめる。ウィッチの銃撃でネウロイが砕け散る。ネウロイのビームがシールドに当たって弾け飛ぶ。乱戦になるが、ハンガリー隊の戦闘力は高く、徐々にネウロイはその数を減らして行く。

「これで最後。」

 最後のネウロイが砕け散ると、空は急に静まり返る。さっきまでの喧騒がうそのように、ストライカーユニットのエンジン音だけが響く。しかし静まるのもほんの一時の事。すぐに新手のネウロイが出現して、空は再び喧騒に包まれる。

 

 しばらくすると、グラッサー中佐率いるエステルライヒ隊、ポーランド隊が前線にやってくる。

「ヘッペシュ中佐、グラッサーだ。任務を交替する。基地に戻って補給と休養をして、次の出撃に備えてくれ。」

「了解。そろそろ残弾が心細くなってきたところだったから丁度よかったわ。ネウロイは次々新手が出て来るから気を付けてね。」

「承知した。任務ご苦労。」

 ウィッチたちは互いに手を振り合って交替する。すると程なく、ヘッペシュ中佐が言っていたように、新手のネウロイが接近してきた。

「ネウロイ接近。小型約30機。シャル隊は中央、シュトッツ隊は左翼へ、ミュムラー隊は右翼へ展開。一気に殲滅する。」

 グラッサー中佐は指示を出すと、シュタインバッツ准尉を連れて、シャル大尉とシュトラッスル准尉のロッテと共に、正面からネウロイの編隊に向かう。一斉に放って来るネウロイのビームを回避しながら銃撃を撃ち込み、先頭の小型ネウロイを撃ち砕く。直後に左右からシュトッツ隊とミュムラー隊が突入し、ネウロイの集団を突き崩す。戦いは優勢に進んでいる。

 

 そこへ、シュトッツ中尉が警告を発する。

「西側から新手のネウロイです。小型約20機!」

 直ちにグラッサー中佐が応じる。

「シュトッツ隊とシャル隊は西側に回って新手のネウロイに当たれ。」

「了解。」

 直ちにシャル大尉とシュトラッスル准尉、シュトッツ中尉とボッシュ軍曹は新手のネウロイの一団に向かって突入して行く。最初の集団は、大分数を減らしているので、グラッサー中佐のロッテと、ミュムラー少佐率いるポーランド隊だけで十分対処できるだろう。ところがそれだけでは済まない。

「グラッサー中佐、東寄りにネウロイの集団が来ました。」

 シュタインバッツ准尉からの通信に東側を見れば、小型ネウロイが30機ほど迫ってきている。

「くそ、西から来たのは陽動か。」

 そう気付いても後の祭りだ。もっとも、これだけ次々に押し寄せられると、人数が絶対的に足りないというのが本当の所だ。それでも、手元の人数で戦わなければならない。

「ミュムラー隊は東の新手の集団に当たれ。」

 

 ミュムラー少佐は直ちに東側の集団に向かう。しかし、ポーランド隊は3人だけだ。これで30機のネウロイを撃滅しようとしても、ちょっと手に余る。

「とにかく縦横に飛び回って乱戦状態にする。乱戦にしてネウロイを引き付けておいて、他の隊が応援に来るのを待って撃滅する。」

 ミュムラー少佐以下、フェリク少尉、ヴラスノヴォルスカ曹長はネウロイの集団に突入する。ネウロイはビームを放って来るが、この集団はあまり密集していないのでビームの間隔がやや広く、ビームをかわしながら突入するのが比較的容易だ。銃撃を浴びせながらすれ違うと、3人は分散してネウロイ集団の攪乱に移る。しかし何としたことか、一部のネウロイはミュムラー少佐たちに立ち向かって来るが、大部分のネウロイはすれ違ってそのまま進んで行ってしまう。

「しまった、ネウロイが反撃してこないと足止めできない。」

 慌てて追撃しようとするが、少ないとはいえ向かって来るネウロイもいるので、思う様に追いすがることができない。このまま行かせてしまっては、戦闘機隊の危機だ。ミュムラー少佐は急いで通信を送る。

「グラッサー中佐、ネウロイに突破されました。」

 

 ミュムラー少佐からの通信を受けて、グラッサー中佐は直ちにバックアップに向かいたいところだが、なお残るネウロイと交戦中ですぐには動くことができない。

「まずい、戦闘機隊が襲われる。」

 戦闘機隊による前路掃討ができなくなれば、地上部隊の進行速度がてきめんに遅くなってしまう。グラッサー中佐に焦りの色が浮かぶ。

「レオポルディーネ、私が行くからここのネウロイは任せる。」

 グラッサー中佐は、今戦闘中のネウロイはシュタインバッツ准尉に任せて、突破したネウロイを一人で追撃しようというのだ。それしかできる手段はないが、やや広く分散した20機からのネウロイを、たった一人で食い止めようというのには無理がある。無理は承知の上で、それでもやらなければならない。そこへ戦闘機隊から通信が入る。

「グラッサー中佐、こちらに向かって来る小型ネウロイは、我々戦闘機隊に任せてください。」

「し、しかし・・・。」

「なあに、小型ネウロイ位なら我々でも十分に戦えます。ましてやこっちの方が圧倒的に機数が多いんだ。」

 戦闘機はウィッチ程小回りが利かないし、魔法力がない分機銃の破壊力も劣る。もちろんシールドで身を守ることもできない。それでも、自分たちだけでは防ぎ切れない現実を受け止めないわけにはいかない。グラッサー中佐は苦渋の思いで答える。

「わかった、頼んだぞ。」

 

「攻撃開始。」

 ネウロイの侵入に備えて、地上攻撃に加わらずに上空で待機していた戦闘機隊が、小型ネウロイの集団めがけて次々に降下する。小型ネウロイは、低空で地上型ネウロイを攻撃している戦闘機隊に目を奪われているのか、気付いている様子はない。戦闘機隊のP-51は降下速度が速く、見る見るうちにネウロイに迫る。各機思い思いの標的に狙いを定めると、それぞれに銃撃を浴びせかけていく。装備している機銃は、ウィッチが良く使っているのと同じ12.7ミリ機銃だが、1機当たり4丁装備しているので火力は大きい。魔法力がない分を補って余りあるほどだ。また、コアのあるネウロイの場合は、魔法力によって再生能力を低下させなければ撃破するのは難しいのだが、小型ネウロイなら魔法力なしでも十分撃破可能だ。かくて小型ネウロイは、逃げるいとまもなく次々と四散して行く。最初の一撃を回避たネウロイも、何しろ出撃している戦闘機はリベリオンの物量を背景に数が多いから、二撃、三撃と受けて敢え無く散って行く。僅かな時間で、侵入してきた小型ネウロイは残らず撃破した。

 

 戦闘機隊がほとんど損害もなくネウロイを撃破してくれたので、グラッサー中佐はほっと胸をなでおろす。直面するネウロイもようやく残り数が少なくなってきた。しかし、突然大量に出て来たので、被弾した隊員こそいないものの、思ったよりも弾薬も魔法力も消耗が激しい。ここは、少し交替を早めてもらいたいところだ。

「本部、グラッサーです。ネウロイの襲撃が激しいので、次の隊への交替を早めてもらえませんか。」

 

「チェコ隊、大村隊、出撃。指揮はわたしが執ります。」

 芳佳の命令に、各隊員たちは声を揃えて応じる。司令官自らの出撃と聞いて、心なしか応じる声が弾んでいるようだ。しかし、参謀長の鈴内大佐は慌てて止めに入る。

「待ってください。司令官は司令部から動いては行けません。」

 毎度、毎度出撃しようとする芳佳に、一々制止しなければならずちょっと迷惑そうな表情の鈴内大佐だが、生憎芳佳に応じる気持ちはさらさらない。

「駄目だよ。決戦だよ。指揮官先頭でなきゃぁ。」

 そう言われると鈴内大佐もそれ以上止めにくい。もっとも芳佳は、新しい装備を実戦で試したいだけかもしれない。

「発進!」

 飛び立つ芳佳を、鈴内大佐は不安そうに見送る。出撃している間に、何か予想外の事が起きなければいいのだが。同じように、留守中の指揮を任されているチェルマク少将も不安そうだ。

 

 芳佳が率いているのは、先日編入したユルキュを含む大村隊7名とチェコ隊3名だ。戦闘空域に到着した時には、丁度グラッサー隊が来襲したネウロイを一蹴したところで、まだ空にはネウロイの破片がきらきらと散っている。

「グラッサー中佐、交替します。」

「ありがとうございます。エステルライヒ隊、ポーランド隊、被害なし。」

「うん、お疲れ様。基地に帰ってゆっくりしてね。」

「はい。ただ、時間を追ってネウロイの襲来が激しくなっているように思いますから、十分注意してください。」

「うん、ありがとう。」

 簡単な引継ぎを終えると、グラッサー中佐は隊員たちを連れて帰って行った。

 

 芳佳たちが警戒につくと、すぐにまたネウロイが現れる。

「ネウロイ接近、大型です。」

 ここまで数は多いが全て小型だった。大型が出て来るとは、やはりグラッサー中佐の言う通り、ネウロイの襲来は段階的に強化されているようだ。千早大尉が尋ねてくる。

「宮藤さん、敵は大型1機だけのようですね。どう攻撃しますか?」

「うん、折角だから、ツァウベルで攻撃してみるよ。多香子ちゃん牽制してビームを引き付けて。」

「はい、了解しました。」

 千早は、何が折角だからなんだかと、苦笑気味だ。司令官としての立場などどこへやら、新しいおもちゃを手に入れて、使いたがっているいる子供のようだ。まあそれが芳佳の性格だ。強いて弁護すれば、新しい装備の性能を早めに確認しておくことは必要だ。

「大村隊左から、チェコ隊右から、赤松隊はチェコ隊の援護。」

 隊員たちに指示を出すと、千早は攻撃に向かう。人数の関係で、千早と編隊を組むのは玲子とユルキュで、ケッテの編隊だ。

 

 突入する千早大尉たちに、大型ネウロイは激しくビームを浴びせかけてくる。千早大尉自身はさんざん経験していることなので、落ち着いて回避しながら進むことができるが、他の二人はどうだろう。特に実戦経験がまだ乏しいユルキュが心配だ。しかし、ユルキュは乱れ飛ぶビームにも臆することなく、シールドをうまく使ってビームをかわしながらしっかりとついてきている。短期間とはいえ、猛訓練を施したのが良かったのだろう。千早大尉は、芳佳の猛訓練を思い出す。

 

 

「あっ、やられた。」

 芳佳と模擬空戦をしていたユルキュは、かわし切れずにペイント弾を被弾した。右の腰のあたりにペイントがべったりとついている。しかし、一発被弾して終わりにはならない。ユルキュめがけてペイント弾が次々に飛んで来る。被弾したことに気を取られていたユルキュは、続けざまに被弾する。

「ユルキュちゃん、一発位当たったからって気を抜いちゃ駄目。動きを止めたらネウロイの集中攻撃が来るよ。」

「はいっ。」

 ユルキュは慌てて回避に入る。しかし、芳佳はさらに激しく襲い掛かってくる。飛んで来るペイント弾をシールドで防いだと思うと、次の瞬間には反対側からペイント弾が飛んで来てびしびし当たる。もう全身ペイントまみれだ。ユルキュは泣きそうになりながら、急降下して振り切ろうとする。だが、そんなことで芳佳を振り切るのは無理だ。さらにペイント弾が当たる。ペイント弾といっても、当たれば痛い。ペイント弾が丁度みぞおちに当たった。ユルキュは痛みとこみあげて来るものとで表情をゆがめると、げっと胃液を吐き散らす。もう駄目だ。ユルキュはそのまま墜落する。シールドを張って地上への激突の衝撃を和らげても、これまた相当痛い。ユルキュはもう手を上げる力もなく、大の字になって地面に転がる。全身のあちこちが痛い。実戦に臨むには、こうまで厳しい訓練に耐えなければならないのかと涙が滲む。これに比べれば、ブリタニアで受けた訓練など物の数でもなかったと思う。そこへ芳佳が降下してくると、ペイント弾を連射する。

「ぎゃっ!」

 ユルキュはかわすこともできずに、ペイント弾をまともに浴びる。さすがにやり過ぎだと思った千早大尉が止めに入る。

「宮藤さん、やり過ぎです。ここまで来ると、しごきを通り越していじめです。」

 しかし芳佳は首を振る。

「違うよ。地上に落ちちゃったら、狙い撃ちにされちゃうんだよ。だから落ちちゃ駄目、落ちても止まっちゃ駄目、あきらめちゃ駄目。それを身に染みて覚えてもらうんだよ。今は辛いだろうけど、ユルキュちゃんが自分の身を守るためなんだよ。」

 そう言って再び銃口をユルキュに向ける。インカム越しに芳佳の言葉を聞いたユルキュは、気力を振り絞ってごろごろと転がると、岩陰に身を潜める。ペイント弾が岩に当たって、ペイントが飛び散った。

 

 

 そんな過酷な訓練を乗り越えて、ユルキュは立派にネウロイ攻撃の一翼を担っている。ユルキュの銃撃がネウロイの装甲に命中し、破片が飛び散る。ネウロイのビームがユルキュを狙うが、芳佳の猛射に比べれば大したことはないと、ユルキュはひらりとかわす。そこへ、芳佳の放った魔法力の弾丸が大型ネウロイを撃ち抜く。芳佳の攻撃の破壊力は抜群で、大型ネウロイは一撃で爆散した。インカムに入った通信が、地上部隊のグラーツ突入を告げている。まずは第一段作戦の成功だ。この勢いで、ウィーンの巣を撃破し、エステルライヒ地域を開放するのだ。隊員たちの士気は高い。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十八話 グラーツ攻防戦2

「淡路さん、今度の基地って、何と言うか、ずいぶん簡素な施設ですね。」

 玲子が遠慮がちにグラーツ基地の感想を呟くと、淡路上飛曹は言葉に衣着せずに酷評する。

「そうよね、粗末な施設よね。」

 グラーツ占領後突貫工事で整備された基地施設は、お世辞にも立派な施設とは言えない。シャーメッレーク基地も急造した簡素な施設だったが、それでも冬場の寒さに備える必要もあって、もう少ししっかりした建物が揃っていた。ただ、グラーツ基地の敷地は広々としていて、滑走路は幅が広くて長いから、シャーメッレーク基地より使いやすそうだ。

 

「玲子さんは、最前線勤務は初めてだよね。」

「はい。」

「これでもウィッチ隊は優遇されてるからましな方なんだよ。地上部隊は天幕だっていうから。まあ、ユニットを雨ざらしにするわけにはいかないから格納庫は必須で、兵舎はそのついでかもしれないけど。」

「そうなんですか?」

 玲子はずっと軍楽隊所属だったので、後方の恒久施設のある基地以外に勤務した経験がない。何だか、前線の人たちが粗末な施設で窮乏生活にさらされているのを尻目に、ぬくぬく過ごしてきたようで居心地が悪い。

「わたしもダキア奪還作戦で初めて欧州の前線に来たときは結構驚いたよ。だけど、千早さんや赤松さんは、最初に配属されたのが欧州分遣隊で、作戦に伴ってどんどん基地を移動したから、いつも掘立小屋みたいな兵舎だったって言ってるよ。」

 淡路上飛曹の説明で、改めて前線で戦っている人たちの苦労を知る。玲子はこうして前線の基地に勤務することで、これまでぬくぬく過ごしてきたことへの罪滅ぼしに少しはなるかと思う。

 

 そんなところへサイレンが鳴って、ネウロイの襲来を告げる。まだ施設整備が行き届いていないので、テント張りの指揮所の前に集合だ。マリボル基地にいたクロアチア隊、セルビア隊も合流したので、これまでで一番多くのウィッチが集結している。前に立つグラッサー中佐が、戦力が充実した部隊を満足そうに見回してから、口を開く。

「ネウロイが出現し、南下して来ている。直ちに出撃、これを撃滅する。」

 そこへ、任せておけばいいのに、芳佳が前へ出てきて指示を出す。

「迎撃には大村隊が出撃してください。チェコ隊も一緒に出て。」

「了解!」

 指名された隊員たちが声を揃えると、芳佳が命ずる。

「出撃!」

 大村隊の隊員と、チェコ隊の隊員が一斉に格納庫へ向けて走る。それを追うように芳佳も走る。

「あ、司令官・・・。」

 グラッサー中佐は、声をかけてはみたものの、強く引き止めるのはちょっとはばかられる。唯一芳佳に強く意見できる鈴内大佐は、生憎今ここにはいない。司令官が出撃するのはどうかと思うが、走り去る芳佳の背中を見送るばかりだ。

 

 グラーツの航空基地を飛び立つと、北へ10キロと、すぐに眼下にグラーツの市街地が見えてくる。グラーツは、エステルライヒ地域ではウィーンに次ぐ第2の都市だ。グラッサー中佐やシャル大尉の他、かつて第505統合戦闘航空団の司令を務めたグレーテ・ゴロプ大佐の出身地でもある。そのまま北上すれば山岳地帯がどこまでも続く。山岳地帯の要所要所に防御陣地が築かれて、地上型ネウロイの侵攻に備えると共に、山上には電探基地が設置され、飛行型ネウロイの襲来に備えている。この短期間でよくもこれだけ整備したものだ。作戦を重ねる中で、オストマルク軍の能力は確実に上昇して来ている。この分なら、ウィーン奪還作戦でも良い働きをしてくれることだろう。グラーツからウィーンへは北北東の方角になるので、針路を真北からやや東寄りに変えて、ネウロイが飛来する方角を目指す。ウィーンまでは直線で145キロと近いので、すぐにネウロイの集団が見えてきた。

 

 赤松大尉がネウロイ発見を告げる。

「ネウロイ発見、大型1機、小型約40機。」

「結構数があるね。電探で敵の数までわかるといいんだけどなぁ。」

 芳佳がそう言う通り、あらかじめ敵の数や大小が分かっていれば、それに合わせた編成で出撃することができる。しかし、今の電探では反射波の大きさから1機か、多数かが判別できる程度で、それ以上の情報を得るのは難しい。

「攻撃します。大村隊は左へ、チェコ隊は右へ展開。」

 千早大尉の指示で、各隊が攻撃態勢を取る。大村隊の赤松大尉と牧原上飛曹は遠距離からの狙撃の担当なので、距離を置いて対装甲ライフルを構える。芳佳は、さすがに一緒に突入はせず、赤松と牧原の後方で全体指揮だ。

 

 小型ネウロイが増速して向かって来ながら、一斉にビームを放つ。赤松と牧原が狙撃して、先頭のネウロイが砕け散る。千早以下の各ウィッチは、ネウロイのビームを回避しつつ突入し、たちまち激しい空戦が始まる。小型ネウロイの方が数は数倍いるが、歴戦のウィッチたちはネウロイのビームを巧みにかわしつつ、正確な射撃を送る。1機、また1機と、墜ちて行くのはネウロイばかりだ。まだ経験の浅い玲子とユルキュも、日ごろの訓練の成果を遺憾なく発揮して、十分な戦力になっている。

 

 しかし、残念ながら一方的に圧倒する展開とはならない。大型ネウロイが前進してくると、多数のビームを浴びせかけてくる。狙われたチェコ隊は苦戦の様相だ。大型ネウロイからのビームをシールドで防いでいると、小型ネウロイが背後に回り込んで攻撃してくる。何とかビームを防ぐので精一杯で、ネウロイを撃墜している余裕はもはやない。赤松と牧原が大型ネウロイを狙撃するが、その程度では大型ネウロイの攻撃を阻むことはできない。ここは大型ネウロイを叩かなければならないと、芳佳はツァウベルヴンダーヴァッフェを構える。

 

 そこでふと思い直すと、芳佳はユルキュを呼ぶ。

「ユルキュちゃん、ちょっとこっちに来て。」

 戦闘中に何事かと思うが、とにかくユルキュは戻ってくる。

「はい、何でしょうか?」

「ユルキュちゃん、ツァウベルで大型ネウロイを撃って。」

 そう言って芳佳はツァウベルヴンダーヴァッフェを差し出す。ユルキュは面食らうしかない。

「えっ? わたしがこれを撃つんですか? あの、一度も使ったことがないんですけれど・・・。」

 しかし芳佳はお構いなしだ。

「大丈夫だよ、ユルキュちゃんは震電を飛ばせるくらい魔法力が大きいんだから、問題なく使えるよ。」

 そう言ってにっこり笑う。無理な要求をする人だとユルキュは思うが、もちろん司令官の命令には従うしかない。それに、仲間が戦っている最中なのだ。逡巡している暇はない。ユルキュはツァウベルヴンダーヴァッフェを受け取ると、大型ネウロイに向けて構える。

 

「うん、構えたら両手に魔法力を集めて。・・・そうそう、魔法力をツァウベルに送り込んで・・・。」

 言われるままにユルキュは魔法力を送り込む。魔法力を帯びた銃身が、仄かに青白い光を放つ。

「そしたらしっかり狙って。直進性が良いから、直接狙っていいよ。目標は大きいから大丈夫だよ。」

 大丈夫と言われても、ユルキュはそんなに遠距離射撃の練習を積んでいないので、本当に命中させられるか、不安しかない。ただ、手への収まりが良いので、狙いを安定させやすいのが救いだ。照星がぴたりと大型ネウロイに合った。

「撃て!」

 芳佳の号令と共に、かちっと引き鉄を引く。思ったより軽い衝撃を残して、魔法力の塊が、目にもとまらぬ速さで光の尾を残して飛んで行く。真直ぐに飛んで行った魔法力の塊は、見事に大型ネウロイを直撃する。ぱっと魔法力の光が大型ネウロイを包んだかと思うと、甲高い音を立てて大型ネウロイが一度に砕け散る。

「命中。大型ネウロイを破壊しました。」

 自分がやったことなのが信じられないように、ユルキュはちょっと自信なさ気に報告する。芳佳がぽんと頭に手を置いて、褒めてくれる。

「うん、上手、上手。予備もあるから、今度からユルキュちゃんもツァウベルを装備することにしよう。」

「はい。」

 何だか恥ずかしいような、でも嬉しい気持ちが湧いてくる。オストマン最初のウィッチとして、胸を張れるような働きができた気がする。まあ、司令官に言われた通りにやっただけだけれど。

 

 大型ネウロイを落としてしまえば、もうウィッチ隊の優勢は揺らがない。思う様に飛び回りながら、残った小型ネウロイを追い詰め、撃墜して行く。ところがそこへ、基地からの通信がインカムに響く。

「ネウロイ接近中。西寄りを南下してきます。プラハの巣から飛来した模様。」

 それに続いて、遠距離視に優れた赤松大尉がネウロイの確認を告げる。

「ネウロイ確認。大型が8機。2列縦隊で向かって来ます。」

 ひやりとしたものが芳佳の全身を震わせる。いずれ来るとは覚悟していたが、実際に来るとやはり緊張する。プラハの巣からは、これまで何度となく明らかに芳佳ただ一人を狙った攻撃を受けており、そのために繰り返し危うく命を落とすような目に遭って来た。人類に仇なすネウロイだが、それが自分ただ一人を抹殺することを目指して襲い掛かってくるというのは、戦慄すべき恐怖以外のなにものでもない。しかし、来てしまった以上、例え逃げてもどこまでも追いかけて来ることは実証済みだ。返り討ちにするしかない。

 

 芳佳は眦を決してユルキュに指示する。

「ユルキュちゃん、わたしが大型ネウロイのビームを引き付けるから、その間に撃破して。」

「えっ? わたしが攻撃するんですか。」

「うん、そうだよ。さっきみたいにツァウベルで片っ端から撃破して。」

「そ、そ、そ、そんなこと言っても、大型が8機もいるんですよ。わたし一人で撃破するなんて、出来っこありません。」

「そんなことないよ。さっきとおんなじだよ。ツァウベルで狙って撃つ。それを8回繰り返すだけだよ。簡単でしょ?」

 こともなげに言う芳佳に、ユルキュは返す言葉もない。確かに言う通りだが、そんなにうまく行くのだろうか。そもそも、大型ネウロイはウィッチといえども一人で対抗できる代物ではなく、それが8機も一度に出てくれば、相当強力な部隊をもってしても、容易に撃破できる敵ではない。ましてユルキュは、大型ネウロイを撃破したのは、今日が初めてなのだ。

「ええと、わたしがビームを引き付けて、宮藤さんが撃破するというのは・・・。」

「うん、無理だね。大型ネウロイのビームって強烈なんだよ。ユルキュちゃんはまだ慣れてないから、1機がビームを集中させただけでシールドごと吹っ飛ばされちゃうよ。」

 そんな強烈なビームの8倍を一人で受けて無事でいられるのか。ユルキュは恐怖に打ち震える。もっとも芳佳にしてみれば、どのみちプラハの巣から来た大型ネウロイは芳佳自身を狙っているのだから、ユルキュがビームを引き付けようとしたところで、関係なく芳佳にビームを集中させることを知っている。

 

 しかし、ユルキュの恐怖など一顧だにしないように、芳佳は動く。

「じゃあユルキュちゃん、お願いだよ。慌てないで確実に狙ってね。」

 それだけ言うとさっと身を翻して、大型ネウロイの集団に向けて突っ込んで行く。ユルキュも覚悟を決めるしかない。大型ネウロイに向かって距離を詰めると、ツァウベルヴンダーヴァッフェを構えて、魔法力を送り込む。大型ネウロイは、装甲表面を赤く光らせると、芳佳に向けて一斉にビームを放つ。

「あっ!」

 芳佳が大量のビームに飲み込まれた。これでは一瞬で毛筋一つも残さずに焼き尽くされてしまったに違いない。初めて見る猛烈なビームにユルキュはそう感じるが、どっこい芳佳は生きている。

「うあぁぁぁ。」

 インカム越しに、芳佳のうめくような声が聞こえる。よく見れば巨大なシールドを展開して、ビームの奔流を受け止めているではないか。

 

「ユルキュちゃん、早く撃って!」

 芳佳の悲鳴のような通信が届く。ユルキュは慌てて引き鉄を引く。しかし、慌てて撃っては当たらない。魔法力の弾丸は空しく空を切って飛び去る。

「駄目だ、ちゃんと狙わないと。」

 ユルキュは精神を集中して、狙いを付ける。動揺が収まったわけではないが、自分が撃たれているわけではないのだ。

「落ち着いて、落ち着いて・・・。」

 そして引き鉄を引く。今度は命中、大型ネウロイの巨体が粉微塵に砕け散る。

「落ち着いて、集中して、でもできるだけ早く・・・。」

 そう呟いて自分を落ち着かせながら2機目を狙う。そしてこれも撃破。

「大丈夫、訓練通りにやれば外さない。」

 ユルキュはペイント弾の乱射を受けながら標的を撃った訓練を思い出す。あの時に比べれば、今は自分が撃たれていない分だけずっと楽だ。撃ち出した魔法力の弾丸が大型ネウロイを撃ち抜いて、3機目も撃破だ。

 

「次は4機目。」

 着実に撃墜を重ねて、ユルキュも少し落ち着いてきた。この分なら全部撃墜するのも不可能ではない。そう思ったユルキュだったが、そうは問屋が卸さない。大型ネウロイは大部分のビームを芳佳に浴びせかけつつも、それぞれ一部のビームをユルキュめがけて発射する。

「わっ!」

 突然のビームに、ユルキュは慌ててシールドで防ぐ。ほんの一部のビームを向けてきただけとはいえ、大型ネウロイの攻撃は凄まじい。シールドに次から次へとビームがぶち当たり、ユルキュは支えるだけで精一杯だ。最早攻撃を続けられないのはもちろん、一歩たりとも動けない。シールドにビームが当たるたび、全身をぶん殴られるような衝撃を受けて、とても長くは防ぎ続けられそうもない。この数倍に上るビームを浴びせかけられている芳佳は、どれほど苦しい状況かと思うが、悲しいかな今のユルキュは何一つできることはない。

 

 ユルキュの攻撃を封じた大型ネウロイは、ゆっくりと1列縦隊に隊形を変えながら、芳佳を囲むように弧を描き始める。

「まずい、後ろに回られたら避けられない。」

 以前より増加した魔法力と、強力なストライカーユニットによる魔法力の増幅があっても、このビーム攻撃を防ぎ続けるのは余りにも苦しい。シールドで受け止めているだけで、魔法力がどんどん削られて行くのを感じる。シールド越しの強大な圧力に、全身が挽き潰されそうな感じがする。この上背後に回ってビームを浴びせかけられたら、かわすことも防ぐこともできずに、一瞬で全身が蒸発してしまうに違いない。逃げ道は・・・、下しかない。強烈なビームを受け止めながら回避運動をするのは無理だから、支える力を一瞬抜くのと同時に、シールドに角度を付けてビームの圧力で急降下するのだ。芳佳はストライカーのパワーを一瞬絞って、シールドを傾ける。

 

 しかし、思ったようにコントロールするにはビームの打撃力は強すぎた。芳佳は地上に向かって弾丸のように落下する。ストライカーユニットを下に向けてフルパワーで回すが、一度ついた勢いは容易に止められない。見る見る地上が迫ってくる。

「止まれ!」

 芳佳はありったけの力を振り絞る。急速に落下したせいでビームが外れて上からの圧力が軽くなると、さすがプファイルのパワーは強力で、急激に制動がかかる。どうやら地上に激突するのは避けられた。大型ネウロイは芳佳を取り囲むように円を描く隊形をとったが、高度差がついたのでビームは正面で受け止められるようになっている。しかし、思い切り高度が下がったので、もう次の回避行動をとる余地は残されていない。

 

 小型ネウロイとの格闘戦を繰り広げていた千早大尉は、芳佳が大型ネウロイの集団にたった一人で向かって行くのに気付いて仰天した。いくら芳佳でも、たった一人であの集団に立ち向かうのは無茶だ。かつて、千早大尉はプラハの巣から飛来した大型ネウロイの攻撃から芳佳を守るために盾になったことがあったが、あの時のシールド越しでも全身が焼き尽くされるような強烈なビームは忘れられない。意識が戻った時に、自分が生きていたのが信じられなかったほどだ。

「大村隊は宮藤さんの支援に向かいます。チェコ隊、残っている小型ネウロイは任せます。」

「えーっ! そんな勝手な・・・。」

 

 チェコ隊の誰かの苦情を聞き流して、千早大尉は大型ネウロイの集団に向かう。大型ネウロイのビームが芳佳に集中するのが見える。その隙にユルキュが攻撃している。このまま撃破できるか、と期待したが、ユルキュにもビームが飛んで、攻撃は潰える。それどころか、このままではユルキュも危ない。

「ビームをこっちに引き付けます。思い切り攻撃して。」

「了解。」

 千早大尉以下、大村隊のメンバーは遮二無二突っ込んで大型ネウロイに銃撃を浴びせかける。ぱっ、ぱっと装甲が弾け飛ぶが、大型ネウロイも直ちに反撃のビームを放って来る。

「うわっ。」

 至近距離でビームを浴びた玲子が、シールドで防いではいるものの、シールドごと突き飛ばされて態勢を崩している。経験の浅い玲子には接近し過ぎだったかと思うが、今は危急存亡の時だ。千早大尉は一段と深く肉薄して銃撃を浴びせる。ビームが集中して防ぐのが苦しいが、ビームを引き付けたので玲子は逃げられただろう。

 

 突然、目の前の大型ネウロイが崩壊する。振り仰げば、肉薄する千早大尉たちにビームが引き付けられ、ビームから解放されたユルキュがツァウベルヴンダーヴァッフェを撃ち込んでいる。頭の上をかすめるように魔法力の弾丸が飛んで行き、大型ネウロイの装甲を突き破って炸裂する。これまでの鬱憤を晴らすように素早く連射するユルキュの攻撃に、大型ネウロイは対処する暇もなく次々爆散して行く。

「これで最後!」

 叫びながら放った魔法弾が8機目の大型ネウロイを捉え、見事撃滅に成功した。

 

 ようやく猛烈なビームの圧力から解放されて、芳佳はふうっと大きく息をつく。

「結構綱渡りだったけど、何とかなったな。」

 そんな感想とは裏腹に、芳佳は何だか空が大きく晴れ渡るような爽快な気持ちに包まれる。これまで何度も殺されかけたプラハの巣のネウロイだったが、今のやり方を洗練すれば、これからは確実に撃滅することができる。もう、いつまた襲撃されるか、いつまた殺されそうになるかとの恐怖に慄く必要などないのだ。何度死にはぐれの目に遭っても決して挫けることのなかった芳佳といえども、やはり死の恐怖は重苦しくのしかかり続けていたのだ。その恐怖から今解放されて、芳佳は晴れ晴れとした限りない解放感に酔いしれていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四十九話 ウィーン総攻撃

 いよいよウィーン奪還作戦が始まる。今回はカールスラント軍を中心とした西部方面統合軍も、プラハの巣への攻撃を行って地中海方面統合軍のウィーン攻撃を支援する。カールスラント空軍ウィッチ隊主力は、ドレスデンに集結し、出撃の準備を整えている。カールスラント空軍ウィッチ隊総監のアドルフィーネ・ガランド中将が出撃前の訓示を与える。

「我がカールスラントに長きに渡って脅威を与え続けてきた、オストマルクのネウロイを撃滅するときが来た。各自がその任務を果たし、人類の勝利に貢献することを期待する。」

 集まった隊員たちは声を揃えて応じる。指揮官の一人が手を上げる。

「総監、今回は地中海方面統合軍によるウィーン奪還の支援ということですから、プラハの巣のネウロイを適当にあしらって、引き付けておくということでいいんですね。」

「いや、出てきたネウロイは殲滅して欲しい。」

「でも、なるべく損害を出さないようにという指示を受けていますが。」

「損害は出さないでくれ。ウィーンの巣を撃滅したら次はプラハの巣だ。すぐに次にかかれるよう損害は出さないで欲しい。ただし、次の作戦に備えてプラハの巣のネウロイを枯渇させるために、少しでも多くのネウロイを破壊してもらいたい。」

 上層部はどこでも無理な要求をするものだ。どう考えても両立するのは難しいが、命じられたらやらなければならない現場指揮官は辛い所だ。

 

 でも、と思う。

「プラハの巣を攻撃するときは、地中海方面統合軍が支援に回ってくれるんですよね。」

 支援があれば、少し位の損害ならそれで穴埋めできる。今回の支援任務で苦労する分は、きっちり返してもらえるのだろうと期待するが、上層部の思惑はまた違うようだ。

「いや、プラハの巣の撃滅は、できれば地中海方面統合軍の支援は受けずにやりたい。」

「なんでですか?」

「地中海方面統合軍のウィッチ隊司令官は、ベルリン解放の英雄、扶桑皇国の宮藤芳佳少将だ。そういつも彼女に頼ってばかりでは、カールスラントの面目に関わる。カールスラントの名誉のために、ここは支援を受けずにやりたいというのが上層部の意向だ。」

 正直、現場で直接敵と見える立場としては、カールスラントの面目とかどうでもいいから、できるだけ支援してもらいたい。いっそ全部お任せしたいくらいだ。しかしまあ、そうも言えない。もっとも、聞くところによれば宮藤司令官はおせっかいなたちで、黙っていても勝手に応援に来るらしい。そうなれば、上層部の思惑は知らない振りで、歓迎すれば良いだけの事だ。ここは黙って来てくれることを期待しよう。ガランド中将も立場上言っているだけで、上層部の思惑に本気でつきあうつもりではないだろう。なにしろ上から飛行禁止命令が出ても関係なく出撃するような人だから。

 

 ドレスデンからプラハまではおよそ120キロと近い。ウィッチ隊が出撃するとすぐにネウロイも出てくる。

「さあ、一丁派手に叩いて引き付けるよ。」

 カールスラントウィッチ隊の精鋭たちは、一斉にネウロイに攻めかかる。

 

 

 同じ頃、グラーツのウィッチ隊も出撃していた。

「発進!」

 第一陣のウィッチたちは離陸すると北を目指す。第一陣はハンガリー隊とスロバキア隊に、クロアチア隊が加わっている。見送る芳佳は、いつも先鋒はハンガリー隊を中心とする部隊で、ちょっと負担をかけているかなと思う。だが、第二陣の方がより強力なネウロイの反撃を受ける恐れもあり、どちらが負担かは何とも言えない。程なく、ウィッチたちを追うように、基地上空を数えきれないほどの戦闘機隊が越えて行く。戦闘機隊は地上部隊支援のために対地攻撃をする他、ウィッチ隊を支援して主に小型ネウロイを迎撃する任務も担うことになっている。

「戦闘機隊に犠牲が出ないといいんだけどな・・・。」

 芳佳はそう呟きながらも、以前見た、大型ネウロイに立ち向かった戦闘機隊が見る見るうちに叩き落された悲惨な光景を思い出して、胸が締め付けられるような気持ちがする。しかし、隣で戦闘機隊を見上げているチェルマク少将はさして憂える風もなく答える。

「戦闘機隊も小型ネウロイ相手な良い戦いを見せてくれるんじゃないですか。もちろん、戦う以上一定の損耗は出るでしょうけれど、想定の範囲内だと思います。」

 幕僚として勤務してきたチェルマク少将とすれば、作戦に伴う損耗を数字として計算するのは普通の事だ。しかし、いつも第一線で一緒に戦ってきた芳佳には、将兵の犠牲を冷徹に数字として見ることはできにくい。一人一人の将兵には、それぞれ家族や友人がいて、それぞれの思いや生活があるのだ。それを単なる数字として見るチェルマク少将の事を、冷たい人だと感じてしまう。

 

 彼方から遠雷の様に響く砲声が聞こえてくる。地上部隊も攻勢に出ているのだ。地上部隊は、正面の山岳地帯を越えて進攻する他、比較的平坦で侵攻しやすい東側のハンガリー地域からも侵攻する。前者は、ネウロイは山岳が苦手なので抵抗は比較的少ないことが予想されるが、大軍の侵攻は難しく、前進に時間を要することが予想される。後者は大軍を展開しやすい一方で、ネウロイの激しい抵抗が予想され、一長一短だ。だが、どちらかが突破して地上を制圧してくれれば良く、条件の異なる侵攻ルートがあることは、ある意味保険になるだろう。もちろん、両方とも計画通りに前進して、地上を広く制圧してくれることが望ましい。

 

 伝令が報告に来た。

「司令官、ハンガリー隊が敵と接触したとの報告です。」

「うん、わかった。」

 いよいよ戦闘開始だ。芳佳はぎゅっと表情を引き締めると、作戦室に移動する。

 

 ハンガリー隊に正面から向かって来るのは、40機ほどの小型ネウロイの集団だ。

「総員突撃!」

 ヘッペシュ中佐は号令をかけると、先頭に立ってネウロイの集団に突入して行く。左右をハンガリー隊のウィッチたちが固めて、ネウロイのビームを冒して一団となって突入する。両翼、少し遅れてスロバキア隊とクロアチア隊が続く。ヘッペシュ中佐は、ネウロイのビームをシールドで弾き飛ばすと叫ぶ。

「撃て!」

 ハンガリー隊の一斉射撃で、集団中央の小型ネウロイが相次いで砕け散る。間を置かずに、スロバキア隊とクロアチア隊の銃撃が続く。小型ネウロイは集団を崩して、あるものは銃撃を避けて距離を取り、あるものはそのまますれ違って進み、またあるものは旋回してウィッチを追う。たちまち空一面の乱戦になった。

 

 そこへ、上空から戦闘機が矢のように降下してきて、小型ネウロイに銃撃を加えると下へ抜ける。次々襲撃してくる戦闘機に、あちこちで小型ネウロイが砕け散る。降下して十分距離を取った戦闘機は、反転上昇に移って、突き上げるように再びネウロイを攻撃する。人類側優位の形勢だが、戦闘機隊も無傷では済まない。ネウロイのビームが1機の戦闘機を捉え、その主翼を引きちぎる。被弾した戦闘機はくるくると回りながら落ちて行く。戦闘機隊の指揮官が脱出を呼びかけるが、あのように回りながら落ちて行くと脱出は難しいだろう。パラシュートが開くことなく、地上に火の玉が湧く。

 

「残りは戦闘機隊に任せて、ウィッチ隊は前進。」

 ヘッペシュ中佐の指示で、各ウィッチ隊は戦闘を切り上げると、早くも現れた次のネウロイの一団に向かう。20機足らずの一団だ。この程度なら、今の戦力があれば問題なく殲滅できるだろう。ウィッチたちは一斉に突入すると銃撃を浴びせかける。ぱっ、ぱっと空にネウロイの破片が小さな雲のように広がる。しかし、こういう時こそ注意が必要だ。油断してうっかりとビームを浴びたりしてはいけない。ポッチョンディ大尉は思いがけない方向からの襲撃がないか、ぐるりと周囲を見回す。

 

 ポッチョンディ大尉の視線が一点に釘付けになった。

「隊長! 何ですかあれは!」

 ポッチョンディ大尉の指し示す方向から、全長150メートルほどの大型ネウロイが向かって来ていた。目を引くのはその形だ。明らかに船、それも甲板上に巨砲を並べた戦艦の形をしている。それが、全体をハニカム様の装甲に覆われた、明らかにネウロイの姿になって空中に浮かんでいる。ヘッペシュ中佐がうめく。

「あれは・・・、テゲトフ級の戦艦だ。テゲトフ級4番艦のセント・イシュトヴァーンだ。」

 テゲトフ級の戦艦の中で、4番艦のセント・イシュトヴァーンは艦橋周囲の構造が少し異なるので見分けるのは比較的容易だ。

 

 基地では、ハンガリー隊の通信を聞いた芳佳が戸惑いを見せていた。

「戦艦が飛んでるの? セント・イシュトヴァーンってどんな戦艦?」

 戦艦というが、戦艦の船体を利用して大型ネウロイと化したものだろう。芳佳自身は、かつてネウロイに乗っ取られた航空母艦赤城とか、ネウロイに対抗するためにネウロイ化技術を利用した大和とか、見たことがあるからイメージが湧くが、セント・イシュトヴァーンがどのような艦なのかはわからない。それにチェルマク少将が答える。

「セント・イシュトヴァーン、これはハンガリー語読みで、カールスラント語読みではシュツェント・イストファンですが、オストマルク最大の戦艦、テゲトフ級の戦艦です。セント・イシュトヴァーンはアドリア海でネウロイの攻撃を受けて沈没したはずなんですが・・・。」

「最大の戦艦? そんなのがネウロイ化して出てきたの?」

 最大の戦艦といえば、扶桑皇国なら大和級だ。そんなものが出て来たとなると、第一陣のウィッチたちだけでは心許ない。

「あ、いえ、確かに最大の戦艦ですが、そんなに凄いものじゃあないんですよ。」

「え?」

「オストマルクは第一次ネウロイ大戦で大きな被害を受けたために、その後新鋭戦艦の建造ができなかったんです。テゲトフ級は1910年代に建造された弩級戦艦で、それに続いて超弩級戦艦の建造も計画していたんですが、結局実現しませんでした。だから、列強の新鋭戦艦に比べるとはるかに非力です。」

 チェルマク少将の説明に芳佳は少しほっとする。

「そうなんだ。排水量や兵装はどうなの?」

「排水量は約2万トン、主砲は30センチ3連装砲塔4基12門、他に15センチ砲12門、6.6センチ砲18門を装備しています。」

「うう・・・、確かに他の戦艦程じゃないけど、十分過ぎるほど強力だよ。」

 非力といってもやはり戦艦だ。新鋭戦艦と撃ち合ったらひとたまりもないかもしれないが、ウィッチが戦う相手としては余りにも強大だ。芳佳は通信機から送られる戦況に、固唾を飲んで聞き耳を立てる。

 

 ヘッペシュ中佐は、強敵だからといって怯んでいるわけにはいかない。

「かかれ!」

 ウィッチたちが攻めかかると、戦艦型ネウロイは船体の装甲各所にある赤いビーム発射部位からビームを発射する他、30門も装備した小口径砲からもビームを放つ。さらに、4基の主砲塔がぐるりと旋回すると、12門の主砲から太さが30センチもある太いビームを斉射する。

「なんなの? あのぶっといビームは?」

「あんなのが当たったら、シールドも撃ち抜かれちゃうよ。」

「シールドごとビームに飲み込まれるんじゃないの?」

 ウィッチたちは悲鳴を上げながら逃げ惑う。ヘッペシュ中佐は隊員たちを叱咤しながら戦艦型ネウロイに向かうが、巨砲のビームが向かって来て慌てて回避する。巨砲のビームは強烈で、近くを通っただけで体が焼けるかと思う。

「だめ、一旦距離を取って。」

 突撃が身上のヘッペシュ中佐といえども、これは少し作戦を考えないと無理だと思い知らされる。

 

 遠巻きにしてネウロイの攻撃がやんだところで、さてどうしたものか。

「隊長、あの主砲のビームがなければ何とか攻撃できるんじゃないんですか?」

 確かに、主砲のビームがなければ何とか肉薄攻撃も出来そうだ。主砲の旋回には時間がかかるようだから、一旦片側に引き付けてしまえば反対側に隙ができる。

「よし、ハンガリー隊が右から攻撃して主砲を引き付ける。スロバキア隊とクロアチア隊はその隙に肉薄して攻撃しろ。まず砲を叩いてビームを減らせ。」

 作戦が決まれば直ちに攻撃だ。各隊左右に展開すると、まずハンガリー隊が突入し、少し遅れてスロバキア隊とクロアチア隊が突入する。しかし何としたことか、戦艦型ネウロイは艦首の2基の主砲をハンガリー隊に向け、艦尾の2基の主砲を反対側に向けると、一斉にビームを発射する。

「退避! 退避!」

 全員慌てて引き返す。この作戦でも駄目だ。

 

「俺たちに任せろ!」

 通信と共に、戦闘機の編隊が突っ込んでくる。どの機も翼下に爆弾を抱えている。確かに、戦艦は航空攻撃を苦手としている。しかしネウロイ化した戦艦に通用するのだろうか。次の瞬間、戦艦型ネウロイは多数のビームを放つ。戦闘機がビームに包まれたかと思うと、次々空中爆発する。やはり、戦闘機で大型ネウロイに立ち向かうのには無理がある。

 

「隊長、主砲は発射間隔が長いようです。」

 デブレーディ大尉が言う。つまり、危険な戦術だが、発射直後に突入すれば、次の発射までに肉薄して攻撃できるだろうということだ。緊張を顔面に張り付けて、それでもこんな提案をしてくるあたり士気は高い。

「わかったわ。ジョーフィアが行ってくれるの?」

「はい、行きます。」

 ヘッペシュ中佐以下の各隊は再び攻撃に向かう。デブレーディ大尉はケニェレシュ曹長を連れて、少し引いたところで待機だ。戦艦型ネウロイが主砲から一斉にビームを放つ。

「今だ、突っ込め!」

 主砲こそ撃って来ないが、それでも大量のビームを放って来る戦艦型ネウロイに、デブレーディ―大尉とケニェレシュ曹長は、遮二無二突入する。どうせならあの厄介な主砲を潰したい。

「撃て!」

 二人は主砲塔に集中的に機銃弾を撃ち込んだ。カン、カンと金属的な音がして、命中した機銃弾が跳ね飛んでいる。何と、主砲塔の装甲には傷一つ付かない。

「駄目です、機銃弾が跳ね返されます。」

 このネウロイには自分達では歯が立たないのか。引き返しながらデブレーディ大尉は絶望感に襲われる。

 

「これは・・・、元々の装甲を装甲として利用しているのではないでしょうか。」

 通信を聞いたチェルマク少将が苦渋の表情を見せる。

「だとしたら、いくらウィッチでも機銃で装甲を削るのは無理だね。」

 そうなると、このネウロイを撃破するためには、とっておきの攻撃を繰り出すしかない。恐らくこれに通用するのは、芳佳とユルキュのツァウベルヴンダーヴァッフェか、芳佳と望月の烈風斬しかない。しかし、どれも巣を攻撃する時のために取っておきたい。だからといってこのネウロイを撃破できなければ、巣には近寄ることもできない。苦渋の選択だが、ユルキュにやらせよう。まさか今の段階で自分がやるわけにはいかないし、烈風斬を撃ち込むには、強烈なビームを冒してネウロイに肉薄する必要がある。

 

 そこへ突然通信が舞い込む。

「宮藤。」

「えっ?」

 この声は、シャーリーか。

「大型ネウロイはあたしとルッキーニで破壊するよ。」

「えっ? 何言ってるんですか? 今どこにいるんですか?」

 二人はもう上がりを迎えていて実戦には参加できないので、シャーメッレーク基地に待機しているはずだ。

「うん、もうすぐ前線に着くよ。」

「無茶です、止めてください。シャーリーさんはもうシールドが使えないんですよ。」

「よしか、大丈夫だよ。」

「ルッキーニちゃん、止めてよ。何が大丈夫なの?」

「うん、魔法力が衰えるとね、大抵は最初にシールドが使えなくなるんだけどね、固有魔法は比較的後まで残るんだよ。それで、あたしの固有魔法の『光熱』は、多重シールドの先端に魔法力を集中して高熱で攻撃するんだけど、多重シールドがその一部だからシールドの衰えは遅いんだよ。だからあたしのシールドでシャーリーをカバーできるから平気だよ。」

「だからって・・・。」

 確かに一応大丈夫といえば大丈夫だが、やはり危険は大きい。でも、二人は芳佳の指揮下にいるわけではないから命令して止めさせることはできないし、命令したからといって素直に言うことを聞く性格でもない。そもそも、今から止めに追いかけて行っても、シャーリーの速さに追いつくわけがない。

 

「おっ、見えて来たぞ。本当だ、ネウロイが戦艦の形をしているよ。」

「シャーリーさん、どうするつもりですか?」

「あたしが超音速まで加速してルッキーニを投げる。ルッキーニは光熱攻撃で戦艦型ネウロイをぶち破る。」

「ちょっと待ってください。戦艦の装甲は頑丈なんですよ。いくらルッキーニちゃんでも破るのは無理なんじゃないんですか?」

「よしか、大丈夫だよ・・・、多分・・・。」

「多分って・・・、ルッキーニちゃんは装甲板を撃ち抜いたことあるの?」

「ないよ。」

「だめじゃない。」

 セント・イシュトヴァーンの装甲厚は最大280ミリだ。抜ければいいが、抜けなかったら悲惨だ。どうにかならないものか。そこでひとつ思い付く。

「シャーリーさん、戦艦の装甲って、水線部付近から上に集中していて、下の方は薄いんです。最近の戦艦はともかく、古い戦艦は艦底寄りには装甲がないんです。だから底の方を狙って攻撃してください。」

「わかった、ありがとうな。」

 芳佳も一応海軍なので、艦艇の事については多少知識がある。

 

「行くぞ、ルッキーニ。」

 シャーリーはルッキーニを抱えたまま轟音を立てて超音速に加速すると、戦艦型ネウロイに向けてルッキーニを思い切り放り投げる。

「あちょー!」

 ルッキーニは超音速の弾丸と化して、戦艦型ネウロイに向かって突っ込む。ネウロイは激しくビームを放って来るが、超音速のルッキーニには狙いをつけにくい上、当たっても前面に展開した多重シールドが弾き飛ばす。

「スーパールッキーニアタック!」

 ルッキーニはネウロイの艦底に近い舷側を突き破ると、そのまま一気に内部を貫通し、反対側の舷側を突き破って飛び出す。ネウロイに巨大な風穴があいた。

 

「今だ。」

 ヘッペシュ中佐がルッキーニの開けた大穴からネウロイの内部に飛び込む。そこは、元の機械室に相当する場所で、本来は巨大なタービン機関が設置されているはずだが、機関はなく、広いがらんどうの空間が広がっている。そして、その中ににコアが浮かんでいた。

「これで終わりよ。」

 ヘッペシュ中佐の銃撃がコアを撃ち砕く。結構な苦戦を強いられた戦艦型ネウロイだったが、シャーリーとルッキーニの活躍で撃破された。芳佳が神経性胃炎になったかどうかはわからない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五十話 ウィーン決戦、一進一退

 戦艦型ネウロイを撃破したシャーリーとルッキーニは連れ立って帰って行くが、ヘッペシュ中佐たちはこれで戦いが終わったわけではない。再びネウロイの巣に向かって進む。すぐに次のネウロイの一団が現れる。さっきの戦艦型ネウロイとの戦いで隊員たちが疲労していないか心配だが、それでも行くしかない。

「突撃!」

 ウィッチたちは攻めかかる。小型ネウロイは30機程度の一団だが、ウィッチたちの猛攻に、1機、また1機と破片を散らしながら押し込まれていく。押して行くに従って、ウィーン上空に黒々と渦を巻く、ネウロイの巣が近付いてくる。もう一押しで巣への攻撃にかかれそうだ。しかし、右翼へ展開していたスロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉から警告の通信が入る。

「東側からネウロイの一団が来ます。数およそ20です。」

 間髪を入れず、左翼へ展開していたクロアチア隊のジャール少佐からも通信が入る。

「こっちにも来たわ。西側から小型ネウロイ20。」

 ヘッペシュ中佐はやられたと臍を噛む。押していたつもりで、どうやらネウロイに誘い込まれていたようだ。誘い込んで包囲するなどという戦術をネウロイが使って来るとは驚きだ。

「全員後退。包囲されるわ。」

 これまで押していたと思った最初の一団も、一転激しく攻めかかってくる。まずいなと思う。

 

 突然、下方から多数のビームが飛んでくる。

「まさか、いつの間に下に回り込まれたっていうの?」

 かろうじてビームを回避しながら下を見ると、地上にびっしりと並んだネウロイが、一斉に上空にビームを放ってきている。

「高射砲型ネウロイ!?」

 これまで上空にビームを撃ってくる地上型ネウロイは滅多にいなかったので、地上はほぼ無警戒だった。これはどうやら完全に罠にかかったらしい。

 

「ぎゃっ!」

 誰かの悲鳴が聞こえる。さっと見回すと、デブレーディ大尉が力なく落ちて行く。やはり地上からの攻撃は予期していなくて、まともに喰らったようだ。

「マルギト! ジョーフィアを助けて!」

 何しろ下は一面のネウロイだ。墜落したら命はない。ケニェレシュ曹長は何とかデブレーディ大尉を受け止めたが、高射砲型ネウロイからの攻撃と、小型ネウロイの攻撃を受けて、ビームを防ぐだけで一杯一杯になっている。

「わあっ!」

 今度はモルナール少尉がやられた。下からのビームに気を取られている隙に、小型ネウロイから撃たれたようで、ユニットから煙を噴き上げている。

 

 このままでは全滅だ。とにかく離脱しなければならない。

「スロバキア隊、クロアチア隊、撤退を援護して。」

 しかし、帰ってきたのは悲鳴のような応答だ。

「クロアチア隊は援護に行くのは無理だわ。これまで哨戒任務ばかりだったから、急にこんなに多数のネウロイを相手にするのは無理なのよ。・・・、わっ!」

「少佐! ジャール少佐被弾! クロアチア隊は少佐を守って撤退します。」

「待って!」

 クロアチア隊が撤退してしまったら、西側から来た小型ネウロイの一団を押さえる者がいなくなって、退路を断たれてしまう。しかし、クロアチア隊も待っていられる状況ではない。

「クロアチア隊のガリッチ少尉です。もう押し止めるのは無理です。このまま戦っていたらすぐに全滅してしまいます。撤退します。」

 そうまで言われると、そこに踏みとどまって全滅しろとはさすがに言えない。

 

 下からのビームは激しく撃ち上げられ続けている。下向きにシールドを張って防御しつつ、集まって小型ネウロイの襲撃に備える。シールドが自由に使えないのは厳しいが、小型ネウロイも乱射される下からのビームに阻まれて、遠巻きにしているので直ちに危険というわけでもない。もっともシールドでビームを防ぎ続けているだけでも魔法力は消耗して行くし、小型ネウロイにぐるりと取り囲まれているので脱出も難しい。

「どこか脱出する隙はないか・・・。」

 見回してみても明らかな隙は見当たらない。何分被弾した2人を伴っているので、強行突破は難しい。

 

 突然、一角の小型ネウロイが相次いで砕け散った。

「スロバキア隊のゲルトホフェロヴァーです。撤退の援護に来ました。」

 地獄で仏とはこのことだ。このチャンスを逃したら脱出の隙はない。

「脱出するよ。」

 ヘッペシュ中佐たちハンガリー隊は、一団となってスロバキア隊が空けてくれたネウロイの隙間を突破する。下からのビームが届く範囲も抜けて、一安心だ。そう思った途端、前からまた小型ネウロイの一団が来る。背後からはさっきの小型ネウロイが追いかけて来るので挟み撃ちだ。ゲルトホフェロヴァー中尉から申し訳なさそうな声の通信が入る。

「済みません、東側からのネウロイの一団を連れてくるような形になってしまいました。」

 それでも、下から撃たれない分だけさっきよりはましだ。

「突破するよ。」

 ヘッペシュ中佐はスロバキア隊と一緒になって、向かって来た一団に向けて突撃する。

 

 基地では、ハンガリー隊以下が苦戦に陥った状況に騒然となる。

「第二陣の各隊は直ちに出撃。ハンガリー隊の救援に向かって。」

 指示を飛ばしながら芳佳は、今から出撃準備をして戦闘空域に到着するまでの時間を計算するが、それまでハンガリー隊が無事でいてくれるだろうか。そんな心配が頭をよぎった所へ、グラッサー中佐からの通信が入る。

「エステルライヒ隊発進します。」

「あれ、ずいぶん早いね。」

「状況変化に備えて、早めに出撃準備を整えていました。」

「ありがとう、助かるよ。」

 各隊が出撃準備に走り回るのを尻目に、エステルライヒ隊が飛んで行く。持つべきものは優秀な指揮官だ。芳佳はちょっと備えが甘かったと反省しきりだ。待つほどもなく、グラッサー中佐の隊員たちへの指示が無線に入る。

「ハンガリー隊発見。追いすがるネウロイを殲滅する。攻撃開始。」

 

 やがて、後を追って出撃した抜刀隊、チェコ隊、ポーランド隊が戦闘に加入して、小型ネウロイを圧倒する。被害を受けたハンガリー隊やクロアチア隊は、順次基地に戻ってくる。負傷者の救護や機材の整備、補給に慌ただしい基地に、真打登場の通信が入る。

「ブリタニア空軍第617飛行中隊、ギブソンです。ウィーンの巣への攻撃部隊発進しました。グラーツ上空で護衛部隊との会合を予定。」

「了解。護衛のウィッチ隊を発進させます。」

 さあ、いよいよウィーンの巣への攻撃だ。芳佳は護衛任務を担う大村隊とセルビア隊を集める。

「護衛部隊出撃します。作戦高度は1万メートルを予定。高度1万メートルは寒いし空気が薄いから注意してください。」

 高度1万メートルは、ネウロイもそんな高度にはまず滅多に上がってこないので、誰にとっても未知の領域だ。今回の作戦のために訓練で上がった経験では、飛行機程ではないが、やはり出力は低下するし飛行は不安定になる。そんな状態でネウロイのビームをちゃんと防ぐことができるか不安はあるが、とにかくやるしかない。

 

「じゃあ行って来るから、後お願い。」

 そう言い残して芳佳も出撃する。ウィーンの巣との決戦とあっては、参謀長の鈴内大佐も芳佳の出撃を止められず、黙って見送る。飛び立った芳佳たちはぐんぐん上昇する。第617飛行中隊との会合予定地点は高度8,000なので、とにかどんどん上昇しなければならない。上昇するに従って、視界が広がって行く。今日は空気が澄んでいるので、はるか遠方まで見通せる。北方には、ウィーン上空に黒々と渦を巻くネウロイの巣が見える。ずいぶん上昇したのに、ネウロイの巣の黒雲はまだ上に向かって渦を巻いている。このネウロイの巣の上に行って爆弾を投下しなければならないのだから大変だ。振り返って南方を見ると、第617飛行中隊のB29が飛んで来るのが見える。まだ距離があるが、初めて見るその大きさには驚かされる。全長30メートル、全幅43メートルの巨大な機体は、無塗装のジュラルミン製できらきらと光っている。

「大きいねぇ。」

 芳佳がため息をつくように言う。こんな巨大な飛行機を多数持つことができるリベリオンという国の力を見せつけられるようだ。扶桑には陸上攻撃機連山があるが、全長、全幅とも7割程度、重量や搭載量は半分程度でしかない。程なく合流すると、下側に展開して護衛態勢を取る。

 

 爆撃機がネウロイの巣に到達する前に、周辺のネウロイを叩いておく必要がある。グラッサー中佐以下のウィッチ隊は、次々現れる小型ネウロイを蹴散らしながら進む。そこへ大型ネウロイが出現した。

「大型ネウロイです。3機います。」

 グラッサー中佐の直接指揮下のエステルライヒ隊には、大物狩りの得意なボッシュ軍曹がいる。しかし、3機が密集している状態では攻撃が難しいので、上手く攻撃して分散させる必要がある。どうやって攻めるかと考えているところへ、抜刀隊の茅場大尉から通信が入る。

「大型ネウロイは我々が叩きます。牽制をお願いします。」

 グラッサー中佐は直接見てはいないが、抜刀隊がジグラットや大型ネウロイを一撃で破壊したことは知っている。

「よし、大型ネウロイは抜刀隊に任せる。エステルライヒ隊は右から、ポーランド隊とチェコ隊は左から攻撃してビームを引き付けろ。」

 言うが早いか、グラッサー中佐は大型ネウロイめがけて突入し、激しく銃撃を浴びせかける。

 

「わたしが先頭のネウロイを攻撃するから、桜庭中尉は右、望月一飛曹は左のネウロイを攻撃して。」

「了解!」

 茅場大尉の指示に従って、一斉に突入する。大型ネウロイのビームは、グラッサー中佐たちが大分引き付けてくれているけれど、それでもかなりの数が向かって来る。それでも3人は、日頃剣術で鍛えた目でビームを見切り、すれすれのところでかわしながら大型ネウロイに肉薄する。茅場大尉が扶桑刀を抜くと、魔法力を帯びた刀身が怪しく光る。

「やっ!」

 茅場大尉は振りかざした扶桑刀で鋭く斬り付ける。大型ネウロイの強固な装甲が、まるで紙でも切るようにすぱっと切り裂ける。そのまま一息に斬り放てば、大型ネウロイは綺麗に両断され、一呼吸おいてぱっと破片を撒き散らす。3機の大型ネウロイは、一瞬にして全て砕け散った。

 

「よし、巣まではもう少しだ。進め。」

 グラッサー中佐がそう命じた途端、下から高射砲型ネウロイの撃ち上げるビームが乱れ飛ぶ。ハンガリー隊が撤退を余儀なくされた敵だ。

「引け!」

 慌てて引いて、高射砲型ネウロイのビームを避ける。しかし、このままではいけない。何とかしてこれを殲滅して、前へ進まなければならない。しかしどうすればいいのだろう。激しく撃ち上げて来るビームを冒して降下し、1機ずつつぶして行く他ないが、それでは危険を冒して攻撃する割にははかが行かない。ぐずぐずしていると爆撃機が来てしまう。

「ちょっとどいて、わたしがやる。」

 不意に入った通信に驚いて振り返ると、ツァウベルヴンダーヴァッフェを構えた芳佳がいた。

「司令官! どうするつもりなんですか?」

 訝しむグラッサー中佐に、芳佳は答える。

「こうするんだよ。」

 芳佳は引き金を引きっ放しにして魔法力をビーム状に放つと、密集する高射砲型ネウロイを撫でるようにして薙ぎ払う。魔法力のビームを浴びた高射砲型ネウロイは、一度に爆散する。一斉に湧き上がる膨大な量のネウロイの破片で、まるで大地が浮き上がったようだ。やがて静まった後には、もう高射砲型ネウロイはいくつも残っていない。

 

「前進!」

 芳佳の号令ではっと我に返る。あまりにも凄まじい破壊力に、グラッサー中佐たちは呆然としていたのだ。グラッサー中佐は慌てて号令をかけ直す。

「進め!」

 我に返った各隊の隊員たちが続く。いよいよウィーンは近い。目の前には巨大なネウロイの巣の黒雲が聳え立っている。そしてその黒雲の中から、いつ果てるともなく新手の小型ネウロイが出現し、全面を圧するように押し寄せてくる。

「頭を押さえろ。上に行かせるな。」

 とにかく、爆撃が成功するまでネウロイを抑え込まなければならない。

 

 巣の目前まで迫っただけに、巣から押し寄せてくる小型ネウロイの数はものすごいものになってきた。もう至る所ネウロイだらけで、慎重に狙って撃っている暇はない。ネウロイが目に入った瞬間に一連射して、自分が狙われないようにすぐ動く。右へ左へ、上へ下へ、激しく不規則に機動しながら一瞬のチャンスを捉えて銃撃を加える。ネウロイは四方八方から次々に突っ込んでくる。桜庭中尉と望月軍曹のロッテに、数機のネウロイが下から突き上げるように攻撃してくる。二人はぱっと左右に分かれてやり過ごす。すぐに戻ろうとする望月の前に別のネウロイが突っ込んでくる。さっと横滑りさせて避けながら銃撃する。命中した気はするが、一瞬ですれ違って撃墜できたか確認できない。もちろん振り返って確認している暇はない。すぐに次のネウロイを回避、素早く周囲を見回して、次に向かって来るネウロイの射線を外しつつ銃撃、すぐに旋回、桜庭中尉のところに戻っている暇がない。

 

「まずいな、孤立したかも・・・。」

 敵の方が圧倒的に多数の中で孤立するのは危険だ。シールドを複数張れる特別なウィッチは別だが、普通は同時に二方向からビームが来たら防げない。そう思った矢先、右手から2機、左手から4機のネウロイがほぼ同時に来る。右手の方が少し近そうだ。右からのビームをシールドで防ぎつつ、左からのビームを回避する・・・、いや、同時に4機がビームを撃ってきたら回避しきれない。下に逃げるしかない。瞬時にそこまで考えて降下しようとすると、上昇してくるネウロイがいた。万事休すか、右手のネウロイが赤く光る。右手にシールドを広げながら、左手を見る。4機のネウロイが近い。シールドにビームを受け止める衝撃を感じながら、今しもビームを発射しようとする左手のネウロイを見据える。回避できるか、緊張でのどがカラカラだ。

 

 突然、4機のネウロイが相次いで砕け散る。

「えっ?」

 誰が助けてくれたのか、体を倒して下からのビームをかわしながら周囲をさっと見回す。インカムに通信が入ってきた。

「欧州分遣隊、応援に来ました!」

 懐かしい同期の仲間が飛んでいる。

「伊佐美! 応援に来たよ!」

 この声は、同期の中ではリーダー格だった前嶋だ。横須賀で一緒に訓練を受けていた時の記憶が蘇る。

 

 突然の欧州分遣隊の参戦に、芳佳は仰天する。横須賀では確かに厳しく鍛えたが、所詮新人だ、いくらなんでも巣との決戦に挑むには経験が足りないだろう。

「無茶だよ。すぐに戦域を離脱して。」

 そう通信を送る芳佳だが、欧州分遣隊の隊員たちは、芳佳とは旧知なこともあって黙って引き下がらない。

「宮藤さん、わたしたちも一緒に戦わせてください。」

「そうです、わたしたちだって訓練も実戦もたくさん経験してきました。」

「伊佐美ができるんだから同期のわたしたちだってできます。」

 口々に言い募ってくる。

「あんたたち、司令官を何だと思ってるの・・・。」

 そうは言っても、横須賀でざっくばらんな付き合い方をしていた仲なので、みんな芳佳に対しては遠慮がない。

「ひかりちゃん、この子たちじゃ無理だから引き上げて。」

 隊長に言えば言うことを聞くだろうと思ったが、あいにくひかりも大人しく言うことを聞く性格ではない。

「無理かどうか、やってみなくちゃわかりません!」

「い、いや、やってみて駄目だったらどうするの・・・。」

 駄目だ、隊長のひかりからして上官の言うことなんか聞かない。そもそも、もうシールドが張れないのに前線に来ていることからして、下がれと言われて下がるような性格ではないことを表している。そこへ、少し冷静な通信が入る。

「欧州分遣隊で隊員の指導を担当している秋月清音上飛曹です。わたしが危険なことをさせないように指揮しますから、大目に見てください。」

 なるほど、芳佳が隊長だった昔と違って、ベテランの下士官がついているのだ。

「うん、わかった。じゃあ任せるから、誰も怪我させないようにね。」

「了解しました。」

 先のシャーリーとルッキーニと言い、どうも勝手に動く人が多くて困る。確かに助かってもいるのだけれど。

 

 そうこうするうち、爆撃機隊がネウロイの巣に迫る。まず、超爆風爆弾を搭載したB29が高度を10,000メートルまで上げて、巣の真上に向かう。ネウロイは油断しているのか、それとも各隊の奮戦で引き付けられているのか、向かって来るものはない。ネウロイの黒雲は渦を巻いていて、その周囲も風が渦を巻いている。B29といえども高度10,000はなかなかきつい。ともすれば渦巻く風に振られそうだ。それでも針路を維持しつつ、慎重に機を進めて目標に狙いを絞る。照準器にネウロイの中心を捉えた。

「投下!」

 ぐっと投下レバーを引くと、超爆風爆弾が落ちて、巨大な機体がふわりと浮く。爆風に巻き込まれないように、すぐに旋回しつつ緩降下に入って距離を取る。超爆風爆弾が炸裂する。背後からの爆風で、B29の巨体がぐらぐらと揺れる。

「やったか!」

 超爆風爆弾の炸裂で、黒々と渦を巻いていた黒雲が飛散して、中から巨大な球状のネウロイの巣の本体が姿を見せた。いよいよウィーンの巣との決戦も佳境に入ろうとしている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 勝利への一歩

 ついに最終話です。やたらと長くなってしまいました。じっくりお楽しみください。


 全体を漆黒の装甲に覆われた、巨大な球状のネウロイの巣の本体がウィーン市街中心部の上空に浮かんでいる。その更に上空を目指して、魔導徹甲爆弾を搭載したB29が進む。そのB29に向かって、周辺を飛び回っていた小型ネウロイが急上昇を始める。1機目のB29の爆撃で巣の周囲を覆っていた黒雲が吹き飛ばされたことで、ネウロイは爆撃機を脅威と認識したのだろう。

 

「行かせるな!」

 グラッサー中佐が叫ぶと、急上昇して小型ネウロイを追う。追撃しながら放つ銃撃は、1機、また1機と上昇する小型ネウロイを粉砕する。そのグラッサー中佐めがけて、周囲から小型ネウロイが襲いかかってビームを放つ。グラッサー中佐の列機を務めるシュタインバッツ准尉が、グラッサー中佐の周囲に巻きつくように回りながら、シールドを広げて向かって来るビームを片端から弾き飛ばす。直上の小型ネウロイを破壊し終えたグラッサー中佐は、急上昇から緩降下に移ると、続いて上昇してくる小型ネウロイの一団の頭を押さえるように猛射を浴びせる。とにかく今は魔導徹甲爆弾を積んだB29を守ることが最優先だ。

 

 ポーランド隊のミュムラー少佐も、B29を攻撃しに向かう小型ネウロイを追って急上昇する。フェリク少尉とヴラスノヴォルスカ曹長も小型ネウロイを追う。ポーランド隊は、オストマルクに帰って来る前はブリタニア空軍に所属していたので、ユニットはスピットファイアを装備しており、上昇力は十分だ。先行する小型ネウロイを射程に捉えると。

「撃て!」

 一斉に銃撃を加えれば小型ネウロイは次々砕け散る。そこへ通信が入る。

「ミュムラーさん、退避して!」

 通信の声は司令官だ。何が退避なのかと思って気付く。周囲から小型ネウロイが一斉に突っ込んできている。上昇するネウロイに気を取られ過ぎた。

「回避!」

 ミュムラー少佐の指示は、少し遅かった。回避する暇も与えず四方八方からビームが襲う。

「ああっ!」

 咄嗟に張ったシールドで防ぎ切れなかったビームを被弾したミュムラー少佐は、力なく落ちて行く。フェリク少尉が飛び付いて、そのまま急降下して攻撃をかわす。ミュムラー少佐は重傷だ。

 

「ミュムラー少佐負傷!」

 通報を送るフェリク少尉に、ネウロイは反復攻撃をかけてくる。ヴラスノヴォルスカ曹長がカバーに入るが、嵩にかかって襲撃してくるネウロイに、ビームを防ぐだけで精一杯だ。

「カテリナちゃん、ポーランド隊を援護して。」

「了解。」

 芳佳の指示で、エモンシュ大尉以下のチェコ隊がポーランド隊の援護に入る。チェコ隊の攻撃で小型ネウロイが散った隙に、フェリク少尉は戦闘空域を抜け出した。

「ゾフィアちゃん、ミュムラー少佐を基地に運んで。ボレスワバちゃんはチェコ隊に合流して。」

 一人になってしまったヴラスノヴォルスカ曹長は、単独で戦わせるのは危険なので、チェコ隊に合流させる。ポーランド隊同様に、チェコ隊のメンバーもブリタニア空軍に所属していたので、ブリタニア語を使えば意思の疎通には困らない。しかし、チェコ隊が移動したせいで、それまで戦っていた東側ががら空きになってしまった。

「陽美ちゃん、東側に移動して。」

 西側を押さえている抜刀隊から、久坂以下を引き抜いて東側の押さえに回そうということだ。戦力は明らかに不十分だが、ないよりはましだ。

 

 その間に追撃をすり抜けた小型ネウロイが、B29に向かって上昇する。芳佳はいっそ、自分が飛び出して叩き落したいところだが、全体を見渡して次々に指示を出さなければならないので、自分で戦っている暇はない。

「明希ちゃん、ネウロイがB29に向かったよ。」

「了解です。任せてください。」

 赤松大尉は牧原上飛曹とともに対装甲ライフルを構えると、上昇してくる小型ネウロイを狙撃する。二人は遠距離狙撃のスペシャリストだ。上昇してくる小型ネウロイは相次いで砕け散る。槓桿を引いて手早く弾薬を装填すると、照準をつけるのもそこそこに素早く引き鉄を引く。それでも確実に命中するあたり、熟練の技が光る。

 

 しかし、それでも落とし切れない程、次々と小型ネウロイが向かって来る。それをじっと見ていた千早大尉が、頃合いと見て取って指示を出す。

「ゴギッチ大尉、セルビア隊は上昇してくるネウロイを迎撃してください。」

「了解。」

 ゴギッチ大尉とセミズ軍曹は素早く降下して、上昇してくる小型ネウロイに銃撃を浴びせかける。

「大村隊は動かずにビームを防いで。」

 B29に向けて放たれるビームを、射線に割り込んでシールドで防ぐのだ。一方的に撃たれ続けるのは辛い所だが、今は魔導徹甲爆弾を抱いたB29を、爆弾投下まで守り抜くことが何よりも優先だ。

 

 ネウロイの巣の本体がいよいよ近付いてくる。ネウロイの巣の本体は、高度3000メートルほどの空間に浮かんで、新手のネウロイを盛んに放出している。対するウィッチ隊は、中央にエステルライヒ隊とチェコ隊、西側に抜刀隊の半分と欧州分遣隊、東側に抜刀隊の半分という配置で、中央はまあ安定した戦いを見せているが、両翼は戦力が少なく、特に東側は手薄だ。それが分かっているのか、新手のネウロイは東側に向かう。

「まずい、あれだけの数が集中したら、陽美ちゃんたちは逃げられない。」

 状況を見ていた芳佳は苦渋の表情を浮かべる。応援を回さないと危ない状況だが、どこも手一杯で引き抜けない。戦力がもう一歩足りない。モエシア隊のディヴィーナ・スタンチェヴァ大尉以下を、モエシアからシャーメッレーク基地に前進させて、ハンガリー地区の警戒をさせているけれど、基地に待機させないで作戦に参加させればよかったかと思うが、今から呼んでもさすがに間に合わない。

 

「司令官、ハンガリー隊出撃してきました。指示をください。」

「クロアチア隊も来ました。」

「スロバキア隊もいます。」

 先の戦闘で大きな損害を出して撤退していた各隊が、補給と休養もそこそこに再出撃して来てくれたのだ。相次いだ被弾で3人欠けて痛々しいが、ここでこの戦力の加入はありがたい。

「うん、ありがとう。じゃあ、ハンガリー隊とスロバキア隊は東側へ、クロアチア隊は中央のエステルライヒ隊の支援に回って。」

 了解の通信と共に、各隊戦闘に向かう。東側では、まさに久坂以下の3人を取り囲もうとしていた小型ネウロイの集団に、ハンガリー隊とスロバキア隊が突入して突き崩して行く。よし、もう一押しだ。

 

 B29が緩やかに降下して、ネウロイの巣の本体との距離を詰める。高度差はまだ4000メートルほどもあるが、近付きすぎるのは危険なのでこの程度の高度差は必要で、確実に命中させるには慎重な照準が必要だ。すると、ついにネウロイの巣の本体の表面が赤く光り、一瞬の間を置いて、ビームを雨霰と浴びせかけてくる。大村隊の千早大尉、淡路上飛曹、長谷部一飛曹、それに玲子とユルキュはそれぞれにシールドを広げてビームを防ぐ。広げたシールドに次から次へとビームが当たり、もう目も開けていられない程の乱れ撃ちだ。赤松大尉と牧原上飛曹は、巣の本体のビーム発射部位を狙って狙撃する。ビーム発射部位を破壊してビームを減らそうというのだが、何分巨大な巣の本体には無数の発射部位があって、焼け石に水だ。B29の爆撃の照準がつくのが先か、シールドが支えきれなくなって弾けるのが先か、ビームとシールドの真正面からの力比べだ。

 

 ガンとストライカーユニットに殴られたような衝撃を感じて、淡路上飛曹はユニットを見る。すると、左のユニットに指をさしこめる程度の小さな穴が開いている。

「破片でも飛んできたのかな? でも前にシールドを張っていたんだけどな。」

 そんなことを言っている場合ではない。穴から潤滑油が漏れ出して来て、風圧で霧状になって飛び散る。発火こそしないが、すぐに魔導エンジンが嫌な音と振動を立てて停止した。

「あっ、あっ。」

 エンジンが止まってしまってはたまらない。淡路上飛曹はバランスを崩し、もんどりうつようにして墜落する。落ちる淡路上飛曹の近くを、細い、細いビームがかすめて飛ぶ。

「そうか、細いビームが混じってたんだ。だから気付かない内にユニットを撃たれたんだ。」

 他の仲間も気付かずに撃たれたらまずい。淡路上飛曹は、急いで通報する。

「淡路です。ユニットに被弾しました。ネウロイは細いビームを混ぜて撃ってきているから、見落とさないように注意してください。」

 

 淡路の通報を聞いて芳佳は青くなる。細いビームは以前経験したことがある。細く絞り込んでいるために、見えにくいこと以上の脅威がある。貫通力が格段に高くなっていて、シールドを貫く威力があるのだ。芳佳は、初めて細く絞ったビームを撃って来るネウロイと遭遇した時に、シールドごと撃ち抜かれて瀕死の重傷を負ったことがある。

「みんな、細いビームはシールドを撃ち抜く威力があるから防げない。正面から受け止めないで。」

 

 芳佳からの通信に、長谷部一飛曹はぎょっとする。シールドで防げないのなら、一体どうすればいいのか。そう思った側から細く絞り込まれたビームが飛んで来る。広げたシールドが、ぶすっと音を立てて撃ち抜かれ、頭のすぐ横をビームがかすめて全身が総毛立つ。

「シールドが撃ち抜かれました! どうすればいいんですか!」

 悲鳴を上げるような長谷部一飛曹からの通信に、部隊全体に動揺が広がる。しかし、対処法はある。

「大丈夫だよ。ビームを絞り込んで貫通力を高めて来るんなら、こっちはシールドを圧縮して防御力を高めればいいんだよ。角度を付けて受ければなお効果的だよ。」

 芳佳はその方法で、絞り込んだビームを撃って来るネウロイに勝利したのだ。しかし、長谷部一飛曹からの悲鳴のような通信は続く。

「シールドを圧縮するって、そんなこと急に言われてもできません!」

 そして、長谷部めがけて絞り込まれたビームが来る。長谷部はシールドを開く。

「シールドを圧縮・・・、ってできないよ!」

 シールドを貫通したビームが、長谷部の体を貫いた。

「ぎゃっ。」

 悲鳴を上げて長谷部が落ちて行く。

 

『ミリツァ、受け止めて。』

 少し低い空域にいたセルビア隊のセミズ軍曹が、ゴギッチ大尉の指示で長谷部を受け止める。ゴギッチ大尉が前に回って、ビームを防ぐ。これは普通のビームだ。

『テオドラ、酷い怪我だよ。早く手当しないと・・・。』

 長谷部一飛曹の被弾箇所からは溢れるように出血しており、急いで手当しないと命が危ない。

『うん、急いでで基地に運んで。』

 ゴギッチ大尉はセミズ軍曹に指示すると、改めて通信を送る。

「長谷部軍曹は重傷です。すぐに基地に運びます。」

 その間にもビームは飛んで来る。細いビームが来た。シールドを貫いたビームが体をかすめて、背筋が凍る。

 

「細いビームが来たら回避して。」

 そう指示しながら、千早大尉はB29の真下に回る。千早大尉は、かつて細く絞り込んだビームを放つネウロイが出た時の戦いに参加した経験がある。実際に細いビームを受けた経験はないが、芳佳が戦うのを見てはいたし、シールドを圧縮する練習もしてみた。だから自分が守らなければならない。目の前に広げたシールドを、小さく小さく圧縮する。でも実際に受け止められるだろうか。もし撃ち抜かれたら、当たり所が悪ければ直ちに命はない。細いビームが来た。さっと圧縮したシールドをかざす。ビームはシールドの角に当たり、あさっての方向へ飛んで行った。全身から汗が噴き出す。小さく圧縮したシールドで、ビームを受け止めるのは思ったより難しい。受け止め損ねれば、後ろへ抜けてB29に当たるか、あるいは自分に当たるかだ。次は、と身構えると、太いビームが来た。

「そんな、急に圧縮したり広げたりできない。」

 圧縮したシールドでは、太いビームは防げずに全身がビームに飲み込まれてしまう。これで私の人生も終わりだ。これまでの苦しくも楽しかった戦いの日々が走馬灯のように頭をよぎる。

 

 びしっと音を立ててビームが弾け飛ぶ。

「隊長大丈夫ですか!」

「玲子ちゃん!」

 すんでの所で玲子が割り込んで防いでくれた。かろうじて生き延びられたが、恐怖で全身が震える。芳佳はこんな恐ろしいことを涼しい顔をしてやってのけたのかと、改めて芳佳の凄さに感動する。しかし、感動を噛み締めている暇はない。次のビームが来た。今度は細いビームだ。

「玲子ちゃん逃げて!」

 玲子を逃がすと、体の真正面に圧縮したシールドをかざす。今度は正面から受け止めた。大丈夫、シールドは正面から受けても抜かれない。

 

 千早大尉がビームを受け止めている丁度その時に、横をビームが抜けて行く。

「しまった!」

 どうあがいても防ぎ切れなかったのは間違いないが、それでも悔いが残る。横を抜けたビームは、上空のB29の右の主翼と胴体の間を抜けて行く。無事か、と思うがやはり駄目だった。かすめたビームで胴体から引きちぎられた外板の破片が飛び散るのが見えた。と、胴体がめきめきと音を立てるように折れて行く。機体の前部はぐるりと回転すると、もう耐えきれずに幾つもに引き裂けるとばらばらになって落ちて行く。漏れた燃料がぱっと炎を上げる。魔導徹甲爆弾は炎に包まれた機体に抱かれたまま、空しく地上へと落ちて行く。

 

「魔導徹甲爆弾を搭載したB29が撃墜されました。作戦は失敗です。」

 爆撃部隊指揮官のギブソン中佐からの通報に、各級司令部は暗然とした空気に包まれる。あと一歩の所までいったのだが、やはりネウロイの巣を破壊するのは難しい。かくなる上は、速やかに全軍を撤退させて、損害をこれ以上増やさないことが肝心だ。作戦の総指揮を執るレーア上級大将が全部隊に通信を送る。

「諸君、良く戦ってくれた。しかし残念ながら作戦は失敗した。全軍作戦発起地点まで撤退してくれ。」

 レーア上級大将は唇を噛む。オストマルク解放はやはり無理なのだろうか。

 

 そこへ通信が入る。

「待ってください。まだです。まだ終わりじゃありません。」

「その声は宮藤少将か。一体どうするというんだ。もう魔導徹甲爆弾はないんだぞ。」

「魔導徹甲爆弾はなくても、ツァウベルヴンダーヴァッフェがあります。これを使えば、きっと巣の本体でも撃ち抜けます。」

「ツァウベルヴンダーヴァッフェ? それは何だね? 聞いたことがないんだが。」

 それはそうだ。あくまでカールスラント技術省が試作中のものを、実戦テストとして使っている段階だから、誰も知らないのが当たり前だ。

「カールスラント技術省が開発した秘密兵器です。」

 芳佳はそう言い切ったが、半分嘘だ。

「そうか秘密兵器か。わかった、やってくれ。頼んだぞ。」

 はったり気味に言い切ったのが功を奏して、レーア上級大将の許可が出た。もっとも、芳佳は開発中の試作兵器と、開発が完了して配備が始まったばかりの新兵器の区別はついていないかもしれない。

 

 間を置けばネウロイ側の態勢が強化されてしまうので、直ちに攻撃に移る。

「ユルキュちゃん、来て。」

「はい。」

 ユルキュが芳佳の下へ駆けつける。

「いい、ツァウベルでネウロイの巣の本体を撃ち抜いて。」

「えっ?」

 驚くユルキュに逡巡する暇を与えず、芳佳は畳み掛けるように指示する。

「ツァウベルの引き鉄を引きっ放しにして、ネウロイの本体の真ん中を撃ち抜いて。全力で撃てば撃ち抜けるはずだから。近くまではわたしが誘導するからついてきて。」

 言うが早いか芳佳は飛び出す。ユルキュはあれこれ考える暇もなく、芳佳に続く。それを見たグラッサー中佐が叫ぶ。

「全員司令官の突入を援護しろ!」

 そう命ずるなり自ら小型ネウロイを蹴散らしながら巣の本体に向けて突入する。他のウィッチたちもそれぞれに本体めがけて攻撃する。赤松大尉と牧原曹長は、少しでもビームを減らそうと、本体のビーム発射部位を狙撃する。ウィッチたちの総力を挙げた攻撃だ。

 

 突入する芳佳めがけて、ネウロイの本体は激しくビームを放って来る。芳佳は前面に強大なシールドをかざして、ビームを弾き飛ばしながら進む。細く絞り込まれたビームが来た。芳佳はすっとシールドを圧縮すると、細いビームを難なく跳ね返す。続いて太いビームが来た。芳佳はさっとシールドを広げて跳ね飛ばす。ユルキュは芳佳のシールドに守られて、何の心配もなく進んで行く。いよいよ迫ってきた巣の本体が、目の前を圧するように広がってきた。

「ユルキュちゃん!」

「はいっ!」

 ユルキュはさっと本体の中心に狙いを定めると、あらんかぎりの魔法力を振り絞って力一杯引き鉄を引く。ツァウベルヴンダーヴァッフェの銃口から迸り出た魔法力の奔流は、一瞬で巣の本体に達すると分厚い表面装甲を突き破り、巨大な本体を一気に貫き通すと、反対側の装甲を内側から叩き割って貫通する。巨大な巣の本体の真ん中に風穴があき、突き抜けた反対側は大きく砕け散って、まるで噴火口のような穴が開いた。

 

 ありったけの魔法力を使い果たしたユルキュは、意識が薄れてぐらりと傾く。期待通りの働きをしてくれたユルキュを、芳佳が優しく抱き留める。

「やったか!?」

 全員が固唾を飲んでネウロイの巣の本体を見守る。しかし何としたことか、ネウロイの本体は、一向に崩壊する様子を見せない。それどころか、再生を始めてしまった。大きくえぐれた部分がじわじわと修復されて行く。

「しまった、コアに当らなかった。」

 失敗だ。芳佳は臍を噛む。球状の本体だから、コアは中心点にあると思ったが、どうやらそうではなかったらしい。そういえば、これまで巣の本体を破壊する時は、徹底的な攻撃で大きく破壊して、コアが露出したところでコアに烈風斬を打ち込んでいた。やはりコアの所在を明らかにしなければ、止めを刺すことはできないのだ。しかし、今ここには、本体を破壊してコアを露出させるような破壊力を持った武器はないし、隠されたコアを見つけ出すような魔法を持ったウィッチもいない。

「ああ、コアの位置が分かれば・・・。」

 改めてコアの位置を一目で見抜く力を持った坂本さんの偉大さを痛感する。しかし、ここに坂本さんはいないし、仮にいてももうとっくの昔に魔眼の力は失っている。

 

 諦めかけたその時、まだ諦めないウィッチがいた。

「わたしにやらせてください。」

「え? ひかりちゃん? どうするの?」

「わたし接触魔眼が使えるんです。」

「接触魔眼? ・・・ってどういうの?」

「ネウロイに触るとコアが見えるんです。」

「ネウロイに触る? あの本体のビームをかわして触れる所まで近付くっていうの? そもそもひかりちゃんシールドが使えないじゃない。」

 巣の本体からのビームには、既に二人が撃ち落とされている。それだけでも接近は至難だと思うのに、シールドなしで触ろうなどとは無茶もいい所だ。芳佳も大概無茶だが、ひかりも無茶に関しては負けていない。

 

 しかし、その無茶に乗ろうという者もいる。

「宮藤さん、わたしたちが雁淵隊長を守ってネウロイの所まで送り届けます。」

「奈緒ちゃん? だってみんな巣のビームみたいな強力なビームを受けたことないでしょう? シールドごと吹き飛ばされちゃうよ。」

「わ、わたしたち4人います。順番に吹き飛ばされてでも雁淵隊長を守ります。」

「順番に吹き飛ばされるって・・・。じゃあ細いビームはどうするの?」

「秋月です。それはわたしが責任を持って防ぎます。それに、今ならネウロイが再生中で、ビームを撃って来ていません。今しかありません。」

 責任を持って防ぐと言っても、秋月上飛曹も経験があるわけではないので不安しかない。今しかないというのはもっともだが、隊員たちが次々撃ち落とされる未来がちらついて、行けとは言いにくい。

 

「行きます。」

 芳佳の指示を待たずに、ひかりが飛び出した。欧州分遣隊のメンバーも一斉に飛び出すと、ひかりの周囲をがっちりと固める。

「あーっ、もう、みんな勝手なことして。全員欧州分遣隊を援護して。」

 待ってましたとばかりに、全員一斉に巣の本体めがけて攻撃を再開する。ここまで来た以上、みんな何としてでも巣を倒したいのだ。巣の本体は再びビームを放って反撃してくるが、再生中のせいか、さっきまでよりビームがまばらだ。芳佳は魔法力を使い果たしたユルキュを玲子に委ねると、ツァウベルを構える。もうひかりの接触魔眼にかけるしかないのだ。

 

 ひかりたちが巣の本体に近付くにつれ、分散していたビームがひかりたちに集中してくる。ビームが真正面から来た。先頭を行く前嶋がシールドで受け止める。

「ぎゃっ!」

 巣からのビームは見た目以上に強烈だ。シールドで受けてもその衝撃で弾き飛ばされてしまう。弾き飛ばされた前嶋に代わって、仁杉が先頭に出る。

「わっ!」

 仁杉も弾き飛ばされて、もんどりうつようにして脱落して行く。続いて倉田が前に出る。すると、細く絞り込まれたビームが来た。秋月がじっくりと圧縮したシールドをかざして前に出る。シールドに命中した細いビームが四方に弾けて散る。続けて太いビームだ。

「きゃーっ!」

 受け止めた倉田が弾き飛ばされた。残るは秋月と藤井の二人だけになった。

 

 細いビームが来た。秋月が前に出て受け止める。しかしこの細いビームの力は何と強いのだろう。圧縮したシールドでも深く突き刺さってくるような感じがして、いつ抜かれるかと気が気ではない。連続して細いビームが来た。シールドに当たるたび、シールドに深い穴が穿たれて行くような感触がする。そして、ついに貫通された。抜けたビームが秋月の肩に突き刺さる。

「ううっ。」

 血しぶきを撒き散らしながら秋月が落ちて行く。残る藤井に向かってビームが来た。

「左へ!」

 藤井は叫びながら左へ横滑りする。ひかりが合せて動く。すぐ横をビームが抜けて行く。

「上!」

 すっと浮き上がった二人の下を、すれすれでビームがかすめて行く。いつまでよけ続けられるだろうか。

「右!」

 横滑りしてビームを避けたその先に、細いビームが来ていた。

「ぎゃあっ!」

 撃ち抜かれた藤井が落ちて行く。もはや残るのはシールドを張れないひかりだけだ。しかし、もうネウロイの本体は目前だ。

 

「やあっ!」

 ひかりは右腕を大きく伸ばしてネウロイに突っ込む。すれすれをビームが飛んで巻き込まれた髪の毛が散る。ひかりの手がネウロイの表面に触れる。

「見えた! 上だ!」

 少し高い位置にコアが見えた。ひかりはネウロイの表面を舐めるようにしてコアの位置に移動すると、持った機銃の銃口を突き立てる。

「ここです!」

 ひかりが叫ぶと、間髪を入れずに魔法力のビームが飛んで来る。ひかりが危うく飛び退いた瞬間、魔法力の光の帯がネウロイの本体を貫通した。

 

 今度こそやったかと、全員の視線がネウロイの本体に釘付けになる。ネウロイの本体は、不規則な形に少し膨張したかと思うと、全体に無数の光の亀裂が生じ、見る見る亀裂が拡大する。そして、形を維持しきれなくなったネウロイの本体は、一気に木端微塵に砕け散る。同時に周囲を飛び交っていた多数の小型ネウロイも一斉に爆裂する。砕け散ったネウロイの破片はきらきら光りながら広がって、空一面がまばゆい光の大洪水だ。

 

 壮絶なネウロイの巣の最後に目を奪われていたグラッサー中佐が、はっと我に返る。

「勝った、勝ったぞ、ネウロイの巣に勝ったぞ! オストマルク解放だ!」

 グラッサー中佐の叫びに呼応して、一斉に歓声が上がる。グラッサー中佐は芳佳の所へ駆けつけると、両手をしっかり握る。

「宮藤司令官、勝ちました。司令官のおかげでオストマルクは解放されました。」

 普段は冷静なグラッサー中佐が、感極まって両目から涙をあふれさせている。芳佳はにっこりと笑って頷く。

「うん、勝ったよ。皆が協力し合って、力を尽くしてくれたおかげだよ。」

 そして、もう一度にっこりと笑うと、急に表情を引き締める。

「これは勝利への大事な一歩だけれど、まだ本当に勝ったわけじゃあないよ。まだオストマルクにはプラハの巣もコシツェの巣も残っているし、オラーシャの巣も残っているからね。本当の勝利を勝ち取るまで、もうしばらく頑張ってね。」

 グラッサー中佐はあふれる涙をぬぐいもせずに、力強く頷き返す。

「任せてください。人類勝利の日まで、力の限り戦います。」

 周囲のウィッチたちもみな同じ思いだ。この勝利への一歩を胸に深く刻みつけて、明日からの戦いに挑んで行くのだ。必ずや最後の勝利をつかむことができると固く信じて。

 

 自らの全てをなげうって、人類の勝利を目指して戦い続ける少女たちに幸あれ!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

エピローグ

 カールスラントの各基地にはプラハの巣への攻撃部隊が集結し、各部隊が国境を越えて続々と侵攻を始めている。作戦は連合軍西部方面統合軍によるもので、カールスラント軍を主体に、西部方面に属するブリタニアやガリア、それにリベリオンの部隊が参加している。カールスラントとオストマルクの国境線の北西部のザクセン州との境は、最高峰として1200メートルを超えるクリノーベツ峰を擁するエルツ山脈が連なっている。南西部のバイエルン州との境は、北西寄りがオーバーフェルツァーワルトと呼ばれる900メートル以下の高原で、南東寄りは1400メートルを超えるグローサーアルバー山などの1300メートル以上の山々が連なっている、ベーマーワルト、ボヘミアの森と呼ばれる山岳地帯になっている。プラハまでの距離は北西側が100キロ足らずと近いが地勢が険しく、より地上部隊の通行に適した西側の高原地帯を越えて地上部隊は侵攻する。主要侵攻経路は、ニュルンベルク方面からヴァイトハウスとロズヴァドフを結ぶルートで国境を超え、プルゼニを経てプラハに至る経路だ。過去にも同様の侵攻を行ったことがあったが、その時はプラハの巣からの反撃に加えて、ウィーンの巣からのネウロイの襲撃を受けて、侵攻部隊は大きな損害を受けて撤退を余儀なくされている。言うなれば今回はその雪辱戦だ。

 

 ニュルンベルクには、今回の作戦で重要な役割を担うウィッチ隊の主力が集結している。指揮を執るのはミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ大佐だ。作戦指揮能力には定評があるが、ここしばらくは南部国境線の防衛部隊を指揮していたため目を引くような戦果に恵まれず、昇進がやや滞っている。今回の作戦を成功させれば、いよいよ将官への昇進が期待できる状況だ。視察に来たガランド中将が軽口をたたく。

「この作戦が終われば、いよいよミーナも将官の仲間入りだな。」

 しかし、今回の作戦はネウロイの巣との戦いなのだ。ミーナとしてはそんな軽い気持ちではいられない。

「ガランド中将、巣との戦いはそんなに気楽に考えられるようなものではないことはご存じでしょう。昇進するとかしないとか、そんなことを考えている場合ではありません。」

「ふむ、ミーナは相変わらずお堅いな。」

「そんなことより、少しでも戦力が欲しいところなのに、どうして地中海方面統合軍の協力が得られないんですか? ウィーンの巣の攻略の時には、私たちも協力したじゃないですか。」

「そこは上の連中の思惑だから、私にはどうにもならないな。」

 さすがのガランド中将も、この時ばかりはやや苦い表情を浮かべる。上層部としては、このところ次々に巣を撃滅する戦果を挙げている地中海方面統合軍に対する対抗意識がある。ここで地中海方面統合軍が協力とはいえ参加すると、西部方面統合軍が中心になって戦っても、地中海方面統合軍の成果と見られてしまう恐れがある。自分たちの成果とするためには、地中海方面統合軍には参加しないでもらいたい。そんな上層部の思惑に振り回される現場の苦労は絶えない。

 

「しかしまあ、今回の作戦準備は万全だと思うぞ。プラハまで、ニュルンベルクからでは250キロとやや距離があるから、事前にチェコ地域西端のヘプを占領して航空基地を復旧、整備してある。主攻撃正面であるここにはカールスラント空軍の精鋭を集めて、やや信頼性が劣る各国の部隊はドレスデンに集めて、北方からの陽動を担当させている。何より、今回はウィーンの巣からの攻撃がないんだ。それに、ウィーンの巣を破壊した時の経験から、巣への攻撃方法も大胆に改善している。」

 確かに、巣への攻撃方法はウィーンの戦いで有効性が確認された方法が大幅に取り入れられている。超爆風弾や魔導徹甲弾が取り入れられている他、ツァウベルヴンダーヴァッフェを装備したウィッチ隊も編成している。

「そうですね、これまでのひたすら物量で攻撃して叩く戦法と比べると、長足の進歩ですね。そう言う意味では、地中海方面統合軍の協力は得られているようなものかもしれませんね。」

 地中海方面統合軍に色々な戦法をテストさせておいて、その結果のいいとこ取りをしているようで、若干気が咎めないでもない。

「地中海方面統合軍というよりは、扶桑のおかげだな。結局我々は、扶桑に、なかんずく宮藤君に助けられてばかりだな。」

 ミーナもこれは同感だ。501統合戦闘航空団の頃から、扶桑のウィッチには振り回されてばかりだったが、結果的には扶桑のウィッチのおかげでネウロイに打ち勝って来られた面は大きい。特に芳佳は、最初に会った時は軍人らしさに欠けていて、ずいぶん頼りなく思ったものだが、今では対ネウロイ戦を一人で背負って立つような勢いだ。

 

「今のところ作戦は順調だな。地上部隊はプルゼニを占領してプラハに向かって進んでいるし、ウィッチ隊にも目立った損害は出ていない。北方からの陽動も上手くいっていて、多くのネウロイを引き付けてくれている。」

「そうですね、まずは順調ですね。」

 しかし、ネウロイとの戦いは何があるかわからない。油断は禁物だ。

 

 西側からのカールスラント軍ウィッチ隊がネウロイの巣に近付くにつれ、北側の牽制部隊によるネウロイの誘引は効果が弱まり、主進攻部隊の正面に向かって来るネウロイの数が増えてくる。そして大型ネウロイが出現した。戦闘指揮を担当するシューマッハー中佐から通信が入る。

「ヴィルケ大佐、大型ネウロイが出現しました。ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊を投入します。」

 いきなり新編成の試作兵器部隊を投入するのは、やや危なげな感じもするが、むしろ早いうちに実際に投入してみて、運用上の課題を洗い出しておいた方が良いとも考えられる。ここは実戦テストの意味でも、出しておいた方が良いだろう。

「了解しました。許可します。」

 

「ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊、大型ネウロイを迎撃せよ。」

 シューマッハー中佐の命令に応じて、ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊が前に出る。隊長のソフィア・バーゴー大尉以下5名の編成で、隊員4人がツァウベルヴンダーヴァッフェを装備し、バーゴー大尉は機銃を装備して中隊指揮と隊員たちの支援を担当している。

「エミリア、カロリーナ、攻撃して。」

「了解。」

 十分な距離を置いて、まずエミリア・カイザー少尉が攻撃する。射撃と共に撃ち出された魔法力の弾丸が大型ネウロイめがけて飛ぶ。しかし、ネウロイからの攻撃を警戒して距離を大きく取っていたため、魔法力の弾丸はネウロイの右後方に外れた。

「次、わたし。」

 すかさずカロリーナ・シャルフ軍曹が射撃する。今度は命中だ。大型ネウロイの大きく左右に伸びた翼状部分の右寄りに命中すると、命中した部分から折れてネウロイは大きく傾く。

「少し遠すぎるようね。もう少し接近して射撃して。」

 バーゴー大尉の指示で、エミリアとカロリーナは大型ネウロイに接近する。大型ネウロイは破壊された翼状部分の再生中で、ほとんどビームを撃って来ないので接近するのは容易だ。エミリアが大型ネウロイを慎重に狙って射撃する。今度はど真ん中に命中し、大型ネウロイは四散した。

「大型ネウロイを破壊しました。」

 ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊としては初めての実戦だったが、無事大型ネウロイの破壊に成功した。短い訓練期間だったが、どうやら戦えそうだ。また、この破壊力は頼もしい。これがあれば大型ネウロイも敵ではない。

 

 しかし、ネウロイの攻撃はいよいよ活発になってくる。すぐにまた新手の大型ネウロイ出現の通報が入り、ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊は急行する。

「今度はエマとアンナ、攻撃して。」

 エマ・クライン曹長とアンナ・シュベルト軍曹が大型ネウロイに向かう。まずエマがネウロイを狙うと射撃する。しかし引き鉄を引くその瞬間、大型ネウロイからの多数のビームがエマを襲う。エマは素早くシールドを展開しつつ引き鉄を引く。ネウロイのビームがシールドを激しく叩く。

「しまった、ぶれた。」

 ネウロイのビームを受けた衝撃で、狙いが少しぶれた。それでも、エマの射撃は大型ネウロイの細長く伸びた尾部に命中し、尾部を引きちぎる。

「アンナ行きます。」

 アンナが前へ出る。大型ネウロイからのビームがアンナを襲うが、ふわりと優雅に舞うようにビームをかわすと、さっと狙いを定めて引き鉄を引く。魔法力の弾丸は大型ネウロイの表面装甲を突き破ると、内部のコアを粉砕して裏側まで突き抜ける。ネウロイが砕け散った。作戦は順調だ。

 

「大型ネウロイ出現。至急救援求む。」

 ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊も忙しくなってきた。救援要請に駆け付けると、小型ネウロイと交戦中のウィッチ隊に大型ネウロイが2機襲い掛かっており、ウィッチ隊は苦戦を強いられている。

「エミリアとカロリーナは右のネウロイ、エマとアンナは左のネウロイを狙って。」

 隊長の指示に、各隊員は大型ネウロイに向かう。大型ネウロイのビームが一人のウィッチに集中し、逃げることもできずにシールドを張って必死でこらえている。まだ少し遠いが、十分近付くまでは持たないかもしれないと思い、エミリアは大型ネウロイを撃つ。

「当たれ!」

 エミリアの思いが通じたように、魔法力の弾丸は見事に命中し、大穴を空ける。命中した大型ネウロイは傾きながら退避して行くが、もう一方の大型ネウロイがエミリアめがけて一斉にビームを放つ。

「くっ。」

 シールドで直撃は防いだが、周囲をビームに囲まれて、エミリアは身動きが取れない。このまま防いでいては、魔法力が消耗するばかりだ。カロリーナが飛び出すと、大型ネウロイに向けて射撃する。しかし、距離がまだある上、しっかりと狙う暇もなく射撃したので外れてしまった。次、次、と射撃するが、慌てて連射しているので外れてばかりだ。

「当たって!」

 やっと当たって、ネウロイの先端が砕け散る。カロリーナはさらに突っ込んで射撃する。今度はコアに命中だ。

「ふう。」

 ようやく撃破できて、カロリーナは息をつく。

 

 しかし、一息ついている暇もない。カロリーナにビームが束になって飛んで来る。

「なに? なんなの?」

 さっき大穴の開いたもう1機の大型ネウロイが、再生を終えて襲撃してきたのだ。エマとアンナが、攻撃に向かう。大型ネウロイは接近してきたエマにビームを向ける。アンナが前へ出ると、ビームをかわしながらネウロイを狙う。そこへ、さっきまで別のウィッチ隊と交戦していた、小型ネウロイまで向かって来る。

「小型ネウロイが来る。注意して!」

 そう警告を送りながら、バーゴー大尉が小型ネウロイとの間に割り込んで銃撃する。しかし、同時に反対側からも小型ネウロイが向かって来ている。アンナは引き鉄を引く。魔法力の弾丸が大型ネウロイめがけて飛んで行く。そこへ小型ネウロイのビームが来た。大型ネウロイのビームをかわしながら、大型ネウロイを狙って射撃しているところで、さらに同時に小型ネウロイの襲撃を防ぐのはさすがに手に余る。

「ああっ!」

 アンナが被弾した。ストライカーユニットの破片が飛び散り、黒煙が噴き出し、アンナは渦を巻くように落ちて行く。

「エマ! アンナを助けて!」

 バーゴー大尉が指示するのとほぼ同時に、エマはアンナに飛び付いて受け止める。アンナは重傷だ。そこへ、さらに小型ネウロイが襲ってくる。

「やらせないよ!」

 カロリーナが小型ネウロイめがけて連射する。小型ネウロイ相手にツァウベルヴンダーヴァッフェを使うのはもったいないが、破壊力は抜群で、狙った小型ネウロイは瞬時に消滅する。バーゴー大尉が残った小型ネウロイを撃ち落とす。

「エマ、アンナを基地に運んで。」

「了解。」

 エマは急いで引き上げて行く。残念ながら、やはり一方的な勝利というわけにはいかない。

 

「新手の大型ネウロイが来ます。」

 エミリアが緊張感を滲ませつつ通報する。見ればまた大型ネウロイが2機。更に少し離れて後からもう2機続いている。

「まずいな、どんどん増えてくる。」

 こちらの戦力は半減したのに、ネウロイは逆に倍増している。いくらツァウベルヴンダーヴァッフェの破壊力が抜群でも、このままではいずれ押し負けるのではないだろうか。しかし、数が増えては厄介なので、後続の2機が来る前に、目の前の2機は破壊したい。

「エミリア、カロリーナ、大型ネウロイを叩いて。後続の2機と合流しないように素早く叩いて。」

「了解。」

 エミリアとカロリーナにも、状況は良くわかる。ビームを冒して大型ネウロイに向けて突入する。ビームをすれすれでかわし、次のビームをシールドで弾き、もう一つビームをかわすと、エミリアは大型ネウロイを狙い撃つ。ぱっと破片が飛び散って、ネウロイが二つに折れた。

「惜しい・・・。」

 少し外れた。折れた断面からコアがのぞいている。しかし、コアが露出してしまえば大型ネウロイももうおしまいだ。もう一発撃ち込んで、この大型ネウロイも始末した。向こうでは、カロリーナが数撃ちゃ当たる戦法で攻撃している。次々撃ち込まれる魔法力の弾丸にボロボロになった大型ネウロイが、甲高い音を立てて飛散した。

 

 次の2機が近付いてくる。

「カロリーナ、次行くわよ。」

 しかし、カロリーナの息が荒い。

「エミリア、わたしもう魔法力が・・・。」

 そうか、カロリーナはかなり乱射していたから、もう魔法力が尽きたのか。実際、エミリアも思いの外魔法力を消耗しているのを感じる。やはり魔法力を直接撃ち出すというこの兵器は、威力がある替わりに魔法力の消耗が激しい。弾薬と違って基地に帰って補給というわけにはいかないのが辛いところだ。これがツァウベルヴンダーヴァッフェの最大の弱点だろう。しかし、そんな事情にお構いなく、大型ネウロイは接近してくると激しくビームを浴びせかけてきた。

「!」

 声も出せない程のビームの嵐だ。カロリーナのシールドが見るからに不安定になっている。魔法力が足りないのだ。シールドが破られたら命はない。

「カロリーナ! 私の後ろに隠れて!」

「でも・・・。」

 一瞬のためらいを見せたが、カロリーナも背に腹は代えられない。エミリアの背後に隠れた。事実上一人になって、いよいよネウロイのビームはエミリアに集中する。カロリーナほどではないが、エミリアの魔法力も残りが乏しい。集中するビームを受け続けて、見る見る残る魔法力が削られて行く。

 

 ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊が壊滅寸前だ。このままではまずいと、シューマッハー中佐は増援を回す。

「Me262隊、ツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊の救援に向かえ。」

 直ちにジェットストライカーMe262装備のウィッチ4人が駆け付ける。轟音と共に現れたMe262装備の隊員たちは、装備した30ミリ機関砲を次々大型ネウロイに撃ち込む。ツァウベルヴンダーヴァッフェ程ではないが、30ミリ機関砲も強力だ。大型ネウロイの表面装甲が大きく破壊され、飛び散った破片が一面に輝いている。ネウロイもビームで応戦するが、Me262の高速に狙いが定まらない。Me262隊のウィッチたちは、緩やかに旋回しながら反転すると、大きく損傷した大型ネウロイに再度攻撃を浴びせかける。装甲が深く削れてコアが出た。次の瞬間には30ミリ機関砲弾がコアを撃ち抜き、大型ネウロイは脆くも崩壊する。

「助かったぁ。」

 カロリーナはエミリアの背中にしがみついて小刻みに震えている。バーゴー大尉がやってくる。

「二人とも危なかったわね。カロリーナは基地へ帰って。基地までは飛べるわよね? エミリアはまだ戦える?」

「はい、もう少しやれます。」

 エミリアはけなげにもまだ戦うつもりだが、残る魔法力は相当乏しい。でも、Me262隊が応援に来てくれたので、一緒に戦えばもう少しやれそうだ。

 

 息つく暇もなく新手が現れる。今度は大型ネウロイが4機横一線に並んで押し出して来る。直ちにMe262隊が突撃し、バーゴー大尉とエミリアも後を追う。その途端、大型ネウロイが一斉にビームを放ち、無数のビームが網の目状になってMe262隊のウィッチたちを包み込むように襲う。

「あっ!」

 ビームの網に捉えらたウィッチたちから、黒煙が上がり、破片が飛び散った。Me262はそのユニットの特性から、急な機動でビームを回避することができないのだ。自らビームの網に飛び込んで行くような形となったMe262隊は、二人はビームを凌ぎ切ったようだが、二人は被弾して落ちて行く。あっという間にMe262隊も大打撃を受けた。

「くそっ、よくも!」

 エミリアは直ちに魔法力弾を放つ。狙い違わず1機の大型ネウロイがど真ん中を貫かれて爆散する。しかし反撃は強烈だ。3機の大型ネウロイのビームがエミリアに集中する。シールドに受けたビームの圧力が物凄い。残りわずかな魔法力が見る見る削られて行く。そこへバーゴー大尉が飛び込んできて、エミリアを襲うビームを遮りながら叫ぶ。

「エミリア、撃って!」

「はいっ。」

 バーゴー大尉がビームを防いでいる隙に、エミリアは大尉の肩越しに射撃する。また大型ネウロイが砕け散った。あと2機、そう思ったところでエミリアの意識がすっと遠のく。

「あ、完全に魔法力切れだ・・・。」

 最後に一言つぶやくと、エミリアは意識を失って落ちて行く。落ちて行くエミリアを慌てて受け止めたバーゴー大尉の頭上に覆いかぶさるように残った2機の大型ネウロイが迫る。

「だめだ、もう逃げられない・・・。」

 

 青白く輝く光の塊が、2機の大型ネウロイを貫くのが見えた。大型ネウロイは甲高い音を立てて砕け散る。

「え? これってツァウベルヴンダーヴァッフェの魔法力弾? 一体誰が・・・。」

 既にツァウベルヴンダーヴァッフェ中隊は壊滅している。他に装備している部隊というと・・・。

「モエシア方面航空軍団の宮藤です。支援します。」

 地獄に仏とはこのことだ。まあ、カールスラント人は仏を知らないから物の例えだが。

「ありがとうございます。助かりました。でも、次が来ます。」

 早くも次の大型ネウロイ4機が押し出して来ている。

「桃ちゃん、抜刀隊突撃。」

 抜刀隊のメンバーが、玉散る剣抜き連れて、白刃をきらめかせながら大型ネウロイに襲い掛かる。無数のビームを紙一重でかわしながら肉薄すると、白刃一閃、大型ネウロイを斬り伏せる。あっという間に大型ネウロイは全滅だ。

 

「宮藤さん!?」

 ニュルンベルクの司令部では、ミーナが驚嘆の声を上げる。

「どうして? 地中海方面統合軍は今回の作戦には参加しないはずじゃなかったの?」

 ミーナの疑問に対して、芳佳の答えは単純明快だ。

「ウィーンの時支援してもらいましたからそのお返しです。結構助かったんですよ、プラハからの攻撃があんまり来なかったので。それに、すぐ近くで戦ってる仲間がいるのに、知らん顔なんかできないじゃないですか。」

 芳佳にかかれば、上層部の思惑などどこ吹く風だ。もっとも、思惑を働かせているのは西部方面統合軍の上層部だから、地中海方面統合軍に所属する芳佳には関係ないことだとも言える。しかも、勝手に支援に押し掛けたのは芳佳たち扶桑の部隊だけではない。

「オストマルク空軍ウィッチ隊のグラッサー中佐です。同じカールスラント人として、及ばずながら支援します。南方から支援攻撃を行います。」

「チェコ隊のエモンシュ大尉です。自分たちの故郷奪還の戦いですから、協力させてください。」

「ハンガリー隊のヘッペシュ中佐です。オストマルク人として、オストマルク奪還の戦いに協力しないわけにはいきません。」

「スロバキア隊のゲルトホフェロヴァー中尉です。チェコの次はいよいよスロバキア解放ですよね。」

「ミュムラーです。ポーランド隊も来ました。」

 オストマルクウィッチ隊も大挙して出てきている。オストマルクはそういう国柄ではなかったような気もするが、これも芳佳の影響だろうか。

 

 しかし、これで一気に苦しかった形勢が逆転したことは間違いない。ここは一気に押すべき時だ。

「宮藤さん、ここは一気に巣まで攻め込みたいけれど、いいかしら。」

「はい、任せてください。」

 階級や地位を考えると誰が指揮すべきか難しいところだが、そこは長い付き合いの芳佳とミーナだ、自然に役割分担ができている。そもそも、芳佳はカールスラントや他の諸国の部隊配置も状況も把握していないのだから、全体指揮はミーナに任せるに限る。

「みんな、行くよ!」

「了解!」

 一団となってプラハの巣に向かって進む。対抗して出てきたのは、巨大な爆弾様の形状をした大型ネウロイだ。これは胴体が太く、コアが深い位置にあるので、抜刀隊の斬撃がコアに届かない難敵だ。しかし、芳佳は何ほどの事でもないかのように、素早くツァウベルヴンダーヴァッフェを構えると、引き鉄を引く。撃ち出された魔法力の弾丸は、瞬時に大型ネウロイまで飛翔すると、その太い胴体を軽々と貫通する。瞬時に粉砕された大型ネウロイに、バーゴー大尉は驚き、あきれるばかりだ。自分たちと同じ装備だというのに、どうしてこうも軽々と撃破してしまうのか。まあ、そのあたりは経験の差が大きい。またそれ以上に、魔法力切れをあまり心配する必要のない、芳佳の持つ膨大な魔法力の力が大きいのかもしれない。

 

「巣です。」

 目の前に巨大なプラハの巣の渦雲が聳え立つ。いよいよ巣への攻撃だ。

「ミーナ隊長、超爆風爆弾の爆撃機はどこにいますか?」

 それに対するミーナの答えは意外なものだ。

「カールスラントには、超爆風爆弾を搭載できるような大型の爆撃機はないわ。」

「えっ? じゃあ、ここからどうするつもりなんですか?」

「それは、ガランド中将に聞いて。」

 そこで、満を持して真打の登場、といった風に、ガランド中将が無線機を手にする。

「宮藤君、よく来てくれた。ここからはこちらの仕事だ。まあ期待して見ていてくれたまえ。」

「はい、でもどうするんですか?」

「V3号を使う。」

「V3号?」

「ムカデ砲とも呼ばれている、カールスラントの秘密兵器だ。」

 出た、またカールスラントの秘密兵器だ。玉石混交という面もないではないが、カールスラントは実に多様な、他に類を見ない兵器を開発している。

「V3号は、全長150メートルの砲身に28個の薬室を設置し、そこで連続して装薬を発火させることで砲弾を初速1,800メートル/秒まで加速して、最大150キロ先を砲撃する超長距離砲だ。実際は北側の国境線すぐ近くに設置しているので、射距離は100キロ足らずだ。これだけの距離があれば、ネウロイからの反撃を受けずに一方的に砲撃できる。口径15センチと小さいので、1発の威力は大したことはないが、50門設置しているから、数を撃ち込んでネウロイの巣を叩く。」

 何だか途方もない兵器だ。こういうことをするからカールスラントは恐ろしい。

 

 程なく、音速突破に伴う衝撃波と共に、V3号の砲弾が飛来する。V3号の砲弾は、ネウロイの巣の巨大な黒雲に飛び込んで炸裂すると、凄まじい爆風を巻き起こして黒雲の一角を吹き飛ばす。そして、次々飛来する砲弾が連続して炸裂し、見る見る黒雲が吹き飛ばされて行く。程なく、巣を覆っていた黒雲は雲散霧消し、ネウロイの巣の本体が露わになった。

「雲が吹き飛びました。巣の本体が露出しています。」

「よし、それでは徹甲弾に切り替えよう。」

 少しの間を置いて、再び砲弾が飛来する。飛来した砲弾は、露出したネウロイの巣の本体の上方を飛び越えて、かなり先の方の地面に落下して土煙を上げる。続いて飛来した砲弾は手前側に外れた。次、次と砲弾が飛来するが、一向に命中しない。空しく土煙を上げるばかりだ。

「ガランド中将、その・・・、全部外れているんですけれど・・・。」

「そうか、当たらないか。いくらネウロイの巣の本体が大きいとはいえ、100キロ彼方からの砲撃で命中させるのは難しいか。」

 そう言うガランド中将の隣で、ミーナは目をむく。その程度の事は、事前に予想できたことではないのか。ガランド中将も、案外大雑把だ。

「ガランド中将、どうされるつもりですか?」

「うん、困ったな。数撃てば当たると思ったんだが・・・。ミーナ、何かいい考えはないか?」

 そんな、無責任な・・・。

 

 そういうことなら自分たちが行くしかない。

「宮藤です。巣の本体は、わたしたち扶桑のウィッチが破壊します。」

「そうか、頼んだぞ。」

 自分の作戦ミスはなかったかのように、ガランド中将は涼しい顔で答える。若くして将軍の地位に着くには、これくらいの面の皮の厚さが必要なのかと、ミーナはちょっと呆れる思いだ。何だか胃が痛くなってきた。しかし、まだ問題がある。

「宮藤さん、コアの位置の確認はどうするの?」

 

 そこへ割り込むように通信が入る。

「宮藤さん、雁淵です。わたしが接触魔眼でコアの位置を見つけます。」

「あれ、ひかりちゃん来たの? 参加する予定はなかったよね?」

「だって、わたしがやらなくちゃコアの位置が分からないじゃないですか。」

「だめよ、ひかり。危険過ぎるわ。」

 あれ、この声は?

「おねえちゃん!?」

 忘れるはずもない、ひかりの姉の雁淵孝美だ。

「ひかりはもうシールドがまともに張れないんでしょう? そんな状態で接触魔眼なんて、自殺行為だわ。」

 しかし、孝美はとっくに引退して、扶桑に帰って後進の指導をしているはずだ。

「ど、どうしておねえちゃんがいるの?」

「宮藤司令官に呼ばれたのよ。わたしが絶対魔眼でコアを特定するのよ。」

「えっ? だっておねえちゃんの方がもっと魔法力が低下しているじゃない。飛ぶだけだって厳しいんじゃないの?」

 飛ぶだけでも危ないのに、自分を守ることも難しい絶対魔眼を使うなんて無茶だ。

 

 そこは、呼んだ芳佳もわかっている。わざわざ扶桑から呼び寄せて、そんなに危険なことをさせたりはしない。

「あのね、わたし魔法力付与の魔法が使えるんだよ。まあ、魔法力に対する治癒魔法みたいなものでね、一時的だけど低下した魔法力を回復させることができるんだよ。だから今の雁淵さんは、全盛期並みの魔法力になっているんだよ。」

「ず、ずるいです。わたしも回復させてください。」

「いや、ひかりちゃんは魔法力を回復させても、接触魔眼だから危険なことに変わりないでしょう?」

「おねえちゃんだって危険です。絶対魔眼を使うとシールドの力が下がって、自分を守れなくなるんです。そのせいで酷い怪我をしたことだってあるんですよ。」

 ひかりの姉を思う気持ちに芳佳はちょっとうるっとなるが、そこはちゃんと考えてある。

「そこは大丈夫だよ。」

 そう言って芳佳は巨大なシールドを展開する。

「雁淵さん、行くよ。」

「はい!」

 巨大なシールドをかざして進む芳佳に、孝美が続く。

 

 ネウロイの巣の本体は、芳佳と孝美めがけて次々とビームを放って来るが、芳佳の強大なシールドは全てを弾き返す。芳佳のシールドに守られながら、孝美は絶対魔眼を発動する。

「絶対魔眼!」

 孝美の髪がまるで生きているようにざわざわと動くと、赤く光る。同じように赤く変わった孝美の瞳が、ネウロイの本体のコアを暴き出す。

「コア捕捉・・・、最終補正! グリッドH58954、T87449。」

「ユルキュちゃん!」

 芳佳の指示を今や遅しと待ち構えていたユルキュが、孝美が指示した位置に狙いを定めると、ありったけの魔法力を注ぎ込んで、ツァウベルヴンダーヴァッフェの引き金を引き絞る。迸り出た魔法力の奔流が巣の本体のコアを捉えて貫通する。これまで散々苦しめられてきたのが嘘のように、巣の本体はあっけなく消滅した。

 

 基地全体が歓喜の渦に包まれる中で、ガランド中将は落ち着いて言う。

「うん、プラハの巣は撃破できたようだな。作戦通りだ。」

 いやいや、作戦通りではないだろう。

「ガランド中将、もし宮藤さんたちが応援に来てくれなかったら、どうするつもりだったんですか?」

「いや、宮藤君は来ると思っていたよ。」

 よくもまあぬけぬけと言えるものだ。しかし、こうでなければ上層部の面々を向こうに回して、上手く渡り合うことなどできないのだろう。自分も否応なくその中に引きずり込まれるのかと思うと、ミーナは今から胃が痛い。

 

「ともあれ、これでネウロイの巣を撃ち破る方法は確立できたな。次はコシツェの巣だ。早々にV3号を移設させよう。」

 確かに、今回の方法であれば、手堅くネウロイの巣を撃破できそうだ。長い、長いネウロイとの戦いだったが、ようやく人類の勝利が見えてきた。

「しかしまあ、扶桑にばかり頼ってはいられないから、カールスラントでも強大な魔法力を持ったウィッチを発掘して、訓練しなければならないな。」

「そうですね。あと、強力な魔眼持ちも必要ですね。まさか、今回の様に、引退したウィッチをそのたびに連れて来るわけにもいきませんからね。まったく、扶桑のウィッチって・・・。」

「ああそうだな。しかし私も魔眼持ちだぞ。宮藤君に頼んで魔法力を回復してもらおうか。」

「ガランド中将・・・。」

 この人は、この期に及んでまだ自ら出撃するつもりなのか。呆れたウィッチは扶桑だけではなく、ここにもいたようだ。

 

 まだ、ネウロイの巣は少なからず残っているので、時間はかかりそうだが、ネウロイの巣も確実に撃破できる作戦も見つかって、どうやらネウロイに対する人類の最終勝利が見えてきた。もちろんネウロイもただ手をこまねいてはいないかもしれない。予想もつかない新たな方法で反撃してくるかもしれないから、油断は禁物だ。それでも、いつ果てるともなく続いて来たネウロイとの戦いの終わりと、世界平和の到来は決して遠くないことだろう。世界が平和を取り戻すその日まで、頑張れ芳佳、頑張れ世界のウィッチたち。

 

 おしまい

 

 




あとがき

 「ストライクウィッチーズ オストマルク戦記」完結しました。長きに渡った連載中、ご愛読いただいた皆様、コメントや評価をいただいた皆様に感謝します。

 今回はごく大雑把な構想を元に、執筆しながら先を考えて行くという形をとりましたが、結果として全体のバランスが良くないとか、最後の方の数話だけ妙に長くなってしまったとか、構想していたエピソードの幾つかは上手く盛り込めなかったとか、登場人物が多いこともあって一人一人をあまり深く描けなかったとか、反省点も少なくありません。やはり、もう少し完成度の高い作品にするには、全体のストーリー構成とか、プロットとか、事前に詰めてから制作に入る必要があるかと思います。次回作の構想は今の所ありませんが、次回作を書くときにはそのあたりも考慮して取り組んでみたいと思います。

 従来個人ブログに投稿していた時は、各話のサブタイトルは付けていなかったのですが、今回サブタイトルを付けてみました。やってみて思うのは、やはりなかなか難しいということです。全体に統一感がないとか、内容を適切に反映したものになっていないとか、同じサブタイトルに番号を振ること自体は良いにしても「8」まであるのは多過ぎだろうとか、反省することしきりです。これをどう改善して行くかは課題です。

 いろいろ反省点はありますが、ご愛読いただいた皆様に楽しんでいただければ、作者として嬉しく思います。もし、次回作を投稿することになったら、その時はまた楽しんでいただければ幸いです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編 決戦の日の朝

 番外編として、エピローグの陰にあって本編では描かれなかったウィーンの情景をお送りします。エピローグの中に含めて描くことも考えましたが、長くなり過ぎることなどを考慮してエピローグからはカットしました。


 ウィーン郊外のシュヴェヒャート基地に、早朝の訓練を終えた扶桑海軍大村航空隊のウィッチが着陸してくる。それと入れ違いに、周辺の哨戒のために、オストマルク空軍のセルビア隊のウィッチたちが離陸して行く。ウィーンは奪還したものの、まだネウロイ勢力圏のチェコ地域との境界が北に60キロ程、スロバキア地域との境界は東に40キロ程と極めて近いので、哨戒活動は欠かせない。

 

 音楽の都と呼ばれたウィーンの街の復興はまだ緒に付いたばかりだが、軍事上の要請から軍事施設の復旧は急速に進められており、シュヴェヒャート基地の施設の整備はかなり進んでいる。オストマルクの首都の基地ということもあって、オストマルク政府が威信をかけて復旧を進めているので、奪還して間がない割には設備の質は悪くない。当面大規模な作戦が予定されていないこともあって、ウィッチたちは落ち着いた生活を送っている。

 

 装備を片付けながらおしゃべりに余念のない隊員たちに、千早大尉が早く片付けを済ますよう促す。

「ほら、いつまでも喋ってないでさっさと片付けて。片付いたらシャワーを浴びて、朝食だよ。」

「はーい。」

 別にこの後出撃が予定されているわけではないが、やはり軍人たる者何事もきびきびと進めなければならない。でもそこは10代の少女たちだ。ともすればおしゃべりに夢中になって、手が止まる。

「この基地ってシャワーなんかもしっかり整備されてるよね。」

「うん、この前までいたグラーツの基地よりよっぽどいいよね。」

「やっぱりウィーンは音楽の都だからかな?」

「あはは、音楽関係ないし。」

 まあ、先日激戦の末にネウロイの巣を撃破したところだから、多少気が緩むのは仕方ない所か。

 

 多少時間がかかったので、食堂に入るともう食事の準備が済んでいる。扶桑海軍では本来であれば士官と下士官兵の食事は別だが、ウィッチ隊では必ずしもそういう原則は適用されず、隊長の千早から、階級は上等兵に過ぎない玲子まで一緒の席に着く。最前線ではあるが、ウィーン進出と同時に扶桑海軍の主計兵も進出して来てくれたので、欧州の前線とは思えないような、扶桑料理が並んでいる。ご飯におつゆに野菜が用意されている。

「いただきまーす。」

「おつゆに入っているお魚は何だろう?」

「これは鮭だよ。」

「酒が入ってるの?」

「未成年にお酒は駄目だよ。」

 くだらない冗談でも笑いが溢れる。

「このお野菜は何の葉っぱだろう?」

「うん、あんまり見たことないね。しゃきしゃきしてて変わった食感だね。」

 扶桑料理といっても、ガリアを中心とした欧州の技法や材料が取り入れられているから、伝統的な扶桑料理一色というわけではない。海軍料理として有名なカレーや肉じゃがも、元になったのは西洋料理だ。

 

 ウィーンに来てから馴染んだ扶桑料理が食べられるようになって、食が進む。元々、貧しい庶民は白い飯が食べられず、軍に入って初めて食べられるようになったというケースも多い時代だ。それだけでも食が進むのだが、海軍の食事は一般に陸軍より良いと言われている。野外の陣地等で飯盒炊爨が基本の陸軍と、艦内でテーブルに向かって食べるのが基本の海軍とでは条件が違う。士官になると洋食のコースを、ナイフとフォークで食べたりする。もっとも、遠洋航海の寄港先で、欧州の高官を招いて会食することもある海軍士官は、洋食に慣れていなければならないという事情もあるのだが。

 

 賑やかな食堂に、芳佳が顔を出す。一般の部隊に司令官が顔を出すのは無用な緊張を招いて迷惑だが、大村航空隊のメンバーとは付き合いが長く深いので、お互いそんな気遣いとは無縁だ。ただ、配属されて日が浅い玲子と、出身国からして違うユルキュは緊張して固くなっている。

「あれ、宮藤さん、どうしたんですか?」

 以前は自分で作った料理を隊員たちに食べさせるのが楽しみだった芳佳も、司令官ともなると、いくら馴染でも一緒に食事をとることもなくなるので、食堂に顔を出すのは珍しい。千早大尉としては、何か急ぎの用事でも出たかと思う。

「ううん、別に。ただ、扶桑の主計の人たちが来てくれたって聞いたから、どんなもの食べてるのかなと思って。」

「それじゃあ宮藤さんも一緒に食べますか?」

「いやぁ、わたしはもう食べたから・・・。」

 そう答えながらも、視線はテーブルの上に行っていて、ちょっと食べたそうだ。芳佳だってまだ若いから食欲は旺盛だ。

 

「ごはんと、お魚の入ったおつゆと、お野菜です。」

「ふうん。」

 それは見ればわかるが、料理の好きな芳佳としてはもう少し詳しく知りたい。そこに折良く、烹炊員長が顔を出す。ウィッチ隊員ではないので、司令官の前ではさすがに緊張の面持ちで姿勢を正す。

「本日のメニューは、鮭の衛生汁と萵苣(ちしゃ)のサラドです。」

「衛生汁?」

「はい、衛生とは栄養の事です。栄養価の高い卵を加えたものを呼ぶときに衛生とつけます。だから野菜に卵を加えた汁物が衛生汁です。」

「ふうん、そうなんだ。」

「海軍ではそうですが、埼玉県の川口には、豚肉、油揚げ、大根、ねぎに、小麦粉を練ってちぎって落として味噌仕立てにした郷土料理があって、衛生煮と呼ぶそうです。」

「へえ、ずいぶん違うね。何か関係あるのかな?」

「名前の由来や、海軍のものとの関係は良くわかりません。でも多分関係なさそうです。」

 

「ふうん。ところでサラダは、見た感じ違うけど、萵苣なの?」

 海軍では伝統的にサラダはサラドと呼ぶ。ガリア語やブリタニア語の発音ではサラドの方が近いので、西洋料理の知識と共にガリアからか、海軍の技術交流を通じてブリタニアから入ったのだろう。一般には古くから交流の深かったルシタニアの発音が広まって、サラダと呼ばれているのかもしれない。ところで萵苣といえば、扶桑では古くから“かきちしゃ”がおひたし等で食べられているが、サラダにはあまりしないし、そもそも見た感じが違う。

「これは、欧州で良くサラドにして食べられている、“玉ちしゃ”です。こちらでは“レタス”と呼びます。」

 レタスが扶桑に普及するのは1960年代に入ってからなので、今はまだ多くの扶桑人はレタスを知らないのだ。だが、海軍では早くからメニューに取り入れていたし、ここは欧州だから普通に入手できる。

「ちょっと試食してみてください。」

 勧められるままに食べてみると、パリッとした爽やかな食感だ。扶桑料理ではあまり生野菜は出ないが、これは結構いい感じだ。

「うん、いいね。みんないいもの食べてるなぁ。」

 まあ、今日はたまたま隊員たちの方に出たが、司令官のメニューにもそのうち上ることだろう。

 

「ところで・・・。」

 千早大尉が話を変える。

「今、西部方面統合軍がプラハの巣を攻撃しているんですよね?」

「うん、そうだよ。途中の比較的大きな町のプルゼニを占領して、今日あたりプラハに総攻撃をかける予定だよ。」

「あの、わたしたち応援に行かなくていいんですか? ウィーンの巣を攻撃する時は、プラハの巣を牽制して支援してもらいましたよね。」

「うん、そうだね。統合軍総司令部同士の話し合いでは、今回は地中海方面統合軍の支援は不要っていうことになったんだけど・・・。」

「けど?」

「ご飯食べたら出撃するよ。」

「あっ、はい。」

 事前に何の話もなかったが、別に細かい作戦の打合せなど必要ない。それでこそ芳佳だ。すぐ近くで友軍が戦っているときに、自分の担当じゃないからといって知らん顔などしていられるものではないのだ。まして、巣との戦いは厳しい戦いになることは避けられないから、どんな形でも応援が貰えればありがたいものだ。

「正規の出撃じゃないから、扶桑の部隊だけで行くよ。」

「抜刀隊も出るんですか?」

「うん、桃ちゃんにはさっき言っておいたよ。」

「はい、了解しました。」

 

 いきなりの出撃だが、嫌がるものなどいない。むしろみんな張り切っている。それでこそ、芳佳の元で育ってきた隊員たちだ。そんな中で、ユルキュはどことなく心細げな表情になっている。

「あの・・・、わたしは・・・。」

 扶桑の部隊だけで行くと言っていたから、自分は置いて行かれるのだろうか。そんなことを思うユルキュに、芳佳は当たり前のように答える。

「ユルキュちゃんも大村隊の一員なんだから一緒に出撃だよ。それとも嫌かな?」

 ユルキュはきっぱりと答える。

「いえ、行きます。行かせてください。」

 国籍は違えども、隊の一員として認めてもらったのがユルキュは嬉しい。オストマン出身のウィッチは一人だけだが、ユルキュは一人じゃない。

 

 長谷部一飛曹がぼそっとつぶやく。

「この隊って人使いが荒いよね。」

「そうかな?」

 ウィッチ隊はどこでも不足しているから、結果的に忙しくなるのは仕方ない。そう思って答える淡路上飛曹に、長谷部一飛曹は少し強く訴える。

「だって、わたしウィーンの戦いで瀕死の重傷を負ったんだよ。魔法で治してもらったっていっても、2、3ヶ月は休んでもいんじゃないかな。」

「まあ、それもそうだけど、祐子ちゃんもう普通に飛べるし、普通に戦えるんだよね?」

「うん、まあ・・・。」

「だったら行くしかないじゃない。」

「うん・・・、もう、義江ちゃん意地悪だなぁ、もちろん行くんだけどね、名誉の負傷をしたんだから、恩賞としてお休みをくれてもいいんじゃないかなって言ってみただけ。」

 そう、結局行くのだ。なにぶん、芳佳がはるかに過酷な状況で戦い続けてきたことは聞いている。その芳佳の部下として、泣き言など言っていられない。もっとも、最前線のこの基地で、休みを貰ってもやることなど何もないのだから、元々なのだけれど。

 

 出撃準備をしていると、グラッサー中佐が不審そうな表情で現れた。

「司令官、今日は作戦の予定はなかったと思いましたが・・・。」

「あは、見付かっちゃったね。ちょっとプラハの奪還作戦の応援に行ってこようと思って。」

 芳佳の答えにグラッサー中佐の顔色が変わる。

「どうして私は話してくれなかったんですか。」

「うん、正規の作戦じゃないから強制できないし、わたしが言ったら半ば強制になっちゃうでしょ。」

「それでも話していただきたかったです。チェコだってオストマルクの一部なんですよ。その奪還作戦なのに、私たちオストマルク人が何もしないなんておかしいじゃないですか。」

 グラッサー中佐の剣幕に、芳佳はちょっとたじろぐ。こんな勝手に出撃するような話には乗ってこないかと思ったが、グラッサー中佐も、自分たちの国を取り戻す戦いに参加しないことに、忸怩たる思いを抱えていたのだろう。

「う、うん、それもそうだね。ええと、それじゃあグラッサー中佐も出撃してよ。わたしたちが攻撃部隊の支援に行くから、グラッサー中佐は南側からの牽制攻撃を担当してくれるかな?」

 グラッサー中佐は勇んで答える。

「了解しました。オストマルク隊は南側からの牽制を担当します。」

「でもね、くれぐれも隊員たちには出撃を強制しないでね。正規の作戦じゃないんだから。」

「はい、了解しました。」

 

 グラッサー中佐は早速オストマルクのウィッチたちを集める。背後では、滑走路を蹴って扶桑のウィッチたちが次々出撃して行くのが見える。

「チェコでは、西部方面統合軍がネウロイ撃退のための戦いを繰り広げている。今回の作戦に地中海方面統合軍は参加しないことになっているが、扶桑の部隊は自主的に西部方面統合軍の支援に行くということだ。そこで、私も自主的に支援作戦を実施することにした。プラハの巣を南側から攻撃して、ネウロイを引き付けて主攻部隊の作戦を側面支援する。」

 そこまで一気に言って一呼吸つくと、隊員たちは身じろぎもせずに次の言葉を待っている。グラッサー中佐は続ける。

「一緒にチェコ解放の支援をしたいと思うものは志願してくれ。」

 

 一斉に手が上がる。その中でも一番早く手を上げたのは、チェコ隊のペジノヴァー中尉だ。ペジノヴァー中尉は反カールスラントの急先鋒だったはずだがと、チェコ隊隊長のエモンシュ大尉がやや茶化し気味に声をかける。

「あれ、フランチシュカはカールスラント人のやることは気に入らないんじゃなかったの?」

 ペジノヴァー中尉は少しむっとしたような表情で答える。

「だって、チェコだよ。わたしたちの故郷の奪還作戦だよ。参加しないなんて考えられないじゃない。」

 それはそうだ。たとえ気に入らないカールスラント人の隊長の提案でも、こればかりは乗らないわけにはいかない。

「それに、これまで一緒にオストマルク奪還の戦いをやってきて、いまさら無条件に反発する気にもなれなくなってきたし・・・。」

 やはり、同じオストマルクの人間として、民族が違うというだけで反発することの無意味さを感じるようになってきたのだろう。厳しい戦いを共に勝ち抜いてくる中で、オストマルクとしての一体感が醸成されてきたのだ。この一体感こそ、ネウロイから国土を奪還し、荒廃した国を再建して行く上で一番大事な力だ。それが感得できたのならもう言葉はいらない。エモンシュ大尉は微笑みながら小さく肯く。

 

 グラッサー中佐が声を張り上げる。

「よし、よくぞ賛同してくれた。周囲の警戒を怠ることはできないから、クロアチア隊とセルビア隊は哨戒任務を継続してくれ。他の者たちは私に続け。」

「了解!」

 隊員たちは声を揃えて応答すると、出撃に向けて散る。チェコ奪還作戦は、いよいよ佳境を迎えようとしている。




 こういう、余り戦闘に関わらないお話も織り交ぜながら、もっとゆっくりと展開して行っても良かったかなと思います。番外編、気が向いたらまた追加するかもしれません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編2 ハルトマンさんのご来訪

 ノックの音がした。

「失礼します。」

 芳佳の執務室に入ってきたのは衛兵司令だ。執務中に遮られるのは誰しも嫌な所だが、山のような書類を抱えて、書類仕事に飽き飽きしてきている芳佳に限ってはそうでもない。衛兵司令が来たということは、誰か来訪者があったに違いない。誰が来たんだろう、何か面白いことにならないだろうかと、芳佳はわくわくする気持ちだ。逆に、上層部から面倒事が持ち込まれるという可能性も結構あるのだが、そういう嫌な想像をしない所が芳佳の性格だ。仄かに瞳を輝かせながら芳佳は聞く。

「どうしたの? 来客?」

 下士官に過ぎない衛兵司令にとっては、司令官は雲の上の人だ。通常なら司令部の士官が取り次いでくれるのだが、生憎最前線の基地では人手が足りなくて、直接報告に来なければならない。顔面が引きつるほど緊張しながら報告する。

「カールスラント空軍のハルトマン少佐がお越しになりました。」

 ハルトマン少佐といえば、ついこの間やってきて、試作品のストライカーユニットと新兵器を置いて行ったばかりだ。こんな短期間でまたやってくるとは、どういうことだろう。ひょっとして何か機器の不具合でも見つかったのだろうか。でも不具合があったのならなおさら急いで会って話を聞いた方が良い。

「うん、お通しして。」

「はっ」

 衛兵司令はこれ以上ないという程に背筋を伸ばして敬礼すると、来客を迎えに戻って行く。

 

 ばーんと大きな音を立てて執務室の扉が開け放たれる。

「やっほー、宮藤、元気だった?」

「ハルトマンさん!」

 入ってきたのはハルトマンといっても想定していたのとは違って、姉の方のエーリカ・ハルトマン少佐だった。人類最高のネウロイ撃墜数を記録しているスーパーエースでありながら、どこか飄々としてつかみどころのない人だ。

「ハルトマンさん、お久しぶりです・・・、というか、去年モエシアのブルガス基地にいた時に来ましたよね? ダキア奪還作戦をやっていた頃に。」

「うん、そうだったね。」

「来てもらえるのは嬉しいですけれど、そんなにちょくちょく来られるほど近くないんじゃないですか?」

「うーん、わたし今学生で自由が利くからね。それに、同じ欧州じゃない。」

 同じ欧州といっても、ハルトマンが普段いるベルリンからはとても遠く、直線で700キロもある。しかもその間はまだネウロイの勢力圏なので、西側を大きく迂回して来なければならない。もっとも、芳佳の祖国の扶桑に行くことを考えれば、確かに物の数ではないだろう。

 

「それで、ハルトマンさん、今日は何かあって来たんですか?」

「うん、頑張ってる宮藤にお菓子を持って来たよ。」

「わぁ、ありがとうございます。」

 まあ、最前線といえども司令官なのだからお菓子程度は不自由しないはずだが、それでもわざわざ持って来てくれたのは嬉しいところだ。そして、ハルトマンが持ってきたお菓子は、カールスラントで広く親しまれているクッキーの一種で、シュペクラティウスだ。

「ちょっと季節はずれなんだけど、シュペクラティウスを持って来たよ。シナモンとかナツメグとかクローブとか、香辛料を効かせた、木型を使って作るクッキーだよ。」

「へぇ、季節外れって、本当はいつのものなんですか?」

「うん、クリスマスの時期が中心なんだよ。でも結構いつでも出回ってるかな。」

「ハルトマンさんが作ったんですか?」

「まさか。宮藤だってわたしが料理とか苦手なの知ってるくせに。」

 苦手というより壊滅的とまで言われていて、ミーナから料理を禁止されている程だ。

「えへへー。じゃあお茶淹れますね。」

 芳佳はさっと立ってお茶を淹れる。やはり洋菓子だから、紅茶が良いだろう。司令官になっても、従兵に淹れさせず、自分でお茶を淹れるのは相変わらずだ。まあ、料理をするのが好きな芳佳にしてみれば、さすがにもう厨房には入れないので、お茶くらい自分で淹れないと欲求不満がたまる。

 

 芳佳とハルトマンは、紅茶を飲みながらシュペクラティウスを口に運ぶ。スパイスの効いた、軽い食感のクッキーで、なかなか美味しい。ほっと息をつけば、打ち続く激戦の中にいることをふっと忘れる。

「そう言えば、ハルトマンさん、お医者さんの勉強は進んでますか?」

「うん、まあね。でもどうやっても6年はかかるから、遅れない程度にやって行くよ。」

 まあ、ハルトマンは父親が医者なので、元々ある程度の基礎知識はある。501部隊にいた頃は部屋をごみ屋敷の様にしていたが、それでもちゃんと医学書を持ち込んで勉強していたのだから、勉強についていけないということもないだろう。

「でも宮藤はもう医師免許持ってるんだよね。試験なしでもらったんでしょ? いいなあ、わたしも扶桑に行って医師免許取ろうかな。」

「ええ? わたしは実務経験で免許貰えましたけど、ハルトマンさんは実務経験がないじゃないですか。扶桑だって学校に通って勉強して、卒業しないと免許貰えませんよ。それに、ハルトマンさん扶桑の言葉分からないじゃないですか。まあ、専門用語はカールスラント語が使われてますけど。」

「げっ、扶桑語は無理だなぁ。」

 まあ、ハルトマンも言ってみただけだろう。どうやら楽しく医学生生活を送っている様子で、免許を取るためにわざわざ扶桑に行くような状況ではない。

 

 そこでふと、開け放たれたままの入り口から、中の様子をうかがっている人影があるのに気付いた。あれは、ハンガリー隊のポッチョンディ・アーフォニャ大尉だ。

「あれ? アーフォニャちゃん? どうしたの? 何か用事?」

「は、はい・・・。」

 ポッチョンディ大尉は、何やら口籠ってもじもじしている。来客がいることを気にしているのだろうか。

「いいよ、お客さんの事は気にしなくて。用事があるんだったら遠慮しないで言って。」

 芳佳が促すと、少し緊張の面持ちで、ためらいがちに答える。

「はい、その・・・、司令官に用事じゃなくて・・・、ハルトマン少佐がお越しと聞いたもので・・・。」

 ああそうかと芳佳は合点する。そう言えば前に、ハルトマンと一緒の部隊にいたことがあると言っていた。

「ああそうだったね。いいよ、入ってきて。」

「はい、失礼します。」

 ポッチョンディ大尉は、おずおずと部屋に入ってくる。

 

 振り向いたハルトマンの前に立つと、ポッチョンディ大尉は少し顔を赤らめながら、姿勢を正す。

「お久しぶりです、ハルトマン少佐。オストマルク空軍のポッチョンディ・アーフォニャです。以前一緒の部隊にいた時はお世話になりました。」

 一瞬、誰だったろうと記憶をたどるような表情をしたハルトマンだったが、すぐに笑顔になって答える。

「ああ、久しぶりだね。元気そうじゃない。今大尉なの? ずいぶん活躍しているみたいだね。」

 ポッチョンディ大尉の緊張が少し解けたようで、ぱっと笑顔に変わる。覚えていてもらえたことがずいぶん嬉しそうだ。

「はい、ハルトマン少佐の大活躍に比べれば本当に大したことはありませんが、精一杯頑張っています。こうしていられるのも、短い期間でもハルトマン少佐にご指導いただいたおかげです。」

「ご指導なんて大げさだなぁ。でも短い間でも一緒の部隊にいたことで、すこしでも役に立てたんなら良かったよ。」

「はい、ありがとうございます。ハルトマン少佐とご一緒できたことはわたしの自慢です。」

「ええ? 別に自慢になるようなことでもないと思うけど・・・。」

 ポッチョンディ大尉の思い入れの強さに、ハルトマンはちょっと照れくさそうだ。

 

 ハルトマンと親しく話せて感激の体のポッチョンディ大尉だったが、芳佳と旧交を温めているのをあまり邪魔しては悪いと思ったようで、早々に切り上げる。

「あまりお邪魔してもいけないので、これで失礼します。今日は久しぶりにお会いできて嬉しかったです。」

「うん、わたしも懐かしかったよ。オストマルクの戦いも大変だろうけど、きっと勝てるから、頑張ってね。」

「はい、頑張ります。」

 ぺこりと頭を下げたポッチョンディ大尉は、感激に身を震わせるような体で、ちょっと足が地に着かないような危なげな足取りで退室していく。そんなポッチョンディ大尉を、ハルトマンは笑顔で手を振って送る。

 

 芳佳は、かなり以前に、短期間しか一緒にいなかったポッチョンディ大尉の事を、ちゃんと覚えているハルトマンに深く感心した。

「凄いですね、ハルトマンさん。ちゃんと覚えてるんですね。」

 そう言う芳佳に、ハルトマンはちょっと不思議そうな表情を向ける。

「え? 何が?」

「だって、もう10年近くも前なんですよね? 一緒の部隊にいたのって。」

 そんな芳佳に、ハルトマンは悪戯っぽい笑顔を返す。

「ううん、覚えてないよ。」

 これには芳佳も面食らう。

「えっ? だって、今・・・。」

「ああ、今のはね、適当に合わせただけだよ。だって、折角昔一緒だったって言って会いに来てくれたのに、覚えてないなんて言ったら悪いじゃない。」

「えーっ、今の全部適当だったんですか?」

「うん、だって、それで喜んでもらえるんだったらその方がいいじゃない。これで元気に頑張ってくれるんだったら、お安い御用だよ。」

「でも覚えてないんですよね。」

「いや、何となくそんな人がいたな、とは思うんだよ。だって、名前の感じからカールスラント人じゃないよね。」

「はい、ハンガリー人ですね。」

「うん、昔確かに珍しい名前だなって思ったことはあるんだよ。それが今の娘だったんだなって思うよ。だから全然覚えてないわけじゃないんだよ。それに今ので覚えたし。」

 ハルトマンの言い様に、芳佳はおかしくなって思わずくすくす笑う。

「ハルトマンさん、結構適当ですね。」

「あっ、失礼だな、宮藤は。例えうろ覚えでも、覚えてるって言ってあげないとがっかりするじゃない。部下の気持ちを盛り上げるのも、指揮官の大事な仕事だよ。」

「それはそうですね。」

「宮藤も司令官なんだから、ちゃんと部下の気持ちを考えないと駄目だよ。」

「そ、それは・・・、はい、気を付けます。」

 ここでハルトマンに説教されるとか、何だかちょっとおかしいなと思わないでもないが、確かにハルトマンの言う通り、ちょっとしか接点がなかったのに覚えていてくれたというと、嬉しい気持ちになるのは間違いない。そうやって部下の気持ちを盛り立てるのは、上官の大事な役割だ。普段はずぼらなように見えても、ハルトマンは昔から周囲に対する気配りが行き届いていたことを思い返す。やっぱり501のみんなは凄いなと改めて思い、最初にそういう人たちに囲まれていたからこそ自分は大きく成長することができたのだと、感謝の気持ちが湧いてくるのを感じた。そんな芳佳を知ってか知らずか、ハルトマンは何事もなかったかのようにシュペクラティウスを口に運んで、満面に笑みを浮かべている。

「お菓子美味しい~。」




 ポッチョンディ大尉のモデルのポッチョンディ・ラースローは第102戦闘航空軍第2戦闘飛行隊に所属していた時に、ハルトマンのモデルのエーリヒ・ハルトマンの所属していたJG52と共同で作戦を行ったことがあります。その際ハルトマンと一緒の編隊で作戦し、1機撃墜の戦果を挙げています。実際、二人一緒に写っている写真も残されています。そんなことがあったので、二人の絡みを描きたいと思っていたのですが、結局本編の中には上手く入れられませんでした。そこで、こうして番外編で書いてみました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。